骨太元ギルド長は穏便に (月世界旅行)
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序章 「骨太さん」

「ポイントゲットー」

「あと2匹でクラスチェンジだー」

 

薄気味悪い森の中、赤いフルプレートを身につけた高身長の男、煌びやかな宝石に彩られた紺のローブを纏う長く尖った耳の女、巨石のような斧を握る筋骨隆々な男、無骨な鋼製の刺付きグローブを両手にはめた痩せ身の男ら4人の戦士によって追い詰められた異形の者。

 

「さっさと止めをさせよ」

「異形種が…」

「キモいんだよ…」

 

今まさに息の根を止められようとしているのは、フード付きのマントで顔を含め全身を隠した、白骨死体―――死体ではない、露出した骨の手がマントの裾から伸び、掌を戦士たちに向けている。

 

 命乞いも虚しく、赤鎧の男の剣が振り下ろされようとしたその刹那、骸骨の視界に白銀の聖騎士が映った。

 

 「あ…」

 

 あっと言う間とは、真にこのこと。

 声帯を持たない骸骨が声を発した直後、4人の戦士達は背後から必滅の斬撃を喰らい、文字通り消滅した。

 

 突然現れた騎士に骸骨は当然の疑問を投げかける。

 

 「何故、見も知らない僕を…?」

 

 聖騎士は赤いマントをたなびかせ、胸を張りながら堂々と答えた。

 

 「誰かが困っていたら、助けるのは…当たり前!!」

 

 

 

 DMMO-RPG YGGDRASIL

 それは一二年前の二一二六年に、日本のメーカーが満を持して発売したゲームであった。

 異様なほど広い自由度、広大な世界、膨大な職業(クラス)、いくらでも弄れそうな外装(ビジュアル)

 爆発的な人気を背景に、日本国内においてDMMO-RPGとはユグドラシルを指すものだという評価を得るまでになった。

 

 ――しかし、それも一昔前のことである。

 

 

 

 吊るされた死体のような形をした木々が来るものを拒み、中にいる者の精神を蝕むような森の中、人影が二つ。

 

 「本当にお疲れ様でした。骨太さん」

 

 「うん、お疲れ様、トラくん」

 

 黄色の頭巾で顔を隠した忍者装束の男、トラくんこと「トラバサミ」と白、赤、黒、ベージュの四色で構成され、まるでロボットのような見た目の全身鎧、骨太さんこと「ラージ・ボーン」が向かい合い、最期の会話を交わしていた。

 

 「終わっちゃうんですね、ユグドラシル」

 

 忍者の立つ方向から、若々しい青年の声が発せられる。

 

 「そうだね。あと20分くらいかな。」

 

 と言いながらロボットは頭部―――兜を取ると、骸骨の顔を晒す。

 

 「ギルド…いや、ギルドそのものよりも、あのギルド武器は…」

 「その事は本当にごめん、僕がもっとしっかりしていれば、ギルドも維持できていたかもしれないんだけど…」

 「骨太さんの所為じゃないですよ!俺も今はほとんどインしてませんし、骨太さんもリアルが大分忙しくなってるって言ってたじゃないですか。100人居たギルメンも今まともに来てるのは骨太さんだけですし…」

 

 「残業するのが当たり前みたいになっちゃって、後輩にそんな姿みせたら、ダメな真似をさせてしまうのは分かってるんだけどね―」

 

 動かない骸骨の口から現実世界での愚痴がさらに加速していく。

 どれも自分自身のダメな部分ばかり。聞いている方はさぞつまらない話のはずなのにトラバサミは明るい笑いを返してくれていた。仮想現実の世界で現実世界の話をする。それを忌避する者は多い。仮想世界にまで現実の事を持ち出さないで欲しい、という気持ちももっともだろう。

 彼らの所属するギルド『アダマス』に参加するメンバーの約束事は一つ。「課金しないこと」基本プレイ無料のゲームにおいて、一種の「こだわり」のようなものだった。 無課金を推奨するギルドであるが故に未成年も少なからず在籍しており、愚痴をこぼそうとする行為は避けられていたが、ある理由から創設者の四名はそれが許されていた。 創設メンバーの一人であるラージ・ボーンもその一人である。

 

 「すみません、骨太さん、俺そろそろ行かないと」

 「そうだね、トラくんは他にも会う人がいるって言ってたもんね」

 「はい、ただ…サービス終了時にインしてたら何が起こるかわからないんで、それまでにはログアウトしますよ。」

 「公式じゃ、問題ないってされてたけど、まぁ、そうだね。わかんないよね。」

 

 「それじゃ、ほ…ラージ・ボーンギルド長、本当にお疲れ様でした。 ギルド拠点が維持できなくなって、崩壊してからもずっとユグドラシルで頑張ってた理由は、俺…わかってますから」

 「ありがとう、トラくん。 あと、もう…『元』ギルド長だからね。 それに、僕はあくまであの人のあとを引き継いだだけだから。 ギルド武器だって…」

 「あの人が引退した後だって、骨太さんがいたから楽しかったんですよ。それはみんな同じです。 他の人たちが引退したのも…」

 

 「ありがとう、トラくん。 ほら、そろそろ行かないと」

 

 「っ… はい、それじゃぁ… 失礼します。 お元気で!骨太さん!」

 

 トラバサミは言葉の続きを無理やり飲み込んだ為に、言葉の節々を詰まらせながら別れの言葉を残し、用意していた転移用アイテムを起動させる。

 

 ラージ・ボーンの目の前は唯の歪んだ木々だけとなる。

 

 「僕もそろそろ、行かないと…」

 

 ポツリと呟いてから、歩き始める。 サービス終了まであと一五分―――

 現実社会での日々に忙殺され、維持できずに拠点としての機能を失い、唯の廃墟に戻った元ギルド拠点、地下都市ゴートスポットの最下層まで、まだ十分に間に合う時間だった。 道中、ラージ・ボーンは身につけた首飾りを握り締める。ギルド総勢100名の努力で手に入れた世界級アイテム。ギルド武器を失った今、これこそが、かつてギルドランキング四八位、無課金縛りではありえない地位にまで上り詰めたプレイヤー達の生きた証であり、大切な人々との思い出の品。

 最盛期には最大値である100名居たメンバーが一人、また一人と引退していく中、当時のギルド長であるラージ・ボーンにそれぞれが持つ最高のアイテムを渡していった。アイテム保持許容量を圧迫しながらも、大切に持っていたそれら一つ一つを確認しながら、元ギルド拠点の最深部を目指す。

 地下都市ゴートスポット。ダンジョンや砦等ではなく、都市である為、移動阻害トラップやダメージゾーン等はなく、最奥まで一直線である為、踏破は容易かった。 ユグドラシルというゲームにおいて、城以上の本拠地を所持したギルドには幾つもの特典が与えられる。ゴートスポットもその範囲内であった。 上位ギルドよりいくらか遅れていたアダマスが拠点として手に入れられたのは、地下都市の入口を発見する為の条件が、ありえない程に高難易度であり、偶然でもなければその条件は揃わないものであった。 その偶然が、ラージ・ボーンの目の前で起きた為である。 条件を知ったギルメンから「やっぱり、運営狂ってるわ」と言われるくらいだ。

 

 そんな元拠点にて、ラージ・ボーンは真っ直ぐに歩を進めていく。

 

 直径一〇km以上の半球ドームを逆さにしたような地下空洞の中心、通称聖殿。ヒンドゥー教の寺院アンコールワットに似た建物の入口を潜る。

 

 「ただいま、ゴートスポット。 ただいま、みんな。」

 

 入口が非常に見つかりにくいという性質から、どうせ誰も入ってこないだろうと考え、引退していったプレイヤー達が、無くなっても困らないが、特徴的なもの―あだ名の理由になった物等―を聖殿の広間に置いていった。それらは一つも欠けることなく残っており、ラージ・ボーンの感傷を誘うには十分だった。

 

 「聖遺物か…」

 

 ラージ・ボーンは思う。

 

 今では中身は空っぽだ。それでも、これまでは楽しかった。

 

 視線を自分の手に握られた武器に向ける。

 

 「僕…」

 

 そして目を向けたのは、アダマス――いや、ユグドラシルというゲームにおいて最強の一角であるプレイヤー。このギルドの発起人である人物の槍武器。

 「センリ」

 次に目を向けたのは実家が和菓子屋をやっているという、アダマス最年少の持っていた魔封じの水晶。

 「ゆべし」

 視線の移動は徐々に速度を増していく。次はオッサンとみんなから呼び親しまれていた、アダマス最年長のセクハラ男爵。

 「カーマスートラ」

 よどみなく、ラージ・ボーンは置かれたアイテムの持ち主であるギルドメンバーの名前を挙げていく。

 「トラバサミ、ふっさふさ、キュイラッサー、赤錆(アササビ)、ハーフブリンク、くらっくす、八極大聖(ハッキョクタイセイ)ドラゴンダイン、まぐなーど――」

 100人の仲間全員の名前を挙げるのにさほど時間はかからなかった。

 今なお、ラージ・ボーンの脳裏にしっかりと焼きついている。その友人達の名前を。

 「ああ、本当に、楽しかった……」

 

 月額利用料金無料であるが故に、始めた当時は未成年だったラージ・ボーンでもじっくり楽しむことができた。アダマスは総勢100名から構成されていたということもあり、人間関係でいろんな出来事があった。 ギルメンとリアルで会う事を非推奨としていたが、こっそり会って、そのまま結婚までしたメンバーもいた。 無課金という気楽さの反面、ラージ・ボーンは食事、睡眠、仕事以外のほぼ全ての時間をユグドラシルに費やしていた。 

 それだけはまっていたのだ。冒険もたのしかった。だが、それ以上に友達と遊ぶのが楽しかった。

 大切な人たちとの大事な場所。

 それが今失われる。

 

 正直、悔しさが残る。

 思い出の場所を守れず、前ギルド長との約束も果たせず、このまま終わっていいのか。

 広間に置かれた一本の槍を拾い、握り締める。単なる一般社会人であるラージ・ボーンにはそれをどうにかできる財力もなければ、コネクションも無い。終わりの時をただ黙って受け入れるユーザーの一人でしかない。

 

 視界の隅に映る時計には23:58。サーバー停止が0:00。

 もう殆ど時間は無い。空想の世界は終わり、現実の毎日が来る。

 当たり前だ、人は空想の世界では生きられない。だからこそ皆去っていった。

 ラージ・ボーンは一人呟く。

 

 「センリさん…ごめん…」

 

 23:59:57、58、59…

 

 ラージ・ボーンは目を閉じる。

 時計と共に流れる時を数える。幻想の終わりを――

 ブラックアウトし――

 

 ―ガシャンッ

 

 突如、身に覚えのある感覚に襲われる。

 強制転移だ。

 

 「…え?」

 

 見慣れた部屋に戻ってきてはいない。

 目の前に広がるのは、見たこともない草原が広がっていた。

 

 「…何が起こってるんだ?」

 

 時間は正確だった。今頃サーバーダウンによって強制排出されているはずなのに。

 

 0:00:54

 

 0時は確実に過ぎている。時計のシステム上、表示されている時計が狂っているとは考えられない。

 ラージ・ボーンは困惑しながらも何か情報はないかと辺りを窺う。

 

 遠くに微かな黒煙が立ち上がっていた…。

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 お気づきの方もおられると思いますが、原作オーバーロードの主人公と重なる部分が多数あります。
 ギルドに対する執着に関しては若干方向性が異なりますが、かなり固執しています。
 そんなキャラクターの思いや気持ちが読んでくださった方に伝われば幸いです。

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 10月11日誤字修正


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第一章 アダマス・ラージ・ボーン
一話 「非攻撃性長距離特殊技術(ネガティブロングレンジスキル)」


DMMO-RPGユグドラシルのサービス終了直後、見たことのない草原に強制転移されたラージ・ボーンは遠くに黒煙を発見した。


 草原の中を総数五〇名程の一団が馬で駆けていた。

 リ・エスティーゼ王国が誇る戦士長、ガゼフ・ストロノーフの率いる屈強な漢達。

 

 「戦士長、そろそろ巡回の最初の村ですな」

 「ああ…、たしか、キーン村だったか、副長。」

 「はい。 バレーシという作物が名産の村です。 小さな村ではありますが、そのバレーシは非常に栄養価が高く、戦地での食料として大きな貢献を…」

 「やけに詳しいな、副長…」

 

 副長の止まらない薀蓄(うんちく)に若干口端を引きつらせながらも、ガゼフはその理由を知っていた。

 

 「マリー殿は息災だろうか…」

 「戦士長!? じ、自分はそんなつもりでは…。 ただ、夫を戦死された方への慰礼として伺っていただけです!」

 「きっかけはいろいろあるだろうさ」

 

 どっと、戦士たちの輪に笑い声が上がる。

 副長と呼ばれた男、マーク・バレーは返す言葉が見つからなかった。戦いの最中、自分を庇って殉職した男の家族へ、謝罪と感謝の気持ちを伝えるため伺ってから、足繁く村に通っていたのだ。初めて会った時は、最悪殺されても仕方ないかと覚悟していた。しかし未亡人の応対はとても冷静で、わざわざ来てくれてと感謝までされたことにマークは驚きながら、胸の奥に赤い灯火が生まれる感覚を覚えていた。

 

 「しかし、何事もないと良いのですが…本当に」

 

 副長が口を開く。

 王国戦士たちが王より与えられた任務は「王国国境で目撃された帝国騎士たちの発見。及びそれが事実であった場合の討伐」を果たす為、国境周辺の村々を巡回していた。

 

 「王より頂いた使命は、何より民の自由と安全を守る為のものだ、私情を挟むなとは言えないが、程々にな」

 「わかっています。次のカルネ村到着予定日には間に合わせます。」

 「そうだな。 村まではもうすぐ…」

 

 そこまで口にしたガゼフは、唇を引き締め、前を鋭く見据える。

 先にある小高い丘の向こうから微かな黒煙が立ち上がっている。数は二つ。

 二つ程度であれば大事でない場合もあるが、嫌な予感が背筋を冷やす。

 ガゼフは一団に命令を下す。

 

 「総員、周囲を警戒しつつ行動開始!早急にだ!」

 

 

 

          ●

 

 

 

 ラージ・ボーンは身を草原の大地に伏せながら、数キロ先にある黒煙の発生源を見つめていた。

 

 「スキルは使えるみたいだな。 ユグドラシル時代にもかなりお世話になってたけど、遠見lv3。」

 

 特殊スキル『遠見』自分から遠く離れた地点の観察とその周辺にあるオブジェクト、トラップの一部情報、モンスター、プレイヤーのおおよそのレベル帯と装備を確認できるスキル使用デメリットとして、得たい情報量に応じて発見される確率が高くなる、ギルドの中で『特攻爆弾係』だったラージ・ボーンがその役割の為手に入れた多くのスキルの中の一つ。『遠見』使用中は無防備であり、不意打ちを喰らうと大ダメージは必至なため、仲間に警戒してもらいながら行うべきなのだが、ラージ・ボーンは使用する前に周辺の索敵を終えた為に、余裕をもって使用していた。

 

 「祭り…じゃないな。」

 

 人が家に入ったり出たり、走ったり、なんだか慌ただしいなと思いながら観察を続けていると、村人と思しき粗末な服を着た人々に、全身鎧で武装した騎士風の者たちが手に持った剣を振るっていた。

 一方的な虐殺だ。

 

 「いやなものを思い出させるな…」

 

 ラージ・ボーンがユグドラシルを開始した頃、異形種という種族を選んだ自分のような存在を狙う、異形種狩りという行為が流行り始めていた。そんな時の記憶。ラージ・ボーンはPKに何度も遭遇してしまっていた。そんな中、自分を救ってくれた人の言葉を思い出す。

 

 ―――誰かが困っていたら助けるのは当たり前。

 

 「このキャラはユグドラシルでは最高の一〇〇レベルだったけど、この状況になってからも十分に力を発揮できるのか、あの騎士たちが一〇〇レベル級か、それ以上かもしれない…。 何にせよ、自分の戦闘能力について調べないといけないし。それに…今度こそ、約束を果たしますよ」

 

 ここにいない人物に話しかけると、ラージ・ボーンは立ち上がり、長距離移動用のスキルを起動させた。 

 

 

 

          ●

 

 

 

 村の外れに向かって、赤く長い髪の女性が同じ髪色の少女の手を力強く何があっても離さないよう握りながら連れ走っていた。

 ススや土埃に塗れながら、後ろに騒がしい金属音を聞く。その音は規則正しい。

 祈るような気持ちで後ろを一瞥する。そこには最悪の予想通り、一人の騎士が母娘を追っていた。

 

 何故こんなことに。

 

 母一人では自暴自棄となり、走る気力を失っていただろう。

 しかしその手で引く、娘の存在が母に力を与える。

 せめて娘だけでも助けたいという強い思いのみで、母は走っていた。

 

 しかし、無情にも追跡者との距離は縮まるばかり。

 

 「このまま、走り続けなさい」

 

 母親は決心を固め、娘に告げる。

 

 「おかあさ…」

 

 娘が返答する間もなく、母はわずか後方にいる騎士を止めるべく全身を頭からぶつけ、必死にしがみつこうとする。金属製の胸部に、額を押し込みながら決死の思いで我が子を、最愛の人の忘れ形見を守るべく命を捨てた。

 

 「エマ!逃げなさい!!」

 

 硬い鎧に対し、あまりにも強い勢いで体を当てた為か骨が何本か折れているかもしれない、上半身を激痛が走る。

 

 「きさまっ!」

 

 鉄甲の拳で何度も頭部を殴られ、右のこめかみが大きく裂ける。裂傷以外にも騎士の暴力によって美しかった母の顔が醜く歪められていく。血と涙と、様々な体液が女を着実に汚していった。

 凄惨な状況に娘は膝から崩れ落ち、ただただ呆然とその様を見つめることしかできなくなっていた。

 

 「エマ…はやく…」

 「こいつ!!」

 

 ついに耐え切れなくなった母は突き飛ばされ、騎士の持つ剣が肩口から入り多くの臓腑を切り裂いた。吹き出す血が騎士を赤く染める程の量であってなお、震える娘を救うため、母は騎士に背中を向けて、娘を強く抱きしめる。

 

 「手間をかけさせるな!!」

 

 騎士が剣を振りかざし、母親ごと娘を貫こうとしていた。

 エマは呼吸も、心臓の鼓動も聞こえなくなった母親にしがみつきながら、瞳をきつく閉じた。覚悟を決めるように。

 

 

 「え…」

 

 瞳を閉じてから何秒経っただろうか、少女は予想していた痛みが訪れないことに疑問を感じながら、恐る恐る母の肩ごしに騎士がいた場所を見てみると。そこには成人男性大程の熟れたトマトが潰れたような惨状が広がっていた。

 そして赤い液溜りの横に、もっと鮮やかな赤と白の地に黒とベージュのラインが入った、テカテカ光る2m高のバケモノがいた。

 

 

 「先ずは投擲武器の効果を確認だな」

 

 

 

 

 

 




 王国戦士の副長は原作にも登場しますが、名前や細かな設定等オリジナルを詰め込んでおります。

 想像以上に高い評価を頂き、舞い上がりつつ、なるべく丁寧に、予定している最後(原作9巻半ば)まで続けていきたいです。


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二話 「時間差火炎属性攻撃付与投擲武器(カエンクナイ)」

平和な村が突如として謎の騎士団に襲撃された。 その様子を見たラージ・ボーンは『約束』を果たす為、走り出す。


 

 東西を森に挟まれた農耕が盛んな村。これといった特徴もなく、村人は今日の夕食と明日の天気を気にしながら、今より悪くならないように努める、ごく普通の村。

 特産品の野菜や住民の人柄を気に入ってくれた王国の戦士が様子を見に来ては周辺の魔物退治をしてくれるおかげで、時々野生動物に畑を荒らされることが、一番の事件だろう。

 夫が作業の片付けを、妻が夕食の準備を始める頃、平和と呼ぶに相応しい場所が今、最悪の災いに呑まれていた。

 

 「いい光景じゃないか」

 

 慎ましやかに暮らしていた村の住人を全身鎧の騎士たちによって殺戮が行われる惨状を眺めながら、一層豪奢な飾り鎧を身に着けた男が白い歯をむき出しにする。 

 「努力すればした分、富も名声も手に入る。 これは選ばれた人間の特権だな。 俺こそが選ばれた人間、ジャラン・アーク・ギルジット様なんだ。 物心ついたころから馬術、剣術の訓練や、上流マナーを学び、人の上に立つべく英才教育を怠ることなく耐え続けた俺の…実力だ。」

 

 国の名門貴族の長男として生まれ、欲する物を手に入れ続けた男は両手を広げながら、飼いならされ幼児でも乗りこなせると言われる程に調教された馬にのり、殺傷能力をもつ剣は重くて扱えない為に、ただ軽いだけの脆い模造刀を与えられ、覚えられないのを相手の所為にして数十人のマナー講師を辞めさせた結果、本人には伝えず両親が『上位貴族の交流会に出さない』という妥協点に辿り着いた自身の努力を称える。

 

 村には何の訓練もされていない、戦うための装備など手に取ったことすらない人々しかいないにも関わらず、ジャランの周りを囲うように屈強な鎧騎士が五人護衛についている。

 

 「お前たち、しっかりついているんだぞ? 農民ごときに俺が怪我をすることもないだろうが、戦いとは同じ階位の者同士で行うものだ。 わかるだろう? 違うんだよ、みずぼらしいこいつらとは! だいたい、こんな辺鄙な場所でなく、もっと大きな戦場で指揮をとることこそ、本当の…」

 

 アアアアアアアアアアァァァァ――――ッァ!!

 

 護衛たち一人一人に利き手の指を突き付けながら説教を続けていると、ジャランから一〇〇メートル程離れたところの村人を追っていた騎士の動きが突然止まったかと思えば、激しい炎に包まれたのだ。上等な灯油を掛けられた後に火種を放り込まれたかの如く。

 

 その後も次々と騎士が燃えていく。

 動物性の油が燃える独特の匂いがジャランの鼻腔に届き、認識を拒否していた思考に実感を与える。

 

 「なっ何が起こっているんだ! おおおおお前ら!俺を守れ! 何なんだ!何なんだよ!!」

 

 軟らかく重い、戦闘に用いる武具の装飾としては適さない金が全身に施された鎧をガチガチ鳴らせながら、ジャランは恐慌状態に陥る。 一人、また一人と燃えていく光景に鎧の中身は雨にでも打たれたかのようにびしょ濡れになっていた。

 

 「ば、ばけもの…」

 

 炎と煙の向こうから、現れたのは――――二本の太く長い金属製のボルト状殴打武器をそれぞれの手に握り、金属でも石でもないような独特の光沢を帯びる血と骨を連想させる色をした装甲を身に纏う、異形の魔物だった。

 

 

          ●

 

 

 「助けてくれたの?」

 

 一〇代半ばごろの少女、エマは突然現れた手が二本、足が二本のヒトに近いカタチをしながらも、ヒト以外の何かであると本能が告げる存在に、とても大切な疑問を投げかけた。

 

 「不思議な事を言うね。 システムなら近づいてきて、ありがとーってなるものなんだけど、アレか、その女性を助けられなかったからフラグでも折れたかな。 しかし、村か騎士かどちらを敵に回すなら、騎士を敵に回した方がよっぽどやっかいなんだろうけど…。 そもそも、GMコールは使えない、コンソールも浮かび上がらない、こんな状態じゃ、ゲームだと判断して行動するのも危険が…」

 

 独特の光沢を持ち滑らかな曲線を描くとても硬そうな装甲を持つそれは、顎――と思われる部分――に手を添えながら、エマにとって呪文のような言葉をならべる。 

 

 「お願いします!みんなを、村のみんなを助けてください! 差し上げられるものはありませんが…いえ、私にできることならなんでもします!! お願いです!みんなを…」

 

 エマが幼い頃、父が徴兵された戦地で亡くなってから、心も生活も困窮せずにいたのは、村の皆があたりまえの様に支えてくれたお陰だった。

 小さな村故、決して豊かではない暮らしの中、温かさを与えてくれた人々を救いたい一心で、地面に額を強く押し付けながら懇願する。

 

 「お願いします!! お願いします!!」

 

 恥も外聞もなく、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、恐らく唯一の希望にすがる。必死に、全てを投げ打ってでも。

 

 「これは…そうか、ごめん。失礼な事を考えてた。考えを改める。君は、生きてるんだね。

 了解だ、これ以上は―――殺させない。」

 

 『救い』は片膝をつき、エマの肩に手を置きながら、優しくそう告げた。 

 

 

          ●

 

 

 ラージは内心かなり驚いていた。騎士を潰した時の感触、そして潰れた人間の残骸、R18どころではない。

 それを目の当たりにして、動揺もしない自分自身にも。

 少女に背を向け、見えないように隠しながらグローブを外した自分の手は、予想通り、骨の手だった。

 

 「心も身体も、人間じゃなくなったんだな― それにしても」

 

 全身鎧の人間を攻撃する際、武器に相手を一時行動不能(スタン)にさせる効果を付与するスキルを発動させていた。与えたダメージ量から対象が自分が得意とする打撃武器に対して耐性がある様なら、相手が動けない間に主兵装を切り替える。これはギルド随一の知能派アタッカー赤錆氏による『初見相手への奇襲方法その一』だ。 普段の戦闘では、攻撃力、打撃性能、ノックバック効果、武器自体に付与されている特殊効果を上昇させるスキルを併用させ、場合によっては相手が上昇させた防御力分を貫通する能力を使うことでやっと前線で通用するダメージ量となるわけだが、先の攻撃はそれらを一切使っていない、ただの素振り程の衝撃になるはずが、たったそれだけで、その一撃で死んでしまう脆さに呆気に取られていた。

 

 「弱い…こんなに簡単に死ぬなんて…」

 

 その程度の攻撃で容易く死ぬ騎士の脆弱さを知ることで、張り詰めていた緊張感が抜けていく。

 無論、今の人間が特別弱い存在という可能性もあるが、深く考えている暇はない。

 約束したからには果たさなければならない。

 

 ラージは失った緊張感を警戒心に変え、周囲に張り巡らせる。

 

 「これを使うといい」

 

 アイテムボックスを開き、中から縦一〇cm程の菱形で黒い色をした鉄板のようなものを少女に渡す。裏には持ち手がついており、まるで小さな盾だった。

 

 「これはいったい――」

 「それはスフィアシールドといって…まぁ、とにかく君を守ってくれるものだ。その取っ手を握っている間、周囲に攻撃を無効化する膜を張ることができる。」

 

 シールドの効果は『二五レベル以下の物理、魔法、精神攻撃の無効』、効果だけ聞けば、序盤では最高の装備のように感じるが、これはユグドラシルのプレイヤー人口が過疎化し始めたころに、新規参加を呼び込む為に運営が苦肉の策として打ち出した、初心者用ギフトアイテムだ。つまり、レベル、職業、種族に関係なく装備できる。ラージは引退していった仲間が再びアカウントから作り直して戻ってきた時に「こんなのもらったんだけど、ギルド長に預けてあるアイテムで十分だし」と言い、そのメンバーから譲り受けたアイテムだった。

 かなりぞんざいな渡し方だったため、思い出の品と言う程の思い入れも無い為、少女に渡してもなんら問題はない。

 

 「さて――と」

 

 今この場所は村のはずれ、黒煙の上がる方向に目を向ければ、大勢の人間が少数の人間に追い回されている。 ただし、少数の人間は訓練された動きで、馬を操り着実に死体の数を増やしている。

 ラージはその光景から目を離さないまま、腰に右手を添え、何かを摘む素振りをすると、まるで手品の如くその手に小型のナイフのようなものが現れる。

 腰を深く落とし、左手の指を地面に添えて

 

 「ただのジャンプでどれくらい飛べるのか―」

 

 全力に対し、半分程の力で村の中心に向かって飛んだ――はずが、今の自分が居る位置は地上二〇m以上の高さだ。 想定以上の跳躍に驚きながらも、心に直接冷水をかけられたかのような感覚の後冷静さを取り戻し、一人の騎士に向けて投げナイフを構える。

 

 「スキル発動――投擲・・・lv5」

 

 ゲームのプレイにあたり、大きな楽しみの一つとしてプレイヤーキャラクターの成長がある。キャラクター育成の中に『特殊技術(スキル)』があり、ラージはその後にある『実践』を特に悦びとしていた。 合戦用三割、一対一用七割で構成されているスキルの中、性能や実用性を度外視して特にお気に入りなのが『投擲』だ。

 リアルではコントロールが無く、キャッチボールをしようにも、投げたボールが大きく右斜め上に逸れるか、相手に届かないかのどちらか。 そういう理由もあって、球技全般を苦手とするラージにとって、このスキルは福音だった。

 ゲームの中で、スキルを発動させれば、投げたものが思い通りの場所に届く。 初体験はとても気持ちが良かったのを今でも覚えている。

 

 新しい世界で、またあの感覚を得られる喜びに期待しながらナイフを投げる。

 

 ラージが投げたナイフ『カエンクナイ』、効果は命中した対象に刺突ダメージの後、時間差で炎属性の中位魔法が発動する消費アイテム。 使い勝手が良い為に、アイテム作成能力を持つギルドメンバーに大量の注文をして困らせたのも良い思い出だ。

 予想以上に長い滞空時間の許す限り、目に映る鎧を着た人間にカエンクナイを投擲していく。

 

 

           ●

 

 

 「どうしてこうなった!どうしてッ!!」

 

 選ばれし者ジャラン・アーク・ギルジットは血を吐き出さんばかりに突如として現れた災厄に対して罵声を浴びせる。

 狩る側が一転、狩られる側へと変わったことを認められずに唯々どうしようもない現実への不満を吐露するしかなかった。

 

 血と骨の色をした災厄は次々と部下をいろんな方法で殺していく。

 拳で、蹴りで、武器で、投石で、時には死体を枯れ枝のように振り回し、肉色の塊を量産し続ける。

 

 「くそっ! こんなはずじゃなかった、ただ俺は村人を適度に間引いて、いく人か逃がして終わり。そうなるはずだった! なぜだ!!」

 

 邸宅に戻って匂いと埃を落とした後、適当な女を数人抱いて寝るだけだったはずの今日という日が、塗り替えられていく。

 

 「おおっ…く、ぅお前ら! 何をしている!撤退だ!俺を運べ!!」

 

 ジャランは腰が抜けてまともに動けなくなっていた。もう見ていられないとばかりに、瞼をぎゅっと閉じながら目の前にいた二人の騎士の背中を叩く。 しかし、返事も動きもない。

 最悪の事態を予感しつつも目を開ければ…返事等できなくて当然である。

 背中を叩かれた騎士はどちらも、頭と呼べる部位を失っていたのだ。

 

 そのまま崩れ落ちた死体の向こうに、絶望がこちらを睨みつけていた。

 

 「ヒィアアアァァァッァアアアアアアアアアアアアアア――――っ!!!!」

 

 恐慌状態に陥った男は体中の穴という穴から体液を垂れ流しながら絶叫する。

 

 「お前は何だ…」

 

 「ひぇ…?」

 

 想像と違う、温かな声が怪物から発せられた。 聞く者が違えば、勇気や安心を得られるであろう、そんな力を秘めた声だ。

 しかし、その言葉の中に確かな殺意を感じているジャランにとっては何の救いにもならなかった。

 

 「はひぃ! わわ、わだじはめいれぇで!! 命令でじがだなぐ!!!」

 「もう一度聞く、お前は何だ?」

 「ひっひっ…、てっ帝国の…! うぇひ!?」

 

 自分が帝国の人間であると主張しようとすると、怪物がジャランの兜を取り上げ、軽く握りつぶした。まるで紙でできた物のように。その様子は、ただ兜の硬さと自分の力を試す行為のように見えたが、そんなはずはないと、帝国騎士の特徴が一番わかりやすい兜を潰したということは―――

 

 「ひぃぃぃぃ!! ほ、本当のことを言いましゅ! わだじは法国のものでじゅ!! なんでもじまずがら!!いいぃいのちだけわぁあ!!!」

 

 「ぇ… あ、だと思ったよ。 知っていることを全部話すんだ。」

 

 鼻を真っ赤にしながら、汗と涙と鼻水で顔面を醜くもぐちゃぐちゃに汚しながら、ジャランは全てを話した。

 帝国騎士のフリをして王国の村を襲っていたこと、その真意は知らされていないが、別働隊が他の村を襲う手はずになっていること。自分は貴族であり、助けてくれれば大金を用意できること。

 自分一人の命が助かるのであればと、聞いてもいない待機している部下の居場所までも吐き出した。

 

 「こ、ご、ころさないでくださいぃ…おねがいします…」

 

 両膝を地面につけ、手を頭の上で組みながら拝むように懇願する男を前にした怪物は

 

 「そうだな、わかった。 殺させないとは約束したが、必要以上に殺すなんて言った覚えはないし」

 「そ、それじゃあ!」

 

 ジャランは目を見開き、歯茎を剥き出しながら安堵した。

 やはり金の力で動かせないものなどないと。部下の命などいくら差し出しても、また補充すれば良いだけだと。

 

 「ああ、殺す理由はない。 自分には…な」

 

 怪物が後ろを振り向く、その視線の先には木槌や鍬、鎌等の農具を握りしめた村人が集まり始めていた。 怪物がジャランの目の前に現れるまでの間に、救出された住人たちだ。

 

 「ま、まさか…」

 「あっちには理由があるかもしれないな。」

 

 言い終えると怪物はジャランの脇を掴み、村人たちの下へと放り投げる。

 若干右へ逸れたが問題はない。 落ちた地点に皆が向かっている。

 

 「ぶべっ―」

 背中に強い衝撃を受け、潰れた声が喉から吐き出される。

 

 幼い頃から厳しい訓練を耐え抜いたジャランではあったが、多勢に無勢と一方的な暴力が始まろうとしてた。

 

 

           ●

 

 

 「終わったよ。」

 

 シールドの大きさは二m以上あるが、エマはできる限り体を小さく丸め、与えられたアイテムを握りしめていた。

 

 「本当ですか?」

 

 『救い手』は無言で深く頷く

 

 「ああ、ありがとうございます!ありがとうございます!! ―あの…よろしければ、お、お名前を……」

 

 

 ラージは深く考えた、自分が今ここにいる理由を。

 夢かもしれない、仮想世界かもしれない、それでも『約束』を果たすことができるなら、この世界にかけてみたい。

 失われてなんかいない、あの名を轟かせたい。

 

 

 「アダマス… 自分の名前は――アダマス・ラージ・ボーン」

 

 





次回満を持して、みんな大好き至高の御方登場…   …チラッとですが。

―――――――――――

20161012誤字修正


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三話 「復寿ノ札(フクジュノフダ)」

キーン村を襲っていた騎士たちを殲滅したラージは、少女に名前を聞かれ、とっさに自分がギルド長を務めていたギルドの名前を冠し「アダマス・ラージ・ボーン」と名乗る。


 

 

 村長の家は中央広場西にあり、村の規模と比較するとかなり大きな館だった。

 入口も広く、これは食料の買い付けに来る業者や国軍の関係者が度々来訪しては「他より優先して糧を流して欲しい」と相場より若干気前の良い金額を提示してくれる為である。村の先行きの明るさは現女性村長、ヴァーサ・ミルナの手腕によるところが大きい。

 木製の薫り漂う広間の真ん中には重厚な印象を受ける黒い円卓と数脚のイスが置かれていた。そのイスの一つに座り、アダマスは室内を観察する。

 ガラス製の窓から入ってくる月明かりと、部屋の隅に飾られたランタンの照明によって闇は追い払われている為、闇視を使わなくても問題なく視認できる。どこを見渡しても機械製品などの姿は見受けられない。科学技術はさほどこの世界では発展していないな、と判断するが、特殊技術(スキル)が使える以上、もしかしたら魔法が存在する可能性も捨てきれない。そんな世界での科学技術は、どれだけ発展するのかという疑問を抱く。それ以上に思考を働かせるのは、村長邸の異様さ。他の家屋は耐久性に乏しい古い木製であるにも拘らず、この館はまるで小金持ちの別荘のようだ。

 アダマスは邪魔にならないよう、棒状武器を円卓に立てかけようとする。全てを破壊する為に作られたような兵器は月光を反射して煌き、『神殺しの杖』と表現されても飛躍し過ぎているとは言わせない力を感じさせるものだった。それを見た村人たちが浮かべた驚愕の――目から零れ落ちるのではという程の絶句した顔が思い出される。仲間たちが自分の為に最高の素材を集め、作成してくれた最高級の武器に対する、村人の純粋な驚きは、誇らしげな気持ちを強くわき上がらせた。しかしそんな浮わついた心は僅かな喜び程度まで抑え込まれ、アダマスは眉をしかめる。

 この強制的な鎮静効果は、どうやらアンデッドの保有する精神的な攻撃に対する完全耐性の結果ではないかと、やけに冷静にアダマスは考える。

 

 「お待たせしました。」

 

 ―――向かいの席に村長が座る。

 村長は日に焼けた肌に肩ぐらいある薄紫色の髪が特徴的な女性だ。

 体つきは細身ではあるが、痩せ型というよりは無駄な部分をできる限り省いて作り上げられた印象を受ける。麻でできた丈夫そうな服は土で汚れているが、臭うということはない。強い疲労は顔には表さないようにしている様子だったが、三〇代半ば程かと思われる年齢の推測は美女特有の難しさがあった。

 

 「どうぞ」

 

 村長は円卓の上に置いた白磁の器をアダマスは片手を上げて断った。

 喉の渇きを一切覚えていないし、この兜を取るわけにもいかないからだ。

 その時、アダマスは村長の左手薬指に不思議な反射をする宝石の指輪が嵌められていることに気づくが、近くに男性の気配がないことから、ご不幸があったと推測し、追及することはなかった。

 

 「せっかく用意していただいたのに、申し訳ない。」

 「滅相もありません。頭をお上げください」

 

 頭を軽く下げたアダマスに村長は慌てふためく。理知的な印象を受ける女性だったが、先程まで圧倒的な暴力の限りを尽くしていた人物が頭を下げるという想定外の事態にはこういう表情もするのかと、村長に対するイメージを良い方向に更新しながら、尋ねる。

 

 「さて、お聞きしたいことは山ほどあります。」

 「はい。ですが、その前に……ありがとうございました!」

 

 村長は静かに、深く頭を下げた。その声は震えており、人が涙を堪える音が聞こえた。

 

 「あなた様が来てくださらなければ、村の者は一人残らず殺されていたでしょう。心より感謝いたします。」

 

 強く心のこもった感謝の言葉にアダマスは後悔の念を薄らせる。正直―やってしまった―という思いが今も強く残る。右も左もわからない状況でなくとも殺人行為を犯す等、あってはならないことだし、その後が怖い。殺した相手にも家族や友人、仲間がいただろうに、遺族が復讐にきたら…等、今更考えても仕方のないことではあるが、そういった苦心を村長の言葉で少し慰められたことに、感謝の心を覚える。

 

 「顔を上げていただけませんか?こちらとしては、ただの成り行きですから―」

 

 アダマスは考えていた。精神の沈静化が種族の特性なら、強く現れる正義感も特性なのだろうか…と。同じアンデッドでもスケルトンメイジの上位種、死の超越者たる『オーバーロード』であれば違う反応だったかもしれない。自分の種族である――

 

 「あなた様のお陰で多くの村人が助かったのは事実ですから。感謝だけは言わせてください。」

 

 熱の入った視線と言葉でアダマスの思考は遮られる。『村を助けた男』は今後の展開を考える―――

 

 「とりあえず、話をもどしてこちらからの質問に答えてもらっても良いですか?村長もいろいろ忙しいでしょうから」

 「命を救っていただいた方にかける時間以上に大切なことはございませんが、畏まりました。」

 「それでは先ず最初に―――ここはどこですか?」

 

 

          ●

 

 

 「は…はぁ!?」

 「! どうされましたか?」

 「え、いや、すみません。急に大きな声を出したりして…」

 

 素で変な声を上げてしまったアダマスだが、アンデッドの特性のお陰ですぐに冷静さを取り戻す。もし人間の体をしていたら、冷や汗が止まらなかっただろう。

 

 「お飲み物でも用意しましょうか?」

 「いえ、大丈夫です。 お気遣いありがとうございます。」

 

 アダマスが最初に聞いたのは周辺地理に関する事柄だ。その内容は聞いたこともない地名、国名ばかりだった。何があってもおかしくないと覚悟していたが、それでもやはり突きつけられると驚きが勝る。当初、アダマスも様々な方向に思考を巡らせていたが、ユグドラシルの世界を基本に考えていた。ユグドラシルのスキルが、アイテムが同じ効果を持って使えるのだから、何らかの関係性があるのでは、と。しかしまるで聞いたことの無い地名が彼を出迎えた。

 

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国。

 

 アダマスは肘を円卓につけ、手のひらで額を押さえながら自身の思考を支える。

 異世界に来た。状況証拠は山ほどあったが、事実として受け入れるにはあまりにも大きな衝撃だった。

 

 「どうかされましたか?」

 「いえ、なんでもありません。想定とは少し違っていたので、頭痛が… 失礼、問題ありません。 それより、他の話をきかせてください。」

 

 

          ●

 

 

 「村長、失礼します。」

 

 村長から情報を集めていたところに壮年の男が入ってきた。

 男はアダマスに一礼した後、真剣な顔でなにやら相談をしている。

 

 「どうかしましたか?村長。」

 

 アダマスは右手を差し伸べながら村長に尋ねる。

 

 「アダマス・ラージ・ボーン様、それが…」

 「アダマスで結構。それより話してください。出来ることであれば、協力します。」

 

 美女の顔に明かりが差し込んだようだったが、複雑な感情を含んだ表情を浮かべていた。

 

 「実はこの村に馬に乗った戦士風の者たちが近づいているそうで、恐らく王国の戦士でしょう」

 「先ほどお話に聞いた、この村を懇意にしているという人物が所属している部隊ですね?」

 「アダマス様の事をどう説明して良いか…」

「なるほど、そのあたりの話は…協力をお願いしても良いですか?」

 「お任せ下さい。誤解が生まれれば、必ず解いてみせます。」

 

 

 

 鐘が鳴らされ、アダマスは広場に集まる村人の様子を眺めながら、腕を組んだり、手を兜の上に置いたり、拳を口元に添えたりと、落ち着かない様子が明白だった。大きな感情の変動には抑制が働くが、小さな緊張感や焦燥はジリジリとアダマスの精神を苛んでいた。

 

 「王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ様はとても立派な方です。真実を話せば解ってくださいますよ。」

 「頼りにしています。村長さん。」

 「ヴァーサとお呼びください。」

 

 村長は上目遣いで見つめながら、笑顔をアダマスに向けた。

 美人に下から視線を向けられる。悪い気のするものではない。

 

 やがて村の中央を走る道の先に数体の騎兵の姿が見えてきた。騎兵たちは隊列を組み、静々と広場へと進んでくる。

 

 「あれが王国戦士―――なのか」

 

 騎兵たちを観察していたアダマスは彼らの装備に違和感を覚える。

 先ほどの帝国軍の特徴を示していた騎士たちは、一名を除き統一された重装備であった。それに比べ今度の騎兵たちは、確かに鎧を着ているが各自使いやすいように何らかのアレンジが施されている。

 武装も豊富であり、様々な状況に対応できる装備から、軍隊というよりも傭兵団の方が近いのかも知れないと予想できる。

 

 やがてその中から馬に乗ったまま一人の男が進み出た。戦士たちのリーダーらしく、全員の中で最も目を引く屈強な男だ。

 

 「馬上から失礼する。私は、リ・エスティーゼ王国、ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである」

 

 逞しくも静かな声が広場に響き渡る。アダマスは村長から聞いた情報を思い出す。

 

 「王国戦士長… 王国の御前試合で優勝したとかいう…」

 「ほう、私を知っているのか。 貴殿が何者か教えてもらいたい。」

 

 ガゼフの視線が真っ直ぐアダマスに向けられた。

 あまり他人に見つめられるのは慣れていないが、ここで目を逸らしては今後何かと不都合がある可能性は高い為、アダマスも視線は逸らせない。

 

 「はじめまして、王国戦士長さん。 自分はアダマス・ラージ・ボーンという。 この村が騎士に襲われていたので、助けに来た者です。」

 

 アダマスは目線を相手に向けたまま軽く一礼し自己紹介を始めた。

 

 「広場に来るまで多くの死体を発見した。 人間の業ではありえない死に方をしていたが…貴殿はヒトなのか? 焼死体や上から何かに押され圧死したもの、首を飛ばされたものに大きな手で握りつぶされたような死体まであった。」

 

 鋭い――というよりは、当然の推測だろう。実際アダマスは実験として多種多様なアイテム、スキルを使用して騎士たちを殲滅したのだ。未知の怪物が特殊な力を使って暴れたと思われても仕方がない。 事実そうなのだから。

 

 「戦闘能力を持つ騎士を鏖殺してから、村人に手を出そうというところで我々が現れた…という線も」

 「違います!!」

 

 戦士長の考察を遮るように少女の叫びが辺りを震わせた、その声に一等驚いたのは、副長のマーク・バレーだ

 

 「エマ!!」

 

 赤髪の少女が村長の後方から、アダマス達に駆け寄ってくる。

 

 「村長、これは」

 「大丈夫です。」

 

 ヴァーサの耳打ちに一瞬扇情的な気分になるも、すぐに沈静化されてしまう。強制的な冷静さというものも、一長一短だとアダマスは思う。

 

 「アダマス様は本当に私と、この村を救ってくださったんです!」

 

 真剣な眼差しの少女の目は、強い意志を持って戦士長の眼を見やる。それに対し、馬から飛び降りたガゼフは深々と頭をさげた。

 

 「大変申し訳ないことをした。詫びる言葉もない。」

 

 その時、空気が揺らいだ。

 確かに、村の救世主への態度としては褒められたものではないかもしれないが、民を守る剣を持つものとしては、間違ってはいない行動であり、考え方によっては謝る必要のない、王国戦士長という地位に就く人物が身分も明らかでないアダマスに敬意を示しているのだから。

 この行為は流石に村長も予想していなかった様子で、眼を丸くしている。

 

 「いえ、立場が違えば、自分も同じことを言っていたと思いますから。 お気にされず。」

 

 力を持つ者よ、持たぬものを守れ。このテの言葉は耳心地が良く、賛同する人も多いだろうが実践できるか否かとなれば話は変わってくるだろう。

 もし、本当に自分が村人を襲おうとしていたとしたら、この男は命懸けでそれを止めただろう、とアダマスは思い、ガゼフに対して好い印象を抱く。

 

 「それにしても、かなり腕の立つ御仁とお見受けするが、ボーン殿の名をぞんじあげませんな」

 「自分は旅の途中、偶然通りかかっただけですから。当然でしょう。」

 「旅の途中か。よろしければ村を襲った者共について出来る範囲で構いません、説明をお願いしたい。」

「喜んでお話しさせてもらいますよ。こちらとしても直ぐに伝えなければならない情報もありますから」

 「先にこちらから一つ良いだろうか…。 兜を外してもらえるかな?」

 

 やはり来たか。村長から事前に「こちらを信頼させる為にはアダマス様のお顔を相手に見せる必要があると思いますが、大丈夫ですか? ずっと兜を外されないので、何か理由があるとは推察できるるのですが…」と心配そうな顔で言われたが、用意も無しに骸骨の素顔を晒すリスクは余りにも大きい。しかし『用意が有る』なら問題はない。

 アダマスはゆっくりと両手で、勿体つけながら兜を外す。

 

 「これで良いでしょうか。」

 「…ありがとうございます。ボーン殿。 黒髪黒目とは親近感を禁じえませんな。 ご出自は南方だろうか。」

 

 「まぁ、かなり遠く。とだけ言わせていただきます。」

 「複雑な事情がお有りのようだが…。 話が逸れてしまった、申し訳ない。それで、ボーン殿が我々に伝えたい内容というのは?」

 「騎士の一人から聞いた話なのですが…」

 

 

          ●

 

 

 一晩村で休息を取ったガゼフ達は、翌日早朝に次の巡回先であるカルネ村へと向かう。

 戦士長の指示で2名の騎兵が村に残ることとなった。表向きは村の護衛を増やすことと言っていたが、おそらくアダマスの監視が主目的だろう。

 その内の一人は副長マーク・バレーだ。

 マークを村に残すにあたり、ガゼフと副長二人の会話をアダマスの鋭い聴覚がとらえていた。

 「隊長、副長である自分が抜けては指示系統が」

 「ボーン殿がいなければ、怪我人搬送の為に部隊を二分していたところだ。副長権限はリディックに引き継がせる。マークはあの子の傍にいてやるべきだ」

 「隊長…」

 

 この会話を聞いたアダマスは、ガゼフの印象を良い方向に一段引き上げた。

 

 

 

 

 戦士たちを見送った後、村の東側にある共同墓地で葬儀が始まった。大きな石碑にアダマスには読めない文字で名前が刻まれた墓石が点在している。その中で村長が鎮魂の言葉を述べていた。

 集まった村民の中に助けた少女――エマ・マリーの姿もあった。母親の死体も今回埋葬されるそうだ。

 村人とは少しばかり離れた場所で眺めているアダマスは深く腕を組みながら左手に持つルーンが描かれた一枚の札を弄りながら思案を巡らせていた。 死者復活の力を持つアイテム。アダマスが持っているのはこの一枚だけではないが、使用すれば失われる消費アイテムだ。数に限りがあり、補充の方法がない現状では、余程のことがない限り、使用は控えなければならない。この事実を知れば、非情と思われたとしても。

 弱者を救う正義感を有していながらも、冷徹な判断ができる自身の精神に複雑な思いを抱きながら、アダマスはゆっくりと札をアイテムボックスに仕舞った。

 

 「村を救ったことで…許してもらおう。」

 

 

 ちょうど新たな墓石に土をかけるところで、一人の少女が戦士の胸で啜り泣く声が聞こえた。

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

 

 「この村の村長だな。横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

 

 

 「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われておりましたので。助けに来た魔法詠唱者(マジックキャスター)です。」

 

 

 

 

 

 





これにて第一章「アダマス・ラージ・ボーン」は終了です。
次回、幕間を挟んでから第二章「巨星爆誕」が始まります。
よろしければ読んでやってください。

次回の幕間タイトルは「死の超越者サイドその1」です。


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幕間「死の超越者サイドその1」

 DMMO-RPG『ユグドラシル』のサービス最終日に、謎の現象によってゲームキャラの姿――骸骨じみた――で未知の異世界へ転移してしまった鈴木悟―モモンガ―は、いくつもの理由から自身が長を務めていたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の名を名乗り始める。
 ギルド拠点、ナザリック地下大墳墓ごと転移してから八日間の出来事についてアインズは自身の執務室で、『守護者統括』という地位を与えられた純白のドレスを纏う非の打ち所のない絶世の美女―として作られたNPC―であるアルベドと情報の摺り合わせを行おうとしていた。


「周辺の調査に出かけているアウラの調査に拠りますと、現在プレイヤーとの接触はなく、調査範囲をナザリックの周囲に広がる大森林に拡大中。とのことです。 それから、先日捕獲したニグンという男はスレイン法国の特殊部隊、陽光聖典の指揮官でした」

 

 「スレイン法国か、ゴブリン、オーガ、リザードマン等の他の種族に打ち勝つべく人間の団結を唱える宗教国家。とか言っていたな。今はこちらから接触するのは危険かも知れないな。」

 「では次に、あの村に関してはどのように?」

 「カルネ村は唯一の足がかりであり、友好関係の構築に成功した村だ。不仲になることは極力避けろ。」

 「畏まりました。 ――最後に、先ほど村の周辺調査に向かわせた僕からの情報なのですが、カルネ村より東にありますキーン村も別の騎士たちによって襲われた形跡があったそうです。」

 「なんだと?」

 「装備も一致しますので、恐らく同じスレイン法国の別働隊かと思われますが、アダマスと名乗る存在によって全滅させられたらしい、と報告を受けております。」

 「アダマス!?」

 「! ―どうかされましたか?」

 

 「あ、いや…」

 

 アダマスと言えば、一時期よく話題に上がっていた無課金ギルドじゃないか。とうの昔に崩壊したはずだけど、まさか元ギルドメンバーの誰かが――いや、偶然の一致という事も有り得るかも知れない。 とアインズは未知の存在への警戒心を強める。

 

 「アルベド、アダマスについての他の情報はあるか?」

 「いえ、アインズ様より情報の深追いは禁じられていましたので、村で起こった表面的なこと以外は…。それと、偵察がキーン村に向かった時に、その者は不在だったとか。情報収集を続けさせますか?」

 「そうか―いや、部隊には撤退を指示。先の命令通り、深追いはするな。 ただし、警戒は怠るな。 そのアダマスとかいう存在、プレイヤーである可能性は捨てきれない。」

 

 「畏まりました。 では、本日の報告は終了とさせていただきます。」

 

 「ご苦労」

 

「もったいないお言葉、至高の御身、そして愛するお方の為であればいかようにもこの身をお使いください」

 

 「アルベドよ―――」 

 

 無課金ギルド『アダマス』――「不壊」の意をもつ名を冠したギルド。

 だが、皮肉なことにユグドラシルのサービス終了より早く崩壊することとなった。そこそこに有名なギルドだった為、様々な憶測が浮かび上がったが、ゲームの衰退時期と一致するため、メンバーの引退説が濃厚だった…

 全盛期にはギルドメンバー枠最大の一〇〇人ものプレイヤーが所属していたギルドだ。流石に全員の情報は把握していない。

 直接話したことはないが、俺の知る二人のどちらかであれば、警戒をより一層強めなければならない。

 

 一人は、たっち・みーさんより先にワールドチャンピオンのクラスを手に入れた、伝説の槍使い「センリ」だ。 無課金ながら異様なプレイヤースキルで他を圧倒していた。アインズ・ウール・ゴウンにも戦闘スタイルの参考にしていたというメンバーもいたくらいだ。

 

 そしてもう一人、名前は忘れた――というよりある一件の所為で名前を覚えられなかったが。この者は、戦闘能力として、それほど脅威とまではいかないが、何より問題なのは俺のキャラ、モモンガとの相性が最悪だということ。主武器はアンデッド特効の打撃属性、闇属性の攻撃を軽減する職業依存特殊技術(クラススキル)を有する。何よりやっかいなのは、非攻撃性長距離特殊技術、通称NLS(ネガティブロングレンジスキル)と呼ばれる移動スキル。魔法職であるモモンガが戦士職に距離を詰められることは絶対に避けなければならないが、これを許してしまう恐ろしいスキルだ。しかし、これにも対策はある。タイミングを見極めれば罠に嵌めることができるからだ。相手のスキル発動に合わせて周辺に潜ませた伏兵を出現させれば、あとはどうとにでもなる。

 

 そもそも、最初から敵対することを前提とする必要はないかもしれない。『アダマス』は友好的なギルドとしても有名だったこともあってか、打撃戦士の話はよくたっちさんから聞いたものだ。ゲームを始めて間もないプレイヤーがギルドに入りたがっていれば二つ返事で参加させる。普通は自力である程度強くなった即戦力を加入させるものなのに。他にもプレイヤー同士の和解や世界級アイテム(ワールドアイテム)によって理不尽な目にあったプレイヤーへの救済等様々な善行を耳にした。アダマスの活動によって引退を先延ばしにしたプレイヤーも多くいただろう。皆が皆、ゲームであるのを良いことに好き勝手し放題の仮想世界において、人に尽くすことを是としたギルド。そんな彼らがゲーム内でのPKや窃盗に対しては一切関与しなかった事に対して偽善者集団と揶揄する者もいた。悪を是とする『アインズ・ウール・ゴウン』とは対極ながらも共通点は多くあったことから、交流はなかったものの自然と興味をそそられる、良いギルドだったことは記憶している。

 

「センリ」と「名前を知らない闇属性アンデッドの天敵」の存在、「たっち・みー」からの話もあって、他の強豪ギルド以上に知識があるかもしれない『アダマス』を名乗る者。同じように、自分が所属していたギルド名を名乗る俺に接触してくるだろうか…それとも、警戒して遠くから様子を窺うのか… とりあえず、後手となってしまうかもしれないが、相手の出方次第だな。とアインズは思案する。

 

 

          ●

 

 

 リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテルの広くはない通りを一組の男女が黙々と進んでいた。女は周囲に人がいないことを確認すると隣を歩く男に話しかけた。

 

 「アインズさ――」

 「――違う。この街にいる間はモモンだ。 そしてお前はこれから冒険者になるモモンの仲間であるナーベだ」

 

 地下大墳墓の戦闘メイドが一人、ナーベラル・ガンマの発言を遮って、漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ人物――アインズは答える。

 

 「こ、これは失礼しました! モモン様。」

 「様じゃない。 モモンだ。」

 「申し訳ありません、モモンさ―――ん」

 

 「…モモンさーんて、少し間抜けだが、まあいい。とりあえずはこれからの行動方針だ」

 「はっ」

 

 「あのなぁ―」

 

 跪くナーベラルに呆れたようなため息が溢れる。

 咳払いを一つ落とし、アインズは気持ちを切り替えながら説明を続ける。

 

 「まず我々はこの街、エ・ランテルで著名な冒険者としてのアンダーカバーを作り出す。その主な目的は、この世界における情報網の構築だ。冒険者として実績を積み、ミスリルやオリハルコン、最上級のアダマンタイトのプレート持ちになれば、それに見合った仕事が回され得られる情報も有益なものが多くなるだろう」

 「流石でございます。アインズ様」

 「モモンだ!」

 

 

          ●

 

 

 「――さて、この辺りに教えてもらった冒険者組合があるはずなのだが」

  

 アインズは自分達を新人冒険者として登録する為、多くの人々が行き交う道の中、組合を探していたところ不思議な感覚を覚える。

 アンデッドの存在を知らせる常時発動型特殊技術(パッシブスキル)“不死の祝福”に反応があったのだ。

 

 スキルを頼りに視線を向けると、赤と白を基調にした見事な全身鎧を身に纏う、自分より二回りは大きな戦士がこちらに歩いてくる。

 よく見てみると、首から銅のプレートを下げており、冒険者としては新人であることが解るが、自分のような存在もいる為、警戒心を強めながらも態度は変えないまま、歩を進める――

 

 

 「ふぅ―」

 

 何事もなくすれ違ったあと、アインズは深くため息をつく。

 そして、己が作り出す影に誰にも聞こえにような小さな声で命令を下す。

 

 「今の戦士を追え、決して気取られるな」

 「御意」

 

 影の一部が少し揺らめいたかと思えば、アインズだけに届く声で返事が返ってくる。

 影に潜み、隠密に優れた、アインズがこの世界に転移してから作り出したモンスターだ。MPの消費で作成された僕である為に、失ったところで痛手にはならないが、どんなところから情報が漏れるか、自分に、ナザリックに辿り着くのか、警戒をし過ぎるという事はないのだから。

 

 「モモンさん、何か気になることでも。」

 「ん、ああ。 杞憂であれば良し、そうでないなら… まあ、悪い予感は当たるものだ。」

 

 その日、アインズの生み出した偵察、隠密能力に優れた僕の一体が消失した。

 この事は、死の超越者、オーバーロードだけが知るところとなる。




 ウルベルト「俺は嫌いだけどね!『アダマス』」

 モモンガ&たっち・みー「だろうね!!」


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第二章 巨星爆誕
一話 「強化付与系特殊技術(バフスキル)」


 右も左も分からないまま村の救世主となったアダマス。手厚い接待を受けながら、一人の時間を懐かしんでいた。


 

 騎士団に襲われていた村を救ってから数日が経とうとしていた。アダマスは事件の結果生まれた空家を一軒宛てがわれ――ヴァーサからは村長邸の一室を勧められたが――、一人の時は主に実験を繰り返していた。強化、移動系の特殊技術(スキル)は問題なく使用できたが、相手の能力を下げたり、拘束や能力低下等の状態異常を起こすようなスキルは、敵がいないため確認ができていない。

 

 「村の皆から話を聞いていると、小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)等の亜人種は結構うろうろしているらしいから、その辺りで試してみてもいいかもしれないけど、あんまり自分勝手に敵対するのも後々問題になりそうだ。

 いっそ何か後ろ盾をもって依頼を受けながらモンスター討伐とかすれば、まだ憂い無く戦闘実験が出来るかもしれないな。」

 

 誰かに雇ってもらうにしても、素性の知れない者を簡単に採ってくれるだろうか。この間の戦闘…あれはもう虐殺だろうか、ともかく、十分な装備をした部隊を一人で全滅させたのだから、能力は悪くないと思いたいけれど、『上には上がいる』ということをアダマスは知っている。

 

 「考えていても仕方ない、広い場所でしか出来ない実験をしに行こ――」

 「アダマス様、中に居ますか?」

 

 もともと重度のインドア派な為、異世界に来てからでも屋内…というか、室内で済ませられるものなら、全て済ましてしまいたいと思うが、そういうわけにもいかないので、胡座をかいていた膝を叩いて気分を切り替えていたところに女性の声が聞こえた。

 

 「あ、はい。 います。どうぞ――」

 

 不死の身体を手に入れても、なかなか人間であったころの癖は消えないもの、気を抜くとつい話す頭に「あ」をつけてしまいながら入口の方へ顔を向けて返事をする。

 

 「おはようございます、アダマス様。 朝食はどうでしたか?」 

 「御馳走様でした。大変美味しかったですよ。 ですが、襲われてから何日も経っていないのに、あれだけ用意して頂くのも村の負担になるでしょう。自分は旅慣れていますから、本当に少しだけで構いませんよ。」

 「村の救世主であるアダマス様にそんな対応はできません! その辺りは村長が上手くやっているみたいですよ。 ここはもともと、定員を設けることで食糧面は困らないようになっていますから。」

 

 入ってきたのは赤髪の少女、エマだ。先日の一件で天涯孤独の身となった彼女は、現在村長からアダマスの世話係という役職を与えられている。

 村長によって彼女のように、世話役、農耕、経理、施工、見張り、備品等、村人一人一人に明確な役割が定められており、2~3年に一度役職の入れ替えが行われる。誰が、どの職に適しているか試行する意味とマンネリ化を防ぐ狙いがあるらしい。 年齢を重ね、体力が落ちてくる者が居れば新しい移民を募る。 食いっぱぐれの起きないこの地は誰にとっても魅力的であり、募集をすれば直ぐにその枠は埋まる。 ここまで豊かであれば、賊や『悪い貴族』に狙われそうなものだが、村長ヴァーサが『損益を合理的に理解できる貴族』と繋がっている為だとアダマスは聞いている。

 

 アンデッドである救世主は食事は不要であり、用意してもらった食べ物は実験に使うか、特殊技術で跡形もなく燃やしてしまうかのどちらかなので、とても心苦しい日々を送っていた。

 

 「エマさん、自分は一度村の外に出て少し体を動かそうと思います。村長にそう言っておいてもらえませんか?」

 「それなら、私もお供の準備をします。 待ち合わせは西の出入り口ですか? 村長に報告して…出発は――」

 「あ、いや― 一人で、です。」

 「ダメです!!」

 「え?」

 

 「す、すみません。大きな声を出して… でも、私はアダマス様のお世話係ですから。 お傍にいるべきだと思うんです!」

 

 エマは胸の前で両手を握り、大きな瞳でアダマスを真っ直ぐ見つめていた。 

 

 「大丈夫ですよ。王国戦士の方々は帰ってしまいましたけど、そんなに離れませんから。何かあれば…いや何か起きる前には戻りますから。」

 

 現在アダマスはこの村の守り手か用心棒のような存在だと自覚していた。その為にあまり村から離れないようにしろと彼女が村長から言われているんじゃないかと想像する。

 

 「そういうことじゃないんですけど…」

 「周辺にモンスターが居れば退治もしますし、あまり室内で過ごしていると鈍ってしまいます。 いざという時にエマさんや皆を守れずに後悔は、したくないですからね。」

 

 「アダマス様…」

 

 エマは口を押さえ、顔を真っ赤にしている。 顔を伏せているために目元は見えないが、瞳を潤ませているかも知れない。 しまった、格好付けすぎたか。 

 

 「そ、それじゃ… 自分は行きます。」

 「あの…」 

 

 微妙な空気に耐えかねたアダマスが家を出ようとエマの横を通り過ぎた瞬間、今にも消えてしまいそうなか細い声が聞こえた。

 

 「村長には上手く言っておきますけど…夕食までには、帰ってきてくださいね。」

 「――ありがとう、エマさん。 行ってきます。」

 

 アダマスは背中を向けたままの少女から門限が伝えられ、嫌われていませんように―と願いながら、村の出口まで無心で突き進んだ。

 

 

          ●

 

 

 特殊技術(スキル)を使用せず、自分の足で村から西へ一刻進んだ場所に広い草原があった。良い場所を発見したとアダマスは安堵しながらも警戒心を強める。 開けた場所はこちらも警戒しやすいが、誰かの監視も受けやすい。実験をするなら長居は出来ないなと。

 いつでも十分な戦闘態勢に入ることができるよう、装備は最高の物。外見は無骨な大鎧系モンスターだ。人に見つかれば滅茶苦茶警戒されるだろう。話せばわかってもらえるかもしれないが、もらえないかもしれない。

 先ずは索敵系特殊技術(スキル)で隠れている者や動く者が居ないか 思考の奥に意識を向ければ、使用できる特殊技術(スキル)の回数がわかる。どういう法則なのかはわからないが、そういうものだと思い、これ以上は考えない。 余裕がでてくれば、そういったこの世界と自分がいた世界との法則の違いについて調べてみても良いかも知れない。

 ぼんやりと地に足のついていない自分自身の不安に思いを馳せながら、特殊技術を発動させる。 すると、遠くで戦闘状態に入っている集団がいると判明し、そちらへ向かう。 隠密系の特殊技術(スキル)を有していないので、普通に身を屈めながらの観察を試みる。

 

 

 草原に隠された街道の近くで、人間四人と小鬼(ゴブリン)一〇匹が戦っていた。

 人間は四人組でそれぞれ装備が違い、一人が魔法詠唱者(マジックキャスター)、一人が弓兵、あとの二人は戦士系だろうかと眺めていると戦士と思っていた内の一人が跪く体勢を取り緑色に光ったかと思えば、小鬼(ゴブリン)が三匹動きを止めた。アダマスはこの位置からでは何が起こったか分からないと、現場へ躙り寄る。

 人間のパーティは非常にバランスの取れたチームワークだった。それぞれの能力を理解し、互いの深い信頼感がここまで伝わってくる。

 アダマスはふと、仲間の事を思い出す。

 

 

          ○

 

 

「キュイラッサーさんが、盾役で突撃の役のラージさんを守って左舷から。ハーフブリンクさんとトラバサミさんは右舷から魔法と射撃で砲撃。私は後方から視認で戦況を確認しつつ指示を出しますので、戦況が変わればその情報をください。気にならないような細かいことでも構いません。情報の精査はこちらで行ってからみんなに伝えますから。頃合を見て私が合図を出しますから、そうしたらセンリさんとまぐなーどさんで正面から中に入ってください。開門はいつも通りまぐなーどさんでお願いします」

 

 「赤錆さん、いつもありがとうねー。 そういう指示出しとかギルド長のあたしがやんなきゃなんだろうけどー。」

 

 「いえいえ、センリさん。適材適所です。 この魔城の攻略は誰が欠けてもできませんよ。」

 

 「骨太さん、よろ。」

 「こちらこそよろしくお願いします。キュイさん」

 

 「こ、これであのギルド武器が完成するんだよね。た、楽しみですな。ぐふー」

 「ブリンクさん、鼻息荒い。 ―まぁ、僕もすごく楽しみなのは同じですけど。」

 

 「それじゃぁ、始めましょうか!」

 

 「「「了解」」」

 

 

          ○

 

 

 

 ユグドラシル時代の一場面を思い出している間に戦闘は終わっており人間側の完勝だった。 戦士と弓兵が武器、装備の手入れ。緑の光を発していた男が仲間の回復。魔法詠唱者(マジックキャスター)が何やら小鬼(ゴブリン)の耳を刃物で剥いでいる。 そういう趣味なのか、もしくは何かを作成する為の素材なのか、と考えながら様子を眺めていると、弓兵が何やら騒ぎ始めた。

 チームが一箇所に集まると、装備を整えて戦闘態勢に入った。とても警戒しているところを見るに、新しい敵が出現したようだ。 しかし、周辺を見渡すもそれらしい姿はない。 もしや、姿の見えないタイプのモンスターに気づいたのか…と感心しそうになったところで、人間たちが身構える理由に気づく。

 

 自分だ…

 

 無意識に近づき過ぎてしまっていたのだ。

 

 「違う! 敵じゃない!!」

 

 両手を高く上げ、武器を持っていないと伝えるが、弓兵の矢先は確実に此方に向けられている

 

 「あんなにはっきり喋るモンスター、上位種か!」

 「どうするペテル。 正直、勝てる気も逃げられる気もしねぇ」

 「絶体絶命であるな」

 

 「あの…」

 

 「どうした、ニニャ?」

 

 「あれ、モンスターじゃないんじゃ」

 「そんなわけあるか!あんな人間いるわけないだろ!!」

 「でも…」

 

 仲間を守るため一歩前へ出る戦士

 狼狽えながらも決して矢先をこちらから外さない弓兵

 覚悟を決める魔法戦士

 

 一人冷静な魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

 一人でも話の通じそうな者がいれば、そこを切り口にできるかもしれない。 アダマスとしては、戦闘経験のある人間と交流し情報収集がしたいのだ。

 「自分はアダマス・ラージ・ボーン! ここから東に行ったところにある村の用心棒だ!」

 

 「普通に話してくる、油断できないぞ。」

 「その村の人間、あいつが皆食っちまったんじゃないだろうな。」

 「万事休すであるな」

 

 「ただの自己紹介ですよ。」

 

 こちらの話を聞いてくれそうなのが一人いるが、これでは埒があかない。少しでも前進したら矢が飛んできそうな勢いだ。 恐らく此方に被害は無いと思われるが、良い気分はしない上に、ダメージがないと知られれば余計に怯えさせてしまいそうだ。

 

 「わかった。 これ以上は言わない。 だからせめて撃たないでくれよ?」

 

 両手を前に突き出しながら、アダマスはゆっくりと後ずさる。今回は多少戦闘の様子を見れただけでも良しとするつもりで四人組の視界から離れていく。

 後悔は残る。もう少し人間らしい装備にするべきだったとか、見つかる前に声をかけるべきだったとか。 いや、しかし情報が少ない状態を長く続けることは危険だ。「学びたいならやってみな」は誰の口癖だっただろうかと考え直し、改めてペテルたちに声をかけてみることを決心し、索敵特殊技術(スキル)を発動させると…意外な情報が入ってきた。

 戦闘状態にある団体を感知したのだ。 まさかと思いながら四人が居た方へ移動すると、予想通りの事態になっていた。

 大鬼(オーガ)の軍団に今、囲まれようとしてた。 それも十や二十どころではない、森がある方向からどんどん押し寄せている。 その姿は人間を襲おうとしている、というよりも、森にある何かから逃げているような群れの大移動を思わせる光景だった。

 たしか、方向的に村人から聞いた『トブの大森林』だろうか。そこで何かが起こっているようだ。今度調べてみるのも良いかもしれないが、今はそれどころではない。情報提供者(予定)が窮地に陥っているのであれば救出した方が良いかもしれないが、また知らない勢力を敵に回してしまうなと一瞬思うも、すぐに全滅させてしまえば良いかと思考を切り替える。人間を辞めてから、考え方が乱暴になったな―と感慨に耽りつつ…

 

 アダマスは足元にある小石を一つ拾い上げる。

 

 

         ●

 

 

 「なんなんだよこいつらは!」

 

 弓兵、レンジャーのルクルットが長弓を引き絞りながら唸る。大鬼(オーガ)たちはずんぐりとした体型、ぱっと見肥満、よく見ると筋肉だるまであり人間が似た体型であれば鈍間で走る速さは大したことはないだろう。ただし鬼である者達はその範疇になく、多少鍛え上がられた人間が全力疾走で逃げようとしてもいずれは追いつかれてしまうだろう。 そんな大鬼(オーガ)の大群と遭遇してはもはや命懸けで戦うしかない。 モンスターとはまだ一〇〇メートルは離れている為、接近するまでのあいだにできる限り数を減らそうとはするが。 状況は絶望的である。

 

 「十や二十じゃきかないぞ。」

 「一難去ってまた一…いや百難といったところであるな。」

 「気休めかもしれませんが、魔法をかけます。 やれることをやりましょう、生きて帰るために」

 

 〈鎧強化(リーン・フォース・アーマー)

 

 戦士ペテル、そして魔法戦士とアダマスに思われていたドルイドのダインの後方で魔法詠唱者(マジックキャスター)ニニャが防御魔法を発動させる。

 それを耳にしながらルクルットの放つ矢が大鬼(オーガ)一体の頭部に命中。再び矢を番えるが、軍団と四人との距離は着実に縮まっていた。

 ペテルは後ろで支援にあたる仲間を守るべく先頭に位置し、その後ろにダイン、さらに後ろにはルクルットとニニャの二人がいる。 上から見るとダインを中心にYの字のような陣形になる。 接敵すれば囲まれやすい陣形と言えるが、先ずは先頭集団の攻撃を防がなければならない為に、四人ではこの陣しかなかった。 もっと考える時間と余裕があれば他の方法も思いついたかも知れないが、このまま戦うしかない。

 彼我の距離は残り二〇メートル、ペテルは武技〈要塞〉を起動させるべく身構えた瞬間。有り得ないことが起こった。

 

 ゴバッ――!!

 

 「な、なんだっ!?」

 

 ペテルの目の前で突然―― 地面が爆発したのだ。

 その衝撃で前方一〇メートル先の地面は数十体の大鬼(オーガ)もろとも消失していた。

 

 後方で呆然としていたルクルットの左耳に微かな声が聞こえてくる。

 

 

 「投擲物に威力や範囲強化系バフは効く、と。着弾も巻き込んだ多さもユグドラシルの時と同じ感覚でできるなんて、どういう理屈だ。」

 

 

 声が聞こえた方向へ眼を向ければ、そこには先ほど遭遇し、離れて行ったはずの『村の住人を全て食い殺した人間の言葉を流暢に喋る上位モンスター(アダマス・ラージ・ボーン)』が満足げに投球フォームを確認していた。

 

 

 





 アダマス「死体なら物と認識されるかも知れないけど、生きた人間を投げる時は強化バフ効くのかな――」

 「それあかんやつや」


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二話 「命を奪う理由」


転移した世界でどの程度自分の持つ技術や装備が通用するか実験するべく村の外へ趣いたアダマスは、謎の四人組を発見する。

彼ら『漆黒の剣』はトブの大森林から”何らか”の理由で逃げてきた大鬼の大群と遭遇し、絶体絶命の危機に陥っていた。



 

 アダマスは右手に握りやすい石を持ち、道具に対し複数の強化系特殊技術(バフスキル)を発動させる。

 

 ――〈低位威力強化(ライトストレングス)〉〈範囲攻撃属性付与(ラウンドエンチャント)〉〈中位効果範囲強化(タワーレイブ)〉〈硬度強化(ヒュージアダマント)〉〈打撃属性強化(ブロウストレングス)

 

「こんなところか… この世界に来てから何度か実験はしたものの、実際に攻撃として使うのは初めてだし、こちらの想定に多少の誤差があるとして…」 

 

 ユグドラシルのアイテムはもちろん、この世界にもともとある道具や自然物への強化が可能であることは実験済みだ。

 次に自身への特殊技術〈投擲Ⅴ〉を発動させることで、威力と命中精度を底上げしつつ狙いを定める。 冒険者風の人間四人組前方三〇メートル地点に命中したとして、攻撃範囲は着弾点から半径二〇メートル、大鬼(オーガ)達への牽制と時間稼ぎが十分にできるのを理想として。 アダマスは小石を握る右手を後ろに、半身の姿勢となる。投球フォーム等無しにただ目標をまっすぐ見据えながら―――

 

 「大鬼(オーガ)達、君らに恨みは無いが、より話が通じそうな方を選ばせてもらう。」

 

 小さな懺悔を零しながら、大きく振りかぶり――大鬼達の先頭集団へ必滅の一撃を投擲。 

《ゴォゥ!》と空気を突き破りながらアダマスの手から真っ直ぐに目標へ向かって射出された兵器は大鬼(オーガ)にも、冒険者チームの誰にも気付かれることなく着弾し――

 

 ――ゴバッ!!

