四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

霊夢と魔理沙は、紫の口から事の全容を聞く事となり。
一度は四ツ谷に向けていた矛が収められ、四ツ谷は事なきを得る。


其ノ十 (終)

四ツ谷会館での霊夢と魔理沙とのいざこざからしばらく経った、五月五日の『こどもの日』。

 

「いらっしゃい、いらっしゃーい!()()()の無農薬野菜だよぉ~!しかも全て無料(タダ)!」

 

人里の大通り――その一角にて、にとりを筆頭に数人の河童たちが露店を開き、人里の人間たち相手に自分たちが作った大量の取り立て新鮮な野菜を売っている光景があった。

今回の異変の元凶として処罰される事となったにとりたち河童は、紫からの処遇で今後数ヶ月間は人里への無料奉仕活動をするように言い渡されたのである。

しかし、奉仕活動をするにとりたちは、今一つやる気が出ている様子ではなかった。

それも当然と言えば当然で、いつも人間たちを盟友と呼んで親しんでいる身ではあるが、無料でできたばかりの新鮮な野菜を大量に提供するほど、河童たちの器はそれほど大きくはなかった。

 

「きゅ~、何で私たちがこんな事を……。これなら家で機械いじりしてた方がまだマシだよ」

「自業自得でしょうに」

「ひゅっ!?」

 

ブツブツと文句を呟いていたにとりの背後から、()()()()()()()()が響き渡り、にとりは飛び上がらんばかりに悲鳴を上げて、慌てて振り返る。

そこには仁王立ちした霊夢が立っており、呆れた視線をにとりに浴びせていた。

そしてその背後には魔理沙と華扇も立っており、二人も霊夢同様、呆れた顔でにとりたちを見ていた。

そんな視線を一身に受け、にとりは動揺しながら問いを投げる。

 

「れ、霊夢!?どうして霊夢たちがここに?」

「か・ん・し」

 

それに霊夢は簡潔にそう答えた。

先の四ツ谷会館での紫の説明と説得で、渋々ながら四ツ谷を解放した霊夢たちではあったが、それで全て納得できるほど彼女たちは大人でもなかった。

異変が特殊とは言え、その解決のプロである自分と魔理沙の二人が、異変解決に一切の手を付けないまま引き上げるというのも、なんだか消化不良気味で味気なく感じていたのである。

それ故、霊夢たちはそれを解消する形で紫に頼んで河童たちの監視役を志願したのであった。

 

「うぅ~、別にこんな時ばっかりやる気を出さなくてもいいのにぃ……」

「何よ、元はと言えばアンタたちが自らまいた種じゃないの。ほら、ぶつくさ言ってる暇があったら奉仕活動に専念しなさい」

「はいはい、同じ妖怪の山に住んでいるよしみで、私も手伝ってあげるから」

 

小声でぼやくにとりに、霊夢はそう言い返し、そばで見ていた華扇がそう響きながら河童たちの露店に混ざっていく。

と、その直後にキャッキャと何とも楽しそうな声が霊夢たちの耳に届き、その場にいた全員がフッとその声のした方へと視線を向けた。

するとそこには、大通りを横切りながら楽しそうに数人の子供たちが元気いっぱいに駆けて行くのが見えた。

どこかの店で買ったのか、その手には紙でできた小さな三匹の鯉のぼりをつけた風車を持って――。

そして、それを合図にしてか、大通りの建物や脇の路地のあちこちから幾人もの子供たちが現れ始めた。

皆、ほんの少し前まで家に閉じこもっていたのが嘘のように、外ではしゃぎ、走り回っている。

その顔は、どれも憑き物が落ちたかのように晴れやかであった。

 

「……どうやら、戻ったようね。()()()()()

「ひゅぅぅ~。一時はどうなるかと思ったよぉ」

「よかったなぁにとり?もし取り返しのつかない事になってたらお前ら全員、紫にぶち殺されてたぜ?」

 

