四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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幕間の物語に突入です。


幕間 怪談祭り
其ノ一


夜――。

 

人里で一際大きな屋敷、稗田阿求の自宅の広間で多くの者が集まっていた――。

今回『折り畳み入道』の怪談を行った関係者と数人の聞き手たち、そして屋敷の主と寺子屋の女教師がそれぞれ思い思いの場所に座り、視線を一箇所に集中させている。

そこにはこの一件の中心人物である四ツ谷文太郎が八雲の式、八雲藍に背後から拘束され座っていた――。

そしてその四ツ谷の正面には八雲紫が鎮座している。

しばしの間その部屋は静まり返っていたが、それに飽きたのか四ツ谷が口を開いた。

 

「妖怪の賢者……たしか八雲紫って言ったっけ?……いい加減、コイツ何とかしてほしいんだけど?」

 

背後にいる藍を顎で指す四ツ谷に紫はニコリと笑い答える。

 

「あらダメよ。放したら途端にそこの唐傘娘やあなたが創った妖怪たちが、私たちからあなたを引き離してどこかへ逃走するかもしれないでしょ?」

 

その言葉に小傘、金小僧、折り畳み入道がわずかに顔をしかめた。どうやら図星だったらしい。

それを見た四ツ谷はため息をつく。

 

「だったら羽交い絞めじゃなく、せめてロープとかで拘束してくれ。正直この体勢は()()()()()きつい」

「あら?ひねっている腕が痛いの?藍にはあまり痛くならないように手加減するように言ってあるんだけど?」

「いや肉体的にじゃなく、精神的に。……さっきから俺の背中に彼女の()()()()()()()がこれでもかって言うほど押し付けられているんですが……」

 

かつて『傾国の美女』として名を馳せた藍の身体はその二つ名に恥じない抜群のプロポーションをほこっており、その胸部も老若男女を問わず無意識に眼を向けてしまう程の破壊力を持っていた。

それが四ツ谷を背後から羽交い絞めにした時、服越しではあれど彼の背中に押し付ける形となり、美しい形を保っていたのが押し潰れて歪められていた。

 

「……生涯童貞を貫いた身としては()()()はとんでもない凶器だ。速く拘束を解いてくれないと、話もできないし、()()()()も暴れ出しかねない」

「あらあら、男冥利に尽きるんじゃない?藍のって結構柔らかくて気持ちいいでしょ?フカフカしてもいるし」

「あん?クッションとしてか――(メキッ)ぎゃあっ!?」

 

藍にさらに腕をひねり上げられ四ツ谷は小さく悲鳴を上げる。

それを見た小傘が「師匠!」と叫び身を乗り出す。同様に金小僧と折り畳み入道も動こうとするも紫と霊夢に睨みつけられその動きを止める――。

小傘たちにとってもこの二人を敵に回すのはできるだけ避けたいことであった――。

大妖怪となった小傘でも紫と霊夢二人の相手ではどうあがいても勝機は無く。かと言って金小僧と折り畳み入道の力を合わせてもその結果は変わらなかった――。

何せ半兵衛一人分の『畏れ』でしか生まれていない金小僧は下級妖怪レベル、小傘の時の約半数の人間からしか『畏れ』を取れていない折り畳み入道でも中堅妖怪レベルに届くか届かないかの実力しか持ち合わせていなかった。

その三体が力を合わせてもこの二人に勝てるかどうかは怪しく、またすぐそばには霊夢たちの方に味方している魔理沙や妹紅もいるのだから尚更と言える。

おずおずと座りなおす三体を尻目に紫はため息をつくと藍に声をかける。

 

「藍?」

「……申し訳ありません紫様。この男の言い方に少しイラッときてしまいまして……」

「……ふぅ。まあ良いでしょう」

「俺は良くねえよ……」

 

四ツ谷が文句を言うも紫はそれを軽くスルーし、懐から扇を取り出しそれを広げると、口元を隠して四ツ谷に声をかけた。

 

