絶対評価制!   作:珊瑚

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五章

 ホームルーム終了から半時間ほど経った時刻を見計らい、妹はとある場所を目指していた。

 別行動。そう姉へ言った彼女には、やるべきことがある。

 それは一人でこなせることであり、これまでも何度か行ったことであった。

 すっかり人がいなくなった校舎を進み、彼女は階段を上がっていく。

 窓から夕陽が射し込み、静寂に包まれた校舎。妹の足音だけが響き、物寂しさを感じさせる。

 世界で自分一人だけになったかのような静けさ。普通ならば寂しい思いに駆られそうな中で、妹は笑っていた。

 

「ついに始まる」

 

 絶対評価制が刻んだ歴史の変化。それがようやく始まったのだ。

 待ち望んだ時の訪れに、笑みを隠すこともせず歓喜する。

 彼女が渦中に戻ることで、果たして何が起こるのだろうか。『始まり』は『現れる』のだろうか。

 全てが予想できず、そして楽しみであった。

 にやけながら階段の踊り場を曲がり、目に入る光に目を細める。

 彼女の前に続く階段、その先には屋上への扉が見える。

 光源は扉に付いている窓。外の景色は見えないようになっているのだが、夕陽はそれを通して妹へと降り注いでいた。

 手を目の上に当てつつ、彼女は扉の錠前を確認する。

 普段は厳重に閉じられている鍵は外されており、『あいつ』がいることが見て知れた。

 ――仕事熱心なことだ。

 苦笑し、自分もまたその一人であることを思い出す。

 青春を謳歌する道筋は各々違う。とはいえ、自分達はあまりにも一般人の青春とかけ離れた場所にいるように思えた。

 ――今の状況みたい。

 暗い場所に立ち、眩しい光を見上げながらその場所へ歩いていく。

 彼女のしていることとそれは大差なかった。

 自分と違うのは、光への距離が長いことだろうか。

 

「……なんて。何考えてるんだか」

 

 自嘲。扉の前に辿り着いた妹はノブに手をかけ、開いた。

 錆ついた金属が擦れ、不快な音が立つ。眩しい夕陽を受けながら屋上に入り、後ろを向いて丁寧に扉を閉める。

 大きな音を立てない。それがルールの一つだ。

 

「また来た。妹も暇ね」

 

 音を立てずに扉を閉めると、扉の横から欠伸混じりの声がかかった。

 大人っぽい女性の声である。眠いのか、若干舌っ足らずであるが不思議と通る声だ。

 妹は扉の確認をしながら、顔を向けずに返事をする。

 

「ええ、暇よ。あなたに会いに暇を作ってるんだもの」

 

「そりゃどうも」

 

 素っ気ない声を返す声。

 ドアがしっかり閉まっているのを確認し、妹は声の方向へと振り向いた。

 扉のすぐ横にある柵と壁の角。そこには茶色のロングコートを制服の上から羽織り、ディアストーカーを身に付けた少女が立っている。

 探偵のような服装をした彼女は『情報屋』。

 学園の情報を趣味で収集しており、それを取引している人物である。

 ふざけた容貌であるが情報の鮮度、正確さは勿論、その幅広さまで定評がある。妹も彼女の仕事には絶対的な信頼をおいていた。

 

「今日は何の情報が欲しいの? 『優等生』について?」

 

 煙の出ないパイプをふかし、ニヒルに笑ってみせる情報屋。妹は彼女の前に行き、真面目な顔をして頷いた。

 

「ええ。『教育』について追加情報はない?」

 

「またそれなの?」

 

 情報屋が顔をしかめる。

 

「一日二日で新しい情報が出るのは珍しいことなのよ? こちとら一応高校生だしさ」

 

「分かってるわよ。情報があるかないかだけ言いなさい」

 

「もう……。ないわよ。情報なし」

 

 眉をハの字にして答える情報屋に、妹は隠すことなく舌打ちする。

 

「役立たず。情報屋が聞いて呆れるわね」

 

「へいへい。仕方ないでしょ、そうでなくても『優等生』の奥深くは閉鎖的なんだから」

 

 加えたパイプを上下に動かし、情報屋が半眼をつくる。

 大規模な組織ではあるが、彼らの情報管理は徹底してある。

 一般の部員へ話すに至っていない事柄が、他者に伝わることはほぼ皆無と言っていいだろう。

 現に『優等生』の部長など、彼ら組織の詳細は分からないことが多い。

 その彼らが何か大きな動きを見せようとしているのだ。

 『教育』の前兆が見えただけでも、情報屋は大した手腕だ。

 その言い分を妹は理解していた。それでも、期待せざるを得ない状況なのだ。

 

