博麗神社の一室にて、二人の少女がちゃぶ台を挟んで神妙な顔を突き合わせて座っていた。霊夢と魔理沙である。
少々、重い空気を纏わせながら霊夢が口を開いた。
「『とおりゃんせ』?」
「そう、『とおりゃんせ』だぜ霊夢」
魔理沙が頷き、数秒の沈黙の後、再び霊夢が口を開く。
「ふ~ん、真夜中に『とおりゃんせ』の歌が聞こえてしまうと。その家の七歳の子供が神隠しにあう。ねぇ……」
「ああ。人里は今その噂で持ちきりだ。特に子供たちの間でその噂が浸透しているみたいだぜ?」
「子供はそういった事を鵜呑みにしやすいしねぇ~」
のん気な口調でそう響く霊夢であったが、その顔はうんざり顔であった。
「またか」と言いたげな表情でちゃぶ台に頬杖を付く。
それに構わず魔理沙は霊夢に声をかけた。
「なぁ霊夢。『真夜中のとおりゃんせ』なんて、今まで聞いたことあったか?」
「ないわね」
「だよな?私もだ」
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。二人とももう分かっているのだ。この妙な噂の出所がどこからかということに。
二人の頭の中には「シシシッ!」と不気味に、それでいて腹が立つような笑いを浮かべる一人の男の顔が浮かんでいた。
「……霊夢。これってやっぱ……」
魔理沙のその言葉に霊夢はため息交じりに答えた。
「十中八九、あの怪談馬鹿の仕業でしょうね。今度は一体何企んでるのかしら?」
「紫たちが密かにあの怪談馬鹿を監視しているはずだよな?ったく、あっちもあっちで何やってるんだ?職務怠慢じゃないか」
霊夢は首謀者である男――四ツ谷文太郎を。魔理沙はその男を監視しているはずの八雲一家へとそれぞれ愚痴をこぼした。
余談ではあるが、霊夢たちの間では四ツ谷はもはや『怪談馬鹿』という呼び名で定着していた。
少々不憫に思えるが、呼ばれている本人が怪談に異常な執着を見せているのは周知の事実なため、自業自得ともいえる。
「はぁ~。面倒くさいけど……これは少し調べてみたほうがよさそうね」
今日、ひときわ大きなため息を吐いた霊夢はすっくと立ち上がった。
「留守みたいだな」
人里、そこにある四ツ谷の住む長屋の前に到着した魔理沙は、格子窓から中の様子を伺い、霊夢にそう言った。
霊夢も魔理沙の横に立って、格子窓から四ツ谷の家の中をのぞく。そこは確かにもぬけの殻で、人の気配すらなかった。しかし――。
「……逃げたわね」
「何?」
ポツリとそう響いた霊夢に、魔理沙は疑問の声を漏らす。
霊夢は無言で自らのアゴをしゃくり、室内のある一点を見るように魔理沙に促した。
そこにはちゃぶ台が置かれており、その上には複数の湯飲みが置かれていた。
しかもその湯飲みのほとんどがまだ
「さっきまでここにあいつらがいたって証拠よ。おそらく小傘あたりが私たちがここに来る事を察知して、早々にとんずらこいたんだと思うわ」
「だが今はまだ昼間だぜ?人里の真ん中で、異形丸出しの金小僧とか連れてどうやって逃げ……折り畳み入道か」
魔理沙のその言葉に霊夢は「正解」と短く答えた。
そして小さくため息をつくと続けて言う。
「……恐らく私たちがここで張り込んでてもあいつ等が帰って来ることはないわ。ここは一旦引き上げましょ」
「そうするしかないか……」
魔理沙も早々に霊夢に同意して、二人は四ツ谷の長屋から離れていった。
しばらく歩いた所で魔理沙は霊夢に声をかける。
「それで?これからどうするんだ?」
「あの怪談馬鹿の事に関しては今のところ何の考えも浮かばないわね。とりあえずは、今日の夕餉の買出しをして様子見ね」
その言葉に魔理沙は大きく反応し、霊夢の前に回りこむ。
