Idol meets cars (卯月ゆう)
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ep00 くるまのまとめ

出てきたアイドルと、乗ってる車のまとめ
自分の記憶と記録用

グレードまで考えてたりなかったり。カッコの中身はメモ書き


国産車

 

346プロダクション

社用車

トヨタ プリウスα

トヨタ アクア

トヨタ アクア ラリー仕様

マツダ CX-8 XD Proactive

 

今西部長

日産 フェアレディZ 432

インフィニティ Q60S

 

千川ちひろ

日産 GT-R

 

武内P

トヨタ マークX GRMN(1st)

 

日比谷P

日産 フェアレディZ Nismo (6MT)

→ポルシェ 911

 

安部菜々

日産 ノート

→アルファロメオ

 

荒木比奈

スバル BRZ STI Sport (6MT)

 

川島瑞樹

日産 フェアレディZ Z34(6AT)

 

木村夏樹

スズキ GSX1100S

 

鷺沢文香

ホンダ フィット

 

原田美世

マツダ ロードスター NA8C(S2) Sスペシャル

→マツダ ロードスター ND5RC S Leather Package(6MT)

 

姫川友紀

スバル インプレッサスポーツ 2.0 i-S Eyesight

 

藤本里奈

スズキ スカイウェイブ

 

松永涼

スズキ スイフトスポーツ

ホンダ フォルツァ

→ホンダ CBR954RR

 

向井拓海

マツダ RX-7 FC3S

カワサキ ゼファーχ

 

――――――――――――――

 

ドイツ

 

日比谷P

ポルシェ 911 カレラS

→マクラーレン

ポルシェ パナメーラ ターボS e-Hybrid

→アウディ RS4 B8

 

高垣楓

メルセデス・ベンツ A45 AMG Petronas Green Edition

 

東郷あい

BMW 3.0CS Injection

BMW M6 グランクーペ

 

新田美波

BMW X3 xDrive 20d M sport

 

和久井留美

BMW M4

 

――――――――――――――

 

イタリア

 

武内P

フェラーリ 512TR ケーニッヒスペシャルレプリカ

 

日比谷P

ドゥカティ パニガーレV4S

 

安部菜々

アルファロメオ ジュリエッタ クアドリフォリオヴェルデ (Alfa TCT)

 

片桐早苗

アルファロメオ ステルビオ ファーストエディション

 

木村夏樹

アバルト 124スパイダー (6MT)

 

和久井留美

MVアグスタ F4

 

――――――――――――――

 

フランス

 

346プロダクション

プジョー5008

シトロエン C3

 

 

――――――――――――――

 

イギリス

 

美城専務

ベントレー コンチネンタルGT (MY2016)

 

日比谷P

マクラーレン 570S Spider

 

高橋礼子

アストンマーティン ヴァンテージ

 

大和亜季

トライアンフ 謎の軍用モデル

 

――――――――――――――

 

アメリカ

 

高峯のあ

テスラ モデルS P100D

 

大和亜季

フォード F150 ラプター スーパーキャブ(2door)

 

 

――――――――――――――

 

その他登場車種

 

ep8

レゴ ポルシェ911 GT3

スバル レヴォーグ 2.0GT-S Eyesight

 

ep13

レクサス LC500 L Package

 

ep15

アストンマーティン DB11

ケーターハム セブン270/620R

ラディカル SR3/RXCターボ

フェラーリ GTCルッソ

メルセデス・ベンツ S65AMGクーペ

BMW M5

 

ep17

ランチア フルヴィア

 

ep19

ポルシェ 911ターボ

日産 GT-R N Attack Package B kit

シボレー コルベットコンバーチブル

アストンマーティン DB11

マクラーレン 540C

ランボルギーニ ウラカン

 

ep20

ダイハツ ムーヴカスタム SAIII

ホンダ N-BOX G EXターボ ホンダセンシング

 

ep23

スバル WRX STI

ホンダ シビック タイプR

 

ep24

ロールスロイス ファントム

 

ep32

トヨダ AA型

トヨペット クラウン (1st gen)

トヨタ スポーツ800

2000GT

セリカ (1st gen)

スプリンタートレノ (1st gen)

スープラ A70 2.5 twin turbo R

アルテッツァ

レクサス LFA

トヨタ TS050 Hybrid

レクサス ES300h Version L



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ep1

オリPのイメージはぷちますの間島Pに近いです。Pヘッドではありませんが


 Prologue

 

 

「はぁ……」

 

 昼休みはコンビニ飯を食ってから紅茶を飲みつつ、買ってきた雑誌を読むのが習慣になっている。

 こんなため息をつきたくなるのは、俺がコレを読み終わるのを目を輝かせて待っているのが目の前に居るからだ。

 俺が読んでいるのは月刊「Sporting/Driving」という自動車雑誌で、「スポドラ」なんて略称で呼ばれている。内容はほとんどの自動車雑誌と変わらず、新車の試乗記や新パーツのレビューなど。特徴的な部分といえば、タイトル通り、スポーツドライビングを楽しむためのイロハとしてプロのレーシングドライバーが月替りで自己流の「走りのコツ」を書くコーナーがあることだろう。

 現役のドライバーはもちろん、引退したレジェンドドライバーや時には海外のドライバーすら走りの心得であったり、少し踏み込んだ内容であったりを好きなように説いている。

 俺はこのコーナー目当てでスポドラを購読していると言っても過言ではない。試乗記なら「カーグラ」、チューニングなら「オプション」、もっと踏み込んだドライビングテクニックなら「レブスピード」に任せればいい。

 他にも様々な自動車雑誌を読むが、スポドラの「公道をいかに安全に気持ちよく走るか」と言うコンセプトは一般ピープルである俺にはとても良くあっているように思えるのだ。

 長々と語ってしまったが、目の前に居るコイツにも触れておかないといけないだろう。

 さっきから頬杖ついてニヨニヨと笑いながら尻尾振ってる(ように見える)のは原田美世。職業はアイドル。アイドルだぞ? デコに拭ったオイルの跡が残っててもアイドルだ。そして、俺はそんな彼女のプロデューサーなのだ。

 もちろん、担当は彼女だけではないが、彼女には特に懐かれている気がする。もちろん、繋がりはクルマだ。

 

 

「美世、そんなに見てても読み終わらんし、誰も貸してやるなんて言ってないぞ」

「とか言いつつ、毎回読み終わったらテーブルの上に置きっぱなしじゃないですか。それに、そろそろ最後の方の広告なんで読み飛ばすでしょ?」

 

 確かに、美世の言うとおり、俺は最後のコラムを読み終えて広告がひしめくページに入っていた。だが、ここで終わるいつも通りの俺ではない。スポドラを閉じ、顔を輝かせた美世を横目にそれをカバンに仕舞うと、代わりにとある本を取り出した。

 

 

「殺生なぁぁ」

「ふふん、そう甘くねぇんだよ」

 

 俺が次に広げたのは、週間「アイドルジェネレーション」

 アイジェネ、と呼ばれるこの雑誌は今をときめくアイドルたちのインタビュー、新番組紹介、ライブ、グッズ情報などなど、アイドルに関して知りたければテレビやネットよりもずっと正確で細かい事が書いてある。

 手頃な値段も幸いし、若者を中心に人気の高い雑誌だ。

 

 

「スポドラ、スポドラを私に……!」

「プロデューサーさん、やっぱりここに居ましたか。サンテレの方からお電話です。それと、そろそろ休憩終わりますよ? 美世ちゃんもあんまりプロデューサーさんを困らせないでくださいね?」

「ありがとうございます。ほれよ、読んだら戻しておけ。千川さん、アイジェネ最新号テーブルに置いておきますね」

 

 カバンからスポドラを取り出して美世に投げ、アイジェネはそのままテーブルの上に置いておく。さてさて、午後の仕事を始めようかねぇ。

 

 

#1 Producers meets cars〜プロデューサー達の場合〜

 

 

 一日の仕事を終えて駐車場に向かうといつもの場所(と俺が勝手に呼んでいる)に白いスポーツカーが止めてある。ドアハンドルのボタンを押して解錠すると、スポーツカー特有の前後に少し長いドアを開けて運転席についた。

 助手席にカバンをおいてスーツのボタンも開けるとクラッチとブレーキを踏みながらギアをニュートラルに入れ、スタートスイッチを押した。

 ブロロッと少し野太い音が聞こえると、それもつかの間、車内はほんの少しのエキゾーストノートと、担当アイドルの一人、神谷奈緒の歌声に包まれた。

 俺が乗るのは日産フェアレディZ nismo。日産の誇るスポーツカーだ。とは言いつつ、年々大きくなるボディとエンジンに「スポーツカーではなく、GTカーだ」なんて意見もあるが、俺個人としては子供の頃に読んだマンガや実際のレースでの活躍もあり、日産のスポーツカーといえばスカイラインGT-RかフェアレディZと今でも思っている。

 社会人になって初めて買った車でもある。と言っても買ったのは去年の事だが。今ではローンに維持費にと家計は火の車だ。

 そんな自慢の愛車を走らせ、高速道路に入るととあるPAに向かう。車好きのメッカ、大黒PAだ。

 一般道のスピードレンジでは少し重鈍に感じるこの車も、高速道路に入ると水を得た魚ではないが、気持ちよく走らせられる。

 346プロ最寄りの料金所から15分ほど走るとナビに現れるひときわ目立つぐるぐる。大黒ジャンクションだ。ここの中心に大黒PAはある。

 一昔前は夜な夜なデカいスピーカー積んだ車が寄ってたかってどんちゃん騒ぎを起こしていたせいで良く閉鎖されていたらしいが、今は車は集まるものの、チューニングの方向がグラフィックチューンなど、見た目や中身に移ったのもあって人のざわめきの方がよく聞こえる。

 そんな中であまり目立たない端の方、トイレなどから離れた位置に黒のセダンと赤いオープンカーが止まっていたのでその隣に止めた。

 

 

「お疲れ様です、武内さん」

「日比谷さんも、お疲れ様です。午後からテレビ局に行っていたそうで」

「いきなり呼ばれてしまったものですから。んで、なんで美世までいるんだ?」

「い、いやっ、ね? イカしたマークXが346から出ていったから付いてったら武内Pでさ」

「と言うわけなので、原田さんは……」

「はぁ…… ま、たまにはいいか、こんなのも」

 

 武内さんの黒いマークXは100台限定のGRMNだ。専用のエアロパーツはもちろん、マークXなのにカーボンルーフ、そして6速MT。武内さんがこんなマニアックな車に乗っていることに驚いたが、本人曰く本当ならもっと派手なスポーツカーが欲しいが、仕事柄そういうのは選べないからこうなった。との事だ。

 確かに、テレビ局や出版社など、取引先から直帰の場合は自分の車で出向くため、あまり派手な車は印象が悪くなる。俺も今西部長から気をつけるように言われていたからなんにもイジらず(金もないし……)におとなしく乗っている。

 だが、時と場合によってはそれが吉と出ることもある。とある出版社にZで乗り付けたときの事だ、担当さんと話を終えて駐車場に戻ると車を見て回る男が居たので、声をかけると同じ出版社の自動車雑誌、「アウトモデリスタ」の編集長さんだったのだ。そこからの縁で美世に表紙のグラビアを頼んで、それがレース関係者の目に止まりレースクイーン、回り回って今では自動車評論家まがいの仕事まで来るようになってしまったから恐ろしい。

 

 

「先程まで原田さんと車談義をしていたのですが……」

 

 武内さんの目線が美世のロードスターに向く。真っ赤な初代NAロードスターだ。キレイに乗られていて、特に派手にいじってあるわけでは無いのが意外だ。

 

 

「原田さんのロードスターを見ると学生時代を思い出しまして。友人が乗っていたものですから」

「俺の友達も乗ってましたね。ボロボロのやっすいロードスター」

「ええ、そうです。ですが、車を何よりも楽しんでいそうに見えて羨ましかったですね。当時、私は親の車を時々乗る程度でしたから」

 

 ロードスター、世界一売れたオープンカー。1トンほどの車重のちいさなボディと程よいパワー。構成要素ほ驚くほどシンプルで、だからこそユーザーが思い思いのカスタムを施して自分好みの1台を作ることができるのも魅力の一つだろう。

 だが、何よりも楽しいのそのシンプルさからくるドライビングの楽しさだ。絶対的に早い訳では無いが、乗っていて楽しくなるのだ。俺や武内さんが羨むくらいには。おそらく武内さんも隣に乗せてもらったりしたはずだ。だからこそ鮮烈に記憶に残っているのだろう。

 

 

「だが、美世がどノーマルのロドスタなんて意外だな」

「チューンドカーも好きですけど、こういうクルマって、素で出来上がってるじゃないですか? だから下手にいじりたくなくて」

「素で出来上がってる。確かに、ロードスターはそういうクルマだと思います。個性のあるチューンドも良いですが、オリジナルを保っているのもいいものですね」

「オリジナルの良さねぇ。確かに、若い頃はシャコタンにフルエアロがカッコイイ、って思ってたけど、今は身の丈にあったカッコよさ、ってのが良いって思えるようになってきた感じはあるな」

「ええ。女性がチューンドカーに乗っているのも良いですが、可愛らしさのあるロードスターというのが、原田さんにお似合いで素敵ですね」

「そんな、照れちゃいますよ。プロデューサーさんだってダンディな武内Pがちょいワルセダンで、若いのに仕事のできる日比谷PがZ。いいじゃないですか」

「おうおう、褒めても何も出ねぇぞ。そうだ、ちょっと中見せてくれよ」

「えっ、ちょっと……!」

 

 美世の制止より早くオープンレバーを引き、武内さんがロックを外してボンネットを開けると……

 

 

「これは……」

「おいおい、見た目と大違いじゃねぇか」

 

 毒キノコ(エアフィルター)が生えてたり、タワーバーが入ってるのはまぁわかる。だが、どうして存在するはずのない悪目立ちするパイプがあったり、隙間を覗くと居るはずのないカタツムリ(ターボ)が見えるのだろうか? オリジナルの良さ云々はどこへ行った。

 

 

「武内さん……」

「ターボチューン、ですか……」

「あんな話の後だから見られたくなかったんですよぉ」

「んじゃ、そのレー探みたいなのも」

「マルチメーターです…… 最近いろんなお仕事頂いて、貯金ができたのでつい」

「「はぁ……」」

 

 おっさん(というほど俺も武内さんも年食ってはないが)2人を嘆息させた美世のロードスターターボは可愛らしい見た目に180馬力と言うパワーを秘めた(数だけ見てショボいと思ったら大間違いだぞ?)バケモノだったわけだ。

 少し下がったテンションを相殺させるかどうかは別として、もう一人の客人が遅刻して駐車場に入ってきた。




雑誌名は思いつきと、実在するものと、ゲームのタイトルなどなどから。
Pの車は完璧に勝手なイメージです。武内Pは明らかにスポーツカーのキャラではないので、セダンだけどちょっと違うやつ、と思ってコレ
美世は赤いスポーツカー! というのは決めてましたが、20歳の女性が乗ってるスポーツカーってなんだ、と思ってNAロドスタです。


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ep2

 #1 Idol meets cars 〜原田美世の場合〜

 

 

「ふ〜ん。ふふっ」

 

 思わず鼻歌にもならない尻上がりな音と笑い声を小さく出してから丸いラインを撫でて行く。

 革のキーホルダー一つ付けただけの古めかしい鍵を挿して鍵を開け、ドアノブを引くと薄くて軽いドアはすんなり開いた。そして自分のひざくらいの高さのシートに座ってから足をレッグルームに入れた。

 前にプロデューサーさんから「絶対にスカートでは乗るな」と言われて最初は何かと思ったけど、5秒考えてから理解した。

 スポーツカーをデートで使う男の人にはこんな下心もある、と言うのもプロデューサーさんの弁だ。ああ、もちろん武内プロデューサーじゃなくて、日比谷プロデューサーだよ?

 そしてキーを挿してクラッチとブレーキを踏み、ギアをニュートラルにしてからキーを捻れば小気味いい音が聞こえてきた。そのまますこし待ちつつ今日の目的地をスマホの地図アプリに入れてホルダーに挟めばちょっと暖気には短いが、無茶をせずに適度に負荷をかけた方がエンジンには良いって言うし、そのまま路上へと出た。

 街乗りではそんなに回すわけじゃないから、この前に奮発して組み込んだターボも宝の持ち腐れだ。追い越しの時に踏み込むと微かに「ヒューン」という吸気音後にアクセルを話せば「パフッ」と可愛らしい音も出してくれる。ハイパワーターボのような「ヒューン バシュッ!」なんて立派な音はしない。まぁ、こんなちっちゃい車だ。可愛らしい程度がちょうどいい。以前雑誌の取材の時にアウディR8の助手席に乗る機会があったけど、あんなクルマ、とても私には乗れないだろう。

 今日はいつもお世話になっているレースチームの開発部へお邪魔して雑誌の取材を(メインは監督さんとドライバーさんなのは言うまでもない)受けてから事務所へ向かう予定だ。

 目的の建物に着くとスタッフさんが待っていてくれて、手を振ってきたのでハイビーム攻撃で返してあげた。これくらいの冗談は通じる仲だ。

 

 

「おはようございます」

「おはよう、朝からとんだ挨拶だね」

「下心丸出しで待ち伏せてるのが悪いんですよ?」

「そ、そんなんじゃ!」

「じょーだんです。もうみんな揃ってますか?」

「いや、美世ちゃんで3人目。監督と西崎さんは来てるよ」

 

 西崎さんと言うのはドライバーさんだ。チームのエースドライバーで、経験に裏打ちされた堅実なドライビングで人気がある。それに、素敵なおじさま(本人に言うと冗談めかして怒られる)で、そう言った面でも信頼の厚い人だ。そして、遅刻寸前で滑り込んで来たのはチームのセカンドドライバーで、期待の新人、宮川さん。カート上がりの若手で、年は私と変わらない。箱車初年度だが、西崎さんの指導もあってメキメキと実力を伸ばしているところだ。

 もう一人のレースクイーンの子とも合流すると裏の部屋で着替えてから写真の添え物になる仕事が始まる。

 レースクイーン仲間の京子ちゃんはプロダクションに入ったりしているわけではなく、チームで事務員をしていたそうだが、スタイルがいい、と突如レースクイーンに抜擢されてしまったそうだ。

 

 

「こんな仕事ばっかりならいいんだけどねぇ」

「あはは…… まぁ、お客さんの前に立つのが仕事ですし」

「私だってこの後書類整理があるのよ? 領収書の束もあるし……」

「京子さんも大変なんですね」

「レースウィークはデスクワークが無いんだけど。どっちもどっちねぇ」

 

 京子さんはあまり人に笑顔を振りまく仕事は好きではないらしいけど、任されてしまったからには、とレースウィークにはちゃんとファンのいやらしい目つきとカメラに耐えている。

 インタビューの進む部屋の片隅でガールズトークに花を咲かせていたのと束の間、最後に1枚、と監督さんを中心にドライバー、私たちで挟んで写真を撮ってから今日の仕事は終了だ。

 

 

「美世ちゃん、美世ちゃん」

「はい?」

「今度新車レビューの試乗記、やって欲しいんだけど、どうかな?」

 

 声をかけて来たのは撮影に来ていた出版社の偉い人だ。たしか、名前は湖山さん。

 彼もロードスターオーナーで、初めてあった時にロードスターの話で大いに盛り上がり、気に入られたようだ。

 

 

「ええっ!? ホントですか?」

「まぁ、試乗記って言ってもモノクロ1ページのコラムみたいなもんだけど、考えておいてよ」

「ぜひ、ぜひやりたいですっ! プロデューサー、絶対この仕事させてよ……!!!」

「ははっ、僕からも彼に言っておくよ。じゃ、また機会があればね」

「はい! よろしくお願いします」

 

 と言ったやりとりを経て昼頃に事務所に着くと案の定お昼休みの日比谷プロデューサーがペットボトルの紅茶を片手にスポドラを読んでいた。

 じーっ

 じーーっ

 じーーーっ

 

 

「はぁ…… 美世、そんなに見てても読み終わらんし、誰も貸してやるなんて言ってないぞ」

「とか言いつつ、毎回読み終わったらテーブルの上に置きっぱなしじゃないですか。それに、そろそろ最後の方の広告なんで読み飛ばすでしょ?」

 

 もう巻末の広告が並ぶページだ。プロデューサーならそのままテーブルにポイッとして仕事に戻るはず。そう読んで視線を外さない。

 だが、そんな私の期待をいとも容易く打ち破りやがったプロデューサーは、スポドラをカバンにしまい込むと別の雑誌を取り出したのだ。あの「へっ、ざまあ見やがれ」って顔は絶対にワザとだ。

 

 

「殺生なぁぁぁ」

「ふふん、そんなに甘くねぇんだよ」

 

 悔しかったのでその後もプロデューサーを睨み続けているとちひろさんに呼ばれてプロデューサーは何処かへ行ってしまった。ちゃっかり私にスポドラを投げて渡すあたり、あの人も素直じゃ無いな。

 社用車のキーを持って出て行ったプロデューサーを見送ったちひろさんは、そのままスポドラに手をかけた私の肩に手をかけた。

 

 

「美世ちゃん、悪いんだけどテレビ局にニュージェネの3人を迎えに行ってくれる? いまプロデューサー2人とも居ないし、車乗れる人も居ないのよ」

「はぁ、はい。行って来ます……」

「ごめんね、お楽しみの前なのに」

「いえ、大丈夫です」

 

 346の社用車は主に3車種ある。一つは一番数の多いアクア。プロデューサーが営業に行ったり、他の部署の人が関係先を訪ねるのに使う。

 そして、プリウスα。これも同じく営業用。アクアより広くて荷物も積めるのでアイドルを迎えに行くのはもっぱらこれだ。

 そして、キーボックスからプリウスのキーを取り出して、ナンバーの書かれたボードに使用中の札をマグネットで貼り付けて名前を横に書くと社用車駐車場へと長い道のりをあるく。

 ずらりと並ぶ同じ車から目当てのものを探して、ドアノブを握ると「ピッピッ」と音が鳴って鍵が開く。未だにアナログな私としては少し慣れなくてむず痒い。

 エンジンスタートもブレーキを踏みながらボタンを押すだけ。味気ない、と思ってしまうのは私だけだろうか?

 おもちゃのレバーみたいなギアセレクターをDレンジに入れてソロリソロリと音もなく車を出した。

 

 

 

 #2 Idol meets cars 〜高垣楓の場合〜

 

 

 プロデューサーさん達が大黒PAに行くと聞いて現場から直行して来たけど、ちょっと遅刻みたいね。

 あと、あの赤いロードスターは、誰のかしら? マツダで待った? うふふ。とにかく、日比谷プロデューサーのフェアレディの隣に止めましょう。

 

 

「遅れてしまってすみません」

「は、え、高垣楓っ!?」

「いえ、勝手に集まっているだけなので、お気になさらず」

「それで、その子がロードスターのオーナーさんかしら?」

「はいっ、は、原田美世といいましゅっ!」

「あ、噛んだ」

 

 可愛い子ね。日比谷プロデューサーにかなり懐いてるみたいだし、余程の車好きと見たわ。愛想のいい日比谷Pだけど、ちゃんとアイドルとは一線を引いてるもの。武内プロデューサーとはラインの位置が大きく違うけど。

 

 

「相変わらず目立つクルマですねぇ、羨ましい」

「そうですか? えぇクルマだと思いますけど」

 

 日比谷Pの視線の先は私の愛車。メルセデスベンツ A45 AMG ペトロナスグリーンエディション。名前はやたらと長いけれど、ベンツの一番小さいの。ショールームに出ているのをみかけて派手な見た目に惹かれて思わず買ってしまった1台。

 ボディサイドのグラフィックはもちろん、バンパーの縁、リアスポイラーの両端、シートやインパネのステッチまで緑色。素敵でしょう?

 

 

「AMGですかぁ…… 初めて見ました」

「日本に30台しか無いウチの1台だしな。俺も楓さんがコレ買った、って聞いた時は驚いたよ」

「いいでしょう? 日比谷プロデューサーも欲しく無いですか? AMG」

 

 ワザとらしく日比谷Pに言い寄ってみると意外と動揺もせず、ひらりと躱わされてしまった。こういうところは妙に慣れていて面白くない。

 その代わり、後ろでは武内プロデューサーと美世ちゃんがあたふたしているけれど。

 

 

「欲しいですね、実際。お金さえあればAMG GTでもブラックシリーズでも欲しいです」

「あらあら、欲望に素直なのね。びっくり」

「AMGは羊の皮を被った狼、がぴったりですからね。スーパーカーは例外ですが」

「武内プロデューサーもベンツとか乗りたいんですか?」

「欲しいとは思いませんが、一度乗って見たいとは思います。やはり、ドイツ車はなにか、憧れのようなものがありますから」

 

 普段口数の少ない武内プロデューサーが饒舌になるのも面白い。346カークラブ、と勝手に呼んでいるけれど、車の話になると普段の10倍は喋る武内プロデューサーを見ることができる。

 日比谷プロデューサーは、普段からアイドルとコミュニケーションを取るタイプだからあまり変わらないわね。

 

 

「高垣さんも車好きなんですか?」

「ええ。でも、こんな個性的な車を買ったのは初めてなの」

「前は何に乗ってたんです?」

「中古のフィット。本当に普通の車だったのだけど、アイドルとして軌道にのると乗らなくなってしまって」

 

 わたしはどちらかと言うとわたし自身が乗るよりも、助手席に居たいのだけど、あいにく乗せてくれる人は居ないし(日比谷プロデューサーも武内プロデューサーもダメだって言うの)、モデルや女優寄りの仕事が多いから自動車関連の仕事は振られない。そんな時に出会ってしまったこの車。ある意味、運命だったのかもしれないわね。

 わたしのマイカー、どうですかー?

 ふふっ。

 

 




美世ちゃん長いです。
楓さん激短です。ごめんなさい。
緑色な車を考えて、どマイナーなチョイスになりました。少しキャラから外れてる感じが無くもないです。
そして、思ったより反応があって驚いてます。とりあえず勢いが続いたので2話一気に書き切れましたが、これからはボチボチ、タグ通りの不定期になりそうです。


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ep3

 #1 Idol meets cars 〜ニュージェネレーションの場合〜

 

 

 今日は休日ですが、我々の業界ではカレンダー通りの休みなど殆どありません。

 朝からテレビ局に向かい、ニュージェネレーションの3人の収録を見届けてから事務所に向かう予定なので、久しぶりに私の車にアイドルを乗せる事になります。

 率直に言うと、私の車は私自身の見た目も相まってあまり評判がいいとは言えません。

 ニュージェネレーションの3人から言わせれば、島村さん曰く「プロデューサーさんみたいで、いいと思います」

 渋谷さん曰く「プロデューサーみたいに強面で、いいんじゃない?」

 本田さんに至っては「プロデューサーみたいに強面だし、よく似合ってると思うよ。日比谷Pみたいにカッコつけてスポーツカー乗ってそうなキャラでもないしね」と。

 私もスポーツカーを所有したいものですが、そう言われてしまうとどこかブレーキがかかってしまいます。

 日比谷さんがカッコつけてスポーツカーに乗ってる、と思われていることは私の心の中に仕舞っておきますが、この通りの評判なので、収録を終えた3人を駐車場に案内すると島村さんの笑顔は少し引きつり、渋谷さんや本田さんは目に見えて残念な顔をしました。

 

 

「今日は事務所の車じゃないんだね」

「ええ、私も自宅から直接入ったものですので。荷物はトランクにいれてしまってください」

 

 スマートキーも慣れてしまえば良いもので、ボタン一つでトランクを開けられるのは便利なものです。

 そのまま私のカバンもトランクに入れ、3人の衣装なども丁寧にしまいこんでネットで固定すると気がつけば渋谷さんが助手席に座っていました。心なしか本田さんの視線がキツい気がするのですが……

 高めのサイドサポートは不評のようですが、3人のユニットが多いため必然的に誰か助手席に座ることになることが多いのです。ですが、なぜか嬉々として助手席に座りたがる方がいるのもまた事実。渋谷さんなどはその典型ですね。

 

 

「さ、行こ、プロデューサー」

「はい。お二人もシートベルトは締めましたか?」

「言われずとも準備完了です、サー!」

「未央ちゃん、収録のあとなのに元気ですね。私は早く事務所でゆっくりしたいです」

「残念ですが、午後は渋谷さんはトライアドプリムスの方でボーカルレッスン、島村さんと本田さんはダンスレッスンが入っています。ですが、体調も勘案して……」

「い、いえ! そんなに疲れてるわけじゃないので! お昼ごはん食べて少し休めば大丈夫です」

「そうですか。無理はしないでください」

 

 我ながらあまり口が回る方ではないのは自覚して居ますが、できるだけ彼女たちの味方であり続けようとは思います。

 体が資本であり、悪い言い方をすれば商品である彼女たちの体調管理も私達プロデューサーの仕事ですから。

 

 

「にしても、プロデューサーの車ってマニュアルだっけ? がちゃがちゃするやつなんだね。日比谷Pは『マニュアル車は男のロマンなんだよ』とか言ってたけど、やっぱわかんないなぁ」

「彼らしいですね。言いたいことはわかりますが」

「プロデューサーさんも車好きなんですか?」

「はい。よく日比谷さんと車の話をしたりしますね。車好きの方も事務所には居ますし」

「美世さんとかですかね? よく日比谷プロデューサーとお昼に車の雑誌一緒に読んでますし」

「そうですね。原田さんも先日車を拝見しましたが、いい車に乗ってますよ」

 

 本田さんが日比谷さんの真似がよく似ていて面白いですが、思ったよりも食いつきが良いですね。クルマやバイクは女性から敬遠されがちと思っていましたが、やはり一概には言えませんね。

 

 

「車かぁ。やっぱり免許は取ったほうがいいんですかね?」

「そっか、卯月は来年取れるんだ」

「そうですね。一概には言えませんが、あったほうが便利だとは思います。費用も時間もかかりますが……」

「しまむーが車乗ってる想像ができない……」

「ごめん、卯月、わたしも……」

「二人共ひどいですっ!」

 

 島村さんは17才。確かに来年から免許の取得が可能ですね。丸いデザインのコンパクトカーなんか似合いそうですね。現行車なら、マーチでしょうか? ピンク色のマーチなんてぴったりだと思いますね。

 本田さんと渋谷さんはまだ時間はかかりますが、来年には普通二輪の免許が取れる年齢です。アイドルのプロデューサーとしては怪我の可能性が高いバイクは避けて欲しいところですが、向井さんなどはバイクで事務所に来られますし……

 本田さんはグロムのようなバイクが似合いそうだとは思いますが、渋谷さんは…… ロードバイク? エンジン付きの乗り物に乗るイメージが湧きませんね。

 

 

 

「プロデューサーさんはもし免許取りたい、って言ったら反対しますか?」

「もちろんしません。バイクもクルマも。ただ、普段から乗るとなると話は変わりますが……」

「プロデューサーと安全運転教室かな?」

「その場合、先生役は千川さんでしょうね」

「ちひろさん…… ですか?」

 

 千川さんは物腰低く、丁寧な方ですが、クルマはチューンドGT-R、バイクは最新のYZF- R1に乗る方です。正直に言ってしまうと、私や日比谷さんとは次元が違います。普段は電車で通勤しているそうですが、時折日比谷さんとドライビングテクニックの話をしているのを聞くと、かなりの凄腕と見受けられます。

 噂ですが、国際ライセンスを持っているとか。流石に競技の結果が必要になるので嘘だとは思いますが、国内Aライセンスは持っていそうです。冗談ではなく。

 

 

「千川さんも社用車をよく乗られますしね。片桐さんも元警官ですし、指導役をお願いできそうですね」

「早苗さんは納得だね。日比谷プロデューサーがよく怒られてるし」

「ホント、日比谷プロデューサーは……」

「日比谷プロデューサーも運転上手いんですか?」

「ええ、18歳になってすぐ免許を取ったと言っていましたね」

「想像通りかも。なんか簡単にスピード違反とかで捕まってそう」

「彼の免許はゴールドです。最短ルートのゴールドですから、相当気を使ったはずです」

「うっそ、意外」

「未央ちゃん」

 

 意外でしょうが、日比谷プロデューサーはゴールド免許です。クルマで遊ぶのは夜中の警察が来ないポイントで。友人のネットワークで警察の巡回やネズミ取りのポイントを見極め安全運転。私はクルマで遊ぶことをしなかったので無縁ですが、彼らしいと言えば彼らしいですね。

 

 

「まぁ、でもやっぱり車に乗るなら助手席が良いな」

「しぶりん、それってプロデューサーの隣だからじゃないのぉ?」

「ちょっ、未央!」

「本田さん、それは洒落にならないので……」

 

 ニュージェネレーションに限りませんが、アイドルの皆さんを乗せると賑やかで良いですね。

 一人で淡々と走るのも好きですが、こういった賑やかな空気も良いものです。

 日比谷さんのZは2シーターなので殆どアイドルを乗せることが無いそうですが、社用車に小学生のアイドルを乗せて帰ってきた時などはいい笑顔をしています。疲れが見え隠れしていますがね。

 

 

 #2 Idol meets cars 〜川島瑞樹の場合〜

 

 

 正直に言おう。俺はこの人が苦手だ。

 人当たりも良く、スタイル抜群、美人で教養もある。そして家事も上手いらしい。ただし、やたらと俺にグイグイ来なければ最高の女性だろう。俺にグイグイ来なければ。

 

 

「悠人くぅん? 今日はZなのね」

「は、はい? えぇ、自宅から直接来たので。あと、名前で呼ばないでくださいと何度も……」

「それくらいいいじゃない、もうスタジオな訳じゃないし。その時はちゃんと責任とってくれるでしょ?」

「そうなる可能性を摘んで欲しいんですけど……」

 

 どうも気に入られてしまったようで、いつの間にか名前で呼ばれるし、気がつくと手を取られてるし、本当にやめて欲しい。俺のクビが飛ぶ……

 武内さんを慕うアイドルも多いが、彼は主に学生アイドルから慕われているし、両者ともちゃんと距離の取り方を心得ている。だが、川島さんはどうだろう?

 俺は全力で距離を置き、仕事の時は社員証を胸ポケットにクリップで留めてパパラッチされた時の言い訳を用意し、彼女のものを持つのも衣装や仕事関連の物だけ。それ以外は手を貸さない。自ら両手を塞ぎ、手を取らせない。なんでこんなに気を使わないといけないのか……

 

 

「川島さん、トランク開けてもらえますか?」

「そうなるなら両手塞がなければいいのに」

 

 そう言いながら慣れた手つきでトランクを開ける川島さん。彼女もまたZオーナーだ。シルバーのZで、オートマ。俺に合わせて買った、と楓さんから聞いた。俺が川島さんを苗字で呼んで楓さんを名前呼びする理由? 年齢に決まってんだろ、いわせんな。ちなみにウサミンは…… いや、その時はその時だ。

 

 

「川島さんがちゃんと一線引いてくれれば俺だってこんなに逃げなくて済むんですけどね……」

「あら、おねーさんはダメなの?」

「ダメです。アイドルとプロデューサーです。仕事仲間です」

「楓ちゃんとは仲良いじゃない? 早苗ちゃんとも近いし」

「ちゃんと距離を心得てますからね、2人は。川島さんは俺のどこが良いんですか?」

 

 そう言いながらエンジンを掛け、駐車場を出る。一旦路上に出てしまえば少しは気が緩む。ネクタイを緩め、第1ボタンを外す。

 

 

「それを聞く? 全く、日比谷君も女慣れしてそうでそういう所がなってないわねぇ」

「全くそういう気がないからバッサリ聞くんですよ。これが学生の時に好きな子だったらもっと遠回しな物言いしますし」

「あら残念。近くに男っ気もないし、武内君も堅苦しいしね。日比谷君くらいの『ちゃんとした男性』な感じが良いのよ。仕事とプライベートで分別がついて、趣味も仕事も全力で」

「はぁ、そうですかね? 川島さんだって素敵な方なんですから事務所以外でも出会いなんていくらでもあるでしょう?」

「全く魅力を感じないわ。言っておくけど、私は本気よ?」

「勘弁してください」

 

 ギアを一つ下げ、快音を響かせながら一気に高速道路本線へ合流すると、追い越し車線を白と緑の車が走り去るのが見えた。

 方向と時間的にほぼ間違いなく楓さんだろう。ちょっとお巡りさんに見つかるとアウトなスピードな気がしなくもないが、後を追うと、後ろに黒いセダンがつけてくるのが見えた。

 

 

「前は楓ちゃん。後ろは武内君ね。偶然って怖いわ」

「武内さんはニュージェネを拾ってきてるはずですから、フル乗車でアレですか。車内はブーイングの嵐でしょうね」

「そうかも。楓ちゃんの隣は誰かしら?」

「さぁ? 昨日誰かと飲んだ、とか聞いてないんですか?」

「誘われたけど、誰が一緒とは聞いてないわ。まぁ、菜々ちゃんとか早苗ちゃんあたりじゃないかしら?」

 

 そのまま3台連なって346プロの駐車場に入ると横並びに止めて一斉に車から降りた。

 

 

「おはようございます」

「おはようございます。高垣さんは安部さんとご一緒でしたか」

「ええ、昨日は家で飲んでいたので。瑞樹さんは相変わらず日比谷プロデューサーにべったりですね」

「羨ましい? 悠人くんの隣は譲らないわよ」

「ふふっ、これ以上迷惑かけるわけにもいかないので。ほら、プロデューサーも困ってますし。菜々さん? ウーサミン?」

「ふえぇ…… どれだけかっ飛ばせば気がすむんですか、湾岸ミッド○イトですかぁ?」

 

 わざとらしく俺の腕を取る川島さんに辟易しつつ、武内さんから哀れみの視線をもらい、目線で助けを求めるも、それは隣の未央から却下された。

 

 

「瑞樹さん、日比谷プロデューサーとあんなに…… 私ももっと……」

「流石に武内プロデューサーにそれはやめたほうが……」

 

 まだ昼前なのにドッと疲れが来てる気がするが、荷物を抱えて事務所に向かうアイドル達の後を追うことにした。

 




4thお疲れ様でした!
感想書いてたら1本書けそうなくらい様々な感情がくるくるしましたが、今回の登場人物に絡めるなら、2日目のサプライズで楓さんと瑞樹さんは堪りませんでしたね!
TP→こいかぜ→Nocturneで死にましたよ、ええ。
泣きながらペンラを全力で色変えて振りましたわ


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ep4

 #1 Managing Director and Department Manager meet cars 〜美城常務と大西部長の場合〜

 

 週末の勤務後、大黒PAで武内さんといつもの場所でコーヒーを飲んでいた時の事だ。

 グレーのベントレーとオレンジのS30フェアレディZがPAに入ってきて、あろうことか俺ら2人の近くに車を止めた。そして、何よりの問題は降りてきた人だった。

 

 

「ベントレーコンチネンタルとS30ですか、珍しいですね」

「あ、ドライバーさん降りて…… 嘘だろ」

「やぁ、おふたりさん。やっぱりここにいたね」

「今西部長、それに……」

「……美城常務。こんばんは」

「そう堅くなるな。もう勤務時間ではないぞ」

「いえ、ですが……」

「まぁ、仕方ないことか。コーヒーを買ってこようと思いますが、いかがです?」

 

 常務は今西部長に問うと彼は「頼もうかな」と一言答えて常務を送り出した。しかし、ここで駄弁ってるのが上司にバレるってのは気分のいいものじゃない。

 

 

「ふふっ、まるで親に悪事を見られたような顔だね、日比谷君? まぁ、君たちの行動をどうこう言いに来たんじゃない。言うなれば同好の士、だからね?」

「流石に部長や常務が来られて『普段通りにしていい』と言われましても……」

「それもそうだ。ところで、私の言いつけをしっかり守っているようでなによりだ。大人しく乗ってるみたいだね」

「はい、それはもちろん」

「君の事だ、少しくらい言いつけを破るかと思っていたが、本当にどこも変わってない。今度千川くんにリミッターを早めに外すよう言いつけておこう」

「リミッター、ですか?」

「ああ、君には黙っていたがね」

 

 そこでちょうど缶コーヒーを2本持った常務が戻り、ベントレーのフェンダーに寄りかかった。いつも通りのスーツ姿で、若干着崩してはいるが、それでもしっかりサマになるあたりこの人もタダもんじゃない。

 今西部長は缶コーヒーを受け取ると俺のZを見て回り、うんうん、と頷いた。

 

 

「日比谷君は入った頃は若者らしく、活発でよく働いてくれた。アイドル部門を建てる時にも武内君と上手くやってくれたしね。それは今でも変わらないよ。だが、趣味に一途すぎる面があると思ってね。君の事だ、大層車遊びもしただろう?」

「ええ、まぁ……」

「だからね、君にはこっそり給料のリミッターをかけさせて貰っていたよ。もちろん、リミッターだからね、後々還元しようとは思っていたが、そろそろ頃合いなようだ。武内君、君から見た日比谷君はどうだい?」

「日比谷さん、ですか? アイドル達の評価も高く、上手く溶け込んでいるようです。営業では主に雑誌社の方から日比谷さんの名前を聞くことが多いですね」

 

 改めて評価されるとこっぱずかしいが、雑誌社にコネが多いのは確かだ。逆にテレビやラジオにはまぁ、それなりと言ったところか。そこは武内さんの領分だとおもっている。

 

 

「武内君と日比谷君、上手く差別化を図れているんだ。流石に1人であらゆる方面をカバーするのは難しい。2人はよくやってくれているよ」

「ありがとうございます」

 

 常務から褒められるのも恥ずかしい。手元で弄んでいたコーヒーを一気に呷ると、車のドリンクホルダーに空き缶を収めた。

 武内さんも首に手をやっているので恥ずかしいやら、なにやら、と言った様子だ。

 

 

「あまり仕事の話をするのも面白くないだろう。退勤から2時間経っている事だしな。日比谷君はZか、今西さんの勧めか?」

 

 常務、今西部長の事、今西さんって呼んだよな。コーヒーを買ってくるときも敬語だったし……… 余計な詮索はやめておくか。

 

 

「いえ、自分で選んだ車です。今西部長には『大人しく乗るように』と言いつけられているので」

「ふふっ、そうかそうか。だが、Nismoともなれば弄る必要もないか。武内君がGRMNを買ったと聞いたときは驚いたが、ウチにはマニアックな趣味を持つ人間が多いようだな」

「それは僕も含まれてるのかな?」

 

 今西部長がくつくつと笑いながら言うが、彼の愛車であろうオレンジのS30はZ432と呼ばれるDOHCのS20エンジンを搭載したモデルだ。縦に2本のエキゾーストが特徴的で、今でも時折チューニングのモチーフに使われる車でもある。

 そんな50年近く前の車の隣に並ぶのはベントレーコンチネンタルGT スピード。下品ではない厳つさを持ちつつ、馬鹿でかいW12気筒エンジンを乗せて2.2トンの巨体を330km/hオーバーで走らせる。もちろん、お値段も俺のZを10台は買える価格。家一軒建つよ? それを転がしてくる女性はそういないだろう。

 

 

「今西部長は車好きと伺って居ましたが、常務もベントレーにお乗りとは」

「もの好きなんだ。フェラーリやポルシェも良いが、古き良きクラフトマンシップの残る車も素敵だろう?」

「とても縁のない車ですから、なんとも言い難いですね……」

「ははっ、それもそうだね。美城くんは初めて乗ったのがベンツの初代Eだったかな? それ以来外車ばかりだね。海外赴任も理由かもしれないが、どうなんだい?」

「アメリカではずっとCLKに乗ってました。コレを買ったのも日本に戻ってきてからですし、日本車にも乗った事はありますよ」

「教習車のグロリアなんて言わないね?」

 

 ジェネレーションギャップやら経済格差が浮き彫りになる会話についていけず、武内さんと顔を見合わせてから苦笑いする常務をちらりと見て、思わず顔を手で覆ってしまったが、そうしたかったのは武内さんも同じようで、今西部長の「置いてきぼりにしてしまったね」と言う言葉で引き戻されなければ思わず逃げ出していただろう。

 

 

「そうそう、日比谷君、川島くんの事だが……」

「は、はい……」

「彼女と付き合うなら前もって相談してからにしてほしいね? まぁ、君の態度を見ていると彼女が一方的に迫っているようだが」

「は、はぁ」

「アイドルとの恋愛は御法度、なんて古臭いことは言わないが、やはり影響は免れないからね。武内君、君もだよ?」

「私は…… いえ、なんでもありません」

「君たちもいい歳だ、女の一人や二人居ないでどうする?」

「常務……」

 

 常務のキッツい一言はいい歳した男二人に大ダメージを与え、今西部長はそれを見てからからと笑うが、こちとら仕事仕事で彼女作る暇すらないんですけど……

 いい加減この話題から逃げたくなって、改めて今西部長のZに目を向けると、目線に気付いた部長が「女より車か、まだ若いねぇ」と冗談めかして言うので「マイ・フェア・レディですよ」と返してやる。

 

 

「だが、アイドルとプロデューサー。そう考えると車輪の両輪だ。マイ・フェア・レディ(身分違いの恋)ではなかろう?」

「常務まで、勘弁してください」

「まぁ君はまだ若い。だが、武内君、そろそろ焦るべきなんじゃないかな?」

「わ、私は……」

「ふふっ、君が不器用な男なのはしっているさ。なにもあの事を忘れたわけではない。だが、男として決めるときは決める覚悟というのはこれから先、求められると思うが?」

 

 常務が面倒な酔っ払いみたいなことを言うが、素面だ。そもそも、常務とこんなに話したこと自体初めてだし、今西部長がニヤニヤと笑っているのを見るとこれが彼女の本来の姿らしい。

 ってか、常務って今何歳だ? 女性に年齢を聞くのは御法度だが、恋愛を説くからには自身もさぞ経験豊富に違いない。だが、その手の指にはリングが見えない。

 

 

「日比谷君、彼女の弱みを探るのは不可能に近い。なんとなく察しているだろう? 仕事中の冷血ぶり、そして今の君達をからかう姿。彼女もまた不器用なのさ」

「武内さんもそうですけど、何があったんです? 話を組み立てるとまるで部長と俺はバランサーみたいじゃないですか」

「バランサー、いい得て妙だね。僕から言えることは多くない。だけど、ひとつだけ、確実にわかることは『今のバランスを崩してはならない』ってことかな? エンジンからバランサーを外されると変な振動が出るだろう。それはあちこちのボルトを緩め、フレームを侵す。それは長い時間をかけてゆっくりと全体を侵すのさ。346の中でそれだけは起こしちゃならない。しばらくは形を保つかも知れないが、長い目で見たとき、必ず破綻する。だから君も僕も、おとなしく与えられた仕事をこなすことさ」

 

 今西部長の言う事に妙な引っ掛かりを覚えながらも、今は口を閉ざしておく。下手に今を壊すな、おとなしく自分の役目を果たせ。端的にいえば部長の言うのはそういうことだ。

 不器用、と形容される2人だが、傍から見ればどちらも仕事のできる人に違いはないし、人間性に多少の難はあれど、付き合いにくい人ではない。何が2人をあそこまで歪めているのか、俺にはまだ知ることができないみたいだ。

 

 

「あの2人は放って置いてどうだい、少し乗ってみるかい?」

 

 小難しい顔を浮かべていると、目の前で古めかしいキーホルダーの付いたメカニカルキーが揺れた。顔を上げると部長がおもちゃを自慢する子供みたいな笑みを浮かべていた。

 

 

「喜んで」

「難しく考えなくていい。車と同じだよ。"オイシイ"トコロってのが必ずある。それを見つけて上手く使いこなせればいいのさ。僕のZは君のと違ってスイートスポットが広くない。だからそれを探すことから始めようか」

 

 オレンジのZの横に立つと鍵穴にキーを差し込む、というとても普通な動作を求められるが、インテリジェントキーに慣れきった現代っ子としてはこの動作すら珍しいようにも思えた。

 エナメルのような表地のシートに座ると思いの外しっくりくる。ペラペラなシートだからサポート性なんて殆どないと思っていたのに、驚きだ。そして、キーを挿して少し重いブレーキとクラッチを踏んで、ギアをニュートラルに。キーを回すとエンジンが…… かからない。

 

 

「は?」

「ははっ、さすがの君も旧車始動の儀式はわからないか。イグニッションをオンにしたまま少し待つんだ。後付けのメーターがあるだろう?」

「ええ、圧力計ですか?」

「燃圧計だよ。アレが3から4を指したら1,2回アクセルを踏んで、キーを回すんだ」

「儀式ってヤツですか」

「そうだね。これもまた醍醐味さ」

 

 言われたとおり、燃圧計が3を少し超えたあたりで何回かアクセルを踏み、キーをひねると、パァァン! といかにも「爆発してます!」と自己主張する音が響き、即座に今西部長から「それ、煽れ!」と声が飛ぶ。

 言われたとおり、アクセルを煽るとタコメーターをひとしきり暴れさせたあと、おとなしくアイドリングを始めた。その頃には武内さんと常務の恋愛談義も一区切り迎えたようで、隣で同じようにベントレーのドライバーズシートに武内さんが座っていた。もっとも、あっちはスタートボタンをひと押しすれば一発でエンジンスタートだろうが。

 

 

「さて、行こうか。ギアもクラッチも今の車の感覚で乗ると受け付けてくれないぞ」

「みたいですね。ギアがグニョグニョだ」

「レバーも長ければミッションも良くないからね。これでもオーバーホールしたばかりなんだよ? ああ、そうだ、2速のシンクロが弱いからダブルクラッチを使うといい」

 

 少しアクセルを踏んでそろりとクラッチをつなぐとメカニカルノイズを車内に響かせながら俺の2倍近く歳を食ったフェアレディは動き出した。

 早めに2速に上げて合流で3速に。アクセルを踏み込むと心地良いエキゾーストノートを響かせながらスピードを上げる。本線を80km/hほどで走っても聞こえるのは現代の車より比較的高めの回転数で回るエンジンの音、そして後付けされたラジオから流れる深夜のエンタメ番組だ。

 

 

「そのまま本牧、大師、浮島を回っていこう。この流れなら30分もあれば回れるかな」

「ですね。しかし、なんというか、味わい深いですね」

「だろう? 今の車は完璧すぎるんだ。まぁ、その良さもあるけれど、たまにはこう言う車が恋しくなるのさ」

「なるほど。すこし踏みますよ」

「ああ、回さないとエンジンも調子が出ないだろうしね」

 

 淡い光を放つテールライトを追いながらどういう訳か身分不相応な革シートに収まっています。スピードメーターを見ても1/3も回っていません。エンジンは2000rpm弱のアイドリングではないかと思うような低回転で回り、聞こえる音はオーディオから流れるクラシックのみ。風切り音すら聞こえません。

 

 

「どうだ?」

「落ち着きすぎていて落ち着きません。やはり私には縁遠い車ですし」

「君も面白いことを言うな。まぁ黙ってパドルを2度引いてみると良い」

 

 言われたとおり、ハンドルの影にある大きめのパドルを2度引くと、途端に回転数がグッと上がり、W12エンジンが存在感を主張し始めました。

 いつの間にか追越車線でペースを上げたフェアレディを追うつもりでこちらも車線を変えてすこしアクセルを踏み込めばあっという間にテールが間近に迫ります。

 

 

「なんというか、スピード感に欠けますね。もちろん、いい意味ですが」

「気がつくとスピードに乗っているだろう? 例え100キロが200になっても300になってもこの感覚は変わらないだろう」

「どこまでもフラットで、かと言って官能的で無いわけではない」

「求めるものにはその片鱗を見せつける」

「こんな車も、面白いものですね」

 

 

 #2 Idol meets cars 〜安部菜々の場合〜

 

「どうしてこうなった……」

 

 静まり返った車内では目立つ寝息3つを聞きながら高速道路をひた走る。ああ、家がどんどん遠のいて……

 ひとまず楓さんの家で一晩過ごすことは決定。だけど、帰りになにかお酒でも買って帰りたいから…… いやいや、これはドライバーとして呼ばれてお酒が飲めなかったのが残念とかでは無くてですね! って誰に言い訳をしているのやら……

 

 

「にしても、夜中の高速ってなんか、寂しいなぁ」

 

 寝ないように辛いガムを口に放り込むと、次のPAの看板が見えてきた。うーん、すこしくらい休憩しても怒られないよね。明日はオフだし。そう思ってPAに入ると目立たないところに見覚えのある車を見つけた。黒いセダンと白いスポーツカー。見覚えがあるどころか、昼に見たばかりな気がする。隣に止めて、車の中を覗くと、誰も乗っていなかったので、確認はできないけど、おそらくプロデューサー2人の車だと思う。

 

 

「流石に車は疲れるなぁ」

 

 車を降りて一つ伸びをすると関節がパキパキと音を立てた。

 

 

「あったかいお茶欲しいなぁ」

 

 楓さんの足元に転がっているカバンからお財布を取り出して自販機に行こうかというときに、こっちに向かって古いスポーツカーと高そうな外車が見えた。あの古いやつは湾岸ミッド○イトに出てきたZと同じかな?

 ぽけーっと見ているとその2台は私の車の隣に着けた。

 

 

「ありゃ、ナナさん」

「おやおや、こんなところで合うとはね」

「ぷ、プロデューサーと今西部長! こんばんはっ」

「今は安部さんかな? ウサミミ無いし」

「ハッ!」

 

 すぐさま同じカバンからウサミミカチューシャを取り出して装着。ガムを吐き出してゴミ箱に捨てれば完璧。

 

 

「ウサミンパワー、チャージ完了! 愛と――」

「お疲れのようだね」

「安部さん、お疲れ様です」

「ナナさん、ウサミミ前後逆です」

「あわわ…… 常務、武内プロデューサーも、こんばんは」

「安部くんも深夜ドライブ…… というわけではなさそうだね」

 

 私がウサミミをつけ直している間にちらりと車内を覗いたであろう常務が言う。そのとーりです。見事なまでにあっしーですよ。トホホ……

 しかし、車好きと知れ渡っているプロデューサー2人はともかく、常務と部長まで一緒とは、ナナにはわからないしディープな世界が広がっていそうな予感。実際、両サイドのスポーツカーとは見劣りする私のノート……

 

 

「まぁ、何があったかはお察しします……」

「ナナをそんな哀れみの目で見ないでください! 私だけお酒飲めなくて悔しいんですから」

「おや、君は」

「あ、いやっ、お酒なんてとんでもないです。永遠の17歳ですから!」

「17歳が車に乗っているのも……」

「これ以上触れるのは野暮と言うものだろう」

「ナナさん……」

 

 日比谷Pの目線が…… 他の3人も生暖かい目を向けてくるし精神的に辛い。流石に夜中に呼び出されれば幾ら仕事帰りで都内に居たとは言え、辛いものがある。

 

 

「しかし、面倒な大人達を拾っちゃいましたね。武内さん、送ってきますか?」

「そうですね。みなさん明日はオフですし、我々が送っていきましょう。安部さんは高垣さんをお願いします。私は片桐さんを」

「俺は川島さん、ですか……」

「そう、なりますね」

「送り狼でも構わないよ。そのときは話を通してほしいがね」

 

 専務、日比谷Pの笑みが引きつってます。確かに瑞樹さんは日比谷Pにべったりだからなぁ。私もそろそろ真面目に考えないと…… お母さんもうるさいし。

 

 

「日比谷くん、無理なら別に――」

「いえ、大丈夫です。彼女を嫌ってるわけじゃありませんし」

「今日はおひらき、かな。じゃ、武内君、日比谷君、また明日」

「はい、明日はアスタリスクのお二人と現場に行ってから事務所に向かいます」

「日比谷君は朝から事務所かい?」

「そうですね。午後はLMBGを引き連れてテレビ局へ」

「全員揃っての仕事は初めてだったね」

「17人もいたら遠足みたいですね」

「メンバーはその気分らしいので、早く終われば少し遊ばせて帰ろうかと」

「君がサボりたいだけだろう?」

 

 慌てて誤魔化す日比谷Pを部長と常務が笑ってますけど、いま深夜の2時過ぎですよ? 明日というか、今日の業務ですよね。

 ツッコミ損ねて部長と常務は帰ってしまったけど、残されたプロデューサー2人はまだ「仕事」が残っている。

 

 

「んじゃ、お姫様を動かしますかね」

「ですね。安部さん、お二人の荷物をお願いします」

「はいぃ」

 

 プロデューサー達が自分の車のドアを開けてから私の車から楓さんと瑞樹さんをお姫様抱っこで車に移すとシートベルトを締めてから荷物も一緒に載せるとドアを静かに閉めた。

 

 

「では、私たちも帰りましょうか」

「ナナさんは楓さんの家に泊まってくんですか?」

「そのつもりです。さすがにこれから帰るのは辛いので……」

「ですよねぇ。んじゃ、お気をつけて」

「プロデューサーも。武内プロデューサーもおつかれさまです」

「いえ、これも仕事の内です。おふたりも安全運転で」

 

 それぞれ車に乗り込むとエンジンを掛け、走り出す。

 

 

「2人はプロデューサーさんが?」

「あ、起こしちゃいましたか?」

「いえ、ちょうど目が覚めたところです」

「そうですか。早苗さんは武内プロデューサーが、瑞樹さんは日比谷プロデューサーが送って行くって。私は楓さんのトコに泊めてもらいますけど、いいですよね?」

「もちろん。日比谷プロデューサー何もないといいけど」

「部長と常務のお墨付きもありますし、いいんじゃないですか? 二人とも大人ですし、その辺の付き合い方も心得てると思いますよ」

 

 でも、やっぱりお酒が入ってるから怖いなぁ。私としては瑞樹さんの恋も応援したいけど、日比谷Pの気持ちもわかる。いまだって日比谷Pがのらりくらりと躱しているから危ういながらも関係が成り立っているように感じるし、瑞樹さんも理解しているはずだ。

 

 

「日比谷プロデューサー、弱いから」

「え?」

「いえ、なんでも。帰りにコンビニ寄って行きましょう。菜々さんも飲み足りないでしょうし」

「えぇ、もうヘトヘトなんですぐに寝たいんですけど……」

「まぁまぁ、そう言わずに、おちょこにちょこっとで良いですから」

 

 ジャンクションで武内Pの車と別れ、その先で高速から降り、人気のない街中を抜けてコンビニに寄り、少しのお酒とおつまみを買ってしばらく走れば楓さんのマンションだ。近くのコインパーキングに車を止めると携帯が震えた。

 

 

「早苗さん、家に着いたそうですよ。気がついたら自宅のベッドで寝てたって」

「速いですね。時間的には…… まぁ、武内プロデューサーなら納得ですね。瑞樹さんは多摩の方でしたっけ?」

「ええ、日比谷プロデューサーもそっちの方だと聞きましたけど、そうなるともうしばらくかかりそうですね」

 

 そのあと、本当におちょこにちょこっとのお酒ですっかり眠くなって、気がつくと日は登り、楓さんはおつまみの残りをつまみながら録画したドラマを見てました。

 携帯は通知の嵐。嫌な予感しかしなかったので全部未読無視して朝ごはんでも作ることにしましょう。

 

 

「楓さん、朝ごはん作りますけど、何かありますか?」

「冷蔵庫に何かしらはあると思います。あまり期待はしないでほしいですが」

「うわぁ、見事にお酒ばっかり…… とりあえず卵とハムはあるのでハムエッグとトーストですかね?」

「菜々さん、LI○E見ました? 瑞樹さんの」

「見るのも怖いですよ」

 

 ええ、本当に。




車成分が少なくてすまない。


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ep5

 #1 Idols meet Motorbikes 〜炎陣の場合〜

  

「よっ、はっ、ほっ!」

「お、おい、プロデューサー、どういうことだコレ」

「え? 見ての通り、教習コースだけど?」

「そういうのを聞いてるんじゃねぇ! なんで里奈が原付でスラロームかっとばしてんだ!」

「さ、さぁ?」

 

 本当のことを言えば、炎陣の5人にバイクメーカーから原付のCMキャラクターになってほしい、と依頼があったことから始まる。

 事前練習という名目(そしてオフショット稼ぎ)で、事務所の駐車場にパイロンでメーカーと早苗さんのお墨付きをもらった教習コースを作ったはいいが、余ったパイロンを亜季と夏樹が適当な間隔で並べ、その間を里奈がすり抜け、それを見て俺とメーカーの担当者さんは苦笑い、あとから来た拓海がそれを見て今に至る。

 正直このオファーがあったときに「本当にあの5人でいいんですか?」と確認してしまったのは内緒だ。

 

 

「ま、まぁ本人は楽しそうだし、いいんじゃないか?」

「自前の単車持ち出してるのもいるけどな……」

「は? このコースそんなに広く取ってないから厳しいぞ、ビクスクなら尚更、あっ!」

「涼!」

「と、とにかく急げ! 涼! 怪我ないか!」

「スタンド引っ掛けただけだから、大丈夫」

 

 派手な音したからなぁ、倒しすぎて引っ掛けるとは…… 俺はスクーターなんて教習と車検の代車以外乗ったことないからわからないけど、乗りにくいのはわかる。まぁ、原二のスクーターは走り出してしまえばホイールベースが短くてくるくる回るから楽しかったが、欲しいとは思わなかった。

 とりあえず涼は無傷、車体も擦った跡が残っただけなのでまだ良かったか。

 

「頼むから無茶しないでくれよ…… んで、夏樹と亜季は? ん、里奈も居ねぇし」

「夏樹と亜季は向こうで早苗サンから講習受けてるよ。拓海も聞いてきたら? 原付はミッションと違うから怖いって言うし」

「別にヘーキだ。原付乗ってた時期もあるしな」

 

 里奈が乗り捨てたであろうピンクの原付のスタンドを蹴るとそのままキックでエンジンを掛け、メットインに入っていた半キャップ(バイクに乗るときはジェッペルかフルフェイスって言ったのにあいつ……)を被るとそのままコースに出た。

 ベルト特有の出足もっさり感を煽ってからブレーキを離すことで解決しつつ、ちゃんと狭いコースに見合ったスピードまであっという間に加速してから抑えているあたり、拓海は本当にレディースだったのか疑いたくなる。

 

 

「拓海って、意外と真面目というか、いい子だよな」

「どうしたんだよ突然」

「んにゃ、なんだかんだでさ……」

 

 俺が走ればなんとか追いつけそうな速度で走ってる元ヤンって、なかなか可愛いもんだろ?

 俺の目線に気付いた涼も「なるほどな」と生暖かい目をチンタラ走る拓海に向ける。その拓海はスラロームをチンタラ走り抜けると信号でちゃんと止まり、また煽ってからスタートダッシュを決めて、20km/hくらいでチンタラ走り始めた。

 

 

「んで、里奈は?」

「プロデューサーこっちこっちー!」

「おい、嘘だろ」

「おま、普自二持ってねぇだろ! 降りろ!」

「そこかよ!」

 

 なんとまぁ、里奈が最新モデルのビクスクに乗って現れてみろ、そりゃ驚くに決まってるだろ。

 驚き方がおかしいのは、まぁ、認める。

 目の前でキツいピンクのバイクを止めると、ジェッペルを脱ぎ、リモコンのスイッチを押してメットインを開けると、その中に派手なメットを突っ込んだ。

 俺はどちらかというと「最近のバイクってキーレスなんだー」とそっちが気になったが、涼はやはり里奈がそんなバイクに乗って現れた事のほうが驚きらしい。そりゃそうだ。遠くからは拓海が「里奈ぁぁぁ、ついに取ったかぁぁぁ!」と叫びながらチンタラ走ってくるのが見えた。

 

 

「見てみて、この前普通免取ったぽよ〜」

「は、俺に黙って? んで、バイク買ったと?」

「それはゴメンかも〜、でも、これは免許取る前に買ったんだよ?」

「「そこじゃねぇよ!」」

 

 俺と涼の渾身のツッコミが炸裂したあたりでようやく拓海が到着、里奈とバイクをキョロキョロと見て回ってから里奈とハイタッチ、よくわからん。

 

 

「いやぁ、里奈がビクスク買ったって聞いたから免許は、と思ったが、あっさりだったな!」

「みきわめも卒検も学科も一発! あたし天才かも〜」

「あれに落ちるほうが難しいだろ……」

「プロデューサー、世の中には学科5回受けて落ちるヤツもいるんだよ」

「ギクッ」

「は? 拓海落ちたの?」

「うっせえ! あんなひっかけ問題みたいなのわかるかよ」

「拓海って意外とアホの子?」

「プロデューサー、ぶっ殺してやる、面貸せオラぁ!」

 

 拓海が俺のネクタイに手を伸ばすのを紙一重で躱し、横に回り込んで足をひっかけ転ばせれば俺の勝ち。まぁ、地面に転がる前に抱きかかえるけどな。

 

 

「プロデューサー、ちょっと……」

「それはアウトかも〜?」

「…………」

「なんだよ、2人して。ま、そんな簡単にやられるほど俺も弱か――」

「ぷ、プロデューサー…… テメェ……」

「どうした? あ……」

 

 さて、俺の行動を振り返ろう。拓海に横から足をかけて転ばせた。つまり、拓海は前のめりに倒れるわけだ。そこに横から手を伸ばす。もちろん、地面に倒すわけに行かないから支える場所は必然的に胴体だ。片腕は腹、片腕は胸に伸びるのは言うまでもないだろう。つまりだ、

 

 

「日比谷君、ちょっとお姉さんと一緒にお話しようか?」

「いや、あの、えっと…… スマン」

 

 母性の象徴がですね、その。ああ、死ぬ(社会的に)。

 

 

「死にさらせ!」

「ごふっ!」

「はーい、あとはあたしに任せなさい。みっちりオハナシしてくるから」

「プロデューサー殿、いまのは流石に……」

「アウトだな」

 

 片桐さんに引きずられ、駐車場の片隅で長いお説教を受けてから戻ると、亜季の指示の下で上手いこと撮影が進んでいるようだった。メーカーが持ち込んだ原付を各々が選んでいるところのようだ。

 

 

「お見苦しいところを……」

「いえいえ、アイドルと仲がよろしいようで。あまり素行のいい子ではなかったと聞いてはいますが、実際はそうでないようですね。これも日比谷さんの存在あってですかね?」

「いえ、そんな。元々根はいい子だと思ってますから。色んな手でそれを引き出すのが我々の仕事です」

「なぁにいい事言った風にしてんのよ、日比谷君?」

「いや、だってプロデュースの信条みたいなもんですし」

「原石を光らせる、ですか。最初から輝けるものを作る私達とは少し違いますね」

 

 メーカーの担当さんは持ち込んだ原付を次の撮影まで貸してくれるとの事だったので、それぞれ好き勝手にステッカーチューンしたりする様にとのお達しだ。必要ならキャリアなどのパーツもあるとの事で、亜季は早速大きなキャリアに箱を付けていた。

 

 

「そういえば、プロデューサーさんもバイクに乗るんだろう? 何に乗ってるか聞いたこと無かったな」

「そうだ、バイク雑誌読んでる割に事務所に来るときはいつも車だな」

「そんなこと言ったら、亜季だって事務所に来るときは電車だろ?」

「あっきーはなんか古いのだよねー」

「前に5人でツーリングに行ったときはオールドトライアンフだったね」

「あれは祖父から譲り受けたもので、古くはイギリス軍で実際に使われていたそうです。まぁ、祖父の受け売りですが」

「へぇ、すげえの乗ってんだなぁ。んじゃ、次の撮影のときは俺もバイクで来るよ」

 

 裏切ったらちひろさんにチクるとまで言われればバイクで行かないわけには行かない。だけど荷物積めないし、スーツだと乗りにくいし…… 前もって事務所に1着置いておくか。んで、革パンとジャケットだな。

 

 時間は流れてその週末。集合時間の1時間前に事務所の駐車場に入ると、パイロンを並べて8の字書いて遊んでいる5人が居た。早起きなこった。

 

「おはよう、早いな」

「おう、プロデューサー、ちゃんとバイクで来たな」

「たりめぇだろ。このためにスーツ事務所に置いてきたんだからな。面倒ったらありゃしねぇ」

「でも、そこまでしてくれるあたりプロデューサーも義理堅いというか、ね」

 

 おい涼、その目をやめろ。亜季も革パンにジャケットだからバイク乗ってきたのか。

 

 

「じゃ、早速プロデューサーさんの愛車拝見といこうか」

「ほう……」

「ま、らしいわな」

「アタシ大型はよくわかんないけど速そーだね」

「プロデューサー殿なら、まぁ」

「何だその反応。俺が大学生のときから乗ってる相棒だぞ」

「12年落ちだよね? 中古を買ったんだ」

「金もなかったしな。だけど、社会人になってからは金もできたからエンジンとフォークはオーバーホール、ブレーキは社外品に交換。ホイールも変えたんだぞ? マフラーは買ったときから変わってたからそのまんまだな」

「金のかけ方がえげつねぇよ。もっと、こう、手をかけてなぁ」

「高校のときに買ったセローはDIYでなんでもしたぞ。今も実家においてある。親父が乗ってなきゃエンジンも掛けてないだろうけどな」

 

 

 俺が乗ってきたのはCBR954RR ファイアブレード最終型の2004年モデルだ。俗に言うフルパワー仕様にしてあるから大体170psくらいは出てるはずだ。その分燃費も悪いが、学生のときはこのバイクが最高に楽しかった。今はもうちょいゆっくり走らせろ、と思うが……

 

 

「夏樹は大型持ってるだろ、乗ってみるか?」

「やめておくよ。足がつかないバイクは借りたくないからね」

「そうか。しかしまぁ、前々から思ってたけどお前らも渋いの乗ってるよな」

「夏樹と亜季はベクトルが違う気もするけどな。里奈も新しいスカブ買ったみたいだし、アタシも大型取るか」

「別にデカイからいいってわけじゃないぞ。毎日高速乗るんでもない限りゼファーで十分だろ」

「400の、って言われんのが嫌なんだよ。わかるだろ?」

「まぁな。そしたら現行CB1300か?」

「別に新車にこだわりねぇしな。ま、取らぬ狸のなんとかってことわざもあるし、あまり夢見ねぇようにするさ」

 

 職員のバイクもちらほら見える駐輪場だが、殆どは125のスクーターで、時折大型のSSやメガスポーツが止まっている程度だ。その一角に炎陣の5人が乗る愛車が止まっている。

 端から拓海のゼファーχ、里奈のスカイウェイブ、亜季のトライアンフは俺も詳しくないからわからん。見せてもらったときに、フレームには5TWと刻まれていたからそれがモデル名かもしれない。それから、夏樹のカタナと涼のフォルツァ。よくもまぁ、バイク乗りでもここまで別れるわ。

 その隣に俺のファイアブレードを止めたが、威圧感で負けてる気がする。リッター買ったから排気量コンプとはおさらば、と思ったが思わぬ罠が…… 俺もイカ釣り漁船みたいにしないといけないのか?

