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(1)墓地。
(0)クラウディア・フォン・レッケンベルの墓前。
(0)その墓前には、大量の花が捧げられている。
(1)ああ、レッケンベル殿は本当に国中から愛されていたのであろう。
(2)花の質で判るのだ。
(3)平民が小遣い銭で花売り娘から買えるような質素な一輪の花から。
(2)貴族が大枚はたいて買ったような、豪勢な花束まで。
(1)全てが揃っている。
(0)それが一目で判る様子であった。
(0)私が倒した、そのヴィレンドルフきっての英傑の墓の前に膝を折り、アンハルト王宮から盗んで来たバラの花を捧げる。
(1)リーゼンロッテ女王の大切にしている亡き王配のバラ、その価値は捧げられた花の中でも高い方だと思う。
(6)きっと、レッケンベル騎士団長はヴァルハラで大爆笑していよう。
(0)それはよい。
(0)それはよいのだが。
(0)私を貫く視線、それが背後からでもよく判る。
(0)この超人的感覚では、手に取るように判るのだ。
(0)ニーナ・フォン・レッケンベル。
(0)レッケンベル騎士団長の忘れ形見、その一人娘。
(0)彼女はカタリナ女王との謁見を終えてから、墓に案内するまでの間、一言も喋らなかった。
(0)こっちも同様である。
(0)語り掛けることはできなかった。
(0)自分が戦場で殺した相手の、一人娘にどう語り掛けて良いか判らなかったのだ。
(0)目を瞑る。
(0)今はただ、レッケンベル騎士団長の冥福を祈る。
(0)ヴァルハラで確実にエインヘリヤルとして歓迎されたであろう、彼女の冥福を祈るのも変か。
(2)ヴィーグリーズの野にて、敵である巨人どもを相手にまわしての活躍を、代わりに祈る事にしようか。
(0)私は瞑目し、祈りを続ける。
(0)それが数分経った頃であろうか。
(0)私は立ち上がり、ずっと私の背後を貫いていた視線の主に声を掛けた。
(0)
(0)「行こうか。ニーナ嬢の屋敷に」
(0)「王都を見て周る気はありませんか? カタリナ女王はそのように」
(1)「いや、目立つのは御免だ。なにせこの体格なのでな。このような背の高さの男、目立って仕方ないだろう」
(0)
(0)フリューテッドアーマーはすでに脱ぎ終えた。
(0)おそらく、帰路につくまで着用することは無いだろう。
(0)今は用意しておいた礼服で、ニーナ嬢に相対している。
(0)
(0)「そうですか、では我が屋敷に案内します。再び、馬車にお乗りください」
(0)「判った。マルティナ、行くぞ」
(0)「了解しました」
(0)
(0)第二王女、ヴァリエール嬢はこの場に居ない。
(0)今日はもう何もしたくない、と憔悴しきった顔で、第二王女親衛隊を引き連れニーナ嬢の屋敷に先に向かった。
(0)可哀想に。
(0)いや、心労の一つ、バラを盗んだのは私のせいだが。
(1)後はカタリナ女王との交渉で気疲れしたのであろう。
(1)ヴァリエール様は初陣で成長した。
(0)私から見ても、そう感じ取れる。
(1)だが、才能としてはやはり凡人なのだ。
(1)女王の気に当てられるのは厳しかったか。
(1)そんな事を思いながら、馬車に乗る。
(0)馬車に乗るのはニーナ嬢、マルティナ、それに挟まれて私。
(3)まだ幼いともいえる少女二人に挟まれる、身長2m超えの筋肉モリモリマッチョマンという構図。
(0)奇妙な光景であった。
(0)
(1)「マルティナ・フォン・ボーセル殿」
(0)「はい」
(0)
(1)私という巨大な肉塊の存在を無視して。
(0)ニーナ嬢が、マルティナに声を掛ける。
(0)
(0)「憎しみはないのですか?」
(0)
(0)その発言は、唐突であった。
(0)意味は理解できる。
(0)母親を殺した、ファウスト・フォン・ポリドロという人物が憎くはないのか。
