四ツ谷文太郎の幻想怪奇語   作:綾辻真

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前回のあらすじ。

四ツ谷たちは妙蓮寺を訪れ、そこで住職である聖白蓮と椿たちの為の仏前結婚式の日取りや準備の打ち合わせを行うと同時に、昨晩起こった『踊るしかばね』と修行者の中に妖怪の山の天狗がいる事を知る。


其ノ四

日が落ち、夜になった人里。その一角にある四ツ谷の長屋で、四ツ谷と小傘が向かい合って座ったままお茶をズズッと飲んでいた。

すでに薊は自宅に帰っており、長屋にいるのは四ツ谷と小傘、そして台所で夕食の支度をする金小僧だけであった――。

小傘が口を開く。

 

「師匠、今夜も起こると思いますか?『踊るしかばね』なんて……」

「さァな。だがあの寺がいつも葬式を行ってるわけじゃないからな。仮に犯人なんて奴がいたとしたら、寺に死体がある今の現状を見逃すなんてはずがないだろうな。……ま、前回の時点で何かしらの『目的』が達成されていたとしたら、もう何も起こしはしないだろうが……」

「『目的』って何です?」

「それもまだ分からん」

 

小傘の問いに四ツ谷はそう素っ気無く返し、再び自分の湯飲みに口をつけた。

命蓮寺で起こった『踊るしかばね』事件は、密かに緘口令(かんこうれい)が寺の者たちによって敷かれていた。

この一件に関わった者たちは全員、無関係な者たちには一切口にしない体制をとられていたのである。

それこそ命蓮寺の者たちはもちろん、葬式に立ち会った亡き老婆の親族や親戚など全てである。

四ツ谷たちの場合、白蓮がうっかり口を滑らせてしまったため、その事を知る事態となってしまったが、帰り際に寺の門まで送られるまでの間、白蓮たちからこの一件は他言無用である事を何度も念押しされていたのである。

ため息をつきながら小傘もお茶を飲む。

 

「全く。今回わちきたちほとんど関係ないって言うのに、それでも師匠は首を突っ込むんですね」

「関係ない?お前、俺とつるむ前までずっとあの寺に遊びに行ってたって言うじゃねーか。世話になってたんだろ?」

「うっ。そうでした……。でも師匠、師匠がこの一件に関与しようとするのは、単に『最恐の怪談』の創作ができそうだって事だからなんでしょ?野次馬根性所か、それ以上にタチ悪いですよ」

 

見も蓋もない小傘の意見であったが、言われた本人はいたって軽く肩をすくませて答える。

 

「確かにそうかもしれねーな。……ヒヒッ!だが俺なんかよりも()()()()()()()()があの寺に巣くってるのは間違いなさそうなんだがな……!」

「え……?」

 

四ツ谷のその言葉に首をかしげる小傘、四ツ谷は損な小傘を見て不気味に顔を歪ませる。

 

「……あの寺には意外と()()()が多そうだ。一度害獣駆除を勧めたほうがよさそうかもな……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、命蓮寺――。

昨晩は月の明るい夜であったが、今夜はうって変わってどんよりと曇り空になっている。

寺のあちこちでかがり火がたかれ、その明かりが寺全体を真昼のように照らし出していた。

そして今夜も同じように老婆の葬式が行われていたが、前回と違い葬式場全体にピリピリとした空気が張り詰めていた。

寺の修行者たちは険しい顔つきで周囲を警戒し、葬式の参列者や親族などは不安げな様子を隠しきれずにいる。

そんな空気の中、お経を読むため祭壇に向かう白蓮は、その直前に星に声をかける。

 

「星。後の事は頼みましたよ?」

「はい、分かりました。聖」

 

そう短く言葉を交わし、星は白蓮と別れる。

周囲を伺いながら寺の中を歩き回る星であったが、ふと脚を止めて思案顔になる。

 

(……だが仮に犯人がいるにしても、この寺には人だけでなく多くの妖怪がいるため、気配を探ろうにもそれらが混ざり合って、怪しい動きをする奴を感じ取るのは難しい。どうするべきか……)

 

そんな事を考えている星の近くに、葬式で使われる道具が仕舞われていた空き箱の数々が山積みにされていた所があった。

そのうちの一つ、人一人がすっぽりと入る大きさの空き箱の蓋がわずかに開けられており、その隙間から金色の双眸が外を伺っていた。折り畳み入道である。

 