元気に遊びまわる子供たちを見て霊夢が小さくポツリとそう響き、にとりもそれに便乗するかのようにホッと胸をなでおろして見せる。

そして、そんなにとりを魔理沙がカッカと笑いながらそう茶化して見せた。

 

「……それにしても、こどもの日になる前に人里の子供たち全員の『更生』をやってのけるなんて……。狙ってやったのかしら?あいつ……」

 

そう呟く霊夢の脳裏には、不気味な笑みを浮かべる件の男(四ツ谷)の姿があった。

霊夢たちから解放されて直ぐ、紫たちからの依頼である『新生怪異による人里の子供たちの更生』の続きを開始した四ツ谷たちは、霊夢たちという枷が外れたが故か、その後、女の怪異を使っては飛ぶ鳥を落とす勢いで一晩につき十件以上もの子供たちの『更生』を成功させていったのである。

その上、その勢いに乗った彼らは日を追うごとに一晩のうちに狙う子供たちの数を少しずつ増やしていき、ついには五月五日の子供の日の前日には、人里の子供たち全員の『更生』の成功に至ったのであった。

 

「まぁ、もーどうでもいいんじゃねぇか?結果的に幻想郷も子供たちも助かったんだし、この一件で生み出された()()()()もほっといても別に害のある奴じゃないわけだしさ」

 

楽観的にそう言う魔理沙に、霊夢は「まぁね」と短く答えて見せる。

その例の怪異――全身をずぶ濡れにした白い服の女は、即行で生み出されたが為、その潜在能力は極めて低く、幻想郷特有の『程度の能力』に至っては()()()()()()()()使()()()()()()であった。したがって家電製品が全くと言っていいほど少ない幻想郷では、普通に生活していれば危害がない存在として認定し、霊夢たちは彼女をとくに警戒する事は無くなったのである。

まあ、もっともその反面、『他者を驚かす事』に関しては廃人になった子供たちを()()で『正気』に戻せるほどに強力であり、彼女の唯一無二の得意分野ではあったのだが。

そんな会話をする霊夢と魔理沙のそばで、野菜を買いに来る(貰いに来る)人里の奥様たちを相手に商売を行う河童たちに交じり、華扇とにとりもまた会話をしていた。

 

「うぅ~、機械いじりがしたい。きゅうりのみそ漬けが食べたい……」

「そんなの、今日の奉仕作業が終わったら好きなだけすれば良いでしょう?」

「だってつまんないんだもんこんな事、私らには何の利益にもならないし、こんな無償の慈善活動に一日の大半を費やすんだよ?しかも、これから数ヶ月も!」

「それこそ貴女たちの自業自得じゃないの。貴女たちの良かれと思ってした浅はかな考えが結果的に自らの首を絞める羽目になったってだけじゃない」

 

華扇の容赦のない突っ込みに、にとりは涙目に頬を膨らませる。

 

「むぅ~、でもぉ……それでも絶対おかしいよ!だって、これが自業自得だって言うんなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

「……え?」

 

唐突に、にとりの口から聞き捨てのできない言葉が飛び出してきたのを華扇の耳は確かに聞き取った。

驚いてどういう事なのか慌ててにとりに目を向けるも、当のにとり本人も今しがた自分が言った言葉に動揺しているらしく驚いた表情で自身の口元を手で押さえていた。

 

「……え、あれ……『アイツ』って、一体……?……そ、そもそも……私たちが子供たちに『げーむ』を渡したのは、『アイツ』が……え?………い、や……ちがう……やっぱり……私たちだけで思いついて、それで……こんな、事、に……?」

 

俯いて何やらブツブツと小さく呟きだすにとり。その表情はまさしく切羽詰まっており、必死に()()()()()()()()()()()()()()()()()()している様に華扇の目には映った。

そんなにとりに何か声をかけようと華扇が口を開きかけるも――それよりも先に、博麗の巫女の怒声が二人の頭上に降り注いだ。

 

「コラアァァァ!アンタたち!何手ぇ止めてんのよ!前を見なさい!お客さんが長蛇の列をなして待ってるわよ!!」

 

