四ツ谷たちは荒れていた裏庭復活を開始し、その後美鈴から奥様の遺品がある事を聞かされる。
四ツ谷たちは、美鈴を先頭にして現在、一階西側にある彼女の私室を訪れていた――。
大陸で生まれ育った美鈴らしく、その部屋は赤を基調とした中華の様相で彩られており、洋風である紅魔館内でも一際異彩を放っているとも言える部屋であった――。
美鈴は壁際にある引き戸を開けると、中から太い荒縄でがんじがらめにした大人一人がすっぽりと入りそうな大きな木箱を引っ張り出したのだ。
その箱が四ツ谷たちの前に置かれると、四ツ谷はその箱を見つめながら呟く。
「これが、か?」
「はい……。奥様の死後、旦那様に処分するように言い渡されたのですが……。私はどうしても捨てる事ができず、長い間ずっと旦那様の眼を欺いて隠し続けていたのです」
「……しかし、未だに信じられんな。何せ五百年以上前の品だぞ?もうとっくに風化して朽ち果てているんじゃないのか?」
半信半疑といった表情で四ツ谷は美鈴にそう問いかける。
それに美鈴も頷いてみせる。
「はい……。普通ならそうなっていてもおかしくはありません。ですが奥様の思い出の品を失いたくなった私は、色々と工夫を重ねて奥様の遺品の腐敗の進行を極限にまで遅くする事に成功したのです。
「能力の応用……?ひょっとしなくても、あなたの持つ『気を使う程度の能力』の事?」
咲夜のその問いに美鈴は頷く。
「はい。私のあの能力は、自身の体内エネルギーやオーラを視認できる形にするだけでなく、そのエネルギーを他者や物体に送り込む事もできるのです。……それにより、そのエネルギーを受けた者は、一時的に身体能力が飛躍的にアップし、物体はその耐久性や精度、元から備わっている能力などをアップ、もしくは保持させる事ができるのです」
「物体の、保持……。!そういう事か……!」
何かに気づいたらしい四ツ谷がそう呟き、それが正解だといわんばかりに美鈴が笑みを浮かべる。
「そうです。私は自身の気を奥様の遺品に注ぎ込む事でその品の風化、腐敗の進行速度を限界まで遅行化させる事で、奥様の遺品を半永久保存させる事に成功したのです。……まあ、それでも。私の能力は時間と共にその効力が消えて行きますので、定期的に能力の掛け直しをしているのですが……」
そう言いながら美鈴は箱を縛っていた荒縄を解き、蓋をあける。
すると中から同じく縄に縛られた一回り小さな木箱が現れ、美鈴はそれを取り出すとそのはこの縄を解き始めた。
「……実は、旦那様の死後。私は奥様の遺品を密かに隠している事をお嬢様に打ち明けたのですが……お嬢様も旦那様と同じく、奥様の遺品を処分するようにおっしゃられたのです。……ですがお嬢様の場合、旦那様とは違って奥様の遺品をお傍に置いておくと奥様との思い出が蘇り、より未練が深くなるとお考えになられたからです。でも――」
「――その遺品がここにあるという事は、美鈴……あなた、
咲夜のその言葉に美鈴は一旦縄を解く手を止め、咲夜に眼を向ける、その顔は少し悲しそうな笑みであった。
「そうです……。結局の所、奥様への未練が一番深かったのは私なのかもしれません。お嬢様のお気持ちを察してはいたものの、やはり私は納得ができず、こうして密かに奥様の遺品を隠し続けていたのですから……」
たった一度だけの自身の主に対しての
「……別に誰も責めたりしないわよ美鈴。私もね。……ただ、この事はいずれ、あなたの口から直接お嬢様に打ち明けなさい。私もフォローしてあげるから」
「咲夜さん……。はい、わかりました」
まるで憑き物が落ちたかのように、陰りの一切無い自然な笑みを浮かべて美鈴は咲夜にそう呟くと、再び手元の縄を解き始めた。
