『優等生』。
現在学校でこの部活が存在しないのは有り得ない、とも言われる最もポピュラーな組織である。
そのはじまりはとある田舎高校の生徒が、絶対評価制に適応するべく立ち上げたものだと言われるが、正直なところ詳しいことは分からない。いつの間にか全国の高校、学校で『優等生』という組織は結成され、有名となったのだ。
彼らの活動内容は以前も語った通り、評価を得て優等生となることだ。
評価、能力はそれだけで将来を決め得るものとなる。
なので、『優等生』のような組織が結成されるのも納得だ。だからこそ……。
「問題を起こすなんて、想像できないよね」
組織について回想し、私は溜息を吐いた。
昨日のような『教育』なんてすれば、評価が暴落するのは目に見えている。
人生を憂い、評価を重要視する彼らがそんな行為をするとは思えなかった。
むしろそれは、評価を得ていない負け犬のすることだ。
自暴自棄。絶対評価制がある今、彼らが行っている『教育』はその言葉がなによりも似合う行為だろう。
「まずは事実確認かな……」
最初はそれが妥当だろう。
『優等生』の集会はほぼ毎日やっているというし、それを遠くから眺めるとしよう。
「やぁやぁ、楼。朝は相変わらず難しいというか、パッとしない顔してるね」
朝のホームルーム開始を待つ私の前に、いつもの人物が現れた。
天真爛漫な笑顔を浮かべた紀理である。彼女は私の席の前に立ち、挨拶代わりに軽く手を挙げる。
朝は弱い。いつも私はそう言っているのだけど、彼女がそれを気にしている様子は皆無だ。
私は半眼をつくり、呆れながら返事を返す。
帰れとか言いたいけど、今日は彼女に訊きたいことがあった。
「おはよう。今日も元気だね」
「おうともっ。元気は取り柄だから」
昨日と同じような返答をする紀理。両手を挙げるポーズすらまるっきり一致していた。
私がペアを断ったことはすっかり忘れているようだ。有り難い。
「ねぇ、紀理。ちょっと訊いていい?」
「んぅ? 珍しいね、楼から話なんて」
紀理が首を傾げる。
そういえばこの一カ月、私から紀理に話しかけたことがないような……。本格的にこの子が私につきまとう理由が分からなくなってきた。
苦笑し、私は怪しまれない訳を考える。
一ヶ月話さない人物が話しかけるなど、相当な理由がなければ成立しないだろう。
よし、ここは自虐しておくとしよう。
「ちょっと気になることがあって。だけどほら、私って知り合いそんないないでしょ?」
「うん」
即答されると結構傷つくんだけども。
まぁ知り合いがいないのは事実なので黙っておく。
「遠慮しないでなんでも訊いてご覧なさい」
「優等生について知ってることはない?」
「優等生? ……ってあれ? 大勢入ってる部活のこと?」
首肯。尋ねる紀理へ頷いて返す。
いくら紀理でも優秀な生徒である優等生と、部活の『優等生』を間違えることはないようだ。
「なにっ? まさかついにあのイケメンさんの誘いに乗っちゃうの?」
妙な勘違いはするみたいだけど。
後ろに体を反らし、紀理は驚愕したふうな表情をする。
「いやそういうわけでもないんだけど。単なる好奇心だよ」
イケメン、が誰を指しているのかは分かる。十中八九、村上だろう。
私があいつの誘いに乗るような人物に見えるのだろうか。だとしたら少し心外である。
「なんだぁ。そんなら別にいっか」
「で、優等生について教えてくれない?」
「うん。何を知りたいのかね?」
「普段の活動かな」
これで『教育』らしき行為の欠片でも出てくれば、彼らが悪行を働いている可能性がぐっと高まる。
私が尋ねると彼女は、顎の下に手を当てて小さく唸った。
「うーん、確かボランティアだったり、勉強したり、運動したり……学生らしく、評価を得るために協力する、って感じだったよ」
紀理の語ったのは私の知る『優等生』と変わらないことだった。
必要以上に正しく、爽やかな団体。学校にもよるだろうけど、我が校の彼らは問題の「も」の字が見つからないほど優等生なのだ。