 

 まるで巨石が天空から落下してきたかのような衝撃に大地は爆裂し、押しつぶされた大鬼(オーガ)たち―三〇体はいただろうか―は残骸すら残っていなかった。

 爆心地の周りに居た誰もが状況を理解できないでいる事を他所にアダマスは投げ終えた姿勢のまま、想定通りの結果に満足気な笑み―骸骨なので表情に変化はないが―を浮かべていた。

 

 「ふむ…投擲物に威力や範囲強化系バフは効く、と。着弾も巻き込んだ多さもユグドラシルの時と同じ感覚でできるなんて、どういう理屈だ。」

 

 この世界特有の性質(ルール)を完全に把握する為にはまだまだ時間が必要と思われるが、現在のところ魔法、特殊技術、アイテムの効果はユグドラシル時代との若干の差異を含めても特に問題なく発揮されている。

 誰が何の目的を持ってこんな性質にしたのかは知らないが、おそらく自然にこうなったわけじゃないよな。とアダマスはこの世界の在り方に一時思いを馳せる。

 

 「―今はそれどころじゃないな、さて、大鬼(オーガ)達はこれからどうするか。まだ人間を襲うようであれば、直接叩かないといけないけど…」

 

 「オオオオオォォォッ!!」

 

 大鬼(オーガ)は余りの被害と目の前の人間を関連付けたのか一度鋼を鳴らすが如く雄叫びを上げ、冒険者チームとは別の方向に散り散りに逃げていく。

 アダマスは理想通りに事が運び、必要以上の殺戮をせずに済んだことに安堵のため息を漏らす。

 

 「逃がしちゃうけど、戦意のない相手にこれ以上の追撃は『アダマス』のやることじゃないよな。 それに、あの様子じゃ自分がやったってバレてなさそうだし、上々だな。」

 

 

 

 冒険者チーム『漆黒の剣』の面々は一名を除いて突然の事態に脳の処理が追いつかず呆然としていた中、ようやくリーダーのペテルが口を開ける。

 

 「何が起こったんだ?」

 

 「よくわからねぇけど。助かったみたいだぜ。 あれのお陰で」

 

 ルクルットが遠く丘の上にいる怪物を指差しながら仲間に告げた。警戒心は未だ残したまま。

 

 「本当であるか?」

 「お礼を言わないと。」

 

 「「「え!?」」」

 

 魔法詠唱者ニニャの一言に他の仲間は眼を丸くして、信じられないという表情を向ける。

 そんな男たちをよそ目にニニャはアダマスへ向かって走り出した。

 

 

 四人組の様子が落ち着いたら、自分から向かおうとしていたアダマスは逆に向かってきた人間に対し、戸惑ってしまう。

 

 「え! こっちくんの!? どどどどどうしよう! ああ、挨拶はさっきしたし…」

 

 

 

 「待て!ニニャ!食われるぞ!!」

 

 戸惑う怪物に駆け寄る術師、それを必死の恐怖と葛藤しながら追いかける男三人。

 

 

 「助けて頂いて、ありがとうございます!」

 

 「え、あ、どういたしまして。」

 

 身構えるアダマスに深く頭を下げて感謝を伝える。

 

 

 「待ってくれ、ニニャ!まだ味方と決まったわけじゃない!」

 「大鬼(オーガ)と敵対してるだけかもしれないぜ?」

 「ルクルットの言うとおりである」

 

 「事実に目を向けるべきです。 この方のお陰で私たちは助かったんですよ?」

 

 ニニャは口々に謎の怪物への不信感を表す仲間達を熱の篭った眼差しで見つめながら、手のひらをアダマスに向けながら熱弁をする。

 

 「じゃあ何であれ以上攻撃しなかったんだよ?」

 「それは…」

 

 ルクルットの言葉に唇を絞りながら答えを探すニニャ。

 

 

 「ありがとうニニャさん。 ええと、あなたは…」

 

 会話から魔法詠唱者の名前を知ったアダマスは自分を庇ってくれているニニャに感謝の言葉を伝えた後、弓士に向き直る。

 

 「名前を聞くなら先に―」

 「さっき言ってましたよ。アダマン…なんとかって。」

 「アダマス・ラージ・ボーン。」

 

 「ああ、ルクルットだ。」

「ルクルットさんの不審感、ごもっとも。ただ、追撃しなかった理由を言わせてもらうと。戦意のない、逃げる相手だから」

 「相手は大鬼(オーガ)だぞ!?」

 「何であれ、自分に戦う理由は無かった。 なら、君たちに攻撃して良いのか?」

 「!?」

 「理由があれば殺して良いってわけでもないけど、生きる糧とする為、道具を作る為に狩ることや、道や町を作る為に排除することもあるだろう。けど、そんな理由もなく命を奪うべきじゃない。 だから、君たちが大鬼(オーガ)を殺す事に口を出す気はないけど、自分は殺さない。 それだけだ。」

 

 アダマスと自分の価値観の違いに眉をしかめるルクルットに対し、髭を生やした男性が納得したような表情で話し始める。

 

 「この方の言う通りであるな。 考え方、価値観の違うボーン殿に大鬼(オーガ)を倒してもらいたければ、理由…例えば、報酬等を提示する必要がある。ということであるな。」

 「おいおい、あんな力に対してどれだけ金を積めば良いんだよ」

 「本当だな」

 

 『漆黒の剣』のメンバーはアダマスが『敵ではない』と理解し、安心から自然と笑いがこぼれ始めていた。

 

 

          ●

 

 

 「申し遅れました。 私は冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーのペテル・モークです。 先程は本当にありがとうございました。おかげで命拾いしましたよ。」

 

 革鎧を纏った金髪の男性が深く頭を下げる。

 

 

 「んじゃ俺も改めて、野伏(レンジャー)のルクルット・ボルブ。 ありがとうな。」

 

 全体的に細身で手足が長く、その身体は無駄なものをかなり削ったような印象を受ける男が片手をヒラヒラ軽く振って見せながら自己紹介をした。

 

 「ルクルットはもっと敬意を込めるべきである。 自分は森祭祀(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。 ボーン殿は命の恩人、感謝の極みである。」

 

 口周りの不精ながら立派な髭と、がっしりした体型の男が重々しく感謝の言葉を口にする。

 

 

 「ああ、最後になっちゃいましたけど。ニニャです。」

 「…ザ・スペルキャス――」

 「やめてください!!」

 

 この中では最年少だろう。大人というには若々しすぎる笑顔を浮かべながら名乗るニニャ。その自己紹介にペテルが小声で何かを付けたそうとするのは強引に止められた。

 

 

 「はは、仲が良いんだね。」

 「背中を、命を預けられる。最高の仲間です。」

 「うちのチームは異性がいないしな。いると揉めたりするって聞くぜ」

 「…ですね」

 

 アダマスはニニャが微妙な笑いを浮かべるのを見て、違和感を覚える。正直、ニニャの事を男か女か、判別が付いていなかったのだ。ルクルットの全員男性発言を聞いても疑問を晴らすことはなかった。

 

 アダマスが口元に手を当てながら四人それぞれの装備を眺めていると、ルクルットが急に力が抜けたように地面に座りこんだ。

 

 「だ、大丈夫か!?」

 「き、緊張がとけて、腰が抜けちまった」

 「僕も」

 「俺も」

 「自分は平気である」

 

 「「「そこは座ろうよ」」」

 

 「よろしければ、近くの村で休んで行かれますか?」

 

 九死に一生を得たのだから、心身ともに疲労困憊になるのは当然だろう。自分はただ世話になっているだけの存在ではあるが、多少恩人ということで融通は利かせられるはずだと思い、一行をキーン村へ誘うアダマス。

 恐らく自分の事を人間だと思っているのだろう。一言もそんなことは言っていないが、無駄に嘘をつくこともないだろうと、心の中でそう呟いた。

 

 

          ●

 

 

 時折休憩を挟みながら『漆黒の剣』と共にキーン村へと向かい進み続け、村が見える頃には日は沈みかかっていた。

 外出中、村に変化は無かったようだ。入口に青筋を立てた村長、ヴァーサ・ミルナが仁王立ちをしていること以外。

 

 「お!か!え!り! なさいませ!」

 

 彼我の距離が数メートルに差し掛かったところで、白い歯を見せながら満面の笑みで出迎えてくれたヴァーサを見た、ルクルットはアダマスに耳打ちをする。

 

 「なぁ、ボーンさん。ありゃ奥さんかい? 正直オーガよりおっかねえ」

 「違うけど…おっかない事には同意する。」

 

 

 「話はエマから聞いています、ですがボーン様、私に挨拶もなく出かけられては…」

 「ごめんなさい!!」

 

 「奥さんというより、おかあさんって感じだな」

 

 腕を組み、決して大きくは無い声で淡々と話すヴァーサに対しアダマスは恐妻家のように何度も頭を下げながら謝罪する。その様子にペテルは思ったことが漏れてしまっていた。

 

  

 

 「上位モンスターと見紛う強者が綺麗な女性に頭を下げる図」

 「シュールであるな。」

 

 ニニャとダインは苦笑しながら顛末を傍観していた。

 

 

 

          ●

 

 

 

 「こちらが皆さんのお部屋です。 一人一人に個室を用意できれば良かったんですけど…」

 

 エマの案内で村長邸の客間へ案内されていたペテルは廊下を歩く中、周りを眺めながら驚きを隠せずにいた。

 町と言える規模の場所でも宿屋が無いことが珍しくない昨今、まるで貴族の別荘のような館に住む村長の家の中には、大の大人四人が寝食をしても問題のない広さと内装の客室が存在する。 館の外が小さな村然とはしている分、混乱を覚えずにはいられない。 まるで『本来あるはずのないものが混ざった結果』のような違和感だ。

 

 「小さな村に、こんな館があるなんて」

 「たしかキーン村ですよね。村長が変わられてから急に豊かになってきてると聞いた事があります。」

 「それにしちゃ人が少ない気がしねえか?」

 「襲撃を受けた形跡があったのである。」

 

 「あー、襲撃の件は触れないでくれると助かる。」

 

 [襲撃]という言葉を聞いたエマの急に雰囲気が変わり、それを見たアダマスは気まずそうに人差し指を口元につけて、沈黙を示した。

 ペテルは何があったのか察し、一度口に手を当ててから、ゆっくりとその手を膝に下ろす。

 

 「そうですね。 触れられたくないこと。ありますよね。」

 

 ニニャの言葉の後、部屋の中に沈黙が落ちる。

 

 「…エマさん。彼らの夕食の準備、まだですよね?」

 

 3分程経ったろうか、大鬼の大群を一撃で撃退した強者はとても深い深呼吸をしてから、口を開く。その口調には若干緊張が見られたような気がしたが、そんなことはないはずだ。あれ程の人物が、部屋の微妙な空気に固くなるはずがない。そう思うペテルだった。

 

 

 「そ、そうですね! それではアダマス様、失礼します。」

 

 暗い表情から、アダマスの声で明るさを取り戻した少女は客間の扉の前へ進んでから一度客人に頭を下げ、退室して行った。

 

 

 「それじゃあペテルさん、自分も、もう一度村長に話をしてくる。 勝手な事言えないけど、ゆっくり寛いでもらえるとありがたい。」

 

 「ありがとうございます。ボーンさん、それじゃ明日、また御挨拶に伺います。」

 

 「どういたしまして。 それじゃ、また。」

 

 アダマスは上位者として相応しい態度で、装備が家具に当たらないように気を付けながら部屋を後にした。

 客間に残されたのは『漆黒の剣』四人となった。

 

 

 

 ルクルットが無言で手招きをしチームを部屋の中心に集めた後、顎に指を添えながらニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

 「なあ、どう思う?」

 「どうって?」

 「エマ殿とヴァーサ殿…二人とボーン殿との関係…であるな?」

 「邪推は好きじゃないけど、二人ともファーストネームで呼んでたね。」

「そういえば… でも、それだけで決めつけるのも」

 「あれだけ強いんだ、女ならほっとかねーだろ」

 「強い男に女は惹かれるものである」

 「たしかに、あの力は男としても、憧れるね。」

 

 「まぁ、そうですね。 正直、今でもドキドキしてます。」

 

 「「「・・・」」」

 

 「え、いいいいい、いやいやいや!!ち、違いますよ!?そんなんじゃ!」

 

 「なんも言ってねーし。」

 

 「「「ッハッハッハッハッハ!!」」」

 

 

 





 シルバープレートの冒険者チーム『漆黒の剣』
 彼らはこの奇跡の出会いについて、夜通し語り合い、一つの結論に辿り着く。

 あの人は然るべきプレートを持つべきだ と。


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三話 「漆黒と巨星」


 アダマスによって九死に一生を得た冒険者チーム『漆黒の剣』 
 キーン村へ案内された彼らは、村長と会食をすることになったのだが…


 

 キーン村の外観は一見寂れた農村。その中央に建つ白と黒で整えられたシンプルでありながら相当の価値を感じさせる洋館。襲撃の跡が所々に見受けられたが、それでも立派な建物であることは一目瞭然だった。

 ペテルはその館内、食堂にある十人掛けのテーブルの一席に座っている。

 今この場には村長と自分達冒険者チーム『漆黒の剣』との五人だけだ。

 周りを見渡せば魔法の明かりが灯った照明が立派な柱と天井に飾られている。気がつけば仲間たちもこの混沌に脳が追いつかず眼を白黒させていた。

 

 その様子に小さな笑い声を零しながら邸宅の主が冒険者達を導く。

 

 「皆様お疲れでしょう、どうぞ遠慮なさらず召し上がってください。 アダマス様がお連れになられた大事なお客様なのですから。」

 

 ペテルが村長に抱いた第一印象は、“田舎村には似合わない美女”だ。日に焼けたように見える褐色の肌は、もともと色が濃い人種ではないかと思う。薄紫色の長髪は艶やかで農作業に汚れているわけではないし、細く引き締まった身体は寧ろ――

 

 「ペテル様? 私の顔に何かついていますか?」

 「いえ、とても…綺麗な方だな、と。」

 「まぁ、ペテル様はお上手なのですね。」

 

 ヴァーサの言葉に思考を中断されたペテルはまた嫌な予感を覚える。こちらの考えを読まれ、故意に思考を停止させられたような感覚だ。

 

 「おいペテル、そういうのは俺が先に言うところだろ。」

 「あ、ああ…すまない。」

 

 となりに座るルクルットに肘で小突かれながらも一度芽生えた疑惑は薄れることなく、頭の隅にこびり付いてしまった。

 見れば他の仲間は既に食事を始めている。ルクルットは既に半分は食べ終えていた。

 ダインは祈りを済ませた為、ニニャは丁寧にゆっくり食べている為にルクルットよりは食べ進めていないが、一口も食べていないのも、村長に疑念を感じているのも自分だけだった。

 

 この疑念は杞憂だと、心のなかで自身に言い聞かせながらペテルは食事に集中することにした。

 

 「聞けば皆様も危ないところをアダマス様に助けられたとか」

 「――そうなんです! すごかったんですよ!! …と言っても、僕たちもボーンさんが何をやったのかよくわかってないんですけど。」

 

 ヴァーサの言葉にニニャが口の中のものを飲み込んでから、威勢良く話し始める。チームの中でも一番アダマスに憧れているのはニニャじゃないかとペテルは思っていた。

 

 「よくわからない…とは?」

 「急に俺たちの目の前で爆発が起こって、それを見たモンスターの大群がビビって逃げちまったんだよ。 で、その爆発を起こしたのがボーンさんってわけ。」

 「何らかのマジックアイテムを使われたと思うのですが、僕らを助ける為に貴重なアイテムを使ってくださったボーンさんに何か恩返しができれば良いんですけど」

 

 質問に答えたルクルットの後にニニャが胸の前で手を組みながら感動を表現する。

 あれ程の大爆発を起こしたマジックアイテムなのだから、とても高価なものに違いない。 ペテルもニニャと同じ感想を持っている為、アダマスへの恩義は返すべきだと考えていた。

 

 「金銭でお返しすることはできなくとも、我々冒険者だからこそ強者であるボーン氏にお渡しできるもの…であるな。」

 「ええ、先ほど皆で話し合ったんです。ボーンさんはその力に見合った評価を受けるべきだと。」

 

 ダインの言葉にペテルも続く。自分たちが冒険者と名乗った特のアダマスの様子から、冒険者組合を知らないと考えたペテルは、アダマスを冒険者に誘い、実力に見合った冒険者プレートを身につけてもらうことで、そのプレートこそ『漆黒の剣』と『巨星アダマス』との奇跡の出会いを示す一品なのだと。 チームの中で思い出にしたかったのだ。

 

 「そう…ですか。」

 「―村長、ボーンさんはこの村の用心棒をされてるんですよね。あくまで我々は提案として、ボーンさんに冒険者になることを勧めたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 「たしかに、アダマス様は素晴らしいお方、受けるべき評価はあるはずです。それに何か目的をお持ちな様子、いつまでもこの村に留まって頂くわけにもいきませんから。 残念ですが…」

 

 アダマス程の戦士に守られる。これほどの安心は無い事はペテル自身もよくわかっていた。

 彼が自分のチームに入ってくれればとも思うが、それには自分たちがあまりに弱すぎることも理解している。

 しかし、強者が強者として見合った評価を受けていないことに戦士として、男として我慢がならなかったのが大きい。

 ヴァーサが食事の手を止め、顔を伏せる姿にペテルはこれ以上声をかけることができなかった。

 

 

          ●

 

 

 夜の色がゆっくりと引き潮のように陽光で塗り替えられ始めたころ、窓枠と壁の間にある隙間から朝日がアダマスの仮家に差し込む。

 

 『漆黒の剣』と別れた後、この部屋に戻ってからずっと道具の整理をしていた為、時間の経過にいつも以上に鈍感になっていたアダマスはその光でやっと時の流れを認識していた。

 この世界の冒険者とは一体どのような存在なのか、想像通り世界中を旅したり、沢山の出会いや別れ、過去自分がいた世界で冒険活劇なんて呼ばれてしまうようなドラマチックな毎日に身を置く者たちなのだろうか。 冒険者の話は村人の会話の中で希に出てくることがあったので、尋ねたことはあるが、皆一様に渋い顔をして返事に困っていた。

 本当に渋い顔だった。恋人が作った料理に「まずい」と言えない男のような、何とも言えない表情をしていたのだ。 

 

 冒険者とはそれほどまでに危険な職業なのだろう、と身を引き締めはしても興味がなくなることはなかった。

 

 冒険者になろう。 そうアダマスは考えながらも、何もなしに村を出ては野良猫に餌を与えた後で、それ以降何も与えないのと同じだ。餌を与えられた猫は狩りを止め、やがて飢えて死んでしまう事もある。

 であれば、通すべき筋というものがある。と手持ちのアイテムの中で、失っても痛くないものであり、最低限の村の防衛に役立つものを探していた。

 

 

 「ん、これなんか良いんじゃないか」

 

 アダマスが空中に突き出した手首が消えたかと思えば、三秒ほどで再び現れる、その手には首が不自然に浮いている陶器で出来た一〇センチ大の人形のようなものが握られていた。

 

 「見た目だけで手に入れたアイテムで、捨てるのも勿体無いとボックスに入れっぱなしになってたものだし、こいつも道具なんだから使われてなんぼだよな」

 

 アダマスが人形に向かって呟いていると、ドアをノックする音が鳴る。

 

 「アダマス様、おはようございます。 朝早くからすみません、村長と…えっと、なんでしたっけ。」

 「昨日はお世話になりました。『漆黒の剣』です。」

 「ああ!はい、そのしっこくの皆さんがお話があるそうなんですけど、入って良いでしょうか?」

 

 「どうぞ。大丈夫ですよ。」

 

 エマとペテルの声が聞こえてきた。アダマスは村長の声が聞こえないのが気がかりではあるが、『漆黒の剣』には自分も聞きたいことがあると、快く訪室を許す。

 

 アダマスの決して広くはない部屋にエマ、村長、漆黒の剣のメンバーがぞろぞろ入ってくる。

 家主の全高二メートル強というサイズもあり、部屋はかなり窮屈な状態になった。 

 

 「ええと、それじゃあ用件を教えてもらえますか?村長と漆黒の剣、同じ話か別々の話なのかは知りませんが。 ああ、急いでるわけじゃないですよ。枕詞とか苦手で、単刀直入な会話が好きなだけですから。」

 

 この部屋には椅子が一脚も無い為に全員が立ったままの状態であることに、アダマスは小さな罪悪感を抱きながら説明を促すと、ペテルが一歩前へ出る。

 

 「ボーンさんを冒険者にお誘いしたい。これは『漆黒の剣』の総意です。 ボーンさんの強さはそれに見合った評価を受けるべきだと思うんです。 昨日の様子から、冒険者について詳しくはないものと思いますので、登録に関する諸々の手続きは我々にお任せください。」

 

 アダマスは願ってもない申し出に、顔の皮膚があれば確実に破顔してしまっていただろうが、そんな浮ついた気分は視界の端に映ったヴァーサとエマの表情に吹き飛んでしまった。

 ヴァーサは俯きながらも何か耐えるような顔を、エマは先ほどの話を初めて聞いたのだろう、スカートの布地を両手で強く握り締めながら見開かれた瞳がペテルを見つめていた。

 

 「今アダマス様が居なくなったらこの村は――!」

 「エマ、それは関係ないの。アダマス様が決めることよ。」

 

 少女の言葉を大人の女性が停める。母が娘の不躾を制止するように。

 

 そして、ひと時の静寂が部屋の中を支配した――

 

 

 「村長、エマさん、ちょっとこっちに来てもらえますか?」 

 

 アダマスの落ち着いた優しい口調にゆっくりと足を進めるエマとヴァーサ。

 

 「ええと、先ずペテルさん達への返事なんだけど、自分が冒険者になるメリットはかなり大きいと思う。実は、昨日から冒険者になろうとは考えてて…」

 

 「そう、ですか―」

 

 「まあ、聞いて。ただ、筋は通したいんだ。 村長、手を。」

 

 ヴァーサは促されるまま震える掌を差し出すと、アダマスはその手を両手で優しく包んだ。 

 

 「ええ!?」

 「あ、アダマス様!!」

 

 手を握られたヴァーサ以外にもエマ、そしてもう一人の高い声が聞こえた。

 ヴァーサは顔を真っ赤にしながら、視線を自分の手とアダマスの顔を何往復もさせていると、手の平に何かつるつるした物の感触を覚える。

 そして、アダマスの手が離されると、そこには小さな人形が置かれていた。

 

 「これは自分の代わりに村を守ってくれる、味方を召喚するアイテムです。 使い方は、この浮いている首を押し込むだけ。簡単。」

 

 具体的に言うと、召喚というよりもこのアイテム自体が巨大化し。元々の所持者として登録されたプレイヤー、今回は『ラージ・ボーン』の五〇%の力を持ったゴーレムに変化する。というアイテムだ。低レベルのプレイヤーを高レベルプレイヤーが不在時に支援する為のアイテムで、ユグドラシル時代は『超劣化版エインヘリヤル』の異名をもつお荷物アイテムだった。

 

 「このような貴重なアイテムを?」

 「助けた人々を放置するのは、最初から何もしないよりも酷いことだと思うので、これが自分の筋の通し方です。 それに、長く空けるつもりもありません。

 冒険者として登録をしたら、一度戻ってきますから。 今後も、この村を自分の拠点とすることを許してもらえますか?」

 

 「アダマス様!!」

 

 ヴァーサの与えられた人形を胸元で強く握りしめながら大粒の涙を流す。

 アダマスは大人の女性が泣く姿を初めて見た為に、内心かなり動揺しながら、これくらいじゃあんなトラウマ事件での恐怖心は拭えないだろうから、泣いてもしようがないよな。と考えていた。

 

 「あの…なんかすみません。」

 

 ペテルは村長の様子につい謝罪の言葉を零す。

 

 「いえ、自分にも目的があるから。その為に冒険者となることはとても有益だと思う。」

 「目的…ですか。」

 「ペテルさん、村の皆に挨拶をしたいので、出発は少し待ってもらっても良いかい?」

 「もちろんです。 ただ、冒険者になるにあたって、一つ問題が…」

 「問題?」

 

 ペテルはチームメンバーにアイコンタクトを取ると、ルクルットとダインが深く頷いたあと、深呼吸をしてから

 

 「見た目」

 「その鎧であるな」

 「僕はカッコイイと思いますけど」

 「いえ、私もカッコイイと思いますし、なにか強力な魔法が掛かっていることは明らかなんですけど…それをしても」

 

 「肩から爪が生えてたり」

 「兜の横の牙であるな」

 「謎の光を放つ腕甲が神秘的です!」

 「下半身の装甲も、まるで魔獣の足―」

 

 「ありがとう、もうわかったから。十分わかったから!」

 

 アダマスは片手で眉間を押さえ、反対の手をペテルたちに向けながら非難の声を止めさせる。

 

 「しかし、急に装備を変えるなんて」

 「まあ、なんとかならなくもない。」

 「え!」

 「予備の装備ならあるし」

 「それはよかったです。」

 

 「それじゃぁペテルさん、村の皆への挨拶もあるから…昼過ぎに村の入口で集合ということで」

 「今日で良いんですか?」

 「善は急げと言いますから。」

 「ボーンさんの母国の言葉ですか?良いですね、私も実践してみますよ。」

 「まあ、そんなところです。」

 

 

          ●

 

 

 『漆黒の剣』が去っていった部屋の中には、先ほどより重い空気が落とされていた。

 そんな場所にアダマス、エマ、ヴァーサの三人だけになっている。

 

 「本当に…すぐ、戻って来てくれますよね?」

 

 エマは深く、意志の篭った言葉を紡ぐ。

 

 「もちろんですよ、大概の事は渡したアイテムでなんとかなると思いますけど、なるべくここに居た方が良いでしょうから。 何より、キーン村はとても居心地が良い。 先程も言いましたけど、この場所を自分の拠点とさせてもらえたら嬉しいんですよ。」   

 「アダマス様、こちらこそよろしくお願いいたします。 長く村に滞在して頂けることは、我々にとって大変ありがたい事なのです。 もちろん、防衛以外でのことでも。」

 

 アダマスはヴァーサの言葉に対し、照れ隠しで咳払いをしながら、何かを言いたそうにしているエマの方へ視線を向ける。

 

 「アダマス様、冒険者として赴かれる先に私も連れて行ってください!荷物運びでもなんでもします!だから―」

 「駄目です。」

 「どうして!」

 「道中、魔物や悪い人間にも出くわすでしょう。自分が想定し得る最悪の事態になった際、あなたを守れる自信がありません。 それに―」

 「それに?」

「エマさん、あなたには私の…まだ借家ですが、この家の世話をして頂きたいんです。帰ってくる場所に蜘蛛の巣が張っているのは嫌ですから」

 

 「アダマス様…私の身を案じて…。 分かりました!アダマス様『専属の』お世話役として、私がんばります!!」

 

 アダマスはやけに力を込められた『専属の』という言葉に、独占欲に似た感情を受けながら、次に挨拶を交わす相手を考えていた。

 

 

          ●

 

 

 「皆さん、待たせたね。こんな感じでいいかな?」

【挿絵表示】

 

 

 「おおぉ!良いですよ!!とても立派な鎧です!!」

 「初めてあの姿を見た時はセンスをうたが…いや、そもそも人間とも思わなかったんだけど、それは中々だと思うぜ。」

 「素晴らしい。まさに『赤き巨星』であるな。」

 「とってもカッコイイです!ボーンさん! 僕は、前の鎧も好きでしたけど!」

 

 村の入口でアダマスを待っていた『漆黒の剣』はそれぞれに新しい全身鎧姿で現れた戦士を褒め称える。

 

 この鎧はアダマスが見た目だけでコレクションしていた装備の一つ。強度はユグドラシルで八五レベル相当であり、一〇〇レベル同士の戦闘には耐えられないが、一応に複数の魔法の力を秘めている。

 アダマスはもし一〇〇レベル級の相手が現れても自身が持つ世界級アイテムを用いることで装備を切り替える時間稼ぎはできると考えていた。

 

 「さっきの罵倒も堪えたけど、あまりに褒められるのも、照れくさいな。」

「事実ですから。それに、これくらいで音を上げてたらこの先はもっと大変ですよ。エ・ランテルに着いたら沢山の人から言われることになるんですから」

 

 ニニャは強者らしからぬ声に破顔しながら、自分の言葉に喜びと期待の感情を込めていた。

 

 「エ・ランテルまでは、徒歩でおよそ一日と半です。途中モンスターとの遭遇を含めた日数ですが、そろそろ出発しましょうか。」

 

 ペテルが道のりを説明しようとした時、村の中央から大勢の人がこちらに近づいてくる。

 

 「アダマス様ー!!」

 

 アダマスに沢山の自分を呼ぶ声が届く。中でも一等大きかったのはエマの声だった。

 

 「アダマス様のお帰りになる場所は私にお任せください! 気をつけて、いってらっしゃいませ!」

 

 エマが叫んだ後、群衆の中から、薄紫の長髪を風になびかせる美女が此方に向かって数歩足を進める。

 

 「アダマス様の健やかでお早いお帰りを村の者一同、心より願っております。 どうか、ご無事で。」

 

 村長の言葉の後に、住人が皆大きく手を振りながら見送ってくれていた。

 

 

 「愛されてるねー」

 

 村人の様子に何故か瞳を潤ませたルクルットがアダマスを茶化してくる。

 

 「ありがたいことにね。」

 「ボーンさんを知れば、みんな好きになりますよ!」

 「それは言い過ぎだよ。ニニャさん。」

 

 

 アダマスはニニャのおべっかと思われる言葉に、照れ隠しを零しながら見送りをしてくれる人々に手を振る。

 

   ――骨太くんのそういうところが、みんなは大好きなんだよ。――

 

 「自分には、まだわかりませんよ。センリさん…」

 

 ふと、かつての仲間の言葉をアダマスは思い出していた。 未だにその理由もわからず、事実とも受け入れられずにいる言葉を。

 

 

 「ボーンさん?」

 「ああ、いや、なんでも無いよ。 少し、思い出していただけだから。」

 

 ニニャがアダマスの顔を脇から覗き込みながら心配そうな顔を見せる言葉に、アダマスは低く、優しい声で返事をする。

 

 

 「長旅であるが、ボーン殿の準備はそれだけであるか?」

 

 ダインが自身の髭を弄りながら、丸一日以上の旅にしては少なすぎる荷物を見て疑問を投げかける。

 

 「マジックアイテムだよ。」

 「なるほど!ボーン殿であれば、今更どのようなマジックアイテムを持っておられても不思議はないのである。」

 

 投擲武器がほぼ無制限に入るウェストバッグや二世帯住宅を埋め尽くすほどの荷物を詰め込めるアイテムボックス。理屈が分からない以上『マジックアイテム』の一言で済ませる以外に伝える術をアダマスは持ち合わせていなかった。

 

 

 「ボーンさん、そろそろ出発しましょうか。」

 「ん、そうだね。 行こうか。」

 「これ程までに心強い旅の友はいないのである。」

 「本当ですよね!ドラゴンでも一撃で倒せちゃいそうです!」

 「さすがにそこまでじゃねえだろ。 二撃はいるんじゃねえの?」

 「あんまり変わらないじゃないか。」

 

 外の世界へと足を踏み出す前に、村人達に浅く頭を下げたアダマスを見て住人も冒険者も眼を丸くしていた。

 

 

          ●

 

 

 日が沈むには早い時間から、一行は野営の準備を開始した。

 アダマスは与えられた木の棒を持って、野営地の周囲に突き立てて回る。五人の荷物を広げる必要があったので、一辺が一〇メートル程度の範囲だ。

 (正直楽しい。なんだこれ、すごくワクワクする。 種族特性で強過ぎる感情は抑えられても、あとからあとからじわじわくる期待や喜びは、なんというか…快感だな。)

 アダマスは一連のアウトドアをかなり楽しんでいた。現実世界ではかなり久しくなっていた事もあり子供のころの感情が呼び起こされるような「童心に返る」という言葉が一番似合う心情がそこにあった。

 

 四本の棒を十分な深さまで押し込み、絹糸をピンと張り終えると、マーキーテントまで戻った。

 

 「お疲れさん」

 「いやいや、何か久々で…楽しかったよ。」

 その場に居たルクルットがアダマスを見ずに感謝の言葉を述べる。礼儀に欠ける態度だが、別に彼も遊んでいるわけではない。先ほどから道具を使って穴を掘り、竈となるものを作っている。 

 

 「ボーンさんって、ずっと一人だっけ。なら、こういうのはあんまりしないんだろうけど、そこんとこどうなの?」

 「休まず歩く。」

 「かーっ!さっすがボーンさんだわ。」

 

 アダマスはルクルットと視線を合わせない会話をしながら、周囲を何か魔法を唱えつつ歩くニニャを眺めていた。

 なんでも、〈警報(アラーム)〉という警戒用の魔法だそうだ。

 

 アダマスは聞き覚えの無い魔法に興味を唆られていた。物理特化の自分にはユグドラシル時代にもあったものなのか、この世界特有の魔法なのか判別がつかないこともあっての事だ。

 アダマスは種族として得た特殊技術“白の極地”を持つ者のみが行えるイベントをこなすことによって少ないながらも自らの魔法習得数を作りだしていた。

 (特別な儀式を行えば、新しい魔法や特殊技術を習得できる?それとも別の方法が?わからないことが多すぎるし、とりあえず今はキャンプを楽しもう)

 

 アダマスが眺めていることに気づいたニニャが、ゆるんだ顔をしながら駆け足で戻ってくる。

 

 「な、なんでしょうか!ボーンさん!」

 「いやぁ、見たことない魔法を使ってるんで、関心があるんだ。」

 「関心!僕にですか!?」

 

 (何か変な方向に話が進んでいく…これ以上はやめておこう。)

 アダマスはやけにテンションの高いニニャに押され、興味を強引に引っ込める。

 

「ニニャ、お前が何でそんな感じなのか俺にはまだわからないんだ。確かに俺たちはボーンさんに助けられた。でもそれは使ってもらったマジックアイテムによるものであって、ボーンさん本人の実力は誰も知らないんだぜ?」

 作った竈から顔を上げずにルクルットが口を挟む。ニニャは笑顔を掻き消し、真剣な表情を作った。

 

 「失礼ですよ!助けてもらったのは事実じゃないですか!」

 「でもよぉ…」

 

 「どうした?二人共。」

 

 様子の変化に気付いたペテルが此方に向かいながら声をかけてくる。

 

 「ルクルットがボーンさんことを疑るんです!」

 「そうじゃねぇって、俺はただ見たいだけなんだよ!」

 

 「一理ある、であるな。」

 

 遅れて登場したダインが腕を組みながら深く頷いていた。

 

 「ダインまで!」

 「違うんだよ、ニニャ。二人はボーンさんの力を見たいんだ。 実のところ、私もすごく気になってたんだ。もし、オーガがあの場で逃げなかったら、どんなことになっていたのか、見てみたいって。」

 

 「それは…僕もですけど。」

 

 ペテルの正直な感想に言葉を詰まらせるニニャを見ながら、アダマスは軽い口調で話し始める。

 

 「良いよ。どんな感じのか見たい?」

 

 「え!見せてもらえるんですか!?」

 

 

 

          ●

 

 

 開けた草原、そこにアダマスは一人立っていた。 一〇メートル以上後方には三角座りで待機する四人組。さながら紙芝居を待つ子供のような様相であった。

 

 「言わなきゃよかった。」

 

 アダマスは後悔の念を吐露する。

 

 「ボーンさん、ご無理はなさらないでくださいね。」

 「かの王国戦士長に匹敵する力を見せて頂けるのであろう」

 「いやそれはないっしょ」

「ボーンさんなら、それを超えてしまうかもしれませんよ!」

 

 協議の結果、アダマスの実力を示す為の方法は「とりあえず派手なのを一発」ということになった。

 示すのは良いが、元来人見知りなアダマスにとって注目されることが、何よりも苦手だったのだ。

 

 アダマスは大きなため息を一つこぼした後、思案する。

 (派手と言ったら獅子王撃系だけど、あれは対象がないと放てないし。それじゃあ、パーッと光るやつにしようか。彼らのレベルなら、このくらいで「すごいですねー」とか言って面白がってくれるだろう。)

 

 

 「じゃあ、行くよー」

 

 「「「「お願いします!」」」」

 

 

 

 アダマスはペテル達に声をかけてから、前に向き直る。緊張を落ち着かせる為に深呼吸を一つ。自身の右拳を握り締め、力半分に地面へ振り下ろし攻撃系特殊技術を発動させる。

 

 ――〈聖なる極撃(ホーリースマイト)

 

 

 光の柱が落ちてきた。そうとしか思えなかった。

 ゴシュゥ、と音を立てながら一条の光がアダマスの眼前へ降り注ぎ、その光の束は徐々に広がり、やがて消滅した。

 

 

 

 「なんだありゃぁ…」

 

 最初に声を上げたのはルクルットだった。

 目の前の光景が信じられないといった表情だ。瞳孔が開いたままもどらないでいる。

 それもそのはず、アダマスの前方五〇メートルを中心に端が発動させた者の足元まで届くほどの大きく円を描く巨大なクレーターが出来ていた為だ。

 

 

 「ま、こんなもんかな。」

 

 アダマスはこの結果にそこそこの威力だと満足しながら『漆黒の剣』が座っている筈の方へ振り返ると、ルクルットが全力疾走で近づき、土下座位の体勢で滑り込んできた。

 

 「すんませんっしたーッ!!!」

 

 「え?」

 

 

 

          ●

 

 

 

 夕日が世界を朱に染め上げる頃、食事が始まっていた。

 塩気の強そうなスープが各自に取り分けられる。

 (さて、どうしたもんかな)

 アダマスの右手には流星の如く二つの瞳をキラキラさせたペテルが、左手にはやたらと身体をくっつけてくるニニャが居た。

 目の前には出来立てで温かなスープの入ったお椀を持ちながらも、まるで極寒の地に居るかのようにガタガタ震えるルクルット。

 そして皆から一人距離を空けるダイン。アダマスの実力試しまショーの後、それぞれに強烈な反応の変化が表れていた。

 

 「ボーンさん、あれは魔法だったんですか!?」

 「いや…」

 「え!それじゃあ、まさか武技!? すごいなー!」

 

 ペテルがアダマスの放った一撃について興味津々な様子で尋ねてくる。顔が近い。

 

 「やっぱりボーンさんはすごいです。あれ程の武技を使いこなされるなんて。」

 

 ニニャがアダマスの鎧に体をすり寄せながら熱い吐息を零す。

 

 「それより、ルクルットさんは、大丈夫かい?」

「へ、へい! 大丈夫です!! そそそそれよりも、これまで大変失礼な口の利き方で本当にすんませんでしたァ!!!」

 

 アダマスの質問に、手が震えすぎてスープを大量に零しながらルクルットが顔を真っ青にして謝ってくる。

 

「いや、それを言ったら自分なんか初対面の皆さんにずっと偉そうというか、上からの言葉遣いになってしまって…」

 

 「上位の強者故に許されるのでありますな」

 

 ダインは昼までと口調が変わってしまっている。

 

 

 「なんというか、皆さんの戦闘を見て、かつての仲間を思い出してつい…」

 「ボーンさんもチームを?」

 興味深そうなニニャにアダマスは言葉につまる。しかしここで変にごまかす必要はないだろう。

 

 「チーム…というには、あまりに大所帯だったけど」

 かつての仲間たちを思い出し、少しばかり口調が重く暗いものになったのは仕方がない。アンデッドの身になったとはいえ、精神の動きが完全になくなったわけでないし、かつての仲間たちはアダマスにとって最も強い想いを抱かせる存在だ。

 

 「自分が弱かった頃、白き騎士と黒い槍使いに救われたんだ。 騎士と槍使いにはそれぞれのチームがあったんだけど、条件的に自分は槍使いの率いる方に参加したんだ。そうやって、自分を含めた四人で、ある組織を立ち上げて…最終的には一〇〇人にもなる大部隊になったんだ」

 

 「おぉー!」 

 

 火の粉が爆ぜる音と共に、誰かの感心したような声が聞こえた。しかし誰の声かアダマスには興味がなかった。ギルド「アダマス」の前進であった最初の四人を思い出す。

 「素晴らしい仲間だった。槍術士、妖術師、召喚師…。最高の友人達だった。それからも幾多の冒険を繰り返し、その中でもあの日々は忘れられない。」

 夢という言葉を本当の意味で知ったのは、彼らお陰だ。現実世界では目的や目標もなく、自分の人生を誰かに生きてもらおうとしているようだ、とも言われたことがあるくらいに満たされない日々を乾燥してひび割れそうだった心を、潤してくれた仲間たち。

 

 「だった…ですか。」

 

 アダマスの口調にペテルを始め、漆黒の剣の皆が何かを察したようだった。

 

 「あ、すまない。 何か暗い雰囲気にしてしまったね。 ええと、村長から聞いてるかわからないけど、自分は願掛けで食事姿を人に見せないようにしてるんだ。 だから、あっちで食べてくるよ。」

 

 「そう…ですか。まあ、それなら仕方がありませんね。」

 ペテルが残念そうに返事をするが、強引に引き留められはしない。

 立ち上がる際に窺った、皆の顔は暗かった。

 

 「いろんなことがあったけど、楽しかった思い出があるから。今は前を向いているんだ。」

 

 アダマスはなんとか、暗い雰囲気を払おうと前向きな発言を一つ落としてから、靴を動かし始めた。

 

 

          ●

 

 

 何かを失った強者は糸を張ったエリアの隅に座って食事を始めているようだった。

 

 「何か…あったのであろうな」

 ダインが重々しく頷き、ルクルットが続ける。

 「今時珍しいことじゃないけど、あれくらい強い人が大切なものを失うなんて…な」

 「私たちはもっと、気を引き締めなければ、本当に全てを失わないように。」

 「そうですね、ペテル。今度こそ、本当に奪われないように。」

 

 「我々が、かの御仁に良き思い出を与えられるよう振舞うというのも、恩返しにつなげられるかもしれないのである。」

 

 皆がダインの言葉に賛同した。強くて優しい人がこれ以上失わないように、たくさんの良き思い出を得られるように。 自分たちには何ができるのか、考えてみるのもきっと素晴らしいことなのだろう、と。

 

 話が一区切りついたところで、突然ペテルが表情を緩ませながら、小さな吐息をもらし始めていた。 それに釣られてか、他のメンバーも似たような表情になる。

 

 「…なあ、アダマスさんの武技、すごかったな。」

 ルクルットの言葉を待ち望んでいたペテルが即座に乗った。

 

 「ああ、あそこまでとは思ってなかったよ! もしかしたら、助けてもらった時の一撃も、武技だったんじゃないか…?」

 「どんだけだよなぁ、ありゃ」

 「人の限界を越え、まさに英雄の領域ですよ!!」

 

 ニニャは顔を赤くしながら熱弁を続ける。

 

 「あれを見た後からずっと思ってましたけど、もうアダマスさんはアダマンタイトプレートでも足りないんじゃないでしょうか!」

 「それは言い過ぎ…と言いたいけど、あの実力を見せられれば言い返せないな」

 「ニニャとペテルの言う通りである。」

 「盛り上がってるねぇ。ま、俺は最初からあのお方は英雄の領域にいるとわかってたけどな。」

 

 ルクルットの発言に六つの白い目が向けられていた。

 

 

 

 

          ●

 

 

 出発から丸一日たった昼頃、一行は目的地、城塞都市エ・ランテルに到着していた。城塞の名に相応しい幾重もの城壁のにある強固な門、検問所を『漆黒の剣』のお陰ですんなり通ることができたアダマスは、新たな問題に直面していた。 自分を見つめる視線である。

 

 「村を出る前に言いましたよ、アダマスさん。その見事な鎧は絶対に注目されるって。」

 「ん、まあ…そうなんだけどね。これほどとは…」

 

 アダマスはいつの間にか呼称が変わっているニニャの言葉に深い溜息と力ない言葉を返す。

 

 「大丈夫ですよ、アダマスさん。すぐに皆があなたの実力を知り、眼差しのもつ色は奇異から羨望に変わりますから。」

 

 「見られること自体は変わらないのな。 しかし、奇異って…」

 

 気がつけば『漆黒の剣』全員が自分の呼び方を変えていた。故意にフレンドリーな雰囲気を出しているような気もするが、自分からそういうことができないアダマスにとってはかなり有難かたい配慮だった。

 

 「冒険者組合まではすぐですから、今日中に登録を済ませてしまいましょう。 アダマスさんも村に戻るなら早いほうが良いでしょうから。」

 

 「助かるよ、ペテル。」

 

 「それほどでも…え?」

 「あ、いや…」

 

 アダマスがペテル達の優しさに甘えて、呼び捨てにしてみたところ、呼ばれた本人が眼を丸くして若干の後悔を抱く男を見つめていた。

 

 「ちょっと、言ってみただけ…」

 

 「いやいやいや、大歓迎ですよ!アダマスさん!どうぞ、これからもそう呼んでください!」

 

 「ぼ、僕もニニャと!」

 「俺も呼んでください!旦那!!」

 「呼び捨ての方が、一層踏み込んだ関係になれるのである!」

 

 呼び方一つで高揚する『漆黒の剣』と戸惑う巨漢は、遠目で見れば親子のようにも見えたかも知れない。

 

 

 

          ●

 

 

 冒険者組合での登録を済ませ、冒険者としては最下級である銅のプレートを首から下げたアダマスは組合の建物の前で一時の別れの挨拶を交わしていた。

 

 「それではアダマスさん、エ・ランテルに戻って来られたら、また声をかけてください。」

 「僕らは先ほどお伝えした場所か、冒険者組合にいますので。」

 「この都市の中なら、俺が旦那の声を聞き逃すことはないはずですぜ。」

 「ルクルットは調子に乗りすぎである。」

 

 「ありがとう、皆。 村の復興の手伝いもしたいから、ここに戻ってくるのは十日後くらいになると思う。」

 

 アダマスは『漆黒の剣』が親しみを込めて接してくれることに、嬉しさと名残惜しさを感じながら、再開を楽みにしておくことにした。

 

 ペテル達はアダマスに一度深く頭を下げたあと、組合の建物の中へと消えていった。

 「アダマスさんが戻ってくるまでどうする?ペテル。」

 「そうだな、この街周辺に出没するモンスターを狩っていようか」

 「数日かかる依頼が入ったら?」

 「アダマス氏がエ・ランテルに来られるまでに帰ってこられる程度のものであれば、受ければ良いのである。」

 

 

 『漆黒の剣』の相談事を聞き流しながら、アダマスは都市の出口へと歩き出す。 

 途中の広場で目にした人物に一瞬視線を取られるが、すぐに前方へと戻す。

 それは漆黒に輝き、金と紫の紋様が入った絢爛華麗な全身鎧に身を包んだ人物。

 面頬付き兜に開いた細いスリットからでは、中の顔を窺い知ることは出来ない。屈強そうな人物に相応しく、真紅のマントを割って、背中に背負った二本のグレートソードが柄を突き出していた。

 

 そのとなりに女性らしい姿も見えたが、アダマスはそれ以上に、鎧の人物こそ警戒すべき相手だと判断した。

 

 

 何故なら、鎧の外見に見覚えがあった為だった。

 

 

 

 アダマスは気を引き締めながらも平静を装いつつ歩けば、何事もなくその人物とすれ違う。

 何事もなかったと安堵しながらも、動きを止めることなく真っ直ぐに出口を目指した。

 

 

 

 キーン村への道中、何者かに追跡されているような気配を感じるも、直ぐにその気配は消えてしまった。

 

 第三者によって強引に気配の元を絶たれたかの如く――

 





 アダマス「いつもの倍もある文字数な上、挿絵まで入れて…投稿が遅れた言い訳にしてもバランス悪過ぎると思う。」

 ヴァーサ「さすがはアダマス様!素晴らしいメタ発言です!」
 ニニャ「やはりアダマスさんにはアダマンタイトプレートでは足りないんじゃないでしょうか!!」


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幕間「死の支配者サイドその2」

 元無課金ギルドのギルドマスター、アダマスことラージ・ボーンがキーン村の外での実験に繰り出そうとしていた頃、死の魔王は散在する問題に苦悩していた。


 「やれやれ、どうしたものかな」

 

 ナザリック地下大墳墓最高支配者の執務室で、豪華な黒檀の机に肘を突きアインズはその骨のみの手を組み合わせながら、今後の方針を思案していた。

 守護者統括であるアルベドから『アダマス』の名を聞かされてから、三日ほど経過していた。

 

 「全てはアインズ様の御心のままに」

 

 室内で静かに控えていた一人の美女がアインズのつぶやきに反応し、言葉を発する。

 

 「そうか、アルベド。お前の忠義、嬉しく思う」

 

 「アインズ様、報告を続けてもよろしいでしょうか?」

 

 「うむ、次は『アダマス』について…だったな。」

 

「はい。こちらにございます、アインズ様」

 

 提出された紙の束を手に持つと、整った美しい文字に目を走らせる。

 先日『アダマス』と名乗る者によって救われたキーン村周辺の捜査を担当させているシモベからの報告を、アルベドが清書したものだ。

 以前は存在していなかった高レベルのトラップが村周辺に設置されており、罠解除に秀でたシモベを派遣しても、取り除くことはできなかった。

 魔法での監視も何者かによって妨害されており、村内部の様子は分からず仕舞ではあるが、今後また別の方法で調査を続けていくという旨が明記されていた。

 アインズは無い眉間に皺を寄せながら首をかしげた、予想だにしない報告に不快感を覚えた為だ。

 

 「なんだこれは…」

 

 「申し訳ありません、アインズ様。現在これといった収穫が得られていない状況でして…」

 

 「確かに捜査隊の指揮を任せているのはアルベドだが、私が他の守護者には内密にせよと、方法を限定してしまっている為だろう。」

 

 「そのようなことは、決して…」

 

 「良いのだアルベド。しかし、おかしいな。」

 

 「アインズ様?」

 

 「いや、私が予想していた者達の中で、高レベルのトラップを設置できるプレイヤーはいなかったんだが…」

 (それにもし、「高レベルトラップを使用できる元『アダマス』のギルドメンバー」がいるとしたら、あの男しかいないが…彼が『アダマス』の名を名乗るはずがない。名乗れるはずがないんだ。 そう考えると…)

 

 アインズは口元に手を当てながら思い当たる人物の情報を思い返していた。

 

 「これは、面倒なことになっているのかもしれないな。」

 

 「アインズ様に不快な思いをさせる者がいるのならば、即刻排除して参ります。」 

 

 アルベドは手に持つ杖を強く握り締めながら、腰から生えている羽根をはためかせて強い意志を言葉にした。

 

 「違うんだ、アルベド。 この情報から、『アダマス』に関係していたプレイヤーが、もしかすると二人以上ナザリックの近郊に存在する可能性がある。」

 

 「プレイヤー、かつてナザリックに侵入し、不逞を働いた輩のことですね?」

 

 「たしかに、そういう連中もいたが、私の予想が正しければ別人だ。」

(そして、その内一人は、ユグドラシル時代にある問題を起こし、アインズ・ウール・ゴウンが四十一人である理由を作った組織の一人であり、『アダマス』崩壊の原因となった人物。そうであるのなら、『アダマス』と名乗る人物はナザリックにとって敵ではなく、むしろ保護するべき対象になる)

 

 「アインズ様、我々シモベはナザリックの…いえ、アインズ様のお役に立てることを常に願っております。子細なことでも構いません、何でも仰っていただければ、これに勝る喜びはありません。」

 

 手を組みながら深く考えこんでいたアインズに、アルベドは優しく、温かな微笑みで自らの忠義を示す。

 

 「アルベド…」

 「アインズ様…」

 

 二人の視線が交差し合い、アルベドの胸の高鳴りが最高潮に達したその時、扉が静かに数度ノックされた。

 

 アルベドは表情を作り直したが、額に青筋が浮かび上がっており、明らかな苛立ちが表出していた。 彼女は一礼した後、扉に向かう。

 

 来客を確認したアルベドが「いい雰囲気だったのに!」と扉の向こうの人物に怒鳴る声が聞こえたが、アインズは聞かなかったことにした。

 

 「シャルティアがご面会を求めております。」

 「シャルティアが? 構わない、入れろ」

 

 アインズの許可に従い端正な顔立ちで白蝋じみた肌の絶世の美少女が優雅に入ってきた。

 彼女こそ第一階層から第三階層の階層守護者「真祖」、シャルティア・ブラッドフォールンだ。

 

 「アインズ様、ご機嫌麗しゅう存じんす」

 「お前もな、シャルティア。それで今日は、私の部屋に来た理由は何だ?」

 「もちろん、アインズ様のお美しいお姿を目にするためでありんすぇ」

 「ありがとうシャルティア。それよりもお前に伝えておかなければならないことがある」

 

 アインズはシャルティアの真紅の瞳を横目で見つめる般若を無視して、本題に入ろうとする。

 

 「シャルティアはこれからナザリックの外での任務にあたるところだな?」

 「はい。これより君命に従いまして、セバスと合流しようと思っておりんす。」

 「なら丁度良い。 外での行動について注意を払ってもらわなければならない事柄がある。 『アダマス』と名乗る人物についてだ」

 

 アインズが発した名前を聞いたアルベドが見開いた目を支配者に向けている。

 「アインズ様!?」

 

 「アルベド、どうしたでありんす?」

 突然大きな声を上げる好敵手を心配するシャルティアに支配者は告げる。

 

 「良いのだシャルティア。 それとアルベド、必要な情報を伝えるだけだ。」

 「申し訳ございません、アインズ様、守護者統括の地位を与えられた者にあるまじき姿をお見せしていまい…」

 

 「ん、お前の全てを許そう、アルベド。」

 

 アルベドが胸に手を当て、跪いた姿を確認したアインズはシャルティアに向き直る。

 白いドレスを身にまとう美女の方向から「二人だけの秘密が…」と何やらぶつぶつ呟く声が聞こえてくることには一切反応せずに。

 

「シャルティアよ、話を戻そう。お前に伝えるべきは、まさにナザリックにとって脅威となり得る存在の事だ」

「脅威、でありんすか? 至高の御方に創造された我々にとって、恐れるものなど何もないと思いんすが」

 「その考え方は危険だ。いついかなる時も警戒し、注意を払わなければならない。 お前たちは…私にとって、それだけ大切な存在であると認識せよ。」

 「アインズ様…それほどまでに、わたくし達の身を案じてくださるなんて…」

 

 アインズの言葉にシャルティアは白い頬を紅潮させながら涙ぐんでしまう。それはとなりにいたアルベドも同じだった。

 

 「んんっ、あー…、脱線してしまったが…シャルティア、これから伝える二名の特徴を持つ者に遭遇した場合、即時撤退し私に報告するのだ。」

 「は、はい!御身に従います!」

「よろしい。一人は赤と白の全身鎧に身を包んだスケルトン系アンデッド、そしてもう一人は、白い肌に黒いボディスーツを着た、黄金の槍を持つ人間型の女だ」

 「人間…がた、でありんすか?」

 「そうだ、その槍使いは人間に見えるかもしれないが、もっと上位の存在だ。 そうだな、神と言っても良い。」

「なんと、そのような者が…」

 「それ以外にも注意すべき相手はいるが、その者の外見に関する情報は持っていない為に何とも言えないが…ただ、決して油断はするな。」

 「はい!アインズ様!」

 

 アインズはシャルティアの素直な返事に深く頷いた。

 「シャルティアよ、必ず無事に戻ってこい。それこそ、我が望みだ。」

 「はっ!」

 凛とした声が響く。

 「下がってよろしい、シャルティア。それと退室したならばデミウルゴスをここに呼ぶようにナーベラルかエントマに伝えてくれ。次の策について話をしたいことがあると。」

 「畏まりんした、アインズ様。」

 

 

 

 シャルティアが姿を消した後、再び部屋はアインズとアルベドの二人だけとなる。

 

 「よろしかったのですか?アインズ様。」

 「うむ、そろそろ…皆に伝えるべきだろう。鎧のスケルトンか、槍使いであれば遭遇したところで恐らく危険は無い。」

 「それは…どういう意味でしょうか?」

 「その二人は、我が友の友…だからだ。」

 「な! 至高の御方であらせられるどなたかのご友人! であれば、すぐにでも接触を――」

 「待つんだアルベド、その前に厄介な存在がいる。」

 「例のトラップ使いでしょうか?」

 「そうだ。 その者こそ、まさにナザリックの…いや」

 (俺たち…ユグドラシルプレイヤーの『敵』である可能性が高い)

 

 アインズの瞳の奥にある赤い灯火が、「憤怒」という感情で揺れる。

 

 「それにしてもアインズ様、その『アダマス』とかいう者、というか組織でしょうか…随分とお詳しいのですね。」

 「ああ、私に限ったことではないが、ある事件があってな。」

 「事件、ですか。」

 

「情報、というものの重要性と価値をアルベドはよく理解しているな?」

 「はい。 戦いと呼べるモノにおいて、個々の戦力や技術、物量以上に重きを置ける分野と認識しています。」

 「その通り、かの『アダマス』はそれを奪われたのだ。」

 「奪われた、つまり何者かによる故意での漏洩」

 「拠点の場所や内部構造、トラップの数と配置。組織の戦力、装備、戦闘要員の特徴、ステータス諸々全てをだ。」

 

 「スパイが…いたのですね?」

 「間者、というには公開の範囲が余りにも広すぎた。まるで『アダマス』を崩壊させることだけを目的としているような手口だった。」

 

 「アインズ様は、例のトラップ使いが、その間者だとお考えなのですよね?」

 「そうだ。」

 

 「おかしくはありませんか? 『アダマス』を殺した者が、『アダマス』を守るなんて…」

 「あるんだよ、その理由が…。」

 

 

 アインズとアルベドの視線が交差したその時、扉が数度ノックされた。

 アルベドは既視感に苛まれながら、アインズに一礼してから扉へ向かう。

 

 アインズはアルベドの背中に向けて、重く深い意志を込めた言葉を告げる。

 「続きは、デミウルゴスと一緒に聞いてもらうとしよう。 確実に獲物を仕留める為に…」

 

 

 

 




 マーレ「アインズ様の個人的な恨みを買うなんて…」

 アウラ「ご愁傷様にも程がある」


 


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第三章 遭遇戦、赤対赤
一話  「下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)」


 
 アダマスはキーン村の復興作業を手伝う為、村に戻ったのだが、瓦礫の撤去など自分が担当しようとしていた作業は殆ど片付いていた。落胆しながらも村長らには温かく迎えられる。
 しかし、何も仕事がないことに居心地の悪さを感じたアダマスは、早々に『漆黒の剣』との約束を果たすべく、自分が扱える数少ない魔法の内の一つである〈転移門〉(距離無限、転移失敗率0%。ユグドラシルにおいては最も確実な転移魔法)を使ってエ・ランテル近くに移動する。
 十日はエ・ランテルに来られないと前もって伝えていた為か、それより早く戻ってきた約束の場所にペテル達の姿は無かった。
 依頼を受けたのなら自分も一緒に行きたいと思ったアダマスは、組合の受付嬢に『漆黒の剣』の居場所を尋ねるも「守秘義務」と言われ、知ることができなかった。
 落胆するアダマスは商店がならぶ道筋で投擲武器を探している中、道端に一人蹲る女戦士を見つけ、声をかけようとするのだが…


 

 

 「はあぁぁぁ~~…」

 

 城塞都市エ・ランテル内部、その商店が並ぶ道の端で、一人蹲りながら深く長いため息を零す女性がいた。

 年齢は二十いくかいかないか。赤毛の髪を動きやすい長さに乱雑に切っている。どう贔屓目に見ても切りそろえているわけではない。どちらかというなら鳥の巣だ。

 健康的な焼けた肌、隆起する腕の筋肉、腰に下げた剣から受ける印象は「女」ではなく「戦士」だった。

 

 その「戦士」が呻きながら膝を抱えていては、厄介事に巻き込まれないよう関わらないのが処世術というものだ。

「女」であれば、話は違ってきただろう。

 

 

 「どうすんのよ、これ…」

 

 女戦士――ブリタは抱えた膝の内側、周囲からは見えない場所に『赤い治癒薬』を出し、それを見つめながら呟く。

 首から下げる小さな鉄のプレートに瓶が当たり、カチャリと硬質な音を立てる。

 

 ご立派な全身鎧を着た男に、自分のポーションを割られた代わりにもらったものだ。

 割られたポーションの価値は金貨一枚と銀貨十枚、しかしこのポーションの価値を有名薬師に鑑定してもらった結果はなんと、金貨八枚。付加価値もつけると殺してでも奪い取りたくなる程のものだとか。

 価値を聞かされた時の感覚を思いだし、再びゾワリとブリタの身が震える。

 効能価値だけでも鉄のプレート持ちであるブリタからすればかなり高額だ。ただ問題はその付加価値の方だ。鑑定してくれた薬師の鋭い瞳が、まるで襲いかかるチャンスを見定めているような気さえしていた。

 

 「あの~~」

 「わきゃァ!!」

 

 急に声をかけられたブリタは慌てて立ち上がった為に、手元から『赤い治癒役』を落としてしまう。

 瓶が地面に落ちるすんでのところで掴み、難を逃れたブリタは声の主を睨みつけながら威嚇する。

 

 「なんなのよ!あん…た…」

 

 ブリタの予想では声の雰囲気から自分とそれほど変わらない背丈の男が声をかけてきたはずだったが、目の前には赤い壁があった。

 ゆっくりと目線を上げていくと、はるか上部に赤い兜がやっと見えた。

 男は背高二メートルを超える全身鎧の巨漢、正に『赤い巨星』だった。

 

 「突然驚かせてすみません、道の端っこで蹲ってるので、大丈夫かな~と。」

 

 背丈の割に腰の低い口調の男は、自分の頭に手を乗せながら何度も頭を垂れる。

 鎧男の余りの低姿勢にブリタは呆れながら平静を取り戻す。

 

 「べ、べつに大丈夫よ。心配ありがとう。」

 「それは良かった。 あと、すみませんが、もう一つよろしいでしょうか?」

 「なによ?」

 「その赤いポーションについてなんですけど。」

 

 「あ…」

 

 ブリタは予想外の事態に、ポーションを隠すことを忘れ、手に持った状態で話をしてしまっていた。

 

 「こここここここれは、なな、なんでもないんだから!! ふ、普通のポーションだし!」

 

  ―殺してでも奪い取りたくなる― あの言葉を思い出し、ブリタは慌てて治癒薬を隠しながら動揺してしまう。

 その様子を見た男は腰に下げたバッグから何かを取り出そうとする。

 警戒を一層強めるブリタを前に、男は落ち着いた口調で話し始める。

 

 「何かを勘違いさせてたらすみません、ただ、自分も持ってるんですよ。赤いポーション」

 

 と言いながら、男が取り出したのはブリタが持っているものと全く同じ瓶とその中身だった。

 男は優しい言葉遣いで続ける。

 

 「先ず名乗るべきでしたね。はじめまして、アダマスと申します。職業はケ…じゃなくて、冒険者です。」

 

 

 

          ●

 

 

 

 「ええと、こちらも自己紹介するべきよね。ブリタよ。見ての通り、鉄のプレート、あんたの『先輩』ね」

 「はい、では改めて、アダマスです。」

 

 ブリタとアダマスは酒場の隅で話をすることにした。

 奥にはカウンター、その後ろには二段ほどの棚が据え付けられ、何十本もの酒瓶がならんでいる。カウンター横の扉の先は調理場だろう。

 

 アダマスが周りにいる屈強な客達が放つ自分への視線以上に気になったのは、自分たちが座っている場所と反対側の隅にある破壊された元テーブルらしい残骸だ。

 おそらく、少し前にここで喧嘩があったのだろう。 この場にいるどの人物の攻撃を受けでも被害は無さそうではあるが、独特の雰囲気にアダマス居心地の悪さを感じていた。

 中々話を切り出さない赤鎧に業を煮やしたブリタが大きく口を開く。

 

 「あのさぁ、聞きたいことがあるなら、早く話しなよ。私も暇じゃないの、わかる?」

 

 「あ、はい。すみません。 じゃあ、単刀直入に…その赤いポーション、どうやって手に入れたんですか?」

 「まあ、そう来るよね。 で、いくら出す?」

 「え?」

 

 ブリタの提案にアダマスはつい予想だにしないという声を出してしまう。

 赤鎧の反応に会話の綱を取ったと、満足気な笑みを浮かべるブリタが続ける。

 

 「新米でも冒険者ならわかるでしょ?情報って、ただじゃないの。 欲しいものがあるのなら、その対価を示すべきでしょ。」

 

 ブリタはテーブルに爪を何度も当てながら、アダマスの次を促す。

 

 「ええと、身体で払う…というのは如何でしょうか?」

 

 「はァ!?」

 

 アダマスの返答にブリタは顔を真っ赤にしながら素っ頓狂な声を上げてしまう。

 リードを手にしていたはずが、手放してしまった瞬間だった。

 

 「あ、変な誤解させていたら、違いますからね。 見たとおり、戦うこと以外を知らないものでして、お金もこの鎧につぎ込んじゃって素寒貧(スカンピン)なんですよ。」

 

 「あーあー…なるほど、そういうことね。 まぁ、そんだけ立派な鎧買うには、それくらいしなきゃね。 あ、あはー…いや、別に変なこと考えてたわけじゃないからね!本当だからね!!」

 

 「わかってます。それで…どうですか?」

 

 ブリタの目がじっと、兜のスリットを見つめる。 深い溝の奥には何も見えない黒一色のその奥、アダマスの人間性を見つめていた。

 そして、何かを得たように椅子に座り直した後、膝を叩く。

 

 「よし、乗った。 私が雇ってあげる。 銅のプレートに似合わない立派な鎧と、あんたの腰の低さに免じて、話を聞いてあげる。」

 「ありがとうございます。 それで…報酬は前払いでお願いしたいんですけど。」

 

 アダマスは感謝の意をテーブルに頭をつけることで示し、ゆっくりと顔を上げながら本題を促す。

 

 「報酬? ああ、このポーションのことね。わかってるって… えっとね、このポーションは色は違うけど、あんたと同じくらい立派な全身鎧の男にもらったの。 私のポーションを割った代わりにね。 そういえば、そいつも銅のプレートだったわ。」

 

 「その男…鎧の色は黒、でしたか?」

 

 「なんだ、知り合い?」

 

 「ええまあ、そんなところです。」

 

 「ふーん…」

 

 ブリタは腕を組みながら横目でアダマスを眺める。

 同じ希少なポーションを持つ、全身鎧の銅プレート冒険者。 共通点が多すぎる。 違うのは腰の低さと色と…あとパートナーが居るか居ないか、あれ結構違う点あるかも。 とブリタは頭の中で思考を巡らせる。

 

 

 「ところでブリタさん、自分は何をすれば良いでしょうか。」

 

 「ん、そうね。 私が今請け負ってる仕事は主に街道の警備なんだけど、ある場所の周辺に野盗の類が塒を構えてるっていう情報が入って、それについて来てもらいたいんだけど。いいよね?」

 

 「もちろんです。 その野盗を退治するんですか?」

 「いや、もしそれが事実なら様子を窺うくらいなんだけど、なんか嫌な予感がして。」

 「なるほど、そういうことならお任せください。」

 

 「その立派な鎧なら、私が逃げる時間稼ぎくらいはできるでしょ。」

 

 「ぜ、善処します。」

 

 

 ブリタの包み隠さない言葉に狼狽えながらも、アダマスは了承に深く頷いた。

 

 

 





 刀使い「……」

 野盗「どうしたんすか?顔真っ青っすよ?」


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二話 「冒険者として」


 銀プレート冒険者チーム『漆黒の剣』とエ・ランテルで再開を誓うも、アダマスは約束の日より数日早く戻ってしまっていた。 その為に、入れ違いとなった彼らが戻ってくるまでの間、街を一人歩いていると道端で蹲っていた女戦士と出会う。
 女戦士―ブリタは謎の赤いポーションを持っており、そのポーションについて詳しく話してもらう為、アダマスはブリタの仕事の手伝いをすることとなった。



 

 城塞都市エ・ランテルには冒険者ご用達の宿屋は三軒ある。その中で一番下と言われる店。新人冒険者に組合は先ずそこを紹介する。

 理由は、その宿屋に泊まるのは大体が(カッパー)から(アイアン)のプレートを持つ冒険者だからだ。

 同じ程度の実力なら、顔見知りになればチームとして冒険に出る可能性がある。そうやってチームを組むのに相応しい人物を探すのにもってこいだからだ。

 個室よりも大部屋で寝泊りした方が他の冒険者と接点が生まれ、バランスの良いチームを編成することはモンスターとの戦闘に対し死亡率を下げることにつながる。

 その為、駆け出しは大部屋などで顔を売ったほうが良い、という理由からである。

 

 その大部屋にアダマスを含めた八人の冒険者が二つのテーブルを繋げた大机を囲んでいた。

 

 

 「それじゃあ、先ずは自己紹介だね。ここに居る全員が知ってると思うけど、私はブリタ、階級は鉄プレート。 戦士の中衛担当。」

 

 赤髪の鳥の巣頭を揺らしながら、女戦士が軽快に話し始める。 アダマスはブリタ以外の人物と初対面であるための気遣いだろう。

 男が横にいる細身の男の肩へ豪快に腕を回しながら大きな口を開く。鎧の上から見た外見では腹の出た小太りと言えるが、その腕は確かに戦士のそれであった。

 「俺はブローバ、前衛担当だ。んで、こっちがスパンダル。」

 「こういうのがいつも要らない誤解を産むんだよ、ブローバ」

 

 筋骨隆々の男と、細身の小綺麗な金髪の男、別々に見れば接点が思いつかないが、二人はとても親密に見えた。まるで仲の良い兄弟のよう。

 続いて黒髪のモヒカンヘアの男が自己紹介を始める。

 

 「同じく前衛担当、ボルダンだ。 有事の際は先陣を受け持つ。」

 

 ボルダンは鞘に収まった幅広の片手剣(ブロードソード)の柄を握りながら、自分の役割について必要最低限の内容を話す。大きな顔と比較して、かなり小さな瞳、という印象を受ける。もともと小さいというよりは、今まで数多くの戦場を渡り歩いてきた故の負傷によるもの、戦士の勲章とも言える。

 細く少し年季の入った手を上げ、赤茶けた外套の男が話し始める。

 

 「私は後衛担当、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のエラゴだ。 魔法及び知識面でのサポート要員だ。」

 

 外套のフードを深く被っているために髪型は把握できないが、膨らみからして大分危うい状態であることが想像できる。声と鼻から下の表情を見る限り、四十は超えているだろう、エラゴはそんな男だった。

 年長者である魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)に促されながら、若々しい十代後半と思われる神官衣の成年が次の自己紹介者となった。

 

「ええと、アダマスさんは初めましてですよね。どうも、後衛担当、信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)のリュハです。よろしくお願いします」

 

 リュハは深々と蒼いターバンを巻いた頭を下げながら挨拶をした。

 よく見ると、神官衣の下に鎧を着ており、炎のような形をした聖印を首から下げている。

 集まった冒険者の中では一番丁寧な口調であり、聖職者らしい男ではある。そのため、一番冒険者らしくないとも言える。

 ブリタと五人の男が自己紹介を終え、アダマスは冒険者達を端からゆっくり眺める。そして最後に行き着いた視線の先に二十を少し過ぎたぐらいの青身がかった黒髪の女性が居た。 女は肩より少し上に手を上げて、何やら小さな声を発していた。

 

 「あ…アステル…野伏(レンジャー)… バックアップ…担当…ん」

 

 アステルが小さな自己紹介をすると、ブリタが横から割って入ってくる。

 

 「そうそう、この子はアステル。野伏(レンジャー)ね。 私と男連中とで威力偵察を行う時に、アステルは後ろで待機。問題があれば救援要請っていう役割。短く言うと、バックアップってこと。 って言いたかったんだよね、アステル?」

 「ん…」

 

 アステルはブリタに顔を向けながら、何度も頭を縦に振る。

 野伏《レンジャー》の女は生まれつきか、環境要因でこの喋り方になったのかは不明ではあるが、とにかく意思を言葉で表現することが苦手な様子だった。 それでも、ブリタに対する反応から、心の中ではいろんな事を考えているんだろう。とアダマスは想像していた。

 ぼんやり考え事をしていると七人の冒険者の視線が自分に向かっていると気付いたアダマスは覚悟を決めた。

 

 「ブリタさんから聞いてる方もいるかと思いますが、(カッパー)プレートのアダマスです。担当は主にブリタさんの防御面をフォローします。」

 「聞かれる前に答えておくけど、別に皆の報酬、取り分が変わるわけじゃないからね。私の取り分から、アダマスに支払うから、そこんとこ心配しないでね。」

 

 ブリタがアダマスの自己紹介の後に金銭面での具体的な説明を加えた。

 一応その内容に納得した冒険者達だったが、前衛担当のブローバが手を上げた。

 

 「アダマス、おめえさん、獲物は? まさか、そのご立派な鎧で本当に全財産使いきっちまったとか?」

 「それはですね、これです。」

 

 そう言ってアダマスは硬質な金属製プレートで覆われた右手で拳を作ってみせる。

 

 「おいおいまさか、モンスターや野盗相手にパンチするってんじゃねぇだろうな?」

「スキル…じゃなくて、武技を使って拳や蹴りの威力を上げられるんですよ」

 「ほー!! おめぇさん、モンクか! にしちゃ、大層な装備だな。身軽な方が良いんじゃないか?」

 「背丈の割に、臆病なものでして。」

 「ハッハッハハハハハハ!!!」

 「どうした、ボルダン?」

 

 アダマスの言葉に今まで寡黙だったボルダンが急に大声で笑い始めていた。特殊な笑いの壺に入った為か、大きな鼻を真っ赤にして笑い続けている。

 その様子を見た魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)が笑みを浮かべながらアダマスの方へ顔を向ける。

 

 「あのボルダンがこうなるとはな、お主なかなか見所があるじゃないか!」

「本当に、僕も彼がここまで笑うところ初めて見ましたよ」

 

 アダマスに対するエラゴの評価にリュハも続く。

 

 「(アイアン)級の仕事に(カッパー)の人間を連れてくるなんて何を考えてるんだと思ったけど、この人…アダマス君なら、大丈夫そうだね。」

 

 肩まである長い金髪を揺らしながらスパンデルがアダマスを受け入れる。

 

 

 

 「ん…」

 「お、アステルもこいつのこと気に入った? そうなんだよねー、私もアダマスのことそんなに知らないんだけど、なんていうか…声がいいんだよね。」

 「ん、ぅん。」

 

 

 いつの間にか自分の評価が大分上がっていることに戸惑いながら、それがスケルトンメイジの最上位種であるオーバーロードの常時発動特殊技術(パッシブスキル)である“絶望のオーラ”と対になる特殊技術(スキル)の効果が現れている為か否か、アダマスは判然としないままでいると、ブリタがこちらを向いていることに気づく。

 

 「あんたは一生懸命この場に馴染もうとしてる。戦いに身を置いてるとね、そういうことを忘れちゃうの。効率や利害だけで行動し始める前の自分を見てるみたい。」

 「見たくないもの…ってわけじゃないですよね。」

 「人によっちゃそうかもね。ただ、私たちの好みのタイプなのよきっと、一生懸命なやつって。」

 「なら、有難いです。」

 

「ま、あとは実戦で本当に頑張れるか、だけどね」

 「最低限、ブリタさんだけは守りますよ。『約束』ですから。」

 

 

          ●

 

 

 街道周辺で発見されたという野盗の塒を偵察する為、エ・ランテルより出発してから数時間が過ぎようとしていた。夕日が落ち、街道沿いを歩く冒険者達に濃い闇夜が覆い始める。

 ブリタとアダマスら、自己紹介をし合った八人以外にも数名の冒険者が同行していたが、特に接点を持つことはなく必要な事柄のみ、やりとりを行なう程度だった。

 微妙な距離感に対し疑問を抱いていたアダマスにブローバが話しかけてきた。

 

 「ブリタも言ってたろ、頑張ってる奴を見たくないっての、あいつらのことだよ」

 「とは言え、そんな方々とも報酬の為なら徒党を組める。経験と成長というものは、嬉しくもあり、悲しくもあるんだよ。アダマスくん」

「てめぇが分かったような口を利くんじゃねぇよ!」

 

 割り込んできたスパンダルの髪をブローバがグシャグシャと両手でかき乱しながら大声で怒鳴る。

 

 スパンダルはチームの後方を歩きつつ纏まりを奪われた髪を整えていた。

 今度は魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)、エラゴがアダマスに近づいてくる。

 

 「先日までは我々も似たようなもんだったよ。 長いあいだ糊口を凌ぐためだけにモンスターを狩り続ける毎日、魔物であれ命を奪うという行為は、人の魂を摩耗させるだけの業がある。 そんな中で仲間に対する尊敬や、思いやる気持ちまですり減らしていたんだよ、我々も。」

「アダマスさんとお話ししてからですよね、皆本当に楽しそう。というか、楽しかった日々を取り戻そうとしてるみたいで」

 

 エラゴの言葉にリュハが自分の考えを加える。

 互いに笑顔を見せ合い、共感している様子が見て取れた。

 エラゴとリュハは外見年齢が親子ほど離れているためか、二人で話しているときはまるで父親と息子が会話をしているようだった。

 そしてブローバとスパンダルが兄弟ならブリタとアステルは姉妹だろうか。

 苦楽を共にする仲間が、まるで家族のような存在になることはアダマスにも経験があった。その家族の居場所を自分の無力さの為に崩壊させてしまったことは、悔やんでも悔やみきれないでいた。

 不意に、前ギルドマスターの事を思い出す。 ギルドの中でも彼女の実年齢を知っているのはアダマスだけだった。先代が引退した時、二〇歳だったことを思いだし、同年代と思われるブリタへと無意識に視線は向けられていた。

 

 「何ジロジロ見てんの?」

 「いや、ブリタさんを見てると、ある人を思い出してしまって」

 「何?初恋の人とか?」

 「まぁ、そんなとこです。」

 「へぇ、私そんなに似てる?」

 「いえ、全然似てません。」

 「それはそれで腹立つなー」

 

 ブリタは感情に任せてアダマスの足元を蹴りつける。

 ただし、頑丈な装甲に覆われた男に苦痛は与えられず、逆に当たり所が悪かった為に蹴った方が痛みを感じてしまう。 

 痛みを我慢しつつ、ブリタは何でもない表情を作りながら話を続けようとする。

 

 「それで、どんな人なの?」

 「素晴らしい人でしたよ。 年下でしたけど、最後まで自分は敬語でしか話せませんでした。」

 「ふーん…ん? 最後?」

「ええ、まあ。もうずっと前の話なんですけどね」

 「あー、うん。 そうね、珍しいことでもないし。」

 

 ブリタはアダマスがおそらくその故人を思い出しているのだろうと思い、暗くなってしまった大男の背中をバシバシ叩きながらが告げる。

 

 「そんなしょげない!これから戦闘があるかもなのよ? ほら、帰ったら私が慰めてあげるから。」

 「え…ぇえ!?」

 アダマスは驚きながらもすぐに冷静になった様子ではあるが、ブリタには今なお目は泳いでしまっているように見えた。

 

 「変な想像してないでしょうね?」

 「あ…」

 「酒場の時の仕返しよ。」 ケタケタ笑いながら

 「参りました。」

 「分かればよろしい。 私の方が先輩なんだから、しっかり敬いなさい。」

 「尊敬してますよ、最初から。 自分にないものを持っている人は、尊敬します。」

 「へえ、話した時から思ってたけど、アダマスって謙虚っていうか勤勉っていうか… 冒険者と言うより、もっとお堅い仕事が似合いそうね」

 「参考にさせていただきます。」

 「ん、素直でよろしい。」

 

 「おい、そろそろお喋りはそこまでだ、何か様子がおかしいぞ」

 

 ブリタとアダマスの会話に真剣な表情をしたブローバが口を挟んできた。

 ブローバの指差す方向へ目を向けると、エラゴがもう一方の冒険者チームリーダーと何か相談をしている様子が見て取れた。

 

 

 一通りの話が終わったのか、別チームの男が去っていった後、エラゴがブリタ達の下に戻ってきた。

 

「野盗の塒までもう少しなんだが、どうやら何か異変が起こっているようだ。向こうのチームの魔法詠唱者(マジックキャスター)が察知したらしい。そこで、チームを二分し、というかもともと分かれとったが…。とにかく、我々が野盗相手にちょっかいをかけて、あちらさんが作ってる罠のエリアまで誘き寄せるという作戦だ。アステル、お前さんはここで待機。何かあれば、合図を出す。その時には一人でも撤退して、組合に情報を持って帰るんだ」

 「ん…」

 「おいブリタとデカブツ、しっかりついてこいよ。 いざとなったら、そこの鎧男を盾にさせてもらうぜ?」

  

 ブローバが冗談めかした態度で言葉をならべながら、アダマスの鎧を剣の柄で数度叩く。

 

 「なによその言い方!」

 「大丈夫です。 普通に考えて、防御性の高い自分が盾役になるのは当然ですから。」

 「だからって…」

 「確かに、仲間がいた頃はいつも誰かに盾役をお願いする立場でしたけど… 頑張ります。」

 「無理はしちゃだめよ」

 「肝に銘じておきます。」

 

 

 「…冗談だって。」

 

 真剣に怒られ、出した言葉を後悔する筋肉質な男が肩を落としていた。 

 

 

          ●

 

 

 「こう障害物が多いと…使えないな。」

 

 ブリタの耳にアダマスの独り言が聞こえてくるが、気にはしていられない。野盗の中に弓を持つものや、最悪魔法詠唱者(マジックキャスター)がいる場合だってある。

 同程度の練度であれば、戦士職より多様性に富んだ魔法詠唱者(マジックキャスター)の方が有利になる場合がある。ブリタは未知の魔法詠唱者(マジックキャスター)が現れた場合、即座に撤退も視野に入れる必要を考慮していた。

 

 戦いに必要な緊張感と呼吸を整えながら歩を進めていると、急にアダマスがブリタの目の前に立ちふさがる。

 

 「まずい!! 逃げ――――」

 

 「あははっはああははぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 突然全身総毛立つ程の不快感を孕んだ狂気の笑い声が聞こえた。

 声の主は闇夜の空より塒の入口でバリケードを作っていた丸太の上に片足で降り立った。

 

 その姿は、まるで恐怖を具現化した存在。

 

 「ヤツメウナギ!?」 と誰かの叫びが聞こえた。

 

 

 

 





 【薬師の依頼遂行中『漆黒の剣』一間】

 ペテル「そういえば、モモンさんと出会う前にもすごい人に会いましたよ。」

 モモン「ほう、それはどんな方ですか?」

 ニニャ「それは僕から説明させてください!!」

 ルクルット「また始まったよ。」

 ダイン「これはもう病なのである。」


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三話 「逞しきお人好し」


 アダマスはブリタ達(アイアン)プレート冒険者数名と野盗の塒を調査する任務を受けていた。
 しかし、塒と思われる場所には恐ろしい吸血鬼(ヴァンパイア)の姿があった。


 

 野盗の塒と思われる洞窟から飛び出してきたのは、予想外の存在だった。

 眼球は完全に血色に染まり、口には注射器をもわせる細く白いものが、サメのように無数に何列にも渡って生えていた。ピンクに淫靡に輝く口腔はぬらぬらと輝き、透明の涎が口の端から溢れ出している。

 ブリタ達は急いで態勢を整える。

 前衛としてブローバ、スパンダル、ボルダンの三人の男戦士が並び、得物を抜き放ちながら、ラージシールドを構える。

 そして、その後ろにブリタとアダマス。

 その後方でエラゴとリュハが敵性存在の分析を行っている。

 

 「いいねぇぇぇぇぇええええ」

 

 銀髪の悪意が狂気の笑い声をあげる。

 人を喰い滅ぼすことへの喜びか。

 

 「喋っ!」

 

 エラゴが驚いたような声をだしてしまうが、驚愕は一瞬。表情を引き締めて――

 

 「推定、吸血鬼(ヴァンパイア)!銀武器か魔法武器のみ有効!撤退戦!目を見るな!」

 

 はるか後方で待機させているアステルに聞こえるほどの大声で叫ぶ。

 これが合図だ。 今頃、この声を聞いたアステルは別働隊に連絡し、エ・ランテルへ救援を要請に向かっているだろう。

 

 ブリタが予め用意していた塗布剤。錬金術師が作れる、武器に触れると油膜を張るように、銀と同じ効果を持つ特殊な魔法薬を取り出そうとする。

 しかし、目の前にいる大柄の男が邪魔をする。

 

 「アダマス!何してんの、早くこれを使わないと」

 「ブリタさん、まだ間に合う。全力で逃げるんだ。 よく分からないけど、今すぐには襲いかかれない理由があるみたいだ。」

 「何を言って――」

 

 「もう……だめぇえええ! がまんできなぁああいいいいいい!!」

 たがが外れたような声を上げ、吸血鬼(ヴァンパイア)が踏み込む。

 前衛であるスパンダル目掛けて疾風を超える速度で襲いかかる。

 瞬きをする間も無く、凶気が戦士の胸を貫こうとしたその刹那――

 

 「クソァッ!!」

 

 一瞬の出来事だった。

 アダマスは咆吼し、ブリタの目の前から、仲間を守るべく大きく前に出ていた前衛戦士達のさらに前へと躍り出る。

 

 直撃だ。 吸血鬼(ヴァンパイア)の一撃は、アダマスの頑丈そうな鎧を砕き、皮と肉と骨を切り裂く――

 とブリタは思っていたが、実際に起こった出来事は正反対だった。

 

 「ぎゃぁあううっ!!」

 

 攻撃したはずの吸血鬼(ヴァンパイア)が吹き飛んでいる。

 ブリタにはアダマスが反撃をしたようには見えなかったが、まるで吸血鬼(ヴァンパイア)が与えるはずだった衝撃がそのまま跳ね返った様だった。

 アダマスは防御の姿勢のまま叫ぶ。

 「ここは自分にまかせて、来た道をまっすぐ下がるんだ!」

 「何を言ってやがる、お前は」

 ブローバが自分が守るはずの新人冒険者へ真っ直ぐな怒りの感情をぶつける。

 「何度も言わない、早く!!!」

 アダマスの叫びにブローバはそれ以上追及することができなかった。

 皆分かっていたのだ。この吸血鬼(ヴァンパイア)には誰も勝てない。全員で戦って皆殺しに遭うか、一人を犠牲にして7人が助かるか、どちらが冒険者として正しい判断なのか。

 一番経験の浅いはずの男の言葉を受け、エラゴはブリタ達へ冷静に告げる。

 

 「わかった、撤退するぞ!!」

 「はぁあ!?」

 「今の攻防を見たろう、このままでは全滅する。 冷静になるんだ、ブリタ!」

 

 エラゴの言葉にようやく事実を理解し、歯を食いしばる冒険者たち。

 その間吸血鬼(ヴァンパイア)は何をされたのか理解できず、戸惑っている様子だった。

 そして、次の攻撃を防ぐ為、見構えるアダマス。

 自分たちの無力さに打ちひしがれ、後進を犠牲にしなければならない不甲斐なさに、男たちの拳には血が滲んでいた。

 その中、エラゴが叫ぶ。

 

 「撤退!!!」

 

 命令に反応し、冒険者達は引き返し始める。ブリタだけが一度振り返り、小さく謝罪の言葉を残した。

 

 

          ●

 

 

 ナザリック地下大墳墓守護者、シャルティア・ブラッドフォールンは混乱していた。

 自らの主人より、赤と白の鎧を身に纏うアンデッドと遭遇した際は即時撤退を命令されていたが、人間と共に現れた全身鎧の人物を人間と決めつけ、殴りかかった結果、まるで自分自身に同じ強さで殴られたようなダメージを受けたのだ。もしかしたら、自分は主の命に背いたのではないかと焦りと戸惑いに苛まれていると、鎧の人物に動きを感じた。

 

 「吸血鬼(ヴァンパイア)よ、待ってもらいたい。 自分は敵じゃない。」

 

 鎧を含めた全高は同じ守護者であるコキュートスと同等がそれ以上だろうか、それほど巨大な男が両掌をこちらに突出し、戦闘を回避しようとしている。

 たしかにこちらから仕掛け、それを『跳ね返された』が、向こうからの攻撃をしてくる様子はない。

 敬愛する主人の為にも、一度冷静になるべきだと自分の本能が告げる。そして、もし戦闘になった場合、冷静にならなければいけない相手だと。

 アンデッドとしての本能が、自分たちのような存在にとって、この者は『天敵』であると教えてくれている。

 シャルティアは変身を解き、美しい美少女の姿に変わる。

 「これは失礼しんした。 こちらにも目的がありんしたので、それを邪魔しようとしたと思ったんでありんす。」

 「目的?」

 「青い髪の刀使いを追っていたのでありんす。」

 「青い髪…見てないな。自分たちが来た方向にはいなかった。 だから、それ以外の方向へ捜索することを勧めるよ」

 「そうでありんすね。 眷属よ!」

 

 シャルティアの足元で影が蠢き、あふれ出すように複数のオオカミが姿を見せる。無論、普通のオオカミとは違う。漆黒の毛並みは夜の闇をまとい、赤い光を放つ真紅の瞳は邪悪な叡智を宿しているのが見て取れる。

 それは七レベルモンスター、吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)

 シャルティアが保有する特殊技術(スキル)の一つ“眷属招来”で呼び出せるモンスターは複数あるが、その中で追跡できそうなのはこいつらしかいない。

 突如として現れたオオカミを見て、鎧男は冷静にシャルティアへ告げる。

 

 「自分の仲間を襲わせた場合、敵対行動と見なす。」

 「わかっていんす。 貴方と戦うことは相応の価値が無ければ避けるべきでありんしょうし。」

 「そうしてくれると助かる。」

 

 眷属は男が示した方向以外へと走り出す。

 

 「それで、貴方の名前は?」

 「名乗る程の者じゃない。 そもそも、この出会いは忘れてもらいたい。」

 「そう、まあ良いでありんす。」

 

 愛する主が教えてくれた相手かどうか、シャルティアは知る必要があった為、他の確認方法を相手に示す。

 

 「ならせめて、その兜を取ってくんなまし。 ああ、貴方がアンデッドだということは分かっていんすよ?」

 「へぇ、君にはそういう力があるのかい?」

 

 シャルティアのブラフにまんまと引っかかったお人好しが兜を外し、皮も肉も、眼球もないシャレコウベをさらした。

 

 「…か、カッコイイ…」

 「え?」

 

 シャルティアは男の素顔を見た瞬間、動かないはずの心臓が強く、大きく跳ねるのを感じた。

 主であるアインズが美の結晶であるなら、この男は逞しさの象徴。

 その鎧を脱ぎ、太くしなやかな骨の腕に抱かれる事は、女としてどれほどの幸福を感じられるのか

 つい平静を忘れ、陶酔してしまっていた。

 

 「ええと、ヴァンパイアさん?」

 「あ、ああ! こほん、何でもありんせん。」

 「そうかい。 誤解が解けたのなら、自分は撤退した仲間と合流したいんだけど、良いかな?」

 「そうでありんすね。 でも、解せないでありんす。 どうしてアンデッドである貴方が下等な人間どもと?」

 「いろいろあるもんだよ。」

 「なんとなく、分かりんす。」

 

 シャルティアは主人も、人間の振りをして市中へ出向かれていることを思い出し、自分なりに納得していた。

 

 「これは…」

 「どうかしたかい?」

 「いえ、眷属が何かを見つけたみたいでありんす。 青髪の男かどうかはわかりんせんが、そちらへ向かいんす。」

 「そうか。こんなことを言うのはおかしいかもしれないけど、気をつけてね。」

 「貴方も、夜道は気をつけなんし。」

 

 シャルティアは右手をヒラヒラさせながら、再び狂気的な姿に変身し、闇夜へ消えていった。

 

 

          ●

 

 

 「私のせいだ…」

 

 (アイアン)プレート冒険者チームはそれぞれに、後悔の念を抱きながら、拠点であるエ・ランテルへの帰路にいた。

 撤退途中、二分したもう一方のチームと合流し、都市への脅威となり得る吸血鬼(ヴァンパイア)の存在を伝え、その後別々に逃げていた。

 皆が無我夢中で逃げるなか、一人冷静に他チームへの引き継ぎや、撤退ルートの指示を出していたエラゴも今は憔悴しきっていた。

 皆が心身ともに消耗しているなか、一際落ち込んでいたのはブリタだった。

 

 「私が、誘ったから…」

 「アダマスは強い、この中の誰よりも。 だから、まだ諦めるな。」

 

 ボルダンがブリタの肩を叩き、落ち着いた声を掛ける。

 

 「ヴァンパイアの動きが見えなかった…、気付いたらあっちが吹き飛ばされていたんだものな」

 「もしかしたら、あのヴァンパイアよりアダマスの方が強いんじゃないか?」

 

 スパンダルとブローバが希望的観測から思い浮かぶ言葉を並べる

 

 「じゃあ、なぜ我々を逃がした。 あんな、必死になって。」

 「それは…」

 

 エラゴの疑問にリュハをはじめ、誰も答えられなかった。

 

 「アダマス…いいヤツ…」

 「そうね、あいつがいなかったら私たちは皆殺しにされてたわ」

 

 「俺たちができることは、一刻も早くあの脅威をエ・ランテルに知らせることだ。 今はその事に集中しよう。」

 

 ブローバの言葉に皆が深くうなずき、小さくなりそうだった歩幅を、力を込めて大きくしていった。

 

 

 「あれ、何か音が聞こえない?」

 

 「何も… ん?いや、聞こえるぞ!!」

 

 「この金属音は!」

 

 冒険者チームは希望と祈りを胸に振り返ったその先に、美しい赤と白の鎧を身に纏う巨大なお人好しが一生懸命に走る姿が見えた。





 吸血姫「やっぱり連絡先くらい聞いておけばよかった!! でありんす。」


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四話 「英雄との邂逅」


 謎の吸血鬼(ヴァンパイア)との戦闘をなんとか回避することができたアダマスと(アイアン)プレートの冒険者ら一行は、満身創痍でエ・ランテルに辿り着く。
 その到着前夜、英雄が誕生していたことを彼らはまだ知らない。


 

 

 アダマスと(アイアン)プレート冒険者たちがエ・ランテルに帰還するころには出発から二日経った明け方になっていた。

 

 出発した時はまだ平時通り、いつもと変わらず適度に活気の無かった街は騒然としていた。

 街の人々が口々に噂する「黒き英雄」「英雄の誕生」

 正直アダマスに心当たりはあった。 自分が冒険者組合に登録した直後にすれ違った、漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだあの男だ。

 しかし、それ以上にアダマスを驚かせたのは『漆黒の剣』全滅の噂だった――

 

 緊急事態を報告する場合、複数人で見たこと感じたことを伝えなければならない。 人間の感覚は非常に曖昧であり、非常な環境で遭遇した出来事であれば尚更である。

 その為に同じ状況に居た者の多角的な意見を総合することで、ようやく真実が見えてくる。

 しかし、当事者―冒険者たちはアダマス以外疲れ切っており、まともな説明が出来そうになかったのでそのまま宿屋で休ませることとなった。

 こうなれば代表して、アダマスが冒険者組合に事の次第を報告せざるを得ない。

 

 あの吸血鬼(ヴァンパイア)がユグドラシルプレイヤーであり、特殊な変身によって精神を狂気状態にさせられていたために冷静な判断ができず襲われた…、美少女の状態であれば、会話は可能― という保証はどこにもない。

 一〇〇レベル級という、この世界では初めて遭遇した危機を先ず伝えることで、無為に人間を危険地帯に近付かせないことこそ、今自分が行わなければならないことだと、アダマスは考えていた。

 ただ、力試しや怖いもの見たさで足を運ぶ者が居れば…何があっても自業自得だろう。

 

 冒険者組合に着き、やや目立つように大きな音を立てながら扉を開く。

 中へ入ればほぼ全員がアダマスに注目する。 正直、このテの視線は未だ慣れないが、状況が状況なだけに我慢する他ない。

 

