四ツ谷は義兵に怪談を語った――。
真夜中に唐突に轟いた悲鳴に近所の住人たちは何事かと家から飛び出した――。
そして散策して直ぐに通りの真ん中で気を失って倒れている義兵の姿を発見したのだった――。
白目をむき、口からは泡を吐き、その上脚の間から大きな水溜りを作ってぴくぴくと
その光景を少し離れた物陰から四ツ谷は見つめていた。
「ふぅ……、一時はどうなるかと思ったが、何とか終わったな」
「『何とか終わったな』じゃないわよ!どう言うことなのよコレ!?」
ため息混じりに響く四ツ谷の背後からそう声が上がり、四ツ谷は振り向いた。
そこには先ほど、義兵に鎌を突きつけていた黒い布を纏ったモノが立っていた。
そのモノが顔を隠している部分の布を無造作に剥ぎ取る。そこから現れたのは、血のように濃い紅――ではなく、淡い桜色の髪の毛を持ち、頭に二つの団子を作った茨木華扇のブスッとした顔であった――。
何処から調達したのか、
「何で私があの死神の
「仕方ねーだろ?主役がいきなりどっか行ってしまって、この場であいつに一番容姿が近かったのはお前だったんだからな。つーか、文句ならあの死神に言ってくれ」
ため息交じりに四ツ谷はそう響いた。
そもそも今回の怪談は
しかし、主役不在で怪談を行うという異例の事態は四ツ谷自身、前代未聞であったため、彼自身も小町には文句が山のようにあった。
「……まったく。今回の怪談は予想外の連発だった。『聞き手』には一杯食わされるし、主役は蒸発するしでこっちも散々だぞまったく……!」
今後の教訓として思案していくべきだな。と一人うんうんと頷く四ツ谷に、華扇はこれ以上文句を言っても無駄だなと深いため息をつく。
そして今一度視線を四ツ谷に戻すと今度は真面目な声で彼に問いかけた。
「ねぇ、あの義兵って男、私が近づくまで
「いんや。俺はただ怪談を語っただけだ。……金縛りだの幻術だのそう言った類のイロハすら知らねーよ」
肩をすくめてそう言う四ツ谷に、華扇は「えっ!?」と目を見開いた。
「で、でも義兵は確かに
「さァねェ……。大方自分が殺した奴らの幻でも見てしまったんじゃないか……?だが、もしそうだとしたら、奴の心の中にも多少なりとも罪悪感が燻っていたかもしれないなぁ……。じゃなきゃ、俺の語りでもそんなモノは見えやしないさ。ヒッヒッヒ!」
意味深にそう不気味に笑う四ツ谷に華扇は納得できないと言った風に眉根を寄せた。
しかし直ぐに考える事を放棄したのか、華扇は再びため息をつくと、片手に持った鎌を弄びながら独り言のように呟いた。
「……とりあえず今はこの埋め合わせを
「ああ、それに関しては俺も同感だ。散々俺の
そう言って振り返った四ツ谷の視線の先、民家の陰に隠れてこちらの様子を伺う赤い髪の女死神の姿があった。
気付かれているとは思わなかったのか、肩をビクリと
「……き、気付いてたのかい!?」
「おかげさまで。怪異になったことで多少なりとも気配に敏感な体質になったモンでね。ヒッヒッヒ!」
小町の問いに軽い口調で答える四ツ谷。しかしその目は全く笑っておらず、獲物を見つけたような笑みを顔に貼り付け、ゆっくりとした足取りで小町に近づく。それは四ツ谷の後ろにいる華扇も同じであった。
しかしそれとは反対に小町は引きつった笑みを浮かべてじりじりと二人から距離を取ろうと後ずさる。
「……わ、悪かったよ!謝るから今回の事は勘弁しておくれ!」
「あらあら、それで済ませようとするなんて、少し虫が良すぎるんじゃなーい?」
満面の笑みで小町に近づきながら華扇はそう響いた。
ああ、こりゃやばい。そう感じた小町は能力を使ってこの場から逃げようと踵を返すも、その動きが唐突に止まる。