私は考え、紀理へ質問を続ける。
「なにか問題を起こしていたりは?」
「問題? ないと思うよ?」
問いに、紀理はきょとんとした表情をする。
彼女は私と丸っきり同じ知識らしい。活動内容、問題の有無、それらに対しての認識が一致している。
聞き込みをしても情報は得られそうにない。やはり見張りしかないのだろうか。索敵能力持ってる人間がいないとは限らないし、あまりやりたくはないんだけどなぁ。
「ありがとう。答えてくれて助かったよ」
落胆を隠し、私は笑顔を浮かべる。私の目的と彼女は関係がないことだ。ここは素直にお礼を言っておくとしよう。
「おう。どういたしまして。けど、全然詳しくなかったでしょ?」
苦笑いを浮かべる紀理。
彼女は帰宅部。顔は広いが、授業外のことはあまり知らないのだろう。それを自覚しているようだった。
どう答えようか私が悩んでいると、目の前に立つ紀理が手をポンと打った。
「事情は知らないけど、もし詳しく知りたいならイケメンさんを利用すれば?」
私は多分、それを耳にしたとき凄まじく嫌そうな顔をしただろう。自分の表情は見えないが、よく分かった。
「ええ……。あのね、私があの人のこと苦手だって分かってるよね?」
「うん。なんとなくだけど、誘いに乗らないことで大体察しがつくよ。話題に出すといい顔しないし」
正確には彼ではなく、彼の周りが苦手なのだけど。
紀理は分かっていて、なんでそんなことを言うのだろうか。
「知りたいことがあるなら、少しは我慢しないとね。それにあの人、根っからの善人で結構ヘタレっぽいし」
なるほど。悪い人じゃないし、何か代償を求められるようなこともない。それならば少しくらい我慢してもよいのではないか、ということか。
尤もな意見である。まさか紀理にそんな常識を説かれるとは。
「そうだね。手段の一つとして考えてもいいかも」
「でしょ? 利用できるものは利用しないともったいないよ」
村上なら『優等生』の深いことも知っているだろうし、適任だ。
彼は嘘を言わなそうだし『教育』が本当に行われているならば、教えてくれるだろう。私は考え、小さく呟いた。
「ん。じゃあ二人きりになれる手段を考えておこうかな」
「なんで!?」
物凄い反応を返された。
何も問題はないのに。こっちがなんでと問いたい。取り巻きを回避したいだけなのだが。
「関係ない人に聞かれるのは嫌だし」
「で、でも二人きりになる必要はないよね?」
「あるんだって。人に聞かれるのが嫌だって言ったでしょ?」
何故そこまで狼狽えるか分からず、首を傾げる私。
二人きりといっても、そこまでいかがわしいものではない。
いって教室で話すくらいだ。二人きりで『優等生』の悪事について尋ねる……取り調べに近い空気になることは分かりきっている。健全すぎるくらい健全だ。
「それに取り巻きが嫌なの、私は」
「取り巻き? ああ、なるほど……」
紀理が納得したようで首を縦に振る。
村上に取り巻きがいることは学校では周知の事実である。
そして彼女らがうるさいのもまた、皆知っていることだ。
「楼が避けるのはなんとなく分かるよ。嫌いそうだもんね、うるさい人」
「それを肯定すると紀理も嫌いな人に入るんだけど?」
「嫌いな人と話さないでしょ、楼は」
そうなんだけど、なんで紀理が自信たっぷりに言うのかな。
堂々と胸を張る紀理に私はジトッとした目を向ける。彼女は楽しげに笑い、私の頭に手を置いてから教室の後ろへ去っていった。
「まぁ、理由も分かったし、それなら応援するよ。頑張ってね、楼」
そんな台詞とともに、ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
やたら演出の香りがするタイミングである。台詞もキザだし。
肩を竦め、私は深く息を吐いた。
「……さて。授業だよね」
友人の要らぬ許可も得た。
活動は放課後からだ。それまでは心おきなく授業に集中することにしよう。
○
