絶対評価制!   作:珊瑚

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二章

「武蔵 楼」

 

 真っ暗な部屋の中。真面目そうな印象を声は、とある人物の名を呼んだ。

 それと同時に、部屋の中に備え付けられたプロジェクタがスクリーンに一枚の画像を映し出す。

 映し出されたのは長い黒髪の少女である。

 人が好さそうな優しい顔した彼女は、何者かと話しているのか愛想笑いを浮かべている。

 身につけているのは制服ではなく、何故か黒のスーツとスカート。

 噴水と緑が背景となっている公園で撮られたらしき写真の中で、彼女のきっちりとした服装は浮いていた。

 拡大したからだろう。画質が悪く、目線はカメラに向いていない。カメラを意識している様子もなかった。

 素人目にもこれが盗撮によって撮られたものだと分かる。

 しかしそれを指摘する声は上がらなかった。

 

「これは我が『組織』の潜入員が撮影した彼女の写真です。撮影した日付は今年の3月14日。国の機関にいた時代のものです」

 

 写真を手で示し、真面目な声の少女は話す。

 すると別の声が疑問を口にした。

 

「国の機関に? ――彼女の経歴は?」

 

「『混沌』で両親を亡くし、さらに記憶喪失。現在の学校に入学する一ヶ月前までは、二年間をかけて国の指導の元、中学校までの学習や簡単なトレーニングを行っていたそうです。それ以前は至って平凡な少女、としか言いようがないです」

 

「なるほど。分かった。それで……どうして彼女を仲間に?」

 

「妹」

 

 真面目な声が回答を促す。少しして椅子を床に擦る音を立てながら、プロジェクタの光の中に妹が現れた。特徴的なツインテールを揺らし、椅子に座る。そして堂々とした態度で脚を組んだ。

 

「理由は簡単。彼女は私の妹だからよ」

 

「意味が分からないのだが」

 

 曖昧な答えに、淡々とした返答。

 沈黙が起き、空気が少し冷たくなった。

 真面目な声の人物は、あぅあぅと小さな声をもらす。慌てているようだ。

 

「よく知っている仲だから、必ず仲間になってくれるって意味ですよね? ねっ?」

 

「そうとも言うわね」

 

「あるほど、それなら納得だ」

 

 空気が若干だが緩和される。

 スクリーン横の真面目な声の人物は、ほっと息を吐いた。

 

「けれど、それだけでは理由として不十分だ。確かに人員は多く欲しい。しかし彼女に『組織』へ入る資格があるかと問われれば、無論ノーだろう。戦う力がなさすぎる」

 

「ふんっ、いつもパソコンばかりでロクに戦えない奴がなに言ってるんだか」

 

「妹ちゃん!? だ、ダメですよ、仲良くしてください。仲良く」

 

「うっさいわね。あんたもあうあう言ってないで、私の案に賛成したんだから、少しは手伝いなさい!」

 

「な、なんでそうなるの!? 私リーダーなのに! 中間の立場にいないと、独裁になっちゃわない?」

 

「……いつも我我言ってるなら頼もしいのに、なんでこう面倒なのかしら」

 

 妹は嘆息。あうあう言っているリーダーを放置し、言葉を続ける。

 

「とにかく、人員は多いにこしたことはないでしょ? それに姉さんは能力が一つの状態でもそれなりに戦えるし、役にも立つ。拾っておいて損はないわ」

 

「……分かった」

 

 淡々とした声の人物も渋々だが納得したようだ。

 人員の確保。それは『組織』において、最も重視するべき問題となっている。

 楽に加入してくれそうで、かつそれなりに使える人材。それを拒めるような状況ではない。

 妹は不敵な笑みを浮かべ、椅子から床へ立ちあがった。

 

「じゃあ、明日から接近を試みるわ。――それと、試験のことしっかり考えておいてよ」

 

 『試験』。何気なく言った言葉に、妹意外の人物は沈黙した。

 やがて、淡々とした声の人物が口を開く。

 

「やるのかね? 本人の同意も得られない内に」

 

