イトハが囮を買って出て、それを心配そうに見守る小傘。
そのさなか、四ツ谷はさとりたちがこの一件で何かを隠しているのに感づく。
「……隠している、とは?」
『もう一度言うぞ?とぼけんな』
静かに問いかけるさとりに四ツ谷は画面越しにバッサリとそう言い切り捨てた。
そして、続けて口を開く。
『……この前、お前らは言ったな?
「ええ……、それが嘘だとでも?」
『いんや、事実そうなんだろうよ。そこで嘘をつく理由もないしな。……問題なのはそこじゃねぇ。その後にお前はこうも言ったな?
「……はい」
静かに肯定するさとりを前に、画面越しに四ツ谷は一度ゆっくりと目を閉じると再び目を見開き口を開いた。
『……
「……何故?」
真剣な目で自身を睨む四ツ谷にさとりはそう問いかける。
四ツ谷はなおも
『はっきり言わなきゃ分からねぇか?
「…………」
沈黙するさとり。しかし四ツ谷はそれに構わず、さらに続けて言葉を重ねる。
『……普通なら手がかりの無い
そう言いながら、四ツ谷は画面越しにゆっくりと
『
次の瞬間、さとりの背後に立っていた燐は、四ツ谷指摘された途端、身体を硬直させていた――。
「……『幻想郷縁起』、ですね?」
たっぷり数十秒の沈黙後、さとりはそう確認するように四ツ谷に問いかけ、四ツ谷もそれに頷く。
『ご名答。……っつっても、俺にはそれでしか
「……参りましたね」
頭を抱えて疲れたようにそう唸るさとり。そしてさらに数秒間沈黙をすると、意を決したように頭を上げて四ツ谷に視線を向けた。
そして、真剣な口調で四ツ谷に言う。
「……四ツ谷さん、ここまでバレてしまった以上、お話しはします。……ですが、今から話す事は他言無用に……そう、できれば、
「さとり様……よろしいのですか?」
燐が不安げにさとりにそう問いかけ、さとりは背中越しに「ええ」と、頷いて見せる。
そんなさとりに四ツ谷は怪訝に目を細める。
『……俺らにその情報を伏せてたのは、外部……旧都の連中にそれが
さとりはそれに頷いて見せる。
「……ええ。下手をすれば、この
『……!?』
唐突に響かれた物騒なその言葉に、予想外だったのか四ツ谷は一瞬のうちに目を丸くする。
そんな四ツ谷をしり目に、さとりは後ろに立つ燐に声をかけた。
「……お燐、貴女の口から直接四ツ谷さんに話してくれる?」
「……分かりました」
燐は頷くとさとり前に出て、四ツ谷と対面する。
そしてゆっくりと、
――今でこそ、さとりたちは子供たちの探索に力を入れているものの、事件が起き始めた当初はそれに関わるつもりなど一切なかった。
何故なら、彼女たちの旧地獄での役割は地霊殿の地下深くにある灼熱地獄跡の怨霊の管理であり、旧都の治安維持組織の関係者では決して無かったのである。
その為、
それは四ツ谷が幻想入りする、ほんの一年程前であった。
長年地霊殿に引きこもっていたさとりは、たまたま気晴らしにペットの燐と
久方ぶりに感じる外の解放感を味わいながら、ショッピングを楽しむむさとりとペットたち。
そうして夕暮れ時となり、いざ帰ろうとした矢先に
それは、たまにはあまり知らない道を通ってみようというちょっとした冒険心からであった。
さとりは燐とお空を連れて自分でもどこに通じているのか知りもしない路地へと帰りがてらに入っていったのである。
例えそこで暴漢の類に遭遇したとしても、自分はここ旧地獄では知らぬ者はいないとされる
しかし、そのさとりの予想をはるかに上回るモノが目の前に現れる事となった。
入り組んだ人気のない裏路地を地霊殿の方向に向かって適当に歩いていると、ふいに開けた場所に出たのである。
