君のためなら俺は   作:アナイアレイター

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第13話

 悠斗達が中学三年にもなると一つ学年が上の楯無は一足先に高校生となり、名門であるIS学園に通うようになる。これまでと同様に悠斗の側にいるという事が難しくなった。

 IS学園は貴重なIS操縦者を保護するという名目もあるため、全寮制だからだ。外出するのにも申請書を書かなければならない。

 更に楯無は更識家が持つ自由国籍権によりロシアの国籍を得て、高い実力を持っていた彼女は一気にロシアの代表候補生となったのだ。更識家当主としての仕事もこなしつつ、代表候補生としての練習もしなければならないと、これまでとは忙しさのランクが二つほど跳ね上がっていた。

 

「さぁ、今日もきりきり頑張りましょうか!」

「お嬢様、あまり無理はされないようお願いしますよ?」

 

 しかし、伊達に中学生の時点で楯無の名を引き継いだ訳ではない。当主としての仕事、代表候補生としての仕事、どちらも十全にこなしていく。幼馴染兼従者の虚の協力があったのも大きいかもしれない。

 今もこれからISでの練習をするべく、意気込む楯無に虚が釘を刺す。楯無も心配性な従者に苦笑いしつつ、返事した。

 

「分かってるわよ、虚ちゃん。あ、今何時かしら?」

「十六時を回ったところです。いつものですか?」

 

 ISスーツで時計も何も持たない楯無は虚に時間を訊ねるも、質問の答えに付け加えられた『いつもの』という言葉に顔が急速に熱を持ち始める。

 

「そ、そうだけど、いつものって……」

「ええ、毎日してますから。それはいつものと言いたくもなります」

「そ、そんな事、ない、わよ……?」

「疑問系じゃないですか」

「うぅぅぅ……虚ちゃんのいじわる……」

 

 何とか口答えするも、少なくとも今の虚に口では勝てそうにもない。現にただ時間を尋ねただけなのに、虚は制服のポケットからあるものを取り出していた。

 掌に置き、ニコニコと笑顔を浮かべている虚はまるでどうぞお取りくださいと言わんばかり。それを勢い良く手に取ると赤い顔のまま、楯無は言う。

 

「ちょ、ちょっとだけだからねっ。本当にちょっとだけなんだからっ」

「はいはい、簡単にですがISを見ておきますからゆっくりでいいですよ」

「ぐ、うぅ……!」

 

 言い訳がましく言う楯無に虚はどうでも良さげに返した。まるで話にならない。完全にからかわれてる事に楯無は不満ながらも、アリーナを後に。

 

「虚ちゃんに彼氏が出来たら絶対にからかってやるんだから……!」

 

 小さな仕返しを胸に、控え室で先程渡された携帯電話を操作する。ここ最近、虚の言う通り何度も繰り返し操作した電話画面までの移行は、気付けば楯無の中でタイムアタックを行うまでになっていた。

 

「よしっ、自己ベスト更新!」

 

 どうやら今日は調子が良いようで、一週間前に樹立した記録を塗り替える事が出来たらしい。後はゆっくりと携帯電話を耳に押し当てて、ただ待つだけ。

 

「(悠斗くん……)」

 

 コール音が鳴る中で楯無は電話相手の事を思う。この待ち時間が最初は胸が苦しくて切なかった。前までなら面と向かって話す事が出来たのに、今は声しか聞けない上に待たなければならない。

 それが今では待ち時間も一つの楽しみになっていた。壁に寄りかかり、電話に出るまで相手の事を思うだけで胸が高鳴る。それまで感じていた苦しさとは違ったもの。

 

「悠斗くん……」

「何だ?」

「ひゅいぃぃぃ!!?」

「……ひゅいぃぃぃ?」

 

 悠斗が電話に出たのは神がかったタイミングだった。まさか呟いた名前の人に聞かれるとは思いもせず、意表を突かれた楯無は変な声を上げてしまう。携帯電話を投げ出さなかったのは奇跡としか言いようがない。

 

「な、何でもない! ど、どうして今日はこんなに出るの早いの!?」

「毎日同じ時間に電話されれば嫌でも分かる

 」

「そ、そんな事――――」

「それに今日はいつもより遅かったから少し心配していた。大丈夫なのか?」

「え、あ、ぅ……」

「どうした?」

 

 そんな事はない、と楯無は否定したかったが続く言葉に完全に停止させられる。さっきよりも顔が熱くなるのを楯無は自覚した。

 単純に心配してくれていた事が嬉しかったのだ。言い方はあの中学一年生の時以来、ぶっきらぼうになっている。だがそのおかげで時折こうして見せてくる優しさが楯無の心を撃ち抜いていく。相変わらず悠斗という男はずるい。

