オーバーロード ~四人の英雄~ (古花めいり)
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開幕
1話_終わりと始まり


 

 YGGDRASIL (ユグドラシル)

 

 それは、DMMO-RPGという体感(ダイブ)型ゲームの一つである。

 他のゲームに比べてゲーム内部を幅広く弄れる。これは言い方が悪いか。言うなれば「プレイヤーの自由度が広い」。それも異常なほどに。

 DMMO-RPGと言えばYGGDRASIL (ユグドラシル)。だと言われるまでな人気を得ていた。……そう、得ていた(・・・・)のだ。

 時代とは移り行くもの。

 オンラインサービス開始から十二年続いた栄光も今日、あと数刻でその幕を閉じようとしていた。

 

 

「仕方ないよな。皆だって、現実(リアル)があるんだから」

 

 

 広く、大きい黒曜石の円形テーブルに四十一個の椅子が置かれた部屋。

 その一つの椅子に座る骸骨は呟くように言った。その声音は酷く寂しそうで、聞く者がいたのなら悲痛な声であっただろう。

 骸骨が座る椅子以外の残りの四十の椅子は空席。

 他にも人──皆異形種ではあるが──は居た。

 それでも、皆辞めていった。現実(リアル)が生活があるのだ。ゲームとリアルのどちらを取るかなんて、明確じゃないか。

 

 

 

 

 

「クエスト手伝ってくれませんか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「あ、やまいこさん。私もご一緒していいですか?」

「あ! たっち・みーさんが来てくれるなら、前衛はお任せしますね」

「お任せください」

「すみません、弓兵の援護とかいりません?」

「いいですね。行きましょうよ」

「じゃあ私も行こうかな」

「なんでだよ! 姉ちゃんはくるなよ!」

「あぁ?」

「ま、まぁ、せっかくですし皆さんで行きましょう! ね、やまいこさん!」

「そ、そうですね! 真実の涙って言うアイテムを手に入れればクリアできるクエストですから、あまり派手ではありませんけど」

「おや? 真実の涙なら確か、どこかのギルドが周回して大量に持っていると掲示板でありましたね。何処だったかな」

「ぷにっと萌えさん、まさか……」

「せっかくですから、そのギルド強襲してアイテム奪い(貰い)ますか?」

「えぇー……」

「なんだ? どっかのギルド奇襲か? だったら俺も行くぞ」

「居たんですかウルベルトさん」

「ずっと居ただろうが。その目は複眼か?」

「いえ、単眼ですよ。羊は見えてましたが、まさかウルベルトさんだったとは」

「うわぁ、珍しくたっちさんから話が始まった」

「と、ととにかく! ギルドに攻めるも、モンスターを狩るにしても、準備しましょうよ!」

「モモンガさんの言う通りですね。では、ギルドに奇襲するなら、ぬーぼーさんに索敵お願いしましょう」

「あいよー」

「じゃあ、皆さん。各自準備が終わり次第此所で! ギルド戦するかはその後話し合いましょう」

『はーい』

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 輝かしいあの日々。

 結局、ギルドに奇襲して目的のアイテムと他にも色々と貰っちゃったんだっけ。世界級(ワールド)アイテムまであるとは思わなかったけど。

 

 ここはナザリック地下大墳墓。10階層からなるダンジョン──ではなく、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点である。

 そのギルドのギルド長たる骸骨──死の支配者(オーバーロード)であるモモンガは席を立ち、振り向く。

 そこには黄金の杖(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)が飾られていた。

 ギルドの証であり、『アインズ・ウール・ゴウン』の皆で創ったまさに黄金時代の象徴を手に取る。

 

 

「……行こうか、我がギルドの証よ」

 

 

 部屋を出る時、振り返った。

 特別ななにかが無い限り、ギルドメンバーはログインした時には必ずこの『円卓(ラウンドテーブル)』と名付けられた部屋に現れる。

 だから、最後の確認だった。そう、最後(・・)なんだ。

 この部屋の景色も、手に持ったギルドの証も、あと数刻で消えてなくなってしまうのだから。

 

 

「……」

 

 

 わかっている。

 覚悟していた事じゃないか。

 「「始まり」があるのは「終わり」があるから」と言ったのは大学の教授をしていると言っていたギルドメンバー。

 だから、もう振り向きはしない。

 背後で扉が閉まる音を聞きながら、モモンガは玉座の間に向かった。

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

 雨が降る中、後を水飛沫が舞い上がるのを気にすることなく一台のバイクが交差点を駆抜ける。

 座席と同じよりも少し低い位置にあるハンドルを握る手に力がこもる。

 店を出る時は22時前だった為、家に着くのは23時を過ぎた頃だろう。

 バイクを車庫に停め、マンションのエレベーターを使おうと思ったがすぐには来ないことを確認すると階段を駈け上がる。

 部屋に入り、バイクのヘルメットとカバンを適当に置いて椅子に座ると、首の後ろに取り付けたコネクタにコードを接続してヘルメット型のデータロガーを被る。

 部屋に入った時に見た時計は23:30を過ぎようとしていた。

 なら、間に合うはずだ。

 

 昨日、メールが来た。

 ユグドラシルと言う名のゲーム仲間であり、所属しているギルドのギルマス(ギルドマスター)からだった。

 内容を省略すると「ゲームサービス終了の最終日だからメンバーの皆で集まらないか」とのお誘いのメール。

 

(ふふっ。本来であればギルマス特権使って招集!なんて事も言えるだろうに……まったく、あの人は)

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』

 最凶ギルドなんてネット掲示板で──ほとんどが悪名だったが──書かれた事もある。

 ギルドにしては41人という少ない数でありながら、最盛期の時のギルドランキングでは上位10位内など当たり前だった。

 そんな最高峰のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。そう、アインズ・ウール・ゴウンだ。

 我々こそがアインズ・ウール・ゴウンであり、アインズ・ウール・ゴウンこそが我々である。

 

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 

 呟く。

 つい口から出てしまった。

 目を開ければ目の前には黒曜石でできた円形のテーブルがあり、椅子が置かれている。

 その部屋の名は『円卓(ラウンドテーブル)』。ホームポイントがあるのでログインすれば必ず訪れる場所。

 ログインしたことを確認して、同時に目の前の光景が意外で、少し驚いた。

 誰も居ない(・・・・・)のだ。

 すべての椅子が空席で、部屋には自分しか居ない。

 てっきり、皆で雑談でもしているのかと思っていた。登場は自分が最後になるだろうと、時間的に察していたのだが、まさか誰も居ない事態だとは思ってもみないではないか。

 

 

「いや、これが当然なのかもな」

 

 

 所詮ゲームだ。

 リアルとゲームのどちらを選択するかは明白で、それは皆の自由ではないか。

 でも、最後じゃないか。

 このゲームで、ユグドラシルで会えるのは今日が最後じゃないか!

 実に身勝手な事だ。今日までろくにログインしていなかった人物が思うべきではない。

 皆だってリアルで事情があるのかもしれない。仕事が終わらずに残業しているかもしれない。だから来れない。

 

 

「……」

 

 

 考えても仕方がないことだ。

 椅子に座り、違和感があった。椅子に、ではなく部屋に。

 だが、それは誰も居ないからだと思い、他に誰か来ないか自分のステータスやアバターの状態を確認しながら待つ事にした。

 アバターネーム『ハンス・ヴルスト』。種族は動死体(ゾンビ)で左の耳から鼻元、右の耳にかけて糸で適当に繋ぎ会わせたような切れ目があり、更に顔には斜めにスラッシュするように糸で同じように適当に繋ぎ会わせた切れ目がある。腕や脚も所々継ぎ接ぎだらけで、B級ホラー映画に出てきそうとはよく言われた。

 

(それにしても、皆忙しいと思うけどモモンガさんが居ないのはどういうことだろう? トイレかな?)

 

 この時、フレンドリストを確認していれば気付いたかもしれない。

 あの時、ログインした時に目を閉じていなければ、ドアが閉じた事に気づけたかもしれない。

 この違和感を勘違いしなければ、ちゃんと部屋を見渡せば、ギルドの証が無かったことに気づけたかもしれない。

 そう、数多の可能性がありながら、それを無下にしてしまった。

 そう、これは『罪』なのだろう。

 そう、あれは『罰』だったのだろう。

 彼を置いていった、我々(・・)への。

 

 ──と、不意に声を掛けられた。

 

 

「こんばんは」

 

 

 声がした方に顔を向けると、そこには山羊の頭をした悪魔が居た。

 

 

「こんばんは。お久しぶりですね。ウルベルトさん」

 

 

 ウルベルト・アレイン・オードル。種族は悪魔であり、アインズ・ウール・ゴウン魔法職最強の一人。

 

 

「そうですね、お久しぶりですハンスさん」

 

 

 自分のアバターの名前だというのに一瞬だが新鮮な気持ちがあった。

 

 

「何を見ていたんです?」

 

 

 さっきまでの動作でコンソールを操作していたと予想したのだろう。流石最強の一角。目ざとい!

 

 

「自分のステータスですね。っと、敬語やめません? オフ会の時のような口調で大丈夫ですよ?」

「そうか。わかった」

 

 

 声音が変わった。きっと久し振りだったから敬語を使ったのだろう。

 やっぱり、そっちの方が親しみを持てますよ、ウルベルトさん。とは口に出さない。思うだけだ。

 

 

「ステータスってことは、いつもの装備はモモンガさんに?」

「はい。そうです」

 

 

 ウルベルトが言っているのは神器級(ゴッズ)の武装の事だろう。

 今の装備は遺産級(レガシー)の趣味装備である。──流石に初期装備だけは着たくなかった。

 聖遺物級(レリック)以上の装備は一部を除き、辞める時にギルドの維持費の為にもと思ってモモンガに譲渡した。預けた訳じゃない。あげたんだ。辞めるとはそう言うことだ。

 それでも、アカウントは消さなかった。いや、消せなかったが正しいのだろう。

 皆で積み上げて来たものを、無かったことにしたくないから。だから、今ここに居るのではないか?

 先程、見ていたのはHPと俊敏値を今の装備で上げられるだけ上げた特化ステータス。

 戦闘ではその俊敏値で集団の中に突っ込み、隊列を崩し、そこへ味方の援護魔法で殲滅。が、初見で行う場合の集団戦の主な作戦であり、この案をぷにっと萌えに話した所、「馬鹿じゃないの」と言われた。それでも採用されたが。モンスターが相手だとヒット&ウェイでの地道な削り戦である。

 今でこそロールプレイ用のビルド構成であるが、アインズ・ウール・ゴウン──ナザリック地下墳墓攻略直前のナインズ・オウン・ゴールではあるが──に入る前はバランス型ビルドだった。

 そんな過去のことをハンスが思い出していると、ウルベルトが本題とばかりに口を開いた──実際に口は動かないが。

 

 

「他の──特にモモンガさんはまだ来てないのか?」

 

 

 「他の」と言う言葉に若干の抵抗のような、否定するような感情が混じっているような気がした。

 

 

「そうですね。私が来た時には誰も居なかったですね」

「そうか……」

「もしかして、まだあの時(・・・)の事を気にしてます?」

 

 

 ウルベルトは答えない。代わりに明後日の方向を向くだけだ。

 それに対して苦笑いするしかない。顔は動かないので困ったようなアイコンを出す。

 

 

「なぁ」

「なんですか」

「あれ」

 

 

 そう言われて、ウルベルトが指差した方へ視線を向けて──

 

 

「ブッ」

 

 

 吹いた。

 指差した先には席に座る半魔巨人(ネフィリム)──武人建御雷が居た。

 此方の視線に合わせて手を振ったので吹いてしまった。

 

 

「ちょっ、声掛けてくださいよ!」

「す、すまん」

 

 

 いつもの赤い武装をしていないのを見るに、彼もモモンガに装備を譲渡したのだろう。

 今ここ、円卓に悪魔(デーモン)動死体(ゾンビ)半魔巨人(ネフィリム)という奇妙な面子が揃った。

 時間を見れば23:55で、あと5分で強制ログアウトだ。

 モモンガさんが来ないわけがない。

 

 

「……流石に、モモンガさんが来ないわけ無いよね」

「だな。あの人のことだから、もうインしてたりな」

「どうだろうな」

 

 

 ただ待つのは愚行だろう。しかし、今更ログアウトしてリアルでメールを送るなどもっと愚かだ。

 モモンガさんの事だから何処か──

 

 

「ここは悪役らしく、最後は玉座に座しておくべきだったな」

 

 

 などとウルベルトが「くっくっくっ」と笑いながら言う。

 

 

「ならば単騎で何処かのギルドに攻め入るのもよかったか」

 

 

 などと武人建御雷も同じように笑いながら言った。

 

 

「それだ!」

「は?」

「ん?」

 

 

 唐突に声をあげながら立ち上がり、二人の視線を受ける。

 

 

「ギルドに単騎で行くのか? もう時間はないぞ?」

「そうじゃなくて。ウルベルトさんが言ったように、玉座の間で最後っていうのは、もしかしたら──」

 

 

 そこまで言って、二人から微かだが「あ」と察した声が聞こえた。

 

 

「行ってみるか」

「そうだな」

「指輪がないのが最悪ですね」

 

 

 指輪──リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

 名前の付いている部屋であれば転移ができるギルドメンバー全員が持っていた物だ。二人はどうか知らないが、ハンスは装備と一緒にモモンガに渡してしまった。

 

 

「いや、指輪があっても玉座の間には転移できなかった筈だぞ?」

 

 

 そう武人建御雷に指摘されて、そんなことまで忘れていた自分が恥ずかしい。が、今はそれどころではない。

 部屋を出て玉座の間へと三人は走った。

 

 

 

 

 

──────────  2

 

 

 

 

 

 玉座の間にて、モモンガは最後の時を座して待っていた。

 

 

「俺。たっち・みー。死獣天朱雀。餡ころもっちもち。ばりあぶる・たりすまん。源次郎。タブラ・スマラグディナ。」

 

 

 個々のサインの旗を指差しながら名を上げてゆく。

 目を閉じて、カウントダウンを始めた。

 

 

───50...51...52...53

 

 

「楽しかった。楽しかったんだ」

 

 

 雫が頬を伝う感覚。いや、錯覚か。

 感覚は実装されていないのだから、これはモモンガの感情がそう思っているだけだろう。

 

 

───54...55...56...57

 

 

「───」

 

 

 声が聞こえた。錯覚の次は幻聴かと、苦笑いする。

 

 

「ちょ、あの天使と悪魔、襲ってきませんよね!?」

「天使じゃねぇ、女神だ。あと、そんな防衛システムは組んでない」

「ならこのまま突撃だな」

「はぁ!? 扉の厚さ考えてくださいよ! ここは慎重に……」

『んな時間はねぇ!』

 

 

(ははは。ウルベルトさんと建御雷さん、あとはハンスさんかな)

 

 もう居ない人の、人達の声が──幻聴が聞こえて、涙腺が崩壊した。

 

 

────58...59...

 

──ドン

 

 

「え?」

 

 

 幻聴? いや、確かに今扉に何かが当たる音と共に振動が感じられた(・・・・・)

 目を開けて──目蓋はないが──見れば扉が半開きになっていた。

 

 

「……え?」

「どうか、なさいましたか?」

「は?」

 

 

 声がして、そちらに視線を向ければアルベドが見上げていた。

 

 

「……は?」

 

 

 




【追記】
間違え、誤字等を修正いたしました。


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2話_それぞれの行き先

 

 

「え?」

 

 

 困惑した声が静寂に包まれた部屋に響き渡る。

 その声が聞こえてしまい、不敬であると分かっていながらも頭を上げずにはいられなかった。

 

 

「どうか、なさいましたか?」

 

 

 見れば、純白のドレスをまとった女性──階層守護者統括アルベドがこのナザリック地下大墳墓の支配者であるモモンガを覗き込み、話をしていた。

 

(先程の声。恐らくモモンガ様でしょうか……しかし、いったい何が──)

 

 モモンガが視線を向けていたであろう場所へと向こうとして、声が掛けられる。

 

 

「セバス! メイドたちよ!」

『はっ!』

 

 

 セバスとその横に並ぶメイド達──プレアデスが頭を上げてモモンガへと視線を向けた。既に頭を上げていたセバスに対してモモンガは何も言わず、ナザリック地下大墳墓の周辺地理を確認するよう命令を頂いた。即時、行動を開始する。

 ふと、玉座の間から扉へ向かう途中、扉が半開き──といっても人一人が通れるくらいだが開いていた。

 支配者の後ろを追従して玉座の間へと入った時、確かに閉まったはず。

 

 

「セバス様?」

「なんでもありません」

 

 

 まずは与えられた命令を実行すべきであり、思索はあとにすべきである。

 扉を潜り、玉座の間へと体を向ける。扉が自動で閉まる中、頭を下げて「失礼致します」と守護者統括と会話をしている支配者へと、会話を邪魔しない程度の声で言い、退室する。

 扉が閉まって三秒程で頭を上げて九階層へ上がる《転移門(ゲート)》へと歩を進める。

 本来であれば、急ぎの命令が無ければ後二秒は頭を下げていた。まずは第一階層へ行き、そこから外へと行かなくてはならない。

 急ぎ足ではあるが気品ある足取りで歩を進めるが──すぐに歩が止まる。

 セバスが止まったことで後ろに歩くプレアデスたちの歩も必然的に止まるが……種族、竜人であるセバスの聴覚にははっきりと聞こえた。後ろを歩くプレアデスの足音が五つ(・・)であると。

 振り向き、後ろを見ればプレアデスの副リーダー、首なし騎士(デュラハン)のユリ・アルファ。その後ろには人狼(ワーウルフ)のルプスレギナ・ベータ。二重の影(ドッペルゲンガー)のナーベラル・ガンマ。自動人形(オートマトン)のシーゼットニイイチニイハチ・デルタ。不定形の粘液(ショゴス)のソリュシャン・イプシロンと続いている。後ろには誰も居ない。だが、そんなはずはない。玉座の間を出たのはセバスを含めて七人。では、あともう一人の蜘蛛人(アラクノイド)のエントマ・ヴァシリッサ・ゼータは何処に──と、視線をソリュシャンの更に後方に向ければ扉の前あたりでキョロキョロと付近を(せわ)しなく見渡している。

 

 

「エントマ!」

 

 

 セバスの視線を目で追ったユリがエントマが後をついてきていない事に気付いて、怒鳴る──とまではいかないが、叱るように呼ぶ。

 しかし、エントマは此方を見て首を傾げるだけで来る様子がない。

 様子がおかしい。

 扉が半開きになっていた事といい、あの付近──エントマが居る付近に何かあると。セバス達では気づけない何か蜘蛛人(アラクノイド)であるからこそ気づく──何か。

 もし仮に侵入者であるならば、支配者の命令は絶対。しかし、その御身に危険が及ぶようであれば命令違反など平気で犯そう。支配者の御身が無事であるならば、いかなる処罰も受けるつもりでいる。

 まずはエントマが何を感じているのかを知るべきだ。

 そう考え、口を開こうとした時にエントマからユリへ言葉が投げ掛けられた。

 

 

「ユリ姉様、良い香りがしますぅ」

『香り?』

 

 

 幾人かの声が重なった。

 

 

「あ、確かに甘い匂いがするっすね……しますね」

 

 

 人狼(ワーウルフ)のルプスレギナも言う。しかし、ユリとナーベラル、シズ、ソリュシャンを順に見て四人とも首を横に降った。

 だが、セバスも同じように甘い香りがするのを感じている。そして、嗅いだことがある。

 

 

「この香りは確か、あの御方の……」

 

 

 記憶を手繰り、名を告げようとして、シズが先に気付いたその御方の名──ではなくアイテム名を言った。

 

 

静かなる香花(フルーフラワー)……」

「そうでしたね」

 

 

 答えが分かれば何てことはない。侵入者などではなく、至高の41人が一人、ハンス・ヴルストの装備品である。

 しかし、ならばその香りがするのにその発生源とも言うべき者は何処にいるのか?

