SPECIALな冒険記 (冴龍)
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第1章
始まりの日


 ”人生何が起こるかわからない”

 

 多くの人間にとって、本当かどうかわからないありふれた台詞だ。

 だけど、実際に自分の想像を超えた出来事に遭遇して初めて、この言葉の意味が良くわかる。

 あの日起こった出来事は、正に自分の人生全てを一変させた。

 

 何故あの日だったのか、何故自分だったのか。今でも昨日のことの様に思い出すことは出来るが、その疑問が解消される日はまだまだ遠そうだ。

 もしかしたら一生わからないのかもしれない。

 

 そして、これも月並みな台詞の一つだが、”人は一人では生きられない”というものもある。

 大切な言葉である以前に当たり前のことの様に思えるが、頭では理解しているつもりでも本当にどれだけ重要であるかは、実際に経験しなければわからないものだ。

 

 日々の暮らしだけでなく、困ったことや苦しいことが起きた時、一人では心細かったり力不足であっても助けてくれる誰かがいることで乗り越えられる。事実、全てが一変したあの日から理不尽とも言える多くの困難に直面したが、色んな人達との繋がりや手助けのお陰で自分はそれらの苦難を乗り越えられた。

 

 そうした過程で得られた経験を糧としたことで、自分は今日まで生きていくことが出来ただけでなく、”力”や”強さ”と呼べるものも身に付けられた。

 

 ()()()()()()()()()

 

 それが内に抱えている不安な気持ちを晴らすだけでなく、自らの望みを叶えることと疑問を解消するのに最も近付くことが出来る方法である筈だ。

 そして強くなる過程で得た力は、自らの目的以外にも何かしらの形で繋がりのある人達に役立てることが出来るということも信じている。

 

 

 

 

 

 とある施設内に設けられたバトルフィールドの上で、二匹のポケモンが激しく戦っていた。

 片方は全身がほぼ真っ黒な犬の様な姿をしたポケモンであるデルビル、もう一方は無機質な星の様な外見をしたポケモンのスターミーだ。

 デルビルは鋭い牙が並ぶ口を大きく開けて飛び掛かるが、スターミーはその攻撃を流す様に巧みに避けていく。

 

 そんな一進一退とも言える攻防を、今両者が戦っているバトルフィールドの周りに設けられている席から多くの人達が観戦していた。

 彼らは皆、このジョウト地方――コガネシティに勤めている警察官達だ。

 今日は特別講習が行われるということで、三十人近くが警察署内にある訓練施設に集まってきているのだ。ところが集まってから一向に訓練らしいことは始まらず、今の様に一人ずつバトルフィールドに立っている()()と戦い、それ以外は見学と言う状況であった。

 

 しばらくすると、戦いの流れは大きく変わり始めた。

 デルビルの”かみつく”をスターミーが”かげぶんしん”で回避すると、そのまま無数の分身でデルビルを逆に包囲したのだ。

 頭では本体は一匹しかいないのはわかるが、焦ったトレーナーはデルビルに分身を含めた全てに攻撃する様に指示を出してしまう。

 予想外の指示にデルビルは一瞬戸惑うがやむなく言われた通りに口から次々と火球を飛ばして攻撃を仕掛けるも、それらの攻撃は全て分身をすり抜けていくだけだった。

 

 そしてデルビルが疲れを見せた途端、全く予想していなかった方角から飛んで来た水の塊がデルビルに直撃して、ダークポケモンは力尽きるのだった。

 

「――これで全員ですね。一旦休憩を挟みましょうか?」

 

 進展状況を見ていた警察官達を纏める立場である署長の地位に就いている制服姿の初老の男に、休憩を進言する声が上がる。

 声を上げたのは、さっきまでスターミーに指示を出していた青いキャップ帽を被っているトレーナーだった。大人ばかりが集まっている中でただ一人――少年と呼べる程に若かったが、彼こそが今このコガネシティ警察署で行われている特別講習の()()として招かれた人物だ。

 

「うむ。そうだな」

 

 講師として招いた少年の提案を署長は受け入れると、それを機に集まっていた人達は各々休憩するべく施設から出ていき、残ったのは署長と少年の二人だけになった。

 

 残った少年は、被っていたキャップ帽を外して汗を拭い、自らの荷物が置いてある方にキャップ帽をブーメランの様に投げる。それから手に持った紙の束に彼はペンで色々書き込んでいくと、さっきまでバトルをしていたスターミーをモンスターボールに戻した。

 

「お借りしていたスターミーと他のポケモン達もお返しします。署長のポケモン達はよく育てられていますね」

 

 ボールに入ったポケモンの状態を確認してから、彼はやって来た署長に差し出す。

 とある目的の為に敢えて自らの手持ちでは無いポケモンを借りたが、度々回復や交代などの処置を行いながらも三十近くの連戦全てに勝つのは並みの実力では出来ない事だ。

 手持ちを褒められた署長は、嬉しそうに少年の手から自らの手持ちを受け取るが、すぐに表情を引き締める。

 

「それで、君が見た感じでは我が署の署員の実力はどうなのかね?」

 

 署長の問い掛けに、少年は手に持ったチェックシートやメモとして書き込んだ内容を軽くだが見直す。

 今彼が手にしているものは、今回講習を受けるコガネシティ警察署に属している警察官のプロフィールと一緒に用意して貰ったものだ。先程まで行っていたポケモンバトルは、本格的な指導を行う前に講習を受ける彼らのポケモントレーナーとしての現在の力量を把握するべく行っていたことだ。

 

 しかし、どれだけ時間が経っても少年は署長が最も知りたがっていることは中々答えようとはせず、言葉を濁してばかりだった。

 

「そうですね……何と申し上げれば……」 

「躊躇うことは無い。君が感じた有りのままを教えてくれ」

「――良いのですか?」

「構わん」

 

 恐る恐ると言った声色で少年は聞き返すが、署長は断固とした口調で答える。

 彼の様子から見て、あまり良くないことであることは容易に想像出来る。

 だが、だからこそ厳しい現実を直視しなければ改善することも前に進むことも出来ない。

 

 署長の確固たる意志が伝わったのか、躊躇いがちだった少年も目付きを変える。

 そしてしばらく間を置いてから、彼は戦ったポケモンの能力に各トレーナーの判断力を始めとした技量、三十戦近くのバトルを行っていく中で感じたことも含めて、少し迷った素振りを見せたが有りのままに思ったことを伝えた。

 

「正直に申し上げますが…下っ端クラスなら何とかなるってところです。幹部クラスと対峙したら、とてもではありませんが束になっても敵わないと思います」

 

 耳の痛い厳しいことをハッキリと告げられて、コガネシティに属する警察官達を纏める立場にある彼は深く受け止めた。

 

 ここ数年、ロケット団を始めとしたポケモンを使った犯罪や大規模事件が多発しているにも関わらず、各地の警察はそれらの対処にまるで追い付いていないのが現状だ。

 最終的に事件を解決することができたのは、オーキド博士と言う著名なポケモン研究者が託した”ポケモン図鑑”と呼ばれる機械を持つ少年少女達の活躍。そして各地のジムリーダー達が彼らに助力したおかげだ。

 

 勿論、関係無い市民の避難誘導や事件後の処理などは行っており、警察関係者からジムリーダーが誕生したりはしている。けれども直接事件解決に貢献しているとは言い難く。近年世間の見る目は冷たい。故に早急な警察のポケモン犯罪への対応力及びバトル技量の向上が急務なのだが、この様子では予想以上に根は深そうだ。

 

「技術面は仕方ないですけど、タイプ相性などの基本的な知識面が怪しい人が何人か見られました。なので、今後は座学か何かで先に知識を身に付けた方がよろしいかと」

「つまり、定期的にポケモンの知識や署員の意識改善をする為に講習会を行う必要があると言うことかね?」

「それが一番良いと思います。ポケモンよりもトレーナー自身が、しっかりと学ぶ方が強くなる一番の近道ですから」

「…ポケモンよりトレーナーを鍛える方を優先するべきなのかね?」

「そうです。ポケモンに関しての知識を身に付ければすぐに伸びそうな人が結構見られましたので、そこを改善すれば大きく違います」

 

 署長の疑問に、少年は空いている手を握り締め、熱を込めて語る。

 ポケモンバトルは戦うポケモン自身のレベルも重要だが、それ以上に指示を出すトレーナーの力量の方が大きい。ところが直接戦うのがポケモンなのや「ポケモンバトル」と言う名称の所為なのか、ポケモンは鍛えても技の指示以上の事はしないトレーナーは多い。

 

 世間で強いと言われるトレーナーは皆、知識と技術を有していることで目の前の現状をしっかり分析出来る。或いはその両方を元に適切な指示を出せるなど、ポケモンの力を引き出したり有利な状況に持っていくことに長けている。

 正直に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、どうも署長は少年の意見に納得できない様であった。

 

「しかし、的確な指示が重要なのはわかるが、戦うのは彼らのポケモンなのだ。そちらの方を優先的に鍛えた方が良いのでは?」

「気持ちはわかりますが、強くなるポケモンの能力に…その……トレーナーの実力が釣り合わないと面倒なことになってしまいます」

「面倒?」

「えぇ、幾つかありますが、一番大きいのは最初は言うことを聞いてくれていたポケモンが力を付けて『トレーナーの指示よりも自分の判断の方が良い』と思い始めたら大変です」

 

 それからも少年は、ポケモンよりもトレーナーの方を優先的に鍛えることの必要性を署長に強く伝えていく。

 モンスターボールに納めている機会が多い為、無意識の内に見落としやすいが、ポケモンは人間と同じ意思を持った生き物だ。

 人間だって、有能で良い上司の言うことなら信頼を寄せて素直に従う。

 反対に無能で悪い面ばかりが目立つ上司の言うことは、あまり聞きたくないものだ。

 ポケモンは野生の本能、つまり強い者には従うが弱い者には従わない傾向が特に強い。基本的にその条件は、トレーナーがポケモンを捕獲する際にクリアしていることが多いため、目立って表面化することは稀ではあるが。

 

「許容範囲もありますが、これだけでも強くなるならポケモンよりは先ずトレーナーの方を鍛えた方がメリットは多いと自分は考えています」

「……他には」

 

 熱を込めて語ったお陰なのかある程度理解している様ではあったが、それでもまだ署長は納得出来ていない様子だった。

 そこで少年は少し考える素振りを見せると、穏やかな雰囲気を一変させた。

 彼の変化に署長は体を強張らせるが、少年は腰に取り付けていたモンスターボールの一つを手に取った。

 

 それはさっきまで借りていた署長の手持ちなどのこちらが用意したポケモンでは無い。

 正真正銘、彼が普段から連れているポケモンだ。

 何をするつもりなのかと思っていたら、彼がボールの真ん中にある開閉スイッチを押すと、ボールの中で大人しくしていた彼のポケモンが飛び出す。

 しかし、その巨大な姿を見れたのは一瞬だった。

 

 ボールから出て来てすぐに、そのポケモンは目にも止まらない速さで施設内のフィールドと空中を縦横無尽に駆け回り始めたのだ。

 

「仮に今動き回っているのが自分のポケモンだとしたら、このスピードに署長は付いて行くことは出来ますか?」

 

 静かに問い掛けられた署長は、彼が何の意図で自らの手持ちを出したのかを即座に理解した。

 確かにポケモントレーナーなら、連れているポケモンの力量などを把握することは必須だ。しかし、残像以上の姿しか認識出来ない程のスピードを発揮する彼のポケモンの動きに、仮に付き合いの長い自分の手持ちだとしても付いて行ける自信は無かった。

 

 まさか目の前にいる彼は、これだけの速さに付いて行くことが出来るのか。

 にわかに信じられなくて唖然とする署長を余所に少年は次のモンスターボールを手にして、新たなポケモンを召喚した。

 

「ただ攻撃指示を伝えるだけでなく、仕掛けた攻撃が最大限の効果を発揮出来る様に、効果的な攻撃箇所やタイミングをポケモンに伝えることは出来ますか?」

 

 それから少年は凄まじい速さで動き回っている巨大な姿を目で追い掛けながら、自分の腹部を指で示しながら声で「あそこだ」と空いている手で示す。

 

 示すと同時に新たに出たポケモンは、彼が指差した方角にまるで早撃ちの様に鋭い音を立てて何かを発射した。あまりの速さに署長は何が起こったのかすぐに理解出来なかったが、縦横無尽に動いていたポケモンが大きな音を立ててフィールドを転がったことに驚く。

 

 体を転げさせたポケモンはすぐに体を起き上がらせるが、その腹部に焦げ跡の様なものが出来ていた。

 信じ難いが、彼のポケモンは少年の指示を頼りにあのスピードでも当てたのだ。

 それも彼が自分の腹部で示したのと同じ個所に命中させたのだ。

 

 そして少年は、またモンスターボールを放り投げる。

 ポケモン達をボールに戻すのかと思いきや、中からは数え切れない数の同じ姿をしたポケモン達が現れて、立ち上がったポケモンを包囲した。

 

「自らのポケモンが使う技や動きに惑わされずに意思疎通を図ることは出来ますか?」

 

 目配せをした後、少年が合図を出すと、取り囲んでいた無数のポケモン達は一斉に突撃する。

 しかし、一匹だけ離れる様に真逆の後方に体を下がっていた。

 

 その答えは直ぐにわかった。突撃したポケモン達が包囲したポケモンの攻撃を受けたことで、一瞬にして煙の様に消えたからだ。

 恐らく消えたポケモン達は、さっきスターミーが使っていた”かげぶんしん”で生み出された分身だというところまではわかった。しかし、一匹だけ別行動をするまで本物がどれだったのか署長はわからなかった。

 

 次に少年が投げたボールからは、まるで爆発でもした様な勢いで灼熱の炎を放つ存在が姿を見せ、分身をたった一回の攻撃で一蹴したポケモンと正面から取っ組み合う様に激突した。

 

「下手をすれば、トレーナーの身にも危険が及ぶ様な力を発揮するポケモンを上手く導くだけでなく、時には体を張ってでも自分の手で止める気持ちはありますか?」

 

 爆発的な勢いで溢れる炎は、激突する両者の姿が隠す程の強さには留まらず、施設内にも被害を及ぼしかねない規模だった。そんな状況で次に出て来たポケモンは少年と署長を守る様に現れ、それらの攻撃の余波が彼らに及ばない様に光り輝く壁を張ると同時に体を張ってでも防ごうとする。

 

「ポケモンが体を張って守ってくれたり、激しい戦いに身を投じることを当たり前と思わず、彼らの意思や要望に可能な限り応えていくことは出来ますか?」

 

 今度は彼が触れていないのに、腰に付けていたモンスターボールが勝手に落ちる。

 最後に出て来たポケモンは、どこからか溢れた大量の水を操り、ドーム状に包み込んで施設内に広がりつつあった炎を抑えようとする。

 

「最後にポケモンが自分の指示以上、或いは指示に無い行動を起こしたとしても、その意図を察したり、すぐに自分の中で組み立てていた作戦などを変えることは出来ますか?」

 

 そう告げた直後、戦いの中心から一際強い黄緑色の光が放たれて、炎と水に彼らを守っていた輝く壁は衝撃波と共に弾ける様に消えた。

 署長は咄嗟に衝撃波と強風から顔を腕で守ったが、気が付けば何時の間にか出ていた少年のポケモン達はいなくなっており、施設内は一転して静かになった。

 

「今自分が語ったことは、全て理想論かもしれません。ですが――」

 

 静かに語りながら少年は振り返るが、既に署長は彼の放つ雰囲気に圧倒されて何も言葉を発することは出来なかった。

 

「――ポケモンに強くなるなどの変化を促しておきながら、彼らを率いる立場であるトレーナーが何も変わらないのは都合が良過ぎます」

 

 まだ十代前半であるにも関わらず、強い信念とも言えるものが宿った目を向けられて、彼の倍以上は年を重ねている署長は思わず息を呑む。

 鍛えたことでポケモンが強くなったにも関わらず、上に立つべきトレーナーがそのポケモンを手持ちに加えた時と力量が変わっていない。

 その事を彼は危惧しているのだろう。

 

 もしトレーナーの実力が、力を付けたポケモンの求めるレベルに達していなければ、初めは得ていた信頼を失う。そうなってしまうと言うことを聞いて貰えないどころか、手に負えない事態に発展する可能性は高い。

 少年の言う通り、ポケモンを鍛えていくならトレーナーの方もそれに見合った実力を持つようにしていくべきだろう。

 

「う…うむ。今度から署内の方でも積極的に勉強していくように促していこう」

 

 ようやく納得してくれて、少年は彼が理解してくれたことに一安心する。

 こうして親子ほど年が離れている相手に何かを教えるということは、思ってた以上に気を使うので本当に疲れる。一旦ではあるが、ようやく終わってくれた。

 肩を解した少年は、後の予定も含めて考えながら隅に置いてる荷を整えると、署長はある提案をした。

 

「昼食はここで摂る予定かな? もしここで食べるなら今日は食堂を自由に利用しても構わないよ――アキラ君」

 

 思い出したかの様な口調ではあったが、アキラと呼ばれた少年はその提案に敏感に反応した。

 

「本当ですか? ありがとうございます。弁当か何かを買って食べようと考えていたので丁度良いです」

 

 魅力的な提案と言わんばかりの反応を見せ、彼は快く受け入れる。

 すぐさま整え終えた荷物を纏めて、さっき外したキャップ帽を片手に一緒に施設を出ようとしたが、彼は途中で足を止めた。

 

「どうしたのかね?」

「すみません。ちょっと用事が入りまして、先に行っても大丈夫です」

 

 そう促すと、署長は伝えられた通りに先に食堂へと向かうべく施設から出て行く。姿が見えなくなったタイミングを見計らいアキラは腰に付いているモンスターボールの一つを手に取った。

 

 中の様子を窺うと、入っているポケモンは激しくとまではいかなくてもボールの内側から積極的に衝撃を与えてボールを揺らしていた。

 彼は溜息を吐きながらもすぐにモンスターボールの開閉スイッチを軽く押し、中に入っていたポケモンを召喚する。

 出てきたポケモンは、ずんぐりとした体格に不釣り合いな小さな翼を有していたが、その巨体故か着地すると同時に軽く地響きを唸らせる。

 

「さっきはやられ役みたいな感じで出して悪かった」

 

 先程の出来事に関してアキラは真っ先に謝るが、出て来たポケモンはそれよりも別のことで不満がある様子だった。

 

「――何だ? そんなに警察のポケモンと戦いたかったのか?」

 

 見上げる形でアキラは、目の前の手持ちと向き合う。

 その巨体から滲み出る威圧感は見る者を圧倒するが、彼は全く気にしない。

 問い掛けに巨体の持ち主は不服そうに腕を組み、何度も頷いて答える。

 大方予想出来てはいたが、この主張にアキラは呆れにも似た息を吐く。

 

「あのな…今回はただ戦うんじゃなくて、指導する為に来たんだ。お前はちゃんと見極められるだけ加減できるのか?」

 

 今回アキラは、警察からのポケモンバトル指導の依頼を引き受けてここに来ている。

 予定では午後まで続く上に、相手は大人の人達で警察関係者だ。

 ただ戦うだけなら気にしないが、大人が子どもに指導されるのは本音からしてあまり良い気分ではないだろう。かと言って露骨に加減をするのは最悪だ。

 

 そういう理由もあり、トレーナーの力量次第でどんなポケモンでも力を発揮できる例を見せることも兼ねて、アキラは何時も連れている自分のポケモンではなくて署長の手持ちと言った警察側が用意したポケモンをさっき借りたのだ。

 痛いところを突かれたのか、目の前のポケモンは不機嫌な表情のまま、目線を明後日の方向に向けて無視を決め込む。露骨な拗ねり方にはもう慣れたが、このまま気を悪くされたら堪ったものでは無い。

 

「一応考えておくよ」

 

 しかし、機嫌を直す良い考えが浮かばず、そう伝えながらアキラは手持ちをボールに戻す。勝手にボールを転がして、飛び出ることがない様に固定することも忘れない。リュックを背負い直したり、手にしていたキャップ帽を被って彼は改めて身を整える。

 

 空腹感もひどくなってきたので、ぼんやりとこの後行う予定であるコガネ警察の署員の訓練や改善点を考えながら、コガネ警察が利用している食堂へと向かい始める。

 途中でガラス越しに外の景色が見られる通路に入ると、彼はぼんやりと外を眺めながら歩く。

 

 無数の高層ビルと目を引く装飾の建物がそびえ立つ、ジョウト地方最大の街であるコガネシティ。ラジオ塔にゲームコーナー、各地方に支店を置いている百貨店の本店。そして山脈を超えた先にあるカントー地方との往来を実現したリニアの駅などが充実した華やかな街だ。

 そんな時、薄らと窓ガラスに映っていた自身の表情に気付いた彼は足を止めた。

 

「――随分と遠くにきたものだ……」

 

 ガラスに映っている己と向き合いながら、アキラは自分自身に問い掛ける様にぼやく。

 目の前に広がる街もそうだが、つい数か月前までこのジョウト各地で起こった事件や騒動の影響を受けていた。日が経つにつれて街は日常を取り戻しつつあったが、同時にそれは人々が少しずつ事件の存在を忘れていくことも意味していた。

 

 その事に危機感を抱いたのか、街を守る人々が集うコガネシティ警察署からポケモンの扱いが長けていると言う理由で今回の特別講習の講師としての依頼が舞い込み、自分はそれを引き受けた。

 

 署長には偉そうに、ポケモン達に変化を求めるならトレーナーも彼らに応じて変わる必要があることを話したが、言い出しっぺである自分はちゃんと実践できているだろうか。

 感傷的になった彼は無意識に腰に付けているモンスターボールに触れながら、誰にも明かしていない自身の秘密を思い出す。

 

 もう何年も探し続けているが、未だに果たせていない()()()()に来てから胸に抱いてきた目的。

 そして知り合った人達には、皆例外なく隠している最大の秘密。

 

 色々バレないように彼なりに試行錯誤をしてきたが、これから先も明かしたくない秘密を隠し通せる自信は無い。何時かバレるとは思っている。だけど、だからと言ってそう簡単には明かしたくない。

 コガネの街を眺めながら複雑な胸中のまま、アキラは再び歩き始めた。

 

 

 アキラが隠している秘密、それは――

 

 

 自分が本来この世界に存在する人間では無いということだ。

 

 何故この世界の人間では無い彼が、今こうしてこの世界で生きているのか。

 全ての始まりは、今から四年以上前に遡る。




思い付いてから数年、度々大幅に書き直したり他の二次創作を考えたりを繰り返してようやく初投稿に至れました。
反応は怖いですけど、頑張っていきたいです。

最初に書いておきますが、この物語に出てくる主人公は2011年ぐらいの時期からやって来た設定なのと、次回から主人公が今話の時間軸に至るまでに何があったのかやどういう出来事を経験してきたなどの過程を描いてきます。


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第一の転機

 時は遡ること、アキラがコガネシティへ講師として招かれることになる四年前。

 月の光が僅かに差し込んだ暗い夜の森の中を幾分かあどけなさを残した当時のアキラは、懸命な表情で必死に走っていた。

 

 既に彼の足は、限界を超えた疲労と負担によって悲鳴を上げている。しかし、そんな状態であっても、彼は無理やりでも足を動かし続けていた。

 何故そこまで必死なのかと言うと理由は単純だ。

 

 

 足を止めれば殺されるかもしれないからだ。

 

 

「くそ! まだ追って来るのかよ!」

 

 聞こえてくる草木が掻き分けられる音から、アキラはまだ追い掛けられていることを悟る。

 既に胸が痛く息することも辛く、苦しみのあまり彼は足を止めたかった。

 だけど今足を止めれば、極限にまで疲労した状態で()()()()()を生身で相手することになるため、止まることは許されない。

 

「誰かァァァーー!! 助けてえェェーー!!!」

 

 心の底から本気でそう願いながら、彼はあらん限りの声で叫び、助けを求めた。

 全身全霊を込めて叫んだ声は森中に木霊するが、それでも誰かが彼を助けにくる気配は全くしなかった。

 

 

 

 

 

 始まりは本当に唐突であった。

 

 夜の森の中を走ることになる前のアキラは、懐中電灯を片手に自らが通っている小学校の夜の姿を小学四年生と言う立場と肝試しと言う名目を利用して満喫していた――筈だった。

 折り返し地点としている屋上に辿り着いてから、得体の知れない感覚を感じるその時までは。

 

 今まで経験したことが無い空気を肌が感じ取った時、彼は今自分がいる学校の屋上全体がどこからともなく広がりつつある毒々しい紫色をした濃霧に覆われ始めたことに気付いた。

 当然、そんな不可解な現象を目にした彼は、一刻も早くここから離れるべきだと判断した。

 しかし、逃げようとした方向から突然人影らしきものが行く手を遮る様に現れた所為で、彼の逃げ道を塞がれてしまった。

 

 突如として現れた謎の人影は、顔をフードで隠しているだけでなく格好も含めてまるで何かの宗教団体みたいな怪しさ満点の印象だったので、とにかくアキラは逃げたかった。

 

 そしていざ逃げるべく止めていた足に力を入れた瞬間、立ち塞がっていた人影は突如、まるで粘土が崩れる様に前屈みに倒れた。

 一体何があったのかと思わずアキラは足を止めてしまったが、それは悪手だった。

 

 不意を突く形で濃霧の中で何か光ったかと思った瞬間、彼は突如として激しい痛みに襲われたのだ。

 

 経験したことが無い強烈な痛みが全身を駆け巡り、瞬く間にアキラの意識は不安定に陥り、彼は体中から焦げた様な煙を漂わせながら崩れる様にうつ伏せに倒れてしまう。

 

 体に力が入らず意識は朦朧、視界も意識も定まらないという最悪の状態ではあったが、おぼろげながらも彼は近付いて来る足音を耳にする。

 

 こんなことになるならもっと早く行動を起こせば良かった。

 

 そう後悔しながら、悪足掻きに足音の正体だけでも知りたかったが、それが何なのかわからないまま、彼の意識は完全に闇の中へと引き込まれた。

 

 

 

 

 

 そして次にアキラが意識を取り戻した時、彼は草の上で仰向けに倒れていた。

 自分が倒れていた場所。そこは廃工場の中でも謎のアジトでも無く、夜空が良く見える森の中の拓けた場所だった。

 

 意識が戻ると同時に今自分がいる場所の周辺を確認したアキラは、不思議に思いながらもどこかで誰かが見ているのではないかと考えて入念に周囲の確認も行ったが、何も変化は無かった。

 強いて変わっている点を挙げると、倒れていた周辺に奇妙に思えるだけの量の石ころが散らばっているだけだった。

 

 何故自分がこんな森の中に置き去りにされているのか。

 

 それだけが理解出来なくて彼は気にはなったが、あれだけ痛い思いをしたにも関わらず、運は良かったのか体は健康そのもの。着ている服にも目立った傷が無い夏らしい半袖半ズボンの格好のままでもあった。

 考えれば考える程、気になる事や疑問の山が浮かび上がって来たが、幾ら考えても答えは導き出せなかった。取り敢えずこの森から抜け出すことから始めることをアキラは決めたが、ここに来て体に違和感があることに気付いた。

 

 妙なくらい体が重いのだ。

 

 まるで全身に重りを付けた様な感覚に戸惑いながら立ち上がった時、急に近くの茂みが騒がしい音を立てて揺れた。

 それを耳にした直後、アキラは反射的に意識を失う前と同様に飛び退いて茂みから距離を置く。

 何があっても対応出来る様にしたつもりであったが、その茂みから出てきた存在に彼は目を疑った。

 

 現れたのは水色と白の長い胴体を持ち、顔に白いボールの様なのを付けた生き物だったのだ。

 その姿はまるで小さな龍、それも彼が良く友達と一緒に遊んでいるポケットモンスターと呼ばれるゲームに出てくるミニリュウに酷似――否、ミニリュウとしか言いようがない生き物だった。

 

 初見で普通はいるはずがない生き物だと判断するのはおかしいことではあったが、それ以外にアキラの中で思い当たる存在はいなかった。それだけ目の前に現れた生き物が、ゲームで見たことのあるミニリュウそのものと言って良い程そっくりな印象を受けたからだ。

 

 最初は何かの見間違いか着ぐるみかと思ったが、一体何がどうなっているのかわからない彼は、ただ呆然とミニリュウらしき生き物を眺めるしかなかった。

 そんな時、偶然にもアキラとミニリュウの視線が合った直後だった。

 

 何か気に障ったのか、突然ミニリュウが目を鋭く細めてアキラに襲い掛かってきたのだ。

 そして一体何がどうなっているのかわからないまま、意図せず命懸けの鬼ごっこが始まりを告げ、今に至っている。

 

「あぁ~~もう! 誰でもいいから助けてぇ―!!」

 

 全身全霊を込めて助けを求める声を上げたにも関わらず、誰も助けに来なさそうな静けさに、アキラは本気で泣きたくなった。

 

 何故自分はこの森に置き去りにされたのか。

 何故命懸けで逃げなければならなくなってしまったのか。

 

 謎だらけではあったが、今は理由を考えることすら惜しい。

 サッカーをやっていたおかげで体力はそこそこ養われているが、疲れている影響もあるのか体が妙に重く感じられる。このままではミニリュウに手を下される前に、力尽きてしまうのは時間の問題だ。

 

 そう考えた直後、石にでもつまずいたのか彼は勢いよく転んでしまう。

 幸い転んだのが草の上だった為、半袖半ズボンの格好でも大した傷は負わなかったが、酷使した影響なのか足には力が入らず棒の様に感覚を失っていた。

 すぐさまアキラは腕の力だけで這ってでも逃げようとするが、月を背に跳び上がったミニリュウが自らの尾を振り下ろしてきた。

 繰り出された攻撃を、アキラは必死になって避けると死に物狂いで体を這わせる。

 

 このままではあのミニリュウの様な生き物に殺される。

 

 ところが、這ってでも逃げようとした直後、さっきの出来事でも経験したことのない痺れる様なとてつもない痛みと刺激が、突如彼の体を貫いた。

 

「あがっ!」

 

 強烈な痛みに彼は苦痛の声を上げる。

 幸か不幸か、さっきの出来事で慣れたのや命の危険に比べれば耐えられる痛みではあった。

 激痛を堪えて急いで逃げようとするが、すぐに彼は体の異変に気付いた。

 

 腕が足の様に硬直してしまって、動かそうにも全く動かせなかったのだ。

 

 体に起こった予想外の異変にアキラの動きは止まってしまうが、その気を取られた一瞬が命取りとなった。

 

「あぐっ!!」

 

 次の瞬間、背骨が折れたのでは無いかと思う程の痛みと強烈な衝撃にアキラは襲われる。

 さっきとは比にならない程の激痛に、彼は目を見開いて呻き声を漏らす。

 痛みの許容範囲を超えて意識も飛び掛けたが、それでも彼は朦朧とした状態で倒れ伏せても意識を失わなかった。

 

 「死」――

 

 遠い世界の筈だった概念が、今ハッキリと彼に迫っていた。

 ここで全て終わってしまうのか――そんな諦めにも似た考えが頭の中に浮かんだ直後、アキラは自分の体にある変化が起こっていることに気付いた。

 

 腕は動かすことはできないが、代わりに腕と同じく酷使し続けた影響で動かすことが出来ない筈の足が軽く感じられるのだ。

 顔を動かさずに目線を出来る限り横に向けると、月明かりに照らされたミニリュウの影が見える。

 それを見た彼は、年相応の笑みを浮かべる。

 

 そして倒れたアキラの横では、ミニリュウがさっきと変わらない鋭い目付きで彼を睨んでいた。

 追い打ちを掛けようかと考えていたが、全く動く様子が無いので興味が失せたのか背を向けてその場から去ろうとする。

 その直後、影の動きからミニリュウの気が逸れたと判断したアキラは、痛みを堪えながら器用に腕を使わずに素早く立ち上がると駆け出した。

 

 逃げ出したことに気付いたドラゴンは、再び体を跳ね上がるとさっきの様に尾を勢いよく振る。

 だが咄嗟にアキラが強引に後ろへ跳んで躱したことで、ミニリュウの体は空回りしてバランスを崩す。それを見た彼は、今度こそ逃げるチャンスだと察する。

 ところが逃げ出そうとした直後、足が何かを踏ん付けてしまったことで尻餅を付く形で彼はバランスを崩してしまった。

 

「いってぇ~、今度はなに?」

 

 強打した尻を押さえながら、アキラは足元に目を向ける。

 視線の先には、確かに彼が踏んだと思われる丸い石の様な物が転がっていたが、ただの丸い石ではなかった。ポケモンをやる者なら、誰もが知っている上下が赤と白で分かれた丸いもの――

 

 

 モンスターボールだ。

 

 

 ポケモンを連れて歩くのに必須であるアイテムを目にした瞬間、アキラはすぐにこのボールを使うことを決めた。見た感じでは多少傷が付いているのとちゃんと動くのかは定かでは無いが、これ以外に今この戦いを終わらせる方法は無い。

 

 手に取るべく腕を伸ばそうとするが、痺れによる硬直や痙攣でまともに動かせなかった。

 そうやってモタモタしている間にミニリュウが体勢を立て直したのを見て、最早一刻の猶予も無いと判断した彼は賭けに出た。

 

 動ける足でボールを挟み込み、それを尾を振り下ろしてくるミニリュウに向けたのだ。

 ”ポケモン”に殺されるなんて数時間前までは夢にも思わなかったが、これでダメなら訳のわからないまま全てが終わりだと、アキラは覚悟を決めていた。

 

 その瞬間、跳び上がったドラゴンが尾を振り下ろすまでの一連の流れが、彼の目には物凄く緩やかな動きに見えた。

 あまりにも緩やか過ぎて、時の流れが止まってしまったのでは無いかと錯覚してしまうほどだったが、恐怖のあまり彼は最後まで見届けようとせず目を逸らす。

 

 そして目も眩む強い光が周囲に広がる。

 光が収まってもアキラは目を逸らしていたが、どれだけ時間が経っても恐れていた衝撃は襲ってこなかった。恐る恐る目を開け、足に挟んでいたボールをゆっくり慎重に彼は草の上に置くと、その中身を確認する。

 

「やっ…やった」

 

 置いたモンスターボールの中には、あのミニリュウがしっかりと収まっていたのだ。

 ようやく、身の危険が去った事実にアキラは安堵する。

 本当は挟み込んだ状態で投げようと考えていたが、そんな器用な真似は無理だった。

 

 とにかくミニリュウの尾が運良くモンスターボールの開閉に関わるスイッチに当たったおかげで、ボールが相手をポケモンと認識して収めてくれた。

 

 もう自分に危害を加えるものはいない。

 

 モンスターボールの中では「ここから出せ」と言わんばかりにミニリュウが暴れていたが、安心した彼は極限状態の体と気持ちを落ち着けるべく、大きく息を吸ってゆっくり吐く。

 ところが、彼は次第に自らの体の違和感を感じ始めてた。

 

「頭が痛ぃ…」

 

 単なる頭痛にしては奇妙な感覚だが、それだけではない。

 とてつもない気怠さに吐気、さっきから感じる体の妙な重みにアキラは苦しめられる。

 しばらく体を休めると、体の重みを除いた一通りの症状は収まってはくれた。

 もう少し休んでいたかったが、そんな状態でも彼はフラつきながらも、未だに揺らされるミニリュウが入ったモンスターボールを手に立ち上がる。

 

 一刻も早く、こんな訳の分からない危ない森を出なければならない。

 

 その一心で傷付いた体を引き摺り、アキラは闇に包まれた森の中でも月明かりに照らされている比較的明るいところを辿って歩き始めた。

 しかし、ミニリュウと激闘を繰り広げた疲労とダメージは思いの外大きかった。

 歩き始めて十分も経たない内に体力と気力の限界を迎えてしまい、彼は木に寄り掛かる形で座り込み、無防備なまま体育座りで寝始めてしまった。

 これがタチの悪い夢だという一抹の期待を抱きながら。

 

 

 

 

 

 次にアキラが気付いた時、自分がいる場所はさっきまでいた森の中とは違っていた。

 

 何も見えない真っ暗な視界。

 そこは違うところにいる自覚があるにも関わらず、意識はハッキリせず、体を動かす感覚もしない奇妙なところだった。

 不思議に思っていた時、彼の身に異変が起こる。

 

 謎の濃霧と暗躍する影、突然襲われた衝撃、殺意満々のミニリュウからの逃亡劇。

 ついさっきまでに経験した嫌な出来事ばかりが、走馬灯の様に突如彼の頭の中に浮かび上がっては消えることを繰り返し始めたのだ。

 

 思い出すことも嫌な苦しい場面から逃れたくて、彼は必死に何も感じられない手足をもがく様に動かす。だが、それでも頭の中に浮かぶ悪夢の様なイメージは消えてくれなかった。

 気が狂いそうだったが、自分以外の声が頭の中に響き始めたことに彼は気付く。

 

 最初は何を言っているのかわからなかったが、徐々に暗闇に光が差し込む様に目の前が明るくなり始めた。それに伴って意識も光が広がるにつれて自然と安定していき、アキラは重く閉じていた目をゆっくりと開けていく。

 

「お! 気が付いたか!」

「――?」

 

 薄らと光に満たされた視界に真っ先に映ったのは、赤い帽子に赤いジャケットを着たほぼ同い年と思われる少年が体を屈ませている姿だった。

 体育座りで寝ていた筈が、何時の間にか倒れる形で横になっていたらしい。

 

 アキラは状況を理解しようと試みるが、体中が汗だくな上に頭がぼんやりとして働かない。その所為で彼は若干混乱するが、気を失っている間に夜が明けたことや倒れているところを偶然彼が見掛けて駆け寄ってきたということだけは理解出来た。

 

 そのまま彼は、さっきから少年の隣にいる不思議な存在が気になって首を横に動かす。

 少年の隣には、背中に大きな種を背負った様な生き物と大きな渦のような模様が描かれた胴に手や足の生えた奇妙な生き物――その見覚えのある姿からポケモンだとわかるのが立っていた。

 心の底で一連の出来事が夢であることを願っていたが、結局夢ではなく現実なのを思い知り、アキラは落胆する。

 

 だけど、望む望まない関係無く落ち込むのは後回しにすることにした。

 取り敢えず現状を脱するには、目の前にいる彼の助けが必要だ。

 ここが――まだ信じ切れていないがポケモンがいる森、極端に言えば世界であることを念頭に入れて、アキラは少年が何者なのかをぼんやりと考え始めた。

 

 帽子を被っていることから、一瞬だけ脳裏に良くテレビで見ていた十歳の少年に似ている気がしたが、同一人物ということは無いだろう

 更に情報を集めるべく、アキラは少年が連れている二匹のポケモンに目を向ける。

 彼の隣に立っているポケモン達は、外見的特徴から見て、それぞれフシギダネとニョロゾと言う名前のポケモンに近い印象を彼は受けた。

 

「こんなところで倒れていて大丈夫か? 何かあったのか?」

「えっ? ぁ…いやその……ちょっと色々あって、足が」

「動けないのか?」

「…そうみたい」

 

 思案しているところを突然話し掛けられて、倒れたままのアキラは少し戸惑いながらもぎこちなく頷いた。

 昨日の酷使がまだ響いているのか、足はまだ動かし辛いのは事実ではある。

 彼の返答を聞いた少年は、自分の右手を倒れているアキラに伸ばした。

 

「ほら掴まれよ」

「――ありがとう」

 

 促されるままにアキラは伸ばされた右手を握ると、少年は彼を引き上げる。

 多少の足の痺れを感じるが、彼の助力のおかげで何とか立ち上がることができた。

 しかし、足に力が入っているとは言い難くてフラついてしまうため、アキラは寄り掛かって寝ていた木に手を置くことで辛うじて立つ。

 

「本当に大丈夫か? フラフラじゃないか」

「何とか……大丈夫」

 

 口ではそう繕うが、実際はあまり大丈夫では無かった。

 足に力が入らない以外に、やっぱり体が妙に重く感じられるのだ。

 原因は全くわからないが、これ以上彼に迷惑を掛けるべきでは無い。

 そう考えて表向きは強がって見せると、少年は腑に落ちない顔をしたもののすぐに納得した。

 

「――ところでこれはお前のモンスターボールか?」

「ボール?」

 

 何時の間にか少年が手にしていたボールを見せると、中にはアキラが初めてモンスターボールに収めて手にしたミニリュウが入っていた。

 危うく殺され掛けたこともあって、ミニリュウが入ったボールをどうしようか考えてしまったが、すぐに答えは出た。

 

「それは確かに俺のだ。拾ってくれてありがとう」

 

 ミニリュウの”おや”――即ちトレーナーが自分であると答え、アキラは少年からボールを受け取った。

 一夜明けたのだから少しは落ち着いているかと思ったが、ボール越しからでもわかるくらい、未だにミニリュウは彼に対して腹を立てている様だった。

 とてもではないが、大人しくこちらの言うことを聞いてくれる雰囲気とは言えないだろう。

 だけど、どんな奴であれ今後頼りになる可能性もある。

 何より、彼にとって最初に手にしたポケモンであることに変わりないからだ。

 

「中に入っているのは、なんてポケモンだ?」

「中に入っているのはミニリュウ。ドラゴンタイプのポケモン…だったはず」

「ドラゴンタイプ? 珍しいポケモンを持ってんだな」

 

 少年はボールの中に入っている見たことのないポケモンが、希少なドラゴンタイプと知ると目を輝かせ始めた。しばらくミニリュウが入っているボールを眺めていたら、唐突に彼は上着のポケットから赤い掌サイズの四角い板のようなものを取り出した。

 

 見たことない形状ではあったが、それはどことなく”ポケモン図鑑”に良く似ている印象をアキラは受けた。

 少年はミニリュウのデータについて調べているのか、図鑑らしきものを開いた彼は何やらボタンを打ち込み始める。

 

「へぇ~、本当にドラゴンタイプなんだこのミニリュウは」

「何々? 見せてくれないかな?」

 

 少年が納得の声を上げるのを見て、アキラは彼に図鑑内容を見せて貰うのを頼むと、流れる様に図鑑の画面を少年は見せてくれた。

 だが図鑑に表示されたミニリュウに関するデータは、アキラが期待していたのとは大きく異なっていた。具体的には脱皮して成長するや澄んだ湖に生息しているなど、意外性の無い平凡な印象を受ける内容であった。

 

「あの…この機械は?」

「これはポケモン図鑑って言って、出会ったポケモンのデータを記録する機械だ」

「凄そうな機械だけど、ミニリュウに関する内容が少し…平凡じゃないかな?」

「う~ん…言われてみればそうかもしれないけど、何時もこんな感じだしな」

 

 アキラに指摘されて、少年自身もたった今図鑑に記録されたミニリュウに関する内容が平凡だと感じる。そんな色々な考えは浮かんだものの、使い始めてまだ間もないこともあり、彼はあまり気にしなかった。

 それよりも大切なことを思い出したからだ。

 

「そういえば忘れていたけど、お前の名前は? 俺はレッドだ」

「え? 名前?」

 

 少年は自身の名を告げると、更にアキラの名前を尋ねてきた。

 急に自分の名前を聞かれた彼は戸惑うが、頭を働かせて少し考える。

 確かに自分と彼は、互いに名前を知らない。

 この森を抜ける間だけ協力するとしても、意思疎通を円滑にする為には互いの名前を知っていた方が良いだろう。

 

「俺は――あっ……アキラ」

「アキラか、なんでこの森で倒れていたの?」

「その…ポケモンを追い掛けていた気がするんだけど、よく憶えていない」

「なんだそれ」

 

 取り敢えずアキラも彼に自分の名前を教えるが、森にいた理由は紛らわす様に曖昧に答える。

 小学校の屋上から謎の存在に連れ去られて、気が付いたらこの森に放置されていた。

 そんな荒唐無稽な事を話しても、あまり信じられないだろう。

 しかもそれが、ポケモンがいない世界から来たのなら尚更だ。

 

「レッドも何でここにいるの? この森、今は色々と危ない気がするんだけど」

 

 話の流れを変える意味で、アキラもレッドに同じ様な事を聞く。

 その途端、彼の表情は誇らしそうなものに変わった。

 何がそんなに嬉しいのかと疑問に思ったが、彼は手に持った図鑑を見せ付けるように目の前に突き出すと、胸を張って答えた。

 

「俺はこの図鑑にお前のミニリュウの様に世界中に存在する全てのポケモンのデータを記録して、この図鑑を完成させて究極のトレーナーになるためにこのトキワの森に来たんだ」

 

 レッドの答えを聞いた直後、アキラは驚いたかの様に真顔になった。

 唖然とする彼の様子を見て、レッドは何か変なことを言ってしまったのかと思ってしまいお互い暫く黙り込んでしまう。

 しかし、別にレッドがトンチンカンなことを答えたから彼は固まっているのでは無かった。

 

 アキラは今のレッドの答えた内容、少し変わっているが知っていたからだ。

 

 誇らしげに片手に持ったポケモン図鑑を語るレッドと名乗る少年、そして彼が一緒に連れている二匹のポケモン。

 まだ半信半疑ではあったが、こんなことになる数時間前まで自宅で楽しく読んでいたある作品の名がアキラの頭の中に浮かび上がっていた。

 

 

 その作品の名は、ポケットモンスターSPECIAL




アキラ、最初の手持ちとレッドとの初めての出会い。
ここからアキラは、レッドとは色々と長い付き合いになる予定です。


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苦渋の決断

 ポケットモンスター SPECIAL、略してポケスペ。

 巧みにゲームの設定を生かした綿密なストーリー展開に独自設定や迫力のある描写は、数多くあるポケモンを原作とした作品の中でも際立つ漫画だ。

 そして登場する人物の中には、今目の前に立つ少年と同じ名前であるレッドと言う少年が主人公として出ていた。

 

 自分が架空の世界――それも漫画の世界に来たことを否定するのは簡単だ。

 だが、否定しようにもそうだと確信出来るだけの証拠が、目の前に立っている彼自身も含めてアキラの中では揃っていた。

 

 ”ポケモンがいる世界に自分はいる”

 

 これだけでも興奮と不安が入り交じった気持ちを抱いていた彼の内心は再び荒れ始めたが、出来る限り感情を抑え込みながら、この世界に関して知っている記憶を頭の中に浮かべ始めた。

 

 幸いと言うべきか、アキラはポケスペの事を知っていると言えば知っている方だ。

 一応、どういう形で物語が進んでいくかの大体の流れを知ってはいる。

 何気無く楽しく読んでいた時の記憶が、自分の窮地を救う助けになるのではないか。

 そう期待出来たのだが、ここで全巻読んでいるとは言い難いという問題が立ちはだかった。

 

 中でも第二章と、読んでいる時はまだ途中である第九章に分けられるエピソードが問題だ。

 後者の章は遥か先の出来事ではあるが、前者の章は読んですらいない。なのでその間に起きた出来事、どういう流れで物語が進んだのかアキラは全く知らない。

 他にも全体の流れは憶えていても、作中内での彼らの細かな動きや発言を憶えている章と憶えていない章との差も激しい。

 

 結論から言うと、全体的にあやふやな状態でしかアキラは憶えていないのだ。

 今更ながら、全巻揃えなかったことやあまり読み込んでいなかったことを彼は後悔する。だが、こんなことで必要になるとは誰も思い付く筈が無い。

 

 けれども、この先どの様な出来事が起こるか、ある程度憶えていることは大きいことには変わりない。

 折角のアドバンテージをあまり活かせない懸念や不安が無い訳では無いが、何かしらの行動の指標とすることは出来る筈だ。とにかく今この世界の現在の時間軸を知りたかった。

 

「究極のトレーナーね……その図鑑はどこで手に入れたの?」

「これか? 昨日オーキド博士って人から託されたんだ」

 

 試しに、今手にしている図鑑をどこで手に入れたのか尋ねたが、彼は普通に答えてくれた。

 おかげで今の時間軸はかなり初期。それもレッドが、オーキド博士からポケモン図鑑を託されて間もない頃であることは見当が付いた。

 

 彼の様子と先程までの会話を聞く限りでは、今自分がいるこの森はトキワの森で、時間軸は最初のエピソードである第一章辺りなのが考えられる。と言うのも、彼がトキワの森を訪れた回数は全編通して見ても、そう多くは無いからだ。

 そこまで状況を整理したアキラだが、あることに気が付いた。

 

 もしかしたらこの付近を歩いている最中に、自分を置き去りにした存在を彼は見掛けたかもしれない。少しだけ期待を抱いたアキラは、レッドにその話をさりげなく振ることを思い付く。

 そしていざ話を振ろうとした直後、少し離れた茂みから青虫らしきポケモンが、ノロノロとした足取りで二人の前に姿を現した。

 

「――キャタピー?」

「あっ! さっきの青虫!」

 

 憶えのある姿にアキラは該当するポケモンの名を口にするが、レッドは別の意味で憶えがあるのか声を上げる。アキラは知る由も無いが、実は倒れている自分を見つけるまでレッドはキャタピーを追い掛け回していたのだ。

 

 出てきたキャタピーもまた、レッドに追い掛け回されていたのと同じ個体だったのか、一瞬だけ驚きで体を硬直させると一目散に逃げだした。

 それを見たレッドは、急いで後を追おうとするが何故かすぐ足を止める。

 

「どうしたの?」

「いや…お前を放っておくのはマズイかなって」

 

 知り合ったばかりではあるが、何やら遭難気味であるアキラを放置することはレッドとしては気が引けるらしい。

 彼の気遣いに、アキラの内から嬉しさと感謝したい気持ちが湧き上がる。突然訳もわからず森の中で命懸けな目に遭ったことや一人でいた心細さも相俟って、思わず涙が出そうでもあった。

 ところが唐突にある懸念が彼の中に込み上がって来て、素直に喜べなくなってしまった。

 

「――気にするな。折角だから追い掛けよう」

「いやお前足は…」

「大丈夫大丈夫」

 

 レッドの心配を余所に、アキラは気合を振り絞って強引に体を動かす。

 彼の中で浮かび上がった懸念とは、自分の事でレッドをここに留めた影響で、この先に起きる出来事が変わってしまう可能性だ。

 

 基本的に世界観は漫画通りであることは予想できる。

 しかし、ポケスペは妙に現実的な面がある世界観の作品だ。

 ミニリュウとの戦いを身をもって経験した今では、アニメやゲームと同じ感覚や考えをしていては、この世界で生きていくことが出来ない。だからこそ先を知っていると言うのは、この世界を生きていく上では大きなアドバンテージだ。

 それが活かせなくなってしまうかもしれない可能性は、なるべく避けたい。

 

 今レッドを自分の安全の為に留めたことで先が変わってしまう不安。

 彼を先に行かせて一人で森を抜ける不安。

 それらをすぐに両天秤に測り、前者の方が大きく響くとアキラは判断したのだ。

 

 立ち続けていたおかげで足の感覚は多少回復してはいたが、それでもレッドと一緒にキャタピーを追い掛けることが出来る体調では無いことに変わりはない。

 だけどここで体を休ませ続けていては、彼は自分の身を案じて離れないだろう。

 かと言って空元気を見せてもレッドが納得することもない。

 

「本当に大丈夫なのかよ」

「何時までも森の中には居たくないしね。早いとこ出たい」

 

 体に鞭を打ち、アキラは率先して茂みの中に入って行くとレッドも続く。

 もう既にキャタピーは見失っているが、二人は腰の高さもある茂みを掻き分けながら森の中を突き進んでいく。奥に進むにつれて、森の中は徐々に太陽の光が遮られて薄暗い雰囲気へと変わる。

 何かが出てきてもおかしくないと思ったその時、鳥の様な無数の影が彼らの前に飛び出してきた。

 

「うおっ!?」

 

 突然の事にレッドは驚いて何歩か下がるが、それは飛び出した鳥――ポッポ達も同じだった。

 驚いて飛び出したことりポケモン達は、慌ただしくその場から飛び去って行くのもいたが、その多くはパニックを起こしているのか目の前にいるレッドとそのポケモン達を追い払おうと集団で襲い掛かって来た。

 

「ちょっと待て! タンマタンマ!!」

 

 レッドも自分の不注意でポッポ達を驚かせてしまった自覚があったので、反撃はせずに落ち着く様に声を上げるが、パニックになって我を忘れているポッポ達は我武者羅に彼らを小さな嘴で突き始めた。

 

「ちょっ! 待て、痛い痛い!」

 

 レッドは腕で顔を守るが、それでも余りの数と体の至る箇所を突かれるので堪らず連れているポケモン達と一緒にその場から逃げる様に走っていく。

 ポッポ達も逃げるレッド達を執拗に追い掛けることはせずに、彼らが去って行くのを見届けると立ち去る様に森の外へと飛び立って行った。

 そうしてトキワの森は再び静けさを取り戻したが、しばらくするとさっきまでレッドとポッポ達がいた場所のすぐ近くの茂みが蠢いた。

 

「――行ったかな?」

 

 蠢いた茂みの中から顔を出しながら、アキラは周囲の様子を慎重に窺う。

 彼としては体を酷使させてでもレッドに付いて行くか、どこかのタイミングで逸れる形で別れることを考えていたが、まさかこんな形で彼と別れることになるとは流石に予想していなかった。

 茂みの中に隠れていたのは実は偶然で、ポッポ達が飛び出したのに驚いて倒れ込んだのが茂みの中だっただけでなのとポッポ達は自分の存在に気付いていなかったので周囲が静かになるまで隠れていただけだ。

 

 レッドと別れることになったのは、本当に偶然の結果だ。

 本当は足の調子が良ければ一緒に森を出たかったが、本来なら存在する筈が無い自分の所為で彼の足を引っ張る訳にはいかない。

 なので折角気を遣ってくれたレッドには悪いが、ここで一旦別れた方が彼の為だ。

 

「…ッ」

 

 足が限界に達した為、アキラは休息を取るべくまた座り込む。

 レッドと別れたのは、先が変わることを恐れたが故の判断だった。

 だが、落ち着いて冷静に考えると、今この森から抜け出さなければその判断に意味が無いことに今更ながら気付いた。

 さっきまで最善と思っていた選択に若干後悔するが、彼は強引に意識を切り替えて、これから自分が進むべき道について考え始めた。

 

 確かこの世界の十代は大人とほぼ同じ扱いと見なされて、子ども達の多くは旅に出るということを不確かながら憶えている。その理由はポケモンがいる分、旅の負担が軽減されるからと考えられる。だけど正直このまま何の助けも無く自力でこの世界を生き抜いていく自信は、とてもじゃないが無い。

 

「落ち着け…焦るな」

 

 激しくなってきた心臓の鼓動を抑える様に胸に手を添え、彼は自分に言い聞かせながら気持ちを落ち着けようと努力する。未来が不透明且つお先真っ暗状態なのだから、悲観的な思考に陥ってしまうのは無理ない。

 だが、全てを諦めるにはまだ早い。

 

 とにかく知っていることの中で、役に立ちそうなことをアキラは些細なことでも良いから片っ端から思い出そうとする。この後取るべき適切と思われる行動を幾つか頭の中に浮かべ始めたが、急にお腹が鳴り始めてから、それらのイメージは尻すぼみになっていった。

 

「お腹空いた…」

 

 今思えば夕食すら食べていなかったので、お腹が空くのはある意味当然ではある。

 とにかく何か食べれる物は無いか探し始めるが、周囲の木を見ても食べられそうなものは見当たらない。

 体から力が抜けるのを感じたアキラは、そのまま後ろの木に背中を預けるが、すぐに何かを思い付いたのかモンスターボールを手に、フラつきながらも立ち上がった。

 

 中には昨日ボールに収めたミニリュウが入っている。

 正直に言えば、昨日の出来事もあって一人の時にミニリュウを出すことは怖い。だけど、彼としては今後頼りになるかもしれないのと最初に手にしたポケモンであるが故の思い入れなどの気持ちの方が上回っており、出来るだけ手持ちから外したくない。

 深呼吸をして気持ちを静めると同時に覚悟を決めて、アキラはモンスターボールを軽く投げた。

 

「ミニリュウ出てきてくれ」

 

 ボン!と音を立ててボールが開き、中からミニリュウが姿を見せた。

 ところが現れたドラゴンポケモンは、顔を合わせることすら嫌なのか最初からアキラに背を向けていた。

 

 「なぁミニリュウ、お前この森にいたんだろ。食べ物の在り処とか知らないかな?」

 

 同じ目線までしゃがみ込んだアキラは、背を向けているミニリュウに食べ物の在り処を尋ねる。

 レッドが見せてくれたポケモン図鑑の説明を思い出せば、本来ならミニリュウは湖などの水のある場所に棲んでいる。少し不自然ではあるが、とにかくこのドラゴンポケモンはこの森を住処にしているはずだ。

 そう考えての質問だったが、ミニリュウは返事代わりに頭突きを繰り出してきた。

 

「危ね!」

 

 突然の攻撃ではあったが、アキラは紙一重の差で避ける。

 機嫌が悪いのでボールから出したら何かやらかすと思っていたが、まさかここまでとは予想していなかった。彼は急いでボールを手にして戻そうと構え、頭突きを仕掛けてから木にぶつかったミニリュウも振り返る。

 昨夜の出来事を再現するかの様に両者は再び対峙するが、水を差す様にぶつかった木から「ボトッ」と音を立てて何かが落ちた。

 

 少し気の抜ける音であったため、彼らは一時休戦にして何が落ちて来たのかを確認する。

 両者の視線の先にあったのは、バナナの房のような形をした奇妙な物体だった。

 一体何なのか分からずお互い無視しようとしたが、本能的な危機感を抱く不気味な羽音が聞こえてきて無視できなくなった。

 

 嫌な予感がする

 

 そう感じたアキラは、物体が落ちてきたと思われる木を見上げるが、すぐに見上げてしまったことを後悔する。

 

「やっ、やばい」

 

 枝葉の隙間から、両腕と尻に巨大な針の様な凶器を持った虫の様な姿をしたポケモンが何十匹も赤い目を光らせていたのだ。

 落ちてきた物体が何なのかはわからないが、それが木の上で彼とミニリュウに明らかな敵意を見せている虫ポケモン達を怒らせている原因なのは確かだ。

 

 あんな巨大な針に刺されたら、ひとたまりもない。

 

 外見からして蜂によく似ているのだから、毒を持っていることが容易に予想出来た。

 

「ミニリュウ、ここは逃げるべきだ。下がろう」

 

 アキラはミニリュウに逃げるのを促す様に声を掛けるが、直後にミニリュウと虫ポケモン達は同時に動いた。

 虫ポケモン達は一斉に襲い掛かるが、ミニリュウは虫ポケモン達よりも早く先手を打った。

 

 瞬間移動したのではないかと錯覚する程のスピードで、ドラゴンポケモンは一気に距離を詰めると、全身を大きく捻った”たたきつける”で、先鋒の数匹を纏めて一掃したのだ。

 一気に数匹やられたが、残った虫ポケモン達は怯まず巨大な針を突き刺そうと突っ込む。

 危うい状況であることに変わり無かったが、尾を振った勢いを利用してミニリュウは体を横に飛ばして攻撃を避ける。

 

 敵集団から距離を置いたドラゴンポケモンは、口と思われる部分に自身の体色を濃くした様な青い光を球体状に集め始める。そして光が一際強くなった瞬間、何本もの青い稲妻が絡まり合った様な光線を虫ポケモン達目掛けて放った。

 その技を見た瞬間、でんきタイプの技かとアキラは思ったが、青い光線を浴びた虫ポケモン達の体は凍り付いて呆気なく落ちていくのだった。

 

「ウソ…」

 

 予想外過ぎるミニリュウの強さに、辺りが再び静かになったのと合わせてアキラは唖然とする。

 今気付いたが、自分達を襲ってきた虫ポケモンの正体はスピアーと言う名前のポケモンだ。

 

 個々ではあまり強くないが、纏まった数が揃うと大きな脅威になると思われるポケモンだ。

 そのスピアーの群れが、たった一匹のミニリュウの手でアッサリと片付けられた。目まぐるしく状況が変わり過ぎて理解するのに時間が掛かったが、同時にアキラの頭の中に何故ミニリュウが言うことを聞いてくれないのかの要因が浮かんできた。

 

 それは自分のトレーナーとしてのレベルが低いからなのではないか、ということだ。

 ポケモンの世界は、バッジ保有数などでトレーナーとしての力量を表している。

 このレベルが低いと他人のポケモンや強いポケモンは、指示を出したトレーナーの言うことを聞こうとせず自分勝手に動く。彼自身、実際にゲームで経験をしたことがある。

 別の技を出したり、無視したり、寝始めたり、怠けたりと色々と面倒で厄介な問題ばかりを引き起こす。

 

 おそらくミニリュウが自分に腹を立てているのは、己の”おや”が言うことを聞くに値しないトレーナーだと認識しているからなのだろう。

 色んな意味でポケモンに接することは初心者なので、自分がトレーナーとしての技量が低いのは仕方ないところはある。だけど、だからと言ってこのまま放置する訳にはいかない。

 また昨日みたいな目に遭う前にアキラはミニリュウをボールに戻そうと動いたが、目の前の竜は彼の動きを察知する。

 振り返ると同時にミニリュウは、さっき放ったのとは異なる電撃の様なものを彼目掛けて放ってきた。

 

「大人しく戻るんだミニリュウ!」

 

 避けながらアキラは憤ったような声で呼び掛けるが、当然素直に聞いてくれる訳は無かった。

 最終手段として、彼は腕に力を入れて思いっ切りモンスターボールを投げ付ける。

 

 本来なら、ここまでの余力は今の彼には無い。

 

 しかし度重なる生命の危機と体を動かさざるを得ない状況によって、体内では大量のアドレナリンが駆け巡り、一時的に火事場の馬鹿力の様なものが引き出されていた。

 が、そんな渾身の力が込められたボールをミニリュウはアッサリと弾いた。

 

「ゲッ!」

 

 まさかの失敗に彼の表情は青ざめるが、ミニリュウは容赦なく尾を振ってきた。

 

「ちょ! タンマタンマ!」

 

 思わず咄嗟に手を突き出して、アキラは先程まで一緒に居たレッドみたいにタイムを要求したが、勿論そんなことをしてミニリュウが止まる筈は無かった。

 フルスイングで放たれた尾の直撃を腹部に受け、アキラは潰れた様な変な奇声を上げながら叩き飛ばされた。

 

 金属バットをフルスイングで腹に叩き込まれたような強烈な一撃。

 アキラは草の上を激しく転がるだけでなく、激痛と強烈な吐気に襲われる。

 意識が遠のきそうだったが、ミニリュウは攻撃の手を緩めなかった。

 

 追撃にスピアーの群れを葬ったあの青白い光線を放ってきたのだ。これを受けて氷漬けにされたら、もう生きられる自信は無い。

 死に物狂いで彼は避けると、転がっていたモンスターボールを拾う。もう一度ボールに収めるチャンスを窺うが、攻撃は一層苛烈さを増す。

 生命の危機と恐怖感も相俟って、止む無くアキラは逃げる様にミニリュウから距離を取る。

 

「お願いだから大人しくして! ホントおねが、うおっ!?」

 

 本気で殺しに掛かってきているとしか思えない程、ミニリュウは憎悪を剥き出しにしつこく攻撃を仕掛けてくる。何故ここまで殺意や憎悪をぶつけてくるのか、アキラには訳が分からなかった。

 

 追い掛けてくるミニリュウの様子を見て、ボールを投げようと身を翻した時、彼の背中に何かがぶつかった。翻す前は木は無かったはずだったが、理由が分からないままぶつかった反動でアキラの体は前によろめく。その隙を突く形でミニリュウは飛び掛かって来た。

 

 これ以上攻撃を受けると、光線の直撃じゃなくても体が持たない。

 奇しくも昨日と同じ構図だった為、彼は飛び上がったミニリュウに対して手に持ったボールを突き出した。

 

 どの道上手くいかなければ、今度こそ再起不能になるのだ。

 昨日とは異なり、彼は一連の流れと動きから一切目を逸らさなかった。

 そして運良く昨日と同じ流れで、ミニリュウの尾がボールの開閉スイッチに触れる。

 その瞬間、目の前のポケモンはボールの中に収まり、ようやく辺りは静かになった。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ…」

 

 呼吸を荒げながら、ようやく落ち着いたことにアキラは安心する。

 ボールから出す度にこれでは、とてもじゃないが体がもたない。

 そんなに目が合ったことや捕まったことが気に入らないのかわからないが、この状態が続くなら精神的にも肉体的にもきつい。

 

「いたた、腰が…」

「えぇ、本当に腰が……え?」

 

 無意識に堪えていた痛みを彼は口にするが、自分の声以外に「いたた」とぼやくのが耳に入る。

 何気無く彼は後ろに顔を向けると、頭の至る箇所が大きく跳ねている特徴的な髪型が目立つ白衣を着た人物が倒れていたのだ。

 

「わっ! ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

 背中に背負っている機械の所為なのか、白衣を着た人物は起き上がるのに四苦八苦していた。

 慌ててアキラは痛みを忘れて、倒れている人が立ち上がれる様に手伝う。

 疲れていることや奇妙なくらい体が重く感じられて時間は掛かったものの、彼は白衣の人物を何とか立ち上がらせることは出来た。

 

「ふぅ、やれやれ助かった」

「ぶつかってごめんなさい。お怪我はないですか?」

 

 ぶつかった白衣を着た人は大して気にしていなさそうではあったが、さっきから色々不運続きなアキラとしては、これ以上の面倒事は避けたかった。

 

 謝罪を口にしながら彼は頭を下げるが、どこからか点滅音的なものが耳に入る。

 不思議に思って顔を上げてみると、点滅音は目の前の博士っぽい人が手にしている探知機の様な装置のランプから発せられていたのだ。

 機械は忙しなく「ピコンピコン」と音を発しながら点滅しており、目の前の人物は興味深そうに手にした探知機をアキラの体の隅々に回す。

 

「あの…何でしょうか?」

「――もしや君、あの現象に遭遇したのか?」

「ぇ……はぁ?」

 

 よくわからない質問に、アキラは思わず失礼な疑問の声を上げてしまう。

 確かに奇妙な現象に巻き込まれはしたが、それがこの探知機のどこに引っ掛かって反応しているのか。疲労が重なり過ぎて頭の動きが鈍くなっていたアキラは、目の前の人物が言っている内容が良く理解できなかった。

 

「おっと、突然申し訳ない。儂の名はヒラタ。ポケモンのタイプに関して調べている研究者じゃ」

「――タイプを調べている研究者?」

 

 困惑するアキラの様子から、目の前の人物は自身の名と役職を名乗る。

 しかし、会話の流れがよくわからなくて混乱していた彼は、身分を明かされても話に付いて行けていなかった。

 

 ポケモン世界にはオーキド博士などのポケモン研究者が存在していることは知っている。だが今目の前にいるヒラタと名乗る研究者の存在は、アキラは知らないどころか作中内に登場している記憶が無かった。

 頭が落ち着くにつれて胡散臭い人という考えが徐々に彼の中に浮かんでいき、露骨に疑いの眼差しで見つめ始めた。

 

 レッドと別れた今では、このトキワの森を抜け出す手段は現状二つしかない。

 

 一つ目は、自力での脱出。

 二つ目は、目の前のヒラタと名乗る謎の研究者に助けを求めて付いて行くかだ。

 

 自力での脱出は、森の中を全く理解していないので出来れば避けたい。

 だが、この自称研究者のおじさんに付いて行くことも気が引ける。

 

 どうしようかアキラは悩むが、唐突に森の奥から恐ろしい獣が吠える様な声が聞こえてきた。

 幸い、声の大きさから考えて声の主は二人から離れているようだったが、ヒラタの表情は険しいものに変わった。

 

「むむまたか、さっきは何とかやり過ごしたと言うのに長居は出来んようじゃな。――君はトキワシティの子か?」

「へ? 違いますが」

「と言うことはニビシティの子か」

「あの…自分はこの近辺の人間ではありません」

 

 ある程度ではあるが正直にアキラは、自分がトキワの森に接している町に住んでいる人間では無いことを伝える。すると、どこの町の出身では無いことを全く予想していなかったのかヒラタは目を瞠る。

 

「と言う事は…君は旅をしている子なのか?」

「それは……その…」

 

 どう答えるべきか、アキラは言葉に詰まってしまう。

 さっき会ったレッドの様に記憶喪失な風に振る舞う事も出来なくは無かったが、疲れていることも重なって、中々彼はその発想に至る事は出来なかった。

 黙り込むアキラにヒラタは困るが、仕方なさそうに彼に話し掛ける。

 

「会って間もない儂を信じるのは難しいと思うじゃろうが、この森から安全に抜けることは保証をする。すまないが儂に付いて来てくれんか?」

 

 彼の提案に、アキラは怪訝な顔を浮かべる。

 知らない人には付いて行かない。

 元の世界では耳にタコができるくらい言われていることに彼は悩む。

 

 こんな状況ではなかったら断るべき場面だが、森の出口がわからず彷徨っていたことやさっきの声を聞く限りでは、この森に長居するのは止めた方が良いだろう。それに端的ではあるが、この人は自分にとって覚えのある現象についても触れていた。

 

 正直に言えば、巻き込まれた以外は何故自分がこの世界にいるか知らないし、何事もたった一人だけでは出来ることは高が知れている。仕方ないが森から出る時までだけでなく、そのまま博士に付いて行き、自分の身に何が起こったのかを知るヒントを得ることも十分に選択肢に入る。

 ひょっとしたら、ヒントを得る以上の手助けを借りられるかもしれない。

 

「いいですけど、何で俺に付いてきて欲しいのですか?」

「それは君に聞きたいことがたくさんあるからじゃ」

 

 付いて来て欲しい理由が非常に曖昧なのが引っ掛かるが、何かあったらボールに戻すのは大変だろうけど、もう一度ミニリュウを出せばどうにかなるだろう。

 そう考えたアキラは、博士を名乗るヒラタの申し出を受け入れた。

 それから彼は森の出口へと向かい始めたであろうヒラタから逸れない様に、さっきの声の主が後ろから襲ってこないかどうか気にしながら慎重に付いて行くのだった。




アキラ、オーキド博士では無い全く別の博士ポジと遭遇。
アニポケに同じ名前と似た様な立ち位置のキャラはいますが、一話限りのゲストでしたのでほぼオリキャラですね。
わざわざアニポケのゲストキャラから選んだのは初期設定の名残で、名前は検索すれば、どういう話に出てきたキャラなのかわかると思います。

改めて書きますが、この小説の原型が浮かんだのがゲームのXY発売前なので、主人公であるアキラは2011年の時期からやって来た扱いです。
なので主人公はBWまでは知っていますが、それ以降のポケモンのゲームは存在しないので知らないです。

何回も大幅に話の展開や設定を変えたのに、何でそこだけは変えなかったんだろう。


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第二の転機

 結論から言うと、アキラがトキワの森の中で出会った博士を名乗るヒラタという人物に付いて行ったことは正解であった。

 

 何故なら彼に付いて行ったことで、アキラは無事に昨日から彷徨っていたトキワの森から抜け出すことが出来たからだ。

 彼にとってはそれだけでももう十分だったが、そのまま彼らはニビシティの外れにあるニビ科学博物館と呼ばれる建物にやって来た。

 その博物館の中にある関係者しか通れそうにない通路を一緒に歩いて行く内に、アキラはヒラタが――否、ヒラタ博士が本当に研究者であることをこの時ようやく理解するのだった。

 

「よっ、ようやく着いた」

 

 案内された先の個室に置いてあったソファーに背中を預ける形でアキラは崩れる。

 心身共に安心できる場所に来たからなのか、アドレナリンで抑え込んでいた疲労感が一気に体に広がっていくのを感じた。

 ちなみにヒラタ博士は、この一室に入ってから「しばらくここで休んでくれ」と告げてから別室に行っている。

 お陰で彼は、人目を気にせずソファーに座った状態で体を伸ばして、本当の意味で休息を取ることで心身共に落ち着かせることが出来た。

 

 伸ばした体から力を抜いていき、アキラは研究機材や文献が置いてある棚を見渡しながら、トキワの森の中での出来事を軽く振り返り始めた。

 探知機らしい装置で自分の体の隅々を調べた時、ヒラタ博士は「あの現象に遭遇したのか?」と疑問を口にしていた。更に自己紹介で言っていた「ポケモンのタイプに関しての研究」発言。

 この世界の物語に登場していた憶えが無いポケモン研究者ではあるが、これらを総合するとヒラタ博士は、あの紫色の濃霧に関する現象を調べていることが考えられるだろう。

 

 アキラの脳裏に、つい数時間前の出来事であるにも関わらず、思い出すことさえも忌々しい紫色の濃霧に包まれた屋上が浮かび上がる。

 情報が少なくてまだ明確に決め付けることは出来ないが、恐らく博士が追っているであろう紫色の濃霧の存在が、今後自分にとっては重要になるだろう。

 そんなことを考えていたら、別室にいたヒラタ博士が湯気の漂うカップとちょっとした菓子を持って戻ってきた。

 

「すまんな。疲れているのに突然こんなところまで来てもらって」

「いえ、むしろありがたかったです」

 

 博士とは逆に、アキラは感謝の言葉を伝える。

 まだ完全に信用し切れていないが、彼が見つけてくれなかったら、自分はまだトキワの森を彷徨っていたかもしれない。博士に感謝することはあれど、博士の方が謝る道理は無い。

 

 持ってきてくれた紅茶を口に含み、アキラは味の事は気にせずとにかく乾いた喉を潤す。続けて菓子を口にすることで、さっきから主張している腹を少しだけ満たした。

 ヒラタ博士も紅茶を少しだけ飲むが、彼が紅茶を飲み干して持ってきた菓子を一通り食べて一息ついたのを見計らい、紅茶のカップを置いた。

 

「さて、そろそろ聞いてもいいかね?」

 

 真剣な表情で話し掛けるヒラタ博士を見て、アキラは自然と背筋を真っ直ぐに伸ばし、緩んでいた表情も引き締まらせる。

 傍から見ると、まるでこれから面接を受ける様な雰囲気に博士は苦笑する。

 

「そう緊張しなくてもいいぞ」

「は…はぁい」

 

 ヒラタ博士は肩から力を抜くようにアドバイスをするが、逆に戸惑いを感じた彼は更に肩を強張らせる。その様子に、博士は下手に楽にする様に言えば言う程逆効果であることを悟るが、取り敢えずこのまま話を進めることにした。

 

「それではいきなりじゃが……君は紫色の濃霧を間近で見たかね?」

「!」

 

 博士が尋ねてきた直球な内容に、アキラは驚きのあまり緊張感を忘れて膝の上に置いていた両手を無意識の内に強く握り締めた。

 あの現象についていきなり聞いて来るとなれば、最早確定的だ。

 今の話で、彼は知らない人物であるが故に半信半疑であったヒラタ博士を本気で信じる気になる事が出来た。

 

 この人なら、自分が知りたいことを知っている可能性が高い。

 

 興奮のあまり、すぐにでも博士が知っている限りのことを問い詰めたかった。

 だけど、ここは冷静に頭を働かせてレッドの時にやった記憶が無いフリを思い出す。

 自分と同じ荒唐無稽な考えを持っていそうなこの人でも、小学校の屋上から気付いたらこの森に放置されていたなんて話しても、流石に信じてくれないだろう。

 おかしく思われない様に注意しながら、じっくり時間を掛けて聞いていくべきだ。

 

「――えぇと…何と言えば良いのですか。見たような見ていないような…」

「どういうことかね?」

「どういうことって言われましても、あの森にいた以前の記憶があやふやなもので…」

 

 本当はちゃんと話したかったが、まだ別世界から来たと言っても信用されるかわからない。

 故にアキラは、ワザと記憶喪失の所為でわからない様な答え方をした。

 嘘をつくことは罪悪感が湧くが故に苦手としていたが、博士は特に疑問に思っていないのか、ブツブツ独り言を言いながら勝手に納得していた。

 

「霧に含まれるエネルギーの影響か? だとしたら――」

「あの…断片的に覚えてはいるのですが、その紫色の濃霧とは一体…」

 

 どうも勝手に一人考え込み始めたヒラタ博士に、悪いと思いながらもアキラは博士が追っている紫色の濃霧に関して尋ねる。どうやら自分が考えている以上に事は大きいらしい。

 

「――君の名前は?」

「…アキラです」

「アキラ君。そうじゃな――憶えている限りでいいから、ピッピと言うポケモンがどういうポケモンか教えてくれんかの?」

 

 突然問われた内容に、アキラは内心で首を傾げる。

 何が聞きたいのかわからないが、とりあえずあやふやな記憶でも不自然ではないくらいに自分が知っている限りのピッピの特徴を挙げることにした。

 

 ノーマルタイプであること、つきのいしで進化することの二点を何気なく述べる。他にも可愛い姿であるので大人気なのもあるが、普通に考えたらピッピの特徴はさっき挙げた二つくらいだ。

 答えた直後からヒラタ博士が考える素振りを見せたので、何か引っ掛かることがあるのだろうかと思っていたら、博士は突拍子も無いことを聞いてきた。

 

「君はそのピッピが、一般的に広く知られているノーマル以外のタイプを持つものも存在すると聞かれたらどう思うかね?」

「……普通でしたら信じられませんね」

 

 アキラの知る限りでは、住んでいる場所や個体差で外見が異なるポケモンはいても、知られているタイプが通常とは異なるポケモンはいなかった。加えて新作が出る度に新アイテムや新ポケモンなどは登場しているが、タイプが変わったポケモンはいなかったはずだ。

 

「そう。常識的に考えれば、同じ種にも関わらずタイプが異なるなどあり得ない。しかし――」

 

 ヒラタ博士は少し間を置くと、思わず耳を疑うであろうことを語った。

 

「紫色の濃霧が生じた近辺には、既知の種でありながら本来とは異なるタイプを有した個体のポケモンが現れる時があるんじゃ」

 

 ある意味とんでもない発言に、アキラの思考は一時停止をする。

 それだけ内容が良く理解できなかったのだ。

 

 既に知られている種にも関わらず本来とは異なるタイプのポケモン。

 

 さっきの例え話から考えるとピッピには、ノーマルタイプ以外のタイプを持った個体が存在していると言う意味なのだろう。

 時間が経つにつれて、彼の中でヒラタ博士が語った内容の理解が徐々に進む。

 

「なっ、何ですかそれは?」

 

 先程までの熱心さから一転して、アキラの反応は冷ややかなものに変わる。

 ある意味神様視点でポケモンのことを見てきた彼からすれば、同じ種にも関わらず本来のタイプと違うポケモンが存在していると言われてもあまり信じられない。正直言って、自分と同じくらい他人に話しても相手にされない考えを持つこの人を頼りにしても良いのだろうか。

 一度は消えた疑念が再び湧き上がってくる。

 

 しかし、調べていることや理由はともかく「紫色の濃霧」を追っている点に限れば、頼りになる可能性はある。落ち着いて彼は、納得が出来るまで博士の話を聞くことにした。

 

「今日博士があの森にいたのは、調査の一環だったのですか?」

「そうじゃ、最近トキワの森のポケモンが近隣の住民に危害を及ぼしていると耳にして、もしかしてと思って」

 

 予想通り、ヒラタ博士は調査の一環でトキワの森を訪れていたようだ。

 他にも気になることを口にしていたが、アキラはとにかくあの不可解な自然現象とは言い難い現象について知りたかった。

 

「ヒラタ博士は、その紫色の濃霧を見たことがあるのですか?」

「いや、直接は無い。そもそもポケモンのタイプが変化するのに、最初は霧に原因があるとは考えが及ばなかった」

 

 ポケモンのタイプは、種を構成する重要な要素の一つだ。

 それが変化するだけでも信じ難いことなのに、変わった色の霧が関わっている可能性があるなど普通は思い付かないものだ。

 

 それにアキラは知らないが、元々ヒラタ博士は最初からタイプが変化したポケモンを追い掛けていた訳では無い。本来の研究を進めていく中で、稀にタイプが異なる可能性があるポケモンの存在を噂話程度で聞くだけで真に受けることは無かった。

 しかし、ある日偶然捕獲したポケモンのタイプが本来とは違うのを実際に目の当たりしてからは、その認識を改めざるを得なかった。

 

「それって…大発見じゃないですか?」

「そうなのじゃが、このタイプが変わる現象は曲者なのじゃ」

「曲者?」

 

 当初博士はタイプが異なるのは、同種の突然変異か新種のポケモンと考えていた。

 しかし、不思議なことにタイプが変化していることが確認出来ても、時間が経過すると変化していたポケモンは本来のタイプに戻ってしまうのだ。なので明確な証拠が残らないこともあって本格的な調査には乗り出せず、個人レベルでの調査を何年も続けていた。

 

 そして調べていく内に、タイプが異なるポケモンが確認された周辺で不気味な紫色の霧が出ていると言う話が、よく挙がることにヒラタ博士は気付いた。

 以来、タイプが異なるポケモンのみならず、それに関わっている現象と考えられる紫色の濃霧も彼は追い続けていた。

 

「――もし本当にタイプが変わっているとしたら、本当に霧が原因なのですか?」

「うむ、問題はそこにもある。調べてみると発生したと思われる場所などからは、隕石からしか検出されないエネルギーが検知されるから、恐らく隕石が放つエネルギーが関わっていると考えておる」

「隕石が放つエネルギーですか?」

 

 地道に霧とタイプ変化現象の関係についてヒラタ博士は調べてきたが、ここ何年かでようやくポケモンのタイプ変化と紫色の濃霧との繋がりを見出していた。

 幾つかある仮説の中で、最も有力だと考えられるのは”隕石が放つエネルギー”だ。

 

 それらに関してアキラはより詳細な情報を求めて尋ねるが、一時的にタイプが変化するメカニズムは不明ではあるもののあらゆる角度で調べても隕石からしか確認されないエネルギーが検出される為、この仮説はほぼ確実らしい。

 隕石自体がエネルギーを有しているのかアキラは気になったが、この世界では”つきのいし”を始めとしたポケモンを進化させるための石が存在している。

 

 そう考えると、普通の隕石にも何かしらのエネルギーがあるのだろう。

 となると初対面の時にヒラタ博士が持っていたピコピコ鳴っていた探知機の様なものは、隕石のエネルギーを感知する装置だったのだろう。

 

「つまり、隕石が放つエネルギーによって紫色の濃霧が発生するだけでなく、浴びたことでタイプが本来とは異なる別のものに変わったってことですか?」

「そうじゃ、そう考えれば時間が経つと元のタイプに戻ってしまうことも、エネルギーが発散したからだと説明が付く」

 

 隕石は極端に言えば、地球外からやってくる未知の物質の塊だ。

 それだけでも何があるのかわからない上にエネルギーを有していると言うのだから、正直言って何が起きてもおかしくないだろう。

 

「具体的にどういうエネルギーなのですか?」

「わかっているのは”進化の石”に似ているエネルギー。しかし不可解な点が多い」

「不可解な点?」

 

 詳しく話を窺うと、隕石からしか検出されないエネルギーであるにも関わらず、エネルギーが検知された付近には隕石が存在していないと言うのだ。

 普通なら落ちた隕石から放たれるエネルギーによって、紫色の濃霧が発生すると考えることが一番辻褄が合うのだが、紫色の濃霧が発生したとされる付近に隕石は落ちた記録は無い。

 逆に隕石の落下とは関係無く、紫色の濃霧がエネルギーを有していると考えても、なぜ本来地球上には存在しないエネルギーを帯びているのかと言う謎が生じる。

 この様な理由もあって、両者に繋がりがあることは見出すことが出来ても解明するまでには至れていないのが現状だ。

 

「――他にわかっていることはありませんか?」

 

 一通りの話を聞いて、アキラはこの問題は一筋縄ではいかないどころか、自分の想像を遥か超えているかもしれないことを察する。

 

 だけど歩みを止める訳にはいかない。

 

 話の内容は後で纏めることにして、今はわかっていることだけでも知っておくべきだと考えて更に質問をする。紫色の濃霧については、隕石が有する宇宙に存在しているであろう未知のエネルギーが関わっていることはわかった。

 だけどアキラが一番知りたいことは、自分が何故この世界にいるかだ。

 

 あの時に味わった経験もあって、アキラは紫色の濃霧が生じるのは自然なものでは無くて人為的に起こされた現象と考えている。

 ヒラタ博士は、今の時点ではただの奇妙な自然現象扱いにしているが、絶対にこれを利用している黒幕の様なのが存在している筈だ。

 でなければ人影や足音など見聞きしない。

 

「他にはエネルギーの影響だと思うが、生息するポケモンの凶暴化による襲撃の増加。後は、たまに近辺で行方不明者が出ているってところじゃ」

「何ですって?」

 

 さらりと博士が口にした内容に、アキラは意識を集中させる。

 前者のポケモンの凶暴化は、既にさっきヒラタ博士がトキワの森にやってきた理由である程度触れられていたが、後者の方が彼にとって重要だった。

 どうなっているかはわからないが、今頃元の世界でアキラは行方不明扱いにされているだろう。それを考えると、この世界でもあの霧が発生した付近で行方不明者が出ていると言う話は貴重な情報だ。

 

「稀に行方不明者が出るって、何でそんなことが起きるのですか?」

「それについては全くわからない。凶暴化したポケモンに襲撃されて不幸な出来事に遭ったと考えても、あまりに綺麗に消えておる。まるで神隠しに遭ったみたいじゃ」

「神隠し…」

 

 神隠しの例えに何故か妙にしっくりときたが、同時にある考えも浮かんできた。

 あの紫色の濃霧が別世界に繋がっていると仮定するなら、博士が言う痕跡も無く消えることは十分可能だ。そして自分が、この世界になぜやって来てしまったかの理由の説明も付く。

 だけど、何か違う気がしなくもなかった。

 

 仮に紫色の濃霧がこの世界と元の自分の世界を繋げていると考えたとしても、ヒラタ博士の話を聞く限りでは、頻度は多くは無いもののそれなりの回数は発生しているらしい。

 もし霧が発生する度に互いの世界が繋がるのならば、元の世界でも何かしらの形で知られているはずだ。となれば自分が元居た世界とこの世界は、紫色の濃霧を介して繋がることがあると考えることは安易だろう。

 

 鍵を握っているとしたら、アキラが黒幕と捉えている存在だろう。

 しかし、そうだとしても黒幕が何の目的で紫色の濃霧を起こしているのか。

 何故自分をこの世界に連れて来たのかなど、様々な問題も浮かび上がる。

 少なくとも現時点でわかっていることだけでは、答えは導き出させそうに見えて全く導くことが出来ない。

 

 博士が語っている内容は体験したからこそ理解できることは多いが、同時に謎も多過ぎる。信用は出来ても、全部鵜呑みする訳にはいかない。

 現時点で知った情報を整理し、次に尋ねることをアキラは考え始めた。

 

 紫色の濃霧、隕石特有のエネルギー、黒幕と思われる人物の存在、別世界。

 

 これらのキーワードを上手く整理すれば、何かわかっても良い様な気はする。ところが謎がまた謎を呼ぶ為、疲れ切った頭ではこれらを上手く纏めることが出来ない。

 寧ろ考え過ぎて、彼の思考は停止寸前だった。

 

「疲れているようじゃな。昨日からあの森の中を彷徨っていたのなら無理はない」

「すみません」

 

 本当はもう少し話したかったが、アキラ自身まだ未成熟な小学生の体だ。

 ほぼ休み無しで、痛め付けられた体を動かし続けるのは酷だ。

 ただ、休むにしても色々と気になることが多くて、結局あまり頭を使う必要が無いボールの中にいるミニリュウの様子を気休め程度にアキラは窺い始めた。

 

「取り敢えず警察に身元確認をして貰おうと思うが、良いかね?」

「おっ、お願いします。このまま何もわからずフラフラするのは嫌ですので」

 

 ヒラタ博士の提案に、アキラは疲れた声で同意する。

 しかし、彼はこの世界には存在しない人間。

 絶対にわかる筈はないが、頼まなければ不審だと思ったが故の同意ではあるが。

 にも関わらず博士は少しも疑う様子を見せず、また来るからそれまでに本棚にある本を自由に読んでも良い、と告げると部屋から出て行った。

 

 一人部屋に残されたアキラは、しばらくボールの中にいるミニリュウを眺めていたが、部屋の中にある見たことの無い本の山がどうしても気になった。

 ある程度回復した彼は、立ち上がると研究資料の山やポケモン関係の本の中から何冊かを選ぶと疲れない程度に流し読みにしていくことにした。

 もしかしたら何か、これからこの世界で生きていく上で役に立つことが書かれているかもしれない。

 

 しかし、期待を抱いて手に取った本の内容にすぐに彼は表情を歪めた。

 

 本に書かれている内容は、よく読むゲームの攻略本が真面目になった様なものだと考えていたが、それは正しかった。

 理解出来ない解説に難しい漢字が幾つも書かれた小さな文字の羅列、それらを目にしただけでも彼は疲れた頭が痛くなるのを感じた。

 

 今の自分が読むのは無理だ。

 一旦目を通すことを止めたが、やっぱり気になるので少しでも内容の理解がしやすくなると思われる挿絵が多い本を探し始めた。

 ところが、どの本もアキラが考えている様なものでは無かった。

 結局本を読むことは止めて体を休ませるのに専念すべきかと考え始めたが、探している途中、本棚の隅に丁寧に置かれた何故か震える様に小刻みに動くモンスターボールを彼は見つけた。

 

 何だろうと思いながらも、好奇心に駆られたアキラは手を伸ばしてその小刻みに震えるボールを手に取った。

 中身を確認するが、中には変な黒なのか紫なのかよく分からない小さな球体がモンスターボールの中心で静止していた。

 これがポケモンなのか彼は気になったが、軽く振ったりボールにデコピンしたりと刺激しても球体は静止したままだ。今でもどうやっているか不明だが、ボールを小刻みに震えさせている。

 

「どうなっているんだ?」

 

 不思議そうにアキラは首を傾げるが、この球体を詳細に知るためにボールに電気スタンドの光を当ててみる。何らかの反応を期待したものの、球体に動きは無い。ただモンスターボールの中心で不自然に静止しているだけだ。

 特に変化が見られなかったので、彼が棚に戻そうとするが、ボールは揺らすかの様な振動に変わった。

 

 まるで嫌がるかの様な動きに、再びアキラはボールを掲げて中身をジッと見つめた。

 掲げてからもボールは大きく揺れ続けるが、相変わらず球体に変化は見られない。

 

 と思ったら

 

 そのモンスターボールから強烈に眩しい光が放たれて、アキラの目は眩むのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「――あっ、ごめん。さっさと食べないとな」

 

 遠い目で昔経験した出来事をアキラはぼんやりと思い出していたが、連れていた手持ちの一匹が少し痛く感じる程度に突いてきたのを機に意識を過去のニビシティから――現代に戻した。

 

 今彼らがいるコガネシティの警察署内の食堂は、お昼の時間帯だからなのか、どのテーブルも勤務している警官達や連れているポケモン達で一杯になっている。

 その中で窓際のあまり目立たない隅のテーブルで、アキラは手持ちのポケモン達と一緒に昼食を摂っていた。

 既にポケモン達は半分くらいまで食べていたが、彼は完全に食事をすることを忘れていた。

 

「何時もお前には苦労を掛けてしまうな」

 

 過去から現代に意識を戻してくれた手持ちにアキラは申し訳なさそうに呟くが、そのポケモンは首を横に振って気にしていないことを伝える。本当に彼は昔から素直で優しいだけでなく、細かいところまで自分を助けてくれるので本当にありがたい。

 そう思いながらアキラは礼を伝えると、箸で料理を摘んで食事を再開した。

 

 まあ何がともあれ、ヒラタ博士との出会いはアキラにとって大きな転機だった。

 トキワの森で彼と会っていなければ、まず間違いなく自分は今ここにいないのは断言できる。それだけ、ポケモンタイプ研究者であるヒラタ博士との出会いの影響は大きかったのだ。

 これ以上考えるとまた食の手が止まってしまうので、彼は一旦食事に集中しようと意識を切り替えようとするが――

 

「………」

 

 さっきから薄々感じてはいたが、周りから注がれる視線が気になって今度は落ち着いて食事に手が付けられなくなった。

 取り敢えず無視を決め込むも、どれだけ無視してもこの食堂で食事をしている人達の囁く声を耳は嫌でも拾ってしまう。

 

 視線を向けられる理由はわかっている。

 自分が連れている手持ちのポケモン達の食事の仕方が普通では無いからだ。

 

 今座っているテーブルの正面右端に目を向ければ、手持ちの一匹が握る様な持ち方ではあるがそこそこ上手くスプーンを扱い。目の前と横にそれぞれ座っているのに至っては、自分よりも器用に箸を使っている。左横にいるポケモンは、フォークで絡め取ったパスタを口に運んでいる。

 

 基本的にこういう場所での食事メニューは、人間用とポケモン用に分かれてはいるが、ポケモン達の多くは人間用のでも食することが出来る。

 ただ、食べるだけならポケモンでも出来るが、周りに不快感を与えずに食べられるかが問題だ。

 

 アキラの横で床に座り込んでいる手持ちの二匹は、ポケモン用の食事を警察関係者が連れている他のポケモン達と同様に食しているが、それは手の形や大きさが食器を扱うことに適していないだけだ。適していたら、恐らく他の四匹の様に食器を扱う練習をしていただろう。

 連れているの手持ち達の方向性にアキラは軽く考え始めるが、視界の片隅で見えたコソコソとした動きは見逃さなかった。

 

「相変わらず抜け目がないな」

 

 表情を変えず淡々とした声色でぼやきながら、彼は軽く手刀を落として伸びてきた箸が自分の皿の上にある料理を摘まむことを防ぐ。

 悔しそうな表情で手刀を落とされた手の持ち主は痛がっていたが、その目の奥に見えるものは、初めて会った時から少しも変わっていない。

 そのつもりは無かったが、アキラの脳裏に再びかつての――四年前にあった出来事の記憶が、古ぼけた映像フィルムの様に再生され始めるのだった。




アキラ、助けてくれた博士の研究内容に疑問を抱きながらも信じることにする。

何回目かの設定変更時「ピッピのフェアリータイプへの変化は良い要素になるな」→サン・ムーンでのリージョンフォームの発表「ふぁ!?」
もしサン・ムーンでリージョンフォームの発表が無かったら、書き上がるのはもう少し遅くなっていたかもしれません。ていうかあれでブーストが掛かりました。


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手掛かりを求めて

 ニビシティの少し外れにある広々とした草むらで、風に吹かれながらアキラはミニリュウの様子を窺っていた。天気は雲一つない穏やかな青空ではあったが、草むらにいる両者は穏やかな空とはかけ離れた雰囲気だった。

 

 今アキラは、この世界にあるポケモン育成に関する本を読んだことで得た様々な方法を用いて、最初に手にしたポケモンであるミニリュウと仲良くなることを試みていた。

 今のところ、ミニリュウがどれだけ気性が荒くて言うことを聞かないかの再確認止まりで、何一つ進展していない。だけど、どうやって「生きる」かで頭が一杯だった少し前と比べれば、今のアキラは大分精神的に余裕を持てていた。

 

 理由は二日前のことだ。

 話し合いの末、トキワの森で出会ったヒラタ博士の計らいで取り敢えず警察に身元を調べて貰っている間、アキラは博士の元で助手のような手伝いをすることを条件に保護下に置いてくれることになったからだ。

 それは端的に言えば、この世界にやって来てから一番の不安要素である衣住食が、ある程度保障されることを意味していた。この事が、今の彼にミニリュウと仲良くなろうと試みる行動を起こすまでの精神的な余裕を与えてくれた。

 

「ミニリュウ~、こっちに来てくれ~~」

 

 緊張した面でアキラは、少し距離を置いているドラゴンポケモンに子どもを呼ぶ親の様な声で呼び掛けるが、竜の子は相変わらず不機嫌な態度のままだった。

 トキワの森の出来事から色々察してはいたが、人間を信用していないのかあの日ボールに収めてからずっとこの調子だ。玉砕覚悟で意気込んでも、いざミニリュウを目の前にすると、痛め付けられた恐怖を思い出して若干弱腰になってしまう。

 

 現に保護者となったヒラタ博士からは、今のミニリュウは手元に置いておかない方が良いことをアキラは勧められている。確かにポケモンの扱いに慣れていない初心者が、これだけ人に不信感を抱いていると思われる荒れたポケモンを持つのは危険だ。

 

 それに精神的に余裕を持てたとしても、まだアキラはミニリュウに対する「恐怖感」が完全に拭えていない。加えてそれらの要因を除いても、元々ドラゴンタイプは初心者が連れるのには向いていないポケモンでもあった。

 

「――う~ん、どうしよう」

 

 ポケモンと一緒に寝食を共にすることは、何も良いことばかりなだけでなく、怪我をするなどの痛くて怖い経験も付き物。

 

 ミニリュウと交流を重ねていく内にアキラは、自分が元の世界で抱いて来たポケモンに関する認識が通用しないこと、今のミニリュウをこのまま手持ちとして連れて行くことが楽観的なものであることは理解しつつあった。

 でもミニリュウは、この世界で最初に手にしたポケモンであると同時に進化すれば頼れる存在になる可能性を秘めているのだ。どうしても手持ちから外す気にはなれなかった。

 

 あまりの暴れっぷりの為、ヒラタ博士は検知はされなかったがミニリュウの異常な凶暴性は、自身が追い掛けている隕石のエネルギーの影響では無いかとさえ考えている。

 だけどアキラは、ミニリュウがここまで凶暴になる理由が他にもあることを知っている。

 

 それは丁度この時期、ロケット団が自分達の手で改造や訓練を施したポケモン達を森に放していることだ。

 つまり今博士が気にしているトキワの森の異変は、彼が考えていることとは異なり、今カントー各地で暗躍しているロケット団の仕業の可能性の方が遥かに高い。

 もしロケット団の仕業で凶暴化しているのなら、下手に逃がしたりボールに入れたまま放置でもしたら、余計に悪化することが容易に想像出来る。

 

 ちなみにアキラは、自らが知っているロケット団絡みの事件をヒラタ博士に教えようかと思ったが、結局は止めた。

 軽度の記憶喪失を装っている十歳の少年が、そんな悪の組織の事情を知っているのは誰がどう考えてもおかしいからだ。

 他にも話す以前に信用されるかどうかの問題もあるが、それ以上に大きな問題がある。

 

 それは単純にこの先起こる出来事を知っているだけではなく、普通なら本人くらいしか知らない色んな秘密や裏事情も、それなりにアキラは知っていることだ。

 

 これから先、彼はどう動くかはまだ考えていない。

 だけど、もしこれから先に起こる事件や戦いに巻き込まれるか身を投じるならば、それらを知っているだけでもかなり有利だ。適切に動きさえすればではあるが、戦況や一部の者の運命も変えることすら可能とも言える。

 

 しかし、あまり知っていることを意識し過ぎて行動するべきでは無い。

 不審に思われたり、悪の組織の関係者と勘違いされたら堪ったものではないからだ。

 

 それに幾ら憶えているとしても、知らないことの方が多い。

 しかし、もし自分がほぼ確実な未来を知っていることをこの世界の人達が知ってしまったら、どこかの組織が彼を計画の障害となる危険要素と判断して始末に動くかもしれない。自衛出来るだけの力が無いのなら、極力明かさない方が良い。

 仮に自分自身の身に何かが起こらなくても、様々な弊害が起こる可能性も否定出来ない。

 

 改めてアキラは、この世界でこれから起きる事件や戦いに詳しいことや自らの素性を秘密にしていくことを固く決意する。

 と、同時に飛んできたミニリュウの”はかいこうせん”の荒々しい破壊的な光の奔流を、彼は死に物狂いで避けた。

 

「本当に心臓に悪いな」

 

 直撃を受ければ、無事では済まないことはわかる。

 だが殴るや蹴るなどの物理的なダメージしか知らないアキラにとって、光線系の技を受けた時のダメージは想像出来なかった。これ以上は無理だと判断すると、彼はミニリュウをボールに戻すことを決める。

 

 何度前にしても恐怖で足が竦んでしまうが、遠くからボールを投げても弾かれるだけなので、モンスターボールを片手にアキラは駆け出した。

 

 今ならミニリュウは、”はかいこうせん”を放った反動で動けない。

 未だに感じる体の妙な重さの所為で動きはぎこちないままだが、多少は慣れたおかげで思ったよりもスピードは出てくれる。

 

 ところがもう立ち直ったのか、ミニリュウは近付いてくる彼に向けて、今度は青緑色をした炎である”りゅうのいかり”を放つ。鮮やかな色をした炎がアキラに迫るが、幸い予測済みだった彼はサッカーのスライディングの要領で躱す。そして流れる様な動きでボールを押し付けて、荒れ狂うドラゴンをボールの中に戻す。

 

「よし――って、暴れないで!」

 

 ホッとしたのも束の間、中に収まったミニリュウが暴れ始めたことで、衝撃でボールは彼の手から転げ落ちてしまう。

 幸い飛び出すことは無かったが、慌ててアキラはボールに飛び付くと両手で抑え付ける。

 

「ふぅ、危ない危ない」

 

 しばらく抑え付けていると、ようやくミニリュウは暴れることを止めて大人しくなる。

 だけど、これでもまだ油断できない。今の様にボールを中から動かすことが出来るので、上手く転がして開閉スイッチを押せばミニリュウが飛び出してくる可能性があるからだ。

 

 一応何もわからず体当たりで仲良くなるのではなく、本に書かれているポケモンを懐かせる方法を実践してはいる。しかし、結果はこの通りあまり期待出来る効果は得られていなかった。

 

 試しに草むらに棲んでいるポケモンを相手に戦わせてみたが、初めて会ったばかりのスピアーの群れと戦った時と同じ様に好き勝手に暴れるだけだ。

 他にも手加減せずに瀕死状態に追い込むので、手持ちに新しいポケモンを加えようにも、瀕死状態ではモンスターボールが正常に機能してくれないなどの困った面もある。

 

 今も変わらない様々な悩みにアキラはどうするか考え始めるが、ここで彼はもう一つ別の用事を思い出した。それは博士に頼まれた仕事の中でもある意味重要なことで、腰に付けたミニリュウのボールとは別のボールを手に取った。

 

「ほらゴース、あまり遠くに行くんじゃないぞ」

 

 開閉スイッチを押すと、紫色のガスに包まれた顔だけの球体状のポケモン――ゴースをアキラはボールから出した。

 まだそれ程経っていないが、アキラの仕事は主に掃除や荷物運びなどの雑用に加えて、ゴースを毎日に外に連れ出してストレスを発散させることだ。

 

 このガスじょうポケモンは、大分前から博物館でイタズラをしていたところを職員に捕獲されたポケモンだ。捕獲されてからはずっとボールの中で過ごしていたが、何時までもボールに入れておくのは幾らなんでも酷だという事で、博物館の職員が交代で毎日面倒を見ていた。

 

 しかし、やんちゃでイタズラ好きな性格の持ち主なのも相俟って、目を離すとすぐにトラブルを引き起こすトラブルメーカーでもあった。その為、最近は誰も面倒を見なくなっていたらしい。

 実際、彼も本棚の片隅に置いてあったボールの中に入っているとは知らなかったので、目を眩まされてボールを落とした拍子で飛び出したゴースに酷い目に遭わされたものだ。

 

 ふわふわと漂う様にゴースは移動する。

 こうしてただ浮いているだけなら特に害は無いは、逸れない様にアキラは後を付ける。

 聞く耳を持たないミニリュウと比べれば、ある程度言うことは聞いてくれるが、聞くと見せ掛けて勝手な行動をするパターンが多い。昨日は見事騙されて危うく逃げられかけたが、今回はそうならないように注意しなければならない。

 そう思っていた矢先、強風に煽られてゴースはアキラの頭上を越えてしまう。

 

「げっ、ゴースどこに行く!?」

 

 慌ててアキラは追い掛ける。

 ゴースがあの程度の風で、流されることはあり得ないからだ。

 実際それを証明するかの様に、離れたゴースは体を反転させて全速力で逃げ始めた。目的は不明だが、博物館の職員からゴースがやった悪行の数々は聞いている。このまま逃がしたら、また何かをしでかすに違いない。

 

 モンスターボールを手にしたアキラは投げ付けるが、遠投力が無いのかボールはゴースに当たる直前で力を失って落ちてしまう。

 

 このままでは逃げられる。

 

 一瞬だけ脳裏に今から数年後に活躍するとある少女の姿が過ぎり、彼は決意した。

 

「シュートォ―――ッ!!!」

 

 走った勢いを出来る限り殺さずに踏み込み、アキラは落ちていたモンスターボールをゴース目掛けて蹴り飛ばした。大きさ的に野球ボールを蹴る感覚だったので、コントロール以前に上手く飛んで行ってくれているかが不安ではあった。

 

 だが、蹴り飛ばされたボールが奇跡的にゴースの後頭部を直撃したことで、彼の心配は杞憂で終わった。

 衝撃でゴースの体とボールは反発したが、吸い込まれる様にゴースはボールの中に戻り、地面に落ちる寸前のモンスターボールを彼はダイビングキャッチで受け止めた。

 

 普通なら半袖半ズボンである今の格好だと腕や膝を擦っていたが、ここが土ばかりの校庭ではなく草の上で助かった。

 何がともあれ、これでやるべきことは大体終えた。

 

 一旦ヒラタ博士の元に戻ろうかと考え始めたが、少し離れたところから博士らしき人物の姿が彼の目に映った。

 急いでアキラは駆け寄ると、どこかに行くつもりなのか博士は手持ちのスリーパーに以前会った時に見た研究機材を持たせていた。

 

「おぉアキラ君、急で済まないがこれからわしの調査を手伝ってくれんか?」

「勿論ですよ。ぁ、荷物をお持ちします」

 

 願ってもいないお手伝いの機会に、アキラは意気揚々とヒラタ博士がスリーパーに持たせていた荷物を代わりに背負い込んだ。

 ところが予想外の重さに背負い込んだ直後、彼は思わず倒れ掛かった。

 

「っ…」

「大丈夫かね?」

「はい……何とか」

「その機材は8キロぐらいじゃが、無理はせんように」

 

 アキラは何でもないように取り繕ったが、ヒラタ博士は少し気にしていた。

 事実、博士の懸念は当たっていた。

 彼は大丈夫な様には装っているが、本音を言うと今背負い込んでいる機材はかなり重くて少しでも気を緩めれば倒れてしまいそうだった。体が重く感じられることによる動きの鈍さに、大した重さじゃないものが異様に重かったりと、この世界に来てから不思議なことばかりだ。

 

 けどお世話になっている以上、心配させてしまうことは自分が許せない。

 出来る限り表情に出さない様に、アキラは歯を食い縛って博士の後を付いて行く。

 

「ミニリュウの調子はどうじゃ?」

「――相変わらずです」

 

 正直言って、生き物を手懐けることがここまで大変だとは思っていなかった。

 既に何回もヒラタ博士に助言を求めてはいたが、その時は良いと思った解決策でも実際にやってみると期待していた効果は全く無かった。

 下手をすれば半殺しにされる可能性があることも考えると、もう時間を掛けてゆっくりと互いに信頼関係を築いていくしか道は無い気がしてきていた。

 

「うむ。気の難しいポケモンを手懐けるのは、一流のブリーダーでも骨じゃからな」

 

 アキラの返答に、博士は頭を働かせる。

 ミニリュウの様なドラゴンポケモンは、今アキラが手持ちにしている個体の荒さを除いても総じて扱いにくいのが多く、手懐けることは中々難しいと聞く。昔見た研究論文によれば、ドラゴンポケモンは本能的に高いプライドを有しており、これが扱いにくさに関与しているらしい。

 手懐けるのに効果的なのは、ポケモンにトレーナーの方が実力が上であることを示すことか、一緒にいた方が自らに有益であることを見出させることだ。

 

 まだ数日しか面倒を見ていないが、アキラのポケモンに関する知識は特性などの一部よくわからないことを知っていることや偏っている面はあるが、同年代にしては豊富な方だ。どこでそれだけの知識を身に付けたかは知らないが、ヒラタ博士は彼の知識の多さに一目置いている。

 ただ、幾ら知識が豊富でも活かせなければ何の意味も無い。

 現に彼は、知識とは不釣合いなまでに経験が無い。

 だからこそ、その経験を積む為にある提案を持ち掛けた。

 

「今ニビジムが挑戦者を募っておるようじゃが、試しに挑戦してみてはどうかね?」

 

 ジムとはポケモンジムのことだ。

 ポケモン協会から任命されたトレーナーがリーダーを務め、挑戦してくるトレーナーの実力を計ることが主な仕事だ。故にジムリーダーの実力は、一般的なトレーナーより一線を画している。

 

 けれどもアキラの知識を元にした指示とミニリュウの実力が上手く噛み合えば、ジムリーダーに勝てなくても善戦することは十分に可能だろうと、ヒラタ博士は見込んでいた。

 勝っても負けても貴重な経験になるし、互いに協力せざるを得ない極限状態に追い込めば、ひょっとしたら信頼関係が芽生えるかもしれない。

 しかし、ヒラタ博士のこの提案をアキラはやんわり断る。

 

「止めた方が良いと思います。バトルしているポケモンじゃなくて、トレーナーを狙い出したら目も当てられませんので」

 

 ごく普通の野生のポケモンとのバトルでも、目に見えてわかる殺気を放った状態で戦うのだ。そんな状態のポケモンで、トレーナーと戦うのは好ましく無い。

 もしかしたら戦っていたポケモンを倒すだけでは飽き足らず、相手トレーナーにも襲い掛かる可能性もある。

 仮にミニリュウの暴走を十分に止められる実力者が相手だとしてもだ。

 

「…そうか」

 

 アキラの意見に博士は納得する。

 確かにミニリュウのこれまでの行動を考えれば、アキラが言っていることは何も間違いでは無い。しかし、恐れるあまり一歩踏み出そうとしないのはどうかとも思いつつも、それ以上は言わなかった。

 

「――ゴースとは上手くやっておるか?」

 

 話を変える意味も含めて、世話を頼んでいるポケモンについて尋ねる。

 博士の質問にアキラは、さっきまでの出来事を含めて今までゴースとのやり取りを振り返りながら答えた。

 

「逃げられそうになったりはしますが、案外上手くやっていけていますね」

「そうか、よしよし」

 

 良い内容なのか、アキラの言葉にヒラタ博士は満足する。

 妙に上機嫌なのが気になったが、余計なことを考えていると背中の荷物の重みに負けそうになるので、取り敢えず彼は目的地まで運ぶことに専念するのだった。

 

 

 

 

 

 しばらく歩いていている内に彼らは、昔ディグダが掘った地下通路で有名なディグダの洞窟近辺にやって来た。

 実は言うと、アキラがヒラタ博士の調査に同行することは今回が初めてだ。

 一見すると何の役に立つか不明な機材を使ってどんな形で調べるのか気になっていたが、調査の準備と仕方は至って単純だった。

 

 初めにアキラが背負っていた箱の様な装置とパラボラアンテナをケーブルで繋ぎ、博士のポケモンであるスリーパーと呼ばれるポケモンの念の力でケーブルの限界まで空高く浮かび上がらせる。

 こうすることで近辺に目的のエネルギーがあるかどうかを確かめて、何かを探知すればその方角にある程度足を進め、また同じことを繰り返す。そうやって大体の場所まで絞れたら、今度は片手サイズの探知機での探索に切り替えると言う若干地味なものだ。

 

 フワフワとスリーパーの念動力でパラボラアンテナが浮かび上がるのを見届け、早速ヒラタ博士はエネルギーが探知されそうな場所を確認し始める。

 アキラはレーダーの様なものをイメージしていたが、画面には心電図に似た波長の様なものしか表示されていなくて、横から見ていてもよくわからなかった。

 ただ、表情から見て博士にとっては好ましく無い結果なのは理解出来た。

 

「う~む…」

「反応が無いのですか?」

「いや、あるにはあるんじゃが……トキワの森の方角なのじゃ」

「え?」

 

 博士の答えに、アキラは何故浮かない顔をしているかを理解する。

 普通ならそれ程気にしなくてもいいのだが、今のトキワの森は類を見ない凶暴なポケモン達が棲み付いているため非常に危険だ。

 

「――やっぱりトキワの森ですか」

 

 真剣な目付きで、アキラは視線の先を見据える。

 トキワの森はカントー地方最大の森にして、カントー地方を舞台としたゲームをやっている者なら誰もが最初に挑むダンジョンだ。

 

 最初に挑むダンジョン故に、ゲームでの森は迷路には程遠い単純な構造だった。

 ところが現実のトキワの森は、足を踏み入れてみると陽が遮られて暗い上に複雑な道どころか道らしい道は殆ど無い。一歩間違えれば、冗談抜きで遭難コース直行だ。

 この森に関して知っていること全てを思い出して、アキラは思考を巡らせた。

 

 今のトキワの森は、ロケット団の手によって凶暴化したポケモンが放されている。

 彼らに対抗出来る術が無いなら、入るべきでは無いのが普通だ。

 だけど、あの出来事からまだ数日しか経っていないので、手掛かりがまだ残っている可能性は否定できない。特にヒラタ博士にはまだ伝えていないが、目覚めた時に自分の周りにあった草むらの上に散らばっていた石。もしかしたら紫色の濃霧に関係しているかもしれない。

 どうするかアキラは悩むが、その前に博士の方が先に悩みを吹き飛ばした。

 

「しょうがない。危険かもしれないが、行ける所まで行くか」

「――そうしましょう。危ないと思ったらすぐに逃げればいいですし」

 

 ヒラタ博士の考えに、アキラはすぐに同意した。

 確かに森の中は危険だが簡単な話、遭遇しなければ何の問題も無いのだ。元の世界に戻りたい気持ちに変わりはないが、仮に謎のことがわかっても必ずしもすぐに戻れる訳では無い。

 ならばこの世界を満喫しつつ気長に過ごせばいい。

 それに空のモンスターボールもヒラタ博士から何個か与えられているので、今回は手持ちを増やす良い機会でもある。

 

 トキワの森は、放されているポケモンを除いてもピカチュウを始め、記憶によればガルーラさえも棲んでいる。もしかしたら自分が考えている以上に、多種多様なポケモンが生息している可能性がある。昨日襲い掛かったスピアーも加えたい気はするが、捕まえたとしてもミニリュウの様に暴れられたら堪ったものではない。

 

 とにかく今の自分のレベル相応に大人しそうなポケモンを迎えたい。

 しばらく考えていたアキラは、ミニリュウが入ったボールを手に取って中の様子を窺う。

 

 こうして手持ちポケモンとして連れ歩いておきながら、内心では彼はまだミニリュウには恐怖とも言える恐れを抱いている。だけどこの先、この世界で起きる出来事を考えるとドラゴンポケモンの力は必要不可欠だ。

 陳腐な考えかもしれないが、ポケモントレーナーなら連れているポケモンを信じなくてどうする。

 

「これからこの森を突き進むから頼むぞ」

 

 態度がどうあれ、自分は信頼しているのをアキラはミニリュウに伝える。

 しかし、こちらの一方的な信頼は迷惑なのか、背を向けている所為で聞いているのか聞いていないのかまではわからない。微動だにしていないのを見ると、多分何も聞いていないだろう。何時になったら気を許してくれるのか、と思うが元の世界に帰るのと同じように気長にやっていこう、と気持ちを切り替える。

 一緒に連れているゴースにも同様のことを彼は伝えると、森の中を突き進むべく体のストレッチを始めて気合を入れる。

 

「さて、ヒラタ博士、俺は何時でも行けますよ」

「うむ、では行こうか」

 

 ヒラタ博士に行くことを促して、二人はトキワの森に足を踏み入れた。

 重い研究器具を担いで博士に付いて行く傍ら、アキラはさっきまでの不安な気持ちを忘れて、将来自分が率いているであろう手持ちのイメージを浮かべてワクワクしていた。

 しかし、彼らはトキワの森が大変なことになっていることはわかってはいたものの、それが想像以上であったことを、この時知る由も無かった。




アキラ、ミニリュウとの関係に悩みながらもトキワの森へ再び足を踏み入れる。

もっとテンポ良く書きたいけど、まだまだ上手く少ない描写で描き切れない自分の技量に頭を抱えます。
アキラが連れているミニリュウについては、彼とはどう付き合いどのような過程を経て信頼関係を築いていくかも序盤のテーマの一つのつもりです。


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出会いと再会

 トキワの森。

 そこは物語の主人公であるレッドが、後の仲間達に最初に出会うことになる場所だ。

 そして彼の次に主人公となるイエローの様に、森の力を授かった特殊な能力を持った人間が生まれるなど物語の根幹に関わる重要な位置を占めている森でもある。

 カントー地方を舞台にした物語の殆どは、ここから始まったと言っても過言では無い。

 

 同時に重要であるが故に、数々の地方を揺るがす事件や戦いの場になったり、生態系をメチャクチャにされるなど決して無視できない被害も被ってきた。

 そのトキワの森の奥地へアキラと研究者であるヒラタ博士の二人は、それぞれが求めるものに関わる手掛かりを探すべく足を踏み入れていたのだが――

 

 

 

 

 

「博士! 何時まで俺達は走らなくてはいけないんですか!?」

「それはわしも聞きたい!」

 

 昼間でもあまり陽が届かない鬱蒼と茂った森の中、アキラは保護者であるヒラタ博士と一緒に逃げる様に走っていた。

 それも二人だけでなく、博士の手持ちであるスリーパーを含めたこの森に棲んでいる野生のポケモン達も一緒であった。

 彼らは今、地響きを轟かせながら追い掛けてくるニドキングの集団から逃げ回っているのだ。

 

 何故こうなってしまったのか理由を簡潔に纏めてしまえば、一昨日アキラがスピアーの群れに襲われた時と切っ掛けはほぼ同じだ。

 

 森の中を進んでいる途中で、偶然にもアキラはあの有名なポケモンであるピカチュウに遭遇。

 手持ちに加えたいと考えていたポケモンだったこともあり、すぐさま彼はミニリュウを戦わせようとしたが、思惑通りに事は進んでくれなかった。寧ろ腹を立てたミニリュウが彼に仕掛けた攻撃が余所に飛び、他のポケモン達を刺激してしまう結果になってしまった。

 

 そして刺激されたポケモン達も連鎖的に互いに戦い始めて大乱戦となり、最終的にニドキングの集団までも引き寄せてしまうという悪夢の連鎖。

 身の危険を野生の本能で感じ取ったのか、戦っていたポケモン達は自然と戦うことを止め、それぞれ現れたニドキングの集団から逃走を開始して今に至った。

 

 途中で何匹かのポケモンもこの逃走劇に巻き込んでしまったが、ピカチュウにサンドのみならず、スピアー等の軒並み気性の荒い野生ポケモンさえも一緒に逃げているのを見る限りでは、追い掛けてくるニドキング達が如何に恐ろしい存在であるかは明白であった。

 あの巨体なら全力で走れば振り切れるだろうとアキラは考えていたのだが、その考えは今では脆くも崩れ去っている。

 

「何であんなに体は大きいのに足が速いんだよ!」

 

 全速力で走りながら、巨体からはあまり想像できないスピードで木々を薙ぎ倒しながら走って来るニドキングの群れに、アキラは思わず文句を吐き捨てる。

 

 このまま逃げ続けても何も変わらないのは明らかだ。

 

 かと言って、ニドキング達が発する肌身で感じられる程の殺気が異常過ぎて立ち向かう気にもなれなかった。この調子では、先にこちらの体力が底を尽いて追い付かれてニドキング達に袋叩きにされるか、逃げるポケモンを追い掛ける時に踏み潰されていくかのどちらかの目に遭うことは確実だ。

 

 ところがこの危機的状況は、意外な急展開を迎えた。

 

 追い掛けてくるニドキングの群れ目掛けて、茂みの中から何匹かのゴローニャが飛び出してパンチや体当たりを仕掛けたのだ。

 突然の出来事にアキラはゴローニャ達が助けに来てくれたのかと思ったが、彼らの目付きがニドキング達と同じだったのに気付く。

 どうやら追い掛けていたニドキングの同類の様で、あちらはこちらを助けたつもりはこれっぽっちも無い様子だった。

 しかし、ニドキング達に攻撃を仕掛けてくれたおかげで、ニドキング達の矛先はゴローニャ達に変わり、両者は荒々しく吠えながら激しく激突した。

 

「よく分からないがチャンスじゃ!!」

「はいぃ!」

 

 両陣営がこの森では規格外の戦いを始めた隙を突いて、アキラとヒラタ博士、一緒に逃げていた他の野生ポケモン達は後ろを除いたあらゆる方向から森の中へと散っていく様に逃げる。

 離れるにつれて戦いによって生じる振動や衝撃、轟音は小さくなっていくが、時折、鈍い音や獣の断末魔の様な声が嫌でも聞こえた。

 何が起きているかはアキラでも容易に想像できたが、とにかく彼らは走って逃げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 それから数十分後。

 アキラとヒラタ博士の二人は、疲労困憊に陥った状態で森の中を歩いていた。

 ロケット団の放したポケモンと遭遇した場合の危険性は頭の片隅に置いてはいたが、まさかあそこまでとはアキラは予想していなかった。こんなことになるなら、一昨日にあったミニリュウとの命懸けの追いかけっこの方がまだマシなぐらいだと彼は認識を改める。

 

「つ…疲れた~……」

 

 力尽きた訳ではないが、この世界に来た時と同じ半袖半ズボンの格好で森の中を無我夢中で走っていたからなのか、腕や足に負ってしまった枝で引っ掻いた無数の傷が痛む。

 今度から森に入る時の服装は長袖長ズボンにしようと考えながら、座り込んだアキラは、木々の隙間から見える青空を呆然と見上げて溜息を吐いた。

 

 さっきみたいな危機に慣れたり乗り越えていかなければ、ポケモンの世界ではこの先やっていけないだろう。だけど旅をしている訳ではないのに、森に入って早々にこんな展開では先が思いやられる。

 

 息が整ってきたお陰で、気持ちが落ち着いてきた彼は何気なく辺りを見渡していた時、目の前の木の根元で自分みたいに座り込んでいるポケモンがいることに気付いた。

 小柄な体格ではあるが静かにじっくりと観察していく内に、腹部を除いた全身が鎧の様に硬くて滑らかな皮膚に覆われた様なポケモン――サンドと言う名前だったのをアキラは思い出した。

 

 様子を窺ってみると、サンドも疲れているのか自分同様にのんびりとしており、頭を掻いたりする動きが見ていて可愛らしかった。

 最初は興味本位で眺めているだけだったが、徐々に彼の中で直感に近い出来心にも似たある気持ちが湧き上がってきた。

 

 サンド、進化形は確かサンドパンという名前だ。

 頭の中で確認する様に目の前にいるポケモンの情報を整理し、アキラはサンドを手持ちに加えた場合の今と可能性、進化後の能力値についてぼんやり考え始めた。

 元の世界ではゲームや対戦を有利に進める為に、ポケモンの攻略本を愛読していたお陰で、漫画とは別にある程度はポケモンの能力値についての情報は知っている。

 しかし、サンド系統にはあまり興味を抱いていなかったこともあって、中々思い出せなかった。

 

 憶えていることと言えば、進化したサンドパンの能力値は六角形のレーダーチャートで表すと防御が高く、じめんタイプ故に”じしん”や”あなをほる”、外見からわかる様にに”きりさく”と言った爪を使った技を覚える位だ。

 印象的には先ほど遭遇した同タイプのニドキングやゴローニャと比べると、どうしてもパワーとインパクトが不足していることは否めない。そもそもゲームを基準に考えたら、明らかに二匹と比べて能力値は低く、覚える技もそれ程多くないなど強力とは言い難い。

 

 まだ捕まえてもいないのにサンドについて悩むアキラだったが、そのまま観察を続ける。

 自分の存在に気付いていないのか無視しているかは定かではないが、さっきと変わらずにサンドはのんびりと寛いでいて雰囲気は至って穏やかだ。

 

 このポケモンならば、自分の様な初心者トレーナーでも大丈夫かもしれない。

 

 そんな期待感を抱いたアキラは、腰に付けたモンスターボールの一つを手に取って決意した。

 トキワの森に足を踏み入れるまで手持ちに迎えたいと考えていたポケモンは、ミニリュウの様に将来強力になるポケモンばかりだったが、よく考えれば高望みし過ぎだ。

 最初に手にしたミニリュウは例外だとしても、それ以外は今の自分の身の丈に合ったポケモンにするべきだろう。

 

 寛いでいるサンドに気付かれない様に、ゆっくり慎重に構えてチャンスを見計らう。

 本来ならミニリュウを出してバトルさせるべきだが、先程あった事を考えるとどうしても躊躇ってしまう。下手に加減せずに瀕死にされることは避けたい。

 高まる胸の鼓動を堪え、ダメ覚悟でアキラはモンスターボールを投げた。

 

 投げられたボールは見当違いの方には飛んでいかず、見事狙い通りにサンドの頭に当たる。

 ボールが当たった瞬間、サンドは驚きとも取れる派手な挙動を見せて、開かれたボールの中に吸い込まれていく。

 お互いにこの瞬間が永遠とも思える様な緩やかな時間の流れを感じたが、サンドを吸い込んだモンスターボールは草の上に落ちる。

 

 しばらくの間ボールは左右に揺れるが、やがて揺れは収まり動かなくなった。

 このことが意味することは、アキラはサンドの捕獲に成功したと言う事だ。

 バトルも無しなのに一発成功。自分と同じく疲れていたのか。

 

 木の枝を支えに立ち上がると、アキラはサンドを収めたボールを拾いながら、容易に捕まえられた要因を考察する。

 中を見てみると、ボールの中でサンドが不思議そうな目でアキラを見つめていた。

 それはミニリュウの様な常に睨み付ける目でも、ゴースみたいな何かを企んでいる目でも無い。見ているだけでも眩しいと錯覚してしまう程に、キラキラと輝いている純粋な目だった。

 そんな目に見惚れていたら、近くに座っていたヒラタ博士がこちらに歩み寄った。

 

「アキラ君、何をしているのかね?」

「そこにいたサンドを捕まえました。ミニリュウ以外にも手持ちが欲しかったので」

「あれ? 何も聞こえなかったのじゃが」

「バトル無しの一発でした」

 

 ボールが当たった音を考えると聞こえていると思っていたが、他に気が回らないくらいヒラタ博士は疲れていたのか、アキラがサンドを捕まえたことに全く気付いていない様子だった。

 

「そうか。良かったの…」

「――あの、何か不味かったのでしょうか?」

 

 もう少し関心を見せるかと思っていたが、どうもヒラタ博士の反応が悪い。

 勝手にポケモンを捕まえるべきでは無かったのかと思い始めるが、博士は訳を話し始めた。

 

「実は…君にはミニリュウ以外のポケモンがいないから、ゴースを譲ろうかと思っていたのじゃ」

「えっ?」

 

 思いがけない博士の言葉に、アキラは驚く。

 理由を尋ねるとゴースはボールから出せばイタズラばかりするので、ここ最近は博物館の人間は誰も面倒を見ようともしなかった。ならば野生に還すのが一番良いのだが、逃がせばまた何かしらの問題を起こしそうなので逃がそうにも逃がす訳にいかない。

 そう悩んでいた丁度そんなタイミングに、アキラがやって来た。

 

 初めは本当に世話だけのつもりで託したが、思いの外振り回されながらも案外ゴースの手綱を握れていた様子を見て、ヒラタ博士は職員達と相談をした上で彼にゴースを譲ることを決めたのだと言う。

 

 一見すると厄介払いではあるが、ゴースはイタズラばかりしても言うことを全く聞かない訳では無い。寧ろ、ミニリュウよりは手懐けやすい。

 その過程で自然とポケモンとの接し方や信頼を得るコツも学んでいけるだろうと考えてのことだったが、伝える前にアキラが新しいポケモンを迎えてしまったので、改めて譲るべきかどうか迷ったのだ。

 

 自分が知らないところで、そんな話が進められているとは思っていなかったアキラは、無意識の内にゴースが入っているボールを取り出した。

 面倒なことは今の所寸前で止められているが、何時まで続くかはわからない。

 正直に言うと、肉体的に痛い目に遭わない以外はミニリュウ同様油断ならないポケモンだ。

 

「アキラ君が嫌なら、無理に手持ちに加えんでも良いのじゃが」

「――すぐには決められませんので、もう少しだけ考えさせて下さい」

 

 額を流れる汗を拭い、アキラはそう答えると同時に凝った体を解す。

 ミニリュウに比べれば恐怖感に近い気持ちが無いだけマシではあるし、愛着は湧いてはいる。しかし、手を焼くと言う問題点は無視できない為、手持ちに加えるかとなるともう少しだけ考える必要がある。

 だけどその前に、自分達にはやることがある。

 

「調査の続き、どうしますか?」

「――危険じゃからほとぼりが冷めるまで引き上げじゃ」

 

 トキワの森の探索を続けるかどうか尋ねるが、ヒラタ博士は首を横に振って探索継続をやめることを伝える。

 今回は運が良かったが、次も必ず逃れられる保証は無い。悔しいが、今の自分達がこの森を自由に動き回るには力不足だ。提案した博士自身も強引に自分自身を納得させている雰囲気だが、命には代えられない。

 色々と不満が残る形ではあるが、二人は再び森の中を歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

「こっ、今度こそ抜けたぞ~~……多分」

 

 息絶え絶え、見てる方も疲れそうな状態でアキラは真っ暗なトキワの森から這う様に出てきた。

 

 あれから特に何事も無かったのだが、何時襲われるかわからず周囲に神経を張り過ぎて、肉体的にも精神的にも二人は疲れ切っていた。

 普通ならこれだけ怖い目に遭ったら、とてもじゃないがやってられない。だけど少しでも求める手掛かりを探したいのなら、多少の危険は覚悟しなければならない。

 

 しばらく倒れ伏していたアキラだったが、背負っている研究機材を下して仰向けに寝転がりながら空を見上げた。既に空は陽が落ちたことで黒く染まり、代わりに無数の星々が鮮やかな輝きを放っている。

 

「――綺麗だな」

 

 森に入る前は、陽はまだ真上近くにあったのだが、森の中を彷徨っている間に沈んでいた様だ。

 それなりに目を凝らしてアキラは星々を見つめるが、当たり前なことだが皆定位置で強弱様々に輝いているだけだ。元の世界に戻れるならどんな形でも良いからと念じるが、現実は信じられないことは起こっても、そう簡単に望みは叶えてくれないらしい。

 

 何の目的で自分はこの世界に連れて来られたのか、それとも目的はあったけど諸事情でこの世界に置き去りにされたのか、確かめる術は今は無い。

 出来ることなら、自分がこうして生きている事や何とか無事なのを元の世界の人達に伝えたいが、その手段すら無い。

 

 夜風が吹き、汗で濡れている肌に程よい涼しさを感じながら、彼は腰に付けたモンスターボールに入っているポケモン達と目を合わせる。あまりボールから出さなかったのが影響しているのか、アキラは疲れ切っているのに対してミニリュウ達は元気だ。エネルギーが有り余っていることが、ボール越しでもよく分かる。

 

「さてと、そろそろ森から離れてニビ科学博物館に戻るぞ」

「わかりました」

 

 不完全燃焼で終わったトキワの森の調査は、またの機会にしようと頭を切り替える。

 疲れも汗も幾分か取れたため、ボールを腰に取り付け直して立ち上がったアキラはヒラタ博士に続いた。

 そうして帰り道を歩いていたら、彼らは少し離れた草むらから、激しい音と光りが絶え間なく発せられていることに気付いた。

 

「なんじゃあれは?」

「ちょっと様子を見てきます」

 

 音や光り方を見ると電撃が発せられているらしく、でんきタイプでもこの辺りにいるのか気になったアキラは、道を外れてちょっとした丘を上がって行く。丘の上から見下ろした先では、音と光りを発している元と思われるピカチュウが少年と対峙していた。

 

 少年は優しげに声を掛けてピカチュウに歩み寄ろうとするが、その度に発せられる電撃で阻まれている。先を越されたか、と思うも対峙しているにはちょっと変わっている。

 目を凝らして少年の方をよく見てみると、ピカチュウと対峙していたのは彼にとって見覚えのある人物だった。

 

「レッド? こんなところで何をしているんだ?」

 

 丘から下りながらアキラは、ピカチュウと向き合っているレッドに話し掛けると彼もこちらに気付いたのか振り返った。

 

「あれ? もしかしてアキラじゃねえか! 無事だったのか!?」

 

 顔の所々が汚れてたりはしているものの、レッドは彼らしい明るい表情で迎えてくれた。

 トキワの森で逸れた彼が、会った時よりも元気な姿でいることにレッドは驚くと同時に自分の事の様に喜ぶ。グリーンと会ったのを機に仕方なく探すことを止めてしまったが、今日まで頭の片隅では彼の安否をレッドは気にし続けていた。

 偶然ではあったが、意図的に逸れることを選択肢に入れていたことを知らない様子に、アキラは忘れていた罪悪感を感じるが何とか表情には出さずに済む。

 

「無事だよ。まさか逸れることになるのは予想外だったけど――あそこで不機嫌そうな顔のピカチュウはレッドの?」

 

 話を変える意味で、彼は声を掛けた理由である体中から微弱な電気を発して威嚇しているピカチュウを一瞥して尋ねた。

 

「ん? あぁ、今日ニビシティの商店街でイタズラしているのを捕まえたんだけど、この通り全然懐いてくれねえんだ」

 

 レッドの話を聞き、改めてアキラはピカチュウの様子を窺う。

 体から発する電気は勿論、不機嫌な時の特有のピリピリした空気が周辺に漂っている。似た様に彼もミニリュウと何とか仲良くしようと頑張ってはいるが、結果は乏しくあまり改善されていない。

 だけど警告も無しに突然襲ってくるミニリュウと比べれば、レッドのピカチュウはちゃんと警告しているだけマシだ。

 

「知り合いかアキラ君」

 

 戻って来ないアキラが心配になったのか、ヒラタ博士が丘の上に姿を現す。

 

「知り合いです。機材は必ず持ち帰りますので、先に博物館に戻っていても大丈夫です」

 

 まだまだレッドと話したい彼は、博士に先に戻る様に伝える。

 了承したのか博士はそのまま彼の視界から消えるが、ほぼ同時にレッドはピカチュウをボールに戻した。

 

「アキラ、さっきのおじさんは?」

「諸事情でお世話になっている人」

「ふ~ん」

 

 研究内容が少々アレなところもあるのであまり詳しいことは話したくないが、レッドの興味無さげな雰囲気にアキラは少しだけ安堵する。

 質問攻めを受けたら上手く誤魔化せる気がしないからだ。

 そう考えていたら、話題を変えるように彼が話を振って来た。

 

「そうだアキラ。何とかして懐かないポケモンと仲良くする方法は無いか?」

「それは逆にこっちが聞きたいよ。こっちも色々と厄介なの抱えているから」

「厄介なの? ミニリュウか?」

「え? 何でレッドが知っているの?」

「ミニリュウが入っているボールを拾った時、あんまり大人しくしなかった覚えがあるからそうかな? って思ったんだけどそうなんだ」

 

 自分から教えた訳ではないのに、手にしただけでそこまで察していたことにアキラは驚く。

 それからレッドは、アキラの腰に付けられているボールを覗く様に体を屈ませる。

 半分は空だが、ミニリュウ以外に二匹のポケモンが彼の元にいるのが見えた。

 

「アキラのポケモン達を図鑑に記録したいんだけど良いかな」

「良いよ良いよ」

 

 アキラから許可を貰い、レッドは彼の手持ちをポケモン図鑑に記録し始める。

 同時に初めて見るポケモン達の名前も一緒に確認していく。

 

「サンドにゴース…ここに来る途中見掛けなかったのばかりだな」

「やっぱりそう?」

 

 我が強過ぎて十分に御し切れない問題はあるが、序盤でドラゴンタイプにゴーストタイプが手持ちにいるのは、やっぱり出来過ぎなのだろう。アキラはレッドから図鑑を見せて貰い、今手持ちにいる三匹のレベルに能力、覚えている技を確認した。

 

 サンドはレベルも覚えている技も、ゲームで例えればこの時点では妥当だ。

 ゴースはまだ正式な手持ちでは無いことや覚えている技はゴーストタイプのみではあるが、レベルはゲームに例えると序盤にしては高過ぎる方だ。

 特にミニリュウに関しては彼も悩んだ。レベルはゴースより高く、技は”たたきつける”に”れいとうビーム”などの強力なのを始め、他にも色々と覚えている。

 嬉しく思えるどころか、予想以上の強さだ。

 

「これは苦労しそうだな」

「そうか? 結構強いから悪くは無いと思うぜ」

「そういうことじゃなくて、三匹の中で言うことを聞いてくれそうのはサンドだけだから、何かの時に二匹のストッパーになってほしかったんだけど、これじゃな」

 

 念の為、もう一度ミニリュウのレベルを確認する。

 やっぱりゴースよりも上で、この三匹の中でサンドが一番レベルが低い。これではアキラに何かあって、サンドがミニリュウ達を止めようとしても返り討ちにされるのが目に見える。サンドかゴースのレベルが近かった方が助かるのだが、物事はそう都合よくは行かないものだ。

 悩みの種が増えて、彼は頭を抱えて溜息を吐く。

 

「レッド、何とか暴れるポケモンと仲良くなる方法知らない?」

「それさっき俺がお前に聞いたのと同じなんだけど」

 

 レッドもアキラと一緒に考える。

 しかし、どれだけ頭を働かせても二人とも手持ちポケモンとの関係を改善する方法が見出せず、お互い顔を見合わせて溜息を吐いた。

 

 能力が高いと人間であれポケモンであれ我儘に、或いは我が強くなる。ただ単に反抗しているだけかもしれないが、指揮官であるトレーナーが頼りないのだから、自力で動いた方が良いと考えているのかもしれない。

 仕方ない面もあるが、出来ればそんな苦労や疲れることはしたくないのが本音だ。

 

「――結局、お互いに気長にやっていくしか無いのか」

「気長って言われてもな。明日はジム戦なんだよ」

「ジム戦?」

 

 レッドに言われて、アキラは頭を動かす。

 彼の言葉を切っ掛けに、曖昧だった記憶の一部がしっかりと浮かび上がってきた。

 まだレッドに懐いていないピカチュウに、タケシとのジム戦は明日。この二つだけで、彼は今自分がいるこの世界の時間軸を把握する。

 だからヒラタ博士は、自分にジムへの挑戦を勧めたのか。

 近い内に起きるであろう他の出来事を思い出していたら、彼は何気ないことだがあることが気になった。

 

「レッド、タケシはいわタイプのポケモンが専門なんだよ。そのピカチュウ”アイアンテール”でも覚えているの?」

「アイアン…何それ? ポケモンの技か?」

「――いや何でもない。元々レッドはいわタイプに有利なみずタイプとくさタイプを持っているんだから、別にそう急いで手懐けることは無いよ」

 

 まだ”アイアンテール”どころか、はがねタイプの存在自体が未確認な時代だったことをアキラは思い出す。何故ポケモンは年々新種が確認されるのかと言う昔からの疑問が湧き上がるが、一旦それは忘れて改めてレッドの手持ちの様子を窺う。

 

 彼の手持ちはピカチュウ以外は疲れ切っているが、タケシ戦には十分過ぎるほど相性の良いニョロゾにフシギダネがいる。

 相性的に不利なピカチュウを今の内に手懐ける必要性はあまり無い筈だ。それに関して尋ねると、レッドの表情は不機嫌なのに変わった。

 

「タケシと戦う時じゃなくてもいいから、こいつでバトルに勝ってグリーンの奴をアッと言わせてやるんだ!」

「…なるほど」

 

 ピカチュウと仲良くなってジム戦に挑むことが、彼にとって永遠の好敵手(ライバル)であるグリーンへの対抗心であるのにアキラは理解する。

 詳しいことは覚えていないのや後々の落ち着いた印象の方が強いが、この頃のグリーンは確か結構嫌な奴だった気がするのを彼は思い出す。それからアキラは、ちょっと気になっていたこともレッドに尋ねた。

 

「なぁレッド、ジム戦があるならポケモン達を回復させないとまずくない? 見たところ結構疲れているみたいだけど」

「あぁ、明日の朝一番に回復させる予定だから大丈夫」

「早めに回復させた方がポケモン達のためだと思うんだけど」

「大丈夫だよ。こいつらなら一日くらい。それに今ポケモンセンターに行ったらグリーンの奴に出くわしそうだから嫌だ」

 

 どうやら手持ちが疲れているにも関わらず、レッドがポケモンセンターに向かわなかったのは、彼の楽観視と意地が理由にあるらしい。疲労回復と言う一点を除けば、彼の判断に間違いらしい間違いは見当たらない。

 ただ先の事を知っているからなのか自分の事を棚に上げても、アキラから見れば彼の考えはどうしても楽観視している様にしか思えなかった。

 

「レッド、その楽観視する癖、直した方がいいと思うよ」

「何で?」

「……何となく」

 

 自分も気を付けている筈なのに、この世界を過ごしていくことを楽観視している気がするので偉そうなことは言えないが、この先レッドは色々と酷い目に遭う。今思えばこれから先、彼がトラブルに巻き込まれる原因の多くは、その好奇心や油断、慢心などが原因だった気がしなくもない。

 

 それらのことを思うと、資格が無いとしても忠告せざるを得なかった。

 だけど、当の本人はあんまり気にしていないというかわかっていないらしく、忠告は無駄で終わりそうなのをアキラは予感するのだった。




アキラ、新しくサンドを手持ちに加えてレッドとも再会する。
サンドに関しては、今後彼の手持ちの良心としての場面が多くなると思います。

次回はようやくジム戦です。今のアキラでは色んな意味で一筋縄ではいきませんが、やっぱりポケモンと言えばジム戦ですね。
途中でうやむやになったりはしたけどサファイアやプラチナ、ブラックのバッジ集めの過程は見ていてワクワクする。


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考えの相違

 清々しいまでに晴れた空の下で、アキラは朝早くからニビ科学博物館を飛び出していた。

 彼が目指す目的地は、このニビシティにあるポケモンセンターだ。

 理由は当然、レッドがどうしているかの確認だ。

 

 昨日は口酸っぱくまではいかないまでも、彼にポケモンセンターに行く様に促したが、結局向かわせることが出来ないまま別れてしまった。

 もしこの世界が今のところアキラの知っている通りに進んでいるなら、今頃ニビシティにあるポケモンセンターはロケット団の仕業で破壊されている。その為、彼がポケモンセンターを訪れて回復不能だと知っても尚、ニビジムに挑戦することを選ぶか気になったのだ。

 

 しばらく歩いていると、少し離れた場所から人だかりと青空を濁らせる数本の黒煙らしきものが見えて、彼は足を速めた。

 

「そんな~~~」

 

 人だかりを掻き分けて進んでいくと、丁度訪れたであろうレッドが瓦礫の山と化しているポケモンセンターと思われる建物に営業休止を知らせる提示版を見て途方に暮れていた。

 予め何が起きるか知っていたとはいえ、実際の破壊行為を目の当たりにしたアキラは、表情を険しくしつつも彼に歩み寄る。

 

「何か嫌な予感がすると思ったけど、これは予想外だな」

「どこのどいつだ! こんな肝心な時にポケモンセンターをぶっ壊した奴はーー!!」

 

 未だ判明していない下手人に対して、レッドは怒りの声を上げる。

 万全の状態でジム戦を迎えたいのに、これでは疲労したピカチュウを除いたポケモン達を回復させることができないのだ。

 しかし、ここで喚いても事態は良くなるどころか瓦礫の撤去及び復旧作業の邪魔になるので、アキラに引き摺られる形で彼はその場を後にした。

 

「この後どうするレッド?」

「決まってるだろ。こいつらをポケモンセンターで回復させてからと思ったけど、ニビジムに行くんだよ」

 

 一応アキラはレッドにどうするか尋ねたが、原作通り彼はジムに挑戦する気なのを確認できて少しホッとした。

 もしここで諦められたら、彼がピカチュウと仲良くなる機会はしばらく無いだろう。

 尤もレッドの性格を考えるとジム戦に出なかったら、後でグリーンにバカにされることを見越しているのだろうけど。

 

「あっ、そうだ。ついでにお前もジム戦に挑戦しないか?」

「え? 俺が?」

 

 昨日、保護者であるヒラタ博士と同じ提案をレッドからもされて、アキラは戸惑う。

 確かに図鑑を経由して見せて貰った時に確認したレベルと技構成なら、恐らく良い線まで戦えるだろう。だが、自分はまだポケモンを手にして一週間も経っていない初心者だ。

 加えてまともに言うことを聞いてくれるのは、昨日手持ちに加えたばかりのサンドだけだ。

 未だにミニリュウはボールから出せば暴れるし、ゴースに至ってはまだ受け取るかどうか決めていないので正式な手持ちでは無い。

 

「いやレッド、俺のポケモンはまだ言うことを聞いてくれないから――」

「俺のピカチュウだって言うことを聞いてくれないんだから問題は無いよ」

「いやその理屈はおかしい」

 

 レッドの勢いに飲まれ掛けるが、アキラは踏み止まる。

 彼が頑なにジム戦に挑もうとしないのは、手持ちが言うことを聞かない以上に外野にまで被害を出すことを危惧しているからだ。

 

 サンドは素直なのでその心配は無い。

 ゴースはそこまで大きな力は持っていない。

 だけどミニリュウだけは違う。

 

 パワーがあるだけでなく覚えている技も強力、しかも周りの被害にお構いなく暴れる為、ただ戦うだけでも周囲に与える影響は大きいのだ。

 常に全力と言うべきかわからないが、抑えるつもりが無いことはハッキリしている。

 少なくとも、大丈夫と言う確信が持てるまでは控えておくべきとアキラは考えている。

 

「アキラ、心配になるのはわかるけど慎重になり過ぎだと思うぞ」

 

 しかし、そんな安全面を懸念しているアキラの考えが、レッドはあまり理解出来なかった。

 今の段階でもまだ楽観視しているところがあると考えているのだが、彼から見ると自分は慎重になり過ぎているらしい。

 この辺りは彼の考えや性格と言うよりは、アキラが元居た世界とこの世界とでは考え方が異なっているのだろうか。

 

「でも万が一ってこともあるし…」

「”万が一”って、なんつうか自分のポケモンを信用してないのか?」

 

 レッドが口にしたある意味直球の言葉に、アキラは黙り込んでしまう。

 情けないことだが、こうして言われるまで不安や恐れなどの尤もらしい言葉で誤魔化していただけで、本当はあまり手持ちを信用していないことに気付いたのだ。

 

 早く仲良くなりたい、信頼されたい、こちらから信用していることを示さなければならないなどと考えておきながら、結局のところ何一つ信じていない。正直言って、痛い目に遭った経験が体に刻まれているのか、中々更に踏み込んだ交流を図れていない。

 もしかしたらミニリュウが一向に歩み寄ろうとしないのは、こういう無意識の対応を敏感に感じ取っているからなのかもしれない。

 

「――困ったな本当に」

「おいおいしっかりしろよ」

 

 か細い声でアキラが呟くと、レッドは彼が思いの外気にし過ぎているのに慌てる。

 何やら完全に思考のドツボに嵌まってしまった様で、アキラは悩んでいるのか現実逃避をしているのかわからない遠い目をしていた。こういう時は「そんなはずない!」と強気で否定してくると思っていたのだが、どうやら彼と自分とでは考えが色々と違うらしい。

 

「お前が連れて行くって決めた仲間だろ。トレーナーのお前がそんな――」

「レッドは…ピカチュウが自分の手に負えなくなったらどうする?」

 

 話を聞いていないのか、唐突にアキラはレッドに質問をぶつけてきた。

 このままでは、吹っ切れるか答えを見つけるまでこの調子だろう。だけど今の話からレッドは、彼が何故手持ちを完全に信用し切れていないかの原因を何となくだが理解した。

 

 恐らくアキラは、手持ちのポケモンが自分が対処出来る範囲を超えて行動してしまうことを怖がっているのだ。

 

 ポケモンが人に牙を剥いたら、人の手だけで止めるのは困難を極める。

 意思疎通で超えてはならない一線を教えることは出来るが、それでもポケモンは生き物だ。

 トラブルを抑えたいのはトレーナーの都合であって、どれだけ抑えたり言うことを聞かせても予想だにしていない行動を取ることはある。思い通りにいかない方が普通だ。

 

 彼もそれはわかっていると思うが、物事を複雑に考え過ぎている。

 もうちょっと単純に考えれば良いのにと思いながら、レッドは不機嫌な表情を浮かべているピカチュウが入ったボールを突き出す。

 

「俺はピカチュウを仲間として信じている。仮にもしお前が恐れているようなことになったら、体を張ってでも止める。それがトレーナーとして、仲間としての役目だと思うぜ」

 

 レッドはありのままに、自分なりの答えをアキラに伝える。

 彼もピカチュウが機嫌を損ねて本気になったら、他のポケモン達が力を貸してくれなければ止めようがないことは自覚している。だけど、仮に周りが力を貸してくれなくても止めるのが、仲間であり、彼らを連れているトレーナーの役目でもあると彼は考えている。

 

 と、ここまでは良かったのだが、自信を持って答えたと言うのにアキラは何も反応らしい挙動を見せなかった。

 更に二人の間に妙な静寂が続いた事や彼の怪訝そうな視線を向けられたことも重なり、レッドは自分が口にしたことが急に恥ずかしくなってきた。

 

「とっ、とにかく! もしお前が止め切れなくなったら、俺が手助けしてやるから!」

 

 そう伝えるとさっきまで堂々と答えたことを誤魔化すかの様に、今度はレッドがアキラを引き摺りながらニビジムへと足を進め始めた。

 ほぼ強引にジムへと引っ張られているにも関わらず、アキラは抵抗も反論もせず、ぼんやりと意識を思考に向けて彼が自信を持って答えたことについて考えていた。

 

 確かに、いざとなったらポケモンの保護者であるトレーナーが体を張ってでも止めるべきだ。

 だけど実際にそんなことをすれば、簡単に返り討ちに遭う。

 人とポケモンの力の差はそれだけあるのだ。

 レッドが答えた内容は、恐れ知らず過ぎて納得出来る出来ないで済む様なレベルでは無い。

 

 けれども、こういうことを自然と口に出来るからこそ、彼は将来数多くの巨悪を打ち負かし、ポケモンリーグの頂点に登り詰められたのだろう。

 この世界の主人公の一人だからと言う単純な理由ではなく。

 

 ポケモンと一緒にいた時期の長さもあるだろうけど、この年で彼が言っていることを悩むことなくすぐに答えられる人は何人いるか。

 簡単な様で難しい自分なりのポケモンとの関わり方。

 意識しているかはともかく、レッドは既に自分なりの関わり方を見つけている。

 

 アキラはと言うと、ミニリュウの態度が軟化することを願いながら根気強く接しているが、信念でも方針でも無くただのその場凌ぎの様なものだ。

 ジム戦をしたからと言って、最中や終えた後にすぐに自分なりのポケモンとの関わり方や関係の築き方を見つけたり、関係が劇的に変わるとは思っていない。

 だけど、この後のレッドとピカチュウのことを考えると、何か切っ掛けや先のことを考えるヒントは得られるかもしれない。

 

「………やってみるか」

 

 答えはすぐに決まった。

 グダグダ悩み続けたり、このまま出口の見えない今の方針を闇雲に続けるくらいなら、リスクを負ってでも時には冒険することも必要だろう。いざとなったらレッドも手助けをしてくれるそうだし、何より手持ちに抱いている潜在的な恐怖心を克服したい。

 

 それから彼は、引き摺られる形から自発的に足を動かし始めると、気合が入っているレッドの様子を見ながら、今この世界が自分が知っている通り事が進んでくれているかについて考え始める。

 

 もしピカチュウと仲良くなれたとしてもジムリーダーであるタケシに勝たなければ、今後この世界が辿る未来も若干変わってしまう。そうなったらアキラが知っている情報の幾つかが、役に立たなくなる恐れがある。こればかりはレッド自身の力でどうにかしなくてはならない為、彼が勝つのを祈るしかない自分にできることは無い。

 

 そう考えている内に二人は目的地であるニビジムに辿り着き、勢いのまま彼らは建物の中に入って行く。

 入ってみると既に一部の試合が始まっているのか、奥の会場からは見物客の大歓声にバトルの激しい攻防の音が聞こえてくる。

 

「もうやっているみたいだな」

「当日でも受付OKだったんだよね? 受付はどこ………って置いてかれた」

 

 受付を探そうとしたが、会場の熱気や盛り上がりに待ち切れなくなったのか、レッドはバトルが繰り広げられているであろう会場へさっさと行ってしまう。

 一人になってしまったが、ここからは別行動でも大丈夫だろう。踏み止まるなら今という迷いを掻き消して、アキラは受付を探し始める。

 その途中で、彼はミニリュウ達が入っているボールを手に取り、彼らの状態を確認した。

 

 昨日と変わらずゴースとミニリュウは元気で、サンドは二匹のノリ(?)にどう反応すればいいのか困っているが取り敢えず元気そうだ。

 素直に言うことを聞いて貰えるのが一番だが、許容範囲を超えない限りはある程度勝手に動かれても構わない。ただし、締める時は全力で締めるつもりなのを彼は決める。

 

 何時もの感覚――それこそ覚えている技や手持ちのレベルをゲームに当て嵌めて考えれば、勝つ要素以前に負ける要素は見当たらない。だが、ゴースとミニリュウの二匹がどう動くかが問題だ。

 

 この世界はポケットモンスターSPECIALと言う漫画の世界だが、今の自分にとっては現実だ。

 ゲームの基準はあくまで目安や指標の一つに過ぎないので、仮に言うことを聞いてくれたとしても何が起きるのかわからない。

 

 今の自分は、正真正銘の新米トレーナーなのだ。

 ジムリーダーどころか、何年か経験を積んだトレーナーに負けてしまう可能性の方が高い。

 考えれば考えるほど不安要素は尽きないが、とにかく初めてのトレーナー戦を無事に終えることができるかどうかに専念することにアキラは意識を切り替えた。

 

「――あっ、ヒラタ博士に事情を話さないといけないから電話を探さなきゃ」

 

 ある意味最も重要なことを思い出し、この世界での自分の保護者であるヒラタ博士がいるニビ博物館に連絡をするべく、アキラは受付よりも電話の方を先に探し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ジム内に置かれていた公衆電話を使ってヒラタ博士にジム戦を受ける事情を伝えた後、何とか受付を見つけて参加を申し込んだアキラは、流れる様にそのまますぐに予選に出ることになった。

 

 ルールは勝ち抜き戦、ジムトレーナーを連続で五人倒せばリーダーであるタケシに挑戦できること、相手は一匹しか使わないが、こちらは交代でポケモンを複数の使用してもOK。

 ただし一匹でも戦闘不能になった時点で、挑戦は終わるというものだ。

 

 ちなみにこの時彼は、受付に今まで気になっていた賞金システムの事を尋ねた。

 色々と長かったり複雑ではあったが要約すると、一般的なトレーナー戦での賞金は基本的にどちらかが一方的にバトルを申し込み、申し込んだ方が負けた場合やお互いが賞金を賭けることを了承した場合にのみ発生。ジム戦等の一部のバトルだと、挑戦者は敗北しても賞金を渡す必要は無くジム側は、負けたら無条件で相手に賞金を払わなければならない。

 

 何故ジム戦などの一部のバトルで挑戦者側が優遇される様な賞金システムになっているのかは、基本的にジム側の実力は挑戦者側の実力を上回っている前提なので、この様に設定しないと中々挑戦しに来ない事情があるらしい。なので、今回アキラは負けても賞金を払う必要は一切無いということだ。

 

 格闘技に用いられるリングを彷彿させるステージをアキラは急いで駆け上がると、既にイシツブテを連れたプロレスラーの様な強面の大男が腕を組んで向かい側に立っていた。

 

「今回は若いトレーナーの挑戦が多いな。良いことだ。どれだけやれるか見せてもらおう」

 

 腕組みしながら笑みを浮かべた大男は、連れているイシツブテを前に出す。

 一緒にファイティングポーズの構えを取るのを見ながら、アキラはボールの一つを手に取った途端、あることに気付いた。

 

 チラリとリングの周りの観客席に目線を向けたら皆、自分に期待しているような眼差しを向けているのだ。

 その視線に、冷や汗にも似た嫌な汗をアキラは掻き始める。

 逆の観客席にも目線を向けたが、その席からも似た様な視線を向けられていて彼は急に緊張してきた。

 

 期待の眼差しを向けられることは、前の世界に居た頃のサッカーの試合中でもあったことだが、距離やチームメイトの存在もあってそれほど気にしてはいなかった。

 しかし、この場に居る観客達は、その気になれば手の届く距離に周りを埋め尽くす程いる。

 そして殆どが、自分がどの様なバトルをするのか期待している。

 加えてサッカーとは違って、彼一人で対峙していることも重なって緊張感は急速に高まって来て彼は焦る。

 

「どうした? 何か不都合でもあるのか?」

「あっ、すみません。でっ…出番だサンド!」

 

 慌ててアキラはモンスターボールを投擲して、ボールからサンドが飛び出す。

 手持ちの中では最もレベルが低く、決め技になる様な技は覚えていない。けれど今の手持ちの中で、言うことを聞いてくれるのはこのポケモンだけだ。まずは様子見を兼ねて、これから始まる初めてのトレーナー戦がどんな感じなのかを彼は確かめるつもりだった。

 互いに向き合ったのを見計らい、プロレスみたいに試合開始のゴングが鳴り響いた。

 

「よしいけイッシー! ”すてみタックル”!!!」

「いきなり!?」

 

 予想していなかった大技に、アキラは動揺する。

 命を受けたイシツブテは重そうな岩の体にも関わらず跳び上がり、弾丸の様なスピードでサンドに突っ込む。あまりの勢いに、サンドは反射的に大慌てで横に跳んで躱す。

 攻撃は外れはしたが、イシツブテがぶつかったリングを中心に重々しい音が響く。

 

 幸い斜めに落ちる形での攻撃だったが、これが真っ直ぐに突っ込んでいたらサンドの後ろにいた自分は巻き添えを受けていたかもしれない。

 

 あんなのを人がまともに受ければひとたまりもない。

 

 アキラとサンドは揃って”すてみタックル”の直撃を受けた場合を想像してしまい、恐怖で冷や汗に加えて顔面が蒼白になる。一方、攻撃を外してしまったイシツブテだが、彼らが怯えている間に何事も無く起き上がる。

 

「もう一度”すてみタックル”!!」

「すっ、”すなかけ”!!!」

 

 相手トレーナーの指示と同時に、アキラは反射的に叫ぶ。

 怯んでいた所為でサンドの反応は遅れたが、また突っ込んできたイシツブテの攻撃を避けながら、命じられた通りに乾いた砂を顔に投げ付ける。

 顔に砂を浴びせられたことで、イシツブテの攻撃軌道が微妙にズレる。

 

 今度はリングでは無く囲っているロープに突っ込んできた為、サンドの後ろにいたアキラはビビリまくりながら、緊張で固まっていた体を死に物狂いで横に跳ばして避ける。

 イシツブテが突っ込んだリングのロープは、勢いに応じてこれでもかと言うほど伸びていく。そしてロープの伸びが限界にまで達した途端、パチンコ玉の様に勢いよく弾き飛ばされた。

 飛ばされたイシツブテは、そのまま腕を組んで立っていた自身のトレーナーの顔面に直撃。トレーナーの首は直角に後ろに曲がった。

 

「「「あっ」」」

 

 予想だにしていなかった突然の出来事に、リングの上に立っていたアキラと審判、見ていた観客達も間抜けな声を出すと同時に呆気に取られた。

 しかし、これだけで終わらなかった。

 

 イシツブテは勢いを落としているにも関わらず、首が後ろに直角に曲がったせいでほとんど軌道が変わらないまま、またしてもリングのロープに突っ込んで弾かれて今度は自身のトレーナーの背中にぶつかったのだ。首が折れたと思えるほどに後ろに曲がってしまった相手トレーナーだったが、追い打ちを掛ける様な衝撃に、体をくの字に曲げてリングの真ん中まで体を飛ばす。

 

 ぶつかったイシツブテは、その後もリングを跳ねたり転がったりとするもあまり痛そうにはしていなかった。だが二回もぶつかった主人である大男のトレーナーは、リングの真ん中で盛大にうつ伏せの大の字状態で倒れたまま動かなくなった。

 

「――大丈夫で…」

「動かないで!」

 

 呆然としていたアキラだが、心配になって駆け寄ろうとするが審判に制される。代わりに審判が駆け寄り、倒れたトレーナーの容体を確認し始めた。

 近付くことが出来ないアキラは、遠目で恐る恐る相手トレーナーの顔を窺う。どうやら完全に伸びているのか白目を剥いているだけでなく、鼻血が出ているのと歯が数本欠けているのが見えた。

 

 しばらくすると審判は片手を挙げて「担架ッ!」と声を荒げた。

 すぐさまスタッフが駆け付け、相手トレーナーは用意された担架に担がれる。

 イシツブテも彼に付き添い、彼らは慌ただしくリングから去って行った。

 

「大丈夫……でしょうか?」

 

 アキラは審判に相手トレーナーの容体を尋ねるが、彼の疑問を審判は無視してジム側のトレーナーのバトル続行不能ということで彼の勝利を宣言した。

 

 滅多に無い裁定だったのか観客達はざわめき始め、アキラとサンドはしばらく呆気に取られた後、お互い困惑した様な表情を向け合う。

 ゲームではこんな判定は存在しなかったが、今さっきの出来事と何らかの事故が原因でトレーナーがバトルを続行できなくなったら棄権となる。それがルール上存在しているのを考えると、トレーナー同士のバトルでも必ずしもトレーナーの身は安全では無いのだろう。

 

 人生初のトレーナー戦兼ジム戦はポケモンの戦闘不能による勝利では無く、トレーナーの続行不能による勝利。その結果にアキラは、この世界での自分の先行きに不吉なものを感じるのだった。




アキラ、初のジム戦兼トレーナー戦に挑むが、相手トレーナーが気絶したことにより不戦勝。

初のジム戦。序盤はこういう形で終わらせると決めていました。
後作中で描いた様に、ポケモンってコラッタくらいの大きさでも本気になったら人間だけで止めるのはかなり怖いと思います。(でもポケモン世界の住民は案外恐れていないから慣れているのもあるかも)


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露呈する問題

 気を抜けば負けるどころか怪我をするかもしれない可能性を理解したことで、ジム戦でのアキラの緊張と不安感は一気に増した。

 しかし、対策を考える前にすぐさま第二戦が始まることとなった。

 

 二戦目の相手は、いわタイプではなくじめんタイプのカラカラを連れてリングに上がる。

 この時挑戦者側はポケモンを入れ替えることが出来るのだが、第一試合に起きた出来事のインパクトが強過ぎて、アキラはすっかり忘れていた。その為、リングに出たままでいるサンドで二戦目を挑むことになった。

 

 試合はカラカラが持っている骨が脅威になると考えて、試合開始と同時に彼とサンドは相手との距離を取ることを心掛けた。”すなかけ”で目潰しや牽制をしつつ、隙を見せたら”ひっかく”を仕掛けて少しずつ体力を削るという地味ではあるが堅実な作戦を実行する。

 そもそもサンドが使える技はこの二つだけなので、これしか勝つ道は無かったのだ。その影響で試合は十五分もの長期戦にまで及んだが、粘り強く戦い続けた甲斐もあって先にカラカラは力尽き、二戦目でようやく自力での初勝利をアキラ達は得られた。

 

 ところが、初勝利の余韻に浸る間もなく瞬く間に三戦目の始まりが告げられる。

 三戦目のジムトレーナーが繰り出してきたのは、カラカラと同じくじめんタイプで顔の下が気になるポケモン――ディグダであったが、これがかなり手強かった。

 

 幾ら仕掛けてもモグラ叩きの様に穴に引っ込むことで、サンドの攻撃は尽く躱されるからだ。アキラとしても何とか手を打ちたかったが、徹底的に相手の攻撃を躱し続ける戦い方に翻弄されて完全にお手上げだった。

 

「サンド、一旦攻撃をやめて動きを見極め…」

「今だ! ”あなをほる”!!」

 

 悪い予感を感じたアキラの指示は間に合わず、サンドは足元から勢いよく飛び出してきたディグダの”あなをほる”を受けてしまう。宙に打ち上げられたサンドは、そのまま勢いよくリングに叩き付けられる。

 やられてしまったことを彼は覚悟したが、サンドはフラつきながらも立ち上がってくれたおかげで、辛うじて負け判定にはならずに済んだ。

 

「戻ってサンド!」

 

 これ以上の継戦は無理だと判断したアキラは、急いでサンドをボールに戻して次のポケモンを考え始める。サンドがやられてしまうことは考えてはいたが、いざとなると困ったものである。

 

 サンドが無理となると、残っているのはミニリュウとゴースの二匹だけだ。

 レベルと実力を考えればミニリュウの方を出すべきだが、ちゃんと戦ってくれるかわからない。それ以前に、出た途端にバトルに関係無く暴れるのでは無いのかという不安な面、覚えている技などの事情もあって最後の切り札的要素が強い。

 

 ゴースも似たり寄ったりではあるが、ミニリュウに比べればあまり破壊的では無いので、万が一の()()のことを考えれば断然マシではある。しかし、世話をしているだけで手持ちであるとは言い難い。

 

 どうするべきか悩むが、ここで彼は博物館の職員やヒラタ博士が自分にゴースを譲るかを考えている話を思い出す。

 さっきヒラタ博士に電話した時、ゴースの扱いについて触れられたが「自分の手持ちのポケモンとして扱っても良い」と言われている。今思えば、こうなるのを博士は見越していたのだろう。

 

 大分手を焼かされているので丁重にお断りしようと考えていたが、幾分か扱い方がわかってきたから、この際引き受けてしまおう。

 都合は良過ぎるが、ジム戦が終わったらヒラタ博士にゴースを引き取るのを了承したことを伝えようと決めて、彼はゴースで反撃に移ることを決めた。

 

「いけっ! ゴース!!」

 

 頼むから何事も無い様にと願いながら、彼は二番手としてゴースを繰り出した。

 ボールから飛び出したゴースだが、事情を察していたのか何かを伝える前にいきなり”ナイトヘッド”をディグダ目掛けて放つ。不意を突かれたディグダは、攻撃を受けて怯むんだ隙に”したでなめる”で体を舐め挙げられて、あっという間に戦闘不能に陥って勝敗は決した。

 

「――ゴース、調子に乗ると危ないぞ」

 

 次の試合を始める準備の間に、アキラはゴースに軽率な行動は控える様に注意をする。油断は禁物だが完封勝利を収めて気分が良いのか、苦言を呈してもゴースは何時もの様にケタケタと笑うだけだった。

 

「はぁ……頼むから気を付けてよ」

 

 その様子に彼は疲れたように肩を落とすが、諦めずにもう一度向き合い再度注意する。試合前にある程度は勝手な行動をしても構わないつもりだったが、いざやられると結構ヒヤヒヤする。

 そんな不安を抱えたまま、アキラは四戦目のゴローンを連れたジムトレーナーと対峙することになり、もう一度彼はボールの中のポケモン達の様子を確認する。

 

 サンドは消耗している為、万全でも勝つ見込みが薄いゴローンに勝つのは無理だ。

 結局、消去法で選ぶとゴースに任せるしか選択肢は無かった。

 

「こっちから指示を出すまで何もしない様に」

 

 そう伝えてようやくゴースは頷いてくれたので、アキラは続けてゴースに任せるが、約束は早々に破られることとなった。

 試合開始のゴングが鳴り響くと同時に、ゴースは”あやしいひかり”をゴローンに浴びせたのだ。先程の様に不意打ちを警戒していたゴローンは、アキラ達の動向をよく見ていたためモロに光を浴びたことで奇妙な行動が目立つ”こんらん”状態に陥る。

 

「ゴロリ正気に戻れ! 早く!」

 

 ゴローンのトレーナーは自身を殴り始めた相棒に必死で呼び掛けるが、それでも”こんらん”状態は解消されない。その隙にゴースは”ナイトヘッド”を連続で無防備なゴローンに叩き込み、反撃の機会を与えずにそのままゴローンを屈服させて完勝を収める。

 

「――指示無しでも結構やれるもんなんだな」

 

 ある程度の実力と頭が無ければ、普通のポケモンはトレーナーの指示無しで自分なりの戦い方を組み立てて勝つことは難しい。ゴースの行動は、自らの強さと賢さの証明なのはわかる。だけど勝ったからと言って、ゲラゲラ笑うのは少し自重して欲しかった。

 

 ある程度自己判断で動きつつもこちらの指示に従って欲しいのだが、また何かを伝えても無視されそうだ。

 そんな時、別のところで一際大きな歓声が上がった。

 

 何の前触れも無く上がった割れんばかりの歓声が気になったアキラは、歓声の元に目を向ける。どうやらレッドが五人目のトレーナーを倒したみたいだ。

 自分が接触したことでどこか変わってしまうのではないかとアキラは危惧していたが、何事も無くレッドが勝ち上がってくれたことでその心配は杞憂で終わった。

 

 少し気が楽になった彼は、深呼吸をして気持ちを切り替える。

 悩んだり彼らとの付き合い方の解決法を探すことを今は忘れて、目の前のことに集中するのを決めると、まだまだ緊張感は残ってはいるが最後の五人目と向き合った。

 

 最後にやって来たジムトレーナーが連れていたのは、カラカラの進化系であるガラガラだった。外見だけでなく放たれている威圧感が、さっきまでゴースが仕掛けた不意打ちの数々が効くとは思えない雰囲気を醸し出している。

 

「ゴース、あいつに不意打ちは効きそうも無いから、いきなり仕掛けるなよ」

 

 一応釘を刺しておくが、どこまで聞いてくれるかは正直アキラはわからなかった。

 試合開始のゴングが鳴ると同時に、やっぱりゴースは早々に不意打ちのつもりで”あやしいひかり”をガラガラに仕掛けた。しかし、咄嗟に目を閉じられて光りの直視を防がれる。

 

「”ホネブーメラン”!!!」

「上に避けるんだ!」

 

 反撃として、ガラガラは手に持っていた骨をゴース目掛けて投擲する。ゴースもアキラが命じた指示に素直に従い、体を浮かび上がらせて回転しながら飛んでくる骨を避ける。

 

「ゴース、骨がガラガラの手元に戻るまで骨にも気を配るんだ」

 

 宙を飛んでいる骨を見て、アキラはゴースに注意するのを伝える。

 ”ホネブーメラン”の詳細について彼はあまり覚えていないが、連続攻撃技だったのは薄らではあるが覚えている。本来――ゲームなら特性”ふゆう”によって、ゴースにはじめんタイプの技は効かないはずなのだが、実体がある骨での攻撃がじめんタイプと言う理由で絶対に当たらないという保証は無い。

 しかし、ゴースは骨がリングの外に飛び出したのを見届けると、すぐにガラガラに向き直って突っ込んだ。

 

「ちょっと待てゴース! ダメだよ突っ込んじゃ!!」

 

 慌てて止めるが、ゴースはアキラの言うことを聞かずにそのまま大きな舌を出して”したでなめる”を仕掛ける。

 ところが動きをガラガラに見切られ、伸ばし切った長い舌を掴まれる。

 

「戻ってくる骨に投げ飛ばせ!」

 

 ガラガラは頷くと、弧を描いて戻ってきた自身の骨目掛けて勢いよくゴースを投げ飛ばした――のだがあまり重さらしい重さが無かったため、ゴースは投げ飛ばされたとは思えない距離で空中で止まった。巡って来たチャンスに、ガス状ポケモンは笑みを浮かべて目を怪しげに光らせる。

 ところが――

 

「ゴース後ろ後ろ!」

 

 フォローのためにアキラは声を上げるが既に遅く、弧を描いて戻ってきた骨はゴースの後頭部に直撃する。

 どくタイプには相性最悪のじめんタイプの技を受けてしまったからか、目が星になったゴースはフラフラしながら高度を落とし始める。勝敗は既に決しているが、審判はゴースがまだ戦えると判断しているからなのか、戻った骨を握り締めたガラガラは追い打ちを掛けようと骨を振り上げた。

 

「戻れゴース!!」

 

 紙一重の差で、アキラはフラフラのゴースをボールに戻す。予想していたとはいえ、ゴースにじめんタイプの技が当たるのは個人的には新鮮な気分だがそうは言っていられない。

 

 ゴースが戦えない以上、次のポケモンを出さないとならない。

 サンドが無理なのを考慮して、消去法で選ぶと残っているのはミニリュウだけだ。

 元々切り札として温存していたのだから、追い詰められた今こそ逆転を賭けてミニリュウに任せる場面だが、ここに来て多くの不安要素が頭に浮かんできてどうも気が進まなかった。

 

 一番心配なのは、ゴースと違ってミニリュウは”れいとうビーム”を始めとした高い威力の技を多く有していることだ。

 普通なら威力の高い技は心強い存在だが、扱いを誤ると周りへの被害は大きい。下手をすれば、周りの被害にお構いなくそういった技を乱発するかもしれないのだ。

 

 勝ち負け以前に最低限のルールを守って欲しいが、言うことを殆ど聞かない上に尋常じゃなく気性が荒いミニリュウが加減をするとは、現段階ではとても考えられない。見過ごせる範囲を超えたら、レッドが教えてくれた通り止めるつもりではある。

 けど、拭え切れない恐怖心を抑えて負傷覚悟で体を張ったとしても、どこまで止められるかはわからない。

 

「ミニリュウ、相手は好き勝手暴れて勝てそうな奴じゃない。闇雲に突っ込まずに出方を窺って、チャンスと思ったらこっちから指示を出す。わかった?」

 

 ボール越しからアキラはミニリュウに概要を伝えるが、中のドラゴンは背を向けたままで彼の言うことに何の反応も示さなかった。

 本当はもっと伝えたいことがたくさんあるが、相変わらず無視の態度に彼はこれ以上何を言っても聞かなそうなのを察する。

 

「後、”れいとうビーム”が相手には良く効くぞ」

 

 最後にアドバイスを伝えて、アキラはミニリュウが入ったボールを投げる。

 ボールの中では無反応であったが、出てきた途端に何時もの様にこちらに怒りをぶつけてくることを考慮してすぐに身構える。

 しかしこの後、彼は予想外の展開を目にすることになった。

 

 宙を舞うボールが開き、ミニリュウがリング上に現れる。

 珍しいポケモンの登場に観客は騒めくが、すぐにそれは別の意味での騒めきに変わった。

 

 出てきたミニリュウは、何時もの殺気立った雰囲気はどこにいったのかと思うほど、長い胴をリングの上で伸び伸びと寝転がしている所謂だらけた状態で出てきたのだ。

 これまで散々傍若無人に暴れてきたミニリュウが、初めて見せる態度にアキラは困惑する。

 疲れている可能性も考えたが、表情を窺ってみると如何にも「面倒臭い」と言わんばかりの雰囲気が漂っていた。

 

「――やる気が無いの?」

 

 半信半疑で尋ねると、ミニリュウは初めてこちらからの問い掛けに対して首を縦に振って返事を返し、彼が言うことを肯定した。予想斜め上過ぎる答えが返って来て、アキラは困った。

 何時もの様に派手に暴れるのなら効果があるのかを除けば対処のしようはあるが、こうもやる気の無い態度は予想外で、どうすればいいのか全くわからない。

 

「ミニリュウ頼む! ダラケていたらやられるぞ!」

 

 何とかやる気を出させようと戦意が高揚しそうなことを彼は試みるが、言うことを聞いてくれないのだから何を言っても無視されて、ミニリュウは呑気に頭を掻く様にリングに擦り付ける始末であった。

 ガラガラはミニリュウを睨むが、ミニリュウはどこ吹く風で全く気にしない。

 しばらくすると、見ていた観客からブーイングや野次が飛び始めて、相手トレーナーのイライラも限界に達した。

 

「まあいい、出たからには全力で戦うまでだ。ガラガラ”ホネこんぼう”!!」

 

 トレーナーの怒りの籠った指示に、ガラガラも自然と腕に力が入れる。

 助走をつけて跳び上がり、骨を持った腕を振り上げた。

 

「ミニリュウ避けるんだ!」

 

 ガラガラの攻撃力はそれなりにあるため、一撃でも受ければ大きなダメージに繋がりかねない。だけど危機が迫っているのにも関わらず、ミニリュウは未だに寝転がったままだった。このまま一撃を受けそうな気がしたが、怠そうに横に寝転がってミニリュウは”ホネこんぼう”を避ける。

 

「もう一度”ホネこんぼう”!」

 

 追撃の指示が飛んで再び骨を振り上げられるが、何時の間にかミニリュウの尾が足に巻き付けられていてガラガラは引き摺り倒された。そして寝転がったまま、ミニリュウは足に巻き付けた尾を解こうと暴れるガラガラをボロ雑巾の様にリングに叩き付け始めた。

 

 その振る舞いは、完全に相手を舐めていた。

 下手に実力がある所為でこうなるかもしれないのは予測してはいたが、実際にやられると対戦相手にあまりに失礼だ。早くこの性格を治さないと面倒なことになるのがハッキリと見えたアキラは、ミニリュウを更生させる決意を改めて固めるが、今この場でこの舐めた態度で挑む姿勢を叱るべきか迷う。

 

 叩き続けている内に飽きてきたのか、最後にミニリュウは力が抜けたガラガラを高々と宙に放り投げると、相手トレーナー目掛けて”たたきつける”で叩き飛ばした。

 かなりの勢いで吹き飛ぶガラガラをトレーナーは受け止めるが、そのままリングのロープに倒れ込んでしまう。

 

「コラッ! ダメだろそれは!」

 

 誰がどう見てもとんでもないことをやらかしたのには、流石に彼は迷いを断ち切り注意する。

 この世界に来て間もなくで知らないことだらけではあるが、今ミニリュウがやった行為は常識的に考えてルール違反ものだ。第一戦目の様な偶然ならともかく、明らかにミニリュウは意図的にトレーナーにぶつかるようにガラガラを叩き飛ばしたのだから、審判から注意かペナルティーを受けてもおかしくない。

 ところが意外にも審判からは何も言われず、試合は続行だった。

 

「このままやられるなガラガラ! ”ロケットずつき”だ!!!」

「”ロケットずつき”?」

 

 はて? そんな技あったっけ? とアキラは首を傾げる。

 立ち上がったガラガラは、今にもタックルをしてきそうな姿勢で構えると体中に力をみなぎらせ始めた。尋常じゃない様子に寝転がっていたミニリュウもようやく怠そうに体を持ち上げると、首を捻らせて見慣れた敵意剥き出しの目付きで睨む。

 

 ミニリュウが何時もの様子に戻ったのとほぼ同時に、アキラは”ロケットずつき”がどういう技なのかを思い出す。マイナーな技ではあるが、ソーラービームの様に一ターン溜めてから二ターン目で攻撃してくる技だ。溜め技故に威力はかなりのものだが、やる気を出したミニリュウは敢えて正面から挑む気満々であった。

 

「ミニリュウ、大技が来るぞ! 本当は避けた方が良いけど…正面から挑むつもりなら”れいとうビーム”で迎え撃つんだ!」

 

 また無視されるかもしれないが黙ってやられる訳にはいかないので、伝えられるだけのことをアキラはミニリュウに伝える。起き上がったミニリュウはしばらく睨んでいたが、慌てた口調で指示を出す彼を一瞥すると口の部分に光を集め始めた。今回ばかりは言うことを聞いてくれたか、とホッとしたがすぐにアキラは違和感を感じた。

 集めているエネルギーの色が異なるのもあるが、何よりも口に収束している光の量が”れいとうビーム”よりも明らかに多いのだ。

 

「いけ! ガラガラ!!」

 

 力を溜めに溜め込んだガラガラは、ミニリュウのエネルギー収束が終わる前に決着をつけるべくロケットの名が付くのに相応しいスピードで、頭を突き出してミニリュウに突っ込んだ。

 しまった! と彼が危機感を抱いた瞬間、アキラの目にはガラガラを含めた全ての動きが何故かスローモーションの如く緩やかに見える様になった。

 けれどガラガラの動きに比べると、ミニリュウの動きの方がもっと遅く見えた。

 

 一連の流れと動きを何となくだが把握したアキラは、間に合わないのを覚悟する。

 だがガラガラの頭がミニリュウにぶつかる寸前、溜めに溜め込まれたエネルギーが一気に解き放たれた。膨大な量のエネルギーが凝縮された光の奔流に呑み込まれたほねずきポケモンは、少しも踏ん張ることは出来ずに、リングの外に吹き飛ばされる。

 放たれたエネルギーはそのまま一直線に線を引き、勢いが弱らないまま爆音を轟かせて会場内の壁を大きく抉る。

 

「なっ、なん…だと…」

 

 一戦目とは違う意味で、相手トレーナーと観客達は唖然とする。

 場外まで吹き飛ばされたガラガラは観客席で無造作に転がるが、言うまでも無く戦闘不能。

 とんでもない光景に胃が痛くなるのを感じながら、アキラは腰が抜けた様に座り込んだ。

 

 確かに、ミニリュウが使える技の中に”はかいこうせん”はあった。

 今見た通り、放つまでの隙が多くてゲーム通りの設定なら反動で動けなくなるハイリスクハイリターン技だ。覚えている技の中では”れいとうビーム”の方が相性も効率も良いのだが、そこまでして言うことを聞きたくないという意思表示なのだろう。

 

 審判に勝利を宣言されるが、アキラはタケシへの挑戦権を得られたのが実感できなかった。

 気付いたらスローモーションに見える違和感は何時の間にか消えてはいたが、気分の悪さと頭痛は消えなくて、彼はしばらく動けなかった。

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、気持ち悪い……」

 

 青ざめた表情を浮かべたアキラは、ジムの外で新鮮な空気を吸っていた。

 ジムトレーナーとの連戦とは異なり、タケシとの戦いには少しだけ猶予があることもあり、アキラはリラックス目的で一旦ジムの外に出ていた。しかし、先程の吐気と頭痛の所為で、体調はイマイチ優れていなかった。

 ミニリュウと初めて会った時も同じ動きが緩慢に見えたり頭痛を感じることはあったが、また体験するとは思っていなかったのだ。

 

 堪える様に口元を抑えつつ、ぼんやりとアキラは原因を考える。

 体は多少の傷がある以外は何とも無いし、そもそも頭を打った覚えは無い。

 今の手持ちの状態から考えると恐らく精神的なものだろう。

 

「ミニリュウ、何で今回は戦う気は無いの?」

 

 胃が痛くなる不吉な未来を予想しながら、ようやく落ち着いてきた彼は横でだらけた姿で草の上を寝転がっているミニリュウに体を屈めて尋ねる。

 さっきのバトルで、ミニリュウが最初からやる気を出さなかった理由がわからない。

 だけど案の定、ドラゴンポケモンからは何の返答も反応も返ってこなかった。

 昨日までは目の色を変えて戦ったのに、今日になってやる気が出ないなど理由が分からない。

 

「そんなに俺がダメなのか? ミニリュウ」

 

 少し悲しげな声で呼び掛けても、ミニリュウは無反応を貫く。

 もし彼の推測が正しければタケシ戦はこの舐めた態度の所為で、最悪一撃で勝負が決してしまうかもしれない。それはそれでミニリュウの素行を治すきっかけになるかもしれないが、ここまで来たら負けたくないのが心情だ。

 

 サンドとゴースは、先の五戦のダメージがあって万全では無い。というかこの中でタケシ相手に一番勝率が高いのはミニリュウだけだ。

 色々と気力を引き出す為の試みを行うが、ミニリュウはやる気の無い表情から不貞腐れた様な表情に変えただけでまともに話を聞こうとしない。また気落ちしそうになったが、一旦彼は思考をポジティブな方向に変える。

 

 ポケモンは逃げようと思えば、モンスターボールを壊してトレーナーの元から逃げることが出来る筈だ。前々から疑問に思っていたことだが、もし自分と一緒にいるのが嫌なら、ミニリュウはボールを壊して自分の元から離れることだって出来るだろう。

 

 にも関わらずここ数日の経験を踏まえると、ミニリュウはボールから出てくると襲い掛かることはあっても、ボールを狙うどころか壊そうとしない。

 出す様に意思表明をすることはあっても、ゴースの様に自力で勝手に飛び出そうともしないのだから、意外にも逃げることは考えていないのかもしれない。

 

 様々な理由を考えるが、試合開始の時間が迫っているのにアキラは気付く。

 だらけるミニリュウをボールに戻してジムの中に戻ろうと彼は入口に向かうが、途中で何だか疲れた様子のレッドと彼は鉢合わせした。

 

「…何かお前も苦労しているな」

「苦労しているって、レッドは相性が良いのもあるけど全試合一撃で終わらせているじゃん。それもノーダメージで」

「それはこいつらが一発でも受けたら、一撃でやられちまうからだよ。回復させなかった所為でニョロゾもフシギダネも限界だ」

 

 レッドが手に持っているボールの中を見せると、中ではニョロゾにフシギダネが疲労が溜まっているのかグッタリとしている。アキラもバトルが終わる度にチラッと見ていたが、こんな状態でよくここまで戦えたものだと素直に感服する。

 一方、グッタリとしている二匹とは対照的にピカチュウは一度もボールに出ていないこともあって元気そうだが、すこぶる不機嫌な表情だった。

 

「次はそのピカチュウで挑むのか?」

「お前もミニリュウで戦うんだろ?」

「――お互い手懐けていない手持ちで、ジムリーダーを相手に戦うってことか…」

 

 アキラの言うことに、レッドも同意して溜息をつく。

 だけど彼はこのまま何事も無く忠実通りに進めば、ピカチュウとの仲は一歩前進することになるのだ。そう考えると、何時になったら自分にもミニリュウやゴースとちゃんとした信頼関係を築くことが出来るのか。自分もこのジム戦がきっかけになればと思いながら、アキラはレッドと共に決戦の場へと赴くのだった。




アキラ、何だかんだ手持ちのおかげで勝ち上がるも、色々と不安のままタケシに挑む。

ある程度ご都合主義の筈なのに、何故か都合の良い流れにならない(初心者なのに勝ち上がっている意味では都合は良いですけど)
アキラが悩む展開が続いていますが、ジム戦の後はある程度解消される予定。


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狂気の竜

「何?」

「な、何が起こったんだ?」

 

 刹那に起きた出来事に、観客達の殆どは何が起きたのか理解出来なかった。

 

 先程まで挑戦者であるレッドは、ピカチュウの扱いに手を焼き、イワークの攻撃を避けるだけで精一杯のはずだった。それなのに今では、いわへびポケモンはバラバラの状態でリングの上を転がり、ジムリーダーであるタケシさえも何が起きたのかわからず愕然と両膝を付けている。

 レッドの方も、華麗に勝負を一撃で決めて得意気な表情を浮かべているピカチュウの姿に呆然としていた。

 

 観客席から少し離れた入り口付近で、アキラは一見すると冷静な様子でリングを眺めていたが、あまりに非現実的過ぎる光景に内心では唖然としていた。

 

「――デタラメ過ぎる」

 

 全て知っていた通りに事が進んだ証だが、この光景を作るきっかけとなったピカチュウの強さを言葉で表すなら、これ以上に相応しいのは彼には思い付かなかった。

 確かにピカチュウがイワークに放った電撃のパワーは、誰が見ても途轍もなく膨大だった。

 だが、それでも電気技無効の筈であるじめんタイプが混ざっているイワークをダメージを与えるどころか一撃、それも派手に倒したことが信じられなかった。

 やがて審判が放心状態のレッドの手を挙げて勝利を宣言すると、観客達は耳を塞ぎたくなるほどの大歓声でジムリーダーに勝った彼を称えるのだった。

 

 

 

 

 

「良かったなレッド。相性最悪のはずのピカチュウでイワークに勝つなんてすごいよ」

「あ…あぁ……」

 

 ジム内の会場に繋がる通路で、アキラはバッジを手にしているレッドを祝うが、当の本人は未だに勝ったという実感が湧いていないのか反応が鈍い。

 

 あの後レッドは、呆然としたままニビジムに勝った証であるグレーバッジを受け取り、更には手持ちの回復までして貰った。

 しかし、勝ったとはいえあまりにも衝撃的な出来事だったのか、バッジを受け取る時でもスタッフにポケモンを回復装置に入れる時でも意識はここにあらずと言った状態。気が付いたら、様子を窺いに来たアキラと一緒にジム内の通路を歩いている程だった。

 

「…勝ったんだよな。俺」

「そうだよ。勝ったんだよ。――ピカチュウのおかげで」

 

 現実を確認する様に呟くレッドに、アキラは彼が勝ったことを改めて伝える。

 今回の勝利の立役であるのピカチュウは、戦う前の不愉快な表情はしていなかったものの、ツンとした様な雰囲気を漂わせながらボールの中で寛いでいた。

 

「そうだよな。勝ったんだ。俺は、ジムリーダーに!」

 

 そう呟いた途端、レッドの表情は一気に明るくなり両手を挙げて「やったーッ!!」と喜びの声を上げた。

 声が通路内を反響するほどの感情の起伏にアキラは呆気にとられるが、次の言葉を口にする前に彼に肩を何回も強く叩かれた。

 

「お前もタケシと戦うんだろ? 絶対勝てよな!」

「まぁ…できれば」

「できればって相変わらず弱気と言うか慎重だな。やる前は「心配」とか言っておきながら、ここまでしっかり勝ち上がっているじゃんか!」

 

 レッドもアキラと同様にチラ見程度だが、彼の戦いを見ている。

 ミニリュウが出てきたのは最後の五戦目であったが、ゴースを追い詰めたガラガラを苦も無く倒したのと壁を抉った強力な”はかいこうせん”は印象に残っている。

 タケシが繰り出すいわタイプの多くは、じめんタイプとの複合だ。

 そんな彼らと相性の良い”れいとうビーム”までミニリュウは覚えているのだ。負ける要素らしい要素は、殆ど無いと言っても過言では無い。

 しかし――

 

「勝敗は言うことを聞いてくれるかに懸かっているから」

「あっ、確かに」

 

 普通に考えれば確かに負ける要素は無いが、ミニリュウもピカチュウと同じでトレーナーの言うことを聞こうとしない。手持ちに迎えてから数日経っているが、ミニリュウがこちらの指示にまともに従ったことは殆ど無い。それに嫌がらせなのか意地なのか、どうもこちらが技の指示を出すと指示した技とは全く別の技を出す傾向がある。

 どうしたらいいかと悩んでいた時、少し離れた会場にいる観客達から割れんばかりの大歓声が聞こえてきた。

 

「どうやらレッドのライバルも勝ったみたい」

「あ・い・つ~~」

 

 両手を固く握り締め、歯を強く噛み締めたレッドは露骨に悔しそうな表情を露わにする。

 レッドのライバルとは、言うまでも無くグリーンのことである。

 アキラが目を凝らしてリングの上を見てみると、体の一部が欠けて仰向けに転がっているゴローンを前に、ワンリキーが腕を組んで悠然と立っているのが見えた。タケシと言えばイワークのイメージが強いが、ああも派手にやられてしまってはすぐに回復できる筈がないので、別のポケモンで挑むのは仕方ない。

 

 これでイシツブテがゴローンに進化している点を除けば、ゲーム内でタケシが使用する手持ちは全てやられた。そうなると三人目の挑戦者である自分は、どうなるのだろうか。頭を捻って、アキラは憶えている限りの記憶を引っ張り出す。

 

 ゲーム序盤で相手にする時のタケシの手持ちは、イシツブテにイワークの二匹だが、この世界ではツブテ兄弟なるイシツブテ達にカブトプスも使っていた。そこまで思い出したアキラだが、あることに気付いて記憶のサルページを止めた。

 

 イワークにゴローンと軒並み強いのは、レッドとグリーンにやられている。

 ジムリーダーが育てているとはいえ、この二戦の事を考えるとタケシがイシツブテを出してくるとは考えにくい。となると残るのは、今から三年近く後のポケモンリーグか何かの機会に登場したカブトプスくらいだ。もしカブトプスを出されたら、タイプ相性的にミニリュウの対抗手段は”りゅうのいかり”や”でんじは”などに限られる。

 

「…ヤバイかも」

 

 そこまで考えたアキラは、まさかカブトプスを相手にするのではないかと心配になり、どう戦えば勝てるのかどうか真剣に悩み始めた。

 しかし、彼はタケシがカブトプスを入手する細かい過程まで記憶していなかったので、実はこの心配が杞憂なのには気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 アキラが勝手に悩んでいたその頃、グリーンとのバトルを終えたタケシは休憩の為に一旦部屋に戻っていたが、少し重い表情で椅子に座っていた。

 

 レッドとの戦いで自慢のイワークが、ピカチュウの電撃で一撃でやられるだけでなくバラバラにされてしまった。ただ倒されるならともかく、相性的には圧倒的で有利な相手、それも最も効かないはずのタイプの技でイワークが倒される出来事に出くわすのは、これまでのトレーナー人生の中で初めてのことだった。

 

 次のグリーンとのバトルでは気にしない様にしていたが、影響は思いのほか大きかった。

 年が近いからなのか、彼の姿がレッドと度々重なって見えてしまってしまって本来の力を十分に出し切れずに敗れてしまった。次の相手も、さっきまでの挑戦者達とほぼ同じ年だ。

 しかも使うポケモンも言うことは聞かないが強いなど、レッドのピカチュウと共通点がある。

 

「だけど、だからと言ってまた負けるわけにはいかない!」

 

 拳を握り締めてタケシは勢いよく立ち上がった。

 その時気が付いたが、何時になく心臓の鼓動が早く感じられる。

 彼は自身の焦りを肯定して、改めて逸る精神を落ち着けようとする。

 

 ジムリーダーの役目はただ挑戦者に勝つのではなく、挑戦者の力量を図ったり、更なる高みにまで引き上げる。或いは、その切っ掛けになることが最も重要な役目だ。

 腕を組んで静かに気持ちを静め、部屋の片隅に置いてある回復装置に歩み寄る。

 回復装置に置かれているボールの中には、先ほど戦ったイワークとゴローンが入っている。

 二匹ともかなり大きなダメージを受けてはいるが、順調に回復している。

 

 回復装置に入っているポケモン達の様子を窺った後、タケシはその隣の棚の上に置いてある四つのボールの内一つを手に取った。

 

 何時もなら予選を突破して挑戦権を得られるのは一人か二人程度だが、一度に三人も自分に挑戦してくるのは久し振りだ。

 イワークやゴローンはお気に入りのポケモンであることは確かだが、何人挑んできても大丈夫な様に、彼は多くのいわポケモンを満遍なく育てている。今手に取ったボールに入っているポケモンも、イワークやゴローンに比べれば出す頻度は低いが、実力は二匹にも引けを取らない。

 

「よし、いくぞ!」

 

 気持ちを新たにした主の後姿を部屋にいたツブテ兄弟達、回復装置に入っていたイワーク達は見送り、タケシは部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 時は少し経ち、会場へと繋がる通路をアキラは慌てた様子で走っていた。

 結局タケシにどうやって対抗すればいいのか思い付かなく、緊張のあまり頻繁にトイレに入ってはまた戻るのを繰り返していたら、何時の間にか試合開始時間寸前になっていたのに直前まで気が付かなかった。

 

 もしカブトプスが出てきた場合の対応は、その時に考えれば良い。まさかいわタイプとは言え、そんな強いポケモンが出てくるとは考えにくい。と都合の良いことをアキラは考えていた。

 会場内に駆け込むと、ジムリーダーであるタケシが腕を組んで待っているのを見て、彼は急いでリングをよじ登る。

 

「遅れてすみません」

「構わない。始めよう」

 

 タケシは気にしていない素振りを見せるとボールを一つ手に取り、アキラもボールの中の様子を窺いながら構える。

 ボールの中に入ってるミニリュウは素知らぬ顔をしており、これからバトルをする表情ではなかったが、もう退くことは出来ない。

 試合の命運を決めるPKを蹴る様な緊張感を抱くが、それ以上にミニリュウがしっかりと戦ってくれるかの不安の方が勝っていた。どちらにしろ、緊張している状態なのには変わり無い。

 

「よし。いけっ! ミニリュウ!」

「いくぞ、サイホーン!!」

 

 前もって考えていた通り、アキラはミニリュウを召喚する。

 対するタケシは、岩の様な固い皮膚に覆われたサイの様なポケモンであるとげとげポケモンのサイホーンを繰り出してきた。

 まだ試合開始のゴングは鳴っていないが、出てきたサイホーンは相手を威嚇するように大きな声で吠える。能力的にもタイプ的にもカブトプスよりは遥かにマシではあるが、サイホーンの放つ威圧感にアキラは嫌な予感がした。

 

 ただ、吠えてくれたおかげなのかミニリュウはだらける様なことはせずに、怪訝な表情でサイホーンを睨み付ける。すると対抗するようにサイホーンは睨み返して気合が入っているのか、右前足でリングを掻いて万全の体勢なのを示す。

 挑戦状を叩き付けられたことを理解したのか、ミニリュウの目付きは何時もの凶暴で好戦的なのに変わり、周りの空気も一変する。

 同時に審判がゴングを鳴り響かせ、試合開始を告げた。

 

「サイホーン、”とっしん”だ!!」

「”たたきつける”!」

 

 タケシの素早い指示に、サイホーンは忠実に従って一気に駆け出す。

 対してアキラは、一見無謀な迎え撃つ指示をミニリュウに出す。狙いはミニリュウが自分の指示する技と違う技を出す傾向を利用して、本命である技を出させようとする作戦だ。

 

 今にも真正面から挑みそうな雰囲気だったが、ドラゴンポケモンは指示とは違う技すら出さずに”とっしん”してきたサイホーンをだるそうに避ける。

 ところがサイホーンは避けられたことに気付くと、前足でリングを強く踏み締めて強引に方向を変えて、すぐ横にいたミニリュウを宙に突き上げた。

 

「ミニリュウ、そこから”りゅうのいかり”だ!」

 

 宙に上がったミニリュウが体勢を立て直したのを見て、アキラは次の指示を命じた。

 流石にサイホーンの力を知ったのか、ミニリュウは指示に従って体内から口元にエネルギーを素早く集めて下のリングへ向けて光線を放つ。

 

 

 ただし標的はサイホーンでなくアキラだった。

 

「ギョエェェ―――ッ!!!」

 

 不意を突く様に放たれた自分への攻撃を受けて、アキラは思わず奇妙な悲鳴を上げる。

 そして”でんじは”の直撃を受けた彼は、そのまま体の至る所を焦がしながら倒れてしまう。

 まさかの事態に審判は駆け寄ろうとするが、タケシは制した。

 

「大丈夫だ。痺れが取れればすぐに起き上がれる」

 

 初戦で彼が戦った相手の様に、完全にトレーナーの意識が無くなったわけではない。ただしばらく動けなくなっただけだ。

 実際アキラは痙攣こそしているが、意識はハッキリしているらしく体が動けないことの不満や何故ミニリュウが攻撃してきたのかをぼやいている。それよりもタケシは、戦っているポケモンでなく自身のトレーナーに対して攻撃したミニリュウに目を向けた。

 

 リングに降りたミニリュウは、アキラが倒れているのを見て清々した様な表情を見せた後、すぐに凶悪な目付きで横にいたサイホーンに対して、不意打ちに近い形で尾を叩き付けてきた。強烈な一撃がサイホーンの頭部に直撃して、鈍い音が会場内に響く。

 

 ところが、頭が少し動いた以外サイホーンに目立ったダメージは与えられなかった。

 そのまま尾をぶつけたまま固まっているミニリュウをサイホーンはリングの隅に弾き飛ばす。

 ミニリュウは激しく体を転がすが、素早く起き上がるとまた口に光を集め始める。

 

「”しっぽをふる”だ!」

 

 特殊技が来ると察知したサイホーンはミニリュウに尻を向けて、短い自身の尾を左右に大きく振り始めた。振られる尻尾の動きに気を取られたからなのか、ミニリュウの首も無意識にそれに合わせて動いてしまう。

 集められたエネルギーは、”はかいこうせん”として放たれたが狙いがズレていた為、ギリギリのところでサイホーンから逸れてしまう。

 

「”みだれづき”!!」

 

 尾を振った勢いから顔を正面に転じてサイホーンは突っ込んでいくと、ミニリュウも正面から迎え撃つべく突っ込む。

 

 すっかり蚊帳の外になってしまっていたアキラは、何とかして体を動かそうとしていたが”でんじは”の影響で痙攣や痺れは無くならず、口を動かす以外まともに動けなかった。今日はボールから出してもすぐに攻撃しなくなっただけに油断していたが、まさかこんな肝心な時に狙ってくるとは夢にも思わなかった。

 

 次から指示できないように攻撃をしてきたのを見る限りでは、自分の的外れな指示の狙いにミニリュウは気付いたのだろう。

 音からしてミニリュウは勝手に戦っていると思われるが、相手が相手なだけにただ単純なゴリ押しでどうにかなるとは思えない。

 

「アキラ起きろ! 早く起きるんだ!」

 

 観客達に混ざって試合を観戦していたレッドは、未だに倒れたままの彼に呼び掛ける。

 何やら慌てている様子だが、腕も足も動けない今のアキラにはきつい要求だ。

 けれども立ち上がれなくても良いから、最低限でも試合の進行状況を見守らなければならないと意識して首だけでも動かそうとした時、ミニリュウが彼の側に転がって来た。

 見ていない間に多くの技を受けたのか、水色と白の体は汚れや痣だらけとボロボロの状態で、今にも倒れそうだ。

 

「大丈夫か?」

 

 転がってきたミニリュウにアキラは心配そうに声を掛けるが、返事として顔を尾で強く打ち付けられた。余計な心配だ、と言わんばかりの返しに、彼は手が動かせない所為で顔を抑えることもできず、呻き声を漏らしながら痛みにもがく。

 

 その間にミニリュウは、再び口にエネルギーを集中させ始めた。

 色からして放とうとしているのは彼が望んでいる技である”れいとうビーム”ではなく”はかいこうせん”だったが、またしてもサイホーンの”しっぽをふる”で惑わされて外してしまった。

 

 何とか痛みを耐えて一連の流れをこの目で見たアキラは、”しっぽをふる”にこんな効果があるとは思ってもみなかったが、今はそれどころではない。

 飛び技が役に立たないと判断したのか、体は傷だらけであるにも関わらず、ミニリュウは”こうそくいどう”で一気に迫ると、”たたきつける”を狂った様に連続で叩き込む。その勢いはサイホーンを圧倒するが、岩の様に固い体皮によってダメージを大きく軽減されて、効果的な攻撃とは言えなかった。

 

「待て待てミニリュウ、その攻撃は相性が悪過ぎる」

 

 見ていられなくなったアキラは、強引に体を起き上がらせて、一旦サイホーンと距離を取ったミニリュウを止めようとする。

 しかしミニリュウは、彼の忠告とは真逆の”たたきつける”を主体にした戦い方を続ける。

 だが後先考えずに全力を出していたからなのか、次第にミニリュウの攻撃は弱まり、その隙を突いた”つのでつく”を受けて遂に体がフラついた。

 

 怒り狂っていると言っても過言では無い猛攻を仕掛けてきたミニリュウに、タケシは言葉では表せない厄介さを感じていた。

 もう倒れていてもおかしくないダメージを受けている筈なのに戦い続けるタフさ、尋常じゃない猛攻、いわタイプで無ければ耐え切るのは難しかっただろう。

 バトルをする前、タケシはアキラのミニリュウをレッドのピカチュウとの共通点に加えて、傍若無人に高い実力を揮うポケモンと考えていた。ところが目の前のポケモンは、そんな生易しいものでは無かった。

 

 人を嫌っているどころか、憎んでいると言っても良い程だ。

 

 一体何があったらここまでになるのか。挑戦者であるアキラが虐待の様な酷いことをするとは思えない。彼もミニリュウの扱いに困っていた。となるとこのドラゴンポケモンは、彼が手にする前からこんな感じだったのかもしれない。

 だけど野生のポケモンが人を嫌うことはあっても、普通ならここまで攻撃的にはならない。

 攻撃を躱す様に指示を出しながら、何故これ程までに人間や従うポケモンに怒りをぶつけられるのかタケシは理由を考えるが、相手の動きが止まったのを機にバトルの終わりに意識を向けた。

 

「もう限界だな」

 

 見た感じではミニリュウはもうフラフラで、勝敗はほぼ決しているも同然だ。

 これ以上戦う意味は無いと判断したタケシは、試合を終わらせるべくサイホーンに止めを刺すのを命じる。主人の命にとげとげポケモンは吠えながら突っ込んでいくが、ミニリュウは突進を避けると口元を光らせた。技を放つ前触れであったが、顔の向きは何故かすぐ横のサイホーンではなくタケシがいる方に向けられていた。

