四ツ谷は次郎八に『墓まねき』の怪談を語って聞かせた。
「なーむあーみだーぶつ、なーむあーみだーぶつー」
「なんみょうほーれんげーきょー、なんみょうほーれんげーきょー」
「ぎゃーてーぎゃーてー……おんあびらうんけんそわか……」
『踊るしかばね』の一件解決から後日、命蓮寺の本堂にて尼僧の服を纏った光の三妖精の姿があった――。
先の一件で命蓮寺の者たちに捕らえられたサニーたちは、死者の体を弄んだ罰として、半強制的に寺に入門させられ、その性根を鍛えなおすべく日々精進させられていた。
今日も白蓮によって正座をさせられた三人は、一心不乱にお経を読みふける。
「うぅ……もう脚がしびれてきたよぉ~。お経も意味不明でつまらない~」
「まだ始まって五分もたってないわよサニー?ルナを見てみなさいよ。あの目、すっかり悟りの境地よ」
「いや、あれって全てを諦めたって境地の目じゃないスター?」
光を失い、どこか遠くを見つめる目で黙々と
その瞬間、サニーの左肩に硬い棒のようなものが添えられ、同時にサニーはビクリと肩を戦慄かせる。
恐る恐る振り返ると、そこには
「……読経中に談話とはいい度胸です。まだまだあなたたちには『
そう言って厳しい目で白蓮は、警策をサニーとスターの肩めがけて振り下ろす。
「ギャッ!」
「ひっ!」
バシッ!バシッ!という乾いた音と共に、サニーとスターの小さな悲鳴が本堂に響いた。
そして白蓮は次に、先ほどから読経を続けているルナの肩にも警策が添えられる。
「これは連帯責任です。申し訳ないですが、あなたにも受けてもらいますよ?加減はいたしますので」
そう言ってルナの肩にも警策が振り下ろされる。
「あんッ♪」
パシッ!という、先ほどとはいくらか軽く叩かれた音と共に、ルナは悲鳴を上げるも、その悲鳴はサニーやスターのモノとは全くの別物であった。
だが、警策の音と共に上げた小さな悲鳴だったため、白蓮はそれに気付かずサニーたちからゆっくりと離れていく。
しかし、ルナの横にいたサニーとスターの耳にはしっかりと届いており、引きつった顔でルナを見つめる。
「る、ルナ?何、今の悲鳴?ちょっと普通じゃなかった、よ……?」
恐る恐る問いかけるサニーに、ルナは顔を向けることなく呟く。
「ん~、そう?……何でかな。まだ入門してからそんなに日がたってないのに、あの棒で叩かれるのが、何だかちょっと気持ちよくなってきたの……。……正座の脚の痛みもジワジワと私を攻め立てて来て、それが快感に感じちゃって……フッ、フフフフ……♪」
「ちょっ!?悟りや諦めの境地なんかじゃない!もっと別のヤバイ境地に達しようとしてるぅー!?」
「ルナダメッ!そこへ行っちゃったら二度と戻ってこれないよぉ!?」
友人がとんでもない世界へ足を踏み入れようとしているのに気付き、サニーとスターが必死に止めようと声をかける。
しかしそこへ、声を聞きつけて白蓮がやって来る。
「何ですかあなたたち。また読経をさぼって無駄話を……!しかも今度はルナさんまで……!喝が足りない証拠です!今一度受けなさい!」
そう言って白蓮は再び警策をサニーたちの肩に振り下ろした。
さっきよりも大きな音が本堂に三つ響き渡り、同時に――。
「うぎゃあっ!?」
「ぐふぅっ!!」
「あひぃんッ♪」
三妖精の悲鳴(約一名、違うニュアンスを含む)も大きく本堂に木霊した――。
「ふぅ……やれやれ、あの子たちは……」
数分後、三妖精の事を一輪と村紗に任せた白蓮は、自身の肩をコンコンと叩きながら、寺の廊下を歩いていた。
そこへ廊下の向こうから星とナズーリンがやって来る。
「どうですか聖。彼女たちの様子は?」
「概ね順調ですね。ただ妖精という事もあって、ここでの生活に慣れるのはまだしばし時間がかかりそうです」
星の問いに、白蓮が簡潔に答え、小さくため息をついた。
そうしてふと外――正確には
「……本来なら
「……仕方ありませんよ。