 それからしばらく駐車場で遊び、メーカー方が来たところで前もっていじり倒した原付をトラックに引き上げた。

 

 

「んじゃ、今日はバス移動だ。江ノ島までだから、時間もそんなにかからんだろ」

「なぁ、プロデューサー。バイクで行きたいって言ったらダメか?」

「言うのは良いがやるのはダメだ。仕事だからな」

「日比谷さん、少しよろしいですか?」

「はぁ……」

 

 担当さんに呼ばれ、少し離れるとまた困った相談をされた。まぁ、まさかと思ったらそれだ。

 

 

「彼女達が自身のバイクに乗ったシーンを撮れませんか? ネットで公開するものには使えますし、なにより、乗せられたバイクより、乗り慣れた愛車のほうが彼女たちも自然なリアクションが取れると思うのですが」

「ですが、万が一のことがあった場合には――」

「日比谷さんが彼女たちの後ろを走っていただいて、それでも何かあった場合の損出は我々が……」

「わかりました、上と相談させてください。撮影の時間が押してしまうと思うのですが、よろしいですか?」

「ええ、無理なお願いは承知ですので」

 

 ひとまず今西部長とちひろさん、それから武内さんを呼び出して緊急会議と相成った。会議室は遠いのでエントランス脇のソファとローテーブルではあるが。

 もちろん、話すことはアイドルを"仕事として"バイクに乗せることで生まれるリスクとリターン、それから責任の行き先と解決策の選定。まぁ、元々バイクに乗る仕事だったので、責任規程の範囲を見直すことで決着がついた。問題は、俺が現場責任者として同行するのは当然として、今西部長が「日比谷くんはバイクも乗れるし、殿になれば彼女らも安心だろう」と言ったおかげで俺までバイクで現場入りする羽目になった。

 5人の衣装(というかライディングウェアだろうか?)と一緒に俺のスーツをロケバスに積み込むという貴重な経験をしてから再び駐車場に戻った。

 

 

「はぁ、バイクで現場入り、決まったぞ」

「マジで!? やった!」

「このメンツでツーリングするのも久しぶりだしな、プロデューサーも居るなんて面白くなりそうだ」

「おいおい、あくまで仕事だぞ。普段以上に交通ルールには気をつけろ?」

「イェッサー!」

「わかってるぽよ〜 初心者マークも貼ったし、準備万端じゃない?」

「拓海、はしゃぎすぎてコケたりしないでくれよ? ゼファー重いんだからさ」

「もうコケたりしねぇよ、最後にコケたのだって……」

「だって?」

「先週、握りゴケしちまった……」

「拓海……」

 

 

 本当にバイク好きが集まってツーリングに行くノリでいる5人に一応釘を刺してから、全員のインターコムを繋いで、機材車に積まれた録音機材ともペアリングを済ませた。

 エンジンをかけて暖気させつつ、簡単にルートをおさらいして、装備品の確認をまた行えばちょうどアイドルも落ち着いてきた。

 

 

「先頭はロケバス、その次にカメラを積んだ機材車が走る。お前らはその後ろだな。一番後ろは俺だ。何かあればインカムで話すか、信号待ちで合図してくれ」

「オーケー。ガソリンは満タンにしてきたから心配ないけど、みんなはどうだい?」

「あと2/3くらいかも。途中でスタンドによってほしいかなー、って」

「私のはそもそもタンクが小さいので……」

「分かった。ひとまず、角のスタンドでいいよな?」

 

 確認と情報共有を済ませると、タブレットをハードタイプのバックパックに仕舞えば俺の身支度も終わりだ。それぞれバイクにまたがると、まずバイク組はスタンドへ。「経費で落ちる」と言ったら全員揃ってとりあえず注ぎ足した。かくいう俺もその一人だが。

 それから、給油を終えたタイミングでロケバスと機材車が事務所から出てきて、前を通ったところで合流。なんだかスパイ映画の作戦のようだ、とは亜季の弁だ。

 

 

「しっかし、ホントにバイクで行けるとはなぁ。ありがとな、プロデューサー」

「なんだよ、突然」

「ふふっ、顔が見えないからって素直だねぇ、拓海?」

「悪ぃかよ!」

「いんや、普段からそれくらい素直ならなぁ、ってね」

「涼、こんにゃろ!」

「おいおい、出て数分でじゃれるなよ。あと、あまり俺を巻き込むな? 俺がでしゃばってもファンは喜ばん」

「だけど、こうやってみんなで走れるのもプロデューサーのおかげじゃん? だからありがとーだよ」

「それに、なんだかんだでついてきてくれてるしね。ありがとう」

 

 このむず痒い感じは未だに慣れない。俺の、俺達の仕事はあくまでアイドルを輝かせる、アイドルの望む高みへ行く手助けをすることだ。そんな当然のことに礼を言われると言うのも、なんだかなぁ、と。

 俺だってアイドル達から元気と、笑顔と、やる気をもらっているからこそ尽くせるのだ。

 その後も女子会のノリをツーリングに持ち込んだようなノリで本番の撮影も順調にこなした5人は、渋滞でマニュアル組がヒイヒイ言いながらもなんとかその日のうちに事務所に帰って来ることができた。

 

 




おかしい、車&バイク物のはずなのにそれ以外の分量が多い!
文字数も増え続けてるし……


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ep6

 #1 Idols meet cars 〜川島瑞樹、原田美世の場合〜

 

 俺には声を大にして言いたいことがある。

 

 

「あの昼行灯(部長)なんでこんな企画通しやがった!」

 

 美城プロは346としてのプロデュース業務以外にも映像作成なんかもやって、簡単に言えば番組を売ることもしている会社だ。なんなら、映画も自作して配給までできる。流石にそこまではやったことがないらしいが。

 なぜ俺がそんな話をしたかといえば、今西部長がいつの間にか俺と武内さん、そしてちひろさんのデスクにさり気なく置いていった企画書が何よりの問題だった。

 

 

「この企画は……」

「正直……」

「私利私欲ですよね?」

 

 今西部長の置いていった企画書、その表紙には『Idol meets car』と書かれ、さり気なくS30っぽい挿絵が入っていた。

 

「一応中を見ましたが、企画としては悪くないと思います。ただ……」

「ターゲットがニッチすぎるのによくGOサイン出ましたね」

「私も少し聞いて回ったんですけど、どうやらこの企画、常務から降りてきたみたいです。制作側も悪くは思ってないみたいで、結構周りは固まっちゃってますね」

「制作部門のトップは堀さん(根っからの日産ファン)ですよ? 車絡みで嫌なんて言うわけないですよ」

「もう、どうしてこのプロダクションは車のことになるとこんなにだらしないんですか?」

 

 愛車のために家買ったと噂されるあなたが言いますか、と喉元まで出たが、そんなこと言えばきっとひと睨みされて明日からの書類のフォントが1ポイント小さくなるだろうから何も言わないでおく。

 武内さんも同じように喉元に小骨が引っかかったような顔をしているが、また企画書に視線を戻して誤魔化した。

 

 

「企画の整理に戻りましょう。ジャンルとしては、自動車バラエティ、でいいんでしょうか?」

「だと思います。アイドルが新車に乗ったり、ゲストが愛車を引っさげてきたり、ドライブスポットを紹介したり。まぁ、構成は普通ですね」

「メインMCにさり気なく美世ちゃんの名前が上がってるあたり、あの二人(専務と部長)の思惑を感じ取らずにはいられないんですけど」

「それも、端から地上波じゃなくてオンデマンドで流すから、尺もあまり気にしなくていいと。おおよそ1時間の予定ですけど、もし美世に車の話をさせたら……」

「朝から夜まで、ですね」

 

 だが、企画がここまで進んでしまった以上、役者を手配するだけが仕事の我々にはもう止めることができない。

 黙って美世にこの企画書を私て「やるよな」と聞くだけだ。美世だから「やってくれるか?」なんて聞かない。美世なら表紙だけで一発OKしかねない。

 

 

「初回の収録は来月ですか。一度原田さんも一緒にまたお二人と話をしないといけませんね」

「その時は俺がついていきます。武内さんはこの"ゲスト"の調整を」

「そうですね。千川さん、彼女のスケジュールと専務、部長へのアポをお願いします」

「はい、わかりました」

 

 そしてその翌日には、正確に言えば日付が変わる頃の大黒、ではなく、プロダクション近くのカフェに集合すると、まずはニヤニヤと笑う専務と部長に俺らから企画書を出してことの顛末を聞くことにした。

 

 

「専務、この企画は貴女が出したものと言う噂を耳にしましたが、本当ですか?」

「いかにも。私がなんとなく酒の席で今西さんと話していたのだ。『アイドルを車に乗せたら映えるんじゃないか』とね」

「そこで、僕がそれっぽく書類に起こして堀くんのところに持っていったら一発でオッケーだって。だから最後に君たちの所に」

「自動車メーカーの協賛がさらっとついてるんですが……」

「それは私のコネだ。広報部が喜んで車を貸してくれるそうだぞ。なんなら君たちも乗るといい」

「それはっ…… じゃなくて、はぁ…… 美世、お前はどうなんだ」

 

 こんな時間に呼び出され、あくびをコーヒーで飲み込んでいた美世は「んぐっ!?」と咽せてから涙目でサムズアップをした。おい、直属の上司だぞ。

 

 

「なに、原田くんには前もって話をしてある。こんな番組をつくるが、どうだね、とね」

「んなっ、美世なんで黙ってた」

「だって――」

「その話をしたのは今朝だからね。彼女を責めないでやってくれ」

「はぁ……」

「原田さんの冠番組、ですね」

 

 武内さんのさりげない言葉に、美世はハッとしたように顔を上げた。そして常務を見ると企画書と見比べて、思い立ったように声を上げた。店員さんの目が痛い。

 

 

「常務、部長、この番組名に私の名前、入れられませんか!」

「お、おぅ。確かに、何も考えずに仮題としてつけたタイトルだが、原田くんの番組なんだ、それも良いだろう。ねぇ、美城くん」

「確かに、カーエンスーの間では原田くんの知名度もあるし、番組のターゲットともバッティングする。そして、346のオンデマンド配信だ。タイトルだけでも名前が衆目に晒されることは大きいな。前向きに考えよう。というより、ほぼ決定だな」

「やった、ありがとうございます!」

 

 もう俺と武内さんは目を見合わせてため息をつくしかない。一応、ことの顛末をちひろさんにもメールして、その収録日になってしまった。

 収録場所は箱根某所。もう答えが出てるとか言わない。

 流石に貸し切りはできないが、撮影許可は思ったより簡単に降りたらしい。これも車の力か……

 

 

「おはようございます、日比谷さん!」

「朝からテンション高いなぁ、ま、気持ちはわかるけどさ」

「箱根ですよ、箱根! 車の試乗記なら絶対ここじゃないですか」

「だよな、その習わしに従って、撮影はもちろん、あの駐車場からだ」

「っっっ!!!」

 

 あの駐車場、とは某自動車雑誌の試乗スタートポイントとして知られる御所ノ入駐車場だ。

 小田原側から少し行ったあたりにあり、桜並みと素晴らしい車のツーショットは車好きなら何処かで見たことがあるはずだ。

 もちろん、車と美女が並べばもっと良いのは言うまでもない。だが、そこらの安い雑誌と同じにされても困る。だから今日の衣装は美世の私服。露出を増やせば良いってワケじゃない。大切なのは車だ。うん。

 

 

「それで、今日の車は……」

「前にも言ったが――」

「ゴクリ」

「ポルシェ911だ」

「…………」

「ポルシェだ。ナインイレブンだ。きゅーいちいちだ」

「……夢じゃ無いですよね」

「もうそろそろ来るはずだから楽しみにしてろ」

 

 そう、記念すべき第一回の目玉は何と言ってもポルシェだ。番組の3つあるメインコーナーの内のひとつ、新車試乗記にポルシェを持ち込んだのだ。打ち合わせの段階でわかっていたはずだが、やっぱり美世は落ち着きがない。

 大観山の展望ラウンジの駐車場、その一角を使わせて頂いているが、制作スタッフも気合入れて愛車通勤したおかげで、好き者の集まり感が半端なかった。そこに現れたのはポルシェ…… ではなくベントレー。間違いなく常務だった。

 

 

「うげっ、来た」

「常務、おはようございます!」

「おはよう、原田くん、日比谷くん。スタッフの諸君もご苦労様」

 

 背筋の伸びたスタッフからの挨拶を受け流してから俺の肩を軽く叩いた常務は耳打ちした。

 

 

「今回の保険は、スタッフによる"移動"も保証に入ってるぞ」

 

 おいおい、マジかよ。乗っちゃえって事だろ、ポルシェ! 美世のテンションに負けず劣らずまで上がる。内心ガッツポーズして小躍りしたくなるが、顔にだすだけで済ませた。

 

 

「ポルシェあと3分で到着です」

「はい! にしても、川島さん、どうしたんだよ……」

「瑞樹さんが遅刻なんて、珍しいですね」

「ちょっと電話してくるから、その間に心の準備だけ済ませとけ」

 

 そして、大きな問題が一つ。初回ゲスト、川島瑞樹が居ないのだ。彼女も家から直接車で、と言っていたし、迷ったとは思えない。道中も大して混んでなかったから渋滞に巻き込まれてることもないはずだ。

 ポケットから仕事用のガラケーを取り出して連絡帳から川島さんに掛けると、数コール待たされてから出た。

 

 

「川島さん、おはようございます。日比谷です。今どちらに」

「ごめんね、高速降りてからトラックに塞がれちゃってて…… もうターンパイクには居るからあとちょっとでつくと思うわ」

「わかりました。お気をつけて」

「ごめんねー」

 

 ため息をついてから携帯をポケットに戻すとスタッフに川島さんの到着遅れを伝え、美世に缶のお茶を出してまた待ちぼうけだ。

 

 

「瑞樹さんは?」

「トラックに引っかかったんだと。もう少しでつくと思うぞ」

「ツイてないですねぇ。クリーンなら気持ちよく走れるのに」

「ホントにな。噂をすれば」

 

 滑り込んで来たシルバーのフェアレディZ。俺の知らない間にエキゾーストを変えたようだ。前と音が違う。

 駐車場に頭から突っ込んでエンジンが止まると開いたドアからスリムフィットのジーンズに包まれた足が出てきた。やっぱり様になるなぁ、なんて思ったら美世に脇腹を突かれた。

 

 

「なんだよ」

「別に」

「遅れてごめんなさいね」

「いえ、5分くらいなら別に。じゃ、打ち合わせと行きましょうか」

 

 テントを立てた下にピクニックテーブルを広げた簡単な休憩所兼ミーティングスペースに制作の担当さんとともに席につくと簡単に今日の流れを確認。決まった台本があるわけではないので撮影の流れをおさらいするだけの簡単なミーティングだ。

 その間に到着していたポルシェの積載車から今日の主役が降りてくるのを見届けて、いよいよ撮影のスタートだ。

 

 

「んじゃ、手筈通りに」

「はい、お願いします!」

「はーい」

 

 赤いロードスターとシルバーのZが小田原側に降りて行くのを見届けてからスタッフは大慌てで自分たちの車を綺麗に止め直す。

 俺らの車は背景の一つなんだから、そして少しでも自分たちの愛車がカメラに映るならカッコよく、綺麗に見せたいのが性だろう。

 白銀駐車場のスタッフから2人の到着を知らされると機材の再確認の後、撮影が始まった。

 低めのギアで回し気味に登ってくる軽いエンジン音。そしてアクセルを離した時にわずかに聞こえるタービン圧を逃がす音。知らない人ならこれがロードスターのオトだとはわからないだろう。

 赤いシルエットが見えるとスタッフが「おおっ」と声を上げた。監督を務める堀さんはため息をつきつつ、目を輝かせていたからこのカットを使うつもりらしい。

 そして俺らスタッフの車の前に止めると綺麗に降りてから出だし一発目のセリフだ。

 

 

「こんにちは! 美世のDrive week ナビゲーターの原田美世です!」

 

 決まった。このセリフだけは決まっていたからこれさえ決めればもうあとはフリーダム。決めておいたキーワードだけ入れてくれればなるようになるだろう。

 

 

「この番組は私、原田美世が愉快な車好きスタッフさんとお送りする"クルマともっと仲良くなれる"カーバラエティ番組です。第1回目です! ありがとうございます!」

 

 裏方もみんなで指笛吹いて拍手して。こういうノリは嫌いじゃない。

 

 

「そして、この番組、毎回? ゲストをお呼びする事になりそうです! 呼べますよね?」

 

 声を出すワケに行かないので小さくガッツポーズしておく。俺的には「善処します」といったところか。

 

 

「プロデューサーさんも頑張ってくれるみたいなので、楽しみに待っててくださいね。ゲストさんの話をするということは、もちろん、今回も素敵な、ちょー豪華な。このアイドルに来ていただいています!」

 

 タイミングを合わせて駐車場に滑り込んできた川島さんのZは美世を引く引かないのぎりぎりで止まって長いドアを開けた。

 

 

「今回のゲストは川島瑞樹さんです! いぇいっ!」

「こんにちはー、川島瑞樹ですっ。初回から車に縁のなさげな私で良かったのかしら」

「そんなことないですよ、車に縁がないならこんな車乗りませんし」

 

 カメラが川島さんのZを舐めるように写す。このあたりはプロだし、この手の番組を丸暗記するほど見ているであろう3カメさん(トヨタ86乗り)におまかせして、その間にも2人のトークは続く。

 

 

「でも、瑞樹さんがフェアレディ、って意外とも思うし、しっくりも来ますね」

「ふふっ、どっちなの? でも、これも全部プロデューサーくんのせいだからね」

 

 巻き込むな! それは禁句だ! 全力で手を振って否定する俺も写されてもう涙目。この光景を見ている専務もニヤニヤに近い笑みを浮かべているし、もうヤダこの会社。

 

 

「私達のプロデューサーも、部長さんもフェアレディですからね。日産党が多いのかな?」

「でも、シンデレラのプロデューサーはトヨタよ? でも、言われてみれば日産が多いかもしれないわね」

「そんな愛車事情は後々、では、番組を始めましょう」

「オープニングトークで5分は使ってるわ……」

「美世のDrive week」

「「スタートユアエンジン!」」

 

 ハイ、オーケー! と監督の声が飛ぶと2人も少し脱力してビデオチェックを後ろから眺めている。

 次は場所を移して2人のフリートークだが、その間に俺はカメラカーと一緒にポルシェの走行風景を撮る事になっている。そう、あこがれのスーパーカーのハンドルを握るのは俺だ。役得役得。

 

 

「じゃ、日比谷さん」

「はい、正直めっちゃ楽しみです」

「気をつけてくださいよ?」

「ええ、借り物で遊べるほど、肝座ってないんで」

 

 911の形をしたキーを手渡されると、真っ白な911 カレラ4Sに乗り込んだ。

 何事もないように左側のドライバーズシートに収まると、如何にも「慣れてますよー」と言った体でキーを挿し、捻れば洒落た演出とともにエンジンがかかった。

 ポケットに入れておいたサングラスをかけて、セレクターをDレンジに入れれば普通に走り出すことができた。何ら怖くない。

 

 

「あーっ! プロデューサーずるい!」

「お前も後で乗れるだろー」

 

 美世の叫びも背中に、まずは御所ノ入まで降ろう。走った感じ、世の中のジャーナリストが絶賛する理由がわかる。ヤバい。普通に50km/h前後で走ってもフェアレディと段違いの安心感。流石にここで飛ばすわけに行かないのでまぁまぁのペースで抑えておくが、ハンドルを切るとスムーズにその方向を向く、とかアクセルと車速が比例する、そういうごく当たり前のことのクォリティが高い。そう感じた。

 30分ほど往復して撮れ高を確保すると、大観山に戻って2人と合流だ。

 

 

「ねぇ、プロデューサー、どうだったどうだった?」

「ヤバいこれ、欲しくなる」

 

 給料上がったし、Z売れば…… と俺の中で算段をつけたくなっていると、ポルシェの担当者さんがカタログを持ってニヤニヤしていた。後で頂きます。現実的なのはケイマンですけど。

 

 

「んじゃ、交代だな。気をつけろよ」

「もちろん。人の車で踏み込めるほど度胸ないから……」

「川島さんも、よろしくお願いします」

「わかってるわ。日比谷くんもついてくればいいのに」

「俺はあっちで話があるから」

 

 カタログを振ってるスーツの2人を軽く見ると、川島さんは俺に白い目を向けてから右側のシートに収まった。

 如何にも恐る恐る走り出した911を送り出すと、振り返って、手に持つ書類の増えてるポルシェの方々とカタログにらめっこが始まった。

 

 

「今日のあの仕様でいくら位ですか?」

「大体これくらいですね」

「おぅ……」

「ですが、今使ってる車輛ならこのお値段でどうですか?」

「あっ、これなら、うーん」

「ケイマンに同じようなオプションをつけるとこのくらいなので、まぁ、それなりに差は出ちゃうんですけど」

「モデルの価格差そのままですよね」

「そうですね。いかがでしょう?」

「アレ、いくらになります?」

「よく確認しない明確な事は言えませんが、最低でもコレは保証します」

「そうなると」

「ケイマンとほぼ同じですね」

「今度、ディーラーにお伺いします」

「はい、お待ちしております」

 

 そんなやり取りをしているうちに一通り撮り終わった2人がいつの間にか俺の後ろに居て、ニヤニヤとした笑みを向けてきた。

 

 

「へー、ポルシェ買うんだー」

「日比谷くんが買うなら私も買い替えかしらー?」

「えー、瑞樹さんずるいですー、私もポルシェ欲しー」

「おい、お前らどこから聞いてた」

「『アレ、幾らになります?』くらいですかねー、へーZ売っちゃうんだー」

「カタログを見せてもらいたいのだが、いいかい?」

「専務まで……」

 

 棒読みで地味に俺を責めて来る2人に目もくれず、黙々とカタログを見ながら何か呟いては確認を取る専務。たぶん、ガチで買う気だ。あの人の財力ならパナメーラターボSにフルオプションとか余裕なんじゃね? わかんないけど。

 

 

「で、さ、日比谷さん。あのコーナー、ホントにやらなきゃダメ?」

「そうだな。いずれポルシェを買うなら必要になるんじゃないか?」

「ぐぬぬ、で、でも、ホントに恥ずかしいんだって」

「レースクイーンであんな水着より面積少ないような衣装着てんじゃん」

「それとこれとは別なの! もう」

 

 最後のコーナー。というよりオマケに近いが、美世を隣に乗せてドライブ、という雰囲気を楽しむだけのショートコーナーだ。具体的に言うなら、俺が頭にアクションカムをつけて、隣に美世を乗せて走る。もちろんポルシェ、じゃなくて、その回で紹介する素晴らしい車で。

 走ってる間、美世は俺、もとい視聴者の皆々様と世間話と言うなの一方的な喋りをしなければならない。だけど、建前ドライブでも、実質デートみたいなもんをみんな期待するんだから当然、"その気"にさせるセリフも言ってほしいわけだ。

 

 

「ならいいぞ、川島さんにやってもらう。まぁ、言いたくないけど、あの人なら俺相手にいくらでもクサいセリフを吐いてくれるさ」

「それはないと思うな、瑞樹さんがかわいそうだよ」

「俺のための言葉なんて期待してないさ。あの人だってわかってやるだろ」

「それを理解した上でやらせようって言うんならもっと酷いと思うよ」

「俺は応える気はないからな」

「酷い人。行こ、冷めちゃったから今なら行ける」

 

 スタッフに声を掛けてから俺がドライバーズシートに収まり、隣に美世が乗る。エンジンを掛けてシートベルトを締めると、アクションカムが付いたバンドを頭に付けた。

 車内のカメラを機材係さん(RX-8乗り)が確認すると、サムズアップをしてドアを閉めた。

 

 

「美世、行くぞ」

「はい」

 

 車を出して少しすると、美世の一人喋りが始まる。今更だが、聞いているこっちもなかなか恥ずかしい。ドライブデートなんて何年もしてねぇし、大学で付き合ってた彼女、いま何してるだろうか。社長秘書とか聞いたけど……

 

 

「ね、ねぇ、今日は誘ってくれてありがと」

 

 どことないぎこちなさが可愛くて思わず頬が緩むが、声には出さない。そのままカメラの画角の端で軽く手を上げておく。

 

 

「こんな景色のいいところだなんて思わなかったよ。あんまりこっち来ないし。でも、今は緑だけど、たぶん紅葉とか、春の桜とかもキレイなのかな? ね、また来ようね。あ、次は私の運転で」

 

 おとなしく頷いておく。監督から声は出してもいい、と言われているが、視聴者代表として見れば、そんなの嫌に決まっているだろう。

 そのまま数分走って、ひとまずのゴール、御所ノ入駐車場まで走り、そのまま折り返そうとすると、美世から待ったがかかった。

 

 

「日比谷さん、写真、撮ろ?」

「そうだな」

 

 お決まりのスポットに車を止めると2人揃って降りてまずは車と景色だけで数枚。それから俺は注文を出すことにした。

 

 

「美世、フロントフェンダーに寄りかかってこっちに顔向けてくれ」

「こう?」

「ああ、いいぞ」

 

 俺の携帯と、美世の携帯両方で写真を撮ると、その後も数ポーズ撮ってからとびきりの数枚を武内Pに送る。

 それから、他愛も無い話をしながら大観山に戻ると、アクションカムを返して、川島さんの待つテントに戻った。

 

 

「美世ちゃん羨ましいわ。日比谷くんとドライブデート」

「あはは、そんなにいいもんじゃないですよ。日比谷さん喋ってくれませんし」

「うーん、それはつまらないわねぇ。でも、帰りはどうだったの? 美世ちゃんの事だから、20分ずっとかわいいセリフを言ってたワケじゃないんでしょ?」

「それは…… そうですけど」

「瑞樹さんも良ければ乗ってくださいよ、美世ちゃんと違うタイプの美人さんだ。いい絵になるだろ。な、頼むよ日比谷」

「はぁっ!?」

「いいじゃない、私にも乗せなさいよ、ポルシェ」

 

 監督の一言でなし崩し的に川島さんも載せることになった。また俺の頭にはアクションカム。車内のカメラもまたメモリーを入れ替えられていつでもイケます状態。もう逃げられない。

 

 

「はぁ、俺の名前を呼ばないこと、全て代名詞で置き換えてくださいね」

「えー、美世ちゃんとだっていちゃいちゃしてたじゃない」

「復路では、です。ちゃんと仕事してくれないと往復ですよ」

「はーい」

 

 拗ねたように言わないでくださいよ、年甲斐もない。なんて言ったら殺されそうなので代わりにサイドブレーキを解除してアクセルを少しだけ踏んだ。

 

 

「ねぇ、今日はどう? こんないい天気にいい車、最高じゃない?」

 

 走り出してしばらくすると仕事スイッチが入った川島さんはちゃんとやってくれている。俺も無言の肯定を色々な形で繰り返すのみだ。

 そして御所ノ入駐車場が見えてくると締めに入る。

 

 

「また、連れてきてくれるわよね?」

 

 世の男性は声を大にして「もちろん!」と叫びたくなるだろう、そんな一言を最後に川島さんの仕事スイッチは切れた。

 さっきと同じように駐車場で折り返そうとするとまたストップ。またしても写真を撮ろうとねだられた。

 

 

「こうかしら?」

「ええ、そうですね」

 

 勝手にいろんなポーズを取っては感想を求める川島さんの相手をしてから復路はペースを上げ気味に大観山へ戻る。

 

 

「悠くん、月末空いてる?」

「ええ、休みですけど。飯ですか?」

「どうかしら?」

「勘弁してください、毎回言ってるじゃないですか」

「今回は真剣よ?」

 

 肩に手を掛けられ、そっちを見るといつもより数倍真面目な顔で見つめられた。ハザードを炊いて路肩に寄せると、アクションカムの電源を切った。

 

 

「川島さ――」

「瑞樹」

「はぁ、瑞樹さん、何度でもいいます。俺は貴女の思いには応えられない。別に嫌ってるわけじゃないんです。ただ、俺一人のせいで貴女の人生を振り回すわけには行かないんです。わかってください」

「知ってるわよ、部長とその時はその時、って話をしてるのも」

「全く、どこまで……」

 

 アクションカムを外してダッシュボードに突っ込むと、ハザードを消して車を出した。

 川島さんはずっと黙ったままだった。

 

 

「日比谷さん、瑞樹さんに何言ったんですか」

 

 撮影が一通り終わって解散、となった後に美世にこう言われたのも仕方のない事だ。あのやり取りは監督がちゃんと消しておいてくれたから行きの使えるところだけが美世の目に入っている。

 

 

「瑞樹さんが日比谷さんを無理に誘うのは今更ですけど、今までなら断られてもあそこまで落ち込んでませんでしたよ」

「色々あったんだよ。これ以上聞くな」

「逃げるのはカッコ悪いですよ」

「逃げることが必要な場面もあるのさ。タイトル(看板)が賭かったときなんか、特にな」

 

 そう言って彼女の言うとおり、逃げるように車に乗って駐車場を出た。

 日暮れの富士山が綺麗に見えて少しばかり心が痛む。

 

 

「初めてのドライブデート、ここだったんだよなぁ。どうしてっかな、留美」




もう章分けいらないんじゃないかな(9300文字


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ep7

今更ですが、サザエさん時空です
そして、専務はアイドルやPを仕事的にも、個人的にも悪く思ってないのでCPの部屋は30Fです。


 #1 Idol meets cars 〜和久井留美の場合〜

 

 美世の新番組の撮影から数日、今日は久しぶりに武内さんがシンデレラプロジェクトのオフィスに俺を呼び出した。こういう時はたいてい新人をスカウトしてきたと学んだ。最初の頃こそ、先輩に怒られる、武内さんやべえ恐えとか思ったものだが、何回か呼び出されたびに新人アイドルを紹介されると「ああ、武内さんがここに呼び出す時はアイドル連れてきたんだな」とわかるようになった。

 それに、武内さんに怒られる時は、怒られると言うより説得、説明されている感じが強いから、怒られてる感がない。あの人、人に怒鳴るとか絶対できないと思うんだよね……

 

 

「おはようございます、スカウトした方が本契約にサインして下さったの紹介を」

「…………」

「…………」

 

 と言うわけで、オフィス棟30F、シンデレラプロジェクトのプロジェクトルーム(と言う名のアイドル部門事務所)に来てみれば、あら不思議、見知った顔が俺のこと見て驚いてる。俺も驚いてる。武内さんは右手を首筋に当ててるから困惑してるんだろうな。

 

 

「る、留美、だろ?」

「ひさしぶりね、悠。まさかここに勤めてたなんて知らなかったわ」

「言う必要もなかっただろ、まさかと思うけど……」

「武内さんからスカウトされちゃったのは私。で、彼の言う担当プロデューサーっていうのは」

「俺だな、間違いなく」

「嘘でしょ……」

「あの、お二人は……」

「「大学の同期です」」

「そうですか。自己紹介の必要もなさそうですね。日比谷さん、和久井さんに館内を案内して差し上げてください」

「ええ、わかりました」

 

 自然に彼女の手を取ってしまったのがこの時の俺の過ちだったが、それに気づいたときには遅かったのは言うまでもない。

 エレベーターの中はどこか気まずい雰囲気で、なのにどこか懐かしいような。

 

 

「会社勤めしてたって聞いたけど、どうしたんだ」

「飽きたの。なんとなく、違うことがやりたくなってふらっとやめたらすんなり。」

「どうするつもりだったんだ?」

「なんにも考えてなかったわ。そんなときに武内さんに『アイドルに興味はありませんか』って声をかけられたのよ。ちょうどカフェで求人誌読んでるときだったかしら」

「それでトントンと」

「そうね、悠も変わらないみたいでなによりだわ。それに……」

 

 留美は繋っぱなしの左手に視線を移すと、少し悪い笑みを浮かべた。学生の頃に気味悪がられていた笑みだ。まぁ、目つきが少しキツイからだが、そこもまた俺が惚れた理由でもある。

 

 

「結婚はできなかったみたいね」

「お前と別れてからは女っ気がゼロでね」

「やり直したくなった?」

「まぁ、な」

 

 エレベーターが最上階に着くと、ゆっくりとドアが開いて廊下へと続く。

 最上階は展望室っぽい部屋(名前がないから仕方ない)と重役の部屋があるだけだ。常務の部屋もここにある。社長室はシンデレラ城(本館)だ。

 

 

「いい眺め」

「休憩時間はここか中庭だな。んじゃ下るぞ」

「もっとゆっくりさせてよ」

「自分の時間に頼むよ、和久井さん」

「はいはい」

 

 またエレベーターで今度は一気に3階まで下る。本館との連絡橋があるのはこのフロア。途中のフロアは各部門ごとに数階層を割り当てられており、最大級の規模を誇るアクター部門はまるっと7フロアを占有している。

 我らがアイドル部門はもともと10フロアあったアクター部門から下側3フロアをぶん取った、もとい分けてもらったと今西部長から聞いた。持て余し気味だったらしいし、ちょうどよかったらしい。

 

 

「本館だけは職場感がないわね」

「慣れると憂鬱になるぞ。よっぽどのことがないと用ないしな」

 

 本館は本当に事務仕事とかでもない限り用がないので、アイドルならなおさらだろう。そのまま3階を通り抜けて中庭へ。今日は平日だけあって学生アイドルの姿はない。ベンチで伸びてるウサミミには触れないでおこう。

 

 

「ねぇ、あの人は……」

「アイドルの先輩だぞ。今度見かけたら挨拶しとけ」

「わ、わかった」

 

 俺の言外の「触れるな」を理解してくれたらしく、そのまま中庭を通り抜けて別館へ。フロアが互い違いに並ぶ不思議な構造をしているから、見た目は4階建てだが、地表8フロアある。

 ここには主にレッスンルームやスタジオ、エステに大浴場、ジムやらエトセトラエトセトラ。福利厚生と番組制作が同居してる感じだ。アイドルと俺らプロデューサーは主にこことオフィスを往復することになる。

 余談だが、茜は毎日30階にあるオフィスまで階段を登ってきているらしい。本当なら尊敬の念と、その強靭な肉体を是非別の方向に活かしてもらいたい。

 

 

「ここかレッスンルーム。最初のうちはほぼ毎日ココだな。ちょうど誰かいるし、覗いてくか。日比谷です、新人の見学で来たんですけど、よろしいですか?」

 

 軽くノックしてから部屋に入るのは基本中の基本だ。特に返事のないうちに入るのは御法度。一度、名前は伏せるが着替えに出くわして本人に1週間口を聞いてもらえなかった事があるために気をつけている。

 

 

「構わない、入ってくれ」

「失礼しまーす」

「失礼します」

 

 今日は運がいいやら悪いやら、ベテトレこと聖さんの担当日らしい。ちょうど居るのは…… 川島さんと片桐さん、兵藤さんと篠原さんの4人がちょうどダンスレッスンの最中のようだった。

 

 

「和久井留美と申します、よろしくお願いします」

「おー、新人だー!」

「あらあら」

「いらっしゃーい」

「ちょっとキツイ目が美人さんだね」

「ほら、気を抜くな。新人の前でイイトコ見せろ」

 

 聖さんが手を打つと一瞬で空気が切り替わる。メトロノームに合わせて乱れなく動く4人。特に篠原さんは社交ダンスの講師をやっていただけあって体の動きとリズムを合わせることが上手い。

 

 

「やってることはシンプルだけど――」

「シンプルなことをこなせないとそれ以上は望めないからな。試しに混ざってみろ」

「は、はいっ!?」

「おうおう、どうせ明日からやるんだ、少しくらい変わらん」

「でも、ジーンズだし」

「「いいからやれ」」

「はい!」

 

 留美のぎこちない動きをしばらく見てから部屋を抜け出し、自販機でスポーツドリンクを6本買って戻ると、案の定へばった留美と、それを見て肩を竦める聖さん。そして、過去の自分を見ているであろう4人。

 

 

「おつかれ様、ほれ」

「ありがと」

「みなさんも、聖さんも」

「ありがとう、日比谷君。今度は君も武内君と、どうだい? どうせ車ばっかりで動いてないだろ」

「その日の業務止まっちゃいますよ。まぁ、機会があれば」

「その言葉になんど煙に巻かれたことか。期待せずに待ってるよ」

「そうしてください。留美、立てるか?」

「なんとか。突然お邪魔してすみませんでした」

「いいのいいの、またレッスンとか一緒になるかもしれないし、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 部屋を出るとバッグからタオルを取り出して渡す。ハンドタオルしかないが、仕方ないだろう。

 

 

「ほれ」

「何から何まで、ごめんね」

「これが仕事さ。一旦戻るけど、シャワー浴びてくか?」

「着替えもないし、今はいいわ」

「早めに帰すように武内さんに言っておくよ。聖さんに扱かれた、って言えば理解してくれるさ。それに、今日は契約だけだろ?」

「ええ、こんなことになるなんて」

 

 またエレベーターに長時間乗って事務所に戻ると、どこか萎れた留美を見て察したちひろさんが濡れタオルと乾いたタオルを持って来てくれたり、さり気なくスタドリを勧めたりしていたが、それには触れずに武内さんのデスクに行けば要件はなんとなくわかっているようだった。

 

 

「初日から災難でしたね……」

「武内さんも今度どうかとお誘いを」

「私は遠慮しておきましょう。和久井さんはもう帰らせて構いませんので。日比谷さんも、ですね」

「はい?」

「今日の業務はもう終わっているようですし、積もる話もあるでしょう」

「すみません、ありがとうございます」

「いえ。では、お疲れ様でした」

「はい、お先に失礼します」

 

 ちひろさんのホットタオル処刑(あまりの気持ちよさに、疲れてるとホントに数分で落ちる)を執行されている留美をギリギリこの世に繋ぎ止め、軽く机を整理してから事務所を出て、今日何度目かのエレベーターだ。

 

 

「どうする、送るぞ」

「車だから平気。でも、まだこんな時間だしうち来る?」

「行くよ。後でメールしてくれ」

「アドレス変えてない?」

「ああ」

 

 駐車場まで歩くと見慣れないアルピンホワイトのM4が止まっていた。社外品のカーボンエアロに程よく落とした車高。軽そうなホイールの奥にはオプションのカーボンセラミックブレーキが見える。

 

 

「留美の車か」

「そうよ。いいでしょ?」

「金かけてんなあ」

「なに、人の車みて真っ先にそれ?」

「いや、高そうなパーツばっかだしさ」

「ま、お金をかけたのは否定しないわ。ほんと、どこの誰に似たんだか」

「俺の車はどノーマルだぞ?」

「嘘言わないで。デート代まで車に突っ込んでた人間がそんな車に乗れるわけ無いわ」

「いや、ホントだって。仕事柄派手な車に乗れねぇからな」

 

 かわいそ、と言うやいなや車に乗るとエンジンをかけた。見た目によらず、音も綺麗にうるさい。チタンマフラー特有のハリのある音だ。

 俺に流し目を送ってから出ていくと、俺もまた駐車場を歩き、あと少しの付き合いとなった愛車に乗り込んだ。

 留美がどこに住んでるかなんてわからなかったから、ファミレスでコーヒーゼリーをつついていると、プライベート用のスマホが震えた。

 

 

『そろそろ帰るから来ていいわ。あなたのことだから事務所の近くで潰してるんでしょ』

 

 それに続いてここから車で30分ほどの住所が書かれていた。会計を済ませてまた車に乗ると、ナビに言われた住所を打って、車を出した。

 

 

 #2 Idol meets car 〜川島瑞樹の場合〜

 

 日比谷くんが新人を連れてレッスンを見に来た。和久井留美、と自己紹介された、クールな目が素敵な子。彼女も聖さんの餌食にされ、一緒にレッスン、そこまでは良かった。そこまでは。

 終わってすぐに、タイミングを見計らったかのように日比谷くんがスポーツドリンクを差し入れてくれたときだ。なんの違和感もなく、ごく自然に彼女の手を取った。この行動もまぁ、私も新人時代にされたことがあるから、特別変ではないのだけど、どこかこう、慣れすぎている感じがした。彼ではなく、彼女に。

 初対面の異性に手を出されて、なんの疑問も、遠慮とか、そういう感情も持たずにその手を取れるのか。普通は多少なりとも遠慮とか、恥ずかしいような感じが出るはずなのに、彼女にはそれが見られない。まるでそれが当たり前のことのように。

 そして、一番の疑問。

 

 

「どーしてあの子、日比谷くんに名前で呼ばれてるの!?」

「んなもん知らないよー。直接聞いてくればいいじゃん」

「日比谷さんなら、もう帰ったって。武内さんが」

「このあとは…… フリー。早苗、行くわよ」

「え? え? なんで私まで……」

 

 2人に見送られ、早苗ちゃんを有無を言わさず連行。着替えてプロジェクトルームに戻ると日比谷くんは数分前に出ていったばかりらしい。すぐさまエレベーターで降りて駐車場に出ると見かけないBMWの前で2人が話しているのが見えた。

 

 

「静かに」

「なんでこんな……」

『デート代まで車に突っ込んでた人間がそんな車に乗れるわけないわ』

『いや、ホントだって――』

「デート? なんで、まさか……」

「ほら、二人は付き合ってるんだよ、諦めて帰ろ? お酒なら付き合うからさ」

「いえ、聞き間違いだわ。和久井さんがくる、隠れて」

 

 白いBMWが前を通り過ぎると、日比谷くんも自分の車に向かったので私達も車に乗る。早苗ちゃんは電車通勤なので隣でも問題ない。

 

 

「さ、追いかけましょ。ちゃんと見ててよね」

「はいはい…… 菜々ちゃんにもLINEしておこ」

 

 そして追跡劇はわずか10分と持たずに終わった。ファミレスに入ったので向かいのコンビニに車を止めて雑誌を広げる。しばらく待つと窓を叩かれた。

 

 

「何してるんですか?」

「菜々ちゃん。聞かないで、聞いてるでしょうけど」

「はぁ、こういう時は日比谷プロデューサーがかわいそうですね。ファミレスの駐車場にBMWの改造車は止まってませんでしたから、瑞樹さんが考えてるようなことはないと思いますけど」

 

 ため息をひとつ。早苗ちゃんは隣で肉まんを頬張っている。

 

 

「菜々ちゃん、コレ」

「はい、ありがとうございます。じゃ、ナナはウサミン星に帰還しないと行けないので。お疲れ様でし――」

 

 報酬(エナドリ)を渡すと、去ろうとした菜々ちゃんの腕をつかむ。目だけで「少し付き合いなさい」と言うと、冷や汗をかきつつも頷いてくれた。

 決して先輩の威圧感なんて使ってない。いいわね?

 

 

「どうしてナナが……」

「ま、諦めな。こうなった瑞樹が手に負えないのは知ってるでしょ?」

「ふぇぇ、ストーカーですよ、止めなくていいんですか!?」

「私はもうおまわりさんじゃないもーん」

 

 なんだかんだ言いつつ、トボトボとファミレスに止めた車に戻る菜々ちゃんはいい子だ。それからまた待つこと十数分。菜々ちゃんから日比谷くんの車が出た、との一報が入ったので追跡を再開する。

 車は高速には乗らず、そのまま25分ほど走って県境に近い住宅街に入る。その中から立派なガレージ付きの家の前に止まると、ガレージのゲートが上がり、その中に車を止めた。

 菜々ちゃんの車を先頭に、少し距離をおいて追いかけていたからか、メールも来ないし、気づかれた様子は無い。

 

 

「どうすんの? 日比谷くんの家じゃないでしょ、ココ」

「とりあえず表札だけ見てきましょう。少し離れたところに車を止めればいいわ」

「はいはい。おまわりさん呼ばれないようにね」

「その時は家を買いに来た、とでも言えばいいのよ」

 

 ナビに映る公園の近くに路駐すると、早苗さんを連れて彼が車を入れた家の前に来た。表札は無いが、駐車場においてある車がここの主を明らかにしてくれた。

 

 

「白いBMW。和久井さんの車よね?」

「いじってあったしね。この車でしょ」

「んじゃ、あぶり出しましょうか」

 

 そう言って彼のZの後ろで菜々ちゃんのウサミミを振るとあっさり警報がなり始めたので即座に距離を取って帽子を被った。菜々ちゃんのウサミミはもちろん没収。

 

 

「来たわね」

「お母さんごめんなさい、ナナは悪い子になってしまったようです、うぅ……」

 

 家から出てきたのは日比谷くんと和久井さんの2人。道路に出て辺りを見回してから車の鍵を開け閉めして警報を止めた。

 

 

「クロ、ね」

「ね、じゃないですよ、もー! 日比谷プロデューサーが誰を選ぼうが自由じゃないですか! そんなことしてると本当に嫌われちゃいますよ!」

「ええ、そんなストーカーまがいのことまで始めるなんて、とてもガッカリです」

「そうですよ! いつものクールな瑞樹さんはどうした、もう、早苗さん、なんですか?」

 

 早苗ちゃんに肩を叩かれた菜々ちゃんが振り返り、私も視線を少し上げると口だけに笑みを浮かべた日比谷くん。それとなんとも困った顔をした和久井さんも後ろにいる。

 

 

「川島さん、どういうわけか、説明してくださいますよね? 聞くまでもありませんけど」

「あ、あはは……」

「な、ナナはコレで失礼――」

「させませんよ」

 

 ドナドナされる私と菜々ちゃん。それにカラカラ笑いながらついてくる早苗ちゃんと和久井さんの家に入ると、そこそこ雑にリビングに放られた。

 

 

「さて、俺の勘違いだといいんですけど、3人は俺と留美の関係を疑ってついてきた、間違いないですか?」

「「「…………」」」

「黙秘ですか。そうですか」

 

 スマホを少しいじると、何か曲が流れ始めた。これは、みりあちゃんのRomantic Nowのイントロ。だが、そこから聞こえたのは紛うことなく私の声だった。それも、かなりハイテンションでどこから出た声なのか私が聞きたいくらい甘い声で。

 

 

「これは情報提供者(高○楓)から譲っていただいた資料です。川島さんはこのような路線もアリなようで、今後この方向で売り出そうかと思うのですが、どうでしょう」

「それだけはやめてちょうだい」

「なら、答えてもらえますよね」

「そうよ、私は2人がどうなのか気になったからこんなことしたの、どう、見損なった?」

「まぁ、いつかやるだろうな、とは思いましたけど、まさかねぇ……」

「そこは『そんなことないよ』って言う場面でしょ!」

「いや、だって川島さんですし」

 

 いつの間にか菜々ちゃんは和久井さんと台所でお茶の用意をしてるし、早苗ちゃんは大きなソファに体を沈めてテレビを見ている。あの二人は早々に無罪放免らしい。

 

 

「で、どうなのよ」

「留美とは学生時代に付き合ってました。いまは、友達だと思いますよ」

「そう、なら――」

「悠、夕飯食べてくでしょ? 先輩方も」

「ああ、そうだな」

「ご相伴にあずかるわ。ありがとう。――後でゆっくり、聞かせてもらうわよ」

「はいはい」

 

 その夕食の席。車は家の前に移してから和久井さんと菜々ちゃんの作る夕飯に舌鼓を打った後、2人を前に私は堂々と切り出した。

 

 

「それで、2人はどういう関係?」

「さっきも言いましたけど――」

「大学時代の恋仲ですが、何か問題でも?」

「ちょ、そんな言い方は」

「いいの。川島さん、悠のこと好きなんでしょ? それも何度もフラれ、違わうわね。躱されてると言ったほうがいいかしら。そんな風に見えるわ」

「ええ、そうよ。彼には何度も言葉で逃げられて、やっと真面目に聞けるチャンスを掴んだ途端に現れたのが貴女」

「おやおや、このドラマよりあっちのほうがドロドロしてるぞ」

「早苗さん、そんな」

 

 ソファの背もたれから顔半分だして覗く2人を意に介さず、余裕の和久井さん。そしてあまり余裕のない私。

 日比谷くんはどちらの味方もしないスタンスでいるつもりのようだが、どちらかといえば和久井さんに寄っている気がする。

 

 

「ねぇ、悠。エレベーターで言ったこと、覚えてる?」

「ん? ああ」

「どう?」

「それは……」

「ねぇ、日比谷くん。約束、忘れてないわよね?」

「それはもちろん」

「「答えは?」」

「うひゃあ、あんな日比谷くん、初めて見た。すごいね」

「日比谷プロデューサーには申し訳ないですけど、面白くなってきましたね」

 

 窮地に追いやられた日比谷くんの一言は、正解かもしれないし、悪手とも言えたかとしれない。ただ、この場にいる4人からため息という名のブーイングを受けるものだった。

 




瑞樹さんの愛が重い


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ep8

あけましておめでとうございます
新春は富士を舞台に仁奈ちゃんです


 #1 Idol meets car 〜市原仁奈の場合〜

 

 やっぱり小さい子はいい。

 決して犯罪的な意味ではないぞ? ただ、その無邪気な笑顔と無尽蔵の元気は周りにもやる気と元気を振りまいている。特にPaの小学生組。元気すぎるだろ! ときには休みなさい、ちひろさんが死んじゃう。

 そんなわけで、今日は珍しく、というより色々とアウトな気がするが、美世の冠番組、『美世のDrive Week』で、親子で楽しめるドライブスポット特集と言うことで仁奈を連れてきている。

 今日はチャイルドシートを付ける都合もあって美世も乗せて社用車プリウスで東名を爆走…… ではなく、ちゃんと法定速度で走っている。

 

 

「見てくだせー、富士山が見えるですよ!」

「ホントだ。すごいきれいに見えるね」

「そろそろ御殿場だ。そしたらまずはアウトレットだな」

「あうとれっと? プロデューサー、それはなんでやがりますか?」

「んー、大きなショッピングモール。ま、お店がいっぱいあるとこだ」

 

 ついたら何故か俺が"お父さん"しなければならない。俺が!

 数回を放送したこの番組だが、ネットの反応を見ると、やれ「プロデューサーそこ代われ」とか「美女に囲まれて仕事とか裏山」なんてコメントが過半数。俺に殺害予告なんて事はなく、ごく一部が「プロデューサーと○○ちゃんはデキてる」なんてものだった。いくら否定的なコメントが少なかったからって調子に乗りすぎだろ。

 あと、川島瑞樹ファンの皆さん、彼女の婚期を心配するのはわかりますが、俺を推さないでください。ネットで外堀埋めないでください。

 

 

「うぃんどうしょっぴんぐ、するですよ! 美世おねーさんも!」

「そうだね、いっぱいお買い物しようね!」

 

 予め立ち寄る店は決まっているが、それ以外でもまぁ、その場で交渉、だめならカメラ回さずに……

 ETCレーンをスルリと通り抜けて下道を数分。立体駐車場の最上階をお借りして今回のスタート地点としている。

 車を止めると仁奈と美世はさっさと降りてスタッフに挨拶に行ったようだ。俺もカバンを持って降りると、ドアハンドルについているボタンを押した。

 

 

「おはようごぜーます! 今日はよろしくお願いします!」

「仁奈ちゃん! 朝から元気がいいね!」

 

 ほれ、飴ちゃん。とスタッフさんから飴玉をもらって喜ぶ仁奈。癒しかよ。

 美世も呼んで今日の打ち合わせに入る。お昼過ぎまでアウトレットをぶらぶらして、昼食を取ったら河口湖まで北上し、オルゴールを見てから宿へ。温泉、飯、寝る。最高かよ。これで仕事とか信じられねぇ。

 

 

「今日はプロデューサーと美世おねーさんが仁奈のパパとママでいやがりますね! たくさん遊んでみんなにお土産持って帰るですよ!」

「そうだな (パパかぁ、俺もそんな歳って事かなぁ……)」

「そうだね。お土産買って帰ろうね (ママってことは日比谷プロデューサーと! いやいや、落ち着くのよ、美世!)」

「美世おねーさん、大丈夫でごぜーますか?」

「大丈夫大丈夫! なんでもないから!」

「美世、仁奈、行くぞー」

 

 さて、平日なのにそれなりに人がいるが、まぁ、休日の大混雑をさらに混雑させるよりマシだ。

 仁奈の提案で、仁奈の手を俺と美世がそれぞれ繋いで、広いモールを歩く。後ろからカメラがついてこなければ本当に親子っぽく見えるかも。いや、そりゃねえか。まだ俺も美世も20代だ。

 

 

「美世おねーさん、まずは何を買うですか?」

「まずはこれから寒くなるし、秋冬物の服からね。プロデューサーも私も仁奈ちゃんも、みんな満足なお店があるそうなので!」

「俺もかよ……」

「そうですよ、日比谷プロデューサーは私服のセンスが良くも悪くも普通すぎます! ね、仁奈ちゃん」

「今日の服でもわるくねーですよ、プロデューサー」

 

 仁奈の励ましが心に染みる。

 俺の私服なんてジーンズかチノパンにテキトーなシャツと寒ければジャケット。靴はレーシングシューズもどきのスニーカーだ。ちなみに今日もそれ。スーツは流石に雰囲気台無しとのことだ。

 

 

「なんか、こう、大人の男っぽく! ですね」

「プロデューサーはスーツが一番似合うとおもうですよ。ね、プロデューサー」

「まぁ、毎日着てるしな」

「もう、そうやって甘やかすから駄目になっちゃうんです。さて、ここです!」

 

 いかにも、なウィンドウに並ぶマネキンと小道具を横目に店内へ。派手さは無いが、シンプルなアイテムが並んでいる。本当に老若男女誰が着ても無難に似合いそうだ。

 

 

「プロデューサー、内心『普通だな』とか思ったでしょ? それを何とかするのがこの私なのです!」

「おおー! 美世おねーさんかっこいいです!」

 

 正直、美世のセンスもあまり期待していないと言うか…… あんまり女の子なイメージ無いんだよなぁ。

 夏場に迎えに行ったらツナギの袖を腰で結んで、上はTシャツとかいう女子力皆無なカッコで迎えられて驚いたわ。

 だが、そんな俺の心配は見事に裏切られた。なにこれ、めっちゃカッケえ。ホントに俺かよ。

 

 

「日比谷さんはスタイルは悪くないので、無難にニットのインナーと、ダークカラーのスキニーパンツ、それから足元も黒目にまとめました!」

「プロデューサーカッコイイですよ!」

「ははっ、マジかぁ」

「それで、アウターは同じくダークカラーのPコート。これで少しかっちりですけど、違和感もありませんし、バッチリです」

 

 今まではレギュラーフィットのジーンズばっかりだったから、足を意識することは無かったが、ラインが見えるってのは意外と悪くない。ってか、俺の足こんな細かったかな…… 学生時代は足太くて嫌だったんだけど。

 

 

「次は仁奈ちゃんと私の番ですね。行きますよ、仁奈ちゃん」

「はい! おねーさんとお買い物楽しみです!」

 

 キャッキャと二人並んで服を選ぶ姿は若妻とその子…… いやいや、そんな穿った味方をしたら色々とまずい。気を紛らわすために俺の着ている服から取られたプライスタグに目を移すと、うん、まぁ、決して高くないけど、安くもないような金額が並んでいた。俺の場合、アウターまで一式揃えて4万ちょい。コートはやっぱり高いね。

 いつの間にか服を選んで着替えていた2人が試着室から出てくると、スタッフの歓声があがった。

 

 

「どうですか? 普段こういう服は着ないので恥ずかしいですけど」

「美世おねーさん可愛いですよ! プロデューサーもそう思いやがるですよね!」

「そうだな、美世似合ってるぞ。もちろん、仁奈も良いの選んでもらったな」

 

 美世は黒い縦リブのニットにボルドーのパンツ、それにグレーのロングコート? あまり詳しくないからわからんが、それでも靴はヒールの高さがない物を選ぶあたりは企画の趣旨がわかっているのか、ヒールで車に乗りたくないのか…… 両方だな。

 仁奈はいつものキグルミじゃなく、白黒ボーダーシャツにデニムパンツ(ジーンズって一概に言わない、って今初めて知った)にカラフルなダウンジャケット、そこにキャスケットでキグルミからの物足りなさを埋めつつ、活発な印象だ。3人合わせて13万ですって、奥さん。

 もちろん、衣装提供を受けているのでこのまま着ていく。仁奈もゴキゲンだ。

 

 

「次はどのお店でやがりますか?」

「服を選んだら、次はおもちゃを買いに行こう!」

「やった!」

 

 飛び跳ねる仁奈を追いかける美世、2人を眺めながら『ああ、この仕事やってて良かった』と思う反面『ああ、同級生とかはもうこの景色を普段から見てるやつもいるんだろうな』と悲しくもなる。

 目当ての店の前でブンブン手を振り回して俺を大声で俺を呼ぶ仁奈に苦笑いしながら、店に入った。

 さて、いい加減にクドいので車の話をしよう。だが、ここはレ○ブロック。恐らく、過半数の人が一度は遊んだ経験があるであろう、ブロックおもちゃの帝王の直販店。○ゴブロックは今までもスクーデリア·フェラーリやポルシェレーシングなど、車関連のコラボ商品が充実してるのを知っている諸兄も多いだろう。

 俺が車好きとして勧める一品、それは部品点数が多すぎて禿げそうなポルシェ911だ。詳しくは各々ググってもらうとして、とにかくマニアも唸る出来である事は保証しよう。

 

 

「買うべきか買わざるべきか……」

「プロデューサーもレゴほしいですか?」

「ああ、ちょっとな」

「ちょっと、にしては悩みまくりじゃねーですか」

「その通りでこざいます」

 

 ズバッ、ともの言う仁奈に心へのダメージを負いつつ、手が伸びる。そして、それをレジに持っていこうとした時、一緒に仁奈も、おい、美世、同じモン買わせようとすんな、3万すんだそ!

 

 

「えへへ、プロデューサーありがとーごぜーます!」

「ありがとうございます、日比谷プロデューサー」

「いや、いいんだ」

 

 結局2人のも俺が自腹で購入し、まさかまさかの大出費となってしまったが、仁奈の笑顔はプライスレス。美世、お前には暫く雑誌を貸さん。

 なんやかんやで昼食を済ませて駐車場に戻れば今日の車とご対面だ。シルバーのボディに輝く六連星。

 今日の車はスバル レヴォーグだ。

 

 

「おー! カッコイイ車でごぜーます!」

「意外と小さいんだな」

「でも、数値だけ見るとレガシィとあんまり変わらないんですよ?」

 

 そして、改めて駐車場での収録が始まった。

 

 

「改めまして、原田美世です」

「市原仁奈でごぜーます!」

「プロデューサーの日比谷です」

「車番組なのに買い物してご飯食べてたらもうお昼過ぎですよ、プロデューサー」

「プロデューサーなのにここに立ってる俺の身にもなってくれ」

「プロデューサーは仁奈のパパは嫌でごぜーますか?」

 

 上目遣いでそんなこと聞くのは卑怯だ!

 

 

「んなわけないだろ、ちゃんと遊んで、ちゃんと仕事して、みんなにお土産持って帰ろうな」

「はい!」

「プロデューサーが仁奈ちゃんファンの嫉妬を一手に引き受けたところで、やっと車ですよ。ショッピングもいいですけど、車番組ですからね! プロデューサー、車の紹介、どうぞ!」

「はぁ? んんっ、今日の車はスバル レヴォーグ 2.0GT-S アイサイト、です」

「はい、一息でありがとうございます。ですが、まずはこの一杯買った服とおもちゃ、それから持ってきた荷物を積みましょう」

 

  リアゲートを開けて、片っ端から買った服やら着替えのトランクやらボストンやらを突っ込んでもまだ荷室には空きがあった。さすがワゴン、トランク容量が違いますよ。

 

 

「まだまだ詰めるですよ!」

「荷物の上に仁奈ちゃんが乗っても余裕ですね。でも、まだ準備は終わりません。意外と知ってるようで知らないISOFIXジュニアシートを取り付けてから、ですよ」

「と言っても、取り付けは簡単で、リアシートのアンカーに、ジュニアシートの腕を噛ませるだけなんですけどね。そしたら、背もたれの裏にあるテザーアンカーに、ジュニアシートの背もたれを繋いで、設置完了」

 

 ジュニアシートも6歳までとは言われているが、年齢ではなく、身長を目安に装着を決めるべきで、目安は135〜140cmと言われている。

 仁奈は9歳だが、128cmとまだ足りないのでジュニアシートは必要だろう。

 

 

「よっし、乗れ!」

「うぉぉぉ! 茜おねーさんの気持ちになるですよ!」

「あはは、元気だねぇ」

「んじゃ、運転は俺」

「あ! プロデューサーズルいです!」

 

 ぴょん、と飛び乗ってシートベルトを締めると足をパタパタさせる仁奈。癒し。対していかにも不満です、と頬を膨らませてから仁奈の隣に座る美世。あとで代わってやるから我慢しとけ。

 

 

「シートベルト締めたか?」

「はい!」

「おやつは?」

「監督のおじさんからもらったのがあるですよ!」

「お礼は言った?」

「もちろん!」

「元気は?」

「まだまだ行けるですよ!」

「茜ちゃんの気持ちになったもんね」

「そーでごぜーます!」

 

 賑やかなドライブが幕を上げる。

 御殿場市内は交通量もそこそこあるが、いいペースで流れている。ならば、あまり推奨はされないがアイサイトを試してみよう。

 全車速追従クルーズコントロールで右足フリーの(ちゃんとアクセルにおいておく必要はある)ほぼ自動運転ができるのだ。

 

 

「美世、ちょっと見てろ」

「なんですか?」

 

 信号待ちの間に運転席の後ろに座る美世が首を伸ばすと、ステアリングスイッチをポチポチして、車速を40km/hにセット。そして信号が青に変わって、前の車が動くと警告音が鳴ったので、親指でスイッチを入れると、車は静かに動き出した。

 

 

「おお、すごいですね! アクセル踏んでないんでしょ?」

「こりゃ楽だなぁ。警報がうるさいけど」

「ぶつからない車でやがりますか?」

「ぶつからないだけじゃないぞ。まぁ、仁奈にはちょっと難しいかもな」

 

 美世が頑張って仁奈に説明を試みたが、残念ながら仁奈は「車は難しいでやがります」と首を傾げるだけだった。

 その一方で、俺はアイサイトのほぼ自動運転に舌を巻いていた。前の車がブレーキを踏むと、こちらもブレーキを踏み、走り出せ走り出せこちらも走り出す。まぁ、進む意志を示す操作が必要になるが。

 その一方で、やはり"ほぼ"自動運転と言ったのは、前の車が居なくなってフリーになったときの挙動だ。確かに、40km/hまで加速し、速度を維持するが、信号待ちは勝手にやってくれない。あくまでも運転補助システムなので、当然といえば当然だが、ブレーキランプを認識できて赤信号を認識できないとは思えない。

 自動運転への布石だと受け止めるべきだろうが、どうも中途半端感だと俺は感じてしまう。

 

 

「少しペース上げるぞ」

 

 市街地から開放され、山中湖方面へと向かう道。東富士五湖道路の料金所には入らずにワインディングだ。

 3名+荷物の重さがあっても2リッターフラット4は有り余るパワーを見せつける。それに加えて4駆の安心感。ワゴンタイプとは思えないボディ剛性も相まって、『お父さんちょっと頑張っちゃうぞー』くらいじゃ全く破綻する気配が見られない。

 ネットじゃWRXに匹敵、なんて文字も見たことがあるし、サーキットに持ち込んで初めて限界が見えるのかもしれない。海外じゃレースカーに魔改造されてるしな。

 

 

「プロデューサーの運転はやっぱり安心でやがります」

「そうだねー。なんだか眠くなってちゃった」

「寝るなよ? 仕事なんだから」

「ね、寝ませんよ!」

 

 それから山中湖畔を走り、ちょっと休憩がてら遊ばせてから河口湖に向かう。

 運転は美世に代わり、俺は後ろで仁奈とLMBGの話をしていた。

 

 

「だから、またみんなで一緒にお仕事してーです」

「全員揃えるとなるとなぁ…… だけど、やっぱりその方がやる気も出るよな?」

「みんな忙しいのはわかってるでごぜーますよ、だけど、次はみんなでライブに出よう、って約束したです」

「なら、俺も頑張らないとな」

「私もユニットでライブとかやりたいですぅ」

「お前とライブで絡む面々はなぁ……」

 

 ライブ映えする面々はメジャーユニットがあったりするし、個性が正反対だったりするのが溶け合ったユニットになるとライブではその魅力が出しにくい。

 そうなると……

 

 

「あいさん、かな……」

「おおっ! ライブドライブ再結成!」

「あいおねーさんもすげー車乗ってやがるですね」

「よく知ってるな。確か古いBMWの……」

「3.0CSですよ。真っ赤で、すごく状態もいいんです」

「なら、次のゲストは決まりだな」

「あいおねーさんはリコーダーが上手でやがりますよ」

「そうなのか。サックス吹けるとは聞いてたけど、やっぱり音楽はセンスなのかなぁ」

 

 あいさん、と年下だけど、どこかさん付けで呼びたくなるようなタイプ。他に言うなら奏だろうか? とにかくイケメンタイプの女性だ。頭もキレるし、車選びのセンスも良い。これは是非一度呼びたいところだ。

 LMBGの面々がリコーダーを教えてもらった、と嬉々として話す仁奈に相槌を打っていればそろそろ目的地だ。

 

 

「さて、次にやってきたのはオルゴールの森。まるでヨーロッパみたいですけど、ここ美術館なんですよね?」

「すげーきれーでやがります!」

「見ての通り、まるでテーマパークだが、世界中のオルゴールや自動演奏楽器を集めた美術館だ。だが、目当てはオルゴールもそうだが、パウンドケーキが美味いらしい」

「パウンドケーキ」

「ぱうんどけーき!」

 

 見事に一本釣り。とりあえず中を見て程よくお腹を好かせたところにスイーツだろう。

 本当にヨーロッパの街並みだが、その中から定番ルートと言われる有名所をピックアップして見ていく。自動演奏ピアノに始まり、ダンスホールまるごと楽器だなんて言われたときには驚いた。どういう仕掛けになっているのだろうか?

 

 

「さて、少し歩いて敷地内のカフェにやってきました。ということは……」

「パウンドケーキでやがります!」

 

 俺達の前には既に紅茶が出され、いい香りを立てているが、やはり合わせるお菓子が必要だろう。

 仁奈の声が聞こえたか聞こえなかったか、タイミングよく出てきたパウンドケーキ。

 ブルーベリージャムがたっぷりと載っているほか、中にも練り込まれているようで、甘酸っぱい香りも合わせて漂う。

 

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

 真っ先に飛びついた仁奈が一口食べると、「うめー!」と全力で喜んでいる。

 仁奈に続いて美世も一口食べると、だらしのない笑みを浮かべてから、紅茶を啜った。

 

 

「はぁ…… 幸せぇ」

「顔、顔」

「はっ! んんっ! ケーキの甘さと紅茶の渋みがいい感じに混ざって……」

「まぁ、美世の食レポは期待してないから。美味しかったか、仁奈?」

「パウンドケーキと紅茶を一緒に食べるとうめーですよ。あんまり甘くなくて大人の味でやがります」

 

 ほっぺにジャムをつけた仁奈が言えば、「将来化けるな」と思うと同時に微笑ましく思ってニヤニヤしてしまう。撮影スタッフも頬が緩んでるから、思うところは皆同じらしい。やっぱり癒やしだろ。

 

 

「仁奈ちゃん、ほっぺにジャムついてるから」

 

 美世がジャムを拭うと、仁奈もお礼を言う。その時の笑顔もまた、屈託無く、大人の汚れた心に突き刺さるのだ。

 スタッフ一同もおやつタイムを済ませると、撮影の舞台は再び道路に移る。そろそろ日が暮れるが、河口湖まで行って、日の入りを見てから宿に向かってもいいだろう。

 

 

「ちょっと遠回りしていこうか」

「遠回りですか?」

「ああ。目的地は無いが、まぁ、楽しみにしてな」

 

 スタッフには信号でメールしておくと、即座にOKが出たので河口湖の湖岸に沿って車を走らせた。

 駐車場に車を止めると、スタッフがすぐさまカメラを立てて、そのタイミングを待つ。

 

 

「よし、降りろ」

「え? なんですか?」

「美世おねーさん、みてくだせー!」

 

 夕日でオレンジに照らされる富士山。雪は無いが、その分赤めに輝くのもそれはそれでいいだろう。

 日本人とはいえ、まじまじと富士山を眺める機会はそう無いものだと思う。だからこそ、今みたいに口が開かなくなったりするものだ。

 仁奈は口の代わりに体を動かすことを選んだようだが……

 

 

「すごいですね……」

「適当な場所でもきれいに見えるもんだな」

「富士山が真っ赤でいやがりますよ…… すげぇです」

「仁奈、美世、写真撮るぞ」

「いいですね」

「みんなに自慢するです」

 

 逆行気味で薄暗い写真を撮って3人で笑うと、いよいよ今日の宿に向かう。

 西湖方面へ走ること数十分。ちょっと狭い道の先が今日の宿だった。まぁ、有名所ではないが、こぢんまりとした民宿。その一室に入るなりうあああ、とアイドルらしからぬ声を出して座椅子に伸びた美世にため息を浴びせ、早速荷物からきぐるみを物色しはじめた。

 

 

「久しぶりにガッツリドライブで疲れたぁ」

「最後にドライブに出かけたのはいつくらいですか?」

「んー、春先くらいだったかなぁ。一人でふらっと千葉行って海鮮丼食ってきた」

「プロデューサーはいつも一人でやがりますか?」

「ああ、悲しいけどな。最後に隣に人乗っけてドライブしたのなんて…… 大学のときか」

 

 カメラも回る夕食の席。少しばかり酒も出ていい感じだ。メニュー自体はこれといった特色も無いが、殆ど山梨県内で取れた食材を使っているそうだ。

 んで、最後の助手席に人を乗っけたドライブは大学卒業直前の暇な時期。留美と二人で当時乗っていたワンエイティでドライブに出かけて、それが最後。酔っ払った大人組を隣に乗せて送ったのがドライブならば、先週末に友紀を乗せたが…… あれはどちらかといえば載せるという表現が正しい気がする。

 

 

「プロデューサーの大学時代ですか、どんな車乗ってたんですか?」

「白いワンエイティだよ。一度ぶつけて顔面をS13にしてな」

「シルエイティですか?」

「そうそう、それで留美にしこたま怒られ…… あ、」

 

 ジト目で睨む美世、そしてスタッフからも殺意のこもった目線で睨まれる。救いを求めて美世の隣、夕飯もモリモリ食べていた仁奈に目線を移すも……

 

 

「寝てるよ……」

「プロデューサー、釈明は」

「はい、現在進行形で清く正しいお付き合いをさせていただいております」

 

 俺の選択、それは留美と縒りを戻すものだった。おかげで川島さんに泣かれたが(それも楓さんと片桐さん、ナナさんの目の前で)食事くらい行ってこい、という留美の提案もあってなんとか宥めすかした。

 そんなこともあったが、事務所の中では今までと変わりなく接するし、仕事でも変わりない。

 

 

「へぇ、今西部長には」

「報告済であります。デビューして間もないこともあって、ダメージは少ない、と」

「周囲は」

「川島さん達ごく一部しか知らないので騒がれてません」

「同棲は」

「いえ、時々泊まりに行く程度です」

 

 その後も美世による尋問は続き、真っ白に燃え尽きてから俺にあてがわれた部屋にで死んだように眠った。

 翌日。なにも知らない仁奈はフル充電完了と言わんばかりの元気を振りまいているが、俺は精神的にヘロヘロだ。

 美世の運転でこの旅最後の目的地、富士急ハイランドにやってきた。目的は絶叫マシンではなく、ゆるめのアドラクションなのは言うまでもない。

 

 

「え、私アレ乗るんですか?」

「ああ。仁奈と俺は向こうに居るから、楽しんでこい」

『え、ちょっ、プロデューサー!」

 

 スタッフ数名によって美世は強制連行の上、絶叫マシンへ。俺の細やかな復讐、ではなく、野郎が叫ぶより女の子が叫んだほうがいいだろ? そういうことだ。

 

 

「よし、仁奈。俺らはあっちだな」

「観覧車でやがります!」

 

 そして、昼過ぎには社用車のプリウスに乗り、一路事務所へ向かうのだ。カメラも回っていない事もあって仁奈も美世も後ろで爆睡。俺はガムを口に入れると少しだけオーディオの音量を上げた。

 

 

 ウッキッキーのキ!



