今日も夜が来た。
就寝につこうと、今夜も私は清太を抱き寄せ、枕の下に包丁を忍ばせて横になる。
昼間、博麗の巫女様からもらった護符は寝室の隣の部屋、そこにある神棚に置いてある。
巫女様の強力な護符が今回はあるのだ。今夜が『とおりゃんせ』が来る最後の夜になるだろう。
私は神棚に祭られた護符に深い信頼を抱きながら、清太と共に深い眠りの中へと落ちていった――。
……。
…………。
………………。
どれくらい眠っただろうか。私は自然と真夜中に目が覚めてしまった。
最近いつもである。いつも夜中に何故だか目が覚め、そして――。
……とーりゃんせー……
……とーりゃんせー……
「っ!!!」
まただ!また、『とおりゃんせ』が聞こえてきた!!
しかも昨日よりもますます声が大きく部屋に響いてきている!!
私は布団を引っぺがし、枕の包丁を取り出すと、隣の部屋に飛び込んで神棚に置かれた巫女様の護符を引っつかみ、それを持って寝室に戻ると部屋の中央でそれを掲げたのだ。
これさえあればもう『とおりゃんせ』は消えるに違いない。私はそう確信していた。……だが、現実は非常にも私を馬鹿にしたように嘲笑う。
「……ど、どうして!?どうして消えないの!??」
どんなに護符を掲げて見せても『とおりゃんせ』が止む気配は一向にない。それどころか――。
「……お、おかあ、さ、ん……くるし、いよぉ……!!」
何故だが隣にいる清太が急に苦しみだしたのだ。清太が苦しみだすと共に、部屋に響く『とおりゃんせ』の声も大きくなっていく――。
……とおおおおぉぉぉぉぉーーーーーー……
……りゃんせええええぇぇぇぇぇーーーーーー……………!!!
……とおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーー……
……りゃんせええええぇぇぇぇぇーーーーーー…………!!!
……こおおぉぉぉぉーーーーこぉはぁどおおおぉぉぉこぉのぉぉぉ……
……ほぉそぉみぃちぃじゃああああぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!
「ひいぃぃぃ!!!???」
ビリビリと部屋全体が振動するほどの声量が、何処からか木霊する。
あまりの
その横で顔色を真っ青にした清太が両目を大きく見開いて苦しみ蹲る。
「……お、かぁ、さ、ん…………!!」
「いやっ!!もう嫌あああぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!」
私は大きくそう叫ぶと清太の手を掴んで家の外へと飛び出した。
真っ暗な人里の中を包丁と護符、そして清太を抱えて、私は目的もなくただ闇雲にひた走る。
もはや誰もが寝静まる時刻、周囲の民家からの明かりは一つも無く、出歩く人の影も皆無であった。しかし――。
「ヒッ、ひいぃぃぃ!!!」
『とおりゃんせ』が、『とおりゃんせ』の歌声が私と清太を後ろから追いかけてきていた。
「逃がしはしない!」そう叫んでいるかのように『とおりゃんせ』の歌声がおどろおどろしく響き渡り、着実に私たちに追いつこうとしているように段々とその声が近づいてくるのが分かった。
「いやああぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!」
夜の空に私は大きく悲鳴を響かせる。私は清太を抱え、死に物狂いでまだこの時間でも賑わっているであろう繁華街の方へと全力で走って行った――。
少し時間はさかのぼって、場所は博麗神社――。
昼間に高い食材や酒を買った霊夢と魔理沙は、それらを使って豪華な晩御飯を作り、二人だけの宴会を開いたのだった。
普段なら食べられないような料理や高い酒を飽きるほど飲み食いして舌鼓をうった二人は、満腹感と酒の余韻から早々に就寝についた(ちゃっかりと魔理沙は霊夢に泊めてもらった)。
布団を被って直ぐに爆睡する二人であったが、時刻が深夜を回った頃、ふいに霊夢がカッと両目を開けて飛び起き、自分が着ている寝巻きを脱ぎ捨て下着姿になると、すぐにいつも自分が着ている巫女服へと着替え始めた。
ガサガサと大きく音を立てて着替える霊夢の騒々しさに、隣で寝ていた魔理沙が枕を抱えてのっそりと上半身を起こして目覚めた。
「んぁ~……。どうしたんだ霊夢ぅ~?」
目を擦りながらそう響く魔理沙に、霊夢は端的に答える。
「嫌な予感がする。人里の方から……!」
険しい顔で着替えながらそう響いた霊夢に魔理沙もただならぬモノを感じ、一気に眠気を吹っ飛ばす。
「……待ってろ。直ぐに私も着替える……!!」
そう言って魔理沙も慌てて着替え始めた――。
月明かりが照らす夜の幻想郷の空を、霊夢と魔理沙が全速力で人里へと飛んでいく――。