「大丈夫でしょうか?まさか、酷い拷問などを受けているのでは……?」
「そちらは心配ないでしょう。生きたまま、五体満足で返してくれると言う話じゃないですか」
白蓮の心配事を星は安心させるように淡々と答えていく。
先の一件で『踊るしかばね』の主犯が、同じ寺の修行者である次郎八であった事をその場にいたマミゾウに告げられ、白蓮たちは少なからず衝撃を与えられた。
その後、天狗たちとの間で次郎八の処分をどうするかという会談がなされ、長い議論の結果、次郎八は先に天狗たちの所で処罰を受け、その刑罰で罪を償ったのち、命蓮寺へと送り返される事となったのである。
そのため、次郎八は一時的に寺から離れる事となったが、代わりに光の三妖精を入門させ処罰もかねて寺で修行をさせているのである。
ちなみに、光の三妖精の処罰に対しては天狗たちは何も言わなかった。何せ次郎八と組んで犯行を行ったのはこの『踊るしかばね』のみで、数年前の天狗の里の一件は全く関与していなかったのだから当然と言える。
かつての次郎八の相方だった妖怪の亡骸は手厚く供養され、事件は命蓮寺、天狗の里共々全て解決となった。
ただ白蓮自身、内心少しだけ気がかりな事があった。
それは先の一件後、次郎八が何かに怯えるようになってしまった事である。
一日中何かに怖がり、震え続け、あまり屋外へ出ないようになってしまい、かと思えば、一人にされると叫びだして「一人にしないでくれ」と懇願するという始末にまでなってしまっていた。
あまりの変貌振りに、白蓮はマミゾウに何があったのか問いかけるも、当のマミゾウははぐらかすばかりで何も答えようとはしなかった。
ただ、「あれは『墓まねき』がやった」そう言い続けるだけであった。
(まさか……本当にあの時、あの場に『墓まねき』がいたというの……?でも、そんな……)
白蓮自身、当初は『墓まねき』の存在を信じてはいなかった。だが、マミゾウの主張や次郎八のあの様子を見て、心のどこかで本当に『墓まねき』が彼を襲ったんじゃないかと思ってしまう自分がいたのである。
しかし、ふと白蓮の脳裏に
考えてみれば、そもそも『墓まねき』という怪談をこの寺に持ち込んだのはその男である。
『踊るしかばね』の一件にも彼は興味本位からか積極的に関わろうともしていた。
(四ツ谷文太郎さん……。まさか、彼が次郎八さんを……?)
白蓮がそんな思考に入っていると、横から星の声がかかる。
「聖。そろそろ
「あ、ええ。そうだったわね。では、皆を集めて始めましょうか」
星の指摘に白蓮は無理矢理その思考を止め、この後行う瞑想の準備をするため動き始める。
(証拠も無く、疑ってかかるのは良くないわよね……。次郎八さんの事は修行の前に、先に『かうんせりんぐ』が必要かしら……?)
そんな事を思いながら――。
所変わって妖怪の山の天狗の里――。
その地下にある牢屋の中で一人の旧鼠が部屋の隅に縮こまってガタガタと震えていた。
それを外で見張りをしている鴉天狗の牢番が横目でチラチラと盗み見る。
その目は『何故怯えているのか』という興味と言うより、むしろめんどくさいモノを見る目であった。
そこへ下駄の音を鳴らしながら射命丸がやって来る。それに気付いた牢番の鴉天狗は姿勢を正した。
射命丸は牢番に声をかける。
「どうですか、彼の様子は?」
「ハッ!何も変わりございません。大人しいものですよ」
「それは良かった」
牢番の答えに射命丸は満足そうに呟き、牢の中を除き見る。
そこにはこの牢に入れられてから
それを見た射命丸は異常が無い事に、再び満足そうに頷く。
そんな射命丸の顔を見た牢番が彼女に声をかける。
「嬉しそうですね射命丸様。何か良いことでも……?」
「ええ、それはもう。長年失っていた『鬼の宝』を取り戻すことができ、伊吹様も天魔様もとても嬉しそうでした。我々天狗の面子も保つことができましたし、大いに満足ですよ!」
「それは良かったですね」
「ええ、ええ!