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sp1

熱が冷めないうちに、とは思いながらも、イベントを文字に起こすのって難しくて1700文字で挫折。


 車好きが年始にやること。

 愛車を洗車して、徹底的に磨き抜いて、コーティングして、おせち食って、駅伝の大会車は何かを確認したらネットで東京オートサロンのチケットを買う。

 簡単だ。

 だが、今年はちょっと違う。オートサロンだけと言わず、この手のショーで車とともに華を添えるキャンギャル。その一人が俺の隣にいるのだ。

 

 

「どうして私がこんな……!」

「そう拗ねるなよ。露出が多いわけじゃないんだし。美世なんてエロっエロの超短いスカートとへそ見えるようなトップスだぞ? それに比べればなんぼかマシだろ」

「そうだけど、あんないやらしい視線に耐え続けるなんて苦行よ!」

 

 年明け、1月の半ばに幕張メッセで行われるチューニングカーの祭典、東京オートサロン。多種多様なチューニングカーと、多種多様な衣装のキャンギャル。それに群がるカメコ。

 東京モーターショーの人が生み出す喧騒とは違い、各ブースでターンテーブルを回し、車に積まれたスピーカーで会場が震える。そんな所だ。

 ウチのプロダクションからは美世を始めとした数人がキャンギャルとして派遣されている。特に、業界で名のしれた美世は有名アフターパーツメーカーに名指しで指名され、キャンギャルに加えてトークショーもやる事になって大忙しだ。まだ本人には伝えてないが、すごい額のギャラになっている。

 

 

「まさか私が撮られる側なんて……」

「今までライブだのなんだので見られるのには慣れてるだろ?」

「それとこれとは違うのよ!」

 

 留美は輸入車をメインターゲットに据えたホイールメーカーのブースに立つことになっている。

 メーカーのキャラクターもあって、落ち着いた真っ黒いドレスを着る事になっているが、そういう問題ではないらしい。

 俺は良いと思うんだけどなぁ? まぁ、俺の女があのギラついたいやらしい目に晒されると思うと、多少は思うところもあるが、これも仕事だ。

 ちなみに俺は346プロのブースで『美世のDrive Week』のDVDを売ることになっている。俺のポルシェはそこでの展示物と言うわけだ。まぁ、車2台分ほどの小さな壁際のブースだから、人も少ないだろうし、車は完全に囲って触らせない。今日のために経費でフィルム貼ったりもしている。傷は付けたくないしな。

 

 

「時間が空いたら見に行くからよ。頑張れ」

「もう!」

 

 車の搬入を済ませ、留美の行くブースや、346のアイドルがいるブースに挨拶して周り、最後に346プロのブースを軽く支度すると事前準備はほぼ終了。今日から1週間は近くのホテルから通うハメになる。まぁ、スーツじゃないから荷物は少ない。留美のを含めてもポルシェに積めたからな。

 準備さえ終えてしまえばあとは会場内をフラフラしてからホテルに戻ってぐっすりだ。

 翌朝は金曜日の特別公開日。プレスデーというわけではないため、一般の客もそこそこ来るが、土日程じゃない。売り物をメインにしているブースでは客引きもそこそこに、と言った感じだ。

 

 

「日比谷さん、おはようございます」

「おはようございます! ブースの方はいいんですか?」

「ええ、スタッフも居るし、お客さんも多くないからね」

 

 ブースに顔を出してくれた湖山さんと少し喋ってからまたパイプ椅子に座ってぼさっとする仕事が始まる。

 時折お客さんが来たり、メディアの方と名刺交換したり、暇はしなかったが、忙しいわけでもなかった。休憩時間に留美がランボルギーニの隣でクールな笑みを浮かべる(本人はただ緊張してるだけだ、アレは)のを写真に収め、次に向かったのはのあ……さんが居る高級車向けのエアロを売るメーカーのブース。そこで他のキャンギャルと派手なフェラーリを挟んでポーズを取っていた。これも写真に収めて、時間的に最後に向かったのは亜紀がいるブース。国内、海外問わずSUVを扱うメーカーで、大柄な車に囲まれても埋もれてないあたりは流石と言うべきだろうか?

 今日回れなかったところは明日明後日で回れば良いし、と思ってブースに戻ると、またニコニコしながらDVDを渡す作業に戻った。

 

 ちなみに、この時撮った写真を携帯の壁紙にしていたら、留美が恥ずかしそうな、嬉しいような可愛い反応をしやがったのは俺と見ていた数人だけの秘密だ。

 



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ep9

正直、レースしないと(間接的に)言った手分、この話は迷った。サーキットだからいいや、と自己完結。
たぶん次は菜々さんの時期愛車選びになると思います


 #0 Production meet motorsports

「メディア対抗レース、ですか?」

「ああ、秋に筑波でやってるアレだ。それに湖山さんから誘われてな。事務局に聞いたら、346プロとしても車番組の実績はあるし、華も添えられるからむしろウェルカムだと」

「で、まだ春先ですけど、なんでこんな早く?」

「湖山さんから誘われて、事務局に問い合わせたのが先週。んで、常務がやれって言うから、事務局に問い合わせたら、『出るなら、せっかくだからステージやってくれない?』って話があったのが昨日だ」

「はぁ」

「免許持ってるアイドルを2人選んで、限定解除とライセンス取らせて、事務所のアイドルほぼ全員の予定を開け、先方と予定を詰めなきゃいけない」

 

 ほぼ半年先のメディア対抗ロードスター4時間耐久に出る事にした。だから、出場ドライバーとして、番組の演者として、美世と俺は決定。そして、常務がぜひ走りたいと言うので3人は決まってる。

 残りの2人だが…… サーキットを走った経験のあるアイドルなんて美世くらいしか居ないし(幸子は走ったな、足で)、となると、免許持ってる20歳以上で、この一発の度胸がある人。ただ、燃費レースの面もあるため、冷静な走りも求められる。

 

 

「あいさんか?」

「んー、確かにそんなイメージありますね。のあさんなんかはほぼ一定のペースで淡々と走りそうですし」

「だがなぁ」

「なんですか?」

「なんかこう、パッションな感じがほしいわけよ」

「パッション、ですか……?」

 

 クールな走りも確かに美しいが、お祭りレースだ。意外なところで沸かせる走りもほしい。たとえ、ミスったとしてもだ。

 

 

「よし、友紀とナナさんだ」

「はぁ!? 友紀ちゃんはまだわかりますけど、ナナさんですか?」

「ナナさんだ。ちゃんとウサミンで走ってもらおう」

 

 そして始まるライセンス取得への道。ピットクルー含むエントラントは全員国内Bライ以上、ドライバーは国内Aライ以上が求められる為、免許を持つアイドルは全員筆記だけで取れるBライを取らせた。

 だが、難しいのはAライを求められるドライバーだ。

 美世と俺はBライは持っていたものの、Aライは無い。そのAライ取得の為には1回以上競技(サーキットトライアルなど)を完走する事が求められる。

 なので、Bライ(筆記のみ)→競技に参加→Aライ(筆記、実技)と言う流れを踏まなければならない。

 最も、最近はBライとAライを1日で取る講習会もあるくらいだから、ハードルは高くない。

 そして、同時進行で常務の趣味だと社内で批判も受けた予算うん千万級プロジェクト、「346RacingProject」がスタートしたのだ。

 予算がそんなに掛かった理由? 常務が車買ったからだよ。他にもFIA規格のレーシングスーツ初め、装備を特注して、レースクイーンの衣装まで発注しちゃってさ。俺が一番驚いてる。だって、番組の企画のつもりで上に申し立てしたらこんなに大事になっちゃってさ。

 レースに出るアイドル。素敵だろ?

 

 

「サーキットって初めて来たけど、やっぱ広いねー!」

「こんなテスト受けるの何年ぶりでしょうねぇ……」

「ナナさん」

「ハッ! そそ、そうです。永遠の17歳――」

「は免許も取れませんよね」

「プロデューサー、ナナはもうダメです。ウサミン星に帰るのです」

「ナナさん、心をしっかり!」

 

 というわけで、Aライ取得組の常務を除いた4人は、日本が誇る国際サーキットである、富士スピードウェイに来ている。

 ここを選んだのは、国際規格だけあって、広い。つまり、万が一コースオフしても壁にぶつかるまでに止まれる。あとは、人がいても避けやすい、避けてもらいやすい。東京から近いってのも大きいところだ。

 

 

「お、受付始まったぞ」

「じゃ、一発やりますか!」

「ナナさんも頑張ってくださいね」

「はいぃ〜」

 

 ライセンス無しの2人を送り出してから俺と美世は軽く軽食をつまんで時間を潰すと、俺らも受付を済ませて教室へ。

 少し遅れてBライを取ったばかりの2人と合流すると、ざっと教室を見回す。50人ほどいるだろうか?

 それから2時間ほど、休憩をはさみながら様々な規則についての講習を受けると、昼食の時間だ。

 仕出し弁当を食べて少しゆっくりすると、午後のサーキットトライアルの講習(ブリーフィング)が始まった。

 

 

「先程の講習でもありましたとおり、ルールを守って、スポーツマンシップに乗っ取り、何よりも安全運転て楽しんでください」

 

 そんな言葉を受けてから車に戻ると、装備品と車のチェックを受けてコースに入る。

 今日はもちろん、各々の車なので、俺はポルシェ、美世はロードスター、ナナさんはノートだ。

 なんだかんだで初めて見る友紀の愛車はインプレッサだった。もちろん、WRXじゃない普通の。

 誤作動すると困るのでアイサイトの切り方だけ教えて4台もコースに入る。

 やはりというべきか、俺と美世は他のスポーツカーが並ぶ前方へ誘導され、友紀とナナさんはファミリーカーが集まる後方へと誘導されていた。

 そして、ピットからぞろぞろと出て行く車たち。こういう時にこんな車(ポルシェ)に乗っていると優越感に浸ってしまうのは俺だけじゃないはずだ。

 15分間の走行枠の中で50台がひしめくのだから、いくら広いコースとは言え、クリアラップは望めない。だから一周目で一番時計を狙うべく、2周のウォームアップの後、ステアリングに付いているスイッチを押してから、最終コーナー立ち上がりでアクセルを底まで踏み込んだ。

 420psのパワーをフルに使うと約1.5kmあるストレートエンドで250km/hを超える。そこからフルにブレーキを踏み込み、ターンイン。立ち上がりでミラーを見ると、ついてきてるのは"いかにも"な車数台。

 

 

「GT-Rとポルシェ、バリバリにいじってあるセブンか。一番後ろにワゴンRが居たとは思えねぇな」

 

 そのままやる気のあるメンツがペースを上げ続け、バックマーカーのミニバンを抜いたあたりから混み始めたためにペースダウン。最終コーナーで美世のロードスターの後ろに着けてからストレートでオーバーテイクすると、ちょうどチェッカーフラッグが振られていた。

 

 

「大人気ないですよ、プロデューサー」

「本気で走りたくなるのが性だろ」

「最終コーナー立ち上がりで高そうな車がひとかたまりでバブーン、ですよ? 何キロ出したんですか?」

「多分、250は出したな」

「うへぇ…… 私なんて怖くて怖くて」

「おや、ナナさん……」

 

 パドックに戻ってきたノートとインプレッサ。降りてきた2人がヘルメットを脱ぐと対照的な表情が露わになった。

 

 

「死ぬかと思いましたよ!」

「いやー、楽しかった! またやりたいね!」

「予想通りの反応で安心したわ」

「友紀ちゃんは楽しめたようで何よりです。ナナさん、大丈夫ですか?」

 

 ぜーはーと、肩で息をするナナさん。追い抜いた感じでは、ペースはそこそこまあまあ。決して遅いわけでは無かったし、抜かせるのも上手いように見えたが、本人は気が気じゃなかったようだ。

 友紀は、正直想像以上のペースてかっ飛んでた。だって、インプレッサスポーツでシビック追い回してたからな。

 受付でリザルトを受け取ると、出走53台の内、トップタイムは俺、2分は切れなかったが、初めてにしてはまずまずだろう。そこからGT-R、GT-R、RX-7、ケイマンと続き、国産スポーツカーたちの群れの中に美世の名前を見つけた。23位、2分25秒? 速くね?

 そこからあまり開きがないところに友紀、32秒ってマジっすか。ナナさんはファミリーカー軍団の中盤。全体では46位につけていて、3分を切れていたから重畳だ。

 

 

「最後は試験だ、旗の意味がわかればほぼ受かるらしいし、さっきも黄旗でたけど誰もペナルティ受けてないから大丈夫だな」

「黄色はストップ、赤ならバックホーム、でしょ?」

「ま、まぁ、その認識で大丈夫だ」

 

 野球で前のランナーを抜くことはないし、大丈夫だよな?

 俺の不安も杞憂に終わり、夕方の結果発表は全員無事に合格。証明書を受け取った。

 余談ではあるが、サーキットトライアルの際にカメラマンが居たらしく、証明書を受け取る際に走行中の写真も貰えた。そこでナナさんの車を見ると、横転するんじゃないかと言うほどロールして(受付のお兄さんも倒れそうだと笑っていた)、イン側のタイヤが浮いていた。それを見たナナさんが顔を青白くさせていたのも見ものだった。

 その後に「転ばないクルマ」がほしい、と相談を持ちかけられたので、いっそのことDrive Weekの企画として「安倍菜々の車選び」ってのもありかもしれない。あ、でも17歳だからだめか。

 

 

「日比谷君、少しいいか?」

「はい、なんでしょう」

「先日頼んだ車が出来上がったそうだ。手が空いているようなら引き取りに行ってもらいたいのだが」

 

 予算の半分を食うモノ。常務が役員会の反対を押し切って購入したアクア。それにロールケージや消火器などの各種安全装備や競技に必要な物を装備し、車体をフルラッピング。

 今後はワンデイラリーを中心に参加する計画だという。

 責任者として今西部長の名前がついてるあたり、もうやる気しか感じられない。

 

 

「ええ、今日の業務も終わりますし」

「済まないな」

 

 予定表では車両の半完成が今日。シェイクダウンテストとして週末のラリーイベントに俺と武内さんて参加して車両をテストしてからラッピングに入る予定だ。

 シンデレラプロジェクトの事務室に顔を出し、ソファで寛ぐ留美を見つけると、足を頼むことにした。

 

 

「346レーシングねぇ…… おかげでBライ講習受けに行かなきゃいけなくなるなんて思わなかったわ」

「そりゃ、免許持ってるのが数えるほどしか居ないし」

「数えるほどしか居ないアイドルでよく回そうと思ったわね。瑞樹さんや楓さんなんて、トップアイドル中のトップアイドルなのに」

「まぁ、その一方で美波みたいに自費でいいから、って公認審判員まで取ったのもいる。車に乗るならJAFの会員証代わりって事でいいんじゃないか?」

 

 留美のBMWは外見はちょいワル、エキゾーストもそこそこうるさいが、乗ってみると車高調も見た目低さからは想像できない乗り心地のよさ。外から聞けば結構な音量のエキゾーストも、バルブを開閉して音量が調整できる上に、車内には心地良い音を響かせる。

 

 

「はぁ、呆れた。ホント、車バカ」

「俺のせいじゃないぞ」

「発端は貴方」

「そ、そうだけどさ。まさかここまで大事になるなんて」

 

 呆れられつつ、車を頼んでいたショップに着くと、店先に白いアクアが止められていた。シリーズ規定の位置にステッカーも貼られ、少し上がった車高とマッドフラップのおかげでちゃんとラリーカーに見える。

 

 

「こんにちは、美城プロです」

「お待ちしてました。ラリーチャレンジとJAFのレギュレーション範囲内でできることは全部やってます」

 

 2人で店内に入ると、先ずはキーを返され、各種書類を揃えて手渡されると車両説明に移った。

 基本的には安全装備の追加以外は大きな変更も無いので、キルスイッチと自動消火装置の取り扱いの説明を受けてバケットシートに体を収めた。

 なんか目の前の光景はほぼ社用車のアクアと変わらないのにバケットシートって凄く違和感が……

 軽くポジションを合わせてから車内にある消火器の位置や、ラリーコンピュータの使い方も教えてもらい、書類にサインすると乗って帰るだけだ。

 

 

「何時くらいに帰る?」

「んー、武内さんと軽く週末の打ち合わせだけして行きたいからな。そこまで遅くならないと思うけど」

「わかった」

 

 真っ白いラリーカーにスーツで、というのもシュールだが、それでまた事務所まで戻らなければならない。

 そして、戻ったら戻ったで常務に報告を済ませて武内さんと打ち合わせ、と言うなのおしゃべりだ。

 駐車場に止めたアクアラリーカーをくるくる見回しながら、新しいおもちゃをもらった男の子(ちひろさん談)のように色々いじってみたりしている。

 

 

「エントリーは済ませてありますので」

「ありがとうございます」

「約束通り、ドライバーは私が。日比谷さんにはコ·ドライバーを」

「はい。荷物は汚れモノと工具、タイヤはアクアに」

「それ以外はプリウスに積みましょう。テントは事務所の物を使っていいと部長から」

「それってマズイんじゃ?」

「ティザー広告のような効果を狙うそうです。なので、エントラント名も『頑張るプロデューサー社用車アクア』にしました」

「えっと、そのネーミングは誰が……」

「――その……」

 

 武内さんは、首筋に手を回し、少し困った顔をしてから、その名を明かした。

 

 

「――千川さんです」

 

 

 

 #1 Producers meet motorsports

 

「おはようございます」

「おはようございます。今日は和久井さんの車なのですね」

「ええ、アレは荷物が積めないんで……」

 

 留美のM4を借りて出社すると、午前はいつも通りの業務。昼からは戦いの地、長野へ移動だ。

 遊んでいるようだが、これで給料が出るから恐ろしい。

 武内さんも楽しみにしているようで、いつもよりも動きがフワッとしていた。

 目聡いアイドルにバレて「午後から長野に」とか言うせいでお土産を買って帰らなければならなくなった。まぁ、何もなくても買って帰るつもりだったけどさ。

 

 

「忘れ物はありませんね」

「はい。3重チェックしたでしょう?」

「そうですね。では、私が前を」

「お願いします」

 

 東京からおよそ3時間。長野県の木曽町は県西部の木曽郡の中心にある。

 美しい山を望み、日本一美しい村連合にも選ばれているとか。そんなところを爆走するのが今回のラリーだ。

 お土産を買ってから宿にチェックインを済ませると、部屋につくなりルールブックを頭に叩き込む。

 それから食事、風呂と済ませて早めに寝ることにした。

 翌朝、時間に余裕を持ってサービスと大会HQが置かれる公園に行くと、指定場所でテントの設営。

 広げたテントは白地に346プロのロゴが入ったもので、大きさもあってファンの手作り品とは言い難い。

 隣に止めた社用車もあってバレバレもいいところだろう。

 そのテントの下にアクアを止めると、受付が始まったようだったので、エントリーを済ませてSSの場所などを示した地図のリエゾン区間のコマ地図、タイムスケジュールなどを受け取って準備をはじめた。

 6つのSSから構成され、4つのターマックステージと、2つのグラベルステージから成る。

 今回は車のシェイクダウンでもあるので、ターマック重視の浅溝タイヤを選ぶことを決めると、早速作業をはじめた。

 それから、しばらくするとレッキが始まる。簡単に言えばコースの下見だ。そこでペースノートと呼ばれるコースのメモ書きを作るのだ。

 

 

「R3 50 R5タイトゥン」

 

 こんな風にドライバーがコーナーの角度や路面状況などを告げるのをコ·ドライバーがノートにメモって、実際のアタックの際にはこれを読み上げ、それを元にドライバーは全力アタックというわけだ。

 つまり、息を合わせて正しい情報を読み上げるのが大事というわけだ。その情報の元になるレッキが重要なのは言うまでもない。

 武内さんが淡々と告げる言葉をペースノートにメモりながら、ラリータイマーのトリップメーターと景色もチラ見する。

 そしてゆっくり走り続けたレッキを終えて、サービスに戻るとスターとの時間までにペースノートを清書し、武内さんと最後の打ち合わせだ。

 

 

「リエゾン間の時間は余裕のあるスケジュールが汲まれているので法定速度でゆっくり走っても大丈夫です。ドラミで主催者の方もおみやげ買う時間あります、って言ってましたし」

「そこは日比谷さんのナビを信じていますから。今日の私はただ走るだけですね。車を壊さない程度に、ですが」

 

 そして、セレモニアルスタートのゲートをくぐった。

 SS1。狭いターマック。我らが社畜アクア……じゃなくて、社用車アクアは当然ながら無事故無違反、ハイペースでかっ飛ばし(武内さんパネェよ、1.5車線道路100うん十km/hでかっ飛ばすんだぜ?)SS1をクラス3位、全体47位に付けた。

 どうもポテンシャル的には1.5Lヴィッツと同じくらいのタイムが出せるらしい。流石に86には敵わないが。

 

 

「少しリアの粘りが足りない感じがあります。高速コーナーで流れ気味です」

「ターマック向けに固めたのをやりすぎましたかね。昼のサービスですこし戻してみましょうか」

「そうですね。あ、そこ右です」

 

 コマ地図を頼りに次のSSへと向かうと、今度は広い空き地に特設されたグラベル混じりのSSだ。

 ターマック区間は広い道路で車速も上がるが、グラベル区間はまるでダートトライアルのようにパイロンを縫う走りを求められるのでタイムが伸びにくい。

 

 

「5,4,3,2,1,ゴー。R1 オープン」

 

 スタートはモーターのトルクを活かした強烈なダッシュを決められるアクア。他の参加者曰く、スタートから100mは86より速いらしい。そして、気がついたのはヴィッツと差がつくのはコーナーだということ。

 車重とパワーの差もあって、全体的に遅いアクアはどうしても林道メインのラリーでは不利になりがちだ。

 そこは武内さんがきっちり速度を落としてタックイン、そこからのモーターダッシュでストレートの遅さを補ってなんとかアマチュアのヴィッツと同等かすこし遅い程度のタイムで走っている。

 

 

「ラスト、ギャラリーステージです」

「グラベルですか。ここで持ちこたえれば」

「クラス2位ですね。後ろとのギャップは15秒ありますし、なんとかなります」

 

 そして、スタート。派手に砂埃を上げて地面を蹴り出すと、すぐさまパイロンをターン。直角コーナーが多く、サイドブレーキも使えないこの車はつらい。

 だが、そこをなんとか走り抜き、計測区間を走り終えてチケットを渡すと、サービスに戻った。ゴールしてからここまで無言。

 

 

「お疲れ様でした」

「あとは結果待ちですね。ん、あれは……」

 

 ウチのテントで女の子が、というより、美世がちゃっかり折りたたみイスを広げて寛いでいた。その横に車を停めると、お疲れ様でした、といつも以上にテンションの高い声が聞こえた。

 

 

「最後のギャラリーステージだけでしたけど、武内プロデューサー凄いですね! 下手な86より速かったんじゃないですか?」

「いえ、そんなことは……」

 

 首筋に手をやる武内さんも、内心満更でもないだろう。それから美世が客寄せパンダになったこともあり、数人からの写真撮影などに応じながら結果発表の時間になると、HQに向かう。人だかりの後ろから、壇上に上がる主催者の挨拶を聞き終えると、まずは総合表彰から始まった。

 もちろん86が上位を占めたあとにクラス別。アクアのクラスはだいぶ後だ。

 

 

「やはり緊張しますね」

「今回はリザルトよりも完走することが目的でしたけどね。でもまぁ、結果を出したくなるのが性でしょう」

「でしょうね。柄にもなく興奮しています」

 

 ついに自分たちの出たクラスになると、心なしか背伸びしてしまう。

 

 

「それでは、アクアワンメイク、Cクラスの結果を発表してまいります。第3位からまいります――」

 

 いよいよだ。ざわめきが収まると、主催者のオッサンが3位のチームを呼んだ。俺らではない。

 武内さんはなんとも言い難い顔だ。

 

 

「第2位、『頑張るプロデューサー社用車アクア』武内、日比谷組! 壇上へどうぞ!」

「やりました」

「上出来ですね」

 

 1位のチームも呼ばれると、盾と記念品を渡され、短いフォトセッション。美世がスマホで撮った写真があとから送られてきた。

 オープンクラスの結果も聞き終えると、町長さんの挨拶でワンデイイベントは閉幕した。

 クラス2位、総合39位でイベントを終えて、美世の手を借りながら片付けると一路東京へと向かう。帰りにSAで釜飯を食べるためにわざと遠回りしたりしたが、いい旅だ。

 

 

「なるほど、素晴らしい結果だったな。よくやった」

「「ありがとうございます」」

「プロジェクトのいい弾みになっただろう。今後もスケジュールどおりに動いていこう」

「はい」

「車は既にラッピングに回ってます」

「来月末、全日本ラリーとの併催イベントでデビューだ。ドライバーは川島、高垣の2人で行く」

「連絡済です。ステージの方もセッティングしてあります」

 

 こうして着々と346Racing Projectは進んでいくのだ。

 しかし、あのど派手なアクアには乗りたくねぇなぁ…… 誰に車を取って越させるか。




タイムは富士スピードウェイ公式ホームページのタイム一覧参考にしてます
そこそこ現実的なタイムじゃないかな、と。


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ep10

 #1 Idols meet cars 〜安部菜々 片桐早苗 高垣楓の場合〜

 

 

「転ばない車」

「あんな写真見せられたら怖くてノート君に乗ってられませんよ!」

 

 プロデューサーに言われるがままにライセンスを取りに行ったサーキット。そこで貰った写真を早苗さんと楓さんがどこか(間違いなく日比谷Pだけど……)で見たらしく、笑いに来たのがついさっき。

 

 

 

「早苗さんにはわからないんです! 車ごと視界が傾く恐怖が!」

「わかりたくもないかなぁ……」

「それで新しい車が欲しいと。それこそ日比谷プロデューサーに相談すればいいんじゃないですか?」

「プロデューサーに相談なんてしたらどんな車を買わされるかわかりませんよ」

「その辺はちゃんとわかってると思うけど」

 

 日比谷プロデューサーには悪いけれど、車を買い替えてから精神年齢がだいぶ逆戻りしてる今では間違いなく高いスポーツカーを勧められるだろう。だけど、ほとんど車に乗らないから、高い車を買っても宝の持ち腐れみたいに思えてしまうのだ。

 

 

「おはようございます、今日は川島さんはいらっしゃらないのですね」

「武内プロデューサー。おはようございます」

「おはよう、プロデューサー」

「おはようございますっ!」

「日比谷プロデューサーがダメなら武内プロデューサーは?」

 

 そして武内プロデューサーを巻き込んで私の愛車選びが始まった。

 武内プロデューサーはこういうの苦手かな、と思っていたけれど、「私で良ければ、お力になります」と言ってくれたので楓さんと早苗さんが巻き込んだのだ。

 

 

「なるほど。先日サーキットで…… 日比谷さんから写真を見せてもらいましたが、確かに怖い経験でしょうね」

「そしたら菜々ちゃんったら買い換える、ってさ」

「ノートは重心も高いですし、そもそもサーキット走行を視野に入れられていませんから、仕方ないかと思います。安部さんは求める条件などはあるんですか?」

「コンパクトカーがいいですね。大きい車はちょっと怖いので。それに、あまり乗ることもないので」

「税金なども安いですしね。今の車とあまり変わらないサイズで候補を上げてみます」

 

 そういったプロデューサーはしばらくタブレットを叩いて、いくつかページを開いてテーブルにおいた。

 隣の早苗さん、向かいの楓さんも揃ってタブレットに視線を向けると、プロデューサーが営業マンのように車の紹介を始めた。

 

 

「まずは現行の日産ノートです。e-Powerと言う電気自動車で有名ですね」

「CMで見たことありますね。菜々さんにそれを?」

「いえ、少しヤンチャな見た目ですが、普通のガソリンエンジンのnismoと言うチューンドモデルを提案します。女性的見た目とは言い難いですが、日常からサーキットまでをカバーできる車だとおもいますよ」

 

 ホームページを見ると、白いボディに黒いエアロパーツ。赤いワンポイントがちょっと派手な(日比谷プロデューサーが前にこんな色の車乗ってなかったかな?)ノートの写真が並ぶ。

 たしかに武内プロデューサーの言うとおり、ヤンチャな見た目で、女の子っぽいとは言い難い。これはちょっとパスかな?

 普通のモデルは正直パッとしないし、ノートは今回ナシかな。

 

 

「あまり派手な見た目はだめですか。予想はしてましたが」

「やっぱりこう、普通というか…… あんまり女の子女の子してるのもアレですけど」

「なるほど。それである程度のサーキット走行にも耐えられるとなると、国産車では難しいですね。輸入車でも難しいですが…… やはり走れる車というのはどうしても男性向けになりがちなので」

「それはわかってはいるんですけど……」

 

 開いていたタブを全部消してから、フォルクスワーゲンのホームページを開いたプロデューサーは、ラインナップから迷うことなく一台を選ぶとページを私に見せてきた。

 

 

「例えば、このフォルクスワーゲンポロですと、車両の値段は国産の同サイズの1.5倍近くなってしまいますが、それなりの質感の高さになると思います」

「この青、きれいな色だね。菜々さんの車も青いし、良いんじゃない?」

「本当。エアロもあまり主張してないし、良いんじゃないかしら」

 

 見た感じは悪くない。あくまで写真の印象だから実車を見たら変わるかもしれないけれど。

 ノートNISMOみたいに「やる気」があるような見た目ではないし、かと言ってチープにも見えない。値段を見て、少し気になりはしたものの、武内プロデューサーの言うとおり、国産車の1.5倍くらいだ。

 その後も楓さんと同じ、ベンツやBMW、アウディなんかも勧められたので、今度楓さんと早苗さんの三人でディーラー巡りに行くことになった。

 早苗さんは今の軽自動車からの買い替えらしい。なんでも「そろそろまともな車に乗らないと、『片桐早苗は貧乏だ』って言われそう」とのこと。

 私もあのボロアパートから引っ越さないとだめかなぁ……

 

 

「菜々さん? ウーサミン?」

「はっ、はいっ!?」

「大丈夫? ぼーっとしてたけど」

「いえ、なんでもありませんよ! ちょっとお引っ越しを考えてただけですから」

「え、菜々ちゃん引っ越すの?」

 

 墓穴掘ったらしい。今度のオフは自動車屋さんに加えて、不動産屋さんまで見に行くことになりそうだ。

 プロデューサーは住宅手当についての資料をどこからともなく取ってくるし、外堀埋まっちゃってますよー!

 ため息をお茶で飲み込んでからカフェのシフトに入るべく席を立った。

 

 それから数日。なんとかオフを被せて楓さんの運転でまずは車屋さん。武内プロデューサーは丁寧に最寄りのディーラーをピックアップしてリストにしてくれていたので、ナビに住所を入力すればあとは楓さんにおまかせだ。

 しかし、ベンツというと高級車のイメージがあったが、こんな小さい車(と言っても3ナンバーだけど)もあったんだ。

 プロデューサーのおすすめリストには無かったけど、結構いい感じだ。

 

 

「菜々さん、そんなにキョロキョロしちゃって。そんなに気になりますか?」

「えぇ、まぁ。今まで何も気にしなかったのに車買おう、って思ったらいろいろ意識しちゃって」

「あー、わかるわかる。普段なら『とりあえず生』って言えるけど、いざ飲もう! って思うと何飲むか悩むよね」

 

 ちょっと違うかな? まぁ、そこまで違わないような気もするけど。

 何はともあれ、とりあえず一軒目。フォルクスワーゲンのディーラーに付くと、若い女性スタッフが駆け寄ってきた。

 きれいなショールームに置かれた車を横目に眺めつつ、「ポロを見に来た」と言うと、テーブルに案内され、カタログを手に話が進んだ。

 

 

「ブルーGTですか。正直に言うとあんまり良い車じゃないんですよ。すこしギクシャクするアクセルとか、硬い乗り心地とか。男性のお客様には一定の人気はあるんですけど」

「はぁ」

「ブルーGTでしたら、ハイラインか、車格は一つ大きくなってしまいますが、ゴルフのコンフォートラインをおすすめしますね」

「ほぅ」

「よろしければポロとゴルフ、ご試乗されますか?」

「はい、お願いします」

 

 店先に用意された車に乗ると、シートとハンドルの位置を合わせていざ出発だ。早苗さんは楓さんとショールームに残って車を見ているらしい。

 5分や10分の試乗とはいえ、実際にあちこち触って、乗ってみるのは大事だとプロデューサーからも言われていたのでナビをいじって(これはオプションらしい)信号待ちからすこし気合を入れた加速をしたりしてみたりした。

 近所を一周してから、今度はゴルフに乗り換える。

 やっぱり大きい分広く感じる。基本的な操作感はあまり変わらないのは同じメーカーだからかな?

 走り出して感じるのは車の重さ。良く言えばどっしりしていて、安定感がある。悪く言えばかったるい。さっきのポロと同じエンジンらしいが、大きくなった分辛くなるのは仕方無い。

 

 

「うーん」

「どうだったの?」

「どっちも悪くないんだけど、なんかこう、ピンと来ないというか……」

「とりあえず見積もりだけもらって次にいきましょうか。今すぐに買わなきゃなくなるわけでもありませんし」

「そうですね」

 

 再び楓さんの運転で次なるディーラーへ。

 フォルクスワーゲンは早苗さんのお眼鏡にも叶わなかったらしく、スマホを見ながらうんうんと唸っている。

 ぼけーっと外を眺めていると、大きな中古車屋さんが見えたので、道路沿いに置いてある車を見ると、私の感性にティンと来る何かを見つけた。

 

 

「楓さん、さっきの中古車屋さんを見たいんですけど」

「え? いいですけど、何か気になる車でもありました?」

「はい!」

 

 ところ狭しと並ぶ車からお目当ての1台を見つけると、早速見て回る。窓についているプライスタグはまだ見ない。

 

 

「左ハンドル……」

「それもマニュアルだね、これ」

「菜々さん免許は」

「普通にMTも乗れます。多分」

 

 白いボディ。雫形のヘッドライトに盾の形をしたフロントグリル。そこに付くエンブレムは十字とよくわかんない蛇っぽいなにか。

 

 

「くあどりふぉりお?」

「四葉のクローバーついてますよ。かわいいですね」

「ちょっとやる気のある感じは否めないけど、どうなの?」

「これくらいなら…… 黒いホイールはアレですけど」

 

 目の前に佇む車はアルファロメオ ジュリエッタと言うらしい。新車価格は400万以上だ。ん? オートマ? 目の前にある車はマニュアルだけど……

 

 

「楓さん、これちょっと見てください」

「メーカーのホームページですか?うわぁ、430万もするんですね」

「そこじゃなくて、これです、これ」

「アルファTCT? なんですか、それ?」

「どうもオートマらしいんです。新車なら」

「武内プロデューサーに聞いてみましょうか」

 

 時間も時間だったので、すこし迷惑かと思いつつ、プロデューサーの携帯にかけると、いつも通りワンコールで出てくれた。

 

 

「おはようございます。今日は車選びのはずでは?」

「その車選びで相談が……」

「そうでしたか。ちょうど日比谷さんも居ますし、スピーカーにしますね」

 

 武内プロデューサーが日比谷プロデューサーを呼ぶ声が聞こえると、外の音が入るようになった。

 

 

「ナナさん、おはようございます、日比谷です。車買うなら言ってくれれば付き合ったのに」

「日比谷プロデューサーは見境なくスポーツカー勧めるでしょう?」

「まさかぁ、ちゃんとその人に合った車を勧めますよ。武内さんに聞きましたけど、コケないコンパクトカー探してるらしいじゃないですか。俺なら武内さんと同じく、ポロのブルーGTを勧めますね」

 

 意外と、と言っては失礼だが、日比谷Pにも良心はあったらしい。さっきのディーラーの店員さんの言うとおり、ブルーGTは男性ウケはいいようだ。

 

 

「さっきフォルクスワーゲンでポロとゴルフに乗ってきたんですけど、ピンと来なくて。それで、今中古車屋さんでアルファロメオを見つけたんです。アルファロメオってどんな車なのかなー、と想って」

 

 アルファロメオ、と言った瞬間。プロデューサー達が電話越しに息を飲んだのが聞こえた。ヒソヒソと「アルファっすよ」とか、「アルファロメオですか……」と話し合うのが聞こえる。

 

 

「安部さん、車名やグレードはわかりますか?」

「えーっと、ジュリエッタ クアドリフォリオ ヴェルデ、です」

「クアドリフォリオ…… その車、オートマですか、マニュアルですか?」

「マニュアルです」

 

 ここで再び、ヒソヒソとプロデューサーが相談し、結論として

 

 

「ナナさん、やめといた方がいい。見た目に惚れたならいい値段するけど新車を買うべきだよ。俺は一度その車に乗ったことあるけど、いい車なのは確かだけど、クセが強すぎる。無理くり右ハンドルにしたからペダルポジションも微妙だしね」

「コレ、左ハンドルなんです……」

「…………」

 

 嫌な沈黙。駆け寄ってきた店員さんも空気を読んだのか、黙って見ている。

 

 

「安部さん、中古車なので試乗は難しいでしょうが、一度運転席に座ってみてください。ポジションを合わせ、クラッチを踏んだり、シフトレバーやスイッチ類に手が届くか、操作しやすいかを見てください。左ハンドルMTのジュリエッタは殆ど数がありませんので、気に入ったのなら、買うべきです」

 

 武内Pの声にライブ前と同等の気迫を感じて、言われたとおりに運転席に座り、シートやハンドルを合わせると、クラッチを踏み込んだ。

 ちょっと重い気がしなくもないが、こんなものだろう。右手を伸ばすと、自然な位置にシフトレバーがある。たぶん、これが「外車は左ハンドルで乗るべきなんだよ」と言う人の伝えたい事だろう。

 日比谷Pが右ハンドルではペダルの位置が悪いと言っていたが、左ハンドルならそんな事はなく(右ハンドルだからどうなるかわからないから比べようがないけど)、足が窮屈だなんて事とは無縁だった。

 

 

「欲しい…… どうしよう」

「偉い人はいいました、迷ったら進めと」

「そこまで惚れたなら、少しくらいの欠点目をつぶれるんじゃないかな?」

 

 楓さんと早苗さんに背中を押され、

 

 

「その車を逃すと、二度と出てこないと思います」

「ナナさん、346インポートクラブでお待ちしております」

 

 プロデューサーに背中を蹴られ。

 

 

「これ、買います」

 

 こちらを見てすこし困った顔をした店員さんに言ったのだ。

 

 それから数週間。慣れない新居の駐車場にエレベーターで降りると、バッグから鍵を取り出してボタンを押す。

 すこし重いドアを開けて、助手席にバッグを置くと、スマートキーのアルファロゴを押して()()()()()から、挿し込んで捻った。

 正直、イマドキの車なのに鍵をひねる、という動作があることが不思議な感じだが、プロデューサー達からすると、鍵をひねることは儀式のようなものらしい。

 よくわからない。

 

 それから、()()()()()()()D()()()()()()()、短いサイドブレーキのレバーを下ろした。

 そう、あの中古車を買ったわけではないのだ。店員さんの困った顔は、車に「売約済み」を貼りに来たら客がガチで知り合いと相談している様子だったから困っていたのだった。

 その結果、現行モデルの左ハンドル、白いボディにキャメルのレザーシートを付けて買ってしまった。

 

 

「けど、いい車なのは間違いないから……」

 

 ノートとは比べ物にならないパワー、安定感、乗り心地。まだ距離を走ってないから、D.N.Aと書かれたスイッチはいじれないが、事務所まで往復すれば今日中にD(Dynamic)モードが解禁されそうだ。

 それから、黒いホイールが気に入らなかったので、シルバーの軽いホイール(マグネシウムらしいです)も一緒に買った。派手な車に乗ってる留美さんに一緒に選んでもらったけれど、高い買い物になってしまった……

 今月だけですごい額を…… 節制生活のクセが抜けずに未だにブルっとしてしまいます。

 けど、なんだかんだ惚れた車だし、ついつい遠回りして帰ろうかな…… なんて思っちゃったり。

 ハッ……! これが沼ですね! ナナは負けませよ!

 

 

「ナナさん、今度留美とあいさんと常務で富士山の方に行こうと思うんですけど、一緒にどうですか?」

「行きます!」




先日、横浜でノートe-Powerとリーフに乗ってきたんですけど、おもしろい車でした。

ノートは駐車場から出すときにアクセルに足おいただけで強めに飛び出したんで驚いちゃいましたけど、なれるとアクセルにピッタリついてくるレスポンスの良さに感動しました。
リーフはノートのチャチなトコ、足回りとかを良くした(リーフの方が先に出た車なので言い方は変ですけど)感じで、路面の継ぎ目でぴょこぴょこするノートに対して、しっとり受け止める感じでしたね。

ノートの方がボディが軽いのもあって、動きがシャープに感じたので、私の好みはノートなんですけど、ハンドルの軽さとか少しネガもあるので、ノートNISMOに乗ってみたいところですね。


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ep11

 #1 Idols meet cars 〜鷺沢文香 速水奏 の場合〜

 

「取ってきたか」

「はい。美波さんに参考書もお借りしたので」

「これでまた一人免許持ちが増えたな。車のアテはあるのか?」

「家の車を一台こっちに持ってくる事になっています。初めてのドライブですね」

 

 とある昼下がり。文香が少し上機嫌に俺のデスクに寄ってきたので前から聞いていた免許試験の事だとすぐにわかった。

 試験自体は難しくないし、文香なら一発で通ると思ってたから心配はしてなかったが、その後に聞いたことが問題だった。

 初ドライブで長野から帰ってくるのか……

 

 

「結構な距離だけど、大丈夫か?」

「不安ではありますが、奏さんを誘っているので」

「なんだろう、一瞬『なら平気だな』って言いかけた俺がいる」

「土曜日に新幹線で行って、日曜日に車で帰って来ようかと。前から奏さん、私の実家に来たがっていましたし、いい機会だと思いまして」

「なるほど。日曜は俺と武内さんのどっちかはオフだし、何かあれば呼んでくれていいからな」

「はい、ありがとうございます」

 

 しかし、前々から文香と奏の仲が良いとは思ってたが、そこまでか。奏が着々と外堀埋めに行く彼女みたいで、なんか寒気が……

 気のせいだよな?

 

 

「おはようございます」

「おはよう。待たせたかしら?」

「いえ、私も今来たところなので。奏さん、本当に良かったんですか? 軽井沢あたりでお買い物をして一泊でも良かったと思いますけど」

「いいの。せっかくの文香の誘いだもの」

 

 土曜日のお昼前、待ち合わせの時間より10分早く駅に着いてしまいましたが、時計を見てから顔を上げると見計らったように奏さんが来ていました。

 奏さんと出かけるときにはなぜか私の少し後に奏さんが「待った?」と言って出てくるのです。

 

 

「少し早いですし、お弁当を買って行きましょうか」

「そうね」

 

 それから、お弁当を買ってお茶を飲んでいると、私達の乗る新幹線がホームに入ってきました。どうも、どこかで見たことのある感じがするのはなぜでしょう?

 さて、道中は特に面白いものでもありませんでしたし、私の実家までのローカル線で、景色の変化を楽しむ奏さんが見ていて楽しかったのですが、私の視線に気づくと、すぐに目をそらして大人ぶるのが可愛らしかったですね。

 最寄り駅に着くと、迎えに来ていた父の車で久しぶりの実家帰りです。

 奏さんがいるからか、その日の夕飯はいつにもまして豪華なものでしたが、奏さんも美味しそうに食べていたので私まで嬉しくなってしまいました。

 

 

「ねぇ、文香」

「なんでしょう?」

 

 その夜、明かりを落とした部屋で奏さんの声が聞こえました。

 

 

「急に押しかけるような事して、迷惑じゃなかった?」

「いえ、私もめったに家に帰りませんし、父も母も私が奏さんを連れて帰ってきて喜んでいたようですから」

 

 私が誰かを家に呼ぶなんて、本当に何年ぶりでしょう? 出迎えた父も母も本当に驚いていましたね。

 

 

「ですから、奏さんはいつも通りにしていればいいと思います」

「そう、ね。ありがとう」

 

 そう言って私の布団に潜り込んでそっと手を回してくる奏さん。私の前だけで見せてくれる姿が愛おしく、そっと手を重ねるといつの間にか眠りに落ちていました。

 翌朝、久しぶりに母の作るお味噌汁を飲みましたが、いつものインスタントとは違って、優しい味のように感じてしまいます。これが母の味でしょうか?

 ほうれん草の和え物に焼き鮭、絵に書いたような朝ごはんを食べ終わると部屋で今日のルートと東京に持っていく本を選別。ルート選びは日比谷さんから聞いていたメモを頼りに奏さんがしてくれました。

 それを父に見てもらうと「車にナビついてるから」と言われてしまいましたが。

 

 

「それじゃ、気をつけてね。奏ちゃん、またいらっしゃい」

「ありがとうございます」

「次帰るのがいつになるかはわかりませんが……」

「いつもの事だろう。またお友達を連れてくるといい」

 

 両親に見送られ、初めてのドライブが始まります。まだ昼前なので、明るいうちに東京に帰れるでしょう。

 まずはお昼ごはんから、でしょうか?

 

 

「ギアをドライブに、サイドブレーキをおろして……」

「おお、怖いな……」

「それでは、行きましょうか」

「ええ。おじさま、おばさま、お世話になりました」

 

 父の心配そうな目をよそに、ゆっくりとアクセルを踏むと、車はそろりそろりと動き出しました。

 そして、狭い路地を抜けると少し広い県道に。ここで車の流れが一気に速くなりました。流れに乗る分には恐怖はありませんが、鬼門は高速道路です。

 教習所ではシミュレーターでしかやっていませんし、プロデューサーさん達が口を揃えて「上信越は怖い」と言うのですから、自然と緊張してしまいます。

 

 

「ETCカードは……」

「入ってるわ」

「なら平気ですね」

 

 無事に料金所を通ると、分岐を東京方面へ。このあとのルートは藤岡ジャンクションで関越道に乗ればあとは練馬まで関越道をひた走るだけです。

 トンネルを抜け、橋を渡ればあっという間に碓氷の峠を超えられます。新幹線もトンネルを抜けるだけでしたが、昔は特急を機関車で押したり引いたりしていたというのですから、驚きですね。

 

 

「次のサービスエリアでプロデューサーが言ってた釜飯が食べられるわ。そこを逃すともう無いって」

「峠の釜めし、ですね。小さい頃は新幹線でも売っていたと思うのですが、なくなってしまったようでしたね」

「時々テレビとかでやってるわね。そんなに有名なの?」

「どうでしょう? マキノさんは日本の駅弁の代表格と言っていましたが」

 

 なんでも50年以上の歴史を持つそうで、あの益子焼の釜は1合炊きの釜にもなるそうです。

 ウインカーを出して減速車線に移ると、ゆっくりと減速。ここで急に減速すると後ろから追突されるとも言われましたし、長い上り坂ですから焦らず。

 

 

「混んでますね。どこかあいてませんか?」

「うーん。あの白い車の隣は?」

「空いてますね。うまく止められるでしょうか」

「不安なこと言わないでよ……」

 

 教習所以外で車を停めるのは初めてですし、家で練習もしませんでしたから不安になるのも仕方ありませんよね?

 一応リアビューカメラもついてますし、奏さんもいますから後方や左右の確認に不安はありませんが……

 

 

「そーっと、そーっと……」

「これって文香だから許されてるのよね……」

「何か言いましたか?」

「なんでもないわ。ほぼ真ん中、いいんじゃない?」

「ふぅ。なんだか緊張しましたね」

 

 お財布だけもって車を降りると、左右を見てから小走りで道を渡って初めてのサービスエリアです。

 お土産を買って帰ろうかとも思いましたが、母がいろんなものを詰め込んでくれたのでいいでしょう。お目当ての釜めしは時間もあって少し人が並んでいるようですね。

 

 

「奏さん、先に席を取っておいていただけますか」

「わかったわ」

 

 数分待って釜めしを2つ買うと、お店の方に「重いけど大丈夫?」と心配されてしまいました。確かに益子焼の釜はそれなりの重さがありますが、大したことはありません。

 尤も、奏さんに言わせると「幻滅する」らしいですが。

 奏さんを探してから席に行くと、どうやら相席のようで、バッグが椅子においてありました。そして少し不機嫌なような奏さん。

 

 

「お待たせしました」

「ありがと。はぁ…… プロデューサーも心配しすぎだよね。こんなとこまで迎えを送るなんて」

「迎え、ですか? どなたが」

「あいさんと留美さん。昨日、文香がプロデューサーにメールしてたでしょ? それで予定を逆算して送り込んだってわけね」

「それは、ご心配をおかけしたようですね」

「私がいるから平気って、誤魔化せたと思ったのに」

「ふふっ。プロデューサーは最初からお見通しだったみたいですよ?」

 

 一瞬だけ騙せたようですけど、やはり大人びて見えるとは言え、奏さんはまだ高校生ですし。そういうふうに見ると、子供がすこし背伸びをしているようで微笑ましいですね。そんなに歳が離れているわけではありませんが。

 すこし拗ねた奏さんの前に釜飯と付け合せの漬物、お箸を回すと、小さく「ありがと」と言って紐を解き始めました。私も紐を解いて蓋をあけると、お弁当とはいえ、ほのかに温かい釜めしが姿を見せます。

 

 

「美味しそうですね」

「具がこんなに。食べ切れるかしら」

「その時は持って帰るか、私が食べますね」

 

 それなりの量もあるので、黙々と食べ進めてしまいます。どうしても誰かとお話しながら食事、と言うのは苦手ですね。食べきってからゆっくりとお話を、というのが染み付いてしまっているようです。奏さんもそれを知っているので何も言いません。

 しかし、集中しすぎるのも良くないようで、私達を迎えに来ていた2人が戻ってきたのにも気が付きませんでした。

 

 

「相変わらず黙々と食べてるね」

「食事中にべらべら喋るよりいいわ。ね、奏」

「ん、ええ。そうね」

「ほっぺにご飯粒ついてるわよ」

「留美さん、あいさん。いらしてたのですね。はい、取れましたよ」

「これは、天然かい?」

「ええ、恐ろしいことにね」

 

 あいさんが何やら奏さんに囁いていますが、なんのことでしょうか? 奏さんの頬からご飯粒をとってそのまま口に入れてしまいましたが、なにかまずいことを……

 

 

「文香、あなたも罪な女ねぇ」

「そうでしょうか?」

「少なくとも、私とあいさんはそう思ってるわ」

 

 私の知っている「罪な女」と、今の私はかなり違っているはずなのですが……

 私の疑問をよそに留美さんはラーメンをすすりました。奏さんは半分ほど食べたところで蓋をして紐を締めているのでお持ち帰りでしょう。

 30分ほどで奏さんの分も結局私が食べてしまい、移動開始となりました。留美さんとあいさんは留美さんの車で来たようで、2人で車に戻るとガソリンを入れてくる、と先に言ってしまいました。

 私達は車に戻る前におやつと飲み物を買い、車に戻ると本線に合流する前に留美さんの白いスポーツカーが待っていたのでその後ろにつきました。

 

 

「先に行け、だって。ずっと後ろにいるから何かあればメールしてって」

「そうですか。では、行きますよ」

 

 これから東京までは休憩なしです。予定では2時間ほどで着きますが、どうでしょうか。今のところ渋滞などはなさそうですが。

 空いてたので合流も難しくなく、無事に本線に入るといろいろとスイッチを押してみることにしました。

 もちろん、怖いので奏さんに取扱説明書を読んでもらいながら、ですが。

 

 

「奏さん、クルーズ・コントロールを使いたいのですが、どのボタンかわかりますか?」

「クルーズ・コントロール? ちょっと待って。えーっと、ハンドル右のボタンで速度を調整、"CRUSE"ボタンで定速走行開始」

「ボタン、これでしょうか」

「それね。ちゃんと前見てよ?」

 

 試行錯誤しながらクルーズ・コントロールを現在の車速に合わせるとボタンを押し、そっとアクセルから足を離します。

 

 

「走ってますね」

「そうみたいね」

「一定の速度を保つのって意外と難しいのですが、これなら楽でいいですね」

「そうなの?」

「ずっと平坦なら一定の開度でいいからまだ楽ですが、上り下りがあると踏み足したり、離したりしないといけないので」

「へぇ、運転って結構難しいのね」

 

 その後も燃費を見てみたり、ナビと携帯をつなげたりして色々と楽しんでいるうちに近づいていたジャンクションも道を間違えずに東京方面へ。その間ずっと留美さんたちの車は一定の間を開けてついてきていますが、改めて見てみると結構威圧感のある車ですね。留美さんのようなクールな大人の女性が乗るからこそ映えるのもあるでしょうが、私には乗れない車ですね。

 

 

「車ですか、私もいつか買うことになるのでしょうか?」

「でも文香はスポーツカーって柄じゃないわね」

「そうですね。乗るなら小さな可愛らしい車がいいと思います。奏さんはスポーツカーでもいいですけど、可愛らしい車でも似合うと思いますよ」

「そうかしら?」

 

 普段はクールな奏さんが淡いピンクの小さなクルマに乗ってたりしたら、とても可愛いですよね。免許取得もそう遠い話ではないですし、奏さんの隣に乗ってみたいですね。

 

 

「次は奏さんの運転でドライブですね」

「えっ? そ、そうね。来年には免許も取れるし、行きましょう」

「なら、どこか遠くに。そうですね、温泉なんていかがですか?」

「いいわね。文香と一緒ならどこへでも」

「詩的ですね」

「ええ、素敵だわ」

 

 3時前には高速を降り、留美さんとあいさんはここでお別れです。あとから聞くと、お二人は今朝はやく東京を出て長野で観光した後に待ち伏せていたそうです。軽井沢を出た時間は私達よりも遅かったのですが、どうして先にサービスエリアにいたのでしょうか?

 それから、奏さんを送るとマンションに帰ります。車で帰るのはもちろん初めてで、車庫入れに苦労してしまいましたがなんとかまっすぐに停めて初めてのドライブは終了です。心配していたプロデューサーにメールしてから荷物をまとめ…… られなかったので部屋まで2往復してやっと一息です。

 

 

「こんど車の本でも読んでみましょうか……」

 




W7って、文香のR衣装にカラーリング似てません? 気のせい?

北陸新幹線での峠の釜めし車内販売は、金沢開業に伴って終わってしまったようです。

マキノさんは鉄子になっていただきました。SSR可愛いですね。引きませんでしたが(その後のバレンタイン飛鳥で爆死しましたよ、ええ)

今更ですが、留美M4はイメージとして3Ddesignのエアロキットフル組な感じです。あくまでリップスポイラーなのがポイント(カーボンバンパーがオートサロンで出てましたね)
エアロだけで70万、ビルシュタインのダンパーで65万、タイヤホイールで50万、チタンエキゾーストで50万ってとこでしょうか。

「詩的」と「素敵」は誤字じゃないですよ?


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ep12

 #1 Idol meets car ~東郷あいの場合~

 

 

「日比谷くん、ちょっといいかい?」

「なんですか?」

「いや、この前留美さんのM4に乗って新車が欲しくなってね」

「ほう」

「ものは相談なんだが、今度車選びに付き合ってくれないか?」

「別に構わないけど…… そうだ、しばらく先になるけど、美世の番組であいさんの車選び、やってみますか」

「別に構わないが……」

 

 あいさんに気になる車を聞いてから番組プロデューサーに掛け合ってみれば、あっさりとオーケーが出たのですぐに広報車の手配に移る。あいさんの希望はやはりというべきか、BMW。なのでお台場にあるショールームを取材で使わせてくれないかとBMWの広報の方に聞いてみると、オープンから日も経って落ち着いてきたのでオーケーとのこと。逆に希望車種はあるかと聞かれてしまったのでお言葉に甘えてあいさんからの希望と、そのあたりのレンジで見繕うようにお願いすると「おまかせください」と力強い返事を頂いた。

 美世の番組も始めて半年経ち、イベントなどにも出るようになると自然と業界でのコネはできるが、今回はそれが生きた形だ。

 そしてホストである美世と、ゲストのあいさんのスケジュールを確保してあとは当人たちに報告を兼ねて軽い打ち合わせ。細かいのは追々ということで……

 

 

「というわけで、お台場のショールームにお邪魔することになりました」

「おぉー!」

「早かったね。そんな簡単に進むことなのかい?」

「ちょうど企画の切れ目だったからな。うまくねじ込めた」

「あいさんの新車購入ですか。前々からアイドルに車買わせるのをやろうとは言ってましたけど、初回はあいさんですか。それにBMWなんて、いきなりハードル高めですね」

「初回から1000万が動くな」

「まだ買うとは決めてないからね?」

 

 なんやかんやで収録日。流石にポルシェでBMWに乗り付けるわけにも行かず、留美と車を交換してショールームに向かうと、今回の企画のために用意してくださったと思しき車がズラッと並んでいる。ズラッと並ぶほどに多いってことだ。正直3台位だろ、とか思ってたけど、これは想像以上だわ。

 

 

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「日比谷さん、お待ちしてましたよ。今日はポルシェじゃないんですね」

 

 現場に一番乗りの俺を出迎えてくれたのはBMW広報さん。各メーカーの広報さんの中でもポルシェの広報さんと並んで仲がいい方だ。プライベートで飲みに行くくらいには。

 以前3人で飲みに行ったときには延々とドイツ車トークを繰り広げていた。

 

 

「流石にBMWにポルシェ持ってくるほど肝座ってないですよ」

「お気遣い恐れ入ります」

「いえいえ。それにしても、あそこに並んでるの全部そうですか?」

「ええ、それと、普段からおいてある試乗車も使っていただいて結構ですので」

「うごっ。ホントですか」

「"お客様"のためですから」

 

 爽やかスマイルは広報の必須技能なのだろうか? そんなことを考えているとプロダクションの機材車やらが入ってきて目立たないところに車を止め、最後に美世とあいさんがやってきて全員集合だ。改めて今日の流れを確認して撮影が始まる。

 後ろではスキッドパッドに水が張られ始めてるし、ショールームのスタッフさんも動き始めたところだ。今日は通常営業だもんね。

 

 

「というわけで美世のDrive Week、始まりました。実を言うと先週分で企画段階で決まっていた内容をこなしてしまったので内心シーズン2な感じがしているんですが、いつもどおり、週末更新でーす! さて、予定外のレギュラーメンバー化してしまった日比谷プロデューサー。今日のセットアップをお願いします」

「はい、改めましておはようございます。346プロダクション、プロデューサーの日比谷です。今日はですね、上手いタイミングで入ってきた車購入企画です。実は、前々から話はあったんですけど、やっぱり車買う人なんてそうそういなかったんですよね。ですが、今回は車の購入を検討しているアイドルがいるということで、お台場にあるBMWTokyoBayに来ています」

「では早速ですが、今日のゲストに登場していただきましょう。お願いします!」

 

 心地よいエキゾーストノートを伴って真っ赤なBMWが入ってくると、いつも通りにカメラの目の前で止まってあいさんが降りてくる。

 いつも通りのマニッシュなスタイルだが、あいさんはもちろん、車のキャラクターにもあっているからいいものだ。やはりアイドルは自分に合うものを選ぶのがうまいような気がする。

 

 

「やあ、東郷あいだ。この番組の車購入者第一号、かな?」

「キャー! あいさーん!」

「今日のゲストは東郷あいさん。マニッシュなスタイルとルックス通りのクールなキャラクターが人気ですね」

「男性ファンより女性ファンが多いとかって噂もありますよね。そのあたりの話も追々…… 今日はよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく」

「それでは参りましょう」

「美世のDrive Week」

「「「スタートユアエンジン!」」」

 

 監督から「ありがとござまーす」と声がかかるとほっと力を抜いてビデオチェック。まぁ、特に問題はなさそうだからこのまま次のトークコーナーの撮影に入るだろう。

 美世は早くも展示車に釣られてるし、あいさんもどことなくそわそわしているようにみえる。スタッフが次のコーナーの準備を整えるとコーヒーと紅茶を出してトークスタートだ。

 

 

「改めて、美世のDriveWeek ナビゲーターの原田美世です」

「プロデューサーの日比谷です」

「そして、今日のゲスト!」

「東郷あいだ、改めてよろしく頼むよ」

 

 もう何十回とこなしたやり取り。美世も慣れてそつなく進む。トークコーナー自体はおおよそ15分目安だが、番組の尺が"大体"1時間ということもあり、短くなることはなくとも、伸びることはある。ちなみに、今までの最長記録はレーサーの西崎さんにお越しいただいた30分。OAの時間でコレで、収録自体は1時間近くにもなった。

 今回はあいさんの車選びがメインということもあって、あまり長引かせないよう言ってあるし、トークから自然につながると思う。

 

 

「ふーん、やっぱりストレートシックスにはこだわりがあるんですか?」

「そうだね。やっぱりV型にはない音があると思うんだ。欲を言えばNAがいいけれど、最近はターボが主流だろう? 車としていいのかもしれないけれど、少し味気ないと思うね」

「やっぱり音なんですねぇ。よく『官能的』とか言われますけど、私にはよくわかんないんですよね」

「好みや感性は人それぞれ。別にそれを否定したりはしないさ。ただ、言葉でうまく言い表せない何かがあるものは素晴らしいと思うね」

 

 話は思った以上に広がり、尺も十二分と言ったところでうまいこと切り上げていよいよ本題だ。

 今回用意していただいたのは6シリーズをメインに4シリーズ、5シリーズの各種グレードだ。特に前もって6シリーズを押しておいただけあって、6シリーズだけで4台用意して頂いた。まさかエンジン違いのクーペ2台とグランクーペ、M6もとは……

 あとはモデルチェンジしたばかりの新型5シリーズからエンジン違いで2台、4シリーズはクーペの直6搭載モデルだ。

 ちなみに7台で総額……いや、貧乏くさいから計算しないでおこう。少なくとも家が数軒建ちそうだ。

 

 

「あいさん、まずはどれにしますか?」

「ははっ、これだけ用意してもらえるなんてね…… 迷うな」

「基本的には事前に聞いたとおり、直6モデルをメインに用意していただいてる。今乗ってるのが6の系統だから6シリーズは4台だ」

「なるほど。だけど、まずは440から行こうかな」

「美味しいものは最後に取っておくんですか?」

「そんなところさ」

 

 カメラを車に設置すると、キーを受け取ったあいさんが運転席に。隣には美世が乗り込んで黒いクーペは走り出した。

 その間暇になるかと言われればそんなことはない。先程のビデオを手分けしてチェック。特に乱れ等は見つからなかったので一安心。これで俺らの休み時間というわけだ。

 

 

「日比谷さん、コレ見てくださいよ」

 

 スタッフみんな車好きなこの番組だ。こんな車たちに囲まれて暇を持て余したスタッフ共が黙っているわけがない。好き勝手に覗いたり座ったり。ハンドル握って嘆息するやつまでいる始末だ。まぁ、気持ちはわからんでもないが。

 かくいう俺も新型5シリーズに興味津々。形式がFからGに移った新型は以前に増してスッキリとしたデザインになっているようにみえる。

 

 

「カッケーなぁ」

「でしょう? ツーリングを一台どうです?」

「ははっ、駐車場が足りませんよ」

「駐車場さえ確保できれば買う、みたいな言い草ですね」

 

 広報さんがカタログを手にヌッと出てきて早速営業にかかる。周りを見れば他のスタッフも見事に営業の方々に捕まっている。

 さて、何人口車に乗せられるかね。

 

 

「実際、一番荷物積めるのがアレ(M4)ですし、貸してもらえるとも限りませんからね。仕事柄ワゴンが欲しいんですけど……」

「新型はテールゲートも2分割で開いたり、だいぶユーザビリティ上がってるんですよ?」

「なんと言われようと無理です。車庫証明取れないんで」

「そうですか、残念です。仕方ないんで緒賀幡さん(ポルシェの広報さんだ)に推しますかね」

「ポルシェもパナメーラのシューティングブレーク出すらしいじゃないですか」

「価格帯が違うので直接バッティングするレンジはないんですけどね。アレはメルセデスとかぶるんですよ」

 

 その後も業界裏話を含めた雑談をしばらくしていると黒い4シリが戻ってきた。スタッフも慌てて持ち場に戻るとホクホク顔なのは助手席の美世だけ。あいさんはどうもお気に召さなかったらしい。

 

 

「うーん、コレならM4のほうがいいね。次はディーゼルの5だ」

「はい、かしこまりました」

 

「いいとおもうけどなー」と漏らす美世はおいておいて、次は大柄な4ドアセダンだ。広報さんと俺も含めた4人で行こう。カメラをセッティングして、あいさんにキーを託すと俺は広い後部座席に乗り込んだ。

 

 

「おや」

「どうしました?」

 

 エンジンを掛けた瞬間、あいさんが不意に声を上げた。

 美世が不思議そうに声をかける。

 

 

「いや、ディーゼルってもっとうるさかったり、振動があるものだと思っていたから、意外でね」

「最近のディーゼルはこんな感じだとおもうぞ。ほんと、一昔前のディーゼルとは大違いだよ」

「それに、下からトルクがあるから本当に2リッターなのか疑いたくなるね」

 

 少し気合を入れた踏み方もしていて内心ヒヤヒヤしていたが、本人は先程の440iよりもだいぶ感触がいいようで、心なしか口元が緩んでいる。

 しかし、カメラを回してるのにあいさんはあまりしゃべらない。美世も時折感想を述べる程度。後部座席の男二人が車についてあーだこーだと話している。

 そうしている間にまたショールームに帰還。3リッター直6の530iに乗って少しつまらなそうな顔をしたあと、6シリーズのV8エンジンを積んだクーペに乗り、V8のグランクーペにも乗ってから最後に一番期待していた直6の640iクーペの前に立った。

 

 

「このエンジンはさっきまでのアレとは違うんだろう?」

「ああ、他のより一世代古い」

 

 なるほど、と言ってそのまま乗り込むとシートポジションをあわせるあいさん。俺も隣に乗ると「行くよ」と一言告げてから車は走り出した。そしてすぐに止まった。

 

 

「ダメだね。私の求めるものじゃない」

「辛口だ」

「日比谷くん、留美さんのM4を貸してくれないか。最後にM6で締めよう」

「おう、分かった」

 

 タイヤのひと転がしで車を止めたあいさん。助手席から降りた俺に注がれる目線は「何かしでかしたのか」という声を含んでいた。

 そんな目線に晒されながらポケットからキーを取り出して駐車場から車を持ってくると640は元あった場所に止め直されていた。

 

 

「ほれ、キーだ。美世を隣に乗せてやってくれ」

「ああ、分かってる」

 

 白いM4が出たのを確認すると、広報さんが俺のもとに駆け寄ってきた。タイヤひと転がしで車から降りられてみろ、絶対にやっちまったとしか思えないだろう。

 

 

「日比谷さん」

「正直、俺にもわからないですね。落胆か、はたまた満足か……」

「そうですか……」

「最後にM6、お願いします」

「はい、キーお持ちしますね」

 

 ショールームのスタッフの方々が試乗車を片付けるのを見ながら、制作サイドはこのあとの計画を再度検討していた。

 あいさんが車を買った場合、買わなかった場合それぞれのシナリオはあるものの、まさかこのような「冷める」シナリオは用意していなかったからだ。

 それも、原因がわからないからとても困る。

 

 

「彼女、どうしたんだ?」

「さぁ? エンジンかけてブレーキから足離しただけですよ」

「よほど気に食わなかったか……」

「じゃないといいんですけど」

 

 さてさて、どうしたものか。と問答をしている間に2人が乗ったM4が戻ってくると、特に変わった様子のない美世とが真っ先に降りてきて、それから先程とは違い、特に不満でものなさそうな顔のあいさん。

 M6を見るとすこし笑ってからこちらにやってきた。

 

 

「ありがとう、楽しかったよ。さて、最後の車だね」

「ええ、そうですね」

 

 オレンジとも赤とも言い難いサキールオレンジに塗られたクーペに近づくと、周りを一周歩いてから左側のドライバーズシートに収まった。M4ほど"ヤル気"に満ちているわけではなく、あくまで大人のクーペな感じがする、というのが俺の感想だが、身も蓋もないことを言ってしまうと、標準グレードからあまり代わり映えしないと言った感じ。

 もちろん、シートやステアリングホイールなど、目に見える変化はあるが、それを感じさせない。大きいドアを閉めると、シートベルトを締めた。

 

 

「いい音だ。V8だったね」

「ええ。4.4リッターのツインターボみたいです」

「さっき640に乗ったとき、正直期待はずれだったんだ。エンジンを掛けてもピンとこない。エンジンは主張しないし、650と正直そんなに変わらない。けど、コレはそれなりにエンジンが主張してくる。アクセルに足をおいただけでちゃんと音がして進む」

「ほう」

「エンジン付きの乗り物に乗っている感じがするよ」

 

 道路に出ると、一気に加速する。徐行から50km/hまでがあっという間に過ぎるが、その間にスポーツカーらしい力強い音が聞こえた。

 確かに、最近の高級車は静粛性だのなんだのと音をカットしがちに思う。それこそ、電気自動車と変わらない静けさを車内にもたらしてくれる程に。だけど、あいさんはそれでは車に乗っている感じが薄いと思うのだろう。俺も同じ考えだ。信号待ちのたびに訪れる静寂すら悲しい。

 それが時代の流れだと言われれば仕方ないが、こうしてエンジンが吠える音がする瞬間こそ、"ああ、俺は車に乗ってるんだ"と思わせてくれる瞬間ではないだろうか。

 

 

「いいね。気に入った。ただね、リア周りの野暮ったさは気に食わないね」

「また不満ですか」

「まぁ、そうだね。決めたよ、M6 グランクーペ、お買上げだ」

「グランクーペの方を?」

「デザイン的に整っている様に見えるからね。さっき言ったリア周りの野暮ったさがない」

「なるほど」

「それに、オプションでチタンマフラーがあるんだろう? それ込みでなかなか良さそうじゃないか」

 

 ショールームに戻るとすぐさま商談のテーブルに付いたあいさん。流石にそこを撮るほど無粋なスタッフたちではなく、早めに片付けを始めて早く仕事を終える準備を始めた。

 

 

「プロデューサー」

「どした、美世」

「私も、車を買い替えようかな、って」

「あいさん見ててほしくなったか」

「そういうわけじゃないんですけど、ロドスタもそろそろガタがごまかせなくて……」

 

 美世のロードスターはもう25年以上が経った老体だ。それにターボ突っ込んで普段から乗っていればそれなりにガタが出るだろう。

 ただ、本人は企画のつもりで聞いてきているのだろうが、流石に2連続でそれも面白くない……

 

 

「流石に番組に使うのは無理だが、見に行くときには付き合うよ。どうせ順当にNDとか言うんだろ?」

「うぐっ。よくわかりましたね……」

「番組で色んな車に乗ってきたが、なんだかんだで一番楽しそうにしてたのはNDロドスタの回だったからな。開発の方もお呼びできたし、お前のテンションおかしかったろ」

「アハハ…… スーパーカーとか、色んな車に乗れるのは嬉しいんですけど、やっぱり身の丈に合わないというか……」

「初めてのポルシェなんか乗ってるときすごい顔してたもんな」

「言わないでくださいよ!」

 

 美世のディーラーめぐりに付き合うことを決め、片付けを手伝ってなお時間が余ったのであいさんの様子を見に行くことにした。

 テーブルでカタログとにらめっこする姿を見ると、相当悩んでらっしゃるようだ。

 

 

「どうです、決まりました?」

「いや、オプションをどうするか悩んでいてね。もうしばらくかかりそうだよ」

「そうですか、ゆっくり悩んでくださいね」

「すまないね」

 

 というわけで、テーブルで悩むあいさんをバックにエンディングを撮ると、片付けの後解散ということになった。今日は俺もこのまま帰れる。

 時間もそんなに遅くないし、美世の車を見に行くか、と思い誘うことにした。

 

 

 

 #2 Idol meets car ~原田美世の場合~

 

 

 

「美世、時間あるし、車見に行くか」

「えっ、そんな急に言われても……」

「なら仕方ねえな。んじゃ、また見に行くときは言ってくれ」

「そ、そういうわけじゃないです。行きましょう!」

 

 というわけでプロデューサーさんに誘われ、夕方にマツダのディーラーに入ると、店員さんが飛び出してきて、要件を聞いてきた。

 

 

「ロードスターを見たいんですけど」

 

 そう伝えると後ろに止めた私の車をチラリと見てから中に案内してくれた。

 案内されたテーブルで待つと、カタログではなく、キーを持って店員さんが帰ってきた。

 

 

「今もロードスターにお乗りのようですし、まずは試してみてください。絶対に気に入りますから」

「は、はぁ……」

 

 試乗車として用意されていたのは上から2番目のグレード、Sスペシャルパッケージのマニュアル。コースの説明を受けると早速走り出した。

 NAに最も近い、なんて言われるNDロードスター。ロードスター史上2番目に軽く、1番に剛性のあるボディ。

 絶対的なパワーは2番目に低く、2番目に大柄なボディ(と言っても幅広なだけだけど)。

 そんな濃密なド真ん中を狙ったクルマだ。楽しくないワケがない。

 気がついたら口車に載せられて試乗コースを2周してたりしたけど、やっぱりロードスターが欲しい!

