庄三が薊をモノにしようとストーカーを始める。
「師匠、お疲れ様です」
「おう」
小傘から水の入った竹の水筒を受け取り、四ツ谷はそれに口をつけた。
数口喉を鳴らして水を飲む。
そして、水筒から口を離すと、前方に眼を向けた。
そこには四ツ谷の怪談を聞き終えて別の遊びをし始めた五人の少年少女の子供たち、それに混ざって楽しげに一緒に遊んでいる薊の姿があった――。
それをしばし見つめた後、小傘に声をかける。
「小傘、
「……はい。また何とも物凄い目つきで薊ちゃんを見ていましたね。もういないみたいですけど」
小傘が頷いてそう言い、四ツ谷は頬杖をついて思案にふけった。
「薊を付け狙う者がいる」そう小傘から伝えられたのは今から一週間以上前だった。
偶然それに気付いた小傘が率先してさり気なく薊を警護すると共に四ツ谷にそれを報告したのだ。
血走った眼で明らかに薊に対して如何わしい事をしようとしていることを小傘から聞き、四ツ谷はどう対処したものか考えをめぐらせる。
幸い小傘がいち早く気付いてくれたおかげで、薊にはまだ魔の手は伸びていない、今は、だ。
だがこちらが薊を一人にするような隙さえ見せれば、相手は直ぐに薊を襲いに来るだろう。
いっそこちらが先手を打って容疑者を確保しようかとも考えたが、小傘から相手の様子を見るに浮浪者っぽく、先のことを全く考えていない目つきをしているらしく、厳重注意だけで解放してもまた同じことを繰り返しそうだと四ツ谷はそう聞かされた。
人里には警察は無いが自警団は一応存在する。
しかし、それは治安維持組織と言うよりも人里の民衆を集っただけの単なる素人の寄せ集め組織に過ぎなかった。
一応結成されて百年近くは立つため、それなりの功績がいくつかあるが、妖怪は関わらず、かつ人間内で起こった事件だけ上げても、せいぜい窃盗や喧嘩の類ばかりであった。
しかも捕縛された者たちの処罰も、厳重注意や数日の牢屋生活を経て釈放という何とも甘いものばかりなため、今回のストーカーの一件もおちおち任せられそうに無かった。
薊の件もそうだが、人里の治安維持システムはもっと入念に試行錯誤したほうがいいのではないか、と完全に無関係なはずなのに四ツ谷はそちらのほうでも頭が痛くなる思いであった――。
そんな四ツ谷に小傘が気まずそうに再び声をかけた。
「……それと師匠、言いにくいのだけど今回は
「何?」
それを聞いて四ツ谷は振り返る。それと同時に背後に建っていた民家の物陰から、最近良く顔を合わせている鴉天狗の少女がひょっこりと顔を出した。
「あやや、見つかっていましたか。ちゃんと気配を消していたのですが……さすがは大妖怪となった小傘さんは一味違いますね~」
陽気な笑顔を顔に貼り付けながら、その少女――射命丸文は軽い口調でそう言いながら四ツ谷と小傘に歩み寄ってきた。
それを見た四ツ谷は深いため息をつく。
「射命丸、また来てたか……」
「どもども~、毎度おなじみ清く正しい射命丸でーす!ご機嫌いかがですか、四ツ谷さん?」
「最悪だ。お前の顔を見たら気分が悪化した」
「またまた~心にも無い事言って♪同じ『文』ちゃん同士、仲良くしましょうよ~?」
「ええい、なれなれしく呼ぶな!」
にじり寄って来る射命丸に四ツ谷は両手で制しながら叫ぶ。
折り畳み入道の一件以降、毎日のように自分の元へ訪れては、やれ「新聞を買って」だのやれ「特ダネがあれば教えて欲しい」だのと迫ってくるこの少女にさすがの四ツ谷も辟易していた。
しかし、何度あしらってもめげずにやって来るこの鴉天狗の執念には脱帽も禁じえなかったのも事実であった。その証拠に四ツ谷はこの少女の書く『文々。新聞』とやらを数日前に購入してしまっていたのである。
うんざり顔をする四ツ谷の肩をゆすりながら、射命丸は声をかける。
「ね~え、四ツ谷さ~ん。また新しい怪談を行わないのですか~?今、幻想郷は貴方の影響で怪談ブームに突入しようとしているのです。その火付け役である貴方がこのまま何もしないのはもったいなさ過ぎますよ~」
「……あん?怪談ならさっきそこで遊んでいるガキ共に語ったモンがいくつかあるから、ネタが欲しいならそいつらに聞け」
「そんな
射命丸のその言葉に四ツ谷は眉根を寄せた。
「……お前、分かってて言ってんのか?俺が『最恐の怪談』をやったらどうなるかぐらい知ってるだろ?」
「それは『条件』がそろえばの話ですよね?ならそれに気をつければ問題ないじゃないですか」
「そりゃそうだが――」
「――それに」
射命丸は四ツ谷に顔をズイッと近づけると続けて言った。
