四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
庄三は四ツ谷の怪談による()()を無視し、箱を開けてしまう――。


其ノ七 (終)

「……ぅ……ん…………?」

 

朝の日の光に当てられ、薊は目を覚ました。

気だるげに体をゆっくりと起こし、周囲を見回す。

 

「……あれ…………?」

 

自分が今いる場所がどこか理解したと同時に薊は首をかしげた。

そこは四ツ谷の長屋であった――。

そこで薊は襦袢(じゅばん)姿で四ツ谷の布団の中で眠っていたのである。

でもそんなはずは無いと、薊は内心動揺する。

自分は昨日確かにこの長屋を出て、自分の家に帰ろうとしていたのだから……。

しかし、その家に帰っている時の記憶が途中からスッパリと彼女の中から消えうせていたのである。

幸か不幸か、彼女は庄三に襲われる直前からそれ以降の記憶を綺麗さっぱり失っていたのであった――。

だが薊本人にして見れば、それでも不安は拭い切れていなかった。

無理も無い。この長屋を出て家へ帰っていたはずなのに、次の瞬間にはその長屋で眼を覚ましていたのだから、動揺もするだろう。

纏っている少し乱れた襦袢を直し、自分の身体をぎゅっと抱きしめて小さく震える始める薊であったが、唐突にカタッという音が小さく部屋に響いた。

薊はビクッとなって音のした方へ眼を向ける。

そこには背負子(しょいこ)にくくり付けられた木箱が合った。

それは昨日、帰る直前の薊に()()()()()()()()()()()であった――。

その時四ツ谷はこう言っていた。

 

『……特別給金(ボーナス)だ。その中には反物と玩具が多く入っている。……母親と妹にプレゼントしな……』

 

普段の四ツ谷ならあまりやらない行動であったが、疑う事を知らない薊は喜んでそれを受け取ったのだった――。

その木箱の蓋が少しだけ持ち上がっており、そこから金色の双眸が顔を覗かせていた。

普通の人間なら驚愕していただろうが、薊はその眼の持ち主をよく知っていたため、それほど驚かず、四つん這いになって布団から出てその木箱に近づいた。

そして木箱の前でペタンと座ると、その眼の持ち主――折り畳み入道に恐る恐る声をかけた。

 

「……あ、あの……、折り畳み入道さん……私、どうしてここで寝ていたのでしょうか……?昨日は家に帰ったはずなのに……。何か知りませんか……?」

 

そう問いかける薊に対し、折り畳み入道は小さくはこの中から首を振った。

「知らない」という答えだと理解した薊は「そうですか……」と呟いて俯いた。

彼女の中で不安が次第に大きくなっていく。しかしそれは直ぐに解消される事となった。

何を思ったのか折り畳み入道は、箱の中から巨大な自分の腕を片方だけ出すと、その大きな手のひらで薊の頭をポンポンと優しく撫でたのだった――。

突然の事に薊は一瞬驚くも、直ぐに彼女は折り畳み入道のその行動を快く受け入れていた――。

何故だろうか?今自分の頭を撫でている目の前のモノは人ではない異形だというのに、薊にはそれが嫌悪所か逆に心地よく思えるモノだったのだ――。

 

「……えへへへ……」

 

自然と笑みもこぼれ、いつの間にか薊の中から不安は跡形もなく消え去っていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから丸一日たった翌日の早朝――。

人里の人々が起き出して来る時間帯、大通りの脇にある小さな路地の物陰に、壁に背中を預けて四肢を投げ出し、力なく座り込んでいる男の姿があった――。

庄三だった。だがその姿は浮浪者だった時よりもさらに酷い有様になっていた。

伸びに伸びていた髭や髪は一日のうちに黒から白へと変わり果て、開けっ放しになっている口からは涎を垂らし、眼も完全に焦点を失ってギョロギョロと彷徨っていた――。

たった一日のうちに数十年分老け込んだ彼は、もはや完全に廃人と化していたのであった――。

そんな庄三に近づく三つの影があった。

それは小傘、射命丸、そして四ツ谷の三人であった。

小傘は四ツ谷の付き添いに、射命丸はスクープのために四ツ谷について来ていた。そして変わり果てた庄三を目にした瞬間、すぐさまカメラを取り出しその光景を写真に収めていった。