 奥のカウンターに目を向けると、歴戦の戦士を思わせる壮年の男性が受付嬢と話をしていた。 嬢の態度から、組合の中でも上位にいるものだと分かる。

 

 「緊急事態です! どうか、聞いていただきたい!!」

 

 アダマスは歩幅を広く、急ぐ演技の早歩きで受付に近づき、カウンターテーブルに高く上げた両手を打ち付ける。

 注目してもらう為にできることの一つ、会議をしている時に眠そうに話を聞いている人や他の事を考えている人を本題へと意識を戻す方法だ。

 リアルでの社会で得た知識がこの世界でも役立つのかと、一時自分自身の思考が本題からズレてしまったが、すぐに前へと向き直る。

 慌てた様子の冒険者に壮年の男性が真剣な眼差しを向ける。

 

 「落ち着き給え、何があったのかな? 私はこの街で冒険者の組合長を務めている、プルトン・アインザックだ。」

 「(カッパー)プレートのアダマス・ラージ・ボーン。 組合長、吸血鬼(ヴァンパイア)が出現しました。」

 「ん。 奥で話を聞こう。」

 

 男性の問いにアダマスは組合に入ってきた時より声色を落ち着いたものに変え、静かに答えると、アインザックは表情をより引き締めて奥にある会議室のような場所へと案内した。

 

 

 

 「さぁ、アダマス君。そこへかけたまえ」

 「失礼します。」

 

 室内に入ったアダマスは少し驚いていた。

 この部屋の中に魔法が張られている為だ。 恐らく情報を外部に漏らさないような類のものだろう。

 この世界にきてから、部屋全体に魔法がかけられた場所等、キーン村の村長邸にある一部の部屋くらいしか見たことがない。

 

 アダマスが席に座ると、アインザックが口を開く。

 

 「それでは、何があったのか、具体的に説明してくれ」

「はい。自分は(アイアン)プレートの冒険者の護衛として、野盗の塒調査に同行していました。しかし、目的地についた我々の見たものは、凶悪な吸血鬼(ヴァンパイア)だったのです」

 「特徴は?」

 「長い銀髪で大口。恐怖が結晶化したような恐ろしい化物でした。」

 

 あまりに詳細を話すのも、例の吸血鬼(ヴァンパイア)に不快を買いそうなので、アダマスは冒険者組合に関わる者として最低限の情報のみ伝えることにした。

 

 「君は…(カッパー)のプレートか。 ふむ、私にはわかるぞ、君が本来の力を発揮すればミスリル…いや、オリハルコンクラスの実力の持ち主だと。」

 「それほどでもありませんよ。」

「謙遜などする必要はない。そんな君が脅威と言う吸血鬼(ヴァンパイア)が出現したとなれば一大事だ。しかし、最近の昨今の組合は豊作だな…」

 「なにか…?」

 「なんでもない、こちらの話だ。 それより――」

 

 アインザックはテーブルに上に置いてあった金属製のベルを鳴らす。

 音に特異な違和感を覚える。部屋に張られた魔法を突き抜けて外へと聞こえるような魔法がかけられているのだろう。

 すぐに駆け付けた数人の組合員と思われる男性にアインザックは告げる。

 

 「この街にいるミスリルプレート冒険者に、至急ここに集まるよう伝えてくれ。 わかったな、至急だぞ?」

 

 組合員達は一つ頭を下げると急ぐ様子で部屋を後にする。

 再び二人だけとなった部屋で、アダマスは気になっていたことをアインザックに話す。

 

 「ところで…『漆黒の剣』に何があったのか、ご存知ですか?」

 「ああ、彼らか…将来有望な冒険者チームを失ったことは、私もとても残念に思っているよ。 噂程度のことしか話せないが、それでも良いかな?」

 「はい、構いません。」

 「あるアンデッドを使役する闇の組織によって殺されたらしい。三名は動死体(ゾンビ)と化し、一人の魔法詠唱者(マジックキャスター)は酷い拷問を受けていたとか…。 なんと惨たらしいことか…。」

 

 アインザックは顔に手を当てて、声を震わせながら伝えられる範囲をアダマスに告げた。 その指の間からは、悲痛な表情が見て取れた。

 

 「しかし、モモンくんがその仇を取ってくれたんだ。 素晴しい活躍だったと、墓守の衛兵から聞いたよ。」

 「モモン…ですか。」

 「知っているのかね? ああ、もう今や時の人だからね、この街に入った時点で聞こえてくるだろう。 『漆黒の英雄』と呼ばれているよ」

 

 アダマスは件の組織に対して深い怒りを感じながらも、『モモン』という名前に意識を取られる。その名前に心当たりがあるのだが、「まさかそんな安直な偽名はつけまい」と思い当たる人物の名前を頭の片隅へと追いやる。

 思考を切り替え、アダマスはアインザックに二つ目の質問を投げかける。

 

 「実は『漆黒の剣』とは面識がありまして、一度墓へ赴きたいのですが、どこにあるか教えてもらえませんか?」

 「それは構わないが、例の組織が共同墓地で騒動を起こしてね、今は荒れてしまっている為に立ち入ることができないんだ、墓地が整ったら、また教えるよ。」

 「ありがとうございます。」

 

 アダマスは深く頭を下げ、感謝の言葉を伝える。

 その様子を見たアインザックはアダマスに一つの提案を告げる。

 

 

          ●

 

 

 アインズはシャルティアが反旗を翻したとアルベドより連絡を受けた後その居場所を確認していた。

 その時、宿屋で待機させていたナーベから「冒険者組合の使いのものが、脅威となる吸血鬼(ヴァンパイア)が出現したので、組合まで来て欲しいと告げてきた」との報告を受け、シャルティアとの関連性を確信したアインズはその呼び出しに応じることにした。

 

 「さぁ、モモン君。空いている席にかけてくれ」

 

 部屋にいたのは七人の男、武装したもの、していない者、ローブを着た者たちがいるが、アインズが一番注目したのは、赤と白の大鎧を身に纏う、ミスリルプレートを首からさげた男だ。 以前からこの男には“アンデッド”の気配を感じていたのだ。

 全員の視線を浴びながらアインズが椅子に座ると、武装をしていない壮年の男性が口を開く。

 

 「まずは自己紹介をさせてもらおう。私がこの街で冒険者組合長を務めている。プルトン・アインザックだ。 そしてこちらが――」

 「既に吸血鬼(ヴァンパイア)が出現したと聞かれたと思いますが、その吸血鬼(ヴァンパイア)を発見した、アダマス・ラージ・ボーンです。」

 

 椅子に座る男たちのなかで、アインズだけが微妙に反応を示してしまう。

 テーブルに乗せた手が少し動いた程度ではあるが、歴戦の戦士である周りの人間達はその動きを察知する。

 

 「知り合いか?」

 「いや…なんでもない。」

 

 アンデッドの身になったとはいえ、微細な心の動きが訪れることはある。

 こういった咄嗟の反応はまだまだ課題だとアインズは苦慮しながら、今耳にした名前をしっかりと心に刻み込む。

 『ラージ・ボーン』それこそ、アインズが求めていた答えの一つだった。

 

 アインザックは次にエ・ランテルの都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア。魔術師組合長テオ・ラケシル、そしてミスリルプレートを下げた三つの冒険者チームの代表三名、イグヴァルジ、ベロテ、モックナックを紹介する。

 組合長は席についたあと、ひと呼吸置いてから再び口を開く。

 

「多忙なミスリルの君たちが、急な招集に応じてくれたことに感謝する。 早速だが本題に入ろう。 二日ほど前の晩エ・ランテル近郊の森で吸血鬼(ヴァンパイア)と思しきモンスターと遭遇し、彼の話では外見は銀髪で大口という印象が強く残っていたそうだ」

 

 その特徴から、シャルティアを知る者が聞けば、彼女を連想することは容易だ。吸血鬼(ヴァンパイア)の正体はアインズの中ではもはや確定事項となった。

 (アダマスがシャルティアと遭遇したとしても、反旗を翻させられるようなワザを彼は持っているのか?いや、そんな話は聞いていないし、それにあの『アダマス』がそんなことをするだろうか)

 

 アインズが幻影の眉をひそめている間に、話はその先に進んでいく。 

 

 「吸血鬼は対象を吸血することで絶対服従の配下に出来る。やつがこのエ・ランテルに侵入したら一大事だ。」

 「まさか共同墓地の事件と関係が?」

 「おお、昨晩モモンさんが解決したという」

 「あの程度の働きでミスリルとは羨ましい限りだ」

 ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』代表者イグヴァルジがアインズを睨みながら、険のある声を発した。  

 

 「昨晩の墓地での一件は、首謀者の遺留品からズーラーノーンの仕業だと判明している。」

 「ズーラーノーン、あのアンデッドを使う秘密結社か。 ならば、やはり吸血鬼と関係が?」

 「陽動かもしれない。 だが、判断するには、情報が足りな過ぎる」

 「ヴァンパイアが確認された付近に洞窟があることがわかっている。まずはそこに偵察隊を」

 「少し、良いでしょうか?」

 

 自己紹介以降、黙していたアダマスが手を挙げて、発言の許可を求める。

 「ああ、どうした、アダマス君?」

 

 「あの吸血鬼(ヴァンパイア)に対して、これだけですか? いや、そこのモモンさんならあるいは…」

 

 「なんだと!? だいたい何だこの男は!俺はアダマスなんて知らないぞ!そこのモモンもそうだ! 俺にはこいつらが名も売れてないウチにミスリルになれる程とは思えないね!」

 イグヴァルジが椅子を倒しながら立ち上がり、青筋を立てながらアダマスを睨みつける。

 その態度にアインザックが宥めるように告げる。

 

 「モモン君は、昨晩の一件で証明されているだろうが…アダマス君、何かわかりやすく皆に君の実力を示す方法はあるかね?」

 「まあ、無くもないですけど… それじゃ、何か硬いもの、用意してもらえますか?」

 

 

 

 アインザックが使いを走らせ、持って来させたものは長さ一五センチ程、厚み八センチの黒光りする重厚なインゴットだった。

 笑みを我慢できずに口端をこわばらせながらアインザックは口を開く。

 「これは未加工のアダマンタイトのインゴットだ。申し訳ないね、アダマス君、今すぐに用意できるのは、これくらいしかなかったんだ。」

 アインザックの言葉にアインズとアダマス以外の男たちは目を丸くしていた。

 それもその筈、アダマンタイトはこの国でミスリルやオリハルコンを超える至高の金属であり、最高峰の鍛冶師でなければ加工は不可能という程の硬度を誇る。鍛え上げればドラゴンの牙にさえ耐えられると言われる金属を「これくらい」とアインザックが表現した為だ。

 これはアインザックのアダマスへの挑戦でもあった。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の強さを皆に伝える為に効率よく話を進めなければならないことは分かっていた。それでも戦士として、一人の男としてアダマスの実力に興味があったのだ。そんな熱の入ったアインザックの思いはアダマスの一言で一気に冷却される。

 

 「そうですね、まぁ…これくらいですよね。」

 「は?」

 

 アインザックが口を大きく開けたまま唖然としている中、アダマスがインゴットを左手で胸の高さまで持ち上げ、片方の手を頭の上まで上げ、その手首は手刀の形を作る。 その様子をみた周りの男たちがざわめきだす「まさか…」と

 

 「ふん!!」

 

 ――ゴトッ

 

 「嘘だろ…」

 

 その声が聞こえた直後、硬く重いと音を立て、インゴットがテーブルの上に落ちる。 ただ、落ちただけではあるが…イグヴァルジが信じられないでいるのは、まだアダマスの左手にインゴットが握られている為だ。

 真っ二つに切断されたインゴットの断面は顎が外れそうになっているアインザックをはっきり映す程の、まるで鏡面の如く美しいものだった。

 アインズ以外の誰も手刀が振り下ろされた軌道をその眼で捉えることができなかった。

 

 「何かのトリッ――」

 「お見事!!」

 

 イグヴァルジがアダマスに疑いの言葉をぶつけようとするのを遮るように、二名のミスリル級冒険者チーム代表者が全力の拍手と喝采をアダマスへ向ける。

 

 「素晴らしい!今のはどのような武技をお使いになられたのですか!?」

 「いやいや、ミスリルどころではありませんでしたな、私も少しあなたの実力を疑っていたのですが、いやぁ、申し訳ない。」

 

 「な…ぁ…」

 

 立ち上がったまま、何も言えずに俯いていたイグヴァルジはゆっくりとした動きで自分で椅子を立て直し、そこに座る。

 魔術師組合長と都市長も一言も発することができず、ただただ呆然としていた。

 

 室内の騒がしさが一段落したところで、アインザックがわざとらしい咳払いをする。

 

「ええ、おほん。これで、アダマス君の実力は分かってもらえたかな? そのアダマス君が手も出せず、脅威とする吸血鬼(ヴァンパイア)だ。どれ程の化物か、理解してくれただろうか。では、話を戻そう、ズーラーノーンとの関連性を確かめることを含めての、偵察隊の編成だったな」

 

 アインザックの話を聞き、一人落ち着いていたアインズが言葉を発する。

 

 「その吸血鬼とズーラーノーンとは関係がない。」

 「何か知っているのかね?」

 「その吸血鬼の名は…ホニョペノト…」

 「は?」

 「ホニョペニョコだ!」

 

 アインズは自分で考えた完全無欠な偽名を自信満々に言い直す。 かなりゴリ押し気味に。

 

 「その…ほにょ…吸血鬼の名を何故君が知っている?」

 「私がずっと追っている奴だからだ。少々因縁があってな。かなり強い。偵察は私のチームで行う。もしその場にいたのなら私が滅ぼそう」

 

 イグヴァルジが何か言いた気に口を開くが、先の一件がトラウマになってしまったのか、その一言は飲み込まれる。

 漆黒の戦士が発する自信と決意に満ちた覇気に、その場に居たものは空気が色濃く揺らいだ気さえした。

 

 「自信があるのかね?」

 「切り札はある… 魔封じの水晶だ。」

 

 

          ● 

 

 

 最終的に、漆黒の戦士モモンが一チームで討伐に向かうことで話は完結した。

 会議が終わったあと、冒険者組合長、魔術師組合長、都市長の三名が部屋に残り、冒険者達は部屋を出ようとした時、イグヴァルジが一番初めに出て行った。

 その目を見たアダマスは、嫉妬からモモンを出し抜く為の準備をしそうな気がしていたが、ただ、彼の足手まといにだけはならないことを願った。 

 

 部屋を出て、一緒にエ・ランテルに戻ってきた(アイアン)プレートの冒険者達の休んでいる宿屋へ向かおうとした時、後ろから肩を叩かれる。

 振り向けばそこに居たのは、これから過酷な戦場へ向かおうとする英雄だった。

 

 「少し、良いだろうか?」

 「なんでしょうか?モモンさん。」

 「君は…いや…。 アダマスさんは、その吸血鬼(ヴァンパイア)と戦ったのですか?」

 「戦ったというか…一度攻撃を受けましたが、こちらからは反撃していません。」

 「そうですか。」

 

 アダマスはモモンが小さな安堵のため息をこぼしたように感じたが、直ぐに気のせいだろうと頭の中で処理をする。それ以外に、モモンに聞きたいことがあった為だ。

 

 「…モモンさんが、『漆黒の剣』の仇を取ってくださったんですよね」

 「ええまあ、そうなりますね」

 「ありがとうございます。」

 

 事実を確認できたアダマスは深々と頭を下げる。

 命を助けることはできなくとも、確かにモモンが仇を討てばそれだけで充分だった。時間が経てば仇は行方をくらませていたかもしれない為だ。

 情報の少ない今のアダマスでは、確実にズーラーノーンを追い詰められる保証はない。

 モモンはアダマスの肩に手を添え、顔を上げるのを促しながら『漆黒の剣』との出来事を話し始める

 

 「そういえば、彼らがアダマスさんの事を話していましたよ。 とても素晴らしい戦士だと。」

 「光栄です。彼らこそ、素直で優しい…仲間想いの良い冒険者でした。」

 「まったくです。」

 

 兜ごしに同じ想いを抱くことができたことを喜び、二人は固い握手を交わして、それぞれの目的地へと向かう。

 

 

          ●

 

 

 アインズは宿屋にて仲間と合流した後、アルベドにメッセージを飛ばす。

 「アルベド、例のアダマスと会った。 彼がシャルティアの発見者だったとはな」

 「まさか、アダマスがシャルティアをあの状態に?」

 「いや、やつにそんな特殊技術もアイテムもないはずだ。」

 「例のスパイが公開した情報以外の能力や、もしくはこの世界で得たものという可能性は…」

 「無いとも言い切れないが、むしろそのスパイの線の方が濃厚だろう」

 「未だ、アダマスとの密な接触は難しそうですね。」

 「そうだな、先ずはシャルティアの状態を詳しく知る必要がある。事を判断するには情報が少なすぎるからな」

 「畏まりました。手筈、整えておきます。」

 「頼んだぞ、アルベド。」

 

 

          ●

 

 

 

 「あれがモモン、戦士というより…。 まぁ、今は関係ないか。」

 

 アダマスはブリタ達の泊まる宿屋へ向かう。

 部屋に着くと、ブローバ、スパンダル、ボルダン、エラゴ、リュハ、アステルの六名はベッドでぐっすり眠っていた。

 一人、ブリタだけが起きている。 その顔は怒っているようにも見えた。

 

 「アダマス…」

 「は、はい。なんでしょうか…」

 

 アダマスは自分が何かやらかしたんだろうと、心の中で叱られる準備をしながら、背筋を伸ばす。

 

 「ごめんなさい!」

 「へ?」

 

 だが、返ってきた言葉は怒りではなく、謝罪だった。

 

 「私がさそわなければ…あんなことには」

 「え、あ、いや…関係ないですよね、それ。」

 

 「それでも、私のせいで…」

 

 「そうそう、それです!先ず自分から言おうと思ってたんですよ。ブリタさんのおかげで、これ。」

 

 そう言ってアダマスは胸に下がるミスリルのプレートをブリタに見せる。

 

 「今回の働きでミスリルのプレートに昇格しましたーって。まぁ、これ仮に、なんですけどね。 組合長が、これからミスリルに見合った仕事を斡旋してくださるみたいで、それを上手くこなせれば、正式にミスリルになれるみたいです。 ブリタさんに誘ってもらったおかげですよ。 本当は地道に昇格試験みたいなの、受けないといけないんですよね?」

 

 「まあ、そうだけど…」

 「そういうの飛ばしてこれだけ上のプレートもらえるなんて、ラッキーでした。」

 「あんたはホント…お人好しだねぇ」

 「よく言われます。 あとそれ、褒め言葉じゃないですよね。」

 「何言ってんの、褒めたのよ。バカ」

 

 「ほんとに…心配したんだから…」

 「すみません。」

 

 「バカ…」

 

 厚く、硬いアダマスの鎧胸部にブリタは額を当てながら、啜り泣く。

 何度も拳を胸元に当てながら――

 

 

 

 

 部屋の奥にあるベッドで寝たふりをしていたブローバが小さな声でとなりのスパンダルに囁く。

 

 「なあ、すっげぇ起き難いんだが」

 

 「私もだよブローバ」

 

 「出歯亀だ」

 

 「我々も一言、お礼でも言うべきではないか?」

 

 「でもこの状況じゃ」

 

 「まじ…むり…」

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

 先日大きな戦闘があった共同墓地の修繕が終わってから、アダマスは一人で『漆黒の剣』の墓参りに訪れた。

 ここに来る前に「ニニャ」とはどう書くのか冒険者仲間に聞いた甲斐もあり、すぐに目的の墓石を見つける。

 

 「ニニャさん…」

 

 アンデッドになり、人間の頃よりは精神の変動は少なくなってはいるが、知人を失う喪失感は、どうあっても消えることはなかった。

 大切なものを失う度、自分の無力さを痛感する。 大切な人、大切な場所、それらを自分は何度失えば良いのだろう。

 

 「ねぇ、アダマス」

 「うぉ!?」

 

 声のした方向へ振り向くと、そこにいたのはブリタだった。

 

 「そこに眠ってるのは、誰?」

 「え、ああ…ブリタさんに出会う前に、会った冒険者チーム『漆黒の剣』のお墓だよ」

 「へぇ」

 

 一〇〇レベルの自分がブリタさんの接近に気付かないなんて、そんなに彼らの死はショックだったのか、とアダマスは自身の精神状態を冷静に分析する。

 

 「それより、なぜここにブリタさんが?」

 「いやあ、アダマスっていつもフラフラどこかに行っちゃうから、心配で。」

 「いつも? ええ、まあ…ありがとうございます。」

 

 会話に違和感を覚えながらアダマスは落ち着いた声で受け答えをする。

 

 「あのモモンって人は気をつけた方が良いよ?」

 「ブリタさんもモモンさんを知ってるんですか?」

 「最近冒険者になったばかりで、いきなりミスリルプレート、んで吸血鬼(ヴァンパイア)を倒して今やアダマンタイトのプレート持ち、あれは絶対に怪しい」

 

 「それを言ったら自分もですよ。一応正式にミスリルプレート持ちになりましたから。 それにしても…そうか、倒したのか、モモンさんはすごいな。」

 「いやいや、あの吸血鬼(ヴァンパイア)だったらアダマスも倒せたでしょ?」

 「それは分かりませんよ。鎧は頑丈でも、魔法への耐性は自信ありませんから。 もし魔法を使われていたら、危なかったです。」

 「え? あ…そう、なんだぁ。 ふーん。」

 

 アダマスが宿屋で話したときと随分雰囲気の違うブリタに困惑していると

 

 「とにかく、あのモモンって冒険者。あんまり近づかない方が良いよ。 これは先輩としての忠告ね。」

 

 「ありがとうブリタさん。よく覚えておきます。」

 

 「よろしい。やっぱり、アダマスはそうでないと。」

 

 その口調にまるで、随分と昔からの知り合いのような気分になるが、あんな事件の後なんだから、今まで以上に親密になることもあるかもしれない、と思い直す。

 

 「それじゃ、アダマス。 またね」

 

 そういって、ブリタは左手をヒラヒラさせながら共同墓地を去っていった。

 

 「はい、また。」

 

 その後ろ姿が見えなくなるまでアダマスは見守っていた。

 

 






 イグヴァルジ「このやろう!! 離しやがれ!ぶっ殺すぞ!!!」

 アインズ「結局こうなるのか…」





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幕間 死の支配者サイドその3


 シャルティアが精神支配を受けた一件から、ひと月が過ぎようとしていたある日、ナザリック地下大墳墓最高支配者アインズ・ウール・ゴウンは、これまでの『アダマス』に関連する出来事を各階層守護者に伝えるべく、話をまとめる為にアルベドの待つ自室へと向かっていた。




 

 「おかえりなさいませ、アインズ様。 お食事になさいますか? お風呂ですか? そ、れ、と、も…」

 「それはもう良い。」

 「…畏まりました。」

 十日ぶりに自室に戻った主に、続いて投じられたアルベドの言葉をアインズが止める。アルベドは少し肩を落としながらも表情を引き締める。

 十日前にも受けた『新婚ごっこ』はアインズにとっても対応に困るものだった為だ。

 

 「アルベドよ、早速だが、情報のすり合わせを目的とした報告会をはじめるぞ」

 「はい、かしこまりました」

 

 アインズは自分の椅子にドカリと座る。それからテーブルを傷つけないよう、静かに金属製の延べ棒を置き、優秀な秘書でもあるアルベドに話しはじめる。

 

 「これはただのアダマンタイト製のインゴットだが、延べ棒にされた後に鋭い刃物で切断されたような断面があることはわかるな? その断面はかのアダマスが手刀で作ったものだ」

 「たしかアダマスは鎧剣士と伺っていたのですが…」

 「その通りだ。 私も驚いたよ、それで記念にもらってきたんだ。」

 

 アルベドはアインズの楽しそうな声に慈母のような深い笑みをたたえる。

 

 切断されたアダマンタイトのインゴットはアインザック組合長が、アダマスの飛び級でのミスリルプレート授与に文句を言う者に対して、その力の証明に残しておいた物の片割れだ。 一つを証明用、一つをコレクションにしたいと願うアインザックに対し、少し強引に強請ってアインズは手に入れた。

 ナザリック地下大墳墓支配者、アインズ・ウール・ゴウンにとってアダマンタイト程度の金属に固執する理由はない。 これは始めてアダマスとまともに言葉を交わした記念であり、証なのだ。

 瞳を持たない眼窩を輝かせながらインゴットを見つめるアインズに、アルベドは優しい声で告げる。

 

 「それではアインズ様、アダマスに関するこれまでの総括を行ってよろしいでしょうか?」

 「ん、頼む。」

 

 「それでは先ず、アインズ様の指示で先日シャルティアが出発した頃より、アダマスの調査はデミウルゴスにも協力させた結果、いくつか進展がございましたので、その内容を報告させて頂きます。」

 「そうだな。 私の命令通り皆が動いてくれれば、アダマスと敵対することは先ず無いはずだが、シャルティアとデミウルゴスは場合によって、そうなる可能性があった為に他の守護者よりも先んじてアダマスの事を伝えなければならなかった。 であれば、ナザリック随一の智謀者であるデミウルゴスの知恵を調査に活かせるのではないか、と思ったのだが…上手くいったようだな。」

 「はい、私には思いつかなかった方法をいくつも提示していましたから。」

 「すまない、話の腰を折ってしまったな。 続けてくれ」

 

 「とんでもない。 では、続けさせて頂きます。 デミウルゴスの提案で、物理的及び魔力的な調査範囲をキーン村周辺に仕掛けられたトラップの設置地域外まで広げました結果、不自然な大穴を発見いたしました。 その中心には小石が落ちていたのですが…流石はデミウルゴスです、私であれば見逃していたその小石を綿密に調べ上げた結果『特殊技術(スキル)の残滓』が確認されました。」

 「スキル、だと?」

 「はい、アダマスか『高レベルトラップ使い』の仕業ではないかと思われます。」

 「ふむ、『高レベルトラップ使い』…長いな、これからはその『高レベルトラップ使い』のことを『キャンサー』と呼称しよう。」

 「きゃんさー…ガン細胞、ということでしょうか? 例のギルドを人体に例えて、内部から崩壊させた存在、そういう意味ですね? 素晴らしいネーミングセンスと思います。 畏まりました、以後トラップ使いは『キャンサー』と呼称いたします。」

 

 「ん、まぁ…それだけじゃないんだけどな…」

 「はい?それはいったい…」

 「いや、今すぐには関係のないことだ。 続けろ」

 「失礼いたしました。 では次に、こちらもデミウルゴスの発案なのですが、アダマスやキャンサー以外にも、キーン村自体を深く調べてみたところ、どうやら村長は最近変わったらしく、新しい村長になってから急に景気がよくなっているとか。」

 「まあ、指導者が変わればそういうこともあるんじゃないのか?」

 「それはあり得ますが、ただ、その村長が行っている施策は、その殆どが先進的で、数百年は先の思考を用いていると言われています。」

 

 (今のこの世界の文明が中世とするなら、現代的…といったところか)

 

 「あと、これは未だ確証を得られていないのですが、お耳にいれておくべきとデミウルゴスから進言がありましたので、ご報告させて頂きますが、例のキーン村の村長は、スレイン法国と繋がっている疑いがあります。」

 「なんだと?」

 「カルネ村を襲った騎士団と、キーン村を襲った者共の装備は酷似しているのですが、それ自体が不自然だと、デミウルゴスは申しておりました。 村人に『帝国の仕業である』と知らしめるだけであれば、騎士団は一個だけで良いはず。何故わざわざ二部隊も編成する必要があったのか。 本来は、一部隊だけで各村を襲うはずだったのではないか。 とのことです」

 

 「不自然であることには何か理由がある…ということだな?」

「はい。デミウルゴスも自身の中でまだ纏まっておらず、彼には珍しく直感的に、村長と法国との繋がりを感じており、アインズ様にその旨を伝えることで何か助言を頂けるのではないかと、甘慮(かんりょ)しているようです」

 「いや、甘いとは言わない。むしろ、あのデミウルゴスが私に助言とはな…やつもようやく私に…いや、それでも直接話してこない辺りは、まだまだかも知れないな。」

 「守護者の地位にありながら、アインズ様のお手を煩わせるなど…」

 「よい、よいのだアルベド。 私は、お前たちに頼られることは…その、なんだ、嬉しいのだ。」

 

 「アインズ様…」

 

 アルベドは口元に手を当て、感動の涙が溢れそうになる。

 真っ赤になるアルベドの顔を見て、慌ててその涙を拭うアインズ。

 

 「まぁ、そういう事だ。 アルベドも、遠慮することはないのだぞ? 私が力になれることなら、何でも言うが良い。 私は、お前たち皆を愛しているのだから。」

 「あ゛い゛ん゛ずざま゛あ゛~~」

 

 今度は鼻水まで零しながら号泣するアルベドの変貌に、アインズはどうして良いかわからず逡巡した後、自分の胸に抱き寄せる。

 

 「今だけだぞ、落ち着いたら。 また報告会の続きをしよう」

 

 アルベドは長い間、アインズの胸で啜り泣く。

 冷静になってからも肉のない骨だけの胸板を優秀な秘書は十分以上は堪能していた…

 

 

          ●

 

 

 「なあ、アルベド、そろそろ…良いか?」

 「し、失礼しました。 んんっ、はい、それでは続きをいたしましょう」

 

 「よろしく頼む」

 「あ、ど、どこまで話しましたでしょうか?」

 「キーン村の村長が法国のスパイではないか、というところまでだ」

 「そ、そうでしたね!大変申し訳ございません!!」

 

 「それで、確証を得られないデミウルゴスが私に助言…か。 ところでアルベド、そのキーン村の村長の名前は、分かるか?」

 「はい、ヴァーサ・ミルナとか」

 「ヴァーサ…ミルナ…、ヴァー…ミルナ? ん?どこかで…タブラさんが、たしかシーシュなんとか神話について教えてくれたときに、似たような名前を聞いた気がするな」

 「た、タブラ・スマラグディナ様ですか!?」

 「いや、そんな気がするだけだ。それに、その村長とタブラさんは関係ないだろう。 問題はそこではなく、『タブラさんが知っている神話に関連する名前が、この世界の住人に付いている』ということだ」

 「申し訳ございません、思慮が及ばず、私にはどういった意味なのか…」

 「良い、お前の全てを許そうアルベド。 つまり、キーン村村長、ヴァーサ・ミルナは『ユグドラシルと関わりがある可能性が高い』ということだ。 NPCか、もしくはプレイヤー、この世界に転移したプレイヤーが名付けたという可能性もあるが、どれであったとしても、警戒が必要なことには変わりないな」

 「流石はアインズ様!その者の名前を聞いただけで、そこまで把握されるとは!デミウルゴスも咽び泣いて歓喜することでしょう」

 

 「そこまでは行かないだろうが、私は流石デミウルゴスに感心しているぞ。 村長の存在に目をつけ、さらに情報を私に報告すれば何か思いつくだろうと考えつく、素晴らしい部下を持つ私は幸せものだよ。 もちろん、お前がとなりに居てくれることも、いつも嬉しく思っているぞ、アルベドよ」

 「アインズ様…私は…」

 

 「もう泣くなよ?」

 

 「あ、はい。」

 アインズは再び瞳を潤ませていたアルベドを見て、真顔で感情の噴出を抑えさせる。

 

 

          ●  

 

 

 「それでは、私とデミウルゴスからの報告は以上となります」

 「ん、よくやってくれた。感謝するぞ。」

 「感謝などもったいない!」

 「あ、ああ…そうか」

 

 (ありがとうって言いたいけど、言ったらこれだもんな。もっと上手く感謝を表現したり、伝える方法、考えなきゃ)

 アインズはシモベ達とのコミュニケーションについて苦慮しながら、一つ大事なことを思い出す。

 

 「そうだ、これだけは伝えておかなければな」

 「はい、何でしょうか? 何なりとお申し付けください」

 「シャルティアが精神支配された件にキャンサーが関わっている可能性もある、そろそろアダマスとキャンサーについて、他の守護者にも伝えるべき時が来たのだろう。」

「そうですね、私もそう思っておりました。それでは、守護者各員に招集をかけましょう」

 「いや、今すぐでなくて良い。 リザードマンの一件で、皆が集まる時があろう。その際に話す。 いちいち呼び出しては、効率も悪いだろうからな。」

 「かしこまりました」

 

 「今のうちに伝えるべきことを整理しておこう、アルベドよ手伝ってくれるか?」

 「もちろんです。しっかりと補佐できるよう、よろしくお願いいたします」

 

 守護者達に伝えるべき情報、アダマスとキャンサーについて、この世界に来てから得られた内容と、アインズが知っているユグドラシル時代の内容とを整合させ、必要なことのみを抜き出す。

 

 「まず、アダマスについてだが。 あれの危険性は低い。会話での戦闘回避が容易な上、最終的な判断基準は『利益』だ。 二つの勢力が戦争を起こす際、判断基準を持っていなかったり、互の言い分の正当性が同等である場合、アダマスは『自身に利益のある方』を助ける。 ただし、その『利益』は『名声』に重きを置いている為に、非人道的な行為はアダマスの攻撃対象となってしまうだろうが、ナザリックの方針は問題ないはずだ。」

 「アインズ様の慈悲深い施策は必ずやアダマスも共感することでしょう」

 「そうであることを願うよ、何せ、もしアダマスと一対一のPVPになれば、私は奴に勝てないのだからな」

 「何をおっしゃいます、圧倒的不利を跳ね除け、あの勝利を掴み取られたアインズ様であれば――」

 「たしかに、私とシャルティアの相性は最悪だったが、アダマスはそれ以上に最悪なんだ… 最悪以上に最悪とは、一体どう表現すれば良いかもう分からないレベルではあるがな」

 

 「それは…アンデッド以外の、我々守護者も同じことでしょうか?」

 「そうだな、正直アレと一騎打ちは避けたほうが良いだろう。 『対一騎打ち専用種族』と言っても良い。あの種族で乱戦に飛び込むのはただの愚か者だ。」

 「つまり、人海戦術であれば、勝利は容易…」

 「その通りだ。 であれば、守護者で相性的に良い者は?」

 「アウラ…ですね?」

 「ん、よく理解しているな。」

 「はい!守護者統括として、当然のことです!」

 

 アルベドは手を腰の前で組み、姿勢は変わらないが、褒められた嬉しさは腰部の羽が激しく動く為に隠しきれないでいた。

 守護者統括の素直な反応に気を良くしながらも、次の議題の為に気を引き締めたアインズは話を続ける。

 

 「それより問題は、キャンサーだ」

 「お話の途中申し訳御座いませんアインズ様、その前に一つ質問をしてもよろしいでしょうか? そのキャンサーについてなのですが」

 「よろしい、話してみよ」

 「ありがとうございます。 以前より気になっていたのですが、何故アインズ様は、そのキャンサーがこの世界にいると? トラップで『アダマスと名乗る者』を守る存在がキャンサーだとお思いになられたのですか?」

 

 「それはユグドライシルプレイヤー、―人間―が感情で動く生き物だからだ」

 「どういう意味なのでしょうか?」

 

 「かつて、そのキャンサーによって公開されたギルド『アダマス』のメンバー百人分の情報、正確性はとても高く、ギルドを完全に崩壊させる程だった… だったが、よく見るとおかしな点が複数存在した」

 「おかしな点、ですか」

 「うむ、情報が曖昧であったり、微妙に事実と食い違うメンバーが三名いたんだ」

 

 「その内二名が以前に教えていただいた『赤と白の鎧を纏うアンデッド』と『強き女槍使い』ですね?」

 「ああ、そして三人目が」

 「キャンサー、情報を公開したもの… なるほど、やっと分かってまいりました。 つまり、キャンサーにとって『守るべき存在』である二名と、自分自身の情報だけ、改ざんしていた。ということですね? しかし、それではアンデッドと槍使いもスパイである可能性があるのでは?」

 

 「そう考えるのが普通なんだろうが、槍使いは既に『完全引退』…つまり、わが友達と同じ場所に行っており、アンデッドに関しては、たっちさんからの話を含め、そんなことをする男ではないからだ」

 「そういえば、その槍使いとアンデッドは、たっち・みー様のご友人でしたね。 申し訳御座いません、その二名を疑ってしまうようなことを申して…」

 「良いのだアルベド、お前の率直な意見は彼らに関する知識がなければ当然のことだ。 だが、その二名でないなら…」

 「残る一名が、キャンサー」

 「そういうことだ。 そのキャンサーに関する情報は『盗賊系トラップ使い』であることと、『名前の一部』しか判明していない。 そして、情報公開をした時、キャンサーはコメントを残している。「ギルド長の為」とな…。 正に異常な執心と言える、そのコメントの所為で当時のギルド長は、ギルド崩壊を自分の責任だと嘆いたことだろう。」

 

 「異常な…愛情…」

 「そう言っても良いかもしれないな。 正直、私もそのコメントを目にした時は、ゾっとしたよ。」

 

 薄暗い感情が胸の奥に湧き上がり、その不快感から肺の無い胸を膨らませながら深呼吸をするアインズ。

 

 「キャンサーの前情報に関しては、そんなところだな」

 「お教えいただき、感謝申し上げます」

 「それでは、続きを話そう。 キャンサーのこの世界での行動について、だな…」

「はい、カルネ村をアインズ様が深い慈悲の心でお救いになられてから、間もなく送り出した調査隊がキーン村を発見した当初は、トラップの類は確認できませんでした。しかし、その旨をアインズ様に報告した後に出発させた調査隊が高レベルのトラップを確認。視覚や魔力での探知を阻害する対策まで備えられていました。アインズ様から調査の深追い禁止を言いつけられていなければ、キーン村の情報を持ち帰ることなく、シモベ達は閉じ込められていたかもしれません。流石はアインズ様です。ここまで予想されていたとは」

 

 「え、あ、そ…その通りだ!私はいつでも一つの言葉に深ーい意味を込めている。その辺りをよーく考えて行動するように!」

 「はい!もちろんです、アインズ様!」

 

 「ん、今日はいつも以上に脱線するな… とりあえず、その後キャンサーは特に動きを見せていなかったが、私がエ・ランテルでアダマスとすれ違った際、彼を追跡するように命じたシモベが謎の現象によって消滅した。 おそらくこれも、キャンサーの仕業だろう。」

 「まさか、そのようなことがあったとは…」

 「うむ、その時はまだ、かの者がアダマスと確定していなかったのでな、伝えていなかったんだ。 だが、その男がアダマスと判明した以上、お前たちに伝えておくべきだろう。 そして、今回のシャルティアの事件だ。」

 「精神操作系の世界級(ワールド)アイテム…ですね?」

 「ギルド『アダマス』が所持していた世界級(ワールド)アイテムは一つ、それも『物理関係』というところまでは分かっている。 これはキャンサーが公開した情報ではなく、ユグドラシルプレイヤーであれば、誰もが知っている話だから、信憑性は高い。 しかし、ギルド崩壊後のキャンサーの行動までは把握していないからな、その後にキャンサーが例の世界級(ワールド)アイテムを手に入れたとしてもおかしくはない。」

 「シャルティアを精神支配した者は、本当にキャンサーなのでしょうか…」

「正直微妙なところだ。アダマスを守る為の行動であれば、そもそもアンデッドのシャルティアとアダマスが一対一で遭遇したのであれば、それはアダマスにとっての脅威にはなり得ない。その上でシャルティアを精神支配する理由か…俺には思いつかないな。だが、あれは精神支配した後に命令が与えられず放置された、という稀有な例だ。様々な可能性を考慮する必要があるだろう」

 「正に、おっしゃる通りかと」

 

 「…こんなところだな。 アダマスとキャンサーに関することは」

 「はい、充分かと存じます」

 「うむ。 では、守護者に伝える為に、これまでの話をまとめるとしよう、長くなるが、良いか?アルベドよ…」

 「もちろんです!こちらこそ、よろしくお願いいたします、アインズ様」

 

 

 アインズとアルベドの会議は翌朝まで続いていた…

 

 

 





 デミウルゴス「オオォォ! アインズ様! オオォォオ!!」

 アルベド「アインズ様、やはりデミウルゴス、咽び泣いてます」

 コキュートス「カタカナ言葉ハ、ワタシノ専売特許ノハズ…」

 アウラ「あと裸ね」

 コキュートス「!!?」


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第四章 感情の矛先
一話 「君の居場所」



 吸血鬼(ヴァンパイア)事件での功績と、冒険者組合長の計らいでミスリルプレートの冒険者となったアダマスは、半月ぶりにキーン村へ戻ろうとしていた。
 しかし、そこには以前では見られなかった強固な囲いや兵舎、村長邸以上に豪華な御殿等、村は急激な変化を遂げていた。
 状況を飲み込めないまま、アダマス急ぎ足でキーン村へと向かう。



 

 

 「おかえりなさいませ、アダマス様」

 半月ぶりにキーン村にもどったアダマスを村娘――エマが満面の笑みで出迎えたのだが、村の変わりように愕然としていた。

 「何ですか、あれ?」

 「はい、アダマス様のご自宅です」

 

 村の入口からでも分かるほどに巨大な豪邸が、以前にアダマスが寝泊りしていた場所に建てられていた。

 それはまるで白亜の聖殿のごとく、荘厳な様相を呈している。

「自分がここを離れていたのは、十五日そこそこのはずなんですが…」

 「はい、村長が村を援助してくださっている方から頂いたマジックアイテムを使用した、と聞いいています」

 「えっと…その、村長は?」

 「村長は今、その援助をしてくださっている方のところと聞いています。 明後日には戻られると思いますよ」

 「そう…ですか」

 

 アダマスは最初、『自分の家』と言われた豪邸に目を奪われ気付かなかったが、元気いっぱいのエマに手を引かれながら村の奥に入っていくにつれ、いくつか見覚えのない建物が複数存在している事を認識し始める。

 

 「あの、エマさん、いろいろ目新しい物があるんですが」

 「ええ、先ずはあの囲いに驚かれたと思います。私も、あんなに立派なもの短時間で出来あがるなんて、ビックリしました。 魔法ってやっぱりすごいんですね。」

 「魔法? 魔法詠唱者(マジックキャスター)がこの村に?」

 「はい! アダマス様が冒険者になる為に発たれた後、村長はアダマス様に心配をかけ過ぎないよう、冒険者組合にこの村を守るための人員を要請したそうなんですけど、その中に魔法を使える方がいらっしゃって」

 「へえ、冒険者…ですか」

 「組合に依頼したのはあくまで、『この村の防衛』だけらしいんですけど、他にもいろんなことに協力してくださって、すごく助かっています」

 「世の中には善い人がいるんですね」

 「それを…アダマス様が言うんですか?」

 「はい?」

 「いいえ、何でもありません」

 

 エマの意図を汲み取り切れないでいたアダマスが首をかしげていると、また新しい建物が目についたので、それを指差しながらエマに質問を投げかける。

 

「あれは、何ですか? 兵舎のようにも見えますが」

 「ほとんど当たりです。あれは村に来てくださっている冒険者さんが寝泊りされるところです。 エ・ランテルとキーン村は少し距離がありますから、こういう場所が必要なんだって村長が言ってました。」

 「その冒険者さんは?」

 

 アダマスが冒険者のことをエマに尋ねると、少女は何も答えずにただ笑顔をアダマスに向けるばかりだった。

 再度アダマスが兵舎に目を向けると、見覚えのある人物が顔を出す。

 

 「あれは、ブローバさん?」

 

 以前に一度冒険を共にした(アイアン)プレート冒険者、ブローバがそこに居た。

 前回同様の武装をしているブローバも此方に気付いた様子で、駆け足で近づいてくる。

 

 「ようアダマス、いや、この村じゃアダマス様って呼んだ方が良いんだよな?」

 「ブローバさん、そんなこと気にしなくて良いですよ」

 

 再開を喜び、握手を交わすアダマスとブローバ。

 アダマスはブローバの顔を見て思いついたことを話す。

 

 「まさか、冒険者組合から派遣された冒険者って…」

 「ああ、俺たちだ。スパンダル、ボルダン、エラゴ、リュハ、アステルの六人で代わる代わる、な。 ただ、リュハは教会のことがあるから、ほとんど常駐だけどな」

 「ああ、なるほど」

 

 この世界での教会は、まるで『病院』のような役割を担っており、その場所において神官は『医者』となる。 以前からこの村に教会は存在していたものの、神官が居ない為に、教会として機能していなかったのだ。

 そこに派遣された信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)リュハは、組合から依頼されたわけではないが、自発的に神官として勤めているとブローバはアダマスに伝える。

 その話に疑問を感じたアダマスは率直な気持ちをブローバにぶつける。

 

 「今までの話を聞いていると、あの囲いを作ったのは、エラゴさんですよね? 何故、皆そんなに協力的なんですか?」

 「俺たちは今、夢を見てるんだよ。 お前さんが、アダマンタイトプレートの冒険者になれるって、夢をな?」

 「自分の為…ですか? それなら…」

 「違う違う、そういうんじゃねぇよ。 ただ、俺たちの…これは願望だ」

 「願望?」

「ああ、アダマスは本来の実力を出せば、十分にアダマンタイト級になれる。あの凶悪な吸血鬼(ヴァンパイア)を無傷で撃退したんだからな。それに聞いたぜ? アダマンタイトを手で割ってみせたって」

 「まぁ、手刀ですけど」

 「どっちにしたって、ミスリルやオリハルコンって器じゃねぇさ。 俺たちは冒険者だ。なら、その最高峰には俺たちの納得する人が居てもらいてぇ。 それだけだよ、これは我が儘や願望の類なんだから、気にする必要はねぇのさ。 この村は俺たちにまかせて、アダマスは冒険者稼業に専念しな」

 

 「ブローバさん」

 

 アダマスは感謝の言葉以上に態度で示すべく、深く、深く頭を下げた。

 

 「よせやい。 そもそも、言い出したのは、あのブリタなんだからよ」

「ブリタさんが? そういえば、さっきこの村を防衛してくれる冒険者の中に名前がありませんでしたね」

 「ああ、そのことなんだけどよ…」

 

 「あああぁっあの――!」

 

 ブローバがブリタの話をしようとしたところで、エマの横槍が入る。

 エマは顔を真っ赤にして、息を切らしながらアダマスに行くべき方向を告げる。

 

 「ささ!アダマスさんこっちです! アダマス様の為に作られた邸宅を紹介しますから!」

 

「なんだよエマちゃん、これから大事な話を――」

 「ブローバさんは黙っててください!」

 

 「おお、やっぱ女って怖えなぁ」

 

 エマの剣幕にブローバは肩をすくめてみせながら兵舎に戻っていった。

 般若の形相を天使の笑みに切り替えたエマが再びアダマスの手を引き、真の目的地である『アダマス御殿』へと導く。

 

 

 「これは…」

 

 豪邸に入ったアダマスが先ず驚いたのは、その広さだった。 マジックアイテムで作成された建物だからだろう、外見からして巨大だったが、中に入ればそれ以上の広さを感じていた。

 入口を抜けて直ぐのフロアは人が数百人は入れそうなホール、天井の高さは十メートルを優に超えるだろう。

 驚いた様子のアダマスに機嫌を良くしたエマが話しかける。

 

「すごいですよね、私も初めて来た時は驚きました。アダマス様から、家を頼むって言ってもらったのに、正直私一人じゃどうしようもない規模です」

 「そりゃ、これは…無理でしょう」

 「なので、今はこの方に手伝ってもらってます。 どうぞ!!」

 

 エマがフロア中に響く声を高らかに上げ、舞台女優のようにオーバーなアクションで手のひらをホールの奥に向けると、何やら奇っ怪な物体がこちらに走ってくるのが見えた。

 その物体はスカートと思われる布を両手で掴み、顔を真っ赤にしながら、ダスダスと力強くホールの床を踏みしめている。

 白いフリル付きの髪留め、白と黒を基調にしたエプロンドレス…紛うことなきあれは、メイド服だ。

 

 メイドはアダマスの前方一メートルのところで立ち止まり、力いっぱい瞼をとじながら叫んだ。

 「おおおおおおおおおお、お帰りなさいませ!ごご、ご、ご主人様!!」

 

 

 「…」

 

 

 「…」

 

 

 「…」

 

 

 「…」

 

 

 永い沈黙が、耳鳴りが聞こえるくらいの沈黙がフロアを支配した。

 呆気にとられていたアダマスは数回の精神の安定化を越え、ようやく認識を取り戻し、一言呟く。

 

 「ぶ、ブリタさん?」

 

 「うわあああぁァァァァァァ!! エマのバカァァァァァァ!!!」

 ブリタは大声でこの事件の犯人の名を叫びながら、エマの肩を掴み、戦士職に相応しい腕力で激しく少女を前後に揺すった。

 首をガックンガックンとゆらし、半分青ざめているエマは何度もブリタに謝っていた。

 

 

          ●

 

 

 「ブリタさん、本当にごめんなさい。 でも、私はこれこそ最高のおもてなしだと、今でも確信しています」

 「もういいよぉ…」

 

 エマは貧血状態になりながらも、後悔と羞恥に涙しているブリタを慰めている。

 まるで自分が女の子を泣かしたような居た堪れない空気に耐え兼ねたアダマスが口を開く。

 

 「ありがとう、ブリタさん。 自分のため、ですよね? とても嬉しいですよ。」

 「ほ、ほら!アダマス様も喜んでくれてますよ! 嬉しいって、ブリタさん!」

 

 アダマスの肩をペチペチ叩きながら、貧血から回復したエマもブリタを励ます。

 励まされた本人は、鼻を一度すすった後に小さな声でアダマスに尋ねる。

 

 「あのさ、これ…どう?」

 

 「え、あ…何とざっくりとした… あー、ブリタさん、前に会った時の装備も良かったけど、今のその格好も自分は好きですよ。 綺麗、だと思います」

 「本当?」

 「もちろんですよ。 そりゃ、ちょっと…いや、大分驚きましたけど」

 「私だって、もちろん喜んでしてるわけじゃなんだからね? エマが、アダマスを迎えるなら、これしかないって言うから」

 

「なんと…、ん? 迎える? そういえば、この邸宅の世話の手伝いって」

 「そう、私とエマと…あと村の暇な人間とで、ここの掃除やら手入れをしていくことになったから。 マジックアイテムで建てられたものだから、どうしてもエラゴの手を借りないといけない場所もあるけどね」

 「なったからって、冒険はどうするんですか?」

 「んー、冒険者稼業はちょっと休憩。 あんなことがあったからね、すぐに復帰とか私にできなかったわ。 その点ブローバやスパンダル、ボルダンはすごいよ。 アステルだって、しばらく実家に帰ってたらしいから。」

 「そう、ですよね」

 「命の危機――なんてもんじゃなかったわ。 アダマスの声が無かったら、あの場でいろいろ粗相をしちゃってたかもね。 あの時の声は何?マジックアイテム?武技?」

 「いや、まぁ…特技、みたいなものです」

 「ふーん、まあいいわ。 とりあえず、エマ、私はこれ着替えてくるから」

 

 「えー!ブリタさん、勿体無いですよー!」

 「バカ!」

 

 

 ブリタは登場してきた時と打って変わって、ドカドカとまるで怪獣のような歩き方でホールの奥へと消えていった。

 その姿を見送った後、アダマスはエマに深く落ち着いた声で告げる。

 

 「エマさん、あとでちゃんと、ブリタさんに謝っておきましょうね」

 「………はい」

 

 

 

 ブリタがこの場から居なくなり、エマと二人だけになったフロアを、アダマスは見渡しながら不意に呟く。

 「聖殿…ホールか…」

 「え?」

 

 急にいつもアダマスらしからぬ、暗い声色にエマは反射的に声が出てしまう。

 エマの反応にやっと自分が思ったことを声に出していた事に気付き、アダマスは慌てて自分の口を手で抑える。

 

 「すみません、エマさん… 少しだけ、一人にしてもらえませんか? ブリタさんが戻ってくるまでで良いので」

 「あ、はい… わかりました。 それじゃ私、ブリタさんの様子を見てきます」

 「ありがとう、エマさん」

 

 すぐによく知っているアダマスの声に戻ったことに小さな安心を得た少女は、早歩きでブリタが消えた方向へと向かい始める。

 

 アダマスにエマの足音が届かなくなってから、一人物思いに耽る。

 

 「みんな…」

 

 

          ○

 

 

          ○

 

 

          ○

 

 

 「それではここに、新ギルド長誕生アーンド、好き好きセンリちゃんフォーエバー会の開催を宣言します、かんぱーい!!」

 「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

 無課金ギルド『アダマス』拠点、地下都市ゴートスポットの中央に座する聖殿の大ホールに一〇〇人の歓声が木霊する。

 ホール中央の左右に五〇人が囲むことのできる大きな長テーブルが二脚、ずらりとならんだギルドメンバー全員がユグドラシルにおいて最高級のHP回復ポーションを手に取り、それを飲み干す。

 様々な種族が入り乱れるギルドだった為に、ポーションを飲んだ者の中には、ダメージを受けたり、無効化してしまう者もいたが、皆細かいことは気にせず、宴を楽しもうとしていた。

 

 その一角で白い肌に黒いボディスーツを着た女性が、白いベールで全身を包んでいる異形の雌にもたれかかっていた。

 「あの会の名前って…まさか」

 「あったしー。 いいじゃん、センリちゃんとこうして会えるのも最後なんだしー!」

 「まあ、そうなんだけど… しかし、よく一〇〇人全員集まったねー」

 「結構前から企画してて、ようやく皆が集まれる日取り設定できた時は、マジで泣きそうになったわ」

 「本当にありがとうねー、シーシュポスさん」

 「なにをおっしゃるやらーだわ。 センリちゃんの為だったら、お姉ちゃん一肌でも二肌でも脱いじゃうんだから!」

 

 「おー、いいぞー脱げ脱げー!」

 二人の会話に水を差すように不躾な声が悪魔の居る方向から聞こえてきた。

 「うっさい!エロジジィ!!」

 白き異形はベールの中から数多の刃物を突き出し、悪魔を威嚇する。

 

 「あ、ごめんなさい、調子乗ってました」

 「カーマさん、あっちで飲みましょう」

 「ありがとうよぉ、ルバーブ…」

 悪魔は白い軽鎧を装備した青い長髪の青年に慰められながらホールの隅へと移動していく。

 

 皆が皆で盛り上がっていた宴の中心部で剣呑な雰囲気の二人が居た。

 一人は一部の言葉が検閲に引っかかってばかりいる神官姿、もう一人は神官と同程度に興奮している紅の聖騎士。

 

 「この野郎!やりやがったな!! ファ○○○ク○○○ウ!!」

 「アンタのはセリフ殆ど倫理コードに引っかかって、わけわかんねえんだよ!!」

 「なんだとテメェ!俺がせっかく、新ギルド長の字になるように並べてたポーション片っ端から使いやがって!!」

 「うるせぇ俺はセンリさん派なんだよ!」

 

 一触即発の雰囲気に立派な二本の角を生やした黒いミノタウロスが割って入ろうとする。

 「やめれー!コンスタンティンも、赤錆もー!祝いの場ぞー!」

 「「黙れ!このやろう、そもそも何でお前は名前に『ザ』が入ってんだよ!」」

 「うひょー、今度はこっちに矛先がー って、いいじゃないッスかー別にー!」

 

 「○○○○○○ッ!!なんなんだよさっきからてめぇはよぉ!」

 「センリさんが居なくなるのが、寂しいんだよ!」

 「○○○!俺もだよ!!○○!!」

 

 先ほどまで苛烈に喧嘩していた二人が何故か今度は号泣しながら抱き合っている。

 

 

 

 「はいはーい!ちょっといいカナー?」

 

 センリと呼ばれる女性が元気に手を上げながら発言を求め、少し静かになったのを確認してから、言葉を続ける。

 「ちょっと、新ギルド長借りるよー」

 「「「「どうぞどうぞ」」」」

 

 「へ?」

 

 新ギルド長こと、血と骨の色をした凶悪な全身鎧を身にまとうアンデッド戦士、ラージ・ボーンは一人状況を把握できずにいたが、初めから他のメンバーはこの段取りを把握していたのではないか、というくらいにスムーズに話は進んだ。

 

 「ほらほら、骨太くん!いくよー」

 「え?ちょっちょ…ええ!?」

 

 二メートルを超える巨体は、身長一六〇センチ程の女性に引き摺られながらホールを退室し、地下へ地下へと連れ去られていった。

 ギルドメンバーはその様子にそれぞれの反応を示していた。泣く者、笑う者、敬礼する者、怒りを露にする者、嘆く者…様々な思いがそこにはあった。

 

 

 

 

 「ここは…」

 「そう、ギルド武器の間だよ、骨太くん」

 

 ラージとセンリは青く美しい鉱石によって構成された、荘厳な部屋に辿り着く。

 その場所は大ホールでの喧騒が嘘のように、静まり返っていた。

 奥には黄金に輝く一本の槍が安置されている。

 

 センリはラージの手を離し、ゆっくりと槍に近付きながら話し始める。

 「獅子槍…ディンガル。 皆が一生懸命作ってくれた、最高のギルド武器」

 「名前、ランス・オブ・アダマスとかじゃなくても良かったんですか?」

 「何それ、カッコイイ…でも、やっぱりディンガルが良い」

 「うん、僕も気に入っています。 最高に、良い武器ですよ」

 

 「ねぇ、骨太くん、こっちきてよ」

 「ああ、うん…」

 

 美しい深紫の髪を靡かせながら、センリは振り向き、ラージを手招きした。

 ラージもその招きに応じ、センリの隣で槍を眺める。

 

 数秒か、数分か、あまりの静けさに時間の感覚が曖昧になるなか、少しの間が空いたあと、再びセンリが口を開く。

 

 「ありがとうね、骨太くん」

 「え?ああ…ギルド長を引き継いだことですか?」

 「それもあるけど、私が引退する…本当の理由、誰にも言わないでくれて」

 「そりゃあ、話すなって言われれば、黙ってますよ、当然」

 「ん、そう…だね」

 

 「僕の方こそ、ありがとうございました、センリさん」

 「ん?」

 「センリさんのお陰で、楽しかったです。 それはきっと、僕だけじゃなく、ギルドメンバーのみんなはもちろん、それ以外の人も。 センリさんが頑張ったお陰で、ゲームを楽しむことができるようになって、ユグドラシル引退を延期したプレイヤーが沢山いるんですから。」

 「私は… 私のしたいことを… うんん、違う、するべきことをしただけだよ」

 「やらなきゃならないことをしない人間の方が多い世の中なんです、だからやっぱり、センリさんは素晴らしいと、僕は思います」

 「そっか、ありがとう… あのさ、ちょっと座らない?」

 「いいですよ って、うぇ!」

 「変な声出さないでよ」

 「い、いや、こ、これは…」

 

 センリに促されるまま、ラージは傷一つない綺麗な石床に胡座をかいて座ると、となりに座ったセンリが、ラージの肩に寄り添ってきた。

 

 「こんなとこ、赤錆さんが見たら発狂ですよ」

 「かもね… でも今日ぐらい」

 「まあ…最後、ですもんね」

 「そうだよ…」

 

 とても静かな時間を二人きりで過ごし、センリが思い出したように呟く。

 

 「ああ、最後と言えば」

 「どうしました?」

 「このギルド武器、ディンガルには凄い能力があるんだよ」

 「すごい能力って、あの魔城を落とした時に手に入れたアイテムで付与したヤツじゃなく?」

 「そう、それ以外の凄い能力。 ほら、私ってユグドラシルを皆が楽しめるようにって頑張ったじゃない?」

 「あ、認めましたね」

 「はいはい、とにかく、頑張った私に運営がご褒美をくれたの。 引退することは向こうにも伝わってたみたいで、私が引退するまで、ユグドラシルを心ゆくまで楽しめるようにって」

 「へえ、どんな能力なんですか?」

 

 「ふふ、教えな~い」

 「いやいや、それはダメでしょ。 それじゃ、もう気になって眠れませんよ」

 「眠らなくて…も、いいんじゃない?」

 「センリさん?…」

 「今日ぐらいは…ね」

 

 

 

 

          ○

 

 

          ○

 

 

          ○

 

 

 「…さま? …アダマス様?」

 「アダマスー、大丈夫?」

 

 気がつくとブリタとエマが心配そうに、自分を見つめていることにアダマスは気がついた。

 エマがホールを出てからどれくらいの時間が経ったのか、全くわからなくなるくらいに自分の世界に入ってしまっていた。

 

 「あ、ああ大丈夫ですよ。 少し、ぼっとしてしまって…」

 

 「アダマス、泣いてんの?」

 「アダマス様?」

 

 アダマスは自分の声や態度が周りを心配させる程に落ち込んでしまっていたことをようやく理解し、立て繕いながら口調を元に戻すよう努める。

 

 

 「ええと、ほら、他の部屋も紹介してもらえませんか?」

 「え?あ、はい…わかりました」

 

 エマはアダマスが何でもないように振舞う姿を見て、これ以上詮索してはいけないと自分に言い聞かせながら、気持ちを切り替える

 

 「そ、それでは、アダマスがもしご友人をお連れになられた時に使用して頂く、客室を紹介しますね!」

「ん! そうだね! あとほら、エマ、私達の部屋も教えておかないと、先に教えておけば、アダマスが「間違えて着替えを覗いちゃったけど、ここのことよくわからないから仕方ないよね、てへ」なんて言えないように」

 

 「そんなことしませんよ!!」

 

 

 三人は一度暗くなってしまった雰囲気を取り戻すように明るく振る舞い、エマの案内で四度迷子になりつつ、アダマスの新居を探検した。






 アインズ「エクスプロージョン!!」

 アルベド「爆発せよ!ということですねアインズ様!」




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二話 「預言者と悪神」


 アダマスがキーン村で自身の為に建てられたという豪邸やその中身―主にブリタの様子―に驚いていたその頃、スレイン法国地下聖域で、二人の女性が密談を交わしていた…



 

 

 スレイン法国の地下教会。

 この最奥聖域を知る者は少ない。

 

 火の神官長補佐――バアル・ファルース・インナはその一人だ。

 外見年齢は三〇程の妖しい美しさを持つ、正に『魔女』という表現が似合う女性だ。

 この部屋全体を照らすにはあまりに心許無い蝋燭の灯火の中、背中まである彼女の真紅の長髪は、まるで赤い炎のように光り輝きながら揺らめいていた。

 決して照らされた光の反射だけではない、その髪自体が発光しているのだ。

 それは彼女の余りにも強大過ぎる魔力の余剰分が溢れている為に起こる現象だった。

 

 部屋の奥にある壇上から、インナの美しくも鋭い瞳が目の前に跪く女性を見つめている。

 

 深い沈黙の中、蝋燭の火が静かに揺れた。

 

 インナは身に纏う漆黒のローブの裾を持ちながら、口を開く。

 

 「元漆黒聖典第四席次、信徒ヴァーミルナよ、面を上げなさい」

 

 「はい」

 

 ヴァーミルナと呼ばれた女性はゆっくりとしながらも、緊張した面持ちの顔を上げる。

 その顔を確認したインナが言葉を続ける。

 

 「お前が管理している村に現れし存在、アダマスについて話せ」

「はい、かの者は赤と白の鎧を身に纏い、補佐官殿が遣わせました騎士団を一掃し、現在キーン村とエ・ランテルを往復しながら冒険者を務めている事は先日お伝えした通りです。現在、エ・ランテル近郊に出現した吸血鬼(ヴァンパイア)を無傷で撃退、その情報を冒険者組合に届けた功績と、他に実力を確認する為の任務を経て、ミスリルプレートを授与されています」

 「吸血鬼(ヴァンパイア)か、恐らく漆黒聖典が遭遇したものと同一だろう。 しかし、あれを無傷とは…」

 「漆黒聖典が、まさかその吸血鬼(ヴァンパイア)と戦闘したのですか?」

 「そうだ、吸血鬼(ヴァンパイア)の一撃で漆黒聖典一名が死亡、カイレが再起不能の重傷を負った」

 「何と、それを無傷で撃退するとは、まさかアダマスの力は番外席次以上…」

 「それ以上口に出してはならぬ」

 「申し訳御座いません」

 

 ヴァーミルナは己の失言を悔いながら再び深く頭を下げながら謝罪する。

 インナは深いため息を一度吐いた後、再び顔が見えなくなった女性に告げる。

 

「やはりアダマスこそ、予言者様が仰っていた『赤き悪神』に違いあるまい。同時期に出現したアインズ・ウール・ゴウンは黒い装いだったと聞く。あの悪神の所為で予言者様の実験が妨害されたのだ、先ずアダマスこそ、危険な存在と認識するべきだろう」

 「補佐官殿…」

 

 ヴァーミルナが顔を下げたまま、インナに発言を求める

 

 「話してみよ、ヴァーミルナ」

 「はい、その…アダマスを悪神とするのは些か性急ではないでしょうか?」

 「どういう意味だ?」

 

 ヴァーミルナの言葉に明らかな不快感を声に含ませながらインナはその真意を問う。

 

「は…か、あ、アダマスは現在明らかに善行を成しています。人の命を救い、その後の道を照らしております。荒んだ心の者の瞳に、光を宿すこともあると聞き及んでおります。悪神と呼ばれるような事は行っておりません」

 「拐かされたか?ヴァーミルナよ」

 「そのようなことは、決して!!」

 

 ヴァーミルナは額に汗を滲ませながら己の考えを伝えようとする。

 しかし、インナの瞳は変わらず体温を感じさせない、冷ややかなものだった。

 

「英雄が魔王となる、珍しい話ではあるまい? アダマスが今は善であっても、それが永遠に続く保証など何処にもない。であれば、数百年我々を導いてくださっている予言者様を信じる方が、正しいとは思わぬか?」

 「そ、それは…」

 「それに、かの吸血鬼(ヴァンパイア)を無傷で撃退した…という情報も怪しいではないか。 漆黒聖典を務める者を、その一撃で二名も失い、隊長は撤退を判断。 今思えば正しい判断だったろう。 神官長会議でも、吸血鬼(ヴァンパイア)に関しては放置、もし吸血鬼(ヴァンパイア)を倒せるものが現れたなら、その者こそ注意すべき、とまで言われる存在を相手に、無傷などと…おかしいとは思わんのか? 正しい判断能力を持つものであれば、当然吸血鬼(ヴァンパイア)とアダマスが繋がっていると考えるのが、筋というものだ」

 「しかし…」

「ヴァーミルナよ、お前は優し過ぎる。実験の為に村人を犠牲にすることにも心を痛めているのだろう。だが、もう後には退けぬ。予言者様を信じるのだ。現に予言者様のお言葉通りに行った結果、村は発展しているではないか?」

 「はい……その通りです」

「分かればよい。アダマスも村の者も、お前を信用し切っている。多くの情報を手に入れ、必ずや我が下に持ってくるのだ。それが、神に仕えし我々の使命なのだから」

 「はい…」

 

「では行け、ヴァーミルナよ。アダマスについて、なるべく多くを知り、我々に伝えるのだ。さすれば、必ずや悪心を討ち滅ぼす方法を予言者様が授けてくださる。わかったな?」

 

 「…はい、それでは、失礼いたします」

 

 ヴァーミルナは下げていた頭を、一度より深く下げてからゆっくり立ち上がり、部屋をあとにする。

 

 

 最奥聖域にはインナただ一人となる。

 

「ヴァーミルナ…そろそろ交換するべきか。ただ、あの村に送った偵察部隊に不審死が続き、魔法的監視も不可能な今の状況を考えると、すぐには不可能。…まぁ良い、今は姿をお隠しになられている予言者様も、いずれお戻りになられるだろう。その時まで、束の間の安寧を享受するが良い、『赤き悪神』よ…」

 

 

          ●

 

 

 ヴァーミルナはスレイン法国を出発した後、監視や追跡を妨害する為の魔術的対策を取りつつ、複数の馬車を経由しながらキーン村に戻ろうとしていた。 今現在、エ・ランテルから村までの街道を走る馬車に揺られながら、ヴァーミルナは自分の意思を確認する。

 

(補佐官殿はああ言われるが、私にはどうしてもアダマス様が悪神になるとは思えない。どちらかと言うなら、予言者の方が私には『悪』に思える。人を人と思わず、道具か材料のように使い捨てる実験を繰り返す存在を、私は信じることは出来ない。それに比べ、アダマス様は人を救い、善に導いてくださる…正しくあの方こそ神だ。そうだ、私が仕えるべき神はアダマス様ではないのか…)

 

 籠の中で一人考え事に耽るヴァーミルナに、外の御者が大きめの声で告げる。

 「ミルナさん、そろそろ村に着きますよ。 ご用意を」

 「はい、ありがとうございます。 こんなに早く付けるのは、あなたの腕前が良いからでしょう。着きましたら定額に、私の気持ちを足しておきますね。」

 「へい、いつもありがとうございます」

 

 御者の気持ちの良い返事を聞いたヴァーミルナは自分の意識を『キーン村村長のヴァーサ・ミルナ』に切り替える。

 

(私が村人を犠牲にしたばかりに、心に落としていた闇を、あの方の言葉が、声が払ってくださった。ご自身にも何か果たすべき目的がある様子なのに、村人や私たちを気にかけてくださるアダマス様。もう、私を信じてくれている村の皆を裏切ることはできない… もし、次に予言者から『実験』の命令が下ったら、この身に代えても、村を…アダマス様を守らなければ…)

 

 エ・ランテルでアダマスがキーン村に向かったことを知っているヴァーサは、村に着くまでの一時、胸を高鳴らせながらも、一人悲愴なる決意を固めていた。

 

 





 シャルティア「ハックション! あら、きっとアインズ様が私のことを噂してくれていんすね!」

 アルベド「え? じゃ、じゃぁ …はっくしょん。 ほら、これで私のこともアインズ様が噂しているわ」

 シャルティア「偽物は駄目でありんす」

 アルベド「あなたに言われたくないわ」


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三話 「フェアトレード」


 アダマスがキーン村に戻ってから二日経ち、村長が戻ってくる日となった午後、エマはヴァーサが真っ直ぐに『アダマス御殿』へと向かうことを予見し、予めアダマスに村長が邸宅の中に入ることの許可を取る。 アダマスと話し終えたエマに、ブリタがこの村のことを尋ねるのだった…




 

 バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の中央を走る境界線たる山脈――アゼルリシア山脈。その南端の麓に広がる森林――トブの大森林を南へ抜けた先にキーン村という小さな村があった。 近隣のカルネ村では上質な薬草が取れるという話があるが、その村には過去これといった特産品も特色もなく、村の住人はその日の寝食のみに苦心する毎日を送っていた。 そんなある日、村の土地を所有している貴族の使いで、ヴァーサ・ミルナと名乗る美しい女性が現れた。 その女性は、到着日付けで私が村長を務めると言い出す。 当初は困惑していた村人達ではあったものの、多額の援助金と彼女が持参した『特産品』を見て、心を決めることとなった。

 ヴァーサ・ミルナが用意した、この村の新たな特産品『バレーシ』は地下に生成される茎の塊を食用とするもので、保存がきき、栄養価が高く、ただ一つの注意点を守れば食糧としてとても有用な作物だった。

 王国は兵糧として不当な価格での取引を要求しようとしたが、教会勢力から「交渉は正当な内容で行うべきである」との圧力が入った結果、村は国と対等な立場での取引を行い始めることになった。

 

 キーン村は豊かになり、得られた金銭は村人の総意で、この恩恵をもたらした村長――ヴァーサ・ミルナの邸宅が建てられることとなる。

 その後もヴァーサが用いる様々な施策のお陰で村はより華やかに、活気あるものへと変貌していった。

 

 そんな矢先、事件は起こった。

 謎の騎士団によって、村が襲撃されたのだ。

 命を育むことのみに専心してきた村人達は一方的に虐殺されるだけと絶望するばかりである――はずだった。

 

 死と怨嗟の断末魔の中、赤き希望が現れた。

 『アダマス』と名乗る希望は、一時もかけずに虐殺者を殲滅し、村人達を救った。

 以降、村人は彼を称え、敬い、そして愛し続けている。

 

 

 

 「―――というわけなんですよ、ブリタさん」

 通称『アダマス御殿』と言われる豪邸の一室、使用人控え室で二人の女性が向かい合って座っている。

 村の経緯を話し終えたエマは、フンスと自慢げに鼻を鳴らす。

 

 「へえ、そんなことがあったのね」

 メイド服ではなく、現在は動きやすい服に着ているブリタは数回拍手しながら、深く感心したようなため息を漏らす。

 「たしかにアダマスも村の皆から愛されてるなーって感じるけど、村長さんに対する態度も、えらく畏まってるのはそういう意味だったわけね」

 「はい、アダマス様に救われる前も、この村は別の意味で無くなってしまいそうだったところを、今の村長が救ってくださったんですよ」

 

 「それにしても、その…村長さんの後ろにいる貴族ってのが、何か気になる」

 「そうですか? 私にとっては…名前も知りませんけど、あのヴァーサさんを紹介してくださった方ですから、間接的でも感謝しています」

 

 二人が会話していると、部屋の隅に取り付けられた鈴がリリーン、リリーンと二度鳴り響く、アダマス御殿に誰かが尋ねてきた、という知らせだ。マジックアイテムによって創造されたこの豪邸に備え付けられている魔術装置のひとつである。

 鈴の音に先ずエマが反応した。

 

 「そろそろ村長が帰ってくる時間とは思ってましたけど、そうかも」

 「私はどうしよう、アダマス呼んでこようか?」

 「そうですね、じゃあお願いします。 村長だったら、二人でアダマス様のお部屋に向かいますから、そう伝えておいてください」

 「はいはい、了解」

 

 ブリタは立ち上がり、右手をヒラヒラさせながらエマと一緒に使用人控え室を退室する。

 

 

          ●

 

 

 「おかえりなさいませ、ヴァーサ・ミルナ村長」

 エマが半身で玄関扉を少し開けた先には、薄紫の長髪を靡かせる美女、この村の村長であるヴァーサ・ミルナが立っていた。

 「ただいま、エマ。 アダマス様は中かしら?」

 「はい! 今、ブリタさんが声をおかけしています。 では、アダマス様のお部屋まで行きますか?」

 「え?ここはアダマス様の邸宅なのだから、主人の許可もなく…」

 「それはですね、村長が今日帰って来られることはアダマス様にも伝えていまして、この邸宅に来られたら、そのまま通して良いと事前に許可はいただいています」

 「まあ、エマったら、随分と機転が利くようになったのね」

 「えへへ、村長の真似です。 私もいつか、村長やアダマス様のお役に立てるようになりたいんです」

 「もう十分立っているわ」

 「ありがとうございます、村長。 それでは、立ち話も何ですので、どうぞこちらへ」

 

 エマは村長に対して一度深く頭を下げた後、入り口奥の大ホールへと案内していく。

 すると、ホールの向こう側から二つの人影がエマ達の方へと歩いてくる。

 ブリタとアダマスだ。 アダマスは自分の住まいだというのに、終日全身鎧(フルプレート)を脱ぐことはない。 キーン村の住人とブリタはその理由を聞いている為、指摘することはなくなっていた。

 四名はお互いに歩み寄り、ホール中央で対面する。

 先ず口を開いたのはアダマスだ。

 

 「おかえりなさい、ヴァーサさん。 道中ご無事でしたか?」

 「はい、アダマス様にお会いしたくて少々急ぎましたが、何事もなく無事に戻ってまいりました」

 

 アダマスとヴァーサが見つめ合う中、ブリタとエマは独特の空気を察知した為、一度軽く会釈した後、静かにホールから別のフロアへ移動していった。

 その様子に気づいたヴァーサが言葉を漏らす。

 「なにやら、気を使わせてしまったみたいですね」

 「え? たぶん、掃除とかしに行ったんだと思いますけど」

 「あ…そうですね、私もそう思います。 彼女たちは仕事熱心ですから」

 

 ヴァーサが少し顔を赤くしながら、口元に手を添えつつ笑う。

 アダマスは次の行動に移るべきと村長に告げる。

 

 「ここで話すのも何ですし、確か向こうに応接室のような部屋があったと思うので、そちらに行きましょうか」

 「はい、アダマス様」

 

 アダマスのエスコートで二人はフロア東側にある応接室へと向かった。

 

 

          ●

 

 

 アダマスとヴァーサは豪華な応接の間に入り、家主は客人に促されるまま上座へと座り、その後ヴァーサは下座にある三人掛けのソファに座る。

 二人は黒檀の立派なテーブルを挟んで向かい合う形となった。

 

 「ヴァーサさん、改めて、おかえりなさい。 確か、ここを援助してくれている、貴族の方に会いに行かれたと聞きましたが」

 「その通りです。エマからお聞きになられたのですか?」

 「村に来てすぐ、教えてくれました。 この豪邸も、その貴族の方がくださったマジックアイテムを使用して創造したとか」

 「アダマス様の事を貴族様にお伝えしたところ、なるべく長く村に滞在していただけるようにと、譲っていただいたアイテムです」

 「拠点作成系のアイテムかー、それは貴重なものを… 自分の方からもお礼を言っておかないとですね」

 

 アダマスが貴族に挨拶をしたいという意味の言葉を述べると、ヴァーサは左上に視線を向け、少し考え事をしてから答える。

 「そうですね、なかなかお会いできない方ではありますが、アダマス様と貴族様、双方の都合がつきました折には、会って頂くのも良いかもしれません」

 「楽しみにしていますよ。 自分は一度王都に向かいますので、帰ってきてからですかね」

 「王都へ? 何か御用でしょうか。  …あ、申し訳御座いません、詮索など」

 「いいんですよ、ヴァーサさんにはお世話になっていますから。こんな立派な家まで建てて頂いて。 ええとですね、ガゼフ・ストロノーフさんという方から、一度話がしたいと、冒険者組合に連絡が来たらしいんです」

「ガゼフ・ストロノーフ、いったいどのような理由があって」

 「カルネ村に現れた人物について、伝えておきたいことがあるとか…何なんでしょうね」

「カルネ村、ですか。確かに、ここから近い村ではありますが。そういえば、確か貴族様が…」

 「何か、その人物について心当たりでも?」

 「…あ、いえ、私の思い過ごしです。紛らわしいことをして申し訳御座いません」

 「そんなことはありませんよ。ヴァーサさんも長旅でお疲れでしょうから、今日はこのあたりにしておきましょうか」

 「嗚呼、アダマス様、こんな私のことを気遣って頂けるなんて…。ありがとうございます、アダマス様とであれば何時間、何日でもご一緒したいのですが、一度職場に戻って整理しなければならないこともありますので、お言葉に甘えてお暇させていただきます」

 

 ヴァーサは落ち着いた雰囲気で優雅に立ち上がると、アダマスへ向けて深く頭を下げる。

 それを見たアダマスも立ち上がり、一言。

 「それじゃ、ヴァーサさん、そこまでお送りしますよ」

 「ありがとうござます。 それではアダマス様、よろしくお願いいたします」

 

 

 

          ●

 

 

 キーン村に新しく建設された兵舎と呼ばれる建物がある。

 外壁を石レンガで囲った強固なものに、頑丈そうな木製の屋根が載っている。

 入口は広く、身長三メートルの大巨漢でも余裕を持って入れそうな扉だ。

 

 中に入ってすぐのところに小さなタイル張りのテーブルと、それを囲う四脚の椅子がある。その内二つの椅子には(アイアン)の冒険者プレートを首から下げた二人組の男女が腰掛けていた。

 

 「ボルダン…知ってる? すごい美人の冒険者…」

 「噂くらいはな、アステルはどこまで知ってるんだ?」

 

 二人は最近冒険者になったある人物のことを話していた。

 大英雄モモンのパートナーである美姫ナーベの美しさに勝るとも劣らない、絶世の美女だとか。

 年齢は二〇代そこそこ、新人冒険者には似合わない、かなり上質な外套を羽織るその人物は、先輩冒険者複数人からのちょっかいを軽くいなし、しつこく食い下がった者は平手打ちで縦に三回転させたとか。

 雰囲気は明るく、その口調から『健康的で活発美少女』という印象を受ける者が多かったと聞く。

 噂の女性の名前を思い出そうとボルダンが頭をひねる。

 

 「たしか、名前は…なんだったか」

 「…スカー…」

 「そんな名前だったか?もっと違ったと思うんだが」

 「じゃあ…何?」

 「それが思い出せないんだ」

 「なら…スカー…で良くない?」

 「ま、そのうち思い出すだろ。 噂になってる人物のことくらい、エ・ランテルに戻れば嫌でも耳にするもんだ」

 「むー…スカーだって…言ってるのに」

 

 女性の名前について、頬を膨らませながらやけにムキになるアステルを見てボルダンはつい、笑いを零してしまう。

 「ハハ、ハ…ああ、すまん。 いや、お前がそんな顔をするなんてな」

 「ボルダンも…よく笑うように…なった」

 「ああ、アダマスのお陰だろうな。 ただ戦いの場に身を置きたくて、冒険者をやってたが、今こうして、あいつの力になろうとしてる事が、とても有意義に思えるんだ。 剣を振ること以外の生き甲斐を見つけられるとは、一昔前の俺じゃ思いもよらなかった」

 「私も…家を出て…必死に頑張ってきたけど…今…楽しいし…嬉しい」

 

 アステルは頬を赤く染めながら、小さな笑みを浮かべる。

 少女の表情に、男は口角を上げながら告げる。

 

 「好敵手(ライバル)は多そうだが、やるだけやってみろ、アステル。 駄目だった時は、俺がもらってやる」

 「ありがと…ボルダン…私…がんばる」

 「否定するかと思ったんだが、これも成長か」

 

 アステルの素直な反応に若干戸惑いながらも、ボルダンはまるで不器用な少女の兄でもなったような気分になっていた。

 

 

          ●

 

 

 ヴァーサを見送った後、自室へ戻ったアダマスは豪華すぎるソファにドカリと座り込む。

 「ああ~~~、一人、自分の部屋、最高」

 

 両手両足を投げ出し、完全に緩みきった態度で独り言を零す。

 四肢を伸ばしたまま数秒手足の先端を震わせながら筋を伸ばす―骨のみの肉体の為、あくまで振りではあるが―

 そして、また深いため息を吐く。

 

 「あ~、やっと落ち着ける」

 

 この部屋は情報を外に漏らさない魔法がかけられていることは、自分でアイテムを使用し、確認しているのでアダマスは今現在心の底から安心している。

 アンデッドであるために肉体、そして精神的疲労とは無縁であるが、この世界に転移してから緊張が途切れることは一時たりと無かった。

 異国の地で自分の常識に則った行動が、人から嫌われやしないか、非常識と罵られやしないかと、気にしながら不安にかられる日々。

 戦いにおいても、ユグドラシルでは最高レベルだったが、自分の種族は一定の状況下におかれた場合、かなり危険であることを必ず念頭に置き続けていた。

 だからこそアダマスは常時警戒し、いつでも自身が持つ世界級(ワールド)アイテムを起動できるよう心構えをしていた。

 

 アダマスは思い出したように、自分の胸に手を当てる。

 首から下げてはいるが、鎧の内側に隠している一〇〇人ギルド『アダマス』の象徴であり形見とも言えるアイテム。

 目を閉じ、その外観を思い出す。

 黒い金属製のチェーンネックレスの先端に、民族衣装ながら戦闘用と思しき装いを纏った一つ目の象の人形が取り付けられている。

 

 「これはあくまで切り札なんだから…」

 

 心の中で世界級(ワールド)アイテムの使用条件を何度も繰り返しながら、部屋の中にある姿見の前に立つ。

 アダマスは自分の思考をアイテムから、特殊技術(スキル)に切り替えてから、小さく呟く。

 

 「《希望のオーラ》か…」

 それは味方の精神異常状態、例えば『恐怖状態』等を緩和する効果を有すると共に、アンデッドに対する能力ペナルティという効果を発揮する。

 恐らく今まで心に闇を抱えた人物や、恐怖状態に陥った人々を勇気付けることができたのはこの常時発動特殊技術(パッシブスキル)の効果によるものだろう。

 一対一こそ真価を発揮するはずの種族である自分が味方がいることを前提にした特殊技術(スキル)を持っているなんて、と自虐的になりながらも、この特殊技術(スキル)によって救われた場面もあったことを思いだし、感慨に耽る。

 

 一時何も考えずに、ぼっとしてからアダマスはベッドへと向かい、顔から全身の力を抜きつつ倒れこむ。

 

 「ガゼフさんに会うのかー。 カルネ村って、この村から東に行ったところだっけ。 ある人物って何だよー、名前くらい言ってくれよー。 そりゃ、この世界に来たばっかりなんだから、知ってる名前なわけないけどさー」

 

 ベッドの上で左右にゴロゴロと動きながら愚痴をこぼす。そしてうつ伏せになった時、覚えのある匂いを感じた。

 

 「ん?何このいい匂い。 すこし前に嗅いだ気がするけど、あれかな、エマさんか誰かが香水でも振っておいてくれたのかな。 ありがたいなー、皆いい子だなー」

 

 





 エマ「そうだ!アダマス様の家具になるっているのは、どうですか!?」

 ブリタ「例えば?」

 エマ「椅子とか!」

 ブリタ「いや、無理でしょ。  …私なら出来るかもしれないけど」

 エマ「え?」

 ブリタ「え?」


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幕間 死の支配者サイドその4

 
 蜥蜴人(リザードマン)の集団を完璧な形で占領支配してからしばらく経ったある日、ナザリック地下大墳墓最高支配者アインズ・ウール・ゴウンは、己の優秀な秘書であるアルベドに理由をつけて退室させた自室で一人、ある人物を待っていた。


 

 ちゃりん、ちゃりんと貴金属がぶつかり合う音がする。

 ひっくり返した皮袋の中に、もはや何も入っていないことを確認するとアインズは机の上に転がった光り輝くコインを並べる。

 「セバスへの追加資金、これくらいで足りるよな…」

 アインズはセバス達がシャルティアの事件の時まで宿泊していた場所を思い出す。

 城塞都市エ・ランテル最高級の宿屋である「黄金の輝き亭」

 王侯貴族や大商人しか食べられない最高の食事、絢爛なる部屋、滞在費用は相当なものだった。

 そして現在、彼らが任務に当っている場所はリ・エスティーゼ王国、王都リ・エスティーゼ。

 古き都市と様々な意味合いで呼ばれる都市ではあるが、それでも総人口九百万とも言われる王国の首都、その王都でも治安の良い部類に入る高級住宅街の一軒に滞在している。

 セバスには情報収集以外でも、王都にある魔術師組合本部で魔法の巻物(スクロール)の収集を命じている。

 出費は嵩む一方だ。

 

