四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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   ――ひらり


                         ひらり


          はらり



                              ひらり――



美しい銀月の下――。

真っ白に咲き誇る花々に一陣の風が吹き――。

白き花弁が空へと舞い踊る――。

その花々の中で、同じく白く、そして美しい女性が、憂いを帯びた瞳で月を見上げ、静かに佇んでいた――。

望まぬ夫との間に子供を成し、彼女自身の命ももはや風前の灯―。

悲劇にまみれたと白い女の人生。そんな彼女は死に際の間際――残し行く子供たちに――。





――一体、何を想うのでしょうか……?


第八幕 吸血鬼の花嫁
其ノ一


――レミィ……や……くよ……――。

 

(誰……?)

 

――ふ…………こ、と……………………………ね……?――。

 

(この声……すごく、懐かしい……。でも、聞き取れない……)

 

――だ……て……あ…………は……………ちゃ、ん……もの……。

 

(そうだ……この声は……。待って……!)

 

――ふ……と……り、で………………あって……の、ぶ……で………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――お母様……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

天井や壁、果ては家具や装飾品に至るまで全てが紅く彩られた西洋風の大きな部屋、その部屋に置かれたソファーの上で今、小さな少女が跳ね起きた。

背中に大きな蝙蝠のような翼を生やし、青みかかった銀髪に深紅の瞳を持ち、ピンクのナイトキャップとドレスを纏ったこの館――紅魔館(こうまかん)の主であるその幼げな吸血鬼の少女――レミリア・スカーレットは、先程の夢に見た光景で激しくなった動悸と呼吸を沈めるために、右手をそっと胸元へそえる。

それと同時に部屋の出入り口であるドアからノックが鳴り、外から女性の声が響いた。

 

「お嬢様、お入りしてもよろしいでしょうか?」

「……いいわよ、咲夜(さくや)

 

気だるげに前髪をかきあげてそう響いたレミリアの了承の言葉に、咲夜と呼ばれた二十歳(はたち)前後の女性がその部屋へと入室する。

頭の左右に三つ編みを垂らした銀髪のボブカットに青い瞳を持ち、メイド服を纏うその女性――十六夜咲夜(いざよいさくや)は、ドアの前で一礼しレミリアの顔を見るなり途端に顔を曇らせた。

 

「お嬢様、いかがなさいましたか?お顔の色が優れないようですが……それに、そんなに汗も……」

 

主の様子がおかしいことに気づいた咲夜は、ソファーに座るレミリアに歩み寄るとその顔を覗きこんだ。

そんな咲夜にレミリアは片手で制する。

 

「心配ないわよ咲夜、ただちょっと……夢を見てただけだから……」

「何か悪い夢でも?」

「いいえ。むしろ懐かしい人の夢を見たわ……もうはるか昔にこの世を去ったというのに……なんで今頃――」

 

何かを懐かしむように眼を細めて天井を見上げて呟くレミリア。しかし次の瞬間――。

 

「――っ、な、何!?」

「お嬢様!」

 

突然、部屋全体が()れ、その反動で身体が倒れそうになるレミリアを咲夜が慌てて支える。

揺れは収まる所か断続的に部屋全体を揺らし、一向に止む気配が無かった。

 

「この揺れは……地下から?……!まさか、また()()()……!」

「お嬢様……」

「行くわよ、咲夜!」

 

震源が館の地下からだと察したレミリアは直ぐにこの揺れを起こしている者の正体に気づき、咲夜を連れて自室の部屋を飛び出した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館の地下には巨大な図書館が広がっており、そこには古今東西、ありとあらゆる書物が所狭しと本棚に保管されていた――。

咲夜を引き連れそこにやって来たレミリアは、その大図書館を管理している魔女の名を呼んだ。

 

「パチェ!いるんでしょう?何処にいるの?」

「……ここよーレミィー……」

 

やけにくぐもった返事がレミリアの耳に届き、反射的にそちらを振り向くと、乱雑に積まれた書物の山があった。

そして次の瞬間にはその書物の山がもぞもぞとうごめき出し、中から紫の長髪にナイトドレスのような服を纏った少女が、書物をかき分けるようにして這い出してきた。

 

「あらパチェ。いつから本を布団代わりに寝るようになったの?」

「冗談にしては笑えないわよレミィ。()()()はあなたの担当でしょ?早く何とかしてよ」

 

この大図書館の主――パチュリー・ノーレッジは、服についた埃を払うとジトリとレミリアを見る。

ガラガラとした声でそう言われたレミリアはため息を一つこぼした。

 