そして最後に四ツ谷は()()()()()()()()()()()()、庄三に近づく。

四ツ谷が前に立ったのにも関わらず、少しの反応も見せない庄三であったが、構わず四ツ谷は口を開いた。

 

「……あの時、蕎麦屋で語った怪談はな……()()()()()()()()()だったんだよ……。アンタのようなタイプは状況によってその行動が単調になりやすいからな……。薊を一人にすればどうなるかくらい手に取るように分かったよ……」

 

そこまで言っても庄三はわずかの反応も見せなかった。もはや完全に彼の精神は破綻していたのである――。

彼を恐怖のどん底に叩き落した折り畳み入道によって――。

だがそれでも構わず四ツ谷は言葉を続けた。

 

「……あそこで俺の怪談に込められた意図に気付き、箱を開けずにそのまま立ち去ってくれれば、俺も深追いはしなかったんだがなぁ……。……だが、アンタはそれを無視して開いてしまった……。決して開けてはならない、(パンドラ)を、な……」

 

そこまで言った四ツ谷はハアとため息をついて頭をガシガシと掻いた。

そして庄三に背中を向けると、最後に庄三に向けてこう響いた――。

 

「……だが、それでもアンタに対して一つだけ感謝している事がある……。……これで俺も、ようやくこの怪談に終止符が打てる――」

 

 

 

 

「――また新しい『最恐の怪談』を創ることができる……」

 

 

 

 

そう言い残すと、四ツ谷は写真を取り終わった射命丸と子傘を連れて早々に路地から去っていった――。

庄三は終始無言を通していた。いや、もはや彼には四ツ谷の声すら、耳に入ってはいなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大通りを歩く四ツ谷たち三人の脇を何人かの里の民衆が通り過ぎていった――。

どうやらさっきまで会っていた庄三が他の人間によって発見され、騒ぎになり始めているようであった――。

だが四ツ谷たちはをそれに気にも留めず、歩き続ける。

鼻歌交じりに射命丸は新しい新聞を作る為にメモに文字を走らせている。

それを横目に見ながら小傘は先頭を歩く四ツ谷に声をかけた。

 

「まったく師匠。今回は本当に文句が言いたくてたまりません。薊ちゃん本当に危なかったんですからね?」

「……わかってるって、その事に関しちゃ本当に悪かったって思ってるよ。これからちょっとずつだが、薊には今回の埋め合わせをやっていくつもりだ……」

 

そう言ってバツが悪そうに四ツ谷は空を見上げた。

雲一つない朝の空は果てしなく広がっており、息を吸うと清々しい気分になりそうだった。

四ツ谷は気分を変えるようにして一度深呼吸をすると、独り言を響いていた――。

 

「――かくして人里で猛威を振るっていた悪徳親子は消え去り……。『折り畳み入道』は一人の人間の少女と種族の垣根を越えた絆を結んだ、か……。なんとも王道的なハナシじゃないか……」

 

小さく笑みを浮かべ、その澄んだ()()()に向かって四ツ谷は高々に手拍子を打った――。

 

 

 

 

 

「『妖怪、折り畳み入道』……()()()()()()()、これにて……お(しま)い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は後日談となる――。

 

民衆によって発見された庄三は早々に永遠亭に運ばれ、父親である半兵衛同様、精神科へと入れられた。

しかし永遠亭の唯一の薬師であり、医者でもある八意永琳(やごころえいりん)は彼ら親子を治す気は毛頭なかった――。

彼ら親子の悪行は彼女の耳にも届いていたのだ。それ故彼女は二人を治すよりも新薬開発のための()()()()()としてここで生かし続けたほうが利があると考え、彼らを入院治療と称して永遠亭に監禁したのだった――。

 

そしてそれと同時期、人里で木箱をくくり付けた背負子を背負った薊をよく見かけるようになった。

何も知らない人が見れば何かの荷物を運んでいるだけだと思うのだろうが、彼女と親しい者たちは知っていた――。

その背負っている木箱の中に人ではない異形が潜んでおり、そのモノと薊はコンビを組んでよく行動を共にしているのだという事を……。

 

彼女と()のモノがこれからどういった運命を辿るのかは……それはまた別の噺である――。




『折り畳み入道』完結です。
次から新しい語が始まります。
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