「ええ。勿論よ」

 

 妹はにっこりと笑い、プロジェクタの光から出ていく。

 

「姉さんは世界の命運を握ってるんだから」

 

 プロジェクタの電源が切れ、部屋は暗闇と静寂に包まれた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 放課後。いつもは真っ先に自宅であるマンションへ帰る時刻なのだが、今日私にはやらなければならないことがあった。

 ホームルームが終了し、騒がしくなる教室内。鞄を持つと真っ先に教室から出て行く。

 目指すは隣の教室。今日評価制の授業をともに受けたクラスである。

 そう。私の目的は妹から話を聞くこと。

 彼女は自分のことを妹だとか語っていたが、そんな確証はどこにもない。むしろそれを否定するような証拠しかないのだ。

 授業が終わってからはなんだかんだと逃げられたが、私を姉と呼ぶ理由を知るために、会っておかねばならない。もし嘘や理由がないならば、これから無視のスタンスを貫くとしよう。

 考え、開いている教室のドアから中の様子を窺う。

 赤、緑、青……相変わらず頭が狂ったような風景が広がっており、中にいる生徒らは帰り支度をしていた。もう帰っている生徒もいるのか、空いている席もちらほらと見える。

 

「……あれ?」

 

 私は首を傾げる。カラフルな教室内に、妹らしき金が見当たらないのだ。あんな目立つカラーリングと容姿をしていたらすぐ分かりそうなものなのだが。

 もう帰ったのだろうか。もしそうなら困る。容姿くらいで、彼女に対する一切を知らないわけだし。

 

「あら、何かご用ですか?」

 

 中を覗き込んでいた私へ、いかにも優等生な外見をした少女が声をかけてくる。

 柔らかい色の茶髪と穏やかな目。優しそうな人だ。

 おそらく、人に親切にしてポイントを稼ごうとしている偽善者だろう。

 今のご時世、少しでも困った素振りを見せると、家電量販店の店員並みに目敏く声をかけてくるのが人間だ。

 少しでも親切に印象よく、評価を稼ぐ。生き抜くための賢い手段である。

 うっとうしいだけの存在だが、役に立つときもあるようだ。

 私はむすっとした顔で尋ねる。

 

「金髪ツインテールの女の子知らない?」

 

「ああ、あの子ですね。あの子なら体育館に行くって」

 

 意外にも行き先を言っていたようだ。この子は彼女の友達なのだろうか。

 疑問を抱く。しかし尋ねている時間はない。私は軽く頭を下げてから体育館に向かうことにした。踵を返そうとし――

 

「あ、楼さんじゃありませんか」

 

 聞こえてきた声に顔を向ける気すら失くす。

 優姫以上の難敵が出現してしまった。隠そうともせず大きな溜息を吐き、私は近づいてくる足音の方向へと振り向いた。

 数人の生徒を引き連れて歩いているのは、美形としか言い様のない容姿をした男だ。

 すらりとした細めの長身。優しさを全面に出した目。温和そうな笑みを浮かべている口元。その全てが理想とも言える場所に収まっており、こうして見慣れてしまった後でも一目見ただけで息を呑んでしまう。

 この世のものとは思えない見た目をした男性である。色の濃い、肩程まではある紫色の髪が異様なほど似合っていた。

 

村上 賢哉(むらかみ けんや)……」

 

「おや、ようやく覚えていただけました?」

 

 私が嫌そうな顔をしながらフルネームを呼ぶと、村上はさも嬉しそうに微笑んだ。

 背景が輝いて見えるような笑みに、彼の取り巻きである女子生徒が黄色い声を上げる。私は耳を塞いでそれに頷く。

 彼自身はそれほど嫌いではないのだが、この一連の流れが嫌いだった。女子の高い声は耳が痛くなる。

 私も女子なのだけど、分かると思う。アイドルやらなにやら、熱狂している女性の声は普段と別物になるのだ。私も多分美味しそうなものを見つけたりすれば、さぞかしうるさく騒ぐことだろう。

 

「そりゃ一ヶ月話しかけられれば覚える」

 