 

「まさか…」

 

 長年ジムリーダーとして磨かれてきた直感が警鐘を鳴らす。

 

 あのポケモンは自分を狙っている。

 

 人に対して憎悪に近いものを抱いていると察していたが、まさかジム戦中に相手ポケモンに狙われるのをタケシは全く予想していなかった。

 反射的に彼の体は身に迫った危険を避けるべく動こうとしたが、その必要は無かった。

 

「それはダメだ!!!」

 

 今に放とうとした瞬間、トレーナーであるアキラがミニリュウに飛び掛かったのだ。




アキラ、ジム戦に挑むもミニリュウの超えてはならない一線を越えるのを阻止する。

次回でニビジム戦は終わります。
ミニリュウの過去については、今後触れる様で触れない様な微妙なところです。
忘れた頃に出てくるかも。


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理解への一歩

 ミニリュウがトレーナーを狙っている。

 

 その事に気付いたアキラは、それだけは止めるべく体の痛みや痺れ、抱いていた恐怖心全てを無視して動いた。

 おかげで放たれた”りゅうのいかり”は見当外れの方へ飛んで行ったが、取り押さえられたミニリュウは彼の手から逃れようと暴れる。

 予想通りと言うべきか、ドラゴンポケモンの力は強かった。

 あっという間に振り払われて、アキラは腹部に強烈な尾の一撃を叩き込まれた。

 

「かっ……」

 

 中にあるもの全てを無理矢理押し出す様な強い衝撃に、アキラは体をくの字に折って呻き声を漏らす。しかし、休む間もなく次の痛みが彼を襲う。

 突然の事に観戦していた観客達は勿論、避けようとしていたタケシさえも己のトレーナーを体当たりや尾で滅多打ちにするミニリュウの姿に呆然としてしまう。

 ようやくミニリュウの暴走が止まったのは、彼をリングの隅にまで追いやってからだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 全身の至る所から感じる太い棍棒で殴られた様な痛みに、アキラは足から力が抜けてコーナーポストに寄り掛かる様に崩れる。

 特に酷く痛む箇所を抑えながら、彼は目の前で睨み付けてくるミニリュウと向き合う。

 変な動きを僅かでも見せれば、今にも飛び掛かって来そうな刺すような視線。少し前だったら、離れていても怖くてすぐにでもボールに戻そうとしていた場面だ。

 

 だけど、何故か今回はあまり怖く感じられなかった。

 

 慣れてしまったと言うべきか、痛みのあまり感覚が麻痺しているのかと思ったがどうも違う。

 理由を考えても、体中が痛くて思考が中々上手く纏まらない。

 だけど、ぼんやりとではあるがあることにアキラは気付いた。

 

 今まで、本当の意味で自分は正面からミニリュウと顔を向け合ったことが無いことにだ。

 ボールから出して接することはあったが、余所に向かれるか無視されたり、暴れられても被害を受けない様に距離を取ったりしていた。そうしたこともあって、こうして間近で面を向かい合ったことは一度も無い。

 

「――そうか」

 

 今まで自分はミニリュウと向き合っていたつもりでいたけれど、本当の意味でちゃんと向き合ってなどいなかったのだ。

 痛い目に遭うのが怖かったことや中途半端にこの世界の事情や周りが知らないことを知っていたから、勝手に事情を推測してわかった様なつもりでいた。

 生き抜こうとするやる気はあったくせに、こんな簡単なことをやる勇気が無かった自分自身に彼は呆れてしまう。

 

 もっと早くから、こうして正面から向き合えば良かっただけの話だ。

 それに一方的にポケモン達が変わるのを願っておきながら、トレーナーである自分はあまり変わらないなど都合が良過ぎる。

 

 変わるべきなのはまず、自分の方からだ。

 

 ニビジムを訪れる前、レッドに無意識に”ポケモンを信じられていない”のを指摘された時といい、気付かされることばかりだ。

 

「――どうする?」

 

 呼吸が安定し始めたアキラは、ミニリュウの目を見つめながら尋ねた。

 元々このジム戦は自分の勝手な一存で挑んでいるのだから、実際に戦ってる当事者の意見を聞くべきだろう。そう考えると、何だか不思議と今の状況には場違いな穏やかな気持ちが湧いてくる。

 体中から殺気を滲ませて睨み付けていたミニリュウだったが、彼の穏やかな表情に気が削がれたのか、鼻を鳴らせると体を反転させてサイホーンと改めて対峙する。

 

「…わかったよ」

 

 退くつもりが無いとわかり、アキラはよろめきながら立ち上がる。

 

「試合を続けるか?」

 

 とんでもない一悶着があったが、狙われた当人であるタケシは尋ねた。

 目の前のミニリュウは戦うつもりだが、戦いを続ける続けないかの最終的な判断を下すのはトレーナーだ。故に彼は挑戦者であるアキラに問い掛けるが、彼の返事は決まっていた。

 

「続けます」

「――そうか」

 

 答えを聞き、タケシとサイホーンは身構える。

 続けるからには出来れば勝ちたい。

 強がってはいるが、後一回でも攻撃を受ければ今度こそミニリュウは力尽きてしまうだろう。

 勝てるとしたら、未だに見せていない”れいとうビーム”で仕留めることだが、相性が良くても一撃で倒せるかどうかはわからない。

 

「決めるぞ。”とっしん”!!!」

 

 止めの一撃を命じられて、サイホーンは吠えると同時に足に力を入れてミニリュウ目掛けて突進する。さっきは何とか躱したが、勢いに乗れば建物も容易に粉砕する程のパワーを誇る。正面から受ければ、一発ノックアウトものだ。

 普通なら先程と同じ様に横に躱すべきだが、そのつもりは無いのか躱す体力が無いのか定かではないが、ミニリュウは動かなかった。

 

「”れいとうビーム”」

 

 迫るサイホーンを見据えて、アキラは呟いた。

 

 これがこのバトル最後の攻防になる。

 そう直感したので、最後は指示と言う名の素人の余計な口出しはしないつもりだったが、思わず咄嗟に技を口にしてしまった。

 

 その直後、ミニリュウは鋭い目で一瞥したが、真っ直ぐ突っ込んでくるサイホーンに対して無謀にも正面から挑む。体を大きく捻らせて、ドラゴンポケモンは馬鹿の一つ覚えの様に”たたきつける”を再び繰り出す動作を取る。

 リングの周りで試合の行方を見守っていた観客達は、渾身の一撃が弾かれてサイホーンの”とっしん”を受けて宙を舞うミニリュウを想像したが、結果は違った。

 

 振るわれた尾は青と白の軌跡を描いて叩き付けられたが、叩き付けた先はさっきまで狙っていたサイホーンの頭では無く前足だったのだ。

 

 それにアキラが気付いた途端、再び彼の視界は目に映る光景全てがゆっくり動いている様に見えたが、一連の流れを見届けると普通の早さに戻った。

 ぶつけると同時にミニリュウはサイホーンを避けながら体を動かし、その口元に青白い光の粒子を集め始めていた。

 

 前足をぶつけられた所為で、サイホーンはバランスを崩して体は勢いのまま宙に浮くが、すぐに最初に避けられた時と同様に、素早く体勢を立て直してリングに着地する。

 改めて避けたミニリュウ目掛けて突進しようとするが、目の前が青白い光で溢れる。

 

 それはミニリュウが放った”れいとうビーム”だった。

 真正面から受けたサイホーンの体は急速に凍り付き、ツノがミニリュウにぶつかる寸前で氷の彫刻と化す。一瞬にして起きた出来事に、会場内はレッドのピカチュウがイワークをバラバラにした時と同様に静寂に包まれた。

 

「――勝った?」

 

 誰よりも早くアキラは状況を理解すると、”れいとうビーム”を放った姿勢のまま固まっているミニリュウの姿に目をやる。

 するとミニリュウはゆっくり静かに、まるでリラックスするかの様に首を真っ直ぐに立ててから彼に顔を向けた。相変わらず睨んだ様な目付きで、「当然だ」と言わんばかりの雰囲気を醸し出しながらそっぽを向く。

 

「えっと、よくやったって言うべきかな? それともありがとうの方が良いかな?」

 

 最後の最後で言うことを聞いてくれたのかは定かではないが、戦い続けたミニリュウにアキラは少し慌てながら礼と賛辞を伝えると、力が抜けたのかへたり込んだ。

 

 この時、会場内にいた誰もが、アキラとミニリュウの勝利を確信していた。

 観戦していたレッドや観客達は勿論、戦っていたミニリュウ、この戦いを見届けた審判、タケシさえも自身の敗北を受け入れようとしていた。

 中でも一番安心し切っていたアキラ自身が、このちょっとした違和感に気付いたのは奇跡に近かった。

 

 

 

 何かにヒビが入って軋む様な嫌な音

 

 

 

 小さな音だった。

 バトルの影響でリングのどこかにヒビが入ったのだろうと、頭の中から片付けた直後であった。

 ミニリュウの目の前で”とっしん”の体勢のまま凍り付いていたサイホーンが、この世の物とは思えない恐ろしい咆哮を上げながら、凍り付いていた体の氷を砕いたのだ。

 この突然の事態に真っ先に気付けたのは些細な音を耳にしていたアキラだったが、すぐにその事を認識することはできなかった。

 違和感の正体がサイホーンの復活など、全く予想していなかったからだ。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 人気が殆ど無くなったニビジムから、アキラとレッドの二人は礼を述べながら出て来る。

 陽はすっかり沈み、青空が広がっていた空は今では月を始めとした星々が太陽の代わりに夜の街を照らしていた。

 既にニビジムは閉館となっていたが、アキラの手持ちを回復させる時間が長引いて、今ようやく終わったのだ。

 傍から見ればぼんやりとした表情で、頬にガーゼや絆創膏を貼ったアキラはニビ科学博物館への道をゆっくりとした足取りで歩き始める。

 

 今彼の頭の中では、さっきのバトルで負けてしまった時の光景ばかりが何度もビデオを巻き戻して再生するかの様に繰り返されていた。

 

 ”れいとうビーム”が直撃して、サイホーンの体が凍り付いた時は勝ったつもりでいたが、意地になって復活したサイホーンに完全に不意を突かれた。執念の一撃を受けたミニリュウはダメージが限界を超えたのか、リングの外の観客席に飛ばされて完全に気絶してしまった。

 サイホーンの方も突き飛ばしてすぐに力尽きたが、リングの外に出たのやミニリュウの方が先に戦闘不能になったことから、先のバトルはアキラの敗北という形で終わってしまった。

 

「まだ気にしているのか? さっきのバトル」

「まぁ…気にしていないと言えば嘘になるけど」

 

 勝てたかもしれない試合に負けてしまうのは正直言って悔しいが、トレーナーとしてちゃんとポケモン達を統率し切れていなかったのだから当然の結果だろう。

 

 勢いに流されたのや今の自分では手持ちを御するのは難しいことを知った上で挑んだのもあるが、何より現実であると意識しておきながらゲームと同じ感覚が残っていたのも敗因だ。

 ポケモン達の独断でニビジムのトレーナー達とリーダーと渡り合えたのは、確かに凄いことだが、せめて忠告や注意くらいは聞いて欲しかった。

 

 だが、全てが無駄だったかと言うとそうでは無い。

 最後の最後になって本当の意味で正面から向き合うことの大切さ、ポケモンだけでなくトレーナーである自分も変わっていくこと、これらがわかっただけでも挑戦した価値はあった。

 

「でも、途中から結構良い感じだったから、また挑めば勝てると思うぜ」

「その”また”が何時になるのやら」

 

 ジムによって異なっているらしいが、ニビジムは定期的に挑戦者を募るがそれ以外は基本的に挑戦は受け付けない方針だ。

 なので次にニビジムが挑戦者を募るまでは、タケシとの再戦は叶わない。

 浮かない気分ではあるが、アキラは気持ちを切り替える。

 

 旅に出ているレッドと違って、自分にはヒラタ博士を始めとした助けの手がある。

 今回のジム戦で得たのを糧にしっかりと危機意識を持ち、困ったら堂々と助けを求めてアドバイスを乞うのが一番だ。何より、諦めずに接し続ければ手持ちとの関係改善に望みが見込める様になったことは大きい。

 

 いまいち実感は湧かなかったが、何だかんだ言って一緒に過ごしている内に少しずつポケモン達も変わってきているのだ。彼らが変わっていくのなら、トレーナーである自分も彼らと共に成長していくなどの形で変わっていくべきだ。そして手持ちを率いるのに相応しいトレーナーになる。

 それが連れているポケモン達から信頼を得るだけでなく、この世界で生きていくことや自らの目的に近付くことが出来る一番の道。考えが進むにつれて、アキラはそう思えた。

 

「――決めた」

「何をだ?」

「骨折られようが痛め付けられようが恐れを抱こうと、ミニリュウ達は手放さない。とことん向き合っていく」

 

 これから先、連れているポケモン関係で大怪我するかもしれない。

 ヒラタ博士みたいに、身の丈に合わないポケモンを連れるのを止める様に勧める人に会うかもしれない。

 

 元々手放すつもりは無かったが、今後そういう理由で手持ちを手放すのを考えたりすることは絶対にしないとアキラは、敢えてレッドがいる目の前で誓った。

 彼の前で宣言すれば、何だか出来る様になれる気がする願掛けに近い動機もあるが、一人で決意するよりは誰かが居た方がハッキリと意識出来る。

 

「それとレッド」

「何だアキラ?」

「…まだ会って間もないのに、色々と教えてくれてありがとう」

 

 彼は注意深く見れば気付ける些細なことを指摘してくれただけでなく、自分に今回のジム戦を通じてポケモン達との信頼関係を気付く切っ掛けを与えてくれた。有名になる前からレッドは様々な人に注目されてきたが、それはこういう風に意図しているいないにも関わらず、周りに大きな影響を与えるからなのだろう。

 そんなことを思いながら、アキラは唐突だがレッドにこれまでの分を含めて改めて彼に感謝の言葉を伝える。

 

「別に、そんな大したことはしてねぇよ」

「いやいや、本当にありがたいよ」

「そこまで言われると何か照れるな」

 

 レッドは本気にしてはいないが、アキラは本気だ。

 今は出来ることは限られているが、何時か彼の助けになりたい。

 将来彼が辿るであろう道中の出来事を思い出しながら、気合を入れるかの様に息を吐く。

 博物館に帰ってもやることが無かったら大人しく寝るのを考えるが、気を抜き過ぎて腰のボールが震えていたのには気付かなかった。

 やがて揺れ始めたボールが地面に落ちると、中からゴースが飛び出した。

 

「!? ちょっとゴース…」

 

 アキラはすぐに怪訝な表情で振り返るが、目くらましの常套手段である”あやしいひかり”を真正面に受けてしまった。

 

「ちょ! タンマ! 目が…目がぁ~」

 

 強烈な光りを直視してしまった所為で目が眩み、両目を手で押さえてわかり切った事を口にしながらパニックに陥る。

 何も見えなくて周囲の状況が確認できない。

 とにかくゴースがまた何かをやらかす前に早くボールに戻そうと、彼は四つん這いになって転がっているであろうボールを手探りで探し始めるが見つからない。

 

 異常事態にレッドも身構えるが、ゴースは地を這う様に動いているアキラの姿をケタケタ笑う以上のことは仕掛けてこなかった。

 イタズラ好きと言うかちょっかいを出して反応を見るのが好きなポケモンだな、と様子を窺いながらレッドは思ったが、足元にゴースのボールが転がっているのに気付いた。

 

「お~いアキラ、お前のボールはここにあ――」

 

 未だに探しているアキラに声を掛けようとしたが、まだボールに戻りたくないのか、ゴースは舌をゴムの様に伸ばしてレッドの顔を舐め上げた。

 鳥肌が立つような痺れを感じるが、彼はすぐに自らの異変に気付いた。

 

「!? 目が…」

 

 「見えない」と言葉を紡ごうとしたが、唇が全く動かせず言葉を紡げなかった。

 何も見えなくて夢遊病者の様にレッドはフラフラし始め、未だにボール探しの為に地を這いつくばっているアキラとぶつかって、二人揃って地面に伏してしまう。

 

 あまりに間抜けな姿にゴースは笑いが止まらなかったが、ぶつかった衝撃で二人が腰に付けていたボールが地面に落ちる。普通なら落ちただけではボールは開かないが、まるで狙っていたかの様に揃いも揃って落ちた衝撃で開閉スイッチが起動して、ポケモン達は飛び出した。

 

「待て待て、俺達は今目が見えないんだぞ」

 

 レッドは未だに目が見えていないし、アキラの方も見えてきてはいるもののまだぼやけている。

 トレーナー二人が動けないのに、トラブルを引き起こされるのはきついので止めて欲しいが、そんなこと彼らには知ったことではないのだろう。

 

 ようやく見えてきた視界で最初にアキラの目に映ったのは、ニョロゾとフシギダネ、サンドの三匹が、素知らぬ顔のゴースに抗議やら文句を飛ばしている姿だった。

 怒っている様だが、彼らは比較的良心的なので特に気にしないが、問題は四匹から距離を取っていたピカチュウとミニリュウだった。

 

 一言で言えば、一触即発と呼べる程までに最悪だ。

 ピカチュウは手持ちになったばかりなのやまだレッドに懐いていないこともあって、ちょっとしたことで機嫌を損ねやすい。ミニリュウの方も改善の兆候があっただけで、中身は殆ど変わっていない。せめて自分のポケモンであるミニリュウだけでも、ボールに戻さなければならない。

 ところが、動く前にピカチュウが両頬に火花の様な電気をちらつかせ始めた。その動きを喧嘩を売って来たと認識したのか、ミニリュウは体中に力を漲らせて二匹は戦いへと動いた。

 

「待て待て! 喧嘩なんて……ウギャァァ!!!」

 

 電撃に光線と言った激しい技の応酬が始まって、他のポケモン達は我先にと大慌てでその場から離れる。

 アキラは二匹を止めようと両者の間に飛び込んだが、取っ組み合いだけかと思い込んでいた所為でモロに二匹の戦いに巻き込まれて奇声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

「あれは…結構効いたな」

 

 体の芯にまで響く痺れと暴力的な痛みを覚えた記憶が頭の中を流れたのを機に、アキラは意識を再び今に戻す。

 

 昼の休憩時間が終わり、彼は手持ちのポケモンを引き連れながら周りの様子を窺っていた。先程使用された施設内で食事を終えて集まったコガネ警察署に所属している警察官達は、皆手持ちのポケモン全てを外に出して各々何やら相談していた。

 今彼らがやっているのは、”ポケモンとの話し合い”、つまりミーティングだ。

 

 午前中に行った確認バトルで気付いたことだが、挑んできた警察官達の多くは手持ちの強みを活かし切れていない。トレーナーとポケモンの間には、形や程度はどうであれ、一般的には主従関係の様なものが築かれているのが殆どだ。

 しかし、それだとトレーナー側の立場が強い為、ポケモンが持つ強みを殺したり、適していない戦い方を押し付ける可能性がある。なのでこうして手持ちと話し合って、戦い方や方針について意見を交わすのは利点が多い。

 当事者の意見が重要なのはどこも同じだ。

 

 ポケモンは人の言葉を理解することは出来ても、喋ったりすることは基本的には無い。

 けれども身振り手振りや表情の変化だけでも、意思疎通は十分に可能だ。

 ただ、いざやってみると個々に話すことはあっても、手持ちのポケモン全てと同時に話し合う機会はあまり無かったからなのか、纏まりが無いのや相談の進行、どの様な戦い方が適しているのかがわからない人が何人かいた。

 そういう人達にアキラは手を差し伸べたり個々にアドバイスを行うが、意見や考えはポケモンでも十人十色。話が進むと厄介な問題は出てくるものだ。

 

「――と言うことで、可能か無理なのかを教えて頂けないでしょうか?」

「そうですか…」

 

 ある警察官から持ち掛けられた話に、アキラは頭を悩ませる。

 この話し合いのやり方の問題点は、ポケモンとトレーナーの意見の相違だ。

 今回の場合、手持ちであるゴローンが今の一撃耐えてから反撃する戦い方ではなく、素早い動きで相手の攻撃を避けたりする戦い方をしたいらしい。

 カウンター戦法はゴローンの長所である防御力を生かしたスタンダードな戦い方だが、このがんせきポケモンは速攻を望んでいるのだ。

 

「やっぱり無理ですよね」

「やろうと思えば、やれるのですけど…ちょっと問題が」

 

 思いもよらない発言に相談を持ち掛けた警察官は逆に驚くが、アキラの意識は既に目の前のゴローンに向けられていた。

 話し合いが進み互いに遠慮がなくなってくると、こういうポケモン側から方針に反する戦い方を要望することが多々ある。理に適っているか納得できるのなら良いが、たまにトレーナーの方針とは違うやり方だったり、こういう願望紛いな要望をされる時がある。

 

 トレーナーの方が上下関係は上なので却下することは容易だが、単純に無理だと押し切ったり強制するのは良くない。故に妥協案や試してみてダメだった場合は元々の方針に従うなど、なるべく双方が納得する形で調節する必要がある。

 ゴローンは能力的に攻撃力と防御力に秀でているが、タイプの関係もあって素早さは低い典型的な要塞型だ。

 

「う~ん、あの方法はすぐにやるのは無理だろうし。代わりの方法となると――」

 

 面倒な要望だが、もしゴローンの要望が実現したと考えると欠点である鈍さが解消されるので強力なのは間違いない。けれど体格も含めてポケモンが種ごとに生来有している能力値である種族値のことも考慮すると、ゴローンの鈍足は走り込みなどで鍛えれば如何にかなるものでは無い。

 

 一応やろうと思えば不可能と言う訳ではないが、今アキラの頭に浮かんでいる方法は色々と条件もあって面倒だ。何とか手間の掛からず、この場で教えられる方法は無いものか。

 そう考えていたら、最近全ポケモン中最速からでんきタイプ最速の座に落とされたあるポケモンとゴローンの姿が重なった。

 

 それなら良い方法があると思い、彼は後ろに連れていた手持ちと額を突き合わせんばかりに顔を近付けて相談を始めた。

 

 生まれ持った能力を大きく変えたり伸ばしたりするのは、ポケモンであろうと人であろうと、ただ単に鍛えるだけでは到底無理だ。だけど知恵を振り絞れば、望む戦い方に限りなく近付くことは出来る。

 話し合いはトレーナーであるアキラは冷静に進めていたのだが、一部の彼のポケモン達は激しい意見のぶつかり合いにまで発展するまでになった。

 幸い、熱くなり過ぎて揉める前には何とか案は纏まってくれた。

 

「このゴローンは”ころがる”を覚えていますか?」

 

 アキラの質問に警察官は頷く。

 後ろでは口論していた二匹がクロスカウンターの形で殴り合いを始めていたが、トレーナーである彼や止めてはいるものの他のポケモン達は大して気にしていなかったので触れない様に努めた。

 

「その”ころがる”を使っている状態で、自由に動き回ることが出来ますか?」

 

 質問の意図がわからなかったが、これがゴローンが要望していることを実現させる方法であるのを彼は悟った。

 ”ころがる”は時間が経過すればする程、勢いが増して威力が上がる技だ。

 最終的にはとんでもない速さにまで加速するが、今思えば技を繰り出した直後でも単純に動き回る以上に速く動くことが出来ていた。恐らくゴローンがイメージしているのと異なってはいるが、もし”ころがり”をしながら自由に動くことが出来るのなら、ただの速攻よりも強力だ。

 

「――やれるか?」

 

 男性がゴローンに尋ねると、ゴローンは空いているバトルフィールドに移動する。

 その姿に自然と周りから視線が注がれ始めたが、ゴローンは気持ちを落ち着けると体を丸める。

 そしてアクセルを吹かし始めた車のタイヤを彷彿させるスピードで丸めた体を回転させて、バトルフィールドの中を駆け回り始めた。

 技を繰り出した直後であるにも関わらず、素早さの高いポケモンに匹敵するかもしれない速度で転がるゴローンにアキラは期待を抱く。

 

 次の段階として、駆け回る過程でトレーナーが方向転換などの指示を出す。

 最初は上手い具合に指示通りに方向を変えていたゴローンだったが、時間が経つにつれて速度が増し始めてから反応が遅くなってきた。どうやら徐々に増してきたスピードに翻弄されているらしく、バトルならこのまま続けても良いが、今はその時では無い。

 

 トレーナーは止まるのを命ずるが、ゴローンの勢いは止まるどころか急に動きが不規則になり、誰構わず跳ねたり壁にぶつかったりと制御出来なくなったのか暴走し始めた。

 危機感を抱いたトレーナーである警察官は、慌てて手持ちの暴走を止めようとしたがボールに戻す前に跳ねられてしまい、そのまま伸びてしまう。

 

「悪く無い考えだったけど、制御できないのが問題か」

 

 ゴローンがもたらす惨状を目にしながら、アキラはこの方法の問題点を考察する。

 急に動きが不規則になったのは、指示通りに無理に方向を変えようとした所為でバランスを崩してしまったのだろう。だけど勢いに乗る前は動きを制御することは出来ていたので、案外訓練次第では自在に動き回れるようになれるかもしれない。

 そんな風に改善点を考えていた彼に、未だに止まらず暴走を続けるゴローンが迫る。

 

 離れる余裕はあったのだが、死角から迫ったのや考えることにアキラは意識を向け過ぎて完全に周りへの注意が疎かになっていた。

 ぶつかると周りが予感した直後、彼との間に黄色い姿が割って入った。

 介入したのはアキラが連れているポケモンだ。

 

 転がって来るゴローンを相手に、そのポケモンは果敢に正面から抱き込む様に受け止める。

 鈍い音が施設内に響き渡り、受け止めたポケモンも衝撃と勢いで後ろに押されるだけでなく、激しい回転によって摩擦熱が生じていたが、それでも踏み止まる。

 止めようとしたポケモンは皆ゴローンの勢いに負けて弾き飛ばされていた為、周囲は驚きの目を向けていたが、アキラだけは嬉しそうな様子だった。

 徐々にゴローンの回転が弱まり、完全に止まったのを確認すると受け止めたポケモンはゆっくりとゴローンを下ろした。

 

「本当にお前は打たれ強いな」

 

 称賛の言葉を掛けてやると、黄色いポケモンは嬉しそうに胸を叩いて己の力を誇示する。

 

 が、喜びも束の間。

 胸を叩いたのを引き金に、受け止めた時の摩擦熱で火傷を負った箇所が痛み出したのか、直ぐにヒイヒイとのたうち回り始めて仲間から火傷冷ましに水を浴びせられた。

 まるでコントみたいな流れに、アキラは呆れを隠そうとせず状態異常を治療する為に所持していた回復アイテムを取り出す。

 

 ポケモンの戦い方は種ごとに能力や強みなどがあるが、同種だとどうしても性格や考えが異なっていても戦い方に違いがあまり無いことも多い。

 だけど今のゴローンを止めた手持ちの様に、変わった方に長所を持っていたり、一般的に知られているデータだけでは説明が付かない例外も数多く存在している。

 

 色々経験してきたが、未だに新発見や驚きがあるのだから、ポケモンは本当に奥が深い。

 そんなことを思いながら、彼は今自分を守ってくれたポケモンとの出会いを思い出すのだった。




アキラ、少しずつ手持ちとの信頼関係を築いていくのとトレーナーとしてやっていく為の明確な方針を定める。

今回の出来事のおかげで、色んな事が楽になる予定。
ただし彼の苦労の日々は続きます。


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黄色い小心者

 森の中と言えば、虫取りには最適だけど陽が出ていようが出ていなくても薄暗くてジメジメとした場所。

 それが、アキラが小さい頃から抱いていた森のイメージだった。

 だけど彼は、今歩んでいる森の中を一直線に切り払った道を振り返りながら、そのイメージに少し修正を入れるべきだと感じていた。

 

「どうしたアキラ君?」

「あっ、すみません博士」

 

 物思いにふけていたら足を止めていたのを指摘されて、彼は背負っている荷物を背負い直すとヒラタ博士の後を追い掛ける。

 

 ニビジムへ挑戦してから今日で数日が経った。

 まだミニリュウ達とは良好な関係を築けてはいないが、様々な試みが功を奏したのか、体感的にポケモン達の問題行動が減ってきたとアキラは感じられる様になっていた。

 

 手持ちと一緒に変わっていくことで、彼らを率いるのに相応しいトレーナーになる。

 

 前のニビジム戦の後にそう決意したアキラは、ヒラタ博士や博物館にいる職員のアドバイスを受けながら少しずつ本格的な勉強を重ねていくだけでなく、怪我覚悟で手持ち達と対等に対話をする様に心掛けていた。

 

 そうやって接してもミニリュウなどは中々変わらず、生傷も絶えなかった。けれども徐々に手持ちの行動パターンやクセ、得意としている戦い方、日常的な行動に込められた意図をアキラは理解出来る様になってきた。

 そして仲良くなる一環の一つとして、今までの種族名呼びからニックネームを付けたが、彼らは満更でも無い様な反応だったことが、ここ最近で一番嬉しい出来事だった。

 

 まだ手持ちの機嫌を窺ったり、恐れにも似た恐怖心を抱いてはいる。けどこの調子で普通のトレーナーとその手持ちポケモンの様な関係にまでになれば、次のジム戦でニビジムへのリベンジも十分に可能だと考えていたが、そうはならなかった。

 

 理由は、保護者であるヒラタ博士がニビ科学博物館を出るからだ。

 アキラは博士が博物館に所属する研究者と思っていたが、実際は研究の為に他の研究所からやって来た関係者だっただけであった。

 元々長居するつもりは無かったからか、すぐに予定していた滞在期間を迎えた為、二人はニビシティを離れることになった。

 

 離れる前にアキラはヒラタ博士にどこに行くかを尋ねたが、本人曰く行き先は自宅兼研究所であるクチバシティだと教えられた。

 本格的な研究に関してアキラは完全な素人だが、どんな些細なことでもいいから一緒にこれまでの研究結果を見て、彼視点での意見や考えを博士は知りたいらしい。

 

 それで元の世界へ戻る切っ掛けが見つかると考えれば、ニビジムへのリベンジは些細なことなので、大して気にすることなく彼は博士と一緒に荷物を纏めて現在クチバシティを目指していた。

 本来ならディグダの洞窟を通るのが近道だが、ヒラタ博士はオツキミ山に用があるらしく、現在彼らはハナダシティを経由する遠回りのルートを進んでいた。

 

「――大丈夫かアキラ君?」

「大丈夫です。まだまだ行けます」

 

 先頭をスリーパーと一緒に最低限の荷物を抱えたヒラタ博士は、歩みは止めずとも大荷物を背負っているアキラに問い掛ける。初めの頃は荷物の重さや体のぎこちなさにアキラは悩まされていたが、今では色んな出来事で体が鍛えられて体力が付いたからか、大分改善されていた。

 

 しかし、今二人が通っている道は、単純に森の中を突き抜けるかの様に真っ直ぐに切られているだけで、殆ど整備されていない上に腰を下ろして休める場所は無い。

 目を凝らせば、障害物も無く果てしなく道は真っ直ぐ続いて――

 

「――あれ?」

 

 先を見据えていたアキラだったが、今進んでいる道のギリギリ視認できる彼方で何やら蠢くものを捉えた。最初は何かが動いている程度だったが、近付いているのか徐々に針の穴のような大きさから点に変わり、色も認識できるまでになった。

 

「アキラ君、何か見つけたのか?」

「前から何かが来ています。野生のポケモンと言うより……人?」

 

 少しずつ姿がハッキリと見えるにつれて、前から近付いてくる姿は二足歩行であるのと腕らしきものを全力で振っていることから、人の様なものであるのが見えてきた。ところが、姿が鮮明になるにつれて、最初に頭に浮かんだ「人」と言う認識を改めざるを得なかった。

 こちらに向かって来る何かは、人にしては奇妙なまでに全身が真っ黄色、そして真っ黄色な体に雷をイメージした無数の黒い入れ墨の様なものを張り巡らした姿をしていたのだ。

 

「あれって、もしかしてエレブー?」

 

 ここまで見えて、ようやくアキラはこちらに向かってくる姿がエレブーと言う名のポケモンであることに気付いた。

 ゲームではあまり見る機会は無かったが、あの特徴的な姿とアニメでピカチュウのライバル格扱いを受けていたことはよく覚えている。まさかこんなところで遭遇するとは思っていなかったが、幾つか気になる点があった。

 

 まず、この森にはエレブーどころか、でんきタイプのポケモンが生息していない筈だ。

 勿論、アキラはこの世界がゲームとは違うことを十分に承知しているつもりだ。だけどこの森に足を踏み入れる前に仕入れた生息ポケモンに関する情報でも、そもそもでんきタイプのポケモン自体、この辺り一帯には棲んでいない扱いだった。

 

 次に気になるのは、こちらに向かってくるエレブーの様子だ。接触まで残り何十メートルにまでに迫った段階でようやくその表情が見えてきたが、どうも焦っている様に見える。

 エレブーと聞けば、気性の荒いイメージのあるポケモンの代表格だ。

 それ程のポケモンが焦っているとはどういう事なのかアキラは考えるが、疑問の答えが出る前にエレブーは彼とヒラタ博士の横を素通り――

 

 するかと思いきや、道端の石に足を引っ掛けて盛大にコケた。

 全く予想していなかった事態に、二人の視線はうつ伏せに倒れているエレブーに注がれるが、彼らはすぐに別のことに気を取られることになった。

 

 エレブーが走って来た方角から、特徴的な前歯を持ったコラッタを数匹引き連れたラッタが駆けて来て、突然アキラとヒラタ博士に襲い掛かって来たのだ。

 この森を訪れてから、アキラは野生のポケモンの襲撃を何回か経験して対処に慣れていたが、不意を突く形での襲撃は未経験だったため焦った。露骨に剥かれた鋭い前歯と後続の襲撃を危なげなく避けると、アキラは腰に付けていたモンスターボールの一つを投げる。

 

「リュット、お願い!」

 

 最近付けたニックネーム名で呼び掛けながら、ミニリュウにラッタの対処を頼む。

 飛び出したミニリュウの表情は不機嫌だったが、正面から襲ってくる数匹のコラッタ達を尾を振ることで一掃する。余波で吹き飛んだコラッタがアキラの顔にぶつかるハプニングが起きたが、飛ばした当人は気にせずラッタと戦い始める。

 結果的に勝負は十数秒でつくのだが、その十数秒がまだ動ける数匹のコラッタから逃げるアキラにとっては長かった。

 

「助けてください博士ーッ!」

 

 咄嗟にヒラタ博士に助けを求めるが、博士の方も小回りが利くコラッタ達の処理に手間取っていて、それどころでは無かった。

 その時、彼の腰に付いていたボールの一つが勝手に転がり落ちた。

 落ちたモンスターボールは、開閉スイッチが地面に落ちた衝撃で起動した為か、中からゴースが飛び出す。本来ならゴーストタイプの技しか覚えていない今のゴースには、ノーマルタイプのコラッタに有効な技は皆無だ。

 だが、出てきたゴースはその常識を容易く打ち破った。

 

 ”あやしいひかり”で警戒しているコラッタ達の動きを纏めて鈍らせると、すかさず”ナイトヘッド”をコラッタ達の足元に放ったのだ。

 直接ぶつけてもタイプ相性の問題でダメージは与えられないはずだが、黒い稲妻状の光線で放たれた”ナイトヘッド”が地面に当たった直後、発生した爆風でコラッタ達は吹き飛ばされたのだ。

 

「や、やるなスット。そんな方法よく思い付いたな」

 

 ミニリュウ同様に最近付けたニックネームで呼びながら、アキラはゴースの機転に称賛を惜しまなかった。

 アキラが危機を脱したのと同じタイミングで、ヒラタ博士の方はスリーパーが何とか退け、ミニリュウの方も”たたきつける”の一撃でラッタを空の彼方へと吹き飛ばしていた。

 

「やれやれ危なかったの」

「そうですね」

 

 汗を拭う博士に同意しつつ、少し離れたところでまだ倒れたままでいるエレブーの姿にアキラは目を向けた。転んだ時に頭でも打って気絶しているのかと思ったが、両手で頭を抱えて縮こまり、まるで怯えているかの様に震えていた。

 彼のイメージでは、エレブーは暴れん坊なポケモンに分けられるが、目の前にいるこのポケモンはそんなイメージとは大きくかけ離れていた。

 

「お前を追い掛けている連中は片付けたから大丈夫だぞ」

 

 パニックになって殴られる可能性を警戒して、距離を取った上で呼び掛けるが聞こえていないのかエレブーの震えは止まらない。

 木の枝でも拾って突こうかと思ったが、その前に出ていたゴースが行動を起こした。

 良からぬ行動を予想してアキラは止めようとするが、ガスじょうポケモンは彼の手を逃れて長い舌でエレブーの頭を軽く舐めた。

 ゴースがやらかした行為に彼の顔から血の気が引くが、エレブーは跳び上がる様な挙動を見せると尻餅を付いたまま、まるで命乞いをするかの様に手を突き出しながら後退る。

 

「――どうしたんじゃ?」

「わかりません」

 

 またちょっかいを出す前に彼はゴースをボールに戻しておくが、見た感じでは目の前のエレブーは怯えている様に見えなくもなかった。 

 さっきから見せる反応や挙動を見る限りでは、このエレブーはアキラが知っている一般的なエレブーとは少し違う様だ。

 

「そう怖がるな。別に何かしようとしている訳じゃないから」

 

 敵意を含めた関わる気が無い意思表明をして、ようやくエレブーは震えながらも立ち上がる。その何ともハッキリしない態度に、苛立ってきたのかミニリュウの表情は更に不機嫌なものになる。

 面倒なことになる未来が見えたアキラは、すぐにドラゴンポケモンもボールに戻す。それでもエレブーは、体を縮こませる様に両肩を強張らせ、その表情は何とも言えないまでに自信が無さそうだった。

 

「…博士、エレブーってこんなに臆病でしたっけ?」

「いや、儂も初めて見る」

 

 同じ種類のポケモンでも人間と同じく、個体ごとに色んな性格や特徴を持っているものだ。

 だけど、ここまで臆病で自信が無いエレブーを目にするのは、二人とも初めてだった。

 目の前にいるエレブーを余所に、二人は色々と意見を交わしていくが、何時の間にかエレブーが好奇の眼差しを向けていることにアキラは気付いた。

 

 まだ怯えてはいたが、どうやら自分達が害を与えて来ることは無いと判断したらしい。

 向けて来る眼差しは、アキラが連れているサンドがたまに見せる純粋無垢な眼差しに近かったが、乱暴者のイメージが強いエレブーがこんな目をしてくるとは思っていなかったアキラは、不気味なものを感じた。

 当人はそのつもりは無いとは思うが、得体が知れないのだ。

 

 実際は彼だけでなく、ヒラタ博士にもエレブーは同様の眼差しを向けていたが、その視線に耐え切れなかったアキラは無意識の内に一歩下がる。

 そんなアキラの動きにエレブーは気付くと、恐る恐る一歩足を前に踏み出した。それを見た彼は反射的にまた一歩下がるが、エレブーもまたさっきよりもしっかりとした足取りで一歩前に進む。

 まさかと思ったアキラは、また一歩下がるとエレブーもそれに続いた。

 

「ちょ、こっちに来るな!」

 

 何故か近付いて来るエレブーに、アキラは両手を前に突き出してストップを掛けるが、当のエレブーは意外そうな顔を浮かべる。

 増々目の前にいるポケモンが本当にエレブーなのか疑わしく思えたアキラは、念の為にミニリュウが入っているボールを手にすることを考え始める。

 

 アキラがこの状況をどう対処すべきか必死に考えている一方で、彼の隣に立っていたヒラタ博士はエレブーの挙動に注意を払っていた。

 子どもの様に首を傾げたかと思えば、何かを考える様な素振りを見せるなど、コロコロと表情を変えていたのだ。やがて考えが纏まったのか、でんげきポケモンの表情は初めて明るい表情を浮かべた。

 

「アキラ君、どうやらエレブーは君に興味を持ってしまったみたいじゃぞ」

「え゙!?」

 

 ヒラタ博士の予想外の言葉に、アキラは裏返ったかの様な声で驚く。

 急いでエレブーに顔を向けると、でんげきポケモンはまるで見たことが無いものに心を奪われて興味津々な幼い子どもの様な表情をしていた。そのエレブーから向けられる先程以上に純粋無垢な眼差しに耐え兼ねたアキラは、思わず上体を後ろに仰け反らせる。

 

 一体どうすればこの状況を脱せるのか。

 

 パニックに陥りながらも必死に考えるが、突如遠くから怒鳴り声にも似た奇声が響いてきた。

 

「な…なんだ?」

「また何か来たの」

 

 怪訝に思いながら、二人は声がした方に振り返る。

 エレブーが逃げてきた方角から、眼鏡を掛けた如何にも理科系っぽい人物とその後ろを短パンを履いた少年が、砂埃を上げる程の勢いで走りながらこちらに迫っていた。

 

「待てぇぇーー!!」

「うるせぇ! エレブーは俺が捕まえるんだぁぁーー!!!」

 

 聞こえてくる理科系っぽい男の言動から察するに、どうやら彼らは今自分達の目の前にいるエレブーがお目当てらしい。そんな彼らのお目当てであるエレブーはと言うと、彼らの存在に気付いた途端、輝く様な表情はあっという間に引っ込ませて一目散に逃げ始めた。

 

 そしてアキラ達は、下手に関わらず静観した方が良い判断すると、大人しく走って来た二人の邪魔にならない様に道を開ける。さっきまでエレブーがいた場所を砂埃を巻き上げながら、必死の形相で走る眼鏡を掛けた青年と短パンの少年は彼らの目の前を通り過ぎて行く。

 

「随分と激しい捕獲競争じゃな」

「そうですけど、何か狙われるエレブーが気の毒だな…」

 

 舞い上がった砂や埃が落ち着いた頃には、既に彼らの姿は見えなくなっていた。

 どうやらあの変わり者のエレブーは、野生のポケモンだけでなく、トレーナーにも追い掛け回されていたらしい。

 ポケモントレーナーにとって、強いポケモンだけでなく珍しいポケモンを連れるのはある種のステータスだ。今回遭遇したエレブーは色々変わった個体ではあったが、能力があるだけでなく希少な方に分類されるポケモンであることには変わりない。

 

 ようやく肩から力を抜くことが出来たアキラは、ニビシティを出る直前に思い描いた理想的な手持ちをもう一度思い浮かべる。

 

 理想と言っても、現実的に考えると揃いそうも無い手持ちではあることは承知している。今回の出来事でより一層でんきタイプのポケモンが欲しく感じられたが、アキラ的に理想のでんきタイプは、やっぱりと言うべきかピカチュウだ。

 

 エレブーは喧嘩っ早そうなポケモンと聞かれたら、真っ先まではいかなくても間違いなく浮かび上がる扱いの難しそうなイメージがあるポケモンだ。対象外と言うべきか、どうしても気が荒い暴力的なイメージが強くて気が進まない。

 

 未だにミニリュウやゴースに手を焼いている影響もあって、これから手にするポケモンは珍しいのや強いのでは無くてサンドの様に”扱いやすい”ことに重点を置いている。

 さっき会ったエレブーの本性もイメージ通りだと考えると、手持ちに迎えたら苦労するのは目に見える。仮に全く違うとしても、あの様子では別の意味で苦労はしそうではあるが。

 

「理想ばかり追うのは、ダメだってことはわかっているけど…」

 

 一応ここに来るまでの間に、理想では無くても何か閃きのようなのを感じたポケモンを見つけたら捕獲を試みてはいるが上手くいっていない。

 サンドで挑めば技の威力が低過ぎるからか、限界まで弱らせようとするとボールを投げる前に逃げられてしまう。

 ゴースとミニリュウで挑んだ場合、こちらの事情を一切考えずに文字通りぶっ飛ばす。

 

 そういった理由もあって、アキラは手持ちの残り三枠を埋められずにいた。

 だけど、どれだけ時間が掛かっても残りの三枠に出来ればでんき、ほのお、みずのタイプをそれぞれ有するポケモンをメンバーに加えたいと思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 奇妙な出来事はあったものの、その後も彼らは先へと進み続けた。

 野生のポケモンの襲撃から逃れたり返り討ちにしたり、数時間掛けて二人は森を抜ける。

 初めは勢いのままオツキミ山を登ろうと考えていたが、時計を確認すれば針は既に夕方近くを示していた。大事を取って今日はここまでにすることを決めて、二人は拓けた場所で野宿の準備を始めたのだったが――

 

「アキラ君、心此処に在らずの様子じゃが」

「……大丈夫です」

 

 テントを張る作業を終えたアキラは、ヒラタ博士が準備した缶詰などの携帯食を口にしていたが、意識はオツキミ山のことで一杯だった。

 オツキミ山は登って進む方法もあるが、洞窟の中を通過して進むのがゲームでもこの世界でも一般的である。幸いミニリュウ達は、何時ものように体力を有り余して扱いに困っている状態なので、このまま野宿しても特に問題は無い。

 けれども、どれだけ考えても不安は拭えなくて夕食の手もあまり進まなかった。

 

 今アキラを悩ませている最大の心配は、通る予定であるオツキミ山洞窟内部で、まだロケット団が暗躍している可能性があることだ。

 

 レッドが数日前にニビジムでバトルを繰り広げたのを考えると、時期的に今オツキミ山でロケット団が何か探し物をしていた筈だ。出来ればレッドの妨害を受けて、ロケット団が今この山から去っていると言う確証が欲しいが、一切そういう情報が無いのだからお手上げである。

 かと言って、如何にかしてロケット団を避けて通るとしても恐ろしく時間を食ってしまう。もしいないとしても、無事にオツキミ山を通り抜けられるのか。

 どれも未知数なので不安が尽きないのだ。

 

「気になることがあるなら言った方が良いぞ」

「…正直に言いますと、不安なことだらけで絞れません」

 

 悶々としているアキラの様子に、ヒラタ博士はどうやったら彼の不安を改善できるか考えた。

 旅の道中で不安を抱くことは別におかしいことではないがアキラの場合、一体何にそんな不安を抱いているのかと思えるほど少し過剰な印象だ。

 しかし、ヒラタ博士は今このオツキミ山であるかもしれない可能性について全く知らないので、ちょっとだけ本当に過剰なのを含めても実際は知っているか知っていないかの差だ。

 

「確かに”旅”は不安になることは多いが、少々心配過ぎではないか?」

 

 確かに気にし過ぎているかもしれないが、アキラにとってはこうしている今でも現在進行形で知らないことや初めて体験することを経験している。

 ニビシティを出て数日、この世界に来てから二週間近くになるのでそろそろ慣れてきたかと思っていたが、どうやらまだまだらしい。

 一ヶ月後の自分はどうなっているだろうなと思いながら食の手を進めるが、ミニリュウが何故か物凄く不機嫌な様子で森に目線を向けていた。

 

「? どうしたリュ……」

 

 ミニリュウの様子に気付いたアキラだったが、ドラゴンポケモンが向けている目線の先にあるのを見て、思わず固まってしまった。

 黒と緑しか認識できない暗い森の中に、見覚えのある異様に目立つ黄色い姿が見えるのだ。

 

「……皆、無視だ」

 

 ミニリュウだけでなく、他の手持ちも森の中からこちらの様子を窺っている存在に気付いたが、アキラは無視する様に促す。

 あの黄色い姿は、間違いなく昼間に遭遇したエレブーだ。

 何故こんなところにいるのか気になるが、下手に関わらない方が良い。しかし、サンドを除いた面々は、大人しくアキラの言う事を守ることの方が少ない。

 

「アキラ君、ゴースはどこに行ったのかね?」

「ゴース…スットのことですか?」

 

 今にも森の中に隠れた気でいるエレブーに飛び掛かりそうなミニリュウにアキラは注意を払っていたが、ヒラタ博士に聞かれてようやく気付く。

 何時の間にかゴースの姿が影も形も無くなっていたのだ。

 どこに行ってしまったのかとエレブーのことを忘れて、慌てて周囲を見渡した直後だった。森の中から奇妙な悲鳴が上がり、隠れていた筈のエレブーが転げる様に飛び出してきたのだ。

 

「何だ!?」

 

 思わずアキラは立ち上がり、ミニリュウやサンド、博士が連れているスリーパーなどのポケモン達は、エレブーに対して構える。

 しかし彼らが臨戦態勢に入っているとは気付かない程、エレブーは尻餅を付きながら森から離れる様に後退る。でんげきポケモンの反応から、森の中に何かがいると見たアキラは、暗い森の中に目を凝らす。

 

 何が起きても対処出来る様に神経を集中させるが、彼らの警戒は杞憂だった。

 何故なら森の中から、ついさっき姿を消したゴースが愉快そうな表情で現れたからだ。

 どうやら何時の間にかエレブーの背後を取っていた様だ。

 

「スット、お前な~~」

 

 無事に見つかった安心感と無駄に警戒してしまったことに対する徒労感など、複雑な感情がアキラの中に入り混じるが、すぐに彼はこれ以上面倒事を起こさない様にゴースをボールに戻した。

 エレブーはゴースの姿が消えてホッとした様だが、まだ災難は去っていなかった。

 ミニリュウがバトルでもするつもりなのか、首を念入りに捻り始めたからだ。

 

「待て待てリュット、戦う必要は無いぞ」

 

 こんなことで消耗して欲しくないアキラはミニリュウを宥めるが、ミニリュウは素直に聞き入れるつもりは無かった。手持ちの喧嘩っ早さに彼は頭を抱えるが、さっきまで怯えていたエレブーがぼんやりとこちらを見つめていることに気付いた。

 

「ぁー、お前もう帰っても良いぞ。ていうか抑えが効いてる内に早く帰って、頼むから」

 

 睨むミニリュウを抱える形で引き摺りながらアキラはエレブーに告げるが、それでもでんげきポケモンは昼間とは少し違う眼差しを彼に向けていた。

 何か様子がおかしいと感じるが、考えがハッキリする前に暗くなった森から雄叫びの様な奇声が響いてきたのに彼は驚いて肩を跳ね上がらせた。

 森から野生のポケモンが飛び出してくるかと思ったが、出てきたのは二人の人間だった。飛び出した彼らの姿を目にしたアキラは、また面倒事に巻き込まれたのに肩を落とす。

 

 何故なら今目の前にいる二人は、昼間にエレブーを追い掛けて捕獲競争を繰り広げていた人達だったのだ。

 今すぐにこの場から去りたいが、何時の間にかエレブーは自分を盾にする様に後ろに隠れていたので動こうにも動けなかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…やっと追い詰めたぞ」

「はぁはぁ…あれ? 何でエレブーが君の後ろに隠れているのですか?」

 

 息を整えた短パンの少年は、目の前のエレブーの様子に疑問を零す。

 彼が口にした内容に反応した理科系っぽい男は、俯かせた顔を上げると同時に眼鏡は鈍い光を放った。二人の様子から見て少年の方はまだマシな雰囲気だが、眼鏡を掛けた男の方は悪い予感がしてならなかった。

 

「えっと…あの、何が何だかさっぱりなのですが」

「まさかお前もエレブーを狙っている奴なのか?」

 

 誤魔化すつもりではないが、ちょっと濁った口調で時間を稼ごうと試みるも理科系の男は直球で詰め寄って来る。

 あれだけエレブーの捕獲に力を入れていたのだ。変なことを口にしたら面倒なことになると直感し、目線でヒラタ博士に助けを求めるが、博士の方は状況がよくわかっていない様子だった。

 

「いや自分は別にエレブーを――」

 

 「捕まえる気は無い」と伝えようとしたが、直後だった。

 ボンッ! と何かが破裂した様な音と共に彼の体を抑えられている固定感が消えた。

 後ろを振り返ると、さっきまで背中に隠れていたエレブーが何故か姿を消していた。

 

「――は?」

 

 訳の分からない事態に、状況がよく呑み込めなかった。

 一体エレブーはどこに消えてしまったのか疑問が浮かぶが、それは目の前にいるエレブーを追い掛けていた二人も同じだった。

 

「あれ? どうして?」

「な、なんでエレブーが消え…まさか!」

 

 頭の中に浮かんだ可能性に、眼鏡を掛けた男は今にも胸倉に掴み掛りそうな怒気を漂わせ、怒りの対象となったアキラは慌てた。

 一体何で消えてしまっただけなのに、怒りを向けられなければならないのか。

 理不尽だと思うが、足元に当たったものに視線を向けた瞬間、彼の顔は青ざめた。

 

 足元に転がっていたモンスターボールの赤いガラス越しに見える姿、腰に手を伸ばしてみてわかる一個分の空きがあること、全てを理解した彼は気まずさの余り黙り込んでしまうのだった。




アキラ、手持ちにニックネームを付ける。そしてまさかのエレブーが自分から捕まる。

今話からアキラの手持ちにニックネームが付きます。
ニックネームの法則は「捕獲時の種族名の一部+ット」です。
ピカチュウを連れるトレーナーは多いけど、エレブーを手持ちにしているトレーナーって二次創作に限らずゲームでも少ない気がします。


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ロケット団強襲

「あぁ、ひどい目に遭った…」

 

 陽は沈み、オツキミ山がある山岳地帯一帯は闇に包まれていた。

 空気が澄んでいるからなのか、夜空の星々はこれ以上無いほど輝きを放っていたが、岩肌が目立つ険しい山道を進むアキラの表情は逆に暗かった。

 彼の表情が暗い原因は、今隣に立っているエレブーだ。

 

 捕まえる気は無かったのに、狙っていたトレーナーの目の前でエレブーをモンスターボールに収めてしまうなど、気まずい以外の何者でも無かった。

 ヒラタ博士と事情を察した短パンの少年の助けを借りて、何とかエレブーを無理矢理ボールの外に出すことは出来た。しかしボールから引き摺り出しても、何故かエレブーはアキラの背中に隠れてしまうので結局状況は変わらなかった。

 

 その所為で理科系っぽい男からは、ネチネチと嫌味やらあれこれ難癖を付けられてややこしい事になったが、短パンの少年の提案の元、ポケモントレーナーらしくポケモンバトルでエレブーの所持権を決めることになった。

 

 エレブーを譲れば問題が解決することはわかっていたが、嫌がっている相手に譲る訳にはいかないと言う正義感にも似た考えもあった為、アキラはその提案を了承した。

 そして勝負は、ミニリュウが相手ポケモンを瞬殺したことで彼の勝利で終わった。

 しかし、それでも男はしつこく「無効試合だ」だの文句を言ってきたが、その往生際の悪さに戦ったミニリュウはキレた。

 

 気に入らないことは理解は出来てもトレーナーを攻撃する暴挙は許す訳にはいかなかったアキラは、この前のジム戦よりは上手くミニリュウを抑え付けることは出来たが、理科系の男は強気から一転して悲鳴を上げながら逃げていった。

 

 そんなこんなでアキラはエレブーを手にする権利を勝ち取ったが、彼自身エレブーを連れて行く気は少しも無かった。そこで比較的良識がありそうなたんぱんこぞうにエレブーを譲ろうとしたが、でんげきポケモンは譲られることに拒否の意思を見せた為、彼は潔く諦めてそのまま去ってしまった。

 

 結局アキラは自分の手元に残ったエレブーをどうするべきか困ったが、運悪く考える間もなく崖の上からゴローンが押し寄せる様に転がり落ちて来たことで移動せざるを得なかった。

 しかも悪いことは重なるものらしく、今も彼らは野生のポケモンからの襲撃を逃れるべく移動を続ける形で山を登っていたが、未だに休めそうな場所には辿り着けていなかった。

 

「――その場凌ぎの為に俺のボールに入ったのなら野生に帰っても良いんだぞ」

 

 隣を歩いているエレブーに問い掛けるが、エレブーは「とんでもない」と言わんばかりに両手を突き出して否定する様に顔と一緒に振る。

 悪知恵が働くからこんな手の込んだ逃げ方をしたのかと思ったが、どうやらエレブーは一緒に行くことを望んでいるらしい。一体自分の何を気に入ったのかアキラは不思議に思うが、目の前への集中を欠いていたからなのか、よじ登っていた岩の一部を掴み損ねて彼は尻から落ちてしまう。

 

「ッ~~~、なんでこんなのばっかなの~~?」

「旅とはそういうものじゃ」

 

 打ち付けた際の激痛に悶絶するアキラに、ヒラタ博士はそれが当然と言わんばかりにあっさりと切り伏せる。

 この短い間に色々あり過ぎて、彼の頭が混乱しそうであった。

 だけど、ここで文句を言っても何も変わる事は無い。アキラは痛みを堪えて立ち上がり、もう一度岩をよじ登っていく。今度はしっかりと集中していたので、掴み損ねることなくしっかりと登れた彼は、岩肌が目立つ少しだけ拓けた場所に辿り着くのだった。

 

「――ようやく休めそうな場所に着いたみたいですね」

 

 周辺を見渡しながら、尖った岩石が所々突き出ている所に彼は足を踏み入れる。

 ヒラタ博士も登って来たことを確認すると、アキラは座れる岩に座り込んで取り出した水筒の麦茶を飲んで一息つくが、何時の間にかエレブーはいなくなっていた。

 

 疑問に思い周囲を見渡してみると、少し離れたところで当のエレブーは興奮した様な足取りでスキップしていた。さっきからエレブーが発端となるトラブルに巻き込まれてばかりなので、注意していないとまた面倒なことになるかもしれない。そう考えながら動きを注視していたら、走っていたエレブーの姿が一瞬で消えた、

 

「消えたって、えっ!?」

 

 瞬間移動でもしたのではないかと思えるほど綺麗に消えたのだ。

 驚きのあまり口に含んだ麦茶を噴き出した彼は、すぐに荷物を纏めて杖代わりにしている木の棒を手するとヒラタ博士を置いてエレブーが消えた辺りに駆け付けた。

 

「どこへ行く?」

「エレブーが消えたんですよ! ――って」

 

 何とか彼はエレブーが消えた現場に辿り着いたが、驚愕の表情を浮かべて絶句した。

 そこには、見たことが無い程に巨大なクレーターが彼の目の前に広がっていたのだ。

 今いるオツキミ山は、隕石が稀に落ちてくることで有名な山だ。

 クレーターなら、ここに来る途中で大小様々なのを既に幾つか見ているが、問題はそのクレーターの中心にあるものだ。

 

 大小様々なケーブルに繋がれた巨大な機械が唸り声の様なハム音を上げていたのだ。

 見た感じでは何らかの装置なのは一目瞭然だが、こんなものがオツキミ山にあることは、アキラは当然見たことも聞いたことが無い。

 

 この世界では自分の常識が通じないことを悟っていたが、この光景ばかりはこの世界でも非常識な様に思えた。気にはなるが、ここに来た目的を思い出したアキラは消えたエレブーを探し始める。色んな所に視線を向けている内に下に目を向けると、転げ落ちたと思われるエレブーが情けない姿を晒してクレーターの底に倒れていた。

 

 何をやっているのかと呆れていたが、すぐに立ち上がってエレブーは巨大な機械に近付く。

 そして両手が装置に触れた瞬間、強烈に眩い光が放たれて、電流が激しく流れる様な音も続いて周囲に轟く。あまりの光の強さにアキラは直視することはできなかったが、次第に光の強さが和らいでいくと、体の黄色の部分を黄金に輝かせたエレブーが満足気に仁王立ちしていた。

 

「どうやら、エレブーはあの装置が作り出す電気エネルギーを吸収した様じゃな」

「勝手に吸収して良いんですか?」

 

 アキラと同様にクレーターの下にいるエレブーの行動を見ていたヒラタ博士は推察を口にするが、一応エレブーのトレーナーである彼はまた頭を抱え込む。そんな彼の心配を余所に、満足できるほどの電気を体内に溜め込んだエレブーは踊る様に喜びを露わにすると、テンションが上がったままクレーターを一気に駆け上がった。

 また勝手にどこかに行ってしまったが、追い掛ける気力は湧かなかったこともあって「もうどうにでもなれ」と思いながらアキラは慎重にクレーターの中心へ降りる。

 

「それにしても、これはなんだ?」

 

 さっきまでエレブーが触れていた謎の巨大装置を前にして、アキラは首を傾げた。

 如何にも発電装置的な機械なので、これに人の手が加わっているのは確実だ。

 今この山で暗躍していると思われるロケット団関係の可能性が一番高いが、こんな重要そうな装置に護衛が一人もいないのもおかしい。ロケット団は可能性の一つと考えて、彼は頭をフル回転させて別の可能性を考え始めたが、わからないことだらけで全く謎は解けなかった。

 

「博士、何でこんなところにこんなものがあるんですか?」

「それはわしも聞きたい。以前この山を調査した時はこんなものは無かったぞ」

 

 困ったのでヒラタ博士に助けを求めるが、彼もまたなぜこんなところに人工物が置いてあるのかわからなかった。調査の為にカントー地方で最も隕石が落ちるオツキミ山に何度か博士も足を踏み入れたことはあるが、こんなものが置いてあるのは一度として見ていない。

 取り敢えずロケット団を頭の片隅に置きながら、改めてアキラは目の前の謎の存在について推測してようとしたが、その前に大切なことを思い出した。

 

「そういえばエレブーの奴どこに行ったんだ?」

 

 ただでさえエレブーと行動を共にしてからトラブルに巻き込まれてばかりなのだから、これ以上面倒事を持ち込んで欲しくは無かった。

 急いで追い掛けようと思ったが、聞き覚えのある悲鳴が耳に届く。

 

 またか、と思いながら今日で何回目か知れない溜息をアキラは吐く。

 念の為ミニリュウ達が入っているボールを両手に持ち、悲鳴が上がった方に意識を向けるとエレブーが転げ落ちてきた。余程慌てていたのか勢いで全身を打ち付けるが、倒れたまま這い蹲ってでも身を守る様にアキラの背中に隠れた。

 

「かなり怯えているな」

「今度は一体何だ?」

 

 エレブーの怯えっぷりに彼は呆れるが、徐々に聞こえてくる力強く土を踏み締めて歩いているかの様な音に眉を顰める。音の正体を考える間もなく、彼らはエレブーの怯えっぷりが妥当だと言わざるを得ない事態に直面した。

 月明かりを背にクレーターに現れた巨大な影、巨体を象徴する剛腕にそれらを支える屈強な足、象徴的な巨大なツノを持ち、一言で表せば「怪獣」と呼べるポケモンが姿を現したのだ。

 

「サ、サイドン?」

 

 予想外過ぎるポケモンの出現にアキラは狼狽え、嫌な汗が頬を流れる。

 ヒラタ博士も、まさかのポケモンの登場に唖然としていた。確かにエレブーが命辛々逃げてきても大袈裟じゃない相手だ。正直言うと、今すぐにでも尻尾を巻いて逃げたい。

 しかし、残念なことに彼らにその選択肢は与えられなかった。

 

 サイドンの隣に、同じく月明かりを背に受けているトレーナーらしき人影が立っていたのだ。

 そして、トレーナーが着ている服の胸には赤い大きなRの文字が描かれている。

 これだけでもう状況は最悪と言っても過言では無い。

 

「フフフ、君達こんなところで何をやっているのかな?」

「――ロケット団」

 

 不敵に笑う団員に、アキラは忌々しそうに組織の名を呟く。

 丁度この時期、ロケット団は何かを探すべくオツキミ山にキョウとその部下達を派遣しているのを知ってはいたが、どうやらまだ探し物を探し続けていたらしい。気が付けば何時の間かクレーターの周りには、サイドンを連れた団員を筆頭とした下っ端らしき団員達が集まっている。

 完全にアキラ達は包囲されていており、逃げ道が一切無かった。

 如何にかしてこの場を切り抜ける方法を彼は考えるが、唯一思い付く策は「ゴリ押し」とあまり当てになりそうも無かった。

 

「?」

 

 感じたことの無い緊張感で足が震え始めた時、アキラはミニリュウが入ったボールが激しく揺れ始めるのを感じ取った。

 様子を窺うと、ミニリュウはボールの中からでもわかる激しい憎悪と怒りで煮え滾っている目付きで「早く出せ」と訴えている。

 

「――抑えるんだリュット」

 

 今のミニリュウの表情から彼は、推測の域を出ていなかった己の考えていたことが正しかったことを察する。ロケット団に酷い目に遭わされたのならミニリュウの怒りは尤もだが、今自身が置かれている状況も考えて欲しい。

 この状況を打開する方法をアキラが必死に考えている間、スカーフを首に巻いた現場指揮官であるハリーは、誰も訪れないと油断して警備要員を発電装置から離れさせていたことを後悔していた。

 

 数日前、”つきのいし”探索部隊の指揮を任されていた大隊長であるキョウは、赤い帽子の少年と戦った後、上からの命令で指揮権とサイドンを中隊長であるハリーに譲ってオツキミ山から去って行った。

 それからさっきに至るまで、装置の警備をしていた団員達も動員して”つきのいし”の探索を続けていたが、作業中に発電装置からの電力供給が途絶えて全ての作業機器がストップしてしまい、確認に来たらこの有り様だ。

 

「まぁいい、小僧と老いぼれを叩きのめしてポケモンを奪うとするか。総員! あいつらからポケモンを奪え!!」

 

 作業を邪魔したからには、ロケット団の恐ろしさを思い知らせてやる。

 憂さ晴らしも兼ねて、ハリーはすぐさま部下達に指示を出す。

 一斉に団員達はクレーターに飛び降りると、各々ポケモンを従えてアキラに襲い掛かって来た。

 

「こんなところでロケット団に遭遇するとは…今日のわしらはついておらんな」

「そうですけど、何とか切り抜けないと全ての努力が水の泡ですよ」

 

 四方から押し寄せてくるロケット団を相手に戦わなければならない状況であるにも関わらず、アキラは自分でも驚くほど冷静に状況を把握する。あまりにも危機的過ぎる状況に感覚が麻痺してしまったのかもしれないが、今この場でロケット団達と戦い、そして勝つか逃げ切らなければどんな目に遭うかわからない。

 覚悟を決めて、アキラはミニリュウにゴース、サンドをボールから召喚した。

 

「勝たなくてもいいから、とにかく逃げる為の突破口を開くんだ!!」

 

 宙を舞うボールから飛び出した三匹は、ミニリュウが”はかいこうせん”で団員達をまとめて吹き飛ばしたのを機に各々独自に戦い始めた。

 

 ゴースは手当たり次第に”あやしいひかり”でポケモン達の仲間割れを引き起こしつつ、正気に戻すきっかけを作りそうな団員達を片っ端から”したでなめる”で封じていく。

 いきなり大技を放ったミニリュウは、相手が仕掛ける仕掛けない関係無くがむしゃらに”れいとうビーム”や”たたきつける”を奮って暴れまくる。

 サンドも二匹に続こうとゴルバットに果敢に挑むが、”すなかけ”を仕掛けても効くどころか逆に怒らせるだけで、ズバット達も交えたゴルバットと団員達から逃げ惑う。

 

 こうして皆が力を合わせれば、突破口の一つや二つは開けそうだが、皆好き勝手に戦っていて殆ど連携していなかった。

 ゴースは自分の仕掛けた技がおもしろい様に決まっていくからなのか攻撃するのに夢中になっており、ミニリュウもただ目の前の敵を倒すことしか見えていない。

 サンドは力不足故に逃げ惑い、トレーナーであるアキラも攻撃の激しさに逃げに徹していて彼らにアドバイスや指示を出すどころではない。

 ヒラタ博士のスリーパーも応戦するが、数の暴力に圧されている。

 

 予想以上に下っ端達の実力が高く、アキラは焦る。

 戦いたくなかったのは事実だが、心の中のどこかでゲーム内の数でしか攻めることが出来ない下っ端団員達と戦う感覚になっていたかもしれない。実際、同じ数の暴力で攻めてきてはいるがゲームとは違い、団員達は連戦ではなくて一斉に攻めてくる。

 これだけでも十分に状況は最悪なのに、さらに事態の悪化を告げる出来事までもが起きる。

 

 ミニリュウが技を放つエネルギーを集めても、途中で集めたエネルギーが萎んでしまう様になるのだ。ゴースの方もいい加減に対策をしてきた団員やそのポケモン達に”ナイトヘッド”を発射しても、途中で消えてしまう。

 ここに来て、今日一日の疲労が出て来てしまったのだ。

 

 今日は野生のポケモンやトレーナーと戦ったので技をたくさん使ったが、その割に休みらしい休みを今日は取っていない。その所為なのか、この肝心な時に二匹はメイン技を出すのに必要なエネルギーが底を尽いてしまったのだ。

 

 彼らはすぐに別の技に切り替えるが、ゴースはミニリュウほど技のバリエーションは多くないからなのか徐々に押され始める。ミニリュウも技では物理的な攻撃で団員とポケモンを相手に応戦するが、これだけの数を相手にするのは辛いのかどこか苦しそうだ。

 

「エレブー!!! 弱気になっている場合じゃない! 手を貸して!」

 

 こうなったら苦肉の策ではあるけれど、実力は未知数のエレブーに助けを求めるしかない。

 さっきは自分の後ろに隠れていたし、自分の事で手一杯かもしれないが僅かな望みを賭けて、発電装置の近くにいる筈のエレブーに助けを求めるが反応は無い。

 走りながらアキラは様子を窺うと、エレブーは複数の団員とそのポケモン達に囲まれて踏まれたり蹴られたりのリンチから身を守るのに精一杯だった。

 

「なんだこいつ弱いぞ!」

「このままやっちまえ!!」

 

 僅かな望みが潰える以上に、エレブーのあまりの無抵抗っぷりにアキラは思わず顔を手で抑えながら天を仰いだ。頼むから少しくらい抵抗して欲しいが、あの様子ではこの戦いが始まってからずっと何も抵抗せずあの様にボコボコされていたのが目に浮かぶ。

 

「年寄りは労わって欲しいが、礼儀がなっておらん若者達じゃな」

「そんなことを言っている場合じゃないですよ!」

 

 徐々に手段が限られてきて、アキラは今まで感じたことが無い強い恐怖心と危機感を抱く。

 元々彼もポケモン達も疲労している状態で戦ったり逃げたりしているので、これ以上体を動かすのは限界が近い。だけど手を打とうにも如何にもならなくて、時間ばかりが過ぎていき、比例する様に残り少ない体力も削られていく。

 

 彼らが限界を迎えつつあることは、クレーターの上で部下達の戦いを見守っていたハリーもすぐにわかった。

 満足に戦える団員やポケモン達はそこそこ削られたが、あれほど最初は猛威を奮っていたゴースは持てる技全てのPPが底を尽いてしまったのか逃げ惑っていた。ミニリュウは”どく”状態に追い込まれて、力尽きるのも時間の問題。ちょっと邪魔だったスリーパーは数で押したことであっという間に戦闘不能、サンドやエレブーに至っては気にする必要も無い。

 このまま数で押し切れば遅かれ早かれ彼らは力尽きるだろうが、どうしてもハリーは不安が拭えなかった。

 

 理由は、数日前の探索を妨害した赤い帽子を被った少年だ。

 あの少年と、今クレーターで部下達と戦ったり逃げたりしている彼は違うのはわかっている。

 だが同年代故か、どうしても姿が重なって見えてしまい気が抜けない。

 

「――念には念を入れるとするか」

 

 合図を出すとサイドンは雄叫びを上げてクレーターへ飛び降り、ハリーも続く。

 クレーターを降りると、ミニリュウに吹き飛ばされた団員とポケモンが飛んでくるがサイドンは悠々と受け止める。

 

 改めて状況を確認するが、もう倒れてもおかしくないにも関わらず、ミニリュウは自分の身に構わず暴れ続けている。エレブーの方は防戦一方だが、打たれ強いのか未だに頭を守る形で体を丸めたままだ。

 そして逃げ回っていたトレーナーと二匹のポケモンは部下達が追い詰めてはいたが、研究者らしき人物を除いた彼らは、悪あがきに手当たり次第に石混じりの”すなかけ”や、身に纏っている有毒ガスを吸わせようとしたり、手に持っている木の棒を振り回すなど抵抗を続けている。

 

「助けでも入らない限りもう意味ねぇのに――終わらせろ」

 

 もう手段を問わずにがむしゃらにここまで必死に抵抗する彼らの姿に、ハリーは勝ち誇って笑いたい衝動に駆られるが、まだ何が起こるのかわからないので詰めの指示をサイドンに出す。

 冷たく命じられたサイドンは、団員達に追い詰められても抵抗するアキラ達目掛けて”いわなだれ”を放つ。木の棒を振り回して暴れていたアキラは、無数の岩が迫っていることに気付くとサンドを抱えてギリギリで避ける。

 辛うじて免れたが、これまでの攻防で服はボロボロ、体は痣や傷だらけ、しかも今さっき避ける際に転んで膝を擦り剥いてしまったことで血が滲み出していた。

 

「諦めな。お前らはもう十分に頑張った。眠らせてやるからありがたく思え」

 

 立ち上がろうとするアキラに近付いてきたハリーは、一片も思っていないことを告げるとサイドンは腕を振り上げた。

 サンドやゴースが抵抗を試みるが、先程まで戦っていた団員のポケモン達からの不意打ちを受けて遂に力尽きる。離れたところで戦っているミニリュウに目を向けるが、ミニリュウも満身創痍の状態で助けに来れそうにない。

 エレブーは未だにリンチを受けており、ヒラタ博士も囲まれて追い詰められている。

 

 もう勝算は殆ど無い。

 

 これは悪い夢だという現実逃避と諦めの考えが脳裏を過ぎり、アキラは顔を俯かせてしまう。

 

 

 その時だった。

 

 

 ロケット団の団員とポケモン達にリンチされていたエレブーが、突然気が狂ったかの様な大声を上げながら、自分を痛めつけていた連中を立ち上がった勢いで纏めて四方に吹き飛ばしたのだ。

 

 すぐさま一部の団員達は、エレブーが反撃に転じたのを察して戦いを挑む。

 ところが今まで受けた仕打ちの倍返しと言わんばかりに、エレブーは挑んでくるポケモンや団員を片っ端から血祭りに挙げていく。さっきまで無抵抗だったエレブーの突然の変貌に誰もが唖然、または気を取られるが、エレブーはアキラが初めて会った時に思い描いていたイメージ以上の凶暴性を発揮して暴れまくる。

 

「何時か反撃してくるとは思っていたが…」

 

 すぐにハリーは、この事態に対処すべくサイドンを向かわせる。先程とは立場が逆転して、今度は痛めつける側に変わったエレブーにロケット団の注意が向いている間に、アキラはサンドとゴースをボールに戻すと静かに立ち上がってハリーから離れようと試みた。

 

「おっと、逃がさねえぜ」

「っ…」

 

 しかし、彼が逃げようとするのを察したハリーはアーボと共に立ち塞がる。

 忌々しそうな表情でアキラは木の棒を構えるが、後ろから”こうそくいどう”で飛び掛かって来たミニリュウがアーボとハリーを纏めて”たたきつける”のフルスイングで叩き飛ばす。吹き飛ばされた彼らは、勢いで突き刺さる様に地面に頭をめり込まらせるとそのまま沈黙した。

 

「リュット……」

 

 「大丈夫か?」と言葉を紡ごうとしたが、その前にミニリュウが倒れる素振りを見せたのでアキラは素早くボールに戻した。

 本当はすぐにでも労ってやりたいが、今の状況ではそんな暇は無い。

 現場指揮官であるハリーがやられたことは、すぐに部下である団員達は知るもエレブーの反撃が激し過ぎて正直それどころではなかった。

 

「なっ、何なんだこいつはぁ――!?」

「ひいぃぃ―!!! もう弱い者イジメはしないから許してくれ――!!」

 

 掌を返すロケット団だったが、白目を剥いて正気なのか疑わしいエレブーがそんな頼みを聞く筈は無かった。懇願虚しく悲鳴を上げた団員数名は、でんげきポケモンが振るった暴力的なアッパースイングで華麗にクレーターの外へと吹き飛ばされる。

 

「これは…まさに九死に一生を得るじゃな」

「よし! 逃げるぞエレブー!」

 

 汚れは酷いが目立った外傷の無いヒラタ博士が、スリーパーをボールに戻しているのを確認してアキラは大声を上げた。

 まだロケット団の団員やポケモン達は残ってはいるが、ほとんどはエレブーの猛攻に怖気づいている。勿論彼も、今のエレブーが素直に自分の言うことを聞くとは思ってもいないのでボールに戻そうとするが、暴れるエレブーの前にサイドンが立ち塞がった。

 

 ピンチではあるが、同時にチャンスでもあった。

 恐らくここにいるロケット団最強戦力であるこのサイドンを屈服させれば、残された団員達は戦意を完全に失って逃げる自分達を追わなくなるだろう。タイプ相性と能力差を考えるとエレブーが圧倒的に不利ではあるが、先程まで奮われていたエレブーの力を信じて彼は勝利を願う。

 

 最後の障害であるサイドンに向き直ると、力瘤ができるほど腕に力を入れてエレブーは自身への鼓舞と相手に対する威嚇をするかの様に雄叫びを上げた。




アキラ、ロケット団の数の暴力に大苦戦するが、エレブーの反撃開始のおかげで形勢逆転。

最近のゲームでは団員が複数同時に挑んでくるパターンがありますけど、普通に考えたら下っ端レベルでも数で押してきたらよっぽどレベルが高くないと無事では済まないと思います。
そしてアキラはこの時点では、まだそのレベルには至れていません。


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大逆転?

 両腕を振り上げてエレブーが威嚇すると、サイドンは身構える。

 迂闊に手を出せば、手痛い目に遭うと直感的に理解しているからだ。

 そのまま両者は睨み合ったまま周囲は静寂に包まれるが、見ていた者達はそれが一触即発の状態なのを肌で感じ取っていた。

 緊迫した空気が漂う中、遂に事は動いた。

 

 突如エレブーの眼が、白目から瞳の宿った黒目に戻ったのだ。

 その途端、腕を振り上げたままエレブーは体を硬直させる。ついさっきまで攻撃は速攻で仕掛けてきたエレブーの異変に、様子を窺っていたロケット団は奇妙に感じるが、アキラだけはエレブーの表情が青ざめていることに気付き、彼も同様に青ざめた。

 

「まさか……」

 

 そしてアキラの当たって欲しくない予想は当たってしまった。

 顔を青ざめて硬直していたエレブーは、神速のスピードでサイドンに見事なまでの土下座を披露して、必死に頭を何回も下げ始めたのだ。先程とは真逆であるエレブーの突然の態度の一変に団員達は勿論、対峙しているサイドンも唖然とする。

 

「もっ、戻れエレブー!!」

 

 土下座をし続けているエレブーをボールに戻して、アキラはヒラタ博士と一緒にロケット団が唖然としている間に大急ぎでその場を立ち去ろうとする。

 しかし、黙って見ている程ロケット団は間抜けでは無かった。

 

「お前ら、今がチャンスだ!!」

「やっちまえ!」

 

 恐るべき存在がいなくなったことで残った団員達は一転してまた強気になり、逃げるアキラ達を攻撃し始めた。牽制くらいはしてやりたいが、これ以上は戦えないだけでなく逃げるのは今を置いて無い。

 二人は必死に攻撃を躱しながらクレーターを駆け上がろうとしたが、突然地面が立っていられない程揺れ始めて転げ落ちた。

 

「こんな時に地震!?」

 

 ふざけるな! と怒鳴ろうとしたその時、巨大な何かが大地を砕いて飛び出し、ロケット団の前に立ち塞がった。予想外の事態に、団員の多くは狼狽えたり飛び出してきた何かに罵声を浴びせるが、アキラは地面から飛び出した巨大な影の正体をしっかりと目にした。

 

「イワーク?」

 

 タケシが連れているのを見たばかりなのや月明かりに照らされていることもあって、アキラは地面から現れたのがいわへびポケモンのイワークであると認識する。

 現れたイワークは、喚くロケット団を纏めて箒を掃く様に巨大な尾でいとも簡単に一掃する。サイドンも一掃された中に含まれていたが、立ち上がるとツノを高速回転させながら自身を一回りも上回る巨体を持つ岩蛇に突っ込んだ。

 

 それに対してイワークは、迫るサイドンに自らの尾を勢い良く叩き付ける。

 その威力は凄まじく。高速回転していたツノは砕け散り、サイドンはイワークの体に傷付けることさえ出来ないまま、爆発でもした様な爆音が轟く程の勢いで頭から地面に打ち付けられて力尽きた。

 

「こ…これは…」

「野生ではありませんね」

 

 爆音から耳を守っていた彼らは、突如現れたイワークの強さに呆然とする。

 ゲーム設定に限れば、イワークはこんなところに野生の個体はいない。そう考えればトレーナーが連れているイワークとなるが、能力的に大きく負けているサイドンをアッサリ倒す辺り相当鍛えられている。

 一体どれ程のトレーナーが連れているポケモンなのだろうか。

 

「どうした。ここから離れるのではないのか? こうしている間に奴らは来るぞ」

 

 離れることを忘れてイワークについて考え始めた時、誰かがクレーターの上から二人に問い掛けてきた。確かに声の言う通り、戦い始めてから初期にやられた団員から順に意識を取り戻してきているのだからすぐに離れるべきだ。だが、アキラは声の主が気になって顔を上げて振り返った。

 クレーターの淵で月明かりを背に立っていたが、影の大きさからかなり大柄な体格の人物だと判断するには十分だった。

 だけど、肝心の顔は影に隠れていて良く見えなかった。

 

「あなたは――」

 

 しかし、それ以上アキラは言葉を紡ぐことはできなかった。

 弾けた様な鋭い音が彼の耳に入り、クレーターの中心にある巨大な装置に目を向ける。

 戦いの余波を受けたからか、発電装置に岩が突き刺さっていたのだ。その影響によるものなのか至る所から火花が散ったり小規模な爆発が起こっているなど、見るからに不安定な状態だった。

 

「おいなんかヤバイぞ」

「すぐにこっから退くぞ!」

 

 意識を取り戻したロケット団の団員達は、すぐに危険を察してまだ倒れている仲間達を担いで慌ただしくクレーターから去り始める。

 危険を感じたアキラとヒラタ博士も大急ぎでクレーターを駆け上がろうとしたが、サイドンを倒したイワークが彼らを頭に乗せてくれたおかげですぐにクレーターから抜け出せた。

 

「安心するのはまだ早い! 急いでここから離れるぞ!!」

「はっ! はい!!!」

 

 安堵のあまり、肺に溜め込んだ息を一気に吐き出して気が抜けるアキラに喝を入れる様な檄が入り、彼は反射的に立ち上がって気を付けの姿勢を取った。改めて彼は自分達を助けてくれた人物が何者なのか見ようとしたが、既に相手は背を向けて走り始めていた。

 大柄な人物は、荒れた下り道を物ともせず走っていき、アキラも後を追うべく走ろうとするが足が痺れて躓き掛けた。そのタイミングに見兼ねたイワークが、ヒラタ博士と一緒に彼を頭の上に乗せてくれた。

 

 出来る限りの力を腕に入れて、荒れた道を滑るように進むイワークから落ちないようにアキラと博士の二人はしがみ付く。

 通り掛かったトレーナー、それもロケット団を退ける程の実力者に運良く助けられてアキラは内心ホッとしていた。

 

 

 しかし、彼は自分がまだ危険な場所にいることには気付いていなかった。

 

 

 突然、周りが夜にも関わらず昼間の様に明るくなる。

 急に明るくなった途端、アキラは本能的にそれが恐ろしいものであると感じた。

 直後に鼓膜が破れるのではないかと思うほどの爆音が轟いた瞬間、彼の意識の奥底からある概念が浮かび上がった。

 

 

 ――死

 

 

 

 

 

 

「っ……ぅ…」

 

 僅かに刺すようなひんやりともする刺激的な匂いを鼻から感じ取り、アキラはゆっくり少しずつ意識を覚醒させた。

 一体自分が今どこにいるのか、何故こんなことになったのか見当がつかない。

 正直に言えば自分の生死さえ曖昧であった。

 意識を取り戻すにつれて、彼は自分の身に起きた出来事を思い出していく。

 

 大きな音を耳にした途端、目に映る世界の流れがゆっくりと感じられたこと。

 

 ドーム状に眩い光が広がるにつれて剥がれる様に地面が砕けていったこと。

 

 衝撃波に巻き込まれて途轍もない勢いで体が吹き飛ばされて――

 

 そこから先が良く思い出せない。

 だけど、明確に覚えていることが一つだけあった。

 

 自分が死ぬと言う諦めにも近い直感だ。

 世界に来てから何回か「死」に近いものを感じさせる場面に遭遇したが、あそこまでハッキリと死を意識したのは、初めてミニリュウと出会ったあの夜以来だ。

 

 元の世界に戻るまで、後何回こんな経験をするのだろうか。

 

 そんな頭に浮かんだ不穏な考えを振り払うべく、ほぼ目覚めかけているのを機にアキラは自分が置かれている状況を把握することを優先した。

 さっきから吸う空気に混じっている刺激的な匂いは消毒液らしい。

 ゆっくり目を開けて見えた視界と体の感覚から得た情報を総合すると、今自分はベッドの上に横になっている様だ。

 

 この状況が意味することは、自分は誰かに助けられたということなのか。

 

 近くに窓があるので外の様子でも窺おうと体を動かすが、頭だけでなく体の色んな所から激痛が走って思わず呻き声を上げてしまう。

 今気付いたが、彼は顔に貼られている大小様々な絆創膏を除いて体の至るところに包帯が巻かれていてミイラ寸前の状態だ。確かに意識を失う前はそれなりに傷を負ってはいたが、ここまで過剰に治療する程では無かった筈だ。

 吹き飛ばされた後に体を強く打ち付けたなどの激痛の理由を考えていたが、アキラは最も大切なことを思い出した。

 

「そういえばリュット達は……」

 

 こうして自分が助けられているのだから、手持ちである彼らも助けられているはずだ。首を動かすことさえも痛いが、我慢して首を横に動かすと目の前に黄色い物体が立ち塞がった。

 

 一瞬彼は目を疑ったが、立ち塞がった黄色い物体の正体は間抜けそうな顔付きに見覚えがあるポケモン――コダックであった。突然のコダックの登場が理解出来なかったが、コダックは横長い嘴っぽい口に挟んでいた紙を「コバ?」と一言声を発してアキラに差し出す。

 腕さえ動かすのに痛みを伴うだけでなく石の様に固いのに渡すなと内心で愚痴りながら、仕方なく彼は毛布の下からギプスや包帯で包まれた腕を出して震えながらも受け取った。

 

 内容は恐らく自分を助けた人からのメッセージだろう。

 けどその前にミニリュウ達が無事なのかを確認したく、動かせる範囲で首を回して部屋の隅々まで目を通す。

 部屋はイメージ的に病室と言うよりは、保健室に近かった。

 しかし、ニビジムのようにポケモンの回復装置らしいのは見当たらず、薬品棚に回転椅子で遊ぶコダックの姿しか見られない。

 

 まさか吹き飛んだ時の影響で、彼らが入ったボールをどこかに落としてしまったのか。

 焦って思わず体が動いて、また至る所から激痛を感じて悶絶してしまい、コダックから貰った紙を落としてしまったが、遊んでいたコダックはそれに気付いて拾うとまた彼に手渡した。

 

「ありがとう」

 

 拾ってくれたことにアキラは礼を告げると、ポケモン達はどこにいるのか尋ねようか考えた。

 だけど相手はヤドンとほぼ同じくらい間抜けそうに見えるコダック、聞いてくれる以前に話を理解してくれるのかすらわからない。一応尋ねても損は無いはずと考えたが、その前に彼は紙に何か書かれているのに気付いた。

 そこには大きく「最初に読むように!」と注意書きが書かれていた。

 助けてくれた人が自分宛てにメッセージでも書いたのか、目線を下にズラすと彼が知りたがっていたことが書かれていた。

 

 

 あんたのポケモン達や保護者の方は別のところにいるから安静にしていなさいよ。 byカスミ

 

 川を漂っているのを見て驚いたぞ。ミニリュウ達もグッタリしているけど大丈夫だから安心して寝てろよ。 byレッド

 P.S 昨日おつきみ山でスッゲェ爆発があったけど巻き込まれたのか?

 

 

 紙に書かれていた内容を読んで、彼はぼんやりと思い出した。

 クレーターにあった装置が爆発し、それで自分は爆風に巻き込まれて吹き飛び、川らしき水の中に落ちて、もがきながら意識を失ったのだ。

 よく助かったなと、アキラは自分自身の幸運に感心する。

 

 メッセージを見る限りではどうやら自分を助けてくれたのはレッドとカスミらしいが、今はそんなに深く考えないことにした。

 

 こうして生きているだけでも奇跡なのだから。

 

 それにポケモン達やヒラタ博士も無事なのを知った途端、急に眠くなってきたのだ。

 彼は紙を近くの棚の上に置くと、体の負担にならない様にゆっくり横になり、久し振りに柔らかいベッドの上で気持ちを落ち着かせて寝始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 コガネ警察署内にある屋内バトルフィールドで、アキラと手持ち達は次に行う指導の準備を一緒に進めていた。

 彼が提案した警察官達と手持ちとの話し合いは、ゴローンの暴走が起きた以外は何事も無くスムーズに進んだ。そして彼らは、話し合ったことがちゃんと実戦に活かせるかを確かめるべく、実戦的な形で見るつもりであった。

 

「改めてもう一度言うが、ただ相手と戦って倒すのではなくて力を引き出すんだ。それがこれから戦う上で一番重要だ」

 

 バトルフィールドの隅でミーティング形式を取りながら、アキラは自分のポケモン達に実戦指導にあたっての注意事項を説明する。

 

 これからやることは、わかりやすく例えるならジムリーダーの様に戦うという意外と難易度の高いものだ。さっきは署長から借りたスターミー達を使ったが、今回は今連れている六匹を使う。

 アキラの方も相手の動きを見ながらしっかりと適切な指示を出すつもりではあるが、予めポケモン側にも伝えて意識させておいたほうが良い。

 力の差があるはずなのに、露骨に手加減せず上手い具合に実力的に少し上を維持するのはかなり高い技術と経験が必要だ。だけど彼は目の前にいるポケモン達なら、それを実現することは可能だと信じている。

 

「特にそこ。気付いたら本気でやっちゃいました的な事は無しだからな」

 

 一部を除いてではあるが。

 特にハッキリと言っておく必要がある手持ちにはしっかりと注意しておくが、片やそっぽを向き、片や面倒そうに鼻をほじる。

 本当に大丈夫か心配になるところではあるが、何時もの事だ。

 

 聞いていない素振りを見せてはいるが、やる時はちゃんとやることは彼は知っている。

 正直に言えば、これだけで済むならまだマシな方だ。

 問題は二匹の様な態度では無く、露骨なまでに不満なのを隠さず文句を言いたげな雰囲気を漂わせている場合だ。

 そして予想通り不服そうな視線に若干ではあるが、周囲の空気が熱く感じられてきた。

 

 不服の理由は大体わかる。

 普通に戦って極限状態に追い詰めれば真価を引き出せると考えているのだろうが、そう簡単に上手くいくのなら苦労はしない。面倒そうな二匹とは違って、単純に手を抜くことを嫌がる気質であるのも長い付き合い故に理解はしている。

 

 だが、度が過ぎるとただの我儘だ。

 ある程度自由に動くことは認めているが、一線を越えたりこちらの意に反することは流石に見過ごす訳にはいかない。聞こえるか聞こえないかぐらいで小さく息を吐くと、彼は目を閉じ、意識を切り替える。

 

「俺達は強くなる切っ掛けを与える為に来ているんだ。ただ本気で戦っても百害あって一利なし、何も得るものは無い」

 

 理由を告げると同時に有無を言わせないアキラの言葉に、放たれていた熱気は収まり、態度の悪かった二匹も含めて彼のポケモン達は姿勢を正す。

 しばらく空気が重く感じられる時間が続くのではないかと気を引き締めるが、注意するだけだったのか直ぐに当人は先程と変わらない調子に戻った。

 

「よし。順番を決めるぞ」

 

 ローテーションの順番を決めるべく予め用意したあみだくじをアキラは取り出し、ポケモン達にどの線にするのかを選んで貰った。各々が好きな縦線を選び、それに沿って梯子状の線を辿っていき、一番手から六番手までの順番を決めた。

 

 自分で決めるよりは、運任せの方が彼らは納得するだろうと考えてのあみだくじだったが、晴れて一番手になった手持ちが対峙する相手を見て、アキラは繰り出すポケモンの順番をくじでは無くやっぱり自分で選ぶべきだったと若干後悔することになる。

 

「ゴーリキーって…大丈夫かな」

 

 最初に相手をする警察官が繰り出したのは、かくとうポケモンのゴーリキーだ。

 後悔しているのは相性が悪いからなのでは無く、今送り出した手持ちが一番好む戦いをする相手だからだ。事実、さっきまで不機嫌だったのから一転してやる気満々の顔付きだ。釘を刺してはいるが、どれだけ自制してくれるか。

 交代させる程でも無いので少し迷うが、大丈夫と判断して構わずこのまま続けることにした。

 

 試合開始の合図が出ると同時に、ゴーリキーは雄叫びを上げながら猛ダッシュで迫る。

 恐らく相手に威圧感を与えて勢いに乗る作戦だろうが、残念なことに今対峙しているアキラのポケモンには全く効かない。寧ろ逆効果だ。何時でも力を解放出来る様に構えていることにアキラは気付いていたが、素直にやらせる訳にはいかなかった。

 

「力を利用して投げ飛ばすんだ」

 

 普段なら力押しの選択でも悪くないが、今回はその時では無い。

 勢いは良いことだが、それを利用されると手痛い目に遭うことを教えるのが良いだろう。

 体から力を抜き、仕掛けられた”からてチョップ”を避けると同時に腕を掴み、アキラのポケモンは指示通りにゴーリキーを投げ飛ばした。

 しかし、この行動には一つだけ問題があった。

 それは投げ飛ばす際の勢いが、明らかに相手の勢いだけでなく自身の力も加わっていたからだ。

 

「やり過ぎ」

 

 激しく壁に叩き付けられたゴーリキーを見て、思わずアキラは苦言を漏らす。

 幸い一撃でやられずには済んだが、ダメージが大きいのかゴーリキーは体をフラつかせながら立ち上がる程だった。これだけ消耗してしまうと、万全な状態と比べるとやれることが大幅に減ってしまう。

 予定が幾分か狂ってしまったことに、アキラは疲れた様にため息を吐くのだった。




アキラ、命辛々ロケット団から逃れるも全身包帯だらけのミイラ状態になる。
四年後の主人公、相変わらず手持ちの振る舞いに悩みの様子。

とうとうベッド送りにされたアキラ。
最近「ご都合主義」という言葉は良い意味だけでなく悪い意味でも通じる様な気がしてきました。
今回出てきたアキラ達を助けた人物は、名前が無くても誰なのかわかると思いますがまた出てくる予定です。


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猿竜合戦

 オツキミ山で起きた出来事から三日。

 大爆発に巻き込まれたアキラは、それなりにだが順調に回復して、何とかミイラ状態から解放されていた。

 

 彼を助けてくれたのはオツキミ山で助けてくれた人物ではなく、メッセージに書かれていた通り、今いる屋敷の主にしてハナダジムのジムリーダーであるカスミと一週間以上前にニビシティで別れたレッドであった。

 

 まさか二人に助けられるとは思っていなかったが、話を聞けばレッド達もオツキミ山でロケット団と一悶着があったそうだ。それで今後のことを考えて一緒に特訓を始めるまでの流れは、アキラが知っている通りだった。

 

 本来の流れと違うのは、特訓を始めた初日の夜にオツキミ山の一角が爆発したのを見た彼らが現場に駆け付けようとしたが、途中の川で丸太の上に体を預けた状態で漂っている自分やヒラタ博士を見つけて救助したという点だ。

 

 ヒラタ博士もアキラ同様に助けられたが、彼と比べると目立った外傷は無かったので一足早く回復していた。しかし仕事などの予定が詰まっているなどの理由も重なり、ついさっき止む無く先にカスミの屋敷を発った。

 

 本当は彼も付いて行きたかったが、痛みがひどくて未だに歩くこともままならない状態なので、付いて行こうにも無理だった。博士も事情があるとはいえ、置き去りにしてしまう形になるのを申し訳なく思っていた。その為、ハナダジムを発つ時に連絡を入れて可能なら迎えに行くことやもしも迎えに行けない場合の行き先も教わったので、彼は体の回復に専念することにしていた。

 

「わざマシン11が”バブルこうせん”にわざマシン7は”つのドリル”なのか…」

 

 ベッドで横になりながら、アキラはカスミの屋敷に置いてある”既知のわざマシン一覧”という題の本を読んでいた。ルビー・サファイアより以前のわざマシン事情を知らない彼にとって、この本は中々興味深い内容が詰まっていた。

 

 例えばわざマシン1は、ブラック・ホワイトになるまでは”きあいパンチ”のイメージが強かったが、初代わざマシン1は”メガトンパンチ”と異なっている。後の”きあいパンチ”のことを考えると、わざマシン1はパンチ技の系譜を継いでいるのだろう。ひでんマシン3の”なみのり”はこの時から存在していて、ブラック・ホワイトに至っても不動なのが窺えるなど初めて知ることが満載であった。

 他にも色々と知らないことが纏められた本もあるので、ロクに体を動かせないアキラは暇潰しも兼ねていたが、夢中になって屋敷にある本を読んでいた。

 

「――何だ?」

 

 次のページを捲ろうとした時、彼は外が妙に騒がしいことに気付く。

 窓際に体を寄せて閉めていたカーテンを少し開くと、数え切れない数のサルの様なポケモン――マンキーが屋敷の周りを埋め尽くしているのが目に映った。

 

「な…ななな…なんだこりゃ!?」

 

 異様な光景にアキラは目を見張るが、突然慌ただしく扉が開かれた。

 振り返ると一瞬だけ黄色姿が見えたが、ボールが閉じる音と同時に消えた。

 それだけで何があったのか理解して呆れたように息を吐くと、今度はなぜか体の至る黒っぽい泥の様なものを垂らしているレッドが飛び込んできた。

 

「まただアキラ! 今度はマンキーの群れだ!」

「そうらしいね。やっぱりエレットは不運の神に愛されているらしい」

 

 中でエレブーが縮こまっているボールをサンドから受け取り、最近付けたニックネームをアキラは呟く。

 ロケット団に負わされた体の傷はいずれ癒えるが、危うくやられ掛けた経験は連れている手持ちのポケモン達に精神面で少なからず影響を与えていた。

 

 イタズラ好きのゴースも急に大人しくなって、もう問題ないくらい回復しているにも関わらず、ボールから出ようとしない。

 ミニリュウは手酷くやられたことに腹が立っているのか、未だにボールを固定しないと勝手に飛び出しかねない程気が荒くなっていた。

 サンドは二匹ほど目に見えて影響は見られなかった。まだ動きが不自由なアキラを手助けしたりとしているが、団員服のメインカラーであった黒っぽいものを見る度に怯える素振りを見せていた。

 

 例外は、奇妙な過程で手持ちに加わったエレブーだけだ。

 ポジティブ思考なのか加入当初と変わらない調子で屋敷の生活を満喫していたが、目を離すとどこかに消える悪い癖があった。これだけでも十分厄介な悪癖だが、もっと厄介な癖があった。

 

 それは疫病神でも取り付いているのかと思えるほど、頻繁に厄介ごとを抱えて屋敷に逃げてくることが多いことだ。これには最近手持ちポケモンの自由行動に寛容になっているアキラでさえ、無理矢理にでもボールに入れて大人しくさせようかと考える程だ。

 

 昨日だけでもクサイハナにアーボの群れを屋敷に引き寄せて、しばらく屋敷の中は嫌な臭いが充満したり、毒針が色んなところに刺さるなどの被害が出た。一昨日もトラブルを持ち込んでいるのだから、単独で行動させると何らかのトラブルを持ち込んでくると判断するには充分だ。

 

 最初は逃がそうとしていたこともあり、マイナス面が目立ち過ぎて手放したくなるが、アキラはエレブーのトラブル吸引体質の改善の仕方を考えていた。

 ちょっと予定とは異なってはいるが、求めているでんきタイプなのや特定の条件を満たせばマイナスの面を帳消しにする程の高い実力を秘めているからだ。

 

 いわタイプに匹敵するかもしれない打たれ強さに、どこで覚えたのか知らないが受けた攻撃を倍にして返す技である”がまん”が使えるのだ。

 単純ではあるが、オツキミ山での逆襲劇を見ればとても魅力的だ。

 性格上積極的に攻撃を仕掛けようとしないが、チキンハートとトラブルを引き寄せやすい体質を改善すれば、エレブーは必ずや大きな戦力になってくれる筈である。そう信じているのだが、突然部屋の窓に何かが叩き付けられて目の前の出来事に意識を戻す。

 

「やべぇ! この部屋にも泥団子投げ込み始めたんだ!」

「いや、泥団子じゃないんじゃ……」

 

 既にマンキーから投げ付けられた泥団子(?)を何発も受けているレッドから漂う臭いと色からアキラは違うことを察する。だが彼が顔を顰めていることに気付いていないのか、レッドはサンドが押してきた車椅子に乗るように進めて来た。

 まだ足に力が入らないため基本的にアキラはベッドの上で大人しくしているが、トイレなどのどうしても移動が必要な時は車椅子を利用していた。

 

 アキラはレッドとサンドの手助けを受けながら車椅子に乗り込み、彼が押す形でポケモン達と一緒に部屋から出る。屋敷の中はパニックになっているらしく、屋敷に居る使用人の悲鳴や叫び声、猿のような奇声が聞こえてくる。

 一体どれだけの数のマンキーが押し寄せてきたのか気になるが、考える前に二人は数匹のマンキーと鉢合わせしてしまった。

 

「「ゲッ!!」」

 

 思わず揃って声を漏らす二人にマンキーは声を上げると、どこから取り出したのか無数の泥団子(?)を投げ付けてきた。

 当たる直前にレッドが素早く方向転換をしてくれたおかげでアキラは泥団子(?)の直撃を受けずに済むが、マンキー達は泥団子(?)だけでなく屋敷内の色んな物を投げ付けながら追い掛けてきた。

 

「何なんだよ! エレットの奴マンキー達に何をしたんだ!? どうなっているの!?」

「知らねえよ!」

 

 レッドがわかっているのは、とんでもない数のマンキーがこの屋敷にエレブーを追い掛けてやって来たことぐらいだ。必死に二人は屋敷の中を逃げ回っていたが、目の前からも何匹かのマンキーが飛び跳ねながら迫って来た。足を止めてレッドは方向を変えようとしたが、その方向からもマンキーがこちらに向かって来ていて二人は逃げ道を失う。

 

「レッド、ポケモンは?」

「カスミとの特訓でみんな疲れてる」

「カスミさんとの特訓でか……なら仕方ない」

 

 こうなったらミニリュウを出すしかない。

 今の状態で出したらどうなるかは大体予想できるが、アキラは荒ぶるドラゴンが入っているボールを手にする。

 

 

 

 

 

 

 二人が屋敷の中を逃げ回っている間、カスミは単身で押し寄せてきたマンキーの群れを相手に戦っていた。対処が遅れて何十匹かのマンキーは屋敷の中へ侵入させてしまったが、彼女のポケモン達はついさっきまでやっていたはずのレッドとの特訓の疲れを感じさせず、屋敷に入り込もうとするマンキー達を優々と倒していく。

 

「”バブルこうせん”!」

 

 何発目かの技の指示を出すと、スターミーは中心にある宝石の様なコアから無数の泡を光線の如き勢いで放ち、マンキー達を薙ぎ払うように蹴散らす。

 ここまでやられると野生のポケモンでも流石に下手に仕掛けると返り討ちに遭うと学習したのか、安易には攻めて来なくなる。

 

「さぁ、まだやる?」

 

 身構えるマンキー達にカスミは問い掛けると、マンキー達は怖気づいて一歩下がる。

 この調子で一気に追い払おうと次の指示を出そうとした時、屋敷の窓ガラスの一部が割れて何匹かのマンキーが外に弾き飛ばされた。

 突然のことに彼女は目を丸くするが、割れた窓からミニリュウが飛び出す。

 屋敷から飛び出したミニリュウは、スターミーと対峙していたマンキーの集団目掛けて空中から”はかいこうせん”を容赦無く放ち、爆発の衝撃でマンキー達は四方に吹き飛んだ。

 

「あらら随分派手なこと」

「派手と言うよりやり過ぎですよ」

 

 ミニリュウの力に感心するカスミに、レッドが押す車椅子に乗ったアキラが遅れて付け加える。今のミニリュウは、三日前のロケット団と戦っていた時並みに怒りを露わにしており、周囲への被害はお構いなしだ。

 

 新手の乱入にスターミーに怖気ていたマンキー達は掌を返して襲い掛かるが、彼らはすぐに自分達がとんでもないのに戦いを挑んだことを思い知ることとなった。

 

 ”たたきつける”で先鋒を務めた数匹のマンキーが、一塊に纏められて呆気なく吹き飛ばされたのを機に、ある者は地面にねじ伏せられ、ある者は凍り付かされ、ある者はまた吹き飛ばされたりとミニリュウに一方的に蹂躙される。徹底的に痛め付けられてようやくマンキー達は、今戦っている相手はスターミーよりもタチが悪いことを悟って我先にと逃げ始める。

 

 しかし勝負が決したにも関わらず、ミニリュウの攻撃は止まるどころか増々苛烈になる。目に見える範囲内で動けるマンキーよりも、倒れているマンキーの数の方が多くなってきてレッドは恐る恐る尋ねた。

 

「なぁ、アキラ……」

「わかってる。リュットやり過ぎだ! そこまでやらなくてもいい!」

 

 あまりの暴れっぷりに、アキラは止めるように呼び掛けるがミニリュウは止まらない。

 聞こえていないのか何時もの様に無視しているのかとなると、今のミニリュウは苛立ちが最高潮に達しているっぽいので、恐らく何時もとは違い前者だろう。

 こんな時は体を張ってでもボールに戻すところだが、今の体ではまともに動くことはできない。

 

 その時、追い詰められたマンキーの群れの中の一匹が果敢にミニリュウに取り付いてその動きを抑えようと試みてきた。不意を突かれたミニリュウは、体を地面に叩き付けたりして引き離そうとするがマンキーは必死に耐える。

 

「根性あるなあのマンキー」

「だけどただ無謀な気が……」

 

 見た感じでは力の差は大き過ぎる。

 あまり期待していないことを口にしているアキラだが、隙を見てミニリュウをボールに戻そうと考えていたのでマンキーの奮闘に少し期待する。けれどやっぱりミニリュウは強く、結局マンキーは耐え切れず引き離されて、”たたきつける”を頭から受けて顔面から地面に叩き付けられる。

 この時点でマンキーは気絶するが、それでもミニリュウは体が地面にめり込み始めても執拗に尾で叩きつけ続ける。

 

「一体どういう育て方しているの?」

「俺が手にした時からあんな感じです。最近は落ち着いていたんですけど…」

 

 カスミに尋ねられてアキラは疲れた様に肩を落とす。追い払う為に出したとはいえ、いい加減に止めるべきだ。最近は落ち着いてきたと思っていたのに、ロケット団と戦ってから振り出しまで行かなくてもそれに近い状態になってしまった。

 

「いくらなんでもやり過ぎだから止めるわ」

「お願いします。今の俺じゃリュットを止めることができないので」

「わかったわ。スターミー! ミニリュウを止めるのよ!」

 

 アキラの了承を得たカスミはすぐさまスターミーにミニリュウを止めるように命じる。

 主の命を受けたスターミーは、体を高速回転させながら仕掛けた”たいあたり”でミニリュウを弾き飛ばす。弾き飛ばされたミニリュウは、宙で体勢を立て直してスターミーに逆襲しようとするが、間髪入れずに放たれた追撃の”バブルこうせん”を受けて地面に叩き付けられる。

 大きなダメージを受けたが、すぐに体を起き上がらせるとスターミーを睨み付けながら攻撃の機会を窺い始めた。

 

「随分とタフなミニリュウね」

 

 あれだけの攻撃を受ければ普通なら何らかの疲労を見せてもいいが、相性の悪さもあるのかミニリュウは耐えた。戦闘不能にできなくても力の差を見せ付けて戦意を削ぎたかったが、目付きを見る限りだと削ぐどころか余計悪化している。

 それにミニリュウの目付きに、カスミはどことなく見覚えがあるのも感じた。

 それもつい最近経験したような――

 

 何か引っ掛かるが、カスミは目の前の相手に集中するべく考えるのは後回しにする。

 常識的に考えれば能力値が圧倒的に高いスターミー有利だが、アキラのミニリュウはかなりタフで覚えている技も強力だ。

 アキラの方もカスミに任せっきりではなく、隙あらばボールに戻す準備をしているが、距離があるからか今のところ様子見だ。睨み合いを続けながら出方を窺っていた両者だったが、突然辺りが光に照らされた。

 

「!?」

「この光は?」

「二人ともあれを見ろ!」

 

 レッドが指差した先で、ミニリュウに滅多打ちにされて顔が地面にめり込んでいたマンキーが体から強い光を発していた。

 アキラとレッドは目を疑うが、カスミはその光景に見覚えがあった。

 それはポケモンの神秘とも言える現象だ。

 

「進化が始まったんだわ」

「進化? あれだけボコボコにされたのに進化ですか?」

 

 カスミの答えにアキラは信じられないような口振りではあったが、彼女の言葉が事実であるのは、光を放ちながら徐々に姿を変えて立ち上がるマンキーを見れば一目瞭然であった。

 光が収まると先程までの細くて小さい体から、ムキムキの筋肉質に額に青筋を浮かべたポケモン――オコリザルにマンキーは進化を果たしたのだった。

 

「ホントに進化しちゃったよ。しかもよりにもよってオコリザル」

「あららら」

 

 予想外の展開に三人は唖然としていたが、ミニリュウを相手に威嚇するかのようにオコリザルは両腕を高々と挙げて怒りの雄叫びを上げた。ボロクソに叩きのめされたことで、マンキーが怒りの力で一気に進化したのだろう。

 

「うわっ、なんかヤバそうなポケモンだな」

 

 図鑑でオコリザルのデータを確認したレッドは、表示されたオコリザルに関するデータに顔を顰める。説明文には「いつも猛烈に怒っており、逃げても逃げてもどこまでも追い掛けてくる」と物騒なことが書かれているのだから、色々とヤバイポケモンであることは明らかだ。

 

 進化したオコリザルは、威嚇に対して反応を示さないミニリュウの態度に額の青筋が更に増えて、今度はマンキーの時よりも凶悪になった目で睨みながら喚き始めた。

 対するミニリュウは、痛め付けたマンキーがオコリザルに進化したことには気付いていたものの、スターミーの方を優先していたため一瞥した後、無視に徹した。その舐めた態度に遂に血管がキレたオコリザルは声にもならない声を上げ、両腕をがむしゃらに振り回しながらミニリュウに襲い掛かった。

 

 襲われたミニリュウは、体を屈めて飛び掛かるオコリザルを避ける。

 オコリザルはそのまま地面にダイブせず、宙で前転をしてバランスを立て直すと、着地と同時に強烈なアッパーを見舞う――

 

 

 ことはできなかった。

 

 着地寸前にミニリュウはオコリザルに頭突きを食らわせると、無防備になったところをすかさず”れいとうビーム”を放って、オコリザルを何も言えぬ氷の塊に閉じ込めたのだ。氷漬けにされたオコリザルに追い打ちを掛けようとミニリュウが近付こうとした時、飛んできたボールにドラゴンポケモンは吸い込まれた。

 

 モンスターボールに戻す機会を窺っていたアキラは、ようやく巡って来たチャンスを物に出来たことに安心すると、オコリザルの方は見守っていたマンキー達に凍った状態で抱えられて脱兎の如くその場から逃げ去った。

 

「……逃げちまったけどいいのか?」

「図鑑の説明は気になるけど大丈夫でしょ」

「確かに逃げてもどこまでも追い掛けるなんていくらなんでも…」

 

 図鑑でのオコリザルの説明に心配するレッドだが、カスミとアキラは大してその説明を信じる気は無かった。あれだけ痛い目にあったのだから、流石にもう来ないだろう。

 彼はサンドが拾ってきたミニリュウが入っているボールを受け取ると、疲れた様に息を吐く。

 

 屋敷に滞在している間に、もう一度ミニリュウの荒さを鎮める必要があることに加えて、これ以上トラブルを持ち込ませない様にエレブーの指導もしなくてはならない。

 動きが不自由とはいえ、ベッドの上で横になっている場合では無いのとポケモントレーナーをやっていくことは大変であることをアキラは改めて実感するのだった。




アキラ、エレブーを正式に加え、順調に回復するも増えた手持ちの課題に頭を悩ます。

この頃に存在しているわざマシンは、個人が作って広まったのや企業とかが生み出したものなどが乱雑している設定にしています。


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烈火の化身

「止めの”バブルこうせん”!!!」

 

 怒涛の勢いで放たれた泡の光線に、エスパーの念の力も加わった嵐の如き衝撃波が、対戦相手に襲い掛かる。

 これまで耐えてきたミニリュウだったが、放たれた攻撃によって壁に叩き付けられ、遂に動かなくなった。

 すぐ近くの後ろに立っていたアキラも技の余波を受けて、倒れはしなかったが尻もちを付いてしまう。

 

「大丈夫か?」

「何とか――また負けちゃったよ」

「結構善戦してたんだけどな」

 

 近くで見ていたレッドが差し出した手を掴んでアキラは立ち上がると、限界まで戦い続けたが敗れてしまったミニリュウをモンスターボールに戻すのだった。

 午前の時間帯に行われる特訓最後の時間。

 彼とレッドはカスミにそれぞれ挑んだが、二人揃って彼女には完敗であった。

 

 この二日の間、アキラがエレブーに何度も注意したり動きに目を光らせたお陰で、新しい厄介ごとは起きなくはなった。しかし、それでもオコリザルが仲間のマンキーを引き連れて屋敷に襲撃してくるようになっていた。

 どうやら図鑑の説明は真実だったらしいが、あまり気にしないことを彼らは心掛けていた。

 

 幸いと言うべきか、群れの実力は意外とそれ程では無いのか容易に退けられるのやリーダー格であるオコリザルを倒すと、マンキー達は掌を返してボスを回収して逃げるので大した被害は出ていなかった。

 だけど今日も朝早くから攻め込んできたりとやられても全く懲りていないので、しばらく続きそうな様子ではあった。

 

 連日アキラにとっては運が無いこと続きではあったが、悪いニュースばかりではない。

 この世界の医療技術が進んでいるからなのか、あれだけボロボロだったアキラの体は早くも動けるまでに回復することが出来たのだ。なので彼もポケモン達を連れて、さっきの様にレッドとカスミの特訓に積極的に参加し始めた。

 

 しかし、彼の手持ちで真面目にやっているのはサンドだけで、他の三匹は興味が無いと言うべきか全然乗り気では無かった。

 ミニリュウはこの前邪魔してきたスターミーを倒すためなのか、バトル以外には興味を示さず、エレブーやゴースもミニリュウ程ではないが一部を除いて全然身が入っていなくて特訓する以前の問題だった。

 

「やっぱりミニリュウは実力はあるけど、あなたの言うことを聞かずに頑なに自分の戦い方を貫こうとするのがダメね」

「そうですか」

 

 カスミの指摘を受けて、アキラはこれまでのミニリュウの戦いを振り返った。

 

 今までタケシのような直接攻撃を仕掛けてくる敵としか戦ってこなかったからか、何回戦ってもカスミのスターミーが繰り出す特殊技やエスパーの力には手も足も出ずに一方的にやられている。

 

 命令口調をミニリュウは好まないので、アドバイスする様な指示でミニリュウを導こうと彼は試みている。しかし、スターミーに対抗して”でんじは”や”りゅうのいかり”などの特殊技で攻めようとする彼のアドバイスは、”たたきつける”などの高い威力の技で徹底的に叩きのめすことを求めているらしいミニリュウの戦い方と噛み合っていなかった。

 

 毎回同じ”たたきつける”を主体にした戦い方で挑み、その度に負けている。

 いい加減通用しないことがわかっているはずだが、まるで学習せず頑なにこの戦い方でスターミーに挑み続けるのだから本当に困ったものだ。

 

「それと、貴方自身も勝つ為とは言っても色々複雑に考え過ぎよ。ポケモンバトルはそんな悠長に考えている暇なんて無いから」

「……はい」

 

 ポケモンに関する知識を活かしてバトルを有利に進めようとする癖も指摘され、自覚していただけにアキラは返事を返すしか無かった。

 確かにタイプ相性や戦うポケモンの能力値などの知識は使えるのだが、考えや方針を纏めることに時間が掛かって、状況把握や伝えるのが遅れてしまうことが頻発に起こっていた。

 

 言われてみれば、ポケモントレーナーになって間もないが、今までのバトルの殆どは自分のイメージ通りでは無く手持ちが勝手に動いた結果、勝てた様なバトルが多い。

 ポケモンだけでなく、自分自身ももっと学んでいかないといけないと彼は改めて思うのだった。

 

 

 

 

 

「なあリュット、何でそんなにこっちの言うことを聞いてくれないの?」

 

 休憩時間の間、ハナダジムの近くの草むらでアキラは体を屈めて、ミニリュウに何故何時まで経っても自分の言うことを聞いてくれないのか理由を尋ねていた。

 

 オコリザルをボコボコにして鬱憤を晴らしたのか気の荒さは収まっていたが、言うことを聞こうとしない態度は未だに改善されていなかった。しかしミニリュウは寝転がったままで、彼の話には何も反応を示さなかった。

 こうなると、このドラゴンポケモンは殆ど話を聞こうとしない。

 

「一緒になってもう三週間くらいになるけど、まだ俺が完全に信用できないのか?」

 

 この問いにはミニリュウは反応を見せ、頷く様に体を動かして肯定する。

 一応話は聞いていたようだが、予想していたとはいえあんまりな返答にアキラは肩を落とす。ミニリュウ達に変化を促しながら、自分も彼らに相応しいトレーナーに変わろうと努力を重ねているつもりだが、まだまだ十分ではない様だ。

 

「まだミニリュウと仲良くできていないのかアキラ」

 

 気を落としているアキラに、近くで彼のポケモンと一緒に自主練をしていたレッドが様子を窺いに来る。レッドもちょっと前まではピカチュウと仲良くなるのに苦労していたので、ミニリュウに振り回される彼の苦労はよくわかった。

 

「前まで仲が悪かったピカチュウと仲良く出来ているレッドが羨ましいよ。一体何が要因なんだろ?」

「要因とかそういうのじゃないんじゃない? もっとこう…何か」

「その”何か”が要因じゃない?」

「あぁ~言われてみればそうだな。要因じゃないとしたらまだミニリュウはお前のことを理解していないか、お前がミニリュウのことを理解していないかのどちらかなんじゃない?」

「…理解か……」

 

 レッドの言う通り、まだまだお互い理解が足りていないのかもしれない。

 出会ってからまだ一月ちょっとしか経っていないのだ。幾ら寝食を一緒に過ごしても互いを完全に理解しているのかと聞かれると自信を持って答えられないだけ短い。

 恐れを捨てて正面から向き合う様に心掛けてはいるが、どれだけミニリュウがこちらを理解しているかわからないし、自分もそこまでには至れていないだろう。

 

 オツキミ山での出来事から察するに、ミニリュウはロケット団とは何らかの因縁があるのは確定的とも言える。

 捕まえた場所がロケット団の計画の影響を受けているであろうトキワの森であることから、恐らくロケット団の行いの所為で強さと引き換えに過剰な凶暴性に加えて人間不信にまでなったと考えるのが自然だろう。そう考えると話を聞くどころか攻撃を仕掛けてきた初期の頃と比べれば、今のミニリュウの態度は大きな進歩と変化を遂げたと言っても良い。

 

 気持ちを切り替えて、彼は寝転がっているミニリュウをボールに戻し、他の手持ちがなにをやっているのかに目をやる。

 エレブーはニョロゾと相撲を取っており、サンドはピカチュウやフシギダネと一緒に応援していたがゴースの姿だけ見られなかった。

 

「そういやアキラ」

「何?」

「バトル中でもゴチャゴチャ考える癖もそうだけど、カスミはお前が”泳げない”こともかなり問題視していたぞ」

 

 レッドの唐突な発言に、アキラの顔と体は硬直する。

 今まで考えない様にしていたが実は彼、サッカーなどのスポーツは出来るが、昔から何故か泳げないのだ。元の世界なら別に泳げなくても授業で困る以外は無かったが、この世界で泳ぐことが出来ないのは大問題だ。

 以前、気を失った状態で川を流れていた時は流木に身を預けていたから良かったが、もし何も無い状態だったら間違いなく全て終わっていた。

 

「俺が言うまでも無いけど、泳げないのは相当ヤバイぞ」

「わかっているよ。何時か改善しないとマズイだろうし」

 

 苦し紛れにアキラは言い返す。

 知られたくなかったが、カスミとのバトル中に起きた技の余波でプールに落ちた時にカナヅチ体質が彼らに露見してしまった。元の世界に比べて自然が多く残るこの世界では、何時川などに落ちてもおかしくない。

 そうなったら泳げないのは死に直結する。

 そんなことはアキラ自身よくわかっている。だけど――

 

「――自信が無いんだよな…」

 

 例え足が付く深さでも怖い。

 手持ちを手懐けるのと自分が泳げる様になる、どちらが先に実現可能かと聞かれたら迷わず前者だと断言する。

 それだけアキラは、泳ぐことに苦手意識を持っていた。

 

「レッド、スットは?」

「お前のゴースならあそこで…ほら」

 

 これ以上この話題を出されたくなかった彼は、話題を変えようと別の話を挙げる。

 レッドが指差す場所に顔を向けると、ゴースが地面すれすれまで高度を落として真剣な様子で何かと向き合っていた。

 

「――まだやっていたの?」

 

 呆れた様な表情で尋ねるアキラにレッドは苦笑しながら頷く。

 今ゴースがやっているのは、エスパータイプの技である”サイコキネシス”を習得するために必要な初歩的な練習だ。元々特訓に乗り気では無いゴースが、唯一熱心に特訓している技でもある。

 

 一応覚える為の練習法はカスミから聞いてはいるが、わざマシンを使わずに特訓で技を習得させることはアキラ達にとって初めての経験だ。昨日も同じことをやっていたが何も変化が無くて、本当にこの方法で新しい技を覚えてくれるのか懐疑的だった。

 

 集中力を削がない様に、アキラは静かにガスじょうポケモンの様子を窺う。

 軽い表情の目立っていたゴースだが、今はかなり真剣な目付きで小石と向き合っていた。

 あのイタズラ好きがここまで本気になるのだから、かなり魅力的な技なのだろう。

 習得するには第一段階として念の力を発現させないといけないので、小さな石ころでもいいから念じて動かせる様になるまでその練習を続けるというものだが、ゴースは既に二十分以上も小石と睨み合いを続けている。気が済むまでやらせようとその場から去ろうとした時、唐突にゴースが向き合っていた小石が揺れ始めた。

 

「ぉ?」

 

 アキラは思わず声を上げそうになるが、口を抑えて堪える。

 揺れは徐々に大きくなって一旦は止まってしまうが、その直後に小石はフワフワと浮かび上がり始めた。初歩とはいえ、まさかの成功にアキラは興奮して拍手を送りたかった。

 こういう小さな積み重ねが、強力な技へと発展していくと考えると感慨深い。

 真剣な目付きで、ゴースは浮かび上がる小石を意図した方へ誘導していく。そしてある程度の高さまで浮かび上がったのを見計らうと、弾丸のようなスピードで小石を森の方角へ飛ばすのだった。

 

「すっげぇ…本当にできちゃったよ」

 

 興奮を通り越してアキラは見惚れていたが、成功したゴースは喜びの表情を浮かべていたものの、疲れたのか彼の頭の高さにまで高度を下げた。

 

「お疲れスット、すごかったよ。あれだけ感動したのはある意味初めてだよ」

 

 一時も目を離さず石と向き合うのに加えて、動く様に強く念じるのだから、疲れるのはある意味当然だ。労いと感動したことを伝えたアキラは、ゴースを休ませようとボールを取り出す。

 ご褒美に何かあげようかなと呑気にお祝いを考えていたが、突然彼らの目の前にあった森の一部が激しく燃え上がり始めた。

 

「なっ!? なな、なんで!?」

 

 唐突に発生した火の手に、アキラは思考を中断させてゴースと一緒に慌てて後ろに下がる。

 森が燃えるようなことをした覚えは無い。だが燃え上がる森の中から木々を燃やしている炎とは、明らかに違う何かがゆっくりと彼らに近付いてきた。

 

 

 

 

 

 アキラがゴースの様子を見に行ってから、レッドはエレブーとニョロゾの相撲をピカチュウ達と一緒に観戦していた。

 決められた線から出たり倒れないように、両者は慎重になりながらも大胆に押し合う。

 体格やパワー的にはエレブーの方がニョロゾよりは上ではあるが、経験と技の使い方、更に性格の要素もあって今のところニョロゾが連勝していた。

 

「いいぞニョロゾ、その調子だ」

 

 応援するレッドと仲間達に、ニョロゾは笑顔で拳を上げる。

 一方やられたエレブーはどこから持ってきたのか、水の入ったペットボトルをサンドに飲まされ、更には汗拭きタオルで汗を拭かれるなどまるで選手とそのコーチの様なやり取りをしていた。

 

 本来ならアキラがやる場面(?)だが、代わりにこういうことをやっているのを見ると、このサンドは結構面倒見がいいのかもしれない。

 意思確認も含めた一通りのことを終えたサンドはエレブーを後押しすると、緊張した表情ではあるが、エレブーはもう一度ニョロゾと戦う意思を見せる。

 

「おっ、まだまだやるのか? いいぞ。ニョロゾもう一回だ」

 

 売られたからには受けて立つつもりでレッドはニョロゾを鼓舞するが、唐突に生じた微妙な空気の変化に気付いた。

 どこからか焦げたような臭いが漂ってきたのだ。

 

「なんだこの臭いは?」

 

 火元に心当たりが無いレッド達は臭いの元を探し始めるが、その時どこからかアキラの悲鳴が響き渡った。

 

「うわああああ!!!」

「アキラ?」

 

 余程慌てているのかよくわからない悲鳴を上げながら、彼とゴースは燃え上がる森を背に全速力でこちらに走って来た。焦げた臭いの原因に納得するレッドだったが、低い唸り声を上げる何かが逃げる彼らを全力で追い掛けていた。

 

「レッドーーッ!! 何でもいいから助けてぇぇーー!」

「助けてって、えっ!?」

「図鑑図鑑! 早く図鑑を見てッ!!」

 

 助けを求めながら必死な形相で直進していたアキラ達だったが、途中で曲がってレッドの周りを円を描く様に走る。

 彼らを追い掛けている何かはポケモンと言えばポケモンではあったが、人が炎を纏ったような姿をしていた。取り敢えずレッドは言われた通り図鑑でポケモンの正体を調べると、すぐに情報が表示された。

 

 ひふきポケモン ブーバー

 

 図鑑はアキラを追い回しているポケモンの正体を特定したが、レッドは図鑑に表示されているブーバーと目の前のブーバーに違和感を感じた。

 

 画像ではブーバーの後頭部に膨らみは無いのに、今彼を追い掛け回しているブーバーの後頭部には膨らみがあるのだ。何故彼がブーバーに追い回されていて、なぜ追い掛け回しているブーバーが普通とは違って後頭部に膨らみがあるのかはわからないが、すぐに助けるべくレッドは動いた。

 

「ニョロゾ、あいつの注意をこっちに向けるんだ!」

 

 図鑑の情報を元にレッドは素早く指示を出す。すぐにニョロゾは、ブーバーに向けて”みずでっぽう”を放つ。ところが相性が良い筈の”みずでっぽう”は、当たったにも関わらずあまり効いていなく、ブーバーは外野には一切目もくれずアキラとゴースを追い回し続ける。

 

「あれ? ほのおタイプなのに何で効いていないんだ?」

「威力が低いんだよ! 見ての通り常時熱を発しているような奴だから、ってうぉッ!!」

 

 首を傾げるレッドにアキラは危うい攻撃を避けながら、大声で彼が見落としている事を伝える。彼の言う通り、ブーバーは意図でもしない限り体から常に熱を発している。普段はそこまで高くないが、最高温度は1200℃とマグマに匹敵する程だ。

 そして怒っている影響もあって、今ブーバーの体から発せられている熱はそれに近く、生半可な威力と量のみずタイプの攻撃では当たる前に蒸発してしまう。

 

 伝えられた情報から、見込みが薄い”みずでっぽう”以外にブーバーにダメージを与える方法をレッドは考えるが、彼が行動を起こす前にアキラの腰に付いていたボールが落ちて、中に入っていたミニリュウが飛び出す。

 

 迫るブーバーを敵と認識したのか、ミニリュウは”こうそくいどう”で加速させた”たたきつける”をフルスイングで打ち込む。体がくの字に曲がってしまうほどの威力にブーバーは吹き飛ぶが、転がる体の体勢をすぐに立て直すとミニリュウ目掛けて駆け出した。

 

「リュット! 奴は素早いから気を付けろ!」

 

 アキラが伝えるアドバイスの内容に同意したのか、ミニリュウは動きを封じるべく”でんじは”を放つ。

 飛んできた電撃をブーバーは体の軸を少しズラしただけで避けると、間髪入れずミニリュウに炎を纏った拳である”ほのおのパンチ”で殴り付けてくる。

 衝撃でミニリュウの上体は大きく後ろに逸れるが、追撃の”ほのおのパンチ”を仕掛けられる前に片足に尾を巻き付けて引き摺り倒す。

 ブーバーはもがくが、ミニリュウは構わず何度も地面に叩き付け始めた。

 

「ダメだリュット! それは良くない!」

 

 尾を巻き付けたままブーバーを持ち上げるミニリュウに離れるように伝えるが、彼の忠告を無視してミニリュウは構わず続ける。そしてもう一度叩き付けるべくブーバーを持ち上げた時、何故か尾の力を緩めてブーバーを放してしまった。

 解放されたブーバーは動きが鈍ったミニリュウの隙を突き、反撃に大振りの蹴りをぶつけてドラゴンポケモンをアキラの足元まで叩き飛ばした。

 

「言わんこっちゃない。常時熱を発しているブーバーに接触技を使うのは、あまり褒めた戦い方じゃないんだ」

 

 体を屈めて、ミニリュウにブーバーの発していた熱で火傷を負っている部分を示しながら彼は指摘する。この時代に特性の概念があったら、間違いなく”ほのおのからだ”がブーバーには適用されているが、現実は接触技を仕掛けるのは躊躇いたくなる程の高熱だ。しかもそれを常時発しているのだから、三割の可能性で”やけど”状態になるなんて生温いものではない。

 

 流石のミニリュウもこれには学習をしたのか、起き上がっても突っ込まずに”れいとうビーム”を発射してブーバーを牽制する。

 

「今回は学習したな。ちゃんと学べるのに、何でスターミーにはこういう戦い方をしないんだろう……」

「よし、ニョロゾとピカチュウもミニリュウの援護に回るんだ!」

 

 ようやくミニリュウがブーバーと距離を取ってくれたので、手を出し辛かったレッドも再びブーバーとの戦いに参じて各々飛び技を放つ。

 これで勝てる、と二人は考えたがブーバーは体操選手の様な軽やかな動きで飛んでくる”れいとうビーム”や”みずでっぽう”、”でんきショック”を躱し続ける。このまま続ければブーバーの体力が尽きるのが先か、こちらの技のエネルギーが切れるのが先かになるが、一応アキラ達の方が有利だ。

 

 だがブーバーはその事を理解しているのか、事あるごとに挑発するように指を動かす。

 ブーバーの挑発行為に技が中々当たらないことも重なり、煽り耐性が低いミニリュウとピカチュウに苛立ちが募り始める。二匹の雰囲気の変化に気付いたアキラは、挑発に乗る前にミニリュウだけでも一旦ボールに強引に戻そうと動くが、実行する前にミニリュウはブーバーに突撃してピカチュウもその後に続いた。

 

「お、おい! ピカチュウ!!!」

「どう見ても誘っているのがわからないのかな?」

 

 レッドの呼び掛けは虚しくも無視されて、二匹の沸点の低さにアキラは肩を落とす。

 完全にブーバーしか目に無い二匹は、最大級の攻撃で仕留めようとした瞬間、ブーバーの目から一瞬だけ目が眩む光が発せられた。

 

「なっ、なんだ!?」

「まずい、あの光は」

 

 放たれた光に二人は目を逸らすが、アキラはブーバーが放った光に覚えがあった。

 眩い光で視界を眩まされたせいで二匹の攻撃は的外れな方に飛んだが、二匹はブーバーを余所にお互い頭突き合いを始めた。

 

「ピカチュウ! 何をやっているんだ! 味方じゃないか!」

「無理だよレッド。”あやしいひかり”で二匹とも”こんらん”状態だから、解けるまで何を言っても聞こえないよ」

 

 突然のピカチュウとミニリュウの仲間割れにレッドは慌てるがアキラの言う通り、今の二匹は”あやしいひかり”の効果で解けるまで”こんらん”状態だ。目論見が上手くいったブーバーは、悠々と混乱しているピカチュウを”ほのおのパンチ”で殴り飛ばす。

 続けて今度はミニリュウの尾を掴み、熱で体皮を焼きながらさっきのお返しと言わんばかりに何度も地面に叩き付け始めた。

 

「エレット! サンット! 急いでリュットを助けるんだ!」

「ニョロゾも行くんだ!」

 

 ミニリュウが一方的にやられているのを見たアキラとピカチュウに駆け寄っているレッドは、彼らの力では無理だと悟ると他の手持ちにも手助けをする様に各々指示を出したが、すぐに動いたのは何故かレッドのニョロゾだけであった。

 他は、と思ってアキラが後ろを振り向いてみると、エレブーは行きたくないのか木にしがみ付いていて動こうとしなかった。そしてサンドは、何とか引き離そうとしている真っ最中だった。

 

「サンット、エレットはいいからお前だけでも頼む!」

 

 アキラの指示にサンドはエレブーと一緒に行くことを諦めて、ニョロゾを追う様にミニリュウを助けに向かう。先に向かっていたニョロゾは、ブーバーを一気に冷やすつもりで”れいとうビーム”を撃つ。

 ところがブーバーは、ミニリュウを盾にしてこの攻撃を防ぎ、盾にされたミニリュウは氷漬けになってしまった。

 

「やばっ」

 

 思い掛けないミスにレッドもニョロゾも青ざめるが、氷漬けになったミニリュウをブーバーはニョロゾ目掛けて投げ飛ばす。

 一瞬だけニョロゾは躱そうとしたが、ミニリュウを自分の手で氷漬けにしてしまった罪悪感に踏み止まり、飛んできた氷漬けのミニリュウを受け止める。しかし、その隙を突かれて二匹はブーバーの体当たりで吹き飛び、倒れたニョロゾは徹底的に踏み潰された挙句、石ころの様に蹴り飛ばされた。

 

 遅れて加勢したサンドは、ブーバーに対して”ひっかく”で挑むが、高熱の体であるため”ひっかく”程度では逆に手を火傷してしまう結果で終わる。

 痛みで慌てふためいていたところを”ほのおのパンチ”の拳骨を頭に受けて、そのまま沈黙した。

 

「くそ、強いなブーバー」

 

 野生ではあるが頭が良いのか、ブーバーの戦い方は中々狡猾だ。

 加えてレッドは、アキラのポケモンも気にして戦わなければならないので苦戦は必至だ。

 アキラの方も自分達がレッドの足を引っ張っていることに薄々ながらも気付いていたが、この戦いが起こった原因が自分なので彼にブーバーの対処を任せる訳にもいかない。

 

「エレット! 今こそお前の力が必要……あれ?」

 

 こうなったら最後の手段。

 エレブーにアキラは希望を託す決意をする。

 が、肝心のエレブーはさっきまで隠れていた木の影から何時の間にか消えていた。

 

「あいつ…逃げた」

 

 ボールに戻るのではなくまさか逃げるとは思っていなかったが、不思議なことに怒りや呆れよりも、これが当然だとアキラの考えは傾いていた。それだけエレブーの行動が読めていたのか、大して期待していなかったのかは本人ですら定かではないが。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 手痛くやられたもののニョロゾはまだ戦えるようだが、他のブーバーに立ち向かったポケモンは皆戦闘不能だ。ゴースは技の練習で疲れ気味なので、万全な状態なのはレッドのフシギダネだけだが、ブーバーとは相性が悪過ぎて勝負にならない。

 

「ニョロゾ、お前だけが頼りだ」

 

 立ち上がることさえ苦労する程のダメージを受けていたニョロゾだが、レッドの頼みに答えるべく立ち上がり、再びブーバーと相対する。

 さっきまでバトルを有利に進めていたブーバーは威圧的に構えるが、どこからか飛んできた拳ほどの大きさの石が額に当たった。

 

「なっ、なんだ?」

「石が飛んできた?」

 

 突然石が飛んできたのに唖然とする二人だが、飛んできた方にアキラは顔を向けると何時の間にか自分から離れていたゴースがフワフワと浮かんでいた。

 

 どうやら練習中の”サイコキネシス”を上手く活用して、さっきより大きい石を飛ばしたらしい。

 次の攻撃の準備としてゴースは、目を閉じて念を更に操るべく集中力を高め始める。額にタンコブらしき膨らみができたブーバーは、ゴースの存在に気付くと口から怒りの”かえんほうしゃ”を噴き出す。

 

「ニョロゾ、ゴースを守るんだ!!」

 

 レッドの指示で、すぐさまニョロゾはゴースを守るべく出せるだけの力を込めて”みずでっぽう”を噴射、割り込む形で”かえんほうしゃ”を相殺する。しかし一度防がれた程度ではブーバーは諦めず、今度はゴースが念で飛ばした石を素手で投げ付けたが、それもレッドのニョロゾが”みずでっぽう”で軌道を変える。

 

 そうしてニョロゾが時間を稼いでいる間、ゴースの更に強い念の力を操ろうと集中していたが、徐々に体から纏っているガスに似た紫色のオーラを発し始めた。そしてオーラがガスよりも濃くなった瞬間、ゴースの体は突如強い輝きに包まれた。

 

「光に包まれた?」

「これってもしかして…」

 

 レッドは何が起きているのかわからなかったが、アキラは自然と今ゴースの身に起きている変化を察した。それはつい最近、二人が見たことがある現象だ。

 

 進化が始まったのだ。




アキラ、レッドと一緒に初のトレーナー修行開始とゴースの進化。

今回出てきたアキラのカナヅチ設定は、この先地味に足を引っ張り続けると思います。
ポケモン世界で泳げないのってかなり致命的な気はしますが。


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連続する急展開

 ポケモンが進化する瞬間は、前にマンキーがオコリザルに進化する時に見たが、自分が連れている手持ちが進化を迎える場面を見ることはアキラにとって初めてだった。

 

 丸かったゴースの顔は全体的に刺々しくなり、オーラの一部が分離する様に分かれて、二つの手のようなものに変化する。やがて包んでいたオーラを弾き飛ばすかの様に目に見えない衝撃波を放ちながら、ゴースは新たに変化したその姿を現した。

 

「進化した。スットがゴーストに…」

 

 レッドの図鑑でレベルを確認した時、ゴーストに進化しても良いレベルであったので何時かは進化すると思っていた。だけどまさか、この状況で進化を遂げるとはアキラは予想していなかった。

 進化したゴーストは、変化した自分の体や新たにできた二つの手を不思議そうに見つめていたが、そしてそれらが自分の思い通りに動くことを確かめると喜びを露わにする。

 しかし、喜びを噛み締めていられる程、今の状況は良くは無かった。

 

 ブーバーは見てるだけでも苛立つ表情を見せているゴーストを黙らせるべく、再び”かえんほうしゃ”を放つ。

 一直線に炎が飛んでくるが、ゴーストは軽く浮かび上がって避けるとすかさず拳を作った右手を勢いよく飛ばしてブーバーの顔面に一撃を与える。

 右手はそのまま真っ直ぐ飛んで行くが、攻撃が決まって気分が良いのか、調子に乗ったゴーストは残った左手も飛ばすがブーバーはギリギリで躱す。

 

「おおぉ、おもしろいなゴーストの戦い方」

「確かに面白いと言えば面白いけど」

 

 手を飛ばす攻撃の仕方は、完全にロケットパンチそのものだ。

 レッドは目を輝かせるが、アキラはこんな状況でも遊ぶゴーストに思わず額を抑える。

 けど、男ならやりたい気持ちもわからなくはなかった。

 

 ゴーストの連続ロケットパンチを受けたブーバーだが、両手が無くなったことを確認すると右手に炎を滾らせてゴーストに逆襲する。ところが近距離で”ナイトヘッド”を無防備な腹部に受けて吹き飛ぶと、ダメ押しで飛んで行ったきりのゴーストの両手が戻ってきた。

 ご丁寧に捻りを入れたダブルパンチが、曲がっていた背中に叩き込まれてブーバーはゴーストの真下に打ち伏せられる。

 

「やった!」

「いいぞアキラのゴースト! そのままやっちゃえ!」

 

 さっきまでとは真逆に、ゴーストはブーバーを圧倒する。

 今度こそ勝てるかもしれない。

 

「あらあら、何があったと思ったらこんなことになっていたのね」

 

 戦いの行く末を見届けようとした矢先、聞き覚えのある声を二人は耳にする。

 声がした方に彼らは顔を向けると、スターミーを引き連れたカスミが立っていた。

 彼女の後ろでは、アキラのエレブーがおろおろした様子で縮こまっていた。

 どうやら逃げたのではなくて、助けを呼びに行っていた様だ。

 

「それで何があったの? 見た感じだとトラブルになっているのは間違いないけど」

「実はどうもスットが飛ばした石が当たったらしくて、怒ったブーバーと戦っていました」

「石って、あの後頭部の膨らみはタンコブだったのかよ」

「ごめん」

 

 まさか何の目的も無く飛ばした石が、こんな大事になるとは夢にも思わなかったのだ。

 道理で図鑑の画像と微妙に違っていた訳だ、とレッドはアキラがカスミに話すブーバーが襲ってきた経緯を聞いて納得したが、彼女は首を傾げた。

 

「ブーバー? 本当なら厄介だけどその肝心のブーバーはどこにいるの?」

「どこって、スットの攻撃で地面に倒れ……あれ?」

「どうしたアキラ?」

 

 疑問の声を上げるアキラにレッドも振り返るが、さっきまで地面に倒れていたブーバーの姿は綺麗に無くなっていた。一体何が起きたのかは見ていなかったからわからないが、ゴーストが慌てているのを見ると余程のことが起きたのだろう。

 

「スット、ここに倒れていたブーバー知らないか?」

 

 浮かんでいるゴーストに駆け寄ってブーバーが倒れていたところを示して尋ねるが、ゴーストは首を横に振る。この様子では、恐らくゴースト自身も何故ブーバーがいなくなったのかわからないようだ。

 

「おかしいな。逃げるにしても音もなく逃げるものか?」

「それは俺もおかしいと思う。逃げるならスットが何か反応してもいいはずだけど……」

 

 ゴーストの性格なら、逃げようとしたら追撃を仕掛けるはずだ。それもダメージを受けて弱っているのなら尚更だ。にも関わらずブーバーは、ゴーストに何もされず煙の様にこの場から消えた。

 隠れられる草むらや森までは距離があるが、幾らゴーストが調子に乗って油断していたとしても、誰か気付いてもおかしくは無い筈だ。

 

「どこに消えたんだろ?」

「幻……の訳ないか」

「まぁあなた達が言うなら間違いないと思うけど、ゴースが進化したようね」

「そうそう、ゴースの時もそうだったけどゴーストに進化したら手ができて、それを使ってブーバーといい勝負してたんだ」

「スットのトレーナーだから進化したことは喜ぶべきなんだけど、さっきの戦いを見ていたら手を使って何かやらかし――」

 

 その瞬間、アキラの頬に飛んできた拳がめり込み、彼は勢いよく体を回転させながら倒れた。

 下手人は言うまでもなく彼のゴーストだ。

 危惧していた通り、早速進化したことで獲得した己の手を自在に飛ばしてアキラを始めとした面々にちょっかいを出し始めたのだ。

 

 最初は笑って見ていたレッドだったが、帽子を取られて取り返そうと追い掛けたら、独立した両手に股を掴まれたりカンチョーを仕掛けられる。エレブーも頭の尖っている部分を掴まれて、宙に上げられて近くの木に逆さまに吊るされるなど散々な目に遭う。

 

 カスミはと言うとスターミーにしっかりと守られていたので、その力を良く知るゴーストは手を出さなかった。あんまりな光景に見かねた彼女は、痛そうに腫れ上がった頬をさすりながら起き上がったアキラに尋ねる。

 

「ゴーストのあの自在飛ばせる腕を何とかしたい?」

「何とかしたいです。嬉しいのはわかりますけど、ずっとあの調子はさすがに…」

「なら早く進化させることが出来るけど、させたい?」

「えっ? 早くって……ぁ」

 

 カスミの提案の意図が理解出来なかったが、ゴーストの進化方法を思い出した彼は納得した。

 ゴーストは、他人と交換をすることですぐに最終形態であるゲンガーに進化することができる。今アキラの周りには、レッドやカスミなどのゴーストにとっては他人である人達がいるのだから、進化に必要な条件は揃っている。

 

「考えはわかりましたけど、どうやって通信交換するのですか?」

「通信交換? 別にそんな大掛かりなことはしなくても他人に預けて少し育てるだけで進化する筈よ」

「そうなんですか?」

「そうよ。それで――どうするの?」

 

 彼女に再度尋ねられてアキラは考え込む。今すぐにでも最終形態に進化できるチャンスなのだから、普通ならすぐに飛び付く話だが彼にはいくつか気掛かりがあった。

 一つはゴーストの手。

 ゴーストの手は常に体から離れているので目の前の様に自在に操れるが、ゲンガーに進化すると、手は使えても自由度は大きく下がってしまうのでガッカリしてしまう可能性があること。

 

 もう一つは更に進化したことで、力が増して言うことを聞かなくなる可能性があること、これが一番の懸念要素だ。

 最近言うことを聞くようにはなってはいるが、進化してまた自分の力を過信してこちらの言うことを聞かなくなるかもしれないのだ。それも能力値の高いゲンガーなら尚更だ。

 

「……進化したらまた言うことを聞かなくなる可能性はありますか?」

「それは場合によるけど、この数日でのあなたとゴースの関係を見たら今と大して変わらないと思うけど」

 

 カスミの考えは今と大して変わらないらしいが、本当に予想通りになるのか疑問だ。

 不安なら進化させるべきではないが、この先で他人とポケモンを一時的に交換して進化させる機会があるかは不透明だ。そこで彼は、とりあえずゴーストを呼んで意思確認をすることにした。

 

 「スット、お前すぐにでも進化できるようだけど進化したいか? 手は今みたいに自由には操れないと思うけど」

 

 アキラの問いにゴーストは表情を引き締めると、敬礼をして応える。

 どうやらアキラの気掛かりの一つは杞憂だったらしいが、今の敬礼といいさっきのロケットパンチといい、手が使えるようになったゴーストの今後が彼は気になるのだった。

 

 

 結論から言うと、アキラの懸念は結局現実のものとなった。

 ゴーストをカスミに預けて何回か彼女の元でバトルを行ったことで、ゴーストは無事にゲンガーに進化を遂げた。短期間で一気に最終形態に進化できたことに、お互い喜びを分かち合ったところまでは良かったが、いざ手元に戻して勝負したスターミーを追い詰めたのがちょっと不味かった。

 

 勝つことは出来なかったが、手持ちの中で一番の強さを持つミニリュウが手も足も出なかったスターミーと互角以上に渡り合ったことで、危惧していた通りゲンガーは自分の力を過信し始めて調子に乗り始めたのだ。

 しかも進化したことで能力が高まったこともあるのか、完全に”サイコキネシス”を習得して事あるごとにイタズラに活かしてくるので、イタズラのレベルは以前よりも悪化した。

 

 また新たな課題が浮上してしまったが、手持ち関係のトラブルに慣れたこともあって、頭を抱えはしてもアキラはそこまで深くは悩まなかった。

 それが良いことなのか悪いことなのかわからなかったが、すぐにそんなことを考えていられない事態に彼は直面することになるのだった。

 

 

 

 

「あっちぃ…」

 

 まるで溶鉱炉の近くに立っている様な熱気に晒され、アキラとレッドは顔の至るところから汗を流していた。空は雲一つ無く、日差しが地表に降り注いでいたが、暑さの原因は全く別にあった。

 熱気の元、それは今二人の目の前に立っている昨日の戦いの後、音も無くあの場から逃げたブーバーだ。

 カスミは野生のブーバーは執念深いから仕留め損ねると面倒と言っていたが、まさにその通りであった。

 

 性懲りも無く今日も攻めてきたオコリザル達を退け、今度こそ捕まえようとレッドと一緒に逃げる群れを追い掛けていた時にブーバーは襲ってきたのだ。辛うじて不意打ちを防ぐことは出来たが、二人はオコリザル達の追跡を止めてブーバーが発する熱を受けながら対峙していた。

 昨日は良い様に一方的にやられたのは、記憶に新しい。

 レッドはニョロゾと一緒に構えるが、アキラが連れている目の前のポケモンは緊迫した空気にも関わらず呑気に鼻をほじっていた。

 

「スット、油断すると火傷するぞ」

 

 舐めた態度をアキラは咎めるが、スットと呼ばれたゲンガーは手を軽く振って返事をするだけの軽いものだった。相変わらずの反応には困るが、今は目の前の敵の動向に注意するべきだ。相手が動けば自ずとゲンガーも動くのだ。

 何時でも適切な指示やサポートが出来る様に備えておかなければならない。

 

「レッド、あいつどうする?」

「どうするって言われてもな」

 

 既にオコリザル達を相手に一戦交えて消耗している今の状況に襲撃タイミングを考えると、完全に昨日の仕返しをしようと目論んでいると見て良い。

 何も考えずに我武者羅に突っ込んでくるオコリザル達とは違って、何が自分には有利で不利なのかを判断できるだけの知恵がブーバーにはあるのだ。頭が良いことはわかっていたが、ここまで働くとなると面倒だ。

 

 そろそろ特訓を終えて目的を果たすべくレッドとアキラは屋敷を出たいが、オコリザルと目の前のブーバーの二匹を放置したままにすると一人になった途端、各個撃破されそうだ。

 仮にオコリザル達を何とかできたとしても、目の前のひふきポケモンは放置すれば必ずオコリザル以上の脅威になる。突如姿を消した理由はまだわかっていないのだ。また追い詰めたのに逃げられでもしたら堪ったものではない。出来ることなら、今ここで捕獲してしまいたい。

 

 ゲンガーは呑気に鼻をほじっているが、遠距離戦は完全にこちらの方が上だ。

 突っ込んできたとしても、接近戦を挑まれる前に”サイコキネシス”や”みずでっぽう”で返り討ちにすればいい。手強いが冷静に対処して戦えば問題は無い――筈なのだが、どうも違和感が拭えなかった。

 

 ”かえんほうしゃ”や”あやしいひかり”などの厄介な技を持っているのは確かだが、タイミングを見計らって不意打ちを仕掛けてきたブーバーが、このまま攻めてくるとは思えない。

 その証拠にこれだけ離れているにも関わらずハッキリと見える程、ブーバーは如何にも意味ありげな怪しげな笑みを浮かべて、こちらの出方を窺っている。まだまだ睨み合いが続くことになっても、もう少し様子を見るべきだと考えるが痺れを切らしたゲンガーは、”サイコキネシス”で小石を弾丸を彷彿させるスピードでブーバーへ飛ばした。

 

「おいスット!」

「しょうがないよ。俺だってそろそろ我慢の限界だったし」

「……なんで忍耐力が無いんだろリュットといい」

 

 ゲンガーの忍耐力の無さをアキラは嘆くが、そんな彼を余所に小石を飛ばしたゲンガーは、すぐにブーバー目掛けて駆け出した。

 近付いてくると見せかけて適当な距離から”ナイトヘッド”を放とうという魂胆であったが、飛んできた小石を避けたブーバーは口から黒い煙の様なものを吐き出した。見たこと無い技にゲンガーは動揺して足を止めるが、あっという間に煙は周囲に広がりゲンガーの姿は見えなくなった。

 

「なんだあの煙は?」

「”スモッグ”? それとも”えんまく”?」

 

 一体何なのかわからないまま、吐き出された煙はアキラとレッドの元までに到達する。

 二人とも互いに離れた距離では無かったが、周囲を黒い煙に覆われたことで自分の姿以外何も見えなくなった。

 

「レッド、”えんまく”だと思うけど、”スモッグ”かもしれないから煙を吸わないように」

「うぉ、やべえ」

 

 アキラはブーバーが噴き出した煙が、どくタイプの技である”スモッグ”なのを考慮して、服で口と鼻を抑える。目に何の刺激もこないことを考慮すると、ブーバーが放った煙には有毒な成分が含まれている訳ではなさそうなので少し安心する。

 だけど油断は禁物。

 知恵の働くブーバーが、この程度の小細工で終わらせるはずがない。

 

 色んな出来事を経験したおかげで奇襲に慣れたアキラは、周囲に神経を張り詰めらせて警戒しながらミニリュウが入ったボールを手にする。

 風が吹いていないからか、相変わらず自分の周りを覆っている黒い煙が視界を遮っている。よく耳を澄ましてみると、ゲンガーとニョロゾの戸惑いの声が聞こえる。

 どうやらこの煙に紛れて攻撃を受けている訳では無さそうだ。

 

「アキラ~大丈夫か?」

「一応大丈夫、スットに”サイコキネシス”で吹き飛ばしてもらうように頼んでみる」

 

 ブーバーの声どころか足音が聞こえてこないのは気になるが、視界確保が優先だ。

 姿は見えなくても声くらいは聞こえるだろうと思いながら、ゲンガーに”サイコキネシス”を命じようとした時、アキラは自分の後ろが熱くなるのを感じた。

 最近嫌でも磨かれてきた危機察知能力を活かして、反射的に振り返ると同時にボールを投げようとしたが、彼は腹部に固いものを打ち付けられる重い衝撃を受けた。

 

「っ!!」

 

 衝撃は腹部にめり込むほどの勢いで、これだけでもアキラは意識が一瞬だけ飛び掛けたが、続いて腹に焼石を押し付けられた様な熱によって強引に意識は現実に戻される。

 今まで感じたことの無い激しい激痛に、彼はよろめきながら歯を食い縛ってすぐに離れようとしたが、黒い煙から飛び出したブーバーは許さなかった。

 腹部に叩き込んだ拳を引くと、今度は回し蹴りを仕掛けてきたのだ。

 

 ――死

 

 迫る熱と勢いが籠った足を目にした瞬間、アキラの頭の中と意識は直観的に「死」の一文字に埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「アキラ? なんか音がしたけど大丈夫か?」

 

 黒い煙の所為でレッドは彼の姿を見失っていたが、嫌な鈍い音がアキラの声が響いた方から聞こえたのに気付き、呼び掛けてみたが返事は無かった。

 もう一度呼び掛けようとするが、また耳にするのも嫌な音が聞こえた。

 

「アキラ!? ブーバーがそこにいるのか!?」

 

 そう呼び掛けた時、予想通り彼の元にいるのかブーバーの怒号が聞こえたが、すぐにそれは呻き声に変わった。

 早く駆け付けたいが、視界が悪い状況にレッドは躊躇う。

 しかし、あることを思い付いた彼はすぐにボールからフシギダネを出した。

 

「フシギダネ、周りの煙を吸ってくれ!」

 

 フシギダネの背中にある植物は呼吸をしている。そしてその気になれば、意外にも尋常ではない肺活量を発揮する。レッドはそれを利用して、周りの煙を一気に吸い込むことを思い付いたのだ。

 意図を察したフシギダネは、すぐに彼の指示を実行する。

 

 まるでブラックホールがガスを吸い込む様な勢いでフシギダネは、背中のタネから周囲の煙を吸い込んでいき、最終的には空に向けて一気に吐き出す。

 おかげでようやく視界は晴れるが、それ程離れていないところでアキラは苦しそうに呻き声を漏らしながら蹲っていた。

 

「大丈夫かアキラ!」

 

 レッドは急いで駆け寄るが、彼の体は所々にブーバーが放つ炎の所為なのか、服が焦げていたり火傷を負っていた。特に彼が抑えている腹部と左肩、さらには両手も真っ赤になっていて酷い状態なのは一目瞭然。早急に火傷の治療が必要だった。

 レッドは彼が腰に付けているボールを一つを手にすると、そのボールからエレブーを出す。

 

「エレブー、アキラをすぐにカスミの屋敷に運んでくれ。急いでいるんだ」

 

 有無を言わさないレッドの言葉に、何時もビクビクしているエレブーは素直に従う。蹲っているアキラを傷が痛まない様に持ち上げると急いで駆け出し、ゲンガーさえも慌てて後を追う。

 彼もニョロゾとフシギダネを戻して追おうとしたが、アキラが蹲っていたことで視界から隠れていたボールが一つ落ちていることに気付いた。

 忘れ物の感覚で彼は拾うが、中身を見た瞬間、驚きのあまり取り落し掛けた。

 

「よ、よく捕まえたなあいつ」

 

 中にはなんと、先程まで対峙していたブーバーが入っていたのだ。

 自分が見ていない間に何があったのかはわからないが、ボールの中にいるブーバーは妙な程大人しくしていた。事実、ブーバーは何故こうなってしまったのか理解できていなかった。

 

 ”えんまく”に紛れて、復讐をしたい連中の中で一番ひ弱そうなアキラを狙う目論見は成功した。

 しかし、その後が予想外だった。

 止めのつもりで放った蹴りを躱されただけに留まらず、顔を拳がめり込む程の力で殴られた上に自身が火傷を負うのにも構わず抑え付けられた。

 ならば焼き尽くしてやろうとしたが、そうはいかなかった。

 

 正確には出来なかったのだ。

 

 ボールの中で揺られながら、ブーバーは漠然とだがさっきまでの出来事を振り返る。

 抑え付けられた時に一瞬だけ見えた鋭い眼光と威圧感に怯んでしまい、頭を殴り付けられたかと思ったら全てが終わっていた。

 奇しくもアキラが見せた己を戦慄させた姿には覚えがあった。

 

 あれは極限まで追い詰められた生き物が、相手に逆襲する時の姿だ。

 まさか人間相手で見るとは思っていなかったが、言い訳など幾らでも考えられる。

 それでも侮っていた人間に圧倒されたことや己が”負けた”という事実には変わりないのだから。

 

 

 

 

 

 屋敷に運ばれたアキラは、すぐに火傷の治療が施されたので大事には至らなかった。

 しかし、火傷と薬が沁みる二重の痛みで数時間経った今でもベッドの上で呻き声を上げていた。

 治療を終えたばかりと比べれば痛みは和らいでいる方だが、彼の年からすれば耐え難い激痛だ。あまりの痛さに、彼は意識を失ってはその痛みで覚醒、痛みで失われてはまた痛みで覚醒を繰り返していた。

 

 遅れてレッドも屋敷に戻ってきたが、彼が横になっている部屋に入ることは出来なかった。

 だが部屋の外にいても聞こえるアキラの苦しそうな声に、病院に連れて行かなくても大丈夫なのかどうか気になってカスミに尋ねたが、彼女は至って冷静にその必要は無いのを断言する。

 

「確かに彼の声を聞くとそうは思えないけど、火傷してそんなに時間が経っていなかったから大丈夫よ」

「だけどカスミ、”やけどなおし”とか”なんでもなおし”、後は何かの薬だけであの火傷を如何にか出来るものなのか?」

「あのね。”やけどなおし”とかのアイテムが、ポケモン専用の回復道具と思ったら大間違いよ。ポケモンに比べればすぐには効かないけど、ちゃんと人にも効果があるわ」

 

 納得できないのか半信半疑のレッドに、カスミはポケモンの回復道具が人間にもたらす有効性を語り始める。

 

 確かに人に”キズぐすり”や”げんきのかけら”を与えても、ポケモンの様に回復したり瀕死から復活したりはしない。だけど”やけどなおし”等の状態異常を回復させる道具は、ポケモンほどの速効性は無いがちゃんと人にも効く様に作られている。

 それでも彼は納得はしなかったが、彼女がジムリーダーなのを考えてとりあえず信じることにはした。しかし――

 

「アキラのあの呻き声どうにかならない? 聞いてるこっちも苦しくなるんだけど」

「痛みが治まるまで待つしかないわ。使用人が付きっ切りで様子を見てくれているから、容体が急変しても対応できる様にはしているけど」

 

 ポケモントレーナーなら怪我は付き物だ。確かにアキラが負った火傷は、見た目は酷いがちゃんと適切に処置を施せば大丈夫だ。苦しそうな呻き声は気になるが、声を出せるだけの元気があるのだからと前向きに捉えることも出来る。

 気になるのはアキラの苦しみ方が過剰に思えることだが、自分から見た感覚なので個人差があるのだとカスミは考えた。

 

「そういえば、レッドは明日ここを出る予定だけどどうするの?」

 

 カスミにこの屋敷を出る日を尋ねられて、レッドは唸った。

 本当は明日アキラと一緒にここの屋敷を出る予定だったのだが、あの様子では彼はしばらく動けそうに無い。特に急いでいる用事などは無いので、このまま残ってカスミとの特訓を継続して、彼の体調が旅ができるまで回復するのを待つことも有りではある。

 

 だけど本心を言えば、早く次の冒険に行きたい。

 こうしている間、グリーンに差を付けられるかもしれないからだ。

 

「う~ん……どうしようかな」

 

 以前アキラと逸れてしまった時があるが、あの時と今回は違う。

 彼の様に苦しみはしないものの、レッドもまたどうしようか悩み始めるのだった。




アキラ、ブーバーの捕獲に成功するも再びベッド送り。

序盤にブーバーが消える様に逃げられたのには、ちゃんと理由はあります。
何気に今回初めて生身で返り討ちにしたけど、後何回ベッド送りにされるんだろうか。
やけどなおしが人間にも効く扱いなのは、六巻でグリーンがまひなおしで麻痺状態を治すことが出来た事から一応人間にも効くと判断しました。



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育てる者

「体調良し! 服装も良し! 荷物と装備も良し! ――準備万端」

 

 その日、アキラは足や腕の動き、旅の必需品が詰まったリュックサックなどを一つずつ声を出しながら念入りに指差し確認をしていた。

 

 ブーバーとの戦いで酷い火傷を負ってしまい、今日まで何日か療養していたが、ようやくもう一度旅に出れるまでに回復することが出来た。

 散々激痛で喚いてはいたが、辛い時間は火傷を負ったその日だけで、翌日には痛みなどは引いて意識も安定する様になった。

 彼自身一か月近くはベッドの上で過ごすことを覚悟していたが、この世界の医療技術は進んでいるからなのか、腹部に痕は残っているものの案外早く体調は万全なものになった。

 

「レッドに比べれば大分遅れているけど、貴方はクチバシティに用があるのだったかしら?」

 

 後ろから様子を窺っていたカスミは、確認を終えたリュックを背負い始めたアキラにこれからどうするのか尋ねる。既にレッドは少し予定より遅れているが、屋敷を出て旅に戻っている。

 

 勿論、彼が苦しんでいるアキラを置いて旅に出る程、薄情と言う訳では無い。

 

 彼はアキラが回復するまで待つつもりだった。

 だが、レッドが自分を気にして残っていることを知ったアキラは、下手に彼の足を止めさせて今後起こるであろう事件や出来事に影響を及ぼす訳にはいかなかったので強引に行かせたのだ。

 

 当然レッドは納得しなかったが、最終的にはまだ安静が必要なのを無視してでも彼と一緒に旅に出ようとする自分の姿を見せて折れさせた。何故そうまでして自分を行かせようとするのか色々聞かれたが、「何か大きいことをやりそうな気がするから」と予知夢を気取ったりと、あの手この手で何とか誤魔化すことは出来た。

 

「はい。クチバシティにヒラタ博士のご自宅があるそうなので、そこに向かいます」

 

 一応この世界での保護者であるヒラタ博士には連絡を入れているが、仕事が忙しいのかすぐに迎えに行くことは無理らしい。だけど途中でオツキミ山みたいな複雑な地形があるところも無く、クチバシティまで直進するだけなので、このまま一人で向かうつもりだ。

 

「クチバシティね……」

「あれ? 何か問題でも?」

「いや、何でもないわ」

 

 何か意味有り気な呟きだったが、あまり気にせずアキラは準備に専念する。

 この時カスミは、彼の行き先であるクチバシティに不穏な動きがあることを伝えようと思ったが、不安を煽る様な事を伝えるのは酷だと考えて思い止まった。旅の準備を含めて彼女がここまでアキラを手助けするのは、彼もレッドと同じ様に自分達が暗躍し続けるロケット団と戦う時に少しでも力になってくれるかもしれないと考えているからだ。

 

 レッドは荒削りながらも、手持ちとトレーナーとしての実力は確かなものがある。このまま放っておいても必要なことを自然と学んで強くなるはずだ。

 一方のアキラは、連れているポケモンの強さだけなら現段階のレッドよりも若干上回っているが、トレーナーとしての能力は初心者レベルで彼よりも未熟だ。その為、彼の実力が手持ちの強さに釣り合っていない為、半分が彼の言うことをあまり聞こうとしないと言う致命的過ぎる欠点を抱えている。

 

 オツキミ山でロケット団と戦った時の話を聞く限りでは、実力不足よりも手持ちが連携もせずに好き勝手にバラバラで戦ったことが追い詰められた大きな要因だろう。

 平時なら悩む程度で済むが、またロケット団と戦う様な緊急時は大問題だ。

 

「カスミさん?」

「あっ、ごめん。ちょっと色々考え事」

 

 声を掛けられてから、カスミは周りの注意が疎かになっていたことに気付く。

 早急に解決するべき問題なのでアキラ自身も改善しようとしていたが、自分が手助けをしても解消には至れなかった。一応見込みが無い訳では無いが、どれだけ時間が掛かるのかわからない。出来る限り早く彼が抱えている問題を改善できるとしたら、一人だけ適任者がいることを彼女は知っている。

 だが、レッドと違い必要でない限り冒険しないアキラに会う機会があるかはわからない。

 

「この二週間ありがとうございました。――えっとその……また何時かお会いましょう」

「そんな真面目に頭下げなくてもいいわよ。普通に『ありがとう』や『また会おうぜ』って言ってくれた方がやりやすいわ」

 

 本当に感謝しているのだからこその対応なのは理解できるが、カスミとしてはこんな堅苦しいのではなくて前のレッドのように普通の友人感覚での気楽なやり取りの方が好ましい。

 彼女の言葉に頭を上げたアキラは、戸惑いと照れているかの様な表情を浮かべると背を向けて歩き始めた。

 

 最後の数日は傷を癒すことに費やしたが、ここで過ごした日々はこの世界にやって来てから初めて、心から「楽しい」と思えるものだった。やっぱり誰かと一緒に何かをしたり過ごすのは良いものだ。

 またこんな日々を過ごせる日が来るのが、彼は楽しみであった。

 

「ちょっと待って!」

 

 ところが折角の気分も、突然カスミが呼び留めたことで霧散した。

 

「どうしました?」

「貴方そのまま歩いていくつもり?」

「そのつもりですけど……あっ!」

 

 ここでアキラは、ある意味大切なことを思い出した。

 急いでリュックやポケットの中身をひっくり返して、ある一枚の紙らしきものを取り出した。

 取り出したのは「ミラクル・サイクル無料引換券」だ。これさえあれば、サイクリングショップに置いてある自転車一台を丸々タダで引き換えてくれると言う代物だ。

 もし迎えに行くのが無理だったら、この引換券で自転車を購入してクチバシティに向かう様にアキラはヒラタ博士から教わっていた。恐らく徒歩でクチバシティに向かうには、時間が掛かると考えたのだろう。妙な研究をしている人だが、多忙であることを考えれば仕方ない。

 

「ミラクル・サイクルはこの町の端っこの方にあるけど、地図があればすぐにわかるわ」

「ホントだ。端っこですけどかなりわかりやすいです」

 

 カントー地方の各町の詳細が記されたガイドブックの様な本にあるハナダシティの項目に目を通して、アキラはミラクル・サイクルの場所を確認する。

 ハナダシティからクチバシティの道中には急な坂道は無く平坦なので、自転車が手に入れば間違い無く歩くより移動が速くなる。

 

「では行ってきます」

「あっ、待ちなさい」

 

 改めて前に進もうとしたが、またしてもカスミに呼び止められた。

 

「オコリザル達はどうするの?」

「あ」

 

 指摘されて今思い出したが、オコリザルの問題は未だに解消されていない。

 レッドは先に屋敷を出ているが、オコリザルとマンキー達はミニリュウのトレーナーであるアキラが狙いなのか、彼がベッドで横になっている間も度々攻めてきていた。

 襲撃の度にカスミと協力して何とか撃退し続けてはいるが、ボスであるオコリザルの捕獲には至っていない。このまま一人で屋敷を出れば、オコリザル達の格好の標的だ。

 

 一応ミニリュウやゲンガーの実力なら、勢いだけで攻めてくる群れのリーダーであるオコリザルを容易く退けられるが、クチバシティに着くまでの間にポケモンセンターなどの休める場は無いのでのんびりと歩いていられない。

 そこでアキラが出した解決策は――

 

「自転車で振り切ります」

 

 どうしようもないその場凌ぎな思い付きだが、自転車ならオコリザル達を振り切ることは十分に可能だろう。何より、もし追い付かれても今なら返り討ちに出来る自信がある。

 アキラが口にした案にカスミは呆れを隠さなかったが、それ以上は何も言わなかった。もう何も言うことが無いことを察し、アキラは彼女に背を向けて目的地へ向けて歩み始め、そのまま地平線の彼方へと消えていった。

 

「――クチバシティに着くまでポケモン達とちゃんとやっていけるかしら?」

 

 屋敷を後にしたアキラを見届けて、誰にでも無く一人カスミは呟く。

 何だかんだ色々あったとはいえ、アキラとレッドがいた間は結構楽しかった。

 彼の言うまた会う日が、出来れば戦っている最中では無く平凡で平和な日であることを彼女は願うのであった。

 

 

 

 

 

 そして数時間後、カスミの不安は現実のものとなった。

 

「ま……ハァ、ま…て」

 

 とある丘の上にある整備されていない道をアキラは懸命に走っていた。

 必死の形相だが、それは急いでいるからでもオコリザル達に追われているのでも無い。

 恐らく、彼がこの世界で初めて経験すること――

 

「自転車返せぇぇーー!!!」

 

 追い掛ける側になったことだ。

 ちなみに今彼が追い掛けているのは、さっき引換券で手に入れた新品の自転車を華麗に乗りこなす新加入メンバーのブーバーとその後ろに乗っかっているゲンガーの二匹だ。

 

 ついさっきミラクル・サイクルに着いたアキラは、早速引換券で今二匹が乗っている青い塗装が施された折り畳み可能なマウンテンバイクを手に入れることが出来た。

 タダで手に入るとは思えない出来に手持ちと一緒に眺めていたが、店長から詳しい取扱いの説明を受けている間に、ブーバーとゲンガーに自転車を乗っ取られて今に至る訳だ。

 

「コラーッ! ヘルメットもせずに二人乗りは危ないんだぞ!!」

 

 サービスで貰った自転車のヘルメットを掲げながらアキラは叫ぶが、二匹とも聞く耳を持たず、彼が追い付けそうで追い付けない絶妙なスピードで距離を保ち続ける。

 襲撃を止めさせる為に捕獲したが、ブーバーは野生には戻らず彼に付いて行く道を選んだ。

 自分から付いて行くことを選んでおきながら例の如く言う事を聞かないが、野生の時とは打って変わって大人しくしていたので油断していた。手持ちに加えたばかりなのもあってブーバーの性格は把握し切れていないが、ゲンガーが一緒に居るところを見る限りでは自分をおちょくっているのは明白だ。

 

 もう十五分以上もアキラは全速力で走っていたが、この世界に来てから体力の限界まで走る機会が多かった為か、一か月近くの間に彼の体力は十歳でありながら驚異的なまでに強化されていた。だけど辛いことには変わりない。

 残った手持ちの中から一匹を繰り出して、ブーバーの後頭部にきつい一撃をかまして止めることを彼は考え始める。一番適していそうなエレブーが入ったボールを手に持つが、後ろから聞くのも嫌になる聞き覚えのある声が耳に響いてきた。

 

「おいおい、よりによってこのタイミングかよ」

 

 後ろを振り向いた彼は、疲れ切ったような表情で弱弱しくぼやいた。

 このタイミングでオコリザルがマンキー達を引き連れて、土埃が舞い上がる程の勢いで追い掛けてきたのだ。ブーバーとゲンガーも事態を察したようで、巻き込まれたくないのか漕いでいる自転車のスピードを上げ始めた。

 

「ちょっと待てえーーー!! 置いて行くな!!!」

 

 二匹が乗る自転車のスピードが上がるのと同時にアキラも走るモーションを変えて、オコリザル達を振り切るのと二匹に追いつくべく一気に急加速した。

 あまりにも必死になり過ぎたからか消耗が激しくなってきたが、ブーバー達との距離が近くなったら、彼は走っている勢いで跳び上がり――

 

「待てって言ってるだろうッ!!!」

 

 年に似合わない鬼のような形相で、自転車に乗る二匹に飛び掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 見渡す限り広がる草むらの中で、車一台が通れる程の幅がある砂利道をアキラは疲れた様子で自転車を押しながら進んでいた。

 

 さっきまでブーバー達に自転車を乗っ取られた上にオコリザル達に追い掛け回されていたが、何とか自転車を取り返してオコリザル達を振り切ることに成功したもののかなり疲れていた。

 だが幸か不幸か、日々体力の限界まで体を酷使していたからなのか、さっきあれだけ体を動かしていたにも関わらず、こうして息を整えながら歩けるだけの余力は残っていた。

 

「全く、オコリザルに追い掛け回された所為でここがどこなのかわからないよ」

 

 無我夢中で自転車を走らせたので、ロクに周囲の状況を確認しないままここまで来てしまった。

 一休みとばかりに自転車を止めて、その座席にアキラは座り込んで周囲を見渡す。

 

 以前ならこの先が不安になる場面だが、一か月くらいの短い間ではあるが散々理不尽なことや今までの常識からは考えられない出来事に巻き込まれた経験のお陰なのか、アキラの気持ちは落ち着いていた。

 

 迷った場所が森の中や山の中なら不安になってもいいが、周囲はまるでアニメで描かれる様な草むらが広がり、そして地平線の彼方まで続いている一本しかない砂利道だ。目印になるものは無いが無計画に歩き続けても遅かれ早かれ、どこかの町か人に遭遇することができそうだから、特に不安になる必要は無い。

 そして連れている手持ちも、問題は抱えているもののクセや特徴の理解も進んでいる。

 旅を始めた頃とは大きな違いだ。

 

「――レッドは今どこにいるんだろ?」

 

 気持ち的に少し余裕があるからなのか、アキラは先に屋敷を出た友人の動向が気になった。

 彼の進行状況によっては、この先に何が起こるのかは大体予想できる。

 その為、レッドの居場所次第では自分の行くべき道はある程度決められるとも言える。

 今の時間軸にあると思われる記憶を引っ張り出して、アキラはレッドが今どこにいるのか考え始めた時、ベルトに付けたボールの一つが揺れ始めた。

 怪訝な表情で揺れているボールに目をやるが、すぐに表情を解した。

 

「どうしたサンット、またやりたいのか?」

 

 アキラが尋ねると、ボールを揺らしていた張本人であるサンドは中で頷く。

 彼はサンドのボールだけでなくもう一つのボールを手に取ると、二つとも投げた。

 

「ついでにエレットも出てくれ」

 

 投げられたボールからサンドとエレブーが、それぞれアキラの目の前に召喚される。

 出て来たサンドが、待ち切れない子どもの様な表情でこちらを見つめてくるので彼は苦笑した。彼の手持ちの中では、比較的自己主張はせずに健気に付いて来てくれているサンドがボールから出てまでやりたいのは、屋敷にいる間に新しく覚えた”ものまね”を使いたいからだ。

 カスミが手持ちの中で一番非力だが素直に言うことを聞いてくれるサンドを少しでも強くしようと、持っていたわざマシンを使って覚えさせてくれたのだ。

 

「OKOK、準備はもうできているようだから見逃すなよ。エレット”かみなりパンチ”」

 

 こんなことで出されたエレブーだが、サンドの気持ちを理解しているのや何かと気に掛けて貰っているので、アキラの指示をすぐに受け入れた。

 右手に拳を作って電流を帯電させると、何も無い宙目掛けて拳を振るう。

 見逃さず見ていたサンドも体に力を入れて右手を掲げると、先程のエレブーのように電流が流れ始めた。更に片手だけでは飽き足らず、サンドはもう片方の手にも電流を帯電させて嬉々と”かみなりパンチ”を振るい始める。

 

 今までサンドが覚えていたのは”ひっかく”に”すなかけ”と地味で基本的な二つの技だけで、ミニリュウやゲンガーが覚えている”れいとうビーム”に”ナイトヘッド”といった強くて派手な技は覚えていなかった。その上我や個性が強過ぎる曲者揃いの手持ちの中では、ただトレーナーに忠実で真面目なだけでは存在感も薄かった。

 実力も臆病であまり戦いたがらないエレブーよりも下なので、バトルや内輪揉めの時では真っ先にやられるというあまり嬉しくない立場でもあった。

 

 ある意味グレたり卑屈になってもおかしくない環境だが、それでもサンドはめげずにアキラの言うことをしっかりと聞き、困っている時でも出来る限りの手助けをしてくれる。だからこそ、サンドが嬉しそうに”ものまね”を存分に使っているのを見ると、カスミが提供してくれたわざマシンを気に入ってくれて何よりだった。

 

「『使い道が無い』ってカスミさんは言っていたけど、結構使えるなこの技」

 

 一体どういう原理なのかは不明だが、明らかにサンドが覚えない”れいとうビーム”や”ナイトヘッド”さえも、”ものまね”を使えばサンドは使うことができるのだ。相手が使ったのなら、どんな技でも一つだけボールに戻るまでの間なら使えるようにする技。そのことは彼も知っていたが、ここまでとは予想外だった。

 ただし一時的に使える様になるだけなのと威力は使い手の能力依存なので、そこまで都合は良く無かった。

 

 嬉しそうなサンドを眺めながら、アキラはリュックの中から一つのケースを取り出して、その中身を窺う。

 中には八つの窪みがあり、その内の一つに水滴を模した鮮やかな水色をした彫刻の様なものが嵌められていた。名はブルーバッジ。カスミとの最後の模擬戦で、ようやく勝つ事が出来たアキラにカスミが授けてくれたものだ。ニビジムでは負けてしまったので、彼としては初めて手にしたジムバッジだ。

 

 持っているだけでポケモンが少し強くなったり素直に従う様になるなどの効力があるらしいが、イマイチ実感は出来ない。だけど、ようやく自分達がジムリーダーに勝てるまで強くなれた証明と考えれば、そんなものは二の次だ。

 

「――俺は残りの窪みも埋めることが出来るかな?」

 

 一旦ボールに戻って、今度は”でんこうせっか”を真似るサンドを眺めながらぼんやりと呟く。

 ゲームでは八つのバッジを集めることは大して困難では無かったが、一個手にすることさえ時間が掛かったのだから全部集めるのは困難だろう。加えてこの世界のジムリーダーには悪の組織に加担している者もいるのだから、正攻法でバッジを入手できるかさえも怪しい。それに自分の目的は元の世界に戻る手段を探すことであって、ジムバッジ集めでは無い。

 なので機会があったら挑戦する形が良い。

 

 だけど、ジムバッジ集めはこの世界――ポケモンの醍醐味だ。

 

 今までは初心者であることや酷い目に遭って来たのでそんな暇は無かったが、屋敷で過ごしていた間に経験した純粋なポケモンバトルの楽しさにアキラは惹かれていた。

 激しい攻防に緊張感、どうやれば勝てるのか、如何にして上手くポケモンを導くことが出来るのかを考える時の刺激は病み付きになる。

 特にレッドはトレーナーもポケモンも楽しそうに戦っているのだから、ポケモントレーナーの理想の姿と言っても良い。

 

 何時の日か、自分も彼の様になりたい。

 成れるかどうかもわからないことを夢見ていたが、突然周囲に突風が巻き起こり、アキラと外に出ていた二匹は強風に煽られて倒れた。

 

「? なんだ? なんだ?」

 

 一瞬だけだが、突風が起きる前に自分達の真上を何かが通過したのを目にした。

 エレブーの不幸体質がまた何かを招いたのか、と思ったがすぐにそれを否定した。

 すぐにサンドとエレブーが無事なのを確認して、自転車を起こしながらアキラは頭上を通り過ぎたのが飛んでいったと思われる方角に顔を向ける。

 途端にそれは引き返してきたのか、また彼らの頭上を猛スピードで通り過ぎる。

 

「うおっ!」

 

 通り過ぎた際に生じた衝撃波なのか突風を受けて、彼はまた間抜けな声を発しながら今度は二匹と一緒に吹き飛ばされた。

 

「もう…一体何だよ。戦うのかおちょくっているのかハッキリしろ!」

 

 打ち付けた部分をさすりながら空を飛んでいる影目掛けて怒鳴るが、影は今度は引き返さずにそのまま飛んでいき、姿は徐々に小さくなっていった。

 

「――追うぞ」

 

 自転車を背負えるくらいの大きさに折り畳み、アキラはサンドとエレブーと共に砂利道から外れた草むらを走り始めた。

 

「さっき飛んでいたのはピジョットだったけど、こんなところに野生がいるのか?」

 

 吹き飛ばされた時に見えた特徴的な鶏冠のような頭と体格を思い出しながら、アキラは飛び去ったポケモンを断定していた。

 今の彼は怒り心頭であったが、同時にピジョットをどうやって捕獲するかの算段も考えていた。

 あれだけ大きなひこうタイプのポケモンなら、自身を背中に乗せて飛ぶことができるだろうから移動が楽になるし、何より大幅な戦力強化にもなる。

 

 問題とするならトレーナー付きか、また性格に難のある個体と言ったところだ。

 この世界なら野生でのピジョットはいるかもしれないが、そんな偶然はあまり考えられない。なのでこの近辺にいるトレーナーのポケモンの可能性の方が高い。

 

 仮に野生のポケモンだったとしても、今までの経験から察するに捕まえることに成功したとしても他の手持ちと同じように手懐けるのに苦労することも十分考えられる。悔しいが捕獲は諦めることも選択肢に入れる。

 

 しばらく走っていると、遠くに木とは違う何かがポツンと立っているのが見えてきた。どうやら人らしいが、ピジョットのトレーナーなのかわからなかったので、アキラは重い荷物を背負っているにも関わらず足の動きを速めた。

 近付くにつれて姿が鮮明に見えてくるが、人らしき影の腕にピジョットが留まっているのがハッキリと見えた。やはりトレーナー付き。野生よりはそっちの方が考えられる可能性だったので、吹き飛ばした仕返しをするのを諦めて彼は引き返そうとする。

 

「――誰だお前は?」

 

 ところがピジョットのトレーナーは、追い掛けていたアキラに気付いたのか、声を掛けてきた。

 

「ピジョットを見掛けたので、野生と思って追い掛けて来ただけです」

 

 本音を抑えつつ、普通に考えうる妥当な理由を彼は述べる。

 ついでに鍛錬をするなら自分の目の届く範囲内でやるように、と伝えるためにアキラは改めて振り返ったが――

 

「え?」

 

 続けて伝えようとした言葉が口から出ず、アキラは我が目を疑った。

 何故ならピジョットのトレーナーは、直接の面識は無いがレッドが事あるごとに愚痴っていたのとその彼の生涯のライバルであるとアキラが記憶しているグリーンだったからだ。




アキラ、手持ちのサンドが新技習得とまさかのグリーンとの邂逅。

ゲームでは”ものまね”の使い道は殆どありませんが、上手く使いこなせばドーブルの”スケッチ”に並ぶとんでも技だと個人的に思っています。
特にルール無用の野良バトルが多く覚える技に制限の無いポケスペ世界では、その万能さが一際輝くはず。



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無謀な挑戦

「なんだ? 人の顔を見て固まって、何かあるのか?」

 

 さっきから自分の顔をジロジロ見てくるアキラに、グリーンは不愉快そうに聞いてきたのを機に彼はハッとした。まさかこんなところでレッドと肩を並べる存在である彼と会うとは微塵も思っていなかったので、思わず唖然としてしまっていた。

 

「すみません。見覚えのある顔であったもので」

「見覚え?」

 

 彼の言葉を疑うグリーンは、どこかで面識があったのかを思い出そうとするが、すぐにアキラが何者なのかや自分を知った理由を察した。

 

「――思い出したお前はニビジムでミニリュウを使っていた奴か」

「あれ? 俺を知っているの?」

「あんなバトルを目にすれば嫌でも覚える」

 

 小馬鹿にしたような口調に、アキラは内心溜息を吐く。

 グリーンの様子から察するに、第三者から見てもあのジム戦は相当酷かったのが容易に想像できるが否定できない。言い返そうにも未だに全然ミニリュウ達を手懐けていないのだから、やるだけ惨めだ。

 

「ポケモントレーナーならちゃんと手懐けろ」

「そうしたいのは山々だけど、どうも手持ちに加える前から人間不信みたいでまだまだ時間が掛かりそうでね」

「――野生とほとんど変わらないな。それでもトレーナーか?」

「こっちにも事情がありますので」

 

 口で言うのは簡単だが、実際に手懐けようとしてもすぐに如何にかするのは無理だ。

 アキラの中でグリーンは冷静で大人びた印象のイメージが強いが、初期のグリーンはここまで嫌な奴だったのかという疑問が浮かんだが、腰のボールに入っているミニリュウがざわめき始めた。

 カスミがくれた少し変わったベルトのおかげで勝手にボールを転がして飛び出すことは減ったが、このままグリーンと話しても何の益にもならないし精神衛生上良く無さそうだ。

 

 エレブーは理解していなかったが、サンドはグリーンの言葉の意味がわかっているのか目を細めていたので、アキラは早々にこの場から退散しようとする。しかし、ボールに入っている面々が一斉に強くボールを揺らして激しく自己主張をし始めた。

 

 ボールを揺らしているのは手持ちの中でも好戦的な面々なので、気にせずこのまま無暗に戦わずスルーした方が良い。次のクチバシティまでの距離がわからないだけでなく、オコリザルの問題も解決していないのだから消耗は避けるべきだ。それにカスミには何とか勝てたが、レッドには一度も勝てたことは無い。

 

 その事を考えると、彼と同等以上の実力があるグリーンに挑んでも勝算の見込みは薄い。

 加えてこちらから勝負を仕掛けておきながら、手持ちの何時もの悪癖が出たら今の彼にバカにされるのは目に見える。後こっちからバトルを挑んで負けてしまったら、いくらか賞金を払わなければならないのも躊躇う要因だった。

 

 もう一度アキラは、さっきからボールを揺らして自己主張をしている手持ちと外に出ている二匹の様子を窺う。

 サンドは意図を理解したのか腕に力瘤を作る様な仕草を見せると、よくわかっていない様子のエレブーも同意する様に首を縦に小刻みに振る。どうやら差はあれど、皆やる気満々だ。

 

「――本当に頭が痛い問題だ」

 

 財布を取り出して中身を確認すると、アキラはグリーンに振り返る。

 今から自分がやろうとしていることに、少し無謀なものを感じながらではあったが。

 

「試しにバトルでもしない? 色々と気難しいのが多いけど、ジムリーダーを負かしてバッジも手に入れられるくらい強いよ」

 

 細やかに挑発する様に手にしているバッジが入ったケースを見せ付けると、彼の提案にグリーンは興味を示した。

 

「バトルか……俺も最近誰ともバトルしていなかったし、腕試しには丁度いいか」

 

 不敵な笑みを浮かべて、グリーンは彼のポケモンバトルの申し出を受け入れる。

 

 これでもう後戻りはできない。

 

 こちら側から仕掛けたのだから、負ければ少ない財布の中身のいくらかを渡さないといけない。だけどもし勝つことが出来れば、賞金が手に入る可能性だけでなく大いに自信が付く。

 カスミの屋敷でレッド達と一緒に特訓をした日々を思い出しながら、アキラはエレブーとサンドをボールに戻して彼と距離を取る。

 

「使用ポケモンは何匹にする? お前の好きな数で来な」

「五匹で、まだそれだけしか揃えていないから」

「いいぜ。俺も五匹だから実質フルバトルだな」

 

 お互いモンスターボールを手にして、それぞれの一番手を決める。

 

「言い忘れていたが、俺はマサラタウンのグリーンだ。お前の名は?」

「――アキラだ」

 

 大声で名を聞いてくるグリーンに、アキラも大声で自身の名を伝える。

 そしてそれから少し間を置いてから、二人は同時にボールを投げた。

 バトル開始だ。

 

「いけスット!!」

「ゴルダック!」

 

 アキラはゲンガー、グリーンはゴルダックをそれぞれ戦いの流れを掴むための一番手として繰り出し、飛び出した二匹は対峙する。

 

「スット、”ナイトヘッド”だ!」

 

 先手必勝と言わんばかりに、彼はすぐにゲンガーの得意技である”ナイトヘッド”を命ずる。

 が、ゲンガーは少しも動かず立ち呆けていた。

 

「――あれ? どうしたのスット?」

 

 気が抜けたアキラはゲンガーの様子を窺おうとするが、その前にゲンガーは片方の手を鼻らしき部分に突っ込みながら振り返り、もう片方の手を振って彼にタンマの合図を送る。

 どうやら鼻をほじくり終えるまで待って欲しいらしい。

 予想していなかったゲンガーの行動にアキラは思わずズッコケ、グリーンは露骨に呆れる。

 

「変わってないどころか余計に悪化しているじゃねえか」

 

 意気揚々とこちらから挑んでおきながら、この体たらくにアキラは肩を落とす。

 手持ちでは一番素早いのと多彩な技を覚えているが故にゲンガーを一番手に出したが、まさか初見の相手でもここまで気が抜けているとは思っていなかった。

 

「まあいい。――よく見てろポケモントレーナーってのはこういうものだ」

 

 グリーンはアキラに格の違いを見せ付けるべく意気込むと、ゴルダックは額にある宝玉の様なものを輝かせ始めた。何かを仕掛けられるのにゲンガーは気付いていたが、距離があったため油断していたのか、目に見えない衝撃波を受けて吹き飛ばされてしまった。

 

 すぐにアキラはゴルダックが放った技が、エスパータイプの技であるのを察して息をのむ。どくタイプを有しているゲンガーにとって、エスパータイプの技は相性が悪い。ましてや相手はグリーンのゴルダックなのだから、威力も相当なものだ。

 吹き飛んだゲンガーはゴム玉のように何度も草むらを跳ねて、かなり離れた距離で止まったが、うつ伏せで倒れているのに微動だにしなかった。

 

「まずは一匹」

「……はぁ…」

 

 瞬殺されてしまったゲンガーに、恐れていた事態になってしまったことに彼は溜息をつくと同時にもっとしっかりと指導すれば良かったと後悔する。

 ところがボールに戻すべく駆け寄ると、大分痛そうな表情を浮かべながらもゲンガーは起き上がった。

 

「スット大丈夫か? まだ戦えるかもしれないけどお前にゴルダックは分が悪い。一旦ボールに戻ろう」

 

 みずタイプであるゴルダックと相性の良いでんきタイプのエレブーが入ったボールをちらつかせるが、ゲンガーは戻ることを拒否して再びゴルダックの前に立った。

 グリーンはゲンガーの動きに注視するが、何の予兆も見せずにシャドーポケモンは仕返しに”サイコキネシス”を放ち、さっきの己の様にゴルダックを吹き飛ばした。ゴム玉の様に跳ねはしなかったが、草の上を転げたゴルダックはすぐに立ち直るも、視線の先にゲンガーの姿は無かった。

 

「上だゴルダック!」

 

 グリーンはゴルダックに呼び掛けるが、上を向いた時点でゲンガーはゴルダックの頭を飛び越えていた。無防備な後ろに回り込み、至近距離で”ナイトヘッド”を背中に食らわせる。どうやら鼻をほじくるのを邪魔されたのに腹を立てているらしく、追撃を仕掛けるなど容赦しなかった。

 

「実力はあるんだけどな…」

 

 自分勝手な行動であるにも関わらずゴルダックを押しているゲンガーの姿に、アキラは自身のトレーナーとしてのレベルの低さを改めて実感する。

 今指示を出しても素直に聞いてくれる可能性は低いので、取り敢えず黙って様子を窺いながらゲンガーを調子に乗らせる方を優先させた。

 

「”ねんりき”で動きを封じろ!」

 

 事態を打開すべく、グリーンはよろめくゴルダックに先程ゲンガーを吹き飛ばした”ねんりき”を命ずるが、念じる前にゲンガーの飛び蹴りを顔に受けて集中を乱された。更に”したでなめる”を受けて後ろに倒れ込んだゴルダックに、馬乗りになって顔を殴り付けるなど攻撃の手を緩めない。

 このまま一方的な展開になると思いきや、咄嗟の”みずでっぽう”の噴射でゲンガーは高々と打ち上げられた。

 

「決めるんだゴルダック!!」

 

 倒れたままではあるがゴルダックは集中力を高めて”ねんりき”を発揮すると、ゲンガーの体を念の力で何度も地面に叩き付けた。ゲンガーは抵抗を試みるが、手足をジタバタさせても宙を振るだけで、他の技を出そうにも地面に叩き付けられる所為で集中出来ない。何度も叩き付けられたことで最終的にゲンガーは耐え切れなくなって力尽き、ボロ雑巾のように放り投げられた。

 

「――手こずらせやがって」

 

 予想外の抵抗にグリーンは苛立ちを口にする。

 表情には出していないが、さっきゲンガーの一方的な展開になった時、内心では焦っていた。よく考えればアキラは個数は不明だが、ジムバッジを所持しているにも関わらず、未だに今戦ったゲンガーなどの手持ちポケモンの何匹かを従えられていない。

 

 初めは彼に負けたジムリーダーのレベルが低いだけだと思っていたが、彼や戦ったジムリーダーのトレーナーとしてのレベルが低いのでは無くて、連れているポケモン達が強過ぎてトレーナーに求めているレベルが高過ぎるという可能性がある。そう考えれば、この不釣り合いな強さもある意味納得だ。

 

「戻ってくれスット」

 

 ゲンガーをボールに戻して、アキラは溜息を吐く。

 一体どうすれば、彼らは素直に従ってくれるようになるのか。未だにトレーナーとしては、ダメダメな自分自身に彼は頭が痛かった。

 だけど今はバトル中だ。悩みを頭の片隅に置き、相手がゴルダックなのを考えてアキラは次のポケモンを出す。

 

「出番だぞエレット」

 

 繰り出したのは、みずタイプのゴルダックに有利なでんきタイプであるエレブーだ。

 バトルの為に出たことに気付いたのか、エレブーは少し体を強張らせる。カスミの指導のおかげで、相手が強面だったり威圧感があるのでなければ臆病な面はあまり表には出なくなっている。

 加えて”がまん”が解かれた場合じゃなくても秘めている力はかなりのもので、今のところ素直に従ってくれる手持ちの中ではかなり頼りになる。

 

「戻れゴルダック」

 

 新たに出てきたポケモンがでんきタイプだと気付いたのか、早々にグリーンはゴルダックを一旦ボールに戻す。「やっぱり」と思いながらアキラは、次に出されるであろうポケモンが何なのか考えつつ、緊張で早々に冷や汗を流すエレブーと共に警戒する。

 

「――いけゴーリキー」

「げっ」

 

 交代で出されるポケモンの名前に、アキラは嫌そうに顔を歪める。

 かくとうタイプのポケモンの多くは、威圧感のある風貌なのでエレブーの臆病な性格が露わになる可能性が高い。どうかエレブーが戦うことを放棄したがる厳ついのが出ませんようにと願うが、人生そう上手くいかないことを彼はここでも思い知らされることとなった。

 

 出てきたゴーリキーは最初はバランスを取るために体を屈めていたが、起き上がるにつれて、アキラの予想以上に威圧感溢れる顔を露わにしたのだ。

 今のエレブーではまともに戦うのは難しいかもしれないと危惧するが、丁度エレブーもゴーリキーの威圧感に圧されているのか、構えながらもこっそり後ろに下がり始めていた。

 

「悪いけど交代はしない。踏み止まれ!」

 

 酷だと思いながら、彼は踏み止まる様に声を上げて伝える。まともにバトルにならないならボールに戻すべきだが、それでは何時まで経ってもエレブーの臆病な性格は修正できない。

 逃げたい気持ちはよくわかる。

 だけどこの先のことを考えると自分もそうだが、何時までも今のままではダメなのだ。しかし、彼の指示は死刑宣告に近いのか、顎が外れたのかと思うほど唖然とした表情で口を大きく開けて凍り付いているエレブーの姿には、思わず憐れみを抱いてしまう。

 

「”きあいだめ”から”けたぐり”だ」

 

 そんな彼らを余所に、グリーンは淡々と指示を出す。

 ゴーリキーは体中に力を漲らせて雄叫びを上げると、かいりきポケモンは更に威圧感を増す。エレブーは恐怖で後退りするが、勇気を出して何とか途中で踏み止まる。

 最後の希望としてアキラに目線で必死に訴えるが、非情にも彼は首を縦に振ってくれなかった。

 

「――辛いと思うけど、チャンスが来るまで()()してくれ」

 

 他人が聞いたら無責任な台詞だが、彼の狙いを危機的状況故かエレブーは素早く把握する。

 だけど、それでも怖いものは怖い。

 極力痛い思いをせずに上手いことこの場をやり過ごす方法をエレブーは考え始めたが、その前に力み終えたゴーリキーが真っ直ぐ突っ込んできた。

 腰に”けたぐり”を叩き込まれ、でんげきポケモンの体はくの字に曲がって吹き飛ぶ。

 

「続けて”からてチョップ”!!」

 

 追撃に容赦の無い手刀が襲い掛かる。エレブーは頭を抱えて体を丸めた状態で受けるが、持ち前の打たれ強さで何とか耐える。すぐにゴーリキーは、空いた片腕からも”からてチョップ”を繰り出してきたが、それも堪える。しかし、それで攻撃は止むことはなく、今度は両腕を交互に動かして連続で”からてチョップ”を振り落とし始めた。

 

「まずい…大丈夫かな」

 

 逆転の切っ掛けが掴めるまでは一方的な展開になるのは予想してはいたが、これほど強烈な攻撃なのをアキラは想定していなかった。この猛攻にエレブーが耐え切らなければ全て水の泡だ。

 ゴーリキーのあまりにも強烈な猛攻に、アキラはエレブーの打たれ強さを過信したのが間違いだったのでは無いかと思い始めたが、すぐにその考えは掻き消した。

 

 ボールに戻さなかったのは、性格を修正する以外にもエレブーなら絶対に耐えてくれると信じているからでもある。トレーナーである自分がこうすると決めて、成功を信じていなければ誰が信じる。それにエレブーは、ミニリュウでも耐え切れなかったカスミのスターミーの猛攻にも耐え抜いて、最終的には勝利に貢献したのだ。今回もこの猛攻に必ず耐えてくれる筈だ。

 当たり所さえ悪くなければの話ではあるが。

 

「何をやっているゴーリキー! 早く片付けろ!!」

 

 アキラがエレブーが耐えるのか耐えないのかヒヤヒヤしているのに対して、グリーンは楽勝と思った相手が一向に倒せそうにないことに苛立っていた。

 ”からてチョップ”の猛攻をエレブーが思った以上に耐えているのに、ゴーリキーは焦っていた。集中力が散漫になってきたことで”からてチョップ”の威力と狙いは、打ち込み始めた時と比べると格段に落ちてきている。一旦休ませるべく手を止めたいが、主人であるグリーンの指示無しで勝手にその様な行動を取るのは許されない事だ。

 その為ゴーリキーは攻撃を続けるが、彼のトレーナーは攻撃の勢いが衰えていることに全く気付いていなかった。

 

 連続攻撃を仕掛けてそろそろ一分近くが経過するが、それでもエレブーは丸くなったままで力尽きる様子は無い。ゲンガーと言い、このエレブーと言い、アキラが連れているポケモンは変わっているのが多い。

 このまま耐え続けても逆転の可能性は考えにくいのだが、何を狙っているのか焦っているグリーンには全く見当がつかなかった。

 

 その時だった。

 

 絶え間なく連続で手刀を振り下ろしていたゴーリキーが、突然グリーンの視界から消えた。

 

「――なんだと?」

 

 突然の出来事に一瞬だけ目を疑うが、答えはすぐ目の前に出た。

 

 

 上からゴーリキーが降って来たのだ。

 

 

 何故ゴーリキーが落ちて来たのか、グリーンは訳が分からなかった。

 あまりに不可解過ぎる。

 しかし、謎の答えもまた目の前にあった。

 

「よしいけぇエレット! 必殺の倍返しだ!!!」

 

 機は熟した。

 待ち望んでいた展開になったのを理解したアキラが声を上げると、エレブーも同調するかの様に両腕を振り上げながら雄叫びを上げ、ゴーリキーに襲い掛かった。

 今のエレブーには、先程まで浮かべていた怯えの表情は無い。

 正気なのか疑いたくなる白目に、その目は変わっていた。

 

「受け止めろ!」

 

 咄嗟に受け止めるように命じるが、エレブーが倍返しで放つお返しのチョップは受け止められる様な代物では無かった。呆気なく両腕を交差させたガードは破られて、打ち込まれた一撃にゴーリキーは悶絶するが、休む間もなく今度は高々と蹴り上げられた。

 ほぼ万全の状態であったカスミのスターミーでさえ、”がまん”が解かれたエレブーを止めることは出来なかった。こうなってしまってはエレブーを止めることは、アキラが知る限りでは誰にも出来ない。

 

 これで五分だと、アキラはエレブーの勝利を確信する。

 宙に打ち上げたゴーリキーに飛び付き、空中で勢いを付けて地上目掛けてエレブーは投げ飛ばそうとしたが、ゴーリキーはしがみ付いて離れようとしなかった。

 

「あれ? どうなってる?」

「いいぞゴーリキー! そのまま”ちきゅうなげ”だ!」

 

 離れないゴーリキーにアキラは呆然とするが、グリーンはこの状況を利用して逆転を賭けた”ちきゅうなげ”をゴーリキーに命じた。

 突然エレブーが凶暴になってやられかねない状況に追い込まれたが、思いもよらないチャンスが巡ってくれた。これを逃す手は無いのはゴーリキーも考えていたので、考えが一致した主人の命令にかいりきポケモンは素早く対応する。

 

 エレブーは力任せに投げ飛ばそうとするが、ゴーリキーは意地でも離れようとしない。そして二匹が組み合ったまま地面に落ちるか落ちないかのところで、ゴーリキーは力を込めてエレブーを地面に叩き付けた。

 

 その瞬間、グリーンはゴーリキーが勝ったのを確信する。

 ところが、”がまん”が解かれたエレブーの力は、彼の想像以上だということを思い知らされることとなった。

 

 叩き付けられたかの様に見えたエレブーだったが、直前に両足を伸ばして力強く地面を踏み締めてダメージを大幅軽減すると、体の一部を握ったままで離れていないゴーリキーを逆に地面に叩き付けたのだ。

 これには勝利を確信していたグリーンと、逆手に取られて焦っていたアキラも唖然とする。

 逆”ちきゅうなげ”とも言える攻撃で背中から叩き付けられたゴーリキーは、そのまま伸びてしまい、エレブーは荒々しく勝利の雄叫びを上げる。

 

「くそ、戻れ! ゴーリキー」

 

 悔しそうに舌打ちをして、グリーンはゴーリキーをボールに戻す。

 予想外の展開が続いているとは思っていたが、まさかこうも呆気なく倒されるとは微塵も考えていなかった。何とか悪い流れを断ち切ろうと次に彼が出したのは、先程ゲンガーと戦ったゴルダックだった。

 

「ゴルダック、”ねんりき”であいつの動きを封じて時間を稼ぐんだ!」

 

 この時グリーンは、エレブーが突然強化された理由が”がまん”なのに気付いていなかったが、何らかの要因があると考えて少しでも反撃の糸口を探るべく時間を稼ごうとする。

 

