そんな中、彼は人類史上初の男性艦娘になれると判断されます。
渡りに船と彼は艦娘を志願し、鬼教官那智の指導する訓練所に送られます。そして彼は海軍と深海棲艦、そして融和派の戦争に深く関わっていくことになります。

この作品の特徴といえば、間違いなく文体でしょう。
翻訳小説を思わせる良いくどさに溢れた主人公の語り。緻密に書かれた心理描写は病みつきになります。
挟まれるユーモアや有名な作品からの引用も、突出することなく、雰囲気に合っています。
癖のある悪役めいたキャラクターも、数多い魅せ場や主人公の皮肉、微妙な欠点や仕草によって嫌いにはなれません。皆に悪いところがあり、それが良さを引き立てているのです。
中でも素晴らしいところは会話でしょう。友人として対等な立場で交わされる言葉には、文にはならずとも隠された感情がありありと想像できるものです。精神的な未熟さや取り繕うとする様子が見える、戦闘時の会話もまた面白いものです。
特に、少年の多くを占める響との会話は必見で、日本語とロシア語の二ヶ国語を用いたやり取りは味わい深く、何度も見直したいと思うほどです。

暗い雰囲気の作品ではあります。実際、主人公の知っている人間を目の前で失うこともあります。一般受けするような展開もそうありません。
ですが、常に鬱々としているわけではなく、仲間たちとのやり取りは清涼剤的な役割を果たし、作品を読みやすくしています。

文章がくどいとすぐに投げず、読み進めていってほしい作品です。

▲短縮する

本作にそのような夢はない。好きの反対は嫌いではなく無関心とはよく言ったもので、ハーレムものだと美少女たちが主人公に大した理由なく好意を抱いているか、逆におそろしく嫌悪してくるかのどちらかであることが多い。嫌われまくっているなら、逆にいえばその人はこちらに少なからず興味があることの裏返しであるから、むしろ望みがもてる。
どっこい、本作の主人公は、けっこうな割合の艦娘からお世辞にも好ましいとはいえない感情を向けられているが、その度合いが生々しいほどに絶妙なのだ。蛇蝎のごとく嫌われているわけではない。腫れ物をあつかうように避けられている。できるならあの人とは一緒に組みたくないな・・・どっかいってくれないかな・・・言外にそんな心情さえ聞こえてきそうなほどである。この嫌われかたは個人的に胃が痛い。対処のしようがないのだ。好かれようとすればよけいに嫌な顔をされるパターンである。いっそ「このクズ！」と罵ってもらったほうが楽でさえある。
とはいえすべての艦娘が彼を嫌っているわけではない。友情といってよいものを結ぶ艦娘らもいる。この違いはいったいどこに、なにに起因するのか、明かされる日がくることを願ってやまない。

また、フィクションとしてのリアリティをストイックなまでに追求する姿勢にも注目されたい。主人公をはじめとした登場人物たちは、深海棲艦との戦争に勝ちたいとか平和を取り戻したいとかいう大上段な目標は感じさせない。あるのは、とにかく今日の自分の仕事をつつがなく終わらせて、明日も今日の続きをし、あとはせいぜい同期や上官の不興を買わないようにこころがける・・・願いというほどのものでもない、我々とおなじ等身大の望みである。それもまた魅力的でもある。

▼読む際の注意事項など
タグをごらんいただきたい。
「TSしません」
ああ、男が艦娘になると聞いて、よもや男のままだなんて、だれが想像できただろう。TSしませんでタグ検索してもヒットするのは本作だけなのだ！
艦これをプレイしていたらゲームの世界に召喚されたとか、神様に転生させてもらったとか、いわゆるテンプレでないと読みたくないという人にも合わないかもしれない。ここで描かれるのはあくまで現実世界の延長である。そこに生きる人々は、主人公も含めて、その世界で生まれ育った、一人の人間にすぎない。だから一介の少年が知りえないはずの重要な事実や真理を彼だけが知っているという都合のよいこともない。

つまり本作は、読む人を相当に選ぶ作品なのだ。皆に好かれることはおそらくない。だが、そのリアリティや雰囲気が琴線に触れたならば、もうがっちりと捕らえて離さない魅力をもっている。艦これ二次創作のニッチをつくカルト作品といってもよいだろう。

▲短縮する