「そこをなんとかするのが情報屋だと思うんだけど」

 

「あはは、流石にお菓子のためにそこまでやらないわ、私は」

 

「――まぁ、そうよね」

 

 妹はがっくりと肩を落とす。

 情報屋は趣味で情報を集め、それを教える代わりに好物のお菓子を要求する。

 それはいくらなんでも『優等生』の深淵を覗く代償とは釣り合わないだろう。

 

「というわけだから。そうだねぇ、どうしても知りたいなら幹部にハニートラップでも仕掛けてみたら? 妹さん可愛いからいけると思うわ、お姉さんは」

 

「寝言は寝て言いなさい。私の流儀じゃないでしょ、そんなの」

 

 妹の身体を品定めするように見る情報屋を睨み、嘆息。

 確かに、情報を聞き出すには幹部を通さないと無理だろう。しかしそれは難しい。

 『優等生』の幹部となるような人間は根っからの絶対評価制信者。どちらかといえば不良にカテゴリされる自分の話を聞くとは思えなかった。

 

「そうね。妹さんは性格悪いし」

 

「小悪魔なのよ、私は」

 

 情報屋は吹き出し、落ちそうになったパイプを慌ててキャッチする。

 

「――っとと。小悪魔というよりはイフリートとかがしっくりくるけど?」

 

「失礼ね」

 

 あながち間違ってはいない、そう思うも女性に対して使う単語なのだろうか。憮然とした表情で言い、妹は気を取り直そうと小さく頭を振った。

 ここに来た用件はもう一つある。

 

「『教育』については姉さんもいるし、今日は諦めるわ。別に依頼したもう一個の件はどう?」

 

「ああ、あれのこと?」

 

 情報屋は再びパイプをくわえ、明るい顔をする。

 

「全然情報はないよ」

 

「そう……」

 

 あっけらかんと言われ、妹は落胆した。

 急いでいるわけではないが、重要度ではこちらの方が圧倒的に高い。駄目元で高校生である彼女に依頼してのだが、やはり無理だったようだ。

 妹の反応が先程と違うことに気づいたのだろう。情報屋は首を傾げつつ不思議そうな顔をして尋ねる。

 

「『原初』、よね? なんの暗語なの?」

 

 何気なく言われた言葉に、妹の心は大きく揺れた。

 『原初』。その単語を聞くと、今でも無意識に反応してしまう。

 

「そう、ね……」

 

 身体が僅かに跳ねるのを感じ、妹はそれを抑えようと腕を強く組む。そして少々考えた後に一言。

 

「全ての原因にして、唯一の人類よ」

 

 情報屋は眉間にしわを寄せた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 仕入れた情報を早速報告しようと、私は昨日の喫茶店に向かっていた。

 村上がベラベラと話してくれたことだから、重要度は低いかもしれない。妹とかはとっくに知ってるかもしれない。けれでも大きな進歩だと思う。なにも知らない状態から、『教育』の有無、段階などを知ることができたのだから。

 帰宅する人々が行き交う街を抜け、意気揚々と住宅街を歩く。

 考えてみると今日は戦いもなく平和な一日だった。精神を削るような出来事はなく、朝はぐっすり寝たし健康体そのものである。

 足取りも軽く、体感的にあっという間な時間で喫茶店の前へ到着。

 昨日聞いたことだが、妹ら属する組織の本拠地はここらしい。

 なのでここに行くことにしたんだけど、妹と麻緒さんは来ているだろうか。

 最低、書き置きくらいはしておこう。私は考えて真っ暗な喫茶店のドアノブを捻った。弱く押してみると――やはり今日も開いている。入っても問題なさそうだ。

 

「失礼します」

 

 なんとなく無言で入るのも申し訳なく、小心者な私は入室と共に呟く。

 中は誰もおらず、相変わらず真っ暗だ。今日は一人なので少し心細い。

 早く進むとしよう。ドアに付けられたベルの音にびっくりしながら進み、私は和室を目指した。

 変わらない、ということは安心感をもたらす。

 角からもれる光を見て、私はいくらか落ち着く。あの光は昨日と同じ。和室の照明だろう。となれば、妹か麻緒さんがいる筈。

 ホッとする自分に呆れるも、自然と足が速まる。真っ暗闇の中で一人はやはり辛いものがある。

 すたこらと通路の角を曲がり、私は和室へ顔を出す。

 

