四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

謎の屋敷で尾花という少女と出会ったイトハは、そこで行われる『遊戯』について知る事となる。


其ノ十

ボーーーン……

 

 

 

         ボーーーン……

 

 

 

                    ボーーーン……

 

 

 

 

 

 

何処とも知れぬ屋敷の中。

そこに飾られた壁掛け時計が鳴り始める。()()()()()()、鐘の音だ。

それと同時に屋敷の一角――薄暗い廊下の奥から、まるで闇の中から浮き出るかのように一つの影が姿を現した。

戯れのつもりか頭部に鬼の面をかぶり、紺の着物を纏った謎の女は、まるで獲物を探す獣のように仮面の下で小さく舌なめずりをする。

 

「さぁて……今日も楽しい楽しい、『お遊戯』の時間だよぉ」

 

ウキウキと胸を弾ませながら、鬼の面の女はそう響き屋敷の中を徘徊し始める。

すると、数分としないうちに廊下の奥の方からトタタタタ……と、誰かが駆けて行く音が微かに聞こえた。

鬼の面の女ははたと考える。自分に見つかっていないうちから走り回る子供はほとんどいない。長い事ここに閉じ込められている子供は、いつもこの時間帯には必ずどこかへ隠れて自分をやり過ごそうとするのがほとんどだ。

だからこうも自分の居場所を教えるように走り回ったりなんかしない。そんな子供がいるとすれば――。

 

――それはここに来てまだ日が浅い子供ぐらいだ。

 

そう考えた鬼の面の女の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。

つい昨日、捕まえたばかりの活きのいい新しい獲物。

仮面の下で女の口元が卑しくニィっと吊り上がる。

そうして駆けていく足音を頼りに女は別のルートからその足音の主を捕まえるべく、音もなく足早に駆け抜け、回り込む。

やがて足音が向かう先の廊下の角に到着すると、鬼の面の女はそこで待ち構え、やって来た足音の主の前にその姿をヌッと現した。

 

「ひっ……!」

 

突然廊下の角から現れた鬼の面の女に足音の主は小さく悲鳴を上げる。

その正体は女の予想通り、昨日捕まえたばかりの妖精の少女であった。

少し癖のある短い黒髪に深紅の瞳。そしてその幼い身体に纏う茜色の着物がとても愛らしい。

ビクビクと怯える姿を見せるその少女に鬼の面の女は楽しそうに口を開く。

 

「駄目じゃないかあんなに派手に足音を立てちゃ。居場所が丸分かりだよぉ?」

 

そう言いながら仮面の女は少女にゆっくりと歩み寄っていく。

恐怖で足が動かないのか少女はその場に立ち尽くしたまま一歩も動かない。

そうしてある程度距離が縮まったところで唐突に少女の方から声が上がった。

 

「……ど、どうして?……どうしてこんなことするの?……聞いたよ?他の子たちから、ここで何をしているのか」

「!」

 

少女――イトハのその言葉に仮面の女はふと足を止める。そして、面白いものを見たかのように仮面の下でほくそ笑むと、クックと喉を鳴らしながら余裕を持ってそれに答えて見せた。

 

「どうしてか、だって?……そりゃあもう、()()()()()()()()()()()()()?」

「……たの、しい?」

「そうさ!知ってるかい?ガキ共が追い詰められた時に見せる表情!泣きながら『やめて』『たすけて』、なんて言いながらワンワンと叫んで抵抗するんだ。だが、どうにもならないと最後に悟った時、あいつらどんな顔を浮かべると思う?」

「……………」

「文字通り、瞳から光が失って茫然自失(ぼうぜんじしつ)になるのさ!言うなれば、絶望に落ちた顔ってやつだよ!私はあの顔を見るのが大好きでねぇ!見ていると満足感と一緒にゾクゾクと背筋を這い上がって来る興奮でたまらなくなるんだよ!」

 

過去のその光景を思い出したのか、仮面の女は両手で自身を抱きしめると脇だった興奮に身をくねらす。

対してイトハは怯えたその姿勢そのままであったが、女を見るその瞳は完全に冷え切ったモノへと変わっていた。

それに気づいていないのか鬼の面の女はまるで武勇伝の様に興奮冷めやらぬままにまくし立てる。

 

「……そうなりゃもう、後はされるがままの人形さ!私が何をどうこうするのも好き放題!もう最高だねホント!」

 