昼休み。いつも通り黙々と華蓮作の弁当を食べていると、これまた普段通りに紀理が席の前へやってきた。
「二人で食おうぜーっ」
口調が安定しない奴である。
何が楽しいのか、満面の笑みを浮かべた彼女は、複数のパンを机の上に広げる。
あんパンにクリームパン、チョココロネ。飯にならないような甘いもののオンパレードだ。
「それでご飯になるの?」
「おうっ。今日は甘いものを食べたい気分なんだよね」
紀理の昼食はアンバランスだ。
入学からこうして毎日一緒に食べているのだけど、弁当の日があれば飲み物だけで済ませている日もある。ころころと規則なく変わるそれは、天真爛漫な彼女の表情を思わせる。
「食事が毎日新鮮なのはいいけど、身体に悪いよね、絶対」
「楼みたいに作ってくれる人がいないから、気分に左右されるんだよ。羨ましいよ、まったく」
包装を破き、あんパンを立ち食いしはじめる紀理。その視線は私の前に置かれた弁当に向かっている。
丸型の弁当箱に入っているのは、至って普通な弁当のおかずと白米だ。一見作る手間がかからないように見えるのだが、この弁当は一つとして冷凍食品が使われていない。
冷凍食品と手作り。おかずというジャンルにおいて、その差は分かりやすいくらいはっきりと出る。
まさに月とすっぽん。年々埋まっている距離だが、手作りに届くまでの道のりはまだまだ遠い。
「美味しいんだよね、店のより圧倒的に。いいお母さんじゃあないか」
「あんた誰だ」
変な口調で泣き真似をしながら、クリームパンをかじる紀理へ突っ込む。
華蓮の弁当がすごいのは私も認めるところだ。しかし大袈裟すぎるだろう、そのリアクションは。
素晴らしい塩加減のアスパラのベーコン巻きを味わい、呑みこんでから私は続ける。
「それにお母さんじゃなくて、同居人だっていつも――」
「姉さん!」
嫌な声がした。
教室中に聞こえそうなそれに反応し、白米に刺そうとした箸が底まで深く突き刺さる。
目立つ。間違いなく目立つ。
そうでなくとも彼女は視認性が高い容姿をしているのだ。大きな声を出せば目立つのは自然の道理。
そんな彼女が姉さんと私を呼んだら、私にも注目が及ぶ。無論、悪い意味の注目が。そうなれば、私の不良説の信憑性がいやがうえにも増してしまう。
……いやいや、ちょっと落ち着こう。
箸を救出し、私は静かに首を横に振る。
『姉さん』と人を呼ぶ人物が妹しかいないと誰が決めたのだ?
いや、まぁ姉さんなんて言う人は『妹』しかいないのだけど、私と関係していない妹が別の姉を呼びに来た可能性があって――ややこしい!
と、とにかく。別の人の妹だという可能性もあるのだ。私が過剰反応する必要はないだろう。
「姉さん? なにしてるの?」
ようやく結論を出し、気づくと紀理の隣に妹が立っていた。
……うん。声で大体分かってたよ。ただ、認めたくなかっただけなんだ。私が嫌な注目をされるなんて。
思考の間も残酷に時間は過ぎていく。妹は私が考え込んでいる間に教室へ侵入してきたようだ。
見知らぬクラスで随分と度胸の要ることをするやつである。
「なんでもない。考え込んでただけ」
突然のツンデレ娘乱入に、クラスは珍しく沸いている。間違いなく注目されていた。
クラス中の視線を感じながら、私はできるだけ威厳を保つように答える。妹は「そう」と一言。それから髪をかき上げ、目を細める。
「ちょっと付き合ってくれない? 話があるの」
「話、ね……もしかしてアレ?」
弁当を食べたったのだが、『優等生』についての話なら付き合うことに異存はない。
私の記憶と、生徒達の安全がかかっているのだ。食事が遅れるくらい耐えてみせよう。
弁当の蓋を閉じる私へ、妹は頷いて返す。やはり昨日のことらしい。
「分かった。それなら行くよ」
私は立ち上がる。のだが、妹の隣で不機嫌な顔をしていた紀理が叫んだ。
「ちょーっと待った! あたしとの昼食はどうするのさ!?」
「一人で食ってればいいんじゃないかな」
「すっげー冷たい!」
