行別ここすき者数
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(0)四国を囲む神樹の壁--
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(0)その壁の上で有咲と千聖は向かい合っていた。
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(0)かつて勇者の座を争った2人--
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(0)有咲が勇者になる事が決定した後から、千聖は一度も彼女に会っていなかった。随分と久しぶりの再会である。千聖達の頭上に広がる冬の空は、冷たい空気に覆われている。しかし一歩、壁の外に出れば、そこは灼熱の地獄となるのだ。地獄の間際で、かつての勇者候補筆頭の2人は対峙していた。
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(0)千聖「あなたにこんな所で会うとは思わなかったわ……有咲ちゃん。」
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(0)有咲「そうだな……私もだよ。」
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(0)有咲は思い詰めた表情を浮かべ、彼女らしい気の強さは影を潜めていた--
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(0)街が白く染まっていた。
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(0)花音「わあぁぁ、雪だ!雪だよ!!」
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(0)花音は叫びながらゴールドタワーから駆け出して来た。
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(0)花音「寒〜い!!でも、雪だぁ〜!」
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(0)地面を薄っすらと覆う積雪。その上に足跡を付ける事を楽しむように、花音は騒ぎながら走る。かつて、まだ四国以外の地が残っていた時代には、冬になると平野部でも毎日雪が積もる地域もあったらしい。
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(0)しかし、この国に四国しか残ってない現在、山以外で雪が積もる事は滅多に無い。
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(0)日菜「花音ちゃーん、雪程度でそんなに大騒ぎしなくても…。まるで子犬の様だよ。」
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(0)日菜は呆れた様に呟いた。数年ぶりに平野部で雪が積もった事から明らかなように、今年の雪は寒さが厳しい。
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(0)日菜「花音ちゃんも子供だねぇ〜ぶはっ!」
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(0)言葉の途中で、日菜の顔に花音が投げた雪玉が命中した。
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(0)日菜「か〜の〜ん〜ちゃ〜ん〜?」
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(0)柳眉を逆立て、日菜も足元の雪を拾って球状に固め始める。2人の雪合戦が始まった。
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(0)千聖「花音、何やってるの。今日の特訓を始めるわよ!日菜ちゃんも!」
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(0)始まったところで、タワーから千聖が出てきて厳しい口調で言う。千聖の隣にはイヴも一緒にいた。
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(0)花音「え〜、特訓はイヤだよ、千聖ちゃ〜ん!!だってもう12月26日だよ!クリスマス過ぎちゃったんだよ!!冬休みの時期だよ〜!」
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(0)千聖「私達は防人という御役目を担ってるのよ。それに会社なんかは、大晦日まで働いてる所だってあるわよ。」
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(0)花音「ふえぇぇぇっ〜!!」
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(0)神世紀300年が終わろうとしていた。千聖達防人隊は今もゴールドタワーに留まり、いつ起こるかもしれない出動に備えて鍛錬を続けている。"国造り"を行う為の任務は終わったが、依然として四国は危機的状況にあり、また突発的な任務が発生する可能性もあるからだ。
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(0)彩が奉火祭の生贄を免れた後、世界の状況は目まぐるしく動いているらしい。防人達に与えられる情報は少ないが、ある程度の状況は千聖でも推測出来た。
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(0)彩を含めた6人の巫女の代わりに、当代勇者である"山吹沙綾"が天の神に捧げられた。その後、他の勇者5人が沙綾を結界外の劫火から救い出したのだという。生贄は無くなり、状況は振り出しに戻ったのだ。大赦は今後の対策に大騒ぎしているらしい。
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(0)だが、千聖は勇者達の行動を賞賛したい気持ちだった。
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(0)千聖(さすが有咲ちゃん達ね……私が出来なかった事をやってのけてしまうなんて。)
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(0)犠牲無き道を拓ける者こそが勇者--
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(0)千聖はそう考えている。
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(0)当代の勇者達は沙綾を助け出し、犠牲無き道を切り拓いた。その結果、状況が振り出しに戻ったとしても、また新たな道を模索して足掻けば良いだけなのだから。
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(0)花音「中学校だったら冬休みなんだから、絶対に訓練なんかしないよ!」
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(0)タワーの外で駄々を捏ねる花音をどうしようかと、千聖は思案する。
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(0)千聖(力ずくで引っ張っていこうかしら…それとも、もう守ってあげないと脅すのがいいかしら……。)
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(0)そこへ、
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(0)彩「千聖ちゃーん、みんなー!」
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(0)タワーから興奮気味に、早足で彩が出てきた。良い事でもあったのか、声が弾んでいる。
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(0)彩「凄い知らせがあるみたいだよ!みんな、展望台に集まって!」