何のオブジェもない閑散とした小さな空き地であったが、その空き地の中央に決して見過ごす事の出来ないモノを目にしてしまい、さとりたちの顔は驚愕に染まった。
――それは積み重なるようにして打ち捨てられ、
死後数日は経過しているのか、少し腐敗が進んでいた幼子が五人、まるで自身の体で小山を作るかのように重なり、転がされていたのである。
一瞬、その光景を見てショックで思考を停止していたさとりであったが、すぐに我に返ってそばで同じく呆然としていたお空に、直ぐに自警団を呼んでくるように叫んだのだ。
それを聞いたお空は慌てて空に舞い上がり、自警団の本部がある方向へと飛んで行った。
さとりはそれを見送った後、燐を連れて子供たちの死体に近づいた。
そうして覗き込むように子供たちの顔を確認していき、気づく。
それは少し前から行方不明になっている子供たちであった。いや、正確に言うと行方不明になっているうちの五人だった。
いつだったか地霊殿に自警団の団員と名乗る妖怪が数人訪れて来て、行方不明者の似顔絵写真を置いて帰って行った事があり、その記憶している似顔絵写真の何枚かと今目の前に転がっている子供たちの死体の顔が一致していたのである。
それに気づいたさとりはすぐさま燐に能力を使って、この死体から何か手掛かりを得られないかと指示を出した。
自警団の者ではないにせよ、さとりもこの失踪事件については他人事ではあれど自身の住む旧都内での事もあり気にはなっていたのだ。
それ故、燐の能力を使って会話で引き出した手がかりで自警団に早期事件解決を促そうと考えたのである。
――だが、そうやって燐の能力で得られた情報は、さとりの予想を遥かに超えたモノであった。
それは、さっきまで情報を自警団に渡そうと考えていた思考が一気に瓦解し、代わりにこの情報はおいそれと
その為、お空が連れてきた自警団員たちにはたまたま死体を発見した事だけを伝え、事情聴取を受けた後自分たちが得た情報を自警団には黙ったまま地霊殿へと帰って行ったのである。
少々後ろめたい思いはありはしたものの、下手にその情報を流せば地下世界全体を揺るがしかねない事態に発展する可能性があった為おいそれとは言えず、結局、さとりたちはその情報を隠したまま静観を決め込む他無かった。
元々、
さとりたちはそう判断し、時間はかかるだろうが事件が解決する
――四ツ谷会館完成の祝賀会から数日後に、
最初にその異変に気付いたのは、妹たちが文通の手紙の配達に使っている
何故妹への手紙を自分に渡すのか怪訝に思い、さとりは天狗の心を読んでそれを知ろうとする。しかし、それよりも先に天狗の方がその理由を投げやりに説明してくれた。
――曰く、いつも
フランドールから手紙が来る時は決まって地霊殿にいるはずの妹が、今日に限っていない事にさとりは内心奇妙に思った。
その上、天狗からさらに驚きの事実を聞かされる。
フランドールから手紙を預かった時、聞いてもいないのに彼女は昨日遊ぶ約束をしていたが、いつまでたっても妹が来ることは無く、気になって手紙を出すことにしたという事を簡単にだが説明してくれたと言っていた。
それを聞いた時、さとりは内心で混乱する。
妹は覚妖怪でいる事を拒絶してから無意識に出歩くことが多くなり、あちこちをふらふらとする
それを知っている上、今現在旧都で起こっている失踪事件の事も重なり、さとりの心の中に暗雲が立ち込め始める。
しかし、それを確認しようにも肝心の妹は何処にいるのか分からず、事件も未だに手掛かりが無い状況なので、さとりはその後、悶々とした日々を送る事になった。