その声に慌てて華扇とにとりが顔を上げると、そこには正しく人里の奥様たちがまだかまだかと列をなしてこっちを見ている光景があった。

ギロリと奥様たちに睨まれ、二人は慌てて作業を再開する。

 

結局、次々とマシンガンの様にどの野菜が欲しいか要求する奥様たちを相手にする内に、華扇もにとりもその忙しさに飲まれてしまい、にとりや()()()()()()に起こっていた異変はお流れとなってしまったのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって妖怪の山では、山から流れ出る川の岸辺にて、にとりとは違うまた別の河童の少女が売りに出す野菜を渋い顔をしながら洗っていた。

 

「……全く、何で私たちがこんな目に……元々()()()()()()()()()()()()()()、こんな事にならなかったのに……!」

 

ブツブツと文句を垂れながら洗ったばかりの野菜を籠に入れて、それを持って立ち上がる河童の少女。

と、そこへその少女の背中へ唐突に声がかかる。

 

「おやおや、それは一体誰の事だい?」

「!?」

 

()()()()()()()()()()に、河童の少女は籠を持ったまま慌てて振り返る。

その視線の先には予想通りの人物が立っており、それを見た河童の少女は声を上げた。

 

「あ、アンタは……!!」

「そういきり立つなよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」

 

河童の少女の、その恨みのこもった目を向けられたのは、つい先日、雨で雨宿りをしている四ツ谷の元に接触してきた謎の女性――。

 

 

 

 

 

――『滝等尾 真奈(たきらお まな)』であった。

 

 

 

 

 

真奈は怒りで顔を歪める河童の少女に、まぁまぁと宥める様に両手を上下に振って見せる。

しかし、河童の少女は怒り心頭に真奈に怒声を浴びせる。

 

「今更のこのこと現れといて何言ってんのよ!!今まで一体どこにいたの!?()()()()()()()()()()()()()のせいでこっちは散々な目にあってんのよ!?どうしてくれんのよ!!」

「はてさて、一体何の話をしてるのか私には分からないねぇ」

 

涼しい顔でやれやれと首を振りながらそう返す真奈に、河童の少女は怒りで顔を真っ赤にする。

 

「はぁ!?この期に及んで何をとぼけて――」

 

そこまで河童の少女が叫んだ直後だった。それなりに離れていたはずの少女と真奈の距離が瞬き一回分の間に縮まってしまっていた。

一瞬のうちに、河童の少女の視界が真奈の顔で覆われる。

 

「――ヒッ!?」

 

あまりにも一瞬の出来事に、河童の少女の口から小さく悲鳴が零れる。

すると、怯える河童の少女の目と鼻の先――そこにある真奈の双眸がカッと見開かれ、その口から静かに言葉が紡がれ始めた。

 

「……何を言っているのか見当もつかないね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?私には関係の無い事だよ」

「なっ……!?ちがっ……!これはアンタが――」

 

反論しようとする河童の少女に、すかさず真奈が言葉を被せる。

 

「……いいや。これは君たち河童が勝手にした事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()()……」

「ちが……う……、わた……し……たち……は…………?」

「他の誰も……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、君たち河童以外、()()()()()()()()()()()()……」

「わた、し…………た、ち………が…………?」

 

真奈の言葉――それを聞いていた河童の少女の顔から見る見るうちに怒りの表情が抜け落ち、感情の抜けた真顔へと変わっていく。目からは光が消えていき、虚ろなモノへと変貌していった――。

それを見た真奈は小さく笑みを浮かべると、最後に河童の少女の耳元で囁くように言葉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

「この一件は――君たち河童が自分たち()()で起こした異変だよ」

 

 

 

 

 

 

 

「私、たち……だけ……で……?」

「そうさ!ようやく分かってもらえたみたいで私も嬉しいよ♪」

 

顔を離し、空虚な目でぼんやりと佇む河童の少女の両肩を、真奈は上機嫌でそう言いながらポンポンと叩いて見せる。

そして最後に、河童の少女の背中を人里の方へ向けてポンと押し出すと、まるで何かに操られているかのようにフラフラとした足取りで人里へと向かう河童の少女に向けて小さく手を振ってみせた。