「……四ツ谷文太郎さん。あなたの事は調べさせてもらったわ。……外の世界、()()()()()()()()()()()()、随分と面白い人生を送っていたようね」

 

その言葉に直接、事情を聴かされていた小傘と元は人間だと言う事をほのめかされていた霊夢以外の全員が眼を丸くした。

それにかまわず紫は続ける。

 

「小さい頃、(はなし)上手な祖母の影響で怪談が好きになり、祖母の噺のネタがなくなると自分で怪談を創るようになる。……その記念すべき最初の怪談は()()()()()()()()()()()()――。中学校……ここで言うところの寺子屋の生徒時代に、自分を死んだ者と偽り、周囲を騙して学校に何年も居座り続けた。卒業もせずにずっとね……。でもそうやって長い年月をかけて創り上げたのが、あなたの人生最初の怪談『幻の生徒、四ツ谷先輩』だった――」

 

そして一呼吸間を置くと、さらに紫の言葉が続く。

 

「……その怪談を皮切りに、あなたは次々と新しい怪談を創り上げていった……協力者も集い、語りだけでなく『演出』にも思考錯誤を施し、それを聞いた人々に恐怖と悲鳴をもたらし続けた。学校にいられなくなり、社会に出た後もずっと……そして高齢者となり、天寿を全うした後、あなたの魂は忘れ去られていた『幻の生徒、四ツ谷先輩』としての怪異の器と融合し、この幻想郷で蘇る事となった――」

 

そこで紫はため息をつく。

 

「……皮肉なものね。人間のまま怪異となり、人々に恐怖を撒き散らしたあなたが、死んでから本物の怪異になってしまうなんて……」

「……そうでもない」

 

紫の言葉に四ツ谷は否定し、続けて言う。

 

「俺にとって人間だった頃の人生の終盤は()()()()()()だった……。身体も頭の回転も鈍くなり、寝たきり生活になってからは、俺の愛した怪談も悲鳴もどこか遠い世界の存在に成り果ててしまった……。人生の全てを捧げていたそれらを失った俺は絶望の淵に立たされていたんだ……。だが自分の怪異と融合し、この幻想郷に幻想入りを果たした時、俺は心の底から狂喜した。これで俺はまた『四ツ谷文太郎』として生き続ける事ができる。また自分で悲鳴を生み出していく事ができる――」

 

 

 

 

 

 

 

「――また新しい怪談をいくらでも創り続けていく事ができる……!」

 

 

 

 

 

 

不気味に笑いながらも、真っ直ぐに紫を見つめ、四ツ谷は最後にそう力強く言い切った。

しばしの沈黙の後、今度は霊夢がため息をついて言う。

 

「はぁ……。呆れるほどの怪談馬鹿ね。そんな事に人生の全てを捧げるなんて」

「ヒヒッ。確かに他人から見れば呆れる行為かもしれないが、俺は結構充実していたぞ?人生の終盤は絶望的だったと言ったが、そこを除いても大半は楽しかったしな」

 

そう言ってふはっはっはっは!と笑う四ツ谷にもはや呆れてモノも言えないと言った表情で霊夢は口を閉じた。

それに入れ替わるようにして今度は妹紅が口を開いた。

 

「……よく怪談一つの為に人生を費やす事ができたモンだな。ただ好きなだけじゃそこまでできなかったろ?……何か怪談にこだわる理由とかあったのか?……お前自身、人に言えない過去とかあったり――」

「いんやないよ?何度でも言うが俺はただ怪談が大好きなだけだ。好きな事に熱中する、それが人にとって最大の原動力だからな。俺の場合、それが怪談を創って他人を驚かすと言う事であっただけだ。…………ただ、まあ……そうだな……」

 

言葉の最後のほうで四ツ谷は口を濁し、僅かに俯いた。その表情は悲しみを幽かに含んだ苦笑と言えるモノであった。

何かを考えるようなそぶりを見せた四ツ谷は、少しの沈黙後、ゆっくりと口を開く。

 