(0)そういう意味であろう。
(0)
(0)「ありません」
(0)
(0)マルティナはあっさりと答えた。
(0)
(1)「母は売国奴でありました。貴女の母のような、国中がその死に涙する英傑とは違うのです」
(1)「だが、母親であった」
(1)「それがどうしました」
(0)
(0)ニーナ嬢の問いに、マルティナが跳ね除ける様に答える。
(0)
(1)「母親です。しかし、売国奴でした」
(2)「お前は、あの謁見の場にいた。ファウスト・フォン・ポリドロ卿の、母君マリアンヌ殿への慟哭を聞いた。何も感じなかったのか。お前の母は、お前を愛さなかったのか」
(0)
(0)ニーナ嬢の、再びの問い。
(0)私を引き合いに出されたが、私は口を挟む気にはなれない。
(0)黙り込み、マルティナの答えを待つ。
(0)
(1)「母は、カロリーヌは、私を確かに愛しておりました」
(0)「なら」
(1)「なれど、ファウスト様を憎みなどしませぬ。あまりに筋違いであります」
(0)
(0)マルティナが、ニーナ嬢を無視する様に顔を背けていたのを止め、ニーナ嬢の目を見つめる。
(0)
(0)「貴女は、ファウスト様を憎んでおいでですか」
(1)「侮辱するな! 憎んではおらぬ!!」
(0)
(0)揺れ動く馬車の中、その小さな背でニーナ嬢が立ち上がる。
(0)
(5)「正々堂々だ! 正々堂々、ポリドロ卿は我が母上を討ち取ったのだ。そしてその遺体を丁重に返却し、その闘いを生涯忘れないとまで言ってくれた。この王都までの道中にて、我が母上への弔いのようにあらゆる騎士の一騎打ちを断らず、ここまで来たのだ! それを、それを」
(0)
(0)ニーナ嬢が、感情的な声を張り上げるが。
(0)やがてそれは途中で止まり、ニーナ嬢の従士であろう馬を引いていた者が馬車の中を覗き込む。
(0)ニーナ嬢の叫び声が聞こえたのであろう。
(0)馬車は一時、停止する。
(0)
(0)「失礼します。ニーナ様、何か」
(0)「何でもない。馬車を止めないでくれ」
(0)
(0)ニーナ嬢は座り込み、口を閉じる。
(0)従士は馬車の中に突っ込んだ首を引き戻し、再び馬を操る。
(0)馬車が動き出した。
(0)
(4)「憎む事など。憎める要素など、どこにもないのだ。憎めば、ヴァルハラにいる母上が激怒するであろう」
(0)
(1)ニーナ嬢の、自分に言い聞かせる様な呟き。
(0)嗚呼。
(1)ニーナ嬢は、悩んでいるのだな。
(1)ならば黙ってはおれず、口を開く。
(0)
(0)「ニーナ・フォン・レッケンベル殿。貴女の名前を、私は何とお呼びすればよろしいか伺っても?」
(2)「……ただのニーナでいい」
(4)「では、ニーナ嬢。私を憎むと言う感情は悪い事ではありません」
(0)
(0)言い聞かせるように、呟く。
(2)憎まれたくはない。
(2)好んで憎まれたくはないんだがなあ。
(2)この子には、私を憎む資格があるのだ。
(0)だから。
(0)
(2)「憎むという事も、愛するという事も、執着から産まれます」
(0)「執着?」
(2)「執着です。例えば、私は領地に執着しております」
(0)
(0)先祖代々の領地。
(0)ポリドロ領。
(0)大した特産品も無い、どうという物もない領地だ。
(0)300人ぽっちの領民が食べて行き、そして少ないながらも食料を輸出して金銭を得られる程度の領地。
(0)だが。
(1)私が先祖代々、いや、母マリアンヌから受け継いだ領地なのだ。
(0)その墓地では、母の遺骸が静かに眠っている。
(0)
(0)「私は、その執着を肯定します」
(0)「どういう意味で肯定すると?」
(3)「貴方が母君、クラウディア・フォン・レッケンベルを心から愛しておられたならば」
(0)
(0)一つ呼吸を置き。
(0)続き、呟く。
(0)
