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(1)本気で焦った。
(0)
(0)突然、聞き覚えがある声…というか脳内に直接響く音を拾ったかと思えば、太陽を背に現れたのは藍蘭色の翼を広げるDTの姿。最初はシルエットしか分からないほど遠方だったのに、一瞬で距離を詰めると黄組の連中を瞬く間に撃破して眼前に急停止。等速移動しながらこちらと正面から向き合う。
(0)モニター画面一杯に表示される巨人の顔は何の感情も映し出さず、ただただ真っ直ぐと、此方を射抜く。無機質なカメラアイの奥にはまるで深遠なる闇が覗き込んでいるようで…。
(0)
(0)「…いや怖い怖い怖い! 少しは離れてくれる!?」
(0)
(0)ゾッとする視線に怖気付きそうなるが、これでも敵意は無いはずである。たぶん。
(0)構えていた大剣で背負い直して両手でグッと押すと少しだけ距離を置いてくれたが、相変わらず視線がこちらを捉えて離さない。こういった反応に目敏いナギに干渉役を頼みたい所だが、どうも先程の大音響で気絶しているようだ。通信機器から小さく「ふにぁ〜…」と目を回しているような反応しか返ってこない。
(0)
(1)「ーーーあぁ…今日はいつにも増して声が聞き取り辛いな、マコト。その鉄で編んだドレスはお前に似合わないと、前から気になっていたんだが…」
(0)
(0)男だからね仕方ないね。
(0)俺を女性、妹扱いしているので頭に女装した姿を思い描くが、どう見繕ってもグロ画像にしかならない。女のはずの主人公ポジに転生した身だが、エロゲーなどよく見かける女体化ミラクルは俺には起らず男性のままだし、体型や顔つきも前世と全く同じ中肉中背モブ顔から変わっていない。
(0)
(1)「む…気分を悪くしたか? お前の全てを理解出来ない、駄目なお姉ちゃんですまない…」
(1)「………こっちの声は届いてないけど、やっぱ感情を読むとかチートだわ本当。…目が見えないってのは、重すぎるペナルティの気がするけど」
(0)
(0)モニター越しに言葉を交わすが、それで直接やり取りをしている訳ではない。彼女は魔法で通信機器を介さず思念を飛ばし、俺は独り言のように喋っているだけだ。
(0)
(0)自分の正体を…性別を秘匿している俺にとって、実際の声を出す行為は色々な意味で命取りで、控えるべき行為である。しかし彼女に対してだけは発声しながらでないと逆に危ない事情がある。
(0)
(0)ブルーブロンドのポニーテールに黄金比の肢体、絵画のような整った美形のエリザベート・フォーゲルは、【心相掌握】 という心 を 先 読 み する魔法を行使して、相手を丸裸にしてしまうのだ。
(0)代償として視力を失い、常に瞳を閉じているが、それを不自由と感じている様子は一切無い。
(0)彼女の前では凡ゆる攻撃や害意も意味を成さず、戦いにおいては全てを見透かす最強の魔女にして、二重魔法の使い手、二大巨頭のホッパー【雷霆 】の名を世界に轟かせている事でも有名だ。
(0)
(1)前世ではCPU特有の超反応をそれっぽく後付けした、フレーバーテキスト程度にしか考えていなかった魔法だが、リアルで目の当たりにする効果は凄まじい。
(1)単に心を読まれるだけなら感情の起伏や反応を抑えて繕えば、一応の対処はできる。しかし先を読む…つまり彼女が質問等を投げ掛けた瞬間には、こちらがまだ思い浮かべていない心根の部分を、言語化する前の感情の機微を、本人より先に見透かして把握してくるのだから誤魔化しが一切通用しない。
(0)
(1)せめてもの抵抗は、魔法全般に対して抵抗力を持つ金属製の密閉空間に引き篭もるか、喋って余計な考えを頭に巡らせない程度だろう。だから彼女と会話する時はチェイサーのコクピット内で、なるべく口に出しながらコミュニケーションを取るようにしている。
(0)
(0)因みに問屋のクラリッサや赤組のクリムゾン、まだこちらの世界では出逢っていない黄組の一人といった、一皮剥けると三下っぽい性格をしている彼女らとの相性は最悪で、関 わ り 合 い に な っ た だ け でも好感度が下がり、エリザベートの恋愛攻略難易度がブチ上がりする要因になっていた。
(0)
(0)「…マコト?」
(0)
(0)おっと危ない。いくら金属部品に守られているとはいえ、これだけの至近距離。俺の頭の中にあるゲーム関連や前世云々を知られる訳にはいかない。適当に話を合わせてやり過ごすか。
(0)
(0)「助かったよ、姉さん。いつも通り頼りになるな」
(0)「……少し壁を感じるがまぁ良いだろう。それで 今日は疲れているだろうに、何処に行く気だ? 空のピクニックというわけではあるまい」
(0)「あぁ〜…この先に岐阜、じゃないや旧ギフのビアガーデンに仕事をね」
(0)「なるほど。 偶然にも 私や義理の妹達も其処に滞在しているからな。一緒に向かおうではないか」
(0)「え…」
(0)
(0)青組揃ってんの!?