 この国で使えるお金の使い道は多岐にわたる。

 蜥蜴人(リザードマン)の村に送る物資代、アダマンタイト級冒険者モモンの黄金の輝き亭滞在費用、様々な鉱山から仕入れる鉄鉱石エトセトラエトセトラ…

 アインズが頭を抱えていると、扉がの数度ノックされる音が聞こえた。

 

 「セバスか、入れ」

 

 悩める成年から絶対支配者へと心身をシフトさせたアインズの許可を受けたセバスは「失礼します」と頭を下げてから室内に入る。

 ナザリック地下大墳墓最高支配者の自室には、セバスが入室するまでアインズただ一人が存在していた。

 扉を締め、中に入ったセバスは至高の存在がナザリックに在る場合、いつもとなりに居るはずの存在がいないことに疑問を抱きながらも、主の前へ進み跪く。

 

 「ん、面を上げよ」

 「はっ!」

 

 絶対者らしい重厚な声に頭を下げていたセバスは反応し、頭を上げる。

 

 「よく来てくれたなセバス。 お前には王都で得られたありとあらゆる情報を送れと命じたが、私は書面や魔法以外でも直接会って話すことの大事さというものを理解しているつもりだ。 だから、お前をこうして呼び寄せたわけだが。 問題は無いか?金銭面や人員等で必要な事があれば、発言を許可する」

 「ありがたき幸せ、しかしながら、現在のところ問題点等はなく、順調に任務を遂行しております」

 「ならば良い、ただ、重ねて言うが、遠慮はするなよ? それがひいてはナザリックの不利益に繋がる場合もあるのだから」

 「はっ! ご厚意、痛み入ります」

 「…変化が無いようであれば、金はこれくらいで足りるか? 金ならいくらでもある。受け取るが良い」

 

 アインズは堂々と机の上に並べていたコインを袋に詰めると、セバスの足元に放り投げ、(うやうや)しく持ち上げる様を眺める。

 

 「承りました。 必ずやアインズ様のご期待に添えるよう、精進いたします」

 「ん、期待しているぞ。 それとセバス、お前から送られた書類には街の噂レベルの事まで書かれているが、少し気になることがあってな」

 「はっ…何か不手際でもございましたでしょうか!」

 セバスは緊張した面持ちで目を見開いている。

 その様子を眺めながら、アインズは片手を上げた。

 「いや、書類はよく出来ている。几帳面なお前らしい、良い資料だと、感心しているのだ」

 「恐縮の至り…」

 「気になったのは、噂話の部分だ。 たしか『スカアハ』という人物について、書かれていたな」

 「はっ、最近冒険者になったという者のことでございます。 ナーベラルに匹敵する美貌の持ち主だとか。 しかしながら、至高の御方に想像された者以上に美しい存在は、造物主であらせられる御方々以外には居ないかと存じ上げます」

 「はは、ありがとうセバス。お前の言葉、素直に嬉しいぞ」

 

 室内に機嫌の良い主人の笑い声が響く。

 アインズは朗らかだった気分を切り替え、緊迫感のある声でセバスに話しかける。

 「その、スカアハだが、美しさはあまり関係ない。問題なのはその名前だ。 スカアハという名前、以前タブラさんが私に教えてくれた神話の中に現れる女神なんだが」

 「おお!タブラ・スマラグディナ様ですか」

 「ん、アダマスという人物が現れたキーン村にも、神話から取られたと思われる名前の人物がいるが… 下手をすれば、そのスカアハと名乗る者、プレイヤー本人かも知れんな。 セバスよ、同じ国で任務にあたる上で、決して警戒を怠ってはならないぞ」

 「はっ!畏まりました。アインズ様。」

 

 アインズは口に手を添えながら件の人物「スカアハ」について思いを馳せる。

(スカアハ、ケルト民族の神話の女神。「影の国」という名の異界を統べる女王。呪術師でありながら、むしろ武芸に秀でていると、タブラさんが言ってたっけ。影の国の女王…まさか)

 アインズが思い当たる人物を頭の中に浮かべていると、セバスが思い出したように口を開く。

 

 「そういえば、そのアダマスなる者、フルネームでは『アダマス・ラージ・ボーン』だとか」

 「ああ、そうだが?」

 「以前、転移する前ですが、たっち・みー様が他の至高の御方と『ラージ・ボーン』について話をされていたのを思い出しました」

 「それはそうだろう、たっちさんとラージさんは友人だったのだからな」

 「はい、それはそうなのですが…その話の中で、不思議な事を仰っていたのを、今思い出しました」

 「不思議なこと、だと?」

 

 アインズは椅子から身を乗り出して、続きを話そうとするセバスを凝視する。

 

「たっち・みー様が、ラージ・ボーンに一度だけ一対一で敗北したとか。そのような事が有り得ないのは重々承知しているのですが」

 「ああ、その話なら、私もたっちさんから聞いたぞ。 いろんな偶然が重なった結果ではあったようだがな」

 「なんと!あのたっち・みー様が!」

 「たっちさんもにん…いや、その…調子の悪い時はある」

 「そこを襲われたのですか!?」

 

 セバスの一瞬だけ見せた烈火の如き感情に対し、アインズは手を上げてそれを止める。

 「違うぞセバス、たっちさんは普段から対人戦を苦手としていたラージ・ボーンの練習相手をしていたそうだ。 そして、例の試合で一度だけの敗北を喫したのだ。 先ほどいろんな偶然と言ったが、一つはその時たっちさんが戦いにおいては一定のブランクがあったこと、もう一つはラージ・ボーンの種族と特殊技術(スキル)構成が一対一に特化していることだ。だが、たっちさんは言っていた「あの時のラージくんは異様な強さだった。こちらの手を全て読まれ、まるで未来予知でもしているようだった」とな。 あのセンリでさえ、この状態になったラージ・ボーンに勝てる気がしないとも、たっちさんは言っていたな。 私は是非、その戦いを見てみたいと思うぞ」

 友の話を楽しげの語る主人を見て、セバスはその望みを叶えるべきだと確信した。

 「この私では力不足かと思いますが、かのラージ・ボーンと一手交え、アインズ様のお望みを叶えたいと存じ上げます」

 「お前がか、はは…あはははは… そうだな、ラージ・ボーンを友としてナザリックに迎え入れた暁には頼めるか? セバスよ」

 「はっ!全身全霊を持ちまして!」

 

 セバスは決意を込めた笑顔で答える。主人に期待される喜びと自身を創造した至高にして最強の存在と手合わせした人物と拳を交わす。これはまた別格の幸福だと実感していた。

 

 

          ●

 

 

 セバスが退室した後、部屋は再びアインズ一人となる。

 ナザリックに主人が居る時は、必ずその隣にいるはずのアルベドがいない理由は、アインズがそう命じたからに他ならない。

 上司に思っていることを全て話せる者は少ないだろう。その場にもう一人上司がいるなら尚更だ。 Aという上司に話せないことプラスBという上司に話せないこと、イコール…殆ど、必要最低限のことしか言えなくなってしまうと思ったアインズの考えである。

 セバスがアインズの自室前の廊下から姿が見えなくなった頃だろうか、そんなタイミングで扉が数度ノックされた。

 

 「アインズ様、守護者統括アルベドで御座います」

 「ああ、もう入って良いぞ」

 「失礼致します」

 

 つい先ほど同じような事をした気がするが、支配者として君臨して以降、仰々しい態度を取らなければならない系統の面倒なルーティンは慣れてしまいつつあった。

 「アインズ様、例の件、準備が整いましたので、ご報告に参りました」

 「おお、そうかそうか、後はエ・ランテルの冒険者組合にかの者へ名指しの依頼を要望するだけだな」

 「はい…」

 明るく期待に満ちた主人とは裏腹に、アルベドの表情は暗く、重いものとなっていた。

 アインズは明らかに不安の感情を示す彼女の様子に対し、優しい口調で声をかける。

 「心配するな、というのも酷か… 確かに、かの者と二人だけで会うことの危険性は熟知しているつもりだ。だからこそ、私なのだ」

「シャルティアの時もそう仰いましたが、今度は明らかに潜んでいる者が居る上、もし…かの者がアインズ様に牙を剥けば…」

 「敵対することはありえない…と言いたいが、何が起こるか分からない以上、無責任なことは言えないな。 そこで、今回お前に頼んだのだ、アルベド」

 「…はい、もし御身に危険が迫れば、すぐさま行動を開始できるよう、手筈を整えております… おりますが…」

 「現在は彼を敵に回すような命令は出していない、だが今後、ナザリックの運営において敵対する可能性は大いにある。 今のうちに話を付けておかねば、取り返しのつかないことに成りかねない」

「であれば、ナザリックの総力を以て…」

 「我が友が、友と呼ぶ者を滅ぼすと?」

 「……御身に危険を及ぼす存在であるなら、致し方ないかと」

 「私の身を案じるお前の気持ちもわかる。 だがな、アルベド…私は、とても我が儘なんだ。 彼か私か、どちらかが犠牲になるのではなく、双方が生き延びる道を模索したい。 その願い、聞いてくれないか?」

 

 瞳を持たない眼窩に宿る灯火が、優しく揺らめいた。

 

 「アインズ様… ずるいです。 そんなお顔をされては、ナザリックに拒める者などおりません」

 「すまんな。 だが、正直今のところ悪い予感はしないんだ。 何事もなく、事が運びそうな気がする」

「アインズ様がそう仰られるのであれば、そのように世界を動かしてみせます」

 「頼りにしているぞ、アルベド」

 「はい!」

 

 室内に凛とした声が響く。

 アインズは静かにアルベドを眺め、無事に目的を成すことを心の中で誓った。

 

 

 

 

 翌日、アダマンタイト級冒険者、モモンの姿でエ・ランテルの冒険者組合に訪れたアインズは驚愕した。 目的の人物――アダマスがある人物を訪ねに王国へ趣いた為、しばらくエ・ランテルには戻ってこないという衝撃の事実を知らされた為だった。

 

 





 受付嬢「あの、モモン様、王都の冒険者組合に連絡致しましょうか?」

 アインズ「いや、結構。 アダマスさんには、エ・ランテルに戻って来てから伝えて欲しい」

 受付嬢「畏まりました。 その様に手配いたします」




 アインズ「せっかく、エ・ランテルの冒険者組合から、目的地までの安全確保をさせたのに… まあ、準備は無駄にならないし、延期になっただけど考えれば良いか。 しかし王都とはな、セバスなら、もしアダマスさんと遭遇しても大丈夫だろうけど… 何事もなければ」


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第五章 漢たちの生き方と死に方
一話 「どうせ生きるならそんな道」



 アダマスはエ・ランテルの冒険者組合に入っていた王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの言伝を受け取り、教えられた場所へと向かう。
 一方その頃、心折れた一人の刀使いが王国最強の男と王都の裏路地で出逢っていた。



下火月[九月]三日 8:00

 

 「ここは…そうか、ガセフの家だったな」

 最低限の家具しか置かれていない、質素な部屋で彼は目をさました。

 鎧戸(よろいど)から零れ落ちた明かりが男を照らし出す。

 ほっそりとした体躯ではあるが、痩せているのではない。服の下の肉体は鋼鉄のごとく引きしまり、筋力トレーニングではなく実戦で鍛えられた体をしている。

 根元に地の色が見える青髪は適当に切られているために長さは揃っておらず、ぼさぼさに四方に伸びていた。茶色の瞳に生気はなく、志半ばで他人に芯を折られた情けない表情をしていた。もともと生えていたであろう無精髭は更に伸び、まるで老犬のようだった。

 男は起き上がり、ベッドに腰掛けると目の前にある小さなテーブルに気付く。そこには軽めの食事が置かれていた。

 「勝手にもらうぞ…」

 自分の為に用意された小さな焼き菓子を少し濁った水で流し込みながら、男は部屋の片隅に視線を向ける。自分が着用していた鎖着(チェインシャツ)や“武器”がまとめられていた。

 「う゛っ!…ぉあ゛…」

 

 自分の装備が思い出させた悪夢に水を吹き出し、喉の奥から泥のような何かがあふれ出す。

 その泥に形はなく、ただ男の嗚咽のみが他に誰もいない部屋に溢れた。

 悪夢が与える恐怖に両膝を震わせる。情けない音を出す口を押させようとした両手もまた、震えを止めることはできなかった。

 屈強な男が一人の空間とはいえ、恥も外聞もなく涙を流す姿は意外なものだろうが、今の彼にそんな瑣末なことを気にする余裕はない。あの化物が今も自分を追ってくるのではないか、そんな恐怖囚われ、王都までほぼ不眠不休で逃げ続けた。寝ている間にシャルティア・ブラッドフォールンと名乗るあの吸血鬼が自分の前に現れるのではないか、不安と絶望に支配された精神のまま転がりこんだ王都で、かつての御前試合で死闘を繰り広げた好敵手であり、目標でもあった王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに見つかる。半ば強引に連れ込まれた相手の家に入った途端、ほぼ丸一日昏々(こんこん)と眠り続けた。

 「ブレイン・アングラウス…か」

 男――ブレインは自分の名を口にした。

 元は単なる農夫であった彼に、天はまさに「授けもの」と言える剣の才を与えた。

 さらに生まれながらの異能(タレント)が後押しし、武器を取っては不敗。戦場においてかすり傷以上は受けないという、戦闘における天凛の才人だった。

 戦いに身を置く者で、彼の名を知らない者はいない。

 その名をもつ男が今、恐怖によって満足に食事も摂れないでいる。これ程までに情けない状況はあるものか。

 もう一度部屋の片隅に置かれた武具へと目をやる。

 ガゼフ・ストロノーフから勝利をもぎ取るべく、手に入れた“刀”。しかし、彼に勝ったところでそれがなんだというのか。

 自嘲しそうになるブレインは部屋の外、扉の前に誰かが立つ気配を感じる。

 「ガゼフさん、本当に良いんですか?」

 「いいんだ、貴殿にも彼に会って頂きたい」

 聞こえてきたのはこの館の主人ともう一人、声音のする方向からかなりの長身だとわかる。

 「アングラウス、起きている…ようだな」

 「ストロノーフ、起きているが…その横は誰だ?」

 ガゼフの返事の前に扉は開け放たれ、普段着のガゼフと赤い立派な全身鎧(フルプレート)を身に纏う大男が入ってきた。

 「な、なんだそいつぁ!?」

 「驚かせてすまんな、だがどうしても会ってもらいたいんだ、この方は…」

 「ああ、自分から名乗りますよ、ガゼフさん。 はじめましてアングラウスさん、自分はアダマス・ラージ・ボーン。冒険者をやってます。」

 

 

          ●

 

 

  決して広いとは言えないベッドの置かれた客間に二人、内一人が座る簡素な木製の椅子は本人と鎧の重みで軋んでいる。軋む音に恐縮しながら、なんとか椅子に最も負担が少ないであろう座り方を模索する姿は正に「小心者」だった。

 「あの、アレですね、ガゼフさんも酷いですよね。初対面の二人を置いてどこかへ行っちゃうなんて」

 「まったくだ」

 ブレインは面頬付兜(フルフェイスヘルム)で顔の見えない相手に言葉を返す。アダマスと名乗った人物は首からミスリル製の冒険者プレートを身につけており、その大層な鎧からも、歴戦の勇士と言えるだろう。しかし、その男の態度が、どう取り繕おうとも「勇士」という言葉とかけ離れていた。

 ガゼフがアダマスに「アングラウスの話し相手になってやってくれ」と言い残し、鎧を身につけてから、この館を後にしてからというもの、鎧の男はずっとそわそわと体を揺すり、きょろきょろ落ち着き無く辺りを見回している。すると、部屋の片隅に置かれたものに気付いた。

 「あ、刀…」

 ブレインはアダマスの言葉に自然と頬が緩む。冒険者という戦いの中に生きる道を模索する者に、自分の武器に注目されるのは決して悪い気はしない。

 「珍しいだろ、お前も冒険者の端くれなら、見たことくらいはあるか?」

 「はい、以前の仲間に刀使いがいまして、自分も格好良いなって思って触らせてもらったんですけど、刀って相当な技術が要るじゃないですか、そういうの苦手なもので…」

 「そりゃそうだ、先ずは体幹が鍛わってないと…」

 アダマスとの会話で、ブレインはいつの間にか、猫のように曲がっていた背中が起き上がっていることに気付く。心にも余裕が生まれ、泥しか吐き出せなかった口から自慢話が続きそうになる。驚いていた、こんなにも早くガゼフの思惑を知り、その思い通りになってしまっていることに。

 「そうなんですよね、ちゃんと鍛えないとバランスがどうしても…あ、青髪に、刀使い…って、もしかして」

 アダマスの言葉が急に歯切れが悪くなる、まるで大事な事を思い出したかのように。青髪、刀使い、そしてアングラウスという名前から、この国最高峰の剣士と名高い、自分の存在に気づいたのだろうと、ブレインは思った。

 ただ、普通であれば、「アングラウス」という名前だけで思い出しそうなものだが、今の自分を見て、すぐに「最高峰の剣士」を連想することの困難さをブレイン自身、よく理解していた。

 「すまないな、想像と違ったろう?」

 「え?あ、いや…そういうわけじゃないんですけど」

 男は自分に気を遣っているのだろう、これまでの、少しだけの会話でも分かる。アダマスは気の小さな、優しい男なのだと。だから、その優しさに甘えたくなったのは、きっとどん底まで落ち込んでいるからなのだと、ブレインは心の中で言い訳をしながら口を開く。

 「お前の言う通り俺は鍛えたさ、ガゼフを越え、誰よりも強くある為に。 だが、剣で得られる武力など、本当にくだらない。 何も…できやしない」

 ブレインの前を向きはじめていた胸は、また下がり、声もか細いものへと戻る。

 そこにはかつて、御前試合を見た者が知る雄々しさは皆無だった。

 「俺は何を目指して剣を振っていたのやら…」

 「…そんなものですよ」

 「なに?」

 ブレインの耳に予想していた励ましの言葉や否定ではなく、落ち着いた肯定の声が聞こえ、その驚きに顔をあげると目の前には男の―面頬付兜(フルフェイスヘルム)で表情は見えない―顔がそこにあった。細いスリットからはその瞳を窺うことはできなかったが、さらにその奥、全てを失った者の青い灯火が見えた気がした。

 表情の見えない男は言葉を続ける。

 「力があっても自分より強い人はいくらでもいるし、守りたくても守れなかったり、失うものの方が多い。 自分が不甲斐ないばかりに、全てを失った…いえ、そんな被害妄想じゃなく、台無しにした人もいます」

 静かに語る男の言葉に、嘘偽りはなく。おそらく、心折れてしまった自分と、過去のアダマスとを重ねているのではないかと思わせるほど、ブレインの心に染み込んだ。

 そしてブレインは、頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出す。

 「その人は、どうして生きていける、どうやって立ち直った?」

 「生きているとも言えませんし、立ち直ってもいません。その人はただ、大切な人との約束にすがるだけの、亡霊です」

 何とも悲観的で、消極的な言葉が返ってきた。先ほどまでの優しく前向きな男の姿はそこになく、無力で弱い、負け犬がいた。 ブレイン自身に返す言葉は無かったが、相手の言葉であれば返事をすることはできる。

 「そんなもんだろう」

 「ですね」

 部屋の中に不思議な笑い声が響く。楽しげでもなく、二人の大人の男性の、自嘲気味な笑い声が。

 

 

          ●

 

 

 「ところで…アダマスだったか、お前は何なんだ?」

 謎の鎧男との愚痴の零し会いを一段落させたブレインはガゼフの用意した軽い食事を食べ終え、一番最初にするべきだった質問をする。

 「最初に言いましたけど、冒険者ですよ。ミスリルプレートの」

 「それは見れば分かる。そんなことじゃなくて、ガゼフとはどうやって知り合った。 あいつが俺の「世話」をさせるくらいだ、相当信頼されているんだろ?」

 落ち着きを取り戻したブレインは軽口を飛ばしながら尋ね、その問いにアダマスは腕を組み、少し首を捻りながら答える。

 「あれはもう何十日も前ですけど、ある村が襲われていて、そこは本来ガゼフさんが守るはずだったんですけど、間に合わなかったところにたまたま自分が通りかかりまして、襲っていた連中を…追い払ったんですよ。 それで、遅れてきたガゼフさんに感謝されました。 たぶん、それくらいの関係です」

「たまたま通りかかったって、お前見ず知らずの人間を助けたのか? しかも、集団? 野盗か何かを一人でか? とんなお人好しだな」

 「よく言われます」

 アダマスの淡々と語られる言葉の節々から汲み取れる異常性に、ブレインは驚きながらも小さな納得を得ていた。 男が先ほど言っていた「約束」とやらだけが、アダマスの行動基準になってしまっているのだろうと。

 「そんな生き方じゃ、早死にするぞ」

 「もう死んでます」

 「ハハ…違いない」

 アダマスの行動は生き方というよりも、この男なりの「死に方」なのかも知れない。そう感じたブレインはある言葉を思いつく。

 「そうだな、どうせ生きるなら、そんな生き方も良いかもしれないな」

 「人それぞれだと思いますよ?」

 「ああ、そうだが… いや、ガゼフがお前を気に入った理由がわかるよ。 俺も、お前の事が好きになりそうだ」

 「言っておきますが、自分にそのケはありませんよ」

 

 冗談を言い合いながら、部屋の雰囲気を明るいものへと変えていると、扉が二度ノックされた。

 「アングラウス、ボーン殿、入るぞ?」

 

 本日二度目の館の主人の来訪だった。

 部屋の中にいる人物の了承もないまま、扉は開けられる。

 「どうやら私の正解だったようだな」

 ガゼフが自慢気な笑顔を見せながら入ってくるのを見たブレインは両手を上げながら、降参の意思表示をする。

 「お前に負けたのは、これで二度目だな、ガゼフ・ストロノーフ」

 「今の貴様は弱っている、今回はノーカウントだ、ブレイン・アングラウス」

 笑顔を向け合う二人を見たアダマスは、ゆっくりと立ち上がり、二人に声をかける。

 「では、自分は席を外し…」

 退室しようとしたアダマスをガゼフが片手で止めようとする。

 「待っていただきたいボーン殿、先程は急な用事で話せなかったが、例の人物について話をしておきたい」

 「そういうことなら、俺は寝させてもらうぞ。 まだ疲れは取れていないんだ」

 場の空気を感じ取ったブレインは、自分が座っていたベッドで横になり、わざとらしい寝息を立て始める。

 

 「そうか、ではボーン殿、あちらで話そう」

 「あ、はい。わかりました」

 

 二人のやりとりが聞こえた後、ブレインの意識は再び酷く重い睡魔によって眠りの溝へと流れ込んでいく。

 

 

          ●

 

 

 アダマスが通された部屋はガゼフの自室と思われる場所だった。壁には幅広の剣が数本立て掛けられ、防具やその他手入れ用の道具らしいものが置いてある。素人目には散らかっているように見えるだけだろうが、戦う者が見ればわかるだろう、部屋の中にある武具はどれも使いやすく取り出しやすいよう適切に並べられていた。

 ガゼフが指し示した椅子に座りながら、アダマスはガゼフが言葉を濁していた「例の人物」を思い返していた。 情報はキーン村と遠くない場所にあるカルネ村を救った英雄、それくらいだ。 自分から言えることもないので、アダマスはガゼフの言葉を待つことにした。

 アダマスを座らせてから、その後自分が選んだ椅子に座ったガゼフが、ようやく口を開く。

 「先ず大変お待たせしたことを詫びさせていただきたい。本当に申し訳ない」

 「いえいえ、アングラウスさんも良い人でしたから、退屈はしませんでしたよ」

 アダマスが首を横に振りながら返した言葉に、ガゼフは目を丸くした。

 「アングラウスが…良い人? は…はははははははっ! こ、これは失礼した、しかし…あいつは良い人とは、さすがはボーン殿だ、人を見る目がある」

 急に笑い出したガゼフに驚きながらも、そのあとに続く言葉が、自分を馬鹿にしているのか、褒められているのか判断できず、複雑な感情を抱きながらもアダマスは話を進めようとガゼフを促す。

 「それでガゼフさん、例の人物とは?」

 「ああ、すまない… 何から話すべきか… そうだな、先ずその人物の名は、アインズ・ウール・ゴウンという」

 その名前を聞いた途端、アダマスは反射的に立ち上がる。勢いが強すぎた為に今まで座っていた椅子が倒れてしまうが、そんな事を気にしていられる余裕は無かった。かつての友人であり、憧れであり、師でもあった人物が所属していたギルドの名前を、この世界で聞いては、アンデッドである為に得られる「精神の安定化」が起きるまでの一瞬とはいえ、冷静でない自分を吐き出してしまう。

 「ばっ! なっ…」

 「やはり、知り合いか…」

 アダマスの様子に対し、やけに落ち着いたガゼフは座ったまま相手を見据えている。そして王国戦士長は言葉を続ける。

 「正直なところ、二人が知り合いであるかは、私の直感でしかなかった。 私がお二人と出会った状況が余りにも酷似していた。 そして「アダマス・ラージ・ボーン」と「アインズ・ウール・ゴウン」、どちらも語感が似ている事も。 お二人とも、同じ場所から来られたのではないか?」

 ガゼフは真っ直ぐにアダマスを見つめながら言葉を紡いだ。

 冷静さを取り戻したアダマスは自分が倒してしまった椅子を元の位置に戻し、座り直してから、ゆっくりと語り始める。

 「なんと言いますか…、いや、ちがうな…ガゼフさんは、何を知りたいんですか? こちらとしては、そのアインズさんについて聞きたいことが山ほどありますが」

 「さすがボーン殿、やはり貴殿は戦士だ。 だが私に聞きたいことはなく、ただ伝えるべきだと思ったのだ」

 「何故です? 同じ状況で出会ったのであれば、あなたはアインズさんにも恩があるはず、私がその人の敵であれば、恩を仇で返すことになりますよ?」

 「言葉にするのは難しいが、戦士の勘としか…。 ただ、私は思ったんだ、貴方がたは出会うべきだと」

 「アインズ・ウール・ゴウン―――」

 

 ユグドラシルで知らぬ者はいない、伝説の悪虐ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」異形種のみによって構成されたそのギルドは、数多の世界級(ワールド)アイテムを所持し、全盛期にはギルドランクでトップテン入を果たしている。PK(プレイヤーキル)を行う事が多かったアインズ・ウール・ゴウンは悪名高くはあったが、その実、プレイヤーは社会人であった為に、話してみると落ち着いた人物が多く、アダマスは直接会話したことのある「たっち・みー」や、彼から聞いたギルド長の「モモンガ」は周りの事をいつも考える、優しくも頼もしい人物だったと聞いている。

 そのギルド名と一文字も違わぬ名を名乗る人物は先ず間違いなくユグドラシルプレイヤーではあるが、正直なところアインズ・ウール・ゴウンに恨みを持つ人物も多かったはずである。その名をこの世界でも貶める行為をしないとも限らないが、ガゼフの話を聞けば、善行を行っているらしい。

 ユグドラシル時代のことを思い出していると、アダマスに一つの疑問が浮かび上がる。

 「そういえば、その…アインズさんには、自分の事を話したのですか?」

 「いや、ゴウン殿との連絡方法を知らない為、先に貴殿に知らせたんだ」

 「なるほど…」

 

 アダマスは口に手を当てながら次にするべき質問を熟考してから口を開く。

 「その人…魔術詠唱者(マジックキャスター)で、黒いローブでした? 肩に骨のような装甲と、大きな赤い宝石をつけてて…」

 「その通りだが…しかし、あの超越者と知り合いとは、私の目に狂いはなかったようだ。やはり貴殿はただものではない」

 

 ビンゴだ。たっち・みーさんが話していた「ももんが」の特徴に当てはまる。

 しかし、立ち止まって冷静にならなければ。 まだ、似た格好をした者とも限らないのだから。

 アダマスが一人悶々と考え事をしていると、ガゼフが思いついたように話し始める。

 「あまりの詮索は御法度だと分かってはいるが、一つだけ教えて頂きたい。 ボーン殿とゴウン殿、お二人の関係とは?」

 

 当然くるだろうと予想していた質問ではあるが、実際にされてみると直ぐには答えられず、アダマスは腕を組みながら悩み、しばらくして答えを出す。

 「友人の…友人です」

 「ほう…」

 

 ガゼフは何やら納得がいっていないようだが、事実なのだから仕方がないとアダマスは思った。

 そして、あることを思い出す。ガゼフが二人の「語感」が似ていると言ったことだ。アインズ・ウール・ゴウンとアダマス・ラージ・ボーン、確かに言われてみると似てはいるが、もしかしたら初めて名を名乗る時に、何となしに意識してしまっていたのかもしれない、自分が憧れていた強く逞しい、ユグドラシル最後の日まで健在だったギルドの事を。

 

 「あ…」

 「どうされた、ボーン殿?」

 「ガゼフさん、最後に一つだけ、良いですか?」

 「何なりと」

 

 アダマスは「似た語感」という言葉に対して、どうしても言わずにはいられなかった言葉を吐き出す。

 

 

 「ガゼフ・ストロノーフって、ビーフ・ストロガノフに似てますよね」

 「……は?」

 

 

 




 アインズ「ないはずの鼻がムズムズする」

 アルベド「それはお風邪を召されたのではありませんか? 風邪は人肌で温めればと治ると聞きます! さあ、アインズ様!!」

 アインズ「アルベド、ちょっと黙って」



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二話 「拒絶反応」

 下火月[9月]二日、アダマスはガゼフ・ストロノーフとかつて御前試合で死闘を繰り広げた天才剣士ブレイン・アングラウスと出会う。 「強さ」を求めた末に心折れた彼を見て、全てを失った自分と重ねたアダマスは、「強さ」の意味を考え直していた。
 そして、その翌日…




 下火月[9月]三日 9:00

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。王と民を守護する要である王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフの住まい、その一室で独り暇を持て余していたアダマスは次の行動について考えていた。

 早朝にこの邸宅の主人が出かけてからというもの、同じく居候しているブレインはまだ深い眠りについている。疲れきった様子の彼を話し相手になって欲しいからと起こしてしまうのは、あまりに酷。とは言え、ガゼフから「王都を案内する為の人間を寄越すから、それまで待っていてもらいたい」と言われれば、ただ待つしかない。この時間はガゼフが出発の直前、アダマスに言い残した「言葉」について真剣に考える為の時間なのかもしれないが、正直そのことに関して出来れば有耶無耶にしたいとも思っていた。

 同じ戦士として、アダマスが持つ武器を知る数少ないこの世界の住人であるガゼフは、武器の手入れをしていたら時間等直ぐに過ぎるだろう思っていたのかもしれないが、残念なのか幸いなのか、アダマスの武器は手入れ不要の逸品だった為に、恐ろしくなるほど暇だった。

 積み木でもあれば、いろんな形を作るなどして童心に返る事も出来たかもしれないが、生憎この家屋には見つけられなかった上、使用人に大の大人が「手遊びできる玩具ありませんか?」などと聞けるはずもない。

 つまり、ただ待つしかないのだ。

 身体を動かす必要は無くとも、頭を動かす必要がある時はいくらでもある。

 今がその時なのだろうと、アダマスは必死に避けていた自分の苦手分野――これまでの経過をまとめる事――に意識の中で着手することにした。

 

 この世界に転移してから二ヶ月近く経過している。

 いろんな人と出会い、そして別れもあった。少し愛着が湧き始めた者もいた。尊敬できる人や、仲良くなりたいと思う人、信頼関係を築きたいと思う人、守りたいと思う場所も出来た。全てを失い、呆気無い最期を迎えるはずだった人間に与えられるには、余りにも多く、大きな存在達だ。しかし、自分がアンデッドであることを知れば、離れていくものも少なく無いことを自覚しつつ、自身の正体を隠すことには細心の注意を行わなければならないことを再確認する。

 赤と白の全身鎧が蠢き、深呼吸の真似事をした時、アダマスが滞在している部屋の扉がノックされた。

 

 「ボーン様、クライム様が参られました」

 年季の入った耳心地の良い落ち着いた声が聞こえる。アダマスは神妙であった気持ちを切り替え、地声よりトーン一つ上げた声で返事をした。

 「はい、今行きます」

 

 

          ●

 

 

 アダマスが玄関の扉を開けるとそこにはガゼフよりも一回り小柄な少年が立っていた。少年とは言っても、肩周りや手首を見ればよく鍛えられていることがわかる。さしずめ小さなお姫様に仕える軽装備の金髪少年騎士といったところだろうか。

 その少年からしわがれた――それでいながら若々しい声が聞こえた。

 「はじめまして、ボーン様でいらっしゃいますね? 本日はストロノーフ様のご依頼で、王都を案内させて頂きます、クライムと申します、よろしくお願いします!」

 

 アダマスは眩しいクライムの笑顔と挨拶に、アンデッドの身である故か、元々の性格の為か、一瞬目眩を覚えてしまう。

 「ボーン様、大丈夫ですか? 体調が優れないようでしたら、ストロノーフ様に伝え、また後日案内をさせていただきますが」

 「いや、問題ない。こちらこそ、今日はよろしく」

 アダマスは体幹筋肉を引き締めるような感覚で背筋を伸ばし、堂々と挨拶を交わす。年下の好青年に対して、以前の『漆黒の剣』相手に出た癖が再発していた。

 

 「ボーン様の王都案内を依頼していただいているのですが、私も所用がありまして、それに同行して頂けるとありがたいのですが」

 「別に構わないよ」

「…本当のところはですね、私がストロノーフ様からボーン様の案内を請け負った話が、どこからか先方に伝わったらしくて、是非会いたいと言うものですから…ええと、先の話は歩きながらでも良いですか?」

 「ん、良いよ」

 アダマスの了承を受け、クライムは王都の大通りを示しながら歩き始める。

 微妙に視線を逸らしたままのクライムが口を開く。

 「ええと先方というのは、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の方なんですけど、今冒険者の中で漆黒のモモン、赤き巨星のアダマス、美しき藍染のスカアハの三名は注目の的なんだそうですよ」

 「そうなの? モモンさんはアダマンタイトプレート持ちだし、スカアハさんはすごく美人だって噂を聞いてるけど、何で自分が?」

 「聞きましたよ、アダマンタイトのインゴットを素手で叩き割ったとか。本当ですか?」

 寄る辺ない面持ちだったクライムが、アダマスの話を始めた途端、その瞳をキラキラと輝かせながら全身鎧の男を見つめる。

 その問いに、アダマスは右手を振りながら答える。

 「いや、そうじゃなくて…」

 「え、そ…そうですよね…さすがにアダマンタイトを…」

 否定の言葉にクライムの上げかけていた拳を力なく垂れ下がろうとしていた――

 「手刀で切断したんだよ、真っ二つに」

 「ええ!?」

 クライムは大きく見開いた目でアダマスを見つめながら硬直してしまう。

 その大きな驚愕の声に大通りの視線を集めてしまうが、今のクライムに気にしていられる余裕は無かく、質問を続けずにはいられなかった。

 「そ、それはどのような…ぶ、武技か何かでしょうか? いや、武技なのでしょうけど、そんなものが…」

 「あ、ああ…まあ、そんなとこ」

 アダマスは遠くを見つめながら答える。 真っ直ぐに相手を見ながら誤魔化すことができないのはアンデッド化してからも変わることはなかった。

 アダマスの中で、この世界で『特殊技術(スキル)』を使用した時は『そういう武技です』としてしまおうと決めていた。

 赤白鎧男の葛藤を知らず、クライムは星のような瞳でアダマスに熱視線を送りながら興奮していた。

 「い、今はこれからの用を済ませないといけないのですが、その後でもお時間よろしいですか?」

 「どういう意味だい?」

 「私に稽古を付けていただきたいのです!」

 「いや、それは…無理」

 自分が最も苦手とする事を頼まれ、アダマスはつい反射的に首を横に振りながら断ってしまう。理詰めや戦略ではなく、感覚と経験則だけで戦うアダマスにとって他人に何かを教える事程拒否したいものはない。

 「そ、そうですか…」

 拒絶と受け取ったクライムは明らかに肩を落とし、歩幅も先ほどより短くなっていた。

 相当の落胆を見たアダマスは慌ててフォローしようとする。

 「違うんだクライム君、嫌だとか言うのじゃなくて…そういうのが苦手なんだ。だから、軽く手合わせをすることで君が何かを得られる可能性があるなら、協力するよ」

 「本当ですか!」

 クライムが言葉で一喜一憂する様を見て、アダマスはこういった素直な人間は幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。

 

 やがて大通りの横手に一つの冒険者の宿が見えてきた。敷地には宿泊施設、馬小屋、そして剣を振るうのに十分な広さの庭がある。外観は素晴らしく、客室の窓には透き通ったガラスがはめ込まれていた。

 そんな王都に置ける最上級の宿屋は、腕に自信がある、かなり高額の滞在費を払える冒険者が集まる場所だ。

 宿屋に近付くとクライムが駆け足で扉の左右に立つ警備員に近寄り、話を通す。

 「お疲れ様です。あの方はストロノーフ様のご友人で、私が身柄を保証します。」

 クライムの言葉を聞いた警備員がアダマスの鎧と冒険者プレートを二度見直すと、笑顔でクライムに告げた。

 「あれはまさか…例の」

 「そうです、あのお方がボーン様です」

 クライムと警備員が笑顔でこちらを見やる様を、複雑な気持ちで受け止めながらアダマスも扉へ近付く。

 「通してもらっていいだろうか?」

 「ああ、どうぞ」

 警備員が笑顔を崩さないままアダマスを見送る。クライムは自分より先にそそくさと宿屋の中に入るアダマスを慌てて追いかけた。

 一階部分を丸ごと使った広い酒場兼食堂には、その広さからすると少なすぎる数の冒険者達しかいなかった。それだけ上位の冒険者とは少ないものなのだ。

 アダマスが店内に入った途端、わずかだったざわめきが収まり、好奇の目が集中した。他人への指導以外に存在する、アダマスの苦手な視線の集中に、早速独りで先に入った事を後悔する。

 その間にクライムはアダマスの前へと足を進め、店の一番奥。そこにある丸テーブルに座った二人の人物へ視線を送る。

 一人は小柄で漆黒のローブで全身をすっぽりと覆っている。顔は異様な仮面で完全に覆い隠している為に見えないが、只者でない気迫があった。というよりも、小柄な人物から発せられる明らかな警戒心をアダマスは感じていた。

 そしてもう一人。

 こちらは圧倒的なまでに大柄の……女性…だった。

 その姿は正に巨石、全身これ筋肉と表現できる体躯をしており、首も、腕も四肢の全てが太い。頂点にある頭は四角い。 アダマスは抱いたイメージをそのまま伝えて良いものか数瞬悩んだ結果、口に出さない事を決めた。

 女性のみで構成されたアダマンタイト級冒険者チーム――蒼の薔薇。

 そのメンバーの二人。魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)――イビルアイ、戦士――ガガーランだ。

 

 クライムはそちらに向かって歩き出す。目的の人物が一つ頷き、ハスキーな大声を上げようとする。

 「よう、どうて…」

 「その全身鎧の者、もしやアダマスか、そいつをこちらに近づけるな」

 ガガーランの挨拶をイビルアイが険のある声で遮った。その姿勢は誰が見てもアダマスに対して敵意があるとしか思えない程に。

 イビルアイの様子に疑問を抱きながらクライムが険悪な状況を変えようと口を開く。

 「イビルアイ様、この方は敵ではありませんよ。ガガーランさ――んにも話しました通り、ストロノーフ様のご友人で…」

 「その男が宿屋に入ってから、不快な…そう不快なオーラのようなものを感じるんだ」

 「そうかい?俺は別に何も…むしろ調子が良いくらいだけどよ」

 イビルアイとクライムの会話にガガーランが割って入る。イビルアイの警戒に足を止めていたアダマスが顎に手を添えて少し考えた後、何かを納得したように手を打つ。

 「オーラ、ああ…これかい?」

 アダマスは平時から備えている常時発動特殊技術(パッシブスキル)を一時的に切ると、周りの人間の状態に変化が訪れる。

 その違和感を初めに口にしたのはガガーランだった。

 「あら?急にいつも通りの感じに…おめえさん、何かしたのかい?」

 「ええと、何と言ったら良いやら… ま、マジックアイテムです。一部の人は調子が良くなる効果があるんだけど、悪い方向に働く人もいるみたいで…いや、滅多にいないんで、ずっと発動しっぱなしだった。イビルアイさん、申し訳ない」

 ガガーランの粗野でありながら好意的な態度に、こちらも話し方を合わせることにしたアダマスは先ほどまで発動させていた特殊技術(スキル)を武技とマジックアイテム、どちらの仕業とするか悩んだ末、マジックアイテムと答えることにした。 もし見せてみろと言われたら、「取り出すとイビルアイさんに悪い影響を及ぼすよ」と言い訳しようと考えながら。

 

 イビルアイは困惑した様子で独り言を呟く。

 「私にだけ不快感…まさか…いや、そういった系列のマジックアイテムは聞いたことはあるが…」

 「大丈夫ですか? そんなマジックアイテムがあったとは、私も驚きです」

 クライムが心配そうにイビルアイを見つめながら、彼女に声をかける。

 

 クライムとイビルアイの二人を他所に、成人男性が見上げる程の大柄であるガガーランが更に見上げなければならないアダマスに近付き、赤と白を基調にした鎧の胸部を素手で叩く。

 「へえ、こいつぁかなり強力な魔法がかけられてんだな。大したもんだ」

 「わかるかい?」

 自身の身につける鎧を褒められて少し浮かれてしまうアダマスにガガーランは言葉を続ける。

 「アダマンタイトを手刀でたたっ切ったって言うのも、ただの尾ヒレ背ビレじゃなさそうだねぇ。その武技、ここで見せちゃくれないかい?」

 「遠慮しておくよ。そのプレートを切ったら、多額の賠償金を取られるらしいから」

 「言うねぇ。気に入ったよ、アダマスさんよぉ」

 ガガーランが大笑いしながら、アダマスの鎧をバシバシと素手で叩く。

 

 イビルアイが落ち着いた頃合で、クライムがイビルアイとガガーランの二人に本来の目的を告げる。

 「今朝アインドラ様に頼まれまして、伝言があるんです」

 「ん?リーダーに?」

 「はい。大至急動くことになりそうだ。詳細は戻ってから。ただ、即座に戦闘に入れるよう準備を整えておいてほしいとのことです」

 「おいよ。しかし、童貞…おめぇさん、どんどん顔が広くなるな。アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇、そしてアダマンタイト級に匹敵する強さのガゼフ・ストロノーフ、今度はアダマンタイトプレート取得レースの筆頭、赤き巨星のアダマスとも知り合うなんてよ」

 太い笑いを浮かべたガガーランにクライムが気持ちの良い爽やかな笑顔で返す。

「すべてラナー王女殿下のお陰です。あのお方の剣として生きられるだけでも幸福なのですが、こうして素晴らしい方々との出会いもやはり、王女殿下を通じてのことですから。ボーン様はストロノーフ様を通じてですが、その前にストロノーフ様と出会い、お話しできているのは…」

 「わかったわかった、童貞君の愛はスゴーく感じたから、その辺で勘弁してくれ」

 クライムの熱弁に、完全に萎えたガガーランは食あたりにでもあったような顔で際限ない言葉を遮る。

 

 

          ●

 

 

 その後もクライム、ガガーラン、イビルアイの三人の話は続く。アダマスは半分蚊帳の外で相槌を打つばかりだった。ただし、要所要所で浮き上がる情報にはしっかりと耳を傾け、心に刻み込むことを怠らない。

 卓越した魔法詠唱者(マジックキャスター)でも、覚えられるのはせいぜい第三位階程度であるが、第十位階まであることは情報としては知られている事。

 かつての神話とされるものの一つに八欲王と呼ばれる神の力を奪った存在が、世界を絶大なる力で支配していたと伝えられる事。

 (シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』が求めていた四大暗黒剣、その一つを『蒼の薔薇』のリーダーが所有している事、そしてアダマスも知る人物、新進気鋭の大英雄モモンの活躍について。

 

 話が一段落したところで、イビルアイが区切りの言葉を放つ。

 「ふむ。少し無駄話が過ぎたな。しかし、新人の冒険者である貴様には有意義な情報だったろう…」

 続けてアダマスに何か言わんとそわそわしているイビルアイを見て、アダマスは思いついた事を告げようとする。

 「そうだね、ありがとう、イビルアイさん。あと…」

 アダマスが言葉を途中で一旦止め、イビルアイに顔を近づけた。

 「貴方の種族の件、他言しないから。 安心してと言っても無理だろうから、此方からも一つ… 自分も、アンデッドです」

 「な!」

 兜の隙間から彼女にだけ素顔を見せながら告げたアダマスの耳打ちに跳ね上がるイビルアイは、アダマスを指差しながら声にならない声を発していた。

 「おいおい、なんだよおめぇら、顔が見えないモン通しで何乳繰り合って…」

 「ば、バカを言うな!誰がこんな男と!」

 ガガーランの冗談によってイビルアイが興奮した様子で発した言葉に、アダマスは若干のショックを受けながらも、心の荷を一つ下ろせたことに安堵していた。

 初対面ではありながら、所々でクライムを気遣う言動が見られた彼女であれば、打ち明けても良いのではないか、そんな危険な思いつきからの行動だった。

 

 「こんな男とは酷いね…ただ、これで信頼してもらえたかな」

 「ふん、貴様がバカ正直なお人好しであることは、信じてやろう」

 イビルアイの声は仮面の影響か感情が読み取りにくい声質ではあるが、どこか楽しげであるようにも聞こえるものだった。

 

 ガガーランはイビルアイの様子に安心の笑みを浮かべながら、クライムに告げる。

 「アイテムはしっかり装備しておけよ。お前の腰のもん、いつもの武器じゃねぇだろ? あとは俺がやったアイテムも、それに治癒系のポーションも三本は持っておけよ? 俺はそいつで助かったことがある」

 「了解しました」

 クライムは深々とガガーランに頭を下げた。

 

 

 アダマスはガゼフから告げられた「言葉」、「王国戦士への勧誘」を真剣に考え始めていた。

 それが、心優しく仲間を想い、日々を一生懸命に生きる人々を守る事に繋がるのなら、と……

 今度こそ、失いたくないものを失わないために。

 

 




 【八本指の会合にて】

 「新たに誕生したアダマンタイト級冒険者である漆黒のモモンに関してしっている者。勧誘をかけたものはいるか?」

 「モモン意外にも、あれなんかイイんじゃない? ほら、アダマンタイトを素手で割ったっていう…もしかしたらゼロより強いかもよ?」

 「馬鹿なことを言う…なら、試してみるか?」


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三話 「老紳士に見た面影」

 アダマスに王都を案内する為にガゼフが寄越した好青年騎士クライム。
 アダマスはそのキラキラと(まばゆ)いばかりの若さに目眩を覚えながら、クライムの勢いに流された結果、彼に稽古をつけることとなった。




下火月[9月]3日 10:27

 

 王城への道なりで、アダマスはクライムとの試合について思案しながら歩を進める。

 本来城の部外者である筈のアダマスが王城へクライムと共に向かっている理由は、街頭で戦士同士が打ち合いをする等(もって)ての(ほか)と、リ・エスティーゼ王国の王城、ロ・レンテ城の一角にある練習場で行いたいとクライムが提案した為だった。

 (シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』の一人、戦士ペテルの強さを思い出し、仮想相手として頭の中でシミュレーションを行う。

 実際に戦うことなく、自分が得た情報を基に思考の中だけで仮想(シミュレーション)戦闘を実施する。それに対するアダマスの実力は熟練と言って良いレベルに達していた。

 種族の特性として、連戦が出来なかったアダマスは空いた時間を利用して何時間も仮想(シミュレーション)の中で何度も戦闘を繰り返す。仮想(シミュレーション)の利点はアイテム等の消費物を使わないこと、等倍で行う必要もないので本来の戦闘よりも同じ時間で回数を何倍にも増やせること、客観的に自分と相手を理解することが出来ること等多岐にわたる。しかし、欠点も多い。実際に戦っているわけではなく、あくまで「得られた情報」から導き出した相手の行動を「させている」だけなので、その情報に食い違いがあれば、仮想(シミュレーション)は失敗となる。

 だが、「食い違い」の溝を埋めることができる能力をアダマスは有していた。それはユグドラシルのキャラクターが持つものではなく、リアルな能力の一つ「想像力」だ。

 この「仮想(シミュレーション)」と「想像力」を駆使し、一度だけ自分よりはるか上位にいるはずのプレイヤーに勝利したことがある。

 そう、一度だけ。 何万回と行われた「上位の相手」との仮想(シミュレーション)によって作られた「勝ち筋」も、プレイヤー相手には一度しか通用しない。

 「勝ち筋」は知られてしまえば、対策をたてられてしまう、まるで使い捨てのアイテムだった。

 

 プレイヤーに対しては、その実力を十分に発揮できなかったアダマスだったが、戦闘の記憶が引き継がれないモンスターに対する強さは常軌を逸していた。

 一度「勝ち筋」を見つけてしまえば、そのモンスターに負けることはない。

 

 

 アダマスが脳内で仮想のクライムと一戦を終え、別のパターンを始めようとした辺りで、怒号の聞こえる人だかりを発見する。近くでは二人の兵士が困ったようにその様子を眺めていた。

 人だかりの中心からは騒ぐ声。それも真っ当なものではない。

 アダマスは野次馬心を刺激されながらも、揉め事にこれ以上首を突っ込むのは控えようとしていたところ、クライムは表情を固く凍らせて兵士の下に歩み寄る。

 「何をしている」

 クライムの行動に驚きながらも、アダマスは彼の性格を思いだして納得する。こういう事を放っておけない素直な少年だったと。

 

 「お前は……」

 明らかにクライムよりも弱く、薄汚れた感じがする、ただ兵士の格好をしている「だけ」の平民らしい兵士が困惑と多少の憤怒を感じさせる声でクライムに尋ねた。

 「非番中のものだ」

 上の者としての態度をとる少年に対しアダマスが感心していると、クライムはどんどん先に進んでいく。人ごみを掻き分けるように無理やり身体を押し込んでいく姿が見えた。

 

 身長が大の大人より頭三つ抜きん出ていたアダマスの目には、民衆の先に居た知り合いも確認できた。さらにその先、屈強な暴漢らしい男達に囲まれた老人を見た瞬間、昔に自分を助けた純白の聖騎士を思い出す。まるであの人の生まれ変わりではないかと思える程に、その老人の纏うオーラが酷似しているように感じられた。興味を惹かれたアダマスは特殊技術(スキル)を使用して、老人の強さを測る。相手に気取られないように確かめるのなら、確認出来る範囲はせいぜい大体のレベルくらいだ。それもユグドラシル基準のものなので、この世界でどれ程通用するのかはまだ未知数だ。前回実戦で試したのは、あの吸血鬼(ヴァンパイア)以来だろう。

 いろんな意味で強烈な印象を受けた吸血鬼(ヴァンパイア)の事を思い出していると、特殊技術(スキル)での測定が終了し、アダマスの意識に老人の強さが伝わる。

 「レベル…一〇〇相当か…」

 この世界に転移してから二度目となる、ユグドラシルでも最高のレベルの存在。一度目の遭遇はかなりの緊急事態となってしまったが、今回は危機を感じない。それは、あの老人が男達に暴行されたであろう傷だらけの子供を助けようとしていたからだ。かつて、弱かったアダマスを救ってくれた、純白の聖騎士のように。

 場の空気に動きを感じたアダマスは、囲んでいた男の中で一等屈強な男の拳に力が入るのを見た――

 ――瞬間、その男は突然崩れ落ちる。まるで糸を切られた操り人形の如く。何が起きたのか理解できたのは、自分とクライムと、人ごみの先にいた知り合い――ブレイン・アングラウスくらいだった。

 老人が男の顎を高速で揺らしたのだ。その拳で。

 見事な一撃だった。

 老人の教本に飾っても良い程の一撃を見て、アダマスが脊髄反射だけの暴力しか戦い方を知らない自分を恥じていると、老人はあっという間に人混みの中から外へと出ていく。その後ろを追うようにクライムが歩き出す。さらにブレインもそれに釣られたかのように後をつけ始めた。

 ブレインは兎も角、クライムとはこの後の約束もある為に放っておくわけにもいかず、アダマスは彼らの後を追う。民衆の意識は人混みの中心へと向いていたので、これ幸いとアダマスは屋根の上まで飛び上がり、上から一行を見守ることにした。

 

 やがて老人とクライムは道を曲がり、薄暗い方へ、薄暗い方へと歩いていく。まるで誘導されるような動きにクライムが疑問を抱く様子は見られなかった。

 角を曲がってすぐのところで会話を始めたらしく、アダマスも立ち止まって様子を窺う。

 肉声は聞き取れなかったが、どうやらクライムは老人に師事を仰ごうとしているように見えた。アダマスもクライムと出会った時に似たようなことをされたので、少し可笑しく思いながら見ていると、どうやら一度だけ稽古をつけることになったらしかった。二人から隠れるように路地の角で身を潜めていたブレインが動いたその瞬間、老人から一〇〇級に相応しい殺気が放たれた。アダマスの方向には向けられて居ない為に何でもないが、真正面から受けているクライムやブレインはたまったものではないだろう。下手をすれば、その恐怖に耐え兼ねた肉体が自ら死を選びかねない程の殺気ではあったが、あの老人なら善意の少年を殺したりせず、意識を失うくらいかとたかを括っていると、視界の端にいたブレインが腰を抜かしている。這い(つくば)り、土を握り締めながら意識を落とすのをやっとの思いで耐えている状態だ。 しかし、ブレインより実力も経験も、才能までも及ばないはずのクライムは…立っていた。殺気の暴風雨の中で確かに少年は立っていた。歯を食いしばり、腰に力を込め、剣を握る手を震わせながら耐え続けている。

 老人が手を動かした、およそヒトであれば絶命は免れない拳だ。アダマスは一瞬だけ体が前へ出そうになったが、この場面における偽物を見つけた為に、それ以上動くことはなかった。殺気は極上、クライムの克己(こっき)は及第点、ただ放たれた拳だけが偽物だった。超高速でクライムの顔の横を通り過ぎた『死』は、少年の髪を何本も吹き飛ばす程。本気の一撃では無かったが、この世界の人世で最高級の硬度を誇るアダマンタイト、それを更に超えた強度である、今のアダマスが身に纏う鎧でも貫かれそうな拳だった。

 アダマスは緊張の糸が切れたかのように膝を突くクライムに、心の中で称賛を送っていると、再び老人が構える。

 「マジか…」

 二度目の特訓を行おうとする老人を見て、アダマスが素の自分を(こぼ)した瞬間、ブレインがクライムと老人のいる場所へ、生まれたての子鹿のような足取りで飛びだした。

 

 

          ●

 

 

 いつの間にか老人、クライム、ブレインの三人は打ち解けていた。上から見守るアダマスには全てを理解することは出来なかったが、老人に懐いているように見えた二人の男を見て、以前自分に対して親しみを込め「アダマスさん」と呼んでくれた冒険者達を思い出す。

 アダマスが物思いに耽っていると、老人を追跡していたのであろう五人の怪しい男たちに動きがあった。クライムとブレインにまで敵意を見せる存在を見て状況を把握したアダマスは、屈めていた身体をゆっくりと起こし、最近知り合った(アイアン)級冒険者のお手製投げナイフをウェストバッグから二本取り出す。

 敵はクライム達を挟むようにして、老人の向く方向に二人、反対に三人。アダマスは投擲の為の特殊技術(スキル)を発動させながら、屋根の上から飛び降りた。

 空中で二本のナイフを男達に向けて同時に投擲する。投げられた本物の「死」は二人組の首の付け根に吸い込まれていった。

 アダマスは飛び道具の命中を確認した後、視線を真下に向ける。三人組の内一人が自分に気付いたように上を見ようとするが、遅かった。

 

 

 老人の目の前にまるで隕石のごとく落下してきた巨星は、二人の男を踏み潰し、残る一人をその拳で気絶させた。

 「一人残した。この男をどうするかは、貴方に任せる」

 アダマスはタコのように崩れ落ちた男を拾い上げ、老人の下へと運ぶ。

 「ボーン様!」「アダマス!」

 

 アダマスの耳にクライムとブレインの大きな声が届く。格好良い登場の仕方を演出したはずだが、これ程までに騒がれるとは思っていなかったアダマスは戸惑いながら、右手を上げて挨拶をする。

 「ボーン…アダマス… アダマス・ラージ・ボーン」

 老人が確かめるように自分の名前を呟く様子を見て、アダマスはちゃんと自分から改めて名を名乗る方が良いのか、先ずは「はじめまして」と挨拶を交わすべきか迷っていると、老人の鋭い猛禽類のようだった目が見開かれた。

 「まさか…ラージ・ボーン様!」

 フルネームとして名乗っている名前の後ろ二つの方だけで呼ばれたのはユグドラシル以来だった事、そして何より老紳士の立ち姿が、自分の知る純白の聖騎士と重なってしまうことから、アダマスはその男性がユグドラシルと深い関わりがあると確信した。

 

 




 たっち・みー「ギルド単位で戦う前提のワールドエネミーを、単騎で倒すプレイヤーがいるらしいですよ」

 モモンガ「いや、デマでしょうそれ」

 たっち・みー「ですよね」

 「「ッハッハッハッハッハ  ……まさか、ね」」


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四話 「お前は明日生き返れ」

 王都を案内するはずだったクライムは好奇心と向上心に負け、アダマスに訓練を付けてもらおうと王城へ向かう。その途中謎の人だかりを発見し、またフラフラと様子を見に行くと子供を助けようとする老紳士を発見する。 老紳士の強烈な実力を目の当たりしたクライムはまた目的を忘れ、老紳士の後を追った。 アダマスは一時でも忘れられていることを気にすることなく、クライムを心配し影(屋根の上から)ながら見守ることに、そこへ現れたブレインと、クライム、老紳士の三人に殺意を向ける暗殺者をアダマスが襲撃する。




下火月[9月]三日 10:34

 

 

 「クライム君、無事かい?」

 王都の裏路地でクライム達に殺意を向けていた男達五人組の内四人を二種類の死体に変え、一人は気絶させてから同じ場所にいた老紳士に渡したアダマスは、現在この場で意識を持つ者の中で一番戦闘能力の低いであろう青年に声をかける。

 「あ、ああ…も、申し訳御座いません!」

 クライムは顔を真っ赤にしながらアダマスに近付き、自分の額を地面に埋まるのではないかという程の勢いで滑らせる。若々しい土下座だった。

 「いやいや、様子は見てたから。王都の案内よりも子供を助ける方が、普通に考えて優先順位は高いはずだよ。 まあ、その後そこの老紳士についていったのは、ちょっと…笑えたけど。 君は…あれかい?自分より強い人を見ると師事を請いたくなるクセでもあるのかな?」

 「いいえ、その…強さはもちろんですけど、人格も大事です!」

 土で汚れた額をアダマスに見せながら何度も謝罪しているクライムの様子を見て、それまで呆然としていた老紳士が口を開く。

 「…クライム君は、このお方の知り合いですか?」

「あ、はい! セバス様、こちらの方はガゼフ・ストロノーフ様のご友人で、アダマス・ラージ・ボーン様です。ストロノーフ様より王都の案内を任せられたのですが…このようなことに」

 セバスと呼ばれた老人の言葉にクライムは立ち上がり、背筋を整えながら答える。

 

 「アダマス…お前、何者だ?」

 「どういう、意味ですか?ブレインさん」

 この場にいたもう一人の戦士、ブレインが鋭い目つきでアダマスを見つめながら言葉を続ける。

「俺とクライム君が相手をするはずだった男達を殺したナイフ、俺が気付いた時にはもう刺さった後だった。間髪容れずに反対側の内二人を潰し、一人を気絶させるなんて…。こいつらは決して弱い暗殺者じゃなかった」

 「いや、それは…セバスさんやブレインさんは大丈夫だと思いますけど、クライムくんが危ないなーって」

 「そういうことじゃ…」

 

 「よろしいでしょうか?」

 ブレインとアダマスの会話の中にセバスが落ち着いた声で割り込んでくる。その片手には生き残りの男がぶら下がっていた。

「このような裏路地とは言え、誰が来るかわかりません、早速尋問を始めます」

 不満を前面に出した顔でブレインは問い詰めるのを止め、セバスの行動を見守ることにした。ブレインが静止するのを確認したセバスは男に活を入れる。びくんと身を震わせ、意識を取り戻した男の額に手をあてた。

 「尋問…ああ、〈傀儡掌(くぐつしょう)〉か」

 「それは、どのような技なのですか?ボーン様」

 セバスの動きを見て、思い出したようにアダマスが呟く。聞いたこともない技にクライムが尋ねたが、その答えはすぐに明かされることとなった。

 セバスが質問を開始すると、暗殺者であり、口が硬いはずの男はぺらぺらと喋った。

 彼らは王国の裏で強大な権力を持つと言われる『八本指』の警備部門最強、六腕の一人に鍛え上げられた暗殺者であり、セバスを殺すために尾行していたようだった。

 

 ブレインとクライムの目には、セバスは尋問に集中しているように見えたが、アダマスはまるで、セバスが遠くにいる誰かと話をしているような違和を感じていた。

 

 尋問の最中、その内容を聞いたクライムが思いを零す。六腕は組織の最高戦力と言われる強者六人の呼び名であり、一人一人がアダマンタイトに匹敵するという。

 その六腕の一人が、暗殺未遂の黒幕であり、『八本指』に関わる娼館から、奴隷を助けたセバスを脅そうとしているらしい。

 セバスはそこまで話を聞き、一度深く考え込むように瞳を閉じてから、ゆっくりとたちあがる。

 ブレインは眉間に深い皺を作り、苦悶の表情のセバスに問いかける。

 「それでセバス様はこれからどうされるのですか?」

 「……私は今、ここから離れるわけには参りません」

 セバスはアダマスを真正面に見据えながらそう断言した。

 アダマンタイトに匹敵する程度の力しか持たない六腕をセバスが恐る理由等どこにもない。であれば、助けた少女と娼館に囚われている者達以上に優先させなければならない事情がセバスにはあるのだと、その場にいた誰もが理解した。

 しかし、暗殺者が帰ってこないことで異常を知り、囚われている者たちを移動されたら助けられなくなるものまた事実。

 「セバス様、お、私に協力させてもらえないでしょうか?」

 「私もです。王都の治安を守るのは王女殿下の配下である私にとっても当たり前のことです。もし王国の民が苦しめられているのであれば、この剣でもって救ってみせます」

 「アングラウス君、クライム君…よろしいのですか?」

 二人の言葉に瞳の奥に熱を感じながらセバスが確認する。男達は無言で、清々しいまでの笑みで首を縦に振った。

 この王国に住む人々の良い所を見て、アダマスは嬉しい気分になりながらクライムに声をかける。

 「クライム君、これを持っていくと良い」

 「これは?」

 アダマスは小さな小石程のものをクライムに投げて寄越す。その指輪は青年の指には大き過ぎるサイズで、複頭の蛇が彫られた純銀製の指輪だった。

 「それは大きいように見えるけど、魔法がかかっているから、指にはめれば君のサイズに合うようになる。 それほど強力な魔法じゃないから過信はしないで欲しいけど。 君を守ってくれるはずだ」

 「あ、ありがとうございます、ボーン様!」

 「アダマス、俺の分は?」

 「信頼してます」

 「ハハ、まあいいや、後でお前の話、ちゃんと聞かせろよ?」

 皮肉を込めた笑顔でブレインはアダマスの肩を叩く。クライムが指輪の使い方を送り主から聞いている間、セバスは三人を悲痛な面持ちで見つめていた。その表情に気付いたクライムが声をかける。

 「危ないからと目を瞑っていては、主人に仕える価値のない男だと証明してしまいます。あの方が人を助けるように、私もできる限り苦しんでいる人へ手を差し伸べたいと思っております」

 

 クライムとブレインに対し、深く頭を下げたセバスを見て、二人は慌てて顔を上げるように促す様子をアダマスは見守っていた。

 

 

          ●

 

 

 若く逞しい男達が姿を消し、路地裏には赤と白の全身鎧に身を包んだ大男と、老紳士の二人だけとなる。最初に口を開いたのは、鎧男の方だ。

 「セバスさん、先ほど誰と連絡を取られていたようですが… 自分をここに足止めするように指示を出したのは、誰ですか?」

 「……」

 セバスは黙してアダマスを見つめるだけだった。その完全な無の表情からは感情を読み取ることができない。

 「その人物は、純白の聖騎士ではありませんか?」

 「…違います」

 「それでは、モ…」

 一言だけ返ってきた答えに、アダマスは間を置かず第二候補の名前を出そうとしたその時、セバスの後ろで新たな死体が突然現れた。

 「エイトエッジ…アサシン?」

 アダマスの言葉に機敏な動きで後ろを振り向いたセバスの目に、平時は不可視状態で潜伏している筈の八本腕の魔物が胴体を複数の槍に串刺しにされた姿が飛び込んできた。

 

 「チカヅクナ…」

 

 二人の頭上から人間とは思えない硬質な声が響く。魔物を殺した犯人であることは明らかな存在を認識したアダマスとセバスは、直ちに戦闘態勢に入ろうとする。

 

 「ラージ・ボーン様!後ろです!」

 

 周辺を警戒したセバスが見たものは、アダマスの後ろから迫る白い光。セバスの声に反応したアダマスが意識を後ろに向けた瞬間。

 一帯が眩い光に包まれ、一秒足らず白一色となった後、認識を取り戻したセバスの目の前には、誰も存在していなかった。

 

 「なんということ!」

 自体を把握したセバスは主人にありのままを報告した。

 「アインズ様!申し訳御座いません!ラージ・ボーン様を見失いました。強制転移のアイテムか魔法と思われます。 今の者が、キャンサー…なのでしょうか…」

 

 

          ●

 

 

 ―ガシャンッ

 

 セバスの声が聞こえてすぐ白い光に包まれた後、アダマスを襲った感覚はよく知ったものだった。強制転移だ。

 「……ここは」

 強制転移させられた先は、アダマス自身がこの世界に転移してから最初に見た景色と同じ草原が広がっていた。

 混乱しかかった意識を集中させながら辺りを見回すと、すぐ後ろに一人の女性が立っている。その女性はアダマスの知人である(アイアン)プレートの冒険者、ブリタの姿をしていた。

 ここが最初に転移してきた場所と同じならば、彼女が居るはずのキーン村からそれほど離れていない為、ブリタが居ること自体に不思議はない。しかし、アダマスはどうしても彼女をブリタだと認識だと信じる事ができなかった。まるで誰かに操られているような、別人の気がしてならない。

 「君は…誰だ?」

 「今度こそ、あなたを守る」

 ブリタの姿をした何者かは無気力な瞳で語る。 アダマスは以前、エ・ランテルの共同墓地で会ったブリタのことを思い出していた、あの時も同様の違和感を覚えたが、今回は明らかすぎる。

 その時の彼女は「モモンに近付くな」と忠告してきた。そして今回はアインズ・ウール・ゴウンと名乗る者と関わっていると思われるセバスと接触した時に強制転移された。これでは、アインズとは、同じ名前のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスター『モモンガ』のことであり、モモンもアインズに関わっているか、もしくはモモンガ本人であると答えを言っているようなものだ。

 「アインズ・ウール・ゴウンと遠ざけることが、自分を守ることだというなら、モモンガさんは…敵なのか?」 

 「…違う」

 「じゃあ何故」

 「アインズ・ウール・ゴウンに近付くことと、敵に近付くことは同じ意味を持つ」

 無表情の女は淡々と煮え切らない言葉を並べる。

 アダマスは苛立ちを覚えながらも質問を続ける。

 「そもそも敵とは一体何なんだ」

 「この周辺国家はどこにいても安全は無い。 敵が、あなたが王国に居ると知ってしまったから。 もっと遠くで静かに暮らして欲しい。 あなたは私が守る」

 「……また、失えと言うのか」

 「このままでは、本当に今度こそ全てを失うことになる」

 「…」

 「あなたが存在していれば、あの「約束」は果たされる。 でも、あなたが存在している限り、敵はあなたの全てを奪おうとする」

 

 ―「あの約束」―

 

 この言葉に大きな意味を込めて使い、自分を守ろうとする人物は限られる。アダマス・ラージ・ボーンがユグドラシル時代にギルドマスターを務めていたギルド『アダマス』のメンバーだ。

 『敵』の真の狙いはわからなくとも、彼女が言っている意味は分かる。自分が存在すれば、周りが『敵』の標的となる。

 「自分の全て…周りの人もか、キーン村の皆や、王国の人々を守りたければ、ここから姿を消すべきと」

 「信じて欲しい。私を」

 「君はどうするんだ」

 「敵の監視を続ける。そしてまた、あなたに危機が訪れるようであれば、警告しに来る」

 「逃げ続けるのか」

 「それだけが、あなたが「約束」を果たす方法。 私の役目は「約束」を守ること… 私が話せるのはここまで…どうか、より良き答えを選択して欲しい」

 そう言い終えるとブリタの姿をした者は霞のように、まるで幻だったかのように姿を消した。

 アダマス見渡す限り、何もない唯の平原に独り残された。

 

 「……何なんだよ、誰なんだよ…」

 突然現れた人物に、ここからいなくなれと言われる。その言葉を素直に聞く者はいないだろう。しかし、アダマスにとって「約束」は絶対である。「約束」を持ち出された言葉を無視することは出来ない。

 

 全てを失う―― アダマスは一瞬だけ想像してしまった。

 

 キーン村の人々を 王国に住む人々を

 

 ヴァーサを エマを ブリタを 自分を慕ってくれる冒険者たちを

 

『漆黒の剣』のように失うことを。

 

 

 ―――――――――アダマスが諦めるには、十分な「一瞬」だった――

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 「アダマス様?」

 「どうされました?村長」

 「いえ、今アダマス様の声が聞こえた気がして」

「…早く、帰ってきてほしいですね」

 「ええ、そうね」

 




 アルベド「デミウルゴス、そういえばアインズ様からご命令頂いていた、エ・ランテルから例の場所までの安全確保の期間が延長されたけれど、継続できているかしら?」

 デミウルゴス「そのことなのですが…やはり、流石はアインズ様、ここまでお考えだったとは…」

 アルベド「その様子、良いことがあったみたいね」

 デミウルゴス「アインズ様は全てを語られませんが、やはり我々は御方の指示通りに動くだけで良いと思います。 早速、結果をご報告せねば…いや、もしやそれさえも、もうお知りになられているのでは!」

 アルベド「早計はよくないわ、デミウルゴス。 確かに至高の御方であらせられるアインズ様であれば、森羅万象全てを知っていてもおかしくはないけれど、ちゃんと伝えるべきでしょう?」

 デミウルゴス「もちろんですよ、アルベド」



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幕間 死の支配者サイドその5

 裏路地でアインズが探していた人物、アダマス・ラージ・ボーンに遭遇したセバスは彼の足止めを行おうとするが、謎の存在によって連れ去られてしまう。
 セバスは少女の件を含め失態を重ねた己を恥じながら館へと戻り、主の命令通り館の応接室で最悪の結果を回避する為に自分が出来ることについて考え続けた。


 

 下火月[9月]三日 18:00

 

 セバスは自身が執事を務める館の応接室で、もうかれこれ4時間近く待たされていた。

 絶対的な主人であるアインズに標的が行方不明になったことを伝えたところ、この場所で待つように命じられた為だ。

 待機せよと言いつけられた時間はまるで地獄の炎のようにセバスの精神を焦がす。

 偽りの女主人に仕える執事として王都に潜伏し、調査を進めるにあたって事はなるべく穏便に進める必要があった。しかし、セバスは娼館で酷い仕打ちを受けていた少女を、店に無断で引き取ってしまう。手当を施した少女からは感謝されたが、国の法律上は店の『所有物』となっていた者を連れて帰ったことは、厄介事を抱え込むことに他ならなかった。

 案の定、少女の『所有者』を名乗る者から脅しをかけられ、本来の主人に迷惑をかけかねない状態に陥ったセバスは、全て自身の力で処理しようとした矢先、アインズから確認できた情報は必ず伝えるように厳命されていた標的と出会ってしまう。連絡をすれば自分の置かれた状況も露呈することを恐れながらも、命令通りに連絡を取った。

 アインズからは、その場にできるだけ足止めをするようにと言われたが、突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)によって標的を見失ってしまう。自分が認識したことを余さず伝えたセバスは、次の行動を指示され…今に至る。

 

 部屋の奥に黒く縦に長い楕円形の歪みが現れ、中から三名の異形たちが現れた。

 一人は悪魔。満足げに湛えた笑みに、どのような感情を宿しているのか。

 そして、悪魔に抱かれた、枝のような羽を生やした胎児にも似た天使。

 そして最後は――

 

 「待たせたな」

「とんでもない!」

 震えそうになる声を意志の力でねじ伏せ、セバスは拝礼にも似た、深いお辞儀を絶対なる存在、“至高の四十一人”が内、一人

 

 ――アインズ・ウール・ゴウン その人に向ける。

 

 絶対者はゆっくりとした動きで椅子に腰掛ける。その重みでギシィと軋む音が、セバスを心の内から震わせる。

 「この度は私の不手際の為に…」

 「不手際? セバス、お前は何かミスを犯したのか?」

 セバスの肩が「ミス」という言葉にビクンと跳ねた。ナザリックの執事(バトラー)たる者が、敬愛する主人に迷惑をかけるような失敗があってはならない。

 アインズは首を悪魔の方へ向けて、問いかける。

 「デミウルゴスよ、セバスは何か失敗をしたと思うか?」

「いいえ、そのような事はございません。セバスはアインズ様の真意通りに動き、正しくあるべき結果を招いただけと思われます」

 二人が何を言っているのか分からなかった。セバスはあくまで偶然少女を拾い、保護した為に今までの行動を行っていたに過ぎないはずなのに。全ては智謀の王たるアインズ・ウール・ゴウンの手の内だったと言うことか。恐ろしくも偉大なる主人の非才に感動と畏敬の念を抱きながら床を見据える。

 「セバスよ、顔を上げて答えよ。かの者は間違いなくラージ・ボーンであったか?」

 「はっ! あの強さ、美しさ、間違いなくたっち・みー様のご友人、ラージ・ボーン様でした」

 命じられるままに顔を上げたセバスの瞳に、慈悲深きアインズの顔が映る。声や仕草から、自分が責められる様が感じられないことを不思議と思いながら。

 「お前たちシモベは創造者に強くひかれる傾向がある。たっち・みーさんに創造されたセバスがそう思うのであれば、まず間違いないだろう。 では次の質問だ。その場に現れたという謎の人物、分かる範囲で良い、話せ」

 「も、申し訳ございません。 その姿形、シルエットさえも認識できませんでした。声も女性か男性か、異形の者かも判断がつかず…しかしながら、あの「近付くな」という言葉からは、敵意と呼べるものを感じませんでした。 まるで… 懇願のようでした」

 アインズはセバスの意見を聞いてから、ゆっくりと椅子にもたれかかる。

 「懇願か、ラージ・ボーンを危険から遠ざける為に…そう願ったのだろうな」

 セバスはアインズの言葉を理解できないでいた。敵意がない相手からの言葉なのに、近付く事が「危険」とはいったいどういうことなのか。思考を巡らせていると、ついにセバスが今回主人が現れた理由、本題と思っていた言葉をアインズが口にした。

 「ああ、セバスよ、お前が拾ったという少女を…ここに連れてきてくれないか?」

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

 アインズが部屋から出ていった二人、セバス、少女―ツアレ―を見送ると、デミウルゴスが問いかけてきた。

 「アインズ様は、いったいどこまでを想定されていたのですか?」

 「何も想定などしていないさ、全て結果的に上手く行ったに過ぎない」

 「…そのようなご冗談を。 結果論であのような偶然は起きないと思うのですが」

 デミウルゴスの言っている意味をアインズはよく理解していた。

 ラージ・ボーンと接触する為に計画していたことがある。先ず、モモンとしてエ・ランテルの冒険者組合に彼へ名指しの依頼を出し、詳しい話は別の場所で行うと言い、ラージ・ボーンが最初に転移してきたと思われる場所に呼び出す算段だった。ラージ・ボーンが高レベルトラップ使い―キャンサーに、本人にバレないように監視されていることは明白だった為に、エ・ランテルの冒険者組合からその場所までの道のりの安全確保をデミウルゴスとアルベドに命じていたのだ。そして、一番重点としていた接触地点の監視は一層強力なものとするべく、潜伏させていたシモベに課金アイテムを使用してまで、誰にも気づかれないようにしていた。

 その結果、偶然にもセバスの目の前から消えたラージ・ボーンとキャンサーと思われる人物が現れたのだ。本当にアインズはそこまでを想定していなかったが、何度デミウルゴスやアルベドに真実を話しても信じてもらえなかった。

 しかし、偶然とは言え、ラージ・ボーンとキャンサーの話を一部始終聞く事ができたのは、僥倖(ぎょうこう)だった。

 潜伏させていたシモベから連絡を受けたデミウルゴスが嬉々としてアインズに報告してきた時の、その顔は今でも脳裏に焼きついている。

 「デミウルゴスはどう思う? いろいろな情報は得られたが…先ず、『敵』についてだ」

「それは私も気になっておりました。ナザリックの者に近づくことが『敵』に近付くことになる、という話ですが…恐らく、現在、もしくは今後ナザリックと敵対するか、味方となる人物、ということではないでしょうか。ナザリックとどのような関係になったとしても、我々に近付くことはすなわち『敵』にも近付く…と」

 「ふむ、そうなるだろうな。 ラージ・ボーンはキャンサーの言葉を信じきっている様子だったが、キャンサーはもしかしたら『アダマス』のメンバーだった者かもしれないな。 それなら、奴の言葉を鵜呑みにしてしまうことも頷ける。 私だって、かつての仲間から、全てを話されなくても「危険だからそこには近寄るな」と言われれば、そのまま受け取っただろう」

 「至高なる四一人の方々の言葉の重み、我々も身に染みて痛感しております」

 お前は深読みし過ぎなんだよな―と、アインズは心の中で呟く。

 「しかし、逆の場合もありえるな」

 「逆…キャンサーがラージ・ボーン殿の敵、ということでしょうか?」

 「そうだ。 彼が周辺国家に居られては困る為に、その性格を利用して脅しをかけ、遠ざけようとしている可能性も考えられる。 鍵は「約束」とやらだな」

 「はい、ラージ・ボーン殿は監視を続けている中で、度々その言葉を口にされております。 あの方の行動基準にもなっているらしく、重要なキーワードであることは間違いないのですが、その詳細は未だ不明です」

「とりあえずは、ラージ・ボーンがこれからどのように動くかだな…。しかし、妙だな」

 再度アインズはイスにもたれかかりながら、天を仰ぐ。その言葉の続きを欲したデミウルゴスが恐縮しながら問いかける。

 「妙…と言いますと?」

 「もし、キャンサーの言葉が真実ならば、あそこまでラージ・ボーンを想う者が、ギルドの崩壊など、本人を傷つける方法を取るだろうか。 「ギルド長の為」か…ラージ・ボーンの事ではなく、先代のセンリの事を指しているのかもしれないな。 …待てよ、今回現れた『高レベルトラップ使い』と『アダマスを崩壊させた者』が別人? いや『高レベルトラップ使い』がラージ・ボーンを騙そうとしているなら辻褄は合うが…」

 アインズが口に手を添えながら熟考していると、視界の端に満面の笑みを湛えたデミウルゴスが映る。

 「どうした、デミウルゴス?」

 「いえ、叡智の超越者たるアインズ様の思考の一端を感じ取ることができ、このデミウルゴス、感激の至りでございます」

 「ああ、恥ずかしいところを見せてしまったな」

 デミウルゴスは表情と背筋を引き締めて答える。

「そのようなことは決して御座いません。それとアインズ様、一つだけお願いしたいことがあるのですが」

 「どうした、デミウルゴス?」

 「セバスから挙げられた資料を読んで一つ気になったことがあるのですが、少しだけ時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 「何かあるのか?」

 「はい。一箇所行ってみたいところがあります。 例の、キーン村の領主についてなのですが……」

 

 

  





 娼館地下、隠し通路にて


 サキュロント「このガキ!!」

 クライム「俺にその技は通用しない!!」(ボーン様に頂いた指輪、肉体強化以外にも相手の生命反応探知まで、幻視や偽死も見破れたぞ) 


 ブレイン「……」


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第六章 あふれる想い
一話 「九月の砂」


 ある少女は思った
 何も出来ない自分でも、人の役に立てるのか

 少女は願った
 何も出来ない自分でも、人の役に立ちたいと

 少女の願いに寄り添う男が居た

 男は少女の願いを叶える為、『約束』を交わした




 下火月[9月]四日 8:43

 

 

 朝日を浴びながら、アダマスは遠くに見えるキーン村を眺めていた。

 最初に訪れた時は無かった立派な外壁、村長邸以外の大きな館や兵舎が見える。

 村の復興も大分進み、焼けた家屋や潰れた瓦礫は無く、まばらに更地がある程度だ。

 敷地の中にある畑で男達が汗を流し、女達は作業場近くの広場で食事の用意をしている。昼頃になれば、きっと栄養のつく料理ができているだろう。

 正しく平和。正しく穏やかな風景を目の当たりにし、アダマスは昨日自分の心に響いた言葉を思い出す。

 きっと自分に恨みを持ったプレイヤーがこの世界に転移し、復讐をしようとしているのだろう。その『敵』とは、ギルド『アダマス』の元メンバーではないのか、不甲斐なさからギルドを崩壊させ、メンバーにとって大切な場所、想いが詰まったギルド武器を失わせた自分を恨んでいるのかも知れない。

 そんな人物がいるのなら、『敵』であろうと戦う気にはなれない。自分の身一つで満足するのであれば喜んで差し出そうとも思っている。

 しかし、ブリタの姿をした人物が言うには、その復讐はアダマス自身ではなく、その周りに被害を及ぼすもの。

 村の平穏を脅かす存在とは『敵』ではなく、自分自身なのだと。

 

 「ペテル、ダイン、ルクルット、ニニャ…」

 

 自分が傍に居れば守れたかもしれない四人の名前を呟く。

 守りたい、失いたくないものがあっても、自分の手の届く範囲は限られている。全てを守ることなど出来はしないことを、彼らが教えてくれた。

 

 どのような危険が降りかかるのか、あの人は教えてくれなかったが、アダマスには『敵』の存在を信じられる心当たりがある。それは自分を慕ってくれている人々から離れる理由足り得るものだった。

 

 「エマさん、ヴァーサさん、ブリタさん… 」

 

 アダマスと関わった人は殆ど、好意を寄せてくれる。それも自分が常時発動させていた特殊技術(スキル)の効果によるものだったのだろう。恐怖を打ち消し、自身の能力を高めてくれる力。心に不安や恐怖を抱える人、力を求める人が求めてしまう存在。

 

 「分不相応なんだろうな…」

 

 ユグドラシル時代から思っていたことがある。

 プレイヤースキルが高いわけではない。戦略を組み立てられる程の思慮もない。言い争う仲間達を宥めたり、話をまとめることもできない自分が何故ギルド長に選ばれたのか。消去法だったのではないか。 最初に立ち上げたメンバー、四人の中で、より長くユグドラシルを続けることができるであろう人物が自分しかいなかったから。 初代ギルド長センリが引退するにあたり、次代のギルド長を決める話し合いが行われた際、ほとんど荒れることなく全会一致で自分に決まった。 推薦してくれた彼らの話を聞くと「なんとなく楽しいから」とか、「居ないと寂しい気がする」とか、かなり曖昧な答えが返ってきた。正直嬉しかったが、同時に不安でもあった。

 他人に嫌われる事を恐れ、PVPを極端に避けながらプレイしていた自分。

 戦略や編成ができず、それらを完璧にこなすことができた『赤錆さん』に頼りっぱなしだった自分。

 いつもリアルの愚痴ばかりこぼしては、メンバーの皆に慰められていた自分。

 

 頼りない自分の周りにはいつも素晴らしい友人達がいた。

 

 今も、転移したばかりで右も左もわからず不安でいっぱいな自分を慕い、助けてくれる人々がいる。

 

 遠く辺境の地から来たと伝えたら、この国の一般常識を教えてくれたり、身の回りの世話をしてくれたエマ。

 行くあてが無いことを伝えると、住む家をあてがい、無断で村の外に出たら、帰ってきた時に心から叱ってくれたヴァーサ村長。

 突然現れた自分を快く迎え入れてくれたキーン村の皆。

 

 恥ずかしい格好をしてまで自分を励ましてくれたブリタ。

 投擲武器が欲しいと呟いたら手作りしてくれたアステル。

 

 (アイアン)級冒険者の知人には、いろんな事を教わった。

 この世界の武器の事はブローバに、国の貴族や王族についてはスパンダルに、冒険者の事はボルダン、魔法の事はエラゴとリュハが教えてくれた。

 

 今も冒険者の彼らは、自分が冒険者として大成して欲しいと、村の警備をかって出ることで、応援してくれている。

 

 そして(シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』

 ペテル、ダイン、ルクルット、ニニャ、彼ら四人は自分のことをまるで兄のように慕ってくれた。昔の事を思い出して落ち込んでいた自分を励まそうとしてくれた。

 しかし、そんな彼らをアダマスは守ることができなかった。

 

 

 

 「これ以上、ここには居られない」

 

 アダマスが決意を固め、歩き出そうとした時、目の前に一人の男性が現れた。

 背格好はリアルの自分に似た、黒髪、黒目、中肉中背で年齢も同じくらいの人物。

 スズルと名乗った男が口を開く。

 

 「逃げるのか?」

 

 スズルの言葉にアダマスは失った瞳を見開き、悟った。この男性は全てを知っていると。

 

 「…迷惑は、かけられません」

 

 「情けないな」

 

 耳に入った声にアダマスは俯きかけた顔を上げ、己の拳を強く握った。

 「僕がここにいたら、皆殺されてしまうかもしれない、僕の所為で誰かが傷つくのは、もう見たくないんだ。 逃げて何が悪いって言うんですか!」

 

 「悪いとは言ってない」

 男は冷静に淡々と答え、言葉を続ける。

 