 

「いってらっしゃ~い!奉仕活動頑張るんだぞ~!」

 

まるで他人事のように、真奈は河童の少女の背中が見えなくなるまでそう言いながら手を振り続ける。

やがて河童の少女の姿が視界から消え失せると、振っていた手を止めて両手を腰に当てるとふぅと一息ついた。

 

「河童全員の()()()()終了……。これで、後始末は完了したな」

 

達成感を含んだ笑みでそう零す真奈。しかし、そううまくは行かなかった。

 

「……そうは問屋が卸しませんわよ?」

「む……」

 

唐突に第三者の声がその場に響き渡り、一瞬にして顔をしかめた真奈は声のした方へと目を向ける。

すると、そこの空間がパックリと大きく裂け、そこから妖怪の賢者――八雲紫が現れた。その背後には、己が式である藍と橙も従えて――。

それを見た真奈は疲れたかのように大きく息を吐いた。

 

「……やれやれ、痕跡を消すのが今一歩遅かったか。それにしても、驚いたぞ。まさかこうも早くバレるとはな」

 

苦笑を浮かべながら対峙するように向き直る真奈に、紫は僅かに目を細める。その瞳の奥には僅かながら真奈に向けての非難の色がにじみ出ていた。

 

「……この幻想郷で私の知らない事などほとんどありませんわよ?とは言え、正直こちらも驚きました。今回の一件、まさか裏で糸を引いていたのが()()()だったとは思いもよりませんでしたから」

「…………」

 

紫のその言葉に真奈は何も答えず、ただ張り付けていた苦笑を深めて見せる。だがそんな真奈に構わず紫は言葉を続ける。

 

「……河童たちを(そそのか)し、外の世界のゲームを人里の子供たちに渡して幻想郷を混乱の渦に落とすなど……一体全体何をお考えで?」

「…………」

「このような行動をとるなど……。貴女様も私同様、この幻想郷を好いているものとばかり思っておりましたが……」

 

沈黙を続ける真奈に紫は目を伏せて残念そうにそう呟いた時、真奈はようやく口を開き、それに待ったをかけた。

 

「待て紫。全てが終わった今となっては、もはやどう言いつくろうたとしても言い訳にしか聞こえぬだろうが、()()()()()()()()()()()、少しは私の弁明を聞き入れてはくれぬだろうか」

「…………。聞くだけでしたら」

 

真奈の言葉に、紫は少しだけ考えるそぶりを見せるとそう呟いた。

それを見た真奈は、小さくホッと息を吐くと真剣な表情となって紫に話し始める。

 

「……先に言っておくが、私は何も幻想郷を破滅させたくて河童たちを動かした訳では無い。お前程では無いにせよ、私もこの幻想郷(世界)を我が子のように愛しておるのだ。そんなこの地に愛着はあれど憎悪など有るわけがなかろう」

「では何故?」

 

紫の問いかけに、真奈は一拍置いて答える。

 

「今言ったように、私も幻想郷を実の子の様に愛している。しかし、だからこそ、()()()()()()()()()()()()に、()()()()()()()()()()()()のは当たり前の事だとは思わんか?」

「我が子の将来……。それは、つまり……」

 

そう呟いた紫に真奈は頷き、言葉を続ける。

 

「この幻想郷は()()()()()誕生した。されどこの世界はいつ崩壊してもおかしくはない、危ういパワーバランスの上で成り立っている。……それでも『博麗の巫女』の存在などによって、およそ百年は存続させることは出来はしたが、これからもそれが続くという保証は何処にも無い」

「確かに……そうですわね……」

 

真奈の発言に、紫は素直に同意を示した。

()()は彼女にとっても現在進行形で身に染みている唾棄すべき重大な事柄であったからだ。

 

「我が子を長く『存命』させる為ならば、私もできうる限りの手は尽くす。しかしそれには障害となる問題が山積みだ。しかし……――」

 

 

 

 

 

 

 

「――最近になって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が現れた」

 

