年末、一年の終りも差し迫った頃、四ツ谷会館の面々は大掃除に明け暮れていた。
と言うのも、四ツ谷会館は全体的に見えてもかなり広く、それでいて反対にそこに住んでいる者たちは、通い勤めている薊を含めても、わずか五名だけであり丸一日かけても終りはしない事は目に見えていた。
ならば誰か応援を呼ぶ方法もあったが、時期は年末故、どこも同じく掃除や年越しの準備で忙しいためそれはできぬ話であった。
結局、大掃除は四ツ谷たち五名だけで当たる事となり、遊ぶ余裕も無く、会館を隅から隅まで綺麗に掃除し終えたのは、開始から三日後のことであった――。
怠け癖のあった四ツ谷も、事今回にいたっては、一人だけ何もしない訳にもいかないと考えていたのだろう。率先して大掃除の作業に当たっていた。
ゴーン……ゴーン……!
そして迎える大晦日の夜。命蓮寺の方向から鐘の音が鳴り響く。除夜の鐘だ。
今年もあとわずか。
大掃除を終え、正月を迎える準備も済ませた四ツ谷たちは、人里中央にある広場へとやって来ていた。
そこではいくつもの露店が立ち並び、広場の中央には簡素ながらも特設ステージが設けられていた。そこでは見知った者やそうでない者たちなどが歌や芸など、様々な出し物を観客たちに披露してワイワイと楽しませていた。
「う~さぶっ!今夜はやたらと冷え込むじゃねーか」
中折れ帽を被り、分厚い羽織と
「本当ですね~。でも帰ったら金小僧が年越しソバを作って待っててくれるみたいですから、それまでの我慢ですよ」
四ツ谷の呟きに、背後を同じく分厚い羽織を纏った小傘が答えた。
今四ツ谷に付き添っているのは小傘だけであった。
金小僧も折り畳み入道も、人目に出られる体躯ではないため、今は会館で留守番をしてもらっている。
薊も今夜は家族と過ごすため、この場にはいない。
「ったく……。大晦日の祭りだから何か美味そうなモンが売ってるんじゃないかと露店巡りに出かけたは良いが、こう寒くっちゃその気も失せる」
「帰りますか師匠?」
「いんや、もうちょい粘って探してみる。うぅぅ……『しばれる』のォ……」
そんな会話をしながら四ツ谷と小傘が広場を歩いていると、ふいに声がかけられる。
「おや、館長さんじゃないですか」
その声のした方へ四ツ谷と小傘が目を向けると、見知った青年がそこに立っていた。
一見優男に見える短い白髪に眼鏡をかけたその青年は、軽く手を上げて四ツ谷たちに歩み寄る。
「なんだ、誰かと思ったら
「森近さん、こんばんは」
その青年が知り合いである
森近は魔法の森の直ぐそばに古道具屋『香霖堂』を開いている店主である。人里の外に店を構える彼はもちろん普通の人間ではなく、人と妖怪の間に生まれたハーフであった。
そんな彼に四ツ谷たちはちょっとした借りがある。
それは会館完成披露宴のおり、会場の室温を上げるためにたくさんの石油ストーブを森近から借りていたのである。
今じゃ小傘の鍛冶場の
そのため急遽四ツ谷は、魔理沙経由で森近とコンタクトを取り、多くの石油ストーブを借りたという出来事があったのだ。
「久しぶりだね。どうだい会館経営の調子は?」
「気長にやらさせてもらってるよ」
「師匠は食っちゃ寝ばかりですけどねー」
森近の言葉に四ツ谷と小傘がそう返し、直後四ツ谷は小傘をひじで軽く小突く。
それを尻目に再び四ツ谷は、苦笑を浮かべている森近に目を向けた。
「……会館披露宴の時は世話になった」
「あれぐらいどうって事無いよ。
「ストーブの
次の瞬間、森近は片手を挙げて制止し、四ツ谷の言葉を遮った。
そして首を振って、四ツ谷に声をかける。
「すまない、代金は要らないんだ。でもその代わりに君たちに頼みたい事があって……」
「頼みたい事?」
首を傾げる四ツ谷に、森近は「本当に申し訳ない」と言いたげに両手を合わせてお願いするように響いた。
「……大掃除、手伝って欲しい」
「ハァ!??」
予想外の森近のその言葉に四ツ谷は素っ頓狂な声を上げる。
「大掃除って……まだやってなかったのか?」
「いや仕方ないんだよ?うちって店内だけじゃなく倉庫の方も含めると結構広いからさ。一人じゃとてもとても……」
「一人じゃって……アンタんとこ確か一人従業員いなかったか?こう、鳥っぽい奴がさ」
