四ツ谷は怪談『とおりゃんせ』を行うことを宣言する。
その日、四ツ谷たちは人里のあちこちに『とおりゃんせ』の噂を流し、最後に四ツ谷自身が、本命である
帰ってきた四ツ谷、小傘、薊を慧音と清一郎が向かえ、慧音が四ツ谷に声をかけた。
「首尾はどうだった?」
「とりあえず怪談の
「俺に……?」
話の途中で慧音から清一郎に視線を移し、四ツ谷がそう言い。清一郎はそれに首をかしげた。
四ツ谷は静かに口を開く。
「奥さんを助けるためにはまず奥さん自身の精神を
「……一体、何するつもりだ?」
「端的に言って『怖がらせる』。もちろん物理的な方法じゃなく間接的にだが」
はたから聞いていても、なんとも馬鹿げた要求であったが、それを言った当の本人が心底真剣な顔で言ってきたので誰も抗議の声を上げはしなかった。
頼まれた本人である清一郎自身も四ツ谷の気迫に飲まれてか怒る事もできず、ただ彼の視線を真正面から受け止めるだけであった。
永遠とも一瞬とも言える間をおいて、ようやく清一郎は口を開く。
「……それは、本当に必要な事なんだな?」
「ああ。じゃなきゃこんな事、あんたに頼むことすらしねーよ」
四ツ谷のその言葉に、清一郎は観念したとばかりに深くため息を吐く。
「……分かった。俺も一度はアンタに従った身だ。今更文句は言わんよ」
「ヒッヒッヒ!そうこなくっちゃな!」
真剣な顔から
「後、あんたには『最恐の怪談』で一役買ってもらうつもりだ。
それから時が立って、時刻は深夜。真澄の家の前、民家の影にて四ツ谷たちの姿があった――。
ただしそこにいたのは四ツ谷、薊、アリス、そして折り畳み入道の三人と一体であったが……。
他の者たちは当然の如く慧音の家で待機中となっていた。
真澄の家の明かりは既に落ちており、就寝した事が伺えられる。
そんな真澄の家を見ていた四ツ谷だったが、ふいに背後から薊か声をかけてくる。
「……あ、あの、四ツ谷さん。私はどうしてここに呼ばれたのですか?」
「んー?ああ、お前には今から『とおりゃんせ』に
「……ええっ!!?」
他の者たちとは違い、いたって普通の人間である自分がここに連れてこられたこと自体不思議だったのに、そこからまた予想の斜め上を行く四ツ谷の発言に、薊は驚きを隠せずにいた。
だが四ツ谷は薊のそんな様子を無視するかのように、続けて口を開く。
「お前、結構歌上手かったよな。今回はお前の歌唱力をこの怪談の肝にさせてもらうつもりだ」
「あ、え?……そう、なんですか?私そんなに歌うのが上手でしたか?」
突然、自分の歌唱力をほめられる薊だったが、彼女自身は自分の歌声がそれ程上手かったとは思っていなかったため、自信なさげに四ツ谷にそう返していた。
しかし、四ツ谷や今はいないが小傘も、薊の歌声はプロの域に近いと思っている。
二人は何度か、彼女が妹の瑞穂に膝枕をして昼寝をさせている所を見ている。そこで彼女は瑞穂に子守唄を聞かせていたのだ。
その時聞いた歌声はとても良質で、無意識のうちに四ツ谷と小傘がその場で聞き入ってしまうほどであった。
そしてその歌声に目を着けた四ツ谷が、今回薊を『とおりゃんせ』にしようと考えた理由であった。
「折り畳み入道」
「はいよぉ、父ちゃん」
四ツ谷に声をかけられた折り畳み入道がそれに答える。
一瞬、「父ちゃん」と呼ばれた事に反論しそうになった四ツ谷であったが、今はそれをぐっと飲み込む。
そして、四ツ谷は薊を折り畳み入道の入った葛篭へと来るように促した。
恐る恐る葛篭の前に立った薊に四ツ谷が口を開く。
「折り畳み入道の『箱から箱へと移動する程度の能力』は、何も物や生き物だけを移動させられるだけじゃねーんだ。外の世界で言う『電話』のように、声のみを離れた所にある箱へと送る事ができる」
そう言って四ツ谷は折り畳み入道に目配せする。
それを見た折り畳み入道は、一度は葛篭の中に戻る。
そして数分が立ったころ、再び葛篭から現れた。
「今、
「よぉし、後は『聞き手』に折り畳み入道の『妖気』を軽く当てて、起こすだけだ」
折り畳み入道の言葉に四ツ谷は満足そうにそう響き、薊に眼を向ける。
「……そうしたら薊、次はお前の番だ」
「は、はい!」
「気負いするな。落ち着いてゆっくりと静かに歌え」
そう言った四ツ谷は、再び折り畳み入道に目配せし、それを見た折り畳み入道は再び箱の中に入る。
そして今度は一分もしないうちに折り畳み入道は戻ってきた。
「起こしてきた」
「よし、今だ薊。葛篭の中に向かって『とおりゃんせ』を歌え……!」
四ツ谷のその言葉に薊は頷き、同時に折り畳み入道は薊が葛篭に向かって歌えるようにするため、邪魔にならないところへと移動する。
