絶対評価制!   作:珊瑚

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七章

 賛成者の幹部を見張っていた坊主頭の話によると、夢深は図書館で勉強しているところを無理矢理催眠術にかけられ連れ攫われたらしい。

 誘拐の実行犯は賛成者幹部。誘拐した理由は……よく分からない。反対者は全員、話を聞いた後にぽかんとしていた。

 無関係だった筈の副部長が突然攫われる……確かに、意味が分からない。不可解すぎる。

 ここは学校だから、それほどひどいことはしないのだろうけど……放っておくわけにもいかない。

 というわけで、私達反対者は急遽、夢深を救出するための作戦を実行することにした。

 

「で、なんで私達だけなの?」

 

「さぁ?」

 

「まぁ戦える人が少ないですし」

 

 そう。たった三人で。

 小太りと眼鏡、小動物は後方支援。私、妹、村上は潜入。そして扇と坊主頭は一応の拠点待機。

 少ない人員ではそれが限界だった。

 果たして三人で賛成者の中に乗りこんでいけるのだろうか。話しによれば誘拐犯は二人だけだったらしいけど、不安が残る。

 愚痴をこぼしつつ、私は三階建ての合宿所を見上げた。

 うちの高校はそれなりに大きく、設備も整っている。運動部のために造られたこの場所は校舎からかなり離れた位置にあるので、交通の面では不便だ。

 だが、下手したらそこらへんのホテルより立派なのではないかと思うほど綺麗で大きい。

 それもそのはずで、『混沌』を経て大部分が崩壊した学校は、その八割近くを新しく建て直している。

 唯一残った校舎も、今は旧校舎と呼ばれ使用されていないので……実質、すべてを新しくしたと考えてもいい。

 とにかく、小奇麗なのだ。学校とは思えないくらいに。

 その綺麗な合宿所を眺めてみれば――二階に明かりが灯っており、利用者がいることが見て知れる。こんな春に合宿所を利用する部活は少ない。おそらく、あそこに賛成者達がいる筈。

 理由は分からないが、誘拐なんて強引な手段をとった以上、戦いになることは避けられないだろう。覚悟を決めておかねば。

 深く息を吐き、私は耳に付けたインカムへ声をかける。

 小さく、ほぼイヤホンとマイクが黒い点くらいにしか見えないそれは、小太りから渡された物だ。

 

「そういえば、誘拐犯二人の能力とか分からない?」

 

『詳しくは分からない』

 

 ほぼ間を空けずにイヤホンから坊主頭の返答が聞こえた。

 先程私達がいた部屋……拠点で待機している彼らの役割は、私達のサポート。潜入組三人がそれぞれ付けたマイクとカメラから情報を得て、まめにアドバイスや指示をくれるらしい。

 それらの管理は通信やパソコン関連の能力を持つ、小太りの仕事だ。

 彼の実力は確かなもので、ここへ着くまでにわざと同時に喋ったり、カメラを身体の後ろに付けてたり、妹があらゆるおふざけをしていたのだが、彼はその全てを看破していた。

 私や村上と話していたり、映像を観て指示を出していたのにも係わらず、だ。

 とても人間技ではないと思う。

 

『確か二人とも、魔法を好んで使っていたな。流石に室内で広範囲のものを使わないだろうが、気をつけてくれ』

 

「了解」

 

 魔法……。聞こえてきたワードに、私は意気消沈する。

 魔法使いが相手ならば、私はあまり前に出ない方がいいだろう。扇のときも結局は負けたし、接近できる自信がない。

 私にできることは……盾? いずれにせよ役に立ちそうにはない。

 

「作戦はどうする?」

 

 私が尋ねると、インカムから声がする。この声は眼鏡だ。

 

『あなたたちの中では村上さんが一番強い。戦いは村上さんに任せ、楼さんと妹さんはできるだけ発見されないよう救出に専念してくれ』

 

「頭脳派な見た目してるくせにお粗末な作戦ね」

 