相手はどう見ても非力で幼い妖精の少女。反撃どころか逃げる気力すら出せないと踏んだ仮面の女は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な姿勢で言葉を吐き続ける。

 

――着物をはぎ取り、全裸で拘束具で縛ってつるし上げた時、子供たちはどんな顔をするのか。

 

――鎖で四肢や首を引っ張ると、どんな苦悶の表情を浮かべるのか。

 

――鞭や刃物を使うと、どんな顔でどんな声を上げるのか。

 

――火のついた蝋燭を押し付けた時、どんな絶叫を上げるのか。

 

聞いてもいないのにそんな事をベラベラと楽し気に喋りまくる鬼の面の女を前に、イトハの目も段々と据わっていく――。

だが、イトハの様子を一切見向きもしない鬼の面の女の言葉は未だ止まらない。

 

「……最後には捕まった時と同じく絶望に飲まれた目でされるがまま!まさに私が遊ぶためだけの玩具(がんぐ)になり果てちまうのさ!この征服感!痛快だよホントに!」

 

そう言って高々に笑い声をあげる仮面の女。しかしそれを前にイトハはもう微動だにせずただ不気味なほど一点を見つめたまま沈黙していた。

そうしてひとしきり笑った仮面の女は満足したのかイトハに視線を戻し、次の行動に出る。

 

……ボコッ

 

唐突に仮面の女の背中――肩甲骨の辺りの着物が()()()()()()()

 

「……!」

 

それまで微動だにしなかったイトハは、その光景を見て目を大きく見開く。

直後、膨らんだ女の着物を突き破って、背中に()()()()()()()が姿を現した――。

まるで昆虫を思わせるグロテスクな四本の脚がミシミシと(しな)りを帯びて女の背後で不気味に(うごめ)く。

それを見たイトハは表情を硬くすると、女の人型の手足とその異形の四本の脚を交互に見やる。

そして直後にイトハは、鬼の面の女の正体にすぐさま気づく事となった。

 

「……蜘蛛(クモ)?」

「フフッ!そうさ!随分と察しがいいねぇ!」

 

ハッと驚くイトハに鬼の面の女は楽しげに笑う。

 

「……そうだねぇ、この際だ。アンタとはこれから『遊び相手』として長く付き合うわけだし、ついでに自己紹介とさせてもらおうかね」

 

そう言って鬼の面の女は自らが被る仮面に手をかけ、あっさりとその顔をイトハの前にさらして見せた。

女が被っていた仮面の下――そこには長い黒髪に色白の肌を持った()()()()の顔があった――。

目を見開くイトハを前に、女は薄っすらと笑みを浮かべながら淡々と名乗って見せた。

 

「私の名は『八重山 赤糸(やえやま あかし)』――」

 

 

 

 

「――親しい者からは『()()』って呼ばれてる毒蜘蛛(アカボシゴケグモ)の妖怪さ。よ・ろ・し・く・ね♪」

 

 

 

 

少々おどけながらそう自己紹介をする鬼の面の女――赤糸を前にイトハはただ沈黙を貫く。

 

(……私と同じく名前に『(イト)』を持つ方ですか……。気に入りませんね)

 

俯きがちに赤糸という名に嫌悪感を抱くイトハに、彼女の心境に全く気付かない赤糸は愉快そうに言葉を続ける。

 

「ああ、言っとくけどアンタは名乗らなくてもいいよ。興味ないから。……ん~、しかしさっきから反応薄いね、恐怖で声も出ないのかい?……それとも、こうもあっさりと正体を明かしたのが意外だったのかね?だとしたら別にいいんだよ――」

 

 

 

 

「――どうせここに来た以上、誰も生きて帰れやしないんだから♪」

 

 

 

 

そう言ってケラケラと笑う赤糸を前に、イトハは黙考を続ける。

 

(……落ち着くんです、私。ここで怒りに任せて動くわけにはいきません。美鈴様も言ってたでしょう?感情が荒れれば冷静に状況を見極める事も困難になると……!)

