絶対評価制!   作:珊瑚

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三章

「と、そんなわけで襲われてた彼女を助けようとしたのよ」

 

 学校から移動することしばらく。最寄駅前の公園で妹は経緯を語った。

 放課後から一時間は経過しただろうか。周囲は少し暗くなっており、夕方も間近というところだ。

 地味な子は白のベンチに行儀よく座っており、未だ身体が痛む私もその隣に。

 妹はまだ軽傷なようで、私達の前に立っていた。

 結構長い話しだったので、まとめることにする。

 

「私と話すために人気のない場所に行こうとしたら、たまたまこの子が襲われているのを見つけて、助けに入ったけど、返り討ちにされたと……そういうわけだね?」

 

「そうね。流石に一対三みたいな状況だと私でも辛いわ」

 

 概ね納得できる。私は頷きながら考えた。

 解消されていない疑問点がまだある。……しかし、それはわざわざ聞く必要もないような些細なことだ。きっと偶然起きたことなのだろう。

 

「あのっ」

 

 会話が途切れ、沈黙が生じる。するとタイミングを窺っていたらしい地味な子が、思い切った様子で手を挙げた。

 

「うん? どうしたの?」

 

「私、松原 夢深(まつばら むみ)といいます」

 

 いきなり何を言っているのだろう。

 と思ったのだけど、これまでずっと私達はこの子のことを妙な名称で呼んでいたことを思い出す。

 多分、かなり前から気にしていたのだろう。学校出るくらいからソワソワしてたし。

 

「ああ……ごめん。そういえば名前で呼んでなかったね」

 

「まったく、姉さんは困ったものね。女の子を地味な子なんて呼んで」

 

「人を勝手に姉扱いしてるやつに言われたくない」

 

 確かに地味な子はひどかったけども。

 話を逸らそうと新たな話題を探り、私はぽんと手を叩いた。

 

「あ、そうだ。なんで夢深はあの男子達と戦ってたの?」

 

 妹の話ならば、最初は夢深と男子三人が戦っていたことになる。そんな状況になるなんて、おかしなことをしない限りは有り得ない。

 他人の評価がイコールで力に通じる世の中なのだ。いじめのようなことを行うリスクくらい、男子三人も自覚しているだろう。

 

「……」

 

 私の問いに、夢深は黙ってしまった。

 表情を暗くさせ、まだ痛むであろう頬に手を当てて俯く。よくないことを訊いてしまったと思ったが、もう遅い。

 

「姉さん。少しはデリカシー持ったほうがいいんじゃないの?」

 

「いや、だって心配だし、できるなら解決したいし……」

 

 話を聞かなければ解決方法も分からない。

 私は決して興味本位や、妹の責める視線から逃れたくて尋ねたのではなく、彼女を助けたいから訊いたのだ。『あ、そうだ』とか言ってたけど、本当なのだ。

 

「でも、気になるのは確かね。私は興味本位だけど」

 

 半眼をつくり、こちらを見ていた妹が夢深を見る。

 私にデリカシーとか言っていたくせに、正直な心の声を口にしていた。訊いた後なので気を遣う必要はないと思ったのだろうか。

 色々と文句を言ってやりたいのだが、黙っておく。夢深の信用を損なうようなことはやめておいた方がいいだろう。

 思考の結果、小さな溜息に留める。

 暗くなってきた空を眺め、夢深の返答を待つ。

 

「すみません。助けていただいたのはありがたいですけど、これ以上迷惑をかけたくないので」

 

 やや間を空けて私と妹を順番に見やり、夢深は答えた。

 まっすぐな目で私達を見て、最後に微笑む。

 強がっている。見て分かったけれど、彼女は私達の助けを必要としていない。一人で解決しようとしている。

 私は少し考え、暢気な結論を出した。

 ――それなら、まぁ大丈夫ろう。

 この世界は偽善であるが、善に属する人間が沢山いる。いじめられていると言えば、誰かしら即制裁してくれる筈だ。評価に繋がる大きなチャンスであるし。

 弱い私が無理に出っ張るような話ではないのだ。頼られれば、手伝うけども。

 

「そか。それじゃあ頑張って。無理はしないようにね」

 

「は、はい。ありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げる夢深。

 断ったことが申し訳なく感じたようで、彼女は再度お礼を言うと足早に駅へと歩いていった。

 

「別に気にしなくていいのに」

 

「そうもいかないの。初対面よ?」

 

 呟く私へ、妹が嘆息混じりに返す。

 初対面、ね。自分が不必要だと思ったことを、そうだと告げて何が悪いのだろうか。私ならば特に気にしないのに。年上なわけでもないし。

 

「きょとんとしない。姉さん昔よりデリカシーなくなったんじゃない?」

 

