四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
半兵衛は四ツ谷から金小僧の怪談を聞かされ、屋敷から逃げ出す。


其ノ七 (終)

「繁華街に逃げていった半兵衛は、今頃阿求たちが回収しているはずだ」

「ヒヒヒッ!上出来だ。これでもうあいつは人里で荒稼ぎする事はないだろうな。いやもうお金すらまともに見れなくなっちまってるかもな」

「まったく……。すこし薬が効きすぎたんじゃないか?」

 

半兵衛が屋敷を飛び出してすぐ、屋敷の庭先に慧音と四ツ谷の姿があった。

少し離れた所では()()()()として参加した、十人ほどの民衆がわいわいと騒いでいる。

皆、半兵衛が血相変えて逃げていった事に胸がすっとした思いでいたのだ。

民衆たちが行ったのは、最初に出てきた障子に浮かび上がる無数の顔だった――。

彼らは四ツ谷の語りを合図にして、障子に自らの顔と両手を貼り付けたのだ。そしてまた四ツ谷の言葉を合図にして、半兵衛が四ツ谷に気を取られている一瞬の隙を突き、障子から離れてすばやく縁の下にもぐりこんだのだった。

こうすることで、張り付いていた無数の顔が一瞬で消えたように見せかけた『演出』ができ上がるのだが、それには両者のタイミングが必要となる。

何せ四ツ谷が「会って上げてはいかがですか?」という言葉で半兵衛の注意を四ツ谷にそらせ、その数秒の間に民衆は音も立てず、素早く隠れる必要があったのだから――。

だが一発勝負だったのにもかかわらず、両者とも半兵衛に気付かれずうまく成功させることができた。

そしたら後は簡単だった。薊が阿求に用意してもらった鈴を鳴らし、慧音が両足にくくり付けた、土の入った小さな麻袋二つを廊下でズルリ、ズルリと引きずって、あたかも金小僧がやって来ていると言う『演出』を行い、半兵衛の恐怖心を最高潮まで高めてみせたのだった。

傍から見れば、子供の悪戯ともいえるレベルの仕掛けであったが、そこに四ツ谷独特の語りが加わる事でこうまで様変わりするものなのかと、慧音は内心感心し、同時に疑問もわいていた。

 

「なあ四ツ谷。一つ聞きたいんだが……半兵衛は最後()()()()()()()()……?蝋燭の火が消えてからは私たちは何もしなかったはずなんだが……」

 

慧音は四ツ谷にそう問いかけた。

上白沢慧音は普通の人間とは違い、半妖の部類に入るため、あの暗闇の中でも夜目が効いていたのである。だから障子の隙間から部屋の中の半兵衛の様子を逐一知る事ができた。

彼女が見たのは、半兵衛が暗闇の中で暴れながら、必死に手探りで出口を探り、()()()()()()()()()()()()()に手が触れ、それを見上げた瞬間にまるでこの世のものではない()()()を見てしまったかのような悲鳴を上げて、屋敷を飛び出していったという光景であった。

慧音のその言葉に、四ツ谷は不気味にニヤリと笑うと、静かに言葉をつむいだ。

 

「さぁ?……半兵衛はナニカを見たみたいだな――」

 

 

 

 

 

 

 

「――ナニカ居ると……()()()()()()んじゃないか……?」

 

 

 

 

 

 

四ツ谷がそう言って「ヒッヒ!」と笑い、反対にその答えを聞いた慧音は意味が分からないといった表情で首をかしげた。

そんな二人の下に、鈴を持った薊が近づいて来る。

 

「四ツ谷さん。慧音先生。本当にありがとうございました!これでお母さんと妹に安定した生活をさせることができます……!」

 

そう言って深々と頭を下げて礼を言う薊に、感謝される事に慣れていない四ツ谷はそっぽを向き、慧音は「気にするな」と片手で制した。

そして手を下ろした慧音は続けて言う。

 

「それに感謝するなら、小傘にも礼を言ってくれ。今回()()()()()()のは他ならない彼女だと私は思うからな」

 

慧音のその言葉は事実であった。彼女は今回、直接金小僧の怪談には関わってはいなかったが、その前段階である()()()をたった一人でやってのけたのだ。

半兵衛の屋敷に一番先に乗り込んだ彼女は、屋敷じゅうにいた何人もの見張りを畳んだ傘を武器に、相手に気付かれず一瞬のうちに意識を刈り取り、瞬く間に屋敷の警戒網を壊滅させたのだ。

ちょっと前の彼女なら人間一人を相手とした喧嘩でも勝つ事は難しかっただろうが、『赤染傘』の一件で大妖怪クラスの実力を得た今の彼女にとっては、この程度の事は赤子の手をひねるよりも簡単な事であった。

 

「ほんとに信じられん光景だった。あの小傘がこれほどまでに強くなったなんて」

「いやぁ、アレには俺もほんとに予想外だったよ」

 

額を押さえてそう呟く慧音に、四ツ谷もそう同意した。

かくしてこの一件は落着し、一足先に民衆たちは家路に着いた。そして四ツ谷たちも屋敷の門前で待っていた小傘と合流し、家路へと向かう。

だがすぐに四ツ谷は脚を止める。それを見た慧音が声をかけた。

 

「どうした四ツ谷?」

「いや、この怪談の閉めをまだやってなかったんでな……」

 

そう言って半兵衛の屋敷へ振り返った四ツ谷は両手を持ち上げて、静かに声を響かせた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『妖怪、金小僧』……これにて、お(しま)い……」

 

パンッ!と、手を打ち鳴らし、かくして金小僧の怪談は閉幕した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、帰るぞ」

 

そう言って四ツ谷は家路へ向けて歩みを進めようとして――

 

 

            チリーン……

 

その音を聞いて再び脚を止め、ジトリとした眼で薊へ振り向く。

 

「薊。突然鈴を鳴らすのやめてくれよ」

 

四ツ谷はそう抗議するも、薊はブンブンと首を振る。

 

「私……()()()()()()()……」

 

薊のその言葉に、一瞬にしてその場に緊張が走った。

 

「……じゃあ、今の音はどこから――」

 

慧音がそう呟いた瞬間、再びチリーンと鈴の音が辺りに響いた。

そして同時に聞こえてくるズルリ、ズルリと巨体を引きずるかのような足音が聞こえてくる。

四ツ谷を含め、その場に居た全員が何かに操られるかのようにして、音の聞こえるほうへと顔を向けた――。

そして()()()視界に納めた瞬間、全員が驚愕する事になる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そこには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は片手に持つ鈴を鳴らし、大判のような大きな顔についた口を小さく動かし、声を響かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やろぅかぁ~……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聴いた全員がさらに身を硬直させる。その中で一番激しく混乱していたのは他ならない四ツ谷自身であった。

無理も無い。先ほど閉めくくったはずの怪談が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

「な……に……!?」

 

夏の夜空に放心したかのような四ツ谷の呟きが、小さく響いた――。




今回で金小僧は終了。
しかし、ここで四ツ谷自身にも予想しなかった展開が――!
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