絶対評価制!   作:珊瑚

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終章:優等生

 優等生の部長。その選出は毎年、前部長が行う。基準は優等生でないこと。現在の制度――『絶対評価制』に反感を抱いていること。リーダーシップがあること。

 部長は『絶対評価制』を支持していない者に代々任されてきた。それは簡単な理由だ。『優等生』は組織の目的上、制度の支持者が集まりやすい。しかし幹部全員が同じ思想では危険な組織になりかねない。

 支持者側に影響されていない状況で反対側の意見を伝える。そのことに大きな意義があるのだと思う。

 そしてなにより――トップが組織の考えと正反対の人間なんてかなり面白い。

 

「……というのが、我が『組織』の調べた結果だ」

 

 零の読み上げた報告書の内容を聞き、私は納得するやら呆れるやらで複雑な気持ちになった。筋が通っているのに通っていないというか……なんだか分かり難い。それでいて分かり易くもあり、もの凄く混乱させられる。きっと『優等生』を創った人物は色々な意味で強者なのだろう。組織のトップは得てして曲者がなるものだ。

 冬花ら賛成者と戦い、『教育』を止めてから一時間後くらい。反対者のみんなと別れ、私と妹は喫茶店に来ていた。畳の敷き詰められた和室には今日、四人のメンバーがいる。姉妹以外には零と麻緒さん。私が知る組織のメンバーが揃っていた。

 

「本当、面白い組織よね。それで全国の学校に広まってるんだから不思議というか」

 

 抹茶色をしたケーキをフォークで切りながら、私の隣で妹は皮肉のように言った。彼女の表情からは呆れが見て取れる。私の下僕は一人もできないで、馬鹿のもとに大勢の人間が集まるなんて、世界は終わりね……とか考えているんだろう。多分。

 

「そうだね。僕らが本気で調べても部長選出について、創始者の名前くらいしか分からなかった。不思議な組織だよ」

 

「へぇ、『組織』の『諜報部』を使ってもそうなんですか……あれ? 創始者の名前?」

 

 私の向かいに座る麻緒さんが、零の台詞に反応した。あまりにさらっと零が言ったため、そのリアクションがなければ私は聞き逃していた筈だ。『優等生』の創始者。夢深も話してくれなかったことだ。おそらく彼女も知らない極秘事項なのだろう。

 

「流石高い金でこそこそ情報収集するだけの連中ね。学校の情報屋とは大違いだわ」

 

「仕事だったらそこまで言わなくても……それで、名前はなんて言うの?」

 

 妹をなだめ、私が尋ねる。『優等生』の騒動があった今、彼らの創始者が誰なのかということに興味を引かれた。名前を聞いても誰だか分からないかもしれなけど、無性に知りたい。単なる知的好奇心で私は尋ねたのだが、零から放たれた言葉に驚くことになる。

 

「神原雪枝」

 

 予想に反し、その名前には聞き覚えがあった。神原雪枝。記憶が正しければ、夢深の話に登場した人物だ。彼らのチームをまとめるリーダーだったと聞く。

 ……そっか。夢深以外にも逃げた人がいたんだ。夢深のお父さんは嘘を言ってなかったんだね。私は嬉しくなると同時に、少し悲しい気持ちになった。

 

「……それってもしかして共鳴者(ダブル)?」

 

 黄昏れていた私は妹の問いかけで我に帰った。隣を見てみれば、私以上に驚いた様子の妹がいる。彼女もまた雪枝の名を聞いて驚愕したようだが、私とは驚きの方向性が違うようだ。

 

「ああ。そのようだ。重要度が高い情報だし、おそらく『組織』の上部は知っていたことだろうね」

 

「——そう。ったく、これだから組織の下っ端は嫌なのよね。諜報部を動かせないし、他の部署を動かすにはお金がかかるし……。リーダー。もう少し頑張りなさい」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 何故だか麻緒さんが謝る流れとなっていた。台詞から判断するに、下っ端なせいで知っている筈の情報が回ってこなかった——だからリーダーの頑張りが足りない。といったところだろうか。彼女らの属する『組織』も中々世知辛いらしい。

 私は苦笑いを浮かべ、思い出す。そういえば訊きたいことがあったのだ。

 

「ちょっと訊いていい? 夢深から『混沌』の時の『組織』について話を聞いたんだけど、妹達が所属してる組織っていうのはもしかして……」

 

「ええ、その『組織』よ」

 