 

 

「おかえり。どうだった?」

「もちろん、最高ですよ」

 

 テーブルでアテンザのカタログを眺めているプロデューサーさんに満面の笑みを返すと、ふっ、と鼻で笑われたので、軽く背中を小突いてからテーブルに着いた。

 戻ってきた店員さんは今度こそカタログを持って現れ、グレードと装備のページを開いたところで私が先に口を開いた。

 

 

「ソウルレッドのレザーパッケージにナビとETC、デイライトでお願いします」

「はい、ただいま見積もりをお持ちします。いまお乗りの車は下取りでよろしいですか?」

「はい」

 

 食い気味だな、と笑うプロデューサーさんに「前から欲しかったんですよ」と返すと暖かい笑みを向けられた。少しイラッとしたが、我慢した。

 

 

「お待たせいたしました。ロードスター Sレザーパッケージに特別塗装、フロアマット、ナビゲーションSDカード、ETC2.0車載器とVICSビーコンでこちらのお値段になります。あとはこれだけ頑張らせて頂いて、下取りもお車を見ていないのでなんとも言えませんが、コレは約束させていただきます」

「ほほぅ……」

「へぇ、意外と下がるな」

「マツダユーザーの有名人ですし、多少は、です」

 

 こっそり耳打ちしてくれた店員さんに内心感謝感激雨あられを送りつつ、これだけ下がるのなら……と欲がでる。

 

 

「RFのオプションであるブレンボ、あれって……」

「うーん、お気持ちはわかるんですけど……」

「ですよねぇ。じゃ、その仕様で」

 

 そそくさと銀行に行き、全額をキャッシュで支払う。正直手が震えた。こんな大金を持つなんて……

 店員さんに苦笑いで迎えられると、こんな話を切り出された。

 

 

「ほぼ同じ仕様の試乗車落ちがあるんですけど、どうですか? 1週間で納車できます」

「となると、値段も変わりますよね。車検の残りは?」

「2年と9ヶ月、2年後の8月ですね。お値段は、頑張ります」

「なるほど。ほぼ同じ、というのは?」

「ETCが無いんです。それはディーラーオプションで対応できます。お見積がこんな感じで……」

「なるほど。うーん……」

 

 大いに悩んでから新車を買うことに決め、書類を受け取るとプロデューサーと分かれてディーラーを出た。

 すっかり日もくれてしまったが、都心に近いだけあって街路灯以外の明るさが目立つ。

 近くのICから高速に乗ると、いつもよりひっぱり気味に回してみる。

 ペラペラな幌は風切り音はもちろん、環境音も拾ってくる。限りなく生に近い音がする。

 改めてあいさんの言っていた"音"に耳をすませば、少し減ってきたスポーツタイヤのロードノイズや丸いボディが空気を切り裂く音、3000rpmで回るテンロクはステンレスのエキゾーストを通って爆発音を響かせる。

 追い越しの時にギアを下げて踏み込めば、より多くの空気を吸い込む音がするし、アクセルを離せばバックタービンの音がする。

 そんな音の継ぎ目を埋めるようにシフトレバーのリンケージが動き、クラッチを繋げば少しだけ回転数が落ちる。

 

 

「やっぱりロードスター、好きだなぁ」

 

 あと1ヶ月弱、今まで以上に愛そう。初めての相棒と悔いなく別れたいから。

 

 

 #ex Idol meets newcars 〜原田美世の場合〜

 

 

「プロデューサーさん、こっちです!」

 

 さて、美世がロードスターを買い替えてから1ヶ月が経った。先週の半ばには納車されたと言っていたし、実際に事務所への通勤にも使っているのを見ている。両生類顔のロードスターが駐車場に止まっているのはなかなかかっこいい。

 そして、久しぶりのオフだというのに朝から美世に電話で呼び出され、ポルシェ転がしてメールで送られてきた場所に向かうと、そこは一件の貸しガレージだった。

 ご丁寧に「汚れてもいい服で」と言ってきた理由を察した俺はガレージの前で手を振る美世にバレないよう、車内でため息を付いた。

 

 

「おはようございます、プロデューサーさん!」

「まさか、そこに転がってる箱、全部こいつのパーツか?」

「もちろんです! エアロに足周り、ホイールとタイヤ、ボディ系、吸排気、一式揃えたので!」

 

 プチプチに包まれたエアロパーツはバンパーまるごと変えるタイプではなく、リップスポイラーのような、下に付け足すタイプのものだった。そしておそらくエキゾースト一式と思われる鉄パイプも転がっている。

 マツダの純正部品の管理番号が貼られた箱の中身はブレーキで、クルマをオーダーするときに言っていたRFのオプションで用意されているブレンボだ。

 他にもビルなんちゃらとか、ボルクなんちゃらとか、色々書かれた箱が所狭しと転がっていた。

 

 

「よくこんなに運んでこれたな。置かせてもらってたのか?」

「はい、昔から通いつめてたのでこの一角は月極契約なんですよ」

 

 貸しガレージを月極で借りるなんて、世界広しといえどそんなに多くないだろう。自分んチにリフター備え付けガレージとかならあるかもしれんが……

 

 

「というわけで、目標は今日中に全部組み付けです! プロデューサーはエキゾーストをお願いします」

「へいへい……」

 

 きれいに使われた工具は美世が買い寄せたものらしく、キャビネットに整理整頓されて収まっている。そこからレンチをねじサイズにアタリを付けて数本持っていくとエキゾーストを取り外しにかかった。

 と言っても、最近の車にありがちな、底一面に整流用の板がついていたりするわけではないので作業は楽だ。以前、ポルシェのメンテでジャッキアップされたのを見たときにはアンダーパネルで底が真っ平らになっていたから驚いた。そりゃ工賃も高いわけだ。

 一番重いタイコ部分は広い面積のタイプで、凹凸が付いているからコレ自体がディフューザーの役割をするのかもしれない、と思いつつ、メインパイプも外していき、あとはマニホールドだ。

 

 

「美世、エキマニ変えるのか?」

「はい。下から届きますか?」

「無理だな。上からネジ外して下から抜かなきゃ」

「やっぱりそうですか。一度おろしますね」

 

 慣れた手つきでリフトを操作する美世。もはやここは家同然なのかもしれない。そう思っていたら片隅にどこぞのビバンダム君のぬいぐるみが座るソファがあったから間違いなくここに住んでるだろう。

 その後も、ネジを緩めたり締めたり、バネをくっつけたりして最後にディフューザーでフタをするだけだったので特に難しい作業はなかった。

 足回りをいじっていた美世もなんの迷いもなくサス一式を外して、代わりの黄色いダンパーを組み込んでいた。

 なんの指示もないが、なにもしないのも嫌なので、ボディ補強パーツの説明書を読んでいると早速フロントタワーバーの取り付け指令が出た。

 途中、休憩をはさみつつも日が暮れる前にはほぼすべてのパーツを組み終え、残すところホイールにタイヤを組み、エアロパーツを貼り付けて細かいセッティングをするだけとなった。

 

 

「タイヤ組んだことはないから任せるよ」

「じゃあ、リップスポイラーをお願いします。ズラしちゃダメですからね」

「わーってるわ」

 

 まずは説明書を読む。超大事。そして仮合わせ。カーボン製のリップスポイラーは出来がいいみたいで、一発でフィットした。コレなら無理やり曲げたりしなくてもいい。場所をマスキングテープでマーキングして、それからそれから……? 両面テープではっつける。なるほど。

 下地処理のためにパーツクリーナーで脱脂するわけだが、こいつが塗装面を痛ませるからバンパーの貼付け部以外を新聞紙やら余ってたプチプチやらで覆ってからきれいなタオルにパーツクリーナーを軽く吹く。そして、接着面を拭いてやる。プライマーは使わないでリップスポイラーに業務用の超強力両面テープを何箇所か貼り付け、そっとフィルムを剥がしたら迷いなくマーキングしたところを合わせて貼り付けた。

 

 

「おぉ、久しぶりすぎてめっちゃ緊張した……」

「バッチリですね。それにしても、マスキング雑すぎません? 覆えてるからいいんですけど」

「お前だって新聞紙きっちり貼ったりしないだろ」

 

 結果良ければ全て良し、なのだよ。

 それからリアスポイラーも同じように貼り付け、冷や汗を拭うとちょうど4本目のタイヤを組み終わったようだった。

 ここから先は慣れたもん、とさっさと新品タイヤを傷一つないクルマに履かせると、やっと完成形が見えてきた。剥がし忘れていたタイヤの銘柄ステッカーを剥がして、トルクレンチで締め込むとついにリフトから下ろすときが来た。

 3センチダウンの車高調とは言っていたが、個体差やホイールとのフィッティングもあるだろうから慎重だ。タイヤハウスとキスするのは避けたい。

 

 

「降り、ました、ね?」

「ああ、ジャッキポイントから腕が離れた」

「おお! カッコいい!」

 

 納車から1週間ですっかり化けてしまった美世のロードスター。見た目は派手じゃないが、リップスポイラーとリアスポイラー、下がった車高に一回り大きなホイール。

 もう一度リフトで上げると、今度はアライメントをいじるために4輪を台に載せる。それからレーザーでアライメント測定をして潜ってねじ回して…… なんてことをやるのは美世だが、慣れすぎてないか? 今度から車検前に美世に見てもらってからユーザー車検でいいかな……

 

 

「これでひとまずは完成ですね……」

「達成感はある。久しぶりに車いじれて楽しかったしな。だけどさ、やっぱり」

「「疲れた……」」

 

 ヘロヘロになりながらも美世のロードスターの隣に乗るとそのままファミレスへ。流石にこ汚いツナギの美世とダサいTシャツにジーンズの俺ならまぁ、バレねーべ、と思っていたらあっさりファンバレして駐車場で写真を撮ったりすることはあったが、無言で昼夜兼用の飯を済ませると再びガレージに戻った。

 

 

「私はここで寝ます……」

「またこっから1時間も運転しないと……」

「お疲れ様でーす」

「明日、撮影だからな、遅刻すんなよ」

「えへへ~、お目見えですね~。スタッフさんもまだロードスター買ったひとはいませんし」

 

 マツダ乗りの某氏がNDを検討していたが、美世に譲ると言ってRX-8のスピリットRを買ったことは彼女には秘密にすることを心に決めつつ、俺も明日早いから、とガレージを出た。

 ほっといたら一晩中クルマを眺めていそうだが、そのときはその時だろう。




デレステのイベント、シンデレラキャラバンの限定のあさんが言葉にできない美しさなんですが。
落ちなかったのでコインで交換して一人お迎えしましたよ、ええ。
声つかないかなー(チラッチラッ

声といえば美玲に声がついたこともあってANSWERのボーダーは高かったですね。恐ろしい……


そして、CINDERELLA MASTER 046~048買いましたよ。5thの先行目当てですが。
乙倉くん、めちゃ可愛いですね。よしのんはとろけそうになりますね、ええ。涼はイケメンで、素晴らしいです(小並感

涼は本作に出たこともありましたけど、乙倉くんとよしのんは、少し厳しいかな?(年齢的に……

そしてシンデレラフェスも来ましたね。10連3回でSR5人(新規3人)でした。本当にありがとうございました。
限定奏欲しかったです。


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ep13

 #1 Idol meets cars ~輿水幸子の場合~

 

 

「おはようございますプロデューサーさん。このカワイイボクもついに美世さんの番組に進出ですか?」

「まぁ、そうだな。今度の収録がちょうどレースとかぶっちまってな。美世がいないんでその代役ってとこだな」

「なるほど、美世さんに代わってボクが素晴らしいクルマの魅力を紹介するわけですね。ですが、車乗れませんよ?」

 

 季節は夏。と言うには少し早い7月初旬。美世のDrive Weekも一定のファンを得て業界内での評価も固まってきた頃。アイドルとしての美世もありがたいことに人気を得てきた。それ以上にモータージャーナリストとしての仕事が多いのはアイドルとしてどうかとも思うが。

 そして、美世のアイドルとしての第一歩でもあるレースクイーンの仕事も続け、ついに大舞台へと出ることになったのだ。

 世界耐久選手権の1イベント、ドイツ、ニュルブルクリンク6時間に参戦するチームのレースクイーンに抜擢されたのだ。本音を言えば俺も帯同したかった。だってさ、関係者パスでパドック出入り自由とか最高じゃんか、なぁ?

 それはほかアイドルのスケジュールなんかの都合もあって叶わなかったため、美世と346のスタッフ数名で数日前にドイツ入りしている。

 そして、明後日の美世のDrive Weekの収録時にはいないため、代役を立てたわけだ。

 

 

「安心しろ、運転は俺に加えてプロのドライバーをお呼びしてる。舞台は三重県だ」

「三重、鈴鹿ですか?」

「よくわかったな。鈴鹿サーキットでレースカーの同乗体験だ」

「なんでしょう、いつもの流れだとなんのつながりもなくバンジージャンプさせられるんですけど、それとは違う悪寒が……」

 

 当たり前だろう、幸子。お前が乗るレースカーはもちろん箱車じゃない。イベントなんかで使われる2シーターフォーミュラだ。呼んでいるドライバーも、スーパーフォーミュラで活躍している現役選手。もっとも、(あまりギャラの高くない)若手選手ではあるが、それでも実力は一級品なのは間違いない。

 

 

「もちろん、うまいものも用意してるから楽しみにしてろ。コレが当日のスケジュールだ。朝早いが、迎えに行こうか?」

「この時間なら大丈夫です。新幹線で寝れますしね」

「そうか、じゃあ、当日もよろしくな」

「はい、任せてください!」

 

 というわけで、6時台の新幹線で名古屋まで移動し、ロケスタート。

 幸子は若干眠たそうではあったが、新幹線で一眠りすると名古屋ではすっかり普段のカワイイ幸子になっていた。なんというか、プロだ。

 通勤客で賑わう駅前から少し離れたトヨタ名古屋オフィス内、レクサスミッドランドスクエアから今日のロケは始まる。

 

 

「おはようございます、美城プロダクションプロデューサーの日比谷です。今週は美世がドイツに行っているためおやすみ、というわけで、男一人のむさ苦しいオープニングでございます。時刻は朝の8時、場所は、名古屋にあります、レクサスのショールームからお送りしております。こんな時間から開けてくださったトヨタの方々には頭が上がりませんね」

 

 ショールーム内のテーブルでコーヒーを飲みながらスタートした番組。いつもと違う構成は俺と制作サイドで勝手に決めた。美世がいないから好き勝手やれるのだ。ふざけたタイトルロゴも作ったし、わりかし本気でふざけにかかっている。

 

 

「クルマ関連のニュースと言えば、今週末はWECですよ。ニュルブルクリンク6時間耐久がドイツ、ニュルブルクリンクで開催されます。なに? 美世もドイツじゃないかって? 察しのいいファンの方ならもうおわかりでしょう。原田美世、ついにFIAの管轄レースにレースクイーンとして出ました! ありがとうございます! 詳しい話は次週、本人から聞くとして、それでは始めま――」

「ちょっと待ってください! カワイイボクを忘れてませんか?」

 

 展示車のNXのドアが開くと、小さな影が飛び出した。

 ドアをわりかし丁寧に占めると、腰に手を当てて少し斜め上に顔を向けたドヤ顔。

 

 

「ふふん、ファンのみなさんが待っているのは美世さんに代るカワイイボクですよ! 男一人の寂しい番組に「アイドル」タグが付く訳ありませんからね!」

「というわけで、今回は美世に変わって幸子を生贄、もといゲストにお迎えしてお送りします! 番組の始め方はわかるよな?」

「何回バラエティの仕事をしたと思ってるんですか? チョチョイのチョイですよ」

「んじゃ、始めましょう」

「幸子と」

「悠の」

「「Drive Week! スタートユアエンジン!」」

 

 今回だけのスペシャルバージョン。まさかのプロデューサーを全面に押し出すスタイル。これ、アイドルの番組なんだぜ?

 なにはともあれ、ビデオチェックなどの儀式を済ませ、機材撤収の間にこのあとの流れを確認する。

 

 

「このあと、地下駐車場で今回のクルマとご対面だ。そこも撮るからな」

「はい」

「そしたら鈴鹿サーキットに移動する。現地でレーサーの方と合流だ。着替えてレースカー同乗体験を撮影」

「わかりました」

「一応13時くらいには両方共撮影が終わるはずだから昼食。サーキットの飯っつーことで、サーキット内のレストランで出るメニューをリポート」

「あの、コレって前の結果によって変わる、みたいなことはありませんよね」

「バラエティに染まってんな。そんなことはないから安心しろ」

「はう、良かったです」

 

 うざかわ、少し生意気なキャラクターの幸子だが、仕事に対してはとても真剣だ。打ち合わせもこの通り、変に口を挟まないし、質問があればちゃんとする。疑問をすべて解決してから撮影に望む。求められることをしっかりとわかった上でそれに見合ったキャラクターを演じられるのだ。この歳で、と言っては悪いが、それこそ他の俳優やプロとして活動する人に求められることをこなせる、こなそうとするのは立派だと思う。

 

 

「それで、今回の車はなんですか?」

「高級スポーツカーだ。美世も羨む程のな」

 

 資料と、今回のクルマのキーをバッグに入れるとコーヒーを飲み干して席を立つ。同じように幸子も椅子から滑り落ちると地下へ。先行して撮影隊が用意をしているはずなのでこのままクルマに乗り込むだけだ。

 

 

「クルマに乗る機会ってあんまりなかったんですよ。それこそ家族旅行くらいで」

「ほう」

「今はプロデューサーさんに迎えに来てもらったり、ロケバスにみんなで乗ったりすることもありますから、クルマには慣れてるつもりです」

「まさか、弱いのか?」

「い、いえ、そうじゃなくて。今までクルマに乗るときにはKBYDのみんなとか、誰かが必ず一緒だったんですけど、今回はプロデューサーと2人でしょう?」

「嫌か?」

「どちらかと言えば、ワクワクしてます。みんなでわいわい移動するのも好きですけど、おや、ついたみたいですね」

 

 エレベーターを降りるこの瞬間からカメラは回っている。PVっぽく小洒落た感じで行こう、というのがこのカットの趣旨だ。

 エレベーターのドアが開く瞬間から幸子は開幕ドヤ顔を決め、一歩先に出た俺についてくる。

 薄暗い駐車場をスタッフさんの誘導に従い進むと一台の赤いスポーツカーが駐車場の枠いっぱいを使って止まっていた。

 俺はクルマを前もって聞いていたから驚きはないが、幸子の顔は少し引きつった。苦笑いしながらクルマに近づき収納式のドアハンドルに慣れた手つきを装って親指を押し込むと解錠アラームがなり、ウインカーが点滅する。大きいドアを開けると、幸子が緊張気味に乗り込んだ。

 ドアを閉めると車の前を回って運転席に。バッグをシート裏に置くと、ジャケットのボタンを開け、シートベルトを締め、幸子をちらりとみて、ベルトの確認をするとエンジンスタートスイッチを押した。

 

 

「ふぅ、緊張したな」

「な、なんだかすごい車ですねぇ」

「声震えてんぞ」

「てっきりもっと庶民的な車かと思ったら、なんだか広いし低いし、椅子だってこんな低い位置に……」

「まぁ、庶民的とは言い難いかもな」

 

 今回の車はレクサスが送り込んだポストLFA、スーパーGTでも昨年までのRCに代わって採用されたLC500だ。

 コンセプトカーそのまま公道に持ってきたようなデザイン。世界のグランツーリスモを相手に立ち回るにふさわしいインテリア。レクサスのFモデルに代々採用された5リッターV8はさらなる改良を加えられ、新開発の10速ATと組み合わせられる。

 グランツーリスモとはいえ、レースカーにもなるキャラクターを意識させるのがバケット形状のセミアニリンレザーシート。今回の車は高級志向のL packageなのでセミアニリンレザーのシートだが、他のグレードではアルカンターラとレザーの組み合わせになる。

 そして、個人的に推したいポイントはRCに続けて採用された動くメーターリング。LFAに採用され、話題になったTFT液晶モニターを活かしたこのギミックは、LFAを彷彿とさせるメーターデザインとあいまって高揚感、満足感をもたらしてくれる。

 目的地を設定し、携帯とナビのペアリングを済ませると、小物入れに突っ込んでから撮影スタッフの合図で車を出した。

 

 

「おお、でかいと緊張するな」

「こすらないでくださいね?」

「当たり前だろ」

 

 なんてったって普段乗ってるポルシェより40mm広く、270mm長く、ホイールベースに至っては400mmも長いのだ。このボディサイズが伸びやかなデザインに寄与しているのだとは思うが、のってみるとやはり大きい車であることを意識させられる。

 ロングノーズのデザインは美しいが、乗ってみると低めのアイポイントもあって少し前が見づらい感覚はある。慣れればマシになるかな?

 顎をすらないか緊張しつつスロープを登り、道路に出る。ここでも縁石でガリッとやりそうで怖い。

 内心ビビりながら道路に出ると幸子が俺の携帯をいじっていた。

 

 

「さすがプロデューサーさんですね。346の全員の曲が入ってます。ですが、このボクがいるんですからもちろんTo my darling…に決まってますね! プレイリストを作って……」

「勝手にいじんなよ。仕事用なんだから見られたらまずいもんだって入ってる」

「流石にメールを覗いたりはしませんよ。ですが、パスコードが0346と言うのは安直すぎませんか?」

「あとで変えとくさ」

 

 さすがレクサス、というべきか、素晴らしい静粛性とサラウンドで、幸子の歌声を独り占め状態だ。まぁ、本人が隣にいるわけだが。

 幸子もゴキゲンで鼻歌まで歌い始めたが、その間にもスルスルと行程を消化し、高速をひた走っている。

 ローギアードなセッティングと、大排気量エンジンの組み合わせで超低回転でのクルージングだ。もちろん、全車速追従クルコンもついているので100km/hにセットしたらアクセルに足をおいておくだけの楽ちんドライブである。

 

 

「幸子、一応車番組だから今んとこの感想を」

「はいっ!? もちろん、快適なドライブですよ? プロデューサーさんは安全運転ですし、こんなにいい車にカワイイボクも乗っているんですから退屈しないわけありません」

「さっきから鼻歌まで歌ってるもんな。幸子の鼻歌CDでも出すか?」

 

 恥ずかしがる幸子を全力でスルーしつつ、機材車に追い抜かれたことを確認すると一旦SAで休憩という名の時間稼ぎだ。改めて陽の光のもとで見るとエグいデザインしてると思う。

 

 

「幸子、なんか食べるか?」

「小腹もすきましたし、ブランチ……には少し早いですねぇ」

「ま、このあともあるしな。何か飲み物買ってくるよ。何がいい?」

「オレンジジュースをお願いします」

「わかった」

 

 自販機で俺のお茶と幸子のオレンジジュースを買うと車に戻り、シートに座るとスタートスイッチを押した。幸子はジュースを受け取るとシートベルトを締め、また俺の携帯をいじると今度は友紀のシングルを流し始めた。

 高速の合流で踏み込むと大排気量V8らしい太いエキゾーストノートが響く。それも美しく調律された楽器のように、心地よい程度に車内に入り込む。この辺も含め、全て計算ずくで作られているのだと改めて感じさせてくれる。

 高速道路が快適なのは言うまでもなく、ICを降りて下道をゆっくり走っていても「トルクで走らせる」感覚を味わわせてくれる。高速での落ち着きと下道での取り回しを両立させるのはパワステの調整だろうか? 最近は車速に応じて操舵力変えるやつもあるしな。

 

 

「もうそろそろみたいですね」

「そこの交差点を曲がったらゲートだ。まぁ、中も広いんだろうな」

「プロデューサーさんは鈴鹿サーキットに行ったことはないんですか?」

「ないな。遠いし」

「意外ですね。てっきりレースを見に来たりしてるかと思ってたんですけど」

「そういうのは全部富士やもてぎだな。車で2~3時間だし」

 

 そう言いながら俺にとっても初めての鈴鹿サーキットのゲートをくぐると看板を頼りに本コースへ向かう。迷うことなくパドックまでたどり着くと、なんの迷いもなくピットレーンに車を進めた。

 そこでスタッフからヘルメットを受け取ると被ってあご紐を締め、隣の幸子をみた。

 

「あれ? スタッフさんたちは向こうに…… これなんですか?」

「ヘルメットだ。ちゃんとあご紐締めたか? シートベルトしてるな? ジュースのキャップは閉めたか?」

「え、え? まさかこのままサーキットですか? 借り物の車で?」

「許可は取ってあるに決まってるだろ?」

 

 ピットレーンを60km/hで進むと、なんとも感慨深い。数々の名レースが繰り広げられ、F1も開催されたコースを自分の手で走れるとは。

 隣で早くも悲鳴を上げそうな同乗者はさておき、ドライビングモードをSport+に。メーターのリングが真ん中にスライドしてホワイトの文字盤に変わる。流石にレッドゾーンは7000からだが、それでも十分に高回転だ。

 そして、シフトレバーを横にずらしてマニュアルモードに。メーターに移るシフトポジションインジケーターがMを光らせると数字も見える。10段もあるから忙しそうだ。

 ピットレーンを出ると同時にハンドルの裏にあるパドルを2回引くとV8エンジンは今までにない唸りを上げて2トンの巨体を押し出した。

 

 

「うぉっ」

「あわわわわわわ!! プロデューサー! これは、まずいですよ!」

 

 パーシャルスロットルで1コーナーから2コーナーへつなげると、S字にはいる。速度はそこそこ高め。それでも破綻する気配もなく、軽くタイヤを鳴かせながらグイグイと曲がっていく。

 LSDの装備されないグレードではあるが、それでもトラクションのかかりに文句はなく、デグナーへ向けて突っ込んでいくときも、軽くブレーキを踏んで頭を入れると、重いはずの頭はすんなりと向きを変える。立体交差を抜けてヘアピンに向けて緩やかに曲がりながら姿勢を整えると一気にブレーキを踏み込んだ。

 

 

「あぐっ! うああああ!」

「まだ音を上げるには早いぞ。このあともっとすごいのが待ってるからな」

「はやっ、早すぎっ、すべ、滑ってますよ!!!」

 

 立ち上がりに少し踏みすぎると軽くリアがブレイク。それでも俺がアクセルを抜くより早く電子制御が介入してくる。それもまた一瞬。スプーンに向けてグイグイと車速を上げていく。

 

 

「プロデューサーさん、今度は何をいじってるんですか?」

「トラクションコントロールを切ってる」

「????」

 

 頭に疑問符を浮かべる幸子を置き去りにするようにスプーンへ突っ込んでいく。進入時に200km/h近い車速を少し落としてからコーナーが深くなったところでブレーキを強く短く踏み込んでから一気にアクセルを踏む。

 すると、さっきはあっという間に電子制御が入り込んできたが、今度は簡単にテールスライドを許した。それでも、大柄な車体のコントロールは容易い。

 

 

「世界が横に動いて! ぶつかる!?」

「こりゃすげぇ!」

「そんな呑気なこと行ってられませんよ!? 車が横向いてたんですよ!?」

 

 騒ぐ幸子の口を塞ぐように130Rを全開で駆け抜ける。とんでもない横Gがかかったが、それも幸子が飛んできたりすることはなかった。

 ゼブラゾーンを結ぶように走ると最後のシケインにフルブレーキングで飛び込んでいく。内臓が飛び出るような減速Gをサーキット走行には心もとないシートベルトで受け止めるとフル加速してホームストレートを駆け抜けてからS字にはいる手前でUターンだ。

 

 

「おーい、幸子、生きてるかー?」

「何回死にましたか?」

「3回くらいじゃないか?」

 

 顔を真っ青にした幸子をよそに、パドックに戻ると早速番組の続きだ。指定された場所に車を停めると、車から降りざまにヘルメットを脱ぎ、どこぞの島国の番組のごとく自然にスタートさせた。

 俺はね。

 

 

「さて、場所は代わって鈴鹿サーキットのパドックからお送りします。見ての通り、LCでサーキットを走ってきたわけですけども、いい車ですねコレ。車重を感じさせない身軽なフットワーク。S字なんかくるくる向きが変わりますよ。4WSとLSDがないグレードではあるんですけど、それでもスポーツ走行を十二分に楽しめますね」

「ぼ、ボクも初めての体験でしたけど、すごく楽しかったですよ。まさかプロデューサーさんがあんなこともできるなんて思いもしませんでしたね」

「声震えてんぞ」

「そんなわけ無いでしょう! さ、続きですよ! このあとは、カワイイボクがレースカーに乗りますよ!」

 

 ヘルメットで髪がぺしゃんこになった幸子はジュースを補給すると幾分気分は戻ったようで、早速着替えて2シーターフォーミュラに乗ってもらおう。

 今回使うのはわざわざ持ってきて貰ったフォーミュラニッポン時代の2シーターフォーミュラだ。いくら古いとは言え、現役バリバリだったマシンを2シーターにしたものらしいから、速さは折り紙付き。前もって走ったドライバーさん曰く「いまのよりは少し乗りにくいけど、十分に速い」とのこと。コレは期待できる。

 

 

「着替えてきましたけど、このレーシングスーツって言うんでしたっけ? 妙にぴったりなんですけど……」

「そりゃ、作ったもん」

「え!? ホントですか? この番組そんなにお金あるんですか? プロデューサーさんの首とか大丈夫ですか?」

「お前はそんなとこ心配せずに、この先の心配をするべきだろうな」

「はぁ…… えっと、気を取り直して、まずは今回のゲストをお呼びしましょう」

「今回のゲスト、昨年度は全日本F3でシリーズ2位、今シーズンはスーパーフォーミュラに参戦している――」

 

 ゲストドライバーさんを紹介し、そのままピットに向かうとすでにマシンは準備万端。

 幸子が「これってF1ですよね! そんなの聞いてないですよ!」と叫ぶのを無視してマイクの仕込んであるフルフェイスのヘルメットを被せ、改めてスーツを確認すると"後部座席"に押し込んだ。

 シートには予め小柄な幸子に合わせてあてものを用意してあったので体はぴったりを収まる。そして5点式のシートベルトで体をきっちり固定すると注意事項の説明だ。

 予め書面にして渡されていたので俺がそれを読み上げる。

 その間にドライバーさんが前に乗り込むと、ハンドルが取り付けられたり何だったり……

 

 

「走行中は危険ですので、体や腕を車外に出さないでください。前にあるパイプをガッチリ握っておくといいらしい」

「コレですね。それから?」

「一応マイクで録音してはいるが、無線も繋ぎっぱなしだからこっちにも聞こえる。何かあれば叫べ」

「さけ、叫ばないといけないんですか!?」

「その方が確実だろうな。それから、絶対に無理はするな。バンジージャンプなんかよりずっと辛いだろうからな」

「バンジージャンプよりつら、え?」

 

 最後まで言い切る前に車のそばを離れるとレース用のエンジンに火が入る。爆音に思わず耳を塞ぎながらピットの壁際まで寄ると、幸子を乗せたフォーミュラマシンはピットレーンに飛び出していった。

 なんだろう、さっき俺が走ったよりもこの時点で速そう。

 甲高いエキゾーストノートを響かせてコースに入っていったフォーミュラを見送ってからヘッドセットをつけると、早速幸子の叫び声とドライバーさんの声が聞こえてきた。

 

 

「いやぁ、幸子ちゃんとドライブなんてすごい嬉しいです! KBYD応援してます!」

「あり、うあっ、それどころじゃっ!」

 

 なんだろう、頭を四方八方に持っていかれる幸子が容易に想像できる。もちろん、幸子の顔が映るようにカメラもおいてあるが、これは後で見るのが楽しみになってきた。

 対するドライバーさんは余裕綽々といった感じで幸子をおだてまくっている。打ち合わせの段階で聞いてはいたけど、筋金入りのファンらしい。あとでサインをプレゼントだな。

 1周めを終えると、無線で聞こえてくるのはドライバーさんのおしゃべりと幸子が発する悲鳴、呻き、ヘルメットが何かに当たる音。それも長くは続かず、2周めを終えてホームストレートをまたかっ飛んでいった頃には声すら聞こえなくなったのでペースを落としてもらい、クルージングのペースで戻ってきてもらう。

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「でも、僕らはこれ以上のペースで2時間くらい走り続けるんですよ」

「車に乗るだけのお仕事だと思ってましたけど、コレは、ハードですね……」

 

 ヘアピンを超えたあたりで会話も聞こえてきたので、一安心。復活の早さは普段から体を張ったロケの賜物だろうか?

 想定通りの反応ももらったのでピットに入ってきたマシンから幸子を引きずり出す。

 

 

「さっきのプロデューサーさんの運転が生ぬるく感じましたよ……」

「バンジーより辛かったろ」

「なんというか、加速も、ブレーキも、曲がるのも、全部体を持っていかれそうになりますね。最後のカクカクの前なんて内蔵飛び出るんじゃないかと思いましたよ」

 

 タオルで乱雑に汗を拭う幸子から少し拗ねたように感想を聞くと、ビデオチェックに入る。そう思い、立ち上がって振り返ると監督がいい笑顔でヘルメットを俺に手渡してきた。反射的に受け取ってしまったが、なにこれ。俺も乗るやつ?

 救いを求めて辺りを見回すも、幸子が

 

 

「プロデューサーさんも乗ってみればいいですよ。車好きには願ってもない体験でしょうしね」

 

 そう言い放ったお陰でフォーミュラの後部座席にねじ込まれ(それも、大人が乗るには窮屈だ!)気がついたらマシンは走り出していた。

 

 

「うご、うわああああああああああ!!!!」




やたらと筆が乗った
多分もっと長くできたけどこれ以上はグダるので自重


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ep14

 #1 Producer meets car

 夏真っ只中、学生アイドルは長期休暇に入り、仕事が入れやすくなる。さらに特番も増えるから需要も上がる。それは多くのアイドルを抱える346プロにももちろん大量の仕事オファーが来るわけで、俺や武内さん、アシスタントのちひろさんもプロデューサーとほぼ変わらない業務をこなしてもなお捌ききれない量であった。

 成人済みのアイドルに現場を任せることも増え、社用車も、ほぼ全部出払ってしまう。

 だが、ピークは8月の頭。9月に入るまでテレビに出ずっぱりじゃないか、と思うかもしれないが、番組制作の期間を考えるとそれくらい早くに撮るものは撮ってしまうのだ。

 そして、仕事というのはいきなり一区切りついたりしてしまったりするもので、それが今日というわけだ。今日を乗り切ると、夏季クソ忙しい期間は終わり、明日からは346制作の特番撮影のため、ヨーロッパに所属アイドルほぼ全員で慰安旅行も兼ねた撮影旅行に行く手はずになっている。

 そんな中、忙しいのを承知の上で朝からいつもお世話になっているディーラーに来ている。

 

 

「おはようございます」

「日比谷様、お待ちしておりました」

「朝早くから無理言って申し訳ないです」

「いえ、サービスの一環ですから。それに、お待たせしているのはこちらですし」

 

 俺の月給の1/4を食うポルシェ、その壊滅的積載量をなんとかしようというのが今日の魂胆。

 ポルシェの壊滅的な積載量不足を解消させる禁忌の呪文。

 

 増車だ。

 

 なんとか留美をなだめすかしてご機嫌を取り、時間を見て荷物を少しずつ留美の家に移し、マンションを売ったお金で一括購入したわけだ。

 給料の額面が増えてから金遣いが荒くなって仕方ない。

 

 

「ここだけの話、国内登録1号車ですよ」

「本当ですか? 広報車とか……」

「まだ日本にはお披露目のときに持ってきた車しか無いんです。なので、ナンバー取ったのは日比谷さんのが初です」

 

 人生で1度聞くか聞かないかと言った嬉しい知らせを聞いてからキーを受け取って店の外へ。

 ペイントブースさながらの蛍光灯に囲まれたブースに入ると傷などの確認を始める。当然、塗装のムラや傷などあるはずもなくたっぷり時間をかけて新車の前で難しい顔をするだけになってしまった。

 そのまま911と同じ、アダプティブスポーツシートプラス(長い……)を備えたドライバーズシートに収まる。目の前に広がる景色は911とほぼ同じ。ただ、5連メーターは真ん中のタコメーター以外はディスプレイだし、アナログなボタンは悉く排除され、全てタッチコントロールに変わっている。

 正直なところ、ブラインドタッチ(と言うと少し語弊があるが)ができないのは車としてどうかとも思うが、公式をして「スマホライク」な操作性を謳うのだから仕方ないか。

 車を模したキーにも慣れ、エンジンをスタートさせるとV8のけたたましいエキゾーストノートが…… 聞こえない。

 

 

「やっぱり、わかってても寂しいですね」

「911に乗られるお客様は皆さんそう仰いますね」

 

 そのままナビやなんかの基本的な使い方を教わるが、「殆ど911と同じです」の一言で納得。車特有の機能も教えてもらい、記念にキーホルダーを頂いて書類をダッシュボードに。さて、仕事だ。

 事務所に着くと駐車場に珍しくちひろさんのGT-Rが止めてあったので、(不自然に空いていた)その隣に止めるとオフィスまでの長い道のりを歩き始めた。

 

 

「こんちわーっす」

「日比谷さん、用は済んだんですか?」

「ええ、なのでさっさときました。ちひろさん、今日は車なんですね」

「はい、このあとトライアドの3人を迎えに行ってそのままフェスに」

「ハードっすねぇ……」

 

 いろんな意味で。

 ちひろさんだから文句も言えないだろう。

 外行きの黒いジャケットに着替えると、それじゃ、行ってきますね。と言って出ていくちひろさんを見送り、自分のデスクに付いた。

 さてさて、恒例のメールチェック。まぁ、携帯と同期してるから出先で見てはいるけどクセみたいなもんだ。

 最後に見たときから新着はないので、そのままスケジューラーを開くと、このあとは楓さんをラジオ局まで迎えに行き、雑誌の取材でカフェにいる千夏を拾い、楓さんをスタジオで下ろして千夏はそのまま戻ってきてレッスン。

 そしたらそのまま俺は出版社に出向いて美世と合流、次に取材に行く試乗会の打ち合わせをして美世はそのまま帰宅、俺はまた事務所に蜻蛉返りして書類を作り、トライアド初め、346のアイドルが数組出演するフェスを少し見てから留美を拾って帰宅。

 こんなプランがきっちり作れてしまうほど予定が詰まることは早々ないのだが……

 

 

「とりあえず車だな」

 

 社用車のキーが掛かるボードを見ると、見事にすべて出払っており、利用状況の書かれたホワイトボードは様々な名前で真っ黒だった。

 これは、マズい。

 何はともあれ、車を出さないわけには行かないのでまた駐車場まで降りてまだひんやりする車に乗ると、エンジンをかけた。

 そして車を動かしながらも楓さんに電話。こういうときに純正ハンズフリー様々だ。

 

 

「はい、高垣です」

「おはようございます、日比谷です。予定通り、今から迎えに行きます」

「わかりました。近くまで来たらまた連絡をください」

「はい、ではあと30分くらいで着くので」

 

 そしてナビに従いラジオ局の近くまで走ると再び楓さんに電話。局の前にの路肩に車を止めるとちょうど楓さんが出てきた。やけに荷物多くねぇか?

 慌てて駐車場に車を入れると、ミラーに映った楓さんは両手になにやら紙袋を下げていた。

 

 

「お迎えありがとうございます。これが噂の新車ですか?」

「ええ、まだ誰にも言ってないはずなんですけど……」

「留美さんが『家売って車買った』ってボヤいてましたよ。これはトランクの方がいいですか?」

「生物とかじゃなければ。どうしたんですか?」

「馴染みのスタッフさんから頂いたんです」

 

 紙袋から取り出された箱には熨斗が巻かれ、御礼の文字が見えた。どうやら温泉のもとのようだ。

 もう一歩は日本酒の飲み比べセット。こっちのほうが楓さんの心を掴んだようだ。心なしか目が細くなった。

 

 

「積んじゃって大丈夫ですね」

「はい、お願いします」

 

 楓さんを隣に乗せると、ハイブリッドらしく、モーターでスルスルと走り出し、エンジンがかかるときも継ぎ目なくスムーズに動力が移行していく。

 とは言っても都心部の街乗りではモーターの割合が多く、車内にはラジオから聞こえる時事問題しか聞こえない。

 

 

「誰かさんのポルシェよりもずっと大人な車ですね」

「そういう点はやっぱり志向の違いが明確に出ていいと思うけど。別につまらない車でもないし」

 

 そう、ハイブリッドでもプリウスやアクアのような退屈さがない。本当に感覚的なものだが、キチンと"車"なのだ。

 バッテリーの容量が足りなくなるとエンジンがかかるが、発進時はモーターのトルクで進むので、2トンを超える巨体であっても不足は感じない。

 まぁ、ボディサイズは代官山の裏路地を進むには怖いサイズではあるが、それでも911と比べて幅が少し広いくらい。アイポジションが少し高いのもあって大きい車に慣れていればそこまで不安は感じない。

 

 

「そこのカフェですね。前に聞いてたお店です」

「ほぉ、よくこんなとこまで来ようと思うなぁ。駅前のスタバで十分だわ」

「女の子はそういう無駄なことに価値を見出すんですよ」

 

 駐車場は無いので路駐になってしまうが、いかんせん道が狭いので先方との挨拶も手短に済ませると千夏をリアシートにご案内。

 

 

「あっ、楓さん。おはようございます」

「お疲れ様。ふふっ、反射的にそう言ってしまうあたり、千夏ちゃんも染まってきたわね」

「ですね。どうしてお昼でもいつでも『おはようございます』なのか不思議に思ってたんですけど」

 

 芸能界の不思議、いつでもどこでも『おはようございます』と挨拶する。理由は俺も知らないが、たしかに変だよなぁ。今なんて昼前なのにさ。

 

 

「日比谷さん、また車買ったんですか?」

「またってなんだ、またって。まぁ、また買ったけどさ……」

「留美さんがボヤくわけですね」

「でも、どことなく仕方ないな、って顔してるんですよ。手のかかる子供見てるみたいに」

 

 女性陣から暖かい笑みを向けられつつ、こっ恥ずかしいのをこらえて路地をすすむ。

 車内が静かなだけに空気に耐えられずにラジオをつけると「あ、逃げた」みたいな顔されるのが尚の事つらかった。

 裏路地をモーターのみで走り抜け、幹線道路に出ると一気に流れが速くなる。

 それでも無言の抗議としてやってみた信号からのダッシュは911もかくや、と思うほど強烈だった。もちろん、ブーイングの嵐は避けられないが。

 スタジオで楓さんを降ろすとあとは事務所に帰るだけ。ここまでの平均燃費はちょっと気合入れて踏んだりしてもオンボードコンピュータで10km/Lを超え、本当にシステム出力600psオーバー、車重2トンオーバーのセダンとしては優秀なスコアをだす。

 ちなみにカタログでは30km/L以上であることを考えるとうーん、とは思うが。

 

 

「いつもの車とは大違いの乗り心地ね。私も車買おうかしら」

「この車買うとなると覚悟がいるな。なんせ3000万だ」

「外車ってところでそれなりとは思ってたけど、改めて聞くとやっぱりすごい額ね。留美さんも呆れるわけだわ」

「説得するのが大変だったよ」

 

 千夏にも呆れられたが、俺の911はオプション山盛りでも広報車上がりの中古ということで目玉が飛び出るほど高い訳ではない。

 リアシートでタブレットをいじる千夏をミラーでチラ見してから車を転がすともう数十分で346プロに。そのまま駐車場に車を入れるとちひろさんはまだ帰ってきてないらしい。代わりに武内さんの車が止まっていたからその隣に止めた。

 

 

「やっぱ白はいいな」

「日比谷さん、新しいおもちゃ買ってもらった子供みたいですよ」

「クルマってのは男をガキに戻してくれるのさ」

 

 




誤字修正が来ていましたが、全て削除させていただきました。

レクサスが昨シーズン、SGTで使っていたのはRCのFというモデルですので、RCで間違ってはいません。

前の車に追従するクルーズコントロールは、「全車速追従機能付き」クルーズコントロールです。前の車に続いていくから「前車速」というわけではありません。

一応調べて書いてますので……


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ep15

ひたすら長いスペシャル回、33000文字ドーン、です
3年くらいネットで物書きモドキやってますけど、こんなに長い話を書いたのは初めてかもしれません


 # Idol & Producer meet cars and a lots

 

「Hello! Thank you! any way, any way, we get in U.K!」

 

 耳をふさぎくなるほどの歓声、鳴り止まない拍手。その中心で拙い英語とわざとらしいオーバーなアクションでもって観客を静止する美世。

 

 

「Tonight, Producer be a... あー! もう! 今夜は!プロデューサーはスパイに。私は絶叫、美波ちゃんはアイドルらしからぬセリフで大人を罵倒します」

 

 英語で進行することを諦め、日本語で話し始めたが、まぁ、収録直前の無茶振りにしては頑張っただろう。

 流石、T◯P GEAR やGrand T◯urを見ているだけあって、それっぽい。

 

 

「さて、今回はイギリスの極秘スタジオ、アバディーンからA944号線で1時間ほどの場所にある飛行場…… からお送りします! お察しの方が殆どでしょう。某番組のパクリです! MCは代わり映えしない私、プロデューサーの日比谷と」

「原田美世の二人でお送りしますが、が、ですよ、プロデューサーさん。今週は346サマースペシャルの一環として、スタジオにはこのあとに飛行場で大運動会企画の収録を行うアイドルとスタッフの皆さんが一緒です! もちろん、ゲストも豪華ですので、いつもより長い2時間、くらい! よろしくお願いします!」

 

 そう、我々は日本を飛び出してはるばるイギリス、スコットランドの片田舎へ。

 小さな飛行場のハンガーに仮設セットを組み立てて収録を行っている。ここで美世のDrive Week SE(Special Edition)の最後の収録、スタジオパートを撮ってしまうわけだ。

 もちろん、数ヶ月前から始まっていた特番企画の一つとしてこの番組が選ばれた事で、番組スタッフ全員の頭にはあの車番組が浮かび、それを俺らの手で作ってやろうと心を一つにした瞬間だった。

 

 

「それでは、まずは私が最新のブリティッシュスポーツに試乗してきました」

 

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 芸術的なボディライン。イギリスのクラフトマンシップが息づくアルミが生み出す嘆息物の美しさ。

 伝統的なスポーツカーの流儀に則ったロングノーズの下には、今の時代にそぐわない12個のシリンダーが静かに、だがはっきりとその存在を主張しています。

 

 

「今乗ってるのはアストンマーティンのスタンダード、DB9。DB7の後継として2004年に発売されたモデルです。これぞスポーツカー。長い頭。流れるようなルーフラインを描くキャビン。低いシートポジションとでかいドア。そして何より」

 

 この6LのV12エンジンが格別のフィーリングを生み出します。

 今となっては絶滅危惧種の自然吸気V12エンジンはそれこそ、モーターの如く滑らかに、でも官能的に回ります。

 

 

「トルクカーブは滑らか。どこから踏んでも加速し、上まで気持ちよく回る。それに」

 

 ちょっと遊んで貰おうと思えば簡単にリアをスライドさせられるほどのパワーを秘めています。

 今となってはと少なく感じる6速のトルコンオートマチックギアボックスを介してホイールに伝わるパワーは547馬力。それでもやはり、10年以上前のモデルが基本ともなるとそれ以外の部分で時代遅れ感は否めません。

 

 

「そこでアストンマーティンがその後継に選んだのがコレ」

 

 その名をDB11。

 番号が飛んでるのは007でジェームズボンドが乗っていたのがDB10だから。名前の通り、10台しか造られす、オークションでとんでもない金額が付いたのをご存知の方もいるでしょう。

 そのデザインエッセンスを取り込みながら、誰でもジェームズボンドにしてくれるのがこのクルマ。

 

 

「エンジンはV12、だけど時代の流れに乗ってダウンサイジングした5.2Lターボ。けれど、そのおかげでパワーは600馬力の大台を超えた608馬力、たったの1500回転で出てくる最大トルクも71キロと、フラッグシップのヴァンキッシュをも超えるスペックです」

 

 エンジンはもちろん、ギアも8速に多段化され、走りはもちろん、燃費も多少は良くなっています。

 6速のタッチトロニックから格段の進化を遂げた8速ATの出来はもちろん良く、大パワー、大トルクのアウトプットを余すことなく後輪に伝えます。

 もっとも、後輪は耐えきれていないらしいけれど。

 

 

「DB9もそうだったけど、踏めばしっかりパワーを出してくれる。アストンマーティンが見かけだけのスポーツカーじゃない証明だ。けど、コイツはやり過ぎだ! 3速でホイールスピンしやがる!」

 

 ターボが付いてさぞかし不機嫌なフィーリングかと思いきや、自然吸気と同等のスムーズさ。トルクの立ち上がりも雑さがなく自然にターボが後押ししてくれる感覚。

 上を捨てて下に振ってるわけでもなく、5000回転までのトルクバンドを抜けても針は勢いを止めずに回り続けます。

 

 

「エンジンが足元のすぐそこまでめり込んでるおかげで、2トンもあるのにステア操作に対する反応がリニア。重さを上手く使って落ち着きと安定感に繋げてるようなイメージがあるね」

 

 それはたとえ後輪がパワーに負けて白煙を巻き上げていても同じこと。大柄なボディはスタビリティの向上に一役買っているに違いない。

 けれど、だから俊敏で無いかと言われればこう答えよう、「ノー」と。

 

 

「例えば、レーンチェンジみたいに少量の舵角をゆっくり当てた時の動きと、障害物を避けるときに大きな舵角を素早く当てたときの動きが変わらない。どっちも安心感があるのにしっかり付いてくる。こりゃ最高だな」

 

 紳士的なマナーの良さと、スパルタクスの荒々しさを併せ持つアストンマーティン。そこに加わる新世代もまた、素晴らしいまでの二面性の持ち主だった。

 

 

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「やっぱりアストンマーティンはスポーツカーのお手本だと思うよ」

「なんというか、シンプルにかっこいいんですよね。羽とかエアダクトとか、そういう派手なものじゃなくて、素材で勝負というか」

「飾り気のない感じな。AMGやポルシェがかっこ悪いわけじゃ無いんだけど、純然たるスポーツカーってのはこうあるべきなんだろうな」

「ですが、あたしが乗ってきた車も純粋さでは負けてませんよ」

 

 

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 やってきたのは伝統あるサーキット、ブランズハッチ。高低差が激しく、高速度で逆バンク気味に下って曲がる1コーナーは多くのレーサーを飲み込んできました。

 

 

「道幅も国際サーキット程とは言えず、ランオフエリアもあまり広くありません。ですが、イギリスモータースポーツの聖地の一つとして現在もDTMを始めとする多くのレースが開催されています。今回、私はここでイギリスのライトウェイトスポーツを、乗り倒したいと思います」

 

 まずはライトウェイトスポーツの原点。

 ケーターハム セブン

 

 

「この子はセブンの中でもスタンダードな270。1.6Lのエンジンと、古風な5速マニュアルトランスミッション搭載のモデルですね」

 

 車重はセブンにしては少し太り気味の600kg。ウインドスクリーンや鉄板のフェンダー、スペアタイヤが重たいみたいです。

 けれど、それでもパワーウエイトレシオは4.4kg/ps。WRXより少しいい程度、と聞くとやはり軽さは正義だってわかりますね。

 

 

「吼えるようなエキゾーストノートや、内蔵を置いてくるほどのパワーはありません。けど、しっかり聞こえるエキゾーストノートに合わせてギアを変える。本当にこんな動作だけで『クルマに乗ってる!』って感じますね」

 

 ですが、ケーターハムは135馬力、600kgでは妥協できなかったそうです。

 ウインドスクリーンやスペアタイヤを捨て、外装は可能な限りカーボンに。

 1.6Lのフォード、シグマエンジンは最新の2Lデュラテックエンジンに換装され、さらにスーパーチャージャーで武装します。

 その結果がこちら。

 

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」

 

 セブン 620R。名前の由来は1トン当たり620馬力を発揮するから。

 車重は550kgまでダイエット。エンジンパワーは2倍以上の380馬力。パワーウエイトレシオは驚愕の1.4kg/ps、ブガッティ・ヴェイロンと大差ありません。

 ですが、セブンのタイヤはヴェイロンの半分以下の太さ。しかもリアホイールドライブです。

 

 

「スリックに溝を掘っただけの似非スリックタイヤでもコントロール不能なパワーです! ウィンドスクリーンなんて無く、目の前にはカーボンの、何かがあります!」

 

 マイクに風切り音しか入らないのでヘルメットをかぶることにしました。

 だいぶ快適です。

 

 

「小さなボディに過給器ドーピングをした2L。ギアはHパターンではなく、6速シーケンシャルになってます。ロックトゥロック2回転足らずのクイックなハンドルと、底まで5センチしかないアクセルではまともに走らせることすら難しいです!」

 

 お察しかと思いますが、この車は定年後の夫婦が楽しくドライブをする車ではありません。トラックデイを無双するためのリーサルウェポンなのです。

 革張りだったインパネはカーボンに変わり、トグルスイッチが大量に並びます。一般的なHパターンからシーケンシャルに変わったミッションはストレートカット。つまり、レースカーと同じです。

 

 

「こうして走らせていると、野太いエキゾーストと、ギア鳴りの音しか聞こえません。気分はレーサーです!」

 

 ホームストレートを全開で駆け抜け、下りながら曲がる第1コーナーに突っ込んで行っても飛んでいったりすることはなく、すぐにやってくるヘアピンへの突入でフルブレーキを踏むとあっという間に減速し、早く走らせろと急かしてきます。

 立ち上がりは不用意にアクセルを踏もうものならあっという間にテールが流れて壁とお友達。

 

 

「スロットルワークをミスらない限りとてもコントローラブルですね。中速コーナーもフラットに曲がりますし、アクセルを離せば即座に車の向きが変わります。姿勢を整えてから…… 一気に踏み込む!」

 

 最高の気分ですが、今日はセブンだけではありません。

 ニュルブルクリンク最速の称号を幾度となく獲得するイギリスの小さなメーカー。その名をラディカル。

 生み出される車はどれもル・マンプロトを彷彿とさせる見た目ばかりです。

 SR3もその一台。

 

 

「背後で騒々しく唸るフォード製の2Lエンジンですが、フォーカスなどに採用されるターボ仕様のエコブースト。セブンとは別物ですね。6速シーケンシャルミッションはパドルシフトで操作します」

 

 セブンに増して寝そべるような体勢を強いられるラディカルはあくまでサーキット走行をメインに考えられた車。公道はあくまでもおまけです。

 インパネにはマルチディスプレイが1つとライト類のスイッチなどなど。ハンドルにもレースカーさながら、大量のボタンが並び、気分はル・マンです。

 

 

「セブンと比べると、本当は比べるまでもないかも。空気を味方につけてる分断然乗りやすいですね。けど――」

 

 すこし刺激が足りません。

 ですがご安心を。セブンにもホットバージョンがあるように、ラディカルにもあります。ニュルブルクリンク最速の、ロードゴーイングレーサーが。

 

 

「まるでLMPマシンのような取って付けたようなキャノピー。窓はポリカーボネートで、叩くとチープな音がします」

 

 その名をRXCターボ。名前からしてヤバそうな匂いがしますね。

 車重はこの中では最も重い1.1トン。ですが、その重量の半分はミッドシップに積まれるフォード製3.5Lツインターボエンジンでしょう。パワーは460馬力。パワーウエイトレシオに直すと2.4kg/psとりっぱな数値を叩き出します。

 

 

「ちっちゃいドアと、このように低いシートポジションは決して女の子に優しくありません。それに、荷物を積むスペースも皆無で、ただ単に公道も走れるレースカーって感じが強いですね」

 

 ですが、その素性は優等生。暴力的加速は味わえますが、コーナーでドライバーを殺しにかかったりはしません。

 その理由は大量のダウンフォースを生み出すボディ。

 レースカーの技術をふんだんに盛り込み、コーナーで踏ん張り、ストレートで地面を蹴り出す力を倍増させてくれるわけです。

 

 

「エアコンも効きますし、快適性は一番です。何より、屋根がありますしね」

 

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「性格は真逆ですが、どちらもイギリスの自動車文化を代表する車たちでしたね。スタジオにはRXCターボを持ってきているわけですが、試しに乗ってみましょう。ドアを開けて…… サイドシルに腰掛けて足をねじ込んで……」

「美世、この車欲しいと思うか?」

「トランポとセットなら、考えますね」

 

 どうにかこうにか車から降りて服を少し直すと、セットの真ん中に用意された応接セットに。

 さすがに車のシートを用意することはできなかったらしく、普通のソファとローテーブルだけど。

 用意された台本を手に取ると、ここでニュースを挟んでから最後の大企画、ロードトリップだ。

 

 

「さて、ここでニュースの時間です」

「もちろん、パクるからには全力でパクリに行くのが我々のスタイル。では、最初のニュース。昔から警察に広報用の車両としてスポーツカーが入ることがあっただろ?」

「NSXとか、Zニスモとかですよね。ちっちゃい頃イベントで見かけましたね」

「けど、今年の2月、警視庁にそんなスポーツカーを差し置いて史上最強と目される覆面が導入されました。それがこちら」

「……マークX、ですよね?」

 

 ぱっと見は普通のマークX。ホワイト系で、フルエアロで。フルエアロ? 

 

 

「これ、パトカーですよね」

「覆面だけどな。このマークX、東京都が購入したわけだけど、見ての通りモデリスタフルエアロ装備。コレだけで今までの覆面と違うってのがわかるが、問題は中身だ」

「中身、ですか?」

「3.5LV6ってのは普通のマークXやクラウンと変わらんが、そこにトムスのスーチャーを突っ込んで350馬力を発揮する。高速で260km/hでもついてきた、なんて噂もあるくらいだからリミッターカットもしてあるっぽいな」

「マークXって馬鹿にできないくらい速いですよね。あの方のマークXもめっちゃ速いですし」

「ああ、スーチャーも入れてあるからこの覆面と大差ないだろうな」

 

 なにそれ、初めて聞きました。武内プロデューサー、スーパーチャージャー組んでたんですか……

 高速の合流なんか、とんでもない勢いですっ飛んでいくので一人だけちっちゃい車に乗っている身としては非常に寂しいのですが……

 

 

「首都高と中央道に11台生息しているらしい。最近はクラウンよりマークXの覆面のほうが多いらしいな」

「白黒のパトカーはクラウンがマイナーチェンジしたのに合わせてかっこよくなりましたよね」

「だな。なんというか、無理やりチープにしている感じが薄れて見栄えが良くなった」

「おっと、思ったより長々と話しちゃいましたね。次はあたしからですよ。この写真を見てください。毎年恒例のSEMAショーで公開されるロードスターのカスタムカーなんですけど」

 

 白いボディのNDロードスター。しかし、その車にあるべきフロントウィンドウは無く、メーターバイザーがかろうじて風よけになるかならないかと言った程度。

 ダブルバブル形状のリアカウルも緩やかな弧を描き、見えないはずの空気の流れをイメージさせる。

 そして――

 

 

「なぁ、なんでそのショーカーの運転席でお前が満面の笑みを浮かべてるんだ?」

「いやぁ、偶然チケットを頂いたのでこの前のオフにグローバルMX-5カップを見に行ってきたんですよ。そこにおいてあったので」

「なるほど、この前、妙に上機嫌だった理由がわかったよ。それで、何がニュースなんだ?」

「そのグローバルMX-5カップの最終戦が行われる9月に、同時開催されるマツダファンエンデュランスに参加することになりました!」

「なにそれ聞いてない」

「始めて言いましたもん。もちろん、部長からお許しは頂いてますよ」

 

 体が資本、と言うより商品ですから、危ないことはしないさせないが基本ではあります。でも、個人の余暇を有意義に使うために「コレやりたいです!」といえばスタントでもやらない限りはお許しがもらえるのがいいところですね。

 

 

「はぁ、あとで書類出せよ。サインしとくから」

「はーい、お願いしまーす!」

「さて、ニュースもこの辺にしてメイン企画行きましょう。今回、せっかくヨーロッパにいるんだから各国の道路を走りたい! というわけでヨーロッパ縦断ツアーと題してイタリアのローマから、ミラノ、アルプスをくぐってドイツのシュトットガルト、ニュルブルクを通ってオランダ、アムステルダムに向かう1800kmの旅です」

「今回選んだのは『大人のGT』。いつものスポーツカーではありません。ヨーロッパを快適に走り抜けるツーリングカーを選びます」

「もちろん、私達2人では観光なんかそっちのけでひたすら車に乗っておしゃべりすることになるのはわかりきっていますから、ストッパー役に2人のゲストをお呼びしました」

 

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 はるか昔の栄華を現代に残す街、ローマ。

 石作りの神殿と大理石の教会、レンガ作りの建物が入り乱れるのは長い歴史の波に揉まれた証でしょう。

 

 

「時刻は9時半。真夏のイタリアです。日差しは辛いですが、カラッとしてるので思ったより過ごしやすいですね。おはようございます、原田美世です。今回はヨーロッパ縦断ツアー、2000km近く走るので、それに見合った、ゆとりある車を選んできました」

 

 私が選んだのはこのイタリアで生まれた世界に名だたる跳ね馬。フェラーリのGTCルッソ。4シーターでなおかつAWD。GTを選べ、と言われて慌ててインターネットで調べたのは秘密です。

 グランツーリズモクーペを意味するGTCの名の通り、F12と同じメカニズムを搭載しながら、角を落として仕上げたのがこの車。

 

 

「日比谷プロデューサーはなんだかんだで大人しくマセラティとかにしそうですよね。ああいう羊の皮をなんちゃら、みたいな車好きそうですし」

 

 噂をすれば、観光客の喧騒に紛れて何かが近づいてきますよ。

 アレは、ベンツですね。それも、音からしてAMGですかね?

 

 

「おはよう、美世。フェラーリか…… GTC4ルッソとは、遠慮がなくなってきたな」

「そういうプロデューサーさんも、だいぶ派手なベンツじゃないですか」

「S65AMGクーペ。高級車と言ったらメルセデスだろう。偶然たまたま、V12ツインターボが載っかってるだけさ」

 

 ベンツのレンジにおいて最上位に位置するSクラス。その中で最強の一台がこのS65。(最高なのはメルセデス・マイバッハS650カブリオレだろう)最近のベンツらしく、名が排気量を表さくなっているのはこのモデルも同じで、6LV12ツインターボで2トンを超える巨体をリミッターに当たる300km/hまで引っ張る。

 

 

「うーん、マセラティとかで来ると思ってたんですけど、外しましたね。さて、2人が揃ったところで今日のゲストをお呼びしましょうか」

「今日のゲストは珍しい組み合わせかもしれないな。デア・アウローラ、と聞いてピンときたら通ですね、新田美波、速水奏の2人です!」

「こんにちは、新田美波です」

「速水奏よ。よろしくね」

「久しぶりに未成年のゲストですよ」

「大人組はダメなの多いからなぁ……」

 

 流石に先輩を悪く言うこともできない2人が苦笑いを浮かべたところで早速出発しましょう。

 最初の目的地は400km先のモデナ。お姫様2人に車のうんちくを垂れたところで何とも言えない笑みを向けられるのはわかりきったこと。途中で寄り道をして観光も楽しみたいですね。

 

 

「んじゃ、2人はどっち乗る? 好きな方選んでいいぞ」

「えっ、奏ちゃんから選んでいいよ」

「そうね。私は美世さんとフェラーリで行くわ」

「さぁさぁ、奏ちゃん荷物は後ろに。トランクもまるごと入りますよ」

 

 最近はやりのファストバックスタイルのルッソは450Lのトランクを備えます。しかも、リアシートを倒せば800Lまで増え、ゴルフバッグを縦に入れることもできそうです。

 しかし、今日は女の子2人の大きなトランクが1つずつ。きれいな箱型なら収めるのに苦労しません。

 一方、プロデューサーさんの選んだメルセデスはその一歩先を行きます。

 

 

「コイツは天下のベンツだ。アッチみたいに()()がいそいそとリアゲートを開けなくても荷物を持ったまま近づけば」

 

 カチッ、と言う音ともに電動でトランクリッドが開く。中は正直広くないが、旅行カバンを押し込むくらいなら何とかなる容量は確保されているから問題ない。

 VDAの数値だけならルッソと変わらないが、クーペボディだから使い勝手は正直悪い。

 

 

「スポーツカーって、やっぱり荷物はあんまり積めないんですね」

「まぁ、そういうもんだ。2人分は収まるから本当に"そういう"客向けなんだよな」

 

 それぞれが車に乗り込むとエンジンをスタート。同じV12エンジンを積む2台ですが、サウンド対決はフェラーリに軍配が上がったようです。

 クランキングからの大きな一発、快音を発するとおとなしいアイドリング。ちょっとアクセルに足を置いてみると一瞬タコメーターの針を跳ね上げます。

 

 

「うーん、流石フェラーリ、いい音ですねぇ……」

「美世さん、ハンドルにボタンか色々付いてるけど、わかるの?」

「ええ、ちゃんと説明を受けてきましたからね。赤いのはエンジンスタートスイッチ。その隣にライトのスイッチがあって、矢印がついてるのはウインカー。右下のダイヤルはドライビングモードの切り替えスイッチですね」

「やっぱり私は隣に乗ってるのがいいわ……」

 

 お姫様にはフェラーリは不評なようですが、メルセデスはどうでしょうか?

 

 

「流石だな。エンジンがかかっても向こうみたいに騒々しくない」

「騒々しいって…… プロデューサーさんもああいう車が好きなんじゃないですか?」

「そりゃな。けど隣に女の子を乗せるならほどほどがいいさ。女の子より車が主張しちゃダメだ」

 

 お喋りができるほど余裕です。エンジンは振動もなく、車内はこれでもかというほどの静寂。

 シートベルトを締めるとアイコンタクトで出発です。

 最新のDCTは昔のような発進、微速域のギクシャク感もなく、トルコンもかくやといったスムーズさで走らせます。

 市街地に入れば日本とは大きく違う西洋の街並みに目を奪われます。もっとも、ドライバー2人は楽しみたくてもそんな余裕はありませんが。

 

 

「すごい、絵本みたいですね」

「イタリアって海沿いの街のイメージばかりだったが、こういうトコもいいもんだな」

 

 メルセデスの美波はゴキゲン。見える景色を全て見てやろう、と思っているのかいないのか。ずっと感嘆の声を漏らし続けているようです。

 私も私で少しは緊張もほぐれて周囲に目を配る余裕が出てきました。

 

 

「美波は海外旅行の経験はあるのか?」

「パパの仕事柄海外に行くこともあったので、そのときに家族で一緒に行ったことが何度かありましたね。でも、海沿いの街ばかりだったので、ローマも中心部は初めてです」

「ほう、なら今回は新鮮な旅になりそうだな」

「はい、お話を聞いたときから楽しみにしてましたから」

 

 美波ちゃんがプロデューサーとの話に花を咲かせる一方、あたし達の方は気まずい沈黙が車内に流れていました。

 実は、奏ちゃんとお仕事をするのは初めてなのです。それに、普段お世話になるプロデューサーもあたしは日比谷プロデューサーがマネジメントなども含めて担当してくれますが、奏ちゃんは別の方。もちろん、事務所で会えば挨拶くらいはしますが、接点が少ないのです……

 

 

「えーっと、奏ちゃんとお仕事で一緒になるのは初めてですよね」

「そうね。こうして特別な回にご一緒できて嬉しいわ」

「…………」

「…………」

 

 会話終了。一応年上として気の利いた話でも振れればいいところですが、残念ながらこの時のあたしはそんな気を利かせるほどの余裕はありませんでした。

 

 

「そ、そうだ、何か音楽でもかけましょうか。奏ちゃん、Bluetoothで繋いでもらえますか?」

 

 幸いにも今回借りたルッソにはオプションのCarPlay対応ナビが付いていたのでナビとスマホを繋いでみることにしました。

 奏ちゃんは初めて触るはずの機械にもかかわらず(それに言語はまさかのイタリア語です)スムーズに接続を済ませると適当なプレイリストを選んで再生を始めました。

 

 

「美世さんはこういう曲が好みなのね」

「少しオジサン臭いですけどね。フュージョンとかユーロビートとか、どうしても昔見てたF1だったりアニメだったりの影響で」

「さっきから車の話をしたくてウズウズしてるように見えるし、本当に車が好きなのね」

「はい、もちろん!あっ」

「ふふっ、遠慮しなくていいのよ。そういう番組でしょ?」

 

 年下の子に気を使わせてしまいましたが、なら遠慮なく行きましょう。ちょうど市街地からハイウェイに入りますし、あの番組によくあるトークバトルの時間です。

 

 

「美世、聞こえるか?」

「ええ、バッチリですよ」

「おや、意外だな。跳ね馬の心臓はやかましいものかと思ってたが」

「最近の子は躾がなってるので」

 

 いうほど乗ったことないだろ、と言うツッコミはナシにして高速に入ると今回の車たちは本領発揮。水を得た魚です。

 大排気量エンジンのパワーを活かして一気にスピードを上げるとフィレンツェまで2,3時間のクルージング。

 

 

「美世、前を走ってくれ」

「いいですけど、どうしました? フェラーリの音が聞きたいですか?」

 

 ここで私は美世を先行させることに。

 理由は簡単。楽をするためです。

 

 

「見てろよ、これがメルセデスのインテリジェントドライブだ」

 

 美世もクルコンは使っているでしょうが、メルセデスはその先までサポートしてくれる車。

 自動運転、とまでは言わずとも、ドライバーが安全確認だけしてればほぼ車が勝手に走ってくれます。

 

 

「これはこれは。すごいな」

「CMでやってる自動運転ですか?」

「まぁ、完全に自動ではないけどな。俺はハンドルに手を添えてるだけだ」

 

 短中長距離の3つのレーダーとステレオカメラによって前方を監視、前方の車両に合わせて緩やかなコーナーもクリアしていきます。流石にワインディングでは使えませんが、秋頃に登場すると噂される新型では市街地にも対応するとかなんとか……

 

 

「普段は車に乗ったりするのか?」

「そうですね…… 時々パパに『たまには車に乗らないと』って言って無理やりドライブに連れてかれたりします。まだ車庫入れは苦手ですね」

「ははっ、それは本当に練習と慣れだからな。車は何に乗ってるんだ?」

「エクストレイルです。マニュアルの」

「マニュアル? そりゃ、車庫入れもつらいな」

 

 美波ちゃんが男前な車に車に乗っているのが明らかになった頃、フェラーリの車内では奏ちゃんが上機嫌に歌ってくれていました。

 ――ましゅまろ☆キッスを

 

 

「きゃっ、言っちゃった☆」

 

 奏ちゃんの前には私が李衣菜ちゃんのトワスカを歌ったり、車内はカラオケボックス状態です。

 こうなったのはお仕事の話をしていたとき、こんな流れがあったから……

 

 

「そういえば、美世さんって今年の夏、フェスにいなかったわよね?」

「ええ、雑誌の取材で鹿児島行って車乗ったりしてましたから。それがどうかしましたか?」

「美世さんの本業、アイドルよね? もちろん、仕事を選ぶのは美世さんで、ファンもついてきてくれてるからとやかく言うつもりはないけれど、最近、いつ歌った?」

「あっ……」

 

 彼女の言うとおり、ここ最近の私はこっち()のお仕事が充実しすぎて本業であるはずのアイドルらしいお仕事を受ける機会も減っていました。

 最後に人前で歌ったのは……

 

 

「友紀ちゃんやケイトちゃんとカラオケ行ったとき、ですかね……」

「はぁ……」

「れ、レッスンは出てますよ! ――できる限りは」

「歌いましょう」

「えっ?」

「日比谷プロデューサーから預かったiPodがあるわ。346のアイドルの全曲が入ってるの。これをシャッフルして順番に歌う。どう?」

「い、いいですよ、やりましょ! 私だってアイドルですから! 自動車ジャーナリストは副業ですから!」

 

 そして始まったカラオケ大会。審査員はいませんが、やけっぱちに近いノリからだんだんと本気になってきて、3曲目をそれぞれが終えたところでその目が本気になっていました。

 そうです、この番組、車番組であると同時に『アイドルバラエティ』じゃないですか!