「晩飯の買出しか?だったらさ。私もそのお
「あん?何で私があんたに夕飯をおごらなきゃならないのよ?」
そう言った霊夢の前で魔理沙はパンと両手をあわせ、深々と頭を下げた。
「頼む!今、懐具合が洒落にならないほどピンチなんだ。大親友の危機だと思って少しくらい情けをかけてくれてもバチは当たらんだろ?」
「誰が大親友よ。バチも何も私があんたを養って何か良い事があるなんて思えないんだけど?」
「なぁいいだろ?今日ぐらい。お前も金小僧のおかげで最近は懐が潤ってるって話じゃないか。一人ぐらい増えた所で痛くもかゆくもないはずだろ?」
魔理沙の必死とも言える懇願に霊夢は数秒の沈黙の後、ため息と共に折れてしまった。
「……しょうがないわね。今回だけよ?」
霊夢のその言葉に魔理沙は「よっしゃ!」とガッツポーズを作る。それと同時に続けて霊夢が口を開く。
「いい機会だから、今晩は豪勢に行こうかしら?いつもならそうそう食べられないモノを一杯買い込んで」
「マジか!?太っ腹だな!!」
霊夢のその提案に魔理沙は飛び上がらんばかりに大いに喜んだ。そうこうしている内に市場に着いた二人はさっそく物色を開始する。
しばらく買い物をしていた時、霊夢の脳裏にふと疑問がよぎり、それを魔理沙に向けて口に出していた。
「そう言えば魔理沙。あんた夕飯の事、アリスには相談しなかったの?あんたの事だから、こういうことを真っ先に相談しそうなのはあいつだど思ったんだけど?」
霊夢の言うアリスとは魔法の森に住んでいる、人形遣いの魔法使い、アリス・マーガトロイドのことである。彼女と魔理沙、そして霊夢は比較的仲が良く、良く行動を共にする事も多いのだが、魔理沙はどちらかというと霊夢よりもアリスのほうが親しみが深い。
その大きな理由は彼女たちの住んでいる家の位置関係に他ならないだろう。
霊夢の住む博麗神社は幻想郷の最東端に位置しており、魔理沙はアリス同様、魔法の森の中に住んでいる。
つまりはアリスの家は魔理沙の家のご近所さんと言えるのである。
それ故、魔理沙とアリスが出会う頻度は霊夢よりも多かった。
霊夢のその問いかけに、魔理沙は少々バツが悪そうに頭をガシガシとかいた。
「あー、実を言うと私もアリスにそのことを相談しようと、今朝あいつのとこ行ったんだよ。でもアリスのやつ何か野暮用があるからって断ってきてさぁ」
「野暮用?詳しくは聞かなかったの?」
「んー?そんなプライベートな事いちいち聞くほど私は無神経じゃないぜ?」
「どの口が言うか」と再び市場で物色し始めた魔理沙の背中にそう言おうとした。その瞬間であった――。
「ッ!!?」
何か言いようのない寒気を感じ、霊夢はバッと背後へ振り返る。
その視界に入るのは市場の通りを行きかう多くの里人たち。そのうちの一人に霊夢は無意識に目を留めた――。
通りをフラフラとした足取りで歩く若い女性、パッと見、二十代後半あたりのその女性は整った顔立ちとは裏腹に、その両目の真下にはっきりとした隈を作っており、どう見ても寝不足ですと言いたげな表情を顔に貼り付けていた。
ゆっくりとした足取りで目の前を横切っていくその女性に、霊夢はずんずんと歩み、近づいて行った――。
……あれからもう三日たつ。毎晩のように、『とおりゃんせ』が家の中で響きだし、その度に私は家中を走り回るハメになった。
歌声が響きだすと、家の部屋という部屋を見て周り、家の周囲にすら目を光らせた。
だが何処から歌声が響いているのか皆目件等つかずであった――。
しかも日を重ねるにつれ、その歌声が段々と大きくなっていっているのが分かる。