 妹がすんなりと肯定する。夢深の話に出てきた『組織』と、妹らの所属する組織が同一のもの。なんだかそれが信じられず、私は追及した。

 

「組織の名前が『組織』なんだよ?」

 

「ええ。私達の組織も『組織』よ。他にそんなややこしい名前付けるところなんてあると思う?」

 

 そう言われると納得できるから不思議だ。実際『組織』という名称は喋っていて不便でしかない。現に私は妹達が言う『組織』という言葉を、組織の名称ではないと認識していたわけだし。こうして考えているだけでも意味がさっぱりだ。

 

「困りますよね、この名前。まぁ、カモフラージュになることもあるんですけど」

 

「僕は合理的でいいと思うが」

 

 ま、所属している本人達がこんなんなのだから、大した問題ではないのだろう。名称なんてどうでもいいのかもしれない。『組織』は恥ずかしい名前ってわけでもないし。

 

「……それで、『教育』はどうなったんですか?」

 

 生じた沈黙を利用し、話を区切るようにして麻緒さんが切り出した。真面目な顔をしており、のほほんとした様子は影を潜める。リーダーのモードだ。

 

「きっちり廃止よ。部長はこれから健全な活動をするって約束したわ。組織が危惧するような要素はなくなって、学校の部活に戻ったわ。多分」

 

 妹が適当な報告をし、ケーキを頬張る。仕方なく私はその補足をした。今日一日に至るまでを細かく話し、その結果がどうなったのかを報告する。話がきちんと繋がっているか、分かり易かったか不安だったけれど、麻緒さんと零はそれで納得してくれたようだ。何も文句を言ってこなかった。

 

「ちょっといいですか?」

 

 と思っていた矢先、麻緒さんがすっと手を挙げた。真剣な目で見据えられ、私は少し緊張する。妹とまた違う鋭い雰囲気だ。

 

「あ、うん。なに? 何かおかしかった?」

 

「いえ、そういうことではありません。少し気になったことがありまして」

 

 良かった。反射的に安堵をするものの、疑問を抱く。彼女は何を訊きたいのだろう。

 

「先程、夢深さんから『組織』について話を聞いたと言ってましたけど、何を聞いたんですか?」

 

 ああ、そういうことか。確かにそれは所属している人間からしては興味が引かれる話かもしれない。

 

「それは私も気になるわね」

 

「『混沌』時の組織……興味深い」

 

 やっぱりみんな気になるらしい。話していいか少々迷ったものの、彼女らは『組織』に所属しているのだ。聞くくらいの権利は持ち合わせているだろう。ひょっとしたら、私が語ることで何か新しい情報を得られるかもしれない。

 などと希望を抱きつつ、私は語った。『はじまり』という少女が私の名を口にしたこと以外を。

 

『……』

 

 が、数分後。返ってくるのは沈黙ばかり。三者とも難しい顔をし、何かを考え込んでいる。

 

「ええと、みんな知ってる話だった……とか?」

 

 不安に駆られた私が訊くと、麻緒さんが苦笑いを浮かべた。

 

「いえ、そんなことは。新参の私はむしろ知らない話だったので、ちょっと驚きました」

 

 新参なんだ……リーダーなのに。私もびっくりした。

 

「妹達はこのことについて知ってるの?」

 

「そうね……私は知ってるわよ。その場にいたわけじゃないけど」

 

「『混沌』からのメンバーは知っている話だね。昔話さ」

 

 肩を竦める妹と、どこか懐かしげに答える零。零は目を細めて小さな声で続けた。

 

「あれは『世界』による虐殺だった。『組織』がほぼ全滅した残酷な事件さ」

 

 ――虐殺。組織の人間が大勢死んだのだから間違っていないのだろう。しかしその言葉の中に、人質が撮られたようなニュアンスは存在しなかった。『組織』は事件のことを知っているけど、なんでそうなったかを理解してなかったのだろうか。ますます私の名前を出すわけにはいかなくなった。

 ……そもそも、『組織』と『世界』は何故敵対していたのだ? その理由が分からない。

 

「しかしその事件についてはっきりしたことは分かっていない。当時の無名メンバーの行方も把握できていない上、死人が多すぎる。もし生き残りがいても、夢深のようにわけも分からず逃がされた者が殆どだろう」

 

 話を聞いていると数々の疑問点が浮かんでくる。きっとそれは簡単に解明できることではないのだろう。こうして『組織』がその事件を知っているということ自体が奇跡のようなものだし。