(5)「貴女には、私の首を討ち取る権利がある」
(0)
(0)ああ、言ってしまった。
(0)言わずともよい台詞を。
(0)
(0)「私に、ポリドロ卿を憎めと言うつもりか?」
(2)「少なくとも、私は憎まれて当然の立場の人間だと自覚しております」
(0)
(0)この国では誰もが私を賞賛する。
(0)騎士の誉れであると。
(0)亡きレッケンベルも喜んでおられるだろうと。
(0)だが、果たしてそうなのだろうか。
(0)本当にそれが正しいのだろうか。
(1)愛する母親が殺されたのだ。
(2)それが私の立場ならば――そんな相手、憎んで当たり前ではないか。
(1)ニーナ嬢の心境を想う。
(1)ヴィレンドルフの誰もが、私、ポリドロ卿を肯定する。
(2)ヴィレンドルフの価値観は、私を、ポリドロ卿を憎む相手ではないと肯定してしまう。
(3)母親を殺されたニーナ嬢は、たまらなかったのではないだろうか。
(1)自分の憎しみの感情は間違ったものであると。
(0)そう、周囲から決定されてしまった。
(0)だが、良いのだ。
(1)私は今まで殺してきた敵の親族に憎まれる覚悟を持って、ここに居る。
(0)
(3)「覚悟が出来たなら、いつでも、挑んでおいでなさい。喜んで、とは申しませぬが相手を致します」
(0)
(0)私は優しく、ニーナ嬢に語り掛けた。
(0)ニーナ嬢は、少し沈黙した後。
(0)
(3)「もう、いい。私のこの感情が、おそらく、憎しみという感情が」
(0)
(1)ニーナ嬢が、まだ未成熟のささやかな胸を押さえる。
(0)
(5)「間違っていないと肯定されたならば、それで良い。おそらく、私とポリドロ卿が争う未来はないであろう。今回定められた10年の和平交渉は、きっと延長される」
(0)
(1)そして、何かを静かに諦めた。
(0)そういう表情で、呟いた。
(0)
(11)「だが、ポリドロ卿。刃引きの剣で良い、殺し合いでなくともよい。いつか私が16歳を迎えたら、闘ってはくれないか。ヴァルハラから眺めている我が母上に、自分が如何に成長したかを見せたいのだ」
(2)「承知」
(0)
(0)私は短く答えた。
(0)さて、ニーナ嬢と二人で話し込んでしまったが。
(0)
(0)「マルティナ」
(0)
(0)騎士見習い、我が従士に声を掛ける。
(0)
(0)「何でしょうか」
(1)「マルティナの母親、カロリーヌと私は一騎打ちをした」
(0)「知っております」
(0)
(0)であろう。
(0)だが、まだお前に伝えていない事がある。
(0)
(4)「死の間際のカロリーヌに、何か言い残す言葉があるかと私は問うた。帰って来た言葉は『マルティナ』の一言だけであった」
(0)「……それが、どうしました」
(0)
(0)マルティナが不機嫌そうにそっぽを向く。
(0)
(3)「お前も、私を憎んでよいのだ」
(4)「私は貴方に、その頭を地に擦り付けさせて、命を救われた身です。恩知らずにはなりたくありませぬ」
(4)「あれは、お前を救いたかったのではない」
(0)
(0)そうだ。
(0)厳密にいえば、マルティナ個人を救いたかったのではない。
(0)たまたま、自分の懐に窮鳥が飛び込んでしまっただけ。
(0)戦場でもない平時で、子供の首など自分の手で斬れるはずもない、そんな前世の価値観の暴走。
(0)相手が誰でもリーゼンロッテ女王に懇願し、助けたであろう。
(0)
(3)「自分の酷く歪んだ誉れがそうさせただけだ。だから、マルティナがそれを気にする必要はない。何度でも言う。憎んでよい。私はその覚悟の上で人を殺している」
(3)「いつまで、その様な生き方を続けるおつもりですか」
(7)「私が死ぬまで。恐らくは誰かに殺されるまでだ」
(0)
(0)きっと、ベッドの上では死ねまい。
(0)それは覚悟している。
(0)それは別に良い。