まるで得体の知らないナニカが、『とおりゃんせ』を歌いながら自分たちにゆっくりと近づいてきているような錯覚にすらおちいって来る。
精神と体力をすり減らしながらも、それでも私は清太を守る決心を固めて、今日も買出しをして家路に着こうとしていた。
そこへ背中から声がかけられる。
「……そこの人、ちょっと待ちなさい」
「……?」
力なく私は振り返ったが、呼び止めた人物の顔を見て一気に気を張り詰めた。
「み、巫女様!?」
幻想郷で知らぬ人はいない、博麗の巫女様がそこに立っていたのだ。
予想外の人物の呼びかけに、私は巫女様に向き直り、ピンと背筋を正す。
「こ、こんにちはです巫女様。……私に、何か……?」
私のその問いかけに、巫女様はハッキリとした口調で言う。
「貴女、
「!!?」
鋭い目で紡がれたその問いかけに、私は息が止まる思いであった。それに気付いていないのか、巫女様は続けて言う。
「貴女の今のその疲れきった姿も、それに関係してるんじゃない?……話して見なさい」
巫女様のその言葉に私は先日から聞こえてくる『とおりゃんせ』の事を言ってるのだと思った。解決してくれるのであればありがたい。私は内心安堵し、口を開きかけ――。
「…………」
直ぐに口を閉じた。
何故だろうか?最初こそ話してもいいだろうと思ってたのに、次の瞬間、私の中で何かが警鐘を鳴らし、その行動を妨害したのだ。
理由は分からない。ただ……ただ、巫女様に事の仔細を説明すれば、彼女はその調査の為に私の家にやって来る。そうなれば、清太とも顔を合わせる事になる。
何故だか分からないが、私は清太と巫女様を
急に黙り込む私を見て、巫女様は怪訝な表情を作る。
「どうしたの?」
「え、ぁ……その……」
要領を得ない私に巫女様は苛立たしげに眉根を寄せる。
「今貴女に憑いているモノはこの人里内で会ったのよね?だったらソレは今現在人里の中にいる事になるわ。得体の知れない危険度の高いモノを人里に居座らせるのは博麗の巫女として許す訳にはいかないのよ」
巫女様のその言葉に対しても、私は明確は答えを出す事はできなかった。
私の中で現在進行形で、『とおりゃんせ』を駆逐してほしいという願いと、巫女様に頼んではいけないという感情がせめぎあって、中々言葉として口に出せなかったのである。
だがその瞬間、行きかう人ごみの中から別の少女の声が私の耳に届いてきた。
「霊夢ぅー!何処行ったぁー!?デカイ肉買ったが、私金持ってないんだぁー!速くこっち戻って店員に金渡してくれぇー!」
その悲鳴にも似た声に巫女様は深々としたため息を吐いた。
「まったく魔理沙ったら……。いいわ、この話はまた後日するとしましょ?……その間は気休め程度だけど……」
そう言いながら巫女様は懐から一枚の護符を取り出し、それを私に差し出してきた。
「私の霊力を込めた退魔札よ。これを持ってればある程度の災厄から身を守ってくれるはずだから。――それじゃあね」
「あ……!」
一方的に巫女様がそう言い残すと、私に護符を押し付けてさっさと人ごみの中へ入り、去って行ってしまった。
私は手渡された護符を両手に持ったまましばらくの間、呆然と立ち尽くしていた――。
――そして、そんな真澄と霊夢のやり取りの一部始終を少しは離れた所から隠れて見ていた者がいた。
人里の寺子屋教師、上白沢慧音であった。
彼女は霊夢が去っていた後も、そのまま立ち尽くす真澄をただジッと見つめていた。
その瞳に一つの決意を携えて――。
前回の投稿話の所々を少々修正させていただきました。
加筆:申し訳ございません。今回の話でも、最後の方で文章を追加させていただきました。
最近こんな調子で加筆修正が多くて、皆々様には大変申し訳なく思っています。