四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

慧音が柚葉を保護し、四ツ谷会館組は『四隅の怪』の準備段階を開始する。


其ノ十三

「くそっ!!」

 

慧音に柚葉を保護されて以来、周蔵のイライラは日増しに高まっていった。

ここ数日、柚葉は基本的に慧音の家に篭りっきりで、ふと外出する時も決まって慧音が付き添っており、中々柚葉に接触する事ができなかったのである。

しかも、慧音が外出して家に柚葉一人の時があっても、その時には必ず慧音と入れ違いに赤いもんぺを纏った白い長髪の慧音の『友人』が家にいるため、家に侵入する事もできなかったのだった。

周蔵は苛立ちから道端の小石を大きく蹴り飛ばした。

その小石が大きく数回地面を跳ねて少し離れた民家の障子を突き破り、中から「誰だぁっ!?」とそこの家主の怒声が響くも、周蔵はそれに気にする事無くさっさと歩き続ける。

周蔵は歩きながら、懐から金銭の入った袋を取り出した。

柚葉から奪い取った金銭、その持ち金は後わずかとなっていた。

あと一日か二日分しか持ちそうに無いその現実に周蔵の苛立ちが加算される。

 

「クソ女がッ!あの先公(センコー)の家に居つきやがって、ただじゃすまさねーぞ……!!絶対に引きずり出してやる……!!」

 

飢えた獣のように眼を血走らせて人里の中をうろつき回る周蔵。

 

「……畜生、今はとりあえず金だ。どうやって手に入れる?あの女の家に忍び込んで盗み取るか。それとも別のあてを探して――」

 

ブツブツと独り言を呟いていた周蔵の口がピタリと止まり、同時に歩みも止まった。

そして、先ほど呟いた言葉の『とある一部分』を静かに復唱する。

 

「あの女の……家……」

 

それを響いた途端、周蔵の口元が耳まで裂けるかのように不気味にニイィと歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の昼頃、柚葉は慧音と一緒に彼女の自宅で炊事洗濯を手伝っていた。

慧音の家に居候して以降、周蔵とはぱったり会うことが無くなったがあの男の事、そう簡単に諦めるはずが無いと柚葉は内心そう思っており、ビクビクと今だ周りを気にしながら暮らす生活が続いていた。

家の裏に干してあった洗濯物を柚葉が取り込んでいる最中、慧音は今し方訪れてきた来客の相手をしていた。

 

「よっ!慧音。柚葉の様子はどうだい?」

「いらっしゃい妹紅。彼女なら少しずつだが落ち着いてきているよ」

 

来客――藤原妹紅にお茶を出しながら、慧音は妹紅の問いにそう答える。

居間に上がった妹紅は用意してもらった座布団に腰を下ろして慧音を相対する。

 

「そうか、ならいいんだが……本当に大丈夫なのか?話に聞くだけでもとんでもない下衆野郎なんだろ?その男。……もういっその事、悪事を考えないくらいにボコボコにしてやったらどうだ?そうすればこんな()()()()()()をしなくてすむし、手っ取り早い」

 

お茶に口をつけながら妹紅がそう言った。

柚葉と件の男の事、そしてその男を『聞き手』とした今回の『最恐の怪談』の事は慧音経由で妹紅も知っていた。

それに慧音は静かに首を振る。

 

「あの手の男は体罰などで反省する輩ではないだろう。いや、むしろ逆効果だ。それをやったら逆に奴の恨みを大きくし、最後には何をしでかすか分からなくなってしまうだろうな」

「……やっかいなこったな」

 

難しい顔でそう言う慧音に妹紅はやれやれと首を振った。

()()()はあれど、慧音も妹紅も見た目に反して長い時を生きてきた身だ。

人間であれ妖怪であれ、彼女たちはその者と会合、もしくは間接的にその者を見聞きする事ができれば、大体どんな人物なのかおおよその把握ができたのだ。

それ故、周蔵のような暴力を主とするタイプは同じく暴力で対応しても再び暴力で返して来るだろう。

そうなってしまえば、後はもう終りの無い殴り合いの輪廻。

その上、憎悪だけが積み重なって最終的に行き着くのは周蔵の暴走による後味の悪い結末だけだろう。

どんな結末なのかは今は分からないが、ロクでもない事になるのだけは目に見えていた。

そんな妹紅の態度に慧音は苦笑混じりに口を開く。

 