「ふふ、それはそうですね」

 

 私の刺々しい言葉へ、彼はまるで嬉しいと言うように笑顔を浮かべたまま頷く。

 一ヶ月前――簡単に言えば入学してから、私はこの優男に声をかけられている。理由は簡単。私が不良だからだ。

 私を監視、制裁しようとする優姫に対し、彼のスタンスは真逆。優しく見守り、私をやんわりと優等生の方向へと誘導していくのだ。

 取り巻きがいなかったら、私も彼の優しさにあてられて少しは真面目に評価を稼いでいたかもしれない。

 現に、彼が更生した生徒の数は数えきれないほどである。

 容姿の悪さから思ったように評価を稼げす、やさぐれた生徒がいたときは親身になって相談に乗り、共にボランティアに励んだとかなんとか。

 巷では聖人だともっぱらの噂だ。男女問わず人気があり、戦闘能力では優姫に劣るものの、数多くの技術を所持しているらしい。

 

「どうですか、最近は。評価点は増えました?」

 

「増えない。私が増える筈ないでしょ」

 

「そうですか。不思議ですね、可愛らしいのに」

 

「ごふっ」

 

 そしてもう一つ特徴がある。このように小っ恥ずかしいことを平然と口にするのだ。

 慣れない言葉に拒否反応が出て、思わず口から女子らしからぬ変な声が漏れる。

 周囲の女子からの鋭い視線や羨望の目を受けつつ、私は彼を睨むようにして答えた。

 

「あんた馬鹿? 私が可愛かったら、何もしなくても評価が入ってくるよ。あんたみたいに」

 

「あはは、手厳しいですね。でも確かに僕は楼さんのことを可愛いと思うのですが」

 

「だ、だだ、だから何を言っているんだか」

 

 まずい。あまりの慣れなさに震えがきた。

 女子に言われるならまだしも、なんで学園のアイドルみたいな輩に取り巻きの前で可愛い発言をされなければならないのだ。私の精神的負担を少しは考慮して頂きたい。

 

「――私は急いでるから! 用がないならもう行くけど?」

 

「あ、そうですね。すみません。なら、用件を一つ」

 

 ぺこりと頭を下げ、村上は真面目な顔をして手をこちらに差し出した。膝をつき、恭しい動作で。

 なんだろう。この少女漫画みたいな構図は。これが漫画の世界なら、多分私は彼の突拍子ない行動に白目になっていたことだろう。

 

「何してんの?」

 

 取り巻きや野次馬がざわめく中。妙に冷静な私の問いへ、村上は真剣なトーンで答える。

 

「楼さん。『優等生』の仲間になりませんか?」

 

「嫌」

 

「ええっ!?」

 

 即答すると村上が両膝を付いて正座するような体勢になり、困惑した様子で私を見てきた。まさか断られるとは。そんな心の声が聞こえてくるようだった。

 可哀想だけど、即答されても仕方ないと思う。

 『優等生』。無尽蔵と言っても差し支えないほど多く存在する学校内の部活動、その一つである。

 活動目的は評価を得、優等生となること。

 短銃明快な目的、評価の重要性などの理由から、この組織は学校内で最も大規模な部活となっている。

 彼はそんな優等生の幹部なのだ。

 彼が『優等生』に参加している目的は、評価の平等性を実現すること――なのだが、それに関しては私はあまりいい印象を受けていない。

 評価は自身の行動が第一であると同時に、容姿も重要な要素を担っているからだ。

 どんなに善人であろうと、不細工とイケメンでは評価の上がる倍率が違う。

 彼が評価の平等云々言っているのは、まことに立派である。しかし恵まれた位置にいる人間が平等性を説くのは、どうかと思うのだ。余計なお世話的な。

 ……僻みなのかな、これ。

 

「いや、だって私評価要らないから。『優等生』に入る価値が見出せないんだよね」

 

 とにかく。私は『優等生』に入る気はない。朝早く起きて走ったり、ボランティアしたり、学業に励んだり、清掃したり、帰りに喫茶店寄ったり、スポーツしたり……学生生活をエンジョイするつもりはないのだ。