 呆れられてしまった。

 ジトッとした目を向けた妹は、肩を竦めると私の手を取る。そして少し乱暴に引っ張った。酷使した腕に痛みが走る。

 

「いっ、た!?」

 

「大袈裟ね。ほら、行くわよ」

 

 全然大袈裟でもないと思うんだけど……。

 肘を撫でながらなんとか足を動かして、歩いていく妹に同行する。

 どこに向かうかは知らないが、弱っている今、アクティブな彼女に抵抗する術はない。精一杯歩き、私は口を開く。

 

「ちょっと、ゆっくり歩いてっ。一体、どこに行くの?」

 

「私のことについて話してあげる。そのために会いに来たんでしょ?」

 

「え……ああっ!」

 

 そうだった。私は妹が妹と名乗る理由を尋ねに来たのだった。本来の目的は戦うことではないのだ。すっかり忘れていた自分が恥ずかしい……。

 

「――でもなんで移動を?」

 

「誰かに聞かれたら困るのよ。ほら、行きましょ」

 

 優しい口調だが、容赦なく腕を引っ張ってくる鬼畜な妹。

 歩く度にツインテールが揺れ、私の手を引いて進んでいく彼女の後姿は、なんだか犬みたいに見えた。

 一緒に歩けることが嬉しくてたまらないと、はしゃいでいるようにも思える。

 そんな彼女にどこか懐かしさを感じつつ、私は目を細めて言うのだった。

 

「いたいいたいいたい! もうちょっと優しくしてぇ!」

 

「我慢しなさい」

 

 犬に引っ張られる飼い主の気持ちが、少し分かった気がする。

 

 

 

 ○

 

 

 

 駅前を去り、街を通って住宅街へ。

 家が数多く立ち並ぶ区域を、私と妹の二人はのんびりと歩いていた。

 依然、目的地は分からないまま、私は気ままな犬に連れられる飼い主の心境で周囲を見回す。

 私は通りすぎた街に住んでいるのだけど、この辺りに来たのは初めてであった。

 絶対評価制が施行され、変化した世界。それでも生活の根幹は変わらないらしく、私の知識の通りな景色が広がっている。

 ちょっと安心しながらも――アニメや漫画のような奇抜としか言えない容姿をしている学校帰りの子供や、会社帰りのおじ様方を見ると、思わず口から溜息がもれる。

 剣を背負っていたり、杖を持っていたり……そんな人物らが家の並ぶ中を歩いているのは、結構カオスな光景である。

 それを差引けば、うるさくない程度に賑やかで、雰囲気もいい場所である。

 やはり人が住むだけあって、快適な空間となっているらしい。

 

「……」

 

 さて。私は妹を見た。

 歩きがてら訊いたりもしたのだが、依然としてどこに向かうかは答えてくれない。

 「秘密」だとか、「着けば分かる」やらでまったく相手にしてくれないのだ。同じ学校の生徒であるし、怖いことに巻き込まれることはないと思いたいのだけど、流石に不安だ。

 

「そんなことしても得にならないか」

 

 夕陽に照らされた家々を眺めながら歩いていると、不意に妹が立ち止った。

 

「わぷっ! 着いたの?」

 

 思い切り妹の頭に顔をぶつけ、変な声を出す私。

 どうしたのだろうと彼女の前を見るも、その先には道が広がるばかり。何かあるとは思えなかった。

 

「ええ、着いたわよ。ほら」

 

 しかし妹は頷く。

 私の手を離し、横へ向いた。

 どうやら目指していたのは住宅の一つだったらしい。

 まさか妹の家? 会って一日でご招待されちゃうの?

 

「……あそこ?」

 

 などと考えながら妹の視線を追い、硬直。

 そこには小さいながらもおしゃれな喫茶店があった。

 レンガ造りのような見た目の家で、煙突が付いている。ファンシーな見た目は周囲の住宅に浮いているが、かなり可愛らしく『入ってみたい』と興味を引かれるデザインであった。

 家の前には木製の看板があり、そこには『喫茶店』とシンプルすぎる名前が。

 住宅街を歩いていたので、喫茶店の登場は意外だった。てっきり妹の自宅へ招待かと思ってたのに。

 まぁ、自宅に招待された方が怖いし、ここは喫茶店でよかったと喜ぶべきか。

 

「ええ。あそこ。可愛いでしょう?」

 

「可愛いけども……誰かに聞かれたら困るんじゃないの?」

 

 それにこの喫茶店、開いてない気がするんだけど。

 中は真っ暗だし、人がいる気配すらない。扉すら空いているか分かったものじゃ――

 

「さ、入って」

 