 

 

 

 

 

 

「……!まさか、それは……!」

 

その真奈の言葉に、紫は彼女が誰を指しているのかすぐに察し、ハッとなる。

それを見た真奈はニヤリと笑い、『その者』の名を口にした。

 

 

 

 

 

「そうだ……お前が監視しながらも重要視している存在――『四ツ谷文太郎』だよ」

 

 

 

 

 

「……何故、今更彼を……?」

 

真奈の口から四ツ谷の名が出た途端、紫は首をかしげながらそう問いかけていた。

それもそのはず、彼はもうとっくに幻想郷に大きな貢献を果たしている。

人間たちから『(おそ)れ』を引き出し、それを幻想郷に住まう妖怪たちにばら撒く事で妖怪たちの存命に多大な影響を与えているのだ。

そしてそれは、紫の目の前にいる()()()()()()女性の耳にもとっくの昔に入っているはずであった。

そんな紫の心境を察してか、真奈は静かにそれに答える。

 

「……紫。お前はあの男の能力にばかり目が行っているようだが、私は能力を含めて()()()()()()()()にお前とはまた違った別の見解を示しているんだよ」

「……彼にはまだ他にも利用価値がある、と……?」

 

紫のその問いかけに真奈は大きく頷く。

 

「そうだ。そしてそれが……私が河童どもを唆してこんな異変を引き起こした『目的』だったんだよ。これはその『利用価値』が本当にあの男にあるのかどうか……それを見極めるための『実験』をかねた異変だったのさ」

 

真奈のその回答に、紫の表情は次第に険しいモノへと変わっていった。

 

「四ツ谷さんを試すために……そのために、このような異変を……?四ツ谷さんがお手上げになってしまえば、もうどうしようもなく破滅へと突き進んでいたほどに危険極まりない異変だったと言うのに?……切羽詰まった私が四ツ谷さんに助力を乞いに行くのも計算の内で……!」

 

紫のその言葉には多分に隠し切れない怒りが含まれていた。無理もない、言うなれば彼女は良い様に利用させられたのだ。この真奈と名乗る女性に。

その紫からの怒りの視線を一身に受けた真奈は、自身の頭を掻きながら呟く。

 

「……別に、そう深刻になる事は無かろう?最悪、幻想郷が崩壊してしまっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「本気で言ってらっしゃいます?私が愛しているのは『今の』幻想郷です。この状況で笑えない冗談はよしていただきたいですわね……」

 

その言葉と同時に、紫の表情がさらに険しくなる。目が見るからに鋭くなり、その瞳の奥には怒りの炎がたぎり始める。

それを見て冗談は通じないと思ったのか、真奈は深くため息を吐きながらやれやれと肩を落とすと、今度は自虐的な笑みを浮かべてきた。

 

「……そうだな。確かにお前をあの男にけしかけさせたのは私の計画の内だ。そこは否定しないよ。だが……言い訳になってしまうが、本来ならこの異変はここまで()()()()()()()()()()()()()のだ」

「……どういう事ですの?」

 

真奈のその言葉に、紫の怒りが一旦は収まった。

それは、自分が利用された事よりも、そっちの方が純粋に気になったからであった。

その問いかけに真奈は素直にしゃべりだす。

 

「……私にとってこの異変で唯一誤算だったのは、河童どもが()()()()()ゲーム機を子供たちに譲渡した事だ。元々私が河童に頼んだのはゲーム機を幻想郷(こちら)でも使えるようにしてもらいたいという要望だけだった。改造など頼んだ覚えは全く無い、子供たちにも軽い閉じこもり程度になってもらいたかっただけだ。だが調子に乗った河童どもは『雑誌』を参考にして勝手に……」

「あくまでも魔改造は河童たちが勝手にやった事だと?」

「……そうだ。私自身、ゲーム機の事は全部任せっきりにしていたから、まさか河童どもがそんな事をやってたとは思いもしなかったからな……。だが、ゲーム機が人里にばら撒かれ、様子見に子供たちの惨状を目の当たりにした時……流石に顔から血の気が引いた」