「……やっぱり、また()()()()()()なのね」

「それしかないでしょうに。おかげで整理して柱状にいくつも積み重ねていた書物たちが一斉に私に襲い掛かってきたのよ?図書館の中で雪崩(なだれ)にあうなんて初めての経験よまったく……」

 

腰に手を当ててそう毒つくパチュリー。すると再び館が揺れる。

すると今度は大図書館の奥から、蝙蝠のような羽を生やした紅い長髪に瞳を持った少女が慌てた様子でやって来た。

 

「パチュリー様ぁぁぁっ!まずいです!もう大図書館の傍まで来ちゃってますよぉぉぉーーー!!」

 

涙声でそう叫ぶパチュリーの使い魔の少女――小悪魔(こあくま)のその声を聞きながら、パチュリーはもう一度レミリアを見た。

 

「私の可愛い本たちを傷物(きずもの)所か灰にまでさせられちゃったらたまらないわ。ここに来る前に何とかして」

「はいはい、分かったわよ。もう……」

 

疲れ切った様な声でレミリアはそう答え、咲夜を連れて大図書館の奥へと向かった――。

 

 

 

 

 

 

 

大図書館から一歩踏み出すと、一気に風景が一変する――。

多くの石が敷き詰められた床や天井は、所々大きくえぐれており、土がむき出しとなっている。

あちこちにそれで出来たであろう石の瓦礫が転がり、薄っすらとだが先ほどから続く揺れで大量の埃も舞っていた。

そんな風景が続く通路をレミリアと咲夜は進む。

やがで大きく開けた空間にレミリアたちが足を踏み込むと、それを待っていたかのように奥の暗闇から無数の赤い光弾が二人の頭上に降り注いだ。

しかし、二人は予想していたかのようにそれらを軽々とかわす。

そしてかわし切ったレミリアは闇の奥にいるであろう、()()()()()に向かって声を上げた。

 

「フラン、もういい加減にしなさい!あなたのせいで皆迷惑してるの!!」

 

その声に反応するかのように、闇の奥からその者が()()()()()歩み出てきた。

 

「アハハハハハハハァッ!!上手くよけたねぇお姉さま!もっと見せてよ!一緒に遊ぼ!!」

 

そう叫んでレミリアよりもさらに背の低い吸血鬼の幼女が、狂気に彩られた笑みを貼り付けて再びレミリアと咲夜に光弾を浴びせた。

 

レミリアの実妹――フランドール・スカーレット。

 

五百年近くもの長い間、紅魔館の地下深くに幽閉されていた幼き吸血鬼。

それ故に精神的に情緒不安定であり、時折発作的に見境無く暴れるがため、紅魔館の住人たちは毎度の如く手を焼いていた。

狂気に駆られ、手当たり次第に弾幕をばら撒き地下を破壊しつくすフランドール。

その弾幕の雨をかいくぐりながらレミリアはフランドールに叫ぶ。

 

「いい加減にしなさいと言うのが分からないの!?地下が崩れちゃったら紅魔館が埋没しちゃうじゃない!そうなったらもうここには住めなくなるのよ!!」

「アハハハハァッ!!いーじゃんいーじゃん!!全部壊して瓦礫(がれき)にしちゃえば、みーんな綺麗さっぱり消えて無くなるじゃん!!更地になって気分爽快、後腐れ無し!!」

「なに分け分かんない事言ってるのよ!?ついに言ってる事すら支離滅裂になってきてるわよ!?」

 

そう叫んだレミリアは一瞬の隙を突いてフランに光弾を放つ、同時に咲夜も能力を使ってフランドールの周りにナイフを展開する。

しかし、無数の光弾とナイフの雨にもまるで慌てず、フランドールは片手を掲げ――。

 

「きゅっ、としてドカーン☆」

 

まるで何かを握りつぶすかのような仕草をした直後、フランドールの周りに無数にあったレミリアの光弾や咲夜のナイフが、一瞬にして消し飛んだ。

 

「「……っ!!」」

 

煙と破壊の余波を浴び、距離をとるレミリアと咲夜。

そうして煙が晴れるとそこには傷一つ無い狂気の笑みを貼り付けたフランドールの姿。

その姿を見てレミリアは顔を歪め、無意識に唇をかんだ。

 

「本当に今すぐ止めなさいフラン!あなたがそんなんじゃお母様も安心して眠れないじゃない!!」

「……!」

 

レミリアから「お母様」と言う言葉を聞いた瞬間、まるで雷に打たれたかのようにフランドールは硬直する。

それに構わずレミリアはフランドールにまくし立てる。

 