「…………」

 

周囲にいる者たちは誰一人として気付いている者はいないらしく、人間、妖怪問わず、皆折り畳み入道の潜む木箱の前を忙しなく行きかっていた。

 

時を同じくして寺の外、すぐそばの森の中で()()の囁き声があたりを小さく木霊する――。

 

「……そろそろ、頃合だね」

「うん。始めよっか♪」

「調子に乗らないようにね。()()()()()()()()すればいいんだから」

 

また別の場所では、一つの影が誰に語りかけるわけでもなく独り言を呟く――。

 

「へへへっ……さぁ、思う存分騒ぎを起こしな……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつもの思惑が混ざり合い、今宵再び死者が動き出す――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッ!?……ま、まただ!また聞こえてきた!?」

 

境内のどこからか昨晩と同じように祭囃子が聞こえてくると同時に、参列者の一人が悲鳴を上げ、それが波紋となって他の者たちにも同様が走っていく。

本堂でお経を読もうとしていた白蓮も祭囃子が聞こえてきたと同時に、座布団に据わったその身を再び立ち上がらせる。

その直後、待機していた一輪と村紗が祭囃子の音を本道に入らせまいと、本堂の出入り口に立ちふさがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祭囃子が響いてきた瞬間、すぐさま行動したのは命蓮寺の者たちだけではなかった。

隠れて様子を見ていた折り畳み入道も祭囃子が聞こえてきたと同時に、すぐさま四ツ谷の元へと箱を通って向かった。

そして四ツ谷の長屋の葛篭から顔を出し、彼と小傘に声をかけた。

 

「父ちゃん!祭囃子、聞こえてきた!」

「そうか。よし、すぐに俺を向こうへ送れ。あと、『父ちゃん』言うな」

「待って、わちきもついて行きます!」

 

帰ってきた折り畳み入道にそう返して、四ツ谷と小傘はすぐさま葛篭の中に飛び込んだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本堂の大きく開かれた出入り口。そこに壁になるかのように村紗と一輪、入道が立ち、近づいてくる祭囃子の音を通さないとばかりに構えた。

 

「祭囃子の音は聞こえるのに誰もいない……。やっぱり姿()()()()()()()()()妖怪かな?」

「分からない……。ただこれが誰かの姦計(かんけい)で、そいつがそう言った類の能力者であったとしても、近づけば祭囃子に混じってそいつの足音や呼吸音なりなんなり聞こえてきてもいいはず……だけど――」

 

村紗の言葉に一輪がそう答え、真剣な目つきで一呼吸置いて続けて口を開いた。

 

「――()()()()()()()()()()……!まるで祭囃子の音だけが意思を持ってやって来ているみたい……!」

 

ゴクリと生唾を飲み込み、何もない()()の虚空を睨みつける一輪。

ネズミ一匹逃がしはしないと言わんばかりの気迫で近づいてくる祭囃子の音の前に立ちふさがる一輪たち。

しかし、その防衛線はあっけなく崩れることとなる。

 

……ゴトッ!……ゴトッ!

 

唐突に村紗と一輪の足元から鈍い音がいくつか響き渡る。何事かと一輪たちは自分たちの足もとに眼を向け――瞬時に身を凍りつかせた。

 

「えっ!?」

「なっ!?」

 

絶句する一輪立ちの目の前には、一体どこから湧いて出たのか手毬サイズの球体が二個。それも火花をバチバチと弾かせた短い導火線付きで転がっていたのである。

ついさっきまで足元には何もなかったはずなのに、まるで何かしらのカラクリで転送されたかのように、唐突に現れたその二つの爆弾に、一輪たちは二重の衝撃を受ける。

 

「一輪!村紗!!」

 

だが、背後から星が一輪たちに喝を入れるかの如くそう叫んだことにより、いち早く一輪がハッと正気を取り戻す。

そして、すぐに遠くへ投げ捨てようと動き出そうと爆弾に手を伸ばすももはや全てが手遅れだった。

一輪の手が爆弾に触れる前に、爆弾の方が先に破裂してしまったのだ――。

 

「「っ!!?」」

 