 

散々今まで目の前にいるこの毒蜘蛛女の所業を見聞きする事となり、いい加減イトハも頭に血が上りかけていた。

いっそ、赤糸が油断しきっている今、先手を取って意識を刈り取り、制圧してしまおうかとも考えた。

しかし、イトハは直ぐにそれを思い留める。

何故か分からない。ただ、憤りを感じている反面、それを引き留める警鐘が自分の中で鳴り響いているのも確かに感じ取れたからだ。

それは、かつての上司であるメイド長や門番から鍛えられ、それによって培われた第六感とも言うべき『予感』。

そしてそれは直ぐに現実となってイトハの目の前に現れた――。

 

「さぁて、無駄話はここまで。たぁっぷりと可愛がってあげるわよぉ♡」

 

そう言って赤糸は、背中から生えた四本の蜘蛛の脚の一本――その足先をズィッとイトハの目の前に持って来た。

 

「……!?」

 

イトハの目の前に差し出された蜘蛛の脚――まるで針の様に細く、鋭く(とが)った足先が()()()()()()()()のをイトハの目が捉えた。

蜘蛛の脚の第一関節辺りからつま先まで、何かの液体でてらてらと濡れて光っており、それが雫となってつま先から床へポタポタと滴り落ちていたのだ。

それを見たイトハは()()()()()()()()小さく響くように口を開く――。

 

「それは――」

「フフッ……ど・く♡」

 

イトハが言う前に、赤糸自らが答えを口にした。

それと同時にイトハの脳裏で襲われた時に受けた首筋の衝撃と体調の異変、そして変わり果てたこいしの状態が断片的にフラッシュバックする。

自分やこいし……いや、この屋敷に囚われている子供たち全員を苦しめた『神経毒』が今、目の前にさらされたのだ――。

 

「ここに来たばかりの子供は、捕まえても暴れるのを止めない往生際の悪いのが多いからねぇ。だから最初はこいつを打ち込んで大人しくさせて()()()()へと連れて行くのさ!……さぁ――」

 

 

 

 

 

「――お薬の時間だよぉっ!!!」

 

 

 

 

イトハをどのように(なぶ)ろうか妄想していたのか。興奮で上気し、赤くなった顔で下卑(げび)た笑みを浮かべてそう叫んだ赤糸は、毒に彩られた蜘蛛の脚を上から大きく振りかぶる。

そして同時に、正確にイトハの首筋に毒を打ち込むため両手で彼女の体を拘束しようと突き出す。

今までいつも、このやり方で赤糸は子供たちの動きを封じてきた。

そして今回もそうなると、赤糸の中では当然の結果として既に脳内処理がされていた。

今、赤糸の頭の中には、イトハをどうやって鳴かせてやろうかという事しかなかったのだ。

纏っている茜色の着物をはぎ取り、その中に隠れているであろう瑞々しい肢体に、深く決して消える事の無い傷を何度も刻みつけてやろう。

そうやって弄び滅茶苦茶にしてやったらこの子は一体どんな顔でどんな声で泣き叫んでくれるのか。

想像するだけで待ちきれないほど楽しみだ。だからとっとと毒を注入して大人しくさせよう。

そんなことを思い浮かべ、想像していた赤糸であったが――。

 

 

 

――次の瞬間、そのおぞましい未来計画が一気に瓦解する事となる。

 

 

 

イトハを捕まえようとしていた両手が共に空を切ったのだ。

 

(……?)

 

見ると空を切って交差状態となった赤糸の両手の向こうで、イトハが上半身をのけ反らせていた。

赤糸の両手に捕まる直前、イトハはそれをのけ反って回避していたのだ。

 

(……?身の危険を感じて反射的にかわされた?ったく無駄なあがきだね。さっさと毒を刺しとこ)

 

世話を焼かせるなと言わんばかりに赤糸は顔をしかめ、早々に仕留めるべく、毒に濡れた蜘蛛の脚をイトハへと左斜め下へと振り下ろした。

蜘蛛の足先がイトハの首筋へ吸い込まれるようにして向かう。

しかし、これも赤糸の予想を大きく凌駕した。

イトハは毒の足先を僅かに身をかがめる事で回避したのだ。

 

「なっ……!?」

 

もはや二度も回避が続けば偶然ではない。驚き思わず声を上げた赤糸にイトハの反撃が襲う。

毒の足先を回避した直後、イトハは赤糸の脚膝(あしひざ)――その左外側部分と同じく左わき腹に連続で()りを叩きこんだ。

 

「ぐはぁっ!?」

 

素早く放たれた予想外の攻撃に赤糸は声を漏らす。

勢いの無い、無拍子からの蹴りだったため、威力は低く痛みもそんなになかったが、それでも身体のバランスを崩すには十分だったため、衝撃で赤糸の身体が傾く。

 

「……っ!」

 