 普通に入りおったよ、この人。

 窓から中の様子を窺っていた私は、妹が躊躇いなく入っていくのを見て、仕方なくそれに続いた。

 ドアを開け、中に入る。ドア上部のベルが、小気味のよい音を奏でた。

 中は当たり前だが、外で見たように暗かった。かろうじて妹の金髪が見えるくらいで、テーブルやいすなど、外で確認できたものは黒い影としてしか目視することができない。

 上下不安定な場所を歩くような、おぼつかない感覚で妹のすぐ後ろへ歩いていく。彼女の肩に手を置き、私は息を吐いた。

 

「ここって妹のお店なの?」

 

「ううん。友達の店」

 

「よく平然と言うよね」

 

 犯罪者発言を堂々とするなんて、こいつは人間としてどうなのだろう。

 

「ああ、心配しなくても許可は貰ってるから大丈夫よ、姉さん」

 

「そ。心配はしてないけど、安心したよ」

 

 あちらが私に遠慮していない以上、私が遠慮する必要もない。

 苦笑して私が答えると、妹はゆっくり歩き出した。

 と、そこで私は気づく。

 私達の前方、微かにだがそこから光が漏れているのだ。曲がり道になっているのだろう。右方向から射し込んでいる光を目指して、妹は歩く。

 二人しかいない店内で、革靴の立てる足音が響いた。

 

「誰かいるの?」

 

 暗闇と無音に耐えられず私が言うと、妹は振り向――かずに、頭を動かしてツインテールで攻撃してきた。

 無論髪なのでそれほど痛くはないのだが、目に入ったせいで結構痛かった。

 

「あと少しで分かるわよ、せっかちさん」

 

「口だけで言えばいいのに……」

 

 呻きながら言うも、妹には効果がないようだった。

 歩みを止めずにずんずんと進んでいく。妹の言った通り、それから少しもせずそこに何があるのか分かった。

 暗闇の中から、明るい光の中へ。ほんの少し目が眩むような感覚を覚え、私は目を細める。

 そこにあったのは座敷の部屋だった。洋風な見た目の喫茶店に反し、こちらはかなり和風な造りである。

 畳の敷かれた床、布団のないこたつ、その上に置かれた急須と皿に入ったお菓子。中々の広さで、周囲には電気ポットや、棚が置いてある。居心地のよさそうな場所であった。

 

「はい、ここで靴脱いで上がってって」

 

 部屋の入り口前で観察をする私へ、ドアを閉めて妹は言う。

 ここで話、ね。確かに話をするにはいい場所だけども、わざわざ友達の喫茶店に来て、その裏でお話ってどうなんだろう。

 釈然としないが、帰るのも癪である。

 言われた通り靴を脱いで座敷に上がる。適当な席に座り、妹へ視線を向けた。妹は靴を脱いでいるところで、「よっこいしょ」だとかおじさんくさいかけ声を出している。

 なんだろう。その部分でやけに繋がりを感じてしまう私だった。

 

「あなたが楼さんですね」

 

 突然聞こえた声に、私は体を震わせた。

 まさか誰かいるのを見落とした?

 慌てて周囲を見回すも、声を出したらしい人物はいない。なんとなく天井を見たりもするのだが、無論そんな場所に人がいるわけもなく。

 

「今の妹?」

 

「違うわよ。私は姉さんって呼ぶでしょ」

 

 問いに呆れ顔で答え、彼女はこたつを指差す。

 それにつられるようにして私は下を見るのだが……いた。こたつの中で丸まるようにして潜む何者かが。

 

「こんばんは。ご機嫌いかがでしょうか?」

 

 優姫ちゃんよりも優雅さが多分に含まれた、ゆったりとした口調。丸まった何者かはぬるりと滑るようにこたつの下から出て、その姿を現す。

 その人物は私たちと同じ制服を着た少女だった。肩くらいまで長さのある黒髪。身長が少し高く、キリッとした凛々しい顔立ちは同じ女子と思えないカリスマを漂わせている。

 頭に乗っている小さい帽子が軍チックで、雰囲気もありなんだか司令官っぽかった。

 とてもこたつの中に隠れているような人物には見えないのだけど、何をしていたのだろう。

 

「そうだけど……なんでこたつの中に?」

 

「妹が見つけてくれるかと思いまして。まさか楼さんを連れてくるとは思いませんでしたけど」

 

 微笑みながら答える少女。

 この人は結構お茶目らしい。妹ともそれなりな仲みたいだ。

 

「子供よね、相変わらず。リーダーやめたら?」

 

 リーダー?