「はい。……ああ、ですが……」
ふいに牢番が言いよどみ、それに気付いた射命丸が首を傾げて問いかける。
「どうかしましたか?まさか、何か問題でも?」
「ああ、いえ。別に大した問題ではないのですが……。この男、四六時中自分の事を何度も何度も呼ぶんです。それも五分おきにです。……ついさっきも『あんたそこにいるか!?』って悲鳴じみた声で呼ばれましたよ」
「ご、五分おきにですか!?」
「ええ。もういい加減うっとうしくて……」
「あ~や、それはそれは……
そう言って思案顔になる射命丸だったが、牢番は彼女が何を言っているのかいまいち分からず首をかしげる。
そんな目を気にする事なく、射命丸は一人頷くと、牢番に再び声をかける。
「わかりました。私から天魔様に報告して、近いうち牢番の任を誰かと交代してもらえるよう手配しておきます」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
喜ぶ牢番を尻目に射命丸はこの場から去ろうと動き出し――ふいにその脚が止まり、視線を再び牢の中の次郎八に向ける。
数秒彼を見つめていた射命丸は、何を思ったのか悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて、そっと次郎八に向けて口を開いた。
「……おいで……おいで……こっちへ、おいで……!」
その瞬間、次郎八の様子が一変する。目をぐわっと大きく見開いたかと思うと、両手で耳を塞ぎ、そして――。
「ヒィヤアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーーッ!!!!」
まるでこの世のモノではないものを見たかのような形相と悲鳴を上げ、牢内を激しく転げまわり始めたのである。
あまりの変貌振りに、牢番は呆気に取られ、射命丸は悪戯が成功した子供のような笑みでそんな次郎八を見つめていた――。
雲一つ無い、月の綺麗な夜。
天狗の里の中央にある天魔の屋敷。その縁側で二人の影が向かい合わせで座っていた。
その二人の間には、次郎八が盗んだ『鬼の宝』である水瓶が置かれている。
「……伊吹様。これが賊から取り戻した水瓶です。お納めください」
そう言って影の一人、この屋敷の主にして天狗の頂点たる天魔が、向かいに座るもう一つの影――頭に大きな二本の角を生やした見た目が幼女のような鬼、伊吹萃香へ水瓶を差し出した。
そうして差し出された水瓶を萃香は愛おし気に撫でる。
「帰って来たか……そうか……」
心底安堵したかのように萃香がそう響き、目を細めて水瓶を見つめた。
そして次に天魔へと眼を向ける。
「一体誰が盗んでどうやって戻ってきたか……教えてもらえるかい?」
「はっ!」
そうして天魔は射命丸から聞いた仔細を萃香に全て報告した。
萃香は終始、その報告にたびたび相槌を打ちながら聞いていた。
一通り報告が終わった後、天魔は萃香に問いかける。
「……その下手人なのですが、今地下牢に軟禁しております。奴の処分、いかがなさいましょうか?」
「ん~、いや、そいつの事はそっちに任せるよ。アタシはこいつが帰って来ただけで十分満足だからさ」
そう言って大事そうに水瓶をなでる萃香に、天魔は再び声をかける。
「随分と大事な物だったのですね?それ程までに思い入れのある宝なのですか?」
「まあ、
「伊吹様にとっては、ですか……?」
天魔の問いに、萃香は小さく笑って頷く。
そして視線を再び水瓶に落とし、続けて言う。
「……賊はこいつが『鬼の力を得られる秘薬』かなんかだと
そうして萃香は水瓶の蓋をカパリと開ける。
密閉状態だった水瓶の蓋が開かれ、そこから嗅ぎ慣れた匂いが天魔の鼻に届いた。
「これは……お酒、ですか?」
「そう。『
そう言って萃香は天魔にこの『宝』の事をゆっくりと聞かせ始めた――。
遥か昔、萃香がまだ外の世界にいた頃、ある
その一族は代々酒造りを生業としており、その一族の作る酒の中には約百年以上も漬け込まれたモノも存在していた。
大の酒豪である萃香がそれに目を着けないわけがなく、最初こそ無理矢理奪い取ろうと一族を襲ったが、蔵人にとって酒は我が子も同然ゆえ、その一族も必死に萃香に抵抗したのである。
その死に物狂いで抗う一族に、萃香も虚を突かれ、一端は退却するも、やはり酒が諦めきれず、それから何度も一族を襲ったのである。
一族の方も酒を奪われるわけにはいかず、必死に萃香に食らいついていた。
萃香にとっては一族を殺して奪う手段もあったが、彼らの命をかけてでも守ろうとするその意気込みを前に、なかなかその決断ができずにいたのである。
そんな事をしていたため、彼女と一族との酒をめぐる争奪戦は何度もお流れとなってしまっていたが、戦いを重ねるにつれ、次第に両者の間に『親しみのようなモノ』が芽生えるようになった。