 そして巡ってくる私のターン。このクラップから始まるイントロは、まさか!

 

 

「あら、私の曲ね」

「が、頑張ります」

 

 奏ちゃんのソロ曲、『Hotel Moonside』

 アイドルソングらしからぬエレクトロ系な曲で、奏ちゃんのクールで大人っぽい雰囲気が上手くマッチしています。

 問題はその雰囲気を壊さずにモノにできるか。初めてのステージで『お願い! シンデレラ』を歌ったときにトレーナーさんに言われたのは、「他の奴らと同じように歌う必要はない。自分たちらしくやればいい」と言うこと。

 その曲が誰の物であっても、歌う瞬間は私のモノです。

 

 

「ねぇ、見て――」

 

 最後に軽く指先を口に当てて離すのも忘れずに歌いきると奏ちゃんがスマホをコッチに向けていました。

 え、と、撮ってました? いまの。

 

 

「ふふっ。後でLiPPSラインで拡散しておこっ」

「やややや、辞めてくださいよっ! いまのVも使っちゃ駄目ですから! 絶対ですよ!」

「もう手遅れみたい」

 

 その結果、この通り本編に使われてしまったわけですが。プロデューサーさんは「持ち歌シャッフルライブも面白そうだな。真剣に武内さんと相談してみるか……」とたまに見せる真面目なプロデューサーモードで言ってたりもして。

 秋の定期ライブは期待してもいいんじゃないですか……?

 

 

「大成功だな。聞いてたか?」

「美世さんの歌、ちゃんと聞いたの初めてです。やっぱり上手ですね」

「最近アイドルらしい仕事させてやれなかったからな」

 

 奏が気を利かせて無線をつけっぱなしにしていたおかげで、こっちでも美世の歌声は聞こえていました。

 美世のマネジメントも行う俺としても、最近の美世の仕事がジャーナリストじみて来たことに思うところが無かったわけではありません。

 この特番が放送される頃に発表されるであろう、346プロダクション、オータムライブにはもちろんアイドルとして歌って踊ってほしい。その前フリと言うわけではありませんが、美世としても"アイドル"である自分を改めて思い起こすきっかけにでもなれば、と思ったのは事実でした。

 

 

「プロデューサーさんは車乗ってるときに歌ったりすることありますか?」

「時々やるなぁ。やっぱり車って一人の空間、って感じがあるから、そういうとこ緩むっていうか……」

「わかります、ちっちゃい頃に家族で出かけた時とか、車で歌うとママが褒めてくれたり」

「ああ、あったなぁ」

 

 小さい頃の記憶に思いを馳せつつ、モデナの130km手前、フィレンツェの街へ。

 ルネサンス文化の中心地、世界遺産にも登録された美しい街並みを遠目に眺めます。というのも、市街地は車の乗り入れ規制があって入れないから。

 

 

「綺麗……」

「凄いですね。オレンジ色の街ですよ」

 

 丘の中腹を走る道路から街を見下ろすと、そのまま市街地に近づきます。

 もちろん、中には入れませんから駐車場に車を止めて足での散策。美術館に入らずとも、屋根のない博物館とも称される街は至るところに華やかな文化の一端を感じさせてくれます。

 

 

「教科書でしか見たことなかったけれど、実際に見るとなんというか、言葉に詰まるわね」

「路地の一本一本も可愛くて、なんだか映画のワンシーンみたいですよね」

 

 昼食を済ませると駆け足気味に美術館と教会を巡り、日が傾いてきた頃に今日の目的地、モデナに出発です。

 向かうのはもちろんフェラーリのお膝元、マラネッロ。

 フィレンツェから2時間ほど走ればそこはフェラーリの街。通りの名前もアスカリやビルヌーブなど、フェラーリゆかりの人物の名前がつけられるほど。

 そんな街でミハイル·シューマッハが愛したお店、リストランテモンタナでディナーを頂くことになりました。

 

 

「シューマッハ御用達の店でディナーとはな」

「壁にスーツがかけてありますよ!」

 

 少しお行儀の悪い美世はさておき、名物おばさんの出してくれるメニューはどれも絶品。

 お堅い雰囲気の店でもないのでシューマッハやアレジのみならず、多くのスターが愛したイタリアの家庭の味が楽しめます。本当ならさらにワインも頂きたいところですがドライバーは飲めません。助手席のお姫様も飲めないけれど。

 

 

「いやぁ、たまらんなアレは」

「もう満足です。このまま帰ってもいいくらい」

 

 ディナーも済ませてホテルに。つい癖で胸元に手をやってネクタイのないことに気がついてからラフな格好に着替え、ラウンジでやっと一杯。慣れない海外の道路でしたが、それ以上に運転が楽しく、美しい景色や文化に触れられた1日でした。

 

 

「オタク旅だが、2人は楽しんでるか?」

「もちろんです。綺麗な街に美味しい料理も。車の事はよくわかりませんけど、すごく快適でした」

「私も楽しかったわ。情熱の国の一端に触れられたし、F1ドライバー御用達の食事も良かったわ」

「それは良かったです。明日からはもっとオタクっぽくなるので2人は退屈かもしれませんね」

「そうなりすぎないように私達がいるんでしょ?」

 

 奏ちゃんに釘を刺された我々が苦い顔をしたところで1日目は終わりです。

 視聴者の皆さんの期待するサービスショットもなしに2日目の幕開けはムゼオ フェラーリに展示される歴代のフォーミュラマシンの前から始まります。

 

 

「おはようございます。頑張ってテンション下げてるのわかります?」

「全力で笑顔こらえてるもんな。そんなに嬉しいか?」

「もちろん!」

 

 歴代のF1マシンに囲まれ、破顔気味のあたしといつもより2割位テンション上がって見える日比谷プロデューサー。そして、隣ではお姫様方が呆れ半分、興味半分に見ているようです。

 

 

「さて、カメラ回したまま長居できない事情もあるからパパっと終わらせよう。後ろにズラッと並んでるのは歴代のフェラーリフォーミュラ達なわけだが、自分の生まれ年のマシンとか見つけたか?」

「とは言ってもあたしたちはあんまり歳が離れてないので似てますね。プロデューサーさんは何年生まれでしたっけ?」

 

 10気筒世代の彼女たちの前に俺は黙秘権を行使。自分で振っておいてなんだ、と目線での抗議を受け流してロードカーのフロアへ向かいます。

 

 

「奏ちゃん、フェラーリと言えば何色ですか?」

「それはもちろん、赤じゃないかしら?」

「そうですよね。では美波ちゃん、コーポレートカラーは何色だと思いますか?」

「コーポレートカラー、ですか? それも赤、なんじゃないですか?」

 

 展示されるロードカーはもちろん赤が多いような気もしますが、フェラーリのコーポレートカラーは黄色。

 モデナ県の旗に由来すると言われています。

 そんなフェラーリはカタログカラーか20色近い上に、カタログに乗らない時価で値段が変わる色もあるとか。

 しかし、奏ちゃんの言うように『フェラーリ=赤』の図式は世界中で浸透しているようで、世界のフェラーリの過半数が赤いなんて噂もあるほど。フェラーリもそれをわかっていて、新車発表会では黄色と赤の車が並ぶことが多いようです。

 名残惜しいですが、往年の名車たちと別れを告げ、最新のGTCに乗り込み、次はドイツ入りです。

 

 

「さて、次は長いぞ。ここから700km、7時間くらいだな」

「アルプス山脈をトンネルで抜けますよ」

「7時間、気が遠くなりそうね」

 

 それぞれ車に乗るとエンジンスタート。今日は試しにナビを使ってみることにしました。

 ですが、美世のフェラーリがイタリア語の設定であったように、ベンツのナビはドイツ語です。

 

 

「美波、ドイツ語わかるか?」

「いえ、全然……」

「俺もだ。だが、こいつをなんとかしないとシュトゥットガルトまでたどり着けん」

 

 残念なことに、SクラスはCarplayに未対応。スマホからナビを操作できないのでドイツ語と格闘です。

 

 

「なぁ、番組的にはわけのわからんところに目的地を設定されるのが面白いんだろうけど」

「それは言っちゃ……」

「流石に7時間の旅だ、無駄足は踏みたくない」

「それもそうですけど」

「つまりだ、こいつをわかる言語に設定して、そこから確実に目的地設定をした方が堅実だと思わないか?」

「うーん、どうなんでしょう?」

 

 美波がエンターテイナーとしての苦悩をしている隣で、俺はナビの言語設定を変えるべく模索します。

 全くわからん、とは言いましたが大学を出た身、多少かじりはしました。名詞の性だの格変化だので諦めましたが。

 

 

「えーと、menuは英語と同じだな。さて、Setting、みたいなのは……」

 運転しながら流石に文字を読むのは危険極まりないので、すかさず美波のフォローが入ります。

 

 

「こ、コンフィギュレーション(konfigration)?これじゃないですか?」

「でかした、開いてみ」

「オーディオ、ナビゲーション、違いますね……」

 

 意外にも英語っぽい単語が並び、多少の安心感もありまが、時折ドイツ語らしいわけの分からない長い語もあり不安を誘います。

 一応、看板に従い高速道路を走ってはいますが、美世の方はどうなってるのか気になったので聞いてみました。

 

 

「なぁ、美世。シュトゥットガルトまでの道わかるか?」

「はい、ナビの設定したので。まさかわかんないとか言います?」

「奏はイタリア語もわかるのか、凄いな……」

「誤魔化されませんよ。こっちは奏ちゃんがスマホで設定してくれたので。まさか、ベンツはスマホとの連携もできないんですか?」

「Carplay未対応だからな……」

 

 美世の勝ち誇ったような笑いを無線を切ることでシャットアウト。

 コンシェルジュサービスも利用できない(アメリカではあるのに、なぜヨーロッパでないのだ!?)今、美波がついにバッグからスマホを取り出した。

 

 

「奥の手、使っちゃいますか?」

「だな。美世の癪な笑いも聞きたくない」

 

 そして無事に言語設定を英語に変えるとシュトゥットガルトまでのルートを設定。ここから一気に追い上げることにしましょう。

 世界で3番目に長いトンネルをあっという間に抜けるとスイスとの国境。スイス国内もあっという間に通過して、料金所を通過。国境越えの感覚は薄めです。これもEUの特徴といえばそうなのでしょう。四方を海に囲まれた国に生きる人間としてはとても新鮮です。

 

 

「あんまり国境越え、って感じがしませんね」

「だよなぁ。普通に通行料払ったらドイツだし。でも、ここからは速度制限が上がるぞ。楽しみだ」

「安全運転でお願いしますね」

 

 ええ、もちろん。

 ですが、車バカ二人、一度は走ってみたかった道でテンションは上がりまくりです。

 

 

「奏ちゃん、ドイツですよドイツ! アウトバーンです!」

「ええ、わかってるから。ほら、まだ130km/h制限よ」

「ぶーぶー!」

 

 ブーイングしたところで速度制限は無くならないので大人しく"右側"の走行車線をのんびり走ります。

 日本と通行区分が反対なので、追い越し車線は左側。走行車線は右側になりますね。そして、いかにもドイツ的なルールは「走行車線での追い越し禁止」が徹底していること。

 もちろん、3車線ある走行車線の速度差が激しすぎて危ないから、というのが大きな理由でしょう。一番左の追い越し車線は速度制限がない区間ではオーバー200km/hがザラ。それでも煽られかねません。

 以前お仕事でドイツに来たときに、レンタカーの3シリーズで空港までの帰り道、160km/hほどでトラックを追い抜くと、後ろから来た車にパッシングされましたからね。

 喋っていると白地に黒斜線の標識。規制解除です。ミラーで後ろを見てからパドルを引いてギアを下げると、ウインカーとともに追い越し車線に飛び出しました。

 後ろのプロデューサーさんもついてきているようです。

 

 

「ちょっ、なにこれ……!」

「こんな加速は初めてですか?」

「当たり前でしょう? えっ、200km/h超えてる!?」

 

 フェラーリで阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される一方、ベンツは至って快適。それは助手席のお姫様が気が付かないほどに自然に、無理なく速度が上がっているから。

 美世のように暴力的に加速するのもいいけれど、今回は隣に人もいるし、安全運転でないと。

 カメラで前方の道路状況を拾って最適化されるサスペンションは比較的きれいな舗装も相まって極めてフラットな走りを提供してくれるし、余裕のあるエンジンはぶん回さなくても200km/hクルージングを余裕でこなしてくれる。

 

 

「アウトバーンって速度制限がないんですよね?」

「ああ、今走ってるのも無制限区間だな」

「道も広いし、カーブも無くて。トラックがちょっと多いですけど……」

「そうだな。けど、本当に走りやすいぞ。今もずっと追い越し車線を230km/hでまったりだ」

 

 300km/hでリミッターにぶち当たるが、コレもAMGドライバーズパッケージのおかげ。これがないと250km/hリミッターと、そこらのベンツと同じになってしまう。

 パワーに余裕があることの重要さを改めて感じさせる瞬間だ。だって、230km/hでひたすら走り続ける経験なんて日本じゃできないぞ? それに、ここから更に加速しようと思えばしっかりついてくる。

 それに、軽自動車で高速を乗っているときのような不快感や精神的疲れが少ない。200km/hを超えるとレーンキープアシストなどの運転支援が使えなくなるが、それを不便と感じさせないほどに人間に余裕ができる。

 そんな余裕をぶち壊すように美世から無線が入ってきました。

 

 

「プロデューサーさん、最高速アタック、しません? ナビだとこの先長い直線がありそうなんですよ。前方もクリアですし」

「断る。危ないし、ただでさえ高い速度で走ってんだ。我慢しろ」

「はぁい……」

 

 そう美世に返した直後、バックミラーに車の影がちらりと見えました。真後ろ、追い越し車線です。

 隣の走行車線に移ろうにもタイミングが合いません。こうなったら追いつかれないペースまで上げるしかなく、美世にパッシングしてから追いつかれそうなことを告げるとよろこんでスピードを上げ始めました。悲鳴も聞こえたけれど。

 スピードメーターの針が右を向く貴重な経験をしていると追いついてきた車が車間を取りつつも後ろにつけました。どうやらアウディのR8のようです。

 

 

「美世、後ろにR8だ。俺たちを煽る気はないらしいが、譲ろうにも避けようがないしなぁ」

「ペースならまだ全然上げられますよ!」

 

 巡航速度が260km/hを超え、景色は流れるというよりも飛び去っていきます。

 ですが、それでもなおハンドルはブレず、目線を遥か遠くにおいておけばそこまであっという間に連れて行かれそうです。

 

 

「んー、あまりペース上げすぎても危ないし、さっさと避けるか」

「それがいいと思います。慣れないところで無理しても」

「だよな」

 

 というわけでさっさとウインカーをだし、隙間を見つけけて入り込むことに成功。速度差は100km/hほど。

 鮮やかな青いボディのR8がかっ飛んで行くのを見届けるとちらりとミラーで後ろを確認してから再び追い越し車線に。アクセルを底まで踏み込んでV12の咆哮を響かせれば速度はあっという間に250km/hを超えました。

 

 

「あっという間すぎて看板の文字が読めなかったわ」

「ナビが使えて良かったですね」

「無かったら間違いなく通り過ぎてたな。まぁ、あっても通り過ぎるアホはいるが」

 

 今日の目的地であるシュトゥットガルトのスコシタカイホテル、そのテラスで美波と夕食のコース料理を頂きながら出口を300km/hで降り逃したスピード狂をバカにしていると、食後酒の甘い貴腐ワインが出てきた頃にようやくご到着。

 ドアが開くやいなや早速奏の罵倒が聞こえてきました。

 

 

「本当に呆れた。美世さんも大人ならそれなりの慎みも持ってほしいものね」

「はい、返す言葉もございません」

「楽しいのはわかるけれど、これも仕事で、なおかつ私はあなたに命を預けてるの。スピードメーターが300を超えて死ぬかと思ったわ」

 

 美世のフェラーリにはオプションのパッセンジャーエンターテイメントシステム、つまるところのちっちゃいモニターが付いていて、それにタコメーターやらなにやら色々表示させられるので、それが仇になった様子。

 ふんわりアクセルとふんわりブレーキで速度感を狂わせるのが女の子を乗せてかっ飛ばすコツだ。それを理解してないとな。

 

 

「お待たせしました……」

「遅かったな。もうディナーは終わってるぞ」

「まさか、次の出口があんなに遠いなんて思わなかったんですよぉ!」

「次の次まで行けば遠いわよね」

 

 奏ちゃんの言葉が突き刺さります。プロデューサーさんにも散々からかわれ、少し自棄になって美味しいワインも味わわずに一気に煽ると、早めに寝ることにしました。だって、明日はシュトットガルトもそうですが、ニュルブルクの街に行けるんですから。

 翌日の天気はあいにくのくもり空。旅も折り返しですが、あたしと奏ちゃんの間には今日の天気のような暗雲がたちこめていました。

 

 

「奏ちゃん、今日は迷わないし無理な運転もしないから……」

「絶対ウソ。予定じゃ今日はサーキットを走るんでしょ? もうどうなるか目に見えるじゃない」

「なら、私と交代しましょ? いいですよね、プロデューサーさん」

「ちょうど半分だし、美波と奏がいいならな」

「ありがと、美波」

 

 というわけで選手交代。あたしの隣には美波が乗ることになりました。

 自動車文化始まりの地でもあるシュトットガルトにはポルシェとベンツの博物館がありますが、今回はおあずけ。ポルシェオーナーはハンカチを噛んでいることでしょう。

 

 

「あぁぁぁ!!! ポルシェミュージアム行きたかったぁぁぁぁああ!!!!」

「こっちもこっちでめんどくさい……」

 

 と、プロデューサーさんが年甲斐もなく叫んだところで車は再びアウトバーンを疾走します。ナビでは4時間と出てますが、このペースなら3時間ほどで着きそうです。

 お昼はニュルブルクの街で美味しいものを食べたいですねぇ……

 

 

「そうだ、美世さん。1日目にやってたアレ、やりましょうよ!」

「アレって…… 曲をかわりばんこで歌う……」

「そうです。奏ちゃんも楽しそうだったし、お願いします!」

「いいですよ。たまにはアイドルらしいことをしないと……」

 

 盛大にフラグを立てたところでカラオケ大会第2弾が始まりました。今回は美波ちゃんのNever say Neverから始まり、あんずのうた、M@GIC、みんなのきもち、Bright Blueと続いて今回もまたフラグを盛大に回収しに行きました。

 そう、また隣の子の持ち歌を引いてしまったのです。正しくはユニットの、ですが。

 

 

「あっ」

「ふふっ、私アーニャちゃんパートやりますね!」

「ええっ!」

 

 なんやかんやで曲は止まること無く、歌い出しで軽く引っかかったもののなんとか繋いでいきます。

 ハモリは知らないのでそれっぽくごまかしつつ、なんとか歌いきったところで美波ちゃんが曲を止めました。

 

 

「また、やっちまった……」

「そんなことないですよ! 奏ちゃんの言ってたとおり、やっぱりお上手ですね」

「それでも、やっぱり他人の持ち歌を歌うのは気が引けるっていうか、ねぇ」

 

 向こうは向こうで楽しそうにやっている間、こちらのベンツでは奏が『大人』についての質問をひたすら投げかけていました。

 

 

「やっぱり、私には何か足りないのよ。この前、川島さんや高垣さんと一緒にお仕事させてもらったときに思ったの」

「ほう。ビリヤードで激戦繰り広げてたアレか」

「……それは言わないで。ふたりとも、"大人の魅力"を持ってると言われるし、実際にそう思うけれど、それが何なのかははっきりとはわからないの」

「そりゃ、"大人の魅力"ってのが高校生にわかるようじゃ、それは大人じゃないと俺は思うがね」

 

 奏の売りは歳不相応のアダルティな雰囲気。それは彼女のキャラクターとしてピックアップされているけれど、中身は思春期の女の子。飄々としているが悩むこともあるとは思う。

 それをどうこうできるのはまぁ、同じように思春期を過ごしてきた大人の女性達だろうけど。逆に、俺ら男は消防の頃に遊んで、厨房でも遊んで、工房でも遊んで、大学でも遊んでいるような生き物だ。もちろん、個人差はあるが。

 だから女の子の悩み、女性の悩みはわからない。適当なことを言って何か言われるのも嫌だしな。だからこういうときはそれっぽく誤魔化すか、今みたくきっちりと男を見せつけるかだ。何度となく失敗してフラれて学んできた。

 

 

「人は生きる時間に比例して経験を積むんだ。それに合わせて変わっていくし、磨かれていく。その磨かれた輝きってのが"魅力"なんじゃないか? もちろん、磨きすぎてすり減っちゃなんの意味もないが」

「ふうん、やっぱりそういうものなのかしら……」

「アイドルを『ダイヤの原石』だ、なんていうが、人は誰しも宝石だろ。その磨き方次第で輝き方が変わるってだけさ。だけど、宝石は分かる人にしかその価値は見いだせない。その目を養うのもまた経験だろうしな」

 

 少なくとも、俺のあまり長くはないキャリアの中で多くのアイドル、そしてアイドルの卵、それから彼女()らを輝かせようと、働く自分たちも輝いている人々と出会ってきた。

 人にはそれぞれの強みがあるなんてよく言うが、それは輝き方だ。うまく研磨してカットが決まれば素晴らしい輝きを放つ宝石になる。俺達はそういった原石を幾つかピックアップして磨き上げる仕事だ。その中で俺もまた磨かれていると思っている。

 ダイヤモンドを磨くにはダイヤモンドを混ぜたサンドペーパーじゃないとうまくいかないようなものだろ。

 

 

「少なくとも、俺が出会ってきた女性の中で奏は十二分に魅力的さ」

「なにそれ、口説いてるの?」

「まさか、留美に殺されちまうよ。でも、お前も、みんなも、うまく磨くのが俺らプロデューサーの仕事だと思ってるよ」

「たまにはいいこと言うのね」

「大人だからな」

 

 人の経験は巡り廻る。俺は親父の背中を見て学び、親父は親父の親父、爺ちゃんの背中をみて学んでたはずだ。だから俺の背中を見て学ぶ子がいてもいいじゃないか。だから大人は胸を張って、背中を広く、前を向いてるのが一番かっこいい。それが持論だ。

 なんてスカした事を言う柄でもないので手短に。

 奏とおしゃべりをしながらも車はあっという間に車はコブレンツを抜けて残りは1時間と言ったところ。互いに給油も済ませてニュルまでもうひと踏ん張りです。

 

 

「美波ちゃんはプロデューサー達のことどう思ってますか?」

「プロデューサーさんですか? そうですね……」

 

 プロデューサーが奏ちゃんのファンからの嫉妬を一手に引き受けたところでこっちは車好きな2人のプロデューサーの話。私達を仕事面だけじゃなく、色んな所でサポートしてくれる2人ですから、直接は言えませんがもちろん感謝しています。

 

 

「私達を支えてくれる人ですから、もちろん感謝してます。でも、武内プロデューサーはもう少し、笑ってほしいですね。初めてあったときよりずっと笑ってくれてますけど」

「悪い人じゃないんだけど、やっぱり第一印象が……」

「あとはやっぱり、無理しないでほしいかな、って。コレは2人ともですよ? 前に武内プロデューサーの手帳を見ちゃったことがあるんですけど、真っ黒だったんです。1週間が1ページの手帳で」

「日比谷プロデューサーは全部スマホで見てるけど、スケジュールびっちり埋まってたね。やっぱり」

「私達がオフでも他の子の仕事についていってたりするじゃないですか。だからオーバーワークじゃないか心配ですね」

 

 武内プロデューサー、アイドルから心配されてますよー! 日比谷プロデューサーは結構遊んでるの知ってるんで大丈夫ですよね!

 確かに、346プロは所属人数の割にプロデューサーの肩書は2人。アシスタントと言いつつ、実質プロデューサーとほぼ同じちひろさんを入れても3人でしかありません。時々、今西部長が現場まで迎えに来てくださったりして驚くこともありますが、年に1回あるかと言った程度ですし、たしかにどうやって休んでるんでしょう?

 

 

「武内プロデューサーは仕事の連絡とかどうしてる? やっぱりLINEとか?」

「そうですね、最近はLINEも増えてきました。前は全部メールだったんですけど、莉嘉ちゃん達が頑張ったので」

「あぁ、困った顔してアイドルを友達登録する姿が目に浮かぶなぁ……」

「本当にそうでしたよ。プロデューサーさんのスマホをみんなで回して友達登録して。その間ずっと首に手を当てて」

 

 武内プロデューサーは困ったときの仕草が本当にわかりやすいですからね。ちなみに、日比谷プロデューサーはたいていLINEで、重要なことはメールです。そして本当に忘れてほしくないときはメール2通にLINEで追い打ちしてきます。確かにほうれんそうは大事ですけど……

 

 

「おっと、そろそろ出口かな」

「まだ5キロくらいありますけど……」

「美波ちゃんにまで罵倒されたら心折れちゃう」

「あ、はい……」

 

 同じ失敗はしません。

 今度は事前にしっかりと速度を落として右の走行車線へ。『Ausfahrt』の標識は出口を表しています。

 日本のインターチェンジと比べてコンパクトでシンプルな分、しっかりと減速してぐるっと回るとそのまま一般道。料金所が無いのでインターチェンジがコンパクトになり、それが建設費の削減にもつながっているそうです。

 ここから更に30分ほど走れば今日の目的地、ニュルブルク。その道中は美しくもあり、退屈でした。

 ドイツは日本と同じ程度の広さの国ですが、人口は2/3。人々は国土に点在する街に集中して住んでいるため、その街と街の間は畑か山。ほとんど人は住んでいません。なので日本の風景とは大きく違った景色が楽しめるのですが、正直見慣れてきて飽きが来てるのも否めません。

 

 

「美波ちゃんは車に乗ったりしないの?」

「パパの車を借りて乗ったりしますね。マニュアルのエクストレイルって言ったらプロデューサーさん驚いてました」

「私もびっくりしてますよ。美波ちゃんはマニュアルの免許は取ってるな、とは思ってたけど」

「乗り物に関係する資格はいっぱいあるので面白いですよね。流石に整備士は取れませんけど、免許証の欄を全部埋めたいですね」

「原付は取ったの?」

「いえ、車を取ればついてく…… あっ」

「やっちゃったねぇ」

 

 フルビット免許、と呼ばれる免許証の欄をすべて埋めるには、原付、小特、、普自二、大自二、普通、準中型、中型、大型、大特、けん引、普二、中二、大二、けん引二。

 全部で15種類を下から順番に取るしかありません。しかも、一部の免許は試験場での一発のみと結構ハードルは高く、かかる費用も馬鹿になりません。

 

 

「この際、大型取って、バイク取って、けん引取って、あとは二種免許を回収する横棒だけの免許にするしかないね」

「はぁ、ちょっと残念です。美世さんは車以外の免許は持ってるんですか?」

「あとはバイクも乗れるよ。次はトラックの免許取りたいんだけど、時間がねぇ」

 

 大型が取りたいのはひとえに自分で積載車を運転できればできることが増えるから。総重量5トンまで、なんていうふざけた改正のおかげでトラックが使えなくて困るんです。

 プロデューサーたちの世代は8トンまで乗れるので積載車も乗れますし、ユニック車も乗れるので羨ましいです。

 教習所の費用は上がる一方なのに、乗れる車はどんどん少なくなって。不条理だ!

 

 

「ねぇ、留美さんと休日を過ごす時って、どうしてるの?」

「んー、家でゴロゴロしてたり、ドライブ行ったり? 少なくとも、お前が期待してるような"大人っぽいデート"なんてしてねぇよ」

「それにしてはプロデューサーさんは女の子の扱いに慣れてない? 気がついたら荷物が車に載ってたり、お会計が済んでたり」

「男は何歳になってもカッコつけたい生き物なんだよ」

 

 俺はニュルを目前に、奏に男とはガキである、と説いていました。

 

 

「車なんて男からすりゃ最高のおもちゃだ。もちろん、いい車ならそれを自慢したい。隣にカワイイ娘を乗せてりゃなおいい。そうやって見栄とか、自己満足感ってのかな。そういうのを満たしていくのさ」

「その点、プロデューサーさんは優良物件ってわけね」

「おう、ポルシェに美人な彼女。最高だろ」

「実態は彼女の家に住むヒモ男だけど」

「やめろ」

 

 奏の棘のある言葉がクリティカルヒット。

 ええ、たしかに今は留美の家に住んでます。フラ○デーされましたが、ネタとしては使い古されていたのか、ネットニュースに小さく乗るだけ。そのコメントもまた「日比谷Pなら仕方ない」とか。ファンに愛されるプロデューサーで嬉しいです。

 留美のファンも、彼女を偶像(アイドル)視するよりも、俺らでプロデュース。るーみんを大舞台へ! といった感じで盛り上がっていて、その先頭に俺がいるらしい。

 留美のデビューとほぼ同時に堂々と交際宣言したのが効いたっぽい。

 アイドルに恋愛はご法度、なんてのももう古い考え方なのかもしれないな。

 

 

「そろそろっぽいが、どこから入るんだ……?」

 

 やっとついたグリーンヘル。ニュルブルクリンク。

 予定よりもだいぶ早く着いてしまったので奏を隣に乗せたまま下見がてらに自費で一周してみることに。

 マニアの間では有名な話ですが、ニュルブルクリンクは法的には一般道。料金を払ってICカードを買うと、ゲートでそれをかざして最後の長いストレートの真ん中あたりから入ります。

 

 

「まぁ、まずはゆっくり1周だからそんなに緊張するな。俺だって加減は心得てるさ」

 

 なんせ、プロのレーサーでも1000周は走り込まないと攻められないコースですから、ゲームで遊んだだけの俺が乗り始めて数日の車でかっ飛ばすなんて真似できません。

 ストレートの速度制限区間を抜けるとグランプリコースとの接続部を右へ。ゲームで言うスタートラインを超えます。

 広さは3車線弱、少し広い2車線道路と同じくらいなイメージ。キープライトであまりペースを上げません。というより、上げられない、と言うのが正確です。

 

 

「怖えぇ……」

「なんだか峠みたいね。こんなに早くっ、走ることもないんでしょうけど……!」

 

 タイヤを鳴かせない程度とはいえ、限界の高いパフォーマンスカー。コーナーでかかるGはかなりのもの。

 不慣れでも車の性能に任せて傍から見ればそこそこのペースになっているようでした。

 では、走行経験も豊富な跳ね馬を駆る彼女はどうでしょう?

 

 

「うっ…… くぅ」

「なんで、カーブのたびに息を止めなきゃっ! いけないんですか!」

 

 プロデューサーの前にコースインしたあたし達は既に何周かしたコースでしたし、最初からそこそこペースを上げて行きました。

 ラップタイマーのペースを考えると1周10分くらいでしょうか。プロがアタックして7分半ですから、素人に毛が生えた程度のあたしでも十二分に安全に速く走ることができます。

 例えば、本当にタイムを詰めたければマニュアルで適切なギアを選ぶべきでしょうが、そんな余裕はないのでオートマのまま、ドライブモードだけレースにセット。

 こうすれば走る曲がる止まるだけに集中できます。

 ハンドルから手が離れませんしね。

 すり鉢状の名物コーナー、カルーセルで軽くハンドルを取られると、助手席で小さく悲鳴が上がりましたが直ぐ修正。立ち上がりで少し踏み込んで加速していきます。

 木々が近く感じる最終セクションを駆け抜け、また舗装の違うすり鉢コーナーを抜ければ速度制限のかかるストレート。タイムはおおよそ10分。少し練習すれば9分台に乗れそうですが、やめておきましょう。

 

 

「美世さん! なにが、もう、馬鹿ぁ!」

 

 日本語の怪しい美波ちゃんに涙目で怒られながらコースアウト。彼女には水を飲んで落ち着いてもらって"大人な"プロデューサーを待つことに。

 

 助手席の姫を泣かせた美世と違い、こっちはキャラ崩壊待ったなしのかわいい悲鳴を上げさせることに成功。

 ハーフスピンしたとかそんなんじゃねぇからな。

「きゃっ!」とか言っちゃった奏は拗ねたように黙ったきりです。

 

 

「待たせたな」

「プロデューサーさん、美世さんが!」

「おうおう、派手に遊んだみたいだな」

 

 タイヤを交換することになった美世のフェラーリから逃げ出してきた美波を保護したところで3人で昼食に行くことに。

 美世はファストフードで我慢してもらいましょう。

 

 

「奏ちゃん、さっきから黙ってますけど何かあったの?」

「別に」

「プロデューサーさん、何したんですか?」

「ちょっと車が滑ってな。そんときにかわい――」

「何でもないの。このプロデューサーにヒヤリとさせられただけ」

「ヒヤリとさせられたんですね。ふふっ」

 

 察した美波が優しい笑みを浮かべ、奏がまた拗ねたところでレストランに到着。

 今日のランチはハンバーグです。ハンブルクではありませんが。

 この後のことも考えて小さいの、と頼んだはずですが結構ガッツリめのサイズ。付け合わせはやっぱりじゃがいもです。

 

 

「うわぁ、マジか……」

「おいしそうですね」

「すごいボリュームね、ちょっとツラいかも」

 

 とは言いつつ、出されたものはすべて食べるのがマナー。女子二人がギブアップしたものも俺が食べきって店を出ると予約の時間まであと1時間を切っていました。

 なんの予約かって? ただのタクシーですよ。

 

 

「ニュルブルクリンクに戻ってきた訳だが、美世はどうした?」

「おかしいですね、合流はここの約束でしたよね?」

 

 ニュルブルクリンクの入り口近くにあるガレージが集合場所。

 実際にニュルブルクリンク24時間耐久レースに出場する地元チームのマシンが背後に佇んでいます。

 と、けたたましいエキゾーストノートと共に跳ね馬がやってきました。

 

 

「すみません。タイヤサイズが無くて他の店舗から持ってきてもらってました」

「そんな太いの履いてたら、な。ちょっと待て、コレ標準のP-ZEROじゃないな、コルサじゃんか」

「♪~」

「そうやって予算食うから他の企画削られるんだよ……」

 

 あたしが今回リプレイスで選んだのは標準のP-ZEROからワンランク上のP-ZERO CORSA。もはやセミスリックといえるほどの溝の少なさ。左右非対称パターンはもちろん、あくまで一般向けのタイヤですから耐久性もそこそこにある、というふうに言われました。

 それを試せる場所にせっかくいるのですから、試してみない手は無いでしょう。

 

 

「それで、このあとは」

「はい、女子3人で世界最速のタクシーに乗ります」

「んで、俺はカーマニア垂涎のお土産と、ギャラリーコーナーでカーウォッチングと。お前らが通れば手振っててやるよ」

「世界最速のタクシー、ですか?」

「予定には『タクシー移動』って書いてあったけどそういうことだったのね……」

 

 RingTaxiと呼ばれるプロドライバーの同乗体験ができるサービスがニュルブルクリンクにはあります。

 今回は3人一気に乗れるM5を1台お願いしてフル乗車でニュルを走ってもらいます。

 

 

「さて、場所はさっき来たばかりのニュルブルクリンク北コースのパドック。ここでタクシーを拾います」

「ねぇ、サーキットを走る割にはその、普通すぎる格好なんだけど良かったの?」

「あれ、プロデューサーさんから聞いてませんか? ニュルブルクリンクはサーキットに見えますけど、こうして一般開放されてるときは普通にドイツの道路法が適応される一般道みたいなものになるんです」

「だからって、ねぇ……」

 

 不安そうな奏ちゃんをよそにお迎えがやってきました。

 アルピンホワイトにMストライプのM5が目の前に止まると、金髪の女性が降りてきました。

 彼女こそ、"Queen of Ring"こと、ジモーネ シュルツェさん。ニュル24時間での優勝経験もあるベテランです。今回は彼女の運転するM5に乗り、ニュルを回ってきたいと思います。

 たどたどしい英語での挨拶もそこそこに車に乗ると、まずはシートベルトを確認され、そしてどこかに捕まって置くように後ろの2人に言うとコースに車を進めました。

 フル尺でお送りしたいところですが、私達は見事に悲鳴を上げ、シュルツェさんは笑っているだけです。なのでオーディオコメンタリーの体を取らせていただきたいとおもいます。

 速度制限が解除されるやいなやいきなりフル加速。この時点で美波ちゃんが小さく悲鳴を上げました。そしてシケインを小さく回ってGPコースに別れを告げると北コースのスタート。ハッツェンバッハ(Hatzenbach)の切り返しもアクセルのコントロールだけで巧みに駆け抜けます。

 高低差の大きいクビッテルバッハヘーエ(Quiddlebacher-Hohe)で縦方向のGで少し気持ち悪くなってからフルークプラッツ(Flugplatz)で車が飛びます。ここで奏ちゃんも「ひゃっ」と言って顔を赤くしましたね。

 アーレムベルク(Aremberg)で高速域からのフルブレーキを味わってからフックスレーレ(Fuchsröhre)をハイスピードで駆け抜けます。ハンドルを握ってると気持ちのいい道ですけど、助手席ではひたすらに怖い! 美波ちゃんの気持ちがわかった瞬間です。

 シケイン的なアデナウフォレスト(Adenauer-Forest)を抜けると中高速セクション。メッツゲスフェルト(Metzgesfeld)カレンハルト(Kallenhard)と中速コーナーが続き、体が左右に持っていかれそうに……

 コースはここから下り。ヘアピンを直線て繋げたようなストップアンドゴーな区間を抜ければコースの北。木の影で薄暗く、雨が乾きにくい区間、ベルグウェルク(Bergwerk)

 そしてラウダがクラッシュしたケッセルヒェン(Kesselchen)も一瞬で過ぎ去り、クロスタータール(Klostertal)へ向けて少し減速してからヘアピンを一つ抜ければカルーセル(Caracciola-Karussell)

 外から内側に飛び込むラインを描き、一瞬どこか擦った音がしても気にせず脱出。感動する間もなく高速で切り返すホーエアハト(Hohe Acht)からウィッパーマン(Wippermann)。この辺になると騒いでるのは私だけで、後ろの2人は放心状態。

 フランツガルテン(Pflanzgarten)で一瞬先まで見通せても車は宙を舞い、感動を恐怖に塗り替えてくれます。

 そしてシュヴァルベンシュヴァンツ(Schwalbenschwanz)のミニカルーセルを抜けるとガルゲンコップ(Galgenkopf)を回ってホーエンライン(Hohenrain)。ストレートを先まで見通しながらスローダウン。

 なんと、タイムは10分切り。フル乗車でこの走り。

 

 

「「「…………」」」

「Girls are you okay?」

「い、いぇあ……」

「Ok! change your seat. One more lap!」

「プロデューサーぁぁぁぁあああ!!!」

 

 女性陣がニュルをクルクルしてる間に訪れたのはグランプリコースに近いお土産屋さん。

 日本でもよく見かけるステッカーやキャップなどが現地価格(日本の半分くらい?)で売られている。

 もちろん、マイカーに貼るためにステッカーを数枚と、キャップ、ペンなどを購入……

 

 

「そうだ、視聴者プレゼント、やってみます?」

 

 唐突な閃きで監督や番組プロデューサーとミーティング。日本でもニュル土産を買えるだけに被らないけどやっぱニュルっぽいものが求められます。

 

 

「現場での協議の結果、以下の3点セットを5名様にプレゼントすることになりました!」

 

 と言うわけで、ニュルZippo、美世、美波、奏のサイン入り"I love Ring"Tシャツ、ビアグラスペアセットを5名様に、プレゼントします!

 番組のメールフォームへ「プレゼント欲しい!」と書いてお送りください。厳正な抽選の上、当選者の方にはこちらからご連絡差し上げます。

 決して住所等を書いて送らないでくださいねー、管理が面倒になってしまうので……

「日比谷Pのサインも」と書いてくだされば喜んで私も……! え、いらない? ああそぅ……

 

 

「お土産を買ってまたニュル周辺を少し走るといろんなメーカーのガレージが見えますね。秘密基地ってか別荘ってか…… いいなぁ」

 

 ポルシェのワークスチームとして有名なマンタイレーシングのファクトリーもここにあったり。パーツをお土産にしたいところですが我慢してホーホアイヒェンのガードレール沿いに陣取ることに。

 有名なギャラリースポットなので数名がカメラを構えていました。

 テレビクルーに目もくれず、キャノン砲みたいなカメラをコースに向け続ける彼らをスルーして我々も仕事を始めましょう。

 

 

「911が1だーい、2だーい」

 

 折りたたみ椅子を広げると、手元に紙とペンを用意。車種をメモって正の字をひたすらつけるだけの簡単なお仕事です。

 派手なM5が見えたら手を振り、またメモを取る。これ、画になります?

 

 

「さて、30分ほどカーウォッチングしてみましたけど、やっぱりドイツ車が多いですね。一番多いのはBMW。それからフォルクスワーゲン、アウディって順番ですかね。スポーツカーだとポルシェが最多、GT3とかRSなんかが2分おきに通りますよ。それからM3とM4が多いですね。時々R8とかAMG GTとかが通って、それを、ビートルの皮を被った何かがすごいスピードで追いかけていくと」

 

 ビートルからバイクみたいな音がしたんですけど、シルエットフォーミュラですかね? コーナリングスピードもスーパーカー軍団と遜色ないですし。

 一度自分の車を持ち込みたいですね。お金と時間があれば。

 

 

「そろそろ戻って美世達と合流しましょうか。どんな顔してるか楽しみだ」

 

 ちょうどおやつ時ですが、アムステルダムまでは6時間。早いところおやつを済ませて出発したいところです。

 待ち合わせのカフェで少し渋いコーヒーを啜っていると、店先にフェラーリが。バルブ閉めるとおとなしい音だな。

 

 

「「「…………」」」

「どうだった? まぁ、聞くまでもないみたいだが……」

「人生最高の経験だったと思います。今はちょっと気持ち悪くてこんなんですけど、あとから思い返せば良い思い出になるかと」

「お、おう……」

 

 青白い顔した女性陣はコーヒーをテイクアウトで頼むと黙々と車に戻り、黙ってエンジンをかけると美波と美世のフェラーリはスタート。奏は物憂げな顔してベンツの横に。絵になる、と言ったら怒られそうなので黙って鍵を開けました。

 

 

「今日でゴールよね」

「そうだな」

「プロデューサーはオタク旅、なんて言ってたけど、結構セーブしてたんじゃない?」

「正直な。ヨーロッパはクルマ文化への関心が日本より高い人が多い。その分相応の施設だったり、なんだったりがあるからやろうと思えば1ヶ月クルマ漬けの生活だって送れるさ。けど、今回みたいのなら『ちょっとクルマ成分濃いめのヨーロッパ旅行』って感じがするだろ」

「濃すぎる経験をしたけど、まぁ、そうね。カメラの回ってないところでも結構観光っぽいこともしたし、お土産もいっぱい買っちゃった」

 

 美波が真剣にテディベアとにらめっこしてたりしたのは微笑ましい光景だったり。こういうアイドルの意外な一面を見られるのも職業特権の一つ。

 もちろん、こうしていい車に乗れるのも今の仕事ゆえ。役得役得。

 

 

「一応、人に見てもらうんだ、俺らが楽しむのももちろん必要だが、見た人も楽しくなくちゃ意味がない。クルマが好きならまぁ、結構楽しいと思うが、今回みたいに奏や美波がゲストだ、って2人のファンが初めて見るかもしれないだろ」

「そうね。そんな人達がクルマ成分超濃いめに耐えられるかしら」

「ってことだ。だから程々がいいのさ。もっと濃いのは別コンテンツでもやってるしな」

 

 美世や番組のTwitterやYoutubeチャンネルでオフショットやひたすら濃いクルマ話も公開しているのは皆さんご存知ですよね。

 足りない分はそっちで補給して、本編を見てクルマっていいな、と思ってくれた方も、美世や俺がひたすら濃い車トークをするのを疲れた笑みで聞く美波や奏を見に来てください。

 

 

「アイドルはアイドルを呼び、ファンを呼んでくる。アイドルとアイドルのつながりはファンのつながりでもあるべきだろうしな。もちろん、それぞれの個性やファンの雰囲気ってのもあるが、それぞれのファンがお互いに理解し合って高めあってくれればそれはアイドルたちにもいいことだろ?」

「もちろん、ファンが増えるのは嬉しいし、応援は励みになるわ。オータムライブでもいろんな子のファンがいて、個性的なアイドルには個性的なファンがいるっていうのもわかってる。アイドル同士みたいにファン同士も仲良くできたらいいわね」

 

 少し真面目な話をしたところでベートーヴェンの生まれ故郷、ボンを通過。オランダの国境が近づいてきます。

 一方、美波は真剣に免許をコンプリートすることを考えているようです。

 

 

「バイクの免許って難しいですかね?」

「んー、何とも言えないなぁ。自転車は乗れる?」

「はい。でも、バイクって重そうですし」

「確かに重いけど、転ばなければなんてことないよ。教習所でも何回か引き起こしでやるだけだろうしね」

 

 バイクの引き起こしはコツさえつかめば女の子でも楽勝。腰を使うんですよ。支点力点作用点を近づけるのがポイントです。Twitterでも動画が出回ってましたよね。

 クラッチがーとか、ギアがーとかはマニュアルの車に乗れるならなんとなくわかるはず。足が手に変わるだけですしね。

 

 

「一度拓海ちゃんたちにバイク触らせて貰えばいいんじゃないかな? 教習所でいきなり『はい乗って』って言われるよりはイメージもつきやすいだろうし」

「拓海ちゃん、ですかぁ……」

「あんなんだけど、バイクに興味があるって言えばすぐにニヤニヤしながら気前良く喋ってくれるよ」

 

 炎陣の5人は時々ツーリングとかにも行ってるみたいですし、あたしのガレージにもちょくちょく遊びに来る仲です。

 車検前にあたしが見てあげて、ユーザー車検で安く済ませるのがあの子達のやり方ですね。

 

 

「武内プロデューサーはバイクには乗らないの?」

「どうでしょう? 車の免許を取るときには相談に乗ってもらったりしたんですけど」

 

 今度のオフに美波ちゃんと炎陣のみんなとバイクを見に行く約束をしているうちにドイツとオランダの国境を越えます。

 とは言え、他のEUの国と変わらず、国境は旗が並ぶだけ。ボーダーコントロールなんてありません。

 

 

「美世さんはオランダの正式な名前は知ってますか?」

「流石にそれくらいは。ネーデルラントだったよね」

「はい。じゃあ、ネーデルラントがどうしてオランダと呼ばれるようになったかはわかりますか?」

「えっ、うーん……」

 

 美波ちゃんの世界史講座のはじまりです。

 ネーデルラントとはそもそも「低地の国」を意味し、ベルギーやルクセンブルクも含めた一帯を表す地域の名称だったそうです。

 オランダの名は、ホラント州に由来するそうで、ポルトガル語でHollandをHolandaと発音し、それが宣教師によって日本に伝わりオランダになったと言われています。

 

 

「へぇ、ポルトガル語由来だったんだ」

「結構遠回りして伝わってきてたりして、ちょっと不思議な感じですよね」

「カステラ、とかてんぷら、とかポルトガル語由来のものが意外とあるのは良くテレビでやってたりしますけど、国の名前まで伝わってきてたなんて」

「そう思うと日本って島国でガラパゴスだ、なんて言われる割に結構海外の物が昔からあったんじゃないかな、なんて」

「うんうん。やっぱり知らないことを教えてもらうのは楽しいね」

 

 すこし賢くなったところで車はアムステルダムの都市部に入りました。

 このアムステルダムがさっきのホラント州(正しくは北ホラント州)の大都市。現在は事実上の首都こそハーグですが、世界最大規模の貿易港として14世紀から栄えてきた街です。

 ですが、その街並みは高層ビル群とは無縁のレンガ作りの計画都市。放射状に広がる大通りと、それを結ぶ道路が年輪のようになっています。

 市内には環状高速道路もあり、移動に困ることはありませんが、この街の人々は車よりも自転車移動をメインにしているようです。

 

 

「うにゃぁぁぁ! どこもチャリばっかじゃねぇか!」

「大の男が変な声出さないでくれる!?」

 

 自転車専用レーンが整備されたアムステルダムは世界有数のエコロジーな都市としても有名です。

 市内にはトラムや先にも上げた自転車専用レーンや自転車専用道が400kmも整備され、市民の足になっています。

 古い街並みを残すということは、現代の大柄な車では走りにくいということの裏返し。運河の縁をゆったりとクルージングするのも絵になりますが、ドライバーはただ迷っているだけです。

 

 

「ココらへんのはずなんだけどなぁ」

「3ブロック先を右よ。後ろ詰まってる」

「りょーかい」

 

 奏のナビで夕暮れの街を進みます。

 旅の最後を締めくくるのはスゴクタカイホテル。正面に車を停め、荷物を下ろそうとするとトレーを差し出されて『おまかせを』的なニュアンスで言われても、庶民はその対応が何を意味するか理解するまでに数秒の間を置いてからキーを預けると慣れた手つきでトランクから荷物をおろして何処かに持っていってしまいました。

 代わりの番号札を受け取ってチェックイン。流石に「予約していた日比谷です」と英語で言えるくらいの英会話力は持っています。

 

 

「うーん、疲れましたねぇ」

「本当に2000km近く走ったんだな」

「お疲れ様でした、美世さん、プロデューサーさん」

「色々あったけど、いい旅だったわ。本当に色々あったけど」

「もう高速道路をかっ飛ばしたりしませんって!」

 

 立場は逆転していたらしい2人を笑ってから豪華絢爛なディナーも楽しみましょう。

 美世はやはり場慣れしてない感じがあって見ていて楽しいですが、未成年組の慣れっぷりもそれはそれで驚きです。

 

 

「どうしたの?」

「いや、慣れてんなーと」

「こういうところでの身のこなしも、大人の条件だと思って」

「私は無理に背伸びしないでもいいんじゃないか、って思うんですけどね」

「そういう美波もテーブルマナーは完璧だな」

「ママに仕込まれましたから。人様の前に出るんだから食事は綺麗にしなさい、って」

「緊張して味がわかりません……」

 

 美味しいんだか美味しくないんだかよくわからない食事を済ませ、4人で運河を眺められるテラスで最後の反省会。

 もちろん、議題は「フェラーリとメルセデスどちらが優れたGTか」です。今日は両方に乗った公平なジャッジがいますから、我々は大人な態度で判定を求めましょう。

 

 

「最後に結局どっちがいい車なんだ、って話だ」

「あたしは断然フェラーリですね。300km/hで走る車内で怒られる車なんてそうそうありませんよ」

「そりゃそうだ。けど、『大人のGT』だぞ? そんなガキっぽい理屈が通るかよ。その点、クルーザーとしてはメルセデスのほうが優秀だろ。なぁ2人共?」

「それはそうね。プロデューサーのほうが"大人な"運転だったし」

「美世さんも楽しそうに運転してるんですけど……」

 

 助手席のジャッジからは厳しい評価。

 Fun to Driveなのはドライバーだけだったようです。

 

 

「3:1でメルセデスで決まりだな」

「じゃ、じゃあ、プロデューサーさんがフェラーリ乗ってみてくださいよ! 今のところ褒められてるのは車じゃなくてプロデューサーさんの運転ですし!」

「いいじゃねぇか、明日、イギリスまで第二ラウンドだな」

「「えぇ……」」

 

 ---------------------------------------------------

 

 

「というわけで、4人で飛行機をキャンセル。自走してイギリス入りしたんですけど、プロデューサーさん、フェラーリ良かったでしょ?」

「正直、車としての面白さで言ったらメルセデスよりずっと楽しかった。田舎道をちょっとペース上げて走るのとか最高だな」

「メルセデスもおもったより眠たい車じゃなくて意外でしたね。どうしてもふわっとした乗り心地の車ってイメージがあったので」

「さて、口では互いに正反対の意見が出ましたが、ここで最終結果を美波と奏から発表してもらいましょう」

 

人混みをかき分けて出てきた2人はなぜか白衣。

そして、金色の封筒からわざとらしく紙を取り出して読み上げ始めました。

 

 

「えー、フェラーリ対メルセデスベンツ。私達の評価はドローでした」

「美世さん、文句をいうのはまだ早いわ。正直、私達じゃ車の優劣なんてわからないし、どっちもいい車だったわ。フェラーリは官能的で、メルセデスは優雅で。結局、ドライバーに寄る、というのが私達の結論よ」

「美世さんも日比谷プロデューサーも遊ぶときは遊び、大人しくするときはきっちり大人しく運転していただいたきましたが…… 美世さんは少し、はしゃぎ過ぎちゃいましたね」

 

「ぶーぶー! そんなのフェアじゃないですよ!」

「では、結果は大人な男の勝利、というわけで、夏のヨーロッパスペシャル。お別れです!」




フェラーリファンはティフォシよりフェラリスタ、という方が良いみたいですね。
ティフォシは、どうも熱狂的なファン≒フーリガン的な意味合いが強いらしいです。

タクシードライバーの元ネタはもちろん、ニュルの女王様です。一度彼女の隣を味わってみたいものですね……



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ヨーロッパスペシャルはお仕事ですが、その後のプライベートなシーンを


「さて、覚悟を決めろ」

 

 撮影がぎっしり詰まった日程をクリアし、やっとプライベートな時間だ。とは言え、たいていは仲のいい者同士で一緒にいたり、日程中に含まれる未成年組の監督もあったりしていつものノリでワイワイといった感じが強い。

 俺は留美を連れ出してフランスでゆっくり、というわけだ。子守は昨日、桃華やありす達、背伸びしたい組を引き連れてシャンゼリゼを歩いた。

 そして、俺が柄にもなく心中冷や汗がとんでもないのはドレスコードのあるようなレストランにいるからでもなく、タクシーでぼったくられたからでもない。

 その答えは俺の胸ポケットにある。

 味のしない魚やらなにやらを一通り食べ終え、食後酒にワインを貰ったはいいが、これまた味がわからん。

 ええい、男は覚悟。一発決めてやろうじゃないか。ニュルに凸ったときよりビビってるわ。

 

 

「留美」

「なに?」

「結婚してくれ」

「……え?」

「俺と、結婚してほしい」

 

 男の一世一代の大博打。

 胸ポケットからケースを出して、開けてみせる。給料三ヶ月分のリングがそこには入っていた。家売って買ったポルシェのお釣りとは口が裂けても言えないが。

 できるだけシンプルなプラチナのリング。小さなサファイアを散りばめて中心に一つ、小ぶりなダイヤを入れた。あんまり派手なのは好きじゃないと知ってるからな。

 

 

「本気で言ってる?」

「当たり前だろ」

「私、重い女よ」

「それが嫌なら同棲しねぇよ」

「嬉しい……」

 

 リングを左手薬指にそっとはめると、留美がその手を伸ばして夜景と重ねた。

 

 

「素敵なリング。いい色……」

「やっぱり、よく似合ってる」

「ふふっ、ありがと」

 

 遠目に見ると淡いブルーにも見えるリングを着けたままホテルに戻っても、しばらくは時折手を伸ばしてはリングを見てニヤニヤとする留美がいたりしたが、それもまた、カワイイもんだ。

 彼女俺のヨメなんスよ。へへっ、いいな。

 

 

「ねぇ、コレ、どうするの?」

「ん? コレってなんだよ」

「その、結婚、するんでしょ?」

「おう。今更やめた、なんて言わないだろ?」

「もちろん。でも、その……」

「根回しせずにこんなことすると思うか? 周りは黙らせてるに決まってるだろ」

 

 もちろん、コレを決めた瞬間から俺の根回しは始まっていた。まずは直属の上司である武内さん。そして、今西部長。そこから何故か盗み聞きしてた美城常務にお墨付きをもらい、このあと日本に戻ったらすぐさま書面で公表の手筈も整えた上での大博打だ。

  これで断られてたらどうしてたんだろ。恥ずかしくて死にたくなるだろうな。

 

 

「ああ、どうしよう。ねぇ、とりあえず親には言ったほうがいいわよね」

「お、おう。今はとりあえず落ち着いて寝ないか?」

「えっ!? そ、そうよね。ええ、そうね」

「指輪渡したの6時間も前だぞ。んで、今は夜中の3時ってわかってる?」

 

 

 そう、夜中に唐突にそんな声をかけられたんだ。こっちの身にもなれ。

 もちろん、俺だって正直まともに寝た気がしないが、一応意識は吹っ飛んでたんだ。

 ああ、改めてそんなこと言われたらまた心臓がうるさくなってきた。あー。

 

 

「すぅー、はぁー」

「留美、そう慌てなくていい。また明日、ゆっくり話そう。今後の予定もしっかり立ててある」

「でもっ、その、もう少し、アイドルは続けたいから……」

「何言ってんだお前…… 簡単にやめてもらっちゃ困るよ。俺だけのアイドルになるのはまだ先でいい」

 

  はうぅ、とかカワイイ声出して布団に潜るの、やめてもらえません? めっっっっちゃ可愛いあああああ!!

 おっといけねぇ。ステイクールだ。俺だってそういう意

 味で何も考えてないわけじゃないさ。けど、それは俺が勝手に決めることじゃないしな。

 留美にはまだまだ、アイドルでいてほしいんだよ。俺もな。

 

 

 

 ---------------------------------------------------

 

 

「ウッソ、日比谷君そんなにかっこよかったっけ?」

「はわわ~ そんな展開、憧れちゃいますねぇ……」

「『俺だけのアイドルになるのは、まだ先でいい』なんて、プロデューサーでもないと言えないセリフですもんね」

 

 帰りの空港でみんなと合流したときから、妙に留美さんが上機嫌で少し不思議だなーと思ってたらその指にリング。

 飛行機の中で日比谷プロデューサーと留美さんからみんなに「結婚します」と報告があったときは色んな意味で騒がしかったなぁ。

 日比谷プロデューサーは成人組を主にプロデュースとマネジメントしてるから、そっちからは現実突きつけられた悲鳴が。逆に、ティーンの子達は目の前で見る展開にキャーキャー言ってる感じだったり。やっぱり結婚って女の子の夢なのかな?

 

 

「留美ちゃん、帰ってきてから調子いいもんねぇ。やっぱり結婚って女を変えるわねぇ」

「早苗さん、おばさんっぽいですよ?」

「だってぇ、目の前で同僚が結婚したのよ? いろいろ考えちゃうじゃない」

「ナナもいつかは結婚、したいですね~」

「美世ちゃんも、仕事の相方みたいなもんでしょ。なにか無いの?」

「なにかって言われても……」

 

 うーん、たしかに、他の人たちより日比谷プロデューサーと一緒にいる時間は長いけど、だんだんわかってきたのは、あの人は意外とガキである。ということ。

 だから最近は話の合う近所のニーチャンみたいな? そんな距離感になってる気もしなくはない。この前のヨーロッパもいい意味で仕事っぽくなかったし、本当に楽しかったのもプロデューサーのやり方あってとわかるけど……

 

 ---------------------------------------------------

 

【結婚】るーみんをトップアイドルにするスレ 25ton【おめでと!】

 

5 名無しプロデューサー

 るーみん結婚したんか

6名無しプロデューサー

 逆にまだ結婚してなかったのかよ

7 名無しプロデューサー

 デビューと同時に交際宣言もなかなかぶっ飛んでたけどオータムフェスと同時に結婚か

8 名無しプロデューサー

 くそう、俺もハイスペックプロデューサーだったらアイドルと結婚できたのに

9 名無しプロデューサー

 >>8 (ヾノ・∀・`)ムリムリ

10 名無しプロデューサー

 >>8 人生やり直してみ

 

 

71 名無しプロデューサー

 でも、結婚してアンチが出ないアイドルも珍しいな

72 名無しプロデューサー

 るーみんも皆無ではないけど、結婚相手のPが学生時代の同級生 現役プロデューサー(かえみずのNocturneとかもP)と言うエロゲスペックだからな

 デビューしてすぐに交際宣言したのも効いてた

73 名無しプロデューサー

 >>72 そんなるーみんのファン1号を自称するハイスペックPは原田美世ちゃんとの番組にいつの間にかレギュラーになれるコミュ力、ビジュアルをお持ちで

 もう勝てねぇよ

74 名無しプロデューサー

 イベントで日比谷Pと話したことあるけど、いい人過ぎんだろ

 ファンクラブナンバー0は伊達じゃねえな

75 名無しプロデューサー

 >>74 マ?

76 名無しプロデューサー

 >>75 非公式の方のだけどな。代表の人が日比谷Pにナンバー0の会員カードを送ったらお礼状届いたって

 だいぶ前の話だぞ

77 名無しプロデューサー

 公式の方ではちゃっかり「代表」の肩書を持ってる日比谷p

 

 

148 名無しプロデューサー

 今月のアイトピにるーみん特集組まれてるぞ

149 名無しプロデューサー

 表紙wwwwww

150 名無しプロデューサー

 ウェディングドレスとか狙ってただろ

151 名無しプロデューサー

 このタキシードの男、ロゴで顔隠れてるけどPじゃね?

152 名無しプロデューサー

 可能な限り修復した表紙がこちら

 ○ttp://imaginbit/id--------

153 名無しプロデューサー

 >>152 good job(AA略

154 名無しプロデューサー

 やっぱりお前か

155 名無しプロデューサー

 日比谷Pはアイドルだった(錯乱

156 名無しプロデューサー

 Pスレの勢いがとんでもないことになってる

157 名無しプロデューサー

 Pスレなんてあるのかよ(呆れ

 

 

【悠の】346プロ 日比谷Pスレ【DriveWeek】

 

737 名無しプロデューサー

 結婚

738 名無しプロデューサー

 やっとかワレぇ!

739 名無しプロデューサー

 アイトピの表紙が日比谷留美さん

740 名無しプロデューサー

 タキシードの男はPだとるーみんスレからの情報が

741 名無しプロデューサー

 foooooooo!!!!!!!