 

 

「香りは扉の前で途切れてますぅ」

「9階層から下りて、扉の前で途切れてるっ……ます」

 

 

 その言葉にセバスは頷き、扉へと視線を向けた。

 

 “りある”という言葉がある。

 時折至高の方々が話しているのを耳にする時、ほとんどの場合で発するからだ。

 その“りある”とは何処かの世界であるとシモベ達は解釈し、セバスも例外ではない。ただ、その“りある”の言葉とセットというべきか、“ろぐあうと”と言う言葉も使われる。

 恐らく、この“ろぐあうと”とはなんらかの転移系魔法ではないかとセバスは思っているのだ。なぜそうなったか、至高の方が“りある”なる場へ赴く時にそう他の方々へ言われるから。

 「そろそろログアウトしますね。お疲れ様でした」と言ってその御方がその場より消える。転移系の魔法《転移(テレポーテーション)》を使用した際、同じようにその場から消えたかの如く居なくなるのだが、NPCやシモベ達には至高の方から放たれる──本人にはわからない──気配が感じ取れる。ナザリック地下大墳墓内への転移であれば多少は気配が薄れるだけであり、ナザリック地下大墳墓外へと出られた場合は空前の灯火ではあるが感じ取れないわけではなかった。しかし、問題はその“ろぐあうと”の魔法で転移された場合は一切感じ取れないのだ。まるで、この世界から消えてしまったかのごとく。

 だからか、我々シモベは“ろぐあうと”と聞くと無意識に身を強張らせる。

 しかし、我々の間では嬉しい言葉もあるのだ。

 “ろぐいん”。

 それは至高の方が来ると言う知らせだ。

「モモンガさんは20時頃にログインするってさ。メール来てた」と至高の方が言えば20時前後には必ずその御方が円卓へ現れる。“ろぐいん”とはかくも魔法の言葉である。

 だからか、我々は“りある”と言う世界か都市名かは不明ではあるが、その場所が口には出さないが嫌いである。憎悪すら抱いていると言っても過言ではない。

 至高の方々から発せられる“りある”に関する内容のほとんどは否定的だ。

「リアルで忙しくなりそうだから来れない」「リアルの方が……ね、うん、忙しいんだ、マジ死ぬほどに」「この間リアルで──」

 至高の方々の身を危険にするほどの事が“りある”にはある。

 我々はどうすれば良い?

 我々はどうすればあの方々のお力になれる?

 我々はどうすれば“ろぐあうと”の魔法を会得できる?

 

 

「───ス」

 

 

 我々はどうすれば“りある”に行けるのですか?

 我々はどうすれば『必要だ』と言っていただけるのですか?

 我々はどうすれば……。

 

 

「─セ──ス」

 

 

 我々は……不 用(・ ・) な の で す か ?

 

 

「セバス!」

 

 

 怒鳴り声に我に返り、目の前の人物に驚愕と共に即座に返答できなかった自らへの怒りがこみ上げてその場に臣下の礼を取り、頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません、モモンガ様」

「いや、気にするな。それで、どうしてまだここにいる? 地表の地理は確認できたのか?」

 

 

 できている訳がない。

 支配者の言葉には怒りのような感情は籠められてはいないようだが、先程の怒鳴り声といい、地表の確認といい、命令された事さえできないのでは執事として──いや、シモベとして最低限の仕事もできないとあっては……失望される。

 それがどれ程の恐怖か。一瞬でも想像したなら──

 

 

「セバス」

 

 

 返答をしていなかったと気付くには遅すぎた。

 

 

「も、申し訳ありません! 地表の確認はまだできておりません! また、遅れてしま──」

「セバス」

「はっ!」

「身体に異常はないか?」

「はっ! ……はい?」

 

 

 耳を疑った。今、なんと言われた?

 頭を上げて支配者を見てしまう。

 

 

「身体に異常はないか。では、疲れなどの疲労は?」

「は、はい。特にございません」

「そうか」

 

 

 目に見えて、支配者で在らせられるモモンガ様が安堵した──ように見えた。

 

 

「いやなに、無理をさせているのでは、とな」

「む、無理など! その様な事はございません!」

「そ、そうか。では、地表の確認は頼んだぞ。戦闘になった場合は同行しているプレアデスを帰還させた後にセバスもなるべく墳墓内へ逃げ込むのだぞ? 墳墓内のトラップで侵入者共々巻き込まれないとは思うが注意はするべきだ。いや、シズを墳墓入り口で迎えるのもいいかもしれない。よし、セバス」

「はっ!」

「地表の確認はプレアデスを一人の共。は変わらないが、シズを第1階層入り口で待機させ、戦闘になった場合はセバスが殿(しんがり)を受け持ち、墳墓内へ逃げ込め。あとは拘束系トラップを中心に相手に踏ませて捕縛だな。無論、こちらからは攻撃は仕掛けないようにな」

「はっ! 畏まりました」

「うむ、では頼んだぞ」

 

 

 返答ではなく頭を下げて答えた。

 

 

 

 それから、セバスは地表の確認へ向かった。

 その背中を見えなくなるまで眺めていたモモンガは、気持ち的な整理を始めた。

 

(ビックリした。アルベドに守護者達を集めるように言って、ここ──レメゲトンのゴーレムの確認に出たらセバスとプレアデス達が居るんだもんな。しかも俺が近づくとプレアデス達は頭を下げたけど、セバスは微動だにしなかったし。疲れてたのかな? それとも……やっぱり俺の命令は聞けないとかそういうの!? はぁ……ゴーレムの確認は必須だな)

 

 モモンガは肩を竦めながらレメゲトンに配置してあるゴーレム達を起動させた。

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

 暗い。身体は移動阻害を受けているような、水中にいるような程重く感じる。

 強制ログアウトしたのだから、ここは自宅のはずだが、「違う」と直感する。

 ふと、ドンドンドンと地響きが聴こえた。それも、足下からではなく頭上から。

 上に何かあるのかと思い、手を伸ばし──

 

──ずぼっ

 

 水中から手を出したような感覚。

 伸ばした腕からはそこが空洞だと感じ取れた。

 

(感覚がある? いや、それよりもさっさと出るか)

 

 自分が何処かの中に居ることは感覚でわかった。しかし、暗視スキルがあるにも関わらず、暗すぎて目を開けているのか閉じているのかすら分からなくなっている。水の中であればここまで暗いということはない。では、何処か?

 伸ばした腕を動かして這い上がる様に暗闇から出ると───

 

 

「眩しい……」

 

 

 先程の暗闇とは打って変わって明るい。いや、明るすぎる。

 何故ここまで明るいのか確認するために目が慣れないまま上を見る。

 

 

「……」

 

 

 文字どおりと言うべきか、絶句した。

 声が──いや、言葉が出ない。

 頭上に広がるのは広大で青い天井。ホログラムかもしれない。「いや」と内心で否定した。この見渡す限り青い、何処までも続いていそうな、何処までも届きそうな──

 

 

「ブルー・プラネットさん。これが、『青空』と言うのですか?」

 

 

 自然が好きと言っていたギルドメンバーが居た。

 その人の話によれば、昔は空に灰色の暗雲が太陽を隠す事なくその光を地上に降り注いでいて、自然を育ててたらしい。しかも、太陽は赤ではなく白らしい。これは人の眼では直接見てはいけないらしく、光の加減で地上からは白く見えているとか。

 さらには、空と海は青いと聞いた。あれには感動した。

 

 

 

 

 

「プラネットさん、なんで空は青いんですか?」

「えー……と?」

「ハンス君、ほんと君は面白いね」

「え? どういう意味ですか? 朱雀さん」

「そのままさ」

「?」

 

 

 

 

 

「結局、自分で調べてみたら、昔の、子供が大人に聞くような質問だったと知った時は一晩中悶えたなぁ」

 

 

 その翌日にはギルドメンバー全員に知れ渡っていて、年齢偽装とか弄られた。

 

(オフ会で会っているから知ってるくせに、酷いよなぁ)

 

 それでも、嫌じゃなかった。アインズ・ウール・ゴウンの皆が。

 いつまでもこの空を見ていたいが、今はそれどころではない。

 自分──ハンス・ヴルストが出て──というか這い上がって来た所を見れば、地面だった。

 

 

「……いや、確かに動死体(ゾンビ)だが、これはあんまりじゃないかな? 誰だよ、ゾンビは地面から出てくることを広めた人は」

 

 

 遠くに視線を向けながら瞳から光が消えた。

 

(そういえば、自動的にわき出る(P O Pす)モンスターの動死体(ゾンビ)も地面から出てきてたなー)

 

 だからって、ハンス自身が実行することになるとは思いもしない。

 現実逃避したいがそうもいかない。

 背後から影が射したからだ。

 振り向けば、体長二メートル程の二足歩行するライオン──ビーストマンが一体、そこに居た。

 

 

「オマエ、良い匂い、する」

 

 

 片言で発せられた言葉の意味するところをハンスはすぐに理解した。が、ビーストマンが話してきた事実に少し驚いている。

 

(プレイヤーか? 片言って、そういうロールプレイ?)

 

 

「匂いって……亜人にも効果あったのか。静かなる香花(フルーフラワー)なんて別に珍しくないだろう?」

 

 

 言いながら右手首にある腕輪を見せる。

 『静かなる香花(フルーフラワー)

 動物系、植物系、蟲系のモンスターから狙われやすくなり、離れていても居場所を探知され、引き寄せる。──と言うモンスタードロップのアイテム狙いにはもってこいの装備品だが、それ以外の効果はなく、ステータス加算もない。更にはデータクリスタルを組み込めないある意味珍しい装備品である。腕の装備枠を消費してまで常時付けるプレイヤーはいない。しかも、静かなるとか名前にあるのにモンスターを引き寄せとか、どこが静かなのか不明だ。

 この装備品──アイテムの説明文には「甘い香りを振り撒き──」等と書かれていたことから香水の分類だろうが……あいにくとユグドラシルには嗅覚の感覚はないので雰囲気出しだろう。

 そう、ユグドラシルでは(・・・・・・・・)

 

 

「ふるー、ふらわー?」

「いや待って、さっき匂いって言ったのか?」

 

 

 ビーストマンは頷いた。

 

(ありえない。嗅覚の拡張なんてできるわけがない。そうでなくたって法律で──)

 

 考えている時、存在するのが嗅覚だけでない事を察した。

 地面から這い出た“感触”。

 ゾッと背筋が凍るような、嫌な感覚。今がまずい状態だと確信してしまった時のようなすごく嫌な感じがして、心臓の鼓動が速く──

 バッと手を左胸に押し当てて、鼓動がしない。その事実に不安と焦りが増して──なぜか冷静になれた。

 

 

「まぁ、動死体(ゾンビ)だし、心臓なんて動かないかな」

 

 

 呟いて、異常なほど冷静になっている自分に驚く。

 

 ハンスは今はまだ、気付いていなかった。

 アンデットのほぼ全ての種族スキルに、精神に影響を及ぼす攻撃に対しての完全耐性がある。つまり、精神が大きく、一定以上に変動した場合にその完全耐性効果が働いて、精神が平坦なものへと抑圧されると言うべきか、変わる。そして、曲がりなりにも今のハンスはアンデットに分類される動死体(ゾンビ)であり、精神に攻撃など完全耐性を持つ。

 

 

「オマエ、アンデット?」

 

 

 呟きが聞こえていたのか、ビーストマンが聞いてくる。

 

 

「ん? あぁ、そうだよ?」

「いらない」

「は?」

 

 

 言うが早いか。ビーストマンの拳が眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

──────────  2

 

 

 

 

 

 見上げれば、そこは暗く、小さな光の粒が点々と──まるで宝石のように煌めいていた。

 川沿いで焚き火を挟んで二つの影が揺らめく。

 その片方が焚き火に木の枝を放り投げながら、夜空を見上げる相方に質問した。

 

 

「そんなに見て、どうかしたのか?」

 

 

 相方は上げていた視線を下ろして、何処か懐かしむように、それでいて寂しげに答える。

 

 

「ブルー・プラネットを思い出していた」

「あぁ。この空は綺麗だものな。アイツが好きだったのも、本当の意味で理解できる」

 

 

 ブルー・プラネット。アインズ・ウール・ゴウンの仲間であり、自然を愛した者。

 

 

「6階層の空も良いが、なんというか……迫力?が違うな」

 

 

 そう言って山羊の表情が綻ぶ。

 

 

「……焚き火の光の加減で悪役のそれにしか見えんな」

「なんだと?」

 

 

 嬉しそうにするな。

 

 

「で、先程の話だが──」

 

 

 ここに来るまでの経緯を目の前の、ウルベルト・アレイン・オードルと話し合う。

 

 玉座の間へと続く扉をウルベルトと武人建御雷が衝突するような感じで押し開いた時、光が視界を覆い、眩しくて眼を閉じた。次に眼を開ければ、玉座の間ではなく森の中だった。

 ウルベルトと一緒ではあった。しかし、ハンスが居ない。あの場、森の中でも少し探したが居なかった。

 辺りが暗いこともあったが流石にどこが落ち着ける場所で話し合う事にして森を出た所にあったここの川沿いへと来た。

 

 

「しかし、ここがどこかも疑問だが、ハンスはどこに行ったのか」

「あの場には三人いた。だが、扉に触れていた俺たち二人は一緒となれば、アイツも此方に来てはいるだろうな」

 

 

 知将とまではいかなくとも、頭の回転は早い。

 

(やはり、この場ではウルベルトが指揮を取るべきだな)

 

 焚き火に木の枝を放り投げ入れて、ウルベルトの推測が正しいだろうと武人建御雷は同意する意味で頷く。

 

 

「夜明けと共にもう一度転移してきた場所を探る。それでいいか? 建御雷」

「あぁ。異論はない。ウルベルト」

 

 

 今に至るまでで、いつの間にか互いに敬称がなくなっていた。

 なんと言えば良いか。同族?のような、仲間だからと言う意味で何故か自然と敬称がなくなっていたのだ。

 

 武人建御雷のギルド内でも特に仲の良い人はと聞かれたなら、間違えなく弐式炎雷とエンシエント・ワンと他の仲間は思うだろう。それに否定はない。しかし、最も気が合うのはウルベルトであることは間違いないと言える。

 何故か? 何故だろう? 共に、二人だけでクエストに行くことも無ければ、長く会話することもない。自分では説明はできない何か、通じるものがあるのだろう。

 

 

「夜空を見ていて思ったが、俺たちが転移してきたのが0時であるとするなら、月の位置がおかしい気がするな」

 

 

 言われて夜空を見上げる。

 まるで宝石でも散り填めたかのような綺麗な空。そこに一際大きく丸い点が一つ。

 

 

「悪いが、天体観測などできんぞ?」

「そうじゃない。ここがユグドラシルであるなら、月の動き、速さが遅すぎる」

 

 

 ここがユグドラシルではない可能性が大きいのは理解している。森で四時間ほど実感──というより、実験したのだから。

 

 

「そういうエリアの可能性は?」

 

 

 実験し、実感しても、否定しきれないのは、まだ頭の中の整理ができていないからか。はたまた、単に否定したいだけなのか。

 

 

「エリアであれば……いや、確か四時間ほど、俺達は森に居たはずだな?」

「そうだな」

 

 

 それがどうしたというのか。

 

 

「なぜ、まだ月のが真上にある?」

 

 

 何を言っているのか、武人建御雷は疑問を投げ掛けようとして、ウルベルトが言いたいことの意味を理解した。というよりも、思い出したに近い。

 ブルー・プラネットが言っていた月の位置。時間と共に移動し、東より太陽が出て西より月が沈む。

 0時に転移したのであれば、あれから四時間経っているにも関わらず、なぜ月が真上にあるのか。

 

 

「時間がズレている?」

 

 

 転移──いや、むしろあれは本当に転移だったのか? なにか、我々は見逃していないか?

 

 

「今が0時頃であれば、転移してきたのは19時前後になるな」

「まてまて、その推測が正しいのなら──」

「ハンスは俺達より先に此方に転移している事になるな」

 

 

 言葉が出なかった。だが、ありえる可能性でもある。

 同じく森に転移したのならば、ハンスは既に移動していた事になる。ではまた森に戻る必要はあるのか?

 

 

「どちらにせよ、転移場所に手懸かりがないか探る必要はある。何処へ向かっただけでも分かれば今後の方針は決まるからな」

「あ、ああ」

 

 

 覇気のない返事に、ウルベルトは危惧した。

 ここは未知の場所。ユグドラシルであったとしても、どの程度のレベルで、どんな種類のモンスターが出るか不明な地で途方に暮れるなど愚か者のすることだ。

 今、この場には戦士職の武人建御雷と、魔法職のウルベルトしかいない。

 ギルドの、アインズ・ウール・ゴウンの仲間はいないのだ。前衛がしっかりしてくれなければ後衛は、隊列は崩壊する。それに森で確認済みだが、同士討ち(フレンドリー・ファイア)が解禁されている以上、魔法を誤射ないし、魔法の効果線上に出られても困る。

 普段の武人建御雷であればそんなミスは犯さないだろう。しかし、今の彼は何処かおかしい。ハンスの話が出てからか?

 

 

「ハンスの事が気がかりか?」

「仲間を心配してはおかしいか?」

「そうは言ってないだろ」

「……すまん」

「いや、俺の方こそ悪い……」

 

 

 その後に続く言葉がなく、二人は黙って焚き火の揺らめく火を眺めていた。

 

 

 




【追記】
名前の間違い、誤字を修正いたしました。


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3話_竜王国~前編~

 

 

 石畳で舗装された大通りを、人混みを避けながら袋を背負う少年が走る。その足が向かう場所は城門の近くにある薬師の店。

 大通りから路地に入り、細い道を通って幾つもの角を曲がる。近道である路地を抜けた先に、古びた木の家が建っている。

 一見すると何の店かを判断しずらい──そもそも看板が出ていないので店だと判断できない──ボロ家で、薬屋であるが品揃えは多くはない。しかし、腕は確かだ。

 この都市ではほとんどの家が石造りである。木材が少ないので木の家など贅沢とも言える。今ある木の家は昔建てられた古いものばかりで、木材の調達が困難ゆえ、そうなったと母が話してくれた。

 木も手にいれようと思えばできる。だがそれは死と同義でもある。都市の西に行けば森があり、ここから木材を調達できるのだが、その森にはビーストマンと呼ばれる亜人種がおり、下手に近付けば捕まり、餌食となる。

 奴等は人間を食うのだ。

 故に森へは近づけず、必然的に周囲の木を切り倒して木材へと変えていた為、都市周囲は木が少ない草原と化している。

 少年が産まれた時から草原だったので話に聞いただけであり、ビーストマンの話も城門の警備兵である父から聞かされただけだった。

 

 

「こんにちはー」

 

 

 店の扉がギギギと音を立てて開き、少年は店内に入る。

 中は外から見た通り古びている。汚いとゆう意味ではなく、年月を経た独特の雰囲気とも言うべき──古風ともゆうのだろうか──感じがしていた。

 

 

「こんにちはー!」

 

 

 先程よりも大きく声を出す。すると奥の部屋からローブを羽織った白髪の老人が姿を現した。

 

 

「聞こえておるよ。いつもの薬じゃろう、ジエット?」

 

「うん」

 

 

 少年──ジエットは持ってきた袋を机の下に置いて、老人から薬の小袋を受けとる。

 そうして店から出ようとした時、老人が呟くような声で話しかけてきた。

 

 

「粉末の薬よりも、ポーションの方が効き目はすぐに出るじゃろう」

 

 

 そう、受け取った薬は薬草等を粉末状にした物で、効き目は薄く、時間がかかる。ポーションならば飲めばあっと言う間に効き目が表れる。大抵の傷も病もポーションであれば治せる。だが──

 

 

「うちにあんな高価な物を買う金なんてないよ」

 

 

 ポーションはその効果と相まって高い。最低でも銀貨数十枚。「そんな物を買う金はない」とは嘘ではない。

 実際、今受け取った薬の代金もお金ではないのだから。

 床に置いた袋に一瞬だが視線を向け、すぐに老人に礼を言うと店を出た。

 来た道を戻り、大通りに出るとやけに騒がしい。

 活気出はないことはすぐにわかる。喧嘩等ではないことも、“それ”が聴こえた事でわかった。わかってしまった。

 路地から大通りへ出た場所は城門の付近だ。だから、いつも閉まったままの城門の扉が片方開き、その付近から悲鳴み混じって聞こえた事が異常であると判断できる。それは──

 

 

「ビーストマンだ!」

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

「いらない」

 

 

 そう聞こえ、ハンスが落としていた視線を上げた時にはビーストマンの拳が降り下ろされ、眼前に迫っていた。

──が、あまりにも遅すぎる拳に対して右足を後ろやや左に引き、体を横にして拳を避ける。ビーストマンの拳が通りすぎる。タイミングを合わせてその腹部へ蹴りをいれる。

 ビーストマンは吹っ飛び、地面を転がる──と思っていた。ビーストマンが吹っ飛ばなかった? 否。吹っ飛ぶどころか、風船が弾けるかのように腹部が血と肉片を撒き散らしながら弾け飛び、上半身と下半身が分離した。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 予想外すぎて理解できない。

 クリティカルヒットや防御力が低い等の話どころではない。

 ユグドラシルではここまでグロテスクな表現はできなかった。 

 例によっては18禁に該当するのでゲーム説明の表示に偽りとして法に触れ、法的措置をとられるだろう。では今、目の前の惨状はどう説明する? ここはどこ(・・)だ?