 

「だ、大丈夫、大丈夫だから」

「そうか、無理はするなよ」

「え、えへへへ~。はーいっ」

「……やけに上機嫌だな。何かあったのか?」

「何でもないのっ」

 

 嬉しさのあまりにやける顔を抑えようとするが、いつもの引き締まった顔に戻すのは時間が掛かる事になるだろう。どうやらそれが声にまで出ていたみたいで、悠斗が不思議そうにしていた。

 元々側にいられなくなった楯無が悠斗を心配し、今日の報告という形で電話するのが切っ掛けだ。本来なら楯無の部下が監視しているのでこんな電話など必要ないのだが、そこは得意の口先でごり押した。直接声が聞きたかったなんて言えるはずがない。

 

 最早虚に言っていた、ちょっとだけなどすっかり忘れていた楯無だった。本人は自覚していないが、今の嬉しそうに笑う彼女を見れば一目で分かるだろう。

 

 ――――恋をしていると。

 

「明日からの土日はそっち行くからね」

「毎回言うが、無理して来なくていいんだぞ。お前だって忙しいだろ」

「いいの、たまには息抜きだって必要なのよ」

「……分かった。好きにしろ」

 

 土日になると毎回楯無は外泊の申請書を書き、悠斗の元へ行く。忙しいとかを言い訳にはせず、体調不良じゃない限り必ず来ていた。何を言っても楯無は来ると分かっている悠斗はそれ以上言わない。

 

「……じゃあね、また今度電話するから」

 

 やがて楽しい時間も終わりを告げる。それまで楽しげな表情だった楯無もこの時ばかりはどうしても暗くなる。長かった電話も終わろうと別れの文句を言う楯無に――――

 

「ん。楯無」

「何?」

「その、いつも心配してくれてありがとう」

「えっ……?」

 

 感謝という名の爆弾が落とされた。

 

「じゃあな」

「う、うん……」

 

 何かを言う暇もなく、悠斗は電話を切る。唖然としながら楯無は携帯電話の画面を見て、力強く頷いた。

 

「うんっ」

 

 土日は悠斗と会うために練習は出来ない。だからこそ、会えない平日に濃い練習をこなす。

 他の国家代表を目指す者が聞いたら卒倒しそうな理由だが、楯無は至って真面目だ。真面目に国家代表を目指している。

 

「あ、お嬢様。漸くお戻りになりましたか。やはりちょっとだけというのは嘘だったみたいで――――」

「頑張るわよー!!」

「えぇ……?」

 

 それはからかおうとした矢先の事。アリーナに戻った楯無が開口一番の叫びに、従者として、幼馴染としても長年付き合ってきた虚でさえ困惑してしまう。

 その日、更識楯無はいつもより三割増しで元気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎えた中学生生活最後の大会。やはりというべきか、悠斗はまたもや優勝を逃してしまう。三度目の正直と挑んだこの大会でも駄目だったのだ。

 しかし、無茶を繰り返し、限界を迎えていた彼に結果を出せと言うのが酷な話。

 

「悠斗くん……」

「…………ああ」

 

 隣で心配する楯無に力ない返事をする悠斗の視線の先には表彰台に立つ一夏の姿があった。優勝したのは一夏だった。

 僅か一年足らず期間で何年ものブランクを取り戻し、恐ろしいほどの速度で力を付けたのだ。才能溢れる一夏だからこそ出来たのだと理解するのは難くない。

 

「…………ああ」

 

 悠斗は思った。羨ましいと。それと同時に一夏はやっぱり凄いんだなと考えた。きっと一夏なら全国にも行けるのだろうと。いや、そのまま優勝するかもしれない。

 それに比べて――――

 

「悠斗くん、その……」

 

 羨望の眼差しで一夏を見る悠斗を必死に慰めようとする楯無だったが、言葉が見つからなかった。何を言っても、今の悠斗を慰める事は出来ない。ただ眺める事しか出来なかった。

 

 一足先に帰る事にした悠斗は帰りの電車の中でも一言も話さなかった。ずっと俯いているせいか、楯無よりも大きいはずの身長が今日は小さく見える。

 何故か不安だった楯無は悠斗を家まで一緒に付き添う事にした。幸か不幸か、家には悠斗の家族は誰もいない。変に今日の結果を聞かれる事もないと一安心した。

 