 

「僕と一緒にいれるじゃないですか」

 

「色々文句をつけたいけど……それあんたが得してない?」

 

「無論ですっ! 勿論楼さんも幸せにしますが、一番の幸せ者は僕です!」

 

 力強く肯定する村上。すると周囲がざわついた。

 あの村上が他人を利用するようなことを言ったのだから、そのリアクションは無理もない。

 何がどうなってそうなるのか分からないけど、私が村上と一緒にいると彼にとって得が生じるらしい。

 話しにならない。わざわざ他人に利用されようとする人間がどこにいようか。

 私は溜息を吐く。

 するとそれまでざわついていた周囲が急に静かになりはじめた。

 なんだろう。疑問を感じる私。見れば最低な発言をした村上も沈黙して私を見ている。

 なんでこんな静かなの? そんなに重要な場面?

 考えて……まったく身に覚えがないので、いつも通り断ることにした。

 

「お断り。用がそれだけならもう行くから」

 

 早いところ体育館に向かうことにしよう。

 手短にお断りの意思を伝えて、膝をついている村上の横を通る。そして廊下を歩いていく。

 それにしても、本当になんだったんだろう。みんなしてあんな真面目になるなんて珍しい。

 

「村上様の告白をああもあっさり……」

「武蔵の低評価も納得よね」

「許すまじ……楼」

 

 いつもより陰口が多い気もするし。

 ま、どうでもいいか。優等生のことなんて私には無関係だ。

 平々凡々。それが私が目指すべき終着点なのだから。

 

 

 

 ○

 

 

 

 体育館は教室のある校舎から少し離れた場所にある。

 校舎から入れるルートは二つ。一つは校舎の外へ出て、歩いて入り口に入っていく。

 二つ目は校舎二階の通路を通り、直接体育館に入るルートだ。

 今回私は二つ目を選択した。妹は体育館に向かったと聞いたし、おそらく問題ないはずだ。

 

「しかし妹は何の用でここに来たんだろう」

 

 渡るのに二分もかからない通路を歩きつつ、ふと一人呟く。

 夕方の校内は静かで、遠くから部活を行っている野球部らしき人達の声が聞こえてくる。思考にはちょうどいいくらいの静けさだった。

 妹が部活を行っているなら、今の展開も納得できるんだけど。

 

「ん?」

 

 あれこれと考えていた私は顔を上げた。

 何か聞こえた気がする。部活動で起こるようなものではない。悲鳴と、誰かが倒れたような……。

 

「あ」

 

 何故だか分からない。不意に私は思い出した。

 部活の勧誘。生徒手帳。目まぐるしく過ぎていった一ヶ月の中で何度も見てきた情報が、私の脳内にふっと浮かぶ。

 今日は月曜日。月曜日はどの部活も体育館を使用しないのだ。

 色々とおかしい点が出てきた。

 無性に帰りたくなってきたんだけど。……でも、あんな音を聞いて帰るのは家で胸糞わるくなりそうだし。今更回れ右するのも癪だよね。

 

「嗚呼、面倒」

 