それくらいで落ち込むようなキャラではないと分かっているので、即答する。こいつの扱いは慣れたものだ。
爽やかな笑顔で私は言うと、弁当をしまいはじめる。授業まであと二十分はある。話をした後に弁当を食べることもできるかもしれない。念入りに蓋の確認をし、しっかりと鞄に入れておく。
それを見て、妹が笑った。
「ふふ、姉さんは私を選んだみたいね」
こいつは本当にいい性格をしている。多分私が即答したときよりも、いい笑顔を浮かべているんじゃないだろうか。
紀理をいじめて楽しんでいるみたいだ。
「なんだとぉ!?」
からかわれているのが分かっているのか、いないのか、紀理が両手を上げて怒りを露わにする。
妹へ一歩近づいて、ヤンキーのように眼をつけた。
「あたしは親友だぞ、今日はたまたまあんたのところに行っただけで、きっと最後はあたしのところに戻ってくるんだからなっ!」
「はっ。不倫された妻みたいなこと言っている時点でたかが知れてるわね。もう少し個性を身に付けないと、姉さんに愛想尽かれるわよ」
妹を見上げ、必死にくらいつく紀理。それに対し余裕の態度を見せる妹。
なんだろうね、これ。
私はご飯を食べてて、正義を貫くべく立ちあがったのに、なんでこうわけの分からないことが起きるのだろう。
睨み合う二人を見ながら、私はしまったばかりの弁当箱を取り出して食事を再開する。まだ言い争いは終わりそうになさそうだ。
浮気現場を発見した妻と浮気相手みたいな会話を繰り広げる二人を見ながら、黙々とご飯を食べ進める私。傍目から見たら、さぞかしおかしな光景であろう。
しかし身に覚えがない話をされているのだから、私にできることはない。黙って見ているだけだ。
「ぐぬぬ……昨日から気にくわなかったけど、まさかここまで腹が立つとは……」
「昨日? あら? ああ、あなた、昨日余りものになってた可哀想な子?」
「むきーっ!」
人の痛いところを突くのは妹の方が上手らしい。
古典的な奇声を上げて紀理が憤る。
流石にこれ以上は可哀想なので、私は弁当の蓋を閉じて言った。
「やめなよ。私は妹を選んだつもりも、紀理を選んだつもりもないから」
『黙って弁当食ってた奴がなに言ってるの?』
二人してやけに冷静な態度で指摘してくる。
そこで正常な反応を示してくるのは、いじめじゃないかな。きめ顔で言った私が馬鹿みたいじゃないか。
「ま、たまにはいいよね。妹さん、今日の昼食は一人で食べるよ」
「ごめんなさい。馬鹿な姉さんを少し借りてくわね」
二人ともすっかり落ち着き、清々しい顔で当人を差し置いて私の受け渡し作業を完了させる。
少し仲良くなったのはいいけど、その間に私の心という大きな犠牲が払われたことを忘れないでほしい。
妹に強引に腕を引っ張られ、教室を出ていく。ツインテールが目の前で揺れる光景に、既視感を覚える私であった。
○
妹は階段を上がり、屋上へのドアがある小さな長方形状のスペースに着くとようやく手を離した。
しっかり施錠された扉。その前に立ち、後ろにいる私へと振り返る。
屋上まで上がるつもりはないようだ。
少し安心しながら、私は口を開く。
「で、話って?」
「『優等生』のことよ。彼らを潰すための作戦でも聞こうと思って。何か考えてきたでしょ?」
私が勝手に勘違いしていたことだけど、情報をくれる、などといった用件ではないようだ。
不敵に笑う妹へ、首を横に振る。
「潰すことは考えてないよ。今は『教育』が本当に行われているか確認を考えてる」
「……『組織』のことは信用できないかしら?」
少々の間を空けて返ってきた答え。
組織は『教育』が行われていると断定していた。それを私が本当か再確認しようとしている。
少し疑い深い行動かもしれない。けれど。
「そうだね。昨日会ったばかりの人を疑うのは当然だと思うし、人が多い部活動を信じたくなる気持ちはある。私はそれが当たり前だと思うよ」
「素直ね。まぁいいわ。私も正直、考えてたのよ」
妹は苦笑し、肩を竦める。