 一つ、18禁要素を取り入れた。

 二つ、夢。または幻で見えているだけ。

 三つ、仮想が現実になった。

 最後のはありえないだろう。しかし、前の二つよりも「ここは現実です」と言われた方が、まだ信じれるかもしれない。なぜこの姿かは予想できるが。

 一つ目が否定できるのは、18禁要素を取り入れたとしても、そのゲームを同意の確認もせずにやらせているのは法律、電脳法で定められているからであり、ゲームからログインできないなど監禁と同じだからだ。二つ目は感覚がある時点で夢や幻ではないと簡単に否定できる。もしこの感覚が夢や幻ならば、今の現実も、あちらの現実でさえも信用できなくなるだろう。

 そう考えると、ここはユグドラシルではない──言うなれば異世界とゆう可能性が高くなる。辺りを見渡せばどことなくだが、ユグドラシルとは違うとゆう感じがするからだが。

 付近は草が少なく土があらわになっている地面が続いているが、遠く、西──太陽の位置で方角を把握した──には緑があり、木々が生い茂る森林か密林かがあり、南には木はぽつりぽつりと生えているが草原が広がっている。北には山が見えた。

 こんな地形のエリアはユグドラシルにはなかったはずだ。ただ未発見であるだけの可能性も捨てきれないが。

 東はかなり距離があるが建物らしき建造物が見える。

(街か?)

 距離を考えるに数十キロはあるだろうか。

 RPGの基本はまずは情報収集。ユグドラシルではそれの価値が異常なほど高いが、ここが何処であるにしても、まずは情報。

 異形種だから街に入れるかは不明でもある。だが、行かないよりは、ここで呆然としているよりはマシだろう。

 視線を先程のビーストマンの残骸に向ける。拠点を持っていないギルドかクランに所属していないプレイヤーであれば、近くの街に復活(リスポーン)しているはずだ。

 はてと、疑問を感じた。ビーストマンの残骸──胸から上と下半身に腹部の肉片。それらを見ていても何も感じない。普通なら嘔吐ないし、気分は害しているだろう。

 

(これ(ビーストマン)がプレイヤーだから? それとも、自分が異形種だから? そうなれば、自分は人間をやめていると判断した方がいい?)

 

 やめよう。それを考えるのは。すべては憶測でしかない。

 かもしれない、と思えば幾らだって思い付く。

 とにかく今は見えている街へ行き、情報収集である。

 また、ウルベルトと武人建御雷の二人が辺りにいないとなれば、何処かに行ったか。ここではない別々の場所にいるのか。はたまたハンスだけがこの世界──異世界に来てしまったのか。何にしても情報が足りないのだから街か知性ある生物との接触が望ましい。

 そう考えを無理矢理まとめて、歩き出した。

 

 ハンスは気付くべきだったかもしれない。

 地面から出る時、感じた地響きの原因と、付近にあった無数の足跡に。

 

 

 

 

 

──────────  2

 

 

 

 

 

 幾つもの家の角を曲がり、自宅に飛び込むように入ると叫んだ。

 

 

「母さん! ネメル!」

 

 

 一階に居ないのを確認してすぐに二階へと上がり、二つあるうちの一つの部屋の扉を乱暴に開け放って再び叫んだ。

 

 

「ジエット、そんなに慌ててどうしたの?」

 

 

 ベッドから上半身を起き上がらせていた母がジエットを見た。母は病で下半身が不自由であり、薬を服用している。ベッドの横には妹のネメルもいる。それを見て、安心した。

 

 

「門が開いてて、皆ビーストマンって……」

 

 

 そこまで言って、母は目を見開き、すぐに真剣な顔になるとジエットとネメルを近くに来るよう呼ぶ。

 

 

「ジエット。今からネメルと一緒に協会に行きなさい。もし協会の人が何も知らないようだったら今の話をしなさい。いいわね?」

「母さんは?」

「父さんが来てくれるから大丈夫」

 

 

 嘘だ。父さんは警備で城壁にいる。仮にこの事態を知ったとしても行くのは城門になるだろう。

 母の言葉の意味を察して、ジエットは涙を堪え、頷いた。

 

 

「大丈夫。ネメル、お兄ちゃんの言うことちゃんと聞くのよ」

 

 

 ネメルも頷き、ジエットはその手を取って家から出ると協会へ向かって走り出した。

 

 

 家の間を通り、路地を進む。一本隣の大通りからは悲鳴や「助けて」と叫び声が聞こえる。

 

(母さんっ……!)

 

 歯を食いしばり、振り向くことなく、聞こえてくる声を振り払うように走る。

 振り替えったら、きっとこの足は止まってしまうだろうから。

 幾つかの角を曲がった先に、目的の出口が近づいてくる。この路地を出れば協会の目の前につくはずである。

 ジエットは妹──ネメルの手を握る手に力を込め、路地を出た。

 

 

「え……」

 

 

 最初に見えたのは揺らめく赤。

 白かった建物、協会は燃えていた。その目の前には狼やライオンが二足歩行したような生物、ビーストマンが数体。

 足下は赤く、血が水溜まりのようになって人の腕や足が部分的に散乱している。

 逃げろと頭の中で誰かが叫んでいる。しかし、足が動かない。

 目的の協会は燃え、都市内はビーストマンが跋扈(ばっこ)する。この都市に、逃げ場などあるのだろうか?

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

 はっと我に返り、服を引っ張るネメルに振り向く。その表情は不安げで、本当なら泣き出したいだろうに我慢している。

 すべてを諦めてしまいたい。そんな事を考えた自分を叱咤する。

 

 

「おい、餓鬼だ」

「!」

 

 

 ビーストマンに気づかれ、路地に戻り、城門の方へとネメルを引き連れて走った。

 ビーストマンが追ってくるだろうが、子供がやっと通れる程の路地の狭いところを通って行く。

 

 

「お兄ちゃん!」

「大丈夫。大丈夫!」

 

 

 それは自分に言い聞かせていた。

 自分がどうなろうと、妹のネメルだけは逃がして見せると。

 この都市を出れば東の大都市へ向かえばいい。そう考えている間に、路地の向こうに大通りが見えてくる。

 

 

「ネメル! 大通りに出たら走るからな!」

 

 

 もう走っているが、言葉は休まずにと言う意味である。ネメルに通じたかを確認することなく大通りに出た。

 不意に握っていた手が離れ、転んだと思って慌てて振り向けばビーストマンがネメルを持ち上げていた。

 

 

「鬼ごっこはここまでだ」

「チッ、速ぇよお前」

「そっちの餓鬼は貰うぞ」

「はぁ? ざけんな」

 

 

 続々とビーストマンが集まるが、そんなことはジエットの頭になかった。

 

 

「ネメルを離せ!」

「威勢がいいな。グルルル」

 

 

 ビーストマンが威嚇するように喉を鳴らす。それだけでジエットは硬直した。

 頭ではわかっていても、本能的な恐怖は人には操れない。

 

 

「安心しな、こいつの後にテメェも食ってやるからよ」

 

 

 そう言って口を開き、ネメルに食い付こうとする。それをただ見ているだけしかできない。体が震えて動かない。

 己の無力を恨み、何もしようとしない自分に怒りがこみ上げて、聞こえた(・・・・)

 微かだが、確かに聞こえた。

 

 

「──やがれ」

「あ?」

「妹を離しやがれ! この獣野郎!」

 

 

 ネメルに食い付こうとしていたビーストマンは動きをやめ、ジエットを睨み付ける。

 

 

「言うじゃねぇか。おい、そっちの餓鬼はお前らにやるよ」

「元々そのつもりだ」

「ハッ。餓鬼は食いごたえがねぇがな」

 

 

 見ていたビーストマン達がジエットへ近付く。ネメルを掴んでいるビーストマンが嘲笑うように顔を歪め、一度ネメルを放すと、その頭を鷲掴みにして持ち上げたする。

 

 

「う……」

「ネメル!」

「ちっと勿体ねぇが、妹なんだろ? 助けてみろよ。妹も言ってるぜ。お兄ちゃん助けてーってな。ガハハハハ」

 

 

 ネメルをブラブラと振り、合わせて周りのビーストマンも笑う。

 

 

「殺してやる!」

「おっと、テメェはこっちだろ?」

 

 

 殴りかかろうとして、他のビーストマンに地面に押さえ付けられる。殴りかかったところでビーストマン相手では大人でさえ勝てはしないだろう。それでも、それでも!

 

 

「コイツの頭か潰れるのを見てな」

「う……あ…ぁぁぁああぁぁあぁぁぁ!」

「やめろ!やめろぉぉ!!」

 

 

 ネメルの叫び声が響き。

 

───ぐちゃ

 

 と、音がやけに大きく聞こえた。

 

 

 

 

 

──────────  3

 

 

 

 

 

 城門を潜り、都市へ入る。

 第一印象は「死の街」。

 あちらこちらで悲鳴がまるで木霊するかのように聞こえるのだ。

 

 

「やっぱり、今の状態はステータス値に依存しているのかな」

 

 

 ハンスは動死体(ゾンビ)の種族スキルにある《音源探知(トーンサーチ)》をオンにしている。どの程度の距離まで探知できるか試しているのだが、数百メートルは可能と大雑把だが把握できた。

 

 

「にしたって、ビーストマンが都市を襲うとは。ユグドラシルならイベントものだね。都市防衛戦とか楽しそう。あれ? その場合異形種は攻める側?」

 

 

 などと独り言を呟きながら石畳で舗装された大きな通りを歩く。

 道には血のような液体が広がるが死体はない。「食人族(笑)」とか言いながらも人らしきものが居ないか見渡しながら進む。

 すでに腕輪の《静かなる香花(フルーフラワー)》は外している。

 この都市に来るまでに何度もビーストマンに群がれ、アンデットだとわかると戦闘する。というのを繰り返してイライラし、外した。

 そのお陰か、色々とわかったことがある。

 まず、精神が一定以上になると強制的に安定化され、平坦なものへとなる。また、思考とも言うべきか、考え方がアンデット(ゾンビ)に依ってきている。人間やビーストマンを見ても同族感がない事。レベルは一様に低いが、ビーストマンにも個性があるらしく、言語能力に差があった。普通に喋る者から喚く事しかできない者まで多様だ。

 そして、これがもっとも重要な事である。このアバターというか身体は───

 

 

「ネメルを離せ!」

「おう?」

 

 

 考え事に集中しすぎたのか、前方の路地の出入口付近で六体のビーストマンと二人の子供が居た。

 話を察するに捕食の最中と。

(まぁ、関係ない)

 子供ではなく大人であれば助けて情報を聞きたかったが、子供では……子供では助けないのか?

 ビーストマンのレベルが不明である以上、情報を持っているかもわからない子供を助けて、周囲の全てのビーストマンで来られては面倒だ。下手にリスクを負うことはできない。見捨てるべきだろう。

 もうすでに、ここに来るまでに何十とビーストマンは実験の為に殺したが。それは棚上げしよう。

 

 

「妹を離しやがれ! この獣野郎!」

 

 

 通りすぎようとして、足が止まった。

 改めて状況を確認する。

 ビーストマンが少女の頭を掴み上げ、少年はビーストマンに押さえ付けられていた。残り四体のビーストマンはたぶん──表情がわからないので──笑っているのだろう。

 

 

「……」

 

 

 少女は少年の妹なのだろう。押さえ付けられる前に少年はビーストマンに飛びかかろうとしていた。勇敢なことだ。力の差など分からないわけではないだろう。

 それでも、助け出そうとした。

 何故か? 簡単だ。

 ()だから、家族(・・)だからだろう。

 それ以外に、命をかける理由は必要ない。だが───

 

「子供がすることじゃないな」 

 

 

 

 

 

「兄さん、やりました。見てください!」

 

 

 

 

 

「兄ってのは、弟妹を守ってこそだよね」

 

 少年の行動は称賛に、いや、憧れすら抱ける。

 いたぶるようにビーストマンが少女を持つ手に力を入れたのか、少女の悲鳴が響き、そのなかに少年の叫び声が混ざる。

 

 

「あ」

 

 

 意外だった。自分でも驚いて声をあげた。

 気付けば、自らの手から鉄の棒が投擲された後だった。

 

 声が聞こえたんだ。確かに聞こえた。

 これはきっとスキルを使用してなくては聞こえ無かっただろう微かな声で、確かに

 

──助けて

 

 と掴み上げられた時、少女は言った。

 その声が、その言葉が、あの時聞いた妹の言葉に、声音と酷似していて。

 流れるような動作でアイテムボックスから鉄の棒を取り出し、投擲していた。完全に無意識だった。

 

 鉄の棒は吸い込まれるように少女を掴んだビーストマンの頭部へ命中し、威力がありすぎたのか刺さることなく頭部をぐちゃっと弾け飛ばして、投げた勢いのまま家の壁を破壊した。同時にハンスの精神が安定化される。

 

 

「あちゃぁ」

 

 

 家を破壊したのはまずい。すごくまずい。弁償なんて洒落にならない。

 

(よし。今後、全力投球は控えよう)

 

 そう心に決めて唖然としているビーストマンと子供の方へ走る。

 先手必勝。起こしてしまったことは仕方ない。目撃者が居なくなれば大丈夫だろう。死人に口なしともいうのだから。

 少年を押さえているビーストマンに加減した跳び蹴りをして壊した家の壁へ飛ばし、着地せずに隣に居たビーストマンの頭を掴み、顔面へ膝打ち。倒れる前に肩を踏み台にしてその後ろのビーストマンの頭部へ蹴りを入れる。二体が倒れるのと同時にようやく着地。

 状況を理解したのか、ただ仲間がやられたからか、まだ立っている残りの二体のビーストマンがハンスへ襲いかかる。

 鋭い爪を使った引っ掻きにも似た切り裂きを屈んで避け、足を蹴飛ばしてバランスを崩して倒れそうになったところに立ち上がり様に脇腹へ肘打ちし、胸ぐら──というか毛?──を掴んでもう一体のビーストマンの拳を受け止めさせる。拳を仲間に当ててしまい一瞬戸惑ったビーストマンの腹部へ拳を入れた。

 ゆっくりとビーストマン達が倒れ、ハンスは壊した壁へ向かう。投げた物の回収と、手加減して蹴り飛ばしたビーストマンへのトドメを刺しに。 

 

 

 

 

 ジエットは目の前の状況が理解できないでいた。ネメルを掴んでいたビーストマンの頭部が吹き飛ぶと同時にその背後の壁が壊れ、押さえ付けられていた体が自由になったかと思えばビーストマンが次々倒れていく。そして、壊れた壁の方から声が聞こえる。

 

「ひぃぃ」

「安心していい。ここは子供の目が届かない。だから、惨たらしく死ねるゾ」

「た、助けてくれ!」

「クハハハハハ」

 

 

「な、なんなんだ……?」

 

 壁の中は暗くて見えない。

 だが、そんなことよりも、倒れているネメルへ駆け寄った。

 

「ネメル!」

 

 返事はないが息をしている。ビーストマンの死体からネメルと離れ、楽な体制で寝かせる。

 本当なら、すぐにでも都市に出たい。しかし、希望が目の前にあるとジエットは理解していた。

 その希望が暗闇の壊れた壁の中から出てくる。

 

「ふむ。やっぱり撲殺は後悔を抱かせるには最適かな」

 

 などと物騒な事を言っている希望だ。

 気付き、鉄の棒で肩を叩きながらジエットの前に来た。

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 第一声は少年からの土下座で、礼だった。

 正直に言うならば、イラっとした。

 何度も思う。こんなことは子供にさせることではない。

 少年──ジエットに立つように促し、立ってもらうと、ハンスは地面に膝をついて視線を合わせてから話をした。

 

 

「少年、私は君を尊敬するよ」

「え?」

 

 

 都市では見かけない珍しい黒髪に、紫の瞳。継ぎ接ぎだらけの顔に身体。目の前の人物が人間ではないのだと、なんとなくわかった。しかし、それでも、縋らずにはいられない。

 ジエットとネメルをどんな理由であれ、救ったのは事実なのだから。 

 

 

「あの」

 

 

 尊敬すると言ってくれた人に、助けてくれた人に、図々しいお願いだとわかっていながらも、ジエットはお願いする。

 

 

「おねがいじまず、かあさんを、たすけてくだざい」

 

 

 涙が溢れ、ちゃんと言えたかわからない。

 ただただ諦めたくなかった。助けてくれないかもしれない。それでも───

 

 

「任せなさいな」

 

 

 聞こえたのは優しい声。抱き寄せられ、頭を撫でられて、ジエットはさらに泣いた。

 

 

 

 

 




ビーストマン「幼女を食う(意味深)」
ハンス「死刑♪」

【追記】
名前の誤字等を修正しました。


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4話_竜王国~後編~

_

 

 ハンスは鉄の棒──先端が赤く塗装され、九十度曲がった鉄のバールのようなものである『エクス・カリ・バール』で肩を叩きながら目の前の様子をうかがっていた。この『バールのようなもの』は剣の分類に入るのに打撃系武器というちょっと謎がある武器であり、ハンスが個人的に開催していた──掲示板では『ドキッ!ゾンビだらけのハロウィン前夜』と名付けられた──イベントの報酬に大量に用意している物である。因みに、ギルドに入る前も、入ってからも10月29日の夜に決まって開催していた個人イベントである。参加報酬はエクス・カリ・バールとカボチャヘルムである。初めは初心者救済用に始めた武器と防具配付イベントなのだが、いつからか上級者も含めて参加しはじめた。本人は知らないが、密かに人気がある個人イベントである。翌日の10月30日にあるハロウィンイベントの仮装としてカボチャヘルムを被る者は少なくないほどだ。また、ゾンビ(主催者)がバールのようなものを落とすということでゾンビ系のホラゲー愛好家は見学しに来る。

 内容は大量に召喚されたゾンビを倒すだけで良いという経験値も貰えて、ゾンビの最大レベルは五という初心者仕様ときた。また、あからさまな上級者が多いとハンス自身が出張るという。また、タブラ・スマラグディナは毎年参加した。途中から──ハンスがギルドに入ってから──は主催側へ替わった。