(0)
(0)「最近は何かと物騒だからな。巷では野蛮なブーア共が大規模な徒党を組んで、良からぬ事を企てているとの話もある。万が一を考えて出来るだけ側に居てやりたいんだがな…」
(0)
(0)待って、待って待って!エリザベートから出たブーアの話からして、既にとあるイベントの前兆が始まってるっぽいが、それより何より青組が全員こっち方面に顔を出しているのはヤバすぎる。
(0)彼女達の本拠地である西海方面はモンスター被害が頻発する危険地帯で、難易度的にはストーリー終盤でしか行けない魔境の土地だ。故に求められるホッパーの実力も高く、その中でも生え抜きの青組三人が同時に抜ければ戦力の大幅減少は目に見えている。
(0)
(0)表面的にはここ、旧ニホンのように焦土作戦を実行して沈静化しているように見えるが、水面下では《機神舞踏祭》を引き起こす黒幕が虎視眈々と西海陣営の被害拡大を目論んでおり、下手をすればこれから受ける仕事と同様の、モンスター大量発生イベントを人為的に引き起こす可能性がある。
(0)更に群れが獲物を求めて移動する大暴走 や最悪、大陸間を横断する規模にまで膨れ上がり、逃げる人間を追い詰める終末列車 イベントまで発展してしまう。これではたださえクリアするのが困難な、《機神舞踏祭》が、あり得ない難易度まで上昇する可能性がある。
(0)
(1)こんな時、チート系主人公ならサッサと直接、黒幕を倒しに行くのだろうが、生憎とただの一般人である俺に本 店 を 襲 撃 し て 社 長 を 殺 す のは現状不可能だ。本当、資本主義者はろくな事しねえな…。
(0)
(0)「ともあれ、エリザベートには悪いが何としてでも西海に帰って貰わないとだな…。しかしどう切り出したもんか…」
(0)
(0)むやみやたらと俺に執着している彼女を、穏便に説き伏せるのか。好感度の上げ方は知ってるけど、それを利用して話を誘導する方法とかwikiにも載ってなかったしな…。我ながら恋愛?クソ雑魚すぎる。
(0)
(0)「ーーーところで、マコト」
(0)「ん?」
(0)
(0)
(0)「最近、身の回りが五月蝿くはないか?」
(0)
(0)
(0)スンッ…と、空気が重くなるような気配を感じ取って口が閉じる。余計な感情を読み取られる前に喋らなくてはいけないのに、その雰囲気に圧倒されて身動きが取れない。
(0)
(0)「ただでさえ、あんな汚らしい男共と暮らすという重圧に耐えているんだ。多少の息抜きには目を瞑ろう。彼らと距離を置く為に、DTから降りずに無理して生活しているのは承知しているからな。……だからと言って、アレは少し、気に触る」
(0)「あ、アレ…とは…?」
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(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(1)《i》《b》「ーーーナゴヤでビルに隠れる時、本店の奴と距離が近かったな」《/b》《/i》
(0)
(0)ッッッ!?
(0)
(1)「流石にここからでは声まで拾えなかったが……どんな弱みを握られて接近を許したんだ?」
(0)
(1)おいおいまさか、亀の…あの時点で出待ちしてたのかよ!?
(0)
(1)「私もね? 過保護だという自意識はある。しかし、しかしだ。お前は私が愛する唯一の妹。万難を排して健やかに生きて欲しいと願うのはごく自然な願いだろう…だから」
(0)「ッッッ!!?」
(0)
(0)しまった! ずっと目の前にいるのは、感情を直接伝える魔法を準備してたからか!