「……あなたは他人に止められても、ひたすらに我が道を行く存在です。私には分かります。名前でも、
「…………」
それを聞いた四ツ谷は沈黙し、それと同時に射命丸は四ツ谷から顔を離す。
そしてまた陽気に笑って見せると、再び口を開いた。
「……それに何もタダとは申しませんよ?私のほうからも情報を提供させていただきます。今貴方が欲しいのはズバリ、あの人間の少女――薊ちゃんでしたか?彼女に付きまとっている男の素性ではないでしょうか?」
「!……知っているのか?」
「はい♪その情報と交換で手を打つのはどうでしょうか?」
射命丸のその言葉に四ツ谷は考える素振りを見せる。そしてしばしの沈黙後に口を開いた。
「……正直な所、俺も新しい『最恐の怪談』をやりたい。……あの賢者や巫女の事とか関係無くな。……だが……それを抜きにしても、
「……え?どう言うことですか?」
それに問いかけたのは射命丸ではなく、そばで二人の会話を聞いていた小傘であった。
射命丸も小首をかしげる。
そんな二人を見て、四ツ谷は「簡単な事だ」と言って続けて口を開いた。
「――前回行った『折り畳み入道』な……実はあれ、
「「ええっ!?」」
四ツ谷のその言葉に、小傘と射命丸は同時に驚きの声を上げた。
それにかまわず、四ツ谷は小傘に問いかけた。
「小傘。俺が怪談を語った後、毎回何をしていたか覚えてるか?」
「え?……えっと、両手を鳴らして、題目の怪談の名前を言った後、『これにて、お
そこまで言った小傘ははたと気付く。それを見た四ツ谷も「そうだ」と言って口を開く。
「『折り畳み入道』の怪談だけ、俺は話の締めをやってない。……いや、
「あややや~……」
少し苛立たしげに響く四ツ谷に、射命丸も少し気まずそうにそっぽを向いた。
何せ自分もその『賢者共』の中に入っていたのだから。
いや実際は四ツ谷捕縛のその時、射命丸は藍に捕まった四ツ谷の写真を取ってただけで何もしていなかったのだが、紫たちと一緒に登場し、四ツ谷を助けるそぶりもしなかったので、四ツ谷からして見れば、紫たちの仲間、すなわち
「……でも怪談の内容自体はもう終わってるんですよね?じゃあもういいんじゃ……」
「そうはいくか」
小傘のその言葉に、四ツ谷はやや強い口調で返し、続けて言った。
「小傘。語り手が決してやってはならない
「そ、そうなんですか……?」
あまり見たことの無い四ツ谷のその険しい顔での主張に、小傘は少したじろきながらそう呟いた。
それを見た射命丸はため息をついて四ツ谷に声をかける。
「……ではまず、『折り畳み入道』の怪談を終わらせる所から始めなければなりませんね」
「だな。……まあ近いうちに
「……む~、分かりました。そうさせていただきます」
「シシッ、そうしろ。なんなら、
「ほんとですか!?よっしゃあ!!」
四ツ谷の言葉に射命丸はガッツポーズを取る。
それを見て、今度は四ツ谷が射命丸に問いかけた。
「さて……、今度はお前の持ってる情報を洗いざらい吐いてもらおうか」
「わっかりました!何でも聞いてください♪」
「……前もって言っとくが、情報に嘘偽りは混ぜるなよ?事実が捻じ曲がるからな」
「そーんな事はしませんよ!私は新聞記者ですよ?情報が命だというのにそんなことするわけないじゃないですか」
心外だと言わんばかりに腰に手を当てて胸を張る射命丸に対し四ツ谷はげんなりとした表情で言う。
「よく言う。お前の書いた新聞を読んだが、素人目でも気付きやすいゴシップ新聞だったぞ?しかも、その内容の中に何割かの
「はっはっは!それが我が『文々。新聞』の
「……その受け取り方が最悪な場合、その読者が
「考えたことはありますよ?でもそれを変えるつもりは毛頭ありません。それが私のやり方であり、
「――例えそんな事になったとしても、それはその方が
射命丸がそう言って、その場に沈黙が降りる――。
四ツ谷と射命丸はしばしお互いの視線を交わしていたが、次の瞬間ため息と共に四ツ谷が口を開いた。
「なるほどな……。確かに俺とお前は
「……でしょ?」
そう言って射命丸は笑って見せる。その眼は決して笑ってはいなかったが……。
それを見た四ツ谷は再度ため息をつくと、真剣な眼で射命丸に声をかける。
「……それじゃあ話せ。お前の持っている
「はい♪」
笑顔を顔に貼り付けたまま、射命丸は元気良くそう答えた――。
ネタは豊富に考えてあるのに、それを文章に起こすのはどうにも苦手な自分です。
ですがそれでも見てくださっている皆々様には深く感謝しています。