四ツ谷を拘束、監禁する事に成功した霊夢であったが、彼に対する不安は消えることが無かった――。
「そうか……。四ツ谷の館長殿が巫女様にのぅ」
「はい……。『大丈夫だ』って連れて行かれる時、四ツ谷さんはそう言っていましたけど、でも……」
寺子屋で起こった『四隅の怪』の一件から翌日の朝。
梳は小傘たちに頼まれた買い物をしている最中、とある老人とばったり出くわし、そのまま話し込んでいた。
人となりが良く、誰とでも接しやすいその容姿と性格から、幻想郷に来た当初の梳も買い物がてらよく相談を聞いてもらっていたのだ。
それ故、今では小傘たち同様に、梳にとって運松は比較的話しやすい相手となっていたのである。
梳は運松に昨日の事を話し、相談をする。
「……四ツ谷さん、大丈夫でしょうか?」
「うぅ~む、あの
「そ、そうでしょうか?私、まだあの会館では新参者ですから、まだ四ツ谷さんの事はよく理解し切れていなくって……」
「うむ。お嬢さんから見て館長殿はどんな方なのかのぅ?」
運松にそう問われ、梳は数秒考える素振りを見せる。そして、自信なさげに運松に答えを返した。
「え、え~と……怪談とそれを聞いた人の悲鳴が大好きな変わった方、でしょうか?」
「うむ、大正解じゃ。余分な部分も足りぬ部分も一切無い完璧な回答じゃな」
「ええっ!?」
バッサリと言い切る運松に梳は目を丸くする。
驚く梳を尻目に、運松は四ツ谷に対する私見を彼女に語る。
「わしも数回話した程度に過ぎんが、それでも分かる事はあるぞ?四ツ谷館長殿は根っからの『怪談創作』とそれから生まれる『他者の悲鳴』を大いに好いているお方じゃ。悪く言えば、その二つしかかの御仁の頭の中に無いとも言える。それ故、それらに対する情熱は純粋で己が魂を賭けているとさえ思える節すらある」
「そんな……たかが怪談なんかでそこまで一生懸命になれるモノなのですか?」
「他者から見れば『たかが怪談』なのじゃろう。じゃがあの方にとっては『されど怪談』なのじゃ。『怪談』と『悲鳴』のためであれば、全力を注いでそれを成し遂げる。それが四ツ谷文太郎という男なのじゃろう」
「それ故に――」と運松は続けて口を開く。その目は先ほどまでとは違ってやや細まり、梳から視線を移動させてジッと博麗神社のある方角を見据えていた――。
「事、それらと深く関わっているその一件、巫女様に閉じ込められて転んだとて……あの御仁はただでは起きぬじゃろうがのぅ」
梳はそんな運松の姿をぼんやりと見つめる。そして何か言おうと口を開きかけた時、唐突に第三者の声が響いた。
「……おい、そこの
乱暴なその口ぶりに、梳と運松が同時に声のした方へと顔を向けた。
そこには見るからに柄の悪い男が二人を――正確には運松を睨みつけていた。
怪訝な顔で運松が男に声をかける。
「何じゃ、お主は?」
「アンタだろ?たちどころに怪我が治るっつー『秘薬』を持ってるっていう爺はよォ」
つっけんどんな口調で問いかけるその男の態度にそばで見ていた梳は不快に顔をしかめる。
運松も梳ほどではないにせよ、気分を悪くしたのか僅かに眉をしかめた。
男はそんな二人の様子には気にも留めず、ズンズンと運松に近づくと突然その胸倉を乱暴に掴み上げた。
「その『秘薬』を直ぐに寄越せ。
「ちょ、ちょっと何なんですかあなた!!」
明らかな脅し文句で運松に顔を近づけてそう凄むその男に、見ていられなくなった梳が声を上げる。
「あ゛ン!?」と男は視線を運松から梳へと移動させると、運松を掴んでいる手とは反対の手で梳をこれまた乱暴に突き飛ばした。
「きゃあっ!?」
「話に割り込んで来てんじゃねえよッ!」
地面に強く尻餅をついた梳に、男はそう怒鳴る。そんな男から梳をかばうようにして運松は男の肩に手を置いて口を開く。
「これこれ、よさんか」
「うっせぇな爺!テメエも痛い目にあいたいか!?」
「今は朝じゃ。それに人目のあるこの通りで一騒動を起こすつもりかの?」
耳元で運松にそう問われ、男はピタリと口を閉ざし、チラリと周りを見渡す。