(0)定点に向かって直接送り込まれるエリザベートの感情。今まではDTの装甲に阻まれて言語化出来る程度の密度だったそれが、大海のようにさざ波立つと、津波の情報量を伴って叩きつけてくる。
(0)
(1)愛してる。愛してる。愛してる。
(0)
(1)世界で唯一、人間で唯一、人生で唯一、
(0)
(1)私を理解した。私を感じた。私を愛した。
(0)
(1)好きで、大好きで、愛して愛される愛があれば愛に生きる愛こそが愛に殉じ愛に抱かれて愛を捧ぎ愛を寿ぎ愛は普遍で愛は不朽で愛は愛を誘い愛と愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を
(0)
(0)
(0)「ぐ、がぁ…あぁぁぁぁ!! こんの…どっせい!」
(0)
(0)頭がおかしくなる怒涛の感情は、魔法を防ぐ筈のコクピット内に直接放たれたせいで反響し、狂った聖歌隊のように大合唱を奏でて脳を揺らす。
(0)このままでは不味いと、パンクしそうな頭を抑えて間一髪コクピットを無理やり開け放つ。
(0)さ、三半規管が死ぬ…。
(0)
(0)すかさずコクピットに流れ込む高度2000mの冷風が、少ない酸素量のまま肺に注がれて思わず咳き込む。久々に感じる自然の風に心地良さを感じる反面。しまった。と思った時にはもう遅かった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(2)「ーーーやぁ、マコト。久しぶりに顔を合わせるね」
(0)
(0)
(1)そうなるように仕向けた本人が、エリザベート・フォーゲルが、片眼を開けて、こちらを見つめている……。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「いいか! 貴様と私で討伐スコアを競う!」
(0)[分かった]
(0)「互いの戦闘に介入しない! 目標が被った場合はカウント無し! 制限時間は作戦終了の明け方までだ!」
(0)[分かった]
(0)「今度は負けんぞ!」
(0)[分かった]
(0)
(0)「……………ん?」
(0)
(0)あれ、ここは何処だ…?
(0)
(0)やたらと威勢の良い声で目を覚ますと、そこは見慣れたチェイサーの内部。不自然に物が散らかってたりするが、概ね異常は無い。はて、直前まで何をしてたんだろうか…? 思い出そうとしても霞が掛かったように思考が晴れない。確か黄組にイチャモン付けられて逃げの一手だった筈だから…。
(0)
(0)「…マジで記憶が飛んでるな。やっぱ疲れてんのかな……ナギ?」
(0)
(0)頭を捻るが、どうしても思い出せない。
(1)それに何やら全身から香水の匂いが漂って妙に落ち着かないのも、なんだかムズムズして違和感がある。事情を知らないかとナギに通信を送ろうとしたら、着信履歴に列をなすFrom:ナギ 100〜件 の文字。
(1)恐る恐る通信をオンにすると、涙目どころかガン泣きの声がチェイサーのスピーカーを鳴らす。
(0)
(0)《ど、どうして無視してたデスかーーー!!!!》
(0)
(0)俺にも分からねぇよ!?
(0)
(0)どうやらあちらも気絶していたらしく、直前に俺の指示で航路を真っ直ぐにしていたら、いつの間にか目的地に辿り着いたらしい。今は別階層で瑞雲と共に作戦終了まで待機を命じられたらしい。
(0)という事はここはもうビアガーデンなのか。
(0)
(0)ファンタジーRPGでいう所のギルド的役割を担うこの場所は、拠点の次に訪れる機会が多い重要施設の一つだ。ストーリーモードでお世話になるのは勿論、オンライン対戦モードではここを拠点化して陣営戦を行う期間もあったので馴染み深い。シミジミと辺りを見回すと、其処彼処にネームドDTが点在し今回の作戦が如何に大規模かが分かる。
(0)
(0)「ヤバそうなのは【鴨撃ち】と【紅葉】ぐらいだな。……さっきまで隣に誰か居たような気もするが…おっと作戦内容をキチンと聞いておかないとな」
(0)
(0)艦外放送の声を聞いてそちらに意識を集中させる。概要までしか語られないが、概ねゲーム時代と変わりは無いようで、この様子ならモンスターの配置や地形も想像通りになっているだろう。ならしっかり10箱分。500匹目指して頑張りますか!