そうして縄を解いて箱の蓋を開けると、再び一回り小さい箱が中から現れた。
美鈴はまたその箱を取り出すと同じく縛っている紐を解いて蓋を開けた。そうしてこれまた中から同じような箱が現れる――。
その光景を見ていた周囲の者たちは怪訝な顔を浮かべるも、四ツ谷はそれを見て納得といった顔で口を開く。
「なるほど。それも『遺品』の風化を抑えるための処置か。複数の箱に何重にも収める事で空気による腐敗を防いでるんだな」
「ええ、そうです。これでも無い知恵振り絞って必死に考えたんですよ、私」
そう言って笑いながら美鈴は次々と箱を中から出していく――。
そうして最後に残った大人の人間の約半分くらいの大きさはあろう木箱を四ツ谷たちの前において見せた。
その箱は今までの箱とは違い、一際年季の入った古い木箱のようであった。
「……この箱の中に奥様の『遺品』……私物の
「私物の、全て……?」
美鈴のその言葉に、咲夜は今一度箱を見つめる。
女性の私物というのは案外多く、人によっては一人では持ち運びができない量だ。
かくいう咲夜も、メイド長という立場ではあれど、私物は意外と多い方である。
そのため、まがりなりにも一館の主の妻の私物を納めておくにしては、その箱はあまりにも小さすぎているように咲夜は思えてならなかったのだ。
だが直ぐに、咲夜はその考えを改める。
考えても見れば先代主は奥方を自分の妻とは思っておらず奴隷同然の冷遇を強いていたという冷血者だと聞く。
そんな先代が妻のために生活用品をそうそう揃える等、ありえる事であっただろうか?
その答えを求めるように咲夜はチラリと美鈴を見る。
彼女は先ほどまでと同様、悲しそうな笑みを咲夜に向けていた。
それを見た咲夜は小さく嘆息する。つまりは――そういう事に他ならないのだろう。
複雑な心境を浮かべている咲夜を尻目に、美鈴はその箱の蓋を開け、中身を取り出し始めた――。
――中に入っていたのは古着のドレス三着に下着類三着。冬用の外套一着に一足の女性用靴。裁縫用具、ヘアブラシ、羽ペンにインクビンが一つずつ。そして最後に日除けの白い帽子一つが入っているだけであった。
「……奥様の私物が、これで全部?」
「はい……」
咲夜の呟きに美鈴が小さく答えた。
分かっていたこととは言え、実際に眼にするとやはりやるせなく感じる。
まあ、それでも。実際、当時の虜囚や奴隷の持ち物からして見ればまだ待遇は良い方なのだろうが……。
重たい空気がその場を支配するも、すぐに美鈴が明るい口調で声を上げる。
「で、ですが!奥様はこんな事でめげる人ではありませんでしたよ?むしろ、持ち物が少ない分、身軽になった気分だわ、とも言ってたぐらいですし……それに、ほら!」
「……?」
美鈴はおもむろに四ツ谷の前に白い帽子を差し出した。その帽子にはいくつかの布を縫い合わせて作られた、白い花飾りが着けられていた。
「すごいでしょう?奥様は裁縫が得意中の得意で、当時のお嬢様たちの洋服もご自分でお作りなさっていたんですよ」
「へぇ……。いらなくなった布切れを使って作ったみたいだな。……良い出来じゃねぇか」
「でしょう?」
そう美鈴の言葉に相づちを打ちながら四ツ谷は床に座り込んでその白い帽子を適当にいじり始める。
それを見ていた美鈴は一呼吸置くと四ツ谷に向けてとある事実を口にする。
「……実は、その帽子も奥様にとって思い出の深い物なのです」
「ふぅん、どんなだ?」
「……奥様の、
美鈴のその言葉に、四ツ谷はピタリと動きを止めて美鈴を見る。
「……って事は、
「はい……。この帽子を被って遊びに出かけ、そのまま……」
眉根を寄せてそう問いかける四ツ谷に美鈴は小さく笑みを作ってそう答える。
その笑みにはどこか憂いを帯びた感情が混ざっていた。