 しかし、エレブーは新しい標的を見つけるや”でんこうせっか”のスピードを活かして、その勢いのままに躍り掛かる。そして眼球が飛び出したのでは無いかと錯覚するほどの勢いで、強烈なラリアットをゴルダックの顎に打ち付けた。

 実際に眼球は飛び出さなかったが、あまりの威力にゴルダックの息は一瞬止まる。

 そのままあひるポケモンは仰向けに倒れるが、流れるように腹部にエレブーの肘打ちを受けると溜め込んだ息を漏らして力尽きた。

 

「バ…バカな…」

「これは…流石に予想外過ぎる…」

 

 僅か数分で立て続けに二匹をエレブーに倒されて、今度こそグリーンは動揺を隠せなかった。カスミもグリーンと同じく”サイコキネシス”で動きを封じようとしたが、”でんこうせっか”で先制されて意味を為さなかった。”がまん”が解かれたエレブーの力が、どれだけ恐ろしいものなのかをアキラは改めて実感する。

 

 これで残りのポケモンの数は四対三。

 数の上では有利に立つことが出来たが、レッドと同等の実力を持っている彼がこのまま何もせずに終わるはずは無い。アキラが気を引き締めている間、グリーンは何とか気持ちを落ち着かせて、目の前のエレブーを倒す方法を考えていた。

 

 ゴルダックが倒された今、彼の手元で戦えるポケモンはリザードにピジョット、そしてストライクの三匹だ。内二匹はひこうタイプが混ざっているため、でんきタイプのエレブーには不利だ。

 尤も今のエレブーに、タイプ相性は関係無さそうに見えるが万が一も考えられる。

 そうなるとあまりやりたくない消去法で選ぶことになるが、リザードで行くしかない。

 

 バトルをする前、確かに自分は挑んできたアキラのことを以前抱いた印象のままで侮っていたことは認める。既に二匹やられてしまっているが、ここからは一切容赦はしない。勝つのは自分だと意気込み、祖父から授かったポケモンの進化系であるリザードを出す。

 

「リザード! ”リフレクター”だ!」

「”リフレクター”?」

 

 飛び出してすぐにグリーンが命じた技にアキラは疑問を抱く。

 彼のイメージからすれば、”リフレクター”はエスパータイプが使う様な技だ。それをリザードが覚えることが出来るものなのか。疑問を抱くアキラを余所に、リザードは素早く物理攻撃を防ぐ壁を炎で形成する。

 エレブーは壁が作られたことに気付いていないのか、リザードに飛び蹴りを仕掛けるが鈍い音を響かせて”リフレクター”に防がれる。勢いを付けて放った蹴りが防がれてしまった影響か、衝撃と反動でエレブーは体のバランスを崩すと、グリーンは続けてリザードに技を指示した。

 

「”ほのおのうず”で奴の動きを封じろ!!」

 

 僅かな隙も見逃さず、リザードは目の前に張った”リフレクター”では守られていない範囲から”ほのおのうず”を放つ。反応が遅れたことで、エレブーはそのまま渦巻く炎に包まれてしまう。

 すぐに脱出しようともがくが、拘束力が強いのか体をくねらせるだけで身動きが出来なくそのまま炎に焼かれる。

 

「エレット! 頑張って耐えてくれ!」

 

 ”ほのおのうず”は一定時間の間相手の動きを抑える拘束技であるため、身動きができないのは当然であり、逃れさせようにもボールに戻すこともできない。

 彼からエレブーの姿を見ることはできるが、炎越しであるため黒焦げになっているかのように真っ黒に見える。やられていないか心配だが、今彼ができることはエレブーを応援して少しでも持ち堪えさせることだけだ。

 

 一方のグリーンは、”ほのおのうず”がエレブーを抑えている時間を使ってエレブーの攻略、残るアキラの手持ちに対する対処法を考えていた。

 彼のジム戦は見ていたので、まだ出していない三匹の内二匹はミニリュウとサンドなのは予想できていたが、残りの一匹が彼にはわからなかった。

 

 あれから二週間以上は経っているのだ。自分同様に、新しい手持ちを加えていると考えるのが自然だ。

 ゴーリキーとゴルダックがやられた今、もしいわタイプのポケモンをバトルに出されでもしたら苦戦は必至だ。

 

 目まぐるしい勢いで、グリーンは目の前の戦いとこれから行うであろうバトルの戦略を練り直すが、エレブーを包んでいた炎の勢いが弱まった。

 効果持続時間を過ぎたのか、弱まった”ほのおのうず”の中から体の至る箇所に煤の跡を残したエレブーが、リザード目掛けて突っ込んできた。だが”リフレクター”の効果がまだ持続していたことで、直線的に迫ったエレブーはまたしても壁に弾かれた。

 

「”でんこうせっか”で後ろに回り込め! 後ろはがら空きだ!」

 

 ”ほのおのうず”の所為で、まだ”リフレクター”があったことを見落としていたアキラだったが、すぐに壁が張られていない後ろに回り込むようにエレブーに伝える。

 今のエレブーはちょっとした暴走状態だ。

 なのでこちらの指示に従ってくれるのか不安だったが、聞こえていたのか一瞬にしてエレブーはリザードの後ろに回り込む。

 

「しまった!」

「いけぇ!!!」

 

 リザードは急いで防御の姿勢を取ろうとするが、エレブーが仕掛けたパンチの方が速かった。

 一撃で倒されなくても大ダメージなのは確実。

 やられるのをグリーンとリザードは覚悟し、アキラはまさかの三タテに期待を抱く。

 

 が、何故かリザードの顔に当たる寸前のところでエレブーの拳は止まった。

 

「………どうした?」

 

 さっきまでの切羽詰まった状況から一転しての静寂にグリーンは目を疑う。

 あのまま攻めていれば、リザードは手痛い攻撃を受けていたのに、そのチャンスを放棄する理由がわからなかった。しかし、エレブーのトレーナーであるアキラはすぐに事情を察した。

 

 時間切れだ。




アキラ、グリーンに勝負を挑む。そしてエレブーまさかの大暴れ。
ようやくある程度手持ちに慣れた状態でのバトルに漕ぎ着けることが出来てホッとしてます。
初期のグリーンはゲームでのライバルにあった嫌味な一面があるから、今の大人な彼の態度を知っていると少し驚く。

バトル描写は色んなポケモン作品は勿論、独自解釈やオリジナル要素も織り交ぜて書いていきます。
後、使用する技も今は覚えない技でも初代などでは覚えられるのなら覚えることができると解釈しています。


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問題児達の進撃

 さっきまで押せ押せと言わんばかりの圧倒的な快進撃を続けていたエレブーだったが、”がまん”で溜め込んでいた力をリザードに大打撃を与える前に切らせてしまった。

 

 何気にあれだけ勢いがあった攻撃を綺麗に寸でのところで止めるのは凄いが、今はそれに感心している場合では無い。”がまん”が解かれると、エレブーはしばらく無敵とも言える力で暴れまくるが、一定時間が経過すると元の臆病な性格に戻ってしまう。

 時間切れによってエレブーの目は白目から元の目に戻っており、気まずそうな色を帯びている。

 そしてその気まずさは、互いのトレーナーにも波及していた。

 

 先程の騒ぎから一転しての突然の静寂にアキラにグリーン、彼らのポケモン達さえもその雰囲気に沈黙してしまう。

 空気に文字は無い。

 だけど何故か動いてはいけない。

 そんな気がしていたのだが、エレブーだけは空気を読まずに固まった姿勢のまま滑る様にリザードから離れようとした。

 

「”きりさく”」

 

 何も考えずにグリーンは淡々と命ずると、素早くも同じ様に淡々とした動きでリザードは鋭い爪で的確に相手の急所を切り裂く。

 既にゴーリキーの猛攻を受けてダメージを蓄積していたエレブーに、急所を狙われて耐えられる程の体力は無く、でんげきポケモンはそのまま力無く倒れた。

 

「ご苦労エレット。大健闘だったよ」

 

 倒れてから動かないのを確認したアキラは、労いの言葉を掛けながらエレブーをボールに戻す。一匹でも倒せれば御の字だと思っていたが、予想を覆して倒したのはまさかの二匹、それも相手はグリーンのポケモンだ。

 臆病な性格さえ矯正できれば、秘めている力を存分に発揮できる筈なのだから色々と惜しい。

 

 これで今アキラに残ったポケモンは三匹だ。

 総合力は手持ちの中でトップクラスだが、ロクに言うことを聞かないミニリュウ、同じく言うことを聞かない上に実力は未知数のブーバー、残った中で唯一こちらの指示を完全に受け入れてくれるけれど、他の二匹と比べると力不足のサンド。じめんタイプの”あなをほる”を覚えていたらサンドで行きたいところだが、残念なことに覚えていない。

 となると言うことは聞かないが、恐らくグリーンの最強ポケモンであるリザード相手に有利に戦えるミニリュウを選択するのが自然の流れだ。

 だけど、やり過ぎずに戦ってくれるかが不安であった。

 

 戦う気満々なのはさっきから自己主張しているのでわかるが、そのやる気が彼には逆に不安だ。

 リザードを戦闘不能に追い込んだとしても、倒すだけでは飽き足らず無用な追い打ちをしたり、トレーナー自身を狙うかもしれない。普通のポケモンならそこまではやらないが、ミニリュウならやりかねない。

 

「リュット、お前がリザード相手に負けるとは思っていないが、ちゃんと俺の言うことを聞いてくれるか?」

 

 ボール越しにひそひそ声で尋ねるが、ミニリュウは露骨に嫌そうな反応を見せる。

 初期の空気扱いの無視に比べるとこれでもかなり進歩した方だが、この様子ではまともに言うことは聞いてくれないだろう。

 この世界に来てから何度目かわからない陰鬱な気持ちになるが、もう慣れてしまったアキラは何時もの様にミニリュウに任せつつアドバイスを伝えようかと考えたが、直前にあることを閃いた。

 

「リュット、一つだけ。一つだけで良いから俺が今から言うことをボールから出たらやってくれないか?」

 

 アキラの頼みにミニリュウは面倒そうに顔を背けるが、それでも彼は話を続けた。

 

「その一つだけやってくれたら、後は何時もの様にお前の好きに戦っていいから、頼む」

 

 ミニリュウならリザードを確実に倒せる。

 不確定ながらも、アキラはそう算段を付けていた。

 出来る限り後続と戦う時までにミニリュウの消耗を減らしたいが故の頼みだったが、彼の言葉にミニリュウは目線だけを向けると、嫌そうながらも頭を振る仕草をした。

 これは最近よく見られる、こちらの考えや話を受け入れた時にする仕草だ。

 

「ありがとうリュット。それでボールから出たらやって欲しいことなんだけど――」

 

 グリーンを待たせてしまっているが構わない。

 アキラはやって欲しいことを伝えると、ミニリュウは適当だが了承の意を伝える。

 切り札には切り札、エースにはエースだ。

 

 そして彼は、自身の手持ち最強のポケモンであるミニリュウをボールから放った。

 飛び出したミニリュウは宙に浮いている間に、目の前にいるリザードを敵と認識するとアキラの頼みを実行するべく口元を光らせる。

 

 ミニリュウが飛び出したのを目にして、グリーンは自然と気を引き締めた。

 アキラにはニビジムでの戦いを「酷い」と評してはいたが、相性の悪い技で挑みながらもサイホーンを追い詰めた強さは嫌でも認めざるを得なかった。

 いわタイプだったから耐えられただけで、他のタイプのポケモンならあの狂ったような猛攻には耐え切れない。言うことを聞いてくれているようになっているかどうかはわからないものの、強くなっていることは確実と見ていた。

 

「用心しろリザード、奴は――」

 

 伝える前にグリーンは、直感的に勝敗が決してしまうような嫌な予感を感じ取った。

 そして、それはすぐに当たった。

 ミニリュウはボールから飛び出して間もないにも関わらず、いきなり口から雷状の光線を放ってきたのだ。

 

「避けろッ!!」

 

 咄嗟の反射的な指示だが、リザードも反射的に横に跳んで自分目掛けて飛んできた光線を躱す。放った攻撃が避けられたのを見届けたミニリュウは、着地するとすぐに不機嫌そうな目付きでリザードに飛び掛かる。

 

 追撃に振るわれた尾はリザードの横腹に叩き付けられるが、勢いが弱かったのか衝撃で体はくの字に曲がっても吹き飛ぶことは無かった。

 それどころか逃がすまいと爪が食い込むほどの力で、ミニリュウの尾を掴んでいた。

 

「”かえんほうしゃ”!」

 

 体内で圧縮した灼熱の炎をリザードは放つが、ミニリュウは上体を大きく後ろに仰け反って”かえんほうしゃ”を避ける。それだけに留まらず、這う様に素早く体を捻らせてリザードに巻き付くと締め上げ始めた。

 

「いいぞリュット、そのまま力尽きるまで抑え続けるんだ」

 

 本当は”でんじは”でリザードの動きを鈍らせてから攻撃をする作戦だったが、こうなったら後はミニリュウに任せていれば勝てる。

 尾による打撃や光線技が目立ってはいるが、ミニリュウは締め上げる力もとても強い。

 レッドと一緒にハナダジムで特訓をやっていた頃、不興を買って怒らせてしまった時に一度だけアキラはやられた経験がある。正直に言うと尾や光線技の直撃で受ける一撃の痛みよりも、この締め上げることによる継続的な痛みの方が彼にはきつかった。

 

 今目の前でリザードは必死に逃れようともがいているが、ミニリュウの力を考えると独力で強引に離れることは難しい。締め上げる力も離れていても軋む様な音が聞こえる程で、リザードはじわじわと追い詰められていた。

 

「リザード、噛み付いたり爪を立てたりと少しでも隙を作るんだ!」

 

 このままならほっといてもミニリュウはリザードを倒すが、グリーンは黙ってやられることは許せなかった。彼の指示にリザードも負けまいと爪と牙をミニリュウの体に食い込ませたり、尾の先端の炎を押し付けたりとして死に物狂いで抵抗する。

 リザードの執念はドラゴンポケモンの固い体皮を貫き、肉の焼ける痛みと重なる。

 ダメージとして見れば大したものでは無いが、痛みから見るとかなりの激痛にミニリュウは締め付ける力を緩めた。

 

「その距離から”かえんほうしゃ”を浴びせてやれ!」

 

 後一押しと判断して、リザードは噛み付いたままのゼロ距離でミニリュウに”かえんほうしゃ”を放つ。タイプ相性では、ドラゴンタイプのミニリュウにほのおタイプの技のダメージは薄いが、流石にここまでやられたらこれ以上締め付け続けるのは危険だ。

 火だるまに近い状態から、ミニリュウはすり抜けるようにリザードと炎から離れる。

 

「逃がすな!! ”きりさく”!!!」

 

 敵が背を見せると言うまたとないチャンスに、グリーンはすぐに追撃を命じた。

 素早くリザードは立ち上がり、さっきまで倒れていたとは思えない俊敏な動きでミニリュウの無防備な背中を切り裂く。小さいとはいえ、蓄積したダメージと合わせると致命的なダメージに成りかねなかったが、一瞬フラつくだけで持ち堪えた。

 

「もう一度”きりさく”だ」

「リュットまだ後ろにいるぞ!」

 

 耐えるミニリュウの姿にグリーンは悔しそうに舌を打ち、もう一度同じ指示を伝えるがアキラもまた状況を伝える。

 リザードはさっきの攻撃で決めるつもりだったのか、踏み込んだような姿勢のままだ。

 背中を切り裂かれてからミニリュウは歯を食い縛る様に堪えていたが、自身を攻撃した張本人がまだ後ろにいることを知った途端、顔は怒りと狂気に満ちたものに変わる。

 

 倒し切れなかったリザードは、不安定な姿勢を立て直すと改めて鋭い爪でミニリュウを狙う。

 しかし攻撃を仕掛ける前に、強い衝撃と閃光に似たものが視界に溢れるのだった。

 何が起きたのか考えようとするが、急に思考が定まらなくなる。

 平衡感覚も狂っているのか、体が宙を漂うなような感覚にリザードは戸惑う。

 頼みの視界も、閃光に溢れてから明瞭に見えない。

 全く訳が分からないままリザードは再び強い衝撃を感じた途端、不安定だった視界は真っ暗になった。

 

「ウソだろ……」

 

 リザードは何が起きたのかわからなかったが、離れた位置にいたトレーナー達はミニリュウの猛烈な攻撃を目の当たりにしていた。

 振り向くと同時に攻撃を仕掛けるのは、ミニリュウが得意としていたやり方だが、今回は何時もの尾では無く頭突きにも似たヘッドバットをリザードの頭に叩き込んだのだ。インパクトのある一撃でリザードが宙を舞っているところに、跳び上がったミニリュウは”こうそくいどう”で加速したことで威力が増した必殺の”たたきつける”を打ち付けた。

 

 土が舞い上がる程の勢いでリザードは地面に叩き付けられ、砂埃が晴れると白目を剥いた倒れている姿を晒す。

 こうも呆気なくやられてしまったことにグリーンは唖然とするが、リザードを倒したミニリュウは余程腹が立っているのか、もう戦えないにも関わらず死体蹴りを敢行しようとする。

 

「ちょっと待てッ!! それはいくらなんでもやめろ!」

 

 すかさずアキラは、ダイビングタックルでミニリュウを取り押さえて死体蹴りを阻止する。

 最初は押さえられるのに抵抗するが、苛立ったミニリュウは標的を彼に変える。

 突き上げるかの様に彼の顎に頭突きを見舞い、よろめいたところすかさず”たたきつける”を彼の腹部に叩き込む。「ギエプッ!」と彼はまた変な呻き声を上げるが、散々やられている経験が功を奏したのか、頭を地面に打ち付けない様に身を守ることはできた。

 

「もう勝負はついているんだから、それ以上やる必要は無いだろ」

 

 体をフラつかせながらアキラはミニリュウにそう伝えるが、ドラゴンポケモンは聞く耳を持たず、彼で憂さ晴らしをしようと飛び掛かる。

 試合そっちのけで揉めている彼らを余所に、グリーンはリザードをボールに戻すが、今にも砕いてしまいそうな力でボールを握り締める。

 さっきのエレブーの二タテは単なるまぐれだと思っていたが、本格的に追い詰められてきた。自分自身と手持ちの不甲斐無さに腹の中が煮えくり返るような怒りを感じるが、ボールの一つが突然揺れた。

 揺らしたのは、とある地方で修行時代を共に過ごし、ある意味彼にとってはリザード以上に相棒と呼べるポケモンだった。

 

「ストライク……」

 

 ボール越しではあるが、ストライクの目は決意の色だけでなく何かも訴えていた。

 意味を考えている内にグリーンの頭は冴えていき、徐々に落ち着いてきた。

 ポケモントレーナーとして何年も修行を積んだにも関わらず、素人同然の新人にこうも手持ちを打ち負かされるのはプライドが許さないが、まだ負けた訳では無い。

 目を閉じて気持ちを静めると同時に、彼は冷静にこの後にやる戦いの流れを組み立て始めると目を見開いた。

 

「ストライク、お前に託すぞ!」

 

 あれだけ体が焦げているなら、”やけど”による能力低下やダメージが見込める。

 グリーンはこのバトルの勝敗、流れを変えるのをストライクに託す。

 一方のアキラの方は如何にかミニリュウを宥めていたが、彼の呼び掛けからストライクが来るのを知る。詳しくは知らないが、原作ではストライクの進化形であるハッサムはリザードンよりもグリーンとは深い関わりがある描写が目立っていたのは覚えている。

 

「リュット、リザード並みに手強いのが来るから構えていた方が……」

 

 一応警戒することを促すが、彼が伝えるまでも無くミニリュウはアキラに八つ当たりすることを止めて既に構えていた。

 何時でも来いと言わんばかりの体勢であったが、開いたボールから飛び出したのは明確に姿が認識できない程のスピードで突っ込んでくる”何か”だった。ミニリュウも予想外のスピードに何も対応出来ず、気付いたら先程のリザードの様に体は宙に打ち上げられた。

 

「”こうそくいどう”で素早さを高めながら一気に攻めろ!!」

 

 高速で移動する何かは急なカーブを描き、宙を舞うミニリュウへと戻る。

 打撃的な攻撃で打ち上げると、また方向転換をして同様の攻撃を加えてくる。

 アキラは如何にかしたい一心で攻略する術を考えるが、方向を変えるために動きが緩められる瞬間でも敵の姿はハッキリ見えなかった。

 お手玉にされてるミニリュウは、”りゅうのいかり”を高速で移動する何か目掛けて放つが、狙った時点で既に対象はいない有り様だ。

 

「これはまずいな…」

 

 この一方的な状況を打開するには、直接攻撃を当てるより相手のリズムを崩した方が良さそうだとアキラは考える。しかし、良いアイデアが全く浮かばない。

 

「外れても周りに影響を与えるような――”はかいこうせん”を地面に放つとか?」

 

 独り言なので呟くくらいの小さな声ではあったが、彼の考えは猫の手を借りたいまでに追い詰められていたミニリュウの耳に届いていた。

 すぐさまやられっ放しのドラゴンポケモンは、体をしならせて跳ね上がると同時に先程まで自分がいた場所目掛けて”はかいこうせん”が放ち、眩い閃光と強烈な爆風に揺れを引き起こした。

 

 その衝撃の強さはアキラが望んだ通り、離れた位置にいる両トレーナーのバランスが崩れる程の強烈なものだった。

 ところが、衝撃が周囲に広がるにつれて予想外の問題も生じた。

 

 衝撃の影響で土埃が舞い上がり、視界が悪くなってしまったのだ。

 

 位置的にトレーナーである彼は土埃の影響をモロに受けていたが、ミニリュウは宙にいた為、土埃の影響下からは免れていた。土埃に変化が無いところを見ると、狙い通り衝撃で相手の足を止めることには成功したと見えるが、これでは反撃ができない。どこからか風が吹き始めたおかげで徐々に土埃は晴れ始めて、アキラはミニリュウがまだ宙にいることを確認する。

 ところが、同時にとんでもないものまで確認してしまった。

 

「上だリュット!!!」

 

 声を張り上げると同時に、ミニリュウは自身の周りが暗くなったのに気付く。

 ”はかいこうせん”を放った反動で体を思うように動かせないが、首と目を僅かに後ろに向ける。

 目に映ったのは太陽を背に羽を羽ばたかせながら宙を舞い、鎌のようなものを振り上げている見たことの無いポケモンだった。

 

「”きりさく”!!!」

 

 絶好の機会に、グリーンは太陽を背にしたストライクに”きりさく”を命じる。

 命じられたと同時に、かまきりポケモンは鎌を振り下ろしてミニリュウを切り裂く。

 

 痛みが切られる感覚より遅れてやって来る見事な一撃。

 加えてリザードの時と違って、急所に当てられたのか意識が遠くなる。

 切り裂かれた時の感覚から相手がストライクなのを悟るが、反撃しようにもまだ体が動けない。

 重力に従って無防備な体は落ちていくが、それでもミニリュウは諦める気は無かった。

 一方のストライクは、急所に当てたにも関わらず勝利を確信していないのか、両腕の鎌を交差させて再び接近する。

 

「終わりだ。”いあいぎり”!」

 

 交差させていた両腕を勢いよく引き、ストライクは強固なミニリュウの体皮を再び切り裂く。

 更に落ちていくミニリュウを踏み台にして飛び上がり、最後にドラゴンポケモンを地面に叩き付ける。

 

 もう動けまいとグリーンとストライクは警戒しながら確信したが、その考えはすぐに破られた。

 動けなくなっていてもおかしくない程の傷を負っているにも関わらず、ミニリュウはゆっくりと体を持ち上げたのだ。

 

 ただの強がりではない。

 まだ戦うつもりなのが、ストライクを見据える目が何よりも語っていた。

 痛みを全く感じていないのでは無いかと思えるタフさ、異常に見えるがかまきりポケモンは静かに鎌を構える。

 しかし、ミニリュウが再びストライクに挑んでくることは無かった。

 

 不意に投げられたボールに、ミニリュウは吸い込まれたのだ。

 ボールは投げた張本人であるアキラの手元に戻り、彼はミニリュウの入ったボールを腰に取り付け直した。グリーンは交代と見たが、アキラの方はこれ以上戦わせるつもりは無かった。

 強がりでは無く一矢報いるべく起き上がったのは、それなりに一緒に過ごしてきたからわかる。けど弱った状態で続けさせても、何も出来ずにやられる可能性の方が高かったので、彼はミニリュウをボールに戻したのだ。

 

「文句なら後でいくらでも聞くから落ち着いて」

 

 ボールに戻したことにミニリュウは不服なのか頻繁に揺らすが、何時もと比べると大分弱い。

 命が関わるかもしれない状況なら死力を尽くして戦うのは理解できるが、負けたら小遣いが減る程度のただのトレーナー戦でも同じ様に戦うのだから困る。

 もう少しミニリュウについてカスミと相談すれば良かったが、過ぎてしまったことは仕方無い。問題は山積みだが、今は目の前で繰り広げられているバトルが優先だ。

 

「さて、次はどうしようか」

 

 相手はリザードと遜色が無いどころか、それ以上の強さのストライクだ。

 しかも”こうそくいどう”を使って素早さを上げている為、とんでもなく速い。

 まともに対抗できそうなのは、残った二匹の中ではむしタイプに相性の良いほのおタイプであるブーバーしかいない。

 

 だけど、ブーバーは付いて行く意思はあるのに言う事を聞かないが、目立った問題(さっきの自転車乗っ取りは除く)は起こさないなど謎が多過ぎる。

 流石にバトルを仕掛けられると応じるが、それ以外には興味すら示さない。

 今回も素直に言うことを聞いてくれる可能性は低いが、下手に口出しするよりは好き勝手にやらせた方が好都合かもしれない。

 

「よしバーット、今日はお前の初の初陣だ。相手は姿が見えないくらいのスピードで動くだけでなく、両腕の鎌で攻撃してくる。気を抜かずに頼むぞ」

 

 定番になったボール越しからのアドバイスを伝えるが、ブーバーは既に対戦相手であるストライクに意識が向いていた。

 手にしているボールが若干熱いのを見ると、気が高ぶっているのかもしれない。

 

「行ってくれ」

 

 ボールが開かれると、中から燃え滾る炎が具現化した存在と言っても過言では無いブーバーが召喚されて静かに着地した。

 見たことが無いポケモンであったため、グリーンはポケモン図鑑を開いてブーバーのデータを取ると同時に詳細を調べた。今のストライクは”こうそくいどう”で素早さが高まった状態ではあるが、相手は相性の悪いほのおタイプ、しかも彼が連れているポケモンだ。

 スピードで翻弄することは出来るだろうが、それでも油断はできない。

 念には念を入れるべきと判断した。

 

「ストライク、”つるぎのまい”」

 

 グリーンからの指示に、ストライクは両腕の鎌を交差させる形で胸の上に乗せると回り始めた。

 ”つるぎのまい”は”こうそくいどう”と同じ、使用したポケモンの能力を大きく上げる代表的な変化技だ。ゲーム経由ではあるものの、技の効果と発揮された時の脅威はアキラも知っている。

 

「バーット、ボーっと立っていないで”かえんほうしゃ”!! 早く倒さないとまずい!」

 

 ところが危機的状況であるにも関わらず、ブーバーは構えはするが、技の指示は無視して静かに舞いを続けるストライクを睨む。

 やがて舞い終えたストライクは、体中から感じる血が滾る様な溢れんばかりの力を試したくてウズウズしていた。

 

「よし、今なら確実に行ける。”きりさく”だ!!!」

 

 待ち望んだ命令に、ストライクは”こうそくいどう”で限界値まで上がったスピードでブーバーに突っ込んだ。当然目で追えるスピードでは無いため、アキラには空気を払う様な鋭い音が耳に入るのが限界で、ストライクの姿は全く見えない。

 ”つるぎのまい”で攻撃力が上がっている状態での”きりさく”だ。当たればブーバーどころか、万全のミニリュウでも危うい。

 やられたと言う考えが頭を過ぎったが、現実は違っていた。

 なんと鎌が振るわれる寸前にブーバーの上半身が消えたのだ。

 

「なにっ!?」

「ホントかよ!?」

 

 ほんの一瞬だけ斬り飛ばされたと錯覚したが、ブーバーは上体を後ろに曲げることでギリギリでストライクの”きりさく”を避けていたのだ。更に体を曲げたブーバーはそのまま両手を地面に付け、両手両足に力を込めてると体を跳ね上がらせた。

 

「逃がすな!」

 

 驚きはしたが、無防備な宙にいる今こそチャンスだ。

 けれど躱された影響なのか、ストライクは中々自身が出した勢いを抑えられなかった。

 鎌を地面に突き立てて強引に減速と方向転換を行い、ブーバーがまだ宙にいることを確認したストライクは弾丸の如きスピードで襲い掛かった。

 

「振り向き際に”ほのおのパンチ”!!」

 

 勝てるかもしれない期待感が湧き上がり、アキラはブーバーに繰り出す技を指示する。

 攻速が極限までに高まっているあのグリーンのストライクの攻撃を躱しただけでも十分だと思っているので、この際ブーバーが言うことを聞こうが聞くまいが関係無かった。

 彼の指示に応えてくれたのか、ブーバーは両手に炎を纏わせると自身に一直線に迫るストライクの顔面に裏拳で打ち付けた。吹き飛びはしなかったが、顔面に直撃させたのは大きかったようで、ストライクの体は糸が切れた様に落ちる。

 

「チャンスだ! ”かえんほうしゃ”!!!」

 

 言われるまでも無く巡って来た好機に、ブーバーは空中で体を捻って体勢を安定させると止めの”かえんほうしゃ”を放つ。タイプ相性を考慮すれば、当てれば確実に戦闘不能に追い込める。

 ところがこの追い詰められた状況で、グリーンは思いもよらない指示をストライクに命じた。

 

「”つるぎのまい”で防ぐんだ!!」

「えっ!? ”つるぎのまい”で防御!?」

 

 ”つるぎのまい”は、ポケモンの能力を引き上げる変化技だ。

 それを本来とは異なる使い道、つまり防御に活かす芸当はアキラからすれば考えられない。と言うかイメージが全く湧かなかった。

 しかし、ストライクが次に取った行動は、彼の想像を超える物だった。

 

 空中で体勢を立て直したストライクは、迫る炎に向き合うと目にも止まらない速さで舞うように両腕を動かす。完全にとまではいかなかったが、まるで炎を切り裂くかの様にブーバーが放った”かえんほうしゃ”を跳ね除けたのだ。予想外過ぎる防ぎ方に彼は勿論、ブーバーも動揺する。

 こんなことがあり得るのか。

 

「”きりさく”!!!」

 

 目に映った光景が信じられなく、グリーンとストライクの動きに対しての対応が遅れた。

 空中で身を翻したストライクは、片腕の鎌を振り上げる。

 当然ブーバーも攻撃が来ることを察していたが、空中でバランスを立て直すのは困難だった。

 何とか体を向き合う形に持って行くも、それは逆に良くない行動であった。

 正面に転じた瞬間、左肩から右腰までを一直線に深く斬り付けられた。

 

「バーット!!!」

 

 渾身の一撃を受けたブーバーは、体から力が抜けた様に地面に落ち、そのまま再び立ち上がることは無かった。

 勝てるかもしれなかった勝負だっただけにアキラは悔しく感じるが、巧みに本来とは異なる方法で技を活かしたグリーンの完全な作戦勝ちなのを考えると負けても不思議では無い。

 続いてこのバトルを制したストライクが地面に降り立つが、肩で息をしているなど勝者とは思えないまでに消耗し切っていた。

 

「戻れストライク」

 

 これ以上継続して戦うのは無理だと判断を下し、グリーンはストライクをボールに戻す。

 残り手持ちの数的に考えると二対二ではあるが、実際は一対一の一騎打ち、次のバトルで勝負が決まる。

 気絶しているブーバーを戻して、アキラは唯一万全な状態であるサンドと向き合った。

 

「準備は良い?」

 

 サンドはボール越しに、腕に力瘤を付ける真似をしてアキラの問い掛けに力強く答えた。

 今思えば、グリーンがピジョットを自由に飛ばせていたことがこうしてバトルをする切っ掛けだった。残ったポケモンは十中八九ピジョットだろう。因縁と言う程ではないが、展開的に中々盛り上がりそうな対戦の組み合わせだとぼんやり考える。

 

「ピジョット、残ったのはお前だけだ」

 

 ストライクをボールに戻したグリーンは、最後に残ったピジョットをボールから召喚する。

 大きな翼を広げた力強い姿は、今のサンドが相手をするには荷が重過ぎる強敵だがアキラはリラックスしていた。

 負けたらお金は幾らか無くなるが、損はそれだけだ。

 普段接する中ではわからないことを、改めてこの戦いを通じて知ることが出来た。

 トレーナーとしてやっていく為の授業料と考えれば気にすることでは無い。

 それにピジョットが手強いのは確かだが、今のサンドがどれだけ格上や慣れない相手に戦えるのか試す良い機会でもある。

 

「サンット、出来る限りのことをやっていこう」

 

 投げられたボールから出てきたサンドは、ピジョットと向き合うと両腕を高く振り上げてやる気があるのを見せ付ける。

 最後の戦いの幕が、今上がった。




次回でグリーン戦は終わります。
意外とアキラが優勢ですが、現段階では八割方ポケモンの能力の高さが要因で、残りの二割の内一割は運で本人は一割しか勝敗に関わっていない認識です。
自らの技量が勝敗を左右するまでに磨くのも、今後しばらくアキラの目標です。

ゲームでの補助技とか使い道が無さそうな技でも使い方や応用次第では、本来以上の効果を発揮するのもポケスペの魅力の一つだと思います。

後どうでも良い事ですけど、昨日のアニポケでカロス四人組の中でセレナが別れ際にサトシにやった行動に理解が追い付かなくてしばらく唖然としてしていました。
ラティアス便とか曖昧な描き方とか、スタッフは遊び過ぎと言うか本気出し過ぎ。



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報われる時

 サンドは少しでも非力であるのを隠すべく、ピジョットに対して両腕を上げた状態を維持して自分は手強いぞアピールを見せ付ける。

 しかし、ピジョットは何とも思っていないのか視線は冷たいままだ。

 

「”かぜおこし”で吹き飛ばせ!」

 

 とりポケモンの翼が大きく広がり、強烈な突風が放たれる。

 吹き荒れる風にサンドは何の抵抗も無く呆気なく吹き飛び、後ろにいたアキラも突風の影響でバランスを崩し掛ける。

 

「続けて”こうそくいどう”からの”つばさでうつ”!」

 

 この時グリーンの頭の中では、呆気なく攻撃を受けたことからサンドがジム戦の時から成長していない可能性が浮かんでいた。だが既に手持ちに余裕が無いことと相手が相手なだけあって、容赦する気は無い彼はチャンスと捉えて連続でピジョットに技を命じる。

 

 吹き飛んだサンドは体を丸めることで衝撃を和らげてやり過ごすが、起き上がると同時にピジョットに翼をぶつけられる。

 強い衝撃が頭を襲うが、何とかサンドは耐えた。

 

「サンット”ものまね”!! ”こうそくいどう”を真似るんだ!」

 

 アキラの指示にサンドは頷き、高速で空を飛んでいるピジョットをしばらく見つめる。

 しばらく待つと”こうそくいどう”をコピーすることに成功したのか、”でんこうせっか”にも見えるスピードでピジョットを追い掛ける。追い掛けられていることにグリーンとピジョットは気付くが、元々の素早さに差があるので大して気にしていなかった。

 

「もう一度”かぜおこし”、それから”すてみタックル”!!」

 

 ピジョットは空中で翻ると地面から離れているにも関わらず、翼を仰ぐと再びバランスを維持するのが困難な強風を起こす。

 ”こうそくいどう”で勢いに乗っていたサンドだったが、体重が軽いことも相俟って吹き飛びはしなかったものの体勢を崩して後ろに転がる。その隙を突いてピジョットは翼を畳み、体全体を弾丸の様な姿勢に固定すると”すてみタックル”を急降下で仕掛けてきた。

 

「サンット! そのまま後ろに転がり続けろ!」

 

 ”かぜおこし”で後ろに転がっていたサンドは、指示通り体を丸めたまま力の限り後ろに転がる。

 少しでもピジョットの狙いを定めさせないようにする為だ。

 ところがピジョットは一直線に急降下していたが、柔軟に方向を変えてサンドが転がり続ける先に狙いを定めてきた。

 

「わわわサンットストップ! ストップ!!」

 

 最初に狙いを定めた場所では無く、相手の予想進路に狙いを変える柔軟性に感心しつつもアキラは慌ててサンドに止まる様に声を上げる。

 幸運なことに、サンドは彼の指示が飛ぶ前に危険を察知したおかげで、ギリギリで転がるのを止める。攻撃が外れた勢いでピジョットは体を地面に強く打ち付けるが、すぐに起き上がると近くにいたねずみポケモンを翼で打ち飛ばした。

 

 二度目の直撃にサンドはフラつくが、力強く踏み止まると右手を振り上げてピジョットに”ひっかく”を仕掛ける。

 が、とりポケモンが持ち上げた前脚の片方によって頭を抑え付けられる様に鷲掴みにされたことで、”ひっかく”は空を切るだけで終わった。

 それからサンドは抑えられながらも、何とか押し切ろうと両手両足をバタつかせて抵抗する。

 しかし、力の差が大き過ぎて虚しくも無意味であった。

 

 厳しい戦いになるとは予想していたが、ここまで手も足も出ないと如何にもならない。

 ”ものまね”は確かに優秀な技だ。

 だが他に使える技が、”ひっかく”に”すなかけ”の二つだけでは限界がある。

 それはアキラだけでなく、今必死に抵抗しているサンドも同じ気持ちだった。

 

 仲間達は皆どんな状況でも扱える小技に必殺の大技を持っているのに対して、自分だけ未だに彼らの様な技を持っていない。出来る事と言えば技を真似ることや相手を引っ掻くことだけ、たかが知れている。

 暴れるサンドが鬱陶しくなってきたピジョットは、鷲掴みにした頭を地面に押し付けてじりじりと地面にめり込ませていく。

 

 「掴んだまま飛び上がるんだ!」

 

 グリーンが命じると、ピジョットは両翼を合せれば優に二メートルは超えるであろう翼を一気に広げて、サンドを掴んだまま飛び上がる。

 サンドは足に爪を食い込ませるなど悪あがきをするが、ピジョットが羽ばたく度に体が激しく揺れるので上手くいかなかった。あまりの無力さにサンドだけでなく、アキラも歯を噛み締める。

 

 直接的な打撃攻撃では効果が薄い。

 ならば離れた距離の相手にでもダメージを与えられる飛び技が欲しいが、サンドでは目潰し程度の”すなかけ”だけだ。飛んでいる真っ最中に顔目掛けて砂を投げても、風に流されて意味が無い。

 こうして手をこまねいている間に、ピジョットはどんどん空高く飛び上がっていく。

 

 今のサンドがこの状況を打開するには、覚えている技、指示を出すトレーナーである自分を含めて力も技術も無さ過ぎる。

 やれるだけの事はやろうとお互い決めていたが、このまま何もできないままで終わってしまうのは不本意だ。

 

「サンット! 噛み付いたりでも何でもいいからとにかくダメージを与えるんだ!!」

 

 アキラは、大きな声で懸命に伝える。

 相変わらず抽象的な内容ではあったが、サンドは懸命に応えようと抵抗する。

 初めて彼のポケモンになった頃に比べれば、彼は日々の経験から少しずつ学び着実に成長してきている。それは他の仲間達も、形は違えどそれぞれ同じだ。成り行きで加わったとはいえ、周りが変わってきているのに何時までも自分が変わらない訳にはいかない。

 様々な想いが過ぎりながら最後の力を振り絞った時、サンドは自らの体の異変に気付いた。

 

 何だか徐々に体が重くなり、体が感じる風の流れの範囲が広がった不思議な感触。

 ピジョットから目を逸らして己の手を確認して見ると、殆ど無いに等しかった爪は伸び始め、背中からは棘の様な無数の突起が生えてきた。

 さっきまで感じなかった力が漲ってくる感覚にもサンドは困惑するが、今の己の姿は以前アキラがカスミの屋敷で見せてくれた自身が進化した姿に良く似ていた。

 その突然の変化は、地上にいた二人も目にしていた。

 

「何だと!?」

「サンドパン?」

 

 サンドが進化したことに見上げていた両トレーナーは驚くが、一番驚いていたのは進化したサンドパン自身だった。

 体は一回りも大きくなり、丸かった背中は刺々しい突起が無数に生えている。

 両手の爪は大きく伸びて、陽の光で刃の如く輝いていた。

 しかし、進化の余韻に浸っている時間は無かった。

 急に進化したことで体重が増加したのか、ピジョットの動きが鈍り始めたのだ。

 

「チャンスだ!」

 

 思わず口にしてしまったが、気にしていられなかった。

 爪が伸びた今ならピジョットに攻撃が届くはずだ。

 アキラとサンドパンの考えが一致した時、彼は声を張り上げた。

 

「”きりさく”!!!」

 

 アキラは勢いで思わず”ひっかく”ではなく”きりさく”と命じる。

 覚えるのを知っていたことと、先程のストライクの攻撃が彼の中で印象に残っていたが故の指示だが、進化したからと言って急に使える訳では無いのを興奮の所為ですっかり忘れていた。

 しかし、サンドパンも同じことを考えていた。

 ボール越しで見たミニリュウ、ブーバーを次々と仕留めた鋭い鎌での一撃を己の爪で再現しようと左腕を横に真っ直ぐ伸ばす。

 ”ものまね”での真似では無く、自分自身の本当の力として。

 

「ピジョット、サンドパンを放すんだ!!」

 

 すぐにグリーンはピジョットに鷲掴みにしているサンドパンを放す様に命じるが、放そうとした正にその瞬間――サンドパンが渾身の力を込めた逆襲の一撃が、ピジョットを切り裂いた。

 ”こうそくいどう”で素早さが高まった影響もあったからなのか、サンドパンの”きりさく”は一筋の線でしか見えなかった。

 強烈な一撃にピジョットの意識は彼方へと消え、飛び散った羽毛と共に地表へ落ち始めた。

 当然、それは飛ぶ手段の無いサンドパンも例外では無かった。

 真っ直ぐ落ち始めたポケモン達に、見上げていたトレーナー達はそれぞれ異なる指示を出す。

 

「しっかりするんだピジョット!! 体勢を立て直すんだ!」

「サンット! 少しでも体を広げて落ちるスピードを緩和させるんだ!」

 

 最初に動いたのはアキラのサンドパンだ。

 何も無い空中で体勢を上手く建て直し、空気抵抗を少しでも受けて減速しようと彼の言う通りに体を精一杯広げる。一方のピジョットは反撃の一撃で意識が無くなった所為で、体勢を立て直せないまま体を錐揉みさせながらサンドパンよりも早く地面へと真っ直ぐ落ちていく。

 

「何をやっているんだ!! こんなところで負けていいのか!?」

 

 落ちていくピジョットの姿に、グリーンは声を荒げる。

 不意を突かれたとはいえ、このまま負けたくは無い。

 彼の必死の呼び掛けに、虚ろだったピジョットの目の焦点が定まる。

 意識を取り戻したピジョットは、強引に翼を広げると空気抵抗を受けて瞬く間に減速して地面擦れ擦れに滑空する。

 

 続いて体を大きく広げたサンドパンも落ちる。

 ピジョット程は減速できず、着地の姿勢を取ってすぐに地面に落ちると同時に衝撃で地響きを唸らせ、土埃を舞い上げる。

 

「…サンット?」

 

 風で流れてきた砂や土を払いながら、アキラは落下の中心地へ呼び掛ける。

 土埃の中で、一際濃い影が見えるものの微動だにしない。

 着地に失敗したのでは無いかと不安に思うが、影は埃を振り払うように動くとほぼ万全な状態のサンドパンが姿を現わした。あれだけの高さから落ちたにも関わらず、足元の地面が窪んでいる以外何一つ変わっていないサンドパンにアキラは驚きと歓喜が入り混じった声を上げると、サンドパンは手を振って応える。

 

 サンドの時は感じられなかった力が湧き上がるだけでなく、敵わなかった筈のピジョットに致命打を与えたことで、遂にミニリュウやゲンガーなどの他の仲間達と肩を並べられる力を手にしたのを実感していた。

 このバトルに勝つことは勿論、今すぐにでも溢れる力を理解して思う存分に奮いたく、サンドパンはグリーンの側を飛んでいるピジョットに対して長く伸びた爪先を向ける。

 グリーンの方はピジョットに距離を取るように命じて、手にしてるポケモン図鑑を開くとサンドパンに関する情報を確認する。

 

「――手強そうだな」

 

 能力はサンドから大幅に向上しているだけでなく、外見から見ても攻防一体の姿なのが窺える。

 まさかバトル中に進化されるとは思っていなかったが、辛うじてピジョットが無防備なまま地面に叩き付けられるのを防ぐことは出来た。

 だが問題はこれからだ。

 

 見たところ急所に当てられた所為で、ピジョットのダメージは大きい。

 更にサンドの時とは比較にならない程爪が伸びているので、下手に接近戦を挑むのは危険だ。

 時間は掛かるが、確実に勝つ為にも少しずつダメージを与えようと考え始めた時、遠くから地鳴りが響いてくるのを耳にした。

 

「何だ?」

 

 まるで群れが大行進しているような音にグリーンは疑問を抱くが、聞こえてくる音にアキラは冷や汗を掻き、サンドパンも気まずそうな表情で地鳴りが響く方角に顔を向ける。

 ピジョットも主人の為に、高高度からも獲物を見つけられる視力で音がする方角を見据えるが、目にしたのはオコリザルを先頭にして走る数え切れないほどのマンキーの群れだった。

 初めは明確にその姿が確認できたのはピジョットだけだったが、近付くにつれて見覚えのある光景にアキラは確信する。

 

 オコリザルの執念深さはストーカー並みにタチが悪いと改めて彼は理解するが、まさかバトルで消耗している今攻めてくるとは思っていなかった。

 お互いまだバトルを始めたばかりの万全の状態なら、水を差された程度の認識だったろう。

 だけど互いの主力は激戦の連続でほとんどが戦闘続行不能で、今あの数を相手にするのは極めて厳しい。グリーンには悪いが、こちらから挑んでおきながらバトルを中止しようとした時、サンドパンは群れ目掛けて駆け抜けていった。

 

「ちょっとサンット! ムチャだ!!!」

 

 アキラが制止の声を上げるのを耳にして、若干の罪悪感が湧くが「彼の為だ」とサンドパンは自分を納得させる。進化したことで得た溢れんばかりの力、それを確かめるのにミニリュウ達が容易く仕留めていたオコリザル率いる群れを相手にするのは丁度いい。それに、いい加減に彼らの追跡をしつこく感じていた。

 

 腕に力を入れると、まだ”ものまね”が出来ている”こうそくいどう”によって上がった素早さを引っ提げて、サンドパンは群れに切り込んだ。

 

 マンキー達は突っ込んできたサンドパンに対して”ひっかく”を仕掛けるが、正面から挑めば鋭く伸びた爪の餌食になり、後ろから仕掛けても甲羅の様に硬く刺々しい背中に防がれるなど、ダメージ一つ与えることすら叶わなかった。

 更に悪いことに、グリーンも群れの迎撃の為にひこうタイプであるピジョットを差し向けてきたため、群れはリーダーが健在でありながら突撃してきたたった二匹を相手に大混乱に陥った。

 

「――本当に強くなったな…」

 

 予想以上に群れを相手に圧倒的な力で戦うサンドパンにアキラは唖然としたが、同時に健気だった今はサンドパンのこれまでの努力が報われたのに感慨深いものを感じた。

 サンドの時はマンキー一匹を相手にするのが精々だったのに、今では押し寄せてくるマンキー達を暴風を彷彿させる勢いで倒していく。進化したとはいえ、あれだけ変われるのだから自分や他のポケモン達も変わろうと思えば変われる気がしてくる。

 

 事態を重く見て引き返してきたオコリザルが襲い掛かって来たが、サンドパンはすぐに体を丸めて棘だらけの球形になる。

 殴り飛ばされたことで丸くなったサンドパンは吹き飛ぶが、尖った突起を殴り付けたオコリザルは凄まじい挙動で痛がる。対してサンドパンは、あまりダメージを受けていないのか宙で体を解いて着地する。

 

 ここから距離を詰めて攻撃することはできる。

 だけどこの体になってから感じる嬉しい違和感を試したく、サンドパンは長く伸びた爪の間から無数の”どくばり”を放った。

 放たれた”どくばり”の何本かは外れるが、残りは狙い通りオコリザルに命中する。

 すると刺さった針から毒が伝わり、オコリザルの体は毒に侵され始めたのか当たった箇所から紫色に染まり始めた。

 

 このままサンドパンに任せても大丈夫だろうと思い始めた時、ねずみポケモンはマンキーやオコリザルの相手をしながら彼に身振り手振りで、アキラに何かを伝えてきた。

 初めは意図が分からなかったが、サンドパンの動きとヤケにオコリザルには攻撃を加減していることから、徐々に何を伝えたいのかがわかってきた。

 

 オコリザルを捕まえろと言うのだ。

 

「まぁ、それが良いだろうけど」

 

 カスミの屋敷にいた時もこれ以上の襲撃を防ぐために捕獲を試みていたが、尽く失敗していた。

 だが、今ならオコリザルはやられた訳では無いし、群れは倒されたボスを連れて逃げ出す準備はしていない。空のモンスターボールを一つ手に取ったアキラはオコリザル目掛けて駆け出し、走りながら狙いを定める。

 

「いい加減に……捕まれーー!!!」

 

 投げる直前に足を止めて、彼は勢いよくオコリザルへ向けてボールを投げた。

 アキラがボールを投げたことにオコリザルは気付かなかったが、気付いたサンドパンは飛んでくるボールへ向けてオコリザルを叩き飛ばす。

 飛ばされたオコリザルは、そのまま飛んできたボールにぶつかり、中に吸い込まれる。

 

 マンキー達は自分達のボスを助けるべくモンスターボールを狙うが、サンドパンはそれら全てを返り討ちにしてボールを守る。そして地面に落ちてから激しく揺れていたボールも次第に大人しくなり、最終的に止まると、サンドパンはボールを手に群れから飛び出して彼の元にボールを差し出した。

 

「ありがとうサンット」

 

 礼を伝えながらアキラはオコリザルが入ったボールを受け取り、残ったマンキー達に見せ付けるかのようにボールを掲げた。

 すると、ピジョットを相手に戦っていたマンキー達やこちらに迫って来たマンキー達は嘘みたいに喚いていた金切り声を止ませ、足を止めて大人しくなった。

 どうやらリーダーを手中に収められたと悟って、戦意を喪失したらしい。

 

 やっと終わった。

 ようやく数日に渡るマンキー達のストーカーもどきが終わりを告げて、アキラは一安心する。

 それから彼は、中に入っていたオコリザルをボールから出すと、サンドパンから受けた毒を消すべく持っていた”どくけし”をオコリザルに与える。

 追い掛け回されていたとはいえ、ポケモンセンターに着くまで毒に侵されたまま連れていくのは流石に酷だ。与えた”どくけし”の効果はすぐに現れたのか、みるみるオコリザルの体から見るからに毒々しい紫色が消えていく。

 完全に毒が消え去ると、ボールから出してからグッタリしていたオコリザルは起き上がった。

 

 さてここからが問題だ。

 追い掛けるのを止めさせる為に捕獲することになったが、オコリザルを手持ちに加えて連れて行くのも良し、もう付け回さないと約束して逃がしても構わない。

 ブーバーは付いて行くことを望んだが、目の前のポケモンはどちらを選ぶのだろうか。

 

「オコリザル、色々あったけど――」

 

 オコリザルの意志を確認しようとした瞬間、アキラを鈍い音を伴った途轍もない衝撃が襲い、視界に星が飛び散るのだった。




アキラ、非力だったサンド遂に進化。ついでにオコリザル問題も解決?

作中あんまり目立っていないかもしれませんが、他の手持ちと違って強くは無いけど、面倒見が良くちゃんと言う事を聞いてくれるサンドの存在はアキラにはかなり大きいです。この先、彼を支える以外の事でも頑張って貰う予定。

今話は短いですが、どうなったのかは次回に回します。


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手持ちの可能性

「ッ! まだ痛むか…」

 

 まだ引かない痛みに、アキラは手に持っていた鉛筆を動かすのを一旦止めて表情を歪める。

 痛みの原因である片目に浮かんだ大きな痣。

 数日前にボールから出したオコリザルに付いて行くのか付いて行かないのか聞こうとした時、返事代わりに殴られたものだ。

 

 殴ると言う形ではあったが、オコリザルの返事は「アキラには付いて行かない」だった。幸いすぐにサンドパンが取り押さえてくれたお陰で、それ以上は痛め付けられずには済んだ。

 

 その後のやり取りで、取り敢えず一発だけでも殴れたのに満足したのか。オコリザルはマンキー達を連れて、アキラの元を去って行った。

 本当にこの世界にやって来てから痛い目に遭ってばかりだが、これで24時間神経を張り詰める必要が無くなったと考えれば、一回殴られる程度安いものだ。

 

 ちなみにグリーンとはバトルの途中だったが、思わぬ形で中断させられたので引き分けにすることで話は纏まった。流石にあんな風に横入りされた後で、続きをする気にはなれなかったのだ。

 オコリザルに殴られた事に関しては笑われたが、特に気にせず互いに持っていた道具でポケモン達を回復させて、それぞれの目的地へと向かうべく別れた。

 

「アキラ君」

 

 痛む片目を手で押さえながらアキラは振り返ると、すぐ後ろに彼の保護者であるヒラタ博士が立っていた。 

 今アキラは、クチバシティにあるこの世界での身元保証人である博士の自宅兼研究所で過ごしており、ここに辿り着くまでの疲れを取るべく体を休めていた。

 

 ここでの彼は博士の助手の様な立場なので、本当ならのんびりと休養を取る訳にはいかない。けれども片目に大きな痣が浮かんだ状態では気が引けるのか、まだ博士から手伝いは頼まれていなかった。

 

「調子はどうかね?」

「片目が痛む以外は結構疲れは取れてきました」

「そうか……何か書いておるのか?」

 

 ヒラタ博士はアキラの目の前に置かれているノートの様なものに興味を示す。

 少し書かれてはいるが、ノート自体はまだ真新しい新品だ。

 アキラは一旦ノートを閉じて、「手持ち記録ノート」とマジックペンで書かれた表紙を見せた。

 

「早速博士が勧めてくれたことを試しています」

 

 早速と言っているが、今やっていることを勧められたのは大分前だ。

 ニビ科学博物館に居た頃から、ヒラタ博士はミニリュウを手懐けるのに苦労していたアキラに観察日記の様なものを書くことを勧めていた。今日まで忙しかったのとやる気力が無かったのでやってこなかったが、ようやく落ち着いてきたので軽い気持ちで書き始めたのだ。

 

 初めは乗り気ではなかったのだが、ノートに記している内に次々と今まで思い付くことが無かったことが頭の中に浮かび上がり、自然と鉛筆を走らせる手が止まらなくなった。頭の中で考えるだけでなくこうして文字として書き残せば、後で忘れても思い出せるだけではない。思考の整理や今まで気付かなかったこと、彼らへの更なる理解などにも繋がることに、アキラは博士がノートに書くのを勧めた理由を理解した。

 

 有用と分かれば活用しない手は無い。

 ノートには連れているポケモン達についてわかったこと以外にも、今後の育成方針と観察して気付いたことや必要と感じたことも書き残していくつもりだ。ただ、後から自分が見てもわかるなら良いが、まだ書き始めたばかりなので書き方や纏め方は酷かった。なのでより良くノートを上手く書き纏めるコツは無いのか尋ねようとした時、二人の近くに小さな男の子が寄ってきた。

 

「おじいちゃん、今遊べる?」

 

 この場合指している「おじいちゃん」とはヒラタ博士のことだ。

 この自宅兼研究所で博士は、目の前に立っている孫とこの子の親である息子夫婦と一緒に暮らしている。部外者である自分が余所の家で寛いで良いものかとアキラは最初戸惑ったが、別に構わないどころか逆に歓迎された。

 どうやらこの世界は旅に出る人が多いのが関係しているのか、人助けを義務まではいかなくても当然の事と考えている節があるらしい。勿論お世話になる分、軽い家事などの手伝いをアキラはしている。

 

「すまん。おじいちゃんはやることがあるんじゃ」

 

 申し訳なさそうにそう告げると、ヒラタ博士は研究室ならぬ仕事部屋へと戻って行く。

 祖父がいなくなったのを見届けると、博士の孫は残念そうに顔を俯かせる。

 まだやって来て間もないので、アキラには彼との接点はあまり無い。だけどあまりにも落ち込んでいるので、自分が代わりに相手してあげることを伝えようとした直後、しょんぼりとしていた彼の肩を叩く存在が現れた。

 

 アキラが連れているゲンガーだ。

 ゲンガーは落ち込んでいる孫に、軽快な音楽が流れているテレビを指差す。

 すると彼はさっきまでの暗い空気を振り払うと、ゲンガーと一緒にドタバタと音を立てながらテレビの前に駆け付ける。テレビの前には他のアキラの手持ち達も陣取っていたが、喧嘩はせず皆公平に楽しめる様に見る位置を調節していた。

 

「あいつら、すっかりエンジョイしているな」

 

 今アキラの手持ちは、家の外に出たり暴れたりしないことを条件に自由に過ごしている。

 始めは皆バラバラに過ごしていたが、見ての通り博士の孫がよく見る戦隊ものなどのテレビ番組に興味を示し始めて、今では揃って一緒に録画を見る程にハマっていた。

 ゲンガーやエレブーがこういうものに興味を示すのは何となく予想出来たが、まさかブーバーやミニリュウも興味を示すとは思っていなかった。時折彼らが番組の真似らしき動きをしているのを見掛けたこともあった。彼らを惹くものがあるらしい。

 

 アキラも今後の為にヒントを得るべく一緒に見たことはあるが、意外と楽しめたくらいで結局有益な何かを得ることはできなかった。ただ今の様に普段は見られない他者を思いやったり、協調性などが見られる様になったことから、良い影響を与えているのは何となくわかる。

 

「静かにしないとな」

 

 今流れている話は、録画されているのではなく今週初めて放送される内容だ。

 一応後で見れる様に録画はされているが、テレビに座っている彼らは初めて見る話だからなのか真剣な目付きだ。またアキラは一人になったが、集中したかったこともあるので今の状況は逆に好都合だ。

 手を止めていたノートの続きを書くのに、彼は取り掛かる。

 

 頭の中では理解できたり浮かべることは出来ても、それを文字として記すのは意外にも難しい。

 平仮名だらけなのも面倒だから、書けない漢字が出てきたら素直に用意した辞書で調べる。

 取り敢えず今は丁寧に書こうとせずに大雑把でもいいから少しずつ、自分の頭の中にある内容を文字として、アキラはノートに記していく。

 

 リュット 公式名ミニリュウ

 タイプ ドラゴンタイプ

 出会った場所 トキワの森

 今のレベル31

 覚えている技 れいとうビーム、たたきつける、こうそくいどう、はかいこうせん、まきつく、でんじは、りゅうのいかり

 性格と特徴

 かなり怒りっぽく好戦的。

 最初は信用されていなかったが、最近は言うことを聞かずに勝手に動いたりする場面は減ってはいる。だけどそれでもまだまだ多い。

 覚えている技は連れているポケモンの中でも豊富な方で、レベルの高さとタフな面も合わさって手持ちの中では一番強い。

 特に”こうそくいどう”で勢いを付けた”たたきつける”は強力。

 

 最初にアキラは、この世界で初めて手にしたポケモンであるミニリュウについて軽く纏めた。

 手持ちに加えた当初は、言う事を聞いてくれないどころか逆に襲ってくるなど散々振り回されてきたものだ。だけどそう言った経験を積んだおかげで、今は多少のトラブルには上手く対応出来る様になれた気はする。

 何より手持ちだけでなく、自分も彼らを率いるのに相応しいトレーナーに変わる必要があることに気付く切っ掛けを作ってくれた存在でもある。

 

 覚えている技がゲームで可能とされる4つを大きく上回っているが、多くの技が使えるのはそれだけ戦いの幅を広く出来ることにも繋がる為、もっと覚えられる可能性はある。

 レベルに関して「今」と書いてはいるが、数日前のカスミの屋敷でレッドのポケモン図鑑を通じての数値だ。なので、今はもうちょっと上がっているかもしれない。レベルが30を超えているのにハクリューに進化しないのは気になるが、多分標準的なレベルで個体によって微妙に違いがあるのだろう。

 

「カイリューに進化するのは時間が掛かりそうだな」

 

 今の時代ドラゴンタイプは、()()()()三種しか確認されていない扱いの希少種だ。

 その為、他のタイプとは異なり専門の育成本や一般向けに詳細な内容を纏めた本は殆ど無い。

 ジムリーダーでありハナダシティ有数の家柄であるカスミの屋敷でも写真付きでの軽い解説本しか置かれていなかったのだから、ミニリュウの育成に関してはしばらく手探りが続くだろう。

 ついでに憶えている限りのミニリュウの各能力をレーダーチャートで記して内容を一通り見直すが、我ながら随分と雑な纏め方だ。その内に改善されるだろうと前向きに考えて、彼は次のポケモンについて記した。

 

 スット 公式名ゲンガー

 タイプ ゴースト・どくタイプ

 出会った場所 ニビ科学博物館

 今のレベル26

 覚えている技 したでなめる、ナイトヘッド、あやしいひかり、サイコキネシス

 性格と特徴

 自分がイメージしていた通りのイタズラ好きで、事あるごとにイタズラを企んでいる。

 ミニリュウと同じくらいこちらの指示を度々無視するが、自分で戦い方を組み立てたり攻撃技以外の技も上手く使いこなすなど頭が良いところもある。

 ただし調子に乗りやすく。油断する場面が多い。

 

 次に書いたのは、譲られる形ではあったが実質二番目に手持ちに加わったゲンガーだ。

 ミニリュウ同様にゴースの時から色々やられたものだが、そう言った経験が自分を成長させる糧になっているのだから、人生何があるのかわからないものだ。

 手持ちの中で唯一の最終進化形態なだけあって能力は非常に高いが、特筆すべきは頭の回転が良いことだ。覚えている技はいずれも破壊力に乏しいが、相手を状態異常にさせるものが多く、それらを最大限に活かすべく機転を利かせることでパワー不足を補っている。

 

 問題は調子に乗りやすく、油断して一発貰いやすいことだ。

 能力的にも打たれ弱いのでここを改善できれば、長く戦うことが出来るはずだとアキラは見込んでいる。

 

「もうちょっと冷静になって欲しいものだな」

 

 トレーナーの指示が無くても本能的に戦うのではなく、自分で考えてバトルの流れを組み立てて戦うことが出来るのだ。

 その辺りは、他のポケモンとは一線を画している。

 だけど人間顔負けの知能があることが、調子に乗りやすい原因かもしれない。

 番組の展開に盛り上がっているゲンガーを含めた他の手持ちの様子を窺うと、彼は続きを書く。

 

 サンット 公式名サンドパン

 タイプ じめんタイプ

 出会った場所 トキワの森

 今のレベル19(進化したから22以上かも)

 覚えている技 ひっかく、すなかけ、ものまね、きりさく、どくばり

 性格と特徴

 優しく素直でとても面倒見が良い。

 ”ものまね”を使うことで、技のバリエーションの少なさをある程度カバーすることが出来る様になった。

 サンドの時は使える技の数、能力が手持ちの中では一番低かったが、進化したことで大幅に強化されたと思われる。

 同時に新しい技を幾つか使える様になったので、近々詳しく見る予定。

 

 三匹目は最近進化したサンドパンについてだ。

 身の丈に合わない高いレベルと性格に難がある手持ちばかりであったアキラにとって、素直に言うことを聞いてくれるだけでなく度々自分の力になろうとしてくれるサンドパンの存在はとても有り難かった。

 バトルの実力に関してはサンドの時は力不足な場面が目立っていたが、マンキーの群れを相手に無双したことから、サンドパンに進化したことで飛躍的に強くなったのが推測される。

 

 レベルは前述の二匹と同じくサンドの時に確認したものだが、サンドパンに進化した今はもう少し上がっている筈である。”きりさく”などの強力な技に、カスミに覚えさせて貰った”ものまね”を上手く使いこなせば、更に伸びる余地が十分にある。

 ポケモン図鑑などのハイテク機械無しでは、どれだけ能力が向上したかは感覚的に感じ取るしかないが、これで手持ちに加えてからの課題は解消されたと見て良いだろう。

 

「本当に…本当に良かった」

 

 日々の努力が報われたのを自分の事の様に嬉しく思いながら、アキラは手持ちの四匹目について纏め始めた。

 

 エレット 公式名エレブー

 タイプ でんきタイプ

 出会った場所 おつきみ山近く

 今のレベル20

 覚えている技 でんきショック、かみなりパンチ、でんこうせっか、がまん

 性格と特徴

 イメージに反してかなり臆病。

 有している能力は高いはずだが、戦う相手が怖い顔だとレベルに関係なく怖がって実力を十分に活かせない。

 何故かすごく打たれ強く、それを生かした”がまん”のコンボは非常に強力。後、目を離すとトラブルの元を引き寄せてくるので要注意。

 

 四匹目は、最近色々な意味で頭を悩ませているエレブーの事を書いた。

 言うことは聞いてくれるには聞いてくれるのだが、すぐに忘れられることが多い。

 しかも目を離せばトラブルを引き寄せてくる以外にも、おっちょこちょいな面もあるので視界の範囲に居ても危なっかしい。

 

 バトルする相手次第ではあるが、秘められたポテンシャルをフルに発揮した時の実力は、今アキラが連れているポケモンの中では最強と言っても過言ではない。

 止められる場面はあるが、今のところ”がまん”解放中のエレブーの猛攻に耐える、逆に返り討ちにする場面には遭遇していない。ゲームでは全くと言って良いほど使い道が無かった”がまん”だが、まさか発揮すれば確実に相手を仕留める最強の技になるとはアキラは思いもよらなかった。

 問題は痛い目に遭いたくない臆病な性格なのに、痛い思いをしないと力を発揮できない矛盾だ。

 

「如何にかしたいけど、どうすれば良いんだろう」

 

 出来れば負担を軽くしてやりたいが、残念ながら今のアキラには解決する為の妙案は無かった。

 思わず溜息をついてしまうが、大分先になると思っていたサンドの力不足が意外にも早く解消されたのだ。この問題もその内解決するだろう。

 

「さて、最後はっと」

 

 バーット 公式名ブーバー

 タイプ ほのおタイプ

 出会った場所 ハナダシティのカスミの屋敷近く

 今のレベル23

 覚えている技 かえんほうしゃ、ほのおのパンチ、あやしいひかり、えんまく、テレポート

 性格と特徴

 野生の時は怒ったり余裕そうな表情を浮かべたりと感情が豊かで頭も働いていたが、現在はバトルをする時以外、静かに過ごしている。

 捕まえた時とグリーンとの戦いを見る限りでは、それなりに強いのは考えられるが詳しいことをまだわからない。

 何故か”テレポート"を覚えている他、何時も腕を組んでいたり目付きが悪い。

 

 最近手持ちに加わったブーバーについて、アキラは今の段階で分かっている限りのことをノートに書くが、結構わかっていないことが多かった。

 オコリザル同様に襲撃を止めさせる為に捕獲したが、付いて来る意思があるにも関わらず、何故かこちらの言う事にはあまり耳を傾けてくれない。同じ言うことを聞かないミニリュウやゲンガーでも、何日も一緒に居ればどういう性格をしているかはある程度は把握できた。しかし、ブーバーは寡黙過ぎて理解する為の情報が圧倒的に少なかった。

 

 現時点でわかっていることは強いのは勿論、野生の時はゲンガーの様に知恵を働かせていたことから頭が良いこと、何故か”テレポート”を覚えていることだ。本来のレベルアップでは覚えない技を手持ちに加えた時点で覚えているのは、ミニリュウとエレブーの例はあるが、ブーバーの”テレポート”は一体どこで覚えたのか全く想像できなかった。

 

 一応”テレポート”を覚えることができるわざマシンはこの時代に存在しているが、だからと言ってブーバーがわざマシンを使って覚えたという確証は無いので、あくまで可能性だ。

 

 ”テレポート”は、その名の通り戦闘から離脱する技だ。

 つまりゲンガーがゴーストだった時に、音も無くその場から立ち去る事が出来たカラクリは、この技によるものだ。使えば容易に戦闘状態から離脱できるので、もしブーバーが言うことを聞いてくれていたらオコリザル達から逃げるのに苦労はしなかったのではと思ってしまうが、済んでしまったことは仕方無い。

 今は他の手持ちの様にブーバーは何を考えていて、どういう性格なのかを知る方が優先だ。

 

「纏めて気付いたけど、綺麗に分かれているな」

 

 軽く手持ちの事を一通り纏めたアキラは、自分が連れているポケモンの特徴を改めて確認する。

 まずサンドパン以外の手持ちは、能力が高い代わりに何かしらの問題点を抱えている。

 いや、この場合は自分がまだ未熟だからそう見えるだけだろう。

 今は手を焼く程度で済んでいるが、しっかり改善しなければ今後命取りになる可能性が高い。

 

 今は五匹だが、手持ちの傾向は素直に言うことを聞いてくれるのがサンドパンとエレブーの二匹、その時の機嫌次第だが基本的にあまり聞いてくれないミニリュウにゲンガー、ブーバーの三匹に分かれている。

 最後に迎える六匹目が、どういうポケモンになるのかはまだわからない。

 だけど、前者の二匹の様なポケモンを迎えることが出来れば、凄く助かるのは間違いない。

 

「そんな!」

 

 六匹目について考えていたら、博士の孫とアキラのポケモン達が信じられない様な声を上げた。

 遠目で見てみると戦隊ヒーロー定番の巨大ロボが、新必殺技で敵怪人に止めを刺したと思いきや健在だった上に、飛び散った体の一部から新しい怪人が誕生して二対一に追い込まれていた。

 逆転と思いきやまさかの絶望的な展開に、見ていた孫とアキラのポケモン達は唖然としていた。

 

 アキラも興味を抱いてちょっと見るが、二体の怪人に痛め付けられて機体の至る所から火花を散らしながら、巨大ロボが倒される場面で続きは次回に持ち越された。物凄く続きが気になる終わり方で、しかも次回予告は逆転を匂わせつつもかなり不穏な終わり方だった。予告が終わった途端、孫を含めて見ていたアキラの手持ち達はお通夜みたいな雰囲気に変わる。

 彼らの様子から、相当あの番組にのめり込んでいるのが手に取る様にわかる。

 

「――さてと続き続き~」

 

 重苦しい空気に耐え切れなくなったアキラは、棒読みな声を出しながら取り敢えずノートの続きを書くことで忘れようとする。

 

 話を戻して、アキラが六匹目に考えているのはみずタイプだ。

 今の手持ちのバランスでは、じめんタイプやいわタイプには不利だ。ならばくさタイプでも同じだが、くさタイプは弱点が多い。それにみずタイプなら水の中を自在に動けるし、旅の上で必須とも言える水上移動、所謂”なみのり”ができる。

 

 この点をアキラは()()()()()()も含めて重視していた。

 一応ミニリュウも水の中でも活動出来るが、ここは本職の方が良いだろう。

 走り書きではあるが、手持ちに加えたいみずタイプのポケモンの名前をメモ程度で記す。

 

 ラプラス、カメックス、スターミー

 

 思い付いた順ではあるが、真っ先に浮かんだポケモン程アキラにとって手持ちに加えたいと考えているみずタイプだ。名前だけでなく、憶えている限りで三匹の能力をわかりやすくレーダーチャートで描く。

 

「…やっぱりラプラスだよな」

 

 最初に浮かんだラプラスは、覚える技も豊富で能力も高く彼もゲームで愛用していた。

 この世界に来てから読んできた本の内容を見る限りでは、人間の言葉を理解出来るほどの知能を有するだけでなく、人懐こく温厚な性格している個体が多い。

 正に今のアキラにとって理想的なポケモンだ。

 

 しかし、問題は生息地の殆どが不明なことだ。

 と言うのも過去に人間が絶滅寸前にまで追い込んだ所為で数が激減して、ミニリュウ以上の希少種となっており、密猟者から守る為にその多くは一般には知られない様にされている。

 僅かに一般に知られている生息地も当然保護地区扱いで、そこにいるラプラスを捕まえようものなら即警察のお世話になる。一般的なトレーナーが手にするには、極稀に保護地区以外で出現する個体を”保護”名目で捕獲するなど入手方法は限られている。

 

 ゲームでの知識が通じるかはわからないが、一応アキラは保護地区では無いと思われるラプラスがいる場所は知ってはいる。

 しかし、そこまで行く手段が今は無い。

 可能性は無いとは言えないが、現状はあらゆる要素全てが運任せになるので残念ながら手持ちに加えるのは現実的ではない。

 

「カメックスも悪く無いんだけどな」

 

 次に浮かんだカメックスは、性格の面を除けば加えたい理由はラプラスとほぼ同じだ。

 後に出てくるブルーの手持ちと被ってしまうが、この際被ってしまうなど言っていられない。

 

 能力は防御寄りではあるが、バランスや覚える技も悪くなく、体格的にラプラスよりはバトルの時の指示は出しやすいだろう。

 ところが、ここでも生息地不明の壁が立ちはだかる。

 ラプラスの様に隠されている訳では無いが、明確な生息地が未だに不明なのだ。余計なところまでゲームの設定が反映されているらしく、ゼニガメやカメールも同じなので、このカメックス系統を探すのも運任せと言っていいだろう。

 

「――消去法になるが、スターミーくらいか…」

 

 最初に浮かんだ二匹はいずれも生息地が不明で探しようがないが、三匹目に浮かんだスターミーにはこの問題は無い。ハナダシティで過ごしている間にカスミが連れていたのを見ていたが、良く考えてみればスターミーも十分に魅力的だ。

 

 基本能力値は二匹と比べても攻撃的な方で、覚える技の範囲もラプラスと重なる部分も多い。

 進化前のヒトデマンはセキチクシティ付近の海岸に生息しているのが、この世界では広く知られている。場所はちょっと遠いが、それでもラプラスやカメックスなどと比べれば現実的だ。

 

 問題は無機質な印象が強く、表情が読みにくく接するのに苦労しそうなこと、変わった体をしているので指示が出しにくそうな点だ。進化させるのに”みずのいし”が必要な点も厄介で、これに関しては入手方法が未だ不明なので道中で偶然見つけるくらいしかない。

 

「他にはギャラドスにゴルダック、ヤドランにパルシェン――」

 

 ここまで記したアキラは、突然溜息を吐きながら机にうつ伏せになった。

 

 今思い付いたポケモン達は、全てカントー地方のポケモンだ。

 本当ならジョウトやホウエン、シンオウにイッシュもアキラは知っているのでそこのポケモンも候補に加えたい。しかし、残念なことにそれらのポケモンはカントー地方に生息していないどころか殆ど知られていない。

 研究者であるヒラタ博士でも、オーキド博士が発表した150種以外のポケモンがいるのではないかと考えているがそこまでだ。徐々に考えが上手く纏まらなくなったので、アキラは頭に浮かんだことをノートに淡々と書きながら簡単に整理する。

 

 前々から思っていたことだが、何故ポケモンは年を追うごとに新種が確認されて数が増えているのか。それは新しく出現しているのではなく、元々いたのに知られていなかっただけなのかもしれないとアキラは最近考える様になっていた。

 漠然と何十種類いるのかは知られていたが、身近過ぎて皆知っていて当然の空気があったのかもしれない。そこにオーキド博士がポケモンは150種と正式に発表したことで、初めて身近なポケモンに150種に該当しない種類がいることがわかって新しく加えられた。そんなことが連鎖的に広がったのだろう。

 

 でなければシルバーやルビーが、幼い頃からジョウトやホウエンのポケモンと一緒にいる説明がつかない。

 だが他地方のポケモンを欲しても、現時点では如何にもならない。仕方なくアキラは、カントー地方内に範囲を絞って他のみずタイプ候補について考える。

 

「ギャラドスは凶暴過ぎるから論外。ゴルダックはイマイチインパクトに欠ける。ヤドランは鈍足過ぎるし、パルシェンに至ってはゲームでも使ったことないからわからないな」

 

 他にもみずタイプのポケモンはいるが、ゲームでは捕まえるだけで使ったことは無い。

 ポケモンの中でもみずタイプは種類が豊富だが、いざ手持ちに加えるのを選ぼうとすると、どこか妥協せざるを得ない。あまり”これ”と言えるみずタイプの候補が三匹以外にいなく、アキラは図鑑所有者で最初からみずタイプを手にしていた面々は運が良いとさえ思えてきた。

 

 今はこうして問題しか浮かばないが、捕らぬ狸の皮算用だ。エレブーやブーバーの様に、手持ちに加える気は無かったが予想以上に良かったこともある。贅沢言わずに、みずタイプを見つけたら真っ先に捕まえに行くくらいの心構えで今後を過ごした方が良いかもしれない。

 

 一通りノートに書き込み、一息つきながらアキラは鉛筆を置く。

 その時だった。

 背後から気配を感じて振り返ると、ヒラタ博士の孫とゲンガーにエレブー、ブーバーが何故か立っていた。さっきまでの暗い様子は無く、何故か皆真剣な目付きだった。

 

 どうしたのかと尋ねようとした時、突然立っていた面々はさっきまで見ていた戦隊ヒーローの名乗りを上げながら登場ポーズらしきものを決めるのだった。

 あまりに突然過ぎる出来事にアキラの頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされたが、ミニリュウとサンドパンがさっき放送していたのとは別の回を視聴している姿を見たことで、目の前の状況を理解することが出来た。

 

 どうやら録画していた別の回を見て、さっきまでの絶望感を忘れて戦隊ごっこをやりたくなったのだろう。見る限りではレッドポジションはブーバー、イエローポジションはエレブー、ブラックポジションはゲンガーと綺麗に分かれている。

 

 子どもならレッドポジションになりたがるものだが、見栄えを重視したのか孫はブルーポジションに収まっていた。ここまで見て、彼はピンクポジションがいないのに気付いた。戦隊ヒーローは基本五人構成なのだが、ポーズを決めたのは一人と三匹。サンドパンとミニリュウはテレビを見ることに夢中になっているからなのか加わっている様子は見られないが――

 

「やいお前! ピンクを返せ!」

「へ?」

 

 孫の唐突な台詞に、アキラは困惑するが徐々に理解が進む。

 恐らくピンクがいないのは、連れ去られたというシチュエーションなのだろう。意図を理解し、咳払いをして悪役風に返事をしようとした時、彼は自分のポケモン達の異様な雰囲気に気付いた。

 皆それぞれ戦隊ヒーローに成り切っているのか、バトルをする時でも殆ど見ない真剣な目付きをしている。

 

 物凄く嫌な予感がする。

 

 冷や汗が流れるのを感じて、急遽アキラは静かにさり気なくその場から退散しようとした。

 

「逃げるぞ!」

 

 孫の言葉に、ゲンガーは真っ先に反応してアキラに飛び掛かってきた。

 

「ちょっと待てちょっと待て!! お前らが本気になると洒落にならない!」

 

 何とか避けるが、今度はブーバーがテレビでレッドが使っていた武器のオモチャを構えて立ち塞がった。

 こういう時だけ本気でやるな!と思わず言いたくなったが、変にノリノリの彼らを刺激するとどうなるかわからない。エレブーは構えたままの姿勢だが、やる気満々な二匹と違い今の状況がわかるのか苦笑いを浮かべていた。

 

 助けは期待出来そうに無い。

 ブーバーの攻撃を避けると、アキラはすぐに彼らの包囲網から離れる。

 

「あれ? あの子俺よりもあいつらのことを手懐けてない?」

 

 そんなことが頭を過ぎったが、すっかり戦隊ごっこに夢中になって追い掛けてくる二匹からアキラはとにかく逃げるのだった。




アキラ、博士と合流して休みながら自身の置かれている現状を整理。
手持ちのポケモン、一部がテレビの影響を大いに受ける(ここ重要)

今回は各手持ちの設定説明を組み込みながら、色々と後に繋がる要素を散りばめたつもりです(所謂総集編回です)
後付けだとしてもポケモン世界では、新種のポケモンはどういう感じで発見されているんだろうと思いながら個人的な考えも書きました。
地元じゃありふれた種が、実は新種だったって流れは実際にあるみたいです。

作中で描いた戦隊の展開、知っている人がいたら嬉しいです。


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爆走ロードレース

『それでは、よーい…スタート!!!』

 

 司会からの号令と共に、スタートラインに並んでいた自転車に乗った人達は一斉に走り始める。

 たった今始まったのは、ミラクルサイクルという自転車販売会社が主催するサイクルレースだ。参加費を払えば手軽に誰でも参加できるだけでなく、優勝すれば賞金だけでなく貴重なひでんマシンが商品として貰えるからなのか、参加者達は力の限り自転車のペダルを漕いでいく。

 

 その中で赤い帽子を被った少年――レッドは、この前知り合ったポケモン大好きクラブの会長から貰った引換券を使って手に入れた自転車に乗ってレースに参加していた。ところが、彼が乗っている自転車はタダで手に入れた安物だからなのか、幾ら漕いでもスピードは出なくて順調に加速した周りの選手達に次々と抜かされて行く。

 

「あぁ~、これじゃ優勝どころ上位に入賞することも出来ねえよ」

 

 優勝賞品であるひでんマシン欲しさに、勢いで参加費三千円を払って出場したことをレッドは後悔し始める。仮に優勝出来なくても入賞することが出来れば賞品は貰えるが、これでは参加賞止まりだ。そんな若干意気消沈気味の彼に、後ろから追い付く自転車があった。

 また抜かされるのかとレッドは思ったが、その自転車は追い抜くどころか彼と並走する様に逆にペースを下げた。

 

「随分と離されたなレッド」

 

 親しげに声を掛けられたレッドは、漕ぎながら相手の顔を窺うとすぐに驚いた様な表情に変わる。ヘルメットを被っているが、話し掛けてきたのは大分前にカスミの屋敷で別れたアキラだったのだ。

 

「久し振りだなアキラ! 怪我はもう大丈夫なのか?」

 

 一緒に途中まで旅をしたかったのだが、直前に負った怪我の所為なのや待とうとする自分を彼が予定通りに行く様に勧めたので、止む無く彼は先に一人で出てしまった。なのでまた会う機会は大分先になるだろうと思っていたので、まさかの再会に興奮しない訳が無かった。

 

「あぁ、ほぼ完治している」

 

 ブーバーに殴られた腹部に多少跡は残ってはいるが、後遺症は無いので完治したと言っても過言ではない。元気そうな彼の姿を見ることが出来て、ようやくレッドは頭の片隅で気にしていた肩の荷が降りた。

 

「にしてもお前も参加しているとは思っていなかったぜ」

「まあ俺も上位に入賞した時の賞品が目当てで参加しているけど」

 

 本当はレッドが参加しているかを確認するだけのつもりだったが、上位に入賞した時の賞品を見て急遽参加を決めた。六位にまで入れば参加費を取り返せるだけの賞金が手に入るが、彼が参加を決めた決め手となったのは、三位から二位までに入れば賞品としてわざマシンをランダムに一つ貰えるからだ。

 ただ、良い技が覚えられるわざマシンだと良いが、あまり期待し過ぎてガッカリするかもしれないのであまりハードルは上げないようにしていた。

 

「でもさアキラ」

「なんだ?」

「上位に入れたらそりゃ嬉しいけど、今の俺達じゃ無理じゃね?」

 

 こうしてのんびりと話しているが、既に二人の周りに他の選手はいなく置いてけぼり状態だ。それもその筈、参加人数が多い上にプロまで混じっているのだ。素人が市販の自転車で飛び入り参加をしても、()()なら到底敵うはずもない。

 

 そう普通なら、幾ら賞品が欲しくてもアキラは参加する決意はしなかった。

 参加するのを決めたのは、原作でこの先に逆転のチャンスがあるのを知っているからだ。上手くやれるかは別ではあるが、今の手持ちなら十分に可能な筈だ。その事をレッドに教えても良かったが、進んでいけば彼は自ずと自然に対応出来るので敢えて今は教えなかった。

 

 純粋な自転車レースと信じ込んでいたレッドは、参加したことを半分後悔しながらも知っている友人と再会出来ただけでも満足なのか、旅は道連れと言わんばかりに一緒に行くことにした。

 しばらく二人は一緒に果てしなく続く一本道を進んで行くが、コースの先に人だかりが出来ているのが徐々に見えてきた。

 

「皆どうしたんだ?」

「さあ」

 

 理由がわからずレッドは尋ねるが、アキラも知らないと言わんばかりの返事を返す。

 勿論原作を読んできた彼は、人だかりが出来ている理由は知っている。

 人だかりに追い付き、様子を窺うと一本しか川に掛けられていない橋を選手が一人ずつ順番に進んでいた。

 

「なんだ、川くらい順番待ちしないで渡ればいいじゃん」

「そういう訳にはいかないみたいだよ」

 

 今にも川に飛び込みそうな友人の肩を掴み、アキラは川を指差す。

 川の中には、本来なら海にいるはずのドククラゲが大量にウヨウヨと泳いでいたのだ。

 

「え!? 何でドククラゲがこんなところに!? てか、レースなのにこんなのアリ?」

「そのとーり!!!」

 

 まさかのレースの障害にレッドは驚くが、直後に水泳帽にゴーグル、海パンを履いた男が意気揚々と二人に、さっきの司会の説明には無かったこのレースの本当の姿を教えてきた。

 突然始まった解説に、レースの本当の姿を知らないレッドと知っていたアキラもあまりの唐突さに驚きを隠せなかった。

 一通り説明し終えると、海パン男は満足したのか連れていたヤドンの背中に乗ってドククラゲに襲われること無くあっという間に川を渡って行った。

 

「――速いなあのヤドン」

 

 鈍足であるはずのヤドンが、見ていて速いと思えるスピードを出しているのにアキラは感心していたが、今の説明からヒントを得たレッドはニョロボンを出す。

 後の流れは、アキラが知っている通りだ。

 ニョロボンが放つ”れいとうビーム”で川に氷の橋を掛けて、その上をレッドは駆け抜けて川を渡り切ったのだ。

 

「先に行ってるな!」

 

 向こう岸に残っているアキラに大声でそう伝え、レッドは再び走り始めた。

 ここに来るまでに何回も漫画で知っている場面を目の当たりしてきたが、やっぱり何度見ても凄く感じられるものだ。

 

「よし。俺も行くとするか」

 

 アキラも続こうとしたが、レッドが新しく作った氷の橋に他の選手達が殺到して来て、渡ろうとした彼は弾かれた。折角のチャンスを横取りにされた気分だったが、弾かれたことは逆に良かったのを彼はすぐに知ることとなった。

 

 レッドは簡単そうに渡っていたが、彼が作った橋は氷で出来ている。つまり滑りやすいのだ。

 実際に先に渡ろうとした何人かの選手は、不注意でタイヤを氷で滑らせて川に落ちてしまう。

 そこにドククラゲ達が毒入りの触手を伸ばしてくるので、川に落ちた選手達から悲鳴が上がる。

 

 しかも悪いことは重なる。

 

 急繕いなので耐久性が無いのか、橋の上を渡ろうとする選手達の重量に氷が耐え切れず、氷の橋は崩れてしまったのだ。

 結局レッド以外誰も氷の橋を渡ることが出来ないまま状況は振り出しに戻り、大半は元々あった橋で渡る順番を待つが、何人かは連れていたポケモンの力を借りて川の先へと向かった。

 

「――さて、どうしようか」

 

 一連の流れを見届けて、アキラは自分はどうするか考え始めた。

 最初はレッドと同じ様にミニリュウの”れいとうビーム”で橋を作って貰おうと考えていたが、今の結末を見る限りでは壊れたり滑らない保証は無い。ひこうタイプのポケモンが欲しいが、他にも手はある。

 ならばと思い、彼はゲンガーをボールから出した。

 

「スット、”サイコキネシス”で俺を川の向こうに運んでくれないか?」

 

 基本的に念の衝撃波を放つ形だが、”サイコキネシス”は相手を持ち上げたり、遠くの物を動かしたりすることも可能だ。攻撃以外にもイタズラなどにゲンガーは何時も応用していたので、アキラはこの力を利用して自転車ごと自分を運んで貰おうと考えた。

 しかし、面倒なのかゲンガーは露骨にやる気の無さそうな様子だった。

 

「頼むスット。お前の力じゃないと解決出来ないから困っているんだ」

 

 アキラは縋る気持ちでゲンガーにお願いする。もしこれでダメなら、大人しく橋の順番を待つしかない。しばらく間を置くと「やれやれ」と言った表情で、ゲンガーは自転車に対して”サイコキネシス”を発揮した。

 浮かせるだけでも少し時間が掛かったが、ゆっくりと川の上を浮遊させて無事にアキラの自転車は川を渡った先に運ばれた。

 

「ありがとうスット。次は俺を運ぶのもお願い」

 

 続けて頼むが、自転車を運ぶだけでかなり消耗したのかゲンガーは疲れた様子で仰向けに倒れ込む。もう少し頑張って欲しかったが、珍しく肩で息をしている姿を見るとかなり無理な事を強いてしまっていたのだろう。

 

「ご苦労スット。戻っても良いよ」

 

 アキラは労いの言葉を掛けつつ、ゲンガーをボールに戻す。

 ゲンガーがダウンしてしまった為、彼は他に移動する手段は無いか知恵を振り絞る。

 中々妙案が浮かばなかった時、急にミニリュウが入っているボールが揺れ始めた。珍しいと思いつつ、妙案があるのかと期待してアキラはミニリュウを召喚する。

 

「どうしたリュット。何か考えがあるのか?」

 

 体を屈めて、アキラはミニリュウと向き合った。

 しかし目の前のドラゴンは、彼の尋ねることには何も反応せず尾に力を入れて構えた。今までの経験から嫌な予感がするのを感じ取った直後、覚えのある強烈な衝撃と共に彼は宙を舞っていた。

 突然ではあったが、何とか体勢を安定させて地面に叩き付けられてから勢いが弱まるまで、彼は無造作に転がった。

 

 ようやく体が止まり、全身の至るところから感じるズキズキとした痛みをアキラは堪えながら体を起き上がらせる。転がった影響で目は回って視界は安定しなかったが、周囲を見渡すと近くにさっきゲンガーが運んだ自分の自転車があった。

 

「――随分と…荒っぽいな」

 

 確かに荒い手段だが、もしミニリュウに叩き飛ばされなくても自分はこれに近い手段を取っていただろう。痛い目に遭うことに慣れたこともあり、これはこれで有りだとアキラは思う。何より、ミニリュウが不器用且つ荒っぽくも向こう岸に送ってくれたのだ。手持ちに加えたばかりの頃を考えれば大きな進歩だ。

 

 フラフラしながら立ち上がったアキラは、服に付いた葉や土を叩き落とす。

 打ち付けられた体の所々が痛むが、頭はヘルメットを被っていたおかげで少し痛む程度で済んでいた。今の出来事を目の当たりにした他の選手達はざわめいていたが、彼は気にせず川の向こう側に残っているミニリュウをボールに戻すと、レッドの後を追うべく自転車を走らせた。

 

「う~ん、やっぱり痛いな」

 

 慣れてきたとはいえ、やっぱり痛いのを感じることは辛い。

 結局アキラは、体に気を使って少しゆっくり走ることにする。

 ペースダウンしたことで、折角順位を一気に上げれたのに橋を渡り切った選手達にまた追い抜かれて行く。

 

 何も知らなかったら焦るところだが、この先にさっきの川と同じ様に一気に順位を上げるチャンスがあることを彼は知っているので焦っていなかった。

 しばらく進んでいると、徐々に今大会の正規コースの一つであると同時に近道である大きな森が見えてきた。先に進んでいた選手達は軒並み遠回りの道を選んでいくが、レッドが森を通るのに用いた方法を知っているアキラはそのまま直進し続け、腰に付けていたボールを手に取った。

 

「エレット、出てくれ」

 

 原作でレッドは、ピカチュウの電撃でむしポケモンを蹴散らしながら森の中を進んでいた。それを再現しようと彼は同じでんきタイプであるエレブーを後ろの荷台に座らせる形でボールから出したのだ。

 ところが――

 

「重…ぃ…」

 

 突然ペダルが固くなって、アキラは大きくペースダウンすることになった。

 この時アキラは、標準的なエレブーの体重は30kg程なのを忘れていた。体を痛めている今の状態ではとてもではないが二人乗りの形で森の中を駆け抜けるのは無理であった。

 

 彼は一旦自転車を止めて、プランB「道を切り開く作戦」に変更する。

 作戦の要であるサンドパンを出すが、残念なことにエレブーと大して重さは変わらなかった。それに道を切り開かせたいのなら、エレブーの様に後ろの荷台に乗せていては意味が無い。ポケモンを自転車に乗せるのが無理なら並走させることも考えるが、彼らのスピードでは自転車と並んで走るのは難しいだろう。

 

 さっきの川を渡る辺りから尽く目論見が頓挫していくのに、アキラは頭を抱える。

 手持ちの力を借りれば上位入賞くらいは出来るだろうと思っていたが、やっぱり知っているだけでは、レッドがやったことを真似るのは色々無理があるらしい。

 

 仕方なくアキラは真似では無く、今の自分でも可能な方法を考え始めるが、中々解決策が浮かばず時間だけが過ぎていく。こうして足止めされている間に彼は他の選手に抜かれて行くが、腰に付けているボールの一つがまた揺れ始めた。

 

 ミニリュウかと思ったが、ボールを揺らしていたのは普段は動かないブーバーだった。さっきの流れを考えると不穏な空気が感じられたが、藁にも縋りたい気持ちだったアキラはブーバーをボールから出すのだった。

 

 

 

 

 

「アキラ、大丈夫かな?」

 

 作戦が頓挫してばかりでアキラが足止めをされていた間、レッドは途中でスピアーに襲われるハプニングに見舞われる以外は問題無く森を抜けてトップを目指していた。

 カスミの屋敷を出た時の様に置いて行った友人が何をしているのか気になるが、あの時とは違って彼は元気だ。

 

 時間は掛かってもゴール地点にいれば会えるはず。

 

 そう考えて、レッドは自転車を漕ぐスピードを上げる。

 参加している選手達を阻む数々の障害を乗り越えた今なら、順位はトップを目指せる程に上がっている確信が彼にはあった。

 

「よし、このまま行けば――ん?」

 

 気を取り直して自転車を加速させようとした時、目の前に大きな何かが見えてきた。

 近付いてみると、さっき会った海パンの男と虫取りの少年が行く手を阻まれているのか、立ち往生していた。

 

「どうしたの?」

「おお、君か我々はもうダメだ」

「ここを通れなきゃゴールできないよ」

 

 事情を尋ねると、会った時は自信満々だった彼らは何故か諦め気味の様子だった。

 確かに目の前にコースを丸ごと遮る障害物はあるが、数々の障害を乗り越えた二人ならこのくらい問題ない筈だ。一体何故と思い、レッドは巨大な岩の様な障害物を観察するが、すぐにこれが岩では無いことに気付いた。

 

「あっ! カビゴン!!」

 

 耳を澄ますと聞こえるいびきに噂で聞いたことのある巨体から、レッドは目の前の障害物がいねむりポケモンのカビゴンであるのを悟った。

 

「来たら寝てたんでーす。動きやしない、もう!」

 

 海パンの男が呆れた様子で経緯を説明するが、正体がわかったレッドはすぐにこの障害の解決策を閃いた。

 確かに巨大だが相手はポケモン。バトルで弱らせてからボールに入れてしまえばすぐに解決だ。

 ニョロボンを繰り出していざ勝負――と言うタイミングで、彼らは自分達が通ってきたコースから轟く様な音が聞こえてきた。

 振り返って見ると、遠くから物凄い量の土煙が舞い上がっているのが見えた。

 

「あれはなんですか?」

「誰かが来たってことだろうけど」

 

 あれだけの土煙だ。恐らく尋常では無い何かが起きているのだろう。三人の視線は、土煙を巻き上げている元に向けられる。

 徐々に自転車が見えてきたから、他の選手が追い付いたのだと片付けようとしたが、レッドは自転車に乗っているのが見覚えのある人物なのに気付いた。

 

 レッドが気付くと同時に、悲鳴にも似た甲高いブレーキの音を響かせながら猛スピードで走っていた自転車は一気に減速する。ところが勢いを殺し切れず、自転車に乗っていた人物は投げ出された。

 

「受け止めるんだニョロボン!」

 

 すぐにレッドは自転車から投げ出されて宙を舞っていた人物を助けるのをニョロボンに命じる。ニョロボンは跳び上がると、地面に叩き付けられる前に投げ出された人物を受け止めてそのまま着地する。同じく勢いで宙を舞っていた自転車の方は、これもまたレッドが良く知るポケモンであるブーバーがしっかり抱えた状態で着地したことで傷一つ付かなかった。

 

「た…助かった…」

「何をやっているんだアキラ?」

 

 すっかり腰を抜かしているアキラに、レッドは事情を尋ねる。

 あの後、要望通りにブーバーを出したアキラは、言われるがままに自転車に乗った状態で言い出しっぺのひふきポケモンを荷台の上に座らせた。その直後、後ろ向きに座っていたブーバーは口から”かえんほうしゃ”を一気に吐き出したのだ。

 凄まじい勢いで放たれた炎によって、強力な推進力を得た自転車は常軌を逸したスピードを実現、一気に森を突き抜けてここまで来たのだ。

 

「すげぇな…」

 

 経緯を説明すると、レッドから称える様な眼差しを向けられたが、正直言ってあの状況からここまで来れたのは奇跡に近い。辛うじて自転車を最後まで安定させられたが、あんな転んだら大怪我間違いなしのスピードを出すのはもうごめんだ。

 体に力が戻ったのを確認して、アキラは自転車に寄り掛かっていたブーバーをボールに戻す。突然の登場に海パンの男と虫取り少年は唖然としていたが、アキラとレッドは気にすることなく目の前のカビゴンに目をやった。

 

「レッド、これは…」

「カビゴンだ。これから俺が退かしてやるから待ってな」

 

 レッドは意気揚々に、今度こそニョロボンをカビゴンに突っ込ませる。

 ニョロボンは、みずとかくとうの二つのタイプを併せ持つ。特にかくとうタイプを有しているおかげで、接近戦での打撃攻撃は強力だ。

 

 ところが幾らカビゴンに攻撃を仕掛けても、ニョロボンの攻撃は「ボヨン」と言った擬音と共に尽く弾かれる。ゲーム的に考えるとカビゴンの防御力は低いはずだが、現実は見た目でもわかるこの分厚い脂肪がゴムの様な弾力を実現して打撃攻撃を和らげているらしい。

 

「なんだこいつ。ブヨブヨした体のクセに」

「落ち着いてレッド。物理的な攻撃がダメなら特殊な攻撃に切り替えたらどうだ?」

 

 アキラの尤もな意見にレッドは納得すると、ニョロボンに”れいとうビーム”を放たせる。

 しかし、この攻撃も体の一部が凍り付くだけで効いているとは言い難かった。

 

「全然効かねえぞ。本当に倒せるのか?」

「おかしいな」

 

 カビゴンは特殊防御が高いので、この展開は容易に想像出来ていた。けれどゲーム的に最も有効であるはずの攻撃でダメージが与えられないのでは、打つ手が無い。

 ポケモン図鑑を開き、レッドは目の前のカビゴンの能力値を確認する。図鑑に表示されたカビゴンのHPは一応削れてはいたが、ニョロボンの攻撃が止まると目に見える速さで回復していく。

 

「僕達もあの手この手と散々やってみたんだけど」

「この通り、寝ているから攻撃してもすぐに回復してしまうのでーす」

「”ねむる”か…」

 

 状態異常を含めて体力の全てを回復する技である”ねむる”は、確かに使われると面倒だがここまで厄介だっただろうか。取り敢えずカビゴンの様子を見る限りでは、一撃でHPを0にするか、回復し切る前に絶え間なく攻撃を与え続ける必要があると言うことだ。浮かび上がった方法の前者に、アキラは心当たりがあった。

 いや、恐らくこの四人の中では自分しかできない。

 

「レッド下がって。今度は俺がやる」

 

 レッドを下がらせて、アキラは腰に付いている五つのボールを全て展開する。

 出てきたエレブーとサンドパンはやる気満々だが、ミニリュウとゲンガー、ブーバーは如何にも面倒そうな雰囲気で、今にもボールに戻りそうだった。

 だけど三匹にはやる気を出して貰わなければ困るので、彼は提案する様に尋ねた。

 

「”合体攻撃”をやってみないか?」

 

 アキラの提案にエレブーとゲンガーは目を輝かせ、ブーバーも興味を示し、サンドパンは名案と言いたげな表情を浮かべ、ミニリュウもブーバー程ではないが興味あり気だ。

 ”合体攻撃”とは、彼らが見ていた番組で度々出ていた必殺技だ。

 やったことは無いが、能力値が高く技の威力に恵まれた彼らが協力すれば必殺の一撃を繰り出せるだろう。手持ちがやる気になったことを確認した彼は、手始めに強力な飛び技が乏しいサンドパンに”ものまね”でミニリュウの”はかいこうせん”を真似させて準備させる。

 それから少し距離を取り、五匹はカビゴンを見据えて何時でも技が出せる様に構えながら一列に並ぶ。

 

「今だ!」

 

 合図を出すと、”かえんほうしゃ”、”でんきショック”、”ナイトヘッド”、”はかいこうせん”、”れいとうビーム”などの光線技が一斉に放たれる。

 放たれた五つの光は互いに絡み合い、正に”合体攻撃”と呼ぶに相応しい鮮やかな輝きを放ちながらカビゴンに命中する。直後に激しい爆発が起こり、生じた衝撃波や振動が周囲に広がる。一見やり過ぎだが、これくらいやらねばカビゴンを戦闘不能には出来ない。相手は将来レッドの手持ちになるポケモンなのだから、手加減無用と彼は考えていた。

 しかし、今放った”合体攻撃”は見た目こそは派手ではあったが、煙が晴れるとカビゴンがさっきとは変わらず寝続けていた。

 

「くっそ~、ダメか」

 

 事態が好転しないのにレッドは悪態をつくが、アキラは冷静だった。

 一撃で倒すのがベストだが、これ程の攻撃を叩き込んだのからかなりHPは減っているはずだ。

 回復し切る前に次で仕留める。

 技を放った後の反動で動けない時間を利用して、アキラはレッドのポケモン図鑑に表示されているカビゴンのHPを確認するが、映っていたデータに目を疑った。

 

「へ、減っていない!?」

 

 何とカビゴンの体力は半分以上減っているかと思いきや、その半分も削れていなかった。

 こうして確認している間にもカビゴンのHPは回復していき、遂には完全に回復してしまった。

 正真正銘、今連れているポケモン達が平時で出せる最大級の技をぶつけたにも関わらず、こんな結果で終わってしまうことにアキラは動揺を隠せなかった。

 

「ちょっと待って、幾らなんでもおかし過ぎる! どうして!?」

「それはこいつが寝ているからでーす。試しに何か続けて出せる技を仕掛けてみてくださーい」

 

 寝ているから回復しているのはわかっていることだが、一体どういうことなのだろうか。

 試しにアキラは海パン男の言う通り、サンドパンに”どくばり”、エレブーに”でんきショック”を可能な限り浴びせ続ける様に命じた。どちらも威力は低いが、出し続けることが出来る技だ。それを同時に与え続ければ、ある程度のダメージは期待できる。

 

 二匹が攻撃を始めたのを見届けて、もう一度レッドのポケモン図鑑からカビゴンのHPの減少具合を確認する。威力は低いので、HPゲージの減る速度が遅いことは承知している。

 だけど、あまりにも鈍過ぎる印象を受けた。

 まるでダメージと同時に他の処理をしている様な――

 

「もしかして……ダメージを受けると同時に回復していませんか?」

「その通りでーす。ですから回復率を大きく上回る攻撃でもしないと無駄なのでーす」

「な、なにそれ」

 

 明らかになった理不尽な事実に、アキラは驚愕する。

 ダメージを受けてから回復ではなく、寝ている間は常時回復状態。しかもダメージを受けると同時に回復も進むとなると、倒すのは一苦労だ。

 ましてや相手は耐久力に優れたカビゴンだ。

 普通に倒すことも難しいのに、さっきの”合体攻撃”やかくとうタイプがあるニョロボンでもまともにダメージを与えられなかったのだから、これでは今の自分達で倒すのは無理だ。

 

「倒すんじゃなくて動かすってのはどうだ?」

 

 倒すことを諦めたレッドはカビゴンを動かすことを提案するが、こんな巨体を動かせるのなら苦労はしない。一応力づくでは無い解決策をアキラは知っているので、そろそろ言い出そうと思ったが、出していた手持ちが各々自分達なりにカビゴンを退かそうと行動を起こし始めた。

 

「あの…ポケモン達が勝手に動いているんだけど、良いの?」

「何時ものことですので」

「完全に慣れたなアキラ」

 

 あの様子では止めても無駄だろう。

 状況によっては、激流に身を任せて同化した方が負担は少ないことを学んだ事もあって、アキラは彼らの気が済むまで好きにやらせることにした。

 ミニリュウやブーバーは”たたきつける”や”ほのおのパンチ”で攻撃するが、ニョロボン同様にカビゴンの分厚い脂肪に阻まれて手応えは感じられなかった。

 ゲンガーは”サイコキネシス”で動かそうとするが、対象が重過ぎてビクともしない。

 サンドパンとエレブーも攻撃したり、体を押したりと奮闘する。

 

 しかし、これだけ手を尽くしてもカビゴンは起きることは無かった。

 唯一変化があったとしたら、ただ背中を掻く為だけに寝返りを打ち掛けたくらいだ。

 動いた時は皆期待感を抱いたが、背中を掻き終えたカビゴンは再び道を塞ぐ形に戻り、変わらず大いびきを唸らせ始めた。

 

「ダメか…」

 

 残念な結果にアキラ以外の三人は肩を落とす。

 エレブーとサンドパンも自分達では無理だと悟ったのか、疲れた様に座り込む。そろそろ頃合いだと、アキラは手持ちをボールに戻す準備に入ったが、他の三匹はカビゴンの舐めた態度に完全に頭にきたのか意地でも退かそうと攻撃を続ける。

 

 いい加減諦めて欲しいものだと見守っていたが、攻撃を続ける内にカビゴンの顔が幸せそうな寝顔から苦しそうな表情に変わった。流石に執拗な攻撃に耐え兼ねて起きるのかと思ったが、それは大間違いだった。

 

 誰だって心地良く寝ているのを邪魔されると不機嫌になるものだ。

 そしてそれは、時に逆鱗に触れる様なものでもある。

 我慢の限界に達したのか、般若の様な顔付きになったカビゴンは、横になっている体勢であるにも関わらず三匹を纏めて殴り飛ばす。

 

「ギエプッ!」

 

 不幸にも飛ばされた先にアキラは立っており、突然の事に何もできないまま彼は飛んできた三匹に巻き込まれて一緒に水しぶきを上げて川へと落ちる。

 すぐに浮き上がるだろうと何人かは楽観的に考えていたが、レッドだけは違っていた。

 

「ニョロボン急いでアキラを助けるんだ!」

 

 切羽詰まった勢いで、レッドはニョロボンを川に落ちた彼らの助けに向かわせる。

 他の二人は何故そんなに焦っているのか良くわかっていない様子だったが、アキラと共に数日を過ごしたレッドは、彼には旅をしていく上で致命的とも言える苦手なことがあるのを知っていた。

 彼はカナヅチなのだ。

 

 

 

 

 

「あ~、死ぬかと思った」

 

 服が吸った水を絞りながら、アキラは自分がこうして生きていられるのを有り難く感じていた。

 川に落ちてから泳げないことも相俟ってすっかりパニック状態に陥っていたが、助けに来たレッドのニョロボンのおかげで無事にゲンガーと一緒に戻って来れた。

 ちなみにミニリュウは普通に泳いで戻り、ブーバーは野生以来久し振りに”テレポート”を使用したことで先に川から出ていた。

 

「全く、お前まだカナヅチ治っていないのかよ」

「無茶言わないで…」

 

 呆れるレッドにアキラは勘弁してくれと言わんばかりの様子でやんわりと流す。

 カスミは彼のカナヅチを治そうとはしていたが、アキラ自身が乗り気では無かったのや怪我の治療、エレブーの持ち込んだトラブル解決に専念していたのですっかり忘れられていた。

 

「泳げないと聞こえましたが、ワタクシがご指導してあげましょうか?」

 

 海パン男の提案に、アキラは粗方絞り終えた上着をブーバーの熱で乾かしながらちょっと真剣に考える。彼からすれば泳ぎの練習に時間を割くくらいなら他の事をやった方が良いと思っていたが、今回の事を考えると真面目に治さないと命が危うい。

 だけど、やっぱりどう足掻いても勝手に沈んでいく自分が泳げる様になれるのかは懐疑的なままだった。

 

 

 

 

 

 その後、結局カビゴンは原作通りレッドが蜂蜜まみれになったフシギダネを餌に釣ることで、ようやく退かすのに成功した。

 信じられないスピードで追い掛けるカビゴンと逃げるレッドの姿を後ろから眺めながら、アキラは三位の成績でゴールをして何とかこの大会に参加した目的であるわざマシンを手にした。

 ところが――

 

「わざマシン31って、”ものまね”?」

 

 賞金と一緒にアキラが手にしたわざマシンは、以前カスミがサンドパンに覚えさせてくれたわざマシン31、つまり”ものまね”だったのだ。

 幸い”ものまね”は、手持ちの誰でも覚えられるしその有用性は理解している。

 けど別のを期待していただけに、少々ガッカリだった。

 

「お~い、君ちょっと待って」

 

 表彰式を終えて引き揚げ様としたアキラを、二位でゴールした虫取り少年が呼び止める。

 

「えっと、何かな?」

 

 すぐに自転車を止めて、彼は少年に呼び止めた用件を尋ねる。

 

「――出来れば俺のわざマシンと君が貰った賞金を交換してくれないかな?」

「え?」

 

 思わぬ申し出にアキラは戸惑う。

 何故なのか話を聞けば、彼は元々賞金が目当てで出場したのでわざマシンはいらないという。

 このままショップで売っても良いのだが、手にした賞金よりも幾らか安いので誰かの賞金と引き換えにわざマシンを譲る方が良いらしい。

 

「――わざマシンの中身は何でしょうか?」

「わざマシン39、覚えられる技は”スピードスター”」

「良いですよ」

 

 覚えさせられる技の名前を聞いたアキラはすぐに了承した。

 カスミの屋敷で滞在している間に、この時代のわざマシンの種類と中身を覚えている。”スピードスター”なら使い道はあるだろう。それに彼も賞金よりわざマシンの方が欲しかった為、この申し出は丁度良かった。

 これでわざマシンは二つ、レッドは無事に優勝してカビゴンも手持ちに加えた。

 順調にこの世界が自分の知っている通りに進んでいる事に安心感を抱きながら、新しく手に入れたわざマシンを手持ちの誰に覚えさせるべきか、彼は思いを馳せるのだった。




アキラ原作イベントに参戦、またレッドと再会。

原作ではポケモンの力を借りれば簡単な様に見えるけど、結局上がって来れたのはあの三人だけだから、結構あの大会ハードだと思う。
”ねむる”の仕様は、この小説のオリジナル設定です。”つるぎのまい”で防御と同様にこんな感じで一部の技を都合の良い解釈をしたりオリジナル要素を加えたりします。

後、地味にアキラが手持ち関係でもう悟りの領域に至っちゃった気がする。



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鈍感なエスパー

 昔参加したロードレース大会にあった出来事をアキラは思い出していたが、意識を再び今自分がいる四年後のコガネシティ内にある警察署に戻す。

 

 最後の一人とアキラとのテストバトルが終わったことで、コガネ警察署で行われている特別講習は再び休憩の時間に入った。たった一戦だけでもかなり疲れた様子の人は多かったが、殆どは以前より手応えを感じているのか表情は明るかった。

 

 見守っていた署長は部下達の表情から、指導が上手くいっていることを感じて満足気であった。今回の講習を機に彼らのポケモンを使った犯罪への対応力が上がってくれればと願っていたが、その望みは叶えられそうであった。

 スタンドを降りて行くと人気が無くなったバトルフィールドの片隅で、今回の講習に招いたアキラが連れていたポケモン達と集まっていた。

 半分は自由に休んでいたが、もう半分は彼と一緒に何やら忙しなく動いている。

 

「スタッフの手を貸しましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

 

 署長の申し出を断り、アキラは三匹のポケモン達と一緒に進めている作業に戻る。

 一匹は木の実の様なものを器用に取り出して並べ、残る二匹は直接トレーナーである彼と一緒に資料を分けていた。パッと見では次の指導の準備をしているように見えるが、さっきの指導の時に渡した今回の講習を受けている警察官のプロフィールを分けている点が気になった。

 

「何をしているのですか?」

「次の指導の準備とさっきの実戦指導をした人が、どういうバトルスタイルなのか分けているのです」

 

 彼が言うには最初に実戦指導をした中で良し悪しを分け、更にその中で彼なりに感じたバトルスタイルに応じて細かく分けているそうだ。どういう基準で分けているのか外野である署長はわからなかったが、彼とこの分担を手伝う二匹のポケモン達はわかるらしい。

 彼らは置かれている資料を手にすると、そこに記載されている内容と一緒に今回書き纏めたメモにも目を通していく。

 

 理解するには人の文字がわかっていなければ出来ないが、二匹は()()()()()()のか時たまにどこに分けるべきかを話し合ったりする素振りを見せながら分けていく。

 ポケモンの多くは、完全まではいかなくても人間の言葉を理解できることは署長である彼は知っていたが、今アキラと一緒に資料を分けている二匹はまるで人間の様な働きぶりだ。それも優秀な秘書官を彷彿させる。

 

「連れているポケモン達は賢いですね」

「えぇ、本当に色々助かっています」

 

 今まで数々のポケモンを見てきたが、あそこまでトレーナーを手助けするポケモンは見たことが無いし、人間でもあそこまで動けるのはそうはいない。

 しかし、褒められた矢先に賢いと評した二匹は何やら揉め始めた。

 そういえばさっきのトレーナーとポケモンの話し合いでも、あの二匹は喧嘩をしていたのを署長は思い出す。

 

「――もしかして仲が悪いのですか?」

「…何とも言えませんね」

 

 迎えた頃はそう考えていた時期もあったが、喧嘩をする時もあれば一緒にいる時もあったりと、正直あの二匹は仲が良いのか悪いのか今でも判断に困っている。大体はくだらないことが原因なのでアキラは溜息を吐きながら、一方が馬乗りになって殴り付け始めたのを止めながら何年もの前の出来事を回想するのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 回復が終わったことを告げる軽快な音楽が鳴り響き、ポケモン達が入ったモンスターボールがぼんやりと受付に立っていた少年に差し出された。

 

「はい、お連れになっているポケモン達は皆元気になりました」

「はい…ありがとうございます…」

 

 差し出されたモンスターボールを受け取り、アキラは一つ一つ腰に取り付けていくが心ここにあらずと言った様子だった。

 今彼はヒラタ博士の頼みで、彼の知り合いにちょっとした荷物を届ける為にセキチクシティを訪れていた。暇があったら名物のサファリゾーンに遊びに行きたかったが、この後タマムシシティで合流する約束になっているので行っている余裕は無い。

 

 五個あるボールをしっかり固定すると、アキラは肩を落とす様に溜息を吐く。

 別に遊びに行くことが出来なくて落ち込んでいる訳では無い。負けてしまう覚悟があったと言う訳では無いが、まだ連れているポケモン達を持て余しているのなら、ゲームの様にずっと勝ち続けられる訳が無いのはわかっていたつもりではあった。

 だけど――

 

 

 たった一匹のケンタロスに成す術も無く一方的に蹂躙されたのは、アキラにとってあまりにも衝撃的過ぎだった。

 

 

 先発に出たゲンガーは油断していたのか、開幕に揺らされた”じしん”で一発KO。

 続けて繰り出したサンドパンは、強烈な”ふぶき”の直撃で氷漬けにされて戦闘不能。

 起死回生を賭けたエレブーは、”でんこうせっか”で一矢報いようとしたが”じしん”と”のしかかり”の連続攻撃で、自慢の打たれ強さをあまり発揮出来ないまま文字通り潰された。

 ブーバーに至っては、仕掛ける間もなく飛び出してすぐに放たれた”はかいこうせん”の直撃を受けて瞬殺。

 最後の希望であるミニリュウは相性最悪である”ふぶき”には耐えたが、続く”はかいこうせん”のオーバーキルには流石にどうしようもなく倒されてしまった。

 

 この町を訪れるまでの道中で、彼は何人ものトレーナーとバトルをしてきた。

 ここに来て急にトレーナーのレベルが高くなり、サンドパンには”スピードスター”、ミニリュウにはあみだくじで選んだ結果”ものまね”を覚えさせて強化したにも関わらず、かなりの苦戦を強いられた。

 

 町に着いた時の疲れ切った状態でやられたのなら運が無かったで済ませられるが、回復を終えた万全状態の五匹をたった一匹に完封されたのだ。こんな形での敗北は、全く想像していなかったこともあり、彼のショックは大きかった。

 

「強かったな。あのケンタロス」

 

 捕まえるのが面倒なだけのポケモン、それが今日までアキラがケンタロスに抱いていた印象だ。

 しかし、さっき戦ったケンタロスはまるで伝説のポケモンを相手にしているのではないかと思わせる程に理不尽な強さを誇っていた。

 

 ガラス越しに見えるポケモンセンターの横に併設されているバトルフィールドでは、さっき戦ったケンタロスを連れているエリートトレーナーっぽい青年が、連勝記録を伸ばしていた。

 今終わったバトルでもケンタロスは無双していたが、次の対戦相手であるサイキッカーの様な人物は、これまで青年に挑んだトレーナーとは一味違っていた。

 

 先発に出されたスターミーは、高い素早さを活かして巧みにケンタロスの攻撃を躱すと”でんじは”で動きを鈍らせる。状態異常にして本領を発揮できない様にする上手い作戦だったが、暴れ牛は強引に戦い続けて”かみなり”を落とす。

 スターミーは一気に瀕死寸前まで追い詰められるが、止めを刺される瞬間”かげぶんしん”で回避すると、四方から”サイコキネシス”を放ってケンタロスを吹き飛ばした。

 

「マジかよ」

 

 無敵を誇っていたケンタロスが倒されたことに、アキラを含めたバトルを見守っていた人達は驚きを隠せなかったが、ケンタロスのトレーナーは冷静だった。

 倒れたケンタロスをボールに戻すとサンダースを繰り出して、強烈な電撃で今度こそスターミーを仕留めるとポケモンの数は互角のままバトルは進む。

 

 強力な技と力のぶつかり合い。

 野良バトルとは思えないハイレベルなバトルに、アキラは釘付けだった。

 強い技だけなら、サンドパンとこの前の大会で手に入れた二つのわざマシンの内の一つでミニリュウに覚えさせた”ものまね”で真似することは出来るが、トレーナーの技術まではアキラには真似できない。

 まだまだ未熟だが、何時かこんなバトルが出来る様になりたい。

 そう夢見て、彼はこのバトルから学び取れそうなことを探し始めるが、あることに気付いた。

 

 それはケンタロスのトレーナーは多種多様なタイプのポケモンに様々な技を使っているのに対して、エスパー使いは”サイコキネシス”などのエスパータイプの技を多用する傾向があることだ。言うなれば、前者はあの手この手で相性を突いてのダメージを狙っているが、後者は相性を考えずにただエスパータイプの力でゴリ押ししている印象だ。

 エスパータイプと相性が悪いポケモンを出されたら、どうするつもりなのだろうかと思うが、彼はあることを思い出した。

 

 そこまで研究が進んでいないのか、この時代のポケモンのタイプ一覧にあくタイプやはがねタイプはいない。

 いずれの二タイプは、エスパー技に耐性を有するのみならずエスパーキラーとしても名高いことを彼は知っている。けどよく考えれば、この二タイプ以外でエスパータイプの技を最小限に出来るのは同じエスパータイプだけだ。

 つまり同じエスパータイプのポケモンが相手で無い限り、攻撃技をエスパー技一本に絞っても大きなダメージが見込めると言うことだ。

 

 実際、エリートトレーナーは苦戦を強いられて、同じエスパータイプであるスターミーを繰り出したことでやっと優位に立てた。それだけあくとはがね無しでは、エスパータイプは止めようが無いらしい。

 

「エスパーか…」

 

 正直エスパータイプは性に合わないが、ここまで強力だと使ってみたくなる。

 だけどアキラは、六匹目候補は絶対にみずタイプと決めている。

 数は限られているが、みず・エスパー、二つのタイプを持つポケモンを加えたい。

 そう思いながら、ここに来る道中で釣りが好きな人の釣り談話に付き合っただけで貰えた旧式のすごいつりざおを取り出した。

 

 これを使えば、あらゆるみずポケモンが釣れると言う。そして近くには手持ち候補として考えているヒトデマンの生息地があると聞く。

 そうと決まれば話は早い。

 目の前で行われていたバトルが、ケンタロスを連れていたトレーナーの辛勝と言う形で終わったのを見届けたアキラは、ポケモンセンターを飛び出した。

 

 

 

 

 

「――中々釣れないな…」

 

 釣りを始めて一時間過ぎようとしていたが、未だに彼のすごいつりざおにはコイキング一匹すら引っ掛かる気配は無かった。隣では同じ様に貰ったボロのつりざおを手にしたゲンガーもいたが、お互い垂らした糸が水面の波紋を広げるだけで終わっている。

 他の手持ちのポケモン達は、少し離れた砂浜で各々好きな様に暇を潰して過ごしている。エレブーは目を離すとトラブルを引き寄せてくるが、サンドパンと一緒にいれば大丈夫だろう。

 

 しかし、それと今目の前の状況は別だ。

 以前読んだ本によると、ヒトデマンはこの辺りに生息しているはずなのだが、お目当てのポケモンどころかそれ以外のポケモンもここまで釣れないものなのだろうか。

 全く変化の無い状況に、ゲンガーは痺れを切らして手にしていた釣竿を放り投げる。それから暇潰しのつもりなのか、近くの岩場に並んで尻尾を海に垂らしているヤドン達にちょっかいを出し始めた。

 

「スット、余計な面倒事は持ち込まないでよ」

 

 釣竿から目を離さずにアキラは注意するが、ヤドン達は鈍いのかゲンガーがあれこれやっても表情一つ変えない。仕返しされないことに気を良くしたのか、ゲンガーは彼らの前足を何度も踏み付けたりとちょっかいをエスカレートさせる。

 それを見たアキラは、止めさせるべくゲンガーを強制的にボールに戻す。

 

 流石にヤドンがゲンガーから離れる様に動き始めたのや、一部のヤドンが何やらゲンガーに近付いて来ているのを見て、不穏な気配を感じたからだ。

 ゲンガーがいなくなったことで、一応ヤドン達に平穏が戻った。

 しかし、それでもゲンガーに近付いていたヤドン達は、ぼんやりとした表情ながらも揃ってアキラに視線を向け続けていた。

 居心地の悪さを感じて、アキラはヤドン達から離れようと思い始めたが、直後に今度は砂浜から指をクラブの鋏に挟まれたエレブーが悲鳴を上げて喚いていた。

 

 結局ある意味トラブルを引き寄せたことに、アキラは溜息をつく。

 助けに行くべく釣りを一旦中止しようとした時、今まで何も反応の無かった釣竿が何かに引かれる様に動いた。

 

「なっ!?」

 

 まさかのタイミングに、アキラはどちらを選ぶべきか一瞬迷う。

 そんなタイミングにエレブーの方はサンドパンが如何にかしようとしていることを確認すると、彼は反応のある釣竿の方に集中した。

 釣り自体は初めての経験なので、今引いているのが大物なのかは全くわからない。だがかなりの力で、気を抜けば海に引きずり込まれてもおかしく程であった。未だにカナヅチが改善されていない彼にとって、海に落ちるのは最悪だ。

 

「ふっんがぁぁーー!!」

 

 歯を食い縛るあまり変な顔付きをしようが関係無い。

 可能な限り持てる力の全てを腕に注いでいたからか、糸を引いている主の力が弱くなった瞬間、アキラは遂に釣り上げることに成功した。

 ところが釣り上げた獲物は勢いのまま、体当たりを仕掛けてきて、彼は倒れ込む様に地面に体を打ち付けた。

 

「いててて」

 

 頭もぶつけたので一瞬だけ意識が飛び掛けたが、何とかアキラは堪える。

 衝撃で腰に付けていたモンスターボールが至る所に散らばっていたが、回収しながら釣り上げた獲物の様子を窺う。

 釣り上げたポケモンは非常に特徴的な星型の姿をしており、彼が求めていたヒトデマンであるのは一目瞭然だった。

 

「まさか最初からヒトデマンを釣れるなんて運が良い」

 

 ケンタロスにボコボコにされた分の運がここで回ってきたのだろう。

 ヒトデマンは足と思われる部分を使って二本足できっちりと立っており、アキラはすぐさま戻したばかりのゲンガーを繰り出して対決させる。

 

 最初は不機嫌だったゲンガーではあったが、出てきた理由を理解すると早速”ナイトヘッド”でヒトデマンを牽制する。

 対するヒトデマンは”みずでっぽう”で反撃するも、ゲンガーは悠々と躱し、ここに来るまでの間に覚えた新技である”さいみんじゅつ”を掛ける。

 元々ゲンガーは、相手を状態異常にする技が豊富だ。中でも新しく覚えた”さいみんじゅつ”は、野生のポケモンを捕獲するにはもってこいの技だ。

 放たれた眠くなる波動を受けて、ヒトデマンはパタリと玩具みたいに倒れる。

 

「よし。いけモンスターボール!!!」

 

 ヒトデマンが倒れたのを見て、アキラは六個あるボールの中でまだ誰も入っていない空のボールを投げる。

 後は投げたボールがヒトデマンを収めるのを待つだけ――の筈だったのだが、ボールはヒトデマンに当たる前に何故か開いて、中から何かが飛び出した。

 

「………え?」

 

 予想外の展開にアキラは戻ってきたボールを掴み損ねる。

 しかし、問題はそこではない。

 

 空だと思って投げたボールから出てきたのは、特徴的なピンク色の体色からヤドンと思われるポケモンだったのだ。

 

 何故ヤドンが空のボールに入っているのか。

 様々な疑問が頭を過ぎるが、呆気に取られている間に折角眠らせていたヒトデマンは目が覚めてしまう。起き上がったヒトデマンは敵わないと悟ったのか、そのまま海に飛び込んで逃げてしまうが、アキラは追わなかった。いや、追うことが出来なかった。

 

 彼が所持しているモンスターボールの数は六個。

 その内、捕獲用として残していた空きボールは一個だけだ。

 その残りの一個を何時入り込んだのか知れないヤドンに占拠されてしまったのだから、新しいボールを用意しない限りポケモンを捕まえることはできないのだ。

 

「――何で入っていたの?」

 

 ヤドンに歩み寄ったアキラは率直な疑問をぶつけるが、ヤドンはぼんやりとした間抜けな表情を晒すだけだった。

 新しく手持ちに加わったポケモンに興味を示したのか、ボールから出ていた他のアキラのポケモン達も続々と集まってくる。

 全員集まったタイミングでようやく、目の前のどんかんポケモンは今にも消えそうなか細い間抜けな声を発しながら首を傾げる。

 

 反応が遅過ぎる上に、自分でもボールに入っていたのかがよくわかっていないらしい。いや、この場合はアキラが話していることを理解していないだけかもしれない。

 中でもゲンガーは、ヤドンを検査するかの如く体の至るところを調べ始めると、何故か最後に足を何度も踏み付けた。

 

「お~い、止めとけ」

 

 一応伝えるが、ヤドンは気付いていないのかぼんやりとした表情のままだ。

 その様子に、調子に乗ったゲンガーは更に強く踏み付けるがそれでも変わらない。あまりの間抜けさに、ゲンガーは口元を抑えてバカにするような声を漏らすが、次の瞬間、彼の体は突如浮き上がった。

 アキラを含めて他のポケモン達も驚きを露わにするが、何が起きたのか理解する前にゲンガーは弾丸の様なスピードで吹き飛び、さっきまで釣りをしていた岩場に体を大の字にめり込ませた。

 

「――こわ…」

 

 急いでヤドンの様子を窺えば、さっきと変わらない表情ではあったが目は青く光っていた。

 まさか岩にめり込ませるだけの超能力を発揮するとは、微塵も思っていなかった。

 

 そもそもこのヤドンは一体どこから来たのか。

 周囲を軽く見渡すと、少し離れた岩場に今傍にいるヤドン以外に何匹かのヤドンが海に尻尾を垂らしているのが目に入った。ヤドンがモンスターボールに入るチャンスは、ヒトデマンの体当たりを受けた衝撃で散らばってしまった時くらいだ。

 そういえば釣りに飽きたゲンガーがちょっかい出していたのは彼らだった筈、となるとそれらが意味するのは――

 

「仕返しに来たの?」

 

 もう一度尋ねるが、やっぱりすぐに返事は帰ってこない。

 あまりの遅さにブーバーはイライラし始めるが、アキラは抑えながら忍耐強く待つとヤドンの肯定と取れる頷きを確認した。どうやら反応するにはそれなりの時間を要するらしいのと、さっきゲンガーにイタズラをされたことの仕返しがボールに入っていた理由らしい。

 何故仕返し目的でモンスターボールに入る必要があるのか理解出来ないが、こんなことで折角のチャンスを無駄にされたことにアキラは思わず天を仰ぐ。

 

「まっ、元を辿ればスットが原因だし」

 

 ゲンガーが余計なことをやってヤドン達の恨みを買ってしまったのだ。

 仕方ないかと気を取り直してもう一度ヒトデマンを釣るのに戻ろうとしたが、ヤドンはノロノロとした足取りで彼の足元に落ちていたボールに戻った。

 

「あれ?」

 

 ヤドンが入ったボールにアキラは目を落とす。確かにポケモンを逃がすには、一旦モンスターボールに戻す必要はある。だけど野生のポケモンが、モンスターボールの機能を知っている筈が無い。ならば何故ヤドンは自分からボールに入ったのか。

 まさかと言う考えが頭を過ぎり、彼は再びヤドンを出して出来るだけ同じ目線になる様に体を屈めて向き合った。

 

「ヤドン…俺の勘違いかもしれないけど、俺に付いてくるつもりなのか?」

 

 直球でアキラはヤドンに問い掛ける。

 ゲンガーに仕返しをすることが目的なら、それは既に果たせている。なのにわざわざボールに戻ったのだから何か理由がある筈だ。冗談半分だったが、間を置くとヤドンは同意する様に頷いたのを見て彼は目を見開いた。

 

「――本当に?」

 

 意味が分かっていないだけかもしれない為、半信半疑で聞き返す。

 だがポケモンの方からトレーナーに興味を抱いて自ら付いて行くことを選ぶ例は、アキラ自身がエレブーの一件で経験している以外にも、調べてみると記録上では意外と多いものだ。

 手持ちも含めて彼らはヤドンから距離を取り、彼はヤドンが入っていたボールを砂浜に置く。

 ちゃんと理解しているのなら、動きは遅くてもちゃんとこの中に戻るだろう。

 

 どんな形であれポケモンがトレーナーに付いて行くことを選ぶのは、何かしらの利があることを見出していることを意味する。だがそんなこと関係無く、もし本当に付いて行く気があるのなら、その気持ちを無視してこちらの都合で逃がす様な真似をアキラはしたくない。

 ていうかしたらダメだと今の彼は思っている。

 

 エレブーの時はそこまで頭は働いていなかったが、そんなことをしたら連れている手持ちにどんな影響が出るか。特に人間不信気味で言うことを聞かないミニリュウには、言葉では言い尽くせない程出るだろう。

 

 しばらくヤドンの動きに注視していると、ヤドンはテクテクと四本足で歩き始めて、置かれていたボールのスイッチを押すと自分から入っていった。

 

 これでハッキリした。

 

 モンスターボールに入れたとしても、自動的にそのポケモンがボールの持ち主である人間に忠実になることは無いのだから、あのどんかんポケモンは本気で付いて行くつもりなのだ。ひょっとしたらゲンガーに仕返しをすることは名目で、勝手に手持ちに加わったのは別の目的があるかもしれないが、それを知る術はアキラには無い。

 

 こうなったら好む好まない関係無く、本格的にヤドンの育成を考えなければならない。だけどこの時点でヤドンが何を覚え、何を得意としているのかはアキラにはわからなかった。

 しばらくボールを手にアキラは思案するが、ある考えが頭に浮かんだ。

 

「サンット、ヤドンの相手をしてくれ」

 

 もう一度ヤドンを出すと、アキラはサンドパンを手招きした。

 連れているポケモンと戦わせて、どういう戦いをするのか見ようと考えたのだ。

 意図を理解したサンドパンは、ヤドンに立ち塞がる様に対峙する。

 

「ヤドン、連れて行く前にお前がどういう戦いをするのかを見せてくれ」

 

 そう伝えて暫し待つと、ヤドンは首を縦に振る。

 了承してくれたことを確認して、アキラはバトルの開始を宣言すると先に攻撃を仕掛けたのは、やはり素早いサンドパンだった。

 両手の爪を持ち上げ、賞金と引き換えに虫取り少年から譲り受けたわざマシン39を使って新たに覚えた”スピードスター”をヤドンに向けて撃つ。

 放たれた無数の星の形をした光弾は次々と命中するが、ヤドンはまるで動じない。続けて”どくばり”に攻撃を切り替えるが、これもヤドンは避けようとはせずにまともに受ける。

 

「――どうなっているんだ?」

 

 エレブーの様に耐えてから仕掛けるタイプなのだろうか。

 それとも動きが鈍いから避けられないのか、アキラには全く分からなかった。

 サンドパンも同じ疑問を抱いたのか、逆襲に備えて砂浜の地中に身を潜める。

 

 その時だった。

 

 ヤドンの目が青く光り始めると同時に、砂の中に潜っていた筈のサンドパンは打ち上げられる様に宙に飛び出した。

 

「えっ、嘘!?」

 

 さっきのゲンガーの様に、サイコパワーで強引に引き摺り出したのだろう。

 サンドパンはヤドンに爪を向けるが、砂浜に叩き付けられたり激しく振り回される。行動が遅い代わりに発揮する念の力が強いのは考えられたが、こうなってしまってはもうどうにもならない。

 

 このまま一方的に終わるのかと思いきや、突然ヤドンは倒れてサンドパンも解放された。

 意外な形でバトルが終わったことにアキラは拍子抜けするが、倒れたヤドンの様子を確認すると、彼は戦闘不能状態になっていた。

 

「おかしいな。浮き上がってからサンットは攻撃していないのに」

 

 サンドパンが攻撃していたのはヤドンが動く前だ。

 その時のダメージが遅れてきたのだろうか。

 確かめる為にバトルをさせたのだが、まだまだわからないことだらけだ。

 

「一旦ポケモンセンターに戻るか」

 

 更に検証しようにも、ヤドン自身が戦闘不能では確かめようが無い。

 また奇妙で一癖ありそうなポケモンが手持ちに入ってきたものだ。

 そう思いながら、アキラは未だに岩にめり込んだままのゲンガーを回収しに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 日が暮れ始めたセキチクシティのポケモンセンターで、アキラは目の前でミニリュウ達が自由に過ごしているのを眺めながらヤドンと一緒にベンチに座っていた。

 

 回復を終えた後、様々な仮説を検証した結果、このヤドンはあらゆる反応が大体三十秒程遅れることがわかったのだ。こちらの問い掛けへの返事のみならず攻撃の実行、ダメージも感じるのは三十秒後。鈍いポケモンとは思っていたが、正直ここまでとは思っていなかった。

 

「鈍さを利用すれば強いと思うんだけど、何かお前からもこういう戦いがしたいっていう提案は無い?」

 

 今まで連れているポケモンとは異なる戦い方に、正直困っている。

 なのでアキラはヤドンに意見を求めるが、三十秒待った後の返事は首を傾げるだけだった。

 ゲンガーに仕返しをする目的で、自らモンスターボールに入ったと言うこのヤドン。ただ単に仕返し目的ならもう野生に戻っても良いが、ヤドン自身は付いて来る気満々だ。自分に付いて行けば、己にとって何かしらの利が得られると考えていることは間違いないが、どこから見出したのかがさっぱりだ。

 ゲンガーの所為で自分には良い印象が無い筈なのに変わった奴だ。

 

 強い念の力を秘めてはいるが、エレブーの様に打たれ強い訳では無い。

 一対一では、どうやっても一匹倒すのが精々だろう。

 勝負を仕掛けるのなら、ダメージを受けてから感じるまでの三十秒の間。

 そう考えると、本当に自分はこのポケモンをただ連れるだけでなく育てられるのか不安になってきた。

 

「どうしようか――?」

 

 悩み始めた時、座っていたヤドンはアキラの膝の上に乗っかって、勝手に伸び伸びとし始めた。

 勝手に付いて来ておきながら図々しい奴と見れなくは無いが、手持ちがこんな風に接してくる経験がアキラには無かった為、少し戸惑う。だが、ヤドンが穏やかな表情だったのを見て自然と受け入れた。

 

「まあ、お前をちゃんと育てられる様に俺が変わればいいか」

 

 手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく。

 最近心掛ける様になった考えを、もう一度アキラは思い出す。

 確かにヤドンの育成を考えたことは無かったし難しそうだが、具体的な育成方法は全部彼の思い付きだ。こういう時こそ専門の育成本を読んだり、他の人の助けを借りるべきだ。

 さっきまで抱いていた悩みや不安がバカらしく感じ、アキラはヤドンが心地良く過ごせるように静かにするが、視線を向けられていることに彼は気付いた。

 

「どうした?」

 

 前を向くと、サンドパンとエレブー、ゲンガーがジッとこちらを見つめていた。

 そういえば彼らとは、会ってから頼りにされたりぞんざいに扱われたりすることはあるが、一度もほのぼのと接する機会は無かった。

 気難しかったり、まだそこまで彼らの信頼を得ていないと思っていたこともあるが、アキラ自身少し恥ずかしく感じていたこともちょっと関係している。

 だけどポケモン達とじゃれ合ったりするのは、ある意味ポケモントレーナーの醍醐味であり、彼も夢見ていたことだ。

 周囲を見渡し、彼は目の前の三匹に優しく告げた。

 

「良いよ」

 

 その言葉にエレブーは真っ先に飛び込み、続いてサンドパン、ゲンガーもノリで飛び込む。

 三匹の勢いと重みに耐え切れず、アキラは座っているベンチと一緒に後ろに崩れたが、不思議と気にならなかった。

 少し前まではそんな気分でも無かったが、飛び込んできたポケモン達が楽しそうな表情を浮かべていたのに、アキラは唐突ではあったがこの世界に来て良かったと感じる。

 

 そんな彼らを少し離れた木に寄り掛かっていたブーバーは、性には合わなかったので加わらなかったが、一連の流れと賑やかな様子に楽し気に鼻を鳴らす。同じく流れに加わらなかったミニリュウは呆れた様な雰囲気ではあったが、その表情はどこか複雑そうだった。

 

「これからもよろしくな」




アキラ、新たにヤドンを手持ちに加える。
ゲンガーとは、有りそうで無かった手持ち同士のライバル関係にする予定です。
これで遂にアキラは手持ちを六匹揃えました。

サラリと作中内で初代ケンタロスに完封されたアキラ。
幼かった当時は、ケンタロスの強さは全く知りませんでしたが、今ならどれだけヤバイのかわかります。
”はかいこうせん”と”ふぶき”、”じしん”で殆どの相手をほぼ一撃で倒せるとか、メガガルーラとガブリアスも真っ青な強さですよ。


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予想外の進化

この話から何話か独自解釈要素、独自設定要素、ご都合主義全開な展開が続きますので、ご注意ください。


 サイクリングロード。

 その名の通り自転車などの軽車両専用道であり、カントー地方ではセキチクシティとタマムシシティを繋いでいる主要な交通路である。しかし、自転車やバイクしか通ることが出来ず、警察の目が隅々まで行き渡っていないなどの要因が重なり、自然と不良や暴走族などの無法者の溜まり場と化していた。

 

 そしてこの日も昼間から、強面で派手な格好をしたガラの悪そうな暴走族が仲間を伴って爆走していた。法定速度オーバーは勿論、クラクションを鳴らしたり蛇行運転をしたりと好き勝手にやっていたが、珍しく彼らはサイクリンロードから出ることを目指して走っていた。

 その理由は先頭を走るリーダーのバイクに、表情をガチガチに固めた状態で乗っているアキラにあった。

 

「あ…あの…スピード…大丈夫で……」

「あん!? 何だって!?」

「――何でも無いです…」

 

 ドスの利いた声で返されて、アキラは委縮する。

 このまま彼らと一緒に行動しているところを警察に見られたらどうしよう。

 さっきからそんな考えばかりが浮かんでいたが、離れようにも離れる訳にもいかないので、どうか警察に見つからない様に祈るしかなかった。一体何があって彼が暴走族のバイクに乗り、一緒に行動していると言う理由は今から一時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 セキチクシティで一夜過ごした後、アキラはタマムシシティにいるヒラタ博士と合流するべく風を受けながらサイクリンロードを走っていた。

 ようやくフルメンバーを揃えられたことや初めて手持ちとじゃれ合ったりしたことで、この日の彼はすこぶる機嫌が良かった。

 

 ところがそんな穏やかな時間は、突如として終わりを告げた。

 呑気に鼻歌を歌いながら自転車を漕いでいた時、目の前からバイクの集団が走って来るのが見えてきたのだ。

 

「? なんだ?」

 

 目を凝らして見てみると、元の世界で噂に聞いたことのある世紀末で暴れる無法者の様な外見をした若者達が、我が物顔でバイクを走らせていたのだ。このサイクリンロードでは、ガラの悪い連中がよく問題を起こしていると通る前に聞いてはいたが、まさか遭遇するとは思っていなかった。

 

 なるべく関わらない様に迫ってくる彼らの動向に注意しながら、アキラは避ける様に道を譲る。彼らが通り過ぎるのを見届けて一安心したが、何故かバイクのエンジン音は遠ざかるどころか逆に近付いてくるのを彼の耳は感じ取った。

 

「え? 嘘、何で?」

 

 振り返って見ると、さっき通り過ぎたはずの暴走族が揃って逆走してくるのが目に入った。

 訳がわからなかったが、アキラの疑問を暴走族達は罵声を飛ばす形で答える。

 

「待ってやゴラッ!!!」

「俺達ムッシュタカブリッジ連合にガンつけた報いを受けやがれ!」

 

 何時怒らせる様なことをしたのか全く身に覚えが無いが、彼らの狙いはどうやら自分らしい。

 言い掛かりだと言い返したいが、そんなことをやれば火に油を注ぐ様なものだ。

 とにかく逃げるべく、アキラは全速力で自転車のペダルを漕ぎ始めた。しかし自転車でバイクを振り切ることは叶わず、ドンドン距離を詰められて彼は成す術も無く暴走族に囲まれてしまった。

 

「あの…謝りますのでどうか見逃してください」

 

 仕方なく自転車を止めて周りを確認するが、完全に包囲されていて逃げ道は全く無かった。相手がロケット団なら力づくでも逃げる場面だが、こういう時は抵抗しないのが一番だ。下手に手持ちを消耗させたくないし、強行突破が失敗した時の事を考えると痛い目に遭わないのなら、土下座でも所持金を全額渡すことくらい喜んでやるつもりだった。

 しかし、そんな穏便な解決手段は打ち砕かれる事となった。

 

「クソガキ…てめぇのその態度、気に入らねぇ」

 

 何か気に障ったのか。見逃して貰えるどころか逆に彼らの怒りを買ってしまった。

 囲んでいた暴走族は、どこからか鉄パイプを手にしたり連れているポケモンをボールから出して着々とアキラを追い詰める。このままでは、集団リンチで痛め付けられるのは目に見えている。

 

「――仕方ないか」

 

 どの道痛い目に遭うなら、大人しくペコペコする理由も無い。

 目を閉じて静かに息を整えていくと、さっきまで抱いていた恐怖心は和らいでいく。

 あまり嬉しいことではないが、この世界に来てから命の危機を含めた本来の世界ではまず考えられない出来事を度々経験した影響なのか、こういう危機的な状況に彼はある程度慣れてしまった。

 

 現に同じ集団に囲まれた状況でも、オツキミ山でのロケット団との遭遇と比べればまだマシに思えると場違いなことを考えていた。

 そして気持ち的に慣れた以外にも彼らならやってくれると言う信頼を胸に抱き、腰に付けたモンスターボールの固定を外すと、アキラは連れている六匹全てを召喚する。

 

「何だこの野郎! 散々腰低くしてたクセにやる気か!」

 

 威圧的なリーゼントをした青年が吠えるが、アキラが出したポケモン達は動じるどころかやる気満々であった。特にゲンガーとブーバーは、戦隊物に出てくる数で攻める雑魚怪人を相手にする気分なのか妙に機嫌が良さそうだった。

 

「いくぜ野郎ども!!」

 

 相手にするポケモンの数と位置を確認していた時、暴走族の一人が上げた声を合図に戦いは始まった。

 ミニリュウ、ブーバー、ゲンガーの三匹はそれぞれ殴り込み、残る三匹は己のトレーナーであるアキラを守る様に場を固める。不意にアーボがアキラに襲い掛かるが、それをエレブーが身を挺してでも防ぎ、サンドパンが返り討ちにする。加わったばかりであるヤドンは動きは遅かったが、二匹が時間を稼ぐおかげで余裕をもって”ねんりき”を発揮して援護する。

 守られている安心感を得られたことで、落ち着いてアキラは切り込んでいった三匹に指示やアドバイスを伝えていくことに専念する。

 

「スットはとにかく動きを乱す。バーットとリュットは自由にやっていいが互いをカバー出来る様に」

 

 少し前なら戦っている彼らの好みを考えずに指示を出していたが、アキラは彼らの好みを考慮しながら、こちらの意図した通りに誘導する。以前のロケット団との戦いの時は皆好き勝手に戦っていたが、今回は好きに戦いながらもそれぞれ己が成すべき役割を意識していた。

 

 狙い通り、ゲンガーは攻撃を加えつつも積極的に相手を状態異常にして惑わし、その混乱を突く形でミニリュウは”はかいこうせん”などの大技で一網打尽にする。大技を使えばミニリュウに隙が生じるが、その隙をゲンガーの攪乱で誤魔化すのみならず、ブーバーが自らの拳で打ちのめすなどで自然とカバーをする。

 昨日はケンタロスに一方的に蹂躙された彼らだが、秘めている能力は状況次第ではジムリーダーを倒すことが可能なだけあって十分に高い。

 

「うおっ! 何だこいつ!」

「ヤベェ、ガキつえぇ」

 

 まさか因縁を付けた少年がここまで強いとは誰も予想していなかったのか、まさかの展開に暴走族達は焦る。戦いは互角に近かったが、流れは誰がどう見てもアキラが握っており、トレーナー達の動揺はポケモン達にも波及して勢いが弱まる。

 その隙を突いて行く内に戦える暴走族のポケモンは数匹にまで減ったところで、彼の前に一際派手な格好をした男が三人出てきた。

 

「ガキだと舐めていたが中々やるじゃねぇか」

「いや、その…ありがとうございます」

 

 どう反応すれば良いのか一瞬困り、敵なのにアキラはつい反射的に礼を口にする。

 振る舞いから見る限りでは、この三人がこの暴走族の幹部格だろう。

 

 三人は手にしていたボールを投げると、それぞれの手持ちと思われるウツドンにゴローン、オコリザルが出てきた。さっきまで戦っていたポケモン達が殆ど進化していなかったことを考えると、一段階進化している彼らを相手にするのは少し苦労しそうなのが彼でも容易に予想出来た。

 

「俺達の力を思い知らせろ!」

「迎え撃つんだ!」

 

 各々の号令に三匹は一斉に動くが、いずれもアキラが連れている問題児トリオにアッサリと返り討ちにされた。一撃で片付けたことにゲンガーとブーバーは得意気だが、簡単にやられるのを見たアキラは違和感を覚える。

 これではさっきまで相手にしていたポケモンと大して変わらない。

 

 詳しく考える前に、彼の疑問の答えはすぐに出た。

 

 返り討ちにされた三匹はトレーナーの元に戻ると、その姿が崩れ始めたのだ。まるでスライムの様な動きだったが、やがてそれはピンク色の粘土の塊みたいなポケモンに変化した。

 

「メタモンで姿を真似ていたのか」

 

 メタモンは使える技は”へんしん”のみだが、相手の姿のみならず能力や覚えている技さえもコピーすることができる。

 しかし、それはゲームでの場合の話だ。

 さっきの様子を見る限りでは、この世界では姿を変えられても能力のコピーはできないか、出来たとしても劣化版なのだろう。

 

「アッサリやられちまった。やっぱり目の前で戦ってる奴の姿を真似た方が良くね?」

「以前姿を真似た奴とレベル差があるだけだろ」

「いや俺達のメタモンがしっかりと真似できていないだけだろ」

 

 手持ちのメタモンが呆気なく負かされたことに、連れていた三人はバトルの途中にも関わらず敗因についてあれこれ議論し始めた。

 律儀に待つつもりは無いので、彼ら以外の仲間のポケモンを片付けたのを機にアキラは停めていた自転車に乗ろうとしたが、その前に話が纏まったのか結局三人は立ち塞がった。

 

「喜べ小僧! 我らムッシュタカブリッジ連合の切り札を見せてやろう」

「切り札?」

 

 まだ三人は、メタモン以外のポケモンを連れているのだろうか。

 それも彼らとしての切り札ではなくこの集団としての切り札となれば、かなり強さに自信があるだろう。油断せず警戒し始めた直後、出ていた三匹のメタモン達は互いに混ざる様に体を重ねて一つの塊になった。複数のメタモンを合体させての見掛け倒しか、と無意識に構えていた力は抜けたが、メタモンの集合体が少しずつ巨大な姿を形作り、変化した姿にアキラは言葉を失った。

 

「なっ…」

 

 暴走族が切り札と言うのだから、強いポケモンの姿になるのは当然だ。

 更に自分の考えが間違っていなければ、それはただ姿を模っただけのハリボテの筈だ。ならば恐れる必要は無いのだが、メタモン達が切り札として変化したポケモンに彼は驚きを隠せなかった。

 

「よしいけ! 俺達のフリーザー!!」

 

 鮮やかな青白い両翼を広げ、伝説のポケモンの一体であるフリーザーに姿を変えたメタモン達がアキラ達に襲い掛かった。

 

「皆散るんだ!」

 

 さっきまでの油断にも似た軽い気持ちは、完全に消えていた。

 ヤドンはエレブーに抱えられる形ではあったが、アキラの指示に彼を含めた六匹全員は突き出された巨大なフリーザーの趾を避ける。趾での踏み付けは空振りで終わったが、見せ掛けの姿で無いことを証明するかの様に地面は窪む。

 

 距離を取ったブーバーは”かえんほうしゃ”で逆襲するが、放たれた炎は翼を羽ばたかせた際に起こった雪混じりの突風で掻き消された。ただ姿を真似ただけのハリボテなら、ある程度風は起こせてもそれに雪などの氷を含ませることは出来ない筈だ。つまり今対峙しているフリーザーは姿どころか、本物に近い能力を有している可能性が高いと判断せざるを得なかった。

 

「どうだ! 対象が強過ぎると中途半端なコピーになっちまうが」

「三体のメタモンが力を合わせることで足りない部分を補う!」

「結束の力だ!」

 

 切り札を繰り出したことで流れが好転したのがわかったのか、メタモンのトレーナーである三人はご丁寧に種明かしをする。

 言っている意味は断片的でよくわからなかったが、簡単に纏めるとメタモン一匹だけではフリーザーを完全にコピーすることは無理だが、三匹が互いを補い合う形でコピーすることで限り無く本物に近い姿を再現したと言うことだろう。

 この世界でメタモンが使う”へんしん”が、どこまでコピーできるのかまたわからなくなったが、今は目の前の強大な存在を如何にかする方が優先だ。

 

「――限り無く本物に近いか」

 

 仮に伝説のポケモンと戦うとしたらもっと先、或いは避けるべきものと考えていたが、まさか紛い物とはいえフリーザーと戦うことになるとは思っていなかった。

 何故フリーザーが変身対象に選ばれたのかはわからないが、近くにフリーザーが住んでいるとされる島があるからなのだろう。本物と同じではなく再現された力だが、ブーバーの攻撃を悠々と防いだのを見ると脅威なのは間違いない。

 

 しかし、アキラのポケモン達は戦意を失っていなかった。

 と言うより、何故かひどく場違いな空気が流れていた。

 原因に目を移すと、ゲンガーとエレブーがフリーザーに憧れにも似た輝く眼差しを向けていた。フリーザーに見惚れている様に見えなくはないが、この二匹が「綺麗」や「美しい」に感動を覚える様な性格とは思えなかった。

 

「あっ」

 

 ここでアキラは気付いた。

 目の前のフリーザーは、メタモン三体合体の結果出来上がった存在だ。この合体して強い存在が出来る流れは、最近彼らが見ている番組の巨大ロボが登場するのに該当するではないか。確かにメカが合体を重ねて更に強くなる展開は彼も好きだが、この状況でそれを思い出すのは場違いだ。

 気を引き締めさせようとしたら、二匹は思いもよらない行動に出た。

 

 ゲンガーが高々とジャンプして、エレブーもそれに続いたのだ。

 格好の的だったが、幸運なことにメタモンの集合体であるフリーザーと暴走族達は律儀に見守ってくれた。飛び上がった二匹はゲンガーがエレブーに肩車する様に乗り、エレブーは太陽を背にポーズを決める。

 その姿は、正に合体を終えたメカを彷彿させる――

 

「ただ乗っただけじゃん…」

 

 呆れ混じりでその姿にアキラはぼやくが、合体(?)したエレブーとゲンガーは着地するとフリーザーと対峙する。二匹が合わさってもフリーザーの方がまだ大きいが、彼ら――合体ボディの大半を占めるエレブーは珍しく怖がるどころか怯んでもいなかった。

 今のエレブーは、自分達が正にテレビの中で戦っていたロボになった気分だった。

 そう考えれば、目の前の敵がロケット団だろうと伝説だろうと怖く無かった。

 そして頭部の司令塔(?)に該当するゲンガーが、突撃の指示を出すとエレブーは両拳を帯電させてフリーザー目掛けて駆け出した。

 

「”ふぶき”!!」

 

 しかし、彼らの作戦はアッサリ砕かれることとなった。

 雪混じりの激しい暴風を受けて、二匹はアキラの足元まで吹き飛ばされる。

 あそこでゲンガーが、”あやしいひかり”を仕掛けるなどをしてフリーザーの気を逸らせば良かったのだが、ゲンガーは合体した頭に成り切っていたのか、すっかり自分が動くのを忘れていたみたいだ。幸い一撃で仕留められるだけの威力は無く、ダメージの大半は元々打たれ強いエレブーが引き受けたおかげか、二匹は寒そうに体を震わせながら起き上がるだけで済んだ。

 

「どうだ! 俺達のフリーザーの力を思い知ったか!」

「こいつと戦って生きて帰れた奴はいねえんだぜ!」

「謝るなら今の内だぜ!」

 

 暴走族が煽って来るが、アキラは無視する。実際、余裕のつもりなのか、フリーザーも何も仕掛けようとせず冷たい空気を周囲に流しながら宙に留まっている。

 彼らが慢心している時間を利用して、アキラは対抗手段を編み出すべくフリーザーに関して覚えている限りの情報を思い出す。メタモンから変身している点を除けば、こおりとひこうの二タイプで、特殊に関しては攻めも守りも優れていたが物理関係の能力は低かった筈だ。浮かび上がった情報を元に、アキラは今の手持ちでフリーザーを倒すのに最適な戦略を立てる。

 

「よしスット。何でも良いからフリーザーの動きを翻弄するんだ。その間にバーットとエレットはそれぞれの得意技を――」

 

 ところが、ここで彼の言葉は途切れた。

 六匹全ての力が必要な場面なのに、また手持ちが勝手に動いたのだ。

 それも一番鈍いはずのヤドンだ。

 

「待てヤドット! お前だけで如何にかなる奴じゃない!」

 

 手持ちに迎えた証であるニックネームで呼び掛けるが、ヤドンは歩き続ける。

 仮に聞こえていたとしても、反応を見せるのは三十秒後なのでどの道手遅れではあったが。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 ノロノロと前に出てきたヤドンを新たな標的と判断したのか、破壊的なエネルギーがフリーザーの口から放たれる。氷技では無いのを見ると、みずタイプには効果が薄いと考えたのだろう。

 当然鈍いヤドンはまともに受けてしまうが、直撃を受けたにも関わらず何事も無かったかの様に立っていた。

 

「効いていないだと?」

 

 まさかの効果無しに暴走族は動揺するが、アキラは別だった。

 ヤドンが無反応なのは効いていないのではなくて、反応もダメージも遅れて認識するだけだ。今の攻撃で受けたダメージは、後数十秒もしない内に来るだろう。

 反動で空を飛んでいたフリーザーが地に降りたその時、ヤドンの目が念を発揮した証である青色に光った。

 

 対象となったフリーザーは、ヤドンの解放された”ねんりき”に体を拘束される。

 こうなればヤドンがダメージを感じるまでの短い時間で、どれだけフリーザーを弱らせることが出来るのか時間との勝負だ。

 念の力に捉えられたフリーザーは、何度も激しく地面に叩き付けられる。単純な攻撃ではあったが、徐々にフリーザーの姿が歪み始めた。どうやら強い攻撃を受け続けてもフリーザーの姿を保ち続けられる程、メタモン達は打たれ強く無かったらしい。

 

 最終的に衝撃に耐え兼ねたフリーザーは元の三匹のメタモンの姿に戻り、それぞれのトレーナーへ返す様に飛ばされた。飛ばされたメタモン達が顔に張り付いて暴走族は慌てふためくが、同時にダメージがきたのかヤドンは横に倒れた。

 

「お…俺達のフリーザーが…」

 

 顔にへばり付いたメタモンを引き離した彼らは、自分達の切り札が負けたことに動揺を隠せなかった。三匹のメタモンが互いに協力し合い、能力も含めて限り無く本物に近いフリーザーの姿を模したのは確かに見事だった。しかし、合体する形で作り上げたが故の脆さと呼ぶべき弱点を三人は見落としていた様だ。

 彼らが呆然としている間に、アキラはヤドンの様子を見るべく駆け寄ろうとした時、雷が轟く様な声が上がった。

 

「お前ら!! 何やってんだ!」

 

 唖然としている彼らに対して落とされた怒りの声にアキラは思わず足を止める。

 声の主は、どうやらこの暴走族のリーダーらしき人物で、呆然としている三人の後ろから姿を現した。

 

「タカさん!」

「馬鹿野郎! タカ”閣下”って言ってるだろうが、俺が相手するから下がれ!」

「へいっ!!」

 

 一喝された三人は、慌てて自分達のリーダーである”タカ閣下”の道を開けるべく下がる。

 

「閣下! やっちまってください!」

「俺達の力を見せ付けてくれ!」

「おうよ!」

 

 既に手持ちがやられた仲間から声援が送られ、タカと言う名の男は得意気に応える。当然アキラは、最後に出てきた彼を警戒する。暴走族の頭なのだから手強いのが予想されるが、彼としては早く倒れているヤドンの元にも向かいたかった。

 

 なので必要とあれば相手が繰り出すポケモンの数に関わらず、残る五匹で一気に勝負を決めるつもりだ。ルール違反だが先にあちらの方が破っているし、元々これは公式戦では無いルール無用の野良バトルなのだから、いざとなったら手段は選ばない。

 

「いけ! ギガルダー! ギガリキー!」

 

 手持ちのニックネームを呼びながら、リーダーのタカは腰に付けた刺青の様な装飾が施されたモンスターボールを投げる。

 どんなポケモンが出てくるのかアキラとポケモン達は身構えるが、出てきたのはシェルダーとワンリキーの二匹だった。

 

「………」

 

 新たに繰り出されたポケモン達に、アキラは我が目を疑った。

 暴走族のリーダーなのだからどれ程の厄介なポケモンを連れているかと思っていたが、最初に蹴散らした下っ端が連れているポケモン達と殆ど変わらない。

 やる気は有る様だが、どこか頼りなさそうで正直に言うと拍子抜けだ。

 

「なんだその顔は! バカにしてるのか!!!」

 

 変えたつもりは無かったのだが、内心で思っていたことが顔に出ていたのか怒鳴り声を飛ばされてアキラは少し委縮する。しかし、この二匹とさっき戦った可能な限り本物を再現したフリーザーを比べると、どうしても後者の方が手強いと言う印象は拭えなかった。なので警戒していた分、気が緩んでしまったのに変わりは無かった。

 

「しょうがねぇよな」

「今まで俺達のフリーザーで何とかしてきたし」

「ていうか閣下が自分からバトルするのって久し振りじゃね?」

「聞こえてるぞてめぇら!!!」

 

 漫才の様なやり取りをされて殺伐とした空気は緩む。

 緊張感があまり感じられなくなって、正直色々と台無しだった。

 仲間にまで実力不足であるのを匂わせる指摘をされているのだから、恐らく先に戦った仲間と大差は無いのだろう。

 

「舐めんなよ! こう見えてもちゃんと鍛えてんだからな!」

 

 さり気なく仲間達がぼやいていたことを肯定する様なことを口にしながら、タカは二匹に技を仕掛ける様に指示する。仕掛けられた攻撃をアキラ達は避けると、反撃を伝える前にミニリュウとブーバーが進んで暴走族リーダーのポケモンに挑んだ。

 

 バトルは自然とまだ公式には認められていないダブルバトル形式となったが、勝負の流れは一方的だった。元々レベル差があるからか、ワンリキーはブーバーと組み合った際に手を焼かれて、まともに攻撃できなくなったところを丸焼きにされる。

 シェルダーはミニリュウの”たたきつける”を殻を固く閉じて耐えていたが、やられるのは時間の問題だった。

 

「一矢報いるんだギガルダー! 根性見せろ!!」

 

 だけどタカは負けるのを認めるつもりは無いのか、大声でシェルダーを鼓舞する。

 トレーナーの言葉が引き金になったのか、一瞬の隙を突いてシェルダーは何度も叩き付けてくるミニリュウの尾の先を殻で挟む。尾の先端を万力の様な力で挟まれたミニリュウは、激痛のあまりのたうち、取り除こうと何度も地面に叩き付けるが、シェルダーは意地でも離そうとしない。

 

「バーット、リュットを…え~と…」

 

 アキラはブーバーに助けるのを頼もうとしたが、ミニリュウの動きが激しいのと助けると言ってもどういう風に伝えれば良いのかわからなかった。

 悩んでいる間にブーバーは”かえんほうしゃ”を放つが、運悪くシェルダーでは無くミニリュウの顔を焼いてしまった。悪気が無かったのは確かだが、のたうちながらミニリュウは仕返しにシェルダーが挟み付いている尾をブーバーにぶつける。当然ブーバーは怒り、まだバトル中であるのに二匹は取っ組み合いを始めた。

 

「待て待てこんな時に喧嘩をしてどうする!」

 

 エレブーとサンドパンを伴い、慌ててアキラは二匹の仲裁に入る。

 そんな彼らを無視して殴り付けて来るブーバーに対して、ミニリュウは尾の先を挟んでいるシェルダーを金槌の様に頭に叩き付ける。流石に何度も繰り返される激しい衝撃に耐え切れなくなったのか、遠心力でシェルダーはミニリュウの尾から離れた。

 

 痛みの元凶が無くなったことで二匹の喧嘩は悪化の一途を辿り、彼らを止めることにアキラ達は手を焼くが、彼は気付いていなかった。飛んで行ったシェルダーの先に、まだボールに戻していないヤドンがいたことに。

 

 緩やかに回りながら飛んでいたシェルダーは、倒れていたヤドンの尻尾に刺さる様に嵌る。

 その瞬間、二匹は眩い光に包まれた。

 

「え?」

「なんだ?」

 

 周りの視線がその光に注目する。

 中でもアキラは、この光がポケモンが進化をする時の特有のものなのに真っ先に気付く。

 何が進化したのかと疑問を抱くが、光が収まったことで露わになった進化した存在を目にした途端、顔から血の気が引いた。

 

 ヤドンがヤドランに進化していたのだ。

 本来なら自分のポケモンが進化したことに喜ぶところだが、進化の仕方が非常にまずかった。

 ヤドンは既に確認されているヤドラン、まだ公式では確認されていないヤドキングのどちらかに分岐進化する種だ。前者はゲームではレベルアップ、後者は特定のアイテムを必要としていたが両者にはある共通点がある。

 

 それはどちらも部位は違えど、シェルダーが噛み付いているという点だ。

 この世界にある本で知ったことだが、ゲームとは違いヤドンはシェルダーを噛み付かせることによって、初めて進化することが出来る不思議なポケモンだ。

 故にトレーナーは、バトルする際にヤドンとシェルダーを戦わせてはいけない。もしバトル中に何かの拍子でシェルダーがヤドンの体のどこかに噛み付いたら、そのまま一体化してしまうからだ。そして今回のヤドンの進化は、さっきまで暴走族が連れていたシェルダーが倒れていたアキラのヤドンの尻尾に噛み付いたことで起こったのは明らかだ。

 

「ど…どうしよう……」

 

 何が起きたのか理解した周りからの刺すような視線と空気に晒されて、アキラはどうすればいいのかわからなかった。




アキラのヤドン、まさかの形で進化。
ゲームではシェルダーは不要ですけど、アニメでヤドンが進化する場面は全部シェルダーが噛み付いているんですよね。
本当に違うトレーナーが連れているシェルダーが、ヤドンの尻尾に噛み付いてしまったらどういう扱いになるんでしょう。(図鑑には一応救済策は載っていますけど)

メタモンの”へんしん”については、ポケスペ2巻でブルーが「姿は似せられても能力は同じにならない」と発言していますが、その前のページでのロケット団戦や他のメタモンの描写、ゲームとアニメなどを参考に、相手の能力を完全コピーするゲーム版の”へんしん”に近い扱いにします。

コピー対象が強過ぎると劣化コピーになるけど、”へんしん”を使える個体同士が合体することで強い個体になるなどツッコミどころは多いですが、展開的にこうした方が色々と都合が良かったり、やれる展開が広がるので。


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最強の存在

 それは突然だった。

 

 異常事態を知らせるベルが忙しなく鳴り響き、白衣を着た研究者のみならず、その場にいた誰もがこの事態を収拾しようと施設内を駆け回っていた。

 

 何人かがこの異常事態をもたらした元凶を抑えようと必死に装置を操作していたが、操作盤が爆発してしまったのを機にガラス容器内を満たしていた溶液が激しく泡立ち始める。他にもあらゆる方法を試したが、手を尽くした甲斐は無くガラス容器は砕けて、流れ出した溶液と共に中にいた存在が解放される。

 火花と煙が充満する中、不気味な紫色の存在は、狼狽える人間達に冷酷な眼差しを向ける。

 

「いかん! 外に出すな!」

 

 誰かが叫んだ瞬間、目の前は眩い光に包まれた。

 

 

 

 

 

「閣下~、タマムシシティが見えてきたっすよ」

「よし。さっさとポケセン見つけて俺のギガルダーを外して貰うか」

 

 サイクリンロードを抜け、アキラを乗せたムッシュタカブリッジ連合名乗る暴走族はタマムシシティへ一直線に向かっていた。暴走族のリーダーの手持ちであるシェルダーを取り込む形でアキラのヤドンが進化してしまった後、彼らは一時休戦をしてヤドンとシェルダーの分離を試みた。しかし、どれだけ尽くしてもヤドンの尻尾に噛み付くシェルダーは頑なに離れようとはしなかった。

 

 当然アキラは、罵声を浴びせられるだけに留まらず危うくリンチされ掛けたが、苦し紛れに元に戻す手段があるのを教えたことで何とか免れた。

 ちなみにこの時ゲンガーは、空気を読まずにあれこれとヤドランにちょっかいを出していたが、進化したことで鈍さに磨きが掛かったのか、とうとう仕返しをするどころか何をされたということにすら気付かなくなっていた。

 

 本来なら、ポケモンは一度進化したら退化することは無い。

 だが、ヤドランは非常に珍しい退化の可能性を秘めたポケモンだ。

 ヤドランの説明全てを知っている訳では無いが、ヤドランは噛み付いたシェルダーを外すことでヤドンに戻ってしまう。つまり同時に姿が変わったシェルダーも元に戻るかもしれないのだ。

 

 問題は、その考えはゲームなどの解説にあるだけで本当に退化するのかはわからないことだ。そもそも噛み付いているシェルダーが外れて、両者が元に戻る描写などアキラは見たことが無い。

 なのでポケモンセンターに連れて行けば如何にかしてくれるのでは無いかと淡い期待を抱いて、アキラと暴走族達はタマムシシティのポケモンセンターを目指していた。

 

 タマムシシティの高層ビル群が見えてくるにつれて、アキラの胸中は期待より不安の方が強まってきた。もしヤドランの尻尾に噛み付いたシェルダーを外すことが出来なかったら、ヤドランはどうするのだろうか。

 

 モンスターボールはアキラのポケモンとして認識しているので、名前的にも所有権は彼に有りそうだが、他人のトレーナーのポケモンを奪った様なものなので罪悪感が凄まじかった。悪い考えや未来ばかりが浮かび上がり始めた時、少し離れた場所にあった建物の一つが突如爆発した。

 

「なんだ?」

「あそこゲームセンターがあるところじゃねぇか」

「えっ!? マジかよ!」

 

 突然の出来事にムッシュタカブリッジ連合のメンバーは次々とバイクを止め、爆発で吹き飛んだ建物を知っている面々は騒めき始める。

 そして何名かが様子を窺いに集団から離れ始めたのを機に、興味を抱いたのか結局彼らは全員爆発現場へとバイクを走らせる。けれど唯一アキラは、自分が元いた世界の感覚からテロが起きたかもしれない現場に行くべきでは無いと考えていたので、リーダーであるタカに行かない方が良いのを進言する。

 

「あの…下手に近寄らない方が……」

「何言ってるんだ。俺達は泣く子も黙る”ムッシュタカブリッジ連合”だぞ。相手がロケット団だろうと伝説のポケモンだろうと――」

 

 だが、リーダーであるタカの言葉は続かなかった。

 先行して瓦礫の山と化した建物に近付いた一部のメンバーが、突然吹き飛ばされたのだ。

 まさかの事態に、全員急ブレーキを掛けて止まる。

 さっきまで上がっていた煙は、その時の衝撃によって既に消えており、瓦礫の中心には見たことが無い生き物が立っていた。

 

「なんだ…ありゃ?」

「ポケモンなのか?」

「あんなポケモン見たことねえぞ」

 

 ポケモンにしては異質な姿と雰囲気を纏った未知の存在に、態度の大きい暴走族達も動揺を隠し切れなかった。しかし、アキラだけは目にした瞬間、我が目を疑った。

 まさか自分が遭遇するとは、これっぽっちも思っていなかった。

 何かの間違いだと思いたかったが、目に映る光景はそんな思い込みを否定する。

 もし目の前にいる存在を含めて全てが本当なら、今自分はこの世で最も危険な場所にいる。

 

 戦う為だけに生み出された最強のポケモン。

 

 いでんしポケモンミュウツー

 

 ミュウツーが手をかざすと、何の前触れも無くかざした先にいた暴走族の半数と一直線上にあったものは全て吹き飛んだ。

 これには流石に判断に困っていたムッシュタカブリッジ連合の面々も、目の前にいる未知のポケモンが自分達の脅威であると認識して、無事だったメンバーで戦いを挑んだ。

 

 だけどアキラは加わろうとはしなかった。

 すぐに挑んだ彼らは思い知らされるだろうが、とてもではないが敵う相手ではない。

 そして彼の予想通り、ミュウツーは”サイコキネシス”と思われる強烈な衝撃波を放つだけで、彼らのポケモンを圧倒する。ダメージを与えるどころか、触れることも近付くことさえ出来ない。

 

「っ! おめぇら! フリーザーだ!」

「へい! 閣下!」

 

 切り札を出す場面と判断したタカは、幹部三人のメタモンを合体させてフリーザーを再現する。

 紛い物のれいとうポケモンは、持てる力全てを込めて”ふぶき”を放つ。まともに受ければ大ダメージのみならず氷漬けになる可能性のある必殺の一撃だったが、ミュウツーはサイコパワーで”ふぶき”の軌道を変えて受け流すだけに留まらず、そのまま放った張本人に”ふぶき”を返した。

 自らが放った攻撃を受けたフリーザーは、耐え切れなかったのか元の三匹のメタモンに戻る。

 

「な…なんだこいつは……」

 

 ようやく暴走族達は、目の前に立つ存在が自分達の常識と理解を遥かに超えた相手であることを認識する。

 消耗していたとはいえ、僅か一分足らずで彼らのポケモン達を全滅させられたのだ。如何に異常なのかが、彼らでもよくわかった。目の前で起きている出来事全てが、何かの間違いだとアキラは思いたかったがもう誤魔化しようが無いまでにハッキリした。

 

 あのミュウツーの姿をしているのは、さっき戦ったフリーザーの様にメタモンが姿を真似たポケモンでは無い。

 冷たい空気に息を止めてしまう様な風格、そして想像を絶する力。

 正真正銘本物のミュウツーだ。

 

「逃げましょう! 勝てる相手じゃありません!」

 

 数で押すのはまず無理だ。

 あんな化け物に対抗するには、同じ伝説しかいない。

 原作での活躍ぶりやゲームを通じて、アキラはその強さを知っていたつもりではあったが、たった今目の前で見せられた光景だけでも異常としか言い様の無い強さだ。

 

 ゲームでは苦手なタイプさえも軽くねじ伏せる圧倒的な能力に豊富な技のバリエーションを有しており、破格の強さを誇っていた。しかも今のカントー地方には、あくタイプやはがねタイプがいなくエスパータイプが幅を利かせている。そんな環境に相性の良いポケモンでも、対抗できるのか怪しい存在を解放したらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

 仕向けられたポケモンを全て倒したミュウツーは、力を籠めるかの様に体を屈める。

 何か嫌な予感がするのを感じたが、行動を起こす前に暴風の様な衝撃波にアキラを含めた人やバイク、瓦礫などあらゆるものが宙を舞った。彼は自力での着地は無理だと判断すると、すぐさまボールからエレブーを出して着地を手助けをして貰う。しかし、タカを含めた暴走族達は何も出来ないまま地面に叩き付けられて気絶し、一緒に吹き飛ばされた殆どのバイクもスクラップになる。

 

「ありがとうエレット」

 

 エレブーのおかげで助かったが、頭の中は彼らの安否より一刻も早くここから逃げることで一杯だった。ゲームの様に走って逃げるのは無理だろうから、ブーバーが覚えている”テレポート”の戦闘離脱能力を使えば、この場から逃げられるだろう。

 だけど相手はあのミュウツーだ。

 果たして上手く逃れられるか。

 様々な逃亡手段をアキラは考えていたが、自分の周りが不気味な影に隠れているのに気付く。

 

「ヤバイ!」

 

 まだ無事である自分を狙っているのか。何時の間にか死角に回り込んでいたミュウツーはまた超能力を発揮する。アキラとエレブーは互いに左右に分かれて衝撃波を避けるが、器用にミュウツーは念で瞬時に彼らを拘束するとそのまま投げ飛ばす。

 

「いてっ!!」

 

 今度は何とか空中で体勢を整えたが、飛ばされる勢いを殺し切れ ず、アキラは派手に体を打ち付けて転がる。これでは逃げようにも逃げられないし、例えブーバーを出しても技を出す為に集中する僅かな隙を突かれそうだ。体中に走る痛みを堪えながら、既に出しているエレブーと合流した彼はまだ出していない残りの手持ちを全て出す。

 

「倒す必要は無い。少しでも動きを封じるんだ」

 

 戦ってミュウツーを倒すなど論外だ。

 けれど少しでも気を逸らして逃げる為の時間を稼がなければ、ここから逃げることは叶わない。何時もやる気が無かったり、好戦的な雰囲気を出していた彼らもミュウツーの放つ威圧感に気を引き締めるが、何匹かはあまり戦いたくない意思を見せていた。

 

「気持ちはわかる。俺だって同じだ。だけどやらないとやられてしまう」

 

 ミニリュウの”れいとうビーム”の氷漬けでも良し、ゲンガーの技で状態異常にして動きを鈍らせるでも良し。とにかく攻撃出来ない状態にして、その隙にブーバーの”テレポート”を使ってこの危機的状況から離脱する。

 それが今アキラが考えている作戦だ。

 

「バーット、お前は俺の近くに残って何時でも”テレポート”で逃げれる準備を――」

 

 作戦を伝えている合間に、またミュウツーは暴力的なサイコパワーを発揮して、破壊的な衝撃波にアキラ達は飲み込まれる。皆例外なく体を打ち付けるが、ポケモンと比べて非力なアキラはさっきよりも強い痛みに悶絶するも、幸いその程度で済む。

 

 ただ力任せに放つだけで、必殺技並みの威力の広範囲技を実現するなど反則も良い所だ。

 彼らがまだ健在なのを見て、ミュウツーは再び手をかざすが、咄嗟にサンドパンが撃った”どくばり”が何本か手に刺さり怯む。それを見た彼の手持ちは、サンドパンに続けと言わんばかりに戦いを挑む。

 

 ボールから出た当初、アキラのポケモン達はミュウツーが自分達とは異なる存在であるのを本能的に感じ取っていた。なので絶対に勝てないイメージが出来つつあったが、サンドパンの攻撃が上手くいったのを目にして、相手もポケモンであるのを認識した。

 ならば手こずらせるくらいは出来るだろうと思っての挑戦だったが、相手が自分達と同じポケモンであっても結構強いどころか、次元が違うことまで彼らの考えは及んでいなかった。

 

 ミニリュウが”れいとうビーム”を放つと、刺さった針と体の違和感を気にしていたミュウツーは氷の中に閉じ込められる。だが、すぐに全身から念を放って強引に抜け出すのみならず、仕掛けたミニリュウも巻き込む形で吹き飛ばす。

 入れ替わる様に攻める切っ掛けを作ったサンドパンが鋭い爪を構えながら切り込み、注意を引き付けようとゲンガーも続くが、今度は念力で飛ばされた瓦礫や金属片が二匹を襲う。

 

 技術も策も無い。

 ただ闇雲にエスパータイプの技や能力を使っているだけなのに手も足も出ない。横に控えているブーバーも向かわせたいが、アキラ達にとっては逃げる最後の希望だ。下手に立ち向かわせて戦闘不能にされたくはない。

 

 挑んできた三匹をミュウツーは圧倒すると、アキラ達に向けて暴走族を纏めて吹き飛ばした時と同じ動作から”サイコキネシス”を放つ。

 怯えて挑まなかったエレブーと反応が遅いが故に立ったままだったヤドランは、アキラとブーバーを守る様に念の衝撃波に立ち向かう。ところが、少しも踏み止まることは出来ず、彼らは揃って瓦礫の山と化したゲームコーナーがあった場所まで吹き飛ばされる。

 

「ゔぅ…いてぇ」

 

 瓦礫に頭をぶつけて出来たタンコブをアキラは擦る。

 何回も吹き飛ばされたことで頭だけでなく、体の至る所が痛い。

 時間稼ぎの為に手持ちを繰り出したのに、皆あっという間にやられてボールに回収することも難しいまでに離れてしまった。

 

 これでは逃げようにも逃げれない。

 自分の判断ミスで余計に状況が悪化してしまった。

 別の案を講じる必要があると考えながら体を動かそうとした時、彼が吸っていた空気は冷たいものに変わった。

 

 答えは明らかだ。

 

 すぐ目の前で、体を浮かせたミュウツーが右手を掲げてアキラを見据えていた。

 この世界に来てから何回も死の危険を感じる場面に遭遇して、その度に人生の危機ワースト5は更新されてきたが、この状況を超える出来事はそうはないだろう。

 

 視線が合ってしまうが、逸らすことは出来なかった彼は息をのむ。

 恐怖のあまり近距離から放たれる”サイコキネシス”で、上半身が弾け飛ぶ死のイメージが頭を過ぎった瞬間、吠える様な声が上がった。

 

「バーット!!」

 

 自らを鼓舞しているのか、ブーバーは雄叫びを上げながら果敢にミュウツーに戦いを挑んだ。

 不意を突かれたミュウツーは、その顔を”ほのおのパンチ”で殴られてたじろぐと、勢いに任せてブーバーはとにかく拳や蹴りを叩き込む。思わぬ善戦にアキラは固唾を呑んで見守るが、直後に掌から放たれた念力を受けてひふきポケモンは瓦礫に激突する。

 戦闘不能になってもおかしくない一撃だったが、ブーバーは屈することなく近くにあった剥き出しの鉄筋を支えに立ち上がる。しかし、ミュウツーは止めを刺そうと手をかざす。

 

「まずい!」

 

 痛みを堪えて、アキラはブーバーを戻そうとボールを手にするが、彼の横を風と共に何かが通り過ぎる。目で追えない速さではあったが、駆けているのは彼にとっては見覚えのある姿だった。

 

「エレット!?」

 

 ヤドランと一緒に吹き飛ばされていたが、元々打たれ強いエレブーはあまりダメージを受けていなかった。本当なら早くこの恐ろしい状況から尻尾を巻いて逃げたかったが、彼らがピンチなのに気付くと、見捨てる訳にはいかないと勇気を奮い立たせたのだ。

 

 ”でんこうせっか”のスピードを活かして、まともに動けないブーバーにエレブーは飛び付き、間一髪のところで放たれた念の波動から逃れる。

 ミュウツーは逃れた二匹に追撃を仕掛けようとするが、突然自分が影に隠れた。見上げてみると、ゲンガーが両手を広げて太陽を背に飛び上がっていた。何を企んでいるのかは知らないが、格好の標的だ。

 

 淡々とエレブーとブーバーに向けようとした手をゲンガーに変えるが、突然足元が崩れて攻撃どころでは無くなった。足元に気を取られている隙に、シャドーポケモンは悠々とミュウツーの頭上を飛び越え、背後を取ると”ナイトヘッド”で撃ち込む。

 無防備な状態で攻撃を受けてしまうが、ミュウツーは動じずに淡々と腕を振る。その動きをなぞる様に空気の流れを捻じ曲げられて、ゲンガーはアキラの傍の瓦礫に叩き付けられた。

 

「戻れスット!」

 

 すぐにアキラは、グッタリしているゲンガーをボールに戻す。

 運良く瀕死は免れているみたいだが、意識があるのか無いのかくらいしか違いは無かった。

 ゲンガーを攻撃しようとしていたミュウツーは再び狙いをアキラに変えるが、後ろから地中に潜んでいたサンドパンが飛び出し、刃の様な爪でミュウツーの背中を切り裂いた。

 ようやく目立った大きなダメージを与えることに成功するが、ミュウツーが負った傷は目に見えて塞がっていった。

 

「”じこさいせい”…」

 

 限られたポケモンのみが習得できる回復技をミュウツーが覚えている。

 気が付けば、ブーバー達が与えた傷跡は一切見られない。幾ら攻撃を加えても片っ端から回復される厄介さは、この前のカビゴンとの戦いで経験しているが、相手がミュウツーでこれなのは悪夢としか言いようがない。

 

 さっき与えた攻撃を無にされてサンドパンは動揺するも、念が飛んでくる前に素早く地中へ身を潜める。姿を消したサンドパンに注意が向いている隙に、”こうそくいどう”で接近したミニリュウが仕掛けようとするが、全方位に放たれた衝撃波で弾かれる。

 体勢を立て直す前に仕留めるつもりなのか、ミュウツーは転がるミニリュウに手を向ける。

 

「ごめんお願い!!!」

 

 ミュウツーの狙いに気付いたアキラは、謝りながら阻止するべく戻したばかりのゲンガーを繰り出した。戻した直後の意識は不安定だったが、僅かな時間とはいえ休息を取れたおかげでシャドーポケモンの視界はハッキリしていた。

 飛び出してすぐに”あやしいひかり”で混乱を狙うも、ミュウツー相手では眩暈を催す程度で本来の効力は発揮されなかった。だけど、他のアキラのポケモン達が攻撃を仕掛けるには十分過ぎる隙だった。

 

 ようやく動いたヤドランは”かなしばり”、エレブーは”でんきショック”で追い打ちを掛ける。硬直と痺れで一瞬だけミュウツーは体の自由が利かなくなり、機会を窺っていたブーバーは支えにしていた鉄筋を使って乱暴に殴り付ける。ポケモンらしからぬ攻撃だったが、この危機的状況で戦い方に卑怯も糞も無い。

 

 しかし、相手は最強のポケモンだ。

 

 また全身から力を解放して瓦礫ごとブーバーやエレブー、離れていたヤドランを蹴散らす。

 次にゲンガーは”さいみんじゅつ”を実行し、ミニリュウとサンドパンもその技を”ものまね”して効果を強めようとする。ところが先に仕掛けたゲンガーの技が効力を発揮しなかった為、真似をする間もなく三匹は纏めて”サイコキネシス”で吹き飛ばされた。

 

「強過ぎる…」

 

 どれだけ彼らが持てる限りの力を尽くしても、最初の目的である逃げるのに必要な時間を稼ぐことすらできない。入れ替わり立ち代わりに挑んでいるが、このままではいずれ皆力尽きてしまう。

 見守っていたアキラは、とにかく頭を働かせた。戦っている手持ちにばかり任せるのではなく、今の自分にできることや成すべきことを必死に考える。

 

 ――的確な指示?

 ――敵の注意を向かせる?