「妹、麻緒さんっ……あれ?」

 

 畳、こたつ、和と団欒を前面に出した落ち着きのある部屋には見覚えのない人物がいた。

 二人の名前を呼んだ私は、予想外なことに目を丸くさせる。てっきり組織に入っているのは妹と麻緒さんくらいだと思っていたのだが……よくよく考えてみれば、昨日妹が言っていた台詞、最低でも三人以上メンバーいることが予想できる。

 妹は物好きではなさそうだし、正義漢なんてもってのほかだし。

 

「……君が楼か」

 

 こたつにノートパソコンを置き、それに視線を向けていた人物は私を見て言った。

 呟くようなボリュームだが、確かに私へ向けて言ったことだろう。私は頷く。

 

「う、うん。君は組織の仲間?」

 

「ああ。そうだ。楼、中に入るといい」

 

「ん、お邪魔します」

 

 促され、私は彼女の対面に座る。

 それから恐る恐る彼女を見ると、既に私から目を離してパソコンを操作していた。

 小さな女の子だ。小学生くらいに見える紀理ほどではないが、幼い印象を受ける。

 水色の髪をポニーテールにしており、眠そうに開いた目の下にはくっきりと隈ができている。更にはTシャツの上から白衣をまとっていて……幼いながら、研究者チックな見た目をしている少女だった。パソコンを慣れた手つきで操作している点も、そのイメージを加速させる。

 組織は高校生以外も入れるのだろうか。ちょっと会話を試みようかな。

 

「ねぇ、君の名前は?」

 

(れい)。組織の『頭脳』と呼ばれている」

 

 パソコンから目を離さずに、ぼそっと答える零。

 頭脳……? あ、そういえば妹がそんな単語を言っていた。

 頭脳からメールがきたとかなんとか。

 彼女がその『頭脳』なようだ。こんな小さな子が指令のメールを出すなんて想像できないけど、実際こうしてパソコンをいじっている姿を見ると否定できない。私より上手だと試さなくても分かるし。

 

「そっか。私のことは知ってる?」

 

 尋ねると、零は頷く。

 

「武蔵楼。両親を『混沌』の間に亡くし、国の機関で二年間の日々を過ごしてきた。身長、体重などは平均的で、見た目より実際は胸が大き」

 

「す、ストップ! 知ってることは分かったから!」

 

 ペラペラと話しはじめる零を慌てて制止する。妹の記憶喪失云々のことも驚いたけど、そんなプライベートなことも知っているなんて。恐るべし。

 

「そうかね」

 

 画面を見つめて表情一つ変えることなく零は口を閉じる。

 この子はまともかとも思ったけど……それは違ったらしい。

 溜息を一つ。

 

「……零は何年生?」

 

「僕はフリーターだ。学生じゃない」

 

 フリーター?

 零が自分をそう称し、私は首を傾げた。

 決して珍しいものでもない。能力が出現し、人間には数々の才能が見つかるようになった現在、職業は色々なものを経験して自分に合うものを探すのが一般的だ。

 なので誰かがフリーターであると名乗っても驚きはしない。

 のだが、それを小さな女の子が口にすると、こうも違和感があるものなのか。

 中学まで義務教育なのは変わりない筈なのだけど。

 

「そうなんだ。今は何してるの?」

 

 ま、今はほぼなんでもありな世の中だ。彼女みたいな人がいても何ら不思議はない。

 追求したくなる気持ちを抑え、私は尋ねる。彼女はパソコンのエンターキーを押すと、私を見た。

 

「喫茶店のマスター」

 

「なるほど――なっ!?」

 

 静かに言われた衝撃発言に今度こそ私は驚いた。

 マスター、ということはこの喫茶店の持ち主は彼女なのか。そしてマスターはフリーターに分類されるのだろうか。

 

「ここの喫茶店は、まさか君の?」

 

 うろたえながら私が言うと、彼女は首肯。やはり彼女がここの持ち主らしい。

 小さいのにお店を持っているなんて……どんな人生を送ってきたのだろうか。

 

「楼。何か収穫はあったかい?」

 

「えっ?」

 

 目の下の隈から、相当な苦労をしてきたのだろうと妄想をはじめた瞬間に声をかけられ、ハッと我に帰る。私に視線を向けたままの零が、パソコンを閉じていた。私との会話に集中しようとしているようだ。