 妹の言い放った言葉に首を傾げる私。

 ええと、リーダーってあの人のことだよね。

 私の斜め左の席へ座った少女を見てみる。彼女は「あう」と小さく唸っていた。子供と言われて落ち込んだみたい。

 

「リーダーとは初対面だったわよね。ほら、自己紹介」

 

「う、うん」

 

 妹に促され、びくっと体を跳ねさせて反応するリーダー。役職名の割に妹より立場が低そうなんだけど。

 心配する私。しかしリーダーは深呼吸すると、顔を出会った当初のように凛々しくさせる。あう、とか言っていたときは頼りなさそうだったのに、今の彼女からは役職に相応しい覇気を感じる。

 彼女は胸を張り、大きな声で堂々と名乗る。

 

小西 麻緒(こにし まお)。二年生です。よろしくお願いします」

 

 見たことがないとは思ったけど、まさか上級生とは。

 妹が思い切りため口きいていたけど、いいのだろうか。

 名乗られた以上無視はよくないだろう。頭を下げておく。

 

「麻緒さんですか、よろしくです」

 

「あ、敬語とかいいよ。私はリーダーだから使うけど、仲良くフランクにね」

 

 パッと表情を子供っぽく変えてウインクする麻緒さん。

 ……妹もだけど、この人も個性が強そうな人だ。

 

「うん。分かったよ。よろしく、麻緒」

 

「うんうん、よろしくね」

 

 麻緒さんは嬉しそうに笑った。

 この教育番組のお姉さんを思わせるノリはなんなのだろうか。

 

「さて。自己紹介は済んだわね。じゃあ本題に入るわよ」

 

 妹が急須でお茶を淹れながら話を切り出す。

 一つ二つ三つ。しっかり人数分淹れ、私達に配る。

 一口飲むと、彼女は真面目な表情で口を開いた。

 

「私達は今、優等生を潰すよう活動しているわ」

 

「待て」

 

 妹が一言言い終わるタイミングで間を空けずに制止する。

 

「なによ、姉さん。お茶は冷たいのが好みだった?」

 

「違う。話の内容が全然妹と関係ないよね、これ」

 

「関係あるじゃない。私のしていることなんだから」

 

 にやけ顔で迷うことなく返す妹。

 確かに妹は、私のことについて話してあげると言っていた。だから間違いではないのだが……詐欺じゃない?

 

「騙したな」

 

「ええ。だって話すつもりなんてないから」

 

 睨む。が、効果なし。妹は開き直った様子で頷いてみせる。

 

「本人が忘れてるのに、私が教えるなんてなんかむかつくし」

 

 そんなくだらない理由で私を弄んで——って、あれ?

 

「私が記憶喪失だって知ってるの?」

 

 私の記憶喪失は学校の先生くらいしか知らないはずだけど、何故妹が知っているんだろう。

 訝しむ視線を送ると、妹が胸を張って答えた。

 

「勿論。私達の情報収集能力をなめたらいけないわよ」

 

 『私達』。複数形であるのを考えると、なんらかの部活動だろうか。

 いや、でも部活動が学校の名簿を漁るようなことはしないだろうし……。

 

「まぁそれは今話さなくてもいいわ。大切なのは私達が何をしようとしているのか、ということ。それだけよ」

 

「いや、記憶喪失を知られてたこととか、妹の正体とか今話してほしいんだけど」

 

「さっき言ったように私達は優等生を潰す算段を立てているわ」

 

「無視かっ!」

 

 完全なるスルーに声を荒げて抵抗する。大声を出したのは久しぶりな気がした。

 

「うるさいわね。あー、じゃあ知りたいなら私達に協力しなさい。少しはヒントをあげるから」

 

 何処吹く風と、知らんぷりしていた妹は、こちらが罪悪感を抱きそうになるくらい面倒そうに言った。

 なんだろう。この有無を言わせない妹の雰囲気は。こっちは悪くないのに、私が委縮してしまう。

 

「いきなり理由もわけも告げずに連れてきたらこうなると思いますけど……」

 

「リーダーは黙ってなさい」

 

「はい、ごめんなさい」

 

 このリーダーも私と同じような現象に陥っているようだ。些か重症だけども。

 すっかり縮こまった麻緒を一瞥し、妹が溜息を吐く。

 

「そうね。確かに理由を告げないのはいけなかったかしら。じゃあ、なんで私が姉さんをここに連れてきたか説明してあげる」

 

 随分と上から目線なお言葉だが、それでも何も知らない私からしたら有り難い提案だ。私は頷く。

 妹は湯呑片手に髪をかき上げ、さも優雅に答えてみせた。

 

「理由は簡単。私達の仲間に姉さんを入れるためよ」

 

「ごめん、よく意味が分からないんだけど」

 

 むしろ妹の発言によって疑問が増えた気がする。

 