 

 と、そんな思い入れがある(?)エクス・カリ・バールだが、攻撃力がそこそこ高い以外に特にはない。

 なぜこんなことを思い出したかと言えば、目の前にはカボチャヘルムを被った子供が二人いるからだ。パペットマントと呼ばれる黒いマントもサービスであげた。

 

「────、───」

 

 ほっこりすると言えば良いのか、どこか心が暖かくなる。

 ジエットはカボチャヘルムを外してベッドにいる母と話し、ネメルははしゃいでいる。ハンスはといえば、扉の横の壁に背を預けて、部屋の様子をうかがっていた。

 

「ハンス様」

 

 扉が控えめに開けられて、男が顔を覗かせる。意図的に嫌な表情を作り、バールのようなもので肩を叩いていた手を止める。

 

「何度も言ってますけど、呼び捨てで構いませんよ」

「そんな、畏れ多い」

 

 深々と頭を下げる。

 リアルでは頭を下げる事が多かったから、下げられる側というのは最初は新鮮だった。そう、最初は。

 このやり取りは何度目かわからないほどしている。かなり鬱陶しい。ヴルスト様からハンス様にさせるまで時間が掛かった。目標は敬称をなくすことである。いや、せめてさん付けでも妥協しょう。

 

「で、なに?」

「はい。我々は戻らなくてはなりませんので、今一度、考え直して頂きたく」

 

 わざとらしくため息をつく。

 呼び方ほど多くはないが、この話も何度目だったか。

 金髪に顔に傷があるこの男──ニグン・グリッド・ルーインはここ、竜王国の人間ではないらしく、スレイン法国から秘密裏に竜王国への援助をしているのだとか。

 なぜそんな国同士の極秘事項を話してくれたかと言えば、彼らの信仰する神──六大神は“プレイヤー”らしい。

 その内の一人、なんとか聖典が信仰するのはアーラ・アラフと言う。残念ながら、ハンスはその名を聞いた覚えはない。

 そして、ニグンが言っているのは帰国しなくてはならないから一緒に来てくれないかと言う事だ。対してハンスは竜王国を観ておきたいので断った。

 

「考えは変わらないよ。それとごめん。なに聖典だっけ? よんこう?」

「六色聖典が一つ、陽光聖典でございます」

 

 理由があって聞いた訳ではない。覚えられなかっただけである。この世界の事、法国、六大神、六色聖典に王国に帝国、現在いる竜王国。情報が多すぎて一度整理しなくては覚えきれないだろう。

 そういう意味も込めて、窓から夕焼け空を眺めながら思い出す。

 この人物(ニグン)と会うまでの経緯を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジエットが泣き止み、事情を聞いてその母を助けに行くには二人も連れて行く必要があった。

 家の特定が不可能であるからだ。見た限りでは石造りの家ばかりが並び、判別は屋根の色くらいだろうがそれも多色ではなく、四つほどでほぼ似通っている。

 そんな理由から連れて行く必要があるが……問題は足だ。

 怪我等の意味ではなく、単純に速さである。

 ビーストマンの進行速度が不明ではあるが、急ぐに越したことはない。ならばハンスは全力で走りたいが、それでは二人は付いてこれない。

 ハンスが抱えれば良いのだろうが、それでは戦闘になった時に足手まといになる。いままで出会ったビーストマンは弱かった。しかし、すべてが弱いと確定したわけではないのだ。用心はすべきであり、保険はかけておくべきだろう。

 となれば、別の足。付いて来れるくらいの足が必要だ。

 ハンスはアイテムボックスから羊皮紙──スクロールを八枚取りだし、三枚、四枚、一枚と順に発動させる。

 

「《第5位階怪物召喚(サモン・モンスター・5th)魔狼(ヴァルグ)、《第3位階怪物召喚(サモン・モンスター・3th)悪霊犬(バーゲスト)、《第8位階天使召喚(サモン・エンジェル・8th)万象の大天使(ラジエル)

 

 羊皮紙が燃え上がると、魔法陣が地面に浮かびあがる。

 灰色の狼に似た姿を持つ魔狼(ヴァルグ)が3体。

 鎖を身にまとい、二本の角が生えている悪霊犬(バーゲスト)が4体。

 総八枚の翼を持ち、白と金の鎧を纏い両手に真紅の槍を持つ万象の大天使(ラジエル)が1体。

 

「ふむ。上限はないのかな」

 

 ユグドラシルでの召喚系スクロールの同時使用上限である。『ドキッ!ゾンビだらけのハロウィン前夜』ではスキルとスクロールを使用してゾンビを三千体召喚しようとした事があったが、それは現状ではどのように表示されるのか等々、他にも調べたいが後回しにする。

 魔狼の1体にジエットとネメルを乗せて案内させ、二体は左右に追尾させて不意な横槍への壁に。悪霊犬の4体は先程倒したビーストマンを運ばせる。死人に口無しと言う通りだが、さすがにただ殺すのは勿体ないので、幾つか試したいスキルの実験台の為に手短に気絶させたに過ぎない。頭を狙えば気絶か朦朧状態になるのは基本だが、二体ほど頭は狙っていない。その二体には別のスキルで麻痺させた。スキル使用に問題はないが、総てを試すためにも実験台は必要だった。

 

(ラジエル)は上空で待機。敵対者、特に強者が現れた場合には降りてきてね」

 

 頷くと天使は消えた。《上位転移(グレーター・テレポーテーション)》を使用したのだろう。それにしては高すぎる。召喚したモノとは繋がりのようなもので位置は把握できるが……見上げても姿が見えない。大きさが四メートル程とはいえ、あれほどピカピカしているのだから見えそうなものだが、上空は青空しか見えない。逆に天使からはハンス達が見えているのか心配になる。が、言ってしまったことは仕方がない。

 魔狼に乗せたジエットに案内させて、ハンス達はジエットの家へと向かった。

 