一輪たちはとっさに両腕で防御の姿勢をとる。しかし彼女たちを襲ったのは熱でも衝撃でもなく、大量の煙であった。

どうやら爆弾は二個とも煙玉だったらしく、その場にいた何人かの小さな悲鳴と同時に、瞬く間に本堂内に真っ白い煙が充満した。

煙に襲われた本堂にいる参列者や親族、そして聖たちはゲホゲホと咳き込み、一寸先すら何も見えない本堂の中を右往左往する。

爆心地にいた一輪は周囲の状況が分からず、その場から動けずにいた。それは隣にいた村紗も同じで二人はそばにいる入道と共に周囲の様子を伺う。すると――。

 

――ヒュン、ヒュン、ヒュン……!

 

突然、()()()彼女たちの脇を通り過ぎて行った。

それを感じ取った村紗が一輪に叫ぶ。

 

「一輪!」

「……ええ。祭囃子と一緒に今何か通ったわね。……それも()()……!」

 

一輪がそう言った直後――。

 

……ギ、ギギギッ、ギギギギィィィィ~~~~~~!!

 

昨晩と同じく、棺桶の蓋がひとりでに開かれ、そこに横たわっていた老婆の死体がムクリと上半身を起き上がらせた。

 

「ま、まただ!……ひ、ひぃぃぃぃ~~~!!!」

 

煙の合間からその光景を見た親族の一人が悲鳴を上げて腰を抜かす。

その悲鳴にも意に介さず、老婆の遺体は棺おけから出ると周りで響き渡る祭囃子の音にあわせて再び踊り始めた。

呆然とその光景を見つめる周囲の者たち。だが昨晩と違い、今回は早々長くは続かなかった――。

 

「村紗!一輪!」

 

煙が収まり始めたのを見計らって、白蓮は村紗と一輪に声をかけ、同時に呼ばれた二人は素早く老婆に駆け寄ると、左右から両腕を捕まえ拘束したのである。

その瞬間、老婆の身体が脱力し彼女たちに抱えられる状態となる。そして一拍置いて祭囃子もフッと音が掻き消えたのであった。しかし、その祭囃子が消える瞬間――。

 

 

 

 

……カチリ……

 

 

 

「……?」

 

ふいに何かの乾いた音が響いたのを一輪だけがはっきりと聞き取っていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その一部始終を隠れて見ていた者たちがいた。

外に置かれていた大道具入れの木箱の中に隠れていた四ツ谷、小傘、折り畳み入道の三人である。

 

「……どうやら早々に収束したみたいだな?」

「昨日に引き続き今日まで……師匠、一体何が起こってるんでしょう?」

「さァな……、まだ何とも言えん。これが意図的なものなのか、そうではないのか……判断材料がまだ足りなさすぎる……」

 

四ツ谷と小傘がそんな会話をしていると、ふいに隣にいた折り畳み入道が声を上げる。

 

「父ちゃん、あれ……!」

「父ちゃん言うな。……む?」

 

そう言いながら四ツ谷は折り畳み入道の視線の先を追うと、そこには呆然と立ち尽くす参列者や修行者の者たちの目を盗んで密かにどこかへと向かおうとする三人の天狗たちの姿があった。

この寺に修行に来ていると言うその天狗たちはこそこそと寺門から外へと出て行く――。

 

「ホォ~、怪しさ満点だな。行くぞ小傘。折り畳み入道はここで待ってろ」

 

そう言って四ツ谷は隠れていた木箱から小傘共々素早く出ると、周囲にいる者たちに怪しまれないように静かに天狗たちの後を追って寺を出て行った。

しかし約二名、その姿を見ていた者たちがいた――。

 

「ん?あやつらは……」

「新参者と小傘じゃん。何でここにいるんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寺のすぐそばにある森の中――。

そこに三人の天狗の姿があり、その三人の前には一人の鴉天狗の少女がいた――射命丸文である。

射命丸は三人の天狗たちから先程起きた『踊るしかばね』について話を聞いていた。

 

「あや~。今回は早くに収束したみたいですね……。まあ、二度も続けばそうなってきて当たり前でしょうが、いかんせん。命蓮寺の方たちは少々つめが甘い。同じ失態を二度も起こしてしまうなんて……」

 