「最後まで聞きなさい。いい? 私達は『絶対評価制』の廃止を目指す『組織』なの」

 

「え……?」

 

 絶対評価制を廃止。

 私は耳を疑った。

 そんな目標を掲げる組織なんて初めて耳にする。

 世間一般、いや全世界で絶対評価制は歓迎されていると私は聞いている。

 無論反対する者はいるのだが、評価がないものの僻みとして大体馬鹿にされていた。

 負け犬だ――と。

 

「まぁ、簡単に言えば負け犬の集まりね。中には物好きと正義漢がいるんだけど、それは例外」

 

 私の思考を読んだような言葉を続け、妹はさらりと負け犬を自称する。

 負け犬の集まり、絶対評価制の廃止……にわかには信じがたい。が、その隣でこくこくと頷いている麻緒を見ると、それが真実なのではと私の中に確信めいたものが生じる。

 会って間もないが、あの人、物凄い正直者だと思うのだ。とても嘘など言えそうもない顔をしている。

 妹の言うことはもう記憶するだけで、信じないことにしようと思っているのだが、麻緒さんなら信じられる。

 

「それで? 私も負け犬だと思われたの?」

 

 間違ってはないのだけど、私は評価が要らないだけ。評価を得るような行動を意識したくないし、かといって雑魚として分類されたくない。微妙なラインにいるデリケートな存在なのだ。主に心が。

 落ち込みながら私が問いかけると、彼女は首を横に振った。

 

「ううん、違うわ。姉さんが絶対評価制の鍵を握ってるから。ただそれだけ」

 

「私が?」

 

 この子は何を言っているのだろう。

 私はただ親が死んで、記憶を失っただけの女なのに。

 それにそんな重要な役割を担っていたら、国からなにかしら言われるだろう。

 少なくとも、お金と学校だけ与えて放置、なんてことはしない筈だ。

 

「まぁ、そのことについて姉さんは私とともに綺麗さっぱり忘れてるみたいだけど……そこは自分で思い出して、というわけで」

 

 なにがというわけで、だ。

 心の中でつっこみを入れつつ、妹の説明を待つ。

 教えてくれないのは癪だけど、妹は協力すればヒントをくれると言っていた。

 自分の失くした記憶に興味がないと言えば嘘になる。

 ここは黙って私が手伝うことを聞いておいても損はないだろう。

 ヒントの件も嘘ならばもう救いはないのだが……そのときはここで話されたことを思い切り公表してやろうと思う。

 

「今日、『組織』の頭脳からメールが来たの」

 

 妹は端的に話を切り出し、ポケットから携帯電話を取り出した。ボタンを押して少々の操作した後、彼女はその画面を私に見せる。

 件名は『優等生、及び試験について』。内容は――

 

「優等生がついに問題児を駆逐する活動――教育を開始したらしい。組織構成員は迅速に優等生の壊滅に繋がる策を考えるように。追伸。君の姉だという人物の試験はこの問題に対する貢献度で計ることに決めた。よろしく」

 

 メールを読みあげ、私は首を傾げた。

 内容はともかく、私の名称がおかしい。

 『姉だという人物』。妹の仲間も、妹の言うことを信じていないような呼び方である。

 記憶喪失のことは調べられるけど、妹については調べられなかったのだろうか。確かに身内も知らない人物のことを調べるのは骨が折れるだろうけども。

 

「実は今日戦ってたのも、この命令に従ってたからなの。情報屋から情報を得て、見張りの優等生を排除して……それで、ああやって苦戦しながら姉さんを待ってたのよ」

 

 考える私の前、妹が誇らしげな顔をして言うのだが……それがどこまで真実なのかは分からない。実際、かなりぼろぼろにやられていたし、本当は弱いのかもしれない。

 ただ、あれが計画通りだと考えれば辻褄が合う。

 教室で私に話しかけてきた優等生っぽい少女。彼女は妹になにか依頼されたと思っていいだろう。

 クラスメイトだし、少したら友人が来るから行き先を教えてあげて、とでも頼めば素直に聞いてくれるはずだ。

 一人納得して頷く。

 

「なるほど。とりあえずは信じておくよ。それで、私は『教育』とやらを始めた『優等生』を潰せばいいの?」

 

「ええ。手伝ってくれれば約束通りヒントをあげる」

 

 こくりと頷く妹。迷いなく頷く彼女は嘘を言っているようにも見える。

 しかし私は彼女らに抵抗しうる手段を持っているので、嘘をつかれてもちょっと脅迫するくらいはできるだろう。そこまで心配する必要はない。

 

「分かった。じゃあ手伝ってあげる」

 

 私が了承すると、妹と麻緒さんが嬉しそうに笑った。

 自分の記憶のヒントを知るため。それが引き受けた主な理由だけど、『優等生』のいじめまがいな行為を放っておくことはできそうもなかった。

 私が『教育』のターゲットになることもあるだろうし、他人事では——ん?