「可愛がっていたあなたがそんな醜態をさらして、きっとお母様も草葉の陰でお嘆きなさっているはずよ!!これ以上、あの人を悲しませないで頂戴!!」

 

レミリアのその言葉を聞いてフランドールは俯き、静かに口を開く。

 

「……知らないわよ。私、お母様の顔なんて少しも覚えてないもん……。()()()を見た時だって、お母様だって実感持てなかったのに……」

「フラン……」

 

沈痛な面持ちで俯く妹に同じく沈痛な表情でレミリアは声をかけようとする。

しかし、それよりも先にフランが口を開いた。

怒りがこみ上げてきたかのように両腕をブルブルと震わせて――。

 

「なによ……自分にはお母様の記憶があるからって私を馬鹿にして……!そんなにお母様との思い出あるのが自慢できて嬉しいの!?」

「違うわフラン!そうじゃなくて――」

「うるさいうるさいうるさい!!あー久々にムカついた!!もう滅茶苦茶にしてやる!!お姉様なんて黒焦げになってボロ雑巾みたいに地面に転がってるのがお似合いよぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

――そこから先は文字通りの滅茶苦茶であった。

様々な弾幕が爆弾の雨や飛び交う銃弾のように手当たり次第に壁や地面が穿たれ、地下の原型を留めなくなるほどボロボロにしてゆく――。

そうして、ようやくその争いが終結した時、地下は今にも落盤するのではないかと思えるほど凄惨なものへと変わり果てていた。誰が見ても今すぐに崩れてもおかしくは無いと言えるほどに――。

 

 

 

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「……なによ、お姉様なんて……」

 

地下の奥深くにあるフランドールの自室。

廃墟の一室なのではないかと思えるほどにボロボロになったその部屋の天蓋つきのベッドに、ふて腐れて寝転がっているフランドールの姿があった。

レミリアと咲夜と一戦した後、咲夜によって当て身を喰らわされたフランドールは気絶し、そのままこの部屋へと運ばれたのであった。

ふと先の一戦でボロボロになったはずの自分の服や身体が、綺麗になっているのに彼女は気づく。

おそらく咲夜が綺麗にしてくれたのであろう。

ため息を一つこぼし、あちこちが破け、千切れたベッドの上でフランドールは仰向けになる。

そして(うれ)いを秘めた瞳で穴だらけの天蓋を見つめたまま一人呟く。

 

「……何であいつ……今頃お母様の事なんて……」

 

スカーレット姉妹の母親が亡くなったのは、フランドールが生まれてから物心がつくかつかないかの時期であった。

当時、自分は母親によく懐いていたと姉から聞かされてはいたが、もはや彼女自身はそんな事は全く覚えてはいなかった。亡くなってから数百年も経っているのだから当然なのかもしれない。

その上、その当時からこの地下に幽閉されていたため、自分の中で生まれた狂気が、その記憶を消し去ってしまったのかもしれない、とも彼女自身がそう思っていたりもした。

 

「……お母様、か……」

 

フランドールはゆっくりと瞳を閉じ、自分の中にある一番古い記憶を手繰り寄せる――。

 

――一面に咲き誇る白い花畑。その中で佇む女性の後姿が頭の中に浮かんだ――。

 

――ぼんやりとした白いシルエットのその女性は、ゆっくりとフランドールに向かって振り返り――。

 

――そして、何かを口にするもその途端にフランドールの記憶は途絶えた。

 

「……やっぱり、思い出せないや」

 

そう呟いてフランドールは寝返りを打つ。

記憶の中の女性――おそらくはお母様だろうその人が、その時言った言葉をフランドールは非常に気になった――。

何か大事な、とても大切な『何か』を忘れている。そんな気がしてならないのだ。

だけど、それを思い出そうとしても一行に何も思い出せず、それ所か頭が痛くなってきてイライラとしてきていた――。

再び『発作』が起こりそうになるも、そこでフランドールは自力で思考を停止しその感情を抑える。

 

「もういいや。寝よ……」

 

そう呟いたフランドールはゆっくりと、今度は眠るために眼を閉じた。

意識が夢の中へ旅立つ直前、フランドールは記憶の中の女性が言っていた言葉――内容はやはり分からないものの、その言葉がどういったモノなのかを彼女はふと思い出す。

 

(……やく、そく……?)