小町の気配を察知していたのか、彼女の直ぐそば、民家の隅に置かれていた大きな木箱から、唐突に金小僧と折り畳み入道、そして小傘が飛び出し、小町の行く手を遮ったのだ。
「のわっ!??」
驚いて反射的にその場で硬直する小町。だがその一瞬の隙が命取りとなった。
彼女の両肩を背後からそれぞれ四ツ谷と華扇がガッシリと掴む。
ビクリと大きく反応した後、小町は血の気の引いた顔をギギギッという音が鳴りそうな動きで後ろへと向ける。
そんな彼女に四ツ谷と華扇が冷酷に響いた。
「覚悟は――」
「――できてるわよね?」
夜の人里に若い女の悲鳴が木霊した――。
同じ頃、人里の上空で事の成り行きを静かに見ていた者がいた。八雲紫である――。
眼下で地面に正座させた小町を華扇と共に説教する四ツ谷を見ながら、紫は小さく彼に拍手を送った。
「やんややんや。今回も素晴らしい出し物でしたわよ?四ツ谷文太郎さん」
そんな彼女の背後に緑の髪を持った小柄な人影が姿を現す。紫は別段驚く事も無くその者に声をかけた。
「……やはり、あなた様も見に来てらっしゃったのですね。四季様」
「……なにぶん私の部下の問題ですからね。気にならないわけはありません」
紫に声をかけられた四季映姫はつれなくそう答えた。
四ツ谷が薊の家を出た時、小傘が感じた複数の気配。それは華扇とこの二人の気配だったのである。
映姫は紫の横に並ぶと彼女と同じく眼下に眼を向けながら口を開いた。
「……今回の四ツ谷文太郎の『最恐の怪談』……その題材が『死神』ということは恐らく……」
「ええ、あの義兵という老人から出た『畏れ』は全て『死神』に吸収される事となるでしょうね」
紫のその言葉に映姫はホッと胸をなでおろす。
「……だとしたら少し安心しました。何せこの幻想郷の管轄にいる死神は数多くいますからね。恐らく義兵の『畏れ』は分散されて一人一人に吸収されると思いますが、それも微々たるものでしょう」
「あらあら残念♪今度は一体どんな怪異が生まれるか期待していましたのに♪」
「……心にも無い事を。私の前で嘘をつくとはいい度胸です」
鋭い目で映姫は紫を睨みつけようと、目線を横に移動させる。しかしそこには既に紫の姿は影も形も無かった。
しかし、何処からとも無く紫の声が映姫に語りかける。
「今日の昼間の頼み事……忘れてはいませんわよね?『今回の怪談が新しい怪異を生み出す可能性があったとしても決して手出しはしないでほしい』と言う……」
「…………」
映姫は静かに目を伏せた。彼女は紫に今回の件は絶対に手を出さぬよう釘を刺していたのだ。
全ては長年
その為なら、例え今回の怪談でまた新たな怪異が生まれるという責任を背負うのも覚悟の上で――。
「結果的に怪異は生まれませんでしたが、あなた様が私に貸しを一つ作ったことは紛れも無い事実。いずれ返してもらうつもりですのでゆめゆめお忘れ無きように……」
そう言い残すと紫の気配は完全にその場から消え失せたのであった――。
一人残された映姫は疲れたようなため息を一つつく――。
「予想以上に……高い代償だったかもしれませんね……」
そう呟いて映姫は何とも複雑な顔を浮かべながら、暗雲が多く漂う夜空を見上げるのであった――。
ようやくこの話も次が最後です。
この話を書き始めた当時はここまで話と時間が長くなるとは思いもよりませんでした。
ですがやっとここまで来れて自分も嬉しい限りです。
あと一つ、お知らせです。
今回の第四幕は何かと矛盾が目立つ所があったので、この話の『其ノ二』で補整のための文章を少し書き足しましたので、良ければ見ていって下さい。