 が、魔狼が速すぎて家を通りすぎる等の事もあり、速ければ良いわけではない事をハンスは思い出すように痛感した。

 

~~~

 

 母親を助けてジエットとネメルをその家に置いて、ハンスは連れてきていたビーストマンと途中で遭遇したビーストマンを捕縛してジエット達の家の向かい側の家に引きこもった。

 

──ぐちゃと生々しい音が暗い部屋に響く。

 

「……これくらいかな」

 

 ハンスは呟き、最後の1体のビーストマンだった物を見下ろす。

 所有スキルを試し、効果に変更がないか確認する作業はあらかた終わった。

 それと同時に種族にあるいくつかのスキルは発動すべきてはない事を理解した。まず、これは使用して試していないが発動すべきではないスキルの一つ、<死と腐敗のオーラ>だが。相手に即死と能力値ペナルティを与えるパッシブスキルだが、この場では発動と同時に都市にいる全ての生物が死に絶えるだろう。それは別にどうでもいいが、その中にはジエットとネメルを含まれるので使用は厳禁だ。ユグドラシルの時からOFFにしているのが幸いして今の今まで発動されなくてよかった。あとは──

 

「……」

 

 

 床に跪くのは狼のような頭にがたいのいい体の獣の動死体(アンデッド・ビースト)に視線を向ける。後ろには悪霊犬(バーゲスト)が二体お座りして待機させてしている。

 この獣の動死体(アンデッド・ビースト)はスキルで造り出して問題はないが──いや、問題だらけだ。

 スキル<接触感染Ⅲ(コンテイジャス)>。

 武器を使用しない(ガントレット等の防具も含む)で倒したモンスターを確率(自身よりもレベルに差があると成功率アップ)でゾンビへと変えて復活させる。というパッシブスキルである。ちなみにレベル差が1につき成功率1%アップで、「修行僧(モンク)職業(クラス)と合わせて使うな」と言わしめるほど組み合わせが良い。素の攻撃力が高ければ効率がいいのだから必然ともいえよう。

 簡単に言ってしまうと死の騎士(デス・ナイト)従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)を作るスキルの上位版である。が、発動条件がかなりシビアで、微妙なスキルでもある。なにが微妙かといえば、接近職でなければ無意味であり、攻撃はトドメだけでいいがレベル100であっても素の攻撃力はモンク等のクラスで攻撃力を上げないと厳しい。しかも、確率であるがゆえに狙って発動できない。初期で10%から始まり、スキルはⅢなので初期値は30%。その値にレベル差を加算させた数値が確率となる。最低値が30%は人によっては高いと言うかも知れないが、このスキルのパーセンテージは信用ならない。合計値90%以上であっても10体中3体もできれば御の字なのだから。

 それでも、このスキルで復活させたモンスターはレベルがそのままで、指示もきるという強味がある。しかも、種族によるゾンビ化なので、人間種は動死体、竜であればドラゴン・ゾンビとなる。であれば、ビーストマンであればどうなるか。答えはハンスの目の前にあった。

 

「そろそろジエットの母親にここの情報を聞こうかな」

 

 問題だらけの獣の動死体(アンデッド・ビースト)に向けて言ったわけではなく、現状確認のために呟いてしまっただけである。それを理解してか、返事はない。

 家を出ると向かい側の家の扉前には二体の悪霊犬(バーゲスト)。警護用に置いたのだが、ビーストマンは来なかったようだ。

 不意に影が頭上を通りすぎ、反射的に頭を上げれば白い天使が飛んでいた。その姿には見覚えがある。

 

炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)?」

 

 ハンスが呟くのとほぼ同時に天使は反転して道の真ん中辺りで止まった獣の動死体(アンデッド・ビースト)の方へ手に持つ剣先を向けながら突撃してくる。

 いつもなら無視するところだが、せっかくスキルで作った手駒を失うわけにはいかない。そもそものスキル発動率云々があるので勿体ないのだ。

 獣の動死体(アンデッド・ビースト)に迫った天使の頭を横から掴み、地面へと軽く叩きつける。下手に全力で叩きつけるとクレーターやら地震やらが起き、天使のHPが無くなってしまうので軽く、優しくだ。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)の体力値からすれば大した攻撃ではない。頭を掴んだまま持ち上げてみればじたばたと暴れだすが気にすることなく観察する。

 

「やっぱり炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)だ。こんなところにいるとなると、召喚?」

 

 聞いたところで天使は喋らないので、召喚者を手っ取り早く見つけ出そうとハンスは悪霊犬に指示を出す。

 そうしてすぐに召喚者を捕らえられた。

 

 

 

「さて、この天使は君が召喚したのかい?」

「は、はい」

「この天使は炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)?」

「そ、そうです」

 

 全身黒い衣服に身を包み、潜水服のような被り物をした魔法詠唱者(マジックキャスター)は返答する。

 通りの真ん中──はまずいのでスキルの実験に使用した家の中で拘束はせずに椅子に座らせて、質問のようなある意味拷問のような感じて聞いていた。すぐ隣にはビーストマンの残骸が転がっているが衛生面の配慮はしない。

 ハンスは魔法詠唱者(マジックキャスター)の背後にいる炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を観察する。

 

「あの」

「なんだい?」

「あのビーストマンはあなたが?」

 

 ビーストマンの残骸を指差しながら聞いてきたのでハンスは肯定する。どういう経緯で殺ったかは言わないが、魔法詠唱者(マジックキャスター)からは歓喜に満ちた声が上がる。何故?

 

「是非とも我々にお力をお貸しください!」

 

 椅子から立ち上がるとハンスの肩をつかんで迫ってくる。変な被り物をしているとはいえ、顔が近い。

 悪霊犬(バーゲスト)が威嚇のするようにうなり声をあげ、獣の動死体(アンデッド・ビースト)が戦闘体勢になるのを手で制して魔法詠唱者(マジックキャスター)を引き剥がす。

 

「内容と報酬次第です」

 

 この場合の報酬は情報だ。第3位階魔法までしか使えない彼には期待できないかもしれないが、「我々」と言っていたので他の者にも聞けるかもしれない。

 

「わかりました。では、隊長のもとまで」

 

 そう言って即ささと家を出ていく。ついて来いという意味なのだろうが、まさかハンスには拒否権がないようだ。

 ジエット達には一声かけてから魔法詠唱者(マジックキャスター)の彼についていく。

 

 その先でニグンと出合い、アンデットだとわかると戦闘になったが天使(ラジエル)の介入──殲滅しようとするのをハンスが止める──等により話し合いになり、プレイヤーであると分かれば手のひらを返したニグン達には呆れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ!」

 

 モモンガの自室に隣接した執務室に怒声が響く。

 

「も、申し訳ございません!」

 

 執務室にはプレアデスと執事であるセバス達がモモンガのいる机の前に跪き、頭を深々と下げていた。

 怒声はモモンガから発せられるが、精神が安定化される。

 

「……で、今の話は誰にもしていないだろうな?」

 

 モモンガの問いにセバスが代表して口を開く。

 

「はい。私とプレアデス以外にはこの場の者達しか知り得ません」

 

 その話とは、セバス達が地上探索に出る前に玉座の間への扉前で嗅いだ匂いについてだ。

 口元を押さえて考える素振りをするモモンガに対してセバス達は黙って言葉を待つ。

(セバス達の話が本当ならハンスさんが来ている可能性がある。なら、転移直前のあの音は幻聴じゃない? とすればウルベルトさんと建御雷さんも? いや、どちらにしろ、確認すべきだ。でもどうやって? 探索部隊を編成? いやダメだ。外がどのような状況かが問題だ。一般的なレベルも確認しないといけないし……まずは──)

 

 

「セバスにプレアデス達よ。この話は以後、私の許可なく誰にも口外してはならん」

『はっ!』

「ではこの話は終わりだ。それと、デミウルゴスとコキュートスをここに呼んできてくれ。その二人には話すべきだろう」

『はい。かしこまりました』

 

 すぐに行動を開始して部屋からセバス達が出ていくのを見送ってから、モモンガは机の上へ視線を落とす。

 

「ハンスさん、ウルベルトさん、建御雷さん…」

 

 誰にも聞こえないほどに小さく呟く。

(あれ? 今の話をウルベルトさんはデミウルゴスに、建御雷さんはコキュートスに話すのでいいとして、ハンスさんは誰に話せば良いんだ? 創ったNPCは確か四体居たはずだし……8階層に二体、6階層と2階層に一体ずつだったっけ。NPCが動いていると彼らはどうなっているんだろう? とりあえず8階層と6階層の……あのNPC達には近付きたくないなー)

 そう考えている時、扉がノックされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、竜王国の大都市を見たらすぐにもそっちに行くよ」

 

 馬の手綱を引くニグンに言うと、その場に跪き、感激に震えかの如く涙すら流しだす。

 

「ありがとうございます。本国には私から話を通しておきます!」

「う、うん」

 

 竜王国の大都市へは観光みたいなもの故、ここまて感謝されると背徳感が込み上げる。

 観光が終わったら早々に法国へ向かうべきだろう。

 

「では、私どもはこれで失礼いたします」

「ああ、待った。これ、あげる」

 

 アイテムボックスからあるアイテムを取り出してニグンに差し出す。

 

「……よろしいのですか?」

「うん。教えてくれた事はかなり有力だったからね。お礼かな」

「そんな! 我々に天使を貸してくださったことで亜人共を殲滅できたのです。それだけても……」

「はいはい。そういうのはいいから、貰ってくれないと困るんだけど?」

 

 跪いたまま両手で恭しく受け取るとハンカチで包み、懐へ仕舞った。

 その後に馬にまたがって湖の方へ向かう。そこから湖を渡って法国へ帰還する経路だ。

 走り出してからしばらくして振り向けば、ハンスはまだいた。

 

「隊長、よかったのですか?」

 

 部下の一人が馬を寄せて聞いてくるがそれはニグンも感じていることだった。

 

「一緒には行けないと。恐らく大都市にて何かやらなくてはならないことができたのだろう。その用が終われば本国へは来てくださるそうだ」

「そうでしたか」

 

 残念そうに、納得しかねるように返答する部下に苦笑いを浮かべる。

 

「しかし、あれ程のものをくださるとは……六大神様と同格の“ぷれいやー”というのは間違いないようですね」 

「……疑っていたのか?」

 

 ニグンは憤怒を圧し殺した声で、部下を睨みながら問う。

 敵対したにも関わらず許し、降臨させた天使を貸し、あまつさえあれほどのアイテムをくださった方に対するのは感謝はあれど疑いなど──

 

「そ、そういうわけでは……」

「ならよい。しかし、本国から帰還命令とはな」

「全貌は聞いてませんが、なんでも王国関連らしいです」

 

 

 

 




後編なのに終わらない不思議


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5話_王国戦士長

_

 

 

 森の入り口は木々の隙間から日差しが地面を照らす幻想的な風景が広がる。

 森の奥へ進むにつれて日差しが遮られたのか極端に暗くなり、入口とは反対に不気味な雰囲気を発していた。しかし、その暗い森の中を進む二人組には関係のないこと。

 

「確か、この辺りか?」

 

 がたいがいい方の、半魔巨人(ネフィリム)──武人建御雷が聞けば、山羊の頭を持つ悪魔──ウルベルト・アレイン・オードルは頷いた。

 二人が森に入ってから、転移してきたであろう場所を捜索し、他に誰も──主にハンス──が来てないか探したがそれらしい手がかりは見つからなかった。

 そこらじゅうに浅い穴が空いているのは二人と、ウルベルトが召喚した悪魔とで掘ったものだ。理由は暗黙の了解のごとく、頷き合っただけである。

 

「これだけ探しても居ないとなると、別の場所か?」

 

 武人建御雷が持ち上げていた岩を下ろして聞くが返事はない。

 

「おい?」

 

 ウルベルトの方へ振り向けばそこにはおらず、召喚された悪魔だけがいた。悪魔が上を見ていたのでつられて見れば木々で遮られてウルベルトは確認できない。

 《飛行(フライ)》の魔法で上空からの探索にしては木上からでは森は見渡せても、木下にいるであろう動物すら見つけられまい。

 木々の隙間からウルベルトが降りてくる。

 

「この先に村があったぞ」

「なら向かうか?」

 

 情報を得るためにも誰か言語能力がある生物との接触は必要だ。

 敵対行動をとられれば逃げればいい。最悪、悪魔達を盾にすれば時間稼ぎぐらいはできるだろう。前衛と後衛が居るとはいえ、同レベル戦では数と連携、装備が物を言うのだから。

 

 

 一キロほど森の中を歩いたところで森が開け、先に村があったが──

 

「騒がしいな」

 

 村を遠目に見て。貧相な服装の者が走り回り、鎧を着た者が剣を振りかざしている。

 

「祭か? 武道祭なら是非参加してみたいが」

 

 村で起こっているのは武道祭などと生易しいものではない。

 貧相な服装の人々へ剣が降り下ろされ、血飛沫をあげて地面に倒れる。

 

「血生臭い祭だな」

「武道祭ではなかったか……残念だ」

「いや、この村伝統の祭かもしれないぞ?」

 

 それではまるで蛮族だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴や怒声が周辺から聞こえる。

 目の前には背を向け、幼児に覆い被さり守る女が地面に伏していた。

 幼児は泣き叫び、女は震えている。その背に向かって、せめて苦しまずにと剣を降り下ろす。

 幼児の声が消え、女の震えは止まる。

 

「どうか、安らかに」

 

 鎧を身に纏い、剣を携える男──ロンデス・ディ・グランプはそう唱え、剣を引き抜く。

 この身は神に忠誠を、信仰を絶やした事などない。自分は不信心者ではない。

 この行いは人類存続の為であり、これはその為の仕方のない(・・・・・)犠牲だと。

 

 

「うぁぁぁぁ! 化け物だ!」

 

 同じ部隊のエリオンの声が悲鳴に混じって聞こえてくる。

 何らかの非常事態が起きたことは明白で、モンスターが現れた可能性を考えてロンデスは声がした広場へと走った。

 その先でみたものは──

 

「ハハハハハ! どうした。その程度か?」

 

 広場の上空に人間の形をした山羊の頭を持つ異形の者。

 それが悪魔の分類であると瞬時に理解できた。なぜなら、悪魔の言動がそれを物語っているからだ。

 

「貴様達には“悪”とは何か、悪行を、邪道と言うやつを教えてやろう!」

 

 悪魔は両手を広げて公言した。

 言葉通り、悪行と邪道が騎士──を装っているだけだが──を遊んでいる。

 逃げようとする騎士には山羊の悪魔が魔法を放って脚を攻撃して鈍らせ、小鬼の悪魔が群がりリンチにし。

 立ち向かう騎士にはガーゴイルと呼ばれる悪魔が剣を弾き、翼で騎士を弾き飛ばす。

 

「なんだこれは……」

 

 山羊の悪魔の下──地上には屈強な体を持つ人食い大鬼(オーガ)らしきモンスター。他と違う雰囲気を纏う姿は山羊の悪魔と同格か。

 騎士の一人が背後からそのモンスターへ切りかかるが、剣は弾かれる。

 勝てない。戦っている悪魔達はなんとか対処できているが、あの二体は別格だろう。

 モンスターに遭遇したのは不運ではあるが、ここは撤退すべきだ。村人の生き残りを残しても、あのモンスター相手には助かる事はないだろう。

 

「ひぃぃぃ!」

 

 悲鳴に似た声にそちらに視線を向ければベリュースが尻餅をついていた。

 曲がりなりにもこの部隊の隊長だ。ロンデスはベリュースに部隊を撤退するよう言おうとして──

 

「俺はこんなところで死んでいい人間じゃない!」

 

 立ち上がると一目散に逃げ出した。部下を置いてである。

 苛立ちよりも呆れが(まさ)り、声を張り上げて指示を出す。

 

「撤退だ! 全員撤退!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追わないのか?」

「ふん! 奴等にそんな価値はない」

 

 やけに不機嫌だ。

 山羊の悪魔──ウルベルトはあの騎士達の戦闘を見ていて、いきなり介入したかと思えば弱い悪魔を召喚して見ているだけ。自らは逃げようとした者にのみ攻撃していた。

 はじめは村人を助けるためかとも思っていたが、そうではないらしい。何が彼をこうさせたのか。

 

「慈悲? 慈悲だと? 同族を殺して慈悲などと──悪行を行って神に祈るなど虫酸が走る──悪とは非情に、逃げるものには死を、向かってくるものには己の無力さを理解させる絶望を──悪の、悪の美学が足りない!! それを奴等は──」

 

 なにやらブツブツ言っているがここは放って置く。

 周囲を見渡して、少し離れた所に人が集まっているのを確認すると、状況を聞きに村人が集まっている所へ近付くが村人は怯えだ。

 目の前であのな戦闘を見せられれば当然か。

 

「我々は通りすがりの者だが、誰か状況を説明してもらえないだろうか」

 

 なるべく怯えさせないように武器はしまう。

 

 武人建御雷は気付かなかった。怯えられる理由が自分の外見も含まれていることに。

 

 集まっていた人の中から一人、老いた男性が踏み出す。

 

「あなた方は……」

「通りすがりと言った。この村が──」

「クソがぁぁぁ!」

「ひぃ!」

 

 交渉を開始しようとして、ウルベルトの怒声に遮られて老いた男は怯えて尻餅をつき、後ろの人達は目を見張る。

 

「暫し待て」

 

 言って男に背を向けてウルベルトの方へ行き、後頭部を殴った。

 武器を未使用とはいえ、前衛職ゆえに素の攻撃力は高い。ダメージは入らないだろうが、想像か妄想かは不明なものから帰ってこさせるには十分である。

 

「なにをする」

「それはこちらの台詞だ。せっかく人を助けたんだ、何か報酬を貰うのも悪くないだろう?」

 

 わざと大きめの声で会話する。

 村人に聞こえればこちらの意図を察してもらうために。

 

「なるほど、そういうことか。ククク」

 

 ウルベルトのその笑みはやめろとは言えない。

 交渉スキルなど二人とも取ってないのだから、使える物は全て使うべきだろう。

 男性の元に戻る頃には、男性は初めより怯えはないように思えた。

 

「我が名はウルベルト・アレイン・オードル! 希代の大悪魔にして大魔法使い! さぁ、貴様らの命の対価になにを差し出す?」

 

 見ている此方が恥ずかしい。

 その振る舞いは宝物殿のアレ(・・)を思い出させる。が、この場ではその振る舞いこそが必要だ。

 ここで下手に出ては足元を見られ、軽んじられる恐れがある。

 

「と、まぁ我々は貴様らの命等にそれほど興味はない。我々は最近この地に来たばかり。人間の情勢を知るのも悪くはない。故に、それを話すのであれば他は不要だが?」

 

 男性と、他の村人から多少は警戒や恐怖心が薄れたのを感じ、武人建御雷はホッとした。

(いきなり高圧的で心配だったが、これならば大丈夫か)

 

 

 後に、男性──村長だったらしい──の家に情報を提供してもらい、ある程度の知識が手に入った。

 この地はユグドラシルではないという確信と、ゲーム縛りを強制されているのはウルベルトと建御雷だけであり、村人──この世界の住人には適用されない事等々。

 しかし、やはりと言うべきか、村人が保有する情報には限りがあり、王国や帝国の情報はあっても詳細まではない。

 ウルベルトと建御雷は相談した後にここ、ネルカ村から近い都市エ・ランテルに行くのが得策だろう。

 問題は冒険者の強さが気になる。冒険者とは名ばかりのモンスターを専門に討伐するのだとか。もし仮にレベル100であるなら異形種と言うだけで二人は戦闘を吹っ掛けられるだろう。

 せめて外見だけでも隠す必要がある。また、目立たないようにする必要もだ。

 そこで、ウルベルトはローブと仮面を着け、建御雷は全身鎧を着たが、村長からダメ出しを食らった。

 聖遺物級(レリック)では伝説の装備等と言われ、遺産級(レガシー)でも希少価値が高すぎて目立つと言われてしまった。

 仕方なく、上位装備で妥協する。冒険者がレベル100なら、伝説級(レジェンド)または神器級(ゴッズ)と警戒していたが、もしかしたら誰も持っていない可能性が出てきた。

 村人が情報を持っていないという可能性もあるが、それは都市についてみればわかるだろう。

 そうこうしている内に夕方になり、()が現れた。

 

 遠目に村へ接近する部隊を確認した。

 しかし、武装が統一化されていない。先程の騎士とは違う可能性が出てくるが、ここで判断をミスする訳にもいかない。先制攻撃は避けて村の広場で待つ。

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ」

 

 村長から聞いていた。

 王国最強の人物であると。

 『最強』その言葉に反応する人物がこの場には一人いた。

 

「村長とお見受けする。そちらの二人は……」

 

 一人は薄汚れた水色の全身鎧(フルプレート)に角が生えた面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を被り。

 一人は漆黒のローブと牛のような闘牛の頭蓋骨を仮面のように被った奇異な者。

 

「我が名は──」

「武人建御雷だ。王国戦士長、手合わせを願いたい」

 

 ローブの者の言葉を遮って全身鎧(フルプレート)の者が一歩踏み出して奇怪な事を言う。

 初対面で手合わせを申し出るなど、礼がないのかと。だが、ガゼフは悪い気はしなかった。

 

「わかった。その申し出、答えよう」

 

 後ろの部下が驚きの声を上げるがガゼフは気にせずに馬から降り、剣を抜く。

 

「感謝する」

 

 武人建御雷は剣(拾った物)を肩を落として背筋を伸ばし、剣先をガゼフの中心を捉えるように構える。中段の構えだ。

 ガゼフは下段の構えで合い対す。

 

「……」

「……」

 

 互いに構えたまま動かず、相手を見つめ続ける。

(なんだ。この者は)

 対峙しただけでわかる技量。気迫。

 並の戦士ではない。蒼の薔薇のガガーランと同等か、それ以上の戦士。

 

「考え事か? 気が緩んでいるぞ」

 

 手合わせとはいえ、戦闘中に気を緩ませるなどあってはならない。それは相手を軽く見ているとなる。だが、かけられた言葉には軽んじられていることへの不快感は感じられず、あくまでも好意的な静かな警告。

 この隙に攻撃すればいいものを、そんなことはせずにいる。ただ純粋に真剣勝負がしたいのだろう。

 ガゼフは目の前の人物がどういう性格なのかを少しだが理解した。

 

「すまない。すごい気迫だと思ってな」

「そうか。では、此方から行くぞ」

 

 わざわざ口に出す。不意や奇襲は好みではないのか。

 だが、ガゼフにとってそれ(・・)は不意な攻撃に等しかった。

 一歩。

 そう、一歩踏み出したかと思えば武人建御雷は眼前に迫り、剣を降り下ろそうとしていた。

 十メートルは離れていた距離を一瞬にして詰める。