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(0)そう言われ、4人は彩の後について行った。
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(0)千聖達が展望台に来ると、既に他の防人達も揃っていた。そこにはかつて先代勇者の御目付役だった女性神官、安芸ではなく、男性の神官が立っていた。以前は防人との連絡や指示は彼女が行なっていたのだが、最近はその姿をほとんど見せなくなっていた。展望台の防人たちが神官へ向ける目には、一様に警戒と反抗心が宿っている。
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(0)彩が奉火祭の生贄として指名された一件の後、防人達は大赦や神官への不信感が根付いている。今回もまた何か理不尽な通達をされるのではないかと、どの少女も思っているのだ。
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(0)男性の神官が話し出す。
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(0)神官「本日はみなさんに報告があります。現在、大赦内部で、防人という御役目を廃止するように手続きが勧められています。」
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(0)千聖「どういう事ですか?……私達は解散という事ですか?」
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(0)警戒心たっぷりの千聖の問い掛けに、神官は平然と答えた。
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(0)神官「いいえ、この部隊はそのまま残り続けます。ただし、皆さんは"防人"ではなく、正式に"勇者"と呼ばれる事となるでしょう。」
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(0)防人達「「「!?」」」
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(0)神官の言葉に、防人の少女達がざわつき始めた。
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(0)神官「まだ少し先の話ではありますが、みなさんの扱いも勇者として相応なものとなり、まとう戦衣の性能も大幅に向上される予定です。既に皆さんのご家族にも通達されています。ご家族の方々も、誇らしい事だと喜んでいる様です。」
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(0)勇者という御役目は、世界を守る最も名誉ある立場だ。勇者を出した家となれば、今後は名家として扱われ、大赦から特別な援助を受けられるのである。勇者という御役目は危険もあるが、危険度の高さなら防人も同じである。つまり防人から勇者へ昇格となる事には、マイナス面が無い。家族が喜ぶのが当然である。
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(0)勿論防人達にとっても、名誉であり喜ばしい事だ。防人達は皆、元勇者候補だが、千聖の様に自分が勇者になれると思っている者はほとんどいない。そんな彼女達にとって、今回の勇者昇格は夢の様な話だった。最初は神官の言葉を警戒していた少女達も、目を輝かせ始める。
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(0)花音「神官さん、それ本当なの!?」
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(0)花音は興奮しながら質問する。
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(0)神官「本当です。もし信じられないのなら、ご家族に確認を取ってみてください。」
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(0)防人の少女達は喜んではしゃぎ始めた。
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(0)防人「やったよ!」
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(0)防人「すごい、凄いよ!」
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(0)防人「私達、勇者様になれるんだ!!」
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(0)日菜「これで、氷河家は勇者を輩出した家として、名前が上がるんだね…。」
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(0)日菜も噛みしめる様に呟いた。
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(0)花音「やったぁ!やったよ、千聖ちゃん!私達勇者になるんだって!……あれ?千聖ちゃん、あんまり喜んでない?」
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(0)千聖の表情が硬い事に気付いた花音が、怪訝そうな顔をする。千聖は神官の言葉をそのまま素直には受け取る事が出来なかった。
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(0)千聖(勇者の力の源は神樹なはず……。神樹の力が尽きかけてる今、勇者を32人も追加する事など出来るの?防人の士気を上げる為、防人の大赦への信頼を上げる為に、不可能な事をただ掲げてるだけの可能性もある……。)
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(0)その時、イヴが千聖の服の裾を掴み、引っ張った。
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(0)イヴ「…何か、心配してるんですか?」
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(0)イヴが千聖の顔を覗き込んで尋ねる。イヴの問いに千聖は少し沈黙した後、苦笑して首を横に振った。
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(0)千聖「……いいえ。私達が勇者として扱われるのは、良い事だと思うわ。」
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(0)今の千聖は、大赦から与えられる勇者という地位に興味を持たない。しかし、部隊に勇者という地位が与えられれば、大赦は今後彼女達の命を軽視し、使い捨てにしにくくなるのだろう。そして戦衣の性能が上がれば、死の危険は少なくなる。千聖が目指す"犠牲ゼロ"の為には、その方が絶対に良いのだ。
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(0)勇者への昇格という話を聞き、盛り上がっている少女のの中で、千聖は声を上げる。
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(0)千聖「みんな、聞いてちょうだい!」
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(0)防人達の注目が千聖へ集まる。
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(0)千聖「勇者への昇格は名誉な事だわ。でもまだ正式に勇者になったと決まった訳では無いし、勇者になった後も今までと同じく危険はつきまとうはずよ。気を緩めず、きっちり自分を鍛えていく事を怠らない様に!勇者になってもならなくても、私たちの部隊から犠牲者は出さないわ!絶対に!!」
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(0)防人達「「「了解!」」」
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(0)相も変わらず厳格な隊長の言葉に、少女達は気を引き締めて答えた。