 収穫。多分今日の活動の結果について訊いているのだろう。

 

「えっと、幹部の村上から話を聞いたんだけど……」

 

 私はそう言い、説明を始めた。

 『教育』は計画段階で、まだ行われていないこと。部長をはじめる賛成者と、村上含む反対者で争っていること。そして――

 

「賛成者は近い内に強行を試みているらしいんだ」

 

「なるほど」

 

 説明を聞いた零は特に驚いた様子もなく、小さく頷いた。

 目を伏せ、何かを考えるように彼女は暫し沈黙する。そしてぼそっと言った。

 

「『教育』が行われていない――つまり僕が昨日妹に送信したメールは間違いであったと」

 

 反応するのそこですか。

 

「早とちりだったようだ。妹に連絡しなくては」

 

「ええと、他になにかリアクションはないの?」

 

「ないね。筋が通っているし、予想外というわけでもなかった」

 

 学校を代表する部活動の抗争なんて、私は聞いたとき驚いたものだけど、零は冷静だった。携帯電話を取り出して、目の覚めるような速度で文章を打ち込んでいく。

 

「ただ、一つ驚いたことがあったな。お茶飲むかい?」

 

 あっという間にメールを打ち終わり、携帯をしまうと彼女は立ち上がった。

 座高がやけに低い、というわけでもなく、本当に小さい。立っても私の胸の高さにぎりぎり達するか、くらいの身長だった。

 

「うん、頂戴。――驚いたことって?」

 

「『優等生』と接点がない君が情報屋以上の情報を聞き出したことだ」

 

 部屋の隅に置かれた棚から茶葉の入った缶を出し、急須に入れていく零。さらさらと落ちていく茶葉を眺め、彼女は退屈そうに息をもらした。

 

「村上とやらはそこまで口が柔らかい人間じゃあない。むしろ礼儀や規則を重んじる真面目人間だ。その彼が組織内のことを話すとは……」

 

 そこまで言いかけ、彼女の動きがぴたっと止まった。

 茶葉を入れた急須を手に、フリーズしたように静止してしまう。

 

「そうか。村上は……なるほど」

 

 なにを納得しているのだろう。不審な匂いのする彼女の動きと言動に私は疑問を抱く。

 

「姉さん!」

 

 が、次の瞬間和室に飛び込んできた妹によって、そのことは頭の中から遠い彼方へと消え去っていくのだった。

 

「やぁ、妹。おかえり」

 

「ただいま。じゃなくて!」

 

 再び稼働しはじめた零に挨拶を返し、妹はノリツッコミ。荷物を放り投げ、靴を脱ぐと和室へ上がってくる。

 メールを読んだのだろう。とても慌てているようで、表情にいつもの余裕がない。息が切れてるし。

 妹はこたつの近くに座ると、私へ鋭い目を向けた。ちょっと不機嫌気味だ。

 

「なんで連絡してくれなかったの、姉さん。幹部から聞きこみをするなら、私も呼んでくれていいじゃない」

 

「いや、だって妹がいると遠慮なく訊きそうなんだもん」

 

「そりゃ遠慮なく訊くわよ。幹部は一人だったんでしょ? 口封じしておけば、手段なんてどんなものでもモーマンタイよ」

 

 呼ばなくてよかった。拷問とか平気でやりそうだ、こいつは。

 悪役みたいな笑顔を浮かべる妹に呆れつつ、零から湯呑を受け取って頭を下げる。

 お茶の品のいい香りが鼻に入る。流石はマスター。華蓮の淹れるお茶より香りも色もいい。

 

「ま、呼ばなかったことはもういいわ。肝心なのは強行策に出ようとしている、ってところね」

 

 追加で淹れられた三つ目の湯呑を手に、妹は真剣な顔をする。

 聞き込みをした内容について話す必要があるかとも思ったのだが……零のメールにはどこまで書いてあるのだろうか。

 

「そうだね。それが実行される前になんとかして止めないと」

 

 お茶の見事な味に目を見張りながら私は頷く。

 

「言うのは簡単だけどねぇ……。零、何かいい考えはあるかしら?」

 

「やはりここは力勝負でどうだろうか」

 

「それこそ言うのは簡単、よね。一応落ちこぼれなのよ? 私達」

 