「――『目標』はあったかもしれん、な……」

「『目標』、ですか……?」

 

薊が聞き返し、四ツ谷は「ああ」と答える。

そして全員を見渡すようにして四ツ谷は問う。

 

「お前らさ。俺の言う『最恐の怪談』が()()()()()()()で創られたかわかる?」

「え?うーんと、とてつもなく怖い怪談で、相手を骨の髄まで怖がらせる?」

「そのまんまじゃないの」

 

魔理沙の返答に霊夢はそうツッコミを入れた。

それを見た四ツ谷は笑う。

 

「ヒッヒッヒ。確かにそれもあったが、もう一つ別の目的もあった。……それは、()()()()()()()()()()()()()だ」

「記憶に……残し続ける事……?」

 

阿求がそう呟き、四ツ谷は頷き、続けて言う。

 

幻想郷(ココ)じゃあどうかは知らんが、外の世界じゃ殺人事件一つ起こして騒がれたとしても、せいぜい一週間程度で沈静化してしまう」

「まあ当然ですね。皆誰しもとっくに終わった一件でいつまでも騒いでるわけありませんもん。その一件が自分とは無関係なら尚更。新しい事に眼を向けていくのが人の(さが)ってやつですからね」

 

射命丸がうんうんと頷き、四ツ谷はそれに苦笑した。

そしてまた真剣な顔になって口を開く。

 

「……そしてそれは事件だけじゃない。人の努力で生み出された功績や作品、()()だってそうだ……。記録には残るかもしれんが、本当の意味で人々の記憶に残り続けるモノはほんの一握りだけだ」

 

そこで四ツ谷は一息ついて、言葉を続ける。

 

「……俺が求めるのはな。時代や世代が変わろうと、()()()()()人々の間で永遠に生き続ける、そう言う怪談なんだよ。何十年、何百年経とうが未来永劫語り継がれていく、それが俺が怪談に求める理想だった……」

「……その理想を実現化させるのが、あなたの言う『最恐の怪談』?」

 

紫の問いに四ツ谷は「……ああ」と答えた。

 

「……だが、俺の『最恐の怪談』を持ってしても時代のうねりには敵わなかった。俺が生み出した怪談、そのどれもが一時世間を騒がせただけで後は衰退の一途を辿り、やがて人々の記憶と共に時の間へと消えていってしまった……。そう、俺が心血を注いだ最初にして最高の傑作でもあった『幻の生徒、四ツ谷先輩』までもな……」

 

四ツ谷の無念さが伝わるかのようなその言葉に、その場にいた全員が沈黙する。

だが次の瞬間、四ツ谷は顔をガバッと上げる。

 

「――ま。それでも俺は諦めるつもりは無いがな!」

「へ!?」

 

先ほどまでの重い空気から一変した四ツ谷の態度に、魔理沙が反射的に声を漏らした。

それにかまわず四ツ谷は続けて言う。

 

「『最恐の怪談』を持ってしても人々の記憶に残らないって言うなら、俺は最恐を上回る最恐の怪談……『()()()()()()()』を創り上げて今度こそ人々の記憶に残り続けるモノにしてやる!!せっかくこの世界で蘇る事ができたんだ。これを活用しない手はないしな!!」

「……さ、さすが師匠です!」

 

いたって前向きな姿勢をとる四ツ谷に小傘は眼を輝かせる。それは彼に生み出された金小僧と折り畳み入道も同じであった。

それを見ていた他の者たちは皆呆れた顔をしていたが、その内の何人かは内心「この男らしいな」とどこかホッとした部分を見せていた。

そして四ツ谷は「……さて」と呟くと、再び紫に眼を向けた。

 

「……俺の過去と目標を語っても、今の問題を解決しなきゃ意味がない。八雲紫――妖怪の賢者様よ……単刀直入に聞く、()()()()()()……?」

 

四ツ谷のその問いに、紫は再び扇で口元を隠して見せた――。




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