四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

スカーレット姉妹の過去を知るために、パチュリーのもとを訪れた咲夜と四ツ谷たち。
しかし、そこで意外な者が重要な鍵を握っている事を咲夜は知り、驚愕する。


其ノ四

「……まさか、美鈴がこの紅魔館の古株だったなんて……」

「オイオイ、まだブツブツとそんな事言ってんのかよ」

「だって本当に信じられないんだもの。日がな一日昼寝か太極拳踊ってるかしか見た事の無い私にとっては……」

 

げんなりと俯きながら先頭を歩く咲夜に四ツ谷は呆れながら呟き、それに弱弱しくも咲夜が言い返した。

大図書館でパチュリーに美鈴の衝撃的な事実を突きつけられた咲夜と四ツ谷たち一行は、その足で美鈴のもとへと向かったのだった。

大図書館から地上のエントランスへと出た一行はそこを通り過ぎて、大きな玄関戸から外へと出る。

外へと出た瞬間、四ツ谷たちの目に映ったのは、一面に咲き誇る花々の庭園だった――。

春のポカポカとした朝の日差しの中、色とりどりの花たちが鮮やかな色彩をそれぞれに纏わせて咲き乱れる光景は、とても幻想的で思わず見とれてしまうほどのモノであった――。

蝶や虫たちがその花の蜜に誘われ、舞い踊る脇を四ツ谷たちは正門へと向かって花々の間を縫うように敷かれた石畳の上を歩み続ける。

やがて、大きな赤レンガの塀と漆黒の鉄格子を思わせる大きな正門が四ツ谷たちの目の前に現れた。

咲夜は立ち止まる事無くその正門に歩み寄ると、力を込めてそれを押し開けた――。

ギギィィ~、という金属がこすれる音と共に正門が開かれ、咲夜はそこから顔だけを出して四ツ谷たちから見て左側――赤レンガの壁で死角になっている向こう側にいる者へと眼を向ける――。

 

「…………」

 

と、途端に咲夜の目が絶対零度の如く寒々としたソレへと変わった。

そして、彼女は背後に立つ四ツ谷たちに一度視線を向け――。

 

「少々、お待ちください」

 

そう、まるで感情の篭っていない人形のような声色でそう呟くと、正門を抜けて左側のレンガの壁の向こうへと姿を消した。

彼女の姿が完全に見えなくなった直後、スラリ……と、金属の『何か』が引き抜かれるような小さな音が響き、その瞬間――。

 

――ザグシュッ!「――ギャアッ!?」

 

肉をえぐる様な音と共に若い女性の悲鳴がその場に木霊しする。

 

「……寝てましたね。やっぱり」

 

四ツ谷の後ろに立っていた小傘の呆れた声と共に――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、ハハハッ!おはようございます咲夜さん。今日も良い天気ですね?いや~清々しい朝です」

「ええ、本当に清々しい朝の空気ね。それにあなたの血の匂いが混ざってなければもっと最高なんだけれど」

 

腰まである長い赤毛に華人服とチャイナドレスを足して二で割ったかのような緑の服を纏い、頭に『龍』の漢字が入った星の飾りをつけたこれまた緑色の帽子を被った美女が誤魔化し笑いを浮かべながら咲夜にそう言い、それに対して咲夜は冷めた目つきでそう嫌味を混ぜた言葉を返した。

咲夜の言葉通り、周りの空気には先程までなかった血の匂いが微かに漂っており、その大元は赤毛の女性――紅 美鈴(ほん めいりん)の額に深々と突き刺さった銀色のナイフの根元から垂れている、彼女自身の血から発せられていた。

 

「……咲夜さん、当事者ですよね?」

「まだ、ナイフが欲しいの?」

 

考え無しとも言える美鈴の発言に、感情の篭っていない声で咲夜は新しいナイフを取り出しながらそう問い返し、それを見た美鈴は顔を引きつらせてブンブンと首を激しく振った。

 

「……頭にナイフ刺さってんのに、よく平然としてられんなこの女」

「師匠、これ紅魔館(ここ)でのいつもの事なんで、いちいち気にしてちゃ身が持ちませんよ?」

 

二人のやり取りを少し離れてみていた四ツ谷と小傘はひそひそとそんな会話を交わす。

そんな四ツ谷たちに気づいた美鈴は咲夜に問いかけた。

 

