ハイスクール・フリート-No one knows the cluster amaryllis-   作:Virgil

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皆さまお久しぶりです。現実逃避してたら、こんなにも間が空いてしまいました。

本編にも登場したアリスこと小林亜依子と吉田親子の登場です。彼女達にもスポットを当てられたらと思います。

それではどうぞ。


Chapter-04 ヤミヘトマヨウフネ

『ヒトキュウ・ゴーマル。立直は持ち場へ。繰り返す、立直は持ち場へ』

 

 艦内放送に慌てて動く者。あるいは、次のシフトに向けて仮眠を摂りに自室へ戻る者。先程まで談笑に湧いていた食堂が、別の意味での喧騒に包まれる。

 

 食事用のトレーを返却口へ置きに行くと、給養員である小林亜依子三士がカウンターから身を乗り出してくる。

 

「知名艦長。この前に話した緊急時の食糧貯蔵の話ですけれど、艦橋塔と後部射撃指揮所にも追加搬入したいんですけど」

「分かったわ。けど、加藤主計長の許可は取れたの?」

 

 鉄面皮と言うか、ポーカーフェイスと言うか。少なくとも生真面目という印象の強い彼女が、果たして小林三士の提案を呑んだのだろうか。その辺は抜かりがないと、彼女はロングヘアーの髪を揺らして胸を張る。

 

「凄く嫌ぁな顔してましたよ。大方、艦橋組が夜食を引き出す食糧庫にするんじゃないかって」

「……彼女も勘が鋭いよね。実際に言われたんでしょう?」

「夜間シフトの多い眉墨砲術長からの陳情……という形で済ませましたんで、あとは上手いことやってください。知名艦長」

 

 こういう時に、無関係でも引っ張り出される砲術長の仁徳に合掌する。褒めるべき取り柄なのだろうが、いささかとばっちりが多いというのが感想であるが。

 

 要件は終わりですよーと、再びシンクに食器を戻す作業に入る。片づけに奔走し始めた小林を尻目に、知名は環境へと歩みを進める。廊下への扉を前に、航海科である吉田親子三士が待ち構えている。これからの当直に向けて、わざわざ待っていてくれたらしい。

 

「お疲れ様です、知名艦長。艦橋までご一緒しても?」

「えぇ。疲れているところ悪いけど、今夜は宜しくお願い」

 

 紫がかった髪を揺らして、彼女は笑う。くだらない談笑をしながら、夜間警備のため、詰所への階段を上る。

 

「さすがに溜めこむ癖が酷いと思いません? アリス(あいこ)の事ですけど」

「アイコ? 小林三士のこと?」

「そうです。リス(・・)みたいに食糧を漁る()依子ちゃんで、アリス。」

 

 こつこつと靴底で叩く様に、床を踏み鳴らす吉田三士。食堂を任せられる料理スキルと、その愛嬌は可愛らしいものだ。彼女に対するリスという例えが言い得て妙だと思いつつ、同意するように笑みを返す。

 

 最小限の明かりが灯された部屋で、海図を広げる。壁面にかけられた紙媒体のカレンダーは、4月6日を示す様に日付が塗り潰されている。この調子なら、時間通りに西ノ島新島へ辿り着けそうだ。六分儀を手で支えていた吉田も、同じように思っていたらしい。

 

「明日は、他のクラスと合流ですね」

「航海艦橋へ連絡。 左60度 10000に貨物船。注意して」

「了解しました」

 

 吉田三士が無電機を回している間に、知名は窓外の影を見やる。こんな所で他の船舶に合うとは思わなかった。もちろん、国内外へ行き来する手段は船舶が主である。どんな用事で航海しているのだろうと思ってしまうのは、人魚を母に持つ血の性だろうか。

 

 しかしそんな想いを断ち切るように、焔が踊る。何事かと知名が目を凝らした瞬間には、ほぼ同時に爆音が響く。ビリビリと窓が震え終わる頃には、身を竦ませた吉田三士の受話器を奪い取るように叫ぶ。

 

「総員戦闘用意! 教練ではない! 繰り返す! 教練ではない!」

 

 部屋を飛び出し、航海艦橋へ上がる。幸いな事に就寝前だったことか、主要メンバーは一分以内に集合できた。

 

 艦橋を見回した村野副長の一声で、各部署からの報告が始まる。一通りを聞き終わった彼女から、口火が切られる。

 

「艦橋要員含め、全員持ち場へ揃いました。知名艦長」

「何でもいい。状況を知らせて、村野副長」

「はっ、まとめます。フタマル・マルマルに左舷前方、現在の距離およそ9000。大型タンカーと思われる船影を確認。またほぼ同時刻に、複数回の爆発音を見張員が観測。現在、対象に向け国際VHFにて呼びかけています」