『時間がないし、情報もない。そうなって当然だ』

 

 ため息混じりの主張が聞こえる。

 その言い分は尤もだ。妹へチョップを入れておき、私は頷く。

 

「了解。それが一番だね、きっと」

 

「僕も異存はないですよ」

 

 妹も文句は言わないし、それでいいのだろう。憎まれ口は叩くのだけれど。

 

「じゃあ、村上。正面からお願い。私達はどこか入れそうな場所から入るから」

 

 正面の入り口にいたらすぐ見つかりそうだ。

 少し考え、私達は正面以外の場所を探すことに。もし入れるような場所がなくても、時間を空ければそれなりに見つかり難くなる筈だ。

 村上は分かりましたと笑顔を浮かべ、私達へ手を振る。

 とてもこれから一人で戦う前の男がする顔とは思えない。

 しかし今回はそれが頼もしく見えた。手を振り返し、私達は合宿所の横へ回る。

 正面は何もなく、明かりもあったため明るいが、こちらはそうでもない。

 木がすぐ近くに生えており、合宿所は二階以外照明をつけていないので薄暗かった。

 さてどこかに侵入できそうな場所はないか、などと探していると、それはすぐ見つかった。

 

「なんで開いてるのかしら」

 

 何故か全開になっている窓だ。

 一階の会議室らしい場所へと繋がる窓。その枠には、ここを踏んだと言わんばかりに泥が付着している。

 いかにも怪しいものを発見し、妹が不審そうに呟く。

 

『……多分、そこから連れ込んだのかと』

 

 今度は小動物の自信がなさそうなぼそぼそとした声。

 なるほど、正面からでは目立つから、ここから入ったと。図書館で誘拐、なんて大胆なことをしておいて慎重な奴らである。

 

『罠の可能性もある。気をつけたまえ』

 

 と、芝居がかった口調の小太りが注意を促す。

 まぁ、こんな分かり易い形跡をわざわざ残すなんて馬鹿みたいだし、その可能性を疑うのも尤もだ。

 私は窓から中の様子を窺う。机が一定間隔に置かれ、前に黒板が置かれたそこは至って普通な部屋。罠や待ち伏せの気配はない。というか、人が隠れられるような場所がない。

 

「少なくとも人はいないみたい」

 

 校内である以上、それほど危険なトラップも仕掛けてはいないだろう。かかったらかかったで、その時考えるとしよう。

 私は気楽に考えて、窓枠を乗り越えようと膝を曲げる。

 

「待って、姉さん」

 

「あうち」

 

 すると妹が手を私の前に出した。

 何かを察知したのか、真剣な顔をしている。口調もいつもより幾分かシリアスで、一点を鋭く見つめる彼女の横顔はなにかの職人を彷彿とさせた。

 彼女の手が私の目に入らなければ、もっとかっこよく見えたに違いない。

 

「目に見えないけど、魔法の罠がかけられてるわ」

 

 地面で悶え、転がる私をよそに妹が真面目な様子で続ける。

 

「多分、侵入を知らせる警報の魔法ね」

 

『警報?』

 

 イヤホンの向こうにいる待機組が何人か妹へ訊き返す。

 ちなみに一人として私のことを心配してくれませんでした。

 

「ええ。戦闘では役立たずな能力だけど、こういう場面では厄介なのよね。使用者以外は解除できないから」

 

「そ、それは大変だね……どうすればいいのかな?」

 

「簡単よ。少し待ってなさい」

 

 やっと復活。立ち上がると妹へ対策法を訊く。

 妹はフッとドヤ顔というのだろうか、得意げな顔を見せると勢いよく窓から視線を外し、その後ろ、木が生えている方向を見やる。

 

「はうち」

 

 金色の何かが見えた気がし、首を傾げると同時に私は奇声を発した。

 彼女のツインテールが私の目を襲撃し、またもや地面を転がる。

 最初はいいけど、もうわざとやってるとしか思えないよねこれ。

 