 妹が苦い表情をする。

 力勝負。これが現世で最も分かりやすい物事の解決手段である。

 対立した者同士が戦い、勝者に敗者が従う。今日日人間以外の生物も行ってきた原始的な手法だ。

 それで解決できるならいいだろう。

 しかし落ちこぼれ集団が『優等生』に挑んだところで、雑魚のようにバッタバッタなぎ倒されるのが関の山だろう。それは無謀と言う。

 それに今回勝利しても、また次負けてしまっては意味がなくなる。力技はあまり得策とは言えないだろう。

 私も妹に賛同である。とても解決できるとは思えない。

 が、零はそう思っていないみたいだった。

 

「いや、今回の味方は『組織』だけというわけでもない。協力すれば敵の撃破も夢ではないだろう」

 

「協力? 誰が協力するって言うのよ?」

 

「反対者である幹部だ」

 

 なるほど、そういうことか。

 反対者である幹部ならば『教育』を止めるという共通の目的がある。幹部ならば実力もある筈だし、彼らと協力をすればグッと勝率が高まるだろう。

 妹も得心がいったのか、何も言わずお茶を飲んでいた。

 

「問題はどうやって協力関係を結ぶか、そしてどのように戦いへと持っていくかだ」

 

 零は言葉を続ける。

 協力関係の方は『優等生』らと接近を試みなければならない。目的が一致しているし、それほど難しいことではないように思える。

 だが、後者の方は難しい。

 賛成者で一番地位が高いのは部長。正体がはっきり分からないそいつへ、どうやって戦いを挑むのか……。

 強行策の話が出ている今、戦いを受けてくれるかも分からない。問答無用で『教育』を始められたりでもしたら、それでおしまいだ。

 

「誰が対象にされるか予測できるなら話は早いんだけど、それも無理よね」

 

「無理だろう。他の幹部――それも賛成者が話すとは思えない」

 

 妹に零が頷く。

 情報屋に情報がいかない封鎖された組織。その行動を先読みすることはほぼ不可能だろう。

 私は状況を整理し、明日やるべきことを導く。

 

「じゃあとりあえずできることは、村上を通じて『優等生』の反対者側に入ることかな」

 

 二人は首肯。

 

「そうだね。それくらいだろう。あとは強行が起こらない内に、何かイベントがあるのを期待するしかない」

 

 やはりそうだろう。

 受け身になるしかない現状はいただけないが、それが最善である。

 

「でも私達がなにかして役に立てるのかしら。多分反対者の中で一番弱いわよ?」

 

 妹がツインテールをいじりながら言った。

 彼女にしては珍しい弱気な発言であるが、正論だ。幹部は実力が私達とは段違いだろう。

 私達になにができるのか……と不安になる気持ちは強く共感することができた。

 

「立てるだろう。僕達には仲間がいる」

 

「仲間、ねぇ。信頼してるわよ、姉さん」

 

「はいはい。私も信用してるから頑張ってね」

 

 なんで私に言うんだか。

 妹に私は適当に返事をする。

 なにはともあれ、今日できることはなくなった。私は目の前のお茶に意識を集中させた。

 明日も何事もなく終わるといいけど……それは無理な相談だろうか。 

 

 

 

 ○

 

 

 

 雑魚の朝は忙しい。

 

「楼さん。昨日は逃げられましたが、今日こそ戦っていただきます」

 

 翌日。登校していると一日ぶりの出待ちがいた。扇である。

 逃げたのはあちらなのだが、なんだか根に持っているみたいで笑顔が怖い。

 校門前に立つ彼女は、私がやって来ると校庭を指差す。既にそこでは誰かが戦っていたが、まだまだスペースはある。不幸なことに戦える状況だ。

 

「戦わないと駄目?」

 

 彼女は私の天敵である。故に決闘は避けたいのだが、無論逃がしてくれるわけもなく。

 

「駄目です。分かるでしょう?」

 

 即座に却下すると、扇が校庭へと向かって歩き出す。

 決闘は逃げられない。嘆息し、私もついていく。

 まぁ、この時間ならせいぜい一戦が限界だ。それで満足してくれると願おう。

 校庭の近くに着き、私は鞄を下ろして置いておく。

 

「では始めますよ」

 

 私と距離をとると扇が声をかけた。手をひらりと挙げて笑みかける。

 表情や仕草は可愛らしいのに、これから始まることを想像すると寒気がする。合図を聞き、私はとりあえず斜めに走り出した。

 戦うならば無抵抗にやられるようなことはしたくない。評価がこれ以上下がるのも勘弁だ。

 だから、やれることはやろう。

 目を凝らし、私は前兆を見極めようと試みる。

 彼女とは何回も戦っている。攻撃の種類も大体理解している。前兆さえ分かれば、かわせないこともない筈だ。

 確か彼女が初手で使用してくるのは――

 