それと入れ替わるようにして、薊が葛篭へと顔を近づけ、静かに『とおりゃんせ』を歌いだした――。
――その効果はすぐに現れた。突然、さっきまで寝静まっていた真澄の家のほうが慌しくなり、バタバタと家の中を走り回る音がしだしたのだ。同時に、障子や襖をバンッ、パンッと激しく開ける音も響きだす。
「……どうやらあの奥さん相当パニックになってるみたいだな。薊、その調子で『とおりゃんせ』を繰り返し歌え」
四ツ谷のその言葉に薊は頷き、再び『とおりゃんせ』を歌いだした。
その様子をしばらく見つめていた四ツ谷であったが、そこでふと、自分が今まで疑問に思っていたことを隣に立っている人形のような少女に問いかける。
「そう言や。なんでお前ここに来たんだ?」
「あら、いちゃいけないの?」
唇を軽く尖らせながら、その少女――アリスが四ツ谷にそう返す。
四ツ谷は今回、アリスをここに連れてくるつもりはなかった。だが、慧音の家を出るとき、何故か一緒にくっついてきたのだ。
「ここに来ても別にお前にしてもらえることはなかったんだがな」
「そうみたいね。でも、まあそっちはどうでもいいのよ。ただ……ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「
アリスのその言葉に、四ツ谷は反射的にアリスに眼を向ける。すると、アリスも四ツ谷に眼を向けており、自然と二人の視線がぶつかった。
数秒の沈黙後、アリスのほうから視線を外し、再び口が開かれる。
「……聞いた話だと、あなた、私と同じで元々この一件とは無関係だった見たいじゃない?なのになんでついこの間あったばかりの
アリスがそう言ったと同時に、四ツ谷もアリスに向けていた視線を薊たちのほうへと戻し、それに答える。
「……昨日の晩にお前が言ったのと同じ理由だ。『乗りかかった船』だよ」
「嘘」
その答えをアリスはバッサリと切り捨てた。だがすぐに首を横に振り、先ほどの否定を却下する。
「……いえ、嘘ではないけれど、それだけが理由ってワケじゃないでしょ?もっと他に動機があるんじゃない?」
「さぁねぇ……」
少々
そんな四ツ谷をアリスは正面に回りこんで、下から見上げる形でじっと見る。そして不意にアリスの目がジトリと細まった。
「あなたもしかして……『新しい怪談を創るためのネタになる』とかなんていう理由でこの一件に関わったわけじゃないでしょうね?」
アリスのそう指摘した途端、四ツ谷の両肩がビクリと跳ねた。二人の間に気まずい空気が流れ始める。
だが、それを打ち破るかのように四ツ谷は口を開いた。
「……そ、そんな事は……ナイデスヨ……?」
「ちょっと、こっち見て喋りなさいよ」
眉間に深いシワを寄せ、アリスは四ツ谷にそう言うも、四ツ谷は眼をアリスに向けようとしない。
その状態の沈黙が数秒続き、唐突にアリスが深いため息を吐いて、四ツ谷から離れた。
「もういいわ。これ以上問いただしてみても、あなたは
そこまで言ったアリスはクルリと四ツ谷に背中を向け、肩越しに四ツ谷に眼を向ける。
「……あなたの性格上、それを言葉に出す事はない。なら、これ以上の問答は無駄ってモノでしょ?だから、もういいのよ」
そう続けて言ったアリスは、何故か最後に四ツ谷に向かってクスリと笑って見せた。
人形のように整ったアリスの流麗な笑顔に、四ツ谷は一瞬面食らう。その間にアリスは顔を正面に戻し、路地の奥へと向かって歩き始める。
「……先に先生の家に戻ってるわ。あなたたちも用が済んだらさっさと帰ってきなさいね」
そう言い残して――。
残された四ツ谷はフゥ、と深いため息を吐いて頭をガシガシと掻いた――。
そばではまだ薊が葛篭に向かって『とおりゃんせ』を歌っている。後一回、歌わせたら今日は切り上げよう。そう決めて四ツ谷は薊の歌が終わるのを待った。
アリスの四ツ谷に対する指摘は確実に的を射ていた。
『乗りかかった船』も『怪談を創りたい』という理由も、確かに四ツ谷の中にあった。だが、それらよりももっと大きな理由を四ツ谷は内心に隠していた。
だが
だから口が裂けても、四ツ谷は
この幻想郷に来たばかりの頃、右も左も分からない自分に住む家を提供し、この世界の仕組みや生き方を教えてくれた恩人であり、おせっかいやきな
そう、四ツ谷は元々清一郎のために動いていたわけではなかった。ただその
「……まさか
彼女が最後に浮かべた笑みを思い出し、額に冷や汗を流しながら響かれた四ツ谷の独り言が、風に乗って夜の空へと上り消えていった――。
いや~、暑い日が続きますね。
この暑さのために、気力が薄れ、書く速度が遅くなっている自分です。
ですが、何とか最新話を書くことができてホッとしています。