四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。
人里に入った四ツ谷と小傘は怪談を始めるための準備に取り掛かる。


其ノ三

人里の中心部にある広場――。

夕方となりもうすぐ夜になるという時刻ではあれど、そこにはまだたくさんの人間がいた。

未だ仕事中の者。仕事が終わり帰ろうとする者。夕飯の支度に取り組む者。そして遊びに夢中になって時が立つのを忘れている子供たち――。

そんな者たちのいる広場に今――一つの異物が入り込む。

自然な流れでゆっくりと広場に入ってきたそれは、誰の眼に留まることなく、誰の意識に留まることもなく、真っ直ぐに広場の中央に立つと、両腕を大きく上げて広場全体に大きく声を響かせた。

 

「さてお立会い!!これからお出しするのは身の毛もよだつ怪談話!忙しい方もそうでない方もちょっと脚を止めまして、私の(ハナシ)に耳を傾けてもらえればこれ幸いです!お代は入りません。語るお話も一話のみ!決して長くはありませんので皆々様には損は全くありません!」

 

その声に広場にいた全員がその声の持ち主に眼を向けた。

どこからいつ現れたのか広場の中央に一人の男が立っていた。

黒っぽい着物になぜか腹巻を巻いた長身の男は怪しげな眼光をその眼に携え、広場にいる人たちを一望した。

興味を持ったのかまず遊んでいた子供たちが男の下に駆け寄った。

続いて時間に余裕がある者たちや仕事が終わったばかりの者たち、最後に仕事中にもかかわらず興味本位のみでやって来た者がその場に集まった。

しかし興味を全く持たず、そそくさと広場を去っていく者たちもいたが、それでも五十人近くの人間がその男――四ツ谷文太郎の下に集まった。

群衆の中から誰かが声を上げる。

 

「本当にタダなのかい?」

「ええ本当です。皆々様にはただ静かに私の怪談を聞いてもらえれば十分です」

「言っとくが俺たちはちょっとやそっとじゃ怖がらねえぞ?ここは幻想郷だ。人里の外じゃ妖怪どもがうじゃうじゃいやがる。それ故子供から大人まで肝の太い奴らが多いんだぜ?」

 

群衆の一人が言ったその言葉に四ツ谷は「それはそうだろう」と心の中で呟いた。

こんな魑魅魍魎がひしめく世界に囲まれるようにして人間が集落を築いて生きてるんだ。自然と度胸がつくのは当たり前だと言える。

しかしその反面、超常現象や非現実的なことをすんなりと受け入れてしまう傾向があることも四ツ谷はこの一日のうちに気付いていた。

四ツ谷はその問いににやりと笑うと、口を開く。

 

「その点はご心配なく。これから私が語る怪談は『最恐の怪談』。心の奥底に刻み付けるような最上級の恐怖噺でございます」

「へぇ……そんなに怖いのかい?」

「はい。決して時間の無駄にはならないかと――。あ、そうだ。噺を始める前に皆様の中に心臓が悪い方はいらっしゃいませんか?もし私の噺を聞いたせいでショックで心臓が止まってしまい死んでしまったとしても、私は責任をもてませんので、そういった方がいるのであれば、速やかにこの場を離れることをお勧めいたします」

 

そう言って四ツ谷は群集を端から端まで眺めた。見てみる限りその場を離れようとする者は一人もいない。

どうやら心臓の悪いものは今この場にはいないな、と四ツ谷は内心でホッとした。

そしてすぐさま気を引き締めると、群集全員の耳に届くような大きな声で幕開けを宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

「――さァ、語っていきましょう。貴方たちのための怪談を!!!」

 

 

 

 

 

 

パンッ……!

 

 

 

 

四ツ谷の両手が打ち鳴らされ、その場がシンと静まり返る。

 

 

 

 

辺りには風の音と、近くに生える木々のザワザワという木の葉の擦れる音しかしない。

 

 

 

 

その中をゆっくりと四ツ谷の声が流れ始めた――。

 

 

 

「お題目は『妖怪、赤染傘』」

 

 

 

その名を聞いて、群衆の何人かが首をひねる。そのような名前の妖怪なんて見たことはおろか聞いたこともなかったからだ。

しかしそれにかまわず四ツ谷の怪談は続く――。

 

 

 