するとそこには何事かと、遠巻きにこちらの様子を伺う通行人たちの姿が見て取れた。
それを見た男が「チッ!」と大きく舌打ちをし、運松を掴んでいた手を離した。
そして、それと同時に運松が男に向けて口を開く。
「『秘薬』が欲しいのであれば、今から家に来ると良い。怪我をしているのじゃったらわしがそこで塗ってやろう」
「……へぇー、やけに気前が良いじゃねぇか爺」
「面倒事はさっさと終わらせるに限るからのぅ」
「ハンッ!さっさとそこへ案内しな!」
そう言って乱暴に運松を押しながら歩き始める男。運松は肩越しに未だ地面に座り込んでいる梳に声をかける。
「それじゃあ、またのぅお嬢さん。館長さんが帰ってきたらよろしく言っといてくれのぅ」
「何喋ってやがる!さっさと歩け!」
男がそう怒鳴りながら運松と共に細い路地の奥へと消えて行く――。
しかし、その場に残された梳はこのまま帰る事などできなかった。
「運松さん……」
運松の身を案じた梳は立ち上がって着物についた土汚れを軽くはらうと、梳も運松と男を追うようにして路地の奥へと消えて行った――。
運松と男を追って着いた先は、人里では珍しい木造三階建ての大きな家であった。どうやらここが運松の自宅であるらしい。
その家に運松と男が入っていったのを確認した梳は、裏手に回り、眼に留まった格子窓から中の様子を覗き込んだ。
するとそこには勝手知ったる他人の家とばかりに、居間であぐらを掻く男と、奥の間から小さな壷を抱えて出てくる運松の姿があった。
その壷の中身こそ、男が言っていた『秘薬』であった。
以前運松がとある一件で山の河童から貰った代物であり、それを塗ると酷い怪我などたちどころに完治することができる優れ物の薬であった。
もっとも、使いすぎて今ではもう少ししか量が残っていない状況だが――。
運松が男のそばに座ると、男が運松が持ってきた壷を見て口を開く。
「そいつが例の『秘薬』か。さぁ、さっさと塗れ。痛みが治まんなくてしょうがねぇ」
そう言って男は運松に背を向けると、上半身の着物を脱いで
運松も覗き見ていた梳も
そこには男の右肩から左斜め下へ背中の中央へ向かうようにして細長い打撲痕が走っていたのである。
青紫色に変色している部分もあれば内出血を起こしているのか赤黒くなっている部分もあり、それらが点々と肩から背中中央に向けて続いていたのである。
まるで何か
「……これはまた、酷い打ち身じゃのぅ。まるで棒か何かで殴られたようではないか」
「オイ、妙な詮索してんじゃねぇ!さっさと治せ!」
男がそう言った直後、苦悶に満ちた表情で、片手で背中を押さえるようにしてうずくまる。
「ッくっそ……!
そう言って運松を睨みつけながら叫ぶ。
「我慢できねぇ!オイ、何ぼさっとしてやがる!!さっさとその『秘薬』を塗って治せっつってんだよォ!!」
「ほいほい、分かった分かった。そう怒鳴りなさるな」
運松は男の怒鳴り声も諸共せず、壷の蓋を取るとちょいちょいと右手の先の部分に中の薬をつけ、それを男の背中に塗り始める。
その間、覗き見ていた梳は、男の背中の『棒状の痕』と先ほど男が漏らした『昨日の夕方から』という言葉に引っかかりを覚えていた。
ふと思い出されるのは同じく『昨日の夕方』に起こった四隅の怪の『五人目』事件。そしてその時の博麗霊夢の証言――。
――『直接じゃないけど、このお祓い棒で背中を思いっきり殴ってやったわ』――。
(まさか……)
単なる偶然。一瞬そうも思った梳だったが、霊夢のその時の言葉と目の前にいる男の背中にある痕と言葉が梳の頭の中でグルグルと渦を巻き始め、留まる事がなかった――。
(失敗した……)
寺子屋の門前で上白沢慧音は頭を抱えて空を仰ぎ見ていた。
今日は登校日。本来ならとっくに子供たちがやって来て授業を受けている時刻なのだが、今現在寺子屋は教員以外、生徒は誰一人としていなかった――。
(私のしくじりだ……。子供たちに口止めをするのをすっかり忘れていた……!)