 

「……暗い話はともかく、『はじまり』って奴が気になるわね、私は」

 

「ただのヒャッハーな人じゃないですか? あの時は強い力におぼれてた人が大勢いましたし」

 

 麻緒さんがお茶をすすりながら暢気な調子で言う。

 夢深と母親が逃げているところへ、高笑いする少女が現れて母親を殺害。夢深だけを残して去っていった。そんな私の説明では、そう思うのも仕方ないことだった。完全に『はじまり』は頭がおかしい人間にされていた。いや、まぁ、改変しなくとも十分おかしいんだけど。

 

「名前もセンスないしね。多分そんな感じじゃないのかな」

 

 ボロが出る前に私は話題を変えようと麻緒さんに同調する。妹は納得していない様子だったけど、それ以上なにも言わなくなった。

 

「零ちゃん」

 

 麻緒さんが零を見る。彼女は輝いた目を零に向けた。

 

「楼ちゃんの加入は許されるのかしら?」

 

 うん? 加入?

 なんのことかとも思ったけど、私は思い出した。麻緒さんに初めて会ったあの時に妹が私を仲間にだとか言っていたり、零のメールには私の試験は問題に対する貢献度で計るだとか書いてあった。予想するに、『組織』へ加入するための試験が行われていたのだろう。『教育』の問題を利用して。

 すっかりその話を忘れていた。妹がくれるというヒントの方ばかりに頭がいっていたせいだ。

 

「うむ。試験の結果から考えれば、充分に許可できるだろう。だが問題は本人に入る意志があるか否かだ」

 

「あれぇ!? 妹ちゃん楼ちゃんは希望してるとか言ってませんでした?」

 

「嘘よ。第一『組織』のことも忘れてるやつが入りたがる筈ないでしょ」

 

 妹は本当にいい性格をしている。真顔で嘘を暴露するとは。ショックを受けて固まる麻緒さんを一瞥し、妹は私を見た。

 

「けど姉さん次第で真実にもなるわ。どう? 姉さん。『絶対評価制』、嫌じゃない? 歪んだ世界から人々を守りたくない?」

 

 私が『組織』に参加する。それはきっと、私が望んでいたことを実現するための一番の近道になるだろう。絶対評価制を廃止し、世界を本来の姿に戻す。『組織』の目標は私の夢だ。

 その上、『組織』と私は関係が深そうだ。自分のことを知るならば、『組織』に参加するべきだと思う。

 迷う必要はない。私は短く考え、口を開く。

 

「参加させて。私も『組織』に入るよ」

 

 私はもう知ってしまった。望んでいた答えとはあまりにかけ離れているけど――引き返すことはしたくない。妹が、『はじまり』が言うように私が鍵を握っているというなら、私は舞台から降りるべきではないのだ。

 私は知ろうと思う。

 それが私のすべきことなのだから。

 

 

 

 ○

 

 

 

 評価が絶対の世界だと思っていた。魔法のような力を得ても世界はどこまでも現実的で、人々は浅ましい。それが当たり前だと思っていた。けれど、それは違う。 

 私は思うのだ。世界が変わったのではない。『混沌』を体験した自分が変わったのだ。残酷で理不尽な出来事を目の前にして、分かった気でいた。自分を、そして他人を。

 私は怖かった。自分が得たものを理不尽に奪われることが。だからきっと意味を言い訳にして逃げていたのだろう。

 それが間違いなのだと、今ならば言える。あの人に教えられた今なら。

 

「ふ、冬花。謝罪文なんだから、もう少しちゃんとした文章がいいですよ」

 

「えー、面倒なんだけど……仕方ないわね。本貸して」

 

 子供のようにむくれる冬花に、私は本を手渡した。

 部長に与えられる秘密の部屋。昨日戦いが行われたそこで、私と冬花は机を挟んで座っていた。机の上には白い紙が何枚も並べられており、文章のマナーを記した本、ペンがその脇に置かれている。それらを使って冬花は謝罪文を書いていた。部長は原則、部員に顔を見せることはできない。それでもせめて誠意は見せようと二人で考えたことだ。

 『教育』の提案、『優等生』の幹部に多大な迷惑をかけてしまった点、それらについて正式な文章で謝罪しようと試みている――のだが、いかんせんこういったものは初体験なため、朝と昼休みを利用しても終わらず、こうして放課後も消費している。