言うなればそれは『仲の悪かった二人が、殴り合いの喧嘩をして最終的に和解して仲良くなった』という展開と同じだと言えば分かるだろうか。
戦いの果て、萃香と一族は『互いを酒を愛するもの同士』だと和解し、これにて戦いは幕引きとなったのである。
それから萃香は定期的に、一族の元を訪れては、彼らが作った酒の『味見』を行い一族との距離を縮め、仲を深めていった。
時が立って一族の世代が変わり、見知った者たちがこの世を去ってもその一族と萃香の親交はあまり変わる事無く続き、両者共に平穏な時を過ごしていた。
だが、それも長くは続かなかった――。
人間たちの間で大きな争いが勃発し、その戦火が一族の住む場所にまで襲って来たのである。
それに気付いた萃香は一族に逃げるように呼びかけるも、全員首を縦には振らなかった。
一族の手元には、すぐには運び出しきれない量の酒があり、それらを捨てて逃げ出すという選択は、蔵人である一族にはどうしてもできないモノだったのである。
そんな時、一族の長が萃香にこう提案してきた。
『ここにある自慢の酒、これを好きなだけ持って行ってくれ』と。
長は自分たちと共に酒を失うくらいなら、自分たちと同じくらい酒を愛している萃香に自分たちの酒を渡そうと考えたのだ。
だが当然、萃香はその話に乗ることができず、首を激しく振って嫌がった。
そんな萃香に、長は一つの提案を出す。
『我らは必ず生きてこの場所を守り抜く。争いが終り、また世に平穏が戻ったら、一緒に酒を飲もう』
そう言った長に、萃香は悲しそうに俯くと彼女自身も長に一つの約束をする。
『わかった……。それまでもらった酒は全部大事に飲む。一口一口味わいながら大切に飲むから。だから絶対お前らも生き延びろ……!』
もはや何を言ったところで一族の決意が曲がらない事は萃香自身薄々と分かっていた。
何せ酒のために鬼である自分に立ち向かった馬鹿げた一族だ。時代世代が変わろうと彼らの酒にかける熱い精神にはさすがの萃香も完敗せざる終えなかったのである。
萃香は一族と約束を交わすと、一族が作った酒をありったけ持ってその場を後にした――。
――そして……結果だけを言うと、その約束は
一族は戦火に巻き込まれ全滅。そこにあった酒もほとんどが消失してしまった。
「……鬼は嘘を嫌う種族だ。だがあの時の、長の嘘には……何故か怒りは湧かなかった……。たぶん、アタシも内心分かっていたんだろうね。ああなってしまう事が……」
「伊吹様……」
全ての話を終え、古酒に目を落としながら響く萃香に、天魔も目を伏せる。
萃香は水瓶を持ち上げると再び口を開く。
「……だが、アタシは約束を守り続けた。あいつらと再会する約束は果たせなかったが、あいつらからもらった酒を大事に飲むと言う約束は今も果たし続けている。……でも、いくら大事に飲んだ所で時と共にその酒も減って行ってね。今じゃこの世に残ってるのはこの一つだけだったのさ」
「そうだったのですね……」
納得したように響く天魔を前に、萃香は水瓶の中を覗き込む。酒に自分の顔が映り込んでいた。
「……こいつは、アタシとあいつらを繋ぐ最後の『絆』なんだよ。そしてそれこそが……アタシとあいつらの、掛替えのない大事な『宝』なんだ……」
そこまで言った萃香は顔を上げると、今度は夜空に浮かぶ月を眺め、続けて言う。
「だから嬉しいんだ。
嬉しそうに笑いながら目を細めて月を眺める萃香を、天魔も穏やかな顔で眺める。
数秒とも数時間とも言える沈黙の後、ふいに萃香が天魔に眼を向ける。
「それよか天魔。今日はこの後予定はあるかい?」
「え?え、ええと……特には……」
「そうかいそれは良かった!
「ええっ!?そんな、こんな大事なお酒を飲むわけには――」
「アタシが許すって言ってんだ!それとも何か?アタシの酒が飲めないってのか!?」
「よ、喜んでお相手させていただきます!!」
先ほどまでのシリアス空気はどこへやら。一変して陽気な性格を取り戻した萃香は、帰って来た古酒で天魔と一緒に月見酒としゃれ込むのであった――。
それから少し時間がたち、木々の紅葉が地面へと多く落ち始め、冬の到来の兆しが見え始めた頃――。
人里の一角に四ツ谷、小傘、薊の三人の姿があった。
三人は目の前に建つ、完成間近の
四ツ谷が響く。
「もうすぐ、だな……」
「もうすぐ、ですね。……
薊がそう言い、小傘も頷く。
「うん。それに……わちきたちの、
もう直ぐ冬が訪れると言うのに、三人の間にはまるで新しい出会いに胸を膨らませる春が到来したかのように、皆意気揚々であった。
四ツ谷たちに同時に訪れる『二つの変化』。新しい生活の始まりが直ぐそこまで来ていた――。
これにて『踊るしかばねと墓まねき』終了です。
次回は幕間・その二へと話が続き、その後ショートストーリー詰め合わせ編を行う予定です。