「咲夜さん、あの方たちは……?」

「お嬢様の提案でここへ連れて来た者たちよ。その過程で美鈴、あなたに聞きたい事があるのよ」

「……?」

 

先程とは打って変わって真剣な顔でそう言う咲夜に美鈴は小首をかしげる。

今からこの紅魔館の、ひいては自分にも深く関わっている古傷を探られる事となるとも知らずに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と、言うわけなのよ。だから美鈴、この紅魔館の昔の事を詳しく知るあなたにいろいろと…………美鈴?」

 

一通りの仔細を美鈴に伝えた咲夜であったが、話し終えた後、明らかに様子が変わった美鈴に眉根を寄せる。

美鈴は先ほどまでのほほんとしていた表情が完全に消え失せ、悲しみを帯びた顔でレンガの壁に寄りかかり、(こうべ)を垂れていたのだ。

いつの間にか、額に刺さっていたナイフも抜かれている。

同僚の始めて見せるその顔に咲夜は一瞬、うろたえる。

そんな彼女に美鈴は俯いたまま、感情の篭らない声で静かに問いかけた。

 

「……咲夜さん。お嬢様は、どうして……?」

「……幻想郷のため、ひいては妹様のためよ。このまま妹様の暴走がエスカレートし、紅魔館の外にまで被害が広まってしまったら、他の有力者たちが黙ってはいない。だからこそ、その前に……」

「そう……ですか……」

 

咲夜の返答に、消え入りそうな声で美鈴が呟く。

そして、ゆっくりと顔を上げた美鈴は、今度は四ツ谷たちに向き直り、口を開いた。

 

「……四ツ谷文太郎さん、でしたか。……そして小傘さんたちも、此度(こたび)はお嬢様の我が侭にお付き合いいただき、ありがとうございます」

「美鈴……?」

 

まるで別人ではないかと思える美鈴から発せられる丁寧口調に咲夜はおろか四ツ谷たちも呆気に取られるも、構わず美鈴は頭を下げて言葉を続ける。

 

「ですが……真に勝手な話ではありますが、此度の依頼……()()()()()とし、早々にこの館からのお引取りのほど、お願いいたします」

「なっ!?」

 

美鈴の突然のその言葉に声を漏らした咲夜だけでなく、その場にいた全員が絶句する。

しかし、すぐに咲夜が険しい顔で美鈴にくってかかった。

 

「何言ってるの美鈴!これはお嬢様のご命令よ!何勝手な事言っているの!?」

「……咲夜さん。いくらお嬢様の命令とは言え、今回の件、私は反対です。妹様を止めるためとは言え、そんな方法は私は看過出来ません」

「あなたが納得する、しないの問題ではないの!これはお嬢様の――」

「お嬢様には、私が直接言い聞かせます。必要とあらば、それ相応の罰を受けても構いません。ですから……」

「美鈴……?」

 

今までレミリアや咲夜の指示には一度も逆らわず従っていた美鈴。

どこか頼りなく、一日中怠けている所しか見たことがなかった彼女が、今回に限っては全く従わず、かつ真剣な目つきで自身の主張を押し続ける美鈴に、咲夜は初めて美鈴に圧倒される感覚に陥った。

すると、そこに第三者の声がかかる。

 

「俺も納得できねーな」

 

声のした方へ咲夜と美鈴が首を向けると、そこに仏頂面をした四ツ谷がいた。

四ツ谷が続けて口を開く。

 

「……いきなり連れて来られて、いきなり帰って良いなんざあんまりな話だ。虫が良すぎる。……ここまでさんざん振り回されてんだ。ちゃんとした理由も聞かずに「はい、さよなら」で終われるほど、俺は人間、いや……『怪異』ができてねーんだよ」

 

静かではあったがその言葉の中に少なからずの『怒り』が含まれている事に、四ツ谷の隣に立っていた小傘が気づく。

そして、それは美鈴も気づいたらしく、少し困ったようなそれでいて敵対者を見つけたような険しい顔で四ツ谷に問いかける。

 

「……それでは……どうしても、その『怪談』とやらを創ると……?」

「当然だ。それはもう決定事項なんだ。今更後には引けんね」

 