 

「そういえば、なんで私じゃないんだろう……」

 

 よく決闘のターゲットにされている私。

 その私がやられず、なんで夢深が狙われたのだろうか。

 偶然かとも思える些細なこと。けれども何故か、私の頭からその疑問が離れることはなかった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 あれから今日は解散ということになり、私は自宅へ向かった。

 街の中心近く。様々な音で賑やかになっている一角に、私の住むマンションはある。

 名前は知らない。ただ、街の中心に建てられているだけあり、とても大きく立派だ。五十階建てで部屋なんていくつもある。

 ほぼ新築なので灰色をした比較的地味な壁なども輝いて見えた。

 ここに住むことになった当初こそ慣れなかったものの、今ではなにものにも代え難い愛しい我が家となっている。 敷地内に足を踏み入れ、心が落ち着いていくのを感じながら私はマンションへ入っていく。オートロックのドアを越え、エレベーターを使って四十階へ。

 エレベーターを出ると、右突き当たりの部屋の中に入った。

 

「ただいま」

 

 部屋の電気はもう点いていた。

 靴を脱ぎながら横にかけられた時計を見れば、時刻は六時近く。

 すっかり遅くなったものだ。部屋が明るくなっているのも納得である。

 私は鞄をすぐ近くの床に置き、小さく息を吐いた。

 外観の高級そうな見た目に相応しく、マンションの部屋も広く立派で、居心地がいい空間となっている。

 柔らかい光が玄関を照らし、廊下はおしゃれなランプで彩られていた。その光景は高級ホテルだ。とても高校に通う女子が帰る場所とは思えない。

 一ヶ月経過した今も、幻想的ともいえる風景に感動を覚える。

 靴を脱いで、ピカピカの床に足をつける。玄関からまっすぐ続く廊下を歩いていき、正面つきあたりのドアを開いた。

 

「あら、お帰りなさい。楼さん」

 

 明るい部屋。ソファと大きな画面のテレビが置かれたリビングの中で、掃除をしていたらしき同居人が笑顔を浮かべた。

 身長が私より少し低く、女性らしいスタイルをした彼女は、汚れ一つない床にモップをかけている。白いエプロンをしており、その姿はとても家庭的に見えるのだが、彼女がそれをしているのはとても似合わないと思った。

 流れるような金髪のロングヘア。おしとやかそうなたれ目と、常に微笑を浮かべている口。彼女の見た目もそうだが、仕草や身のこなし一つ一つから高貴な気品が感じられる。

 ――そう。どう考えても掃除する側ではなく、させる側に立っているような容姿をしているのだ。

 見た目やマナーに言葉遣い。全て完璧で、これだけお嬢様という言葉が似合う女性はいないだろう。家事が趣味だとか言わなければ。

 

「ただいま、華蓮(かれん)さん」

 

「はい、お帰りなさい。今日もお疲れ様でした」

 

 私が帰ってきたからだろう。彼女はモップを床にかけるのを止め、自室へそれをしまいに行った。

 足音を立てずゆっくり歩いていく背中を見送り、私はソファへ腰掛ける。ふかふかで体が沈むように柔らかいそれは、言うまでもなく座り心地がいい。ベッドにしても問題ないくらいだ。

 私はリラックスしきり、深く息を吐く。

 今日は決闘を三回申し込まれたりしなかったけど、実質四人を相手に戦った。肉体的疲労はそれなりに貯まっている。精神的な疲労は言わずもがな。

 

「疲れたなぁ……」

 

 充実感とはまったくの逆。自分の疲労に見合ったものが手に入るかは分からず、先の見えない不安に胸が少し苦しくなる。

 心配しても何も変わらないのは分かっているんだけど、そう簡単にはいかないのが人間である。

 

「楼さん楼さん」

 

 心配事に胃を痛めていると、視界の横からひょっこりと華蓮が顔を出した。

 わくわくと輝いた目をこちらに向け、手にしているものをこちらへ差し出す。

 お皿に乗ったそれは見事な出来のケーキだった。どこかお店で買ってきたかとも思うクオリティーなのだが、私はそれが華蓮作だと分かっていた。

 

「今日も作ったの?」

 

 私は感心が半分、呆れが半分で受け取りながら尋ねた。すると彼女は笑顔を浮かべて頷く。

 華蓮はよく仕事終わりや休日に趣味である家事に勤しむ。今日も仕事が終わった後にケーキを作って、掃除をしていたようだ。

 このご時世に、よくそこまで時間があるものだ。それで給料もこのマンションに住めるくらい高いのだから、なんとも言えない。流石は国の公務員といったところか。

 