 

 

995 名無しプロデューサー

 1000なら結婚ラッシュ

996 名無しプロデューサー

 1000ならゲストに大人組

997 名無しプロデューサー

 997ならポルシェ買う

998 名無しプロデューサー

 1000なら公開収録

999 名無しプロデューサー

 1000ならかえみず結婚する

1000 名無しプロデューサー

 1000なら結婚式生中継



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ep16

 #1 Idol meets car ~高峯のあの場合~

 

 

「プロデューサー」

「ん、おはよう。どうした」

 

 数多くのアイドルが所属する美城プロダクションには、もちろんそれだけの個性的なアイドルがいるわけだが、その中でも『孤高』タイプ(と俺が勝手に分類してる)のアイドルで一番ミステリアスで謎が多いのが高峯のあだろう。

 765プロの四条貴音と並んで「月から来た」とか「未来人」とか様々な言葉で形容される彼女は最近、自分の中でのアイドル像を固めてきたらしく、メキメキと実力を伸ばしている。

 

 

「車を、買った。お昼にでも見てほしい」

「そうか、なんでまた俺なんだ?」

「美世も呼んである。一度、見て」

「お、おう」

 

 また来る、と何処かに行ってしまった彼女を見送り、早急に美世にLINE。

 

 

『おいおいおい、のあが車を見に来いってさ』

『あたしのとこにも来ました! どうしましょう』

『行くしかねえけど、唐突すぎんだろ』

『のあさんとはまともに喋ったことすら無いんですよ!?』

 

 そして昼過ぎ。俺はまだ業務が片付かず、PCとにらめっこだ。

 明確な昼休みと言うものがいまいち決まっていない仕事故に、ふと時計を見て初めて時間に気づくことのほうが多い。今日は少し違ったが。

 

 

「プロデューサー」

「へぅっ!?」

 

 なんの気配もなくいきなり真後ろから声をかけられて、思わず変な声が出た。

 ちひろさんはクスクス笑ってるし、ソファで寝てたフレデリカが飛び起きてキョロキョロしている。

 

 

「来た。忙しいようなら、改める」

「びっくりさせるなよ…… 悪いが、このとおりだ。終わったら俺が行くよ」

「了解。待ってる」

 

 気がつけば夕暮れ。仕事も片付けて事務所の中でのあを探す。

 事務所のソファで本を読んでいることもあれば、中庭でぼけーっとしていることもある。今日は後者に近いようだ。

 

 

「のあにゃんはみくで遊んでるだけにゃ!」

「ニェット、のあも悪気があるわけじゃありませんから、ね?」

「そうね。コレあげるから機嫌直して」

「これ魚肉ソーセージにゃぁぁぁ!!!」

 

 なんとも賑やかなにゃんにゃんにゃんの3人。たまにこうして3人でいるのを見かけるが、みくはいじられ要員らしいな。

 魚ネタでいじられてもまだ猫キャラが崩れてないからそこまででもないってことだろ。前に夏樹から聞いた話だと(夏樹もだりーから聞いたそうだが)みくはキレると黙るタイプらしい。前にだりーが夕飯に魚尽くしを出したら黙って泣いたことがあったとか。

 

 

「プロデューサー。珍しいですね」

「私が呼んだ。行きましょ。美世は仕事だって」

「ダー。ドライブ、楽しみですね」

「のあにゃんの運転…… 安心できるような不安なような……」

「ドライブって、聞いてねぇぞ」

「2人を送って帰るだけ」

 

 そういうのあに連れられて向かった駐車場で待っていたのはシルバーのセダン。

 全体的にヌメッとしたシルエット。黒いタービンブレードのようなホイールと、真っ白い内装が目につく。のあが近づくと解錠音がして、ドアが開く。そう、ドアが勝手に開く。

 ドアを開けた瞬間から目に飛び込む真っ白い革の内装は少し目に痛いほど美しい。助手席に乗り込むと、なおさら目を引くのがセンターに鎮座する馬鹿でかいモニター。

 

 

「すごいにゃ、タブレットがついてるにゃ!」

「インチェレースナ、面白いですね」

「やっぱ、なんど見てもなれねぇな」

「日比谷Pはのあにゃんの車に乗ったことあるの?」

「いや、コレとおんなじ車にな」

 

 のあが買ったのはテスラModel S P100Dだった。モデルSの最新にして最強のモデル。何と言っても、2.3トンの巨体にもかかわらず、0-100km/h加速を2.7秒でこなす瞬速っぷりだ。それでいて、ヨーロッパ複合サイクル600kmを超える航続距離。普通にエアコンを使っても400kmは走れるらしいから大したものだ。

 

 

「ベルト締めた? 行くわよ」

「うにゃっ、電気自動車にゃ!」

「んじゃ、着いたら起こしてくれ」

「プロデューサー、寝ちゃダメですよ?」

 

 本当に静かな車で、ラジオもかけずにいると本当に眠くなってくる。

 3人の会話も程よく姦しく、いい感じに眠気を誘う。事務所にバッグ置きっぱだし、車もあるのに……

 

 

「2人とも、どこかに掴まって」

「う、うん?」

「掴まりましたけど……」

 

「おうっ!?」

 

 気がついたら内蔵を置いてけぼりにするような加速Gが体を襲っていた。

 後ろの2人はゲラゲラ笑ってるし……

 

 

「プロデューサー、すごい声でしたね」

「『おうっ』って! にゃははは!!」

「プロデューサー、目、覚めた?」

「最悪の目覚めだよ……」

 

 真ん中のモニターには、スマホの設定画面と同じように車両設定の画面が開かれ、パフォーマンスと書かれたタブが『Ludicrous』にセットしてあり、すべてを悟った。

 これが2.7秒の加速かと。覚悟を決めてないと俺みたいにすごい気持ち悪さが襲うだろうし、普通の生活で使うことなどないはずだ。うわぁ……

 

 

「プロデューサー、寝ちゃ、ダメ」

「へいへい」

「あー、面白い。真顔でいられるのあにゃんもすごいけど、あーにゃんも大概だにゃ。みくもちょっと顔が引きつりかけたし」

「ダニェッ、私も結構辛かったですよ。でも、楽しかったです」

「楽しんでくれてなにより。プロデューサーも、楽しかった」

「その言い方、俺"が"面白いってニュアンスですよね」

「当たり前だにゃ!」

 

 騒がしい2人を尞まで送ると、帰りは俺がハンドルを握ることになった。電気じかけの車も慣れてきたつもりではいたが、オール電化ともなるとやはり違和感は拭えない。

 普通にブレーキを離すとクリープで進み始め、アクセルにそっと足を置けば蹴り出されるような加速ではなく、自然に速度が乗る。

 大通りで少し踏み込めば中途半端な速度からの加速でもガツンと力強い加速を御見舞してくれるし、シグナルグランプリでLUDICROUSモードを使えばバイクを置き去りにだってできた。

 しかも、タイヤが鳴ったりすること無く、モーターの『クオーン』と言う音だけで加速していくから恐ろしい。水平にフリーフォールなんて試乗記も見たが、まさにその通り。エンジンのように人間に速度を意識させるものが希薄なせいでワープしているような感覚すら得られる。

 

 

「楽しいでしょう?」

「ああ。でもやっぱり、俺はエンジンがついてる車がいいよ」

「でしょうね。貴方は先を見据えている割に、現在に執着しているもの」

「スイッチ入ったか」

「……そういうところ、嫌いよ」

 

 流石に車庫入れは恐ろしいから代わってくれ、といえばモニターをポチポチしたのあ。

 車列スキャン、なんて語句が並ぶモニターの指示に従ってクリープで駐車場を進む。

 

 

「オートパーキングか。初めてだから少し緊張するな。それも、隣は俺の車だし……」

「大丈夫。車を信じて。いざとなれば貴方が止めればいい」

「とはわかってても限界まで機械に頼ってみたいクルマ好きの性が……!」

 

 駐車スペースと自車は直角。モニターの「オートパーキング開始」をタップ。ブレーキを離すとゆっくりと後退を始めた。そして、いきなりハンドルが回り出す。車が動くことよりもこっちのほうが少し驚いた。

 だが、一回では曲がりきれずに俺のポルシェに一直線。運転席で冷や汗をかきながらいつでもブレーキを踏む用意はしておく。

 ピピッ、と音がして車は停まった。20cmまで寄せていたらしく、俺はもうブレーキに乗せた足に力を入れようとしていたところだ。

 ギアを入れ替えたりすること無く今度は前進。完全に自動で切り返しまでやってくれるというわけだ。こりゃすげぇ。

 

 

「私は自分で車庫入れはやるけど、センサーが優秀だからミラーを見るよりもきっちり止められる」

「なるほどなぁ。止まったけど、サイドブレーキとかは引かなくていいのか?」

「人間が降りられる状態までやってくれる。スイッチもないからあとは本当に降りるだけ」

 

 車から降りて少し離れるとライトが消え、施錠された。

 なんとも不思議な車だった。乗る分には普通の電気自動車だが、それを取り巻くシステムはやはり一歩二歩先を行っていると思うね。

 

 

「貴重な体験だったよ、ありがとう」

「誘ったのは私。美世は悔しがってた」

「そりゃ、こんないい車なら悔しいわ。また機会があったら乗せてやってくれ」

「そうね。またみんなでドライブに行けたらいいわ」

 

 

 #2 Idols meet car ~向井拓海の場合~

 

 

「マジか、拓海のやつ、四輪取れたんだ」

「手が足に変わるだけだからね。この前夏樹と3人で更新してきたよ」

「車欲しいとか騒いでんだろうなぁ」

「早速美世さんと相談してるよ。行きつけの廃車置場で掘り出し物を見つけたらしい」

 

 涼と事務所でコンビニ弁当をつついていると拓海が四輪の免許を取ったという話を聞いた。早速車に乗りたくて仕方ないらしい。

 まぁ、アイツのことだから美世に車を貸してくれとか言って断られたんだろうな。流石に美世もロドスタに初心者は乗せたくないだろうし。

 

 

「拓海のセンスってなんつうか、一昔前のガキっぽいんだよな。バイクもゼファーだろ? 車も90年代後半くらいのスポーツカーとか言い出しそうだ」

「よくわかってるじゃん。ポンコツのサバンナRX-7って言ってたかな。それを引っ張ってきて美世サンのガレージで直してもらってるよ。なんでも『5万だぜ、ロータリーターボがよ!』って言ってたけど、多分拓海のことだから変なもん掴まされたんだろうね」

「5万って、エンジンは間違いなく死んでるし、ボディもやれてんだろ。そんなん怖くて乗りたくねぇわ」

 

 という話をした翌日、早速と言うべきか、拓海と少し疲れ気味の美世に絡まれた。拓海だと"絡まれた"って表現がしっくり来るな。

 

 

「なぁなぁ! プロデューサー! 免許取ったんだぜ!」

「そうか、面取り食らうと辛かっただろ。何キロオーバーだ?」

「ちげーよ! 四輪取ったんだよ、四輪! 車も買っちまったしな!」

「ほーん」

 

 俺のボケにやかましいツッコミを入れるほどテンションが上っているらしい。こんなのを武内さんはよくコントロールしてるよなぁ。

 俺は大人組がメインで、未成年の子もクールなおとなしい……わけでもないか、とりあえず物分りのいい子ばかりだから困りはしないが、小学生からヤンキーまでプロデュースする武内さんはとんでもない人だわ。

 

 

「んだよ、シケてんなぁ」

「この前涼から聞いたからな。FCだって?」

「おう! 美世ンとこで少しずつ直してもらってるよ。正直、買って1週間で車体の10倍使っちまった……」

「ははっ! 安物買いのなんとやら、ってな。でもまぁ、そうやって手かけた方が愛着も湧くだろ」

「だよな! っつってもアタシはクルマはさっぱりだから美世に教えてもらいながら、だけどな」

 

 けど、バイクがいじれるなら車もそう難しくはないだろ。最近のハイテク満載の車ならまだしも、90年代前半の車ならそこまで厳しいことはない。俺も自力でターボ載せ替えたり、メーター足したりしたもんだ。

 

 

「んで、原田センセ、彼女の車は?」

「ボディはそれほど歪んでなかったので事故車とかじゃないんですけど……」

 

 そして手招き。そっと顔を寄せると耳打ち。

 

 

「内装を引剥したらなんか見ちゃいけなさそうなシミとか色々あって……」

「Oh...」

「拓海ちゃんの知らないところでお祓いしてもらって、こっそり御札を……」

「絶対秘密だな」

「はい、お願いします」

 

 拓海が二人でコソコソ何言ってんだ、という声で顔を上げると、お前の車が値段なりのヤバさだった、と言ってごまかしてやる。

 拓海も値段的に、どこかしらやばいと理解しているようで、しゃーねぇだろ、訳ありなんだよ、きっと。と言っているからいいだろう。

 

 

「エンジンは年式なりだったので、オーバーホールして、ついでにライトチューン。駆動系も内装もボディも全部やり直して2シーターで車検を取り直そうかと」

「そりゃ大掛かりだな。ショップに頼んだら300万じゃすまねぇだろ」

「さんびゃっ……」

「オーバーホールは外注しましたけど、それ以外は自分たちでやるので部品代しかかかりませんよ。50万って言うのはエンジンと補機類ですね。社外で揃えたので結構しましたけど」

 

 拓海の希望と美世の技術、それから資金を勘案するとエンジン系は外注、駆動系はリビルト品を買ってきて、ボディはロールケージを入れて内装は作るらしい。なんでも、ボロボロの今の内装を元にして"レーシー"に仕上げるとか。拓海のお母様に協力してもらえるそうだ。

 外装はもちろんオールペン。エアロはRE雨宮で揃えるらしい。なんでも、受注生産やってくれるのがもうそれくらいしかないとか。

 

 

「それでも150万くらいか? まぁ、走れる中古買って来て、まともにするのと変わらんかすこし安いくらいだな」

「お仕事の合間にすすめるので結構長い目で見てますよ」

「プロデューサーも暇な時手伝ってくれよ。昔は車いじって遊んでたんだろ?」

「まぁな。その時は連絡するさ」

 

 そう約束したのが仇になるとは、俺も学習しないやつだ。

 拓海から『美世のガレージ集合、動きやすいカッコで』とメールを受けとり、オフの日の朝から留美に『美世と拓海とクルマいじりしてる。暇なら来い』と書き置きしてから家を出る。

 記憶を頼りに美世のガレージにたどり着けば既に2人がリフトに上げられたきれいなFCを中心にして忙しなく動いていた。

 

 

「いよーっす。差し入れ持ってきたぞ」

「待ってたぜ。昨日の夜、エンジン積んだんだ。今からエキゾースト入れるから手伝ってくれよ」

「せっかちなやつだな」

「エキゾーストさえ組んじゃえばあとは駆動系は終わりですからね。あとは内装と足回り、外装を仕上げれば……」

「ほとんどじゃねぇか」

 

 とは言いつつ、パーツは向井家に発注した内装以外は届いているそうで、拓海曰く、「久しぶりにおふくろが本気出してるから今月中にはできる」そうだ。

 きっとグレた娘からの頼み事が嬉しかったんだろうなぁ…… あ、でも根はいい子な拓海だから家でもいい子か……?

 

 

「差し入れは人間用とクルマ用、両方あるけどどっちから見たい?」

「「クルマ用で!」」

「へいへい。じゃーん。追加メーター3点セットとコントロールユニット。ハンドル、それからシフトノブ」

「おいおい、こりゃ…… なんか使い込んだカンジがするんだが……?」

「そりゃ、俺のお下がりだからな」

「はぁ……」

 

 ため息はないだろ! ド定番のMOMO COMPETITIONだけどさ!

 追加メーター3点セットだって安心と信頼の日本製だぞ!

 仕方ないから差し入れと思って買ってきたプリンは俺のもんだ。

 

 

「確かに、メーターはうれしいですけど、ハンドルはもう、ねぇ?」

「イカしたのを選んでもらってんだ。わりぃな」

「そうか。そりゃ残念。シフトノブ要るか?」

「それはありがたくいただくぜ。レザーか。良さそうだ」

「良さそう、じゃなくて良いもんだ。素手でもグローブしててもしっくり来るからな」

 

 口を動かしてから手も動かして、エキゾーストをつなげると初めてエンジンを始動することに。

 適当なバッテリーを持ってきてセルに直接繋いで回すと少し長いクランキングの後、ロータリーらしい歯切れのよい音が響いた。いい音だ。車遊びしてた頃にヒーローだったヤツを思い出す。

 

 

「かかった!」

「うぉぉぉぉ! 良い音だァァ!!!」

「ホントにな。ロータリーなのに結構静かだな」

「こだわりのパーツですからね。あんまり回しっぱなしもまずいんで止めますか」

 

 エンジンが止まると拓海のテンションも少しダウン。

 だが、それ以上に上がったテンションの方が大きかったらしく、差し入れのプリンを一瞬で流し込むとできることはなんでもやります、と言わんばかりに動き出した。

 美世は美世でそれなりにヤル気が出たのか、拓海と俺をうまい具合に使って作業を進めている。例えば、足回りを一通り拓海にまかせて、その間に俺はエアロパーツの現物合わせをやるとか。

 前に美世に呼ばれたときもこんなことやったな、なんて思いながらボディと同じく赤に塗られた大きなバンパーにライトキットをあてがう。古いパーツだけあってチリが合わないから削ったり曲げたりしながら合わせて……

 

 

「美世、足回り組み終わったから見てくれ」

「うん、ばっちりですね! プロデューサーさん、そっちはどうです?」

「ああ、いま左のライトを合わせてる」

「えぇ、まだやってるんですか……?」

「じゃぁお前やってみろ!」

 

 なんて楽しく作業をすればいつかのように飯も忘れて気づけば夕方。

 リアスポイラーのビス止めをしているとチタンエキゾーストの乾いた音を引き連れて誰かがやってきた。

 

 

「まるで大学生の頃みたい」

 

 呆れた、と言わんばかりにため息混じりのセリフを吐くのは一人しかいない。

 

 

「ホント、この歳になって車遊びなんて」

「留美さん、こんばんはぁ」

「楽しそうね、美世ちゃん。向井さんも」

「姉御!」

「その呼び方は…… どうせお昼もまともなもの食べてないんでしょ? 夕飯前だから軽いものだけど、買ってきたからつまんで」

 

 なぜか知らんが、拓海は留美を姉御呼びするんだよな。何をしたのか知らないけど、流石にシメたりはしてないだろ。

 でも、ヤンキーが姉御呼びってなぁ、絶対やばいやつだろ。

 

 

「あざっす! ありがたく頂きます!」

「ありがとうございます、頂きます」

「ほら、悠も」

「おう、ありがとな」

 

 留美の差し入れも食べて回復すると、エアロパーツを仕上げてチリ合わせも完璧に。美世も「フェラーリ、いえ、ポルシェクォリティですね!」と太鼓判。拓海も「すげぇ、職人技かよ……」と素直な感想を漏らしたので大満足だ。

 伊達に学生時代にビンボーチューンしてたわけじゃねぇからな。自家塗装と組付けならおまかせだ。シルエイティをやれば鍛えられるぞ。

 

 

「タイヤは、まぁ、妥当だな」

「ガチガチにサーキット走るわけでもねぇし、程々のを見繕ってもらったんだ」

「RE003です。よくスポーツグレードのクルマが履いてますよね」

「どうしてもKカーのタイヤ、ってイメージもあるけどな」

 

 おふくろが乗ってたワゴンR RRもこいつを標準装備してたしな。

 けど、POTENZAらしく、入力にしっかりついてくる剛性感もあっていいタイヤだ。何より安いしな。

 絶対的なグリップはSタイヤ相当のRE-71Rには敵わないし、静粛性じゃフェラーリに採用されるようなS001には敵わない。けど、程よいお手頃感と、ちょっとやそっとじゃヘコタレないタフさを兼ね備えたいいタイヤだったな。

 

 

「ホイールも良いのはいてんじゃん」

「それは編集部の方のツテで紹介してもらったお店で。私と拓海ちゃんのサインと写真で半値近くに……」

「マジかよ」

「大マジだぜ。アイドルっていいもんだな」

 

 なんやかんやありつつもたくみん7は完成まであと一歩。向井家のお母様が仕上げた内装を入れて電装品を仕上げ、片隅にに積んであるセミバケを入れれば後は車検を取るだけだ。

 ほぼフルレストアとも言える作業量をこなしてたわけだが、拓海はいい顔をするし、美世も楽しそうだからいいもんだ。

 やっぱクルマいじりはプロに任せるのもいいが、できるところは自分でやってこそだな。

 

 

「そうだ、この光景、ずっと生放送してたんですけど、今日はすごいですよ」

「はぁ!?」

「聞いてなかったのか? 美世の番組のサイトで生放送してんだってよ」

「ってことは、なんだ。今まで全部見られてたのか」

「筒抜けですね。留美さんとのイチャイチャも」

「ッーー!!」

「姉御、顔真っ赤だぜ?」



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ep17

限定しぶりんキタ


 #1 Idol meets car ~及川雫の場合~

 

 

 やべぇ、なんもねぇ。

 東京から新幹線と在来線を乗り継いで5時間。目の前にひたすら広がる牧草地を目の前にしている。

 武内さんの担当アイドルのフォローを頼まれたは良いが、まさかこんなとこまで来る羽目になるなんて思いもしなかった。駅でレンタカーを借りようにもレンタカー屋がなく、タクシーも来ないし、もし乗ったところでここまで来るのにいくら掛かるかなんて考えたくない。

 コレなら多少疲れてもクルマで来るべきだったと激しく後悔したところで偶然通りがかった農家のおじいさんに乗せてもらってやっとついたのがおいかわ牧場。名前の通り、及川雫の実家だ。

 ひとまずゲートを入り、直売所の札が下がった棚の前を通って立ち尽くす。牛舎くらいしか建物がない。住所間違えたか?

 携帯で地図アプリを開くと、遠くからエンジン音が聞こえてきた。それも結構回してハイペースに近づいてくる。

 

 

「おいおい、マジか」

「プロデューサーさーん! おまたせしましたー」

 

 軽トラで爆走して来たのは何を隠そう、雫その人。いや、たしかに私有地だけどさ…… えぇ……

 うまいこと目の前で止めると「さぁ、乗ってください!」と一声。そこはかとない不安が残るがひとまず乗ることに。

 

 

「間違えてこっちに来ちゃったのかと思って正解でしたねー」

「場所があってるか不安だったんだよ。助かった」

「あっちは農家同士でやり取りをするときに使うんですー。お客さんを迎えるのはまた別で」

 

 そう言いながら農道をそこそこのペースで駆けてゆく軽トラ。案の定マニュアルで、荷台に積まれた農機具がガチャガチャと音を立てている。それを何の気なしに乗る16歳。小特は取れる年齢ではあるが、普通自動車はアウトだろう。まぁ、公道に出なければお咎めなしだが……

 

 

「しかし、軽トラで迎えに来るとはな。まだ免許取れないだろ」

「そうですねー。小型特殊は16になってすぐ取ったんですけど、車は牧場の中だけですねー」

「にしちゃ慣れてんなぁ。いつから乗ってんだ?」

「えーと、確か中学に入ったくらいだったと思います。お父さんに教えてもらいましたー」

 

 農家はコレがデフォなのか? 俺だって中学の頃にはせいぜい原チャを無免で転がす程度だったぞ? まぁ、私有地内と公道の違いはあるが……

 年齢以上に運転歴の長い雫の運転は至って普通で、特技欄にトラクターの運転とあるのもなるほど、と思わせる。

 なにはともあれ、今日は俺だって仕事だ。アイドルの実家訪問と謳ってアイドルが何をしていたか、そのルーツを探る雑誌のミニコーナーの取材。今回はセクシーギルティで人気急上昇の雫にスポットが当たったわけだ。とは言っても、取材自体は明日の午前には終わる予定だから、俺はほとんど迎えに来ただけみたいなもんだ。

 

 

「昨日まで武内プロデューサーがいたんですけどー、別のお仕事があるとかで、代わりに日比谷プロデューサーを呼ぶからーって。一人でも帰れるって言ったんですけどー」

「武内さんは良くも悪くも心配性と言うか。それだけ大事に思ってるんだろ」

「それはわかってるんですけどー……」

 

 だから昼飯食ってすぐ、新幹線に飛び乗って夕暮れに岩手まで来たわけだ。それもわざわざ雫のご両親に許諾まで取って俺が泊まる算段を着けてくれていた。お陰で弾丸ツアーにもかかわらず宿無しは回避できたわけだが。

 

 

「ここが家と事務所などなどですー」

「こりゃ、立派な家だな」

「普通ですよー」

 

 広い土地に見合った広さの広い家。遠目に見ても一発で分る大きさだ。

 隣に立つ牛舎と同じサイズ感といえば伝わるだろうか?

 

 

「はい、とうちゃーく!」

 

 という声と一緒にギッ、とサイドブレーキを引いてエンジンを止めるとギアを1stに。慣れた手つきだなぁ、と感心する間もなく車から降りると雫の祖父母と思しきご老人が家から出てきた。

 

 

「こんばんは、武内に代わって参りました、日比谷と申します。今日はご厄介になります」

「いやいや、雫がお世話になっております。ささ、お疲れでしょうし、どうぞ」

「お邪魔します」

 

 社交辞令も慣れたもの。あてがわれた部屋に荷物だけ置いてくるとリビングに家族勢揃い状態。またここでも堅苦しいあいさつをこなすと、すぐに農家らしいシフトに移っていった。

 なんでも、俺が来た時間はちょうど夜の搾乳の時間らしく、よろしければ、と作業を見学させていただけた。

 最近は機械を使うところも多いらしいが、ここでは手で作業をしているそうだ。牛舎を広く使うのもストレスを与えないためだとか。気のせいかもしれんけどね、とご主人は笑っていたが。

 搾りたての生乳を頂いて、若干空き気味のお腹に染み込ませると何かお手伝いを、と容器をもって往復。なんでも、武内さんや撮影スタッフも何かと働いていたらしく、男手が多くて助かったとおっしゃっていた。

 

 

「プロデューサーさん、お疲れ様ですー。ご飯にしましょう」

「いや、マジで、想像以上に、辛い」

「30Lバケツですからねー、鉄なので容器も重いですしー」

 

 さらに、後から調べて知ったが、生乳は水より若干比重が重い。だから取引単位もリットルじゃなくてキログラムらしい。とは言いつつも誤差の範囲ではあるが(1Lが1040g弱くらいらしいぞ)。

 それもスーツだしな、俺。と言い訳もそこそこにテーブルに並ぶ夕食に目が行く。まぁ、メニュー自体はとっても普通で、外食ばかりだった味覚に久しぶりに懐かしい感じを与えてくれた。

 

 

「DriveWeek毎回見てるんですよ。私も車がすきでねぇ」

「ありがとうございます」

「ランチアのフルヴィアってご存知ですか、アレを持ってるんですけど、今はもっぱら軽トラばっかりで」

「確かラリーに出てた……」

「そうそう! いやぁ、分かる人がいるって良いですねぇ!」

 

 と、夕食も済むとこうしてご主人と酒を交わしながらおしゃべりが始まるわけだ。

 それも話のネタが車ともなれば会話も弾む。ランチア フルヴィアはアルファロメオのジュリアなんかと同じ、60年代を代表するイタリアンスポーツの一台。独特な挟角V4エンジンのFFだ。丸目4灯のヘッドライトが愛らしい。

 ラリーでの活躍で有名だが、ザガートによる少し角ばったデザインのモデルもロードレースに出場し、優秀な成績を収めている。

 

 

「あまり詳しいわけじゃないんですけどね」

「いやいや、なにそれ、って顔されるよりもいいですよ。少し見に行きますか」

「ぜひ」

 

 ワインボトルとグラス、それからチーズを持ってガレージに向かう。

 ガレージもまた大きく、中にはミニバンや軽トラ、トラクターも収まっていたが、奥の方の一角だけ少し小洒落た空間ができていた。

 

 

「フルヴィアクーペ ラリー1.3HF。綺麗でしょう」

「ええ、本当に」

 

 小さなテーブルと椅子が2つ壁際に置いてあり、クルマを眺めるために置かれているのが一目瞭然だ。そこでワインをチーズと合わせつつ、クリームホワイトの優しい色した小さなクーペを眺める。いいなぁ。

 そんな贅沢な時間も長くなく、雫が呼びに来てあっという間に終わってしまった。うーむ、残念。

 

 

「プロデューサーさん、おはようございます!」

「うん? まだ5時だろ」

「はい!」

 

 朝から元気な雫に起こされ、渡されたツナギに着替えると早速駆り出される。もはや俺は何をしに来たのか。まぁ、コレもご飯と寝床の対価。もちろん働くが。

 俺に与えられた役目はトラクターで干し草のロールを持って帰ってくること。雫がやっていたことらしいが、今日は俺がせっかくだからと大きなトラクターに乗ることに。なんでも500kg以上あるロールをトラクターの前についたアタッチメントで持ってくるんだとか。

 後ろには前転しないためのカウンターウエイトとして荷台がくっついている。

 

 

「えっ、いや、俺初めてなんだけど」

「だいじょーぶですよー。私がいますからー」

 

 そう言われて押し込まれるようにトラクターに乗り込む。もちろん、ドライバーのぶんしかシートはない。適当にポジションを合わせると違和感に気づいた。ペダルが4つある。一つ多くね?

 

 

「ペダルは右からアクセルブレーキブレーキクラッチです。後は普通の車と同じですからー、はい、行ってみましょー」

「ええっ? ブレーキブレーキ?」

「ウチは繋げっぱなしですから、普通の車と同じようにブレーキを踏めば大丈夫ですー」

 

 よくわからんが、雫がキャビンに収まると教習所みたく俺の初めてのトラクター体験が始まった。

 

 

「はい、エンジンかけてー。副変速機はハイにしておきましょー」

「これか?」

 

 俺の右側に大量のレバーやスイッチが並んでいて、シフトレバーはオートマっぽいのにクラッチが付いてるし、それ以外にも大量のスイッチが整然と並んでいるのは乗用車じゃあり得ない光景だ。

 クラッチを踏んでエンジンをスタート。雫の指示通りにシフトレバーを動かし、アクセルに足を置くとストップがかかる。クラッチは使わずに走るらしい。何のためにあるんだかよくわからんな……

 昨日軽トラで走った農道をトラクターでのんびりと走る。8速に副変速3段の24段ギアで、副変速機の切替時にクラッチを踏むんだとあとで教えてもらった。

 牧草地まで30km/hでトコトコ走ると次に前に付いているアタッチメントを干し草のロールに突き刺す。コレが難しい。刺さりが甘いと抜けて転がり大惨事になりかねない。流石に素人にやらせるのはどうかと思いつつ、「ひと思いに突き刺しちゃってくださーい」という雫の声に従い、まっすぐ干し草の塊に突っ込んだ。時速3キロで。

 

 

「ちょっと見てきますね」

「おう」

 

 斜面の上から鉄棒の刺さり具合をみた雫が、手で大きな○を作ったのを見てからまた来た道を引き返す。

 あまり飛ばすと揺れて落ちるかもしれないの中速ギアでランニング程度の速度で帰る。その帰り道にブレーキペダルの使い方を教えてもらった。

 

 

「ブレーキは左右別々にかけられるんですー。なのでペダルが2つあるんですねー」

「へぇ、面白いな」

「はい。それで、コレをうまく使うと小回りができたり、ハマっちゃったときに抜け出したりできるんですー」

「デフロックみたいなもんか」

「よくわかんないですけど、多分そうですね」

 

 戻ると突き刺したロールを倉庫に置き(気合で引き抜くんだぜ?)、荷台に新鮮な生乳のバケツを載せて1往復すると朝のお仕事終了。

 朝ごはんを頂いているとちょうど撮影隊がやってきてアイドルの仕事始めだ。俺もかっちりスーツに着替えてプロデューサーっぽくお仕事だ。

 

 

「んじゃ、今日も頼むぜ」

「はい!」

「「よろしくお願いします!」」

 




限定しぶりん110回で出ました。ありがとうございます

限定TPは他にいないので寂しい限り…


GT SportのCBTに当たったので今日の夕方から全力で遊びに行きます


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ep18

すみません、だいぶおまたせした割にペラッペラです。

あとがきのソレはデレステのイベコミュ見たらなんとなく書きたくなった。
あすらん尊い


 #1 Producers meet car ~プロデューサー達の場合~

 

 

「日比谷さん、木曜日の夜、車を出していただけませんか」

「構いませんけど、マークXの回収ですか?」

「ええ、まぁ、そんなところです」

 

 武内さんから「車を出してくれ」という珍しい頼みごとをされたと思ったら、さらに歯切れの悪い返答になんとなく不信感を覚えつつ、木曜日の予定をリマインダーに入れておく。

 しかし、あの武内さんが理由を濁すとはよほどのことか…… うーん、今西部長に聞いてみるか。

 

 

「ああ、その事か。聞いてるよ。僕も呼ばれてるからね」

「なにかあったんですかね」

「そんなに深刻な顔をするんじゃない。なに、仕事のことじゃないさ。彼が言わなかったのなら僕からも言うべきじゃないだろうけど」

「そう、ですか」

「木曜日、楽しみにしているといいよ」

 

 今西部長からも良いようにはぐらかされた木曜日、早めに仕事を切り上げ、武内さんと合流すると911の隣へご案内。武内さんの指示通りにナビを設定。横浜の駅から少し離れた辺りだ。

 

 

「日比谷さんには不安な思いをさせてしまっていたようですね。今西部長から日比谷さんが話を聞きに来たと伺っています」

「心配することはない、って言われましたけど、本当ですか?」

「ええ、決して私の進退に関わることではありません。その、日比谷さんの給料リミッターの遠因といいますか、原因といいますか…… できれば見てのお楽しみということに」

「はぁ……」

 

 ナビに従って高速で30分、下道でまた暫く行くと立派なカーディーラーが見えてきた。シックな外観のショールームにはフェラーリやランボルギーニ、ロールスロイスと言ったお高いクルマ達が並んでいる。

 駐車場は在庫車か顧客の車か、4桁万クラスの車がズラリ。細心の注意を払って車を停めると、中から出てきた営業さんに武内さんが会釈していた。

 

 

「今日は車を取りに来たんです。そろそろ今西部長も来ると思うのですが……」

「武内さん、車買ったんですか?」

「いえ、修理に出していた、と言うべきでしょうか。ここは販売以外にも面倒を見てもらえるので」

 

 ふかふかのソファに座りながらコーヒーを啜っていると、駐車場に藍色のクーペが入ってきたのが見えた。見たことない車だな、となんとなく観察していると、降りてきたのは今西部長だった。S30以外にも車を持っているとは思ってたが、なんだアレ。

 俺ら2人を見つけると、軽く手を挙げた。慌てて軽く頭を下げておく。 

 

 

「だいぶ待たせたみたいで済まないね」

「いえ、それほどは」

「ふふっ、そういうことにしておこうか。さて、待ちきれないみたいだね」

 

 空気を読んでそばに来た営業さんの案内で店の裏にあるピットまで歩くと、カバーに覆われた低いシルエット。80年代から90年代くらいのスーパーカーを彷彿とさせる直線的なボディがなんとなくわかる。

 リアには大きなスポイラーがついているようで、カバーでも隠しきれない存在感を発していた。

 武内さんが一声かけると、メカニックと営業の方2人でフロントからゆっくりとカバーを捲りあげていく。すぐに目に入ったのは白いフロントバンパー。車検に通るのか怪しいほどに下げられたエアロはスッキリとしたデザインで、今みたいなゴテゴテ感がない。

 そのままボンネットを露わにすると、フロントに付けられた黄色いエンブレムが目に入る。

 

 

「これが、私のフェラーリ512TRです」

「本当に長かったね」

「そうですね。3,4年はかかりましたから。本当に、良かったです」

 

 カバーも完全に剥がされて姿を表したフェラーリは白いボディにゴールドの太いスポークのホイールを履き、そして、何よりもデカかった。

 テスタロッサの系譜である512がでかい車なのは知っていたが、ここまでとは。

 

 

「この車が何かわかるかい」

「512と言うのは聞きましたけど、すごい派手なエアロですね」

「ふふっ、流石に今の若い子はわからないか」

「ケーニッヒスペシャルというチューナーのコンプリートカーをモチーフにしてるんですよ」

 

 なんでも、バブル全盛期に流行ったドイツのチューナーだそうで、大きなオーバーフェンダーに太いタイヤという派手なスタイルで流行したそうだ。と言ってもフェラーリは数少なく、殆どがベンツのSLだったそうだが。

 武内さんの車はテスタロッサ向けのエアロパーツを型取りし、512TR向けに修正したものをワンオフで作成、エンジンルームにもワンオフパーツが嫌というほど入っている。

 機械式の燃料噴射システムは最新の電子制御に交換。変えてしまったほうがランニングコストは下がるんだとか。さらにパフォーマンスも安定するという。

 それからいい色に焼けたエキゾーストはもちろん、エンジン本体もオーバーホールしてレーシングカー並の精度で調整したもの。トランスミッションも上がったエンジンパワーに合わせてギア比をロングになっている。

 ボディだってホワイトボディからやり直したガチガチ仕様。ロールケージも入ってるそうだが、内装で上手く隠しているんだとか。

 

 

「武内君が入ったばかりのときにこの車を買ってね。最初は大人しくノーマルで乗っていたんだよ。けれど一回エンジンがダメになったときに、こうすることを思い立ったらしいね」

「まさか……」

「ああ、ほぼ全財産投げた。給料はこの車のために使ってたね。だから君が入ったときには彼のようなことをしないよう、ごくごく平均的な給料で、まずは様子を見ようと思ったのさ。今は形無しだけどね」

 

 リミッターがなくなった途端にポルシェを買った事を言ってるのだろう。

 反省はしていない。

 ポルシェ増車したりしたけど、家族のためだから! 無理だな。留美も車持ってるし。

 

 

「武内さん、なんか子供みたいですね」

「それも仕方ないだろう。子供の頃の夢を形にしたんだ。君にはそういう思い出の車とか、無いのかい?」

「そうですねぇ、やっぱりR34のGT-Rとかですかね。今でも少し欲しいですし」

「うーん、これもジェネレーションギャップ、かな?」

 

 どことなくにやけているようにも見える武内さんがキーを受け取って、大きなドアを開けると、シートに体を滑り込ませた。外から見ると意外と狭そう……

 スマホで写真を撮っていると、ドアが閉められた。年式の割に短いクランキングの後、爆音とも言うのがふさわしい轟音がピットに響き渡った。

 エンジンを掛けた本人が一番驚いているような気がしなくもないが、何回か空ぶかしすると、ギアを入れたようで、回転数がグッと下がる。

 しばらく待っているとフロントの車高が上がり、そのまま段切りして出ていくと、店舗の駐車場の方へ消えていった。

 店舗に戻ると駐車場で車をメカニックの方と一緒に見て回る武内さんが見えた。納車前の最終チェックと言ったところだろう。

 しかし、ああやって人の車がいじってあんの見ると、自分の車も……と思ってしまう。まぁ、やったら間違いなく留美に怒られるだろう。

 

 

「よろしければこちらのパンフレットご覧になりますか」

「え? あぁ、お願いします」

 

 とっさに受け取ってしまったのはテックアートのカタログ。うひゃぁ、かっけぇ。

 

 

「ほどほどにね」

「アレはいじれませんよ。今は財布の紐握られちゃってますし」

「そうだったね」

 

 ただ、このリアリッド一体型のリアスポイラーはめっちゃほしいぞ! そうするとエアロキット一式も無いとバランスが…… お値段は200万円コース。うん、無理だな。

 

 

「さて、彼の用も済んだみたいだ。ひとっ走り、行こうじゃないか」

「最初からそのつもりでしたよね。車もいつものZじゃないですし」

 

 今日の今西部長の車は俺も見たことない車だ。インフィニティのマークが付いたクーペ。Q60のエンブレムが付いている。

 V37になってから消えてしまったスカイラインクーペの系譜にある車のはずで、日本未導入。なんでも、エンジンもVR30なんてGT-Rそっくりなものを乗せたびっくりモデルがトップに居たりする。というのをネットで見ただけだが、コレはどのグレードだろうか? Q60S?

 信号待ちの間にググれば、それこそが件のVRエンジン搭載の化物グレード。そのパワーは400psオーバー。スカイラインクーペにしてはオーバーな気もするが……

 

 

「お待たせしました。シェイクダウンに付き合っていただけませんか」

「ふふっ、聞かなくてもわかるだろう?」

「もちろん、お供させていただきます」

「ありがとうございます」

 

 武内さんのフェラーリを先頭に、3台連なって高速に入ると一つペースが上がる。向かう先は湾岸線方面なようだ。

 トンネルで響くエキゾーストノートは堪ったもんじゃない。V12の甘美な響きだ。

 高めのスピードレンジで流れに乗ると、分岐と合流を繰り返して湾岸線に突入。ここで合流から一気にペースが上がった。

 甲高い音を伴ってフェラーリが飛び出していくとあっという間に視界から消える。俺は免許が惜しいから安全運転。今西部長も同じく。

 それでもハイスピードと言われる速度で流れて適当なPAに入ると案の定、ひときわ目立つフェラーリが奥の方に止まっている。その隣につけると、武内さんが降りてきて、恥ずかしそうに首に手を当てた。

 

 

「少しはしゃぎすぎてしまいました」

「良いじゃないか、男はいつだって少年だからね」

「日比谷さん、お願いばかりで申し訳ないのですが……」

「はいはい、適当に写真撮って後で送ります」

「お願いします」

 

 その後は都心部に進路を向け、アクションカムを頭につけた俺が撮影係に回ると抜きつ抜かれつでいい画を狙ってから流れ解散となった。

 早々に降りていった今西さんは表参道とかそっちに住んでると伺ってるし、武内さんは逆戻りして横浜の山側だ。俺はこのまま北池袋で降りて下道で帰宅。なんだか大学生の頃とやってること変わんないぞ、コレ。

 ガレージにドイツ車が並ぶガレージに車を停めるとすっかり慣れてしまった留美の家、もとい、我が家だ。

 

 

「おかえり。武内さん、どんな要件だったの?」

「フェラーリを引き取りに行って、そのまま首都高流してきた」

「ホント、呆れるわ…… ご飯は?」

「まだ」

「冷蔵庫にあるから、温めて。じゃ、先に寝てるから」

「ほーい、おやすみ」

 

 

 #2 Idol meet car ~木村夏樹の場合~

 

 

「拓海ちゃんが車買ったから欲しくなっちゃった?」

「う~ん、だけど置くとこも無いからなぁ」

 

 拓海ちゃんのセブンが車検を取ってからしばらく。運転にも慣れて炎陣のみんなが隣に乗ると、四輪の免許を持ってる3人はどうも車が欲しくなってきたらしい。亜季ちゃんは大きい四駆がほしいみたいで、雑誌を読んではアレがいいコレがいいと言っていた。涼ちゃんは現実的にコンパクトカー。そこそこ走れて燃費がいいの、と言っていた。

 そして夏樹ちゃん。スポーツカーがほしいけど、色々と迷っているらしい。

 だからこうして事務所の一角でプロデューサーの持ち込んだ自動車雑誌を広げながらおしゃべりをしているわけだ。

 

 

「美世のロードスターも良いんだけど、オープンカーって柄でも無いし、かと言って86やBRZは多すぎる。なんか、こう、個性がほしいよな」

「って言っても、個性とお金はトレードオフだし……」

「だよなぁ。外車は高いし、古いと維持費がかかる。なんか、いい感じのスポーツカー無いかな」

「それこそ、最近流行りのKスポーツとか。でも、全く荷物積めなかったりするし……」

 

 アルトワークスは車両の安さもあってとても売れてるみたいですね。アフターマーケットパーツも増えて、カスタムベースとしてもバッチリ。軽くてターボでマニュアルで、4枚ドアで荷物も積めて、なおかつ燃費も悪くない。

 字面だけならとってもいい車だと思います。

 対抗馬はS660とコペン。車両価格がロードスターとほぼ変わらないS660。積載性は度外視で走りに極振り。その結果ビートの再来になりました。250万もするのにあっという間に売れて、今では中古車も出てきてますね。一度乗ってみたい車です。

 コペンは、その…… 前から走る車ではなかったような気がします。スポーツカーとしてはとても良いんですけど、その先、サーキットなんかを見始めると電動メタルトップの重さがネックになって、楽しいけど速くない、みたいな。

 丸くて可愛い見た目はキュートなんですけど、ほしいかと言われると微妙なラインにあったりします。

 

 

「そうなるとZとか? 川島さんが乗ってるし、日比谷Pも前に乗ってたよな」

「今は中古もそこそこ値段落ち着いてるし、33の最終型とかは? あとは外車になっちゃうね」

「うーん、別に国産車にこだわりがあるわけじゃないけど、やっぱり維持費とか高そうってイメージがあるんだよな」

「いっその事外車乗ってる人に聞いてみるとか」

 

 

 ---------------------------------------------------

 

 

「はぁ、ナナが呼ばれたのはそういうわけですか」

「ナナさんが一番マトモな外車乗ってるんだ」

「結構生々しく言っちゃって良いんですか?」

「そこを詳しく知りたいんだ」

 

 

 ナナのアルファロメオは車がだいたい450万、タイヤとホイールで50万、保険が色々特約を付けて10万弱。ガソリンは、燃費がリッター10kmくらいなので、すごく悪いわけじゃないですよ。ハイオク指定ですけど……

 外車だからって壊れるわけでもありませんし、ディーラーでの点検も前のノート君よりまぁ、少し高い程度ですね。車検はまだなのでわかりませんけど、重量税も自動車税も小さい車なのでべらぼーに高いことはないと思います。

 保証もあるのでしばらくは部品代の心配も少ないですし、今のところお財布へのダメージはノート君とそう変わりません。

 

 

「ほほー。ハイオク指定なのは仕方ないね。外車もすごく高いわけじゃないんだ」

「はい。ナナも買う前はビクビクしてましたけど、買ってからはそれほど気になりませんね」

「あたしのロードスターとそんなに変わんないなぁ。保険は高いし燃費も悪いけど……」

 

 美世ちゃんのロードスターは事故率とかで保険も高そうですね。

 ジュリエッタくんはそもそもの数が少ないので保険料も抑えめです。車両保険も入れますし。

 でも、やっぱり車はピンと来た車を買うのが一番ですね。前もって色々考えるのも楽しいですけど、実際に見て直感で買うのもいいと思います。ナナはジュリエッタを買って公開してませんし、この車が大好きですから。

 

 

 

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「ふうん、ナナさんの次は私にね。いいわよ、ついでに悠の車のことも教えてあげる」

「お願いします」

 

 

 私のM4はあちこちいじり倒したから、だいたい2000万はかけたかしら。保険だって馬鹿にならないし、燃費もリッター8前後。給油のたびに1万円飛んでいってるわ。

 タイヤ交換を半年に一回20万、オイルも3ヶ月に一度は変えろって言うから変えてるし、3台の維持費で給料の半分を飛ばしてるアホも居るしね。

 ポルシェはいじってないしいじらせないから車代だけ。それでも気を失いそうな額だけど。パナメーラはエコカー減税も効いたらしいわよ。2トン以上あるんだから次からは馬鹿にならない額ね。911と合わせて20万ちょっと? 美世ちゃん、そんな顔しないの。

 保険は詳しいことは知らないけど、彼のことだから車両保険とかもしっかり入れるところを探してるはずだから、30万は払ってるんじゃないかしら。1台あたりよ? 信じらんない。

 家計の出費の半分は車関係ってくらい払ってるわね。

 

 

「ひぇっ……」

「す、すごいな……」

「だから小さい車に買い換えようって何度も言ってるのよ? なのに『もったいないからやめろ』って」

「留美さんが買い換えるより先に911を手放せば解決するんじゃ……」

「アイツが車を売ると思う?」

「「…………」」

 

 でも、やっぱり国産車にはない魅力ってのがあるらしいわよ。私にはわからないけど。

 それに、手のかかる子ほどカワイイらしいし。

 

 

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「極端すぎてわけがわからなくなってきた」

「と、とにかく何か車見に行ってみるってのはどう?」

「そうだな。それでナナさんみたいに出会いがあるかもしれないし」

 

 この後の予定を確認して、雑用を押し付けられる前に夏樹ちゃんを隣に乗せて事務所を飛び出しました。さて、まずはどこに行くべきでしょうか?

 




「飛鳥、探したぞ」
「チッ、キミか。悪いがボクには行くべき場所があるんだ。邪魔しないでくれ」
「この雨だ、足がないと辛いだろ。隣乗れ」

「随分と周到じゃないか。まるでこうなるのが理解っていたようだ」
「それでも随分探したがな。雨予報なのに飛び出していったっきりだ。警察沙汰とか、他にも色々と不安にもなる」
「……怒らないのか」
「ああ、怒らない。十分に反省してるみたいだしな」
「さっきも言ったが、ボクには行くべき場所がある。蘭子の下へ、行かなきゃ行けないんだ」
「随分とお急ぎのようだな。腕によりをかけて飛ばさせてもらうよ」

「キミは、留美さんのことを理解っているかい?」
「なんだ、唐突に」
「人は理解り合えるものだと思うかい?」
「いんや、思わん。留美の半分もわかってるとは思わないしな。共有することとわかり合うことは違う。それに気づいたんだろ、飛鳥」
「…………」
「そうか」

「ありがとう、プロデューサー」
「急げよ、お前の片翼が待ってる」
「ああ、もちろんだ」
「おいおい、だからって車止まる前に降りるなっての。危ねえな……」


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ep19

 #1 Idol meet cars 〜原田美世の場合〜

 

 

 夏も過ぎてだんだん肌寒い頃、今日は平日の富士スピードウェイでDrive weekの撮影…… なんだけど、今日の主役はプロデューサー。

 多分2回目くらいの「悠のDrive week」だ。

 どうしてこうなったかと言えば、ことは夏直前。ちょうどサマーフェスを控えたある日のこと。プロデューサーが仕事帰りに居眠り運転のトラックに突っ込まれたことから始まる。

 納車から1年経ってないパナメーラは全損。プロデューサーも軽いムチウチで最近までギブスを付けて過ごしてるほどでした。

 サマーフェスを終えて落ち着くとプロデューサーは数日間病休扱いできっちり入院。その期間でまさか、プロデューサーは911すら売り払ってしまったんです。

 あのカーキチ(Petrol head)の日比谷プロデューサーが電車通勤をすること1週間。久しぶりのDrive weekのロケが今日、というわけです。

 

 

「去年みたいな特番をやらなかったとはいえ、すごい車ばっかりですね」

「だろ? 今日は俺の次期愛車選びだからな」

「本当に大丈夫ですか? いろんな意味で」

「まぁ、結構キてるけど、いつまでも引きずってらんないからな」

 

 病院で男たちがどんな打ち合わせをしたのか知りませんけど、一応あたしの番組なんだから話くらい通すべきなんじゃないかなぁ?

 今日はプロデューサーの言うとおり、次期愛車選び、とのことだけど、流石にやりすぎなんじゃない? こんなスーパーカーばっかりなんて聞いてないし、車ともっと仲良くなる番組だけど、視聴者置いてけぼりじゃないかな?

 

 

「今日は俺がめっちゃ欲しかったけど4ドアじゃなかったり、色んな事情で買えなかった車を集めてもらった」

「えっ、でも4ドアじゃないと困るからパナメーラ買ったんですよね?」

「その点は抜かりない。普段使い用に中古のA4アバントを買った」

「買ったぁ!?」

 

 留美さん、聞きました? この人もう車買ってますよ! って、多分承諾済なんでしょうね。しかし、パワー厨だと思ってたプロデューサーがSとかRSとかつかない普通のA4だなんて……

 まぁ、そのうち乗ってくるでしょうし、そのときに何か隠された秘密を解き明かすことにして、番組を始めましょうか。

 

 

「この度は皆さんにご心配をおかけしました。SNSで多くのリプライを頂き、励みになりました。ありがとうございます」

 

 番組冒頭はプロデューサーの言葉からスタート。

 もはや一部界隈ではアイドル以上の人気になってしまっている日比谷P。この前、比奈ちゃんに某巨大掲示板の日比谷Pスレを見せられたときには驚いたなぁ。何より、アイドル板にあるのが信じられない。

 後ろにズラッと並んだ欧州のスーパーカー。そう、スーパーカー! をバックにここからはいつもどおりの進行。けど、立場は逆転。

 

 

「今日は2回目の悠のDrive weekですが、どうして私が居るのにこうなってるんですかねぇ? これ一応あたしの番組ですよ?」

「まぁまぁ、番組ホームページのBBS見たか? 俺がメインに立つと車の値段がグッと上がるから盛り上がるんだよ」

「うわぁ……」

「というわけで、今日もたくさん高い車を用意して頂きました!」

「題して、日比谷P次期愛車計画!」

「それでは」

「「Start your engine!」」

 

 

 自分の番組でおじさんたちが勝手に決めたコーナーを進行する虚しさったらないですよ。

 でもまぁ、今度はこっちがドッキリ仕掛ける番ですけどね。

 

 

「改めまして、346プロダクション、プロデューサーの日比谷です」

「原田美世です。今日もいつも通り、ゲストをお呼びしています」

「えっ? 聞いてないぞ」

「ふっふっふ。この番組は私の冠番組。多少の無理は通るのですよ。今日のゲストは和久井留美さんです!」

「げぇっ!」

「ゲストに対して随分なお出迎えね。こんにちは、和久井留美です。今日はよろしくね」

 

 こっちには対日比谷P決戦兵器、留美さんがいるのですよ。今日ズラッと並んだウン千万円のスーパーカーも、これで下手なチョイスはできまいよ。

 

 

「さてさて、コレで日比谷"家"の愛車選びというわけですが、プロデューサー。実際どんな車が欲しいんですか?」

「やっぱり、911の代わりだから、走れる車だな。べらぼうなパワーは要らないけど、やっぱり言うことを聞く車がいい」

「ほほう。では、早速プロデューサーが欲しい車たちに乗っていきましょうか」

 

 

 プロデューサーのチョイスはいかにもな高級高額な車ばかり。国内外の高い車が6台も並んでいる。この中で私が乗ったことあるのは…… 1台だけありました。

 なんだかんだ根は日産党なんですかね? GT-Rも置いてありますし。結構存在感のある車だと思ってましたけど、周りが周りだとなんというか、埋もれるんですねぇ……

 

 

「ところで留美さん。プロデューサーがまた車を買おうとしてますけど、そもそも止めたりしないんですか?」

「止めはしないわ。彼が稼いだお金だし、そもそも止めたところで諦めたりしないでしょうし」

「911も手放したって聞きましたけど、どうしてなんですか?」

「さぁ? でも、彼なりに整理をつけたかったんだと思う。尤も、今回のコレを言い訳に買い換えようって魂胆って可能性もゼロじゃないけど」

 

 うがった見方ですねぇ…… それもプロデューサーのことを分かってるが故でしょうか。

 プロデューサーが勝手に番組を進めている間は私達は休憩。台本を見るに、私達の出番はゲストの愛車紹介コーナーまでありませんし、ソレが終わると日比谷Pセレクトの車も決まってることでしょうから、そのあぶれた車を私が乗り倒します。フフン、完璧ですね。留美さんにはプロデューサーと一緒に最終チェックをしてもらいましょう。

 

 

「おっと、時間ですね。ささっ、留美さん。車に乗せてください!」

「元気ねぇ。M4に乗ったことないの?」

「はい! 事務所のほとんどの方には隣に乗せてもらいましたけど、留美さんはまだですね」

「てっきり彼が乗せてるものだと思ってた。あまり期待はしないでほしいけど……」

 

 表に停めてあるBMWに近づくと留美さんが自然と助手席にエスコートしてくれた。なんだかあまりにも自然すぎてシートに収まってからドキドキしてきちゃったよ……!

 見た目はコテコテにいじってあるものの、インテリアは至ってノーマル。強いて言うならフロアマットがふかふかなものに変わっているくらいかな?

 短いクランキングの後に乾いたエキゾーストノートがゾワッと響くが、アイドリングは予想以上に静か。そのままギアを入れて走り出すと、いかにも高級車然とした乗り心地に思わずうっとりしてしまいそうになる。

 

 

「そろそろ車の話をしましょうか。留美さん、この車のことを教えてもらえますか」

「2015年式のBMW M4クーペ。そこにいろんなエアロに車高調。マフラーとタイヤにホイール。ブレーキはオプションの青いやつ。ソレくらいかしら」

「ソレくらいって…… さっきスタッフさんがパーツ調べてましたけど、すごい顔してましたよ。どうしてこの車に?」

「ショールームにおいてあって、ふと目に止まったの。ああ、かっこいいなぁって思って気がついたら判子押してたわ。それから色々調べていくうちにこの形にね」

「すごいですね…… 当時車に乗ってたりしなかったんですか?」

 

 そう聞いた瞬間、少しだけ留美さんの目が鋭くなったのは気のせいではないでしょう。まずいこと聞いちゃいましたかね。

 

 

「ミニクーパーとワンエイティに乗ってたわ。コレに買い替えたときに両方共売っちゃったけど」

「ミニクーパーはわかりますけど、ワンエイティですか? その、すごく意外です」

「大学生の頃、初めて買った車だったの。親にからのブーイングがひどかったわ」

 

 プロデューサーもワンエイティ乗ってたとか言っていたような…… 留美さんとは大学生の頃に付き合っていたはず……

 はぁ、彼女にスポーツカー買わせるってなかなか居ませんよ? 自分で買って隣に乗せるならまだしも、同じ車買わせますか、普通。

 そういうエピソードを聞いてしまうとやっぱり車絡みは色々とおかしいと言うか、やっぱり馬鹿なんだなぁ、と思っちゃいますね。

 他にもサマーフェスの話やプライベートの話も聞いたりしている間に場内の道路を1周。その間にもロードコースからはいろいろな咆哮が聞こえたりしたし、きっと向こうも順調に進んでいるはず。いやぁ、そんなことないか。絶対迷ってるもんね。

 

 

「プロデューサー、どうです? 絞れました?」

「1台はもう決めてるんだ。911ターボ」

「またポルシェ?」

「んだよ、好きなんだもん」

「もんって……」

 

 

 戻ってきてみれば案の定、腕を組んでウロウロするプロデューサー。絞れたのは1台だけですか……

 前の911はカレラ4S、でも今回はターボ付き。なんだかんだ、この車にしそうだなぁ、なんて思ってたりするのはあたしだけじゃないみたい。留美さんとちょっと視線を合わせて首を傾げると、肩を竦めてかえしてくれた。

 プロデューサーがキープした911以外に今日持ち込んでいるのはGT-R NismoにニュルチャレBキット。それからコルベットコンバーチブル。540cにDB11、そしてウラカン。一番安いのがコルベットという不思議な空間でひたすら首をかしげるプロデューサー。

 そこに鶴の一声が如く、留美さんが一言。

 

 

「オープンカーは嫌。GT-Rも子供っぽくてダメ。アストンマーティンなんて柄じゃないでしょ? 大人しくマクラーレンかランボルギーニにしなさい」

「ハイ」

 

 そしてプロデューサーは独英伊の代表的スーパーカーを選ぶと留美さんを引っ張って(アレはエスコート、なんて上品なもんじゃないです。おもちゃを自慢したい子供ですよ)助手席に乗せると、サーキットではなく、外に飛び出して行きました。

 マクラーレンのV8が快音を響かせて去っていくのを見送ると、監督からそっと1対のフラッグが描かれたキーを渡された。

 

 

「よし、私も楽しみますよ!」

 

 すでにルーフは開けてある紺色のコルベット。長くて重いドアを開け、少しサイドが高めのシートに沈む。

 シートポジションを合わせると、やっぱりスポーツカー然とした低い目線から広いボンネットが広がっていました。

 今回のZ06はオートマチック。けれど、8段もある最新型です。アメ車的な余裕あるドライブができそうだけど、私の遊び場はサーキットだ。

 

 

「おぉ……」

 

 アメリカンな大排気量V8らしい、ドロドロした音はアイドリングから健在。けど、音質的にドロドロとしていても音量はそうでもないかな?

 パドックまでの道路を一般道に見立てて40kphほどのペースで走る分には余裕綽々。やっぱり大柄なボディサイズを感じることもあるけど、慣れればなんとかなると思うし。

 パドックからピットロードに入ると、ゆっくりクリープで進みながらルーフを閉めておく。これからはトップ250kphオーバーの世界が待ってるんだから。

 常識的な速度でピットアウト。1コーナーの内側を小さく回ると立ち上がりから一気に踏み込んでみた。

 

 

「…………!!!」

 

 思わず顔が引きつる。ごうごうと響くエキゾーストノートが嫌でもパワーを感じさせ、世界が後ろに吹き飛んでいく感覚。いやいや、これはまずい。

 シケインの切り返しなど、リズムをつかむとボディサイズが一回りふたまわり小さくなって、くるくると向きを変えるようになる。立ち上がりもパワーを持て余したりすることなく、適切な制御のアシストもあってアスファルトに600馬力を叩き込める。

 3周もするともうお腹いっぱい。というより疲れる。やっぱりあたしの身の丈にあってないんだよね。

 ピットロードに入り、パドックに車を停めるとまだ次のクルマがあたしを睨みつけていた。

 

 

「いやいや、GT-Rは無理だって……」




お待たせしました。ネタ切れでこういう方面に走る傾向、なんとかしたいけどいかんせんネタがない。
すみません


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ep20

大変長らくお待たせしました。
モーターショー前から書いてたはずなのに、気がつけば12月です。


 #1 Idol meets car ~原田美世の場合~

 

 

「この先の企画、どーします?」

「なんか、この前日比谷さんの車撮ってたらもう完全燃焼ですわ。いい車にいい女、最高じゃねぇか」

「おだてても何も出ませんよー?」

 

 346プロの一室、ミーティングルーム7と書かれた札がドアにくっつくこの部屋こそ、美世のDrive week制作陣の城。コの字に並んだ長テーブルにはミニカーがグリッドに付くように並べられ、壁際の書類棚には雑誌のバックナンバーと、武内Pと日比谷Pがラリーに出たときの盾が写真と共に飾ってある。

 あれ以来、346レーシングの活動は不定期に行われてはいるが、モータースポーツの結果はプロデューサーたちのクラス2位、というのがベスト。

 当初の目的だったロードスターのメディア対抗レースも、我らがTeam Drive weekは下から5番目という不甲斐ない結果に終わっていました。

 と、言うのはさておき、監督さんも、ディレクターさんもネタ切れ気味の我が番組。ネタ切れ、というのも単純に呼べるアイドルはたいてい呼んだのと、乗りたい車がなくなったのです。

 欲にまみれた制作陣ですから、プロデューサーや私を筆頭に「あの車乗りてぇな」と言えばオジサンたちがどこからともなく企画を立ち上げてその車ピッタリの企画が決まるのですが……

 

 

「美世ちゃん、なんかこう、ねぇかな」

「そんなこと言われても……」

 

 うーん、とこの場にいない日比谷Pを除いた制作陣3人の声が広くない会議室に響きました。

 

 

「どうせ日比谷は新車買ってホクホクなんだろ? 俺らにゃ買えねぇからなぁ」

「とか言いつつAMG GTの見積もりもらってきたって聞いてますよ」

「ギクゥ!」

「え、監督マジっすか!」

 

 と、話が四方八方に飛ぶなか、ふと思ったことがありました。 

 

 

「最近、車が高すぎません?」

「ん? 確かに、4桁万円の車ばっかだな」

「確かにそうですね」

「もっとこう、身近な、それこそ軽とかでブリーフテストみたいなの、やりませんか?」

「「それだ!」」

 

 

「今週も始まりました、美世のDrive week。今日はですね、初心に帰って軽自動車で遊びたいと思います!」

「東京は八王子を舞台に、夕飯のお買い物やウインターシーズンへの準備などなど、全てにおいて普通に使える車なのか、確かめます」

「それでは始めましょう! 美世のDrive week」

『Start your engine!』

 

 今日の舞台は八王子。東京の西、神奈川との県境に位置する多摩地域最大級の市町村です。盆地に位置するため、低いところには市街地が広がり、山の方に向かうと住宅街が増えてくる地理要件を持ち、人口は鳥取県並みの60万人ほど。自動車の普及率も都内では高めです。

 

 

「改めまして、原田美世です」

「プロデューサーの日比谷です。さて、美世。今日の企画は美世が考えたって聞いたけど、どういう風の吹き回しだ?」

「いや、最近番組で取り上げる車、めっちゃ高いじゃないですか。なので、初心に返って軽自動車で遊ぼうかと」

 

 ですが、今回は"実用的な"という枕詞付き。S660や、ケータハムみたいな軽らしくない軽は除外です。許せてもAGSのアルトワークスでしょう。

 ですが、プロデューサーはおもったよりまともな車を選んで来ていました。

 

 

「お互いの選んだ車は初めて見てるわけだけど、なんというか、普通だな」

「そっくりそのままお返ししますよ。てっきりアルトワークスとかそういう車を持ってくると思ってたのに」

「俺だってガキじゃねえし、たまには企画の趣旨に則った車を選ぶさ。ムーヴカスタムだ」

 

 プロデューサーが借りてきたのはムーヴカスタムRS ハイパーSAIII、それも紫色の派手なヤツ。

 夏頃にマイナーチェンジして、最新のドライバーアシスト機能を手に入れました。LEDの燈火類は最近の標準装備ですね。

 

 

「うわぁ、押しが強いっていうか、凄いですね」

「だろ? このボディカラーはワンランクもツーランクも上の車と遜色ないし、ここまで乗ってきただけでも良い車だぞ。んで、美世のチョイスは?」

「私はモデルチェンジしたばかりのN-BOXですよ! 標準グレードの最上位モデルをお借りできました」

 

 N-BOX G EXターボ ホンダセンシング、とひたすら長いグレード名の新型N-BOX。見た目はほとんど変わりませんが、エンジンやボディ、全て刷新されています。

 今回お借りしたのはノーマルモデルだから、見た目もキュート(ギョロッとした目は好みが分かれそうだけど……)だし、座ってみても広々とした車内はトールワゴンらしく、目線も高いし乗りやすかったです…… と番組外で乗った話をしても仕方ないので、早速、企画に移りましょう。

 

 

「今日は最新の軽自動車で普通に使って普通に評価をしよう、という普通の企画です!」

「んな胸張って言うことか、それ?」

「はい! 最近はずっと『美世、新型LSに乗りにLAに行く』とか、『日比谷P、新車を買う』とか、『ウサミン、新型ジュリア クアドリフォリオでサーキット体験』とか、そんなのばっかりじゃないですか」

「まぁ、そうだな」

「なので! 今日は軽自動車でお買い物に行って、お家に帰って、明日はお出かけしましょう。とこういうわけですよ」

 

 今日のルートは集合場所の高尾山口駅から神奈川との県境に近い南大沢のアウトレットパークへ。それからスーパーに寄って、市北部の住宅展示場にあるモデルルームに帰ってきます。

 もちろん、ただ買い物をするだけではつまらないので、それぞれ決められた物を買ってからゴールのモデルルームで集合です。

 

 

「それじゃ、早速出発しましょう!」

「だな」

 

 それぞれの車に乗り込み、早速撮影を始めましょう。と言っても、結局一発撮り。事故ったりしない限りは撮影続行なので、気負わなくてもいい感じ。

 大きくて薄いドアを開けると、アイポイント高めのシートに収まりました。

 なんでも、アイポイントの高さはステップワゴンとほぼ同等。それにより、細いAピラーや、立ったウィンドウも相まって広々とした視界を確保しています。見切りもいいから運転しやすいですね。

 高尾山口駅から国道20号、高尾駅までは片側一車線。工事もしていたりして、舗装はあまりきれいではありませんが、継ぎ目を踏んでも箱が歪む感じはすくなく、不快な突き上げも控えめで思ったりよりもずっといい。

 

 

「プロデューサー、あたしのN-BOXは至極快適ですけど、そっちはどうですか?」

「んー? やっぱ時々自分の慣れた感覚とは違うから合わせんのが難しいな。でも、思ってたよりずっと乗用車してるわ」

 

 悪いが、俺の軽自動車のイメージって言うと、免許取りたての頃に乗ってた母の車だ。パワーがなくて、足もぐにゃぐにゃ。継ぎ目を踏むたびにボディが軋んで耳障りなノイズが車内を満たす。そんな感じ。

 でも、不思議と「どこまででも行けるんじゃないか」って思わせてくれる相棒で、正直、その後買ったワンエイティより街乗りなら楽だった。

 けど、真新しいムーヴと来たら、どうだ。頭のいいCVTとターボエンジンで、64馬力とは思えないパワー感。踏めばそれだけ進むし、ハンドルも軽く回るが、ある程度の手応えも残ってるから、ちゃんとタイヤと繋がってる感じが残っている。

 翼を広げるようなデザインのインパネも10年前のものとは比べ物にならないクオリティだ。それに、ナビもついてるしな。

 

 

「なぁ、美世。今日の買い物リスト、もらってるか?」

「いえ、てっきりプロデューサーさんから渡されるものだと思ってたんですけど……」

「今回のゲストのスケジュールは俺じゃないぞ」

「えっ? ってことは……」

 

 未成年組の誰か、ってことですかね?

 今回は私からも誰にも頼んでないので、この前みたくプロデューサーの知らぬうちに誰かが、なんてことはないはずです。

 頭の片隅でゲストの予想をしているうちに最初の目的地であるアウトレットパークについてしまいました。

 平日なのでそこまで混んでいるわけでもない駐車場を進み、撮影の為にパイロンで囲われた一角に車を入れるとひとまず車を降りました。

 

 

「さて、着いたが……」

「なにそんなにビビってるんですか、プロデューサー」

「いや、唐突に「がおー!」うわぁっ!?」

 

 ってなるから嫌なんだよ! 大人げないビビり方をしてから振り向くと、今日はきぐるみではない(と言ってもパーカーのフードから耳が生えてるが)仁奈と、駆け込んできて肩で息をする前川……もといみく。今日のゲストはこの二人で決定らしい。

 

 

「飴玉のおじさんに呼ばれて来たですよ!」

「番組プロデューサーから、武内Pを、ぜぇ、回ってお話が来たの、はぁ…… にゃ……」

「いや、仁奈は元気が有り余ってるようでよろしいが、前川、一旦休もうか」

 

 さすがにみくにゃんのイメージ崩壊(ただでさえイジられ要員と化しているのに……)しかねないので、一旦休憩を取ると、改めて番組を再開しよう。

 

 

「また仁奈ちゃんとお買い物ですよ!」

「また美世おねーさんとお買い物でごぜーます!」

「元気だにゃあ……」

「全くだ。それで、買い物リストは持ってきてくれたのか?」

「それなら、飴玉のおじさんからもらってきたですよ」

 

 仁奈の水色のリュックサックから取り出されたのは、少しクシャッとした金色の折り紙。それを広げて手渡してくれたのを受け取ると、その内容を読み上げる。

 

 

「これから冬本番。レジャーに帰省に、車を使う機会も増えるでしょう。そこで、最新のスキー、スノーボードウェア一式と4日分の荷物を積んでみてください。だそうだ」

「ウェアって、結構かさばるんですよねぇ」

「スキーに行くですか!?」

「今回は準備編、ってとこかにゃ? それはまたプロデューサーにお願いすれば、きっとお仕事取ってきてくれるから、終わったらプロデューサーのとこ行こ?」

 

 武内さんには彼女らの期待に応えてもらうべく頑張って頂くとして、元気が更に増した仁奈を先頭に、ウェアから順に揃えていこう。

 可愛いウェアが嵩張ることを覚悟しつつ、数時間で買い物を終えるとウェアや小物、それから冬物の服がいっぱいに詰まった袋を両手に下げて駐車場まで戻ってきた。

 綺麗にパッキングしてないから、なおのこと膨らんで見える袋たちを前に、美世は自信ありげな表情だ。

 

 

「N-BOXならこれくらいは余裕ですよ。ね、仁奈ちゃん」

「余裕ぶっこいてるとこ悪いが、仁奈はジュニアシートだ。リアシートは仁奈の専用席だぞ?」

「ふふん。そこはシートアレンジ次第。仁奈ちゃんともっと仲良くなれますからね!」

 

 とてて〜、っと走って監督からジュニアシートを受け取った仁奈をそのまま車内に案内した美世を横目に思案しよう。

 こっちはみくを助手席に乗せられるからリアシートを全部倒せば余裕だ。ただ、そうなるとこのあとスーパーで買うものを積むスペースが怪しくなる。何を買わされるかわからない以上、リアシートを片方は開けておきたい。

 

 

「さて、積むぞ。後ろを片方倒すから、テキトーにな」

「テキトーに、って、本当にテキトーだにゃ…」

 

 ムーヴと言えば、リアゲートが横に開くってイメージだったが、普通に上に開ける様になったらしい。大きな開口部だが、軽の宿命として、リアシートまでの奥行きは皆無に等しい。リアシートを片方倒して奥行きを確保すると、テキトーにウェアから何から奥から並べると大きなリアゲートを閉めて終了だ。

 美世の方を見ると同じようにリアシートを片方倒して開いた助手席後ろのシートに仁奈を乗せるらしい。

 

 

「よし、先に行って夕飯の材料もさっさと買っちまおう。なんか食いたいもんあるか?」

「それなら、さっきおつかいメモをもらったにゃ。なになに、どれどれ…… これは……!」

「ん? 嫌いなもんでも入ってたか?」

「違うもん! 今日の夜はハンバーグにゃ!」

 

 向こうは向こうで楽しそうだなー、とチラリと日比谷Pとみくちゃんを見てから荷物の積み込みをしてくれる仁奈ちゃんに視線を戻すと、偶然にも目があって。

 

 

「美世おねーさんのぶんはもうねーですよ」

 

 とあっさりお仕事終了宣言。綺麗に積まれた荷物を見てから大きなリアゲートを閉めると仁奈ちゃんのシートへご案内。左側の前後シートを最大まで前に出すと斜めの導線が生まれ、自然と距離感も縮まるのが新型N-BOXのいいところ。

 早々と駐車場から出ていった2人の車を見送ってからこっちも車内で作戦会議と行きましょう。

 

 

「仁奈ちゃん、夜ごはんは何が食べたい?」

「んー、いろいろあって迷うですねぇ」

「ねぇ、仁奈ちゃん。ポケットから出てるの、なにかな?」

「あっ! あめだまのおじさんからお買い物リストもらってたですよ!」

 

 仁奈ちゃんが買い物リストを読み上げるのを聞いて、なんとなくメニューを思い浮かべると、食材の調達を考えないといけません。

 彼らがどこで夕飯の食材を調達するのか知らないけど、土地勘も何もない私達はおとなしく……

 

 

「近くにスーパーあってよかったでやがりますね」

「そうだね。いくらナビがあっても迷子は嫌だもんね」

 

 車から降りてアウトレットから3分のところにあるスーパーを使うことにしました。

 仁奈ちゃんのおやつも買えば(スタッフ総出で貢ごうとするのはなんなんですか?)道中も楽しくなりますね。

 

 

「みくを乗せんのは初めてか?」

「前にのあにゃんの車に一緒に乗ったことはあったけど、Pの運転は初めてかも。意外と安全運転なんだにゃぁ」

「そりゃ、仕事柄車に乗れないのはまずいしな。それに、俺が外に出るようになったからにはなおさら気をつけないと」

「ふふん、Pにもアイドルとしての自覚が出てきたんだにゃ」

「ちげーわ」

 

 みく曰く、ポルシェだのベンツだの、いかにもな高い車(もちろん、のあのテスラも含まれている)は流石に緊張するが、軽なら気負わずに乗っていられるから良いらしい。

 ゴキゲンなみくとともに買い物も無事に済ませ、あとは美世と競争だ。悪いが、八王子は俺の地元。地の利はこっちにある。

 

 

「~♪ ~~~♫」

「美世おねーさん、さすがでやがりますね!」

「ふふん、たまにはアイドルっぽいとこ見せないとね」

「いつも友紀おねーさんと、茄子おねーさんと一緒に練習してるのみるですよ」

 

 こっちは車内でカラオケ大会。もとはと言えば、5時のチャイムで『夕焼け小焼け』が流れたのが始まり。そこから仁奈ちゃんが歌いだしたので一緒に歌っていたら気がつけば一緒にいろんな歌を歌っていました。

 一番驚いたのは仁奈ちゃんの歌う毒茸伝説。あれはやばいですよ、いろいろと。

 車内で歌っていれば目的地に到着。既に紫色のムーヴは止まっているのが悔しいところです。

 

 

「プロデューサー! みくおねーさーん!」

「仁奈ちゃん、手洗って!」

 

 玄関から即座にダッシュを決めた仁奈ちゃんが、ちょうどみくちゃんにタックルをキメ、ふわりと香るのはお肉の匂い。これはハンバーグですかね?