美鈴は続けて言葉を紡ぐ。
「……今となっては、奥様の故郷にいた頃の唯一の思い出の品で、それはもう大事にされていました。夜にお嬢様たちと庭園へと遊びに行く時もいつも決まって被って行かれて……」
「……よく見りゃ、破れた時の継ぎ接ぎや布当てで修繕した所もちらほらあるな。……年季もさることながら、よく使い込まれてやがる……よほど大事にされてたと見えるな」
白い帽子を観察していた四ツ谷のその言葉に、美鈴は満足そうに頷いてみせる。
「……だが、悪いが。どうもこの私物の中には俺の『最恐の怪談』に使えそうな物は何も無い――」
そこまで言った瞬間、四ツ谷の帽子をいじっていた手がピタリと止まった。
「……?」
怪訝な顔を作り、四ツ谷は帽子の一部分を睨みつけながら、そこを丹念に指でなぞり始める。
「?……師匠?」
四ツ谷の様子が変わった事に小傘が気づきそう声をかけると同時に、周囲の者たちも異変に気づき、四ツ谷を覗き込むように見守る。
だがそんな周りの様子に気にも留めず、四ツ谷が帽子をしばらくいじり続けたかと思うと、次の瞬間にはすっくと立ち上がり、「……これ、ちょっと借りるぞ」と一言、美鈴に向けてそう言葉を投げると、ズンズンと部屋の窓際へと向かって歩き始めた。
何だ何だと、周囲の者たちも慌てて四ツ谷の後を追う。
四ツ谷は窓際に立つと、閉められていたカーテンをジャッと開け放つ。
昼の日の光が部屋の中に注ぎこまれ、四ツ谷はその日に持っていた帽子をかざして見せた。
帽子は日の光で
「こいつは……」
『あ……!』
四ツ谷の呟きと同時に、彼の背中から除き見ていた周囲の者たちも一斉に声を上げた。
日光によって透かされた白い帽子の中に、
すぐさま四ツ谷は、咲夜に声をかける。
「オイ、銀髪メイド。この中のモン、取り出す事ってできるか?」
「簡単よ。ちょっと貸して、直ぐに取り出すから。――はい、できたわよ」
「速いな、オイ!?」
咲夜に帽子を渡した次の瞬間にはその中の物が取り出されて目の前に差し出さた事に四ツ谷は度肝を抜かれる。
確実に能力を使って時間短縮して作業を終わらせたのだろうが、あまりの速さに心臓が止まるかと思えるほどの衝撃を受けてしまっていた。
だが、直ぐに四ツ谷は冷静になると、咲夜から帽子の中に入っていた物を受け取る。
それは、古い羊皮紙の紙であった。『手紙』であるらしく、紙の上には英語でいくつもの文字が書き綴られていた。
「……誰かこの中に英語が読める奴はいるか?」
「あ、それでしたら、私が読めます!」
周囲を見渡しながらそう言う四ツ谷に、美鈴はすぐさま手を上げた。
数百年もの間、ヨーロッパで暮らしていたため、英語の方も流暢になっていた美鈴は、反射的に朗読する事を買って出てしまっていたのだ。
四ツ谷から手紙を受け取った美鈴は、深呼吸を一つすると口を開いた。
「……それでは、読みますね……?」
そうしてゆっくりと、しかしはっきりとした口調で美鈴は周囲に向けて手紙の内容を口にしだす――。
美鈴の部屋の中で持ち主である彼女の声だけがしばらく響き続けた――。
文字の内容が進むにつれ、朗読する美鈴や周囲の者たちの目が、驚きに見開かれてゆく。
そうして美鈴が読み終わったと同時に、小傘が四ツ谷に声を上げる。
「師匠、これって……!」
「…………」
だが、四ツ谷はそれには答えず、美鈴から手紙をスッと静かに取ると、そのまま部屋の出入り口へと向かう。
その途中、四ツ谷はその場にいる全員に向け、静かに言葉を紡いだ――。
「――
「――いざ、新たな怪談を創りに……――」
最新話投稿です。
四ツ谷がキメ台詞の一つを発しましたが、残念ながら『最恐の怪談』はもう一話分挟んでから行います。
申し訳ありませんorz