 私の性格、そして状況に忌々しく呟き、走り出す。

 鉄製の通路をこんこんと足音を立てて進んでいく。少しして体育館の入り口が見えてきた。

 カーテンが締め切られ、真っ暗な館内の二階、長方形のちょっとしたスペース。そこには誰もいないようだが、微かに明かりが見える。

 おそらく、一階を照らしているのだろう。

 嫌な予感がした。

 武器の所持、そして能力。これらが認められてから、生徒達の自由と責任は以前と比較にならないほど広く重くなった。

 が、それについていける様な大人は少数だ。

 大多数は多数派に流され、責任を知らぬ少数は自分勝手な行動をとる。

 その辺の仕組みは変わらない。

 私が言うのもなんだけど、馬鹿みたいないじめはまだ実在している。

 評価が減ればまともに生活できない。決定的な弱者として生きる。

 それが浸透しているから死亡者は出ていないものの、おそらくいつか死人が出ることだろう。

 それも、かつての人間より悲惨な状態で。

 もし誰かがやられているなら……止めなければならない。後のことは考えない。とにかく助けなくては。

 まだそうと決まったわけでもないが、走りながら息が乱れぬようペースを調整しておく。体育館の中へ入り、二階の柵に手を付いて一階を見下ろした。

 予想通りライトに照らされた一階には、数人の生徒がいた。

 三人の男子学生と、彼らに囲まれるように立っている二人の女子生徒。

 男子学生は顔がいいでもなく、特徴があるわけでもない。評価が低そうなモブ達なのだが、見る限り男子生徒が優勢であった。

 制服に汚れ一つない男子生徒。それに対し、女子生徒はボロボロだ。

 一人はやはりというべきか、金髪ツインテールの妹である。先程の声や音は彼女が出していたのだろう。片膝をつき肩に手をやって、とてもピンチな感じ。

 もう一人は見たことがない女の子だった。眼鏡をかけていて、おどおどとした性格というか、地味さが見ただけで認識できる今時希少な女の子だ。

 ――これは助けに行くべきだね。

 普通の決闘ならば手出し無用。しかしあそこまでボロボロになって尚続けるのはマナー違反だ。っていうか、男子として恥ずかしくないのだろうか。

 深呼吸。柵の手すりに足をかけ、私は躊躇なく一階へと降りた。

 スカートを押え、直立のまま落ちていく。大丈夫。『格闘』の能力ならこれくらいの高さは耐えられる。

 着地。衝撃は不自然に緩和、靴の底は擦れ、私は何事もなく斜めに傾き――

 

「お前ら、女子をいじめるのはやめ゛っ!?」

 

 思い切り頭を打った。

 衝撃は計算に入れてたけど、摩擦は考慮してなかったわ。体育館用シューズの大切さを痛感するね、まったく。

 

「いじめは、よくない」

 

 ぽかんとした顔を向けてくる面々へ、頭を押さえながら標語よろしく手短に声をかける。

 壁に手を付きながらなんとか立ち上がり、痛む頭を横に振った。まだ視界はぼやけるけど、これくらいならまだまだ戦える範疇である。

 よたよたとおぼつかない足取りで前に出る。すると何故だろう。男子生徒にビビられた。

 

「いじめ、してたでしょ」

 

 後ずさる男子生徒へ再度問いかけると、彼らはようやく返事をした。

 

「いじめなんてしてないよ」

 

「そうだ。私達は彼女達に能力の指導をしていただけだ」

 

「勘違いしてもらっては困る」

 

 と、男子生徒三人の主張。

 気弱そうな優男、眼鏡で偉そうな男、がたいのいい男の順番に三人で同調するような台詞を言う。

 言い分を簡潔にまとめると『指導だから悪くない』、その一点。どこの犯罪者だ。

 呆れつつ、私は妹へ視線を向ける。彼女は私と目を合わせると、一度頷いた。

 

「姉さん……」

 

 助太刀に感謝する。彼女の呟きと視線から、そんな戦士のごとく潔さと、誠意のこもった感謝の気持ちが伝わってきた。

 生意気でわけの分からない奴だが、意外に可愛らしい一面もあるものだ。

 

「馬鹿な登場ね」

 

 余計な言葉を付けた足さんでよろしい。

 著しいやる気の減少を感じつつ、私は身構える。

 馬鹿にされはしたけど、間違っているとは言われていない。眼鏡の女の子は『助かった』みたいな顔をしているし、戦って大丈夫な筈。

 

「そっちが指導って言うなら、私もしてあげる。教育を」

 

 三人の男子が何かを言おうとするが、知ったことではない。まずは一番近くの気弱に向かって疾走していく。彼は剣と盾を持っており、見るからに接近戦特化のタイプである。私の得意な間合いで戦ってくれる人間だ。

 驚く気弱。すぐに距離を詰め、私は拳を叩きつけようとする。が、バッと斜めへステップ。彼を中心にするようにして左へ回り込む。

 