モーターショーには行きましたが、いまいちネタになる車もなかったので、書きませんし、書けません。楽しみにしていた方には申し訳ありません。

今後も不定期にがんばります。


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ep21

 #1 Producer meets car 〜武内プロデューサーの場合〜

 

 

 気温もだいぶ下がり、朝は布団から出るのが億劫になってきました。

 今日はお休みを頂いているので、少し遠出をしようと思います。富士スピードウェイで行われる旧車のイベントです。

 9時半に駐車場が開くそうなので、それに合わせて出ようと思うと…… そうですね、7時には家を出れば間に合うでしょう。

 ゆっくりと身支度を整え、朝食も取ると50分にはガレージに。今日は512で出かけましょう。大きなドアに広いサイドシル。深いバケットシートですが、革ではないので冷たくはありません。ですが、革巻きのハンドルとアルミのシフトノブはかなり冷たくなっていますね。

 キーを撚るとあっさりと動き出すエンジン。朝ですし、暖気はあまりせずに早めに出発しましょう。

 

 あまりエンジンに負荷をかけないよう、いつもより少し早めのシフトアップを心がけ、温度計の針も安定するのを待てば、本領発揮です。

 その前にガソリンスタンドによって行きましょう。

 数十リッター補給し、満タンにしてから向かいましょう。

 

 高速道路のクルージングはこの車の一番得意とするところだと思っています。

 広く、低いボディに空力パーツを足していますから、安定性は言わずもがな。トップギアに入れていても少し踏み足せば追い越しに必要十二分なパワーが出てきます。燃費を稼げるのも大きいですね。

 100リッター近い容量のタンクですから、初めて満タンにしたときは驚いてしまいました。

 

 高速を降りて少し曲がりくねった道に入ると、徐々に旧車やスポーツカーなど、イベント目当てであろう車たちが増えてきます。

 ナローポルシェにスカイライン。フェラーリなら512BBやモンディアルも見えますね。その中に旧規格の軽自動車やオート三輪の姿も見えますから、いろんなジャンルの車たちで今日は一日楽しめそうです。

 もちろん、現行車種も出展ではないでしょうが、多数見えます。多いのはポルシェやGT-Rでしょうか? ロードスターも新旧問わず、道中見かけましたね。

 なんとも賑やかなトレインができるのがイベント前後の密かな楽しみです。

 

 富士スピードウェイのゲートをくぐり、案内に従って中を進むと、駐車場へ。偶然にも後ろに並ぶのは白いテスタロッサのようですね。

 誘導灯を振るスタッフの指す先は…… 狭いですね。

 

 

「すみません、後ろの方と3台分のスペースを使わせていただけませんか」

「ははっ、ですよねぇ。後ろの車はお連れ様ですか?」

「いえ、違います」

「お伝えしておきますね!」

 

 スタッフが後ろのテスタロッサに近づくのを見ると、ハザードを炊いてスペースに収めるように止めていきます。ですが、いくら寄せてもはみ出してしまうのがこの車です。

 テスタロッサの方も上手く寄せていますが、2メートルも幅のある車ですから、結局1.2台分ほどは幅を食ってしまうのです。

 

 

「おはようございます、お互い大変ですね」

「ええ、小回りも効かないし、ハンドルも重いし、クラッチも重いし、ねぇ」

 

 その後もテスタロッサのオーナーさんとお話をしながら入場ゲートを潜るとお楽しみの時間です。

 今日のイベントは90年以前の車が主役ですが、年式やジャンルごとに大まかな区分けがされていて、やはりというべきか、スポーツカー、スーパーカーのエリアに向かう人が多いようですね。かくいう私もその一人ですが。

 

 国産、輸入車問わず、美しい状態を保たれた車や、今でも現役で走り続けている車。様々な姿形の車たちが所狭しと並ぶのはやはり壮観です。

 入口でもらったパンフレットで今日のスケジュールを確認すると、そろそろトークショー、朝の部が始まるようです。朝一番ということもあり、キャンギャルのステージのようですね。

 

 遠くから若い女性の声が届くのを聞くに、どうやらトークショーが始まったようですが、私の興味は目の前のスカイラインに注がれています。

 R32型スカイライン GT-Rはあまりにも有名過ぎて説明するまでもないでしょう。

 この車は89年式の初期モデル。定番のガンメタリックのボディにブラックの純正ホイール。オリジナルのコンディションがここまで保たれているのは奇跡とも言っていいでしょう。

 日産が始めたヘリテージプログラムの参考として出品されているようですが、子供の頃に憧れた車がこうして綺麗に残っていると、なんとも感慨深いものです。

 いつかは乗ろう、と思う車は数多くありましたが、もちろん、GT-Rもその中の一台だったのは言うまでもありません。

 ジロジロと見て回るのも程々に、次に向かいましょう。

 

 それから数台の車をじっくりと眺めると、そろそろパレードランの時間のようです。私も事前に申し込みを済ませてあるので、駐車場に戻りましょう。

 パレードラン参加車がまとめられた駐車場にはオーナーのみなさんが戻り始め、それぞれに挨拶をしたりと和気あいあいとした雰囲気です。

 端の車から順にエンジンをかけて出ていくのを見ているだけでも飽きません。数台隣の車が出ていったのを見るとエンジンスタート。V12の咆哮が響きます。

 エンジンスタートだけで注目を浴び、ゆっくりと車をすすめると車内からカメラを向けあう姿も見えます。

 自分の車が見られるのも悪くありませんね。

 

 パドックに連なって入っていくと、ここで国別にわけられて隊列を組み直します。

 とは言え、参加者の方もある程度はわかっているので、途中でなんとなくメーカーごとになるよう譲り合って進んできたのでスムーズです。

 私はもちろんイタリア車の列、前から2番目です。前にはアルファロメオ SZ、後ろには駐車場で隣に止めていたテスタロッサが続いています。

 イタリア車は全体的にアルファロメオとフィアットが多め、フェラーリは数台程度なようです。テスタロッサ系が2台とディーノだけでしょうか。

 4列ほどに整列した総勢75台が先導車に続いてコースに入っていきます。

 どうやら日本車集団の先導はR35 GT-Rが、それに続くイギリス車にはアストンマーティン DB11、私達の前には最新の812 スーパーファストがつくようですね。パドックからピットレーンに入り、出口に向けてスピードを上げ…… 結構踏みますね。

 1コーナーを小さく回るといきなり距離が離れだしました。一気に150km/hほどまで加速すると、緩やかにブレーキを踏んでコーナーを回り、大きな右コーナーでは100km/hオーバーを保っています。そして、強めにブレーキを踏んで小さく左。そしてまたアクセル。シケインはだいぶ手前から減速して、余裕を持ってターン。その後の上りセクターも同様です。あくまでもパレードランですから、このくらいのペースが普通でしょう。

 ストレートに入る直前のマーシャルポストには150km/h制限の看板が掲げられ、自制を促してました。ですが、前から聞こえる音からすると、やはり低いギアで引っ張っているようですね。ここは私も流儀に倣うとしましょう。排気バルブを開け、1速のままアクセルを強く踏み込むと、一瞬でメーターは60km/hほどに、そして2速に入れるとさっきと変わらない加速力で110km/hへ。この時点でタコメーターの針はほぼ真横を向いて、外ではかなりうるさいはずです。さらにもう一段、ギアを上げ、5000回転強で150km/hクルーズが可能になります。

 計算上は、トップギアでレッドゾーンまで回せば330km/hほど出るギア比にはなっていますが、5速トランスミッションだと、どうしても一段一段の領域が広がってしまいますね。その分パワーでカバーする走り方をする車ではありますが。

 そのまま気持ち良いペースで3周すると、ぞろぞろとパドックに戻り、あとは夕方までここに車を置いておく事になります。

 他の参加者の方は思い思いにダッシュボードにタオルやSNSのIDを書いたカードを置いたりしていますが、私は前後のナンバーを隠すだけです。

 フェラーリのロゴをあしらった黄色いプラスチックのプレートを両面テープでナンバーに貼り付けると、車を施錠して出店を回るとしましょう。

 

 イベントに出ているキッチンカーの料理といえば、少し前まではジャンクなファストフードのようなもののイメージでしたが、最近はご当地グルメや本格的な料理を出す店も増えているようです。

 私が食べた盛岡じゃじゃ麺も、以前盛岡で食べたものと遜色ない味でしたし、これはグルメフェスなどが盛り上がるのも頷けますね。

 さっぱりとした麺を食べ終えると、お茶を飲みながら今後の予定を組み立てましょう。

 

 2時間後には新旧スポーツカー試乗会、これは朝の段階で整理券を手に入れています。

 アイドルトークショー、ですか。ゲストは明かされていませんが、行ってみましょう。あと30分ありますが、お土産などを見ていれば潰せると思います。

 今日の最後にお楽しみ抽選会があるので、公式ショップでグッズも買わないといけませんね。公式ショップで買い物をしてからトークショー、試乗会の流れで行きましょう。

 

 さて、マグカップとトートバッグを買い、車に置いてきたところでちょうどトークショーが始まるようですね。

 そこそこの人入りと言ったところでしょうか? 直前に来た私がちょうど真ん中あたりに座れています。

 最前列の方々が346プロのタオルや、ピンク色のサイリウムを持っているのですが、もしかして、彼女の番組でしょうか……?

 

 

 #2 Producer meets event 〜武内プロデューサーの場合〜

 

 

「みなさんこんにちはー! ヒストリックカーミーティングにお越しいただき、誠にありがとうございます。本日はこうして美世のDrive weekスペシャルトークショーとしてお時間を頂きまして、私、原田美世と」

「346プロダクション、プロデューサーの日比谷悠の2人でこれから30分間、事前にご応募頂いたお手紙を交えながらお話したいと思いまーす! よろしくおねがいしまーす!」

 

 開演時間になると、脇からよく知った2人が登って来ました。原田さんも日比谷さんも、慣れたもののようで、笑顔を振りまきながら挨拶をしていました。

 原田さんは普段とは違い(と言っては失礼ですが)、女性らしい、ニットとデニムパンツをメインにした服で、普段の快活な印象も交えつつ、柔らかで理知的なイメージですね。なんというか、ジャーナリストっぽい、と言いましょうか、なんとなく見覚えがあるような雰囲気もあります。

 

 

「さてさて、それでは早速始めましょう。皆さんご一緒に!」

「美世のDrive Week!」

『Start your engine!』

 

 聞き慣れたオープニングのBGMが流れると、スタッフが日比谷さんの脇にそっと箱を置きました。あとはもうフリートークの時間なのでしょう。

 スマートフォンで写真を撮ると、彼に送信し、あとは観客に徹する事にしました。

 

 

「早速お便りを読んでいきたいと思います。プロデューサーさん、緊張してます?」

「まぁ、な。普段は録画番組だから、やり直しが効くだろ?」

「あ〜、プロデューサーさんはこういうの初めてですもんね」

「そりゃ、本業はプロデューサーだから、普段は舞台袖とか、観客席なわけだよ。あっ……」

「どうかしました?」

 

 日比谷さんの視線の先には私。彼と目があった気がしましたが、どうやら気のせいではなかったようですね。

 軽く会釈をすると、彼も私に気づいたであろう原田さんも「お疲れ様です」と、いつもの業務テンションで頭を下げるものですから、観客の目も私に向いてしまいます。

「とうぞ、続けて」私のボディランゲージが通じたのか、2人とも「プロダクションの先輩がいまして」とか、「別プロジェクトのプロデューサーさんが」と、まぁ、満点とは言い難いですが、無難に切り抜けました。

 

 

「気を取り直して、まずは箱からじゃなくて、ツカミらしいお便りを読もう。ハンドルネーム 緑の悪魔さん、ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

 

『お二人の番組、いつも楽しく拝見しています。

 今回はクラシックカーのイベントに参加されるということで、質問です。

 お二人の初めての車はなんでしたか? よろしければお答えください。

 これからも、番組楽しみにしています。』

 

「初めての車だってよ。遠回しに『日比谷Pはこのイベントに出られるような車に乗ってたんじゃないですか』って言われてるみたいだな」

「私の初めての車ですか。初めてにもいろいろあるじゃないですか、教習車のアクセラ、とか」

「え、お前アクセラなの? 俺コンフォートだったぞ」

 

 早速ジェネレーションギャップネタですか。私もコンフォートでしたが、確かに最近はアクセラの教習車をよく見かけますね。

 

 

「シフトの感触がグニャグニャだったり、車によってクラッチの繋がるトコが違ったりして難しかったなぁ。でも、通いで2ヶ月くらいで取りましたよアタシ」

「俺もそんくらいかかったかな。大学入ってからだったし、バイトとかしてたしな」

「へぇ、意外です。誕生日の前から通って、誕生日と同時に卒検受けてそうなイメージですけど」

「うーん、中免も持ってたし、学科ないから焦ってなかったってのがあるかなぁ。だからのんびり通ってたよ。車買う金を貯めたかったしな」

 

 

 時計を見た日比谷さんが少し焦りを見せ、教習トークもそこそこに次のお便りを読むようですね。

 流石にこればかりは場慣れが必要なようです。マジアワの収録などに同行しても、本田さんはキッチリと時間を割って収めますが、島村さんは結構伸び気味になってしまうなどありますし。

 

 

「ハンドルネーム アルミ削り出しさん、ありがとうございます」

「どーもー」

「プロデューサーさん、結構投げやりですね」

「いや、俺が引いた次のメールがね。ま、いいから続けて」

「えーっと、

 

『美世ちゃん、日比谷P、こんにちは。初メールです。

 番組に時折映るお二人やスタッフさんの車を見ていると、それぞれ思い思いにカスタムされていて、とても羨ましいです。

 私はスイスポに乗っているのですが、ノーマルなのでどうも無個性です。お二人は車をイジるときにはどのような事を考えますか。また、車選びの基準などあれば教えて下さい。

 

 P.S ヒストリックカーミーティング、見に行きます。お二人に会えると思うといまから楽しみです』

 

「お〜、来てくれてるんですね! アルミ削り出しさーん!」

「そこそこ、一番前でお前のペンラ振ってる人!」

「あー!ええっ、女の子だ! ありがとーございまーす!」

 

 

 一番前の列にペンライトを振ってる方が見えますね。原田さんのファン層としては男性メインを考えていたであろう日比谷さんも驚きを隠せないようです。それも、スイスポ乗りですか。スポーツカーを選ぶ女性がいるのも嬉しいですね。

 

「美世はロドスタイジるときにどうやってパーツ決めたりしてるんだ?」

「うーん、やっぱりまずは見た目ですよね。それから、ちゃんと走れるか。あぁ、これは段切りしなくても縁石乗れるとか、バックで車止めに擦らないとか、そういう」

「たしかに、下手に車高下げると擦るんだよなぁ。トドメに車止めとかで『バキッ』ってさ」

 

 思い当たる節がある方が多いのか、客席から息を呑む音が聞こえた気がしました。私も今の車はフロントリフトがあるとはいえ、ヒヤッとする場面が多いですし、よくわかります。

 

「なので、今の車は派手すぎないエアロと、程々の車高、純正のブレンボと給排気系にROMチューンですね。これだけならあんまりお金もかかりませんし。プロデューサーさんはどうしてますか?」

「ん? 純正オプションてんこ盛り」

「あぁ…… ポルシェとかそういう車ですもんね。車買うときはどうやって選んでるんですか?」

「今の車買うときは、ポルシェ以外で、留美が良いって言ったもの」

「クルマの決定権、取られちゃったんですか」

「何回か前のを見てもらえればわかるとおりだよ……」

 

 日比谷さんのクルマ選び回ですか。確かに、数千万円クラスのクルマがずらりの見栄えのする回でしたが、あのあと本当にクルマ買ってしまったんですよね……

 ちゃんと和久井さんの許可も降りたようですから、最近はそれでばかり通勤されてますね。

 

 

「でもまぁ、変えるとしても軽いホイールに履き替えさせるくらいかな。この場にいる人はわかってると思うけど、良いホイールに変えるだけで乗り心地良くなるし、燃費良くなるし、悪いことないんだよね。コスパは悪いけど」

「でも、ロードスターとか、スイスポとか、16インチ17インチくらいだとあんまり変わんないかなーって感じも無くはないんですけどね」

 

 でもなー、と食い下がる日比谷さん。結局、気持ちの問題とオチがついたところで最後の一通のようですね。

 先程は日比谷さんが、すごい顔をしていましたが……

 

 

「さて、最後の一通な。作家チェック入ったんだよなコレ。ハンドルネーム るーみんは俺のもの」

「あっ……」

 

 一瞬で最前列が静まり返ったのを見ると、皆さん筋金入りのようですね。ですが、ネタがネタだけにプロデューサーとしては嬉しいような悲しいような、複雑な気分です。

 

 

「今すぐこいつをパドック裏に呼び出して話付けたい気分だけど我慢する」

「え、ええ。そうしてください。早く読んで、ね」

 

『美世ちゃん、日比谷プロデューサー、こんにちは。

 初のイベント、おめでとうございます。当日は現地でお二人を見るのがとても楽しみです。

 メールを募集、それも、テーマは特にないので、車とは関係のない事をお伺いします。

 日比谷プロデューサーがるーみんを誘ったデートコースを教えてください。美世ちゃんには、その採点をお願いしたいです。』

 

「ほう」

「プロデューサーさん、声のトーンいつもより低いです怖いですよ!?」

「そんなことないさ。で、俺が留美を誘ったデートコース?」

「そう、みたいですね」

「箱根ターンパイク。帰りに御殿場よって、飯食って帰る」

「まぁ、らしいですねぇ……」

 

 原田さんと同意見です。なんとも日比谷さんらしいですね。メインはターンパイク、和久井さんのご機嫌取りにアウトレットと言ったところでしょう。

 

 

「デートコースとしては50点くらいだと思うんですけど、ドライブとしては定番ルートですよね」

「だろ? まぁ、どうぞ参考にしてください」

「ぶっきらぼうですねー。あれ、プロデューサーさん、指輪してないんですか?」

「仕事中はな。留美も俺も指輪はしないんだ。気づかなかったのか?」

「はい。でも、なんで指輪しないんですか? すごく可愛いのに」

「仕事中は俺はアイドル全員のプロデューサーだし、留美はみんなのアイドルだからな」

 

 私は夏の終わり頃に彼から聞いていましたが、お二人のプロとしての決意の現れ、として受け取っています。

 それでも、お二人ともリングを首から下げたり、ケースに入れてポケットに入れているそうですが。

 

 

「いい話っぽく締めてますけど、今日も留美さんがオフだから二人で来てますよね」

「ああ。だから、今日はトークショー終わったら二人で回ろうかと」

「仕事とオフを混ぜちゃだめですよ!」

「いや、だって勤務時間は俺が届け書いてるんだぞ? 今日の勤務はトークショー終わって片付けおわる15時まで。それ以後は退勤後だから問題ないっしょ」

「うわぁ、職権乱用ですよ」

 

 軽く笑いを取るとそろそろ〆に入るようで、メールボックスが引っ込むと、仕切り直しの言葉をかけて最後の話題に移ってゆきます。

 

 

「そろそろ時間だから、お便りはこの辺に。さっきのメールの、『るーみんは俺のもの』、お前は後でパドック裏な」

「体育館裏、みたいなノリで呼び出さないでくださいよ! でも、今日はいつもの収録と違って、ラジオっぽくて楽しかったですね」

「たまにはこういうのもいいな。こういうイベントやるか」

「おおっ!」

 

 確かに、オーナーズミーティングのような形で、駐車場などをお借りして集まるのも楽しそうですね。

 仮設ステージなどを作ってしまえば、346プロらしく、アイドルのステージもできますし、そうすれば呼べるアイドルの幅も広がるでしょう。

 

 

「さてさて、最後はね、アイドルらしく美世に歌って踊ってもらって終わりにしたいね」

「ええっ!? 歌って、ってのは聞きましたけど踊って、ってなんですか踊ってって!」

「いやね、この番組さ、車番組ではあるけど、仮にもお前アイドルじゃん? 番組内でってか、クルマん中で歌うことはあっても踊ることはないだろ? だからここはひとつ、アイドルとしての本気を歌しか知らんファンに見せてほしいという、心優しいプロデューサーの気遣いってわけよ」

「長いですし、今日ドライビングシューズですよ」

「もちろん、衣装は用意してある」

「えっ……」

「と言いたいとこだが、流石にな。靴はあるからパパっと履き替えて集合!」

 

 

 数分間、日比谷さんが間をつなぐと、ちらりと袖を見て、原田さんの準備を確認し、「本日はありがとうございました!」と最後に言ってから捌けると、346プロのファンなら聞き慣れたイントロが流れてきました。

 ファンの間では「課題曲」とも呼ばれるお願いシンデレラですね。

 

 

「一曲だけですが、楽しんでくださいねー! 行きますよー! お願いシンデレラ!」




184:名無しプロデューサー
この前のイベント、日比谷Pにパドック裏呼び出されたから、冗談半分で行ったらマジでるーみんと二人で居た。タオルとシャツにサイン貰えたし、あのPは神
ただ、去り際に見たら指輪してた。青いリングがるーみんと、(悔しいけど)Pに似合ってました

185:名無しプロデューサー
呼び出されたのはお前か!
しかし、裏山。今度からPを煽ればるーみんのサインが貰えるということか

186:名無しプロデューサー
>185 やりすぎんなよ
けど裏山

187:名無しプロデューサー
やっぱりるーみんは日比谷Pのものか……
けど、度量の広さは日比谷△

188:名無しプロデューサー
会場にいた上司っぽい強面の人、シンデレラプロジェクトのPだったぞ
声かけたらすげぇ渋い声で男の俺も惚れそうになった

189:名無しプロデューサー
どこかのアーチャーみたいなイケボ

190:名無しプロデューサー
パドックに止まってるフェラーリのオーナーらしい。
やっぱり346はエリート集団

191:名無しプロデューサー
けど指輪はない

192:名無しプロデューサー
>191 おい、おい、


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ep22

 #0 Assistant meet cars

 

「改めて見ると駐車場もだいぶ賑やかになってきましたね」 

「ほとんど車種被りがないのが奇跡みたいです」

「本当、そうですね。一番多いのかドイツ車なのが、どこかのプロデューサーの思惑を感じますけど」

「ははっ」

 

 事務所の地下駐車場。最近になって本当にアイドル部門及び関係者専用の貼り紙が貼られるようになりましたが、もともと暗黙のルールみたいになっていた場所ですから、ここに止める人にあまり変わりはないはずなんですが……

 やっぱり新しく車を買う娘が多いので、どんどん賑やかになりますね。

 最近だと、美波ちゃんがBMW X3を買ったそうですし、迷ってた涼ちゃんは新型のスイフトスポーツ、亜季ちゃんはフォードのピックアップを並行輸入。

 大きい車も多いので、鼻先がはみ出していますね。

 

 

「ドライブに行ってきた、とかキャンプに行ってきたとか。みんな楽しそうでなによりです」

「炎陣の5人は、車の免許持ってる子は全員なにかしらに乗ってるんですかね?」

「いや、夏樹がまだ迷ってるみたいですよ。他の3人が点でバラバラな趣味なんで、おすすめされても困惑してるみたいで。ナナさんや留美にも車のこと教えてくれ、って来たそうで」

 

 ここは少ない日本車勢として、国産車をオススメするべきでしょうか。

 今度誘って車を見に行くのもいいですね。

 

 

「プロデューサーさんからは何かないんですか?」

「一応、小さい車がいいんじゃないか、って話はしましたけどね。亜季みたく、いきなり大きい車買って四苦八苦するのもそれはそれで大変ですし」

 

 確かに、縦にも横にも大きい車ですから、柱の間、3台分のスペースを「あっきー専用」とくくって1.5台分を亜季ちゃんのF-150が、その隣に里奈ちゃんのスクーターや夏樹ちゃんの刀が止めてあります。実質炎陣専用スペースでしょうか。

 それでも、誰も文句を言わず、温かい目で見ているので、つくづく車には甘いんですよねぇ。何度も何度も切り替えしてまっすぐ止めてるのを見れば、早くしろよ! って言うよりも、頑張れ! って応援したくなるのもわかりますが。

 

 

「おはようございます」

「千川さん、おはようございます。早速で申し訳ないのですが、来月のロケ予算をメールで送ったので、確認をお願いします」

「はい。今日は…… 珍しいですね、武内プロデューサーと日比谷プロデューサーが一緒なんて」

「はい。午後は生放送の音楽番組に。クローネ組もシンデレラ組も多くが出演するので必然的にこうなってしまいまして」

「道理で、皆さん朝から自主練ですか」

「ええ、無理はしないようにお願いはしていますが……」

 

 プロジェクトの事務室に入ると、すでに武内さんはパソコンに向かっていますし、数人のアイドルの姿も見えました。

 予定をきけば、日比谷プロデューサーが事務所ではなく、別館のレッスンルームに向かった理由もわかります。

 今日はその番組に出る娘が多いので少し寂しい感じになりそうですが、バリバリ働きますよー!

 

 

 #1 Idol meets car 〜木村夏樹の場合〜

 

「すみません、突然ご連絡してしまって」

「いえ、普段からお引き立ていただいておりますし、試乗車の用意もございましたので」

 

 さてさて、ナナはいまちょうど、スーツの似合う素敵な男性とコーヒーを飲んでいますが、会話の通り、そんなことはなく、ただ単に車屋さんでコーヒーをいただきながら、試乗車で走り去っていった夏樹ちゃんを見送っていたのです。

 その間にジュリエッタの点検もお願いして、夏樹ちゃんが乗り出した車のカタログをペラペラめくってみる。

 うひゃぁ、やっぱり高いなぁ……

 

 

 街の中でも屋根を開けてみると、周りの空気や音、なんなら陽の光までダイレクトに感じられる。バイクとは違う、薄いシャツ一枚越しに外に触れてる感覚。

 

 

「これ、良いなぁ」

 

 不意にそんな言葉も出る。菜々やディーラーの人にも無理言っちゃったけど、これは乗ってみて本当に良かった。拓海が「車はいいぞ」って言うのがわかるね。

 そのまましばらく乗り回してからディーラーに戻って来ると、窓際の席で菜々が退屈そうにスマホをいじってるのが見えた。車を降りて、ドアを閉めると、自分の口元がニヤけてるのが自分でも分かったし、菜々の顔を見れば嫌でもわかる。なんで母さんみたいな笑みを浮かべるかなぁ。

 

 

「どうだった?」

「控えめにいって、最高」

 

 すぐさまカタログとにらめっこしながら車の契約を進めていく。このために親の同意書も書いてもらった。ローンは組めないから貯金も思い切り叩いて一括払い。そりゃ、驚くよな。目の前の子供がいきなり札束出せば。けど、こっちはそれだけ本気なんだ。

 ボディカラーは白。インテリアは赤と黒。オマケでサソリのステッカーとサンシェードを付けてもらって車は1ヶ月待ち。こんなに待ちきれないのは初めてバイクを買ったときみたいだ!

 

 

「今日はありがとな」

「夏樹ちゃんが満足行ったなら、よかったです。明日からプロデューサーや美世ちゃんがうるさくなりますよー」

「ふふっ、だな。でも、こんなキーホルダーぶら下げてたら何買ったか教えてるようなもんだろ」

 

 キーケースにぶら下がるサソリのキーホルダー。これもさっき買ってきた。こりゃ1月待ってられるか?

 

 夏樹ちゃんがそわそわすること1ヶ月弱。日比谷プロデューサーと美世ちゃんは案の定食いつき、一発で車を当てるとやたらとアバルトグッズを夏樹ちゃんにプレゼント(と言うなの在庫処理ですね、あれは)し続けると、夏樹ちゃんもあっさりと洗脳されてしまい、車もないのにキーホルダーやマグカップに始まり、アパレルまで揃え始め(ただし夏樹ちゃんはもらってばかり)たから大変。

 納車はディーラーで。夏樹ちゃんと野次馬の美世ちゃんを乗せて私が付き添うことに。サソリのワンポイントが入ったパーカーにショートパンツ、スニーカーという服装で、ラフに着こなしてカッコカワイイ感じ、ですかね?

 気合の入りっぷりに出迎えてくれた営業マンも思わず苦笑い。けど、後からこっそり聞いてみるとこういうお客さんも少なくないんだとか。アバルトは『ハマる』人が多いので、気にいるとどんどん沼が深くなると笑顔で教えてくれた。

 美世ちゃんのロードスターと、基本は同じ車らしく、美世ちゃんも以前乗ったことがあるらしい。喜々として夏樹ちゃんの隣に乗ると、複雑な表情を浮かべてからいざ、事務所までのドライブです。

 

 

「やっぱオープンは良いな」

「意外、って言っちゃ悪いけど、音もいいなぁ。前に乗ったのと違う気がするし……」

「オプションのマフラーに変えたからな。プロデューサーが『最近の車の音はつまんねぇ』なんて言うが、そんなこと無いな」

 

 手首のスナップで、とは行かないが、そこそこ短いストロークのシフトレバーを斜め上に押し上げると吸い込まれるようにギアが変わり、回転数も少し落ちる。

 常識的な走りならおとなしい音で、かと言って静かでもない。そんなちょうどいい音量が耳に届く。屋根を閉めれば更に音量は下がるから、あんまり気にならない。

 けど、信号待ちで先頭になった時がこの車の最高に楽しい瞬間だ。歩行者の信号が赤に変わるとクラッチを踏んで1速に。少しあおり気味にクラッチを繋げば気持ちのいい音と一緒にぐいっと背中を押し出される。

 

 

「トルク感あるし、わりと上まで回るんだぜ」

「トップエンドまでパワー続くんだよねー。前に乗った時は羨ましかったなぁ。ロードスターにこのエンジン乗ればいいのに、って真剣に思ったよ」

 

 1速で少し引っ張って、2、3。スキップして6。アイドリングちょっと上くらいしか回らない燃費ギア。コレならあの駐車場に止まってる車の中でもトップクラスの低燃費が期待できるだろうな。

 拓海なんか『リッター5しか走んねぇ』とかぼやきながらガソリンスタンドで1万円捨ててるし、亜季もガソリンスタンドに寄るととんでもない量のガソリン入れてコレまたすごい額を払ってるから、カタログでリッター12なら上々。7かけで8ちょいくらい? いや、悪いな。

 そのまま事務所の地下駐での車庫入れも難なくクリア。あえて美世のロードスターの隣に止めたが、こうやって見るとやっぱ車高下げてホイール変えたいな……

 

 

「次は車高調とホイールかな?」

「だよな……」

 

 拓海の言うとおり、車もバイクも、ハマると止まらないな。

 

 インチアップか、車高調だけでノーマルサイズか…… バイクよりめんどくせえ!



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ep23

 #1 Idol meets car 〜原田美世の場合〜

 

 

 今日は久々の箱根でDrive Weekの収録。なんだかんだ、最近は走っていなかったターンパイクだけど、今日は久しぶりにアタシにも買えそうな走れる車がメイン。

 駐車場の一角には早くもメーカーから持ち込まれた広報車が2台。ホンダ、スバルの国産MT車たちだ。

 

 

「新型のシビックタイプR、まだ乗ったことなかったんです!」

「俺もだ。実際買おうか悩んだんだけどなぁ……」

 

 いくら4枚ドアとは言え、仕事車にはできませんよねぇ。武内PのマークXより厳つすぎですし。

 スバルからは次期型の登場も噂されるWRX STI。昨年の年次改良で駆動系や足回りに大幅な変化を加えられてさらに魅力を増しています。蛍光イエローのブレーキが少し目に痛いですけど。

 

 

「今日は、話題の国産スポーツカー2台を乗り比べですよ」

「オープニングトークで車種バラしちまってるがな」

「けど、今日もまた新車を引っさげてゲストが来てくれてますし、車を貸してくれるんですって! だから、全部で3台! 楽しそうですね」

 

 それでは行ってみよう! といつもの掛け声で番組を本格的に始めていく。オープニングトークは、最近の回では本当にその回の収録で乗る車に出会った場面にカメラを回してるからアタシもプロデューサーさんも結構素の感想をだらだら話していることが多い。あまりに長くなりすぎることもあるけど……

 今日は程々の長さにしてなんとか番組スタートできたのでまだいい方でしょう。

 

 

「早速、今日のゲストをお呼びしたいところですが、さっきLINEが来ましてね、左足攣りそうだから少し待って、との事なので、今日はこっちから出向きますか」

「免許取ってずっとペーパーって言ってましたしねぇ…… シビックはいただき!」

「おい、ズリぃぞ!」

 

 プロデューサーさんが相槌打とうとしたところですぐさま180度ターンを決めてシビックにダッシュ。キーは助手席の上です。

 サイドサポートがだいぶ高いシートに難なく座ると即座にエンジンスタート。ギアを入れて走り出しました。プロデューサーさんもWRXで追いかけて来てますね。

 ドライブセレクタをいじらないでいると(デフォルトでスポーツモードなのがタイプRっぽいですね)そこまでの過激さはなく、タイトなコーナーに少しオーバースピード気味で突っ込んでも破綻せずにグイグイ回る感じで、過去のタイプRのトゲトゲしさは欠片ほどしか伝わってきません。

 御所の入りまではそんなに距離もないのであっという間ですが、このあと存分に楽しませてもらいましょうか。

 

 

「んで、比奈、大丈夫か?」

「左足がぷるぷるしてるっス……」

「いつも足全体でペダル踏むとそうなりやすいんだよ。かかとを軸に、つま先でこう、すりつける感じで踏むと、少しは疲れにくいと思うよ」

 

 比奈ちゃんの足を軽く突くと「あうっ!」とか、少し大きな声で反応されて、あたしまで驚いちゃったり、そのままの流れで機材車で比奈ちゃんの足を揉んでる間にプロデューサーさんは(もちろん比奈ちゃんの許可を取って)車内の家探しをしていた。

 比奈ちゃんの車はスバルBRZ STIスポーツ。ホイールだけシルバーのヨコハマ RSIIに変えてあるけど、それ以外はノーマルらしい。

 比奈ちゃん曰く「ノーマルの黒いホイールはなんかしっくり来なくて」

 次は車高を下げたいらしいけど、ただでさえ擦りそうで怖いし、そもそもまだ買ってからそんなに経ってないからもうしばらくはこのまま行くとのこと。

 

 

「比奈の足は復活したか?」

「だいぶ良くなったっスよ。美世さん、ありがとうっス」

「今日は走るから、辛くなったら言えよ? 美世か俺が代わるから」

 

 今日は箱根で軽く絵になるシーンを取ったらこのまま富士山方面に向かい、温泉に入って一泊して帰るプランです。

 ただし、富士五湖巡りをするのでそれなりに距離を稼ぐ方向で。

 

 

「今日のゲストは」

「どもー、荒木比奈っス」

「比奈ちゃんでーす! 結構インドア派のイメージだったけど、スポーツカー買うなんてちょっと意外だったなぁ」

「あはは、漫画読んだら車乗りたくなっちゃって。それで、勢いで……」

 

 プロデューサーさん、「あぁ、やっちまったな」って顔しないの。

 けど、普段から電車移動の比奈ちゃんが車を買うなんて思わなかったのは事実。それも、選りに選ってマニュアルのスポーツカー。流石に楽器とは違って、衝動買いできる金額でもないからちゃんと考えた上での選択なはず……

 

 

「でもどうしてマニュアルに? 乗りやすさならオートマでもよかったんじゃない?」

「いやー、オートマのスポーツカーって、『うわ、見た目だけかよ』みたいな感じするじゃないっスか」

「あー、確かに。とは言っても最近のはみんなDCTだからオートマだけどな」

 

 その後もオープニングトークを終えて本編、走行シーンに移ろうというとき。恐らくBRZに乗りたいプロデューサーさんの下心だとは思うけど、

 

 

「比奈、足大丈夫か? なんなら代わるけど」

「んー、じゃお言葉に甘えて」

「おっ!」

 

 ここまではいいんですよ? その後、プロデューサーさんが乗ってきたWRXを誰が乗るか、ということになるわけですよ。もちろんスタッフさんなのは間違いないんですけど、もう駐車場でいい大人たちがじゃんけん大会始めるんですよ?

 それも、プロデューサーさんが機材車のルーフラック(カメラクルーが立てるようにデッキ兼荷物置き場になってるところです。念のため)に立つと、大きな声で「じゃーんけーん!」って先導してるし、もう呆れちゃうなぁ。

 じゃんけん大会も勝者が出るとやっと撮影スタート。プロデューサーさんは比奈ちゃんを隣に乗せて人の車で遊ぶことを選んだようでした。

 

 

「流石に漫画やアニメのような走りを公道でやったら免許が何枚あっても足りないから――」

「いや、そこは建前であってもやらない前提で話すべきっス!」

「えー、だって男の子なら誰でも峠で遊びたいじゃん」

 

 車好きの男なら誰しも頭文字Dや湾岸ミッドナイトを読み、ゲーセンに行き、家ではグランツーリスモをやったと思う。

 だが、現実では漫画のように公道をかっ飛ばすわけにも行かず、ゲームのようにサーキットに行こうにもハードルが高い。だが、お手軽に、安全に公道で走りを楽しむことだってできる。

 肝心なのはリズムだ。

 

 

「まぁ見てろって。制限速度+アルファくらいの速度。周りの流れと同じくらいの速度でも、カーブの手前で軽くブレーキを踏んで――」

 

 トントンとギアを落とせばエンジンの快音とともにいい塩梅のエンブレもかかる。

 ブレーキから足を離しながらハンドルを切り込み、アクセルを踏みながらハンドルを戻す。そしてギアを上げる。この繰り返しをリズムよく、タイミングよくするだけで結構気持ちよく走れるものだ。

 オートマだと、エンブレの効きが弱くなるからブレーキで調整が必要だが、マニュアルならギアを落とせばしっかりブレーキを踏み込むのは最初だけでいいはずだ。

 ヒールアンドトゥも合わせて使えればさらに気持ちが高まると思うぞ。

 ブレーキングでのノーズダイブとターンインのタイミング、減速Gの感じ方が噛み合うとニヤリとできるコーナリングができるはずだ。

 

 

「おぉ…… なんかカッコいいっス!」

「だろ? それでもおまわりさんに怒られないから最高だな。要は気持ちだけアゲればいいんだよ。ペースまで上げる必要はない」

 

 前を行くBRZがいい感じのペースで走るのを見て、楽しくなってくると、アタシも自分のギアを上げ、シフトレバー近くのトグルスイッチを+Rに。メーターの背景色が変わり、足がギュッと引き締まる。

 ハンドルの手応えも増して古き良きタイプRの切れ味が表に出てくる。

 

 

「手首のスナップでカチカチ入るギア、オートブリッピングでヒールアンドトゥいらずなのもいいですね」

 

 300馬力を超えるパワーでも、常識的な速度域ならトルクステアとは無縁。わざと変なタイミングでアクセルを踏み込んでもスピード感と同じだけラインが膨らみ、アクセルを戻せばノーズが内側にスッと入り込む。

 4輪のブレーキを独立してコントロールする制御も入っているようだけど、不自然さは感じられず、安心して走れるのはいい。

 箱根の山道を抜けて富士山方面へ向かう道中、御殿場で昼食を取るとドライバーチェンジでプロデューサーがシビックに。アタシはWRXに乗ることに。3台でインカムを繋ぎ、Bluetooth接続を済ませればお喋りドライブです。

 

 

「あーあー、テステス。聞こえるか?」

「聞こえまスよー」

「こっちも大丈夫。それで、次の目的地は?」

「山中湖だ。それから河口湖に行ってマリンスポーツを楽しみ、飯食って温泉入って寝る」

「マリンスポーツって、いま真冬ですよ?」

 

 プロデューサーさんの言葉に不信感をつのらせつつ、まずは山中湖へ車を走らせることにしました。

 シビックと違い、まず感じたのは車の落ち着き。ボディが、とかそういうのではなく、雰囲気的にシビックより大人っぽい感じです。

 ボクサーらしい、若干のゴリゴリ感のある吹け上がりも相変わらずですが、一度タイヤを転がしてしまえばあとは自然なフィーリングです。

 時々「低速トルクがない」なんて言われますけど、普通に乗る分には必要十分、というか余裕がありすぎですし、クラッチも真ん中少し奥でつながる癖のないもの。

 信号待ちからの発進で少し聞こえるドロドロした音がたまりません。

 

 

「美世さんに教えてもらったとおり、つま先で押し込むようにしたらだいぶ楽になったっス。今までかかと浮いてたから余計に疲れてたんでスねぇ」

「それに、軸があるからクラッチをコントロールしやすくなっただろ」

「言われてみれば、そうかもしれないっス。ドンと踏み込んで、そこからズルズルっと、繋ぐとスムーズっスね」

「あんまり半クラ使いすぎると傷んじゃうけどね。後ろから見てても上手だし、いいと思うよ」

 

 プロデューサーさんのシビック、比奈ちゃんのBRZ、アタシのWRXの順で信号待ちをしていれば、時折目線がこっちに向いてるのがわかる。

 青になったところでスルスルと走り出す。最近はオートマばっかりのプロデューサーさんも、なんだかんだでMTは乗れてるし、比奈ちゃんもコツを掴んだらしく、ワインディングをプロデューサーさんのペースと同じように走れてる。

 山中湖畔の道は比較的真っ直ぐ。割りと舗装もきれいだし、そこから河口湖まではさらに整備された道が続く。プロデューサーさんが、湖畔の温泉旅館に車を停めると中で女将さんらしき人と何か話すとお辞儀をしてから戻ってきて、

 

 

「よし、マリンスポーツの時間だ」

 

 そう言って再び車に乗り込んだ。



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ep24

 #1 Idols meet car

 

 なるほど、それでボクらの出番と言うわけか。しかしいいのかい? 良し悪しなんてわからないし、なにを求められるかすら予想できない。

 ただもてなしを受ければいい? キミがそういうのなら従うよ。彼女にも伝えてあるんだろう? 良いだろう。楽しみにしているよ。

 

 汐留イタリア街。そのホテルのレストランで、いつもより少しオシャレな服を着て、優雅にモーニングメニューをいただく。

 隣には白を基調としたジャケットスタイルの飛鳥ちゃん。その飛鳥ちゃんの隣には黒のゴシックワンピースにグレーのストールを肩からかけた蘭子ちゃんがクロワッサンにジャムをつけて頬張っています。

 

「なぁ、美世。キミの番組は車番組…… だろう?」

「そうだよ?」

「んー! はにゃぁ……」

 

 すこし不審がる飛鳥ちゃんをよそに、蘭子ちゃんは幸せそうで何より。

 それから、オープニングを撮って朝食の続きを。

 もちろん、車番組ですから、おめかしした女の子の朝食だけで終わらせる気は毛頭ありません。

 朝ごはんを食べ終え、ホテルのロビーに2人を待たせ、一度客室で着替えると駐車場へ。この車に乗るのは初めてではないけれど、未だに緊張しちゃいます。

 エントランスの前に車を停めると、待ちぼうけの2人を呼びに行きました。

 

 

「おまたせしました」

「その格好は……」

「執事…… さん?」

 

 わざとらしく慇懃に頭を下げると、2人を車にエスコート。ドアに手をかざして機械仕掛けのドアを開け、白い革張りのリアシートへ。

 もちろん、私がなんの迷いもなく明らかに高い車へ案内するんだから、一瞬2人の足が止まったけど、おっかなびっくり席につくと私も黙ってドアを閉めた。

 すぐに車の後ろを回って運転席に。エンジンをかけてシートベルトを締めると、後ろの2人にも促してから、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

 

 

「純白の馬車…… はうぅ……」

「緊張しているのかい? らしくない」

「我が片翼は動じていないのか……? (飛鳥ちゃんは平気なの?)」

「ああ、考えてもみるんだ。さっきこの車を見たときの気高さを。そして、ハンドルを握る美世さんの振る舞いを。今のボクらはそれにふさわしくなければ申し訳がたたないだろう?」

 

 後ろで腰が引ける蘭子ちゃんを飛鳥ちゃんが奮いたたせてるけど、今回の車は番組史上最高額の車。

 私もメーカーからお借りするのに数日前から研修というか、練習をさせて頂いてからこうしてハンドルを握っているほど気合が入るヤバい代物。(余談ですけど、広報さんには「この車のハンドルを握る方で一番若い」と言われました)

 ロールスロイスのフラッグシップ、ファントム。

 国内発表間もない新型モデルをお借りして、今日は後ろの2人とドライブデートと洒落込もうというわけです。

 一人いない? プロデューサーさんは留美さんとあいさんの2人とロケで(本当の)イタリアに行っているのでおやすみです。

 

 

「それで、今日はどこへ連れて行ってくれるんだい?」

「飛鳥よ、馬を駆りし友の囁きはなかったのか?(日比谷Pから行きたい場所聞かれなかったの?)」

「いや、特になかったが…… なるほど、今日のプランは蘭子のセレクトか。楽しみだ」

「……っ!! 飛鳥ちゃん!」

 

 いやぁ、飛鳥ちゃん、狙ってるのかな? 後ろでいちゃつく2人をミラー越しに見ると、飛鳥ちゃんと目があった。

 

 

「これはキミの番組だろう? 喋らなくていいのかい?」

「普段みたいにペラペラしゃべるような車でもないし、緊張しちゃって」

「美世さ…… 御者をも飲み込むとは……(美世さんも緊張するなんて……)」

「もともとアタシが乗るような車でもないんだけど、プロデューサーさんが企画だけ立てて行っちゃったから……」

 

 しれっと首都高に乗り、東名高速を西へ向かう道中、やっと車にも慣れて後ろはいろんなスイッチを探し始めました。

 

 

「きゃっ!」

「これは、マッサージ機能か…… すごいな」

「癒やしの時……(きもちいい〜)」

「美世、何か曲をかけられないか? 流石に静か過ぎる」

 

 静か過ぎる。飛鳥ちゃんがそう言うほどにこの車は静かだった。

 タイヤのノイズは無く、風切音もない。路面の継ぎ目すらハンドルに一瞬の震えとして伝わるだけ。いつの間にか姿を消したスピリット・オブ・エクスタシーも一役買っているのでしょう。

 さて、暇を持て余し始めた2人にリアシートエンタテイメントシステムの存在を教えると、喜々としていじり始め、気がつけばウィンターライブの映像を見ていました。

(偏見しかないけれど)クラシックばかり流していそうなスピーカーは現代のアイドルソングにも十分対応し、『共鳴世界の存在論』のバンドサウンドを余すことなく伝えてきます。

 

 

「飛鳥よ、車の話をしよう」

「唐突だね。けれども番組のMCがいないようだから、ボクらでやろうか」

「創造者より手紙が来たのだ。(番組プロデューサーさんからLINEが来たんです!)」

「なるほど。けれども、ボクらには月並な、それこそ『魔法の絨毯のようだ』なんて言葉しか紡げない」

「我も同じく、この贅を極めた馬車を褒める言葉を持たない。けれどただひとつ言えるのは、我はこれ以上の馬車に出会える事はないだろう。(私もなんて言ったらいいのかわからないけど、これ以上の車はないと思う!)」

 

 クルーズコントロールやらなにやら、アシスト機能をフル活用して高速をだらだら走る間にも、後ろの2人は頑張って車番組してくれている――だんだん焦りの色も見えてきたけど。

 ふと、何かひらめいたように飛鳥ちゃんが口を開いた。

 

 

「蘭子。そろそろどこへ向かっているのか教えてくれてもいいんじゃないか? 見たところ静岡に向かっているのはわかるが……」

「フフッ、まずは昼餉よ。その後、洋琴の調べを聞きに。それ以上はまだ時ではないようね。(まずはお昼ごはん! それから、ピアノを見に行くんだー!)」

「ピアノか。引けるのかい?」

「あっ、えーっと…… 少しだけ……」

 

 飛鳥ちゃんの優しげな笑みがイケメン過ぎて思わず自動防眩ミラー仕事しろ、なんて思いながら高速もするりと降りて一般道を進むと市街地を進み、何の変哲もない一軒家の前に車を止めました。

 

 

「魔王の到着よ!」

「どう見てもただの家だが……」

「民家は世を忍ぶ仮の姿、その本質は宴に相応しい供物を差し出すわ。(普通のお家に見えますけど、すごく美味しいんだって!)」

 

 ニコニコと足取り軽く入る蘭子ちゃん。玄関には小さなメニューボードとOPENの札。それ以外は普通の一軒家ですが、中に入ればお肉の焼ける音と、お腹を空かせる匂いが漂っていました。

 一間に抜かれたフロアに用意されていた席に着くと、ランチセットを3つ注文。間もなく出されるといただきます、と一声上げて蘭子ちゃんが小さく切り分け一口。

 

 

「っー!!」

 

 美味しいようで何より。私も一口食べるとファミレスのハンバーグと比べるのが失礼に思えるほどの美味しさ。

 脂が違うんだと思います。よくわかりませんが。

 飛鳥ちゃんも大人ぶってるけど、楽しみで仕方ない様子なのが目元から伝わってきます。

 結構ボリュームがあったような気もしましたが、みんな完食すると次の目的地へ。車で数十分走った先は国内有数の楽器メーカーの工場。

 そこで待っていた女性の案内で見て回るのは、ビアノの制作過程です。

 まず案内されたホールにはピアノがずらり。グランドピアノだけじゃなく、アップライトピアノもありますね。

 

 

「こちらのホールにございますのは、我が社のラインナップの一部と、アーティストの皆様が実際に演奏されたものでございます。こちらのグランドピアノは――」

「――こちらのハンマーと呼ばれる部品で弦を叩くことで――」

「――それでは、工場へご案内します」

 

 長い長い説明を熱心に聞いていると、広く感じたホールもあっという間。蘭子ちゃんや飛鳥ちゃんが、昔流行ったバンドのライブで使われたという凄いデザインのピアノに興味津々だったり、ピアノのカットモデルにアタシが食いついてる間において行かれかけたりもしたけど無事に工場に。

 案内が聞こえなくなるらしく、トランシーバーとイヤホンを渡されるとそれをつけていざ工場へ入りましょう。

 

 

「――手作りだと思っていたが、機械化されているんだね」

「――もちろん、手作業で行う工程もございます。機械でできることと、人の手でしかできないことをそれぞれ分けて効率化と品質の安定化をはかっております」

「――職人(マイスター)達の腕が輝いているわ。これが麗しの音色の源ね」

「――えぇと…… はい、最後には職人たちの手作業で調整、調律を行い皆様の元へお届けいたします」

 

 最後に案内されたのは最初と同じ建物。だが、別の部屋。そこには同じ型番のピアノが3台。

 これからこの3台の弾き比べ、聴き比べをしてみようというわけだ。

 

 

「蘭子、せっかくだから引いてくれないか」

「えぇっ!」

 

 仕方ないなぁ、と言いながら3台並ぶ一番近くにあったピアノに手を置くと、一瞬短く息を吸ってから引き始めました。この曲は……

 

 

「"課題曲"というわけか」

「少しだけ、って言ってたけどそんなことないじゃん」

 

 蘭子ちゃんが引き始めたのは『お願いシンデレラ』

 サラリとショートバージョンを引き終えると、「どうかな?」みたいな顔でこっちを見てくるから思わずニッコリ。時々見せる年相応の可愛さがズルいですよねぇ。

 

 

「隣のピアノでも弾いてほしいな。弾き比べ、だろう?」

「えっ! えぇ……」

 

 なんだかんだ言いつつ蘭子ちゃんが弾き始めれば飛鳥ちゃんが歌い始め、3台目で引くときにはアタシも蘭子ちゃんも歌って賑やかに。

 けれど蘭子ちゃんと飛鳥ちゃんは「弾き比べ」であることを忘れていなかった様子。アタシ? すっかりたのしくなっちゃって。

 

 

「2台目は音色が丸くて好みだったね。1台目は少し尖って聞こえたかな」

「我も同じく。2台目の軽さは好みよ。されど3台目の重厚な響きも捨てがたい……」

「うーん、アタシにはよくわかんなかったなぁ」

 

 そんなアタシ以外2人の耳の良さを案内のお姉さんに褒められると、お土産をもらって工場を後に。

 これからまた東京方面に戻らなければなりません。それも、6時前に。今4時を少し過ぎたところ。これは高速をぬふわkm/hとかでかっ飛ばさないといけないヤツですかね。

 お仕事柄まずいんですけど。

 と、思いつつも法定速度厳守の安全運転で(東名は覆面も多いですし……)東京の一歩手前。横浜で降りるとそのまま高級ホテルの車回しへ。

 

 

「今日の終着地はここよ。夕餉を楽しみましょう」

「これはまた。ボクらにはもったいない程だ」

 

 ここでも2人を中に案内してから自分で車を駐車場に持っていくとそそくさと予約していた部屋に入り、小奇麗な男性用の礼服とはさよなら。

 白のタイトスカートとジャケットにブルーのブラウスで少し大人っぽくキメていざ出陣。2人はすでにレストランで今か今かと夕食を待ちわびている事でしょう。

 

 

「ふふん、実に満足。これほどまでに満ち足りた日は久しぶりよ」

「そうだね。食事がメインではあったけど、芸術にも触れ、こうして蘭子と美世と1日を楽しむことができた。もちろん、素晴らしい車も今日のエッセンスだ」

 

 コース料理に舌鼓を打ち、アタシはワイン、2人はオレンジジュースを食後酒に今日を振りえればアタシはひたすら運転手(ショーファー)に徹し、2人のお嬢様を楽しませられたのかな、とも思うけど、目的地は蘭子ちゃんセレクト。

 蘭子ちゃんが満足ならアタシも満足かな。

 

 

「飛鳥と共に過ごせたこの日を、また記憶に刻めた事を嬉しく思うわ。そしてこれからも、また一緒に頑張ろうね、飛鳥ちゃん」

「ああ、もちろんだ。次はボクのセレクトで一緒に出かけよう。そうだな、ゆっくりできるところがいい」

 

 さて、綺麗にオチも付いたところで今週のDriveWeekはここまで。

 また来週もお会いしましょう!




熊本弁難しくて、蘭子のセリフ短え


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ep25

 #1 Idols meet motorsport

 

 

 さて、皆さんはオートテスト、という競技をご存知だろうか?

 ヨーロッパ、特にイギリスで盛んに行われているもので、簡単に言えば車庫入れ切り返しありのジムカーナ。日本ではパイロンを目印に、車庫入れやスラロームなどを混ぜ合わせたショートコースを走ってタイムを競うものだ。

 コースをコンパクトに収められるので、広い駐車場などでも開催できるとあって、近年イベントが増えているらしい。

 それに、競技スピードが遅く、ノーヘルノーライセンスでも参加できるのが特徴。車だって軽トラミニバン、挙句の果てにはマイクロバスだって出られるとあれば門戸の広さはモータースポーツの中でもトップクラスだろう。

 そんなオートテストに、今週のDriveWeekでは参加しに行こうというのだ。346レーシング企画第……何弾だろうか。けど多分番組では初の競技企画。はりきって行ってみよう!

 

 

「プロデューサーさん。何度めかの富士スピードウェイですけど、どうしてまたここに?」

「今日は、346レーシングとして、JAF格式のレースに出ようかと思いまして」

「ほほう。見た感じフルコースを使う感じはしませんね。駐車場にパイロンおいてありますけど、ジムカーナですか?」

「それも含めて後で説明しよう。それじゃ始めましょう」

「美世のDriveWeek」

「「スタートユアエンジン!」」

 

 と言うわけで舞台は富士スピードウェイ、の駐車場。関東近郊と言うこともあり、参加台数はかなりのもの。って言うか単純にモータースポーツイベントの併催だし、当日エントリーも化と言うオープンっぷりがこの台数の訳だろう。

 その一角で公開収録も兼ねてブースを出す我々も、ぜひとも参加しちまおうと言うわけなのだ。

 けど、今日はゲストが多い! 5人ユニット全員呼べばそうなるよね。

 後ろに並ぶ車も多種多様。でかいの小さいの派手なの地味なの。なんでこの5人でユニット組んでうまく回るんだろう。

 

 

「今週は後ろに並ぶ車の多さが物語ってますけど、ゲストをいっぱいお呼びしています! 炎陣の5人です!」

「いやぁ、マジで呼んじゃったよ……」

「んだよ、悪りぃか」

 

 というわけで今日のゲストは炎陣の5人。里奈以外は車で来てもらった。里奈は5人の車を休憩ごとに乗り換えて来たそうな。

 端から拓海のRX-7、涼のスイスポ、夏樹の124スパイダー、亜季のF-150ラプター。迫力がすごい。

 この後も何事もなく、時折拓海をイジりつつ収録は進み、エントリーを済ませに行くとゼッケンを貰って走行前の準備だ。

 

 

「プロデューサーの車はズリぃだろ」

「自分の車なんだからいいだろー」

「里奈殿、手を貸してほしいであります!」

「おけぽよ〜」

 

 なんて調子でワイワイとゼッケンを貼り、灯火類にテープを貼ってカバーをするとドライバーミーティングが始まる。

 基本的なルールやマナー、今日のコース説明を現役のプロドライバーが行い、トークスキルも相まって笑いもありながら進んだ。

 ミーティングが終わるとコースの下見。実際に歩きながらコースを覚えていく。

 アタックは2回しかないからミスコースは致命的だが、そんなに難しいコースではなさそうだ。

 

 

「スタートしてからパイロンで180度ターン、もう一度180度ターンして、それから90度右に曲がって枠の中で車を止める」

「それからバックで車庫入れでありますな。これは手強そうであります」

「それは亜季の車がデカいからだろ。それで、スラロームからの270度ターンか。目が回りそうだ」

「ゴールも枠内に車を止めてゴールですね。サイドブレーキの使い方がカギかな」

 

 基本はジムカーナ。小さなターンが多いから亜季のフォードみたいな大きな車は不利になりがちだ。それに、最近の車の電気式サイドブレーキは、サイドブレーキターンができないから気合で回るしかない。

 

 

「おやおや、プロデューサーさんの車はサイドブレーキターンできましたっけ?」

「できない」

「まじかよ、サイドブレーキターンも出来ねぇなんてモテねえぞ」

「おい、そのネタどこ(GrandTour)で覚えてきた」

 

 まぁ、そのかわりに有り余るパワーがあるのだから、いい勝負が出来るんじゃないかな?

 回れないならパワースライドで回せばいいし。

 そんなことを言いながらプロドライバーの模範走行を一度見てから競技開始だ。我らが346レーシングのトップドライバーは美世。模範走行のタイムが86で1分5秒だったから、10秒オチくらいが目安だろうか。

 数台の車を見てからなんとなくタイムの目安を出し、いい感じに感覚を慣らしたところで美世のスタートだ。ロードスターの参加者も居て、いい目標になっているみたいだし、ここで下位に沈んでは車番組のMCとしていかがなものだろうか。

 

 

「一個目のサイドブレーキターンはバッチリだな」

「見たか! パイロンギリギリだったぜ!」

「2つめも綺麗だ」

「ここからが難所であります」

 

 それなりに車速が乗ったところからフルブレーキで枠の中ぴったりに収めてバック。こういう時に小さい車は身軽そうだ。さっきの軽トラとかとんでもなく速かったし。

 車庫入れも難なくこなすとスラローム。すでに経験があるからパイロンスレスレをアクセルワークでくるくると向きを変えながら進むと3/4回転。サイドブレーキからのアクセルでリアを滑らせる。

 

 

「おぉ〜カッコイイ〜 美世ちゃんすごすぎかも」

「流石美世サン。最後までバッチリだね」

「4番手タイムだ。さっきのランエボより速いなんてね。パワーが全てじゃないってことかな」

 

 美世の次はまた間をおいてから俺の番だ。一応ヘルメットとネックサポートを付けてから車に乗り込み、エンジンをかけるとドライブモードをトラックに。ESCはオフ。

 スーツにドライビングシューズとヘルメットなんて意味不明な出で立ちもこの瞬間だけは俺の戦闘服になるわけだ。

 スタートラインに車を止めて、ローンチコントロールをオン。ブレーキを踏みながらアクセルを全開。

 フラッグが振られると同時にブレーキを離せば一瞬でレブリミットまで吹け上がり、バイロンが迫る。すぐさまブレーキからターン。アクセルを踏み込むと軽くリアが流れるが猛然と加速。そしてまたターン。切り返して枠の中でストップ。

 ギアセレクターのボタンを押してからモニターを見つつバック。またギアをドライブに入れてからスラローム。

 低い重心とクイックなステアリングレシオが活きる。からのパワーに物を言わせてくるりと回ればゴールの枠に車を収めた。

 

 

「ローンチコントロールはズルいです!」

「ギャラリーと実況は盛り上がってたけど、参加者としては冷めるね……」

「ぶっちぎりの1番であります! 流石プロデューサー殿!」

「あんなの馬力に物言わせただけだ! オレがまたぶっちぎってやるからな!」

 

 夏樹と涼が『フラグだな』と言う目でヘルメットを被る拓海を見つめ、里奈は里奈でなぜか両手にソーセージとコーラを持って現れ、亜季は一人で盛り上がりながら拓海の出番を見守ることになった。

 当のたくみん7だって軽の5倍はパワーがあることは忘れてはならない。炎陣の4人の車のうち、2番目のパワーだ。

 

 

「おっ、スタートはうまく行ったみたいだな」

「パイロンも…… おいおいウソだろ、拓海がサイドブレーキターンしてる!」

「たくみんじゃ、んぐっ、ないみた〜い」

「ホントだぜ……」

 

 拓海がまるで別人のような走りを披露し、車庫入れスラロームもバッチリこなすとまさかまさかの上から1桁順位。プロドライバーの模範走行より数秒速いタイムを叩き出してきた。

 里奈、食べながらしゃべらない。

 

 

「どうだ見たか!」

「どこでそんな技覚えてきたんだ?」

「ドリフト講習会に行ってきたんだよ。できたらカッケーと思ってさ」

 

 と言って自慢げにBライを見せつけてきたからまたひと盛り上がり。さらにはこの車で親と買い物にまで行くと言うから、色んな意味でたくみん△と言ったところか。

 と騒いでる間にも大和軍曹が支度を済ませてスタートラインに。一際デカイ車だからギャラリーの注目度も抜群。走りが付いてきてくれればいいが。

 V6にエンジンが変わった新型だが、パワーは10%近く上がり、ターボも合わさって先代以上のパフォーマンスを発揮する。さらに、先代比-200kgという大幅な軽量化だ(それでも2トンオーバーではあるが)、速くないわけない。

 

 

「やっぱり迫力ありますねぇ! 最初のターンは…… 大きく回りましたけど、軽くテール流れてますよ!」

「次のターンもいい感じだな」

「車庫入れって…… 枠に収まんのか?」

「平気っぽくない? 旗上がったし。はい、たくみん、あーん」

「ん? あーん……」

 

 上屋をフワッフワさせながらスラロームを抜けてぐるりと最後のパイロンを回り込むとストップ。ギリギリで枠内に収めてタイムは上々。参加者の真ん中あたりにいる。

 夏樹と涼が2人続けてスタートラインに並べるとまずは涼。

 キュキュっとタイヤを鳴らしながらスタートするとまずは華麗にサイドターン。

 

 

「やっぱ涼はソツなくこなすな」

「りょーちゃはスイッチ入るとすごいもんねー。なっつも焦ってるんじゃない?」

「凄いな、枠の中でもできるだけ手前に寄せてるんだ。バックも速いし」

 

 スラロームからの270度もきっちりこなして上位タイム。今回はかなりの成績が期待できるんじゃないか?

 涼のゴールから間もなく夏樹のスタート。最初のパイロンのところ、よく見るとブラックマークが見えるから、タイミングを合わせてやってやれば。今みたいにバッチリキマる。

 

 

「美世より速えーんじゃねぇの?」

「そそそ、そんなこと無いですよ! アタシの方がきっと速いです!」

「焦りまくってんじゃねーか」

 

 何をぉ! と追いかけっこ始めた2人を横目に夏樹の走りを観察すると、先人達が残したブラックマークであったり、他の人の走りを観察して覚えたであろう最速のタイミングを見事になぞる走り。

 つまるところ、めっちゃ速い。ゴールタイムも最初の方だった美世より2秒速く、クラスでも3番目のタイムだそうだ。

 だけどまだもう1本アタックを残しているからまだ挽回のチャンスはある。

 

 

「里奈、隣乗りな」

「まじで? いいの!?」

「メット被って、首にサポーター付けな。頭吹っ飛びそうになるぞ」

 

 美世の2本目のアタックを見届けると俺は隣に里奈を乗せて行くことに。もちろん、見ているだけだとつまらないだろうから。こういう同乗ができるのもオートテストの珍しいところだろう。

 今回は車庫入れなど、枠の中に止めるポイントには審査員が居て、車が枠に入っていれば旗が上がるが、居ないイベントもあるらしい。その時は自分の勘もそうだが、同乗者に見てきてもらうのもアリだそうだから(タイム的には美味しくないが)、みんなで楽しむことができるモータースポーツなわけだ。

 

 

「よし、行くぞ。口閉じてろ。舌噛むぞ」

「へっ? んぐっ!」

 

 ローンチコントロールで570馬力を地面に叩きつける。V8が甲高い音を奏でながらパイロンに迫り、一度反対にハンドルを切ってから反動を付けて頭をねじこむと一気にアクセルオン。派手にリアをスライドさせながら立ち上がる。

 

 

「無理無理無理! ヤバイって! くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 里奈の悲鳴を聞きながら、フルブレーキ。内臓が前にスライドしそうな減速Gも一瞬。即座にリバースに入れると車庫入れだ。

 落ち着きも一瞬で、またゼロ加速なわけだから、今度はタイム無視の魅せる走り。白煙を立ててダッシュを決めればスラローム。

 ふわっふわっとしたアクセルとハンドルのリンクでリズムよく抜けるが、隣で「うわっ、うわっ」とカエルを絞めたような声も聞こえる。

 

 

「よし、ゴールだ。里奈、生きてるか?」

「死んでる……」

 

 少しげっそりした里奈にお詫びがてら甘いものを餌付けしつつ、残る4人のアタックを見届けるといよいよ結果発表だ。

 今回はオープンなイベントだけあって、細かいクラス分けでできるだけ多くの人にトロフィーを持って帰ってもらおうというのが伝わってくる。

 それでも美世や涼、夏樹の車のようなライトウェイトやホットハッチのクラスは母数が多いから激戦区ではあるが。

 まずは上のクラスから。S-1と名付けられたこのクラスはスーパーカー揃い踏みなクラスだ。俺はココ。

 参加車両の殆どはGT-Rで、カリッカリにいじられたR34なんかもココのクラスだ。

 まずは3位。俺。うーん?

 表彰台の一番低いところに立つと2位1位が呼ばれ、両方共GT-Rの人。四駆はズルいって。はえーもん。

 ささやかなトロフィーと記念品を貰ってから次のクラス。S-2。

 このクラスは86からフェアレディZまで、おおよそ200〜300馬力程度のスポーツカーのクラス。車のバリエーションが一番多く、国内外のスポーツカーが次々と出てくるから見ていて楽しかった。

 このクラスは拓海が参加していたが、ポディウムならず。参加賞のタオルとステッカーを貰って帰ってきた。

 

 

「んあー! あと0.5秒で3位だったんだってよ! クラス7位だったぜ」

「だいぶ速かったように見えたけど、残念だったな」

「リベンジマッチだな。そんときは付き合えよ、プロデューサー」

「武内さんに言え」

 

 続いてS-3クラス。美世や涼、夏樹のアンダー200馬力クラスだ。ロードスターとスイスポが新旧問わず揃い踏みで、そこにアバルト500やヴィッツRSなんかがちらほらといった感じ。参加台数も最多で、1クラスで30台を超えるエントリーがあった。そりゃ朝から夕方までかかるよねぇ。

 表彰台に呼ばれたのは美世。クラス2位に付け、夏樹が7位に。涼も12位で十分速いところだ。

 

 

「流石美世、おめでとう」

「夏樹ちゃんにタイム抜かれたときにはどうしようかと思ったけど、挽回できてよかったぁ……」

「負けてたら次からMC交代だったかもな」

「涼ちゃん!」

 

 楽しそうな3人の写真も撮って、軽クラスを飛ばし、ファミリーカーのクラス。ここは我らが大和軍曹が圧倒的パワーで他をねじ伏せ勝利。総合順位もS-2の中盤に位置する速さを見せつけた。

 面白いことに2位には元走り屋パパのトヨタ シエナ、3位はお好み焼き屋さんの女将がぶっ飛ばすジープ ラングラーと、フルサイズのアメ車が上位独占という結果になり実況と解説をしていたプロドライバーの方々も「予想外ですねぇ」と言葉を無くしていた。

 

 

「やりました! 私の全力、見てくれたでありますか!?」

「すげーじゃねぇか、亜季!」

「あっきーすっごーい!」

 

 ラプターのボンネットをバンバンと叩いてから撫で回す亜季と、その亜季を撫で回す炎陣のメンバーを遠巻きに皆がらMC2人。

 

 

「いやー、青春ですねぇ」

「お前も歳変わらんだろ」

「いやだって、炎陣みたいにいつも一緒にお仕事するユニットないですし。アタシもユニットのお仕事したいなー」

「考えておきます」

「そんな武内プロデューサーみたいなこと言わないでよ!」

 

 エコカークラスの結果発表を終え、その他ブービー賞や、各自のベストタイムの下3桁(小数点以下だ)を使った宝くじなんかもあり、大いに盛り上がったオートテスト。かくいう俺も宝くじで全合成オイル5リットルを当て、ホクホクでイベントを終えると、346プロのブースに戻り、番組も〆よう。

 

 

「1日お疲れさま。楽しかったろ」

「もちろん。普段はアクセル全開、ブレーキ全開みたいな走りはしないから、それだけでもいい経験だったよ」

「やっぱ順位が付くってのがいいんだよな。次こそ負けねぇ! って思ったら車庫入れの練習しなきゃいけねぇわけだし、運転もうまくなるだろ。悪い事ねぇじゃん」

「ふふっ、そうだね。パイロンぴったり寄せるには車の感覚も必要だし、その感覚は狭い道を走ったりするときに使えるよね」

 

 オートテストの良いところは普段の運転に役立つテクニックが必要になるところだと思う。

 サーキットのライン取りなんてそのサーキット以外ではあまり役に立たないが、車庫入れやモノに寄せる感覚っていうのは日常の運転で必ず必要になるテクニックだし、その精度を高めることは安全運転に繋がることだろう。

 オートテストのコースは主催者が決めるから毎回変わるから必要になるのは応用力。そのためには基本的な走る曲がる止まるをしっかりできるようにならないといけない。珍しく拓海がいいこと言ったな。

 

 

「里奈も俺の隣だったけど、どうだ、車買ったら出てみるか」

「プロデューサーの隣はもう勘弁してほしいけど、みんなでやってみたいかも!」

「じゃ、こんど里奈の車選びに行こうか」

「ナイスアイデアでありますな。では事前情報は私が調べておきましょう」

「あっきーみたいな大きい車はむりぽよ〜」

 

 番組収録を終え、ブースの撤収もみんなでさっさと終わらせると女性陣は温泉に寄って帰るそうで、みんなで美世のスマホを覗き込んで作戦会議をしていた。

 

 

「いやー、あの子達見てると若い頃思い出すわ」

「みんなでつるんで走ったり。日比谷さんもそういうのありました?」

「ありましたよもちろん。夜な夜なコンビニで駄弁って走って。警察来たら帰って」

「くーっ、車じゃなければ飲んで帰るかってなんだけどなぁ!」

「仕方ないっすよ。彼女たちに気使わせる前に俺らも撤収しますか」

 

 監督や番組Pなど、いつもの野郎どもは悲しく車に乗り込み一路自宅を目指すのだった。



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ep26

 #1 Idol meets motorcycle 〜和久井留美の場合〜

 

 

 枕元に置いたスマートフォンがアラーム音とヴァイブレーションで頭を揺さぶる。

 画面に指を滑らせてから手に取り、ベッドから抜け出すと、ダイニングへ。キッチンカウンターに置かれたコーヒーメーカーにカブセルを入れると、マグカップを置いてからスイッチを入れた。

 その間にスマートフォンのカレンダーを見て予定を確認すると、コーヒーメーカーが最後の一滴を絞り出した。

 

 

「今日は昼まで……」

 

 都内のカフェで雑誌の取材を受けて帰るだけ。レッスンもなにもない。その雑誌もビジネス誌だから服装も頭を使わず(似合わない可愛いものを身に着けず)に済む。

 頭の中でコーディネートを決めると砂糖も何も入れずに一口。

 それから身支度を済ませると、冷めたコーヒーを流し込んで家を出た。

 ラジオのニュースを聞きながら朝の渋滞に嵌まることなく一般道を行けば、予定の10分前には目的地に着いた。

 

 

「おはようございます」

 

 社長秘書、と言う職歴から、時折受けるこの手の取材。読者層が読者層故に評判はいいらしい。こんな部下がいたらなぁ、と。

 誰かの下で決められた仕事をする、というのは自分に合っていたと思うし、当時の待遇に不満も無かった。それでもふと、違うことがやりたくなった。十分な蓄えはあったし、ふらっと辞職届を出したら引き止められはしたが、最終的には快く送り出してもらった。そして今に至ると。

 

 

「和久井さん、車と一緒にお写真撮らせてもらえませんか」

 

 インタビューが終わると撮影に。カメラマンや、記者さん曰く、ネットを見ていると私のデキる女的なキャラの強化に一役買ってるのがこの車だと言うのだ。

 そんなの、あの番組のファンが騒いでるだけだろうに、と思っても口には出さずに頷いておく。元々考えていたようで、慣れた手付きでナンバーにぴったりのカバーを貼り付けると数枚写真を撮って取材は終わった。

 そのまま出版社の方々と撮影場所のカフェでランチ。その時、ふと顔を上げると、窓の外を一台のバイクが走り去った。

 白に差し色で何色か入ってるように見えたけど、ヘルメットから溢れる亜麻色の髪が靡いてきれいに見えた。

 

 

「いいなぁ」

「どうかしました?」

「いえ、ちょっと気になるものを見つけたので」

 

 そこからまた話が膨らんだりもしたが、帰えると即座にネット検索。バイクはあまり詳しくないからよくわからない。白いバイクだって世の中にはいろいろあるわけだし。

 ここは彼の手を借りるしかなさそう。

 

 

「んー、白いフルカウルねぇ。そんだけじゃなんもわかんねぇぞ」

「差し色が入ってて、黒系の」

「うーん?」

 

 夕食後のテーブルの上で、タブレットをいじる悠がこれかこれかと候補を出してくる。

 カワサキ? こんなにトゲトゲしくなかった。ホンダでもない、スズキ? そもそも青いじゃない。

 動画サイトで海外のバイクを見始めて何本かめでようやくお目当てを見つけられた。

 

 

「これよ、これ。今日見かけてすっごく格好よかったの」

「アグスタねぇ。イタリアのバイクだよ。確かにカッケェな。なんつうか、オシャレだ」

 

 そのままメーカーのサイトを見ると、今年のモデルは色が違っていて、彼いわくバイクは毎年カラーバリエーションを変えることが多いらしい。調べてみると、お目当てのF4と言うバイクも、毎年白と黒というのは変わらず、下半分真っ黒だったり、ヘッドライトの周りが黒かったり、年式によって違うらしい。

 もう一度メーカーのページに戻り、他のカラーも見てみると限定モデルの赤黒や、レースに出てるもののレプリカ。それから、通常モデルの白黒と黒灰、赤銀、白。どうやら、細かいスペック違いもあるらしけれど、よくわからない。とにかく速いというのはわかった。

 その週末、空き時間を作った私はバイク店に向かっていた。ずらりと並んだバイクの中に、お目当てを見つけるとマジマジと眺める。あまりにも熱心に見ていたからか、店員さんから、跨ってみる事を勧められてしまった。

 

 

「足つくかしら……」

「大丈夫だと思いますよ。女性のオーナーさんもいらっしゃいますし」

 

 上半身をタンクに被せるようにすると、足をあまり上げずに済むとのアドバイスに従って跨ってみる。足は…… 着いてる。パンプスだからなんとも言えないけど、つま先は両方。

 店員さんも、これだけついてればあとは靴とかでなんとでもなると言っていたし。これは……

 次のオフ、今度はちゃんとバイクが分かる子を誘って再び同じお店へ。

 

 

「ほほう、MVアグスタですか。渋いですねぇ」

「格好いいなぁ、って思ったらもう欲しくなっちゃって」

「プロデューサーさんには相談したんですか?」

「もちろん。街で見かけたバイク、がわかったのも彼のおかげ」

 

 ほほん、とそっけなく反応するとそれだけで美世ちゃんは視線をバイクに戻すといろんな細かいところを眺めてほーん、とかほぇーとか鳴き声を上げ始めた。

 店員さんの所に行き、一言二言会話をすると、店員さんを引き連れて戻ってきてから店の外に出るように促された。

 

 

「やっぱり一度エンジンかけてみないと。お願いしまーす」

 

 バイクを押しながら出てきた店員さんが、スタンドを立てたバイクにキーを挿してひねればドロロッと音を立ててエンジンが掛かった。

 パイプオルガンのようなエキゾーストは大きな音を立てるし、エンジン周りからはカチカチカンカン音がする。壊れてるの?