「今日はゆっくり休んで、ね?」

「…………ああ」

「明日どうするか、決めたら連絡ちょうだい」

「…………ああ」

 

 上の空で決まった返事しかしない悠斗にどんどん不安が大きくなる楯無だが、今は一人にした方がいいだろうと悠斗の家を後にした。

 

「悠斗くん……」

 

 夜、未だに悠斗からの連絡が来ない事に更に不安が大きくなる。あのまま悠斗の側にいた方が良かったんじゃないのかと楯無は思う。だが楯無もあれ以上悠斗を見ているのが辛かったのだ。

 

「はぁ……お風呂にでも入って来ようかな……ぅん?」

 

 その時、楯無の携帯電話が鳴る。漸く悠斗から連絡が来たのかと思ったら、部下からの連絡だった。

 それに酷く落胆するも、これも仕方ないと気持ちを切り替えて電話に出る。

 

「もしもし? どうしたの?」

「楯無様、白井悠斗が――――」

「えっ……!!」

 

 話を聞くと同時に楯無は走り出す。電話の内容はこうだ。悠斗を護衛、監視していたチームが楯無と別れた後、直ぐに道場へ向かい、夜の十時を過ぎた今もまだ稽古をしていると。少なくとも五時間は休憩もなしに行っている。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 焦りのあまり車を呼び出す事さえ忘れて楯無は走る。悠斗の元へ。最早理知的に動く事なんて頭になかった。ただあの人の元へと行くという想いが楯無を動かしていた。

 漸く辿り着いた道場の扉を開くとそこには剣を振る悠斗の背中が。近付こうとした瞬間、ふらつき、その場に倒れた。

 

「悠斗くん!!」

 

 一気に血の気が引くも、楯無は倒れた悠斗の元へ走り寄る。上半身を抱き起こすと分厚いはずの道着は汗で濡れており、どれだけの間稽古してたかを物語っていた。脱水症状の可能性が高い。

 

「悠斗くん、しっかりして!!」

「……ん。ああ、楯無か……」

「大丈夫!? 大丈夫なのね!?」

「少し目眩がしただけだ……」

 

 目眩がしたという事は良くとも中程度の脱水症状だ。しかし、明らかに意識を失っていたので重度の可能性もある。となれば楯無の判断は早かった。

 

「早くスポーツドリンク持ってきて! それと救急車!」

「スポーツドリンクはこちらに。救急車はただいま手配します」

 

 物陰から現れた楯無の部下からスポーツドリンクを渡されると直ぐに封を開け、悠斗の半開きの口へゆっくり運ぶ。飲みやすいように少しだけ角度が付くように悠斗の頭を自身の膝の上に乗せて。

 

「大丈夫? 飲める?」

「んぐ……んぐ……。ぷはっ、だから言ってるだろ……目眩がしただけだって……」

「良かった……!」

 

 どうやら本当に目眩がしただけらしい。救急車の手配は取り止めて、更識家が雇っている医者を呼ぶ事にした。そちらの方が早いし、信用も出来る。楯無も冷静ではなかったようだ。

 

「どうしてこんなになるまで……」

 

 悠斗を膝の上に乗せながら楯無が問い掛けた。負ける度に無茶を繰り返していたが、今回は度が過ぎている。質問するのは当然だった。

 

「……俺、さ」

「うん」

「頑張れば、頑張った分だけ夢に近付けるって思ってたんだ」

「うん」

 

 気付けば悠斗の口調が昔の、険しい表情をする前のものに戻っている。だが楯無はそれを指摘せずに黙って話を聞く事にした。

 

「それがたとえ一歩ずつでも、確実に夢に向かって行ってるって思ってた。箒に会えるんだって。一歩でも近付ける明日が待ち遠しかった」

「……うん」

 

 真っ直ぐ天井へとゆっくり手を伸ばし、悠斗は虚空にある何かを掴もうとする。きっとその先には箒との暖かい未来があるのは容易に想像出来た。容易に想像出来ただけに楯無の胸が苦しく、痛みを上げる。

 だが悠斗の腕も途中で止まってしまった。

 

「でも中学一年生の時に、あの大会で負けた時に、それは間違いだって思い知らされたんだ」

「えっ……?」

 

 伸ばされていた右腕は横にパタリと倒れ、代わりに左腕が悠斗の目を覆った。何かを隠すように。しかし、隠しきれずに涙が頬を伝う。

 

「夢が遠ざかっていくんだ……! あの日から、何をしても夢から遠ざかっていくんだよ……!!」

「悠斗くん……」

「嫌だ……! 嫌だ……!! 明日になればまた遠ざかっていく……! 明日が怖い……!」

 