昨日、本当に『五人目』が出てしまったショックからか、慧音は同じく現場を目撃していた太一たち五人組に口止めをしないまま家に帰してしまったのである。
そして、家に帰った子供たちは、それぞれ家族に寺子屋であった出来事を話してしまい、それが今朝になって他の生徒たちの保護者たちの耳へと伝播してしまったのだった。
結果、今日寺子屋にやってきたのはいつもの生徒たちではなく、その保護者たち。
寺子屋に詰め掛けた彼らは昨日の一件を根掘り葉掘りと慧音に問い詰めた挙句、この一件が解決するまで子供たちを寺子屋には通わせないと一方的に言いきって帰ってしまったのであった。
それがついさっきの出来事。
慧音は子供たちを思って行った計画とその後のミスが大変な結果を招いてしまった事に頭を悩ませた。
この分では今日はもはや休校にしなければいかなくなるだろう。
深いため息をつきながら、慧音は寺子屋で待機している他の教職員たちにどう説明したものかと考えながら、寺子屋の中へと足を向ける。
と、そこへ慧音の背中に声をかける者が現れた。
「……慧音先生?先ほどここで何か騒いでいたみたいですが、何かあったのですか……?」
慧音が振り向くと、そこには二十代前半らしき若い女性が立っていた。
その女性、名を
成人した彼女は現在、両親と祖父母、そして二人の弟たちと共に暮らしており、彼女自身も反物作りで家計を支えていた。
昔の教え子――とは言え、家が寺子屋の隣なため、卒業後も高い頻度で会う事も多く、慧音にとって柚葉は親しみの深い相手となっていた。
「……おはよう柚葉。いや、何と言うか、な……今日寺子屋は休校になるかもしれん」
「え?どう言うことですか?」
「あー……。うん、まあ……さっき、保護者の方たちにも話してしまった事だから今更隠し立てするつもりは無いが、あまり大っぴらにふれまわらないでほしいんだ……」
そう前置きして慧音は柚葉に昨日起こった『四隅の怪』の一件を先ほど保護者たちと同じようにぽつりぽつりと語って聞かせた。
そうして一通り話し終えた慧音であったが、その直後に柚葉の様子がおかしいことに気づく。
「…………」
血の気の引いた真っ青な顔をした柚葉は、何かを考えるかのように自身の足元に視線を落としていた。
(どうしたと言うんだ?寺子屋に変なのが出たから怖くなったのか……?)
怪訝な顔で慧音がそんな事を考えていると、ふいに柚葉は慧音に向けて顔を上げた。
「……あ、あの、慧音先生。その時出たと言う『五人目』ってどうなったのですか?もしかして巫女様に退治されたのですか?」
「え?いや、正直な所分からないんだ。あの後直ぐ部屋に飛び込んだのだがそんな奴の影も形も無くてな……まるで煙のように消えてしまったんだ」
「そう、ですか……」
そう呟いて再び視線を落とす柚葉。それを見た慧音はますます怪訝な顔を浮かべた。
柚葉のこの口調。まるで『五人目』と遭遇した自分たちにではなく、『五人目』そのものの安否を気にしているかのようだと、慧音にはそう思えたのだ。
疑問に思って怪訝な顔を向ける慧音に気づいた柚葉は慌てる。
「あ、えと……。す、すみません。私これから用事があるので、これで……!」
「あ!待ってくれ!」
踵を返して立ち去ろうとする柚葉を慧音は慌てて彼女の腕を掴んで引き止める。その瞬間――。
「痛ッ!」
「!?」
そう強く掴んだはずではないのに、柚葉の顔は痛みに耐えるかのように大きく歪んだ。
それを見た慧音は反射的に手を離してしまう。
そして次の瞬間、慧音は見た――。
手を離した瞬間に柚葉の着物の袖が大きくめくれ上がり、慧音が掴んでいた方の腕が手首から肘にかけて露になる。
そうして見えた女性らしい白い肌の上に……
呆然となる慧音を尻目に、柚葉は慌てて腕を着物の袖に隠すと逃げるように自宅へと戻って行ったのだった――。
「……どうしよう。塩を切らしてたのすっかり忘れてたわ……」
博麗神社の境内で博麗霊夢は頭を抱え悩んでいた。
彼女は先の言葉通り、人里で塩を購入するのを忘れており、それを思い出して今から買いに行こうかどうしようかと迷っている最中であった。
いつもなら迷わず人里へ買いに向かうのだが、今回はその
(どうしようかしら?『五人目』の一件がいつ解決するか分からない以上、このまま塩が無い生活はちょっと痛い。誰か呼んであいつを見張ってもらおうかしら?……あーでも、私の周りにいる奴って今一つ信用に欠ける奴ばっかなのよねー。……でも逆に買出しに行かせるのもどうかと思うわね。誰かに自分の財布を任せるわけにはいかないし……。じゃあ、やっぱり誰かにあいつを見てもらうしか……)
そうウンウンと唸りながら霊夢が考え込んでいると唐突に彼女の背中に声がかかった。
「やっほー♪霊夢さん、おひさ……ってあれ?何か悩み事ですか?」
「……あー、まぁねー。って言うか本当に久しぶりじゃない。ここずっと顔を見てなかったから
しばらく聞いていなかった声を耳にして、僅かに安堵の息を混じらせたため息を吐きながら、霊夢は声の持ち主へと振り返りながらそう言った。
そうして真正面から向き合った霊夢は続けてその人物へと声をかける。
「……元気そうじゃない――『菫子』」
「どうもー♪霊夢さん。遊びに来ちゃいました♪」
黒い帽子に眼鏡をかけ、茶色の髪と瞳を持つ『外来少女』――
本っっっっ当に申し訳ありませんでしたぁっ!
前回、近いうちに投稿すると書いておきながら、結局また一ヶ月以上かかってしまいました!
いや、ホントに申し訳ありませんorz
できれば次回こそ速めに投稿できればと考えております。
さて今回、『東方茨歌仙』から職漁師の運松を、『東方深秘録』から宇佐見菫子を登場させてみましたw