四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

人里に『四隅の怪』が広まるも、『聞き手』はそれが気に入らずにおり、同時に柚葉は慧音にどこかへと連れて行かれてしまう。


其ノ十二

「……あの、慧音先生?これは、一体……?」

「ん?……あー、まあ、気にするな。と、言っても無理な話だろうが、今は何も考えずここでしばらくくつろいでいて欲しい」

 

柚葉の問いかけに、慧音はあいまいながらそう答え返した。

今、柚葉がいる場所は慧音の家。柚葉は数時間前に大通りで慧音と出会い、何故か慧音に彼女の自宅へと半ば強引に連れてこられ、そこの今でゆっくりとお茶をすすっている状態であった。

わけも分からず慧音の家に連れ込まれた柚葉は、動揺としつつも慧音にさらに言葉を投げかける。

 

「あの……私、この後仕事があるんですけれど……」

「ならこの家からしばらく通うが良い。しばらく……最低でも数日かな?私がお前の面倒を見ようと思っている」

「えっ!?」

 

唐突に自分をしばしこの家で預かるという慧音のその発言に柚葉は眼を丸くした。

それを気にする風でもなく慧音はお茶をすすりながら淡々と言葉を紡ぐ。

 

「すでにお前の家族にも了承の意を得ている。この部屋の隣に空き部屋があるからそこを使ってくれ」

「そ、そんないきなり……。しかも父さんたちも了承したって、そんな勝手に……一体どうして……!」

「――お前のためだ」

 

一段トーンが下がった慧音のその言葉に、柚葉は小さく息をのんだ。

いつの間にか慧音は柚葉を真っ直ぐに見据えていた。

柚葉の胸のうち――心の奥底まで射抜くようなその視線に、柚葉は動揺する。

慧音は言葉を続ける。

 

「……お前があの男と浅からぬ縁があることぐらいすでに気づいている。お前は前にあの男をかばっていたが、傍から見ていても脅されているのが丸分かりだったぞ?その上、お前に手を上げての乱暴狼藉。かつての教え子をこのままほっとけるわけが無いだろう」

「……っ、……か、帰ります……!」

 

そう言って立ち上がる柚葉であったが、そこで慧音も言葉を重ねる。

 

「……言っておくが、お前を預かるのは私の独断じゃない。……お前の両親からの頼みでもあるんだ」

「え……?」

 

動きを止めて呆然となる柚葉に慧音は言葉をかけ続ける。

 

「……気づいていたよ、お前の家族()()が。最近お前の様子がおかしい事に……」

「嘘……」

 

身内には完璧に平常を装っていられていると思っていた柚葉にとって、慧音のその発言は衝撃的であった。

――一体いつから気づかれていた?半年ほど前にあの男と再会した時から?それともまさか……数年前の()()()、から……?

目の前が段々と真っ暗になるような錯覚を覚えた柚葉であったが、唐突に慧音の声に引き戻される。

 

「まったく……こっちが預かりたいと頼みに行ったのに、逆に頼まれた時は正直空いた口が塞がらなかったよ」

 

やれやれと肩をすくめてそう響く慧音は、次の瞬間に真剣な目で柚葉見つめた。

 

「……お前に一体何があったのかとか、何を抱えているのかとか、そんな事無理に聞くつもりは無い。……だが、このままじゃいけない事ぐらい、お前自身がよく分かっているはずだろう?」

「慧音先生……」

「無理かもしれないが、ゆっくりでいい。お前が私、いや――()()()に話せる事ができる日が来るようになるまで……お前を守ると約束する」

 

硬く芯の通った慧音の視線を受け、柚葉は俯き沈黙する。

そうして一分近くそのこう着状態が続くも、最終的に折れたのは柚葉であった。

観念した彼女は、慧音に向けてよく見ていなければ分からないほど、本当に小さく頷き返していた。

その顔は酷く苦しげであったと後に慧音はそう語っている――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって四ツ谷会館では広間で小傘、薊、菫子の三人が、車座になって()()()()を行っていた――。

一心不乱に三人は、白い布に針と糸を通してチクチクと縫って行く。

今日は休館日。小傘たち以外誰もいないシンとした空間内で、唐突に薊の声が響く。

 

「……今回の『最恐の怪談』……。成功するのでしょうか?」

「分からない。でも、師匠が『絶対うまく行く』って言うのなら、わちきたちはそれを信じてやるしかないよ」

 

小傘がそう答えると同時に、一緒に裁縫をしていた菫子は小さくため息をつくと、自分のひざの上に乗った白い布を両手で広げ、掲げてみせる。

 

「しっかし、本当にこんな単純な仕掛けで『演出』がうまくいくモンなの?」

「人は極度の恐慌状態におちいった時、心に余裕が無くなり周りが見えなくなってしまうんです。師匠はそんな人の恐怖心を膨張させ、精神を手玉に取って操ることに長けているんです。でも――」

 

そう言葉をつむぎながら、小傘は自身のひざに乗っている白い布を持ち上げて、続けて言う。

 

「――それは今まで師匠の常人離れした『語り』があったからこそできた事。でも今回師匠が博麗神社に囚われの身となっている以上、それは出来なくなりました」

「え?でも……」

 

そう呟いて薊は広間の隅で黙々と()()()()()()()の姿に眼を向ける。

菫子経由で四ツ谷から『例の紙束』を渡された()()は、それから直ぐに()()()()()を全うするためにここ数日、食事や寝る間を惜しんで練習に打ち込んでいた。その集中力は何度か声をかけても気づかれないほど没頭したモノであり、小傘たちもそんな()()に呆気にとられてしまうほどであった。