 五年間、悠斗と一緒にいるようになってそれだけの月日が経つ楯無も初めて聞く悠斗の弱音。涙声混じりの叫びはまるで悠斗を幼い子供のように見せた。

 

「大丈夫よ、悠斗くんならいつかきっと……」

「いつかって何時なんだ!? 俺は何時まで箒を待たせればいいんだ!?」

「それでも、あなたならきっと……!」

「やめろ! 気休めで言うな! 俺はそんなに強くない!」

 

 諦められるものなら当の昔に諦めているだろう。それでも悠斗がこれまでやってこれたのは箒との約束があったからこそ。それだけを頼りに今日まで頑張って来たのだ。

 しかし、それも限界を迎えようとしている。他ならぬ箒との約束が悠斗を苦しめていた。

 

「ごめん……箒……ごめん……」

 

 元々疲労していたのもあってか、一頻り泣き叫ぶと悠斗は眠りに付いた。譫言のように箒への謝罪を繰り返しながら。

 

 それを見た楯無が投げ出されていた悠斗の右手を取り、握り締める。左手は優しく悠斗の頬を撫でた。目の前で苦しんでいるこの人が安らげるように。

 

「大丈夫……あなたは私が守るから」

 

 漸く楯無は自身の気持ちに気付いたのだ。以前から悠斗に抱いていた想いをゆっくりと紡いでいく。

 目の前にいるこの人が苦しまなくて済むように、悲しまなくて済むように。

 

「ううん。お願い、私に守らせて」

 

 出会った日に言ったこの言葉はあの時とは明確な違いを持っていた。あの時は多少の情が湧いたとは言え、あくまで仕事の上で言っていたのだ。

 

 だが今は違う。もう仕事なんて関係ない。楯無は私情で以て、この男を支えると誓ったのだ。篠ノ之箒なんて関係ない。自分が側で悠斗を支えるのだと。たとえ悠斗がその瞳に箒しか映さずとも――――

 

「私はあなたを愛しています」

 

 楯無の誓いは誰にも聞かれずに道場に流れた風に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年は明けて、二月の中旬。悠斗は日本で有数のIS企業、倉持技研所有の研究所にいた。その横には当然のように楯無もいる。

 二人の手は固く繋がれていた。いや、楯無の方から一方的に強く握られているのが正しい。あの日、初めて弱さを見せた時から悠斗の存在が希薄になっていた。こうでもしないと何処かに消えてしまうのではないかと、楯無は不安になっていたのだ。

 

 さて、何故悠斗がIS企業の研究所にいるかと言うと、遂に世界初の男性IS操縦者が現れたからだ。その名も織斑一夏。

 家族から世界で唯一の男性IS操縦者が現れた事で、悠斗も保護プログラムに入る事になった。そして、その間に世界中で男性IS操縦者の検査が行われ、悠斗が残った最後の一人となったのだ。

 

「悠斗くん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「……うん、じゃあさっさと終わらせましょう?」

「そうだな」

「……っ」

 

 微笑む悠斗に楯無は眉をひそめる。あれ以来、悠斗は以前のように笑うようになった。だがそれは楯無や悠斗をよく知る人物からすれば、悠斗が浮かべているのは作り笑いでしかない。

 楯無に作り笑いが嫌だと言った悠斗が作り笑いをしているこの状況を打破すべく、楯無は一人手を尽くしていたが、全ては無駄に終わった。楯無ではどうにも出来ない。

 

「さ、これに触れてみて。もし適性があるのなら反応があるはずだから」

「はい」

 

 言われた通り、悠斗は手を伸ばす。その先にはこの世界の象徴たるISが鎮座していた。

 箒との別れの原因であり、家族が離ればなれになった原因に今、悠斗が触れる。

 

「っ!!」

「な!?」

 

 その瞬間、悠斗に膨大な情報が流れ、光に包まれる。何度も見た光景に楯無は驚愕した。

 まさか、そんな。そうして光が収まればそこには日本の代表的なIS、《打鉄》を纏った悠斗の姿が。

 

「は、はは……」

 

 乾いた笑いが悠斗の口から溢れた。クリアーになった思考が、悠斗が生きてきて得られたピースを一つずつ嵌め込んでいき、そして――――

 

「はははっ!! やった! これなら俺は!!」

 

 一つの絵が完成した。箒のために出来上がった絵に歓喜の声を上げる。本当の笑みを浮かべて。ここに、二人目の男性IS操縦者が誕生した。

 