「あ、ごめん」

 

 と思ったけど、二回目はわざとじゃないみたいだ。妹は本気ですまなそうに謝る。

 一回目はわざとだとこれで分かってしまったが……謝ったなら許そう。いい匂いもしたし。

 目を押さえつつ私が立ち上がると、妹はイヤホンを押さえて言った。

 

「村上。突撃」

 

 どこの軍師だお前は。

 

『はい? いいんですか?』

 

 簡潔すぎる命令に戸惑った反応が返ってくる。

 村上は正面の入り口で私達が入るのを待っていたようで、まだ潜入はしていないみたいだった。

 私は止めようとも思ったのだが、成り行きを見守ることに。なにか理由があるのかもしれない。

 

「ええ。さっき言ったように、あの魔法は解除不可能。だから一度踏んで作動させるか、魔法を避けるしか手はないわ。幸い、今回はそっちまで魔法の効果が伸びてるみたいだし、村上が生贄になればそれで済む筈よ」

 

「おいこら、生贄て」

 

『分かりました! 楼さんと妹さんのために身体を張ります!』

 

 村上のやる気満々な声が聞こえる。

 彼はそっち系の趣味でも持っているのだろうか。いじめられるのが大好き、みたいな。

 言い方はともかく、解除する方法がない以上、村上に頑張ってもらうしかない。

 

「村上、無茶はしないようにね」

 

『楼さんが言うならば努力しましょう。お二人方も無茶しないように』

 

 少しテンションを通常運行に戻した村上はそう言い、通信が切れる。どうやらマイクをミュートにしたらしい。

 さて。戦いだ。

 響き渡る警報を耳にし、私は目から手を離した。

 夢深を助けるため、そしてまだもやもやする頭をさっぱりさせるために、頑張るとしよう。

 

「行くよ、妹」

 

「ええ。姉さん」

 

 悪人がどうなるか。

 今も変わらないルールというやつを、教えてやる。

 

 

 

 ○

 

 

 

 と意気込んだのはいいものの、正直なにをすればいいのだろうか。

 会議室らしき部屋へ入り、ドアを開く。それから充分に気配やら声に注意し、私は廊下の様子を窺った。

 村上の侵入が察知されたからだろう。外で見たときは点いていなかった明かりがついている。

 きょろきょろと辺りを見回し、人がいないか確かめる。すると階段をおりるような足音が耳に入った。

 

「敵襲だ! 相手は一人、あの村上だ」

 

「む、村上様!? うう、気が引ける……」

 

 顔を引っ込めると同時に、すぐ近くの道を男女二人の声が通っていく。

 私達には気づいていないようで、暢気に話をしていた。

 徐々に遠ざかっていく足音に安堵の息をもらす。ここでばれてしまっては村上の突入も無駄になってしまう。慎重に行かねば。

 再び顔を出し、廊下の安全を確認。結構近くから色々な音が聞こえてくるけど、多分村上が暴れているせいだろう。

 多分相手は村上一人だと分かれば、出せる戦力を惜しみなく使い、全力で潰しにかかる筈。本来なら彼ぐらいしかまともに戦うことができないのだから。

 騒音は聞こえるも、足音は聞こえない。

 相手側の戦力は全て戦いに向かったらしい。

 

「妹」

 

 後ろで待機している妹へ手で合図を送る。すると私の制服が小さく引っ張られた。

 了解してくれたみたいだ。

 

「こういうとき、声は必要ないのよ。姉さん」

 

 余計な一言があったけども。

 溜息を吐き、私は廊下へ出る。近くで乱闘騒ぎが起きているものの、比較的静かだ。人の気配はない。

 階段は確か……。

 

『そのまま進んで左です』

 