 それでもこれでいいと思う。あれだけ迷惑をかけたのだ。謝罪文をちょちょいと書いてしまうのは何か違う気がする。それよりもこうして思考錯誤の末に完成させる方がよっぽどいい。

 本当は顔を見せて頭を下げたほうがいいんでしょうけど。部長の決まりも難儀なものである。

 

「……冬花」

 

 冬花に渡した物とは別の本を読んでいると、彼女は私へ声をかけてきた。視線は紙面から離さず、集中した顔つきで。

 

「なんですか?」

 

「強くなるにはどうしたらいいと思う?」

 

 真面目な問いかけに、私は何故だか笑ってしまった。進路がどうとしか言っていなかった彼女から、そんな言葉が出たのが面白かったのかもしれない。

 

「ちょっ! 夢深が言ったことでしょ! なんで笑うの!」

 

「す、すみません。そうですね……」

 

 顔を赤くさせてこちらを非難する冬花から目を逸らし、私は考える。

 強くなる。今の時代、それは評価を得ることと直結する。しかし――

 

「他人のために戦えること、ですかね」

 

 ふと思いついたことを私は口にした。冬花は溜息を吐く。

 

「それってあの部外者のことでしょ。ほんと、よく懐いたものね」

 

「はは……合ってますけど、ちょっと違います。ですが、そういう人がいれば少しは楽になると思うんです」

 

 他人のために戦える人物を、私は楼さん以外に知っている。その人がいたからこそ、私は二年間いじめなんてないように思えた。ちょっと先走りやすくて我儘なのが瑕ですが、その理由に他人を使わないところが好印象です。

 呆れた表情を浮かべる冬花へ、私は語る。

 

「絶対に友達、仲間でいてくれる人がいるだけで、強くなれると思うんです。だから私は断言しますよ。冬花も私も強くなれるって」

 

 根拠のない理論。それを聞いた冬花はふっと笑った。しかし馬鹿にした様子はなく、どこか優しい笑い方だった。

 

「面白いこと言うわね。けど、そうね。確かにそうかもしれないわね」

 

 『混沌』のときも、両親がいなくなっても、私は一人じゃなかった。けれど一人の時間があったからこそ分かる。きっと人間は孤独になによりも弱いのだと。だからこそ、人は生きるのだ。

 

「……できた」

 

 それから少し時間をかけて、冬花は謝罪文を完成させた。本を読みながら丁寧に記したそれは、結構な自信作らしく彼女の表情は明るい。私は早速それを確認するのだが——その瞬間、背後から大きな音が聞こえた。悲鳴のようなものも聞こえた気がする。

 

「な、なんだろう?」

 

 私が怯えながら尋ねると、冬花は肩を竦めた。誰かが入ってきたかもしれないというのに、呆れた表情を浮かべている。

 

「なな、なんでそんな余裕ですかっ」

 

「入ってくるやつなんて限られてるからよ」

 

 と言われてもぴんとこない。入ってくる人は……あ、そういうこと。落ち着いて考えてみると、ここへ入ってくるのは数人しかいない。もしや、と私が後ろに視線をやれば、ちょうどいいタイミングで扉が開いた。

 

「やぁ、二人とも。元気にしてる?」

 

 入ってきたのは楼さん。目つきが鋭く態度が悪いと評判の彼女は、そんなことを感じさせない親しげな笑顔を浮かべている。一度素で接したからだろうか。私達の前では表情が柔らかく、言葉もごく普通。一般的な生徒だ。いつもこれなら、彼女はもっと評価が高くなっているだろうけど……どうして不良扱いされているんだろう。不思議なことだ。

 

「監視に来たわよ。感謝しなさい」

 

 楼さんの隣には妹さんがいる。この人も楼さんと同じく不思議な人で、自分のことを妹だとしか言わない。携帯のプロフィールすら『妹』という名前なのだから徹底しているというか。何か事情があるかもしれないし、私は妹さんって呼んでいるけど本名がすごく気になる。

 部長の部屋に入ってきたのはこの二人だった。私達の様子を見に来てくれたらしい。

 彼女らは机に近づき、その上に並べられた物を見て笑った。

 

「『よくわかる謝罪文』ね。冬花頑張ったんだ」

 

「反省してるみたいで嬉しいわ」

 

「うっさいわ、ツインテ娘。こうしないと後が面倒でしょ」

 

 腕を組み、顔を逸らす冬花。からかいながらも冬花がしっかり反省していることを分かっているのだろう。妹さんは楽しそうに笑っていた。

 