(0)
(0)そのためにはと、出撃時のイザコザで隅に置いてあったランチボックスに手を伸ばす。確かメニューは湯豆腐のナチョスに明太高菜のオートミールの筈。保温はしてあったようだが、流石に時間が経過しすぎて温かみは薄れて匂いもあまりしない。それでも、ブヨブヨとした湿気塗れのようなトルティーヤにタップリ掛かった白濁したチーズソース。麦の形が丸々残った麦粥に明太子と高菜という塩気の塊が原色の濃い色でケバケバしい彩りを器に添えるそのセンス。
(0)
(0)「うんうん、これは美味しそうだ。こういうので良いんだよ、こういうので」
(0)
(0)偶に出るナギの独創的な料理は密かな楽しみで、口には出さないが毎食食べていたいくらいである。まぁ塩分量とか栄養バランスが崩壊してるので長生きするなら避けた方が良いんだが、どうも前世からジャンクフード的な食べ物が大好きなんだよね。この世界、モンスターを引き寄せる石油を始めとした化合製品の製造が制限されて、植物由来の天然製品ばかりが食事に並ぶので息抜きにとてもいい。男の俺にアンチエージングだの美容だのは必要ないのだ!
(0)
(0)そうしてムシャムシャと遅い昼食を平らげていると、今回の作戦でオペレーターを担当する人物が通信を入れてきた。こちらからは切ってあるが、映像がモニターに表示されてペコリと挨拶される。
(0)
(0)《始めまして。私の名前はクレナイと申します。白上マコトさん、今回はよろしくお願い致します!》
(0)
(0)ピシッとした声色の割に、ちょっとだけ辿々しい舌足らずな口振り。そして礼儀正しいその態度には心当たりがある。
(0)
(0)「こちらこそ、よろしく。っと」
(0)[…こちらこそ…よろしく]
(0)《! はっ、はい! 頑張りますね!》
(0)
(0)赤組の良心にして、スカーレットと同じメインヒロインの一人であるクレナイは、ディストピアな百合ゲーのキャラクターでありながら、初期の段階では普通に男性を好きになるノーマルな女の子である。趣味と性格の根っこがオタク以外は、あらゆる面で普通な個性をしており、初心者向けの赤組ルートでは終始サポート役として側に居てくれる。その甲斐もあって人気投票では常に2位を保持し続ける屈指の癒しキャラだ。
(0)
(0)「本来ならルートに入らないと、本店依頼かつ確率でしか出現しないのにラッキーだな」
(0)
(0)そう考えると赤のヒロインではまだ、ガーネットだけ会ってないのか。あの人もある意味で癒し枠で目の保養になるけど…うん、ゲームじゃないんだからこれ以上、交友関係を増やすと手が付けられん。ただでさえ、男嫌いのエリザベートに注目されてるんだから、慎重に事を運ばないと冗談でも無く背中から刺されて死んでしまう。
(0)
(0)「性別を知られるのだけは注意しないとな」
(0)
(0)2回分の人生を生きて、童貞のまま去勢なんてされてたまるか!