 聞いただけで分かるくらい呆れ気味な扇の声。

 校内の地図も把握していない私が悪いんだけど、なんだか刺々しい。さっき村上と仲良さげにしちゃったし、それが響いたのかな。

 ふむ。今は生意気ぶる必要もないし、凍てついた心を溶かす小粋なジョークなどどうだろうか。

 

「了解。愛してるよ、扇」

 

『くたばれ』

 

 なんだろうね、これがツンデレってやつだろうか。

 凍てついた心が閉ざされ、なんだか冷凍庫に収納されたようになってしまったのを感じつつ、私はやれやれと肩を竦める。何気なく私のダメージも大きかった。

 というか音声が二重になってたような。イヤホンと、私の背後から聞こえた気が。空耳?

 

『余計なこと言ってないでさっさと行ってください。むかつく人ですね』

 

「はいはい。ちょっとした冗談なのに」 

 

 あの発言もいつもの生意気キャラとして受け取られたらしい。

 口をとがらせつつ、真っ直ぐ走っていく。何秒か走ると指示通り、左手に階段が見えた。

 後ろを確認。妹が黒い笑顔を浮かべていたが、ついてきているから問題ない。

 階段へ視線を戻すと私は足を一段目に乗せた。

 

「侵入者か!?」

 

 不意にかかる声。それは上から聞こえた。

 危機を感じる前に私は反射的に走り出す。

 カメラには誰かしらの姿が映っているのか、インカムからは速やかに排除するようにとの指示が発せられた。

 チラッと横を見て、手すりを確認。金属製で頑丈そうだ。人一人乗ったくらいで壊れはしないだろう。

 階段をよちよち進んでいく暇はない。今はとにかく、速く敵を倒さなくては。

 躊躇なく跳躍。敵の姿を見ずに階段の手すりへ着地し、それを上っていく。

 そこで私は初めて顔を上へと向ける。

 男子生徒が一人。それなりに顔がよく、評価も高そうだ。

 襲撃者は村上。そう聞いていたであろう彼は、幹部でもない私達がここにいることに焦っているようだった。

 手すりを駆けあがる私を見て、詠唱を始めるが――遅い。

 再度私は宙を飛ぶ。相手の頭上へ行き、左肩を踏みつける。人間の体重、加えて、踏みつける動作。とても人間が支えられる重量ではない。男はよろけ、詠唱が解除される。

 無論、それだけで倒すことはできない。私は踏みつけた肩を踏み台にし、三度目の跳躍。

 縦に一回転し、今度は相手の右側へと回る。

 そして左方向によろけた相手を、思い切り蹴飛ばした。

 為す術もなく男子生徒は踊り場の壁に叩きつけられる。そして床に倒れ、動かなくなった。

 完全に無防備なところを全力で叩いたのだ。補整なしならまだしも、『格闘』能力のある攻撃だ。立てる筈もないだろう。

 

「なんとかなった、かな」

 

 踊り場に着地。倒れた男が動かないのを確認すると、私は額の汗を拭った。ちなみに冷や汗である。

 いきなり声がかかって驚いたけど、冷静に動けて良かった。

 

「ほえぇ……姉さん、そんな人間離れした動きもできるのね」

 

 階段を上がりながら、妹が素直に驚いた様子で声をかける。

 手すりを上がって、相手を踏みつけ、よろけたところをトドメ……自分がしたことを整理すると、確かに人間離れしている。

 いつもは校庭やら体育館で戦っているからか、広い戦場に慣れていたけど、存外狭い室内戦の方が私に向いているのかもしれない。

 『格闘』は人間に対してだけでなく、物に対しても効果が出るし。

 

「まぁ、今回は相手が魔法を出さなかったから。運が良かったよ」

 

 なんにせよ、相手が魔法を出さなかった。これが大きい。

 もし相手が詠唱を必要とする魔法ではなく、即発動できる魔法を使用していたら、多分手すりに飛ぶ辺りで馬鹿みたいな失敗をしていたことだろう。

 

『よくやった。これで二階の夢深がいる部屋までは誰もいない筈だ……と願おう』

 