 「ただ、情けないと言ったんだ」

 

 広い草原に一陣の風が吹いた。その風はアダマスの心に染み込みながら、心を冷していく。

 風は尚も吹き続ける。

 

 「私は君の事を買い被っていたのかもしれない。 こんな情けない男を友人として迎え入れようとしていたなんて」

 

 「……」

 

 「逃げたいのなら、どこぞへなりと行くが良い。 だが、その名前はここに捨てていけ、二度と『アダマス』と名乗るな」

 

 「――っ!」

 

 言い返せなかった。今の自分に『アダマス』を名乗る資格など無いと。

 一生懸命に生きる人々を守り、人の迷惑を考えない者が彼らの敵となるのなら、戦うことも厭わない。その『アダマス』の信念を曲げようとしているのかもしれない。

 しかし、人々の障害が自分自身だったなら…

 ラージ・ボーンはどうしたら良いのかわからなくなっていた。

 

 「僕は…どうしたら良いんだ…」

 

 「知らん。 ただ、思い出すことだ、君の行いが、この国に生きる人々に何をもたらしたのか。 それはきっと、スキルやアイテムの効果なんかじゃない」

 

 「……」

 

 ラージ・ボーンの無言に耐え兼ねたのか、スズルと名乗る人物は自身が作った空間の歪みの中に消えていった。

 ラージ・ボーンは再び、草原に一人きりになる。

 

 今度こそ、本当に全てを『アダマス』の誇りさえ失った亡霊は、魂の無い足を南へと向けた――

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

 「よろしいのですか?アインズ様」

 ナザリック地下大墳墓、絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウンの執務室で控えていたデミウルゴスの前に発生した空間の歪みから主人が現れる。

 これまでの会話を潜伏させていたシモベからリアルタイムで連絡を受けていたデミウルゴスはアインズに問いかけた。

 「あのお方、ラージ・ボーン殿はナザリックにとって脅威と成りうる存在。 味方につけるか、無力化するべきでは…」

 「必要無い」

 

 不機嫌な様子の主人は、勢いに任せてドカリと椅子に腰掛ける。

 デミウルゴスは敬愛する主が苛立っている原因に対し、憎悪の炎を燃やした。

 

 「今の奴にそんな価値も力もない。 レベル一のメイドでも倒せるだろう。 それほどに、弱くなった…いや、もともとあの程度の男だったのかもしれないな」

「では、これからどのように対応いたしましょう」

 「捨て置け…… いや、万が一のこともある、例の課金アイテムを使用しているシモベをつけろ」

 「はっ!」

 

 支配者は黒檀の机に肘を突き、一度ため息を吐いてから口を開く。

 

 「ところで、昨日デミウルゴスが言っていた話、進展はどうなっている?」

 「はい、キーン村の領主の件ですが、やはり王族の者でした」

 「ほう、そうか… では、その者が法国のスパイ」

 「いえ、私もそう考えていたのですが、どうやら違うようです」

 「どういうことだ?」

 アインズは身を乗り出してデミウルゴスに尋ねる。

 「王女は寧ろ相手を利用しているようでした。相互利益とも言いますか… 王女は法国の使者の知恵や力を得て、村で様々な実験を行っていたのです。 農業、政治、経済、もともと王女の頭の中にあった施策もあるようですが」

 「たしか、村の施策は数百年先を行くもの、とか言われていたんだったな」

 「はい、今もキーン村は豊かさを増しております。 その影響力を強めながら」

 「法国の使者とやらも、良い結果を起こす実験ならば自国で行えば良いものを… いや、例の襲撃も「実験」とやらの一つだったのかもしれないな。 であれば、自国で行えないのも納得できるが… 王国で何かをしようとしているのか」

 「そういえば、使者は『予言者』と名乗っていたそうです」

 「予言者だと? どこかの救世主みたいにか、しかし…」

 

 黙り込んで熟考する主人を見ながらデミウルゴスは次の言葉を聞き逃すまいと集中した。非才の知恵者である絶対者は言葉は少なくとも、その言葉に千の策略と万の展望を含ませる。それを理解してこそナザリック一の参謀だと。

 そして、待ちに待った言葉がアインズから発せられた。

 

 「ふむ、今後王国で行動する際は今まで以上に警戒しなければならない。 『予言者』がこれから…いや、既に何か用意してるかもしれない。 『敵』はラージ・ボーンが王国にいると思っている可能性もある、そちらにも注意を怠るな。 まさか『予言者』と『敵』が同一人物ということは有り得ないだろうが」

 「畏まりました!」

 

 デミウルゴスは主の真意を理解する為、思考を巡らせる。

 敬愛なる主人へ世界という名の宝石箱をお渡しする為には、王国で大事を起こす必要もありうる。その際に『予言者』か『敵』が脅威と成りうる。

 戦闘能力に於いて主人に勝る存在は有り得ない―今のラージ・ボーンでは足元にも及ばない―が、複数のプレイヤーの出現等、もしもを考えて準備せよ…という真意を汲み取る。

 デミウルゴスは恭しく、一層深いお辞儀をした。




 【ユグドラシル時代、ギルド『アダマス』の一幕】
 

 カーマスートラ「ゆべしちゃ~ん、おいたんのおぽんぽんにポーションかけとくれ~」

 ゆべし「シーシュポスさん、カーマさんがまたセクハラを」

 シーシュポス「黙れ夫」

 カーマスートラ「ごめんなさい、調子乗ってました」


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二話 「誰かがあなたを待っている」

 少女の願いはやがて多くの人の共感を呼んだ

 少女と「約束」を交わした男の心はそれを寂しく思いながらも、喜びを感じていた

 少女が重い不治の病にかかっていると知った男は狼狽えた

 男は少女と二つ目の「約束」を交わす

 少女の死が、そう遠くないことを誰にも話さないと


 

 下火月[9月]五日 3:11

 

 

 その夜、王都は騒然としていた。騒然等の生易しい言い方では片付けられない程の惨状となっている。

 炎が燃え、硬いものがぶつかり合い、肉がちぎれ、弾ける。 骨が砕け、人の形をしたものから飛び散る。 怒号が、断末魔が、悲鳴が、死と絶望を耳から脳へ伝える。 足が竦んだ者は、その足から上を失い、手を震わせた者は、その手ごと胴体を喰い散らかされる。 

 深夜、王城を囲うようにして突如現れた炎の壁、そこから無尽蔵に強力なモンスターが現れ出したのだ。

 王国戦士や騎士達、上位から最下級の冒険者まで駆り出され全員が奮闘している。止むことの無い地獄の連鎖に疲弊しながらも彼らが戦い続けられたのは一縷の希望にすがっていた為。漆黒の英雄が、この煉獄の朱帆である魔王ヤルダバオトを倒すという希望に。

 

 英雄が魔王を打ち倒せば全てが解決するとは限らない。しかし、信じるしかなかった戦う者達は命にしがみつきながら死んでいく。そんな最前線で剣を振るい、槍を突く男たちがいた。

 傷ついた冒険者を癒す為の陣地を死守するバリケードの外側、絶死の極地で己と仲間を鼓舞しながらミスリル級冒険者、ラングラーは嵐のように襲い来る殺意に抗い続ける。

 「こんなものかよ! 俺はもっと恐ろしい地獄を見たぞ!!」

 元王国貴族の長男だった彼はこの世に生まれ落ちてから数年、やっと物心つく頃に地獄のど真ん中にいた。恐ろしくも頼もしい、尊敬して止まなかった頑固な父が日に日にやつれ、知的な印象を受ける黒髪は瞬きをする度に白髪に変わっていった。美しく優しい、最愛の人であった母は、艷やかだった肌は土気色になり、角質だらけの荒野のよう。自分が受け継いだ自慢の金髪はひと月も経たぬ間に殆どが抜け落ちていった。 原因は直ぐに知ることとなる、薬物だ。八本指と言われる組織に楯突こうとした両親は信頼していた友人―と思っていた―貴族に裏切られ、一度落ちれば二度と這い上がれない外道に落とされた。

 組織の魔の手が弟にまで及ぼうとした時、勇気を振り絞ってラングラーは家を逃げ出す。

 弟と共にエ・ランテルで冒険者となるが、八本指への復讐心を抑えられなかった兄だけは名を変え、王都で活動していた。

 元々父親譲りの剣の才があったラングラーはチームも組まず、たった一人でミスリルプレートを手にするまでに至る。

 

 その男が今、斬っても斬っても果てない赤黒い狼の軍団相手に、ミスリル製の全身鎧を身に纏い王国戦士長と並ぶ程の体躯で二本の大剣(バスタードソード)を振るい続けていた。

 「奴らを殺すまで、俺は死ねないんだ!」

 自分の目的はあくまで悪の秘密組織、湧いて出た魔物相手に命をかけている場合ではない。しかし、戦わずにはいられない、それは両親が愛したこの王都をどこの骨とも知れない連中に蹂躙されるのが我慢ならなかったからだ。

 ラングラーの剣が狼の眉間に刺さった直後左右から同時に血と唾液で汚れた牙が襲いかかる。刺さったままの剣を引き抜こうとするが、まるで掴まれているかのようにびくともしない。

 一瞬脳裏に「死」の認識が過ぎる。

 「があッ―!」

 諦めを全力で否定しながら残り一振りの剣で比較的大きな左側の狼をなぎ払い、反対側から迫る牙を背中の装甲で受ける。魔狼の凶刃が肩口に深々と刺さるもラングラーの覇気は欠けることなく反撃し続けた。

 

 「はぁッ…ぐっ…」

 右腕に力が入らない。先ほどの深手が原因なのは分かっている。バリケードの内側に戻ろうにも、自分が取り逃がした魔物の攻撃で自分が中に入るための隙間を開けられない。もし開ければそこから「死」がなだれ込んでくるのは子供でもわかる。

 

 万事休す

 

 諦めたくなくても目の前の状況がそれを許してくれない、じりじりと距離を詰める「終わり」が己の情熱に水をかける。

 頑張った方じゃないか。志半(こころざしなか)ばで倒れるだろう自分に言い訳をした。死闘の中で何度も自分自身の目的を忘れ、ただ傍らで共に武器を抜き放つ仲間の為に剣を使った。憎い怨敵に死を与える為だけに鍛え上げた技も、肉体も全てを使って守ろうとした。不思議と後悔は無い。自分が…いや、自分たちが稼いだ時間で、きっと英雄がこの惨劇の原因を取り除いてくれる。

 

 「ごめんな、スパンダル… お前を一人ぼっちにさせちまう…」

 

 ただ、心残りは弟の事。両親を失い、二人だけになった家族。最近、尊敬できる冒険者に出会い、充実した日々を過ごしていると言っていたが、人見知りな弟がそこまで言う人物に会ってみたかった。

 

 そう思いながら、最後まで手放さなかった愛剣を握る指から力を抜こうとしたその瞬間――何かがけたたましい音を立てて、ラングレーの前に落ちる。

 重みを受けきれずに、石畳にひびが入り、土埃が舞い上がる。

 そこにいたのは着地の衝撃で身を屈めるようにしていた人型の魔獣とも呼べる姿をした戦士だった。

 美しい赤と清らかな純白で彩られた鎧は月光の静かな輝きを反射し、肩の装甲から生えた爪が鋭く光っていた。死を喰らう獣のような左右の腕にはそれぞれ禍々しい形をした金属製の長大な鈍器が魔狼たちを怯ませる。

 突然現れた戦士がゆっくりと立ち上がる。大きな姿だった。長身と言われるラングラーの背丈よりさらに頭三つ以上は上にある。

 その首元に自分と同じミスリル製の冒険者プレートを見つけ、ラングラーは無意識に口を開いた。

 

 「助けてくれ…」

 

 自然に溢れた言葉が戦士に届き、その答えは直ぐに返ってきた。

 

 

 「任せろ」

 

 

          ●

 

 

 下火月[9月]五日 2:48

 

 

 ラージ・ボーンは南へと歩き続けている。

 全てを捨て、行くあてもなく彷徨う幽鬼のように、ただ足を前に出すだけの存在になっていた。

 再び誰かに出会う事が、その相手に迷惑をかけてしまうという、目に見えない恐怖に怯えながら、人気を避けて進む。

 やがてリ・エスティーゼ王国とスレイン法国の境界に(そび)える山岳地帯まで近付こうとしていた。

 

 突然目の前数メートルの地点に魔力の反応を感じるが、構えることもしない。

 もし、反応がある場所から槍が放たれたとて、避けることもないだろう。

 

 しかし、ラージ・ボーンの願望にも似た予想は外れ、現れたのは槍でも魔法の矢でもなく、薄紫の長髪を靡かせる、一人の美しい女性だった。

 

 「ヴァーサ…さん」

 

 「また、何も言わずに行かれるのですか?」

 

 女は瞳に涙を湛えている。何故、泣いているのか、ラージ・ボーンには分からなかった。

 「自分の近くにいると…あなたを傷つけてしまう」

 

 こちらの声が聞こえていなかったのか、ヴァーサは淡々と、仕事のように言葉をつむぎながらでラージ・ボーンに歩み寄る。

 

 「領主様から、王都で魔物が大量に発生し、大惨事になっていると、連絡が入りました。アダマス様、お願いです。 皆を助けてください」

 

 ヴァーサは体温の感じられない口調で告げた。ただ、その瞳は情熱と愛情を秘めて、真っ直ぐにラージ・ボーンを見つめている。

 

 「自分は…弱くて…怖くて…何にもできないんですよ」

 「知ってます」

 

 ヴァーサの即答に伏せかけていたラージ・ボーンは思わず顔を上げる。続けて耳に届く言葉が男の心に一つ一つ染み込んでいった。

 

 「すぐに人の顔色うかがって、すぐに謝って。 状況が悪くなるとたちまち逃げ出す…いつものアダマス様です」

 「え…」

 「でも、そんなアダマス様に私たちは救われました。 村のみんなだけではありません、ブリタさんや冒険者さんたち。 貴方の行動で命だけでなく、心まで救われた者がいます」

 「それは…」

 「私は、嬉しかった」

 「え…?」

 

 突然に感情を伝えられ、ラージ・ボーンは間の抜けた返事をしてしまう。そして、続けられた言葉が、男の魂を震わせた。

 

 「アダマス様が私たちを失うことを、怖いと思っていただいていることが。 失いたくないと想っていただいていることが」

 「ヴァーサさん…」

 

 「怖くても良いんです。情けなくたって、アダマス様が私たちを救ってくれたことは、無くなりません」

 

 「僕は…」

 

 「貴方にしか、できないことがあるんです!」

 

 失った筈の心臓が一度、跳ねた気がした。人に迷惑をかけることしか出来なかった自分にしか出来ないこと。それが何なのかはっきりとは分からなかった。しかし、今やるべきことは分かる。全てを失う前に、やっておかなければならない事を目の前に突きつけられたラージ・ボーンは己の精神(こころ)の顔を上げる。

 

 「何も変えられなくても、最後に全てを失ったとしても、その最後まで…できるかぎり、やってみます。 諦めるのはいつでもできますけど、全部亡くしたら…やっぱり、諦めちゃいますよ?」

 「今はそれで十分です」 

 

 ヴァーサは嬉しそうに微笑みながらアダマスに手の平に収まる程の小さな木彫りの人形を渡す。

 「それは王都のある場所に転移できるアイテムです。 転移先に魔物がいる可能性もあるので、十分に警戒しながら使用してください」

 「わかりました、ヴァーサさん。 一人だと心細いので、せめて心の中だけでも、応援していてください」

 「ふふ、任せてください。全身全霊で応援いたしますから」

 

 「ありがとう。それじゃ、行ってきます!」

 

 

 ラージ・ボーンは人形を強く握りしめ、自分の周りに浮かび上がる光の粒に身を任せる。粒子が一層光り輝いた後、その場所にはもうラージ・ボーンの姿は無かった。

 

 

          ●

 

 

 ヴァーサはラージ・ボーンを見送った後、荒野に一人である人物の到来を待つ。

 その人物はヴァーサの目の前に起きた直径二メートル程の空間の歪みから、ゆっくりと姿を現す。 その者は全身を真紅のマントで全身を包んでいるが、肩の形から鎧を身に着けていることがわかる。マントのフードを目深に被り、表情が周りには見えないようになっていた。

 「よくやった、ヴァーミルナよ。あのままどこかへ行かれては、せっかく私が用意したものが台無しになっていまう。それに、今あれを召喚すれば、暴れているヤルダバオトやらの所為にできるからな」

 深く重い、荘厳な男性の声が響く。もし神がいるのならこんな声ではないかと思わせる程に聴く者の心根を震わせる声だった。

 「予言者様…」

 ヴァーサ――ヴァーミルナは予言者の出現に対し、自然に跪く。

 「かの悪神があれに倒されれば良し、倒されなかったとしても、あれは唯の実験に過ぎぬ。 我の「人類救済」には何の影響も及ぼすことはあるまい」

 「予言者様…村の襲撃についてなのですが…」

 「おお、そうだな。次の襲撃準備を整えるようバアルには言いつけている。それ程間が空くこともあるまい。お前も支度を整えておけ」

 「…はっ!」

 ヴァーミルナの返事を聞き、予言者は高笑いを響かせながら再び空間に歪みを作り、そこからまたどこかへと転移していった。

 

 

 「……時間がない、私は、私にできる…いいえ、私がすべきことを!」

 ヴァーミルナは強固な決意を胸に立ち上がる。

 その手には小さな木彫りの人形を握りしめていた。

 

 




 【ユグドラシル時代、ギルド『アダマス』の一幕】


 ドラゴンダイン「俺とトラくんってさ、友達だよね?」

 トラバサミ「え?あ…まぁ…そうなんですか?」

 ドラゴンダイン「ゆべしさんってさ、彼氏いるのかな…」

 トラバサミ「…は?」

 ドラゴンダイン「いや…だからさ…」

 トラバサミ「ゆべしさーん!ドラさんが何か聞きたいことあるってー!」

 ドラゴンダイン「ちょっ!おまっ!!」


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三話 「生まれ変わるために」

 男は少女亡き後、その思いを受け継いだ

 共に歩んだ仲間と一丸となり「約束」を守り、果たすべく

 世界が終わるその日まで、守り通されるはずだったものは

 ある人物の手によって、脆くも崩れ去ってしまう



 

 下火月[9月]五日 03:32 

 

 

 自分が何の為に生まれてきたのか、偶に考える。大きなことを成し遂げたり、後世に受け継がせるようなものを残したり、もしくは悪いことをしてしまうのかも知れない。

 人にとって迷惑なことだとしても、その為に生まれてきたのなら、しょうがないんじゃないか…とか。誰も教えてくれないし、どこかに落ちているようなものでもない。きっと、本当の答えや正解なんてないんだろう。と、毎回何の進展もなく、考察は終了する。

 生まれてきた意味に縛られて生きるのも窮屈だろうから、答えなんかない方が楽で良い。それでも、どうしたら良いのか無性に教えて欲しくなる。自分より上手く生きられる誰かに、自分の人生を生きてもらえたら良いななんて、思ってしまう時がある。

 パズルのピースのように、自分より大きな誰かが、丁度いいところに嵌め込んでくれないだろうか。

 

 そしたら全部、その「誰か」の所為にできるから。

 

 牙を剥き出しにして自分の周りをぐるぐる回る赤黒い魔狼たちを眺めながら、ラージ・ボーンは考えていた。

 せっかく美人が後押ししてくれたのに、自分はまた立ち止まっていると。

 ラージ・ボーンの背後二〇メートル、人間たちがこれ以上魔物に侵入させまいと作ったハリボテのバリケード。押せば倒れて仕舞いそうなくらい儚く見えたそれは、先ほどまで魔狼の攻撃を耐え、更に後方に居るであろう仲間を守っていた。中から槍を突出し、叫び、自分たちを奮い立たせながら、懸命に命を守っている。

 人の身であった頃なら、感動した場面だろう。涙すら流したかもしれない。

 しかし、肉を失い、臓腑を失い、瞳も、 脳すらなくした今、何も感じない。

 

 鳥肌を立たせる肌もない。

 

 それでも、何かが燃えている。

 

 何も感じなくても、分かる事がある。

 

 誰かが教えてくれている。

 

 何かが囁きかけてくる。

 

 悪魔なのか、神なのか、目に見えない魔物か、ヒトか分からないけれど、折角教えてもらったのだから、甘えてみよう。

 

 全力で、この人の所為にしてみよう。

 

 『アダマス』と名乗る一人の、どこにでもいる男の口車に乗ってみよう。

 

 この男の声が聞こえるのは、これで最後かもしれないんだから。

 

 「ウオオオオオオオオオオオォォォォォォッ―――!!!!」

 

 王都に獣の叫びがこだまする。まるで産声を上げるように。無遠慮で、恥も外聞もかき捨てた。

 

 全力、全開の叫び声が。

 

 直後、ラージ・ボーンの心に、アンデッド特有の精神の鎮静化が訪れる。

 しかし、後から後から止まない熱風の如く、完全に鎮静化されることはない。

 ラージ・ボーンの怒号に魔狼が怯む。

 バリケードを襲っていた魔物達まで、その動きを止めていた。

 

 「あんたは…いったい…」

 

 ラージ・ボーンの背中から弱々しい声がした。振り返ると満身創痍の青年が立っている。自分が到着するまで必死に戦っていたのだろう。全身無傷の箇所等ないくらいボロボロだった。

 バリケードの内側では傷ついた戦士たちを癒す者たちがいることは、ここに来るまでに確認している。

 ラージ・ボーンは足の震える男を肩に担ぎあげ、堂々とした足取りでバリケードの方へと向かう。

 魔物が襲ってくる様子はない。知性は感じられない獰猛さの塊のような存在であるはずのモノたちは今、強大な恐怖によって、ラージ・ボーンに近付けないでいた。

 死ぬことに恐怖はない。しかし、一方的に蹂躙されることを容易に想像できた魔物達は、絶対強者に道を明け渡した。

 

 「彼を治してやって欲しい」

 

 目的地まで辿りついたラージ・ボーンは優しく傷ついた男をおろし、落ち着いた口調で槍を持った衛士に伝えた。 

 男を受け入れ、奥へと引き継いだ衛士が目を丸くして質問をする。

 「そのプレート、冒険者か…。 お前さん本当にミスリルか?」

 「中身は(カッパー)クラスですよ」

 「はは、そいつあ面白い冗談だ」

 

 ラージ・ボーンは魔物達に向き直り、面頬付き兜(フルフェイスヘルム)のスリットの奥から睨みつける。

 「こっちを見ろ、その目に映るものが今から自分の命を奪うと理解したか?」

 赤と白で構成された、魔神か神獣のような姿を象った鎧を身に纏う男の嘘偽りの感じられない言葉に、魔物達の足が竦む。

 「スキル発動…」

 ラージ・ボーンは深く腰を落とし、武器を構える。

 

 ≪超広範囲神聖属性指定攻撃(シャイニング・レオ)!!≫

 

 ラージ・ボーンが両手に一振りずつ持った武器で虚空を薙ぎ払うと、突如として顕現した炎の波が魔物達を襲う。

 ゴオゥ!という音が鳴り響いたあと、波を浴びた魔物が次々に燃えていく。同じ状況にさらされていたいたはずの建物が燃える様子はない。

 確実に悪しき命だけを消滅させる特殊技術(スキル)

 

 

 断末魔と咆哮が入り混じっていた戦場は今、耳鳴りが聞こえるほどの静寂に包まれている。

 バリケードの隙間からラージ・ボーンが成した偉業を見た衛士も、その背中から事態を理解した者達は思い出していた。

 

 赤と白で構成された、立派な全身鎧を身に纏う、ミスリル級の冒険者。

 

 『赤き巨星』

 

 その拳は、アダマンタイトさえも粉砕し、今必殺の技で一瞬にして無数の魔狼を殲滅した戦士。

 

 「アダマス・ラージ・ボーン」

 

 誰かが呟いた。

 その声に反応するかのように次々と最前線の窮地を救った大戦士の名が呼ばれる。

 ラージ・ボーンはゆっくりと、バリケードの方へと顔を向ける。

 一度は見捨てようとした人々の方へと。

 そこには万雷の喝采と、称賛が巻き起こっていた。

 水分は無いはずだ。

 涙腺も無いはずだ。

 きっと幻に違いないけれど、男は自分の頬に、熱い何かが流れるのを感じた。 

 ラージ・ボーンは自信を褒め称える者達に、深く頭を下げる。

 

 「ありがとうございます!」

 

 感謝される側だった男の、感謝の言葉に再び無音が訪れた。

 

 「自分を、『アダマス』と呼んでいただいて…。 ありがとうございます」

 

 大戦士の口から聞こえたモノの意味を、真に理解できるものはこの場には誰一人として居なかった。しかし、バリケードの内側で手当を受ける男が大きな声を張り上げる。

 「ばかやろう! こんなとこで頭を下げてる暇があるんなら、さっさと他のとこに行きやがれ」

 ラージ・ボーンが先程助けた金髪の男―ラングラーがバリケードの隙間から顔を出す。魔法やアイテムを使用されても、まだ完全には回復し切っていない様相で。

 「もう大丈夫だ。 だから、ここは俺たちに任せて、アダマスの兄貴は行ってくれ」

 

 「え、兄貴?」

 ラージ・ボーンは突然の呼び方に困惑しながらも、ラングラーの言葉を素直に受け入れることができた。彼以外にも王都を守ろうと立ち上がった人々の、自信に満ちた笑顔が自分に向けられていたから。

 

 「あ、はい! じゃあ行ってきます。 みなさんも無理しちゃダメですよ!」

 

 大戦士の大戦士らしからぬ言葉に、衛士達は気を緩ませた。 しかし、ラージ・ボーンがあっという間に自分たちの視界から遠ざかった後、一様に気合を入れ直す。

 

 「よし、兄貴が作ってくれた時間でバリケードを立て直すぞ! もうひと踏ん張りだ!!」

 「オオーッ!!」

 

 

 その夜、多くの人々が目にすることになる。

 『赤き巨星』『赤白(せきびゃく)の大戦士』が王都を飛び回り、魔物の群れを討ち滅ぼす雄姿を……

 

 

         ●

 

 

 下火月[9月]五日 03:53

 

 

 「まず、この部屋は安全なのだな?」

 「大丈夫でございます。ここで会話を盗み聞きできるものなどおりません」

 アダマンタイト級冒険者、漆黒の全身鎧を見に纏うモモンの姿をしたアインズが、仮面を付けヤルダバオトと名乗る悪魔―デミウルゴスとマーレの三人で一軒の木造家屋の中、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 デミウルゴスが仮面を外し、神妙な面持ちでアインズに報告する。

 「アインズ様、ラージ・ボーンは現在この王都にて戦闘を行っているとシモベから連絡が入っております。 如何いたしましょう?」

 面頬付き兜(フルフェイスヘルム)で隠れていながらも、明らかな喜色を醸し出すアインズの様を、デミウルゴスは見逃さなかった。

 「やはり、予想されていたのですね。だからこそ、ラージ・ボーンの追跡を止めずに…」

 「そんなことはないさ…。 ただ、そうか…しかし、何故」

 「どうやら、キーン村の村長が彼を激励したようでした。 しかし、その理由が問題なのです」

 「どういうことだ?」

 アインズはテーブルに身を乗り出して、デミウルゴスが続ける言葉に耳を傾ける。

 「ラージ・ボーンが王都へ転移した後、シモベは次の指示を待つ為しばらくその場に滞在していると、村長の目の前に例の予言者が現れたのです。 そして、予言者は気になることを口にしていました」

 「気になること、だと?」

 「はい、強力な魔獣を召喚し、それを私…ヤルダバオトの仕業にするとか」

 「強力な魔獣か… 超位魔法や世界級(ワールド)アイテムでの召喚だとすると、厄介だな」

 「それも重要なのですが、先ずはラージ・ボーンはどのように対処いたしましょう」

 「そうだな、デミウルゴスが操ることのできる魔物を利用し、こちらに誘き寄せろ。 予言者の言っていた通り魔獣の出現をヤルダバオトの力によるものと思わせるなら、おそらく召喚される場所はヤルダバオトの近くになるだろう。 なら、いっそのこと魔獣とラージ・ボーンをぶつけてみようではないか」

 主の深謀鬼策に震えながらデミウルゴスは了承し、魔物たちに思念で命令を送る。

 「これで大丈夫かと」

 「よろしい。ではお前の計画の全てを話してもらうぞ」

 

 

          ●

 

 

 下火月[9月]五日 04:13

 

 

 王都の各所を点々と飛び跳ね、魔物に押されている箇所を見つければ、それの討伐を続けているラージ・ボーンの心は充実感と罪悪感で混沌としていた

 力を振り回すことで人から感謝され、魔物の命を奪う度に憎悪をこの身に浴びながら、頭では割り切ろうとしていても、その手に残る感触が消えずにいることは、ある意味では人間であることを残しているという「救い」なのかも知れない。

 

 その時、人間を恐怖させる為か、バッサバッサと大袈裟な羽音が聞こえた。ラージ・ボーンは音のする方向、上空を見上げる。そこには、月明かりを浴びる銀色の獣毛を輝かせ、青い羽を生やした二腕二足の悪魔の集団がこちらを凝視しながら滞空していた。

 「やらせないぞ、今の自分には…やるべきことがあるんだ!」

 〈飛行(フライ)〉!

 このまま奴らが直下にいる負傷者達を攻撃すればひとたまりもない。己が使える数少ない魔法の一つを使う。重力というくびきから解放されたラージ・ボーンは上空へと舞い上がり、悪魔たちを追う。

 

 ラージ・ボーンの一撃が魔物の頭部を粉砕する。集団を一網打尽にするには特殊技術(スキル)を使用した方が手っ取り早いが、広範囲攻撃や多段攻撃は回数が限られている為に余程緊急事態でない限り使用を控えていた。多くは無い数の悪魔を蹴散らすなら、問題ないと判断する。

 

 「なんだ…こいつら」

 

 仲間を殺された悪魔に同様は見られない、まるで当然の…それどころか計画通りとでも言うかのように平然としている。悪魔たちは力なく落下していく同種に目もくれずラージ・ボーンから遠ざかっていく。まるでどこかへ誘導しているように。

 

 「罠か… それでも、やるしかないんだよ」

 

 自分に言い聞かせ、悪魔の群れを追いながら一匹、また一匹と撃墜し、最後の一匹を落としたところで、ラージ・ボーンの視界に信じられないものが映った。

 

 王都の中央広場で太陽が煌々と輝いていたのだ。

 

 正確には腹部に太陽と見紛う程の輝きを放つ無限熱量の球体をおさめた全高三〇メートルはあろうかという紅蓮の魔獣。

 陽光の神獣(サン・ブレイズ)――元素精霊(エレメンタル)の最上位種の更に上に座する存在。レベルは測定不可の世界級(ワールド)エネミー。

 世界級(ワールド)エネミー。

 それはユグドラシルというゲームの世界観に大きく係わったエネミーである。

 ユグドラシルという世界樹には無数の葉が生えていたのだが、ある日、その葉を食い荒らす巨大な魔物が出現した。葉を貪り喰らったことで巨大な力を得た公式キャンペーンのラスボス“九曜の世界喰い”に代表されるワールドエネミーの“七曜の神獣”、陽光の神獣(サン・ブレイズ)はその一柱だ。

 そんな最上位エネミーが何故こんなところで猛威を振るっているのかは謎のままだが、その疑問以上に気になったのは、神獣の熱波で吹き飛ばされる複数の人物の内一人に見覚えがあった。

 その人物が遥か上空に舞い上がる、このまま落下すれば死は免れない高さだ。

 落下し始めた彼女を慌てて受け止める。その姿勢は奇しくもお姫様抱っこの形となった。

 「い、イビルアイ…さん」

 最近出会ったアンデッドの少女、イビルアイがラージ・ボーンの腕の中にすっぽりと収まっている。

 その姿は丈夫なマントに隠されていながらも、全身の各所から煙を上げ無残な姿を晒していた。

 見るからに瀕死の重傷だった少女は自分の顔を覆う不気味な仮面を外し、力なく口を開いた。

 「貴様…あ…アダマスか…」

 「無理をしない方がいい、いくらアンデッドでも…」

 「モモン様を…たのむ…。 戦士でありながら…飛行(フライ)の魔法を使える…お前なら…」

 

 見るに堪えない状態にあってなお、イビルアイはラージ・ボーンの袖を震える手で掴み、懇願した。 再び、男が失った筈の心臓が、震えた。

 

 「先ずは君を安全な場所へ連れていく。 モモンさんのことも、任せて」

 ラージ・ボーンの言葉を聞いたイビルアイは安心した顔で意識を手放した。

 

 

          ●

 

 

 広場には陽光の神獣(サン・ブレイズ)と、その熱波を耐えたアインズとデミウルゴスだけが存在していた。

 「アインズ様! まさか、これが!」

 「ああ、予言者の言っていた召喚獣だ」

 メッセージでイビルアイと一緒に神獣の熱波で吹き飛ばされたシモベの安否を確認したアインズは、目の前で太陽の如き輝きを放つ者の存在を思い出していた。

 「こいつはワールドエネミーの一体、本来一〇〇レベルプレイヤーがギルド単位の人数で戦うはずの神獣が何故こんなところに!」

 「アインズ様!」

 「ああ、ナザリック全軍を以ってすれば倒せない相手ではないが… 撤退するぞ。王国は…捨てる!」

 

 神獣が放つ天文学的な熱量で石畳や金属類が気化されていく中、アインズは背後からゆっくりと近付く存在の気配を感じ、咄嗟に後ろを振り返る。

 そこには、かつての友が話してくれた雄姿そのままの、無課金ギルド『アダマス』ギルド長、ラージ・ボーンの姿があった。

 悠然と足を進める彼には今の自分が感じている焦燥が、一片も見られない。まるでいつも歩いている道を歩くような、自然な動きをしていた。

 

 「ラージ・ボーンさん、一対一に特化したあなたでも無理だ! あれは…」

 「一〇〇レベルプレイヤーがギルド単位で戦う相手、HPも攻撃力もそれを前提として作られたワールドエネミー」

 「わかっているなら…」

 「あれなら、大丈夫ですよ。 …モモンガさん」

 

 自信しか感じられないラージ・ボーンの声に、アインズは昔たっち・みーが自分に聞かせてくれた噂話を思い出した。

 

 「まさか……」

 

 




 【ユグドラシル時代、ギルド『アダマス』の一幕】

 赤錆「センリさん、最近イン率低くないかい?」

 ラージ・ボーン「え、あ、ああ~…ほら、センリさんそろそろ受験だって言ってたし、多分それじゃないかな~」

 赤錆「そう言えば、未成年だったね。なんか落ち着いてるから、年下ってこと忘れてしまうな」

 ラージ・ボーン「わかりますよ。 センリさんが忙しい分、僕たちで頑張らないと」

 赤錆「当然だよ。 骨太さん、我ら『アダマス』が人の役にたつ。ユグドラシルが終了するその日まで」

 ラージ・ボーン「そういう『約束』ですからね」

 赤錆「ああ、そういう『約束』だからな」

 ラージ・ボーン「もし皆が引退しても、僕は最後まで頑張りますから」

 赤錆「それは俺のセリフだよ」

 「「っはっはっはっは」」


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四話 「瞳の中のヒーロー」


 男は去っていく仲間達を、ただ見送ることしかできなかった

 大切な場所が崩れていくのを、呆然と眺めることしかできなかった

 全てを失いながらも、男は『約束』を守ろうとした

 自分一人でも、あの名を世界が忘れないために

 男は戦い続けた

 世界が終わる、その日まで




 

 下火月[9月]五日 04:38

 

 

 突如として顕現した世界級(ワールド)エネミー、陽光の神獣(サン・ブレイズ)が放ち続ける想像を絶する熱量によってほぼ融解している王都中央広場で、デミウルゴスは有り得ない光景を目の当たりにしていた。

 神をも超えた存在であり、この世界を滅ぼす程の力を持つ自分達の創造主、『至高の四一人』が束になるか、ナザリック全軍を以ってしか倒せないはずの神獣を、たった一人の戦士が圧倒しているのだ。

 血と骨の色で構成された、神獣か魔獣を象ったような全身鎧(フルプレート)を身に纏い、長大なボルト状の殴打武器を二本両手に携えたアンデッド。

 唯一無二の主、アインズ・ウール・ゴウンが一度は認めた男。

 

 アダマス・ラージ・ボーン――

 

 ある人物の言葉で魂を抜かれたはずの弱き者が今、ナザリック全軍に匹敵する存在に立ち向かう。デミウルゴスの理解の範疇を越えた状況の中、絶対支配者の声が聞こえた。

 「あれが、たっち・みーさんの言っていた…ワールドエネミーを単騎で攻略する…プレイヤー…」

 まるで、戦士の姿に見惚れるかの如く立ち尽くす主人を見て、デミウルゴスは我にかえる。

 「…あ、アインズ様、ここは危険です! お退きください!」

 「デミウルゴス、お前だけでも行け、俺はこの戦いを見ていたいんだ」

 

 紙芝居に夢中な子供のような声が返ってきた。惚けているようでも、智謀の王たる主人の言葉であれば、必ず深慮があるはずと、デミウルゴスもこの場から離れようとはしなかった。魔法で遠くに居ながら観戦することは出来るかもしれない、しかし、ここでしか得られないであろう情報を得るために、悪魔は集中した。すると大戦士ラージ・ボーンに今までの流れと違う動きが見られた、「《オーラ》…」と何か特殊技術(スキル)を発動させるような声も聞こえてくる。

 

 次の瞬間、神獣は自身の攻撃を全て先読みされているかのように身を躱す戦士に業を煮やしたのか、この王都そのものを焼き尽くす程のエネルギーを腹に収めた球体に溜め込み、一気に吐き出そうとした――

 「アインズ様!!」

 「…《バッシュ》!!!」

 

 デミウルゴスの叫びと同時に響いたラージ・ボーンの声。

 戦士が神獣の頭部に全力で武器を振り下ろし、体勢を崩した陽光の神獣(サン・ブレイズ)が発動しようとしていた超広範囲攻撃が中断された。

 

 「なっ!?」

 「おお、《オーラバッシュ》か」

 

 デミウルゴスが事態を理解出来ないでいると、主人の感嘆の嬌声が耳に届いた。

 「敵の予備動作中に当てれば強力な攻撃をキャンセルできる特殊技術(スキル)だな。 しかし、あのタイミング…そこまで読めるのか、ラージ・ボーンは」

 

 悪魔は思い出していた、主と洗脳されたナザリック地下大墳墓階層守護者、真祖(トゥルーヴァンパイア)シャルティアとの戦闘を。相手の全ての情報、性格を知り尽くしたアインズだからこその圧勝。

 今現在戦っている大戦士もまた、相手の全てを知り、行動を熟知しているとしたら…

 「しかし、あれ程の敵…どうやって情報を」

 「不思議か、デミウルゴス?」

 「はい、普通に考えましても、あのレベルの魔獣、そうそう存在するはずがありません。 アインズ様にとってのシャルティアのように手元に情報があるわけでもなく、どうすればあのような…まさに熟知と言える戦い方ができるのか」

 「私には分かる、あれは…シミュレーションだ」

 「しみゅ…? まさか、仮想であの域に達するなど」

 「それだけではないだろうが、たっち・みーさんが教えてくれたラージ・ボーンの話と、彼の種族を考えれば想像がつく」

 アインズはラージ・ボーンの強さについての考察をデミウルゴスに伝えた。

 

 ラージ・ボーンの種族、「不死英雄(アンデッド・ヒーロー)」は運営に「最強種族爆誕」と酷い煽り文句で紹介される。実際にそのステータスは「最強」の名に恥じないものだった。全種族中最高のHP、細やかではあるが常時回復(リジェネレーション)持ちで、種族特性によって本来アンデッドの弱点である神聖属性を軽減(レジスト)できる。残った弱点である炎属性と殴打属性も装備でカバーすれば、まともにダメージを与える手段がなくなってしまう。戦士系種族でありながら、魔法の使用も可能で重装備との相性も良い。そんなチート種族が何故、ほとんど選ばれることなく「地雷種族」とまで言われることになったのか、それは唯一にして最大の欠点『回復不可』の所為だった。

 公式の設定では、アンデッドは神聖属性の回復魔法やアイテムではダメージを追う為、回復するには相応しいアイテムや〈ネガティブ・エナジー〉等の闇属性魔法で回復する必要がある。しかし「不死英雄(アンデッド・ヒーロー)」は、その闇属性を無効化してしまうから、回復はできないと設定されていたのだ。アイテムによる回復も同じ理由で不可。強固な防御力と絶大な体力をもってしても、連戦すれば着実にダメージは蓄積される。頼りの常時回復(リジェネレーション)はゼロから最大値まで回復するのに八時間以上を要する。これでは「狩り」や「稼ぎ」ができずに仲間から取り残されるのが目に見えていた。敵にいれば厄介で、味方にいると扱い辛い、それがユグドライシルプレイヤーにとっての「不死英雄(アンデッド・ヒーロー)」の印象だった。

 しかし、成り行きでその種族となったラージ・ボーンは戦えない時間を有効活用する手段を発見する。それが「シミュレーション」だった。

 ラージ・ボーンの種族についての話を聞いたデミウルゴスは自分なりに分析をする。

 「なるほど、アインズ様のお話では『アダマス』という組織は総勢一〇〇名、その情報網をもって多くの情報を得、そして実戦とシミュレーションを駆使することで、一種の「勝ち筋」とも呼べる「台本」を作ってしまえば、あとはその通りに動くだけ。 つまり、あの強さは…」

 「そうだ、初見の相手や、一度その「勝ち筋」を見たものには通用しない。 回復が出来ない為に、数の力で戦うアウラであれば勝利は容易い。 とは言え、実際に見てみると、やはり素晴らしいな…」

 

 ラージ・ボーンは一部の魔物にとっては絶対的な脅威と成り得るが、今のナザリックではいくらでも対策は立てられる。デミウルゴスは既に無数のラージ・ボーン対策を考えているであろう叡智の主に畏敬の念を抱いた。

 その主が何かに気付いたように口を開く。

 「おかしい、熱波の影響範囲が狭すぎる…何者かが狭めているのか。 現地にこれ程の力を持つ者がいるとは」

 

 アインズの言葉に反応して、デミウルゴスが周辺を見回すと青白い魔法で出来たと思われる膜が広場一帯を包み、神獣が常時放出している猛烈な熱波による外部への影響を軽減させていた。

 「アインズ様…あれはいったい…」

 「分からんが… ん、終わったようだぞ」

 

 デミウルゴスは神獣がいた方向へ視線を戻すと、驚愕の光景が広がっていた。全高三〇メートルはあろうかという巨大な獣の躰が、崩れ始めていた。

 直径二メートル程の、まるで小さな太陽とまで思えるエネルギーの塊だった球体は、徐々にその光を失っていく。

 

 

          ●

 

 

 清々しい気分のアインズの目の前に、身に纏う鎧の各所に痛々しい傷跡を残した勝者がゆっくりと降り立つ。

 神々しく現れた戦士にアインズは拍手と称賛を浴びせる。

 「すばらしい戦いでしたよ、アダマスさん」

 「ありがとうございます。 もも…あ、いや…アイ… あ、ちがうか…モモンさん」

 「噂には聞いていましたけど、まさかあれ程とは」

 「いやー、お恥ずかしい。 HP三割削られちゃいました。二体同時だったらヤバかったです」

 「ヘビー読んでからのバッシュでキャンセルのコンボ、なかなかできるもんじゃないですよ」

 「ユグドラシルと同じロールで助かりました。こっちでもやっぱりバッシュのタイミングがフレーム計算なんですね。HP計算もちょうどうまく行ったんで、サンブレの行動も思い通りにできましたし」

 

 MMORPGプレイヤーらしい用語(スラング)で、アインズとラージ・ボーンはまるで旧友のような会話を交わす。

 会話に一区切りついたところで、ラージ・ボーンが雰囲気を真面目なものへと変える。

 「あっと、そろそろ行かないと。 モモンさん、ではまた。 お話ししたいこともありますので」

 「こちらこそ、俺… じゃないな、私も貴方に伝えなければならないことがある。次の機会を楽しみにしているぞ」

 

 ラージ・ボーンはこめかみに指を添え、メッセージで誰かと会話している様子だった。

 その十数秒後、上空から漆黒のマントを纏い、真紅の仮面で顔を隠す人物がラージ・ボーンの横に降り立った。一瞬イビルアイかと思ったが、仮面の隙間からこぼれる薄紫の長髪と、あきらかに彼女よりも高い身長と胸部の膨らみがイビルアイでないと知らせていた。

 ラージ・ボーンは仮面の女性と共に、自身が魔法で作った転移門(ゲート)へと消えていった。

 女性の腰に添えられていた手を思い出し、アインズは二人のただならぬ関係を想像していると、デミウルゴスが近づいてくることに気付く。

 

 「アインズ様、それでは私はこれで…。あの神獣はヤルダバオトが召喚したことになるのは致し方ないかと。他人の思惑通りとなるのは癪ですが…」

 「仕方あるまい。 しかし、今だけだ…この礼はきっちり返してやらないとな」

 「はっ! では、失礼いたします。 プレアデスはこちらで回収しておきますので、ご心配には及びません」

 

 デミウルゴスが高位の転移魔法で掻き消えた。

 これからの自分の取るべき行動に思いを馳せていたアインズは、響く鋼の音に顔を動かす。

 見れば駆けてくる一団があった。冒険者に兵士たち、それに先頭には戦士長。

 ガゼフ・ストロノーフ、青の薔薇の一行、皆薄汚れ、ここに来るまでの死闘を感じさせた。

 

 「やっぱ、やんなきゃ駄目かな…」

 

 アインズは恥ずかしい気持ちを抑えながら、剣を握りしめ、勢いよく突き上げる。

 

 「うぉおおおおおおおお!!!」

 

 アインズは大勢の喚起の声を聞きながら、小さな呟きを零した。

 

 「友よ…」

 

 

          ●

 

 

 下火月[9月]五日 04:59

 

 

 ラージ・ボーンとヴァーサはキーン村を見下ろせる丘の上に転移していた。

 女性の腰に回していた手を慌てて自分の背中に隠したラージ・ボーンは相手の顔を見ずに、感謝の言葉を紡ぐ。

 「ヴァーサさん、ありがとう。 あなたのお陰で、被害を最小限に済ませられました」

 「アダマス様…」

 ヴァーサは俯いたまま返事をする。悪いことをしてしまった子供のように。

 「アダマス様…私は、アダマス様に黙っていたことが…たくさんあります」

 「自分も、お話ししたいことがあります。 ゆっくり話し合いましょう。 時間はあるはずですから」

 

 ラージ・ボーンは、これから自分が行おうとしていることを全て話すべきだと考えていた。王国の民全てを守れなくても、せめてキーン村に住む人々だけは守り抜くために、自分が成すべきことを。 そして、自分がアンデッドであることを、これ以上隠すことはできないと。

 

 





 【ユグドラシル時代、ギルド『アダマス』の一幕】

 ザ・マチェーテ「コンスタンティンは何故に神官なんスか?」

 コンスタンティン「変なあだ名つけやがって…。前から言ってっだろ、骨太さんをフォローする為だよ」

 ザ・マチェーテ「でも確か骨太氏の種族って、回復はできないし、強化もレジストしちゃうんスよねー」

 コンスタンティン「なんだお前、知らねぇのか?」

 ザ・マチェーテ「え?え? 気になるー」

 コンスタンティン「まあいいや、今度見せてやるよ、俺と骨太さんとの最強タッグプレイをな!!」

 ザ・マチェーテ「…別にイイッスー」

 コンスタンティン「待てやこの○○○○○」


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幕間 死の支配者サイドその6+S


 王都での動乱から時は流れ、ナザリック地下大墳墓最下層たる第十階層、最奥にして心臓部――四十の旗が垂れ下がる玉座の間で、絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンはシモベ達へこれまでの働きに対し慰労の言葉と褒美を送った。
 その後、執務室へと戻ったアインズは、これからの事を整理する。



 

 

 ナザリック地下大墳墓最高支配者の執務室に、黒檀の豪奢な机の上に肘を乗せる智謀の王、アインズ・ウール・ゴウン。そして、重要な話をする為に伴って入室した守護者統括アルベドの姿。

 第十階層、玉座の間で行った「第一回ナザリック功労会」を無事終えて、一息ついていた。途中の様々な情報の交錯を知ったかぶりで乗り越えたが、時間を経た今でも心の完全な平穏には至らない。

 やれ世界征服だの、建国だのと、まるで全部アインズが想定していたかのように話を進めるデミウルゴスの姿が、頼もしいやら憎らしいやら。

 アインズとしてはあまり進めたくない次の作戦についても、既に準備が始まっている。

 手首で顔の下半分を隠したまま、小さなため息の真似事をする。

 「アインズ様、お疲れのご様子ですね。 お休みになられては如何ですか?」

 美しく澄んだ声が、アインズのすぐ隣で控えている絶世の美女の方から聞こえた。支配者は片手を挙げて言葉を返す。

 「いや、問題ない。 やはり、この我が友人達と共に作り上げたナザリックに薄汚い盗人を招き入れるというのは、気分の良いものではないな」

 「心痛お察し致します。 しかし…」

 「分かっている。 すまないアルベド、ただの愚痴だ」

 「とんでもない! アインズ様の心の内をお聞きできることは、私達シモベにとってこれ以上の喜びは御座いません!」

 アルベドは自分の胸に手を当て、身を乗り出しながら熱い眼差しで訴えた。アインズは自分を愛してくれている女性の、あまりの熱弁に若干引き気味になる。

 「あ、ああ… そう言ってくれると、私も嬉しく思う」

 アインズの返事に満足したような笑みを浮かべたアルベドは、再び姿勢を整える。

 「アインズ様、ラージ・ボーンの件ですが…」

 「そうだったな」

 王都での活躍から、ラージ・ボーンは近日エ・ランテルの冒険者組合でアダマンタイトプレートの授与が行われるという情報をアインズは得ていた。功績を成したのは王都なのだから、そこの組合で行われても良いとは思うが、エ・ランテルのアインザック組合長が強引に押し通したという噂もある。

 「王都での一件か…あれは、本当に良いものを見た」

 「ラージ・ボーンとワールドエネミーとの戦闘ですね?」

 主人の喜色を含んだ呟きにアルベドも嬉しさを覚えながら尋ねる。

 「ラージ・ボーンの不死英雄(アンデッド・ヒーロー)という種族は、スケルトン・ナイトの最上位種の一角だ。 重装備との相性は良いが、その分回避能力が極端に低い。 その上回復手段を封じられてはまともな戦闘はできないはずだが、あそこまで相手の攻撃を読み…いや、むしろ操っていたとも言えるが…そうすれば回避やタイミングを合わせた防御は容易で、ダメージを最小限に抑えられる。 全く、見事な戦い振りだったよ」

 アインズが嬉々として語る内容に、アルベドは一抹の不安を覚えていた。その力がもし、ナザリックに向けられたら…と。

 「ラージ・ボーン…危険な存在ではないでしょうか?」

 「アルベドの危惧ももっともだ、彼の考え方は「人間寄り」だからな。 今のナザリックの方針であれば、相対することもあり得るだろう。 その為にも、会談を行うのだ」

 アインズに向けられたアルベドの悲痛な表情、ナザリックはもとより、自分に向けられた心配の感情をアインズはしっかりと受け止める。

 「アインザックのお陰でラージ・ボーンがエ・ランテルの冒険者組合に行く日時は確定している。 あとは、それに合わせてシモベの配置と、周辺の警備だ」

 「準備、整えております」

 優秀な秘書の表情に戻ったアルベドを見て、アインズは深く頷いた。

 「ラージ・ボーンを、このナザリックに迎えるぞ。 敵の事も気がかりだが、毒を喰らわば皿までだ!」

 「はっ!」

 「…それと、後でセバスを呼んでおいてくれ、命じたいことがある」

 

 

          ●

 

 

 「こーんにーちわー」

 城塞都市エ・ランテル、敷地内になる冒険者組合の建物に若い女性のハツラツとした声が響く。掲示板で久々に仕事を探す一人の冒険者―スパンダルが声の聞こえた入口へと視線を向けると、右手を高々と挙げた藍色のマントで顔以外の全身を隠す美少女が、満面の笑顔と左手に持つ黄金の槍を輝かせていた。

 「スカアハさん!」

 別の方向から声がする。まるで親しい友人を見つけたように、美少女の名が呼ばれた。 その声に反応して、建物内にいた他の人までスカアハの名を親しげに呼ぶ。 この光景から、彼女が人気者であることは一目瞭然だった。

 スカアハがエ・ランテルの冒険者組合に現れてから数ヶ月、誰に対しても分け隔てせず、明るく接する彼女は、いつの間にかモンスターとの死闘を生業とする猛者達にとっての清涼剤、癒しの女神となっていた。

 スカアハの首にはオリハルコンの冒険者プレートが下がっていた。それが数ヶ月前まで、エ・ランテルにはいなかったほどの高位の冒険者であることを、証明している。

 今エ・ランテルを拠点とするオリハルコン以上の高位の冒険者はアダマンタイト級の漆黒の英雄モモンくらいだった。

 スカアハは笑顔を崩さないまま受付嬢に話しかける。

 「依頼された仕事、終わらせてきたよー」

 受付嬢が一瞬だけ目を丸くした。スパンダルはその理由を知っている。スカアハが一人で請け負った仕事は、ミスリル級の冒険者チームですら厄介であり、長期に渡るであろうと思われたもの。それを非常に短期間で終わらせてきたのだ。

 「お、お疲れ様でした、スカアハ様。 そういえば、お探しになられていたアダマス様がキーン村に戻られたとの連絡が入っていますが、どうされますか?」

 「え、そうなの? ありがとう、じゃあ行ってくる!」

 同じ冒険者とは言え他人の居場所を本人に無断で伝えるのは如何なものかと思われるかもしれないが、彼女はオリハルコン級冒険者、現在のところ下位にあたるミスリル級冒険者であるアダマスの居場所は伝えても良いだろうという受付嬢の判断だった。

 その話を聞くやいなや、組合を飛び出していったスカアハの後を受付嬢が見送った後、受付の奥からエ・ランテル冒険者組合長アインザックが顔を出す。

 「君、スカアハくんはどうしてあんなに急いで出て行ったんだ?」

 「スカアハ様は以前からアダマス様を探しておられまして、先日アダマス様がキーン村に戻られたと連絡が入りましたので、お伝えしたところ、あのように…」

 「まずいな…」

 受付嬢の話を聞いたアインザックは顔をしかめ、ため息を零す。何かまずいことをしてしまったのかと心配そうな顔をする受付嬢を見て、アインザックは言葉を続ける。

 「いや、君の所為じゃない。 王都での活躍から、アダマスくんにアダマンタイトプレートを授与することが決まってね。だから、今やアダマスくんはスカアハくんよりも上位の冒険者なのだよ」

 「そ、それじゃあ…」

 「いやいや、まだ正式に授与したわけではないから、それほど問題にはならないだろうし、アダマスくんの性格なら、君を責めたりしないだろう。 それより問題は、プレート授与の話を聞いたアダマスくんと彼女が入れ違いにならないかどうかなんだが… まぁ、大丈夫だろう」

 

 

 その後、アインザック組合長の予感は的中することになる。

 

 






 アルベド「あ、セバス、アインズ様がお呼びよ。 至急、執務室まで向かいなさい」

 セバス「畏まりました」

 アルベド「要件について詳しくは教えていただけなかったけれど、恐らくラージ・ボーンに関係したことでしょうね」

 セバス「おお、ラージ・ボーン様に…ですか」

 アルベド「そういえば、なんでセバスはラージ・ボーンを敬称で呼ぶの?」

 セバス「それは、私の創造主、たっち・みー様のご友人だからですよ」

 アルベド「なら、もしセンリとかいう女が現れても?」

 セバス「もちろん、敬称を付けさせていただきますよ。 それではアルベド様、失礼いたします」


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第七章 不壊の女王
一話 「レディの決意はダイヤモンドより硬い」



 【これまでのあらすじ】

 DMMO-RPG YGGDRASIL
 二一二六年に、日本のメーカーが満を持して発売したオンラインゲーム。
 爆発的な人気を博したユグドラシルは課金することで便利なアイテムや強力な装備を手に入れることができたが、頑として無課金を貫いた集団がいた。その名も無課金ギルド『アダマス』
 無課金としては最上位にある、全ギルドランキング五十位以内にまで上り詰めた『アダマス』だったが、ある事件をきっかけにギルド拠点諸共崩壊。その元ギルド長、ラージ・ボーンはギルドを失った後も「約束」を果たす為、ユグドラシルをプレイし続けていた。
 そして訪れた最終日。かつてのギルド拠点で最期の時を過ごしていたラージ・ボーンは謎の現象によって、ゲームキャラの姿―骸骨じみた姿―で未知の異世界へと転移してしまう。
 その後、成り行きで謎の騎士団に襲われていた村、キーン村を救済。それからというもの、ユグドラシルで果たせなかった「約束」を、この世界で果たそう奔走する。
 しかし、ラージ・ボーンの存在そのものが周りの人間へ災厄をもたらすと断言され、道を見失いそうになりながらも、謎の人物スズルの叱咤とキーン村村長ヴァーサの激励により復活。魔物の軍勢に襲われていた王都の危機に馳せ参じる。
 その際、アダマンタイト級冒険者モモンが神をも超越した魔術詠唱者(マジックキャスター)アインズ・ウール・ゴウンであり、かつユグドラシルプレイヤー、モモンガだという確信を得た。
 自分がこれから何をするべきか、気付くことができたラージ・ボーンは王都からキーン村に戻った後、ヴァーサに真実を打ち明かす覚悟を決める。




 

 

 城塞都市エ・ランテルより西に位置する小村。数ヶ月前までリ・エスティーゼ王国に住まう人々にとって、キーン村とはその程度の印象しかなかった。新しい村長が就任してからというもの、瞬く間に成長を遂げ、更に王都でアダマンタイト級の活躍を見せた大戦士、アダマス・ラージ・ボーンが拠点にしているとあっては、もう看過できない場所となっている。

 そんなキーン村、現在は強固な一枚の分厚い外壁に囲まれ、立派な兵舎や教会が建ち、村長とアダマスそれぞれが住まう二つの豪邸。とても「村」とは言えない地の中央広場から東に進んだところにあるアダマス邸、通称「大戦士の館」最奥にある主人の自室、丁寧に入口の扉が開かれた。

 

 「どうぞ、お入りください」

 「し、失礼します…」

 

 最初に部屋へと入ってきたのは身長二メートルを優に超える赤と白の色で構成された巨大な魔人、もとい救国の英雄アダマス・ラージ・ボーン。そして、艶やかな薄紫の長髪を揺らす褐色の美女、キーン村の村長ヴァーサ・ミルナだ。

 

 部屋の中にはキングサイズのベッド、八人は同席できる楕円形の黒檀テーブルと仕事机。アダマスが全体重をかけても余裕のある大きさと頑丈さをもつソファ。 エ・ランテルや王都で手に入れた武具、知り合いに作ってもらったと武道具等が仕舞われたウォークインクローゼット。そしてどこぞの貴族の子供の為に作られた国語の教本が目立つ本棚がある。

 アダマスは扉が閉まったことを確認すると、急いでテーブルの椅子を引いてみせる。

 「あの…ど、どうぞ」

 「ああ! そのようにお気遣い頂いて、申し訳御座いません!」

 「いや、なんというか… 女性を自分の部屋に招きいれるのは、初めてなもので…」

 ヴァーサは信仰ともいえる感情を抱く相手のエスコートに恐縮しながらも、素直に応じる。 男性であれば誰もが見惚れるような、美しく優雅な仕草で引かれた椅子に腰掛ける。

 アダマスはその向かい側に座り、手は膝の上。カチカチに固まり明らかな緊張がにじみ出ていた。

 居心地が決して良いものではない沈黙の時間が訪れる。二人の視線は下を向き、一点の曇りも無いテーブルのシミを探す。

 

 「「あのっ…」」

 

 アダマスとヴァーサは同時に顔を上げ、同時に声を発した。その後小さな「あ…」という声が室内に響く。再び、静けさがこの場を支配した。

 「アダマス様…」

 「ひ、は…はい! どうぞ」

 ヴァーサが小さく右手を挙げ、発言の許可を求める。アダマスはビクンと一度肩を震わせ、気持ちを整えてから了承した。

 「アダマス様…」

 「たぶん、後にする方が緊張すると思うので、自分は後で良いです。 ヴァーサさんから…先に、どうぞ」

 

 王都でのヤルダバオト襲撃事件の後、二人はお互いに秘密を明かすことを約束していたが、なかなかお互いに腹が決まらず、無為な時間を過ごしていた。

 そんな折、エ・ランテルの冒険者組合から王都で活躍したアダマスに対し、アダマンタイトプレートの授与を行いたいという連絡が入る。 一度エ・ランテルに向かえば暫くは帰ってこられないと思った二人は、アダマスの出発前夜、ついに胸の内を明かす覚悟を決めた。

 発言の許可を得たヴァーサが俯きながら、一つ一つ確かめるように言葉を紡ぎ出す。

 自分は法国で拾われた孤児であり、予言者と名乗る人物に拾われ、ヴァーミルナという名前を与えられる。魔術詠唱者(マジックキャスター)として育てられたヴァーミルナは期待された以上の成長を遂げ、アダマンタイト級冒険者に匹敵する実力を身につけ、その力を非道なことにも使用してきたが、その度に心を痛めて続けてきた。

 そんなある日、予言者からリ・エスティーゼ王国国境の村、キーン村を治めるよう指示を受ける。 予言者の指示通り数々の実験をこなし、魔物が村に近付くようであれば排除もした。 村人の仕分け、農耕の改新、他にもいろんな施策を実施。どれも革新的で、村はどんどん立派に、豊かになっていった。

 ヴァーミルナは予言者の指示に、ある違和を感じていた。 それは、予言者の村に対する指示がまるで「ゲーム」をしているかのように、客観的過ぎたこと。 非情に徹しきれないヴァーミルナに実験場所を管理させたのも、それが理由だろう。 村人一人一人の気持ちを全く意に介さず、人間の能力にのみ焦点を当て、合わせた仕事を斡旋する。 住居や産業地帯の区画整備も合理性だけを追求し、取り壊しと構築を繰り返した。 その究極が、あの「間引き」だった。

 「間引き」はもともとスレイン法国の中で計画されていた内容にいくつかの追加点を盛り込んだものであり、国境付近の村を帝国の兵を装って襲う。 近隣のカルネ村も標的となっていたが、このキーン村は別の目的があった。 文字通り「間引き」だ。 外部からの移民をいくら制限しても、食糧事情が逼迫しない村では人間が一方的に増え続ける。 そうなれば、予言者曰く「無駄な人間」が多くなり、食糧や時間、場所を浪費すると予言者は話していた。

 村長を含めた「有益な人間」を予め村の外部へと動かし、その間に騎士が村を襲う。 間引きが行われた後、騎士団は撤退。カルネ村を襲った騎士団と分けられていた理由は、目的が違う為だ。最悪でも、キーン村を襲わせた部隊の隊長を切り捨てれば村の領主である王女を介して丸く収められる手筈を整えている。 その為にジャランという「無駄な人間」と言える貴族を飼い慣らしていたのだ。

 ヴァーサはテーブルの上で組んだ両手指に力を込めながら、なるべく冷静に、淡々と語った。アダマスに対し、自分はあくまで命令されていただけだと、同情を買う為に伝えたわけではないのだから。

 相手の性格を考えると、涙を流せば優しく接してくれるだろう。 声を震わせれば心配してくれるだろう。 しかし、そんなものが欲しいわけではなかった。ヴァーサは自分の知る全てを伝え、アダマスという優しくも神の如き力を携えた人物に、この村を守ってもらう為。

 予言者の邪悪な思惑によって弄ばれ、散らされる不幸な命を、これ以上増やさない為に。

 赤白(せきびゃく)の大戦士は、ヴァーサが語る間一言も口を挟まず、ただ真っ直ぐに見つめてくれていた。

 女はそれを嬉しく思い、そして、これから親愛なる人物によって罰せられるであろう自分自身の幸福を呪った。

 「…これが、私の話せる全てです…… キーン村と、カルネ村を襲った騎士達に国境を越えさせたのも、私。 村の皆も、アダマス様のことさえ、騙し続けていたのです…」

 あまりにも真っ直ぐなアダマスの態度に、耐えられなくなったヴァーサは顔を伏せてしまう。どのような叱咤も受ける覚悟をしていた女は、相手から返ってきた言葉に、目を丸くした。

 「…ありがとう、ヴァーサさん。 あ、ヴァーミルナさんって呼んだ方が良いのかな? じゃあ、自分の番ですね」

 「え?」

 「え?」

 

 ヴァーサは一番予想していなかったアダマスの反応に、何も考えられなくなる。怒られるのではないか、それとも唯々優しく慰められるのか、何がしかの反応か、感情の言葉が返ってくると思っていたが、実際は「特になし」だった。 腑に落ちなさ過ぎて、ヴァーサはその反応に対し追及する。

 「あ、アダマス様? 私は…私のせいで多くの人が…」

 「え、いや…やっちゃったものは、しょうがないんじゃないですか?」

 「は、え? でも…」

 「だって、ヴァーサさん、後悔してるんですよね?」

 「………はい」

 

 アダマスはいつもの口調だった。今の相手だけを見て、思ったことだけを言葉にする。 過去には一切拘らず、己の外道を恥じる女の心だけを見つめて。

 「後悔している人に、それ以上自分は何もしませんし、直接被害を受けたわけではないので、あなたを罰する理由もありません。 確かに、母親を亡くしたエマさんが知れば、別の感情を抱いたかも知れませんが、自分にはエマさんがソレを知る必要性も感じられません。 大事なのは、これからあなたがこの村に対してどのように向き合ってくれるか…です」

 「私が…この村に…」

 「多分ですけど、奪った命の数で言うなら…自分の方が上です。 この村を襲っていた騎士、村の近くに現れた大鬼(オーガ)、王都で遭遇した暗殺者、そして今回の魔物達、どれも自分に対して襲ってきたワケでもないのに、横槍を入れて、しかも奇襲で殺しました。 さて、ヴァーサさんと自分、どっちが「悪」でしょう?」

 「それは…」

 「少なくとも、自分にヴァーサさんを責める理由も資格もありません。 ただ、言えることがあるとしたら… 先程言った通り、ヴァーサさんがこの村と、今後どう向き合っていくのか、どう向き合っていきたいのか、しっかり考えてほしいんです」

 ヴァーサの瞳に生気が宿る。アダマスに懺悔することで、終わると思っていた自分の将来を考えても良いと、神が言う。 正に、ヴァーサにとって天啓だった。 悲しみや、苦しみではない、熱い感情がその(まなこ)から溢れ出す。

 「私は…村の皆を守りたい。私のことを信頼してくれている皆の心に応えたい」

 「自分も同じです。 だから、これが自分の…あなたへの信頼の証です」

 そしてアダマスは両手でゆっくりと、自身の頭部を隠していた面頬付き兜(フルフェイスヘルム)を取り外す。

 中から皮も肉も、眼球すらない骸骨の頭部が曝け出された。

 その眼窩には、微かな青い炎が揺らめいている。

 「あ、アダマス様…」

 ヴァーサは唖然とした。ガゼフと相対した時に、確かにアダマスの人間の顔を見ていた為だ。口元に手を添えながら、頭の中を駆け巡る思考の波動を何とか落ち着かせようとする。

 その間もアダマスは言葉を続けた。

 「ガゼフさんと会った時の顔は、マジックアイテムを使用しました。 ただ、効果は丸一日な上、数にも限りがあるので、使用を控える意味でも兜を被ったままだったんですよ」

 「アダマス様…あなたは…いったい…」

 「見ての通り、アンデッドです。 生者を憎み、滅ぼすことしか考えていないとか言われてる、アンデッドの…男です」

 「でも、アダマス様は…私達を救ってくださいました。 それに、王都でも…」

 「はい、どちらかと言うと、アンデッドよりも考え方は、人間寄りかなとは思っていますが… 人を殺しても何も感じないところとか、やっぱりアンデッドなんだなーって思います」

 「まさか、元々は…人間で、その時の記憶も感情も残したまま…アンデッドに?」

 「…たぶん、そうだと思います」

 「なんという…」

 ヴァーサはアダマス本人も、自分の置かれた状況を完全には理解していない、という言い方だと感じた。何故アンデッドになったのか、何故強大な力を得たのか、そして、その力をどう振るえば良いのか。

 神と仰ぐ人物が、これほど不安定な立場にいる等と想像もしていなかった。彼が時折見せる不安感や、緊張感は「根」を持たない人間のそれだった。 もしくは、失ったのか。 ヴァーサは男が見せた最大の「弱さ」に対して、言葉に出来ない愛おしさを感じていた。

 「アダマス様!」

 「あ、は、はい!」

 涙を拭った女は折れかかっていた心と姿勢を整え、アダマスを熱い眼差しで見つめながら訴えた。

 「私に、アダマス様に忠誠を誓うことをお許しください」

 突然の言葉に戸惑うアダマスを前に、ヴァーサは椅子が倒れる事もお構いなしで勢い良く立ち上がる。そして、相手の目の前まで進み、跪く。

 「この身、この魂の全てを御身に捧げます」

 胸に右手を添えて、拝礼とも言える程に深々と頭を下げる。

 「予言者等と名乗る偽りの救世主より、私にとってはアダマス様こそ真なる神であり、最愛の人! アンデッドであったとしても、この想いに…」

 「ちょっと待ってください! ヴァーサさん…」

 際限なく勢いを増していた女の、先程までとは異質な告白をアダマスは言葉で制止した。ヴァーサの無念の表情を見て、アダマスは自分の言葉を勘違いされたことを認識する。

 「あの、ヴァーサさん…その、そういうのは…嫌とかじゃなくてですね…。 たぶん、自分の持つ力の所為なんですよ、きっと…」

 「どういうことでしょうか?」

 不思議そうに小首を傾げるヴァーサに対し、アダマスは居た堪れなくなりながら説明する。

 「自分には、恐怖状態の人の心を正常な状態に戻したり、周りの人の能力を向上させる力があります。 それはきっと、自分本来の魅力以上に周囲から慕われたり、想われたりするんだと思います… だから、今ヴァーサさんが自分に対して抱いている感情は…」

 その続きは何と言えば良いのだろう。このまま続ければ続けるだけ、情けなくなる自分が容易に想像できたアダマスは口ごもってしまう。ちらりと窺ったヴァーサの表情は、優しい微笑みを浮かべていた。

 女は笑みを称える口を開く。

 「それは、程度の問題ではないでしょうか?」

 「程度…ですか?」

 「はい。 アダマス様は、その力によって得た信頼や愛情を、偽りのように話されましたが、私はそうは思いません。 顔の美しい人、身長の高い人、力が強い人、博識な人、世の中には様々な魅力があります。そして、アダマス様がもつ、そのお力も、その一つでしかないと思うのです」

 「そう…なんですか?」

 「はい! その力を含めて、アダマス様の魅力なんです。 何より私は、アダマス様が持つ強大な力を自分の為だけでなく、この村や国の民を守る為に使ってくださった事が、とても嬉しいのです。 その事実は、アダマス様が話された力と、あまり関係がないと思いませんか?」

 「そう言われると…そうかも」

 アダマスは顎に手を添えながら、言いくるめられたような気分になりながらも、正直悪い気はしなかった。 むしろ、ここまで自分自身を全肯定されたのは久々だった為に、いろんな意味で心が傾いている。

 畳み掛けるようにヴァーサは続ける。

 「重要なのことはひとつだと思います」

 続きをまつアダマスに、ヴァーサは寂しげに言葉を紡いだ。

 「ご迷惑でしょうか」

 アダマスは口を開けてヴァーサの顔を眺める。言葉が脳に――あるとは思えないのだが――染み込むにつれ、何を言いたいかが理解できた。だからこそ慌てて弁明を図る。

 「い、いえ、そんなことはありませんよ」

 ヴァーサほどの美女に愛されて不足は何もない。

 「ならよろしいのではないでしょうか?」

 「……えー」

 強引な押しは嫌いではないけれど。アダマスはそう思いながらも、うまく言い返す言葉が生まれてこない。

 「ならよろしいのではないでしょうか?」

 再び繰り返すヴァーサに、アダマスの心は完全に折れた。諦めでも妥協でもない、納得の溜息が溢れる。

 「そう…ですね。 じゃあ…改めて、これからもよろしくお願いします。 …ええと、何とお呼びすれば?」

 「私はアダマス様のシモベとなるのですから、そのような敬語はもう良いのではないでしょうか? あと、お好きにお呼びください。もともと私は名無しですので」

 「うんん~…じゃ、やっぱりヴァーサで。 呼び慣れてるのもありま… あるけど、なんとなく、イメージに合ってるとも思うし」

 「かしこまりました。 よろしくお願いいたします、アダマス様」

 ヴァーサは再び深々と頭を下げる。

 

 






 アダマス「ええと、村の皆には…自分達の関係をどう説明すれば…」

 ヴァーサ「アダマス様さえよろしければ、夫婦…など、いかがでしょう? であれば、敬語がなくなったことも説明がつきます」

 アダマス「さすがにそれは…」

 ヴァーサ「ご迷惑でしょうか?」

 アダマス「そういうわけじゃなくて… 夫婦なんて言ったら、周りに気を使わせてしまうよ?」

 ヴァーサ「よろしいのではないでしょうか? むしろ、それが目的…」

 アダマス「何か言った?」

 ヴァーサ「いいえ、何にも!」



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二話 「さよならは夜明けの夢に」


 互いに全てを打ち明けたアダマスとヴァーサ。

 そして男たちは遂に出会う。




 

 

 アダマスは本来、リアルではどこにでもいる一般人だった。せせこましい我が家を懐かしみながら、この部屋は自分の身の丈に合ってないと思い、村長からあてがわれた自室を眺める。 豪華な装飾やフカフカのキングサイズベッド、重厚な作りのテーブルや家具、そして目の前で己に忠誠を誓い、跪く美女。 全てが相応しくないと考えてはいても、受け取った以上は責任を取らなければならない。 シンプルでありながら気品を漂わせる木製のダイニングチェアに体重を掛け直し、ひとつ心の中で溜息を零す。

 「ヴァーサ、一度これからの事を整理する為に、一人になりたいんだけど、良いかな?」

 アダマスは椅子に座ったまま膝の上に肘を乗せる形で前かがみになり、なるべく優しい口調を心がけながら、美女に声をかけた。 ヴァーサは真っ直ぐに見返し、美しい微笑みで言葉を返す。

 「畏まりました。 御用がございましたら、いつでもメッセージでお呼びください。 もちろん、御用がなくても大丈夫です!」

 「あ~…うん、ありがとう」

 骸骨の顔では感情が表に出ないことに度々感謝を覚える。 処理し切れない状況の荒波に人間の面があれば、苦笑を浮かべていたことだろう。

 

 アダマスはヴァーサを見送った後、自室に入った時から感じていた気配に声をかける。

 「キーン村だけは守る。これが自分の出した答えだよ、監視者」

 アダマスが腰掛けていた椅子とテーブルを挟んだ真正面、先程までヴァーサが座っていた場所に白い人影が現れる。身長や体格は成人女性の平均程度、白くぼんやりとしたシルエットだけが認識できるその人物は足を組んで、膝の上に手を乗せている。 この世界に転移してから度々目の前に現れ、重要な事を伝えてくる人物との遭遇にアダマスは意識を引き締める。 すると、輪郭しか見えない相手の口が開いた気がした。

 「監視者。 そういう呼ばれ方をするとは思ってなかった」

 「何となく、君が誰なのか察しがついてきたけど、便宜上そう呼ばせてもらうよ。 まだ、NPCの可能性もあるから。 しかし、前はブリタさんの姿で現れたけど、今回は…それなんだね」

 「ここでは、他人の姿を借りる必要がないから。 でも、あなたの目の前に本当の姿を見せられない。 見せる資格は、私にはない」

 監視者が己に対して何か罪悪感のようなものを抱いているのではないか、アダマスはそんな気がした。 自分の前に、本来の姿では現れることができない理由を聞く前に、白い影が言葉を続ける。

 「『敵』の目の届く範囲であるこの地で、何かを守るということは、一番難しい道を歩むことになる。」

 「むしろ『敵』がいるのなら、ここでやるべきだと思う。 それが『アダマス』のギルド長としての、務めだから。 そして、何をしたいとか、どうなりたいとかじゃなく、自分がこれから行うべき行動はわかってるつもりだよ」」

 白い影が前回会った時に伝えてきた『敵』とは、アダマスに対して恨みを持ち、その全てを奪おうとする存在。 余りにも非合理的で感情的な危険性は、一度アダマスがこの地から遠ざかろうとするきっかけにもなったが、二人の女性と交わした「約束」と、『アダマス』としての誇りが前に進む力を貸してくれた。 アダマスが新たな決意を固めていると、白い影から諦めたような声が聞こえる。

 「あなたがそう言うのなら、私はその中で、あなたを守る」

 「ありがとう、君が誰なのか、確信が持てたよ」

 「二百年経っても、失えなかったものが、私の心の中にある」

 二百年という言葉に、アダマスは引っかかりを感じた。現在自分がユグドラシルと関わっているであろう人物、アインズ・ウール・ゴウン、そしてスカアハの両名はアダマスが転移した時期と、この界隈に現れた時期がそれ程離れていない為だ。 この内容に関して質問をせずにはいられない。

 「対面で話せる今だからこそ、いろいろ聞いておきたいんだけど、良いかな?」

 「どうぞ、私もまだやらなければならないことがあるけれど、時間の許す限り、答える」

 監視者がやらなければならないことに対しても興味を引かれるが、アダマスは一つ一つ順番に尋ね始める。

 「先ず、二百年前に…君は現れたのかい?」

 「そう。 この世界で、私が現れてから二百年の時を経験した。 でも、『敵』は更に、三百年前からこの世界に存在していた。 私がこの地で『敵』の存在を知った時にはもう、私達の力ではどうしようもない程に、力を手に入れていた」

 聞けば聞くほど疑問が増える事態に困惑しながらも、アダマスは質問を続ける。

 「私達とは… 君には仲間がいるのかい?」

 「それは、答えられない」

 「んん、時間がないってさっき言ってたから、答えられない質問をするのも惜しいし、気になるけど他の質問をさせてもらうよ」

 アダマスは次の質問を相手にぶつける為、大きく深呼吸する。眉間の辺りに力を込めて、口を開く。

 「最近噂になってる冒険者、スカアハは…センリさんなのかい?」

 

 白い影から直ぐには答えが返ってこなかった。監視者も答えを出しかねている様子をアダマスが感じ取っている中、十数秒かけてやっと返事が聞こえた。

 「たぶん違う。 転移の条件は完全に判明したわけではないけど、ユグドラシルに最後まで居たことと、世界級(ワールド)アイテムが関係していると推測する。 だから、最期の瞬間に存在し得ない彼女が転移した可能性は極めて低い。 それは、あなたの方が分かっているはず」

 「センリさんのことは内緒にしてたんだけど、君は知ってたんだね。 それにしても、ユグドラシル時代『影の女王』という異名を持ち、センリさん自身も『ケルト神話の女神スカアハ』をモデルにキャラメイクしてたこともあるから、『冒険者のスカアハ』がセンリさんと無関係だとは考えにくいんだ」

 「誰かが作ったNPCの可能性もある。 もうあなたは逢ってるけど、あの吸血鬼(ヴァンパイア)はNPC。 もしスカアハがキーン村へ近付いたらトラップが発動する対象にしている。 ユグドラシルに関わるものであれば、気付いて引き返してくれると思う」

 相手の言葉でアダマスはようやく、自分がキーン村に現れて以降、陰ながら村を守ってくれていた存在が誰なのか理解した。 賞賛を求めようとしない監視者への感謝の気持ちを心に秘めながら、これからの自身の行動を伝える。

 「自分はこれからモモンさんに会うよ。丁度エ・ランテルに行く用事もあるから。拠点にしてる場所も知ってる。 それと、あの晩に君が彼に会うなって忠告してくれた理由は分かってるつもりだよ、でも…」

 「大丈夫、あの人については私も勘違いしていた部分もあるから」

 「結構DQNギルドとしても有名だったからね、自分もたっちさんから話を聞いてなかったら、警戒していたと思う」

 ずっと自分の身を案じてくれていた相手に対し、アダマスは言葉で表さず、深く頭を下げることで感謝の心を示した。 それを見た白い影は立ち上がり、時間が来たことを告げる

 「そろそろ行かなければならない。 あなたがここに残る可能性を考え、まだ半分程度ではあるが保険を用意している。 これから後の半分の準備をする。 うまく発動する保証はないが、何もしないよりはずっと良い。 言い訳になるけど、その為に王都には行けなかった」

 「そうだんだ。 もしかしたら『敵』にやられたんじゃないかって、心配していたんだ」

 「……ありがとう。 心配してくれて。 そして、さよなら」

 影も気配も完全に消した相手に、アダマスは手を振り旅路の無事を祈る。 全く何も感じられなくなったことに対して、自室に入ってきた時は、こちらにわかるようにしていたんだと気付く。 監視者が別れ際に残した「さよなら」という言葉に言い得ない悪寒を覚えた。 まるで、もう二度と会えないのではないかと思わせる程に強く、悪い予感だった。

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

 アダマスはエ・ランテルの冒険者組合長、アインザックから連絡を受けていた時間通りに組合を訪ね、無事にアダマンタイトプレートを授与された。 その際に、アインザックからスカアハがキーン村に向かい、擦れ違っていないかと尋ねられたが、会うことは無かったと答えた。

 スカアハが『敵』と繋がっていたり、村に害を及ぼす存在であるとは思えないが、監視者の言葉を信じれば彼女は村に近付けないらしいので、アダマスはアダマンタイト級冒険者、そして自分がこれから会うべき対象であるモモンに会うことを優先する。 丁度、受付でモモンから名指しの依頼を受けたので、アダマス指定された場所、自分がこの世界に転移した場所に向かうことにした。 道中、王都での会話から、改めて話をする為にモモンは依頼を出したのかと考えたが、依頼が組合に入ったのはアダマスが王都へ向かう前だった為に、随分と待たせてしまっていると、一歩一歩足を進ませる度に罪悪感が増していった。

 

 アダマスは人気の無くなった時点で魔法を発動させ、エ・ランテル出発から半時も使わずに依頼にあった約束の地に到着する。

 始まりの場所。 本当に何もないただの草原が地平線の見える程に広がる場所。 そこには誰も居なかった。 しかし、友人の言葉から相手を知っているアダマスは、何か魔法的なもので監視をしていて、自分が着いていることを認識すれば、それ程待たされることはないだろうと考える。

 案の定到着から数十秒もないタイミングでアダマスの目の前に魔法による転移門(ゲート)が現れた。

 

 闇で出来た門から現れた存在は、まるで“死”を具現化したような存在感を纏っていた。 白骨化した頭蓋骨の空虚な眼窩(がんか)には、濁った炎のような赤い揺らめきがある。 肉も皮も無い、骨の手には神々しくも恐ろしい、この世の美を結集させたような(スタッフ)を握りしめていた。

 「はじめまして、アダマス・ラージ・ボーン殿。 私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。 アインズと親しみを込めて呼んでいただければ幸いです」

 

 

 






 アルベド「デミウルゴス、アインズ様周辺の監視と防衛は十分かしら?」

 デミウルゴス「もちろん、抜かりなく」

 アルベド「よろしい。  …それにしても、セバスはどこへ?」

 デミウルゴス「アインズ様の命で再び外に出たとは聞いていますが、極秘とのことで、教えていただけませんでした」

 アルベド「極秘任務とは… 名誉なことね」

 デミウルゴス「まったく、実に羨ましい」


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三話 「センチメンタルを捨てた人」


 エ・ランテルでアダマンタイトプレートを授与されたアダマスはその足で、冒険者モモンが指定した場所に赴く。 そこに現れたのは、死の超越者にしてナザリック地下大墳墓絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウン、その人だった。



 

 自身が持ち得る最高の装備、赤と白を基調とし、黒とベージュのラインで彩られた神をも喰い殺す魔獣を模して作られたような全身鎧(フルプレート)を身に纏い半球状の大きなドーム型の部屋に到着したアダマスの前には、巨大な扉が鎮座していた。 扉の右側には女神の、左側には悪魔の彫刻が異様な細かさで施されている。 周囲を見渡せば、禍々しい像が無数に置かれている。

 「これが…あのナザリック地下大墳墓。 すごい…」

 アダマスは上位ギルドとして有名だったギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が拠点内部の荘厳な装いに、感嘆の呟きを漏らしてしまう。 自分がギルド長を務めていたギルド、『アダマス』の拠点である地下都市ゴートスポットも自慢できる広さではあったが、ナザリック程隅々まで装飾が行き届いていたわけではないし、都市中央の聖殿以外殆ど手付かずだったことを思い出す。 流石はアインズ・ウール・ゴウンと感動していると、横から上機嫌な声が聞こえてくる。

 「はははは… そうか、以前にこの世界の住人を招き入れた時も褒められたが、ユグドラシルプレイヤーであり、たっちさんの友人である君にそう言ってもらえると、また違った嬉しさがあるな」

 このナザリック地下大墳墓絶対支配者、モモンガ――今は故あってギルドの名を名乗る人物の朗らかな笑い声だった。 頭部には見事な王冠のようなものを被り、豪華な漆黒のローブを纏っている。 指にはいくつもの指輪が(きらめ)く。 アダマスはまるで遊園地に連れられた子供のように心を躍らせる。

 「正直、どれくらい課金したのか聞くのも怖いくらいですよ。 それと、凄く丁寧に作りこまれてる、特にあの像なんか…」

 「仲間達と共に築き上げた、ナザリック地下大墳墓。 そこに住まうNPCも含めて、全てが私の宝だよ。 すまないアダマス、中で部下を待たせていてね、そろそろ扉を開けたいんだが…良いかな?」