「……そうならないためにも、お前も四ツ谷(あいつ)の『最恐の怪談』に賭けてみようと考えたのだろう?」

「そうなんだが……。本当に『四隅の怪』なんぞでその男を黙らせることができるのかねぇ?」

「おや?あいつの『最恐の怪談』の力は妹紅だって味わってたと思ったが?」

「そりゃあね。……でも()()()()()。頼みの四ツ谷本人がいない以上、不安に思うのは当然だろ?」

「それは…………?」

 

妹紅の問いに答えようとした慧音であったが、ふと()()()に気づき、言葉を途中で止め怪訝な顔で裏口の戸へと視線を向けた。

それに気づいた妹紅も怪訝な顔で慧音に問いかける。

 

「どうした、慧音?」

「……いや、妙なんだ。少し前に裏庭に洗濯物を取り込みに行った柚葉がまだ戻って来ないんだ。……どうしたんだろう?」

 

そう言って立ち上がった慧音は裏口の戸へと向かい、戸を開けて裏庭の様子を見た。

そうして戸の間から入り込んだ太陽の光と共に視界に入った裏庭の光景を見て慧音は眼を丸くする。

 

「……!?」

 

そこには地面に転がった洗濯籠とそこからこぼれ出た洗濯物の衣類の数々。そして、その傍でシクシクと嗚咽を漏らしながら両手で顔を隠して俯き泣いている()()()姿()があった――。

坊主頭で見るからに柚葉よりも歳下なその少年を見た慧音はあわてて周りを見渡すも、肝心の柚葉の姿が無かった。

何か嫌な胸騒ぎを覚えた慧音は目の前で泣いている少年の下に駆け寄る。

それと同時に遅れて妹紅も裏口から顔を覗かせた。

慧音は少年の両肩に手を置くと、下から覗き込むようにして少年を見て声をかける。

 

「君、どうしたんだ?何でこんな所で泣いているんだ?」

「……慧音、せんせい……ごめん、ごめんよぉ……っ!」

 

唐突に響かれる慧音に対する謝罪の言葉、しかしその声を聞いて慧音は少年が何者なのか直ぐに理解した。

 

「お前、健二郎(けんじろう)か?柚葉の下の弟の……」

 

柚葉の家族、二人いる弟の次男だと慧音が悟ると同時に少年――健二郎はゆっくりと慧音に向けて顔を上げた。

 

「なっ……!?」

 

そうして見えた健二郎の顔に慧音は絶句する。

 

――双眸を充血させ、涙でグシャグシャとなった健二郎の頬には、はっきりと、強く殴られたような大きな腫れがくっきりと出来上がっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はほんの少しだけ遡る――。

慧音と妹紅が談話をしている、まさにその最中に起こった。

ガサリという音と共に柚葉の背後の茂みが揺れ、同時に柚葉はビクリと身体を強張らせる。

 

(まさか、あの男が来た……?)

 

恐る恐ると背後を振り返る柚葉しかし目にしたのは予想の斜め上を行く光景だった。

 

「なっ!健二郎ッ!?」

 

そこには自身の下の弟が頬に大きな腫れを作って涙眼になっている姿があった。

 

「い、一体どうしたのその顔!?」

「うぅ、えぐっ……姉ちゃん……!」

 

慌てて柚葉は健二郎に駆け寄る。よく見ると健二郎が着ている着物も所々が汚れていた。

嗚咽(おえつ)を漏らしながらも健二郎は一生懸命に柚葉に何が起こったのかを説明した。

――友達と遊んで家に帰ろうとしていた矢先、知らない男の人に突然人気の無い路地裏に連れ込まれ、いきなり強く殴られたのだという。

そうして殴って倒れたところを、二、三度お腹に蹴りを入れられ、最後に首根っこを掴んで顔を無理矢理上げさせられると、紙切れを渡してきてこう言ったのだという。

 

『これをお前の姉ちゃんに渡してこい。分かってるだろうがこの事を誰かに話してみろ、今度はコレぐらいじゃすまねーからな……!』

 

グリグリと額を強く押し付けて恐ろしい眼光でそう脅してきたその男は、さっさとその場を去っていったのだった――。

 

「うぅ……ごめんよ、姉ちゃん。オレもう、怖くて……怖くて……っ!」

 

健二郎の話を聞いて柚葉は一瞬頭の中が真っ白になる。

今まで自分にばかり眼をつけていて、家族には何もしなかったあの男がここに来て手を出してきたのだと知り、柚葉の身体は自然と震えた。

だがなんとか平静さを取り戻すと健二郎から男から渡されたという紙切れを受け取った。

紙切れには短い字でこう書かれていた――。

 

――金持って今夜寺子屋に来い――。

 

その文を見た柚葉はぐしゃっと紙を握ると、何かを決心したかのような険しい顔を浮かべて健二郎をその場に残し、足早にその場を去っていったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慧音先生ッ!オレの事はいいから、姉ちゃんを!姉ちゃんを助けてッ!!」