 自信なさげな眼鏡の言葉。

 ついツッコミたくなるが、今さっきも予想外なことが起きたのだ。断言できない気持は理解できた。

 私は苦笑し、階段を上る。

 そこからは流石に何もなく、無事二階に到着。

 一階より少し狭い廊下には誰もおらず、声も音も聞こえない。

 争いから離れたこともあり、静かだ。

 これは本当に誰もいないと見てよさそうかな。

 階段を上がった少し先から左右の様子を窺い、私は頷く。

 

「姉さん。声が聞こえる」

 

 安心したのも束の間。

 廊下の左右を安全確認している私の服を、妹が引っ張った。

 声? と私が首を傾げると、彼女は一言。

 

「夢深」

 

 どうやら夢深の声が聞こえたらしい。

 私も彼女に倣ってその声とやらを聞こうとするが……全然聞こえない。戦争のような音なら下から聞こえてくるんだけど。

 

「どこから聞こえるの?」

 

「こっちね」

 

 妹が先頭になり、歩き出す。

 右へ進み、その突き当たりへ。そこには照明の点いた一つの部屋があった。

 いきなり中へ突入、というわけにもいかない。私はひとまず本当に夢深がいるのか知るべく、ドアにイヤホンを付けていない方の耳をくっ付ける。

 

『嫌だ。私は人を傷つけたくない。意味がないことなんてしたくない』

 

 誰かと口論しているのだろうか。大きくはないものの、怒っているふうに言われた台詞が耳に入る。

 印象が若干違うものの、それは確かに夢深の声だ。

 どうやら無事らしい。分かっていたことだが、安心する。

 さて。夢深がいるのは分かったし、あとは室内にどれだけ人がいるか分かればいいんだけど。

 耳を澄まし、会話の続きを待つ。

 

『違う。そんな下らないことはしたくない』

 

 しかし聞こえてくるのは夢深の声ばかり。

 彼女が話しているであろう相手の声が全然聞こえてこない。彼女が独り言を言っているのは考えられないし、どうしたのだろうか。

 それから少し室内の様子を音声のみで観察したが、結局聞こえたのは夢深の声。

 『下らない』やら、『意味がない』とかそんなを誰かに向けて延々と言っているだけだ。

 このままでは埒が明かない。私はドアから顔を離し、妹を見た。

 

「どうする? 待機組は何も言わないし、私達任せなんだろうけど」

 

「突入でいいんじゃないかしら? 夢深しか喋らないし、案外彼女だけかも」

 

「それはそれで怖いよね」

 

 長々とあんな独り言をリピートしてるのなら、私は病院をおすすめする。

 でもまぁ、それくらいしか考えられないんだよね……彼女の他に声は聞こえないし。

 

「じゃあ突入してから室内を確認。敵がいたら戦闘。これでいいね?」

 

「そうね。私は真っ先に夢深を確保するから、姉さんは敵をお願い」

 

 私は頷き、マイクへそれでいいかと尋ねる。

 話し合う声が聞こえ、異存なしとの返答が返ってきた。

 

「……行くよ」

 

 ドアへ手をかけ、私は息を吐く。

 そして吸うと力いっぱい開いた。

 明るい室内が視界に映る。足を室内に踏み込み、まず目に入ったのは椅子に縛り付けられた夢深。身体と足を縄で縛られており、とても身動きがとれる状態ではなかった。そして少しいやらしく見える――って、言ってる場合じゃない。

 私は続いてもう一人の人物を見つける。

 特徴のない比較的地味な少女だ。身の丈ほどの大剣を背負っており、手には通信機らしき物を持っていて、それを夢深の耳に当てていた。

 ……なるほど。夢深以外の声が聞こえなかったのはそのためか。

 考えつつ、部屋の左右にも目を向ける。他に誰もいないし、何もない。完全に油断していたようだ。

 好機である。夢深へなにもされない内に、奪還するとしよう。

 私は夢深の隣にいる少女を倒そうと真っ直ぐ走る。

 が、流石は幹部といったところか。

 少女が乱入してきた私達に驚いていたのは、ほんの僅かな間。彼女は通信機を夢深の膝に置くと、素早く大剣を抜き、彼女の腹部辺りへと突きつける。

 殺しはしない。そう分かっているのだが、私は思わず急ブレーキ。

 誘拐なんてしたのだ。まさかの事態もある。

 