 

真奈の弁明を聞いた紫は、そこで大きくため息を吐いた。

 

「何とも……無責任が過ぎる話ですわね」

「ああ、私もそこは自覚してるよ。だが、結果的にあの男が事態を収束してくれて本当に助かった。あの男にも、そしてお前たちにも心の底から感謝しているよ」

 

そう言って真奈は紫に向けて頭を下げて見せた。

紫たちが静かにそれを見つめる中、真奈はゆっくりと頭を上げて紫に問いかける。

 

「……それで?私はどんな処罰を受けるんだい?」

「……責任はちゃんと取ると?」

「ああ、そう言っている。なんだ?逃げると思われていたのか?流石に自分がしでかした事だ。全部バレてしまった今、私はもう逃げも隠れもせんよ」

 

そう言う真奈の顔を見ながら、紫は顎に手を添えて思案顔になるもすぐにため息と共に小さく首を振って見せる。

 

「……必要ありませんわ。()()()()この一件はもう、河童たちが元凶という事で処理されていますし、今更貴女様に罰を与えても何の意味もありませんので。……この事は私たちの胸の内に留めておくことにいたしましょう」

「そうかい、それは助かるよ」

 

そう響いて小さくホッとする真奈に、紫はキッと彼女を睨みつけて「ただ――」と言葉を紡ぐ。

 

「――こう言う事はもう二度と起こしてほしくありませんわね。仏の顔も三度……いえ、この場合は『二度』。次また同じような事を起こしましたら……今度は私も容赦しませんから

 

底冷えするような押し殺した紫のその言葉に、真奈は両手を振って見せる。

 

「おお、怖い怖い。心配せずとももうこんな大事は起こしはせんよ。……ただ、四ツ谷文太郎――彼への『実験』だけは継続させてもらおう。……なにそう警戒せずとも良い。もう周囲に迷惑もかけんし、今回の一件より遥かに小規模に活動するだけさ」

「……それでも充分図々しい要望だとは思いますけどね」

「それも重々承知しておるよ」

 

怒りが一回りしたのか一転して疲れたような口調でそう呟く紫に、真奈も苦笑しながらそう返した。

そうして真奈は、紫たちにゆっくりと背中を向けながら、続けて口を開いた。

 

「……さて、それじゃあ私は引き上げさせてもらうとするか。()()()()()()()()()待たせているのでな」

()()()()()()()()()()()ですか?……よろしくお伝えください」

「ああ、分かったよ」

 

紫のその言葉に、後ろ手に手をひらひらと振りながらそう言う真奈の目の前で何もない空間が()()()()()()()()

そして、その中に真奈が足を踏み入れた瞬間、真奈の背後で再び紫の声が響く――。

 

「……しかし、『滝等尾 真奈』とは……。貴女様にしては随分と安直な偽名を名乗りましたわね」

「む。心外だな。結構気に入っておるのだぞ?この仮初の名も姿も。神出鬼没の謎の美女、『滝等尾 真奈』。存外、かっこよくはないか?」

 

振り返って自身の纏う着物の袖を紫に向けてひらひらと揺らし、口を尖らせながらそう言う真奈に、紫は呆れた顔を浮かべた。

 

「かっこいいって……。ただ単に貴女様の本名を並べ替えた(アナグラムにした)だけでしょうに」

 

そう響く紫の前で、真奈を覆い隠すように裂けた空間がゆっくりと閉じられていく。

完全に閉じきる直前、裂けた空間の向こうで『滝等尾 真奈』と名乗る正体不明の女が、紫たちに向けて意味ありげにクスリと小さく笑っていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が空の真上に来た頃――人里にある和菓子屋の前で今、人間に成りすましている赤蛮奇が、()()()で和菓子屋にやって来たとある女性と共に、柏餅の売り子を行ていた――。

 

「柏餅はいらんかえ~!甘くて柔らかい柏餅はいらんかえ~!……ほら、新人!黙ってないで私にならって接客しなさい!」

「は、はい……!柏餅はいらんかえ~!甘くて柔らかい柏餅はいらんかえ~!」

「まだまだ、ほらもっと腹に力を入れる!」

「は、はいっ!」

 