「彼女はダメだ。日がな一日、本読んでるだけで一向に手伝ってもくれない」
大きく肩を落として同じく大きくため息をついた森近の周りを何とも言えない哀愁が漂っているのを四ツ谷と小傘は感じ取っていた。
一拍置いて森近は再び両手を合わせると深々と四ツ谷と小傘に懇願した。
「だから頼む。もうかなり埃が積もっている状態なんだ。人手は喉から手が出るほどほしい……!」
「わ、わかったわかった手伝いに行ってやる。だが今すぐは無理だぞ?やれるとしたら年明け後になるが……」
あまりの事にやや動揺しながら四ツ谷がそう言って了承すると、森近はホッと安心したような顔を浮かべ、頭を上げる。
「感謝するよ。実はこちらも今すぐとはできない状況でね。年明けは色々と予定が詰まっている状態なんだ。だから大掃除はもう少し先の話になるけれど、時間の目処が立ったら直ぐに連絡するよ」
「ああ、わかった」
四ツ谷が頷いたのを確認した森近は、再びホッと胸をなでおろすと、ゆっくりと踵を返す。
「ありがとう、それじゃあ僕はもう行くよ。この後、慧音先生と妹紅と合流して博麗神社の宴会に参加する予定だからね……。よかったら君たちも一緒に来るかい?」
「いんや。今回俺たちはパスだ。今年は会館ですごすつもりだからな」
「そうか。それじゃあお二人ともまた、よいお年を……!」
そう言って手をひらひらと振りながら、森近は四ツ谷と小傘の元から去り、人ごみの中へと消えていった。
その場に残った四ツ谷は頭をガシガシとかきながら一人呟く。
「やれやれ、年明けも大掃除か……」
「時間ならたっぷりあるから良いじゃないですか師匠?」
横から覗き込むようにしてそう言ってきた小傘を軽くスルーしながら、四ツ谷は再び歩き出そうとし、
「お!館長さんじゃないか?そこにいるの!」
背後から聞こえてきたその声にその動きが止まり、四ツ谷と小傘は同時に振り向いた。
見るとそこには広場に建てられたステージの観客席があり、そこに座っていた観客の一人が四ツ谷に指を刺しているのが見えた。
一呼吸置いて他の観客もその近くを歩いていた周囲の人々も全員四ツ谷へと視線を向け注目した。
そして観客席にいた他の客たちからも声が上がる。
「丁度良いや、いま出し物が一つ終わったところなんだ。館長さん、時間があるようだったらここでいくつか怪談を語ってくれよ!」
「いいわねそれ!館長さん、ちょっとこっちへ来てくださいよ!」
「怪談を語ってくれ!とびっきり怖いのをさ!」
「新しいのが良いな!」
「館長さんの怪談はクセになるんだよ!結構好きなんだぜ俺!」
そう言ってワイワイと怪談を求める周囲の人々に四ツ谷は面食らう。
そして次の瞬間にフゥッとため息を吐くと小傘に問いかける。
「小傘、年明けまで後どのくらいだ?」
「まだ少し余裕がありますね。怪談二、三話ぐらいはいけるんじゃないでしょうか?」
「そうか。……ヒッヒッヒ!こんなクソ寒い中なのに怪談が聞きたいなんてもの好きな奴らだ!」
「その怪談へと向ける好奇心、その引き金を引いたのは間違いなく師匠本人ですけどねー」
そう言いながらも小傘の顔は笑っていた。何だかんだ言いつつも彼女も四ツ谷の語る怪談は好きなのである。
小傘のその言葉を聞きながら、四ツ谷は中折れ帽を片手で押さえ、いつもどおりに顔を不気味に歪ませるとゆったりとした足取りで舞台へと向かって歩いていく。
好奇心に満ちた周囲の視線を受けながら、高々に声を張り上げた。
「――そこまで言うのであれば語ってあげましょう!今年最後の、あなた達の為の……とっておきの怪談を……!」
雲一つ無い月の明るい大晦日の夜――。
人里の中央で、今年最後の悲鳴が轟渡り……同時に大量の『畏れ』が生まれ、幻想郷じゅうへと広まっていったのであった――。
遅くなって申し訳ありません。
この時期は多忙故、なかなか書く時間がありませんでした。
まだこの状況は続きそうで、次の投稿もまた間が空くかと思われます。
おそらく落ち着くのはゴールデンウィーク明けだと思いますが、それまでこの作品を楽しみにしてもらっていただいている読者の皆々様にはご迷惑かとは存じますが、何かとご容赦の程深くお願い申し上げます。