「――されし、深淵の闇。今我に力を与えたまえ」

 

 闇の魔法。それも私の動きを制限する、重力操作。いつもこれが避けられずに私は格好の的になるのだ。

 詠唱を耳にし、私は方向転換。しかし能力の補整なしの足より、補整を受けた魔法が早いのは当然のこと。私が回避行動をとるよりも早く、周囲に黒い円形の陣が広がる。

 前兆を察知しなんとかその中心から逃れることは成功するものの、展開した魔法の中に入ってしまった。

 足元に広がる、禍々しい闇が蠢く魔法陣。半径は30メートル程だろか。それなりに広く、発動までの時間が短いことから、牽制としては最適な魔法である。

 もっとも、私には決定打になりかねない威力なんだけども。

 魔法が発動すると同時に身体が重くなる。

 前兆が分かっていても、逃げられないのでは話にならない。自分を責めながらなんとか足を動かし、私は陣から出ようともがく。足が鉄になったみたいに重く、立っているだけでも体力がなくなっていく。

 何度もそうなったように、一度倒れたら二度と起き上がれないだろう。

 

「ふふ、相変わらず魔法に弱いですね」

 

 扇が勝ち誇った笑みを浮かべ、手を前にかざす。

 すると彼女の周囲で風が吹いた。激しく、だが砂ぼこりを起こすことはなく、不思議なそれは下から上へ扇を中心にして、螺旋状に上昇していく。そして、彼女の頭上で収束した。

 複数の矢の形をとった灰色の風は、その先端を私へと向ける。

 詠唱の要らない低威力の魔法。走りながらでも出すことができる、汎用性が高い能力である。

 動きを止めて遠距離から仕留める。それが彼女のパターンだ。接近戦を嫌い、逃げることを徹底する彼女は私と極端に相性が悪く、同時に良くもある。

 近づけるか否か。この勝負のポイントはそこだけだ。

 

「いきなさい」

 

 そしてそのポイントを制されたされた今、私は圧倒的な窮地にいる。

 どうしようか。

 扇に何度も負けたせいか、風の矢が迫っているというのに、頭の中は冷静であった。

 どうやって避けよう。伏せて避ける――のは駄目だ。立ち上がれなくなる。となれば、動いて回避するしかない。

 魔法を対象にすると意識し、『格闘』の補正を失った私は現在一般人並みの身体能力である。反射神経も低く、全てが一段階速く見え――避けるのは無理だ。

 仕方ない。私は舌打ちし、頭を守るようにして手を交差させた。

 

「いっつ……」

 

 衝撃を受ける。詠唱もなく簡単に発動できる魔法は、それほど痛くはないものの私の身体にしっかり傷をつけた。

 痛い。が、まだ倒れるには至らない。魔法を受けながらも私は歩みを止めずに進み続ける。

 矢は私の腕、脇腹を浅く刺すと消えていった。制服が破れた位置からは血が流れ、空気に触れるだけで傷が痛みを訴える。

 手を下ろし、私は深呼吸。次弾が用意されるのを眺めながら、なんとか足を進める。

 あと数メートル。陣から出れば、私は速さを取り戻せる。それが私に残された唯一の希望だ。

 勝ち誇った笑みを浮かべる扇が、二回目の矢を放つ。

 私はそれを限界まで見極め、できるだけ直立の体勢で手や足を動かして被害を少なくしようと試みる。

 結果、足、肩、頬を矢が掠めるまでに抑えることができた。

 

「ふふ、流石は楼さん。いい感じです」

 

 完全に勝ったつもりでいる。嘲笑うような扇の声に苛立ちを覚える私。

 だが、それもここまでだ。なにせ私の甲斐甲斐しい努力によって、あと一歩で陣から――あれ?