「……ある一人の女の子がいました。その娘は赤い色が大好きで赤い物なら何でも集めていました。赤い着物に赤い履物、赤い髪飾りに赤い手鏡などなど、それこそ自室を赤一色で埋め尽くすほどの執着振りでした。……中でも彼女のお気に入りだったのが母親に買ってもらった赤い傘でした。彼女は肌身離さずその傘を持ち歩き、雨の降らない日でもそれを持って友達と遊んでいたりしました……」

 

 

 

その噺を聞きながらその場にいた何人かがゾッとした。

彼の噺の内容にではない。()()()()()()()()、だ。

その語り声のリズム・音程・声量そして言葉はまるで催眠術のように直接脳の中に響いてくるようだったからだ。

 

 

 

「……ある日、少女の友達が少女の持つ赤い傘を一日だけ貸してほしい、と少女におねだりしたのです。友達は、彼女があんまり赤い傘を大事にするものだから、うらやましく思ってしまったのです。……最初こそ断っていた少女でしたが、最後には根負けして、友達に一日だけその赤い傘を貸したのでした」

 

 

 

ここで四ツ谷は幾分か声のトーンを落とす。

 

 

 

「……その日の夜のことです。少女の友達は少女から借りた赤い傘を持ってはしゃいでいましたが……それが元で転んでしまい、持っていた赤い傘を半ばから折ってしまったのです」

 

 

 

ボキリ……!とまるで木の棒を折るような仕草をしながら四ツ谷の声が響いてゆく。

 

 

 

「……自分がとんでもないことをしたと気付いた友達は、自分が持っている傘を少女にあげて許してもらおうと考えました。翌日、少女の友達は少女に赤い傘を壊してしまったことを謝罪し、代わりに自分の傘を少女に差し出したのです。その傘は真っ白な傘で少女の赤い傘とはまるで違うものでした。……怒った少女は友達からその傘を奪い取り、その傘で友達に殴りかかりました。それに恐怖した友達は少女から逃げます。それを見た少女は恐ろしい形相で傘を振り回しながら友達を追いかけます。しかし――」

 

 

 

 

 

 

「ガアンッ……!!!」と突然四ツ谷が声を上げ、その場にいた全員がビクリと肩を震わせる。

 

 

 

 

 

 

「……追いかけている最中、少女は走ってきた荷車に跳ね飛ばされてしまったのです。少女は即死、体中が血まみれとなり、少女を中心に赤い水たまりが広がりました。そして、彼女の握っていた白い傘も、彼女の血に染め上げられ真っ赤に色づいたのでした」

 

 

 

 

 

 

一呼吸置いて四ツ谷は「それからの事です……」と続きを話し始める。

 

 

 

 

 

「少女が死んだその近辺を白い傘を持った血まみれの少女が現れるようになったのは……。妖怪となった血まみれの少女は、手にした包丁で出会う人全てを片っ端から惨殺し、血まみれとなったその死体に白い傘をすりつけ、傘を真っ赤に染め上げると喜びながらどこへともなく消えていくのです。……今も彼女は行く当てもなくさ迷いながら、眼に留まった人間に近づいて、決まり文句を響きながら相手に包丁を振りかぶります――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタノ赤チョウダアアアアアアァァァァイッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キャーーーーーーーッ!!!!』

 

四ツ谷の叫び声に群集の、主に女性陣から悲鳴が上がる。

そして一呼吸置いて今度はその中の一人の男が声を上げた。

 

「は、はは……確かに真に迫っていたがまだまだだな。そんな怪談じゃ俺は驚かないぜ」

 

そういう男の膝がわずかに笑っていたのを四ツ谷は確かに目撃していた。

そして言い終わるや否や男はきびすを返す。

 

「怪談はもう終わりみたいだな?じゃあ俺はもう帰らせてもらうぜ?」

 

そう言って立ち去ろうとする男を先頭に、他の里人たちも帰ろうと動き始める。

――しかし、そこに四ツ谷の声がかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を言っているのです?怪談は、まだ終わってはいませんよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

その言葉を聴いてその場にいた全員の足が止まる。そして振り返り、四ツ谷を見た。

四ツ谷のその顔は不気味に歪められ、その顔を見た何人かが「ひっ!」と声を漏らした。

それにかまわず四ツ谷は続けて言う。

 

「『妖怪、赤染傘』……この噺には――()()()()()()()()。……本番はまだ始まってすらいない……真なる恐怖も、まだ、生まれてすらいない」

 

そう言って四ツ谷は再びパンッと両手を打ち鳴らし、人々に向かって静かに語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さァ、はじめましょう。『妖怪、赤染傘』……その最後の物語を……!!」

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