――そうして、妹が行方不明になってから一月以上がたち、フランドールからの未開封の手紙も多くなってきた所で、ここでようやくさとりたちは、こいしの身に何か良くない事が起こったのだと気づき、自分たちもまた、捜査に乗り出すことを決めたのであった。
――そこまでの事を燐とさとりの口から聞いた四ツ谷は、目を細めて燐に問いかけた。
『……それで、結局何を知ったんだ?お前は』
「……私があの子供たちの死体から聞いたのは……
それを聞いた四ツ谷は怪訝に眉間を寄せる。
『一言だけ?』
「うん……そこにあった死体全員の
頷きながらそう言葉を続ける燐に、四ツ谷は画面越しに身を乗り出しながら、問いかける。
『一体……何だったんだ?その一言は』
「…………」
燐は直ぐには答えず数秒沈黙を決めていたが、やがておずおずと、自分が死体となった子供たちから聞きだしたその言葉を、まんま四ツ谷にゆっくりと伝えた――。
「――『鬼』が……『鬼』が来る……!」
『何ッ!?』
「い、言っとくけど、そのまんまの意味じゃないかもしれないんだよ!?何かの
驚く四ツ谷に燐は慌てて両手をかざして制して見せる。
そんな燐を見ながら、四ツ谷はここでようやくさとりたちがその情報を秘匿した理由を理解した。
鬼は言わば、この旧地獄つまりは旧都の基盤となり、そこから大都市へと築き上げたこの地底世界の
そんな奴らの誰かが、幼い子供をさらい、さらには殺しているともなれば、それはもうこの旧都に住んでいる直接事件に関わっていない者たちにとっても他人事では済まされない話であった。
もし、この情報が何らかの形で外部に漏れれば、鬼とそれ他の妖怪たちとの関係に亀裂が生じ、鬼たちは旧都から村八分状態で疎外されてしまうかもしれない。
そうなってしまえば旧都は基盤を失い、崩壊の一途をたどるだろう。
もしくは、それを知った鬼たちが仲間内で腹の探り合いをし、やがて疑心暗鬼となって内紛を呼び起こし、その戦火が旧都全体に飛び火するかもしれない。
(参ったなこりゃ……。たかが一言、されどその一言が旧都全体を揺るがしかねないモノへと変貌しちまいやがった)
画面の中で四ツ谷は一人、そう小さくごちる。
もちろん燐の言う通り、それは何かしらの比喩表現であることも否めない。
だが、それが分かる者が一体どこにいるというのだろうか。
閻魔である四季映姫なら浄玻璃の鏡で全てを見通してはいるのだろうが、彼女はこの旧地獄では灼熱地獄跡と怨霊の管理以外ではすべて無干渉を貫いているため、自分からこの件に首を突っ込むという事は先ずないだろう。
まあ、流石に最悪の状況におちいってしまったら、重い腰を上げるかもしれないが。
(それに、
そんなことを考えながら、四ツ谷はふと別の疑問がわき、それを目の前に立つ燐に問いかけた。
『なぁ、お前らはガキ共の死体を発見した後、自警団の事情聴取を受けたんだよな?その時、自警団の奴らに「死体から何か聞かなかったか?」とか聞かれなかったのか?』
「ああ、うん。アイツら、私の能力の事は
『……知らない?』
怪訝な顔でそう呟く四ツ谷に燐は即座に頷く。
「そうだよ。だって私の能力の事知ってるの、この
そう言う燐に補足を入れるようにさとりが口を開く。
「……事、この旧都では自分から持ってる能力の事を他者に教える事は少ないんです。何せこの旧都に住む妖怪たちのほとんどが、危険な能力持ち故にここに追われてきてますから、自然と他者の能力に無関心になっているんですよ。相互で知ってる者たちがいるとすれば、それは私たちのような身内でか、もしくは親しい間柄な者たちぐらいでしょうから……」
『ふぅん、そういうもんか……』
「……まあ、私の場合、
四ツ谷の呟きに、さとりはついでにとばかりに自分が能力と共に有名になった理由も自虐的にぶっちゃけて見せ、それを聞いていた燐は小さく苦笑を浮かべた。