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(1)「これで……3箱目、150匹!」
(0)
(0)照明弾の光を背に、登山しながら両手の大剣を振り回し、樹木ごと油蝮を斬り捨てる。幹が細い針葉樹が覆い茂るこの地域なら、DTの腕力だけでモンスターを纏めて両断可能だ。
(0)錆止め塗装が偶然にも溶解液に対してメタを貼る結果となったので、ここまでノーダメかつ余力も十分だ。特に【剣闘士形態】はその名の通り【剣士形態】と【闘士形態】2つ分の装備を詰め込んだ状態なので、重量が重くて扱い辛いが、こういった大量撃破の仕事では補給せずとも戦い続けられるのが利点だ。
(0)そして山岳地帯なら、モンスター側は飛んで火に入る夏の虫と勘違いしてヘイトを取らずともこちら目掛けて攻撃を仕掛けてくる。
(0)
(0)「あとは迎撃するだけで。一丁上がりっと!」
(0)
(0)馬鹿正直に正面から大口を開けて突っ込む油蝮を右の大剣で袈裟斬り、叩き落とす。間髪入れずに迫る2匹目も左の大剣で袈裟斬り、叩き落とす。
(0)
(0)《凄く…綺麗な動きですね。まるで機械みたい》
(0)
(0)相変わらず鋭いな、この子。
(0)
(0)俺がチェイサーの動きをモーション化…ゲームと同じようにボタンやコマンド入力で固定の動作を繰り返してるのをもう見抜いている。
(0)こうする事で、前世で培った操縦技術をフィードバックさせてるんだが、この世界での行動バリエーションは比較にならないほど多くなり、複雑化しているのに凄いもんだ。流石、整備員や研究者の職業にも付けるだけの才能があるキャラだ。
(0)
(0)《? そこにはモンスターの反応がありませんけど…休憩ですか? それなら簡易拠点に行った方が…》
(0)
(0)そしてようやく、山を登ってまでたどり着いたのは、中腹辺りに切り開かれた跡が残る元キャンプ場の敷地だった。クレナイから疑問の声が上がるが、こればっかりは説明のしようが無い。「これから起こるボーナスイベントをゲームで知ってるから」なんて漏らしても誰も信じてくれないだろう。なので話を逸らす意味も込めて、少し存外な態度を取るしかない。
(0)
(0)[…休む暇は…無い…イベントは…駆け抜ける]
(0)《イベントって…途中でスタミナでも切れたら…それに睡眠も…》
(0)[…食事も…睡眠も…全て済ませた]
(0)
(0)うまい食事と妙に深い昼寝を済ませてあるので体調は万全である。そして個人的に期間限定イベントは安全マージンを取って、最初から全力で走るタイプなので休んでもいられない。どうもここら辺はせっかちと言うか、RTAを嗜んでいた癖で効率の文字が常に頭を過るので無意識に手が動く。
(0)イベントに備えて近隣の木を斬り倒し、一心不乱にフィールドを整えていると、不意に消沈した声が通信から聞こえる。
(0)
(0)《ごめんなさい…余計な口を訊きました…少し、黙りますね》
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(0)「えっ、なんで?」
(0)
(0)いきなりクレナイが悲しげな顔としたかと思えば、通信を切ってオペレーターの役目を放棄してしまった。えっえっ嘘でしょ? まだ仕事中ですよクレナイちゃん、どうしてそんな酷い事するの。俺、何かしちゃいましたか?
(0)
(0)「ま、まぁこれからやる事を説明しなくて済むし? 別に普通の女の子とやり取り出来て嬉しかった訳じゃないし? むしろこう…」
(0)
(0)
(1)《b》真正面からマトモに相手をしてくれるだけで、自分に気があると勘違いする童貞特有の早とちり《/b》
(0)
(0)なんてしてないし!!
(0)
(0)自分でも不思議なくらい荒れた気持ちで大剣を振り回して森林破壊。周囲には腰の高さで切り揃えられた切り株と、横倒しになった丸太が無造作に転がっていく。
(0)
(0)「はぁ…はぁ…良し。これぐらいで下準備はOKだろう」
(0)
(0)大剣をピック代わりに、近くを流れる川に丸太を投げ入れる。伊吹山は岐阜と滋賀の県境に聳える山で本当に作戦行動範囲の端の端だ。焦土作戦で一度は禿山となり、岐阜側へ流れ込む形に変わった流れに、じゃんじゃん遠慮なく投げ込んでいく。
(0)やがてDTでも流されそうになる水深の川は堰き止められ、行き場を失った水が枝分かれしながら散っていく。
(0)
(0)後は、油蝮がコッチに寄って来るのを待つだけだ。
(0)
(0)「…今の内に、もうちょっとキャンプ場を整えるか」
(0)
(0)あのモンスターは爬虫類のような変温動物に近い生態をしている。自力で体温調節が出来ないので、暑ければ涼しい場所へ、寒ければ動きを止めて熱の発散を防ぐなど常に体調を気遣って行動している。こうして夜に作戦が開始されたのも、それを狙っての事だろう。
(1)朝方までズレ込むと日差しを浴びた油蝮は途端に活性化して手強くなるので、延長戦は色々な意味で美味しくない。だから、誘き寄せる必要があったんですね。元が臆病な性格なので魔法音での誘引も効果が薄い。