 

それを理解した瞬間、フランドールの意識はゆっくりと夢の中へと沈んでいった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランの様子はどう?」

「ついさっき、お眠りになったようです」

 

紅魔館の玉座の間――。

その椅子に座るレミリアと対面して立つ咲夜がいた。

レミリアは先の一戦で服と身体がボロボロになったため、入浴をして今はピンクのガウン姿となっている。

洗髪してしっとりと濡れた髪の上にタオルを被せ、足を組んで頬杖をつき、うんざり顔でレミリアは虚空を見つめた。

対して咲夜もボロボロになったメイド服を着替えて新品の服を纏って彼女の前に直立している。

 

「地下の方は修復できそう?」

「時間はかかりますが……今はパチュリー様の魔法で補強されておりますので、妖精メイドに修復をさせようかと」

「そう……」

 

そうしてしばしの沈黙の後、レミリアが再び口を開いた。

 

「……あの子の発作、日増しに増えて悪化してきてるわね」

「はい……。以前起こした『紅霧異変』の時に霊夢と魔理沙によってある程度は緩和できたみたいですが……やはり、ぶり返して来ているのではないかと……」

 

咲夜のその言葉にレミリアは深くため息をつく。

あの異変の直後は穏やかな時間が流れ、自分も妹も何も悩む事無く暮らしていけると、そう思っていた。

今にして思えばなんて甘い考えだったのだろうとレミリアは頭を抱える。

……何か手を打たなければならない。そうしなければ、このままではあの子の暴走が止めきれない所まで悪化し、最悪の事態になりかねない。

思い悩むレミリアを咲夜は心配そうに見つめる。

やがて、悩むことに疲れたのかレミリアは再びため息をつくと咲夜に声をかける。

 

「今日はもう疲れたわ。日も出てきた時刻だし、寝ることにするわ」

「かしこまりました。就寝前にワインでもお持ちしましょうか?」

「そうね。じゃあいつもの――」

 

そこまで言いかけたレミリアはふと言葉を止め、少しの間考える素振りを見せると咲夜に言う。

 

「咲夜、白ワインってのある?」

「白ワインですか?……あったと思いますが」

「じゃあそれ、お願いね」

 

咲夜にそう伝えるとレミリアは玉座に背中をゆっくりと預けた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、咲夜が持ってきた白ワインをそそいだワイングラスに口をつけるレミリアの姿があった。

ワインを味わう主を見て咲夜が少し不思議そうに口を開く。

 

「……珍しいですね。お嬢様が赤ワイン以外を口にするなんて」

「フフッ……私は確かに『赤』は大好きだけど、別にそれ以外の色が嫌いだなんて事はないのよ?特に『白』は『赤』の次に好きな色――」

 

 

 

 

 

 

「――お母様が、大好きだった色……」

 

 

 

 

 

白ワインをグラスを回して弄びながら、レミリアは眼を細めて小さくそう響く。

どこか哀愁の漂うレミリアのその雰囲気に咲夜は何と声をかけるべきが迷っていると、顔を上げてレミリアが先に声を上げた。

 

「もう寝るわ。就寝の準備をして頂戴」

「かしこまりました」

 

その言葉に咲夜は一瞬遅れて一礼し、同時にレミリアは玉座から腰を浮かそうとし――その動きを途中で止めた。

 

「……?咲夜、それ何?」

 

レミリアの視線の先、咲夜のメイド服のポケットに丸めて差し込まれている紙束があった。

その視線に気づいた咲夜はなんでもないかのようにそれを手にとって口を開く。

 

「ああ、『文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)』ですよ。お嬢様がお風呂に入っている時にやってきまして」

「ふぅん。まーたあの鴉天狗のブン屋、適当な事しか書かない新聞をあちこちにばら撒いてんの?飽きないわねホント――」

 

そこまで言ったレミリアの言葉が唐突に止まる。

咲夜の持つ新聞の一面記事がチラリと眼に留まったのだ。

 

「咲夜、ちょっと見せて」

「え?あ、はい」

 

咲夜から文々。新聞を受け取ったレミリアは、しばしジッと新聞に並ぶ文字に眼を走らせる。

そして、小さく口の端をニヤリと歪めると――。

 

「へぇ……『四隅の怪』、ねぇ……。面白そうな事してるじゃない()()()……。……!そうだわ、こいつを使えばもしかして……」

 

何かを思いついたかのようにブツブツと独り言を呟くと、直ぐにレミリアは新聞に載っている『名前』を指差し、咲夜に()()を下した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――咲夜、()()()こいつを私の前に連れてきて……!!」




新章突入です。

今回の話は紅魔館が主な舞台となります。
紅魔館勢とは違うキャラも約一名、重要な役で出す予定ですので、乞うご期待という事でw
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