 

 様々な方法が浮かぶが、下手をすれば戦っている彼らを邪魔して更に状況に悪化させる可能性も否定できない。どうすればいいか悩んでいた時、起き上がったミニリュウと目が合った。

 睨んだ目付きだったので最初は怒っている様に見えたが、同時に呆れにも似た色もしていた。

 何を考えているのかわからなかったが、突然彼の頭に電流の様なものが走った。

 

「――”しっかりしろよ”…ってことか?」

 

 半信半疑で尋ねると、目を逸らして荒っぽく息を吐くと僅かに首を縦に振る。

 そうだ。今の自分はポケモントレーナーだ。

 自信が無いや足を引っ張りたくないなど言っていられない。

 今戦っている彼らを勝利に導く責務がある。

 

 ただ指示を出すだけでは、ポケモン達は動いてくれない。

 彼らに成長や変化を求めるなら、トレーナーである自分も変わる。

 そして彼らを率いるのに相応しいトレーナーになる。

 

 ニビジムでの戦いを経験した後に見出した自分なりのトレーナーとしての在り方を、アキラは思い出す。

 ただ指示を出すだけの戦い方では、この局面を乗り切ることは出来ない。

 ならば自分も彼ら同様に足を動かすべきだ。

 歯を食い縛り、動かす度に感じる激痛に耐えながら立ち上がり、息を整えた彼は覚悟を決めた。

 

「――やってやるか」

 

 幾ら意識を強く持っても、暴れているミュウツーを倒すことができないのには変わりない。だけど倒すのではなく逃げ切るのも立派な勝利だ。

 そして逃げる為の算段が、今頭に浮かんだ。

 

「リュット」

 

 真剣な声でアキラはミニリュウに声を掛け、これからすることを伝える。

 ミニリュウの方は話を聞く態度では無かったが、さっきまでのグダグダしていた時と打って変わった雰囲気を感じ取り、彼の提案を了承した。

 後は他の五匹もこの作戦を伝えるだけだ。

 

 手持ちの位置を把握しようとした時、仲間の危機を救おうと動いていたサンドパンが真っ先に目に入ったが、ねずみポケモンはミュウツーに狙われていた。

 それを見た瞬間、咄嗟にアキラは注意を引き付けようと勢いでコンクリート片を投げ付けて、ミュウツーの頭に当ててしまった。頭にぶつけられたのが癪だったいでんしポケモンは、直前に狙いをアキラに変えるが、咄嗟にミニリュウの放った”りゅうのいかり”を受けて気を散らされる。

 

 賽は投げられた。

 駆け出したアキラは、ミニリュウに伝えた作戦の鍵を握っているゲンガーとヤドランにその事を伝えると、了承したのを確認せずまた走り始めた。

 

「エレット、”でんこうせっか”!」

 

 ミュウツーが炎から出てきそうなのを見て、アキラはやるやらない関係無くエレブーに命じた。

 もしエレブーがやらなかったらすぐに別のパターンに切り替えるだけだが、倒れていたでんげきポケモンは、直ぐに起き上がると勇気を振り絞った。鮮やかな竜の炎を振り払うミュウツーに、目にも止まらないスピードの体当たりでぶつかり、続けて”かみなりパンチ”を打ち込む。

 

 攻撃が決まったのを見届けたアキラは、サンドパンの傍を通り過ぎる際に囁くようにさっきの二匹と似たことを告げる。怯んでいたミュウツーは体勢を立て直すと、距離を取ろうとするエレブーを狙う。

 

「バーット投げ付けろ!!!」

 

 ミュウツーの動きに気付いたアキラは、すぐさま手の空いている手持ちの名を呼ぶ。

 意図を理解したブーバーは、目から”あやしいひかり”を放って注意を引き付けると、手にしていた鉄筋をブーメランの様に投げ付けてミュウツーの手首にぶつける。痛みで表情を歪めたのを目にして、彼は下がったエレブーにも急いで考えている作戦を話す。

 

「サンット!! ありったけの飛び技を放つんだ!!!」

 

 畳み掛けるなら今だと、伝え終えたアキラは準備をしていたねずみポケモンに指示を出す。

 両手を持ち上げたサンドパンは星型をした光弾と鋭い針を雨あられの如く放ち、それらは次々とミュウツーに命中する。敵が弾幕に気を取られている隙に、肩で息をしているブーバーに短く概要を教える。この時、ひふきポケモンは笑みらしいものを浮かべた気がしたが、振り返っている時間は彼には無かった。

 

 絶え間なく飛んでくる光弾と針をミュウツーは全て受け切るが、そのタイミングにゲンガーは”あやしいひかり”で目を眩ませて、更に”したでなめる”も仕掛ける。ダメージは自体は大したものでは無いが、目が麻痺したことでミュウツーは周囲の状況を認識できなくなる。すぐさま回復させようにも、さっきまで受けたダメージとは異なる状態異常にミュウツーは手間取り、その隙に遅れて指示を実行したヤドランが”ねんりき”で浮かせた瓦礫の山を一気に落として生き埋めにする。

 静寂が訪れるがそれも僅かな間、すぐに何事も無かったかの様にミュウツーは瓦礫を吹き飛ばして出てくる。

 

 あの手この手とポケモン達はアキラ指揮の元、あらゆる攻撃を仕掛けていたがミュウツーを止めるに至れなかった。”じこさいせい”が使えることも理由にあるのは容易に想像できるが、効き目らしい効き目が無いのは、流石にアキラはわかっていた。

 あのポケモンを本気で足止めするなら、それ相応の一撃を叩き込まなければならない。

 代わる代わる攻撃をしたのは、準備に必要な時間を稼ぐためだ。

 そして機は熟した。

 

「今だ!!!」

 

 合図を出すと、場に出ていた六匹は同時に自ら持っている一番の大技をミュウツーにぶつける。 

 合体攻撃は以前カビゴンと戦った時はあまり通用しなかった経験があるが、これが今彼らが出せる最大火力だ。無防備な姿を晒していたいでんしポケモンは、六方向から放たれた光がぶつかることによって生じた激しい爆発と眩い光に包み込まれる。

 

「よし! 皆退くぞ!!」

 

 攻撃の結果を見届ける前に、アキラは離れている六匹に素早く呼び掛けながら、少しでも合流を早めるべく駆け出した。

 散っていた六匹は事前に伝えられていたこともあって、スムーズに呼び掛けた彼と傍にいるミニリュウの元へと走る。爆発時に起きた光が収まり、ミュウツーが立っていた場所はクレーターの様に抉れているのが見えたが、気にしている暇はない。

 

 ブーバーと合流と同時にアキラは”テレポート”を命ずるつもりだったが、彼の考えを正確に汲み取っていたブーバーは走りながら何時でも技を出せる様に集中していた。

 散り散りになった仲間達が集まり、いざ離脱しようとしたその時、嫌な風が頬を撫でた。

 鳥肌が立つような冷たいのではなく、気味が悪い生暖かい空気。

 

「なっ!?」

 

 すぐにアキラはブーバーを含めたポケモン達をボールに戻そうとしたが、風に煽られてボールを取り落とす。それだけでなく、気付いたら彼らの体は吹き始めた風によって宙に浮かせていた。

 

 ただの風では無い。

 下に目をやるとクレーターの中心で、片膝を付いたボロボロのミュウツーが両手を回す様に動かしていた。

 

 それを見たアキラは全てを悟った。

 この竜巻の様なものはミュウツーが作り出したもの、そしてこれはこの世界のミュウツーが使う代名詞とも呼べる技。

 

 ”サイコウェーブ”

 

 直後に渦巻く竜巻の勢いが増す。何とかしようにもこの技自体を打ち破る方法がわからないし、仮にあったとしても今の彼らでは如何にもならない。

 手の打ちようが無く、アキラとポケモン達は激しく地面に叩き付けられた。




アキラ、覚醒直後のミュウツーと総力戦を挑む。
初めてとなる本当の対伝説戦。上手くいくかと思いきや、結局ボコボコにされる。
最後やられていますが、決着は次回つきます。
納得できる形であるかはわかりませんが…

初代時代のミュウツーは、エスパー一強時代だったとしても異常過ぎた。
ポケスタ2のミュウツーを倒せは、マルマインの”だいばくはつ”くらいしか対抗手段が思い付かなかった思い出があります。
最近のポケスペでミュウツーが大活躍しているそうなので、早く単行本になって見たいものです。


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集いし力

今までの中で一番ご都合主義全開です。ご注意下さい。
人によっては「なんじゃこりゃ」「これは無いだろ」と思う様な展開になっています。


 風が止み、先程までの喧騒が嘘の様に沈黙に変わる。

 無意識に念を操っていたミュウツーは、先程までに受けたダメージを”じこさいせい”で回復させると立ち上がった。

 

 周囲を見渡せば、破壊したゲームセンターだった建物の跡、吹き飛ばしてスクラップにしたバイクと気絶した暴走族。

 そして戦いに敗れて、力なく横たわるアキラとそのポケモン達。

 立っているのは己だけだった。

 

 もう敵らしい敵は居なかったが、ミュウツーは何かを探す様に首を動かす。

 意識が覚醒した直後からさっきに至るまで、このポケモンは目に映るもの全てを破壊したい衝動に駆られていた。しかし、今は不思議な感覚の正体を探ることを優先した。

 

 それは、まるで自分が他にもいる様な不思議な感覚。

 それも二つだ。

 一つは感じられるだけだが、もう一つの方はかなり近いのか大体の位置がわかる気がした。

 惹かれる様に、最も近い感覚を感じる建物があった跡地に目をやった直後、ミュウツーの視界は青白い光に溢れ、体は一瞬の内に凍り付く。全身から感じる刺す様な冷たい氷を念で砕き、ミュウツーは仕掛けてきた張本人を見据える。

 

 目に戦意を滾らせたミニリュウが、傷付いた体を持ち上げて睨んでいた。

 しつこく戦いを挑んでくるドラゴンに怒りを感じたミュウツーは、再び湧き上がってきた全てを壊したい衝動に身を委ねると、念動力を込めた手をかざした。ミニリュウはもう一度攻撃しようとしたが、体に走った激痛で動きを止めてしまう。

 

 終わる――

 

 理由は違っても両者がそう確信したその時、一筋の光と共に輝く何かが二匹の間に降り立った。

 直後に放たれた念の衝撃波が瓦礫を巻き込みながら輝く存在に迫るが、何故か呑み込む直前に嵐は光っているその存在を避ける様に逸れた。

 突然現れた謎の存在に、自らの攻撃を受け流された事実にミュウツーは目を見張ったが、自分がもう一人いる様な感覚をあの光る存在から感じ取っていた。

 

 一方のミニリュウも、謎の存在の登場に驚きを隠せなかった。今まで様々なポケモンを見てきたが、ここまで暖かく神々しい光を放つ存在は見たことが無い。今戦っているポケモンとどこか似ている気はするが、姿のみならず纏っている雰囲気は大違いであった。

 

 降り立ったポケモンは、しばらくミュウツーと対峙していたが、唐突にミニリュウに振り返る。思わずミニリュウは身構えたが、輝いているポケモンは微笑ましそうな表情を見せる。

 何時もならバカにされてると思うところだが、不思議と不快感は無く、警戒心が人一倍強いミニリュウは自然と力を抜く。

 

 敵意が無くなるのを見計らっていたのか、白いポケモンは小さな体を浮かせて近付いてくる。

 そして驚いたことに、そのポケモンはいきなりミニリュウと同じ姿に変わったのだ。

 体が光り輝いている点を除けば、自身とソックリな姿にミニリュウは目を疑ったが、それ以上に困惑していた。突然現れたのだから戦いに来たかと思ったら、戦うことを放棄して遊んでいる。

 一体何をしにここに来たのか全く目的が読めない。

 

 相手にされていないことに業を煮やしたミュウツーは、瓦礫の山を念の力で浮かべてミニリュウ達目掛けて飛ばした。しかし、輝くポケモンは一瞬だけ念動力らしき力を放つと、飛んできた瓦礫は空中で静止して重力に従う形でそのまま落ちた。

 

 荒々しい念とは対照的な穏やかな念の力。

 唖然としている間に、光っているポケモンは元の姿に戻ると小さな手を差し出した。

 意図を理解しかねたが、差し出したポケモンは耳を疑うことをミニリュウに伝える。

 

 力を貸してくれるのだと言う。

 

 確かに自分達を追い詰めた不気味なポケモンを倒せる力は欲しいが、タイミングなどの要素を含めてあまりに都合が良過ぎる。顰め面で理由を尋ねると、目の前のポケモンは目線である場所を示した。その先には、意識が朦朧としてうなされているアキラと健闘むなしく敗れて倒れたままの彼と一緒にいるポケモン達。

 主人と仲間達を助けたいかを聞かれたが、ミニリュウは一緒にポケモン達が仲間であることは否定しなかったがアキラは主人ではないと返す。

 

 今でもそうだが、ハッキリ言って人間は信用できない。

 アキラに付いて行ったり力を貸したりしているのは、あの森の中で日々を過ごすよりもバカではあるが愚かでは無い彼に付いて行った方が自分に利益があるからだ。なので彼の事を主人と思ったことは一度も無いし、これから先も思うことは無いだろう。

 再び湧き上がってきた憎悪にミニリュウは、問い掛けてきたポケモンを睨むが光るポケモンは笑顔を崩さなかった。

 

 素直じゃないね、と言われて頭に血が上り掛けたが、本当にそう思っているのなら何故ここまで必死に戦っているのかとも聞かれた。黙ってやられるのは性分に合わないと答えようとしたが、同時に彼や仲間達のことも気にしての行動なのにミニリュウは気付いた。

 

 癪ではあるが、幾ら信用していなくても何日も一緒に過ごせば何も思わない訳は無い。ダメな面だけでなく何かを隠している節はあったが、会った頃と比べれば押しつけがましくは無くなってきた。他の仲間達も最初はバラバラだったが、少しずつ彼の元で纏まり始めてきて、このまま彼らと一緒に刺激的な日々を送るのは案外――

 

 と、ここまで考えて、切っ掛けを作った目の前のポケモンを見てみると面白そうに笑っていた。それを見たミニリュウは、ものの見事に本音を漏らす様に誘導されたことを悟った。

 怒りと恥ずかしさに駆られて尾を振るが、”たたきつける”は当たる前に念の力で寸止めされた。攻撃されたにも関わらず、光るポケモンは変わらず嬉しそうな表情を浮かべていたのを見て、もうこれ以上言い返す気力も湧かなかった。

 

 大人しく手を引いた直後、隙を窺っていたミュウツーはさっきより威力を上げた”サイコキネシス”を放ってきた。ミニリュウはハッとしたが、自分を含めて白いポケモンがいる周辺は全く念の衝撃波の影響を受けず無事だった。

 忘れていたが、相手は目の前のポケモンではなく奴の方だ。

 

 話は戻るが、今の自分では力不足。

 色々怪しくはあるが、この状況を何とかできる力を貸してくれるのなら喜んで受け入れよう。さっきまでの感情を忘れて、どういう方法で力を貸してくれるのかミニリュウは尋ねる。すぐに答えは返ってきたが、その方法に思わず顔を顰める。

 

 経験した身ではあるが、上手くいかなかったらどうなるかも見ているので本当にそんな方法で大丈夫なのか疑いたくなった。

 何故その提案をしたのかを問えば、戦っている自分の姿をあまり見られたく無いのと、ここに来てからの一連の流れを見て思い付いたのだと言う。自分がその方法を実現する手段を持ち合わせていることを知った上でこの提案をしているのを考えると、目の前の存在はかなり最初からこの戦いを見ていたのが容易に想像できた。

 

 ミニリュウは考える。

 姿を見られたく無いという奇妙な主張は除いても、共闘と言う形では自身が足を引っ張ってしまうのが目に見えていることを考えれば合理的だ。

 やろうと思えば自分以外にもう一匹も出来るが、今動けるのは自分だけだ。

 

 これが唯一の手段。

 

 覚悟を決めたミニリュウは、ある技に意識を集中させながら伸ばされた手に額を触れさせた。

 

 

 

 

 

 強過ぎる。

 

 わかってはいたつもりだったが、あまりにも目論見通りに事が進み過ぎて少し欲を掻き過ぎたかもしれない。

 体を起こそうとアキラは力を入れてみるが、動く感覚どころか痛みさえも感じられない。

 散々体を回された所為で、眩暈と共に螺旋を描くように意識は闇へと落ちていき、ミュウツーらしき姿も徐々にぼやけて見えなくなっていく。

 

 もうダメだ、と暗闇に身を委ねようとした直後、暖かく痛みが引くのを感じる優しい光に体を照らされた。体の底から力が湧き上がるのを感じてアキラは目を開けると、ミニリュウが光り輝く何かに額を触れさせていた。

 光の正体を知ろうと目を凝らそうとしたが、その前にミニリュウの体も輝き始めた。両者の姿は、形あるものからそれぞれピンクと黄緑の光に変化して混ざり合う。

 

 その光景は、ここまで来た暴走族が複数のメタモンでフリーザーの姿に模らせたのによく似ていたが、輝いている影響かまるで別物に見えた。

 そして混ざり合った光は一際輝きを増した瞬間、弾ける様に消えて、ミニリュウが居た場所に一匹のポケモンが体を屈ませた状態で姿を現した。

 

「カイ…リュー?」

 

 現れたポケモンの名をアキラは呟く。

 ずんぐりとした体格の巨体、それに見合った太くて大きな四肢、畳まれているが不釣り合いな小さな両翼、そして見る者を圧倒する力強い姿。何度もこの世界の資料や本の挿絵に使われている姿を見て、ミニリュウが進化するのを夢見ていたのだから見間違えることは無かった。

 

 ゆっくりと立ち上がったカイリューは、まるで今の自分の姿を確かめるかの様に体の隅々を確認していく。

 

 突然現れたカイリューを、ミュウツーは静かに見据える。

 目の前に現れた存在からは、さっきまでの暖かく神々しい光は放たれていない。しかし、その体から滲み出ている力は、紛れもなくあの己と同じ存在が発していたものだ。

 ミュウツーは両手に力を籠めると、再び”サイコキネシス”を放つ。それは先程まで、片手間に使っていたのとは比較にならない威力だった。念の嵐は瓦礫を吹き飛ばすだけに留まらず、大地さえも引き裂いて轟音を上げながらカイリューを吹き飛ばす。

 

 判断が遅れて巻き込まれたカイリューは、意識が飛ばない様に気を引き締めたが、思いの外感じられるダメージは少なかった。垂れ下がっている背中の翼を広げれば、吹き飛ぶ体の勢いは急激に弱まり、緩やかに地面に着地出来た。

 

 今の自分の姿、アキラが度々見せていた己の最終進化形態。

 あのポケモンが使う”へんしん”らしき技を”ものまね”しながら、言われていた通りにぼんやり勝つのに必要なイメージを浮かべてこの姿になったが、思っていた以上だ。何より手足があるのは不思議な感覚ではあったが、仲間のゲンガーが喜ぶのも頷けた。

 

 もっと色々確かめていたいが、その余裕は無い。

 どうやってこの姿で戦おうかと考えた時、何時も通りで大丈夫、と聞き覚えのある声が頭の中で囁いた。少し戸惑ったが、ならばとカイリューは体に力を込める。

 

 カイリューが体を屈めたと同時に、ミュウツーは再び念を放つ構えを取る。

 さっきは吹き飛ばすことは出来たが、あまり効いている様子は見られなかった。次こそはと集中力を高めるが、突如遠くにいたカイリューの姿が消えた。否、その巨体からは想像がつかないスピードで迫っていたのだ。

 咄嗟に溜めている途中の念を撃とうとしたが、その前にいでんしポケモンは腹部に重い一撃を受けて、体は後方に吹き飛んで激しく瓦礫に叩き付けられた。

 

「凄い……」

 

 ミュウツーに一矢報いたカイリューに、アキラは呆然と言葉を漏らす。

 一体どうやってハクリューの段階を飛ばして最終形態になったのかは知らないが、あの如何にもパワーファイターな外見であれだけのスピードが出せるとは思っていなかった。能力値を考えれば、あのスピードは元々の地力ではないとわかるはずだが、それが出来ないまでにアキラは興奮していた。

 

 攻撃を仕掛けたカイリュー自身も、自ら仕掛けた攻撃なのに予想以上の力を発揮したことに驚きを隠せないでいた。”こうそくいどう”で勢いを付けてからの”たたきつける”、最も得意としていた技が、ここまで威力を発揮するとは思っていなかった。

 

 叩き飛ばされたミュウツーは、衝撃で意識が飛んでいたこともあってしばらく瓦礫に体をめり込ませていたが、すぐに荒々しく念を周囲に撒き散らしながら立ち上がる。

 怒りで息を荒くしていたが、念をぶつける前に目の前の敵が己に近い存在が力を貸していることを思い出す。

 エスパー攻撃のダメージは薄く、素手で挑めば間違いなくパワー差で負ける。

 高い知能を活かして対抗策を考える内に、先程戦ったブーバーのある姿が脳裏を過ぎった。

 

 使える。

 そう判断したミュウツーは、右手を掲げて意識を集中させる。

 やがて右手が光り始め、その光は浮かび上がらせる様に何かを形作り、ミュウツーの手元に等身大サイズの巨大なスプーンが現れた。

 

「念のスプーン…使えたのか…」

 

 念のスプーン、それはこの世界のミュウツーが持つ最大の特徴であり、念の力を収束させて作り出した打撃武器だ。当然スプーン以外にもフォークなどの形状に変化させることも可能で、いわばミュウツー版”ふといホネ”とも言える代物。さっきまで使う様子は全く無かったが、本気を出したのか、はたまた何か理由があって使わなかったのかはわからない。

 だけど更に手強くなった事だけは確かだ。

 

 ブーバーが殴り付けてきた鉄筋をヒントに編み出した武器の使い心地を確かめたミュウツーは、両手でスプーンを握るとカイリュー目掛けて突き出す様に構える。

 鬼に金棒なのは理解していたが、それでもカイリューは退く様子を見せず逆に何時でも動けるように腕や足、翼などの全身の至る所に力を入れて備える。

 互いに出方を窺うべく睨み合いを続けていたが次の瞬間、両者は同時に動き、渾身の力が込められた拳と得物がぶつかり合った。

 

「っ!」

 

 余程の力が込められていたのか両者を中心に地面は大きく窪み、更に激しい衝撃波も生じて瓦礫を含めたあらゆる物が吹き飛ぶ。

 広がる衝撃波でアキラの体は浮き上がり掛けるが、彼は吹き飛ばされまいと必死に地面に突き刺さった鉄筋にしがみ付いて堪える。

 

 始めは地上で足を付けて激しい攻防を繰り広げていた二匹だったが、直接カイリューの拳をスプーンで防ぐのは荷が重いと判断したミュウツーが浮かび上がったことで、両者の戦いの場は空中に変わる。

 スプーンが振るわれる度にカイリューは避け、長い尾や拳での攻撃を仕掛けられる度にミュウツーも身軽に躱したり受け流す。一見すると一進一退の攻防に見えるが、勢い的にカイリューの方が不利だった。

 

 どういう方法でミニリュウがカイリューになったのかは知らないが、伝説に匹敵する力を持つポケモンであっても、やはり最強のポケモンとして創造されたミュウツーと互角に渡り合うのは難しいらしい。スプーンで殴り付けられたドラゴンポケモンはバランスを崩すが、体勢を立て直す勢いを利用して”たたきつける”で逆襲する。

 鞭の様に振るわれた巨大な尾はスプーンで防がれるが、カイリューは強引に押し切ろうと一気に力を籠める。パワー差があると判断していたミュウツーはこの状況を良しとせず、素早く片手を放して念の波動を放ち、動きが鈍っていたカイリューの体は吹き飛んだ。

 

「どうすれば良い…」

 

 見上げる形で戦いを見守っていたアキラは、何もカイリューの力になれない自分が歯痒かった。主戦場が空中で状況の把握が難しいこともあるが、自分が余計なことを口にして戦っているカイリューの集中力を乱したくない。

 だけど、あのまま戦っても負けるのは時間の問題だ。

 

「考えろ。何かあるはずだ。何か良い方法があるはずだ」

 

 攻撃のタイミング、ミュウツーの戦い方のクセや妨害、回避のタイミング、何でも良い。

 その時だった。空中で体勢を立て直し切れず地上に降りたカイリューに、スプーンを振り上げたミュウツーが容赦無く襲い掛かった。振り下ろされたスプーンをカイリューは躱せたが、打ち付けられたことで瓦礫や岩が舞い上がり、いでんしポケモンは器用にそれらを念の支配下に置くと弾丸の様に飛ばしてきた。

 咄嗟にカイリューは腕を持ち上げて防御の姿勢を取ったが、防ぎ切れなかった瓦礫が顔に当たった瞬間、激しい激痛に見舞われたのか悲鳴を上げた。

 

「リュット!!!」

 

 聞いたことが無い悲鳴を上げるカイリューに、アキラは思わず叫んだ。

 何とか持ち堪えようとしていたが、動きが鈍ったところを腹部にスプーンの一撃を受けてしまい、カイリューの体は崩れ掛かった。

 

 このままではいけない。

 

 アキラは体の痛みなど知ったことではないと言わんばかりに立ち上がると、さっきまでの思考を放棄して駆け出した。当然ミュウツーは彼に気付くが、目の前のドラゴンは思いの外早く立ち直り、お返しと言わんばかりに殴り飛ばされて瓦礫に叩き付けられた。

 

 おかげで彼は無事にカイリューの元に辿り着いたが、衝動的に来たので何をするまでは考えていなかった。今自分が来ても邪魔的な顔をされると思ったが、さっきからカイリューは頻りに手を顔に触れさせるなど様子がおかしかった。

 手持ちの異変を知ろうとアキラはカイリューが抑えている顔を窺うと、目の周りが赤く腫れている様に見えた。

 

「目をやられたのか?」

 

 サッカーのボールが目に当たって暫く視界がぼやけた経験があったので、今のカイリューの状態にアキラは覚えがあった。声を掛けられてようやく彼が近くにいることを知ったらしいカイリューは顔を向けるが、視線はズレていた。

 

 やはり目をやられている。

 失明まではいってないとしても、良くて視界はぼやけているだろう。そうなると自力で戦い続けるのは無理がある。

 やはりここは本来の目的である逃げるのが一番だが、カイリューは退くつもりはないだろう。

 

 戦うのを選ぶべきか。

 逃げるのを選ぶべきか。

 トレーナーとしての判断を迫られたが、土埃の中からミュウツーが飛び出した。

 

「右に避けろ!!」

 

 考える間もなく、反射的にアキラは躱すのを指示する。

 言われた通りに動いたことでカイリューはギリギリでスプーンの攻撃を避けるが、間髪入れずに振るわれた次の攻撃は受けてしまう。目が見えないからか、動きがぎこちない。

 

 もう自分の指示が、手持ちの足を引っ張るなど言っていられない。

 自分はカイリューのトレーナー、ならば彼のトレーナーとして良い悪い関係無く可能な限りの事を尽くすべきだ。意を決したアキラは下がるカイリューの背に飛び乗り、首に腕を巻き付ける形で背中にしがみ付いて囁く。

 

「俺がお前の目になる」

 

 正直言って、そこまでカイリューをサポート出来る自信も保証も無い。

 けれども、このままではやられるのは目に見えているのだ。レッドの様に上手くやれるかは別としてやらねばならない。突然アキラが背中に乗って来たのにカイリューは苛立つような息を吐くが、すぐにそうは言っていられなくなった。

 

「正面から来たぞ!!」

 

 アキラから伝えられる方角と指示を頼りに、カイリューはミュウツーのスプーンを避けるが、次の攻撃は彼の指示が間に合わなく受けてしまう。

 衝撃で彼はカイリューから振り落とされそうになったが、何とか持ち堪える。こういう形でポケモンの背に乗るのは彼にとって初めての経験ではあったが、不思議と落ちる気はしなかった。

 次は見逃さないと意気込み、アキラはミュウツーの動き一つ一つに注視する。同時にカイリューの目として見るだけでなく、どう動くのが彼にとって最適であるのかなどに意識と神経、思考の全てを傾ける。

 

 その直後、彼の目に映る世界は変わった。

 

「後ろに一歩下がって! 手で殴れ!」

 

 それからのアキラとカイリューは互いに無我夢中だった。

 最初は間に合わないことも多かったが、徐々に彼の指示は正確さを増していき、カイリューの動きも目が見える時と大差ない動きができるまでになった。

 ミュウツーの動きが少しずつ、アキラから見たらゆっくりに見えることやどんな動きをするのかが無意識にわかってきたのも要因にあったが、時間が経つにつれてカイリューはアキラが口にする前にその通りの動きをする様になってきた。そしてアキラの方もカイリュー自身がどういう状態で、どの様に動くのが最も消耗が少ないのかが自分の事の様にわかってきた。

 

 両者とも目の前の戦いに専念していたので深く浸ることは無かったが、まるでお互いの視界と感覚、思考を共有している様な不思議なものだった。

 

 最初は、背中にアキラが乗って来たのと変な感覚を邪魔に思っていたカイリューだったが、今では頭の中に浮かぶ自分とは異なる視界と考えを頼りに動いていた。何故背中に乗っている彼から見えていると思われる光景や考えがわかるのか疑問ではあったが、結果的に自力で戦っていた時よりもずっと良い動きができていた。

 

 中々良い主人じゃない、と己と一体化する形で力を貸してくれた存在が直接頭の中に囁くが、主人では無いと改めて否定する。

 薙ぎ払う様に振るわれたスプーンを頭に浮かび上がる視界と考えに従って受け流しながら、カイリューの脳裏に様々な記憶が過ぎり始めた。

 

 静かな湖で自由気ままに過ごしていたのに、突然現れた黒づくめの人間に捕まり、苦痛と戦いの日々、怒りをぶつけようにも同じポケモンにしかぶつけられず、森に放されてから彼と会うまで荒れに荒れていた。

 

 色々尽したりやってもらったりしているので、それなりに頼みに応じて力を貸しているが、彼が何かを隠しているのが嫌いであった。そして、好き勝手に暴れたり反抗する己を手放そうとしないのは、自分の力と可能性を期待しているのや頼っていることもわかっていた。今までは察するだけで知る機会は無かったが、今の謎の感覚のおかげで背に乗っている彼自身そういう下心的なのを抱いていたことをカイリューは読み取っていた。

 

「リュット…」

 

 カイリューがアキラの考えを手に取る様に感じていた時、彼もまた今戦っている最初に手にしたポケモンが今まで辿った道、そして今まで自分の事をどう思っていたのかを感じ取っていた。

 ミュウツーと一旦距離を置いたのを機に、小さな声でアキラは言葉を紡ぎ始めた。

 

「確かに俺が手放そうとしなかったのは、お前が強いポケモンになるのを知っていたのもある」

 

 互いの考えや記憶がわかる今の感覚に戸惑いながら、アキラは有りのままに思っていたことをカイリューに話し始める。今なら告げるまでも無く何となくわかってくれるだろうが、口に出さずにはいられなかった。

 

 最初から強いのは勿論、進化すれば数多くのポケモンの中でもずば抜けて強いカイリューになることを知っていたのも手放したくない大きな理由の一つだった。しっかり手懐けて育てれば、平時のバトルでは並みのトレーナーは圧倒できるだけでなく、万が一ロケット団の様な悪の組織と対峙した際に対抗することが出来ると考えていた。

 

 しかし、リュットと名付けたミニリュウはそんな甘い考えを打ち砕いた。

 どこかでゲームの様に無条件で従ってくれると思っていた自分の考えを改めさせ、彼らが生き物であるのと半端な覚悟で連れていてはダメなのを教えてくれた。

 

「――だけど、お前は初めて一緒になったポケモンなんだ。そんな思い入れがある大切な存在を簡単に手放すことなんて選択は出来ない」

 

 ただ強いだけなら、一時的に手放して初心者である自分は身の丈に合ったポケモンで基本を学んでいく道も選べたが、ミニリュウはこの世界で最初に手にしたポケモンなのだ。出来ることなら一緒に居たいのが正直な気持ちだ。

 

 一緒に居たいポケモンが手に負えないのならば、トレーナーである自分は彼らに認められる様に成長して変わらなければならない。

 

 それがニビジムでの戦いの後、この世界で自分がポケモントレーナーとしてやっていくのに大切な心構えだと言う考えに彼は至った。今背にしがみ付いているリュットと名付けたカイリューは、アキラにとっては最初に手にした大切なポケモンにして頼れる存在であり共に歩みたい存在だ。

 

 彼が秘めていた内心をカイリューに告白した直後、息を整えたミュウツーがスプーンを構えて迫った。ドラゴンポケモンは頭に浮かび上がるアキラの視界から状況を理解すると、”こうそくいどう”で距離を詰めて先手を打つ。

 しかし、ミュウツーは軽やかな動きでカイリューの拳を避けると背後に回り込んだ。

 

「しまった!」

 

 今のは完全に自分のミスだ。

 今ならあの動きは簡単に読めたはずなのに、最後まで目を離さずに見ていられなかった。位置を把握しようとした振り向いたアキラが目にしたのは、自分目掛けてスプーンを振り下ろすミュウツーの姿だった。

 

 その時だった。

 

 カイリューはアキラが反応したのとほぼ同時に素早く体を反転させて、その勢いでスプーンを拳で弾く。

 

「リュット」

 

 話し掛ける間も無く両者は再び戦い始めたが、カイリューが考えていることがアキラの頭の中に浮かび上がる。

 

 

 お前を信じる。

 

 

 脳裏を過ぎったカイリューの考えに、彼は表情を緩ませた。

 この不思議な感覚についての謎はあるが、ようやく一番心を通わせたいポケモンが自分を信じると考えているのだ。

 もうアキラに迷いは無かった。

 

「ありがとう」

 

 それを機に意識を切り替えた彼は、スプーンを操るミュウツーの動きをよく観察する。

 今のアキラは、目に映ったミュウツーの動きがゆっくり見えるだけでなくあらゆる動作が手に取る様に読めていた。その動きから予測される挙動と攻撃のタイミング、或いは回避方法を頭の中に浮かべれば、カイリューはそのイメージに従って避けたり攻撃を行う。

 言葉にしなくても互いの考えがわかるおかげで、声による指示にありがちなタイムラグは一切無い。若干予測と異なっても反射的に対応策をアキラが思い浮かべた瞬間、カイリューはその通りに動いて対処してくれる。

 

 動きが読めても直接対抗できる力が無いアキラ。

 直接戦えるだけの力があっても動きが読めないカイリュー。

 

 互いに不足しているものを協力する形で補い、更に攻撃や行動の実行にそれらの動きを考えるだけの思考の役割を分担しているおかげで、理想的とも言える動きを実現していた。

 どこからか良いコンビじゃない、と言う声が聞こえた気がしたのは気の所為だろう。

 

「勝てる…勝てるぞ」

 

 さっきまでの弱腰がどこに消えたのか、アキラはこの戦いに勝てると肌で感じ取り、呼応するかの様にカイリューも吠えて、彼らの勢いと攻防は一段と激しさを増した。

 負けじとミュウツーも反撃するが、それらの攻撃は全てが尽く防がれるか避けられ、一方的に反撃を受けてやられている自らの現状に驚きを隠せなかった。”じこさいせい”を使うことで体を動かせるだけの状態を保っているが、これ以上は持ち堪えられそうにない。

 一旦距離を置くべく、ミュウツーは後ろに飛んで体を宙に浮かせる。当然アキラ達は追うべく飛び上がるが、あまりにも上手く行き過ぎて油断していた。

 

「っ!」

 

 目の前まで迫ったところで、カイリューは見えない壁にぶつかったかの様に弾かれたのだ。

 手をかざす動きまでは読めていたが、目に見えない力までは読めない。故に手をかざしている以外はわからなかった。バリアのようなものだとアキラは考えたが、バランスを崩した状態でカイリューはスプーンを打ち付けられた。

 

 辛うじて腕で防ぐことはできたが、勢いまで殺し切れなくカイリューは切り揉みしながら落ちて行き、アキラも振り落とされない様にしがみ付く。

 何とか空中で体勢を立て直したことで、地面に叩き付けられることは免れたが、目を離してしまったことでミュウツーがスプーンを振ってきたことには気付かなかった。

 

「チッ」

 

 気付いた時には既に幾ら早く反応できても、躱すには難しいタイミングと姿勢にアキラは思わず舌打ちする。すぐに腕で横腹をガードするイメージを彼は浮かべ、カイリューが腕を持ち上げた直後、ドラゴンポケモンとスプーンの間に割り込む影があった。

 

 エレブーとサンドパンだ。

 

 まさかの彼らの加勢にアキラは驚く。

 さっきまで気絶していた彼らだったが、カイリューとアキラが必死になって戦っているのを見て、体に鞭を打って駆け付けたのだ。

 

 割り込んだ二匹はボロボロであるにも関わらず、ミュウツーのスプーンを身を挺して受け止めてカイリューとアキラを守る。普通なら纏めて薙ぎ払われるが、二匹はアキラが連れている中でも防御に秀でており、骨が変な音を立てようと爪や突起物が砕けようが構わず踏み止まる。

 すぐにミュウツーはスプーンを戻そうと腕に力を入れるが、二匹は受け止めたスプーンをしっかりと掴んで離そうとしない。

 

 そして今度は二匹同様に、何時の間にか復帰して跳び上がっていたブーバーがスプーンに全体重を掛けて踏み付け、背後からヤドランがミュウツーの体をしがみ付く様に抑え付け、ゲンガーも顔に張り付く。当然ミュウツーは抵抗するが、カイリューとの戦いでかなり消耗しているのか五匹の拘束を振り払うだけの力を出せなかった。

 

 必死に抑え込みながら、スプーンを踏み付けていたブーバーがアキラとカイリューに顔を向けて声を荒げる。

 言葉は通じなくても、何を言っているのかがアキラにはわかった。

 

「決めるんだリュット!!!」

 

 彼らが最後の力を振り絞って作ったチャンスを無駄にはしない。

 アキラの指示に、カイリューは今から放つ一撃に全てを賭けるのを決意する。

 距離を取って力強く地面を踏み締めると、体内に溢れる全ての力を口に集約し始める。このまま放てば彼らも巻き込んでしまうが、巻き込まれるのは彼らも承知している。

 何より、直前に逃げるだろうという信頼があった。

 

 口に溜め始めた膨大なエネルギーは、溜まるにつれて鮮やかな黄緑色の光が開けた口の奥から徐々に輝きを増していく。使い慣れている大技の筈なのにまるで別物の様に感じられたが、暴発しないよう気を緩めず慎重且つ素早く充填するのにカイリューは努める。背に掴まるアキラもカイリューの思考を通して、これから放とうとする技の強大さを感じ取っていた。

 

 これで決まる。

 

 確信にも似た考えが過ぎり今にも放とうとしたタイミングで、突如ミュウツーが握っていたスプーンの形が崩れた。

 アキラは目を疑ったが、崩れたスプーンはピンク色をした光の玉として集約されていくのを見て、ミュウツーのスプーンは念によって生み出されたエネルギーの集合体であることを今になって思い出した。

 

 ミュウツーを抑え込んでいた五匹が、一斉に離れると同時にカイリューは全身全霊を込めた”はかいこうせん”に()()()()()()を放つ。

 カイリューの体と同じ太さの黄緑色の光の束がミュウツーに迫るが、いでんしポケモンは持てる限りの念のエネルギーを全て集めた光の玉を迫りくる光の束にぶつける。

 桁違いなエネルギー同士が衝突した瞬間、想像を絶する爆発によってカイリューを含めたあらゆるものが吹き飛び、アキラの目の前は真っ暗になった。




アキラとミニリュウ、謎のポケモンの力添えに加えて互いに足りない物を補い合い辛うじてミュウツーを追い込む。

フリーザーの件も含めて、ポケモンの能力や技、設定を見てこういう事も出来るんじゃないかと都合良く解釈した結果こういう展開になりました。

初期案ではゲンガーが”だいばくはつ”をこの時点までに修得していて、手持ち全員の”ものまね”による”だいばくはつ”で引き分けに持ち込むつもりでしたが、イマイチ気分が乗りませんでした。
某ポケモンの加勢を思い付いても、物語の進行的に今の段階の彼らでは万全でも足を引っ張るだけ。じゃあどうしよう?と悩んでいましたが、解決策を求めて原作を読み直していた時にマサキの合体事故を見て思い付きました。

今回の彼らの姿にアニメを思い起こす人がいると思いますが、切っ掛けになった元ネタはアニメとは別ですので、厳密には違う…はず。


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狙われた少年

 タマムシシティの中心に位置するカントー地方最大の病院であるタマムシ病院。その一室では、一人の医師がベッドに横になっている少年と話をしていた。

 

「傷は大分良くなってきたね。体を動かした時にどこか痛む?」

「――全身です」

 

 医師の問い掛けにそう答えた少年は、目でギプスで固定された上に素肌が見えなくなるまでに包帯に包まれた右腕を示す。

 事実、今の彼は腕のみならず足さえも動かそうとする度に響く様に痛むのだ。カルテにその事も書き加えた医師は他にも幾つか質問をすると、最後は安静にすることを告げて病室から出ていく。

 またしても一人病室に残ることになり、ただベッドの上で身動きが取れない日々を過ごすことに飽きたアキラは退屈そうに溜息を吐く。

 

「何時になったら動ける様になるんだろ…」

 

 予期せぬミュウツーとの遭遇から大分日が過ぎた。

 今まで経験した中で間違いなく最も激しい激戦を繰り広げたのは勿論、最後の互いに持てる限りの力全てをぶつけた時に生じた爆発のダメージもかなりのものだった。気が付けば、アキラはまた全身に包帯を巻いたミイラ状態。手持ちもミニリュウを除いて爆発の中心地にいたからか重傷で、今も自分がいる病室とは別の所で治療を受けている。

 

 オツキミ山での負傷とブーバーにやられた大火傷はかなり早く回復できたが、今回は骨折までは行かなくても、アキラの骨は手足どころか体の至る所にヒビが入っていた。なので目に見える範囲での傷は治っても、見えない内側の怪我の治りは、これまで以上に時間を掛けても遅いものだった。

 

 バトル漫画では骨を怪我しても大したこと無い様な描写が良くあるが、実際経験すると気にならないどころか動かせるのが不思議なくらいだ。

 元の世界に戻る時まで、後何回こんな経験をするのかと考えると本当に先が思いやられる。

 

「リュット達は大丈夫かな?」

 

 ここに来る医師や関係者経由で回復の経過は順調と聞いているが、今は離れ離れになっている手持ち達に、アキラはもう何度目かの思いをはせる。

 自分同様かなり酷い状態ではあったが、命に別状は無いことは聞いている。更に話を聞けば、彼が連れているリュットと名を付けたポケモンはミュウツーと戦った時のカイリューでは無くミニリュウの姿だと言う。

 

 この姿が元に戻っている事に関しては、アキラは特に気にはしていなかった。

 そもそもミニリュウがハクリューを通り越して、一気にカイリューに進化出来る筈がないし、する方がおかしい。記憶はおぼろげだが、やっぱりミニリュウをカイリューにしたのはあの光り輝いていた謎のポケモンの影響だろう。

 あの戦いの中で経験した妙な一体感から伝わったミニリュウのものと思われる記憶からもそれはわかっていた。そして、そのポケモンの正体の目星もある程度付いていた。

 

「何であそこにミュウが居たんだろう」

 

 退屈しのぎに、もう何回も考えたことを頭に浮かべる。

 幻にしてミュウツー誕生に大きく関係するポケモン、ミュウ。

 その力はミュウツー同様強力ではあるが、目に見えて攻撃的な念を操るミュウツーとは異なり奇跡としか思えない様なことさえやってのける。時代が進むにつれて様々な設定が追加されてきたが、それでも謎多き不思議なポケモンであるのに変わりは無かった。

 

 そもそもミュウは好奇心旺盛ではあるが、人間に匹敵する知能を持っている為、滅多に人前には姿を現さないとアキラは認識している。あの場に居たのは偶然かと始めは思ったが、自分の遺伝子から作り出されたミュウツーの存在とその覚醒を感じ取ってやって来たと考えるのが妥当だろう。中でも一番の謎は、何故ミニリュウに力を貸したのかだ。

 

 ミニリュウがカイリューになったのは、恐らくミュウが覚えている”へんしん”をミニリュウが”ものまね”したことで、暴走族のメタモンがフリーザーの姿を模したのと同じ理屈だろう。

 

 あの強さがミニリュウ自身がカイリューになったことで得た地力なのか、それともミュウの力添えがあっての結果なのかは不明だが、別にあんなことをしなくてもミュウ単体でもミュウツーと渡り合えた筈だ。他にもやたらとミュウツーの動きが、よく見抜けたことやカイリューと全ての感覚や思考を共有した様な一体感の謎もあるが、多分この辺りもミュウの影響によるものだろう。

 

「でも…あの感覚だけは何か違う気がするんだよな…」

 

 体が動かせない分のエネルギーを思考に回して考えを張り巡らせていたら、彼がいる病室の扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

 彼は入っても良いことを伝えると、この世界でのアキラの保護者であるヒラタ博士が和服っぽい長袖とロングスカートの若い女性を伴って病室に入ってきた。

 

「アキラ君、体の調子はどうかね?」

「まだ動けないくらい痛いです。外の景色はもう見慣れちゃいました」

 

 首を動かしたりするだけでも痛いのだ。本を読むことさえできない上に、トイレも毎回人の手を借りなければならない。健康な体が、どれだけ有り難い物か身に染みてきたので早く回復したいものだ。

 ヒラタ博士が納得していると、彼と一緒に入ってきた若い女性が前に進み出る。

 手に持つ台には、固定された見覚えのある六個のモンスターボールが並んでいた。

 

「! それってもしかして」

「えぇ、貴方が連れているポケモン達は皆回復したわ」

 

 隣の棚の上に置かれて、急いでアキラは目だけでも向けようとしたが痛みを感じて蹲る。そんな彼を気遣い、女性は置いた彼のポケモン達が入ったモンスターボールを一つ一つ手にして負担が掛からない位置で見せ始めた。

 サンドパンとエレブーは手を振り、ミニリュウとゲンガー、ブーバーはボールの中で雑魚寝している程で元気そうなのが窺えた。

 

「あっ、ヤドットはシェルダーが外れたんだ」

 

 最後に見た時はヤドランだったが、今ではシェルダーが噛み付く前のヤドンに戻っていた。

 話を聞けば、ヤドランは激しい戦いを経験すると噛み付いたシェルダーが衝撃で思わず離れることがあるらしい。つまり皆が重傷を負う原因となった最後の大爆発のおかげで、ヤドランの尻尾に噛み付いていたシェルダーは離れたという訳だ。

 

「離れたシェルダーは、トレーナーの下に戻りましたでしょうか?」

「えぇ、ちゃんと戻りましたよ」

 

 女性の答えに、アキラは安堵の息を吐く。

 あちらから喧嘩を売られたとはいえ、他人のポケモンを取り込む形での進化にはひどく罪悪感を感じていたのだ。もしダメだったらどうなっていたか。

 何がともあれ、これでもうあの暴走族と関わらなくて済む。

 

「あの…アキラ君、そのトレーナーに関係することなんじゃが…」

 

 困惑気味でヒラタ博士は話し掛けると、手にしていた袋からある物を取り出して彼に見せた。それは服と言えば服ではあったが、一昔前の古っぽくも派手な雰囲気で選んだ人間のセンスを疑うものだった。

 

「――何ですかそれは?」

「服と言えば服なんじゃが、”ムッシュタカブリッジ連合”を名乗る集団が是非アキラ君にと」

「え…えぇえ~~?」

 

 確かにアキラが元の世界から病院に入院するまで着ていた服は、今回の出来事の所為で修繕不可能なまでにボロボロになってしまいもう使い物にならない。

 なので退院する時に着る服が無いのに困ってはいたが、こんな服を着るつもりは無い。

 それ以前に自分と彼らは親しくないどころか敵対関係に近く、服を貰う理由は無い。

 

「と言うのも名誉総長に渡して――「入ってません!! 暴走族にはなっていません!」――うむ…わかった」

 

 耳を疑うことを尋ねられて、アキラはすぐに否定する。

 訳を聞くとヒラタ博士の方も彼らから事情を聞いており、曰くサイクリングロードでメンバー全員を相手取ったことやたまたま意識が戻っていたメンバーがミュウツーとカイリューの戦いを目にして、その実力に惚れ込んだらしい。そういう訳で是非とも自分達のリーダーになって欲しいと言っているとのことだ。

 

 こちらの承諾も理解も得ず、勝手に暴走族のメンバー、それもリーダー格に祭り上げられていることを知ったアキラは頭を抱えたくなった。今すぐにでも文句を言いに行きたいが、治療の方に専念したいので取り敢えずこの問題は先送りすることにした。

 

「――後治っていないのは俺だけか…」

「焦らなくても良いのよ。ゆっくり治すのが一番ですから」

「わかりました――エリカさん」

 

 初めて会った時も今回みたいにヒラタ博士と一緒に彼女も訪れたが、あの時は本当に心底驚いたものだ。最初は自分がカスミと知り合いなのが関係していると思っていたが、彼女と博士はタマムシ大学で互いに教鞭を取っている知り合いで、その縁もあると聞いた時は言葉が出なかった。

 

 ヒラタ博士のことをオーキド博士の様なタイプの研究者だと今まで思っていたが、ちゃんとした大学で勉強を教えながら研究をしている教授であることを、その時アキラは初めて知った。良く考えれば知る機会や時間はあった筈だが、先入観などもあって無頓着だった。

 

「それでは、私達はこれで失礼します」

 

 エリカは何か話したそうだったが、アキラの体調がまだ良くないと判断したのか、そのまま博士と一緒に帰って行った。

 また彼は一人病室に残ることになったが、今回はポケモン達がいる。特にゲンガーがボールの中でも、あれこれと動いてくれるので見ていて退屈しなかった。

 

 

 

 

 

「彼は元気そうですね」

「色々と痛い思いをしてきてはいるが、何とかやっておる」

 

 街外れにあるゲームセンターが、突如爆発を起こして、それにアキラが巻き込まれたと聞いた時はヒラタ博士は驚いたものだ。今回も幸い大事には至らずに済んだが、保護者としての責任感だけでなく彼の知識や手伝いが最近行き詰っていた研究の進展の助けになっていることもあって、彼の身に何かあると考えると冷や汗を掻く。

 

「それにしても、ロケット団がこのタマムシシティの外れとはいえアジトを構えていたとは。本当にどこにでもおるな」

「えぇ、幹部格を捕まえるどころか日々勢力が増すばかり。早く何とかしたいものです」

 

 現場に残された僅かな機材と目撃者の証言から、エリカ達は今回の事件はロケット団が実験していたポケモンの脱走によるものと見ていた。隣にいるヒラタ博士が面倒を見ているアキラとそのポケモン達が退けてくれたおかげで、被害はゲームセンター周辺だけで留まったが、もし街の中心で暴れられたら想像を絶する被害が出ていただろう。

 

 エリカが彼の元を博士と一緒に訪れるのは詳しい事情を聞く目的もあったが、同僚であるカスミからもし自分の元に来る時があったら手助けしてやって欲しいと頼まれたこともある。カスミの話では、彼が連れているポケモンは一部を除いてまだトレーナーを信用していないと聞いていたが、ボールの中の様子を見る限りではそうとは思えなかった。

 一体どうやってあれだけの被害を出したポケモンを退けられたのか、そのことも彼女は出来れば知りたかった。

 

「それで爆発の原因を作ったポケモンの行方は?」

「現在調査中ですが、痕跡が全く見受けられないので追跡は困難と思われます」

「そうか…他に被害が出なければ良いのじゃが……」

「………」

「どうかしました?」

「いえ、何でもありません」

 

 ただ深く考え込んでいた様に装おうが、彼女はある人物の行方が気になっていた。

 エリカが組織した自警団が現場に駆け付けた時、ゲームセンターがあった場所は廃墟どころか巨大なクレーターの様なものが形成されていた。そのクレーター周辺でアキラとポケモン達は倒れていたが、彼らは自警団が見つける前にその場にいたある人物によって応急処置が施されていた。

 

 その人物は、今まで何度もエリカが連絡を取ろうとしても応じないどころか悪い噂しか聞かなかったグレンジムジムリーダーであるカツラだった。

 彼は倒れていたアキラ以外に暴走族達にも応急処置を行っていたが、自警団が来たのを見るや後を任せて去って行った。普通なら逃げたと考えるところだが、彼のかなり思い詰めた表情に自警団は止める言葉が無かったと言う。恐らくカツラは、自らが関わったであろう今回の爆発の原因となったポケモンを追い掛けに行ったのだろう。

 

 これまでの情報では、ポケモンの生体実験はタマムシシティにあるアジトで行われていることを彼女達は掴んでいた。隠れ蓑として利用していたゲームセンターを失った今、ロケット団はポケモンに非道な実験を行うことはしばらく無いと見ていい。

 しかし、その影響なのか逆にロケット団の活動は活発化しているという報告も多い。

 

 恐らく決戦の時は近い。

 鍵を握ると思われるレッドが今どこで何をしているのかわからないが、ロケット団の本拠地であるヤマブキシティで何かが起こるのは時間の問題だ。アキラの健康状態が良好だったら詳しい事情を尋ねるだけでなく、その事も伝えようと思ったが、あの様子ではしばらく無理だろう。それに今彼女と他のジムリーダーが計画している作戦が、どこで漏洩するかもわからない。

 ここは静かに見守るのが一番と考え、彼女はヒラタ博士と共に病院を後にする。

 

 

 

 

 

 夜の寝静まった病室。

 ベッドの上でアキラは寝息を立てていたが、部屋の中に音も無く人らしい影が現れた。

 影は静かに寝ているアキラに近付き、その様子を窺う。

 寝返りを打とうにも打てない状態ではあったが、彼が目を開ける気配は無い。

 完全に寝ているのを確信すると、後ろに控えていたもう一つの影が前に進み出る。

 その時、何かが炸裂する音と同時に正気を失いそうな光が部屋を照らした。

 

「っ!」

 

 思わず二つの影は後ろに引くと、何時の間にか飛び出していたゲンガーとミニリュウが飛び掛かってきた。二匹は突然現れた影を叩きのめしてやろうとやる気満々だったが、目に見えない衝撃を受けて反対側に吹き飛ばされた。

 

「中々賢いポケモンを連れているじゃない」

 

 気が付けば二匹以外のポケモン達もボールから出ており、部屋の隅に固まって未知の存在に敵意を向けていた。彼らのトレーナーであるアキラは、まだ体を動かせないこともあってエレブーに背負われていたが、寝ぼけている様子も無く目はハッキリと開いていた。

 

「何日も寝てばかりでしたら眠りも浅くなりますよ」

 

 淡々と答えるが、内心ではタイミングが良かったと心底安堵していた。

 タイミング良く手持ちが戻ってきたおかげで、今回の事態に対処出来た。

 何日か前から妙な視線や空気を感じられる様になって、今の無防備な状態で万が一の事態に巻き込まれるのに戦々恐々していた。病院内ではポケモンを出すのはご法度だが、何時でも彼らが飛び出ても良い様にボールを台から外しておいて正解であった。

 あくまで強いのは、彼らポケモンであってトレーナーである自分では無いからだ。

 

「用事があるのでしたら昼間に来てください。ジムリーダーでも夜に来るなんて怪しい以外の何者でもありませんよ。ナツメさん」

 

 一応普通の人が知っている範疇の事を伝えるが、目の前のヤマブキジムジムリーダーは堂々と胸に「R」の文字が記された服を着ているのだから、誰がどう見ても彼女がロケット団関係者なのは一目瞭然だ。

 隠す気が無いのか誇っているのかはわからないが、あの様子だと恐らく後者だろう。ここに来た理由は何となくわかるが、サカキに次ぐロケット団幹部の一人である彼女が自分の元に来るとはアキラは予想していなかった。

 

「私を知っているのか。まあいい、さっさと用件を済ませるとしよう」

 

 相手はある程度事情を察していそうだと判断し、ナツメは直球で尋ねることにする。

 

「単刀直入に聞こう――ミュウツーとカツラはどこに行った?」

「知りません」

 

 予想通りの内容にアキラは即答する。

 そもそもミュウツーは爆発に呑み込まれてから意識を失っていたので行方はわからないし、カツラに至っては憶えている限りでは会ってすらいない。多分用件はこれだけでは無いだろうと思っていたら、何故かナツメは何も反応は見せず静かに自分を見据えていた。

 

 何だか頭の中を見透かされる様な気味の悪いものを感じるが、その考えは正しかった。事実、ナツメは超能力でアキラの心を読み取ろうとしていた。結果は彼の言う通りで、ミュウツーやカツラの行方に関して有益な情報は得られなかったが、一部の考えや記憶にこれまで感じたことの無い違和感を彼女は感じた。

 

「出ていけ!!!」

 

 アキラは声を荒げると、彼の意を読み取ったサンドパンは爪先から”どくばり”を放った。

 相手が超能力の使い手であることや奇妙な感覚から、彼は心の奥深くまで踏み込まれそうになっていることに気付けた。自分の秘密まで探られる訳にはいかなかったのもあるが、自分の心の内を探られる感覚は想像以上に不愉快だった。

 集中力を乱されて肝心の部分までナツメは読み取れなかったが、控えていたユンゲラーが”ねんりき”で撃ち出された毒針を静止させてその場に落とす。

 

「成程。確かに知らない様だな」

「そうですか。ではお引き取り願います」

「そういう訳にはいかない。限られた人数だが生き残りがいてな。お前がミュウツーと互角以上に戦ったという話を聞いている」

「…それ誇張されています」

 

 確かにミニリュウがカイリューになってからは中々良い感じで戦えていたが、それ以外はやられっ放しだった。このまま下がってくれるのを期待していたが、どうやらそういう訳にはいかなさそうだ。

 

「もう察していそうだから、私がお前の元に来た理由を話そう。一つ目はカツラまたはミュウツーの居場所、二つ目はお前を連れて行くことだ」

「丁重にお断りします」

 

 ミュウツーと戦った時点で何かあるかもしれないと思っていたが、偶然とはいえ互角以上に戦ったことでロケット団の興味を引いてしまったようだ。出来ることなら拒否の意思を示しながら返り討ちにしたいが、体調が良くないだけでなく、まだ自分達に対抗できるだけの力は無い。

 ここは逃げるのが最優先だとアキラは考えた。

 

「”サイケこうせん”!」

 

 ユンゲラーは額から虹色の念の光線を放ち、アキラのポケモン達を牽制する。

 戦う意思は持っていたが、彼らも回復したばかりで最近体を動かしていなかったこともあり、互いにカバーできる様に密着するほど体を寄せていた。そもそも個室の病室で、ポケモンが七匹も居ては狭くて戦いにくい。

 アキラは近くにいるブーバーの位置と他のポケモン達の位置、ナツメのユンゲラーの様子を確認して声を上げた。

 

「皆バーットに固まれ!!」

 

 謎の指示にナツメは意図を理解出来なかったが、アキラのポケモン達はおしくらまんじゅうの様にブーバーに殺到した。勢いで潰されたブーバーは、一瞬だけくぐもった声を漏らしたが、自分が頼りにされている理由をわかっていた。意識を集中させて、自身が野生の頃に偶然拾った人間の道具で覚えた技を発揮すると、彼らは病室から忽然と消えた。

 

「消えた?」

 

 一瞬だけ驚いたが、彼らの消え方にナツメは覚えがあった。この病室に移動する際に使った”テレポート”だ。

 まさか彼が連れているブーバーが覚えているとは予想していなかった。

 

 自身も超能力者であるナツメは、すぐに自らの能力を活かして逃げた彼らの行き先を読み取る様に探り始めた。エスパータイプのポケモンが主に習得する技ではあるが、それ以外のポケモンでも覚えられないことは無い。だが本家に比べれば精度や能力は劣っていることが多い為、どれだけ扱い慣れているのかはわからないが、そう遠くへは行っていないはずだ。

 しばらく探っていると読み通り、そう遠くない場所に彼らがいるのを突き止めた。

 

「”テレポート”だ」

 

 すぐに連れているユンゲラーと共に目的の場所へナツメは移動する。

 本来”テレポート”は戦闘状態から離脱する技だが、ナツメの様に技を鍛え上げれば条件の縛りを無くしたり範囲を広くすることも可能だ。彼女らがテレポートした先は、今いる病院の屋上だった。そこでアキラはポケモン達と何やら相談をしていたが、すぐに追い掛けて来たナツメ達に気付いた。

 

「げっ! もう!?」

 

 追い付かれることは想定していたが、ここまで早く来るとは思っていなかった。

 急いでアキラのポケモン達は、またブーバーに体を密着させて逃げようとするが、ナツメは事前の策を用意していた。

 

「”かなしばり”!」

 

 ユンゲラーはブーバーに狙いを定めると、スプーンを介して放った念の力でブーバーの動きと技を封じる。

 これで彼らの逃走手段を潰した。仮に動ける様になっても、封じられた”テレポート”はしばらく使うことは出来ない。その間に邪魔なポケモン達を片付けようと考えていたが、彼らの姿はまた唐突に消えた。

 

「何!?」

 

 これには流石のナツメも驚きは隠せなかった。

 間違いなくブーバーの動きを封じたはずなのに、また”テレポート”で逃げたのだ。ブーバー以外にも連れているポケモンの中に、”テレポート”を覚えているのがいたのだろうか。もう一度ナツメはアキラ達が逃げた先に意識を向けて、再びユンゲラーと共にその場所へと瞬間移動する。

 しかし、彼女が移動してすぐにブーバーを封じた様に彼もナツメが追い掛けていた時の対策をしていた。

 

「来たぞ! 攻撃開始!!」

 

 ナツメとユンゲラーの姿を見るやアキラの掛け声を合図に、予め周囲を警戒していた彼のポケモン達は一斉に技を放つ。

 ”テレポート”をしてすぐだった為、ナツメとユンゲラーは何も防御手段を取ることが出来ずにまともに彼らの攻撃を受けてしまう。だが、彼女にはロケット団幹部としての自負がある。

 辛うじて落下ではなく着地する形で地上に降りると、すぐさま”サイコキネシス”で反撃する。

 しかし、反撃を受けるや彼らは下手に踏み止まらず即座に”テレポート”でどこかに消えた。

 

「っ! あいつら!」

 

 エスパータイプのエキスパートである自分が、イタズラレベルの超能力に翻弄されている事実にナツメは感情を高ぶらせる。絶対に追い詰めると決意するが、不意に彼女は動きを止めた。

 突然、頭の中にそう遠くない未来に起こるかもしれない未来のビジョンが流れてきたのだ。

 未来予知と呼ばれる能力で意識的に見ることもあれば、今回の様に唐突に見ることがある。

 そして後者ほど、ナツメは非常に鮮明に未来を見ることができる。

 

「――仕方ない」

 

 冷静に内容を吟味した彼女は、そのビションからアキラを追うよりも自分には重要なことがあると判断した。感情を抑えて、彼の後を追うのは事前に打ち合わせていた部下達に任せるのを決めると、ナツメはユンゲラーを伴ってその場から消え去るのだった。

 

 

 

 

 

「――来ないな。諦めてくれたのかな?」

 

 タマムシシティの街路でアキラはエレブーの背に乗りながら、手持ちと一緒に周囲を警戒する。

 人は殆どいないが、今の時間が深夜なのを考えると仕方ないだろう。

 ”テレポート”をして離脱したが、すぐに追い掛けられてブーバーを狙われると考えた彼は、サンドパンとミニリュウの二匹に”テレポート”を”ものまね”させて何時でも使える状態にしていたのだ。今まで試したことが無かったので、本当に使えるのか半分賭けではあったが、普通に使えた上に相手の動揺を誘えたりと一石二鳥だった。

 

 また同じ手が通用するとは思っていないので、今度はサンドパンを地中に潜ませている。しかし、一向に来る気配は無かったので、この備えは嬉しい空振りで終わりそうだ。

 

「病院に戻るか」

 

 思いの外病院から離れてしまったので、これ以上離れると戻るのも一苦労だ。

 体を動かせれば良いのだが、今の自分は立つこともままならない上に体が痛くて堪らなく、さっきからずっとエレブーに背負って貰っている。何時まで待っても合図は無かったので、サンドパンが地面から顔を出したのを頃合いに、アキラは追撃は無しと判断した。

 

「それにしても、ロケット団の幹部に追われるなんて……」

 

 まだポケモントレーナーになってから半年も経っていないのに、もうこの世界の実力者に狙われるとは。一応想定はしていたが、実際に遭遇すると最悪だ。

 出来れば返り討ちに出来るだけの力を付けるのが一番だが、短期間でジムリーダーを容易に退けるほど強くなれるはずは無いし、この先も強くなれる保証は無い。なので今は変に正面から挑める実力を身に付けることを目指すより、今回の様にいざと言う時の逃走手段を確立させておくのが先決だろう。

 生きるか死ぬかの一発勝負を挑むよりは、何回も再起を窺うチャンスがある方が気が楽だ。

 

「いたぞ! あいつらだ!」

 

 そう思っていた矢先、遠くから暗闇に紛れる黒い服を着た人達が走って来る。

 どうやらまだまだ逃げ続けなければならないことに、アキラは溜息を吐いた。




アキラ、ミュウツーを撃退したことでロケット団に目を付けられる。
介入することは一応考えてはいるけど、今の彼らには大きく変えるだけの力は有りません。

噛み付いたシェルダーとヤドンは無事に分離。
ミュウツーと戦わせたのは、シェルダーを分離させるのも目的にあったりします。
何気に出てきた暴走族達とは、この先も地味に関わりが続く予定です


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望まぬ介入

 アキラが病室から姿を消したと言う情報は、タマムシジムにいるエリカにすぐ伝えられた。

 

 部屋の様子から何か争った形跡があったことから、彼が何者かの襲撃を受けたのは明らかで、この事実に彼女は衝撃を受けた。彼が入院している情報は、関係者以外外部に漏らさない様に細心の注意を払っていたが、考えている以上にロケット団の手は広まっている事実を突き付けられた。

 

 すぐにでも彼の行方を捜したかったが、状況はそれを許してくれなかった。

 レッド達の動向やマサラタウン付近でロケット団らしき集団が目撃されたことなど、情報の精査や対策と言ったやることが多過ぎてアキラの捜索に中々人員を割くことが出来なかった。そんな状況に精鋭の一人が慌てた様子で駆け込み、エリカに火急の報を知らせる。

 

「エリカお嬢様! たった今レッドとグリーンの二人がヤマブキシティのバリアを突破したとの情報が!」

 

 突然知らされた報告に、エリカは耳を疑った。

 ヤマブキシティはカントー地方の中心とも言える大きな街だが、ジムリーダーがロケット団に加担してシルフカンパニーを占拠したのを切っ掛けに、街そのものがロケット団の一大拠点と化している。

 

 何とかしたくても街は表向き普段通りに取り繕われているだけでなく、詳しく確認したくても強力なバリアで街を覆い、住んでいる住民達も人質に取られている状況でエリカ達は中々手出しが出来ないでいた。

 ただ街を取り戻すには戦力的に十分に可能ではあったので、一気に攻めるだけの切っ掛けが欲しかった。故に二人が街に突入したのは、待ちに待った好機と言えるだろう。

 

「わかりました。すぐに他の皆さんにもお伝えしてください。――決戦です」

 

 その一言に駆け込んだ精鋭は気を引き締めて、彼女の言葉を他の仲間達にも知らせるべく部屋を出る。そしてエリカの方もカスミやタケシなど、同じ志を持つ正義のジムリーダー達にこの事を伝えるべく動いた。

 

 

 

 

 

 慌ただしくロケット団との決戦が近付いていたその頃、アキラはタマムシシティから離れた森の中に身を潜めていた。

 

 昨日か今日の深夜からずっと彼は、”かなしばり”が解けたブーバーや”ものまね”することで使える様になったサンドパンとミニリュウの”テレポート”を多用して逃げていた。”テレポート”は確かに逃げるのには有用だった。しかし、戦闘状態を含めた限られた状況下で無ければ発動出来ない上に、移動先を指定することが出来ないことも何回も使っている内にわかってきた。

 その為か、逃げている内に何時の間にか街から遠く離れていき、ロケット団から逃れることは出来ても状況は良くなかった。

 

 手持ちも疲れてきたので本来なら彼らをモンスターボールに収めて歩くべきだが、ボールは病室に置きっ放しにしている。移動したくても自力では動けないので、こうして隠れながら休息を取っていた。

 

「せめて靴くらいは履いておくべきだったな」

 

 靴を履く暇も無く飛び出してきたので、足は靴下のままで土で大分汚れていた。

 と言っても、今の彼が着ているのは病院服で体の至る所に包帯やガーゼが施されているなど、どう考えても外を出歩くのには適していない。休む為にこうして木に寄り掛かっているだけでも体は休まるどころか、傷などに響いてしまう。

 

「――先を知っていても、案外活用できないものだな」

 

 この先何が起きるのかがある程度わかるのは確かに大きなアドバンテージだが、何かの指標や未然に危険を避けるくらいでしか、今のアキラは活かせていなかった。

 これらの知識を活かすとしたら、やっぱりレッド達の手助けだろうけど、今の自分達はあまりに力不足だ。

 

 直接彼らと一緒になるのではなく、遠回しで伝えたり彼らの及ばないところで少し手伝う程度なのを想定していたが、今回は意図せずかなり深くまで足を踏み入れてしまった。いや、この世界に本来いない自分が加わっている時点で関わっているいない関係無い。簡単に強くなることは出来ないが、やっぱり力があった方がやれることや選択肢は広がる。

 

「なぁ…リュット」

 

 唐突にアキラは、近くでとぐろを巻いているミニリュウに声を掛けた。

 ミュウツーと戦ってから今日まで、このドラゴンポケモンとは会うことは出来なかっただけでなく、話す機会も無かった。あの時おぼろげながら頭に流れた知らない記憶など色々尋ねたいことが山の様にあったが、今から聞くのはそれでは無い。

 

「まだお前を連れるのに相応しいトレーナーにはなれたつもりは無いけど、少しは気を許せるくらいにはなれたかな?」

 

 今まではアキラの方は信じていても、ミニリュウの方は信じていないという微妙な関係だった。

 けれどあの激戦の最中に感じた不思議な感覚のおかげで、腹を割って話すまではいかなくても互いに本心と相手をどう思っているかを知ることはできた。それに追い詰められた状況とはいえ信じて貰えたのだから、あの出来事を切っ掛けに今までとは違う返事を返してくれるかもしれない。

 しかし、彼の問いにミニリュウは呆れた様な表情を浮かべると尾を立てて横に振る。

 

「そうか…」

 

 まだダメと言う意味だろう。

 案外正直に答えられたが、以前に比べると表情や反応が豊かになっているので、アキラは残念には思いつつも溜息を吐くのではなく苦笑を浮かべた。

 他の手持ちに目をやると、聞こえていたのかサンドパンにエレブー、遅れてヤドンは頷いていたが、ブーバーは何時もの腕組みしたまま細めた目付きで首を傾げ、ゲンガーは「わかりませ~ん」と言わんばかりのジェスチャーをするなど彼らなりの答えを見せる。

 

「まだまだ目標には至れていないか」

 

 そうとなれば更に己を高めていかなければならない。

 その為にも早く病院に戻って体を治すべきだ。

 皆の様子を見る限りでは、完全では無いにしても多少は疲労感は取れただろう。

 

 しかし、逃げてから食事は全く取っていないからアキラも含めて皆空腹状態だ。まだ陽は真上だが、このままでは朝ご飯どころか昼ご飯にもあり付けない。適切な食事が摂れなければ、傷の治りは悪くなるし疲労感も回復しない。

 エレブーには苦労を掛けるが、もう一度背負って貰うことでここから移動しようと思った時、森の茂みから巨大な胴の長い影が飛び出した。

 

「スット!!」

 

 反射的にアキラは近くにいたゲンガーの名を叫ぶ。

 咄嗟にゲンガーは両手を伸ばして”サイコキネシス”を放ち、その波動で影を弾き飛ばした。飛ばされた影の正体であるへびポケモンのアーボックは、激しく木に叩き付けられるがすぐに起き上がる。どうやらここで休んでいることをロケット団に嗅ぎ付けられたらしい。

 

「皆固まるんだ!」

 

 アキラの掛け声を合図に休んでいたポケモン達は一斉にブーバーへ集まり、彼らは”テレポート”を使ってその場から離脱した。アーボックとそのトレーナーだけなら何とか返り討ちにはできるかもしれないが、必ずと言って良い程ロケット団は集団で行動している為、間違いなく何人も近くにいるはずだ。

 

 一人を片付けても、すぐに倍の数が来るのだ。

 まだ万全ではないこともあるが、戦うのは避けた方が良い。

 ところが、次に”テレポート”した先も必ずしも良い場所とはいなかった。

 何故かロケット団の目の前に移動してしまったのだ。

 

「むっ」

「やべ」

 

 突然目の前に人とポケモンが現れて団員達は身構えるが、何かされる前にアキラ達はピンポンダッシュの様にその場から消える。しかし、今潜んでいる森にまで手が伸びているのか、さっきまでのんびりと休息を取れていたのが嘘の様な頻度で、彼らはロケット団に遭遇する様になってしまった。

 

 逃れ切れず軽い小競り合いを何回も繰り返すが、そんなことを繰り返している内に陽は沈み始めて時間がわからないアキラでも夕方になってきたのがわかってきた。

 

「はぁ、はぁ……中々戻れない…」

 

 今日中には戻れるかと思ったが、全く戻れる様子は無かった。

 空腹も限界だが、ポケモン達の方も休む間が急に少なくなって疲れた顔を浮かべるのが増えた。さっきからずっと逃走手段として”テレポート”を使い続けているが、流石にそろそろ技を放つエネルギーが切れてしまうだろう。

 本家”テレポート”使いのブーバーと”ものまね”で使える二匹が使えなくなったら本格的にまずいので、早急に手を打たなくてはならない。

 

「バーット、もうこの際、全てのエネルギーを使っても良いから人がいる場所へ一気に飛ぶってことは出来ない?」

 

 アキラはブーバーに尋ねるが、ひふきポケモンは「お前は何を言っているんだ」と言わんばかりの呆れた眼差しで応える。

 どうやら無理そうである。

 そもそもそんなことが出来るのなら、頭の働くブーバーは既にやっていただろう。昨日まで病院で寝てたのから一転して遭難にも等しい状態になり、流石に慣れてきたとはいえアキラは危機感を抱く。

 

 何とかして人がいる場所に行きたい。

 だけど、”テレポート”は後何回出来るのかわからない上に戦闘状態でなければ機能しない。徒歩で移動しようにも現在地は不明だ。

 正直言って、今彼らが置かれている状況はかなりヤバイ。

 

「まずいな。この後どうしよう」

 

 逃げても状況は悪化の一途を辿るばかり、本当に困った。無い知恵を絞って方法を考え始めた時、ぼんやりとしていることが多かったヤドンが動いた。

 動き始めた彼は、最初にあまり仲が良くないゲンガーに何かを伝える。始めは嫌な顔をしていたゲンガーだったが、閃くものがあったのか積極的に動き始めた。サンドパンやミニリュウ、ブーバーにも声を掛けると、五匹はアキラと彼を背負っているエレブーを囲む円陣の様なものを組み始めた。

 

「? 皆どうしたの?」

 

 彼らは集中しているのか、アキラの問いには反応しなかった。

 互いに手を繋ぐか体のどこかに触れると、目を閉じて一心に集中していた。ただならぬ雰囲気から、彼らが何か凄いことをやるのでは無いかと推測した彼は静かに見守る。実際凄い事であるのかを除けば、彼らは今ヤドンが提案した方法を試していた。

 ブーバーと一時的に”テレポート”が使えるサンドパン達の力を念の力を上手に扱えるヤドンとゲンガーが補助して、敵の接近を察知すると同時により遠く且つ望んだ場所に移動できる様に集中しているのだ。

 

 徐々に”テレポート”をする時に湧き上がる特有の力が普段よりも強まるのを、ブーバーと”ものまね”で一時的に使える二匹は感じる。慣れない力なので今まで暴発させる形で発揮させてきたが、本家エスパータイプの補助もあって上手く抑えていた。

 

 この時点で敵意を抱いた存在が近付いているのを感じ取っていたが、彼らは集中を続ける。そして脳裏に人が居ると思われる大きな建物のイメージが浮かび上がった瞬間、ブーバーが制御から解放したのを機に彼らは再び”テレポート”によりその場から消えた。

 

 

 

 

 

 特別強い”テレポート”でも、長距離の移動は一瞬だった。

 エレブーの背に乗ったアキラと他の五匹のポケモン達は、森の中から一転して薄暗いコンクリートの壁に覆われた広い空間に姿を現した。これまでは適当にランダムで飛んできたが、今回は初めて意図的に建物の中へジャンプすることが出来たようだ。

 

「やっと、森から抜け出せたな」

 

 どこかはわからないが、恐らくタマムシシティのどこかの建物の中だろう。初めはそう思っていたが、辺りを見渡している内にアキラは今自分達がいる空間が奇妙な場所であることに気付いた。

 

 これだけ広いのに窓一つ無いどころか物一つ置かれていない。しかも壁には、何故か格闘技のリングみたいに有刺鉄線の様なものが張り巡らされており何だか焦げ臭い。

 異様な空気が漂っているのをアキラは感じ取るが、サンドパンが何かに気付いたのか急かす様に突いてきた。

 

「サンット、何かい……ギョェアアァアァァァーーー!?」

 

 確認の為に彼は振り返るが、視界に入ったものを目にした直後、悲鳴に近い驚きの声を上げた。

 

 何と黒焦げ寸前の人間が転がっていたのだ。

 弱弱しく痙攣しているところを見る限りでは、幸い焼死体と言う訳で無さそうだが、倒れている人物に一体何があったのだろうか。

 恐る恐る近付いてみると、白目を剥いて倒れている人はどこかで見覚えのある顔だった。あやふやな記憶を手繰り寄せていく内に、彼は何時か見た新聞に載っていた記事の見出しを思い出した。

 

「クチバジムジムリーダー、マチス……」

 

 黒焦げで倒れている人物がクチバジムのジムリーダーにして、ナツメと同じロケット団幹部の一人であるマチスだったことにアキラは驚きを隠せなかった。

 確か彼は、レッドと戦ってから行方知れずの筈だ。では何故ここに倒れているのかという疑問が募るが、とんでもないところにテレポートしてしまったことだけは確かだ。

 

「バーット、もう一度”テレポート”!」

 

 ここにいるのはまずい。

 すぐにアキラはもう一度”テレポート”を命ずるが、ブーバーは首を横に振る。危機的状況なのがわかっていないのかと思ったが、状況がわかっていないのは彼の方だった。

 

 この場所に来ることになった”テレポート”でブーバー達は、アキラの言う通り残ったエネルギーを注ぎ込んだ為、もう使うことが出来ないのだ。それに”テレポート”は、戦闘状態か近い状況で無ければ使えない制約がある。マチスは脅威になる存在だが、倒れている上に敵意は向けられていない。つまり、元から使うことは出来ないのだ。

 

「と…とにかく、早くここから逃げよう」

 

 エネルギーを使い果たしていることにアキラは気付かないが、使う条件が整っていないことだけは理解する。エレブーには負担を掛けっ放しだが、急いでこの建物から出る為にももう一仕事してもらおう。

 出入り口と思われる扉に手持ちを引き連れて、エレブーに背負われたアキラは向かうが、ブーバーとゲンガーは付いて行かずに何故か倒れているマチスが身に付けている装備を物色し始めた。

 

「おいおい何をやっている。何か手に入れても荷物になるから止めようよ」

 

 一体何が彼らの興味を引いたのかは知らないが、変に荷物になったら最悪だ。

 呼び掛けに応じたのか、元々使えそうなものはあまり無かったのか定かではないが、渋々二匹は物色を止める。しかし、マチスが所持していたロケットランチャー的なものだけは担いで戻ってきた。アキラは目線で「捨てろ」と伝えるが、二匹はこれだけはどうしても持ち帰るつもりらしく退く様子は見られなかった。

 

「――わかったよ。だけど、逃げるのに邪魔になったらすぐに捨てるんだぞ」

 

 前にブーバーが手にした鉄筋を武器にミュウツーを殴り付けていたのを思い出したアキラは、彼らが特撮番組の影響を大いに受けているのを悟り、呆れながら説得することを諦めた。

 そう伝えてやっと二匹は頷き、彼らはマチスが気絶している部屋から出た。出た先の通路は嘘みたいに静かだったが、アキラ達は少しも警戒を解かず可能な限り静かに且つ慎重に進む。

 

 先頭はゲンガーとロケットランチャーを担いだブーバーが担ったが、ここでも二匹はテレビの影響なのか通路に背を付けながら曲がり角などでは慎重に様子を窺ったり、身振り手振りで進むように伝える。その後をミニリュウとアキラを背負ったエレブーとヤドンが付いて行き、サンドパンが殿を務めて後ろから誰かが不意を突かれることが無い様に警戒する。

 

 誰とも遭遇しない不気味な静けさに、彼らの緊張感は自然と高まる。

 僅かな異変一つを見逃さない様に進み続け、曲がり角でブーバーが身を屈めて様子を窺うが、突然大量の水流に襲われて壁に叩き付けられた。

 

「バーット!?」

 

 アキラは驚きの声を上げるが、敵襲と判断したゲンガーとミニリュウは曲がり角を飛び出して、水流を放った下手人に対して反撃を開始する。後ろに下がっていたアキラからは相手の姿は見えないが、仕掛けた方も黙ってやられるつもりは無いのか更に技らしきものを繰り出す。

 何時もなら開幕の大技で蹴散らせるミニリュウとゲンガーを同時に相手取っているのだから、今戦っている相手は強敵だろう。ここから抜け出す為にも、この一戦は踏ん張りどころと考えたアキラは気を引き締める。

 

「ゴルダック! リザードン!」

「――え?」

 

 対策を考え始めた正にその時、聞き覚えのある声が角の先から聞こえる。

 まさかと思い、二匹と戦っている相手との攻撃の応酬が止んだタイミングでアキラはエレブーを前に進ませて、角から顔を出すと知っている人物がそこにいた。

 

「――グリーン?」

「お前は……アキラ?」

 

 ミニリュウとゲンガーが戦っていたポケモンを率いていたのは、大分前に戦ったことのあるグリーンだった。アキラの方の二匹は身構え続けていたが、グリーンの手持ちであるゴルダックとリザードンは、今戦っていた相手が敵ではないことに気付いて大人しくなる。

 

「何でお前がここいる?」

「”テレポート”を使って逃げていたらこの建物に来てしまったんだ。ていうかここどこ?」

 

 彼と会ったことで、アキラは今自分達がいる場所がどこなのか、疑問のパズルのピースが嵌っていくのを感じていた。

 さっきマチスが気絶していたこと、そしてグリーンがここにいること、それらが意味することを考えると嫌な答えしか想像できない。

 

「ここはシルフカンパニー本社ビルだ」

 

 予想通りの答えが返ってきて、アキラは思わず天を仰いだ。

 シルフカンパニーにグリーンがいるという事は、現在進行形でヤマブキシティでロケット団との決戦真っ最中だ。今の自分では如何にもならないから首を突っ込むつもりは無かったが、何で体調が万全では無い状態でこんな大規模な戦いに紛れてしまったのだろうか。

 

 ミュウツーと遭遇して病院送りにされた上にナツメに追い掛け回された挙句、カントー地方の命運を賭けた戦いに巻き込まれるなど誰が想像できる。

 己の不運を嘆くべきかアキラは途方にくれるが、グリーンの後ろからロケット団とは違う人達が姿を見せた。

 

「後ろの人達は?」

「拉致されていたマサラタウンの人々だ」

 

 成程とアキラは納得するが、突然ビルが轟音と共に大きく揺れた。

 音といい天井から埃や塵が落ちてきたことから、何か強い衝撃がこの建物を揺らしたらしい。

 

「急いだ方が良さそうだな。アキラ、町の人達を逃がすのに協力しろ!」

「言われなくても協力するよ。俺もここから去りたいし」

 

 ここがロケット団の本拠地ならば、一人で動くよりは誰かと一緒に行動した方が良いだろう。それにグリーンがいるのならかなり安心だ。

 

 グリーンはボールから出していたポケモン達を引き連れて建物の外へ出て行き、アキラもブーバーが復活したのを確認するとエレブーに後を追う様に頼む。

 建物の外に出ると、目の前に広がっていた光景は混乱の一言だった。

 今出てきたシルフカンパニー本社から出火した火が周囲の建物に広がっており、ロケット団は大騒ぎになっていた。我先に逃げる者もいれば、火の手を止めようとする者もいたが、共通しているのは誰もビルから大勢の人々が出てきたことを気に留めていなかったことだ。

 

「町の人達を守る様に動いてくれ」

「わかった」

 

 グリーンを先頭にアキラは、手持ちをマサラの人々を護衛する形で配置させて彼に続く。

 周囲の混乱を余所に逃げる彼らは、誰からも気付かれないことを祈っていたが、気付いた一部の団員がポケモンを差し向けてきた。対抗できるのはグリーンとアキラだけしかいなかったので、二人は人々を守るべく手分けしてロケット団のポケモン達を相手取る。

 疲労が溜まってはいたが、幸い手強そうな進化形態のポケモンはグリーンの手持ちが積極的に引き受けてくれたので、アキラ達はそれ以外の敵を相手取る。

 

 アキラは手持ちに指示を出したりしていたが、具体的に言わなくても彼らはやることがわかっているのか、マサラの人達が逃げる時間を稼いだり、相手取っていた敵を倒すことが出来たら別の仲間の援護に向かったりする。

 中でもミニリュウは、これまでの鬱憤を晴らすかの様にとにかく暴れた。その荒々しさは形はどうあれ助かってはいたが、このままだとアキラの手の届かなそうな場所へ行きそうな勢いだった。

 

「リュット、深追いをする必要は無い。皆疲れているし、今は逃げるのが最優先だ」

 

 エレブーの背に乗るアキラは、釘を刺す様にミニリュウに忠告する。理由はわかっているが、ここは私情よりも周りの安全確保が優先だ。もし聞いてくれなかったらボールに戻して頭を冷やさせようと考えていたが、ミニリュウは渋々ながら深追いはせず逃げるアキラ達に付いて行く。

 以前なら全く耳を貸してくれない場面だったが、こうして見ると彼らも少しずつ変わってきているのだと場違いながらもアキラは改めて実感するのだった。

 

「もう少しで通行用ゲートに着くが油断するな!」

「言われなくても!」

 

 戦いが長引くにつれて仕掛けてくる団員は増えてギリギリの状況が続くが、何とか退けつつ彼らは順調にヤマブキシティの出入り口へと向かう。進むにつれて、ようやく街の外に出られる通用門らしき建物を視認できる距離までアキラ達は近付けた。

 あと一息でこの街から抜け出せる。

 飛び交う攻撃は激しさを増し、彼らは気を緩めずに進み続けるが、突然アキラは刺す様な痛みを腕から感じた。

 

「ッ!」

 

 急いで確認すると、たった今エレブーが躱した”どくばり”らしき針が腕に刺さっていた。すぐに引き抜くが刺さった箇所は紫色に染まっており、アキラは痛みだけでなく気怠さや息苦しさを感じ始める。ただでさえ疲れている体を毒に侵されては長くは持たない。

 あっという間に意識は朦朧としてきたが、それでも彼は街を脱出するその瞬間まで粘る。

 

「固まれぇ! とにかく奴らをこの街から出すな!!」

「邪魔!!!」

 

 団員の何人かが、通用門の前でスクラムを組む様に密集してマサラの人々の脱出を阻もうとしたが、限界が近かったアキラとその手持ち達は力任せに突撃する。

 

 通り魔の様に目の前に立ち塞がるロケット団とポケモン達を強引に蹴散らすと同時に、建物の出入り口を破壊した彼らは、マサラの人達を先導する形で建物内をくぐり抜ける。この時点で既にアキラの視界はぼやけていたが、建物を通り過ぎた先にはロケット団とは明らかに異なる人達が大勢待ち受けていた。

 

「エリカ様! あれは――」

 

 誰が言ったのかはわからないが、今の発言で彼らはエリカ率いる自警団のトレーナーだと判断するには十分だった。

 彼女達は突然現れた一般人の集団に驚きを隠せないでいたが、アキラはそれに気付くこと無くやっと逃げ切れたことに安心したのか、エレブーの背中から滑り落ちて眠る様に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 大勢の人が行き交うタマムシシティ内にあるとある病院の病室に、二人の少年が雑談を楽しんでいた。一人はそこまで体に問題は無いのか自由に動き回っており、もう一人は体が不自由なのか車椅子に乗っていたが、互いに今自分達が置かれている状況を気にしていなかった。

 

「本当に良く助かったなレッド。俺は入院が長引いた上にまたしばらく動けなさそうだ」

「運が良かっただけだよ」

 

 後から耳にした彼の活躍をアキラは語っていたが、レッドは嬉しそうにしつつも謙遜する。

 

 意識を失った後、ヤマブキシティでの戦いはアキラが知っている通りの形で終結した。

 シルフカンパニー本社と周辺の建物が倒壊する被害は出たが、それ以外の被害は殆どと言って良いほど無かった。更に街の中にいた団員達は全員逮捕、主要な幹部達は瓦礫の中に埋もれた証言があるなどこちら側の完全勝利だった。

 

 中でもレッドは中心的な役割を果たし、頬に大きな絆創膏に体の一部に包帯を巻いてはいたものの比較的軽い怪我で済んでいた。

 一方のアキラの方は、退院の先延ばしが決まっていた。

 元々怪我が治っていないだけでなく体調も良くないのに、無理して体を動かしたことや”どくばり”を受けたのが原因なのは言うまでもない。

 

「でもやっと気になることが無くなったよ。これで落ち着いてポケモンリーグに専念できる」

「ポケモンリーグ?」

「そうだ。もう何か月もしない内にセキエイで開催される。アキラも参加しようぜ」

 

 レッドは彼を誘うが、既にアキラの意識はポケモンリーグそのものに集中していた。

 ポケモンリーグとは三年に一度行われる大規模なポケモンバトルの大会で、アキラの世界観で見るとオリンピック的な立ち位置の大会と見ていい。この世界に来てから詳しくは調べていないが、記憶では地方ごとにバラバラに行われているだけでなく出場条件も異なっていた気がする。

 

 時代的に考えると、ポケモンの種類と同様に各地方との交流や公式戦ルールの整備が整っていないからだろう。何の実績も無い自分は無理だろうと思ったが、レッドの話を聞く限りでは、今回のセキエイで行われる大会はバッジ保有などの条件は不要らしい。なので出ようと思えば、アキラでもポケモンリーグに出場することは可能だ。

 

「――退院してからの体調次第かな」

「なら早く治そう。カスミのところで修業した時と比べて俺達は結構強くなっているから、良い所までいけると思うぜ」

「そうかな?」

 

 確かにあの時に比べれば、アキラは手持ちとの理解が進んでいることもあって強くはなっているが、本当にレッドの言う通り良い所まで勝ち上がれるか。

 車椅子を僅かに動かしながら、彼はこの世界で行われる最大の大会であるポケモンリーグへの参加を少しだけ検討し始めるのだった。




アキラ、逃亡の末決戦中のヤマブキシティに巻き込まれるの巻

今回は巻き込まれる形ですが、彼が本格的に自らの意志で介入を始めるのは次の章からを予定しています。
ポケモンリーグに関しては、後の章ではアニメみたいにジムバッジが必須化していますけど、一章や三章までのリーグはオーキド博士が偽名で出場できたのやクルミの解説を見ますと出ようと思えば誰でも出れる様な気がします。


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雲の上の存在

 慣れたとは言っても、山登りはやっぱりきつい。

 

 さっきまで通った道を振り返りながら、アキラはゴツゴツとした岩肌が目立つ道を進みながら本音を頭の中に浮かべる。今彼は、この世界での自分の保護者であるヒラタ博士の頼みを受けて、オツキミ山の再調査を行っていた。

 

 ロケット団に追い詰められた苦い経験がある為、この山にあまり良い思い出は無いが、あの頃よりトレーナーとしての自信が付いたことや新しい服を着ていることもあって、心機一転のつもりでアキラは山を登っていく。

 

 ちなみに今着ている服は、レッドが着ている種類の服の色を真逆の青と黒を基本にしたものだ。別に彼を意識している訳では無いが、暴走族に送られた中で一番まともだった帽子に合う服をレッドと一緒に探していたら、自然と彼が着ている服の色違いになった。

 

「にしても全然機能しないな」

 

 足元に気を付けながら、アキラは博士が良く使う探知機の様なものを片手にぼやく。

 ヒラタ博士曰く、片手持ち可能な小型改良モデルの試作品ではあるが、より正確に目的のエネルギーを探ることが出来るだけでなく、エネルギーの強さに応じて画面に波長が表示されると言っていたが、全くこの装置が機能する気配は無かった。

 

 足元に気を付けながら途中で大きなクレーターを見つけたアキラは、何か反応は無いか確かめるべく様子を窺うが、隕石らしいものは見当たらなかった。

 と言うか、隕石らしいのがクレーターの中心にあっても探知機は全く反応しないのだ。

 壊れたら壊れたで仕方ないが、試作品故か色々と調整が必要なのかもしれない。こんなんで本当に大丈夫かと思いながら、アキラは背負っているリュックから取り出した報告用のメモを書き始める。

 

「――そういえばこの山だったな…」

 

 メモを取りながら、アキラは以前この山を登った時の出来事を思い出す。

 初めて旅の道中の障害として登っただけでなく、今は手持ちのエレブーと初めて出会い、ロケット団と初めて対峙したりと色々あった。どれも印象的な出来事ではあったが、ロケット団に囲まれて絶体絶命の時に助けて貰った人物にお礼を伝えられなかったのが、彼の中では心残りであった。

 

 大柄な男なのは憶えているが、それ以上は良く思い出せない。知っている人物と言えば知っているが、確信できるだけの情報も少なかった。そもそも旅をしている人なのかわからないので、再会出来るとしたらここが一番可能性が高い。

 

 あの時は逃げるのに必死だったが、今度会えたらちゃんとお礼を伝えたい。

 書くことを止めてクレーターから這い上がるべく足を動かすが、微妙に足元が揺れていることにアキラは気付いた。初めは気の所為に思えたが、神経を研ぎ澄ませると何かが絶え間なく地面を揺らしている様に感じられた。

 

「これって…」

 

 まさかと思いながら、アキラは興奮にも似た期待感を胸に荒れた道を進んでいく。

 しばらく歩いて行くと、山の中では珍しい広々とした荒地に辿り着き、そこで一人の男が二匹のイワークを相手にしているのを見つけた。

 

「なっ、なにこれ?」

 

 予想外過ぎる光景に驚愕しつつもアキラは岩に隠れて様子を窺うが、直後にイワーク達は男目掛けて”たいあたり”を仕掛ける。

 思わずアキラは彼を助けようとボールを手にして飛び出そうとしたが、その必要は無かった。

 男は少しも焦る様子は見せず、目にも止まらない速さで手に持っていた物を振り回すと勢いのままイワーク目掛けてそれを投げ付けた。すると、二匹のイワークは一瞬にして弾かれる様に後ろへ吹き飛び、それぞれ岩で出来た巨体を地面や絶壁に打ち付けて動かなくなった。

 

「――凄い…」

 

 男が二匹のイワーク目掛けて投げ付けた際に、ポケモンらしき影が飛び出した様に見えたが、それ以上は一瞬過ぎてよく見えなかった。あまりにも衝撃的過ぎて、アキラは「凄い」以外に目の前で起きた出来事を言葉で表現することができなかった。

 しばらく男は投げ付けた際の姿勢のまま固まっていたが、イワークが動かないことを確認すると体から力を抜いて一息入れる。

 

「――後ろに隠れている奴。何の用だ?」

「!」

 

 突然声を掛けられて、アキラは驚きのあまり肩が跳ね上がらせる。

 気付かれるつもりは無かったが、やはり達人トレーナーと思われる男はコソコソとしている自分の存在に気付いていた。変な事を企んでいる訳でも無く純粋な好奇心だった為、失礼の無い様に被っている帽子を整えたアキラは大人しく姿を見せた。

 

「すみません。ただ見ていただけで特に…その…用件はありません」

 

 そう答えると男は興味が失せたのか、背を向けたまま鼻を鳴らす。

 不愛想と言うべきか、態度が冷たいのか判断に迷ったが、鍛え上げられた筋肉質の上半身を晒しているその姿にアキラは覚えがあった。否、あの時の出来事を考えれば忘れるはずが無い。

 大柄な体格にこの声色――間違いない。

 

「もしかして……貴方はシバさんでしょうか?」

 

 恐る恐るアキラは目の前の男に名を尋ねると、男は初めて彼に顔を振り向かせるだけでなく細い目で一瞥する。

 

「――何故俺の名を知っている?」

 

 男の反応を見て、アキラは自分の推測が当たっていたことを確信した。

 彼はこのカントー地方、そしてすぐ隣のジョウト地方を含めてセキエイに君臨する凄腕トレーナー集団である四天王の一角。

 

 格闘使いのシバだ。

 

 まさかこの世界の大物にこんなところで会えるだけでなく、あの時助けられるとはアキラは思っていなかった。

 

「えっと…結構調べたのです…」

「調べた?」

 

 だが、喜びと同時にある懸念も湧き上がって来た。

 

 理由は幾つかある。

 一つ目はどれだけ調べてもポケモンリーグは存在しているにも関わらず、四天王の存在を示す資料がどこにも無かったことだ。時代を考えれば、四天王と言う地位がまだ存在しないと考えれば良いのだが、ジムリーダーを凌駕する実力を持っている人物が一切注目されていないのは不可解だ。

 

 そして二つ目は、今から何年かしたらシバを始めとしたカントー四天王がレッド達の敵として立ちはだかることだ。残念なことに、その戦いが描かれている第二章の単行本をアキラは揃えていない。なので詳しい物語の流れや何故彼らが敵になったのか、理由は殆ど知らない。

 

 二章の後では、レッドやグリーンを手助けする場面があったので敵対したのには何か複雑な理由があると思われるが、先の事を考えると今シバと関わるべきでは無い。だけど、何時か敵になるとしても今目の前にいる彼は、果てなき高みを目指して己を鍛え続けている一人のトレーナーにしかアキラには見えなかった。

 

「何故俺について調べたのだ?」

「あの…あの時、と言いましても憶えていないかもしれませんが、何か月か前にこの山でロケット団に囲まれているところを助けて貰った者です」

 

 シバの放つ無言の威圧感に呑まれつつも、アキラは助けてくれたお礼を伝える。

 最後の「お礼を申し上げたくて」は聞こえるか聞こえないかぐらいの弱々しいものだったが、内容は伝わったようで彼は少し態度を和らげる。

 

「そうか…お前はあの時の少年か」

「あの時は、助けてくださり本当にありがとうございます」

 

 憶えていたことに驚きながら、アキラは改めて感謝の言葉を口にする。まさかシバに助けられるとは夢にも思っていなかったが、あの時助けて貰えなかったら全てが終わるとまでは行かなくても、今とは大きく違っていたことは間違いない。

 後に敵として出ることになっても、彼にとっては助けてくれた恩人であることには変わりない。

 

 後ろに目を向けると、シバの背後にパンチの鬼と呼ばれるエビワラーが控えていた。どうやらさっきイワークを瞬殺したのは、このポケモンらしい。

 会話が成り立ってきたおかげか、緊張感が薄れて自然とアキラは言葉を口にする。

 

「それにしても凄い特訓ですね」

「当然だ。人もポケモンも闘い鍛えればどこまでも強くなれる。まだまだ物足りない」

 

 当たり前だと言わんばかりにシバは断言するが、彼の迫力にアキラは息を呑む。

 一歩間違えれば命の危機に瀕するにも関わらずまだ満足できないとは、一体彼が目指している強さはどれだけのものか想像できなかった。

 

 ポケモンだけでなく、トレーナーも一緒に鍛えて強くなる。

 

 人によっては無意味な事と考える者はいるだろうが、この考えにアキラは共感を覚えた。流石四天王の一角、ゲームの中ではあるがFRLGでボコボコにしたのを内心謝罪しつつ同時に彼のトレーナーとしての姿勢に尊敬の念を抱いた。

 

「何が嬉しいんだ?」

「え?」

「顔に出ているぞ」

 

 ぶっきらぼうに指摘されて、アキラは恥ずかしくなったが逆に開き直ることにした。

 

「えぇ、自分の考えは間違っていないんだなって」

「自分の考え?」

「シバさんとは少し違うかもしれませんけど、俺もポケモン達が変わるならトレーナーの方も積極的に変わるべきかな…と」

 

 方向性は多少異なっているかもしれないが、シバも連れているポケモンだけでなくトレーナーの方も彼らと共に変わっていくスタイルだと感じた。彼がどの様な過程を経てその考えに至ったのかは知らないが、少なくとも自分の様にそう考える必要があった状況では無かった筈だ。

 

 にも関わらずシバは「人もポケモンも一緒に鍛えることで強くなる」ことが、トレーナーにとって重要と考えている。それはまるで、アキラがニビジムでの経験から至った「手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく」方針が、ある意味正しいと裏付けられた様に思えて嬉しかったのだ。

 

「その年でもうそこまで考えているとは、感心したぞ」

「あ…ありがとうございます…」

「見た感じでは、今のお前は連れているポケモンに見合うだけの力を身に付けることを目指していると言ったところだろう」

 

 褒められるだけでなく、いきなり図星を当てられたことにアキラは驚く。

 まだ連れているポケモンを見せてすらいないのに、今の自分の言葉からそこまで意図を読み取るとは思っていなかった。アキラが動揺していることを気にせず、シバは彼に近付く。

 

「なら、体もしっかり鍛える必要があるな。そんな細身では、ポケモン達に付いて行くことは出来ないぞ」

 

 腕を掴むと、シバは自分と腕とアキラの腕を比べる。

 この世界に来てから以前より腕に筋肉が付いてはいたが、それは鍛えたと言うよりは環境に応じて付いただけだ。常人には信じ難い程のハードで常識外れな鍛え方をしているシバの腕と比べると、その差は一目瞭然、マッチ棒と大木程の差がある。

 

「そうですね。頭だけでなく体も鍛えるべきですね」

「いずれ知識だけでは如何にもならない時があるだろうが、お前はまだ若い。いきなり大袈裟なことはしなくても、出来る範囲から始めるのを勧める」

 

 積極的にハードなトレーニングを積むことを進めないのにアキラは少し意外に思ったが、同時に彼の認識も改めた。風貌から見て一昔前のスポ根を好むタイプと思っていたが、ただ精神論や根性論に偏らずどういうトレーニングが適切なのかしっかり考えている。

 

 確かに体の成長度合いに応じたトレーニングをしなければ、鍛えるどころか体を壊す。サッカーで例えるなら、今の自分は体を鍛えていくことよりもサッカーに必要な基本的な動きを体に覚えさせる時期だ。成程と思いつつ、言われた通りやれる範囲の事をアキラは考え始めるが、そんな彼をシバは興味深そうな表情で見つめる。

 

「お前、名は?」

「名ですか? アキラです」

「アキラ、俺とポケモンバトルをしないか?」

「――え゙っ?」

 

 まさかの申し出にアキラは裏返った様な声を上げてしまう。

 色々衝撃的過ぎるが、正直言って今の自分とポケモン達ではシバには全く歯が立たないのは目に見えている。

 

「あの…俺はまだそんなに…」

「強くない……そんなものは気にしていない。俺はお前のポケモンと共に変わっていこうとする考えと姿勢が気に入っただけだ。強い弱いなど気にしてはいない」

 

 さっきの会話からアキラが自分に近い考えを持っていることに、シバは好感を覚えるだけでなく興味も抱いた。多くのポケモントレーナーは、自らの役目を連れているポケモンに指示を出すだけと考えている者が多い。そしてその考えは、基本的に新人であればある程顕著だ。

 

 だが、アキラは既に自分自身もポケモン達に応じて一緒に変わっていく考えを持っている。まだ彼が駆け出しの新人トレーナーであることはわかっているが、そんな彼が育てたポケモンと心構えを持つ彼自身が、どの様に戦うのか気になったのだ。

 

 アキラはシバが自分に期待しているのを感じ取っていたが、どう答えるべきか迷う。

 勝てる勝てない以前に、まだちゃんとポケモン達を率いられていないところを見られて失望されたくない。でも断るのも気が引ける。

 

「――まだ未熟ですが…お願いします」

 

 悩んだ末、意を決してアキラはシバにポケモンバトルの申し出を受けた。

 断れる空気では無かったこともあるが、頂点に限り無く近い強者がどれだけの高みにいるのか純粋に気になった面もあった。

 彼がバトルの申し出を受けたことに、シバは満足気だった。

 

「楽しみにしてるぞ」

 

 ますます不甲斐無いバトルは出来ないとアキラはプレッシャーを感じるが、それ以上にシバの様な人物とバトルができることに高揚感も湧き上がって来た。

 何故これ程良い人が、近い未来で一時的ではあるが敵としてレッドと戦う事になるのか。詳しく知らないこともあって、アキラはこの先の出来事が少し信じられなくなってきた。

 

 今居る場所は岩だらけの荒地ではあるが、バトルする広さに問題は無い。

 お互い距離を取ったのを確認すると、背中に背負っていた荷物を下したアキラは目の前のバトルに集中するべく、余計な雑念を振り払い最初のポケモンをボールから召喚した。

 

「一番手はお前だバーット!」

 

 ボールの中から、赤く燃えるひふきポケモンが姿を現す。

 本来ならシバが専門とするかくとうタイプに有利なゴーストタイプのゲンガーかエスパータイプのヤドンを出す場面だが、ここは一つ真っ向勝負を挑みたかった。目の前に立つシバがただ者でないことを肌で感じ取ったのか、出てきたブーバーは目に見えて体に力が籠る。

 

 こちらの準備は万端だ。

 アキラはシバがどんなポケモンを繰り出すのか待つが、彼はヌンチャクを見せ付ける様に突き出すだけだった。

 

「右か左のどちらかを選べ。それに応じて俺はポケモンを出す」

「え? 右か左?」

 

 良く見るとヌンチャクの先には、モンスターボールがそれぞれ付いている。

 ポケモンを出すと言うことは、さっきイワークと対峙していた時の様にヌンチャクを振り回してからポケモンを繰り出すのだろう。どっちを選んでも強力な格闘ポケモンが出てくるのだろうから、直感のままに決めた。

 

「シバさんから見て左でお願いします」

「そうか。最初の攻撃はお前に譲る。遠慮なく来い」

 

 そう伝えてシバはヌンチャクを構えるが、まだポケモンを出さない。何時までも自分が戦うポケモンが出てこないので、まさか自分はポケモンでは無く目の前の男と戦うのかと言う考えがブーバーの頭を過ぎるが、アキラの方は別の意味で躊躇っていた。

 彼の事だからこちらが仕掛けてくるタイミングに繰り出すつもりなのだろうが、本当に大丈夫なのか不安になのだ。中々ブーバーに攻撃を命ずる決心がつかなかったが、彼の戸惑いを振り払う様にシバは声を張り上げた。

 

「ポケモンが出ていないからと言って躊躇う必要は無い!! 例え何かあったとしても大丈夫な様に俺は鍛えてある!」

「――それでしたら…」

 

 シバの呼び掛けにアキラは応える。

 相手は四天王、全力で挑まなければ敵う筈が無い。躊躇っている暇があるのなら、その余力全てを目の前に注ぐべきだ。

 

「バーット、”ほのおのパンチ”!!」

 

 右手を強く握り締めたブーバーは、真っ赤に燃え上がらせるとシバ目掛けて駆け出した。

 ブーバーが動くのと同時に、シバはアキラの予想通りヌンチャクを目にも止まらない速さで振り回し始めた。

 

「覇ッ!!!」

 

 そして迫るブーバーにヌンチャクの先端を突き出すと、先端に付いていたボールからポケモンらしき影が飛び出した。

 目の前で予想外の事ばかりが起きて、シバに集中していたブーバーは動揺するが、理解する前に強い衝撃を受けて後ろに飛ばされた。あまりの速さにアキラは驚愕するが、出てきた影の正体であるサワムラーは姿勢を正すと堂々と仁王立ちする。

 ただの蹴りでもかなりの一撃が予想できるが、飛び出した時の速さも加わっているのだから正に必殺の一撃だ。近くにあった大岩にブーバーは体をめり込ませるが、ただではやられるつもりは無いのか何とか自らの足で立つ。

 

「今のを耐えたか」

 

 シバは追撃を仕掛けようとせず、静かにブーバーの動きをサワムラーと共に見守る。

 ブーバーもアキラ同様に、散々痛い目に遭ってきたおかげで多少は打たれ強くはなっていたが、今の攻撃は間違いなく今まで受けた中で一番強烈だった。

 正直立っているのも精一杯だ。

 

「バーット、大丈夫か?」

 

 アキラの呼び掛けにブーバーは振り向くと、彼は何時でも戻せる様にボールに手を掛けていた。

 けれどブーバーは睨み付ける形で退くつもりは無いことを伝え、彼もそれを受け入れたのかボールから手を離した。

 

「――何をやりたい?」

 

 指示でも我儘への理解の言葉では無く、ブーバーの希望をアキラは尋ねる。

 勝てる可能性はもう無いに等しいが、今の戦いは命懸けでも何でも無いただの勝負だ。

 何か後に繋がる様な形で終えたかった。

 

 すると、ブーバーは爪先を地面に何度か突く。

 目の前にはキックの鬼であるサワムラー、そして今のブーバーの動きを見れば何をやりたいのかアキラでもわかった。

 

「良いよ。タイミングは俺が伝えても良いか?」

 

 そう告げるとブーバーは頷き、息を整えて構えた。

 何の意味があるのか良くわからない行動だったが、アキラはブーバーの右足が何時もより熱を帯びていることに気付いた。念の為、サワムラーの様子を窺うが、相変わらず動く様子は無い。

 

「今だ!」

 

 アキラが合図を出すとブーバーは一気に駆け出し、大きく跳び上がって熱気を放つ右足でさっきのサワムラーの様に飛び蹴りを仕掛ける。対するサワムラーは、避けるのではなく同じく跳び上がって真っ向から勝負を選択した。

 

 跳び上がった勢いで体を前転させて飛び蹴りの体勢に持ち込むと、両者の右足が空中で激しくぶつかり合う。普通に考えれば助走と落下の勢いが加わったブーバーの方が有利だが、鍛え抜かれたサワムラーのパワーは不利な条件をものともしなかった。

 このキックの押し合いにひふきポケモンは負けてしまい、弾き飛ばされた体は強く地面に打ち付けて気絶する。

 

「バーットよくやった。ゆっくり休んでくれ」

 

 この敗北が次に活かされることを願いながら、倒れているブーバーをアキラはボールに戻す。

 予想は出来ていたが、やはり強い。今まで色んなトレーナーに会ってきたが、断トツの強さだ。

 蹴り合いを制したサワムラーは、主人であるシバと同じ様に腕を組んで次に出てくるポケモンを待っている。急いでアキラは次のポケモンを繰り出そうとしたが、突然シバは吠えた。

 

「正面から挑もうとする姿勢は良い。だがそれがお前の本気か? 本気ならお前とポケモン達の全てをぶつけてこい!!」

 

 一瞬、怒られた気分になったが彼の言っている事をアキラは理解する。

 普段なら、初手はゲンガーにすることが多かった。だけど、最初からかくとうタイプにとって不利なポケモンを出すのは失礼なのではないかと思って人型のブーバーを選んだが、その考え自体が失礼だった。

 気持ちを切り替えて、アキラはシバの言う通りポケモントレーナーになってから数か月の間に得てきた力の全てをぶつけることにした。

 

「いけスット! 好きな様に暴れろ!」

 

 大きな声で告げながら、アキラはゲンガーの入ったボールを投げる。

 自分の出番が来たことに、シャドーポケモンはウキウキとした表情でボールから飛び出すと、そのままサワムラーが構える前に、勢いのまま”あやしいひかり”を放つ。開幕攻撃はゲンガーが良く使う常套手段だが、サワムラーは混乱状態にはならなかった。

 しかし、眩暈を催している様で効果はてきめんだった。

 

「続けて”サイコキネシス”!」

 

 動きが鈍った隙を突いた念の波動を放ち、サワムラーの体は衝撃波で吹き飛ぶ。

 サワムラーに関してアキラは詳しくないが、かくとう技とノーマル技を中心に覚えているのだからゴーストタイプであるゲンガーは正に天敵中の天敵だ。

 

 だが、相手は四天王だ。

 苦手なタイプに対抗する為の技、或いは相性を覆す術を何か持っている筈である。

 宙で体勢を立て直したサワムラーは、強烈な攻撃を受けたことを少しも感じさせず軽やかに着地するとゲンガーを見据える。

 

「”ヨガのポーズ”」

 

 逸る精神を落ち着けたサワムラーは、気を高める奇怪なポーズを取り始める。

 攻撃でも何でも無い技の選択に好機と判断したアキラとゲンガーは、不用意に近付かず”ナイトヘッド”でダメージを与えに行く。ところが、サワムラーはポーズを取りながら踊る様に攻撃を躱していく。

 

「なっ、何で当たらないの?」

 

 本来”ヨガのポーズ”は、回避力を高める技では無いはずなのに何故か攻撃が当たらない。

 流石に彼らは焦るが、十分に気が高まったサワムラーはゲンガーに対して近くに転がっていた岩の塊を蹴り飛ばしてきた。砲弾の様なスピードで飛来する岩をゲンガーは辛うじて避けるが、それだけで終わらなかった。

 キックポケモンは踵落としで足元の岩を砕くと、舞い上がった大小様々な岩を次々と蹴り飛ばしてきたのだ。これにはゲンガーとその後ろにいたアキラは堪ったものではなく、揃って死に物狂いで避けるのに必死になる。

 

「”メガトンキック”だ!!」

 

 アキラ達に隙が出来たタイミングでのシバの指示に、サワムラーは足のバネを利用して高々と跳び上がった。”メガトンキック”はノーマルタイプの技で、ゴーストタイプであるゲンガーには本来効果は無いはずだ。

 

 岩を避けながらアキラは彼がどんな確信を抱いての指示なのか考えるが、シバのサワムラーは予想外の行動を見せた。先程蹴り飛ばした岩の中で、まだ宙を舞っている岩の一つを伸びる足の下敷きにした形で技を仕掛けてきたのだ。それが何を意味するのか考える間もなく、ゲンガーは成す術も無く岩を下敷きにした”メガトンキック”の直撃を受けて、地面は蜘蛛の巣状に砕けた。

 衝撃に伴って舞い上がる粉塵が収まると、サワムラーの足元でゲンガーはだらしない表情で伸びていた。

 

「ノーマルタイプの技なのに何故…」

「確かにゴーストタイプのゲンガーにノーマルタイプの技は無効だ。だが、工夫をすればタイプ相性など容易に覆せる」

「――下敷きにした岩ですか」

 

 タイプ相性を覆されたのにアキラは動揺していたが、シバの話からすぐに答えを見出した。

 工夫という事は、下敷きにした岩を活かして、本来ノーマルタイプの技である”メガトンキック”を疑似的ないわタイプに仕立てたのだろう。そんな戦法を考えたことが無かったアキラは、シバの発想に感服しつつ気絶したゲンガーをボールに戻すと、シバの方もサワムラーをボールに戻した。

 

 まだ余力はあるはずなのだが、連戦するのは良しとしなかったのだろう。

 けどおかげでサワムラーの次に繰り出されるであろうポケモンが、何なのか大凡予想できた。

 尤も、わかっていてもやることは変わらないが。

 

「エレット! ”でんこうせっか”!」

 

 ボールから飛び出すと同時にエレブーは、”でんこうせっか”でスピードを上げてシバに迫る。一方のシバは、再びヌンチャクを盛大に振り回して残った片方のモンスターボールから新たなポケモンを召喚した。

 

 次に出てきたのは予想通り、サワムラーの対になるポケモンにしてパンチの鬼と称されているエビワラーだ。”でんこうせっか”でほぼ確実に先手を取られているにも関わらず、飛び出した勢いとプロボクサーも瞬殺する速さで拳を振るい、エレブーが放った拳とぶつかり合った。パワーにはそこそこ自信があったエレブーだが、先程のブーバーと同じく完全にエビワラーに押し負けて返り討ちにされる。

 

「”れんぞくパンチ”!」

「防御に徹するんだ!」

 

 すかさずエビワラーは、凄まじい速さでパンチの嵐をエレブーに叩き込む。

 本来連続技は威力が低いのだが、シバのエビワラーが放つ”れんぞくパンチ”は一発一発が”メガトンパンチ”と錯覚してしまう程の威力とスピードだった。

 

 エレブーは何時もの様に、なるべく痛い思いをしないのとダメージを最小限にするべく守りの姿勢を取るが、相手の攻撃はあまりにも強かった。

 種本来の能力らしからぬ、エレブーの防御力と打たれ強さは頼れるが過信は禁物だ。しかし、反撃しようにもエビワラーに隙は無かった。なのでアキラは早く”機が熟す”ことを祈ったり、エレブーが踏ん張れる様に声を掛けてやるしか出来なかった。

 そしてその時は、思いの外早く訪れた。

 

 あれだけの猛攻を仕掛けていたエビワラーが、突如吹き飛んだのだ。

 突然の出来事に、初めてシバは微妙に表情を驚いた様なものに変える。

 身を縮めて耐えていたエレブーの様子を窺うと、でんげきポケモンは殴り飛ばしたであろう右腕を持ち上げたまま顔を俯かせながら立ち上がる。

 遂に”がまん”が限界に達したのだ。

 

「よしいけぇーエレット!!! 必殺の倍返しだ!」

 

 アキラの掛け声に応えるかの様に白目を剥いたエレブーは吠えると、まだ立ち上がれていないエビワラーに飛び掛かった。こうなれば時間切れになるまで、エレブーを止めることは出来ない。

 起き上がったエビワラーが対応する前にドロップキックを仕掛けて怯ませると、フラつくパンチポケモンを投げ飛ばす。さっきと立場が逆転して、エレブーの猛攻に歴戦の格闘ポケモンは圧倒されるが、シバはこのままやられるつもりは無かった。

 

「”カウンター”!!」

 

 自らも拳を突き出しながら命ずる一番覇気が籠められた指示に、エビワラーは顔を引き締めると、飛び掛かってくるエレブーの腹部に拳を捻じ込んだ。

 ”カウンター”はその名の通り、相手の勢いを利用して物理攻撃を倍にして与える技だ。

 今のエレブーは、今まで受けた攻撃を倍にして返す”がまん”の解放状態。それだけでも発揮される力と威力は桁違いなのに、倍返し攻撃をまた倍にして返されてはその威力は凄まじいものになる。鈍い音が一際大きく響き、腕が突き刺さった様にエレブーの体は吹き飛ばずにそのままエビワラーの目の前で崩れる。

 

「嘘…」

 

 目の前で起きた出来事が信じられず、思わずアキラは言葉を漏らす。

 両膝が地面に付いてから今にも倒れそうだったが、エレブーは諦めるつもりは無かった。白目の状態で震えながら拳をゆっくりエビワラーに伸ばしていくが、その拳が届く前にでんげきポケモンは前のめりに力尽きるのだった。




アキラ、以前助けて貰った人物がシバと判明し、色々意気投合してバトルへ。

四天王の制度はどうなっているなど色々疑問はありますが、あの当時のカントー地方には四天王制度は無かったと思われます。
多分他地方では既にあって、当時のシバ達はそれにあやかって名乗っていたかもしれません。
後、地味に主人公初コスチュームチェンジ。(今までたんぱんこぞうに近いのをイメージしてしました)
この話から、アキラが来ている服のイメージはレッドが着ている服の色違い(赤→青、白→黒)と言った感じです。
ポケスペと言えば、服装が変わる事による原作再現と成長が伺わせる展開が最高だと思います。(特にブルーとクリスの流れは神)


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「”がまん”を解放したエレットが…負けた…」

 

 エレブーが負けたことに、アキラは未だに信じられないのか呆然としていた。

 今までは時間切れにでもならない限り、”がまん”を解放したエレブーを止めることは誰にも出来なかった。その為、強敵を相手にした時のエレブーはとても頼れる存在で、例えシバが相手でも活躍してくれると期待していた。

 

 しかし、今回は一匹も倒すこと無く力尽きてしまった。

 唯一の救いはエレブーにやられた影響でエビワラーの息は上がっていたことだが、相手が相手なだけに安心できない。

 

「まさかエレブーが”がまん”を使ってくるとは思わなかった。だが過信は禁物だ。”無敵”などあり得ないからな」

 

 確かにシバの言う通り、”がまん”が解放されたエレブーにある種の無敗神話の様なものをアキラは抱いていた。悔しいが、この過信がロケット団などの大きな戦いではなく今ここで露呈したのは良かったと言えなくもない。

 

 エレブーを戻して、残った手持ちの中でシバのポケモンを相手に有利に戦えるであろう一匹が入ったボールにアキラは手を伸ばす。

 ゲームの中でシバが使ってきた手持ちを考えれば、先に出した二匹以外の手持ちは予想できる。シバの方もエビワラーをボールに戻すと、ヌンチャクでは無く腰に付けたボールを手に取る。

 

「ヤドット! ”ねんりき”!」

「イワーク!」

 

 アキラが技を命じながら投げたボールからぼんやりとした表情をしたヤドンが出てくるが、シバの方はさっき倒されたのとは違うイワークを繰り出した。大地を揺らし、地響きを鳴らす程の巨大な姿だけでもアキラ達は圧倒されるが、彼らは耐える。

 

 カイリキーが出ることを予想していたが、イワークが相手でもやることは変わらない。彼の脳裏にシバが相手では、今までやってきた戦い方はあまり通用しないかもしれない考えがチラついていた。だからと言って、ぶっつけ本番で今までとは異なる戦い方で挑んでも勝てる可能性は低い。

 ならば、今自分達がやれることに全力を尽くすまでのことだ。

 

 ヤドンの戦い方は、動きが鈍い分シンプルだ。

 強力なエスパー技で倒すか、倒す寸前まで追い詰めるかのどちらかだ。

 イワーク程の巨体が相手でも念の力が上手く働くかはわからないが、やるしかない。

 

「”じわれ”だ!」

「へっ?」

 

 しかし、アキラの目論見はさっきのエレブー同様に呆気なく崩されることとなった。

 いわへびポケモンは強く尾を叩き付けると、叩き付けられた地面は一直線に割れていく様に崩れていく。その崩壊に、動きが鈍いヤドンは成す術も無く呑み込まれてしまう。

 

「ヤ、ヤドット!?」

 

 アキラは思わず手持ちの名を呼び掛けるが、”じわれ”によって生じた砂埃が舞い上がって視界を遮られる。砂が目や鼻に入り、彼は手を振って払い除けようとするが、晴れると地割れの中で土や岩の下敷きになったヤドンの姿があった。

 

 既に三十秒は経過しているはずだが、ヤドンはピクリとも動く様子は見られなかった。何時もなら三十秒程経過しなければ反応も痛覚も感じないはずだが、一撃技ではその性質は発揮されなかったらしい。さっきのエレブーと言い、尽く今までの戦い方がまるで通じない。

 

「――やっぱり強いな…」

 

 レッドは勿論、ジムリーダーや道中で手合わせしたトレーナーの何人かもかなり強かったが、シバは桁違いだ。

 これで残る手持ちは二匹。相手の実力を考えるともう勝つ見込みは無いと言っても良いが、アキラは勝負を諦めるつもりは無かった。

 せめて一匹くらいは戦闘不能にしてやりたい。そう意気込み、彼は手にしたボールから次のポケモンを召喚する。

 

「サンット!」

 

 五匹目であるサンドパンがボールから飛び出す。

 体格差を考慮するとイワークの方が圧倒的で、対抗できるだけの相性の良い技は殆ど無いが、彼はさっき閃いた秘策を考えていた。普通に戦っても勝てるはずは無い、何時も通りの戦い方で全力を尽くすとさっきまで考えていたが、その考えを撤回して博打紛いな作戦にアキラは賭けた。

 

「”たいあたり”だ!」

 

 体を持ち上げ、勢いよくイワークはサンドパンに迫る。

 最も基本的な技でありながら、その巨体故に別の技だと錯覚してしまう程の威圧感だった。

 

 以前このオツキミ山を訪れたばかりであるアキラとサンドパンなら、その圧力に呑まれていた可能性は高かっただろうが、経験を積んだ今は怯まなかった。ねずみポケモンは迫るイワークを避けると、すかさず”どくばり”を放つが、岩の様に硬い体に針は弾かれて全く効いている様子は無かった。

 それどころか逆に居場所を教えた様なもので、薙ぎ払う様に振るわれたイワークの尾に巻き込まれて吹き飛ばされる。

 

「地面に潜るんだ!」

 

 一旦身を隠して体勢を立て直す必要があるとアキラは判断を下す。

 もしシバのイワークが”じしん”を覚えていたら逆に危険性は増してしまうが、こうする以外手は浮かばなかった。宙を舞っていたサンドパンは辛うじて着地すると、水の中に飛び込む様に素早く地面の土を掻き上げて地中に身を潜める。

 

「後を追えっ!」

 

 相手が仕掛けてくるまで待つつもりは無かったシバは、イワークにサンドパンを追うべく同じ”あなをほる”を命ずる。

 サンドパンとは違い、頭を地面にぶつけるだけでそのままイワークの巨体は地中へと消えていくが、同時にサンドパンはさっきまでイワークが居た場所の近くから飛び出した。潜った様に見せ掛けてすぐに奇襲を仕掛けようとしたのだが、タイミング悪くすれ違ってしまったようだ。

 

 逆に奇襲を警戒する立場になったサンドパンは周囲に神経を尖らせるが、地響きを伴ってイワークが足元の地面から飛び出して、その勢いにサンドパンは打ち上げられる。

 

「”スピードスター”で顔を狙うんだ!」

 

 更なる追撃を仕掛けようとするイワークに、サンドパンは両手と背中のトゲから無数の星状の光弾を放つ。いわタイプを併せ持つイワークにノーマルタイプの技でダメージは期待できないが、生物にとって重要な感覚器官が集中している顔を狙われるのは嫌なはずだとアキラは考えたのだ。

 狙い通り、ダメージは殆ど受けていないが、それでも目などに当たることを嫌がったのか僅かに軌道をズラすことはできた。

 

「臆するなイワーク! 積極的に攻め続けるんだ!」

 

 地に足を付けたサンドパンに、再びイワークが襲い掛かる。

 正直に言えば最大の武器である自慢の爪も役に立たないのでは、イワークに対する有効手段はサンドパンには無い。あるとしたら”どく”状態にして時間を稼ぐことだが、力尽きるまで避け続けられる自信は無い。

 

 だけど、アキラの頭の中では別の方法で逆転することを考えていた。ひたすら攻撃を避けながら、技を放つのに時間を要さない”どくばり”や”スピードスター”で地道に無視できないダメージを与えていく。

 

 シバのイワークは巨体に似合わず小回りは利いているが、それはあの巨体として考えた場合だ。

 種が違うとはいえ、小回りはサンドパンの方が上だ。小柄な体格と機動力を活かして、ねずみポケモンは積極的に避けながら攻撃を続ける。

 そんな地道な戦いを続けていたら、今まで弾かれていたイワークの体に遂に針が刺さり、含んでいた毒がいわへびポケモンを侵し始めた。

 

「”たたきつける”!」

 

 しかし喜ぶ間もなく、巨体相応の長くて巨大なを尾が箒を掃く様に振るわれた。

 サンドパンは避けようとしたが、逃げ切れずに岩や土砂に巻き込まれる形で薙ぎ払われて一緒に埋もれてしまう。

 

「止めだ!」

 

 サンドパンが土砂に埋もれて機動力が発揮できないと見るや、イワークはヤドンを一撃で倒した文字通り一撃必殺の技である”じわれ”を引き起こす。

 時間が経てば経つほど、毒で体力を奪われたり疲労するのだ。長期戦になれば不利なので、ここに来てシバは勝負を掛けてきたのだ。

 

 だが、アキラはこれを待っていた。

 長期戦になる可能性を見せながら上手く状態異常にすれば、彼は一撃で倒す為に強力な技を繰り出してくる筈と考えていた。仕掛けてくる大技まで誘導することは出来ないが、全ての条件は満たされた。

 後は活かすだけだ。

 

「チャンスだサンット! ”ものまね”だ!」

「何!?」

 

 地割れに呑み込まれる寸前に、土砂の中からサンドパンは飛び出す。割けていく大地から逃れると両手の爪を地面に突き立て、今イワークが放った”じわれ”を”ものまね”でコピーして放つ。

 ゲームでの設定では、一撃必殺はレベルが高いポケモンには効果は無い。

 その法則に従えば、確実にサンドパンはシバのイワークより下だ。

 

 だけど今は現実。

 以前ゴースが棍棒と言う形とはいえじめんタイプの技を受けた様に、全てがゲームの通りとは限らない。迫る地割れから逃れようとイワークは体を動かすが、大技が躱されると想定していなかったのかすぐには動けず、そのまま亀裂へと巨体を崩していく。

 イワーク程の大きさのポケモンが落ちていく衝撃は凄まじいもので、彼らが勝負を繰り広げていた場所は、揺れるだけでなく舞い上がった砂埃に覆われた。

 

「か…勝った?」

 

 まさかの成功に、アキラは呆然と口にする。

 あんな賭けと言うべきか、どんなに上手くいっても強力な技をコピーするところまでと考えていた妄想に近い作戦が、こうも上手くいくとは流石に思っていなかった。

 地面に突き立てていた爪を引き抜いたサンドパンは失敗を想定して構えるが、晴れた視界の先にある巨大な亀裂の中でイワークは横たわっていた。

 

 ピクリとも動かないところを見ると、戦闘不能であるのは間違いないだろう。

 四天王を相手にまさかの大金星を勝ち取ったことを悟ったアキラは思わず拳を握るが、直後にシバは豪快に笑い始めた。

 

「やるではないか!! まさか俺自身が仕掛けた技で倒されるとは思っていなかったぞ!」

 

 さっきのエレブーの様に相手の勢いを利用して反撃や攻撃に転ずることは良くあるが、今の様な自分が仕掛けた技をそのまま返されるとはシバは思ってもいなかった。今まで数々のトレーナーと戦ってきたが、彼の様なトレーナーはシバにとっては初めてだった。

 

 お世辞にも良いとは言えない粗の多い指示、自分に近い方針とは言っていたもののまだまだポケモンの機嫌を窺っている節などあるが、発想力に粘りは見所はある。元々フルメンバーで挑むつもりだったが、手持ちを初めて手合わせする相手に倒されるのは久し振りでもあった。

 増々彼に興味を抱き、イワークを戻したシバはまだ出していない最後のボールに手を掛ける。

 

「まだまだ力を出せるだろう。いくぞ!」

 

 イワークと同じく素手でボールを投擲すると、ボールからシバの切り札的存在であるカイリキーが姿を現す。

 腕を組んだ一見すると隙だらけの登場だったが、背丈はシバと変わらないのにさっきのイワークを遥かに凌ぐ歴戦の猛者が放つ威圧感を放っていた。

 

「さあカイリキー、”きあいだめ”だ! オオオオオォォォォ!!!」

 

 シバの雄叫びに合わせて、カイリキーも声を上げて体に力を漲らせる。

 一見するとトレーナーの行動は無意味に見えるが、大なり小なりトレーナーの状態はポケモンに影響する。やる気があればポケモンもやる気に溢れ、やる気が無ければポケモンも気力を無くして適当にしか動かない。一心同体と錯覚してしまうまでの彼らの様子にサンドパンは怖じ気づくが、アキラは彼らの姿に不思議と感じるものがあった。

 それが何なのか理解する前に、気合を入れ終えたカイリキーは体を屈めると、サンドパン目掛けて突進する。

 

「もう一回”じわれ”だ!」

 

 さっきの様なラッキーは期待できないが、動きを阻害することは出来るはずだと考えたアキラの指示に、サンドパンは再び両爪を地面に突き立てる。

 音を立ててカイリキー目掛けて再び大地が割けていくが、カイリキーはジャンプして地割れを飛び越えた。

 

「”スピードスター”!!」

 

 どんどん距離を詰められ、慌ててアキラ達は止めようとするが、信じがたいことにカイリキーは放たれた無数の光弾を四つの腕を巧みに動かして尽く砕く様に弾いていく。

 

「”からてチョップ”!!」

 

 すぐ目の前に接近してくる直前までサンドパンは攻撃を続けていたが、結局カイリキーは止まることなく手刀を振り下ろしてくる。

 咄嗟にサンドパンは両手を持ち上げて爪を交差させる形で防ごうとするが、驚異的なパワーの前に守りは呆気なく破られる。そのまま頭から手刀の直撃を受け、砂埃が舞い上がる程の勢いでサンドパンは顔を地面に叩き付けられて力尽きた。

 

「ありがとうサンット、良くやってくれた」

 

 労いの言葉を掛けながら、アキラはサンドパンをボールに戻す。攻撃をする前にやられた訳でも無く、こちらから攻撃を仕掛け続けたにも関わらず何も出来ないまま倒されてしまった。

 これが真にポケモンと共に自らも鍛え抜いたトレーナーの実力。

 

 ポケモンのレベルもそうだが、彼らを導くシバの観察力と判断力もズバ抜けている。

 四天王でなくても彼は雲の上の様な存在であることを実感するが、アキラの胸中は悔しさよりも興奮にも似た高揚感の方が占めていた。それは敵わないと分かっていても増々挑みたくなる不思議な気持ちであったが、彼はその理由を何となく理解する。

 

 バトルが楽しくて仕方ないのだ。

 

 振り返ってみれば、この世界に来てから手持ちとの関係に悩んでいたり余裕が無い切羽詰まったバトルが多くて、レッドの様に伸び伸びと楽しくバトルをする機会はあまり無かった。

 

 もっと長く戦いたい。

 もっと強くなりたい。

 

 様々な思いを抱いて、アキラは最後のボールを手に取る。

 

「準備は良い?」

 

 モンスターボールの中にいる最後の手持ちであるミニリュウにアキラは語り掛ける。

 以前はどう伝えようとお構いなしだったミニリュウも最初は睨む様な目付きだったが、徐々に不敵な笑みを浮かべる。

 

 カイリキーは、シバのエースポケモンと言える存在だ。

 恐らく万全状態の手持ちが束になってもミュウツー程ではないとしても、倒すのは一苦労なのが容易に想像できる。だけどさっきのサンドパンを見ればわかる様に、勝負は最後までわからないものだ。気分が高揚していることもあって、今なら何でもできる気がしていた。

 

「さぁ、行くぞ!」

 

 ボールからミニリュウが飛び出すと同時に、アキラもドラゴンポケモンと共にカイリキー目掛けて駆け出した。

 サンドパンの時は、イチかバチか賭けたことでイワークを倒すことが出来た。そう何度も幸運に恵まれるとは思っていないが、ある可能性にアキラは期待を寄せていた。

 

 それはこの前、ミュウツーとの激戦の最中に体感した戦っているポケモンと互いの思考などを共有する様な不思議な感覚だ。さっきのシバとカイリキーが共に雄叫びを上げている姿に、彼はかつて感じた感覚に似たものを見出していた。

 謎が多く錯覚の可能性も十分にあるが、上手くあの領域に再び至れれば二度目の番狂わせも十分に可能だ。その為にも、彼は可能な限りミニリュウの傍に居るべく一緒に動くことにしたのだ。

 

「”こうそくいどう”からの”たたきつける”!」

「迎え撃つんだカイリキー!」

 

 楽し気にアキラが指示をすると、シバもまた興奮した様子でカイリキーに迎撃を命ずる。

 双方の拳と尾が鈍い音を立ててぶつかり合うが、勢いを付けたにも関わらずミニリュウの体は後ろに飛ばされる。けど、そうなる可能性は織り込み済みだ。

 本当の意味ですぐ傍は流石に無理だが、こうして可能な限りポケモンの近くにいるとあの時ほど気持ちは読み取れなくても、どの様に動けば良いのかアキラにはわかる気がした。

 

「”でんじは”!」

 

 追撃を仕掛けてくるカイリキーに、ミニリュウは青白い電流を浴びせる。

 鍛え上げられたカイリキーでも”まひ”状態にされては堪らないのか、少しぎこちなく”からてチョップ”が振り下ろされる。

 

「横に転がって”りゅうのいかり”!」

 

 自分が戦っているミニリュウの立場であるのを想像しながら、アキラは最適且つ無理のない動きを伝える。

 体を転がして避けるのはミニリュウは得意としており、加えて”りゅうのいかり”は覚えている技の中でも特に溜めの必要が無い。指示通りに体を転がして避けたミニリュウは、痺れで思う様に動けないカイリキー目掛けて青緑色の炎を放つが、カイリキーは踏み止まった。

 

「”メガトンパンチ”!!」

 

 炎を払い除ける様に、カイリキーは握り締めた右上の腕でミニリュウの頭を殴り付ける。強い衝撃を受けて、ミニリュウは頭の中が真っ白になってしまい、次の行動を起こす間もなく今度は左下の腕に殴られた。

 

「”こうそくいどう”で距離を取るんだ!」

 

 まずいと判断したアキラは離れる様に伝えるが、殴られた衝撃で頭を揺さぶられるミニリュウはまともに思考が行える状態では無かった。苦し紛れに再び”りゅうのいかり”を放ってカイリキーを退かせるが、僅か数秒の間に受けたダメージはかなりのものなのか、エレブーに次いでタフであるドラゴンポケモンの息は荒くなっていた。

 

 これ以上の長期戦は難しい。

 一瞬の判断の遅れが命取りになることを胸に刻むと、これが最後になると思いながらアキラはミニリュウに最強の技を命じた。

 

「リュット、”はかいこうせん”!!!」

 

 命じた直後、不本意だったのか一瞬だけミニリュウの反応は遅れたが、それでも残された力の全てを振り絞って”はかいこうせん”を放つ。荒々しい光の束は、カイリキー目掛けて一直線に飛ぶ。

 避けられたらそれで終わりだが、シバは予想外の行動に打って出た。

 

「正面から打ち破れ!」

 

 避けられる時間的な余裕が十分あったにも関わらず、何とシバはカイリキーに迫る光に突撃することを命じた。下手をすればやられるかもしれなかったが、カイリキーは主人の命令を忠実に守って”はかいこうせん”を正面から受け止める。

 

「パワーを上げるんだ!」

 

 アキラはそう命ずるが、既に残された力を注いでいたミニリュウはこれ以上”はかいこうせん”の威力を上げることは出来なかった。正面から受けたカイリキーは、破壊的な光線に耐えながら一歩ずつミニリュウに迫る。

 

 折角相手が堂々と正面から挑んできたのだ。何としてでもこのチャンスをものにしたかったが、その前にミニリュウは限界に達したのか放っていた”はかいこうせん”の光はか細くなり、最終的には途切れてしまう。

 

「止めだ。”じごくぐるま”!」

 

 反動と疲労で動きが緩慢になったミニリュウを、カイリキーは四本の腕で羽交い絞めにすると勢いよく転がり始めた。

 ”はかいこうせん”を正面から受け切っただけでなく、自身にもダメージが来るにも構わずカイリキーは転がり続けると、最後にミニリュウを投げ飛ばす。その勢いはミニリュウの体が大岩にめり込むどころか、貫通して更にその奥の絶壁に蜘蛛の巣状のヒビを入れてめり込ませる程強烈なものだった。

 

「リュット!」

 

 急いでアキラはミニリュウの元に駆け寄るが、壁から剥がれる様に足元に倒れたミニリュウは完全に気絶していた。

 

「――よくやってくれたリュット。ちゃんと導き切れなくてごめん」

 

 労いの言葉を掛けながら、体を屈めたアキラはミニリュウをボールに戻す。

 手持ち六匹で挑み、繰り出された四匹の内一匹しか倒すことは出来なかった。

 完敗ではあったが、セキチクシティでケンタロス一体に蹂躙された時とは違いアキラの気分は清々しかった。ボールを腰に付けて一息つくと、カイリキーを伴って歩み寄って来たシバは手を差し出した。

 

「久し振りに良い勝負ができた。礼を言う」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 

 アキラも手を差し出して握手に応じる。

 エレブーの”がまん”、ヤドンの”ねんりき”など、今まで頼りにしてきた戦い方が必ずしもこの先も通じるとは限らないことを知るだけでなく、時には賭けにも近い冒険をする必要があるなど考え方を改める良い機会にもなった。他にもバトルのみならず様々な面で色々と学べたことも多く、今回のシバとのバトルは今までに無く良い経験だった。

 

「――俺は…」

「?」

「いや、俺達はまだ強くなれますか?」

 

 思わずアキラは、シバから見て自分達はまだ伸びしろがあるのか尋ねた。

 そんな事は自分達の努力次第なので彼にわかるはずは無いのだが、一流のトレーナーはどう見ているのか気になったのだ。

 

「お前達次第だ」

 

 握手しているのと同じ大きく武骨で豆だらけの手を肩に乗せて、彼の質問にシバはそう答えた。やはり明確な答えは貰えなかったが、ただ言葉を掛けて貰っただけなのにアキラは体からやる気と力が漲るのを感じる。

 目指す先は遥か彼方、だけどそれでも何時かとは思わずにはいられなかった。




アキラ、敗北するもシバの言葉で更に飛躍したい想いに火が付く。

ようやくサンドパンに”じわれ”を使わせることが出来て大満足です。
アニポケでサンドが”じわれ”を決める場面を見てから、自分の中ではサンド系統=”じわれ”の使い手のイメージが付いちゃっています、

シバはストイックでバトルに関して人一倍厳しいのがゲーム中では描かれているので、多分こんなに優しくは無いと思いますが、そこはどうか目を瞑ってください。




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集大成

第一章終盤です。
もう何話か少なくしたかったのですが、思う様にいきませんでした。
前日誤字報告をしてくださった方ありがとうございます。
今後も「SPECIALな冒険記」をよろしくお願いします。


 ぼんやりと四年近く前の出来事を思い出していたアキラだったが、自販機から目的のものが音を立てて転がってきたのに気付くと、何本かの”きのみジュース”が入った缶を取り出す。

 

「ほい、お疲れ様。まだまだ続くけどよろしく頼むよ」

 

 購入した缶ジュースを手持ち六匹にそれぞれ渡すと、彼らは喜んでフタを開けて飲み始める。中には開けるには不都合な手をしているのもいたが、皆器用に各々の手段で開けていく。

 警察関係者への基本的なバトル関係での指導は終わり、次はアイテム活用やポケモンの技の簡単な応用についての解説だ。その為の準備も終えたので、軽く喉を潤しに来たのだ。

 

「時間も迫っているから、飲みながら戻るぞ」

 

 自身も缶に口を付けながら、ポケモン達を引き連れて彼らは署内のバトルフィールドへ向かう。

 意外と基礎的な部分を固めれば強くなれそうな人達が多かったので、どんな風に説明しようか考えていたが、途中で唐突に彼は足を止めた。

 

 急に先頭を歩いていた彼が止まったことで後ろを歩いていたポケモン達はつっかえたが、アキラの様子から文句は言わず彼と同様に周囲に気を配った。

 すると今歩いている通路の先にある曲がり角から、話し声がハッキリと聞こえてきた。

 

「やれやれ、少しは行けると思ったけど、微塵もチャンスは無かったな」

「あの年であれだけ強いと自信を無くしちまうよ」

 

 聞こえてくる会話の内容から察するに、さっきの講習を受けていた署員だろう。やっぱり懸念していた通り、大の大人が一回りも年が下の子どもから指導を受けるのは嫌だったのだろう。陰口かと思ったが、どうやらそうでは無さそうだ。

 

「レッドやグリーンなら知っていたけど、アキラって名前は聞いたことが無いな」

「言われてみればあれだけ強ければ、二人まではいかなくても名を知られても良いと思うけど全然聞かないな」

「署長はどこで彼の事を知ったんだ?」

「街外れの育て屋に居た彼に依頼したところまでは知っているけど」

「歴代ポケモンリーグ上位者が載った本を持っているけど、彼の名前は載っていなかったな」

「でも短期間で強くなるのは考えにくいし」

 

 各々が好きに意見を述べていたが、共通しているのは誰もアキラの事を「知らない」と言うことらしい。しばらく続きそうな様子ではあったが、休憩時間終了が迫っているからなのか彼らの声は徐々に遠ざかっていく。

 

「――お前達はどう思う?」

 

 アキラの問い掛けに、六匹は様々な反応を見せる。

 半分は別に気にしていない反応なのに対して、残りの半分は不本意と言わんばかりの表情だ。最近起きた出来事もそこまで広まっていないし、それ以前となれば殆ど目立っていないので一般に知られていないのは当然だ。

 彼としては、自分の名が広く知られていようといまいが別に如何でも良い認識だ。

 

「ポケモンリーグか…」

 

 だけどポケモンリーグに関しては別であった。

 有名になろうがならなくても如何でも良いと言う考えに矛盾しているが、アキラが拘っているのは別の事だ。

 

「もう一度…あの時みたいな経験をしたいな」

 

 最高の仲間と共に最高の舞台で、勝ちたい友人を相手に手に汗握る戦いを繰り広げる。

 それが、今彼にとって心残りであると同時に元の世界に戻る以外にも抱いている望みの一つでもあった。

 かつて唯一そう感じることが出来た四年近く前の駆け出しトレーナー時代の集大成、ポケモンリーグ挑戦時の出来事をアキラは思い起こした。

 

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 

 照明に照らされたリングの上で、二匹のポケモンが対峙していた。

 

 不敵な笑みを浮かべながら相手の出方をゲンガーは窺い、対するプリンは真剣な目付きで相手の動きを注視していた。双方はしばらく睨み合いを続けていたが、先にゲンガーが仕掛けた攻撃を受けてプリンは体を後ろに転がす。立ち上がったプリンはまた様子見かと思いきや、片手を振り上げてシャドーポケモンに飛び掛かったが弾き飛ばされる。

 

 それを切っ掛けにプリンは積極的に攻撃に転じ、見ていた観客達は歓声を上げる。

 プリンは”おうふくビンタ”を左右交互に繰り出すが、ゲンガーは悠々と避けるとふうせんポケモンを踏み台にして距離を取る。そして振り向き際に”サイコキネシス”を放ち、衝撃波でプリンを吹き飛ばす。

 

「戻ってプリン!」

 

 プリンのトレーナーであるミニスカートの少女はプリンでは不利と判断したのか、ふうせんポケモンを戻すとすぐに新たなポケモンが入ったモンスターボールをリングに投げ込む。

 ゲンガーは距離を取るべく後ろに跳ぶと、さっきまで立っていた場所にニドクインが地響きを立てながら現れた。

 

 新たに出てきたニドクインは、すぐさまゲンガー目掛けて右腕を振り上げて殴り掛かってきたが、シャドーポケモンは身軽に躱す。急いで体勢を立て直そうとするが、ゲンガーが放った強烈な光を浴びてニドクインの挙動はおかしくなる。

 

 トレーナーは”こんらん”状態なのにすぐに気付くが、その間にゲンガーは”サイコキネシス”や”ナイトヘッド”などの技を次々とドリルポケモンに放つ。あっという間に追い詰められたニドクインは、ハッキリしない意識の中で苦し紛れに”じしん”を起こす。

 ニドクインを中心に揺れと衝撃波がリング上に広がるが、これもゲンガーは高々とジャンプして避け、宙に浮いている間に放った”ナイトヘッド”で止めを刺した。

 

「――ふぅ…」

 

 倒れたニドクインを見て審判が勝者を判定したことで試合は終わりを告げたが、アキラは疲れた様に息を吐くと額の汗を拭うのだった。

 

 

 

 

 

「意外と如何にかなったな」

 

 ボールに戻さずゲンガーと一緒にリングから下りると、アキラはさっきの試合も含めたこれまでの経緯を振り返った。

 

 本当ならポケモンリーグに挑戦する気はオツキミ山に行くまで無かったのだが、シバと戦ったことで彼の中で何か火が付き、保護者であるヒラタ博士から許可を貰いセキエイにあるポケモンリーグの会場に足を踏み入れた。

 バッジなどの何かしらの実績が必要と思っていたが、驚いたことに大規模な大会の筈なのに希望者は全員参加が可能と言う手軽さだった。あまりにも手軽過ぎて色んな意味で不安にはなったが、ニビジムの時と同様に流れる様に試合が始まり、こうして初戦を挑むことになった。

 

「本当にお前は、強いと言うか賢いと言うか」

 

 ゲンガーの前はサンドパンを繰り出していたが、プリンの”うたう”で眠らされたことで慌ててしまいグダグダになったのに良く勝てたものだ。アキラの称賛にゲンガーは胸を張るが、特に気にせず彼は他のリングで繰り広げられているバトルに目を通す。

 誰でも参加できるので、トレーナーのレベルは玉石混合だ。

 圧勝で終わるのもあれば接戦になるのもある。

 

 今回の相手は、数か月前までのポケモン側の判断頼みのやり方だったら間違いなく苦戦していたが、手持ちの信頼をある程度得られた今では何とかなってくれた。

 

「次の試合は……しばらく待ちそうだなこれ」

 

 表示されている予選トーナメント表に軽く目を通して、アキラは頭を掻く。

 ポケモンの大会で一番大きく、そして名誉ある大会なのにも関わらず参加希望者は全員出場できるお手軽さなのだ。当然予選だけでもかなり時間が掛かるのだが、このポケモンリーグは予選どころか本戦さえも今日中に終えてしまおうと言うのだから、正直言って強行日程どころのレベルじゃなかった。

 

 使用できるポケモンの数は六匹ではあるが、一匹でも戦闘不能になれば即試合終了という仕組みではある。だけど、それでも試合内容次第では時間は掛かる。

 こういう理由があって、将来行われるポケモンリーグはバッジを八つ集めたトレーナーや実績のあるトレーナーのみが出場できるようなシステムに変わっていくんだなと考えにふけていたら、彼らに近付く存在がいた。

 

「? 何だ?」

 

 振り返るとゲンガーによく似たピンク色のポケモン――ピクシーがアキラのゲンガーに話し掛けていた。最初は露骨に面倒そうな表情を浮かべていたが、何か気に入ることでもあったのか、シャドーポケモンはすぐに意気投合の様子を見せる。

 状況が理解できなかったが、更に彼の背後から近付く影があった。

 

「あらピッくん、お友達?」

 

 黒いワンピースを着た少女がピクシーに尋ねると、ピクシーは頷く。

 見覚えのある姿だと思いながら、このポケモンのトレーナーかとアキラは一部を理解するが、他の事を考えている時に少女は彼に話し掛けてきた。

 

「貴方がこのゲンガーのトレーナー?」

「まあそうだけど」

「へぇ~、さっきの試合見たけどこの子本当に賢い。良く育てられているわね」

「はぁ…ありがとう」

 

 確かに連れているゲンガーは賢いが、その賢さは自分が鍛えたものでは無いんだけどな、と思っていたら少女はモンスターボールを一つ取り出した。

 

「ねぇねぇ、良ければ御近付きの印にアタシとポケモン交換し・な・い?」

「――え?」

 

 その直後だった。

 アキラの腰に付けていたボールが暴れ始めたり、急に熱を発し始めた。

 前者はボールが転がり落ちない仕様のベルトをしているので問題無いが、後者は放っておけば火傷になりかねないので、急いで宥めなければならない。

 

「待て待てどうした急に…って、あちっ!」

 

 熱さのあまりボールから手を放すと、落ちたボールの中からブーバーが現れて少女を威嚇する様に臨戦態勢に入る。ただならぬ事態に急いで抑え役にサンドパンとエレブーを出すが、どうやら腰で暴れているミニリュウと見ると、交換を持ち掛けた彼女を敵と判断したのだろう。

 

「あらあら、こんなか弱いレディが何か企んでいる訳ないでしょ」

 

 敵意のみならず熱気も当てられているにも関わらず、少女は全く態度を崩さない。

 成程、彼らはこういうタイプの人間も嫌いなんだなと理解したアキラは、ブーバーと少女の間に割って入る。

 

「取り敢えず、交換に応じるつもりは無いのは伝えておきます。ブルー」

「あら、貴方アタシの事を知っているの?」

「レッドから話は色々聞いているからね」

 

 原作で知っていることもあるが、タマムシの病院で過ごしていた時にレッドから彼女に関しての話(主に騙された出来事)を幾つか聞いている。

 ポケモンリーグの会場でポケモンの交換を持ち掛けてきた辺り、何か企んでいるのだろう。

 

「う~ん、仕方ないわね」

 

 目の前の少年が知り合いの知り合いであることを知ったブルーは、まずいと判断したのかピクシーと一緒に笑顔を浮かべながらさり気なく去っていく。

 その態度が気に入らないのかブーバーの放つ熱気は更に高まるが、アキラはひふきポケモンと向き合った。

 

「そうイライラするな。彼女にだって事情がある」

 

 ブルーの過去を知れば、ああいう性格になったのは生きる為に必要な術として身に付けたものと考えられる。それに知っていようと知らなくても適当に軽く流せば済む話だ。

 しかし、そんなことを知らないブーバーは、抑えるどころか「肩を持つのか?」と言わんばかりの冷たい視線を向けてくるのには流石に参った。

 

「あれ? アキラ?」

 

 どうしようか悩んでいたら、聞き覚えのある声にアキラはこの上ない救いの手が差し伸べられたのを感じた。

 

「久し振りレッド」

「おう、お前もポケモンリーグに出場していたんだな」

「まあね。一戦一戦ベストを尽くすよ」

 

 どこまで勝ち上がれるのかわからないが、アキラは今の自分達でやれるだけのところまでやるつもりだ。自分はともかく、連れているポケモン達はレベルも能力も高いのだ。相手が悪く無ければ、そこそこ好成績は望める。

 

「そういえばレッド、前病院で話してくれた。ブルーだったっけ? さっき彼女らしき子に会ったんだが」

「え? あいつも出場しているのか?」

「そうかもしれないけど、何か裏がありそうなポケモン交換を持ち掛けられた」

「あぁ、それでお前のブーバーが不機嫌なのか。お前のミニリュウと一緒で怪しい奴は嫌いそうだしな」

 

 その場にいなかったはずなのに、レッドはブーバーの機嫌が悪い理由を察する。

 ブーバーの性格をそこまで把握していないはずなのに、まるで自分の手持ちの様に理解している彼にアキラは感心する。本当に彼は、ポケモンとの接し方だけでなくその気持ちを理解する術も長けている。

 

「そう苛立つな。あんな奴だけど、根っから悪い奴じゃないから」

 

 ブーバーと同じ目線まで体を屈めて、レッドはブルーが悪い人間では無いことを話すが、さっきアキラに向けたのと同じ冷たい視線を返された。

 

「さっき似たようなこと言ったけど、あんまり信じられないみたい」

「う~ん残念」

 

 レッドは残念がるが、今回は敵意が爆発しなかっただけでも良かった方だ。

 特に問題は無さそうなので、出ていたポケモン達をモンスターボールに戻してアキラはレッドと一緒に会場の外に一旦出た。

 

「さっきリングから下りるところを見たけど、もうバトルをしたのか?」

「あぁ、何とか予選一戦目は勝てたよ」

「やったじゃん。おめでとう」

 

 祝いの言葉を掛けられるが、予選突破まで後何回勝てばいいのかアキラは考えてた。

 いや、そもそも本戦にはレッドの他にグリーンとさっき会ったブルー、そしてまだ会っていないオーキド博士が出ていたのだから多分自分が本戦に出ることは無いだろう。物語の流れ的に彼らに勝つ訳にはいかないとか言う以前に、自分が四人に勝てるのかどうかが疑問ではある。

 だけど――

 

「だからと言って負けるのはヤダな」

「何だって?」

「いや、何でも無い」

 

 知らず知らずに口にしたのを誤魔化し、アキラもさっきのレッドと同じ質問をする。

 

「レッドの方はもう予選やった? それともまだ?」

「俺もさっき予選一戦目を終えた。フッシーの一発で余裕だったぜ」

「そ、そう…それは凄いな」

 

 出場選手のレベルが玉石混合であるとはいえ、この大舞台でも一発KOとは恐れ入る。

 流石今大会優勝者(予定)のレベルは違うのを、アキラは改めて実感する。

 

「そういえば、レッドは予選ブロックはどこなんだ?」

「俺は予選ブロックCだけど」

「え? C…なの?」

 

 何気ない一言だったが、アキラは物凄く嫌な予感がするのを感じるのだった。

 

 

 

 

 

「今年も人が多いわね」

「三年に一度の大会だからね」

 

 大会参加者や多くの観客達で溢れているセキエイの会場内を歩きながら、若い女性が呟くと杖を突きながら老婆が答える。

 隣にはマントを身に纏った青年に上半身を剥き出しにした大男も一緒にいるので非常に目立つ集団であったが、誰も彼らを気にせず賑わう人込みに紛れて四人は観客席に入った。

 

「全くめでたい連中だよ。どうせ今年もマサラ出身が優勝するんだろうし」

 

 会場内にある各リングでは、トレーナーとポケモン達が自分達の勝利を信じて全力を尽くしていたが、そんな彼らに老婆は冷めた眼差しを向けていた。カントー地方でポケモンリーグが始まって以来、歴代優勝者は全員マサラタウン出身なのも理由にあるが、もっと明確な根拠があった。

 

 マサラタウンで生まれた人間は、生来ポケモンと気持ちが通じる素養を持ち合わせている。

 

 にわかに信じ難い話で一般では噂話レベルで囁かれているが、噂どころかそれが本当なのを老婆は知っていた。

 それは連れているポケモンとの意思疎通が重要なポケモントレーナーにとって非常に重要な能力であり、ポケモンバトルでは大きな利点だ。ポケモンリーグ歴代優勝者全員がマサラタウン出身と言う結果が、如何にその能力が優れているのかということと同時に、その有無が大きいのかを物語っている。

 なので生まれの時点で既にある程度結果は決まっていると見て良い為、老婆には優勝を目指して戦っている出場者達が滑稽に見えた。

 

「特別な生まれだろうと関係無い。強ければそれでいい」

「相変わらずバトルしか頭に無いわね」

 

 大男の発言に、若い女性は溜息をつく。彼がそういう強いトレーナーを求める人間であることは知ってはいるが、いざ口にされるとちゃんと考えているのか疑ってしまう。

 

「だが一理ある。俺達がここに来たのは偵察も兼ねているからな。マサラ出身じゃなかろうと強いトレーナーには警戒するに越した事は無い」

「――フェフェ、確かにそうだね」

 

 青年の言葉に、老婆は機嫌を直すと同時にこの会場に来た目的を思い出す。

 自分達が進めている計画は大詰めを迎えてきてはいるが、まだまだ時間は掛かる。今回わざわざポケモンリーグの会場を訪れたのは、潜在的に計画の脅威になりそうなトレーナーと賛同してくれそうなトレーナーを探す為だ。

 上位はマサラ出身で固められるとしても、他の出身でも強いトレーナーはいるのだから見ておくべきだ。

 

「それにしても、貴方が最初から見に行きたいって言い出したのには驚いたけど、どういう心境の変化かしら?」

 

 当初は実力者がある程度絞られる予選の最後の段階から見る予定だったが、彼の意見で大幅に時間を早めて四人は会場に訪れることになった。

 さっきの発言からわかる様に大男は、基本的に強いトレーナーと戦うことを求めている。予選の序盤から来ても、彼らから見てレベルの低いバトルが多く時間を無駄にしてしまう可能性があるにも関わらず、彼は早く来ることを望んだ。その理由を女性は知りたかったが、大男は腕を組んだままだんまりを決め込んだ。

 

「フェフェ、知り合いでも出ているのか?」

「………」

「どうなんだ?」

 

 老婆が尋ねても大男は何も答えなかったが、青年の有無を言わさせない言葉には流石に反応する素振りを見せた。

 

「………恐らく」

「へぇ、意外ね」

 

 少し曖昧だが、意外な返答に彼らは三者三様の反応を見せる。

 四人とも共通の目的の元に集まってはいるが、プライベートまで関わってはいない。

 だが、大男がどういう人物なのかは知っている。

 恐らくと言っているあたり、本当に大会に出ているのかまでわかっていない様ではあったが。

 

「どういう奴だ? そして名は?」

 

 青年はその人物に関しての情報を大男に求めた。

 あまり他者とは関わらず、黙々と自分とポケモンを鍛えている彼が気にしているトレーナーとなると、それなりに見所は有りそうだからだ。もし今大会に出ていなくても、探して様子や動向を探るだけの価値はあるだろう。

 しかし、大男は何も答えを返さず今度は沈黙を保つ。

 

「フェフェ、そう焦るんじゃない。自分の目で確かめれば良い話じゃない」

 

 中々答えようとしないことに青年は大男を急かそうとするが、笑いながら老婆が間を取り成したことで渋々彼は引き下がるのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、会場内のベンチに座っていたアキラは、傍から見ると魂が抜けたような間抜けな姿を晒していた。

 

 自分がそこまで勝ち上がることは無いとは思っていたが、まさかレッドと同じ予選ブロックなのは予想外だった。しかもトーナメント表をよく見直して見ると、次の予選第二戦目で対戦することになっていた。

 まだ確定した訳では無いが、このまま何事も無くいけばレッドは今大会優勝者になるのだから、早くもアキラの予選敗退が決まった様なものであった。

 

「レッドは…どれだけ強くなっているんだろうな」

 

 最後に彼と戦ったのは、ハナダジムで一緒に過ごしていた時だ。

 あの時でも一度も勝てた試しは無い。

 あれからそれなりに強くなった自負がアキラにはあったが、レッドはロケット団の幹部、そしてボスであるサカキも倒してここに来ているのだ。その強さはアキラの想像を超えているだろうが、それ以上に自分が彼に勝ってはならない。

 

 それの考えが頭を過ぎった瞬間、アキラは盛大に溜息をつきながら、初めて自分が”先を知っている”ことを後悔する。

 レッドのポケモンリーグ優勝は、この先に大きく響く。何か少しでも狂って彼が優勝を逃せば、”先を知っている”と言う最大のアドバンテージが一切通用しなくなってしまう恐れがある。

 それだけ、彼のポケモンリーグ優勝の肩書は大きいのだ。

 どうせ負けるとしても全力はぶつけたい。だけど自惚れているつもりは無いが、万が一の事を考えると全力は出しにくい。

 

「――どうしようかな」

 

 手を抜けばレッドは確実に気付くだろう。

 それはそれで彼の今後の戦いに響くかもしれないし、ようやく得てきた手持ちの信頼も失いかねない。どうせぶつかるのなら、優勝する必要があるレッドでは無くて比較的影響の少なそうな他の三人の方が気持ち的に幾分かやりやすかった。

 

 幾らやる気が出てきたからと言って、軽い気持ちで参加するべきでは無かったと後悔する。どうしようか考えながらぼんやりと人の流れを見つめるが、見覚えのある一際大きな体の持ち主が一瞬だけ目に入った途端、アキラの悩みは消し飛んだ。

 

「――シバさん?」

 

 一瞬で見失ったが、あの体格と晒された屈強な上半身は見間違えようがない。

 まさかあの人も出場しているのかと思い込み、慌ててトーナメント表から選手達の名前を入念に再チェックするが彼の名前は無かった。

 

「――となると不甲斐無い試合は出来ないな」

 

 彼ほどのトレーナーが何故この大会に出場しないのかは気になるが、それでも彼が来ているという事がわかっただけでも、アキラは挟む様に両頬を叩いて気を引き締めた。確かにレッドとぶつかってしまったのは不運ではあったが、だからと言って手を抜くなど言語道断だ。

 

 しかし、自分はどういう心構えで彼と戦えば良いのかと言う問題が浮上するが、唐突にある考えが頭に閃いた。すぐにアキラは真剣に考え込むが、最早その考えしか良いと思えなかった。

 

「レッド…偉そうかもしれないが、俺何かに負けるんじゃこの先やっていけないぞ」

 

 この先、レッドが本当に戦っていけるのかを確かめる。

 それが次の試合で彼と対峙する時の心構えであり、自分の役目であるとアキラは自らを奮い立たせるのだった。




ポケモンリーグに出場したアキラ、早々にレッドとの対決が実現。
そういえばレッドとのバトルを直接描いた事が無いのに、この話を書いている時に気付きました。

ポケスペ世界のポケモンリーグってルールが整った後でも、その日中に終わらせようとしているんですよね。
それだけポケモンの回復が早く終わるのか、一試合が短く済むのかは定かではありませんけど。


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友との決戦

前日は誤字報告を下さった方々ありがとうございます。
見落としていたのを申し訳なく思うと同時に、細かいところまで読んで貰えているのが感じられて嬉しかったです。
今後も気を付ける様にしますが、もしありましたらまたお願い申し上げます。


「皆いよいよだぞ」

 

 大会が行われている会場の外で、レッドは連れているポケモン達を出して意気込んでいた。

 

 予選二回戦目で戦う事になったアキラとは、そこまで長い付き合いでは無いが、彼の強さは良く知っている。今のところ彼との対戦成績は全戦全勝ではあるが、それらはハナダジムでカスミと一緒に特訓をしていた頃だ。彼が連れているポケモン達は皆、能力がとても高いので危うく負けそうになった時もあった。

 新しいメンバーを加えた彼が、どこまで成長しているのか予測がつかない。

 

「予選の段階だけど、決勝戦のつもりでいくぞ!」

 

 気合を入れてポケモン達を鼓舞すると、彼らも元気にレッドに返事を返す。

 特にアキラと一緒に過ごした経験のあるニョロボン、フシギバナ、ピカチュウの三匹は、誰よりも彼が連れているポケモン達の強さを知っているので気を引き締める。彼らのやる気が十分なのを確認すると、レッドはボールに戻して予選会場へ向かう。

 

 人込みを掻き分け、出場者専用通路を通って会場内へと入ると、試合が行われる予定のリングに上がった。既にリングの向かい側には、対戦相手であるアキラが何時になく険しい表情でレッドが来るのを待っていた。

 

「――こんなに早く、お前と戦うとは思っていなかったよ」

 

 彼の様子に感化されて緊張したレッドは、誤魔化す様に帽子のツバで顔を隠しながら呟く。この会場のどこかにいるであろうグリーンと同じく、彼とも出来れば本戦と言う大舞台で戦いたかった。なのでこうも早く戦う事になったのは、本当に残念で仕方ない。

 

「だけど、だからこそお互いに悔いの残らない試合をしようぜ!!!」

 

 顔を上げ、ボールを握った手を突き出して、レッドはアキラにそう伝える。

 勝てば次に進み、負ければここで終わりではあるが、どっちが勝っても負けても納得できる試合を彼は望む。その為にも持てる力の全てを出し尽くすつもりだ。

 いざ、ボールを投げようとした時、突然審判はレッドに詰め寄った。

 

「君、今まで何をやっていたんだ?」

「え?」

 

 一体何が何だか訳が分からなかったが、理由を審判が話す前にアキラが教えてくれた。

 

「レッド、予定時刻を過ぎてるよ」

「――え?」

 

 レッドは気付いていないが、実は予選開始時間を過ぎているのだ。

 それもアキラの不戦勝が決まる寸前。

 

 彼が険しい表情を浮かべていたのは、緊張感でも何でも無く、中々レッドが来ないことに焦りと不安を抱いていただけだ。審判から遅刻したことに関して咎められて、とにかく謝り倒している彼の姿にアキラは安堵と溜息が入り混じった息を吐く。

 

 もしこのまま彼が、この先も戦い抜ける力があるのかどうか確かめる前に、自分の不戦勝が決まっていたらと考えるとゾッとする。

 本当に色んな意味で心臓に悪い数分だった。

 

「いや~悪い悪い」

 

 アキラの表情を呆れと受け取ったのか、ようやく解放されたレッドは誤魔化す様に罰が悪そうな笑顔を浮かべるが、すぐにその目は真剣なものに変わった。

 

「でも、バトルには勝たせて貰うぜ」

 

 レッドの準備が整ったのを見て、アキラは心を落ち着けて平静を保つことに努める。

 いよいよ彼とのバトルが始まる。

 もう引き下がる事は出来ないが、引き下がるつもりは今のアキラには無かった。互いに腰に並べているモンスターボールに手を掛けて、序盤の主導権を争いに繰り出す一番手のポケモンを選ぶ。

 レッドはバトルの流れを掴むのに適した手持ちを考えていたが、アキラの方はなるべく一撃でやられるのを防ぐべく、彼が繰り出してくるポケモンと相性が良いポケモンを選んでいた。

 

「試合、開始!」

 

 審判から試合開始を宣言されて、両者は同時にボールをリングの上へ投げ込んだ。

 正確には若干アキラの方が遅れたが、それでも互いのポケモン達は同時に姿を現す。

 

 レッドが最初に繰り出したのはピカチュウ、対するアキラが召喚したのはサンドパンだった。

 本来なら有効な対抗策が少ないゲンガーを出そうと思っていたが、直感的に彼はサンドパンを選んだのだ。タイプ相性はこちらが有利、少なくとも一発KOは免れた。

 

「サンット、”どくば――」

 

 先手を取るべく最も素早く仕掛けられる技を命じようとしたが、突然アキラの脳裏にハナダジムで彼と戦った時の記憶が過ぎった。

 

「ガードだ!!」

 

 慌てて短いながらも別の指示を出すと、ギリギリで両手の爪を交差させて構えたサンドパンは、一気に距離を詰めて尾を叩き付けてきたピカチュウの攻撃を防ぐ。

 先手を取ることを考えれば、確かに素早いピカチュウが適任だ。あのまま攻撃しようとしていたら、先程の”でんこうせっか”でバランスを崩されていただろう。

 

「やっぱ簡単にはやらせてくれないか」

 

 以前はこれで上手くいったが、流石に二度は通じないかと考えてレッドは次の手を考える。しかし、その前にサンドパンは爪を構えてピカチュウに襲い掛かった。

 

「”かげぶんしん”だ!」

 

 すぐさま無数の分身を生み出してサンドパンの攻撃を回避すると、そのまま狙いを絞らせず惑わす意図なのか、ピカチュウは分身と共に包囲する。このまま時間を稼いで隙を見せたらとレッドは考えるが、アキラとサンドパンは予想外の方法で対抗してきた。

 

「”ものまね”で真似るんだ!」

 

 何と”ものまね”でレッドのピカチュウが使った”かげぶんしん”をコピーすると、同じ数だけの分身を作ってきたのだ。これには流石の彼らも驚きを隠せなかった。まさかこうも堂々と正面から挑んでくるとは思っていなかったのだ。

 

「さあ、派手にいこう!」

 

 準備が整い、アキラの合図に無数のサンドパンは一斉にピカチュウ達に攻撃を仕掛ける。分身とはいえ、複数のポケモンが同時に激突する様に観客達の熱気は更に高まる。

 ”かげぶんしん”で生み出した分身は、基本的にぶつかり合ったり、攻撃を受けたりするとすり抜けるか消えてしまうかのどちらかだ。なのでそのどちらでも無いのがいたら本体と考えても良いとアキラは考えており、早速本体と思われるピカチュウを見つけた。

 

「リングの左端の奴が本体だ!」

 

 すぐさま分身では無いサンドパンは指示通りの標的目掛けて駆け出すが、レッドもすぐさま反撃を仕掛ける。

 

「”フラッシュ”!」

 

 直視できない程の強烈な光がピカチュウの体から発せられて、アキラとサンドパンの目は眩んでしまう。

 数々の戦いと冒険で経験を積んだおかげで両者とも直ぐに立ち直るが、見える様になった時点でピカチュウの姿はいなかった。

 

「!? どこに――」

「”10まんボルト”!!!」

 

 探そうとしたが、すぐに彼らはピカチュウの居場所を知る事となった。

 サンドパンの死角、それもサンドパンの体を利用して隠れる様な位置取りでアキラの目も欺く場所にピカチュウはいた。咄嗟に距離を取る様に伝えたかったが、至近距離だったことも重なり気付いた時点では手遅れだった。

 

 限界まで溜められた強烈な電撃が周囲に放出され、サンドパンはその直撃を受ける。じめんタイプにでんきタイプの技は基本的に無効ではあるが、あまりに強力過ぎるとタイプ相性で無力化し切れない場合がある。ニビジムでのタケシのイワークが良い例だ。

 ピカチュウが放った電撃に、サンドパンは体中を焦がしながら今にも倒れそうによろめいたが寸前で踏み止まった。

 

「耐えられた!?」

 

 渾身の力を込めて放った技を耐え切られたのに、レッドは動揺する。

 本来なら、じめんタイプにでんきタイプの技が効かないのが常識なのだから驚く場面では無い。

 しかし彼が連れているピカチュウは、イワークやニドクインなどのじめんタイプのポケモンを電気技で倒してきた事がある。それらの経験とピカチュウの力を信じたが故の技の選択だったので、仕留め切れなかったとは思っていなかったのだ。

 

「”きりさく”!!」

 

 サンドパンが耐えたのを見て、すぐにアキラは反撃を命ずるとねずみポケモンは素早い必殺の一撃でピカチュウを切り裂いた。

 ようやく大技が決まって彼は思わず内心でガッツポーズを取るが、切り付けたピカチュウの姿は空気に溶け込む様に消えた。

 

「え? 消えた?」

 

 まさかの事態に、アキラとサンドパンはパニックに陥る。

 

 攻撃を受けてダメージもあった。

 反撃も手応えがあったはずだ。

 

 にも関わらず、何故”かげぶんしん”の()()の様にピカチュウが消えてしまったのかがわからなかった。

 だが、すぐにその答えは出た。

 戸惑うサンドパンの頭に、さっき消えたピカチュウが乗っかる様にしがみ付いてきたのだ。

 

「何時の間に!?」

 

 全く考えていなかった展開の連続にアキラは驚きを隠せなかったが、ここでようやくレッドが保険を掛けていたことに気付いた。

 

 ”フラッシュ”を受けた所為でまだ視界は安定していないが、さっき攻撃して消えたピカチュウは”みがわり”で生み出されたものだろう。”フラッシュ”で少しだけ時間を稼ぐと同時に、”みがわり”で実体のある分身と本体を分けさせ、更に目を眩ませることで本体と分身の視覚的な違和感を誤魔化す。

 よく考えられた作戦にアキラは戦慄するが、この流れをレッドは考えた上で狙ってやったものでは無く、直感的に行ったというのを知る由も無かった。

 

「いけピカ! ”かみなり”!」

 

 サンドパンが振り落とそうとするのを必死に耐えながら、ピカチュウは自分も巻き込む形で”かみなり”を落とす。先程の”フラッシュ”並みの眩い光が会場内を照らし、光が弱まるとあれだけ暴れていたサンドパンは棒立ちの姿を晒していた。

 誰かどう見ても意識は無く、頭に乗ったピカチュウの重みによって、今にもリングに崩れそうなタイミングでアキラはサンドパンをモンスターボールに戻す。

 

「危ない危ない。あのまま倒れてたらアウトだった」

 

 どう見ても戦闘不能状態だったが、倒れてしまうまではその判定は下さないらしいので、その裁定にアキラは救われた。自分を巻き込む形で技を放ったからか、ピカチュウはフィールドに倒れ込んではいたが、起き上がろうとゆっくりと体を動かしていた。

 しかし、あの様子ではこれ以上戦うのは無理なのは明白だ。

 

「バーット、出番だ」

 

 次のボールを投げると、ブーバーが腕を組んだ状態でフィールドに出てきた。

 ひふきポケモンを見上げながら、ピカチュウは傷付いた体を奮い立たせていたが、ダメージが大きい所為か中々立ち上がれない。途中で力が抜けて、また倒れ込みそうになったところでレッドはピカチュウを戻した。

 

「お疲れピカ。ゆっくり休んでいてくれ」

 

 労いの言葉を掛けながら、彼は次のポケモンを選ぶ。

 タイプ相性を考えればギャラドスが最適だが、そんなことをすればでんきタイプであるエレブーに交代されるのは目に見えている。加えてブーバーは、野生の時に苦戦したポケモンだ。

 手強い相手だが、それ程の強敵を苦にしなかった存在がいることをレッドは知っていた。

 

「頼むぞゴン!」

 

 地響きを唸らせながら、カビゴンが立ち塞がる様にブーバーの目の前に現れる。

 サイクリングレースでの出来事を機に手持ちに加えたが、今でも野生の頃と変わらないパワーを遺憾無く発揮してくれている。何よりアキラの手持ちの中で、ブーバーを始めとした最も好戦的なポケモン達の攻撃を受けてもモノともしなかった耐久力は頼りになる。

 

 ブーバーは自身の敵が、かつて自分を全く歯牙にも掛けなかった相手なのを思い出したのか、組んでいた腕を解いて構えると自然と放っていた熱気を更に高ぶらせた。

 

「デカイのをブチかませ! ”メガトンパンチ”!」

 

 カビゴンは拳を振り上げて攻撃しようとするが、アキラの指示が飛ぶ前に動いたブーバーの方が早かった。跳び上がったブーバーは、燃え滾らせた拳から放つ”ほのおのパンチ”をカビゴンの顔面に叩き込んで、いねむりポケモンを一歩後ろに引かせた。

 指示されていない攻撃に観客達は驚くが、レッドは目の前の相手が”勝手に動くポケモン”なのをすっかり忘れていた。

 

 その証拠にブーバーの苛烈な攻撃が続いているにも関わらず、アキラはやれやれと言った様子で特に指示らしい動きはしていなかった。

 

 カビゴンに耐久力があるのは確かだが、生き物である以上敏感な感覚器官が集中している顔を攻撃されるのは堪ったものでは無い。

 こうもブーバーが執拗に顔を攻めるのは、以前分厚い脂肪で覆われた胴に攻撃しても効果が無かったことを学習しているからだ。更にアキラの元で、バトルに関してある程度人間的な知恵を身に付けたことも影響していた。

 

「顔だけでなく足も良いぞ」

 

 ようやく口を開いたアキラが発したのは、指示では無くアドバイスだった。従うのも従わないのもブーバーの自由だが、ブーバーは少しずつ後ろに下がるカビゴンの足に狙いを定めると膝目掛けて跳び蹴りを仕掛ける。この攻撃によって巨体を支える片足に痛みが走ったカビゴンは、バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。

 

 仰向けに倒れたのを見届けたブーバーは、カビゴンの腹部に飛び乗ると弾力のある腹をトランポリン代わりにして一気に天井まで跳ね上がった。大半の人間はブーバーの行動が理解できなかったが、アキラだけはブーバーが何をしようとしているのかを悟った。

 

「やるのか。”メガトンキック”」

 

 ブーバーの姿を見守りながら、アキラは静かに技名を口にする。

 ぶつかる直前に身を翻して、ブーバーは天井に足を付ける。

 そして天井に付けた両足を蹴り、カビゴン目掛けて一直線に突撃し、空中で前転すると落ちながら一際熱を込めた右足を突き出すように伸ばす。

 実はこの”メガトンキック”、最近練習を始めたばかりでまだ未習得。

 実態はただ勢いを乗せた飛び蹴りなのだが、まともに受ければ大ダメージは間違いないだけの威力はある。

 

「ゴン、”ずつき”で迎え撃て!」

 

 対するレッドは、未だに起き上がれないカビゴンに”ずつき”で迎え撃つことを命ずる。

 片足を痛めて立ち上がれないカビゴンは、上半身だけを持ち上げると上から迫るブーバーの足目掛けて頭を激しくぶつけた。頭と足がぶつかり合った瞬間、ブーバーは落下の加速を活かそうと足に力を入れる。

 しかし、カビゴンのパワーの前に完全に伸ばし切ることができなく、互いに反発する様に弾かれて両者はリングに体を打ち付けた。

 

「バーット、大丈夫か!?」

 

 声を掛けると、何事も無かったかの様にブーバーは立ち上がるがすぐに片膝が付いてしまう。

 どうやら”メガトンキック”の為に伸ばした右足を痛めてしまったらしい。

 レッドのカビゴンも同じ状態らしく、ぶつかり合った衝撃が響いているのか視線が安定せず頭をフラフラさせていた。

 

「ゴン戻るんだ」

 

 すぐにこれ以上戦わせるのは無理と判断したレッドは、急いでカビゴンをボールに戻す。

 ”ねむる”を命ずれば回復は出来たかもしれないが、今のカビゴンに指示が届かない可能性があるのを否定できなかったのだ。だけど今ブーバーは動きが鈍っている状態。

 この機を逃す手は無く、彼は即座に次のポケモンに切り替えた。

 

「いけギャラ!」

 

 次にレッドが繰り出したのは、巨大な青い龍の姿をしたギャラドスだった。

 相性的にブーバーが苦手としているみずタイプの登場にアキラは眉を顰め、ブーバーは悔しそうに表情を歪める。

 普通に戦っても勝ち目は薄いのに、足を痛めていては勝算の見込みは無いと言っても良い。

 

「”ハイドロポンプ”!!」

 

 すぐにアキラはブーバーをボールに戻そうと動いたが、同時にレッドはギャラドスにみずタイプ最強の技を放たせる。膨大な量の水流が片膝を付いているブーバーに迫るが、当たる直前にブーバーの姿は消え、別に現れた影が代わりに”ハイドロポンプ”をその身に受ける。

 

 代わりに出てきたのがエレブーなのにレッドは気付いていたが、構わず攻撃を続けさせる。

 出てきたエレブーは必死に水の勢いに逆らって何とか持ち堪えていたが、徐々に押されていることもあって、このまま時間を掛ければ押し切れると彼は確信する。しかし、状況は不利なはずなのにアキラはどこか満足気だった。

 

「レッド、何か忘れていないか?」

「忘れている?」

「俺が連れているエレットの”特徴”だよ」

 

 ”特徴”と言われて、レッドはアキラが連れているエレブーについて憶えている事も含めて考えを張り巡らせた。

 彼のエレブーは同種の中では、珍しく気が弱くて他の三匹と違いハナダジムで特訓していた時も本格的にバトルに参加することはあまり無かった。だけど妙に打たれ強いのと、その打たれ強さを生かして相手の攻撃を耐え抜いた後の”がまん”が強力だと言う話は――

 

「しま――」

「遅い!」

 

 ここでようやくレッドはアキラのエレブー最大の特徴を思い出すが、既に遅かった。

 必死に耐え続けていたエレブーの瞳が白目に変わると、雄叫びを上げながら”ハイドロポンプ”の水流から飛び出す。そして勢いのまま、ギャラドスの巨体が大きく仰け反る程の力が込められたパンチを打ち込む。

 

「さぁエレット、お前の真価を見せ付けてやれ!」

 

 アキラの呼び掛けに応えるかの様に、エレブーは正気を疑う様な奇声を上げると、再びギャラドスに躍り掛かった。両腕を振り上げながら”でんこうせっか”で距離を詰めて、倍返しの威力を上乗せした”かみなりパンチ”でギャラドスを殴り付ける。初めて目にする”がまん”が解かれたエレブーの激しい猛攻に、レッドは仰天する。

 

 旅の中で色んなポケモンを見てきたが、ここまで苛烈な攻撃を仕掛けてくるポケモンは殆どいなかった。ハッキリ言って、今の状態ならアキラの手持ちの誰よりも強い。

 

「”かみつく”で抑え付けるんだ!」

 

 一転して押され始めて、レッドは慌てながらエレブーの動きを封じようと試みる。

 巨大な口でギャラドスはエレブーの片腕を呑み込む様に噛み付くが、エレブーは止まるどころか噛み付かれた腕とは逆の自由に動かせる腕で、ギャラドスの顔を徹底的に殴り付ける。

 顔を執拗に攻撃されるのにギャラドスは耐え切れず、エレブーの腕を放してしまうと今度は”かみなりパンチ”のアッパーを受けてしまう。

 

「ギャラ戻れ!!」

 

 タイプ相性もそうだが、巨大で小回りが利かないギャラドスでは、そこそこ小柄で小回りの利くエレブーとの相性は最悪だ。試合の主導権を完全にあちら側に奪われていると判断したレッドは、急いでギャラドスをボールに戻す。

 ギャラドスの姿が消えたことで、”がまん”をぶつけるべき標的を失ったエレブーは、解放された力を発散する場を求めているのか、リングを殴り付けたり何度も踏み付けたりするなどの奇怪な行動を起こし始めた。

 

「ヤバッ、解放状態で相手がいなくなるとこうなるのか」

 

 エレブーの行動が度を超えない様にアキラは注意を払うが、我慢してきたダメージをぶつける相手がいなくなった時の状況に遭遇するのは初めての経験だった。

 ここは一旦ボールに戻して落ち着かせる場面だが、この状態だとエレブーはボールに戻ることを受け付けない為、正直言って様子を見守る以外如何にもならない。暴れ続けるエレブーの様子を見て、正面からの対抗は無理だと考えたレッドは時間稼ぎに徹することを決める。

 

「プテ、距離を取って様子を見るんだ」

 

 レッドのボールから舞い上がったのは、翼竜を彷彿させるかせきポケモンのプテラだ。相性はギャラドス同様に悪いが、素早いだけでなく自由が利きやすい空を飛ぶ能力がある。今のエレブーの攻撃が直接打撃系ばかりなのを考えれば、攻撃を避け続けて時間を稼ぐのにプテラは適している言える。

 

 ”がまん”は耐えている間に受けた攻撃を倍返しにする技だ。ならば無駄にその分の攻撃をさせ続ければ、勢いが弱まるのではと考えたのだ。実際レッドの目論見通り、エレブーは空を飛んでいるプテラに対して有効な攻撃手段が無いのか、腕を振り回しながら跳び上がったりするが、プテラは軽快な動きで避ける。

 

「そういえば、エレットが覚えている飛び技は”でんきショック”しか無いんだよな」

 

 巧みにプテラがエレブーの攻撃を避け続けるのを見て、アキラは別の対処法を迫られた。

 よくよく考えれば、自分の手持ちは地上戦ならその力を発揮できるが空中戦にはあまり対応できてない。空中戦はミニリュウが進化、或いは他の手持ちが飛び技を覚えれば大丈夫と考えていたしわ寄せがここに来て出てしまった。

 

 中々攻撃が当たらないことに業を煮やしたエレブーは両足に力を入れると、プテラ目掛けて弾丸の如きスピードでジャンプした。まさかの行動にプテラは驚くが、”こうそくいどう”で加速してギリギリで避ける。避けられたエレブーはそのまま一直線に飛んでいき、突き刺さる様に激突した天井に上半身をめり込ませて力なく下半身を漂わせた。

 

「………」

「………」

 

 さっきまでの緊迫した状況から一転して、何とも言えない間抜けな姿にアキラとレッドは言葉を失ったのか、呆然と天井を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「青い帽子の子やるわね」

「――だがポケモンを扱い切れていない」

「随分厳しい評価だねぇ。まあ、持て余している点は同意だね」

 

 二人の試合を見守っていた四人組の内、若い女性と老婆は青い帽子を被っているアキラをそれなりに評価していたが、マントを羽織った青年の評価は低かった。

 

 赤い帽子を被っているレッドのポケモンは確かに強いが、ポテンシャルは青い帽子を被っているアキラが連れている方が上だ。それなら彼の方が有利なはずだが、トレーナー自身が未熟なのか指示や判断に粗が目立ち、彼らから見て取りこぼしやチャンスを多く逃している。

 その未熟な部分を手持ちの能力の高さで補っていたが、このまま戦いが長期化するのなら、トレーナーの能力差が露呈するのはそう遅くは無い。

 

「赤い帽子の小僧…あの様子だとマサラ出身だろうね」

「まだ詰めが甘いところはあるが、既に実力はそこらの腕自慢よりはよっぽど強い。普通なら既に奴は勝っているはずだ」

「フェフェ、でも今の試合の流れは、青い帽子の小僧が握っているのは興味深い」

「対策をしているのだろう。妙な程相手の動きや手持ちの特徴を理解している」

 

 ほぼ同い年であることや試合が始まる前の会話から、二人が友人同士なのは容易に想像できる。ならばレッドの方も同じくらい対策をしていて良いはずだが、どうもその様子は見られないのが引っ掛かっていた。

 だが、それはある意味当然だ。

 

 確かにレッドはアキラの手持ちの傾向や特徴を知っているが、取りこぼしがあったりヤドンなどの新戦力は詳しく知らない。

 しかし、アキラは漫画と言う第三者視点の形ではあるが、彼の手持ち構成や特徴のみならず、今日までどういう風に戦ってきたのかをある程度知っている。更にゲームで蓄積した知識とこの世界で得た現実的な知識が上手い具合に噛み合っているのも、彼がレッドに迫るのに一役買っていた。

 

「これは見てて退屈はしなさそうね」

 

 老婆は面白そうにぼやくが、ポケモンを従えているとは言い難い姿が癪なのか、青年は厳しい表情のままだ。

 

「――ひょっとして青い帽子の子かしら? 貴方の知り合いは?」

 

 女性は横で腕を組んで試合の経過を見守っている大男に話を振った。

 さっきブーバーが見せた蹴りの姿勢は、彼が連れているポケモンが度々繰り出す技の姿勢によく似ていた。己が磨いてきた技や技術をこの男が簡単に誰かに教えるとは考えにくいが、知り合いで尚且つ見よう見真似でやっていると考えれば納得だ。

 

 しかし、大男は目の前の試合に集中しているのか黙ったままだ。

 こうなると彼は何を言っても反応しないので、彼女は呆れながらその事について今聞くのは止めるのだった。




アキラ、試合前半ながらもレッドを相手に若干優勢になる。

一匹でも戦闘不能になったら終わりですが、折角ですので総力戦になります。
互いにこれまでの経験を活かすのは勿論、アキラは様々な知識と手持ちの能力を活用し、レッドは持ち前のバトルセンスを駆使して手持ちを導くと言った感じです。


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激闘の果てに

すみません。
一部の展開を変な編集のまま放置していたことに最近気付きました。
大変申し訳ございません。


 ジャンプした勢いが強過ぎて、天井に上半身をめり込ませたエレブーにアキラは嘆息する。

 何と言うべきか、凶暴化しても根っこは変わっていないことを感じさせる。エレブーは抜け出そうとぶら下がっていた足をジタバタさせていたが、めり込んだ上半身は中々抜けない。

 

「お前のエレブー大丈夫か?」

「――多分」

 

 見兼ねたレッドはアキラに尋ねるが、彼は曖昧な返事を返す。

 試合はエレブーが抜け出すまでしばらく中断の状態が続くが、やっと抜け出したエレブーはバトルフィールドに尻餅を付く形で着地する。

 さっきまでの荒々しさが消えて、惚けた表情なのを見ると”がまん”の解放時間が切れてしまったのは明白だ。

 

「お疲れエレット」

 

 何が何だかわからずぼんやりとしているエレブーを、アキラはさり気なくモンスターボールに戻す。まだまだ戦えるだろうしタイプ相性は有利だが、空を飛んでいるプテラ相手に有効な技をエレブーは覚えていない。

 それに相手はレッドだ。

 

 最初の”がまん”の為に、”ハイドロポンプ”を正面から受け止めてダメージを受けているのだ。少しも油断できないし、無理に戦わせ続けるのは危険でもある。

 

「リュットがカイリューに進化していてくれたらな」

 

 ミニリュウがいずれカイリューに進化して空を飛べる様になるのを知っていたので、今までひこうタイプはあまり気にしていなかった。

 思い出せば、セキチクシティに向かう途中で戦った鳥使いに妙なくらい苦戦していた。その時は上手く退けたが、今日までひこうタイプ対策を全くしていなかったことに、アキラは頭を痛める。

 

「仕方ない。ヤドット、”ねんりき”」

 

 残された手持ちの中でひこうタイプに対して、一応対抗手段があると言っても良いヤドンをアキラは新たに繰り出す。

 彼が連れているとは思えないぼんやりとしたポケモンの出現に、レッドは拍子抜けする。アキラが連れているポケモンは、良くも悪くも個性的だ。

 だけど出てきたヤドンは、あの種にありふれた雰囲気を漂わせていて、どうも強い個性と派手さが感じられなかった。だが、切っ掛けさえあればあの臆病なエレブーが爆発的な力を発揮するのだ。

 何をやらかすかわからないが、先手を打つべきだろう。

 

「プテ、”ちょうおんぱ”で様子見だ」

 

 羽ばたいていたプテラは口を開けると、甲高い音を放つ。あまりの甲高さに、アキラだけでなく観客達も耳を塞ぐ。見ての通り、その不快な音で相手の行動を制限すると同時に混乱させる効果が”ちょうおんぱ”にはある。

 まともに受けたヤドンに目立った変化は見られなかったが、”こんらん”状態にしたと言う一応の保険は掛けられた。

 

「続けて”はかいこうせん”!!」

 

 音波の次にプテラはその口から強烈な光線を放ち、全く動く気配の無いヤドンに直撃する。”はかいこうせん”はポケモンの中でも最高クラスの威力を誇るが、光と煙が収まるとヤドンは出てきた時と全く変わらない姿勢を保ち続けていた。

 

「? どうなっている?」

 

 エレブーの様に耐えてから反撃するタイプだと思ったが、全く動かないだけでなく効いているのかさえも全く分からない。表情も出てきてからずっとぼんやりとしたままで、ヤドンの特徴とアキラが一体何を狙っているのか読めなかった。

 その直後、プテラの体が薄い青みを帯びた光に包まれ、意思に反して体の自由が突然利かなくなった。

 

「プテ!?」

 

 プテラは抵抗するが、何か外的な力が働いているのかリングに何度も叩き付けられ始めた。これだけでレッドはアキラのヤドンが何かを仕掛けていることに気付いたが、如何にかしようにももう遅い。

 やっとヤドンの”ねんりき”が発揮されたことを見届けたアキラは、早めにプテラが力尽きるなり、戦闘続行不能になるのを祈った。

 

 彼が連れているヤドンは、例外を除けば指示の実行もダメージを感じるのも何十秒か後になる変わった特徴を持っている。”ねんりき”を仕掛ける前に、あれだけの攻撃を受けたのだ。時間差でダメージが露呈する前に、早々に決着をつける必要があった。

 

 最初は何度もリングに叩き付けるだけだったが、最後にヤドンはプテラを天井の照明に勢いよくぶつけた。ただぶつけられただけならリングに叩き付けるのと変わらないが、明かりを維持する為に照明を通っている電気にプテラは感電する。

 

「あぁ、プテ!」

 

 体の至る箇所を焦がしながら、プテラは真っ直ぐ落ちていく。

 リングに叩き付けられる前にレッドはボールに戻して審判の判定から逃れるが、アキラの方もヤドンをボールに戻した。大ダメージを与えられたが、ヤドンの方も序盤にプテラが仕掛けてきた攻撃のダメージがやってきたのか危うく倒れ掛かったのだ。

 

 これで互いに無傷なのは二匹。

 戻した四匹には戦える力が残っているのもいるが、お互い相手の力を考えると下手に出したくはなかった。

 

「スット、しっかりやってくれよ」

 

 新しいボールを手にしたアキラが頼む様に告げると、中でゲンガーは「任せろ」と言わんばかりに胸を張る。

 レッドの手持ちで万全な状態で残っているのはニョロボン、フシギバナの二匹だ。前者は相性、後者は覚えている技の関係上ゲンガーにとっては戦いやすい相手だ。なのでアキラ的にはこの場で勝負を決めるか、二匹共にダメージを与えて最後に残るミニリュウを少しでも楽させたかった。

 

「…どうしようかな」

 

 アキラは早々に次に出すポケモンを決めたが、逆にレッドの方は悩んでいた。

 残っているポケモンで相手するのは、間違いなくミニリュウとゲンガーだ。この二匹がどれだけの力を秘めているかは、一緒に過ごしていた経験もあるのでレッドは良く知っている。

 

 能力を考えればフシギバナとニョロボンの方が上だが、どちらも残ったアキラのポケモンとは相性が悪い。オマケにミニリュウはパワーに秀でていて、ゲンガーは頭が良い為、戦況に応じて戦い方を大きく変えることもできる。ここからの戦いは、自分にとって非常に厳しいものであると言わざるを得ない。

 どうするか悩んでいた時、腰に付けていたボールの一つが激しく揺れた。

 

「…行ってくれるのか?」

 

 揺らされたボールを手に取って意思を確認すると、中にいる手持ちは頷く。

 

「――わかった。お前を信じてるぞ」

 

 ようやく次に出すポケモンが決まり、彼らは同時にボールをリングに投げる。

 ボールが開くと、巨大な花弁を背負ったフシギバナと影が具現化した様な姿のゲンガーがリングの上に現れた。

 

「先手必勝だフッシー!」

「何時も通りにやっていこう!」

 

 レッドは先制攻撃を命ずるが、アキラは鼓舞する様に手を叩きながら伝える。

 すぐにフシギバナは仕掛けようとしたが、先手を取ったのは予め準備をしていたゲンガーだ。

 

 シャドーポケモンは、目を光らせて”あやしいひかり”を放つ。直視すれば混乱か眩暈、仮に防げても一時的に視界を奪うことができる。フシギバナが選んだのは目を閉じて防ぐ方だったが、閉じる寸前に確認した位置目掛けて”つるのムチ”を振ってゲンガーを叩き飛ばした。

 

「大丈夫かスット?」

 

 くさタイプの技は相性的にダメージは少ないはずだが、レッドが育てているポケモンは基本的にタイプ相性をものともしない威力がある。すぐにゲンガーは体勢を立て直して問題無いのをジェスチャーで伝えると、叩かれて痣が浮かぶ頬を拭う仕草をして、集中力を高めると反撃の”サイコキネシス”を飛ばす。

 くさタイプにどくタイプが複合しているフシギバナにとって、エスパータイプ最高クラスの技はかなり効く。巨体故に吹き飛びはしなかったが、それでも念の衝撃に堪らず後ろに下がっていく。

 

「よし、どんどん叩き込むんだ!」

 

 チャンスと見て、アキラはゲンガーに”サイコキネシス”の連続攻撃を伝える。ゲンガーも勢いに乗って続けて念の波動を放ち、受ける度にフシギバナの体は揺れて後ろに一歩ずつ下がるが必死に耐える。

 

 反撃しようにも飛んでくる”サイコキネシス”の衝撃波の影響で、ゲンガーに攻撃を届かせることは難しい。防戦一方な状況が続いていたが、レッドを良く知るアキラは彼が耐え続けているのに違和感を感じ始めた。打つ手が無くて悩んでいるかと思ったが彼の目に一片の曇りは無く、まるで自分がエレブーとヤドンが本領を発揮する機会を待っている様な印象を受ける。

 

「嫌な予感がするな」

 

 何か準備に時間が掛かる技をレッドのフシギバナは覚えていただろうか。

 記憶を遡りながら耐え続けているフシギバナをアキラはよく観察すると、たねポケモンが背負っている巨大な花弁に少しずつ光の粒子が集まっているのが見えた。

 

「スット攻撃中止! ”さいみんじゅつ”だ!」

 

 レッドの狙いに気付いたアキラは慌てて作戦変更を伝えるが、ゲンガーは「何で?」と言った表情で顔を向けると攻撃の手も止める。絶え間ない攻撃から解放されたフシギバナは、戸惑いから生まれた空白の時間に表情を引き締めると体を支える四肢でリングを踏み締める。

 

「今だ! ”ソーラービーム”!!!」

 

 満を持して、背中の花弁から”はかいこうせん”を凌ぐ輝きを持つ光が放たれた。

 油断していたゲンガーはギリギリで直撃は避けるが、掠っただけでもその威力に体は吹き飛び、危うくリングの外まで転げるところだった。

 

「スット!」

 

 ゲンガーがリングから落ち掛けているのを見て、急いでアキラは駆け寄ると同時に引き揚げるのを手伝う。幸いゲンガーの意識はあったが、僅かに体に当たっただけでもダメージが大きいのか、中々立ち上がれそうになかった。

 

「すまないスット。よくやってくれた」

 

 追撃を考慮して、労いながらアキラは急いでゲンガーをボールに戻す。レッドの方も逆襲には成功したものの、相性が悪い技を受け続けたことで息が上がっているフシギバナをボールに戻す。

 

 試合は再び振り出しに戻るが、これでまだ無傷のポケモンはお互い一匹ずつだ。

 相手が相手なだけに慎重に戦ってきたこともあるが、まさか実質フルバトルになるくらいバトルが長引くとはアキラは思っていなかった。最初は傲慢であると自覚しながらも、レッドがこの先やっていけるのかを確かめるつもりで挑んでいたが、既に彼はそんな事は忘れていた。

 

 もっと戦いたい。

 もっと自分達の力を試したい。

 そして勝ちたい。

 

 だけど望みに反して、長かったレッドとの戦いも次で終わりだ。

 気持ちを落ち着かせるべく息を吸うと、彼はこの試合が始まってから手を付けていなかったボールを手にする。

 

「リュット、お前に託していいか?」

 

 最初に手にしたポケモンにして、相棒であるドラゴンにアキラは声を掛ける。

 しかし、ボールの中にいるミニリュウはミュウツーと戦った時に悩んでいた自分に問い掛ける様な目付きをしていた。どうやらさっきまで繰り広げていた彼のやり方に疑問があるらしい。

 確かにここまでの流れを振り返ってみると、自分がしっかりとしていれば勝てたかもしれない場面は幾つかあったのだからそう思われても仕方ない。

 

「ちゃんとやるよ……いや、ちゃんとお前を導くよ」

 

 戦うのはポケモンだが、トレーナーは如何にして彼らが戦いやすい様に考え、しっかり導かなければならない。まだ自分は、ミニリュウの力の全てを引き出せていないのだ。レッドに勝利するには、出し切れていない力を出し切るしかない。

 今度は何事も見落とさないと決意を新たにしていた頃、レッドはニョロボンが入っているボールと向き合っていた。彼もまた初めて手にしたポケモンと共に、最後の戦いの準備に入っていた。

 

 ここまで戦ってきて確信したが、アキラは想像以上に強くなった。それをレッドは実感していたが、彼が強くなったのと同様に自分も強くなっている。元々彼は、自分よりもポケモンに関して知っているのだ。何か切っ掛けがあればすぐにでも強くなる。

 

「アキラみたいに知識豊富って訳じゃないけど、やってくれるよな?」

 

 レッドの問い掛けにニョロボンは頷く。

 知識と言ったアキラに負けているであろう分野は、確かにある。

 だけど、それ以上に勝っている分野の方が多い自負が彼にはあった。

 双方、最後のポケモンとコミュニケーションを取り合うのを終えると同時に動いた。

 

「いけぇニョロ!」

「頼むぞリュット!」

 

 ニョロボンとミニリュウの二匹が、この試合に決着をつけるべくボールから飛び出す。

 飛び出したミニリュウは、早速勢いがあるのを活かして”たたきつける”を繰り出すが、ニョロボンは素早く腕を盾にして防ぐ。そのまま反撃と行きたかったが、思っていた以上にパワーがあってすぐに動けない。

 

「”りゅうのいかり”!」

 

 間を置かずアキラは青緑色の炎を放つのを伝え、その威力に思わずニョロボンは下がる。

 続けて動きを鈍らせる”でんじは”の電流が飛んできたが、咄嗟に”かげぶんしん”で無数の分身を生み出してニョロボンは避けた。アキラは先程のサンドパンの様に”ものまね”で”かげぶんしん”を真似させようとしたが、その前にニョロボンはミニリュウに仕掛けてきた。

 

 思考の時間を取らせない素早い攻撃に、どれが本物か見極めることが出来ないままドラゴンポケモンは頬にめり込む強烈なパンチを受ける。殴られた勢いのままに打ち上げられて、アキラの視線はミニリュウを追い掛けるが竜の子はすぐに宙で体勢を立て直す。

 しかし、直後に追撃の”れいとうビーム”の光が飛んできた。

 

「しまった!」

 

 ミニリュウの動向ばかり気にして、一瞬でもニョロボンへの意識を外してしまった事をアキラは悔いる。ドラゴンタイプにとって相性が最悪なこおりタイプの技が直撃するが、ミニリュウは体に張り付いた氷が薄い内に砕いて”れいとうビーム”から逃れる。

 幸いまだ体力にも余裕があったので、ニョロボンとの距離も取る位置に着地した。

 

「リュット、大丈夫か?」

 

 アキラの呼び掛けにミニリュウは尾の先端をリングに叩き付けて応えるが、それは苛立っている様に見えた。

 

「さっきのは気付けなくてごめん。今度はしっかりやる」

 

 今の攻撃は自分が視野を広くしていれば防げていた。

 ただでさえミニリュウは、自分のトレーナーとしての技量をまだ信じ切れていないのだ。この後の指示やアドバイスを全て無視されても文句は言えない。

 だけど、もしそうなったとしても彼はミニリュウを最後まで信じて、出来る限りのことを尽くすつもりだ。謝る彼にミニリュウは一転して気が抜けた様な呆れ顔を見せるが、すぐに目の前のニョロボンを見据えた。

 

「”こうそくいどう”で翻弄しながら様子見をするんだ!」

 

 アキラの言葉に応じたミニリュウは、”こうそくいどう”で不規則に移動しながら構えているニョロボンに迫る。そのまま様子見の指示を無視して”たたきつける”を仕掛けても良かったが、何故か直前で思い留まり、伝えられた通りに狙いを定まらせない様に機動力を活かしながら様子を窺う。

 

 追い掛けることも精一杯のスピードにニョロボンは戸惑っていたが、しばらく待ってもアキラからの指示は無い。ミニリュウは隙を見て改めて攻撃しようと思ったが、またしても思い留まった。

 役に立つと思える事以外は、アキラの言う事をそこまで聞く必要は無い。

 しかし、本当にそんなことをして良いのかと言う躊躇いがあった。

 戦っている最中であるにも関わらず、ミニリュウは答えを求めて自問自答を繰り返す。

 

「今だ! ”まきつく”!!」

 

 アキラの合図に無意識に反応してニョロボンに飛び掛かった瞬間、ミニリュウはようやく答えを悟った。自分も目の前で戦っているニョロボンの様に、自らの為だけでなく勝利を信じている彼の信頼に応えたいと思っていたのだ。

 忠誠を誓う気は無いし主従関係も認めたくない、そんなものは嫌いであるのには変わりない。だけど背後に控えているアキラは、タマムシシティでの戦いでそれらをわかった上で自分を信じているのだ。ならば、今回も共に戦ったあの時の様に応えよう。

 

「――え?」

 

 それに真っ先に気付いたのは、見守っていたアキラだった。

 ”こうそくいどう”で残像が見える程まで素早さを高めたミニリュウの動きが緩やかに見えたと思ったら、鮮やかな光に包まれてその姿を変化させていく。

 

 突然ニョロボンが驚愕の表情を浮かべて動きを鈍らせたのを好機と見たミニリュウは、まずは指示通りに体を右腕に巻き付かせるが、まだ体に余裕があった。そこから余った体を活かして胴と左腕を締め上げるが、ここでようやく自らの体に起こった違和感に気付いた。

 

 今までになく体が力に満ち溢れているのを感じることは勿論、体は倍以上に長く伸び、尾の先端に青い宝石の様な珠が並んでいた。出来る事ならすぐに鏡を見たいまでに己の身に起きた変化が理解できなかったが、アキラはその答えを口にする。

 

「ハクリューに…進化した」

 

 嬉しさ半分、信じられなさ半分の声でアキラは呟く。

 今まで既に進化に十分なレベルに達していたことは知っていたが、ポケモンリーグと言う大切な場面で進化するとは少しも思っていなかった。彼の言葉にハクリューは自分の身に起きた変化を理解するが、進化の影響なのかさっきまで受けていた傷や疲労が消えていて、万全とも言える状態になっていた。

 

「そのまま締め上げるんだ!」

 

 このチャンスを逃す手は無い。

 アキラとハクリューの考えは一致し、そのまま一気に力を込めてニョロボンを締め付けていく。万が一”れいとうビーム”で反撃されない様に、ハクリューは念入りに絡み付いた両腕とも見当違いの方へ向ける。ニョロボンは抵抗するが、ミニリュウの時よりも力が増しているからなのか中々振り払えない。

 

 ジワジワと確実に追い詰められている状況にレッドは焦る。けど反撃しようにも両腕は使えない。右腕は曲げることが出来ず、左腕に至っては手を握り締めている為、変に技を命ずれば暴発してしまう可能性がある。

 ニョロボンが得意とする戦い方は、完全に封じられていると言っても過言で無かった。

 

「ニョロ…」

 

 状況は絶望的だが、まだニョロボンは諦めずに粘っているのだ。トレーナーである自分が弱気になってはいけない。この圧倒的不利な状況を打開すべく、レッドは頭を働かせる。

 しかし、身動きは取れないだけでなく技も飛ばすことも出来ない今の状況は、正直に言って()()()()に近い。

 

「――お手上げ……手?」

 

 「手」の単語を呟いた直後、唐突にレッドの脳裏にアキラが連れているエレブーとブーバーの姿が過ぎった。彼らは、”かみなりパンチ”や”ほのおのパンチ”と言った自らのタイプのエネルギーをその手に纏わせて攻撃していた。

 そこまで考えて、レッドは閃いた。

 

「ニョロ! 両手に”れいとうビーム”の冷気をイメージするんだ!!」

 

 すぐにレッドは、ニョロボンに”れいとうビーム”をイメージする様に指示を出す。

 ニョロボンは彼の指示に戸惑いながらも、両手に”れいとうビーム”を放つ時に込めるエネルギーを集め始めた。レッドの指示とニョロボンの変化にハクリューは警戒して、集中力を削ごうと締め付ける力を一層強める。

 しかし、幾ら力を強めてもニョロボンは屈せず、徐々に両手は凍り付く様な冷気を纏い始めた。

 

 最初は薄らと光る程度だった冷気も時間が経つにつれて光と共に強まり、巻き付いているハクリューの表情を歪ませる程度に影響を及ぼし始める。ニョロボンの手の変化にアキラは気付いたが、どう対処するべきなのか迷った。

 

 万が一を想定して距離を取るべきか。

 それとも多少悪くはなったが、この有利な状況を維持するべきか。

 

 最も警戒すべきなのは、バトルで追い詰められた時に発揮されるポケモンの底力と持ち前のバトルセンスから齎されるレッドの機転の良さだ。前者はアキラ自身も経験済みだが、後者は数え切れない程の絶望的状況でも彼が勝ち続ける原動力になっている。

 それら二つが合わさった時の爆発力は、想像を絶するだろう。ならばその僅かな逆転の芽も潰そうと決め、アキラはこの状況を維持することを選択する。

 

「ミニリュウ…いや、ハクリューの体を掴むんだ!!」

 

 その直後、ニョロボンは可能な限りの力を振り絞って冷気を纏った手でハクリューの体を掴んできた。直に伝わる冷気によって体が凍り付き始め、ハクリューが苦しみ始めたのを見てアキラは動揺する。

 

「下がるんだリュット!」

 

 まずいと判断したアキラは、さっきの判断を撤回してすぐにハクリューに離れるのを伝える。流れる様な動きでハクリューはニョロボンから距離を取ろうとするが、ニョロボンはダメージがあるにも関わらず、まるで気にしていない様にドラゴンポケモンに迫った。

 

「そのままいけぇぇ!!!」

 

 レッドの叫びに応える様に、ニョロボンは両手に冷気を纏った拳をハクリューにぶつける。ただのパンチだったら、ハクリューは耐えてすぐに反撃できたが、苦手なこおりタイプのエネルギーを纏ったパンチは想像以上の威力だった。

 体勢を立て直すこともままならず、一転してニョロボンの逆襲にハクリューは押される。

 

「頭突くんだリュット!!」

 

 このままではやられる。

 誰がどう見ても明らかな不利な状況を打開しようと、アキラは我ながら無茶苦茶と思いながら頭突く指示を出す。しかしそんな無茶をハクリューは見事にこなし、進化したことで角の生えた頭を打ち付けてニョロボンを飛ばす。

 

 何とか難を逃れたが、中距離でも”れいとうビーム”の存在があったのに、近距離でもハクリューの対抗手段を得られては勝つ見込みは大幅に下がる。次の一手を考えることを迫られてアキラは焦りで思考が一瞬パニックになるが、ハクリューの力強くも問い掛ける様な目を見て彼は決意した。

 

「リュット」

 

 全ての雑念を振り払い、アキラは最も信頼する相棒の名を口にする。

 ここまで戦ってくれたハクリューの力を信じ、今まで繰り広げた数々の戦いの集大成のつもりで声を上げた。

 

「”はかいこうせん”だ!!!」

 

 アキラから伝えられた言葉にハクリューは応え、角の先端に極限までエネルギーを凝縮して自身が持つ最強の技を放った。

 ミニリュウの時の荒々しい光の束とは異なり、光の槍を彷彿させる程に洗練された”はかいこうせん”は一直線に飛んでいき、ニョロボンの体を()()()

 

「なっ!?」

 

 予想していなかった光景に、アキラとハクリューは唖然とする。

 今まで”はかいこうせん”で戦ってきたポケモンを始めとした様々なものを攻撃してきたが、ポケモンを貫いたのは初めてだ。だが、これが何を意味するのかをアキラは知っていた。

 

 何の抵抗も無くニョロボンを貫いたと言う事は、今攻撃したニョロボンは”みがわり”か”かげぶんしん”で生み出された偽物であることを意味している。

 彼は失敗したことを悟ると、貫かれたニョロボンの姿が消えるのを見届けること無くどこかにいるはずの本体を探すが、本物のニョロボンはハクリューの体の下に滑り込んでいた。

 

「信じていたぜアキラ。()()()()()なら、ここで決めようとするって」

 

 この時レッドは、直感的にアキラとハクリューならこの場面で仕掛けてくるのを読んでいた。

 今の彼らは、以前の様な一方的な関係では無く互いに信頼し合っている。一緒に過ごした時期は短かったが、互いに信頼し合っているポケモンとトレーナーなら、この場面で最も信頼する技を使う筈だ。

 もしレッドも同じ状況に追い詰められたら、アキラと同じ選択をしていただろう。

 

「いっけぇぇぇ! ”ちきゅうなげ”!!!」

 

 これでこのバトルの勝敗が決まる。

 声を張り上げるレッドに呼応する様に、ニョロボンは長い胴を掴むと持てる力全てを込めた”ちきゅうなげ”でハクリューを投げ飛ばす。

 豪快に放り投げられたハクリューの姿をアキラは目で追うが、激しく体をリングに叩き付けてから、横たわったまま動かなくなった。

 

「リュット…」

 

 急いでアキラは駆け寄ろうとしたが、ドラゴンポケモンは彼が来る前にゆっくりと静かに体を起き上がらせた。満身創痍だが、ハクリューはまだ戦おうとしているのだ。ならば自分のすることは決まっている。

 近くまで寄って次の行動をアキラが伝えようとした時、突然試合の経過を見守っていた審判が旗を掲げた。

 

「ハクリュー、戦闘不能!」

「――え?」

 

 審判の宣言に観客達は雷鳴の様な歓声を爆発させるが、アキラは意味が分からなかった。

 ハクリューは起き上がっているはずなのに何故戦闘不能と判定されたのかわからず、彼はハクリューの様子を窺うが横から見た相棒の姿に絶句した。

 

 何時も戦意を漲らせた鋭い目から、光が消えていた。

 

 最後までニョロボンを見据えていたと思わせる目付きを浮かべたまま、ハクリューは気絶していたのだ。

 

「終わった…のか…」

 

 ようやく、アキラは全てを理解する。

 自分の挑戦が終わったこと。そして勝手に決めた自分の役目が終わったことを。

 起き上がった状態で像の様に固まったまま気絶していたハクリューだったが、観客の歓声でリングや空気が揺れる影響もあってアキラを下敷きにする様に崩れた。

 

「リュット、あわわわ」

 

 慌てながらも彼は、ハクリューがリングに体を打ち付けない様に支える。

 進化したことで大きくなった体は相応に重くなっていたが、何とかアキラは自分自身の体をクッション代わりにして、一緒に倒れ込みながらゆっくりと体を横たわらせる。

 間近で触れて気付いたが、体が大きくなっただけでなくミニリュウの時とは違って体皮は輝く様な鮮やかな青い色をしており、さっきまでバトルをしていたのが嘘の様に綺麗だった。

 

「ありがとうリュット。本当に…本当によくやってくれた」

 

 開いたままになっている目を優しく閉じ、労いと感謝の気持ちを込めてアキラは膝の上に乗っているハクリューの頭を撫でる。唯一心残りなのは、勝てる可能性は有ったのに自分の至らなさ故に最後までちゃんと導くことが出来なかったことだが、今は彼らの努力を労おう。

 静かにハクリューをモンスターボールの中に戻すと、最後まで立っていたニョロボンを伴ってレッドが歩み寄ってきた。

 

「良い勝負だったぜアキラ。今まで戦ってきた中で一番負けるのが頭に過ぎったバトルだった」

「――その言葉を引き出せるとは思っていなかったよ」

 

 後にその感想は上書きされるかもしれないが、彼がそう感じるまで自分達が強くなれたことにアキラは嬉しいものを感じた。

 座り込んだまま中々立ち上がらない彼にレッドは、自分の右手を倒れているアキラに伸ばす。

 

「ほら掴まれよ」

「――ありがとう」

 

 レッドから差し伸べられた手を掴んで、アキラは立ち上がる。試合が終わったらすぐに去るのではなく、手を貸して互いに健闘を称え合う姿に、見ていた観客達は惜しみない拍手と歓声を送る。

 不意に初めてレッドと会った時の記憶がアキラの脳裏を過ぎったが、今は清々しいまでの心地良い気持ちに浸るのだった。




アキラ、ミニリュウがハクリューに進化するも最後の最後で敗れる。

ミニリュウが進化するのは「本当の信頼」を寄せた時と決めていましたが、何回も書き直している内に自然と第一章の終盤になっていました。
もっと早く、それこそミュウツーと戦う段階で”へんしん”合体ではなく本当の意味でカイリューに進化させるのも考えていましたが、何年も第一章とその後の話しでの彼らのやり取りや関係を描いたり脳内妄想を浮かべている内に、彼らはもっとを時間を掛けるはずと考える様になって自然と消えました。

最後の反撃と回避は、極限状態でレッドが勝つとしたらどういう展開になるんだろうかと思いながら書いていたら、気付いたらこういう流れの下書きが出来上がっていました。

次回で第一章完結です。


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続く物語

「終わったわね」

「あぁ」

 

 予選の中でも白熱した試合を見ていた観客達は惜しみない拍手と歓声を送るが、四人は淡々としていた。

 

 結果は予想通り、最後の最後で二人のトレーナーとしての能力差が顕著に露わになった。アキラは有利な状況を維持できていたが”れいとうパンチ”の逆襲に動揺して、失敗した場合の事を考えずに一撃で仕留められる大技を選択したことで、反撃の隙を生じさせてしまった。

 逆にレッドの方は、この土壇場で新しい技を編み出して流れを変えただけでなく、相手の動きを読み、機転を利かせて万が一の保険も掛けておく徹底振りだ。

 考えたこともあるだろうが、殆どが直感的としか思えない行動なのだから驚きだ。

 

「ふん、結局マサラの小僧が勝ったか」

 

 中でも老婆は、この結果が気に入らないのか忌々しそうに呟く。

 確かに予選の中でも中々レベルは高かったが、結果はマサラタウン出身であるレッドの勝利で終わった。しかも周りを見れば、彼以外のマサラタウン出身者と思われるトレーナーが他選手を圧倒しているのだから、本戦はマサラタウン出身のトレーナーで埋め尽くされるのが容易に想像できる。

 今回も優勝はマサラタウン出身で決まりと言っていい状況が、老婆にとって面白く無かった。

 

「当然の結果だ。ロクにポケモンを従えられない奴が勝てる程甘くない」

 

 言葉の端々に怒りを滲ませて、青年は断言する。

 彼からすれば、手持ちが勝手に動いたりしても大して気にしている素振りを見せないだけでも許せなかった。それだけに留まらず、折角ミニリュウがハクリューに進化すると言う奇跡としか思えない出来事が起きたのに、それでもアキラは勝利をものにすることはできなかった。

 

 ドラゴンタイプのポケモンは総じて能力が高いことに加えて、進化直後のポケモンは身体が回復するだけでなく、一時的に通常よりも力が発揮できるのだ。これだけ勝てる要素があったのに勝てないとなると、トレーナーの技量不足に他ならない。

 

「――あいつにも勝つ可能性はあった。だがまだ未熟だったな」

 

 怒りを隠そうとしない青年とは対照的に、今まで黙っていた大男は惜しむ様な言葉を漏らす。

 勝負の世界に「IF」は無い。

 だけど、もしダメージ覚悟でアキラがハクリューに有利な状況を維持し続けていれば、或いはもう少し冷静に相手の様子見をしていれば結果は違っていたかもしれなかった。

 

「確かにミスや取りこぼしが無かったら、勝っても不思議じゃなかったけど」

「アンタがそんな事を言うなんて珍しいね」

 

 大男がポケモンバトルに関して人一倍厳しいことを知っているだけに、彼がここまで青い帽子の方の肩を持つ様な言葉を口にしているのが、二人にとって意外だった。

 よっぽどあの少年の事を気に入っているのだろうか。

 

 けれど、彼の言う通りだ。

 今は未熟な面がかなり目立っているが、その未熟さが改善された時のことを考えるとかなりのものになる。勝った赤い帽子の少年もそうだが、負けた青い帽子の方も評価を下すのもまだ早い。

 もう少し見極める必要があることを頭の片隅に置き、熱戦が続く各予選を四人は見つめ続けた。

 

 

 

 

 

「はぁ~……負けちゃった」

 

 会場から少し離れた人気の無い通路のベンチに、アキラは座っていた。

 リングに居た時は負けてしまったのが如何でも良く感じられる心地良さを感じていたが、一人になってから徐々に思い出してきたのだ。

 

 レッドにまた負けてしまった悔しさ、彼の今後に関わる戦いに負けて結果的に自分が知っている通りに”未来”が進むであろう安心感が、今彼の中で複雑に入り混じっていた。

 手持ちが一匹でも戦闘不能になったらそこで終わる為、大会のルール上フルバトルをするのは難しいのだが、まさか総力戦を繰り広げる事になるとは思っていなかった。だけど、どれだけ激戦を繰り広げたとしても負けは負けだ。

 

「でも、もう気にする必要は無いか」

 

 もう自分が関わる事で、レッドの勝敗を気にする必要のある展開はこの先は無い。

 流石に敵と戦う肝心なところは勝って貰わないと困るが、それ以外の野良バトルなら気にする必要は無い。腰に付けているモンスターボールの中にいるポケモン達に、アキラは目をやる。

 

 結果的に負けてしまったが、レッドを相手に正直ここまでやれるとは思っていなかったし、振り返ってみれば自分がしっかりしていれば勝てたかもしれない場面は多かった。

 

「レッド、次は負けないぞ」

 

 ハクリュー達は勿論、自分もまだ強くなれる。

 今の時点でもレッドが負けを考えてしまう程、連れているポケモン達の能力は高いのだ。トレーナーとして彼らの力をもっと活かせる様に、己を磨かなければならない。

 オツキミ山で会ったシバは、強くなるのは自分達次第だと言っていたが正にその通りだ。元の世界へ戻ると言う目標は変わらないが、強くなることが出来ればそれだけ自由に動ける範囲とやれることも広がる。

