16年の離別、その間……

 中国ドラマ『神鵰侠侶』をみての、二次アイデア。
 切り落とされた左腕を、取り戻す。「義手」の制作をめぐる話―――

 原作では、16年の間に何が起きたのか、あまり説明されずじまい。
 離別の悲しみを抱えながら、ソレを独自の武術「黯然銷魂掌」に昇華するまでの模索の日々。剣魔・独孤求敗の剣技「無剣の有剣に勝る境地」へ至るための、ひたすらの修行の日々。真の「義侠」とは何なのか、恨みも怒りも悲しみすらも超えた心情とは……などなど。神鵰兄貴と諸国をめぐりながら、ただただ約束の日を待つ。辛すぎる日々がたぶんに想像できる。
 そんな喪失しつづける中、失われたもの/切り落とされた左腕の代わりとなる「義手」を、制作してくれる人に出会う。楊過のことだから、たぶん若い女性の技師。南宋の時代あたりでは異端、というか新しすぎる考え/気味悪いことで、そもそも不可能とされてきた。けど、武芸とか気功を重ね合わせることで、現代におけるハイテク義手を超えるような/生の手足にも劣らない義手・義足を作ることができる。事故や戦争で不具になってしまった人々を救える、画期的な新技術。……そんな話があっても、よさそう。

 悲しみは抱えるものなのか、それとも乗り越えるべきものなのか―――。取り戻せる方法があるからこそ、提示できる。
 また、おそらくこの世の残酷な事実の一つ、「願い続けても願った願いは叶わない」。他の誰かにソレがもたらされるのを、ただただ傍目に見続ける。けど、その願いを忘れることで願いは叶う―――。失われた左腕は、小龍女との離別の刻印にもなってしまった。だから、ソレを解消しない限り、再会もまたありえない、葛藤も生まれる。

 ただ、もしも義手を手に入れたら、「片腕の~」な特徴的/魅力的な外見が失われてしまう。 加えて、立て続け降りかかる悲劇と取り戻すことができない喪失感は、この物語と楊過というキャラを特別なものにしている要因。大切なこととはいえ、代替品。ソレをあてがってしまうことは、不純物を混ぜることにもなる。……プラスになる話ではないのかもしれない。
 だから、「第二の母親」。自分にあたらしい体を授けてくれる大切な人、これまでの話には登場してこなかったタイプの女性。……こういう結論に至れたら、いけるかも。

 


日時:2019年10月22日(火) 21:04

<< ドラマ『神鵰侠侶』2014年版、視聴 『偽物のキセキ』最新話投稿、その29 >>


返信

    現在:0文字 10~1000文字