薊の視線と言葉にそれに気づいた小傘であったが静かに首を振った。

 

()()()のあの集中力なら本番でも()()()()()()()()『語り』が出来ると思う。でも残念だけど、それでも師匠の実力には遠く及ばない」

 

四ツ谷が幻想入りして以来、彼の怪談を一番多く間近で聞いていたのは、他ならない小傘である。

彼の卓越した話術は、人間や妖怪、神すら問わず多くの者の心を惑わせ支配し、翻弄する事に長けているのだと。

だからこそ分かるのだ――。

 

――それが一朝一夕で習得できるほど、簡単な代物ではないという事に――。

 

()()があの調子で特訓を重ねれば、少なくとも()()()()上出来な『語り』ができるだろう。

だが、所詮はそれだけ。

()()が四ツ谷のような話術を手に入れるために、それ以上先へと進むには想像を絶する努力が必要となってくるだろう。

それこそ――自身の人生を全て投げうる覚悟でもない限り……。

 

「そしてそれは……()()()自身もよく分かっているはずだよ」

 

()()を見ながら小傘はそう響く。

 

()()()は結構しっかりした性格してるから、()()()()を引き受けた時も同時に気づいてたんじゃないのかな」

「……そう言えばこの間、一度会館前で聞いていましたね。館長の怪談」

「ハハッ、じゃあなおさらだね。あれが見様見真似で出来るほど甘くないって事、()()()が気づかないわけないと思うよ」

 

薊が()()()()()()()()()()の事を思い出してそう言い、それに小傘が苦笑交じりに答えた。そして続けて言う。

 

()()のあれは所詮付け焼刃。それでもああやって熱心に特訓するのは、自分の命を助けてもらった上この会館に居候させてもらっている師匠の恩義に報いたいからなんだと思うよ」

 

小傘のその言葉に、しばし黙っていた菫子は小さくため息をつくと、白い布を摘んで口を開く。

 

「……じゃあ今回の『最恐の怪談』は、『語り』の方じゃなく『演出』の方に重点が置かれるってわけね」

「そう言う事です。……でも、()()()()である()()の『語り』も、決して無用のモノなんかじゃないですけどね」

 

菫子の言葉に、小傘はしっかりと頷いてそう答え返した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『四隅の怪』の噂が減少するどころか逆に拡大している?」

 

一方、博麗神社では遊びにやって来た魔理沙から人里で流れている『四隅の怪』の噂が治まるどころか大きくなっている事を聞き、霊夢は眉根を寄せた。

霊夢のその反応に魔理沙は頷く。

 

「ああ。しかもその噂にはいつの間にか『儀式を邪魔すると呪われる』とかって言う初耳な話も混ざってるんだ」

 

魔理沙の話を聞きながら、霊夢はちゃぶ台に頬杖をついて怪訝な表情でチラリと四ツ谷が閉じ込められている部屋の方へと視線をやる。

しかし、直ぐに視線を魔理沙へと戻すと口を開いた。

 

「気にしすぎじゃない?噂には尾ひれがつきやすいし、第一問題のあの怪談馬鹿は私がしっかりと見張ってるのよ?あいつの『最恐の怪談』が起こるわけないじゃない」

「だが霊夢、あの怪談馬鹿には小傘とかの協力者がいるんだぜ?念のためにあいつらも監視した方がいいんじゃないか?」

「えぇ~?面倒くさいわぁ。こっちで最重要『怪異』を押さえてるんだし大丈夫なんじゃない?」

 

ちゃぶ台の上に上半身を寝そべらせてグータラな発言をする霊夢に「お前なぁ……」と、呆れ顔で響く魔理沙。

 

「……心配しなくてもあの怪談馬鹿のいない小傘たち(あいつら)に『最恐の怪談』ができるわけも無し、ほっといても問題ないでしょ?」

 

霊夢は四ツ谷を封じた事で完全に『最恐の怪談』が起こらないと高をくくっていた。

確かに魔理沙の話も少し気にはなっていたが、肝心の四ツ谷が手の内にある以上、杞憂だと内心霊夢はそう判断したのだ。

その判断が大間違いだとも気づかずに。

 

「むぅ~……」

 

霊夢のその返答に魔理沙は小さく唸ると、一つため息をついて立ち上がり、霊夢に帰ると一言伝えると神社を後にする。

境内で箒にまたがると魔理沙は飛ぶ直前に肩越しに背後の博麗神社――正確には四ツ谷が閉じ込められている部屋へとチラリと視線を向けた。

 

「……霊夢のあの慢心が命取りにならなきゃいいが……」

 

魔理沙もまた四ツ谷の怪談への執着心に内心警戒を寄せていた。

霊夢の手で四ツ谷を封じているにもかかわらず、『四隅の怪』は今だ人里に広がり続けている。

それが魔理沙には不気味で仕方なかった。

だが、当の霊夢がああ言って何もしない以上、自身にできる事は何もないと(かぶり)を振り、魔理沙は空へと舞い上がり博麗神社を後にした――。

その時、魔理沙が気にしていた件の男――四ツ谷は床に寝転がって片腕を枕代わりに横になっていた。

 

その顔に薄く笑みを浮かばせて――。




これにて平成最後の投稿とさせていただきます。
令和に変わっても皆様の期待に答えられるよう頑張っていきたいと思っています。
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