 

 近くに置いてあったリュックから、既に書いている「手持ち記録ノート」以外の真新しいノートを引っ張り出すと、アキラは新しいノートに今日の試合内容を纏め始めた。

 

 

 

 

 

 それから全てが終わったのは、アキラとレッドの試合が終わってから数時間後だった。

 空は夕焼けに染まり、表彰式も終えたセキエイ会場からは多くの観客やトレーナー達が出ていたが、人混みの中でアキラはレッドに引き摺られていた。

 

「いや、レッド…俺は」

「何を言っているんだよ。一緒に撮ろうぜ」

 

 躊躇い気味なアキラを無視して、レッドは人混みを掻き分けながら彼を連れて歩く。

 あの後、ポケモンリーグはアキラが知っている通りに進み、無事にレッドはポケモンリーグを制した。ただ彼が知っている原作とは違い、グリーンとのバトルは自分の時と同様に手持ちを総動員したフルバトルに発展した。

 

 自分の知らない展開にアキラは手に汗握って見守っていたが、結果的にレッドは原作と同じ形で勝利を収めてくれたおかげで、ようやく安心できた。

 表彰式も見届けて残る理由も無かったので、持って来ていた自転車に乗って去ろうとした彼をレッドは引き留めた。何でも記念写真を撮るのでアキラも入って欲しいとのことで、その申し出に彼は嬉しく思うと同時に、自分が彼らと一緒に写るのはひどく場違いに感じたので初めは断った。

 だけどレッドは、どうしても来て欲しいのかアキラの言う事にお構いなく引っ張っていくので、彼は抵抗する気力も削がれた。

 

「おーい、連れて来たぞ!」

 

 レッドが呼び掛けた先には、アキラの予想通り今回のリーグ本戦まで残ったグリーンにブルー、彼らにポケモン図鑑を託したオーキド博士らしき人物がいた。

 この世界の主要な人物達が勢揃いしていたが、見覚えの無い如何にもジェントルマン風な老紳士だけでなく、ヒラタ博士も彼らに混ざっていたのには流石に驚いた。

 

「ヒラタ博士!? 何でここにいるのですか!?」

「アキラ君と一緒に、オーキド先輩の教え子達が出ると聞いてな」

「彼は儂の大学の後輩でな。色々と繋がりがあるんじゃよ」

「そ、そうなんですか」

 

 ヒラタ博士はタマムシ大学の教授なのは知っていたが、まさかオーキド博士の後輩だとは思っていなかった。

 改めて自分がお世話になっている人がとんでもない人物であることを知るだけでなく、増々自分の無頓着さと場違いなのを感じて彼は引き返したかったが、話はどんどん進む。

 

「二人共遅かったじゃない。待ちくたびれそうだったわ」

「早く来い」

「ごめんごめん。探すのに手間取った。ていうか何で大好きクラブの会長がいるんだ?」

「我がクラブの名誉会員の勇姿を見に来たのじゃよ!」

 

 レッドの疑問にジェントルマン風な老紳士――ポケモン大好きクラブ会長は答えるが、あまり答えになっていない。

 観念したアキラは、レッドとブルーに言われるがままにグリーンと同様に気が進まないものの手持ちのポケモン達を出す。ポケモン達やそれぞれの位置を確認すると、ブルーはグリーンとレッドの間に挟まれる様に並ぶが、アキラは微妙に気付かれにくい間を空けてレッドの横に並んだ。

 その様子をオーキド博士とヒラタ博士は笑顔で眺め、大好きクラブ会長は持っていた大きなカメラを構える。

 

「では撮るぞ。1+1は?」

 

 決まり文句にレッドとブルーは笑顔で元気に、アキラはぎこちない笑みを浮かべながら小声で、グリーンは表情を変えず無言で応える。

 パシャリ、とシャッター音がセキエイに響いた。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 音を立てて、空になった缶ジュースは見事ゴミ箱に投げ込まれる。

 アキラに倣って飲み終えた彼のポケモン達も投げるが、一匹を除いて全て外れた。

 

「ちゃんと片付けるんだぞ」

 

 ゴミ箱に入れることが出来なかった五匹は渋々と言った様子で、各々拾うと今度は丁寧にゴミ箱に空き缶を入れていく。その様子を眺めながら、アキラは懐から手帳サイズの黒いケースを取り出すとそれを開いた。

 

 中にあるのは、四年前のポケモンリーグを終えた後にレッド達と一緒に撮った記念写真だ。こうして見てみると、写真に写っている自分は三人から微妙に離れているのとぎこちない表情が妙に目立っている。

 それはある意味仕方ないし当然だろう。

 大分慣れた今でも、彼らと肩を並べるのは場違い過ぎると感じることが時たまにある。

 本当にあの頃を思うと、今の自分が信じられない。

 

「なあお前ら」

 

 空き缶を捨て終えて揃った六匹に、アキラは問い掛ける。

 

「もう何回も聞いたけど…今の俺はお前らを率いるのに相応しいかな?」

 

 突然の問い掛けに彼らは互いに顔を見合わせるが、揃って悪巧みでも思い付いたかの様な表情を彼に向ける。首を縦にも横にも振らず、ただ不敵な笑みを浮かべる彼らにアキラは納得する。

 

「わかってるよ。俺だってまだ満足してない」

 

 あれから四年。

 あの時以上にアキラは知識のみならずトレーナーとしての技量を磨いてきたが、強くなっているのは連れているポケモン達も同じだ。

 現状に満足して胡坐を掻くつもりは更々無いし、彼自身今の自分に満足していない。最近立てた目標の一つが果てしなく遠いのもあるが、ポケモントレーナーの道に終わりは無い。彼に付いて行くポケモン達も、自分達が限界に至ったとは少しも思っていない。

 

「さて、行くとするか」

 

 更なる高みを目指すことを胸に秘めながら、彼らは光の中へと足を踏み出した。




アキラ、レッドの誘いで一緒に記念写真を撮り、現代の彼はあの頃を懐かしむ。

この話で第一章完結となります。
この物語の原型が浮かんだのが数年前なのを考えると、ここに至るまで本当に長かったです。

初期段階は勢い任せの感じがあったのですが、ストックを貯めている間に色んな作品を読んでいる内に「やるならしっかりやろう」と言う悪い癖(?)が出てきて、かなり力を入れることになりました。

力を入れてから第一章は、主人公がゲームとは違うのを自覚するのと自らのトレーナーとしての在り方を探し、手持ちとの信頼関係を築き上げていく過程を描いていくのを決めましたが、悩んだり納得出来なくてかなり時間が掛かりました。
序盤が肝心と考えていたので、序盤の始まり方からニビジム戦直後までの流れを何回も変えたり、大幅に書き直したりしていた為、グリーンとのバトルに至るまでに数年掛かりました。

ですが、そこまで書けば設定と言う基礎がしっかりしているので、SMのリージョンフォーム発表も合わさってスムーズに終盤まで書き上げられました。

主人公とポケモン達の設定も初期は漠然としていましたが、時間が経つにつれて今時の小学生で、そこそこ真面目。手持ちは能力はあるけど言う事を聞かないと言った何かしらの問題があるなど、気が付いたら確固たる形になっていました。
だけど、最初の手持ちがちゃんと信頼する様になるのが、終盤なのは長過ぎたかも。

ストックもここで尽きましたので、申し訳ございませんが毎日更新はここで一旦終了します。
次の投稿にどれだけ時間が掛かるのかはわかりませんが、物語に明確な流れができていますし、あまり遅くならなければ第一章の様に第二章の終わりまで毎日更新の方式を取ると思います。
なるべく不定期更新は避けたいです。

小説は趣味ですが、まだまだ彼らの物語を書いて行きたいです。
ハクリューがまだ進化の余地を残している様に、彼らの本気をまだ描き切れていません。

更新表のトップに見掛けましたら「あ、また投稿してるな」感覚でも良いので、その時はよろしくお願いします。
ここまで読んでいただきありがとうございます。


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第1.5章
再始動


大変長らくお待たせしてすみません。

まだ二章は書き上がっていませんが、長く待たせ過ぎるのは考えものと判断して、この章とキリが良いと思える二章の序盤数話まで投稿を再開します。

二章終盤までの投稿を楽しみにしている方がいましたらすみません。


 大都会コガネシティに拠点を置くコガネ警察署。

 

 ジョウト地方最大の街を守る為、他の街に比べて多くの人材が所属しているが、近年急増するポケモン犯罪への対応力を高めるべく、まだ若い少年ではあるがポケモンバトルの実力が優れているアキラを講師として招いて特別講習を行っていた。

 

 その警察署内にあるバトルフィールドで、二匹のポケモンが距離を取って向き合っていた。片や手を鳴らし、片や準備体操をしたりと前準備に余念は無かったが、互いに体から溢れ出る力を抑え切れていないのは目に見えて明らかだった。

 

「署長…今更ですが本当に良いのですか?」

「構わないさ。幹部クラスと戦うとしたら、どれだけのものなのかを署員達に見せる良い機会になると思う」

 

 二匹の様子を眺めながら、アキラは心配そうに尋ねるが署長は気にしていない様子だった。

 休憩から戻ってすぐに次の指導に入ろうとしたが、署長の提案で自分の手持ち同士を対決させることが急遽決まった。目的は今署長が語っていることからもわかるが、正直言って不安要素の方が多い。

 

 理由は幾つかあるのだが、理に適っているかを考える前に提案を聞くや否や二匹はバトルフィールドに移動してしまったので止める間も無かった。

 取り敢えず本気で戦うとまずいので、手加減することを前提に今立っている場所から動かない、攻撃は全て正面から受け切るなどの条件を付けたが、あの二匹がどこまで守るか。

 

「――ここ大丈夫かな?」

 

 万が一に備えて、残った四匹が実力行使で止める準備は整ってはいる。

 バトルフィールドがあるこの建物内の構造を確認するアキラの心配を余所に、睨み合っていた二匹の戦いは始まった。

 

 先手を取った方は体から溢れる熱を一際強くすると、数え切れない拳の残像を繰り出しながら襲い掛かった。いきなり仕掛けられた派手な技に観戦していた人達は一気に注目するが、対峙していた方は迫る拳の嵐を目で追えない速さで腕を動かして巧みに防いでいく。

 

「……”みきり”ですか?」

「いえ、”みきり”でしたら避けています」

 

 確かに”みきり”なら全ての拳の動きを見切れるだろうが、見切れたとしてもあれでは体が反応し切れない。始まったばかりとはいえ、仕掛けている方もそうだが、防いでいる方の能力の高さを窺わせる攻防と言えるだろう。

 全ての拳を受け切ると、すぐさま受け切った方は体から炎の様に揺らぐオーラを放ち、右手を握り締めて作った拳に纏わせると突き出す様に光弾として飛ばす。

 

 規模から見て加減していることがわかるが、威力は十分。しかも先程の物理攻撃とは違い、防ぐのが難しい特殊攻撃だ。何時もなら避ける流れではあるが、この模擬戦では繰り出された攻撃は避けずに全て正面から受け止めることが対戦条件になっている。

 反撃の立場に置かれた方は背中に背負っていたものを抜き、どこから出したのか激しい炎を纏わせると迫る光弾にそれをぶつけて、爆音と共に破裂させる様に掻き消す。

 

「そういえば、あのポケモンは何故()()を背負っているのですか?」

「――色々ありまして」

 

 話すと長くなるし、目の前に集中できなくなるので詳しい説明は後回しにする。

 攻撃を防がれたことに放った方は悔しそうに歯軋りをするが、防ぎ切った方は当然だと言いたげな態度で、纏わせた炎を振り払うと再び背中に背負い直す。

 

 まだ戦いが始まって一分も経っていないが、注目を集めるには十分過ぎる激しい攻防に、殆どの人は釘付けだった。だがアキラとしてはこの場に集まっている人達が、この戦いに使われた技と技術の応用をどれだけ把握できているのかが気になっていた。

 軽く見渡してみるが、表情からしてパンチの嵐や光弾、その光弾をアイテムに炎を纏わせて防いだなどの表面的な部分しかわかっていないといった感じだ。

 

「まあしょうがないか」

 

 彼らを始めとした自分が連れているポケモン達の戦い方や技は、独自と言うべきか独特と言うべきか奇妙な方向に発達をしている部分があるから、大体どういう技かだけわかれば十分だろう。

 今戦っている二匹は、アキラの手持ちでは一、二を争う力を持っているので、互いに手加減した状態ではどの道決着はつかない。そろそろ止めさせるべく声を掛けようとしたが、アキラは双方の体に必要以上の力が込められていることと次の動きを察した。

 

「やめるんだ!!」

 

 しかし、声を上げると同時に両者はアキラの言い付けを破り、フィールドが砕ける程の力で地を蹴り激突した。

 さっきまでとは比にならない力の籠った拳が激突して、両者を中心にフィールドは大きく凹む。だが、足場の悪さを気にすることなく二匹はすぐに別の行動に移る。

 序盤の攻防を再現する様に、両者は目で追えない速さで拳を繰り出し、互いに拳の弾幕を激しくぶつけ合う。しかし、今繰り広げられている戦いのスピードがさっきとは微妙に違っていることに気付く者は、彼らのトレーナーであるアキラ以外いなかった。

 

 その違いはすぐに出て、片方は防戦に追いやられて一歩ずつ後退し始めるが、一瞬の隙を突いて飛び上がる。天井を突き破りそうな勢いではあったが、ギリギリで急停止して留まり、まだ下にいる相手に狙いを定める。そのままエネルギーの充填を待たずに必殺の一撃を放とうとしたが、意識の範囲外から何かが体にしがみ付いてきた。

 思わず反撃し掛けたが、空中であるにも関わらず完全に抑えられたことにより体は真っ直ぐ落ちていく。このままバトルフィールドに叩き付けられるかと思いきや、ぶつかる直前に体は外的な力の働きかけによって緩やかに着地する。

 

「そこまでだ。やり過ぎるなって言ったはずだ」

 

 何時の間に移動していたアキラは、両者の間に割って入る形ですっかり荒れたフィールドに立っていた。バトルフィールドに残っていた方も普通に立ってはいたが、動こうにも動けない状態で取り押さえられていた。

 こうなることは予測していたのでこの段階で止めることは出来たが、あのまま続けていたら間違いなくこの施設はボロボロになっていた。

 

「場所を考えるんだ。必要無いのにこの建物を破壊してでも自分達の力を見せ付けたいのか?」

 

 まだ彼らが不満気な様子であるのを見て、アキラは興奮で頭に血が上がっている二匹の頭に冷水を浴びせるかの如く冷めた声で問い掛ける。力が付くと今の自分や彼らの様に出来る事や行動範囲は広がるが、大きな力である程好き勝手に動けてしまうので扱いには気を付ける必要がある。

 そこまで告げて、ようやく彼らは自分達が何をやっているのか気付いたのか矛先を収める。

 

「まっ、磨いた力を見せたいって気持ちはわからなくも無いから、程々にな」

 

 一転してアキラは明るく告げるが、彼の言葉に二匹はゆっくり深く頷く。

 特に片方からは目に見えて反省の色が窺えたので、今回はこれで十分だろう。

 

 彼らと同様にアキラも今の自分の力には満足していないし、もっと強くなりたいと言う願望は抱いている。だけど力が増したら、それだけ扱いや振る舞いには気を付けなければならない。

 過去を振り返りながら、アキラは手持ちを伴って砕けたりデコボコになったフィールドの整地に取り掛かっている職員達の手伝いに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 鳥ポケモンが穏やかに飛ぶ、晴天の青空。

 人の手が加わっていない踏み固められた街外れの道を、アキラを先頭に彼が連れている手持ちのポケモン達は走っていた。

 今やっているランニングは、普段なら体力作りの為の日課と定めている彼しか走らないが、今日は手持ちも一緒に走る日だった。

 

「よし。もう一回やるぞ。一、二、三――はい!」

 

 走りながらアキラは、合図を出すとちょっと音程は外れてはいるがリズムの取れた掛け声で音頭を取る。一緒に走っているポケモン達も、少し遅れる形で彼の外れ気味ではあるがリズムの取れた声を繰り返す様な声で応える。

 テレビで見たゲームのCMと同じものなので軍隊の様なフレーズだが、ポケモン達は面白いのか一部を除いてノリノリだ。ただ走るだけの方が集中できるが、それでは彼らが退屈してしまう。なので何時もより疲れるが、少しでも手持ちのテンションを上げる為に必要なので、アキラは掛け声を上げ続ける。

 

 そんな時だった。走りながらリズム良く掛け声を上げていたアキラの視線は、何気無く向けたとある方向に固定された。

 少し離れた所から人影らしいのが見えてきたのだ。

 何やらよからぬ気配を感じた彼は目を凝らして見ると、見えてきた人影はまるで何かから逃げる様に走っていた。

 

「ごめん! 一旦ストップ!」

 

 アキラが制止を掛けると走っていた手持ちは足を止めるが、最後尾でヤドンを背負って走っていたエレブーは止まり切れず、ゲンガーとブーバーを巻き込んで倒れ込む。サンドパンと呆れながらハクリューが手助けしているのを確認すると、アキラは見えてきた人影に意識を向ける。

 

 見えてきた青年は、どうやらポッポやオニスズメ、ズバットに追い掛け回されているらしい。種類が違うポケモンが一緒になって追い掛けていることにアキラは違和感を抱くが、取り敢えず助けるべきだろう。

 

「サンット、”スピードスター”を頼む」

 

 アキラがそう告げると、サンドパンは片腕を持ち上げて爪から星型の光弾を多少間隔を空けて三発放つ。本来”スピードスター”は無数、或いは連続で星型の光弾を飛ばす技だが、練習を重ねたことで精度に速度、威力を上げた単発形式をサンドパンは放てる様になっていた。

 撃ち出された三つの光弾は、それぞれ青年を追い掛けていた三匹に命中して一撃で落とす。

 

「大丈夫ですか?」

 

 余程疲れているのか、目の前で膝を着いて息を荒くしている青年に声を掛けるが、顔を上げた彼は礼を言うどころか縋る様に声を上げた。

 

「頼む! たっ、助けて!」

「え?」

 

 突然助けを求められて、アキラは戸惑う。

 彼を追い掛けていた三匹は撃退したのに、一体何から助けて貰いたいのか。

 かなり切羽詰まった表情なのも相俟って事情が理解できなかったが、すぐに彼の疑問の答えは出ることとなった。

 

「あっ、いたぞ!」

 

 訳を青年に尋ねる前に、ポケモンを連れたアキラと同じか少し下の年と思われる少年達が続々と集まって来たのだ。何やら面倒そうな事に巻き込まれた予感がしてきたが、彼らは連れていたポケモン達を並べると口々に声を上げ始めた。

 

「やいてめぇ! 逃げるなよ!」

「俺達とポケモンバトルしろ!!」

「戦えないからって年下から逃げる何て情けないと思わないのか!」

「――バトル?」

 

 アキラは何気無く顔を青年に向けるが、彼は首を横に振り、モンスターボールの中でグッタリしている手持ちを見せる。

 

「手持ちがもう戦えないので…」

「そうですか」

 

 何となく事情を理解したアキラは、被っていた帽子を調節すると少年達に向けて声を上げた。

 

「この人のポケモン達は瀕死状態だからもう戦えないよ!」

「はぁ!? そんなの理由にならねぇよ!」

「そうだそうだ! 戦えないポケモンを連れてる兄ちゃんが悪い!」

「戦えないなら勝ったら貰える分の賞金をよこせ!」

 

 何を言っているんだこいつら、と思わず言いたくなる彼らのあまりにも理不尽な要求にアキラは思わず眉を顰める。

 

 ポケモントレーナーなら目が合ったり、申し込まれたバトルは受けるべきとあたかも常識の様に言われているが、当然断る事は出来る。そうでなければ仕事の為、或いはただ愛玩用としてポケモンを連れているトレーナーは安心して外を出歩くことが出来ないからだ。

 それに青年みたいに手持ちのポケモンが瀕死なら、他のトレーナーは野生のポケモンに襲われる心配の無い安全な場所まで手助けするのがマナーだ。

 

 そして賞金はただ勝負に勝つだけでなく、互いの合意がある場合でのみ払われるものであり、戦えないポケモントレーナーに挑んで不戦勝だから賞金を渡せは通じない。更に彼らの場合、さっきの三匹のポケモンの動きを見ると、戦えない青年をポケモンを使って追い掛け回していたと考えられる。

 無防備な人間に対してポケモンの力を笠に着て執拗に金品を要求することは、マナー違反どころか歴とした犯罪だ。

 

「ポケモンバトルが出来ないトレーナーにバトルや金品を要求するのは犯罪だぞ。警察のお世話になっても良いのか?」

「うるさいな! そんなにゴチャゴチャ言うならお前が相手をしろ!」

「負けたら賞金として持ってる金は全部置いて行けよ!」

 

 どうやら彼らは何が何でもお金が欲しいらしい。

 話が通じず、アキラは嘆息すると同時にある可能性を頭に浮かべる。

 最近タマムシシティの外れで、トレーナーや旅人を狙った恐喝が起きていると言う話を彼は耳にしている。まさか目の前にいる自分とほぼ同年代の彼らが、その主犯なのではないか。

 

「どうやら彼らは、この付近で恐喝をしている犯人みたいです」

「でしょうね。まさか遭遇するとは思っていませんでした」

 

 青年の言葉からアキラは確信する。

 どこかから流れ着いた腕に覚えのある不良トレーナーがやっているのだと思っていたが、彼らが組織的にやっているとは思っていなかった。

 ポケモンは人間にとって良き相棒になってくれる存在ではあるが、関わり方を間違えればどんな兵器よりも恐ろしい存在になる。

 一緒に走っていた手持ちをモンスターボールに戻し、ボールを片手にアキラは前に進み出る。

 

「あの…止めた方が…」

「大丈夫です。このまま逃げたとしても追い掛けてくるのは目に見えています」

 

 手口は不明だが、彼らが連れているポケモンを見る限りでは、この近辺で捕まえられる未進化ポケモンばかりだ。そして少年達は、ポケモンを手にしてまだ間もないと見て良い。つまりレベルの低さを補う戦い方をしてくるはずだ。

 恐らく連れているポケモン達を一気に繰り出して数で押すか、やられる度に彼らが何回も入れ替わる様に連戦して戦えなくなったところで金品を強請るのだろう。前者は正式なバトルでは無いので目立つが、こうも被害が広がっているのを見ると後者で巧妙に隠してやってきたのだろう。

 仕掛けてくるであろう戦術を頭の中でシミュレーションして、アキラは声を上げた。

 

「代わりだけど、俺が相手をしようか?」

「OK! 良いだろ!!」

 

 バトルが了承されたとして知って、少年の一人がナゾノクサを伴って前に出る。

 それを見たアキラは、手にしていたボールを投げてゲンガーを繰り出す。

 

「よし! ”しびれごな”だ!」

 

 すぐさまナゾノクサは、自らの役目を果たすべく”しびれごな”を撒き始める。上手い事バトルに持ち込めて、彼らの殆どはアキラの事をバカな奴だと思っていた。

 

 今挑んでいる仲間は、相手のポケモンを状態異常にして弱らせる役目を担っている。彼がやられて賞金として幾らか差し出したとしても、すぐに別の誰かが挑むのを繰り返せば、どんなトレーナーでも疲弊する。連れているポケモン全てを倒せば、取られた分は取り返せる上に”お願い”をすれば手に入るお金も増える。今までそれで上手くやってこれたのだから、今回も上手くいくだろう。

 そう信じ切っていた。

 

「”サイコキネシス”」

 

 風に流れてくる黄色い粉を粉ごと”サイコキネシス”で、ゲンガーはくさポケモンを吹き飛ばす。

 強烈な念の衝撃を受けたナゾノクサは、地面に叩き付けられて動かなくなり、少年は驚く。

 

「いっ、一撃って」

 

 確かにゲンガーが強いポケモンなのは知っているが、ここまでなのは予想していなかった。

 自分とほぼ同年代なのに、これだけ強力なポケモンを連れているのを羨ましく感じていたが、軽く一蹴されて湧き上がって来た憧れの気持ちも吹き飛ぶ。

 

 だけど呆然としている暇は無い。

 最近覚えたポケモンの相性を思い出しながら、次に彼はエスパータイプの攻撃が効きにくいスリープを出した。

 

「スリープ、”さいみんじゅつ”!」

 

 出てきたスリープは相手を眠らせようと手を複雑に動かし始めたが、間を置かずに動いたゲンガーのドロップキックを食らう。予想外の攻撃にスリープは怯み、そのまま”ナイトヘッド”を腹部に受けて呆気なく倒された。

 

「つ、強い」

 

 今まで一撃で手持ちを倒された経験が無いのか、少年は表情を青ざめる。

 外見を見ると年は自分達と変わらないが、もしかしたらとんでもないトレーナーに挑んでしまったのかもしれない。事実、最初の”サイコキネシス”を放つ以外で、ゲンガーのトレーナーであるアキラは一切指示を出していないのだ。

 彼の動揺は他の少年達にも波及していたが、何やら彼らはヒソヒソと話すと最後に頷き合った。

 

「大丈夫だ! 俺達が付いてるって!」

 

 リーダー格と思われる少年が励ますと、怖気ていた彼はコラッタを出す。

 二戦とも余裕の勝利で気が緩んでいるのか、目の前のゲンガーは背中をポリポリと掻くなど完全に舐めた態度だった。

 

「いけコラッタ! ”でんこうせっか”だ!」

 

 余裕なのを後悔させてやると意気込み、目にも止まらない速さでコラッタは突進するが、ねずみポケモンの体はゲンガーをすり抜けてしまう。

 

「えっ!? どうなっているの!?」

「ゴーストタイプにノーマルタイプの技は基本的に効果は無いよ」

 

 工夫次第では当てることができるけど、と心の中で思いながら、アキラは少年に当たり前の様に告げる。焦るあまりタイプ相性を少年は忘れており、すり抜けてしまうのを予想していなかったコラッタは、勢い余って草の上を転がる。悠々とゲンガーはバランスを崩したコラッタに追撃を仕掛けようとしたが、背後から腕に白いものが巻き付いて動きを封じられる。

 元に目をやると、何時の間にか出ていたビードルとキャタピーが口から糸を吐き出していた。

 

「おい! ルール違反だぞ!」

「そんなの知るかよ!」

「皆いくぞ!」

 

 青年は抗議の声を上げるが、手段を選ばなくなったのか、少年達は他の手持ちもボールから出して数で押してきた。このまま一対一のバトルをしていても勝ち目が無いと見て、それなら数で圧倒してしまおうと考えたのだろう。

 完全なルール違反だが、既に犯罪紛いな行為をしている彼らは聞き入れるはずも無かった。しかし戦っていたアキラは、気にすること無く他のボールを手にする。

 

「好きにして良いよ」

 

 そう告げて両手に持ったボールを開くと、軽い炸裂音と共に鋭い爪を構えたサンドパン、燃え滾る炎を溢れさせたブーバーが飛び出し、押し寄せる集団へと駆けていく。

 ゲンガーに襲い掛かろうとしたポケモンを二匹が蹴散らすと、すぐにシャドーポケモンの動きを封じていた糸を断ち切る。

 

 ようやく自由になったゲンガーは、不意を突いてきたことに怒っているのか物理攻撃が低いにも関わらず積極的に肉弾戦を挑み、ワンリキーを流れる様に叩きのめす。

 ブーバーには何匹かが組み付こうとするが、ひふきポケモンは全身から炎を放って一掃すると足元から迫ったコラッタとアーボの首根っこを掴んで投げ飛ばす。

 サンドパンは仕掛けられた攻撃を避けながら、冷静に一匹一匹に単発形式の”スピードスター”や”どくばり”で正確に撃ち抜いたり、爪で切り裂いていく。

 

 二十匹近いポケモンが加勢しているはずなのに、たった三匹に何も出来ずにやられていく。サンドパン以外の戦い方がかなり荒いこともあるが、蹂躙とも言える光景に彼らは恐怖を抱く。

 

「トレーナーだ! トレーナーを狙うんだ!!」

「えっ、でもそれヤバくない?」

「良いからやれ!」

 

 恐怖のあまり、とうとう彼らのリーダー格はポケモン達のトレーナーを狙うと言う暴挙に出る。

 あんまりな指示に青年は勿論、仲間の何人かは驚きで目を見開くが、標的にされたアキラは「別に俺を倒しても意味は無いんだけどな」と呑気な事を口にしていた。仮に自分が倒れたとしても手持ちは何の問題も無く戦い続けるだろうと彼は思っていたが、彼らを止める者がいなくなって余計に面倒になる事まで考えは至っていなかった。

 

 オニスズメなどの飛べるポケモン達は空から突っ込み、距離を取っていた何匹かは何らかの飛び技をアキラ目掛けて放つ。

 どんなに弱そうなポケモンの攻撃でも、生身の人間には脅威だ。

 

 だが迫っていた鳥ポケモン達は、アキラとの間に割り込んできたエレブーがガラス板の様な輝く壁を盾にして防ぎ、飛んできた攻撃も何時の間にか彼の背後に控えていたヤドンの”ねんりき”によって軌道を変えられる。起死回生の一手を阻止されて、少年達にはもう打つ手が無かった。

 

「さて、締めは任せるぞ!」

 

 終わりが近いと見たアキラは、最後に残っていたボールを投げる。

 浮き上がったモンスターボールが開くと、陽の光を受けて鮮やかな青い輝きを放ちながらハクリューが姿を現す。その美しい姿に彼とその仲間達以外は見惚れるが、宙を舞いながらドラゴンポケモンは角の先端にエネルギーを溜めていく。

 そして溜められた光をハクリューは、自らの綺麗な姿からは想像できない荒々しい”はかいこうせん”として放つのだった。




現在でも過去でも気合入りまくりのアキラの手持ち達。
ここからは今まで以上に色濃く、現代の彼らに繋がる独自解釈や設定を含めた要素が所々に出てくる予定です。

そしてこの1.5章は、ちょっと影が薄くなってきたアキラの目的やそれに関する出来事に焦点が当てられます。
その為、オリジナルと言う名の色々な捏造設定や解釈、展開が出てきますのでご注意下さい。

今回のオリジナル章は数話で終わる予定。


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心掛け

 薙ぎ払う様に放たれたハクリューの”はかいこうせん”は、容赦なくその強大な威力を発揮した。

 相手を倒す事だけを目的に磨かれた破壊的な光線によって、少年達が繰り出したポケモンは戦える戦えない関係無く、直撃や爆発の余波を受けて一掃される。

 

「嘘……」

 

 目の前で起きた出来事が信じられないのか、少年の一人が顔を青ざめて呟く。

 光線によって生じた衝撃や爆煙が収まると、そこには荒れた土地と戦闘不能になった自分達のポケモンが転がっていた。確かに自分を始めとした仲間達も皆、最近ポケモンを手にしたばかりだ。まだ連れているポケモン達のレベルも高くないことも自覚していたが、二十匹近くのポケモンが殆ど何も出来ないままやられるなんて夢にも思っていなかった。

 

 これで戦えるポケモンはゼロ。

 舞っていたハクリューが降り立つと、出ていた他の五匹と一緒に一列に並んでそれぞれ構える。様子から見てもハッキリと彼らはまだ戦うかを少年達に問い掛けていたが、その内の半数の目付きは凶悪としか例え様のないものだった。

 

「うわぁぁぁ! ごめんなさい!!!」

「おっ、覚えてろよ!!!」

 

 今まで自分達がやって来た所業が、ソックリそのまま返ってくると思ったのか定かではないが、彼らの反応は十人十色だった。ある者は謝りながら背を向けて走り、ある者はお決まりの捨て台詞を吐くなど様々だったが、とにかく少年達は自分のポケモンをモンスターボールに戻すと脱兎の如く逃げていく。

 本来なら一方的に仕掛けておきながらポケモンバトルに負けたら賞金を払う所だが、アキラは彼らにそんな事は期待してはいなかった。

 

 追っ払ったのや顔を見ただけでも十分だと思いつつも、もう少し加減させるべきだったなど散り散りになりながらも遠くへ逃げていく少年達を見ながら考える。

 しかし、彼は良くても何匹かは力を抜かずに今にも追い掛けそうな雰囲気を放っていた。

 

「抑えろ抑えろ。確かにああいう奴はいるけど、追い打ちしたところでこっちが悪くなる」

 

 さっきも頭を過ぎった事だが、もう戦えないトレーナーにバトルを迫ったり、必要以上に攻撃を仕掛けるのは基本的にマナー違反だ。

 相手が悪の組織だったりしたら悠長にそんなことは言っていられないが、相手はポケモンを手にしたばかりの子だろう。

 

 トレーナーが連れているポケモンは、命令一つで簡単にその身に秘めた強大な力を行使する。その手軽さ故に元の世界で言うなら、虎の威を借る狐であるにも関わらずポケモンの力を自分自身が強くなったものだと勘違いして、こんな小規模な悪事を働いていたのだろう。

 

 基本的なトレーナーとポケモンの関係は主従関係である都合上、ポケモンはトレーナー側の言う事をある程度聞かなくてはならないと言われてはいる。

 でもアキラから見ると他のトレーナーが連れているポケモン達は、どうもトレーナーの言う事を素直に聞き過ぎている気がする。もう少し自分が連れている彼らみたいに反抗したり拒否したりしないものなのかと思いながら、若干不服気味な手持ちを引き連れて、アキラは青年の元に引き揚げる。

 

「君って…こんなに強かったんだ」

「強いのは俺では無くて彼らですよ」

 

 ポケモンバトルに良く勝つ人は強いポケモントレーナーと称されることは多いが、その多くはポケモンが強い訳であって、トレーナー自身も強いという事は少ない。

 ポケモンがトレーナーから様々な恩恵を受けている様に、トレーナーも彼らの力の恩恵を受けていると言う事を忘れてはならない。にも関わらず、ポケモンの力を自分の力の様に振る舞ったりさっきの少年達やロケット団の様に悪事に利用する者は多い。

 

 そしてそういう者程、さっきの少年達の様に連れているポケモンが倒されると途端に弱気になる事が良くある。

 これは車のハンドルを握ると強気になったり、制服などを身に纏うとプロ意識が出てくるドレス効果と呼ばれる心理的な作用が関わっているらしく、ポケモントレーナーには大なり小なりよく見られる。

 

 アキラも手持ちが力を付けるにつれて、この世界にやって来た頃に比べると行動が大胆になっている節があるのを自覚しているので、なるべく気を付けたいものだ。

 まあ今連れている彼らの強さを自らの強さの様に振る舞えば、不興を買って手痛い目に遭うのは容易に想像できる。

 

「旅の人ですか?」

「旅をしていると言えばそうですけど、こういう者です」

 

 財布の中から、青年は名刺の様なものを彼に手渡す。

 随分とカラフルな色彩の名刺に、アキラは珍しいものを見た目をするが、書かれている職業を見て納得した。

 

「サーカス…の人ですか」

「そうです。数日前からタマムシシティに訪れています」

 

 成程、旅をしていると言えばしているが少し曖昧な職業ではある。

 そもそもサーカス団がどういうものか、アキラは良く知らない。

 知っているとしたら、ジャグリングや火の輪をくぐりと言ったイメージが浮かぶ程度だが、ここはポケモンの世界だ。ポケモンが存在していることを考えると、たった今彼がイメージしている様なサーカスとは違うだろう。

 

「あっ、名乗り遅れました。俺は――」

 

 アキラが青年に自分の名を教えようとした時、不意に彼らの周りが暗くなる。陽が雲に隠れたにしては影が濃かったので見上げてみると、太陽を背に何か大きい存在が空を飛んでいたのだ。

 その影から分かれる様に一人の人物が舞い降りると、手にしていたボールを彼に突き出した。

 

「アキラ、バトルしようぜ!!」

 

 唐突にやって来た赤い帽子の少年は笑顔でそう伝えるが、アキラの反応は微妙だった。

 

「ごめんレッド。今疲れているからまた今度にして」

「えぇ~~」

 

 彼にバトルを申し込んだ少年――レッドは残念そうな声を上げるが、仕方ない。

 ポケモンリーグで敗れてから、アキラは自分達の力を高めるだけでなくレッドに勝つことも目標の一つに定めた。この世界屈指の実力者である彼と戦うのは、入念に体調を整えたり戦略などを準備してから挑むことが望ましい。

 

「一対一でもダメか?」

「全員さっきバトルしたばかりだから、今日は止めて」

 

 さっきのバトルは圧勝ではあったが、万全状態でもレッドに勝てた事は無いので、少しとはいえ消耗した状態で彼とは戦いたくない。この世界にやって来て一年半、まさか彼との交流や関係がこうして今も続いている何て、あの頃は微塵も思っていなかったものだ。

 尽く断られてレッドは残念そうに溜息をつくが、そんな彼に青年は恐る恐る声を掛けた。

 

「ひょっとして…君は前にあったポケモンリーグに優勝したレッド?」

「えぇ…そうですけど」

「こんなところで会えるなんて光栄です」

 

 青年は自分よりも年下であるはずのレッドに憧れの眼差しと敬意を向けながら、握手を求めた。

 一年半前にポケモンリーグを優勝して以来、レッドが住んでいるマサラタウンには彼のファンを始め、腕に覚えのあるトレーナーが頻繁に訪れる様になっていた。前者は半年も過ぎればある程度は落ち着いてきたが、後者は何時まで経っても落ち着く様子は無く、中には直接出向かずに挑戦状を送って彼を呼び出す者さえいた。

 

 アキラも何回か彼に挑むトレーナーとのバトルに立ち合ったことはあるが、リーグ優勝者に挑むだけあって皆強かった。挑戦者の中には泥棒っぽい人もいたので、後で警察の人に引き渡したりもしたが、彼らの戦い方は色々と参考になるものも多かった。

 そんな事を思い出しながら、楽しそうに話す二人をアキラは見ていたが、青年はレッドにある事を申し出た。

 

「この後、俺が所属しているサーカスをやる予定があるけど是非見に来ない? 勿論見物料は要らないから」

「サーカス? 面白そう」

「サーカスか…」

 

 青年の誘いにレッドは目を輝かせるが、アキラはぼんやりと元の世界のサーカスを浮かべる。たまたまテレビでやっていた何かのバラエティのしか見たことは無いが、ああいう芸は本当に面白いのだろうか。

 勿論、この世界が元の世界とは違うことはわかっているが、どうも興味が湧かなかった。

 

「君も…アキラ君もどうかな?」

「アキラも行こうぜ~」

 

 興味を抱いたレッドも、一緒に見たいのかアキラを誘う。

 自分も彼に誘われたのは、恐らくさっき助けて貰ったお礼なのだろう。別に礼を貰う程のことをしたつもりは無かったのだが、断るのも気が引ける。

 少しばかり悩むが、自分の保護者であるヒラタ博士には連絡すれば大丈夫かと考える。

 

「では…有り難くお誘いをお受けします」

「良かった。じゃあ、俺の後に付いて来て」

 

 自分も見に行くことを伝えると、青年は二人に付いてくる様に告げる。

 レッドは先頭を歩く青年に付いて行き、アキラもどうやってヒラタ博士に連絡を入れるのかを考えながら付いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 手持ちが暴れた影響で砕けていたバトルフィールドを応急処置の範囲内ではあるが、職員達と一緒にしっかりと均し終えたアキラは、ズラリと並んでいる警察官の人達を相手にホワイトボードを横に解説をしていた。

 絵はお世辞に言っても良いとは言えない落書きレベルではあったが、とにかく伝われば良い感が漂わせながらも言葉も交えて、可能な限りわかりやすい様に工夫しながら進めていた。

 

「一部の持ち物は入手が困難ですが、”きのみ”などの持ち物は比較的入手しやすく、効果もシンプルで扱いやすいです」

 

 ホワイトボードの絵や多種多様な”きのみ”をお手玉にして遊んでいる手持ちの一匹を示しながら、アキラはポケモンのアイテムについて説明する。

 気が散るので止める様にさっき言ったのだが、また痺れを切らしたらしく、彼が一睨みすると大人しく”きのみ”をお手玉にして遊ぶのを止める。何人か苦笑いしているのが見えたが、アキラは気にしない。

 

 ポケモンバトルにはトレーナーの知識と判断力、ポケモンの能力や覚えている技の強さなどの幾つかの要素がある。中でもポケモンにアイテムを持たせるのは、公式バトルでの利用が正式に認められてからバトルに大きな影響を与える様になった新しい要素だ。

 持ち物は種類毎に様々な効果を有しており、それらを上手く活用すればポケモンバトルでの戦略の幅が広がる以外にも使いこなせば大きな力になる。そしてその中で、一番身近で扱いやすい持ち物が”きのみ”だ。

 

「効果は種類によって異なっていますが、”どくけし”などの道具と同じく人であっても効果を発揮してくれます」

 

 用意した”きのみ”の実物一つ一つを、説明を聞いている警察官達に見せる様にアキラは手に取って掲げる。

 元々ジョウト地方にも”きのみ”やそれを活かす手段は存在していたが、バトルでの使用が正式に認められたことや最近他地方の名称を取り入れたことで急速に広まってきている。基本的に効果は説明した通りシンプルで、条件を満たすと消費してしまう形で効果を発揮する為、一度使ったら再利用は出来ないが、それでも戦況を大きく左右する。

 

 バトルに大きな影響を及ぼしかねない状態異常の解消。

 少なくなった体力を回復させて相手の思惑を狂わせる。

 まだ殆ど知られていないが、一時的に能力を向上させることで逆転の切っ掛けを作るなど多彩な戦術が可能だ。

 

 中でも一番特筆すべきは、”入手のしやすさ”だ。

 植物なのだから栽培は可能で、無限とまではいかなくても育て続ければずっと供給し続けることが出来る。本当は実演か何かでその有用性を見せたいが、自分が連れているポケモン達はあまり”きのみ”を活かした戦いは上手く無い。

 と言うか、ロクな使い方をしない。

 

 なので有名であろう”カゴのみ”を使った”ねむる”の回復コンボや”キーのみ”による特定の強力技に多く見られる”こんらん”デメリットの阻止。そして状況と対象を選ばず、即座に殆どの状態異常を回復させる”ラムのみ”を使った戦法をアキラは口頭で例に挙げる。

 

「――質問はありますか?」

 

 一通り説明し終えて聞いていた警察官達に尋ねると、何人かの手が挙がる。

 何か説明に不備があったのか考えながら、アキラは一番前で手を上げている人を指名した。

 

「ポケモンバトルで”きのみ”の有用性はわかりましたが、状態異常の回復は”ラムのみ”だけで全て解決するのではありませんか?」

「良い質問です」

 

 予想通りの質問にアキラはホッとする。

 確かに自分もそう思っていた時期があるからわかる。

 この点は肝心な時に使えないのを実感しないとわかりにくい。

 

「確かに”ラムのみ”は、一部を除けばほぼ全ての状態異常を回復させますが、最初からコンボを前提として考えると適していないからです」

 

 特定の状態異常にしか対応できない”きのみ”も利用する最大の理由。それは自分の技のデメリットを打ち消す為だ。

 ”ラムのみ”は、”メロメロ”や”のろい”などの一部を除けば殆どの状態異常を回復できるが、状態異常になったらすぐに消費してしまう。つまり相手からの予想外の状態異常を回復することには向いているが、自分からの意図的な状態異常の回復には向いていない。

 

 もし持たせたのが”カゴのみ”や”キーのみ”では無く”ラムのみ”なら、使用したらデメリットが生じる”あばれる”や”ねむる”を決める前に、相手から状態異常にされるとコンボが破綻してしまう。

 汎用性を考慮すれば”ラムのみ”の方が有用ではあるが、自らのコンボを成立させることを前提に考えると、特定の技が持つデメリットをピンポイントに打ち消す”カゴのみ”などの方が有用だ。

 

「そこを考えますと、”ラムのみ”は相手側が仕掛ける作戦を狂わせる手段。”カゴのみ”や”キーのみ”は、こちら側が仕掛けるデメリットを帳消しにする手段として分けることが出来ます」

 

 業務上、警察は”ラムのみ”の方が不測の事態に対応できるだろうけど、一つの万能なものに拘らず、ピンポイントなものでも使う機会はある事をアキラは知って欲しかった。ちょっと自信の無い説明だが、質問した本人は納得したのか「ありがとうございます」と一言礼を告げる。

 

「他にご質問は?」

 

 改めて見渡すと、また何人かが手を挙げる。

 さっき手前の人を指名したが、今度は適当に後ろ側にいる人を指名した。

 

「後ろに連れているポケモンが持っているのも持ち物ですか?」

 

 質問の内容にアキラは自分の横と後ろに控えているポケモンに目をやると、直ぐに答えた。

 

「そうです」

 

 明らかに”きのみ”では無く道具に近い物だが、歴としたポケモンの持ち物だ。

 先に説明しているが、ポケモンに持たせることが出来るのは何も”きのみ”だけでは無い。

 

 そのポケモンの生態故に所持しているものもあれば、大自然の力を宿した科学の力では説明できない効果を秘めたものや、ポリゴンの様に人間が人為的に作ったがポケモン協会から正式に認められたものもある。

 

 それぞれ”きのみ”には無い効果を持つだけでなく、多くは消費する形ではなく持たせている限り永続的に効果を発揮し続ける。効果は強力なのもあればピンポイント過ぎて扱いに困るのもあるのだが、そう言ったアイテムは軒並み入手が非常に困難だ。

 なので今回は軽い解説だけで済ませようと考えていたのだが――

 

「なぜそのポケモンが”それ”を持っているのですか? それって別のポケモンが持っている気がするのですが…」

 

 この質問にアキラはどう答えるべきか迷うが、指摘された当人は誇らしげに”それ”を手にする。確かに彼が持っているのは、本来なら別のポケモンが持つことで真価を発揮するアイテムだ。しかし、鍛錬と工夫を積み重ねたことで本来持つべきポケモンよりも多彩且つ使いこなせているのも、この世界が数字やプログラムで決まるゲームとは違うからこそ成せることだ。

 

 最初は違和感を感じたものだが、今では逆に無い方が違和感を感じてしまう。

 全く慣れとは恐ろしいものであると、アキラは思うだった。




アキラ、身に掛かった火の粉を払い除けてレッドと一緒にサーカスに招かれる。

色んな媒体でも描かれていますが、ポケモン世界はロケット団などの組織に限らず、親父狩りみたいな小規模でもポケモンで悪事を働く人間は多そうです。
有名な「大いなる力には大いなる責任が伴う」まではいかなくても、強い力を手にしたらどう活用するかで、その人の本質とかが出る様な気がします。

持ち物指導は個人的な観点や実際の活用例を調べて何回も手を加えましたが、もしかしたらまた手を加えるかもしれません。

もうバレバレだと思いますが次回、持ち物の正体とその使い手が判明します。


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複雑な立場

投稿前の仮タイトルは「余の顔を見忘れたか」


 陽が沈むにつれて、空は少しずつ夜空へと変化していく。

 暗くなるのに応じてタマムシの街々に明かりが灯されていく中、街外れの広場にあるサーカスに良く見られる派手に膨らんだ大きなドーム状のテントから、アキラとレッドが出てきた。

 既に見物客は帰っていてショーも終わっているが、今回訪れる切っ掛けを作った青年に用があったので他より遅れて出てきたのだ。

 

「初めて見たけど、スッゲェ面白かったな」

「あぁ、実際に目にすると自然と引き付けられたよ」

 

 見物に行く前はイマイチ面白いイメージが湧かなかったアキラだったが、会場の興奮感もあって定番の芸でもかなり楽しめた。けど何よりも興味を引いたのは、彼らが披露したのがただの芸だけでなく、攻撃技を上手い具合に制御して魅せたり、使うには制約がある技をその制約を超えて扱うと言った技術と応用だった。

 

「サンットの”スピードスター”みたいに、練習すれば色々応用できるのは知っていたけど、まさかあそこまで自由にできる何て思っていなかったよ」

 

 理解が及ぶ範囲でもエスパー技の力で、”かえんほうしゃ”などの他タイプ技の制御。舞い上がった水を一瞬にして凍らせて電気系ポケモンの放電と合わせての幻想的な光景の演出。更に魅せた後、その氷もご丁寧にジャグリング出来る様な形に凍らせて、その後の芸に繋げたりと見ていて飽きなかった。

 どれも楽しむだけでなく考察のし甲斐があるものばかりだが、それらの中でも特に二人の興味を引いた技があった。

 

「あの兄ちゃんのバリヤードも凄かったよな。俺のピカも使える様になるかな?」

「さぁ、あんな感じで出来るのはわかったけど、未知数だからね」

 

 様々な技を組み合わせての演出や芸も素晴らしかったが、青年が連れていたバリヤードの”みがわり”が彼らにとっては一番衝撃的だった。”みがわり”はHPの四分の一を消費することで、自身と同じ分身を生み出す技だ。生み出された分身はある程度自立して動けるので使い方次第では有用な技だが、複数の分身を作ることは基本的に出来ないとされており、色も本体に比べると薄いので見分けやすい。

 

 ところが青年のバリヤードが生み出した”みがわり”の分身は、本体と変わらない色をしていただけでなく、本来は出来ないはずの自らの分身を二体も生み出した。

 芸自体は地味ではあったが、ポケモンバトルを良く知る者なら驚愕ものであった。一体どうやればそんなことが出来るのか気になって、さっきショーが終わった後お礼のついでに尋ねたのだが、流石にそこまでは教えて貰えなかった。

 

「秘訣は秘密…まあ飯の種だから教えてくれる訳は無いよな」

「でも、ああいう技術もあるってことがわかっただけでも良かったと思うよ」

 

 ゲームではプログラムの都合上どうしてもポケモンの限界は数値の形でハッキリと決まってしまうが、この世界ではそれも努力と工夫、発想次第で幾らでも補える。

 現実となった世界でのポケモンは、本当に奥が深いことを改めてアキラは感じる。けど見栄えや派手さ故にメリットばかりに目が行くが、デメリットも考慮すべきだ。

 

 ”みがわり”は体力を削る性質上体への負担が大きく、複数生み出す以前に繰り返し”みがわり”を行う事自体、何か作戦でもない限り自殺行為だ。それに本体がやられてしまえば分身は消えてしまうので、実戦で使いこなすのはかなり難しいだろう。

 このまま二人の会話が何時までも続くかと思われたが、少し肌寒い風が吹いたのを機に彼らは今日と言う日が残り短いのを悟る。

 

「アキラ、この後どうする?」

「俺はタマムシ大学に戻ってヒラタ博士と合流する。それに今日は戦ったから、リュットのケアもしないといけないし」

「あぁ~、まだ体調を崩しやすいのか?」

「最近はミニリュウだった頃と変わらなくなったけど、それでも油断は出来ないからね」

 

 生き物と一緒に暮らすのは、お金が掛かるだけでなく世話も大変。

 元の世界でもそう言われていたが、本当にそうなのをこの一年半の間にアキラは学んでいた。

 

 レッドの場合だと手持ちの半分以上が大型のポケモンで構成されている上に、大食らいのカビゴンもいるので食費だけでも現実逃避をしたくなる程だ。

 アキラの方は手持ちが小型揃いなので、食費に関してはレッドに比べれば遥かにマシではあったが、彼らの体調管理――特に今彼に話した様にハクリューの体調に気を遣っていた。

 

 理由は、進化してから体調を崩す機会が増えたからだ。

 

 あまりに唐突であったので、ヒラタ博士やエリカや彼らの伝手を頼って原因を探っていったら、どうやらミニリュウ時代に原因があったらしかった。と言うのもヤマブキシティでの決戦後に押収されたロケット団の資料の中に、アキラが連れているミニリュウに該当すると考えられる生体実験の資料が見つかったのだ。

 

 それによるとロケット団によって施されたであろう改造は、ミニリュウの姿であるのを前提にしていたらしく、ハクリューに進化して体質が変化したことで噛み合わなくなっている可能性があったのだ。

 最初はどうすればいいのかわからず慌てふためくだけでなく右往左往していたが、治療以外にも激しいバトルを控えさせたり、故郷と思われるセキチクシティのサファリゾーンの湖に療養させたりしてきたおかげで、ここ最近は改善はされてきてはいる。

 

 だけど、ドラゴンタイプのポケモンは他のタイプに比べると研究があまり進んでいなく、情報不足なのも重なって軽い健康診断でもかなり費用が掛かる。

 タマムシシティやクチバシティ付近の道中にいるトレーナーに、アキラはたまに腕試しで勝負を挑みに訪れることはあるが、最近は腕試しよりも医療費を稼ぐ意図でのポケモンバトルをすることが多くなった。しかもヒラタ博士達の手助けがあってこれなのだから、手持ちの体調管理や食費などをほぼ全て自力でこなしているレッドをアキラはある意味尊敬していた。

 手持ち関係での問題は相変わらず山積みだが、それ以外にも彼には気になる事があった。

 

「――なぁレッド」

「何だ?」

「…俺の体って太っている様に見える?」

「え? 俺と大して変わんないと思うけど」

「だよね」

 

 手持ちの定期的な健康診断をするついでに、アキラ自身も健康診断をしているのだが、何故か体重が記憶にある元の世界で測った数値よりも増えていたのだ。

 当初はあまり気にならなかったが、健康的に良くなかったのかこの前医者から不思議に思われながら指摘を受けた。そんなこともあって機会がある事に体重計で測っているが、それでも今の年齢の男子の平均体重と比べると何故か高いままだ。

 

「何で体重を気にしなきゃいけないんだか…」

「まあ、大体の不満には同意できるけど、俺のライバルなんだから健康でいろよ」

「……ライバルね」

 

 ポケモンリーグが終わってから、たまにレッドはアキラを「ライバル」と称することがある。本人はグリーンと同じ好敵手の一人と言う認識なのだろうけど、聞く度にアキラは嬉しくも恐れ多い気持ちになる。

 理由としては、彼の一番のライバルであるグリーンを差し置いている気がするのと、自分達の実力が彼らと張れる程では無いと考えているからだ。

 

 やまおとこやたんぱんこぞうなどのトレーナーなら、油断したり想定外の事態にならなければ問題は無い。でもベテランや腕の立つエリートトレーナーが相手だと手持ちが万全でも苦戦を強いられることは多く、彼らとのバトルは負けも多い。

 そんなエリートトレーナー未満の実力しかない自分が、幾ら仲良くしているとはいえ、この地方最強のトレーナーのライバルの一人だなんて分不相応だ。

 

「………」

「どうした? ぼんやり見上げて」

「――いや…どうすればレッドに勝てるかな~って、思っただけ」

 

 ポケモンリーグが終わってから一年半、今日までアキラは度々レッドと戦ってはいたが、結果は全戦全敗。

 本で得た知識の活用から始まり、新しい技を習得することや更なるレベルアップの鍛錬、力押しがダメならレッドの手持ちの戦い方などと言った動きも研究――と言えるのかは知らないが、とにかく自分なりに研究してきた。そして彼以外のバトルで味わった敗北の反省も糧にしてきたが、アッサリやられる時もあれば、ギリギリまで追い詰めたりと結果は同じ負けでも過程は安定していない。

 

 一体自分には何が足りないのか。

 確かにレッドと彼が連れているポケモン達は、戦う度に思いもよらない技の応用や戦術を駆使するだけでなく、追い詰めた際に底知れない爆発力を発揮するので手強い。相手が何を仕掛けようと関係無く勝てる様に今以上に勝つ為に努力するべきなのか、それとも無意識に彼には勝ってはいけないと思っているのか、皆目見当が付かない。

 そんなことをぼんやりと考えながら歩いていた時だった。

 

「あっ! いたいた!」

 

 聞き覚えのある声にアキラは脱力気味に振り返ると、自分達とほぼ同じ年か少し下の少年達が集まって来た。人数は四人と大幅に減ってはいたが、昼間に青年や自分から金品を巻き上げようとした少年達であることに彼は気付いた。

 

「あっ、お前ら」

「知り合い?」

「違うよ。ポケモンの力を笠に着てカツアゲ働いていた奴らだよ」

「カツアゲ?」

 

 昼間にあったことをアキラは簡単に話すと、レッドは納得すると同時に何をやっているんだとばかりに声を上げる。

 

「君達、ポケモンは大切な仲間なんだ。そんな悪い事に利用するなんていけないことだぞ」

 

 まだ若いが、レッドはポケモンと接するのに必要な確固たる心構えを胸に抱いている。

 彼は真面目に自分が信じているトレーナーとしての在り方や考えを説くが、少年達はバカにする様な目付きで全く意に介していなかった。

 

「レッド、いきなりお前の考えを語っても無理だよ」

「でも…」

 

 レッドが考えている在るべきポケモントレーナーの姿は、確かにポケモントレーナーの基本であると同時に理想的な姿の一つだ。それが彼の強さの一番の秘訣であるのをアキラは理解しているが、それを完全に体現出来ているのは、彼を始めとしたごく少数。目の前の少年達からすれば、頭の中が花畑な奴の考えと受け止められているかもしれない。

 

「ちぇ、さっきは勝てたからって調子に乗りやがって」

 

 二人が自分達の事をあまりに気にしていないのが癪なのか、一人が苛立ちを零す。どう見ても昼間の出来事を詫びに来たと言うより、仕返しに来たと言った方が正しい雰囲気だ。もう一度負かして今度こそ警察に突き出すべきかと考えたが、あれだけやられたにしては妙に彼らは余裕そうだ。

 

「昼は一方的にやられたけど、今度はそうはいかないからな」

「なんせ最強の助っ人を呼んで来たんだからな」

「…最強の助っ人?」

 

 怪訝な顔で聞くと、リーダー格と思われる少年が後ろに振り返る。

 

「兄ちゃん! こいつだよこいつ!」

 

 すると、彼らの後ろから排気音を鳴らしながら一台のバイクがゆっくりと止まり、乗っていた如何にも”不良”の姿をした柄の悪い青年が前に進み出てきた。

 

「おうおう、てめぇらか。弟やその友達に手を上げたって奴は?」

「えっ? 俺も?」

「レッドは下がっていて」

 

 キョトンとするレッドを下げて、アキラは青年と対峙する様に前に進み出る。

 これは自分の問題だ。無関係のレッドを巻き込む訳にはいかない。

 相手の方が一回りも大きい体格ではあったが、色んな交友関係や経験を積んだお陰もあって彼は、臆することなく相手の動きに意識を集中させながら堂々と振る舞った。

 

「俺は彼らのバトルに応じただけです。それに文句を言うならこっちの方です」

「文句だぁ?」

 

 アキラの台詞に青年は怒りで顔を赤くする。

 若干喧嘩腰の態度の彼にレッドは心配で目を離せなかったが、アキラはまだ大丈夫だと確信していた。具体的に何が大丈夫なのかは上手く言葉にはできないが、青年の体の力み具合を見る限りでは今すぐ殴り掛かってくることは無いと確信していた。

 もしそういう動きが見られたら、すぐに気付いて下がる事も出来る。

 

「お前誰に口聞いてんのかわかってんのか? あ゙っ!?」

 

 脅す様にドスの効いた声で顔を近付けて迫って来るが、アキラは嫌そうに目を細めたがそれだけだった。確かに怖いが、手を出してくる動きが見られないのやミュウツーとの戦いを思い出せば、命の危険が全く感じられないので十分に恐怖心を抑えて冷静でいられた。

 だけどこの様子では、こちらの言い分を伝えても火に油を注ぐだけだろう。

 

「強がるのは止めとけよ。兄ちゃんはムッシュタカブリッジって暴走族のメンバーなんだから、謝るなら今の内だぜ」

「――え?」

 

 どうしようか考えようとした直後、青年の弟が伝えた内容にアキラは目を見開き、何回か目の前の不良青年に視線を向けると、それっきり何も言わず黙り込んだ。

 

「どうした? 謝る気になったのか?」

「慰謝料と俺達のポケモンの治療費全額払ってくれるなら見逃してやっても良いぜ」

 

 彼の驚いた様な反応を見て、少年達は暴走族を相手にしていることを知って怖気ていると判断したのか口々に煽るが、それでもアキラは反応しない。

 心配になったレッドは友人が危機に瀕している印象を抱いたが、よくよく見ると何故か彼は呆れにも似た雰囲気を漂わせ始めているのに気付いた。黙っていたアキラは少し考える素振り見せると、威圧している青年に対して口を開いた。

 

「悪いことは言いません。今日は……後でややこしいことになるので、これ以上俺と関わるのは止めた方が良いですよ」

 

 一応言葉を選んでいるのかアキラは慎重に伝えるが、青年はキレた。

 

「止めた方が良いだ? バカにしてるのか!!」

 

 青年は殴り掛かるが、腕の動きに気付いていたアキラは少し大袈裟ではあったが、既に大きく後ろにジャンプして下がったので空振りで終わる。殴られそうになったにも関わらず、彼があまり焦っている様が無かったことも腹が立つのか、頭に血が上った青年はとうとう腰に付けているモンスターボールに手を掛けた。

 

「こっちにもメンツがあるんだよ」

 

 それだけを口にすると、彼はボールからガラガラを召喚する。

 出てきたガラガラは片手のみならず、もう片方の手にもホネを持ち、更に背中にもホネを何本か担いでいると言う奇妙ながら青年と同じ威圧的な外見をしていた。

 

「何だ? あのガラガラ?」

「初めて見るけど、複数のホネを持つガラガラっているんだ」

「今更謝ってもおせぇからな!」

 

 対決は避けられないと見たアキラはサンドパンのボールを手に掛けたが、別のボールが自己主張し始めたのでそちらに持ち替えた。

 

「程々にな、バーット」

 

 怪訝に思いながら、アキラはブーバーを繰り出す。

 本来なら相性はあまり良くないが、ブーバーの実力を考えれば恐らく問題は無い。相手が出たのを見てガラガラは両手のホネを振り上げて迫るが、工夫も何も無いただの勢い任せの突撃だった。

 

「バーット、”かえんほうしゃ”」

 

 勢いも特殊攻撃で十分に押し返せるとアキラは判断するが、ブーバーの口から放たれたのは炎では無く黒い煙だった。驚いたガラガラは足を止めるが、あっという間に両者は黒い煙に包まれて姿は見えなくなった。

 

「”えんまく”って、何を考えているんだ?」

 

 別にこの選択をされても致命的では無いので問題は無いが、ブーバーの目的がわからなかった。

 黒い煙で視界を遮られているので二匹がどうなっているのか確認できなかったが、煙幕の中で戦っているのか、絶え間なく鈍い音が聞こえる。

 しばらくすると、煙幕の中からボコボコにされたガラガラが飛び出し、少し遅れてガラガラが手にしていたホネを構えたブーバーが姿を現した。

 

「成程、それがお目当てだったって訳ね」

 

 すぐにアキラは、ブーバーが出たがっていた理由も含めて全て理解する。

 目付きは何時もの細めた鋭いものだったが、心なしか輝いている様に見える。

 本当にテレビの影響を受けやすいと言うべきか、特撮番組での決めポーズや技の真似だけで飽き足らず武器までも欲しがるとは思っていなかった。

 

「この野郎、ふざけやがって!」

 

 一方的に痛め付けられたのとホネを取られたことで、青年は怒りを爆発させる。

 彼はボコボコにされたガラガラを無理矢理起き上がらせると、加勢のつもりなのかニドラン♂を出す。加えて後ろの少年達もポケモンを出して、昼間みたいに数で押す気が満々だった為、アキラも対抗して他のボールに手を掛ける。

 再び戦いが繰り広げられるかと思われたその時、彼らの近くに一台のバイクが止まった。

 

「おぅおぅ、ケンジじゃねぇか。何やってんだ?」

「リュウジさん!」

 

 リュウジと呼ばれた青年がやって来たことに、ケンジと呼ばれた青年は表情を明るくする。

 

「このガキどもが俺達……ムッシュタカブリッジ連合に喧嘩吹っ掛けてきたんすよ!」

「ちょっと待て! 先に仕掛けてきたのはそっちだろ!」

 

 まさかのでっち上げに、レッドは慌てて反論する。

 このままでは自分達に正当性があっても更に面倒な事になる。

 ところが、アキラは慌てるどころか場違いな気鬱な表情を浮かべて溜息を吐く。

 

「ん? お前は…」

 

 リュウジがアキラに目線を向けるが、彼は気まずそうに顔を逸らす。

 相手が誰であれ失礼なことだが、リュウジと言う名の人物は怒るどころか表情を明るくして姿勢を正した。

 

「アキラの若頭じゃないですか。お久し振りッス!」

「………え?」

 

 突然リュウジが取った行動が、ケンジには理解出来なかった。

 あまりにも予想外な流れに、理由を知っていると思われる二人以外何がどうなっているのか理解が追い付かなかった。

 

「ほらケンジ、お前もちゃんとしろ。彼は俺達ムッシュタカブリッジ連合名誉総長なんだぞ」

「なったつもりも引き受けたつもりも無いんですが…ていうか普通にアキラで良いです…」

「いえいえ、俺達が勝手に祭り上げているだけなんで、お気になさらず」

「…物凄く気になるんですけど」

 

 目に見えて沈んだ空気を纏いながらアキラは返すが、そんな彼の様子に気付いていないのか気にしていないのかリュウジは話を進める。

 

「――え? 名誉総長って…アキラが?」

「え?」

 

 レッドの言葉に二人以外呆気に取られていた者は、一斉にアキラに注目する。

 名誉総長と言う事は何らかの集団のリーダー、そしてムッシュタカブリッジ連合名乗る暴走族の幹部格の一人であるリュウジのアキラに対する態度。

 しばらく間はあったが、二人の会話内容を彼らが理解した途端、一斉に悲鳴染みた驚きの声が街中で響いた。

 

「アキラ、お前暴走族の一員なのか!? 何があったんだ!? 何か世の中に不満でも抱いているのか!?」

「レレレレ、レッド落ち着いて、なったつもりはないし、不満があったとしても非行に走る程じゃないし」

 

 レッドに肩を激しく揺さぶられて、アキラは戸惑いながらも何とか言葉を紡ぐ。

 正直言って、ミュウツーとの激戦から出来た縁がここまで続くとは思ってもいなかった。

 今回の様にたまに関係者に会うとやたらとこういう扱いになるので、彼にとっては恥ずかしくて気まずいものであった。

 

「あの…アキラの兄貴」

「普通に呼び捨てで良いですよ。年は俺の方が下ですし」

「わかりましたアキラの大将!」

「わかってない」

 

 肩を落としながらツッコミを入れるが、話が進まないので訂正させるのをアキラは諦めた。

 

「では尋ねますが、新入りのケンジと何かありました?」

 

 リュウジの質問に、ケンジは肩を震わせた。

 知らなかったとはいえ、所属している集団の中で最も目上の人物に喧嘩を売ったと知られたらどんな制裁を受けるのか。恐る恐るアキラの動きに目をやると、彼はこちらに目を向けていた。

 この後自分がどうなるのかは、彼の心次第。

 

「――いえ、特に何もありませんでした」

「え? でも何か揉めている様に見えたんですが」

「大丈夫です。少し勘違いがあっただけです」

 

 アキラは断言する様に言い切ると、ケンジは目に見えて安心した様な表情を浮かべた。

 早いところこの場から去りたかったアキラは、ブーバーにガラガラから奪い取ったホネを返す様に促すが、ブーバーは渋る。その様子から一筋縄ではいかないのを察したが、起き上がったガラガラの様子と安心しているケンジの表情を見てある考えが浮かんだ。

 しかし、そんなことをして良いものか。

 数秒の間だけ色々な悩むが、今回くらいは良いかと自分を納得させた。

 

「――ケンジさん」

「はいぃぃ!! 何でしょうかアキラ閣下!!!」

「それタカさんの敬称」

 

 声を掛けると、条件反射の如き早さでケンジは姿勢を正す。

 取り敢えず本来のリーダーであるタカの呼び方に関するツッコミを入れるが、さっきまでの強気から一転して強張った表情をしていた。

 

「このガラガラのホネ…貰っても良いですか?」

「はいぃぃ!! どうぞどうぞ! 何本でも持って行ってください!! ウチの実家は葬儀屋ですので! ホネなら何本でもご用意できますんで!」

「一本で良いです」

 

 予想以上の反応に戸惑いながらも、アキラはガラガラのホネを貰うことを許して貰えた。

 ポケモンに関しての研究が進み、ガラガラの様な道具を所持しているポケモンが近年確認されつつある。更にそれらのポケモンの存在から、バトルの幅を広げる為にポケモンに道具を持たせる話も上がってきているらしい。

 本来ならガラガラのホネ、”ふといホネ”をブーバーが持っても何の効果も恩恵は得られないが、彼が気に入っているので今回は迷惑料のつもりで貰う事にしたのだ。

 腰に付けているボールに入っているゲンガーが、もう一本頼む様に意思表明しているが無視だ。

 

「あの…アキラ局長」

「アキラで良いです…ってまた呼び方が変わっている…」

「サイクリングロードを爆走してストレス発散の予定があるんですが、一緒にしませんか?」

「する気はありません」

 

 微妙に早口で即答するが、ここは話題を変えた方が良いとアキラは判断する。

 

「そういえばタカさん達は?」

「閣下や仲間達はボスの言い付けを守って、昼間は真面目に働いているッス!!」

「あぁ…そうですか…」

 

 いっそのこと解散宣言をすれば良かったのだが、面倒だったのか今でもよくわからないが取り敢えず真面目に働いて社会に貢献する様に伝えていたが、どうやら一応は守っているらしい。

 別にそこまで拘束力があるとは思っていなかったし、事前にエリカなどから教えて貰った人手が欲しい仕事を軽く教えたりしただけなのだが、意外と上手くやっているみたいだ。

 

「昼間ってのが気になりますけど、爆走するとしても近所迷惑にならない程度にして下さいよ」

「へい! 勿論です! 爆走以外にも道中のゴミ清掃や砂浜清掃なども行って社会貢献しているッス」

 

 何か自分が出した命令が妙な方向に効果を上げているらしく、アキラは本当にこれで良いのか悩み始めた。最近は減ってきたのに、何だか胃が痛く感じられてきたのでさっさと話を切り上げたかった。

 

「あっ、そうだ。如何でも良い事ですけど、最近サイクリングロード近くで変な紫色の濃霧が出ているらしいんでご注意ください」

「――なに?」

 

 何気ない言葉であったがそれを耳にした直後、アキラは胃の痛みと帰りたい考えを忘れて目付きだけでなく雰囲気も一変した。

 

「もう一度聞きますが、その話は本当ですか?」

「へい、有毒ガスかわかりませんが、確かに最近そんな霧が出ているらしいッス」

「アキラ?」

 

 突然積極的になったアキラにレッドは声を掛けるが、既に彼は別の事に意識を集中させていた。

 紫色の濃霧、それは目的は多少異なっているがヒラタ博士と共に追い掛けている謎の現象であり、自分がこの世界に来る切っ掛けになったと考えているもの。この一年半の間、片手で数える程しか調査では目的のエネルギー反応は確認出来なかった上に、紫色の濃霧自体に遭遇することすら無かったが、今回の様な話を聞くのは初めてだ。

 

 もしかしたらすぐに動けば可能性はあるかもしれない。

 

 今まで経験したことが無いほど、アキラは期待を抱いた。

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされた波の音だけが鳴る夜の大海原を、どこからともなく紫色の霧が海面を這う様に広がりつつあった。

 不気味な色をした霧は潮風の影響を受けずに広がっていくが、その霧の中で一際巨大な影が蠢いていた。




アキラ、昼間の仕返しを受けるが、何とか乗り切ると同時に手持ちに持たせる道具も入手する。
この話から、ブーバーは体術だけでなく”ふといホネ”を使った戦いもやっていきます。
何気に未だに暴走族と関係があるのやホネ入手以外にも色々な要素が入っていますけど、実際に書くとしたら何時になるのか。

第一章を投稿する際に、ブーストが掛かった最大の理由はリージョンフォームの発表と以前書いたと思いますが、もっと突き詰めればリージョンフォームガラガラが出てきたからです。
近いのを考えていただけで資格が無いのはわかっていますが、あれだけは「先を越された!」って思いを抱きました。

それ以外にもSMでは考えていた設定に近い要素も幾つかありましたが、それらの方は悔しいと言うよりは公式がそういうのを考えていると知れて嬉しかっただけでなく、もっとやって欲しいと思いました。
何よりゲームも楽しくて考察のし甲斐もあります。

次回から元ネタはありますが、本格的にこの物語でのオリジナルと言う名の色々な捏造設定や解釈、展開が出てきますのでご注意下さい。


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巨大な災厄

この話から、今後忘れた頃に出てくる捏造設定やオリジナル展開が出てきます。


 紫色の濃霧に関する目撃情報を得てから、アキラの行動は迅速だった。

 すぐに彼はヒラタ博士に報告すると、翌日には機材や必要なものを揃えてサイクリングロードが建てられている海上へと乗り出した。運悪く当日の天候は安定せず、目的の濃霧とは異なる在り来たりな霧が発生していたが、それが逆にアキラの警戒心を一層強めていた。

 

 空振りで終わるのかはわからないが、ようやく得た目撃情報なのだ。

 必ずモノにすると何時になく意気込んでいた。

 

「――なあ、アキラ」

「なにレッド?」

 

 船首近くに座り込んで黙々と準備をしているアキラに、レッドは恐る恐る尋ねる。本来なら彼が同行する必要は無いが、友人のただならぬ様子に何か力になれないかと思って、渋られたのを押し切って付いて来たのだ。

 だが、バトルをしている時と同じかそれ以上にアキラの真剣な様子に場違いなのを感じていた。

 

「まだよくわかっていないんだけど、その霧ってそんなに…凄いものなのか?」

 

 彼らが追い掛けているものが、具体的にはどういうものなのかレッドはよく知らない。

 口では「凄い」と言っているが、アキラの様子から見ると”凄い”と言うよりは”ヤバイ”方が正しい気はした。何時になく真剣だったので嫌がられるかと思ったが、彼は特に気にはせずに教えてくれた。

 

「凄いものかどうかはわからないけど、ポケモンのタイプを変えるものらしい」

「え!? ポケモンってタイプが変わる事が出来るの?」

「詳細は省くけど、未知のエネルギーの影響で進化とは違って本来とは違うタイプに変化、或いは本来のタイプにもう一つ追加される二パターンの現象があるんだ」

 

 最初はアキラも単純にエネルギーの影響でタイプが変化するくらいしかわからなかったが、時間を掛けたことでヒラタ博士の研究内容を大まかに理解はしていた。

 これまで博士の確認した例では、ノーマル・ひこうの二タイプなのに、でんき・ひこうのパターンやどく単体なのにどく・ほのおの複合パターンだったりとメチャクチャだ。

 ちなみにアキラは信じてはいるものの、実際にタイプが変化したポケモンは見たことは無いので博士が纏めた記録上でしか知らない。

 

 他に共通している点は、隕石にしか見られないエネルギーが検出されること、どれも軒並み凶暴だということ、辛うじて捕獲して調査を進めようとしても数日かそこらで元の本来のタイプに戻ってしまうことだ。この本来のタイプに戻ってしまうのが曲者で、ヒラタ博士が中々「外的要因によるポケモンのタイプ変化」と言うべきこの研究を世に広く発表するに至れない大きな理由の一つになっていた。

 

 幾ら綿密で詳細な記録が残っていても、実物が無ければ話にならない。

 ちゃんとした第三者が確認する時には元に戻っていましたでは、どこの探検番組のやらせと思われてしまう。トキワの森で自分が転がっていた周辺にあった石の様なものも、後日訪れた際に残っていたのをサンプルとして回収はしていたが、全く成果は無かった。

 

「にしても天気が悪いな…」

「無理を言って出して貰ったからね」

 

 今彼らが乗っている船は、漁師の家系らしいムッシュタカブリッジ連合のメンバーの一人の身内が操る船だ。博士の知り合いも今の海に船を出すことに難色を示したのだから、本来は出るべきでは無かったのだろう。

 視界も悪いだけでなく波で船が大きく揺れるが、アキラは勿論ヒラタ博士も怯まなかった。どちらも追い掛けている目的や理由は厳密には異なっているが、数少ないチャンスを無駄にしたくない気持ちは一緒だった。

 

「それとアキラ…その手に持っているのって…何だ?」

「ん? あぁ、これね」

 

 レッドに指摘されて、アキラは膝の上に置いてある大きな筒状の道具――ロケットランチャーを両手で持ち上げる。

 

 何でそんな物を持っているのか気になるが、レッドはどこかで見た記憶のあるものだった。それもそのはず、アキラが持っているのはブーバーとゲンガーがヤマブキシティでの決戦で倒れていたマチスから頂いてきたものだ。

 使い道は無かったのだが、一部の手持ちが弄り始めたのに危機感を抱いて、今日まで彼が管理していた。

 

「随分と物騒だな」

「物騒なのは外見だけだよ。モンスターボールしか撃ち出せないし、ボールが無いなら爆音を轟かせるくらいしか使えない」

 

 構造的には弾はモンスターボールしか受け付けない特殊仕様で、モンスターボールが入っていなければ轟音を轟かせるただの空砲だ。何回かボールを撃ち出すことにしか使ったことは無いが、取り敢えず威嚇と護身を兼ねて今回持ってきたのだ。ただし一発撃つごとにボールを装填しないといけないので、重いのも合わさって扱いにくい。

 

 電気で動作するので、電源を入れてから動作を確認したアキラは空のモンスターボールを一個、ロケットランチャーに入れる。これで構えて撃ち出して再びボールを装填する、一連の流れが出来たらカッコイイが、そう簡単に上手くいくものでは無い。

 

 問題無いことを確認したアキラは、ボールを取り出してロケットランチャーの電源を落とす。

 次に博士が改良した手持ち式探知機の動作を確認しようとしたが、電源を付けた直後、探知機は激しく引っ掻く様な音を鳴らすと同時に画面に強い波長を表示した。あまりに唐突ではあったが、これ意味することはただ一つだ。

 

「アキラ君! 反応を感知した!」

「こっちの機材もです!」

 

 ほぼ同時に船内にいたヒラタ博士が声を上げ、アキラも答える。

 二人が使っている探知機は精度の差はあれど、追い掛けている隕石に含まれているとされるエネルギーを検知するものだ。船内に置いてある機材の方が性能は良いが、変わらないタイミングで気付いたのは自分同様に起動させた直後だからだろう。

 数少ない反応が確認された調査でもここまで強い反応を示したことは無く、久し振りに感じる緊張感を抱きながらアキラは周囲を見渡す。

 

 今回は、ようやく目的の紫色の濃霧に遭遇するかもしれない。

 しかし、天気が悪いことも重なり、どこを見ても記憶にある紫色の霧は見られない。

 探知機は距離までは教えてくれないので、更なる改良を申し出た方が良いことを考えながら双眼鏡を取り出して念入りに探そうとした時だった。

 

「アキラ、何かいるぞ」

 

 何かに気付いたのか、レッドが声を上げる。すぐアキラは、彼が指差す方角に双眼鏡を向ける。

 霧の中に混ざって何かが迫っている。

 この海に生息しているポケモンかと思ったが、どこか様子がおかしい。姿がよく見えないのは今この海域の霧が濃いからだと考えていたが、実際は迫っている何かを中心に不自然なまでに白い煙が絶えず溢れる様に立ち込めていたのだ。

 

「あれは…」

「反応が強くなった!」

 

 船内から出てきたヒラタ博士の言葉にアキラは身構える。

 影も漁船も双方とも直進を続けていたが、このまま進めば衝突すると判断したのか、漁船は大きくカーブを描く。こちら側が道を譲る様な形になったが、白い煙に包まれた何かはそのまま一直線に進み徐々に離れていく。

 レッドやヒラタ博士は唖然としていたが、アキラだけは何か思う事があるのか考えていた。

 

「――レッド、海に棲むポケモンでツノを持つポケモンっていたっけ?」

「…いたかな?」

 

 アキラの疑問に、レッドはすぐに答える。

 謎だらけではあるが、二つだけわかったことがあった。

 一つ目は漁船が横を通り過ぎる際、立ち込める白い煙の隙間からその姿の一部を目にした時だ。

 岩の様な体にツノと呼ぶべき鋭い巨大な突起が、海面を切り裂く様に浮き上がっていたのだ。

 そして二つ目は、覆い隠す様に立ち込めていた白い煙だ。

 風に流れてきたのを直に触れて気付いたが、あの白い煙は湯気、つまり蒸気の様なものだった。

 

「反応が、どんどん離れていく」

 

 ヒラタ博士の言葉にアキラも手にしている機材を軽く調節するが、どれだけ調節しても反応が強まるのは巨大な存在の方角だけだった。

 幾つか正体に繋がるかもしれない有用な情報は得られたが、それでも尚わからない。

 ツノを持つポケモンは何種類か存在しているが、カントー地方の海にそんなポケモンは生息していたのだろうか。

 

 しかも、浮き出ていたツノはかなり大きかった。

 そして全身を覆い隠す程の量の蒸気、熱気が感じられた事からも、あれが海面の水を凄まじい速さで蒸発させているからとしか考えられない。しかし、海に棲むポケモンでそんな高熱を発するポケモンなど聞いたことが無い。

 

「――アキラ」

 

 ポケモン図鑑を片手に、レッドが画面に映った内容を彼に見せてきた。

 元々わからないことだらけなのは覚悟してはいたが、ポケモンの正体は意外なところからもたらされた。

 

「どうやら図鑑はあれの正体を認識していたみたいだけど、これ…本当なのかな?」

 

 レッドのポケモン図鑑をアキラは受け取るが、ポケモン図鑑が表示していた情報に目を疑った。

 最初に故障の可能性が浮かんだが、これだけハッキリと情報を示しているのだから、その可能性は低い。誤認と思ったが、作ったのはポケモン研究の世界的権威であるオーキド博士だ。データ無しで認識できないことはあっても、認識できるポケモンを間違えることは無い。

 色々信じられないが、一つだけハッキリとわかった。

 

 アレはヤバイ。

 

 

 

 

 

 アキラ達が大海原に出ていたその頃、人気の無い海岸の砂浜では派手な格好をしたムッシュタカブリッジ連合を名乗る集団が集まっていた。

 

 今回は呼んでもいないのに、アキラが困っていると聞いて全員集合していたが、やる事が無かったので流れ着いたゴミの清掃に勤しんでいた。名目上彼らは暴走族なのだが、昼間は仕事でゴミ清掃に関わる者が多いこともあって、今ではゴミ袋やトングを常備するなどすっかりゴミ清掃が板に付いていた。

 

「閣下~、何か見えてきたッス」

 

 何袋目かのゴミ袋を纏めた総長であるタカが汗を拭ったタイミングで、三人いる幹部格の一人であるリュウジが水上の遥か先を示す。

 天気が悪くて見えにくいが、白い煙の様なものが上がっているのが見える。霧の様に見えるが、漂うのではなくまるで噴き出している様な感じだ。しかも近付いてきているのか、白い煙に包まれた影は徐々に大きく見えてくる。

 

「――ヤバくないスか?」

「ヤバイな」

 

 メンバーの一人の言葉に、彼は同意する。

 稀にギャラドスが姿を見せる時はあるが、あんなポケモンは初めて見る。

 しかし、あれだけ大きなポケモンが海から陸に上がるとなるとただ事では無い。

 集めたゴミ山を放置して、彼らは大急ぎで砂浜から離れる。そして海岸に近付くにつれて、白い煙を纏っていた何かは海面から全身を持ち上げていく。

 波が体を打ち付ける度に煙が上がり、巨大な影は二本の足で直立すると、海面と煙に隠れていたその全貌を明らかにした。

 

「あれって…」

「え? マジ?」

 

 近くの道路まで彼らは退避していたが、海から現れた姿に目を瞠る。

 海に棲んでいるポケモンとは思えないがっしりとした鎧の様な体、特徴的なツノを頭部から生やした巨大な生物。

 その正体は、ドリルポケモンとして知られるサイドンだった。

 しかし、目の前に現れたサイドンは彼らが良く知るのとは大きく異なっていた。

 

 通常のサイドンは2m近くなのだが、海から現れたサイドンは2mどころか倍以上の大きさ、誰がどう見てもおかしい巨体だ。そして何より目を引くのが、全身に深紅に輝く筋が血管の様に張り巡らされていて体の随所が赤く発光していることだ。

 他にも水が苦手なはずのサイドンが海から現れたなど普通とは異なるのもあるが、この二つだけでも十分に異常だ。

 

「閣下、あれってサイドンッスよね?」

「だろう…な。訳が分からん」

 

 聞いたことも見たことの無いサイドンの姿に、タカを始めとした暴走族達は何がどうなっているのか状況が良く呑み込めなかった。

 そんな彼らを余所に、立ち上がったサイドンは足を音を響かせながら、ゆっくりとした歩みで砂浜に上陸する。取り敢えず彼らは、ギャラドスが海岸に現れた際の対処法である下手に刺激せず、そのまま様子を窺う事にする。

 

 他の野生のポケモンと同様に、気が済めば帰ってくれるだろうと楽観的に考えていたが、サイドンは進行方向にあった海の家を押し潰す様に破壊する。

 その光景に彼らは唖然とするが、地響きを唸らせながら町がある方角へと歩を進めるサイドンの姿に胸騒ぎを抱くのだった。

 

 

 

 

 

「見えた! 確かにサイドンだ!」

 

 少し離れた海上で、大急ぎで引き返しながら船首から体を乗り出してまで双眼鏡を覗いていたアキラは、上陸したのがレッドの図鑑で示されていたサイドンなのを確認する。

 しかし、見えてきたサイドンは離れているが故に小さく見えてはいたが、それでも彼らが知っている姿やレッドの所持しているポケモン図鑑に表示されている情報と色々異なっていた。

 

「サイドンって水は苦手だよな? なのに泳いでいたのって、お前が言っていたタイプが変化した影響って奴?」

「わからない。元々サイドンは、”なみのり”を覚えるし」

 

 サイドンは確かに水は苦手ではあるが、”なみのり”を覚えることで水の中を泳げる様になるだけでなく、ある程度は水に耐性を身に付けることが出来る。今回現れたのは、”なみのり”が使える珍しい個体の可能性は十分に考えられるが、あの様子では何か別の要因があってもおかしくない。

 紫色の濃霧――例のエネルギーが関係していると、タイプが変化するのや凶暴化するとは聞いていたが、通常の個体よりも巨大化するのと体が赤く光るなど聞いていない。

 

「タイプが変化したりするのは度々確認してきたが、あんな状態になっているのは初めて見る」

 

 どうやらあのサイドンの身に起きている変化は、ヒラタ博士も初めて見る現象らしいが、アキラはある可能性を考えていた。それは本来存在しない自分がいることによって、この世界に何らかの弊害か異変が起きているのでは無いかという事だ。

 そもそもポケモンのタイプが変わる現象自体、本来存在しない出来事の筈だ。もし自分が存在していることが何らかの引き金になっているのなら、両方の世界を自由に行き来する方法を探すどころでは無い。

 

「アキラ、俺は先に行っている」

「あぁ、無理はするなよ」

 

 上陸したサイドンが暴れて被害が出ているのか、この距離からも若干ながら黒煙が上がっているのが見える。それを見て居ても立っても居られなくなったのか、プテラを出したレッドは肩を掴まれる形で飛び上がると現場に先行する。

 徐々に小さくなっていく友人の姿を見ながら、アキラは自らが意図せずこの世界の疫病神になっている可能性を一旦忘れて、一刻も早く陸に着くのを願うのだった。

 

 

 

 

 

 アキラが歯痒い思いをしていた頃、サイドンが上陸した付近はパニック状態に陥っていた。

 海沿いにある町の中にまで足を踏み入れたサイドンは、ただ真っ直ぐ突き進むのではなく、ある程度は整備された道に沿って進んでいた。しかし、それでも自分より小さなものや車は踏み潰し、目の前を遮るものや道に沿って建てられている建物の一部を切り崩す様に破壊したりと、通り過ぎた後に破壊の爪痕を残していく。

 

 この緊急事態に、町の人達は訳が分からないまま逃げ惑う。

 たまに野生のギャラドスが暴れて砂浜沿いが軽い被害を受けることはあるが、野生のサイドンがこの町で暴れるなど前例が無いのだ。しかも見上げる程の巨体と全身の至る所が赤く発光している異様な姿に、恐怖を抱く者が殆どだった。

 だが、その中でもサイドンを相手に敢然と立ち向かう者達も少なからずおり、ムッシュタカブリッジ連合もその中にいた。

 

「閣下! どう考えても無理があったみたいです!」

「バカヤロー! 根性出せ根性を!」

 

 弱音を吐くメンバーに暴走族のリーダーであるタカは喝を入れる。

 ここまでして戦う義理は彼らには無いが、暴れられている町出身のメンバーがいるなどの理由で放置したら後々面倒になるし、被害を抑えることはある意味アキラが言っていた社会的にプラスの方向で貢献できると考えたからだ。

 

 三幹部のメタモン三体合体での疑似フリーザー以外にも、この一年半の間にそれなりに力を付けたポケモンもいるが、彼らの攻撃はドリルポケモンにはあまり通じていなかった。

 有効とされるみずタイプの技が当たっても、当たった箇所から蒸発して白い煙を上げるだけで、サイドンはものともしない。

 

 事態を打開しようと再現されたフリーザーは口から”れいとうビーム”を放つが、サイドンの体に当たると同時に爆発した様な音を轟かせて、先程よりも膨大な白い煙が周囲を包み込む。攻撃の効果を確認できなかったが、白い煙を切り裂く様に激しい炎がフリーザー目掛けて一直線に飛び、直撃を受けたフリーザーは元の三匹のメタモンに戻る。

 

「げぇ、まるで歯が立たねえ!」

 

 切り札であるフリーザーでは倒せない敵=敵わない相手と言う図式が彼らの中に出来ていただけに、挑んでいた面々に動揺が広がる。これ以上は無理だと考えた何人かが逃げようとした時、どこからか極太の光が飛んできてサイドンの顔に炸裂した。

 多くの人達が光が飛んできた方角へ目を向けると、プテラに掴まった少年がサイドンと戦っていた者達の間に降り立った。

 

「あれって…」

「アキラ名誉総長と一緒にいた」

「ポケモンリーグ優勝者のレッドだ!!」

 

 レッドがこの場にやって来たことに、戦っていたムッシュタカブリッジ連合や何人かのトレーナーは勿論、周囲にいた人々は歓声を上げる。

 彼はこの地方で一番強いトレーナーなのだ。

 それだけの実力者が来たという事はもう安心だと、気が早い者はそう考えていた。

 しかし周りが浮き立っているのに反して、レッドは目の前のサイドンの様子に体を強張らせる。

 

 過去にサイドンと戦った経験はあるが、目の前のサイドンは確実に二倍、下手すれば三倍近くの大きさだ。全身が赤く光って見えるのも、最初は全身に広がっている血管みたいな筋と体の随所が輝いているだけと思ったが、よく観察すると薄らと赤いオーラらしきものも身に纏っている。更に何故か熱く感じられるなど経験したことが無い現象だらけではあったが、サイドンの目付きだけは、レッドは覚えがあった。

 あれはトキワの森にロケット団が放していたポケモンがしていた殺気の籠った目だ。

 

 準備が整ったのか、叫び声も何も上げずにサイドンはレッドに殴り掛かって来たが、咄嗟に飛び出したニョロボンに抱えられる形で彼は難を逃れる。

 とにかく、あの巨体ではカビゴンでも正面から止めることは無理だろう。

 サイドンに関する情報を頭に浮かべながら、彼はギャラドスを召喚する。

 

「ギャラ、”ハイドロポンプ”!」

 

 出てきたギャラドスは、間髪入れず膨大な量の水を放つ。

 サイドンのタイプは、複合しているタイプの関係上みずタイプの技は特に苦手だ。

 アキラは耐性があることを指摘していたが、ここは定石通りに攻めることにした。しかし、サイドンの体は何歩か下がったものの水を受けた箇所から焼ける様な音と白い煙が勢いよく発生する。

 

 それを見たレッドは、目の前のサイドンが何らかの理由で体から高熱を発している考察を確信に至らせる。さっき様子を窺っていた時も近くにいるだけで焼けそうな熱気を感じていたし、通り過ぎた後や足元の舗装された道が熱された様に赤くなっているのが証拠だ。

 アキラの話を思い出せば、ひょっとしたらこのサイドンはほのおタイプになっているのではないかと言う考えが浮かぶが、わからないことだらけだ。

 

「みずタイプの技が効いている様には見えないな…」

 

 サイドンはじめん・いわタイプの複合だ。仮にどちらかのタイプが変化していたとしてもみずタイプが有効なはずだが、あまり効いている様子は見られない。”なみのり”が使えるから水に耐性があるかもしれないとは聞いていたが、本当にそれだけなのだろうか。

 

 ”ハイドロポンプ”を受けながら、サイドンは近くにあった車を鷲掴みにすると、それをギャラドス目掛けて投げ付けた。攻撃している最中だったギャラドスは、避けることが出来ないまま投げられた車を受けて怯む。

 青い龍の動きが鈍ったのを見計らったのか、サイドンは口から血の様に赤く染まった”はかいこうせん”を放ってきた。それだけでも驚愕に値するが、色だけで無く放たれた光の強さも尋常では無く、直撃を受けたギャラドスは爆発の衝撃で建物に叩き付けられて動かなくなった。

 

「ギャラ!? 嘘だろ!?」

 

 体が大きいこともそうだが、放つ技の威力など何もかも普通では無い。

 これは本格的に厳しいのをレッドは改めて認識する。

 大き過ぎるが故に力勝負はまず無理。

 一番効きそうな水技もあまり効かない。

 近付こうにも高熱を発している。

 今まで戦った中でも間違いなく上位に位置するほど厄介だ。

 

 ギャラドスをボールに戻そうとするが、その前にサイドンは巨大な尻尾を振ってきた。

 通常のサイドンでも強力な攻撃手段なのだ。それが巨体に比例して数倍の規模、しかも建物を巻き込む形で崩しながら迫ってくるのだから、レッドは素早くプテラを繰り出して上空に逃れる。

 

「”ちょうおんぱ”!」

 

 何か仕掛けられる前に、プテラは口から相手の正気を失わせる甲高い音を放つ。

 もしかしたら今のサイドンには効かない可能性もあったが、狙い通りの効果が出たのかサイドンの挙動は不安定になる。チャンスと見たレッドは、ギャラドスを戻す以外にもボールを投げて、フシギバナとニョロボンを地上に召喚する。

 

 やる事を理解していたフシギバナは、地面を踏み締めて背中の巨大な花弁に光を集め始める。その間にニョロボンはサイドンの足元を積極的に動き回り、飛んでいるプテラも掴んでいるレッドと一緒に頭上を飛び回って更に注意を引こうとする。

 しかし、サイドンは混乱しているにも関わらず、巨体任せに激しく暴れる。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 大人しくさせる意図で、プテラは命じられた”はかいこうせん”をサイドンの頭部に当てる。強烈な一撃にサイドンは唸りながら後退するが、タイミング良くチャージをしていたフシギバナは”ソーラービーム”を放った。

 先程自らが放った”はかいこうせん”に勝るとも劣らない光を受けて、サイドンの巨大な体は宙に浮き、地響きと砂埃を上げながら倒れた。

 サイドンが倒れたのを見て、レッドの周りにいた人達は歓喜の声を上げる。

 これで倒せたのなら一安心だが、実際はそうはいかなかった。

 

「まだ戦うのか…」

 

 少し経つと、サイドンは立ち上がろうと体を横に転がす。

 整備された道を凹ませるまでに踏み締めながらゆっくり立ち上がった直後、ここまでほぼ無言だったサイドンは、耳を塞ぎたくなる程の大きな声で天に向かって吠えた。発せられた音圧とも言える衝撃波は、飛んでいたプテラとレッドを吹き飛ばし、危うく彼らは地面に叩き付けられそうになった。

 そしてサイドンはさっきまでのゆったりとした動きから一転して、足元を動き回っているニョロボンを踏み付けようと激しく足を動かす。容赦の無いサイドンの攻撃に、遥かに小さいニョロボンは逃げ惑うしかなかった。

 

「フッシー、”はっぱカッター”!」

 

 すぐにフシギバナが、援護として高速で飛ぶ葉を撃ち出す。

 飛ばされた葉が当たると、サイドンは嫌がる素振りを見せる。それを見たレッドはそのまま攻撃を続けようとしたが、サイドンは標的を変えたのか顔をフシギバナに向けると同時に口を開く。

 またさっきの”はかいこうせん”かと思ったが、予想に反して口から放たれたのはレッドのギャラドスが放った”ハイドロポンプ”の炎版とも言える程の勢いのある炎だった。

 あまりの速さにフシギバナは何もできないまま炎に呑まれて、その体を転がした。

 

「フッシー!?」

 

 驚きと確認が半々に混ざりながらレッドはフシギバナの名を叫ぶが、既に体の至る箇所が煤と焦げ跡だらけで戦闘不能だった。サイドンが口から炎を放つなど、彼は聞いたことが無かった。

 本当にあのポケモンの身に何が起こっているのか。

 

「チャンピオン危ねえ!!!」

「え?」

 

 モヒカンの格好をした若者が注意を促すと同時に、レッドの体はニョロボンに担がれた。

 振り返ればさっきまで自分がいた場所にサイドンが放った炎が浴びせられ、真っ赤に焼けていた。間一髪ではあったが、サイドンはそれだけに留まらず、炎を周囲にやたら滅多に放って焼き払っていく。広がる火の勢いに人々は逃げ惑い、燃え盛る炎に照らされながらサイドンは自らを誇示するかのように吠える。

 その姿は最早、テレビで出てくる怪獣を彷彿させるものだった。

 

「どうすれば良いんだよこいつ」

 

 まるで手が付けられないと思ったその時、レッドの左右を三つの影が駆け抜けた。

 

 目をやると、それはハクリューとブーバー、サンドパンだった。

 サンドパンが爪先から”スピードスター”を、ハクリューは”りゅうのいかり”でサイドンの注意を引き付ける。その隙にブーバーが、サイドンの死角から体に生えている突起などを足場に駆け上がっていく。今のサイドンは高熱を発していて触れると火傷を負いかねないが、ほのおタイプであるブーバーは全く問題にしない。

 

 当然サイドンは反応するが、振り払う前にブーバーは大きくジャンプして背中に背負っていたものを抜き、ドリルポケモンの脳天とも言える部分を渾身の力で殴り付けた。効いているのかサイドンは喚く様に吠えるが、レッドが良く知る彼らがここにいると言う事は――

 

「遅れてごめん!」

 

 振り返ると、漁船を出してくれたムッシュタカブリッジ連合のメンバーのバイクに乗せて貰っていたアキラが、ヘルメットを外しながらレッドの元に駆け付けていた。




アキラとレッド、特異な姿をした巨大サイドンとの交戦開始。

巨大化にオーラを纏っているなど、SMに出てくるぬしポケモンに似ていると言えば近い感じです。切っ掛けになった元ネタも似た様な理由でしたので。
オーラの描写はどうするか迷っていましたが、SMを見て描くことにしました。
後、”なみのり”が使えるから水に耐性があるかもしれない扱いは、アニポケに出てきた泳げるサイドンが元ネタです。あちらは水を恐れないだけで技での水は効いていましたけど。

何故、原作介入などによる改変とは違う完全オリジナルの展開を組み込むのかと思う方はいると思います。
理由としては、ポケスペの二次創作であるこの物語の始まり方や目的、アキラが最終的な決め手にならなければならない戦いなどを考えると、個人的には原作の流れを変えることによるオリジナル展開では無い流れが必要と感じたからです。

次回でこの1.5章は終わります。


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怪物の脅威

 ようやくアキラが加勢してくれたことに、苦戦を強いられていたレッドは表情を明るくする。

 彼は自分よりも頭が回るし、手持ちのポケモンもクセは強いが実力者揃い。何よりこの異常事態にある程度の知識と理解があるのだから、加勢してくれるだけでもこれ以上無く心強い。

 

「お前が来てくれると心強いぜ」

「まだそれ程じゃないよ」

 

 謙遜するが話はそこまでだ。

 先陣を切った三匹は、”こうそくいどう”によって実現する素早い動きでサイドンを翻弄する。本来”こうそくいどう”を覚えているのはハクリューのみだが、残る二匹は”ものまね”によって一時的に使えるようになっている。

 

 相手の技のみならず味方の有用な技を一時的に使えるのは、こういう野良バトルなどで大きな力になるとアキラは考えて、この一年半の間に必死になって覚えさせるのに必要なわざマシンを掻き集めたが、その甲斐があった。

 仮にサイドンでなくても、あれだけの巨体でちょこまかと動き回る三匹を捉えることは至難の業だろう。

 

「状況は? サイドンについてわかったことはある?」

 

 三匹が注意を引き付けている間に、アキラはレッドに情報を求める。

 サイドンが異常なのは誰がどう見てもわかるが、やはりここは自分より先に戦っていた彼から知りたい。

 

「ギャラとフッシーがやられた。サイドンは……見てわかると思うけど、お前のブーバーみたいに熱を発している上に技もかなりヤバイ威力だ」

「やっぱり、ほのおタイプに変化している可能性はあるってことか」

 

 レッドの話から、アキラは目の前のサイドンについて考えを張り巡らす。

 全身の随所に血管の様に張り巡らされた赤く光る筋、自分達が追い掛けている紫色の濃霧に含まれているエネルギーで何らかの影響を受けたのだろう。薄らとした赤いオーラを身に纏っていることや熱を発していることから考えるに、じめんタイプかいわタイプのどちらが消えてほのおタイプになったか、或いはほのおタイプ単体に変化したかのどちらかだろう。

 もっと情報は欲しいが、今のサイドンがどういう状態なのか詳しい詳細は、遅れて向かっているヒラタ博士を待つしか無い。

 

「後は、ギャラの”ハイドロポンプ”も大して効かなかった」

「それは面倒だな」

 

 仮にほのおタイプに変化しているとしたら、最も手軽に有効打に成り得るみずタイプの効きが薄いのは厄介だ。そもそも海を泳いで来たのだから、水にはある程度の耐性があるという推測はしていたが、それも現実味を帯びてきた。

 

 もしかしたら熱く見えるのは表面上だけで、別のタイプに変化している可能性もあるが、対抗手段が無い訳では無い。集まった情報を元に考え、動き回っている三匹とサイドンの動向を窺い、タイミングを見計らってアキラは命じた。

 

「サンット、”じしん”!」

 

 アキラが大きな声でそう伝えると、サンドパンはハクリューとブーバーの動きを見る。

 二匹もサンドパンに与えられた指示が聞こえたのか、素早くサイドンから離れて自身の後ろまで下がったことを確認すると、ねずみポケモンは両手の爪を地面に突き刺した。同時にサンドパンの正面方向の地面に強い衝撃が広がり、サイドンは足を止めるだけに留まらず、バランスを崩して倒れ掛かる。

 

 いわタイプとほのおタイプは共通してみずタイプに弱いが、もう一つ共通してじめんタイプにも弱い。サイドンが二タイプのいずれかになっていることが前提の攻撃ではあるが、効いているのかドリルポケモンの動きは鈍る。

 

「俺もゴンに”じしん”を覚えさせようかな」

「良いと思うね」

 

 効果を上げているのを見たレッドの呟きに、アキラは同意する。

 意外にもレッドは、アキラみたいにポケモン達にわざマシンを活用して覚えさせたり、弱点対策に他のタイプの技などを覚えさせることはあまりしていない。その為、ピカチュウなら攻撃技はでんきタイプばかり、プテラに至っては攻撃技は”はかいこうせん”や”つばさでうつ”、”ちょうおんぱ”の応用など、レベルアップで覚えるか彼らが偶然習得した技をメインに戦っている。

 

 グリーンを含めた腕の立つトレーナーの多くは、一匹のポケモンに様々なタイプの技を覚えさせているのに、よくその技構成や戦い方で頂点に立てたものだと正直に思う。だけどそれは逆に、レッドはそんな方法に頼らなくてもポケモンが本来持っている力を最大限に引き出せているから勝ち続けていると見れなくもない。

 

「さて、体が大きい奴じゃ対抗するのは無理そうだから、スピードで翻弄した方が良いな」

「そうだな」

 

 アキラの意見に既に出ているプテラと小回りの利くニョロボンに加えて、相性の悪さ故に出していなかったピカチュウもレッドは出す。提案した彼も残った全て手持ちを繰り出して、揺れが収まったことで持ち直したサイドンとの戦いに備える。

 もう少しすれば、こちらに向かっているヒラタ博士がサイドンの詳細を分析したデータを伝えてくれる筈だ。その前に倒すか捕獲するのが理想だが、教えて貰った方がやりやすい。

 何かとんでもない情報でももたらされない前提ではあるが。

 

「よし。行くぞ皆!」

「リュット達も”いわなだれ”とかの広範囲技に注意するんだ」

 

 二人の指示を受けて、ヤドンを除いた八匹は一斉にサイドンに攻め込む。

 サイドンの圧倒的なパワーと巨体が相手では近付くことは難しいが、それでも彼らは狙いを絞らせない様に動きながら、各々の技を仕掛けて攻めていく。

 さっきの様に一人で戦い続けていたら、あまり出来ないままやられていたかもしれないが、アキラが加わったことで有利になっているのをレッドは実感する。彼らがサイドンに対して有効な技を覚えていることもあるが、何よりも動きが良いのだ。

 

 レッドのポケモン達も注意を引き付けたりと悪く無い動きだが、アキラのポケモン達はそれだけに留まらない。トレーナーである彼がある程度導いていることもあるが、それ以上に連携を意識しているかの様な動きになっているのだ。

 複数のポケモンが入り乱れて戦っているのに、ここまで息の合った動きを見せるのは、レッドは彼の手持ち以外では見たことが無かった。

 

「お前のポケモン、相変わらず凄いな」

「テレビの影響だよ」

 

 レッドはアキラの手腕であると思っているが、複数のポケモンが入り乱れるルール無用の野良バトルでは、トレーナーが全てのポケモンの動きを把握するのは不可能だ。

 実際、観察していて気付いた事や危険な状況、チャンスと思った場面、動きの調節が必要と感じた時以外では彼は口を挟まず、彼らの好きな様に戦わせている。

 手持ちが普段から自由に動き回っていることもあるが、レッドが感心している彼らのコンビネーションは十中八九、ブーバーとゲンガー、エレブーが好んで見ている番組の影響だろう。知る人が見れば、彼らの動きは明らかにどこかで見覚えのある動きなのに気付く筈だ。

 

 結局のめり込んだのは三匹だけだったが、彼らが見ていたらついでに見ると言った感じなので結局全員見ている。

 ポケモンバトルは基本的に一対一で戦うのがこの時代のルールなので、仲間と協力して戦う機会はこういう時しかない。それにのめり込んでいる三匹の表情を見ると、「巨大ロボが欲しい」か「巨大化アイテムが欲しい」と思っているのは、ほぼ間違いないだろう。

 

「まあ、ロボじゃなくてもサイドンに対抗できる巨体があった方が楽だな」

 

 だが無い物をねだっても仕方ない。今戦っているサイドンと比べると、彼らの攻撃はパワー不足ではあるが、数と連携、機動力では圧倒的に勝っている。

 片方に注意を向ければ、真逆の方から攻撃を仕掛ける。

 そしてそちらに向いたら、また別方向から仕掛けるを繰り返す。

 単純な繰り返しではあるが、じめんタイプの技が使えるサンドパンとじめんタイプとしての性質を有している”ふといホネ”を操るブーバーのおかげで、如何に小さくても決して無視できないダメージを蓄積させることが出来ていた。

 

 しかし、何回も繰り返すのが上手くいくと、動きは徐々に単調になる。

 サイドンが他に気を取られたと見たブーバーは”ふといホネ”を構えて攻め込むが、サイドンはブーバーの動きに応じた反撃を仕掛けてきた。咄嗟に昨日手に入れたばかりにも関わらず、攻撃を流す様に巧みに”ふといホネ”を操って身を守るが、完全に衝撃を殺し切れずブーバーは地面に叩き付けられる。

 

「ブーバーが!」

「皆援護に回るんだ!」

 

 ドリルポケモンの追撃が迫るが、両者の間にエレブーとニョロボンの二匹が割って入る。構わず突進するが、足元をハクリューとサンドパン、プテラが攻撃を仕掛けてサイドンの勢いを削ぐ。

 

 その間に二匹は互いに両腕を絡み合わせる様に組むと、それを足場にしてピカチュウを頭に乗せたゲンガーが跳び上がった。二匹はサイドンの目の前まで高々と跳ぶと、それぞれ”あやしいひかり”と”フラッシュ”などの強烈な閃光を浴びせる。効果はてきめんだったらしく、サイドンは足を止めて苦しそうに両目を手で抑えながら吠える。

 

「よし。これなら――」

 

 目潰しをしたから大分動きやすくなると思ったが、サイドンは地面が大きく窪む程の力で踏み締めて”じしん”を起こしてきた。

 この攻撃が繰り出されることは予想の範囲内ではあったが、規模と威力は予想外だった。サンドパンが放つのとは比にならない揺れと衝撃の強さで、まとも立つことが出来ないのは勿論、影響は周囲のまだ健在な建物さえも耐え切れずに崩れていく。

 

 まるで天災そのもの、そうとしか言いようが無かった。

 常軌を逸したパワーの”じしん”に戦っているポケモン達もそうだが、影響はほぼ無防備なレッドやアキラに及ぶ。危うい場面ではあったが、二人は唯一加わらないでいたヤドンが自らも含めて念の力で空中に浮かせてくれたことで難を逃れる。

 それを見たゲンガーを含めた何匹かも、跳び上がって揺れの影響下から離れるが、それでもハクリューなどは跳び上がれずにいた。

 

 地上に残っていたハクリューは、元凶であるサイドンを黙らせようとツノに”はかいこうせん”のエネルギーを溜め始める。彼に倣って、跳び上がっていたゲンガーとエレブーも”ものまね”で”はかいこうせん”を真似る。

 二匹の”はかいこうせん”の構えは、両手首を合わせて体を屈めており、ある漫画の構えと同じというふざけたポーズだったが、表情は至って真面目だ。

 

 そして三匹が一斉に放つ三つの”はかいこうせん”は、同時にドリルポケモンの顔面に炸裂する。流石のサイドンも苦しそうに唸り声を上げるが、倒れる素振りも無くそれだけだった。

 

「どうなってるのあいつ?」

「これ、俺達だけでどうこう出来るレベルを超えているかもしれない」

 

 効いているには効いているが、全然倒れる様子が見られない。

 手持ちの様子を窺っても、彼らはまだまだ戦えるがダメージは蓄積させても勢いが衰えないのではこの先は厳しい。しかも今戦っている場所を中心に、町は廃墟と化しているなどとんでもない被害だ。

 もしここで止められずにタマムシシティの街中まで進行を許して暴れられたら、伝説のポケモンが暴れるのと同等以上の被害が出ることが容易に想像できる。

 今頃警察や近くのジムリーダーが事態を収拾すべく現場に向かっていると思われるが、果たして目の前の怪物を止めることはできるのか。

 

「アキラ君!」

 

 手詰まり感を感じながら着地した時、救いの手とも言える声を耳にしたアキラの気分は晴れる。先にバイクに乗せて貰ったので、置いてきぼりにしたヒラタ博士がようやく追い付いたのだ。事態を打開する可能性があるとしたら、今まで今回の出来事に関係しているであろう研究を続けていた博士から詳細な情報を聞く以外無い。

 

「博士! 詳細な情報をお願いします! このままじゃ持ちません!!」

「わかった! 今から言う事全てを聞き返さず聞くんじゃ!」

 

 藁にも縋りたい状況なのだから聞き返すはずも無い。

 そう思っていたのだが、伝えられた内容は予想以上のものだった。

 

「信じ難いが、あのサイドンは本来のじめん・いわタイプに加えてほのおタイプも加わっている。つまりじめん・いわ・ほのおの三タイプを有しておる!」

「えっ!?」

「三タイプって…ポケモンは通常二タイプが限界なんじゃ…」

 

 アキラは思わず聞き返す様に声を上げ、レッドも唖然とする。

 ポケモンはどれだけ変わったものがいても、タイプだけは基本的に二タイプまでだ。目の前のサイドンはほのおタイプの予想は当たっていたが、本来のタイプが変化したのでは無く更に加わっているのだと言う。幾ら何でも信じ難いが、ヒラタ博士が使っているポケモンのタイプエネルギーを検知する装置が故障したとは思えない。

 

「信じ難いのはわかる! じゃが三タイプなのは”一時的なもの”、つまりタイプが加わったと言うよりはほのおタイプのエネルギーも有していると考えられる」

「一時的…つまり例のエネルギーか」

 

 新しく得たのではなく一時的となると、まずは外的要因が浮かぶ。

 この場合、彼らが追っている紫色の濃霧に含まれていると考えられているエネルギーの影響で、ほのおタイプやそれに関わるタイプエネルギーがサイドンに加わっているという事だろう。

 

 そう考えると、全身がやたらと赤く輝いていることも納得である。

 全身を薄らと包むオーラの形でほのおタイプのエネルギーを纏っているか、エネルギーを体内に宿した影響で体の随所が発光しているか、或いはその両方かもしれない。そして理屈は全く不明だが、巨大化したのや尋常では無い攻撃力やタフさもそれらのエネルギーによる影響かもしれない。

 しかし、仮に一時的とはいえタイプが三つもあってはタイプ相性の考えが複雑になって面倒だ。

 

「えっと、じめん・いわ・ほのおの三タイプが共通して苦手なのは……」

「みずタイプじゃない?」

 

 悩むアキラにレッドは答える。

 元々サイドンは、じめん・いわの二タイプの複合なのでみずタイプの攻撃を受けたら通常の四倍も大きなダメージを受ける。それにほのおタイプが加わったら、計算的には受けるダメージは通常の八倍と言うとんでもない数値になる。ところがサイドンが”なみのり”を覚えているからなのか、体が高熱を発している影響なのか理由は不明だが、みずタイプの技の効果は薄い。

 そうなると別のタイプでの攻撃を考える必要があるのだが――

 

「――結局地面技で良くない?」

「だな」

 

 レッドの答えにアキラも同意する。

 冷静に考えれば、いわ・ほのおの組み合わせだとじめんタイプのダメージが四倍になるのだから、今の戦い方を続ければ良いと言う結論に達した。問題は、その四倍ダメージを頻繁に与えているのにサイドンは全く倒れる様子が無い事だ。

 情報は得られたが、肝心の倒す方法が全く浮かばないのでは意味が無い。

 しかし、ヒラタ博士は悩む彼らに別の手を伝える。

 

「倒すのに拘る必要は無い! 常識とは異なっておるが相手はポケモンじゃ!」

 

 ヒラタ博士のその言葉に、二人は気付かされた。

 普通とは違い過ぎて自分達は倒すことばかり考えていたが、よく考えれば相手はポケモンだ。ならばモンスターボールに収めて、ボールの中に入れる形で大人しくさせることが出来る。

 だが――

 

「捕まえられるの? あれ?」

 

 半信半疑でアキラは、サイドンに目を向けながら呟く。

 一応モンスターボールはビル並みに巨大なポケモンさえも収める事は出来るが、あれだけのサイズに加えて全く弱る気配が無いのだからにわかに信じられない。けれどこのまま戦い続けても長期戦になるのは目に見えているし、それまでにどれだけの被害が出るかもわからない。やらねば状況は悪化する一方だ。

 

「任せろアキラ! 俺がやってやる!」

 

 物は試しと、レッドは空いているモンスターボールをサイドンに投げ付ける。

 さっきのゲンガーとピカチュウの目潰しコンボで、サイドンはまだ目が見えていない。

 一見すると無防備ではあったが、彼が投げたボールは呆気なく弾かれる。

 

「あれ?」

「レッド、ただサイドンの体皮に当ててもダメだと思うよ」

 

 ポケモンを捕まえるなら単純にボールを当てれば良いと思われがちだが、ポケモンにはボールを当てても反応するのに適している部分と適さない部分がある。

 サイドンは文字通り全身鎧の様な体皮なので、弱っている状態で当てても弾かれる確率は高い。基本的にこういうのは体の弱い箇所、頭や目などの何らかの感覚器官が集中している部位を狙うのが良い。

 後にポケモンを捕まえるには気の集まる部位を狙うと確実に捕獲できる技術が出てくるが、今の彼らにはそこまで正確な判断はできない。

 

「狙いどころは顔が妥当だと思うけど…」

 

 やはり狙うとしたら目などの感覚器官が集中している部位だが、通常よりも大きくなった所為であそこまで投げるのは難しい。しかもまだ目が見えないからなのか、体を激しく動き回しているのも相俟って近付くの危険で狙いも定めにくい。

 どうしたら良いものか。

 

「――そうだ」

 

 何か閃いたのか、レッドは手を叩く。

 

「アキラ、あのロケットランチャーは?」

「ロケットランチャー…あっ」

 

 ここでアキラもレッドの意図を悟る。

 今日彼がフル装備のつもりで持って来たロケットランチャーは、モンスターボールを撃ち出すことが可能な特殊仕様。撃ち出すまで手間は掛かるが、準備が出来れば普通に手で投げるよりも速く正確に飛ばせる。それを使えば、サイドンに近付く必要性と言った問題点を解消できる。

 名案ではあるが、一つだけ問題があった。

 

「あれ…重いから船に置いて来ちゃったよ」

 

 心底申し訳なさそうにアキラは、ロケットランチャーは今は持っていないのを告白する。

 背中に担ぐとはいえ、十代の自分が持ち歩くには重い。それも必需品が入っているリュックと一緒に背負うのだから、尚更急いで駆け付けるには余分だと考えて、リュックと一緒に船に置いて来てしまったのだ。

 しかし、折角浮かんだ解決策なのだから試してみる価値はある。

 問題があるとすれば、取りに行く時間だが――

 

「誰か! 誰でも良いので俺がさっきまで乗っていた船からロケットランチャーを持ってきてください!」

「よっしゃ! 俺に任せろ!」

 

 アキラの頼みに暴走族のリーダーであるタカが名乗りを上げると、離れた場所に停めていたバイクに乗るとあっという間に離れていった。この時初めてアキラは、彼らが自分に従ってくれることを有り難く感じた。

 

 彼が走らせたバイクが法定速度オーバーしている様に見えなくも無かったが、この際気にしていられない。次は彼が戻って来るまでにどうやって時間を稼ぐかだが、未だ暴れるサイドンの姿にアキラの脳裏にある方法が過ぎる。

 一瞬だけ躊躇ったが、焦っていることも相俟って彼は良く考えずに勢いですぐにそれを実行することにした。

 

「――仕方ない。一旦全員ボールに戻れ!」

「えっ!?」

 

 アキラのまさかの指示にレッドは驚くが、彼のポケモン達は次々とモンスターボールの中に戻っていき、そして何故かすぐに飛び出た。

 

「メタモンは動けますか!?」

「ぁ…はい、何とか動けますが…」

「よし、”ものまね”だ!」

 

 メタモンを連れている暴走族の幹部格に確認を取ると、アキラのポケモン達は一斉にメタモンの”へんしん”を”ものまね”をする。

 一体何を考えているのか彼ら以外誰も理解できなかったが、構わずアキラは次の指示を下す。

 

 「バーットを中心に――サイドンと同サイズのブーバーになるんだ!」

 

 他人が聞けば謎過ぎる指示ではあったが、アキラのポケモン達は迷わず実行する。

 中でも何匹かは、「待ってました」と言わんばかりに嬉しそうだった。

 先に中心役を命じられたブーバーが飛び上がると、ヤドンだけはエレブーに投げ飛ばされる形ではあったが続けて他の五匹も飛び上がる。

 

 太陽を背にしたことで飛び上がった彼らがどうなっているのか直視出来なかったが、重なり合った六つの影は一つの巨大な影へと変わる。そして巨大な影は地響きと砂埃を舞い上げる形で地面に着地すると、巨大化しているサイドンとほぼ同サイズの巨大なブーバーが片膝が付いた姿勢で体を屈めていた。

 

「よし! サイドンの動きを抑えるんだ!」

 

 複数のポケモンによる合体”へんしん”が上手く行ったと見たアキラは、すぐさまその巨体を活かして取り押さえるのを命ずる。

 このままさっきと同じことを繰り返してもダメージを与えられない。捕獲に方針転換したのだから、ボールを当てやすい様に取り押さえることに力を注いだ方が良いのでは無いかと、彼は考えたのだ。

 

 彼の声に遅れて反応した巨大ブーバーは、ゆっくり立ち上がるとぎこちなさそうではあったが、一歩一歩力強く踏み締める形でサイドン目掛けて走る。ようやく目が見えてきたサイドンは、迫るブーバーに対して”はかいこうせん”を放つ。

 破壊的な光線が迫るが、まだ良く見えていないのか走っているブーバーの横の地面に当たる。爆発と共に土埃と炎が舞い上がるが、それでもブーバーは勢いを弱めず一直線に駆け抜けると、流れる様にサイドンの顔に拳を打ち込んだ。

 

「おお! スゲェ!!!」

 

 技でも何でもないパンチでサイドンがよろめいたからなのか、はたまた常軌を逸した大きさのポケモン同士が激突しているからなのか定かではないが、レッドや周りは歓声を上げる。しかし、浮かれている周りとは対照的にアキラの目は厳しそうだった。

 色々理由はあるが、何より一番気になるのはブーバーの動きが鈍くてぎこちないことだ。

 元になったブーバーを考えればもっと機敏に動けるはずなのだが、六体の手持ちの合体”へんしん”によって誕生した巨大ブーバーは、錆び付いたブリキのおもちゃまではいかなくてもスムーズでは無い。

 

「やっぱり難しいか」

 

 ミュウツーを退けた経験から使える可能性があるのでは無いかと考えて、度々アキラ達は”へんしん”による変化や合体を試してきた。だけど繰り返す内にわかってきたのは、そこまで望んだ以上の力は出せないことと複数のポケモンで合体すると単純なパワーは向上しても、まともに動けないことが多い事だ。

 

 原因には力量不足や意思統一の問題などが、試みた手持ちの反応から見てわかったものの、具体的な解決策は未だに見出せていない。暴走族の三人は意図も簡単にメタモン三匹でフリーザーを能力も含めて可能な限り再現していたが、実はかなり凄い事をやっているということをこの時初めて理解した。

 

 動きなどに問題はあるが、パワーだけはそれなりに発揮してくれるので、今回の様に抑え込むのに適していると言えば適している。今はサイドンの攻撃を緩やかな動きながらもブーバーは何とか避けているが、何時まで持つか。

 焦りと安易な思い付きで命じたことにアキラは己の判断ミスを後悔し始めるが、遠くから一台のバイクが轟音を唸らせて迫って来た。

 

「アキラの総長! 持って来たぜ!!!」

 

 瓦礫だらけの悪路をものともせず、大きな筒状のものを背にしたタカがアキラに駆け寄る。

 ついさっき向かったはずなのにもう戻ってきたことに、彼は驚きながらも破顔する。

 

「ありがとうございます!」

 

 これで必要な道具は揃った。

 タカからロケットランチャーを受け取ったアキラは、急いで動作の確認や入れていたボールの再装填などの作業を行う。構造が比較的単純なので扱うことはできるが、慌てている為か何から何まで時間が掛かる。

 

 アキラが準備を始めたのを見て、巨大ブーバーは同じ巨大サイドンの動きを抑えるべく羽交い絞めにしようとするが、振り解こうとドリルポケモンは暴れる。

 ブーバーも何とか堪えようとするが、合体”へんしん”の影響なのか上手く体が反応し切れない。結局振り払われた上に、腹部に重いパンチを叩き込まれてブーバーの体は宙を舞う。

 元々上手くいっていなかったのや合体の性質上衝撃には弱い為、サイドンの攻撃で六匹の”へんしん”と合体は解けて、それぞれバラバラに吹き飛ぶ。

 けど彼らは時間を稼ぐだけでなく、隙も作ることにも成功していた。

 

「頼む!」

 

 ようやく準備が出来たアキラは、肩に担いだロケットランチャーの砲口をサイドンに向けて、来るであろう反動に備える。スコープを頼りに狙いを定め、モンスターボールが機能しやすいと思われる箇所――サイドンのツノ目掛けてモンスターボールを撃ち出す。

 さっきレッドが投げ付けたのよりも遥かに速い速度で、ボールは一直線にサイドンへ飛ぶ。

 ところが、ボールはツノに当たるかと思いきや硬い頬に当たってしまう。

 

「げっ!」

 

 狙いが逸れたことにアキラは驚くが、それでもモンスターボールは機能したのか眩い光と共にサイドンの姿は消えた。

 さっきまでサイドンがいた場所に彼が撃ち出したボールが転がるが、吸い込まれたポケモンが抵抗しているのかボールは激しく揺れる。大人しく捕まるのを誰もが願うが、彼らの想いに反してすぐにボールは開いてしまいサイドンが飛び出す。

 

 それだけですぐにアキラ達は失敗を悟るが、最悪だったのはそれからのサイドンの動きだ。

 原因が彼らにあると理解したのか、空気が震える程の大声で吠えながら突進してきたのだ。他には目もくれず車を踏み潰し、瓦礫を蹴り飛ばして一目散に迫る巨大なサイドンに、アキラは恐怖で体が金縛りに遭ったかの様に硬直してしまう。

 

「アキラ! 俺が食い止めるから早く次を!」

 

 そんな中、レッドだけは違っていた。

 彼は今自分にできるのは時間稼ぎしかないと考え、アキラに次の準備を促すと今まで出していなかったカビゴンや残った手持ちを総動員してサイドンの動きを止めようと試みた。

 レッドの言葉で正気に戻ったアキラは、言う通りにすぐに次弾の装填に取り掛かる。

 

 今度は失敗することは許されない。もし失敗すれば、レッドどころか自分も無事では済まない。

 最悪の流ればかりが頭に浮かぶが、レッドのポケモン達はカビゴンを中心に果敢にサイドンの片足を抑えに掛かる。だが桁違いのパワーと高熱の所為で少ししか足止めできず、サイドンは彼らを纏めて蹴り飛ばすと前に出ていたレッドに迫る。

 彼の危機に気付き、アキラの中で最悪の展開のイメージは一層強まったが、唐突にミュウツーと戦った時の光景が頭を過ぎった。

 

 あの戦いは最終的には退けたものだが、最初はどうやって逃げるのかばかり考えていた。

 だけど、今回は違う。

 逃げても何も解決にならないし、今危機に瀕している友人を救えるのは自分だけだ。アキラは自らにそう言い聞かせて奮い立たせると同時に、湧き上がる恐怖心を抑え込む。

 

 その瞬間だった。

 覚えのある感覚が湧き上がると同時に、彼の目に映る世界が変わった。

 

 あれだけ速く走って見えたサイドンが、今ではゆっくりと見える。

 更に目を凝らすと、どういう動きをしているのかもアキラは感覚的にわかった。

 何も考えず、ただ一直線に走っているだけだ。

 さっきまで抱いていた恐怖心はどこに消えたのか、嘘の様にアキラは冷静にサイドンの動きを分析しつつ成すべき事をこなす。

 モンスターボールの再装填を済ませると、彼はロケットランチャーを再び肩に担いで構える。さっき外れてしまったのは、撃ち出す時の反動でブレてしまったからだ。今度は足腰と腕にしっかりと力を入れ、しっかりと狙いを定めた彼はトリガーを引く。

 

 再度撃ち出されたボールは、真っ直ぐサイドンへと飛ぶ。

 レッドは踏み潰される寸前だったが、アキラが撃ち出したボールは狙い通りにサイドンのツノに当たる。すぐさま機能したボールにサイドンは吸い込まれるが、地面に落ちたボールはさっきとは違って揺れることはなく大人しかった。

 これが意味することはただ一つ、ほぼ無条件で捕獲に成功したという事だ。

 

「た、助かった」

 

 全てが終わったのを理解したレッドは一息つくと、緊張の糸が切れたのかアキラも腰から力が抜けて座り込む。途端に目の感覚は消えて、尋常じゃない疲労感と気分の悪さを覚えたが、そんなものはあまり気にならなかった。

 

 こんな出来事、知らないし存在しないはずだ。

 なのに、何故起きているのか。

 

 そんなことばかりが、アキラの頭の中に浮かんでは消えていた。

 この世界は自分が良く知る世界だけど少し違うだけなのか、それとも自分がこの世界に来たが故に生じた変化なのか。

 遠くから聞こえてくる救急車両やパトカーのサイレンの音を聞きながら、まだ黒煙を上げている廃墟となった町を見渡し、この世界の行く末と自らの立ち位置について彼は考えるのだった。




アキラ、レッドとの共闘の末に巨大サイドンの捕獲に成功。
こういう形ですが、ようやく二人の共闘を書くことが出来て満足していますが、もう一回書きたいです。
以前は大きな力になったご都合主義の塊である”へんしん”合体は、今回は不発。
昔の”ものまね”は”へんしん”をコピーすることは出来ましたが、今はコピーすることはできないみたいですね。
後、意図しているつもりは無いのですけど、何だか暴走族達が結構力になっている気が…

今回のサイドンのタイプ変化ならぬ追加は、初期段階では三つ目のタイプが追加されるのでは無くて、二つあるタイプの内一つを変化させる予定でした。
ですがゲームでバトル中限定とはいえ、一時的に追加する形でポケモンのタイプを三タイプにする技が何個か出てきたので、元に戻るのと限定的な形と言う条件なら三タイプはありと判断して、描くことにしました。

この話でオリジナル章である1.5章は終わります。
しばらくは今回の様な出来事やオリジナル展開は話しで触れる程度ですが、今後もたまにアキラの目的や出来事に焦点を当てた物語を描くつもりです。

次回から原作第二章が始まりますが、序盤の数話のみしか今回は投稿できないのをご了承下さい。


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第2章
二年間の成果


この話から第二章開始…のはずです。


 カントー地方最大にして名門として知られるタマムシ大学。その大学内に設置されている図書館で、レッドは大学に在籍している学生に混ざって所蔵されている本を読んでいた。

 

 二年前、サカキとの激戦を制した後に助けて貰った少女の頼みであるジムリーダーになる目標を叶える為の勉強目的で訪れたが、早々に頭から煙が上がってきていた。バトル関係ならわかると思っていたが、読んでいる本に書かれている内容が彼には理解できなかったのだ。知恵熱に悩まされたレッドは、無意識に近くに置かれているノートに手を伸ばすが、ノートは彼の手から離れた。

 

「あっ」

「あっ、じゃないよレッド。このノートの中身は、幾らお前でもダメ」

 

 油性ペンで「ポケモンバトル2」と書かれたノートを見せながら、友人にしてこの図書館の利用を進めたアキラはノートを自分の手元に置いておく。

 この世界はトレーナーの実力が物を言うのだ。

 強くなりたいのなら、可能な範囲でやれるだけのことをやるべきだ。

 その為、ノートには彼が今まで経験してきた負けたバトル全てと勝った中で特に印象的だったバトル、それらのバトルでするべきだった対策や反省点、試みるべき改善点などが記してある。

 

 中でもレッドとのバトルは、参考にできることが多いことや彼に勝つのがアキラの目標の一つなので、彼とのバトルはポケモンリーグでの戦いを契機にカスミの元で特訓していた時期にまで遡って全て書き留めている。他にも彼のバトル時の傾向や確立できていない対抗策や戦法もノートには記してあるのだ。

 中身を見られては、彼に勝つと言う目標が遠のいてしまう。

 

「良いじゃんケチ。俺が見たってどうせよくわかんねぇんだしさ」

「ヒントを見つけられたら困るよ」

 

 確かに自分だけ理解出来れば良いので内容や纏め方は雑ではあるが、バトル関係だとレッドは妙に鋭かったり頭が働くのだ。理屈は理解できなくても、感覚的に理解してしまう可能性がある。

 

「それよりもジムリーダーになる為の勉強は? 折角カントー地方最大の大学の図書館を利用できるんだから、読めるだけ読まないと損だよ」

「お前は何時も利用しているから慣れているんだろうけど、ここにある本は難しいんだよ」

「ごめん。確かにそうだね」

 

 この世界での保護者にして大学で教鞭を取っているヒラタ博士の手伝いをした後や暇な時間が出来ると、アキラは頻繁に退屈凌ぎも兼ねてこの図書館を訪れている。カントー地方最大の大学なだけあって、所蔵されている本の数はとても多く、知識を得ることには困らない。

 

 ポケモン育成やバトルに関係する本が膨大に並べられた棚を見た当初は純粋にどういう内容が書かれているのかと言う気持ちの高揚だけでなく「これでレッドに勝てる!」と意気込んだものだ。しかし結果は、手持ち六匹から三匹選んで戦うスタンダード形式、手持ち六匹の総力戦であるフルバトル形式問わずに相変わらず全戦全敗。

 それに最初から上手くこの図書館を利用できていたかと聞かれるとそうではない。

 

 彼もこの図書館を利用し始めた当初は、レッドと同じく置いてある大半の本の内容がまるで理解できなかった。もっとわかりやすい市販の本を読んだりして少しずつ学んで、ようやく今に至れたことを彼は思い出した。

 レッドがここに来る様になった時期や頻度も自分よりもずっと遅くて少ないのだから、解釈が難しい内容に頭を悩ませるのは仕方ないだろう。

 

「で、悪いけどこの漢字は何て読むんだ?」

「どれどれ?」

 

 レッドの求めに応じて、アキラは彼が読んでいる本の内容に目を通す。

 そこまで難しいことでは無かったので、読み方を教えると持っていた漢和辞典を彼に押し付けた。遠回しに自分で調べろと言われて、レッドは若干嫌そうな顔をするが、構わず椅子に深く腰掛けたアキラは「手持ち記録2」と書いたノートを開く。

 

 この世界にやって来てから二年の間に、彼は手持ちの記録を含めた様々な事をノートなどに書き込むクセが付いていた。

 学校の授業では無い自主的な纏めなので、長続きはしないと書き始めた頃は思っていた。しかし、書き始めると興味や好奇心が止まらないことやゲームの攻略メモを書いている感覚、指を動かしていると新しい発想が出てくるなどの理由もあって、今では学校の各教科の様にノートを使い分けるまでになっている。

 

 今開いているノートは、題名通りアキラが連れている六匹について彼なりに纏めた内容が詰まっている。手持ちの状態が変わらないこともあって似た様な内容を書く時も多いが、それでも彼は再確認する意味も兼ねて定期的に書き込んでいた。

 

・リュット 公式名ハクリュー

・タイプ ドラゴンタイプ

・出会った場所 トキワの森

・確認時のレベル52 次の進化に必要なレベル残り3

・覚えている技

 れいとうビーム、たたきつける、こうそくいどう、はかいこうせん、まきつく、でんじは、りゅうのいかり、ものまね、つのドリル、10まんボルト

・性格 好戦的できまぐれ

・バトル時の特徴

 能力は平均的ではあるが、技を豊富に覚えているため対応できる範囲は広い。

 力押しだけでなく変化技を使うなど、相手に応じて戦い方を柔軟に変えられる。

 とてもタフで、相性の悪い攻撃を受けても簡単には倒れず強気で戦える。

 昔よりは相性や体調を考える様になってはいるが、今でも相性関係無く大技に頼ることが多く諦めが悪かったり倒し方に拘る時がある。

・平時と近況

 親しい者には気を許せる様になったからなのかリラックスして日々を過ごす様になり、機嫌を損ねても暴れることは無くなった。(ただし損ねると面倒なのには変わりない)

 昔よりは問題は起こさず言う事を聞いてくれるが、気に入らない指示や理にそぐわないこと、必要無い一方的な命令口調で伝えられるのを嫌っている。

 進化したばかりの頃は体調不良だったこともあって極力バトルはさせないでいたが、最近は改善されてきた。

 練習を重ねて新しく”10まんボルト”を覚えたことで、進化だけでなく新しい技を覚えるのにも意欲的になっている。

 

 一か月近く前に書いたのと見比べても、新しい技を覚えた以外ハクリューの内容はあまり変わっていなかったが、改めてアキラはカイリューへと進化する日が近付いているのを実感する。

 

 同じポケモンでも進化に掛かる時間はトレーナーの技量次第で大きく異なるが、数少ない記録と情報を参考にハクリューの段階からでも大体数年は掛かるとわかっていたので、後一歩なのを考えると感慨深くなる。

 だけど、一つだけ気掛かりなこともあった。

 

 それはカイリューに進化することで、また体質が変わってしまうのではないかという事だ。

 ミニリュウ時代に受けた負の遺産の影響で、一時期ハクリューはまともにバトルさせることがままならない時があった。最近は療養や体調管理に気を遣ったおかげで以前と変わらない荒いバトルが出来るまでに回復したが、カイリューに進化したらまたあの時の様になってしまうのではないか危惧していた。

 こればかりは予測できないので、アキラはこのままハクリューをカイリューに進化させて良いものか少し悩んでいる。

 

「――何かあるのは嫌だけど、だからと言って一旦進化を目指すのは止めるって伝えたら、リュットは怒るだろうな」

 

 なまじ彼は一時的、或いは力を貸し与えられた可能性があるとはいえ、あのミュウツーと渡り合えたカイリューになった時の力を憶えているのだ。ハクリューとカイリューの能力をレーダーチャートで記したのを見比べてみても、能力差は歴然としている。カイリューに進化して、もう一度のあの時の様な力を手にして更に強くなりたい想いは自分よりも強いし、促したのも自分だ。

 とてもじゃないが止めることは無理なので、あの時以上に万全のケアーが出来る体制を整える必要性を考えながら、彼は次のポケモンについて目を通す。

 

・スット 公式名ゲンガー

・タイプ ゴースト・どくタイプ

・出会った場所 ニビ科学博物館

・確認時のレベル48

・覚えている技

 したでなめる、ナイトヘッド、あやしいひかり、サイコキネシス、さいみんじゅつ、ものまね、かげぶんしん、みがわり

・性格 やんちゃでイタズラ好き。

・バトル時の特徴

 能力は非常に高く、多くの変化技を覚えているため、相手の動きを制限したり惑わして有利な状況に持ち込みやすい。

 頭の良さを活かした立ち回りも多く、指示以上の行動を度々起こすので予想以上の結果を残すこともある。

 しかし、メイン攻撃技はゴーストタイプとエスパータイプの二タイプのみなので、弱点を突く以外では相手に大ダメージを与えにくい。

 相変わらず調子に乗りやすいのと防御が低いからなのか打たれ弱いのも弱点。

・平時と近況

 バーットや博士のお孫さんと一緒に特撮ヒーロー番組を見たり、ヒーローごっこ遊びらしきことをしたりと充実した日々を過ごしている。

 相変わらずイタズラでトラブルを起こすことがあるが、テレビの視聴や技の習得などイタズラをするよりも楽しいことを見つけたからなのか、ここ最近は減ってきている。

 今でもヤドットには頻繁にちょっかいを出しているので、いい加減に止めさせたいが良い解決策が浮かんでくれない。

 

 手持ちの中では高い能力と知恵を有しているが、相変わらずゲンガーはイタズラやトラブルなど自分が楽しいと感じることを気ままにやるのが大好きな問題児だ。

 

 ノートに書いてある通り、当人が積極的に習得の練習に時間を掛けたことで多くの変化技を覚えてきたが、メインとなる攻撃技の範囲が乏しい。それでも機転を利かせたりすることで、この二年は戦い続けることはできているが、負けたバトルや先の事を考えるともっと様々なタイプの攻撃技を覚えさせたい。

 

 イタズラも他に楽しいことを見つけたからなのか、昔に比べると減ってはいる。

 だが自分のトレーナーとしての技量が上がることに比例しているのか、ゲンガーも知恵を身に付けて巧妙化且つ悪質化しているので、実質プラスマイナス0である。他にもヤドンとは仲が悪いと言うか馬が合わないらしく、気付いたら喧嘩をしていることも珍しくは無かった。

 

 「頭は良いんだから、少しはサンットみたいに真面目に過ごす意義を見出してくれないかな」

 

 性に合わないのかもしれないが、自重と言う言葉を知って欲しいと願いながら、彼はある意味一番頼りにしている手持ちの纏めを見る。

 

・サンット 公式名サンドパン

・タイプ じめんタイプ

・出会った場所 トキワの森

・確認時のレベル44

・覚えている技

 きりさく、すなかけ、ものまね、どくばり、スピードスター、あなをほる、じしん、じわれ(練習中)

・性格 優しくて真面目

・バトル時の特徴

 防御に優れた能力を有しているが、他の能力も平均的なのと多彩な技を覚えているおかげで、あらゆる状況でもある程度の力を発揮できる。

 近距離はいわ・ゴーストタイプを除けば大きなダメージが望める”きりさく”、中距離はタイプ一致の高火力技である”じしん”、遠距離は単発形式に制御することで威力と速度が上がった”どくばり”などの飛び技で対処。

 しかし、単純な攻撃力などの地力は他の手持ちより低いので、力負けしやすいところがある。

・平時と近況

 サンドの頃と変わらず、トレーナーである自分の手伝いや他の手持ちを気に掛けてくれる縁の下の力持ち。

 普段は自由奔放に過ごしている手持ちの中では、珍しく自身よりも周りの事を気にしており、その誠実な性格が手持ちを纏めるのに一役買っている。

 自分同様に個性的なメンバーに振り回されることも多くて苦労しているが、形は違えど皆からの信頼は厚い。

 

 自由奔放だったりクセが強いのが多い手持ちの中では、サンドパンの素直で真面目な性格は一際異彩を放っている。もし彼の様な存在がいなかったら、どうなっていたのか考えたくも無い程にバトルのみならず日常生活など、あらゆる面でサンドパンはアキラを支えていた。自分が他のメンバーと比べて能力に恵まれていないことを自覚しているのか、鍛錬も熱心だ。

 

 課題であった火力不足も、時間は掛かったが努力をした甲斐もあって、絶大な威力を誇る”じしん”を覚えたおかげである程度は解消された。だけどこれだけで満足はせず、この技を足掛かりに二年前シバのイワークが見せた様な一撃必殺技である”じわれ”の習得を今は目指している。

 

「サンットには苦労ばかり掛けているから、本当に申し訳ないよ」

 

 普段の生活で他の手持ちを気に掛けたり纏めようと奮闘しているのも、本来なら自分がするべき事の幾つかを手助けすることで、負担を減らそうと考えているのだろう。何気無い気持ちで手持ちに加えたと言うのに、本当にサンドパンには感謝の言葉しか出ない。

 強要するつもりは無いのと愚痴になるが、彼の爪の垢か砕けた爪の粉末を煎じて何匹かに飲ませてやりたいと思いながら、アキラは次の手持ちに移る。

 

・エレット 公式名エレブー

・タイプ でんきタイプ

・出会った場所 おつきみ山近く

・確認時のレベル46

・覚えている技

 かみなりパンチ、でんこうせっか、がまん、ものまね、10まんボルト、ひかりのかべ、リフレクター、かみなり(練習中)

・性格 気が弱くて臆病

・バトル時の特徴

 いわタイプに匹敵する防御力と打たれ強さを有しているが、守りの構えやダメージを軽減する技も覚えたことで、これらの長所に更に磨きが掛かった。

 弱気になる場面が減った為、攻撃力と素早さを活かしたエレブー本来の戦いも出来るようになり、総合能力は今の段階での手持ちではトップクラス。

 特に”がまん”解放時の倍返し攻撃の破壊力は驚異的で、格上の相手でも圧倒できるが、何回か正面から破られたことがあるので過信は禁物。

 自信が付いたからなのか以前より力を発揮できる様になったが、根は臆病なので慣れない相手や状況だと恐怖を感じて動けなくなる時がある。

・平時と近況

 普段はサンットやヤドットと一緒に行動しているが、リュットの傍に居たり、バーットやスットともテレビを見たり遊んだりするので手持ちの誰とでも仲良くしている。

 エレブーらしからぬ打たれ強さを有している様に、種として強面で怖い顔が多いエレブーとは思えない程とても優しいほのぼのとした顔付きである。

 当人は臆病な性格を何とかしようと努力はしているが、子供向け番組のホラー展開でも悲鳴を上げるのでしばらく治りそうにない。

 後、未だに単独で行動させるとトラブルの元を引き寄せてくるので要注意。

 

 手持ちに加わった理由は強引で仕方ない側面が強かったが、今ではエレブーは欠かすことが出来ない立派な手持ちの主力だ。

 

 本来エレブーと言う種は、通常攻撃と素早さに長けて防御が一番低いのだが、このエレブーはその常識が当てはまらない。生半可な攻撃は素で耐えて”がまん”による倍返し、この二年の間に覚えた二種類の攻撃技を軽減する変化技も使えるなど、防御力はそこらのいわタイプよりもずっと高い。しかも防御力が高いポケモンにありがちな、攻撃力か素早さのどちらかが極端に低い事も無く高い水準であることも魅力的だ。

 

 だけど、あまり痛い思いはしたくない気持ちは変わりないので、戦い方の幅が広がった今では積極的に相手の攻撃を耐えて”がまん”で反撃する必要性は薄まってきている。

 

「エレットは、このままエレブー本来の戦い方で育てていくので良いな」

 

 折角いわタイプ顔負けの打たれ強さと言う長所はあるが、戦うのは自分では無くエレブーなのだから出来る限り彼の望み通りにはしたい。今まで”がまん”の破壊力に頼り過ぎて押し付け気味なところもあったし、痛い思いをしたくない気持ちはよくわかる。

 臆病な性格が表に出るのは、時間は掛かるが色んな相手と戦わせて経験を積むことが克服の一番の近道だろう。

 

 今でも目を離すと何らかのトラブルを起こすので、この点も気を抜いてはいけない。

 課題は多いが、昔よりは悩むことは無い。

 しかし、次の手持ちにアキラは再び表情を歪めた。

 

・バーット 公式名ブーバー

・タイプ ほのおタイプ

・出会った場所 ハナダシティのカスミの屋敷近く

・確認時のレベル51

・覚えている技

 かえんほうしゃ、ほのおのパンチ、あやしいひかり、えんまく、テレポート、メガトンキック、ものまね、メガトンパンチ

・性格 血の気が多い不良気質

・バトル時の特徴

 防御以外の能力は高く、人間に近い体格であるのが関係しているのか自らの体を活かした格闘戦が非常に強い。

 数少ない特殊技や変化技で相手をかく乱することもできるが、パンチやキックで倒すのに拘る傾向がある。

 実力はあるがリュット以上に気分次第で勝手な行動をする事が多く、戦い方が安定しない問題がある。

 ガラガラが持つアイテムである”ふといホネ”を手に入れたので、最近はホネを扱った戦い方もやる様になった。

・平時と近況

 近寄りがたい一匹狼の様な雰囲気を発しているが、大の特撮ヒーロー番組好きでスット以上に充実した日々を過ごしている。

 自主的にトレーニングをしていることが多く、向上心は手持ちの中で随一ではあるが、内容は番組内でやっていた技や動きの練習が殆ど。

 中でも自らの力を強化したり変化する能力を得る為の練習にはかなり力を入れているが、上手くいく様子は全く見られない。

 目付きや態度は悪いが、”ふといホネ”を手にしてからは心なしか明るい表情を見せる様になった気がする。

 

 加入当初から一筋縄ではいかないと感じていたが、今でもブーバーは六匹の中では一番扱いが難しい手持ちだ。

 

 実力は手持ちの中で一、二を争える程高いが、バトルになった時の喧嘩っ早さと荒さにはゲンガーのイタズラ同様に頭を悩ませている。頭は良いので普段の生活ではある程度弁えてはいるが、それでも他と比べるとゲンガーと同じかそれ以上に自由奔放だ。

 

「バーットの性格には困ったものだな」

 

 そんな問題児気質のブーバーだが、テレビ――中でもヒーロー番組は欠かさず大真面目に見ていると言う可愛い(?)一面もある。しかし、”ふといホネ”を手にしていることからもわかる様にテレビの影響を一番受けているので、最近はエレブー同様に目を離す訳にはいかなくなった。

 自主トレでよくやっているテレビの真似は役に立っている動きもあるが、劇中に出てくるキャラみたいに”強化形態”へと変化する練習を続けるのは如何なものか。

 

 一応、ブーバーには強化形態とも言える進化形のブーバーンが存在しているのをアキラは知っているが、公式ではまだ未確認扱いだ。仮に確認されていたとしても、進化条件を考慮すると今やっている練習が進化に繋がるとはとても思えない。冗談抜きで本気でテレビのキャラの様に能力の底上げが出来る方法を模索しているとしたら、幾ら何でも無理だと彼は考えていた。

 

 だけど大分前に進化以外の可能性は無いことをさり気なく伝えたら、見ている番組の次の回が放映されるまで拗ねられたことがあるので、自主トレに関しては気が済むまで放置している。

 今後のブーバーの育成方針を一旦頭の片隅に置き、アキラは次のページにある最後の一匹について自ら記した内容を再確認する。

 

・ヤドット 公式名ヤドン

・タイプ みず・エスパータイプ

・出会った場所 19ばんすいどうの砂浜

・確認時のレベル39 もう進化して良いはず

・覚えている技

 ねんりき、かなしばり、みずでっぽう、ドわすれ、ものまね

・性格 冷静でのんびりな感じ

・バトル時の特徴

 ”ねんりき”が非常に強力だが、あらゆる反応が数十秒遅れで感じる変わった特徴がある。

 一撃技以外のあらゆるダメージや刺激を認識するのが遅い性質を利用して、ボールから出すと同時に指示を伝えて、相手を”ねんりき”で一方的に攻めるのが基本。

 試行錯誤はしているが、反応の鈍さ故に実戦的な戦い方は今のところこれしかない為、”ねんりき”での拘束が通じない相手には無力。

・平時と近況

 性格は反応が数十秒遅れなの以外は至って普通ではあるが、遅いが故に意思疎通を図るのは一苦労である。

 室内で自由に行動させても動くことはあまり無いが、スットとは初対面の印象が悪かったからなのか相性は良くない。

 だけど、基本的にスットの方からちょっかいを出しているのが殆どなので、ヤドットから先に何かを仕掛けることはしない。

 レベルから見てもヤドランに進化しても良いはずではあるが、進化の様子は見られない。

 シェルダーを尻尾に噛ませようとしても尾を背中に張り付けているので噛ませることもできない。

 

 流石に二年も一緒に過ごせばどういう性格なのかはわかるが、反応が遅い所為で他の手持ちと比べると、あまりヤドンとの意思疎通は円滑では無い。

 

 疎かにしているつもりは無いが、意図せずに手持ちが機動力重視の戦い方なので、反応の遅さが災いして中々上手く育てられていなかった。新しく覚えた技もわざマシンによる”ものまね”だけなのや、レベルが他の手持ちと比べると低いのが何よりの証拠だ。

 せめて反応速度だけは、普通のポケモンと同じであれば多少はやりようはあると思ってしまうが、すぐに彼は今に至るまで抱き続けた「手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく」と言う心構えを思い出す。

 ヤドンも望んで反応が遅い訳では無いのだ。問題が多いポケモンでも上手く育てるのは、ポケモントレーナーとしての技量向上や腕の見せ所と考えるべきだ。

 

「ヤドットは…やっぱり”サイコキネシス”とかの体を動かす必要が無い技を覚えさせるべきか」

 

 すぐに頭を切り替えたアキラは、一通り再確認したノートを閉じて「ポケモン育成2」と書かれた別のノートを取り出す。

 

 ノートの中には彼らの育成方針や方法、本で読んだ内容や教えて貰ったもの試した試行錯誤などの彼なりに集約したポケモン育成法が纏められている。本に書いてあった数値計算や具体的な理屈、自分が感じた感覚的なものなどがあまり纏まりなく書かれているが、ノートに積み重ねて記録したおかげで幾つか有用と判断できる方法や根拠を編み出せていた。

 

 今後の事を考えれば、ヤドンだけでなく手持ちには対抗できる相手を増やす為にも更に多くのタイプの技を覚えさせるべきだろう。しかし、ポケモンに技を覚えさせる過程は、彼が知る限りでは練習することは勿論、ポケモンが有している素質頼みやわざマシン頼りなのが多い。ゲームと違って覚えられる数に制限は無いが、既に覚えている技が多い程、新しい技を覚えるには時間が掛かってしまう。

 

 わざマシンにはその問題は存在しないが、一番楽に手に入る変化技系列のわざマシンでさえ、たまにタマムシデパートがやる特別販売でしか今のアキラには入手手段は無い。

 攻撃技系列のわざマシンに至っては、その多くは小規模な大会の賞品だったりと手に入れることが非常に難しい。それらの事情を考えると、ハクリューに”つのドリル”を覚えさせられたのはとても運が良かったと言える。あれは半年前にあったサイドン騒動の後、レッドと一緒に送られた感謝の品にあったわざマシンを使って覚えさせたものだ。

 やはり効率良く技を覚えさせていくには――

 

「アキラ」

「何?」

「ゴンに”じしん”って、どうやって覚えさせたら良いんだろ?」

「どうやるって言われても……”じしん”が使えるポケモンの動きを観察していれば何か掴めるんじゃない?」

「そうだな。今度からそうしよう!」

 

 考えている最中だったので半分適当に言ったにも関わらず、レッドはアッサリ納得する。

 ポケモンの技は動作以外にも、エネルギーや力の込め方などの複雑な条件があるので、本当にそれで良いのかと聞き返したくなったが、彼とその手持ちなら本当にそれだけで覚えてしまいそうだ。

 何回かアキラは、レッドに助言を求めたり一緒に手持ちを鍛えたりしたが、やっている内に彼のポケモンへの指示や指導には少し独特な部分があることに気付いた。

 具体的にどんなものなのか簡潔に説明すると、指導は擬音だらけ、指示も技名を除けば感覚的なものが多いのだ。

 

 話を聞くと本人は明確にし切れてはいないが、ちゃんとした考えがあることは窺える。だが伝えられる内容は、擬音を多用した感覚的なものばかりで自分やサンドパンは勿論、一番頭の働くゲンガーさえも理解不能だった。

 

 ところがブーバーだけは、彼のこの理解が難しい表現での指導を受けてから”メガトンキック”を完成させて完全に我が物にしていた為、わかる奴にはわかるらしい。ちなみに”メガトンキック”習得後、ブーバーは自分には一度もしたことが無い綺麗な一礼をレッドにして、最大限の感謝の意を伝えていた。

 

 話はズレてしまったが、()()()()()で行っているポケモンに技を覚えさせる指導法以外の教え方をアキラは知りたかった。今やっている方法を思い付いた時は「我ながら名案」と自画自賛したものだが、まだ試行錯誤中でもあることや更なる改良やヒントを得る為にも、出来れば他の方法も知りたい。

 二年経ってもやることや課題が山積みで、本当にポケモントレーナーは一生学んでいくものであることを改めて認識するが、時計の針が示す時刻が目に入る

 

「そろそろヒラタ博士の会議が終わる頃だから、もう行くね」

 

 そう告げると、アキラは置いていたノートをリュックの中に纏め、机の上に置いていた何冊かを管理の人へ運んで貸出の手続きを始めた。

 レッドもアキラが帰るとなると一人でやっていける気がしなかったので、一緒に帰るべく本を元の棚に戻すと手続きを終えた彼と一緒に図書館を出る。

 

「アキラ、借りたその本は何だ?」

 

 彼が借りたのはポケモンバトルや育成に関係していそうな本が多かったが、何冊かはその二つと何が関係しているのかよくわからない本だった。

 

「あぁこれね。スットやバーットが見たがっているんだよ」

 

 借りた本の一冊である「乱世のポケモン達」と言うタイトルの本をアキラが開くと、中にある挿し絵にレッドは納得する。本にはモンスターボールが無かった数百年前、当時の戦乱に参加していたポケモン達が身に纏っていたとされる鎧や付属していた武器などが、実物の写真や当時のイメージ図を交えて解説されていた。

 アニメか何かで鎧を纏ったポケモン達が出ていたのをアキラはおぼろげながら覚えているが、どうやらこの世界も元の世界で言う戦国時代の様な時期を経ているらしい。

 

「本読めるのか? お前のポケモン」

「読める訳無いよ。挿し絵目当てだよ」

 

 確かに彼らはレッドを始めとした他のトレーナーが連れているポケモンと比べても頭は良いが、それでも限度はある。本を読む姿を真似しているのか、彼らが本を読んでいる場面をアキラは何回か見たことはあるが、絵が殆ど無い文字だらけの本は理解に苦しむと言った様子であった。

 

「お前のブーバー、ガラガラのホネを使う様になったからな。良いのアレ?」

「良いと思うけど、流石にテレビの影響を受け過ぎなんだよな…」

 

 この本の中にある鎧などの装備に、アキラの手持ちの一部はテレビの影響などもあってある意味憧れの様なものを抱いている。当然、現代のポケモンがこんな装備をしたら色々面倒だし、場合によっては法に触れる。

 

 手持ちが望んでいる武器的なアイテムは、本来なら適切では無いブーバーに”ふといホネ”を持たせるので正直言ってギリギリだ。本当に彼らはすぐにテレビの演出や内容を真に受けて、そういうことを真似しようとする。

 バトルに役立つことはあるにはあるのだが、それで何回面倒事を起こしてその度にサンドパンと一緒に頭を下げたことやら。

 

「そういえば、さっき会議って言っていたけど、何の会議なの?」

「半年前に現れたサイドンに関係する会議。博士も大変だよ。今まであんまり注目されていなかったのに、急に注目されるようになったんだから」

 

 半年前に現れた巨大サイドンが暴れたのは、海沿いの町だけで留まったが、尋常じゃない被害の大きさやサイドンの特異な状態など前例が無いことだらけだった。

 故に、今回の出来事に関係しているであろう現象や要因の研究を以前から進めていたヒラタ博士に、突然周りは注目し始めた。

 

 博士が個人的に進めていた「外的要因によるポケモンのタイプ変化」と呼ぶべき研究は、データはあっても物的証拠が無いことやあまりにも荒唐無稽過ぎるのが原因で、発表しようにも出来ない状態であった。しかし今回の事件は大きな被害を出しただけでなく、捕獲されたサイドンがほのおタイプも含んだ異例の三タイプを保有していたことを多くの第三者が確認するなど、これまで発表を躊躇っていた要因の大半を解決してしまった。

 その為、白羽の矢を立てられたヒラタ博士は対策会議への助言のみならず、中途半端だった研究成果や未発表の論文の整理に追いやられたりと多忙を極めていた。

 

 ちなみに捕獲したサイドンについてだが、これまで博士が確認・記録したタイプが変化したポケモン達の例に漏れず、数日の内にほのおタイプは消えて常識外れの三タイプから本来の二タイプに戻った。ほぼ同時に身に纏っていた赤いオーラや体の発光も無くなり、6m以上はあった巨大な体も元のサイズに縮み、良く知られるサイドンの状態に戻っている。

 

 こんな切っ掛けで注目を浴びることにヒラタ博士は複雑な気持ちらしいが、アキラとしては紫色の濃霧やポケモンのタイプ変化についての研究は大きく進むと個人的に思っていた。

 今までは自分とヒラタ博士、時たまに手伝いに来る学生だけで研究を進めていたが、今回の事件によって事態は深刻であると判断したエリカを始めとした大きな権限や豊富な資金を持つ人間がバックに付いたのだ。資金不足や人員不足で出来なかったこと、一歩間違えればオカルトやインチキ研究と言われそうな研究が大々的に行えるはずだ。

 でもその前に今の多忙さを如何にかしなければ、研究を進めるどころでは無い。

 

「何か大変そうだな」

「俺より博士の方が大変だよ」

 

 自分は精々、重要資料が関わらない雑用やフィールドワークをする際にヒラタ博士の身の安全確保くらいしか出来ない。出来る事なら自分も研究に携わったり資料の纏めを手伝いたいが、専門的な知識に学も無い。あったとしても難しかったり複雑でポカをやらかしそうで、とてもではないが無理だ。

 

 ポケモントレーナーとして自分を磨くことも大事だが、博士の助手としての在り方も磨く必要があるのではないかとアキラは思うのだった。




アキラ、レッドと一緒に勉強しながら手持ちの再確認を行う。
作中で描いたレッドの指導方法は、とある有名監督の擬音指導みたいなものです。
理解できる人はわかるけど、理解できない人はとことんわからない…らしい(少なくとも自分はイメージは出来ても実践は無理)

ポケモンバトルは作中でサカキがレッドに指摘していた様に、現実のゲームでもトレーナー側の知識や技量が重要と考えていますので、アニポケで事あるごとにメモをして役立てようとしたショータや幼い頃から図書館に通い詰めて学ぶだけでなくノートに計画書などを書いていたブラックの姿勢は、個人的にはとても好感を抱いています(ブラックはキャラ的にも大好きです)

後、第二章スタートと銘打っておきながら、二章に関わりがある展開が無いのに投稿準備を進めている時に気が付きました。


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よろいポケモン

タイトルからも分かる様に、この話から少しだけジョウト要素が出てきます。
二章はジョウトメインである三章の直前だからなのか、ブルーが隠し玉の七匹目にジョウトのポケモンを連れていたのやカンナがヤドキングの存在を示唆していたので。


 ポケモンの世界は、実在の地域をモチーフにしていることもあって、アキラから見ると元の世界を彷彿させる風景が幾つもある。

 

 その中で最も代表的なのが、彼の世界では富士山に酷似しているシロガネ山だ。

 この世界でもこの山は霊峰とされているが、連なる山脈に遮られた影響でカントー地方は他地方との交流が極端に少なかったとされている。

 

 その霊峰の麓から少し離れた場所に広がっている森に、アキラは訪れていた。目的は半年前に捕獲したサイドンを野生に帰すべく、シロガネ山近辺が適しているのかを調べに来たのだ。

 

 既にサイドンは暴れていた時の様な巨体とほのおタイプの性質を失っており、これ以上調べる必要は無くなってきていた。しかし、野生に帰そうにも一度は大きな被害を出したポケモン。元に戻ってからは過剰に攻撃的では無くなったが、それでもレベルや気性を考えると近辺に逃がす訳にはいかなかった。

 同時並行で引き取り手も探していたが、手懐けられそうなトレーナーは中々見つからない。

 

 その為、並みのトレーナーでは歯が立たない屈強なポケモンが多いとされるシロガネ山が帰化先の有力候補だった。本当ならシロガネ山の近くでは無くて麓付近に行きたかったが、流石に今の彼では実力的に危険なので立ち入り禁止区域に向かう許可は貰えなかった。だけど立ち入る許可が下りなくて良かったと、最低限人が通れる荒れた道をボールから出した手持ちと一緒に走りながらアキラは思っていた。

 

「にしても、しつこいな」

 

 後ろに目をやると歌声の様な鳴き声を上げながら、地面からモグラ叩きみたいに出たり引っ込めたりを繰り返すディグダとダグトリオの群れが彼らを追い掛けていた。この辺りでさえ血の気が多いポケモンが多いとは聞いていたが、顔を見るなりいきなり襲ってくるとは思っていなかった。

 撃退しても一匹倒せばディグダは二匹に増えて、二匹倒せばディグダは四匹に増えるだけでなくダグトリオが加わったりとキリが無かった。

 

 逃げる途中で一時退避に良さげな木を見つけたアキラは、急いでその木によじ登る。途中でブーバーに踏み台にされて滑り落ちたが、エレブーやサンドパンの助けを借りて何とか登り切る。

 

 ディグダとダグトリオは、自然を大切にするポケモンだ。

 木を盾にすると言うのは少し卑怯な手だが、これくらい良いだろう。

 読み通り、追い掛けて来たディグダとダグトリオの集団は、彼らが登った木の周りをグルグル回るだけでそれ以上は何もしてこなかった。

 

「さて、どうしようか」

 

 慌てていたので気付かなかったが、どうもディグダとダグトリオ達は戦いに飢えていると言う雰囲気では無い。具体的にどういう事なのかまではわからなかったが、とにかく彼らから逃げることが最優先だ。

 

「バーット、”テレポート”を頼む」

 

 どこに行くのかわからない問題点はあるが、ここはブーバーが持つ逃走手段に頼るしかない。やれやれと言った様子で、ブーバーはアキラの腕を掴むと他の面々が間接的に自分の体に触れていることを確認して、彼らは木の上から姿を消した。

 

 

 

 

 

 目論見通り、何とかアキラ達はディグダ・ダグトリオ達から逃れることは出来たが、”テレポート”による一時的な浮遊感の所為でブーバー以外は尻餅を付く形で着地する。

 

 ロケット団との戦いなどの経験から、彼は今後自分の手に負えない事態や命の危険に関わる状況に度々遭遇する可能性を考えていた。それらの事態から逃れるのと態勢を立て直す意図も含めて、アキラは逃走手段とそのパターンを幾つか考え、手持ちのポケモン達と一緒に練習していた。

 逃走の主軸であるブーバーを含めて、何匹かは敵に背を向ける練習をすることに気は進まなかったが、粘り強く逃げる必要性を説明して練習した甲斐があった。

 何回やっても”テレポート”の感覚には慣れないが、気が抜けていたアキラはズボンに付いた土を払いながら誰一人欠けていないかを確認して一安心する。

 

「よし、移動するか」

 

 ブーバーが使う”テレポート”は、場所まで指定することはできない。なので今自分達がいる場所が立ち入り禁止区域である恐れもある為、一刻も早く現在地を知る必要がある。

 アキラの呼び掛けにブーバーとサンドパンは応じるが、エレブーだけは何かを気にしているのか余所に顔を向けていた。

 

「どうしたエレット?」

 

 尋ねると、唐突にエレブーは森の中を指差す。

 指された森の先は、広がっている枝や葉で若干陽が遮られて薄暗い以外特に異変は見られない。

 一体何があるのかわからず、アキラとブーバーは顔を見合せて首を傾げるが、サンドパンだけはエレブーの意図を理解したのか彼の服の裾を引っ張って行くのを促す。

 

 エレブーだけなら、また何かトラブルの元があると考えてしまうが、サンドパンもとなると何かあるのだろう。万が一を考えてヤドン以外の残りの手持ちを出したアキラは、先頭を歩く二匹の後を追う形で慎重に森の茂みへ足を進める。

 枝が頬などの素肌を引っ掻かない様に進んでいくと、彼の鼻は匂いの変化に気付いた。

 

 植物の匂い以外に獣っぽい匂いに、嗅ぎ慣れた何かが爆発した時に出る煙によく似た匂い。最初に抱いたトラブルの予感がして立ち止まるが、それでもエレブーとサンドパンは先に進んでいく。

 

「仕方ない。どうせあれ以上のトラブルは無いんだろうし」

 

 万が一を考えてハクリュー達に戦う準備を促して、被っている帽子を整えたアキラはサンドパンとエレブーを先頭に歩いていく。

 

 嫌でも磨かれた第六感とも言える直感が森の奥に何かあることを告げてはいたが、構わず先を進んでいくと、息切れしているかの様な荒い呼吸音が聞こえてきた。漂う匂いを考えると負傷したポケモンがいるのだろう。付いて来る手持ちも事情を察して、皆真剣な目付きで極力音を出さない様にする。

 気配が強くなるにつれて見つからない様にアキラは体を屈めて、木の幹や茂みに身を隠しながら音の元を窺うが、その正体に瞠目する。

 

「――バンギラス…」

 

 茂みの隙間から見える木に背を預けて休息を取っているポケモンの姿に、アキラは半信半疑でその名を口にする。

 

 よろいポケモン、バンギラス。

 既に元の世界に居た頃の知識や記憶はかなり薄れているが、それでも彼がハッキリと憶えているポケモンの一体である。最近、カントー地方の隣にあるジョウト地方を中心にオーキド博士が発表した150種以外のポケモンが報告される様になって、ポケモン一覧の再編が進められている。

 まだバンギラスはその姿どころか名も広く知られていないが、アキラが知る限りではカイリューと同じく伝説に匹敵する力の持ち主と記憶しているポケモンだ。

 

 確かにシロガネ山は屈強なポケモンが多く生息しているが、こんな山奥とは言えない場所にバンギラスがいるとは思っていなかった。更に様子を窺うと、戦った後なのかサイドン以上に硬そうに見える体皮は煤や傷だらけである。

 苦しそうにしているので、持ち合わせているアイテムを使って治療などの手助けはやろうと思えば出来るが、手負いとはいえ相手はバンギラスだ。能力は間違いなく最強クラス、気性が荒いイメージもあるので下手に刺激をしたら大変な事になる。

 でも見捨てるのも良心が痛むのでどうしたら良いのか悩んでいたら、隠れていたサンドパンが茂みから出てバンギラスに姿を現した。

 

「ちょ! 何をやって――」

 

 止めようとアキラは飛び出し掛けたが、エレブーとゲンガー、ブーバーに潰される形で取り押さえられる。後ろの騒ぎと目の前から飛んでくる唸り声と鋭い眼光を気にせず、サンドパンは堂々と身振り手振りで敵意が無いことをアピールする。

 サンドパンはアキラの手持ちの中では、そこまで秀でた強さを持たないが、誠実さなら一番だ。

 

 バンギラスは今にも襲い掛かりそうな空気を滲ませるが、サンドパンは仰向けに寝転がって無防備な姿を見せる。流石にそこまでやると敵意が無いことを理解したのか、よろいポケモンは態度を軟化させる。少し立ち上がっていた体を下ろして再び木に腰掛けたのを確認すると、サンドパンは茂みに隠れている面々に来て良い合図を出す。

 

「出て良いのかな?」

 

 取り押さえられていたアキラは合図に応じて茂みから出ようとするが、ブーバーに後頭部を軽く殴られて黙らされた。痛みに悶絶している間に、ゲンガーは彼が背負っているリュックの中を物色して、”すごいキズぐすり”と”なんでもなおし”を持って茂みから出る。

 

 持ち出した道具と様子を見る限りでは、どうやら彼らは目の前にいるバンギラスを治療するつもりらしい。自分が出ずにポケモン達だけでやるつもりなのを見ると、バンギラスに人間である自分の姿を見せたくないのだろう。

 

「でも使えるのか?」

 

 アキラは自分の手持ち、特にゲンガーが賢いのは良く知っている。

 だけど人間の使うちょっと構造が複雑な道具をポケモンが使えるのか気になった。

 しかし、彼の心配は杞憂だったらしくゲンガーはスプレーの出し方を知っていた。バンギラスの了承を得ていざ治療を開始しようとした直前、何かに気付いたのかゲンガーは手を止める。

 

「……どうしたんだ?」

 

 何か気になることでもあったのか、考える素振りを見せるとサンドパンと言葉を交わして二匹は隠れている茂みに目を向ける。

 ゲンガーが手招きする様に手を振ると、アキラに圧し掛かっていた重みが消える。ようやく自分の出番かと思いきや、ハクリューの尻尾に叩き飛ばされる形で茂みからアキラは飛び出す。

 

「ギエプッ!」

 

 地面に顎をぶつけて変な声が漏れるが、突然の人間の登場にバンギラスは庇う様に体を横に向けて再び警戒する。すぐにアキラは弁解するべく立ち上がったが、その前にハクリューの長い体が巻き付いてきた。

 

「あれ?」

 

 そこまで力は込められていなかったが、体を包み込む様に巻き付かせているので身動きが全く取れない。加えてブーバーも、背負っていた”ふといホネ”を手にして首元に突き付けてきた。

 何が何だか訳が分からなかったが、サンドパンがバンギラスにしている身振り手振りの説明で何となく事情を察する。人間に警戒心を抱いていると思われるバンギラスを納得させる為に、彼らはこういう行動を取っているのだろう。

 しかし――

 

「なぁ、何時になく俺の扱い酷くない?」

 

 手持ちからポケモントレーナーとは思えない程ぞんざいに扱われることには慣れているが、今回は何時も以上に酷い。

 アキラの疑問に、彼を取り押さえているハクリューとブーバーは揃って「何を言っているんだこいつ」的な呆れ混じりの表情を浮かべる。

 挙句には、何故かゲンガーが残ったモンスターボールからヤドンを勝手に出す始末。救いがあるとしたら苦笑しながらサンドパンとエレブーの二匹が、両手を合わせて謝っていることくらいだ。

 

「はぁ…もう如何にでもなれ」

 

 こういう時は余計な事は考えたり悩んだりはせず、激流に身を任せた方が良い。

 取り敢えず自分が必要になった理由を尋ねると、使い方はわかってもバンギラスのどこにやればいいのかわからなかったかららしい。

 

「目に見えて怪我している箇所に噴き掛けるだけで良い。後、これだけの傷だと結構沁みることも伝えた方が良いよ」

 

 確かに手持ちには色々酷い扱いをされるが、伊達に彼らを二年近く率いていない。

 すぐにアキラは頭を切り替えて、指示を乞うゲンガーに適切な箇所がどこなのか伝える。アキラのアドバイスにゲンガーは頷き、いざ”すごいキズぐすり”を噴き掛けようと言うタイミングでまた手を止めた。

 

「どうしたスット?」

 

 尋ねるとゲンガーは困った顔を見せる。

 何を困っているのかわからなかったが、アキラはバンギラスの姿勢が少し前のめりになっていることに気付いた。苦しいからそうなっているのかと思ったが、両腕で何かを抱えているらしい。

 このままでは治療の妨げになるし、大事な物だとしたら傷に沁みる時の拍子で傷を付けてしまう可能性がある。

 

「サンット、バンギラスに抱えている物を一旦手放す様に説得してくれないか?」

 

 サンドパンもその辺りを理解していたのか、すぐに動く。

 しかし、余程手放すのは嫌なのか、バンギラスは何かを抱えている姿勢を崩さなかった。長期化すると思われたが、サンドパンの粘り強い説得にバンギラスは応じて渋々両手で大事にそうに抱えていた物を見せるとアキラは目を疑った。

 

 それはタマゴだった。

 

 タマゴ、つまりポケモンのタマゴ。

 この場合だとあれはバンギラスのタマゴ、そこまで思考を繋げていくと確かに大事なものであることをアキラは理解する。成程、サンドパン達はバンギラスが何を持っているのかわかっていたからこそ、自分をこうまで酷く扱って危害を加えないアピールをする必要があったのだろう。

 バンギラスが抱えていたタマゴをエレブーが両手で慎重に受け取るが、バンギラスの手から離れた直後、急に足元がおぼつかなくなった。

 

 動きから見て、バンギラスのタマゴがかなり重いのが原因らしい。普段のエレブーのおっちょこちょいな姿を知っているだけに、アキラと他の手持ちは顔を青ざめさせたり全身の毛を逆立たせたが、エレブーは無理に立つのではなくて座り込むことで無事に解決した。

 最悪の展開を避けられて、彼らは安堵の息を吐く。

 

 エレブーとサンドパンが一緒にタマゴの面倒を見ている間に、ようやくゲンガーはバンギラスの治療を始める。焦げた箇所に薬液を噴き掛けると、傷が沁みるのかバンギラスは呻き声を漏らすが、目に見えて傷は治っていく。”すごいキズぐすり”では如何にもならない傷も、”なんでもなおし”の薬液を噴き掛ければあっという間だ。

 

 治療はしばらく続くが、一通り体中に薬液を浴びせたゲンガーはバンギラスから離れ、よろいポケモンは立ち上がって体の調子を確認する。

 動きから見てどうやら問題は無さそうで、よろいポケモンはさっきまでとは一転して穏やかな表情を見せる。もう必要は無いと判断したのか、ハクリューとブーバーはアキラを解放するが、その直後にバンギラスは治療する薬を提供したことに感謝しているのか彼を抱き締めてきた。

 

「ちょ、気持ちはありがたいけど力が――痛い痛い痛い!!!」

 

 力が強過ぎて、アキラはバンギラスの抱擁に悶絶する。

 久し振りに骨にヒビが入る危機が頭を過ぎると同時に放して貰ったが、体に力が入らなくてフラフラしてしまう。

 

 そんな時だった。

 

 エレブーが預かっていたタマゴが、急に光を帯びて膨らみ始めたのだ。

 異変に気付いたサンドパンは、すぐに仲間とバンギラスにそのことを知らせる。

 

「え? 生まれそうなの?」

 

 タマゴの様子にアキラは驚き、エレブーも慌ててタマゴをバンギラスに返そうとするが、重過ぎるのとタマゴの揺れが激しくなってきた所為で中々実行できない。

 それでも何とか立ち上がるが、やはりタマゴが重過ぎるのか足元がフラつく。

 

「ちょ! 危ない!」

 

 バランスを崩し掛けたエレブーをアキラはサンドパンと一緒に支えようとするが、予想以上の重さに支え切れず後ろに倒れ込んでしまう。

 エレブーとタマゴの重みが下敷きになった彼らに圧し掛かるが、タマゴは無事に守り抜く。バンギラスの方も最初はタマゴを手に取ろうとしたが、様子から見て変なことはせずにそのまま見守る事にした。

 

 七匹と一人が見守っている状況で、淡い光を放ちながら小刻みに揺れるタマゴにヒビが入ると、あっという間に割れて中から小さなポケモンが顔を出した。

 

 バンギラスの進化前であるヨーギラスだ。

 

 生まれたばかりであることも関わっているのか、タマゴを割って出てきたヨーギラスはまだ目を閉じたままだ。その姿にブーバーとゲンガーは、今にもぶつかりそうなまでヨーギラスに顔を近付けるが、ヤドンが発揮した”ねんりき”で二匹は弾丸の様なスピードで後ろに吹き飛ばされた。

 そして誕生したいわはだポケモンは、ゆっくりと閉じられていた目を開いた。

 

 動きを確かめる様に、ヨーギラスは可愛らしく目を何回も瞬かせると周囲を見渡す。

 生まれたばかりなのもあって、まだ状況がよくわかっていないのか、それとも誰が親なのか探しているのだろう。首を静かに動かしていたヨーギラスの目は、今自分が乗っているお腹の主であるエレブー、順にまだ下敷きになっているアキラとサンドパンに向けられる。

 

「は…初めまして」

 

 恐る恐る伝えるが、ヨーギラスは首を傾げるだけだ。

 一通り見渡したのか、次にヨーギラスは足に力を入れて震えながら立ち上がった。見ていて危なっかしいかったが、どうやら本能的に親がわかっているのかゆっくりとバンギラスに歩み寄ろうとする。

 途中で転びそうだったので、親のバンギラスがヨーギラスを持ち上げると圧し掛かっていた重みが幾分か軽くなり、アキラとサンドパンは這う様にエレブーの下から抜け出す。

 

「写真…どうしようかな」

 

 立ち上がったアキラは、親子の対面を喜んでいる二匹の姿を見て迷う。

 紫色の霧絡み以外にも新種のポケモンを発見した時、写真と言う形で証拠を残すべくアキラはカメラをヒラタ博士から持たされている。今の二匹はあまり明かされていないポケモンの親子関係を示す構図としては最高だが、勝手に撮っても良いものか。

 

 空気を読まずに二匹に声を掛けようとした直後、この世界に来てから研ぎ澄まされてきたアキラの直感的な危機察知能力が何かを感じ取った。

 彼の変化にハクリューがいち早く気付くが、遅かった。

 

 彼らの頭上から網の様なものが、突如覆い被さったのだ。

 

「っ! なんだこりゃ!?」

 

 四方に重りが付いているのと網の質的にも人工物なのは明白だ。

 抜け出そうと何匹か暴れるかと思ったが、バンギラスも含めて皆鬱陶しそうにしてはいたが抜け出そうと暴れる様子は無かった。意外にも周りが静かだったので、冷静に今の現状を整理しようとした時、薄暗い森の中から人が姿を見せた。

 

「ニドクインもどきを追い掛けていたが、他にも珍しいポケモンも捕まえられたな」

「ハクリューにブーバー、エレブー。どれも珍しいな」

 

 見るからに悪そうな人相をした中年に近そうな風貌の男二人。正体は不明だが、口にした台詞などからアキラはバンギラスがボロボロな理由を含めて彼らが密猟者なのを察する。

 

 二年前にロケット団が潰れた後、押収した資料から取引をしたと思われる密猟者や関係者の多くを捕まえたと言う話は聞いていたが、まだ残っていたのだろう。或いは、ここ最近活動し始めた可能性も十分に考えられる。

 強いポケモンや珍しいポケモンは高値で売買できることは勿論、手持ちが強ければ警察などの追手から逃れることも容易いからだ。

 

「でもトレーナーがいるのは邪魔だな」

「女なら良かったが野郎じゃな。口封じにどこかに埋めるか?」

 

 何やら恐ろしいことを話しているが、それよりもアキラは手持ちの雰囲気が殺気立ってきている方が気になった。テレビの影響で余計な正義感が身に付いたこともあるが、元々彼らは性格上こういう輩を嫌う傾向がある。

 しかし、状況的にこちらが不利なので下手に戦いを挑む訳にはいかない。

 

「バーット、”テレポート”を頼む」

 

 ここから抜け出すことも兼ねてそう命じると、ポケモン達は皆直接触れたり間接的に触れたりする形でブーバーに触れる。

 バンギラス親子もエレブーとサンドパンが触れていたので、皆が繋がっていることを確認したブーバーは若干不服そうではあったが念の力を発揮すると、彼らは密猟者達の前から姿を消した。




アキラ、シロガネ山でバンギラスとそれを狙う密猟者に遭遇する。

二年も一緒に過ごしているのに相変わらずアキラは手持ちに雑に扱われていますが、彼が許容している様に今後も程度はあれど、彼らの関係はこんな感じです。
作中で書いてある様に、アキラはバトルに勝つのは勿論ですが万が一を想定して逃走する手段を色々と練っています。


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頑丈の意義

 密猟者から逃れるべく、バンギラスを含めて大勢でテレポートしたアキラ達だったが、少し地響きを鳴らしながら彼らは開けた道らしき場所に着地した。

 

「よし。何とか逃げれたな」

 

 今回は上手く着地出来たアキラは、誰も欠けていないことを確認するとすぐに自分達が飛んだ場所がどこなのか、周囲を見渡す。辺りと今立っている場所を見る限りでは、車が通れるほどの広さである程度人の手が加えられたと思われる道にいることはわかった。

 

「となると、この道で街の方へ歩いて行けば、いずれ人がいる場所に辿り着けるってことかな」

 

 そうとなれば密猟者のことを、この辺りを管理している人達に早く知らせるべきだ。

 幾ら力が付いたとしても、ここがシロガネ山に近い森であることを考えると変に正義感で戦うべきでは無い。勝てたとしても手持ちの消耗が激し過ぎて、野生のポケモンと戦ったり逃げることに支障が出る可能性がある。

 

 他にも問題があるとしたら、今一緒に居るバンギラス親子だ。

 密猟者が彼らを狙っていることを考えると今野生に帰るのは危険なので、事態が収まるまで人がいる場所までの同行を求めるべきか。

 

 悩むアキラと周囲を警戒する彼のポケモン達が放つ緊迫した空気に、生まれたばかりではあっても敏感に感じ取ったのか、ヨーギラスは今にも泣き出しそうなまでに表情を崩し始めた。それに気付いたバンギラスは、抱えている我が子を安心させようとあやし始め、傍にいたエレブーもあたふたしつつも間抜けな顔を見せたりとヨーギラスの不安を逸らそうする。

 彼らの様子に戸惑いながらも、サンドパンに事情説明も兼ねて親子の説得を頼もうとした時、またしてもアキラの直感が何かを察した。

 

「サンット!」

 

 掛け声に応じたサンドパンは、早撃ちガンマンを彷彿させる速さで、気配を感じた先に威力と速度に優れた単発”スピードスター”を放つ。しかし、放たれた攻撃は目に見えない力で軌道をズラされる。

 

 何時の間にか彼が睨む先には、さっきの密猟者の二人がポケモンを引き連れて立っており、すぐさま他のアキラのポケモン達も臨戦態勢に入る。逃走手段の一つである”テレポート”をしても簡単に追い付かれることは想定していたが、こうもアッサリだと驚きを隠せなかった。

 

「何で追い掛けて来れたんだ? 的な顔をしているな」

「ただの”テレポート”で飛べる範囲はたかが知れているからな。追い掛けるのは楽なもんさ」

 

 ポケモンの技に関して一定以上の知識と理解があると考えられる二人の台詞に、アキラは警戒を最大にする。よく考えれば、一般人どころか並みのポケモントレーナーは立ち入る事が固く禁じられているシロガネ山近辺に彼らはいるのだ。連れているラフレシア、ゴローニャ、フーディンを見ればわかる様に、危険な場所であることを気にしないだけの高い能力がポケモンとトレーナー自身にもあるはずだ。

 

 ハクリューにブーバー、ゲンガーの三匹は今にも挑みそうだったが、迂闊に手を出せない相手だとわかっているのか機会を窺う。

 出来れば戦いは避けたかったが、こうなったらもう戦いに勝つか、大きな隙を作ってヤドン達の念のサポートを受けさせた特別強力な”テレポート”で離脱するしかない。その為にもまずは最初の攻防を制する必要があるのだが、こういう硬直状態は先に仕掛けた方が有利になる時もあれば不利になる時もある。もし不利だった場合、出来る限り仕掛けた後のカバーをしなければならないので、アキラは頭をフル回転させる。

 

 その時だった。

 

 森の中から、突然スピアーがアキラを突き刺そうと針を構えて飛び出してきたのだ。

 

「っ!?」

 

 アキラは驚くが、奇跡的な反応のおかげで倒れ込む形ではあったが、辛うじて避ける。

 このタイミングに仕掛けてきたのを見ると、恐らく奴らの手持ちなのだろう。彼が不意打ちされたのに手持ち達の間に動揺が走るが、最前線の三匹が意識をこちらに向けた隙を密猟者達は見逃さなかった。

 

「”いわなだれ”! ”サイコキネシス”!」

「”はなびらのまい”!」

 

 各タイプで上位に位置する技が繰り出されて、前線を担っていた三匹は揃って、その威力と余波で吹き飛ぶ。彼らの様子から見てかなり大きなダメージを受けていることを悟ったアキラは、急いで対応しようとするが、邪魔する様に再びスピアーが襲ってくる。

 すぐさまサンドパンが相手することを買って出てくれたが、中々優位には立てず、爪と毒針がぶつかり合う度に激しく火花を散らす。

 

 サンドパンへの指示か、ハクリュー達の立て直しのどちらを優先するべきかアキラが迷っている間に、ゴローニャが倒れ込んだ三匹に飛び掛かるが、ヤドンが”ねんりき”を発揮して空中で静止させると同時に吹き飛ばす。飛ばされたゴローニャにフーディンは巻き込まれるが、まだ花弁と共に舞っているラフレシアは、再び攻撃を仕掛けようと動きを見せる。

 

「エレット、防御を頼む!」

 

 スピアーとサンドパンの攻防を気にしながら命ずると、すぐさまエレブーは最前線に出ると同時に”リフレクター”と”ひかりのかべ”を二重に発動して追撃の攻撃を防ぐ。

 しかし、完全に防げたのはそこまでだ。

 

 発動直後なら”リフレクター”と”ひかりのかべ”は、それぞれの性質に応じた攻撃を完全に防いでくれる。だがエレブーがまだ上手く扱えないことが関係しているのか、ある程度のダメージ軽減効果を残してくれるが、すぐに壁は消えてしまう。

 壁が消えるタイミングを見計らって、密猟者が連れているポケモン達はでんげきポケモンに猛攻を仕掛ける。

 

 ラフレシアの嵐の様な大量の花弁、立ち直ったフーディンは強烈な念の波動を放ち、それらの攻撃にエレブーは晒される。先に発動した”リフレクター”と”ひかりのかべ”が持つ効力のおかげでダメージは軽減されているが、それでも耐え切れるかわからない程、密猟者達のポケモンの攻撃は激しかった。だけどエレブーは、両腕で顔を守りながら体勢を崩すことなく持ち前の打たれ強さを遺憾なく発揮して、少しも下がらずにその場に踏み止まって耐え続ける。

 

「止めだ! ゴローニャ”すてみタックル”!!」

 

 ラフレシアの”はなびらのまい”が途切れたタイミングで、ゴローニャは自らの体重と勢いを上乗せしたタックルをエレブーにぶつける。

 ぶつかった瞬間、一際鈍い音が周囲に響くが、エレブーは吹き飛ぶどころか体勢を維持したまま滑る様に後ろに後退するだけだった。

 

「何っ!?」

 

 まさか耐え切られるとは思っていなかったのか、密猟者達は驚きを露わにする。

 耐え抜いたエレブーは、チャンスと見たのかアキラの指示も待たずにすぐさま右拳に力を籠めると同時に紫電を走らせて、すぐ目の前にいるゴローニャを”かみなりパンチ”で殴り付ける。

 

 でんきタイプの攻撃はじめんタイプには無効。

 それはポケモンの世界の常識ではあるが、レッドのピカチュウみたいに桁違いのパワーを持つのなら、その常識を覆すことは出来る。

 だが、エレブーの”かみなりパンチ”には、ゴローニャのじめんタイプによるでんきタイプ無効を覆せるだけのパワーは無かった。タイプ相性については、アキラが時間を掛けて手持ち全員に教えていたが、慌てていたことや簡単に覆される場面を度々見てきたエレブーはすっかり忘れていた。

 

 しかし、でんきタイプは無力化されても、そのタイプエネルギーを纏わせた拳をぶつけられた時に生じる物理的なダメージまでは無力化する事は出来ない。

 たった今でんげきポケモンが仕掛けた渾身の”かみなりパンチ”は、言うなればでんきタイプのエネルギーを纏った”メガトンパンチ”の様なものであり、その物理的なダメージにゴローニャは表情を歪める。

 タイプ相性を考えれば、あまり褒められた攻撃では無かったが、それでもそのパワーに防御の優れたゴローニャさえ堪らず下がろうとする。

 

「”いわなだれ”だゴローニャ!!」

 

 タイミング良く伝えられた命令を受けて、ゴローニャは追撃を防ぐ意図も含めて置き土産に”いわなだれ”を仕掛ける。大量に迫る無数の岩に恐怖を感じたエレブーは慌てながらも軽快に避けていくが、メガトンポケモンが放った岩の幾つかは後ろにいたアキラ達も襲った。

 

「えっ!? ここまで飛んで来るの!?」

 

 ”キズぐすり”などでダメージを受けたハクリュー達の体勢立て直しの真っ最中だったので、飛んでくる岩にまだスピアーと戦っているサンドパン以外は必死に避けていく。その場にぼんやりと立っていたヤドンも、ブーバーが避けながら担ぎ上げてくれたおかげで難を逃れるが、ヨーギラスを抱いているバンギラスだけは違っていた。

 腕の中に子どもがいるのが足枷になっているのか、攻撃も回避もせずに我が子を守るべく体を丸めるが、運悪く岩が頭を含めて何個かぶつかって倒れ掛ける。

 

「わあーー!! 倒れちゃダメ倒れちゃダメ!!!」

 

 あのまま倒れてしまったら、抱いているヨーギラスを潰してしまう。

 運良く”いわなだれ”が丁度止んでくれたので、大慌てでアキラは珍しく焦りの形相を浮かべたハクリューやゲンガーと一緒にバンギラスを支え、ブーバーも担いでいたヤドンを放り投げて彼らに加勢する。幸いバンギラスは、倒れる様に見えてはいたものの片膝が付くだけで済むが、ただならぬ事態なのを感じ取っていたヨーギラスは、とうとう大声で泣き始めた。

 しかも、それはただの泣き声では無く”いやなおと”混じりの泣き声だった。

 

「いっ!?」

 

 近距離にいたアキラは、声にならない悲鳴を上げながら防衛本能で両手で両耳を抑えるが、それでも防ぎ切れない。当然アキラのみならず、ハクリュー達や親であるバンギラスも被害を受けるが、ヨーギラスの泣き声の範囲は戦っていたエレブーや密猟者達にも及ぶ。

 

 安心させようと不快音交じりの泣き声に耐えながらバンギラスはヨーギラスをあやすが、それでも泣き止まない。戦いどころでは無いと判断したエレブーは、耳を抑えながらヨーギラスを泣き止ませるべく戻ろうとしたが――

 

「うおおぉ!! み、耳が…」

「泣いている奴を黙らせろ!」

 

 ヨーギラスの泣き声に苦しめられるのに耐えかねた彼らは、原因であるヨーギラスを攻撃するのを命ずる。三匹が今にも技を放ちそうなことにエレブーは気付くと、方向から見て自分を狙っていると勘違いして避けるべく体を動かそうとするが、一瞬だけ泣いているヨーギラスとバンギラスに目が向く。

 

 避けたら、あの攻撃はどこに飛ぶ?

 

 不意にそんな疑問が、エレブーの頭の中に浮かんだ。

 他の仲間と違って頭は良くないことを自覚しているので、そのまま後ろに飛んでいくとエレブーは単純に考える。そうなったらアキラ達はまた巻き込まれるが、何だかんだ言って彼らは大丈夫だろう。

 

 だけど、あの親子はどうなる? 