「チィッ!」

 

 眼鏡の男が舌打ちをする。それと同時に、溜めていた魔法を解除した。

 危ない危ない。チラッと見えたけど、あの短時間で詠唱を終えるとは。魔法に『格闘』は通用しない。

 普段は馬鹿みたいに速く動ける私だが、魔法を避けると無意識に思うだけで補正を失ってしまうのだ。そうなれば後は勘だけ。動体視力も踏み込みの速さもなくなり、頭から飛び込むくらいしか回避の方法がない。

 今回の戦いは負けられない。悪人に負けるのが嫌なのは無論で、負けてこいつらが調子に乗ったら目も当てられなくなる。

 だから、必ず勝たないと。

 

「妹! 地味な子! もう少し戦ってくれるかな」

 

 倒した後に狙い撃ちされては困る。

 二人に戦うよう呼びかけ、横に振られた気弱の剣を拳で叩き落とし、接近。素早く体勢を直して右ストレートを顔面にぶち込む。

 手に固い骨の感触が伝わる。しかし『格闘』の名は伊達ではない。拳は鉄のように硬く、衝撃を吸収する。人の顔面を殴ったというのに、全然痛みはなかった。

 倒れる気弱に続いて、がたいのいい大男が私に迫る。

 それと同時に、彼の後ろにいる眼鏡が、焦りながらも詠唱をはじめた。大男の攻撃方法は分からない。けれども、このままではまずいことが容易に認識できた。

 

「姉さん! 目の前の敵に集中して!」

 

 私が思考を巡らせていると、妹の声がした。詠唱を終えたのだろう。その周囲には炎の渦巻く真っ赤な球体が幾つも浮いていた。

 早い。多分私が助けを求めるよりも早く準備をしていたのだろう。相手の眼鏡は私の行動に驚いていただけなのに、したたかな奴である。

 あれなら眼鏡は放っておいても大丈夫そうだ。苦笑いを浮かべ、大男へ視線を戻す前にちらっと地味な女の子を見ておく。彼女はあまり戦闘に慣れていないのか、ただ両手を胸の前で握ってこちらを見ている。詠唱や攻撃の素振りはない。

 まぁ、見た目通りの人畜無害な子だったというわけだ。戦いを強要する気はない。だがそんな子を指導だとか言って痛めつけた男子への怒りが更に強くなった。

 奥歯を噛みしめ、大男を睨む。彼も接近戦――私と同じように格闘が得意なようで、武器の類いを身に付けていない。

 おそらく彼は、私より多くの格闘能力を所持している。まともに戦って勝てるような相手ではない。

 では、どうするか。少し考える。

 ここは周囲に何もない体育館。相手は体格もよく、能力も多い、私の上位互換。

 ……勝てる戦術はおろか、希望すら見つからなかった。

 うう、すごく不安だけど、やるしかない。相手の能力を見極め、何を使おうとしているのか判断できれば被弾を減らすことも可能なのだ。『格闘』の補正が機能するだろうし、それでなんとかなる――と思うことにしよう。

 そうときまれば先制攻撃。こちらへ走ってきている大男目掛けて走り出す。

 不利な状況で先手をとられるのはまずい。ここはなんとしてもダメージを与えておきたい。

 眼鏡は妹に任せておき、目の前にいる大男の動きに集中する。

 

「はっ!」

 

 手の届く範囲に入る。と同時に私は右の拳を横に払う。

 小さく、隙もあまりない攻撃。これはいとも簡単に大男に受け止められた。

 だが、それでいい。これは次の攻撃への布石なのだ。

 すかさず振りかぶっていた左手を突き出そうとする。瞬間、身体が右へ思い切り引っ張られる。

 一体なにが起こった。混乱する私は右手に走る痛みを認識し、何が起こったのか理解した。

 この大男は防御したと同時に、私の拳を掴んで、横へ引っ張ったのだ。

 思い切り突き出した拳は大男の顔を掠るだけにとどまり、大したダメージを与えられずに振り切られた。バランスを崩し、倒れそうになる――が、大男が私の腕を掴んでいるため、それはない。