()()()(かんざし)で結上げ整った顔をさらけ出し、白を基調とした着物をまとったその女性を赤蛮奇が激励し、やってくる客たちの相手をしていた。

そして、その二人を遠巻きに見つめる男女が三人。

()()()()()()()()()()()()、四ツ谷文太郎と小傘、そして梳であった。

 

「結構見違えたな、アイツ……。服と髪型変えただけでこうも印象が変わるとは……女性って皆こうなのか?」

「彼女は()()が良いですから、あの()()()()()()()()()姿()に化粧無しで少し手を加えただけでああなりました。人と対話しても相手に()()()()()()()もありませんし、正直安心しました」

 

四ツ谷の言葉に、隣に立つ梳がホッと胸をなでおろしながらそう答えた。

すると、四ツ谷を挟んで梳の反対側に立つ小傘が、四ツ谷に問いかける。

 

「でもなんで急に柏餅の売り子をさせようって思ったんですか師匠?」

「んなモン、アイツに人間相手の接客を慣れさせるためだよ。アイツはあの通り()()()()()()だから、金小僧や折り畳み入道のような裏方じゃなくて、お前たち同様、表で会館にやって来る客を対応させた方がいいと俺が踏んだまでだ」

「へぇー……。でも、驚きました。あの娘、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

そう言いながら小傘は再び赤蛮奇の隣で仕事をする白い女性に目を向けた。

そう、何を隠そうこの白い女性は、先日、四ツ谷の『最恐の怪談』によって生み出されたばかりの怪異――。

 

 

 

 

 

――霊夢たちの言う、テレビから出てくるずぶ濡れの女本人であった。

 

 

 

 

 

人里の子供たち全員の更生の役目を終えた彼女は、正式に四ツ谷会館の住人として迎え入れられ、会館で働くために接客能力を磨くべく、梳によって容姿を変え、こうして日雇いとして柏餅の売り子として働いているのであった。

 

「元々口下手だったらしいから対話(コミュニケーション)能力向上もかねてあの仕事をさせてんだよ。……ま。結構、呑み込みが早いからこれなら数日で会館の方も任せられそうだけどな」

「へぇ~」

 

四ツ谷の言葉にそう相槌を打つ小傘の視線の先では、怪異の女がやって来た主婦らしき女性の客とつたないながらも会話をしている光景があった。

 

「あら?貴女、ここら辺じゃ見ない顔ね。どこから来たの?」

「え、えっと……。私、ついこの間、この幻想郷に来たばっかりで……」

「あっら!外来人なの貴女?通りで見たこと無い美人さんだと思ったわよ!」

「あ、ありがとうございます……」

「外の世界とじゃあ何かと環境が違うかもしれないけれど、ここも慣れればそうそう悪くない所だと思うから、気に入ってくれれば嬉しいわねぇ~」

「は、はぁ……」

 

怪異の女を外来人だと勘違いした主婦は、一人勝手に姦しくまくし立て、それに怪異の女がおっかなびっくりながら相槌を打っていく。

そうしてひとしきり喋った主婦は最後に怪異の女に問いかけた。

 

「貴女、名前は何て言うのかしら?」

「名前、ですか……?私は――」

 

 

 

 

 

 

「――私は……『伊野尾(いのお)ユキエ』、です」

 

 

 

 

 

「ユキエちゃん、これからもよろしく!……じゃあね!」

 

そう言って主婦は怪異の女――伊野尾ユキエから柏餅の入った箱を受け取ると、手をひらひらと振って元気に去って行った。

それを見た梳は四ツ谷に問いかける。

 

「四ツ谷さん、あれは……?」

「あン?……あれはアイツの『人間名』だよ。人里で暮らすんなら対人は避けて通れねぇからな。そのための名前は必要だろ?」

「……()()()()()じゃないんですね」

「……まぁ、俺も最初はそうしようかと思ったんだが、それだと新鮮味に欠けると思ってあえて変えてみたんだ。……ちなみにあの名前の元は、映画『無印』と『バースデイ』で役を演じた俳優二人の姓と名を拝借して繋げてみた」