 

 簡単に考え、僅かな時間でそこまで思考が至り、密猟者達のポケモンがそれぞれ技を放ってきた直後、エレブーは衝動的に動いた。

 その場に踏み止まり、体を大きく広げて、放たれた攻撃全てを背で受け止める。

 一際強い光と衝撃が激しく体を叩くが、それら全てにエレブーは耐え抜く。

 

「よし! よくやってくれたエレット!!」

 

 ダメージを軽減しているとはいえ、彼の打たれ強さは本当に頼もしい。

 エレブーが攻撃を受け止めた時に生じた轟音に驚いたのか、あまり好ましくは無いがヨーギラスは黙る様に泣き止む。エレブーが時間を稼いでくれたおかげで、大ダメージを受けたハクリュー達の回復も済んだ今が反撃のチャンスだ。

 まだ耳は本調子に戻らないもののアキラはすぐに反撃を命じようとしたが、体中から煙を上げながらエレブーは両足を交互に力強く踏み締めて構え直した。

 

「……エレット?」

 

 反撃の為に気合を入れているのかと思ったが、エレブーの構えが攻めでは無くてさっきと同じ守りの構えなのにアキラは気が付いた。こういう時はすぐに反撃に出るのが最近のエレブーの戦い方だったが、今回彼は反撃よりも防御を行うことを選んでいた。

 

 体のどこかを痛めてしまって動こうにも動けないのかと思ったが、足腰に力が入っているのを見るとその可能性は低い。

 ”がまん”を発動していることも考えたが、他の戦い方にも慣れてきたエレブーが指示無しで”がまん”を実行するとは思えない。

 最悪なのは相手の実力に怖気づいていてしまっていることだが、怯えている姿には程遠く、その背中はとても頼もしく見える。

 

「…あれ? エレットってあんなにカッコ良かったっけ?」

 

 場違いではあるが、穏やかではあるものの臆病でおっちょこちょいなエレブーの姿を知っているだけに、アキラは目の前のエレブーが本当に何時もの彼なのか思わず目を疑ってしまった。

 今のエレブーは、まるで別人の様に体中に力を漲らせている。

 それも攻撃を仕掛ける為では無くて、続けて仕掛けられてくるであろう攻撃に耐える為だ。

 

 アキラが連れているエレブーは、普通の個体とは違って並みのいわタイプ以上の打たれ強さを有しており、それを上手く活かす術も身に付けている。しかし、幾ら相手の攻撃に耐えることで強大な力を発揮できるとしても、好んで苦しくて辛くもある痛い思いなどしたくはない。それはエレブーが、本来の種に多く見られる血の気が多い荒っぽさとは真逆の気が弱くて臆病な性格であったとしても、まともな感覚を持つ生き物なら当然だ。

 

 それなのに何故、自分達の前に立っているエレブーは、あまり好まない筈の我が身を盾にしていると言ってもいい行動を積極的に取るのか。今まで見せたことが無いエレブーの行動の意図がアキラには理解出来なかったが、でんげきポケモンは少しだけ首を後ろに向ける。

 彼の目付きがハクリューやブーバーに見られる鋭いものであったことには驚いたが、その目線の先にバンギラスと守られる様に抱えられているヨーギラスの姿があったのに彼は気付く。

 

「――今日会ったばかりなのに、何か思うところでもあるのかな」

 

 その目付きと視線の先を見て、アキラはエレブーが今の行動を取っている理由があの親子にあることを何となくではあるが察した。

 攻めることなら手持ちの誰でも出来るが、相手の攻撃全てを引き受けてひたすら耐え抜く事のみならず、要塞の如く不動なのを保ち続けられるのはエレブーにしか出来ない事だ。何が彼を突き動かしているのかは知らないが、痛い思いをしたくない自らの臆病な気持ちを抑えてでも、エレブーは我が身を盾にしてでもあの親子を守ろうと勇気を出しているのだ。

 彼のトレーナーとして、その頑張りに報いられる様に全力を尽くさなければならないと、アキラは気合を入れる。

 

「あのエレブー、厄介だな」

「高値は付きそうだけど、今あの堅さはムカつく以外の何物でもないな」

 

 エレブーの打たれ強さを脅威と判断したのか、密猟者達のポケモンは再びエレブーに対して集中攻撃を始めた。先程よりも規模が大きい攻撃が迫るが、それでもエレブーは一歩も退こうとせずに見据える。

 

 これ以上痛い思いや怖い思いをしたくない。

 

 それがエレブーの偽らざる本心だ。

 今までどんなに褒められても意識がすぐに飛ばず、長く痛い思いを感じてしまうタフな自分の体が素直には喜べなかった。

 だけど、今日出会った親子のおかげでようやくその意義を見出せた。

 

 さっきは自分が避けたから、彼らは危険に晒され、あの子は泣いた。

 

 壁技は連続では使えない為、今敵の攻撃を一切後ろに通さない様にするには、アキラが言っていたこの頑丈な体でひたすら防ぎ続けるしか自分には術が無い。

 

 この打たれ強い体で誰かを守る。

 

 今でなくてもアキラや仲間達と一緒に過ごした二年の間に、それを見出す機会は幾らでもあったし、無意識にそれに近い行動もしていた。けど力を引き出す為に耐えることはしても、アキラを含めて皆自力で乗り切るので体を張って守る必要が無かったのと自らの臆病な性格、そういう指示であることを言い訳にずっと目を逸らしてきていた。たまにテレビでそういう展開が来るのを見る度に、その後の展開に慌てながらも自分がこういう役目を頼まれる時が来るとしたら絶対に嫌だと思っていたが、今は違う。

 今自分が置かれている状況だと、物語ではほぼ必ず盾になった者は倒れる流れではあったが、エレブーは絶対に倒れるつもりは無かった。

 

 恐怖や痛みに負けそうになる自身を鼓舞する様に”がまん”が解放された時の様な雄叫びを上げて、エレブーは襲い掛かる攻撃全てをその身一つで引き受ける。並みのポケモンなら既に戦闘不能になってもおかしくない程の激しい攻撃だったが、確固たる意志を抱いたでんげきポケモンは耐え続ける。

 

「ふざけた堅さだな!」

「こうなればデカイのをぶちかましてやる!」

 

 激しい攻撃でアキラは良く聞こえなかったが、埒が明かないと判断した密猟者はラフレシアに何かを命ずると、ラフレシアは巨大な花弁に光を集め始める。

 すぐにアキラはそれが”ソーラービーム”なのを察するが、思いの外チャージが早くてラフレシアは”ソーラービーム”を放ってきた。

 

「リュット”はかいこうせん”!」

 

 アキラの指示を受けて、持ち直したハクリューは”はかいこうせん”を放ち、他の二匹の攻撃を踏み止まって耐え続けるエレブーに迫る”ソーラービーム”に対抗する。

 バトルは更に激しさを増すが、今がチャンスとばかりにブーバーとゲンガーが駆けて行き、アキラも彼らの意図を正確に読み取る。

 

「スット、”あやしいひかり”! バーット……”ホネこんぼう”?」

 

 多少迷いながらもアキラは二匹に指示を出し、彼らもそれらを忠実に実行する。

 密猟者達は勿論、エレブーに攻撃を集中させていたフーディンとゴローニャも、突然仕掛けてきた二匹に対応できなかった。

 

 最初にゲンガーが放った”あやしいひかり”をまともに受けて、フーディンとゴローニャは”こんらん”状態によって無防備になる。その隙だらけの二匹をブーバーは、脳天や顔面に容赦なく手にした”ふといホネ”や自らの蹴りを叩き込んでノックアウトさせる。ハクリューの方も”はかいこうせん”で”ソーラービーム”を相殺した後、大技によくある反動をモノともせず続けて放った”れいとうビーム”でラフレシアを氷漬けにして仕留める。

 

「よし!」

 

 これで奴らが連れている手強い三匹は倒した。スピアーの方も、ヤドンが”ねんりき”を発揮したことで勝負は付いている。

 しかし、密猟者は三匹がやられたと見るや、すぐにボールに戻してラッタやベトベトンまでも出してきた。

 

「クソ、まだやるしかないか」

 

 自らの体を盾にして攻撃を防いできたエレブーの限界が近いので終わりにしたかったが、新たなポケモンの出現を見て、まだまだ戦いが続くことをアキラは悟る。

 純粋に盾に徹していたエレブーは、傷や痣だらけの姿でありながらもう一度構え直そうとするが、体の至る所が激しく痛んで片膝を付いてしまう。普段だったらここで気が抜ける事が多かったが、今回はそれは許されない。

 

 まだ戦いは終わっていない。

 

 あの子に不安を抱かせない為にも、自分は絶対に倒れる訳にはいかない。

 

 初めて抱いたであろう屈したくない意思を胸に、ボロボロの体を震わせながらエレブーは立ち上がるが、そんな彼を守る様にハクリュー達三匹が前に出る。

 後ろで手当てを受けている間に、彼が体を張って敵の攻撃を防いだりチャンスを作ってくれたのだから、アキラ同様にこれ以上余計な負担を掛けさせたくは無かった。物真似では無いが、今度は自分達が体を張ってでもエレブーを守ろうと決意を胸にしていた三匹は、新たな敵を前に構える。

 双方は様子見も兼ねた睨み合いを再び始め、周囲は再び静けさに包まれるが、それはすぐに破られた。

 

「何っ!?」

 

 何と何の前触れもなく、ラッタは牙を剥き出しに飛び出し、ベトベトンは口から大量のヘドロを吐き出したのだ。

 この時アキラ達は気付いていないが、既に彼らはアイコンタクトと呼ばれる高度な意思疎通技術で指示を受けていたのだ。

 完全に不意を突かれた為、防御が間に合わない。

 前線の三匹は正面から受け止めようとしたが、突然目の前の大地が盛り上がった。

 

「何だと!?」

「えっ!? なにこれ?」

 

 謎の現象にアキラと密猟者達は、驚きを露わにする。

 そして瞬く間に土が盛り上がったことで出来上がった壁によって、飛び掛かったラッタは弾かれ、ヘドロの濁流はせき止められる。

 誰もが目の前で起きたことが理解できなかったが、どこからともなくまるでリズム良く歌っている様な声が聞こえてきた。

 

「ん? これって…」

 

 密猟者達も気付いたのか、お互い聞こえてくる声がどこからするのか探し始める。

 近付いてきているのか徐々に声はハッキリと聞こえてくるが、すぐにその正体が姿を現した。

 盛り上がった土の周りから、ディグダとダグトリオの群れが歌う様に声を上げながら顔を突き出したのだ。

 

「げっ! さっきのディグダとダグトリオ!」

 

 アキラは一歩下がるが、それは密猟者の方も同じだった。

 彼らも追い回された経験があるのか、顔を青ざめて逃げようと反転するが、その先もディグダとダグトリオが頭を出していて逃げられなかった。

 

「おいどうするんだよ」

「か、囲まれた」

 

 出てきたディグダとダグトリオの群れはリズム良く声を出しながら、モグラ叩きの様に頭を地面から出したり引っ込めたりしながら密猟者の二人にジリジリと迫る。

 そして彼らは、同時に体を回す様に一回転すると”じわれ”を放つ。

 囲まれていた密猟者とそのポケモン達は、四方から放たれた”じわれ”に巻き込まれ、轟音と砂埃が晴れると完全に伸びた姿を晒していた。

 

「ありゃりゃ…」

 

 まさかの結末に、アキラと手持ち達は唖然とする。

 さっき彼らに追い掛けられていたのは、自分を密猟者の仲間と勘違いしたものなのだろう。

 その証拠と言えるかはわからないが、彼らは動けないエレブーやハクリュー達の足元から現れると、何故か胴上げの様な行動を始めたのだ。何が何だか訳が分からず、されるがままに胴上げされる四匹をアキラやサンドパンは呆然と眺めていたが、一匹のダグトリオが彼の前に現れた。

 

 追い掛け回されたこともあって一瞬身構えてしまったが、ダグトリオはバンギラスと向き合うと何やら会話を始める。

 

 一度暴れると地形を滅茶苦茶にして自然を破壊するバンギラス。

 土を耕して草木が育ちやすい自然を作るダグトリオ。

 

 基本情報を考えると相容れない関係に思えるが、目の前にいる二匹の様子を見ると、そんな事は無さそうな親しい関係であるのが窺えた。

 種は違っていても仲が良かったり協力したりする野生のポケモンは存在しているのだから、特におかしい訳では無いだろうと、眺めながらアキラは思う。ヨーギラスはダグトリオに興味を抱いている様子だったが、話が済んだもぐらポケモンはアキラの前まで進む。

 彼らを守ったことに感謝しているのか、頭を下げるとそのまま他の仲間達と共に土の中へと姿を消すのだった。

 

「まぁ取り敢えず……一件落着かな?」

 

 確認を取る様に呟くと、手持ちの六匹とバンギラスは同意する様に頷く。

 気になることはあったり予想外の出来事続きだが、無事に危機を乗り越えられたみたいだ。

 ではこの後、伸びている密猟者達の始末をどうするかにアキラは思考の比重を移そうとしたが。

 

「?」

 

 気が緩み掛ける直前だったので、再び何かを感じたアキラは周囲を見渡す。

 まだ何かあるのかと思ったが、しばらく警戒しても何も起きなかったので、何かを気の所為であると彼は片付けて警戒を解く。

 しかし、本当は気の所為では無く、明確に向けられた視線があるのに彼は気付いていなかった。




アキラ、エレブーが自らの長所の意義を見出し、野生のディグダ・ダグトリオ達が加勢したおかげで難を逃れる。

最初エレブーの頑丈設定は、手持ちに個性を付ける程度のつもりでしたが、先を考えたり話を進めている内に意図せず、どんどん当初の軽い気持ちから難しい形へと流れていってしまいました。
臆病な部分はたまに出ると思いますけど、今回の件はエレブーにとってはかなり大きい出来事になると思います。


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氷使い

実はこの回で今回の連続更新は終わりの予定でしたが、長くなり過ぎたので分割しました。
今回の連続更新が終わる前に第二章より前の話の追記・修正も終わりましたが、まだどこか気になる所はあるかも。

後、主人公がたまにやる悲鳴は成長するにつれて減らすつもりでしたが、違和感を感じるなどのご指摘を頂いたので、今後は出さない様にします。


 密猟者達との戦いを無事に制したアキラ達だったが、その後の後始末には時間が掛かった。

 

 何とかシロガネ山を管理している人達がいる場所まで、密猟者達を可能な限りの拘束を施して運んだが、それだけでもかなり苦労した。しかも手持ちが回復している間に、事情聴取の様なものまでしたので疲労し切っていた。

 

「疲れた…」

 

 サイドンを野生に帰す場所を見に来ただけなのに、とんでもない出来事に巻き込まれたものだ。自転車を押しながら、アキラはゆったりとした足取りで近くの町へ続いている道を進む。

 ある意味今回の出来事の切っ掛けとなったバンギラス親子とは、アキラが管理をしている人達の元へ向かう時に別れた。

 

 元々彼らは野生のポケモンであることや迫っていた危険も無くなったので、そこまで同行して貰う理由は無かった。親であるバンギラスはすぐに理解したが、ヨーギラスは別れるのが嫌なのかまた”いやなおと”混じりの大声で泣くので、宥めるのにもかなり時間が掛かった。しかもエレブーやサンドパンも名残惜しそうにしていたのだから、こちらも納得させるのに同じくらい労力を費やした。

 

 仮に自分に付いて行きたいとしても、生まれたばかりなことや捕獲禁止区域のポケモンなので許可を貰わないといけない、既に手持ちは六匹いるなど問題が山積みだ。

 

 と言った感じではあったが、自分の苦労はともかくバンギラス親子の写真は撮らして貰えたので、ヒラタ博士経由でオーキド博士にバンギラスを新種として報告できるだろう。他にも既に生まれてしまっているが、ポケモンはタマゴから生まれるらしいことも伝えられるので、後に繋がる情報を得られたと考えれば中々の成果だ。

 

 少しずつではあるが、シロガネ山よりも西のジョウト地方を中心に新たなポケモン、そして技も既知のとは異なるものが存在していることがカントー地方に知られつつある。

 あくタイプやはがねタイプはまだ未確認だが、この調子ならいずれ確認されるだろう。

 

「って、バンギラスはあくタイプがあったな」

 

 カイリュー同様に好きなポケモンだったので、特徴は良く知っているつもりだったが、見落としていたことにアキラは今更気付く。

 

 写真と言う証拠はあるが、あくタイプの存在を知らなければバンギラスのタイプを判別することは困難極まりない。密猟者達が言っていた様に、既知の種で近いのはニドクインやサイドンなので、いわタイプかじめんタイプのどちらかまでは考えが至っても、もう一つのタイプが何なのかはわからない。

 

 今までとは違った能力やタイプを持つジョウトのポケモンが、今後表舞台に出てくるだろう。

 しかし、既に手持ちを六匹揃えたアキラは、もう他のポケモンを手持ちに加える気は無い。

 なので彼としては、ポケモンの種類やタイプが増えるよりは使える技の幅が広がってくれる方がずっと有り難い。

 

 理由としては、イッシュ地方までのポケモンと技を知っているアキラにとって、現段階で使える技がかなり限られているのを少し不便に感じていた。単純に使える技の種類もそうだが、ゴーストタイプは”したでなめる”や”ナイトヘッド”、ドラゴンタイプに至っては”りゅうのいかり”だけだったりとタイプの間で技の数にも大きな差がある。

 ここにジョウト地方の技が加われば、この現状は少しは解決すると思うが、そこまで考えて彼はあることが頭に浮かんできた。

 

 ジョウトのポケモンの発見が進んでいるとなると、ジョウト地方の図鑑所有者であるゴールドやクリス、シルバーの三人が動く時期も近い。

 しかし、彼ら三人の前に登場するもう一人の図鑑所有者がいる。

 

「え~と、次の戦い何時だったっけ?」

 

 四人目の図鑑所有者であるイエローが登場するのは、レッドとゴールドの間、つまり四巻と七巻の間なのだが、アキラはその間に起こった出来事は殆ど知らない。知っているのは、四人目である彼女の登場とカントー四天王が敵として出てくること、そしてレッドが行方不明になるくらいだ。

 レッドにはどこかに行く際は誰かに行き先を教えておく様に伝えているが、あんまり聞いている様子は無い。

 

 加えてもう二年近くこの世界を過ごしているので、大分記憶も風化していて細かい内容を思い出すことも容易では無くなってきている。ノートの片隅などに思い出せるだけのことを戯言の様な形で断片的には書き留めているが、彼らとの戦いに彼として気に掛かる事があった。

 

「シバさんと戦うのは…気が進まないな…」

 

 カントー四天王の一人にして、格闘使いのシバ。アキラにとって、彼は助けて貰った恩人でありトレーナーとしての姿勢や考え方に尊敬の念を抱いている人物だ。

 実力差が大きいから戦いたくないと言うよりは、敬意を抱いているからこそ、世界の命運を賭けて、各々の思惑が入り混じった形で彼と戦う可能性があることが嫌なのだ。そもそもカントー四天王がレッド達と敵対する理由は何だったのか、ハッキリ言って知らない。

 

 覚えている範囲でカントー四天王の動向を思い出すと、シバはジョウトでの戦いでレッド達に助力した後、何時の間にかポケモン協会公認のジョウト四天王になっていた。

 カンナはナナシマでの戦いで、同じく「敵の敵は味方」みたいな感じではあったが、レッド達とロケット団を相手に共闘している。

 ワタルの方は微妙な形ではあるが、シルバーに助言したり、オーキド博士にメッセージを送ったりと後に味方として出てきているから、何か勘違いがあったのだろう。

 そうなると勘違いで対立をする事になった原因として考えられるのが――

 

「キクコか…」

 

 後の物語でも殆ど触れられていないカントー四天王最年長にしてゴーストタイプの使い手。

 カントー四天王の情報は出来る限り探してきたが、まともに確認できたのはキクコだけだった。加えてその情報は、ポケモンリーグでオーキド博士と戦って準優勝だったことやオーキド博士と一時期一緒に研究をしていたことくらいだ。

 

 どの情報にもオーキド博士が関わっているので、彼に私怨的なものがあると考えられるが、推測の域なので明確な目的は全くわからない。それにもしかしたら勘違いじゃなくて後に改心するけど、とある目的の為に彼ら四人が野望に燃えて、それをレッド達が止める為にぶつかったと言う可能性も十分考えられる。

 

 レッド達の手助けをしたいのは山々だが、二章の流れを全く知らないことと実力がまだ伴っていないことも相俟って、アキラは今回もそこまで関わらない方が良さそうだと考える。

 だけど友人であるレッドやその仲間が、やられたり苦しい思いをするのを黙って見ているつもりも無い。どこまでやれるかはわからないが、出来る限り影から動くなり、彼らの力になる事はしようとは思っている。

 そう考えていたら、アキラは背筋に寒気を感じて軽く震えた。

 

「――冷たい空気……と言うよりは…冷気?」

 

 感じたのはまるで冷凍庫を開けた時に流れる冷たい空気によく似ていた為、ただの冷たい風にしては奇妙であることに彼は気付く。

 自然のものとは思えなくて辺りを見渡すが、今通っている道の周りの木々からは何も見えない。

 だが、気の所為で済ませるにはおかしい。

 アキラは自転車を折り畳み、背負っているリュックの上に重ねると専用の器具で固定すると、ブーバーとヤドンを出した。

 

「誰ですか? 出てきてください」

 

 一応大きめの声で、アキラは周囲に呼び掛ける。

 大人しく出てくる可能性は低いが、やらないよりはマシだ。

 それに今ここに人がいるとしたら自分と警戒対象だけなのだから、変に見られる心配も無い。

 

「――ギリギリ及第点かしらね」

 

 ハッキリと人の声が聞こえて、アキラとポケモン達は身構えるが、彼らが通っている道の目の前に赤い髪をした眼鏡を掛けた女性が森から出てきた。

 

「貴方は…誰ですか?」

 

 ヤドンはぼんやりとしたままだが、アキラと”ふといホネ”を両手で握り締めたブーバーは警戒しつつ何時でも一歩下がれる様に身構える。

 姿を見せたのが若い女性なのは意外だったが、それでも彼の直感は不吉なものがすることを告げていた。女性は掛けている眼鏡を怪しく光らせながら、アキラ達を観察する様に眺める。

 

「構え方は悪くない。でも何時でも避けられることに比重を置いているのは気になるわね」

 

 さっきから彼女は、まるで見定める様にアキラ達の動き一つ一つを指摘する。今の構えが良いのか悪いのかはわからないが、何時でも避けられる様にしているのは事実だ。

 目的が見えないだけでなく、上から目線で見られている感じがして少し気分は悪いが、恐らくそれを言えるだけの自信があるのだろう。

 

「もう一度尋ねますが何者ですか? まさか密猟者の仲間ですか?」

「仲間? むしろ……敵の方よ」

 

 仕返しの意味で意図的に怒りそうなことを加えてアキラが尋ねると、目の前の女性は心外だと言わんばかりの反応を見せる。

 

 その瞬間だった。

 

 凍り付く様な冷たさだったが、実力者が持っている風格と威圧感が発せられたのをアキラは感じ取った。どうもあちらの方から何かを答えそうに無い。

 彼は目の前の人物が何者なのか頭の中で情報を整理しつつ精査していくが、中々該当しそうな人物の姿は浮かび上がらなかった。

 

 仕方なく万が一に備えて神経を張り詰めらせて、さっきの密猟者のスピアーの時の様に不意打ちに気を付けながら、視界に映る範囲内で女性の動きにも意識を傾ける。最近時間を掛けて対象を観察すれば、どういう風に動こうとしているかが何となくわかる様になったが、どれだけ目を凝らしても動く様子は見られない。

 

「相手を観察する目は中々ね。求めている基準に達していない能力も多いけど、シバが気に掛けるだけはあるわ」

 

 情報不足過ぎて困っていたが、意外な人物の名を耳にした途端、アキラの頭は急速にその意味を理解して働き始めた。彼女は知る人が殆どいないシバの事を知っている。

 それが意味することはつまり――

 

「シバさんを知っているのですか?」

「そうね。だって彼は私達の仲間だし」

 

 仲間

 

 その単語だけで、アキラの頭はすぐさま目の前の女性に該当する情報を絞り出す。

 赤い髪に眼鏡、氷の様な雰囲気を纏った女性、カントー四天王の一人、氷使いのカンナだ。

 確かにシバと同じく四天王を名乗っており、仲間と言えば仲間ではある。

 しかし、あまり人に姿を見せないと思われる四天王の一人が、何故この場で自分に姿を見せたのかが疑問だった。さっきから何か試されている様に感じることも重なって、不穏な空気を感じる。

 

「少し聞きたいことがあるけど、良いかしら?」

「何でしょうか?」

 

 二年前にシバと会った時とは異なり、目の前に立っている女性への警戒心は収まるどころか増々強くなる一方だ。無意識の内にアキラの目付きは敵対している相手に向けるものになっていたが、カンナは気にせずに淡々と尋ねる。

 

「さっき戦っていた密猟者のこと、どう思う?」

「どうって…手強い――」

「違う違う。人としてもトレーナーとしても彼らはどうなのか? ってことを聞いているの」

 

 一瞬だけ呆れっぽい仕草が見えた気はしたが、彼女がどこかでさっきの戦いを見ていたと考えると、人間の性質としての意味かとアキラは理解する。

 何故自分にこんな事を聞いているのか気になったが、多分試しているのだろう。ただ、どんな狙いがあるのかはわからないしどう答えても嫌な予感しかしない。

 

 そもそも自分は元の世界に帰る術やレッドに勝つとしたらどうしたら良いのか、手持ちの問題など自らの事で手一杯で、そんな善悪論や社会問題に関係ありそうなことを深く考えたことは無い。

 だけど変なことを答えて、機嫌を損なわせでもしたら冗談抜きで怖い。焦りながら無い知恵をフル回転させて、アキラは口を開く。

 

「まあ…率直に言いますと色んな意味で許せませんね。それに――」

「それに?」

「そんな悪い事じゃなくて、もっと別の事にその力を使えば良いのにって思います」

 

 恐らくカンナが期待した様な答えでは無いだろう。

 でもこれが、今アキラがロケット団を始めとしたポケモンを使って悪事を働く人間に対して率直に抱いていることだ。前々から何故ポケモンの世界では、悪の組織がやたらと出てきたり犯罪が多いのか疑問を抱いていたが、恐らくポケモンの存在が大きい。

 

 この世界で強いポケモンを連れていると言うことは、下手をすれば社会のルールを破った場合にある制裁の力を超えてしまうことがある。ロケット団の幹部格が中々捕まらないのは、証拠の問題や行方知れずなのもあるが、何より彼らの持つ力――連れているポケモンが警察などの取り締まる側の対処出来る範囲と力を大きく上回っているのが一番の原因だ。

 

 力が強ければ強いほど、どんな危機的状況であろうと相手が誰であろうとその力で捻じ伏せたり、逃れることが出来る。要するに強いポケモンを連れている人物である程、その気になればポケモンの力や能力でのゴリ押しで事態の打開が出来たり、自由に好き勝手出来るという訳だ。

 アキラが抱いている手持ちが強くなれば、自分達の行動範囲が広がることやレッド達の手助けになると考えているのも、根本を辿ればその心理が働いていると言える。

 

「確かに、そういうくだらないことや自分の欲を満たすのに、ポケモンの力を利用したり自分の力の様に振る舞うトレーナーは山ほど存在しているわね」

「力があると、どうしても強気になっちゃうと言うべきでしょうね」

 

 半年前にカツアゲを働いていた少年達でさえ、まだ力が十分でない捕まえたばかりのポケモンの力を利用して荒稼ぎしようと小規模の悪事を働いていたのだ。もし彼らが、自分達には忠実で警察どころかジムリーダーでも止められない強いポケモンを手にしていたら、もっと大きな事をしでかしていたかもしれない。

 だからこそ、強い力を持つならばその扱いに気を付けなければならない。

 

 力を求めることや有すること自体悪い事では無い。問題はそれをどう扱うか、そして本当に力を持っているのが誰なのかをちゃんと意識することが、ポケモントレーナーには求められていると彼は考えている。

 

 と言っても、そういうアキラも意識しているしていない関係無く、手持ちの力をアテにした大胆で強気な行動をしてしまう時はあるし、これからも彼らの力を頼りに動くことを考えてもいる。なのであまり偉そうには言えないし、彼自身も扱いや振る舞いには気を付けなければならない。

 

「でも…世の中、誰のおかげで大手を振っていられているのかもわからない人間だらけ、そういう人間に従わされているポケモン達を不憫に思わない?」

 

 カンナの問い掛けに、どう答えるべきかアキラは戸惑う。

 ポケモンの事を道具みたいにひどく扱ったり、悪事に利用する人間が許せないのはわかる。だけど、何の考えも躊躇いもせず、ただトレーナーの指示に従うことに不満を抱くどころか逆に良しとするポケモンもいるだろう。

 他にもトレーナーに絶対の忠誠と信頼があるからこそ、悪いとわかっていても躊躇無く実行するポケモンもいると思うので、一概に不憫であるとは言いにくい。

 

「貴方は…どうするべきだと考えているのですか?」

 

 思わず尋ねてしまったが、カンナは少しも気を悪くせずに答えてくれた。

 

「そうね。一握りの優秀なトレーナーだけを残して、それ以外の人間は徹底的に排除するべきだと思っているわ」

 

 氷使いの名に恥じない冷酷な言葉にアキラは軽く恐怖を抱いたが、それだけ彼女――恐らくカントー四天王はそういう人間に腹を据えかねているのだろう。

 

「成程ね。そういう考えを持っているのね」

 

 何やら一人納得しているが、アキラは納得どころか早く彼女から離れたかった。

 しかし、話はそれで終わらなかった。

 

「貴方は私達の仲間にならない? シバが貴方を気に入っているのもあるけど、力を持つ者はどうあるべきかわかっているみたいだし」

「えっと………お断りします」

 

 冷や汗を流しながら顔を強張らせたアキラは、両手を合わせながらすぐ丁重にお断りする。

 多分、レッド達がカントー四天王と対立した原因はこれだ。

 世の中、ポケモンを悪事に利用したり、悪い様に扱う人間が多過ぎる。ならばそういう人間やトレーナーは徹底的に排除、つまり行き過ぎた過激な正義感とも言える行動を止めようとしたのが、二章での戦いの理由。

 何らかの理由で四天王の目的を知ったレッドが、彼らを止めようとして返り討ちに遭い、行方不明になった彼を探す為にイエローが旅を始めたと言う流れなのだろう、とアキラは考えた。

 

 カンナはポケモンと上手く接したり扱える優秀なトレーナーのみを残すと言っているが、その残すトレーナーを選ぶ基準は彼らの判断次第。それに本当に優秀なトレーナーだけを残したからと言って、必ず上手くいくとは思えない。

 何時だったか何かの本で読んだ気がするが、カンナが纏っていた空気や雰囲気が一変した。

 

「そう……残念ね」

「!」

 

 何時の間にか彼女が手にしていたボールが開くと、大粒の雪混じりの暴風が吹き荒れる。

 吹雪の様な暴風に襲われて、アキラと出ていた二匹は吹き飛ばされる。

 

「なっ、何をするんですか!?」

「シバが注目しているのとポケモンとの関係が面白いから、今実力が無くても同志に迎えようと思ったけど、断るなら仕方ないわね。でも私の話を聞いたからにはここで消えて貰うわ」

 

 ジュゴンを伴って、カンナは淡々と冷たく告げる。

 シバが自分を気にしているだけでも驚きだったが、まさか勧誘を断ったから口封じで始末までするとは思っていなかった。

 悪い予感が当たってしまった上に、相手は最強の実力者集団である四天王の一角。二年前シバと戦った時よりは自分も手持ちも力を付けてはいるが、それでもかなりの実力差があることは容易に想像できる。

 だけどアキラは勿論、出ていたブーバーを始めとしたボールに収まっている手持ちもこのまま黙ってやられるつもりは無かった。




アキラ、四天王カンナの勧誘を断るも状況は一変して戦う流れへ。

ポケモン世界で悪の組織や悪事を働く人間がやたらと出る最大の原因は、取り締まる側の警察が頼りないのが大きいと個人的には思います。
一章でエリカが自警団的なのを結成しているのは、警察上層部にロケット団と繋がっている人物がいるからだと考えられますが、他の章での様子や七章でのプラチナ父に対してトウガンが告げた発言を聞きますと、警察組織の力不足はかなり深刻そうです。

国際警察は、ラクツの例を見ますと実力のあるトレーナーが何名か所属していると思われますが、各章の様子を見るとあまり手が回っていないっぽいですし。

作中に書きました様に第二章の流れをアキラは殆ど知らない設定なので、四天王と戦う理由や物語の始まり方は全部彼の推測です。
後、第九章についての情報は、単行本の発売は2012年からですが、アキラがやって来た扱いの時期である2011年より前から雑誌上では連載していたので、途中までは知っている扱いです。

次回で今回の連続更新は終了します。


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片鱗

この話で今回の連続更新は終了です。


「ジュゴン、”オーロラビーム”!」

「バーット、”かえんほうしゃ”!」

 

 互いのトレーナーの命を受けて放たれた虹色の光線と炎が激しくぶつかり合う。

 ところが炎はそのまま光線に押されて、強烈な反動とパワーにブーバーは後ろに下がる。それだけでアキラは、正面から挑んだら今の自分達には勝ち目が無いことを悟った。

 

 相手はシバと同じ四天王なのだ。実力差などわかっている。とにかく今はこの場から逃げることが最優先だと考え、他の手持ちも繰り出して彼は時間を稼ごうとする。

 

「エレット、リュット、”10まんボルト”!」

 

 二匹はみずタイプには相性抜群の電気技を繰り出すが、ジュゴンの前にヤドランが立ち塞がって、代わりに彼らが放出した電撃を受ける。ヤドランのタイプにもみずタイプは含まれている筈なのだが、二匹分の”10まんボルト”を受けたにも関わらずヤドランは平然と立っていた。

 

「”ドわすれ”で特殊攻撃には強くなっているわ!」

「面倒ですね!」

 

 ”ドわすれ”などの能力向上系の技によるポケモン強化は、ボールに戻るまでの条件付きではあるが非常に効果的だ。”こうそくいどう”を頻繁に活用し、その効果を実感している身からすれば、敵に回すと本当に厄介極まりない。

 しかもヤドランは素の物理防御は高いので、特殊攻撃の効きが悪くては一時的に相手を圧倒して時間を稼ぐ目論見は頓挫したと言っても良い。

 

「ジュゴン”れいとうビーム”! ヤドラン”ふぶき”!」

「エレット、”ひかりのかべ”!!」

 

 ジュゴンとヤドランが仕掛けようとしたタイミングに、エレブーは自分の出番だとばかりに守りの構えを取ると同時に特殊攻撃を軽減する”ひかりのかべ”を張る。

 これで一時的に攻撃を防ぎ、更にその後受ける特殊技によるダメージも減らそうとアキラは考えていた。しかし、放たれた強烈な青白い光と強い冷気を秘めた暴風は予想以上に強力だった。

 壁がまだ実体化して直接防いでいたにも関わらず、その余波でエレブーの体を凍り付かせて行動不能にまで追い込んだのだ。

 

「貴方のエレブーが、防御に優れていることは知っているわ。でも凍らせてしまえば打たれ強さ何て関係無い」

 

 アキラが連れているエレブーの強さの秘訣は、とにかくタフで打たれ強い事だが、動けなくなっては意味が無い。昔のアキラならこの展開に動揺していただろうが、エレブーの打たれ強さとその力が絶対では無いことを、何年も前に彼は彼女の仲間から学んでいた。

 それに一撃を防いでくれただけでも、エレブーは十分に仕事をしてくれた。

 

「皆”あやしいひかり”だ!!」

 

 何時の間にか飛び出していたゲンガーは、ブーバーと共に”あやしいひかり”を放ち、ハクリューとサンドパンも”ものまね”で”あやしいひかり”を実行する。四匹が一斉に放った予想外に強烈な眩い光にカンナは目を逸らし、まともに直視したジュゴンとヤドランも足元がおぼつかなくなる。

 その間にアキラは凍り付いたエレブーをボールに戻すと、手持ちと一緒にブーバーの”テレポート”でその場から離脱する。

 

「…逃げたわね」

 

 

 

 

 

「何かあった時に備えて、逃走の練習をやっておいて本当に良かった!!!」

 

 ”テレポート”したアキラは、すぐにボールにポケモン達を戻すと一目散に人がいる街へと繋がる道を走っていく。さっきの密猟者の時もそうだが、こういう危機的状況から離脱するのを想定して手持ちと一緒に逃走の練習をして正解だった。以前ならこうもスムーズにはいかなかった。

 

 カントー四天王と敵対する事になることは記憶では知っていたが、シバと関わったが故に自分が彼らに目を付けられるとは夢にも思わなかった。しかも仲間にならないと判断するや否や、本気で攻撃してきたのだから洒落にならない。

 

 今回遭った出来事をレッド達にどう伝えようか考えていたら、後ろから森のざわめきとは異なる音が彼の耳は捉えた。まさかと思って確認してみると、ラプラスに乗ったカンナが追い掛けて来ていたのだ。

 何故ラプラスに乗っているのかと思ったが、ラプラスが口から水流を放ち、その水流を横に並んで並走するジュゴンが光線で凍らせて氷の道を作り、その氷の上を滑っていたのだ。

 

 やはり腕の立つトレーナーが相手だと、単純な”テレポート”では逃げ切るのは難しい。さっきも今回も焦っていたのや時間が無かったので出来なかったが、”テレポート”で逃げるのなら、エスパー技が使える手持ちの補助前提の特別強力な”テレポート”をするべきだろう。

 別の逃走手段を実行するべくアキラはボールを手に取るが、ラプラスは放ち続けている水流を彼らに向けてきた。口から放出しているのがただの水だとしても、勢いを考えると当たれば無事では済まない。

 辛うじてアキラは避けるが、体を捻り過ぎて転ぶように倒れてしまう。

 

「覚悟!」

 

 倒れた事で動きを鈍っているのをチャンスと見たのか、カンナが乗るポケモン達が氷の上を滑る速度は加速する。急いで立ち上がりながら、アキラはラプラス達の動きに目と意識を集中させる。

 走って逃げるのは論外、距離を詰められるまでに時間は僅かにあるが、ブーバーの”テレポート”では間に合わない。

 だけど一太刀を入れるのには十分だ。

 

「サンット! ”じわれ”!」

 

 アキラはサンドパンを繰り出して”じわれ”を命ずる。まだ練習中の未完成だが、それでも相応の破壊力を秘めており、進路が固定されているラプラス達に当てるのは容易な筈だ。

 

 飛び出したサンドパンは宙で一回転した後、カンナのポケモン達が作り上げた氷の道に両爪を突き立てる。氷は一直線に砕ける様に割れていくが、亀裂は迫るラプラス達までは伸びなかった。

 しかし、代わりに広がった衝撃のおかげで剥がれる様に地面に張られた氷が舞い上がり、ラプラス達も巻き込まれて動きが止まる。

 

「バーット”テレポート”!」

「ヤドラン”かなしばり”!!」

 

 すぐにアキラはブーバーを出して短距離でも良いから逃走を試みようとしたが、カンナが再び召喚したヤドランの”かなしばり”がブーバーの動きを封じる。

 時間が経てば動ける様になるが、それでも技の効果でしばらくの間は技が一つだけ使えない。もしそれが”テレポート”なら厄介なので、別の方法に切り替えようとしたが、彼にそれを行う時間は無かった。

 

「”ふぶき”!」

「リュット、スット”ものまね”!!」

 

 彼が歯痒い思いをしている間に、ジュゴンとラプラスが口から豪雪を放つ。

 アキラは一度ボールに戻っていたハクリューとゲンガーを出して、”ものまね”による同じ”ふぶき”で対抗するが、威力が違い過ぎた。

 

「所詮は物真似、本家に敵う筈が無いわ!」

 

 悪あがきなのは承知しているが、カンナの言う通りだ。元々の能力も含めて、タイプ一致や技の習熟度が違うのだ。相殺を狙っていたが、これでは時間稼ぎにしかならない。

 全力を尽くして放っている二匹の物真似”ふぶき”は押し切られそうになったが、突然カンナ達が放つ”ふぶき”は別の軌道を描いて見当違いの方に飛んでいった。

 

「あら、やるわねその子」

 

 外れた原因がアキラの傍に控えているヤドンの力なのに気付くと、カンナは興味深そうに呟く。念の力は強いものの動きや反応が遅い所為であまり出てこないと聞いていたが、この局面でその力を発揮されるのは予想外だった。

 

「やられたけど、今度はどうかしら?」

 

 だけどその幸運は一回限りだ。再びジュゴンとラプラスは、必殺の”ふぶき”を放とうと動く。

 それを彼らの動向を集中して窺っていたアキラは気付き、自分達に迫っている危機を一際強く意識したその時だった。

 

 電流が走る様な感覚が生じた瞬間、彼の視界から見える世界が変わったのだ。

 

「! これって」

 

 すぐにアキラは、今自分がどういう状態になっているのかを理解する。

 この感覚に浸れる機会は滅多に無い――そもそも意識的に感じられるのは、全部危機的状況なので喜ばしい事では無い証だが、流石に何回も経験すればある程度は慣れた形で活かせる。願ってもいないチャンスに、アキラは視界に映るカンナとそのポケモン達の動きに目を凝らす。

 

 今攻撃を仕掛けようとしているのはジュゴンとラプラスの二匹のみ、それ以外で出ているヤドランは勿論、カンナが追加でポケモンをボールを出す様子も無かった。

 冷静に淡々と対処する敵の優先順位を決め、今まさに”ふぶき”を放とうとしている二匹の動作に、彼は意識を更に集中させる。

 

 時間がある訳では無い。

 

 だが見える範囲内にいる相手の動きがわかるだけでなく、自分を含めて全てが緩慢に感じられる感覚のおかげでアキラはある程度の余裕を持って思考を行えていた。そして二匹の動きと体への力の入り具合から、上手く言葉で解釈したり表現できないが、感覚的に()()()()理解した彼はすぐ傍に控えていたサンドパンに一つの指示を出した。

 

「サンット! ジュゴンの額とラプラスの喉元を”どくばり”で撃ち抜くんだ!!」

 

 普段以上に狙う箇所を指定された指示ではあったが、アキラの気迫はサンドパンに伝播する。

 必ず成功させる――確固たる意志を抱いて素早く構えたサンドパンは、無意識に何故か()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を理解していた。

 そして両爪からそれぞれ今までの中で一番威力だけでなく、スピードと精度に重点を置いた”どくばり”を一本ずつ放った。二本の毒針は目で追えない速さで飛び、それぞれが今まさに放とうとしたジュゴンの額とラプラスの喉元などに狙い通りに刺さる。

 

 その直後だった。

 

 ジュゴンは本能的に恐怖を覚える様な恐ろしい悲鳴を上げ、ラプラスは声こそ上げなかったが青い顔をより一層黒寄りに変化させて、まるで息が出来ない様な苦しそうな表情に一変した。

 

「!? これは一体!?」

「今がチャンスだ!」

 

 二匹の突然の急変に、氷の様に表情を変えなかったカンナは初めて戸惑いを見せる。 それをチャンスと見たアキラが声を上げると、ハクリューは元を叩くべく”こうそくいどう”でカンナ達に迫る。

 

「パルシェン! ルージュラ!」

「”つのドリル”で押し切れ!!」

 

 新しいボールを投げて、カンナはルージュラとパルシェンを繰り出す。

 それを見たアキラは、ハクリューに最近覚えた”つのドリル”を伝えると、ドラゴンポケモンは頭部のツノに激しく螺旋状に回転するエネルギーを纏わせて突撃する。

 決まれば一撃で相手を戦闘不能に出来るが、立ちはだかったパルシェンはレベル差が関係しているのか純粋に効いていないのか定かではないが、激しく火花を散らしながらハクリューの”つのドリル”を硬い殻で防ぐ。

 

 無理矢理にでも押し切ろうとするが、それでも動きの止まったハクリューをヤドランと新たに出てきたルージュラが狙うが、ハクリューの後ろから何かが飛来する。飛んで来た影はルージュラの顔面に当たり、ヤドランも気を取られて動きを鈍らせる。

 

「ホネ!?」

 

 ルージュラにぶつかった後に音を立てながら地面を転がっている影の正体に、カンナを目を瞠るが、同時にそれが意味することに気付く。

 ”かなしばり”の拘束から動ける様になったブーバーが、アキラの指示を受けて”ものまね”した”こうそくいどう”による超スピードを発揮して、パルシェンと矛盾対決しているハクリューの横を駆け抜ける。そして跳び上がったブーバーは、”こうそくいどう”での加速を上乗せした必殺の”メガトンキック”をヤドランに叩き込む。

 今日までブーバーが磨いてきた最強の技を無防備な状態で受けて、流石のヤドランも体が宙を舞って倒れ込む。

 

「ルージュラ”あくまのキッス”!」

 

 ブーバーが着地するタイミングを狙ってルージュラは唇を向けるが、近くを転がっていた”ふといホネ”は突然引き寄せられる様に浮き上がり、ルージュラの後頭部を直撃する。

 原因を探すと、距離はあるがブーバーの後ろでゲンガーが体を屈めたアキラに耳打ちされながら手を動かしているのがカンナには見えた。恐らく念の力か何かで、”ふといホネ”を動かしているのだろう。

 

「ホネを手にして止めを刺せ!!!」

 

 立ち上がったアキラは、ブーバーに力強く呼び掛ける。

 彼に言われるまでも無く、一直線に飛ぶ”ふといホネ”をブーバーは腕を真っ直ぐ伸ばして巧みに掴み、両手で強く握り締めると振り抜くほどの勢いで無防備なルージュラの頭を再び殴り付ける。それだけで打たれ弱いルージュラの意識は朦朧とするが、”かえんほうしゃ”の追い打ちを受けて完全に気絶する。

 まさか自分が連れているポケモンが倒されると思っていなかったのか、カンナは歯を噛んで悔しさと屈辱に震える。

 

「くっ! おのれっ!」

「リュット”10まんボルト”!」

 

 畳み掛ける様にぶつかり合っていたハクリューは、角に纏わせていたエネルギーの螺旋が消えると同時に殻に籠っているパルシェンに強烈な電撃を浴びせる。”つのドリル”でも突破し切れなかった様にパルシェンは物理防御に優れているが、その分中身は脆いのか内部に衝撃が伝わる技が多い特殊攻撃には滅法弱い。

 ハクリューが放つ電撃はエレブーのと比べれば威力は低いが、相性が良いのもあってパルシェンはフラつく。

 

「皆下がれ! 退くぞ!!」

 

 追い掛けられていたさっきまでとは一転して状況はアキラが優勢だったが、彼は追撃は仕掛けないことを伝えると、ハクリューを始めとした彼のポケモン達は一斉に下がり始めた。

 

「逃がすんじゃない!! ”とげキャノン”!」

 

 焦げた煙を上げながら、主人の切羽詰まった命を受けたパルシェンは殻を開くと、先の尖ったトゲを無数に放つ。

 ルージュラは倒され、ヤドランは鈍さとダメージの大きさ故に持ち直すのに時間が掛かり、ジュゴンとラプラスは戦うどころでは無い。こうも形勢が不利になるのは予想外ではあったが、ここまでやられて逃げられるのは四天王としてのプライドが許さなかった。

 ”とげキャノン”のトゲがアキラ達に迫るが、突如としてそれらのトゲは空中で静止する。

 

「何っ!?」

「ありがとうヤドット、最初の指示とは違うけど結果は最高だ」

 

 唖然とするカンナを余所に、アキラは自分の横で目を青く光らせて念の力を発揮しているヤドンに感謝の言葉を伝える。元々は仕掛けているブーバーとハクリューの援護を考えていたが、予想以上に上手くいったので念を掛ける対象を発揮する直前に変えた結果だった。

 止められたトゲは全てヤドンの力で見当違いの方向に飛んでいき、ハクリューは置き土産だと言わんばかりに”りゅうのいかり”を放ち、青緑色の炎にカンナ達は包まれる。

 

「よし、スットにヤドット、頼むぞ」

 

 ハクリューの攻撃がカンナ達の動きを封じている間に、アキラは()()()ヤドンを持ち上げるとブーバーの肩に乗せる。そしてゲンガーもブーバーの手を握ると、三匹は集中し始める。

 既にブーバーは完全に”かなしばり”の呪縛から解放されていた為、二匹の念の力の補助を受けた一際強力な”テレポート”を発揮して、アキラ達は再びその場から消えた。

 

「――今度こそ…逃げられたか」

 

 ヤドランの念で龍の炎を掻き消した頃には、既にアキラとそのポケモン達は消えていた。

 さっきの”テレポート”とは違い、近くから気配が感じられないのを考慮すると、今度は遠くへと飛んだのだろう。

 

 元々カンナがこの辺りを訪れたのは別目的の為だ。今回彼を勧誘したのもたまたま見掛けたのとシバが注目しているので、ついで程度の認識だった。

 仲間になってくれるなら、実力は自分達に及ばなくても使い勝手の良い手駒として使える。仲間にならないのなら、今後の計画の障害になる可能性やトレーナーとしての力の差を考えれば、今ここで始末することは容易い相手だと思っていた。

 しかし、結果は格下と見ていた彼に良い様にやられた挙句逃げられた。

 四天王の一員になって以来、初めての大失態だ。

 

「それにしても…良く狙えたものね」

 

 悔しさを抱きながら消耗した手持ちをボールに戻していくが、ボールの中でも苦しそうなジュゴンとラプラスを見てカンナは呟く。

 ”ふぶき”で追い詰めるところまでは完全に自分達の流れだったが、サンドパンが二匹に仕掛けた攻撃を切っ掛けに全ての流れが変わった。サンドパンが二匹に”どくばり”を当てた箇所は、カンナが知る限りではそれぞれの種にとって急所やそれに該当するであろう部分だ。しかも断定は出来ないが、ただ大きなダメージを与えるだけでなくて”どくばり”程度の毒でも致命傷に近い影響を及ぼすと思われる箇所でもあった。

 一匹だけなら偶然と片付けられるが、二匹同時にこの状態に追い込んだのを見ると最早狙ってやったものとしか言えない。

 

「シバが気に掛けるだけのことはあるわね…」

 

 意図的に急所を狙って当てるだけでも、戦うポケモンは勿論、指示を出すトレーナーにはかなりの技量と対象とするポケモンの体構造を理解する知識が要求される。

 これだけの事をした彼を、実力の無いトレーナーと判断するのは愚かなことだ。

 他にも事前情報で連れているポケモンの能力が高いことも知っていたが、トレーナーの指示無しでも厄介な動きや高度な連携が取れるなど、実際に手合わせしないとわからない部分もあった。

 しかし、それらよりもカンナには気になる事があった。

 

 四天王である自分が一方的に後手に回された終盤の怒涛の猛反撃、あれはただ勢いがあっただけでは説明がつかない。確かにこちらに息をつく間もない連続攻撃と見るなら勢いはあったが、それなら何かしらの粗や隙があってもおかしくないが、そんなものは無かった。

 しかもこちらの反撃の手を尽く潰していったのだ。

 今冷静に考えてみると、まるで――

 

 こちらの動きを全て読んだ上でそれに対応する形で動いた様な感じだった。

 

「奴は一体……」

 

 さっきまでは本当に少し腕が立つ程度だった。

 それがこの一変、理由がわからない。

 実力を隠していたとしても、披露する機会が遅過ぎる。

 わからないことだらけで、カンナはアキラに得体の知れなさを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 一方辛くもカンナの手から逃れたアキラ達であったが、今自分達が置かれている状況に困り果てていた。それは二年前の決戦真っ最中のヤマブキシティへの”テレポート”を彷彿させたが、状況の悪さは比較し難かった。

 

 ブーバーの”テレポート”は、エスパータイプの力が使えるポケモンの補助を受けることで行き先をある程度絞ってより遠くへと飛ぶことが出来るのだが、急いでいたので行き先を良く考えずに飛んでしまった。

 

 四天王と言うこの地方最強のトレーナーの一人から逃れられるのなら、テレポート先に文句を言っていられないことはわかっている。しかし今回彼らが飛んだ先は、海に浮かぶ絶海の孤島ならぬただの岩の上だった。

 

「どうしてこうなった…」

 

 これだけでも状況は厄介なのに、岩の周りを十匹のギャラドスが取り囲む様に海面から顔を出してグルグルと回っていた。どうやら彼らはこの岩に自分達が来たことには気付いていなかったが、もし気付かれたらあっという間に海の藻屑だ。もう一度”テレポート”で離脱しようにも、既にブーバーは”テレポート”を使うだけのエネルギーは無い。

 

 例の感覚の代償と思われる物凄い疲労感と気分の悪さで今にも寝込みたかったが、そんなことをしている場合でも無い。

 何とかこの場から穏便に去ることは出来ないか考えるが、リュックの中に”ピーピーエイド”を入れていることをアキラが思い出すまで、この状況は続くのだった。




アキラ、怒涛の猛反撃で無事(?)にカンナの追撃から逃げ切る事に成功する。

最近アキラの感覚の変化が良く出てきますが、当人が自覚している危機的状況が増えている以外にも訳はあります。
重大な秘密などではありませんが、今後も感覚を発揮していくのを描く以外にも他の描写なども含めて、何故そうなっているのかを少しずつ描いたり明かしていくつもりです。
察しが良い人なら、断片的にちょっとわかるかもしれません。

キリが良いと個人的に思いますので、連続更新はここで一旦終わりです。
次回の更新は今度こそ二章の終盤まで書いて一気に上げたいですけど、また長くなりそうでしたら、今回みたいにキリが良いと思う途中まで連続で更新します。
その時また読んで頂けたら何よりです。


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英知の結晶

大変長らくお待たせしました。

終盤の数話を除いてようやく第二章が書き上がりました。
更新中に残った数話を書き上げるのは可能と判断して、ここから一気に二章の終盤までの更新を再開します。

もし途中で書くのに詰まったり、書き直しか何かで更新が止まったらすみません。



「フェフェ、それでまんまと逃げられたって訳ね」

 

 手にした円系の盤に似た装置を磨きながら、四天王の一人であるキクコは同志であるカンナと連絡を取っていた。通信機に映し出されたカンナの表情は強張っていたが、老婆は全く気にしていなかった。

 

『あまり言いたくないけど、今回は私の完全なミス。断られた時点で彼を一撃で仕留めるべきだった』

「おぉ~珍しいのう。そこまで自分のミスを認めるなんて」

 

 珍しく反省している彼女に、キクコは興味を抱く。

 今席を外している一人と彼女は、四天王としてのプライドが人一倍強い。カンナの実力なら何も問題無いと思っていたが、非を認めざるを得ない程までにやられたのだろうか。

 

『最初は大したことが無いって思っていたけど、追い詰めた途端急に動きを読まれて防戦一方に追いやられた』

「”動きを読まれる”ね」

 

 腕の立つトレーナーなら、豊富な経験か天性のセンス、或いはその両方を活かして相手の動きを予測することが出来る。だがカンナ程の実力のあるトレーナーと、そのポケモンが簡単に動きを読まれるとは思えない。寧ろ動きを読む方だ。

 

 少なくともキクコの調べでは、アキラは何十回も戦っているクセにレッドには勝てないどころか道中のトレーナーにも負ける時がある。実力は精々、エリートトレーナーを名乗るトレーナーに及ぶか及ばないと言っても良い。

 その程度で、カンナを一方的に追い込む程の”読み”を発揮するとは考えにくい。

 

『そういう読みって感じじゃ無かった。まるで……未来を見通せているんじゃないかって思いたくなるくらい』

「ふ~む、それは気になるの」

 

 時たまにいる”エスパー”と言う考えも浮かんだが、それなら彼の様な少年は日常でも活用しているだろう。今の目的を果たしたら、次に彼を排除することを窺わせながら、カンナは通信を切る。相手がいなくなったことで通信に使った画面は真っ暗になるが、しばらくすると安堵が溜息かわからない息をキクコは吐く。

 

「――やれやれ、ワタルがここにいなくて良かったわよ」

 

 どこかをフラついている四天王の将の姿を、キクコは浮かべながら呟く。

 あの少年の手持ちを従えているとは言えない姿に苛立ちを隠さない彼が、まんまと逃げられた話を聞いたら面倒なことになるのは目に見えている。ただのトレーナーなら見下す程度で気にも止めないが、希少なドラゴンポケモンを連れているトレーナーを見ると彼の目は何時にも増して刺々しくなる。

 まあ本人が考えている様に、ドラゴンの扱いで右に出る者がいないのをキクコは知ってはいる。

 

「う~む。障害にはなりそうじゃが、どうも気が乗らん」

 

 必要とあれば始末はする。

 しかし、それでもアキラを始末することはキクコの中では優先順位が低かった。

 カンナも脅威ではあると考えている様だが、結局は後回しにして当初の目的を優先している。このまま放置しても特に支障はない気はするが、万が一という事もある。

 暫く悩み、キクコはあることを思い付いた。

 

「――そうじゃ。ここらでちょっと実戦テストでもしてみるか」

 

 思い付いたのは、前から計画の為に進めているある試みだ。

 ポケモンの理想郷を築くと言う目的に反する様なやり方ではあるが、必要な手段であると彼らは割り切っているし、元々キクコは別の目的で進めていた方法だ。

 

「さて、普通に戻っているのなら小僧はクチバかタマムシ…どちらにいるんだろうね」

 

 

 

 

 

「それでなそれでな。ギャロップがもう……くぅ……たまらんのじゃよ」

「――そうですか」

 

 目の前の老紳士が語るポケモン自慢に、アキラは疲れた様子を見せながら同意する。

 四天王カンナの手から逃れることに成功した代償としてギャラドスに囲まれた小島に飛んでしまった彼だが、リュックに入れていた”ピーピーエイド”の効果で力を取り戻したブーバーが再び発揮した特別強力な”テレポート”をおかげで、辛うじてカントー地方に戻って来れた。

 しかし、カントー地方に戻って来れたと言っても、飛んだ先の距離の関係でクチバシティに帰るのにひどく時間が掛かってしまった。

 

 あれから二日も経過しているが、通信手段が確保出来なかったので保護者であるヒラタ博士には連絡を一切入れていない。

 なので心配を掛けない様に早く帰ろうとしていたが、その矢先に目の前の老紳士ならぬポケモン大好きクラブ会長に掴まってしまった。何故今こうしてポケモン大好きクラブ会長の長話に付き合っているのかと言うと、一言で言えば口封じの為だ。

 

 と言っても、そんな大袈裟なものでは無い。

 彼らがクチバシティに戻っている道中で、偶然会長が手持ちのギャロップとオニドリルに”ネコにこばん”を使わせている場面を目撃してしまったからだ。

 普通なら覚えない技を使っているのを見てしまったのがまずかったのか、半分強引に大好きクラブに連れて来られて、さっき見たことを秘密にする条件で自慢話を無理矢理聞かされていると言う訳だ。

 

「どうじゃ? 儂のポケモン達は?」

「えぇ、まぁ……魅力はわかる気がすると思いますが…」

「そうじゃろそうじゃろ。でっ、内緒にしてくれる気になってくれたかの?」

 

 身を乗り出して大好きクラブ会長はアキラに迫るが、彼は内緒にするとしてもどうしても気になることがあった。

 

「他言しないことは約束しますが、どうやって本来覚えない筈の技である”ネコにこばん”を覚えたのですか?」

「むっ! それは流石にできん。企業秘密と言う奴じゃ」

「……”ものまね”を利用した技教えですか?」

 

 何気無く頭に浮かんだ可能性を口にすると、露骨に会長の動きが挙動不審になる。

 どうやら図星だったらしく、アキラは少しワクワク感を抱いた。

 

 ”ものまね”を利用した技の習得補助は、彼がよく手持ちに使っている方法だ。

 コイキングなどの一部を除けば、ほぼ全てのポケモンが使える技であり、対象にした相手の技を無条件で一つだけ一時的に使える様にできるのは強力だ。アキラも手持ち全員に覚えさせる程よく”ものまね”を多用するが、この技は実戦以外では新技習得の手段としても重宝している。

 実際ハクリューやエレブーに”10まんボルト”を覚えさせる際に、レッドのピカチュウの”10まんボルト”を何回も”ものまね”させて使う時の感覚を教え込ませるのに利用していた。しかし、まさか本来覚えない技の習得にも利用できるとは思っていなかった。

 

「では、君を我がポケモン大好きクラブ名誉会員に――」

「遠慮します」

「何故じゃー!!! それだけじゃダメなのか!? 一緒にポケモンの魅力を語ったり触れ合ったりしようではないか!!」

 

 会長は悲鳴にも似た涙声混じりの声を上げて、アキラに迫る。

 別に口封じの条件として物足りない訳では無い。だけどポケモン大好きクラブの会員になるには、連れているポケモン達は気難しいのが多過ぎるからだ。

 

 ハクリューとブーバーはその代表格で、ブーバーは勝手に離れたり素っ気無い態度だけで済むが、ハクリューは減ってきてはいるがいきなり攻撃を仕掛けてくる可能性がある。

 ゲンガーは今クラブ内にいる子ども達と遊んでいるが、イタズラや何か変なことをやらかさないかをサンドパンは気にしている。

 エレブーは目を離せばトラブル吸引体質を発揮してしまう。

 ヤドンは動きが鈍いことも相俟って適しているのかさえわからない。

 他者との交流で問題を起こさないと断言できるのは、残念ながらサンドパンしかいないのだ。

 

「むむ、では――」

「えぇ~~」

 

 どうしても”ネコにこばん”に関することを漏らしたくないのか、会長の自慢話は続く。

 骨が折れそうだと思いながら、アキラは貴重な情報を引き出す為に疲れた体に鞭を打つ。

 無理をすることには、この二年の間にすっかり慣れた。

 ところが、目の前の対応に意識の全て向けていた事で、アキラはサンドパンと何人かの大人がうつ伏せの棒倒れ状態で眠り込んでいるのと、ゲンガーとブーバーが子ども達と一緒に外に出てしまったことには気付いていなかった。

 ちなみに隅っこでとぐろを巻いて丸くなっていたハクリューは、ゲンガー達が抜け出す一連の流れを見ていたが、アキラの監督不届きと見ていたので我関せずな態度であった。

 

 

 

 

 

 ポケモン大好きクラブがある建物から少し離れたタイミングで、子ども達はゲンガーと一緒にお口のチャックを開ける仕草をすると嬉しそうな声を漏らした。付いて来た子ども達は皆、自分のポケモンを持っていなかったり、親からポケモンバトルを禁止されている子達だ。

 

 最初は建物内で普通に遊んでいたが、段々と彼らからポケモンバトルをするところが見たいと要望されたのだ。アキラに事情を伝えれば少しは理解して貰えることはわかっていたが、どうもすぐに動ける様子では無かった為、ゲンガーとブーバーは彼らの望みを叶えるべく結託したのだ。

 

 流石に子ども達の指示で戦うつもりは無いが、それでも自分達が磨いてきた力をバトルと言う形で誰かに見せることができるのに、二匹の気分は高揚としていた。人が多い街中では派手に実演することは難しいので、二匹はどう戦うのかを考えながら誰もいなさそうな広々とした海に面した砂浜に向かう事にした。

 

 それから子ども達と行動を共にする二匹は、訪れた砂浜で潮風に吹かれながら足を踏み入れた。何人かは抜け出した目的そっちのけに砂浜で遊び始めるが、ブーバーとゲンガーは足元の感触や範囲を確認する。バトルをするには問題無いことを互いに確認するも、直後に何かが砂浜に飛び込んできた。

 

 二匹と子ども達は一斉に注目するが、舞い上がった砂が収まると一匹のヤドンが頭から上を砂の中にめり込ませていた。

 

「あっ、さっきのヤドン」

 

 子ども達の一人が、その存在の名を口にする。

 めり込んでいたヤドンは、自らに念の力を掛けることで体を浮かび上がらせる形で砂に埋まった頭を引き抜くと、滑る様に二匹の目の前まで移動する。子ども達はヤドンが見せた芸当に驚きと興奮の声を上げるが、ゲンガーとブーバーは面倒そうに舌打ちをする。

 

 アキラやサンドパンなら頭を働かせれば上手く出し抜くことが出来るが、目の前にいるヤドンは動きや反応は鈍いがそうはいかない。十中八九、抜け出した自分達の御目付か追い掛けてきたと言う所だろう。

 

 どうやってヤドンの目を誤魔化そうかとゲンガーは考えを張り巡らせるが、波打ち際に妙なものが転がっていることに気付いた。

 それは塗装がボロボロに剥がれた王冠の様なものだった。

 最初はみすぼらしかったので、無視しようと思ったが何気なく足がそれに触れた瞬間、ゲンガーは雷に打たれたかの様なただならぬものを感じた。

 

 何故かは知らないが、このボロボロの冠を被れば自分は風格の様なものが纏える気がする。

 そう直感したのだ。

 仲間であるブーバーは、”ふといホネ”と呼ぶ道具を手にして自由に扱っているのだ。自分だって、何か道具を手にしても罰は当たらないだろう。

 そう考えたゲンガーは、冠を拾ってそれを頭の上に被せる様に乗せるが、触れた瞬間に感じられた変化は無かった。だけど、効果が感じられなくても何かアイテムを身に付けるだけでも気分が良かった。

 

「カッコイイ!」

「まるで王様みたい」

 

 子ども達も気付き始め、気を良くしたゲンガーは頭に乗せているのが王冠っぽい形だからなのか王様の様に胸を張る。

 ブーバーはあまりにもボロい冠を被っているシャドーポケモンに呆れの眼差しを向けていたが、そんなブーバーにゲンガーは不敵な笑みを浮かべながら指を動かして挑発する。

 挑発に応じたのか、ブーバーは口元を吊り上げて背中に背負っていたホネを抜く。

 

 ヤドンの御目付があるにも関わらず、今まさに二匹が激突しようとした時、波が押し寄せる海が陽の光の反射とは異なる輝きを放った。両者は反射的に体を屈めると、海から放たれた光は無数の虹色の光線として彼らの頭上を通り過ぎる。

 それが何を意味するのか理解する前に、海から無数の影が飛び出すが、ゲンガーは即座に”サイコキネシス”でそれらを吹き飛ばす。

 

「なになに?」

「どうしたの?」

 

 二匹の様子が変わったことに子ども達は戸惑うが、構わずブーバーはゲンガーと共に身構えつつ波打ち際から下がる。青かった海が、徐々に海面に集まってくる影らしき黒によって紺に近い色に変わっていく。

 

 何故こうなったのかはわからないが、言うまでも無く状況はまずい。

 一刻も早くこの砂浜から逃げなければならない。

 連れてきた子ども達と一緒に”テレポート”でこの場から逃れようとした時、再び海から多数の影が飛び出した。

 

 

 

 

 

「むむむむ……」

「ダメですか? 大雑把な仕組みは大体わかりますが、どういう過程なのや覚えるに至るまでどれくらい時間を費やしたのか教えていただけないでしょうか?」

 

 その頃、会長の自慢話はアキラとの交渉に変わっていた。

 会長としては、何故”ネコにこばん”を二匹に覚えさせたのかやそこに至るまでの血の滲む様な努力の過程を知られたくない。一方のアキラは、”ものまね”を技を覚える補助として既に利用しているがあくまで我流なので、更なる発展や改善の為にも他人の”ものまね”を活用した技教えを知りたかった。

 それも本来覚えない技を覚えさせたのだから興味が尽きない。

 

「はぁ~、儂の血と汗の結晶なのに…」

「ていうか、何で”ネコにこばん”なのですか? 覚えさせるなら他に有用な技は幾らでもあるじゃないですか」

 

 流石にギャロップが水技、オニドリルが草技の感じで苦手なタイプの弱点を突く技を”ものまね”によって完全習得することは無理な気はするが、それでも何故”ネコにこばん”をチョイスしたのかわからなかった。

 そもそも”ネコにこばん”は、生み出した小判で相手を攻撃する技だ。技としての威力は低いが、散らばった小判には質次第ではあるがこの世界基準で言えば十数円分の価値があるので、集めればちょっとした”お小遣い稼ぎ”になる。

 

「――お小遣い稼ぎ?」

 

 無意識にそう呟いた直後、会長は挙動不審と思えるくらい激しく反応する。

 どうやら、またしても意図せず図星を突いてしまったらしい。

 

「頼む! 教えるから儂がサントアンヌ号に乗りたいが為に”ネコにこばん”を覚えさせてコツコツ貯金していることは黙っていてくれ!」

「わかりましたわかりました!!」

 

 あまりにも会長が必死に懇願するので、アキラは嬉しさよりも動揺の方が大きかった。確かに覚えさせた理由は少々せこいが、本来覚えないはずの技を覚えさせるまでに積み上げた努力は何ら恥じる必要は無い。しかし何がともあれ、今後の育成の手助けになりそうな情報を得られるのはありがたい。

 何時も記録しているノートが手元には無いので、何か適当な紙や筆記用具を借りようと周囲を見渡した時、彼は何か足りないことに気付いた。

 

「あれ? スットとバーットは?」

 

 このタイミングでようやくアキラは、二匹が居ないことに気付いた。

 会長との長話を呆れながらもバカ正直に真面目に聞いていたので、すっかり彼らのことを意識の外にやってしまっていた。サンドパンが何も反応しないから問題は起こしていないと思っていたが、御目付役であるねずみポケモンはエレブーと一緒にうつ伏せの棒倒れ状態で眠っていた。

 

「しまった! またスットにやられた!」

 

 またしてもゲンガーが悪知恵を働かせたのをアキラは悟るが、他にも色々問題があった。

 ブーバーは勿論、ヤドンもいない。そして、何時の間にか大好きクラブに来ていた子ども達の姿も殆ど見られない。ただ彼らが姿を消した以上に、大きな問題になっている可能性があるのをアキラは悟った。

 

「サンット! エレット! 起きてくれ! 緊急事態だ!」

 

 ついでに周りで一緒に眠り込んでいる大人達も含めて、アキラは姿を消した三匹と子ども達を探しに行く前に起こすことに奔走する。

 

 

 

 

 

 アキラが慌てていた頃、抜け出したゲンガーとブーバーはもっと大変なことになっていた。

 

 何が彼らの気に障ったのかわからないが、突然2まいがいポケモンのシェルダーの群れが襲ってきたのだ。個々の力は大したことはなかったが、それでも倒しても倒しても際限なくシェルダーが海から出てくるので、逃げようにも逃げられなかった。

 正確には、やろうと思えば出来なくはないが二匹はその選択肢が取れなかった。

 

 理由は、彼らの背後には付いて来た子ども達がいるのだ。

 本当なら自分達がシェルダーの大群を一手に引き受けて、彼らには脇目も振らずに逃げて貰うのが良いのだが、敵の数が多過ぎた。こうなることは予想外ではあるが、勝手に子ども達を連れ出したからには何が何でも彼らを守り抜かなければならない。シロガネ山でエレブーができたのだから、自分達もやり方や形は違えど出来ない道理は無い。

 

 手にした”ふといホネ”をブーバーは振るうが、シェルダーの殻は硬いからなのか物理攻撃の効き目は薄い。苛立って焼き貝にするべく今度は”かえんほうしゃ”を薙ぎ払う様に放つが、みずタイプには相性が悪いこともあって勢いは止まらない。

 ゲンガーも大立ち回りはブーバーに任せて子ども達を守りながら、”ナイトヘッド”や”サイコキネシス”などの飛び技で援護する。

 ヤドンも傍に居たが、普段の反応の鈍さ故かほぼ置物同然だ。

 

 ヤドンの態度にゲンガーは普段の自分達を棚に上げて苛立つが、何匹かのシェルダーが一斉に”ちょうおんぱ”と”オーロラビーム”を放ってきた。

 ブーバーは根性で音波に耐えながら、”ふといホネ”を盾代わりにして虹色の光線をある程度防ぐが、ゲンガーは無防備な状態で受けてしまい体が吹き飛ぶ。ダメージはそこそこではあったが、当たりどころが悪かったのか頭がフラついて中々立ち上がれない。

 

 ゲンガーからの援護が途絶えたことで、何匹かのシェルダーが前線を張っているブーバーを突破してしまう。このままではまずいと直感した直後、突破したシェルダーとブーバーと戦っていたシェルダー達は青い光に包まれる形で静止するとそのまま弾かれる様に飛んだ。

 

 ここにきてようやく、ヤドンが動き始めたのだ。

 

 未知の敵が登場したと認識したのか、シェルダー達は襲撃を止めて様子を窺い始める。

 短い時間ではあるが生まれた静寂を気にせずに、ヤドンはとことことした足取りでブーバーに加勢しようとしているのか前に歩き始める。

 途中で未だに蹲っているゲンガーを踏み付けたが、ゲンガーが頭に被っていた冠に体の一部が掠った瞬間、ヤドンの脳裏に何かのイメージが流れ込む様にフラッシュバックした。

 

 唐突の出来事に、ヤドンは足を止める。

 それは白黒の光景で一瞬しか頭に浮かばなかったが、まるで怒涛の勢いで瞬く間に色んな知らない誰かと会った様な感覚だった。一通り収まると、不思議と自分が成すべきことを悟ったヤドンは、器用に前足を使ってゲンガーの頭から冠を外すとそれを被った。これだけでも力が湧き上がるのを感じるが、まだ足りない。だけど、ヤドンは次にどうすれば良いのかわかっていた。

 

 過去の事故から、噛み付かれない様に背中にずっと張り付ける様に付けていた尻尾をヤドンは持ち上げる。すると尾の先からどこか甘い香りが周囲に漂い始めて、様子見をしていたシェルダー達が何故かソワソワし始めた。敵意とは違う反応ではあるものの万が一に備えてブーバーは構え直すが、一匹のシェルダーがひふきポケモンの隙を突いてヤドンに飛び掛かった。

 

 すぐに対処しなければならないと焦ったが、普段反応が鈍いヤドンはその時だけ素早く立ち上がり、シェルダーは冠ごとヤドンの頭に噛み付く。

 

 その瞬間、ヤドンの体は眩い光に包まれた。




アキラ、無事にクチバに戻るもまたしてもトラブルに見舞われる。
ようやくヤドン進化。色々と変わるので出番もかなり増えると思います。

タイトル名の所為なのか、世界的に有名な司令官の姿が浮かんでしまう。
???「私にいい考えがある」

会長のギャロップとオニドリルが使える”ネコにこばん”。
作中の描写を見てスペのオリジナルかと思いきや、昔のイベントの時に配布されたポケモンが覚えていた技が元ネタなのを、この小説を書く時に調べた際に初めて知りました。
こういう細かい所も、ポケモン関係なら作品に反映させるポケスペが大好きです。


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砂浜大乱闘

 横で倒れていたゲンガーは勿論、ブーバーや子ども達もヤドンの身に起こった変化に気付く。

 この二年間、ヤドンはシェルダーが尻尾に噛み付くのを拒否していたが、今回の危機を乗り越えるべく進化を選択したのだろうか。しかし、光が弱まるにつれて明らかになってきた姿は、ヤドンの進化形であるヤドランとは大きく異なっていた。

 

 シェルダーが噛み付いたのが頭だからなのか、シェルダーが変化した特徴的な大きな巻貝は尻尾では無く頭にあった。

 そして表情はヤドンやヤドランに見られるどこか恍けたものではなく、凛々しい顔で知的な空気を纏っている。二本足で立っている点はヤドランと同じではあったが、それ以外はまるで別物だった。

 

 全く予想していなかったヤドンの進化形にブーバーは目を疑うが、立ち上がったゲンガーは怪訝な顔で進化したヤドンをつぶさに観察し始めた。時折触れたり見る位置を変えたりして観察を続けるが、ヤドンは進化したままの姿勢と表情のままだ。

 

 試しにガンを飛ばしたりするが、それでも表情一つ変えなかったので、ゲンガーはヤドンの足を何度も踏み付け始めた。ヤドランに進化した時にやっても無反応だったのだから、外見は異なっていても今回もきっとそうだろうと言うゲンガーお決まりのちょっかいだった。

 

 しかし、その考え自体大間違いであった。

 

 踏み付けるのを止めようとした刹那、進化したヤドンはゲンガーの顔面に左ストレートを叩き込んで殴り飛ばしたのだ。

 あまりにも綺麗にストレートパンチが決まったことにブーバーと子ども達は唖然とするが、殴り付けた拳を握り締めているヤドンは、今まで一度も見せたことが無い憤怒の形相でゲンガーを睨み付けていた。念の力は強いものの動きは鈍い上に何があっても表情は変わらなかったあのヤドンが、怒った様な顔ではあるがハッキリと感情を表に出している。

 

 一方殴り飛ばされたゲンガーは勢いで上半身を砂にめり込ませるが、すぐに抜け出すと殴り飛ばしたヤドンに怒りの声を上げる。どう考えても彼の自業自得なのだが、進化したヤドンの方も同じく怒った様な声を上げる。

 進化した影響なのか、感情がハッキリさせるだけでなく反応も遅れずに言い返すヤドンにブーバーは言葉を失う。

 

 まだ危機は去っていない。にも関わらず、二匹はギャーギャーと言う擬音が出てもおかしくない言い争いを続ける。

 子ども達はヤドンが敵になってしまったのかと感じているのか不安を隠せない表情だったが、二匹が言っていることがわかるブーバーは段々口論の内容に呆れ始めた。

 

 まるで子どもの喧嘩だ。

 

 そしてとうとうゲンガーは進化したヤドンに飛び掛かり、二匹は取っ組み合いを始めた。

 子ども達は口々に止めようと声を上げるが、それでも二匹は殴り合うのを止めない。

 チャンスと見たのか、それまで固まっていたシェルダー達は動き始める。ブーバーも意識を切り替えて応戦を再開するが、さっきまでとは異なりゲンガーの手助けが無いので防ぎ切れなかった。

 

 ひふきポケモンの防衛線を突破したシェルダー達は二匹に飛び掛かるが、馬乗りにされていたヤドンは掌をゲンガーに突き出すと念の波動を放ち、ゲンガーごとシェルダーを宙に打ち上げる。巻き込む形ではあったが、纏めて吹き飛ばした自覚が無いヤドンは体の調子を確認しながら起き上がる。

 真っ先に仕掛けなかった残ったシェルダー達は”オーロラビーム”を放つが、ヤドンは進化する前とは別人の様な反応速度で体を動かして光線を避ける。

 

 今度は明確に反撃しようと構えるが、唐突にヤドンの体に何かが巻き付く。

 元を辿ると、ゲンガーが口を大きく開けて舌を長く伸ばしているのが見えた。抵抗しようとするが、その前にゲンガーは力任せて舌を巻き付かせたヤドンを振り回し始めた。

 

 振り回す過程でシェルダーの多くが巻き込まれていくが、最後は勢い良く舌を戻して頭に噛み付いているシェルダーを軸にヤドンをコマの様に回す。回されたヤドンの勢いは強く、シェルダー達は次々と弾き飛ばされていき、二匹の喧嘩によって砂浜は気絶したシェルダーが山程あちらこちらに転がっていく。

 しかし、それでもシェルダー達は絶えず海から姿を現し続ける。

 

 回転が止まったことでヤドンは起き上がるが、再びゲンガーと対峙する様に睨み合う。

 お互い周りに敵がいるにも関わらず、余程頭に血が上っているのか目の前の相手しか眼中に無い様子だ。そんな二匹をシェルダー達は、ブーバーの相手をしながら徐々に取り囲んでいく。

 

 手にしたホネを駆使して戦い続けていたブーバーは、二匹の姿勢にいい加減怒りを感じていた。進化してからずっとこの調子で、状況は好転するどころか逆に悪化している。

 こうなるのなら進化しない方が何倍もマシだ。

 

 だがひふきポケモンが抱いている怒りや周りの状況など知らんとばかりに、念の力を高めた時に見られる特有の歪みを片手に両者は互いに突っ込む。

 この期に及んでとブーバーは思ったが、二匹は溜め込んだ念の力を互いにぶつけるのでは無くてすれ違う形で、それぞれの後ろに居たシェルダー達に向けて放った。

 

 完全に不意を突かれたシェルダー達は、この奇襲攻撃によってパニックに陥る。

 統率も無く各々の判断で”オーロラビーム”が二匹に飛んでいくが、砂浜にある砂が舞い上がる程の強力な念の渦が二匹を包んだことで防がれた。砂嵐の様な念の渦が収まると、渦の中心で目を青く光らせたゲンガーと進化したヤドンが互いに背中を合わせる形で姿を見せる。

 さっきまで共闘するような雰囲気では無かったので、仲間割れは演技かと思いきやブーバーは二匹の目を見て違うのを悟った。

 

 邪魔するな

 

 無言ではあったが今の二匹の目付きはそう語っており、再び彼らの周囲は渦巻き始めた。

 

 

 

 

 

「だぁ~、あいつらどこに行ったんだ?」

 

 自らの監督不届きを後悔しながら、クチバの街中をアキラはポケモン大好きクラブの人達と一緒に手分けして駆け回っていた。

 ゲンガー達が何の目的で子ども達と一緒に外を出歩くのか全く分からないが、面倒事になる前に見つけなくてはならない。反応が鈍いヤドンがいなかったことを考えると、彼らに付いて行ったと言うよりは追い掛けているのだろう。

 けど、ヤドンには自らの居場所を知らせる手段は無い。

 となると彼らは一体どこにいるのか。

 

「ムッ、あれは何じゃ?」

 

 頭を悩ませていたら、一緒に居た大好きクラブ会長が声を上げる。

 彼が注目した先に目を向けると、海岸がある方角から竜巻の様なものが空へと届かんばかりに真っ直ぐ立っていた。

 

「――まさか」

 

 その竜巻に若干の既視感を抱いたアキラは、直感的に彼らがそこにいると考え、ハクリュー達を連れて急いで現場へと走る。

 

 

 

 

 

 砂浜ではゲンガーと進化したヤドンは、互いに念の力を操って強力な念の竜巻を起こしていた。

 

 彼らの力が合わさっても二年前に戦ったミュウツーが起こしたのと比べると遠く及ばないが、それでも周囲を取り囲んでいたシェルダーの多くを砂と一緒に巻き込むと同時に攻撃を防ぐなど、十分過ぎる攻防一体の力を発揮していた。

 念の力を止めると、念の竜巻はあっという間に霧散して、砂と一緒に巻き込まれたシェルダーは落ちていく。

 

 竜巻が収まったのを見計らってシェルダー達は、”オーロラビーム”を放ったり殻で挟もうと飛び掛かるが、二匹は”かげぶんしん”とその技の”ものまね”で分身を作って避ける。

 既に分かっている事だが、一匹一匹の力は特に問題無い。誰かが指示を出しているにしては動きが単調なので、野生の可能性は高い。ただ数が多い事だけは非常に厄介だ。

 

 進化前からは想像できない軽快な動きで攻撃を躱しながら進化したヤドンは、進化してから感じる体の奥底から際限無く湧き上がる力の感覚に身を委ねる。

 すると両手から、強い念が生じた時に見られる特有の歪みが生まれた。

 

 遠距離から仕掛けても意味が無いと考えているのか、将又何も考えていないのかバカの一つ覚えの様にシェルダーは懲りずに接近してくるが、進化したヤドンは念の力を纏った掌による突っ張りや張り手で蹴散らす。

 殻は硬くても中身は柔らかいシェルダーにとって、進化したヤドンが行うこの攻撃は、外殻は耐えられても念の衝撃が中にまで響くので非常に良く効いた。ところがやはり数が多いのと接近戦は不慣れなのか、多方面から仕掛けられると後手に回ってしまう。

 

 正面の敵に気を取られたのと同時に背後から一匹のシェルダーが襲い掛かるが、反応する前にゲンガーの飛び蹴りが二枚貝を蹴り飛ばす。

 それを見たヤドンは舌打ちの様な音を立てると、掌に念の力を更に込めてさっきよりもペースを上げてシェルダー達を倒していく。

 

 ヤドンの背中に回ったゲンガーの方も身軽な体を活かして立ち回り、自分から仕掛けていくことは勿論、お得意の同士討ちを引き起こしたりする。

 最初は対立していた二匹だが、今では自然と互いの死角を守る形で次々と押し寄せてくるシェルダーの大群をちぎっては投げちぎっては投げていく。敵の大半が巧みに立ち回っている二匹に向けられているのを見て、ブーバーは一旦この場は彼らに任せてすぐさま子ども達と一緒に砂浜を離れることを選ぶ。

 

「バーット!?」

 

 砂浜に面している道路にまで子ども達を避難誘導させていたら、アキラが何人かの大人達と一緒にやって来た。まさかのアキラが到着するタイミングに、ブーバーは舌打ちをする。

 己の判断が軽率であった自覚はあるが、もし怒られても謝るつもりは無かった。

 

「こんなところにいたのか、スットとヤドットは?」

 

 怒るよりも何事も無かったのに安堵したアキラはブーバーに二匹の居場所を尋ねるが、答えを聞く前に砂浜が騒がしいことに気付く。

 首を伸ばして窺うと、ゲンガーと進化したヤドンがシェルダーの大群を相手に正面から激しく戦っていたのだ。どうやら全然何事も無かった訳では無かった様だ。

 しかも戦っていた二匹は、徐々に数で押されてきている。

 

「まずいな。会長、彼らをお願いします。行くぞ皆!」

 

 子ども達を大人達に任せて、アキラは他の手持ちを引き連れて戦っているゲンガーとヤドンの加勢に向かう。ゲンガー達も仲間達が加勢に来たのに気付いたのか、念の波動を連続で飛ばしながら後ろに退いて合流する。

 

「スットにヤドット…え?」

 

 砂浜に足を踏み入れたアキラだったが、合流したヤドンの姿に彼は驚く。

 何時ものぼんやりとした表情と四足歩行では無く、二本足で力強く立ち、頭に巻貝を冠みたいに被っていたのだ。良く知られているヤドランとは明らかに異なる姿ではあったが、その特徴的な姿をアキラは知っていた。

 

 ヤドンのもう一つの進化形であるヤドキングだ。

 

 以前からアキラはヤドンを進化させようと様々な方法を試していた。

 尻尾にシェルダーを噛み付かせるのは本人が嫌がるので、もう一つの進化形であるヤドキングにしようとシェルダーを頭に噛み付かせようと誘導した事はあるが、実際に噛み付いても何も変化は起きなかった。それを見た当時の彼は、やはりヤドキングに進化させるには”おうじゃのしるし”と呼ぶアイテムが無いとダメかと思ったが、自分が見ていない間に何があったのだろうか。

 

 ヤドキングの姿に考え事をして意識を飛ばしていたが、合流したヤドキングは激しく身振り手振りでアキラに状況を伝えようとする。

 頭にシェルダーが噛み付いた影響でヤドキングは知能が高まっていると言う話は知っているが、反応や挙動、振る舞いがヤドン時代とは大違いだ。これで手持ちで残るは、ハクリューがカイリューに進化するだけと思いながら、アキラは目の前の状況にも意識を向ける。

 

「さて、どうしてこうなってしまったのか…」

 

 クチバの海にシェルダーがそれなりにいることは知っているが、幾ら手持ちが何かやらかしたとしてもここまで大規模にやって来るのはおかしい。

 何か裏があるのでは、とシェルダー達の挙動に目を配りながらアキラは警戒する。

 

「こういう時にボスがいると助かるんだけどな」

 

 マンキーの群れを率いるオコリザルに追い掛け回された過去を思い出しながら、アキラはボスに該当しそうなパルシェンを探す。しかし、どこを見てもあの目立つ大きな殻を持つポケモンはいなかった。

 簡単に倒せるとしても、数が多いと面倒なのは経験している。

 さてどうしたものかと考えるが、誰かが彼の服の裾を引っ張る。

 

「サン…じゃなかったヤドットか」

 

 条件反射でサンドパンかと思ったが、実際はヤドキングだった。

 進化前であるヤドンの時は殆どしなかった行動なのに彼は戸惑うが、ヤドキングはアキラに自らの胸を叩いて見せる。

 

「? ボスは任せろってこと?」

 

 半信半疑で尋ねるとヤドキングは頷く。

 それはそれで助かるが、自分の目で見る限りではボスらしいのはいないので、この場合は「探す」と言う意味での「任せろ」なのだろう。

 

「それじゃ、俺達はお前がボスを見つけるまで時間稼ぎに徹した方が良いかな?」

 

 アキラの言葉に、ヤドキングはまた頷く。

 今まで見た事が無い真剣な目付きなだけに、彼の本気具合が窺える。ヤドキングに触発されたのか、エレブーも前に進み出て自らの胸を叩く。ボスを探しをするヤドキングの護衛、或いは守りを買って出たのだろう。

 彼らの意気込みを見て、アキラは判断を下す。

 

「よし。ヤドットはボス探し、エレットはヤドットの護衛を頼む。それ以外は…好きに暴れて良いぞ!」

 

 彼の許可を合図にハクリューは”つのドリル”を発動、ブーバーは”ふといホネ”を振り回し、サンドパンは鋭い爪を構えてシェルダーの群れに切り込んでいく。

 ゲンガーも無双と言っても過言でない暴れっぷりの三匹に加わろうとするが、何故かヤドキングに肩を掴まれて止められた。

 

「スット、ヤドットがお前を必要としているみたいだからサポートを頼む」

 

 今この場ではヤドキングが頼りなのだから、徹底してヤドキングを中心にアキラは自分は勿論、手持ちを動かすつもりだった。しかし、ゲンガーは不服なのか露骨に嫌そうな顔で断固拒否する。

 伸ばされたヤドキングの手を振り払ってでも戦っている三匹の元に行こうとするが、アキラは通りの良い声色でハッキリと伝える。

 

「さっき押されていただろ。一時の気分の良さに浸ってピンチなのを忘れるな」

 

 アキラから伝えられた言葉に、ゲンガーの動きは止まる。

 確かに強い力を見せ付けたり、最大限に振るうのは気分が良い。だけど、どれだけ力を持とうと慢心すれば足元をすくわれる恐れがある。

 それに倒しても倒しても敵の数が減らないという事は、この戦いに勝つ最終的なゴールが見えないのだ。どんなゲームやスポーツ、戦いでもゴールが無いもの程面白くないものは無く、そして恐ろしいものは無い。

 

 頭の回るゲンガーは彼から伝えられた内容を理解すると、舌打ちをしながらも渋々アキラの言う通りにする。それから二匹は正座する形で向き合うと、目を閉じて見えるか見えないかの薄さではあるが、オーラの様なものを放ちながら集中し始めた。

 

 彼らが何をやっているのかトレーナーであるアキラは詳しくは知らないが、テレビか何かで念の力を集中させて探る展開があるのを見たことがあるのでそれに近いのだろう。そう考察していたら、前線に出ていた三匹が倒し損ねたシェルダーが彼とヤドキング達に迫った。

 気付いたエレブーは、彼らの間に素早く割って入るだけでなく突破してきたシェルダー数匹に”10まんボルト”を浴びせる。

 

「ナイスだエレット」

 

 見事な自己判断を褒めながら、アキラは敢えてエレブーの横に立つ。

 

「エレット、ヤドット達を守る準備は出来ているか?」

 

 彼の言葉にエレブーは力強く頷く。

 シロガネ山での出来事を経験してから、打たれ強さの意義を見出したエレブーは自らの役目である彼らの護衛兼盾を果たそうと体中に力を籠める。

 仲間達がそれぞれ奮闘している間、ヤドキングとゲンガーは互いが持つ念の力を使って周囲を探索していた。ゲンガーの念の補助を得ながら、ヤドキングは今戦っているシェルダーと比較して強い力を持つのを探る。

 そして、それを見つけた。

 

 見出した方角にヤドキングは手をかざすと、少し離れた海面から水飛沫と共にシェルダーの進化形であるパルシェンが飛び出した。

 正確には、飛び出したのではなくヤドキングの念の力で引き摺り出されたのだ。宙を舞っていたパルシェンは、そのまま砂浜に落下していくと2まいがいポケモンの存在に気付いたアキラは声を荒げる。

 

「あのパルシェンを仕留めろ!!!」

 

 彼の命令を最初に実行したのはサンドパンだった。以前カンナから逃れる切っ掛けになったあの攻撃をもう一度再現しようと、爪を向けて単発”スピードスター”での精密射撃を行うが、パルシェンが殻を閉じたことで弾かれた。

 次にブーバーが”ふといホネ”を”ホネブーメラン”の要領で投げ付けるが、これも硬い殻によって阻まれる。

 そしてハクリューはパルシェンの殻の硬さを身をもって知っていたので、他の二匹とは違ってツノから特殊技である”10まんボルト”を放つ。

 強烈な電撃を浴びてパルシェンは焼き焦げた様な煙を上げながら砂浜に落ちるが、シェルダー達の勢いは止まらなかった。

 

「ボスを倒しただけではダメなのか?」

 

 狙うべき相手を間違えたのかと言う考えが頭を過ぎるが、単純にまだパルシェンは倒れていないだけだった。ゆっくりと殻を開けたパルシェンは、シェルダー達を相手にしている三匹に鋭いトゲの先端で狙いを定める。

 

「エレット”でんこうせっか”!」

 

 ここは倒す場面と判断し、ヤドキングとゲンガーの守りに付いていたエレブーは”こうそくいどう”に迫るスピードでパルシェンに接近、思い切って蹴り付けた。

 ところが蹴った部分がナパームでも砕けない強固な殻であったので、スピードを上乗せにしたエレブーの蹴りでもビクともしなかった。それどころか逆にダメージを受けてしまったのか、エレブーは赤く腫れ上がってしまった蹴り付けた足を抱えてあまりの痛さに喚く。

 

 騒いでいるエレブーにパルシェンは標的を変更するが、何時の間にかゲンガーが懐に飛び込んでいた。エレブーが”でんこうせっか”を発揮した際に、すぐさま”ものまね”で同じ技を使って距離を詰めていたのだ。

 パルシェンは逃れようと重い体を動かそうとするが、間に合わずゲンガーが合わせた両手を腰に引いて溜め込んでいた渾身の”サイコキネシス”が炸裂する。

 

 強い念の波動を受けてパルシェンは吹き飛ぶが、まだ意識はあった。

 宙を舞いながら落ちた時の衝撃に備えるも、唐突に体は影に隠れる。

 パルシェンには見えていなかったが、自らに念力を掛けて飛び上がったヤドキングが太陽を背に背後に回り込んでいたのだ。固い殻に守られているにも構わずヤドキングは念の力を籠めた掌をぶつけると、ゼロ距離から”サイコキネシス”を叩き込む。

 ヤドキングが放った念の波動は、殻が守っている柔らかい内部にも激しく伝わり、パルシェンの意識は砂浜に落ちる前に今度こそ刈り取られた。

 

 落下したパルシェンは大量の砂を舞い上げたが、それが収まると力尽きた姿を周囲に晒す。その途端、唐突に何匹かのシェルダーは力を失ったかの様に倒れ込んだり、統率が取れなくなったのか我先にと海へ逃げ始めた。

 

「ふぅ~、大変だったな」

 

 彼らの動きを見て、アキラはこの戦いが終わったことを悟る。

 自分が彼らから目を離してしまった監督不届きもあるが、まさかこんな一大事になるとは思っていなかった。

 

「スットにバーット、何か群れにちょっかいを出したのか?」

 

 戻って来た二匹に一応尋ねるが、二匹は揃って首を激しく横に振る。

 様子から見て本当の様に思えるが、二匹は嘘をつくのに手慣れているので、嘘か真かこれだけでは判断しにくい。

 

「ヤドット、あいつらの言う事は本当か?」

 

 なので第三者として追い掛けたと思われるヤドキングからも意見を求めるが、彼も二匹の答えを肯定するかの様に頷いた。その姿にアキラはどことなくサンドパンと似たものを感じるが、進化した理由も含めて何故シェルダーの大群が襲ってきたのかは、未だに謎だ。

 

 何もしてないのに襲われたとなると別の理由が考えられるが、襲ってきたポケモンの種類を考えると、正直言って嫌な予感しか浮かばないのだった。




アキラ、無事に進化したヤドキングのおかげで退けるも悪い未来が近いのを予期する。

今回ヤドキングに進化したことで、能力が格段に上がっただけでなくヤドン時代の鈍さが解消されて、普通のポケモンと変わらないまでに動けます。
そしてアキラの手持ちは完全にハト派とタカ派に綺麗に分かれる模様。

ようやく本格的にゲンガーとはライバル関係と言うべきか、頭は良いのに低レベルな張り合いや喧嘩がヒートアップする予定。

後、何故だか知らないけど、ヤドキングを高い所から落としたいネタ的な意味で。



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友の危機

 西に沈み始めた太陽の夕焼けを背景に、アキラは手持ちの六匹を連れ歩きながらクチバシティにあるヒラタ博士の自宅を目指していた。

 

 結局何日もの間連絡していないので、この世界での保護者である博士には心配を掛けてしまっているのは目に見えている。どう謝るかを考えながら、彼は昼間にあった出来事を振り返っていた。

 

 後で子ども達からヤドキングに進化した詳しい経緯を聞くと、ゲンガーが拾った王冠みたいなものをヤドンが被り、そこにシェルダーが噛み付いた途端に進化したのだと言う。それを聞いた彼は、ゲンガーが拾ったのはヤドンがヤドキングへ進化するのに必要な”おうじゃのしるし”であると考えた。

 

 ヤドランとは異なって、ヤドンをヤドキングに進化させるには”おうじゃのしるし”を持たせて通信交換――他人に預けて育てて貰うしか手段は無いと思っていたが、まさか”おうじゃのしるし”を被った状態でシェルダーを頭に噛ませるとは思っていなかった。

 

「ようやく、進化したんだなヤドット」

 

 アキラの問い掛けにヤドキングは頷く。前だったら返事が返って来るのに何十秒か待たなくてはいけなかったが、進化した影響なのか、その必要も無くなった。

 ゲンガーはヤドンが進化したことが気に入らないのか、さっきから後頭部に両手を組ませて不貞腐れている様子だった。先程の戦いでは見事な連携を見せていたのだが、やはり馬が合わないのだろうか。

 

 ヤドキングが進化した謎は解けたが、問題は襲ってきたシェルダーの群れだ。

 幾らクチバシティ近海が彼らの生息地であるとはいえ、あれだけの数とパルシェンが襲ってくるのはおかしい。思い当たることがあるとすれば、シェルダーはカンナが連れているパルシェンの進化前だ。アキラ達が四天王の手から逃れてまだ間もないので、もしかしたら何らかの関係がある可能性があるかもしれない。

 

「まさか狙われる様になるとはな…」

 

 自分よりも遥かに格上の相手に命を狙われるのに憂鬱になりながら、アキラはすっかりこの世界での彼にとっての帰る場所であり、帰宅先になったヒラタ博士と息子夫婦の家に辿り着いた。

 

「アキラ、ただいま帰りました」

 

 心配させていると考えて、普段よりも丁寧にアキラは帰宅したことを告げながら玄関に入るが、誰もいないのか返事は無かった。

 一緒に入ったポケモン達も足に付いた泥などを置かれていたタオルで拭いたり、自主的にボールに戻ったりして家の中を汚さない様にする。

 

 すぐにでも博士や息子夫婦の誰かと会って事情を話したかったが、いないのなら仕方ない。

 そのままアキラは、誰かが帰って来るまで自室に割り振られた屋根裏部屋に戻ろうとしたが、ヒラタ博士の研究部屋から声が漏れていることに気付いた。聞き耳を立てると声からして博士らしいのに彼は安心するが、仕事の邪魔にならない様に会うのは終わってからにしようとした時、唐突に扉が開いて慌ただしくヒラタ博士が出てきた。

 

「おお!? アキラ君! 無事じゃったのか!」

「え? あぁ、はい。何日も連絡をしなくてごめんなさい。ちょっとトラブルに巻き込まれて、それで手一杯でした」

「トラブル? まぁ今は良い。丁度どうやって君を探そうか考えていたところじゃ!」

「?」

 

 ヒラタ博士の様子に、アキラは訳が分からず首を傾げる。

 一体自分の何を求めているのかわからないまま、彼は背負っていたリュックを降ろすと、促されるままに博士の研究部屋に入る。相変わらず博士の部屋は本や資料が山積みになっていたが、ヒラタ博士は部屋の中で唯一周辺が整理されているパソコンの電源を付ける。

 すると、最初からそうなる様に設定にされていたのか、タマムシシティにいるエリカの顔が画面に映った

 

「もしもしエリカ君か? アキラ君がたった今戻った」

『そうですか。良かった』

 

 エリカは安心した様な表情を見て、アキラは嫌な予感がした。ヒラタ博士と彼女が大学関係で話すことは良くあるが、自分の話はそんなに上がらない。それに帰って来たのに安心した、となると何か良くない事が起きたのだろう。

 まさか四天王関係なのでは、と思いながらアキラはテレビ電話に顔を出す。

 

『アキラ』

「エリカさん、何かあったのですか?」

『そうです』

 

 やはり、とアキラは自分が抱いた直感が正しかったことを予感する。

 四天王関係、それもさっき海岸で繰り広げた戦いを考えると、それらに関わるかもしれない何かが起こったのだろうか。ではそれが何なのかに考えを張り巡らせたが、想像以上に悪いのをエリカから告げられた。

 

『レッドが…行方不明になりました…』

「!」

 

 彼女から告げられた内容に、アキラは表情を強張らせる。

 とうとう、この時が来てしまった。

 四天王との戦いの詳しい流れは知らないが、レッドが行方不明になったことからこの戦いの幕が本格的に上がったことはおぼろげながら知っている。遠回しに色々な忠告はしてきたが、それでも彼の力になることは無かった。

 

 後に元気に戻って来るとしても実際に聞かされると、焦燥などの気持ちが湧き上がる。それ以前に自分が存在していることで本来の流れとは、大きく変わっている可能性が高いのだ。

 彼が元気に戻るどころか、無事なのかも全く不明だ。

 

「彼が行方不明なんて、どうして……」

『まだ詳細は把握し切れていませんが、ピカが傷だらけで戻って来たのや彼に挑戦状を送り付けた人物の名がシバと言う――』

 

 続けて伝えられていく内容にアキラは、先程レッドが行方不明と告げられた時と同等かそれ以上の衝撃、頭をハンマーで殴られた気分になった。

 

 傷だらけのピカ、挑戦状、そしてシバ。

 

 まさかトレーナーとして尊敬しているシバが、全ての発端になっていたとは微塵も想像していなかった。それにレッドが彼らに挑むとしたら悪行を止める為と予想していたが、まさか四天王側からレッドを誘い込んだことも予想していなかった。

 これは自分が存在している影響が有る無し関係無く、考えている以上に状況は悪い。

 

「――傷を負ったピカは今はどうしているのですか?」

『それなのですが……』

「?」

 

 アキラの質問に、何故かエリカは答えるのを躊躇う。

 まさか、何か口にしたくない程の悪いことが起きたのか。

 強まった心臓の拍動で体が跳ね上がりそうなのを堪え、アキラはエリカが口を開くのを待つ。

 

『麦藁帽子を被った男の子が連れて行きました』

「………へ?」

 

 これまた予想外の答えに、アキラは間抜けな声を漏らす。

 何回も衝撃的な内容や予想外の事を伝えられて、とうとう彼の頭は情報量が多過ぎる訳ではないのに処理し切れなくなった。

 麦藁帽子を被った男の子? 麦藁帽子と聞くと第二章の主人公であるイエローが浮かぶが、確かイエローは女の子だった筈だ。

 麦藁帽子を被っている点を考えれば彼女に該当はするが、エリカが言っている性別とは違う。

 

「え~と、レッドのピカをその男の子が連れて行って…」

 

 レッドが行方不明なのとシバがこの事件の切っ掛けであることを知ってパニックになっている今のアキラには、それらを冷静に処理することは困難だった。

 そこで彼は頭の中で考えるのを止め、机の上にあったボールペンと紙の真っ白な裏面を使って、今伝えられた情報を走り書きで纏める。

 

「えっと、レッドはシバさんの挑戦を受けて行方不明、そして戻って来たピカは麦藁帽子を被った男の子が連れて行った…これで良いですか?」

『そうです。オーキド博士は信じていらっしゃる様ですが、私達はあの子が四天王に対抗できるのか不安でして』

「確かに不安ですね」

 

 男の子と言う点は気になるが、本当にイエローだとしたら確か彼女はあまりバトルが得意では無かった筈だ。最後まで戦い抜くことを考えれば、レッドに及ばなくても十分な強さを持っているとしても、相手はあの四天王だ。トレーナーになってどれくらいの経験があるのかは知らないが、不安なものは不安だ。

 特に自分がいる所為で、何らかの変化があったら堪ったものでは無い。

 

『情報では、その子と外見が一致する人物がタマムシシティの近くで目撃されています。私としては一度会って話そうと考えています』

「そうですか。自分も気になることやエリカさんに話したいことがあるので、向かって良いですか?」

『お願いします。タマムシシティで合流しましょう』

 

 それを機に通信は終わり、エリカの顔は画面から消える。

 アキラはエリカの顔が消えて暗くなった画面をしばらく見つめた後、気持ちを落ち着けようと深く息を吐く。

 

「ヒラタ博士すみません。自分は――」

「わかっておる」

 

 遮る形で、ヒラタ博士は直ぐに許可を出す。

 危険ではあるが、自覚しているかは定かではないがアキラにはエリカを始めとしたジムリーダー達が信頼を寄せるだけの力がある。仮に力が無かったとしても、友の危機に黙っていられないのも彼にはわかった。

 

「――ありがとうございます」

 

 自分の無茶な要望を許してくれた保護者に感謝の言葉を口にすると、すぐさまアキラは戻って来たばかりにも関わらず、エリカと合流する準備に取り掛かる。

 まだ本当の意味で対抗出来るだけの力が身に付いているとは言い難いが、シロガネ山でのカンナとの会話を思い出せば自分は四天王に狙われているのだ。言い訳を並べながら逃げ回るよりは、レッドやジムリーダー達と協力して少しでも彼らの勝率を上げる手助けをして挑んだ方が遥かにマシだ。

 

 何よりレッドの命が懸かっているのだ。

 

 彼はアキラにとってこの世界で最初に出来た友人であると同時に、伝え切れない程自分を助けてくれた恩人だ。自分の素状を明かすことは出来ないけれど、可能な限りこの先起こるであろうことに対する注意を促してきた。それで何事も無ければ良いが、結果的にこうなってしまったら、次に取るべき選択肢は決まっている。

 

 まだまだ未熟だとしても、今の自分達には力があるのだ。その力を友人の危機を救う為に使わず何時使う。

 改めてリュックの中に回復道具などの荷を纏め終えると、彼は連れている手持ち達を自分の前に並べた。

 

「シバさんや最近戦ったカンナと言った強敵と戦う事になるが……付いて来てくれるか?」

 

 一番大切なことである彼らがこの戦いに身を投じる意思があるのかを、アキラは確認する。

 力があると言っても、直接戦うのは手持ちである彼らなのだ。

 そして首を突っ込むことを決めたのは自分の我儘だ。

 やる気も覚悟も無いのにトレーナーの手持ちだからと言う理由で、過酷な戦いに引き摺り込むのはあんまりである。

 

 例え彼らにやる気が無くても、アキラは既に一人でも首を突っ込む覚悟は出来ていたが、彼の問い掛けに六匹は息を荒くしながらも神妙な顔で頷く。以前からシバとの再戦に六匹は燃えていたので、寧ろリベンジを果たせる機会がやって来たとやる気満々だった。彼らの反応に、アキラは嬉しくも満足する。

 

「さて行くとし――」

 

 知り合いから貰った青いキャップ帽を整えて外に出ようとした時、何かがアキラの元にフワフワと漂ってきた。反射的に彼は受け止めると、それは彼が管理しているロケットランチャーだった。

 

「――持って行けってことか?」

 

 手元まで引き寄せた張本人であるゲンガーは頷く。

 確かに見た目は威圧的なのでハッタリ程度には使えるが、最後にまともに使ったのは半年前の巨大サイドン襲撃事件だ。まだ上手く扱えない上に重いので荷物になるから不要な気はするが、ブーバーは自らが手にしている”ふといホネ”を見せ付けて、道具を持つ有用性を説く。

 

「まあ、何が役に立つのかわからないもんな」

 

 半年前もピンチを脱するのに大きな役割を果たしたのだ。

 重いのを我慢すれば何かの役に立つだろう。

 それにそこまで愛着も無いので、いざ邪魔になったら捨てれば良い。

 ベルトを体に引っ掛けて背負い、レッドと同じ格好でありながら色は彼とは対になる青と黒の服と帽子を身に纏い、エリカと合流するべくアキラは外に出るのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「これは…どうしたら良いかな」

 

 目の前にいるポケモンと手にした資料を見比べて、アキラは頭を悩ませていた。

 

 ポケモンに持たせる道具に関する解説を終えたので、彼は次にちょっと一手間掛けるだけで何かと役に立ってくれる技の簡単な応用や工夫などについての解説と指導を行っていた。応用に工夫と聞くと、大人だろうと子どもだろうと大体の人が難しいイメージを抱いてしまう。

 確かにどうやっているのかわからない難しいことや試みには危ういものも存在しているが、この場で教えていることは本当に手軽なものだ。

 

「よし良いぞ。もう一度やって見よう」

「何時もみたいに一気に放つんじゃないよ。何て言えば良いんだろう…出すのを我慢する?」

 

 屋内に設けられたバトルフィールドの上で、警察官達は各々の手持ちにアキラから教わった方法を試みさせていた。今彼らがやっているのは、でんきタイプやエスパータイプなどの特殊技に分類される技を多用するポケモン達に使える方法だ。

 

 特殊技の多くは、ポケモンが体内に有しているエネルギーを何らかの形で外に放出させているものだ。その為、鍛え方次第では、体の中に溜め込んでいるエネルギーの放出先をある程度操作するということが出来なくも無い。

 レッドのニョロボンが”れいとうパンチ”を使える様になったのも、”れいとうビーム”を放つ時に使うエネルギーを拳に集中させた結果だ。

 

 だが、レッド達はすぐに出来たこのエネルギーを意図的に体の一部に回す技術は、簡単な様に見えて意外と出来ないものだ。なので、特殊技をメインに扱うポケモン達には、その第一歩として何時も使う技を普段よりも低い威力で放つ練習をさせていた。

 

 ポケモンの技は何も考えずにただ漠然と放つと、基本的にその技の種類に応じた一定の威力を発揮する。例を挙げると”でんきショック”なら”でんきショック”と認定されるであろう範疇内の威力、”10まんボルト”なら”10まんボルト”に良く見られる範囲内の威力と言った感じだ。そこに使用するポケモンのタイプや能力を始めとした要素も加わって、初めて同じ技でも威力に個体差や種族の違いが出てくる。

 

 技を使いこなすと言うのは、ただその技の力を十分に引き出すのではなくて、威力調節も含めて自在に操れる様になることであると言っても良い。

 先に例を挙げた”10まんボルト”なら、一気に放つのではなく上手くエネルギーを暴発させずに抑え込みながら小出しにしていく感じだ。上手くやれば別の技に見えるので相手を騙せるし、”10まんボルト”のパワーを有する”かみなりパンチ”を実現させたりと、技だけでなくエネルギーを上手くコントロールする下地も出来る。

 

 しかし、この方法は特殊技やエネルギーの扱いに慣れているか、多く覚えているポケモンにのみ有効な手段だ。

 かくとうタイプなどの物理攻撃がメインのポケモンは、文字通り肉体を活かしての攻撃が主なので単体では応用と工夫することは難しい。故にこれに関しては、アキラもどう教えたら良いのか悩みながら一人一人個別にどうすればいいのかを一緒に考えながら教えていた。

 

 そして今彼が資料と睨めっこしながら頭を悩ませているのは、ある女性警官が連れているニャースだ。資料によると”ひっかく”や”ネコにこばん”などのニャースが使える代表的な技は覚えているが、それ以外に覚えている技はあまり無かった。

 つまり、使える手札が限られているのだ。

 

「どうしたら良いのでしょう?」

「う~~ん」

 

 ニャースのトレーナーである女性警官は困った様に尋ねるが、それはアキラもこの場で指導役を務めていなかったら口にしたい台詞だった。

 

 ”ネコにこばん”が何かに使えなくは無いと思うが、この技構成では何か武術の心得が無いと相手の急所を狙う以外難しい。正確には、とある技を覚えているおかげで一つだけ教えられる方法があるが、問題点も把握できているだけに教えるのはあまり気が進まなかった。

 

「――一応とある技を使った方法を、このニャースはやれなくも無いです…」

「本当ですか?」

「えぇ。ただ、ちょっと問題があるので…」

「構いません。教えて頂けないでしょうか?」

 

 余程知りたいのかニャースと一緒に女性警官は迫るので、その勢いに押されてアキラは思わず反り返る。

 

「わ、わかりました。教えます」

 

 彼らの熱意と勢いに負けて、アキラは彼女達にニャースが出来るであろうその方法について教え始めた。

 彼が教えているのは、”どくどく”を使った攻撃バリエーションの拡大と呼ぶべきものだ。”どくどく”はどくタイプの代表的な技でありながら、アキラが多用する”ものまね”に匹敵するくらい様々なポケモンも覚えることが出来る技だ。

 彼女が連れているニャースも偶然にも”どくどく”を使えるが、この技はただ相手に毒液を浴びせたり流し込んだりして”どく”状態にする以外にも、ちょっとした攻撃に利用できるのだ。

 

 尋ねてみると、ニャースは爪先から”どくどく”の毒を出すことが出来るらしいので、試しに”どくどく”を出しながら”ひっかく”などの爪を使った攻撃が出来るか、アキラはやらせてみた。

 最初は爪先に毒液らしき液が少しだけ垂れたが、別の技を意識し始めた途端、毒液の分泌は止まってしまう。だけど、既に爪に毒を乗せると言う目的を果たしているので、常時垂れ流す必要は無い。

 

 鋭い爪先に毒を乗せて相手を斬り付けるのは、傷口から直接毒を注入する様なものだ。

 この方法なら、ただ毒液を浴びせて皮膚の上から浸透させるよりも効果的に相手を”どく”状態に犯すことが出来る。更に追求して人間で言う血液の流れが多い部分を攻撃すれば、全身に素早く毒を行き渡らせて通常の”どく”状態よりも早く相手の体力を削ることも可能だ。そして毒を乗せた技は疑似的などくタイプに仕立てることも出来るので、くさタイプを相手に戦う時に有利になれるオマケ付きだ。

 

「確かに爪を突き立てる様なことを今までしてきましたが、こんな風に攻撃目的で使うのは…考えたことがありませんでした」

「しかし、先程も言いましたが、この方法には問題点があります」

 

 この”どくどく”を利用した攻撃の問題点。

 それは使うポケモンが自ら生み出したとはいえ、どくタイプでは無いポケモンが長く毒に触れ続けることはあまり良くないことだ。長時間維持していると自ら”どく”状態になってしまうし、触れる時間が短くても体の敏感な箇所に毒液が垂れてしまっても”どく”状態になってしまう。

 

 実際、ニャースは上手く爪先に”どくどく”の毒液を浸らせたまま”ひっかく”などの攻撃を行うことには成功はしたが、唐突に体が毒に犯され始めた。

 思ったよりも早く”どく”状態になってしまったが、すぐに”どくけし”を与えて解毒させる。

 

「使い続ければ体が少しずつ慣れていきますが、今教えたのは技の応用のほんの一例です。このやり方だけに固執せず、新しい技を覚えて他のやり方も探したり、試みたりすることもオススメします」

 

 そう伝えると、女性警官はニャースと一緒に頭を下げて今回の指導に感謝する。

 こんな風に今のところアキラは何とか上手く教えることは出来ていたが、教えていくことを進めていく内に、自分自身もまだまだ勉強不足なのを思い知る様になってきた。

 

「はぁ、こうして見ると俺って、あんまり引き出しは多く無いな」

 

 技の応用や工夫、組み合わせるのが上手いと言う者はいるが、それは”ものまね”や手持ち達のたゆまぬ努力と頭の良さ故に実現出来ているものが多い。

 他にも多くの技を覚えているからこそ出来ているゴリ押しな面もあるので、ゲームみたいに覚えられる技が四つだけだったら、応用する発想すら浮かばなかったかもしれない。

 

 普段活用しているのとは異なる慣れない技の組み合わせや応用方法を考えたりすることは、視野を広める意味では大いに意味がある。だけど教えるからには、その場の思い付きでは無くてちゃんとした習得過程や根拠、有効性を教える側が理解していないと、教えて貰う側は混乱してしまう。

 

「あの技を覚えていたら、あの使い方が出来るけど……う~~ん」

 

 手に持っていた資料を隣にいた手持ちに預けて、アキラは悩み始めた。

 いっそのこと、自分の手持ち全員に覚えさせている”ものまね”ともう一つの技を覚える様に指導した方が、教えやすいし彼らの戦いの幅が広がるのでは無いかとフとアキラは考える。どちらの技も基本的には、一部のポケモンを除いて殆どのポケモンが覚えられる技で使い方次第では強力だ。

 

 前者は戦いで活かすには少し鍛錬する必要があるが、それ以外では技を覚えさせる補助に活用出来るなど戦闘以外での汎用性は非常に高い。

 後者は”ものまね”と違って戦いの場で扱う前提ではあるが、彼の手持ちの一部はある意味”ものまね”以上に熱心に活用しており、中には変わった応用や決め技にまで発展させたのもいる。

 しかし、わざマシン無しでポケモンに技を覚えさせるのは時間が掛かることなので、この講習中に全員に教えるのは非現実的だ。

 

 「わざマシンで覚えさせようにも…”ものまね”のわざマシンは無くなっちゃったしな…」

 

 二年近く前にわざマシンの再編がポケモン協会主導で行われた影響で、”ものまね”を始めとした幾つかのわざマシンは非公式且つ販売中止になってしまった。

 これはアキラにとって非常に大きな痛手で、所持していることまでは咎められないことを知るや否や、大急ぎで既に製造された”ものまね”を覚えさせることが出来る旧わざマシン31を掻き集めたものだ。もう一つの技も最近になって新しいナンバーを付けられて加わったわざマシンではあるが、こちらも何時消えてしまうのかわからない。

 

「――俺自身が、わざマシン無しでも他人に技を覚えさせられる様になれるのを目指そうかな」

 

 ゲームで出てきたプレイヤーのポケモンに、技を教えてくれるキャラをアキラは思い出す。この世界では二言返事でポケモンに技を覚えさせることは出来ないが、それでも一部の技を上手く教えることが出来るトレーナーは存在している。

 自分もそんな風になれれば、よく利用する二つの技に関してはわざマシンに頼ることは無くなるし、好きな時に覚えさせたいポケモンに教えることが出来る様になる。

 

 新しい目標が出来た、とアキラは思いながら、次の人の様子を窺いに向かった。




アキラ、レッドのピンチを知って四天王と本格的に戦う決意を固める。

アキラは第二章が掲載されている4~7巻を読んでいないのもあって、第二章はどういう流れで何が起こるのかは詳しくは知らないです。
ここから彼が介入することで、第二章は微妙に原作とは異なる流れを辿る事になります。
そして、少しずつ現代の彼らへと繋がる下地も出来上がりつつあります。

現代で主人公が教えた”どくどく”の応用方法は、第四世代で”どくづき”が出た時に「毒を纏わせた貫手?」と言う個人的な想像から少し広げました。
ポケモンの技は、現実的に考えると上手くやれば本当に技名を付け足りないくらい色々なことが出来そうです。

今日の夕方に更新します。


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静かな激情

この回で一日二話更新は終了します。
明日から何時もの様に、毎朝六時に一話ずつ更新していきます。


 辺り一帯が暗闇に包まれたとある森の中で、麦藁帽子を被った子どもが微弱ながら体中から放電しているピカチュウと向き合っていた。

 

 子どもの名はイエロー、数日前にオーキド博士から目の前にいるレッドのピカチュウとポケモン図鑑を預かり、彼の主人を探してここまで旅を続けてきた。

 道中でレッド行方不明の黒幕である四天王の襲撃などの困難を彼らは辛うじて退けて来たが、共に乗り越えてきたピカチュウは何故か気を荒立てていた。

 

「ピカ…」

 

 イエローは声を掛けるが、それでもピカチュウの気は収まらない。

 さっきまで何とも無かったのだが、何か悪い夢を見てしまって焦っているのが手に取る様にわかった。行動を共にしてはいるが、彼がこちらの言う事に従う義理は無い。何故なら自分は彼の”おや”では無いと言う事を、イエロー自身良く理解しているからだ。

 

「レッドさんが心配なのは良くわかる。でも焦って一人で探しに行くのは危険だ」

 

 ここに来るまでに遭遇した四天王のカンナは、何故かピカチュウに執着していた。本人曰くプライドが許さないらしいが、ここで四天王に狙われているピカチュウを一人勝手にどこかに行くことを許す訳にはいかない。

 何とか説得を試みていたが、それでも落ち着く様子は見られない。このまま平行線を辿るかと思われたが、唐突にピカチュウの耳が何かに反応する様な素振りを見せた。

 

「? ピカ?」

 

 少し遅れてイエローの耳にも、何かが草を掻き分けたり踏みながら迫る音が聞こえてきた。それも近付いて来ているのかドンドン音は大きくなる。

 野生のポケモン、或いは敵かと思ったが、ピカチュウの反応を見るとそうでは無さそうだ。彼が気にしている方角に目を向けてみると、夜の闇を照らす程度にぼんやりとした光が暗闇の中を動いている。

 

 目を凝らして良く見てみると、光は雷がポケモンの姿を模った様なポケモンが発していたものだった。更に光を発している姿がハッキリと見えてくるにつれて、そのポケモンの傍には小柄ながらも刺々しいポケモンも一緒にいることもわかった。奇妙なポケモンの組み合わせに、イエローは彼らが野生では無いことを直感するが、さっきまでピリピリとした雰囲気だったピカチュウは急に二匹の元へと走り始めた。

 

「ピカ!?」

 

 急いで追い掛けるが、あっという間にピカチュウは二匹に接触する。

 大丈夫なのか心配になったが、何かがあるどころか逆にピカチュウと彼らとは親しそうに接し始めた。

 

「…ひょっとして知り合い?」

 

 仲良くしている様子を見る限りでは、彼らが知り合いであることはイエローでも容易に想像出来た。一通り再会を喜び終えたのか、刺々しいポケモンが爪先から何かを上空に向けて打ち上げると、雷っぽいポケモンが電撃を放って花火の様に軽く爆発させる。

 それが何かの合図なのはイエローはわかったが、ピカチュウが親しそうにしているから、敵で無いのはまず間違いないだろう。

 

 しばらくすると先程の花火の様な爆発が何を意味しているのかを理解していると思われる人達が、イエローの周りに続々と集まり始めた。あまりの人数にイエローは戸惑いを抱くが、その中で一人だけ他とは違った雰囲気を纏った女性が前に歩み出て来た。

 

「サンドパン、エレブー、ご苦労様です。直に彼もここに来るでしょう」

 

 礼を告げられて、二匹は会釈すると女性とイエローが話しやすい様に何歩か下がる。この中で最も立場がある人物なのは理解できたが、敵意は無いとしても自然と体を強張る。

 

「貴方は――」

「私の名はエリカ。タマムシシティでジムリーダーを務める者で、レッドの友人です」

 

 レッドの友人と聞いて、イエローはある程度彼らがやって来た理由を理解する。

 この場にいる人達は彼女を含めて皆、自分とピカチュウを探しに来たのだ。

 

「貴方がオーキド博士からピカを預かった少年ですね。お名前は何とおっしゃるの?」

「…イエロー・デ・トキワグローブ」

「イエローですね。私達は貴方達を探していました」

「それは、何故でしょうか?」

「それについては――」

 

 訳を語ろうとしたエリカだったが、何かを悟ったのかある方へ顔を向かせるとその先は話さなかった。

 

「詳しい話は彼から聞いた方が良さそうですね」

「どういうことですか?」

「それは――」

「エリカさーん、見つかったのですか?」

 

 少し離れた位置から何人かのタマムシの精鋭と一緒に行動していたアキラが、ハクリューとヤドキングを連れてやって来た。

 何時間か前に彼は何事も無くエリカと合流してイエローを探していたが、気合を入れて重装備でやって来たのが早々に仇になっているのか、息をかなり荒くしていた。

 

「レッドがいるかもしれない居場所の可能性をお伝えして貰えただけでも十分なのですから、少し休んでいても良かったのですよ」

「そういう訳にはいきません。レッドのピカを連れているのがどういう子なのか、この目で確かめたいのです」

 

 額に汗を滲ませながらアキラは息を整えようと努めるが、その間に一緒にいたハクリューはイエローに近寄ると、鋭い目付きであらゆる角度から観察し始めた。気難しいレッドのピカチュウを連れているのだから、良いトレーナーである可能性が高いことは理解している。しかし、本当に良いトレーナーなのか、アキラと同じくハクリューは自分の目で確かめたかった。

 

「えっと、僕が何かしたのかな?」

 

 友好的とは言えないハクリューの目付きと雰囲気にイエローは戸惑うが、見定め終えたのかハクリューはアキラの元まで下がる。何だか怖そうなポケモンを連れているが、彼らの”おや”である彼は普通そうな少年であることに少し安心感を抱く。

 

「あっ、そうだ。さっき言っていましたがレッドさんの居場所って――」

「エリカ様!!」

 

 ついさっきエリカとアキラが交わした会話の意味を聞こうとしたが、またしてもタイミングが悪くエリカの侍女が慌てた様子で駆け付けると、彼女に耳打ちする。

 

「――本当ですか!?」

「あれ? どうしました?」

 

 あまり見たことが無いエリカの反応に、遅れてやって来たブーバーとゲンガーの二匹と合流しながらアキラは尋ねる。

 

「レッドらしき人物が、西タマムシの郊外で目撃されたそうです!」

「え!?」

「!」

 

 まさかの情報にアキラだけでなくイエローも驚く。

 しかし、最も早く反応したのはピカチュウだった。

 彼が見つかったと聞くや否や突然走り始めて、イエローも弾かれた様に彼の後を追う。

 

「あっ、ちょっと!」

「待ちなさい!」

 

 遅れて気付いたアキラとエリカは制止する様に伝えるが、レッドの事で頭が一杯なのか彼らには聞こえていなかった。

 

「っ! 我々も早く西タマムシに向かうのです!」

 

 エリカは集まったタマムシの精鋭達に命ずると、すぐさま彼らは行動を起こすがアキラだけは何故か腑に落ちない様子だった。

 

「おかしいな。オツキミ山から下山したなら、ハナダに立ち寄ってカスミさんに会っていそうな気がするんだけどな」

 

 既にアキラは四天王のシバと戦った事や彼と出会った場所が二回ともオツキミ山なので、レッドはその付近にいるのでは無いかと言うことを合流した時点でエリカに話している。

 

 ピカチュウが保護された時点でボロボロだったと言う話を聞くと、恐らくレッドもそれなり怪我をしている可能性が高い。それなら怪我の所為で長距離を移動することは難しいので、オツキミ山から距離が近いハナダシティにいるカスミを頼りにしても良い筈だとアキラは考えていた。

 

「もしかしたら違う場所で挑戦を受けたのかもしれません」

「…そうかもしれませんね」

 

 エリカの推測にアキラは納得する。元から違うのか、それとも自分が来たことで変わったのか、考えれば考える程疑問は尽きないが、何がともあれレッドが見つかったのだ。クチバからタマムシへの自転車移動、そしてさっきまでは手持ちをチームに分けてはいたがイエローを探すべくアキラは走り回っていた。ただでさえ昼間の戦いの疲れが残っていて疲労困憊も良い所だが、この二年の間に体が極限状態に慣れてしまったこともあって、休むのはレッドが無事なのかを見てからだと彼は決めていた。

 イエロー達の後を追うべく走ろうとしたが、その前にアキラは色々な道具を入れたリュックをエレブーに差し出した。

 

「エレット。リュック持つの頼めるかな? 流石に重くて」

 

 長期化することを考えて、リュックの中は様々な道具が満載な上に重いロケットランチャーも背負っているのだ。幾らこの世界に来てから嫌でも体が鍛えられているとはいえ、流石にもう限界に近かった。

 アキラの頼みにエレブーは少し迷うが渋々ながら代わりに背負うと、彼らもレッドが目撃されたとされる場所へと走り出した。

 

 

 

 

 

 その頃、先に走っていたイエローとピカは、レッドが目撃されたと伝えられた西タマムシ郊外にいた。

 この旅が始まった理由にして、ずっと探していた人がここにいる可能性が高い。

 もし間違いだとしても後悔するつもりは無かった。

 少し離れた場所からエリカとアキラ、タマムシの精鋭達も遅れて追い掛けていたが、彼らがイエロー達に追い付く前にピカチュウは暗闇の中に浮かぶ影に一目散に駆けていく。

 

「おっ、ピカじゃねぇか。こんな所にいたのか」

 

 優しくて親しみを感じる声の持ち主の胸に、ピカチュウは喜んで飛び込む。

 ピカチュウが飛び込んだ相手を見て、イエローは感動とも嬉しさとも取れる複雑ながらも胸の奥から込み上げるものを感じた。さっきまで気を荒立たせていたあのピカチュウが、嬉しそうに尻尾を振っているのを見ると彼であるのは間違いない。

 この旅の目的にして、自分達が探していたレッドが目の前にいる。

 

「レッドさ――」

「いたいた!! レッドだ!!」

 

 少し遅れてアキラとエリカも追い付き、彼の姿を目にした途端アキラは大きな声を上げた。四天王に挑戦状を送られて、ピカチュウだけがボロボロで戻って来たと聞いた時はかなり心配したものだが、意外と彼は元気そうであった。

 

「良かった。レッド、貴方ですのね」

 

 五体満足どころかまるで()()()()()()()様なレッドの元気な姿に、エリカは目元に薄らと涙を浮かべる。アキラも涙まではいかなくても、緊張の糸が切れたのか座り込む。

 彼の無事が確認できたとなると、後の問題は四天王をどうするかだ。ここまで殆ど休まずに動いていたので、ようやくゆっくり出来そうだ。

 

「――ん?」

 

 息が落ち着いてきたアキラだったが、唐突に何か違和感があることに気付いた。

 笑顔ではあるが本当に大丈夫であるのか、気が抜ける前に文句の一つや二つを言ってやろうかと思って、レッドの動きに目を凝らしていたが故だった。

 

「あれ? レッドって…もうちょっと腕に筋肉無かったっけ?」

 

 最近は目を凝らすと動きが何気なく読める以外にも、こういう細かいところもアキラは何となくわかる。レッドは何かと鍛えているので意外と腕に筋肉が付いているのだが、よく見ると記憶の中の彼の腕よりも細い。

 

 その違和感がハッキリしないまま、予想外の事が起きた。

 怪我は無いか確認する為に近付いたエリカを、突然レッドが彼女の腹を殴り付けたのだ。

 

「はぁ!?」

 

 アキラは勿論、周りもあまりに唐突だったので何が起きたのか理解できなかった。

 その直後ピカチュウはレッドでは無いと認識したのか、直視できないだけの出力で電撃を放つが、手放されるどころか逆に抑え付けられた。

 

「ピカの技が通じない!?」

「お前レッドじゃないな! 誰だ!」

 

 「偽物」である確信を得たアキラは急いで立ち上がると連れていた手持ち、そしてタマムシの精鋭達は身構えるが、レッドの顔をした人物は彼がするとは思えないあくどい表情を浮かべる。数と戦力を考えれば圧倒的に不利であるはずなのに、余裕そうに振る舞いながらその人物は変装していたレッドの顔を剥がして素顔を晒した。

 

「りかけいのおとこ!」

 

 精鋭の誰かがピカチュウを掴んでいる男が何者なのかを口にするが、相手が誰であろうと関係無かったアキラ達は何時でも仕掛けられる様に機会を窺う。

 

「クク、何でこのピカチュウが騙されたのか不思議な表情をしているな。当然だ。なんせ俺の全身を薄く包んでいるストッキングには、こいつのご主人様の匂いに似せた香料を染み込ませているからな! オマケに電撃も防げる絶縁機能付き」

 

 りかけいのおとこはご丁寧に、ピカを騙せた理由と電撃を防げた理由を皆に明かす。

 ポケモンの性質をよく理解した上での科学的な手段の活用は、敵ながら見事である。そこまで冷静に頭が働いた途端、アキラの中でここ最近経験していない感情の変化が起きた。

 

「あぁそう……成程ね…」

 

 精鋭達の空気が緊迫していく中、仕掛けるチャンスを窺っていたアキラの空気は逆に静かなものに変わっていく。皆が心配している人物に変装してぬか喜びさせてその気持ちを踏み躙るだけでなく、彼の友人にまで手を上げるなど下衆としか言いようが無い。

 腹の内から怒りが込み上がるつれてアキラの目に映る世界は、徐々に変化していき、頭も脳に送られる情報量が増していくにつれて冴え渡っていく。

 

 アキラが纏う空気が変わりつつあった時、タマムシの精鋭達はりかけいのおとこを何とかしようとしていたが、倒れているエリカを人質の様に見せ付けられて迂闊には手は出せなかった。

 

「そうそう、大人しくしな。後そこのガキも手持ちを全員ボールに戻せ。妙なことをしようとしたらわかるよな?」

 

 りかけいのおとこは外に出ているポケモンをモンスターボールに戻す様に命じるが、アキラは返事を返さなかった。被っている帽子の鍔で目元は陰で隠れていたが、静かな彼の雰囲気に反して控えている彼のポケモン達の熱気は更に高まる。

 ハクリューやブーバーなどの血の気の多いメンバーは勿論、温厚なサンドパンさえもりかけいのおとこに怒りを感じているのか爪を持ち上げて狙いを定めている。

 チャンス若しくは合図があれば、彼らは何時でも仕掛ける気満々であった。

 

「――お前ら、ボールに戻れ」

 

 しかし、アキラが選択したのはりかけいのおとこの要求を受け入れることだった。

 唐突に告げられた指示にサンドパンを始めとした三匹は瞠り、ハクリューなどの三匹は反抗しようと振り返るが彼の顔を見た瞬間、体を強張らせた。

 

 自由行動の度が過ぎて咎められたり軽く怒られることはあるが、それでもアキラが手持ちに雷を落とすことは滅多に無い。その一番怒っている時よりも、今の彼は血の気の多い面々でも逆らう意思を霧散させてしまう程だった。基本的に大人しい三匹はすぐさま指示通りにボールへと戻り、残った三匹も遅れてボールに戻ろうとする。

 

「バーット、戻る前に一旦ホネを置いてくれ」

 

 戻る前に普段だったら渋る様なことをブーバーはアキラに命じられたが、ひふきポケモンは文句一つ言わずに背負っていた”ふといホネ”を彼の足元に置いてからボールに戻っていく。

 

「そうだそうだ。それでいい」

 

 自分の目論見通りに事が進んだからなのか、りかけいのおとこは上機嫌だった。更に彼は念を押すかのように、手持ちであるガラガラを召喚すると手にしていたホネを周囲に投げ飛ばしてエリカが連れてきた精鋭達を蹴散らす。彼らは皆、エリカを人質にされて迂闊に抵抗できないのとポケモンがいないので避けるのに精一杯で成す術も無かった。

 そして、彼らを掻き回したガラガラのホネがアキラに迫った。

 

「危ない!!」

 

 他の人とは違い、避ける様子が全く見られないアキラにイエローは声を上げる。

 だが激しく回転するホネが当たるか否かのタイミングで、彼はこの場にいる誰も想像していない行動を起こした。

 彼は自身の足元に置かれていたブーバーのホネを蹴り上げて手にすると、両手で握り締めて力任せに迫るホネを叩き飛ばしたのだ。

 

「えっ!?」

「な、なな!?」

 

 誰も全く予想していなかった行動であったのは勿論、ポケモンの技を人の手で防いだことに敵味方問わず、この場にいた誰もが唖然とする。アキラの手で叩き飛ばされたガラガラのホネは少し離れた茂み落ちるが、彼は荒々しく息を吐くと、手にしたホネを片手に持ち替えてりかけいのおとこへと歩み始めた。

 

「く、来るんじゃねえ! この女の頭を踏み潰すぞ!」

 

 迫るアキラに対して、りかけいのおとことガラガラは踏み付けているエリカの存在を主張する。帽子の鍔で若干隠れていたが、彼の目は据わっているどころではない鋭い目付きで、一切視線を外さずにこちらを睨んでいるのだ。近付くのを許したら恐ろしい事になるのを、りかけいのおとこは本能的に感じ取っていた。

 

 警告してもアキラは足を止めなかったが、ハッタリでは無く本気であるのを見せ付ける為にエリカを踏み付ける力を強めると、流石に彼は足を止める。しかし、彼はそれで大人しくなるどころか、またしてもこの場にいる誰もが予想していなかった行動に出た。

 手にしていたホネを左手に持ち直すと、背中に背負っていたロケットランチャーを右肩に載せる形で構えたのだ。

 

「嘘…」

「なっ!?」

「はあぁぁ!!? 何だよお前! 頭おかしいだろ! 見えてねえのかよ!」

 

 同じ驚きであっても、それは十人十色だった。

 中でもりかけいのおとこは、さっきから見せるアキラの行動が理解不能過ぎてパニックになる。普通に考えて片手だけであの重火器を支えて撃つなどあり得ないが、今の彼はそんなバカをやらかしそうな空気を放っていた。

 周りの動揺と驚愕を一心に受けていたアキラだったが、周囲の反応を気にも留めずランチャーを起動させると特有のハム音を唸らせながら淡々と狙いを微調整し始める。

 

「待ってください! 貴方はあの人を巻き込むつもりですか!? 冷静になってください!」

 

 冗談抜きで今にも本気でロケットランチャーのトリガーを引きそうなアキラに、イエローも声を上げて止める。確かにりかけいのおとこはそれだけ怒ってもおかしくない事はしたが、今の彼は怒りのあまり周りが見えていない様にイエローには見えていた。

 正直に言うと横から見える彼の顔が恐ろしくて足元が竦みそうだったが、ここで止めなければ人質にされているエリカを巻き込みかねない。

 

「――冷静だ」

「え、冷静って…」

 

 それまで無言であったアキラが唐突に告げた言葉に、イエローは戸惑う。

 雰囲気も相俟って彼の主張の説得力はゼロなのだが、今の彼が怖過ぎて言い返す勇気までは流石に出なかった。しかし、そうとは知らずアキラは低い声ではあるが語り始めた。

 

「野郎は万が一のことを考えて、何時でも避けて逃げられる様な姿勢と力の入り方だ。足の方も踏み付けてはいるけど、大して力も入っていない」

「え? え?」

 

 一体何を言っているのかよくわからなかったが、アキラは至って真面目だった。何かと頼りにしている目からは、例の直感的に動きが読める感覚は十分には感じられなかったが、それでも集中する時間を維持するつれて徐々に近い状態で鮮明になってきていた。対象であるりかけいのおとこが足に加えている力加減、筋肉を含めたあらゆる動き全てが手に取る様にわかる。

 流石に周りの世界がゆっくりと感じられる感覚は無いが、それでも幾分かゆとりがあるおかげで、彼は冷静に視覚から得られる膨大な情報を処理出来ていた。

 

「加えて…この状態で俺がある事をしたら、奴には致命的な隙が出来る」

「――致命的な隙?」

「やっ、やれるものならやってみやがれ!」

 

 アキラの言葉を挑発と受け取ったりかけいのおとこは声を荒げる。

 周りから見ればヤケになって何をやらかすのかわからなかったが、アキラの目はその可能性が無いことをしっかりと見通していた。もし突発的に動く可能性を僅かでも確認したら、すぐさま奴が”致命的な隙”を作る行動を起こすつもりだ。

 連れているガラガラも武器であるホネを失っていたが、素手で如何にかする意思を見せている。

 

 不気味にして緊迫した空気に、アキラはあまり動じていなかったがりかけいのおとこは時間が立つにつれて顔から汗が大量に噴き出してきていた。圧倒的まではいかなくても優位だと言うのに、何故か追い詰められているのは自分の方だ。

 更に認めたくはないが、彼が言っていた事の殆どが当たっていることも、焦りと動揺の大きな要因になっていた。

 

 何とか奴の目を誤魔化してこの場から去りたい。

 しかし、それをやろうにもアキラの目を見ると、何もかもお見通しの様な錯覚を覚える。こちらの焦りを肌で感じ取っているのか、捕まっているピカは忍耐強く再び電撃を放って周囲を照らす。

 

「しつこいな! てめぇの電気は効かねえって何度言えばわか――」

 

 パニックのあまり先程までの余裕も無くなっていたりかけいのおとこが声を荒げた瞬間、アキラは左手で握っていたホネを手放して両手でしっかり支える形でロケットランチャーを構える。

 それを目にした途端、りかけいのおとこは彼が本気なのを察した。

 エリカから足を離し、掴んでいたピカチュウさえも手放し、ガラガラと一緒に守る様に頭を抱えてその場から離れると同時に頭を伏せた瞬間、爆音が轟いた。

 

 まさか本気でやるとは、殆どの人は思っていなかっただけに瞬く間に動揺が広がる。

 だが、アキラが引き金を引いたロケットランチャーからは、爆音こそ響いたものの何も撃ち出されなかった。

 

 それからの彼の動きは速かった。

 周囲が状況を理解する前に、アキラは両手を腰に付けたボールに伸ばす。

 

「”でんこうせっか”で守れ!!!」

 

 飛び出した二つの影は、彼の言葉通り電光石火の速さで一気に男との距離を詰める。

 

「ガラガラ! 女だけでもやれ!」

 

 何が起こったのかよく考える時間が無かった為、りかけいのおとこはガラガラにまだ倒れているエリカを攻撃することを命ずる。

 ガラガラは拳を振り上げてエリカを殴ろうとするが、彼女を覆い被さる様に黄色い姿が飛び出して代わりに攻撃を受ける。それだけで目論見が失敗したと悟るが、その直後に赤い何かの攻撃でガラガラの体は顎から宙に打ち上げられる。

 

「ク、クソ!」

 

 一気に不利になった形勢を少しでも良くするべく、彼は他のポケモンを出そうとしたが、誰かに背中を軽く小突かれた。

 反射的に振り返ると、そこには弓を引く様な構えで拳を握りしめたゲンガーがいた。

 

「ひぃっ!!!」

 

 殴られると直感したりかけいのおとこは、思わずまたさっきの様に頭を庇うが、何時まで経っても殴られることは無かった。

 それもその筈、直前にヤドキングがゲンガーの腕を掴んで止めていたのだ。

 代わりにサンドパンが鋭い爪を突き付けて抑え付けていたが、腹立つ存在に一発殴るチャンスを止められたことで二匹の間に不穏な空気が漂い始める。

 一触即発まではいかなくてもそれに近い状態。

 しかし、それは直ぐに終わった。

 

「喧嘩することは許さないぞヤドット、スット」

 

 ハクリューを伴って歩いて来たアキラが後ろからゲンガー達に告げると、おうじゃポケモンとシャドーポケモンは強張らせながら姿勢を正して素直に従う。

 伝えてくる内容自体は普段と変わらないが、雰囲気があまりにも違う。

 雷を落とす時も自分達の自由行動に寛容であるからこそ恐ろしいが、その時以上に彼が有無を言わせない空気を放つ姿をゲンガーは見たことが無い。正確には近い雰囲気があることを()()()で聞いたことはあるが、ここまでとは正直言って思っていなかった。

 

「…エリカさん」

 

 場が落ち着いたのを頃合いにアキラは雰囲気を幾分か和らげて、精鋭達の手助けで立ち上がったエリカに体ごと振り返ると深々と頭を下げた。

 

「頭に血が上って手荒な事をしてすみません。精鋭の方達も、不必要な不安を抱かせて申し訳ございません」

 

 イエローには冷静であると伝えたが、今まで抱いたことが無いまでの激しい激情に駆られそうになった。それに幾ら動きを見通せるとは言っても、その感覚を過信し過ぎてしまった。結果的に問題は無かったが、まだこの感覚の全容を把握し切れていないのだ。

 ここで逃がす訳にはいかないと思わず動いてしまったが、幾ら頼りになる感覚とはいえ、見落としが無かったとは言い切れない。

 

「いいえ大丈夫です。あれくらいしなければ…止められなかったかもしれませんので」

 

 りかけいのおとこに痛め付けられた箇所を抑えながらも、エリカは彼の行動を肯定する。確かにアキラの行動には問題はあったが、油断していた自分にも非が無いとは言い切れない。

 

 エリカが大丈夫そうであると見た彼は、手持ち達によって抑えられているりかけいのおとこに視線を向ける。彼がやらかした行為には心底怒りを抱いていたので、情報を吐かせるだけ吐かせて締め上げてやると物騒な事を頭に浮かべていたら、アキラ達の周りを不気味なガスの様な霧が漂い始めた。

 

「! これは…」

 

 どこかで見覚えがある様な気がしたが、それが何なのかを思い出す前にガスに紛れて多種多様な攻撃が彼らを襲い始めた。




アキラ、イエロー達と合流するもレッドに化けたりかけいのおとこのやり口に激怒。
心身共に疲れている時に逆撫でされる様なことをされたら、誰だって怒ると思います。

原作でもこの回に披露したりかけいのおとこの技術は、悪い方に活用されていますけど、結構凄いと思います。
本人に近い体臭成分に絶縁シートの再現、一見すると出来て当たり前に見えますが、ちゃんとした設備があったとしても知識や材料が必要です。
本人はタマムシ大学から追い出されたみたいですけど、問題児だったのかな?勿体無い。

そして心底頭にきたとはいえ、少々ムチャをやってしまったアキラ。
本人は気を付けてはいるけど、やはり手持ちや彼自身に力が付いたので、無自覚に強気になってしまう一面が出てしまいます。


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甦る狂気

作中でイエローに「彼女」という表現を中々使わないのは、作中的に一部を除いて殆どが女の子であることに気付いていないからです。
早く性別バレして欲しいけど、そういう訳にはいかないのがちょっと悩みです(笑)


 突然、周囲を覆い隠す様に発生したガスの様な濃い霧。自然発生したにしてはあまりに唐突で不気味ではあったが、何が目的か霧の中に紛れて様々な攻撃が飛んできた。

 突如仕掛けられた攻撃に反応できたアキラとその手持ちは回避に徹するが、タマムシの精鋭達はパニックに陥り逃げ惑う。

 

 あまりに唐突過ぎるが、今まで起きた出来事を考えればこの現象も何らかの繋がりがあることが容易に想像出来た。

 

 これをチャンスと見たのか、周りが霧と攻撃に気を取られている隙にりかけいのおとこはペルシアンを出して彼らから逃走を図る。しかもただ逃げるのではなく、逃げ惑っていたイエローの手からピカチュウを奪うと言う悪あがきさえもやってのけた。

 

「ピカが!」

「あばよ!」

 

 ピカチュウは電撃を放って抵抗していたが、りかけいのおとこはでんき対策をしているので全く通じていない。イエローは助けに向かおうとするが、目の前にガス状の霧が立ち塞がって思わず足を止める。その直後、ゲンガーとヤドキングの二匹は”サイコキネシス”の波動を放ち、イエローの目の前にある障害全てを打ち払った。

 

「追うんだイエロー!!」

「でも…」

「こいつらの相手は俺達がするから早くピカを助けに行け! お前が今あいつの”トレーナー”だろ!」

 

 怒鳴る様にアキラは告げると、手持ち達と一緒に目の前に現れた敵との戦いを再開する。怒りと焦りで普段以上に乱暴な口調ではあったが、彼の言葉はイエローにしっかりと伝わっていた。

 

 ポケモンにとって、本当の意味とは違うがポケモントレーナーは親の様な存在だ。

 自分がピカチュウの本当の”おや”では無いことはわかっているし、さっきその事を突き付けられたばかりだ。だけど、レッドが見つかるその時までピカチュウのトレーナー――”おや”の役目を自分が果たさなければならない。決意を固めたイエローは、手持ちのドードーに乗って、りかけいのおとこの後を追い掛けていく。

 

 イエローが追い掛け始めたのを見届けると、アキラは霧の中に紛れる存在を睨む。霧が濃い所為で敵の姿は見えない上に中に紛れているので、どこから攻撃が放たれているかも直前までわからないなど少々不利だった。

 

 レッドの偽物でぬか喜びさせられたことに彼は凄まじい怒りを感じていたが、唐突な襲撃とやりにくさに更に苛立ちも募らせていた。

 

「ヤドット、霧を吹き飛ばせ!」

 

 冷静さを欠いたゴリ押し命令ではあったが、それでもヤドキングは彼の無茶苦茶な要求にしっかりと応えてみせる。おうじゃポケモンは目を光らせると、進化前よりも更に強力になった念の波動を放ち、煙の様な霧とその中に潜んでいる存在を纏めて吹き飛ばす。

 

 実は周囲を覆っている霧にアキラは見覚えがあったのだが、頭に血が上がっている所為で思考を妨げられて、このガスが一体何なのか中々思い出せなかった。けれどヤドキングのおかげで、霧の中に隠れていた存在の姿を見てようやく思い出した。

 

「ゴース…」

 

 周囲にガスの様な霧を発生させていたのは、ガスじょうポケモンのゴースだった。

 アキラが連れているゲンガーも昔はゴースだったので、見覚えがあるのは当然であった。しかし、これで終わりかと言われるとそうでは無い。大量のガスの壁を張っていたゴースの多くは片付けたが、その後ろにはゴーストやゲンガーなどの同系統のポケモンが控えていたからだ。

 

「昼間のシェルダーの大群と同じか…」

 

 忌々し気にアキラは呟く。

 昼に戦った時のパルシェンは一匹しかいなかったので目立ったが、今回はゲンガーは何匹もいるので、どれがボスなのか判別がしにくい。いや、もしかしたらこの場合はいないのかもしれない。

 幸い手持ちは全員出ているのとシェルダーの時よりは遥かに数は少ないことが救いだが、相手は仮にも進化形なのでどれだけ戦闘力があるかは不明だ。

 

「アキラ!!」

「エリカさんはイエローを助けに行ってください! こいつらを片付けるのは俺の役目です!」

 

 大声でそう伝えると、アキラはロケットランチャーを肩に掛けたまま手持ちの六匹を引き連れて先陣を切っていく。彼女はジムリーダーの立場故に、その影響力は大きい。自分よりもずっと精神的にイエローの力になってくれるはずなのだから、ここで足止めさせる訳にはいかない。

 

 彼の意思を汲んだのか、エリカは何名かの精鋭を伴ってイエローを追い掛けるが、残っていた精鋭達は手持ちのポケモンを出すと先陣を切った彼らに加勢する。

 

「加勢するぞ!」

「ありがとうございます!」

 

 集団と集団が正面から激突し合ったことで、戦いはすぐに激しいものとなった。

 さっきまで一方的に翻弄されたりと頼りない様子ではあったが、エリカとその関係者が選んだだけあって、タマムシの精鋭達が連れているポケモン達のレベルも中々のものだった。

 

 しかし、敵も負けてはいない。ゴースとゴーストは数で押し、ゲンガーは高い能力を活かしてくる為、アキラの目から見てもゲンガーの脅威度は高くて厄介であった。

 それでもタマムシの精鋭達の実力ならば連携すれば退けることは十分可能なレベルだが、連携が取りにくいこの混戦状況では単体で対抗出来るのは自分の手持ちしかいない。

 

「俺がゲンガーを中心に叩きますので、他をお願いします!」

 

 大人を差し置いて子どもが大物を相手にするのは、少し気が引けるが仕方ない。

 だけど意外にもアッサリとタマムシの精鋭達は、そう伝えた途端にゲンガー以外の敵に専念し始めてくれたので、アキラとその手持ち達はゲンガー軍団と対峙することが出来た。

 最終進化形態なのが関係しているのか、ゲンガーの数は他にいるゴースやゴーストに比べればずっと少ない。何匹か倒してはいるが、それでも六匹はいるので多いと言えば多い。

 

 対峙しているゲンガー六匹のそれぞれの動きに、アキラは目から入る光景と情報に意識を集中し始める。タイプの弱点を突くことは当然だが、ゲンガーはガラスの様にかなり打たれ弱いので、そこを突くのも悪く無かった。

 彼の視界内にいたゲンガー達は自分達が狙われていることに気付いたのか、それぞれ異なる挙動を見せて惑わしてくる。数は六匹なのだから、手持ちの六匹が一匹ずつ相手にすれば良いと思ったが、さり気ない動きに混ざってゲンガーの何匹かが攻撃を仕掛ける前兆を見せた。

 

「ちぃ!」

 

 咄嗟にアキラはロケットランチャーの砲口を向けると、爆音を轟かせることでシャドーポケモンを驚かせて動きを鈍らせる。

 

「当てるつもりで”サイコキネシス”!」

 

 ヤドキングとゲンガーが放つエスパータイプ最上位の技がゲンガー達を襲う。

 何匹かは巻き込まれる前に上空にジャンプしたり横に躱すが、そこまでアキラは折り込み済みだった。寧ろ予想通り過ぎる。

 

 トレーナーである彼同様に、ジャンプして避けると読んでいたハクリューとエレブーは跳び上がったゲンガー達に”10まんボルト”を放つ。自由が利きにくい状態ではあったが、宙を浮いていたゲンガーは横に体をズラそうとする。だが、狙っていたかの様なタイミングにブーバーが投擲した”ふといホネ”がゲンガーの一匹に直撃する。

 何時の間にか同じ高さにまでジャンプしていたひふきポケモンは、続けてホネをぶつけた個体に”ほのおのパンチ”を捻じ込んで殴り飛ばす。

 

 間を置かず、今まさに着地しようとしたゲンガーには、地面から飛び出したサンドパンの”あなをほる”が炸裂する。相性最悪のじめんタイプの技を受けたゲンガーも倒れると、残ったゲンガーは他の仲間を連れて逃げ始めた。

 それを見たアキラのポケモン達は揃って追い掛けようとするが、アキラは声を荒げる。

 

「深追いはするな!」

 

 一際強く伝えると、彼らは一斉に止まる。

 形勢が不利になったから逃げ始めたと考えるのが妥当ではあるが、そもそも狙い始めてから攻撃は弱まっていたし、逃げ腰気味だった。

 

「――時間稼ぎか?」

 

 自分がいると何らかの障害になると考えて、何者かがシェルダーの大群に今回のゲンガー系統のポケモン達を送り込んできたのだろう。

 仮に自分の勘違いであっても、この様子では完全に四天王側から自分もレッド達と同じく戦力に数えられているのだろうと認識するが、それよりもアキラはイエロー達の方が気になった。

 

 りかけいのおとこが連れているポケモンのレベルが、どれだけなのかは知らない。だけど、もし他のポケモンもさっきのガラガラと同等であることを考えると、今のイエローで対抗できるかアキラは心配だった。

 

 

 

 

 

 アキラがゴーストポケモンの集団を退けてから間もない頃、彼が抱いていた不安は半分当たり半分外れていた。

 

 当たっていたのは、上手く姿を隠したりかけいのおとこの手持ちポケモンにイエロー達は翻弄されて、少なからず傷を負ってしまったこと。そして外れた方は、イエロー自身が巧みにポケモン達と連携してピカチュウを助け出すだけに留まらず、りかけいのおとこを無力化することに成功したことだ。

 

「や…やった…」

 

 目の前で大量の鉄筋混じりのコンクリートに体を包み込まれて伸びているりかけいのおとこを見て、イエローは気が抜けた様に座り込んでいた。

 逃げる途中でダメージを受け過ぎて追い付かれそうになったが、金属の破片が彼に吸い付いていくのを目にしたことでこの方法が頭に浮かんだのだ。それからは機転を利かせて、ピカチュウの電撃を無力化する形で電気を溜め込み磁石と化しているりかけいのおとこに鉄筋を含んだ大量のコンクリートを吸い付かせることに成功した。

 

 少々手荒ではあるが、これなら必要以上に攻撃せずに動きを封じることが出来る。

 ドードーとコラッタも慣れないバトルとダメージで疲れ切ったのか、イエローと同じくグッタリとしていた

 

「ピカ」

 

 少し汚れた格好になってしまったが、イエローは少し離れた位置に立っているピカチュウに話し掛ける。

 

「さっきの話の続きだけど、確かに僕は君の本当のトレーナー…”おや”じゃない。だけど、レッドさんが見つかるまで僕の事を”おや”として見てくれないかな?」

 

 イエローの問い掛けに、ピカチュウはどうするべきか戸惑う。

 単純に探す為に付いて行くことを考えれば、本人はどうするか知らないが、ある程度交流があって本当の”おや”であるレッドにも引けを取らないアキラの方が良い。だけど、目の前にいるイエローには度々助けて貰った以外にも、彼とは違う言葉では言い表せない信頼に近いものも感じていることも確かだ。

 

「もし君が認めてくれないなら、それでも…」

 

 そこから先をどう告げるべきか、イエローは思わず詰まってしまう。

 ピカチュウの事を信じているが、自分に付いて行くかどうかを選ぶのは彼次第なのだ。

 もし付いて行くのを選んで貰えなかったら――

 

「貴方が選びなさいピカ」

 

 そんな時、やんわりとした佇まいでエリカが彼らの前に姿を現したが、現れたのは彼女だけでは無かった。同行していたタマムシの精鋭以外にもイワークを伴ったタケシ、スターミーに乗ったカスミ、ギャロップに跨ったカツラなど、レッドと交流のあるジムリーダー達もイエローの元にやって来ていた。彼らは皆、エリカからの連絡を受けて駆け付けて来たのだ。

 

「ここにいる皆は誰もがレッドを心配しているし、探そうとしているわ」

「誰に付いて行くかは、お前の自由だ」

 

 カスミとタケシの言葉に、カツラも同意する様に頷く。

 当初は急いでイエローを助けなければいけないと焦っていたが、実際はりかけいのおとこからピカチュウを取り戻すだけでなく見事に撃退していた。経緯は見ていないが、人質を取られていながら取り戻す以外に無力化するなど並みのトレーナーでは難しいのだから、イエローは十分に信用するに値する。

 一人一人に目を配った後、ピカチュウは迷う素振りを見せたが、やがて目の前にいるイエローに身を委ねる様に寄り添った。

 

「ピカ……」

 

 もう一度自分を信じてくれたこと、もう一度自分を選んでくれたことに、イエローは心の底から暖まる様な感覚を覚えた。ピカチュウの為にも必ずレッドを見つけると決意を新たにして間もなく、エリカはイエローにスケッチブックを渡してきた。

 

「これ僕のスケッチブック」

「やはり貴方のでしたか。落としていましたわ」

「ありがとうございます」

 

 何時の間にか落としていたことに今気付き、イエローは拾ってくれたエリカに感謝を口にする。それを切っ掛けに、他のジムリーダー達もイエローに話し掛けていく。

 

「見ず知らずの子がレッドを探す大役を担うって聞いた時は驚いたけど、結構やるわね」

「うむ。どうやったのかは知らないが、あの男を封じ込めたのは見事だ」

「あっ、ありがとうございます」

 

 褒めるカスミとタケシに、イエローは照れて顔を赤くする。

 自分はただ作戦を思い付いただけで、実際に出来たのは協力してくれたポケモン達だ。

 しかし、二人とは違ってカツラだけは距離を取っていることには誰も気付いていなかった。

 

「カスミ君…」

 

 話が一旦途切れたタイミングを見計らい、様子を窺っていたカツラはカスミに声を掛ける。

 

「会うのは今日が初めてだが――」

 

 しかし、続きを口にする前に彼らの意識は別の事に向いた。

 突然倒れていたりかけいのおとこの体に、黒い霧の様なものが纏わり付き始めたからだ。

 

「これはさっきの!」

 

 一目見てエリカは、この黒い霧がさっき自分達の周囲を覆い、そして襲ってきたのとよく似ているのに気付く。卑怯なことも含めて悪行を重ねてきてはいたが、りかけいのおとこが苦しみ始めたのを見て、彼らは慌てる。

 

「イカン!」

「何とかしないと!」

 

 すぐにタケシとカスミは、オムナイトとゴローンを出して浮かび上がるりかけいのおとこを如何にかしようとするが、それでも浮き上がるのは止まらなかった。

 別の方法が必要だと思い至った時、エリカが声を上げる。

 

「さっき私も同じのに襲撃されました。恐らくこれはゴースです!」

「そうなら話は早い!」

 

 エリカがそう告げると、カツラは素早く犬の様なポケモンであるガーディを繰り出す。

 出てきたガーディは大量に息を吸うと、熱を帯びた息吹を放った。その威力と範囲は大きく、当たる直前に姿を見せたゴースが身に纏っていたガスのみならず本体も吹き飛ばしていく。

 

 ジムリーダー達は成功を確信したが、イエローだけは違っていた。

 広がる炎の息吹の先に生えている木に小さなポケモンがいたのだ。

 

「危ない!」

 

 イエローは釣竿を手にすると、意図を読み取ったピカチュウも素早く釣竿の先にあるモンスターボールの中に入る。そして釣竿を振った際の遠心力を利用して、ボールは炎の息吹が木に当たる前に伸びていき、ボールから飛び出したピカチュウは木に登っていたキャタピーを助ける。

 咄嗟の行動ではあったが、イエローが見せた手腕に見ていたジムリーダー達とタマムシの精鋭達は唖然とする。

 

「オーキド博士がピカチュウとポケモン図鑑を託すのも何となくわかるわ」

 

 カスミの言葉に、他の三人も同意する。

 良く確認せず攻撃した自分達にもミスはあったが、普通なら助けようとしてもあれほど巧みにはできないものだ。()なら安心してピカチュウを預けることが出来る、四人はそう確信した。

 今度こそ落ち着いていられるかと思われたが、夜の静かな闇に紛れて何かが聞こえてくる。新手かと身構えるが、それは街の街灯に照らされる形で姿を見せた。

 

「あれ? もう大丈夫ですか!?」

 

 ブレーキを掛けた時の甲高い音を響かせながら、急いで来たと思われるアキラは猛スピードが出ていた自転車を急停車させる。

 かなり疲れている様子ではあるが、新手どころか逆に心強い存在と再び合流することが出来てジムリーダー達は安心する。

 

「アキラの方も無事でしたか。えぇ、こちらの方はもう大丈夫です」

「ほんの少ししか見ていないけど、あのイエローって子は中々の腕前よ」

 

 カスミから先程あった出来事の一部始終を聞き、アキラもイエローの行動力とトレーナーとしての腕前に感心する。

 もし自分が同じ状況に気付いたとしても、そこまで上手くやれたかどうか。

 りかけいのおとこを無力化出来たし、ゴーストポケモン達も退けられた。

 これでもう安心、と思いたかったが、警戒を緩めなかったおかげでアキラは微妙な空気の変化に気付いた。

 

「リュット! ヤドット!」

 

 ボールから素早く二匹が飛び出すと、彼らはさっき熱風で吹き飛ばされたはずのゴースに攻撃を仕掛けた。ハクリューが”でんじは”で動きを鈍らせ、そこをヤドキングが”サイコキネシス”を掌から放って、ガスじょうポケモンを地面に叩き付ける。

 

「ムッ、さっき吹き飛ばしたと思ったが、詰めが甘かったか」

「ゴースはガスよりも、本体である顔を攻撃した方が良いですからね」

 

 ゲンガーがゴースだった頃を思い出しながら、アキラは語る。

 地面に力無く転がっているゴースを、ヤドキングは本当に倒せたのかを確認するべく足の爪先で軽く小突く。小突く以外にも転がしたりもするが、それでもゴースは白目を剥いたままだ。

 

 これで今度こそ安心と、アキラは体から力が抜けるのと目の奥が痛くなるのを感じ始めた。原因はわかっているが休む訳にはいかないと自らを鼓舞するが、技を放ってからハクリューが微動だにしないことに彼は気付いた。

 

「…リュ――!?」

 

 声を掛けようとした時、アキラはハクリューの身に起こった異変に気付いた。

 出会ったばかりの頃を彷彿させる狂気に近い凶悪な目付きで、カツラを睨んでいたのだ。何故だか知らないが極めてまずい。

 そう直感した直後、ツノの先端に光が収束し始めたのを見て、アキラはボールを投げる。

 

「一旦戻るんだ!」

 

 しかし、ハクリューはボールを叩き返して拒否する。

 こんな事になるのは久し振りなので、完全にアキラは慌てており、大人しく戻る筈が無いことを忘れていた。どういう訳か自分が狙われていることにカツラは気付くが、避けるには遅かった。

 

「エレット、あの人との間に壁!!!」

 

 ボールから飛び出したエレブーは、”でんこうせっか”でハクリューとカツラの間に割り込むと、”リフレクター”や”ひかりのかべ”の両方を重ね合わせるように張る。

 

 久し振りのハクリューの暴走に、最近自らの長所の意義を理解できたエレブーであっても、模擬戦とは全く異なる殺気にいざ正面から対峙すると恐怖は拭えなかった。しかし、放たれた”はかいこうせん”はヤドキングが発揮した念の力で、壁に当たることなく被害が無い空へと軌道を捻じ曲げられる。

 

「戻れリュット!」

 

 ハクリューがこちらの動きに対応する前に、アキラは直接ドラゴンポケモンへと近付き、体にモンスターボールを押し付けて戻す。ところがボールに戻した後でも、ハクリューは昔の様に「ここから出せ!」と言わんばかりに激しく暴れる。

 

 最近は怒ったり機嫌を損ねることはあっても、特に理由なくハクリューが暴れたりすることは殆ど無かった。一体何がどうなっているのか考えながら、彼はハクリューが入ったボールを両手でしっかりと抑え付ける。だが、進化して力が強くなっているからなのか、両手で抑え付けても全く安心できない。

 

「――アキラ君、そのポケモンが入っているボールを貸してくれないか?」

「……え?」

 

 どうにかしてハクリューを落ち着かせようとしているアキラに、カツラはドラゴンが入っているボールを貸すことを申し出た。

 何の意図があるが故の提案なのかは知らないが、正直言って止めた方が良い。

 

「えっと、カツラさん…でしたよね? 止め…うぉ…止めた方が…」

「構わない。私の考えが間違っていなければ、ハクリューが怒るのは当然だ」

「?」

 

 カツラが何を話しているのか、アキラにはよくわからなかった。

 まるでハクリューが激怒する理由を知っている様だが、そもそもハクリューはカツラとは面識が全くない筈だ。

 だが、妙に納得している自分がいることに彼は気付いていた。

 何かを忘れている。

 

「カツラさん…」

「カスミ君、さっきの話の続きではあるが――あやまらせてくれ」

 

 心配そうに話し掛けるカスミに、神妙な振る舞いでカツラは謝罪を口にする。

 何を謝っているのかわからなかったが、それはすぐに彼の口から語られた。

 

「かつて私は科学者としての好奇心から、ロケット団に協力して様々な実験を行ってきた――」

 

 カツラの口から語られたのは、過去にロケット団に協力していた頃に自らが行った悪行の告白だった。ここでようやくアキラは、彼がロケット団に協力していたことを思い出すが、それが意味するものについても自然と答えに行きついてしまった。

 

「レッド君が連れているイーブイ、今は彼と一緒にいるが彼女のギャラドス。他にも数え切れないポケモン達を私は、知的好奇心や興味を満たす為に生体実験を行ってきた。そして――」

 

 話を区切り、カツラはアキラと向き合う。

 暴れるハクリューのボールを抑える手に力は入っていたが、それ以外はこれから彼が語るであろうことが想像出来てしまった今のアキラは棒立ち同然だった。

 

「君のハクリューは元々ミニリュウだったね」

「は…はい…」

 

 素直に答えるべきでは無い。

 一瞬そう思ったが、カツラの重い雰囲気に呑まれて普段の性格が出てしまい、反射的にアキラは正直に答えてしまう。

 

「一度だけ、サファリゾーンで捕獲されたと言うミニリュウに改造を施したことがあるのだ。目的はロケット団内部で共通している戦闘力の引き上げ、ドラゴンポケモンに多い強靭な鱗の強化による防御力の向上」

 

 どれもミニリュウ時代に遡っても、ハクリューに当て嵌まることだ。

 最初に手持ちに迎えてから今に至るまで荒い性格には手を焼きはしたが、それ以上に高い戦闘力にエレブーとは別の意味での打たれ強いタフさには助けられてきた。だけどその強さの秘密には、ロケット団が関わっていることを内部資料を手に入れたエリカから聞いてはいたが、こうも具体的に話が上がるとなると――

 

「カツラさんが……リュットを今の様にしたのですか?」

「そうだ。だから彼が怒るのも無理は無い。私を罰したいと言うのなら、甘んじて受けよう」

「えっ!? ちょっと待ってください!!」

 

 カツラの言葉にアキラは髪が逆立ってしまう程驚くが、最も反応したのはハクリューだった。

 「上等だ!」と言わんばかりに、ボールを中から割ってしまうのではないかと思える力で激しく暴れる。彼はハクリューの怒りをその身で受けようとしているが、ミニリュウ時代でも恐ろしかったのにハクリューに進化して更に強くなっている。

 下手をすれば殺される。

 

 あまりの力に両手だけでは無理だと判断したアキラは、急いでカツラから距離を取るとボールに全体重を乗せるべく地面に押し付けて抑え込む。しかし、ここまで休みなく動かしていた彼の体は疲れ切っており、無意識に力が抜けてしまう。

 その瞬間、ハクリューはボールを横に転がして開閉スイッチを押してボールから飛び出した。

 

 出てきたハクリューは、それまで抑え付けていたアキラを尾で打ち上げると、宙を舞う彼の体が地面に叩き付けられるのを見届けること無く流れる様にカツラに迫った。

 既に出ていた他のアキラのポケモン達は、ハクリューの暴挙を止めようと動くが、彼らよりも先に動いたのがいた。

 

「待って!!!」

 

 何とイエローが両手を広げて、ハクリューの前に立ち塞がったのだ。




アキラ、一難去ってまた一難とばかりにハクリューが再びかつての狂気に駆られて暴走。

過去にロケット団がポケモン達に施した生物実験の殆どは、直接実行に関わっていなくてもロケット団に在籍していた頃のカツラが主導していたと、この小説では扱っています。

イエローが飛び出しましたけど、ハクリューが止まるのかどうかは次回まで持ち越しです。


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それぞれの役目

今日はレッドの誕生日にしてポケスペディアの発売日。
この日をずっと待っていた身としては絶対に買いに行く。
個人的に一番気になっているのは、ゴールドとエメラルドの関係が破天荒義兄弟扱いなのかどうかって点です。


 イエローがカツラとハクリューの間に飛び出した直後、まだ理性が残っていたのかハクリューは直前で止まった。しかし、今にもツノを突き立てそうなくらい鬼気迫る顔を立ち塞がったイエローに近付ける。

 

 もし一歩間違えれば、カツラの前にやられるのはイエローだ。

 

 止めようとしたエレブーとヤドキングの二匹は勿論、ジムリーダー達も万が一に備えながらイエローとハクリューを静かに見守る。

 飛び出したイエローではあったが、恐怖を抑え切れていないのか体は小刻みに震えていた。だが、それでも臆さずにハッキリと口を開く。

 

「確かに…昔カツラさんは君に酷いことをしたかもしれない。それは許されないことだし、君が怒り狂うのもわかる」

 

 目の前のドラゴンポケモンが放つ威圧感と殺気に怯えながらも、イエローは勇気を出してゆっくりと伝えていく。

 カツラが過去にどんな悪行をやったのか、そしてそれで目の前のハクリューがどれだけ酷い目に遭ったのかは詳しくは知らない。知らないのに首を突っ込むなと思われているとしたら、それは当然だろう。

 

 だけど、それでも誰かを傷付けたり争い事を見るのはイエローは嫌だった。

 レッドを探す為にここに集った仲間同士で、それも目の前でやられるのは嫌だ。

 

「でも…このまま怒りに身を任せて良いの? 本当にそれで満足なの?」

 

 火に油を注ぐ行為かもしれないし、ハクリューにはその権利があるかもしれない。だとしてもイエローは、一時の感情に身を任せて良いのかを目の前のドラゴンに問い掛けた。

 

 問い掛けられた内容にハクリューは目の前の麦藁帽子も蹴散らそうと唸り声を上げるが、イエローの傍にいるコラッタやドードーも止める様に懇願している目付きなのに気付く。それだけ彼らも、付いて行くトレーナーと同じく自分がやる事を止めて欲しいことを望んでいるのだろう。

 

 だが、だからと言ってそれが許す理由にも、怒りを和らげる理由にも、止める理由にもなりはしない。時間を無駄にした、とハクリューが行動を起こそうとしたその時だった。

 

「感情的になるな。リュット」

 

 何時の間にか立ち直ったのか、アキラは叩き飛ばされた時に頭から離れたキャップ帽を被り直しながらハクリューに静かに告げる。さっきやられた影響で体を痛そうにしてはいたが、鍔の下に見える目は先程までの威厳の欠片も無かった時とも有無を言わせない激怒したものでも無く、彼らしさを残した肝が据わった鋭いものだった。

 

「ただ”止めろ”って言っても納得しないだろうから言うけど、今この場でカツラさんを攻撃することが、本当にお前や”俺達”にとって有益なのかを考えるんだ」

 

 ただ復讐は悪い事だから止めろと伝えても、ハクリューが素直に止まる筈が無いことをアキラは理解していた。なのでイエローの説得とは異なった損得で判断するというある意味打算的な問い掛けではあったが、彼には信を置いているのと雰囲気も相俟ってハクリューは素直に考える。

 

 自分の視点で考えれば、気分がスッキリするのは確かだ。

 しかし、現状とその後が問題だ。何事も無い平時なら周りがどう思うと知った事では無いが、今は四天王と言う訳の分からない敵・脅威が存在している。対抗するには少しでも力がいるし、カツラは腐ってもジムリーダーだ。

 悔しい事に戦力的には頼りになる。

 内輪揉めをしている場合でも、この場で恨みを晴らすのも合理的では無い。今それをやってしまえば、今は気分が満たされても最終的には自分を含めて多くが不利益を被ってしまう。

 

 そこまで理解が進んだハクリューは、鼻息を荒く鳴らしてイエローから顔を離すと背を向けてアキラの元に戻り始める。癪ではあるが、今回はアキラの言う事は正しい。しかし、だからと言って諦めた訳では無い。今ここで、()()()()()まで叩きのめすことを止めただけに過ぎないからだ。

 さり気なくハクリューは、意味無く左右に振っていた尾の先端にある宝玉をカツラの頭――特に毛が薄い部分にぶつけると、その直後にモンスターボールの中に戻って一転して静かになった。

 

「まったく、お前って奴は…」

 

 殺気立ってやられるよりはマシではあるが、結局は報復に走ったハクリューにアキラは肩を竦める。ぶつけられたカツラ自身もやられて当然と考えているみたいではあるが、これだけで終わる方がおかしい。次からカツラと会う時は気を付けないといけないとアキラは認識するが、どこかから熱のある空気が風に運ばれてくるのを感じた。

 

「まだ自分の手持ちを手懐けていないのか。アキラ」

 

 その風に乗って、聞き覚えのある声も聞こえてくる。

 皆揃って見上げて見ると、一匹のリザードンとそれに乗った少年が夜のタマムシシティの空を飛んでいた。

 

「グリーン…」

 

 レッド最大のライバルにして、現在武者修行中である彼の名をアキラは口にする。何時の間に来たのだろうか。様子からして初めて会った時の小バカにする感じでは無いが、今のハクリュー暴走の流れを見ていたのか呆れている様ではあった。

 

「止めるのは当然として、それ以外はマシになるどころか少しも変わっていないじゃないか」

「確かにリュットの変化を察知することが出来なかったのは俺のミスだけど、今の方針を変えるつもりは無い」

 

 グリーンがどういう方針で手持ちを連れているかは具体的には知らないが、アキラが連れているポケモン達にとっては、ある程度の自由行動を認めるのが最良だ。

 下手に従わせようとしたり、行動を制限するなどで抑え付けると反発するからだ。

 なので彼にとっても彼らにとっても余程不利益にならない限り、行動を制限することはあまりしない。

 

「――まあいい。そんなことよりも現状を把握しよう」

 

 変える気が無いのを理解したのか、グリーンは話を切り替える。

 だけど、アキラとしては気になる事が一つあった。

 

「そういえば何でグリーンがここに?」

「おじいちゃんからレッドが行方不明になったことが書かれた書簡を送られてな」

 

 アキラの質問に答えながら、懐から固そうな筒状の箱と手紙らしき紙を何枚かグリーンは取り出した。

 

「この書簡を貰った時点では敵の正体は謎だったが、あそこに転がっているゴースや道中でやたらとゴーストポケモンが多かったのを見た今ではハッキリ言える」

 

 グリーンの言葉にタケシとカスミ、カツラは息を呑む。

 相手はレッドを倒すだけの実力を持っているにも関わらず正体不明なのだ。

 そして彼は、その正体を知っているとなると自然と体を強張らせてしまう。

 

「敵は…」

「カントー四天王」

 

 勿体ぶるグリーンに我慢出来なかったのか、アキラが先に答えをぼやくと三人は途端に彼に注目した。グリーンもアキラが四天王の存在を知っているのが意外だったのか、少し驚いた様子で彼に目を向ける。

 

「お前が四天王を知っているとはな。いや、強くなるのを求めていれば噂くらいは聞くか」

「いや…噂じゃなくて実際に会った事があって…」

「なっ!?」

 

 アキラの爆弾発言にカスミとタケシ、カツラは大きな声を上げる。

 四天王の噂は彼らも知っている。

 殆ど人前に姿を見せないが、その実力は自分達ジムリーダーを凌ぐと言われている。その実力者に彼は会ったと言うのだから驚きだ。

 

「ちょっと…会った事あるって、どういうことなのよ!?」

「あの…そのままの意味で――」

 

 詳しい経緯をアキラは話そうとするが、その前に彼はカスミに胸倉を掴まれて話すことを急かされる。

 

「話しますから落ち着いて下さい! 一人は二年前に…もう一人はつい最近――」

「つい最近!? ちょっと白状しなさいよ! じゃないとただじゃおかないから!!!」

 

 早とちりでカスミはアキラには何か裏があるのではないかと思い込んでいる様だったが、苛立っているカスミをアキラの手持ちを始め、タケシとカツラは慌てて止めに入る。

 

「待つんだカスミ! アキラが四天王と繋がっているとは考えにくい」

「先程私も話を窺いましたが、寧ろ彼は狙われている方です」

 

 それまで静かに見守っていたエリカが、代わりにアキラが何故四天王を知っているのかについて話す。実はイエローを探す前に合流した時点でアキラは、エリカにレッドの行方先の可能性に加えて自分が会った四天王に関しての情報を伝えている。彼女から事情を聞くと、カスミは素直に手を放して彼を解放する。

 

「それならさっさと言いなさいよ」

「そんな理不尽な…」

 

 詳細を話す前に迫られたのだから、ムチャクチャだ。

 確かにレッドがいなくなっているのにアキラ自身も焦ったり些細なことでイライラすることはあるが、カスミのはどうも異なっている。だが、今はその事を気にしている場合では無い。

 

「それでアキラ君。四天王と会ったことがあると言っていたが、どうして君は彼らに会うことが出来たのかね?」

「一人は二年前にたまたま会えて、もう一人は数日前に仲間にならないかと誘いを受けて断ったら襲われました」

 

 カツラの質問に答えると、またしても予想外の内容だったのかジムリーダー達だけでなくグリーンさえも目を瞠る。前者だけでも十分に凄いと言うべきか、何事も無かったことを喜ぶべきなのか。そして後者だけを聞くと、それだけの実力者に襲われながらよく無事だったものだ。

 

「会った四天王の名前は知っているのか?」

「はい。二年前に会ったのはシバさんで、最近会ったのはカンナって名前です」

 

 スラスラと名前を挙げたのを見ると、アキラが嘘を言っている可能性は低いだろう。

 しかし、問題は彼が挙げた名前にあった。

 

「ちょっと待て、シバってレッドに挑戦状を送り付けた奴の名前じゃない」

「恐らく…」

 

 この事件の発端となった挑戦状の送り主と同じ名前に、カスミは人一倍敏感に反応し、アキラも弱々しくも肯定する。確かにレッドに挑戦状を送った人物とアキラが知っているシバは、ほぼ同一人物と言っても良いだろう。

 二年前に会った彼の性格を考えると、戦いを挑むことはあっても必要以上に攻撃してくるとはとてもじゃないが考えられない。

 

「あの……アキラさん」

「? どうした?」

 

 唐突にイエローに呼ばれてアキラは何気なく反応するが、イエローは弾かれたかの様に過敏に反応してしまう。今は大丈夫だとはわかってはいるが、連れている手持ちポケモンも含めて本人も怒ると凄く怖いと言う印象がどうしても拭えなかった。

 

「カ…カンナは呼び捨てなのに、その…シバって人のことは敬称で呼んでいるのですね」

「――あぁ、あの人は俺の命の恩人で目標にしている人だからね」

「四天王に襲われたと言えば、命の恩人って…一体どっちなんだ」

 

 グリーンは呆れるが、本当にそうなのだから仕方ない。

 シバには、まだこの世界に来てから間もない頃にロケット団から助けて貰っただけでなく、再び会った時には手合わせ以外にも少しだけポケモントレーナーとしての心構えも教わった。彼のトレーナーとしての姿勢は、本当に尊敬に値すると思っているので、寧ろ何でこんなことを起こすのかが逆に不思議なくらいだ。

 

「それはそうと、奴らの目的は一体何なんだ?」

「具体的にはわかりませんけど、どうやら優秀なトレーナー以外の人間を排除したいみたいです」

「優秀なトレーナー以外の人間を排除?」

 

 タケシの疑問に、アキラはカンナに勧誘された時の経緯を含めて、彼らの目的と思われることを皆に伝える。

 

 今の世の中はポケモンの力を利用して、己の欲望を満たしたりする身勝手な人間が多過ぎる。

 そしてポケモン達もその被害を受けているのだから、ポケモンの扱いに長けた一握りの優秀なトレーナー以外の人間を排除するのが目的らしい。

 納得出来る様な出来ない様な内容ではあったが、グリーンの反応だけは違っていた。

 

「優秀なトレーナーか。良く言うぜ。キクコはおじいちゃんに恨みがあるクセに」

「その人、何か怪しそうだな。オーキド博士に恨みがあるって聞くと、同年代な気がするし」

 

 本当は四天王メンバー全員の名前、中でも公式の記録で確認出来たキクコについてはある程度知ってはいるが、何故知っているかの上手い言い訳が浮かばなかったので怪しまれない程度にアキラは相槌を打つ。キクコがどういう人物なのかは直接会ったことが無いのでわからないが、癖のあるオーキド博士と同年代であるお婆さんなのを考えると、四天王を影で操っている黒幕であってもおかしくない。

 

「――ヤケにシバって奴に肩入れするな」

「尊敬している人だからね。もし四天王の全員がカンナみたいに挑んだトレーナーを全員始末する奴らなら、二年前の時点で俺は消えているよ」

 

 本人達は自覚しているか定かではないが、またしてもアキラとグリーンの間に不穏な空気が流れ始める。しかし、一々気にしている場合では無いことをお互い理解していたので、それ以上は何も言わなかった。

 

「と、取り敢えず、四天王に関する情報はそこまでにして、一緒にレッドさんの行方について考えましょう」

 

 自分が一番知りたい話であるのと流れを変える意味も含めて、イエローは提案するとアキラもその話に乗る。

 

「俺がシバさんに会った場所は、二回ともオツキミ山です。なので個人的にはそこを調べる価値があると思います」

「その証言はかなり有力だが、もう少し判断材料が欲しいな」

 

 疑っている訳では無いが、もう少し確証が欲しかった。

 そこでカツラは再びガーディを出して、倒れているりかけいのおとこの体を嗅がせる。

 

「何をやっているのですか?」

「こいつは素晴らしく鼻が利いてくれるのでね」

 

 カツラに何か考えがあるようだが、それが何なのかアキラはわからなかった。

 ガーディが嗅覚に優れていることは知っているが、幾ら鼻が良くてもここからレッド本人がいる場所まで匂いで辿るのは無理な気がする。そんな彼の予想に反して、一通り嗅ぎ終えたガーディは動くのではなくとある方角へ向けて吠え始める。

 これが何を意味しているのかアキラにはわからなかったが、カツラを含めた何名かは納得する。

 

「方角から見て、オツキミ山の方だな」

「そうなるとアキラの証言の信憑性は高まりますね」

「うむ」

「え? 今ので方角がわかるのですか?」

 

 付いて行けないアキラを余所に、続けてカツラは顕微鏡の様な機材を取り出すと、りかけいのおとこの服の一部を切り取って詳しく調べ始めた。

 

「ふむ。この『レッドの匂い』には、僅かながら『月光線』の反応が含まれておる」

「月光線って、確かつきのいしが持っている特殊なものよね」

「やはり、アキラの言う通りオツキミ山ですね」

 

 アキラの証言だけでなく、カツラの理論に基づいた科学的な分析のおかげで、レッドがどこにいるかの確証は得られた。空振りの可能性はあるが、それでも確率的には高い方だ。ならば、後は彼を探しに行くだけである。

 

 アキラはオツキミ山には用事も含めて何回か行ったことがあるし、シバと初めて会った場所と戦った場所もまだハッキリと覚えている。タケシも探しに行くつもりだが、自分もある意味適任であると言える。

 

「他にも…何か手掛かりは無いかな?」

 

 更なる情報を求めて、アキラは外に出ているエレブーとヤドキングらと一緒に、気絶しているりかけいのおとこのポケットや服の中を漁り始めた。

 普段ならこんなことは絶対しないが、先を急いでいるのと騙されたことに凄く腹が立っていた為、彼らは男がパンツ一丁になるまでに服を剥ぎ取ろうと遠慮は無かった。

 

「おっ、何か写真みたいな…なっ!?」

 

 取り出した写真を見て、アキラは絶句する。

 グリーンやジムリーダー達も彼が手にしていた写真を覗くが、皆同じ様な反応を見せた。

 写真には、氷の中に閉じ込められているレッドの姿が映っていたのだ。

 

「レッドさん!?」

「氷…ってことはカンナか」

 

 これで増々読めてきた。

 最初にシバが普通にレッドを挑戦状で誘って、彼がやって来たところ、或いはシバと戦って疲弊したところをカンナなどの他の四天王が襲ったのが大体の流れだろう。

 シバがそんな卑怯なことをするとは考えにくいが、他の四天王がシバ名義で誘い込んだ可能性も否定できない。だけど今問題は、レッドが氷漬けになっていることだ。

 

「氷漬けにされておるから、一時的な休眠状態になっているはずじゃろう」

「よくわかりませんけど、とにかく早く助けに行くべきですね」

 

 事態は一刻を争う。

 氷漬けにされているので疑似的な冬眠状態かもしれないとカツラは考察するが、それでも長期間氷漬けは不安だ。手にした写真をエリカなどのジムリーダー達に渡して、アキラはグリーンに声を掛ける。

 

「グリーン、お前も手伝ってくれれば助かるんだが…」

「レッドの捜索はお前達に任せる。俺は俺でやることがある」

 

 昔とは別の意味で棘がある発言にまた彼とアキラとの空気は悪くなったが、ここで喧嘩する時間も惜しい。

 何を考えているかは知らないが、空を飛ぶ事が出来るグリーンが協力してくれないのなら他の方法を考えなければならない。

 

「精鋭の方から空を飛べるポケモンを借りてきましょう。早い方が良いです」

「ありがとうございますエリカさん」

 

 エリカの申し出にアキラは感謝を述べる。

 彼自身、実はポケモンの背に乗って空を飛ぶことは怖いのだが、文句は言っていられない。レッドを探すのに、山の中を徒歩で探し回っていては時間が掛かる。だからこそ、場所がある程度絞れているのなら空から探した方が効率的だ。

 

「グリーン、連絡手段はあるのか?」

「盗聴される可能性があるから控えている」

「頼むから連絡出来る状態にして、毎日」

 

 四天王がどうやって盗聴するかは知らないが、連絡手段が無いのでは非常に困る。

 グリーンもレッドと肩を並べる実力者なのだから、レッドが見つかったら連絡を入れて合流なりして欲しいのだ。そのことを期待して、アキラは彼に何時でも連絡出来る様に念を押すが、グリーンは聞き入れるつもりは無さそうだった。

 

「しかしアキラ、オツキミ山はそのシバって奴がいる場所なんだろ。もしまた会ったらどうするつもりなんだ?」

「その時は事情を尋ねるか、穏便に事が済む様に話し合うつもりです。ですが場合によっては――」

 

 外に出ているエレブーにヤドキング、そしてボールの中にいる四匹の意思を確認してアキラはタケシに宣言する。

 

「自分が持てる力や戦術の全てを駆使して戦います」

 

 四天王は手強い。それは紛れもなく事実だ。

 最近戦ったカンナも、終盤での反撃は正直ラッキーパンチに近い奇跡だ。もし今の自分がシバと再び正面から挑めば、ハッキリ言えば負ける確率の方がずっと高い。

 だけど、対策まではやっていなくても再戦を見越して対格闘ポケモンに関してはある程度は調べている。初見では無理だが、一度は戦った相手なのだ。相性で有利なゲンガー、ヤドキングを主軸にして戦えばある程度は渡り合える。

 それに不確定要素ではあるが、また目が相手の動きを良く読める様になれば、肉弾戦主体の戦いをするシバには極めて効果的だ。

 

「良い心掛けだな」

「どの道本気で挑まないとシバさんには怒られますので」

 

 二年前シバに言われたことを思い出しながら、アキラは語る。

 あの時、彼が語っていたトレーナーとしての心構えを含めた全てが嘘だとは思えない。もし本当に悪の道へ進んでしまっているのなら、出来る事なら自分が目を覚まさせるなり引き摺り上げたい。レッドを見つけると言う四天王を倒す以外にもやる事は出来たが、アキラは臆するつもりは全くない。

 

「僕も――」

「お前も行くのか?」

 

 アキラはこれから自分のやるべき役目を見出し、イエローもレッド捜索に名乗りを上げようとした時、グリーンは呼び止める。

 

「お前の目的はレッドを見つけることだったな。奴を見つけたら、そこで旅を終わらせるつもりか?」

 

 いきなりある意味最も気にしていたことを指摘されて、イエローは戸惑う。

 確かにレッドを見つけてピカを彼の元に返すことも目的ではあるが、四天王と言う存在が現れたからには少しでも彼の力になりたい。自分をこの旅に送り出した人も、自分にはそれだけの力があると言っていた。

 だけど――

 

「アキラは何だかんだ言って、こうしてこの場に居る様に四天王が相手でもある程度は正面から戦えるが、お前はどうなんだ?」

 

 考えていることを読んだグリーンに言われて、イエローの自分の手持ちを見る。

 皆大切な友達だが、以前戦ったカンナと同等かそれ以上のトレーナーが相手では、とてもではないが歯が立たない。さっきのりかけいのおとこを撃退出来たのも、正直ギリギリであった。運の要素を除いた純粋な力量で考えると、自分は今レッドの為に集まっている面々の中では一番弱い。

 

「それと、さっきの野生のポケモンを救った行動。結果的に全て丸く収まったが、妙なことをした所為でゴースに気付かれていたぞ」

 

 どこから見ていたのかはわからないが、グリーンはハクリューが暴走する前に何があったのかも見ていたらしい。

 カツラは仕留め損ねたと思っていたが、実際はイエローがキャタピーを助けようと行動したことで、ゴースが身に迫った危機に気付いてしまっていたらしい。ある意味正論であるのにイエローは黙ってしまう。

 

「見ている暇があるなら助けろよ」

「俺はそいつが本当にレッドを助けられるだけの実力があるかを確かめただけだ」

 

 優しさと甘さは違う。

 本人がその違いを意識しなければ、レッドを助けるにしても共に戦うとしても足手まといだ。

 思わずグリーンに苦言を零したアキラだったが、自分もある意味「見極める」名目で手を出さなかった彼に文句を言えない立場であることに気付き、それ以上は言わなかった。

 

「四天王と会ったことがあるならわかるはずだ。奴らは手加減など一切しない」

 

 覚えがあるだけにイエローの顔は強張る。

 カンナとの戦いで逃げ切る事が出来たのは、本当に運が良かっただけだ。

 次もラッキーを期待する訳にはいかない。

 

「レッドを探すにしろ共に戦うにしろ。今のお前のレベルじゃ、この先は厳しいからな」

 

 伝えたい事全てを話したのか、グリーンはリザードンに飛び乗ってどこかへ行こうとする。イエローはグリーンの元へ一歩踏み出そうとするが、直前に足を止めてアキラに振り返った。恐らく、どちらに付いて行くべきなのかを迷っているのだろう。

 

「正直に自分が行きたい方を選ぶんだ」

 

 迷っているイエローにアキラはアドバイスを送る。

 こういうのは他者が促すより、自分で決めた方が良い。

 彼のアドバイスを聞き、イエローは出ている手持ちの意思と自分がやりたいことが何なのかを確認したのか目が決意の色を帯びた。

 

「待ってくださいグリーンさん!」

 

 今まさに飛び立とうとしているグリーンとリザードンを、イエローは呼び止める。

 

「レッドさんを助ける為に…この先あの人の力になる為に……僕はもっと強くなりたいです!」

「………」

「だから、僕も連れて行って下さい」

「……好きにしろ」

 

 その熱意に見込みがあると判断したのか、グリーンはイエローが付いて来ることを許す。

 嬉しそうにイエローはすぐにリザードンの背に乗ろうとするが、不意にアキラは思い出したかの様に声を上げた。

 

「あっ、そうだイエロー!」

「は、はい!」

 

 まだ頼りにはなるけど怖い人と言う認識が抜けていなかったので、イエローは反射的に返事を返すとすぐに彼の前まで移動する。

 イエローの行動にアキラは首を傾げるが、気にせず話を続けることにした。

 

「グリーンに付いて行くなら、毎日通信が入っているかチェックする様にしておいて」

「でも盗聴の恐れがあるって…」

「――暗号」

「?」

 

 アキラはリュックから取り出したノートとペンに何かを書き込むと、それを剥がしてイエローに渡した。

 

「即興だけど、決まった時間に連絡するのとレッドが見つかったらこういう感じで伝えるから」

「はい! わかりました!」

 

 直ぐに見つかるかはわからないが、四天王と戦うからにはレッドと同様にグリーン、イエローの力は必要だ。行方が分からないブルーはどうなのかは知らないが、多分何らかの形で協力してくれる筈だ。

 他にもイエローは連絡方法だけでなく、タケシやカスミからは何かの手助けになるはずだとゴローンとオムナイトも譲り受ける。ただ期待するだけでなく色々と手助けしてくれる彼らにイエローは感謝すると、待たせているグリーンのリザードンに飛び乗る。

 全員乗ったことを確認したリザードンは、その大きな翼を羽ばたかせて飛び上がり、彼らの姿は夜の空へと消えていった。

 

「さて、こちらもすぐに動くとしますか」

 

 二人がタマムシシティから飛び去ったのを見届けて、アキラはこの場にいる面々全員に促す。

 

「そうだな。俺はニビジムに戻って準備を整える」

「私も精鋭の中から飛べるポケモンを貸してくれる様に頼みます」

 

 アキラの言葉を機に、この場に集まった誰もがレッドを救う為に自分達に出来る事をやろうと動き始める。

 さっきは後悔していたが、リュックに引き返す必要が無いまでに持てるだけ装備を整えて良かったとアキラは思っていた。エリカから飛べるポケモンを借りられればすぐに動けるし、オツキミ山へ向かうつもりであるタケシにそのまま付いて行くことも出来る。まずは傷や疲労で消耗した体を癒す必要はあるが、そっちの方はすぐにでも何とかなるだろう。

 

「カスミさん」

 

 周りが各々動く中、アキラはかつてお世話になった彼女に声を掛ける。

 

「レッドを見つけることが出来ましたら、距離的にはハナダシティが近いのでカスミさんの屋敷に運んでも良いでしょうか?」

「何を言っているのよ。良いに決まっているでしょ」

 

 アキラの頼みを、彼女は二言返事で快く引き受ける。

 寧ろ今彼から頼まれなくても万全の受け入れ体制を整えるから、レッドは自分の屋敷に運ぶ様にとカスミは頼むつもりだった。

 

「行くからには見つけて来てよ。散々心配させているんだから文句の一つや二つ言いたいわ」

「勿論です」

 

 こちらもレッドには、文句の一つや二つ言ってやりたいのだ。

 手持ちを伴い、去って行ったイエローとグリーン、そしてこの場に集結した他の面々と同じく、アキラも目的を果たすべく行動を起こすのだった。




アキラ達、レッドがいる場所を特定し、それぞれが自らに振り分けられた役目を果たすべく動き始める。

ハクリューの性格はあまり変わっていない様に見えますが、当人が意識している以上に結構丸くなっています。更にアキラも自覚しているしていない関係無く、無意識の内に手持ちである彼らの影響を受けています。

次回辺りから第二章の流れが原作とは若干違う道を辿ります。


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予期せぬ男

「ちょ、もうちょっとゆっくり頼む」

 

 背中に乗せて貰っているピジョットの動きを気にしながら、アキラは下の景色に目をやることは勿論、なるべく高度を上げ過ぎない様に注意していた。

 

 現在彼は、オツキミ山にある程度の土地勘があるタケシと一緒にレッドの行方を捜索中だった。

 タマムシシティで各々の役目を果たすべく解散した後、元々ある程度準備していたアキラは、一旦ニビシティに戻るタケシに同行する形でこの山にやって来た。

 

 今乗っているピジョットは、エリカが組織した自警団の一人から借りたポケモンだが、空を飛ぶこと自体アキラにはあまり経験が無い。カナヅチみたいに高所恐怖症がある訳では無いが、命綱やパラシュート無しで空を飛ぶのは気持ちが良いどころか怖いのだ。

 何回かレッドのプテラに肩を掴まれて飛び回された挙句、空中で放り投げられて自然落下していく時に感じた股が締まる様な経験は、あまり慣れたくない。

 

「こちらアキラ、引き続き空から探索するもレッドの姿及び見覚えのある地形は見られません」

 

 オツキミ山は何回か訪れたことはあるが、タケシ程土地勘がある訳では無い。だけどシバ程のトレーナーが鍛錬しているとなると、多少地形が変化していてもおかしくないのでそれも目印になるはずだ。裸眼と手に持った双眼鏡を交互に使い分けて一通り見渡すと、アキラは渡された無線機でタケシと連絡を取る。

 

『こちらタケシ、基本的な山道から外れた付近を捜索しているが、人為的に荒れたと思われる場所は確認できない』

 

 すぐに手持ちの助けを借りて、地上から入念に調べているタケシからの応答が来るが、成果は乏しかった。まだ探し始めて数時間しか経っていないので、そうすぐに見つかるとは思っていない。だがオツキミ山自体、範囲が広過ぎて大雑把に飛び回っても、その全てを見て回るのには時間が掛かってしまう。出来る限り巨大なクレーターや激しく特訓しても問題が無さそうな広い荒地や岩場を重点的に探しているが、どこも似た様なところだらけだ。

 

「全く、行き先くらい誰かに教えればいいのに」

 

 思わずアキラは愚痴るが、仮に場所を教えて貰えても「オツキミ山」くらいしか伝えられず、具体的な位置がわからず結局今みたいに探すことになることには変わりなかっただろう。

 唐突にピジョットが強風に煽られて体勢を崩すと、アキラは落ちまいと慌ててしがみ付く。さっきから休みなく自分を背中に乗せて飛んでいるので、そろそろ休む必要があるかもしれない。

 

「こちらアキラ、休む為に一旦降ります」

『こちらタケシ、了解した。無理しなくていいぞ』

 

 タケシから了承を得て、アキラはピジョットと共に地上に降りる。

 一息つくピジョットに食べ物や水を与えて、彼は適当な大きさの岩に座り込む。

 

「――念の為、頼む」

 

 どうも安心出来なかったアキラは、ボールから何時も連れている手持ちを六匹出す。ピジョットを含めると連れているポケモンの数は七匹ではあるが、連れて歩くだけなら特に問題は無い。

 

 手元にいる手持ちの数が七匹以上のトレーナーは嫌われると言われているが、それは不正を行う可能性があるのとちゃんと均等に手持ちの面倒を見れないとされるからだ。現在はマサキが開発したボックスシステムが広く普及している為、多くのトレーナーは手持ちが七匹以上になったらボックスに預けて、手持ちが六匹になる様に調節する。

 

 しかし、ポケモンリーグなどの公式の場以外では厳しく定められている訳では無く、所持数に関しては一般的に暗黙の了解の様なものだ。なので何らかの事情でボックスが利用出来ない、或いは多くのポケモンの力が必要なトレーナーは、手持ちを七匹以上連れている。今回のアキラは後者に当て嵌まるが、彼の場合はレッド探しに人手がいることに加えて、連れている手持ちがボックスシステムをかなり嫌っていると言うことも理由にある。

 

 まあ理由がどうあれ、今はそんなことを気にしている場合では無い。

 出てきた六匹もアキラが考えていることを気にすることなく、それぞれ気が抜けた雰囲気もあるが、出てきた役割を意識しつつ周囲に気を配る。

 アキラも休みながら警戒するが、ある意味慣れた場所ではあるので土地勘は無くても多少は勝手がわかっていた。

 

「少し歩くか」

 

 空から探すのが自分の役目だが、ちょっと歩いても良いだろう。

 ピジョットをモンスターボールに戻し、アキラは六匹を伴って歩き始める。道は岩だらけで荒れているが、何かと慣れているので普通に進む分には問題ない。忙しく周辺を気にしながら進んでいると、周囲を念の力を広げて探っていたヤドキングの表情が変わった。

 

「何か感じたのか?」

 

 ヤドキングは頷き、彼らはおうじゃポケモンが何かを感じたと思われる先に進路を変更する。

 タケシに報告するべきか迷ったが、まずは当たりなのかを確認してからにした。

 

 ヤドキングを先頭にアキラ達は進んでいくが、僅かな見落としが無い様に気配察知に努めながら警戒を一段と強める。しばらく進むと、彼らは探している対象の一つである荒れてはいるがバトルをするには適している広々とした場所に出た。

 ある程度は探している条件に該当するので、アキラはタケシに無線連絡を行う。

 

「こちらアキラ、広々とした場所を発見、これから入念に調べます」

『こちらタケシ、了解。俺も向かうから場所を教えてくれ』

「わかりました。リュットの”はかいこうせん”を上空に打ち上げます」

 

 アキラはハクリューに頼むと、ハクリューは天へ向けて”はかいこうせん”を放つ。

 当人は普段通りのつもりだろうが、雲も吹き飛ばしていたので目印にしては少々過剰だったかもしれない。

 

『こちらタケシ、確認した。すぐに向かう』

 

 狙い通りに上手くいったことを確認して、アキラは背中に背負っていたロケットランチャーを肩に担いで歩き始める。空砲なので直接的な威力は皆無で脅しにしか使えないが、それでも武器を所持している威圧感はある。

 周りを見ていくと、どう考えても人為的な影響で砕けたり崩れている箇所が多い。最近なのかはわからなくても、誰かがここでバトルかそれに近いことを行ったのは間違いないだろう。

 

「ん?」

 

 見て回っている途中で、アキラは奇妙なまでに大きな穴を見つける。

 自然の力で出来たにしては、穴は周りも含めてかなり粗が目立つものだった。

 これだけの大穴を作り、そして通るとしたら彼の中ではイワークが真っ先に浮かんだ。そしてイワークは、シバの手持ちポケモンの一匹でもある。

 

「かなり深いな…」

 

 詳しく調べるべきか考え始めた直後、穴の先から何かが砕ける音が響き渡った。

 あまりに唐突過ぎて、アキラの体は硬直したかの様に強張る。音からして岩では無く、ガラスかそれに類する物が割れたみたいな音だ。

 

「――行くか?」

 

 本来ならタケシと合流するまで待つのが正しいだろう。

 しかし、もし今の音が探しているレッドに関係しているものだとしたら、事態は急を要する。

 焦りを隠せないアキラの問い掛けに、六匹は戦意を滾らせた目付きで頷く。

 何があろうと蹴散らしてやるという彼らの強い意思を確認すると、アキラはロケットランチャー以外の荷物を近くに投げ捨て、エレブーに抱えられる形で手持ちを伴って穴へ飛び降りた。

 

 

 

 

 

 岩肌が目立つ薄暗い空間の中で、一人の男が蹲る少年を見下ろしていた。

 全てを賭けた戦いに敗れ、己の力不足を実感して修行の旅を続けていた時、彼はここで氷漬けになった宿敵である少年を見つけた。

 その時、男が抱いた感情は胸がすくものではなく怒りだった。

 かつて自分を負かしておきながら、どこの馬の骨に負けて無様な姿を晒しているのは、まるで己が受けている様な屈辱であったからだ。

 

「ぅ、俺は…」

 

 目が見えていないのか、たった今叩き割る形で氷の中から出てきた彼は、意識を取り戻しても周囲の状況が良くわかっていないらしい。

 だが好都合だ。

 もし姿が見えていたら、話すどころでは無かっただろう。

 

「これを持って行け、レッド。お前はこんなところで朽ちる奴では無い」

 

 一方的にそう告げて、男は懐から三つの石を差し出す。

 見つけた時点でもすぐに氷の中から助け出すことは出来たが、ただ助けてはまた同じことを繰り返してしまうかもしれない。そう考えが至り、男は目の前の少年が特別なイーブイを連れていることを思い出し、クチバ湾にあると言われていた”使っても消えない進化の石”を取って来た。

 敵に塩を送る形になるが、それ以上に己が強くなれば良いだけの話なので気にしてはいない。

 

 そして男は最後に、自らが従わせていた部下からかつて渡されたあるアイテムも取り出す。

 

「これもだ。再びお前を決戦の地へ導くものだ」

 

 それはスプーンではあったが、その先端は今目の前で蹲っているレッドに曲がっていた。

 男がこの場を訪れることになったのは、今まで何も無かったスプーンが突然行くべき道を示すかの様に曲がったのに従ったからだ。そしてこのスプーンは、まるで自分の手元ではなく彼に譲られるべきと言っている様に男は感じていた。

 

「…貴方…は?」

 

 レッドは立ち上がろうとするが、上手く力が入らずまた目の前で倒れ込む。

 男は自分を負かした彼を屈服させることを望んでいたが、こんな形で彼が屈する姿を見ることは望んでいない。

 何時の日か必ず自らの手で――

 

「――面倒なのが来たな」

 

 僅かな気配を察してボールを手にすると、傍に控えていたニドキングも備える。

 それからほぼ間もなく、天井に空いていた穴から複数の影が飛び降りてきた。

 

 

 

 

 

 六匹の手持ちと共に降りたアキラは、すぐさま降りた先に広がっている空間内の状況を見渡そうとしたが、それは不要だった。

 目の前にはニドキングとそれを連れたトレーナー、そして見覚えのある姿が倒れていたからだ。

 

「バーット、サンット! アタックだ!!」

 

 飛び降りるにあたって、アキラは幾つかやる事を決めていた。

 まずレッド以外の姿が見えたら即攻撃。

 この場所を知っているとしたら、敵の関係者である可能性が高いからだ。

 全く関係無い人だったら後で謝るつもりではあるが、とにかく速攻が重要だ。

 

 アキラの指示に、ブーバーとサンドパンはすぐさま駆け出す。

 高い素早さと俊敏性を持つ二匹は、どちらかに狙いを絞らせない様に二方向からほぼ同時にニドキングに仕掛ける。

 

「蹴散らせ」

 

 男が静かに命ずると、ニドキングは両腕をただ広げる様に振った。一見すると工夫も何も無いただの動作にしか見えなかったが、振るわれた先には二匹がそれぞれいた。

 完全に動きを読まれていたが、既に勢い付けて飛び上がっている二匹は方向転換をすることは出来なかった。彼らはそのまま成す術も無く殴り飛ばされると、砕ける程の勢いで岩壁に叩き付けられて砂埃と粉塵が舞った。

 

「…ヤバイ」

 

 一撃で二匹が逆にやられてしまったことは勿論、自分が相手をしているのが何者なのかにアキラは気付いてしまった。しかし、もう引き下がれないし、引き下がる訳にはいかない。

 先陣を切った二匹は倒れてしまったが、注意を引き付けてくれただけでも十分だ。

 既に一番の目的を果たしてくれていた。

 

「え? あっ」

 

 蹲っていたレッドだったが、唐突に目に見えない力に引っ張られているのかの様に、勢い良くアキラの方に飛ぶ。ヤドキングとゲンガーの念が上手く機能していると見たアキラは、飛んで来たレッドの体をエレブーと一緒に受け止める。

 これでレッドの身の安全は確保できた。後は目の前にいる男を片付けるか、一目散にここから逃げるだけだが、すぐにどちらかを実行するのは無理だ。

 何故なら相手が相手だからだ。

 

 自分の記憶と知識が間違っていなければ、あの男の正体は――

 

 元トキワジムジムリーダーにしてロケット団首領、サカキ

 

 直接彼を見た事はアキラには無いが、目の前に立っている男は新聞や雑誌などに載っていた写真に写っていた姿と瓜二つだ。

 記憶では実力はレッドと互角以上どころか、勝因の殆どが幸運に恵まれていた結果と言う間違いなく最強トレーナーの一角。連れているポケモンがニドキングなのも、目の前の男の正体がサカキである可能性を更に高めていたが、何故ここにいるのかが謎だった。

 

「私の姿を見るやすぐに警戒か、悪くは無い」

 

 強者特有のクセなのか、以前のカンナと同じくサカキは構えているアキラとそのポケモン達の動きを窺う。アキラも対抗して、サカキとニドキングの動きにより一層注視する。

 

 短期間の内に激しい戦いを経験する数が増えてきた影響か、最近は容易に目を通じて相手の動きが読める感覚を得られる様に彼はなっていた。おかげでサカキとニドキングの動きはある程度読める。しかし、望んでいるそれ以上先の感覚には、中々至れていなかった。

 

 相手の動きをほぼ完全に見通すだけでなく、自らの思考以外視界に映るもの全てがゆっくりと感じられるあの感覚。全てを引き出す一番の条件が危機的状況であることはアキラもわかっているのだが、動きが何となく読める程度止まりなのに彼は焦る。

 もう一度あの感覚に至れれば、相手がサカキでも対抗できるはずなのだ。

 

「何を考えているのかは知らないが――隙だらけだぞ」

「え?」

 

 それを理解する前に、ポケモントレーナーなら聞き覚えのある小さな音が響く。

 目の前の敵と自らの更なる可能性を引き出すことに意識を傾け過ぎて、近くを転がっていた()()に気付いていなかったのだ。音の元に目線を向けた直後に彼が目にしたのは、姿がブレて見える何かだった。

 

 

 死

 

 

 久し振りにその単語が頭を過ぎったが、気付いたら頬を掠めるギリギリのところで巨大な針が止まっていた。

 

「反応は良いが、ミュウツーを退けたトレーナーにしては拍子抜けだな」

 

 つまらなさそうにサカキは吐き捨てる。

 余裕があれば、ロケット団関係者にそう認識されていることをアキラは否定するなりしていたが、今の彼にはそんな余裕は無かった。もしこの場でサカキが本気で殺すつもりだったら、自分は確実にスピアーの針で貫かれていた。そうでなければ、頬を掠める程度に寸止めされる訳が無いからだ。

 

 久し振りに「死」を目の前で感じたからなのか、アキラの体からは冷や汗が噴き出し、心臓もこれ以上無いまでに拍動が強まる。敵が自分達の懐に潜り込んでいることに気付いた他のアキラのポケモン達は直ちに動くが、その時点で既にスピアーの姿は消えてサカキの元に戻っていた。

 

「ふん。レッド程では無いが、惜しいな」

 

 棒立ち状態から立ち直ったアキラ達を見て、サカキは鼻を鳴らす。

 目の前の彼らは見下されていると感じていたが、実は彼なりに高い評価であることには全く気付いていなかった。サカキとしては、スピアーの針を眉間に突き立てる寸前で止めるつもりだったが、狙いは大きく外れて頬を掠めるか掠めないかのところで止まっていた。

 

 スピアーの攻撃が外れたのでは無い。

 アキラが迫る身の危険に気付き、それを回避しようと反応した結果なのをサカキはハッキリと目にしていた。

 

 己ならそんな隙は見せないが、万が一不意を突かれたら回避することは難しい。なのに彼の場合は掠めているとはいえ、限り無く回避に成功している状態であった。意識しているのか無意識なのかは定かではないが、とにかく驚異的なまでの反応速度の持ち主であることにサカキは少しだけ興味を抱いた。

 

 余計な雑念や思考の一切を省いてアキラ達は身構えるが、戦意を滾らせている彼らを目にしながらもサカキは背を向ける。それは露骨なまでに隙だらけはあったが、彼らは目の前から去って行こうとする男が放つ威圧感と風格に圧倒されて動こうにも動けなかった。

 

 今ならスピアーが死を実感させてくれたおかげで全ての条件を満たすことは出来たが、理性的に考えると本当に倒せるのかとアキラは自分の力を疑ってしまう。そのまま去って行くかと思ったが、足を止めるのに気付いたアキラはより一層警戒を強めたが、足を止めたサカキは顔だけ振り返った。

 

「……見覚えがあると思ったら、()()()()()()か」

 

 サカキが口にした言葉の意味が、アキラには理解できなかった。

 しかし、今はそれが何なのかを詳しく考えることも惜しかった彼は、目の前の男の動き全てに集中力を注ぐ。

 

「あの時は間抜けな面を晒していたものだが…変わるものだな」

 

 それを最後に、サカキはニドキングを伴って、地下空間に幾つかある横穴の一つから去って行き、それをアキラ達は見届けることしか出来なかった。

 やがて完全に姿だけでなくサカキの足音が聞こえなくなり、ほぼ危険が去ったと判断した途端、彼らは緊張の糸が切れたのか荒く呼吸しながら尻餅を付く。

 

 実力差や戦うなどを語る以前に、完全に気迫だけで圧倒されていた。

 二年前のミュウツーを始めとした数々の危機を乗り切る時に発揮される絶大な力とも言える感覚があっても、アキラはサカキを相手に正面から挑む気にもなれなかった。戦わずして負けたも同然だが、今回の自分の目的はレッドの捜索及び救助だ。四天王クラスと戦う事は想定しても、積極的に戦う必要は無いのだと自らに言い聞かせる。

 

「――”あの時の小僧”…か」

 

 更にサカキが残した言葉も、彼は気になっていた。アキラはサカキと面識は無いので、今回が初対面かと思ったが、あちらの方は思い出す形ではあったがそうではないらしい。

 もしどこかで会っているのなら、あれだけ存在感があるのだ。少しくらい覚えていても良い筈なのに、彼には全く身に覚えが無い。あまり考えたくはないが、この世界ではトキワの森で転がっていた以前の記憶が無い様に装っているけれど、本当に自分は何か忘れているのかもしれない。

 

「アキ…ラ?」

 

 サカキの発言に頭が一杯になっていたが、自らの名を呼ばれてアキラは思い出す。

 エレブーに抱えられる形でレッドは立ってはいたが、まだそこまで足に力は入っていなく、目の焦点も合っていなかった。

 

「レッド、大丈夫か?」

「やっぱり…その声はアキラなんだな」

 

 目は見えていないが耳の方は聞こえているらしく、聞き覚えのある友人の声に安心したのかレッドは表情を緩ませる。

 そのまま立たせるのは辛いだろうから、アキラは地面の上ではあるものの彼を横に寝かせる。全身に負っている傷の数々から、彼にはすぐに治療の必要があると判断すると、アキラは手持ちにさっき置いて来たリュックなどの装備の回収を頼む。

 

「何でお前がここに…」

「決まってるじゃん。助けに来たんだよ」

 

 持ってきてくれたリュックを枕代わりにして応急処置の準備を進めながら、アキラは何故自分がここにいるのかを答える。大切な友人がいなくなり、自分には探せるだけの力があるのだ。探しに来るのは当然だ。

 

「皆心配していたけど、無事に見つかって良かったよ。タケシさんがこっちに向かっているから、安心して」

「そんなに…大変な事になっているのか…」

 

 元気付けようと軽く話すが、何故だかレッドはあまり嬉しく無さそうだ。

 自分の所為で皆に迷惑を掛けていると責任を感じているのかと思ったが、静かに理由をレッドは語り始めた。

 

 挑戦状に同封されていた場所で、シバと純粋なポケモンバトルをしたこと――

 突然彼の仲間である他の四天王が乱入して、サカキの行方を尋ねられたのと仲間に誘われたのを断ったこと――

 彼らの野望を止めるべく全力を尽くそうとしたが、不思議な力で一瞬にしてピカチュウを除いてやられてしまったこと――

 それら全てを彼はアキラに伝えると、情けない声で続けた。

 