「なにをするつもり?」

 

 尋ねると、少女は物凄く悪役っぽい笑みを浮かべる。

 なにをするつもりなのだろう。嫌な予感が頭をよぎり、私は拳を強く握り締める。

 少女は大剣を少し動かして牽制しつつ答える。

 

「少しでも動いたら、この子の服を切る」

 

 平和的だった。

 でも夢深からしたら物凄い被害かもしれない。この時刻ならば校舎は閉まっているだろうし、服を取りに行くこともできない。

 それに学校側が制服の値段を格安に引き下げているけど、未だ新品に取り換えるのは二千円くらいする。お小遣いからそれを捻出するのは女子高生にとって大ダメージだ。

 それが親のお金から払われるとなれば……罪悪感が凄まじいことになる。私も何度華蓮に払わせたことか。

 いやまぁ、命を奪うよりはマシなんだろうけども、生活も重要である。

 くそぅ、まさかそんな手段でくるとは。手が出せないじゃないか。

 夢深はぼんやりしちゃってるし……服を犠牲にしてもいいか、なんて訊けたものじゃない。

 何もできずに歯を噛みしめる私を見て、少女はニンマリする。

 その時、彼女の背後に赤色の何かが見えた。

 

「さぁ、それが嫌だったら大人しくこの部屋から出て――」

 

「よっこいしょ」 

 

 鈍い音が立つ。

 気の抜ける掛け声とともに、勝ち誇った表情のまま少女は床にうつ伏せになり昏倒した。

 

「典型的な悪役ね。ったく」

 

 赤い何か――消火器を持った妹は、倒れた少女の背中を容赦なく蹴りつけながら悪態をつく。

 どうやらどこかからか回り込み、少女の頭を消火器で殴打したらしい。

 アナログながら恐ろしい。一昔前ならば殺人事件になっていただろう。

 

「気絶してくれたみたいね。縛る必要もなさそうだわ」

 

 蹴っていたのはその確認だったようだ。

 呆然としていた私は握っていた手をほどき、尋ねる。

 

「どこから来たの?」

 

「どこからって、そこよ」

 

 消火器を置くと妹がドアを指差す。ただしそこは私が入った場所でななく、もう少し廊下を奥に行った先にあるもう一つのドア。

 少女の注意が私に向かってる間に、あそこから侵入し背後へ回った、ということなのだろう。

 

「夢深の声がするのに、なんで他の人の声がしないんだろうって不審に思ったから、姉さんを先に行かせたのよ。二人で突っ込んでいったら、罠があった場合一網打尽だし」

 

 いわゆる囮か。

 敵を欺くにはまず味方からとも言うが、一言くらいは言ってほしいものだ。

 すんなりと口にする妹を睨む――も、文句を言う気はすぐなくなった。現に助けられたのだ。反論する筋合いはない。

 

「助かったよ。ありがとう、妹」

 

「ええ。感謝しなさい。それで、この子はどうしましょうか」

 

 妹が視線を夢深へと向ける。彼女はまだぼーっとしており、私達の会話にも反応しない。何か考え事でもしているのだろうか。自分の服が危機に瀕したというのに。

 

「とりあえず助けないと駄目だよね……ん?」

 

 そういえば。

 私は夢深の膝に置かれた通信機を見る。一昔前の携帯電話のような見た目をしたそれには、緑色のランプが灯っている。

 

『まだ繋がっている可能性が高い。楼、取ってみたまえ』

 