「えっと。月詠……お姉さんの方、風花二士。海上安全整備局のデータリストと照合できている?」

《艦紋照合終了。データベースに該当あったわ。英国船籍、パシフィック・ピンテール号みたいね》

「原子力輸送船だぁ!? 何でこんなとこにいるんだよ!」

 

 眉墨砲術長の驚嘆に対して、黙れとばかりに村野副長の舌打ちが飛ぶ。しかし、指摘はもっともだ。使用済燃料運搬船。その輸送に当たり、護衛が一隻もなしに航行するなどありえない。いくら武装貨物船といえど、機関砲による自衛程度のものだ。もちろん警備員が配備されるとはいえ、機密を抱えた艦船がおいそれと単独航行して良いものではない。

 

「無線室。呼びかけに反応はありましたか?」

《こちら無線室。電信員が取り込み中のため、小官が代わります。ch16にて呼びかけを継続。相手船舶から回答有り。相互に感度良好、今ch6に切り替えました。回線、艦橋に共有します!》

 

 ノイズの後に、艦橋内のスピーカーから音声通話が流れ出す。こちらの電信員と、切羽詰まったあちらの担当者の声が響く。

 

こちら横須賀女子海洋学校所属艦艇、(This is Musashi in Japan coast guard academy)教育艦武蔵。(of Yokosuka.)貴艦に異常はないか?(Do you have any trouble?)

こちらPNTLtd.の(This is Pacific Pintail.)パシフィック・ピンテールだ。(Pacific Nuclear Transport Ltd.)被雷し、艦に損傷を受けている。(Attacked by torpedo. )

 

「ただの爆発なら分かるが、何で被雷と断定できる? 俺は胡散臭いと思う」

「口を慎め、眉墨砲術長。状況確認はともかくとして、只の船舶事故であれば船を寄せるべきです。知名艦長、どうします?」

「無線室、私が回答します。艦橋に直接繋いでください」

《了解です。繋ぎます、どうぞ》

 

 差し出された受話器を取り、咳払い。英語に自信がある訳ではないが、ここでやるしかない。

 

こちらを確認できるか?(Have you located me?) 同意の元、(If you agree,)貴艦を最寄りの港に誘導する用意がある。(We will escort you to the nearest port.)

既にこちらは、敵の射程内にある。(The enemy's already got me within firing range.)直ちに、本海域より離脱せよ(Get out of there, now)

 

 マイクをミュートにした上で、知名は艦橋内を見回す。

 

「敵……そんな船はどこにも……。電探室、他の艦船は確認できる?」

《電探室、水上レーダーに疑わしき艦影はないわ》

「次、水測室。月詠の妹さん。ソナーに反応は?」

《水測室、雪花なのです! ウェーキ音が邪魔なので、ソノブイの投下を進言しますっ》

「次から、月詠姉妹は名前で名乗らせた方が良さそうだな……」

 

 目の前の状況に歯噛みする。打つ手はない。相手の()という言葉を信じるか。あるいは、勘違いとして救助を開始するか。

 

 知名が出した答えは、敵と仮定した者のアクションを窺う待ち(・・)しか選択肢がないことだった。だとしても、これ以上の被害の拡大は何としてでも避けたい。どの道、明かりは悪手だ。それを通信相手に伝える。

 

まず電気を消してください、(Kill the lights,)それで狙ってきます。(They'll spot you.)こちらで相手を食い止めます。( I'll take care of them.)全力で離脱してください!(Please get away maximum speed!)

無謀だ、馬鹿にも程がある!(This is insane, just stupid decision!) だが、その蛮勇に感謝する。(But, thanks your guts.)了解だ、信じようじゃないか。(Roger, we trust you.) 以降、ch16に戻すが……(Back to channel one six…) おい、部屋に戻りたまえ。(Hey, hey, get back in your room.)通信室への立ち入りは……(Don't enter the...hey.) おい、何をする!(Hey, what're you doing!)

パシフィック・ピンテール号?(Pacific Pintail?) どうされました!?(Hey! You there!?)