「二人が頑張ってると思って、差し入れ持ってきたんだ。はいこれ」

 

 楼さんが肩に提げていた鞄からビニール袋を取り出して机に置く。冬花がそれをすぐに漁るのを見て、私も笑ってしまった。

 

「仲直りできたみたいで安心したよ。村上に聞いたら『優等生』もいつも通り活動してるみたいだし」

 

「わざわざありがとうございます。お陰さまで何も問題ありませんよ」

 

 元々『優等生』の上部しか関係していない問題だ。全体に変化を与えるには及ばない。しかし、僅かに影響はあった。

 

「むしろみんな正直に話し合いするようになりましたね。上部の人達が遠慮なくなって、意見をまとめるのが忙しいです」

 

 一度対立し、部長が好き勝手したからだろうか。賛成者も反対者も上部は積極的に意見するようになった。組織をまとめる者達ならばそれは良い傾向だろう。私が笑顔で語ると、楼さんは一瞬嬉しそうにするが、何故か複雑そうな顔になる。

 

「学習したんじゃないかしら。偉い人が好き勝手やって、それについてってくだけじゃ後悔しかしないって。反対者も賛成者を見て分かったでしょ」

 

 妹さんが肩を竦めながら語る言葉に、グッと冬花が呻いた。楼さんが複雑そうな顔をする理由が分かった。教訓、反面教師となるような出来事を引き起こした人物が近くにいたら……ちょっと気まずいかもしれない。妹さんは気持ちいいくらい気にしてないけど。

 

「まぁまぁ。それが人のためなんだから少しくらいマシなはずだよ」

 

 楼さん、フォローの割にはザックリです。

 

「あんたも何気にはっきり言うわね……。むかつくけど事実だから仕方ないわ。で、様子見だけでここに来たの?」

 

 精神的ダメージに呻く冬花は楼さんと妹さんを順番に見た。あれで怒らなくなったのを見ると、彼女はやはり何らかの成長を遂げたらしい。親友として嬉しいことだ。

 冬花の問いに楼さんが首を横に振る。

 

「いや。ちょっと話がしたくてね」

 

 彼女はそこで口を閉じ、私を見つめた。その表情は真剣で、いつか私を助けてくれたあの目に似ていて――私は少し緊張してしまう。真っ直ぐで、それでいて優しい眼差し。女性らしくもあり、男性のような頼もしさを意識してしまう。

 顔が熱くなるのを感じると同時に、私と楼さんの間に妹さんがひょっこりと顔を出した。

 

「なによ。口説くの?」

 

「くどっ!? そ、そうなんですか!?」

 

「違う! 真剣な話なの!」 

 

 妹さんの頭へチョップが炸裂する。威力はないようで、頭を叩かれても妹さんは楽しそうに笑っていた。

 

「真剣な話? そういうのは親友を通してもらわないと駄目よ」

 

「冬花……分かってていってるよね。」

 

 度重なるボケに楼さんが辟易した様子で肩を落とす。どうやら話というのはシリアスな話らしい。それを私としたいとなると……多分、過去の話だろう。

 

「分かりました。じゃあ話しましょうか」

 

 苦笑を浮かべ、私は椅子から降りる。

 扉を一個抜ければ、部長の部屋の入り口前に着く。話をするならそこで大丈夫だろう。楼さんもその意図を汲み取ったのか、私についてきた。

 

「というわけで、二人でゆっくりしててください」

 

「そっちも真剣な話、ゆっくりしてきなさい」

 

 手を振る冬花。こちらを見て微笑すると、彼女は本へと視線を向けた。

 少しかっこよかったけど……本が逆さまなのはいただけない。そんなに私と楼さんが話すことが心配なのかな。

 

「姉さん、女の子同士でも手出したら犯罪よ」

 

「分かっとるわ!」

 

 こっちはこっちで相変わらずだし。

 

 

 

 ○

 

 

 

 天井に空いた穴。穴の上へと上がる梯子。そこだけやけに汚れている、地上からの落下点。部長の部屋の入り口前は色彩というものが皆無に近く、コンクリートの灰色が広がるばかりだ。ただただ退屈な場所。だが、今は何故か新鮮にすら思える。多分それは私の隣にいる人物のせいなのだろう。

 

「ええと、わざわざごめんね。けど訊きたいことがあるんだ」

 

 私は隣へ身体を向ける。私を真っ直ぐ見つめる彼女は若干の申し訳なさを表情に滲ませた。分かりやすい人だ。表情から、何を考えているのかすら理解できそうだった。

 