 まるで子供のように(はしゃ)いでしまった自分を恥じながら、アダマスは深く頷いて了承を示した。 この場所に着くまで、アインズと打ち合わせしていた事を反芻する。 自分とほぼ同時期にこの世界へとNPCを除き一人で転移したギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長、モモンガはもしかしたら転移しているかもしれないかつての仲間達やユグドラシルプレイヤーを探す意味を含め、アインズ・ウール・ゴウンと名乗ることにした。 心を持ち、アインズに絶対の忠誠を誓うNPC達の期待に応えるため、支配者としての演技をしていることも道中で聞いていたアダマスは、自分もなにか演技をするべきかと尋ねたが「打ち合わせどおりにやってくれれば、他の口調などはそのままで良いよ」と言われたが、雰囲気に合わせる努力はするべきだろうと思った。

 

 「さあ、行こうか」

 アインズが支配者らしい態度でアダマスに声をかけた。ただし、若干の緊張感を含んでいる辺りに本人の真面目さを感じて、アダマスの緊張が少しだけ解れる。 アダマスはアインズの隣に立ち、姿勢を整える。 打ち合わせ通りに。 

 「はい、アインズ殿、よろしくお願いします」

 アダマスの返事を待っていたかのように、重厚な扉は誰も手をふれていないのにゆっくりと開いていく。

 視界に飛び込んできたのは広く、天井の高い部屋だった。壁の基調は白。そこに金を基本とした細工が施されている。

 天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っていた。 壁にはいくつもの大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。

 玉座の間に相応しい赤い絨毯の上に足を踏み入れた瞬間、アダマスはその左右から騒めきを感じた。 一〇〇レベル級の能力を持ったNPC達だ、悪魔、吸血鬼(ヴァンパイア)、二足歩行の昆虫、双子の闇妖精(ダークエルフ)、そして玉座の横に立つ淫魔。 アダマスはざわつきの理由を理解している、アインズからも(あらかじ)め教えられていた事があるからだ。 ナザリック地下大墳墓、絶対支配者であるアインズ・ウール・ゴウンは神をも超えた超越者であり、それ以上の存在はもちろん、並ぶ者すら有り得ないとNPC達は信じ切っている為に、最初のインパクトが大事だと。 彼らの目の前に現れる時、アインズとアダマスが並んで部屋に入る姿を見せることで、二人は同格の存在であると知らしめる必要がある…との事だ。

 ただ、その重要性は理解したが、居心地の悪さまでは拭えない。 誰がどんな意図を持っているにせよ、無言で見つめられるのは、正直…キツい。

 そして、アダマスを緊張させるもう一つの理由、それは以前に遭遇した吸血鬼(ヴァンパイア)、シャルティア・ブラッドフォールンが居た為だ。 これもアインズから、これから会う守護者なるNPCの情報を教えてもらった時から気付いていたことではあるが、直接攻撃したわけではない上に、円満に戦闘を避けたとはいえ、ダメージを与えた相手を前にすると自然と緊張してしまう。 しかし、アダマスは足を進めながら横目にシャルティアを見やるも、まるで相手は自分のことを覚えていないような雰囲気を出している。 数々の疑問や葛藤を振り払い、アダマスは階段の手前で足を止める。 並んで歩いていたアインズはそのまま進み、水晶でできた玉座に支配者らしい仕草で腰を落とす

 「よく来てくれた、我が友、アダマス・ラージ・ボーン殿」

 アインズの声に再び守護者達がざわついた。 それもそのはず、アインズが友と呼ぶ存在は本来、『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーである――NPC達が至高の四一人と呼ぶ存在――四一人のプレイヤーだけだからだ。

 「――騒々しい。静かにせよ」

 支配者に相応しい威風堂々たる態度でアインズが手を振るう。

 長い時間と想像を絶する練習量から、その身に覚えさせたと感じさせる動きだった。 恐らくこの場でそう思っているのはアダマスだけだろうが、その涙ぐましい努力に感動を禁じ得なかった。

 (――アインズさん、あなたは最高の主人です。 自分はただ流されるばかりだったというのに)

 「お招きに与り恐縮の至り。 被帽の無礼という言葉もある、この兜を取ってもよろしいかな?」

 「おお、皆にその姿、見せてくれるか」

 アダマスは勿体付けるようにゆっくりと、その左右の装甲から大きな牙を生やす兜を外し、右の脇に抱える。 また守護者達が騒めく。 アダマスは度々起こる事態にだんだん楽しくなってきていた。

 騒然となる理由は明らかだった。 それは、アダマスが曝した肉も皮も無い、骸骨の頭部が、神代の聖域であるナザリックの王にして死の超越者、アインズ・ウール・ゴウンのそれに瓜二つだった為。 違いは眼窩の奥に宿る灯火の色が赤か青かくらいだ。

 

 「か、カッコイ…うぎぃ!」

 戸惑いを隠せないでいた守護者達の中でも一人だけ異質な嬌声を上げていた銀髪の少女が隣にいた闇妖精(ダークエルフ)に蹴りを入れられたようだった。

 「……守護者よ、我が声を聞け。 これより、ナザリックはアダマス・ラージ・ボーンと同盟を結ぶ。 以後、彼のことは賓客として扱うのだ」

 多くの凛々しい声が聞こえた。 アインズが守護者達の心をしっかり掴んでいると確信させるに足る声だった。

 その声に満足したように、アインズは再び口を開く。

 「さて、この後の話は私の自室で行う。 皆にはすまないが、アダマス殿と私、二人だけの…極秘で行いたいことなのだ」

 「畏まりました。 では私はドアの外で待機いたしますので、御用の折はいつでのご連絡ください」

 玉座の横で佇んでいた白いドレスの絶世の美女が(かしず)く。

 アダマスはその仕草を見て、不思議とヴァーサの事を思い出していた。

 

 

          ●

 

 

 「ここが私の部屋だ…強力な魔法がかかっている為、情報が外部に漏れることはまずないと思ってもらって大丈夫だ」

 アインズの自室に招き入れられたアダマスは、豪奢な内装を見てアンデッド特有の精神の安定化が訪れる程に感動していた。

 「はー… 流石に緊張しました。 道中話には聞いてましたけど、本当にギルド拠点ごと転移したんですね」

 「俺も驚いたよ。 ユグドラシルサービス終了時刻になってもログアウトできないわ、GMコールもできないわ。 NPCは自分で考えて行動できるようになるし、本当に、アンデッドでなかったら胃に穴が空くような事態が何度あったことか」

 アインズは玉座の間に居た頃とは打って変わって気さくな話し方をアダマスに向ける。 魔法でソファの位置を黒檀の机を挟んで対面式になるよう移動させ、部屋の奥側に置いたソファに腰掛けた。 アダマスも促されるまま正面のソファに座る。

 「さてと、どこから話そうか…お互いに聞きたいこと、伝えなければならないことが山ほどあるはずだから」

 アインズが「ふむ…」と顎に手を添えて考えこんでいるのを見たアダマスは、右手を小さく上げてから口を開く。

 「じゃあ、自分からで良いですか? まず、エ・ランテル冒険者組合に自分宛に依頼を出してくださってたのに、大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」

 アダマスは座ったまま、深々と頭を下げる。 その様子にアインズはやや困った様子で掌を見せながら言葉を返す。

 「いやいや、あの状況じゃ仕方ないさ。 それに、王都でもゴタゴタしてたから… そもそも、その件もナザリックが起こしたことだし…」

 気まずそうに顔を背け、頬骨を掻きながらアインズは打ち明けた。 王都での魔物襲撃事件、その主魁である魔王ヤルダバオトは先程紹介した守護者の一人デミウルゴスであると。

 「あの時、アインズさんの横にいた悪魔ですよね。 お陰様でアダマンタイトプレートも手に入りましたし、サンブレイズとの戦闘は、良い肩慣らしになりました。 結果的にキーン村に被害が及ばなければ、自分は構いませんよ」

 「随分と…割り切ったんだな。 少し前とは大違い、何かあった?」

 先日スズルと名乗って彼を叱咤したアインズは、その頃との様子の違いに驚いていた。

 「その…いろいろです」

 「まあ、男が変わる理由なんて、知れてると思うけど」

 アダマスは上機嫌にからかってくるアインズに対して、聞くべきことを思い出す。

 「アインズさん、先程…同盟って言ってましたけど、具体的にどういうことですか?」

 「ん、どこから話そうか…。 アダマス、俺はね、亜人や人間が共存、共栄して暮らせる国を作りたいんだ。 その為に、君に協力してもらいたい」

 アダマスはアインズの語る言葉に耳を傾けた。

 既に蜥蜴人(リザードマン)の集落を配下に治め、平和的統治が進んでいる事。 そして先日のヤルダバオト事件は腐敗した王国内部の掃除の一環だという事。 ナザリック防衛実験を終え、着々と建国の準備を始めている事。 決して全てを語っているとは言えない内容でも、アダマスを十分納得させるに足るものだった。 それは、かつての友人である、たっち・みーが『モモンガ』という人物はどれほど他人への思いやりを持った存在なのか教えてくれていた為だった。

 「わかりました。 キーン村の皆も分かってくれると思います。 村長は自分がアンデッドだということを知っても、慕ってくれる気持ちを変えずにいてくれましたから」

 「そうか… ありがとう、アダマス。 じゃあ、俺からいくつか質問しても良いだろうか?」

 アダマスは無言で頷き、了承を示す。

 

 「ん、先ずはキーン村を囲う高レベルトラップを仕掛けた人物の事なんだが…。 アダマスの存在を確認してから、君に何度か接触を試みようとしたんだけど、その人物に何度も邪魔をされてね。 こんなに時間がかかってしまったわけなんだが… 一応、あのトラップの性質までは分かったよ。 恐らくレベル二五以上の存在に対して発動する転移トラップだ。 しかし、性質以上にこちらが気にしていたのは、トラップを仕掛けた人物が…… ギルド『アダマス』を崩壊させた人物じゃないかということなんだが」

 「ああ、それ違いますよ」

 「え?」

 

 アダマスの即答に驚いたアインズは迂闊な声を出してしまう。 ナザリックとしては、高レベルトラップ使い『キャンサー』こそ、『アダマス』を崩壊させる原因を作った人物であり、他のギルドにも入り込みスパイ活動を行うことで、プレイヤーに対する信頼を落とさせ、『アインズ・ウール・ゴウン』が四一人以上増やさなかった理由にもなった相手。 …として調べていたのだから。 しかし、キャンサーがアダマスに直接話しかけたのを聞いてから、その予想に揺らぎが生じていたのもまた事実。 アインズは詳しく聞くべきと身を乗り出して尋ねる。

 「アダマスは… 誰がスパイだったのか、知っているのか?」

 「ええ、まあ…一応、ギルドマスターでしたから。 ギルドの中で起きたことは、全部把握してます」

 「なんと… だが、キャンサーは…」

 「キャンサー? ハサミ? え、まさかトラバサミくんがスパイだって疑われてたんですか? まあ、そう誘導するようなやり方でしたけど」

 アインズは両手で顔を覆わずにはいられなかった。 自身がまんまと『真のスパイ』のミスリードに乗ってしまっていたことに。 アインズはスパイが公開した情報で改竄された三人、センリ、ラージ・ボーン、そして『名前の一部だけ判明している人物』だと予想していた。 その判明している部分、「ハサミ」から「キャンサー」と名付けたというのに。

 「アダマス、教えてくれないか? 何故スパイはそんなミスリードを?」

 「もちろん、自分が犯人であるという疑いの目を逸らす目的があったんでしょうけど、それともう一つ… ラージ・ボーン、自分への怒りです」

 「怒り?」

 「はい、犯人は自分によく懐いていたトラバサミくんを犯人に仕立て上げる為、トラくんと自分のデータをわざと改竄して公開しました。 そして、センリさんのデータを書き換えた理由は…」

 「人間は感情で動く生き物…か」

 アインズは気付いた。 『真のキャンサー』はセンリに異常な執着を持っていて、その後を引き継いだラージ・ボーンに対し、怒り、本来自分が継ぐはずだった『アダマス』を崩壊させた上、疑いの目を逃れる為に別の人物を用意した。 その中でも、センリのデータまで改竄したのは、結局その者も人間だったということだろう。

 「スパイが書き残した、ギルド長の為… とは、先代ギルド長であるセンリの事を指していたのか…」

 「その通りです、アインズさん。 そして、村と自分を守ってくれていたのが…」

 「…トラバサミ、忍者のクラスを所持した『高レベルトラップ使い』…」

 アインズの頭の中でバラバラだった情報の点が一つの糸で結ばれていく。 ただ一つの疑問を除いて。

 「では、そのスパイとは…?」

 「―それは…」

 

 アダマスは答えを詰まらせる。 言うなれば身内の恥であり、何より解決できるなら自分一人で解決すべきだと考えていたからだ。 しかし、もし…自分に恨みを持つ人物である『敵』の正体が『真のキャンサー』なら、自分と関係を持ったアインズに危害が及ぶ可能性は大いに有り得る。 決意を固め、口を開く。

 「ユグドラシル時代、赤錆と名乗っていた…人物です」

 

 アインズは思い出していた。スパイ――赤錆が公開し、自分が目にした『アダマス』の情報を。

 「ま、まさか…」

 「どうしました? アインズさん」

 アインズのただならぬ様子に、アダマスは心配の声をかける。 ひとつ深呼吸を置いたアインズが己の考えを語り始めた。

 

 「赤錆と言えば、マントを含めた全身真紅の装備の…?」

 「はい」

 「召喚スキルを持った、聖騎士の…?」

 「はい」

 「……まずい」

 アインズは再び顔を両手で覆う。 最悪の事態を予想してしまった為に。 最近ナザリック近郊に現れた、ナザリック全軍に匹敵する戦力であるワールドエネミーを召喚した『予言者』と名乗る人物と共通点が複数存在する。 今この状況で、他の答えを導き出すのは余りにも危険過ぎる。 伝えなければならない、渦中にいる男に。

 

 「アダマス、赤錆は今…予言者と名乗り、君を狙っている」

 「…そうですね、そんな気はしてました。 ヴァーサさんから予言者と名乗る人物について聞いた時から」

 「そうか、アダマスは村長が法国と繋がっているのも知って…」

 「ええ、それでも彼女は国を裏切ってまで、自分についていくと、言ってくれました」

 

 

 アインズは両手を膝の上に起き、ソファの背もたれに体重を心ごと預け、天を仰いだ。

 「強敵だな。 こちらの調査で、予言者はわざとアダマスにワールドエネミーをぶつけたと判明している。 君を知る人物なら、あのワールドエネミーでは逆にアダマスが倒してしまうことは分かるはずだ。 ということは、あれは唯の実験だったんだろう。 その後始末をアダマスにさせただけ… つまり、まだ同等の魔物を召喚できるという事だ」

 「そう…ですね。 赤錆さんが本気で自分を殺そうとしたら、たぶん… 数体同時召喚とかしちゃうんじゃないでしょうか」

 「やめてくれ、考えたくもない。 正直ワールドエネミーが一体であったとしても、ナザリックのNPCを犠牲にする可能性がある限り、戦闘は避けたい」

 「わかっています。 そこは、同盟とか関係なく、アインズさんの「家族」を大切にしてください。 言うなれば、これは…兄弟喧嘩みたいなものですから」

 「はた迷惑な話だ…」

 「本当に…」

 

 『敵』はワールドエネミーを召喚できる存在。

 自分達より五百年早くこの世界に現れ、暗躍と実験をくり返しながら力を蓄えた凶神。

 圧倒的不利に立たされながら、不思議とアインズの心に不安という感情が訪れることはなかった。

 目の前にいる男が、まだ諦めていないからだろう。

 「センリさんが何故『アダマス』をあなたに託したのか、分かった気がするよ」

 「え、アインズさん、何か言いました?」

 「いや…アダマス、ワールドエネミー程の強力な召喚は普通に考えて不可能だ。 なら、そこには必ずカラクリがあるはず、そこを探ろう。 ユグドラシルじゃいくらでもあったでしょう、運営の脳みそを疑ったムリゲーボスキャラなんて」

 「ありましたね、超高難易度イベント。 あれはキツかったなー…」

 

 戦士と魔術師が笑う。

 お互いに肉も皮も失い、魂さえ不死の身体に犯されようと、その信念だけは決して曲がることのない男達が嗤う。

 

 決して敵に回しては行けない存在を二人も敵にした、男の愚かさを…

 

 





 【本編と全く関係のないメタ劇場】

 槍使い「七章のタイトルが誰を指しているのか分かるものだけど、一章三~四話構成のこの小説で、その人物が未だ出てこないのはどういうことなの?」

  ●「七章は同時進行でいろんな事が動くので、六話構成です」

 槍使い「マジ?」

  ●「マジです」




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四話 「私だけのジョーカー」


 アダマス・ラージ・ボーンが王都での活躍を認められ、アダマンタイトの冒険者プレートを授与される為にエ・ランテル城塞都市へと向かってから数日後の事。 キーン村村長ヴァーサ・ミルナに、ある「終わり」が知らされる。



 

 キーン村村長兼、アダマス・ラージ・ボーン第一従士となったヴァーサ・ミルナは、アダマスがアダマンタイトの冒険者プレートを授与される為にエ・ランテルへと向かってから数日経ったある日、自身の邸宅、執務室で一人これから自分が取るべき行動について思案していた。

 全てを打ち明けた彼女の心は、以前より断然軽くなっている。 とはいえ、予言者の命令で村の住人を見殺しにした罪悪感はどうあっても拭えるものではない。 この後悔は肉体が滅んだ後も背負い続けることが、せめてもの贖罪であると心に誓う。

 「悪を成した私には、いずれ罰が訪れる。 だから、それまでの間だけは…あの方を想い、傍に仕えていたい…」

 ヴァーサが悲愴な決意を固めていたその時――

 『――信徒ヴァーミルナ』

 びくんと肩が震える。

 額に冷や汗をにじませながら、顔を引きつらせて周囲を身渡し、それが魔法によるものであることを確認する。

 「こ、これは補佐官殿! 一体どうされましたか?」

 『予言者様の命により、キーン村を破棄する。 一刻で宝具の回収をせよ』

 宝具と言われ、ヴァーサはそれが何かをすぐに思い出す。

 予言者が火神官長補佐官――バアル・ファルース・インナに渡した強力なマジックアイテムの事だ。 村長とアダマスの邸宅作成や村で行った実験に使用された数々のアイテムは使い捨てではなく、複数回使用できるものである為、宝具は現地にいるヴァーサが管理していた。

 「予言者様のご決定に異を唱える愚かさをお許し下さい。 しかし、村の実験は途中のものも多くあります。 その上、悪神の情報収集も……」

 『ヴァーミルナよ。 私は予言者様の名において、村を破棄すると申した。 かのお方の言葉は絶対。 分かるな?』

 焼け付くような憤怒が伝わってくる。 ヴァーサは喉が張り付いたように声がだせなくなった。

 『一刻の後、私自ら村を滅ぼす。 低位魔法程度で強化されていようと、村一つ蒸発させるなど容易い。 もう一度言う、宝具を回収し、村の出口まで来い』

 そこまで断言し、ふと憎悪が緩む気配が漂う。 慈母の如く優しさを強引に含ませた声がヴァーミルナの頭に直接響く。

 『予言者様は貴様の事を気にかけていらっしゃる。 その理由は定かではないが、拾われ、育てられた恩義を忘れたか? ヴァーミルナよ』

 補佐官の冷静な声に、ようやく言葉が出せる程度には心が落ち着く。

 「そ、そのようなことは…決して」

 『……では、ヴァーミルナに申し付ける。 全ての宝具を回収後、一人で今から指定する場所に来い。 時間は……』

 

 「……畏まりました」

 〈伝言(メッセージ)〉が解け、静寂が戻る。 ヴァーサは指定された場所と時間を心の中で復唱する。

 

 「ついに…来てしまった…」

 ヴァーサは一人では解決できない問題だと考え、アダマスに魔法で〈伝言(メッセージ)〉を送ろうとするが…

 

 「――どうして!?」

 魔法が届かない。 あまりに遠く離れ過ぎていれば、連絡がとれない場合は確認されているが、キーン村からエ・ランテルの距離程度であれば繋がらないはずはなかった。 距離の問題ではないとすれば、魔法的に外部との連絡手段を遮らえた場所にアダマスが居るということ。 その場所がエ・ランテルなのか、別の場所なのか判然としない今の状況で、一からアダマスを探している時間は、ヴァーサには残されていない。

 アダマンタイト級冒険者に匹敵する魔術詠唱者(マジックキャスター)であるヴァーサ・ミルナであっても火の神官長補佐官バアル・ファルース・インナは足元にも及ばない程の、正にバケモノだ。 予言者が以前、インナのことを「エヌィ・シーア」という、自らが創造した者と表現していたが、補佐官程の強者を作り出した予言者は確実にインナ以上の力を持つはず。

 せめて村人を逃がす時間を稼がなければならない。

 ヴァーサは執務室の奥、厳重に魔法で防御された保管庫の扉を開けることを決意する。

 自らが真に信じる神より授けられた宝具を使用する時が来たのだ。

 

 

          ●

 

 

 五百年前に大陸を瞬く間に支配した八欲王(はちよくおう)が現れたのと同時期に、一柱の神が姿が降臨した。 力では王達に及ばなかった神は、その魔の手から人類を守るべく奔走し続けた。

 やがて王に追い詰められた一部の人類を救うため、神は己の神聖な宝具を使用し、王でも侵入できない聖域を築き、護るべき者達をそこに匿う。 聖域の中で人々を導き続けた神は、やがて王が消え去った事を知り、閉じ込めていた人類を外の世界へと解き放った。

 再び神は別の宝具を使用し、選ばれし民を守護する存在「エヌィ・シーア」と呼ばれる四人の守護者を創造する。 守護者はそれぞれに火、水、土、風の魔力特性を駆使することで、民を守り続けた。

 しかし、選ばれし民は代を重ねるごとに神に守られていることに驕り、堕落し始める。 全てを与えられ、苦悩も絶望も知らない者達はやがて、他の地の人類から、命を奪い、犯し始めた。 これを止めようとした神にも、選ばれし民は反逆する。

 神により力と知恵を与えられた民は、自分達の先祖を救った救世主に対し、瀕死の重傷を負わせ、聖地より追い出してしまった。

 哀憎怨怒(あいぞうえんど)に身も心も焦がした神は、彼の地で力を蓄え、聖地に戻り、かつて自らが救った民の子孫を滅ぼす。

 

 三百年も前の御伽噺である。

 その頃より神は『予言者』と名乗り、時折人界に姿を現しては、人類が二度と間違えぬよう、道を示し続けた。 大陸の人類の中でも随一の戦力を持つスレイン法国に、守護者「エヌィ・シーア」の四人をそれぞれ神官長補佐に据えることで、法国の監視を行いながら。 神は人類という種を護り続ける。

 

 

 エヌィ・シーアが一人、火のバアル・ファルース・インナは元々予言者の擁護下にありながらも悪神に与する村を滅ぼし、与えた宝具を回収する為、自身が座するスレイン法国の地下教会、最奥聖域で長距離転移魔法を起動させる。

 

 

          ●

 

 

 インナが転移した場所はキーン村間でおよそ一キロメートル離れた小高い丘。 周囲に敵性反応が無いことを確認した後、次に自らの装備に目を向ける。

 詰襟で横に深いスリットが入った女性用ワンピースとでもいうべきものだ。 色は白。 五本爪の龍が空に向かって飛び立っていく姿が黄金の糸で描かれている。 それは、アダマスの世界において旗袍(チャイナドレス)と呼ばれる服。 妖艶な魅力を持つインナが着用した姿は正に傾国の美女。 その衣類の名も“傾城傾国(ケイ・セケ・コウク)”。スレイン法国が至高のマジックアイテムとして保管、実用している宝具、その「複製(レプリカ)」である。

 至高の宝具を複製するという、神をも超えた御業で作られた逸品にインナは指を這わせ、甘い溜息を漏らす。

 敬愛する絶対者が作ったものとあっては、彼女にとって本物以上に価値がある。

 まるで愛する人に抱き締められているかのような感覚をイメージの中で作り出しながら、その身を震わせる。

 

 もう一度、深く艶のある呼気を吐き出す。

 甘美な一時を堪能した後、意識を使命へと集中させた。

 

 これから滅ぼすべき集落の方向へと視線を向けると、インナは自身を浮遊させる魔法を発動させた。 その足元が数センチ浮き上がり、地面との摩擦を起こすことなく村へと真っ直ぐに進んでいく。

 高速移動によって靡く長髪は溢れんばかりの魔力によって、溶ける寸前まで熱された鉄のような赤い光を放っていた。

 

 五百メートル程進んだところで、村の門と、その場で待つように命じた女の姿を見つける。

 元漆黒聖典第四席次、ヴァーミルナ。 潜在的に持っていた人並みならぬ魔力を予言者様によって見出され、拾われた孤児。 御方の寵愛を受け、その力を一人でアダマンタイト級冒険者チームに匹敵する程にまで育てられておきながら、時折反抗的な目を見せる無礼者。

 恐れ多くも予言者様に対し、何度も口答えをしながらも、何故か一度も罰せられることのなかった存在。

 

 インナはヴァーミルナのことを心の底から嫌っていた。

 

 そんな女を目の前にする苛立ちを抑えて、ヴァーミルナの手前十メートルの地点でインナは止まり、口を開く。

 

 「信徒ヴァーミルナ、宝具五種を見せなさい」

 

 「……」

 

 ヴァーミルナから返事はない。 彼女はただ、その場に立っているだけ。

 それだけでインナを腹立たせるのに十分だったが、さらに怒りの炎に油を注いだのは、ヴァーミルナの瞳に宿る、決意の灯火。

 「なんだ、その目は…ヴァーミルナ。 まさか、予言者様のご意志に逆らおうというのか?」

 予言者様を知る者に、そんな不敬な者がいるはずがない。 時折反論するこの女も、最後は絶対に逆らえない事実に顔を伏せるしかないはずだ。

 そんなインナの予想に反して、ヴァーミルナの二つの目は、真っ直ぐに自分を見つめている。 女の薄紫の長髪が草原を走る一陣の風に靡いた。

 「予言者様の言葉を貴方が違えることはあり得ません。 そして、私があなたを止められない事実も」

 「わかっているのなら、その眼はなんだ?」

 「村人を逃がす時間もなければ、術もない。 なら私が取るべき選択はただ一つ」

 「そうだ、村を放棄するしか…」

 「私は…貴方と戦います」

 

 ギチィ…と、インナの奥歯が軋む音が響く。 

 不快な戯言に付き合う理由もない。 予言者様からは、何があってもヴァーミルナの命を奪うことがあってはならないと申し付けられているが、傷をつけないようにしろとは言われてない。

 多少痛めつけてでも、物事を分からせてやるべきだ。

 「ヴァーミルナ、勝ち目のない戦いを挑むなど… 時間稼ぎか? 例の悪神を待っているのであれば、無駄だぞ?」

 「ど、どういう…」

 図星を突かれたのだろう、ヴァーミルナの顔に恐れと驚愕の感情が滲み出ている。

 インナは畳み掛けるように高慢な笑顔で言葉を続ける。

 「対悪神用として、予言者様より至高の宝具を頂いた。 これがあれば、かの悪神であろうと恐るるに足らず」

 「それでも、私には… やるしかない!」

 ヴァーサは木製の人形を手に取り、不自然に浮いている首を押し込む。

 

 眩い閃光を放つ人形を中心に半径二メートル程の青白い魔法陣が出現した。

 光の中で巨大化し続ける人形が最終的に到達した大きさは二メートルを超える、二腕二足一頭の赤き魔神のような姿。 インナが感じた魔力量では、明らかにその力はヴァーミルナを超える。

 魂を得た人形は、一度ビクリと震えた後、胸を反らしながら天に吠えた。

 「AOooooooooooo!!」

 

 ヴァーミルナが取り出したマジックアイテムは明らかに強力な魔力を秘めており、悪神が彼女に渡したものであることは明白だった。 しかし、有益なものであればこれを奪い、予言者様に献上すべく様子を見ていたインナは、不敵な笑みを浮かべる。

 「ほう、それは悪神を象ったゴーレムか。 面白い、彼奴が現れるまでの余興程度にはなり得るか?」

 たしかに、現れたゴーレムはヴァーミルナよりも強い。 その実力を数値化し、かの有名なアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』リーダーを三十とするなら、ヴァーミルナが三十五、ゴーレムが五十。 そして、インナは八十だ。

 

 

          ●

 

 

 予想していない敵の発生にもインナは余裕の表情を崩さない。

 それは、予想していた最大の敵よりもゴーレムが圧倒的に弱い存在だと確信しているからに他ならない。

 ヴァーミルナに防御と破壊力を強化する魔法を掛けられたゴーレムがインナに向かって、およそ人類では不可能な速度で突進してくる。

 インナは嘲笑を浮かべつつ、自らの手の中に〈火球(ファイヤーボール)〉を作り出すと、ゴーレムに向けて放つ。

 〈火球(ファイヤーボール)〉は一直線に飛び、目標を外すことなくゴーレムを直撃する。 真紅の業火(ごうか)が上がり、ゴーレムの全身を嘗め回す。

 しかし、ゴーレムの勢いは衰えることなく、変わらぬ速さでインナのもとへと接近する。 ゴーレムは拳を握り締め、頑丈な大鬼(オーガ)でも絶死を免れない一撃がインナの頭部めがけて振り下ろされた。

 「なっ…!」

 驚愕の声を上げたのはヴァーミルナだった。 

 人の身にあっては回避も防御も不可能な暴力は空を切る。 インナはゴーレムの動きを全て読んでいたかのように、最低限半身をずらして避けてみせたのだ。

 先ほどの火球(ファイヤーボール)は唯の牽制と目眩ましでしかなかった。

 魔女は口元を卑猥に歪めながら、ゴーレムの脇腹に手を添える。

 〈|二重最強化・爆裂魔法《ツインマキシマイズマジック・エクスプロージョン》〉

 強烈な炎属性の爆炎がゴーレムを襲う。 悪神の姿の特徴と性質を予言者から教えられていたインナは迷うことなく炎属性の魔法を行使した。 悪神は『神聖属性に耐性をもつ不死者(アンデッド)、弱点は打撃武器と炎属性』であると。 神聖属性に耐性をもつ不死者(アンデッド)などいるはずがないが、至上なる神言を疑う余地はない。

 「GAAAaaaa!!」

 ゴーレムのよろめき、苦痛の断末魔の悲鳴を上げる姿にインナは確信を得た。

 「愚かなヴァーミルナ、これが貴様の切り札(ジョーカー)だと? 笑わせるではないか」

 「ゴーレム!」

 ヴァーミルナの表情が焦燥と悲愴で満たされる。 確かな絶望を感じ取っているのだろう。 自分より強力なゴーレムが壊されれば、最早勝ち目はないと。

 ゴーレムは身に纏う赤白(せきびゃく)の鋭角な鎧が半分溶ける程の熱量を浴びながらも、二度目の攻撃に移るべく体勢を立て直そうとする。

 「やはり、余興にもならんな」

 〈|二重最強化・爆裂魔法《ツインマキシマイズマジック・エクスプロージョン》〉

 一方的な陵辱が続く。 地獄の業火によって、為す術もなく崩壊していくゴーレム、度重なる爆風と衝撃によって、その左腕が根元から吹き飛んだ。

 「GAooahhh!!」

 「ゴーレムは確かに大したものだ。 一体でアダマンタト級冒険者チームにも勝てるだろう。 だが、それまでだ。 世界を滅ぼす魔樹程ではない。 そして、私が全力を出す程でもない」

 インナが満足気な笑を浮かべ、ゴーレムの脆弱さを嘲笑う。

 ガシャンッ―― ゴーレムは自身を中心に焼け野原と化した地面に頭部から崩れ落ちた。

 「ヴァーミルナ、お前は援護していたつもりかもしれないが、お前たちの力の差がありすぎて、まともにチームワークは取れていなかったぞ?」

 「ぐうっ…」

 ヴァーミルナは何も言い返せず、ただ己の無力さを呪うしかなかった。

 この場における絶対的強者が弱者であるヴァーミルナの方へと進もうとする――

 「なんだ…?」

 突然インナの動きが止まる。 振り向けば、滅ぼしたはずのゴーレムが、残った右手で自分の服を掴んでいた。 砕けた兜の隙間から除く肉も皮もない、骸骨の頭部、その眼窩に未だ闘士宿る青白い炎を燃やしている。

 至高なる宝具であり、最愛の神のように愛情をもつ装備を薄汚い手で握られたインナは、一瞬にして頭に血が上り、自ら輝きを放つ赤髪を一層光らせながら激昂した。

 「このっ!! 触れるな!!」

 インナは魔力を込めた拳をゴーレムの側頭部に全力で、戦略も智謀もない、ただの暴力を振るった。

 その衝撃で赤い兜は飛ばされ、左眼の上部が砕けた髑髏(されこうべ)が顕となる。

 

 「ゴミが…」

 興奮したインナの呼吸は荒く、服の汚れを必死に取ろうとする。

 その間にゴーレムはインナとヴァーミルナの間に立ち、拳を構えた。

 

 「ゴーレム…もう、もういいんです」

 左腕を失い、立派な鎧は半分溶け、砕かれた頭部が痛々しい満身創痍の姿にヴァーミルナは涙を流しながら諦めの言葉を紡いだ。

 しかし、ゴーレムは膝を突くことなく、真っ直ぐに敵を見据えている。

 「よくも…よくも、やってくれたな…ゴミクズがァ!!」

 瞳孔の開いたインナの目が狂気に光る。 旗袍(チャイナドレス)の裾に小さな煤が付いていた。

 眉間に青筋をたてた、生殺与奪権を持つ者を前に、先に膝を突いたのはヴァーミルナだった。

 「私には…守れない… アダマス様…」

 絶対強者は興奮のままに叫ぶ。

 「予言者様の寵愛を受け、その慈悲により生かされているお前が! なぜ、あの方に逆らう!?  あの命令さえなければ、今すぐに焼き殺してやるのに!」

 「そんなの…知らない…」

 「何故私じゃない! 予言者様はお前ばかり気に掛ける!? お前が憎い! ヴァーミルナ!!」

 ゴーレムは来たる暴力から後ろで啜り泣く女性を守るべく、仁王立ちの姿勢を取る。

 インナがそれに構わず、両手に強力な魔力の球を生成しようとした時――

 

 「はぁ~い、そこまで~」

 

 この場に相応しくない間の抜けた声が聞こえた。

 インナは咄嗟に声のした方向、後ろを振り向くが、そこには誰もいない。

 

 もう一度、ヴァーミルナとゴーレムが居る村の方向へと視線を向ける。 そこにはヴァーミルナを介抱する執事服を着た老人と、膝を突いたゴーレムの頭を愛おしげに撫でる藍色のマントを身に纏う女の姿があった。

 女はマントの隙間から、白い肌と黒いボディスーツが見える、深紫の長髪の美少女。 その手には黄金の槍が握られていた。

 槍使いは口を開く。

 

 「その服…傾城傾国だね? なら、最初に言っとくよ。 そいつは、私には通用しない!」

 

 美少女は満面の笑顔で断言した。

 

 





 【アインズの自室にて】

 アダマス「えっと…あの白いドレスの黒い羽の生えた美人さん」

 アインズ「アルベドのことか?」

 アダマス「そうそう、そのアルベドさん。 アインズさんを見る目が、なんというか…ヤバいですね」

 アインズ「ああ…うん」



 アルベド「お呼びですか!?」

 アダマス&アインズ「「ここ魔法で絶対防音のはずだけど!!」」


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五話 「ハートブレイク高気圧


 ナザリック地下大墳墓、絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンは、守護者統括アルベドへセバスをここに呼ぶよう命じた。
 ある極秘任務を下す為に。




 

 

 ナザリック地下大墳墓の執事(バトラー)――セバス・チャンは新人メイドの教育中、守護者統括より「アインズ様が呼んでいる」との言伝を受け、急いで主人の執務室大扉前まで移動した。

 慈悲深き、唯一無二の主、アインズ・ウール・ゴウンへの謁見はいつでも極度の緊張を要する。 もちろん、優しき主からそんなことを求められたことは一度も無いが、どうしても恐縮してしまうもの。 ただ、それ以上の喜びがセバスの背中を押し、扉を数度ノックする。

 

 「…セバスか、入れ」

 扉越しにアインズの荘厳な声が聞こえた。

 本来であれば、メイドか守護者統括が先ず扉を開け、ノックした者の確認を取るはずだ。 それがないということは、執務室の中には主人だけ。 守護者統括にも内密の任務を命じられるのではと、セバスはより一層緊張感を高める。

 「失礼いたします」

 出来る限り丁寧に扉を開け、そして締める。 全ての動作が従者として最上と言える仕草だった。

 

 主人の声を聞き逃さず、近過ぎない適度な距離まで歩いたところで、セバスは跪く。

 自分から声は出さない。 主の言葉を待つ。

 

 「…面を上げよ」

 「はっ!」

 セバスの目に、至高にして最強の存在が映る。 美貌と智謀、博識と膂力、全てを持ちながら奢らず、高みを目指し続ける慈悲深き主。 至上の人物に仕えることのできるナザリックのシモベ程幸福な者はいないと確信する。

 

 「うむ、セバスよ、ツアレはよくやっているか?」

 「はい。 アインズ様の御慈悲により僭越ながらナザリックの一員となりましたツアレ本人の努力もあり、いずれメイドとして及第点を得るものと確信しております。 私が教えられない部分はペストーニャが……」

 ツアレとはヤルダバオト事件の前に、セバスが王都の娼館から救出した少女。 セバスの傍に居ることを望んだツアレの意思を受け止めた主が、ナザリックのメイドとして迎え入れることを許可した結果、現在セバス直属のメイドとして訓練を積んでいる。

 セバスの話しが一段落したところで、アインズは口を開いた。

 「…そうか、問題ないようで何よりだ。 ではセバス、本題に入ろうか」

 「はい。 何なりと」

 娘か妹の話をするような気分を切り替え、セバスは執事であり、一級の戦士としての意識を整える。

 「今日から数日の後に、アダマスがキーン村を離れ、エ・ランテルへ向かう。 お前に命じるのはアダマスが不在の間、村の防衛だ。 村の周囲に設置されたトラップの解析は終えている。 どうやら高レベルの存在に反応して、転移魔法が発動するタイプらしい」

 アインズはセバスに小さな装飾の無い金の指輪を投げ渡す。

 「それは表面上、レベルが二十四以下になるものだ。 本来、他プレイヤーによるステータス調査を誤魔化す為のものだが、レベル制限トラップにも使用できると実験で判明している。 これを使えば、村のトラップも回避できるだろう」

 「畏まりました。 全身全霊をもちまして、任務を遂行したします」

 受け取った指輪を熱い気持ちで握り締めながらセバスは答えた。

 執事の返事に対し、満足げな主人は再び口を開く。

 「例の『敵』が我々同様にトラップの回避術を見つけていないとも限らない。 その辺り警戒するように。 あと、もし戦闘が起きた場合はできるだけ良いタイミングで助けよ。 これはアダマスに恩を売る為でもあるのだから」

 「…大変申し訳御座いません。 非才の私に、アインズ様の考える「良いタイミング」というものを教えていただけますでしょうか?」

 「ああ、そうだな、例えば… キーン村を守ろうとする者に、敵が止めを刺そうとする直前とか…かな」

 

 

          ●

 

 

 セバスはアインズの命令通り、アダマスがキーン村を発ってから数日後、彼が最初に転移した場所に来ていた。

 この場所に転移した理由は、アインズがアダマスとの対話の為に、安全が確保されているからである。

 日にちをずらしたのは、アダマスが居なくなってからすぐに村へ訪れては、村長あたりに怪しまれる可能性を考えてのこと。

 セバスが村を訪れる体面は、王都でアダマスに助けられた貴族の贈り物を届ける執事――というものだった。

 用意された荷馬車に乗り、先ずは街道へと出る。 そこからキーン村の入口へと向かう予定だ。

 

 ここ数日キーン村に問題が起きていないことは、村の周りを見守っているシモベから定期的に連絡を受けている為に知っている。

 その為、村よりも移動中の自分の周りを警戒しながらセバスは馬を走らせていると、目の前の街道を歩く人影に気付く。

 「あれは…まさか…」

 その人影に近づくにつれ、疑惑は確信へと変わる。

 セバスは馬車で人影の前へと回り込む。

 「んー、何かご用?」

 人影――藍色のマントで全身を隠す、美しい少女は突然目の前に現れた人物に対し、特に驚くことなく可愛らしい笑顔で首を傾げてみせた。

 セバスは馬上から少女の顔を見て、ナザリックがこの地へと転移する前、自身の創造者である、たっち・みーが他の至高の御方と話していた人物を思い出す。

 「センリ様…」

 「あははー。 残念、五〇点。 私はセンリではないんだー」

 白い肌、マントの隙間から見える黒いボディスーツに、日の光を反射する深紫の光沢が美しい長髪。 そして、決定的証拠とも言える、黄金の槍をもつ女性。 主人が言っていた『センリ』の特徴そのままの人物は、セバスの言葉を半分否定した。

 中途半端な回答に対し困惑するが、セバスはそれ以上に現在の自分の立場を見返し、慌てて馬から降りる。

 「これは…馬上から失礼しました。 私はセバス・チャンと申します。 主の命を受け、キーン村へと贈り物を届けるところでして…」

 「へぇ~… あたしはスカアハ。 村にいるアダマスって人に会いに行くんだよー」

 健全な精神を持つ若者であれば、一目で恋に落ちてしまいそうな笑顔を浮かべる美少女。

 実際セバスはアダマスが村にいない事を知っているが、アインズが作った筋書き上、キーン村へと贈り物を届ける『老紳士セバス』は何も知らないという設定なので、スカアハにその事実を伝えられないことに、罪悪感を抱く。

 しかし、先ほどのスカアハの返答から、明らかに彼女は『センリ』について何か知っている様子だった。

 セバスがそのことについて、スカアハに訪ねようとしたその時、キーン村の方向から強烈な爆発音が聞こえた。

 先に反応したのは、スカアハだった。

 「行ってみよう! オジサマ」

 「お、オジ… はい、参りましょう」

 突然の呼称に一時思考が停止してしまうが、すぐに冷静さを取り戻したセバスは、馬車よりも速い自分の足で、街道をスカアハと共に駆ける。

 

 

          ●

 

 

 唯一無二の主であるアインズの予想は的中していた。

 アダマスの不在を狙ってか、キーン村の長と旗袍(チャイナドレス)を身に纏う謎の女がキーン村の入口から少し離れた場所で戦闘をしている。

 戦場の爪痕は悲惨の一言であり、所々が火の海と化していた。 地面が融解している場所さえある程。

 

 そんな爆心地で村長を守るように立つ満身創痍の不死者(アンデッド)は、アダマスに似た姿をしているが、放つ闘気は明らかに本物より格下。 アダマスは召喚系特殊技術(スキル)や魔法を有していない為、マジックアイテムを使用して召喚、もしくは作成したゴーレムであるとセバスは判断した。

 

 まさにゴーレムに対し、魔女が止めを刺さんとしたその刹那、スカアハが声をかけ、相手が思考を止める。 その間に村長、ヴァーサのもとへとセバスは目にも映らぬ速さで駆け寄った。

 スカアハは魔女に向けて、「○○は通用しない」と満面の笑顔で断言しているが、その事よりもセバスは項垂れる女性の安否確認を優先させる。

 「お怪我はありませんか?」

 地面に膝を突き、涙で目を腫らせたヴァーサを介抱しつつ、セバスは優しく真っ直ぐな眼差しで尋ねた。

 「は、はい…。 貴方がたは…いったい?」

 ヴァーサが震える声で必死に絞り出した言葉に、膝を屈したゴーレムの頭部を愛おしげに撫でているスカアハが答える。

 「骨太くんがこの子を預けたんなら、あたしはあなたの味方だよー」

 「ほ、ほね…くん?」

 セバスは話の流れから『骨太くん』がアダマス・ラージ・ボーンを指していることは理解したが、親しげにそう呼ぶスカアハのことは未だに謎のままだった。

 自らを「センリではない」と言いながらも、その態度、装備、雰囲気までそのままな彼女はいったい何者なのか。

 再びスカアハの方向から声が聞こえる。

 「ゴーレムくん、もう大丈夫だよー。 お姉さんにまかせなさーい」

 十にも満たない子供が生まれたばかりの弟か妹に対し、年長者振るような可愛らしい口調でスカアハはゴーレムに笑顔を向けた。

 ゴーレムは元の手のひら大の人形に変わり、ヴァーサの手元に戻る。

 

 目まぐるしい状況の変化にやっと追いついた赤毛の魔女が叫ぶ。

 「貴様ら…何者だ!」

 「…何者でもないよ。 ただのスカアハっていう名前の女。 あ、でも一個だけ設定があるけど… そこはまあ、今言うべきじゃないだろうし、女の人をいじめるようなダメ子さんには絶対に教えてあげない!」

 そう言い終えた後、美しい藍色のマントを投げ捨て、黄金の槍を構える健康的でしなやかな肢体を持つ女性に対し、セバスはその正体を二つ見つけることができた。

 自分と同様に「設定」を持つ彼女は『NPC』であり、たっち・みーが言っていたある女性の性格から、誰がスカアハを作成したのかも。

 老紳士は立ち上がり、魔女に神をも射殺しそうな眼光をむけながら名乗る。

 「私の名は、セバス・チャンと申します。 大変申し訳ないのですが、あなたには聞きたいことが山ほどあります。 捕らえさせていただきますよ」

 土人形(ゴーレム)とは言え、創造者たっち・みーの友人と同じ姿をした存在を半死まで追い詰めた魔女に対し、セバスは内心烈火の如き怒りを抱えていた。

 

 「いけない! あの女が着ている服は至高の宝具! 精神攻撃に絶対耐性をもつ不死者(アンデッド)でも洗脳されてしまう強力なマジックアイテムなんです!」

 「…なっ!?」

 

 ヴァーサの悲痛な叫びに一番反応したのはセバスだった。 不死者(アンデッド)に効く精神操作系マジックアイテムに心当たりがあった為だ。 セバスが反応してしまった、その一瞬で状況は一変する。

 「もう遅い!」

 魔女は絶対洗脳の魔道具、“傾城傾国(ケイセケコウク)”を発動させた。

 この場での一番の強者へと向けて。

 

 

 「……あのさ、あたしさっき言ったよね? それ、効かないって」

 「ば、ばかな!!」

 

 セバスの見立てで、ヴァーサはレベル三十五程度。 そして、アインズから授けられた指輪の効果により、どれほど観察眼の優れたものでもレベルは二十四以下としか判断されなくなっているセバス。 二人の目の前に立つスカアハは、世界を滅ぼすと言われる魔樹をも超える一〇〇レベル。 魔女が彼女を認識してすぐ「効かない」と宣言されながらもスカアハを狙ったのは、それを(ブラフ)だと判断したためだろうが。

 魔女は最大の一手を間違えたのだ。

 

 「本当に…効かないとは…」

 この場で魔女の次に驚いていたのはセバスだった。

 己と同じ一〇〇レベルの能力を持ち、精神攻撃に対する絶対耐性を有するシャルティア・ブラッドフォールンでさえ、ある世界級(ワールド)アイテムによって精神支配を受けてしまったのだから。

 主であるアインズも言っていた「相手が世界級(ワールド)アイテムでは分が悪すぎる」と。 では、同じNPCであるはずのスカアハに何故、効かなかったのか。

 

 「至高の宝具が効かない相手は、同等の魔力量を有する宝具を持つ者のみ… 貴様も世界級(ワールド)アイテムを持っているというのか! まさか、その槍が…」

 「へぇ~、察しがいいね。 でも五〇点。 これは世界級(ワールド)アイテムじゃありませーん」

 絶対優勢だと信じ込んでいた状況が一変したことに狼狽える魔女の質問に、黄金の槍をクルクルと器用に回してみせながらスカアハは茶化して答えた。

 

 魔女の口から「世界級(アイテム)」という言葉を聞き、セバスはこの女もユグドラシル由縁の者かと確信する。

 「スカアハ様、先程も申し上げたのですが、あの魔女を尋問したいのです。 捕らえるのを協力していただけませんか?」

 「いいよ~。 あたしも聞きたいことあるし。 いろいろ情報聞き出せたら、あたしにも教えてほしいな~」

 「もちろんです。 それでは、参りましょうか…」

 

 魔女―バアル・ファルース・インナの精神が焦燥と不快で満たされる。 自分に敵う存在は神だけだったはずが、なぜ突然現れた者に追い詰められているのか。 絶対なる至高の存在に創造された者としての自負が、敗走という最善の判断を数秒遅らせる。 ほんの一瞬の迷いは、魔女の運命を終わらせるのに十分な時間だった。

 

 

          ●

 

 

 アダマスとアインズはナザリック地下大墳墓、主人の自室前廊下に作られた転移門(ゲート)の前に居た。

 キーン村が『敵』の尖兵によって襲われそうになったが、アインズの部下がこれを防衛、尖兵を捕らえることに成功し、今この転移門(ゲート)から現れる予定と聞いた為だ。

 そして、防衛を成した人物が現れたら、自身も村の様子を覗う為に同じ転移門(ゲート)を使用することになっている。

 

 「本当にありがとうございました、アインズさん。 まさか、このタイミングで来るとは…」

 「こうなることは予想していた。 それと、どうやら村を守ったのは部下だけではないようだぞ、アダマス」

 「それはどういう…」

 自室を一歩出た途端、口調が支配者のそれに即座切り替えるアインズの器用さに、感心していると、転移門(ゲート)から、アダマスが以前王都の路地裏で出会った、友人たっち・みーに雰囲気が似ている老紳士が、方に赤髪の女性を担いだ状態で現れた。

 「これはアインズ様、アダマス様、ご機嫌麗しく御座います。 この者が目覚める前に、ニューロニストの部屋へ運びますので、失礼ながらこれで…」

 

 セバスは深々と一礼した後、女性の重さなど無いかのような軽い足取りで廊下を早足で駆けていった。

 

 「あの女の人が、村を襲ったということか。 やっぱり、拷問とかするんですか?」

 「はっはっは、丁寧に扱うさ。 何せ大事な『敵』の情報源なんだから」

 アダマスの興味本位の問いに、大きく口を開けて笑いながらアインズは答えた。

 「それより、村の方へ行かないか? 村を救ったもう一人の事が、私も気になるんだ」

 「そうですね、早く行ってお礼を言わないと」

 

 

 アダマスが転移門(ゲート)を抜けたその先には、二人の女性が立っていた。

 一人はキーン村村長であり、元スレイン法国特殊部隊漆黒聖典が第四席次ヴァーミルナ、現在はアダマスの第一従者ヴァーサ・ミルナ。 服が煤で汚れているが、怪我をしている様子はない。 彼女の手元にある、アダマスが渡した人形がかなりダメージを負っているところから、ゴーレムが守ってくれたことに小さな喜びを覚える。

 

 そして、もう一人の人物の外見に、一緒に転移してきたアインズと共に、絶句した。

 

 「あらら、骨太くん。 久しぶり~…じゃなくて、一応はじめましてになるのかな?」

 

 白い肌に黒いボディスーツを身に纏う、しなやかで健康的な肢体を持き、深紫の長髪を草原の風に靡かせる美少女がアダマスに手の平を見せながら声をかける。

 アダマスは困惑する。 自身を「骨太くん」と呼ぶのは世界で一人だけ。 その人物つと酷似した美少女の、支離滅裂な挨拶に思考が追いつかない。

 困惑の度合いが軽く、アダマスよりも先に言葉を発することができたのはアインズだった。

 「まさか、センリさん…なのか?」

 

 「さっきのオジサマにもそう言われたけど、ちょっと違うんだ。 私の名前はスカアハだよ。 それに、センリはもう…」

 アダマスは謎の女性から聞こえてきた言葉を、両手を突き出して制止する。

 「…待て! それ以上は言わなくていい。 君がセンリさんじゃないってことは、分かった。 ただ、センリさんしか使えないはずの、その槍を…何故君が持ってるのか、教えてほしい。 返答次第では…」

 この場に居合わせた誰もが背筋に不快な電流が走ったように感じた。 普段穏やかな男が見せた、ほんの少しだけの憎悪。

 

 アダマスの真剣さに、真面目な表情になったスカアハは冷静に語る。

 「うん、これは獅子槍ディンガルだけど、厳密には『アダマス』のギルド武器じゃない」

 「久しぶりだけど、はじめて。 ディンガルだけど、ギルド武器じゃない。 まさか、君は…」

 

 アダマスは気付いてしまった。 スカアハと名乗る女性が何者なのか。

 

 スカアハは魔法で結界を張り、アダマスとアインズにだけ聞こえるようにしてから、答えを告げる。

 

 「あたしはNPC。 ギルド『アダマス』先代ギルドマスター、センリに能力、装備を複製され、「センリの魂を持つ」と設定された『複製(レプリカ)』」

 

 






 【ユグドラシル時代、ある最強の二人の一幕】


 たっち・みー「ラージさんから聞きましたよ、引退されるって」

 センリ「骨太くんったら。 まあ、関係者には話して良いよって言ったし、たっちさんは十分関係者だもんね」

 たっち・みー「そう言ってもらえると嬉しいですよ。 理由は聞きません。 私も、これからもっとイン率低くなると思いますので」

 センリ「みんないろいろあるよねー。 えっと、たっちさんにお願いが…」

 たっち・みー「何ですか? あまりログインできなくなるので、長期の話となると難しいですが」

 センリ「いやいや、そういうんじゃなくて。 最後に、一回ヤリません?」

 たっち・みー「ああ、なるほど… ん、よろんで」

 センリ「やったー。 あっと、安心してください。 ギルド武器は使わないんで」

 たっち・みー「それはまあ、そうですよね…。 じゃあ副武装の…なんでしたっけ」

 センリ「ゲイボルグ・オルタネイティヴですよー。 そんじゃ、PVP開始ー!」


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六話 「自由な魚」


 いつか、ある人物が語った。
 何百年生きても、「魂」は変わらないと。




 

 

 キーン村が『敵』に襲われたという報を聞いたアダマスは、アインズとの会談を中断し、転移魔法を使用して急ぎ村へと戻る。

 そこにいたのは、かつてユグドラシルで共に戦い、憧れた女性のアバターと瓜二つの人物。 スカアハと名乗り、センリであることを否定する彼女と今、アダマスは村にある邸宅、自室でテーブル越しに向き合っていた。

 (なになに、何なんだこの状況。 アインズさんとこれからについて話し合ってたら、村が襲われたって聞いて、急いで戻ってくるとセンリさんにそっくりな人がいるし。 自分はNPCだとかセンリさんに作られたとか言ってるし。 たしか、ナザリックのNPCも転移してから自我を持ったっていうけど… なんだっけ、こぎとえるごずむ? 我思う、故に我有り… いやいや、そんなことよりもスカアハを見るなりアインズさんはナザリックに帰っちゃうし。 とりあえず、会談でガゼフさんについての相談を伝えられたからイイけど…)

 アダマスは項垂れたまま猛烈な勢いで状況を整理しようと思考を巡らせる。

 男の目の前で美少女は楽しげな笑みを浮かべていた。 失った筈の笑顔と酷似したそれを見せられて、アダマスの思考は不死者(アンデッド)がもつ精神の安定化で処理が追い付かないほどに混乱している。

 「ここが骨太くんの部屋かー。 豪華だね!」

 「ああ、ありがとう…」

 スカアハの声が聞こえた瞬間、アダマスの肩がビクンと震える。 何とか顔を上げて相手の顔を直視するが、その仕草、声、雰囲気までそっくりな女性のことがチラつく。 頭ではスカアハの事をセンリ本人ではないと考えながらも、心が落ち着いてくれない。 聞かなければならないことも沢山ある。 先ずは声を出さなければと、アダマスは口を開いた。

 「いや… スカアハって名前聞いた時は、赤錆さんが他所のギルドで作ったNPCかと…」

 「あかさびってだれ?」

 不思議そうに首を傾げたスカアハの言葉を聞いて、アダマスは無いはずの目を見開きそうになる。

 「え… 君はギルドの事を知らないのか? いやでも、自分の事を「骨太」って…」

 「うん、それはセンリが話してくれたから。 本当はラージ・ボーンっていうんだけど、直訳すると「骨太」だからって。 それと、すごく良い人だって言ってた。 一人でいたくない時は話相手になってくれて、いつも助けられてばかりだったって」

 スカアハは良い思い出を語るように穏やかな笑顔でセンリが自分に話し聞かせたことを指折り数える。 いつも助けられていたのは自分の方だと、アダマスは思いながら、スカアハの記憶についていくつか気付くことができた。 彼女は「センリの魂を持つ」が「センリの記憶を持っているわけではない」ということ。 「魂」とは、センリも曖昧な表現をしたものだと思う。 しかし、どうやってスカアハが生まれたのかが謎のままだ。

 「ええと、スカアハさん…」

 「んー、さんは要らないよー」

 「ん、じゃあ…スカアハ、君はどこでセンリさんと話をしたのかな?」

 「わかんない。 そこはいつも薄暗くて、センリ以外来なかったし、あたしも外に出なかったから」

 ギルド『アダマス』も大型の拠点を所有するギルドである為、一〇〇レベル級のNPCが何体か拠点守護者として創造されたが、その中に『スカアハ』というNPCは存在しない。 かといって、引退直前まで『アダマス』に所属していたセンリが他所のギルドで『スカアハ』を作成することはできないはず。 『アダマス』のギルド武器、獅子槍ディンガル―と同じ性能を持つ複製(レプリカ)―を所有している時点でおかしい。 

 考えれば考える程謎は深まるばかり。 原点に立ち返るなら、なぜセンリはスカアハを創造したのか。 …しかし、それらはもう過去の話。 今アダマスが気にしたいのは――

 「スカアハ、君はこれからどうするんだい?」

 「特に考えてないよ。 センリは人の役に……」

 「スカアハはスカアハだ。 君はセンリに縛られることはない」

 「え…」

 アダマスは素直な自分の気持ちをスカアハに伝えた。 少女はその答えが意外だったのか目を丸くしたまま、聞く姿勢を保ち続ける。

 

 センリが何故、スカアハに「自分の魂」を託したのか。 その意味を考えるべきなのだ。 記憶や自分自身という設定ではなく、センリ自身の何かを残したくて彼女が生まれた。 それはまるで――

 「この世界は君がセンリの目的を果たす為のものじゃない。 世界は君が幸せになるためにあるんだよ」

 「…いいのかな」

 「君を創造したセンリという女性は、本当に沢山の人から愛されていた。 自分もその一人なんだけどね。 僕にとって大切な人が、何かの思いを込めて君が生まれたのなら、僕にとっても君はたぶん…娘のような存在なんだと思う」

 「……」

 スカアハは感情が汲み取れない複雑な表情で、アダマスの顔をじっと見つめる。

 「センリは娘のような君の人生を、縛ろうとはしないだろう。 ただ、幸せになることを望んでいるはずだ。 だから、君は君のしたいことをすれば良い。 なりたいようになれば良い。 今はなくても、これからゆっくり見つければ良い。 その為に手伝いが必要なら、いつでも連絡して。 〈伝言(メッセージ)〉は使えるね?」

 「…うん。   …パパ?」

 「ぶっほ!!」

 水分もなにもない筈のアダマスの口から何かが吹き出た。

 ずっと娘、娘と相手のことを表現しておきながら、逆に自分の事を「パパ」と表現された途端に、今まで自分がどれほど恥ずかしいことを口走っていたのか思いだし、のたうちまわりたくなる。

 「くは…あ… あのね、スカアハ、自分のよ、呼び方は…骨太で良いから!」

 「うん、骨太くんがそれでいいなら、そうする」

 美少女の満面の笑みだ。 不死者(アンデッド)でなければ、同じ顔の人物に二度目の恋をするところだった。

 

 

          ●

 

 

 ある日、目を覚ますと一面の草原の上にあたしは立っていた。

 覚えているのはセンリという女性が私を作り、魂を入れたこと。

 そして、よく話してくれた『骨太くん』という男の人のこと。

 優しくて、気が弱くて、変に達観してるところがあるかと思ったら、たまに子供よりも子供っぽい。 努力してるとこを見られるのが苦手で、でも人から認められたくて頑張る。 一生懸命なのを隠してるつもりでも、それが隠しきれなくて、周りがつい助けたくなる。 独りぼっちだとか、友達作りが苦手だとか言いながら、そのまわりにはいつも笑顔と温もりが溢れていた。 そんな人。

 センリはいつも語っていた。 「あんな人になりたい」と…

 

 空を見上げると少しの白と一面の青。 さっきまで居た暗い場所とは大違い。 ほんのすこし眩しいけれど、はじめて感じた日の暖かさと風に包まれる感触が心地良い。

 あたしの名前は『スカアハ』

 センリという女性の魂を持つ人形。

 …のはずが、やっと出会った『骨太くん』に、その認識(イメージ)を壊された。

 他人の役に立つことに人生を捧げた女性、「センリのようであれ」とは設定されていない。 創造者の魂なんて入れられても、何をしたら良いのかわからない。 

 

 

 骨太くんの大きなお屋敷、その客間の一つを貸してもらいながら、考えてみる。

 

 この世界に来てからのこと。

 街道に入ってから、道なりにあるいて着いた場所。 エ・ランテルで出会った人に勧められ、文字もよくわからないまま冒険者になったけど、たくさんの人が助けてくれた。 何故、自分に良くしてくれるのか尋ねると「かわいいは正義」とかいう、謎のルールがあるらしい。

 

 自分を助けてくれた人たちの役に立ちたい。

 この気持ちはセンリの魂に引っ張られているのかもしれない。

 それでも、きっとこの気持ちを骨太くんに打ち明けたら「やりたいこと、やってみよう」って言ってくれるだろう。

 

 骨太くんの傍にいれば、あたしは楽だと思う。

 あの人が示してくれる道なら、どんな場所でも行ける気がする。 どんな事だって、できる気がする。 

 でもそれは甘えなんだとも思う。

 

 もう少し、あの人と離れて頑張ってみよう。

 

 あたしは何をしたいのか。 あたしは何になりたいのか。

 たぶん、答えはそんなに遠くない。

 

 

          ●

 

  

 「スカアハ、気をつけてね」

 「うん! 村長さんも、お世話になりました!」

 「いえ、スカアハ様さえよろしければ、いつまでも居てくださって良いんですよ? アダマス様同様、スカアハ様もこの村の救世主なのですから」

 アダマス邸で数日泊まり込んだスカアハは、エ・ランテルに戻ることをアダマスとヴァーサに伝え、今その二人に見送られる。

 「同行したいのはやまやまなんだけど」

 アダマスは自分がこんなにも頼りない声を出しているとは信じられなかった。 旅立つ我が子に手を伸ばす父親のようではないかと考え、父親という単語に複雑な感情を覚える。

 「気にしないで、骨太くんも大事なことがあるんでしょ? 昨日少し話した時も、何か思い詰めた声してたし」

 「ん、そうだね。 ああ、でもいつでも連絡して良いからね? 何にもなくても、ちょっとした悩みとか相談でも…」

 「はいはい、本当にパパみたいだよー」

 「っぐ…」

 この単語を出されると、アダマスはそれ以上踏み込めない。 主導権(イニシアチブ)を握られるとはこのことかと、内心で肩を落とす。

 情けない男の様子を見かねたヴァーサが口を開く。

 「今回は非常にお世話になりました」

 村長の感謝を受け、スカアハは笑顔で頷いた。

 「村長さん、骨太くんのこと、よろしくお願いします!」

 「はい、お任せください」

 

 アダマスは笑顔を向け合う美女と美少女、その間に強烈な電撃が巻き起こった幻覚を見たような気がした。

 

 先日、魔女によって村が襲撃された際、村長は村人全員に魔法で〈伝言(メッセージ)〉を送り、カルネ村へ避難するように指示を出した。

 しかし、襲撃を退けた後、村人達があらわれる。 誰ひとり村長の指示に従わなかったのだ。 その上徹底抗戦の意思を示した彼らに対して、鬼のような形相で叱りつけたヴァーサの顔が思い出される。

 

 「それじゃ、また!」

 一度深々とお辞儀をする美少女に、アダマスとヴァーサは軽く手を振る。

 

 スカアハの姿が見えなくなるまで、二人は穏やかな心で見送った。

 

 

 「良かったのですか? あの方は…」

 「あの子は、ある意味で自分の大切な人の…子供なんだ。 だから、自由であってほしい」

 「そう…ですか」

 「それよりもヴァーサ、昨日も話したけど…」

 「はい、いよいよなのですね」

 

 「アインズさんから、予言者の目的と拠点が判明したと連絡が入った。 猶予はそれ程ない。 明日、ナザリックからいくつかアイテムをお借りして… 決着をつけにいく」

 

 






 アインズ「そういえばアダマスは、世界級(ワールド)アイテム一個持ってたな?」

 アダマス「はい、これですよね」(首飾りを見せる)

 アインズ「そうそう、それ。 たしか名前は…」

 アダマス「単眼象神(ギリメカラ)、ですよ」

 アインズ「そうだったな。 しかし、性能ははっきり覚えてるぞ」

 アダマス「まあ、アインズさんとのPVPにはあんまり役に立ちそうにないですけどね」


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幕間 守護者統括の在り方その1


 ナザリック地下大墳墓階層守護者統括――アルベドは唯一無二の主、アインズ・ウール・ゴウンに命じられ、主人の執務室である作業を行っていた。
 遠くない寝室では、アインズと同盟者アダマス・ラージ・ボーンが二人きり。 言い得ない気分に悶々としながらも、与えられた任務を果たすべく気を引き締める。




 

 

 「ふう…」

 メイドが淹れた特殊な効果を持つ飲み物を口にしたアルベドの、美しく艷やかな唇から甘い吐息が漏れる。

 絶対支配者にして至高の存在、アインズ・ウール・ゴウンの執務机に置かれた紙の束と向かい合って五時間が経過したところだ。

 その紙には先日、リ・エスティーゼ王国王都に突如現れたワールドエネミー、サン・ブレイズを始めとする“七曜の魔獣”について記載されていた。

 『七曜』というだけあって、全七体の同等の力をもつ魔獣が存在する。

 魔獣はそれぞれ月、火星、水星、木星、金星、土星、太陽の名を冠し、それらを統率する神―タイプ・ノヴァ。

 ノヴァが魔獣を統べる神となる経緯についても事細かに書かれているが、今回は敵となり得る七体の魔獣とノヴァの戦闘能力にのみアルベドは注視した。

 単純戦力として、ナザリックの全戦力と同等と言える魔獣を七体同時に相手にした場合、どのように戦力を分け、どのような策をとれば完勝できるのか。 そう、主人が求めたものは「完勝」だ。

 慈悲深い我らが至高の御方アインズ・ウール・ゴウンはナザリックのシモベを一粒とて失わない作戦を望んでいる。 しかし同時に、作戦立案の困難さも十分承知している為、アルベドに「ユグドラシル金貨、私やシモベの魔力によって生み出せるもの以外、つまり我が友が創造したシモベを一人でも失うことがあってはならない。 シモベ達の長たるお前が完勝の策を立てられないのであれば、それは最初から無いも同然だろう。 もし立案できなくとも気に止むことはない」と優しい言葉をかけた。

 しかし、デミウルゴス主宰のゲヘナ作戦最中に現れ、よもや事態を滅茶苦茶にしかけた獣を野放しにするようなことは出来ない。

 

 集められた情報から『予言者』と名乗る人物が、サン・ブレイズ召喚に関わっていることは火を見るよりも明らかである。

 その予言者の部下が持っていた世界級(ワールド)アイテムは「精神支配系」の効果を持つものだった。

 精神攻撃に対する絶対耐性を持つ、ナザリック階層守護者シャルティアが以前に精神支配を受けたことがある。 その効果が世界級(ワールド)アイテムによって(もたら)された事も判明している。 予言者がシャルティアの精神支配に関わっている可能性は大いに高い。

 

 慈悲深く寛大な王が心を痛めた事件。 その御手によってシャルティアを一度殺さなければならない状況を作った怨敵が、のうのうと生きていて良いはずがない。

 苦痛と絶望の中で悶え苦しみなが滅ぶべきなのだ。

 

 

 それに、思考を止めるにはまだ早い。 魔獣が七体同時召喚されるのはあくまで「最悪のケース」である上、アダマスが予言者と対峙する前に、主が超位魔法によって強力な魔物が複数召喚される手筈となっている。 正確に何体現れるかは不明であるが、戦力として加わればまだ希望はある。

 

 更に、これからデミウルゴスがこの部屋に持参する資料が加われば、十二通りは策を練ることができる。

 アルベドはそれを心待ちにしながら、今の自分ができる限りを尽くす。

 

 

          ●

 

 

 執務室の扉が外側からノックされる音が聞こえた。

 アルベドはメイドにデミウルゴスであれば中に入れるよう指示を出す。

 メイドは丁寧かつ急ぎ足で扉へと向かった。 少しだけ扉を開け、外の人物と言葉を交わす。

 「これはデミウルゴス様、アルベド様から来られたら中に入れるよう指示を頂いております。 どうぞ」

 メイドに感謝を告げたデミウルゴスが執務室へと入ってくる。 相変わらず十分すぎる程に整えられた身だしなみと、自信に満ちた姿勢だ。

 「アインズ様から指示を頂いた例の資料、お持ちしましたよ、アルベド」

 待ちわびていた品物の到着にアルベドは頬が緩む。

 デミウルゴスが届けた資料、それはある人物によって公開された「ギルド『アダマス』メンバーの百人分のデータ」だ。

 「アダマス様… これからギルド『アダマス』についても話に上がりますから、区別の為にも同盟者様のことは、『ボーン様』と呼称しましょうか。 改めまして… ボーン様から頂いた情報を元に、改竄されていた部分を私が加筆修正しました。 そして、アインズ様から指示して頂いた『アダマス』の戦闘要員十三名は分かりやすいよう印をつけています」

 デミウルゴスは持参した資料の概要を説明した。

 『アダマス』のメンバーについての情報に注目した理由は、ボーンと村を守ろうとしていた『高レベルトラップ使い』、元『アダマス』のメンバー『トラバサミ』が「仲間がいる」という意味の発言した。 という事実をボーンから聞いたアインズが、トラバサミが仲間と認識する人物は恐らく元『アダマス』のメンバーだと予測し、場合によっては味方になり得ると判断した為だ。

 複製(レピリカント)が現れた『センリ』、現在予言者と名乗る『赤錆』、ナザリックと同盟を結んだ『ラージ・ボーン』、そして『トラバサミ』 この世界で確認されている四名を含めた十三名の戦闘要員に着目したのは、その中の一人でも現れた場合、戦局が大きく左右されるだろうというアインズの判断である。

 

 影の女王(スカディ) センリ

 不死英雄(アンデッド・ヒーロー) ラージ・ボーン

 罠忍者(トラップ・マスター) トラバサミ

 聖召喚騎士(パラディン・サマナー) 赤錆

 最強魔術師(ワールド・ディザスター) カーマスートラ

 古き純白の粘体(エルダー・ホワイトウーズ) シーシュポス

 重装甲修行僧(フルアーマード・モンク) 八極大聖ドラゴンダイン

 暗殺者(アサシン) ルバーブ

 黒神父(ナイ) コンスタンティン

 二本角黒牛頭(カリバーン・ブレイカー) THE・まちぇーて

 剣聖 キュイラッサー

 緑柱の神獣(カーバンクル) ハーフブリンク

 赤き重武装ゴーレム マグナード

 

 この十三人が揃えば数十名のギルド単位で攻略するはずのワールドエネミーも倒してしまう程の実力とチームワークだった。

 資料には彼らの所持する装備や特殊技術(スキル)、魔法はもとより、戦闘スタイルや性格まで事細かに記載されている。

 

 資料に目を通していたアルベドは、不思議な感覚に襲われ、眉を(ひそ)めた。

 その様子を目にしたデミウルゴスは満面の笑で口を開く。

 「アルベドも気付きましたか。 その資料は一部、私が改訂した部分もありますが、ほとんどは赤錆という人物一人が作ったもの… のはずでした。 しかし、私は読み進めていく時に気づいたのです。 このデータは複数の人物によって作られたものだと」

 誰しも文章を書くにあたって、独特の「クセ」があるもの。 句読点の割合や改行のタイミング。 他にも多用しがちな言葉等あるが、センリのデータの部分と、ラージ・ボーンのデータの部分が明らかに別人が書いたかのような「クセ」が確認できた。

 デミウルゴスは嬉々として言葉を続ける。

 「アインズ様は当初『高レベルトラップ使い』、つまりトラバサミが情報漏洩の犯人だと疑っていましたが、ボーン様は赤錆の犯行だと断言されました…」

 デミウルゴスの記憶にもある、アインズの勘違い――のはずだったが、忠実なるシモベである悪魔は、智謀の王たる主が間違いを犯すはずがないと考えていた。 その考えが正しかったという喜びがデミウルゴスの口を一層歪める。

 「正答は「どちらも正しい」です。 赤錆とトラバサミの二人が情報漏洩を企てた。 もしくは、資料の作成は二人で行ったが、片方は漏洩目的でつくり、もう片方は別の目的があった」

 

 アルベドは何故、ボーンを守ろうと奔走する人物が、本人を苦しめるようなことをしたのか理解できなかった。

 しかし、一度目のボーンとの会談を終えたアインズから聞いた、トラバサミが発した言葉を一つ思い出す。

 「トラップ使いは、ボーン様に対し「会わせる顔がない」と話していたらしいけれど、もしかしたら、それが理由なのかもしれないわね」

 「どちらにしても、情報漏洩に関わっていたことは間違いないでしょう。 これまでの情報を踏まえて、アインズ様が御所望されたものを作成しましょう」

 「そうね。 場合によっては、コキュートスやシャルティアは大喜びするでしょうね」

 「例の薬草の時には、見苦しいところをお見せしてしまいましたが、此度はより完璧なものをお見せしましょう」

 

 アルベドとデミウルゴスはお互いに熱い情熱が宿る視線を確かめ合う。

 

 「そういえば、ニューロニストから魔女の尋問の途中経過を受け取っていました。 真っ先にアインズ様にお伝えするべきですが、アダマス様との会談はもう少し続きそうですから、アルベドに伝えておきましょう」

 「今回は、大丈夫だったようね」

 以前、アインズが捕縛したスレイン法国の特殊部隊「陽光聖典」の隊員には特殊な、自殺装置のような魔法がかけられていた。 ある特定の状況下で質問を数回されると絶命する、という仕掛けだ。 

 「ええ、警戒しておいて正解でした。 しかし、『敵』はその事で油断していたのでしょう、あの魔女には多くの情報が伝えられていたようです。 我々が知りたかった情報も…」

 「『敵』の目的が分かったのね?」

 

 「…人類以外の滅亡、魔女は「浄化(カタルシス)」と話していたそうです」

 

 





 【あとがき】
 十二月二十四日に投稿したものを一度削除し、“七曜の魔獣”の情報を追加、視点とラージ・ボーンの呼び方を変えて再投稿いたしました。
 前回より多少読みやすくなったかと思います。
 今後も率直な意見、感想等頂けると嬉しいです。
 「人様に読んで頂く文章」であるよう、今後も努力して参ります。


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第八章 終わりと始まり
一話 「光に流されて」


 後悔と残念。
 二つの呪いに縛られた少年は現実よりも目を背けたい仮想の世界に足を踏み入れる。
 恋人も、友も、家族もいない自分に心休まる居場所を与えてくれた人々を裏切った懺悔をする為に。
 無課金ギルド『アダマス』最年少プレイヤー、トラバサミは憧れ、尊敬する恩人と最期の言葉を交わす為に、呪われた魔の森へと訪れていた



 

 「本当にお疲れ様でした。骨太さん」

 「うん、お疲れ様、トラくん」

 DMMO―RPGユグドラシル最終日、久々にログインした黄色の忍者装束に身を包んだ人物、トラバサミは自身が参加していたギルド『アダマス』のギルド長、仲間から『骨太』と呼び親しまれるラージ・ボーンと最期の挨拶を交わしていた。

 参加していたと過去形ではあるが、脱退したわけではなく、ギルドそのものが崩壊してしまった為だ。

 その原因を作ってしまったという後悔と後ろめたさを必死に隠し、明るく若々しい声を発する。

 「終わっちゃうんですね、ユグドラシル」

 「そうだね、あと二十分くらいかな」

 赤と白で構成された刺々しい全身鎧(フルプレート)の戦士、ラージ・ボーンは兜を外し、皮も肉も、眼球すらない骸骨の顔が露になる。

 

 表情が現れない筈のラージ・ボーンの顔が、トラバサミの目に、どこか寂しそうに映ったのはきっと気のせいではないだろう。

 「ギルド…いや、ギルドそのものよりも、あの武器は…」

 『アダマス』の前ギルド長、センリの為にギルドメンバー全員が一丸となって素材を集め、作り上げたギルド武器――獅子槍ディンガル――

 黄金に輝いていた其れはセンリの引退後も、仲間達にとって掛け替えのない思い出そのものであり、ユグドラシルという一つの世界に彼女が存在していっという証でもあった。

 しかし、獅子槍ディンガルはギルド崩壊と共に失われ、今この仮想世界に「彼女」の存在が残っているのは、ラージ・ボーンがユグドラシルで人助けをする度に名前を出すことで刻まれたプレイヤー達の記憶の中だけ。

 

 「その事は本当にごめん、僕がもっとしっかりしていれば、ギルドも維持できていたかもしれないんだけど…」

 「骨太さんの所為じゃないですよ! 俺も今はほとんどインしてませんし、骨太さんもリアルが大分忙しくなってるって言ってたじゃないですか。百人居たギルメンも今まともに来てるのは骨太さんだけですし…」

 楽天家でありながら、責任感の強いラージ・ボーンの思いが痛い程にトラバサミの胸に突き刺さる。

 声を大にして言いたい。 ギルド崩壊のきっかけとなった「あの事件」に自分も関わっていたと。

 しかし、心の叫びを言葉にできず、気弱なままに飲み込んでしまう。

 

 「残業するのが当たり前みたいになっちゃって、後輩にそんな姿みせたら、ダメな真似をさせてしまうのは分かってるんだけどね―」

 ラージ・ボーンの現実世界での愚痴を聞きながら、トラバサミはぎこちない作り笑いを返すくらいしか出来なかった。

 ふとトラバサミは思い出す、ラージ・ボーン以外に会う約束をしていた人物がいることを。

 

 「すみません、骨太さん、俺そろそろ行かないと」

 「そうだね、トラくんは他にも会う人がいるって言ってたもんね」

 「はい、ただ…サービス終了時にインしてたら何が起こるかわからないんで、それまでにはログアウトしますよ」

 「公式じゃ、問題ないってされてたけど、まぁ、そうだね。わかんないよね」

  

 トラバサミは謝ることができなかった事を後悔しながら、ラージ・ボーンと別れの言葉を交わす。

 決して、あなたは悪くないと

 

 「それじゃぁ… 失礼します。 お元気で! 骨太さん!」

 

 ラージ・ボーンに背を向け、トラバサミは用意していた転移用アイテムを起動させた。

 あの人が指定した場所へ行くために。

 

 

          ●

 

 其処は常に夜であり、月光が照らし続ける悪魔の城を思わせる外観。

 トラバサミが転移した場所は城の奥に建てられた古い石造りの塔、その最上段。

 魔城の主の玉座が置かれた謁見の間にトラバサミは立っていた。

 目の前の玉座に腰をかける男が一人。

 「お久しぶりです。 赤錆さん」

 「ん、久しぶりだ。 トラ」

 トラバサミが最後に会う事を約束していた人物。

 ギルド『アダマス』が誇る最高の戦略家であり、同ギルドを崩壊させた張本人。

 真紅で統一された装備、短く丁寧に切り揃えられた金髪、どこかの貴族を思わせる風貌の人類種。

 過去憧れていた真紅の全身鎧(フルプレート)が、今は血で汚れているように見える。

 

 決して明るいとは言えない雰囲気の中、トラバサミは言いたかった言葉を放つ。

 「これでよかったんでしょうか」

 「ラージはぼっとしているようで、視野の広い男だ。 おかげで上手く逆ミスリードが効いて、情報漏洩を私一人の仕業だと思っていることだろう」

 「俺も関わったのに、それじゃ…」

 「立案も実行も、やったのは私だ。 それに、お前はラージの将来を思ってやったが、私はセンリの事しか考えてなかった。 センリが引退した後のラージが、見るに堪えなかったのは、私も同じだがね」

 

 トラバサミは言い返せなかった。

 センリ引退後の徐々にラージ・ボーンはおかしくなっていった。

 現実世界を犠牲にしているとしか思えない時間ユグドラシルで活動し、センリの名を仮想世界に刻もうと必死に戦う姿。 それは痛々しく、仲間達はまるで乾ききった泥の城が崩れていくのを、ただ見守ることしかできなかった。

 

 そんなラージ・ボーンを今際の(きわ)で支えていたメンバーが家の事情で引退した後はもう…

 

 「ギリギリだったんだよ、あいつは…」

 赤錆は視線を落とし、そこにいない誰かに向かって話しているようだった。

 「確かにあの後、骨太さんのログイン時間は減りました。 たまに会うと、睡眠もちゃんと取ってるようでしたし」

 「崩壊がきっかけになって、ある意味で冷静になれたんだろう。 勘違いするんじゃないぞ、トラ。 別に私はラージが悪いとは思っていない。 あいつを支えられなかった私達にも責任がある。 センリとラージの関係は、もう皆知っていた。 そして、センリの引退の理由も」

 

 ラージ・ボーンとセンリは、彼女の引退の理由を隠している様子だったが、二人共隠し事ができるような性格でなかった為に、引退式の前にはメンバーの殆どが気付いていた。

 

 「…これで良いのか、トラ?」

 「すいません、赤錆さん。 はい、十分です」

 ギルドを崩壊へ導いたのは正しくはなくても、間違いではなかった。 そう納得させてもらうために共犯者との会話を求めた。 そんな幼く、弱い自分をトラバサミは「なんて恥ずかしい男だ」と心の中で奥歯を噛み締める。

 

 心ごと俯くトラバサミを見かねた赤錆が低い、年長者らしい声で話す。

 「すまないな、トラ。 私は最期の瞬間を一人で迎えたいんだ。 終了まであと数分だ、お前も最後くらい、好きな場所で終わらせた方が良いぞ」

 「そうですね… 本当はサービス終了前にログアウトするつもりでしたけど、赤錆さんの「終わらせる」っていう言葉で、考えが変わりました。 俺も、終わらせてきます」

 

 トラバサミは心の隅に残った懺悔を抱えながら、先程使用したものとは別の転移アイテムを起動させる。

 最後に過ごしたい場所、かつてギルド『アダマス』の拠点、地下都市ゴートスポットの入口がある場所へと転移した。

 

 「……ありがとう…」

 

 感謝の言葉が聞こえた気がする。 何故、そんな言葉が聞こえてきたのか、今のトラバサミには理解できなかった。

 

 

          ●

 

 

 トラバサミが本日三度目の転移を行った場所、地下都市ゴートスポット隠し入口前。

 特定のアイテムを持っていなければ、そもそも入口が出現することもない幻の都市。

 二代目ギルドマスター、ラージ・ボーンの主武装が偶然鍵になっているなど、誰が予想できただろうか。

 

 「骨太さんは、ゴートスポットの中にいるだろうけど、さすがに会いには行けないし… せめて、ここで… …え?」

 

 

 トラバサミの目の前に予想外の光景が広がっていた。

 地下都市入口周辺に数十名の一〇〇レベルプレイヤーが集まっていたのだ。

 そのうちの一人、漆黒に赤いラインの入った外套と褐色の肌、長い白髪が特徴の魔術詠唱者(マジックキャスター)がトラバサミに気付いた。

 

 「おおー! トラじゃん、久しぶりだな」

 忘れたくても忘れられない、最強魔術師(ワールドディザスター)であり、下ネタ大魔王こと、カーマスートラだ。

 「相変わらずカッピカピだな! まだ童貞は卒ぎょっ―!!」

 こちらに駆け寄ってきていた魔術師が突然前のめりに倒れる。 その背中には白い槍が深々と刺さっていた。

 

 「ごめんなさいね、トラバサミくん。 うちの旦那がまたつまんない事言って」

 奥から高さ一メートル四〇センチ程の純白のスライムが現れる。

 全身白いベールで覆われ、さながら魔物の花嫁衣装だ。

 

 黒い衣装のカーマスートラと、白いスライムが並ぶと、すぐにでも結婚式が開けそうだが、事実この二人が夫婦であることはギルドメンバーの殆どが知っている。

  古き純白の粘体(エルダー・ホワイトウーズ)シーシュポス

 その無脊椎の身体から、MPの続く限り武器を実体化させて射出する、『アダマス最強の矛』だった女性だ。

 

 トラバサミが見慣れた光景を懐かしんでいると、自分の周りにプレイヤー達が集まりだしていることに気付く。

 

 「トラさん、おひさしぶりッス。 やっぱりトラさんもここに来たッスね」

 「赤錆は来てねぇみたいだな。 あーせいせいすらぁ、最後まであの面みなくて済んで良かったぜ」

 「そんな事言って、本当は寂しいクセに」

 「んぶふー、本当に懐かしいですな、トラバサミ殿」

 「おつ。 世界級(ワールド)アイテム、見てこれ、すごいっしょ」

 「トラバサミも、一個持ってたよね。 私達も…ここにいる中だと、九人かな。 手に入れたのよ」

 「……」

 「まぐなーどはこんな時も無口とは、流石に最後くらいキャラは通さなくても良いと思うゾ!」

 

 四方八方から聞こえてくる声に戸惑いながら、トラバサミは率直な疑問を口にする。

 「えっと、皆さんはどうしてここに?」

 倒れていた魔術師が立ち上がり、軽快に答える。

 「ああ、それはオジサンが答えよう。 ここで骨太を待ち、最後くらい励ましてやろうと思って、みんな集まったんだよ。 ちなみに、招集をかけたのはオジサンだ、誉めろ」

 「あはは… え、骨太さんなら大分前に中に入ったはずですけど…」

 「マジか!? やっべ、どうしよ… 入り方、ここにいる全員が忘れているし…」

 「俺なら覚えてますし、骨太さんの武器のレプリカがあるので、入ることできますよ」

 

 トラバサミの言葉に柏手を打った魔術師が大きな声で騒ぎ出す。

 「そうだったな、骨太の武器…たしかセンチネル・バスターだったか。 神性特効の… あのボルトの形状が鍵だったか… あー! 思い出した! けどもう時間がねー!! えっと、コンスタンティン、お前骨太のリアル連絡先知ってたよな、引退したゆべしのメッセージも預かってんだ、これ伝えといてくれ」