「悪いアキラ…あいつらを……四天王を止められなかった」

 

 四天王達が目指しているポケモンの理想郷建国への野望。

 聞こえは良いが放っておけば、カントー地方全体に大きな被害が出てしまうのが彼にはすぐにわかった。だからこそ、ここで絶対に止めなくてはならなかったが、力及ばず負けてしまった。

 

 この二年近く、殆ど負けたことが無かったので少々天狗になっていた。

 以前からアキラにその事を指摘されていたので、直していたつもりだったが、全然直ってなどいなかった。日々挑戦者とバトルする形で鍛えてきたが、チャンピオンと言う肩書に無意識の内に驕っていたことにレッドは自分が情けなく、そして許せなかった。

 珍しく弱音を吐いていくレッドをアキラは黙って聞いていたが、彼が話すのを止めるとすぐに口を開いた。

 

「――レッド、四天王を止められなかったのに責任を感じる必要は無いよ」

「だけど、俺がここであいつらを止めていれば、こんな事にはならなかったのに」

「確かにレッドが彼らを倒せば止められただろうけど、それは一時的だと思うよ」

 

 後悔の念に苛まれる彼に、アキラは毅然とした態度で答える。

 カンナの様子を見ると、一度破れたり失敗しただけで諦める様な感じでは無かった。今度会ったら確実に全力で挑まれるか何らかの対策を引っ提げているだろうから、もしレッドが勝てたとしても奴らは更に時間を掛けて力を付ける事のみならず、計画も推し進めていただろう。

 

「誰にも行き先を告げずにどこかに行っていたのは問題だけど、それ以外は謝ることも後悔する必要も無いよ」

 

 仮にレッドが行方不明にならなくても、遅かれ早かれ四天王達とは激突するはずだっただろう。

 今回はたまたま彼が行方不明になってしまったのが、今回の戦いの発端になっただけだ。

 

「不意を突かれたにしても純粋に力量負けしていたとしても、こうして生きているんだから挽回のチャンスはまだあるよ」

 

 失敗したからと言って、更に転落してそこで腐るか這い上がるかはその人次第だ。どちらの機会も与えられずに死ぬよりは、這い上がる機会があった方が遥かにマシだ。

 これだけ早くレッドを見つけることが出来たのは、ハッキリ言って幸運と言っても良い。時間はそこまで残っていないかもしれないが、治療をして体調を万全にするだけでなく、特訓をして更に強くなることも可能だ。

 

「一人で抱え込もうとするなレッド。一人で無理なら誰か…もっと周りを頼っても良いんだよ」

 

 諭す様にアキラは告げると、さっきからずっと暗い表情を浮かべていたレッドは、微かに笑みの様なものを浮かべた。

 

 確かに、彼の言う通りだ。

 一人では如何にもならないのならば、誰かの手を借りる。

 そもそもポケモントレーナーは、ポケモンの力を借りている存在だ。

 誰かの力を借りると言う考えや発想自体、最も基本的なことである。

 こんな当たり前のことも忘れていたのかと、レッドは自分自身に呆れてしまうが、それを思い出させてくれたアキラに彼は深く感謝する。

 

 四天王を相手にリベンジすることを目指すとしても、この戦いで戦っているのは何も自分だけでは無い。

 一緒にいる手持ち、そして彼を始めとした友人や仲間達全員もだ。

 

「ありがとう…アキラ…」

「なぁに、俺は何時もレッドに助けられているんだから、俺で良ければ何時でも力になるよ」

 

 初めて会った時から今に至るまで、アキラはレッドに度々助けて貰ったのだ。これで少しは今までの恩返しが出来れば何よりだ。

 消毒薬などの薬を負傷が目立つ箇所に大体処置し終えると、改めて彼はタケシに連絡をしようとした時、天井の穴から差し込む光が影に変わる。

 

「アキラ! いるか!?」

 

 見上げると、イシツブテ達とサイドンを連れたタケシがこちらを見下ろしていた。

 最高のタイミングにやって来た迎えに、アキラは笑顔で両手を振って応えるのだった。




アキラ、サカキと遭遇して一悶着だけでなくまた謎が増えるも、無事にレッドを発見する。
今回彼がレッドに掛けた言葉が、何時か言った当人にも返ってきそうな予感がしなくも無いです。

サカキがレッドを助けた過程について
修行の旅の途中に、ナツメのスプーンに偶然サカキは一度レッドを発見、そしてクチバの消えない石を手に入れてレッドを助けるのと同時に石を渡したと、この物語の流れでは解釈しています。
実際はすぐに助けた可能性の方が高いですけど。



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備える者達

 とある荒れた荒野で、イエローはグリーンに謝っていた。

 

 昨日までイエローは、この前タマムシシティで助けたキャタピーの捕獲に丸一日掛けただけでなく、連れていたコラッタが進化したことにショックを受けて泣き喚いた挙句寝てしまったのだ。

 

 グリーンの方も、まさかここまでポケモンの事を知らないとは予想していなかったので、開いた口が塞がらなかった。しかし、そこは冷静沈着な彼。すぐにイエローにポケモンの進化を止める方法を伝えつつ、頭に浮かべていた指導内容を大幅に修正する。本人はやる気があるのと気持ちを切り替えてはいるが、果たしてこの状態でどこまで伸びてくれるかは未知数ではあったが。

 

「やれやれグリーンさんに迷惑を掛けちゃったな」

 

 手持ちの世話と様子を確認しながら、イエローは昨夜自分がやらかしてしまったことを思い出していた。

 

 キャタピーを手持ちに加える為に激しいバトルならぬ激しく体を動かした影響で、今まで一緒にいたコラッタはラッタに「進化」した。この突然の現象と変化に付いて行けず、大きなショックを受けて大泣きしてしまったのだ。だけど、長年親しんできた姿とは変わっても一緒に過ごしてきたコラッタであることには変わりないので、もう気にしてはいなかった。

 新しく仲間になったキャタピーにピーすけと言うニックネームを付けながら、イエローはもう一つ思い出す。

 

「連絡する機会…逃しちゃったな」

 

 アキラから「毎日特定の時間に連絡をするから、その時間は連絡できる様にしておいて」と言われているが、グリーンは全くしていなかった。本人曰く「数日かそこらで見つかるなら苦労しない」とのことだが、今日の夜はお願いして一応やっておいた方が良いだろう。

 

「アキラさん、怖いからね」

 

 本人が聞いたら「何で!?」とショックを受けそうな台詞だが、初めて会ってほぼすぐに激怒した彼を見た所為で、イエローの中ではアキラは怖い人の認識が出来ていた。

 そして、連絡が無くて苛立っているのでは無いかと言う懸念が若干当たっていると言うことに当人は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

「全く…こうも全然繋がらない何て…二人とも覚えているのかな?」

 

 ハナダシティにあるカスミの屋敷内のパソコンが置いてあるデスク前で、アキラは椅子に寄り掛かって愚痴を呟いていた。

 

 一昨日はてんやわんやしながらも、カスミに任せてパソコン通信を借りてオーキド博士から教えて貰った先に宛てて連絡を試みたが、電源が入っていないのか繋がらなかった。その時は他で忙しかったので大して気にしなかったが、落ち着いてきた昨日に連絡しても同じ結果なのには流石に歯痒かった。

 盗聴される可能性があるからとはいえ、ここまで徹底されては敵わない。今日の夜も連絡するつもりではあるが、これもダメだと考えると頭が痛い。

 

「そんなに急がなくてもレッドが見つかっただけでも良いから、気長に待ちましょ」

「グリーンは何かと頼りになるので、早く気付いて欲しいですけど」

 

 この屋敷の主であるカスミは、レッドの治療に掛かる時間も考えているのかそこまで急いでる様子では無かったが、アキラとしては早く教えたかった。

 箝口令などもあって、レッドがカスミの屋敷にいることを知っているのはごく限られた人達だ。ジムリーダー達などの関係者は勿論、レッドの世話をするメイドも容体を見る医師も腕が立つだけでなく、カスミが信頼できる人物だけだ。

 

「さて、レッドの容体はどうですか? 幸い命に別状は無いと言う話は聞いていますが」

「体の傷は癒えてきているけど、何だか手足に痺れを感じるみたい」

 

 カスミが事前に色々手配していたおかげで、目に見えてレッドは回復しているが、それでも彼女の言う手足の痺れは中々改善されなかった。

 原因に関しては、レッドから両手足に変な氷の枷を付けられたと言うことは聞いているが、医師の話ではポケモンの技を受けたことによる副作用らしい。他の外傷は時間が経てば癒えてくれるが、これに関しては他の傷みたいに時が経つにつれて治るかはわからないらしい。

 

「俺よく手持ちから軽く攻撃されたりはしますけど、そんな副作用出たことありませんよ」

「まだ具体的には解明されていないけど、かなり特殊で強力な技を受けたからなのが考えられるらしいわ。ていうか…サラリとトンデモないこと話したわね。絶対に体に良くないから程々にしなさいよ」

「善処します」

 

 あの手持ちを率い続ける限り絶対無理だと思いながら、今度タマムシ大学の図書館へ行って調べることを頭の片隅に入れて、アキラはレッドがいる屋敷の一室に向かう。

 時が来るまで彼が無事なのは秘密ではあるが、彼が居るのはパスワードロック付きの部屋と言う訳では無いので、気軽にアキラは部屋の中に入る。

 

「レッド~、具合はどうだ?」

「アキラか。大分良くなってきたよ」

 

 体の至る箇所に包帯などを巻いた姿ではあるが、ベッドに横になっていたレッドは元気に返事を返す。

 元々傷の治りが早いこともあるのか、両手足の痺れが如何にもならない以外は特に不自由してはいない。痺れが収まるまで横になっているのが一番なのだが、トイレも考えるとそうはいかないので、移動手段は人の手を借りるか車椅子だ。

 

「前は車椅子と言えばお前だったけど、今じゃ立場が逆転したな」

「そういえば、そんなことあったな」

 

 最初はロケット団の爆発に巻き込まれての負傷、その次はまだ傷が癒えていないのにヤマブキシティでの決戦に巻き込まれた時だ。

 最近はそこまで怪我をする事は殆ど無くなったので、それらの過去の経験を懐かしく思いながら椅子に座ると、レッドは体を持ち上げようとする。

 

「レッド、無理は――」

「今ピカは……イエローって子と一緒にいるんだっけ?」

 

 レッドが尋ねたのは、手持ちであるピカチュウの所在についてだった。

 屋敷に運び込み、治療が落ち着いてある程度の余裕が出来た彼が真っ先に気にしたのは、ピカチュウの安否だった。

 

 四天王の攻撃で手持ちの殆どが倒れている中、唯一無事だった彼にオーキド博士達への連絡を託した事をレッドはかなり気にしていた。その為、少しでもレッドの不安を和らげようとアキラは、今ピカチュウがイエローと言う子と行動を共にしていることを伝えている。

 

「そうだよ。懐きにくいピカが一緒にいるんだから、それだけでも信用するには十分だよ」

 

 懐きにくいポケモンから、如何にして信頼を得るかはポケモントレーナーの腕の見せ所でもあり判断基準でもある。ポケモンバトルはからっきしでも、ポケモンと上手く心を通わせることが出来れば十分見所はあるし、伸びる余地もある。その中でもイエローのポケモンと心を通わせて信頼を得る能力は、レッドにも引けを取らない。

 

「今グリーンと一緒に居るはずだから呼び戻そうとしているけど、どうも連絡が付かなくてね」

「いや構わないよ。早く会いたいけど…出来れば元気な姿で会いたいからな」

 

 散々心配させたのだから、弱っている様に見えるベッドで横になっている姿は見せたくない。出来る事ならあちらから出向くのではなく、こちらから元気な姿を見せる意味でも迎えに行くべきだろう、とレッドは考えていた。

 

「そういえば……そのイエローって子は、あんまりバトルは上手く無いんだっけ?」

「まあ機転は良いけど」

 

 ポケモンの気持ちを適切に理解した上での作戦実行力はかなりのものだが、正面から挑む力押しの戦いは、本人の性格もあって初心者レベルだ。正直に言うと、今回の戦いに関して結果しか知らないとはいえ、どうすればイエローが短期間で四天王を打ち負かせるまでに強くなれるのかがアキラには全く想像できない。

 

 どういう過程を辿ったのかを知っていれば納得出来るかもしれないが、冒険の過程で得た経験が大きいのか、グリーンの指導の賜物なのか、或いはそのどちらのおかげなのか。見所は有るけど気になる部分もあることを伝えると、レッドは何故か納得した様な表情を浮かべる。

 

「――アキラ、この戦いが終わるまで……俺はピカをその子に任せようと思う」

「え? 何で?」

 

 極端なことを言えば、イエローの目的は今目の前にいるレッドを探すことだ。レッドが見つかったのなら、本人が納得するしない以前にイエローがそれ以上この戦いに首を突っ込む必要は無い。なのにかなりの戦力になるピカチュウを預けようと考える理由が、アキラにはわからなかった。

 

「ピカなら、アキラのハクリュー達みたいにイエローを引っ張ってくれると思うからな」

「……あぁ、そういうことね」

 

 レッドがどういう意図でピカチュウをイエローに任せると言ったのかをアキラは納得する。

 見つけると言う目的を果たしても、イエローが大人しく自分の役目が終わったという事で引き下がるとは限らない。寧ろグリーンに付いて行ったことを考えると、自分と同様にレッドの力になるべく、力が有る無し関係無く戦うのを選ぶだろう。

 彼は一緒に戦うことを見越して、戦い慣れているベテランのピカチュウを同行させて手助けさせるつもりなのだ。

 

 そんなところまでポケモンに頼ってどうするんだと思う者はいるかもしれないが、そもそもトレーナーはポケモンを使役するだけでなく頼りにすることで初めて成り立っているのだから、別にそういう形があっても何ら不思議では無い。レッドのピカチュウなら、イエロー自身の意思疎通の上手さも重なって足りない部分や経験不足を補ってくれるだろう。

 そうなると問題は――

 

「ピカが抜けた穴はどうする? 同等まではいかなくてもあの強さに匹敵する候補がいるの?」

「そこは大丈夫。加える奴は決まっている」

 

 懸念事項を尋ねると、レッドはすぐに答えた。

 レッドのピカチュウは、相性の悪いじめんタイプでも電気技で強引に倒せるだけの力を持ったポケモンだ。それだけの実力があるポケモンが一旦とはいえ抜けてしまうのに、もう穴を埋める候補が決まっていることにアキラは驚く。

 一体どんなポケモンなのか知りたいと思ったタイミングで、部屋の扉が開いてアキラのサンドパンと一緒に可愛らしいポケモンが入って来た。

 

「イーブイ…か」

「そうだ。こいつをピカの代わりに加えようかなって考えている」

 

 イーブイは不安定な遺伝子を持つが故に、多くの進化の可能性を秘めたポケモンだ。個体数は少ないので、希少性ならばハクリューとタメを張れるレベルだ。

 確かにレッドは、何かを切っ掛けにイーブイを手持ちに入れていた。それも何か特別な理由であった筈だが、彼自身のこの世界についての記憶だけでなく、出来事的な意味でも二年も前なのでアキラはすぐには思い出せなかったが、気になる事が一つあった。

 

「どうしたアキラ?」

「いや…進化させないのかな?って」

 

 確かにイーブイは普通のポケモンよりも強くなる可能性を秘めているが、それは進化した場合であって、イーブイ自身にはそこまでの力は無い。正直に話すとレッドは納得した様な声を発し、近くの棚の上に置いてある箱を手に取り、それを開けた。

 

「これって…サカキが残した進化の石」

 

 箱の中には特徴的な刻印が刻まれた石が三つ入っていたが、それらが進化の石であることにアキラは気付く。

 

 みずのいし、かみなりのいし、ほのおのいし

 

 いずれもイーブイを進化させることが出来る石なのは確かだが、問題があるとすればこれら三つの石は、サカキがレッドに渡してきた物だ。

 彼がレッドを助けただけでも謎なのに、まるでピカチュウがいない穴をイーブイで埋めるのを見越して貴重な進化の石まで残して行ったことにアキラは何か狙いがあるのではないかと感じていた。なので下手に使わない方が良いのでは無いか伝えようとしたが、レッドは石を一つだけ手に取って尋ねてきた。

 

「アキラは何が良いと思う?」

「え? 俺は……そうだな。ブースター…かな?」

 

 反射的にレッドが連れている手持ちポケモンのタイプの組み合わせを考えて、何気なく答えてしまったが、彼は迷わずほのおのいしを自分に寄り掛かっているイーブイにかざす。すると、瞬く間にイーブイは光と共に赤とオレンジ色の毛並みを持ったほのおポケモンと呼ばれるブースターへと進化を遂げた。

 

「え!? 良いのレッド? よく考えずに進化させちゃって、てか何で使ったのに石は消えないの?」

「まあ…良いと言うべきか…」

 

 驚くアキラに、レッドは歯切れが悪そうに答えになっていないことを口にする。

 どういう意味なのかわからなかったが、真剣な目付きでレッドはブースターと向き合う。彼の意図を察したブースターは頷くと、先程とは一転して縮む様にイーブイの姿に戻っていくのを目の当たりにして、アキラは目を瞠った。

 世にも珍しいポケモンの退化だ。

 アキラもかつてヤドランで経験したが、あれはヤドラン特有の条件があったからだ。

 だがこのブースターは、何の条件も満たさずに自力でイーブイに退化したのだ。

 

「これってどういう…」

「――これは元々ブイにあった能力じゃないんだ」

 

 イーブイに付けたニックネームを口にして、レッドはブースターから退化したイーブイの頭を優しく撫でながら理由を語り始めた。

 

 「こいつはロケット団に実験されていたんだ。この退化の能力もその時に身に付けられたものだ」

 

 それを聞いた直後、アキラの脳裏におぼろげだった記憶がハッキリと浮かび上がった。敵対する相手に合わせてブースター、サンダース、シャワーズの三匹に自在に進化と退化が出来るイーブイの存在。そしてそれをレッドが助けて手持ちに加えていたこともだ。

 

 驚きのあまりアキラの体は固まるが、イーブイがロケット団に実験されたポケモンと言う発言に反応したのか、腰に付けているハクリューが入っているボールが揺れるのを感じた。

 

「本当ならブイに凄く負担が掛かるから使いたくないけど、ブイは俺の為にこの力を使うって引き下がらないんだ」

 

 レッドも何故サカキが自分を助けて、この使っても消えない不思議な三つの進化の石を託したのかは知らない。アキラ同様に作為的なものを感じていたので、ピカが抜けた穴をイーブイで埋めるべきか迷ったが、石の存在に気付いたイーブイは積極的に力になることを主張し始めた。

 

 改造された影響で進化の石無しでも進化することは出来るが、当然自力で退化することも含めてイーブイに掛かる負担は大きい。幾ら力になるとはいえ、下手をすれば命を削るとも言える行為をさせたくなかったが、イーブイは自ら進化と退化を繰り返してレッドに自分の力を使う様にアピールするので彼は根負けしたのだと言う。

 

 自分から進んで使うのを主張しているのだと知ったからなのか、ボールを小刻みに揺らしていたハクリューは大人しくなった。レッドだからあり得ないが、もし知った上で使うのを強要していたらハクリューはこの場から飛び出して、問答無用で彼を叩きのめしていただろう。

 

 本当に彼は、ポケモンの事を大切に考えている。

 もしアキラがレッドと同じ立場だったら、悩んだとしても結局はその力を貸して欲しいと頼ってしまう。本当にこういうトレーナーとしての姿勢や考え方には、追い付けないのではと思いつつも憧れてしまう。

 

「だからアキラ、上手くブイの力を扱える様に手を貸してくれないかな?」

「――勿論だよ」

 

 真剣に頼むレッドに、アキラは当然と言わんばかりに堂々と答える。

 元から彼は、レッドを手助けするつもりでここにいるし、この戦いにも加わるつもりだ。負けてしまったとはいえ、彼の力は四天王達と戦っていく上で欠かすことは出来ない。すぐにも彼自身の実力の底上げや改善をしていくべきだろう。その為に必要なものをアキラは用意していた。

 

「すぐに起き上がってバトルをするのは難しいだろうから、ベッドで横になりながらでも出来る検討会でもするか」

「検討会って…何を?」

 

 置いてあった椅子に座ったアキラは、リュックからノートや本を何冊か取り出して、それらを近くの棚に置く。

 本は彼が良く読んでいるポケモン関連の本だったが、ノートの方は書き始めてから二年の間に彼が纏めたポケモンバトルに関する記録や育成法を纏めたものだった。

 

「アキラ、それは俺が見ちゃダメなものじゃ…」

「カントー地方の危機なんだぞ。お前は俺が知る限りでは最強のトレーナーなんだ。ここで手を貸さないでどうする」

 

 レッドが勝ち続けているのなら見せる必要は無いが、その彼が負けた上に世界の危機なのだ。

 少しでも彼の弱点の穴埋めをして、実力を底上げしなくてはこの先戦っていくのは危うい。

 その為なら、自らの素状に直接関わる可能性があるもの以外の自分が二年掛けて集めた情報や考えている手の内を全て見せるのは惜しくもなんともない。

 

「以前なら自分の力に自信はあったけど、いざ教えて貰うのを考えると何かだか隙だらけの様な気がするな」

「まさか、隙だらけだったらとうの昔に俺はレッドに勝っているよ」

 

 レッドは少し緊張した様な笑みを浮かべていたが、そんなテストを返却される学生の様にソワソワする彼をアキラは否定する。

 どれだけ観察して見つけたのやらと思いつつも、自分がノートに記している内容が本当にレッドの改善や実力の底上げに繋がってくれるかの方がアキラは心配だった。

 

 

 

 

 

「今日はキャタピーの世話だけか」

 

 キャタピーと接しているイエローの様子を見て、仕方なさそうにグリーンは呟く。

 まだそこまで理解している訳では無いが、イエローはポケモンに好かれやすいものの、それ以外のトレーナーとしての能力は素人同然だ。

 彼にとってはあまり思い出したくない人物ではあるが、これではポケモンとの接し方を除けば、少しは知識や戦い方を心得ていた昔のアキラの方がまだ良く思える。

 

「ピーすけの大好きなべにつぼみがこの辺りにはあまり無かったもので」

「――何故そのキャタピーの好物がべにつぼみだとわかった」

 

 まるでわかったかの様な口振りにグリーンは尋ねると、イエローは訳無さそうに答える。

 

「この子が教えてくれたんです」

「だから、どうやって教えて貰ったんだ」

 

 要点を飛ばし過ぎて、グリーンは少し苛立つ。ポケモンが人の言葉を話す訳は無いし、逆に人がポケモンの言葉を理解する事など到底考えられない。

 この荒地では花が咲いている植物は殆ど無いのに、どうして正確にキャタピーが食べたがっているものがわかったのかが理解できなかった。

 イエローは少し考える素振りを見せると、キャタピーに手をかざした。

 何をやっているのかと思いきや、突然イエローの手から淡い光を放たれた。

 

「!」

 

 その光景にグリーンは驚く。

 祖父であるオーキド博士からイエローについて多少のことは聞いていたが、実際に目の当たりにすると驚きだ。博士は人間が有するには珍しい癒しの力と見ているが、イエローのさっきの口振りではポケモンの気持ちも読み取れるのかもしれない。

 

「えっと、こんな感じですが…」

 

 イエローは自信無さげに話すが、グリーンはそんなことは気にならなかった。

 バトルや如何にポケモンを巧みに率いられるかの知識と技量などは色んなトレーナーには備わっているが、こんな能力を持つ者はまずいない。

 さっき昔のアキラの方がまだマシと考えたが撤回だ。

 今後の経験量次第では、イエローは誰よりも強くなる可能性がある。

 

「……イエロー」

「はい」

「これから厳しくやるからな。覚悟しておけ」

「! はい!!」

 

 それだけで全てを理解したのか、イエローは元気に返事を返す。

 今のところ、まだグリーンはそこまで指導はしていないし、指導計画も考えているとはいえ漠然としたものだ。だが、これはしっかりと教えるべきだとグリーンは考えを改めていた。

 

「早速お願い――」

「今日はもう遅いから、明日からだ」

 

 指導をお願いしようとした矢先に、始めるのは明日からだとイエローは伝えられる。確かに陽は沈み掛かっているので彼の言う事は正しいが、どうやってイエローを教え導くのかを考える時間も彼は欲しかった。

 

 出鼻を挫かれたイエローではあったが、これで明日から本格的にレッドの助けになる力を身に付けられると思うと全然気にならなかった。夕飯の準備に掛かるグリーンに付いて行くが、沈んでいく陽を眺めていたイエローはある事を思い出す。

 

「そういえばグリーンさん、今は何時ですか?」

「今は夜の七時前だ」

「てことは……そろそろアキラさんからの連絡の時間ですよ」

「すぐに見つかる訳無いだろ」

「いえ、そういう訳にはいきません。かなり念を押されましたから」

 

 レッド捜索の現状、怒ったアキラは怖いなど理由は色々あるが、イエローは少しでも状況がどうなっているか知りたかった。

 盗聴の恐れがあるのでグリーンとしてはやりたくないが、あの時集まっていた者達の様子を思い出すと、後で会った時にアキラがかなり煩そうなのに頭を悩ませる。更に本人がそこまでしつこく追及しなくても、手持ちの殆どはあまり束縛や制限が無い野生同然の状態だ。非協力的なのに腹を立てて、さり気なくカツラの頭を殴り付けた様なことをやらかしてきそうだ。

 

「仕方ないな」

 

 やるとしても、要件を聞いたらすぐに切るのが良いだろう。

 通信用のノートパソコンの電源を付けたグリーンは、連絡が来るのをしばらく待つ。すると律儀に七時きっかりに、こちらの番号宛ての通信が届く。

 変なところは真面目だなと思いながら、グリーンはその通信と繋ぐ。

 

『やっと繋がったよ。もう――』

「要件だけを言え」

 

 文句を口にするアキラを遮り、グリーンは用件を伝えるのを急かすと、すぐさま彼は紙に描かれた物を見せる。そこには「OK」としか書かれていなかったが、彼が今にも喜びそうな笑顔だけでも結果は分かった。

 

「それって、つまり!」

 

 しかし、イエローが叫ぶ前にグリーンはパソコンの電源を切る。

 さっきまではすぐに見つかる訳が無いと思っていたが、結果は予想に反していた。本当にアキラはレッド程度々まではいかなくても、連れているポケモンも含めてこちらの予想や見立てを変な風に覆していく。その点も、グリーンがアキラを少し苦手としている要因でもあったが、今はそんなことはどうでも良い。

 

「イエロー、予定変更だ」

 

 夕食の準備を取り止めたグリーンの言葉にイエローは直感する。

 

「もしかして――」

「レッドとアキラと合流する」

 

 見つかったからには、独自行動を取っているよりは様子を窺うついでに、彼らと合流して今後の方針や情報を共有した方が良いだろう。

 グリーンは淡々と準備を始めるが、イエローはレッドが見つかったと言う話を聞いてから興奮が収まらなかった。

 

「ピカ! やったよ!! レッドさんが見つかったって!」

 

 レッドが見つかったと言う吉報を耳にしたピカチュウは、イエローに飛び付くと共に喜びを分かち合う。今日まで四天王とその手先の魔の手から逃れ続けてきたが、ようやく旅の目的である彼が見つかったのだ。早くピカチュウを彼に会わせてあげたい、そう思っていたが同時にある事にもイエローは気付いてしまった。

 

 今は自分が預かっている意味でピカチュウのトレーナーではあるが、本当の”おや”はレッドだ。彼を見つけると言う目的を果たしたという事は、ピカチュウが元のあるべきところに戻ることを意味している。

 嬉しさの方が勝ってはいるが、その事実を理解した時、イエローは少しだけ寂しさを覚えた。

 

 

 

 

 

「やった。レッド発見、アキラには感謝ね」

 

 この時イエローは気付いていなかったが、先程の通信や会話はグリーンが懸念していた通り盗聴されていた。だが、それは彼が予想していた経路でも無く相手も全く別であった。

 内容を聞き届けた存在は、当初の予定を大幅に変更して次の準備へと取り掛かるのだった。




アキラ、レッドと今後の戦いに備え始めると同時にグリーン達と連絡を取るのに成功する。

アキラが手持ちを率いる際に彼らに許している放任っぽい自由行動は、知らない人やポケモンを連れる責任感が強い人などが見るとかなりだらしないと見られても仕方ない扱いなので、人によっては苦手意識を抱かれるのは勿論、嫌われる人にはとことん嫌われます。

グリーンはアキラが何も考えていないと言う訳では無いのを一応理解はしているけど、彼のそういう点とそんな手持ちに追い詰められた過去(十九話)があるので若干苦手意識を抱いています。

イエローは会って早々に滅多に無い激怒時の彼を見てしまって以来、「頼りになるけど怒ると怖い人」のイメージが本人が知らない内に出来ちゃっています。

あれ? こうして書いてみるとアキラのまともな交友関係はレッドと一部のジムリーダーと関係者だけなんじゃ・・・


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再会の時

 打倒四天王を掲げたアキラとレッドは、カスミの屋敷にある彼が寝ている部屋の一室で、四天王対策会議と称した勉強会の様なものをやっていた。

 

 内容は文字通り各四天王達の対策、彼が連れているイーブイだけが持つ能力を効率良く活用する方法の提案、そしてバトル中に良く見られる彼のクセの修正だ。クセの修正やイーブイがバトル中に行う進化・退化作戦は、考えることは出来ても実際にバトルしたり、体を動かしてみないとどうなるのかはわからない。その為、手足の痺れが残っているレッドはまだベッドから満足に動けなかったが、それでも頭を働かせることは何も問題は無かった。

 

「それじゃ改めて確認するよ。四天王のメンバーと手持ちの傾向は?」

「一人はシバ、かくとうタイプのポケモンがメイン、カンナはこおりタイプとみずタイプ中心、キクコはゴースト使いだけど手持ちの殆どはどくタイプで……」

「――最後の一人は?」

「えっとドラゴン使いだけど、ひこうタイプが多い奴の名前は……忘れた」

 

 誤魔化す様にレッドは笑うが、アキラは気にすることなく答えを伝える。

 

「最後はワタルだ」

「そうそうそいつ」

 

 最後の一人の名前を思い出したレッドは納得する。

 四天王対策は、各々が得意とするタイプや所持しているポケモンの種類に長所と短所を覚えることが出来れば、少しは助けになるだろう。

 とはいえ具体的に仕掛けてくる戦い方は良くわからないので、残念なことにアキラがレッドに教えているのは、ゲーム基準でのタイプ相性や能力の短所を突いて攻める形だ。そこで少しでも勝率を上げる為に彼は、実際に遭遇した時の経験とまだ覚えているゲームで得た知識を混ぜ込みながら活用していた。

 

「にしてもアキラは良く知っているな。キクコとワタルには会った事ないんだろ?」

「調べたら色々と出てきてね」

 

 レッドにはそう伝えるが、実際はキクコの事は念入りに調べれば確かに少しは出てくるが、ワタルに関する情報はさっぱりだ。本当のことを言うと、こうして四天王達の情報を元にした対策が出来ているのは、アキラがこの世界で言う神様の様な視点からこの世界とゲームでのポケモンを見てきたからこそ成せる面もある。

 

 原作での四天王達との戦いは、読んでいないこともあって結果はわかっていても出来事や流れは殆ど知らない。だけど、それでも多少はゲームと傾向が同じなのを考えれば、付け焼き刃だとしても足掻く程度の対策は出来るはずだ。

 

「わかっていたつもりだけど…シバと同じくらいのトレーナーが他にも三人か…」

 

 勉強会をする前から薄々認識してはいたが、自分と互角に渡り合ったシバと同等以上の敵が後三人いることをレッドは改めて認識する。

 話を聞けば、レッドもシバの事を好意的に見ており、アキラが恐れていた良からぬ考えに染まっている訳では無さそうだった。寧ろ正々堂々とした勝負に水を差す形で割り込まれた上に同じ四天王の誰かに操られていたらしく、二人の間ではシバは騙されているだけでキクコが黒幕の可能性があると言うのが満場一致の意見になっていた。

 

「個人的にはシバさんとワタルが戦いやすいかな。どちらも連れている手持ちの種類を考えると、小細工抜きで正面からの力押しがメインだろうし」

 

 シバは文字通り、鍛え抜いた肉体を持つ格闘ポケモンによる接近戦であるのを経験しているが、会ったことがないワタルはドラゴンポケモンが持つ高い能力でのゴリ押しが想定される。

 戦いやすいとは言っても、相手はこの地方屈指の実力者なので口で言う程攻略するのは容易ではないが、アキラとしては氷漬けにしてくるカンナと何を仕掛けて来るのかまるでわからないキクコの方が恐ろしい。

 

「シバさんはエスパーにひこう、ゴーストの三タイプ、カンナは氷使いだけどルージュラ以外はみずタイプの複合だから、ほのおタイプとでんきタイプがいた方が助かるかな」

「キクコも同じ理由でエスパータイプ、そしてワタルはこおりタイプにいわタイプか」

 

 今挙げたタイプを持つポケモンと技があれば、少しは実力差を埋めることは出来るのだが、技はともかくタイプの方は手持ちのバランスを良くする為に連れているとしても一匹だけなのがネックだった。

 しかし、これらの対策が机上の空論であったとしても無策よりはマシであり、有利な可能性があるポケモンをどう活かすかの重要性は確認出来た。すぐに実行することは難しいので、そこまで頭を働かせる必要が無い話題にアキラは変える。

 

「話を変えて、それぞれのエース格の攻略でも話すか」

 

 次にアキラはノートにカイリキー、ラプラス、ゲンガー、カイリューの四匹の名を書き出す。

 この中でゲンガーは彼自身が連れているので、それなりに詳しい。

 ラプラスも元々手持ちに加える候補であった為、そこそこ調べている。

 カイリキーはシバとのリベンジを想定してある程度調べてそれなりに対策を考えていたので、その対策を流用することが出来るはずだ。

 そしてカイリューは今連れているハクリューの進化先なので、ゲンガーの次に良く知っている。

 

「何でこいつらが四天王のエース格?」

「能力値がずば抜けているからだよ。特にカイリューは単純に能力値だけを見れば、伝説のポケモンに匹敵する」

 

 ポケモンの能力値は、彼らが有するポケモン図鑑や特定の機材での診断を除けば、厳密にはまだ目に見える形では数値化されていない。

 ノートの活用法を知ってから早い段階でアキラは、元の世界で読み込んでいた攻略本で見たポケモンの能力値を六角形のレーダーチャートで表していた内容を覚えている限り纏めている。ゲームでの数値がこの世界でもそのまま適用されるとは思っていないが、彼自身が連れているドラゴンもミュウの力添えがあったと仮定しても、二年前の対ミュウツー戦で互角以上に渡り合えたのだ。ワタルのカイリューもほぼ同等であると考えれば、弱点を突かないと正面から倒すことは難しい。

 

「伝説のポケモンに匹敵ってヤバイな」

「対抗する為にリュットの進化を急がせたいけど、最近ちょっと伸び悩んでいるし」

 

 健康面の不安もあるが、今以上に強くなるには大丈夫と信じるしかない。

 ヤドンが進化した今、現段階で進化の可能性が残っているのはハクリューだけだ。

 仮にアキラとレッドがタッグを組んでワタルと対決しても、今の自分達ではドラゴン軍団が誇る能力値の暴力で苦戦を強いられる可能性が非常に高い。なのでハクリューがカイリューに進化してくれたら、その力による恩恵は計り知れない。

 進化して体調を崩した場合のケアは考えているが、勿論ハクリュー以外の手持ちの強化も余念は無い。

 

 サンドパンは、パワー不足を補わせる為にも相手の体構造的に弱い箇所を突く技術を磨かせながら、粘り強く戦っていく方針だ。

 ゲンガーは、他に技を覚えさせる時間は無いので、今ある技の習熟度を磨いていく。

 ブーバーは、”ふといホネ”を更に使いこなせる様にすることは勿論、特殊技などの他の技の扱いが疎かにならない様に鍛えていく。

 エレブーは、まだ力に任せて動きが大雑把なので細かい動きが出来る様にする。

 ヤドキングは、進化したばかりである為、今の体に慣れる練習をさせる。

 

 軽く考えただけでもこれだけあるのだ。

 時間は幾らあっても足りない。

 

「――ありがとうなアキラ」

「? どうした急に?」

「いや、俺なんかの為にここまでやってくれるのが嬉しくてさ」

 

 振り返ってみれば、レッドは何かとアキラとは度々一緒にポケモンバトルの特訓をしたり、ポケモンに関しての勉強をするなどしてきた。同郷であるグリーンもライバルであることに変わりないが、武者修行の旅に出ている彼とは違い、身近で互いに切磋琢磨してきたのは彼だ。

 

 今のところ彼とのポケモンバトルでは勝ち続けてはいるが、隙を見せればあっという間に追い詰めて来るので全く油断出来ない。もし身近なライバルである彼がいなかったら、恐らく自分は今より弱く、自らの実力にかまけて我流で過ごし続けて、そして今回の敗北から立ち直れなかったかもしれない。

 そう考えると、アキラの存在が如何に大きいのかが良くわかる。

 

「レッド、俺はそんな大きい存在じゃないよ。そう自分を卑下するな」

「ありがたいけど、その言葉ソックリそのままアキラに返すよ」

「何で?」

「お前だって自分を卑下し過ぎだよ。もし俺がお前の真似をしろって言われても出来ないことだらけだよ」

 

 自分とのバトルで負けっ放しなのをアキラが気にしていることは知っているが、実力は殆ど大差無いとレッドは見ていた。更にちょっとした事や小さな事を積み重ねて、それらを纏めたり元にして工夫することも彼は秀でている。

 他にも律儀に反省・参考の意図でポケモンバトルに関する記録を幾つか書き残したり、人に聞く以外でも本などからも好奇心を満たす為と言っているが、貪欲に新しい知識を取り入れている。

 

 それら全ての小さな積み重ねが、こうして役立っているのだから何かと飽きっぽい自分には到底真似出来ない。なのに彼は、自分も含めて他の皆から高く評価されても、それらの評価は自分には分不相応と受け止めがちだ。

 

「いや…でも実際レッド達と比べると……」

「大丈夫だって、自信を持て」

「自信を持てって言われもな」

 

 その時、彼らがいる部屋のドアがノックされる。

 この部屋には誰がいるのか知っているのは勿論、入ることが許されているのは限られた人達だけだ。カスミか選ばれたメイドさん、それかレッドの担当医のどちらかだと思われるが、念の為アキラは尋ねる。

 

「どなたでしょうか?」

「私よ」

 

 ドア越しに返って来た返事はカスミからだった。

 どんな用があるのかとレッドと一緒に考えるが、ドアが開くとそこにいたのは彼女だけでは無かった。

 

「ありゃりゃ」

「――グリーン?」

 

 アキラは意外そうな顔だったが、レッドは信じられなさそうに彼の名を口にする。

 カスミの傍に立っていたグリーンだったが、ベッドから体を起こしているレッドの姿を見るやマントを羽織ったままズカズカと部屋の中に入ってきた。

 

「どうやら命を拾ったようだな」

「へへ、何とかな」

 

 皮肉っぽく言っているが、グリーンも無事なのを目に出来て安心しているのにレッドは気付いていた。丁度彼の事も考えていたので、こうしてまた会えたのがレッドは嬉しかった。

 

「今アキラと一緒に四天王対策会議をやっていたんだ」

「ほう。四天王対策会議か」

 

 グリーンが珍しく興味を示したことに、主導していたアキラは若干緊張を抱く。

 レッドは自分の言う事を疑うこと無く素直に受け入れてくれたが、グリーンだと情報の正誤よりも、どこからそれらを仕入れたのかをしつこく追及されそうだからだ。ちゃんとこの世界で得た情報もあるが、どう考えても今の自分が知っているのはおかしい情報もあることを指摘されたらどう誤魔化せばいいのか。

 

「是非とも加わりたいが、その前にお前に話させたい奴がいる」

 

 アキラの不安を余所に、グリーンはレッドに会わせたい人物がいるのを告げる。

 レッドはそれが誰なのかわからなかったが、それを機にピカチュウを連れた麦藁帽子を被った()()らしき子が、緊張した面持ちで部屋の中に入って来た。

 

「君は?」

「ぼ…僕の名前は…イエローです」

 

 やって来たイエローは、ガチガチに緊張しながらも精一杯自分の名をレッドに名乗る。その姿はまるで、憧れの人を前にガチガチに緊張しているファンの様であったが、ある程度イエローの素性を把握しているアキラから見ると実際その通りではあるが。

 

「――君が今日までピカを守ってくれた子か」

 

 ようやく理解が追い付いたのか、感慨深そうにレッドはイエローを見つめながら納得する。

 目の前の()が、動けなかった自分に代わってピカチュウを守ってくれた子だという事にだ。

 イエローと一緒に入って来ていたピカチュウだが、騙された経験があるからなのか、すぐにレッドに飛び付くことはしなかった。本当にベッドに横になっているのが本物のレッドなのか入念に調べ始めるが、彼は警戒されているにも関わらずピカチュウを優しく抱え上げた。

 

「ごめんなピカ。俺が不甲斐無かったばかりに辛い思いをさせて」

 

 下手をすれば電撃を浴びせられる可能性があったにも関わらず、一切の躊躇いも無く自らを抱えたのと彼からの心の籠った言葉を掛けられて、ピカチュウは確信した。

 匂いだけでなく、この暖かい感触と穏やかな雰囲気を持つ彼こそ正真正銘、自分が慕っているレッドなのだ。

 レッドは完全に気を許したピカチュウを優しく労うと、改めてイエローに顔を向ける。

 

「イエロー、俺が倒れている間…ピカを色んな脅威から守ってくれて本当にありがとう」

「あっ、いえ! そんな…僕は…自分に出来ることを……しただけで…す」

 

 レッドからこれ以上無い感謝の言葉を伝えられて、イエローは顔を赤めて慌てふためく。

 憧れの人が無事だっただけでも凄く嬉しいが、一番嬉しいのはピカチュウが本当の”おや”である彼と再会出来たことだ。これ以上無いくらい幸せそうなピカチュウの姿を見て、イエローはこの旅の目的を果たせたことを悟る。

 ピカチュウと別れるのが悲しく無い訳は無い。

 だけど、これが本来あるべき姿なのだと、自分に言い聞かせる。

 

「イエロー……君はこの後どうするか考えている?」

「僕は…その…」

 

 レッドに尋ねられた内容にイエローは戸惑う。

 再会したピカチュウの姿を見て、今一番迷っていたことだからだ。

 

「レッドの助けになるんじゃなかったのか?」

「それは…そうですけど…」

 

 グリーンに問われて、イエローは更に戸惑う。確かにグリーンに付いて行ったのは、少しでもレッドの力になりたいからだ。しかし、ここから先の戦いは間違いなく、想像を遥かに超えたより激しいものになるだろう。そして手助けをしようにも、自分はレッドやグリーン、アキラには到底及ばないトレーナーだ。

 

 自分をこの旅に送り出した人物は、自分には彼を助けられる力があると言っていたが、このまま彼らと一緒に四天王と戦おうにも足手まといにしかならない。大人しく故郷であるトキワシティに帰るべきだと言う考えが、イエローの中で強くなっていく。

 

「――”自分が一緒に戦っても大丈夫か?”ってのを気にしているのか?」

「!?」

 

 内心で抱いていた考えをアキラに見抜かれて、イエローは目に見えて動揺する。

 何故わかったのかと思われるが、彼にとって今のイエローの様子は見覚えがあるどころか、彼自身も未だに良く経験するものだったからだ。自分の様な奴が一緒にいて良いのか、そういう気持ちを抱いているが故に己を卑下したり自信を無くしている。

 周りが認めても、自分だけは認められない。

 

「…イエロー」

 

 レッドはまだ四肢に痺れが残っていて不自由しているにも関わらず体を動かして、イエローと正面から向き合った。

 

「俺は君が強い強くないは気にしてなんかいない。こうしてピカを守り切ってくれた。それだけでも十分だ」

 

 今日までピカチュウを狙う四天王とその手先の魔の手から、逃れてここまで来たのだ。その時点でイエローは並みのトレーナーでは無いし、運が良かったとしても強い意思が無ければ成し遂げられない。力が無いからと卑下することは無い。

 幾多の危機を乗り切って、ここに辿り着いただけでもイエローは既に、自分達と一緒に戦う権利を得ている。レッドから伝えられる言葉にイエローは徐々に目元を潤ませるが、彼は今度はピカチュウと向き合った。

 

「ピカ、この戦いが終わるまでイエローの手助けをしてくれないか?」

 

 折角再会したと言うのに、レッドはピカチュウにしばらくイエローと一緒にいることを頼む。受け取り方次第では戦力外通告と思われてしまうが、彼の真意を理解していたピカチュウは頷いて了承する。

 ピカチュウの方も再会出来て嬉しいが、まだまだ右往左往気味であるイエローの姿を見て、もう少し一緒に行動を共にして力になってあげたいとも考えていた。レッドの手から離れると、ピカチュウはイエローの目の前に立つ。

 

「ピカ、もう少しの間だけ……僕は君の”おや”で良いかな?」

 

 可能な限り体を屈めて震える様な声で尋ねるイエローに、ピカチュウは先程と同様に頷いてイエローの胸に飛び込む。反射的にイエローは受け止めるが、もう一度自分を信じてくれたのを喜んでいるのか、そのままピカチュウに顔を埋める様に優しく抱き締める。

 

 もしピカチュウがレッドの手持ちであることを知らない人がこの光景を見たら、イエローがピカチュウのトレーナーに見えるだろう。そう思えるまでに、彼らは絆を結んでいるのだ、と見ててアキラは感じた。

 聞こえるか聞こえないくらいに小さな嗚咽する声が漏れるが、皆それは気の所為だろうという事で気にしないことにした。

 

「――それじゃ、三人も加えての作戦会議といきますか」

 

 見計らってアキラはそう宣言すると、カスミやグリーン、イエローの三人を交えて彼らは作戦会議を再開した。

 

 結局イエローの目元は赤く腫れ上がっていたので、嬉しさのあまり涙が溢れたのを皆に晒したが、誰もその事について触れなかった。

 アキラが懸念していた情報の仕入れ先や経緯についてだが、運が良かったのか殆ど指摘されることは無かった。寧ろカスミやグリーンの的確な指摘などもあって、非常に有益であった。

 一通り終わると、彼らもしばらくこのカスミの屋敷で特訓の為に滞在することがこの後決まり、アキラは忙しくなることを直感するのだった。

 

 

 

 

 

 地図には存在しない島であるスオウ島。

 少なからず自然が残っているにも関わらず、人の気配どころかポケモン達が棲んでいる形跡も殆ど無いこの島の洞窟内で、キクコは手に入れたとある装置を入念に触れていた。原形を留めていたとはいえ、瓦礫の山から取り出した時は大丈夫なのか気になったが、どうやら心配する必要は無さそうだ。

 

「どうだキクコ、何とかなりそうか」

 

 装置の調節に勤しむ老婆の後ろに現れた青年は、自分よりも遥かに年上であるにも関わらず尊大な態度で尋ねる。しかし、キクコは少しも機嫌を悪くせず、逆に笑みを浮かべながら答える。

 

「なに心配することは無い。ちゃんと問題無くやれるさ」

「そうか」

 

 キクコの話を聞いて満足したのか青年は背を向ける。

 

「お出かけかい?」

「あぁ、クチバで何やら動きがあるらしいからな」

 

 それだけを告げると、青年は洞窟から去って行く。

 彼の後ろ姿を見ながら、キクコはたった今彼が告げた言葉と自分が今まで得た情報を頭の中で働かせる。

 

「クチバね。確か何かレッドがいるとかって噂は流れてた気が…」

 

 クチバシティと言えば、レッドの友人にしてカンナや自分が差し向けた氷軍団に霊軍団の先兵を退けたアキラが住んでいる町だ。

 あの時凍らせたレッドが氷の中から脱出したとは考えにくいが、もし彼が誰かを頼って身を潜めるとしたら、その可能性がある場所の一つに挙がってもおかしくはない。

 

「何も無いとは思いたいけど、どうしたものかね」

 

 噂も一体誰が流しているのかはハッキリしていないが、こうも狙った様なタイミングで話題になると作為的なものを感じる。

 順調に進んでいるとはいえ、未だにレッド以外に自分達の計画の障害となる腕利きのトレーナーは何人もいるのだ。イエローを追い掛けていたカンナも、グリーンやジムリーダーと合流したことを耳にしてからは、一旦手を引いている。

 

 彼らが自分達を倒すことよりもレッド探しに躍起になっていると言うのは聞いているが、もしレッドを見つけたら一転して反撃準備に移るのは容易に想像がつく。

 長年の経験故か、キクコは胸騒ぎに近いのを感じるのだった。




アキラとレッド、無事にグリーンやイエローと合流して本格的に戦いに備え始める。

レッドとグリーンの二人が揃うと、まだ未熟だとしても安心感が違う気がします。
アキラも強いには強いけど、二人と比べるとまだ何か物足りない様な感じです。


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厄介な勢力

今も読み込んでいますが、ポケスペディアが思っていた以上に詳細で大満足です。
各キャラの詳細なプロフィール、各地方の紹介、先生へ密着や秘話とか色々たくさん。
これぞ長年ファンが求めていた物です。


 「わぁ~、待ってよ~~!」

 

 カスミの屋敷内に作られたバトルフィールドで、イエローは勝手に動き回るオムナイトとゴローンの動きに振り回されていた。

 

 アキラ達四人がこの屋敷に集結して既に一週間程経過していたが、各々四天王打倒を掲げてトレーニングに励んでいた。

 体の痺れはまだ改善されていないものの、それでも動けるまでには回復できたレッドは、イーブイの進化に関しての実戦的な特訓をアキラの協力を得て行っている。

 

 イエローの方もグリーンの指導を受けながら少しずつ力を付けて来てはいたが、見ての通りカスミとタケシから譲り受けた二匹が言う事を聞かないことに頭を痛めていた。何とか話だけでも聞いて貰おうとしても、オムナイトからは水を掛けられ、ゴローンは体を丸めてその場から動こうとしないなど手を焼いていた。

 

「まるでアキラみたいだな。イエロー」

「レッドさん…」

 

 二匹の態度に困っているイエローの様子に苦笑しながら、レッドは近くにやって来た。

 事情は違うかもしれないが、手持ちが言う事を聞かないところや手懐けることに苦労している点は昔のアキラにソックリだ。あの頃の彼らを間近で見たことがあるレッドから見ると、ある種の懐かしささえ感じられる。

 

「カスミさんからも色々聞きましたけど、どうしたら…良いのでしょうか?」

「今度はアキラに聞いてみたら? あいつの方がこういうのは得意だし」

「…本当に得意なのか?」

 

 イエローの指導を担当しているグリーンは、喧嘩を始めたヤドキングとゲンガーの仲裁に入ったが邪魔と言わんばかりに目もくれず双方に顔面を殴られて、倒れたアキラの姿を見てぼやく。

 他にもサンドパンが止めてはいるが、突然体中から熱を一気に放出させ始めたブーバーなどの好き勝手にやっている面々を見ると、どう考えても言う事を聞かないポケモンの扱いが得意とは思えない。

 

「大丈夫大丈夫。あれがあいつなりのポケモンとの付き合い方なんだよ」

 

 懐疑的なグリーンにレッドは自信を持って答えるが、手持ちをしっかりと躾けている彼から見れば、アキラの手持ちは無秩序にも程がある。

 昔だったらポケモントレーナーのあるべき姿とは何かを教えるべく、説教みたいなことをしていたかもしれない。

 

 だけど今は、レッドと会ってからポケモンとの付き合い方は人それぞれと言う意識が出来ていたので、単純にアドバイスを乞うのは適任なのか純粋に疑問に思っていた。それは彼だけでなく、レッドの提案に疑問までは抱かなくても、イエロー自身も大丈夫かどうか少し不安だった。

 この一週間の内にカスミ同様に聞く機会は幾らでもあったのだが、アキラとその手持ちに若干苦手意識がある為、少し躊躇い気味だ。

 

「心配するなイエロー。あんな風に見えるけど、仲は良いから」

「そう…ですか…」

 

 レッドはイエローの不安を和らげようとするが、現在進行形で喧嘩の規模が大きくなっていくのを目の当たりにしているので、正直言うと説得力が無かった。

 ポケモンは友達。

 その考えを今まで胸に抱いてきたイエローにとって、アキラとそのポケモン達のある意味遠慮の無い関係は、かなり衝撃的であると言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 その後、何とか手持ち達を大人しくさせたアキラは、レッドの頼みを受けてイエローが言う事を聞いてくれなくて困っているオムナイトとゴローンの様子を窺い始めていた。

 

 二匹はイエローに対しては反抗的ではあったが、彼が様子を見に来た途端、急に従順まではいかなくても大人しくなった。

 ハクリューみたいな感じかと想定していたので拍子抜けではあったが、しばらく観察して彼はある可能性を話す。

 

「これは多分、イエローがまだ信用出来ていないって感じなのもそうだけど、従う義理が無いって思っているかも」

 

 もし反抗的なのが性格によるものなら、ブーバーやハクリューの様に誰が相手だろうと我を貫いているが、この二匹はそうでは無かった。

 手持ち以外の例を本以外で見たことは無いが、本に書かれていた定義で当て嵌めると一般的とされる手持ちポケモンの反抗だ。もしレベルが高いが故の反抗だったら、イエローの現状を考えると厄介ではあったが、この二匹はそこまで高くは無い。

 なので簡単ではないものの、対処はそこまで難しくも無い筈である。

 

「こう言うのはアレだけど、ポケモンが反抗するのはトレーナーに対して”信頼”が無い以外にも、付いて行っても”自分には利益が無い”って意識も関わっているからね」

「えっと…その利益と言うのは?」

「一番多いのは、トレーナーに付いて行けば野生の時よりも強くなれる保証があることかな。個体によって差はあるけど、基本的にポケモンは生きていく為にも本能的に強くなりたがっている。付いて行っても強くなれる可能性が無いどころか自力で戦った方が勝てるのなら、そのトレーナーが幾ら信頼を寄せても従う必要は無いからね」

 

 こうして語ると、損得勘定無しでポケモンは友達と考えているイエローから聞くと、冷淡まではいかなくてもかなりドライな考えに思えるだろう。でも実際、言葉が通じない見ず知らずの生き物を従わせたり、一緒に付いて行くことを促すには自分に付いて行けば他には無いメリットがあるのを意識させることが必要だ。

 しかし、どうしても納得できないのか、イエローの表情は少し暗かった。

 

「アキラさんは…そういう風に考えているのですか?」

「まあ、人間不信だったり我の強いあいつらを見ていたら、ただ信頼しているのを示す以外にも自分がしっかりしないといけないって感じたからね」

 

 アキラが連れているポケモン達も、今は信頼と言う要素があるものの、従ったり付いて来てくれるのは昔と変わらず、自分に何らかのメリットを見出しているからだ。

 イエローが目指していると考えられる理想的なトレーナーとポケモンの信頼関係と比べると、何かあれば簡単に壊れてしまいそうな関係に見えてしまうが、そうだとしても彼は構わなかった。人間に置き換えれば、ダメ上司に付いて行く有能な部下や仲間なんて御人好しでも無い限りそうはいないからだ。

 

 それに彼らを率いることでアキラは、ある程度強いポケモントレーナーと見て貰えたり、移動の補助や危険地帯探索で身を守って貰うなどの利益を受け取っているのだ。ならばトレーナー側も彼らの働きや努力に見合う様に、ポケモン達が求めている利益を与えていくことは勿論、彼らが付いて行きたいと感じるか率いるのに相応しいトレーナーであり続けなければならない。

 

「でも、このやり方や考えはポケモンを友達って思っているイエローには向いていない。人によっては冷たいと感じるからね」

 

 チラリとアキラは、隣に立っているイエローの表情を確認するとそれに気付いたイエローは慌てふためく。アドバイスを頼んでおきながら、彼の話が進むにつれて無意識の内に到底受け入れられないと言っても良い表情を浮かべてしまっていたのだ。

 

 確かにポケモントレーナーは、ポケモンを連れるからには彼らを大事にする責任が有る。

 イエローも連れている手持ちも含めてポケモンは大切にしているが、それは彼らが大事な友達だからだ。彼らが助けや力を必要としているのなら、イエローは自分にとって損であろうと手助けをするつもりだ。だからこそ、アキラの語る利益前提での信頼関係はあまり良い様には思えなかった。

 

「だけど、どんな関係であっても一番大事なのは――」

 

 イエローが受け入れられないことをわかっていたアキラは、気にすることなく語りながら目の前にいるオムナイトとゴローンの前で体を屈める。目の前の二匹は緊張しているのか体を強張らせるが、自分の手持ちにはまず見られない反応に彼は頬を緩ませて告げた。

 

「ちゃんと正面から向き合うことだから」

 

 基本的にポケモンと人間は言葉が通じない。

 正確にはポケモンの方は人の言葉を理解できるけど、人間の方はポケモンの言葉が全く理解できない。どんな関係でもポケモンはトレーナーの意図を察して、行動出来る様にならなければならないと言う考えもあるが、そういうのは形がどうであれ信頼関係が出来ているのが前提のものだ。

 

 その信頼関係を築く第一歩として、言葉がわかるわからない関係無く、仲が良かろうと悪かろうと恐れずに一度は正面から向き合い、互いに何を考えているかを断片的でも良いから理解するのは必要なことだ。

 

 イエローは生まれ持った能力のおかげで容易に意思疎通をすることは出来るが、それが無くてもポケモンを大切に想っている。

 自らに付いて行くことに利益があるのを示してから少しずつ信頼を築いていく考えは、アキラ自身の未熟さから生まれたものだ。イエローならその誠実な気持ちで向き合えば、余程のことでも無い限りポケモン達は頼みを受け入れてくれるだろう。

 

 それを機にイエローは、アキラと同じく神妙にしているオムナイトとゴローンと同じ高さまで体を屈める。

 後はもう大丈夫だろうと判断したアキラは静かに立ち上がると、二匹と話し合いの様なことを始めたイエローの様子を窺いながら音も無く離れた。双方とも穏やかな雰囲気で話が進んでいる様に見えるのに、彼は一安心する。

 

「振り回されている割には随分と考えていたんだな」

 

 話を聞いていたのか、何時の間にか横に立っていたグリーンはアキラに話し掛ける。

 グリーンもポケモンを従わせているからには彼らを連れる責任感は持っていたが、互いに利益をもたらす事まで深く考えてはいなかった。確かに意識して考えてみれば、トレーナーもポケモンも形は違えど何らかの形で共に利益を得ている。

 そういう考えに至らざるを得ない状況であったことを加味しても、アキラの考えは言い出しっぺである彼が上手く機能させているかを除けば良く考えられている。

 

「纏めると”互いに利益をもたらし合う関係”なのが今のお前と手持ちとの関係か。ぞんざいに扱われているのを見ると、とてもそこまで考えているとは微塵も感じられないけどな」

「もう慣れちゃったよ。それに、彼らとやっていくにはそういう考えが必要だと感じたからね」

 

 二年前の時点では一部を除けば、今ほど仲間と言える信頼関係は無かったし、お願いすればやってくれる様な御人好しな性格ばかりでも無かった。

 

 ポケモントレーナーなら上下関係をハッキリさせることは必要ではあるが、それを見せ付けたり誇示することはハクリューやブーバーは嫌っている。

 自由にやりたいなら野生に戻ればいいと考える者はいるが、野生には無いメリットを彼らは自分に見出しているので、そういう矛盾したものを抱えながらも付いて来てくれている。今は信頼関係がある程度は築けているが、だからと言って胡坐を掻いたり蔑ろにすれば、あっという間にそれは崩れるだろう。

 

 これからもニビジムでの経験から至った自らのトレーナーとしての心構えである「手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく」と言う方針をアキラは貫いて行くつもりだ。

 

「まぁ、お前のアドバイスがあいつの力になれば良いが、お前から見てイエローはどう思う?」

「現段階での実力は、初心者よりちょっとあるってところ。でもポケモンと仲良くなりやすいのと意思疎通がズバ抜けている」

 

 実力とは言っているが、それは単純な火力だ。

 派手さは無いけど、意思疎通能力はポケモンの気持ちが読み取れることもあって、初心者でありながら熟練のトレーナーと大差無い細かい動きや通常では考えられない動きも可能だ。ポケモンバトルにはポケモンとトレーナー双方に高い能力は必要だが、それ以上に互いの考えを理解できる意思疎通能力が重要だ。

 

 それさえ長けていれば、ただ能力があるポケモンの力任せな戦い方以上に伸びしろがある。更に良く憶えていないが、この先イエローはポケモンを癒したり気持ちを読み取る以外にも強力な力も使えるようになるので、その事を考えると――

 

「今後次第では、()()は化けると思う」

「――彼女?」

「え?」

 

 グリーンの反応にアキラは違和感を感じる。

 まるでイエローが女の子であることを、自分が知っていなかったと思っていた様な反応だ。

 

「そうか…お前も気付いていたのか」

「いや、気付くも何もイエローって女の子でしょ?」

 

 最初から知っていたこともあるが、よく観察すれば確かに外見は少年っぽいものの違っているのがわかる。

 グリーンは自分とは違って鋭いので、早い段階で気付いていたのだろう。

 

「俺達はこうして気付いているが、レッドの奴は…」

「――あっ」

 

 一体何にグリーンは呆れているのか気になったが、具体的に名前が挙がってようやくアキラは気付いた。

 

 言われてみれば、振り返ってみるとレッドがイエローに接する時の態度は、全て男の子であることを前提にしている。一緒に過ごしていれば自然と気付くだろうと思われがちだが、屋敷内でもイエローはレッドの目の前では麦藁帽子を被っているので、彼がイエローは女の子であると気付く機会はあんまりない。

 イエローの男装が様になっていることもあるが、自分達二人は気付いたのに全く気付く様子が無いレッドは鈍いと言うべきか。

 

「教える?」

「大して問題になってないから別に良い。面倒だ」

 

 面倒の一言で済ませて良いのか気になるが、早い段階で教えた方が良いだろうとは思う。

 そうなれば何時くらいにレッドに教えるべきなのかをアキラが考えていたら、慌ただしく屋内バトルフィールドの横に備え付けられていた扉が開いて屋敷の主であるカスミが飛び込んできた。

 

「カスミさん、どうしたのですか?」

「大変! ロケット団の残党がクチバに!」

 

 切羽詰まった様子でカスミから伝えられた内容に、四人は互いに顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 カントー地方最大の港町があるクチバシティ。

 その港があるクチバ湾は、物々しい空気に包まれていた。

 港には一隻の豪華客船サントアンヌ号が停泊していたが、その豪華客船は現在ロケット団を名乗るメンバーに乗っ取られていたのだ。

 通報を受けて港には多くの警察関係者が集結していたが、船には人質がいるのと集まった野次馬を抑えていることもあって、駆け付けた警察達は動こうにも動けなかった。

 

 今回船を乗っ取ったロケット団は三人だけだが、自分達の事を下っ端ではなくロケット団のエリートである中隊長だと名乗っている。組織の末端である下っ端にさえ手こずってしまう警察官達からすれば、人質の有無関係無く実力が未知数でまるで手が出せない。

 更に彼らは、この手の事件には良く見られる警察への要求を幾つか出していた。しかし、それは捕まった仲間達の釈放などでは無く、どれも奇妙なものだった。

 一つはテレビ局を呼んでこの状況を大々的に生中継する事、そして――

 

「レッドーーー!!! 隠れているのはわかっているんだぞ! 出て来ーい!!」

 

 船の上から、サントアンヌ号を乗っ取った首謀者であるロケット団中隊長の一人であるケンが大きな声を上げる。

 

 二つ目の要求、それはポケモンリーグ優勝者であるレッドを呼ぶことだ。

 彼らが要求したテレビ局に関しては、どこから聞き付けたのか警察を介さずに既にやって来て事件を生中継している。しかし、二つ目のレッドを呼ぶことに関しては、本人には全く連絡が付かないでいた。今のところ警察は時間稼ぎに徹しているが、この状況が何時まで持つのか悩んでいた。

 だが、現状に悩んでいるのは意外にもサントアンヌ号を乗っ取った中隊長の三人も同じなのは、警察官達は知る由も無かった。

 

「調子はどうだ?」

「全然…」

「それはそれで困ったな」

 

 ハリーの問い掛けにケンは答えるが、甲板に集められた人質達が変な動きをしていないか目を光らせていたリョウは嘆息する。

 自分達に()()()()()今回の任務は、ロケット団の復活をカントー全土に宣言するのと同時にレッドが”()()()()()()()”と知らせて、ある連中をおびき寄せる事だ。前者は上手くいったが、後者に関しては当人が現れる気配は一切無く、代わりに港には警察関係者が続々と集まってきている。

 

「中々上手くいかないものだな」

「そもそもレッドがクチバに隠れているって事は嘘だしな」

 

 一応クチバシティには、レッドと交流があるアキラが住んでいると言う情報があるので、姿を消した彼が友人を頼ってここに身を隠していると考えても全くおかしくない。だが、このまま目的を果たせずだらだら時間ばかりが過ぎていくと、警察の数と包囲網は厚さを増していく。

 自分達の実力に自信はあるが、あんまり増えられるといざこの場から離脱する時に骨が折れる。

 

 本当にこのまま任務を継続して大丈夫なのかと心配に思っていた時、唐突に警察と野次馬が集まっている港が騒がしくなった。何か動きがあったのかとケンは様子を窺うが、騒ぎの中心を目にした途端、彼は目に見えて狼狽え始めた。

 

「どうした!?」

「あっ、ああ、あ…アレ!」

 

 震えが止まらない腕で、ケンはある場所を指差す。

 彼が指差した先には、さっきから彼らが警察達に呼んでくる様に要求していた人物――レッドがプテラに乗って港にやって来たからだ。

 

「おっ、おい! アレって…」

「マジかよ」

「嘘…」

 

 騒ぎの中心にいるレッドに、サントアンヌ号を乗っ取ったロケット団中隊長の三人は動揺する。

 二年前のヤマブキシティの決戦で、ロケット団を壊滅へ追いやった張本人なのだから忘れるはずが無い。確かにレッドが出てくる様に要求はしていたが、それは別の目的の為だ。本当に本人が来ることまでは望んでいなかった。

 しかも来たのは彼だけでなく、同郷にしてライバルであるグリーンまでも彼と一緒にこの場に来ているのも見えた。レッドだけでも彼らにとっては最悪なのに、オーキド博士の孫まで来るのは想定外だった。

 

「ヤバイヤバイ! まさか本当に来るなんて!」

「おおおおおおおお、落ち着け! こっちには人質がいるんだ! 奴らでも下手な動きは出来ないはずだ!」

 

 慌てふためくケンを、リョウは落ち着かせようとする。

 認めたくはないが、ポケモントレーナーとしての腕も連れているポケモンのレベルも完全にあちらの方が上だ。正面から挑めばまず間違いなく勝てないが、こちらには”人質”と言う大きなアドバンテージがあるのだ。如何に腕の立つ二人でも、そう簡単には手出しができないはずであると彼らは都合良く考える。

 

 

 

 

 

「お願いします。奴らの狙いは俺です。ですから、俺に行かせてください」

「しかし…」

 

 港にやって来たレッドとグリーンは、集まった野次馬達から歓声や非難めいたヤジを浴びせられていたが、それら全てを無視して真っ先に警察の人と相談を始めた。

 警察関係者も彼が来るとは思っていなかったが、リーグ優勝者とはいえ一般人の少年であるレッドをロケット団の要求通り、本当に行かせて良いものか悩む。

 

「――率直に言わせて貰うが、他に解決する手段はあるのか?」

 

 険しい眼差しで集まった警官達にグリーンが尋ねると、彼らは何も言えなくなった。

 確かに現状は人質を取られて動けないこともあるとはいえ、自分達の力不足故にロクに打開策を見出せず悪戯に時間ばかりを消費している。やれている事と言えば応援を呼ぶのとサントアンヌ号の包囲を固めていくだけで、手をこまねている状況には変わりない。

 

「……わかった」

 

 少し迷いながら、責任者と思われる警官は、レッドとグリーンが先へ進むことを許す。

 サントアンヌ号へ向かうのを許された二人は、出していたポケモンを戻すと堂々とした佇まいで、港に停泊しているサントアンヌ号へ歩き始めた。

 

「そっ、それ以上近付くな!」

「お前達! 俺に用があるんだろ! 目的は何だ!?」

 

 まだ傷が完全に癒えていないにも関わらず、制止の声を上げるハリーに負けない大きな声で、レッドは彼らに何が目的なのかを問い質す。

 十代前半の少年でありながら、その堂々とした振る舞いに港にいた野次馬達は静まり、乗っ取った三人も息をのむ。

 

「ポ…ポケモンが入ったボールを全部置いて来るのなら話してやろう!!」

 

 本当は来て欲しくは無かったです、などとは口が裂けても言えないので、咄嗟にリョウは時間稼ぎと保険を掛ける目的でそう告げる。

 彼らの新たな要求に、レッドとグリーンは言い返すことなく素直に一旦下がって腰に付けたボールを警察関係者に預けると、再び呼び止められた位置までサントアンヌ号に近付いた。

 

「置いて来たぞ! さあ、俺に何の用がある!!!」

 

 まさか本当にやるとは思っていなかったのと、この後どうするかを考えていなかった三人は更に焦る。

 出まかせでも良いから、また何か言うべきか。

 どう対応するべきなのか悩んでいたら、彼らが持つロケット団に身を置いている内に磨かれた第六感と呼ぶべき直感が何かを感じ取った。振り返ると、さっきまで甲板に集めていた人質達はいなくなって、代わりに見覚えの無い少年二人がポケモンを連れて立っていた。

 

「おっ、お前ら何者だ!?」

「人質はどこに消えたんだ!?」

「ここにはもういませんよ」

 

 青い帽子を被ったアキラが、目に見えて動揺する彼らの質問に答える。

 レッドと同じく堂々としていたが、内心ではグリーンが提案したレッドを利用した陽動作戦がここまで上手くいくとは思っていなかった。

 

 今こうしてレッドを含めた彼らはこの現場に駆け付けているが、当初アキラとグリーンはレッドが出向くことには反対だった。

 まだレッドの手足には痺れが残っているのや、集まった報道陣によって事件は生中継されているので、この状況で姿を見せれば四天王に彼が生きていることを教える様なものだからだ。しかし、報道されているニュースからもロケット団が探していると知った彼は、解決するには自分が出向くしかないと頑なに主張した。

 それだけなら彼らは押さえ付けてでも行かせないつもりだったが、何も考えずにレッドは助けに行くことを主張している訳では無く、幾つか理由があった。

 

 一つ目は、彼がサカキに渡されたスプーンがクチバシティの方角へ曲がっていること。

 二つ目は、彼は中継を通じて、自分が健在であるのを四天王達に見せ付けてやるつもりなのだと言う。

 

 一つ目の時点で出向く理由として弱い以前に、そのサカキが組織した集団の残党が事件を起こしているのだ。誰がどう考えても、細工を施したスプーンを信用させる為に妙なことを吹き込んだサカキが、これを機にレッドを始末しようとする罠の可能性が高いと二人は考えていた。

 だけどレッドは「サカキなら小細工抜きで自らの手で俺を倒そうとするから罠の可能性は無い」とハッキリと言い切った。

 他にもスプーンは渡される時「再び決戦の地へと導いてくれる」物であると伝えられているらしいが、アキラとグリーンはどうしても信用出来なかった。

 

 そして二つ目だが、この時点で天変地異などの大災害が起こる予兆にも似たポケモン達の大移動の情報が彼らの耳に入っていた。それをレッドは四天王達が動き出す前兆と捉えていたのか、本格的に動き出す前に彼らが脅威に感じている自身が姿を見せて、四天王達の注意を一手に引き付けるつもりなのだと言う。

 

 最初その案を聞いた時は無茶過ぎるとアキラ達は感じたが、四天王を一点に引き寄せて他には被害を出させないことを考えると納得は出来た。

 問題は本当に四天王を引き寄せた後なのだが、それを尋ねる前にレッドがカスミの屋敷を飛び出してしまったので、仕方なくこの事件解決に力を貸すことになった。

 

 作戦はレッドとグリーンが表に出てロケット団の注意を引き付け、その間にアキラはイエローと一緒に遠回りでサントアンヌ号へと潜入して、人質をアキラの手持ちが覚えている”テレポート”とそれの”ものまね”を使用してここから逃がすと言うものだ。

 

 何匹か残しておきたかったが、確実に人質達の安全を確保するべく六匹全てが協力し合ったことで、今のアキラは無防備だ。

 代わりにイエローは全ての手持ちを連れているので、特訓によってどれだけ力が付いたのかを見る良い機会であると言えなくもなかった。

 

「あっ! お前あの時の!」

「? どこかで会った…かな?」

 

 アキラを指差してハリーは声を上げるが、指された彼は何か心当たりがあるのは認識出来たが、思い出せそうで思い出せなかった。

 ハリーはアキラが今連れている当時ミニリュウだったハクリューに叩きのめされたことを憶えているが、彼の方はロケット団に襲撃された経験以外は相手の顔までは憶えていなかった。

 だが呑気に思い出している暇は無い。人質と言うアドバンテージを無くされたことに怒っているのか、三人はそれぞれの手持ちを召喚してくる。

 

「アキラさん…」

「大丈夫。すぐに加勢が来るから、特訓の成果を確認する実戦テストのつもりで、出来るだけのことをやるんだ」

「は、はい!」

 

 そう促すと、アキラは邪魔にならない様にその場から少し下がる。

 数は丁度六対六。グリーンが課した特訓がイエローにちゃんと身に付いているのか、そしてどう捌いていくのかを彼は避けながら観察するつもりだ。

 

「よし。皆行こう!」

 

 その掛け声を合図に、イエローは手持ち全員を連れてロケット団に戦いを挑む。




アキラ達、空気の読めない奴らと思いながらもレッドが飛び出してしまったので、仕方なくロケット団の要求通りに出向く。

初期から最新話でも中隊長の割にはあまり目立った活躍の無い三人。
良くやられていますけど、中隊長を名乗っているからには一般的なトレーナーよりは強い筈だと思います・・・多分。
でないとロケット団の下っ端のレベルがかなり低いことに。

個人的には、ポケモントレーナーは主従関係以外にも連れているポケモンとは互いに有益な利益を与え合う共生みたいな関係でもあると考えています。

蔑ろにするのは良くないですけど、悪のボスとかで見られる「ポケモンを道具の様に扱っている」のに手持ちから不満があんまり出ないのは、トレーナーからそう扱われてもそのデメリットを大きく超えたメリットが得られるからでは無いかと思います。

ダイパ編の七章でアカギの命令でリッシ湖を封鎖していた変な研究員が連れていたドラピオンが、足跡博士の解読によると日々の扱いに不満を零しているのに、もっと荒い筈の悪のボスには見られないのを見るとそんな気がします。

でも懐き進化のクロバット所持率も高いので、もしかしたら違うかもしれませんけど。

次回からは、バトルが連続していきます。


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ドラゴン使いの襲撃

 手持ちと一緒に駆け出したイエローは、まず最初に如何にかなりそうなポケモン達をドードーの放つ”ふきとばし”で吹き飛ばした。

 この試みで、ロケット団が連れていたポケモンの中で未進化のポケモン達は吹き飛んでいき、イエローは持ち堪えた手強そうな進化ポケモン達に攻撃を集中させる。

 

 スリーパーにはピカチュウの”10まんボルト”が炸裂して、その桁違いのパワーに足元をフラつかせる。

 マルマインは自慢の機動力を見せ付け様とするが、ラッタの”でんこうせっか”で動きを止められた隙を突かれて、キャタピーの糸で体を雁字搦めにされるとドードーの嘴で突き飛ばされた。

 そしてマタドガスはガスを吐こうとしたが、オムナイトの”れいとうビーム”で体を凍らされると、突っ込んできたゴローンの”たいあたり”を受けてデッキに叩き付けられる。

 

「おぉ、結構やるじゃん」

 

 イエローの流れる様な攻撃と手際の良さに、アキラは感心する。

 今朝の時点では言う事を聞こうとしなかった二匹も、一転してイエローの指示を素直に受け入れている。ピカチュウ以外パワー不足である点はまだ解消されていないが、連携とそれによる絶え間ない連続攻撃で補っている。

 

「うぉ! こいつらやべえ!」

「怯むな! 勝負はまだまだこれからだ!」

 

 大きな戦力である進化ポケモン達は大きなダメージを受けてしまったが、倒れてはいないのでまだ逆転の可能性はある。三匹はダメージを受けて重くなった体に無理をさせてでも下がると、さっき”ふきとばし”で吹き飛ばされた他の仲間と合流する。

 先手を取ったことでイエロー優勢だが、もう同じ手は通用しないだろう。

 ここからが、イエローのトレーナーとしての真価が問われるとアキラは見た。

 

「よし! いけお前ら!」

 

 中隊長の一人であるケンが改めて指示を出すと、ビリリダマとマルマインは高い素早さを活かしてイエロー達の周囲を取り囲む様に転がる。イエローとポケモン達は何とか捉えようとするが、完全にトップスピードに乗られて翻弄されていた。

 

 戸惑っている彼らを翻弄しながら、二匹は”スピードスター”を放つ。イエロー達はそれぞれ回避しようとするが、残っていた他の四匹が邪魔をしてくる。

 戦いは敵味方が入り乱れる乱戦へと変わったが、イエローとポケモン達は乱戦には不慣れなのか、先程とは一転して押され始める。

 

「皆ボールに戻って!」

 

 イエローも不利なのを悟ったのか、ドードー以外のポケモンをボールに戻すとその背に乗って甲板の上を走り出した。

 

「それで逃げているつもりか!?」

「やっちまえ!」

 

 ドードーに乗って駆け出したイエローを逃げ出したと判断したのか、ロケット団の三人は強気で攻め始める。どくタイプが吐いてくるヘドロなどの有毒物質による攻撃、エスパータイプが放つ念の波動、でんきタイプが浴びせようとする電撃攻撃。それらをイエローとドードーは、甲板の上をグルグル回りながら巧みに避けていく。

 距離を取って見守っていたアキラは、この状況を見て早く手持ちが戻って来ないのかを気にし始めたが、逃げ回っていたイエローが何かを宙に投げ付けた。

 

「”フラッシュ”!!!」

 

 宙を舞っていたボールが開き、中から飛び出したピカチュウが”フラッシュ”を放つ。

 眩い光にアキラを含めた多くが動きを止めるが、その状況下でもイエローとドードーは走ることを止めなかった。続けてボールが開く音が聞こえて、ロケット団とそのポケモン達は攻撃を警戒するが何も仕掛けられなかった。

 拍子抜けかと思ったが、唐突に彼らは足元が冷たくなるのを感じる。

 

「ん? 何だこの冷たさは…」

 

 足元を見下ろすと、中隊長三人の足とマタドガス以外のポケモンは、床に接している体の一部が氷によって張り付いていた。氷が広がっている元を辿ると、こちらの目が眩んでいる間に飛び出したオムナイトが甲板全体に舐める様に”れいとうビーム”を放っていた。

 

「マ、マタドガス! お前だけが――」

 

 「頼り」と続けてハリーは口にしようとしたが、宙に浮いていたことで甲板に張り付けられるのから免れていたマタドガスは、何時の間にか白い糸でダルマにされていた。オムナイトと同様にボールから出ていたキャタピーは、そのまま走り回るラッタの背中に乗りながら糸を吐き続けて、マタドガスだけでなくロケット団のポケモン達を糸で雁字搦めにする。さっきから意味も無く甲板の上を回る様に走っていたのは、ロケット団のポケモン達を一塊にして纏めて糸で縛り上げやすくする為だったのだ。

 

 糸に縛り上げられてロケット団のポケモン達は身動きが取れなくなる。アーボとビリリダマは悪あがきにイエローとドードーに対して”どくばり”と”スピードスター”を放つが、ゴローンが岩の様に固い体を盾にして彼らを守る。

 

「ピカ、決めて!!!」

 

 イエローの合図を受けたピカチュウは、キャタピーの糸で一塊になったロケット団のポケモン達に対して、最大パワーで”かみなり”を落とす。膨大な電気エネルギーと眩い光が晴れると、”かみなり”が落ちた場所にいたポケモン達は、炭になってしまったと思えてしまうくらいまでに真っ黒になって転がっていた。

 

「うわっ、マジかよ!」

 

 まさかの一網打尽に、中隊長達である三人は騒ぐ。

 手持ちは一人それぞれ二匹しか連れてきていないので、六匹全てやられてはもう勝負はついた。氷によって張り付いた靴を脱ぎ捨ててでも彼らはこの場から逃げようとするが、このタイミングで今まで静観していたアキラが彼らの前に立ち塞がった。

 

「退けぇぇぇ!!」

「邪魔だぁぁぁ!」

「どりゃぁぁぁ!!!」

 

 お互いポケモンがいない者同士、そして大人と子どもだ。

 十分に排除できると踏んだ三人は腕や足に力を入れるが、アキラの背後と彼らの周りを取り囲む様に六つの影が突如現れた。

 

「何の策も無く止めようとは思いませんよ」

 

 ”テレポート”で人質達を運んでいたアキラの手持ち達が、その役目を終えて彼の元に戻って来たのだ。戻って来た彼らはやる気満々ではあったものの、戦いは既にイエロー達の奮闘によって決着はついている。

 その事実に何匹かは露骨に不満そうな表情を浮かべ、中でもハクリューはツノの先端に不穏な色を漂わせていたが、取り囲まれた中隊長達は既に抵抗する気力を失っていた

 

 

 

 

 

「ご協力感謝します!」

 

 今回の事件の首謀者であるロケット団中隊長の三人をパトカーに押し込んだ警官は、今回の事件解決に力を貸してくれた四人に礼を告げると、そのままパトカーに乗って去って行った。

 

「ふぅ…これで一件落着…かな」

「そうだな」

 

 離れていくパトカーを見ながら、手持ちを引き連れていたアキラは安心した様に呟くと、グリーンも同意する。

 まだ事件の後処理やらで港に集まった警官達は忙しく動き回ったり、野次馬達も減ったといえ多くは残っていたが、考えていた以上にスピード解決出来た。今回の出来事に首を突っ込んだことは決して良いとは言えないが、レッドに余計な負担を与えなかっただけでなく、イエローがどれだけ伸びたのかを実戦で確かめる機会でもあったことを考えると悪いとも言えなかった。

 

「僕は…強くなりましたでしょうか?」

「以前よりは、短期間であそこまで伸びたのを考えるとかなり良くなっているよ」

 

 まだバトルに関して詳しく知らないからこそ、戦闘技術をイエローはスポンジの様に吸収しているのだろうけど、それを考えても驚異的だ。

 手持ちポケモンが有するパワーや能力値はまだまだ低いが、レッドと同じくらい高い意思疎通能力のおかげなのか適切な指示を出せている。他にも目の前の敵をただ力任せに倒すだけではなくて、どうやって倒すかを考えて工夫しているのを見ると視野も広い。

 アキラとしては、本当にパワー不足以外言う事は無い。

 

「お前が今回感じた今後の課題は何だ?」

「そうですね……やっぱり技の威力は低いことでしょうか」

 

 グリーンに聞かれて、イエローは自分が感じた課題を挙げていく。

 やはりイエロー自身も、レッドのピカチュウが覚えている様な強い技があった方が大助かりだと感じたのだろう。今回の戦いに関する詳細な反省会はハナダシティの屋敷に戻ってからにしようとするが、唐突にアキラの意識は別に向けられた。

 

 導かれるままに彼は空を見上げてみると、さっきまで青空だった空は何時の間にか雲行きが怪しくなっていた。一雨降り出そうだなとアキラは最初に思ったが、吹いて来た風を通じて彼の体は別のものを感じ取った。

 

 嫌な予感がする。

 

 この世界に来てから、度々危機的な状況に遭遇する内に磨かれてきた危機察知が囁く。

 当たって欲しくは無いが、残念なことに外れたことはあまり無い。

 

「アキラ?」

 

 彼と連れているポケモン達の雰囲気の変化にレッドは気が付くが、彼も何かがあるのを肌で感じ取った。

 

 何か大きな力の持ち主がここにいる。

 

 ここまで露骨に隠す気が無い重い空気を放つ存在に遭遇した経験は、彼らにはあまり無い。しかし、危険を察知できても、原因がどこにあるのかまでは正確にはわからなかった。

 

 その時、急にレッドの懐がモゾモゾと動き始めた。

 彼は原因を取り出すと、それはレッドが駆け付けようと決意する切っ掛けになったスプーンであった。取り出されたスプーンの先は、まるで意思を持っているかの様に動いていたが、やがてある方角へと曲がった。

 

 そのスプーンが曲がった先に、アキラは何気なく海面が荒れ気味の海に目をやると、港から少し離れた海面の先に不穏な影がいるのが見えた。

 あれか、と目星を付けて一体何なのかよく観察しようとした直後、何かが光った。

 

「え?」

 

 その瞬間、四人がいた場所は一直線に飛んで来た一筋の光によって丸ごと吹き飛ばされた。

 

 突如起こった大爆発は、港の一部を完全に吹き飛ばして抉る様な巨大なクレーターを作り出す。

 近くに停泊していたサントアンヌ号は直撃を免れたが、爆発によって生じた衝撃波の影響を受けて完全に転覆してしまい船底を晒した。抉れた港からは爆発の黒煙がどんよりと曇った空へと立ち上っていくが、先程の事件で多くの人が集まっていたので、至る所から悲鳴や叫び声が上がる。

 この惨事を引き起こした元凶は、その光景をしばらく眺めた後、港の悲鳴や叫び声を気にすることなく去ろうとしたが、フと足を止めた。

 

 こちらを見つめる視線。

 

 それを感じ取り、改めて振り返ったが我が目を疑った。

 転覆したサントアンヌ号の船底の上に、たった今狙ったはずの四人が立っていたのだ。

 

「危ねぇ危ねぇ。危機一髪」

「正直焦った」

「バーットが”テレポート”を覚えているのをありがたいって感じたことは良くあるけど、今回は一番ありがたかった」

「本当に…助かりました」

 

 四人とも反応はそれぞれだが、共通していたのは命の危険を感じたことだ。

 先程のロケット団との戦いの際にアキラが手持ちポケモンに”テレポート”の”ものまね”をさせたままボールから出していたことで、ブーバー自身も含めた彼のポケモン達は危険を察知するや否や”テレポート”を一斉に発動した。そのおかげで彼らは、クチバの港を吹き飛ばした攻撃から逃れることが出来たのだ。

 

 立っている船底の上から港の惨状を窺うと、地獄絵図まではいかなくても被害は凄まじかった。吹き飛んで海に落ちた警官や街の人達が各々助けを求めたり、自力で陸に戻ったりしている。

 すぐにでも助けに行きたいが、アキラは少し離れた海上にいる存在を見据える。

 

「奴は…」

「あのポケモンはハクリューだよな」

 

 彼のポケモン図鑑は、この戦いが終わるまでイエローに貸しているが、アキラを通じて見知っていたレッドはすぐに判断する。

 珍しいハクリューを連れていて、自分達を狙う強大な力の持ち主となれば、相手が何者であるかはもう確定と言って良いだろう。まさかここでもう戦う事になるとは、全く予想していなかった。

 

「――どこで戦う?」

「あの力を考えると、被害を出さない為にも海の上で戦うべきだろう」

「そっ…そうだな」

 

 アキラの問いにグリーンは至極当然な判断を下す。納得はできるが、どうも気が進まない。

 理由は足場が無くて戦い慣れていない不安定な海の上でということもあるが――

 

「大丈夫、溺れても俺が助けてやるから」

 

 アキラがカナヅチなのを知っているレッドは、彼を安心させようと一声を掛ける。

 確かに自力では如何にもならないが、ポケモンの助けを借りられるのでマシな方だ。それに今は、泳げる泳げないなど言っていられない。これ以上、ハクリューの上に乗っている人物の蹂躙を阻止しなくてはならない。

 

 グリーンはリザードン、レッドはプテラ、アキラも一旦手持ち全員をボールに戻してハクリューだけを再び出すと、それぞれの背に乗る。

 十分な大きさのポケモンを連れていないイエローは、アキラに続く形で彼のハクリューに乗ると彼らはこの惨劇を引き起こした元凶へと挑むべく動いた。

 

 アキラとイエローが背に乗ったハクリューは、海面に浮き上がる形で移動していくが、レッドとグリーンがそれぞれ乗っているリザードンとプテラは、持ち前の飛行能力で一気に距離を詰めようとする。その途中で先程見えた光――”はかいこうせん”が二人を乗せて飛んでいる二匹に襲い掛かるが、警戒していた彼らは難なく回避する。

 

 ところが、その直後に我が目を疑う信じられないことが起きた。

 外れた筈の”はかいこうせん”が、突然直角に軌道を変えて背後から再び彼らに迫ってきたのだ。

 

「何っ!?」

 

 これにはレッドとグリーンは驚きを隠せなかった。

 普通”はかいこうせん”などのポケモンの技は直線的で、こんな風に他の力を介さずに曲がる事は考えられないからだ。不意を突かれはしたものの彼らは再び避けるが、またしても”はかいこうせん”は軌道を変えて二人に襲い掛かる。

 それは光線と言うよりは、まるで一度狙ったら逃さない光る蛇みたいで、避けても避けてもキリが無かった。

 

「リュット、”はかいこ――」

「ピカ、”10まんボルト”!」

 

 アキラが指示を出すよりも早く、イエローはピカチュウに強力な電撃を放たせて”はかいこうせん”を相殺する。

 避けても逃げられないのでは、最早他の技で打ち消すしか手段は無い。

 

「サンキューイエロー!」

 

 レッドは礼を告げると、グリーンと共に一足早くハクリューに乗っている人影へと向かう。

 姿がハッキリと見えるまで近付くと、ハクリューの上に立っていたのは自分達よりも年が少し上と思われるマントを羽織った青年だった。

 その表情は悪い意味で自信に溢れている様に見えたが、アキラの情報が正しければ彼の名は――

 

「お前が四天王のワタルだな」

「ほう。俺の事を知っているのか。流石ポケモンリーグ優勝者と準優勝者なだけあるな」

 

 自らの正体を知っていたことにワタルは感心した声を漏らすが、どこか見下している様な余裕そうな態度を崩さない。

 アキラから聞いたワタルに関する情報は、連れているポケモンの種類と傾向だけだったので、こんな他者を平気で見下した性格の人物だとはレッドは思っていなかった。

 

「何故あんなことをした! お前達の目的は何だ!?」

 

 優秀なトレーナーだけを残して、ポケモン達の理想郷を作る。

 それが四天王の目的であることは聞いているが、今日初めて会うワタルに対して改めてレッドは問い質したかった。

 

「何故だと? それはカンナ達が仕留め損ねたお前達を今度こそ葬る為だ」

「っ!」

 

 ワタルが答えた内容に、レッドは衝撃を受ける。

 敵が自分を狙っていることで関係無い人が巻き込まれる。アキラに助けて貰った直後から、心のどこかでレッドが抱いていた危惧が間接的に現実のものとなってしまったことを意味していた。

 

「まあ、どうせ後で消える奴らだから今消しても構わないがな」

「なっ、何を言っているんだお前は!」

 

 冒険を始めた頃に比べて経験を多く積んだことで、レッドの精神はそれなりに成長して大人びているが、今のワタルの態度と言動には怒りを隠せなかった。

 あそこにいた人達、そしてポケモン達の命を何だと思っている。

 

「カンナやキクコから聞いているはずだ。ポケモンが生きやすい世界――理想郷を作るのに人間は邪魔だ!」

「何が理想郷だ! 邪魔な存在を排除したものが理想郷なもんか!」

「フン。散々ポケモン達から住処を奪ってきたんだ。当然の報いだ」

 

 人間でありながら人間を滅ぼそうとするワタル。

 そもそもポケモンの理想郷を建てると言っておきながら、港を攻撃した時に無関係なポケモン達を傷付けていることを気にしている素振りすら無い。口にしていることと行動が矛盾している上にメチャクチャだとレッドは感じた。

 

「随分と偉そうに言っているが、お前は人間だろワタル」

「俺をお前達の様な人間と一緒にするな。俺達四天王は邪魔な人間を始末して、俺達の目に適った優秀なトレーナーを選別するのが使命でもあるからな」

 

 この世は身勝手な人間が多過ぎる。

 取るに足らない存在であるクセに偉そうにポケモンを連れ歩き、そんな存在に盲目的に従い味方するポケモン。環境破壊を続けて自らの首を絞めていることに気付いていない愚か者どもは消して、人間と言う種は自分達の様にポケモンを真に理解した優秀な者だけを残すべき、それが自らが成すべき使命だとワタルは考えていた。

 

「人間を排除してポケモンの理想郷を作ると言う割には、自分達が残っても良い言い訳も用意しているのか。ご立派な大義名分だ」

「黙れ!」

 

 グリーンの皮肉めいた言葉に怒りを感じたのか、それとも痛い所を突かれたのかは定かでは無いがワタルは声を荒げると、乗っているハクリューと共に海から離れる様に浮かび上がりながら、乗っているのとは別のハクリューも召喚する。

 二人をそれぞれ乗せたリザードンとプテラは身構えるが、ワタルが連れている二匹のハクリューはツノの先端を光らせ始める。

 

「風を呼べ! 雷雲を呼べ!!」

 

 そう命じた直後、ただでさえ悪かった天気がどんよりとした分厚い雲に覆われていく。

 昼間なのに夜の様に暗くなったが、雷が鳴り響き始めたと思いきや、暴風が吹き荒れて空を飛んでいる彼らは体勢を安定させようと必死になる。遅れて近付いていたアキラとイエローも、突如海に現れた大渦に巻き込まれてしまう。

 クチバ湾は嵐に見舞われたかの様に荒れるが、ワタルが連れているハクリュー達は大渦どころか暴風の影響も全く受けていなかった。

 

「やっぱりワタルのハクリューは、空を飛べる上に特殊能力付きか」

 

 ハクリューに関してアキラは可能な限り調べているが、個体によっては空を飛んだり天候を操ることが出来る能力があることを知っていた。

 練習してみたものの全くその兆しが無かったので諦めたが、こうして実戦で使われると使えるだけの素養が無かったとしても、もう少し習得の方法を勉強した方が良かったと後悔する。

 彼らの乗るハクリューは渦の影響を受けながらも流されない様に踏ん張るが、かなり揺れる為、アキラとイエローはハクリューの体にしがみ付く。

 

「ワハハハハ!! どうだハクリューの気象すらも自在に操る力は!」

 

 まだ本気を出していないのにレッドさえも苦戦する様を見て、ワタルは高笑いをする。幾らチャンピオンと言えど、自分の手に掛かればこの程度の取るに足らない存在だ。しかし、例え状況が厳しくても彼らは諦めるつもりは全く無かった。

 

「プテ、”はかいこうせん”!」

 

 少しでも敵の集中力を乱そうとレッドのプテラは”はかいこうせん”を放つが、嵐を起こしている二匹のハクリューは悠々と避ける。

 それどころかワタルを乗せていない一匹が、暴風で安定しないプテラに迫る。

 

「やれハクリュー!」

 

 暴風の影響を全く受けずにハクリューはレッドに襲い掛かるが、一筋の光が両者の間を通り過ぎてハクリューを留まらせる。

 元に目をやると、アキラのハクリューが大渦に抗いながらツノを光らせていた。

 

「ハクリューのクセに飛べないとはな」

 

 彼らの姿を見た途端、ワタルは額に青筋が浮かび上がるまでに怒りを露わにする。

 

 二年前のポケモンリーグでアキラの戦いを見たが、あの時以来、アキラ達の存在はワタルにとって地雷の様なものだ。十分に力を引き出せないだけでなく、トレーナーとしての威厳の欠片も無い未熟な人間が神聖なドラゴンを連れている。そしてドラゴンの方も価値も無いそんな彼に従っている。これだけでも、ドラゴンポケモンを神聖視するワタルはアキラ達の存在が許せなかった。

 

 彼を乗せたハクリューが”はかいこうせん”を放つが、今度のは簡単に軌道を読ませない為に最初から不規則にジグザグに曲がりながら飛んで来た。

 

「ヤバイ!」

 

 これにはアキラ達も戸惑うが、迫る光線に気を取られ過ぎてハクリューは大渦に流される。

 幸運にも”はかいこうせん”から一旦逃れる切っ掛けにはなってくれたが、逸れた光線は結局鋭いカーブを描いて戻って来る。

 

「”れいとうビーム”!」

 

 ”はかいこうせん”を命じたかったが、エネルギーのチャージ時間を考えて容易な”れいとうビーム”をアキラは命ずる。威力は低かったが、それでも鋭く曲がって迫る破壊的な光線を上手く相殺する。だが、大渦の危機からは逃れられていない現状には変わりは無かった。

 

 一度姿勢が崩れてしまった影響で、ハクリューが渦の力に抗うことは難しく、このままでは彼らは呑み込まれてしまう。

 せめて戦いの場が、不安定な海の上では無くて足場がある地面であれば少しは――

 

「足場!!」

 

 唐突に閃いたアキラは、思い付くままに暴風が吹き荒れていることを忘れて腰に付けているボールを全て宙に放り投げた。

 危険な賭けだが、成功しなければどの道自分達は終わりだ。こんな無茶に駆り出されたことに対する手持ち達の苦情や怒りは、後で引き受けるつもりだ。

 

「皆! 渦の中心に向けて”れいとうビーム”だ!!!」

 

 ボールからハクリュー以外のアキラのポケモン達が宙を舞う形で飛び出す。

 暴風に流されるまではいかなくてもバランスを崩したりするが、バラバラであっても彼らの目的は一つだった。ハクリューが”れいとうビーム”を放つのに合わせて、彼らも腕を十字に組んだり手を合わせたりする形で”ものまね”した”れいとうビーム”を放った。

 

 渦は自然に起こったものではあり得ない激しさで、ハクリューだけでは凍らせた端から水の勢いに負けてしまうだろう。しかし、能力差はあれど同時に”れいとうビーム”が六つも放たれれば、その威力は大きなものになる。

 

 六つの青白い光線が同時に当たったことで、目に見えて大渦は中心から凍り付いていく。

 海に落ちる前に足場を確保しなければと彼らは必死だったが、最も激しく渦巻いている中心が凍っていくにつれて、徐々に渦の勢いも目に見えて衰えていく。

 

 しばらく放ち続けていると凍り付く範囲は海面を泳いでいるハクリューにまで迫るが、そこまで凍り付いてしまえばもう渦の影響は殆ど無い。宙を浮いていたアキラのポケモン達は、ギリギリのタイミングで凍り付いた渦の上に着地して、アキラとイエローも氷で出来たちょっとした小島に上陸する。

 

「よし! 足場があればこっちの――」

 

 ところが、アキラはその先の言葉は紡げなかった。

 何故なら突然ワタルから投げられたボールが開き、地響きを鳴らして彼らの前に巨大な青い龍が立ちはだかる様に現れたからだ。




アキラ達、ロケット団との戦いを制すが休む間もなく襲撃してきた四天王のワタルと戦い始める。

原作ではイエローだけで挑んだワタル戦初戦、この小説ではレッドを含めて四人掛かりで戦う流れになりましたが、それでも彼は手強いと思います。

ポケモン達の理想郷を作ろうとしたワタルの信念は本物であるとは思いますけど、逆らう奴は誰であろうと容赦無く力で排除なのやキクコが有するポケモンなどを操る技術を咎める様子が無いのを見ると、手っ取り早い方法に手を染めた感と正当性が薄れる気が。

でも、そんなスペワタルも一番新しく描かれた九章と見比べると別人レベルで振る舞いが変わっているんですよね。敗北が堪えたのか、求めていた理想の問題点に気付いたのか果たして。
やっぱりキクコがカンナを勧誘した時みたいに何か吹き込んだのかな?


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最悪の事態

「これって…」

「ギャラドスだ」

 

 自分達が苦労して作り上げた氷の足場に現れた、巨大な青い龍の姿をしたポケモンの名をアキラは口にする。見下してはいるが、敵対するからには手は抜くつもりは無いと言うワタルの意思表示なのだろう。

 

 ギャラドスは見る者を震え上がらせる様な恐ろしい形相で、氷の上にいるアキラ達を威圧する。イエローは思わず体を強張らせるが、アキラのポケモン達は一匹も気後れはしていなかった。

 そもそも彼らにとって、ギャラドスはレッドとのバトルもあって戦い慣れている相手だ。実力差はあっても、ただ凶悪そうな顔で吠えられても大して怖くない。全く怯まない彼らを見て苛立ったのか、ギャラドスは口から”はかいこうせん”を放つ。

 

「散るんだ!!」

 

 エネルギーの充填無しではあったが、動きから事前に察知していたアキラが放つ直前に声を荒げたおかげで、誰も”はかいこうせん”には巻き込まれなかった。

 だが、それによって露呈した問題もあった。

 

 ”はかいこうせん”が当たった氷の一部が砕けて、海面が顔を覗かせたのだ。

 ギャラドス対策は対レッド戦の攻め方を流用できるので戦いやすいが、幾ら足場となる氷の面積が広くてもこのまま激しく戦い続けると足場を失って戦えなくなる。

 

「リュットとヤドット、スットは足場の維持と拡張を頼む!」

 

 急いでアキラは三匹に足場の氷を広げる様に頼むが、ヤドキング以外の二匹は露骨に不服と言わんばかりの声を上げる。選抜理由は特殊技である”れいとうビーム”を能力的に高い威力で発揮できるからなのだが、彼らは足場の拡張工事よりも戦いたいらしい。

 

「我儘を言わずにやってくれ! 足場が無いと俺達は負ける!!」

 

 気持ちはわかるが妥協する訳にはいかない。

 今戦っているのは、とてもじゃないが彼らの我儘を許せる様な相手では無いのだ。

 上空で戦っているレッドとグリーンも、今は致命傷は免れてはいるもののワタルが連れているハクリューが持つ不思議な力に苦戦している。一刻も早くギャラドスを倒して加勢しなくてはならない。その為にも、足場をしっかりと確保しなければアキラのポケモン達はその力を十分に発揮することが出来ない。

 説得している間にも戦いの余波で、また足場となっている氷の一部が砕ける。

 

 それを見てようやくハクリューとゲンガーは現状を理解して、しょうがないと言いたげな顔で”れいとうビーム”を放ち、少しでも海を凍らせて頑丈な足場を広げ始める。残ったアキラの手持ち達は、三匹が足場を広げている間にギャラドスを相手に果敢に挑んでいた。

 

 空気を揺らすほどの大きな声でギャラドスは吠えるが、ブーバーは全く怯まず手にした”ふといホネ”を構えながら攻め込む。

 当然きょうぼうポケモンは接近を阻止するべく”ハイドロポンプ”で攻撃するが、ブーバーは機敏に避けてホネで青い胴体を殴り付ける。攻撃は成功したが、威力が予想以上にあったのか”はかいこうせん”程では無いものの”ハイドロポンプ”を受けた場所の氷は砕けていた。

 これはもう技が放たれる度に、足場の氷が砕けると考えた方が良さそうだ。

 

「皆もお願い!」

 

 遅れてイエローも連れているポケモン達を出すが、どれも果敢に挑んでいるアキラのポケモン達と比べるとやはり弱々しそうなのは否めなかった。

 それでもイエローのポケモン達は各々の戦い方でギャラドスに仕掛けるが、パワー不足が祟り、強靭な体皮によって内側にまでダメージを浸透させられなかった。

 

「その程度で俺のドラゴン軍団に敵うと思っていたか!」

 

 目の前にいるレッドとグリーンを相手にしながら、下の状況を窺っていたワタルは悔しそうなイエローに意気揚々と語る。

 ドラゴンは聖なる伝説上の生き物だ。デリケートだったりプライドが高いなど育成難易度は高いが、上手く育て上げればその強さは他を凌駕する。残念ではあるが、イエローが連れているポケモンの攻撃では、ドラゴンポケモンが持つ厚く堅い鎧の様な皮膚を打ち破ることは難しい。

 

 課題としてきた自分達の力不足を早々に露呈させてしまったが、それでもイエロー達は諦めずにアキラ達と一緒に戦う。

 跳び上がったエレブーの”かみなりパンチ”がギャラドスの顔面で火花を散らすが、一瞬怯んだだけで、すぐにギャラドスはエレブーをヘッドバットで吹き飛ばす。そのままでんげきポケモンは海に落ちそうになったが、キャタピーが吐いた糸を体に絡み付かせると、それをゴローンが引っ張ることで事なきを得る。

 

 ギャラドスは追い打ちを掛けようとするが、そのタイミングに見ていられなくなったのか、ゲンガーが生み出した自身の”みがわり”と連携して仕掛けてきた。時間があればどちらが本物なのかはわかるが、不意を突く形で現れたのでギャラドスは咄嗟にどちらが本物なのか判断できなかった。

 

 一斉に”あやしいひかり”を浴びせてギャラドスを”こんらん”状態にさせると、正確に状況を認識できないことに乗じてゲンガーと分身は攻撃していく。しかし、苦し紛れにデタラメな”ハイドロポンプ”を放出されて、ゲンガーは追撃を諦めて分身と一緒に逃げ回る。ところが結局ゲンガーは逃げ切れなく、”みがわり”と一緒に水流に呑み込まれて海まで押し流された。

 

「スット!」

 

 慌ててボールに戻して助けようとしたが、海に流されたゲンガーは何故か海面に浮いていた先に落ちた分身を踏み台にして戦線復帰する。代償として分身の形は崩れて消え始めてはいたが、シャドーポケモンの器用さにアキラは感心するが、イエローは消えていく分身に視線が向いていた。

 

「………」

「どうしたイエロー」

「いえ、なんでもありません」

 

 何やら気になることがあったらしいが、とにかく目の前の敵を倒す方を優先する。”こんらん”状態から解放されて再び暴れ出したギャラドスの前に、ピカチュウとエレブーの二匹が並ぶ。

 こうなったらやることは一つだ。

 

「「”10まんボルト”!!!」」

 

 みず・ひこうの二タイプを併せ持つギャラドスに、相性抜群のでんきタイプ上位技が炸裂する。

 二匹が同時に放った”10まんボルト”には、流石のギャラドスも悲鳴を上げて悶える。エレブーだけでなく、強力なパワーを秘めているレッドのピカチュウも放っているのだからこの威力は当然だろう。

 このまま押し切ろうとするが、今までこちらの戦いは全てギャラドスに任せていたワタルが声を上げる。

 

「”あばれる”!!」

 

 それを合図にギャラドスは理性の枷を外し、自らを蝕むダメージ全てを無視して文字通り大暴れを始めた。その破壊力と範囲は凄まじく、その暴れっぷりはアキラから見ると”がまん”が解かれたエレブーを彷彿させるものだった。

 しかも脅威度で言えば、ギャラドスの方がエレブーよりも体が大きくてパワーがある分、こちらの方が大規模だ。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!!!」

 

 暴れまくるので、折角足場にした氷がどんどん割れていく。

 如何にか止めようにも痛覚が麻痺しているのか攻撃が全く通じず、アキラ達はギャラドスが落ち着くまで逃げに徹するしかなかった。この状況が続く様なら何か一つの切っ掛けで足場にしている氷は一気に大崩壊しそうだと、アキラは懸念する。

 

 しかし、残念なことにその懸念は現実のものとなった。

 

 正気を失ったギャラドスが突然自らの尾を叩き付けたことで、そのパワーでアキラのポケモン達が作り上げた足場の氷は、一気に大小様々な大きさに割れてしまったのだ。幸い殆どの氷は浮いてはいるが、それでもアキラとイエロー、ポケモン達とバラバラに分断されてしまう。

 

 水が苦手、泳げないポケモンは海に落ちない様に出来るだけ大きな氷の塊に移動するが、暴れるギャラドスはイエローが乗っている氷の塊に襲い掛かった。

 咄嗟に一緒にいたピカチュウがさっきのゲンガーの様に”みがわり”を生み出して、二匹分の電撃攻撃を浴びせるが、暴走状態のギャラドスは全く意に介さない。きょうぼうポケモンは、感電しながらもそのまま押し切って突っ込み、イエロー達は巨大な水飛沫と共に海面から姿を消した。

 

「イエロー!!」

 

 イエローはみずタイプであるオムナイトを連れているが、人を乗せて泳げるサイズではない。何とかしたくても海から顔を出した暴れるギャラドスの所為で海の上は激しく荒れ、更にはその動向も気にしなければならなくてそれどころではなかった。

 

「くそ!」

 

 上空でのレッドとグリーンは少しずつ拮抗し始めて来ているのに、こちらはあまり彼らの役に立てていないことにアキラは歯を噛み締める。

 

 

 

 

 

 その頃、ギャラドスによって海に落ちたイエローだったが、ピカチュウを抱えるなど意識はしっかりとしていた。

 出来ればすぐに浮上したかったが、ギャラドスが暴れている影響で水中も大荒れで中々浮上できなかった。度々ヤドキングやハクリューらしき姿が海の中に潜っているのが見えるが、ギャラドスは止まらない。

 

 このまま水の中にいては息が続かない。

 だけど、浮き上がってもギャラドスの攻撃に巻き込まれて同じことを繰り返してしまう。レッド達は必死に戦っていると言うのに、自分はロクに彼らの力になれていない。

 この戦いが始まる前に懸念していた通り、やはり自分は足手まといなのでは無いのか。そんな考えが頭の中に再び浮かび上がってきたが、抱えていたピカチュウはイエローの胸を叩いてきた。

 

 見上げるその眼差しは、まだやれる事があることを力強くイエローに告げていた。

 そうだ。

 さっき戦ったロケット団は自力で戦い、そして勝ってたのだ。あの時と同じまではいかなくても、今の自分達に出来ることに力を注いで手助けくらいなら出来るはずだ。

 そして何よりも、あのワタルという青年の凶行を止めたかった。

 

 ピカチュウの励ましを受けて、イエローはもう一度立ち向かう気力を取り戻すが、どうすれば彼らの力になれるのかと言う問題に早々にぶつかってしまう。

 息も続かなくなってきたので、一旦海面に浮き上がろうと思い始めたその時、イエローは水中を漂っている光の残滓に気付く。

 どことなく形はピカチュウによく似たものであったが、それを見た瞬間、ついさっき見た出来事と重なってある事を閃いた。

 

 

 

 

 

「うお!!」

 

 慌てて浮いていた氷の塊からハクリューの背に飛び移って、アキラは鋭い牙が並んだ口を大きく開けたギャラドスから逃れる。

 着実にダメージを与えてはいるはずなのだが、ギャラドスは止まるどころか倒せる気配が全くしなかった。

 

「”がまん”を解放したエレットよりも厄介とは思っていたけど、本当に洒落にならないな」

 

 ”がまん”が解放された時のエレブーの力が自分達に向けられたことは無いが、実際に向けられることがあったら、手持ちが総力を挙げても止めることは至難の業だろう。目の前で狂った様に暴れるギャラドスは、エレブーと比較すると能力や体の大きさ、維持時間が長いのも含めて脅威の一言だ。”あばれる”が解除されるまで、とにかく逃げるしか手は無いと考えたその時だった。

 

 荒れる波の上をものともせず、何かが海面を滑っているのが彼の視界に入った。

 それが何なのかアキラは良く見ようとしたが、タイミング悪く正気になったのかギャラドスの眸が白目から元の目に戻った。正気に戻ったギャラドスに彼は警戒し直すが、青い龍の方も近付いてくるその存在に気付く。

 目の前にいるアキラとハクリューよりもそちらを優先することを選んだのか、鋭い牙が並んだ口を大きく開けて襲い掛かる。

 

 しかし、海の上を滑っていた存在は、スピードを活かして軽やかに突進してくるギャラドスを避ける。手際の良さにアキラは驚愕するが、波の力でギャラドスの背後を取る形で跳ね上がった時、その正体を目にした彼は更に驚くこととなった。

 

「”なみのり”!!!」

「イ、イエロー!?」

 

 海に沈んでいたイエローとピカチュウが光り輝くサーフボードに乗って戦線に復帰しただけでなく、本来なら覚えられないはずの技を実現させていたのだ。

 

「いっけぇぇぇ!!!」

 

 イエローは雄叫びの様な声を上げるが、アキラは何が起こっているのか全く理解できず、呆然と彼らを見守るしか出来なかった。イエロー達の声から、標的が背後に回り込んだことを察したギャラドスが振り返ろうとした直後、すぐ目の前に飛び出したピカチュウ渾身の特別強力な電撃が放たれた。

 

「っ!」

 

 直視できない激しい閃光にアキラは目を逸らす。

 ギャラドスを一撃で倒す為にピカチュウが繰り出した電撃は、間違いなく今まで目にしてきた中でトップクラスの威力であった。今彼らが戦っているクチバ湾は、空を覆う分厚い雲の影響で薄暗かったが、この時ばかりは昼間の様に明るかった。

 やがて光が止むと、直撃を受けたギャラドスは体の至る所から焼けた様な煙を上げ、海面を波立たせながら崩れる。

 

「ふぅ…」

 

 動かないギャラドスを見て、倒したことを確信したイエローは一息付く。

 この”みがわり”を応用したサーフボードの発想自体、思い付きのぶっつけ本番だったが、ピカチュウが器用だったおかげで上手くいった。そして彼らは、アキラが乗るハクリューの傍までサーフボードで滑っていく。

 

「……今乗っているのって…どうやって出した?」

「ピカの”みがわり”で作りました」

 

 思わずアキラは方法を尋ねると、イエローは簡潔に答えた。

 具体的にどうやったのかを詳しく聞いている暇は無いが、アキラのゲンガーと水中に残っていたピカチュウの”みがわり”を見て思い付いたらしい。湧き上がった好奇心が抑え切れなくて、アキラはサーフボードに指で突く様に触れてみるがエネルギーの塊にしては意外にも固い。

 

「凄いなイエロー。こんなの普通は出来ないよ」

 

 全く予想していなかった”みがわり”の応用方法と、それを実現させるだけでなく巧みに乗りこなしたイエロー達の技量にアキラは感心する。

 そして彼らが喜ぶということは、それを喜ばない者もいる。

 

「ギャラドスがやられただと!?」

 

 やられてしまうことを想定していなかったのか、ギャラドスが二人に倒された事にワタルは目に見えて驚きを露わにする。

 

 上空の戦いは、最初こそハクリューの天候を操る力でワタルが有利ではあったが、レッドとグリーンは時間は掛かったものの、その状況でも上手く戦える様に対応しつつあった。その為、空での戦いでもワタルは徐々に彼らに押され始めていたので、ここまで不利になるとは全く予想していなかった。

 

「”ほのおのうず”!!」

 

 放たれた炎は吹き荒れる暴風を利用して変則的な軌道を描き、惑わされたワタルのプテラは渦巻く炎に包まれて動きを封じられる。

 直後に示し合わせていたのかレッドのプテラが”はかいこうせん”を放ち、光線は渦巻いていた炎を突き破って命中して、ワタルのプテラを海面に叩き付けた。

 

「おのれっ!」

「プライドの高さ故の傲慢さが仇になったな」

 

 ギャラドスに続いてプテラも倒されたことに、ワタルは余裕を無くしていく。

 グリーンから告げられた皮肉も重なり、彼が乗るハクリューがツノを光らせるが、直後に下から無数の光が彼らを襲ってきた。もう壊される心配が無いので、再び海を凍らせて作った氷の足場から、アキラとイエローがレッド達を援護するべく攻撃を飛ばしていたのだ。

 

「あいつら!!」

 

 私的感情とプライドに駆られてワタルは狙いを変えるが、直後に彼が乗っているハクリューは接近してきたレッドのプテラの”とっしん”を受けて、一緒にアキラとイエローがいる氷の上に叩き付けられる。残ったもう一匹のハクリューだったが、トレーナーを失った影響かアキラとイエローのポケモン達の攻撃を避け切れず、体を凍り付かせて墜落する。

 戦いは決着まではいかなくても落ち着きを見せたが、レッドとグリーンを乗せたプテラとリザードンはワタルの後を追って氷の足場に降り立つ。

 

「さあ、観念しろワタル!!」

 

 舞い降りたレッドはワタルに対して大きな声で伝え、元々氷の足場に立っていたアキラとイエローも続けて並ぶ形でグリーン達と合流する。

 情報が正しければ、ワタルにはまだ出していない最後の一匹にして切り札であるカイリューがいるが、それでも状況はこちらが有利だ。

 

 ワタルの力は確かに強大であったし、それに見合ったプライドも持ち合わせていた。

 だが、そのプライドの高さからなる傲慢さで四人全員を格下と見ただけでなく、己の力を過信して数では不利なのを無視して挑んだことが敗因でもあった。

 

「観念? 誰がするか!」

 

 しかし、当の本人は諦めるつもりはまるで無かった。

 追い詰められた状況であるにも関わらず、ハクリューと共に立ち上がったワタルはマントを広げながら堂々と宣言する。一体どこからその自信が湧くのか、後マントを広げる必要性はあるのかと不思議に思いながら、アキラのポケモンを中心に彼らは身構える。

 

「身勝手な人間共を排除して、ポケモン達の理想郷を作る。お前らに邪魔されてなるものか」

「お前も人間じゃん」

 

 さっきグリーンが彼に言ったのと同じことをアキラは口にする。

 ロケット団みたいに清々しいまでに欲に忠実なのも面倒だが、ワタルの様な行き過ぎた正義感に基づく行動はもっと厄介だ。罪悪感が無い分、周りがどう言おうと一度正しいと信じ込んだらとことん突き抜ける。

 

 優秀なトレーナーのみを残してポケモンの理想郷を作ると言う大層な目的を掲げているが、やっていることはロケット団と大差無い。

 更に歯向かうのなら優秀なトレーナーであるレッドを排除しようとするなど、事情を良く知らないアキラから聞けば、ただ自分にとって都合の良い世界を作る為の大義名分にしか聞こえない。

 何より、自分達よりも年上なのにレッドよりも子どもっぽい。

 全く話にならないので今にも再び激突しそうな時、突然イエローが一歩前に進み出た。

 

「イエロー?」

 

 何故前に足を踏み出したのかわからず、レッドを始め三人は動揺する。

 横顔ではあるが、表情と目付きを見るとふざけてはいない。

 寧ろ今まで見たことが無いくらい真剣だった。

 

「何だ小僧?」

 

 自分に歩んでくるイエローに、ワタルは怪訝な目を向ける。

 睨み合っている両者の真ん中に位置する場所でイエローは足を止めると、静かに口を開いた。

 

「――貴方にとってポケモンは何ですか?」

「な…」

 

 虚を突かれたのか、ワタルは一瞬だけ唖然とする。

 アキラだけでなく、レッドやグリーンもイエローがワタルに対して投げた問い掛けに驚く。

 

「確かに人間が勝手なことをして、ポケモン達が傷付いたりするのを僕は見てきた」

 

 ピカチュウとラッタなどのポケモン達を見ながら、イエローは振り返る様に語る。

 旅に出る前はあまり知らなかったが、トキワの森、アキラのハクリューなど、人間がポケモンにしてきた酷い行いを、この旅に出てからイエローは多く知った。ワタルが今の考えに至るまでに、同じ様な出来事を目にしたり遭遇したのは想像できる。もしかしたら、自分の想像を遥かに超える恐ろしい経験をしたのかもしれない。

 

「でも…だからって人は勿論、自分に歯向かう存在を滅ぼして良いの? ポケモンは殺しの道具じゃないんだよ」

 

 この期に及んで戯言――否、自分に対しての説教とも受け取れるイエローの問い掛けにワタルは歯を食い縛る。起き上がったハクリューも、彼の怒りを感じ取ったのか何時でも動ける様に体に力を入れる。

 このまま続く様なら、力づくでその口を黙らせるまでだ。

 

「一緒にいる君にも聞きたい。君の力は何の為にあるの? 誰かを傷付ける為にあるの?」

 

 イエローの純粋な問い掛けに、突然聞かれたハクリューと聞かれた訳でも無いのにワタルさえも口を塞ぐ。さっきまで頭に浮かんでいた説教、或いは子どもの戯言で片付けるのは簡単だが、無防備であるにも関わらず彼らの放つ刺々しい空気に負けずイエローは続けた。

 

「僕にとって、ポケモンは”友達”」

 

 かつてこの場にいる憧れの人物から教わった大切なことを思い出しながら、イエローは自分にとってのポケモンへの想いと関係を語る。

 イエローの言葉に、アキラ達も連れているポケモン達を見る。

 レッドは改めて彼らは掛け替えの無い”仲間”と言う意識を思い出し、グリーンもかつてオーキド博士が語っていたポケモンとの付き合い方は、トレーナーによって十人十色と言う話を思い出す。そしてアキラも、ハクリュー達とはどういう関係なのかを考える。

 

 自分と彼らは友達と言うよりは仲間の概念の方が近いが、普通のトレーナーに比べると関係はドライな要素が色濃い。それでもちゃんとした信頼関係は出来ているが、この関係を言葉でどう適切に表現するべきか、当て嵌まる関係が今のアキラには浮かばなかった。

 

「貴方にとって……ポケモンは何なのですか?」

 

 一通り語った上で改めて、イエローは静かに問い掛ける。

 ワタルの表情を窺うと、怒りとも戸惑いとも言えない複雑そうな顔だ。彼からすれば無視しても良いことだし、さっきまでの傍若無人な態度と振る舞いを考えると結局は戦う事になる可能性の方がずっと高い。

 だけど、それでもイエローはまだ平和的な解決を諦めていなかった。

 

「……それを聞いてどうするつもりだ」

 

 気に障れば、何が起きても不思議では無い低い声でワタルは理由を尋ねる。

 返答次第では再び戦いになることを直感した三人は全神経を尖らせるが、イエローは真剣だ。さっきまで話を聞こうとしなかった彼が聞こうとしているのだ。

 例え説得が上手くいかないとしてもやる価値はある。

 決意を胸に、イエローが言葉を紡ごうとした時だった。

 

「フェフェフェ」

「!?」

 

 不気味な笑い声を耳にした瞬間、それが何なのかを理解する前に彼らは反射的に動いた。

 どこから飛んで来たのか定かでは無い攻撃をアキラとグリーンは回避し、レッドも少し反応が遅れたイエローを庇う様に避ける。

 

「念の為に来てみれば、随分と追い詰められているじゃないかワタル」

「キクコか」

 

 突如周辺を漂い始めた怪しげな黒い霧と共に杖を突きながら現れた老婆に、グリーンは忌々しそうに舌を打つ。

 ワタルと同じ四天王であるゴースト使いのキクコが、この戦いの場に来たのだ。恐らく仲間の危機を察知して駆け付けてきたのだろう。何とも絶妙なまでに嫌なタイミングに来たものだとアキラは思ったが、やって来たのは老婆だけでは無かった。

 

「嘘…」

「なん…だと…」

 

 キクコが出てきた黒い霧の中から続けて出てきた姿にアキラは勿論、最も冷静なグリーンさえも唖然としてしまう。氷使いのカンナ、そして格闘使いのシバなどの他の四天王達も今この場にやって来たのだ。

 

「まさかレッドが生きていたとはね」

「………」

「フェフェフェ、全員で来た甲斐があったよ。一番邪魔な小僧共をこの機に一掃できる」

 

 この場に四天王が集結するまさかの展開に、四人に緊張が走る。

 追い詰めたとはいえ、ワタル一人でも四人掛かりでやっとなのだ。なのにほぼ同等の実力を持つトレーナーが三人も来られたら、結果は火を見るよりも明らかだ。

 

 自分が存在しない本来の物語でも、イエローはこの危機を乗り切れたのか、それとも自分が来たことで決戦が早まってしまったのか。アキラの脳裏に様々な可能性が過ぎるが、どちらにしてもワタルの危機を察して来たとしたら、想定している中でも最悪の展開だ。

 

「キクコ…」

「なんじゃ、あのままやられた方が良かったのか?」

「貴方がそこまでやられる何て初めて見るわ」

 

 一番突かれたくないことを二人に指摘されて、ワタルは顔を歪ませる。

 四天王の将を名乗りながら、敗れる寸前にまで追い詰められた上に説教に等しいことを言われた事まで、彼は嫌でも思い出された。

 

 集まった四天王に対して四人は最大限に警戒するが、アキラはある事が気になっていた。

 カンナとキクコはそれぞれ感情を表に出しているのに、何故かシバは不気味なまでに口を固く閉ざして無表情だからだ。アキラとしてはこんな形でシバと再会するのは望んでいなかったが、こうなってしまったからには戦うしかないと腹を括る。

 

「海の上に氷…確かに良い考えだけど無骨だし狭いわね」

 

 今自分達が立っている氷の足場を見渡しながら、カンナはモンスターボールを手に告げる。

 アキラがまさかと思った直後、雪混じりの強烈な冷気の暴風が吹き荒れた。それによって彼らが立っていた氷の足場は、武骨で凹凸の目立った表面が滑らかになるだけでなく、クチバ湾全体を凍らせたのではないかと思えるまでにあっという間に広がった。

 しかし、巻き込まれた四人とポケモン達は抗い切れず、氷の上をバラバラに吹き飛ばされる。

 

「いててて、腰が…」

 

 腰を固い氷に打ち付けたアキラは、老人みたいな文句を言っていたら唐突に彼の周りは影に隠れた様に暗くなった。

 目線だけでも可能な限り見上げる形で上に向けると、何時の間にか腕を引いたエビワラーが彼の目の前にいた。




アキラ達、辛うじてワタルを追い詰めるも四天王が全員集合する最悪の展開に。

本編では結局意見がぶつかり合ったままでしたが、イエローは可能な限りワタルに呼び掛けたりとしていたので、出来る事なら平和的に解決したかったと思います。

一足早く勢揃いした四天王との全面対決。果たして彼らは勝てるか?(他人事)

ワタルのギャラドスが使用した”あばれる”は、本来なら第二世代以降しか覚えられないのですが、技自体は既にこの時点で存在していますので登場させました。
他にも先取りで第二世代の技を何個か出す予定です。


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昨日の敵は今日の友

 倒れ込んでいるアキラの目の前に現れた、ほぼ攻撃態勢のエビワラー。

 パンチポケモンの姿を目にした瞬間、彼は今反応しても避けられないことを直感したが、紙一重のタイミングでエレブーが”でんこうせっか”で跳び込んできた。

 

 でんげきポケモンに抱え込まれる形で一緒に氷の上を激しく転がる事になったが、おかげで彼は何とかエビワラーから逃れることが出来た。

 しかし、放たれた拳を打ち付けられた氷は、クレーターが出来たかの様に砕けた氷片を舞い上がらせながら凹んだ。

 

「アキラ大丈夫か!?」

「他を気にしている余裕はあるかしら?」

 

 レッドはピンチな様子であるアキラが気になっていたが、カンナのポケモン達は容赦なく彼に襲い掛かってきた。

 一度は消した筈のレッドが生きていた事、イエローの時もアキラの時も出し惜しみをして逃した為か、彼女は最初から切り札であるラプラスも含めた手持ち全てを繰り出して、最初から全力を出していた。

 レッドも対抗してオツキミ山でのリベンジを果たすべく、フルメンバーで挑もうとまだ出していない手持ちを繰り出そうとする。

 しかし――

 

「くっ!」

 

 突然モンスターボールを握った腕から痺れを感じて、彼の手は思う様に動けなくなる。数日前に助けられてから度々感じる手足の痺れが、このタイミングで再発してしまったのだ。何とかしたいが、腕だけでなく足まで痺れるので動こうにも動けない。

 

「何だか動きが鈍いね。病み上がりなのかしら?」

 

 そんなことを知らないカンナは、ポケモン達にそれぞれ指示を与えて彼を攻撃する。

 今度こそ永遠に氷の中に閉じ込めようとする彼女のポケモン達が放った冷凍攻撃がレッドに迫るが、ボールに入っていたニョロボンは自力で飛び出すと彼を抱える形で避けた。ニョロボンのおかげで辛うじて攻撃を避けられたが、これでは足手まといだと、レッドは悔しさを滲ませる。

 

「レッドさん!」

 

 彼のピンチに離れた場所まで飛ばされたイエローは気付くが、どうするべきか迷っていた。

 グリーンはキクコを相手取りながらなんとか渡り合っているが、他の二人の形勢は良くない。苦しそうなレッドに危うそうなアキラ、どちらに加勢するべきか。

 

「イエロー!! レッドを助けるんだ!!!」

 

 そんな中、エビワラーの攻撃をエレブーと一緒に並んで逃げながらアキラは叫ぶ。

 レッドの様子がおかしいのは、彼の目から見ても明らかだ。こちらはシバの相手で手一杯だが、誰よりも助けが必要なのはレッドなのだ。

 

「でも…」

「こっちは普通に大丈夫! だからレッドに加勢してくれ!!」

 

 誰がどう見ても全然大丈夫ではないが、エビワラーに対して”ふといホネ”を持ったブーバーとサンドパンが二匹掛かりで割り込んだおかげで、一応状況は良くなった。それを見て、イエローは決意を固めると苦しそうにしているレッドの方へと急ぐ。

 他の三人と違い、自分には四天王を相手に正面から戦える力は無い。だけど、それは知恵と工夫次第で補えるのをさっきの戦いで経験したおかげで、イエローは加勢することに迷いは無かった。

 

「フェフェフェ、アタシら全員がここに集まるのは予想外だったかい?」

「っ!」

 

 気に障る笑い声を上げるキクコに、グリーンは反論する余裕も無いのか表情を歪ませる。

 イエローはキクコと戦っているグリーンを渡り合っていると見ていたが、実際はかなり危うい状況であった。

 

 アーボックが放つ”ようかいえき”をキュウコンの”だいもんじ”で相殺しながら、背後から不意を突こうとするゴルバットをストライクに迎撃させる。悔しいがキクコの言う通り、ワタルの様に四天王の一人と戦う事は予測出来ても、今ここで全員と戦う事になるとは思わない。

 今のところ何とか凌いではいるが、同じ四人でもレッドは体調不良で万全には程遠く、イエローは完全に実力不足、アキラは辛うじて食らい付けるくらいだ。

 

「ほれほれ、余所を気にしている場合か?」

「ぐぁっ!」

 

 何時の間にか影から影を伝って近付いて来ていたゲンガーがグリーンの影から飛び出し、シャドーポケモンの襲撃をグリーンは受けてしまう。

 

 形勢はハッキリ言って極めて悪い。

 

 あらゆる面を見ても四天王の方が勝っている為、この状況から四天王全員を相手にして勝つのは厳しいを通り越して不可能であると言わざるを得ない。

 それはグリーンだけでなくアキラもわかっていたが、逃げ出すのは難しいだけでなく仮に出来たとしても逃げる訳にはいかなかった。

 

 ここで自分達が逃げたら、残った四天王達が何をやらかすかわからないからだ。

 ワタルが連れていたポケモンだけで、港の一部を消し飛ばしたのだ。

 四人全員がその力を発揮したら、クチバシテイは壊滅を通り越して消滅の可能性すらある。逃げることも負けることも許されない極限の状況、それも被害は自分一人では無くて他にも及ぶ可能性があると考えるだけでも、アキラの心臓は気を抜くと体が跳ね上がってしまうのではないかと錯覚するまでに強まる。

 

 今まで経験してきた数々の激痛の感覚と恐怖が頭に浮かんでくるが、同時にそれは彼にとってチャンスでもあった。

 徐々に最も頼りにしている感覚が目に浸透していくのを感じ、それに伴って視界に映る世界がハッキリ冴え渡って来たのだ。問題は今まで短期決戦だったので、この状態でどこまで戦えるのかは未知数なことだ。

 

 結構疲れるので、ひょっとしたら一人倒すので力尽きてしまうかもしれない。だからと言ってただでは倒れず、少なくともあちらから撤退したくなるくらいには悪あがきはしたいと恐怖を抑え付けて、アキラは強気でいく。

 

「――無言で攻撃何て、らしくないやり方ですね」

 

 視界を通じて得られる情報を可能な限り頭で処理しながら、アキラは無言で構えているシバを見据える。彼なら堂々と技名を叫ぶか掛け声を上げているはずだが、不意を突いてくるのは予想外だった。

 それにさっきから感じていることだが、無表情を貫いたままで明らかに様子がおかしい。出ているエビワラーとサワムラーも、表情だけでなく記憶にある動きと比べて淡々としている。

 何があったのかは知らないし、こうして戦うのは怖い。

 だけど、今までとは違って退くという選択肢は無い。

 

 どちらかが残り、どちらかが倒れるかだ。

 

「今回は何が何でも勝たなければいけませんので、手段は選びませんよ!!!」

 

 内心で正々堂々とした戦いでは無いのを謝りながら宣言した直後、シバの近くに立っていた二匹は動いた。

 

「スット達はサワムラー! バーット達はエビワラーだ!」

 

 平時だったら無駄の無い素早い動きで迫っているのが見えただろうが、今のアキラはどう動くかが読めていたので、大雑把ながらも先手を打つ。

 サワムラーがブーバーに踵落としを落とそうとするが、そこにゲンガーとヤドキングが飛び蹴りやら張り手を真横から叩き込んで阻止する。ブーバーとサンドパンは、指示通りに仕掛けられた攻撃を防ぐとそのままエビワラーを相手に戦い始める。

 

「イワークも警戒しておくべきだが、ここは氷の上だからまずは出てこない。二匹掛かりで挑めば勝機はある」

 

 数が増えると指示を伝えにくいが、強い相手に数で挑むのはちゃんとした戦術だ。

 戦っている四匹の動きを気にしながら、アキラはにじり寄るカイリキーに対してハクリューとエレブーと一緒に構える。何時でも迎え撃てる体勢だったが、シバから指示らしい指示は全く出ていないにも関わらずカイリキーは飛び掛かる。

 

「”10まんボルト”!!」

 

 あまりに露骨過ぎて読む程では無かったが、相手がシバのポケモンなのもあってアキラの指示に力が入る。

 

 奇妙なまでに雑だ。

 

 シバが無言なのが影響しているのか、エビワラーとサワムラーの戦いを見ても、ただ能力に任せて闇雲に攻める事しか考えていない様だ。

 シバの身に一体何が起きたのか知りたいが、全てはこの戦いを終えてからだ。二匹は同時に”10まんボルト”を浴びせるが、直撃を受けたにも関わらずカイリキーは怯みはしても突っ込むことを止めない。

 

 

「”つのドリル”だ!!」

 

 力任せに倒そうとするのならば、一撃で倒すことは容易い。

 ハクリューは角の先端にエネルギーを螺旋状に回転させて、カイリキーに突撃する。

 ”つのドリル”の脅威を知っているのかカイリキーは避けようとするが、エレブーは”でんこうせっか”で先回りをして逃走を阻止しようとする。

 

 しかし、カイリキーは上手くエレブーを捕まえるとハクリューに投げ飛ばした。

 味方に当てることを恐れてハクリューは体を曲げて避けるが、生じた隙をカイリキーは突く形でドラゴンポケモンを蹴り飛ばす。それを見て、アキラは雑とはいえ戦闘力だけでなく判断力も高いと訂正する。

 

 他と戦っている四匹に目を向けるが、エビワラーを相手にしているブーバーとサンドパンは苦戦を強いられ、サワムラーと戦っているゲンガーとヤドキングのコンビでも相性が抜群に良い筈なのに中々倒せずにいる。そして肝心のアキラはと言うと、コンディション的には最高の一歩手前なのだが、注意を向けるべき戦いが多くて処理し切れないのと、中々次の段階へ至る感覚は掴めないでいた。

 

「落ち着け、目に意識を集中させろ。そうすれば自ずと勝ち筋が見えるはずだ」

 

 片目を片手で覆い、アキラは念じる様に呟く。

 別に考える余裕が出来る世界がゆっくり感じられる感覚は必要無い。ただ動きが手に取る様に読める様になるだけで、ミュウツーやカンナなどの強敵と互角以上に渡り合えたのだ。格闘戦を主軸にしているシバと、動きが読める感覚は相性が良い筈である。

 高揚感に近いものや精度はそこまででは無いが、今の段階でも十分だ。

 

 気持ちを落ち着けて、いざ反撃と意気込んだ時、突如アキラとシバの間に雷が落ちた。

 

「か、雷?」

 

 目の前で氷が砕け散るのを目の当たりにして、アキラは若干引いた声で呟くが、彼以外にも謎の出来事が起こる。

 

 戦っていたレッドとイエローを襲おうとした”ふぶき”は、目に見えない何かが働いたからなのか捻じられた様に軌道を変えて二人を逸れていく。決定的だったのは、グリーンの元に誰の手持ちでも無いベトベトンが姿を現して、彼をゲンガーの攻撃から守ったのだ。

 

「けっ、ふざけてやがるぜ」

 

 この場にいる誰でも無い声がどこからか聞こえて、皆戦うことを止めて声の元を探す。

 明らかに今戦っている誰か以外、第三者の力が働いている。

 敵か味方か、どちらかと言うと味方の様に見えなくはないが、一体何者なのか。

 そしてアキラは、今自分達が戦っている上空に誰かがいることに気付いた。

 

「クチバシティにレッドが潜伏していると言う情報を流して、ノコノコとやって来た四天王を一網打尽にする」

「まさかこうも上手くいくとはな」

「戦う未来は見えていたけど、ここまでになるなんてね」

「……誰?」

 

 見上げた先には、複数のレアコイルが作ったガラスらしきもので出来たテトラポッド的なのに包まれた三人の男女が浮いていたのだ。

 彼らが一体何者なのかアキラはすぐにはわからなかったが、レッドとグリーンは知っているのか驚きを露わにしていた。

 

「何で…何でお前らがここにいるんだよ。マチス!!!」

「え? マチスって…え?」

 

 レッドの叫びを聞いて、ようやくアキラは三人が何者なのかを知る。

 レアコイル達が作る浮遊台に乗っていたのは、行方不明になっていたマチスとナツメ、キョウの三人だったのだ。この二年の間、警察や正義のジムリーダーズの懸命な捜索にも関わらず、消息が掴めなくて既に死んでいるとさえ思われていた彼らの乱入に、戦っていた四人は驚く。

 

「何しに来たって? 四天王をぶちのめし来たんだよ!」

「静かに身を潜めていたけど、そうは言っていられなくなったしね」

「カントーを制圧するのは我らだ。勝手な真似は許さん」

 

 何とも無茶苦茶で身勝手な参戦理由を、三人は声高く堂々と伝える。

 アキラ達は知る由も無いが、実は彼ら三人はこのクチバシティに四天王を誘き寄せて一気に倒す計画を練っていたのだ。最近流していたクチバシティにレッドがいると言う噂や、先のサントアンヌ号を三人の中隊長が乗っ取ったのはその下準備の為だ。

 本当にレッドが駆け付けてしまうなどの予想外のトラブルもあって計画は幾分か狂ってしまったが、それでも結果的には当初の目論見通り四天王を誘き出すことには成功したので、本格的に叩くべくこうして出てきた訳である。

 

 かつての敵の加勢宣言。

 心情的にはアキラは勿論、レッド達も彼らの手は借りたくはなかったのだが、今自分達が置かれている厳しい状況を考えると戦力的には非常に助かるのは無視できなかった。

 

 この時アキラは、将来的に彼らを含めて罪を犯した実力者が軽い処罰や御咎め無しになる理由がわかった気がした。

 ただでさえ味方側の戦力が不足しているのだから、罰して減らすくらいなら可能な程度に首輪を付けて許した方がメリットが大きいのだろう。どうも釈然としないが、元の世界とは違って戦いが多い世界なのだからそうなのだろう。

 

「ロケット団三幹部……かつての敵同士の共闘って奴ね」

「フェフェフェ、飛んで火にいる夏の虫とはこの事じゃな」

 

 手強い相手が増えたにも関わらず、四天王達は余裕だ。

 邪魔者を一掃できる機会が出来たことを喜んでいるかは定かではないが、余程腕に自信があるのだろう。マチスのレアコイルが作った浮遊台から三人は飛び降りると、彼らはそれぞれの相手に加勢する。

 ナツメはレッドとイエロー、キョウはグリーン、そしてマチスはアキラにだ。

 

「久し振りねレッド。大分調子は悪そうだけど」

「うるせぇ」

 

 レッドは口では強がっていたが、彼の不調をナツメは見抜いていた。

 原因は彼女の目をもってしてもわからなかったが、この戦いが終わって時間があれば聞こうかと考えていた。後、この二年の間に彼が成長しているのが少し嬉しく思えたのは内緒だ。

 

「フフフ、以前より腕を上げたと見える」

「そうか」

 

 グリーンとキョウの方も、かつては敵同士として命のやり取りをしたからなのか良い雰囲気では無かった。しかしそこはプロなのか、互いに共通の敵を見据えた途端、悪い空気は完全に消えた。

 

「全く…何で俺だけは見知らねぇガキと一緒にやらねえといけねぇんだ」

「………」

 

 そしてアキラの方は、マチスと一緒にちゃんと戦えるのかが心配だった。

 レッドやグリーンとは違って、アキラにはマチスとは何の因縁も無いし、顔を合わせた事すら無いのだ。

 特にハクリューはマチスに対して露骨なまでに敵意を見せ、エレブーもマチスが連れている同族の凶悪そうな面構えに緊張している。このままでは下手をすれば共闘どころか、三つ巴の戦いになってしまう可能性がある。

 

「マチスにシバさんの相手を押し付けるだけ押し付けて、互いに弱ったところを一緒に一網打尽……止めておこう」

 

 邪な(?)考えが頭に浮かんだが、その考えをアキラは忘れた。

 今倒すべき敵は、横では無く目の前なのだ。文句は言っていられない。

 

 やるしかないと気持ちを切り替えると、四人はロケット団三幹部の助力を得て、それぞれ目の前にいる四天王達との戦いを再開する。

 信用できないとはいえ、ジムリーダーにしてロケット団で幹部を三人は務めていたのだ。彼らの加勢のおかげで、有利まではいかなくても四天王を相手に互角以上の戦いが出来るまでに押し返せる様にはなった。

 三人は各々の強味を前面に出してはいたが、意外にもマチス以外は勝手に先走らずに共闘相手と歩調を合わせて戦う様にしていた。

 

「ふん。随分と厄介だが、拙者の戦いと共通点が幾つか見受けられるな」

「それはこっちの台詞だよ」

 

 戦い方が似通っているキョウとキクコは、内心を悟られない様に余裕の表情を保っていたが、互いに互いの戦法を潰し合っていた。

 マタドガスの放つ有毒ガスをゴルバットやゴーストに吹き飛ばされるが、アーボックの”へびにらみ”がゲンガーの動きを封じる。そのタイミングにキクコのアーボックが、キョウの手持ちである同族に襲い掛かるもグリーンのストライクに阻まれた。

 普通だったらポケモンのレベル差でキョウの方が少しは押されてもおかしくないのだが、グリーンが巧みに手助けしてくれるおかげで戦いを有利に進めていた。

 

「キョウ」

「何だ?」

「この戦いが終わったら、お前に返すものがある」

 

 具体的に返すものまでグリーンは口にしなかったが、それだけでキョウは何なのかを理解する。

 だけどそれは後回し、今は目の前の敵を倒すことが最優先だ。

 

「ジュゴン”れいとうビーム”、パルシェン”とげキャノン”!」

 

 得意とする二匹が放つ合体攻撃をカンナは命ずると、二匹はそれぞれの技を放つ。

 ジュゴンが放つ”れいとうビーム”に上乗せるすることで、パルシェンが撃ち出した”とげキャノン”は通常よりも威力と速度が増す。防ぐことは勿論、避けるのも困難な攻撃であり、手足の痺れで動きが鈍っていて普通の攻撃でも避けることに苦労する今のレッドには脅威の技だ。

 

 だがナツメが加勢してくれたおかげで、彼はカンナが仕掛けてくる攻撃の回避を彼女のポケモンが使う”テレポート”の助けを借りることで問題を解消していた。

 

「すまないナツメ」

「気にするな。手を組むと決めたからには見捨てる訳にはいかない」

「あの…その見捨てない対象に僕は含まれないのですか?」

 

 レッドとナツメは、頻繁にカンナのポケモン達が仕掛けてくる攻撃を”テレポート”で避けていたが、何故かイエローだけには”テレポート”は一度も働かず、さっきから自力で避けることを強いられていた。

 何となく彼女に嫌われているのをイエローは察するが、一体自分の何が気に入らないのかがわからなかった。そんなやり取りをしていたら今度は”ふぶき”に襲われたが、これもナツメはエスパーポケモンの念の力で自分とレッドには及ばない様に放たれた冷気の軌道を逸らすが、またイエローだけは自らの力で避けるのを余儀なくされた。

 

「……力を貸してくれるのは助かるけど、イエローにも手を貸してやれないか?」

「その必要は無い」

 

 レッドの苦言にナツメはきっぱりと断る。

 私情があることは否定しないが、対象の数が増えるとそれだけ消耗してしまうので極力抑えたいのだ。それに麦藁帽子を被っている()()は、一見するとレッド同様に助けの手が必要に見えるが、意外と攻防共にしっかりしているのでまだ手を貸す必要は無いと見ていた。

 

「………」

「あれ? どうしたんだナツメ?」

「いいや何でもない」

 

 ナツメは何事も無かったかの様に答えるが、レッドはそれが嘘なのに気付く。

 さっき見せた彼女の目は、まるで何かを待っている様な目だった。恐らく他のロケット団の二人も知っているものだろう。

 一体何を待っているのかレッドは知りたかったが、カンナのポケモン達が仕掛ける攻撃が激しさを増してきた為、すぐに気にしている場合では無くなった。

 

 ジムリーダーと聞くと実力はあるけど挑戦者に何かと負けるイメージがあるが、それはジムリーダー側が相手のレベルに応じて戦っているだけだ。本気を出せば、彼らはポケモンリーグ本戦に出場する猛者とも互角以上に渡り合えるだけの実力者なのだ。

 その一人であるマチスは、アキラと連携することは一切考えずに力任せにガンガン攻めていたが、彼の勢いにアキラと手持ち達は便乗していた。

 

「足を引っ張るんじゃねえぞ!」

「勿論です!」

 

 吠えるマチスにアキラは返事をする。

 さっきまで彼はシバのポケモンに対して、必ず二匹掛かりで挑む様にさせていたが、マチスの手持ちが加わったおかげで現在は三対一になっている。二倍の状態でようやく均衡していたのを考えると、三倍になるのは十分過ぎる加勢だ。

 

 問題があるとすれば、マチスがアキラ達にお構いなしに戦うことだが、仕方ないと思いつつもマチスの戦い方にある程度沿う様にしている。

 当然一部から不満が噴出するが、変にバラバラに戦うよりは激流に身を任せた方がずっと効率が良いし負担も少ない。

 

 カイリキーの注意をマルマインが引き付け、その隙をアキラのエレブーとハクリューが各々攻撃していく。

 エビワラーに対しては、マチスのエレブーが周囲に電気を放出しながら戦っているが、ブーバーはじめんタイプの性質を持つ”ふといホネ”を盾に、サンドパンは元来のタイプで余波を無力化して追撃する。

 サワムラーの方は、戦っている二匹が頭を働かせているからなのか、ライチュウの動きに合わせて最も連携らしい連携を取っていた。

 

「にしても、もっとやってくるかと思ったが随分と静かだな。あのガチムチ」

 

 既に分かり切っていることだが、今来たマチスから見ても本当にシバの様子はおかしいと見えている様だ。でも今は関係無い。

 理由や真実を知るのは、ここで彼を倒してからだ。

 その為にも目の前の戦いに全力を注ぐ。

 

「いいぞ。ガンガンいけ!」

 

 マチスの煽りを受けて、彼の手持ちは更に攻勢を強める。

 そんなマチスの様子にアキラは違和感を抱き始めていた。

 確かに今勢いに乗っているので、攻めるチャンスと言えばチャンスだ。

 だけど突っ込み過ぎている気がする。

 

「――ん?」

 

 極限まで高まった訳では無いが、それでも視界の範囲内にいる存在の動作がかなり読めるまでになっていたアキラは、周囲に目を通してある事に気が付いた。

 

 確かに一進一退の攻防ではあるけれど、少しずつ離れて戦っていた四天王同士の距離が、徐々に縮んでいく様に見える。レッド達の様子を見ると、戦っている彼らは追い込んでいることに気付いて無い。否、キクコを相手にしているグリーンがキョウと一緒に激しく攻めているのを見ると、彼は今アキラが気付いたことの意図を察しているのだろう。

 四天王同士の距離を詰める。

 それはつまり一箇所に固める事だが、一体何が目的なのか。

 ”一網打尽”の言葉が浮かんだが、四天王相手に果たして通用するのか。

 

「……やるか」

 

 半信半疑ではあるが、闇雲に攻めるよりはずっとマシだとアキラは考えた。

 今自分達には、四天王を負かす策が無いのだ。

 もし彼らにその策があるのなら、癪ではあるが喜んでそれに乗ろう。

 

「数ではこっちが有利なんだ。休む間も与えずに攻撃しつつ、囲い込む様に攻めていくんだ」

 

 そう伝えると、アキラの神妙な面持ちも相俟ってポケモン達は不満を押し込み、今は彼の言う通りに動き始める。頭が良い彼らなら、ある程度は狙い通りの動きを実行してくれているので、後は細かい点や改善点を伝えていけば問題は無い。

 

 数の利を活かして、アキラ達は徐々にだが四天王達を追い立てていく。

 彼らの攻勢にカンナは意図せずに少しずつ下がっていたが、徐々に距離が縮まりつつあるキクコと互いに視線を交わす。

 

 奴らには何か策がある。

 

 カンナが相手にしているレッドとイエローは全然気づいていないが、アキラとグリーンのポケモン達は、ロケット団の動きに合わせつつある。

 表面上は互角だが、大技を放ったり不意打ちを匂わせることで少しずつ自分達が固まる様に後ろに下がるのを強要させている。

 真っ先に可能性として浮かぶのは、大技による一網打尽だ。

 確かに彼ら――ロケット団幹部が連れているポケモンなら十分に可能だ。

 

 警戒すべきはマチスが連れているマルマインの”だいばくはつ”か、ナツメのエスパーポケモンの念動力による拘束からの袋叩き、キョウの毒ポケモンでのトレーナー狙い。特に動向を注意する必要がある可能性を浮かべて、それらの可能性を潰そうとした時だった。

 

 突如下がっていた彼らの後ろから、何かが飛び出したのだ。




アキラ達、四天王達に大苦戦を強いられるもロケット団三幹部の加勢により互角まで押し返す。

原作を読むとマチス達は本気でクチバシティに四天王を誘い込んで倒すつもり満々なのが窺えるのですけど、ワタル一人ならともかく三人で四人全員を相手にするのは無理がある気がします。
ひょっとして中隊長以外のロケット団残存戦力を掻き集めて、クチバシティでロケット団vs四天王の大決戦を繰り広げるつもりだったのでしょうか。
もしそうなったら、イエロー達が向かう決戦の場はスオウ島では無くてクチバシティになっていた可能性も考えられますね。


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這い上がる者達

「!?」

「これは!」

「………」

 

 背後からの奇襲を全く警戒していなかったのか、突如飛び出した存在にカンナとキクコは動揺を露わにする。

 飛び出した謎の存在は、ピンク色をしたベトベトンに似た不定形で、瞬く間に三人の体を首より上を残して包み込む様に抑え付けた。

 

「これは…」

「何だこれ?」

「吹き飛ばすんじゃなかったのか」

 

 グリーン以外の三人は驚きを隠せないでいたが、狙い通りなのかマチス達三人はご機嫌だ。当然三人は抜け出そうと抵抗するが、彼らを包み込んでいるのはスライムの様な不定形ではあるが、拘束は強固だった。

 主人を助けようと四天王のポケモン達も動くが、その前に素早くゲンガーとブーバーは回り込んで指先やホネを三人に突き付けて彼らを牽制する。

 

「咄嗟に人質強調とか、あくどいなお前」

「効果的なのはわかるけど…」

 

 理解は出来るが、手持ちの行動にアキラは目元を手で覆う。確かに一目でわかるので効果抜群だが、やり方が悪党だ。ロケット団であるマチスにさえ、あくどいと言われるのはショックだ。

 だが手持ちのやらかした行動よりも気になる事があった。

 

「よくやってくれたわね」

 

 四天王を拘束したポケモンについて尋ねようとしたタイミングで、ナツメが労いともとれる言葉を口にする。一体誰に対しての言葉なのかと気になったが、上手い事氷の塊に偽装していた甲羅らしき影から一人の少女が皆に姿を見せた。

 

「久し振り。元気にしていた?」

「ブルー? ブルーじゃないか!!」

「え!? 本当に彼女? どうなっているの?」

 

 黒いワンピースを着た少女にレッドは驚き、アキラも目を見開く。

 今の今まで姿を見せる様子が全く見られなかったので、合流するとしたら何時になるのかとアキラは頭の片隅で気にしていたが、まさかここでブルーと会うとは思っていなかった。

 

「何でここに…てか、何でナツメ達と協力しているんだ?」

「レッドがいるって噂を聞いてやって来たら、このお姉さまとお仲間さんに会っちゃってね」

 

 彼女曰く、レッドが見つかったと言う噂を聞いてクチバシティにやって来たところ偶然ロケット団の三人と会ってしまい、今回の作戦に協力したらしい。

 

 その話を信じたアキラ達は納得するが、実際ブルーがここに来れたのは、イエローの麦藁帽子に取り付けた盗聴器と発信機を頼りにしていたということは知らなかった。それに協力したとは言っているが、彼女が来ることを予知していたナツメ達に脅されての半分強制であったのだが、結果は大成功なのでその事に関しては黙っている。

 

 何がともあれ、今三人を取り押さえているブルーのメタモンのおかげで、倒すまでは行かなくても四天王を封じることには成功した。

 カンナにキクコ、シバ、そして――

 

「あれ? そういえば一人……ワタルはどこだ?」

 

 人数を数えている時にようやくアキラは、この戦いの発端となったドラゴン使いがいないことに気付いた。三人の四天王との戦いが激し過ぎて、考える暇が無かったので完全に忘れていたが、先に戦っていたワタルは一体どこに消えたのか。

 彼の言葉を切っ掛けに、レッド達はカンナの技によって小島程に広がった氷の上を見渡す。

 

 確かワタルは、手持ちの大半をアキラ達四人にやられていた。だが、まだ切り札と言える存在が残っているのと彼のあの性格を考えると、仲間達に任せて自分だけ逃げ出すということはまず考えられない。

 どこかに身を隠して機会を窺っていると考えるべきだが、回復道具を使うとしてもすぐに戦線復帰出来るとは思え――

 

「!?」

 

 その直後、今彼らが立っている氷の足場に大きな亀裂が無数に入った。

 危険を察知したアキラ達がその場から離れようとした時、カンナの力でより頑丈になった分厚い氷の一部が爆発する様に砕け散った。大小様々な氷の塊が飛び散る中、爆発の中心から巨大な何かが空へと飛び出したが、目にしたアキラはその存在に関して良く知っていた。

 

「カイリュー…」

 

 氷を砕いて姿を見せたのは、特徴的な体格と小さな翼を持ったドラゴン、最強のポケモンの一角であるカイリューだ。

 カイリューが姿を見せたとなると考えられる理由は一つだけだが、現れたのはカイリューだけではなかった。氷が吹き飛んで剥き出しになった海面から、巨大な泡に包まれた倒した筈のギャラドスとハクリュー、そして彼らを率いるワタルがゆっくり浮き上がりながら姿を見せたのだ。

 

「あいつ、ずっと海中に身を潜めていたのか!」

 

 謎だったワタルの行方が明らかになって、レッドは声を荒げる。

 姿をくらましてからずっと氷の下の海の中に隠れていたことも驚きだが、緒戦で戦闘不能に追い込んだはずのドラゴンポケモン達が、この短時間で復活したこともにわかに信じられなかった。だが、振り出しに戻ったとはいえ、姿を見せたからにはここで倒すまでだ。

 

 アキラ達とロケット団、それぞれ連れているポケモン達は戦闘態勢に入るが、そんな彼らの警戒を嘲笑うかの様にカイリューと泡の中にいるギャラドス達は、ツノの先端や口内を光らせると軌道変化自在の”はかいこうせん”を雨の様に乱射してきた。

 

「なによこれ!? デタラメじゃない!」

 

 ワタルのポケモン達の強大さに、ブルーは悲鳴にも似た叫びを上げる。

 ただの”はかいこうせん”の集中砲火でも厄介なのに、威力を保ちながら蛇の様に不規則且つ自由に軌道を変えられるなど、ブルーの言う通り”デタラメ”過ぎる。

 しかもさっきアキラ達に危うく負け寸前まで追い詰められたことを根に持っているのか、レッド達どころかロケット団三幹部さえも逃げ惑う程に激しい攻撃だった。

 

 それでも何匹かは隙を見てワタル達がいる巨大な泡を攻撃するが、どれだけ攻撃しても泡が割れる様子は無かった。飛び技ではダメだと判断したのか、グリーンのストライク、アキラの方は彼らの独断ではあったがエレブーに投げ飛ばして貰ったハクリューが同時に攻撃を仕掛ける。

 片方は鎌を振るい、もう片方はツノに発生させたドリルで貫こうとするが、彼らの攻撃は泡とは思えない強靭な弾力の前に阻まれた。

 

「無駄だ。その程度のパワーでギャラドスの”バブルこうせん”が生み出したこの泡を破ることなど愚かな行為だ」

 

 嘲笑するワタルが言う事を無視して、二匹は中々割れない泡に対して鎌とドリルを強引に押し込んで破ろうとする。しかし、破る兆しが見えること無く泡の中にいたハクリュー達の”はかいこうせん”を受けて、二匹は氷の上に叩き付けられた。

 

「ストライク!」

「リュット!」

 

 二人の呼び掛けにハクリューはすぐに起き上がるが、ストライクは完全にノックアウトされたのか立ち上がる気配は無かった。

 

「泡が破れないって、一体どういう原理と技術だ!!」

 

 ただの泡では無いと薄々わかってはいたが、斬撃と刺突系の攻撃を受けても割れないのでは攻撃を当てる手立てがない。

 容赦なくワタルのポケモン達は再び光線の雨を降らせてきたが、ハクリューは”こうそくいどう”で離脱、ストライクはグリーンがボールに戻すことで難を逃れる。

 

 あまりにも一方的で理不尽過ぎるが、カンナの技で大きく広がった氷の足場が砕けていき、所々から海面が覗き始めている。ワタルは見ての通り空を自由に飛べるのだから、足場を失って不安定な海の上で戦う事になるなど考えたくない。

 

「あらあら、荒いわね」

「フェフェ、随分と苛立っているようじゃな」

 

 攻撃の余波によって、メタモンの拘束が解けてしまったのか、キクコを始めとした三人は少し離れたところでこの戦いを傍観していた。解放された三人は、今下手に加勢すると巻き込まれると判断しているのか、仕掛ける素振りすら見せていない。

 余裕であるが故の態度なのはわかるが、本当に今のワタルは攻略しようが無かった。

 

「どうした!? さっき俺を追い詰めたのはマグレだったのか!?」

 

 ワタルは煽って来るが、アキラ達には煽りに乗る余裕すらない。

 飛んでくる無数の光線の回避に精一杯な上に、こちらの攻撃が泡に防がれるのでは如何にもならないからだ。

 

「舐めやがって!」

 

 ワタルの態度と言動で苛立ちが限界に達したのか、マチスのエレブーがワタルがいる巨大な泡目掛けてジャンプする。

 

「よせマチス!」

 

 キョウが止めるがもう遅い。

 マチスのエレブーはフルパワーの”かみなり”を落とすが、泡を破るどころか中にいたワタルとポケモン達には感電すらしなかった。

 お返しと言わんばかりに、エレブーに既に放たれていたのも含めた複数の”はかいこうせん”が軌道を変えて集中するが、唐突に現れたフーディンに腕を掴まれて一緒に”テレポート”したおかげで辛うじて逃れる。

 

「少しは冷静になりなさい」

「んなことを言われてもよ!」

 

 ナツメはマチスを咎めるが、逃げっ放しなのは性では無いのだろう。

 だけど、あの泡を破ることが出来なければ本当にやられてしまう。

 誰もがそう思い始めた時、青白い光線がワタル達を包んでいる泡の一部を凍らせた。

 

「これは!」

 

 急いでワタルは光線が放たれた元に目を向けると、レッドとイエローが連れているニョロボンとオムナイトが技を放つ構えを取っていた。

 二匹の”れいとうビーム”によるものだと彼は気付いたが、一部が凍り付いた影響なのか、彼らを包み込んでいる巨大な泡はその重みで徐々に落ち始める。

 

「皆さんチャンスです!」

 

 イエローの言う通り、チャンス到来だ。

 ワタル達を包んでいる泡は異常なまでの弾力を有するが、元を辿れば液体が膨らんだものだ。そして凍り付いたとなれば、その弾力性は失われている筈だ。

 この機会を逃す程、この場で戦っている彼らは甘くは無い。

 

 泡の外にいたカイリューがレッドとイエローを狙って”はかいこうせん”を放つが、アキラのエレブーが回り込んで”リフレクター”と”ひかりのかべ”の二重壁で彼らを守り切る。そしてレッドのプテラの”はかいこうせん”、グリーンのポリゴンの”サイケこうせん”、ブルーのカメックスの”ハイドロポンプ”が、泡が凍り付いた箇所を砕き、遂にワタル達を守っていた巨大な泡は弾けた。

 

「やったわ!」

 

 ワタル達を守っていた盾を遂に打ち破ったこと、そしてようやくこの一方的且つデタラメな猛攻が収まることにブルーは喜ぶ。ところが、浮遊していた泡を消されたワタルとポケモン達は慌てることなく氷の上に着地する。

 

「よく破ったなと言いたいが、やはりお前達はここで始末するべきだな」

 

 そう宣言すると、今まで静観していた三人も手持ちのポケモンを引き連れて、今度は四天王全員で一斉に攻めてきた。

 カンナの広範囲に及ぶ吹雪と冷気の嵐、キクコの巧みな技術と狡猾な手段、肉弾戦ではほぼ敵無しのシバに、あらゆる面でドラゴンのパワーでゴリ押すワタル。

 状況は良くなったどころか、寧ろ悪化してしまったと見ても仕方なかった。

 

「応戦するんだ!」

「ここが踏ん張りどころだ!」

 

 レッドとアキラが声を上げると、二人が連れているポケモンだけでなく他のポケモン達も、四天王のポケモン達を迎え撃つべく攻め込んだ。

 

 戦いは総勢十二人のトレーナーが率いる五十匹以上のポケモン達が、同時に激突すると言う類を見ない程の大乱戦へと発展する。誰が放ったのかもわからない程に飛び交う技の応酬とその中を駆け抜けていくトレーナーとポケモン達。体格差やタイプなど関係無いとばかりの接近戦が、そこかしこで繰り広げられるなど混沌とした状況であった。

 連れているポケモンの数ではアキラ達が有利ではあったが、あまりに敵味方が入り乱れる戦いなのと、休む間も無く戦い続けているので消耗も激しかった。

 

「リュット…いやバーット…は大丈夫…サンットは…」

 

 レッド達は上手く対応していたが、あまりの混戦と戦うポケモンの数の多さに、目の感覚が鋭敏になり過ぎていたアキラは、どの戦いを優先するか迷っていた。

 そんな彼の目の前に、突然ワタルが乗ったカイリューが立ち塞がった。そういえばこの戦いが始まってから、自分は妙なくらい彼に狙われる様な気がしなくもない。

 

「随分と俺を嫌っていますね」

「貴様みたいな奴が神聖なドラゴンを連れているのが我慢ならないからな!」

 

 他のポケモントレーナーに比べると、ポケモン達の自由行動を許しているが故に手持ちとの関係がだらしないと言われることはあるが、ワタルは特に気に入らないらしい。アキラにも気に入らない関係は存在しているが、ポケモンとどういう関係を築こうがその人の勝手だ。

 そう反論してやりたかったが、躊躇無くカイリューは拳を握って襲い掛かる。

 対象が一匹になれば戸惑う事は無いので、動きを読んでいたアキラは後ろに跳んで避ける。しかし、パワーの大きさを見誤って、氷を殴り付けた際の衝撃と揺れで彼は転がってしまう。

 

「アキラさん!」

 

 ドードーに乗ったイエローが助けに向かおうとするが、他の戦いの余波で砕けた氷に阻まれる。

 アキラのピンチに、カイリューの背後から”ふといホネ”を振り上げたブーバーと拳に電流を走らせたエレブーが仕掛けようとするが、カイリューは尾の一振りで二匹を纏めて叩き飛ばす。

 間を置かず、それぞれ異なる方向から突っ込んできたゲンガーとヤドキングに対しても体を一回転させると、翼から起こした突風で打ち払う。

 

 やはり強い。

 この強さが変な野望を実現する為に磨かれてきたのだと考えると残念ではあるが、ここで折れる訳にはいかない。

 帽子を被り直しながらアキラは立ち上がると、彼の傍に戻って来たハクリューはサンドパンの頼みを受けて、ねずみポケモンを尾に乗せると勢いよく投げ飛ばした。当然カイリューは殴り落とそうとするが、自由の利きにくい宙であるにも関わらず、直前に体を捻らせてサンドパンは上手く避けると鋭い爪を振り上げる。

 

「”はかいこうせん”」

 

 しかし、爪を振り下ろす直前に強烈な光がサンドパンを直撃し、光線に押される形で飛んで来たねずみポケモンと共に”はかいこうせん”は、アキラとハクリューに当たって爆発する。正面から受けて吹き飛んだサンドパンは気絶してしまうが、ハクリューは尾の先端を氷に突き立てて爆風から持ち堪えさせる。

 ワタルは自分達が嫌いな様だが、ハクリューから見てもワタルは大嫌いな人間だった。

 

 見下した態度も癪に障るが、ポケモンの理想郷を築くことが使命と偉そうに語っているくせに、自分みたいな歯向かう存在はポケモンであろうと排除しようとする矛盾と傲慢さ。従っているドラゴン達は、彼はポケモン達の代弁者として動いているのだからやることは間違ってはいない、彼に忠誠を誓うことは当然だと考えている様だが、今の世界が気に入らないから自分達にとって都合の良い世界を作りたいだけだ。

 グリーンの言う通り、”大層ご立派な”な大義名分だ。

 

 奴の様な輩に負けるつもりは無い。

 今度はこちらの”はかいこうせん”を見せてやると意気込むが、直前にハクリューは何かが足りないのに気が付いた。

 

 さっきまで傍にいたアキラがいないのだ。

 

 探してみると自分達がさっきまでいた場所は砕けて、氷の破片が浮かぶ海面が顔を見せていたが、水泡が絶えず浮かんでいた。

 彼はカナヅチだ。海に落ちてしまった可能性がある。

 そう悟ったハクリューは、急いで刺す様に冷たい海の中に飛び込んだ。

 

 潜った水中を見渡すと、案の定アキラは海の中に沈んでいた。

 本人は何とか浮き上がろうと必死にもがいてはいたが、努力に反して彼の体は浮き上がるどころかどんどん沈んでいく。何故こうも泳げないのか甚だ疑問だが、強敵が相手の時に彼のアドバイスが有るのと無いのとでは勝率が大きく違うので、ハクリューは早く彼を回収しに向かう。

 

 その時、”はかいこうせん”が水中にいる自分目掛けて放たれているのか、無数の光の柱が立っては消えていく。泳ぎながらハクリューは体をうねらせて避けていくが、避け切れず一発だけ当たってしまう。

 度重なるダメージを蓄積していた体に、その一発はあまりに重く。体から力が抜けたハクリューは、意識を朦朧とさせながら沈む様に漂い始めてしまう。

 

 ハクリューの状態に気付いたのか、アキラは沈みながらも意地でも同じく沈んでくるハクリューの元へ向かおうとする。

 ゴーグルなどの補助道具が無ければ、水中での視界はハッキリしないが、それでも彼はぼんやりと認識することが出来るハクリューの体の一部を何とか掴むと手繰り寄せる様に抱えた。

 何か回復させるアイテムが無いかポケットの中を漁ってみるも、残念なことに何も入っていなかった。こうなるとヤドキングか誰かの助けが欲しいが、あの状況を考えると難しいだろう。

 

「くそ」

 

 アキラは自分自身に悪態をつくが、口から出たのは言葉では無くて空気の泡だった。

 如何にもならないとはいえ、今日ほど自分がカナヅチなのを恨んだことは無い。

 

 足をバタつかせても全く浮き上がる気配は無い。

 徐々に増す息苦しさに意識の奥底から、またしても”死”の概念が浮かび上がる。

 この世界に来てから危機的状況を何回も経験してその度に死の予感を感じたが、今回は一段と現実味を帯びている。何故なら、この世界に来てから頭の片隅で危惧していたカナヅチの所為で溺れ死んでしまうことが、現実のものになりつつあるからだ。

 

 だけど、死を意識しながらもアキラは諦めるつもりは無かった。

 何とも情けなくアホらしい死因になってしまうのを避けたい気持ちもあるが、まだやらなければならないことがあるからだ。この二年間、元の世界では考えられない数だけ酷い目に遭ってきたけれど、その度に乗り越えてきたのだ。

 

 本当の意味で諦める時は、自らが死ぬその瞬間。

 

 そうなるまで足掻けるだけ足掻こうと割り切れば、不思議と息苦しさと迫る死は怖くない。

 

 相棒のドラゴンの体を抱えて、アキラは思い付く限りの方法を試して浮き上がろうとする。

 ここで全てを終えるつもりは無いのだ。

 必ず這い上がって見せる。

 

 努力空しく息が限界近くになった時、グッタリとしていたハクリューは、抱えていた彼も一緒に引き上げる様に体を海面に向けて伸ばし始めた。

 彼もまた、このまま終わるつもりは微塵も無かった。

 必ず戻ってあのマント――ワタルに一矢報いる。

 

 立ち止まるのでもどこまでも沈んでいくのではなく、必ずや上へと這い上がる。

 

 それは今この状況だけを指しているのか、それとも遥か先を見据えた上なのかは定かでは無い。

 けれども互いが強くそう意識した時、片や体の奥底から何かが湧き上がり、片や体の奥底の何かが外れた。

 

 

 

 

 

「ふん、ようやく俺の視界から消えたか」

 

 トレーナーを助けようと海に飛び込んだハクリューを”はかいこうせん”で狙い撃ちにしてから、一向に彼らが浮かぶ気配を見せないことにワタルは満足気だった。

 

 主従関係を築いている訳でもポケモンがトレーナーに忠誠心を誓っている訳でも無く、各々自由に好き勝手動く関係を受け入れている彼のポケモン達。神聖と信じているドラゴンポケモンの端くれさえも、その関係を何の疑問も無く受け入れているのだから、視界にすら入れたくなかった。

 

「てめぇ!!」

 

 ワタルはスッキリしていたが、友人であるレッドはアキラを海に叩き落した元凶に激怒する。彼はイエローと共に、まだ戦えるアキラのポケモン達と並ぶとワタルと彼が率いるポケモン達を睨み付ける。

 

「レッド、お前は奴とは違って惜しい男だが、我らの理想郷の為に消えて貰おう」

「お前に惜しまれても少しも嬉しくない!!」

 

 ハッキリ断言して、全ての力を賭して戦うことを決意して挑もうとした時、レッドの動きが止まった。

 

「レッドさん?」

 

 イエローとピカチュウ、付き合いの長いニョロボンだけが彼の異変に気付いて立ち止まる。

 さっきまで手足の痺れだけだったのに、体が石の様に固まって動けないのだ。

 

「くそ、動け…動いてくれ!」

 

 体に鞭を打たせてでもレッドは動こうとするが、まさかここまで痺れが悪化するとは思っていなかった。彼が体の異変に手間取っている間にも、ニョロボンとピカチュウを除いたポケモン達はワタルが乗っているカイリューに戦いを挑むが、その強大な力に圧倒されて良い様に蹂躙される結果で終わった。

 

「ここまでだな」

 

 レッドとイエローを見下ろしながらワタルはそう告げると、ボールの中に入れていたプテラを召喚するだけでなくギャラドスと二匹のハクリューを呼び戻す。

 

 危険だと皆が直感した直後、五匹のドラゴン達は一斉に”はかいこうせん”を放ち、彼らが立っていた氷の一角は丸ごと吹き飛んだ。

 イエローも爆発に巻き込まれたが、ピカチュウが”みがわり”で作り出したサーフボードに助けられて海に落ちずに済んだ。

 しかし、体が硬直してしまって動けないレッドは、咄嗟に助けようとしたニョロボンの手が届かずそのまま海に落ちてしまった。

 

「レッドさん!!」

 

 イエロー達は急いで海に沈んだ彼を助けようと向かうが、それを見逃すワタルでは無かった。

 狙えばほぼ確実に当たる軌道変化自在の”はかいこうせん”を放とうと狙い定めた直後、彼らの前で一際大きな水柱が立ち上がった。水飛沫が飛び散る中で荒れる波の上で必死にバランスを保とうとしながら、イエローは水柱から飛び出したその姿を目にした。

 

「え?」

 

 ワタルが今乗っているのと同じ姿をしたポケモンが、今海に落ちたレッドを抱え、先に沈んでいたアキラを背中に乗せていたのだ。

 一瞬戸惑ってしまったが、その姿の名とカスミの屋敷でアキラが良く口にしていた話をイエローは思い出した。

 

 

 ハクリュー最終進化形態――カイリュー




アキラ達が総力戦を挑む中、遂にハクリューが最後の進化を遂げる。

ようやくここまで辿り着けて、個人的にはホッとしています。
やっと現代の彼らに繋がる下地が揃いました。

作中内時間で、ミニリュウからカイリューに進化するまでに二年くらい時間が掛かっていますが、ドラゴンタイプのポケモンは手懐けるだけでなく最終形態にまで育て切るには普通に育成していたら年単位で時間が掛かりそうなイメージがあるので、これでも早い方だと個人的には思います。


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獅子奮迅

 カイリュー、と聞けば、今敵対しているワタルがその肩に乗っているポケモンであるのが、イエローの中では真っ先に浮かぶイメージだ。

 

 故に海から飛び出したカイリューの姿を見た一瞬だけ敵であると意識してしまったが、その細めた威圧的な目付きには覚えがあった。

 我が道を行くな態度でありながら、青い帽子を被った少年と共に戦うドラゴンが何時も浮かべている眼差し。姿は体色どころか体格も大きく変わっているが、アキラが口にしていた言葉を信じるならば、彼のハクリューが進化したのだ。

 

「アッ、アキラ。これって…」

 

 戸惑うレッドを余所に、背中にしがみ付いていたアキラは飲んでしまった水を激しく咳き込む形で吐き出しながら、新鮮な空気を一杯に吸う。息苦しさのあまり本当に意識を失う寸前だったが、気が付いたら海の中から飛び出して事なきを得ていた。

 一体何があったのかはまだ意識があやふやで理解していないが、一つだけわかっていることはあった。

 

「ありがとう…リュット」

 

 息を切らせながら、アキラは自身が信頼するドラゴンに感謝する。

 まだ彼はしがみ付いているドラゴンポケモンが、ハクリューではなくカイリューに進化していることに気付いていなかったが、飛び出したカイリューはそのまま氷の足場まで飛んでいくとそこに二人を降ろす。ここでようやく、アキラはカイリューに進化している姿をハッキリと目にするが、何時までも見てはいられなかった。

 

「この…死に損ないが…!」

 

 一度は海へと落としたアキラが、再び視界に入って来ただけでなく、最強のドラゴンを引き連れて舞い戻って来た。その事実にワタルは、額に青筋を浮かばすだけでは留まらない凄まじい表情で歯軋りをする。

 

 今度こそ地獄に叩き落してやると言うワタルの怒りに呼応して、彼のカイリューは小手調べで無い幾分か本気の”はかいこうせん”を放つ。

 放たれた”はかいこうせん”は一直線にアキラ達に迫るが、アキラのカイリューは前に進み出ると同時にツノにエネルギーを纏わせた”つのドリル”で、激しく火花を散らしながらも破壊的な光線を正面から掻き消していく。

 

「凄い…」

 

 ワタルの連れているカイリューでわかっていたが、味方になるとこれ程まで心強いことにイエローは感嘆する。そしてカイリューは血振りの様にドリルを形成した頭を振って、”はかいこうせん”を完全に払い除けると、体を屈めてレッドのニョロボンを背中に乗せた。

 

 一体何をするつもりなのかと思った瞬間、目にも止まらないスピードでカイリューは一気にワタルを乗せた同族の懐に跳び込み、拳を捻じ込んだのだ。

 パワーと加速が合わさった強烈なパンチに、ワタルを乗せたカイリューはプテラを巻き込んで、腕を突き立てられたまま海面をスレスレで滑空していく。

 そして腕を振り切られる形で吹き飛ばされると、二匹纏めて少し離れた海面に叩き付けられた。

 

「うわ…お前のハクリュー…じゃなかった。カイリュー強いな」

「う…うん」

 

 レッドは知らないが、二年前のミュウツーとの戦いでもカイリューは開幕ロケットスタートからの一撃をやっていたが、改めて見るとその威力は半端では無かった。

 

 ワタルと彼のカイリューとプテラを彼方へと殴り飛ばした後、アキラのカイリューは凍っていない海の上で急ブレーキを掛けて、浮遊する形で止まる。

 体の奥底から湧き上がる力が二年前より弱く感じられることを除けば、何一つ変わっていない。疑似的な再現では無く、正真正銘本当の意味で自分がこの姿と力を再び手に出来たことをカイリューは実感するが、浸っている暇は間は無かった。

 残っていたギャラドスと二匹のハクリューが、同時に”はかいこうせん”を放ってきたのだ。

 

 迫る”はかいこうせん”にカイリューは気付くと、背中にニョロボンを乗せたまま複雑且つ素早い動きで追尾してくる光線を避けながら、狙いを定めさせない目的で海の中へと飛び込む。

 すぐにワタルのポケモン達も潜り、双方は水中であるにも関わらず一気に距離を詰める。

 

 最初に二匹のハクリューが仕掛けようとするが、ドラゴンポケモンの背中に乗っていたニョロボンは水の中でも足場がある様な動きで、ハクリューの一匹に接近して”れいとうパンチ”を叩き込む。相性が悪いこおりタイプの攻撃を受けたことで、殴られたハクリューの動きが鈍ると、カイリューはもう一方のハクリューを相手取った。

 

 近付いたハクリューはカイリューの体に巻き付いて締め上げようとするが、カイリューは鮮やかな青い竜の体に爪が食い込む程の力で鷲掴みにする。それだけでもかなりの痛みとダメージであったが、カイリューがニョロボンの”れいとうパンチ”を”ものまね”した状態で掴んでいるのも重なり、巻き付いた体に全く力が入らず呆気なく振り解かれる。

 

 逆襲しようとカイリューは構えるが、ギャラドスが鋭い牙が並ぶ口を開けてニョロボンに迫っていることに気付く。

 すぐさま標的を変更して、全身を使った体当たりできょうぼうポケモンの気を逸らすと、すかさず胴にハクリュー用に備えていた”れいとうパンチ”を打ち込む。冷気の籠ったパンチにギャラドスは怯むが、続けてニョロボンは顔面に飛び蹴りの様な蹴りを入れる。

 

 二匹が交互に仕掛ける絶え間ない連続攻撃に、青い龍は悲鳴を上げる。

 だが手を緩める気が無かったカイリューは、再び向かってきたハクリュー二匹の頭や尾をそれぞれ掴むと、振り回してギャラドスの顔を滅多打ちにし始めた。

 あまりに常識外過ぎる戦い方に武器代わりにされているハクリュー二匹は、早々に抵抗する気力を失い、きょうぼうポケモンも味方に攻撃が当たることを恐れているのか強気になれない。

 

 ギャラドスの動きが弱ったのを見計らったカイリューは、ハクリュー二匹を放り投げるとギャラドスの尾を両手で掴み、湧き上がる力が許す限りの力を籠めてジャイアントスイングを始めた。

 

 水の中とはいえ、体格差が数倍もあるギャラドスをドラゴンポケモンは大した苦も無く振り回していく。途中でほぼ漂っているも同然だったハクリュー二匹も巻き込むと、カイリューは三匹を海面目掛けて放り投げる。

 水柱を上げて三匹は纏めて海から打ち上げられるが、後を追って飛び出したニョロボンはドラゴン達に渾身のアッパーをお見舞いする。

 

 カイリュー以上に体格差があるにも関わらず、このニョロボンのアッパーによって宙を舞っていたギャラドス達三匹はまた打ち上げられる。

 普通のポケモンなら既に戦闘不能になっていてもおかしくないまでの攻撃を受けていたが、手を緩めるつもりは無いのか、背後からは遅れてカイリューも海から飛び出す。そして体を捻らせて、太く強靭な尾から放つ”たたきつける”で追撃を仕掛ける。

 進化したばかりの影響でこれ以上無く体中に力が漲っていたが、カイリューが得意とする技を受けたドラゴン達は、グリーン達と四天王が戦っている氷の足場へと軌道を描きながら落ちていく。

 

「何だ?」

「離れろ! 潰されるぞ!」

 

 キョウが声を上げるまでもなく、彼らは戦いを一時中断して落ちてくるギャラドスの巨体に潰されまいと離れる。

 大きな音を轟かせてギャラドスとハクリュー達は分厚い氷の上に叩き付けられたが、あれだけの猛攻を受けても尚健在なのか、すぐに体を持ち上げると自分達を見下ろすカイリューを睨む。

 

「あれは、ワタルのカイリューじゃないわね」

「フン。この土壇場であの小僧のハクリューが進化したのか」

 

 カンナは冷静に分析するが、キクコは面白く無さそうだ。

 身内がカイリューを連れているので、その強さは良く知っている。

 ただでさえ強大な力を秘めているのに、どんなポケモンでも進化することで身体に負ったダメージを回復するだけに留まらず、そのエネルギーで一時的ではあるが通常よりも大きな力を発揮出来るのだ。

 あらゆる要素を考慮すると、あのドラゴンが今この場で戦っている誰よりも脅威なのは間違いなかった。

 

 一方カイリューのトレーナーであるアキラは、ニョロボンとタッグを組んでいるとはいえ、自分の助けなしで戦っているカイリューの動向を固唾をのんで見守っていた。

 今すぐ力になりたいが、まだ呼吸が落ち着かなくて体の調子も良くならない。

 

「…リュット」

 

 敵意、不安、期待、あらゆる感情が籠められた視線を一身に受けながら、浮遊しているカイリューは恍惚してしまいそうな気持ちを静めながら目を閉じて構える。

 二年前のあの時よりは力は発揮できないが、それでもあの時に負けず劣らず、力が体中に溢れるのを彼は感じていた。

 

 今なら何でも出来る気がする。

 

 すると、ツノにエネルギーが螺旋状に収束していき、体からは薄くはあるが炎の様に揺らめく黄緑色のオーラが少しずつ溢れ始める。無意識の内に込み上がってくる力に身を委ねながらカイリューは体を回転させていくと、瞬く間にドラゴンの体は激しい唸りと衝撃を合わせた竜巻の様な破壊的なものへと変わった。

 

 「!?」

 

 予想外過ぎるカイリューに起こった変化に、カンナとキクコは顔を強張らせる。

 その姿が危険なものだと直感したのか、三匹のドラゴンとカンナの氷ポケモン達は一斉にカイリューに向けて技を放つ。無数の光と雪混じりの暴風が一直線に迫るが、黄緑色のオーラの奔流を纏いながら超高速で螺旋回転するドリルそのものとなったカイリューは、放たれた攻撃全てを弾く様に打ち消しながら突撃する。

 

 挑んだポケモン達はすぐ危険性を悟るが、刹那に彼らは通り過ぎる様に貫いたカイリューの常軌を逸したパワーとスピードによって生じた衝撃波で、砕け散った氷と共に宙を舞っていた。

 ドリルそのものとなったドラゴンポケモンの破壊力は凄まじく、四天王のポケモン達を吹き飛ばすだけに留まらず、小島ほどはある氷の足場の一部を完全に粉砕してようやく止まる。

 回転を止めると同時に空中に静止したカイリューが振り返ると、先程の突撃に巻き込まれたポケモン達は皆例外なく砕けた氷が漂う海面へと落ちて行き、力尽きた姿を晒していた。

 

「バ、バカな…こんなことが…」

「これは想定以上だね」

 

 鍛え上げた手持ちを一蹴されたことが信じられなくて唖然とするカンナとは対照的に、キクコは興味深そうに上空のカイリューに目を向ける。進化したばかりのポケモンが平時よりも大きな力を発揮できることは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 

 今の技は”つのドリル”と思われるが、たった一撃で四天王のポケモンを半分近く仕留めたのだ。破壊力がケタ違い過ぎる。しかし、キクコの目には”つのドリル”に別の技、言うなれば更なるエネルギーを纏わせた複合的な上位技である様に見えなくも無かった。

 

 さっきの突撃に巻き込まれた敵はもう動かないと判断したのか、上空に留まっていたカイリューはカンナとキクコ、シバを見下ろす。

 キクコとシバの手持ちはまだ健在ではあったが、先程ワタルとカンナのポケモン達が蹴散らされたことを考えると全く安心できない。次は何を仕掛けてくるのか四天王の三人が動向を窺っていた時、見守っていたアキラが声を張り上げた。

 

「リュット後ろ!」

 

 彼の声に反応して振り返ると同時に、カイリューは咄嗟に腕を使って背後から仕掛けようとするブレて見える何かから身を守ろうとする。

 辛うじて直撃は防げたが、勢いまでは殺せずにドラゴンポケモンは切り揉みしながら氷の足場に叩き付けられた。

 

「よくも…舐めた真似を!」

 

 訳が分からないまま殴り飛ばされた挙句、手持ちの半分を戦闘不能にされて、プライドの高いワタルの怒りは頂点に達していた。ワタル同様にやられっ放しなのに苛立っていた彼を乗せたカイリューは、叩き落したアキラのカイリューに”かいりき”で殴り掛かるが、氷混じりの粉塵の中から立ち上がったカイリューの拳が突き出されて激しく激突する。

 

 両者のパワーは互角だったが、足場の氷があまりの力に耐え切れず蜘蛛の巣状に一気に割れていくのを見て、ワタルのカイリューに押し切ろうとする。このまま冷たい海に沈めてやると彼らは意気込むが、ここで遂にアキラがカイリューにアドバイスを伝えた。

 

「左手で相手の腕を掴んで右に体を捻らせるんだ!」

 

 抽象的ではあったが、彼のカイリューはぶつけた状態で伸ばしたままであるワタルのカイリューの右腕を左手で掴むと、右足を軸に体を捻らせてギャラドスの時と同様にジャイアントスイングを始める。

 右腕に全力を込めていたワタルのカイリューは抗うことが出来ず、されるがままに振り回されて、そのまま彼らはキクコ達がいる場所まで投げ飛ばされた。

 

「こいつ、どこまでも!!」

「もう止めな。ワタル」

 

 カイリューから落とされて、屈辱に震えるワタルをキクコは制する。

 さっき自分達がワタルのカイリューのおかげで流れを引き戻したのと同じ様に、彼らも進化したカイリューによって流れを戻した。キクコとシバの手持ちはまだ戦い続けられるが、カンナの手持ちは全滅、ワタルの手持ちはカイリュー以外戦闘不能。

 対して相手の方はまだ多くのポケモン達が健在な上に、進化した直後で力が有り余っているカイリューがいるのだ。あまりにも分が悪過ぎる。

 

「――引き時だね」

「引き時? 奴に尻尾を巻いて逃げろと言うのか!」

 

 負けを認めることが嫌なのかワタルはキクコを怒鳴るが、老婆は無視して淡々と引き揚げる準備を始める。ジムリーダーを凌ぐ実力者集団である四天王を名乗っておきながら敗北を認めることは確かに悔しいが、ここで倒れては目的を果たせない。

 プライドと目的のどちらを取るかと聞かれたら、キクコは迷いなく目的を選ぶ。

 最終的に勝てば良いのだから、プライドに拘って大局を見逃すなど愚かだ。

 

 どこからともなく三人の周りに黒い霧が現れて、あっという間に彼らを包み込むが、それでもワタルは一人拒否する。

 四天王の将として、ドラゴンポケモンの扱いなら右に出る者はいないのを自負している己が、ドラゴンポケモンどころか手持ちを完全に統率出来ないトレーナーを相手に背を見せるなど断固認めない。無言ではあったが、彼の背はそう言っている様にキクコには見えた。

 

「……頑固ね」

 

 そう呟くと、キクコ達は黒い霧と共に姿を消した。

 去っていった仲間達にワタルは怒りを感じるが、彼自身も既に戦いの流れが変わっていることは良くわかっていた。ならばせめて、奴らに大損害、もしくはここでアキラとカイリューを討つつもりだった。

 

 一方のアキラのカイリューは、ワタル達から怒りの矛先が向けられているのを肌で感じ取っていたが、相手にとって嫌な展開である証明でもあるので逆に気を良くしていた。

 

「凄いなお前のハクリュー…じゃなかったカイリューは」

「正直…俺も驚いているよ」

 

 対峙している間に背を向けている後ろでは、ようやく回復したアキラがレッドと一緒に指示を出すのに最適な距離まで戻って来る。この土壇場に進化しただけでもアキラは驚いていたが、さっきカイリューが見せた技の破壊力には驚きを通り越して言葉を失った。

 

 二年前のミュウツーと戦った時のカイリューの力は、ミュウの力添えは一切無い地力だったのかもしれない。そう思えてしまうくらいにだ。カイリューはワタル達に集中しているからなのか、こちらには一切こちらに視線を寄越さずに背を向けたままだが、アキラとしては驚いている事がもう一つある。

 

 まだ明確にわかっている訳では無いが、彼自身が危機的状況に陥ると頼りにしている相手の動きが良く見える感覚が、そこまで強く集中しなくてもわかる様になっているのだ。

 今の段階でも何気なくわかるレベルなのに、少し集中すると周りが遅く感じる感覚までは至れなくても、視界内にいる存在の動きが手に取る様にわかる。あまりに手軽過ぎて逆にアキラは少し戸惑ってはいたが、心強いことには変わりなかった。

 

「リュット来るぞ!」

「”はかいこうせん”!」

 

 事実ワタルのカイリューが何をしようとしているのか、指示が出る直前にわかったアキラは、カイリューに攻撃が来ることを伝える。

 放たれた”はかいこうせん”は、軌道を読ませない様に複雑な動きでアキラのカイリューに飛んでくるが、既に備えていたカイリューはギリギリ近くの足元に当たる形で避ける。

 

「いいぞ。このまま――」

 

 その時、アキラは体に電流の様なものが走るのを感じた。

 実は目の感覚以外にも、彼は自らの体に起こった変化を自覚していた。

 研ぎ澄まされたかの様に、普段以上に他の感覚も鋭敏化しているのだ。

 

「避けろ!」

「え?」

 

 声を荒げるが、隣にいたレッドとイエローの反応は鈍かった。

 アキラが警告したのとほぼ同時に、砕けた氷と白い冷たい蒸気に紛れてワタルを乗せたカイリューが、アキラのカイリューを余所に突っ込んでくる。

 

 ポケモンよりもトレーナー狙いとアキラは判断し、遅れた()()()()()()両腕で抱えると、横に跳ぶ形で振られた豪腕を避ける。

 不意を突いた攻撃が、空振りに終わってしまったことを知り、ワタルは舌打ちをする。急停止をして更に仕掛けようとしたが、彼らの前にレッドとイエロー、アキラが連れているポケモン達が三人を守ろうと立ちはだかった。

 

「邪魔をするな!」

 

 激昂したワタルとカイリューは、彼ら以外にも集結し始めたグリーンやブルー、ロケット団三幹部のポケモン達さえも同時に相手取った。

 一見すると無謀とも言える数の差ではあったが、怒りで力が湧き上がっているのか、ワタルのカイリューはそれらをまるでものともしなかった。

 

 どれだけ攻撃を受けても怯まず、カイリューと同じ大型ポケモンが体を張って抑え付けようとしていたが、それでも尚止まらず怒りの咆哮を上げながらメチャクチャに暴れる。周囲にいるのは全て敵だからなのか、一切の手加減も配慮もしない暴れっぷりに、ダメージを受けるだけに留まらず戦闘不能にされるポケモンも出てくる。

 

「何て奴だ」

「こっちにもカイリューがいるのに…」

 

 無双していると言っても過言では無いワタルのカイリューに、マチスとブルーは言葉を失う。

 まともに正面から渡り合えているのは何とか止めようとするアキラのカイリューだけだったが、味方の数が多過ぎて逆に上手く戦えていない様にアキラには見えていた。

 多くがどうすればワタルのカイリューを倒せるかを考えていたが、イエローだけは違っていた。

 

「何で彼らは…そこまでするんだろう」

 

 ワタルが連れているカイリューと彼の気持ちがわからず、イエローは呟く。

 傲慢、身勝手など悪い要素は幾らでも浮かぶが、彼らは何故ここまでしてでも世界を変えようとするのか。その理由をイエローは知りたかったが、傍にいたグリーンは口を開く。

 

「そんなこと、俺達がわかるはずがない。仮に理由を知ったとしても、あいつは止まらない」

「同感だ。奴は周りの声を聞かず自分だけの考えに固執している。素直に耳を貸すとは思えん」

 

 グリーンの言葉にキョウも添える。

 過去にそこまで彼らの怒りを駆り立てる何かがあったとしか言えないが、だからと言ってワタル達がやっていることは許されるものでは無い。彼がこんな凶行に走ったのは、ただ怒りの叫びを上げるだけで終わらず、自らの考えを実現できるかもしれないと考えてもおかしくないだけの力を持ってしまったことも大きいだろう。

 

 悲しい過去、悲劇の過去があったかもしれない。

 だけど彼に譲れないものがある様に、アキラ達にも譲れないものがあるのだ。それはイエローもよくわかっていたが、道を踏み間違えて力で訴えるワタルを同じ力でしか止めることが出来ないのが悲しくも悔しかった。

 そんな想いを余所に、荒々しく吠えながら、二匹のカイリューは激しく激突して互いに正面から取っ組み合う。

 

「俺は、負けないぞ!!」

「その状態を維持するんだリュット!!」

 

 同じカイリューを連れる者同士、各々のやり方で鼓舞する。

 鼓舞されたドラゴン達も、押し合いながらも「目の前の相手にだけは絶対に負けたくない」という強い意思の籠った鋭い視線をぶつけ合う。

 

 アキラのカイリューは進化したばかりの影響でかなりの力を発揮出来ていたが、ワタルのカイリューも負けず劣らずのパワーに加えて、先に進化しているが故の経験で対抗する。双方の押し合いは拮抗していたが、他からの攻撃を受けて集中を乱されたことでワタルのカイリューは力任せに投げ飛ばされる。

 しかし、その状況でも体勢を立て直して立ち上がると再び迫る。

 対するアキラのカイリューも構えるが、迫る同族に対してまだ戦う事が出来る他のポケモン達が先に挑んだ。

 

「退けェェェ!!!」

 

 ワタルのカイリューは他のポケモン達を薙ぎ払っていき、上空から爪で斬り掛かろうとしてきたリザードンさえも弾き飛ばす。

 また蹂躙されるかと思われた時、アキラのカイリューが再び正面から止めに掛かった。

 上手く体に力が入りにくい体勢になるタイミングで仕掛けられたが、それでもワタルのカイリューは強引に押し切ろうとする。その時、背後からフシギバナのツルがワタルのカイリューに巻き付いてきた。

 

「小癪な!」

 

 正面だけでなく後ろからの力にも抵抗するが、空から先程打ち払ったリザードンまでもカイリューの体を持ち上げる様に掴み掛かってきたことでいよいよ難しくなった。腕の立つ大型ポケモン三体分のパワーには、流石にワタルのカイリューも対抗し切れない。

 

 ”はかいこうせん”でフシギバナ以外を片付けようとした時、アキラのカイリューは口元をニヤけさせると、押し合っていた体と軸を横にズラす。

 前からの力が弱まったが、そのタイミングにほぼ正面からぶつかってきたカメックスの”ロケットずつき”による激しい衝撃が、ワタルのカイリューの腹部に伝わる。

 重い一撃を受けたことで体から力が抜けるタイミングを見計らい、リザードンが離れると同時にカイリューとフシギバナは、ワタル達を空高く投げ飛ばす。

 

「――ピカ」

 

 怒り狂うワタルとの戦いを見ていたイエローは、静かにピカチュウのニックネームを口にする。

 ピカチュウは不安気に振り返るが、既にイエローは決めていた。

 彼も周りももう止まらない。ならば自分に出来ること――

 

 これ以上ワタルが誰かを傷付けたり壊したりするのを止めることをだ。

 

「お願い!!!」

 

 イエローの頼みを聞き、頷いたピカチュウは駆け出した。

 

「おのれ! どこまでも――」

「いけぇカメちゃん!」

「動きを封じるんだ!」

 

 ワタル達は改めて挑もうとするが、すかさず放たれたカメックスの”ハイドロポンプ”によってカイリューは更に高く宙に上げられ、更にリザードンの”ほのおのうず”に包まれる。

 

「”はかいこうせん”!!」

「”ソーラービーム”!!」

 

 動きを封じたタイミングで、間髪入れずカイリューの”はかいこうせん”、フシギバナの”ソーラービーム”が放たれる。放たれた二つの大技はほぼ同時に、炎を突き破って動きを封じられたワタルが乗るカイリューに命中して上空で激しく大爆発を起こす。

 そして、まだ爆発の煙が晴れない内にイエローの頼みを聞き入れたピカチュウは跳び上がり、雄叫びを上げながら最大パワーで”10まんボルト”を放った。

 

 放出された膨大な電撃が放つ太陽が目の前に現れた様な光の強さに、その場にいた殆どの者は何が起こっているのか直視できなかった。やがてピカチュウが放った電撃が弱まるにつれて光も収まってきたが、そこにワタルとカイリューの姿は無かった。

 

「消えた?」

「いや、逃げている」

 

 まるで最初からいなかった様に何も無いのにイエローは戸惑いの声を漏らすが、違うのをナツメは断言する。超能力が使える彼女がそう言っているという事は、どうやったのかは知らないが辛うじて逃げたのだろう。

 先程までの激戦が嘘みたいにクチバ湾に広がった氷の上は静まり返っていたが、周りには自分達と敵対する存在はいなかった。

 つまり、この状況が意味することは――

 

「勝った…という事か…」

 

 レッドがそう呟くと、その場に居た者達は疲れた様に息を吐いたり、緊張の糸が切れて座り込んだりした。

 四天王全員を相手にしながら退けることに成功した。

 座り込んでいたアキラは、この事実が未だに実感できていなかったが、目に疲れを感じて軽くマッサージの真似事をする。緊張の糸が切れたので体に力が入らないが、何時もなら消える目の感覚は消えないだけでなく吐き気もしなかった。ワタルが消えたことも含めて気になる事だらけだが、今は体を休めようと彼は思うのだった。

 

 

 

 

 

「くそ!!」

 

 身に付けている衣服だけでなく体の至る所に傷跡を残しているにも関わらず、ワタルは悔しさを滲ませていた。プライドを賭けて挑んだと言うのに追い詰められただけでなく、()()()を使うことも脳裏に過ぎりながら負けてしまった自分自身に、彼は苛立っていた。

 

 隠れ家にして拠点であるスオウ島に戻っていた四天王達だが、クチバ湾での戦いのダメージは消して無視できるものでは無かった。

 結果を見れば、現段階で出せる戦力全てで挑みながら返り討ちという無様なものだ。

 

「……俺は…何をやっていたんだ?」

 

 周りが先程の戦いの敗北で暗い雰囲気になっている中、シバだけは一人呆然としていた。

 体が疲労しているのと少なくない生傷を見れば何かあったのは確実だが、彼はその事に関して全く覚えていない。一体何があったのかキクコに理由を聞こうとしたが、その前に老婆は不機嫌そうに振る舞いながらも座り込んでいた石から立ち上がる。

 

「ふん! 今更済んでしまったことを気にしている暇は無いわ。モタモタしていると、奴らがこの島に乗り込んでくるよ」

 

 レッド達にも少なからずダメージを与えてはいるが、さっき戦った敵の中には超能力の扱いに長けた者がいるのだから、この本拠地に乗り込んでくるのも時間の問題だ。元々数日以内に計画を実行するつもりだったが、準備が整っているのならすぐにやるべきだ。

 

「今度こそ…奴らを…」

 

 すっかり同じカイリューを連れているアキラにやられたことで、頭に血が上っているワタルをキクコは杖で突く。

 力が無いのなら見捨てていたが、こんな若造でも四天王最強なのだ。

 まだまだやって貰う事が山程ある。

 そうでなければ、ピカチュウの電撃を浴びせられる前に危険を冒してまで回収などしない。

 

「ワタル、お前さんはどういう手を使ったのかは知らんが竜の軍団を用意しているじゃない?」

「――何を言いたい」

「アタシらの脅威になる連中が一箇所にいる。だったらする事は一つじゃない」

 

 力に自信はあるが、四人掛かりで挑んでおきながらあの結果ではマズイ。

 少なくとも戦力を削るか、計画が達成するまでの時間を稼ぐ必要がある。

 

 キクコの提案に、ワタルは怒りで表情を歪める。

 だけど、このままでは同じことの繰り返しであるのを理解していた彼は、頭を冷やして先程のキクコと同じくプライドと目的を天秤に測って考える。

 予定していた計画とは違うが、ポケモン達の理想郷を建国する野望を成就させる為には仕方ないことだと、彼は割り切った。




アキラ達、カイリューの力で流れを取り戻して四天王を撃退することに成功する。

レッドのニョロボンとのタッグに一騎当千の力を発揮するカイリュー、アキラとカントー図鑑所有者である四人との連携攻撃など、今まで書きたかった要素をこれでもかと詰め込む勢いで書き上げました。
特にニョロボンとのタッグは「最初の手持ち」繋がりで共闘させたかったので、こんなに早く描ける機会が来て良かったです。

カイリューの爆発的な力に関しましては、進化直後に生じたエネルギーによる一時的な強化という解釈と無自覚に勢いで発揮した力などの要素がありますが、後者については少しずつ明らかにしていくつもりです。

最終決戦なノリでしたが、まだまだ戦いは続きます。


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示された決戦の地

 逃げ延びたワタル達の不穏な計画が進み始めた頃。辛うじて四天王との激戦を制したアキラ達は、休むことも兼ねて今後の作戦を立てるべく、クチバシティにあるポケモン大好きクラブに集まっていた。

 

 本当はマチスが管理しているクチバジムが規模的には良かったのだが、二年近くも放置しているので中に入るのが面倒などの理由で、ある程度の広さがあって何人かに縁のあるポケモン大好きクラブが選ばれた。隅では、クラブの集会所をカントー地方の命運を賭けた作戦会議の場にされた会長が縮こまっていたが、そんな彼を気にしている暇は無かった。

 

 今この集会所には、テレビ電話越しではあるがエリカを始めとした正義のジムリーダーズにロケット団三幹部、ポケモン図鑑所持者であるレッド達が一堂に会している。

 

 この地方では間違いなく上から数えた方がずっと早いトレーナーである彼らが、共通の目的で集まっているこの場に自分が混ざっていることに、何時ものことながらアキラは場違いに感じていた。しかし、椅子に座ってテーブル越しで向き合っている彼らの空気は、お世辞にも良いとは言えずとても悪かった。

 

「アキラさん……空気がピリピリしていて怖いです」

「儂もちょっと心配じゃ」

「――まあ悪いと言えば悪いね」

 

 何故かアキラはこの空気の悪さがあまり気にならなかったが、イエローと会長の懸念は尤もだ。

 四天王打倒と言う目的は共通ではあるが、本来ならマチスやナツメ、キョウの三人はロケット団に加担していた敵だ。特に一触即発まではいかなくても、テレビ電話越しであるにも関わらず正義のジムリーダーズと悪のジムリーダーズの空気は非常に悪い。レッド達三人もさっき共闘したこともあるが、それでも微妙に警戒しているからなのか、悪い事には変わりない。

 

 唯一救いがあるとすれば、この空気にマチスはイライラ気味ではあるものの、ナツメとキョウの二人は涼しい顔で受け流していることくらいだ。

 

 休息と今後の作戦会議のつもりで集まったと言うのに、互いに対立していては意味が無い。

 誰かこの状況を打開してくれる者はいないかとアキラはさり気なく見渡すが、緊張と警戒しているからなのか皆口は固く結ばれている。時間はそんなに無いのだ。少し気は引けるが、彼は「自分は貧乏くじを引くのには慣れている」と言い聞かせながら口を開いた。