「はい。なんでも訊いてください。答えますから」

 

「そう? それじゃ、訊きたいんだけど」

 

 今度はパアッと顔を輝かせて、楼さんが続ける。

 

「『優等生』が神原雪枝の創ったものだってことは知ってた?」

 

 完全に意表を突かれ、私は言葉に詰まった。知らなかったわけではない。だが、楼さんがそのことを知っていることが意外だった。

 

「は、はい。知ってますけど……」

 

「そうなんだ。誰から聞いたの?」

 

 今度は楼さんが驚いているようだった。目を大きく開いて、再度質問を投げかけてくる。

 

「本人からです。『混沌』が終わった後に一度だけ会いました」

 

「……なるほど、ね」

 

 私の答えに、楼さんが小さく頷く。表情に驚きはなくなり、なにかに納得しているようだった。

 

「ん? あ、いや、前に言ってたよね? 『よく分かりませんが、『世界』が人質をとった後、『組織』と『世界』は両者壊滅したと聞きました』って。普通の人ならそんな情報は知らない。『組織』はともかく、絶対評価制を発表した『世界』が壊滅した、なんて一般人が考える筈がないしね。そうなると、雪枝に会ったのも納得だと思って」

 

 そういえば私はそんなことを言っていた。しかし……その時は雪枝のことを何も言っていなかったのに、よく覚えているものだ。楼さんはさらっと語ったけど、何気にすごいことだと思う。

 

「じゃあ夢深は雪枝から『優等生』のことを聞いて副部長に?」

 

「いえ、それは違います」

 

 首を横に振る。『優等生』の性質上、それは有り得ない。

 

「『優等生』の部長は、前部長が決めます。そして副部長は部長が信頼できる人物に任せる――つまり、話を聞いたからといって副部長になれるわけではありません」

 

「そっか。それじゃあ、単なる偶然?」

 

「そうですね。それも奇跡に近い確率の」

 

 そう。本当に単なる偶然なのだ。私が『組織』のメンバーだった人間で、冬花と知り合って、それから冬花が部長に選ばれて、私も『優等生』に入ることになって……全部、偶然だ。運命と呼びたくなるくらい数奇な道だ。

 

『僕は創るよ。この世界で誰も犠牲にならない、共存できる組織を』

 

 雪枝は言っていた。あんな事件に巻き込まれたというのに、私のように下を向かず前を向いていた。

 あのときはその言葉に価値を見い出せなかった。共存することは不可能だと思っていた。

 『優等生』に入るときだってそうだ。私はその部活動の存在理由すら理解できなかった。ただ冬花がいるから。それだけで活動していた。

 けど、今は違う。『優等生』の活動は私の導いた答えなのだと分かる。

 

「……『優等生』の活動目的、知ってます?」

 

 長い沈黙を破り、私は口を開いた。

 

「全員を平等に優等生にし、争いを失くすこと……って、雪枝は言ってました」

 

 皆が評価を得、同じ活動をすることで仲を深め、そうすることで争いを少しでも減らす。絶対評価制に適応する。それが雪枝の語った活動目的だった。

 

「私はそれが間違っていると思いました。上辺だけの偽善で評価を獲得する『優等生』なんて無意味だと思ってました」

 

「うん。その気持ちは私も少しだけ分かるよ」

 

 楼さんが相槌を打つ。優しい笑みを浮かべ、それ以外には何も言わずに待っていてくれる。何気ないことだけど、それが有り難かった。

 

「けど今回のことで分かりました。『優等生』は無意味なんかじゃない。私達が何もしないから無意味になるるんだ、って。本気で人のためを考えれば、絶対的な評価も手に入るんです」

 

 私は思い出す。戦いの意味を尋ねたときの答えを。

 かつての私は戦いに意味を見つけることができなかった。けどそれは、自分で何もしなかったから見つからなかったのだ。

 

「だから私は……この学校の生徒全員がそんな絶対的な評価を得て、平和に暮らせるように戦おうと思います」

 

 まだ不安が残る決意。緊張から顔が強張っているのが自分でも分かる。

 私はまだ間違っているのかもしれない。そんな不安をどうしても拭えない。拳を強く握り締める。すると私の頭の上に手が置かれた。

 

「そっか。いいことだと思う。応援するよ」

 

 私の友人はにっこりと笑い、多分――いや、絶対、思ったことを正直に告げてくれた。

 

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