だが、バランスが大きく崩れるよりも先に赤糸は倒れまいとなんとか足をついて踏みとどまり、それを止める。

そして直ぐに赤糸が顔を上げた瞬間――その隙を逃さないとイトハは軽く跳躍し体を大きくひねると、上げたばかりの赤糸の顔に向けて強烈な空中回し蹴りを撃ち込んだ。

 

「ぶほぁぁぁっ!!?」

 

(あご)にイトハの蹴りがクリーンヒットし、赤糸は(きり)もみしながら後方へと吹っ飛ぶ。

背中から床に倒れた赤糸は、顎の痛みに唸りながらもそこを手で押さえる。

 

(なん、だ……?何が起きた?何なんだこれは……!?)

 

激しい混乱の中、赤糸はすぐさま頭だけを上げると視線をイトハの方へと急ぎ向け――そしてさらに驚愕する。

イトハは先の動きで着物が乱れ、瑞々しい純白の両脚は太ももまで露になっていたものの、それを直すそぶりを見せず、それどころか何かの武術の構えを取って倒れた状態の赤糸を睨みつけていたのだ――。

先程までか弱い無垢な子羊の如く自分に対してビクビクと怯えていた幼い妖精の娘が、一転してどこぞの武闘家かくやと言わんばかりの洗練された構えを取って、芯が通った鋭い眼光でこちらを見据えているのだから驚かないわけがない。

 

「な……なぁ……っ!??」

 

あまりにもイトハの変貌――そのギャップの違いに、赤糸は唖然となる。文字通りの開いた口が塞がらない状態だ。

そんな赤糸を前に、イトハはさらに赤糸に向けて追い打ちをする――様子も無く。そのまま赤糸に身体を向けながら数歩後ずさると、直後にクルリと180度方向転換すると廊下の奥へと駆け出して行った。その姿も子供のかけっこなどとは程遠い、無駄のない熟練者の持つそれであった。

 

「ま、待てぇっ!!」

 

それを見た赤糸も慌てて立ち上がり、イトハの後を追う。

走り始めると先程までの混乱が一転して怒りの感情へと変化していくのを赤糸は感じ取っていた。

顎の痛みに歯を食いしばりながら、赤糸は小さくなったイトハの背中を貫くような眼光で睨みつける。

 

(何だ……何だ何だ何なんだよあのクソガキッ!?あの動き、私の知っている妖精の動きじゃない!!)

 

赤糸は今しがた起こった事がにわかに信じられなかった。

彼女にとって妖精とは心身ともに幼く、攻撃と言えば僅かばかりの弾幕をまき散らすだけの悪戯好きな性格が多い種族だ。

その弾幕も、自分にとっては容易く対処できる程度のモノばかりだった故に、赤糸は妖精に対して今まで一度も警戒心を持ったことは無かったのだ。

だが今回、初めて目の前にいる妖精に今まで無警戒で挑んでいた余裕の心はすっかりと消え失せ、代わりに警戒心がMAXレベルにまで一気に跳ね上がった。

もはやイトハに対して『玩具』にして楽しもうという気持ちは木っ端みじんに吹き飛び、今現在、赤糸の胸中を渦巻いているのはただ一つの意志だけだった――。

 

(あのガキ……危険だ!野放しにしておけない……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……毒の攻撃を受け、不利になる可能性を恐れてあの場での追い打ちは止めましたが、さて……)

 

そう思考しながら入り組んだ廊下を右へ左へと曲がりながら疾走し、とある廊下の角を曲がった直後にイトハはその場で止まってしゃがみ込む。

そして、一度息を整えると耳を澄ませた。

すると、そう遠くない所から「どこだー!どこ行ったぁぁぁっ!?」と叫ぶ赤糸の声が聞こえる。

それを確認するとイトハは小さくホッとする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、まだ油断は許されない状況ですね……。いや、むしろここからが()()……)

 

険しい顔つきでイトハは着物の帯締めに手をそっと触れる。

そこには連れ去られる直前まで、四ツ谷たちに持たされていた発信機入りの匂い袋があった。しかし、今はそこには何も無い。

最初に目覚めた部屋で尾花の袖をまくって怖がらせてしまった時に初めて匂い袋が無くなっている事にイトハは気づいた。

そして慌てて自身が入っていた繭の中や部屋の畳の上を確認してみるも、それらしき物が落ちている様子は微塵も無かった。

 