 小太りの指示に従い、通信機を手に取る。

 誰かが手に取ったと分かったのだろう。小さいノイズに混じり、誰かが息を呑むような音がスピーカーから聞こえた。

 この通信機の先には誰かがいる。それもおそらく、『あの人』だ。

 なんて喋ろうか。私はそんなことを考えながらも、結論が出る前に口を開いた。

 黙ってて切られでもしたら勿体ない。

 

「こんばんは、部長」

 

『なっ!?』

 

 私の予測。それを口にすると、通話している人物はさぞかし驚いたようだった。

 それが肯定なのか、それとも単に驚愕しているだけなのか。それはまだ分からない。

 

「ああ、ごめん。まず名前を名乗ろうか。私は武蔵 楼。ただの生徒だよ。そっちは?」

 

『何故私が『優等生』の部長だと?』

 

 自己紹介を無視し、通信機の向こうの相手は静かに尋ねる。

 素直に部長だと認めるのか……意外だな。もっと否定すると思って、挑発の言葉をあれこれ考えてたんだけど。

 殊勝な態度に拍子抜けしつつ、私は説明することに。

 

「副部長を誘拐しようなんて思うのは、部長くらいでしょ? それに『優等生』の幹部が理解できないような不可解な誘拐を、幹部連中使って行うなんて、同じ幹部にできそうもない」

 

 私はそこで一呼吸。頭に浮かんだ言葉をそのまま告げる。

 

「それでまさかと思って……わざわざ通信機で話してたから部長だと予測したんだ。部長は顔も分からない、話し合いにも出ようとしない、って聞いてたから」

 

『そういうこと。納得した。――そう。私が『優等生』の部長よ』

 

 顔が出ないから大丈夫だと思っているのか、部長はあっさりと名乗った。

 まぁ声だけで身元が割れるわけもない。この流れで名乗らないのは相当慎重な人間くらいだ。

 

「そ。で、『教育』の強行策はどうなってるの?」

 

『そうそう。そのことを言いたくて、わざわざ通信を切らずに相手してたの』

 

 通信機取るときに少し緊張したような声を出してたのに、何言っているんだか……。

 なんだか全然部長という感じがしない。精々小悪党なんだけど、この人。

 

『強行策は明日実行することに決めたわ。覚悟することね』

 

「明日!?」

 

 いきなりな宣言だ。部長のことを心の中で小馬鹿にしていた私は、驚きで大きな声を出す。

 なんてこった。まだ何も分かってはいないのに。

 これはさっさと決闘の話をしなくては、まずいことになりそうだ。

 

「ちょっと待った。その前に、賛成者と反対者、どちらが正しいか戦って決めない?」

 

『嫌よ。正しいのはこっちだもん』

 

 どこの我儘な姫様だこいつは。

 私は頬を引きつるのを感じつつ、用意した挑発を使用することに決める。

 

「そうやって影でこそこそして……。自分達を正義だって言うなら、堂々と前に出てきたらどう?」

 

『これは必要なことよ。それに部長は代々その正体を秘密にするよう言われてるの。こうして通信してるだけでも特別なのに、表舞台に立つことはできないわ』

 

「……ずいぶん短い期間に『代々』なんて使うんだね」

 

 二年しか経ってないのに。

 私は呆れつつ、思考をする。

 反対者の話を聞いた時から、私が抱いている疑問。それは間違いなく部長に関するものだ。

 少し整理しよう。

 部長は正体を知られていない。話し合いにも、戦いにも応じない。しかし誘拐は行い、それでいて自分はその場にいない。

 果たしてそれは、単に『決まりだから』で済ませられることなのだろうか。

 通信を特別と言っているのを考慮すれば、現在彼女は決まりを破っている。彼女が決まりを気にしているならば、通信すらしない筈だ。

 そのとき私は、あることに気づいた。

 決闘のルール。彼女の口調、性格。そして、幹部だからといって強くはないという点。

 それから導かれる結論は……。

 