 腕に全体重がかかり、私は痛みに顔をしかめた。

 彼に吊られるようにして、私は倒れずに身体を起こしている。そう、あまりに無防備な姿で。

 大男が手を離す。何をするかは、後ろに下がっている彼の足から予想できた。

 痛いのは避けたい。人間として当たり前の本能が、反射的に私の両手を動かす。腕を顔の前でクロスさせ、防御の姿勢をとる。

 刹那、想像だにしない衝撃が私の頭を貫いた。女子の平均はある体格の私が軽々と飛び、壁に叩きつけられる。

 手を離し、タイミングよく蹴りあげられる……さながらサッカーボールのように私は吹き飛び、バウンドすることも転がることもなく、壁から落ちる。

 

「ぐっ、ぁ……」

 

 腕に、頭、そして背中の痛みに弱々しく喘ぐ。靄がかかったような視界。遠くに大男らしき姿が見える。

 口の端から出そうになる唾液を手で拭い、私はうずくまるようにして丸まり、楽な姿勢をとる。

 息がうまくできない。苦しい。身体が痛い。ぼんやりする。他にも症状があるだろう。だが――それだけだ。

 気を失ってはいないし、まだ身体は動く。少しすれば戦える筈だ。

 

「驚いたな、まだ動けるか」

 

 自身の荒い呼吸が聞こえる中、大男の感心するような言葉が聞こえる。

 それはさも偶然そうなったような、私の『幸運』を称えるような口振り。

 だが、私が動けるのは偶然じゃない。

 くらう前に交差させた腕を、相手へ押し出す。それによって『格闘』の補正を引き出し、攻撃する腕を硬化させたのだ。

 私が予測し、行動した結果。それは偶然ではなく必然である。

 ――そこまでして、このダメージなのは予想外だったけどね。

 とかなんとか、自慢したいくらいの好プレーを心の中で解説しつつ、息を、体調を整えようとする。

 しかし回復系統の能力がない私の回復力は人並み。とても大男が近づいてくるまでに戦える状態になれるとは思えなかった。

 

「くそっ……」

 

 低評価をキープしている私が悪い。しかし勝ちたい戦いにすら勝利できない、無力な自分が悔しかった。

 呼吸はそれなりに楽になった。このまま動けないところを攻撃されるのは癪だ。私は顔を上げると、再び壁に手を付いて立ちあがろうとした。

 息を大きく吐きつつ、震えながら身体を起こす。そこまではできたものの、足を床に立たせることはできなかった。

 足が上がらず、頭が揺れる。寝ていればどんなに楽か。誘惑に屈しそうになる自分を、壁を叩いて奮い立たせる。

 ――それは駄目だ。

 こちらが完全に正しい。正義なのだ。そんな状況で敗北するのは許せない。

 そうだ。私は……。

 

「負けられない」

 

 意識がはっきりする。視界はまだぼやけている。身体はまともに動けない。それでも私の意志は確かな言葉として口から出た。

 壁に付いた手を支えに、私は立ち上がる。ゆっくりではあるが確実に。

 自分でやったことだが、驚いた。とても立てる状態じゃないのに、何が私をここまで駆り立てるのだろうか。

 ……しかし、立ったところでなにもできない。このままでは走ることはおろか、歩くことすらままならないだろう。

 肩で息をしながら、近づいてくる大男を見る。すると、その背後に動く小さな人影を見つけた。

 最初は何か判断できなかったけれど、視界が晴れていくにつれてそれが何なのか視認できるようになる。

 地味な女の子だ。今を好機と見たのか、彼女は大男の背中をとり、接近を試みている。その表情には怯えが見えたが、何かをしようとする覚悟が窺えた。

 彼女は走りながら、口をぱくぱくと動かす。

 

『攻撃の用意をしてくださいっ!』

 