 「オジサン、ホント使えねぇな」

 

 23:58:06

 

 「いやホントマジみんなおつかれ! どこかでまた会おうね!」

 「黙れ夫、あんたじゃ締まらないでしょ」

 「チクショー、骨太さーん! 俺あんたの事好きだったぜー!」

 「ぶふー! BL宣言キタコレ!」

 「ええー! こんなごちゃごちゃで終わんの!?」

 「みんなおつ」

 「ハーフブリンクさんは本当にブレませんね」

 

 23:59:33

 

 トラバサミは喧騒に耳を澄ませる。

 まるで在りし日のギルドのようだ。

 不思議と心の中は後悔で満たされていない。

 何故なら、またこの人たちと、そしてラージ・ボーンと出会える気がしたから。

 

 最高の仲間、最高の家族。

 

 また出会えたなら、今度こそ謝ろう。

 そして、ありがとうと言おう。

 

 赤錆と別れる間際、自分に向けられた感謝の言葉。

 その意味が今、やっとトラバサミは理解できた。

 

 23:59:57、58、59

 

 トラバサミは目を閉じる。

 時計と共に流れる時を数える。

 幻想の終わり、そして新たな物語の始まりを願って――

 ブラックアウトし――

 

 0:00:00……1、2、3

 

 「……ん?」

 トラバサミは目を開ける。

 見慣れた九人のプレイヤーの面々。 先程より随分とメンバーが減ったものだ…違う、そうじゃない。

 見慣れた自分の部屋に戻ってきてはいない。

 そして、ここはどこだ。

 一面焼け野原。 壮絶な戦いが繰り広げられた…まるで爆心地。

 

 「…あの白い山、何?」

 シーシュポスの声が聞こえた。

 意外な程に冷静な声だった。

 トラバサミが振り向くと眼前に広がる山脈。

 

 0:00:58

 

 トラバサミは確信する。

 

 何かとんでもないことに巻き込まれたと……

 

 





 ゆべし「引退する時期は前からお伝えしていましたが、あんなタイミングで引退することになって…… いや、ちがうな。 もっとこう… 明るい雰囲気の方が良いな」

 カーマスートラ「ゆべっちゃーん、まだー?」

 ゆべし「あーはいはい、もうちょっと待ってください。 っていうかそもそも、実家に来るとか有り得ないんですけど」

 カーマスートラ「いや、だって俺ら、義理とはいえ兄妹になったわけじゃん?」

 ゆべし「絶対あなたを「お兄さん」なんて呼びませんから!!」


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二話 「キーワード」

 見知らぬ場所へ仲間と共に流された少年は、やがて知ることとなる。
 希望と絶望の両方を持つ神の存在を。



 トラバサミを含めた元『アダマス』のギルドメンバー十人は、眼前に広がる光景に唖然としていた。

 戦場跡地。

 一面焼け野原。

 爆心地。

 どれでも当てはまるような、惨状ばかりがその目に飛び込んでくる。

 

 「リアルじゃ…ないよな…」

 トラバサミの耳に友の声が聞こえてくる。 怯えた若い男性の声だった。

 青を基調とした軽装備の暗殺者(アサシン)――ルバーブは落ち着き無く辺りを見回している。

 

 「皆の姿を見れば、ユグドラシルの続編かなーなんて考えそうだけど… メインのコンソールが開かないし、GMコールも不可能。 それにこの、物が焼ける匂い。 こんなの現代ゲームの水準じゃ有り得ない」

 声を発したのは白いベールで全身を包む古き純白の粘体(エルダー・ホワイトウーズ)――シーシュポス。

 この状況においてやけに冷静な異形種を見て、トラバサミはあることに気付く。

 

 明らかに怯え、戸惑っている人間種と、冷静に状況を分析する異形種。

 これは異形種が外的な精神攻撃に耐性を持っているというユグドラシルの法則(ルール)が引き継がれていることを意味していた。

 冷静な彼ら同様に落ち着いている自分も、ヒトでなくなっていることを、トラバサミはようやく理解する。

 「なあ、これなんだ?」

 黒い外套を身に纏う悪魔、カーマスートラが足元の瓦礫に埋もれていた柱を指差し周りに問いかけた。

 皆答えを知るはずもなく、悪魔はひと呼吸置いてから文字らしきものが彫り込まれた柱を掘り起こす。

 自分達の知る言語ではない。 ゲームで使用されている古代文字(ルーン)でもない。

 カーマスートラは懐から片眼鏡(モノクル)を取り出し自身の片眼にかける。 言語解読用のマジックアイテムを使用した悪魔の口から溢れる言葉に、この場にいる全員が耳を傾ける。

 「ガ… ガテンバーグ…?」

 読めない文字が読めても、その意味は皆理解できなかった。

 それが人の名前なのか、土地の名前なのか、それとも組織の――

 

 異形種たちが頭を捻る中、人間種の一人、黒い神父衣装の男が天を仰ぎながら叫んだ。

 「おいおい… クソ! なんだありゃぁ!!」

 その声に反応し全員が空を見上げると、暗雲引き裂く眩い光条と共に巨大な魔物が天空より現れ、落下している。 幸いこの場に落ちてくるものは無いようだったが、天変地異を思わせる現象に人間種のメンバーは恐慌状態に陥っていた。

 

 「〈獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)〉!」

 悪魔が人間種の仲間に対恐怖の魔法をかけた。 平静さを取り戻した者に牛頭男(ミノタウロス)が深呼吸を促している。

 

 「骨太がいれば、こんな低位魔法も使わなくて済んだんだろうが…。 とりあえず、状況の把握だ。 先ず、これをゲームだと思って楽観的になったり、自殺なんてするんじゃないぞ」

 「そ、そうですね… 独りきりならば、いざ知らず。 ここには十人の仲間が… 十人? 他のメンバーは?」

 悪魔の魔法と言葉で冷静さを取り戻した、黄金と宝石で飾られた華美な鎧を見に纏う人間――キュイラッサーが思った事をそのまま口にした。

 

 そう、此処にいるのはたった十人。

 自分達が転移する前、あの場――ギルド『アダマス』の元拠点、ゴートスポットの入口――には、八十人以上のプレイヤー達が居たはずだ。

 なのに、何故この人数なのか、トラバサミが考えていると、横に立つ赤く巨大なゴーレムが動く。

 「……世界級(ワールド)アイテム…」

 一言だ。 準ガルガンチュア級ゴーレム――まぐなーどはトラバサミがギルドに加入したころから滅多に言葉を発しないプレイヤーではあったが、規格外の状況にあってもなお、それは変わらない様子だった。

 

 「まあ、そうだろうな。 この場にいるメンバーの共通点を考えれば、世界級(ワールド)アイテムを持ってるか持ってないかで…こういう言い方はナニかもしれないが、(ふるい)にかけられたんだろうな」

 いつも下ネタばかり発している、ひょうきんな悪魔も、この中では年長者だけあって頼りになる。 とトラバサミは感心していた。

 「それなら、骨太さんも来てるんじゃ…」

 「んぶぶー、試したけど〈伝言(メッセージ)〉で連絡でけんかったー」

 緑色の精霊、幻想(ファンタジー)物語で度々見かけるカーバンクルという神獣に似た姿の動物が頬を膨らませながら告げた。

 

 「私達が居た場所は地上で、骨太は恐らく地下に居ただろうから、その違いで場所が遠く離れた…とかかしら?」

 「この異常事態だ。 魔法がユグドラシルの時と同様に使えるとも限らない。 この地の調査をする必要があるが… 皆の格好は目立つだろうな」

 

 トラバサミが仲間たちの装備を確認する。

 巨大で真っ赤なゴーレム、貴金属で彩られた絢爛豪華な鎧の戦士、神獣に悪魔に白いスライム。

 トラバサミは一つ溜息を吐いてから、片手を上げた。

 

 「俺なら隠密特殊技術(スキル)も多く持ってますし、ルバーブさんは人間種ですが、俺は異形種なんでユグドラシル基準であれば寿命も無いはず。 皆さんは俺が調査してる間、これを使っててください」

 トラバサミは「スリープシェルター」というマジックアイテムを仲間達に渡した。

 スリープシェルターは非戦闘状態であればいつでも使用でき、その効果は「一部の特殊技術(スキル)、魔法、アイテムの使用されている状態を除き、あらゆる状況で感知不可、ダメージ無効、成長停止状態を付与。 ただし使用中は行動不可。 乱用防止の為、使用後自力での再起動不可」というものだ。 放置こそ最も有効な戦略となる場合がある。 それが最も用いられたのは、モンスターを誘導し、プレイヤーを殺させるMPK(モンスター・プレヤー・キラー)が行われる時だ。 一人が高レベルモンスターを多数倒したいプレイヤーが居る場所へ誘導し、最上位の隠密特殊技術(スキル)を使用、一時敵に非戦闘状態になった上でスリープシェルターを使用。 同チームメンバーが倒したプレイヤーのドロップ品を回収後、誘導した者を再起動させる。 という手法が流行った時期もあったが「二十四時間以内再起動不可」という修正を受けてからは、スリープシェルターを使用したMPKも廃れていった。

 

 「これはスリープシェルターじゃないッスか、もしかしてトラ氏はMPKを!?」

 「いえいえ、俺は別の目的の為に持ってただけですよ」

 必要以上に騒ぎ立てる牛頭男(ミノタウロス)に、トラバサミは落ち着いた返事を返す。

 

 「やはりトラバサミは骨太のストー…げふんげふん、いやなんでもない」

 鎧剣士の態とらしい咳払いに、小さな笑いが起こる。

 本当にあの日が戻ってきたようだと、楽しかった日々を少しだけ取り戻せた気がしたような気がしていた。

 

 「俺はトラバサミの意見に賛成するぞー!!」

 「俺も」

 「僕も」

 「……良い」

 「私も」

 「お願いしますです」

 

 「一箇所に固まってたら、万が一スリープシェルターが見破られた時に終わってしまうだろうから、皆スリープモードになる場所は分けよう。 場所が決まるまでは、一緒に行動して、一人ずつシェルターを使っていくってので、どうだ?」

 悪魔の姿をした優しいお父さん風の男の提案に全員が賛同した。

 

 トラバサミがたった一人で未知の地を調査、これ以上ない危険に身を晒す状況に自分を追やったのは、一度裏切った仲間たちへの贖罪の意味も含んでいた。

 自分が再起動しなければ、二度と動けないかもしれないと分かっていながら、それを了承してくれた仲間達の信頼に、トラバサミの胸は熱くなる。

 「俺を信じてくれて、ありがとうございます。 シェルターの解除の条件は二つ、同チームメンバーが再起動を行うか、非スリープ状態のメンバーのHPがゼロになるかのどちらかですので、万が一俺が死んでも…」

 「後者で再起動されないことを祈ってるぜ」

 神父が大袈裟に胸の前で十字を描く。

 

 

          ●

 

 

 九人の仲間達がスリープ状態に入り、トラバサミは本格的な調査に乗り出した。

 当てはないが、目標はある。

 赤錆とラージ・ボーンの捜索だ。

 

 最初に転移した場所から見えていた山に沿って移動した先に、人間が住む国を発見した。

 中世ヨーロッパを彷彿とさせる西洋風の小さな教国。

 高さ三メートル程の分厚い塀に囲まれた土地の中心には大きなモノクロ調の教会が建っていた。

 文字は読めないが言葉は通じるため、隠密特殊技術(スキル)を使用して潜入した国で現地の人間に姿を変えたトラバサミは聞き込みを始める。

 

 目的の赤錆らしい人物の情報は直ぐ手に入った。

 というよりも、国の住民全員が知っている。

 真紅の鎧、トラバサミが現地の人間に尋ねたのはこの一言だけ。 なのに、他の赤錆らしい特徴は住民の方から話してくる。

 

 トラバサミは赤錆が現地でかなり有名人になっているんだと考えた。

 一〇〇レベルプレイヤーがこの世界で規格外の力を持つことは、九人の仲間をスリープ状態にする旅の中で気付いていたが、その力を使って赤錆が何か善行でも積んだのかと。

 

 トラバサミは赤錆の情報を尋ねた独りの、やけに親しげな老人に案内され、巨大な中央教会に辿り着く。

 

 教会の中へと入ったトラバサミの目にとんでもないものが飛び込んできた。

 十数列、左右均等に並べられた長椅子、奥には神官が何やらここ数百年の歴史を語っている。

 問題なのは、その神官から視線を上に向けた先にある、ステンドグラスで描かれた、赤錆らしい肖像画だ。

 

 「な……」

 人間に化けたトラバサミの目が大きく見開かれる。

 異形種の強力な精神耐性をもってしても、絶句してしまった。

 

 「素晴らしいでしょう、旅のお方。 ああして、いつでも我々を見守ってくださる。 ありがたや、ありがたや」

 

 腰の曲がった老人が涙を流しながら、教会の奥に向かって拝んでいる。

 それ自体を異常とは思わない。 ただ、その対象が知り合いとなれば話は別だ。

 神官の説教の一部をトラバサミは聞き逃さなかった。

 「数百年前かの神は、我々の前にお姿を…」

 

 数百年。 赤錆は自分達と同時に転移したのではないのか、そもそも、あのステンドグラスに描かれている人物は本当に赤錆なのか。

 情報処理が追い付かないまま、教会の入口で立ち尽くすトラバサミの後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 「おや、見ない顔だね。 旅の方かな?」

 

 体感時間では数日しか経っていないはずなのに、数十年かそれ以上久しく聞いていないような、懐かしさというよりも「遠さ」を感じる声のする方へ振り返ると、そこには真紅の鎧を見に纏う金髪の麗人が立っていた。

 トラバサミは固まったまま言葉が出ない。

 気がつけば隣にいた老人が頭を床に付けて何かを叫んでいる。 言葉にならない声はかろうじて「神よ!」という単語だけは聞き取ることができた。

 教会に居た人々が、その存在に気付き老人と同じような行動を取り始める。

 

 かつて共に戦った仲間は、今や信仰の対象となっているのか。

 トラバサミは戸惑いながらも怪しまれないよう、住人らと同じ姿勢になる。

 

 「おお、神よ、ご機嫌麗しゅうございます! この度はいったい…」

 トラバサミが横目でチラリと見た神官が、その両手を震わせながら口をパクパクさせていた。

 神と呼ばれた男は四人の絶世の美女を連れて教会の奥へと進みながら神官に尋ねる。

 「今日此処に来たのは聖別を行う為だ」

 「おお! 何と素晴らしい! この中に聖別を受ける幸運な人間が?」

 

 トラバサミは「聖別」という言葉に聞き覚えがあった。 しかし、同時に不思議にも感じていた。 聖別とは、ただの水を聖水に変えたり、物品を神聖な物に成聖する儀式のはずだ。 それを「人間」に行うとはどういうことなのか。

 トラバサミはまるで人間を物扱いするような儀式に腹を立てながらも、その感情を押し殺しながら、神と呼ばれる人物の様子を目で追うことにした。

 

 「ほう、君は…」

 一人の少女が神の目に止まった。 椅子が影になっていて、顔を伏せているトラバサミからではその姿を確認することができない。

 

 「どこか…似ているな…」

 トラバサミの耳に微かな男の声が聞こえた気がした。

 神の前へと歩み寄った少女の姿を、トラバサミはやっと見ることができた。

 薄紫の髪と褐色の肌が特徴の薄汚れたワンピースを着る無垢な少女。 十も年を重ねていないような、幼子を相手にかつての友が何をしようとしているのか、考えたくもない。

 

 「なんと幸運な! 素晴らしいことです!!」

 「黙りなさい! 聖別の最中ですよ」

 煩い程に騒いでいた神官を一喝したのは、神が連れていた四人の内、赤い髪の女だ。 赤髪の美女は神に囁く。

 「ノア様、この神官、後ほど処断いたしましょうか?」

 「よい、彼も少女の聖別を喜んでいる為だろう。 喜びを表現するのは人間の自由だ」

 「は、畏まりました」

 

 神――ノアと呼ばれた男の言葉で、美女は大人しく一礼した後、一歩下がった。

 どうやら四人の中で彼女が一番激しい性格らしい。

 

 ノアは少女の前で膝を突き、目線を同じ高さにする。

 その様子に教会の中にいた、トラバサミを含める全員が目を丸くした。

 「君…名前は?」

 「……」

 緊張の所為なのか、少女は自分の服の裾を握りしめ俯いたまま口を閉ざしていた。

 その様子に一番反応したのは、やはり赤髪の美女だった。

 「ノア様の問いに答えないとは、なんと無礼な! その罪万死に値する!」

 「インナ!」

 「こ、これは失礼いたしました。 神聖な教会で、はしたないことを…」

 激怒する美女はノアの一言で沈静化した。

 知り合いに居たら面倒くさい女、トラバサミの中で赤髪の美女はそう位置づけられた。

 奥で震えていた神官が恐縮しながら告げる。

 「神よ…その少女には、名前がないのです」

 「それは、悪いことをしたな。 許せ、少女よ」

 神の謝罪にまた室内が騒めく。 

 「それなら、私が名前をやろう。 名は最奥聖域にて行う儀式の場で与える。 楽しみにしておくと良い」

 ノアは優しい笑みを少女に向けた後、ゆっくりと立ち上がる。

 「皆、騒がせたな。 トリス、少女を」

 「はい、かしこまりました」

 トリスと呼ばれた金髪の美女は、少女に手を差し出す。 戸惑いながらも少女はその手を取り、ノア達と共に教会の出口へと歩いて行った。

 

 声をかけなければ。

 自分の名を告げるべきだ。

 トラバサミは床を睨みながらそう思った。

 

 しかし、できない。

 かつて友と呼んだ人物が、とても遠くに行った気がして。

 

 ただ、六人の足音が聞こえなくなるのを待つことしかできなかった。

 

 

          ●

 

 

 「皆、立ちなさい。 神は行かれ、立上をお許しになられました」

 神官の声に人々は立ち上がり、口々に神を讃える言葉を交わす。

 「良きものを見た。 もう死んでも良いわい」

 トラバサミの隣にいた老人が感動で打ち震えている。 縁起でもないと言いたいが、異常な熱量を持った室内の空気に口を開く気になれない。

 

 「神聖な教会に集まりし信徒達よ、悪神に関する情報があれば小さなことでも構いません。 最寄りの教会に報告するように!」

 「……悪神?」

 トラバサミが何の事を言っているのか、理解できずにいると、老人が話しかけてくる。

 「旅の方なら、知らんか。 こいつのことじゃよ」

 その手には文庫本サイズの分厚い本が開かれていた。

 開かれたページに描かれる人物を見て、トラバサミはまた目を見開いた。

 

 赤と白を基調とした魔神をイメージさせる全身鎧(フルプレート)に身を包み、骸骨の頭部を持つ戦士、明らかにラージ・ボーンを意識した肖像画。

 「こ、これは…?」

 「名前は知らんがの、この予言書には『悪神』として書かれとる。 かつて神、ノア様より全てを奪いし者とな。 しかし、予言書の後半には、それを神が使役する七体の神獣によって悪神の全てを滅ぼすと書かれておる。 めでたしめでたしじゃな」 「七体の神獣…ノア様… あ」

 そのキーワードにトラバサミは心当たりがあった。

 ギルド『アダマス』崩壊後に行われたユグドラシルの期間限定イベント「七曜の魔獣」

 討伐にはギルド単位の戦力を要するワールドエネミーを七体召喚する神、タイプ・ノヴァを倒す。 というものだ。

 初見殺しが盛り沢山のイベントは不評も買ったが、攻略法が確立してしまえば美味しい狩りの標的でしかなかったため、イベント後半はノヴァを倒すまで復活し続ける魔獣を狩り続けるチームもあった。

 「七曜の魔獣」イベントを最初にクリアしたチームには世界級(ワールド)アイテムが贈られた。

 

 赤錆がどうやってノヴァの力を手に入れたのか。

 例の世界級(ワールド)アイテムが関わっているのは明白だが。

 あのアイテムの使用は、大きなペナルティが発生するという噂もある。

 

 全盛期の『アダマス』であれば、ノヴァを相手にしても勝利できるが、こちらの頭数は十。

 そして、ユグドラシル時代の魔獣達は一体ずつしか現れなかった。

 万が一同時に七体現れれば、どうしようもない。

 

 ラージ・ボーンを見つけ、保護する。

 トラバサミは拳を握り締め、堅い決意を胸に宿した。

 

 

 

 その後トラバサミは旅の途中、赤錆と出会った教国が滅びた事を知る。

 そして、似た名前、似た雰囲気の国が現れては滅亡を繰り返す。

 まるで赤錆がゲームの中で実験をしているとしか思えない出来事を前に、彼の強大さを思い知らされる。

 

 





 アインズ「あの魔獣のイベント本当に酷かったな」

 アダマス「死亡ペナルティが痛いユグドラシルで、よくやってくれたと思いましたよ」

 アインズ「まあ、それを置いても美味しいイベでもあったけど」

 アダマス「装備さえ整えれば対策できる相手でしたね」

 アインズ「ただ、ボスのノヴァが酷かった。 あの能力は対策の立てようがない」

 アダマス「え、そうですか?」

 アインズ「あー… 君は大丈夫だろうな」


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三話 「アカサビ」


 欲深な王から弱き命を守ろうとした神は至高の宝具を使い、楽園を顕現させた。
 理想郷での永遠を約束された人々は神によって平和と繁栄を謳歌する。 自分たちが欲深なケダモノと化すその日まで。




 

 

 旧友を見送った男――真紅の鎧に身を包んだ金髪の騎士は古城の玉座で独りきり。

 窓から差す月明かりくらいしか光源のないこの場所を薄気味悪いと思うものもいるだろう。

 しかし、騎士はそれを満足と感じていた。

 

 「裏切り者にはおあつらえ向きの最期じゃないか」

 騎士の口端が喜悦に歪む。

 この城は過去、かつての仲間達と共に攻略した場所。

 騎士は自分の過去を思い出す。

 今、自分の精神がある世界、DMMO-RPGユグドラシルでの思い出を。

 

 まだ自分が憧れていた女性が居た時代、男にとって代え難い日々。 大切な仲間。 心安らぐ居場所。

 

 彼らを裏切ったのは一時の過ち。 利益も達成感も無い、ただ感情に流されただけの行為。

 その暴挙が、ある男にとっての「全て」を崩壊させた。

 

 ラージ・ボーン。

 

 騎士――赤錆が持っていないものを持つ男。

 ラージ・ボーンに赤錆は嫉妬していた。

 物を知らないのに尊敬され、実力もないのに頼られる男。

 引っ込み思案の人見知りなのに、周りにはいつも笑顔と温もりがあった。

 

 空回り、カッコつけ、根暗、考え無しの脊髄反射…赤錆がラージ・ボーンに抱いているイメージは良いものの方が少ない。

 それでも理解してしまっていた。

 妬み、嫉み、怨み、辛み…負の感情を多く抱きながらも、あの男がいれば楽しかった。

 ラージ・ボーンがいないと、何故か物足りなさを感じていた。

 

 人が笑えば同じくらいか、それ以上に笑い、人が悲しんでいれば同じくらいか、それ以上に悲しむ。

 他人に同調し過ぎるのは悪い癖だと注意もした。

 自分のことで精一杯だと言いながら、いつも他人のことばかりを気にしていた男の事を、赤錆も大切に思ってしまっていた。

 

 そんな男が、もう一人の男と二人の女性とで作ったギルド『アダマス』

 ラージ・ボーン、カーマスートラ、ゆべし…そしてセンリ。

 

 センリの「人の役に立ちたい」という願いから作られたギルドは、その思いに賛同する者たちが集まり全盛期は一〇〇名の大所帯となっていった。

 ギルド長を務めていたセンリの引退後、誰が次代のギルド長を務めるのか少しだけ議論が起きる。

 自然と他の創設者の誰かという話になった。

 カーマスートラ、実力は問題ないが特に女性陣の反対が酷かった。 下品な会話が多すぎた所為だろう。

 ゆべしは家の事情で、そう遠くなく引退することは皆知っていた。

 残るはラージ・ボーン。

 

 まるで消去法のような言い方になってしまうが、順番は逆だった。

 皆次代のリーダーがラージ・ボーンになると確信しているが、何故と聞かれた時に誰もはっきりと答えられなかっただけだ。

 なんとなく楽しいとか、浮ついた理由しか並べられないので、消去法っぽく言うしかできないでいた。

 

 そんな中で、赤錆を二代目ギルド長に推す声も上がっていた。

 多少揉めはしたが、大多数がラージ・ボーンを推薦していた為、比較的円滑に二代目ギルド長はラージ・ボーンに決まった。

 

 「あの時、私を推してくれていた彼らと、新しいギルドを作ったんだったな」

 『アダマス』の崩壊後、赤錆は自分を慕うプレイヤー達と新たなギルド『ハザール』を結成。

 他人の為に頑張っていた『アダマス』時代とは打って変わって、『ハザール』は利己的な集団。 効率主義者集団とも言われていた。

 課金もした、レギュレーションギリギリの妨害行為だってやった。

 新ギルド結成後ものめり込んでいたが、どこか虚しさを感じていた。

 

 大切に思っていた場所を壊してまで、自分が何を得たのか、多くのものを失いながら、何処に行こうとしているのか。

 

 辿りついた場所が、ここだ。

 

 「手に入れたもの…か」

 

 アイテムボックスを開き、自分の手元にある世界級(ワールド)アイテムを確認する。

 新ギルドの仲間――と呼べる程、信頼もしていなかった者達と共に手に入れた強大な、七つのマジックアイテムの内の六つ。 残り一つはギルド拠点に保管している。 いつもは殆どの世界級(ワールド)アイテムを拠点に置いているが、今日は最期ということで無理を言って持ち出させてもらっている。

 

 手元にある六つのアイテムの内、一つは『七曜の魔獣』という公式イベント戦を最初にクリアしたチームへ贈られた、一人のプレイヤーにイベントのラスボスと同じ力を与えるアイテム。 デメリットとして「記憶を徐々に失う」とあったが、意味をイマイチ理解できず、結局使わず仕舞いだった。

 

 もう一つは使用した場所にNPCを四体創造、永続的に随伴できるマジックアイテム。 レベルの総数が三二〇と設定されている。 一〇〇、一〇〇、一〇〇、二〇とするか、四体とも八〇で統一するか迷った挙句、最後まで使えなかった。

 

 そして、一番お世話になったアイテム。 自身のバックアップを作成する世界級(ワールド)アイテム。 死亡(イコール)レベルダウンというユグドラシルのシステムを回避できる便利アイテムだ。 設定としては、使用したプレイヤーのクローンを作成し、そのプレイヤーが死亡した際、レベルダウンしていない状態のクローンが起動する。 ということらしい。

 死亡してもレベルダウンしない。 単純なことだが、未知こそ全てと言えるユグドラシルにおいては、かなり便利なアイテムだ。 赤錆自身も何度かお世話になっている。

 

 他にも一部のアイテムを複製可能とするアイテムや、寿命を持つ人間種にデメリット無しで「不死性」を与えるアイテム、中規模ギルド拠点級の居留地(コロニー)を作成するマジックアイテム、計六個を所持している。

 

 どれも手に入れた時は大いに喜んだ。

 達成感もあった。

 

 しかし、『アダマス』の頃に、あの世界級(ワールド)アイテムを手に入れた時の喜びに勝る充実は得られなかった。

 

 赤錆は眺めていたアイテムをボックスの中に入れ、ゆっくりとした動きで立ち上がる。

 気だるげに足を動かしながら、月明かりの入口である窓へと向かった。

 窓枠に手を添えて、夜空を見上げる。

 満天の星。

 現実ではもう見られなくなった仮想の星空がそこにあった。

 作り物でも、この星空の下にある世界を今はとても愛おしく感じられる。

 失ってから初めて、その大切さをしる…とはよく言ったものだ。

 

 後悔しても、もう遅い。

 旧友と一緒に、あの男に謝れば良かったのか。

 そもそも、あんな事件を起こさなければ良かったのか。 

 赤錆はため息を一つ。

 ラージ・ボーンがよく言っていた。 「人生に遅過ぎるなんて無いんですよ」と。

 

 「ユグドラシルは終わってしまうが、MMO‐RPGは他にもある。 「次」があったら、今度こそ他人の為に頑張ってみるか」

 零時になれば終わる。 そして、始めよう…

 

 23:59:35、36、37……

 

 赤錆は淡い光を届ける月を見つめたまま、終りを受け入れる。

 

 23:59:58、59――

 

 

   ――ゴオゥッ!

 

 

 時計が「0」を示した瞬間景色が一変した。

 視界の端に映っていた窓枠が消失。 窓枠だけではない、城そのものがなくなっている。

 咄嗟に赤錆は足元へ視線を向けると遠くにある地面が物凄い勢いで迫ってきている。

 

 逆だ。 自分が落ちているのだ。 この高度は洒落にならない。

 何も考えず、脊髄反射で赤錆は空間に手を入れると、一つのアイテムを取り出す。 小さな鳥の翼を象ったネックレスだ。

 それを首にかけ、意識をそちらに向ける。

 その瞬間、込められた唯一の魔法の力は解放された。

 〈飛行(フライ)

 徐々に落下速度は減衰していく。

 

 地面に着くころには殆ど重力による落下は止まっていた。

 赤錆は魔法の力で音も衝撃もなく着地する。

 

 

 呼吸は荒い、心臓の音が煩い、金属臭が鼻につく…

 

 「におい… 臭いだと?」

 

 ゲームであるユグドラシルで、嗅覚を使用することは無かった。

 状況の流転に混乱しながら地面を確認する。

 

 自分が身につける真紅の鎧よりも赤く、どろどろした大量の液体。

 鉄の臭いの発生源はおそらくこれだろう。

 頭ではその正体を認識しながら、心が受け入れることを拒否している。

 

 夢か、ゲームか、幻覚か。

 視線を上げると、顔の横を何かが弾丸のような速さで過ぎ去った。

 直径一メートル程の塊。

 そして目の前には二本足の生き物。

 

 「うぐ…お…がぁ……っ」

 

 破壊と汚濁、命の破片と死の揺めきによって滅茶苦茶になった人世。

 堪らず膝を突き、こみ上げてくるものをぶちまけた。

 

 地面に付けた手の平を見れば、また赤。

 

 「ここは地獄か…」

 

 遠くで暴れている者は地獄の鬼か、はたまた自分を裁きに来た神か。

 どちらであったとしても、こんなことが許されて良いはずがない。

 

 震える膝を叱咤しながら立ち上がると、視線の先から小さな影が自分の方向へと走ってくることに気付く。

 

 小さな女の子だ。

 

 十も生きていないような少女は赤い泥に足を取られながら必死に走っている。

 

 もがく姿が、まるで自分に助けを求めているような気がして、赤錆は少女に手を伸ばす。

 

 あと五メートル、少女の表情が見えた。

 汚れてはいるが、薄紫の髪と褐色の肌が特徴の可愛らしい少女だ。

 自分に何ができるのかはわからない。 それでも彼女の手を取り守る事はできるのかもしれない。

 強大な存在が襲ってくるのなら、一緒に逃げるくらいはできるかもしれない。

 

 今度こそ、他人の為に―――

 

 

 

 

 ――閃光、熱波、激痛。

 赤錆の視界が真っ白に染まった後、三つの感覚が同時に襲いかかった。

 

 「がっ!?」

 

 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 背中に衝撃を受け、声を上げてしまったが、その痛みは大したことはない。

 それよりも、まるで目の前に太陽が落ちてきたような、有り得ない現象。

 人間の体が焼き尽くされなかったことが不思議でならない。

 

 苦痛はあるが、まだ立ち上がれる。

 五体十分、動かない場所もない。 目も見える。 呼吸もできる。

 

 自分のおかれた状況を確認。 先程いた場所でおきた「何か」によって吹き飛ばされ、民家のようなものにぶつかったらしい。

 

 少女は……

 

 

 赤錆は再び膝を突く。

 あの少女がいた場所には何も無かった。

 

 文字通り何もない。

 確かに、そこには道があった。

 両側に家が建っていた。

 

 それらが綺麗に無くなっている。 建物の骨組みすら残っていない。

 あるのは高温によってどろどろに溶けた大地と鼻の曲がりそうな悪臭。

 

 その爆心地にひとつの影が舞い降りる。

 光より生まれし神のようでもあり、欲深な王のようでもあった。

 

 殺したのだ。

 殺されたのだ。

 

 自分が置かれた状況など、まだ分からない。 ただ、押し潰せない怒りが心の底から込み上げてくる。

 

 それでも、足が前に向いてくれない。

 戦いの意志が恐怖に負けている。

 

 人の世の『敵』が、こちらを認識する前に逃げなければ。

 

 弱き命を否定する『敵』が、全てを奪う前に守らなければ。

 

 

 赤錆は本能のままに逃げた。

 どの方向へ逃げれば良いのか、そんなものは分からない。

 無我夢中で『敵』から遠ざかる方向へと走った。

 

 

 何時間も、何日も…

 

 

 

 

 

 何ヶ月も逃げた後、赤錆は振り返った。

 『敵』が否定する人の命を守るべく、自分が何をすべきなのか。

 自分に何ができるのか。

 

 元居た世界に戻る。 そんな単純な回答を導き出す思考回路は既に焼き切れていた。

 

 





 【ユグドラシル時代『アダマス』の一幕】

 赤錆「知らないモンスターにいきなり殴りかかるプレイヤーがいるか」

 ラージ・ボーン「いやはや、面目ない…」

 赤錆「こうして助けるのは何度目だ? いつもそうやってメンバーに心配をかけて、こりない男だよ。 そもそも、お前のキャラは回復ができないんだ。 無闇に突っ込むんじゃない」

 ラージ・ボーン「すみません…」

 赤錆「… ただ、防御力の高いお前が先陣を切ること自体は間違ってない。 だから、その「先陣の切り方」というものを教えてやる。 後で拠点の練習場に来い」

 ラージ・ボーン「ありがとう!赤錆さん!!」

 赤錆「か、勘違いするなよ、お前の為に教えるわけじゃないんだからな! ギルド長であるセンリが最終的に迷惑を… って聞いているのか!?」


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四話 「千里」


 命の終わりを知る少女がいた
 命の終わりしか知らない少女がいた
 物語の始まりを知る男がいた
 物語の終わらせ方を知らない男がいた

 少女と男が出会い、物語は始まり、やがて終わる。
 それは新たな命の始まりだった。
 やがて世界樹となる、小さな芽生えの息吹がそこに――

 


 

 

 地下都市ゴートスポット中央にあるネメア大聖堂。 その最下層、青く曇りの無い鉱石で出来た薄暗い部屋、奥には黄金に輝く一本の槍。 強く気高い獣王の魂を宿しているかのように煌く槍――獅子槍ディンガルが安置されている。

 ギルド『アダマス』メンバー一〇〇人の思いが注ぎ込まれた逸品。

 

 DMMO‐RPGユグドラシルにおいて、そのギルドの名を知らないプレイヤーはいない。

 ある者はユグドラシルの善意、ある者は仮想世界に舞い降りた優しさそのもの、そう褒め称えるプレイヤーは多い。 しかし、中には偽善者、独善家集団と呼ぶ者も少なからず存在していた。

 

 ギルドの掲示板を立ち上げ、そこに書き込まれる他プレイヤーの悩みや問題に対して真摯に向き合い、できる限り解決の為に努力する。

 決して相談事を断ることは無かった。

 不可能であることを言われても、必ず代替案を提示した。

 

 ある日その掲示板に書き込まれた一文は長く語り草となる。

 

 《運営より運営らしい》

 

 一プレイヤーであるギルドメンバー達がそう言われるまで善行を重ねたのは、一人の少女に共感したからに他ならない。

 

 同ゲーム史上、「最強」と呼ばれるプレイヤーは複数存在する。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に所属する純白の聖騎士

 リアルでも格闘技のチャンピオンであるプレイヤー

 

 そして、ギルド『アダマス』創設者の一人にして、「影の女王」の異名を持つ女性プレイヤー――センリ

 

 彼女の槍は目の前に現れる全ての魔物の命を貫く。

 彼女の動きをまともに捉えられるプレイヤーは居らず。

 淀みない心を覗いた者は、誰も彼も彼女を愛さずにはいられない。

 

 

 そんな彼女がユグドラシル引退の意思を打ち明けたのはただ一人。 センリの望みである「他人の役に立ちたい」という思いに最初に共感し、ギルド立ち上げに協力してくれた人物――ラージ・ボーン

 

 彼と最初に出会ったのは薄気味悪い森の中。

 骸骨騎士(スケルトン・ナイト)という異形種だったラージ・ボーンが当時ユグドラシルで流行っていた異形種狩りに遭っていたのを、偶然友人の聖騎士と一緒に助けたのがきっかけで知り合った。

 

 聖騎士は彼に異形種狩りを逆に狩る「PKK」を主な活動とする同盟(クラン)に誘ったが、ラージ・ボーンはPVPが苦手と言いそれを断った。

 本人はただ気が弱いだけとか話していたけれど、本当の理由は別のところにあると、センリは気付いていた。 彼の「優しさ」が邪魔をして、プレイヤーに対して無意識に遠慮してしまっている事を。

 

 不器用で消極的な彼を、ユグドラシルと出会う前の自分と重ねたセンリはラージ・ボーンと一緒にできることを探し始める。

 

 小さな頃から体が弱く、病気がちだった自分が他人の役に立てることがあるのか。

 物心ついた時から思っていた事をラージ・ボーンに相談したところ、彼は「やってみたら良いじゃないですか」と一瞬も考えずに答えを教えてくれた。

 

 センリにとってその言葉は紛れもない福音だった。

 あの聖騎士もよく言っていた。 「誰かが困っていたら助けるのは当たり前」と。

 自分もそうすれば良いんだと気付かされた。

 

 

 

 そうやって、掲示板であたしの拙い思いに共感してくれた二人と、ラージ・ボーンとで『アダマス』を結成してから何年も経ち、とても充実した日々を過ごしていた。

 けれど、どんなものにも終わりはある。 あたしはそれが人より少し早かっただけ。

 

 「……センリさん、大丈夫ですか? 痛いところとか…」

 

 男性の声で我に返る。 気分が悪いわけではない、体調も…今は調子の良い方だ。 此処は聖堂の最下層、ギルド武器の安置所。

 

 座ったまま、一番信頼できる人の肩に体重を預けながら、センリは小さな吐息を漏らす。

 

 「…ん、大丈夫だよー。 ちょっと、いろいろ思い出してただけだから」

 「なら良いんですけど。 最後だからって、無理しちゃダメですよ?」

 「分かってますー! 心配性だなぁ、骨太くんわ」

 

 無課金ギルド『アダマス』初代ギルド長、センリの引退及びラージ・ボーンの二代目ギルド長就任式の夜、大ホールの会場をセンリとラージ・ボーンは二人で抜け出し、ギルド武器安置所に来ていた。

 

 「本当にありがとうね、骨太くん。 さっきも言ったけど、やっぱり骨太くんで良かった」

 「僕で…ですか。 よくわかりませんけど、こちらこそありがとうございます。 僕も、センリさんのお陰でたくさんの人と仲良くなって、すごく楽しかったです」

 

 ゲームの中に感情が全て現れてしまっていたら、きっとセンリは照れ笑いを浮かべていただろう。

 それくらい的外れで、恥ずかしいことを言われたのだから。

 

 「えっと…骨太くん、先に会場に戻っててくれる? あたしは少し休んでから行くよ」

 「それは良いですけど、何ならログアウトしますか? 皆には僕から…」

 「大丈夫だってばー。 ちゃんと行くから、みんなにあたしがどれくらい感謝してるか、もっと伝えたいし」

 「…わかりました。 そう伝えておきます」

 

 仮想の中とはいえ、ラージ・ボーンとの距離が離れることに名残惜しさを感じながら、センリは安置所を後にする男を見送った。

 

 

 

 センリはコンソールを操作し、目当ての項目を選び出す。

 「〈GMコール〉  …どーも、センリです。 少し遅くなっちゃいましたけど、最期のご挨拶と、アレの確認の為に連絡させてもらいました」

 『センリさん、お疲れ様でした。 貴方の功績は運営も高く評価しています。 センリさんのお陰で引退を延期したプレイヤーも多くいることから、サーバーの確保は受理されました』

 「ありがとうございます。 せっかく無理言って作ってもらったものが失くなっちゃうのは寂しいですから」

 『確認と言われましたが、あの場所へ転移しますか?』

 「あ、それ、お願いします」

 『では、GM権限でのセンリの転移を実行いたします』

 「はいはーい!」

 

 

          ●

 

 

 視界が一瞬真っ黒に染まった次の瞬間、センリは先程まで居た安置所によく似た場所に独り立っていた。

 青い鉱石で出来た部屋。 違うところがあるとすれば、その奥に安置されているものだろう。

 深紫の長髪、白い肌、黒いボディースーツ、右手には黄金の槍。

 センリのキャラクターと瓜二つのNPCがそこに居た。

 

 「スカアハ、また来たよ」

 センリは鏡写しのNPCを、まるで自分の子供の名であるかのように呼んだ。

 

 センリの引退を会話ログで知った運営からのささやかな贈り物の一つ。

 自身の複製(レプリカ)であるスカアハの作成はセンリが望んだもの。

 もう一つの贈り物は、運営側がセンリが引退するまで、ユグドラシルを有意義に楽しんでもらうため、ギルド武器に付与したある効果。

 

 『このNPC、スカアハに搭載されたAIは、極限までセンリさんの動きを再現するように作られています。 装備の効果も同様、もちろん装備している武器に付与された効果もそのままです。 ただ、システム上NPCはギルド武器を装備できませんので、スカアハが装備している槍は、世界級(ワールド)級武器として扱われます。 それにしても、スカアハの起動条件はセンリさんがおっしゃった通りでよろしいのですか? あれでは起動されない場合も…』

 「良いんですよ。 あたしの生きた証が、みんなと一緒に生きたこの世界に残っていてくれれば。 もし、彼がこの子を見つけてくれたなら。 それが一番嬉しいことですけどね」

 『もちろん、ユグドラシルのサービス終了までスカアハは存在します。  …では、センリさん、本当にお疲れ様でした。 会話を終了致します』

 「こちらこそ、お疲れ様です。 それじゃ…」

 

 

 GM(ゲーム・マスター)の声が聞こえなくなり、部屋の隅、まるで蛍のような儚い光が二人の女性を照らす。

 センリはいつものように、母が子供に話すように、スカアハに語りかける。

 

 「これでスカアハに会うのも最後になっちゃうよ。 でもきっと、骨太くんが迎えにきてくれる。 …それまで、独りになっちゃうけど、寂しくないよ。 あたしはスカアハの中にいるから。 でも勘違いしちゃダメだよ。 スカアハはあたしじゃない。 あたしもスカアハじゃない。 骨太くんなら、ちゃんとわかった上で、あなたと接してくれる。 大事にしてくれると思うから…」

 

 

 センリはスカアハを優しく抱きしめる。

 体温も、鼓動も無い世界では何も伝わらないかもしれない。

 でも、何かが伝えられるかもしれない。

 

 瞳をぎゅっと閉じる。

 自分の中にあるたくさんの気持ちを、思い出を注ぎ込むようなイメージ。

 

 めいっぱいの「大切」を託した後、センリは振り返り、部屋の反対側にある転移用の魔法陣が描かれた場所を確認する。

 

 「スカアハ、じゃあ…ね」

 

 『センリさん?』

 「…え!?」

 センリが自分の引退式会場へ戻るため、転移用魔法陣へ足を進めようとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 「まさか…たっちさん?」

 『ああ、間に合った。 引退式の途中ですか? 都合が悪ければ連絡し直しますが』

 「いやいや、大丈夫だよー! っていうか、久しぶりだねー… もしかして、骨太くん?」

 『ええ、彼が私に連絡をくれまして。 伝えておくべきだろう、とね』

 「あははー…。 いや、ちがうんだよ? 別に黙ってたわけじゃ…」

 『仔細は知りませんが、なんとなく察することはできます。 普通の引退、というわけではないのでしょう?』

 「さすがはたっちさんだわー。 …というよりも、骨太くんが素直過ぎるのかもね」

 『はい、彼はとても素直ですから。 伝わってしまいました』

 「この分じゃギルメンの皆も、実は分かってるんじゃ…」

 『部外者である私が分かるんですから』

 「んんー…、これはちょっと…会場に戻りにくいなー…」

 『それは大丈夫でしょう。 『アダマス』のメンバーは皆、空気が読める方と聞いていますから』

 「まあ、一部を除いて…だけどね」

 『ハッハッハ、誰のことでしょうかね』

 「……ありがとうございます、たっちさん。 お忙しいところ」

 『いえ、他でもないセンリさんの引退と聞いては、せめて一言くらいは伝えておきたいので。  お疲れ様でした。 貴方の言動や行動はゲームの中のみならず、プレイする人間に善き影響を与えていたでしょう。 私はそれを、とても素晴らしいことだと思います。 私自身、貴方に癒されることは多くありました。 本当にありがとうございます、センリさん』

 

 「……」

 『センリさん?』

 「…あ、あはは… なんか、嬉しくて…リアルに泣いちゃったよぉ…」

 『貴方に涙を流させる男は、ラージ・ボーンだけだと思っていましたよ』

 「それって、どういう意味?」

 『…それでは私はこれで、センリさん本当にお疲れ様でしたー…』

 「あ、ちょっ! たっちさん!?   …もうログアウトしてる。 ま、いっか…皆のところに戻ろう!」

 

 センリは俯きかけた顔を上げ、胸を張って進んだ。

 自分がやってきたことは無駄じゃなかった。

 自分が生まれ、生きてきたことに意味はあったのだと、友人が、仲間が教えてくれる。

 

 センリの瞳は淀みなく遥か彼方を見つめていた。

 

 






 現在を見た。
 過去を見た。

 では、未来を見に行こう。


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幕間 不壊王国(アンブレイクド・キングダム)


 栄養価の高い作物が有名なキーン村は今やリ・エスティーゼ王国にとってなくてはならない存在となっていた。
 名産品バレーシは軍の食糧の数割を締め、斬新な村の改革は他の村や都市が参考にする程。
 今、この村が独立でもしようものなら、王国の損害は計り知れない。

 王や貴族の誰もが、そんな日が来ることを考えもしなかった。




 

 「ヴァーサ村長、準備は整ったようですね」

 村長の家に入ってきたエマがヴァーサの格好を眺め、そう言った。

 「ええ、そうなのだけれど…」

 ヴァーサは自分が着ている一番上等の服――王侯貴族との謁見などの時しか着ない程のドレスをしげしげと眺めながら、ため息を零す。

 「村長なら大丈夫ですよ! ね、ブリタさん」

 「うん。 バッチリよ、ヴァーサさん」

 「もう、茶化してる…」

 顔を赤らめたヴァーサの視界に入ったのはエマとブリタの真剣な眼差しだった。

 エマは村長の仕事を手伝いながら、管理者として必要な素養を学んでいる。

 その中で、度々ヴァーサが村を離れる際には「村長代理」として内政的に村を守ってくれていた。 ブリタは物理的に村を守る冒険者達のまとめ役。

 今回、村長が長く村を離れることになる為、二人には事情を伝えている。

 

 ふっとエマが暗い顔をしたことにブリタが気付いた。

 「どうしたの?」

 「私とブリタさんに村長がしばらく離れることを話してくれた時、とても思いつめていたようだったので… 何か危険なことに巻き込まれてるんじゃないかと思って」

 エマの上目遣いにヴァーサは顔をしかめながら言葉を返す。

 「大丈夫よ。 私はあるとても高貴な…至高と言えるお方に会って、村のこれからについて御相談するだけだから」

 「至高って…アダマス様よりも?」

 「…同じくらいかしら。 というよりも――」

 突然扉が数度ノックされた。 扉の向こうから美しく品性の高さを感じさせる声が聞こえる。

 「ヴァーサ・ミルナ様、ユリ・アルファです」 

 声を聞いたエマが慌てて扉に向かう。

 「あ、はい。 今開けます」

 扉を開けた先には黒髪眼鏡にメイド服を着た、天上の美を持つ女性が立っていた。

 薬指に嵌められた指輪が日の光を反射して煌く。

 「お待たせいたしました。 ヴァーサ・ミルナ様をお迎えにあがりました。 失礼してもよろしいですか?」

 「はい。 どうぞ」

 

 至高の魔術詠唱者(マジックキャスター)にして、村の救世主アダマス・ラージ・ボーンの友人であるアインズ・ウール・ゴウン。

 そのアインズのメイドであるユリ・アルファとヴァーサは今までに数回会っていた。

 アダマスがアインズと同盟を結ぶ上で、キーン村の守護を乞うた為、連絡役としてユリは度々訪れている。

 

 そして今回、いよいよヴァーサはアインズ本人と面会することになっていた。

 「では、準備がよろしければすぐに転移の準備に入りたいと思います」

 「て、転移? 転移なんてできるの! …ですか?」

 ユリの言葉にブリタが大きな声を上げた。 ヴァーサはなぜ、ブリタが驚いているのかは十分に理解している。 魔法による転移は人間の限界か、それ以上の御技なのだから。

 「あ、いえ。 これは私の力ではなく、アインズ様よりお借りしたマジックアイテムの力によるものです」

 ブリタとエマが目を丸くしている間に、ヴァーサは一歩前へ出た。

 「それではユリ・アルファさん、よろしくお願いします」

 ユリは一礼すると、壁の前まで歩く。 突然、そこにまるで空間から取り出したかのように大きな木枠が現れた。 人が余裕でくぐれるほどのサイズで、細緻な模様が彫刻されており、額縁のようにも見える。

 「さあ、どうぞ。 お入りください」

 「それでは、エマ、ブリタさん。 あとは頼みましたよ」

 「はい! お任せ下さい」

 「大丈夫ですよ村長、あのゴーレムもいますから」

 

 枠の向こうに見えるのは、見慣れたいつもの壁のはずだ。 しかしながら、まるで別の世界が向こう側に広がっていた。

 ユリが先導するよう歩き出す。 枠の向こう側へと。

 続いてヴァーサが歩き出す。

 抵抗すらなく抜けた先、広く荘厳な通路の左右には今にも動き出しそうな像が並んでいる。

 「なんて… いえ、失礼しました。 とても、素晴らしい…」

 感嘆の吐息を吐きながらヴァーサは天井を見上げた。

 そこは磨き抜かれた大理石の床に絢爛(けんらん)たる絨毯が敷かれた荘厳な通路だった。 ヴァーサは唖然としながら、今まで見たどの王宮も足元にさえ及ばないと思った。

 「この先でございます」

 ユリの声に我に返り、再び目の前に現れた二つ目の枠を通り抜ける。

 一瞬だけ、ピンクの花が散る中、下が赤で上が白の服を着た女性を幻視し――

 「よくぞ来てくれた。 歓迎しよう、ヴァーサ・ミルナ」

 荘厳にして威厳を感じさせる声が聞こえた。

 光を吸い込むような漆黒のローブに身を包んだ不死者(アンデッド)――アインズ・ウール・ゴウン、神官長補佐官から噂は聞いている。

 曰く神をも超える最凶の魔術詠唱者(マジックキャスター)、曰く人類不倶戴天の敵。

 悪しき存在と揶揄する言葉等必要ない。 大事なことは、ヴァーサ自身が神と敬い、忠誠を誓った人物―アダマスが友と呼んだこと。

 今のヴァーサにとっては、それが全て。

 

 見渡せば壁の色は黒、部屋の真ん中には十人掛けの長方形のテーブル。 先程見た廊下と比べると質素な作りをしており、ヴァーサが持った印象は「会議室」だ。 それもそのはず、ヴァーサはパーティに呼ばれたわけではないのだから。

 「お初にお目にかかり光栄です、魔導王陛下」

 ヴァーサは自然な動きで跪き、頭を垂れる。

 ここまで意識せず頭を下げることができたのは、心が、体が殆ど勝手に動いたからだ。

 アインズ・ウール・ゴウンという圧倒的上位者を目の前にして堂々と胸を張れる人物がいれば、それは神かそれを超える存在くらいだろう。

 その絶対者が口を開いた。

 「まだ…ではあるがね。 それよりも、頭を伏せていては話もできない。 かけたまえ」

 「はい。 それでは、失礼致します」

 決して広いとは言えない室内。 一番奥の椅子、上座にアインズが座り、ヴァーサは下座。

 当然の配置ではあるが、真正面に魔王の肉も皮もない顔を望むのは、実力的にアダマンタイト級であるヴァーサでも、正直心臓に悪い。 

 しかし、目を背けるわけにはいかない。 この会談に、村の将来がかかっているのだから。

 ヴァーサはゴクリと生唾を飲み込み、王の言葉を待つ。

 

 「…本題の前に、一つ尋ねたいことがあるのだが、良いかな?」

 「え? あ、はい…ど、どうぞ」

 普通の、まるで人間のような雰囲気をもつ魔王の言葉遣いにヴァーサは一瞬呆気に取られながらも、なんとか返事を返す。

 「例の魔女、たしかエンナと言ったか…。 あれは我々の敵、予言者の部下のはずなのだが、尋問にかけたところ、随分と素直に答えている。 予言者の目的、拠点、戦力全てだ。 罠だとしたら幼稚過ぎる上、情報の一部は裏も取れている。 恐らく事実だろうが… 何か心当たりはないか?」

 予言者によって生み出された存在であるエヌィ・シーアが一人、エンナが裏切りを行うことなど有り得ない。 しかし、可能性があるとすれば、思い当たる節はある。

 「…エンナ様を含めた四人のエヌィ・シーア、四巫女とも呼ばれる方々は、自身を創造した存在に絶対の忠誠を誓っています。 その忠義が揺らぐことなど、有り得ません。 であれば、巫女が裏切るということは…」

 「なるほど、予言者は「自分達を創造したものではなくなった」ということだな?」

 「恐らく…」

 ヴァーサは自分が見ていた予言者――ノアの様子について思い出していた。

 自分が初めて出会ったころのノアは優しさに溢れ、慈悲深く、人類の繁栄と存続を第一とした素晴らしい神だった。

 しかし、何百年という時間の中で徐々に人々が愛した「人間性」と呼べるものを失い、人類をまるで実験動物のように扱いだしたのだ。

 とはいえ、ただの「心変わり」で巫女が予言者を裏切るのか… そして、何故裏切るほどの状態で、今まで付き従っていたのか。

 

 「それは興味深いな… こちらのエヌピー… いや、私も… 有り得るということか…」

 ヴァーサの耳にアインズの独り言が届く。 小さな声である為に全てを聞き取ることはできなかったが、情報を得たこと自体を楽しんでいるようにも感じられた。

 「ゴウン様、何かございましたか?」

 「ん、いや…こちらの話だ。 この件に関しては、また追々聞かせてもらうとしよう。 では、本題に戻ろうか」

 「はい。 確か、王国と帝国との戦争に、私も参加するのですよね?」

 アインズはテーブルに肘を突き、口元で手を組みながら答える。

 「その通りだ。 もともとは、我がナザリックが建国する為に帝国と結んだ契約でもあるのだが、そちらにもこれに便乗してもらおうと考えている」

 「よろしいのでしょうか… 帝国は」

 「その辺りは大丈夫だ。 私とジルクニフの仲だからな」

 自信に満ちたアインズの言葉に、ヴァーサは感動していた。 至高の魔術詠唱者(マジックキャスター)が現れてから長い年月が経っているとは言えないにもかかわらず、帝国の首長とそこまで親密な関係を築くことができるとは。

 力のみならず智謀とカリスマに溢れた支配者なのだと、ヴァーサは確信する。

 「では、当日私はどのように動けばよろしいのでしょうか?」

 「そうだな、火球(ファイヤーボール)でも一発打ち込んでくれればそれで良い。 …人を殺すことに躊躇いはないか?」

 「問題ありません。 私も、汚れを知らない生娘ではありませんので」

 「……あ、ああ。 そういうことか。 突然何を言い出すのかと思ったが、そうか、人を殺めたことがあるとかそういうことか」

 絶対者の少しだけ戸惑う姿に、自分が忠誠を誓う大戦士の事を思いだしながら、ヴァーサは笑みを堪える。

 「アダマス様からお話は聞いていましたが、ゴウン様はとてもお優しい方なのですね」

 「はは、村長もな。 …でだ、ラージ・ボーンと同盟を結ぶことになったわけだが、やはり個人の「同盟者」というよりは、君の村を守る為にも独立して「同盟国」となってもらった方が話を進めやすい。 …というわけだ」

 「はい、村の皆も納得してくれています。 村の防衛をしてくださっている冒険者の方々も、新しい国の冒険者組合に所属することを受け入れてくださいました」

 「そうかそうか、ならば確かに、問題はないな。 それで、国の名前は決まっているのか?」

 

 

 「はい、『不壊王国アダマス』です!」

 

 






 「よ、不壊王!」

 ラージ・ボーン「やめてくださいよー」

 「よ、不快王! 腐海王!」

 ラージ・ボーン「やめろッ!」


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最終章 いつの日かハッピーエンド
一話 「ワインレッドの心」



 希望の神によって護られ、施しを受けた人類は、長い時間をかけて腐敗していった。
 人類を護る為の力を使えば使うほど、神は弱っていくのを四人の巫女はただ見守ることしか出来なかった。

 力と知恵を与えられた人々はやがて、それ以上を求め、奪おうとする。
 神はこれを悲しみ止めようとするも、力を失ったままでは止められず、深い傷を負わされる。

 神は彼らを止めるべく、大きな「力」を求めた。
 その代償は、とても大きく、残酷なものと知りながら…



 

 

 アダマス・ラージ・ボーン――血と骨の色で構成された魔神のような外見を持つ不死英雄(アンデッド・ヒーロー)――赤白(せきびゃく)の大戦士とも言われる人物は今、ナザリック地下大墳墓第五階層「氷河」に来ていた。

 「目的地まで、もうすぐ」

 「ありがとう、シズさん」

 案内役として付いてくれているナザリックの戦闘メイド――プレアデスのシズ・デルタ――に感謝の気持ちを伝える。

 シズは非常に整った顔立ちをしてはいるが作り物めいたもの。 宝石のような冷たい輝きが宿った翠玉(エメラルド)の瞳が表に出ているのは片側だけであり、もう片側はアイパッチが覆っていた。 長く伸ばされた赤金(ストロベリーブロンド)の髪が吹雪で靡いていた。

 「あっち」

 淡々としたシズの様子に(アイアン)級冒険者の一人を思い出しながら、案内されるままに進んでいくと、目指すべき場所が見えてきた。

 誰もいないように見える白色の世界ではあるが、アダマスの常時発動している特殊技術(スキル)による超知覚によってそれが偽りであることを理解している。

 先にナザリックの支配者からの連絡によって、来客がいることを知っているからこそ、潜む者どもは姿をみせないだけだ。

 アダマス達は第一の目的地である巨大な半球形ドームに到着する。

 そこには巨大な二足歩行昆虫を思わせる異形が佇んでいた。

 大きさは二・三メートルはあるアダマスよりもさらに頭一つ抜けている。 二・五メートルはるだろうか。

 身長の倍はあるたくましい尾や全身からは氷柱(つらら)のような鋭いスパイクが無数に飛び出している。 左右に開閉する力強い下顎、ライトブルーの硬質な外骨格にはアダマスも「ほう」と感嘆の吐息をもらす。

 「ヨクゾイラッシャッタ。 アダマス・ラージ・ボーン殿」

 若干聞き取り難い、硬質な声だ。 口調は正しく武人、礼節と狭義を重んじる性格なのだと思わせる。

 「コキュートスさん…ですよね。 同盟宣言の時、以来ですね」

 「呼ビ捨テニシテクダサッテ結構。 アダマス殿ハアインズ様ト同格トノコト。 強サニオイテモ私ヲ上回ッテイルトオ見受ケシマス」

 「強さ云々に関しては、装備の差だと思うけど…。 その辺りは実際に戦ってみないことには分からないと思うから、また今度、試合ってみます?」

 「オオ! 是非!!」

 武人がかなり前のめりに同意してきた。

 あまりの勢いに思わず後ずさりながらアダマスは本題に入ろうとする。

 「それで、コキュートス。 会いたい人が居るんですけど」

 「話ハ聞イテオリマス。 例ノ魔女デスナ」

 「ええ、アインズさんから、彼女が自分と話がしたいと… 聞いたものですから」

 「装備ハ剥ギ取ッテオリマスガ、何卒オ気ヲ付ケクダサイ」

 「わかっています」

 

 気を引き締めたアダマスは万が一の護衛役であるコキュートスと案内役のシズと共に、同階層にある牢獄へと向かった。

 

 

          ●

 

 

 氷結牢獄の奥、生物を拒絶するような極寒の場所に、魔女の捕らえられた独房がある。

 今の魔女の服装はアダマスが初めて会った時に着ていた旗袍(チャイナドレス)ではなく、王国の一般的な町娘が着るような服装だった。

 おそらく、先日の王都での一件でナザリックが手に入れたものだろう。

 「こうして目の前にするのは初めてだな、悪神よ…」

 予言者のシモベにして上位の炎精霊に匹敵する力を持つ魔女、インナ。 魔法で強化された格子越しにこちらを恨めしそうに睨みつける女性のことでアダマスが知っているのはそれくらいだった。

 「本題を聞かせてほしい。 情報を吐き出した以上、ナザリックにとってもあなたは用済みであり、村を襲おうとしたことで、自分があなたを殺す理由もある」

 「ハハ… ならば、何故殺さぬ?」

 「ヴァーサが、あなたの助命を願ったからだ」

 「ヴァーミルナが?  …ハッ、つくづく… 愚かな…」

 嘲笑というよりは、諦めの笑いと感じられるような声がアダマスの耳に届く。

 「コキュートス、シズ、少し… 席を外してもらっても良いだろうか? この人はもう…」

 「…畏マリマシタ。 デハ、終ワリマシタラ、声ヲオカケクダサイ」

 「…了解」

 アダマスの意図を察したコキュートスがその場を離れ、それにシズも付き従っていった。

 

 シズはそのまま去っていくが、コキュートスは魔女の視界には映らない場所で気配を殺している。 主の命令と客人の願いの両方を実行する為の手段を考え、選ぶ。 アダマスはコキュートスが思っていた以上に機転の利く守護者だと印象を改める。

 「これで、言いたいこと… 言えるだろう」

 「悪神に気を使われるとは、なんと腹立たしい…」

 「いいから話せ、自分に何を伝えたいんだ?」

 

 先程まで全てを諦めたかのようなインナの瞳に、炎が宿るのをアダマスは見逃さなかった。

 しかし、それは敵対心ではなく、まるで祈りのよう。

 「予言者…ノア様が、なぜ貴様を「悪神」と呼んだか、わかるか?」

 「ヴァーサから聞いたよ。 自分が、予言者から全てを奪った「悪」だからだろう? 確かに、自分はあの人から多くを奪い、それを壊した… 恨まれて当然だ」

 「違う!」

 エンナの突然の気迫がアダマスの心に響く。

 「悪とは敵だ。 敵とは恐れだ。 …ノア様は貴様を恐れている!」

 

 

          ●

 

 

 魔女との話を終え、アダマスはコキュートスが待つ廊下へと足を進める。

 「モウ、ヨロシイノデスカ?」

 「ええ、ありがとうございます。 もう十分です」

 「ソレデ、イカガスルオツモリカ。 アノ魔女ノ処遇ハアダマス様ニ任セルトアインズ様ガ仰ッテイマス。 シャルティアノ件モ、魔女ノ仕業デハナイト調ベハツイテオリマスノデ」

 

 「…あの魔女を解放します」

 「泳ガセルノデスカ?」

 「いえ、そうじゃないんですけど。 自分に考えがあります」

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

 独房での一件から数日後アダマスはインナから教わった通りの道を歩き続けていた。

 城塞都市エ・ランテルより南方、南北に連なる山脈に沿って南下していくと、山の麓に独りの女性を見つける。

 長い金髪、黄色の目をした白い肌の女性。 純白のローブには金糸で幾何学模様の刺繍が施されており、その上に黄色の羽衣を羽織っていた。

 アダマスは駆け足で女性の下へと駆け寄り、声をかける。

 「こんにちは、インナさんから話は通っていると思いますが、アダマス・ラージ・ボーンです。 この度は、よろしくお願いします」

 相手から目を離さずに、四五度のお辞儀をする。

 「はい、話は伺っていますよ、アダマス様。 お初にお目にかかります、私はチャオ・テアル・トリス、御方に創造されしエヌィ・シーアが一人、土の巫女を務める者です」

 トリスは丁寧に深々と頭を下げ、静かで美しい声で自己紹介をした後、アダマスの足元を見て「クス…」と小さく鼻で笑った。 ほんの小さな仕草に、緊張で固くなっている戦士が気づくことはない。

 そしてトリスはアダマスに背を向けて、呪文を唱え始める。

 

 《バルサザール・チャチャガズー・イル…シュ…アス……ハーク》

 

 アダマスの耳に後半聞き取り切れなかった理解不能の単語が届くと、トリスの目の前に小さな祠が現れる。

 祠の中には地下へと繋がる階段が見えた。

 トリスは振り返ってから、感情の読み取れない分厚い仮面のような笑顔をアダマスへ向け、口を開く。

 「では、私の後についてきてくださいますか?」

 「…はい」

 人間としての残滓がアダマスに即答をさせなかった。

 アダマスの記憶では数年ぶり、ただし相手は数百年の時を経て出会う。

 世界級(ワールド)アイテムのデメリットによる記憶の変化やこの世界での経験が、かつての友をどれ程変えてしまったのか、この目で確かめることを恐れている。

 しかし、前に進まないわけにはいかない。 友と、護るべき存在の為にも。

 アダマスは拳を握り締めながら、ぎこちない一歩を踏み出した。

 

 

          ●

 

 

 黒鉄のような光沢と質感を持つ長い階段を下りながら、アダマスは周囲を見回す。

 底の見えない大きな穴の中に向かって伸びる一本の階段から、壁までの間には何もない。

 階段に手すりは無いが、その幅が五メートル以上はあるために二人で下りている分にはまず踏み外すことはないだろう。

 階段から数メートル離れた場所にある壁にビッシリと書かれた古代文字がぼんやりと光っている。

 その光は一色ではない。 緑だったり橙色だったりと、複数の色を放っている。

 まるで昔、映画で見た巨大な天空城の中にいるような感覚。

 地下にいるはずなのに、「天空」という感想を抱いたのは、アダマスがこの構造物の目的を知っているからに他ならない。

 

 「あの壁に書かれている古代文字には、全て強力な魔法が込められております。 ノア様が二百年の時をかけて建造された「方舟」は概念結界及び物理結界で保護されており、内部は中枢に設置されております概念炉によって常に水と食料の供給が… 失礼いたしました。 こういった話を聞きにこられたわけではありませんよね。 アダマス様が興味を持っておられるようなので、つい…」

 「あ、いえいえ。 大変興味深いです。 自分は魔法関係の知識は乏しい方なので、ありがたいです」

 「そう言って頂けると、私も嬉しいです」

 アダマスの視界に入ったトリスの横顔は先程見た仮面のような笑顔ではなく、本当に嬉しそうな笑顔に見えた。

 アダマスは上機嫌な相手に気になる単語について尋ねる。

 「先程「方舟」と聞こえましたけど」

 「ええ、この「ノアの方舟」は予言者ノア様の計画、「浄化(カタルシス)」によって聖別された人類の…まさに方舟です」

 

 予言者の目的「浄化(カタルシス)」について、アダマスは友から聞かされていた。

 その内容自体に驚きはしなかったが、それをかつての友が行おうとしている事には、不快を感じずにはいられない。

 「…方舟に入れなかった人は?」

 「ノア様が召喚される神獣によって、昇華することになるでしょう。 魔物も、悪しき心をもつ人の形をした動物も、ノア様によって選ばれなかったものは、全て、例外なく」

 「予言者…ノアの方舟……か。 あの本の通りなら、神獣じゃなくて大津波のはずだけど…」

 「…何か?」

 「あ…いえ、その…キーン村の実験について、教えてもらいたいなと…」

 「構いませんよ。 どこからお話ししましょう… では、先ず、この方舟が天空へと舞い上がった後、召喚された神獣による昇華が始まります。 そして、昇華によって傷ついた大地が再び再生するまでの長い間、方舟の中の人類が生活していく試験を村で行っていたのです。 限られた場所での食糧供給、人的資源の活用、人類は与えられるばかりでは腐敗してしまいますので。 そして、人類の指導者こそヴァーミルナなのです」

 「…そのことを、彼女は?」

 「まだ、知らされていないでしょう。 あの子は優しい子ですから。 ノア様も、計画を実行するその日まで、伝えないつもりのようです」

 

 トリスが語っている中、「腐敗」という言葉に強い敵意をアダマスは感じ取っていた。

 

 何度か転移装置を経た後、真っ白な空間に辿りついた。

 直径五十メートル程のドーム状の広場の中央には黄金の光を放つ一条の光の柱が見える。

 トリスは真っ直ぐ中央に向かって歩きながら、アダマスに語りかける。

 「あれが、この方舟を支える概念炉です。 そして…」

 

 柱の裏から一人の男が姿を現す。

 その男は真紅の鎧を身に纏い、整えられた黄金色の髪と端正な顔立ち、アダマスの心に郷愁と憤怒が同時に湧き上がる。

 

 紅色の神は、待ちに待った客人を迎えるように両手を広げ、口を開いた。

 

 「ようこそ「ノアの方舟」へ。 悪神、アダマス・ラージ・ボーン!」

 

 

 

          ●

 

 

 

 「……ここで当ってるのか?」

 「なんだっけ、ロケーター?」

 「いやいや、スニーカーッスよ」

 「……」

 「クソッ、こんな時にメッセージが途切れるとか、ありえねぇ」

 「短気は損気ぞー。 とりあえず合図は待つしかないぬーん」

 「ブフー… で、ココどこ?」

 

 






 【ユグドラシル時代『アダマス』の一幕】

 センリ「あたしとトラくんって、一部のスキル被ってるよね」

 トラバサミ「たしかに。 俺は職業(クラス)が忍者ですから、隠密スキルを取るべきだと思って、持ってますけど… センリさんは何で?」

 センリ「ほら、あたしってば『影の女王』じゃない?」

 トラバサミ「あ~~…。 でも確かに、あのスキル便利ですもんね」

 センリ「なんていうか、「影」ってつくスキルって、カッコイイよねー!」

 トラバサミ「…骨太さんの影響、ばっちり受けてますね」

 センリ「えへへー。 ありがとー!」


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二話 「今日は泣くのにふさわしい日」


 アダマスは予言者から、本人が成そうとしている計画の本心を聞き出し、これを阻止すべく、計画の中枢である「ノアの方舟」に単身赴いていた。



 

 

 真っ白な床から現れた―むしろ、生えたという表現の方が正確か―床と同じ色をした立方体の上にアダマスは慎重に腰を下ろした。

 そこから針が飛び出たり、電流が流れたりしては危険だが、目の前で腰掛ける人物を見る限り、そのようなしないだろうと、根拠のない思考に至る。

 

 「トリス、もう下がって良いぞ」

 「かしこまりました」

 予言者ノアの言葉に深くお辞儀をした金髪の女性は、中央にある光の柱が照らすドーム状の白い部屋から霞のように姿を消した。 本人の魔法によるものか、この構造物の仕様なのかは不明だが、本来部外者であるアダマスの不安を掻き立てる要素に充分なり得る現象ではあった。

 

 「正直、あなたを何と呼べば良いのか、迷ってます。 予言者とか、ノア…ノヴァ? それとも、赤錆さん? いや、とりあえず、こちらの精神衛生と便宜上、ノアと呼ばせてもらいますよ」

 「それで結構。 私もここ三百年はそう呼ばれているので、分かりやすくて良い」 アダマスは面頬付き兜(フルフェイスヘルム)の細いスリットの隙間から、相手の顔を覗く。 胸を張り、自信に満ちた表情が窺える。 それに対して自分の猫背はどうにかならないかとノアと自分の差に少しだけ気分が沈む。

 しかし、そんなことを気にしている場合ではない。 自分が此処にいる理由を思いだし、アダマスは顔を上げて、今必要な言葉を放つ。

 「ノア、自分が此処に来たのは…」

 「計画を中止しろ、と言いに来たわけではあるまい?」

 「……その通りだ」

 「フフ…笑わせるなよ悪神。 神聖な心を持つ純粋な人類のみを選別し、次代に託す。 浄化された大地に暮らす人々は神魔の脅威に怯えることなく暮らせる。 人類にとってこれ程の救済はあるまい? 人と、人ならざる者達との平和的共存等有り得ない。 人類同士で殺し合うのも良かろう。 人の世に、人以外が手を加えなければ、それで良い」

 

 淡々と語られるノアの言葉にアダマスは絶句した。

 まるで目的(プログラム)を設定された機械(コンピュータ)

 善悪を超えた場所から振り下ろされる鉄槌に、返す言葉がない。 もとより、説得など不可能とは思っていたが、ここまで隙なく組み上げられているとは考えていなかった。

 アダマスは一つため息を零した後、口を開く。

 「…そこまで考え尽くしているのなら、自分から言えることは何もない。 ただ、あなたが滅ぼそうとしているものを守りたいから、それは阻止させてもらうぞ!!」  アダマスは立ち上がり、戦士版の超位魔法とも言われる自身が持つ最強の特殊技術(スキル)を発動させる。

 強大な魔力が己の体の中心に充填されていく。

 「その技、発動に時間が掛かりそうだな…止めさせてもら… 手のそれは?」

 「課金アイテムだ」

 アダマスは両手に一つずつアイテムを持ち、右手に持つ友人から今回の為にもらった、クリスタル製の砂時計を起動させ、本来なら発動までにかかる時間をゼロにする。

 

 「〈究極大崩壊(ジェノサイドアタック)〉!!!」

 二メートルを超える巨体に満たされた魔力が爆発、大戦士を中心に太陽が顕現したように、視界の全てを白く染め上げる。

 超高熱源体によって生じた絶熱が一気に膨れ上がり、効果範囲内の全てを貪欲に貪り尽くす―― はずだった。

 

 「魔法を無効化する術はあっても、特殊技術(スキル)であれば、概念炉にダメージを与えられる… と考えていたのだろうが、残念。 対策済みだよ」

 放たれたエネルギーは中心に立つ光の柱に吸収され、空間に影響を及ぼすことなく、太陽は消失した。

 

 棒立ちになる大戦士は(わざ)とらしい大きなため息をつく。

 「はぁ~… やっぱりダメか。 一生懸命考えた計画だったんだけどな~… いや、正直自信なかったし、自分は最初からあの人の作戦の方が上手くいくと思ってたし」

 言い訳のような独り言をブツブツと目の前の空間に零しながら、再びため息をつく。 駄目な大人の手本を披露する男は片手を上げて呟く。

 

 「すみません、プランBです」

 『かしこまりました』

 十数分前に消えたはずの女性がアダマスの隣に現れ、即座に脱出魔法を発動させようと呪文を唱え始める。

 「〈グリース…〉」

 トリスが呪文を唱え終わる前に真紅の神が指を鳴らす。 その音と同時に壁や床から多数の鎖が飛び出し、大戦士と巫女の五体を拘束した。

 

 「聖金の鎖(チェイン・オブ・イオアン)不死者(アンデッド)である貴様自身の力では絶対に拘束を解くことは不可能。 そしてトリス、精霊《エレメント》種であっても、七〇レベル程度のお前ではな…。 やはり裏切ったか、チャオ・テアル・トリスよ… 他の巫女も同様だろうな。 まあ良い、お前たちも浄化後の世界には、不要な存在だ」

 ノアは鎖によって縛り付けられる二人を見て、吐き捨てるように言葉を吐いた。

 「これは、ちょっとマズイな…」

 アダマスは万が一脱出が不可能であっても、一対一であればノアを倒す自信はあった。 しかし、拘束されてしまうことは決定的な誤算。 内心焦りながら、隣で縛られる金髪の女性の顔を見ると、意外な表情がそこにあった。

 「大丈夫ですよ、アダマス様」

 不安や焦燥の感じられない自信に満ちた微笑。 身動き一つ取れない女性のする表情ではない。

 トリスの様子に不思議がっていると、アダマスの足元、正確には影から聞き覚えのある声がする。

 

 『これだから骨太くんはほっとけないんだよー』

 

 アダマスの影から姿を現した少女はその手に持つ黄金の槍を振るい、二人を拘束していた鎖を粉々に粉砕した。

 「ハッハッハー! スカアハちゃん、華麗に参上!」

 黄金の槍を床に突き、最高の笑顔をした美少女がアダマスとトリスの間で仁王立ちをしている。 突然の出来事にアダマスは反応が遅れてしまうが、金髪の女性の方へ視線を向けると、その顔に驚いた様子はなく、元々知っていたようだった。

 

 「貴様、悪神の影に潜んでいたのか! しかし、調子に乗るなよ、ここは私の支配する世界だぞ!」

 アダマス以上に驚愕していた予言者は激昂しながら再び指を鳴らす。 先程より多い数の聖金の鎖が三人に襲いかかる。

 

 『スカアハさんもなかなか、放っておけませんよ』

 

 トリスの足元から一瞬黄色い影が飛び出したように見えたかと思えば、次の瞬間、新たにアダマス達を拘束しようとしていた鎖が見えない何かに弾かれ、勢いを失ったまま床に落ちる。

 アダマスの目の前に、久々に見る黄色い忍者装束の人物が立っていた。

 「と、トラ…くん?」

 「すみません、骨太さん、この姿を見せる勇気が今までなくて…。 でも、スカアハさんに言われたんです。 ちゃんと自分と相手を見なきゃ駄目だって…」

 いつの間にトラバサミとスカアハが出会って、相談するくらい仲良くなっていたのか等聞きたいことは山ほどあるけれど、今はここから脱出することが最優先。 アダマスは気を引き締め、影から現れた二人に指示を出す。

 「スカアハは自分の、トラくんはトリスさんのフォローで、脱出する!」

 「はーい!」

 「了解です」

 「あ、は、はい! こちらです!」

 

 「させるか!! …なにっ!?」

 ノアはトリスの案内で出口を目指そうとする闖入者を止めるべく動こうとするが、指一本動かせなくなっていることに気付く。

 予言者は唯一動かせる視線を下に向けると、自分の影に苦無(クナイ)が刺さっていた。

 「おのれ、《影縫い》かァ!!」

 対象者の影に対する暗示をかけ、影に手裏剣または苦無(クナイ)を当てることで相手の動きを止める、忍者系職業(クラス)が有する特殊技術(スキル)の一つ。

 トラバサミが影から出現する際、鎖の迎撃と同時に行った秘術によって、予言者は四人を捕らえる機会を奪われることとなった。

 

 

          ●

 

 

 アダマス達四人はトリスの案内で長い階段を只管(ひたすら)走り続けていた。

 その間、トリスは何かを思い出したようにアダマスに尋ねる。

 「そういえば、プランBの方は…」

 「大丈夫、ばっちりですよ!」

 トリスの心配そうな声に、溌剌(ハツラツ)とした声色で、両手のひらを見せながら答えた。

 「えー、何の話?」

 「ここから出られたら教えるよ」

 アダマスに質問をはぐらかされたスカアハは頬を膨らませる。

 その様子に戦士と忍者は心をときめかせながら、視界の端に現れた光に向かって、一層足を早めた。

 

 

 四人はその人数では決して広いと言えない部屋に辿り着く。

 奥に白亜の立派な机があり、左右の蔵書壁には沢山の書物が並べられていた。

 「ここはヴァーミルナの執務室になる予定の部屋です。 ここでなら、脱出魔法が使えるはず」

 トリスは一人も欠けていないことを確認した後、呪文を唱える。

 

 「〈迷宮脱出魔法(グリース・テレポート)〉」

 

 

          ●

 

 

 他人の魔法による転移の為に、一瞬崩しそうになる体勢を整えたアダマスが顔を上げた先には、驚愕の光景があった。

 

 一人一人が一〇〇レベルである自分と同等の力を持つ九人。

 

 一人は漆黒に赤いラインの入った外套と褐色の肌、長い白髪が特徴の魔術詠唱者(マジックキャスター)

 

 一人は高さ一メートル四〇センチ程の全身白いベールで覆われた、さながら魔物の花嫁衣装の古き純白の粘体(エルダー・ホワイトウーズ)

 

 青い重装甲の修行僧(モンク)、黒い神父衣装と黒い肌の神官、青い軽装備の暗殺者(アサシン)、立派な角を生やした黒いミノタウロス、純白の鎧を身に纏う剣聖、緑色の神獣、準ガルガンチュア級の赤きゴーレム…

 

 かつて仲間として共に笑い、共に戦った、最高の友人たちの姿がそこにあった。

 

 漆黒の魔術詠唱者(マジックキャスター)がアダマスに向かって一歩足を踏み出し、満面の笑みで口を開いた。

 

 

 「久しぶりだな、骨太」

 

 





 
 アインズ「アダマス、課金アイテムの使い方わかる?」

 アダマス「…すみません、教えてください」

 アインズ「ああ、あとこれ。 プランB用のアイテムな」

 アダマス「あはは、やっぱり自分の計画、プランAは駄目ですかね」

 アインズ「単身乗り込んで、相手の拠点の中心で広範囲スキルぶっぱ。 絶対対策されているぞ。 賭けても良い、最終的に俺の考えたプランBになるから」

 アダマス「悔しい! でも選びそう」


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三話「集結」

 死は終わりではない。
 死者は決して黙していない。
 死は絶望ではない。
 死者は恨み言など言わない。

 不壊の王は、死を乗り越える。




 センリ、ゆべし、カーマスートラ、ラージ・ボーンの四人で始めた善行ギルド『アダマス』

 ギルド長センリの「自分が他人の為に役立てる存在であることを確かめたい」という思いに、多くの人が共感し、全盛期は百人にまで膨れ上がった大組織だ。

 しかし、長が次代のラージ・ボーンに引き継がれて以降、仲間たちの結束は徐々に綻びを見せる。 それはセンリという求心性(カリスマ)を失った為だけではなく、ラージ・ボーンの心の弱さが招いた結果でもあった。 「センリの分まで戦わなければならない」という二代目ギルド長が自身にかした圧力(プレッシャー)を、見るに耐え兼ねた仲間が、ギルド解散のきっかけを作る。

 そして、皮肉にもその名に「不壊」の意味を持つギルド『アダマス』は崩壊した。

 

 

 ギルド解散後、冷静になったラージ・ボーンは自身を見つめ直し、改めて自分に出来る範囲で、身の丈にあった行動を取り始める。 センリに影響を受けた自分が善行を積むことで「彼女が、他人の役に立てると証明する」という約束を果たそうとした。

 それはユグドラシル最終日まで、そして今いる世界に転移してからも続いている。

 

 異世界で戦い続ける中、かつての仲間が自分を慕ってくれている人々を滅ぼそうとしていることを知った。

 その理由を探り、できれば阻止する為に奔走し続けた目の前に今、自分の弱さから手放してしまった友が――

 

 「カーマ…さん?」

 「しばらく見ない間に、老け込んだなぁ… 骨太」

 赤いラインの入った漆黒の外套を纏う、褐色の肌に長い白髪の男性魔術詠唱者(マジックキャスター)が笑った。 カーマスートラ、共にギルド『アダマス』を立ち上げ、ムードメーカーとしていつも楽しい雰囲気を作ってくれていた人物。 下ネタ、セクハラをくり返し女性メンバーから怒られながらも、そこにはいつも笑いと和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気があった。

 そんな『アダマス』の副リーダー的存在が、目の前にいる。

 ラージ・ボーン自身の感覚としては、数年振りの再会だ。

 

 かつての仲間達、元『アダマス』のメンバーに対しラージ・ボーンは、解散の原因を作ってしまったという引け目があり、真っ直ぐに顔を見ることができない。 何と声をかけて良いのか、迷っていると鳩尾に激しい衝撃を感じた。

 視線を下げれば黒い神父衣装の人物が抱きついてきたことが分かる。

 

 「ほねぶとざーん! あいたがっだよー!!」

 「こ、コンスタンティン?」

 自分に抱きついてきたのは『ナイ神父』というクトゥルフ神話に登場する人物をモデルとして自身を育て上げたプレイヤー。 『アダマス』の中で一番ラージ・ボーンに懐いていた人物だ。 その能力を全て「ラージ・ボーンのサポートに振り分けた」生粋の骨太オタクとして仲間内で狂人扱いされていた。

 

 「ごめんよー! ぢゃんどれんらぐしなきゃって… おぼってだんだけど…」

 「…いや、コンスタンティン、謝らなきゃいけないのは僕の方だよ」

 ギルドの解散後、気まずさから連絡が取れなかったのはラージ・ボーンだけではなかった。 元ギルドメンバーの殆どが直接連絡を取ることができず、唯一まともに交流のあったトラバサミを介して安否や引退等、近況の情報交換が行われていた程度。

 

 「そんなことないよ、ラージくん。 もっとうちらがちゃんと話し合ってれば、あんなことにはならなかった。 誰かが悪いっていうんなら、きっと皆がイケなかったのよ」

 純白のスライム種の魔物がラージ・ボーンに近付きながら優しい声をかける。

 ギルド中、単純火力最強を誇る古き純白の粘体(エルダー・ホワイトウーズ)シーシュポス。

 メンバーの中で結婚した為に、別名「白き花嫁(ツッコミ役)」と呼ばれた女性。

 

 その後ろにも、友の姿がある。

 「ドラゴンダイン、ルバーブ、ザ・まちぇーて、キュイラッサー、ハーフブリンク、マグナード…」

 名前を呼ばれた戦士達がラージ・ボーンを囲む。

 背後にはトラバサミとスカアハ、今この場にユグドラシル時代「ギルド『アダマス』最強の一三人」と呼ばれたプレイヤーの内、ある意味で一二人が揃ったことになる。

 

 「逃がさんぞ、悪神…」

 最後の一人が憎悪を含んだ声と共に、ラージ・ボーンの背後二十メートル、「ノアが方舟」への入口があった場所に現れた。

 どれほどの血と断末魔を浴びて染まったのか、真紅の鎧は太陽の下、より赤みを増しているように感じられる。

 

 「久しぶりだなぁ、赤錆ぃ。 いや、トラの話を聞く限りじゃ、もうお前は赤錆じゃなくなってるんだよな…」

 黒き魔術詠唱者(マジックキャスター)が数歩前に出て、ノアを指差しながら告げる。

 自分より前に出た仲間の顔をラージ・ボーンは見ることができなかったが、その背中が語る。 数年間共に戦い続けた中で、一度も見たことがない程に、怒っている。

 「お前の使った世界級(ワールド)アイテム、「魔獣の神の力を手に入れる」それは、「徐々に記憶を失う」というデメリットを持っていた。 ユグドラシル時代は、よく意味のわからねぇデメリットだと思っていたが、この世界じゃとんでもない仕様じゃねぇか。 トラから聞いたよ、てめぇ… その姿で… 俺達のダチの姿で好き勝手やってくれたそうじゃねぇかよ… ぇえ?」

 怒りの感情で満たされた心から溢れ出る言葉は止まらない。 ラージ・ボーンは肩を震わせながら自分の心の内を代弁してくれている友の背中を、眼球を失ったその目に、焼き付けていた。

 

 「…確かに、あの男が使った宝具の効果はその通りだ。 …しかし、それを知るお前は何者だ? 悪神の仲間であることは先ず間違いないだろうが… その他の者共も… まあ良い、どれほどの力を有していようが、我が魔獣の強大さにひれ伏す事になるだろう」

 ノアが右手を胸の高さまで上げ、指を広げる。 見覚えのある「七曜の魔獣同時再召喚」の動きだ。

 ラージ・ボーンは仲間達の前に飛び出し両手を水平に広げた。

 世界を何度も滅ぼし得る魔力を持つワールドエネミーが七体同時に現れる。 その出現による衝撃波がどれほどのものかは未知数ではあるが、愛する友を、家族を守るべくラージ・ボーンが覚悟を決めたその時――

 

 

 ――ズズンッ!