(1)私が欲しいのは、我が領地を受け継いで、立派な領主騎士として生きてくれる跡継ぎだ。
(1)それさえ作れば、人生に悔いはあれど、死んでしまっても構わないと覚悟はできる。
(0)
(5)「ああ、それにしても嫁が欲しい」
(0)
(1)少女二人を無視する様に、愚痴る。
(0)いつになったら私は結婚できるのかね。
(0)
(2)「……ポリドロ卿にも好みがおありかと思いますが、どのような女ならその身を抱かれると?」
(0)
(0)それに反応する、ニーナ嬢の質問。
(0)私は答える。
(0)
(5)「純粋であれば、それでよい」
(0)
(3)オッパイが大きければそれでよい。
(0)処女、非処女など問わぬ。
(1)誰を過去に愛そうが、どんなに男女経験があろうが構わぬ。
(3)むしろ未亡人は興奮する。
(0)
(0)「純粋?」
(1)「そうだ。純粋だ。ああ、男女経験がという意味ではないぞ」
(0)
(5)最後に、そのオッパイの大きい女が私の傍にいて、子を産んでくれればそれでよいのだ。
(0)それが私の純粋という言葉の意味である。
(1)どこまでも純粋な私の感情。
(4)巨乳への憧憬。
(3)それが私の恋愛定理である。
(0)
(1)「まだ、ニーナ嬢には早いかもしれないがね」
(18)「でもファウスト様童貞ですよね。恋愛経験ゼロですよね。そんなドヤ顔で恋愛語られても」
(1)
(1)マルティナの強烈なツッコミ。
(2)事実ではあるが、そう言われても。
(1)アンハルト王国では不人気な容姿の私が嫁を娶るには、童貞であるという貞淑さが必要なのだ。
(0)モテないから、恋愛ができない。
(1)そして恋愛がよく判らないから、ますますモテない。
(2)そしてモテないから、結婚するためには童貞を必死で守らざるを得ない。
(1)負のループである。
(0)
(6)「私の、ヴィレンドルフ人の目から見て、ポリドロ卿がモテないというのは正直理解しがたく、貴方が語る純粋という言葉の意味もよく判らないのですが。まあ、よしとしましょう」
(0)
(0)コホン、と咳をつき。
(0)ニーナ嬢は、微笑んだ。
(1)
(11)「ポリドロ卿、私は貴方を憎んでおりました。ですが、男としての価値を見出してないとまでは言っておりませぬ。私が16歳の時、勝負にて勝利した暁には、その肌身を私に許していただきたいものです」
(6)「12歳のマセガキの言葉としか思えないね」
(1)
(0)私は軽くあしらう。
(0)私はロリコンではない。
(2)大きいオッパイを信仰しているのだ。
(2)つまり熱愛者なのだ。
(7)私は良き騎士であり、勇敢な戦士であり、そしてオッパイの熱愛者であって、立派な領主騎士なのだ。
(0)是非とも、そこのところを理解してもらいたいものだ。
(2)だが、もしニーナ嬢が、その未成熟なオッパイが成長したのならば。
(5)その時は相手をするのもやぶさかではない。
(3)まあ、わざと勝負に負けてやる様なマネは、騎士として死んでもせんがね。
(3)ファウスト・フォン・ポリドロはポリドロ領の名誉のため、無敗である必要があるのだ。
(2)少なくとも、私の跡継ぎが産まれるまでは。
(0)
(0)「ニーナ様、屋敷に到着しました」
(0)
(0)馬車が止まる。
(0)その屋敷は法衣貴族のそれとしては巨大であり、確かに第二王女親衛隊14名を招くスペースもありそうであった。
(0)クラウディア・フォン・レッケンベルが如何に王家から重用され、愛されていたかがうかがい知れる。
(1)正直、大臣が住むような屋敷だろコレ。
(1)さすがに我が領民30名は、王都の宿屋を手配してもらえるようお願いしてあるが。
(0)
(0)「では、屋敷にお入りください」
(0)
(2)私は先に馬車から降りたニーナ嬢に従い、マルティナを引き連れて屋敷内に入る事にした。