さも当然とばかりに腕を組んで胸を張る四ツ谷に、美鈴はさらに何か言おうと口を開きかけ、その前に咲夜が横から割って入った。

 

「美鈴……、私だって本当はこんな方法はとるべきではないと思っているわ。でも、ここ最近の妹様の行動が明らかに目に余るものになってきている事ぐらい、あなたも気づいているでしょう?」

「それは……そうですが……」

「もはや事態は私やお嬢様の手に余る所まで来ているの。ここまで来てしまった以上、紅魔館内だけで被害を留めさせるためには『荒療治』を施すより手段は無いわ」

「ですが……それでも私は反対です。……それで妹様が完全に壊れてしまったら――あの世にいる『奥様』に顔向けなんてできません」

 

美鈴がそう言った瞬間、再び四ツ谷が口を挟んできた。

 

「……『奥様』?お前が気にするのはあの二人の母親だけか?……()()()()()?」

「…………」

 

四ツ谷のその疑問に美鈴はピクリと反応するも、それに答えず沈黙する。

だが、四ツ谷は構わず美鈴に問いを重ね続ける。

 

「……あの物置にあった父親の顔が潰れた家族の肖像画に、そこのメイドが言うあの二人の父親に対する反応を見るからに……どうもここの先代とやらはだいぶあの吸血鬼姉妹に嫌われてたらしいな……。もっとも――」

 

 

 

 

 

 

 

「――その様子を見るに、()()()だったみたいだが」

「……!」

 

 

 

 

 

 

四ツ谷のその指摘に、美鈴は再び反応する。

しかし、それでも口は開かずだんまりを決め込む美鈴に、咲夜が一歩歩み寄る。

 

「美鈴、一体どういう事なの?昔、お嬢様たちやあなたに何が……?」

「……それを知ってどうするのです?今となってはもう何百年も過去の事ですよ?もし、それをネタに怪談を創ると言うのであれば、私は――」

「いいえ、美鈴。怪談を創るため以前に、()()()でこの紅魔館の過去が知りたいのよ。……私は今までメイド長でありながら、お嬢様や妹様、そしてあなたの事も何も知らずにいたわ……」

 

そう言って咲夜は静かに眼を瞑り、()()()過去を振り返った――。

 

幼くして自分を大事にしてくれていた両親が相次いで死に、自身が持つ異能の能力のせいで周囲からひどい迫害を受けた咲夜は逃げるように人間社会を彷徨い、いつしか迷い込んだのがこの幻想郷であった――。

そこで運よくレミリアたちと出合った彼女は、メイドとして大事に育てられ、そして今日までここで働いてきたのだ。

自分を拾い、そして育ててくれたレミリアたちには言葉に言い現せられないほど咲夜は深く感謝していた。

そうして一人前のメイドとなった今、その恩を一生かけてでも返して行こうと決意していた――。

だが、咲夜はある時ふと気づく。

 

お嬢様たちには出会った頃に自分の過去を話はしていたが、逆に自分はお嬢様たちの事は何も知らないと言う事に――。

 

ゆっくりと眼を開けた咲夜は、真っ直ぐに美鈴を見ると胸元に手を当てて静かに響く。

 

「……私はメイド長、そしてこの紅魔館の一員としてお嬢様たちに使え、この一生を捧げると誓った。この忠誠は昔も今も……そしてこれからだって変わらない。だからこそちゃんと知りたいの。お嬢様たちやあなたの事……他の誰でもない、()()()()()()()……」

「咲夜さん……」

 

咲夜のその言葉と視線を受けて美鈴は動揺するも、直ぐに俯き、迷うように地面に視線を彷徨わせる。

数秒間、そうやって悩む素振りを見せるも、やがて観念したのか美鈴は小さくため息をついた。

そして、再び咲夜と視線を合わせると、真剣な目つきで問いかける。

 

「……聞いていて決して良い話ではありませんよ?」

「構わないわ。あなたたちも良いわね?」

 

頷いた咲夜は傍にいる四ツ谷たちにも問いかける。

小傘、金小僧、折り畳み入道は同時に頷き、四ツ谷は何を今更とばかりに肩をすくめた――。




最新話投稿です。

今回は次回の過去語りに行くためのつなぎ回となっておりますw
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