 何をしようとしているのか。疑問を抱くこともなく、私は壁に手を付きながら拳を振りかぶる。

 誰かが危険を冒して私を助けようとしているのだ。信じないのは失礼である。

 今は彼女を疑うより――攻撃の用意だ。できる限り呼吸を整え、全力の攻撃を行えるようにしよう。

 私は彼女を信頼する。ただ攻撃の用意をして、くるべき時に備える。自分で戦うより、圧倒的に気持ちが楽だ。

 私はにやけ、深呼吸のように深い呼吸を繰り返す。大男が間近まで近づいてくるが、心の中は落ち着いていた。

 大男が拳をつくり、私を嘲笑うような笑みを浮かべる。くる。能力の補正を貫き、軽々と私を吹っ飛ばした攻撃が私に迫ってくる。

 私は最後までそれを見つめ続け、一瞬ずれる(・・・)ような違和感を覚えた。立ちくらみのような感覚。一度目を閉じると、そこに見えたのは――

 

『今ですっ!』

 

 大男の背中だった。

 彼女の指示と重なって、鈍い音と小さな悲鳴が聞こえる。

 なにがなんだか分からない。しかし彼女が作ってくれたチャンスを無駄にはできない。準備はした。今は目の前の背中に、全力の拳を放つのみ。

 足をふんばり、一歩踏み込む。僅かに捻った腰を使い、私は今できる全力で攻撃を行う。

 硬い感触。弱っていたせいで補正が弱いのか、手がひどく痛んだ。

 しかし、相手はそれ以上に痛かったはずだ。

 背中で攻撃を受けた大男は呻き、その場に倒れる。やはり能力を使う人間とはいえ、不意打ちには弱いようだ。

 

「倒し……た」

 

 眼鏡は妹がなんとかするとして、私の身体はもう限界である。

 突き出した拳を引っ込めようとして、勢い余って尻餅をつく。傍目からは酔っ払いみたいに見えていたことだろう。

 そのまま仰向けに倒れた私の視界、照明が眩しい天井が映るそこへ、地味な女の子がひょっこりと顔を出した。

 

「助けていただいてありがとうございました」

 

 丁寧なお礼とともに彼女は微笑む。

 その頬には殴られたのか、赤い拳の痕が見えた。

 なるほど。

 先程起きた不可解な現象について、私は理解した。

 

「いえいえ。今のは君の能力だね……」

 

 こくり、と控えめに彼女が頷く。

 おそらく、私と対象の位置を取り替える能力と、テレパシー。

 彼女は私と位置を取り替えて、代わりに殴られたのだ。

 テレパシーは私の予測なのだが、私への指示が大男へ聞こえている様子はなかったし、指示と彼女が殴られた悲鳴が重なっていたのも普通では有り得ない。

 

「ありがとう。こっちこそ助かったよ」

 

 もし彼女の能力がなければ、あそこで無様にやられていた。

 私がお礼を言うと、彼女は恥ずかしそうに頷いて返した。

 ――そろそろ起きられるかな。

 

「あっ、つ。いたた……」

 

「あわわっ、大丈夫ですか?」

 

 地味な女の子に支えられながら身体を起こす。

 と、制服の汚れを払いながらこちらへ来る妹が見えた。

 その背後には黒コゲになって横たわっている眼鏡がいる。無事勝利したらしい。

 

「姉さん。派手にやられたわね」

 

 そう言っている妹も相当なものである。

 制服のあちこちが破れており、まだサービスカットにならないくらいのレベルで治まっているものの、若干いかがわしい。そして擦り傷が痛々しい。

 自分でもそれを分かっているのだろう。からかうようなことを口にしながらも、表情は不機嫌そのものである。なんであんな雑魚にこんなふうにされなくちゃ――云々考えてそうだ。

 

「そっちもね」

 

 私は苦笑し、痛む身体に鞭を打って立ち上がった。

 三人がいつ復活するかも分からない。軽く伸びをして呻き、私は二人へ提案した。

 

「いつつ……ふぅ。とりあえず、移動しよっか」 

 

 どうしてこうなったのか。

 ひとまずそれを聞かないといけない。

 なにか大切なことを忘れている気もしたが……まぁ、忘れているのだから大した用事ではないだろう。

 

 

 

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