(0)
(1)「川を中途半端に堰き止めて水をばら撒き、突然の冷や水に驚いて動き始めた所に、暖かいフィールドを用意してやればあら不思議。温まりポイントを目指して集まるモンスタートラップの出来上がり、ってね」
(0)
(0)下流ほど水の枝分かれが増えるので自然と油蝮は上流を目指す。その上流にあたる場所のキャンプ場跡地で、延焼しないよう周囲を伐採した広場の真ん中にある切り株の一つに大剣を突き刺して、今まで隠してきた機能を発動させた。
(0)
(0)真っ黒な金属の塊だった大剣は次第に熱を帯び、じんわり赤熱を蓄えて切っ先から白く変色していく。そして照明弾の光が途絶えるとパチパチと燻る匂いが辺り一面に充満し始め揺らめく炎が灯る。乾燥していない生木だが、そこは大剣のヒート機能で無理やり乾かして火種にしてしまう。
(0)それを何度も繰り返して、周囲は篝火だらけの特設場へと変貌した。
(0)
(0)「ゲームじゃ川を地形破壊してからの、火属性武器をワザとパージして誘導する必要があったけど、これで大丈夫だろ。ここなら山肌を背に正面から向かい討つだけで簡単なボーナスステージだ」
(0)
(0)本当は川の流れを止めてから一気に流すダム的ギミックの仕掛けとして実装された要素なのだが、伊吹山の地形と火属性の誘き寄せ範囲が油蝮の逃走経路ときっちり重なり合い、一箇所に密集してしまうのだ。纏め狩りは効率プレイの最たる例だな。
(0)
(0)何も知らず集まって来る油蝮を、斬って刻んで磨り潰す。特攻効果がある白熱した大剣で切り裂き、纏わりつく相手にはナイフで対処。時には大槌を振り回して一網打尽にしては、槍で近づかれる前に縫い止める。
(0)その間、何度も噛み付かれて溶解液がチェイサーを濡らすが、クレナイの指摘通り損傷した様子は全く無い。
(0)
(0)勝ったな。このペースなら早々に300匹は狩れる筈だ。後は時間終了まで、はぐれを狩って過ごせば13…14箱は固いな。
(0)これなら充分、変声機能に資金が届く。やっとマトモなコミュニケーションが取れるようになるのか…胸が熱くなるな。
(0)
(0)苦節数年、オンボロ過ぎて通信機能だけでなく、動力の樽すら死に掛けていた最初期から漸く通常の水準に戻る事が出来る。この胸に滾る思いは思いの外、熱を発して。むしろ暑いくらいに燃え盛り………
(0)
(0)
(0)油蝮に、炎が引火していた。
(0)
(0)「???? ……そういや死体は消えないんだっけ」
(0)
(0)亀の時と同じ感想を漏らす俺。燃え盛る死体の山。死にかけた油蝮がのたうち回ってフィールド外に飛び出ると、じゃんじゃん飛び火していく。
(0)
(0)ーーー後になって知った事だが。
(0)あのモンスターが、常に油性の粘液を帯びているのは体温保持の為であり、火には全く備えていない。そもそも高温に対応した種はいても火中生活を常とする生物はこの世にも存在しない。落雷などの低確率でしか炎は発生しないので、そこを進化の過程に挟む余裕は無かったのだろう。
(0)
(0)そして油蝮に火気厳禁なのは、いちいち注意事項として伝える必要が無いくらい、当たり前の常識らしい。まぁキャンプファイヤーは熱いので飛び込まないで下さいと注意書きしないような物だ。
(0)
(0)つまりこれは何かというと、
(0)
(0)「や、山火事だぁぁぁぉぁぁ!!?!」
(0)
(0)あわわわ…おち、落ち着くんだ俺。こういう時こそ冷静にしっかり対処するんだ。
(0)まず、犯人が俺である事がバレるのは絶対に不味い。この世界はモンスターへ一気攻勢を仕掛ける際、各地で焦土作戦で実行して木々や自然環境に甚大被害が及んでいる。
(0)モンスターが地球上生物と酷似した特徴を持つ事から、生態環境を破壊すれば自滅するはずという狂気的な発想から始まったソレは、幸い一定の戦果を出して海上都市建設まで人類を持ち堪えさせる事に成功した。
(0)しかし、自然環境の7割を消失した地球は木々の殆どを失い、緑とは程遠い風景しか残らない。そして科学発展によって石油以外からも、様々な製品を自然物質から精製できるようになった今でも、豊かな土壌と森林資源は人類にとって必須であり、重要保護対象として周知徹底されている。
(1)特にニホンは島国であり、モンスターの発生数はともかく流入する数が0なので、諸外国のような過激な焦土作戦は実行されず、元が100年単位で同族で殺し合った戦闘民族の血が復活してしまい、根切り首切り玉砕上等とモンスターの大半を普通に斬り殺して逆転勝利してしまった。
(0)結果、一部地域の地図を書き換えるだけに被害は収まり、木々の残存数が世界で一番多いとされる国だ。
(1)今では万が一を考えて国民は海上都市に移り住んでいるが、どう考えてもヤバいのは日本人側である。そんな人間達の土地を荒らしでもしたら……。
(0)
(0)
(0)「駄目だ、現実逃避してモノローグ語ってる暇じゃねえ! 取り敢えず…証拠隠滅!」
(0)
(0)唯一の火元になり得る武器を二つとも明後日の方向にぶん投げる。たぶん誰にも見られてないから、ヨシッ!