意外な返答だった。否定されるとばかり思っていたのに、肯定されるとは。
「と言っても、私は絶対『教育』があると認識しているわ。現に昨日起きたんだもの」
「じゃあ何を考えてたの?」
「『優等生』の誰が行っているか、よ」
ふむ。確かに彼らほどの大規模な部活ならば、なにかしら派閥のようなものができていてもおかしくはないだろう。
優等生を目指す場所だ。様々な面で未熟な人間もいることだろう。
大人数ならば全員の把握も難しい故、目立たずに小規模で『教育』をすることも可能だろうし。
妹の考えも尤もである。組織が行っているとして、その誰が主犯なのか。責任をとるべくは誰なのか。はっきりさせるべきだろう。
「……だったら、なんで私に潰す作戦を考えたか、なんて訊いたの?」
「『組織』は絶対評価制、その支持者に短絡的なところがあるから」
妹が嘆息する。
そういえば昨日見たメールの文面でも、壊滅がどうとか書いてあった。
『教育』が行われていることが分かったとして、その主犯が分からないままに部活ごと潰す指令を出すなんて、よほど絶対評価制を嫌っているのだろう。
もしくは、被害が出る前に迅速な対応をしているのか。
後者ならば少しは理解できるが、妹の言葉を聞く限りそれはなさそうだ。
「けど『教育』を止めさせれば文句は言ってこないから、姉さんの方法でも問題ない筈よ」
そう言って、妹は腕を組んだ。
何か考えているようで、目を伏せて沈黙する。
「……そういえば、夢深のことがあったのに姉さんは『教育』が行われているかを疑ってるの?」
やがて問いかけたのは、当然とも言える疑問であった。
私は頷いて答える。
「うん。いじめみたいなことをされてたのは分かるけど、あれが『優等生』によるものか、それともただの生徒が起こしたものなのか分からないでしょ? 私の疑いを否定しないことを考えると、昨日の三人について調べがついてないみたいだし、決めつけはよくないと思って」
ぺらぺらと長い台詞を話す私に、妹は目を見開いて驚いた後に、笑みを浮かべた。
「そ。しっかり考えているみたいね、安心したわ」
「そりゃ私と生徒のためだもん。深く考えるよ」
「心配は要らなそうね。あ、そうだ」
なにを思い出したのか、ブレザー内側のポケットを漁る妹。慣れていないのだろう。何回か引っ掛かりつつ、彼女はポケットから青い携帯電話を取り出した。
ストラップの類いは付いておらず、色は黒。妹にしてはシンプルな色である。
「いざというときに連絡がとれるようにしておきましょ。はい、赤外線」
連絡先の交換をしようとしているらしい。
断る理由もないので、私も携帯電話を手にする。メニューを操作し、赤外線を受信。
ほどなくして連絡先の交換は済んだ。
「これでいつでも姉さんを呼べるし、姉さんも私のことを呼べるわよ。嬉しい?」
「そんなには……」
少し頼もしいくらいだろう。
私が答えると、得意げな顔をしていた妹は口をへの字にさせる。
「ここは嬉しいって言っておきなさい」
「嬉しい」
「――姉さんいい性格してるわよね、ほんと」
それはこっちの台詞である。
ため息を吐く妹へ、抗議の視線を送る。彼女は鼻をふんと鳴らして、私の横を通り階段をおりていった。私の視線は少しも通じないらしい。これでも不良で通っているんだけど。
「じゃあ別行動ってことで。頑張ってね、姉さん」
話はそれで終わり。
背を向けたままの彼女は手をひらっと振り、去っていく。
別行動、ということは彼女もなにか思うところがあるのだろう。
私は私のできることをやるだけ。彼女のことは電話がかかってきてから考えることにしよう。
昼休みの終わりを告げるチャイムを聞きながら、私は頷いた。
弁当を食べるのは五限目の終わりになりそうだ。
○
長い長い授業が終わり、ついに放課後がやってきた。
担任が教室から出ていくと、教室は僅かに賑やかさを取り戻す。授業を終えた解放感は今も変わらない。放課後の予定を話す声などを聞きながら、帰りの支度を終えた私は速やかに席を立った。