「試食してくださいまし」

 

「ん、分かったよ」

 

 促され、フォークをケーキに刺す。

 今回彼女が作ったのはショートケーキだった。クリームがたっぷりかかっており、横の切断面からは赤いイチゴが見える。それの置かれた位置が規則正しく、彼女の性格を如実に表していた。

 苦笑しつつ、刺したフォークを動かしてケーキを一口大に切る。

 三角形のケーキは、崩れる、などと思う暇もなくすんなりと切断され綺麗な切り口が見える。

 ちょうど一口分に切るときにイチゴが一個入るよう設計されているようで、フォークにイチゴがひっかかることはなかった。

 イチゴとイチゴの間に切り取り線があるみたいだ。これはこれで便利かもしれない。バランスを守ると共に、味の均一化も図れる。

 イチゴがない、スポンジとクリームの甘さもじっくりと味わいたい、とも思うけど、それは贅沢だろう。

 食べる以上、感想とアドバイスを考えておかないといけない。

 じっくり観察をし、私は一口大に切ったそれをフォークで運び、口に入れた。

 まず感じたのは濃厚な甘さ。クリームはこれまでかと甘味を主張し、しっとりとした口触りは心地よく、私に途方もない幸福感を与える。

 しかし、これだけではしつこい味になってしまう。

 そんな懸念を抱く私だが、趣味を自称するだけあり、その点も抜かりはない。

 幸せなクリームの味と、スポンジの素朴で柔らかい味わい。一度噛みしめることで、甘さだけを訴えかけていたケーキは、絶妙な塩梅の甘味へ姿を変える。

 クリームが二種あるのでは、と思ってしまうほどスポンジは抵抗なく噛み切れ、溶けていく。

 バランスを考えて味付けをプレーン寄りにしたのだろう。クリームとのハーモニーがたまらない。

 フォークを刺し、切断したときからなにかしらの工夫はあるだろうと思っていたけども、まさかイチゴの配置だけではないとは。

 職人技としか言いようのない味に感心する私は、もう一度歯を動かし、イチゴをかじる。

 するとどうだろう。上品な甘さが広がる口内が、果物特有の甘酸っぱさによって緩和――いや、それぞれの味を更に高めつつ、のみこんだ後もさっぱりとした余韻を残すではないか。

 最初に強い甘味を感じさせ、次にそれを弛め、最後に口直しと言わんばかりに引き締める。その一連の流れが計算された絶妙なバランス。

 シンプルイズベスト。誰かが言っていた言葉が今は痛く理解できる。余計な味付けはせず、作ろうと思った一品に向き合い、工夫とバランスを考えるだけで、それは逸品となりうるのだ。

 

「……美味しい」

 

 目を瞑り、最初の一口を味わうこと数秒。

 色々と考えたことはあるのだけど、私の口からはまずシンプルな一言が出た。

 美味い。これは今まで食べたケーキと格が違う。

 嬉しそうに笑う華蓮さんを前に、私は二口目を食べた。

 今度は全て一緒に一度噛みしめてみる。後味は一口目より甘ったるいけど、これぞショートケーキという、甘味と酸味の味わいがいい。

 

「本当に美味しそうですわね。楼さんに喜んでいただけたようで幸いですわ」

 

 私の食べっぷりが良かったからだろう。華蓮が手を合わせて微笑み、キッチンへと向かっていく。ご機嫌にスキップなどしながら。

 

「お茶はなににいたします? やっぱり緑茶でして?」

 

「うん。お茶と言ったらやっぱりそれかな」

 

 カウンターテーブルの向こうに立つ彼女へ返事を返す。

 このケーキと合うか、と言われれば無論ノーなのだが、もう食べてしまったので関係ないだろう。

 洋菓子を食べているとき以外、私はバリバリの緑茶派である。

 

「はい、どうぞ」

 

 手際よく緑茶を湯呑二つ分用意し、ソファ前のテーブルへ置く華蓮。

 私は軽く頭を下げてソファの近くに座り、早速それをいただく。

 ケーキが幸福感を与える味ならば、温かく渋いお茶は安心感を与える味であった。

 一口飲み、ホッと一息つく。

 

「ケーキごちそうさま。かなり腕を上げたみたいだけど、なにかあったの?」

 

「今朝新しい能力が出まして。『スポンジ作り』……でしたっけ」

 

「それまたマニアックだね」

 

 なるほど。通りでスポンジが別次元になっていたわけだ。

 しかしスポンジだけか……。

 世の中には『パティシエ』なんてお菓子作りが習得できる能力があるというのに、運があるのかないのか。

 まぁ、絶対評価制で開放される能力は完全ランダム。そういうこともあるだろう。

 