 

それだけ言うと健二郎は再び泣きじゃくり始めた。

恐怖のあまり、言われるがままに姉に男――周蔵の伝言を伝えてしまった健二郎であったが、たった一人の姉が自分のせいで酷い目に会うのだけはどうしても許せなかったのだ。

周蔵に口止めされていたのにも関わらず、勇気を振り絞って慧音と妹紅に事の全てを吐き出していた。

事態を重く見た慧音と妹紅はすぐさま行動を開始する。

 

「慧音、お前はその子を永遠亭に届けてくれ!私は四ツ谷会館に行く!」

「分かった!健二郎を届けたら直ぐに戻る!」

 

そう言って慧音と健二郎と別れた妹紅はすぐさま飛ぶように四ツ谷会館へと急行した。

 

四ツ谷会館に着くと、妹紅は広間を横切って職員室へと飛び込んだ。

いきなりやって来た妹紅の姿に眼を白黒とさせる会館の一同。

それに構わず妹紅が口を開こうとして、一同の中に会館の者ではないにせよとても見知った顔があるのに気づき、反射的にその者の名を呼んでしまう。

 

「菫子?」

「……やっほー、久しぶり妹紅さん。どしたの急に?」

 

職員室の隅にある休憩スペース。そこで今まさにお茶請けの饅頭に食いつこうとした宇佐見菫子が、突然現れた妹紅に面食い、食べようとするポーズのまま挨拶をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……四ツ谷さんからの伝言。やっぱり明日の夜やる予定だったけど、繰り上げて今晩やるって」

「やっぱりそうなったか……」

 

妹紅から慧音の家での出来事を聞かされた菫子はすぐさま四ツ谷と連絡(テレパシー)を取った。

そして、数回向こうにいる四ツ谷と会話を交わした後、菫子は能力を切って周りにいる小傘たちに開口一番でそう言い、それを聞いた妹紅はポツリと小さく呟いた。

そして、妹紅は菫子に眼を向けると続けて問いかける。

 

「だが、大丈夫なのか?丸一日ほど前倒しになっちまったが」

「おおむね大丈夫ですよ。細かな最終調整はこれからするとして、『演出』に必要な準備は万端ですし、『語り』の方も特訓ではもうミスはありません。後は『本番』次第ですね」

 

そう言って菫子はチラリと壁際にいる()()に眼をやった。

それに気づいた()()も小さく、それでいてはっきりと頷いてみせる。

それを見た菫子はもう一度妹紅に眼を向ける。

 

「こっちの事は、任せてください」

「そっか。なら私は、この後慧音と合流して一緒に柚葉を探してみるよ」

 

そう言って妹紅は踵を返し、四ツ谷会館を後にする。

そうして去って行くその背中を見つめながら、()()は一人ポツリと響いた。

 

「……しくじる訳には、いかないよね……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四ツ谷会館を出た妹紅はその足で人里の出入り口へと向かっていた。

と、丁度そこへ永遠亭から帰ってきたばかりの慧音と鉢合わせする。

 

「妹紅!」

「慧音、戻ってきたか!あの小僧の容態はどうだった?」

「あの薬師の話では大した事は無いらしいが頬の腫れがひどいらしく、もしかしたら骨までいってるかもしれないから大事を取って一晩預かるとの事だ」

「預かる?永遠亭にか?なら小僧の家族にも知らせた方がいいんじゃないか?」

「ああ、そうだな。もしかしたら柚葉も実家の方に帰ってるかもしれん。急ごう」

 

そう言って二人は柚葉の実家へと同時に駆け出していった――。

 

――そしてそれとほぼ同時刻。

柚葉の家では夕餉の準備に追われていた。祖父と柚葉の上の弟はそれぞれの友人宅、父親は仕事場と外出しており、家にいるのは祖母と母親だけであった。

調理場にいた二人であったが、買い忘れがあったのか祖母は買い物籠を持って外へ、母親は(もよお)したのか厠へと向かい、調理場には誰もいなくなった。

すると、調理場にある裏口の戸がゆっくりと静かに開かれ、そこから一人の女性が調理場へと入ってくる――。

 

この家の長女であるその女性――柚葉は、キョロキョロと辺りを見回して誰もいないことを確認すると奥へと進み、そして目に付いた()()をゆっくりと手に取っていた――。




もう少し書き進めようかとも思ったのですが、一先ず投稿させていただきます。
後もう一話くらい、ゴールデンウィーク中に投稿したいなぁ……。無理かなぁ……?
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