「け、結構シンプルですね」

「まぁな」

 

はは……。と空笑いを浮かべる梳に四ツ谷は素っ気なくそう答えて見せる。

すると次の瞬間、梳は今度は小さくハッとなり何かを考える仕草を見せると、やがて再び四ツ谷に目を向けて問いかけていた。

 

「四ツ谷さん……じゃあひょっとして『怪異名』の方が原作の名前になっているのですか?」

「いんや、それも違う。幻想郷(こっち)じゃ『怪異名』にあの原作の名前使っても、あまり不気味さは感じねぇだろ?聞いただけじゃ何処にでもありそうな日本人名だし……。同じ理由で『呪いのビデオテープ』や『リ〇グ』も没にした」

「……じゃあ、『怪異名』は結局何に……?」

 

梳がそう聞いた瞬間、四ツ谷の口元が三日月形に吊り上がり、不気味な面相を浮かべる。

小さく気を飲んだ梳に、四ツ谷がゆっくりと口を開いた――。

 

「ヒヒッ、聞きたいか……?まぁ、もうガキ共に怪談を伝える側だった保護者たちには()()を伝えてはあるんだがな。それはなぁ……――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それは、四ツ谷会館で怪異のずぶ濡れの女が生まれてすぐの頃であった。

 

深夜のとある民家の一室でテレビゲームに励む少年のもとに、母親が怒鳴り込んできた。

 

「ちょっと、(たけし)!いつまでそんなもので遊んでるの!もう日を跨いでいる時間よ!」

「…………」

 

母親がそう叫ぶも、少年は全く耳を貸さず、虚ろな目でテレビゲームに集中する。

その後も再三、母親が少年に声をかけるも全くの無反応であった――。

やがて母親は諦めたらしくハァ、とため息を一つ零すと、今度は真摯な顔を浮かべて少年を見ると、先程とは全く違う言葉を少年にかけ始めていた。

 

「……そんな箱で一晩中遊んでたら、いずれその箱から()()()()()()()()が現れて、アンタを襲いに来るよ」

「……?」

 

唐突に聞かされたその奇妙な話に、少しだけ少年は反応し、無意識なのかコントローラーの手を止めると視線を母親の方へと向けていた。

それを見た母親は内心ニヤリと笑うと、話を続ける。

 

「……真夜中までその箱で遊んでいると、突然箱の中の景色が変わるんだって……。何に変わるのかっていうと、それは古びた『井戸』らしいよ……。砂嵐と共に変化したその景色の井戸の中から、今度は白い洋服を纏った髪の長いずぶ濡れの女が這い上がって現れるんだって……。しかも恐ろしい事に、その女はヒタヒタとこちら側に向かってゆっくりと歩み寄ってくると、やがて箱の中から這い出てきてこっち側に来ちゃうんだってさ……!」

「…………」

 

不気味な口調でそれを説明する母親であったが、その途中で飽きたのか少年は再びテレビ画面へを視線と戻していた。

少年の耳がテレビの音に集中する直前、母親がその怪異の名を口にする――。

 

 

 

 

 

「その女のバケモノの名は――『井戸女』。気を付けなさいよ。いづれ必ず、アンタの元にも現れるから……!」




幕外『井戸女』、これにて完結です。

いやぁ、今回も長くなりましたw
この章で登場した『滝等尾 真奈』は今の所、正体を明かす事はありませんが、東方の原作を知っている方たちなら、文章中にいくつか出てきた『ヒント』で彼女が誰なのか気づく人がいるかもしれません。

あと、この章で伏字になっている所は、この最新話を投稿次第、すぐに修正する予定です。

次回から新章に突入します。
時間軸をぶっちゃけますと、実はこの『こどもの日』の夜から物語が始まります。
それでは、これにてw



追記:紫と真奈の会話を少し修正、追加いたしました。
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