(0)
(0)炎の壁に向かって投擲したそれは、一直線に飛び立ち、さて本格的にどうするか考えた時。
(0)
(0)
(0)
(0)
(1)「ーーーなるほど。バレちゃあしょうがないね。まさか炙り出す為に森を焼くとは思わなかったけど…流石、姉貴が入れ込む女だ」
(0)
(0)誰!?
(0)
(0)炎に照らされてゆっくりと歩を進めるのは深い青色、ネイビーブルーのDTだ。全身を外套で覆って詳細は見えないが、無駄に豪華な獅子の装飾が施されたハルバードがとても目立ち、あれで大剣を弾き飛ばしたらしい。
(0)まさか人がいるとは…ってこいつは。
(0)
(0)「悪いね、ここは運悪く通り魔に襲われたって事で…死んでもらうよ!」
(0)
(0)モーラか!
(0)
(0)咄嗟の判断で、武器変更と迎撃をコマンド。槍で機先を制してから、ハルバードの攻撃範囲から逃れる。
(0)
(0)「これを避けるか! ならこいつはどうだい!」
(0)
(0)襲われる理由を聞く暇もない。片手を突き出して魔法を行使しようとしている所に、先んじてナイフを投げ付けて詠唱をキャンセルさせる。こちとらRTAの試走で何回行動パターンを読んだと思ってるんだ!
(0)
(0)近づけば大振りの斬撃、離れれば魔法による牽制。モーラが操るカスタムDT【シュバルツ】は魔法側の機体の中でも近接戦闘に優れた脳筋仕様だ。完全な閉所なら性能差で劣るこっちに勝ち目は無いが、中距離で二択を迫り続ければ、その分の武器切り替え時間で十分に回避が可能。逆に言えば一撃でも致命傷を負うだろう。
(0)
(0)「ハハッ、本当に強いねアンタ! そんな動きの悪いゴーレムでよくもまぁ喰らいつくもんだ…だがね!」
(0)
(0)光り輝くハルバード。はっ、慢心してる奴ほど動きがワンパターンでありがたい!
(0)
(0)「ぶっ飛べぇぇぇ!!」
(0)「なに!? がッッッ!」
(0)
(0)ここでその魔法は詠唱時間が長すぎる! 大槌を拾って思いっきりフルスイングしても間に合うタイミングにすかさず一撃を叩き込んだ。
(0)モーラはまさか魔法の詠唱や効果だけでなく、リキャストを含めた詳細を完璧に把握されてるとは思わず、思い切った行動に対処し切れずにクリーンヒットを許す。
(0)
(0)地面を転がり、何とか態勢を立て直すが、ひしゃげた右脚からはビチャビチャと魔力水が泡を立てながら漏れ出し、そして瞬時に気泡が固まる。
(0)
(0)「ちっ…これだからエール式の補修機能は…」
(0)
(0)自分で乗るならいざ知らず。エール式は装甲が薄い分、傷付きやすい短所を内部に仕込んだ硬化剤で破損箇所を覆って大破を防ぐ。
(0)これがチェイサーの場合、装甲は硬いが一度歪むと総取っ替えが必要となり、拠点に戻らなければ魔力水切れで力尽きてしまう。
(0)持久戦に持ち込まれたら勝ち目は無い。まずは理由を聞いて、これ以上の戦いは回避しないとな。
(0)
(0)[…こちらに…戦闘の意思は…ない]
(0)「はっ、良く言うね。ウチの姉貴を誑かして、いったい何をさせるつもりだい、汚らわしい!」
(0)
(0)何の事だよ! 心当たりなんて……今までも奇行が目立つ人だったから該当する部分が多すぎる!?