 防ぐのは危険と判断して横に転がるようにして避け、体勢を立て直す。

──が、眼前に刃が迫る。上体を反らして剣を避る。

 後退り、距離を置こうとするが離れず、剣は迫るばかり。

 全身鎧(フルプレート)なのにその重さを感じさせない俊敏な動き。相手との距離の置き方。自分の得物(武器)長さ(リーチ)を熟知した立ち回り。見事の一言につきる。

 これほどの技量の前になら、負けるてもいいとさえ思う。

 だが、ガゼフとて王国戦士長としての──いや、国王へ忠誠を捧げた者として、何もせずに負ける訳にはいかない。

 負けるにしても無様であっても、何もせずに負けるわけにはいかない。

 何度目かの剣を避け、先程までは後退する一歩を前へ踏み出す。

 

「ほう?」

 

 感心の声。

 なぜ喜ぶのか。そんなことを考える余裕などなく、ガゼフはかの者の脇へ剣を振る。

 防がれることは予想済み。手を止めず、足を前へ前へと付きだし、左上下右と連撃を繰り返す。その全てが流されるが確実に一歩、また一歩と後退させていく。

 

 

 

「なかなかやるな。人間にしては」

 

 戦闘の成り行きを見ていたウルベルトはガゼフと名乗った男への称賛の言葉を呟く。

(まぁ、加減されてアレとは。レベルは40辺りか? 最強が知れるな)

 『最強』の言葉に反応した武人建御雷が興味を持つのは別に構わなかった。

 ウルベルトも最強と言われれば反応はしたが、戦士職では話にならない。魔法職最強ならば武人建御雷と同様に競おうとしただろうが。

 と、戦闘の決着がついたようだった。

 武人建御雷の持つ剣が折れため、この手合わせは引き分けとなった。

 

「もっとまともな剣を拾うべきだったか」

 

 拾い物であそこまで戦えるものなのかとガゼフは驚愕するが、武人建御雷がヘルムを脱いだことで更に驚愕した。

 人ではない異形の者。

 

「なるほど、人ではなかったか」

「ならば、どうする?」

 

 ヘルムを脇に抱えて武人建御雷は聞く。危険なモンスターは討伐するべきだ。王国の為にも。だが、武人建御雷は武器を取り出すわけでも、逃げようとするわけでもない。

 ガゼフはこの人物──人ではなかったが──の性格は先の戦闘で少しではあるが理解できていた。

 

「お、お待ちください! 戦士長殿!」

 

 村長が慌てて間にはいり、武人建御雷の前に立つ。

 

「村を救って下さったのはこのお二人です!」

 

 ガゼフに驚きはない。しかし部下達からは驚きの声が上がる。

 異形の者が人を救うなど補食以外では、ほぼないだろう。それゆえの驚きだ。

 

「我々は何も見なかった」

「戦士長!?」

「冒険者のお二方。村を救ってくれたこと、感謝する」

 

 頭を下げる。

 王国戦士長という立場でありながら、異形種相手に頭を下げるなど気が触れているとか言いようがないが、ガゼフにはそんなもの関係なかった。

 平民出身のガゼフは村の過酷さを知っている。野党やモンスターに襲われた時は、通りすがりの冒険者や国の軍が助けに来てくれないかと願わずにはいられなかった。

 敵国に襲われたらモンスターが助けてくれた。意思の疎通ができた。敬意を払うべき技量と度量を持ち合わせていた。たったそれだけのことだ。

 姿を見なかった。いや、ここには全身鎧(フルプレート)の者と漆黒のローブを纏った二人の冒険者がたまたま居合わせただけの事。

 

「して、村を襲った帝国の兵士とは殲滅を?」

「いや、南西へ逃げた」

 

 漆黒のローブを纏う者は闘牛の頭蓋骨をとっており、山羊の頭を露にしていた。

 

「そうか。感謝する」

「もう行くのか?」

 

 馬に跨がり、漆黒のローブの者に聞かれて頷く。

 もう夕方なだけに、村で一晩過ごせばいいのだろうが、今から出立すれば次の村は間に合うかもしれないのだ。

 それを理解したのか、漆黒のローブの者は止めずにいた。

 

「戦士長。次はしっかりとした武器を使った勝負をしよう」

「もちろんだ、武人建御雷殿」

「建御雷で構わない」

「そうか、では私もガゼフで構わないが?」

 

 武人建御雷の表情は読み取れないが、笑ったように感じた。

 

「うむ、ではガゼフ」

 

 言って拳を突き出してきた。その意味をすぐに理解して、ガゼフも拳を突き出す。

 

「ああ! また会おう建御雷殿」

 

 拳を突き合わせた。

 

「王都に来た際には是非とも家によってくれ。歓迎しよう」

「では、裏口からお邪魔しよう」

 

 一瞬キョトンとして、武人建御雷の外見の意味での軽口だと理解してお互いに笑い、ガゼフは村を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




法国の者に救いはないのか。
ここで時系列のお話です。
モモンガ様は転移してから3日はナザリックに引きこもっていたので、その3日は三人の進みです。

【追記】
間違え、誤字を修正しました。


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6話_創造物

 

 ナザリック地下大墳墓。2階層から3階層へ降りる為の《転移門(ゲート)》の手前は細長い通路になっており、左右には剣を天井へ向けて立正する騎士の像が並べられている。

 ただの石の像の筈だが今にも動き出しそうなほどの完成度に、モモンガは微笑しながらも歩き進む。像はゴーレムクラフターこと、るし★ふぁー作なのだからこの完成度は必然だろう。

 その奥。《転移門(ゲート)》の目の前にはバチバチと雷を帯びた──というより、雷そのもののような棒状の武器を持っているライトグリーンの全身鎧(フルプレート)が仁王立ちしていた。

 モモンガが近付けばその全身鎧(フルプレート)は左右の像と違い、武器を置いて跪く。もうその行動には慣れた。──いや、嘘だ。まだ“ちょっぴり”慣れていない。

 どうもNPC達の──というよりナザリック全体の──モモンガに対する態度は敬意のような畏怖のような、よくわからないものだ。

 支配者として振る舞うべきという判断は間違っていなかったと思う反面、やらなきゃよかったと思っている。

 

「モモンガ様。シャルティア・ブラッドフォールン様でしたら第2階層の自室かと」

 

 自分の前に社長が現れたら上司に用事かと考えるサラリーマンみたいな考えはやめてくれ。とは言えない。

 

「いや、お前に用があってきたのだ」

「はっ!申し訳ありません」

 

 打てば響くように返答は早い。

 領域守護者カルトヘルツィヒ。レベルは85で種族上位悪魔(オーデヴィル)である彼の役割はここ、3階層へ繋がる《転移門(ゲート)》前の守護。いわば門番だ。

 視線をカルトヘルツィヒが手に持つ蒼い雷の様な武器へ向ける。

 

「……インドラの槍、か」

 

 かつて、ギルド武器(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を創る過程でレイドボスから手にいれた数あるうちの一つ、激レアドロップアイテム『剛雷の塊』。

 皆で話し合った結果、「勿体無い」の意見よりも「杖以外にも専用武器を」が大多数で造ることになった。

(ドロップしたのはハンスさんだから最初はハンスさんに合わせよう。って言って主武器の槍にしたんだっけ)

 鍛治師のあまのまひとつとエフェクト担当だったハンスとで出来た槍。それをNPCが持っているのには理由がある。

 ナザリック地下大墳墓が1500人に攻め込まれた時に、要としてNPCに持たせた。しかし、次も攻められるかもしれないと、そのまま持たせていたのだ。

 無論、その後は侵入者など誰も来ず、ハンスもユグドラシルを辞めてしまった。

 

「我が武器がなにか?」

「──っ!」

 

 その言葉に対して抱いた感情に精神が安定化される。

 

──お前の武器ではない。それ(・・)はお前の為の武器じゃない!

 

 そう、言おうとした。だが、その言葉を言わなかったのは、憤怒が安定化された後に残ったのが虚しさだったからだ。

 NPCに言ってどうする。八つ当たりしてどうする。

(あの人はどう思うかな……)

 取り上げることはできるだろうが、そんなことはしないし、できない。

 

「カルトヘルツィヒ」

「はっ」

 

 武器の事は後回しにする。ここに来たのはデミウルゴスとコキュートスに話したように、カルトヘルツィヒにもあの話をするために来たのだから。

 

「現在、ナザリック地下大墳墓が原因不明の地に転移してしまっている可能性があることは通達されて知っているだろう」

 

 カルトヘルツィヒは肯定の意味を含めて頭を下げる。

 それを確認してからモモンガは言葉を選びながら言う。

 

「この不明の地に、ハンスさんが──ハンス・ヴルストさんが居る可能性が高い」

 

 言った瞬間。正確には名を出した瞬間に空気が揺らいだ気がした。

 デミウルゴスとコキュートスに話した時は身動ぎする程度だったが、カルトヘルツィヒは頭を下げたまま動かない。

 彼ら(NPC)にとって創造主は大事であり、優先順位は最上位らしい。親が大事なのは理解できる。モモンガもこの体になる前はそうだっただろう。今となってはそれは薄れてしまったが。

 創造主──言わば親の話をすれば彼ら(NPC)がどういった行動をするかは不明だ。では、何故話したのか。

 最愛の者がこの地の何処かに居る。などと言われれば、いてもたってもいられないだろう。モモンガなら飛び出している。だがそれはできない。今のナザリックには自分しか居ないのだから、見捨てることはできないのだから。

 

(あぁ、そうか。話したのは、言ってほしかったんだ)

 

 「探しに行こう」と言ってほしい。

 自分では言い出せない。だから、誰かに後押ししてほしい。

 しかし……今、背中を押してくれた仲間達は誰も居ない。

 

「モモンガ様、恐縮ですが発言よろしいでしょうか」

 

 頭を下げたまま小さな声で、震えるような声で聞くカルトヘルツィヒにモモンガは心臓が跳ねるような錯覚をする。

 そして、期待せざるを得なかった。「一言でもいい。言ってくれ」と、願わずにはいられなかった。

 

「……許す。言ってみよ」

 

「何故、自分なのでしょう?」

 

 期待と、切望と違う言葉にモモンガは脱力する。同時にカルトヘルツィヒの言う言葉の意味が理解出来なかった。

 ハンスが創ったNPCにハンスの話をしてはいけないのか?と。しかし、それもすぐに理解する。

 

「自分はハンス様が創造された中では最弱と認識しています。先程のお話は自分ではなく、クローネ殿やゼルドナ殿にすべきではないでしょうか?」

 

 第8階層にいる二人のNPC。ルベドと同等の戦闘能力を持つクローネ。その二人を越える──二人の抑止力としての戦闘能力を持たせたゼルドナ。

 確かにクローネはハンス個人が創ったNPCだが、ゼルドナは少し特別だ。戦闘能力をナザリック最強にするために、ぷにっと萌え、たっち・みー、ウルベルト・アレイン・オードル、ペロロンチーノ、ヘロヘロ、ホワイトブリムの六人の協力で間接的ではあるが作られている。そういった意味ではパンドラズ・アクターと似たようなものだ。

 そこまで考えていて、モモンガの頭に閃くものがあった。

(そうか! パンドラズ・アクターに皆の探索を──いやいやいや。それは駄目だ。宝物殿の管理や守りが薄くなるし、外の確認がまだだ。しかし、もしも──そう、もしも外の状況を確認出来たなら?)

 外の状況を確認できたなら、パンドラズ・アクターに加え、モモンガが召喚できる最高レベルのモンスターを同行させれば?

 それに、ゼルドナかクローネを加えれば……。

 

「モモンガ様?」

 

 兜で表情はわからないが見上げてくるカルトヘルツィヒに我に帰る。

 深く考えすぎたようだ。

 

「先程の話だが、確かにクローネとゼルドナの方が戦闘能力は高いだろう。しかし、戦闘能力が高いからと言って、指揮官に向いているかは別だ」

「失礼ながら、ゼルドナ殿はヴィクティム様の代理にもなられます。指揮官としては申し分ないかと」

 

 確か、ゼルドナの設定はヴィクティムが死亡スキルを使用した後の8階層の守護者代理だったか。

 それにしても、揚げ足をとられた気分だ。

 

「例えの話だ」

「は。申し訳ありません」

「よい。二人にも伝えるつもりだしな」

 

 今そう思い付いたとは言わない。

 はじめは8階層の二人(あれら)に会いたくなかった。どうにかヴィクティムのみと接触して8階層の確認をしようかと考えていたぐらいなのだから。しかし今はそうでもない。逆に早く確認しに行きたいとすら思っている。そうなれば今思い付いた案を忘れないうちに早々に行動すべきだろう。

 

「まぁ、話はそれだけだ」

 

 そう言ってカルトヘルツィヒの返答を聞かずに指輪を使って9階層の円卓に転移する。

(まずは8階層に行き、8階層の確認。その後に宝物殿に行ってパンドラズ・アクターに会う。あとは外の確認だ! 忙しくなるぞ!)

 足取りは軽い。仕事が忙しいなど御免だが、この忙しさは別だ。

 良い結果が出るかわからない筈なのに、なぜか気持ちがはやる。

 なにか忘れているような気がするが、忘れる程度の事ならいずれ思い出すだろうと頭の隅に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第8階層は荒野で、平地だけでなく複数の山があり渓谷になっていたり、一部の山の内部は花畑であったりと“観光”には飽きないだろう。しかし、この階層を創った者達とその仲間が認めた者以外が“観光”するには護衛が必要だ。そう──()()()()1000人は。

 

 過去、不逞にもプレイヤー1500人による侵攻があり、その時には8階層への侵攻を許してしまうが、侵入した全プレイヤーを撃滅した。

 事実上、ここはナザリック地下大墳墓の最終防衛ラインである。

 

 荒野には痩せ細った木しかない8階層において、巨木があり、根は一本であるが七メートル程から上は無数に枝分かれし、枝が全て上を向いて葉を隙間なく咲かす姿は巨大なキノコを連想させる。

 その樹の根本──影が射す範囲にのみ草が生えた場所を「セフィロト」と呼称する。

 

 誰が呼称するのか?

 この地を創った者が。

 その者は何処にいるのか?

 ──分からない。

 そう、ヴィクティムには分からなかった。

 自分を創った者が、この地を創った者が何処に行ったのかなど。

 数日前に合計八つの気配をナザリックで感じた。

 それはこの地──ナザリック地下大墳墓を作りし御方々。偉大なる四十一人の気配を。

 しかし、入れ替わるかのように、一つ現れては消え。現れては消えを三回繰り返し、それらを見送るかのように最初から残っていた気配が動くと他の気配が感じ取れたが……消えた。

 最後に残った気配は至高の四十一人がまとめ役であるかの御方。

 あの馬鹿ほどではないが日数や秒数は数えたことはないが、もう随分と至高の御方に会っていない。

 

 キノコの様な樹の穴に入っているヴィクティムは、穴から頭だけ──全長1メートルほどの胚子のような姿なので頭だけでなく体の半分程を出し、前方を見る。

 平坦な荒野には痩せ細った木や岩があるだけで他に目に引くものはない見慣れた光景。目の前の背を向ける人物も変わらずに居た。

 

チャハクジュクワゾメキミドリ(ゼルドナ)

 

 ゼルドナと呼ばれた短い黒髪に深淵を覗いたような黒い瞳の二十代の男性。

 ガントレット、グリーブと少ない防具は全て銀色で統一し、衣服は灰色に統一した者に声をかけた。用があった訳ではない。単純に、“いつものこと”であった。

 そして、“いつものように”ゼルドナは返事もなければ振り向くこともない。微動だにせずに地面に突き立てた大剣の柄に手を乗せて仁王立ちしている。

 ヴィクティムはそれを不敬とは思わないし、不快にもならない。「そうあれ」と創られたのだからその態度や対応は当然である。

 この8階層にも昼夜はあり、昼の方が長い。その内、ゼルドナは昼に四回、夜に二回と一日に六回、8階層内を巡回することになっている。時間を考えればそろそろ巡回するだろう。と、思っていた所に8階層にはない気配を感知する。ゼルドナが大剣を地面より抜き、気配のする方角へ向かって上段に構えるのを見たヴィクティムは、穴から出て隣に移動する。

 

ウスイロウスイロハイゾウゲにあおむらさき(モモンガさま)たまごたいしゃこくたん(ですよ)

 

 気配が分からない筈はないが、念のために警告しておく。しかし、ゼルドナは振り向くことも聞く様子もない。

 彼方を向いたまま、構える大剣を降り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指輪を使って7階層と8階層を繋ぐ《転移門(ゲート)》前に円卓から転移する。同時にモモンガは臨戦態勢で周囲を注視する。何かしらの異常があった場合、モモンガであっても対処は不可能の階層。

 幾つかの理由でNPCは連れてきていない。連れてこれる筈がない。守護者全員連れてきたところで『あれら』には勝てないし、逃げられない。しかし、モモンガ一人であれば指輪の転移能力無しでもスキルや魔法により逃げ切れる。

 身一つで出来る事とできない事。仲間が居たからこそ気付き、居なくなってしまったからこそ気付いた。

 ナザリック地下大墳墓を、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を維持させるために、ソロでこそこそ逃げ回るように金貨を集めていた経験がこんな所で役に立つとは思いもしなかったが。

(特に異常は見当たらないけど……)

 油断は禁物。少し歩けば二人ほどしか通れないような崖の(あいだ)を進み、何事もなく一本道を抜ければ荒野が広がっている。障害物がない荒野は団体戦に向いているため、かつての1500人に攻められた防衛戦でもこの荒野で殲滅した。

 その時の記憶が、つい昨日の事のように思い出せる。

 

「昔を懐かしむのは、今が寂しいから。だったかな」

 

 そう言ったのは誰だったか。

 気を取り直し、支配者の威厳ある態度──を振る舞う──をする。振り向き、通ってきた崖の壁へ声をかけた。

 

「おい」

「はっ」

 

 壁の一部が動き、人の形に成って跪く。

 モモンガが先程通り抜けた一本道は()()()()()()()何事もない道。しかし、8階層まで来たプレイヤーからしてみれば一本道には罠があると疑うだろう。そうした事を考慮してわざと通る時は罠は発動しないよう設定してある。その道の名を命名したのはタブラとハンスだ。

(行きはよいよい、帰りは命置いてけ道。か、懐かしいなぁ)

 通り抜けて気が緩んだプレイヤー達の背後から奇襲させるためのモンスター、岩壁の怪物(ウォールロック)。課金モンスター故にナザリックの維持費に負荷はかからないが、40レベルでありながら擬態ステルスはモモンガであってしても看破するのは困難なほどの奇襲向けのモンスターである。

 

「何か異常はないか?」

「はっ、異常……でございますか?」

「ないならばよい」

 

 話を早々に打ち切る。

 詳しい情報を得れないことへの不安はあるが、今は時間が惜しかった。ゼルドナの巡回時間が迫っているので異常が目に見えてないのであればすぐにでもヴィクティムの元へ行くべきだろう。同じ巡回時間を持つクローネは居ないことを願いながら歩を進めようとした時、遠くから接近する物体が見えた。見えてしまった。

 位置で言うならばモモンガの横、崖の壁沿いから飛行してくる物体──黄金に輝く八枚の翼を拡げた少女。

 

「クローネか!」

 

 ハンスが熾天使の種族を修得させたくて、その修得情報を求めて半年かけて探し、その過程で入手した世界級(ワールド)アイテム『永劫の蛇の指輪(ウロボロス)』を使用して種族熾天使(セラフ)を修得させたた存在、クローネ。

 モモンガでは種族相性が悪く、更にはカルマ値がマイナスに傾いているほど倍率ダメージを得られる常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を所有する。

(ホント、ただのチートですよハンスさん!)

 密かにぷにっと萌えから「ナザリック殺し」等と呼ばれていたり、その容姿からペロロンチーノとフラットフットには愛でられたり。と、懐かしんでいる場合ではない。

 戦闘になったら勝てない。事前に強化魔法をありったけ使用して来てはいるものの、この場の不利はそう簡単には覆らない。

 

「う、骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)!」

 

 敵対しているか不明ではある。しかし、クローネの設定を思い出して敵対の可能性が高いと判断して様子見の魔法を発動する。地面から骨の壁が突き出てクローネの行く手を遮る。が──無惨に破壊されて突破される。

 破壊してまで接近するのは敵意があるのは確実と判断し、接近戦に身構えようとしてクローネが手に持つ武器にモモンガは戦慄を覚えた。正確には思い出した。

(こんなところにあったのか! るし★ふぁーさん製ぺこぺこハンマー!)

 他にもぺろぺろハンマーや、ぱらぱらハンマー等があるが省略しよう。馬鹿みたいな名前だが、その能力は恐ろしいものだ。なんたって稀少鉱石が使われているのだから!

 その能力故に宝物殿に厳重に保管──もとい封印されている筈だった。そんなハンマーを持ち出されては勝率どうこうの話ではない。

(鬼に棍棒……いや警棒だっけ? まぁいい)

 ユグドラシルでいうなれば全身世界級(ワールド)アイテム装備のプレイヤーと戦うようなものだ。

 

「《深闇の(ダーク・オブ)──」

 

 身構え、次の一手。スキルで強化させた魔法を放とうとして、突如クローネが吹き飛ばされて崖の壁へ叩きつけられる。吹き飛ばしたであろう衝撃がモモンガのもとまで感じられた。

 

「これは……《断空》か?」

 

 ゼルドナが持つスキルの一つ。《次元断切(ワールドブレイク)》の元となった等のテキストで書かれているスキル《断空》。威力は弱いが攻撃範囲が広く、特殊職業「古の戦士」を上限レベルまで上げた状態である装備を持つことで習得できる面倒なものだ。

 モモンガからはゼルドナの位置は把握できないが、ゼルドナからは視認できているのだろう。スキルが飛んでくるのだら。ユグドラシルではこれほどの範囲はなかった。仕様その物が変化したのか、この世界に適応されたのか……。いずれにせよ、攻撃対象がクローネであればゼルドナは敵対していないのだろう。

(あれもかなり特殊だからなぁ)

 《飛行(フライ)》を発動してセフィロトへと向かった。

 移動する前にも《断空》が放たれ、クローネを壁へ釘付けにしていた。

 

 

 

 




ウルベルト「モモンガさんの頭にきらめくもの……あっ」
モモンガ「やめて!」



遅れながら。時系列のお話です。
モモンガさんは“まだ”原作と同じ道を辿ります(予定)


【一日目】

モモンガ
0時で転移→守護者と面会


ハンス
 →竜王国とビーストマン国の間に転移(昼)→ニグンと別れ(3章)

ウルベルト&武人建御雷
 →トブの大森林に転移(夕方)→焚き火(2章)



【二日目】

モモンガ
セバスから仲間の情報→デミ&コキュ&カルに話す→第8階層

ハンス
竜王国→???

ウルベルト&建御雷
森散策→ネルカ村→ガゼフ(5章



【三日目】

モモンガ
???→自室→夜空で世界征服宣言?

ハンス
???→???

ウルベルト&建御雷
???→???



【四日目】

モモンガ
→カルネ村


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7話_竜王国~女王~

 

 竜王国。

 それは“黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)”ドラウディロン・オーリウクルスを女王に戴く国である。