今日も今日とて私はすることがある。
昨日と同じように、まずは妹のクラスを覗き込む。
まだ帰りのホームルームが終わっていないようで、教室内の生徒は壇上に立つ担任をまっすぐ見ている。
それはあの妹も同様だ。腕を組み足を組みながらだが、話を聞き流している様子はない。
「流石にここじゃないか」
一通り生徒の顔を確認し、私は独りごちる。
村上のクラスが分からず、こうして探しているのだが……妹のクラスにはいないようだ。
昨日ばったり会ったし、ここだと思ったんだけど。
そうなると、もう一つのクラスかな。
まったく。いつもは会いたくなくても現れるのに、探しているときに限っていないんだから。
理不尽なことを考えながら、私は妹の教室から一つ奥に進んだ先の教室に向かおうとする。
時間が時間なので廊下には沢山の生徒がいる。村上がいるであろうもう一つのクラスもホームルームを終えたのか、階段のあるこちらへ向かう生徒も多い。
邪魔になるのは忍びないので、右に寄ろうとして私は気づく。
下校する生徒達に混ざって一人、こちらを見ている人物が立っていた。
「あら、楼さんじゃありませんか」
エンカウント。学生生活に縁がないと思われる単語が私の脳裏を横ぎった。
偉そうに迷惑など考えず廊下の真ん中にたたずむ少女。彼女は私を見て微笑む。
この少女には見覚えがある。というか、名前も覚えている。
高飛車で我儘、常識もあまりなく、華蓮とは正反対なお嬢様キャラだ。係わりたくない人種の中では上位に入るだろう。
「うげっ」
会いたくない相手と遭遇し、私は顔をしかめる。
最近は私からターゲットを外したと思っていたのに、まさか声をかけられるとは。私よりレベルが高い相手に挑んで、評価が下がったりしたのだろうか。調子に乗りやすい性格だから、ものすごく有り得そうだ。
「そんな嫌そうな顔しないで下さいな」
「何回もやられたら、嫌そうな顔もするよ。なに? また決闘?」
「察しがいいですね。そう、決闘です」
やっぱりか。もてるのはつらいね。
決闘は学校側が提案しているルールで、基本的に申し込まれると逃げられない決まりとなっている。
弱者救済のために一日三回までという制限もあるが、逆に言えば弱い人間は一日三回の戦いが義務付けられているとも言えるのだ。
案外、『教育』よりもこちらの方が身近な問題なのではないのかと思える。
「私用があるんだけど、駄目かな?」
「駄目ですよ。今日は三回戦ってませんよね?」
うーん。ここで戦ったと嘘を言ってもいいけど、戦いの回数を偽っていることがバレると後々が面倒だからなぁ。どうするべきか。
「楼さん、どうかしました?」
この場をやり過ごす手段を考えていると、扇の後ろからひょっこりと村上が顔を出した。少し遅れて、その隣にいつもの取り巻きも現れる。
ナイスなタイミングだ。彼に感謝をしつつ、私はいかにも探したというリアクションをとる。
「村上っ! 探したんだよ、まったく」
「はい? そうなんですか?」
扇の隣に立ち、とても嬉しそうな顔をして首を傾げる村上。
私の『優等生』加入が一歩近づいたとでも思っているのだろう。相変わらず営業の鏡みたいな奴だ。
彼の健気さに少し感心しながら、私は頷く。
「ちょっと話がしたくて。二人で会えない?」
「二人で!? はい、勿論ですっ!」
村上が跳ねるようにして驚く。
紀理もそうだけど、なんで二人という単語に異常な反応を示すのだろうか。
まぁ頷いてくれたし、よしとしよう。
「――というわけで、私は村上と話をするからっ。今日は付き合えないかな」
「え、あ……ええっ?」
学校のアイドルと私が二人で会う約束をする。現実には有り得ない状況に、扇は動揺しているみたいだった。実際は取り調べと勧誘活動の約束という、よく分からないカオスなものなのだが、傍から見れば漫画チックな出来事に見えるかもしれない。
取り巻きもショックで白い灰みたいな感じになっていた。
「ええと、よく状況が分かりませんが……ごめんなさい」