 急に身体が軽くなり、私はよろける。こけないよう足元を見て、陣が消えていることに気づいた。

 どうやら彼女が自分の意志で消したらしい。確かあの魔法は次に発動できるまでの時間が異様に長い筈。なのに、あと一歩で出られる、というだけで自ら消滅させたりするものなのだろうか。

 

「何のつもり? 馬鹿にしてるの?」

 

 あと一歩というところで消されると、ちょっと虚しいんだけど。

 私は肉薄しながら尋ねる。

 すると彼女はにっこりと笑った。心から楽しそうに。

 

「いえいえ。折角評価が上がったのに、最近はつまらない勝負ばかりで。遠距離からお互いにちくちく戦うような勝負に比べて、こちらの方がスリルがあると思っただけです。それに……」

 

 扇が手を前へ。すると即座に現れた小さな風の刃が私へ殺到する。

 魔法を意識し、グッと下がる私の速度。私は咄嗟に横へ頭から飛び、それらを回避。今度は当たることなくやりすごした。

 そのまま前転し素早く体勢を立て直す。それから私は一歩踏み込み、彼女へと拳を振るった。

 が、空を切る。小さく身体を動かし、彼女は私へ開いた手を向ける。

 攻撃がくる。頭を抱え、屈む私。一瞬の間の後、私の身体があった場所を矢が通過し、地面へと突き刺さった。

 助かった。そう思い顔を挙げると、既に扇は私から距離をとっていた。

 

「楼さんは諦めませんし、楽しいです」

 

「ずいぶん性格悪い台詞に聞こえるけど、それ」

 

 諦めずに近づいてくる相手を遠距離から……扇が好みそうな戦いである。

 しかしまぁ、私と戦って楽しいと聞くのはそれほど悪い気分じゃない。

 単なる評価稼ぎだとか、作業感を持たれるよりはよっぽど健全だろう。

 言うなればスポーツである。私は負けたくない。相手も負けたくない。そのために全力を尽くす。

 そう考えれば、なるほど、確かに遠距離から打ち合ったり、すぐ諦められるのは楽しくないかもしれない。

 天敵でありながら、どこか憎めない人物である。

 

「加えて村上様と仲良さげなあなたをいたぶることでストレスも解消できますし」

 

 これで私怨が含まれてなければなぁ……。

 苦笑をもらし、私は彼女へと走り出す。やっぱり村上のファンだったらしい。

 

「はっ、負けなければの話でしょ?」

 

「そうですね。ですが今回の私には秘策があります」

 

 私の挑発に珍しくむきにならず、扇は手を――地面につけた。

 見たことのない行動だ。秘策、という言葉も引っ掛かる。

 それに彼女は評価が上がったと言っていた。

 まさか新しい能力を得たのでは? 私の頭に一つの予感が浮かぶも、とりあえずは接近しなければ私に勝ち目はない。私は自分の本能に逆らって接近を続ける。

 地面に手をついたまま彼女は動かない。こちらを挑発する不敵な笑みを浮かべて立ち止っている。

 なにをしようと企んでいるかは分からないが、このまま攻撃を叩きこんでやる。

 罠であろうと勝つために立ち止るわけにはいかないのだ。

 私は大きく拳を振りかぶる。その時だった。

 

「かかりましたね」

 

 詠唱もなしに、彼女が触れていた地面から光が溢れだす。

 身長程の高さをもつ、輝く光。すぐ目の前に出現したそれは、私の目を眩ますことなく優しい輝きを放つ。

 攻撃的な雰囲気は感じられない。だからこそ嫌な予感がした。

 魔法を意識。私の拳は速度を失う。

 きっとこのまま扇に攻撃が当たったとしても、大したダメージは与えられないだろう。

 ――しかし、利用価値はある。

 速度を落とせば方向転換がし易くなる。車しかり、思考しかり……それはどんなものにも適応される当然の法則だ。

 私は下ろそうとした拳を止め、斜めに足を踏み込む。

 溢れだす光の横を通過し、その奥へ。幅があまりなくて助かった。

 光を通り越すと、そこには扇がいた。私の接近に気づいておらず、前を向いたままだ。手は地面につけていないが、先程と体勢はあまり変わっていない。

 罠を張って通過、自爆しては無意味である。罠を使用した人間は、それを越えた安全な場所で仁王立ちしているのが当然であり最善なのだ。

 好機。気づいていない今がチャンスだ。

 

「甘いです」

 

 蹴りを放とうと足を動かす。私の靴底から砂利を擦る音が立つ。

 と同時に扇の声が聞こえ、私は自分の犯したミスに気付いた。

 この校庭では目で見なくとも相手の位置を確認することができる。

 かつて自分が利用した戦法。目の前の魔法へ意識をとられたばかりにそれが頭から抜けていた。

 クルッと扇は向きを変え、私の方を向く。すると光が再び私の前に立ちはだかった。

 今度は避けられない。私はそのまま蹴りを放ち――頭に衝撃を受けて地面に倒れた。

 

 

 

 ○

 

 

 