 竜王国と聞いて竜族の国と思う者は少なからずいる。というより、はじめて聞いた者は必ずしもそう思うはずだろう。だが、人間の国ではある。

 過去。竜王と言われる七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)によって建国されたため、竜王国と名付けられ、王家はその竜王の血を引いている。

 元々、近隣のビーストマン国家による侵略に日々悩まされ、今はもう少ない資金で法国に支援を要請し、どうにか凌いできた。しかし、それももう限界が近付いていた。

 

「頭が痛い。お先が真っ暗すぎる」

 

 テーブルに突っ伏す少女の見た目をした女王───ドラウディロン・オーリウクルスは呟く。

 現在、竜王国の情勢はどちらかと言えば良い方だ。しかし、それもいつ崩れるか不明である。明日なのか、はたまた明後日なのか。

 ビーストマンからの大きな侵攻はないものの、国家存亡の危機は変わらない。

 竜王国には冒険者。それも最高レベルのアダマンタイト級が一チーム存在する。本来、冒険者は国家同士の争いには関与しないルールだが、モンスター討伐の名目で冒険者組合から許可は取っている。

 アダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』。そのチームのリーダーであるセラブレイトは「閃烈」の二つ名を持つ凄腕の剣士だ。しかし、当のセラブレイトは宰相曰く、『ロリコン』らしい。

 ドラウディロンの姿を見る視線はねっちょりとしている。ドラウディロンが、国の者がそれを拒絶する(すべ)はない。

 どのような素性、性癖であれセラブレイトの、アダマンタイト級冒険者チームの助力なくして竜王国はビーストマン国家からの進行は防げない。

 

「いずれは、身を捧げるしかあるまい」

 

 窓から城下を眺める。

 女王として、国を預かる者として民は守らねばならない。我が身可愛さに父と母が護ったこの国を、曾祖父が作ったこの国を見捨てるなど“あり得ない”。

 不意のノックに扉へ振り向く。無意識に握っていた拳を解き、「誰か」と問えば宰相だった。

 

「陛下、都市が落ちました」

 

 部屋に通して開口一番。宰相が口にしたのはそれだった。

 唐突に何を言っているのか、頭では理解していながら認めたくなく、聞きたくもなかった。

 都市が落ちた。言葉通りの意味だろう。

 またビーストマンの進行が開始された。しかし、都市が落ちたことは今までなかったのだから、今回の進行は今までの比ではないと物語っているようだ。

 

「ビーストマンの進行があり早馬で報せに来た者の後、《伝言(メッセージ)》を都市の長に送りましたが……返答はなく、恐らくは確定かと」

 

 ドラウディロンは目を閉じ、天井を仰ぐ。

 都市を落とすほどの軍勢。その進行を防ぐのは現在の竜王国には不可能である。

 アダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』。彼らと兵士の混成部隊でも結果は変わらないかもしれない。

 

「確か、二日前に陽光聖典が入国したのではなかったのか?」

 

 微かな希望。法国の裏の部隊である秘密裏に入国させていた陽光聖典ならばとすがるしかない。

 

「……先程、湖の港から法国へ帰国したとの報せがきています」

「……」

 

 絶望とはこの事を言うのではないか。と、思った。

 タイミングが悪すぎる。

 他国にばかり頼ったのが悪いのか?

 ドラウディロン()に力がないのが悪いのか?

 何故、曾祖父の国が滅ぼされなくてはならない?

 人間だから。ビーストマンにとっては餌でしかないから?

 ならば、貴様らを道連れに滅んでやろうか。

 

 竜王にのみ使えると聞かされている原始の魔法。その魔法をドラウディロンが使う代償を考え、ビーストマン共々滅んでしまおうかと考えていた時、再び扉がノックされる。

 

「正門の警備の者です! 問題が起こり、御報告に参上しました!」

 

 ドラウディロンは椅子に座り、その後ろに宰相が立つ。警備の兵を部屋に通して報告を聞けば、正門に難民らしき者達が来ていると。その者たちは宰相が報せてきたビーストマンに落とされた都市から来たと言っているらしい。

 あり得ない事だ。都市がビーストマンに落ちたのであれば人間は生きてはいない。そこから来たとはどういうことなのか。

 その中の奇妙な仮面を着けた者が「民を受け入れなけれないのであれば隣接して都市を造ってもいいか」と言ってきているらしい。

 都市を造るのに何年、何十年かかると思っているのか。その前にビーストマンが進行してくるのは間違いないだろう。

 

「私がいく」

「陛下がですか!?」

 

 天真爛漫な子供を演じて首を傾げる。

 その姿に兵士は言おうとしていた事を「子供のすることだから」と言うかのように諦め、正門へドラウディロンとその近衛兵、宰相らと共に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────  2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大都市でも数少ない馬車で正門へついたドラウディロンは警備兵と難民の男性とが話して──と言うよりは、怒鳴りあっているのを見つけた。

 門の外側には見えるだけでも荷馬車が六つ。どれも木材で出来ている。都市にそんな木材があるはずはないのだから、都市の者とは嘘か、何か理由があるのか。

 

「おそらく、兵と話しているのは都市長かと。見た覚えがあります」

 

 宰相が耳打ちしてくる。

 そう言うのであれば、落ちた筈の都市の民である可能性が高まる。しかし、荷馬車といい、どうやって都市から来れたのかが疑問だ。それに、宰相の話では都市陥落の報の早馬は今朝来たと言う。馬でも一日はかかる距離を荷馬車のような足の遅い物ではこの時間で来れる筈がなかった。

 宰相も同じ疑問を持ったのか、視線は鋭い。

 近衛兵が門の兵と男性の元へ近付き、声をあげた。

 

「双方怒鳴り合いはそこまでにせよ!竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルス様がお見えである!」

 

 近衛兵の口上の後に馬車から降りる。降りる時も演技は欠かさない。子供が背伸びをして振る舞っているかのようにしなくてはならないのだから面倒だ。だから外には──正確には人の前には──なるべく出たくない。城に籠っているのはそれもあるのだ。

 女王の登場にその場の皆が跪く──のだか、宰相と近衛はともかく二人、荷馬車の近くに立つものがいた。

 声が聞こえていない筈はない。その後ろの者たちは跪いているのだから。

 

「おい、そこの二人! 聞こえなかったのか!」

 

 近衛兵がその者へ怒鳴るがこちらを見るだけで返答はない。

 一人は白い丸みの仮面には目の部分が黒く大きい点で口にはなにも描かれていない。見たことのない仮面。また、身につけた衣装も仮面同様見たことはない。だが、一目で高価な物であることがわかった。

 ドラウディロンが見たことがないのは必然だった。この世界にはその服の名すら存在しないのだから。

 見た目はインバネスコートと呼ばれるもので袖があり、全体的に黒く、丈が長いコートに、裾が黄色のケープは黄色の紐で留めるていて丈は肘までしかない。

 もう一人は二メートルを軽く超える大男。動物の皮を被っていてビーストマンと見間違えそうになるが、狼の口の下──顎の部位から人間の口があるのが確認でき、皮の隙間から屈強な肉体が見え隠れしていた。

 

「いや、すまない。女王が竜だとは聞いていたけども、まさか子供(・・)だとは思わなくてね。言葉がでなかった」

 

 爆弾が投下された。

 ドラウディロンからすればその様な、少女の姿をしているのだから子供と言われるのは当然の反応だろうと納得できる。むしろそれが目的でこんな姿をしている訳である。好き好んでやっているわけではない。断じてない。

 しかし、ドラウディロン()姿に関して思うところはないが、真実を知らない近衛兵は違う。

 

「き、貴様ぁ!」

 

 案の定、近衛兵は怒鳴り、目くじらを立てて仮面の者へ近づく。

 ドラウディロンは明後日の方向を向く。止める気などはない。自己責任だ。自業自得と言うやつである。

 何故正門(ここ)まで来たのか自分でもわからない。“勘”と言うのだろうか、何か思うところがあって来たはずなのだ。

(無駄足、か)

 そう思い、明後日の方へ向けていてた視線が──目が合った。

 その目が合った者はにこやかに微笑み、ねっとりとした視線を隠す様子もなく近付いてきた。

 今、馬車に戻った所で意味はない。目が合ってしまったのだから。アダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』のセラブレイトと。

 

「陛下」

 

 宰相が呼ぶ。しかし、今はそれどころではない。あのロリコンとこんな場所で会うのは想定外だ。いつもは面会を求められても「忙しい」の一言で断れた。城内であれば。

 今は外であり、逃げ場などはない。馬車に戻っても怪しまれるだけであり、そんな些細なことで力を貸さない等と駄々をこねられるのも面倒だ。だが、すぐにでも城に戻ればいい。

 

「陛下!」

「なんだ! 今は忙──」

 

 忙しいと言いかけて、近くにいた宰相が飛んだ。いや、正確には何か人のようなものが飛んできて、それが当たって一緒に吹き飛び、馬車の方へと転がる。

 飛んできたであろう場所を見れば奇妙な面を着けた者が立っている。その周りには二十人程の近衛兵が倒れていた。

(あの一瞬で? いくら気を向けてなかったとはいえ、大した騒音もなく二十人近い兵を?)

 近衛兵が一人、近付いて行くのはわかっていた。いつの間にか他の近衛兵も参戦していたようだ。

 

「威勢が良いですね。志願兵ですか?」

 

 セラブレイトが自然にドラウディロンの隣へ来るが少しだけ離れる。

 

「え? 志願兵? いや、私は──」

「セラブレイト殿! この者を取り押さえて下さい!」

 

 困惑した仮面の者の言葉を遮り、倒れながらもセラブレイトへ要請する近衛兵。

 面倒な要請をするな。と言いたいが押さえる。暴言──子供どうこうに関してはドラウディロンは暴言とは思わないが──を言ったのは確かだ。しかし、手を出したのは此方が先なのだからここは話し合いをすべきではないだろうか。

 そう考えている間にセラブレイトは返事をしてしまった。

 

「了解した」

 

 

 

 

 

 

 

 




更新が遅れ、更には短めですみません。


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8話_竜王国~閃烈~

 

 

 ドラウディロン・オーリウクルスとセラブレイトが遭遇する少し前。

 

 大都市周辺の偵察と見回りを仲間──クリスタルティアのメンバーと竜王国の兵と合同で行い、親睦を深め、臨時の際における体制を話し合う。

 親睦を深めるのは後の事を考えてだ。いざ戦う時に実力を知らない。助けてくれるかわからない。背中も預けられないでは話にならない。だからこそ、偵察や演習などは信用を得るにも実力を知るにもちょうど良い。

 力があるからと他の者を見下したりしたくはない。無論、賊や畜生は別だが。

 竜王国に滞在して長いセラブレイトは国民との仲は友好だ。

 冒険者でありながら、国に支えているかのような立場であるセラブレイト、クリスタルティアのメンバーは他の冒険者から煙たがられることもなく、逆に称賛されることが多い。

 

 

「なんだ?」

 

 

 ふと、門の方から喧騒が聞こえてそちらへ向かう。

 家の角を曲がったところで馬車を見つけ、王族所有の物だとすぐにわかった。何度も見かけたことがあるからだ。

 その馬車の近くに宰相と竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルスを見つけてついニヤけてしまう。

 だらしないのは百も承知。だが仕方ないではないか。好きなのだから。惚れた腫れたはどうしようもない。

 一目惚れだった。仕えたいと、側にいたいと思ったが、竜王国の現状を考えればそれはできなかった。

 アダマンタイト級冒険者という肩書きがそうさせているのではない。その肩書きがなければ面会すらできない立場だからこそ、セラブレイトは依頼を受けた一冒険者として“今は”竜王国のために力を貸している。

 ビーストマンの国を滅ぼした暁には正式に仕えようと、または真っ向から告白してドラウディロンの夫に──

 

 

「いかんいかん。つい煩悩が」

 

 

 表情と気持ちを引き締めてドラウディロンの元へ向かう。その途中にどこからか投げ飛ばされた兵士が宰相を巻き込んで転がる。

 飛んできたであろう場所へ視線を向ければ数人の近衛兵が倒れて奇怪な仮面の者が立っていた。

 ドラウディロンの隣に並んで聞いてみた。

 

 

「威勢が良いですね。志願兵ですか?」

「え? 志願兵? いや、私は──」

「セラブレイト殿! この者を取り押さえて下さい!」

 

 

 近衛兵の要請にセラブレイトは好機と思った。自分の戦いを直に見て惚れる女性は居てくれるが趣味が合わない異性ばかり。

 数多のビーストマンを葬っても書類でしか見られない。だからそこ、これは好機なのだ。兵士の要請がドラウディロン・オーリウクルスへ己が力を魅せる好機だと!

 

 

「了解した」

 

 

 相手が志願兵などもう頭にない。あるのは力を見せるという誇示だけ。

 仮面の者の方へと向き、腰の剣を取り外して剣と鞘を固定する。

 剣は抜かない。一瞬で片付けるには勿体ない舞台だ。圧勝はもはや当然。そんなものを見てもドラウディロンの心は動かせない。

(剣も抜かずに近衛兵を倒した相手を軽くあしらう姿には力を示すにはいいか?)

 自信はない。しかし、やるしかない。

 

 

「……戦うのかい?」

「どちらでも。それとも、おとなしく捕まるか?」

 

 

 仮面の者は諦めたように肩を落す。

 おとなしく捕まるつもりはないということ。その行動に口許がつり上がるのを我慢して構える。

 言質はとった。相手が抵抗するから仕方なく(・・・・)実力行使するのだ。

 セラブレイトが構えてから先端が九十度曲がり、赤く塗られた鉄の棒を仮面の者は取り出した。まともな武器ではない。それについてはなにも言えない。セラブレイトもまた、鞘から剣を抜いていないのだから文句など言えるはずはない。鉄の棒しか持っていない可能性もある。

 仮面の者は構えずに棒立ちでいるので準備ができるまで待っていた所に声がかかる。

 

 

「来ないのなら、此方から行くけど?」

 

 

 嘗められているわけではないと、雰囲気で察することが出来た。

 ただ、試されている感じがするのは気のせいではないだろう。その証拠に、仮面の者は一瞬で間合いを詰めるが鉄の棒を降り下ろす速度はゆっくりとだった。足の速度だけが高いのであれば話は別だが。

 攻撃を横に避けてカウンターで下から剣を手に向けて振り上げる。手を叩いて武器を捨てさせれば抵抗できなくなると踏んでの行動だが、驚かされた。

 鉄の棒を握る場所で剣を防がれたのだ。

 セラブレイトは嬲る趣味はないので、手を狙って本気で剣を振ったのだが、相手は武器を降り下ろす攻撃を回避されてバランスを崩した後なのだから、意思が反応出来ても体が降り下ろし後の硬直で対応できるはずはない。武技<即応反射>ならば可能だが使った様子はない。

 防がれ、そのまま鍔迫り合いに似た状況になってしまった。

 いくら剣に力を込めても押しきれない。武技<能力向上>を使っているにも関わらず武器を弾くことすらできない。

 さすがに不利と判断し、<光輝剣>を使うために一度距離をおこうとした刹那。

 

 

「ごはっ」

 

 

 セラブレイトは数メートル飛ばされて家の壁に叩きつけられた。

 何が起きたのか。一瞬だけ見えたが、足に蹴飛ばされた?

 血を吐きながらも身を起こして仮面の者を見れば片足を上げた体勢である。やはり蹴飛ばされたらしい。

 強いとか速いとかの問題ではない。そういえば志願兵だったのでは? 明らかに殺す気でいないか?

 殺される。そう考えるだけで背中を冷たいものが走る。

 肋骨の何本かを折られたが距離はあけられた。剣と鞘を固定していた紐を解き、<光輝剣>を発動──しようとして視界が遮られる。

 頭を鷲掴みにされてその時になってやっと、セラブレイトの中にある恐怖を実感した。

 

 

「なかなか強いね。ビーストマンよりは」

 

 

 最後に聞こえたのは綺麗な声だった。先程まで気にしてなかったが、近くだとよく聞こえる。仮面の下は女性だろうか?

 そんな事を考えてしまうのは現実逃避でしかないが、仕方ない。直後、セラブレイトは背後の家の壁に後頭部を叩きつけられて意識は黒く染まった。

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

 目を開けると知らない天井が最初に目についた。

 

 

「セラブ…イト! おい、早く……さん、呼んで…い!」

 

 

 耳元で五月蝿い。仲間の声だとわかるが頭がぼんやりしてよく聞き取れない。寝惚けているのだろうか?

 早く起きなくては。修練所に行って兵士に剣術を教え、外壁に行って連携を打合せし、都市周辺の見回りにも同行しなくてはない。

 早く起きなくては。早く……。

 

 

「やぁ。おはよう」

「───」

 

 目の前に綺麗な女性──いや、男性? 中性的な顔立ちの人が覗いてくる。

 中性的でありながらその顔立ちは綺麗で目眩がするほどだ。同時になにか言わないとと思っていたが声は出せず、唖然していると部屋にはクリスタルティアのメンバーもいることに気付いた。

 

「セラブレイト、よかった」

「セラブレイトさん動揺しすぎですよ」

「……よかった」

 

 完全に目覚める前の虚ろの中で仲間たちの声が聞こえたのだからいるのは当然だか、セラブレイトの顔を覗いてきた中性的な顔立ちの人は知らない。

 

(医者……か?)

 

 上半身を起き上がらせて仲間を見て、部屋を見渡せば病室だった。薬品の臭いが鼻をくすぐる。

 ベッドの横に先程顔を覗いてきた人が座っていた。よく見れば顔には手術の跡だろうか継ぎ接ぎだらけで、直視するのは失礼だとわかっていながらじっと見つめてしまった。傷があろうともその顔があまりにも綺麗だったから。

 

 

「大丈夫かい? 申し訳ない。つい力が入ってしまったようだ。ポーションで外傷は治せたけど、意識は大丈夫?」

 

 

 なんて優しい人なんだ。と思ったが「力が」の部分に疑問を抱き、なぜセラブレイトはここで寝ていたのかを、寝る前の事を思い出して再び口をぱくぱくさせて指差した。

 

 

「えーと。ごめんなさい」

 

 

 頭を下げられた。

 

 

「セラブレイト、ハンスさんは御詫びにと凄いポーションを使ってくれたんだ」

 

 

 仲間が耳打ちしてくる。名は『ハンス』と言うらしい。

 それにしても可憐だ。

 

(はっ!? いやいやいやいや! 俺は陛下一筋ですよ!?)

 

 誰に対しての言い訳か。

 とにかく謝罪を受け、ハンスや仲間たちから状況を説明してもらった。

 

 都市にビーストマンが進行して来たこと。その都市から国民を連れてこの大都市まで移動したこと。国民を助けてくれた恩人になんて失礼な事をしでかしたのだろうかとセラブレイト自身、罪悪感で顔が青くなるが、ハンスは許してくれた。

 

 

 

 

 

「セラブレイトより強い人はこの都市にいるのかい?」

 

 

 歩いても大丈夫なほど回復したのでハンスと共に王城へ向かう途中て聞かれた。

 

 先の騒動でドラウディロンはハンスと市長の言葉を聞いて国民を受け入れた後に王城へ戻り、セラブレイトと近衛兵は病院に運ばれていた。その時に赤いポーションを全員に使用したらしい。

 ハンスに対してドラウディロンからは共に王城へと誘われたらしいがセラブレイトへの謝罪のために断ったのだとか。

 

(なんて誠実な人なんだ……)

 

 王族の誘いよりも自らが過ちを正す事を優先する。そんなハンスの態度にセラブレイトは好感を持てた。戦闘での出来事など些細なことであると思うほどに。

 

 

「まぁ、俺らはアダマンタイト級だからな」

「アダマンタイト?」

 

 

 クリスタルティアのメンバーの一人、バゼットが質問に答えたがハンスは首をかしげた。

 

 

「あれ? ハンスさんは冒険者のランクって知らないっすか?」

「うん」

「アダマンタイトと言うのは冒険者の頂点、最高ランクの事だ。つまり、俺たちより強い冒険者はこの国には居ないな」

「ま、一番強いセラブレイトはハンスさんには負けたけどな!」

 

 

 どっと仲間たちが笑いだす。アダマンタイト級としてのプライドはあるが、敗けは負け。油断はしたが実力で倒されたのだから清々しいものだ。ゴロツキじゃあるまいし、根に持つ気もない。だが──

 

(バゼットめ、後で覚えていろよ?)

 

 笑い話の中心にされるのは気に食わない。

 セラブレイトはバゼットを訓練と称して打ちのめす事を誓った。

 

 その後、ハンスは驚くほど冒険者について知らなかったので、クリスタルティアのメンバーと雑談混じりに説明していると王城へ到着した。

 その間、セラブレイトを瞬殺できる強さがありながら冒険者やギルド等について知らず、竜王国や周辺国家は知っている。などと、ちぐはぐな知識に疑問を抱くが誰一人として聞かなかった。人には触れられたくない事もあるだろう。顔の継ぎ接ぎ傷についても。

 

 

「ありがとう。ここまで案内してくれて」

「気にしないでくれ。俺たちも用があったんだ」

 

 

 「そうかい」と微笑まれてメンバーの大半が顔を赤くするなか、ハンスは仮面を着けた。

 やはり傷は隠したいのか。隠すことで城内で問題が起こることは必須だろうと思っていたが、ドラウディロンから門兵には話が通っていたらしい。なぜかドラウディロンの私室へ案内されていった。

 セラブレイトとクリスタルティアの面々は客室へ通される。

 

 




竜王国編はまだ続きます。
なぜクリスタルティアの人達はハンスを女性と思い、なぜ異形種だと気づかないのか。
それは追々語られます。

そして完全空気な人物が一人……南無。
ビーストゾンビ「!?」


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番外(その1)_掲げた剣は

 

 

 掲げた剣は、その白く美しかった刀身に血を吸い続け、ボロボロになっていた。

 もう何年も手入れをしていない。できるはずもない。

 見上げれば空は蒼く、その壮大さにいつまでも見ていたい誘惑に(ほだ)される。──しかし、それもできない。

 その空に、この空を冒涜するかのように、我が物顔で舞う存在が居るからだ。

 その有り様に怒りよりもため息が出る。

 

 あと、何体殺せば良いのだろう?

 

 空には羽虫の如く、鬱陶しく舞う竜と異形のような何かが。

 足元には地面を覆い隠す程の竜と人と異形の何かの死骸が。

 掲げた剣を挑発と受け取ったのだろう。竜が一匹、咆哮をあげながら急降下して向かってくる。口を開き、此方を噛み砕く為に。

 片足を半歩後ろに、剣を下段に構えて──目の前に迫った竜の横を一足跳びですり抜け、すれ違い様に首を落とした。

 なまくら同然であろうと、長年……ユグドラシルに居た時から持っていた剣は竜の鱗だろうと容易に切り裂く。

 竜を切り伏せ、力無くだらりと腕を下げてふと思う。

 「なぜこんな事をしているのだろう?」と。