やれやれと肩を落とし、射命丸がそう独り言を呟く。そこへ三人の天狗のうちの一人が射命丸に声をかける。

 

「射命丸様。今回の一件、やはり()()()()()()と何か関係が……?」

「ん~……。まだわかりませんが、その可能性はありますね……しかしそれよりも……」

 

そう言って険しい顔で目の前の三人の天狗を見る射命丸に、睨まれた天狗たちも何事かと反射的に背筋を正す。

 

「……先程私は命蓮寺の方たちは少々つめが甘いといいましたが、どうやら貴方たちもだったみたいですね?……つけられましたね、ネズミに」

 

そう響いて射命丸は天狗たちから後方の茂みへと目を向けた。同時に天狗たちもその視線の先を追う。

そして数秒置いて、その茂みから二人の男女が姿を現した――。

 

「……ヒッヒッヒ。ネズミとは心外だな。先に寺に忍び込んでこそこそしている奴らに言われたかねーよ」

「私たちはちゃんとした『密命(みつめい)』を受けてあの寺に潜入しているのです。あなたのように興味本位で首なんか突っ込んでませんよ、四ツ谷さん」

 

現れた男女のうち、男の方――四ツ谷にそう言われ、射命丸は疲れたようにため息混じりにそう返した。

それでも四ツ谷は引かずに続けて口を開く。

 

「『密命』だの『数年前の一件』だの、気になるワードが出てきてたな?さっきの一件となんか関係あるのか?」

「何故そんなことをあなたに話さなければならないのです?」

「いやなに、あの寺の者たちにとっては俺とあんたらは土足で入ってきた同じ穴のムジナ……いやネズミだ。ネズミはネズミ同し仲良くやろうじゃないか。俺たちも協力できることもあるかもしれないぞ?」

 

ニヤニヤと笑いながらそう言って歩み寄ってくる四ツ谷にと小傘に対し、射命丸の前にいた天狗たちは警戒心をむき出しにして構える。

それを見た射命丸は一際大きなため息をつくと口を開く。

 

「何を滅茶苦茶なことを言ってるんですか。とにかくあなたたちには関係ないことですので早々にお引取り……を…………って、あややややぁ~~、これはまた厄介なことになりましたぁ……」

 

話の途中で『何か』に気付いた射命丸は台無しだとばかりに頭を抱える。

その姿を見て天狗たちだけでなく四ツ谷も首を傾げるも、もう一人四ツ谷の隣にいた小傘だけが顔面蒼白となって背後へと首を向けていた。

 

「……つ、つけていたのですか……?」

「……当然じゃ。怪しい奴らが寺から出て行ったのを見ていたからのぅ。つけないわけがあるまい。大妖怪となったと聞くが、まだまだ修行が足らんぞ小傘?」

 

小傘の言葉に第三者の声がそう答えると同時に、四ツ谷も天狗たちも何が起こったのか気付き、声のした方へ眼を向けた。

そこには狸の耳と尻尾を生やした女性と、三又の槍を持った奇妙な翼の生えた黒服の少女が立っていた。

四ツ谷は彼女たちのことは以前の宴会で顔合わせだけではあったが覚えていた。

 

「……確か、二ッ岩マミゾウに……封獣ぬえ……だったか」

「おお、覚えておったか。前会ったときは自己紹介だけじゃったのに、嬉しい限りじゃ」

 

そう言ってニンマリと笑うマミゾウだったが、その目は明らかに笑ってはいなかった。

視線だけで人を射殺せそうな冷たい目でマミゾウはその場にいる全員に静かに、そして言い聞かせるようにして響いた。

 

「話は聞いた。まさか寺にこれほどのネズミが潜んでおったとはのぅ。双方とも、大人しくワシらについてきてもらおうか。……もし『嫌だ』とぬかすようなら、この場で『駆除』するだけじゃが……どうかのぅ?」

 

返答を聞かれ、その場にいた全員が首を縦に振らずにはいられなくなったのは言うまでもない。




一月以上間を空けてしまい申し訳ありません。
いや、本当にすみませんでした!
最近用事が多かった事と、話の細かい部分が思いつかず難航していた事もあり今まで投稿できませんでした。
しかしながら、それでも僭越ながら朗報が一つ。実はこれとは別にもう一話分作ることができましたので、翌日にまた投稿いたします。
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