フウと、一息吐いた四ツ谷は、画面の中で頬杖をつくと、さとりと燐を見据えて口を開いた。
『……お前らが隠してた事については、分かった。確かにそれだけじゃあ犯人の特定としては判断材料に欠けるし、お前らの言う通り、いらぬ厄介事をも呼びかねん』
「恐れ入ります」
さとりは四ツ谷のその言葉に素直に礼を述べた。
すると四ツ谷は一度、さとりたちから視線を外すと、何かを考えるように顔をしかめた。
「「?」」
どうしたのかと、さとりと燐の二人は同時に首をかしげていると、再び四ツ谷はさとりたちに視線を戻してきた。
『……ちょっと気になったんだが、お前ら。さっきガキ共の死体と会話したって言った時、ガキ共の死体の「ほとんどから」って言ったよな?って事は、
「ああ……うん。って言ってもその子は何も言わなかった、って言うか
『何も分かってなかった?どういう事だ?』
燐のその言葉に四ツ谷はさらに問いかけ、燐はそれに答えた。
「何せその子……他の子たちとは違って連れ去られてから殺されるまで、
『何も……?』
「うん……。聞いた感じ思考がぼんやりとしてて、何が起こってたのか、何をしていたのかまるで分って無かったっぽい」
『…………』
燐のその証言に、四ツ谷は黙って思考を巡らす。そして再び燐へと質問を投げかけた。
『……そいつは他のガキ共と、何か違う所とかなかったのか?』
「何かって言われても……。違うって言われれば……『年齢』くらいかな?」
『年齢……?って事はソイツ……』
四ツ谷のその言葉に燐は頷く。
「うん。他の子たちとは違って、
『…………』
そう答えた燐をしり目に、四ツ谷は再び思案顔となった。
しばらくその状態で沈黙をしていると、唐突にさとりが四ツ谷へと声をかけた。
「……お聞きしたいことは以上ですか?四ツ谷さん」
『……ん?おおぅ』
視線を悟りへと移し、半ば意識半分にさとりへと答える四ツ谷。
すると
「なら……次は私の質問に答えていただけませんか?……
『……!』
「……へ?」
突然のさとりのその発言に、四ツ谷は真顔で沈黙し、燐は訳が分からないといった表情で、さとりと四ツ谷を交互に見やった。
さとりはなおも、鋭い口調で画面越しに四ツ谷を問い詰める。
「アナタ……、三日前にイトハさんが
『…………』
四ツ谷は直ぐには答えなかった。それを見てなおも言葉を重ねようとするさとりだったが、それよりも先に四ツ谷が口を開いた。
『……別に隠してたつもりはねぇよ。ただ、まだ確証の無い、推測の域も出ていなかったから口にしなかっただけだ』
静かに、そう説明する四ツ谷にさとりはもう一歩踏み込んでくる。
「……それは、一体?」
『……今はまだ言えねぇよ。言ったろ?確証も何もないって。そんな状態でおいそれと言えるかよ。……それに――』
『――おいそれと口に出すのも……
「「…………」」
四ツ谷がそう響いたのを最後に、彼はそっぽを向いてだんまりを決め込んでしまった。
その顔にはありありと「これ以上踏み込んでくれるな」と言いたげな表情が浮かんでおり、それと同時に四ツ谷の双眸にはその『推測』に対する並々ならぬ『嫌悪感』が浮かんできているのにさとりと燐は同時に気づき、沈黙する。
それ以降、誰一人と喋らないまま三人がいる応接室の中に重たい空気が充満し、それは地霊殿に小傘が帰ってくるまで続いた――。
――そしてこの日、イトハが地霊殿に帰ってくる事は……無かった。
最新話投稿です。
いやぁ~長々と説明回が続きましたが、ようやく次の展開にこぎつけそうです。
前回、急展開になる事を書きましたが次回へと持ち越しになってしまいそうです。
誠に申し訳ありません。