村上はうろたえる扇を見て、頭を下げる。
後から出てきて私を奪ってしまった、とか思ったのだろうか。謝る必要はないのに律儀な男である。
「そ、そんな。だ、大丈夫です、気にしなくても」
無論、アイドルである彼にそんなことをされれば強く言うこともできない。
彼女もまた村上のファンなのか、顔を赤くして首をぶんぶんと横に振ると、慌てた様子でその場から走り去っていった。去り際に、私へ鋭い視線を残して。
おぼえとけ、とかそのあたりだろう。この学校は小悪党キャラが多いものだ。
「彼女とは知り合いですか?」
「あー、うん。そんな感じ」
何回も私をぼっこぼこにしてくれたり、一時期毎日会ってたからね。知り合いランクには達しているだろう。
彼の問いに苦い表情で頷く私。村上はそれを聞いて申し訳なく思ったのか、表情を少し暗くさせた。
「気にしないでいいって。今日はあんたと話そうと決めてたんだから」
「そうですねっ。一日くらいいいですよね。さてさて、行きましょうか楼さん」
テンションをひっくり返し、ニコニコといつも以上に眩しく笑いながら歩き出す村上。
彼は取り巻きに一言挨拶を言うと、近くの階段を上りはじめた。
二人で話をできる場所に当てがあるらしい。すっかり動かなくなった取り巻きに、もう移動しなくてもいいんじゃないかな、などと思うも、私は彼についていく。
取り巻き以外の人間に話を聞かれるのも、できるだけ避けるべきだ。
もし『教育』のことを村上が知っていても、あんなこと人前では言い辛いだろうし。
そう考えれば、今は村上についていくのが賢いだろう。
「どこに行くの?」
私が後ろから声をかけると、彼は答えた。
「『優等生』の部室の一つです。今日は確か人がいないはずですから、安心して下さい」
驚いたことに『優等生』は幾つも部室を持っているらしい。
しかしそれは規模を考えれば当然とも言えた。
二つか三つか分からないけど、部員の人数から五つくらいあっても不思議ではないだろう。
階段を上がり、教室のある階から一つ上へ。音楽室や特別な授業で使用する部屋が揃っているそこは生徒の姿がなく、ちょっと離れただけだというのにやたらと静かであった。
本当に人がいなそうだ。これなら誰かに聞かれる恐れもないだろう。
「ここです」
階段から廊下を右へ。突き当りまで歩くと、村上は立ち止まった。
その前にあるのは至って普通な教室。ただ、ドアの上部には『優等生第六会議室』とプレートが付いている。第六……少なくとも六個部室があるのか。なんて恐ろしい。
戦慄を覚えつつ、ドアのガラスから中の様子を窺う。中は普通の教室であった。
豪華な設備などはなく、生徒らしい質素な雰囲気である。部室や会議室と呼ぶには少し寂しい気もする。
私が観察している間に村上はドアの鍵を開き、中へ入っていく。私もそれに続いて、彼に促されるままに中心に近い席に着席。村上はその向かいに座った。
「……それで、何が訊きたいですか?」
開口一番に問われ、私は面をくらった。
私は訊きたいことがあるなんて一言も言っていない。話があるとだけ言ったのだ。
なのに何故私が彼に質問をするとバレたのだろうか。
考えて――当然のことだろうと結論する。
今日の紀理に対してもそうだが、私はこの一ヶ月間まともに人と話そうとはしなかった。
その私が彼を自ら雑談に誘ったのだ。何か理由があると思うのが当たり前である。
「私に利用されてるのが分かってて来たの?」
申し訳なさ半分、呆れ半分の微妙な気持ちで私が尋ねると、彼はすぐ首肯。
幸せそうな笑顔を浮かべて、ぐっと拳を握りしめる。
「楼さんと二人きりで話せると聞いて、我慢できるはずがないでしょうっ」
なんでこの人がアイドルになれているのか。私は少し分からなくなった。女子にこんなことを言う男性は普通なのだろうか。私の常識では普通じゃないんだけど。
「色々つっこみたいけど、まぁいいや。ちょっと訊きたいことがあるの」
「はい。僕が答えられることなら、なんでも答えますよ」