「あ。弱いのか」

 

 そう。単純に負けるのを恐れているのだ。

 顔を合わせれば決闘を申し込まれるかもしれない。

 提示された条件に頷くか頷かないかは自由だが、部長が負ければ賛成者の信頼は下がる。

 それを恐れているから、話し合いをしない。

 だから決まりを破って通信をしているのに、決まりを言い訳に使う。

 そうだ。私はおそらく、『部長が強い』という前提に疑問を感じたのだ。

 

『……何を言ってるの?』

 

 図星。口で言ってはいないが、彼女の重苦しい声がそうだと語っていた。

 分かり易い。あんなすぐ私の提案を断ったのに、思い切り今回の言葉には反応している。

 

「弱いんでしょ? だから決闘にびくびくしてる。肩書きに分不相応な実力だから。もしかしたら、評価自体――」

 

 低いんじゃないの?

 そう言おうとした瞬間にノイズが途切れる。スピーカーからは何も聞こえなくなった。どうやら通信を切ったようだ。

 

「切れたみたい」

 

 部長が弱いのもあながち間違ってなさそうだ。

 私は通信機から耳を離し、マイクと妹へ向かって報告する。

 

「馬鹿!」

 

「はうあっ!?」

 

 するとすぐさま妹から怒りの鉄拳が飛んでくる。

 私は頬を押さえながら、何をするのかと言ってやろうかとも思ったが……気づく。

 自分は結局『教育』について一つも進展を得ていないのだと。

 それなのに得意げに自分の理論を展開し、部長との通信が終わってしまったのだ。それも相手に最悪な印象を与えた上で。

 とても悪いことをしてしまった。

 

「す、すみませんでしたぁ!」

 

 妹に文句を言うなど筋違いもいいところだ。私はすぐさまマイクに向けて謝罪をし、ぺこぺこと頭を下げる。

 もう全面戦争になってもいいくらい状況は悪化してしまったのではないのだろうか。

 

『気にしないでください』

 

 しかしイヤホンから聞こえてきたのは、村上のそんな一言だった。

 私が「でも」と言いかけると、彼は続けた。

 

『あちらが話し合いに乗らない以上、『強行』は確定していた未来です。日にちが分かっただけでもよしとしましょう。それに賛成者の一部でしょうが、戦力も把握できました。部長についてもそれなりに』

 

『そうだな。夢深も助けられたんだ。目的は果たされたさ』

 

 村上の台詞に、坊主頭も同調する。

 確かに当初はそうだ。夢深を助けるという、今になって考えるとお人好しにも思える目的だ。

 だが交渉の場があって、このザマでは……。

 

「もういいわよ、姉さん。反省してるならそれで終わり。姉さん一人を責めるのも悪いし。夢深を連れてこの場から逃げるわよ」

 

 妹は溜息を吐き、夢深を指差す。

 そういえばまだ私達は敵地にいたのだ。今は逃げることが先決だろう。

 私は返事をすると落ちていた大剣を拾い上げ、それで夢深を縛っていた縄を切り裂く。

 

「あ……楼さんに、妹さん?」

 

 そこでやっと彼女は私達に気づいたらしい。

 目をぱちっと開き、私と妹を交互に見る。

 

「うん、私。助けに来たよ、夢深」

 

「助けに? あ、め、迷惑をかけてすみませんでした」

 

 一瞬ぽかんとする彼女は、その後驚いた表情を受けべて頭を下げた。

 そしてゆったりとした動作で立ち上がる。まるで自分が攫われたことを分かっていないような様子だった。

 

「夢深。一旦ここから出ようと思うんだけど、ついてくる?」

 

「はい……そうですね。そうします」

 

 彼女は頷き、フッと表情に影を落とす。

 それはまた、全てを諦めている人間の顔だった。

 そんな夢深の顔を見て胸が苦しくなるのを感じながら、私は脱出するべく走り出した。

 

 

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