 なにが起こったのだろう。

 薄暗い視界の中、私はふと考えた。

 光を蹴って頭をやられる……意味が分からないけど、どこかに法則があるはず。

 あれが反射系の魔法であることはほぼ間違いないはず。

 となると、受けた衝撃を頭上へ返すもの? いや、限定的すぎるし、私以上、以下の身長の相手だっている筈だ。紀理みたいな相手には当たりすらしないだろう。

 あと考えられるのは……扇が攻撃を受けるはずだった場所に攻撃を返す、とかだろうか。

 あの時彼女はしゃがんでいた。

 発動後は地面に手を付ける必要がないみたいだったし、ただ座っているというのは無意味に思える。

 しかし私の考えた通りの効果ならば、頭を狙いやすい体勢になった方がダメージを狙えるだろう。

 ふむ。そう考えると、やっぱり自分の受ける筈のダメージを相手にそのまま返す、という説が正しいか。

 遠距離、重力操作、そして反射。厄介な能力を身に付けたものだ。

 今度狙われそうになったら、もっと強い人と戦うように言っておこう。私の身のために。

 さて。そろそろ起きようか。

 私は手を少し動かし、息を吐く。手に伝わるこのざりざりした感触は……校庭だ。

 どうやら気を失った私はそのまま放置されていたらしい。薄情なものだ。

 

「あ。お、おはようございます」

 

 目を開く。すると目の前には地味な子――夢深がいた。

 おどおどと、何も悪いことはしていないだろうに視線を泳がせ、場違いとも思える挨拶を口にする。 

 それがおかしくて、私は笑みをこぼした。

 

「おはよう。ごめんね、心配させたかな」

 

 この子に生意気な口調を使うのは忍びない。私は身体を起こすと、できる限り柔らかい台詞を考えて返事をする。

 

「あ、はい。倒れていたので。傷はなかったんですけど、血の跡があったりして」

 

「――傷がない?」

 

 夢深の言葉を復唱して、私は首を傾げる。

 確かに扇から受けた傷は何事もなかったかのように、綺麗さっぱり完治していた。あるのは破けた制服と血の跡だけだ。

 はて。誰かが治してくれたのだろうか。

 と、首を傾げたその時、私の胸元から何かが膝へと落ちた。

 一枚の紙である。手に取って読んでみると……。

 

「はは、そういうことね」

 

「どうしたんですか?」

 

「ん? ああ、これだよ」

 

 きょとんとした顔をする夢深へ紙を見せる。

 『傷は治しました。これは貸しです。今度はあなたから決闘を挑むように』。立って書いたであろう、少し汚い文字で書かれたそれは、扇から送られたメッセージだ。

 治療の代わりにまた戦え、といった内容である。

 勝手に戦って傷つけて、挙句の果てにその発言。我儘なことには変わりないけども、何故だか今回は笑って許せた。戦おう、という気すら沸いてくるから不思議だ。

 

「なんだか、面白い人ですね」

 

「うん。天敵だと思ってたのに」

 

 いつの間に好敵手となっていたのだろうか。いやまぁ、私が勝ったことは一度もないのだけれど。

 微笑んでポケットに紙を入れる私。

 

「いいですね、楼さんは……」

 

 夢深は呟き、表情を暗くさせた。

 なにがいいのだろうか。ライバルがほしいのかな。

 私がいるじゃない! とか……言うタイミングじゃないね、うん。

 

「戦いは戦い。無意味なもの。けど楼さんの戦いは意味がある」

 

「意味?」

 

 ぼそぼそと呟くような声で紡がれた言葉に首を傾げる。

 意味がない戦いなどあるのだろうか。負けたくない。評価を下げたくない。そう思うだけでも戦う意味はあるんだと思う。

 まるで彼女は戦うことに何も思わないみたいな言い方だ。

 でも、私はそれがあながち間違っていないのではと思ってしまう。

 見覚えのある悲しげな目。機械的な声。

 彼女のことは何一つ分からない。が、何故だか理解できた。彼女は諦めているのだと。

 

「って、すみませんっ。変なこと言って」

 

 ジッと見る私の視線に気づいたのだろう。

 彼女は我に帰ったように普段通りの様子に戻ると、ぺこぺこと頭を下げた。

 その間も私は彼女の顔を見つめていた。

 ――ああ、そうだ。

 私は思い出した。彼女のあの表情は、口調は、そっくりなのだ。

 両親と記憶を失い、目覚めたばかりの私と。

 

 

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