「それで能力いくつだっけ? 華蓮かなり能力持ってるよね」

 

 容姿もよく、混沌前から国家公務員として働いていた彼女はエリート中のエリート。

 能力なしでも完璧超人と呼べるくらいの力を持っており、彼女の評価は言うまでもなく高い。

 そんな彼女の能力の数は何個なのだろう。ふと気になり、尋ねてみた。

 少々考える素振りを見せ、華蓮は首を傾げる。

 

「三百は超えますわね。自分でも把握できない数ですわ」

 

 能力は自分の感覚で何個、何を持っているか把握できる。評価の高さも同様だ。

 私には縁のない話だが、高評価者は能力の全てを把握するのに時間がかかるらしい。膨大な情報量を処理するのは、怪物となった人間でも大きな手間みたいだ。

 華蓮もまた、そうなのだろう。

 

「それはそれは。羨ましいことで」

 

「え? 楼さんは全然羨ましく思わないでしょう?」

 

 ホームドラマ的なノリの冗談に真顔で返してきた。

 肩を竦めていた私は、苦笑いを浮かべる。

 彼女とは長い付き合い。『混沌』で家族と記憶を失い、絶望していた私を助けてくれたのが華蓮である。

 それ故に私の性格も結構深くまで知られているため、その反応は自然に思える。

 少しくらいノッてくれてもいいと思うけども。

 

「う、うん。思わないよ。ちょっと冗談を言っただけ」

 

「……まだ絶対評価制に慣れませんの?」

 

 ちくり、と。

 刺すように鋭い視線が私に向けられる。それは私への怒りからではない。そう分かっているというのに、私は怯えてしまう。目を逸らし曖昧な、返事ともとれない何かをぶつぶつと呟く。

 

「道を外れるなら外れる。歩くなら歩く。しっかり判断しないと、後悔することになりますわよ?」

 

「そう……だね。私は道を外れる気でいるんだけど」

 

 私の言葉を、絶対評価制への未練とでも受け取ったのか。相手の発言の意図は分からないが、私は思っていることを答える。

 彼女はどこまでも私の味方だ。だからこそ、このような言葉もかけてくる。だから、あんな怖い顔をする。

 

「……すみません。冗談だと言う前にどもっていたから、まさかと思いまして」

 

 少しすると、華蓮がいつもの様子に戻る。私が怯えていたのを察したのだろう。彼女は頭を下げた。

 ――確かに、未練がないと言えば嘘になる。

 絶対評価制は魅力的だ。評価を得れば得るほど、自分の才能が自身に分かる形で増えていく。

 それはかつて『努力』と呼ばれたものより、遥かに確かなものだ。

 夢が破れても能力は残り、評価を上げていけば何らかの職につけるほどの技術が身に付くこともある。

 就職以外にも、剣術や魔法といった類の能力もまた興味を引かれる。

 これまで読んでいただけの世界の力を、自分が使用できるのだ。わくわくしない人間は皆無と言っていいだろう。

 私は迷っているのかもしれない。本当にこのまま絶対評価制を嫌い、最低限の関係を持ち続けるのか。それとも、自身の力を磨いていくか……。

 

「いや。私も悪かったから。そうだよね。あんなこと言った後にこんな状態じゃ、頼りないよね」

 

 一瞬頭に浮かんだことを否定するように頭を振り、私は答えた。

 私は絶対評価制を否定する。そう決めたのだ。

 何年も前から決めていたのに、今日たった一つの出来事で揺らいでいては仕方がない。

 私に力がないのは今に始まったことではないし。

 

「まぁ時間はありますし、のんびり決めてくださいまし。私は楼さんを応援していますから」

 

 彼女はきっと、私が中途半端でいるのが嫌なのだろう。そして私がそんな状態だと、自分を許せなくなるのだろう。

 華蓮さんはそういう人だ。責任感が強く、面倒見がいい根っからの善人である。

 だから私が高校に入学した後も、こうして引き続き面倒を見てくれているのだろう。そんな義理はないのに。

 食事の用意をすると言って、再びキッチンへと歩いていった華蓮。

 一人になった私は、先程頭に思い浮かべたことを無意識に考えていた。

 

 ――力があれば、夢深だって楽に助けられたかもしれない。誰にも狙われないかもしれない。

 

 けどそれは、やはり違うと思うのだ。

 力があれば誰かを助けられるかもしれない。安全かもしれない。

 でも。私はどうも好きになれない。

 『混沌』。世界中の人間が好き勝手に能力を振るまった、ほんの僅かな時間。

 私の両親は、その時に死んでしまったのだから。

 

 

 

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