 

 

「おー、いい音ですね。まだ暖まってないんで、若干メカノイズ大きい気はしますけど」

「メカノイズって、壊れてたりしないのよね?」

「ええ、車もそうですけど、ヒエヒエの時は意外とこういう音が出てるものですよ。特にイタリア車はヤバ…… 大きめですけど」

 

 一瞬ヤバイっていいかけてなかった?

 美世ちゃんとバイク屋さんの最近のイタ車はそんなに壊れないから。という言葉を信じて成約。

 書類にサインして、頭金をその場で払うとあとは待つだけ。美世ちゃんはそんな、一発サイン…… と友紀ちゃんみたいなことを言っていたけど、普通じゃないの?

 

 

「他のお店とか見なくてよかったんですか? なんなら、中古車も比較的状態良いのが多いですし」

「私はアレが良かったの」

「って、1台しか見てないじゃないですか……」

 

 美世ちゃんを家まで送って帰ると、すぐにバイクを買ったことを報告。すごく気になってたみたいだし。

 

 

「買っちまったか。となると、ウェアとかも揃えないとなぁ」

「昔買ったのがあるし、別にいいでしょ」

「ヘルメットにも使用期限はあるし、ウェアだって流行り廃りがあるんだ。アイドルっぽく気ぃ使えよ」

 

 とおっしゃるプロデューサー()の意のままに、翌日は仕事を早めに切り上げるとウェアの専門店へ。

 なんか、もっと男臭いイメージだったけど、ガラス張りで明るい店内は思ってたよりずっとオシャレ。

 この店舗はレディースウェアでワンフロアあるし、ウェア自体も機能的でありながら、いかにも、なものからシックなものまでいろいろ。黒くて安い革のジャケットは時代遅れにもなるわね。

 いくつかジャケット羽織ってみたり、ヘルメットを被ってみたり、いろいろしている間に店員さんも付いて、フルコーディネートになってしまった。

 バイクに合わせてモノトーンで装備は統一。ヘルメットにはカッティングシートで簡単に装飾を足すことにして、柄物をチョイス。

 さて、道具も揃ったし、あとはバイクを待つだけ。はぁ、この納車を待っている時間は本当に待ち遠しいわ。

 

 

「いや、マジで助かった。ありがとな」

「ありがとう、涼ちゃん」

「いいんだよ。プロデューサーさんにも、留美サンにもお世話になってるし、これくらいお安い御用さ」

 

 数週間後、私と悠で仕事終わりを合わせて一緒にバイク屋さんへ。てっきり彼が送ってくれるものだと思っていたら、涼ちゃんにお願いしていたらしい。

 彼女も一緒にバイク屋へ向かうと店先には白いF4RRと目つきの悪い赤いバイクも隣に並んでいる。

 

 

「イタリアンが並んでるだけでも絶景だな」

「だろ。涼にCBR買ってもらったおかげだよ」

「ねぇ、どういうこと?」

 

 はてさて、旦那は一体何を隠しているのでしょうか。答えは簡単、バイクを買っていました。下取りにアイドルにバイク売りつけて。

 はぁ、妙に機嫌がいいと思ったけど、私もゴキゲンだったせいか、気が付かなかった。道理で今日は背負えるバッグで来たわけだ。

 二人揃って納車の手続きをし、代金を耳揃えて出し、いまさら店員さんに「ご夫婦ですか」と聞かれて短くはい、と答えた彼にどことなく満足感を得たり…… というのはいまはいい。何はともあれ、表に止まっていた赤いのは彼のと言う事だ。はぁ、本当に呆れちゃう。

 

 

「説明は以上になります。なにかご質問などございますか?」

「いえ、特に」

 

 取り扱いの説明を受けると、彼の方をちらりと見て、終わりが近いのを確認すると、持ってきていたヘルメットとグローブをつけた。まだ馴染まない感じはするけど。

 と思っていたら、彼にヘルメットを叩かれた。

 

 

「メット貸して。インカムつけてもらうから」

 

 あとはエンジンかけるだけだったのに。もう。

 その間にどこでガソリン入れるとか、どこでご飯食べるとかを決めると改めて出発。

 彼を先頭に最初の関門、歩道の段差。難なくクリア。それからしばらく走ってスタンドで給油。それからファミレスに入ると涼ちゃんも交えて夕飯に。

 

 

「後ろから見てて羨ましくなったよ。また夏樹とか誘ってツーリング行こうかな」

「人間の慣らしも兼ねて行ってきたらいいんじゃね?」

「悠のバイクなんてどこが壊れてるかわからないし、気をつけたほうがいいわ」

「プロデューサーには厳しいんだな」

 

 今の彼はプロデューサーじゃなくてただの子供だし。でも、またこうして遊べるおもちゃが増えたんだからそれと同じくらい、仕事してもらわないとね。

 

 

「んあー! 難しい! 悠、やって!」

「だから言っただろ、左右対称に貼るの難しいってさ」




たまにはバイクの話
るーみんはSS似合うと思うの。

Pはイタリアの赤いやつ。おわかりですね?


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ep27

 #1

 

 以前、美城プロの社用車事情に触れたことがあったと思う。アクアと、プリウスα、それから重役用のアウディだが、今回、増車が決まったのだ。

 それもこれも、アイドル部門の好調と、ほか部門の仕事増加もあって、社用車がすべて出払うことが増えたことで、一部の社員が自家用車を使っていたためだ。

 ガソリン代も規則に則って出るには出るが、その基準は1キロ当たり10円。割と燃費を出さないと損をする。そして、ご存知の通りアイドル部門のプロデューサーや事務員の車は総じて10km/Lを下回る地球環境の天敵ばかり。

 つまり、社員である我々が普段から損をしているのだ。そこで、俺が武内さんとちひろさんとともに常務に社用車買ってくれ、アイドル部門のやつ。3列シートで6人乗り、それから燃費と長距離楽で……と大量の条件をつけて企画書を提出したのが半年前。

 死んでもミニバンには乗りたくないという謎の意地を発揮し、海外のドマイナーなMPV(マルチパーパスビークル)をメインに、4車種を総務と財務、重役達の前でプレゼンしたのが功を奏したかどうかはさておき、晴れてアイドル部門に社用車がやってきた。

 

 

「それも車種分けるかぁ……」

「確かに我々も迷ってはいましたが……」

「どっちも楽しめてお得、って考えましょう」

 

 社用車駐車場で我々を待っていたのは最新型の3列シートを持つ車たち。

 ディーゼルエンジンで燃費も動力性能も文句なく、大柄なボディで3列目も30分くらいなら耐えられそう。小学生組なら長距離も行けなくはないだろう。

 

 

「武内さん、どっちがいいですか?」

「そうですね…… 日比谷さんはどちらにしますか」

「CX-8がいいですね。ボディも大きいので」

「わかりました、私が5008を」

「あのー、お二人とも、『これ僕の!』って言うのは結構ですけど、社用車ですし、お好きなときに好きな方を乗ればいいんじゃないですか?」

 

 でもまぁ、これ僕の! したいんですよ、男って。

 あとは、346プロのマーク、5008にはシンデレラプロジェクトのロゴを、CX-8にはプロジェクトクローネのロゴを入れて完成。

 もちろん、安っぽくならないようにリアゲートと左右フェンダーに小さいものにした。カッティングシートで作ったお手製のものだ。それから、総務から指定された管理番号をボンネットのフチに貼って完成。

 

 

「それで、こっちのもそうみたいですけど、どうしますか?」

「こっちの?」

「はい。総務からの書類だと車は3台になってます。そこのシトロエンも」

 

 そしてちひろさんの指に視線を操られる男二人。

 視線の先には白に赤の差し色の入ったダブルシェブロン。ボディサイドのエアバンプがデザインのポイントだ。

 

 

「C3ですね。ではこの車は……」

「ちひろさんのっすね」

「私ですか?」

 

 そして予備にと持ってきていたステッカーをちひろさんに手渡して、マスキングテープで位置決め。左右でできる限りズレの無いように貼るのがかっこよく見せるコツだ。

 とはいえ実際に貼るのはちひろさん。震える手でステッカーを貼り付けている間に俺と武内さんも反対側や後ろを。それから家探しを軽くしてからキーを持って事務所に戻った。

 

 

「これは常務にお礼を言わないといけませんね」

「そうですね。まさかオマケもついてくるとは思いませんでしたよ」

「さっきモデル部門のお友達に聞いたんですけど、あっちにもシトロエンが3台入ったみたいですよ。それからアクター部門に5008、総務にCX-8って割り振りみたいですね」

「なるほど。寄せ集めがウチ、と」

 

 まぁ、そのおかげでいい車に乗れるんだから役得と思っておこう。

 武内さんは早速5008でアイドルを迎えに行き、俺もそろそろ出版社に美世の連載について打ち合わせに行かないとならない。出版社と言っても、自動車雑誌(やバイク雑誌)専門みたいなところだから、普段から社用車が空いてても話のネタに自分の車で行ったものだが、今日は自慢も兼ねてCX-8で行くことにしよう。

 社用車駐車場で目当ての車を探してキーを開け、少し高さを感じるシートに腰を落ち着かせる。

 中間グレードのXD プロアクティブにはクロス地のシートが奢られるが、変に滑ることもなく、チルトとテレスコのついたハンドルも合わせてシートポジションを得るのは非常に楽だ。

 美世のロドスタもそうだけど、最近のマツダってシートに座って足を伸ばすとその先にペダルがあるんだよな。腕の先にハンドルがあるのもそう。特に意識せずともハンドルとペダルには触っているが、その意識せずとも、が無意識な疲れを生むこともあるからこの『意識せずとも』はとても大事なポイントだと思う。

 

 

「ほほう……」

 

 俺自身、ディーゼルエンジンはガラガラうるさい、みたいな先入観はだいぶ前にBMWによって消し去られたが、値段で言えば2倍近い車と同等の静粛性。これは驚きだ。

 さすがに冷間始動のアイドリングではディーゼルらしいバイブレーションを感じるが、それでも"ふつう"の範疇。意識しないとわからないと思う。

 そしてギアをドライブに入れて少しアクセルを踏み込むと、大きなボディはのっそりと動き出す。

 都市部のストップアンドゴーではこれと言った特徴はないが、とにかく大きなボディとたっぷりとしたトルクで悠々と走る感覚が強い。かと言って車線変更や止まっている車を避けるときの動作が鈍いかといえばそんなこともなく。シャープでは無いが思ったとおりに動く感じ。なんかあやふやだな。けれど、当然の動作を当然のようにできる。

 普段乗ってるA4は、これより100kgほど軽いからもちろんクイックに動く。あれを10のクイックさだとすると、マクラーレンは35とか。そしてCX-8は8とか9くらい。車重や車格を感じさせるタメ感を作りつつ、動作はトロくない感じ、と言えば伝わるだろうか?

 

 

「こんにちは」

「やぁ、日比谷さん。今日は珍しいクルマですね」

「やはりお気づきでしたか」

 

 そして出版社にくればもちろん会話の始まりはクルマ話から。まぁ、普通の話もするけど。

 そのままエントランスで話し込むこと数分。会議室に場所を移して遅刻の連絡をくれた美世を待ちつつまたクルマ話。もちろん話題はCX-8だ。

 

 

「ほう、社用車で。羨ましいですねえ」

「お陰様で業績も上がってまして、社用車が足りなくなったんですよ。あとはアイドル初め、ブランドイメージを良くしたいって思惑もあるんですがね」

「確かに、売れっ子アイドルやイケメン俳優がアクアだとなんとなく貧乏くさい感じはしますね」

 

 それから、お互い乗った感想を言い合ったり、プロボックスがどうのこうのと社用車トークに花を咲かせていると渋滞にハマって遅れてきた美世がやってきた。

 これから1年間、雑誌で美世が1ベージのコラムを連載することになったのだ。それも、月刊で割といい値段の部類の雑誌。ホチキス留めの400円くらいで売ってる週刊誌の方がキャラクターに合ってるのでは、とも思ったが編集長(いま俺がくっちゃべってるオジサマだ)曰く、

『今を輝く若い女性が好き勝手に使ってくれるページでいい』とのこと。

 なので話題は車に限らず、ファッション、ロケ先での出来事からイベントの宣伝まで、なんにでも使ってくれというのが先方の要望だった。まぁ、A4を1ページ使えるんだから、いろいろなトピックスを盛り込めるだろう。

 そして最終確認とも言える今日は、実際に第一回の下書きとページレイアウトなどの確認などを経て数時間で終了。

 すっかり日も傾いてきた。

 

 

「表のCX-8なんなんですか? 事務所のステッカー貼ってありましたけど」

「社用車。アイドル部門にはアレと5008、C3だな。他の部署にそれぞれ数台ずつ入ってるぞ」

「ひえー、改めてウチの事務所ってお金あるんですねぇ……」

 

 

 #2

 

 

 なるほど。

 新しくやってきたプジョーに乗って思ったことは、非常によくできた車であることでした。

 同じSUVの3008と基本的なコンポーネントを共用し、ボディサイズを大きくした車を出す手法は最近よくある事ですし、悪いこととも思いません。

 しかし、時折大きくなったボディに困ることがあることもあるでしょう。キビキビ感は薄れ、代わりにゆったりとした乗り心地になる訳ですが、それをどう受け取るか。少なくとも、私個人は好意的に受け取っています。

 最近流行りのディーゼルエンジンですが、2Lという排気流からは想像できないパワー感があります。踏み込んで一瞬線が細い感じもありますが、タイヤが転がり始めると大柄なボディを力強く押し出します。スポーツカーのような蹴り出される感じではなく、大きな手で背中を押されるようなトルク感には感心しきりです。

 

 

「お疲れ様です。前川さん、多田さん」

「いつもありがとにゃん、Pチャン」

「収録を見届けられず、申し訳ありません。問題ありませんでしたか?」

「もちろん! 今日もばっちりだったよ」

 

 ラジオ局にアスタリスクのお二人を迎えにあがると、やはりと言うべきか、車が違うことにすぐ気づいたようでした。

 

 

「いつものプリウスじゃないにゃ!」

「おっきい車じゃん、カッコいいし」

「アイドル部門の専用車です。日比谷さんがもう一台を乗っていますね」

 

 まだキーの扱いに慣れませんが、リアのドアを開けて促し、2人が乗ったのを確認するとドアを閉めます。このドアを閉めるときの重さであるとか、締めたときの音は車選びのファクターの一つではないでしょうか?

 バン、と安っぽい音が響くよりも、ボスン、と低い音が一瞬で収まるほうがいい車だと思えるはずです。

 

 

「レザーシートじゃん。ロックだよね」

「李衣菜ちゃんのロックが未だによくわからないにゃ」

「レザーはロックなアイテムだよ。ほら、レザージャケットとか、レザーパンツとかさ」

「確かに、言われてみるとそうかも……」

 

 珍しく前川さんが絆されてますね。レザーシートがロックかどうかは置いておくとして、地下駐車場のスロープも力強く登り、町中も特に不自由なく走ってくれます。先程にも言った通り、一瞬の線の細さはありますが、気になるほどではありません。ここはモーターの力が一瞬で立ち上がるプリウスの方が得意とするところでしょうから、比べるのは酷と言うものです。

 

 

「プリウスと比べて乗り心地などはどうですか」

「視点が高い感じかなー。天井も高いし、結構好きだよ」

「足元も広いし、荷物を置いても余裕にゃん」

「そうですか、良かったです」

 

 そのまま事務所に戻ると今度は湾岸部のテレビ局へ。桐生さんと和久井さんをお迎えに行きます。

 高速道路の本線合流は大きなトルクを遺憾なく発揮する場面でしょう。車の数も多くないので一度底まで踏み込んで見ると、内臓を押しつぶされそうなトルク感で大柄なボディをあっという間に100km/hまで加速させます。

 首都高に多い路面の継ぎ目(所謂、目地段差)を踏んだ際の足捌きも文句なく、角を取った衝撃はあるものの、上屋の動きはピタリと収まる良い足です。直進安定性も文句なく、ハンドルに軽く手を添え、クルーズコントロールを使えば快適なドライブになりそうです。レインボーブリッジの上では横風にあおられてハンドルを取られることもなく、どっしりと構えていられます。

 

 

「あら、武内さん買い替えですか?」

「いえ、社用車です。日比谷さんと総務に訴えていたことが通りまして」

「それでプジョーねぇ。ブランドイメージとかそういう視点で見てんだろうな」

「お見通しですか。我々もその点をポイントの一つとして上げました。経済性や居住性などの付加価値として、ですね」

 

 リアシートに案内すると、比較的長身のお二人でもヘッドクリアランスは十分に確保されているようです。後で私も座ってみましょうか。あの様子を見ると私や諸星さんも窮屈な思いをせずに済みそうですし。

 

 

「ディーゼルね。確かに経済的だわ」

「おわかりですか? 結構静かな車だと思うのですが」

「アタシにはよくわかんないけど。そんなに違うん?」

「なんだろ、アイドリングの感じとか、わずかに聞こえるガラガラしたノイズとか。気にしないとわからないと思うけど」

 

 それから再び高速道路へ。夕方のこの時間は流石に混みますね。ほぼ流れない渋滞には辟易してしまいます。最近は渋滞でも前の車についていくような支援システムもあるようですが、あいにくこの車には未装備。それでも、ACCがあるので流れていればだいぶ楽です。

 後席の2人はゆったりと過ごせているようですが、高速を降りれば事務所はもうすぐ。若干狭く感じる駐車場ですが、見切りは良好ですし、カメラもあるので車庫入れはやりやすいと思います。

 

 

「おつかれ様でした。おや、珍しいですね」

「つかさちゃんも年相応に可愛いトコあるのよね」

 

 イヤホンを耳につけたままお休みの桐生さん。

 こうしたアイドルの一面が見られるのも、プロデューサーの特権だと思います。



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ep28

短編集


 ss1

 

「渋谷さんはトライアドプリムスとニュージェネレーションズの活動と、並行していらっしゃいますが、方向性が大きく違って戸惑ったりしたことなどはありましたか?」

「それはもちろんありました。なんというか、トライアドはひたすらに至高の存在でなければならない、ニュージェネは最高の存在でなければならない。そんな感じかな」

 

 木曜日の夕方、雑誌のインタビューが入っているために都心部のスタジオへ。今日はトライアドプリムスの3人が久しぶりに紙媒体へ出るとあって、個人的には期待半分、不安半分と言ったところ。

 トライアドの3人は基本的に個性が薄い。パフォーマンスのクォリティで言えばプロダクショントップと言っても過言じゃないと思っているが、それを見せられないメディアには弱い一面もある。

 

 

「ニュージェネの3人でレッスンしてるの時々見るけど、なんて言うか、雰囲気が暖かいよね」

「あたしらが冷たいみたいに言うなよ……」

「でも、基本的に合わせて、改善点洗い出して、修正して、の繰り返しだから、ドライっちゃドライじゃん? ニュージェネみたいにワイワイやってるのはちょっと見てて羨ましいかな」

「そう? 卯月と未央の2人と居ると確かに騒がしかったりするし、それでレッスン止まったりする事もあるけど、加蓮と奈緒と居るときはまた別の安心感はあると思ってるよ」

「安心感ねぇ」

 

 夏に控えたサマーフェスに向け、俺の管轄ではクローネからは看板ユニットのトライアドはもちろん、いろんな組合せも考えているから、3人には忙しくしてもらうつもりだ。

 それ以外にも、シンデレラプロジェクトメンバーとのユニットもあるし、1人あたりの持ち曲は3から5と言ったところか。346プロの看板でもあるぶん、その負担は大きい。

 

 

「それに、卯月と未央に大見得を切った手前、立ち止まれない。クローネで冠を戴くのは私なんだから」

「おっ、言うねぇ」

「ユニットっての忘れんなよ? あたしだって置いてかれる気はないからな」

「ここで『みんなで1番』って発想にならないあたりが、私達らしいよね」

「1番になれるのは一人だけ、だから、1番」

 

 

 ss2

 

 

「本日はシンデレラエアライン346便 ウィーン行をご利用くださいまして、ありがとうございます。この便の機長は日比谷、私は客室を担当いたします相馬でございます。まもなく離陸いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。ウィーンへのフライトはおおよそ12時間を予定しております。ご用の際にはお近くの乗務員に声をおかけください。Good morning ladies and gentlemen. Welcom aboard...」

 

 おお〜、と客席から歓声が上がる。

 飛行機でお馴染みのアナウンスではあるが、目の前で見知った人がやっているのはなんか、こう、すごい。我ながら悲しい語彙力だが、今日は大人の社会科見学と称して夏美、清良さん、瑞樹さん、早苗さんの4人の転職アイドル(言い方は悪いが)に、前職を紹介してもらおうという触れ込みのバラエティ。けれど、大人の、と枕詞がつくから、少しばかり踏み込んだ(見栄えのしない)ところにも突っ込んでいる。例えば

 

 

「午前10時頃、東京都内の交差点で信号待ちをしていた乗用車に居眠り運転のトラックが追突し、乗っていた家族3人が重軽傷を負いました。また、トラックの運転手も軽症で病院に運ばれており、警察は運転手の回復を待って事情を聞く方針です」

「清良ちゃん上手いわ〜! 滑舌もいいし、変な癖もないから向いてるわよ」

 

 なぜか真顔で事故のニュースを伝えたり。

 

 

「早苗さ〜ん、お仕事ないんですか?」

「ないわ〜」

 

 警察署の窓口に座っていたり。

 もちろん、世間一般のイメージするお仕事も冒頭にあったように体験させていただいた訳だが、2/3は後にあるような実務に近い暇な場面。あえて言うなら看護師のお仕事で、昼間の巡回ではアイドルの面目躍如か、喜ばれていたようだが、清良さん曰く、普段はなんでもないリアクションがあるだけのようだ。

 

 

「えーっと、プロダクションに帰ってきましたけど、終わりですか?」

「最後に、プロダクションのお仕事を体験してみよう、って事なんですけど、どういうことでしょう?」

「お手紙どうも。説明するわ。これから私達には番組を撮ってもらいます。監督、ディレクター、カメラが2人。機材係が一人だそうよ」

「普段撮られる側の私達が、一本撮りなさいってことね。それで、どんな番組なの?」

「それが……」

 

 

 ss3

 

 

「アイドルウォッチ365、今夜も始まりました。わたくし秋野空が、アイドルに関わる様々な方をお呼びしてお話を伺いながら、『アイドルになりたい! アイドルを追いかけたい! もっとアイドルを盛り上げたい!』そんなみなさんの気持ちに答える30分。スタートです」

 

 都内のラジオ局、時刻は夜の11時。ブースに入っているのはいまをときめくアイドルの一人、『アイドル追っかけ系アイドル』の秋野空さんと、俺。

 そう、今回の仕事は担当ではなく、俺に向けられた仕事なのだ。もともと、制作側の人間を呼んだりフリーランス色の強い番組だとは思っていたが、まさかプロデューサー、それもパーソナリティーとは別のプロダクションの俺に話が来るとは思わなかった。

 

 

「アイドルウォッチ365、改めまして秋野空です。今夜も、アイドルのバックグラウンドで働く方をお呼びしています。一部の界隈ではもうすっかり有名人ですが、どうぞ!」

「美城プロダクション、アイドル部門 プロデューサーの日比谷悠です。こんばんは」

「自己紹介で噛まないゲストさんは久しぶりですねぇ。というわけで、今日はアイドルを最も近くでサポートするプロデューサーさんにお越しいただきました。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、ラジオ局に来ることはあっても、ブースに入るのは初めてなのでお手柔らかにお願いします」

 

 おう、これに備えてボイスレッスン受けてきたからな。とは言えず、ナチュラルに返す。

 もうすっかりカメラを向けられることには慣れたとはいえ、ラジオは初めての経験だ。それも生放送。いやぁ、今まで出てきたゲストさんは本当に勇気があるなぁとこっちに来て思った。

 

 

「それでは、早速なんですが、まず、アイドルのプロデューサーって一体どんな仕事をされているんですか?」

「簡単に言ってしまえば、アイドルの仕事を取ってきたり、スケジュール管理が主な仕事ですけど、現場に付いていったり企画を作ったりもありますね」

「なるほど、予想通りというか、イメージ通りなんですが、日比谷さんは何人くらいをマネジメントされているんでしょうか?」

「えー、クローネが10人…… あーっと…… あれが…… 大体60人弱ですかね」

「だいぶ数えるのに手間取ってましたけど、そんなにたくさん…… 実際大変でしょう?」

「スケジュール管理はアプリを使っているので楽ですし、私の担当は成人済みの方ばかりなので現場のアテンドも多くはありませんからそこまでではないですね。おかげで番組もやらせていただいてますし」

「そうなんですか? でも、たしかに未成年の子は法律とかいろいろあるので時間の成約もありますしアテンドも必要でしょうからねぇ」

「上司のプロデューサーは大変そうですね。シンデレラは未成年の子ばかりなので。アテンドも増えますし」

 

 

 その他にも、プロデューサーになったきっかけや、裏話も混ぜながら話は進み、20分も話せば番組も終わり際。〆トークに入ってくる。

 秋野さんの話の上手さもあってか、自分は時計を気にしなかった(する余裕もなかった)が、流石プロと言うべきか、俺はうまいこと彼女に乗せられていたようだ。

 

 

「さて、そろそろ終わりのお時間ですし、恒例ですが、最後に日比谷プロデューサーが思う、プロデューサーとは、なんでしょう?」

「そうですね…… アイドルの一番のファンであり、一番の味方であることですかね。月並みですが」

 

 



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ep29

#1 Idol meets car 〜高橋礼子の場合〜

 

「こんなところで会うとは、礼子さんの人脈は計り知れませんね」

「そういう日比谷君も、芸能事務所の車好きなプロデューサーってだけじゃ入れないと思っていたけど……?」

 東京は夜の7時。とあるホテルの大広間で開かれたパーティーで礼子さんとばったり会ったのは本当にただの偶然だ。

 そもそも、このパーティーは自動車業界の偉い人や、ジャーナリストなどが一堂に会する催し。もちろん、それなりの地位名声が無いと簡単には入れない。俺はと言えば、今までの頑張りが認められたのか、美世共々「若い世代へ自動車の文化、ライフスタイルを提案し自動車業界の隆盛に寄与した」というなんともありがたいお題目で以てご招待頂いた身だ。

 

 

「へぇ、美世ちゃんも貴方も、すごいじゃない」

「まさか常務の思いつきがここまで来るとは思いませんでしたよ。そういう礼子さんは?」

「ふふっ、パーティーの華が欲しいんですって。そんな顔しなくてもちゃんと趣旨はわかってるわよ」

「ご歓談中のところ失礼します、まもなく会を始めさせて頂きたいと思います――」

 

 おっと、会話は中断。最近変わった業界の偉い人の挨拶を聞き、また違う偉い人の挨拶を聞き、そろそろ眠くなってきたあたりでパーティードレスで着飾った美世が壇上に上がった。

 

 

「えー、こんばんは。美城プロダクション所属、原田美世と申します。こういう挨拶は慣れていなくて……」

「あらあら、大層な役じゃない」

「美世に前で喋って欲しい、って先方の熱い要望があってな」

 

 3分くらい喋ってくれ、もっと長くてもいいぞ、と言うリクエストに合わせて内容は練りに練った。お世話になっている出版社の編集さんにも協力をおねがいして、『いつもお世話になっております、ありがとうございます』と言った内容を寄り道しまくって話すことにした。

 下手に踏み込んだ話題は難しいからね。

 

 

「最後に、このような場にご招待頂いた皆様、挨拶の内容を一緒に考えてくださった編集部坂木さん、時々私の役目を奪うプロデューサーさん、そして応援してくださるファンの皆様に感謝をもって挨拶に代えさせていただきます。ありがとうございました!」

 

 いやぁ、よくぞまぁ長々と喋ったもんだ。最後の一部に訂正を加えさせていただきたいが、わりかしウケもいいから我慢しよう。

 礼子さんにクスクスと笑われるのは少しバツが悪いと言うか、年上のお姉さんにからかわれているよう(事実ではある)な気分で小恥ずかしいが、態とらしく咳をしてジャケットの襟を正した。

 

 

「言われちゃったわね」

「ま、たまにはいいでしょう」

「プロデューサーさん、どうでしたか? あっ、礼子さん、おはようございます」

「立派だったわ。少し緊張が見え隠れしてるのも可愛いかったし」

「そんなっ! 恥ずかしいですっ」

 

 着慣れないドレスも相まって、いつもの自信はどこへやら。こう見ると美世のまだ子どもっぽいところが見え隠れしている。ファンもこういう雰囲気を推しているのだろうか?

 フィンガーフードやノンアルコールのシャンパンなんてものをつまみながらあちこちに挨拶に周り、コネもできたところでパーティーは閉会。

 ロビーで美世の着替えを待っていると黒いドレスの礼子さん。エスコート役とはお別れしたようだ。

 

 

「待ちぼうけ?」

「そんなとこです。結局着替えるなら自分の車でもよかったろうに」

「女の子には色々あるのよ。特に、好きなものの前ではよく見せたいもの。男だってそうでしょう?」

「わからなくはないですけど」

 

 エレベーターから出てきた美世はいつもより断然服に気を使ったのがわかるフォーマルなコーディネート。とはいえ、足元はドライビングシューズなのが美世らしい。

 礼子さんは受付で預けていた荷物を受け取ってから再び合流。

 

 

「礼子さんはこのままお帰りですか?」

「ええ、流石にはしごはできないわ」

「ですよねぇ。送っていく、とは言えなくて申し訳ないです」

「いいのよ、今日は自分の車だから」

 

 長蛇の列ができている車寄せを横目に、預けていた荷物を開ける礼子さん。入っていたのはフラットな靴。流石にすんごい高いヒールじゃ車乗れないわな。

 番号札を忙しそうな駐車係に渡して、他の参加者の車を眺める。なんとなくドイツ車率高いかなー、と思っていると声をかけられた。

 

 

「日比谷さん、お帰りですか」

「はい。でもまぁ、この混みようなので車を眺めていようかと」

「ははっ、それもまた楽しみですからね。先程、会長の車が回ってきてましたが、見ましたか? ワンオフのコンセプトカーですよ、流石ですねぇ」

 

 声をかけてきたのは時沢先生。大御所ジャーナリストで、美世と俺の車の先生だ。お世話になってる編集長の紹介で、記事の書き方や車の乗り方、歴史や作法も教えてもらった。ちなみに、ちゃんと動画になってるから会員登録して見てほしい。

 御年72歳の先生は未だに自分でハンドルを握り、淀みない言葉でレビューを紡ぐ。そんな先生はVWのポロにお乗りだ。なんでも、身の丈にあった車が一番良い、とのこと。耳が痛い。

 

 

「おやおや、アストンマーティンですか。良い車ですね」

「新型ヴァンテージだ。カッコいいですねぇ」

「その後ろのマクラーレンは日比谷さんのでしたか。英国車は流麗で美しい。引き留めてしまって申し訳ないですね」

「いえいえ、先生とのお話は楽しいですから。またお願いします」

 

 美世も美世で女性ジャーナリストとお喋りに興じていたし、車も来たから呼び時だろう。

 

 

「美世、帰るぞ」

「はい! 谷岡さん、またご飯行きましょうね」

 

 車寄せに並ぶ英国車2台に多くの視線を集めながら、前のヴァンテージに礼子さんが乗り込むのを驚き半分で見届けると、こっちもディへドラルドアを開けて身体を滑り込ませると後を追う。

 

 

「礼子さんヴァンテージ乗ってたんだな」

「あれはレンタカーですよ。前にパーティーに乗り付けるいい車ないか、って相談されて」

「でも『わ』ナンバーじゃねぇよ。そもそも新型貸せるような会社あるか? 広報車でもないし」

「あー、確かに。あたしも『アストンマーティンなんていいんじゃないですか』としか」

「「追っかけるか(ましょう)」

 




居酒屋しんでれらで礼子さんがヴァンテージ(orDB11)乗ってたので書いた
オチはない


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ep30

 Miyo's Note

 

 §私とプロデューサー

 

アイドルである私には、マネージメント、プロデュース等の事務作業の一切を引き受けてくれるプロデューサーがついています。

 私と彼との出会いは今思えばとんでもない偶然で、街角でスカウトされたわけでもなく、オーディションに申し込んだ訳でもない。道端で車を止めていた彼をどういう訳か送っていったのがきっかけでした。

 今思えば女の子が見知らぬ男を拾ってライブ会場まで送るなんて信じられない事ではあるけれど、彼も彼で慌てていたらしく、藁にもすがる思いで私のロードスター(当時はNAに乗っていた)の隣に滑り込んだのを覚えています。

 さり際に思い出したように「お礼は必ず」と言いながら名刺を渡してきた彼をライブが終わるまで待ち、再び彼を乗せ、コンビニでパンストを買うと放置されていたの社用車のもとまで。

 ボロ雑巾のようになったファンベルトを、パンストで代用する彼を見ながら「あ、この人車好きだ」と思ったと同時に、仲良くなれそうだな、とも思ったことをふと思い出します。

 それから数日して、もらった名刺の番号に掛けるとお礼にと贈られてきたのはロードスターの1/18スケールモデルと、「美城プロダクション アイドルマネジメント要項」と書かれた分厚いパンフレットでした。

 

 

 §美世のDriveWeek

 

 それからアイドルとしての仕事を始めた訳ではあるが、基礎作りと地方営業、先輩アイドルのバーター(先輩とのセット売り)などで地道に活動してある程度ファンがついてくれた頃だ。私をここまで押し上げてくれるあの企画が動き出したのは。

 346プロのストリーミング配信サービスのタイトルの一つとして企画された、『美世のDrive Week』だ。初めて話を聞いたときは驚いた。なにせ、美城常務から直接降りてきた企画で、本人から話をもらった私自身も最初の数秒はフリーズしてしまったから。

 それからと言うもの、私の人気もうなぎのぼり(主に車好きの層から)で、自動車関連の仕事が一気に増え、こうして雑誌に連載を持たせて頂いたり、レーシングチームでレースクイーンをさせていただいたり、さらには海外でグリッドに立たせていただくことさえあった。感謝しかありません。

 それらが実を結んだのが、先日の自工会のパーティーだったのかと思う。私が会長から自動車文化の振興に寄与したとして感謝状を頂きました。非常にありがたいことでもあり、同時にプロデューサー始め、今まで私を支えてくださったスタッフ、ファンの皆さんのおかげでもあります。ありがとうございます。

 

 

 §ロードスターとマクラーレン

 

 そのパーティーにはプロデューサーのマクラーレン570sスパイダーに同乗して行ったわけですが、斜め上に開くディへドラルドア、太いサイドシル、低いルーフラインにミッドに積まれたエンジン。スーパーカーの要素を詰め込んだブリティッシュスポーツは、一般道を普通に走る分にはそのへんの高級車より上質な乗り心地でした。

 ボディが強固なだけに、サスペンションからの入力をしっかり受け止め、いなすような感覚。ギシギシ感とか、揺すられるようなところも無く、市街地クルージングならスポーツエキゾーストもうるさくありません。

 乗り降りには若干苦労しますが、慣れれば女性も乗せられるでしょうね。デートにも使えそうです。この日も私のドレスと靴、その他色々をフロントノーズのトランクに収めていましたし、スパイダーなら後ろにも若干の荷物スペースがあります。屋根は開けられなくなりますが。

 さて、章のタイトルにロードスターを入れたのは先日の収録で私のロードスターを乗ったときに、なんとなくマクラーレンとの類似点を見つけたからです。

 タイヤが4つ付いてるとか、そんなことじゃないですよ? 視点の低さや、ハンドルを切ってからの車の動き、この辺がとても似通っているように思ったのです。確かに、動き出しの一瞬はロードスターのほうがモタツク感じはあります。が、それも一瞬、よほど神経集中して乗らないと感じられないほどの差です。クイックなステアリングに、低い視点も相まってスポーツカー感覚はとても高い車なのに変わりはありません。

 サイドシルはロードスターの方が細いので乗り降りはしやすく、トランクも広大(あくまでマクラーレン比)。価格はマクラーレンの1/10です。

 イギリスのライトウェイトスポーツを目標にしたというロードスター、確かに英国車の息吹を感じさせるポイントがあった、というのはこじつけでしょうか?



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ep31

 #1 Idol meets car 〜片桐早苗の場合〜

 

 

 信号待ちで車を停める。ぷるぷるするハンドルに、イマイチ効きの悪いエアコン。ふと反対車線の車を見れば、いかついLEDのヘッドライトに、4つの輪っかが繋がったエンブレムが見える。

 地方から出てくるときに車も持ってきたは良いが、都心部を走っているとどうしても肩身が狭い。タクシーには煽られるし、大きな外車は平然と割り込んでくる。流石に慣れてきたが、ちょっと不満であることに変わりはない。

 

 

「なんかおしゃれな車ない? おっきくて煽られないの」

「はぁ……」

 

 昼休みの事務所。正直アイドルであるあたし達に「昼休み」と決まった時間があるわけではないけど、トレーナーさんはじめ、事務の方含めたプロダクションの社員は1時間のお昼休みの時間。

 買ってきたコンビニ弁当をつついていると眼の前の早苗さんがそう声を上げた。

 

 

「亜季ちゃんの乗ってるフォードなんていいんじゃないですか?」

「あー、あれは流石にデカすぎというか…… それにオシャレってか、かっこいい?」

「そもそも、どうしてそんなことを? 前に奈々さんと一緒に車見てたじゃないですか」

 

 そして返ってきたのは軽じゃ煽られる、いい加減古くなってきた、大人っぽい車に乗りたい。そういったもの。

 大人っぽい車と言われても、色々ありますし、なんともおすすめしがたいものです。

 

 

「ゴルフとかどうだったんですか? いい車だと思いますけど」

「なーんか違うのよね。優等生っぽすぎるというか、もっと遊び心がほしいわ」

「ほぉ、ベンツのAクラス。新しくなりましたけど」

「CM見たわ、でもこの前出たばっかりでしょ?」

 

 あーでもないこーでもないと唸りつつ、346ドライバーズクラブ(常務や部長もいる)のLINEにも質問を投げると、数分と経たずに返信が数件。

 特に外車マイスターの常務と楓さんはすぐさま反応。予算はどれくらいだ、サイズはどんなもんだと聞いてくる。

 

 

「うーん、特に決めてないけど、クラウンより大きいのは嫌ねぇ……」

「となるとCからDセグメントくらいですか。3シリーズとかどうなんです?」

「んー、お硬いっていうか、頭良さそうよね。あたしのキャラじゃないっていうか……」

「頭悪そうな車がいいんですか?」

「そういう意味じゃないわよ? んー、もっとこう、アダルティな雰囲気が欲しいのよ」

 

 そうこう言ううちにLINEの会話は流れ、日比谷プロデューサーも参戦。あたしが早苗さんの要望を流していくと勝手にヒートアップしていきます。

 やれAMGだの、やれキャデラックだの、好き勝手言い放題です。その中で、ふと常務のコメントと、プロデューサーさんが投げた画像が被りました。

 

 

「ジャガーはどうだ? と」

「ジャガー?」

 

 そしてプロデューサーさんが送ってきた画像を見せると、どうやら好感触。すぐさま調べ始めた。

 346プロでイギリス車担当は礼子さん。流石に常務は暇じゃないだろうし(それに簡単に呼びづらいし、来てもらっても気まずい……)、プロデューサーさんはマルチすぎ&暇がない。というわけでまずは礼子さんにコンタクト。

 

 

「そうねぇ…… 早苗が望むなら、SUVとか大柄な車もいいんじゃない?」

「なるほど。礼子さんの車もおっきいスポーツカーよね。ああいう車ってやっぱり……?」

「そうね、パーティーなんかでも『高橋礼子はあんな車乗ってるんだ』って目で見られるわね」

 

 目を輝かせる早苗さんを横目に、プロデューサーさんが提案してきたE-Paceについて検索。うーん、あたしの好みで言えば、目つきがなんか嫌だからナシ…… どっちかといえば、F-Paceの方がスッキリしたイケメンで好きなんだけど。

 E-Paceはサイズ的にはCセグメントといったところ。幅は1.9mとエグいサイズだけど…… 対するF-PaceはDセグメント。サイズ的にはポルシェのSUV2車種の中間。マカンもいいな……

 

 

「ふぅん…… そういう見栄も大事よね。そう思うとこのE-Paceはちょっと物足りないのかも…… 本物見たいわね。美世ちゃん!」

「ハヒぃっ!?」

「今度のオフ、車屋さんに連れてって頂戴!」

 

 

 というわけでやってまいりました、ジャガーランドローバージャパンディーラー。半分はジャガー、半分はランドローバーになっていて、置いてあったのはXJとFタイプコンバーチブル。試乗車にはE-Paceもあると調べてからやってきたが、ワンクラス上のF-Paceやランドローバーのヴェラールも用意してある。

 しかし早苗さんは脇目を振らずにE-Paceのカタログを眺めてコーヒーを飲むと、さっさと試乗に飛び出した。あたしはこっそり反対派なので店内のFタイプをベタベタ触りつつ、早苗さんの帰りを待つことに。

 とはいえ、プレミアムブランドになるほど試乗時間が長くなるのは世の常、ついには買いもしないFタイプのカタログを眺めてさらには見積もりも貰った頃に早苗さんが帰ってきた。

 

 

「あんまり可愛くないわね。この子」

「戻って早々に……」

「目つきが悪いわ。お尻は好きなんだけど…… あと、シートね」

 

 

 そう言ってその足でF-Paceに。どうやら車内で話は付けてきたらしい。私の推しはこっちなので今回は同乗することに。

 大柄なボディらしく、リアシートは広々。小柄な早苗さんのポジションに合わせると、その後ろは広大なフットスペースが用意される。さらに、そこそこ背のあるディーラーマンの後ろも普通に過ごせる(何ならバタバタもできる)スペースがある。

 

 

「これってディーゼルでしたっけ?」

「はい。スポーティーな走りでは少々力不足な面もありますが、街中やクルージングでは余裕があると思います」

「大柄なのににグイグイ来る感じが良いわ」

 

 幹線道路の速い流れに乗る合流でも低回転で吠えるような音を聞かせて加速するとスイっと合流。無言で流れる車内はディーゼルノイズも無く、高架橋の継ぎ目の目地段差もバタつかない。NVH性能がいいってやつだ。

 

 

「早苗さん、あたしの推しはこっちなんですけど、どうですか?」

「うーん、見た目も結構好みだし、良いとは思うんだけどねー」

「なんです?」

「パンチが足りないのよ。すごく贅沢な乗り心地じゃない?」

「そうですね。トルクで走らせる車ですし」

 

 あたしの持論だけど、トルクで走らせるディーゼルは贅沢な移動の乗り物、グランツーリスモだ。パワーで走らせるガソリン(特に高回転型エンジン)は走ってナンボの馬車、踏めばエンジンが唸ってパワーを絞り出す。ディーゼルは余裕綽々な感じがどうもつまらない。車としてはとても良いものだと思うんだけどね。

 

 

「さぁて、次行くわよ!」

「おー!」

 

 しかし、早苗さんの欲しい車の方向性は見えたようで、ドライバーズカー的なSUVが欲しいらしい。となると、ドイツ車、と言いたいところだが、優等生的だと言われるだろう。ならば残りはイタ車しかない。

 

 

「346プロダクションの皆様にはご愛顧いただきまして、ありがとうございます」

 

 奈々さん初め、当社のアルファロメオユーザーがお世話になるディーラーへ。ここに来るのは2度め。まぁ、私は毎回客じゃないんだけど……

 

 

「ステルヴィオですか。ちょうど、いいものがありますよ」

 

 店内に入り、ステルヴィオを見に来たと要件を伝えれば、あたしの顔をみたディーラーマン(奈々さんや夏樹ちゃんの担当の人だ)さんがニヤリと笑ってから店の裏手に案内してくれた。

 

 

「国内未導入モデル、ステルヴィオ クアドリフォリオです。並行車ですが、アフターサービスは保証しますよ」

「並行車ってなに?」

「並行輸入っていって、海外で買い付けた車を個人輸入するんです。なので日本で買えない車に乗れます。これみたいな」

 

 ほー、と言いながら車を見て回る早苗さん。ルックスは満足の様子。

 インテリアも見た目と違わず刺激的、スポーティ。カーボンのシートは赤と黒のレザーで、ステアリングコラムの大きなパドルが目を引く。

 

 

「試乗を、と言いたいところですが、ナンバーが取れておりませんので代わりに、とはなんですが、ジュリアのクアドリフォリオに……」

 

 そう言うディーラーマンの口車に乗せられ、クアドリフォリオのシートに収まる早苗さん。こっちも良いわね…… なんて呟きが漏れているが、エンジンをかけた瞬間にその顔がニタリとした笑みに変わった。

 

 

「いい音……」

「このエンジンがステルヴィオにも収まってます」

「なるほど。じゃ、行くわよ」

 

 ソロリソロリと路上に踏み込むジュリア。そして道路に出て踏み込んだ瞬間に暴力的な加速を見せつける。

 シートバックに乱暴に押し付けられるような猛烈な加速に、早苗さんもびっくり。すぐさまアクセルを戻した。

 

 

「なにこれ、速すぎるわ!」

「500馬力ありますからね。あたしも冷や汗かいちゃいましたよ」

「ダメよ、いくらなんでもあたしにはこれは速すぎるわ……」

 

 日比谷Pじゃあるまいし、と言う早苗さんの言葉に試乗は中止。わがまま言ってあたしが少し乗らせて貰うと、最高のサウンドにスポーツカーらしいしっかりした足回りで最高としか言いようがない。宝くじ当たらないかなぁ……

 

 

「こちらがステルヴィオ ファーストエディションです。装備も幾分違いますが、デザインは共通している点が多いですね」

 

 そうして案内されたのが、日本ではすでにカタログモデルになっているステルヴィオファーストエディション。2リッターターボで280ps430Nmのスペックを誇る。

 クアドリフォリオと比べると、幾分角の取れたルックス。それでもアルファっぽいポイントはしっかり抑えてある。なんとも有機的というか、エグいラインだ。

 

 

「いやぁ、これくらいがいいわ! 踏んだら加速する、音がいい! それにオーディオも良いわね。広いし」

「さっきから気に入ったとこの羅列ですか」

「うん、ジャガーより気に入ったわ。なによりアダルティよね!」

 

 というわけでハンコを押し、346プロ2人目のアルファロメオユーザーとなった早苗さん、見事に346インポートカークラブの仲間入り。あたしはそろそろ国産車仲間が欲しいなぁ!




執筆時点では新型Aクラスは国内発表がまだだったのに、投稿予約して1週経たずに国内発表&予約開始とね…


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ep32

 #1 Idol meets cars 〜原田美世の場合〜

 

 世界自動車売上高ランキング上位の常連といえば、フォルクスワーゲン、RNMアライアンス(ルノー・日産・三菱)、そしてトヨタ。3社とも1000万台前後の売上を記録し、世界中どこにいてもいずれかのメーカーの車を見ることができます。

 そんな世界規模のメーカーの中で、日本代表とも言えるトヨタが本社を構えるのが、言わずと知れた愛知県豊田市。名古屋から車でおおよそ1時間。愛知県のほぼ中心に位置する豊田市はトヨタの企業城下町として知られ、トヨタグループの部品を供給するメーカーも多く点在しています。

 そのへんを走る車はたいていトヨタグループで、ナンバーまで「豊田」。工場から出てくるトラックは日野だし、スーパーに入っていくおばちゃんの軽はダイハツ、ちょっと立派なビルの駐車場に止まるのはレクサスです。

 

 

「おはようございます、原田美世です。今日はリアシートからのスタートです」

「やんごとなき座り心地がヤバい、プロデューサーの日比谷です」

「以前、番組で乗ったロールスロイスと遜色ないですよ。そんなやんごとなきお車はトヨタセンチュリー」

「今日は、日本が誇る自動車メーカー、トヨタの歴史を追いかけてみようと思います。舞台はもちろん、豊田市です」

 

 名古屋でお迎えのセンチュリーに乗り込み、高速を走ること1時間ほど。豊田駅からすこし南にあるトヨタ自動車本社にやってきました。

 本社の奥にはテストコース、道路を挟んで向かいには本社工場があります。トラックが忙しなく出たり入ったり……

 出迎えてくれた広報さんの案内でまずは本社ビルへ。通された会議室でお茶を頂きつつ、トヨタの歩みを映像で振り返りました。

 

 

「お二人はトヨタ車をお乗りになられた事はございますか?」

「それは、何度も」

「そういう仕事ですしね」

「ああ、そうですよね。では、所有されたことは」

 

 そう聞かれて二人揃って首を振り、困った顔を返される場面もありましたが、トヨタの織機から始まる歴史を資料で振り返ったところでお待ちかねの実物です。

 本社ビルの裏というか奥というか、本社テストコースにやってくるとまず現れたのは黒光りする流線型のボディ。古めかしいストリームラインを纏うのは、有名なトヨダAA型です。

 

 

「これはこれは。博物館で見た車が走ってるぞ……」

「凄いですね。本物見るの初めてなんですよ!」

 

 シンプルな曲線で構成されたストリームラインのボディは、戦前のアメリカ車の影響を強く思わせ、メカニズムも当時ポピュラーだった3.4リッターのストレート6。これはシボレーエンジンのコピー品とされ、インチ規格で設計されていました。

 

 

「観音開きのドアですよ! リアシートも広いですね」

「前はちょっと窮屈だな。そう考えるとタクシーとか、ショーファードリブン向けって言われるのも納得だ」

 

 現代の車とは比べ物にならないほどアバウトな操作感覚に戸惑いながら美世を後ろに乗せて構内を走り回る。

 ふわふわのペダルに、めっちゃ重いハンドル、入りづらいギア。ダブルクラッチや持てる技術を総動員してなんとか走らせると次の車が待っていた。

 

 

「これもトヨタを代表する車だな」

「今でも続く代名詞ですよね。トヨペットクラウン」

 

 AA型と同じく、当時のアメリカ車のデザインに強く影響を受けながらも、メカニズム面で純国産化を図ったトヨペットクラウン。

 観音開きのドアは現代でもトヨタ・オリジンのモチーフとされるなど、現代に通じるトヨタの原点(オリジン)と言えるだろう。

 前輪独立懸架、リアリジッドの足回りは、当時不安視された耐久性をラリーで払拭。タクシーとしても活躍し、商用車として開発されたトヨペットマスターをあっという間に廃盤に追い込んだ。

 

 

「コラムシフトですか……」

「コラムシフト3速マニュアル。リモートコントロール式って呼ばれてたらしいな」

 

 ぶるんぶるんと唸るエンジン。その振動を感じながらクラッチをミートさせると、若干の非力さを感じながらも走り出しました。

 ニュートラルを挟むダブルクラッチで回転数を合わせて2速へ。緊張していたほどギアの扱いは難しくなく、意外とスムーズに入り、更に加速させます。

 

 

「狭いっちゃ狭いんだが、なんか心地良いな。お爺ちゃんの家みたいな」

「実家じゃないんですか?」

「なんつうか、そうじゃなくて田舎のじいちゃん()なんだよなぁ。うまく言葉にできないけど」

 

 バタバタ唸るエンジンにムチを入れ、外周の高速周回路に。アクセルを底まで踏み込みトップへ入れると約70kphほどまで加速したあたりで頭打ち感が出てきました。

 こころなしかハンドルも軽くなって怖いのでアクセルを離してそろそろと減速。ヴィッツより少し長い程度のボディサイズですけど、4輪ドラムブレーキですよ。もちろんABSも無く、少し不安なのでエンブレでゆっくり減速してから構内に戻ると同じように次の車が。これはこれはかわいい車ですね!

 

 

「最初はグー」

「じゃんけんポン!」

「やった! ふふん、プロデューサーさんは隣ですよ!」

 

 待っていた車はトヨタスポーツ800。

 ヨタハチの相性で親しまれるまるっこいシルエットのスポーツカー。当時の大衆車と多くの部品を共有しながら、空力性能に優れる軽量ボディを武器にサーキットで大暴れしました。60年代の車開発には大戦時に航空機の開発に携わっていた人が多く、この角の落ちたスタイルや軽量ボディにもその知見が生きているようです。

 

 

「やっぱ狭いな」

「今の軽自動車よりちっちゃいですからね。けど、結構しっくりくるポジションですよ」

 

 パタパタぷるぷると2気筒特有のビートを刻みながら走らせると、ダイレクトなフィーリングが気持ちいい。なにより軽いから、パワステが無くてもハンドルは適度な重さを伝えてくるし、ヒラヒラと動いてくれる。エンジンの頑張りを感じながらスピードを上げてもクラウンのような不安感はありません。

 

 

「スラローム行きますよ」

「おおっ、うっ、ちょっとホールド性がキツイな」

「けど、大人二人乗ってもこんなに軽く走りますよ。楽しいですね!」

 

 楽しい時間はあっという間、すぐに戻ってくると次の車へ。1車種10分少々で次へと乗り換えるので後ろ髪引かれつつ次の車へ。

 トヨタの伝説的スポーツカーです。

 

 

「…………」

「プロデューサーさん、黙ってると困るんですよね」

「なんというか、コメントに困るんだ。大人になってから見ると違うわ」

 

 トヨタ2000GTといえば、数々の銀幕スターを乗せてスクリーンを駆け抜け、全国のファンを虜にし、耐久レースで日産と激しいバトルを見せ、スピードトライアルで世界記録を打ち立て、とストーリーを上げたらきりがないヒーローだ。

 専用プラットフォームに流麗なボディ。専用のDOHCヘッドに専用のトランスミッション、豪華な内装。当時の車好きは間違いなく夢中になっただろう。

 楽器屋(ヤマハ)らしい美しい木目のインパネ、ハンドル、シフトノブ。細めの仕上がりながら、手を添えれば年代物らしい凄みを感じる。

 

 

「美世、横乗れ」

「う、うん……」

 

 エンジンを掛け、ギアを1速に。インパネの下部に伸びるステッキ式(T字orL字のノブを引くやつ)のサイドブレーキを倒して押し込み開放。

 意外とすんなり繋がるクラッチから足を離せばストレート6の奏でるビートを高めながら道へと繰り出せる。

 

 

「小さい頃にトヨタ博物館に連れてってもらったことがあってな。昔は最新のスポーツカーこそ何よりかっこいいもの。レースカーは神。そんなふうに思ってた」

「小さい頃あるあるですよね。あたしもそうでしたし」

「もちろん2000GTも置いてあったんだ。カッコいいとは思ったさ。スポーツカーだからな。けど、スープラには敵わなかった。今思えばスープラのご先祖様なのに」

 

 日比谷少年はそれくらいの思い出でしかなく、その後に見た某春日部の5歳児の映画に登場したり、時折雑誌やテレビで見かける存在でしかなかったが、歳を取るとクラシックカーの趣味に理解が生まれる。

 自動車文化の歩みを語る上で欠かせない車達。2000GTもその1台なわけだ。イギリスのスポーツカーに憧れた当時の大人たちが、自分たちの手で生み出した1台。ロングノーズショートデッキ、ドライバーを囲むダッシュボードに、計器類。今の車にないアナログ感と、機械の噛み合う感覚を伝えてくる。

 

 

「名残惜しいのはわかりますけど、次の車が待ってますよ」

「もう少し乗っていたいなぁ」

「次は…… ダルマセリカですね。それと、カローラですかね?」

 

 クラシックカーには疎いあたしでもわかったのは、丸目4灯のヘッドライトが目印のダルマセリカこと、初代セリカ。その隣りにあるのは弟分の初代スプリンタートレノです。

 

 

「おぉ、友達がオンボロのトレノ乗ってたなぁ」

「ええっ、これ70年代の車ですよね?」

「おう。たしか72年式だったかな? 軽くてFRだから、ドリフトもできるし、タイヤちっちゃいから安いんだよ」

 

 迷わずトレノに乗り込むプロデューサー。はいはい、あたしはセリカですよ。

 時代の流れを50年代から順番にたどってきて、順当にレザーとファブリックかな? 布地のコンビシートに身を預け、随分と現代に寄ってきた感覚のインパネを眺めてからキーを捻る。

 1.6リッターの4気筒DOHC2T-Gエンジンが小気味いいサウンドを響かせると、60年代の車とは比較にならないほどすんなり入るシフトを1速に入れて、指を降るプロデューサーの先に出ました。

 すごく普通だ!

 パワステはまだですけど、普通にMT車。ばるーん! と元気の良いエンジンに、1トンそこそこの車重、適度なダルさのある5速シフト。乗り味もだいぶ最近の車に近い感じが。

 コースを楽しんでから戻ると、プロデューサーさんも満面の笑み。余程トレノがお気に召したようです。向こうのほうが同じエンジンでもだいぶ軽いんだとか。

 そろそろ知ってる車がくるかなーと思いながら戻れば案の定。80年代のグループAを戦ったこの車。

 

 

「スープラ 2.5GTツインターボRねぇ」

「これでもまだ年上の車ですよ」

「俺もまだ生まれてねぇよ。けど、いまも中古車で見かけるな」

 

 美世が運転席に収まると、俺は隣へ。やっと窮屈な思いをしないで済む車が来たな。

 そろそろ勝手知ったると言わんばかりに、かんたんに掛かるインジェクションのエンジンに火を入れ、長いシフトレバーを1速に。大柄なボディをデカいエンジンで動かすと言うシンプルな理屈を身体で感じよう。

 

 

「背中が張り付くような加速感。パワーですねぇ」

「直6ツインターボだからな。ちょっとブースト上げりゃ簡単に350とか400馬力出せるエンジンだぞ」

「やっぱり大きいエンジンだけあって、頭も長いんですけど、真っ直ぐなデザインなので意外と見切りもいいんですよね」

 

 高速周回路で始めて180キロのリミッターに当てると二人で謎の盛り上がりを見せ、スラロームで大柄なボディを振り回すとハイテンションのまま次の車へ。90年代。やっと俺らが生まれたあとの車が来るか?

 

 

「やっと、やっとあたしより年上の車ですよ!」

「誤差レベルだわ。えっと、資料によると…… 98年10月30日発売だそうだ。2週間お前より年上だな」

「うぐっ、思ったより差がない…… こ、この車は……」

「最終型2005年モデルだな」

 

 がっくりとうなだれる美世を隣りに乗せると、名機3S-GEに火を入れた。2リッター210馬力。VTECもかくやという高出力に、可変バルブタイミング機構を備え、スーパー耐久やワンメイクレースで盛り上がりを見せた。

 チューニングベースとしてはいまいちだったようだが、中古車が流れ始めると走り屋小僧がこぞってドリフトに持ち込み、今でも人気のあるモデルだ。4ドアマニュアルで速い車って殆ど無いからな。

 

 

「やっと現代的な車に乗ってるわ」

「最初に乗ったAA型とは比べ物にならないですね。70年の進化を改めて感じます」

「機械の進歩もそうだが、人間の触れる部分、見る部分の進化も感じるよな」

「デザインもその当時の流行りがわかったりして面白いですね。流線形、ウェッジシェイプ、シャークフィン、色々ありましたね」

 

 快適なドライブを楽しんで戻ると、まだ終わっていない、とばかりに純白を纏う高級車が待っていました。そう、あたしたちはまだ90年代に居たのです。

 

 

「「最初はグー!」」

 

 

「ぐぅ……」と鳴くプロデューサーさんはさておき、甲高いV10の調べ、カーボンとアルミでできたこの車はレクサスLFA。2000GTから続くヤマハエンジンの系譜も集大成。アナログの針が追いつかないレスポンスで回るからメーターがデジタルになった、なんて噂もある程素晴らしいエンジンです。

 

 

「もう、最高…… 2000GTに乗ってたプロデューサーさんの気持ちがわかるかも」

「スーパーカーってのは、その時代の叡智の結集なんだよな」

「00年代の開発だけあって、シフトが今のフェラーリなんかと比べるとやっぱりモッサリしてますしね。それでも十分速いですけど」

 

 地面に寝るように低い着座位置。自分を中心に車を動かす感覚を実現するために、重量物をタイヤの間に押し込んで、なおかつ低く低く置くことでロールセンターはミドシップ車と変わらない低さを実現。もちろん場所はひじの下、地面から450ミリです。

 3000万円の車としてはいささかシンプルな内装はカーボンとアルミ、そして革で覆われ、サラウンドシステムも完備。それでも売るほど赤字と言われた走る宝石は1世代500台で販売を終了。日本には200台ほどしかいないそうです。

 この個体はプロモーション用で、シャシナンバーとボディサイドの"Fバッチ"がほんのりゴールドなのが識別ポイントですが、中身は市販車と変わりません。

 

 

「もう少し乗ってたいですぅ……」

「ほれ、次も特別だから、な?」

 

 次の車は超特別なハイブリッドカー。

 一生に一度乗れない超特別、すんごいレアなモデル。

 乗るのには"ライセンス"が必要で、跳ね上げドアにシーケンシャルミッション。発進の仕方も独特です。

 

 

「クラッチを踏み、HVボタンを…… クラッチクソ重いなオイ!」

 

 クラッチを踏み込んだままHVボタンを押し、アクセルも踏めばモーターパワーで発進。少しスピードを上げたらクラッチを離してエンジンを始動。

 周回路に出たらピットロードリミッターのボタンを押して解除すると、アクセルを更に踏み増し……

 

 

「うおおおおおお!!!!」

 

 暴力。怒涛の加速と怒涛の減速。冷え冷えのブレーキでこの効きなら、熱が入ればどうなるのか。

 俺が今スーツで乗り込んでいるのはTS050ハイブリッド。2016年モデルで、メディアに全部出せるギリギリのラインだという。なのでカウル引っ剥がしたりはできないが、ドライブできる。

 重いハンドルに重いペダル。煩い車内に、信じられないほど多いスイッチ。こんな場所で何時間も戦うレーサーはなんと大変なのだろう!

 スラロームなんてしたら腕がもげる気がするので遠慮して、早々に美世の元へ。

 ハーネスを外し、ハンドルを跳ね上げ、ペダルを奥へ。サイドシルに手をついてそのまま体を引き抜く。降りるだけでひと仕事こなした気分でいると、秋の風が肌を刺す。どうやら知らぬ間に汗をかいていたらしい。そりゃ、一つ一つの動作に力が居るし、運動量も多いんだろう。2時間のレースでごっそり体重が落ちるのも納得だ。

 

 

「緊張しますね……」

 

 当て物をシート…… というかモノコックのくぼみですよね、これ。そこに入れて体を収め、ペダルを限界まで手前に引くとなんとか踏み込める位置に。

 それからシステムの電源を入れて、他にもスイッチをパチパチと。これで準備完了。クラッチ……重っ! ボタンを押してアクセル……!

 走り出せばあとは普通の(?)レースカー。リミッターを入れてアクセルを踏んでいる分には安全に走れます。

 一つ一つの動作に一般車とは比べ物にならないほどの力が求められ、それも丁寧にしないと言うことを聞いてくれません。リミッターを解除してアクセルを踏み増すときにもそう。一応四輪駆動だけど、システム出力は1000馬力とも言われるLMP1マシン、冷えたタイヤも相まって軽くリアが逃げ出す感覚が。

 

 

「うわ、すごっ! すごいですよこれ!」

 

 語彙を失っているけれど、すべての入力に対する応答がシャープで、ダイレクト。リアが逃げる、そう思ってアクセルを戻せばすぐにグリップが戻ってくるのがわかるし、ハンドルを切ってゆけばタイヤが地面にへばりつく感覚が手にとるように伝わってくる。

 プロデューサーは逃げたみたいだけど、高速ターンにも突っ込んで行けるし、シケインに見立てて小さく回ってもしっかりついてくる。それどころかあたしの操作の一歩二歩先を読まれるような感覚すら覚えてしまう。

 道路脇で掲げられたサインボードを見て、拠点となる駐車場に戻ったあともしばらくはハンドルに手を添え、気づかぬ内に荒くなった息を整える事しかできなかった。

 

 

「トヨタの歴史…… というよりスポーツカー史を追いかけて来ましたがいかがでしたでしょうか。あたしはもう、なんと言っても最後、TS050! もう、あれはヤバいです」

「スーパースターに持っていかれた感じはあるが、古い車を外から眺めるだけじゃなくて、短時間でも乗ってみて始めて感じることも多かったな」

「そうですね。なんというか、だんだん混ぜものが増えていくような感じでしたね。電子的に制御されるものが増えたからって言いたくはないですけど」

 

 確かに、美世の言い分もわかる。人間の触る部分すべてが機械的に繋がっていた車から、ゆっくりと電気信号を介する部分が増えてきて、最後にはドライブバイワイヤで機械的な繋がりがすべてなくなってしまう。

 機械的な繋がりをいい車だと言うのは的外れでしか無いが、車を操る楽しみ、味わいと言うのは電気信号にはまだ出来ていない事ではないだろうか。

 

 

「その点、セリカは良かったですね。現代っ子の感覚にもマッチする感じがしました」

「確かに70年代くらいが一番バランスが取れてるかもな。気負わず乗れるし、なんつうか、車してる感じがする」

「古いクルマももちろん良かったですよ。クルマってこうやって走らせるんだな、って今は自動でやってくれることも自分でやるわけじゃないですか。だから、そう言う勉強にもなりましたし」

 

 キャブレターがインジェクションになり、ノンシンクロのギアはツインクラッチて電光石火の変速をする。ドライバーが五感をフルに使って機嫌を伺い、美味しいところを引き出して乗りこなす。そういう難しさ、奥深さが古いクルマにはあったように思います。けれども、純粋に運転が楽しいのは、ある程度気負わずに、それこそ変速時に回転数を合わせたりするくらいの方が楽しいさに振り分ける余裕が増えるのではないでしょうか?

 いいタイヤを履いて、電子制御にある程度任せて車の限界を引き出す。そのときに考えるのはシンプルに走って曲がって止まること。ABSがあれは凍った道でもとりあえずブレーキを底まで踏めば変に加減するより短く止まれますし、TCSやVSCなど、多彩な制御が車の楽しさをより身近にしてくれていると思うと今の車が「楽しい車」なように思えます。

 

 

「いい悪いはさておき、本当にいい勉強になったな」

「そうですね。最近は『自動車ジャーナリスト』扱いされる事も多いので、こうして古いクルマに実際に乗ってみてそのフィーリングを感じてみるのも本当にいい経験になりました」

「さて、あとは東京まで帰るわけだが」

「その言い方はなにかあるって事ですね?」

 

 俺と美世の荷物を持って現れたスタッフからキーを受け取り、それを美世に見せながらニヤリと笑う。

 キーにはLのマーク。レクサスの共通デザインのスマートキーだ。しかし、もちろんLFAではない。

 スーツケースの取っ手を伸ばして引きずると、美世もボストンバッグを担いで着いてきた。

 広い道路のど真ん中に鎮座するのは薄いシャンパンゴールドのセダン。カタログではソニックチタニウムという色のようだが、シャンパンゴールドの方がしっくりくる。なにはともあれ、近づいてトランクリッドに触れれば鍵が開き、そのままトランクを開ければ適当に荷物を放り込んでいざ運転席へ。

 

 

「最後は最新モデルでロングドライブと洒落込もう。どっち周りで帰ろうか」

「中央道で長野あたりから下道にしません?」

「いいな、それで行こう」




何事も無ければ投稿日には名古屋にいます


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