 確か、オンラインゲームのサービス終了の最終日にログインしていて、大晦日にも引けを取らない程にプレイヤー達が騒ぎたてていたのを覚えている。

 ギルド内で日付が変わってもログアウトされずにいたので、メンバー達と話して外に出てみればこの世界──いわば異世界だった。

 ゲームの常識(ステータス)は通じるものの、世界は現実(リアル)であることを押し付けてくる。

 瞼はない目を開けて足元(大地)頭上()を順に見る。

 

 空には畜生どもが、大地には屍が。

 

 フッ。と、皮もない骨だけの顔で、笑った。つい“屍”の単語に反応してしまった。……あの人のせいだろう。

 どこに居るのか、はたまた此処に来ているのかさえわからないのに。

 

『スルシャーナ』

 

 <伝言(メッセージ)>で呼ばれて思案を止める。

 

「なんです? アラフィーさん」

『今どこだ? こっちは避難を終えて、奴らは撒いた』

 

 さすがに早い。別れてからそう時間は経ってないだろうに。スルシャーナの頭上の異形種はまだまだ存在していた。

 

「僕の方はまだです。と言うか、避難完了ならポイントまで到着したって事で、圏外ですよね? 魔法撃ちますよ? 慣れない接近でチマチマやるの面倒になってきましたし」

『嗚呼、問題ない。終わったら合流してくれ』

「りょーかい」

 

 <伝言(メッセージ)>を切り、スルシャーナはボロボロの剣を空に掲げて魔法を発動した。

 空の異形よりもずっと高い位置から、雨のように無数の黒い刃が降り注いで異形のモノ達を撃ち落としていく。

 落下する黒の刃と異形のモノを遠く眺めながら、スルシャーナは再び思案する。

 

 

 




「今更更新して、番外編とは」と怒られそう(半泣き)
ごめんなさい。


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9話_竜王国~屍王~前編

 

 

 ふと、画面左端にある半透明の白色の文字が流れる。

 

──山財の丘クエ同行募集! ※総レべ90以上限定!

──グラントレントの小枝_5000枚で売りまーす

──ギルメン募集!初心者歓迎!連絡は個チャで。

 

 白色の文字が流れていく中、チャットを周囲限定にした青色のログが白色に埋もれるように流れた。

 

 

──2ch連合の掲示板みたか?

──『東の村』付近の谷底で七鉱山が見付かったってヤツ?

──炎上してたなぁ

──ワールド・サーチャーズのメンバーが攻略しようとしたらアンデットとかが大量に出てきて撤退したってヤツ?

──大量っつーか、通常のスポらしくなかったってあったぞ?

──トリニティも行ったらしい。メンバー総出だったらしいよ? 動死体(ゾンビ)系と死霊(レイス)系に半壊させられたとかなんとか

──横槍失礼\(__) サーチャーズの餡テンです。鉱山入り口でデス・ナイトを筆頭にワイト、スウェル・スキン、コラプト・デッド、ペイルライダー、デュラハンと……デッド・ドラゴンが2体も出てきて半壊しますた(*´∇`*)

──なにそれどこの深淵?ww

──その顔文字にイラッとしたww

──なんでそんな明るいんだよww

──深淵にスポするモンスター群ww

──鉱山は深淵だった?ww

──我らは探索メインですしお寿司。楽しければなんでもおk。ちなみにラジエルとイスラフェルの天使系まで出てきたん。もうどこの天空都市かと。ギルマスと副マスが絶望してた(´・ω・`)

──ただの天国と地獄ww

──連合軍かよww

──エンジェルとアンデットの夢の共演!やったね!地獄絵図だよ!

──だれ得だよww

──おいやめろ

──まぁ、そんなところで大天使に加えてデッド・ドラゴンまでがでたなら十中八九あの人だろうねぇ

──一人軍隊(ワンマンアーミー)

──屍師団とも言われてるよなww

──痛い二つ名に困らないあの人かww

──初心者救済の代名詞。略して初心者の救世主(ルーキー・セイヴー)!(* ̄∇ ̄)ノ

──救世主ww

──まぁ、そうなるな

──我はメシアである! フハハハ!

──僕はね、救世主に、なりたかったんだ

──流石は救世主、馬力が違いますよ

──ほんとネタに困らないなあの人はww

──おい、色々混ざってんぞww

──その人って、そんなに強いんですか?

──混ぜるな、聞けん

──強いのベクトルが違うな。チャンピオン並みに強いわけではない

──おっほ。救世主を知らない人おるやん

──教えてあげてエ□い人!

──お前が教えてやれよww

──呼ばれて飛び出た。教えてやろう。救世主とは人の世、人類の救い手だ!

──そっちの意味じゃねぇよ!ww

──カボチャの人だろ?

──ゾンビだろ?

──救世主なんだぜ?

──いい加減、救世主呼びはやめて差し上げろw

──ゾンビって言ってるのはあの人の自称だからな。絶対に上位種族取ってるだろ

──ゾンビ基準があの人なら、沈みの洞窟にいるゾンビはどうなるよ?

──(ノ∀`)アチャー

──居るゾンビが全部なら攻略不可ダンジョンと化すなww

──いや、一人でも混ざってたらアウトだろww

──決闘で勝たないけど負けない人。

──でも、決闘で降参したら必ず承諾してくれるよな

──まともに戦うと何十時間もやらないと倒せないと思う

──まともじゃなくても倒せねーよ

──上位の人6人で倒せなかったんだぜ?

──www

──ww

──wwwwww

──ww

──www

──w

──wwwwwwww

──大草原不可避

──あとアレな。はめられたワルエミ動画

──あー、あれか

──あれだな。

──うんうん、あれだろ? 昨日食べた

──ワルエミ? セフィラーの十天使、七大罪の魔王、八竜etc...で、どれ?

──食wwうwwなww

──九曜の世界喰いのキュラの全力回避動画ww

──わーお!Σ( ̄□ ̄;)

──マジか

──すごいぜぇー

──キュラなんて無理だわ俺

──それでも男ですか!軟弱者!

──うるせー!だったら行ってこい。見た目でSUN値削ってくるんだぞ!?

──ほんとそれ

──キュラの見た目はヤバイよな

──見たことないんだけど、ドンだけやばいん?

──見た目は芋虫。色が毒々しい

──アゲハの幼虫。酸の霧振り撒いてくるやべーやつ。あと色がやばい

──うわぁ……

──体にある複数の目玉から酸霧を噴き出して接近対策してくる。しかも魔法のみの属性耐性持ち

──更にさらにー、出の早い腐食属性の液ぶっかけてくる。当たると確定で浸食って状態異常になる

──浸食? 侵蝕じゃね?

──すまん、誤字った

──浸食?侵蝕?はどんなやつ?

──状態異常になった後、ステータス見ると侵蝕率が%で表示されて、時間経過で上がる。100%になるとHPの最大値が半分下がって継続ダメージ。しかも、その継続ダメージが吸収型で、減った数値の3倍?くらいでキュラのHPが回復する。現状、侵蝕の下げ方と回復方法は見つかってない。キュラを狩る場合、侵蝕になったプレイヤーは自滅させるしかなくなるから攻略不可エネミーと大手ギルドでは諦めてるらしい

──仲間自滅させたら総合火力の人数減るしな

──酸の霧で接近職は継続回復必須、魔法耐性あるから魔法職は火力期待できない。侵蝕属性攻撃は当たれば状態異常確定でそのプレイヤーが生存してるとエネミーの体力回復するから、ほぼ死刑宣告。……どうしろと?(´・ω・`)

──無理ぽww

──まぁ、キュラの驚異がそれだけじゃないってのが動画で載ってる。羽化能力まで引き出したあの人たちマジ神がかってた

──あの人たちの伝説が始まった瞬間ww

──何があるんだよ?ww

──動画みろ

──つーかキュラキュラ言ってるけど、どのキュラだ?スタラキュラ?

──それただのエネミー

──ワールドエネミー キュラピーラで検索どうぞ

──略されてキュラって言ってるけど、世界樹の葉を喰らう蟲(キュラピーラ・ラーヴァバグ)だよ

──あと、九曜の世界喰い最強のスコロこと、貪るモノ(スコロペンドラ)も検索しとけよ。あいつの擬態能力エグいから。

──プレイヤーにすら擬態するチート持ちだからなww

──伝説と言えば、主神ウェウェテオトル戦の動画が私は一番好き

──あの十二時間狩りかww

──なにそれww

──ウェウェは天空都市とは別のエリアで、天空都市の転移ゲートから行けるらしい雲海島のボス。救世主とチャンプ三人の計四人での攻略動画。ちゃんと救世主があげてるやつだから無許可ワルエミ戦とは違うから大丈夫。

──道中十時間、ボス戦二時間のカットなし動画

──チャンピオンが三人もいる頭おかしい動画

──救世主呼びはやめてさしあげろww

──「雲海島の半日」で検索すればすぐ出る

──時間に気を付けろよwwwマジで十二時間だから

──www

──その人はワールドアイテム持ち?

──ありえるな、ワールドセイヴァー説

──あーあ、あの人うちのギルドに入ってくれねーかなー

──はぁ? だったら俺んところに欲しいわ

──うちのギルマス、前に断られてるんだよなぁ……。

──あの人ギルド入ったんじゃなかったか?

──あれ? あの人って確かギルド未所属じゃなったっけ?

──いや、確か結構前に最凶ギルドに入ったらしいぜ?

──最凶ギルド?

──ほら、毒沼の……何処とは言わないけど

 

 

 

 

 

 

──────────  1

 

 

 

 

 

 

 ハンスは困惑していた。

 大都市に付いて女王に出会い、兵士に絡まれ、冒険者(セラブレイト)をボコボコにし、あれよあれよと王城に招待されれば──女王ドラウディロン・オーリウクルスの私室(・・)に招かれているのだから。

 共に来ていたセラブレイトとその仲間は別の部屋に通されて、ドラウディロンと宰相──としか名乗らなかった者──、ハンスの三人は部屋にいた。前の都市で<接触感染Ⅲ(コンテイジャス)>を使用して使役した獣の動死体(ビースト・ゾンビ)にはジエット、ネメルの家族を守るよう命令して広場に置いてきた。

 獣の動死体(ビースト・ゾンビ)の姿のままでは不味いので、異形種であれば誰もが知っているであろうアイテム『人擬の指輪』を装備させて人間の姿に擬態させている。

 ユグドラシルでは都市に一部の異形種は入ることができないが、この『人擬の指輪』を装備すれば全ての魔法、スキルを使用不可にする代わりに種族を『人間(偽)』にして都市に入ることができる──ぶっちゃけごみアイテムだ。指輪であるが故に課金してまで十本指の一つを使用する人など、まずいない。

 他にも下位に『疑似の指輪』が存在するがそれは見た目を少し変更するだけで種族までは変更できない欠陥品と言われている。

 

「まず、あなたに聞きたいのですが、都市からこの大都市までどの様に? 怪我人を乗せた馬車であれば3日は掛かるはずですし、途中には少なからずモンスターも出ます。それにあの馬車は何処から? 都市にはなかったはずですが?」

 

 ドラウディロンの後ろに控えた宰相が聞いてくる。当然の疑問だろうが、ハンスはテーブルに出されたお茶らしきモノを手に取って眺めながら話す。

 

「馬車は私の持ち物さ。ここまで3日と言うけど、夜通し馬車を走らせ、モンスターは私が対応すれば問題はなかったよ」

 

 本当だ。しかし、細かい部分まで話す気はない。

 馬車は長距離移動用アイテム『魔法の馬車』で都市の人を乗せて別のアイテムで彼らを眠らせて、その隙に密かにスキルで召喚した移動速度の速い動死体(ゾンビ)系と死霊(レイス)系を十体ほど広範囲に先行させて見つけたモンスターは片っ端から殲滅していたのだから問題はない。……問題はないはずだ。

 

「では他にも。都市壊滅の知らせは此方にも届いています。直後に都市の長へ《伝言(メッセージ)》を送りましたが繋がらず、返答もなかったのですが正門であなたと共にいた方は都市長であったはずですが?」

「その質問に答える前に、今から誰でもいいけど《伝言(メッセージ)》を送ってみてくれるかい?」

 

 疑問に思いつつも宰相は《伝言(メッセージ)》を唱える。

 しばらくして宰相は首を横に降る。

 

「……繋がりません」

 

 ハンスはカップを置いて左手の指から一つの指輪を外し、もう一度《伝言(メッセージ)》を飛ばすよう宰相へ促す。

 宰相は怪訝な表情をしながらもそれに従う。

 

「……! 都市長ですか、私です。ええ、今──」

「どういうこと?」

 

 宰相の《伝言(メッセージ)》が繋がった事に困惑気味のドラウディロンに、種明かしをするためにハンスはテーブルに手を置いて填められている指輪の名と先程外した指輪の効果を説明する。

 自分を含む範囲内の転移と連絡手段の一切を無効化する『阻害の指輪』を説明し、他にも着けている『冥王の魔指輪(リング・オブ・ハデス)』『流れ星の指輪(シューティングスター)』『虚勢の指輪』『堕天使の災禍(ルシフェル・ディザスター)』『不屈の指輪(アンコンケラブル)』『主神の誓救』等を。

 

「そんな……高価な…いや、伝説のアイテム……?」

 

 ブツブツと独り言を言い始めるドラウディロンの様子を見て、装備アイテムの情報を開示する危険を犯した事で得られた情報にハンスは警戒心を下げた。

 改めて、ここがゲーム『YGGDRASIL(ユグドラシル)』ではない事実を突きつけられ、向こうの──称するならば現実世界に帰る手段を一から探さなくてはならない事態である事実も突きつけられたのだ。

(まぁ、戻るつもりはないけど……皆はどうかな)

 もしも、ハンスだけでなく、他のギルド(アインズ・ウール・ゴウン)のメンバーが居たのなら。と考えて、帰る帰らないに限らず、帰れる手段は探しておくべきと判断した。

 まずは──と、ドラウディロンにハンスはニグンから聞いた話の裏取りをはじめる。

 疑っていたわけではないが、ニグンからは冒険者の話など聞いていなかった。ニグンの国──スレイン法国には冒険者が居ない可能性も考えてドラウディロンに問いた。

 

「わかんない」

 

 “子供の様に”何も知らない素振りをするドラウディロンへ、ハンスは問う。

 

「……キミ、見た目ほど子供じゃないよね?」

 

 微かに眉を動かした宰相が声を発しようとするよりも先にドラウディロンは無邪気な子供の表情を崩し、真面目な顔で、疑問を込めた視線をハンスへ向けた。

 

「まぁ別にいいんだけどね。その辺はどうでも。じゃ、人は送り届けたし、説明もしたから私はこれで失礼するよ」

 

 言いながら席を立って扉へ向けて歩き出すと、廊下の方から部屋に駆けてくる足音を聞いて扉の手前で止まる。

 数秒後、扉を開けると警備兵なのか、皮の防具を着けた軽装の青年がノックをしようとする体勢で驚いた表情をして立っていた。ノックしようとしたら扉が開くのだから無理はない。

 青年の横を抜けて城の出口へと向かう──が、背後から聴こえた会話で足を止めた。

 

「受け入れた都市の難民ですが……その、住居が足らず雨風を凌ぐ場所が……」

 

 つまるところ家が足らない、と。それは死活問題だ。あちら(リアル)であるならば確実に死ぬであろう問題だった。その事に対して考えるのは一瞬。行動を起こす事への迷いはなかった。

 一人納得し、ハンスは歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

──────────  3

 

 

 

 

 

 

 

 

 城を出て竜王国のもっとも大きいであろう広場は活気に溢れて──は、いなかった。

 都市からの難民で広場は埋まり、皆鬱々としていた。その中でも、大人に声を掛けながら走り回っている少年──ジエットを見つける。スキルの《音源探知(トーンサーチ)》をオンにして聞き耳をたててみれば、励ましの言葉だった。絶望と不安に意気消沈している大人に十代前半の子供が声をかけて回っている。ジエットの付近に獣の動死体(ビースト・ゾンビ)の姿がないのを見るに、ネメルと母親の所だろう。

 走り回るジエットを見て──ただの子供であれば無視したかもしれない。いや、ジエットやネメルでなければ無視しただろう。しかし、走っている子供はジエットであり、ハンスに助けを求めた人間であり、ハンスが尊敬した兄妹の兄だ。ならば、とハンスはジエットに近付くと軽々と持ち上げる。

 

「ちょっ!?」

「やぁ」

「やぁじゃない! 離してくれ! 降ろしてくれ!」

 

 つい衝動に任せて持ち上げたものの、特に何かする予定もなかったのでどうしようか考えているとジエットは顔を赤くしながらも暴れる。無論その程度の抵抗でハンスの手から逃げられるはずもなく、広場で持ち上げられて声をあげたことで周囲の視線はジエットとハンスに注がれた。

 

「は・な・せー!!」

「HAHAHAHA がんばれがんばれ」

 

 注意を集めたくないジエットは周りに助けをも止めることはなく、意地でも自力で抜け出そうと抵抗をする。なんだか楽しくなってきたハンスだったが、作り笑いの声をやめて仮面越しにジエットを見つめた。

 

「な、なんだよ」

 

 雰囲気を察したのか、ジエットは抵抗をやめて見つめてくるハンスを見返す。

 持ち上げられて抵抗するも、怪我を負わせないことへの配慮か腕や頭を蹴ることもせずにいるジエットを本当に子供か?と疑問に思う。

 

「ジエット。私は君を尊敬するよ」

 

 出会った時に言った言葉を、もう一度言う。

 妹を守ろうとビーストマンに立ち向かう勇気に。

 家族を救うために、誰かも知れない人に頭を下げる覚悟に。

 自分も大変だろうに、他者を励まそうと走り回るその努力に。

 

「さて、小耳にはさんだんだけど、屋根に困っているそうだね? どうせ乗り掛かった……えーと、車だったかな? 私が住む家を作ってあげようじゃないか」

 

 ジエットを下ろし、そう告げると周りのジエットのみならず聞こえたであろう周囲の物たちは目を見開く。

 ハンスからしてみれば元より、連れてきた住民がこの都市に受け入れられなければ作るつもりだったのだ。それが確定しただけの事。

 ジエットを連れて森に近い門に向かうと、住民もついてくるがハンスは気にしなかった。

 門前に到着して、門番へ言って大門の端にある普通の扉から外へ出る。

 作るのは森に近い門から。なぜなら、今から創るその都市には多少は防衛機能があるからだ。ユグドラシルでは防御にしか使わないが。しかし、ハンスは『ゾンビだらけのハロウィン前夜』の会場として使っていたりもした馴染みのある超位魔法(・・・・)である。

 

「この辺でいいかな」

 

 呟き、直後にハンスを中心に十メートル程の巨大なドーム状の魔法陣が展開される。魔法陣は蒼白い光を放ち、半透明の文字とも記号ともいえるようなものを浮かべてめまぐるしく姿を変え、一瞬たりとも同じ文字を浮かべずにいる。そのあまりにも幻想的な光景に周囲の者は目を奪われていた。

 ユグドラシルのゲーム内での超位魔法は強大ではあるが、発動までに時間がかかるというペナルティがあった。強ければ強いほどに時間がかかるようなシステムとなっているのだ。だが、ハンスが有する超位魔法の中でも──いや、部分的な発動をするのであれば全ての超位魔法の中でも三番目くらいには、最速で発動する魔法だった。

 周囲が唖然と、または魔法陣の美しさに見とれる中、ハンスは召喚する()の箇所と構造、防衛機能を設定していく。そして、フル設定を終えた魔法が発動する。

 

 

「《自然の城(キャッスル・オブ・プラント)》!」

 

 

 

 

 

 



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番外(その2)_怒鳴り声が

 

「だから何度も言っているでしょう!?」

 

 怒鳴り声が部屋に響く。

 テーブルを囲んで座る羽の着いた紅いヘルムを被る騎士風の者の怒鳴りに、斜め向かいに座るローブを着た骸骨は宥めるように言葉を返す。

 

「そう怒鳴らないでください。僕は事実を言ったまでです」

「だからといって、あの人たちを見捨てろと言うのか!?」

「見捨てる……まぁ、言い方は様々ですが、そうです。ドラゴンたちが人間を餌にするならそれは仕方ないと思いますよ。問題はこの間取り逃がしたドラゴンが使った未知の魔法です」

「仕方ないだと!? 人が、同族が食べられているんだぞ!」

「それは些細なことだと思いますが……では、エクルトさんは肉を食べなかったんですか? その肉の生物は殺して食用にしてもよくて、人間はダメと? 理不尽ですね」

「そこまで言ってなだろ!」

 

 紅いヘルムの騎士風の者──エクルトがテーブルを叩いた所で白に赤い線の入ったローブを纏う女性が立ち上がって手を叩いた。

 

「はいはい。怒鳴りあいはそこまで」

「僕は怒鳴ってませんよ。アラフィーさん」

「うっさい。スルシャーナはそう言うところが煽ってるようの見られるんだから少しは気を付けろ」

「……」

「エクルトも、今は助けた人をどうするかの怒鳴りあいよりも、あの緑のドラゴンが使ってきた魔法の対策だろ?」

「ええ……まぁ」

 

 脱線していた話を戻すとアラフィーは座り、意見を聞く姿勢になる。

 緑のドラゴン。捕らわれた人を助け、スルシャーナとの合流地点で合流したアラフィーたちの前に他のドラゴンより一回り大きい緑色のドラゴンに遭遇した。はじめは善戦し、そのドラゴンの腹にエクルトのスキルで傷をつけた時だった。ドラゴンは吠え、直後に空を覆うほどの巨大な魔方陣が現れて──閃光が降り注いだ。

 

「超位魔法にしては、発動の形状がおかしい気がするねぇ。けど、この世界独特の魔法なら、って納得もできるけどねぇ」

「この世界独特の魔法と言うのは同意です。《魔法反射(リフレクト・マジック)》でも反射できない魔法なんてユグドラシルにはなかったしな」

 

 深緑の服に翠の部分的な防具を着けた小柄な老人──コール大尉がコップの中の物を回しながら言い、同意したのは青い狩人衣装の男──セブンス。

 

「コル爺の見解も納得できるけどさー。でもさー、ホントにアレは魔法だと思う? ここがユグドラシルっぽくないからさー、ユグドラシルと同じだと考えない方がいーい気がするなー」

 

 テーブルに突っ伏したままの少女──が問う。

 超位魔法の中で最も早く発動する、というより普通の魔法と同じ速度で発動できる超位魔法《魔法反射(リフレクト・マジック)》は如何なる魔法も一度だけ反射するモノ。当然スキルは反射できない。それゆえの疑問だった。

 

「……」

 

 その場の誰もが口を閉じた。ユグドラシルであれば、未知の魔法など日常茶飯事であり、それを解明するのは楽しささえあった。しかし、現在では楽しさなどなく、下手をすれば死ぬ現実だ。

 かといって何もせず、対応もせずに現状維持ではいずれ緑のドラゴンに敗れる。だからか、その場の誰もが憤りを感じていた──一人を除いて。

 

「では、次に緑のドラゴンが出現した際は僕が相手をするということで」

「……は?」

「ま、まて、スルシャーナ! どうしてそうなる!?」

「現状、あのドラゴンの対策は立てられない。それは情報が少ないからです」

「んー、確かにねー。でも、どーしてスーさんが戦うって話になるのかなー?」

「ふむ、スー坊のスキル、かのぅ?」

「はい。《冥府の福音(ネクロ・ゴスペル)》であれば、死ぬことはなくなります」

「俺は反対だ。スルシャーナ一人だけに負荷をかけるのは。それにそのスキルがちゃんとユグドラシルと同じように発動するかもわからないんじゃないのか?そんな危険を──」

「エクルトが言いたいことはわかる。だが、現状じゃあスルシャーナの案が現実的だとアタシは思う」

 

 アラフィーの言葉に遮られてエクルトは眉間に皺を寄せて黙る。

 その場の誰もがわかっていた。エクルトは何も失いたくないのだと。

 

 

 

 




本当は9話の後編のあとに投稿する予定でした。


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