(……匂い袋をこの屋敷で落としたのではないとすると、落としたのは連れ去られた時。何かの拍子で匂い袋を吊るしていた紐が切れたのか、あるいはあの()()()が私から取って捨てたのか……。いずれにせよ、半日以上たっているにもかかわらず、四ツ谷様たちが何のアクションも起こしてくる様子が無いという事は、この場所を突き止めるためのあの『三つの対策』は全て失敗したとみる他無いようですね……)

 

そう結論付けたイトハは残念そうに小さくため息をついた。

さり気なく赤糸に対する二人称を『蜘蛛女』という軽蔑視を含んだ呼称に変えながら――。

だが、次の瞬間には鋭い眼光で虚空を睨むイトハの姿があった。

 

(四ツ谷様たちがこの屋敷を嗅ぎつけてやってくる様子が無い以上……私が孤軍奮闘(こぐんふんとう)するしかないようです……!)

 

覚悟を決めたイトハは、次の行動に出る。

何のためらいも無く自身の着物の帯の結び目を解く。シュルリと帯が床に落ち、同時に着物の前部分が大きく開かれ、イトハの隠れていた凹凸(おうとつ)の目立たないその体が外気にさらされる。

着物の下には下着代わりに胸を隠す『サラシ』と、下にはショートパンツ型の白の『半股引(はんだこ)』が身につけられていた。

その姿のままイトハは一度着物を脱ぐとまたすぐに()()()()

 

(……この狭く入り組んだ廊下や部屋の中で羽を使って飛ぶのは悪手。羽は外に出しておくと邪魔になるので着物の中にしまっときましょう)

 

普段、羽はその身に見合うほどの大きさをしているが、その気になれば()()()()()()()()()

瞬く間にシュルシュルとイトハの透明な羽が小さくなり、背中の半分ほどの大きさになる。

それを確認したイトハは、素早く着物を元の状態へと着なおし、帯も締めなおす。

そして着物を元に戻したイトハは、今度は袖から白く長い布の帯を取り出すと、その端を口にくわえ、素早く両袖を巻き込んで『たすき掛け』にする。

最後に着物の裾をたくし上げると、その部分を帯の後ろ部分に挟んで『尻端折り(しりっぱしょり)』にした。

その為に下に纏っていた半股引が露になるも、イトハは気にせずそのまま立ち上がり、動きやすいか確認するためにその場でぴょんぴょんと飛んだり体をひねったりの軽い準備体操を行う。

そして問題が無い事を確認すると、イトハは一度目を閉じ、これから自分がやらねばならない事を落ち着いて頭の中で振り返る。

 

(……今、私がやるべきことは二つ。一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一つ、この屋敷の出口を探す事。……つまり私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……相手が神経毒を持っている事も踏まえて難易度高いですが、やるしかありません)

 

準備を整え終えたイトハは再び耳を澄まし、赤糸のいる場所を探る。

先程と変わらず、赤糸は必死になってイトハを探しているようであった――。

 

(それでは……行きます……!)

 

一つ息を吸い、決意を固めたイトハは赤糸のいる場所へと()()()()()()()()()()疾風(はやて)の如く駆けだしていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ!どこ行ったあのクソガキッ!!」

 

イトハを見失ってしまい、怒り心頭のままに赤糸は彼女を探し回っていた。

近場の和室に飛び込んではそこにある壺などの置物をひっくり返したり、押し入れの中を漁ったりを繰り返し続け、血眼になってイトハを探す赤糸。

やがて息が切れてしまい、八つ当たりするようにとある和室に置いてあった火のついていないボロボロの行燈を感情の高ぶるがままに蹴り飛ばした。

古くなっていた行灯は蹴られた衝撃とその後に壁に当たったことにより、もはや使い物にならないほどに原形を留めずぐしゃぐしゃとなり、無残な姿で畳の上に転がる。

そんな事に見向きもせず、赤糸はいったん落ち着くため呼吸を整える。

一分もしないうちに呼吸が正常となり、血が上っていた赤糸の頭も同時に冷めていく。

 

「……?」

 

すると、頭が冷えた事で赤糸は今まで気づかなかった違和感に気づく事となる。

 

(……どういう事だ?さっきから()()()()()()姿()()()()()()()()……)

 

いつもならこれだけいくつもの部屋をひっくり返して探せば、簡単に一人か二人くらいは見つかるはずであった。

それなのに今日はイトハ以外の子供たちの姿は影も形も見当たらない。

不審(ふしん)に思い首をかしげ考える赤糸。

 

(……ここは確か屋敷の()()……。という事は、他のガキ共は西側に集中して隠れてるのか……?にしては何か妙だねぇ……)

 

ただの偶然。それで片付けるには赤糸にはいささか納得がいかなかった。

()()()()今日、子供たちは屋敷の西側に集中して身を潜め、それを知らなかった自分は()()()()人気のない東側にやって来ている。

そういう事も無い事も無いのだろうが、赤糸にはこの状況がどこか()()()()()()のように思えてならなかったのだ。

 

(……!まさか……!)