なんにせよ、協力的なのはいいことだ。
頼もしい返事をする村上に、私はストレートな質問を投げかけてみることに。
「優等生が『教育』っていうことをしてるって聞いたんだけど」
途端に村上の顔から笑顔が消えた。私が『教育』という単語を口にした瞬間、彼の様子が豹変したのだ。
やはり何かしら知っているらしい。黙り込む彼が返事するのを待つ。
「……どこで聞いたかは分かりませんが、確かに行ってます」
やがて重い口を開き、彼は肯定した。
短い言葉。だが、それだけでいくつか分かったことある。
まず『教育』というものを彼らが行おうとしていること。そしてそれが――
「まだ計画段階なの?」
計画している最中であること。
『優等生』は何度も言っているように大規模な部活だ。その部活が大々的に行っていることについて尋ねたならば、「どこで聞いたか分かりませんが」なんて言わないだろう。
口が重い生徒がいれば、口が軽い生徒もいる。組織が知っていることは全ての生徒に流れると言っても過言ではない。
なので計画途中か、限られた人物が密かに行っているか、このどちらかだと分かる。
夢深の件を考慮すると有り得るのは後者なのだが、村上の性格上それは考え難い。
まぁ、私の妄想なんだけども。
「はい。実はそうなんです」
私の予想は正しかったみたいだ。
村上の言葉に少し安心するも、頭の中には新たな疑問が浮上した。
『教育』が計画途中。彼がそう言うのだからそれは間違いない――と仮定しよう。
そうなると、夢深の一件についての理由が分からなくなってくる。あの三人が『優等生』メンバーだと考えても、筋が通らない。
昨日の事件は何が理由で起きたものなのか。単にいじめというわけでもなさそうだけど。
……というか、そもそもなことが分かっていなかった。
「『教育』って具体的になにをするの?」
私はまだその言葉がなにを指すのかすら理解していなかったのだ。
昨日のことからなんとなくいじめっぽいことを想像していたものの、こうなるとその認識自体が誤っている気がした。
もう話してしまったからだろう。今更な質問に些か拍子抜けをくらった顔をする村上だが、きちんと答えてくれる。
「問題児を文字通り教育し、手本を示して更生。その過程で評価を得るという作戦です」
「つまり邪魔者を消し活動をし易くして、評価も得ると……一石二鳥の作戦だね」
問題児とは私のように絶対評価制に対抗する人物や、単に出席日数や授業態度、問題のある行動をする人など様々いるのだけど、今回はどちらの人間をターゲットにしているやら。
おそらく『優等生』のターゲットにされるくらいだから、周知の問題児だろう。私のような人物は選らばれない……と思いたい。悪事は働いてないし。
「はい。ですがそれは一方で、いじめではないかとも言われています」
「だろうね。そのせいで計画が進まないと?」
「そうですね」
村上が頷く。
うまくいけば本当に一石二鳥の大きな効果を上げるだろう。しかし失敗すれば自身の評価、及び部活自体のイメージダウンは免れない。
計画が頓挫していないし、賛成者はいるのだろう。
その反面、単にそのリスクを恐れている人物もいれば、道徳的なことを考えて躊躇っている人もいる筈だ。
となれば考えられることは……。
「まさか組織内で争ってる?」
「まったくもってその通りです」
情けない。肩を落としながら返答する彼からはそんな心情が窺えた。
「『優等生』幹部――その中でも重要な位置にいる人間しか知らないことですが、結構ピンチです」
声を抑え、内緒話をするみたいにあっさり暴露した村上。
それを私に言っていいものなのか。
まぁ、信頼の表れだとでも思っておこう。信頼される理由が分からないけども。
私は小さく溜息を吐く。
そこは今気にしてもしょうがない。
気を取り直し、情報収集に勤しむことにする。
「……そっか。その辺、詳しく聞かせてくれない? 問題児として気になるんだ」
村上はそれに迷うことなく頷いた。