そして、寝静まった民家が密集する場所へと二人は降り立つ。
すると直ぐに霊夢が口を開いた。
「魔理沙、何か歌声が聞こえない……?」
そう言われて魔理沙は耳をすまし、直ぐに答えた。
「ああ、微かに聞こえる……。これは……『とおりゃんせ』だぜ霊夢……!!」
「ええ、しかもこの声……聞き覚えがあるわね。……結構いい声してるじゃない、あの
そう呟きながら耳をすませる霊夢は、繁華街のある方へと指をさした。
「……あっち、繁華街の方へ向かってるわね」
霊夢がそう言った瞬間だった。唐突にその方向から――。
「いやああぁぁぁぁぁーーー………!!」
絹を裂くような女の悲鳴が小さく届いた。
「霊夢!」
「ええ!」
二人は頷きあい、悲鳴の上がった方へと飛び出そうとする。しかしそこで二人の前に唐突に現れる人影があった。
「待ってくれ!」
「お前は……慧音!?」
両手を広げて二人を止める人影――上白沢慧音に魔理沙は驚きの声を上げる。
霊夢は慧音のその行動に苛立たしげに眉根を寄せる。
「どきなさい。邪魔するならあんたから退治するわよ!」
「頼む霊夢。今回だけは……いや、少しの間だけで良い、動くのを待ってはくれないか……!」
慧音が必死に懇願するも、霊夢は首を縦には振らない。
「聞けない相談ね。……私の『勘』が警鐘を鳴らしてるのよ!あの『とおりゃんせ』が聞こえてくる方向に何か厄介なモノがいるって……!しかもあの先には繁華街があるわ。このままほっとくわけには行かない事ぐらいあんたでも分かるでしょ!?」
「分かっている!分かっているが、だが……!」
いまいちハッキリしない慧音の物言いに霊夢も段々と痺れを切らし始め、お祓い棒と札を取り出して構えを取ろうとし――。
「落ち着きなさい霊夢」
唐突に第三者の声がその場に響き、霊夢はその動きを止めた。
その声の持ち主は民家の影から現れ、慧音の横に立つ。
その者の姿を視界に納めた瞬間、魔理沙は再び驚きの声を上げた。
「お前……アリスッ!?」
そこには短めの金髪に青い瞳、赤いヘアバンドにケープを羽織り、青のロングスカートをはいた、まるで等身大の西洋人形のような少女――アリス・マーガトロイドがそこに佇んでいたのであった。
「な、何でアリスが……!?」
「……なるほど。この一件、アンタも一枚噛んでたってわけね。アリス」
予想外の人物の登場に魔理沙は動揺するも、横にいる霊夢は冷静に状況を見極めそう響いていた。
そんな霊夢に、アリスはため息混じりに呟く。
「噛んでるって言うよりも、巻き込まれたってクチかしら?慧音先生と
やれやれと肩をすくめたアリスだったが、直ぐに真剣な顔つきになり、続けて言う。
「霊夢、魔理沙。今回の一件は少々複雑でね。だからそれを解きほぐして解決するためにも、わざわざ『とおりゃんせ』なんて怪談話を人里に流したりする手間暇をかけたのよ。……まあ、あなたたちの事だから、理由を聞いたところで「そんなの関係ない」と言い張って問答無用で沈静化させるかもしれないけど、少しはこちらの苦労も分かってほしいものだわ」
少々愚痴っぽくそう言ったアリスの横で慧音が口を開く。
「霊夢、魔理沙。事情は全て説明する。だから、少し……少しだけで良い。私たちに時間をくれ、頼む……!!」
そう言って深々と慧音は頭を下げた。
まさかの慧音のその行動に霊夢と魔理沙は目を丸くして顔を見合わせる。
数秒の沈黙後、霊夢が深いため息をついて腕を組む。
「……一から十まで。全部きっちりと話して見なさい。一体何があったのか」
霊夢のその言葉に、顔を上げた慧音は苦しげな顔でポツリポツリと話し始めた――。
同じ頃、真澄は清太を抱えて繁華街へと走り続けていた――。
一向に背後から聞こえる『とおりゃんせ』も清太の苦しむ顔も止まず、焦りと恐怖だけが、真澄を支配していく。
近道をするために、雑木林の中に入り、繁華街を目指す。
やがて繁華街の明かりが大きくなり、もう直ぐ到着するという安心からか真澄は安堵の表情を見せるも、直ぐにそれは掻き消える事となる。
真澄たちの前に突如として一つの陰が立ちはだかったからだ。
突然の登場に真澄は自然と脚を止めてしまい、その陰を注視する。
そしてそれが以前見た事がある者だと認識すると真澄は声を漏らしていた。
「あ、貴方は……!!」
それは以前、真澄の家の近くで子供たち相手に『とおりゃんせ』を語っていた男であった。
長身に黒い髪、着物の上から腹巻を纏い、カラコロと下駄を鳴らすその男は、真澄たちの姿をその目に納めると、一度ゆっくりと目を閉じ、再び目を見開いて、真剣な顔で静かに声を響かせた――。
「さァ、語ってあげましょう。貴女の為の……怪談を……」
今回で表編は終了です。
次回から裏編に突入し、一体何が起こっていたのかその全容が明らかになっていきます。