 

 銃声。そして悲鳴。無線機を引っ手繰るような音とともに、ブツリと通信が切られた。あまりの事態に沈黙を保った艦橋。そんな空気を裂き口を開いたのは、我は関せずといった表情の村野副長だった。

 

「で、実際のところどうします? こちらは実戦経験皆無で、夜目が効かない新兵揃い。電探にも反応はなく、推進音でソナーは役に立たない。あまりに情報不足です」

「……村野副長。ピンテール号のさっきの様子。シージャックと私は判断しますが。貴女の見解は?」

「パシフィック・ピンテール号からの報告が事実であり、第三者が現海域に居座る理由があるならばに限ります。水上艦艇が確認できない状況でそれが可能なのは、潜水艦以外は難しいかと」

「狙われる理由なんて、いくらでもあるでしょ。原子力以外にもヤバいもの積んでるんじゃない?」

 

 銀糸の様な髪を掻き上げて、工藤航海長は嗤う。彼女の指摘も最もだ。只の船ならば、わざわざ武装した警備兵のいる原子力輸送船を狙うメリットはない。人質が欲しいだけなら普通の民間船を狙うなど、もっとリスクを回避できたはずだ。

 

「理由はともかく……ですね。では、艦橋を含め何者かによって制圧されたと仮定します。眉墨砲術長。本艦が対潜水艦戦闘を行った場合に、勝機はありますか?」

「仮に潜水艦だとしたら、有効兵器なんか皆無だな。そして、武蔵の弾薬は潤沢じゃねェ。主砲なら、砲身の寿命の関係で100発が限界。今回の遠洋航海で搭載しているのは、実弾30発、模擬弾30発。演習用に模擬爆雷は積んでるが、実戦に耐えうる装備とは言えないが……」

 

 勝気の性格からとは思えない渋い顔をする眉墨砲術長。それを横目に工藤三士が発言許可を求める。

 

「航海長としては、とっととズラかる事を提案しますが。いくら日本近海と言えど、撃沈されたら冗談じゃありません。この時期の水温なら、めでたく水死体が30人分でしょうね」

「助けに行くかは別として……だ。このままでもピンテールの乗員が何人生き残るやらだな」

 

 辛辣な村野副長の一声が飛び、艦橋が一気に騒がしくなる。正義感に駆られ、救助を進言する者。我が身の可愛さに躊躇する者。反応はそれぞれだが、艦の統制が崩れたのは事実だった。そんな折に、凛とした声が伝声菅から響く。沈黙を保っていたらしい加藤主計長が、喧騒を裂くように声を張り上げた。

 

《艦長はどうしたいんです? 誰が何をしたいと言い出そうが、この武蔵(ふね)は貴女の物だ》

「私? ……私は。困っている人がいるなら、助けたい」

 

 海の守護者と在るべきブルーマーメイド。亡き母が進んだ道こそ、今の知名にとっての有一の生きる道標であった。憧れた背中に辿り着くまでは、死ねないという覚悟。それを幼き日とはいえ、墓標に誓ったのは他でもない自分だったではないか。

 

 何としてでも(・・・・・・)海の守護者(さきもり)でなければならない。どんな手段を用いてでも、目の前の命を見捨てない。投げ出さない。

 

 例え。この場の全員から反対されてでも、自分は救助を命じるだろう。だからこそ、場を制するように声を張る。

 

「模擬爆雷。そうだ……眉墨砲術長! たしか遠洋航海で、爆雷投射の経験はあったよね。ソノブイを放り投げられる(・・・・・・・・・・・・)?」

「武蔵の投射機なら、できなくはないですね……って、へぇ。なかなか乙なことを考えるじゃねェか、知名艦長」

 

 搭載されているパッシブソナーは、周囲の音を拾うものだ。もちろん。戦闘海域に多く散布し、そのデータを統合して敵の位置を算出する。基本的にこのご時世では、回収を目途にワイヤーで牽引するのが一般的だ。しかし作業時間もさることながら、単隻による()の展開には現実的でない。

 

 だからこそ、提案する。後部甲板上の爆雷投射機で、船外左右へ投擲。三角測量によって、魚雷の発射元を特定すると言う手段を。もちろん、潜水艦を叩く為だけではない。しかし、少なくとも敵が何処にいるかは分かるはずだ。

 

 砲術長の村野が各部署に指示を出し始める。砲管制をやる必要がないからと、艦橋からの退出を進言された段階で知名が頷いた頃だった。悲鳴のような声が、伝声菅から放たれる。

 

《聴音機が突破音を探知! 推定、本艦より10時の方向! 推進音、2、5、8! 左舷に魚雷が来るのです!》

「右舷半速、左舷全速! 面舵一杯!」

 

 雪花二士からの報告が飛ぶ。知名の号令で、工藤航海長が舵輪を回し始めた頃だった。彼女の驚嘆した声が響く。

 

「こちら航海艦橋! 機関科委員へ! 舵輪に障害発生! 以下、操舵を舵取機室へ! 面舵一杯ッ!」

《了解! 機関科、操舵を代行しますッ!》

「間に合わん! 総員、衝撃に備えッ!」

 

 いち早く異常事態を察知した村野副長が対ショックを警告する。世界を揺るがすような破裂音とともに、武蔵全体が軋む様に揺れる。


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