 その後、隔離されていたホテルに戻ると悠斗は抑えきれない歓喜の気持ちを出しながら廊下を歩いていた。先程完成した計画を思い浮かべながら。

 

「(やれる。そうだ、俺はやれるんだ!)」

 

 意気揚々と与えられた部屋の扉を開けた先、悠斗しかいないはずの部屋にその人はいた。

 

「やっほー、ゆーくん!」

「束さん……?」

 

 忘れもしない、箒の姉にして、ISの開発者、そして現在指名手配中の束が何故か部屋の中にいた。

 

「どうしてここに……?」

「ゆーくんにした、お礼の感想を聞きたくて」

「お礼?」

 

 嫌な予感が悠斗を包み込んだ。聞きたくないが、聞かざるを得ない。そうして少しずつ開けてはいけないパンドラの箱が開かれる。

 

「いやー、動かせるのは知ってたけど、まさか最初にいっくんが動かしちゃうなんてね。いっくんの方向音痴には束さんもビックリだよ!」

「ああ、やっぱり……」

 

 一夏が動かしたのはたまたま受験する藍越学園とIS学園の試験会場が同じで、そこに一夏の極度の方向音痴が重なった結果だった。言ってしまえば本当に偶然だったのだ。

 

「でね、ゆーくんは私がそういう風にISに指令を出したの。ゆーくんを操作出来るようにって。そうすればIS学園に行く箒ちゃんとも会えるから」

「えっ……? 一夏みたいに俺にも動かせたんじゃ……?」

「……あまりゆーくんにこんな事言いたくないんだけど」

 

 それまでおちゃらけていた束が顔に影を落とす。束の口振りに当然の疑問を抱く悠斗に告げられたのは――――

 

「ゆーくんには才能がない」

 

 幾千幾万のどんな嘘よりも酷い、たった一つの真実だった。

 

「普通の人ならISは乗れば乗るほど適性が上がっていく。でもゆーくんは無理矢理動かしているのに近いから適性が上がる事なんてない。最低のままだよ」

「どうにも、出来ないんですか……?」

「ドイツが適性上げるナノマシン作ってたけど、ないやつに打ち込んだら不適合で死んじゃったみたいだからね。どうにも出来ないよ」

 

 適性はISの動かしやすさや武器を量子変換する際に関係してくる。動かしやすさは訓練次第でどうとでもなるが、量子変換はどうにもならない。悠斗はそれが最低のランクのそれまた最低だ。

 

「分かって、いました……」

 

 悠斗は膝から崩れ落ちた。自分が誰よりも才能がないなんて事は悠斗は知っている。だが、それでもやらなければならないのだ。悠斗はそのまま頭を床にまで下げて、土下座して懇願した。

 

「お願いします。俺に力をください」

「……何で? ゆーくんは箒ちゃんのボディーガードになるんじゃないの?」

「実は――――」

 

 自身が思い付いた計画を話していく悠斗。その話を聞いていく内に束も真剣にその話と向き合う。

 

「確かにそれなら箒ちゃんの側にいられる。私の目的とも合致するし、メリットはあるね」

「束さんの目的?」

「ああ、気にしないで」

 

 束の目的に悠斗は首を傾げるが、どうやら教えてくれそうにないらしい。

 そんな悠斗へ束が続ける。

 

「でもねゆーくん、ゆーくんがやろうとしている事はこの世界に大きな影響を与えるんだよ?」

「分かっています」

「ゆーくんは色んな奴等に目を付けられる」

「覚悟の上です」

 

 どれだけ言っても悠斗は微塵の迷いもなく答えていく。やがて観念したかのように束は溜め息を吐くと手を差し伸べた。

 

「あ、ありがとうございま――――」

「待って、ゆーくん」

「えっ?」

 

 差し伸べた手を悠斗が掴もうとした瞬間、その差出人である束が待ったを掛けた。

 

「ゆーくんに差し伸べたこの手は神様の手でも、天使の手でもない。これは悪魔の手なんだよ」

「悪魔の、手……?」

 

 そう、と頷いた束は更に続ける。

 

「悪魔は力を与える代わりに代償を求める。それはゆーくんの命かもしれない。それでも――――」

 

 束が言い終える前に悠斗はその手を掴んだ。代償を求め、それは悠斗の命かもしれないと言ったにも関わらず、迷わず悠斗は力を求める。自身にはない力を。

 

「それで箒の側にいられるなら」

「契約成立、だね」

 

 ここに契約は成立した。この計画が世界を揺るがすほどになる事を他の人が知るのはまだ少し先。

 

 




次回から漸く原作?本編?に入ります。

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