 

 

 世界が揺れた。 そう表現しても遜色ない程の地震。 一瞬で三度、縦に揺れた大地はそれ以降揺れることはなかったが、地震から十数秒経ってもまだ揺れているような錯覚が残る。

 「た、タイミング良すぎ…」

 小さな呟きを零したラージ・ボーンの方に、この場にいた全員が視線を向ける。

 最初に口を開いたのは、ノアだ。

 「貴様… 何をした!?」

 「あ、いや… 自分が考えたわけじゃないんだよ? エヌィ・シーアが味方になってくれるって分かってから、いろいろ練って、あーしよう、こーしようって…」

 『そこから先は私が説明しよう』

 

 ――死の支配者――

 ラージ・ボーンの真横の空間が歪み、そこから姿を現した存在を見たものは、誰もがその印象を抱くだろう。

 超越者(オーバーロード)は金と紫で縁取られた、豪奢(ごうしゃ)な漆黒のアカデミックガウンを羽織っていた。

 むき出しの頭部は皮も肉もついていない骸骨。 ぽっかりと空いた空虚な眼窩には赤黒い光が灯っており、頭の後ろには黒い後光のようなものが輝いていた。

 

 「も… …もも…んがさん?」

 ラージ・ボーンが声の聞こえる方向へ視線を向けると、先程熱く勇ましい、この目にその大きな背中焼き付けた人物がぷるぷる震えながら、不自然なくらい背筋を正している。

 黒き魔術詠唱者(マジックキャスター)――カーマスートラは慌てた様子で死の支配者に近付き、その全身を見回した。

 「おお… おおおおお!! うわー! マジもんのモモンガさんだー! あーあー! あ、あの! ファンです! このキャラのコンセプトも大分寄せました! えっと、種族は最初に異形種の悪魔系選んじゃったんで、そのまんまなんですけど、職業(スキル)構成はかなり死霊系統に寄せてます! ウハー! 直接見るの初めてだわー! 興ふ――ぐぇッ!?」

 「…黙れ夫。 あ、ごめんなさいね、えっと… モモンガ…さん? コレは放っておいて、さっきの説明をお願いします」

 

 挙動不審な男は純白のスライムが放った投槍の一撃を受け、昏倒した。

 直様、黒い神官によって回復を受ける男を尻目に、モモンガと呼ばれた死の支配者こと、ナザリック地下大墳墓の絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウンが口を開く。

 「んん、ゴホン。 …では、気を取り直して。  …先ほどの地震、私が説明しよう。 あれは、「ノアの方舟」中枢に仕掛けられた「爆弾」が爆発し、方舟が崩壊した衝撃だ。 そのまま概念炉を暴走させたままでは大陸が崩壊しかねない為、すぐに後ろにいるトリスとかいう巫女が魔法で被害を最小限に抑えた… というわけだ」

 「爆弾だと? そんなものを仕掛ける暇はなかったはずだ!」

 アインズの言葉に対し、ノアは激昂しながらも、自身の記憶を探る。 本当に、爆弾を仕掛ける「機会(タイミング)」は存在しないのか。

 「まさか… 悪神、貴様あの時、アイテムを二つ持っていたな?」

 「「正解」」

 思い通りにことが運んだ喜びを隠しきれない二つの声が重なる。

 方舟の中枢で広範囲攻撃特殊技術(スキル)を発動させる際、ラージ・ボーンは両手に一つずつアイテムを持っていた。 右手には特殊技術(スキル)の発動時間をゼロにするアイテム、そしてもう一つが問題のアイテム。

 表情の現れないはずの二つの骸骨の顔が、まるで満面の笑みを浮かべているように見えたのは錯覚ではないだろう。

 対照的に、眉間に皺を寄せ、「悔しさ」という感情を塗りたくられたような表情のノアが叫ぶ。

 「貴様らは、あの方舟に載せた数百の命をも犠牲に…」

 「するわけないだろう」

 ラージ・ボーンが冷静に答えた。 相手がその言葉を発することを予期していたかのように。

 

 ラージ・ボーンの隣、アインズと反対の場所に三人の美女が光と共に現れた。

 「ノアの方舟に乗っていた者は、全てヴァーミルナの村に転移させた。 混乱を防ぐ為にしばらく眠らせておるが… これで良いのじゃな?」

 新たに現れた三人の内の一人、緑の長髪と緑柱石(エメラルド)のような瞳が特徴の女性がラージ・ボーンに告げた。

 外見は二十代前半ぐらいに見えるが、喋り方とのギャップに大戦士は一瞬戸惑いを見せながらも、なんとか心を落ち着かせ返事をする。

 「ありがとう、ええと… クロエさん、だっけ」

 「うむ、赤錆様より命を与えられし巫女の長、バエル・ヘラー・クロエじゃ。 可愛く呼んで、クロちゃんでも良いぞ?」

 「アハハ、ありがとうございます… …クロエさん」

 「なんじゃ、ノリの悪い男よ…」

 クロエが上目遣いでラージ・ボーンに擦り寄る。 赤錆の趣味なのか、若干センリの面影がある為に心臓に悪い… ような気がした。

 「クロエ、インナ… イメオまでも… 悪神に(たぶら)かされたか!」

 神というのは精神攻撃に弱いのか、数十分程前まで大物の余裕を見せていた顔はどこ吹く風か、今や青筋を立てる程に紅潮している。

 「黙れ偽神! 我らが忠誠を誓った最愛のお方は赤錆様ただ一人! 貴様のような下郎ではないわ!! それに、貴様を滅ぼすことは赤錆様の願いでもあるのじゃ。 主人の願いを遂げることこそ、創造された者にとって至上の喜びであり、存在理由。 ならば、全身全霊を以って偽神ノアを討ち滅ぼすことは当然! 御方が完全にその魂を失われてから百十余年、この時をずっと私は… 私たちは待ちわびていた!」

 「赤錆の…願いだと?」

 「偉大なる神、赤錆様が薄汚い神をその身に降ろす際、我々に命じたことは三つ。 ヴァーミルナの心身の保護と、悪神が現れた時、共に貴様を滅ぼす事、そして三つ目は… 内緒じゃ! ヴァハハハハハハ!」

 「この…っ」

 ノアが立てた人類救済の為の「浄化(カタルシス)計画」、その要である「ノアの方舟」を破壊され、部下は敵に寝返った挙句支配者であるはずの存在を煽る始末。

 か弱い人類の救世主となるはずだった神は今、拳を握り締め、怒りに打ち震えていた。

 赤白(せきびゃく)の大戦士、ラージ・ボーンはノアに向かって一歩近付き、真剣でありながら、落ち着いた口調で話しかける。

 「正直、友人である赤錆の姿で非道を行うお前の事は嫌いだ。 しかし、方舟が無くなった今、僕たちが戦う理由は無いはずだ。 矛を収めるのなら…」

 「…やり直しだ」

 「何だって?」

 ラージ・ボーンの目に映るノアの姿は正に異様だった。 瞳孔は開き切り、言葉の節々で声にならない声を呟いていた。 本能が知らせる。 臨界、暴走、危険、最早言葉の通じる状態ではない。 ラージ・ボーンは気がつけば口を大きく開け、叫んでいた。

 「マグナード、ドラゴンダイン! 特殊技術(スキル)で味方全体を防御! カーマとルバーブで最上位の広範囲マジックバリア!!」

 その声に反応した仲間達が指示通りに動く。 数秒と経たずに今持ち得る最高の防御態勢が整う。

 直後、ノアは再び右手を胸の高さまで上げ、その指を大きく開く。

 「方舟はまた造れば良い。 しかし、我が計画の邪魔をした貴様らを生かしておくわけにはいかん… 七曜の魔獣! 我が声に応え、()でよ!」

 

 

 ――神の顕現――

 ノアの居た場所を囲うように天から落ちた七本の光条。

 眩い閃光の中で、それぞれの光の柱が徐々に個々の形を成していく。

 

 一つは全ての生命を否定する絶望の霧を纏う巨大な銀狼に

 

 一つは炎を噴き出す鉄工所のような機械要塞に

 

 一つは美しくも邪悪と混沌を結晶化させたような氷の女王に

 

 一つは雷鎚(いかづち)より生まれし闘神に

 

 一つは全高五〇メートル以上の白金(しろがね)で出来た女神像に

 

 一つは大きく(いびつ)な八本の角を頭部に生やした黒き巨神に

 

 一つは腹部に太陽を抱える赤熱の大精霊に

 

 七体の魔獣が、その姿を完全に顕現させた頃、ようやく周囲の状況を確認できるまでに閃光と衝撃波が収まった大地は、一変していた。

 

 「マジか…」

 ラージ・ボーンの聴覚に驚愕の感情を含んだ呟きが聞こえた、誰の声であるのかは、些細な事だ。

 周囲一面、見渡す限りの世界が死んでいた。

 比喩表現ではない。 死の超越者(オーバーロード)であるアインズの切り札、"あらゆる生あるものの目指すところ(The goel of all life is death)は死である"は使用者を中心とした直径二百メートルの範囲が瞬時に砂漠へと変わり、死しか無い世界へと変えるものだが、「死」の範囲が桁違い過ぎる。

 空気も大地も死に、直径数キロ以上は砂漠化していた。

 

 あまりの惨状に人間種の仲間は肩を震わせ恐怖状態に陥っていた。

 目の前に七体存在する最強の魔獣は、その一体が最高レベルのプレイヤー数十人分に匹敵するワールドエネミー。

 本来別々の場所に召喚され、各個撃破するはずの存在が一箇所に集まっている絶望的な状態だ。

 

 「滅べ、悪神どもよ…」

 自信に満ちたノアの声がラージ・ボーンとアインズに届いた。

 この場の上位者、支配者、絶対者は自分だと確信している声だ。 

 その言葉以外の結果はありえないという自負を感じる。

 

 それでも、二人の不死者(アンデッド)は、敗北など一片も感じることができない心のままに、言葉を紡ぐ。

 「「断る!!!」」

 

 

 不快。

 絶対的な勝利を手にした神であるはずのノアは、最強の魔獣七体を前にしてなお闘志衰えぬ大戦士と死の魔王を見て、そう感じていた。

 しかし、その不快感は突然の悪寒によって遮られる。 ラージ・ボーン達の後方数十メートルの空中、地上からはおよそ十五メートルの空間が歪んで見える。

 錯覚ではなく、巨大な魔力が感じ取れる為に何者かが転移魔法を使用して現れることは容易に想像できた。 ただ、その空間魔力量が際限なく膨れ上がっていることが不可解でならない。 悪神の仲間の中にはその異変に気付き、空間の歪みを見て驚愕し、腰を抜かしている者もいる程だ。

 膨らみ続けた魔力は空間限界を突破――

 

 ―ドンッ!!

 

 まるで大岩が地面に叩きつけられたかのような音と共に、ノアの目の前が漆黒に染まった。

 魔法で昼を夜に変えられたかと思ったが、天を仰げば日の光はそこにある。

 

 再び目の前に視線を向ければ――

 

 “メェェェェェェェェェェェェエエエエエエ!!”

 突然可愛らしい山羊の鳴き声のようなものが聞こえ、ようやく漆黒の正体を把握できた。

 それはあまりにも異様で、異質過ぎるものだった。 高さにして十メートルはあるだろうか。 十数本はあるだろう触手を入れると何メートルになるかはよく分からない程だ。 外見は(かぶ)に似ている。 葉の代わりにのたうつ何本もの黒い触手、太った根の部分は栗立つ肉塊、そしてそのしたには黒い(ひづめ)を持つ山羊のような足が五本ほど生えていた。

 そんなバケモノが突然ラージ・ボーンの後方に五体も現れたのだ。

 

 他にも次々と歪んだ空間から新たな存在が現れ続ける。

 真紅の鎧を身に纏う有翼の戦乙女(ワルキューレ)、全身を黒の甲冑(かっちゅう)で完全に覆った女戦士、二本歩行の青白い昆虫を思わせる異形、蛙の頭部を持つ紳士服の者、ダークエルフの双子、執事服の老人、石で出来たような二足二腕の巨大な像、ドラゴンやフェンリル、上位精霊(エレメント)種にエルダーリッチの最上位種まで―― 他にも続々この場に出現していた。

 

 「ようやくこれが使える。 〈希望のオーラ〉!」

 ラージ・ボーンは新たに現れた者達を仲間と認識した後、自身が持つ合戦用種族特殊技術(スキル)を発動させる。

 特殊技術(スキル)の効果により恐怖状態に陥っていた仲間は正気に戻る。 不死者(アンデッド)や悪魔等の闇系種族には能力減退の効果がある特殊技術(スキル)ではあるが、仲間と認識している対象に減退効果は発生しない。

 

 役者が揃ったことを確認した絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウンが口を開く。

 

 「さて、ノアよ… 無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。 せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 




 「全てが終わった後、この世界級(ワールド)アイテムが上手く作動してくれれば良いんだが」

 「我々も、そう願っております」

 「いつも悪いね、お前達には辛い思いばかりさせている」

 「御方の為に尽くすことこそ、我々の至上の喜び」

 「ああ、いつもその言葉には助けられてる。 それから、あの子の事、よろしく頼む」

 「仰せのままに。 我々は永久に最愛なる貴方様のシモベ、その約束は必ずや果たされるでしょう」

 「ありがとう… クロエ」


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四話「雨よりせつなく」


 人類が為の世界を創造すべく、それ以外の世界を滅ぼそうとする神、ノアの野望を阻止する為、単身敵の本拠地「ノアの方舟」へと乗り込んだラージ・ボーン。
 最新部で発動させた強力な広範囲攻撃を囮にすることで、中枢機関に爆弾を設置、予定外に現れた仲間達と共に方舟を脱出。 機会を見計らって起爆させ、ノアの計画と方舟の迎撃システムを崩壊させた。
 最高の好機にかつての仲間達、そして死の超越者アインズ・ウール・ゴウン率いるナザリック軍団が集結。
 今、全てに決着がつけられようとしていた。




 

 

 ―私は間違っていたのでしょうか―

 

 荒野に突如として現れた神威の軍団を前に、ノアは何度も聞いた言葉を思い出す。

 

 そう言った人間を何人も見てきた。 彼らは何も間違ってなどいない。 ただ、神と信じる私の指示に従ったまでだ。

 人類を守る為の実験を行うべく、『教国』という名の国を作り、指導者を立てる。 数十年から百年程度で一通りの実験を終えれば、また根本から方針を変えた国作りを始めるために国を衰退させる。

 これを何度も繰り返し続けた。

 多くの死を見た。

 多くの終わりを見た。

 

 だがそれは、人類全体の反映と存続が為。

 自分の行いを肯定しながら箱庭の創造と破壊を繰り返した結果。

 ある答えに辿り着く。

 

 ―人類は必ず滅びを迎える―

 

 私は真に絶望した。

 『赤錆』という私に肉体と魂を捧げた男との契約である『人類の存続』が果たせない。

 では、どうするべきなのか…

 

 

 滅びるのであれば、せめて人の手で。

 悪魔、不死者(アンデッド)、魔物、亜人種、神や天使の暴力によるものではなく、人類の過失と後悔によってもたらされる最期であるべきだ。

 

 その時、神である私は不要。

 精霊であるエヌィ・シーアも…

 

 人で在り続けたヴァーミルナが見守る人の世こそ、我が望みであり、我が創造主、赤錆の望みであるはずだ。

 創造主の宿願を叶えることは至上の喜びなのだから。

 

 

   ●

 

 

 少し足を動かせば、ジャリ…と砂音が聞こえる荒野。 永い時をかけ硬く踏みしめれた大地の上で赤白(せきびゃく)の恐ろしい魔神の姿をした大戦士は大きく息を吸った。

 肺腑のない戦士にとって、その行為は所謂(いわゆる)真似事と言えるものだったが、大事な意味を持っている。

 深呼吸には精神に一時的に溜め込まれた「感覚」をリセットする機能があるといわれている。

 ここ数分の焦燥感、衝撃、驚愕、そしてこれから起こりうる事への恐怖、期待、不安、慢心。

 それらを一度カラすることで、より新しい情報を思考に取り込みやすくする。

 

 不死英雄(アンデッドヒーロー)ラージ・ボーンは大事の直前にいつもこうしてきた。

 

 気持ちを整え、肉も臓腑も無い胸にめいっぱいの「気」を溜め込み、一気に放つ。

 「これより我ら『アダマス』はアインズ・ウール・ゴウン率いるナザリック指揮下に入る!」

 「「「「了解!!」」」」

 ラージ・ボーンの号令に間髪を容れず応答する元『アダマス』のメンバー。

 ほとんどの仲間達の感覚では数年振り、ある者にとっては数百年ぶりの号令にもかかわらず、微細な乱れも感じさせない。

 気を吐き出した筈の胸の中が、「よく分からないもの」で満たされた。

 その「よく分からないもの」に意識を向けると、力が湧いてくる。

 ラージ・ボーンはその力で、より強く己の武器を握り締めた。

 

 

 「我々もラージ・ボーンの指示通り、指揮はナザリックの預ける! 良いな、巫女たちよ! 今こそ赤錆様より命じられた使命を果たす時!!」

 「「「はっ!」」」

 金髪、金眼の巫女長、バエル・ヘラー・クロエの指示に凛とした三つの声が返ってくる。

 数百年の間仕えてきた存在へ牙を剥くことに、迷い。 むしろ、永い間この瞬間を待っていたとでも言うべきものだった。

 

 

 「アルベドよ、こちらの戦力はナザリックと赤錆を除いた『アダマス』トップ一二人、及びエヌィ・シーア四名だ。 この状況での指揮権を与える。 できるな? 私もお前の指揮下に入るが、遠慮することはない。 存分にその手腕を振るうが良い!」

 「お任せくださいアインズ様。 先日ご指示いただいた通り、被害を最小限に抑えつつ、完全なる制圧を果たせるプランの用意があります!」

 超越者(オーバーロード)の言葉に対し、自信に満ちた返答をする黒き甲冑の女戦士。

 愛する存在の熱い眼差しに上気した思考を瞬時に冷静なものへと切り替えたアルベドは敵勢力へと視線を向け、魔法を用いて全軍に指示を飛ばす。

 「では皆様、不肖私、ナザリック地下大墳墓守護者統括アルベドの指示に従っていただきます」

 数秒、誰も一言も喋らない時間が生まれた。 沈黙という了承を得た美しき指揮官

は豊満な胸の内に、細く括れた腰周り(ウェスト)からは想像もできない程の肺活量で空気を取り込んだ。 そして、瞳を大きくさせながら味方へ指示を飛ばす。

 「ナザリックよりシュブニグラス、オールドガーター二千、ガルガンチュアを前進、アダマスよりドラゴンダインとマグナードは特殊技術(スキル)を使用し防御力で、スカアハ、ルバーブ、トラバサミ、アウラのスピード重視系の獣で撹乱し進軍中の魔獣を足止め、魔獣同士を近づけさせないように。 既に魔法による強化を終えているナザリック所属の者は『アダマス』メンバーの強化を実施、なおラージ・ボーンの強化はコンスタンティンが行う!」

 アルベドの指示に従い、魔力を付与された充実した装備を身に纏う二千の骸骨騎士(スケルトンナイト)、二メートルを越えるラージ・ボーンが遥か見上げる程に巨大なゴーレム、深淵なる黒き叫星が山羊のような声を上げながら不安も恐怖も無いままに突撃していく。

 最低限の防御系特殊技術(スキル)を発動させた重装修行僧(アーマードモンク)ドラゴンダインと準ガルガンチュア級ゴーレムのマグナードがそれに続く。

 荒野に近付く者に死を(もたら)すオーラを、熱量を、極寒を、雷鎚を、滅茶苦茶に撒き散らす七体の大魔獣。

 互の第一波がぶつかり合う衝撃は先陣を切った骸骨騎士(スケルトンナイト)の約半数を骨粉にして天高く舞い上がらせた。

 

 決死の時間稼ぎにより、着実に魔法強化による攻勢の準備が整いつつあった。

 そんな中、アインズはラージ・ボーンの強化に注目する。

 不死者(アンデッド)でありながら、神聖属性に耐性を持ち、戦士職でありながら極限である十位階魔法を少ないながらも操る。 全快に八時間を要する常時回復と味方強化の常時発動(パッシブ)スキル。 戦士系の装備であれば、制限なく装備可能。 最大HPは全種族中トップクラス。 種族スキルとして、魔術詠唱者(マジックキャスター)殺しと言える特殊技術(スキル)も所持している…正に、最強の種族。 のはずなのだが、唯一にして最大の弱点がある。 むしろ欠陥とも言うべき「回復及び強化の無効化」、これが運営の用意した「地雷」と呼ばれる由縁だ。

 

 今回の作戦を練る際のラージ・ボーンの言葉をアインズは思い出していた。

 ―自分の強化は、コンスタンティンがしてくれます―

 不死英雄(アンデッドヒーロー)は、常時中位の強化魔法をかけられているレベルの能力をもつ。 故に強化等必要ないとも言えるのだが、もし、そんな化物を強化できるのなら、いったいどうなってしまうのか。

 

 ラージ・ボーンの様子を眺めていると、不死の大戦士が不可解な行動をとり始めた。

 自分の装備を解除し、地面に置いていく。

 確かにラージ・ボーンがいる場所は突撃した盾役のお陰で魔獣の攻撃範囲外ではあるが、戦場においては無謀にも程がある。 アインズが注意しようとしたその時、真っ黒の神父服に身を包んだ褐色の男性、コンスタンティンがラージ・ボーンに向かって魔法をかける。 正確には、戦士が置いている「装備」に対してだ。

 

 「魔法発動、《上位鎧魔力強化(グレーター・アーマー・エンチャント)》!!」

 

 「え…」

 アインズは思わず口を開いた。 心の中で「その手があったか」と呟きながら。

 確かに、ラージ・ボーンが装備している防具には様々な魔法効果が付与されている。 最大HPを増やすもの、火炎属性を軽減させるもの、攻撃力を増加させるもの、一部特殊技術(スキル)の性能を上げるものエトセトラエトセトラ…

 それらは装備することで、ラージ・ボーンにも効果はある。

 装備中に魔法強化ができないのであれば、一度外したものを強化してから装備し直す。

 ある意味、不具合(バグ)とも言える強化方法にアインズが唖然としている間も強化は続けられる。

 

 《上位足甲魔力強化(グレーター・レギンス・エンチャント)

 《上位篭手魔力強化(グレーター・ガントレット・エンチャント)

 《上位兜魔力強化(グレーター・ヘルム・エンチャント)

 《上位武器魔力強化(グレーター・ウェポン・エンチャント)

 

 どの魔法も職業特性や特殊技術(スキル)によって最強化されたものだ。

 PCの能力は有限である。 その限られた能力を、まるでラージ・ボーンの補助の為だけに割り振ったようなコンスタンティンの魔法に、アインズは呆れながらも称賛の感情を覚えずにはいられなかった。

 

 強化を終えたコンスタンティンは小さなため息をこぼし、満ち足りた表情で口を開く。

 「終わりやした、骨太さん。 あの魔獣とは戦ったことはありませんが、あれってワールドエネミーですよね? フル強化の骨太さんなら…一体二十分強ってとこですかね」

 「久しぶりなのに、手際いいね。 ありがとうコンスタンティン。 あ~、自分は神性特性を持ったのを相手にするし… それに、今日は調子が良いから、十分で落とすよ。 その間、後衛よろしく」

 装備を解除し、骸骨の姿を陽の下に晒していた間、アインズの他にもう一つの熱い視線を感じていたラージ・ボーンは、コンスタンティンの言葉に堂々と答えた。

 

 

          ●

 

 

 アインズ、ラージ・ボーン率いる連合軍の主戦力が強化を終え、準備を整えたのを確認したアルベドが再び魔法による《伝言(メッセージ)》を味方各員に飛ばす。

 「予定の強化を確認。 一〇〇レベルの者はこれより最前線に合流。

 シャルテイア、ルバーブ、クロエは狼型魔獣を、

 アウラとマーレ、ドラゴンダインは要塞型魔獣を、

 コキュートス、ハーフブリンク、トラバサミは女王型魔獣を、

 デミウルゴス、キュイラッサー、インナは闘神型魔獣を、

 セバス、カーマ・スートラ、シーシュポスは女神像型魔獣を、

 アインズ様、マグナード、まちぇーては巨神型魔獣を、

 ラージ・ボーン、コンスタンティンは大精霊型魔獣を担当。 スカアハ、シュブニグラスは私の指示の下、各チームのフォロー。 ナザリック内上位のシモベは魔獣同士を近付けないよう撹乱と誘導に専念! …では、アインズ様」

 「うむ、我が愛しいシモベ達よ、我が友よ! …この手に勝利を!!」

 「「「オオオオオオオオオオオォォォオオッ―――!!」」」

 白雲を貫く大神山(みわやま)をも震わせる程の雄叫びが響いた。

 元アダマスメンバー達は全員七曜の魔獣の知識を持ち、シャルティアらナザリック階層守護者達も各々が担当する魔獣の戦闘データはこの数日で頭に叩き込んである。

 その動きに迷いはない。 瞳には勝利への確信が宿る。

 

 飛び出した上位戦士達が魔獣軍団の勢いを止め、その間にレベル八〇以上のナザリック高レベルNPCが最前線の加勢に加わっていく。

 ユグドラシル金貨やMP消費によって生み出せない、換えの利かない貴重(レア)な魔物は体力を消耗すれば後退し、巨大なゴーレムであるガルガンチュアが防衛する拠点で回復後再出撃。

 充実した魔法装備を持つナザリックオールドガーターを各チームのフォローにつけ、それぞれの魔獣同士が近付けないように行動、場合によっては自己犠牲をもって守護者とプレイヤーを守護。

 

 アルベドの指示通り、円滑に行動を開始する戦士達を見てノアは驚愕する。

 初めて会う者同士のはずだ。 それが何故連携が取れているのか、理解できずにいた。

 その様子に気付いたアインズが戦闘を続けながら嬉々として、ノアへと語り始める。

 

 「同盟(アライアンス)というものがある。 かつてナザリックを襲った一五〇〇人という規模の大軍がそうであったように… まあ、あれは烏合の衆と呼べるものだったが… とにかく、ギルドの垣根を越えて、強大な敵と戦う為に徒党を組むことはよくある話だ。 初めて会う者も居ただろう、性格的に相性の悪い者も居ただろう、そんな中でチームとして戦うことに熟練した猛者たち。 それが「トッププレイヤー」というものだ。 我がシモベたちはその点において、彼らに一歩譲らねばならないが、七曜の魔獣との戦いを意識し始めたころから、大規模作戦を練っていたのだよ」

 以前、魔獣の一体がラージ・ボーンと一対一で敗北した。

 しかし、それは特殊な条件が複数揃っていた上での敗北であり、魔獣七体同時召喚という混沌とした状況で同じことが起こるはずがない。

 ノアは己の認識に疑念を感じ始めていた。

 「戦力だけならば、こちらのほうが…」

 「単純戦力として、七曜の魔獣一体は最高レベルプレイヤー数十人分。 ただし、それは搦手なしに殴り合ったら… の話だ。 通常ボスとの戦闘は三十分は掛からない、五十分かかれば超長期戦と言われるくらいだ。 ただ、思い出してみるが良い、サン・ブレイズに対してラージ・ボーンがかけた時間は三十分程度。 数十人が真面目に戦ってかかる時間と同じ… おかしいと思わないか?」

 「…それは… 」

 「単純な話だ。 相性だよ」

 「なに?」

 「ラージ・ボーンが両手に一本ずつ持っている武器、あれは「神性特効」の力が付与された武器だ。 そして、彼が今、この世界で二度目の戦いを挑んでいるサン・ブレイズの性質は「神性」であり、主に使用する魔法は「火炎属性」と「神聖属性」、ラージ・ボーンの種族である不死英雄(アンデッド・ヒーロー)は「回復不可」というデメリットの代わりに「神聖耐性」を手に入れ、装備によって火炎属性にも抵抗力をつけられる。 どうだ、勝てる気がしないだろう? まあ、一見無敵に思える種族だが、どうしても穴はある。 ただ、それを今貴様に言う必要な無い」

 「な…な…」

 七曜の魔獣を同時に召喚すれば、絶対に負けるはずがない。

 ノアの中で常識と言える程にまで固められた認識が今、崩れようとしていた。

 

 「今、それぞれの魔獣と対峙している者も、相性の良い者を選抜している。 どの魔獣がどのような弱点を持ち、どのような攻撃をしてくるのか。 そして、どの味方がどのような弱点を持ち、どのような得意分野を持っているのか完全に把握している。 必要な情報と必要な戦力、両方が揃っているのだから、負けるはずがないな!!」

 

 魔獣達の状態を完全に把握しているノアは、アインズの言葉通りとなりつつあるという事実に驚愕した。

 魔獣の操作に専念している自身が前線に赴くこともできないまま――

 

 

          ●

 

 

 一体の魔獣が崩れ落ちてから、魔獣戦線は加速度的に崩壊していった。

 銀狼は浄化され、機械要塞は粉砕され、氷の女王は砕け散り、闘神は両断され、女神は融解し、巨神は頭部から潰され、大精霊は跡形もなく消滅した。

 

 ラージ・ボーンにとって、残す敵は一人。

 綺麗に切り整えられた金髪、真紅の鎧を身に纏う、かつての友の姿をした存在。

 己が選別したモノ以外を滅ぼし、人間の為だけの楽園を築こうとした創造神。

 それぞれの戦いを終えた仲間達が見守る中、ノアと名乗る人物の前へ、ラージ・ボーンは一人で歩み近付く。

 

 「…私は間違っていたのか?」

 深い悲痛を感じさせる声がラージ・ボーンの耳に届いた。 声の主はやはり、ノアだ。

 「間違いっていうのは、「後悔した行動や言動」の事を言うんだと思う。 自分がやってきたことに後悔は?」

 ラージ・ボーンは自分自身の、居場所を失う原因を作った「間違い」を思い出しながら、最期の宿敵に尋ねた。

 「後悔など無い。 今も私がやってきたことこそ正しいと確信している」

 「なら、それは間違いじゃない。 ただ、失敗しただけだよ」

 「そうか…それでも、納得はできないな」

 

 「なら、決着をつけよう。 これはあの時、赤錆さんを止められなかった自分の役目だから」

 ラージ・ボーンは自身の身につける世界級(ワールド)アイテムを起動させた。

 

 





 
 【二百年前…】

 クロエ「ノア様、方舟の暗号の… あれはどういった意味なのですか?」

 ノア「ああ、あれは私と一緒にある組織を作った、仲間の名前だ。 私が赤錆の記憶を完全に失う前に、残しておきたかった。 バルサザール、チャチャ・ガズー、イルルヤンカシュ、アスタルテ・ザッハーク。 確かに私が先導して作ったし、組織の名前も私が考えたが、長は私以外の人物に務めてもらったんだ」

 クロエ「組織の長を? その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 ノア「私に、組織の長になる資格など無いからだ」

 クロエ「そのようなことは、決して!」

 ノア「良い、それに、人間でなくなった私に人類を導く資格もない。 故に、新しい世界を導くのもやはり、私以外の人間でなくてはならない。 これは、私自身の贖罪(しょくざい)でもあるんだよ」


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五話「悲しみの孔雀」

 獅子の咆哮は天を裂く
 魔人の怒りは大地を裂く

 神の雷はやがて、人に実りを齎す




 

 自分が何の為に生まれてきたのか、そんな事をつい最近深くじっくり考えた。 その時は上手く答えを出せないまま、思い切り叫んで暴れることにした。

 誰かが言っていた、「叫んでる人は何かと戦ってる人だ」と。 自分だったり、他人だったり、自然だったり、見えないものっていう時もあるだろう。

 

 自分が選んだ人間以外を滅ぼそうとしている自称神様――ノアを目の前にして、叫ぶ気が起きないのは、どうしてなのか。

 血と骨の色を纏う魔神の如き不死者(アンデッド)ラージ・ボーンは神の傲慢を打ち砕くべく集いし最強の戦士達を背に、一人荒れ果てた荒野の土を踏みしめながら、真紅の鎧を纏う騎士の姿をした男の下へと歩みを進める。

 「ノア、正直なところ、自分は君を殺したくない。 アインズさんが言っていたよ、NPCは創造した人の… 子供のようなものだと。 あの巫女たち、インナやクロエから感じた、赤錆さんの面影のようなものを、君からも感じるんだ。 だから…」

 ラージ・ボーンは魔法を使い、ノアにだけ聞こえるように語りかけた。

 真紅の騎士は空間から華美な装飾を施され、強力な魔力を秘めた剣と盾を取り出し、剣先を魔神に突きつけながら、同じ方法でラージ・ボーンにだけ伝わるように話し始める。

 「愚かな男だ。 絶対的な勝利を前にして、そのような戯言を垂れるとは…。 どこまでも脆弱で、矮小で、無謀で… 危なっかしくて、周りのことばかり気にして、自分のことが見えてなくて、他人を助けようとする自分を偽善者と言いながらその偽善を貫き通すお前の姿が、憎らしかった、羨ましかった… そして、憧れた、眩しかった…」

 「…ノア? 君は…」

 「私の言葉ではない。 アカサビの手記を読んだのだ。 あの男の魂が、この肉体に存在していたころのな… だが、その気持ちが今ならわかる。 これ程までにわかりやすい状況があるか? 周りを見てみろ、私は一人、貴様の後ろには… それでも、退くわけにはいかん」

 「わかってる。 その為の一騎打ちだ。 これは前もって皆に伝えてるから、横槍は心配しなくて良いよ」

 ラージ・ボーンは腰を落とし、重心を安定させながら二振(ふたふり)の武器を握り締め、一本を上段に、一本を下段にして迎撃の構えを取る。

 胸に下げたネックレス型の世界級(ワールド)アイテムは淡い光を放っていた。

 「良いのか? この距離だ、私が貴様を倒した後、混乱に乗じて転移できてしまうぞ?」

  ノアは少し驚いた表情をした後、不敵な笑みを浮かべながら言葉を返した。

 「問題ない、自分は絶対に負けない」

 ラージ・ボーンの言葉からは正に、絶対の自信が感じられた。 それは無謀、無策ではなく、根拠のある自信。 しかし、ノアにも一対一ならば負けない理由がある。 ワールドチャンピオンという戦士系最強職業(クラス)の最終レベルで習得出来る超弩級最終特殊技術(スキル)次元断切(ワールドブレイク)》を準備時間、発動後の硬直、消費無しで連発可能という能力をノアは持っている。 本来ユグドラシルにてエネミーの行動はAI(人工知能)によって制御されており、それによって滅多に使用してこない設定になっていたが、意思を持つ者がその力を持った時、どれ程恐ろしいかは想像に難くない。

 魔法的防御をもほぼ完全に無効化する一撃に、如何なる強固な鎧を見に纏おうとも、致命的なダメージは不可避。

 

 ノアは構えを取ったまま、指一つ動かさない魔神に不信感を抱きながらも自身の間合いギリギリまで近付き、強大な力を込めた剣を大きく振りかぶる。

 

 ―必要な情報と戦力は揃っている―

 

 特殊技術(スキル)発動の直前、ノアはある人物の言葉を思い出し、背筋に悪寒が走った。 しかし、振り下ろされる勢いは留まる事なく――

 《次元断切(ワールドブレイク)

 

 ノアが視界の端で、ラージ・ボーンの身についていたネックレスが一層輝を増したことを認識した直後、自身の肩口から空間ごと切断され、血が噴水のように高く吹き上がった。

 

 「な…ぁぐっ!?」

 

 必殺の一刀を放ったはずのノアの方が致命の傷を受け、己の血で出来た池溜りに崩れ落ちる。

 「何を…した… 」

 強烈な痛みで朦朧とした意識の中、ノアが何とか絞り出した言葉にラージ・ボーンは深く、落ち着いた声で答えを返す。

 「世界級(ワールド)アイテムだよ」

 答えを聞かされ部分的に理解しながら、ノアは自身に回復魔法をかけつつ、のろのろと立ち上がる。 このダメージが世界級(ワールド)アイテムによって(もたら)されたものであることは確実。 では、そのアイテムのどのような力によって、このような事態に陥っているのか、それが問題だった。

 一部の特殊技術(スキル)に反応するものなのか、また特別な条件下だからこそ発動したものなのか、世界級(ワールド)アイテムとはいえ、ありとあらゆる攻撃を反射させられるほど、理不尽ではないはずだ。

 ノアは自分なりに分析し、次の一手を考える。 直接攻撃に反応した可能性を考え、特殊技術(スキル)も使わず、片手に持つ盾をラージ・ボーンの顔面めがけ投げつけた。 もし盾が跳ね返ってきても、すぐに回避できるよう体勢を整えながら――

 

 ゴシャッ―!!

 

 「ばぐっ!?」

 鼻頭に強烈な衝撃を受け、ノアは大きく仰け反った。 鼻骨が粉砕されたのだろう、(おびただ)しい量の血液が鼻腔から流れ出ている。

 激痛に思わず瞑ってしまった目を開けると、自分が投げた盾は、相手の足元に落ちてる。

 ノアは混乱していた。 どのような理屈で、この不可解な現象が起きているのか、全く理解できないまま。

 「終わらせるぞ」

 より真紅に染まった騎士に、理不尽の塊がゆっくりと近付く。 まるで命乞いを待っているかのように。

 

 

 ラージ・ボーンが身につける首飾り型世界級(ワールド)アイテム『単眼像神(ギリメカラ)』、その効果は「発動中あらゆる物理“ダメージ”を反射する」というものだ。 使用したのは、八目鰻のような吸血鬼(ヴァンパイア)に突撃された時、万全の装備でない状態に襲いかかられた為、思わず使ってしまった以来。

 ダメージ自体を反射させる為、それが飛び道具であれ、アイテム装備者に命中した時点で、攻撃者がダメージを負うことになる。

 その正体を知らないまま戦うことに恐ろしさを今、真紅の騎士は思い知らされていた。

 

 雲を掴むような思いを強いられるノアは無意識に後ずさってしまう。

 ラージ・ボーンはその瞬間を見逃さず、一瞬で距離を詰める為の特殊技術(スキル)を発動させた。

 

 《非攻撃性中距離特殊技術(ネガティブロングレンジスキル)

 

 そのまま極限まで強化され切った必滅の凶器を振り回す。

 

 《獅子王八連撃(バーニンレイヴ)

 

 二振の武器それぞれに自身のHPを消費して発動された特殊技術(スキル)は計一六連撃となり、ノアの命を粉砕した。

 

 

          ●

 

 

 《ライフエッセンス》

 ラージ・ボーンは対象のHPを把握する為の魔法を使用し、ノアのHPが尽きていることを確認した。

 しかし、真紅の騎士は立位を保ち続けている。

 「驚いているようだな、だが見てみろ」

 ノアはそう言って、右手の篭手(ガントレット)を外してみせる。 そこに中身はなく、鎧の奥から黒い砂がこぼれ落ちていた。

 「ノア…君は…」

 「私は後悔などしていない。 全ては人類の為、我が創造者の悲願成就の為、私は私なりの答えを導き出したに過ぎない。 だから、悪神…いや、ラージ・ボーンの言うとおり、私は何も間違ってなどいない。 しかし、今になってようやく分かったことがある。 …創造者がなぜ、貴様を羨んだのか、貴様に憧れたのか、私も… 友に… ……」

 

 

 ザァァァ―――……

 

 

 騎士は象徴とも言える真紅の美しい鎧を残し、砂塵となって荒野の風に舞っていった。

 致命の一撃を与えた魔神は魂が抜け落ちたように、武器を手放す。

 

 鎧の隙間から、輝くの七つ宝石が嵌められた杯が見えた。

 ラージ・ボーンは空いた手で拾い上げる。

 

 「…アインズさん、終わりましたよ」

 

 戦いの終わりを告げられた超越者(オーバーロード)にして、この勝利の立役者、ナザリック地下大墳墓が絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンが空中より、ラージ・ボーンの隣に舞い降りた。

 「それが、例の世界級(ワールド)アイテム…」

 「そうです、七曜の魔獣を操る神、ノヴァの力を得られるとされるアイテム、本当のところ、完全に破壊してしまいたいのですが… 約束しましたから」

 「まあ、世界級(ワールド)アイテムを破壊するなど、かなり困難だろうが… 気持ちは察するよ」

 ラージ・ボーンは手にとった杯を、相手の顔を見ることなくアインズに差し出した。 顔を向けないことが礼を失していると承知してはいるが、表情の表れない顔でも、面頬付き(フルフェイスヘルム)を被っていても、それができないのは未だ確かに存在する人間だった頃の残滓によるものだろう。

 

 アインズは杯を受け取り、少しだけ考えるように数秒間を置いてから口を開いた。

 「…約束… いや、契約通り例の方舟はナザリックが接収させてもらう。 中枢は破壊したが、生きている機能や利用できるものも多くあるだろう。 報告できる内容は、随時伝える」

 「…はい、それでお願いします… …」

 アインズはラージ・ボーンの肩に手を置き、苦い記憶を呼び起こしながら告げる。

 「私も、大切な存在を手にかける辛さを知っている。 だから、忘れろとは言わん。 ほとんど同じ状況だからな… このことで、また苦しみが吹き出してきたら、俺のところに来い、話くらいは聞いてやるさ」

 「ありがとう…ございます… アインズさん」

 ナザリックの支配者は伝言(メッセージ)の魔法で部下たちに命令を飛ばす。

 『戦闘は終了、撤収だ。 方舟接収の為、マーレ、シャルティア、デミウルゴスは残れ、他は追跡、監視を警戒して迂回しつつナザリックへ帰投。 諸君、ご苦労だった』

 部下に指示を出したアインズは、友の肩を一度軽く叩き、その場を離れていった。

 

 

 戦いの終わりを察知した元『アダマス』メンバー達とスカアハがラージ・ボーンに駆け寄ろうとしたが、異様な雰囲気を感じ、皆が一斉に足を止めた。

 

 「糞がァ!!!」

 

 温和な印象しか持たない元『アダマス』ギルドマスターの方から聞こえた憤怒の雄叫びに、耳に届いた者はその身を震わせた。

 

 「糞! 糞! 糞ぉ!!」

 ラージ・ボーンは何度も大地を殴りつける。

 尋常でない身体能力の高さから、拳が打ち付けられる度に地面が隆起し山が出来上がる程だ。 それでもラージ・ボーンの憤怒は収まらなかった。

 

 「何故こんなことになった! どうして僕がこんなことをしなきゃならないんだ! 友人をこの手で殺させるなんて!! 神か! 悪魔か!? どっちでもいい、あの人がこんなことをしなきゃならないまで追い詰めた奴がいるのなら、絶対に許さない!!」

 自分がこの世界に来た理由は知る由もない。 しかし、もしその理由が友人をこの手にかけることだとしたら… ラージ・ボーンは誰とも知らない存在に対し、怒りをぶちまける。 

 ラージ・ボーンの体が何度も淡い光に包まれ、精神の沈静化が発生した。

 数回沈静化を繰り返した後、ようやく表面的な憤怒は収まったが、それでも心の奥底で燻り、完全に鎮火することはなかった。

 落ち着きを確認した緑髪、緑眼の美女がラージ・ボーンに近付く。

 「アダマス・ラージ・ボーンよ、落ち着いたか?」

 赤錆が召喚した巫女の長、バエル・ヘラー・クロエは魔神の背中に話しかけた。

 大きなため息を吐いてから、ラージ・ボーンは振り返る。

 「ええ… あ、はい。 もう、大丈夫」

 「なら良い。 では、行くぞ」

 「そうなんだけど、皆も連れて行って良いかな?」

 「ん? ああ、彼らも赤錆様のご友人というわけか。 なら問題あるまい」

 「ありがとう、クロエさん」

 「礼にはおよばん。 さあ、ノアが滅びた今、時間が惜しい」

 

 

 クロエは深く息を吸ってから、真剣な眼差しをラージ・ボーンに向ける。

 

 「行くぞ、赤錆様のもとへ」

 

 





 最初は成り行きだった。
 何もする気が起きなくて、夢も持っていなかった。
 ただ、他人に言われるがままの人生。
 辿りついた場所でも、淡々を作業をこなす日々。

 仮想の世界で出会った少女の夢は、眩しく、暖かかった。
 寄り添うと気持ちよくて、安心できた。

 そこで初めて気づく。
 何もしなかったんじゃない。
 夢を持つことが怖かっただけだと。

 夢は勇気を生み、勇気は優しさを育んだ。
 優しさはやがて、愛を芽生えさせた。


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六話「優しい雨」


 止まない雨はない。
 それは雨を嫌う人に言っているのか、雨が好きな人に言っているのか。
 後者であれば、随分と意地の悪い言葉だと思う。

 私は雨が好きだ。 見る分には…   

 ※赤錆の手記より(後に何者かの手によってこのページは焼却される)



 

 

 「良いかお前達、この事は私に知られてはならない。 此処には二度と立ち入るな」

 「「はっ!」」

 全面が一点の曇りもない白壁で覆われた小さな部屋、中央に置かれた薄らと赤みを帯びた桜木の柩の前で真紅の鎧を纏う騎士は、自身の前で跪く四人の美女に重々しい口調で命令した。 それに女達は凛々しい声で了解の意を示す。

 その返事に満足した騎士は緑色の鉱石で出来た立方体を懐から取り出した。 立方体はまるで生きているかのように脈動の如く光を明滅させている。

 「赤錆様、本当によろしいのですか? 先ずラージ・ボーンなる者が本当に現れるのか、そして赤錆様の身体に降りた神を倒すことができたとしても、それが成功するかどうか…」

 超大な魔力を秘めたアイテム――データキューブを見た美女の一人、クロエが悲痛な面持ちで訴えた。

 自身の身を案じてくれている女性の言葉に対し、騎士は優しい微笑みと口調で返す。

 「使用者の現在の状態を記録、複製を創造した後、使用者が死亡した時にその複製が起動する。 一応説明書きにはそう書いてあったが、複製が何百年も置きっぱなしになったり、魂… 記憶の改変が行われた場合に実験通りの結果を出すかは… 確信が持てるものじゃないな」

 「であれば、やはりお止めになるべきです! かの不信心な暴徒など放っておくべきです。 赤錆様の恩寵に(あずか)りながら、それを裏切り他方への略奪を行おうとする者達など」

 美女の言葉に騎士は先程までの笑みを落とし、真剣な眼差しで断言する。

 「それはできない。 彼らの為に経験値… 力を使い過ぎ、弱まってしまった私には、この方法以外残されていない。 なんとも情けない話だ」

 「そのような事は、決して…」

 騎士は瞳を不安の色で満たした女達に、めいっぱいの笑顔で伝える。

 「それに、本当にラージ・ボーンがこの世界に現れたら。 なんとかしてくれると思うんだ」

 「信頼… されているのですね」

 「ああ、あいつはいつも危なっかしくて、真っ直ぐ過ぎて周りに心配ばかりかけているが、やる時はやる男だ。 予想を裏切り期待を裏切らない、とか表現してた者もいたな。 今なら言える、私はあの男のことが大好きだった。 娘とも言えるお前達と同じくらいな」

 「「赤錆様!」」

 “娘”と表現されたクロエ達は歓喜に皆瞳を潤ませる、中には大粒の涙を流す者もいた。

 「あぁ、泣いてくれるな。 では複製を創造した後、この柩に封印する。 かの世界級(ワールド)アイテムを使用し、私の身体に神を下ろした後のことは、頼んだぞ」

 「「はっ!!」」

 部屋に美しい女たちの凛とした声が再び響いた。

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

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 「以上が、今から二百年以上も前のことじゃ」

 緑髪、緑目の巫女、クロエが元『アダマス』メンバーとスカアハ、エヌィ・シーア達の一団の先頭を歩きながら、すぐ後ろを歩くラージ・ボーンに語った。

 クロエの魔法により転移した場所は古い坑道のような一本道の途中、別の巫女の魔法で坑道に灯りが灯される。 幾重もの魔力で封印された扉を抜けた先に、これまで以上に強力な封印を施された大扉の前に辿り着いた。

 立ち止まったクロエは封印解除の言葉を放つ。

 『アダマスとハザールに栄光あれ』

 その呪文を聞いたラージ・ボーンを含めた数人は思わず「えっ」と声を漏らした。

 声を発した者達の様子に笑み浮かべたクロエが口を開く。

 「アダマスは言わずもがな、ハザールは赤錆様が先導して作られた組織の名前らしいのぅ、ある国の言葉で『千』という意味だとか」

 「それって…」

 藍色のマントを羽織り、黄金の槍を持つ少女が質問を投げかけようとしたのと同時に、大扉が開き始める。

 

 数百年の時を経ても、劣化や汚れを一切感じさせない、まるで無菌室のような純白の部屋がそこにはあった。

 そして、部屋の中心に一人の男が佇んでいる。

 その男は綺麗に切り揃えられた金髪で、全てを見通すかのように透き通った碧眼、端正な顔立ち、北欧の英雄を思わせる肌色、白い入院着(クロッシング)のような衣類を纏っている。

 

 「赤錆様、ラージ・ボーン様をお連れしました」

 クロエの声に反応して、赤錆と呼ばれた男が部屋の入口、ラージ達の方向へと視線を向ける。 その眼はどこかぼんやりしていて、まるで寝起きの人のよう。

 

 「ラージ… ボーン…? 誰だ?」

 「赤錆さん…」

 男の言葉に、多少の覚悟はしていたラージ・ボーンの心に衝撃が走る。 最初に巫女の一人であるインナから、ノアを倒すことで赤錆が復活する可能性がある、という計画を聞いた時から、赤錆が完全な状態で復活しない可能性もあることは考えていた。 それでも、かつての友が自分のことを忘れてしまうというのは、あまりにも辛く、苦しい事実だった。

 重々しい空気の中、漆黒のローブを羽織った悪魔がラージ・ボーンを横切り、一番先頭に立って口を開く。

 「おい赤錆、相変わらず冗談のセンス… ゼロだな」

 「バレたか。 やはりお前は騙せんな、カーマスートラ」

 「「「なっ!!?」」」

 両手を広げ(おど)けて見せる赤錆に、その場にいた殆どの人物が様々な感情を乗せた声を吐く。

 

 

          ●

 

 

 「少しばかりまだ記憶の混乱、この世界に転移してからの事で思い出せないことがいくつかあるが、一応問題ない。 『アダマス』のことも、エヌィ・シーアのことも覚えてる。 お前達が話したヴァーミルナという女性については、このコピーを創造した後のことだから、記憶にはないな」

 部屋の中央、桜木の柩の横で、赤錆は後ろに四人の巫女を据えながら語る。

 その顔面には複数の打撲痕が痛々しい青色を表していた。

 「かなりレベルダウンしてるみたいですけど、僕の知る赤錆さんみたいで、良かった。 本当に良かった…」

 ラージ・ボーンは横に元『アダマス』メンバーを並べ、すぐ後ろにスカアハを据えながら陽気に振舞った。 不死者(アンデッド)でなければ、感情が溢れて涙を流していただろう。 そんな恥ずかしいところを曝け出すのも、悪くないかもしれないと心の中で思いながら。

 赤錆は手のひらで膝を叩き、意を決した表情で元ギルドマスターを見据えた。

 破裂音と熱い感情を含んだ瞳に、ラージ・ボーンはビクッと体が跳ねる。

 

 赤錆はゆっくりとした動きで床に両手をつき、土下座の姿勢を取る。

 エヌィ・シーア達が驚愕の表情を浮かべ、その両手を中空に彷徨わせながら混乱していた。

 「ラージ・ボーン、すまなかった! ギルドの情報を公開し、崩壊に追いやったのは、この私なんだ。 許してくれとは言わない、ただ、謝らせてほしい!」

 「え、あの… 赤錆さん… 僕は…」

 ラージ・ボーンもエヌィ・シーア達同様に混乱しながらも、すでに認識していた事実であり、そもそも原因を作ったのは自分自身だと、赤錆に頭を上げてもらおうと手を差し伸べようとしたその時、自分の横にいた元『アダマス』メンバー、忍者のトラバサミが赤錆の横で、同じ土下座の姿勢になり、叫んだ。

 「骨太さん! 俺もそれに協力してました! 本当にごめんなさい!!」

 「あ、そうだったの…? あ、ああ~」

 意外な事実に衝撃を受けていると、自分の横にいた元メンバー達がぞろぞろと動き出し、赤錆、トラバサミと一緒に横一列に並びながら同じことをし始めた。

 「すまん、俺らも赤錆達がやろうとしてることに気付きながら止めなかった! 他にもっと良い方法があったかもしれないが、あんなやり方に甘えてしまって、本当に申し訳ない」

 「「「本当に、ごめんなさいでした!!!」」」

 

 「え、ええ~~っ!」

 まさか自分一人だけが事件まで気付かなかったとは思わず、ラージ・ボーンは目眩を覚えるが、意識を強く持ち、今の自分がしなければならないことを実行した。

 「僕の方こそ、ごめん。 あの時、僕が無茶してたから、皆んなにこんな思いをさせてしまって、本当にごめん」

 目の前にいる彼らと同じ姿勢になりながら、元ギルドマスターは皆に謝罪の言葉を伝えた。

 

 少しはなれた場所で狼狽えるNPC以外で、その手を一人だけ床に付けていない少女があどけない表情で口を開く。

 「え、これ… あたしもする流れ?」

 「「「「いやいやいやいやいやッ!! しなくていーから!」」」」

 

 

 「ハハ…」

 「あはははは…」

 「ククク…」

 「「「アハハハハハハハ!」」」

 

 皆が一斉に顔を上げ、十数人が集まるには狭い部屋に笑い声がこだまする。

 まるで、一番楽しかった頃の再来のように――

 

 

          ●

 

          ●

 

          ●

 

 

 「ここは…」

 リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが目覚めたのは見慣れない木製倉庫の中だった。

 「俺はたしか、ゴウン殿に一騎打ちを申し込んで… その後の記憶がない、俺は自分の持つ最高の一撃を放とうと…」

 ブレインとクライムに想いを託し、一つの魔法で数十万の命を奪う至上の魔術詠唱者(マジックキャスター)であるアインズ・ウール・ゴウンに決死の勝負を挑んだ。

 しかし、どのような勝負だったのか、記憶がぷつりと途切れている。

 何度頭を振っても思い出せないことに苛立っていると、倉庫の扉が開かれ、血と骨の色をした魔神のような鎧を身に纏う人物、アダマス・ラージ・ボーンの姿がそこにあった。

 「ボーン殿…? 俺はいったい…」

 ガゼフは気怠い肉体に活を入れ、なんとか立ち上がる。

 「ガゼフさん、貴方は死にました。 ですが、ここは地獄でも天国でもありません、貴方が以前訪れたキーン村… 今は不壊国アダマスの首都キーンですが… その一角です。 ちなみに、「死」と表現しましたが、実際に死んだわけではありません。 貴方の複製を創造し、死体として王国に渡しています。 魂のない肉の塊を創造することは我々には容易いことですから。 なので、深い理由は知りませんが、貴方の目的通り、その死は大陸中に広まることでしょう」

 あまりの情報量に眉間に皺を寄せ、熟慮してからガゼフは再び口を開く。

 「人間の複製など、そう易易とできるものでは… いや、それよりも何故、そのようなことを?」

 「アインズさんと賭けをしていたんですよ。 もし、アインズさんがガゼフさんを勧誘できなかったら、次は自分が勧誘しますって」

 「私の力は、王の剣。 他の誰のものにも…」

 ラージ・ボーンはガゼフに顔を近付け、伝えるべき言葉を伝える。

 「それはガゼフ・ストロノーフ… だからですよね。 しかし、ガゼフは死にました。 だから、これからは王の剣ガゼフとしてではなく、民の剣として、その力を振るっていただきたい」

 「民の…?」

 「はい。 王国戦士長だった貴方なら、聞き及んでおられるとは思いますが、このキーン村は魔導国ナザリックと共に独立し、新たな国、不壊国アダマスとなりました。 とはいえ、もとはリ・エスティーゼ王国の民、そんな彼らを守っていただきたい。 自分は貴方の力だけでなく、人間性を信頼しているのです」

 「自警団の団長でもさせるおつもりか?」

 「自分のイメージとしては自警団というよりも、公的な治安部隊の隊長を務めてもらいたい。 そう、不壊国アダマスの治安部隊長、ビーフ・ストロガノフとして!」

 

 「は?」

 王の剣ガゼフ・ストロノーフは死に、そして新たに民の剣ビーフ・ストロガノフが誕生する。 名前のセンスは兎も角として、今までとまた別の人生を歩む。 ただし、話を聞いているかぎり、王国戦士長の頃のような不自由さのない立場のように思える。 しかし…

 「すこし、考えさせてもらえないか?」

 「ええ、構いませんよ。 特に急ぐわけではありませんから!」

 

 この誘いを断ればどうなるのかはわからない。

 しかし、答えを急いて取り返しのつかないことになるよりは、じっくり考えてからでも遅くはないのでは…

 ガゼフは魔神の差し出した手を、無意識に握り返していた。

 

 






 戦いは終わり、駆け抜けた日々は全てが過去のものとなった。
 これから待ち受けるは艱難辛苦か天変地異か、
 何が来ようとも、きっと大丈夫だろう。

 仲間たちの笑顔と共に…


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終話「骨太元ギルド長は穏便に過ごしたい」



 アインザック「ラケシル、魔術師組合長である君の意見を聞きたい。 ラージ・ボーンの事だ」

 ラケシル「友人としてではなく、エ・ランテル冒険者組合長殿から呼び出されたと聞いてきてみれば… いや、確かに一大事だ。 昨今類を見ない大英雄であるモモン氏が魔導国に下り、同等と噂されていたラージ・ボーンは魔導国と同時に建国した不壊国の王となった。 その不壊国は魔導国と同盟を結び、次期アダマンタイト候補との呼び声高いスカアハは不壊国の幹部に座した。 優秀な人材は(ことごと)く例のアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下と連なる者になってしまったわけだな」

 アインザック「国王となるにあたって、ラージ・ボーンが冒険者稼業を引退すると言い出した時は肝を冷やしたぞ。 人類の切り札と言えるアダマンタイト級冒険者を失う事は、あまりに大き過ぎる損失だ」

 ラケシル「王としての責務で、冒険者として活躍する時間が取れない。 という意味で、彼は提案したのだと思ったが… 他の意味も持つのかもしれないな」

 アインザック「キーン村… 今は首都キーンか、そこを拠点としている冒険者チームはエ・ランテルの冒険者組合に所属したままとなっているが、彼らがこれからどうするのかは、本人たちの意思を尊重するつもりだ」

 ラケシル「そういえば、不壊国の住人が新たに冒険者になったそうじゃないか。 それも、かなりの逸材だと聞いている」

 アインザック「ああ、彼のことか… 正直に言うと、不安はある」

 ラケシル「どうしてだ? アインザック」

 アインザック「彼が… 人間じゃないからだ」




 

 

 「陛下、中に居られますか?」

 ヴァーサは敬愛する主人の部屋の扉を数度叩きながら尋ねる。 しかし、返事も気配もない。

 

 先の王国と帝国との戦争に際し、リ・エスティーゼ王国領地で二つの国が独立を果たした。 一つは城塞都市エ・ランテル及びその西側一帯を領地とした魔導国ナザリック、そしてもう一つ、魔導国の南側に位置する極小規模の土地を獲得した不壊国アダマス。

 アダマスの王として即位した人物こそ、ヴァーサの絶対の主人であり、『天上の十三人』の頂点、不壊王ラージ・ボーンその人である。

 

 しかしながら、その新王は度々行方不明となっていた。

 首長としての仕事である統括や一部指示系統は主に参謀総長という地位についた赤錆氏が担ってはいるが、大事の最終決済はどうしても王であるラージ・ボーンが行わなければならない。

 国の備蓄、社会福祉、医療関係は独立以前、キーン村と呼ばれていた頃の土地を管理していたヴァーサが担当しており、それらの決済をラージ・ボーンに行ってもらうため、かれこれ一時間は探し回っていた。

 もちろん魔法による連絡、捜索は探し始めた頃に行っている。

 「また…ですか」

 大量の紙の束を抱え、ヴァーサは本日何度目とも知れないため息を零す。

 

 「どうしたんだ? こんなところで、溜息なんかついて」

 「あ、あかっ… 参謀総長閣下!」

 ヴァーサが聞き覚えのある男性の声に顔を上げると、そこには真紅の鎧を身につけた金髪の美丈夫が立っていた。 思わず両手を広げてしまい、大量の用紙が床に散蒔かれる。

 慌てて拾い集めようとする自分よりも圧倒的上位者であるはずの赤錆も紙を集めていることに気付き、ヴァーサは驚きのあまりいっそう取り乱してしまう。

 「ああ、閣下にそのような… お手を汚してしまいます!」

 「ハハ、閣下はよしてくれないか? 参謀総長っていうのも、軍隊とかが好きな仲間の趣味だから、ヴァーサがそれに付き合ってやることはない」

 「いいえ! 『天上の十三人』の一人で在らせられる赤錆様をお呼びするのに…」

 「その『天上の…』っていうのも私は仰々し過ぎると思うんだ。 おそらく、魔導国でアインズさんと面談した時に、NPCが『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーの事を『至高の四十一人』と言っていたのを聞いた者が言い出したんだろうが…」

 

 赤錆は紙を拾い集めながら独り言のような愚痴を零し続ける。 ヴァーサは一部理解できない言葉が出てくる愚痴に対し、「はぁ」と相槌を打つ。

 『天上の十三人』、世界を滅ぼすほどの魔獣をたった一人で圧倒する不壊王ラージ・ボーン本人と、その王と同等の力を有し、旧友でもある十二人を合わせた一三人。 ラージ・ボーン、スカアハ、トラバサミ、赤錆、カーマスートラ、シーシュポス、ドラゴンダイン、ルバーブ、コンスタンティン、まちぇーて、キュイラッサー、ハーフブリンク、マグナード。

 彼らは王に次ぐ権限を持ち、正しく天上の存在として国民から信仰の対象となっていた。

 

 赤錆は自分が拾い集めた紙束の角を整えてから、それをヴァーサに手渡す。

 「その様子だと、また… なのか」

 「…はい」

 ヴァーサの振る舞いに全てを悟った赤錆が同情の混ざる笑みを浮かべた。

 「ヴァーサの魔法で探知できない場所。 心当たりはあるが… どうする、連れ戻そうか?」

 「それには及びません。 多忙な赤錆様にそのようなことは…」

 「多忙なのは君も同じだろう。 食事、睡眠不要、リング・オブ・サステナンスを装備しているとはいえ、精神的な疲労は人間である君にとって看過できるものではない。 ラージ・ボーンからも定期的に休みを取るように言われているだろう?」

 「それは… そうですが…」

 「なら、暇そうな人物を向かわそう。 アテはある」

 「ええと、それは天上のどなたかですか?」

 「ああ、彼女なら穏便に済ませてくれるだろう」

 

 赤錆は《伝言(メッセージ)》の魔法を使い、スカアハにラージ・ボーンをある場所から連れ戻すよう依頼した。

 「これで、夕方までには戻るだろう。 怠けた分、不死者(アンデッド)の特性を活かして不眠不休で働いてもらわないと」

 「お、お手柔らかに…」

 「君はもう少しラージ・ボーンに厳しくするべきだ。 将来の(きさき)としても…な」

 予想外の一言に、顔を、耳まで真っ赤にしながらヴァーサは慌てふためく。

 「そそ! そんなっ! あ、あの… ラージ様にはスカアハ様という方がっ」

 「別に構うまい。 王に妻が一人や二人いることなど、珍しくないだろう? どちらが正妻となるかは、そっちで話し合ってもらわなければならないがな。 ハッハッハ!」

 

 

 「…あ、ところで、方舟にいた五百余人の住人について相談があるんだが」

 「…はい、私でよければ」

 朗らかな笑いから一転、赤錆は真顔を作り、ヴァーサもそれに合わせて冷静に対処する。

 何度となく繰り返されてきた不壊国の日常がそこにはあった。

 

 

          ●

 

 

 「へえ、それが『完全なる狂騒』ですか」

 「ああそうだ。 直接見るのは初めてか?」

 魔導国ナザリックの中枢であるナザリック地下大墳墓、その絶対支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの自室、向かい合って豪華なソファに腰掛ける二人の不死者(アンデッド)が談笑していた。

 一人は漆黒のガウンを羽織り、一人は赤と白とを基調とした全身鎧(フルプレート)を身に纏っている。

 全身鎧(フルプレート)不死者(アンデッド)―ラージ・ボーンはガウンを羽織る不死者(アンデッド)――アインズ・ウール・ゴウンの手に持つカラフルなクラッカーを凝視しながら感嘆の声を上げていた。 

 「そのアイテムがあれば、精神の安定化が起きなくなるんですよね?」

 「ああ、一時的なものではあるが、使い方によっては面白いかもしれないな」

 「ある意味、お酒みたいなものですね」

 「それは言い得て妙だな。 使い道を誤れば大惨事にも成りかねないという点においても」

 「今度、二人だけでやっちゃいます?」

 「それは楽しみだ。 とりあえず、お互いに落ち着いてからとしよう。 仕事、溜まってるんじゃないか?」

 

 ラージ・ボーンは痛いところを突かれ、頭を抱えて(うずくま)る。

 「ラージは… アレだろう、仕事を溜め込むタイプだ。 一時期はきっかり定時に帰って、期限ギリギリになったら慌てて残業してしまう。 しかも、サービス残業で…」

 「イタ、イタタタタ…」

 「そういうのは毎日細かくやっていけば良いんだよ」

 「うぅぅ… か、勘弁してください…」

 耳の痛い話に身悶えるラージ・ボーンを見て、楽しい気分になっていくアインズ。

 かつての友と共有していた時間に近いものが、そこにはあった。

 

 ラージ・ボーンは視界に映る皮も肉もないアインズの顔に、微笑みが宿った気がした。

 超越者(オーバーロード)はやけに落ち着いた口調で、気分を切り替え話し始める。

 「ありがとう、ラージ。 気を利かせてくれているんだろう?」

 「はい? なんのことでしょうか」

 「いや、そうだな、君のことだ、無意識にこういうことをしているのかもしれないな。 なんと言うか、今のような時間が、私にとって掛け替えのないものになりつつあるのは、認めるよ」

 「えっと、アインズさん?」

 ラージ・ボーンは雰囲気の変化についていけず、姿勢を正してアインズの言葉に耳を傾けることしかできなかった。

 「NPCは皆良くしてくれているし、私も皆を等しく愛している。 我が子ほどと言っても良い。 しかし、決して対等ではない。 皆は私に絶対を期待し、私はそれに応える義務と責任がある。 だからこそ、ラージと、こんな風に何も考えず、楽な気分で他人と話のできる時間は、とても… 安心するんだ」

 「アインズさん…」

 「勘違いしないでもらいたい、かつての友が創造した… いや、友人の子供のような存在である彼らに囲まれていることに不満はない。 転移する前の人生より、今が充実しているのは事実だし、その実感を与えてくれているのは間違いなく彼らだ。 ギルメンが転移した君への嫉妬がないと言えば嘘になるが、多くの者を愛し、多くの者に愛される、この幸福は、今の君にも自慢できる」

 「はい、羨ましい限りですよ。 特にアルベドさんとか本当にもう… なんというか… ね!」

 「ああ、もう… 本当にアルベドは… な!! もし人間だったら即堕ちてしまうよ。 難しい漢字の方ね!」

 「確かにウチのヴァーサもナイスバデーですが、アルベドさんと比べると控えめというか、慎ましやかというか…」

 「うむ、アルベド以外にもソリュシャンというのが居てだな」

 「あ、何て言いましたっけ… プレアデス? あの女性もスゴイですよね」

 「そう、それ! いや~… こんな話、シモベの前じゃ出来ないわ~」

 「自分もですよ」

 「「ハハハハハハハハハハッ―」」

 

 天上にして至高なる高尚な会談が続く中、部屋の扉が外側からノックされ、美しい女性の声が二人の耳に届く。

 「アインズ様、ラージ・ボーン様、ご歓談中申し訳御座いません。 不壊国アダマスより、スカアハ様がお見えです」

 

 「あらら、思ったより早いな。 では、ここでお開きですね。 今日はありがとうございました、アインズさん」

 「こちらこそ楽しかったよ、ありがとう、ラージ・ボーン」

 

 二人の王はほぼ同時に立ち上がり、テーブルの上で固い握手を交わす。

 数秒、互の感情を伝え合うように見つめ合った後、ラージ・ボーンは扉へと向かった。

 

 

 春―始まりの季節。 冷たい風に怯えていた動物達は陽の下へと現れ、雪の下を耐え忍んでいた植物達が芽吹く時。 二人の王が誕生した。

 一人は死の支配者、最強にして至高の魔術詠唱者(マジックキャスター)

 一人は赤白(せきびゃく)の大戦士、天上にして心優しき不死英雄(アンデッドヒーロー)

 

 不死者(アンデッド)でありながら慈悲深き王が統べる国は、永遠の安寧と、繁栄が約束される。

 

 民は称え謳う。 ナザリックに、アダマスに栄光あれ。

 

 





 カーマスートラ「そういえば、コールドスリープから目覚めたら世界級(ワールド)アイテムが無くなっててさ」

 アダマス「ええ!? そ、それ一大事じゃないか!」

 カーマスートラ「まあ、あん時はそれどころじゃなかったしな。 真っ先にトラが疑われたけど、あいつがそんな事する理由も必要もないし。 そもそも、俺たちが持ってた世界級(ワールド)アイテムの中に、あいつの状況で使わないと不自然なものもあるから、すぐに嫌疑は晴れたけどな」

 アダマス「それにしても凄いね、一人一個持ってるなんて」

 カーマスートラ「ギルドが解散した後、赤錆が公開したメンバーのデータのお陰で、いろんなギルドに誘われたプレイヤーもいてな、俺なんかはシーシュポスと一緒にギルド立ち上げたり… それで各々が所属していたギルドで手に入れた世界級(ワールド)アイテムを最終日に持ち寄ってたってわけ。 元々は、それをお前に渡すつもりだったんだよ。 例のギルド解散のことでの、謝罪を含めてな」

 アダマス「それはもう、良いですって」

 カーマスートラ「まあまあ、気持ちだけでも受け取ってくれ」

 アダマス「……」

 カーマスートラ「どうした? 骨太」

 アダマス「何か、忘れてるような…」

 カーマスートラ「忘れるようなら、些細なことなんじゃないか? その内思い出すだろ」

 アダマス「それもそうですね」


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エピローグ 死の支配者サイド+A


 平和とは戦争と戦争の間、戦争が起きてない期間に名前をつけたものである。  

 


 

 

 魔導王、すなわちナザリック地下大墳墓およびアインズ・ウール・ゴウン魔導国の絶対支配者。 至高にして最強の存在は大きな仕事を終え、執務室で頑丈そうな椅子に体重を預けながら天井を見上げている。

 「アインズ様、アダマス幹部との会談、お疲れ様でした」

 豪奢な黒檀の机の向こうに立つ、背筋をピンと伸ばした悪魔が満面の笑顔で口を開いた。

 「ああ、ありがとう、デミウルゴス」

 アインズは真上に向けていた視線を落とし、ナザリック地下大墳墓第七階層守護者、デミウルゴスの労いに感謝で応える。

 「流石は天上の一三人の中でも選りすぐりの五人、中でもあのトラバサミなる男は…」

 「あの男はこの世界に来て数百年もの時を過ごしている。 長い時間を生きるというのは、それだけで精神をすり減らすものだ。 しかし…」

 不壊国アダマス幹部との会談終了後、トラバサミだけを呼び止めて、アインズは気になっていたことを尋ねていた。

 ラージ・ボーンとエ・ランテルですれ違ったとき、密かに尾行をつけさせたことがある。 しかし、半日もしないうちに、そのシモベが何者かによって殺されてしまったのだ。

 シモベを殺害した存在は、ラージ・ボーンを陰ながら見守り続けていたトラバサミだと推理したアインズは、本人にそれとなく「ラージ・ボーンに近付こうとした者を殺したことがあるか」という意味合いの言葉を投げかける。

 トラバサミの返答は「ノー」だった。 彼曰く「相手を殺せば取り返しのつかないことになりかねない。 だから、キーン村の周りに仕掛けた罠も、致死性のものではなく、転移させるものにしていた。 多少の嫌がらせはしても、命まで奪ったことはない」 

 トラバサミの言葉をそのまま信じるのであれば、いったい誰が尾行させていたシモベを殺したのか。

 

 「アインズ様、どうされました?」

 アインズが口元に手を添えて熟考していると、デミウルゴスが口を開いた。

 「いや、少し考え事をな… それにしても、あのトラバサミとかいう男… いや、あれは本当に男なのか? 人間形態の顔を見る限り、中性的でどちらとも判別できないものだったが… それとも、エントマのように擬態とか? まあ良い、それは大した問題ではあるまい」

【挿絵表示】

 

 「…人間形態と言えば、かのハーフブリンク殿も、会談の折は人間の姿を取っておられましたね。 魔獣との戦闘時には緑柱色の神獣の姿をしていたので、少し驚きました」

【挿絵表示】

 

 「ああ、なんというか… 可愛らしい姿だったな、どちらも」

 「神獣形態のハーフブリンク殿を見たアウラが目をキラキラさせていました。今後、多少の交流程度であれば、その時間を設けても良いかも知れませんね」

 

 魔獣達との戦闘について話が上がり、アインズは「アダマスの元メンバーが現れた際に、ナザリック守護者との混合チームを作成し、魔獣討伐に当たった理由」を思い出していた。

 「そういえば、魔獣との戦闘で、得られたものはあったか?」

 「アダマスメンバーの戦闘データのことですね? チームを組んだ守護者より、まとめられた情報は既に上がっております。 私とアルベドとで清書した後、アインズ様にお渡しする予定となっております」

 「うむ。 赤錆とトラバサミが作成した、例の情報に改竄(かいざん)部分が存在することが分かった以上、より確かなデータが必要だ。 不壊国と戦争など、やりたくないが、万が一の備えはしておかなくてはならない。 現時点で正面衝突した場合、敗北はなくとも、甚大な被害は避けられないだろうからな」

 「仰る通りかと… 早急に纏め上げ、提出させていただきます」

 「そう焦るほどのことではない。 お前達には魔導国の法律についても注文をしているのだから、そちらを優先させろ。 それと… 無理だけは絶対にするな」

 「とんでもない! 我々はアインズ様の忠実なるシモベ! 頂いた職務を全うすることに、無理などあるはずはございません。 アインズ様からのご使命は、正に至上の喜び!」

 「あ、ああ… 感謝するぞ」

 「感謝などもったいない! 我々シモベ一同…」

 

 デミウルゴスの賛美は止まらない。 アインズの眼窩に灯された赤い火の輝きが、目を伏せるように小さくなる。

 「あー… デミウルゴス、たしか赤錆はバックアップを使った頃からの記憶がないと言っていたな」

 アインズは話題を変えるため、口を開いてデミウルゴスに尋ねる。

 悪魔は歓喜の笑顔をまるで機械がスイッチを切り替えるように、表情を整えた。

 「その通りです。 シャルティアを精神支配したときに使われたと思われる世界級(ワールド)アイテム… その複製品(レプリカ)を、赤錆殿の部下である巫女が使用したという事実、決して看過できるものではありませんが、赤錆殿…いえ、その時は『予言者ノア』になっていたわけですが… そのノアがオリジナルをどこで手に入れたのか、巫女は知らないと言っていました。 ノアや巫女がスレイン法国と繋がっていたことは明らかですので、世界級(ワールド)アイテムと…」

 「デミウルゴス、早合点するなよ? それこそ、ナザリックと法国との関係性を悪化させようとする者がいるかも知れん」

 「なんと! そ、その発想はありませんでした」

 デミウルゴスは心底驚いた表情になる。

 アインズはカルネ村を襲った帝国騎士団の装備をした一団のことを思い出していた。 相手に間違った情報を信じ込ませる。 その方法の有効度も危険性もよく知っているための警戒心だった。

 「赤錆の記憶が無いとしても、巫女は傍にいただろうから、まったく何も知らないということは有り得ないんだがな」

 「会議に同席していた巫女の話では、ノアには「お隠れになっていた時期」があるために、全てを知っているわけではない… とのことでしたが、それでもこちらに提示していない情報はまだまだありそうですね」

 「デミウルゴスから上がってきた、「ノアの方舟」の接収結果だが… 空だったそうだな?」

 「はい。 確かに、方舟の装甲や残されたマジックアイテム、メインエンジンである概念炉… は壊れていましたが、それらを手に入れられたのは良き収穫だったと言えます。 ただし、予言者ノアに関する資料は発見できておりません」

 「…ナザリックの情報も、全てアダマスに提供しているわけではない。 ならば、これで良いのかもしれんな。 デミウルゴスよ、全シモベに伝えろ、「アダマスに対する調査の類は一切禁じる」と」

 「…恐れながら申し上げます。 おそらく不壊国は周辺国家で唯一、我らがナザリックの脅威と成り得る組織、警戒は必要かと」

 「調査は禁じるが、情報収集まで止めるとは言っていない… わかるな?」

 

 アインズの言葉を聞いたデミウルゴスは目を見開いた後、悪魔の微笑みを浮かべる。

 「畏まりました。 確実に伝えておきます。 流石はアインズ様… そこまでお考えとは…」

 「アウラとハーフブリンクの交流の話、前向きに進めても良いかもしれんな」

 「はっ!」

 

 

          ●

 

 

 「つかれたよー」

 新興国家、不壊国の王、ラージ・ボーンは大理石でできた豪奢な執務机に上半身を投げ出す。 肉も皮も無い、骨だけの身体に、綺麗な光沢を持つ絹のガウンを羽織った主人に対し、机の向こう側に立つ秘書、ヴァーサ・ミルナは優しい微笑みを浮かべながら、労いの言葉を寄せる。

 「お疲れ様でした、陛下。 これで、自分で溜め込んでおられた仕事は完了です」

 辛辣な文言とは裏腹に、声色はとても柔らかい。 心の底から敬愛を込めた言葉であることは、言われた本人も理解できる。

 「ああ、ありがとうヴァーサ。 手伝ってくれたお陰で今日中に終われたよ」

 「どういたしまして。 これかは溜めないよう、毎日時間を決めて…」

 

 ラージ・ボーンは王という責任ある立場になってからというもの、人間だったころのサボり癖が現れ、度々ヴァーサの目を盗んでは城下町やナザリックに逃亡していた。

 ナザリックがバハルス帝国協力の下、建国するにあたって、やや強引に推し進められたもう一つの建国。 それはリ・エスティーゼ王国と帝国との国境に存在していたキーン村と、その周辺、かつて帝国騎士の装備をした一団に攻撃を受け、崩壊した村々を含んだ範囲が独立してできた国である。

 魔物の大群から王都を救った二人の英雄の片割れ、ラージ・ボーンを王に据えた「アダマス・ラージ・ボーン不壊国」縮めて「不壊王国アダマス」や「不壊国」と呼ぶ者もいる。

 

 

 不死者(アンデッド)であるラージ・ボーンは疲労を感じないはずではあるが、人間時代の残滓が「精神的疲労」という幻を見せる。

 溜め込んだ仕事と言っても、部下が持ってくる資料に目を通すことぐらいではあるが、重要な案件の、実行許可を下すのは最高責任者であるラージ・ボーンにしかできない。

 責任という言葉が、なによりラージ・ボーンに「幻」を見せるのだ。 「ごめんなさい」の一言で済ませられるようなことは、王が判断を下すまでもない。 であれば、自分の前に持ってこられるような事案とは、最悪、国の財産を浪費させかねない内容ばかり。

 斜め読みなど、できるはずもない。

 

 目に見えない何か、身体のどこかの部分を磨り減らす思いで数時間に及ぶ死闘を終えた大戦士は、猛烈に誰かに甘えたくなっていた。

 筋肉も失った四肢のどこの筋を伸ばすわけではないが、理由もなくラージ・ボーンは両手を前にだす。 五本の指を広げ、その先までピンと伸ばした。

 

 「陛下?」

 ヴァーサは首をかしげながら自分の方向に伸ばされた骨の手に、その一回り以上小さな手の平を重ねた。 その瞬間、ラージ・ボーンの肩がビクッと大きく震える。

 「し、失礼しましたっ!」

 すぐに手を引こうとするヴァーサの手を、骨の指が掴む。

 「ちがっ… 嫌じゃないんだ。 むしろ、もう少しそのままで… なんていうか、癒されるよ」

 「ラージ様… 」

 

 ラージ・ボーンは伏せていた顔を上げて、重ね合う手のひらを見つめた。 そこから伝わる体温に、言い得ない喜びや、嬉しさを感じながら。

 彼女と出会ってから様々なものを共に乗り越えてきた。 時に励まされ、時に頼られ、弱音を吐いたこともある。

 「いつもありがとう、ヴァーサ。 君がいなかったら、本当に… 自分はダメになってしまっていた」

 「そんな… 私の方が、何度も救っていただきました。 私は今、陛下のお傍にいられることが、何より幸せなんです…」

 

 ―――コンコン

 「骨太くん、仕事終わった~?」

 

 執務室の扉の方から聞こえたノック音と声に王と秘書は合わせていた手を咄嗟に引いた。 その動きは訓練を受けたものでさえ見逃すほどの速さ。

 一度深呼吸をして心を落ち着かせたラージ・ボーンは声の主に返事をする。

 「ああ、終わってるよ、スカアハ」

 

 勢い良く開かれた扉から、元気いっぱいの美少女が現れた。

 スカアハは長い黒髪を揺らしながら、やや早歩きでラージ・ボーンに近づく。

 「今日のお仕事終わったら、あたしと稽古してくれるって約束してたよね!!」

 「あ、ああ… その通りだ。 今終わったところだから、付き合えるよ」

 「それなら早く! 早く~!」

 椅子に座るラージ・ボーンの手を引っ張りながら強請(ねだ)る少女に、王は戸惑いながらも席を立ち、秘書に目を配る。

 「すまないヴァーサ、そういうことなんで、行ってくるよ」

 「はい、行ってらっしゃいませ。 大きな怪我にならないよう、気を付けてくださいね」

 「ああ、ありが… うおっ!」

 「はーやーくー!」

 

 スカアハは強引に立たせたラージ・ボーンの背を強く押しながら執務室の出口へと向かう。 途中、一度振り返り、退室しようとする二人を見守るヴァーサへと顔を向ける。

 

 「それじゃ、お借りしま~す」

 押されるラージ・ボーンにはスカアハの元気の良い声が聞こえる。

 しかし、ヴァーサへと向けられた表情は、勝ち誇った笑み。

 

 「どうぞ、また明日には『二人で』作業いたしますので、お構いなく」

 部分部分を強調させた言葉でヴァーサは返事をした。

 

 

 平和的共存とは、歴史に鑑みても、人類が最も苦手とするものである。

 

 





 【うp主コメント】

 『骨太元ギルド長は穏便に』これにて終幕となります。
 最期まで読んでいただき、ありがとうございます。
 一応前回で完結しているのですが、エピローグとして今回を投稿させていただきました。
 エピローグを含めると全48話。 1クール12話の4クール分…とかキリが良さそうな気がしないでもないです。

 気がつけば初回のUA数が一万を越え、五百近い方々にお気に入りにしてもらい、大変ありがたく、そして原作『オーバーロード』の人気振りを感じました。

 原作が未完結作品であり、本作は原作に沿った物語としているので、完全完結はさせていません。
 第一部『ノア編』完! といったところです。

 ご要望があり、もし『第二部』を投稿するとしたら年度明けになると思います。
 内容は原作10巻~11巻、アインズ様があっちに行ってる間、ラージはあっちに行って、あの方があそこに行くのにヴァーサが同行して、11巻ラストの例の話を聞いたラージがー…完 といった簡単なプロットは作っています。
 もしくは、別視点の『外伝』を投稿するか…

 エピローグで新たに書いた二人の元メンバー(人間形態)のイラストを挿絵として載せています。 所謂セバス・チャンみたいな、ノー本気モード。
 一人は口癖が「ぶふー」なのに、人間形態はあの見た目。

 第二弾開始前にご要望があったものや思いついたものをいくつか書いてみたいと思っています。 ある意味蛇足かも知れませんが…
 ナザリックお風呂回(ラージもいるよ)やジルクニフとラージの面談、アウラとハーフブリンク(+ハムスケ)の交流、トラバサミ少年の事件簿、赤錆とデミウルゴスの対談etcetc......

 思考の羅列となってしまいましたが、以上であとがきとさせて頂きます。

 重ね重ねではありますが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
 


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