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(0)次の日、ゴールドタワー展望台--
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(0)千聖「久しぶり……ですね。」
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(0)千聖が安芸に会ったのは、防人達に勇者昇格が報告された翌日だった。早朝のトレーニングを終えた後、何となく立ち寄った展望台に、彼女の姿があった。展望台の窓際で大橋の方を向いていた彼女は、千聖の声に振り返った。
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(0)安芸「……この時間はまだ誰も起きてないと思いましたが、そうですね…あなたは夜明け前から自主トレーニングを行っていましたね。」
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(0)千聖「私だけじゃありません。日菜ちゃんも私と同じメニューをこなしてますし、他にも自主的にトレーニングを始めた人もいます。」
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(0)安芸「あなたの影響が着々と広まっているようですね。あなたをこの部隊の隊長にした事は、やはり間違っていなかった。」
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(0)変わらず淡々とした口調で安芸は話す。
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(0)千聖「最近はタワーに姿を見せてませんでしたが、私達の監督役から外れたんですか?」
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(0)安芸「そうですね。色々と、やらなければならない事が増えたのです。しかし、私がいない方が防人達の精神衛生的にも良いでしょう。防人達の中には私を嫌っている者も少なくないですから。」
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(0)彩の奉火祭の犠牲にすると通達した彼女に対し、多くの人が今も反発心を抱いている。
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(0)千聖「あなたは大赦の決定を伝えただけでしょう?」
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(0)安芸「それでも、実際に伝達した者が恨まれる者です。」
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(0)千聖「………。」
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(0)思えば千聖も、かつて勇者争奪に敗れた事を伝えられた時、彼女を憎んだのだから。あの決定も、彼女の独断では無かったのに。
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(0)安芸は淡々と語る。
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(0)安芸「それに、何故お前はその決定に対抗しなかったんだ、という怒りもあるでしょう。事実、私は丸山さんを生贄にするという案に、一切反対しなかった。」
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(0)千聖「…あなたは、少数を犠牲にして多数を救う事は、正しい事だと言いましたよね。」
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(0)安芸「ええ。」
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(0)千聖「それは本当に、あなたの考えなんですか?」
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(0)安芸「どういう意味ですか、白鷺さん。」
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(0)千聖「大赦がそういう信念を持っている事は確かだと思います。でもあなた自身は……大赦とは切り離したあなた個人は、本当に同じ考えをしているんですか?」
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(0)安芸「………。」
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(0)千聖「あなたはいつも感情を見せないようにしていたわ。個人的な感情や考えを消していた。だから、少数を犠牲にして多数を救うべきという考えも、ただ大赦の意思を口にしただけで、あなた個人の考えは別にあるかもしれないって事よ。」
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(0)かつて先代勇者の御目付役であり、学校の担任教師だったという彼女。先代勇者の1人は、人類を守る為の犠牲となって命を落とした。その死に対してもやはり彼女は、多数を救う為の正しい犠牲だったと思っているのであろうか。
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(0)安芸「別の考えなどありません。大赦の意思が私の意思です。神官は大赦の一部……手足が脳と異なる意思を持つ事が無いように、神官もまた大赦と同じ意思しか持ちません。」
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(0)そう言って安芸は、千聖の横を通って展望台の出入り口へ向かう。エレベーターの到着を待っている間に、彼女は言った。
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(0)安芸「私はもうこのタワーに来る事は無いでしょう。」
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(0)千聖「そうですか。」
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(0)安芸「この"莎夜殿 "が完成するまでは、ここにいるだろうと思っていたのですが。」
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(0)千聖「莎夜殿?」
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(0)安芸「大赦内では、このタワーはそう呼ばれているのです。"莎 "……これはあなた達の戦衣のモチーフである"薺 "と同じく雑草です。そして日向である勇者の影…夜が防人。故に"莎夜殿"。」
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(0)安芸「"今井家"が直々に命名したそうです。今もまだタワーは改装中ですが、いずれ完成した暁には、正式に"莎夜殿"として改名されるはずです。」
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(0)"今井家"は名家中の名家であり、"花園家"と並んで大赦のツートップの1つだと言われている。今井家がそう決めたなのであれば、必ずその名前になるだろう。
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(0)そしてエレベーターが到着し、女性神官は展望台を去っていった。後に千聖が他の神官から聞いた話によると、ゴールドタワーの改装は防人用の居住施設と関連施設を造るだけではないらしい。かつての大橋と同様に、四国の"霊的国防装置"の1つとなる予定であり、天から迫る敵に対してタワー自体が射出されて迎撃するのだという。
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(0)千聖は呆気に取られたが、バーテックスを四国外へと転送する機能を持っていた大橋も、考えてみればオーバーテクノロジーの産物である。神樹の力と大赦の技術があれば、莎夜殿のような装置を作る事も可能なのかもしれない。とはいえその装置が完成するまでは、まだ半年以上かかるそうだ。