 

次の瞬間、赤糸の脳裏に今し方まで血眼に探し回っていた少女の姿が浮かび上がる。

――もし、あの妖精の娘が()()()()囮となって、自分を子供たちのいる西側から引き離し、誰もいないこの東側へと()()()()()()()()()()()()()……。

 

(……()()()()()()ってのかい!この私が!?)

 

チィッ!と大きな舌打ちを一つすると赤糸は踵を返して屋敷の西側へ向かおうと今いる和室を飛び出そうとし――。

 

「――行かせると思いますか?」

「――あ?……ぐぶっ!??」

 

廊下に出た直後、()()()()()()()()()()と共に不意打ちで足を引っかけられ、赤糸は派手に廊下に転がされる。

前倒しで埃まみれの廊下の床にキスする形となり、おまけに鼻までも床にぶつけ痛める結果となった赤糸は、鼻を抑えながら忌々し気にたった今、自分を転ばせた者へと敵視の視線を向ける。

そこには足を引っかけた姿勢のまま赤糸を睨み下ろすイトハの姿があった。

着物の裾を脚が露になるまでたくし上げ、たすき掛けをして袖をまとめたその姿に赤糸は目を見張る。

そんな赤糸にイトハは感情の籠っていない声で淡々と彼女に声をかけた。

 

「……反対側にいる子供たちを人質に使って私を捕まえようって算段なら、止めた方がいいです。()()()()()()()()()()()()()()()

「あ……アンタぁ……!」

 

鼻血を滴らせ、鬼のような形相で自身を睨み上げる赤糸に、イトハは冷ややかな目で続けて言葉を紡ぐ。

 

「それに……貴女、()()()()()()()()()()?いいですよ、相手になってさしあげます。……さぁ、始めましょうよ。貴女と私だけの、『二人だけの鬼ごっこ』を……!」

「……ッ!舐めんじゃないよぉクソガキがぁっ!!何なんだよお前は!?ホントに何なんだよォ!??」

 

再び頭に血が登った赤糸は、鼻血を乱暴に袖で拭い、立ち上がりながら怒りのままにイトハに怒声をぶつける。

それを受けたイトハは一瞬キョトンとするも、すぐに「ああ」と小さく笑い、スカートをつまむようにカーテシーの仕草でお辞儀をすると優雅な口調でそれに答えた。

 

「名乗るほどの者ではございません。……ただのしがない、元妖精メイドでございます」

 

「――ざっけんなぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

イトハにとっては悪意も無く素直に答えただけの話であったが、頭に血が登っている赤糸からして見ればおどけて自分を馬鹿にしてる行為にしか取れず、逆に火に油であった。

憤怒のままに毒を纏った四本の蜘蛛の脚を大きく広げ、覆いかぶさるように捕まえようとする赤糸をイトハはひょいっとかわして見せる。

忌々し気に睨みつけて来る赤糸に、イトハは今度こそ挑発するように、両手を叩き、声を弾ませた。

 

「さぁさぁ、こっちですよー!鬼さんこちら手の鳴る方へー!」

「~~~~~~~ッッッ!!!」

 

怒りで言葉にならない声を上げて赤糸が突撃してくるのを見たイトハも踵を返し、廊下の奥へと走り始める。

 

(……どうやら完全に意識が子供たちから私へと切り替わったみたいですね。これは僥倖(ぎょうこう)です)

 

鬼の形相で追ってくる赤糸を見て、イトハは内心ほくそ笑む。

 

 

 

――『元妖精メイド』と『偽りの鬼女』の長いおいかけっこ(戦い)が今、始まった。




最新話、投稿です。

ここから少しの間、イトハと赤糸の攻防戦が続きます。
何気に本格的な戦闘描写をこの作品で書くのは今回が初めてかもしれません。
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