(0)
(0)「ここなら、あの瞳も届かない。そうなるよう仕向けたからね。だから死んで貰いたいんだよ。私もキキも。あのお方も」
(0)
(0)シュバルツから放たれる黄金の燐光が強くなっていく。ナイフは…予備なし。大槌は…駄目だ、あのモーションから来る魔法は早すぎる!
(0)
(0)「まぁでも…あの姉貴が気にいる女だ。顔を隠しているらしいが、さぞ美人なんだろう? ふふっ最後に味見くらいはしておくかね…」
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(0)ひえっ…。
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(1)性的な意味で青組筆頭のモーラから怖気が走る。R-18要素が無い健全なゲームなのに口調とシチュエーションが事後にしか見えないと評判だっただけはある股間思考にドン引く。
(0)そういうエッチなのは、好き同士でやるもんだろうが!
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(0)「こうなったら、最後の切り札を使って麓まで逃げるしか…そういえばクレナイは……通信もやっぱり封鎖してるよな」
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(0)山奥で戦っていたせいで、他DTと共闘するのも不可能だ。分の悪い賭けだが、ここは逃げる…!
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(0)イタチの最後っ屁とばかりに、大槌を投げつけてやろうとチェイサーを身構えさせた。
(0)タイミングを誤れば手痛い攻撃で一気に行動不能に陥る危険性もあるから、慎重に慎重を重ねる。
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(0)「ひっ、た、助けて下さい!!」
(0)「「!?」」
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(0)そこで生じた予想外。それは森から飛び出してきた一人の人間だ。どうしてこんな所にいるのか。何故このタイミングなのか。疑問を浮かべる俺より先にモーラが忌々しげな声で視線を移した。
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(0)「……野生の男…ブーアかい。あぁ本当に汚らしいね。消えな!」
(0)「えっ?」
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(0)助けを求めて姿を晒した男は、一考を挟む間すら見せず排除に掛かったモーラの一言で唖然とする。向けられる巨大なハルバード。そして出来た千載一遇のチャンス。
(0)今なら気を取られている隙に距離を稼げる…! 男には悪いが所詮は知りもしない間柄。庇ってやる義理なんて何処にも無い、俺が生きる為の必要な犠牲。だから
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(0)「だからといって、見逃す理由にはならないよなぁ!!」
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(0)大槌を投げつけて注意をこちらに引く。
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(0)「……男を庇うなんて、どんな冗談だい?」
(0)[…彼は…関係無い]
(0)「こいつは男だ! なら、それだけで死ぬ必要がある! 男はみんな、乱暴で思慮も欠けて、性的搾取するばかりの不要品だろう!」
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(0)男が嫌い…だけでは収まらないこの感情。もうちょっとクールな性格だと思ったんだが…そうか、ブーアだからか。
(0)悪どい手だが、ここはメタ知識で煽って冷静さを欠いてもらう。
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(1)[…男が…怖いのか]
(0)「!!」
(0)[…察するに…女に…逃げただけだ]
(0)「な、何を言って…んだい」
(0)[…だから殺す…近づくのも…触れ合うのも…ゴツくて固い…男が…怖いから]
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(0)モーラは表の奔放さとは裏腹に、潜在的な男性恐怖症で内面に怯えを隠している。それは彼女の過去に迫害された記憶がこびり付いているからだ。…正直、同情の余地はあるがそれでも男性蔑視の思想に染まっている彼女を好きに動かすつもりはない。
(0)案の定、突かれるはずがない自分のトラウマを刺激されて、激情の波に身を委ねている。
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(0)例えるならハードモードで本気を出す、上級ミッション並みの難易度まで強くなっているだろう。対するこちらは初期配布機体。しかし、それでも。
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(0)「ーーー上等。RTA走者が如何に狂ってるかみせてやるよ」
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(0)死なない為には、ここで勝つしか無い。
(0)…本当は死ぬほど嫌だけどなぁぁぁぁ!?