 

「色々言いたい事などは有ると思いますが、今は対立している場合ではありません」

 

 それは勇気を出したと言うよりは、仕方なく声を上げたと言う感じが強かったが、皆一斉にアキラに注目する。

 中でもマチスは、今にも目からビームを出してきそうな凄んだ目付きではあったが、何故か大して怖く感じられなかった彼は、淡々とマチスを自分が連れているブーバーが喋っているのだと脳内変換する。一気に注目されたアキラではあったが、不思議な事に緊張感があまり感じられなくて、かなり平常心でいられた。

 

 それから少し間を置いて周りの様子を確認すると、彼は立ち上がった。

 レッドか誰かがこの流れに乗ってくれるかと思ったが、結局皆自分に視線を向けるだけなのだ。自分が司会・進行の役を担うのに相応しくないことは自覚しているが、こうでもしないと話は進みそうに無かった。

 

 用意して貰ったホワイトボードに、アキラは黙々と四天王の名前やそれぞれが連れている手持ちポケモン、専門タイプなどの情報を書いていく。

 最初は漠然と見ている者が多かったが、どんどん書かれていく四天王に関する情報にジムリーダー達は目を瞠る。

 

「現段階で得られている情報を纏めますとこうなりますが、何か他に情報を持っている人はいませんか?」

 

 すっかり進行役になったアキラは、大体を書き終えると向けられている幾つかの鋭い視線を気にすること無く尋ねた。先の戦いで得られたのも含めて、今自分が知っていておかしくない限りのことは全て書いたつもりだ。出来れば自分以外からも何らかの有益な情報を得たいものだと意見を募ったら、グリーンが手を挙げた。

 

「奴らの本拠地に関する情報だが、武者修行のついでに調査したところ、普通の地図には無いスオウ島と呼ばれる場所だということがわかった」

『うむ。その島に関しては私の方も独自に調査を進めて、詳細な島の形や位置はわかっている』

「だろうな」

「えぇ」

「…ふん」

 

 グリーンからもたらされた情報に、カツラもテレビ電話越しではあるが補足を加える。

 今まで不明だった四天王が拠点としている場所。

 グリーンやカツラ以外にもロケット団側の三人は知っていたらしいが、知らなかった面々からするとかなりありがたい。これで敵が本拠地を移動させたりしない限り、今すぐにでも乗り込んでいける。

 

「他に何か」

 

 スオウ島の名称もホワイトボードに書き加えて他の情報を促すと、次にレッドが手を挙げた。

 

「これはちょっと情報と言えるかわからないけど、あいつらも一枚岩じゃないかもしれない」

『一枚岩じゃない?』

 

 カスミの疑問にレッドは彼女だけでなく、皆に説明する。

 レッド曰く、シバは四天王に身を置いているが、そこまで四天王の目的であるポケモンの理想郷建国には興味が無さそうなのやどうも意思に反して操られる時があるらしく、さっきの戦いでも操られていた時と同じ様子だったと言う。

 

「おいおい、確かにあのガチムチの様子はおかしかったけど、そんなことがあるのか?」

「いや、私も戦いながら他を見ていたが、あれは自分の意思で動いているとは考えにくい」

 

 マチス辺りは疑問を零すが、ナツメは理解があるのか肯定的だ。

 今思えば、キクコはゴーストポケモン以外のポケモンには、シバが腕に付けているのとよく似たものを付けていた。第二章で何があったのかや物語の流れをアキラは知らないが、彼の中であの老婆が全てまではいかなくても、ワタルをそそのかした黒幕的な存在である可能性は更に高まった。

 

「後は、カンナが使う氷人形には注意するべきだ。あれは……かなり厄介だ」

 

 手首を抑えながら、レッドは受けた時の出来事を思い出しながら語る。

 ただのポケモンの技でも痛いのに、カンナが使って来ると言う氷人形は、動きを封じたり凍らせる以外にも彼の様子を見る限りでは、どうやら手足の痺れなどの後遺症を残すものらしい。もし戦うとしたら、一番警戒するべき人物であり技であるのは確実だろう。

 

「今二人が話してくれたこと以外でも、何か情報は無いでしょうか?」

 

 これらだけでも十分な情報ではあったが、もっと欲しい。

 レッドが話してくれた内容も書き加えながら尋ねると、今度はブルーが手を挙げた。

 今思えば、さっき合流するまで彼女は自分達とは、ほぼ別行動だった。何か自分達も知らない情報を持っているかとアキラは期待したが、予想もしていなかった言葉が出た。

 

「多分……これは結構重要だと思うわ」

「重要?」

「えぇ」

 

 アキラの問い掛けに、普段の小悪魔的な表情を消した真剣な顔でブルーは前置きをする。

 

「ワタルと戦うとしたらイエローが一番…いえ、イエローが持つ力が無いともう一度勝つことは難しいと思うわ」

「……え? 嘘?」

 

 ブルーの発言に、アキラは思わず信じられない様な反応を見せ、話に挙げられたイエロー本人も無言ではあったが驚きを露わにしていた。

 彼は第二章はイエローの物語なのだから、主人公である彼女が四天王、或いはボスであるワタルと決着を付けると言う感じで考えていたが、どうやらハッキリとした理由がありそうだ。

 

「何でイエローの力が無いと難しいんだ? さっきは苦戦こそはしたけど、イエローが前面に出なくても勝てたけど…」

「それはワタルがトキワの森の力を使っていないからだと思うわ」

 

 アキラの疑問に、ブルーは単純明快に答える。

 話を聞けば、ワタルはイエローが持っているのと同じトキワの森の力の持ち主であり、対抗するには同じトキワの森の力を持つ者とそこの出身者のコンビが一番なのだと言う。

 本当にその不思議な力を持つ者でなければ勝つのは難しいのかと、ジムリーダーを中心に半信半疑の空気が広がるが、トキワの森の力についてある程度知っていたアキラは少し納得していた。

 

 さっきの戦いで回復道具を持っている素振りは無かったのに、何故ワタルのポケモン達が回復できたのか疑問に思っていたが、確かに辻褄が合う。ポケモンの傷を癒したり心を読み取るくらいなら、別にイエローが相手にする必要は無いが、トキワの森の力の全容をアキラ達や持ち主であるイエロー自身も知らない。

 もしワタルが誰も知らないトキワの森の力が持つ能力を使って本気を出してきたら、同じ力を持つイエローがいないと対抗するのが難しいことは理解できる。

 だが問題があるとすれば――

 

「仮にその話が本当だとしても、麦藁帽子の小僧が……あの生意気なドラゴン野郎と戦うってことか?」

 

 どう考えても無理だろ、と荒っぽいながらもマチスの意見はわからなくもない。

 実力は今ここにいる面々、集まりの場にされた会長を除けば一番非力で、手持ちも本人の方針で未進化ポケモンばかりだ。確かに四天王最強であるワタルと戦うには不安要素だらけではあるが、アキラには他に気になる事があった。

 

「あのマチス…小僧って言ってもイエローは――」

「アキラストップ!!」

 

 「女の子です」と言おうとしたが、ブルーから大きな声でストップを掛けられた。

 何故?と思ったが、ブルーが念入りに黙る仕草を見せるので、取り敢えず言われるがままに黙る事にした。

 そんな中、イエローは自分が持っている力が強大な力の持ち主であるワタルに対して、そこまで重要な鍵を握っているとは夢にも思っていなかったのか、真剣な表情で考え込んでいた。

 

「イエロー、貴方にとって過酷な運命を強いているのはわかっているわ。でも、この戦いでは貴方の力が必要なの」

 

 改めてブルーは、プレッシャーを与えてしまうのを承知の上で重く告げる。

 皆の注目と彼女の言葉を受けて、イエローは静かに今までの旅と戦いを振り返った。

 

 自分には、レッドを助けられるだけの力がある。

 

 旅立つ切っ掛けとなったブルーから告げられたその言葉と彼に抱いている憧れ、そして力になりたいと言う想いを糧に、イエローはここまで来た。

 だけど、旅に出てから直面した幾多の危機を自力で乗り切ったことはあまり無い。

 自分一人でワタルに挑むとは限らないが、もし一対一で彼と対峙するとなったら勝てる自信は無かった。

 

「……確かに…この中では僕が一番弱いです」

 

 ハッキリと周りだけでなく、自らも感じている事実をイエローは告げる。

 キョウとナツメは静かな眼差しを向けるだけだったが、マチスは露骨に苛立ちを見せている。弱いことはわかっているのだから、どうするんだ?と言わんばかりの威圧感ある目付きだったが、イエローは怯まなかった。

 

「ですが、だからと言って諦めるつもりはありません。信じられない、頼りにならないと思う人はいるかもしれません。だけど――」

 

 ブルーが話していたことが本当で、自分が大切にしているこの力をワタルが悪用しているのだとしたら、尚更見過ごす訳にはいかない。

 今はあんな振る舞いだが、トキワの森の力を持っているのなら、ポケモンや誰かを思い遣る気持ちがあるはずだ。もう説得しても止まらないとしても、何故こんな事を始めたのかの理由も含めて、ワタルには聞きたい事が山程ある。そして何より――

 

「これ以上…彼が誰かを傷付けるのを…僕は止めたい」

 

 先程ワタルに最後の一撃をピカチュウにお願いした時に抱いた決意を胸に秘めて、イエローはハッキリと自分がワタルを相手にするのを口にする。

 さっきまでの弱々しい姿とは違うイエローの姿に、テレビ越しで見ている四人のジムリーダー達は勿論、この場にいる悪のジムリーダー達も程度はあれど感心する。周りの反応を見て、アキラはこれでイエローがワタルと戦うのは決まりだろうと考えるが、まだ問題はある。

 

「イエローがワタルと戦うのは確定として、一人で立ち向かわせるのは酷だろうね」

 

 イエローは戦う決意をしたが、幾ら決意が固くても実力差を覆すことは容易では無い。

 ワタルに止めを刺す役目を任せるとしても、誰かの助力前提でも良いからそこまで追い詰める必要がある。

 

「誰かと組んで、手助けして貰う必要があるわね」

「なら、これが必要ね」

 

 ブルーの提案にどこからかナツメはスプーンを取り出すと、それを自らが持つ念の力でレッドを除いた面々に行き渡らせた。

 

「これって?」

「”運命のスプーン”よ。これでイエローと組むべき相手や他にも組むべき者同士の組み合わせを決める」

 

 ナツメの説明にアキラは納得するが、渡されたスプーンはどこか既視感があった。

 確かこれは――

 

「これって……お前のスプーンだったのか」

 

 懐からレッドは、今アキラ達に行き渡ったスプーンとは別に所持している先が曲がっているスプーンを取り出す。そういえばこのクチバシティに来る時、彼はあのスプーンがここに曲がったのを見て行くことを決意していた。

 サカキがレッドにスプーンを渡した時に告げた「再び決戦の地へと導く」と言う言葉を信じるのなら、あの時スプーンが曲がったのは、さっきの戦いを予期していたからなのだろう。

 そのことを考えれば、このスプーンによるペア決めは信用できる。人数的にも、今この場には今八人いる。

 つまり分かれて戦うとしても、最適なペアが四組出来ると言う訳だ。

 

「戦う気持ちを念じなさい」

 

 ナツメに言われた通り、アキラ達は戦意を抱きながらスプーンに念じ始めたが、念じながらアキラの中にはある疑問が浮かんでいた。今この場には四人組を作るのに丁度良い人数である八人いるが、本来なら自分はいないはずだ。

 ならば本当の八人目は誰なのか。

 

 そんなことを考えていたら、彼らが手にしていたスプーンは一斉に曲がる。

 レッドはマチス、グリーンはキョウ、ブルーはナツメと組むべきなのを曲がったスプーンは示していた。偶然かどうかは知らないが、それぞれ二年前のヤマブキシティでの決戦で戦った者同士の組み合わせであることに、彼らは気付いていたが特に気にしていなかった。

 しかし、残る二人にちょっとした問題が生じていた。

 

「あの…僕とアキラさんのスプーンは曲がらないのですが」

「う~ん…」

 

 他の三組はスプーンが組むべき相手を示したが、アキラとイエローのスプーンだけは曲がっていなかったのだ。普通に考えれば曲がっていない者同士ではあるものの、二人は組むべきだと思われるが、ナツメは意外なことを告げる。

 

「”運命のスプーン”は戦う意思が無い、或いは組むべき相手がいない場合は反応しないわ」

「そうなると…俺とイエローは組むべきでは無いってことか?」

「え!? それじゃどうしたら」

 

 アキラは納得気味ではあるが、イエローは目に見えて動揺する。

 スプーンの組み合わせを無視して彼と組むのが道理だと思ったが、今の話を聞くと彼と組むには致命的に悪い何かがあるのだろうか。不安気な顔のイエローを見て、アキラは念の為ナツメに尋ねる。

 

「もしスプーンの組み合わせを無視して組んだらどうなります?」

「組むべき運命でも無いにも関わらず組んだ場合? フフ、どうなるのかしらね」

 

 ナツメも良く知らない様子だが、最後の意味有り気な発言が少々恐ろしい。どうしたらいいのかイエローは困るが、理由に関してアキラはある程度は納得出来ていた。

 しかし、ここにはいない本当にイエローと組むべき相手はどこにいるのだろうか。

 可能性が高いとしたら、テレビ電話越しで見える四人のジムリーダーの誰かなのでは無いかと彼は目星を付ける。

 

「――あのすみません。四人の中でスオウ島へ行くことを考えている人はいますか?」

『勿論考えているけど』

『距離的に私が一番近いから、私がすぐに迎えるだろう』

 

 四人とも行くつもりではあるが、今の発言からイエローと組むべきなのはカツラの可能性がアキラの中に浮かんだ。

 単純に彼のいるグレン島がスオウ島に近いと言う理由だが、他にも何かある筈だ。それにスプーンが示す結果を見て、本当に自分が彼らと一緒に行くべきなのか少し疑問に感じていた。

 

「このスプーンは持ち主がどこに行くべきかも示してくれますか?」

「あら、何でそんなことを聞くのかしら?」

「レッドの例を思い出して、ちょっと気になりまして」

 

 自分がイエローと組むべきでは無いのは、自分自身にも理由があるかもしれない。

 本当に自分はこの戦いに加わるべきなのか、そして戦うとしたら彼らと一緒なのか、それとも考えが及ばない別の何かなのか、それをハッキリさせたかった。

 

 アキラの申し出にナツメは不思議そうだったが、一理あると判断したのか再び八人全員の”運命のスプーン”に念を送る。

 すると、今度は全員のスプーンの先が曲がった。

 

「この方角は…スオウ島か」

 

 手にしているスプーンが曲がった先を見て、グリーンはそれがスオウ島がある先なのに気付く。

 最初は半信半疑だった彼だが、大雑把とはいえここまで決まった方角に曲がると、ナツメの超能力を信じざるを得ない。

 

「僕も曲がりました」

 

 さっきは無反応だったイエローのスプーンもレッド達と同じ方角を示していた。

 つまり、イエローもまたレッド達と一緒にスオウ島へ向かうべきなのを意味している。

 そして言い出しっぺであるアキラのスプーンは――

 

「……真下?」

 

 七人は同じ方角なのにアキラのスプーンだけは、何故か真下に曲がっていた。

 

「意外ね。貴方の事だから一緒に戦うと思っていたけど、戦う場所は同じじゃないって事ね」

「ちょっとお姉さま。本当にこのスプーンは信用できるのかしら?」

 

 七人は同じなのに対して彼だけ違う向き、しかもアキラはさっきの戦いでは勝利に大きく貢献したのだ。それなのに彼は、部外者まではいかなくても一緒に行くべきでは無い様な結果にブルーは納得できなかった。

 

「待てブルー、確かに俺も同じ気持ちだけど、少なくとも俺はこのスプーンの向きに従って間違ったことは無かった。それだけは信用できる」

 

 文句を言うブルーをレッドは制する。

 残念なのは確かだが、アキラの戦うべき場所が自分達とは違うのは本当のことだろう。

 だけど、それでもレッドはこのスプーンが示した結果よりも、アキラがこの結果が当然であると受け入れた様子であるのが、どうしても納得できなかった。

 

 初めて会った時からそうだ。

 どれだけ親しく過ごしても、彼は近くて遠い、とまではいかなくても何か肝心なところまでは踏み込ませてくれない。だからと言って、彼が自分達を信じているのや友人だと思っているのが、偽りのものであると感じたことも考えたことも一度も無い。

 しかし、今回レッドは何時も以上に強く心に引っ掛かるのを感じた。

 

「なあアキラ、何でお前は――」

 

 ブルーとは違って、不服どころか納得した様子なのは何故なのか尋ねようとした直後だった。

 轟音が響き渡ると同時に、彼らがいる建物が軽く揺れた。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「う~む…」

「あの動きだとあんな感じになるから、こういう時の対処と改善点は――」

 

 隣で悩み顔を浮かべて座っているコガネ警察署の署長を余所に、アキラは筆記用具を片手に目の前で繰り広げられているバトルについて色々書き留めていた。

 

 現在アキラと彼の手持ちの六匹は、署長と一緒にコガネ警察署内にある屋内施設に設けられた観客席から、講習参加者同士によるダブルバトルを見守っていた。

 この形式でのバトルを行っているのは、最近正式なポケモンバトルの形式に加えられたということもあるが、一番の理由は対ロケット団戦を想定しているからだ。ロケット団とのバトルは、下っ端だろうと幹部格だろうと素直に一対一でバトルする訳が無い。大体が数と数のぶつかり合いだ。

 その為、ポケモントレーナーとしてのルールやモラルが適用されることが無いのは当然として、一般的なバトルの戦術が通じないこともザラにある。

 

 なので、彼らが複数のポケモンが入り乱れる戦いをどう捌くのか気になっていたアキラは、こうして今回の講習最後の予定に組み込んでいた。

 

「合体技かオリジナル技でも出ないかなと思ったけど…やっぱり難しいか」

 

 そしてアキラの予想ならぬ懸念は、全てまではいかなくても結構当たっていた。

 始める前に確認したが、こうして警察組織に属している以上、既にロケット団などの相手をする時に数と数の戦いを経験している者は何人かはいた。だがシングルバトルの時点で苦労する者は多かったのだから、動くポケモンの数が倍になるダブルバトルになると、もう動きはちぐはぐだ。

 

 二匹同時に技の指示を出そうとしたが、一匹には伝えられても続く二匹目には伝え切る前に攻撃を受けて中断されるパターン。

 トレーナーの指示が片方のポケモンに偏ってしまって、もう片方のポケモンは戦っている方の邪魔にならない様に何もせず一歩下がってしまうパターン。

 ピンチの状況下で技の指示をするべきか、もう一匹のポケモンに助けて貰った方が良いのかトレーナーが迷ってしまうパターン。

 

 今日学んだ方法を試したり、活かそうとする者は少なく無かったが、やはり行動や状況判断が遅くて上手くいかない。

 何が原因にあるのかを観察し続けていたが、原因にはトレーナーがシングルバトルと同じ感覚でやってしまっているからだとアキラは見ていた。それは単純に一匹に指示が集中してしまうと言う意味ではなく、各ポケモンの行動全てを思い通りに動かそうとしている事だ。

 

 トレーナーがバトルの流れを把握して、対策や攻撃のタイミングをしっかり考えて、ポケモンはトレーナーに言われた通りの行動を実行する。

 ポケモンバトルに関する本でも、基本として書かれていることが多い戦法だ。

 

 確かにポケモントレーナーは、手持ちポケモンを勝利に導く役目を持つ指揮官的な存在なので、ある程度はこちら側が考えた通りに手持ちが動いてくれないと困ると言えば困るので間違ってはいない。しかし、シングルバトルの時点で一匹のポケモンを上手く導けないのでは、二匹に増えたダブルバトルで同じ様にやっても上手くいく筈が無かった。

 

「思う様に動けないものですな」

「こういうのは、日頃から訓練していないと混乱しますからね」

 

 確かに訓練を重ねれば多くは改善されるだろうけど、それでもダブルバトルにおいてトレーナーに要求される能力はシングルバトル以上だ。注意しなければならないポケモンの数は相手だけでも倍の二匹、これだけでもトレーナー側の負担はシングルバトル以上である。

 

 アキラも複数のポケモンを同時に戦わせることに慣れているとはいえ、それぞれの状況に応じて流れる様に適切な指示を伝えていくことは困難を極める。

 最近とある改善方法を考案したものの、まだ試行錯誤中なので本当に効果があるのかはまだ未知数だ。

 

「お前ら、露骨に不満そうな目で見るな」

 

 一緒に眺めている手持ちの一部から不穏な空気が漂い始めたのを感じ取って、アキラは先手を打って忠告する。その一部は、指示待ちで固まっているポケモンが多いことに不満気だが、そもそも一般的なトレーナーの視点から見たら、アキラ達のやり方は常識外れだ。

 

「確かに自己判断で動けと思いたくなる場面はあるだろうけど、誰もがお前らみたいに動ける訳じゃないんだぞ」

 

 指示には無い手持ちの勝手な動きや自己判断を、咎めるどころか許しているトレーナーなど居たとしてもそう多くは無い。

 それに彼らの戦い方は出来る下地があったとはいえ、皆軒並み知恵が働くと言う他にはあまり見られない特徴があるからこそ、実現できている面もある。自分達はそうやった方が上手くいくだけなのであって、必ずしも誰もが同じやり方をすれば上手くいくとは限らない。固い信頼関係を築けていたり、訓練次第では出来る人はいるかもしれないが、それでも万人向けと呼べる戦い方ではまず無い。

 

 そして彼らが不満を抱いている今目の前でダブルバトルを繰り広げているポケモン達は、トレーナーを信じているが故に、どうしたら良いのか迷っている様にアキラには見えていた。

 助ける為に勝手に動いて良いのか、それとも指示があるまで動くべきでは無いのか、中には自由に動いて良いと言われたものの、どこまで自由に動いて良いのか戸惑うのもいる。

 慣れない状況と経験の無さが、トレーナーだけでなくポケモン達の判断も鈍らせている。

 

「ロケット団対策も…課題は山積みか…」

「確かに課題は山積みですが、すぐに何とかなるものでもありません。初めにお伝えしました様に、地道に日々訓練や教育に力を入れたり、定期的にジムリーダーなどの実力者を講師として招いての講習会みたいなのを行って貰うのが現状改善の近道です」

 

 手っ取り早く強くなりたいならトレーナー自身が勉強することもそうだが、今回依頼された自分が言うのもあれではあるが、ちゃんとした指導者の元で指導を受けるのが一番良い手段だ。

 誰かからの指導で形やレールを授けて貰うと聞くと、教えられた方法や道以外のやり方が出来なくなるマイナスのイメージはある。だが、”形稽古”という言葉が存在している様に、まず最初に基礎的な部分から学んで新しい可能性へと繋がる下地を作らなければ何も始まらない。

 

 レッドの様に他者と切磋琢磨していたとはいえ、ほぼ独学で強くなった例は確かにある。だけど彼の場合は、無自覚に基礎を固めたり相手の戦い方を学び取ったりとトレーナーとしての能力が桁違いに優れているだけなので、普通の人は真似するべきでは無い。

 

 そしてアキラ自身も、ゲームでの知識やこの世界ではどういう戦い方があるのかを知っているなどの下地があったが、それだけでは不完全なので自分よりも優れたトレーナーの助言や指導を受けてきている。工夫を凝らしたり効率化させることで過程を短縮したりスムーズにする手段もあるが、どの方法で強くなろうとしても結局積み重ねることには変わりない。

 

「後出来る事でしたら……警察と言う組織に属しているからには、数の利点を活かす訓練も良いですけど、トレーナーが自分の強味、自分が有利に戦える土俵を見出すのも良いと思います」

「ふむ。自分の強味を前面に出すか……」

 

 心当たりがあるのか、署長は納得する。

 戦いは、如何に相手の強味を封じるのも大事だが、自らの強味を最大限に引き出すのも重要だ。

 今回の講習に参加した警察官達の中には、勝ちパターンに似た得意な流れを持った人が何人かいるが、彼らはそれが自らの強味であるのをあまり意識していない。終わったら意識出来る様に指摘したり助言する予定だが、自覚してくれればただ漠然と攻撃するよりも効率良いことを認識したり自らの力に自信を得られる。

 それ以外にも、更に発展させることやどんな状況であってもその勝てる流れに持ち込もうと言う意識と工夫が生まれるはずだ。

 

「参考と言う意味で尋ねるけど、アキラ君にもあるのかな?」

「何がです?」

「自分の強味……自分の土俵と言える様な」

「――土俵とまで言えるかはわかりませんが、あると言えば…ありますね」

 

 署長が尋ねてきた内容に、アキラは少し迷いながらも不敵な笑みを浮かべる相棒の姿を一瞥してから答える。自分も昔は今目の前で戦っている彼ら同様に、自分達の強味や有利に戦える土俵は何なのか具体的にイメージ出来なくて右往左往していたが、今ならある程度は理解出来ている。

 

「複数のポケモンが入り乱れる乱戦やルール無用の野良バトルでしたら、自分達は得意ですね」




アキラ達、四天王本拠地であるスオウ島へ行く準備と覚悟を決めるが、何故かアキラだけは一人違う戦いの先を示される。

アキラがイエローと組まない流れになるのは、恐らく多くの人の予想に反していると思いますが、運命のスプーンでのペア決めでは彼女と組まないのは最初から決めていました。
レッド達とは一人戦う場所が違うアキラがどうなるのかについては、詳しくはネタバレになるので言えませんが、彼の戦いはここでは終わりません。
彼が存在しているのと、一度四天王達を負かしたことで流れが変わっていますしね。

読んでいて何か作中でどことなく違和感を感じる人がいましたら、その感覚は恐らく正しいと思います。


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成すべき事

「何だ!?」

 

 突然の轟音と揺れに、マチスは吠える様に怒鳴る。

 反射的に反応してしまったが、軍人としての経験が豊富な彼は、外で何かが爆発したのではないかとすぐに直感する。立ち上がったグリーンは、すぐさま窓を隠していたカーテンを退かして外を確認すると、夜に包まれたクチバシティの一角が炎に照らされているのが見えた。

 

 詳しくはわからないが、何かが起きていることは確かだ。

 急いでアキラは外に飛び出すが、距離があるはずなのに火の手が上がっている場所から人々の悲鳴が聞こえてくる。街がパニックになっているのは半年前の巨大サイドン騒動を彷彿させたが、クチバの街に起きている異変の原因が何なのか、燃え盛る炎に照らされているおかげでわかった。

 

「あれって…ポケモン?」

 

 街の空を埋め尽くしていると言っても言い過ぎで無い程のおびただしい数の影を見て、ブルーは半信半疑で呟く。

 

「ハクリューにプテラ、カイリューらしき姿まで…どれもワタルに関係がありそうなポケモンばかりだな」

 

 ブルーの疑問に、アキラは補足する形で付け加える。

 しかも爆発が起きている遠くの方では、空を飛んでいるドラゴン軍団以外の何かも暴れている様であった。どうやら四天王達は自分達の専門、或いは関わりのあるポケモン達を何らかの手段で大挙させてきたようだ。

 

「俺のクチバが!」

 

 クチバシティが攻撃されているのが許せないのか、ただでさえイライラ気味であったマチスは怒りを露わにする。そんな今にも荒れ狂う猛牛の様に走ろうとする彼を、キョウやレッドが急いで抑えに掛かる。

 

「落ち着けマチス!」

「そうだぞ!」

「うるせぇ! 自分の街を好き勝手にされて黙っていられるか!!」

 

 ジムリーダーの立場を利用して悪事を働いていたり、潜伏に利用するなどしてきたが、それでも彼なりにクチバシティには愛着があった。行方不明だった二年間ほったらかしにしていた事実を棚に上げてはいるが、抑え付ける二人を激怒したマチスは鍛え上げられたフィジカルにものを言わせて振り払う。

 

 このままでは本当に殴り込みに行きかねないと誰もが思った時、アキラがマチスの目の前に立ちはだかった。

 一見すると無謀ではあったが、どういう訳か彼の目の感覚はまだ維持できているので、アキラから見てマチスの動きは手に取る様に読めた。

 

 正面から止めようとしたら、間違いなく突進してくるジープに挑む人間みたいに跳ね飛ばされるのは目に見える。なのでどこをどの様にすれば自分はあまり被害を受けず、彼を止めることが出来るのかをよく観察する。自身の妙な冷静さにどこか驚きながら、アキラは真っ直ぐ走ってくるマチスを遠心力を利用して上手い具合に引き摺り倒すと、そのまま抑え込んだ。

 

「あれ? 何かアッサリ」

 

 仮に引き摺り倒すことに成功しても問題は取り押さえた後と考えていたのだが、意外にもマチスの抵抗は無い。正確にはもがいてはいるのだが、はち切れんばかりの筋肉が付いた肉体にしてはヤケに弱々しかった。

 

「何だ!? どうなっていやがる!」

「いや、普通に抑え付けているだけですが」

「そうじゃねぇ! どんだけ()鹿()()なんだ!」

「?」

 

 最初は本気で力を入れていたが、予想以上に抵抗が弱かったので今はそこそこ力を抜いている為、アキラはマチスの言っている意味がよくわからなかった。

 一体どういうことなのか、詳しく聞こうとしたがその前にナツメとキョウが横に立った。

 

「マチス、私達が向かうべきなのは今襲われている街では無くてスオウ島」

「冷静になれマチス」

「……ちっ」

 

 流石に頭が冷えたのか、マチスは大人しくなる。

 もう大丈夫だとアキラは判断して離れるが、彼は自分が持つ”運命のスプーン”を見つめる。

 

「…俺の持ってるスプーンが真下に曲がっているのって」

「今クチバシティを襲っている四天王配下のポケモン軍団と戦うって事ね」

 

 何の感情も無く淡々とナツメは告げるが、アキラの中ではしっくりきた。

 昔だったら「無理」や「何かの間違いですよ」くらいの文句を言っていたかもしれないが、そんなことは言っていられない。

 彼らの手助けをする為にも、自分は今回戦うと決めたのだ。

 そしてこれからレッド達は、最終決戦の場であるスオウ島へと向かう。心配を掛けてしまうだろうけど、彼らの負担を減らす為にも、この場で起きている戦いは自分が引き受けるべきだ。

 

「イエローは…」

「今連絡があったけど、カツラさんが現場に急行してくれるって」

「…そうか」

 

 気になっていたイエローが組むべき相手だが、レッドから新情報を伝えられてアキラはひとまず安心する。ハクリューのことで少々トラブルはあったが、カツラは実力的にも人格的にも頼りになる人だ。これで懸念していたイエローが一人でワタルに挑む可能性は大きく減った。

 

 燃える炎に照らされているクチバシティに、アキラは目を向ける。

 これからあの惨劇を引き起こしている存在達と戦わなければならないと言うのに、自分でも違和感を感じるくらい不安な気持ちは湧かなかった。

 だけど、ハッキリと意識していることはあった。

 

 ここが自分の戦いの場。

 そして自分は力が及ぶ限りやれることを尽くすだけだ。

 

「アキラ……もし無理と感じたら迷わず逃げろよ」

「レッドの方も…無理はするなよ」

 

 互いに身の心配をするが、健闘と無事を祈って手を固く握り合うとレッドはグリーン達やロケット団三幹部と一緒にスオウ島に向かうべく、クチバ湾へと走って行った。

 それをアキラはクチバシティから起こっている爆発と火の手が照らす光を背景に見送り、彼らの姿が見えなくなったのを機に街を見据えた。

 

「あのアキラ君…」

「大丈夫ですよ」

 

 ポケモン大好きクラブ会長が心配そうに声を掛けるが、アキラは何一つ不安を抱いていない様に答える。あの渦中に首を突っ込んで本当に無事でいられるかの保証は全く無いが、恐怖も無い。

 

 腰に付けていたモンスターボールから、アキラは手持ちの六匹を出す。

 先程の戦いでハクリューがカイリューに進化したことで、遂に彼の手持ちは現段階では一応の完成を見た。昔だったら何匹かは不安気な顔を浮かべて落ち着きが無くなっていたかもしれないが、自分同様に経験を積んできたおかげか、全員彼が確認するまでも無く戦う意思を固めていた。

 

「これから戦いに行く訳だけど、マズイと感じたらすぐに逃げるぞ」

 

 気合を入れている割には水を差す様な消極的な発言ではあるが、引き際を見極めるのは大事だ。

 助けの手は恐らく無い。

 どれだけの数が街を襲っているかは不明だが、自分達では時間稼ぎや敵の注意を引き付けるので精一杯だろう。しかし、それでも彼らは互いに顔を見合わせると、不敵な笑みと共にやる気に溢れた顔をアキラに見せた。

 正に準備万端と言ったところで、彼らの答えに彼は満足だった。

 

「さて…行くとするか」

 

 以前ならあまり見せない好戦的な笑みをアキラは浮かべて、赤く照らされているクチバの街へと彼らは走り出した。

 

 

 

 

 

 未曽有の災害に見舞われているクチバシティを背に、レッド達はギャラドスを始めとした水ポケモンや空を飛べるポケモン達に乗っていた。

 

 目指す先は、四天王が拠点としているスオウ島だ。

 

 彼らを倒さない限り、この戦いに終止符を打つことは出来ないのだ。先程の戦いでは四天王達には逃げられたが、今度こそは、と皆力と決意を入れていた。

 

 そんな中、徐々に離れていくクチバの街並みを見つめながら、イエローはこの先に不安を感じていた。

 これから自分が戦わなければならない相手であるワタル。

 カツラと合流する話にはなっているが、最終的に彼を倒したり負かすなどの決め手になるのは自分だ。さっきは皆に認めて貰う意味でも決意を固めて見せたが、もう一度振り返るとそんな大役をこなせるかがやはり気になってきた。

 

「イエロー、不安になる気持ちはよくわかる」

 

 イエローの不安を感じ取ったレッドは、少しでも不安を和らげようと励ます。

 彼もまた、ヤマブキシティでの戦い、サカキとの戦い、いずれも運命のイタズラなのか絶対に負ける訳にいかない戦いを経験してきた。

 これからイエローが挑まなければならないワタルとの戦いも、この地方の行く末を考えると負けられない戦いになるだろう。たった一人の、それも旅立ったばかりの子どもにカントー地方の未来を託すなど重過ぎるが、それでもやらなければならない。

 

「出来る限りお前の手助けはしたい。けどアキラも言っていた様に、最後はイエローだからな」

「……はい」

 

 不安は拭えないが、憧れの人に直接声を掛けて貰えて、イエローは心の底から勇気が湧き上がるのを感じた。

 勝てる勝てない関係無く、同じ故郷の力をこんなことに使う彼を止めたい気持ちは本当だ。

 ここにはいないアキラやジムリーダー達も、今頃自分達が果たせることをやっている。

 自分もどれだけ重くてもやるべき事――使命を果たさなければならない。

 

「一番良いのは、俺達がワタル以外の四天王をさっさと叩きのめして、麦藁帽子の小僧に加勢することだがな」

「だが先の戦いで四天王は一度我らの前に敗走している。次に相対した時は一片の油断も無いだろう」

「正面から戦うのは厳しいわね」

 

 冷静にロケット団幹部である三人は、再び戦うであろう四天王達の動きを分析する。

 自らの実力に絶対の自信があるのか、四天王達はどうも慢心する傾向があったが、一度負けたとなると慢心はせずに最初から全力で挑んでくる可能性が高い。彼らの予想に、レッド達と一緒にギャラドスに乗っているブルーはどうしたらいいのか悩む。

 実力に関しては自信はあるものの、流石に正面から四天王に対抗できるつもりは無い。一応ルール違反ものの隠し玉――切り札を用意してはいるが、それでもどうなのか。

 

「そういえばマチス、アキラに抑え付けられていた時ヤケに大人しかったな」

「ああぁ!? あれは野郎の力が予想以上だったんだよ」

「――アキラってそんなに力あったっけ?」

 

 話を振られたマチスは怒鳴る様に返事を返すが、内容にレッドは首を傾げる。

 確かにアキラは細身なのに妙に体重が重い点はあるが、だからと言ってそこまで腕力があるとは思えないし、それだけ力があるのなら日常的に活用しているはずだ。良く知る彼の姿とは合わないが、訳が分からないのはマチスも同じだった。

 

 ロケット団幹部としても軍人としても体を鍛えてきたが、あそこまで動けなくされたのは久し振りの経験だ。新兵時代に教官に取り押さえられたことはあるが、あれは歴とした技からの技術によるものだ。

 

 だが、アキラの場合は引き摺り倒すのに多少の技術は使ってはいたが、倒してからの抑えは純粋な力だけだ。

 どこからあの細身の体から万力の様な力を発揮出来たのか気にはなるが、今重要なのは四天王を倒す事なので、先程の屈辱をマチスは一旦忘れることにするのだった。

 

 

 

 

 

 突然クチバシティを襲った破壊と混乱に、人々は逃げ惑っていた。

 空からは無数のドラゴンポケモンが建物や人々に光線を乱射し、地上ではゴーストやゲンガーの集団にワンリキーの軍勢が建造物を壊すだけでなく、崩れた瓦礫を投げ飛ばしたりと手当たり次第に破壊していく。

 

 正義感の強いトレーナーの何人かがこの危機に正面から挑んではいたが、街を襲うポケモン達の数の暴力に押されて劣勢だった。

 警察もクチバ湾での大事件があった直後だったので動きは迅速ではあったものの、こちらも数の多さと攻撃の激しさに押されっぱなしであった。

 

「今この状況をどうお伝えしたら良いのか、現在クチバシティは野生のポケモンと思われる集団による攻撃を受けています!」

 

 街や人々は大変な状況ではあったが、一部の報道関係者は危険であるにも関わらずこの状況を生中継をしていた。先の事件でロケット団が報道関係者を呼ぶことを求めていたので、その時の関係者がまだ街に残っていたのだ。

 視聴率目当てなのか純粋に情報を伝えたいのかは定かでは無いが、彼らは逃げながら目の前で起きている混乱を実況し続けていた。

 

「君達報道している場合じゃないだろ!」

 

 避難誘導をしていた警察の一人が、彼らに避難を促しつつも報道どころではないことを伝えるも、すぐに彼自身も自分の身を守るのに手一杯になってしまう。

 既にクチバの街は、どこに逃げれば良いのかわからない程の激戦地帯と化している。

 集まった警察官達も街の人達をどこに避難させるべきなのか迷っていたが、こうしている間も街の中心にそびえている高層建築物が轟音と土埃を上げながら崩れていく。

 

「下がれ下がれ!!」

 

 飛び交う光線や冷気のビームを避けながら、人々を守る為に駆け付けた警官が声を荒げる。まだ遠くと思っていたワンリキーとゴーストポケモンの軍団が、すぐそこまで来ていたのだ。

 この場に集まった警察官達は逃げ遅れた市民の避難誘導をしながら後退していくが、ポケモン達は街を壊すことは勿論、人を襲うことを躊躇しないどころか積極的に狙ってくる。

 

「あんたも下がれ! そこまでやる必要は無い!」

 

 彼らの横で戦っていたトレーナーも何匹か倒していたが、如何せん消耗が激しかった。

 街を襲っているポケモンの一体一体が特別強い訳では無いが、異様に数が多くて倒しても倒してもキリが無かった。警官に呼び掛けられたトレーナーも引き際と考えて下がろうとするが、判断が遅れたからなのか、一匹のワンリキーが彼の胸倉に掴み掛かった。

 

「マズイ!」

 

 トレーナーが連れていたポケモンが彼からワンリキーを引き剥がすが、他にいたワンリキーやシェルダー、ゴーストポケモン達が一斉に襲い掛かる。

 数が多過ぎてやられると思ったその時、巨大な何かが彼らと軍団の間に地響きを轟かせながら瓦礫を舞き上げて降り立った。

 

 その巨大な何かは、すぐさま”はかいこうせん”と思われる光線を薙ぎ払う様に放ち、目の前の通りにいた闘、氷、霊で構成されたポケモン軍団を一掃する。

 ピンチから助けて貰えたが、降り立ったのは街を襲っているドラゴンによく似たポケモンであり、その姿故に何人かは思わず身構えたが、ドラゴンの背から一人の少年――アキラが降りた。

 

「警察の方ですね。ここに向かう途中で見えたのですが、街の西側の避難がここよりも進んでいません」

「え? え?」

「後、建物内なら安全と思っているのか建物に逃げ込む人が多くいましたので、すぐに離れる様に伝えてください。下手をすれば生き埋めにされてしまいます」

「わ…わかった…だけど…」

 

 次から次へとアキラから伝えられる内容に警官が疑問を口にしようとした時、空から光線が降り注いでくる。

 見上げると、ハクリューを中心とした竜軍団が”はかいこうせん”を撃っていた。

 その中の何匹かが直接襲ってきたが、彼が新たに召喚したブーバーを中心とした五匹は降り注ぐ光線に怯まず果敢に挑む。

 

「”れいとうビーム”で撃ち落とせ!」

 

 空を飛んでいるハクリュー達に対してもカイリューが放った冷気の光線が直撃し、一塊の氷に閉じ込められたドラゴン達は落ちていく。ブーバー達も、丁度降りてきたハクリュー数匹とさっきカイリューが仕留め損ねたポケモン達を倒して、一時的にこの場を落ち着けることに成功する。

 

「ふぅ…」

 

 一息ついて振り返ると、避難誘導をしていた警官を含めた市民の何人かが、その手際の良さに唖然とした表情でアキラ達を見ていた。

 しばらくすると徐々に現実に戻り始めたのか、警官達はすぐに動き始める。

 

「聞いたなお前ら。西側の避難誘導に応援を送る様に連絡するんだ!」

「え? あの…」

「全区域にも建物内へ逃げ込むよりも街の外へ出る様に誘導するのを伝えるんだ! 生き埋めにされる可能性がある。急げ!!」

「あの~…」

 

 最初はお願い感覚と助けになればと思って伝えたのだが、何故だか彼らには命令を下したのと同じくらい物凄い強制力を発揮していた。無線を使ってでも他の仲間達にも伝える姿を見て、気まずく感じたアキラは五匹をボールに戻すと、カイリューの背に乗ってすぐにその場から飛び去った。

 だけど、すぐに彼の気まずい気持ちも街の惨状を再び目の当たりにしたことで、現実に引き戻された。

 

 さっきはたまたま目に入ったので降りたが、改めて空から見ると本当に街そのものが戦争に巻き込まれた様に火の手が見えたり黒煙が上がっている。

 この瞬間にも、どこかの十数階建ての建物が音を立てて崩れていく。

 

「賛同するポケモンが多いのか操られているのか、どっちなのか」

 

 前者なら今後の人間とポケモンとの関わり方について考える必要があるが、後者だとしたら四天王の目的はただ自分達の行いを正当化する為だけに掲げていると言える。

 キクコが何らかの操る技術を有していることはある程度推測出来ているので、もしかしたらその技術を利用して、無理矢理ポケモン達を従わせているのかもしれない。とにかく自分の役目は、この街の人達の避難が円滑に進む様に支援しながら、可能な限り四天王が送り込んできたポケモン軍団を退けることだ。

 しかし、そうは言っていられない時も彼にはあった。

 

「やっぱり来るか」

 

 攻撃が激しいところに進めば進む程、見つかりやすく尚且つ攻撃に晒されやすい。

 飛んでいるこちらに気付いた複数のハクリュー、プテラが近付いてくるのを見掛けたカイリューは低空飛行に切り替えて、振り払うべく建物の合間を縫う様に飛んでいく。普通に飛んだらどこかで曲がり切れなくて、追い掛けてくるドラゴン達の様に壁や建物に体を叩き付けてしまうが、カイリューはアキラの指示のみならず二足歩行となった体を最大限に活かして荒々しくも飛行する。

 その試みによって追い掛けて来るドラゴン達を振り切ることには成功したが、今度は背中に乗っているアキラに問題が生じていた。

 

 カイリューの背に乗って飛んでいると、風圧が強くて目を開けていられないのだ。

 何回かポケモンの背に乗って飛んだことはあるが、どれも速さを必要としないゆっくりとしたものだった。本格的な空中戦になるとスピードが何より大事なのだが、ゴーグルか何かで目を守らないとまともに開けていられない。

 このままではいけないので、アキラは何か目を保護するだけでなく視界も確保できるものが欲しかった。そう考えていた時、不意に見えたあるものに彼の目が向き、カイリューにそこへ降りるように伝えると、瓦礫が散乱していたそこに彼は降りるとすぐにそれを拾い上げた。

 

「ヘルメットか」

 

 恐らくバイク用のヘルメットなのだろう。

 バイザー部分は透明、今被ってる青い帽子を外して被ってみるが、少し大きい以外は被れそうだ。ただ帽子と一緒に被る事が出来ない事が唯一の問題だが、それは些細な事だ。

 

「君……大丈夫か?」

 

 拾ったヘルメットを片手に、今被っている帽子をどうするのかに悩んでいたら、誰かがアキラに声を掛けてきた。振り返ると瓦礫が散らばっている中を老若男女、様々な人達と一緒に行動をしているトレーナーらしき青年が立っていた。

 家族かと思ったが、どうやら逃げ遅れた人達が互いに協力し合ってここまで来た様だ。

 

「大丈夫ですが、そちらの方は?」

「こっちは今のところ大丈夫だが…」

 

 今は青年が連れているポケモン達が守っているみたいだが、疲労している様子を見るといずれ限界が来て守り切れなくなるだろう。

 

「そのドラゴンは君のポケモンか?」

「えぇ」

「俺は良いから、彼らだけでも運ぶことは出来ないかな」

 

 彼は一緒に行動している人達だけでも逃がしたいと思っている様だが、幾ら力のあるカイリューでも人数が多過ぎて上手く運べないだろう。せめて幼い子や老人だけでも運ばせようか迷った時、アキラは瓦礫に埋もれ掛けていたあるものに目を付けた。

 思い付くや否や急いでアキラは駆け寄ると、邪魔な瓦礫を()()()に退かして隠れていたマンホールを発掘する。

 

「リュット、マンホールをこじ開けてくれ」

 

 本来なら専用の工具か何かが必要だが、今は緊急事態だ。

 カイリューは少し壊す形ではあるがマンホールを殴り付けると、それをアキラは引き剥がす様に持ち上げる。

 

「マンホール。そうか」

 

 理解した青年は、すぐにアキラと一緒に中を確認する。

 詳しい構造はわからないが、敵が蔓延っている地上を進むよりは地下ルートの方が少しは安全だろう。少し臭うが背に腹は代えられないのか、一番良いと考えたのか、逃げ遅れた人達はアキラと青年が周囲を警戒している間に一人ずつマンホールへと入っていく。

 

「君も――」

 

 殿を務めていた二人以外の人達がマンホールに入ったのを見届けて、青年はアキラにも入るのを促そうとした時だった。

 一際大きな爆発と共に、彼らの頭上から四天王の軍勢が放った攻撃によって破壊された高層建築物の上部が降り掛かる様に崩れてきていた。

 

「早く!」

 

 青年はアキラにマンホールへ逃げるのを促すが、間に合わないと判断した彼はカイリュー以外の他の手持ち全てを繰り出した。

 

 出てきたヤドキングとゲンガーは、念の力でまだ原型を留めている残骸の落ちる速度を緩める。その光景に青年が唖然としている間に、カイリューは”はかいこうせん”、ブーバーも”ものまね”で同じ技を放って緩やかに落ちてくる落下物を見事に粉砕した。サンドパンは大きな瓦礫や残骸を飛び技で正確に撃ち砕いていき、エレブーは飛び散る瓦礫から体を張ってアキラと青年を守る。

 

「す、凄い…」

「いえ、ちょっとやり過ぎたかも」

 

 彼らの力を目の当たりにした青年は驚いていたが、アキラの目は厳しかった。

 今の攻撃が一際派手だったからなのか、周りで暴れていた四天王配下のポケモン達が一斉に注目し始めたからだ。これではマンホールに逃げても、敵は自分達を追い掛けて来てしまうのが目に見えている。

 

「――やってやるか」

 

 僅かな時間ではあったが、アキラは手持ち達と一緒に、この場に留まって戦う覚悟を決める。

 どの道逃げても追い掛けられて戦う事になるのだから、ここで引き付けてしまった方が良い。

 

「――無理は…するなよ」

「逃げるのには慣れていますから、大丈夫です」

 

 退く意思が無いと見た青年は、最後に彼の身を案じながらマンホールの下へと入ると、カイリューは砕いたマンホールを被せて塞ぐ。

 まだアキラ達の姿は煙と粉塵である程度隠されているが、気が付けば周囲の至る所から四天王の軍勢が騒ぐ様に喚きながら自分達を取り囲む様に集結しつつあった。

 

「第一印象が肝心だ。――見せ付けてやれ」

 

 それを合図に、カイリューの翼の一振りによって周囲の粉塵と火災の煙を吹き飛ばされ、瓦礫が散乱している中で彼らは姿を現した。

 

 集まってきた四天王の軍勢に対して、威圧する様に大きな声で吠えるカイリュー。

 手にした”ふといホネ”を肩に掛けて、鋭い目付きで敵を見定めるブーバー。

 露払いの様な仕草をした後、長くて鋭い爪を構えるサンドパン。

 嬉々とした表情で、握り拳を静かに鳴らすゲンガー。

 冷静な眼差しで、淡々と周囲を見渡すヤドキング。

 緊張はしていたが、体中に力を漲らせてファイティング・ポーズを取るエレブー。

 そして彼らを統率するアキラは、自分達が姿を見せたことでこの場にいる敵全てまではいかなくても、多くが自分達に注目しているのを改めて感じ取った。

 

「さて、やる気満々なところに水を差すが、状況は非常に悪い。来る前にも言ったけど、無理だと感じたらすぐに逃げるぞ」

 

 戦う前の高揚感で興奮しているであろう手持ちと自分自身に言い聞かせる様に、アキラはもう一度伝える。ここに来るまでの間に戦ってきたのを見る限りでは、四天王の軍勢は個々の実力は野生と大差は無いと言えるだろう。

 

 なので自分を含めた普通のトレーナーでも対抗することは出来るが、攻めてくる数が異常だ。正直言って、今から四天王の軍勢を相手取ること自体無謀な数だが、これだけ注目を集めては普通に逃げるのは難しい。

 

 そして残念なことに、手持ちの六匹全てを指揮することは今のアキラは出来ない。無責任と思うかもしれないが、戦いは彼らの自主性に任せる。

 普段なら睨みの一つや二つ向けられるが、彼らもそれをわかっているのか不満どころか今にも嬉々として殴り込みに行きそうな雰囲気だ。

 だけど無策で挑むつもりは微塵も無い。

 

「敵はドラゴン、ゴースト、かくとう、こおり…みずの方が正しいかな。とにかく偏りが見られる集団だ」

 

 敵が仕掛けずに出方を窺っている時間を利用して、アキラは手持ちに情報を伝えていく。

 この辺りはタイプ相性なども含めて度々指導しているので、彼らもわかっている。

 彼らの実力を疑うつもりは微塵も無い。懸念要素があるとするならば、これだけ大規模な戦い且つ数の暴力を相手に戦うことは、全員初めての経験だと言うことだ。

 

「単独で戦うのは危険が大きい。だからこそ、さっきのナツメみたいにペアを組ませる」

 

 これが数の暴力と戦う上で最も重要だ。

 単独で戦い続けると言うのは、ピンチに追いやられても一切の助けを借りることが出来ないのを意味している。色々問題を抱えているとはいえ、彼らは全員程度はあれどしっかりとした仲間意識がある。

 ピンチになったら助けに向かうにしても、距離が離れていては如何にもならない。故に常に背中を合わせられる距離にいる必要がある。

 

「スットとヤドットは、地上にいるかくとうタイプ軍団とゴーストタイプ軍団の対処を頼む。奴らにはお前らのエスパータイプの技が有効だ。思う存分暴れてくれ」

 

 そう伝えると二匹はお互いに睨み合うが、それ以上のことはしなかった。

 この頭脳コンビは何かと喧嘩ばかりしているが、この前のクチバでの砂浜の戦いの様にやる時はしっかりやってくれるだろう。

 

「エレットとバーットもこおりタイプ軍団を中心に叩いてくれ。電気技が効かない奴はいないと思うけど、炎技の効きが悪いのは多くいるから注意してくれ。必要とあれば他の軍団と戦っても構わない」

 

 アキラの言葉に、ブーバーとエレブーは頷く。

 何かとペアに見られることが多いものの実際はあまり組むことは無い二匹だが、上手い具合に連携出来るはずだ。

 

「そしてリュットとサンットは俺と一緒に頼む」

 

 残ったカイリューとサンドパンに、アキラは自分自身に手を当てながら告げる。

 そして二匹にどう動くのかを伝えようとした直後、空を飛んでいた竜軍団が光線を放ってきた。皆それぞれ素早く瓦礫の影に隠れたが、エレブーだけは前に飛び出して迫る攻撃をその身に引き受けた。

 

 確かに彼が連れているエレブー最大の長所は、いわタイプ顔負けの打たれ強さだ。

 自らの打たれ強さに自信を持ってくれたのは良い事ではあるが、少し無謀過ぎる。

 竜軍団の攻撃に耐え続けるでんげきポケモンに業を煮やしたのか、更に霊軍団や氷軍団もエレブーに攻撃を加えて激しさが増す。

 

 これはマズイと感じた直後、最近聞いていなかった正気を疑う奇声を上げながら、光線が飛び交う粉塵の中からエレブーが飛び出した。

 ”がまん”を解放したエレブーは吠えながら四天王軍団の中心に着地すると、周りにいたワンリキーやシェルダー、ゴーストにゲンガーを片っ端から振り回す豪腕で叩きのめしていく。仕掛けられる攻撃を跳ね除けて、飛んでいるハクリューとプテラの集団にさえ無謀にも殴り込むべく跳び上がるが、問題無く圧倒する。

 

「まさかエレットの方から突っ込んでいくとは」

 

 猪突猛進は他のメンバーで慣れているが、先陣を切ったのがエレブーなのはちょっと予想外だ。

 ブーバーは呆れた反応を見せるが、ペアを組んでいるので縦横無尽に動いて暴れ回るエレブーの後を追う様に駆け出す。悠長に眺めている暇は無いと思ったが、他からも投げ付けられた瓦礫や光線の嵐が彼らに襲い掛かって来る。

 

「リュット!」

 

 呼び掛けに応じて、カイリューはアキラとサンドパンを抱えてロケットの様に飛び立つが、後を追う様に竜軍団が追跡を始める。残されたヤドキングとゲンガーの二匹は、後ろから次々と飛んでくる攻撃を避けながら、逃げる様に全力で瓦礫や廃車が散乱している道を走っていく。

 これが無謀な戦いではあることは全員自覚していたが、それでも彼の手持ちは力を尽くそうと挑み、アキラもレッド達にこの場を任された責任感にも()()気持ちを胸に抱いていた。

 

 彼らにとって一大決戦となる戦いが、始まりを告げた。




アキラ、レッド達と別れた後、クチバシティに大挙してきた四天王軍団を相手に手持ち全員を引き連れて決戦に挑む。

レッド達とは別れてしまいましたが、手持ちが完成したおかげで、アキラ達をどう描くかの幅が大きく広がったのを強く感じます。
空を飛ぶことが出来るというのは、単純ながらもかなり大きいです。


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油断大敵

 後ろから飛んでくる攻撃を避けながら、ゲンガーとヤドキングは逃げる様に瓦礫が散らばる道路を走っていく。

 力に自信はあるが、あれだけの数を相手に正面から挑んでもやられるだけだからだ。

 

 今は反撃のチャンスを窺う為にも様子を見る時だ。

 目の前に道路を遮る一際大きな崩れた建物の残骸が見えてきたが、ゲンガーは念の力でヤドキングを飛び越えさせると、自らはその跳躍力を活かして跳び越える。それから二匹は、互いに目を合わせて頷き合うと、跳び越えた瓦礫に対して意識を集中させ始めた。

 すると目の前にある巨大なコンクリートの塊は、彼らの念の力で浮き上がり始める。

 

 ある程度建物の残骸を浮かせた二匹は、それを押す様に一気に飛ばす。

 低空で飛ばしたので落ちるのは早かったが、勢いで残骸は崩れながらも転がっていき、彼らを追い掛けていた多くの敵を巻き込んでいく。この奇襲攻撃によって敵の攻撃が弱まったことで、二匹は本格的に反撃に転じた。

 そんな彼らの上空をアキラとサンドパンを抱えたカイリューが、飛行時に生じる軽い衝撃波で建物の窓を揺らしながら通り過ぎる。

 

「何とかやっているけど、大丈夫かな?」

 

 帽子の代わりにヘルメットを被ったアキラは、頭脳コンビが戦い始めたのをカイリューに抱えられる形で目にしていたが、こちらも大変だった。

 今のところカイリューの判断で上空を持ち前のスピードで飛び回っているが、追い掛けてくる敵には同じカイリューや素早いプテラもいるので、振り切ることは難しかった。

 

 救いがあるとすれば、ワタルの様に”はかいこうせん”が曲がって来ないことだが、それでも絶え間なく飛んでくる”はかいこうせん”を避け続けるのは一苦労だ。

 反撃に出たくても、攻撃するとなれば振り返るなりしなければならないので、それは難しい。

 

 どうすれば良いのか抱えられながらアキラは考えるが、同じく抱えられていたサンドパンがカイリューに何かを伝えるように声を上げる。内容は彼にはわからなかったが、カイリューが顔を歪めたのを見るとあまり良くなさそうだ。

 しかし、それでもサンドパンは譲れないものがあるのか、珍しくしつこく続ける。

 

「リュット、サンットの言う通りにしてくれないか」

 

 真面目なサンドパンは、この状況でふざけたことはしない。

 カイリューが渋っているのを見ると、サンドパン自身が不利益になる可能性が高い行動を伝えている可能性はあるが、本人が志願しているのだからやらせてみよう。アキラからの頼みもあって、結局根負けしたカイリューは一気に垂直に降下していく。

 

 コンクリートの地面にぶつかる直前にドラゴンポケモンは両足の底を地面に向けると、クレーターの様な窪みが出来る程の勢いで着地すると同時に再び地面を蹴って低空で滑空を始める。

 この行動に付いていけなかった竜軍団の多くは、地面に叩き付けられたり曲がり切れなくて建物にぶつかったりするが、それでもまだ多くは追い掛けてくる。

 

 これがサンドパンが伝えていたことなのかと疑問を抱くが、本当の行動はこの後だった。

 突然カイリューは、抱えていたサンドパンを上向きに放り投げたのだ。

 アキラは驚くが、サンドパンが体を丸めているのを見るとこれは事前に意図した行動だ。

 

「待てサン――」

 

 しかし、あっという間にサンドパンの姿は見えなくなってしまう。

 出来る限り振り返ると、宙を舞っていたサンドパンはそのまま構えて”どくばり”や”スピードスター”などのありったけの飛び技を波の様に迫る竜軍団に浴びせる。

 激しい弾幕に何匹かは怯むが殆どは倒し切るまでに至らず、ねずみポケモンは車に跳ねられる様に押し寄せる竜軍団に弾き飛ばされた。

 

「サンット!!」

 

 カイリューは振り返らずにアキラを抱えたまま、追跡を振り切ろうと加速する。

 言われた通りにやったが、やはりサンドパンの能力や覚えている技では厳しかった。

 タイミングを見計らって回収に戻ることを決めながら、今は自分達の事に専念する。

 

 カイリューと竜軍団が飛び去り、弾き飛ばされたサンドパンは建物の壁に叩き付けられていた。

 そのまま壁伝いにズルズルと力無く瓦礫が散乱している道路に滑り落ちるが、幸いにも意識はあったので何とか立ち上がろうとする。

 

 敵が一塊になっているのなら一網打尽にするチャンスだったのだが、倒し切るだけのパワーに乏しかった。以前から長年の課題であることには気付いていたし、今回の提案は無謀であることもわかっていた。

 改めて現実を突き付けられたが、休んでいる暇は無い。

 

 孤立したサンドパンを倒そうと、無数のワンリキーやシェルダー、ゴーストとゲンガーが囲い込もうとジリジリと距離を縮めて来ているのだ。

 数の上で不利なのは承知しているが、皆自分に出来ることをやっているのだ。他の仲間よりパワーが無いことを、言い訳にするつもりは無かった。決意を新たに、自慢の爪を振り上げて切り込もうとした直後だった。

 

 空気が震える程の奇声を上げながら、エレブーがサンドパンと敵集団の間に飛び降り、大暴れを始めたのだ。

 まだ”がまん”状態が維持されているらしく、電柱を引き抜くと横薙ぎに振り回して、その暴力的且つ圧倒的な力で四天王軍団を一方的に蹂躙する。そこにブーバーも”ふといホネ”を片手に走って来て、エレブーが取りこぼした敵を手にした武器や素手、技で倒していく。

 仲間達の相変わらずの暴れっぷりに、サンドパンは少し憧憬の念を抱いたが、固い殻を持つシェルダーを倒すのに少し手間取っているブーバーに加勢する。

 

 自分には他の仲間達が持つ窮地を脱することが出来る賢さは勿論、圧倒的な力も無い。もっと頭が働く様に訓練したり更なる大技も覚えてきたが、それでも彼らとは距離がある。目の前の敵を倒すのに集中しなければならないのに、サンドパンはまださっきまでの考えを引き摺っていた。

 

 何かが足りない。

 

 その時、戦っていたサンドパンとブーバーの傍に一つの巨体が降り立った。

 やって来たのは、ドラゴンポケモンに分類されるカイリューだ。

 若干目付きが悪かったので、仲間の方かと思ったがアキラの姿が無い。

 数は少ないが何匹か同種がいることを知っていたブーバーは、敵認定をすると怒涛の猛攻をカイリューに加える。テレビの影響や特撮番組の真似事であっても、誰よりも鍛錬を積み重ねてきたひふきポケモンは、種としても能力的にも格上であるドラゴンポケモンを圧倒する。

 止めに”ふといホネ”で殴り付けようとしたが、振り上げている時の溜めの時間を突かれて反撃を受けてしまう。

 

 能力にかまけているとしても、カイリューは恵まれた能力を持っているのだ。

 潰れた車の上に倒れているブーバーにカイリューは逆襲しようとするが、彼を庇う様にサンドパンは前に出る。目の前の敵を止めるには一撃で倒すしかない。ならばその一撃で倒すには、どうやれば可能なのか。

 

 自らに許された僅かな時間の間に、サンドパンは頭を回転させる。

 今まで自分が、格上を相手に一撃を与えたことがあるのは数えるほどしかない。

 そして、それらは全てアキラの的確な指示とアドバイスがあった。

 どうすれば彼無しで、この状況を打開できるのか。

 

 体の奥底から熱い何かが込み上がるのを感じながら、更に追求していく。

 アキラはどうやって、非力な自分でも勝てる様に指示を出していたのか。

 大技を使った覚えはあまり無い。

 殆どが奇跡的に相手の弱点や苦手なところに当たっただけ――

 そこまで至った時、サンドパンの脳裏につい最近アキラが、自分のことを見ながら呟いていたある言葉を思い出した。

 

『急所を狙うのは、ちょっと高望みかな』

 

 それだ、とサンドパンは遂に悟った。

 今まで派手な技と強い技に拘っていたが、そこまで固執する必要は無い。アキラは難しいと口にしてはいたが、既にどうすれば更に強くなれるかを考えていたのだ。

 

 拳を振り被ったカイリューをサンドパンは見据える。

 仲間がカイリューに進化しているが、どういう体をしているかはまだ詳しくは見ていない。体格と姿勢から見てどこを狙えば大きなダメージを与えられる急所なのか、アキラならどう攻撃する様に指示を出すかを考える。

 知識として知っていても、実行することは難しい。でもやらねば自分は何時までも仲間達には追い付けない。今まさにカイリューが拳を突き出そうとした刹那だった。

 

 サンドパンが鋭い爪を最大限に活かして振るった”きりさく”を受けて、カイリューの体は硬直してしまった様に止まる。それでもまだ動けると見たサンドパンは左爪を構えると、次は自身も含めて生物的に弱い箇所が多い顔を狙う。

 

 ”スピードスター”を発射するつもりだったが、体の底から湧き上がる力がそのまま爪に集まっていく熱を感じる。その熱に構わず意識して引き金を引くと、左爪からは”スピードスター”とは異なる緑色の光弾が放たれた。

 それはカイリューの顔に当たると小規模の爆発を起こし、固まっていたドラゴンポケモンはそのまま崩れる様に倒れ込んだ。

 

 カイリューが倒れるのを見届けてから、サンドパンはしばらく自らの爪を凝視する。

 その目は信じられない様な色を帯びていたが、やがてねずみポケモンは弾けた様に爪を突き立てながら建物を駆け上がっていく。

 

 遂に見出せたのだ。ようやく自らの進むべき道、極意と呼べるものをだ。

 

 屋上に辿り着いたサンドパンは、先程と同じ思考を試みながら、アキラ達を追い掛け回している竜軍団に狙いを定める。

 急所当て――それを実現する為には何をするべきか、爪の向き、攻撃を当てる部位などの必要な要素を逆算していく。

 全ての条件が満たされと感じた瞬間、一発の”どくばり”を撃ち出す。

 弾丸の様に一直線に飛んだ毒針が当たった瞬間、命中したプテラは力が抜けた様に姿勢が不安定になって仲間を巻き込んで落ちていく。

 

 それを見たサンドパンは、興奮にも喜びにも似た気持ちの高揚を感じる。

 感覚を忘れない内に先程と同じ気持ちを心掛け続けて、”どくばり”のみならず”スピードスター”、そして湧き上がる力を集めた光弾でも同様の試みをしていく。

 

 すると、目に見えてサンドパンの攻撃が当たったドラゴン達は次々と墜落していく。正確には殆どは倒し切れてはいないが、それでも継戦不能やそれに近い状態に追い込んでいた。

 ちゃんと考えるだけでなく外れない様に狙いも定めないといけないが、「当てる=ほぼ必殺」を実現していることにサンドパンは興奮気味だった。

 

 しかし、今は喜んでいる場合では無い。

 たった今掴んだコツを活かして、仲間達を手助けしていかなければならない。

 その掴んだコツに今湧き上がっている力がある程度関わっていることには気付いていなかったが、サンドパンは目を光らせて飛んでいる四天王軍団を中心にスナイパーを彷彿させる正確無比な射撃で撃ち抜いていく。

 

「何かコツを掴んだみたいだな。サンット」

 

 カイリューに抱えられながら飛んでいたアキラは、建物の屋上に陣取ったサンドパンが何やら力を発揮しているのを嬉しく感じていた。

 サンドパンのパワーを今よりも向上させることは今の自分には無理と感じていたので、ゲンガーみたいにテクニシャンタイプに育てようとしたが、どうやら自力で見出したらしい。

 

「さて、俺達もそろそろ動くか」

 

 地上で戦っている他の四匹も上手く立ち回っているのだ。

 そろそろカイリューと自分も、こうして敵に追い掛け回される以外のことをしなくては奮闘している彼らに悪い。今の彼は、さっきの戦い以来相手の動きが手に取る様に分かる感覚を何故か維持できている。瞬く間に変化していく視界の中で出来ることを探し、そして見つけた。

 

「リュット、建物の合間を縫って飛んでくれないか?」

 

 アキラの提案に、顔を向けたカイリューはさっきのサンドパンにされた提案と同様に渋る。

 下手をすれば自分達が地面か建物に正面衝突する可能性が高いのだ。

 かと言って安全の為にスピードを遅くすれば、後ろの竜軍団に追い付かれてしまう。

 

「大丈夫、俺がちゃんとお前を導くから」

 

 穏やかな雰囲気を醸し出しながらも、自信を持ってアキラはカイリューに伝える。

 過去に何回か言われたことがある台詞ではあるが、上手くいくときもあれば全然ダメな時もあるので、普段カイリューは流す程度にしか聞いていない。だけど、今の彼の姿から信じるに値すると判断したカイリューは、彼の言う通りまだ形が残っている密集した高層建築が多い場所を選んで高速で低空飛行し始める。

 

「目に…ゴミが入る心配も無い」

 

 ヘルメットのバイザー部分で目を保護しているおかげで、アキラは目を気にすることなく、カイリューにどう曲がるのか、何秒後に曲がるべきなのかを伝えていく。

 どれも紙一重なのや体のどこかを建物や地面に掠らせる様なのばかりではあったが、アキラのアドバイスとカイリューの反応と実行出来るだけの能力で強引に実現させる。途中で本当にぶつかりそうな危うい場面では、咄嗟に手足や”つのドリル”を使って力任せに突破して、彼らは追い掛けてくるドラゴン達を振るい落とす。

 

「よし良いぞ。その調子!」

 

 ”つのドリル”でカイリューは建物を突き破っていくが、難なく竜軍団を減らしていく仲間を見ていたサンドパンは負けていられないと意気込む。

 高い場所に陣取っていたサンドパンは、見える範囲で”スピードスター”や”どくばり”、そして新たに放てる光弾での精密射撃で、効率良く四天王軍団を仕留めるか大ダメージを与えていく。

 ようやく進むべき道を見出せて気持ちが高揚しているおかげなのか、今なら何でもできる気分なのも手伝って絶好調だった。どのくらい絶好調なのかと言うと、飛んでいるアキラ達の動向を気にしながら、背後から音も無く接近してきたゴーストとゲンガーを振り返らず撃ち抜ける程だ。

 

 勿論二匹だけでなく、地上ではエレブーにブーバー、ヤドキングとゲンガーの四匹が一塊になって大立ち回りを演じていた。

 周囲がほぼ敵しかいない状況だからか、ブーバーは手にした”ふといホネ”を振るいながら、まるで踊っている様に軽快に体を動かして片付けていく。

 ゲンガーもまた、ブーバーを真似しているのか拾った鉄筋を両手で振り回しつつ、目から放つ多彩な技で翻弄していく。ヤドキングは掌に溜め込んだ念の波動を効率良く攻撃や防御に利用して、遠近共に活躍する。エレブーの方も正気に戻っていたが、寄って集ってくる敵に対して周囲に放電しながら拳を振るって蹴散らしていく。

 

 四タイプのポケモンで構成された四天王の軍勢も数の差で押し潰そうとするが、アキラの手持ち達は質と連携で見事に対抗する。戦いは正に、少数精鋭対雑兵軍団の呈を露わにしていた。

 既に数え切れない数の四天王傘下のポケモン達をアキラ達は倒していたが、それでも四天王軍団のポケモン達の数が減る様子は無い。彼らも減っていないことには気付いていたものの、仕掛けた攻撃や作戦が全て上手くので、自分達はまだまだ戦えると見ていた。

 

 

 しかし、それが過大評価であるのには、手持ち達は勿論、戦う前に気を付けていたアキラさえも気付いていなかった。

 

 

「っ!」

 

 上空を飛んでいたアキラとカイリュー目掛けて、地上からコンクリートの塊が投げ付けられた。

 地上にいたワンリキーの集団の仕業なのには気付いていたので、カイリューは彼に伝えられる前に再び”つのドリル”で粉砕する。

 

「残念だった――」

 

 皮肉の一つを言おうとした時、横にある建物を貫いて無数の光線が彼らを襲う。

 目に見える範囲内ならすぐさま対応できる自信が今のアキラにはあったが、視界外からの不意を突いた攻撃までには注意を向けていなかった。

 

 カイリューは反射的に体を捻らせたりして避けていくが、避け切れなかった攻撃が掠る。

 更に他の方向から仕掛けられた攻撃も受けて、ドラゴンポケモンは切り揉みしながら瓦礫が散らばっている道路に墜落する。

 勢いもあった為、激しく地上に叩き付けるだけでなく瓦礫や潰れた車を跳ねながら体も転がっていくが、建物に激突してようやく止まった。

 

「リュット! 大丈夫!?」

 

 包み込む様に抱えられていたアキラは、すぐにカイリューに声を掛ける。

 彼はカイリューがしっかりと抱えてくれたおかげで、墜落時と転がった時の衝撃が体に響いた以外は目立った傷は負わなかった。幸いダメージはそこまで大きくないのか、ドラゴンポケモンは頷きながら体に付いた土や小石を振り落として立ち上がる。

 だけど、安心している時間は無い。

 

 さっきまでは空を飛んでいたので竜軍団だけにしか追い掛けられなかったが、地上に落ちた今はチャンスとばかりに四方八方からあらゆる四天王の軍勢が一斉に襲ってきた。

 カイリューは口から青緑色の炎である”りゅうのいかり”を放って一掃するだけでなく、巨体とパワーを活かして暴れ回ることで自らに近付く敵を跳ね退けていく。しかし、カイリューは自らの身を守れてもアキラの方は少々面倒なことになっていた。

 

「人間相手でも手加減無しか」

 

 殴り掛かって来るワンリキーに殻で挟もうとするシェルダーを避けながら、アキラはどうするべきか迷っていた。ポケモン同士なら問題は無いが、人間が自衛のためとはいえ、ポケモンに攻撃を加えることにはどうしても抵抗がある。手持ちにツッコミの意図で軽い手刀を落とすのとは訳が違うのだ。

 

 今のところは視界内にいる敵の動きは、手に取る様にわかるのや死角に回り込まれても鋭敏化した感覚と反応のおかげで避けていられるが、何時まで持つか。

 色々あれこれと考えながら戸惑っていたが、カイリューが彼を追い回していたポケモン達を片付けると、すぐにアキラを抱えてその場から飛び去る。

 

「これだけ暴れても減る様子無しか」

 

 追い掛けてくる敵と地上を暴れている四天王軍団の動向を確認するが、既にカイリューだけでも下手をすれば百匹以上は倒しているはずなのに、敵の数が戦い始めた時とあまり変わっていない。最初は気分良く無双出来ても、延々と戦い続けていれば消耗してしまうものだ。

 カイリューの様子を見るとまだ余力はあると見て良いが、疲れ切るまで戦っても状況が変わる保証は無い。

 

「――そろそろ引き上げるべきかもしれないな」

 

 頭が冷えて冷静になったアキラは、思わずそう呟く。

 力が及ばなかったのは悔しいが、とにかく仲間達と合流した方が良い。

 そして、彼の懸念は当たっていた。

 

 屋上から様々な方向へ技を放っていたサンドパンだったが、唐突に技が出せなくなった。

 最初は混乱するが、湧き上がる力が消えているのを感じたのと過去の経験から技を出すPPが切れてしまったことを悟った。これでは上手く戦えないと、戸惑っている間にプテラが鋭い刃そのものである翼で襲ってくる。

 最初に仕掛けられた攻撃を何とか避けると、サンドパンはさっきまでやっていた急所狙いの逆算を瞬時に行う。そしてプテラに対してまだ出せる技である”きりさく”を仕掛けるが、焦っていたこともあるのか、ダメージを与えられても肝心の急所と見た箇所からは僅かに狙いが逸れてしまう。

 

 咄嗟にサンドパンは、これ以上ここに留まるのは不利と判断を下すと、噛み付いてくるプテラから逃れるべく建物から飛び降りる。

 当然そのまま着地するつもりは無いので建物に爪を突き立てて減速していくが、四方から飛んでくる光線などの猛攻に耐え兼ねたのか、地上に降りると同時に”あなをほる”の要領で建物の壁を突き破って中に逃げ込む。

 

 仲間達と円を描く様に戦っていたヤドキングも、次第に上手く念の力が籠められなくなるのを感じる様になっていた。

 その違和感が無視できないものになって気を取られた瞬間、飛んできた攻撃を受けてしまい、吹き飛ばされた体は潰れている車に叩き付けられてしまう。

 

 追い打ちを掛ける様にワンリキー達が投げ飛ばしてきた無数の瓦礫を、跳び上がったエレブーはヤドキングを守るべく砕いていくが、着地したタイミングにあらゆる軍団から”はかいこうせん”を始めとした様々な技を雨あられの如き激しさで浴びせられた。もう一度”がまん”を発動するべく、でんげきポケモンは”リフレクター”や”ひかりのかべ”を張って、片膝を付きながらも必死に耐えようと粘るが、自信を持って耐え切れるだけの余力はこの時既に無かった。

 

 自分達に有利だった流れが徐々に変わりつつある。

 それを感じ取ったゲンガーとブーバーの二匹は、目線を交わすとすぐさま頭を切り替える。

 エレブーが敵の攻撃を引き受けている間に、ひふきポケモンは”ふといホネ”を投擲して、ゲンガーは念の力でホネの軌道とスピードを操作して自分達やヤドキングに迫っていた敵を薙ぎ倒していく。

 一時的に場を大人しくさせて時間を確保すると、その間にゲンガーは起き上がるのに苦労していたヤドキングに手を貸して起き上がらせた。

 

 これはマズイパターンだ。

 

 過去に近い経験をしたことがあるゲンガーは、一度分かれて戦っている仲間達全員が集まる必要があるのを考え始める。

 その時、近くの建物の壁を貫いてサンドパンが飛び出し、空からはアキラを抱えたカイリューがやって来た。

 飛んで来たカイリューは、エレブーに攻撃していた四天王軍団に対して”れいとうビーム”を薙ぎ払う様に放つ。一掃出来るだけの威力は無かったが、それでも竜軍団が苦手とする氷技の効果は絶大であり、地上の軍勢も体の一部が凍り付いたりと行動不能になる。

 乱入する形で攻撃を中断させると、彼らはボロ雑巾の様に倒れていたエレブーを素早く回収して、集まっている四匹の元に降り立った。

 

「皆無事か?」

 

 カイリューの手元から離れて、地に足を付けたアキラは問い掛ける。

 一部はどう見ても無事では無いのはいるが、大体は大丈夫ではあった。自分達が暴れ回ったことでどれだけ敵の動きに影響を与えることが出来たかを知る術は無いが、もうこれ以上戦っても勝つどころか無事である保証は無い。

 

 引き際だ。

 

「バーット、”テレポート”の――」

 

 何時も利用している緊急逃走手段を頼もうとした時、アキラは空気が変わるのを感じた。

 火災と半壊した建物などの瓦礫の山に紛れて、四天王の各タイプの軍団が自分達を取り囲んでいたが、それだけでは無かった。

 戦っている時は見掛けなかったワンリキーとシェルダー、それぞれの最終進化形態であるカイリキーにパルシェン、そして他にいる同種とは別格な雰囲気を漂わせるゲンガーとカイリューがこちらを睨んでいたのだ。

 

 前者の二匹はわかりやすいが、後者の二匹も含めて恐らく各四天王軍団を率いている親玉的な存在だろう。アキラは近くにあった丁度良い長さの折れた鉄筋を手にして、意識を取り戻したエレブーを含めた手持ちと一緒に円を描く様に対峙する。

 

 正直言ってこれ以上戦うつもりは無いし、ブーバーの”テレポート”で離脱することはもう決定事項だ。構えているのも、まだ戦う意思がある様に見せ付けて牽制する為だ。

 しかし、アキラは自らの選択に不満を抱くことは勿論、自問自答を繰り返していた。

 

 こうして戦いに首を突っ込んでいるのは、友人であるレッドの手助けをしたいのは勿論、単純に言って手持ちがそれを実現出来るだけの力を持っているからだ。

 今回は自分達にやれることを尽くした。

 それでもダメなら自分達の力不足と受け入れつつも、次のリベンジを誓って引き上げるべきだ。レッドからも危うくなったら逃げる様に言われているし、今の彼らの様にここでの戦いが絶対に負けられない戦いと言う訳では無い。

 

 ここで玉砕覚悟で挑んでも、もう意味は無い。

 自分達が奮闘したおかげで、街の人達が避難する時間を稼いだり、向けられるはずだった攻撃を引き付けられたと考えれば勝ったと言えるだろう。

 

 何時か必ず、こんな不満を抱かないだけ強くなってやる。

 

 心の中でそう誓い、アキラは湧き上がる悔しさを抑えてブーバーに”テレポート”を命じようとした時だった。

 突如地面が突き上がる様に激しく揺れて、地面が大きく裂けたのだ。

 急激に広がる裂け目をカイリキーなどは避けるが、避け切れなかった多くの四天王軍団のポケモン達は巻き込まれる。

 

「”じわれ”って…え?」

 

 規模は大きいが、”じわれ”によく似ている技にアキラはサンドパンに目を向けるが、ねずみポケモンは首を横に振って自分では無いことを伝える。

 その時、瓦礫を突き上げる形で大地を砕き、一際巨大な何かがアキラを取り囲んでいる軍勢の一角に現れた。

 

「イワーク…」

 

 現れたのはいわへびポケモンのイワークだ。

 しかも姿を見せたのはイワークだけでは無い。

 すぐ近くの地面からは、ツノを回転させたサイドンが敵を巻き込みながら地中から飛び出し、口からを火炎を放って周囲を牽制する。

 

「助けに来たぞ。アキラ」

 

 二匹がそれぞれ姿を見せた穴から、彼らを率いるトレーナーにしてニビジムのジムリーダーであるタケシが、彼が連れて来たであろうトレーナー達と一緒に出てきたのだ。助けの手は無いと考えていただけに、予想外の加勢にアキラ達は驚きを隠せなかった。

 突然の敵襲に四天王の軍勢は警戒するが、タケシ達が立っている位置とは真逆の場所からは噴水の様に水が溢れ出した。

 

「無茶をするわね。誰の影響かしら?」

 

 溢れ出た大量の水で敵を流しながら、スターミーに乗ったカスミも姿を見せた。

 今この地方に残っているジムリーダーの二人が、このクチバシティにやって来ている。

 それならと考えた時、アキラ達の周囲を花弁や色彩様々な粉塵が舞い始めた。花弁は敵に纏わりついて体力を奪い、色とりどりの粉塵を浴びたポケモンは戦意を失っていく。

 

「よく敵の注意を引き付けて時間を稼いでくれました。アキラ」

 

 予想が当たり、アキラの表情は自然と明るくなった。

 タマムシシティのジムリーダーであるエリカが、大勢のタマムシ自警団に属するトレーナー達を率いてこの場にやって来たのだ。

 三人のジムリーダー達に、彼らに率いられた多くのトレーナー達。

 数で苦戦を強いられていたことを考えると、これ以上無く心強い。

 

「ふふ、助けに来たのは私達だけではありませんよ」

「?」

 

 どういう意味なのか聞き返そうとした時、どこからか綺麗な氷の粒が雪の様に降り始めた。

 空を見上げると、炎に照らされる形で青白い光を放っている伝説の鳥ポケモンと謳われるフリーザーが飛んでいたのだ。伝説のポケモンの一角の登場に、駆け付けたトレーナーの多くは目を奪われるが、美しいはずなのに何かが違う様に感じられる氷の鳥にアキラは見覚えがあった。

 まさか――

 

「ここか! 祭りの会場は!」

 

 派手に排気音を鳴らしながら、バイクに乗ったどう見てもカタギでは無さそうな集団、アキラの知り合いにしてサイクリングロードを根城にしている暴走族集団であるムッシュタカブリッジ連合をタカが先頭に立って率いていた。

 何で彼らがこんな所にいるのかやどうやってこの危機を知ったのか、アキラの中では疑問しか浮かばなかったが、あの様子ではエリカ達と一緒に来たという事だろう。

 

「――タカさん…もう暴走族止めた方が良いんじゃないですか…」

 

 エリカが率いる自警団の実力は知っているが、タカを始めとした暴走族である彼らの実力も良いものであると言い切れないが、そう悪いものでは無い。これ以上無い、カントー地方に残った戦力の集結に思わず笑みが零れてしまう。

 戦いがまだ続くとしても、もう一人では無い。

 その事実だけでもアキラには十分に有り難かった。

 

「いくぞ皆!」

「アキラが散々暴れたのだからやってやるわ!」

「無理はせず、やりましょう」

 

 三人のジムリーダーの呼び掛けに、この場に集結したトレーナーとそのポケモン達は雄叫びを上げて応えると、四天王軍団のポケモン達と激しく激突した。




アキラとその手持ち達、持てる力全てを出して挑んでも追い詰められるが、カントー中から応援が駆け付けてくれる。

今回ジムリーダー以外に駆け付けたトレーナーは、ジムリーダー達が呼び掛けて集めたのだけでなく、前話でさり気なく描いた報道関係者の生中継からアキラ以外にも警察と一緒に奮闘するトレーナー達の姿見て、力になろうとした有志も含まれていると言う扱いです(暴走族達は後者)

原作ではジムリーダー達しか戦っていない様にしか描かれていませんが、描いていないだけで実際は他のトレーナーも戦っていたと個人的には考えています。


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求めていたもの

 カントー地方に残っていたカツラを除いた正義のジムリーダー達と、彼らがそれぞれ率いる自警団と有志のトレーナー達の戦いは、すぐさま敵味方が入り乱れる凄まじい大激戦となった。

 

 四天王傘下のポケモン達の数もかなりのものだったが、トレーナー達と協力するポケモン達の数もまた、それに匹敵する程なのだから当然とも言える。

 あちこちで怒号が飛び交い、放たれた技による更なる破壊、倒れた味方を乗り越えてでも彼らは激しくぶつかる。

 

 中でも別格とも言える動きを見せていたのが、三人のジムリーダー達に四天王に与しているカイリュー、カイリキー、ゲンガー、パルシェンの四匹だった。

 

 カイリューとゲンガーは数は少ないが同個体が存在しているが、一匹しかいないカイリキーとパルシェンと同レベルの働きをしている個体が存在していたのだ。恐らくあの四匹が各軍団のリーダー、倒せば軍団の動きは乱れる筈だとエリカを始めとした聡明な者はすぐに気付く。

 周りの状況を加味して、彼らは直ちに動いた。

 

「スタちゃん! あのゲンガーを狙って!!」

 

 カスミのスターミーが放った”バブルこうせん”は、未進化ポケモン達を圧倒して堂々と仁王立ちをしているゲンガーに迫るが、立ち塞がる様にカイリキーが現れて正面から技を受け止められてしまう。

 

「覇ッ!」

 

 エリカのポケモン達も距離的に近いパルシェンを狙うが、シェルダーやゴーストらが我が身を盾にしてでも舞っている花弁や粉塵を防ぐだけでなくパルシェンとも一緒に仕掛けてくるので、中々上手くいかない。

 

「負けるなサイドン!」

 

 タケシが連れていたサイドンは、カイリューと激しい殴り合いを演じていたが劣勢だった。そこにイワークが長い尾でカイリューを抑え付け、サイドンは口から”かえんほうしゃ”を放って焼き尽くそうとするが、炎に炙られながらもドラゴンポケモンは拘束から抜け出す。

 流石は四天王の代わりに軍団を率いる長、そう簡単には倒させてはくれない。

 

 すぐにリーダー格を見抜いた以外にもエリカ達は、各軍団にはそれぞれ異なる特徴があることにも気付いていた。

 竜軍団と霊軍団はカイリューやゲンガーの最終形態が何匹かいるのに、氷軍団と闘軍団にはパルシェンとカイリキーなどの最終形態は一匹しかいない。そしてその二匹には、黒い刺々しい輪の様なものが体の一部に嵌められていた。

 それが何を意味しているのかまではわからないが、少なくとも先に崩せる可能性があるとしたら氷と闘の軍勢だろう。しかし、崩すまでに攻めるのが厳しい事には変わりなかった。

 

「大丈夫かな?」

「大丈夫です。何とか…自力で歩くことは出来ます」

 

 一方アキラの方は戦いに加わってはいなく、タマムシの精鋭の手によって激戦地から少し離れた比較的落ち着いている場所に運ばれていた。

 途中で彼らに襲い掛かるのもいたが、それらはブーバーやカイリューの容赦無い鉄拳を顔面に打ち込まれて沈むか、ゲンガーとヤドキングが懐に放つ0距離念動波を受けて吹き飛んでいった。

 

 立ってはいられるのだが、助けが来たことで緊張の糸が切れてしまったのかアキラは歩けるものの足は震えており、運ばれた先で彼は瓦礫に背を預ける形で座らされた。

 ちなみにすぐ近くでは、一番槍として突撃したところまでは良かったが、早々に返り討ちにあって気絶しているムッシュタカブリッジ連合現総長のタカがタマムシの精鋭達の治療を受けていた。

 

「今は瓦礫の上だけど、大人しくしているのが一番だよ」

 

 精鋭の一人がそう伝えると、他の面々はアキラのポケモン達に”かいふくのくすり”などの回復薬を与える。ポケモン達は道具のおかげで疲労までは抜けなくても、体力の消耗を回復することは出来る。しかし、人間にはそういう手段は無いので、回復するにはただ体を休めるしかない。

 息を整えながら、アキラは少し離れた先――さっきまで自分達が戦っていた場所を眺める。

 

 そこでは三人のジムリーダー達と彼らに味方する者達が、市街戦さながらに激しい戦いの火花を散らしていた。ルールも何も無い、ただ目の前の敵を倒すか自分がやられるかの二択の戦いだ。

 数と数がぶつかり合っているように見えるが、質の面ではこちら側の方が優勢だ。このままなら、余程の事が無い限り勝てる。

 

 やれるだけのことはやったのだ。

 

 自分に与えられた役割、成すべきことはもう終わったのだ。

 

 後はジムリーダー達とレッド達が勝つのを待つだけだ。

 

 自然とそんな考えが浮かぶが、やっぱりアキラはどこか納得出来なかった。

 本当にどうなっているのかがわからない。

 この戦いが本来起きたものなのか、それとも自分が加わったことで何か変化が起きているのではないか。最初は未知の出来事に対しての不安な感情かと思ったが、どうやらそうでは無い。

 

 そんな上手く理解や解釈が出来ない考えや気持ちが頭の中で行き交う内に、無意識に息が落ち着いたアキラは立ち上がった。まだそんなに休んでいない彼をサンドパンやエレブーのみならず、ゲンガーさえも止めようとするが、彼に並ぶ様にカイリューも立ち上がった。

 お互いに疲労しているのがハッキリとわかるが、今の彼らには関係無かった。

 

 もうやる必要は無い。それはわかっている。

 だけど体が止まらないのだ。

 目の前で繰り広げられている戦いを見据えると、「まだ戦いたい」という欲求にも似た気持ちが湧き上がる。さっきまでは責任感の様なものを感じていたが、あれは自分がそう思い込んでいただけだ。では何故そこまでして戦いたいのかと理由を聞かれても、アキラは上手く言葉にすることが出来ない。

 強いて言葉にするならば――

 

「俺達が……戦いたいから戦う…かな」

 

 正義感でも使命感でも何でもない。

 自分達が戦いたいから戦うと言う、単純明快にして個人的な理由。

 レッド達の助けになりたいから戦うと言う気持ちに偽りは無いが、心のどこかでこれも戦う理由の一つであるのが腑に落ちた自分もいた。だが何とも自己中心的な発想だと感じ、忘れようとした直後だった。

 隣に立っていたカイリューは何故か機嫌良く鼻を鳴らすと、その巨体から黄緑色のオーラが少しずつ溢れ出し始めた。

 

 

 俺達らしいじゃないか。気に入った

 

 

 賛同する言葉が彼の頭の中に伝わった直後、アキラの目に映る世界は変わった。

 

 

 

 

 

「負傷者は下がって! 皆お願い!」

 

 果敢に戦っていたが怪我を負ってしまったトレーナーを庇いながら、カスミは声を上げる。

 今は自分達の方が少し有利とは言っても、まだ予断は許さない。何が切っ掛けになって均衡が崩れるかわからないからだ。

 気を引き締めていこうとした時、上空からメタモン三体合体で再現されたフリーザーの攻撃から免れたハクリューとプテラの集団が放った”はかいこうせん”が、少し離れたところで戦っているエリカとそのポケモン達を襲う。

 

「エリカ!!」

 

 カスミは助けに加わろうとするが、回り込んできた霊軍団に阻まれる。

 ”あやしいひかり”に”ナイトヘッド”、前者の攻撃から逃れる為に動きを止めたところを彼女は後者の攻撃を受けてしまう。スターミーは”バブルこうせん”で霊軍団を追い払うも、竜軍団に属するカイリューの一匹が、スターミーのコアが砕ける程のパワーで捻じ伏せてしまう。彼女の危機に気付いたトレーナーとそのポケモン達が挑むが、いずれも翼の一振りで巻き起こされた突風で片付けられる。

 

 負傷した腕を庇いながら、カスミは少しでも時間を稼ごうとするが、そんな彼女の努力にお構いなくカイリューは一気に距離を詰めてきた。

 このままではやられる、そう彼女が思ったその時だった。

 

 迫るカイリューを光り輝く何かが横からぶつかって吹き飛ばしたのだ。

 

「え?」

 

 ドラゴンポケモンを吹き飛ばしたそれは、何色か可視出来る程に強い光を放ってはいたが、姿はハッキリと見えていた。

 正体は黄緑色のオーラを全身に纏ったカイリューだった。

 そしてカイリューのすぐ横には、同じ姿勢で腕を伸ばしていたアキラも立っていた。

 

「アキラ?」

 

 半信半疑でカスミは彼の名を口にする。

 彼はまだ若いにも関わらず、自分達がここ駆け付けるまでの間、出来ること全てを尽くして戦っていた。だからこそ、これ以上負担は掛ける訳にはいかないと後は任せて後ろに下がって休む様に手配した筈だ。

 実際、十分に休めていないからなのかアキラの息が若干荒い。

 しかし、そんな状態でもアキラはカスミの様子に安心した様な表情を浮かべた。

 

「怪我はありませんか?」

「大丈夫だけど、アキラの方こそ大丈夫なの?」

「問題無いです。ようやく……俺達が目指していた世界に辿り着けて、気分が良いので」

「?」

 

 確かにアキラは息を荒くしているだけでなく顔から留まる気配が無いまでに汗を流しているが、疲れている割にはかなり嬉しそうだ。彼の言う「目指していた世界に辿り着いた」というのは、どういう意味なのかがカスミにはわからなかった。

 

「ねぇ、それってどういう――」

 

 尋ねようとした直後、アキラは目付きと雰囲気が刺々しい荒っぽい雰囲気に変わる。

 彼の視線の先には、数多くの四天王の軍勢がこちら目掛けて押し寄せてきていた。

 

()()()()()()()…」

「え?」

 

 それだけを口にすると、アキラはカイリューと共に迫る四天王軍団目掛けて駆け出し始めた。

 数の差を考えると無謀に見えたが、ドラゴンポケモンに挑んだ四天王のポケモン達は、まるで箒で掃かれた木の葉の様に片っ端から吹き飛んでいく。すぐ隣を走っているアキラは直接関与している訳では無かったが、何かがおかしかった。

 

 さっきの呟きは心底苛立っているからであると解釈は出来るが、彼にしては声色も含めてかなり乱暴だ。それに彼の動きが、一緒に走っているカイリューと()()()()なのも気になる。ポケモンとトレーナーが一緒の動きをしているのは傍から見ると変ではあるが、彼はこんな状況でふざけたことはしない。

 他のアキラのポケモン達も珍しく困惑した様子で、小走りでカスミの目の前を横切っていき、四天王軍団に対して突出している彼らの後を追い掛ける。

 

「どうなっているの?」

 

 ゆっくりと考えている暇は無いのだが、アキラの身に一体何が起こったのかカスミにはわからなかった。

 

 

 

 

 

 鬼神とは正に今のカイリューのことを指しているだろうと、体を動かしながら一瞬だけアキラはそう考えた。

 

 挑んでくる相手が未進化ポケモンばかりなのもあるが、それでも今隣にいるドラゴンポケモンは圧倒的としか表現する言葉は無かった。そんなカイリューの真横を密着している様に見える程の距離で、アキラは迫る敵を蹴散らしていく相棒と同じ様に腕を振るいながら走るが、彼は襲ってくる敵をカイリューが倒していくことよりも別の事で興奮していた。

 

 この二年間、ずっと求めてやまなかった感覚。

 自分がカイリューになり、カイリューもまた自分になっている様な不思議な感覚。

 目に見える視界や動作に反射などの感覚だけに留まらず、思考も含めて互いに共有し合う一心同体を実現したと言える一体感。かつてミュウツーを相手にして、互角に渡り合うことが出来た境地を再び体感出来ている事実に、彼はこれ以上無い高揚感に満たされていた。

 

 何故今再びこの感覚に至ることが出来たのか、それも以前みたいに浸透していく様に少しずつでは無く最初から全感覚を共有状態なのか不思議ではあったが、そんな疑問は今は些細なものだ。今は出来る限り、戦いながらもこの状態がもたらしてくれる様々な恩恵にアキラは長く浸っていたかった。

 

 上空からハクリューとプテラの集団が迫るが、カイリューとアキラは見上げると同時に睨む。

 極限まで集中力が高められたのか、さっきまでの様に動きが読めるだけでなく必要であることを意識すれば、目に映る世界の動きそのものがゆっくり感じられる。自分とカイリューだけ異なる時間軸にいる錯覚を覚えるが、一通りの動きと流れをアキラが頭の中で組み立てて浮かべると、カイリューは素早く飛び立った。

 

 ハクリューとプテラは”はかいこうせん”で狙い撃ちしてくるが、飛んでくる光線の軌道も彼らには見えていた。

 掠ることなく迫ると、力任せに殴り付けることは勿論、彼らにとって狙われたくない急所とも言える部位にも一撃を加えて瞬く間に蹴散らす。

 

「よし」

 

 何の苦も無く挑んできた竜軍団の一部を片付けられたことに、アキラは拳を握り締める。カイリューの圧倒的な力を目の当たりにして、四天王軍団は警戒する様に一歩下がる。

 地上に降りたカイリューは、先程の様に”こうそくいどう”で突撃して集団の中心から蹂躙する準備に掛かるが、すぐ後ろに控えていたアキラに無数の影が襲い掛かった。

 

 カイリューは倒せなくても、より脆弱な存在である彼なら倒せる。

 そう踏んだワンリキーは、アキラ目掛けてコンクリートが付いた鉄筋をハンマーの様に振り下ろしてきたのだ。まともに受けてしまえば大怪我どころか最悪の事態になりかねない攻撃であったが、彼らの見通しは甘かったことをすぐに思い知らされた。

 

 完全に視界に入らない死角から仕掛けたにも関わらず、アキラはさり気なく体をズラして避けたのだ。間を置かずにゲンガーが長い舌を伸ばすが、これも彼が体の上体をズラして躱したことで、次に攻撃しようとしていたシェルダーにぶつかった。

 そしてアキラは、最初に避けたワンリキーが振り下ろして地面に叩き付けられたままのコンクリート付き鉄筋の鉄筋部分を掴むと、力任せにワンリキーが掴んだまま振り回すとゲンガー目掛けて投げ付けた。

 

()()()()()()()()

 

 好戦的な笑みを浮かべながら告げると、やられた二匹は戦慄した顔で下がる。

 人間とは思えない力もそうだが、彼が楽し気に告げていることが何よりも恐ろしかったのだ。

 

「――何をやっているんだ俺?」

 

 しかし、当人は唐突に自分が今やったことに少し困惑する。

 一瞬だけ、意識が自分の体から抜けてしまった様な錯覚。ひょっとしたら一心同体と言えるまでに、カイリューと感覚や思考が繋がっている影響なのかもしれない。

 現在進行形で抱いている考えに対して彼が文句を抱いていることが伝わるが、どこまでが自分自身の思考でどこからがカイリューが考えていることなのか、境目が曖昧で二重人格みたいになって混乱しそうだ。今まで求めていたのは確かだが、この感覚を保ち続けることによる意外な弊害をアキラは知ったが、呑気に考えている暇が無いのをカイリューの感覚を通じて知る。

 

 頭上から一匹のカイリューが、一直線に飛んできていたのだ。

 恐らく”すてみタックル”かそういう技で、自身と引き換えに倒そうと言う魂胆なのだろう。

 

 通常なら激突まで数秒しか無いが、アキラとカイリューは再び集中力を高める。

 世界がスローモーションで見える様になれば、体感ではあるが対策を考える思考時間を引き伸ばすことが出来る。更に引き伸ばした感覚のまま、アキラは突っ込んでくるカイリューをの動きに目を凝らし、考えられるあらゆる動作の可能性も含めて予測する。

 

 タイミングを合わせて、彼のカイリューは突進してくる同族をさっきのアキラの様に体を横にズラして避ける。

 それから流れる様に尾を掴むと、なるべく最小の動作且つ突っ込んできた時の勢いを保ったまま敵集団が纏まっている方へ向けて投げ飛ばした。

 狙い通り、突っ込んできたドラゴンポケモンはその力を遺憾なく発揮して、多くの味方を巻き添えにして建物に激突する。

 

 その直後、パルシェンの”れいとうビーム”、ゲンガーの”ナイトヘッド”が飛んできて、カイリューはそれらの攻撃を受けてしまう。やる事成す事全てが上手くいくので、気が抜けてしまった隙を突かれてしまったのだ。

 ところが技が決まってカイリューは一歩下がりはしたが、苦手なタイプの技も受けたにも関わらずものともせずに逆に吠えた。

 

 理由に関してはカイリュー経由の感覚ではあるが、アキラが推測するに全身から放たれる様に纏っている黄緑色のオーラが、彼らが放つ特殊技の威力を殺したからなのだろう。

 

 このオーラが何なのかは、アキラどころか放っているカイリュー自身も良くわかっていない様だが、カイリューの体には良く馴染んでいるのと、エネルギーなのでパワーが上がるだけでなくある程度の防御に利用できることを、彼はカイリューを通じて理解していた。

 良いこと尽くめだが、荒々しいエネルギーである為、背に乗る事ができないのが唯一の欠点と言うか不満ではあるが。

 

 反撃することを思い至ったカイリューは、”こうそくいどう”で距離を詰めてゲンガーをオーラを纏った尾で薙ぎ払い、パルシェンが防御目的で殻を閉じたにも構わずに蹴り上げる。それから”こうそくいどう”を利用したスピードで飛び上がると、宙に浮いているパルシェンの体を抱えて勢い任せに地面目掛けて投げ飛ばした。

 

 叩き付けられたパルシェンの殻は無傷ではあったが、幾ら外殻が耐えられても中身が耐えられなければ意味が無い。中身にダメージが浸透して痙攣している様に震えるパルシェンに追い打ちを掛けようとした時、飛んでいるアキラのカイリューに竜軍団のカイリューが二体掛かりで挑んできた。

 

 普通なら野生であっても同族を二体相手にするのは厳しいものがあるが、今のアキラとカイリューは全くものともしない。

 自らの視界だけでなく、頭の中に浮かんでいる下にいるアキラから見えている視界も認識し、彼を経由して感じられる相手の動作の予測に必要とあれば世界が緩やかに感じられる感覚を最大限に活かす。挟み撃ちしてくる二匹の攻撃をカイリューは巧みに受け流して、互いにクロスカウンターさせる形で同士討ちさせたのだ。

 

 作戦通り、と内心で呟くと、止めに”れいとうビーム”で二匹のカイリューを氷漬けにして、その氷の塊をパルシェンに叩き落した。

 

 戦いに勝利した高揚感を感じながらドラゴンポケモンは地上に降りるが、直後にカイリキーが四本ある腕の内、右側の二本で殴り掛かってきた。

 まだやる気なのかと思いながらアキラが拳を突き出すと、カイリューも避けるのではなく正面から拳をぶつけた。両者の拳が激突した衝撃で周囲の細かい瓦礫は吹き飛ぶが、ぶつけた当人を始め、隣に立っていたアキラは持ち堪える。

 カイリキーは表情を歪めてこそはいたが、残った左側の腕を動かそうとするのをアキラは見抜くと腕を引っ込めて下がり、カイリューも右腕を引っ込めて一歩下がる。

 

 攻撃を避ける為とはいえ初めて見せたカイリューが退いたのを見逃さず、カイリキーは四本の腕をフルに活かして拳の嵐を放った。それは手数を重視してはいたが、あまりの激しさと勢いに堪らずカイリューは適度にカイリキーの拳を受け流したり防御しながら後退していく。

 

 一見するとカイリキーがカイリューを押している様に見えるが、実際には異なっていた。

 激し過ぎるので下がっていると言う点は当たってはいるが、カイリューはアキラから伝わる感覚と情報、思考を元にカイリキーが放つ拳の嵐を的確に防ぎ続けているので、殆どダメージを受けていなかった。一方的に攻撃を仕掛けているのに、全く致命打が決まらないどころか、まともにパンチの一つが決まってくれないことに次第にカイリキーは焦っていく。

 

 更に勢いを強めようとしたが、カイリューはアキラが頭の中に浮かべた動きに従い、二本しか無い腕を素早く巧みに動かして、カイリキーの四本腕全てをほぼ同時に弾く。

 弾かれたことで、カイリキーは四本ある腕を大の字同然に広げてしまい、カイリューは無防備なのを晒したかいりきポケモンの胴に突き刺す様な勢いでオーラを纏った拳を打ち込んで吹き飛ばした。

 

「ふぅ…」

 

 連戦に続くに連戦、そして勝利にアキラとカイリューは息を整える。

 一見するとカイリューが動いているだけでトレーナーは近くにいても何もしていない様に見えるが、今カイリューがそれだけの強さを発揮出来ているのは、常に傍にいるアキラにあることには誰も気付いていない。

 余裕が生まれた彼らは周りの状況を見てみると、自分達が強い敵を相手にしていたからなのかこちら側は優勢になっていた。

 

「このまま一気に畳を掛けるぞ」

 

 そう意気込み、敵集団へ再び正面突撃を仕掛けようとした時、これまでバラバラに攻めてきていた四天王軍団の一部が、一塊になって大挙して正面から押し寄せてきた。挑んでくるトレーナーやポケモン達は当然、立ち塞がる存在は瓦礫も含めて荒れ狂う猛牛の様に跳ね退けていく。

 

 さっきまで一方的に叩きのめした各勢力のリーダー格が先頭に立っているのを見ると、圧倒的な力を発揮するカイリューを一気に数で押し潰すつもりなのだろう。

 幾ら動きが読め、無理矢理思考時間と動作に余裕を作ることが出来ても、あれだけの数が相手では多過ぎて対処し切れるかは定かでは無い。

 

 しかし、それでもアキラとカイリューは冷静だった。

 彼が足腰に力を入れると、ドラゴンポケモンも同じ動きをなぞる。

 

「退いて下さい!!!」

 

 正面に立っているトレーナー達全員に大声でそう伝えると同時に、アキラとカイリューは押し寄せてくる軍勢目掛けて駆け出した。

 誰であろうと圧倒出来る力の万能感に酔っているのか、それとも退くつもりが無い意思が突き動かしたのかは彼らでもわからなかった。

 だけど、走っている内にドラゴンポケモンの全身を包んでいた黄緑色のオーラが、無意識の内に徐々に全身から握り締めている右拳に集約していく感覚があることだけは理解していた。

 

「アキラ何をやっている!」

「下がりなさい!」

 

 タケシとカスミが何か言っているが、引き下がるにはもう遅い。

 軍団の先頭に立っていたカイリュー、パルシェン、ゲンガー、カイリキーの四匹が一斉に飛び掛かって来る。同時にアキラと彼のカイリューも対峙する様に飛び上がり、上体を弓を引く様な体勢で右拳を構える。

 

「やってやる」

 

 思考も含めたあらゆる感覚をカイリューと共有している影響か、激突する直前の僅かな時間に強気な言葉をアキラは呟く。

 

 今ここに解き放つ。

 

 そう意識したアキラとカイリューは、互いに同時に持てる限りの力を込めて、四天王軍団目掛けて拳を突き出す。

 そして伸ばされたドラゴンポケモンの拳が、今にもぶつかってきそうな四天王軍団の各リーダーである四体の内の一体に触れる。その瞬間、爆発した様な轟音だけでなく、押し寄せてきた四匹と軍勢の先頭集団の一部を呑み込む程の閃光が放たれた。

 あまりに衝撃的な出来事が続くので、一体何が起こったのか、彼らが何か技を仕掛けたのを目にした者も含めて誰も理解できなかったが、明らかになって来た状況に目を瞠る。

 

「これは…」

「…何よこれ」

「こんな事になる何て…」

 

 カイリューが拳を突き出した時に放った閃光によるものなのか、彼のドラゴンより前の地面は削れる様に抉れていた。

 

 流石に押し寄せてきた大軍勢を丸ごと吹き飛ばすというデタラメは実現しなかったが、それでもリーダー格の四匹と先頭集団にいた十数匹を吹き飛ばして戦闘不能に追い込むという十分過ぎるデタラメを実現していた。

 まだ圧倒的な数が残っていた四天王軍団の一部も、今彼らが放った一撃の大きさに恐れを抱いたのか、足を止めるだけに留まらずカイリューから距離を取ろうと下がるものまでいた。

 

 一方、この結果をもたらしたポケモンとトレーナーのコンビだが、互いに腕を振り切った姿勢のまま力を使い切ったかの様に固まっていた。

 相手が怖気づいているとはいえ、大軍勢を目の前にしても彼らは微動だにしていなかった。

 意識があるのかと懸念し始めた時、ようやく動いた彼らは炎に照らされた夜空を仰ぐと、雄叫びの様な叫び声を共に上げるのだった。




アキラとカイリュー、二年前にミュウツーと対峙した際に体感した境地へと至る。

久し振りに登場しましたが、今後もこの状態はアキラの切り札として度々出ると思います。
描写的に見ると彼らの状態はサトシゲッコウガみたいな感じですが、姿が変わったりメガシンカ並みに能力値が底上げされている訳ではありません。
ある程度原作にも見られた描写と取り入れる切っ掛けになった元ネタを混ぜた初期設定では、ここまで一心同体感は無かったのですけど、時が経つにつれて徐々に過剰化していき、ミュウツー戦の下書きを書く段階で現在の形に落ち着き(?)ました。

でもまさかアニポケでもゲッコウガ限定とはいえ、似た様な描写が描かれることになるとは、この設定を組み込んだ当時は微塵も思っていませんでした。
やっぱりポケモントレーナーは、如何にポケモンと心を通わせられるかが大事なんだと感じます。


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変わる運命

「ここが……スオウ島」

 

 足元の感触を確かめながら、上陸したレッドは静かに呟く。

 クチバシティを出てからどれだけの時間が経過しているのか、アキラは今どうなっているかは知らないが、レッド達一行は無事にスオウ島に到着していた。

 地図には無い島なので、本当にここが目的地であるスオウ島であるかは定かではなかったが、それでも島全体が異様な空気に包まれているのを感じ取っていた。

 

「奇妙な形状な島とは知っていたが、こうして上陸すると普通の島とは変わらないな」

「それにしてもここ寒いわね。氷使いがいる所為かしら?」

 

 島の地形を確認する様にグリーンは周囲を見渡すが、ブルーは肌寒く感じるのかどこからか上着を取り出して羽織った。

 

 今のところ四天王は自分達が来たことには気付いていない様だが、問題はここからだ。

 ここに来る前、アキラが抜ける穴をカツラが埋めるので彼と合流する話になっているが、肝心の彼はどこにもいなかった。既に来てはいるが別の場所に上陸しているのか、それともまだ来ていないだけなのか。連絡する手段が無いのでどうしようか迷っていた時、彼らは何かしらの気配を感じ取った。

 

「待ちたまえ! 私だ!」

 

 今にもボールからポケモンを出そうとしたタイミングで、髭を蓄えた白衣を着た人物が慌てた様子で飛び出す。ロケット団三幹部とグリーンは警戒を解かなかったが、覚えのある姿であったのにレッドは表情を緩ませた。

 

「カツラさん」

「久し振りだなレッド。元気そうで何よりだ」

 

 何人かが警戒しているのにもお構いなく、レッドはカツラに握手を求め、カツラもまた彼の求めに応じた。行方不明になっていた彼が、テレビ越しでは無くてこうして生きているのを再認識出来て、カツラは安心する。

 これで四天王と戦う八人が揃った。

 他の六人は組む相手が決まっているので、事前に示し合わせていた通りイエローは彼と行動を共にすることになる。

 

「久し振りだなイエロー君。アキラ君の代わりと言う形ではあるがよろしく頼む」

「こ、こちらこそ!」

 

 握手を求めるカツラに、イエローは元気に返事を返しながら応じる。

 カツラはアキラの代理であることを気にしていたが、寧ろ実力が明らかに足りない自分が彼と組んで良いのかという不安の方がイエローの中では大きかった。だけどそんなことは言っていられない。

 今こうしている間にもクチバシティでは建物が壊され、人々は襲われ、それを阻止するべくアキラと彼のポケモン達が戦っているはずだ。

 自分が必ずワタルを止めると言う決意を改めて思い出し、イエローは前を向く。

 

「これで全員揃ったわね」

「えぇ、でも洞窟の奥から強い闘志を感じるわ」

 

 ナツメの言葉に、彼らは警戒を強める。

 まだ気付いていないと考えていたが、実際は既に自分達が上陸しているのを察しているらしい。

 ナツメとブルーが先頭に立ち、彼らは気を引き締めてスオウ島の洞窟に足を踏み入れる。

 

 洞窟の中は鍾乳洞になっていたが、彼らは油断無く慎重に進む。

 何時どのタイミングで、四天王が仕掛けてくるかはわからない。

 八人全員が、周囲に注意を配りながら進んでいた時だった。

 

「フェフェフェ」

 

 聞き覚えのある笑い声が鍾乳洞内を響いたと思いきや、突然洞窟内が揺れ始めた。

 揺れの影響か、氷柱の様に先の尖った岩は根元からぽっきりと折れて、降り注ぐ様に彼らに落ちてきた。

 

「イカン!」

「うおやべぇ!」

 

 下手をすれば串刺しにされかねないので、皆巻き込まれない様にそれぞれ走って避ける。

 避けていくのに彼らは苦労するが、落ちてきた岩が突き刺さっていくことで、洞窟内に少しずつ壁の様なものが出来上がっていった。

 

「俺達を分断するつもりか」

「そのようだな」

 

 揺れと落石が収まったのと同時に、グリーンとキョウは状況を把握する。

 クチバ湾での戦いから、全員纏めて相手にするのは愚策だと考えたのだろう。

 グリーンは幸いにもナツメがスプーンが示したペアであるキョウと一緒だが、他の面々はどうなっているのか。

 

「お前ら無事か!?」

「大丈夫よ!」

「何とか逸れずに済んだ!」

「こっちもです!」

 

 返事を聞く限りでは、誰も落石に巻き込まれてはいない様子だが、ちゃんと自分達の様に組んでいるペア同士で逸れていないのかまではわからなかった。

 壁になっている岩を破壊して合流しようとしたが、彼らの周りに漂い始めた黒い霧がそれを許さなかった。

 

「何の為に分断したと思ってる。アタシらが戦いやすくする為だよ!」

 

 ゴーストポケモンに怪しげなブレスレッドを身に付けた毒ポケモンを引き連れて、キクコがグリーンとキョウの前に姿を見せる。

 どうやら他を気にしている場合では無くなったのと、自分達が戦うべき相手が出てきたことを悟り、二人は手持ちを繰り出して対峙する。

 

 

 

 

 

「…戦いが始まった」

「え!? 四天王がすぐそこに!?」

 

 グリーンとキョウが戦い始めたのを感じ取ったナツメが異変を口にすると、ブルーは驚いて見落としが無い様にナツメと互いに背中を合わせて、周囲に気を配る。出来ることなら早くレッドか誰かと合流したいが、戦いが始まったとなると悠長にはしていられない。

 この状況からどう脱しようと考えを巡らせていた時、彼女らの頭上から先程の岩とは違う何かが降ってきた。

 

「氷の粒?」

 

 それが具体的に何なのかわからなかったが、パラパラと降ってきた氷の粒は瞬く間に二人の腕を繋げる様に氷の手錠に変化する。

 

「嘘!? なにこれ!?」

「くっ、外れない!」

 

 ブルーとナツメは外そうとするが、当然ながら外れない。

 しかも暖かい手で触れているにも関わらず、氷表面は溶けている兆候すら無かった。

 

「無駄よ。その氷は特別でね。ちょっとやそっとじゃ外れないわ」

 

 二人が氷の手錠を外そうとするのに水を差すタイミングで、仕掛けた当人と思われるカンナが、二人を模した氷人形を片手にパルシェンとルージュラを引き連れて来た。

 カンナが使う不思議な技についてはレッドと情報を共有はしていたが、まさかこうも簡単に初手からやられるとは予想していなかった。いきなり四天王に先手を打たれてしまっただけでなく、思う様に動けなくなってしまった今の状況は、経験豊富な彼女らでもこれから行われる戦いが厳しいものになるのを予感させるのに十分であった。

 

 

 

 

 

「シバ、今お前は正気か?」

 

 目の前に立つ大男に対して、レッドは静かに問い掛けていた。

 

 数回の手合わせと軽く会話を交わしただけではあるが、シバは純粋に自身が認めた好敵手と手に汗握る心が燃える戦いがしたいだけなのを彼は理解していた。

 だが、そんな彼の気持ちを嘲笑うかの様にオツキミ山、クチバ湾での戦いのいずれでも、彼は操られて自らの意思に反することをやらされていた。こうして立ちはだかるのも、まだ操られているからだと考えての事だったが、シバは荒く鼻を鳴らす。

 

「正気? 確かに俺は苦痛と共に意識を失う時はあるが、そんな謎やワタルの目的などどうでも良い。俺はただ…心を熱くさせる戦いがしたいだけだ!!」

 

 愛用のヌンチャクを構えて、シバは吠える。

 四天王の一員になってから、確かに度々身に覚えの無い行動をしてしまう謎の症状に見舞われる様になった。それが原因で、ワタル達に不信感を抱いたのも一度や二度では無い。

 だけど、それらの悩みや疑問はこれから始まるであろう手応えがあるだけでなく、心が燃える熱くて激しい戦いを考えれば些細なものでしかない。

 

「けっ、戦闘狂(バトルマニア)が」

 

 レッドと一緒にいたマチスは、シバのバトル一辺倒な態度に舌打ちをする。

 この手の輩は、ただでさえ面倒臭いのに妙に実力があったりするから厄介なのだ。

 ところがマチスとは対照的に、レッドは心なしか嬉しそうだった。

 

「マチス、折角組んでいるところ悪いが、シバとはサシでやらせてくれないか?」

「はぁ? 何を言っているんだ! 二人で挑めばいいだろうが!」

 

 レッドの提案にマチスは怒鳴る様に反論する。

 彼の実力は知っているが、相手は四天王だ。

 それにサシで挑んでは、ペアを組んだ意味が無い。

 

「シバは純粋にバトルがしたいんだ。汚い真似は絶対にしない。確かに呑気にやっている場合じゃないけど、それでも中断した戦いの続きをやらせてくれ!」

 

 だけどレッドは自分一人で挑むと言うよりも、以前中断してしまった戦いの続きをやりたいと折れなかった。若い子どもにありがちな根拠の無い無謀な自信と言えば話は簡単だが、悔しい事に寧ろそれがあったからこそ、レッドは自分との勝負や困難を度々跳ね除けてきたのをマチスは知っていた。

 

「――勝手にしろ。だけどヤバくなったら手を貸すからな」

 

 ここまで決意が固いと何を言っても無駄だ。

 勝手に戦って勝手に負けちまえと思ったが、本当にそうなったら困るのでピンチになったら助けると言う条件でマチスは妥協する。不器用ながらも自分の我儘を受け入れてくれた彼にレッドは感謝すると、これ以上シバを待たせるのは悪いのでボールからイーブイを召喚した。

 先のクチバ湾での戦いでは、あまりの大乱戦故にカスミの屋敷でやって来た特訓は活かせなかったが、今度こそしっかりと戦えるはずだ。

 

「さぁ行くぞブイ! アキラ達との特訓の成果を見せるぞ!!」

 

 そう意気込み、レッドは懐から取り出した三つの石を手にイーブイと共にシバに戦いを挑むのだった。

 

 

 

 

 

「レッドさん…」

 

 辛うじてカツラと逸れなかったイエローではあったが、彼ら三人が戦い始めたのを直に感じ取っていた。戦う音に紛れて聞こえてくる声から察するに、今この場にはワタル以外の三人の四天王がいる。となれば残った自分達が相手にするのは自然とワタルになるのだが、そのワタルは未だに姿を見せようとしない。

 四天王達は先のクチバ湾での敗北が堪えているのか、戦力を分断して最初から全力だ。ならば戦っている誰かの手助けをするべきではと思うが、カツラは止める。

 

「彼らなら大丈夫だ。私達は私達がやるべきことを果たそう」

「――はい」

 

 ワタル以外の四天王達の相手はレッド達に任せて、イエローとカツラは更に奥へと歩む始める。

 こうしている間にも皆、全力を尽くして戦っているのだ。

 自分もトキワの森の力を持つ者として、同じ力を持つとされるワタルを必ず止めて見せる。

 

「むぅ、進めば進む程に暗く…」

 

 暗くなっていくのにカツラが困り始めた直後、彼らがいた鍾乳洞は再び大きく揺れ始めた。

 しかも揺れの規模は先程よりもずっと大きく、氷柱の様な岩どころか洞窟そのものが崩れ始めているのか大小様々な岩が落ちてくる。

 

「うわわ!」

「イエロー君!」

 

 カツラは何とか戸惑うイエローを離れない様に身を寄せさせて落石から守り、辛うじて二人揃って生き埋めになることは免れた。

 しかし、崩れたことでポッカリと空いた鍾乳洞の天井からは、星々が輝く夜空と共に月明かりに照らされた六つの影が立っていた。

 

「二人か…だが、もう容赦はしないぞ」

 

 怒気を含ませた声でワタルは、ほぼ無傷である二人を見下ろす。

 切り札であるカイリューのみならず、ギャラドスにプテラ、そして二体のハクリューが、彼の背後に控えていた。どうやらクチバ湾での戦いで敗走したのが余程屈辱的だったのか、彼もまた一切手加減をせず最初から全力を出すつもりらしい。

 

「カツラさん…」

「イエロー君、君は少し下がって奴の戦いをよく観察するんだ」

「えっ!?」

「ブルー君からも言われているだろう。ワタルを倒す可能性があるとしたら君が一番高い。先に私が挑んで様子を見る」

「しかし!!」

 

 反論するイエローを、カツラはギャロップを出して半分強引に隠す。

 一切の慢心も無く、最初から本気であるワタルが相手では、二人で挑んでも厳しいと言わざるを得ない。しかし、逆を言えば一切の温存をしていないことも意味している。

 

 ならば可能な限り、ワタルとポケモン達を追い詰めてその力や戦術を引き出させて、イエローに隙を突かせるか後を託す。それが自分の役目だと、カツラは玉砕も辞さない覚悟を決めていた。

 

「どうした来ないのか? 来ないのならこっちから――」

 

 痺れを切らしてワタルが仕掛けようとした直後、カツラは動いた。

 すぐさま老いぼれを始末しようと彼のポケモン達は動こうとしたが、カツラが手にしていた紫色のボールが開くと、閃光と共に巨大な竜巻が発生した。その激しさにカイリューとギャラドスは何とか耐えるが、体の軽いプテラと二体のハクリューは成す術も無く巻き込まれて、それぞれ地面や岩壁に叩き付けられた。

 

「行くぞ、兄弟!!」

 

 竜巻が収まると、カツラの傍には巨大なスプーンを手に構えた、見たことが無いポケモンが立っていた。

 

「そ、そのポケモンは一体…」

 

 初めて見るポケモンの姿にイエローは驚くが、逆にワタルは不敵な笑みを浮かべた。

 

「聞いたことがある。いでんしポケモンミュウツーか!」

 

 人間が小賢しい知恵を使って人工的に生み出したポケモン、ワタルから見れば人間の業によって生み出された存在だ。その出生故に人間を憎んでいても良い筈だが、自分達と対峙しているミュウツーには微塵もそんな雰囲気は無かった。

 すっかり人間に飼い慣らされて従順になったのだと、ワタルは見当を付ける。

 

「その力、見せて貰おうか!」

「来るぞミュウツー!」

 

 カツラと共に戦いに備える最強のポケモンとして創造されたいでんしポケモンに対して、ワタルのドラゴン軍団は一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 レッド達が四天王と本格的に激突していたのとほぼ同じ頃、クチバシティで繰り広げられていた戦いは大きく変わろうとしていた。

 

 衝動的にカイリューと共に雄叫びを上げていたアキラではあったが、自分達が出した結果には気付いていた。

 押し寄せてきた四天王の軍勢に対して放った、数を減らす以上に戦意を大きく削る特大の一撃。クチバ湾での戦いで見せた力を、カイリューはここでも発揮してくれたのだ。

 

 しかし、強大な力を発揮した代償なのか、カイリューの右腕は骨の芯まで強く痛んでしまった。その感覚はアキラ自身にも伝わっており、疑似的な痛みに右腕が麻痺している様な錯覚を彼は強く感じていた。

 今カイリューとは一心同体と言える状態なので、カイリューが感じていることが大体自分に伝わるので当然なのかもしれないが、本来の感覚と自分の体は見た目も含めて何の異常も無いのだから少しおかしい気はした。

 

 

 まだ気を抜くな

 

 

 まだ整理が出来なくて若干混乱気味であるアキラの頭の中に、痛みを堪えるカイリューの思考が浮かび上がる。

 

 確かにその通りだ。

 

 たった今放ったカイリューが身に纏っていたオーラ全てを込めて放った一撃は凄まじかったが、それでも大挙して押し寄せてきた四天王軍団の先頭集団にいた十数匹を蹴散らしたに過ぎない。

 

 今は怖気ているのや何故か攻撃を受けた訳でも巻き込まれた訳でも無いシェルダー達とワンリキー達が、力が抜けた様に倒れているものの、それでも霊軍団と竜軍団は健在だ。度重なるダメージに溜まる疲労、そして名も無い勢いで放った大技の反動で右腕はあまり動かせないのはわかるが、それでもアキラとカイリューは構える。

 ここまでやったからには、最後まで徹底的に戦い抜くつもりだ。

 

 そう決意を固めた直後、アキラの周囲に緑色の粉が降り注ぎ始めた。

 

 「これは……!」

 

 それが何なのか正確に理解する前に、アキラの直感が伝わったカイリューは急いで彼を抱えてその場から離脱する。

 離れて間もなくに、彼らの攻撃によって足を止めていた四天王軍団の一部が、瞬く間に体から力が抜けた様に眠り始めるのを彼らは目の当たりにする。

 粉が振り撒かれた元に目をやると、エリカが連れているラフレシアの大きな花弁から粉が撒かれており、彼らはエリカのすぐ近くに降り立った。

 

「――()()()()()

「あら、そこまで怒る程だったでしょうか?」

「え? 怒って……あっ」

 

 下がった先にいたエリカの言葉にアキラは戸惑うが、すぐにその意味に気付く。

 どうもカイリューと感覚と思考を共有してから、時たま乱暴な言葉が口から出てしまう。

 原因はまだ明確にはなってはいないが、ある程度はわかっている。

 

 自分がカイリューが考えている事を理解出来ている様に、彼の思考やぼやきが自分を通じて口に出ているのだ。にわかに信じ難いが、錯覚でも何でもなくカイリューとは一体化しているとも言える程に共有しているのだから、この仮説はあながち間違いでは無いと思われる。

 それにカイリュー自身も、さっきの自分みたいにどっちが本来の自分の体なのか時たまに混乱する時があるらしいので、この辺はおあいこだ。

 

「すみません。どうも気分が高揚としているみたいで」

「ふふ、構いませんよ」

 

 エリカは気にしていないようだが、微笑む彼女の姿を見てアキラの中では申し訳ない感情と彼女の態度が気に入らないもう一つの感情が渦巻く。

 気を抜くと、またそっちの感情の持ち主に主導権を取られそうだったが、何とか堪える。

 

「あの…何故俺も巻き込むかもしれないのに”ねむりごな”を撒いたのですか?」

 

 先程のエリカの行動を思い出しながら、アキラは尋ねる。

 かもじゃなくて狙っていただろ、と相棒であるドラゴンポケモンが抱く怒りの思考が頭の中に流れてくるが無視する。

 

「――既に貴方達は十分過ぎる程に戦ってくれました。ですが普通に止めさせようと思っても止まらないと考えました」

 

 アキラの質問に、エリカは率直に答える。彼女の答えにアキラは納得し、カイリューも強引な手段を選んだことに怒ってはいるが、一定の理解は示していた。

 

 自分達は彼女達が応援に駆け付けるまで、四天王の軍勢をほぼ一人と六匹で相手にし続けたことで、かなり消耗をしている。それだけでも十分なので後は任せる様に伝えたのに、それさえも無視して飛び込んだのだ。言葉で止めても無理なら、強引に止めようとするのもわからなくも無い。

 だけど――

 

「お気持ちはありがたいですけど、今回ばかりは出来ない相談です」

「………」

「さっきは逃げようとしたのに形勢が良くなったからと思うかもしれませんが、皆が戦っているのです。この戦いは…最後まで最前線に立ちます」

 

 ハッキリと口にするアキラに、エリカは考えを巡らせる。

 昔だったら、それこそ会ったばかりの彼なら後で復帰するのを前提に悪いと思いながらも休んでいただろう。だけど、今回彼はそれを選ばなかった。

 疲労と気分の高揚で思考がごちゃごちゃになっている主旨の事は言っていたが、今のはちゃんと考えた上での言葉だろう。ならば止めても無理なのをエリカは悟るが、彼の姿にここにはいないもう一人の友人の姿を思い浮かべた。

 

「変なところがレッドに似てきましたわね」

「…影響は受けていないと思いますよ」

 

 エリカは面白そうに話しているが、アキラは少々不服だった。

 彼女は自分がこうして無茶をしているのはレッドの影響と考えているが、その事に関しては彼の影響は受けてはいないはずだ。

 それにまだ戦うのは、さっき浮かんだ自分達が戦いたいから戦うと言う個人的なものに、この世界に来てからずっと抱いていた彼らの力になると言う明確なものだ。前者の理由はともかく、二年と言う短い様で長い時間を掛けて、ようやく後者を実現できるだけの力が得られたのだ。

 

 強大な力を得たら、それを振るう機会に気を付けなけばならないと自制しているが、今の自分とカイリューは考えられる限りで最高の力を発揮することが出来るコンディションなのだ。今使わず、何時この力を振るう

 

 アキラは貰った”かいふくのくすり”をカイリューに噴き掛けて、体中に目立っている傷跡を治すなどしてダメージを回復させる。

 流石に疲労と右腕の骨の芯にまで響いている様なダメージや痛みを回復し切るのは、最高級の回復薬でも無理だったがそれでも十分だ。後ろからは、さっき置いてきぼりにしてしまった手持ちの五匹がようやく追い付いた。

 

 走らせてはしまったが、カイリューが散々暴れ回っている間にある程度休めているので、再び戦線復帰するには十分だろう。

 試しに左手を動かしてカイリューとの繋がりがまだ維持できているのか、他の五匹にも継戦の意思があるかをアキラは確認するが、どちらも問題は無かった。

 

「よし。行くとし――」

 

 戦っているトレーナー達の加勢に向かおうとしたその時、彼はポケットの中で何かが動く違和感を感じた。

 その原因を取り出してみると、ナツメから渡された”運命のスプーン”の先端が、何故か粘土の様にグニグニと回っていた。スプーンの異常な動きにアキラは目を疑うが、やがてスプーンはその先端をある方角を示して止まった。

 その止まった先の方角が見覚えがあった為、彼は驚きのあまり目を見開いた。

 

「どうしたのですか?」

「ナツメから貰った”運命のスプーン”が…レッド達が向かった先を示して…」

 

 スプーンの先端が示した先は、さきレッド達が向かった先であるスオウ島があるとされる方角とほぼ同じだったのだ。

 まさか自分が行くべき場所が、クチバシティからスオウ島に変わったのだろうか。

 これが何を意味しているのかわからないが、このタイミングでナツメが持つ特殊アイテムが行き先を変えたのには嫌な予感しか感じない。

 

 自惚れているつもりは無いが、彼らの加勢に行かなければ何かマズイのかもしれない。しかし、目の前の戦いもこちら側が優勢になってはいるが、まだ続いていることには変わりない。この街での戦いを一刻も早く終わらせて、自分だけでなく他のジムリーダー三人と一緒に向かった方が戦力的にも――

 

「行ったらどうです?」

「ですが…」

「大丈夫です。先程までの貴方達のおかげで、後は私達だけでも十分に何とかできます」

 

 確かに四天王軍団は今や氷軍団と闘軍団が突如ダウンしたことで、実質暴れているのは霊軍団と竜軍団だけだ。その二集団もアキラとカイリューが、大暴れしたこともあって戦力と勢いが失われている。

 

 そこをカスミはスターミーを中心とした水ポケモン達と有志のトレーナー達が攻め、タケシも相棒のイワークにツブテ兄弟、最近加わった半年前の騒動を引き起こしたサイドンを引き連れて押している。ムッシュタカブリッジ連合も、リーダーであるタカを始め半分近くが戦線を離脱していたが、地上戦は勿論のことメタモンで再現されたフリーザーが数の減った竜軍団に対して絶大な力を発揮している。

 確かにもう大丈夫に見えなくも無いが、この場をレッド達に任されたと言うのに見届けずに去るのはどうも納得できなかった。

 

「もう後処理の様なものです。最後まで、()()()に立つのでは無かったでしょうか?」

「!」

 

 エリカのその言葉を受けて、アキラは迷いを振り切った。

 

「――後は…お願いします」

 

 彼は頭を下げて謝意を伝えながら、エリカ達にこの場を託すことにする。

 このタイミングで”運命のスプーン”がレッド達がいるスオウ島へ向いたのが、本当にマズイことなのかはわからない。だけどカスミの屋敷を飛び出した時のレッドの言葉を信じるなら、今はこのスプーンが示す先に今すぐ向かうべきだ。

 

「バーット、このスプーンが示す先に”テレポート”出来るか?」

 

 ヘルメットを外して何時もの青い帽子を被り直したアキラは、ブーバーにスプーンを手渡す。

 スオウ島がどこにあるのかは具体的に知らないが、スプーンに何らかの念の力が働いているのなら逆探知する形で行けるはずだ。

 ブーバーはしばらく渡されたスプーンを見つめていたが、ヤドキングとゲンガーの二匹にも意見を募る。

 

 三匹は互いに意見を交わし合うが、纏まったのかブーバーはアキラに頷く。

 どうやら行けるみたいだ。

 そう確信したアキラは、目の前に集結した手持ちの六匹を見渡す。

 

「行くのは俺の我儘なのや勝手な都合だが……それでも付いて来てくれるかな?」

 

 そう尋ねると、彼らは互いに顔を向き合わせるが、すぐにやる気十分な顔付きに変わる。

 カイリューも問題無いどころかさっさと行くのを促しているのが、アキラの脳内に伝わる。

 皆の意思は確認した。後は向かうだけだ。

 

 何となくアキラは円陣を組む様に手を前に出すと、彼らも応じてその手に重ねていく。

 すると念の力が使える三匹が前準備をしているからなのか、彼らの周囲から広がる様に風が巻き起こり、徐々に強まっていく。

 

「さぁ……レッド達の後を追うぞ!」

 

 アキラの掛け声を合図にゲンガーとヤドキングが放つ念の補助を受けながら、ブーバーはスプーンが持つ念の力が示す先へ向けて”テレポート”を発揮する。

 その瞬間、彼らの姿は風と共にクチバシティから消えた。




アキラ、後をジムリーダー達に託して運命のスプーンが示した先へと向かう。

当初の予定では本当にアキラはクチバシティでの居残り防衛で終わる予定でしたが、完全に負かした四天王、特にワタルがあのまま原作通りに負ける可能性は低いのではないかと考える様になったので、結果的に加勢に向かう方向で書くことになりました。

カイリューのジェット飛行での現場急行も考えましたけど、時間的な意味とアキラが耐えられそうにないので何時もの様に今回もブーバーを頼ることにしました。いや本当にブーバーが”テレポート”を扱える設定にした時は、ここまで多用するとは全く思っていませんでした。


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逆転への軌跡

「ぬぉ!」

 

 プテラの刃の様な翼の脅威に晒されているカツラを守るべく、ミュウツーは手にした巨大な念のスプーンでかせきポケモンの攻撃を弾く。

 回り込んでくる二匹のハクリューに対しても、咄嗟にスプーンを伸ばして打ち払う。だが、休む間もなくギャラドスとカイリューが、ミュウツーとカツラ目掛けて”はかいこうせん”を放ってきた。

 

「”バリアー”だ!」

 

 迫る二つの破壊的な光線から、ミュウツーは己だけでなく近くにいるカツラも守る為に分厚い念の壁を張って防ぐ。周りの岩や地面が抉れるほどの威力を受けても壁は微動だにせず、攻撃が止むと同時に彼らは反撃に移る。

 

「カツラさん…」

 

 少し離れた岩陰で、イエローはギャロップと共にカツラとワタルとの戦いを見守っていた。

 一見すると圧倒的な能力を誇るドラゴン軍団を相手に、カツラとミュウツーは一歩も退かずに渡り合っている様に見えるが、実際は一瞬たりとも気が抜けない綱渡り状態だ。

 最初こそはミュウツーの見た事も経験した事の無い超念力で、圧倒まではいかなくても有効なダメージを与えることは出来た。

 

 しかし、ワタルも黙って指をくわえている訳が無く、対抗するべく力だけでなく数の利も活かして翻弄してくる様になった。纏めて一掃しようと念の力で生み出した竜巻を作り出しても、ドラゴン軍団は持ち前の高い能力で強引に正面から破ってしまう。

 絶え間ない攻撃はミュウツーだけでなく、すぐ近くにいたカツラも容赦無く襲うが、それでも彼らは傷付くのを厭わずに戦い続ける。

 

「カツラさん! 危ないです!」

 

 ミュウツーに的確な指示を与える為とはいえ、ミュウツーとカツラの距離はイエローから見ても近過ぎる。少しでも距離を取って欲しいのを伝えているが、聞こえていないのか少しもカツラは聞き入れてくれない。

 ワタルの力と手の内を知っておく為と言う名目で、自分が戦いに加わることは許されていない。今はギャロップによって突発的に飛び出すのを抑えられているが、もしいなかったら仲間が傷付いているのをイエローは黙って見てはいられなかった。

 

 カイリューのパンチをミュウツーは念のスプーンでガードして、素早くカウンターを仕掛けようとしたが、左右から挟み込む様に他のドラゴン達が迫った。

 正面にカイリュー、左右からはハクリューやギャラドス、それらを纏めて吹き飛ばすべくスプーンを構成しているエネルギーを渦に変換しようにもプテラが存在を主張している。一見すると多方面からミュウツーを囲い込もうとしている様に見えなくも無いが、カツラは気付いていた。

 

 ミュウツーを倒すよりも、トレーナーである自分を狙っているのだ。

 

 見ていたイエローもワタルの狙いを悟る。

 あれだけポケモンの傍にいるのだ。巻き込まれるのは当然として、狙われない訳が無い。

 このままではやられてしまうと言う考えがイエローの頭を過ぎった直後、何の前触れも無くカツラとミュウツーの真上に七つの影が現れた。

 

「え?」

「むっ!」

 

 イエローと戦っていたカツラは驚くが、ワタルと彼のドラゴン達も一瞬だけ動きが鈍る。

 それは今、この場には居ないはずの存在だったからだ。

 

「お前は!」

「やれ!!!」

 

 現れた直後にも関わらず影の一つが声を荒げると、残る六つの影は一斉に攻撃を仕掛けた。”はかいこうせん”に”10まんボルト”、”ホネこんぼう”や”きりさく”、”サイコキネシス”と”ナイトヘッド”が炸裂し、カツラ達に迫っていたポケモン達を退けて、彼らはその場に着地する。

 

「来て早々にワタルと戦う事になる何て…まあ、()()()()()()()()()()()()!」

 

 左手を隣に立っているカイリューと同じ動きで握り締めながら、現れたアキラは好戦的な言葉を口にする。

 疲労の色は隠し切れていないのや、どうやってここに来たのかなどの不安や疑問が浮かぶが、クチバシティで戦っている筈のアキラとその手持ち達が、このスオウ島にやって来たのだ。

 

「ア、アキラ君。君は…」

「クチバシティの戦いはもう残党処理の様な感じになりましたので、エリカさん達に任せてきました。――()()()()()()()()()()()()()()()()()

「むう…すまん」

「あっ、失礼なことを口にしてすみません!! 興奮していると言うか、何だか考えていることがごちゃ混ぜになっているみたいで…」

 

 慌てて彼は口を手で塞いで、主に「クソハゲ」発言に関してカツラに謝る。アキラが口にしている意味がカツラにはよくわからなかったが、彼とカイリューの様子を目にした途端、何となくそれを理解した。

 

 まるで自分達に似ているのだ。

 

 それも呪いの様に肉体的に束縛されている自分達の繋がりとは全く異なっている。

 さっきの彼の暴言といい、一体彼らの身に何が起きているのか。

 

「貴様ァアアア!!!」

 

 しかし、アキラ達の身に起きていることを考察する時間は無かった。

 ワタルと共に彼のカイリューが怒りの声を上げて迫ってきたのだ。

 

 アキラと彼のカイリューは迎え撃とうとするが、ミュウツーが割り込んでスプーンでワタルのカイリューを防ぐ。

 邪魔、と一瞬思ったが横からプテラが翼を構えていでんしポケモンに斬り込もうとしていたので、彼らはそちらのかせきポケモンに回り込むと頭突きからの”たたきつける”で追い払う。

 

「ミュウツーと共闘する何て……夢にも思わなかったな」

 

 レッドがミュウツーをマスターボールに入れたことは知ってはいたが、まさかカツラが所持してこの戦いで力になっていたとは少しも予想していなかった。否、どこかでカツラが連れているのを示唆する描写はあった気はするので、単純に自分が忘れていただけだろう。

 

 共闘に関して同意する思考が流れてくるが、やはりカイリューは二年前の出来事とカツラが一緒にいることを考えるとあまり信用できないらしく、鋭い目線を彼らに向ける。ミュウツーもカイリューのことを憶えているのか、睨むまではいかなくても微妙に嫌そうな表情を浮かべている。

 

「リュット、嫌だろうけどミュウツーの力はわかっているだろ? 白黒をハッキリさせたいなら全部終わってからにして」

「うむ。ここは互いに協力し合って戦うべきだ」

 

 後半のアキラの台詞は聞き捨てならないが、今は喧嘩している時では無い。

 双方のトレーナー達は共闘するつもりであり、目の前には内輪揉めしながら戦える訳でも無い共通の敵がいる。そこまでの条件が揃えば、二匹は不本意そうではあっても刺す様な視線を向け合うことを止め、共同戦線を張ることを了承する。

 

 彼らが一緒に戦うのを備えていた頃、不意を突かれた事や一時的に退けられたことにワタルは完全に頭に来ていた。先のクチバ湾の戦いで打ち負かされただけでも恥ずべきことなのに、最も嫌っている奴にこれ以上良い様にやられるなど屈辱の中の屈辱だ。

 その彼が姿を見せたのだ。疲れていようが関係無い。今度こそ、この手で倒す。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 五匹は同時に光線を放つが、カイリューの傍にいたミュウツーは念の力で一際分厚くしたバリアの様なもので彼らを囲んで防ぐ。そして解除すると同時にアキラを乗せたカイリューは”こうそくいどう”でワタルのカイリューに接近、顔面に左ストレートを叩き込んだ。

 パワーとスピードが合わさった重いパンチであったが、ワタルのカイリューも負けていなかった。すぐに立て直すと、アキラのカイリューを掴もうとするが、何気無い動作で避けられると流れる様に蹴り飛ばされた。

 

「カイリューが…蹴り!?」

 

 吹き飛びながらワタルが乗るカイリューは宙で体勢を立て直す。

 確かにカイリューには足があるが、それは重い体を地上でも持ち上げる為に発達している。やろうと思えば出来なくはないが、ここまで流れる様に蹴りをかますカイリューは初めてだ。

 左手を動かすアキラと同じ動きで左手を確かめているカイリューに荒々しく吠えながらギャラドスが牙を剥くが、エレブーとブーバーが顔に取り付いて代わりに相手をし始めた。

 

「こいプテラ! いくぞ!」

 

 ワタルはカイリューだけでなくプテラと一緒に攻めるが、ミュウツーは巧みにスプーンを操って突進してくる彼らの勢いを殺す。二匹の動きが鈍り、敵意がミュウツーに向けられた隙を突き、アキラのカイリューは距離を詰めると太くて強靭な尾で纏めて薙ぎ払う。

 

「くそ!」

 

 一方的にやられる自分自身に怒りを感じながら、ワタルとカイリューは上空へと飛び上がり、アキラもカイリューの背に掴まる形で後を追い掛ける。カツラとミュウツーも追い掛けようとするが、残った他のワタルのドラゴン達に邪魔される。

 しかし、それでもアキラが駆け付けてくれたおかげで、流れは大きく変わろうとしていた。さっきイエローには加わらない様に伝えているが、ここは一気に畳を掛けてワタルを追い詰めるチャンスかもしれない。

 

「イエロー君、ここは彼のポケモン達と共闘――」

「出来ます!」

 

 カツラが呼ぶ前にギャロップと共に飛び出していたイエローは、強い意志の籠った返事を返す。

 アキラのポケモン達は、皆揃って我がとても強い。なのでトレーナーが居なくても、力を発揮するのに問題は無い。自分達がやるとするならば、彼らの邪魔にならない様にサポートすることだ。

 

 その彼らのトレーナーであるアキラは、カイリューと共にワタルを追い掛けて、スオウ島の上空で激しく火花を散らしていた。

 すぐ傍にあるこの島唯一の山の火口から蒸気らしき煙が上がっているが、その下はどうなっているかは良く見なくてもわかる。

 

 ワタルのカイリューが放った複雑な軌道を描いて翻弄してくる”はかいこうせん”を、アキラを乗せたカイリューは臆さずに突っ込む。一度避けても光線が鋭く曲がってくるが、それを難なく体を捻って避けると間髪入れずに”たたきつける”を決める。

 

「凄い」

 

 回避が困難を極める軌道変化自在の”はかいこうせん”を気にすることなく、反撃に転じたアキラ達の動きにイエローは感嘆する。しかし、二体のハクリューがイエローを狙ってきたので、落ち着いて彼らの戦いを見ていられたのはそこまでだ。

 手持ちを出して応戦しようとしたが、ゲンガーとヤドキングが念の力で引っ張って引き離すと岩肌に叩き付ける。

 

「ありがとう!」

 

 礼を伝えるが、二匹は気にすることなく、そのままハクリュー二匹を相手取る。

 少し離れたところでは、ブーバーとエレブー、サンドパンの三匹が数の利を活かして、数倍も体格差があるギャラドスを他の邪魔にならない様に追い立てながら戦っていた。

 何とか彼らの邪魔にならない様に彼らとカツラの加勢をするべく、手持ちのポケモンを出そうとしたが、プテラの攻撃の余波を受けるカツラの姿が目に入った。

 

「うぐっ!」

「カツラさん!!」

 

 離れて見ていた時も思っていたが、カツラとミュウツーの距離が近過ぎる。

 慌ててミュウツーがカバーしてくれたので事なきを得たが、あれではワタルのポケモンが仕掛ける度に巻き添えになってしまう。

 

「カツラさん! もっと離れて戦いましょう!」

 

 駆け寄ったイエローは、ボロボロであるカツラに進言する。

 トレーナーが適切な指示を与える為にポケモンと近い距離で戦うことがあるのは知っているが、彼のは明らかに近過ぎる。それを言うなら今上空でカイリューの背に乗っているアキラも該当するのだが、今は頭から抜け落ちていた。

 

「出来ないのだよ…」

「え?」

「出来ないのだよイエロー君。私とミュウツーは離れて戦う事は出来ないのだ」

「な…何でですか?」

 

 一体何故なのかイエローはわからなかったが、プテラと戦うミュウツーに意識を向けながら、カツラは離れて戦う事が出来ない理由を語り始めた。

 

 ミュウツーはミュウの遺伝子を組み替えて生み出したポケモンだが、完全体にする為に人の細胞――カツラ自身の細胞を移植している。更にカツラも暴走したミュウツーの細胞が右腕に侵食する形で入り込み、両者は体内に互いの細胞を有している状態だ。

 そのおかげでお互い絆にも近いある種の繋がりが出来ているが、どちらかが離れてしまうと互いに負担が掛かってしまう問題点がある。

 故に、彼らは距離を取って戦う事は出来ないのだ。

 

「アキラ君がどうなのかはわからないが、私とミュウツーが戦える時間は後僅かだ」

 

 離れて戦うと互いに重い負担が掛かってしまうだけでなく、カツラの体内に入り込んでいるミュウツーの細胞は悪性腫瘍の様なものだ。ミュウツーが外に出て戦うと、呼応する様に活発化してカツラの体を蝕む為、戦える時間にも制限が存在している。

 アキラのポケモン達が加勢したおかげで遥かに良くなったこの状況で、自分達が動ける内に勝負を決めたい。上で戦っているアキラとカイリューの動向を確認して、彼は決意した。

 

「イエロー君…今の状況なら、ミュウツーの力で奴らを一網打尽かそれに近い形までに追い込めるはずだ」

「本当ですか!」

 

 希望が持てるカツラの言葉に、イエローは興奮する。

 カツラの作戦は、トレーナーであるワタルがいない今を狙って、彼のポケモン達を一箇所に集めてミュウツーの”サイコウェーブ”で仕留めると言うものだ。

 単純な作戦ではあるが、ミュウツーの圧倒的な能力によるゴリ押しとワタル無しでは適切な行動が取れない穴を突いたものだ。問題があるとすれば、ワタルのポケモン達はアキラのポケモン達と戦っていることでバラバラの距離だと言うことだが、この問題の解消をカツラはイエローに託す。

 

「君達は何とか彼らに私の作戦を伝えて、ワタルのポケモン達が一箇所に集まる様に誘導させてくれ!」

「わかりました!」

 

 カツラから作戦を託され、イエローは一緒に出ていたピカと彼のギャロップと共に走る。

 彼らがまず向かったのは、アキラの手持ちの中でも比較的温厚なサンドパンが戦っているギャラドスの方だった。三匹はギャラドスの巨体に手こずりながらも、数とエレブーが持つ有利なタイプ相性を活かして攻めていた。

 このまま戦っても勝てるのでは無いかと思えたが、彼らは疲れているからなのかイエローから見ても若干動きが鈍かった。

 

「皆お願い!」

 

 イエローは手持ちを全員繰り出すと、それぞれギャラドスに向けて技を放つ。

 威力は戦っている三匹よりも低かったが、それでもきょうぼうポケモンの注意を向けるには十分だった。ギャラドスの気が三匹から逸れた瞬間、ブーバーの”メガトンキック”とエレブーの”かみなりパンチ”がギャラドスの横顔を強く叩き、その巨体を崩した。

 

「えっ? 倒しちゃった?」

 

 当初の予定とは異なってしまうものの結果的に良いのでは無いかとイエローは思ったが、それは間違いだった。倒れていたギャラドスが、この世のものとは思えない恐ろしい声で咆哮しながら起き上がったのだ。一目見て目に眸が宿っていなかったので、正気では無いのは明らかだった。

 

「み、皆逃げよう!!」

 

 この状態のギャラドスに、イエローは心当たりがあった。

 

 クチバ湾の戦いで経験した”あばれる”だ。

 

 イエローの予想通り、ギャラドスは理性を失ったのかデタラメに暴れ始め、イエロー達だけでなく戦っていた三匹も堪らないと言わんばかりに離れ始めた。あの状態になると、元に戻るまで止めようが無い。

 しかし狂った青い龍は、ただその場を暴れ回るだけかと思いきや、距離を取り始めたイエロー達を追い掛け始めた。

 

「えっ!? 追い掛けてくるの!?」

 

 イエローは驚きを隠せなかったが、それなら予定とは異なっているが作戦通りに事を進めるのを決めた。

 手持ちとアキラのポケモン達と一緒に走るイエローは、そのまま二匹のハクリューを相手取っているゲンガーとヤドキングへと走る。

 ハクリュー達は連携して攻めていたが、その点なら二匹も負けていなかった。互いに背中を合わせると、力を合わせて互いの念の力でミュウツーの”サイコウェーブ”を疑似的に再現して二匹を弾き飛ばす。

 

「ゲンガー! ヤドキング! 僕達に付いて来て!」

 

 追撃しようとする二匹の横を通り過ぎながら、イエローは大きな声で伝える。

 彼らは何を言っているのかと思ったが、狂ったギャラドスが迫っているのに気付くと大急ぎでイエロー達の後を追う様に逃げ出した。当然偶然とはいえやって来たチャンスをハクリュー達が逃すはずが無く、ギャラドスに巻き込まれない様に注意しながら追跡を始める。

 

「決して挑まないで! 僕を信じて付いて来て!!」

 

 敵味方全員付いて来ているのを確認して、イエローは自分を信じる様に伝える。

 ゲンガーとブーバーは怪訝そうではあったが、何か策があるのだろうとイエローを信じることにした。ハクリュー達が”はかいこうせん”を放ってくるが、不思議な事にさっきまでの変則的な軌道を描くことなく直線的なものだったので、彼らは容易に避ける。

 途中でイエローのラッタが躓いてしまうが、咄嗟にヤドキングが念で浮かせてエレブーが背中に背負うなど、助け合いも万全だった。

 

「イエロー君……良くやってくれた」

 

 右腕のざわめきから、カツラは自らの限界が近いのを悟っていたが、イエローが作戦通りに三匹のドラゴンを誘導してくれたことに感謝する。

 

 ここまで誘導してくれた()の為にも、必ず成功させる。

 

「カツラさん!!」

 

 ワタルのドラゴン三匹を引き寄せたイエロー達が、自分達目掛けて走って来る。

 それを見たミュウツーは、鍔競り合っていたスプーンでプテラを迫る三匹に向けて投げ飛ばす。

 そして四匹がほぼ一箇所に固まった瞬間、カツラは叫んだ。

 

「”サイコウェーブ”!!」

 

 それを合図に、ミュウツーの手元から手にしていた念のスプーンは消え、代わり強大なパワーを秘めた念の渦へと変化した。

 全身全霊を込めた最大パワーの”サイコウェーブ”を受けて、四匹のドラゴンポケモン達は激しく掻き回される。もしこの場にワタルがいたら対処手段を伝えていただろうが、今彼はアキラの相手をしている。ハクリューやプテラは勿論、巨大で理性が飛んでいる今のギャラドスでさえも、ミュウツーが起こした念の竜巻に抗えない。

 しばらく渦巻き続けるが、最後に竜巻ごと地面に叩き付ける様に仕向けると、ワタルのドラゴン達は力無く転がった。

 

「やった!!」

 

 カツラの一網打尽作戦が成功して、イエローは歓喜の声を上げる。

 これで残るはワタルと彼のカイリューだけだが、立役者であるカツラとミュウツーの両者は苦しそうに片膝を突く。

 

「カツラさん!」

 

 急いでイエローは駆け寄るが、一緒に戦っていたアキラのポケモン達も疲労が限界なのか、まだ上空でアキラとカイリューが戦っているのに座り込むものが続出し始めた。

 ミュウツーも戦い続けたのと強力な技を使うのにかなり体力を消耗してしまったが、カツラの容体を気にしてか、役目を終えたと言わんばかりに自らボールの中に戻っていった。

 

「よくやってくれた…兄弟…」

「カツラさん…」

 

 息が荒く、今にも気を失ってしまうのではないかと思えるまでにカツラは弱っている。

 だけどそれでも彼は、ミュウツーが戻ったボールを手に出来るだけの意識を保っていた。

 

「私は大丈夫だ。それよりも…」

 

 さっきよりも高く飛んでいるので良く見えないが、二人が見上げた先でアキラ達はまだ戦っていた。またしても攻撃を受けてしまったワタルを乗せたカイリューは、空中でバランスを取ろうとするが、間を置かずにアキラを乗せたカイリューは追撃に”つのドリル”を振るう。

 ”つのドリル”は本来突き刺すものだが、彼らは螺旋状に渦巻くエネルギーを刃の様に振り回していく。一撃必殺技は、どれだけダメージや攻撃を受ければ一撃で倒れてしまうかの基準が曖昧だ。なのでワタルとカイリューは回避に徹する。

 

「そこだ!!」

 

 ワタルのカイリューは振った頭が逸れた一瞬の隙を突き、”かいりき”を発揮したパンチを放つ。

 相手の体勢とパンチの速さ、タイミングを考えれば回避は不可能。ある程度和らげられても直撃は避けられない。そう確信していたが、アキラのカイリューは放たれた拳が当たる寸前に体を回す様に巧みに受け流しながら拳を支柱に体を捻らせる。

 

「何だと!?」

 

 ワタルは驚愕するが、そのままアキラのカイリューは激しく一回転すると、再び太くて強靭な尾を叩き付ける。

 先程とは異なって、無防備なのと回転の勢いが上乗せされた強烈な破壊力に留まる事が出来ないまま、ワタルを乗せたカイリューは一直線に落ちて激しく岩肌に激突した。

 

「うぐ…こ、こいつ…」

 

 相手は戦いの連続で疲労しているので、万全状態には程遠い筈なのに圧倒されている事実にワタルは悪態をつく。さっきから攻撃は仕掛けても避けられる。そして一方的に反撃を受けるの繰り返しで、まるで意味が分からなかった。

 

 彼が立ち上がるのに手間取っている間に、イエロー達の近くの岩肌が爆発した様に土埃が舞い上がり、中から空から降りてきたアキラを背に乗せたカイリューが出てくる。

 乗せているトレーナーもそうだが、カイリュー自身も水を浴びた様に汗を流し、今にも倒れそうな程息を荒くしていた。

 

「抑えろリュット。挑発するのは抑えろ」

 

 目を閉じて、肩が上下する程までに激しく呼吸をしているアキラは、片手で頭を抑えながらカイリューに告げていた。ワタルらに対して挑発したい衝動がカイリューの中では湧き上がっていたが、彼は何とか自らの意識で抑え付けているのだ。

 正直言ってここまで彼らを圧倒出来るとは思っていなかったが、戦い続けるにつれてある気掛かりがアキラの中では浮かんできていた。

 

 それは先程までカイリューを通じて感じていた右腕の痛みなどを始めとした痛覚、更には気怠く感じていた疲労感が急に消えてしまったことだ。

 呼吸が荒いのと大量に汗を掻いているのも、今こうして余裕が出来たから意識して気付けたが、普通なら無意識に気付けるはずなのに意識しなければ自分の状態がわからないなど異常だ。

 

 カイリューは一度回復しているので自分より遥かに状態は良いが、自分自身も含めて疲労は抜け切っていないし右腕も不調なので、ワタルとの戦いでは一度も攻撃にも防御にも利用していない。

 もし、今感じられない人体の痛覚を始めとした体の危険信号が再び反応し始めたら、そしてこの状態で一度でも攻撃を受けたら一体どうなるのか、全く予想が出来ない。

 

 その為、アキラは自分とカイリューがこのまま戦い続けることに懸念を抱いていたが、イエローは彼がワタルに対して有利に戦いを進めているのに驚いていた。

 お互いが連れているポケモンは同じカイリュー、双方のレベル、そして導くトレーナーの力量が全てを分けるが、それらの力量でアキラはワタルに勝っているのだろうか。もしこのまま続くなら、レッド達はどうなっているかわからないが、自分達はワタルに――

 

「もう…止めましょう」

 

 静かに、呟いているのでは無いかと思えるくらいに小さな声でイエローはワタルに呼び掛けた。

 既にワタルが率いるポケモンは、カイリュー以外全員倒れている。

 状況はこちらが有利と言っても良く、これ以上戦う必要も傷付く意味も無い。

 しかし、今のワタルが素直に聞き入れるはずも無かった。

 

「止める? それはつまり俺に降参しろと言うのか」

「これ以上……貴方に街や人々を傷付けさせたくないのです」

 

 今度はハッキリとイエローは伝える。同じトキワの森の力を持つ者であるのなら、これ以上戦えばポケモン達が傷付いてしまうのがわかるはずだ。

 もう引き下がれないのかもしれない。

 だけど、だからと言って放っておけば放っておくほど、彼の罪は重くなるだけでなく多くの人やポケモン達が傷付いてしまう。

 しかし、イエローの願いとは裏腹に、ワタルとカイリューは目に見えて怒りを増す。

 

 この期に及んでまだ自分達に止めろと説教をすると言うのか。

 それだけでも腹立たしいのに、その横には極度に疲労はしているが、終始圧倒している為か幾分か余裕そうに見えるアキラとカイリュー。

 こんな奴らに自分達が追い詰められている。

 

「俺が負ける? こんな奴らに……」

 

 身勝手な人間を消して、自分やポケモン達の理想郷を築くと言う長年の野望を目の前に立っている者達に阻止されるなど絶対に許されない。

 

「認めるものか…絶対に!」

 

 ボロボロになったマントを引き千切り、ワタルとカイリューは立ち上がる。

 彼らが放ち始めた怒りと得体の知れない威圧感に、イエローだけでなくアキラ達も警戒しているのか一歩下がる。

 

「舐めるなァアアアアア!!!」

 

 魂が籠った激しい怒りの雄叫びをワタルが上げると、呼応する様にカイリューも周囲の空気が震える程までに荒々しく吠えた。

 その直後、ドラゴンポケモンの体から濃い緑色のオーラが迸った。




アキラ、体の異変に懸念を抱き始めるも加勢して早々にイエロー達とミュウツーのおかげで追い詰めるのに成功する。しかし、ワタルのカイリューは謎の力を発揮し始める。

原作では複数相手に互角に渡り合いながらも、一匹も倒すことが出来なかったミュウツーですが、上手くやれば一匹や二匹倒せたと思います。
ですが、後に伝説のポケモンを相手にしても戦えるトレーナーが連れているポケモンが存在しているのを見ると、ワタルが連れているポケモンのレベルが高くて仕留め切れなかった可能性もありますけど。

ポケスペは描写次第ですが、大体は他の作品以上に伝説のポケモンの力は桁違い扱いなので、それらの存在を相手に真っ向から戦える一般ポケモンは一体どれだけの力があるのか、そしてそこに至るまでにどんな過程があったのか。こういう所を考えるのも中々面白いです。


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比類なき強さ

 怒りの雄叫びを上げたワタルに呼応するかの様に、カイリューの全身を包み込む様に濃い緑色のオーラが体に迸る。こんな事になるとは全く予想していなかったのもあるが、その荒々しくも強大な力の発現にイエローは勿論、アキラも驚く。

 

 色や量などは異なっているが、ワタルのカイリューの身に起こった変化に、彼は見覚えがあったからだ。隣に立っているカイリューの姿を見て、ワタルは先程とは一転して何かを確信した様な笑みを浮かべる。

 

「見せてやろう。お前達に……俺達の本気を!」

「ほ、本気?」

 

 思わずイエローは聞き返してしまったが、余裕を取り戻せたからなのかワタルは悠々と彼の疑問について答えてくれた。

 

「この技の名前は”げきりん”。強い力を得ても尚、更なる力を求めたドラゴンポケモンが覚えることが出来るドラゴンタイプの技だ」

「”げきりん”…」

 

 イエローは唖然とする。

 まさかワタルが、こんな切り札を隠し持っていたとは思っていなかった。

 更なる力を求めた末に得られたと語られた強大な力を身に纏うカイリューは、見る者を圧倒する威圧感に迫力を放っており、全てが先程までとはケタ違いだった。

 

「本来”げきりん”はエネルギーを乱射するか、エネルギーを体中に漲らせて暴れるかのどちらかしか出来ない。だが俺のカイリューは修練を重ねたことで、安定して”げきりん”の力を身に纏えるまでになった」

 

 体内にあるドラゴンのエネルギーを引き出すものではあるが、他のポケモンよりも強大なドラゴンポケモンと言えど、”げきりん”を放つ時のエネルギーを制御するのは困難を極める。普通に覚えたばかりでは、溢れ出るエネルギーをロクに制御せずにデタラメに放出するか、制御しても申し訳ない程度の量による興奮状態のどちらかだ。

 

 だがワタルのカイリューは、鍛錬を重ねたことで後者の状態を維持しながら前者に該当するだけのエネルギーを全身に纏う事で、両方の利点を無駄なく両立することを実現した。

 この状態になれば、先程までとは一線を画す強さをカイリューは発揮する事が出来る。

 

 どれだけ嫌っていても、アキラとカイリューは嫌でも認めざるを得ない強さなのは確かだ。

 だがこうして奥の手を出したからには、彼らの快進撃もここまでだ。

 

「ここまで俺達を追い詰めたのは褒めてやろう。だが…今度こそお前達は終わりだ!!」

 

 それを合図に”げきりん”のオーラを纏ったワタルのカイリューは、あっという間にイエローとの距離を詰めて襲い掛かってきた。不意を突かれたこともあるが、イエローは勿論、連れているレッドのピカチュウさえも威圧感に呑まれて反応が遅れてしまったのだ。

 緑色のオーラを纏った拳をカイリューが振り被った瞬間、ようやくイエローは認識する。

 

 やられる。

 

 

「成程、アレは”げきりん”だったのか」

 

 

 その言葉が聞こえた直後だった。

 イエローの横に立っていたアキラのカイリューが、目前にまで迫ったワタルのカイリューの顔を横から右腕で殴り付けて、そのままスオウ島の山の岩壁まで吹き飛ばした。

 

 刹那のあまり、イエローは何が起こったのかわからなかった。

 ”げきりん”とワタルが呼ぶ技を身に纏ったカイリューが、一瞬にして自分との距離を詰めてきたところまでは憶えている。そしてやられると意識した直後、何かが割り込む形で彼のカイリューを殴り飛ばしていた。

 やられたワタルのカイリューも一瞬飛んだ意識をすぐに取り戻すが、何が起きたのか理解出来ていない様子だった。麦藁帽子を被った小僧を仕留めたかと思いきや、気付けば自分の方が逆にダメージを受けていたのだから。

 

「っ! 右腕でやるべきじゃなかった…」

 

 まだ理解が追い付いていない彼らを余所に、アキラは咄嗟であったとはいえ、不調気味のカイリューの右腕で殴り付けるのを意識してしまった事に内心冷や汗を掻いていた。

 

 クチバシティで持てる限りの力を籠めて強大な力を解放した影響で、未だに右腕を動かすのに違和感を感じる。

 なので出来る限り使わない様にしてきたが、さっき殴り付けたことで痛覚は感じないのに物凄く気分が悪くなると言う形でハッキリした。ほぼ無傷である自分の右腕の感覚が混ざっていることもあって強引に使えない訳では無いが、もうこの戦いでは右腕で殴ったり防御することは控えるべきだろう。

 

 しかし、それだけイエローが危うかったのだ。

 もし動きが読めるだけでなく、必要とあれば世界がスローに見えるなどの体感時間が長く感じられる感覚が無ければ間に合わなかっただろう。そしてカイリューと思考が共有出来ているおかげで、思い至ったらすぐにカイリューが実行してくれなかったら今頃どうなっていたことか。

 一つでも欠けていたら、イエローはやられていた。

 

「……短期決戦といくか」

 

 立ち上がっているワタルのカイリューを睨み、彼らは次の一手に備える。

 今ワタルのカイリューが身に纏っている緑色のオーラ、彼が言うには”げきりん”と呼ぶものらしい。もしそうなら、色が異なるのや迸っているエネルギーの量はあちらの方が多いなどの違いは見られるが、先程の戦いで自分のカイリューが身に纏ったのも同じ”げきりん”なのだろう。

 

 既に一度使えているのだから覚えているはずだともう一度あの力を引き出そうと試みてみるが、お互いにどう意識してもあの時感じた湧き上がる様な力は引き出せなかった。

 色々気になる点はあるが、自分のカイリューが”げきりん”と思われる技や力を発揮できた機会はどれも無自覚な勢い任せだったのを考えると、ワタルの言う通りちゃんと鍛錬を積まないと上手く使いこなせないのは事実だろう。

 

 ”げきりん”を纏ったことで先程よりも手強くなったのは確かだが、さっきまで押せていた様にワタルらの動きを良く見て、それに応じた反撃と回避に徹すれば臆する必要は無い。だけど、経験したからわかるが強大な力なので、あのエネルギーを纏ったパンチ一発でも受ければ今の自分達には致命的だ。

 十分に気を付けなければならない。

 

「マグレだ! 次はそうはいかない!」

 

 岩壁が崩れた際の土埃が晴れない内に、”げきりん”のエネルギーを身に纏ったワタルのカイリューが弾丸の様に一直線に迫る。

 本当にラッキーパンチと思っているのか、アキラの目から見ても何のフェイントの兆候も見られない突進だった。

 

「――()()()()()()()()

 

 備えながら呟くと、オーラを纏ったパンチをカイリューは体の上体をズラして避けるが、拳だけでなく流れる様に尾も迫っていた。単調に殴り付けてきたかと思いきや二段構えであったが、アキラは自らがカイリューになったつもりで巧みに左腕を使って頭部に迫る尾を流す。

 流したままでも良かったが、アキラのカイリューはそのまま左手だけで尾を掴むと力任せに振り回し始めた。

 

 アキラ達の感覚からすると一連の流れは体感的に長く感じられたが、見ていたイエローとワタル達から見ると、彼らの動きは最初から全てわかって動いた様にしか見えなかった。

 オーラを纏っているので、握り締めている手が焼けるのを彼らは覚悟していたが、案外そうでも無かった。多少の熱と弾く様な力、今度上手く”げきりん”を発動した時でも、何とかしてしがみ付けるかもしれないが難しいだろうと思案しながら振り回していく。

 

「っ!」

 

 しかし、唐突な違和感を感じたアキラは、振り回していたカイリューを近くにいたワタル目掛けて投げ飛ばす様に意識する。

 投げ飛ばされたカイリューにワタルは巻き込まれるが、それよりもアキラは自分の身に起こった異変の方が気になった。

 

 一瞬ではあったが、眩暈に近い視界の歪みを感じたのだ。

 さっきからカイリューの背にしがみ付く形で乗ったままで、彼は自身の体を動かしている訳では無いのだが、感じられないだけで確実にアキラは自分が消耗しているのを意識する。対峙している相手の動きを分析しての先読みと対応過程のイメージ、そして時として自分自身がカイリューであるかの様な感覚で体を動かしたりすることを意識的に行うのは、想像以上に負担が大きいのかもしれない。

 疲労感や痛覚が麻痺しているのを自覚しながらもここまで戦ってきたが、理解し切っていないだけで、本当に体は限界が近いのかもしれない。

 

「あぁ、どっちにしろ一気に仕掛けるぞ」

 

 流石にカイリューからも懸念の思考が流れて、荒くも可能な限り息を落ち着かせようと努めながらアキラも同意する。

 疲労感に痛覚があまり感じられない所為で、今の自分の体がどれだけマズイのか、危険信号が無いので限界さえも全く分からない。もしかしたら負荷に耐え切れなくて、唐突に糸が切れた様に死んでしまうかもしれない。

 

 今この場で自分がワタルを倒す倒せないにしても、可能な限りダメージを与えてイエローに託す。あわよくば倒してしまおう。

 ”こうそくいどう”でアキラのカイリューはワタル達に殴り掛かるが、ワタルは濃い緑のオーラを纏っているにも関わらずカイリューの背に飛び移り、ボールに倒れている手持ち達を戻すとそのまま飛び上がった。

 

「逃がすか!」

 

 殴り付けた左腕を地面から引き抜き、アキラが乗ったカイリューも翼を広げて後を追う。飛び立った両ドラゴンは一直線に、スオウ島に一つしかない山の頂上へと飛んでいく。

 

 先程まで想像を超えた戦いを繰り広げている彼らの攻防を見ていたイエローは、追い掛けるべきなのか迷ってしまうが、突然ブーバーに背中を足裏で伸される様に蹴られた。

 唐突過ぎて訳が分からなかったが、ブーバーの何時になく不機嫌そうな目付きを見て、自分に何を伝えようとしているのかは理解出来た。

 

「そうだね。僕も行くべきだ」

 

 今アキラはワタルを圧倒しているが、このまま彼を待っていてはここまで来た意味が無い。

 スオウ島に来る前に抱いた決意を思い出し、イエローは彼を追い掛ける為にも目の前の山を登っていく決心を固める。

 

「イエロー…君」

 

 体をフラつかせながら唐突にカツラはイエローに歩み寄ると、彼はミュウツーが入ったマスターボールを手渡してきた。

 

「カツラさん…」

「ボールから出すことは出来ないから君の力になる事は出来ない。荷物になる事はわかっているが、この戦いの行く末を見届けさせてくれ」

 

 ボールの中を窺うと、ミュウツーが強い意志の籠った眼差しをイエローに向けていた。

 もし時間制限が無かったら今にもボールから出そうだが、時間制限があるのでそれは叶わない。

 最後まで戦う事は出来なかったが、この戦いの結末を自らの目で見届けたい気持ちがイエローには強く伝わった。本当にやれるかどうかはわからないが、それでもここに来たからにやり抜くつもりだ。

 

「君達はここでカツラさんを頼めるかな?」

 

 イエローの頼みに、サンドパンやエレブーなどは真っ先に頷き、ブーバーとゲンガーは不服そうではあったが渋々了承する。彼らも戦いに出向きたいが、もう無視できないまでに疲労が大きいので満足に動くことが出来ないのは自覚している。今はここで体力の回復に専念して、後で加勢に行くつもりだ。

 そしてイエローは、既に外に出ている自分が連れている手持ち達と向き合う。

 彼らも自分同様に力不足なのを自覚しているが、それでも最後まで戦い抜く意思を秘めていた。

 

「よし。行こう皆!」

 

 彼らが飛んで行った先である山の頂上を目指して、イエローはドードーに乗って駆け出す。

 

 

 

 

 

 スオウ島に唯一ある山の頂上付近上空では、アキラとワタル、そして両者が連れているカイリューが文字通り死闘を繰り広げていた。

 

 切り札である”げきりん”を発揮したことによって、ワタルのカイリューは確かに攻撃力と防御力の面では大幅なパワーアップを遂げていた。

 しかし、結果は予想に反してアキラ達を圧倒するどころか、攻撃を尽く避けられては逆に反撃を受ける先程までの展開と何一つ変わっていなかった。

 

「だあァァァァァ!!!」

「うおっ!!」

 

 共に雄叫びを上げながら、アキラが背に乗っているカイリューはワタルのカイリューに尾から放たれる”たたきつける”を打ち込む。その強烈なパワーに抗い切れず、彼らはスオウ島にある山の火口へと一直線に落ちていく。

 今彼らが戦っている山は、ワタルのドラゴンポケモン達が予め地殻を刺激したことで火山活動が活発化している。今すぐにでも噴火するという事は無いが、万が一火口に落とされればカイリューは無事でも乗っているトレーナーは無事では済まない。

 吹き飛びながらカイリューは、体を動かすなどして落下軌道を変えたことで、ワタル達は火口では無く火口付近の頂上に墜落する。

 

「くそ!」

 

 カイリューが庇ってくれたおかげで目立った怪我は無かったが、落下時の衝撃で体中に感じる痛みを抑えながらワタルは悪態をつく。

 ”げきりん”を纏ったことで、普段以上にパワーが増した今のカイリューが繰り出す拳などの打撃系の攻撃一つ一つは必殺級だ。

 

 一発でも当てればこちらのもの。

 

 当初はそう思っていたが、現実はその一発を当てる事すら出来ないでいた。

 何を仕掛けようと、まるで知っていたかの様にこちらの攻撃は巧みに避けられたり流されたりして、その度に生まれた隙を突かれて反撃を受ける。不意を突いたとしても、常軌を逸した反応速度ですぐさま回避などの対応してくる隙の無さ。しかもアキラ達の方も「一撃でも受ければおしまい」と認識しているのか、チャンスを見出したら攻めるが避けるべきなら回避に徹するなど徹底していた。

 

 このままどれだけ仕掛けても、避けられてばかりの一方的な状況が続いてしまえば、認めたくはないが自分はまた負けてしまう。だがその状況下でもワタルは、光明を見出していた。

 

 一見すると彼らの動きは完全無欠とも言える程に隙は無かったが、時間が経つにつれて動きにキレが無くなってきている。ここに来た時から疲労していたのだ。接近を許さずに上手く距離を保ちつつ()()()()()()いけば、先に力尽きるはず――

 

「……時間を稼ぐ?」

 

 ここまで考えて、ワタルは自分が至った思考が信じられなかった。

 今の自分の発想は、まるで格下が正面から挑んでも勝てない格上を倒す為に相手が弱るのを待つ様では無いか。強いのは認める。だが絶対に奴が同格、ましてや格上であるなどワタルは認めたくない以前にプライドが許さなかった。

 

()()()()()()()()()()

 

 しかし、怒りに震えている間もなくアキラの声と別の声が混ざった様な不気味な声がワタルの耳に入る。

 アキラのカイリューが再びハンマーの様に尾を振り下ろしてきたが、ワタルのカイリューは両腕を盾にして全力で耐える。その圧力にワタルが乗るカイリューの足元の岩肌は窪むが、押し切るのは不可能と判断したのか、力を込めていたにも関わらずアキラが乗ったカイリューは素早く下がって距離を取ると出方を窺い始める。

 

「どうした! さっきからトレーナーは指示を出さずにポケモン任せになっているじゃないか!」

 

 先程までの弱気な考えを忘れて、ワタルは構える彼らを挑発する。

 自分達が追い詰められているのにトレーナーの力量は関係無い。

 全てはあのカイリューが異常なまでに強いだけだ。

 今のアキラは、ただ背中に乗っているだけで、何一つ指示を出していない荷物に過ぎない。

 そんな意図が籠った言葉だった。

 

「そのお荷物を捨てたらどうだ?」

 

 露骨なまでの挑発だが、憤慨した形相でカイリューは真っ直ぐワタルに迫る。

 その姿に掛かったと、彼はほくそ笑む。

 

 疲労で動きが鈍っている以外にも、ワタルはアキラのカイリューに幾つか弱点まではいかなくても気になる点を見出せていた。

 

 まず右腕は不調なのか、垂れ下がったままで防御どころか攻撃にも利用していない。

 つまり実質片腕だ。にも関わらず、彼らは積極的に近接戦闘を仕掛けてくるだけでなく、さっきから攻撃も全て直接打撃系だ。他の技が使えないと言うよりは、これはその条件下でなら今自分達を圧倒出来るだけの絶大な力を発揮できるからなのだろう。

 

 そしてさっき挑発にも挙げた背に乗っているトレーナーの存在。

 片腕しか使えないドラゴンに近接戦闘で追い詰められているというのは何とも情けないが、ワタルが最も重要と見ているのはアキラの存在だ。実はこの時点で彼は、さっきのカツラとミュウツーに見られた繋がりにも似たものが彼らにもあることに気付いていた。

 それが一体どんなものかわからないが、繋がりがあるという事はトレーナーはそれを何らかの形で維持する為に離れることは出来なく、常に最前線にいなければならない。

 

 事実、背に乗っている彼を狙う度に彼のカイリューは守る様に動いているので、見出した中で最も弱点と言えるだろう。アキラが未来予知か何かの超能力が使えると言う話は聞いていないが、カイリューの強さの理由に一見すると何もしていない様に見える彼が関わっているのならば、奴を排除すれば勝てる。

 

 迫るアキラのカイリューをワタル達は迎え撃とうとするが、予想に反して彼らは直前に尾を地面に叩き付けて跳び上がった。

 そしてそのまま、大きく太い足でワタルのカイリューの顔を勢い良く蹴り付ける。

 その威力に彼のカイリューは思わず何歩か下がり、またしても不意を突かれたことにワタルは舌打ちするが、すぐに頭を切り替える。

 

「カイリュー!」

 

 蹴った後に跳び越える形で後ろに着地したアキラ達に、ワタルのカイリューは”げきりん”を纏ったパンチを放つ。

 相手は体が少し横を向いてはいるが、ほぼ死角。そして仕掛けたタイミングも着地した瞬間だ。だが、アキラが乗ったカイリューは体を屈めて避けると、すかさず無防備になったワタルのカイリューの腹部に自らの巨体をぶつける。

 しかもご丁寧左肘から放たれるブローも忘れずに打ち込んでおり、ダメージはかなり大きい。

 

 もう何回繰り返されたのだろうか。

 ここまで何を仕掛けてもこちらの攻撃や目論見は尽く上手くいかず、逆に反撃されてばかりなど初めての経験だ。

 何とか意識を保ち、ワタルが連れるドラゴンポケモンはさっきとは逆の腕でパンチを放つが、これも避けられると同時に頭突きが顔面に炸裂する。大小様々な攻撃を一方的に受けているのにまだ戦えるワタルのカイリューもかなりタフだが、もうどれだけ持ち堪えられるのかわからない。

 

「”こうそくいどう”で回り込め!!」

 

 対抗策を練りながらワタルが指示を出すと、カイリューは一瞬にして背後に回る。

 当然アキラ達は反応して反撃しようとするが、振り返ろうと動いた時点でワタルのカイリューは再び彼らの背後に立つ。さっきから避けられたりするのは、常軌を逸した反応速度のおかげであると言う読みが当たり、ワタルは声を上げた。

 

「背中に乗っている荷物を狙え!!」

 

 彼のカイリューが異常な強さを発揮している要因と思われるアキラ目掛けて、ワタルのカイリューは緑色のオーラを纏った拳を突き出した。これで流れが変わるという考えが脳裏に過ぎったが、ワタルの目論見はまたしても挫かれた。

 何とカイリューが片足で体を支えながら、残った足を後方へと振り上げて放ったパンチを弾く様に逸らしたのだ。

 

「なにっ!?」

 

 二足歩行が出来る様になったカイリューの体を考えれば不可能ではないが、格闘ポケモンならまだしも、カイリューの体格では反射などで咄嗟にやれる様な動きでは無い。

 

 動揺するワタル達を余所に、アキラのカイリューは元の姿勢に戻って振り返るや否や、また左拳を同族の顔面に叩き込んだ。反撃を受けてフラつくカイリューを見て、急いでワタルは距離を取らせながら、もう一度根本から作戦を考え直し始める。

 必ず倒す方法があるはずだと、失敗した試みを振り返りながらどうすれば良いのかに考えを巡らせる。

 

 正面から挑んでもダメ――

 弱点を狙ってもダメ――

 不意を突いてもダメ――

 工夫して惑わしてもダメ――

 そうなると――

 

「……どうすれば良いんだ…」

 

 思いがけずワタルは小声で漏らしてしまう。

 

 何をやっても避けられたり流されてしまう。

 攻撃が全く効かない事は無い筈だが、そもそも一発も当てられないのでは確かめようが無い。

 

 彼らが疲労し切るまで逃げに徹するという攻略手段はあるが、それを選べば明確に自分達はアキラよりも格下であるのを認める様なものだ。

 ドラゴンポケモンの扱いなら、右に出る者はいないのをワタルは自負している。

 しかし、それでも彼は今のアキラ達の強さが、繋がりも含めてどの様な理屈で実現しているのか全くわからなかった。

 

 その直後、ワタルのカイリューの体から”げきりん”のエネルギーが弾ける様に消え去った。

 これが意味することはただ一つ、維持できる時間を過ぎてしまったのだ。

 そして”げきりん”は発動した後、絶大な力からもたらされる高揚感故に一時的に正気を失う。

 彼のカイリューは鍛錬を積んだことで、その意識の空白はかなり短くなってはいるが、それでもその一瞬を見逃す程今のアキラ達は甘くは無かった。

 

「”たたきつける”!!!」

 

 一瞬の溜めが入った凄まじい力と勢いが込められた破格の一撃を腹部に受けて、ワタルのカイリューは体をくの字に曲げながら吹き飛ぶ。

 そのまま頂上から荒い岩肌が目立つ急斜面を転がり落ちてしまうかと思われたが、危なげなくギリギリで留まる。

 

 何とか転がり落ちることは免れたドラゴンポケモンは足元をフラつかせながら立ち上がるが、本当に立っているのがやっとの状態だった。

 奥の手を出しておきながら追い詰められている事実に、ワタルは悔しさを噛み締めるが、何時まで経ってもアキラとカイリューは何も仕掛けて来なかった。

 余裕のつもりかと怒りを抱きながら顔を上げると、それは違っていた。

 

 アキラが倒れていたのだ。




アキラとカイリュー、”げきりん”を発揮して本気を出したワタル達が相手でも変わらず有利に戦うもアキラが倒れてしまう。

やり過ぎ感はあるかもしれませんが、今のアキラ達は相手の動きを先読みしたり、不測の事態でも即座に対応出来るだけの反応速度を有しているので、接近戦においてデタラメな強さを発揮することが出来る状態になっています。
奥の手を出したにも関わらずワタル達の形勢が良くならないのは、その接近戦という完全に彼らの土俵で戦ってしまっているのが最大の理由です。

かなり強いのですけど、能力値上昇的な意味で火力は上がっていないのや一応の対処手段が存在しているのと、これでも勝てるのか疑わしい相手が存在しているのがポケモン世界の面白くも恐ろしい所です。


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乱入者

 遂に恐れていた事態が現実のものになってしまったのだと、倒れ伏せながらアキラは辛うじて理解していた。

 カイリューが”たたきつける”を放った瞬間、彼は突如吐き気を通り越して激しい頭痛、連鎖する様に体の至る箇所から筋肉だけでなく骨まで軋む様な痛みに襲われた。

 

 それらの激痛に精神が耐え切れなかったアキラは、体から力を抜いてしまいカイリューから振り落とされてしまった。

 更に今頃になって感じるとてつもない疲労感で、思考さえもままならない。カイリューが体を屈めて何か言っているが、もう頭の中には彼から見える世界や彼が何を考えているかが浮かばない。

 

 繋がりが切れてしまったのだ。

 

「ハァ、まだだ…ハァ、リュットはまだ戦えるんだ…ハァ…なのに…」

 

 自分がダメになってしまっただけで、カイリュー自身はまだ戦える。

 それに最後まで戦い抜いて見届けると言っておきながら、ここで力尽きる訳にもいかない。

 しかし、今まで経験した中で一番の死んだ方がマシと思ってしまう激痛と混濁する意識は、最早根性などの精神論では如何にもならなかった。口に出さなくても体が、これ以上戦うどころか動くことすら無理であると叫んでいた。

 

「ハ…ハハハハ……ハハハハハハ!」

 

 意外な形で訪れた結末に、最初ワタルは唖然としていたが、ボロボロになって蹲っている彼の姿を見て壊れた様に笑い始める。

 さっきまでカイリューに背負われる形で乗っていた彼が、どうしてこうなったのかは知らない。だけど、彼のカイリューが慌てた様子を見せていることから明らかにただ事では無いことなのは理解していた。

 

 今の彼らには、さっきまで強気で自分達を圧倒していた面影は無かった。

 耳を澄ませば何かブツブツと言っているのが聞こえるが、そんなのはもう知った事では無い。

 だが、今確信して言えることがあるとするのならば――

 

「――俺の勝ちの様だな」

 

 冷や汗を隠しながら、ワタルのカイリューは散々一方的にやられた分のお返しを込めた、最大パワーでの”はかいこうせん”を放つ。

 気付いたアキラのカイリューは倒れていた彼を抱えて避けるが、直撃は避けられても光線が爆発した際の爆風と衝撃波に巻き込まれて吹き飛んでしまい、岩肌が目立つ山の急斜面を転がり落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

「この山…斜面がキツ過ぎる」

 

 アキラとカイリューがワタル達と激戦を繰り広げていた頃、イエローは彼らの後を追うべく岩肌が目立つ山を登っていた。頂上に近付けば近付くほど、激しい戦いが繰り広げられているのか爆音が轟く度に、斜面どころか山そのものが揺れている様な錯覚を覚える。

 自分がどれだけ彼の力になれるのかは全く分からない。だけど、一刻も早くアキラに加勢をしなければならない。

 

 そうして登っている内に、彼らは頂上の一歩手前まで辿り着き、イエローは気持ちを落ち着かせるのに努めた。

 自分はワタルと同じ力を持つだけで、今回戦いに参加した中で一番弱い。

 少しでも力になるべくここまで来たが、自分が出ても助力どころか逆に足手まといになるかもしれない。でも皆が戦っているのだ。自分だけ逃げる訳にも戦わない訳にもいかない。自らを奮い立たせて頂上に足を踏み入れようとした瞬間、閃光と共に一際大きな爆発が生じた。

 

「っ!」

 

 麦藁帽子が吹き飛ばされない様にしながら、イエローとポケモン達は転げ落ちない様に伏せた。

 

 爆風に吹き飛ばされて大小様々な岩が斜面を転がっていくのを音で感じ取りながら、イエローは改めて気持ちを落ち着けようとする。

 ここから踏み出せば、もう最後まで戦い抜く以外道は無い。

 勇気を出して顔を持ち上げたイエローとポケモン達は、スオウ島に山の頂上に立つ。そこは火口から立ち上るガスと先程の爆発で舞い上がった土埃が広がっており、ワタルと彼が連れているカイリューの姿はあったが、アキラと彼のカイリューの姿は無かった。

 

 その事実に、イエローは体を強張らせる。

 あれだけワタルを圧倒していたアキラが今ここにいないという事は、負けてしまったのだろう。カツラにもミュウツーと言う心強い存在がいたが、時間制限の関係上最後まで戦い抜くことはできなかった。ワタルとカイリューはかなり疲れているのか、揃って片膝を突いて息を荒くしているが本当に自分は彼に勝つことは出来るのだろうか。

 

「随分と手こずらされたが、それまでだったな」

 

 イエローが来たのに気付いたワタルは、苦戦こそしたが結果的に自分の方が彼より上手だった様に振る舞う。あれだけハンデを背負っていた相手に攻略法が見出せなかったさっきまでの己を隠す虚勢の意図もあったが、イエローとポケモン達は体を固くして身構える。

 

 ミュウツーを始めとした強力なポケモンを連れたトレーナー達と連戦して、まだ立っているのだ。警戒しない方がおかしい。緊張で強張る彼らの様子に良い傾向だと思いながら、ワタルはすっかり疲労し切っているカイリューに手をかざす。

 

「少しは回復してやらないとな」

 

 すると、ワタルの手がほのかに光り始めた。

 見覚えのある――否、馴染みのある現象を目の当たりにして、イエローは驚く。

 話には聞いていたが、彼もまたポケモンの気持ちを読み取り、そしてその傷をも癒すことが出来るトキワの森の力の持ち主。ブルーは同じ力を持つ者でないとワタルに対抗することは難しいと語っていたが、本当に自分は同じ力を持つからと言って彼と渡り合えることはできるのだろうか。

 

 光を浴びている内にカイリューが受けていた傷は目に見えて消えていくが、それでもまだ多くの傷を残したままワタルは手を下す。

 イエローはまだ良く知らないが、ポケモンを癒す力は癒す側の体力次第だ。ワタル自身、ちゃんとカイリューを万全にしたかったのだが、先程のアキラとの戦いでかなりの体力の消耗を強いられた。例えるのなら赤色だった体力ゲージが緑色に近い黄色になった程度、完全回復には程遠い。

 

「ふふ、まあいい」

 

 だけど、それでもイエローを倒すのには十分だとワタルは考えた。

 先のクチバ湾での戦いを考えると、今自分の目の前に立っている()()の実力は、この島に攻め込んできたメンバーの中では最弱だ。ある程度の回復を終えたカイリューは、幾つか傷を残しながらも体に力を漲らせる。

 

「カイリュー! ”かいりき”だ!!」

 

 ワタルの命でカイリューが地面を殴り付けると、その強大なパワーからもたらされる揺れで大小様々な地割れが生じる。

 イエローも揺れに翻弄されるが、もっと恐ろしいのは割れ目から溶岩の様なものが噴き出したことだ。赤く熱された岩から彼らは逃げ惑うが、カイリューはあっという間にイエロー達との距離を詰めてきた。

 

「ゴロすけ! ドドすけ!」

 

 接近してくるカイリューにゴローンとドードーが挑もうとするが、ドラゴンポケモンの腕の一振りで呆気なく片付けられる。自分達がカイリューを止めるには弱点を突く必要があると咄嗟に考えて、イエローは続けて声を上げた。

 

「オムすけ”れいとうビーム! ピカ”10まんボルト”!」

 

 冷気の光線と強烈な電撃が放たれるが、当たる直前にカイリューの体は突如濃い緑色のオーラに包まれる。

 

「”げきりん”!」

 

 再び身に纏った強大なエネルギーによって、カイリューはその身に受けた特殊技の威力を大幅に軽減する。素の状態でも実力差は明確なのだ。本気を出せば彼らなど軽く捻り潰す様なものだ。

 少しでも足止めするべく、キャタピーが糸を吐いて動きを封じようとするが、簡単に引き千切られてしまう。

 

 再び本気を出したワタルのカイリューに、イエローは可能な限り頭を働かせる。

 自分のポケモン達の能力では、正面から挑んでも勝ち目は無い。もし万全状態であったのなら限り無く0に近かったかもしれないが、今のワタルのカイリューはかなり消耗している。修行中にグリーンから学んだことを思い出しながら、すぐにイエローは別の作戦を思い付く。

 

「ピカ、”フラッシュ”!」

 

 直視できない強い光を放ち、ピカチュウはワタル達の目を眩ませる。

 ダメージを与えない時間稼ぎの小細工ではあるが、視界を封じたことで生まれた隙が彼らにとって何よりも貴重だった。

 

「ゴロすけ、”いわおとし”!」

 

 立ち上がったゴローンは近くにあった岩を手にして、カイリュー目掛けて幾つも放り投げる。”げきりん”のオーラを纏っているが、次々と岩が頭や体に当たって、カイリューは怒りの矛先をゴローンに変える。身の危険を感じてがんせきポケモンは身構えるが、カイリューの背後から勢いに乗ったドードーとラッタが跳び上がった。

 

「”ドリルくちばし”! ”ひっさつまえば”!」

 

 いずれも二匹が覚えている中でも最高威力を有する技だ。

 当たればレッドやグリーンらが連れていたポケモンでも大きなダメージを受けるが、それだけの技を無防備な背中に仕掛けても、ドラゴンポケモンにダメージを与えるどころか目立った傷すら与えられなかった。

 

「その程度のパワーでドラゴンの体に傷を付けられると思ったか!」

 

 鬱陶しそうにカイリューは、背後で嘴や前歯を突き立てる二匹を払い除ける。

 イエローに迫るドラゴンをオムナイトは小さい体ながらも精一杯の”れいとうビーム”を浴びせて止めようとするが、本来なら致命的なダメージになる氷技でも”げきりん”の力を発揮している今のカイリューには、あまりダメージになっていなかった。

 

「っ! ピカ!!」

 

 窮地に追いやられたイエローの呼び掛けに、ピカチュウは応える。

 最早今のカイリューを止めることが出来るのは自分しかいない。

 ピカチュウは頬の電気袋から激しく火花を散らせると、雄叫びを上げながら今持てる限りの力全てを注ぎ込んだ”10まんボルト”を放つ。

 ピカチュウが放った最大出力の”10まんボルト”は、オーラという形でカイリューが纏っている”げきりん”の鎧を貫き、ようやくダメージを与えることに成功する。

 浴びせられた電撃の威力にカイリューは苦しそうに悶えるが、苦し紛れに振るわれた荒々しいオーラを纏った巨大な尾の一撃が、イエロー達に襲い掛かった。

 

「うわあぁぁぁ!!!」

 

 手持ちのポケモン達と一緒に、イエローは箒で掃かれた埃の様に吹き飛ばされ、彼らは岩肌に叩き付けられたり無造作に転がる。

 

「悪あがきは止めるんだな。ピカチュウはともかく、それ以外のお前が連れているポケモン程度では、カイリューを止めるどころかまともにダメージを与える事すら叶わない」

 

 余裕が出来てきたのか、息が落ち着いてきたワタルは立ち上がろうとするイエローを見下ろしながら告げる。

 

 実力差は明白だ。

 

 だが、逃げるか挑むかのどちらを選んでも、彼はイエローをこの場で始末するつもりだった。さっきのアキラもそうだったが、中途半端に仕留め損ねるとどうなるのかわからない。生かしておくには危険過ぎる。

 もうワタルは、一切の出し惜しみも手加減もするつもりは無かった。

 体を強く打ち付けたイエローは、右腕が激痛と共に変な方に曲がっているのに気付いていたが、息を荒くしながらもゆっくりと立ち上がる。

 

「まだ戦うか」

「僕は…ハァ…諦めない」

 

 単純にこのカントー地方を守る為にも、諦める訳にはいかないという訳では無い。

 例え戦いに勝てる力が無くても、彼が聞く耳を持たないとしても、故郷の力を恐ろしい目的の為に利用するのを何としてもイエローは止めたかった。

 

「何で…何でカイリューを癒した力をこんなことに使うの?」

「力をどう使おうと俺の勝手だ。俺は森から授けられたこの力で、愚かな人間どもを滅ぼす!」

 

 人間の身勝手な都合な傷付くポケモン達、どれだけこの力で癒しても彼らの心の傷や怒りまではワタルには癒すことは出来なかった。にも関わらず人間達は、ポケモン達には構わず好き放題自然を荒らした挙句、壊した自然を戻すどころか自分達さえも住めない状態にして放置だ。普通に考えればわかることなのに、自らの首を絞めていると言うことにも気付かず、生態系の頂点に立っていると思い込んでいる人間達。

 いずれ自滅していくのだ。自分達はポケモン達の為にも、それを少し早めているだけだ。

 

「違う! トキワの森の力はそんなことの為に――」

「黙れ! ロクに力を持たない奴が俺に意見するな!」

 

 イエローの言う事に耳を貸さず、右腕のオーラを一際濃くして、カイリューは拳を振り上げる。

 

 何を成すにも力が無ければ何も出来ず、そして誰も耳を傾けてくれない。

 

 今までワタルはそれを強く経験してきた。

 目の前の麦藁帽子には他の人間には無い行動力はあったが、力が無いのならば所詮口先だけだ。

 

 身の危険を感じたイエローだったが、避けようにも体が思う様に動かない。

 さっきはアキラ達のおかげで直撃は免れたが、その彼はここにはいない。

 今度こそやられてしまうのを覚悟したその時、突然カイリューの足元が崩れた。

 

「!?」

 

 予想外の出来事に、ワタルは一瞬ではあったが動揺を露わにする。すぐに彼を肩に乗せてカイリューが飛び上がったおかげで、崩れていく足場から逃れるが、何の前触れも感じなかったことに彼らは不可解なものを感じていた。

 まさか倒した筈のアキラか、他の四天王を退けた誰かが加勢に来たのか。

 あらゆる可能性が彼の頭の中を駆け巡っていくが、少し離れた岩肌が陥没する様に崩れていき、そこから特徴的な屈強な体付きをした二匹のポケモンが姿を現した。

 

「新しいポケモン…」

 

 腕の痛みを堪えながら、イエローは呟く。

 自分達以外の誰かが、この場に来たのだろうか。だけど、今現れた二匹を連れているトレーナーにイエローは心当たりは無かった。

 空を飛んでいるワタルとカイリューは、新たに姿を見せた二体――ニドキングとニドクインに意識を向ける。さっき足元を崩したのも、恐らくあのポケモンだ。この島には野生のポケモンは生息していないので、あの二匹は確実に野生では無い。どこかにトレーナーが身を潜めているはず――

 

「真下がガラ空きだ」

 

 真下――さっきまでカイリューが立っていた場所から聞き覚えの無い声が、ワタルだけでなくイエローも耳にする。

 声が聞こえた方へワタルは急いで振り返るが、その真下から黒い影が一直線に迫っていた。

 

「”ダブルニードル”」

 

 カイリューは迎撃しようとするが、構えた瞬間、体の二箇所を貫かれる様な衝撃を受ける。直後に意識が遠のいたからなのか、カイリューの体から”げきりん”のオーラが消えてそのまま落ちていくが、その最中にワタルは飛び出した影の正体とその下に誰かいるのをハッキリと目にした。

 砂埃が晴れると、さっきまでワタルとカイリューが立っていた場所にサイドンを引き連れた黒いスーツを着た男が立っていた。

 

 

 

 

 

「っ…うぅ…」

 

 意識はハッキリとしないのに感じる激痛、動かそうにも体は糸が切れた様に動いてくれないのにアキラは苦しんでいた。

 混濁する意識の中で、彼今自分が置かれている状況を理解するのを試みていたが、頭痛が激しくてどうにも頭がハッキリしてくれない。

 体に掛かる負荷が限界を超えて倒れてしまったところまでは辛うじて思い出せるが、何故こんなことになったのかさえ、よくわかっていなかった。

 

 とにかく少しでも痛みが和らいでくれるか、落ち着いて思考が出来るまでになって欲しい。

 そう願っていたら、ボヤけながらも自分の目の前に何かが残像の様に見えてきた。それらは人なのかポケモンなのかその時点ではわからなかったが、視界が安定するにつれて曖昧だった聴覚も機能し始めたのか、頭の中に別の声が聞こえてきた。

 

「――は――ですか?」

「こう――は――」

 

 断片的だが、近くにいるのはどうやらポケモンじゃなくて人らしい。

 一旦瞼を閉じて目に力を入れてから開くと、今度は視界も含めて全ての感覚が鮮明になった。

 

「あっ、アキラ。気が付いたのか」

「レッド……」

 

 良く知る友人が目の前にいて、横になっていたアキラはぼんやりと彼の名を呟く。彼の後ろではカツラが、持ってきたと思われる応急処置用具を広げていた。

 自分がここにいるのと彼らがここにいる理由が、まだ頭がフワフワしているからか彼は上手く理解出来ないでいた。

 

「悪いなアキラ。クチバシティでの戦いでも大変だったはずなのに、ここまで駆け付けて来てくれて」

 

 シバとの戦いを制した後、急いでレッドはカツラとイエローの加勢に向かったが、その途中で座り込んで休んでいるカツラとアキラの手持ち達を見つけた。クチバシティで別れたはずの彼の手持ちがいただけでも驚きだったが、それから間もなく山の斜面から岩と共にアキラを抱えたカイリューが転げ落ちてきたのだ。

 さっきまで軽い応急処置などでドタバタしていたが、やって来た経緯などの詳しい事情はカツラから少し聞いている。

 

 自分を抱えながら転げ落ちてきたと言うカイリューだが、休息を取って幾分か回復した仲間達の手によって、傷付いた体に”キズぐすり”を至る所に噴き掛けられている。傷を負ったことによるダメージ以上にかなり疲労している様子ではあるが、それでも全く動けないアキラとは違って、仲間と無駄口を叩き合うだけの余裕はある様に見えた。

 

 クチバシティからの連戦で、アキラとカイリューは互いに体を酷使しているであろう認識は少しあった。だけど、見てわかる通りカイリューにはまだ戦えるだけの余力はあったのに、自分の方が先に限界を迎えてしまったことで、折角の勝つチャンスをふいにしてしまった。

 

「ごめん。レッド、リュットはまだ戦えるはずなのに、俺自身の体が……耐え切れなかった…」

 

 もっと走り込んで戦いに付いていけるだけの体力を自分が身に付けていれば、知識ばかりでなく戦いの最中に受ける負担に耐えられるくらい体も鍛えていればと、後悔の気持ちが湧き上がる。

 

「気にするな。お前は十分にやったよ。後は俺達に任せろ」

 

 そう伝えると、レッドはアキラに施した応急処置がある程度終えたのを確認すると、屈めていた体を立ち上がらせて山の頂上を見据える。恐らく戦っているであろうイエローの事が気になっているのだろうけど、アキラの目は見逃さなかった。

 レッドの不調気味の手足、痺れているだけでなく力の入り具合が明らかにおかしく見える。

 この状態で、何事も無い様に動けている事自体が不思議なくらいだ。

 

「レッド、立っているのも辛いんじゃないのか?」

「あぁ、でもだからと言ってここで待っている訳にはいかない。皆が戦っているんだ。最後まで俺は出来る限りの事を尽くす」

 

 ハッキリと告げる彼を見て、アキラはある事を思い出した。

 体が限界に近いとわかっていても、皆が戦っているのに退く訳にはいかないレッドの姿。

 色々異なっている点もあるが、置かれている状況と台詞の内容がさっき自分がエリカに告げたのにそっくりだ。

 

『変なところがレッドに似てきましたわね』

 

 あの時彼女に言われた言葉が脳裏に浮かび、アキラは溜息にも似た息を吐く。

 

「はぁ~、影響は受けていないって思っていたけど、こんなところでレッドの影響を受けているのを自覚する何て…」

「アキラが俺の影響を受けている? どっちかと言うと、俺の方がお前の影響を受けていると思うんだけどな」

 

 アキラが呟いたことに、レッドは反論する様に付け加える。

 ポケモンバトルでの戦いの流れや勉強の仕方、彼のトレーナーとしての心構えはレッドから見れば学ぶことが多い。今までの自分だったらやらなかったであろうことや試みをやっている時もあるので、どちらかと言うと自分の方がアキラの影響を受けているとレッドは認識していた。

 

「いやいや、俺は確実にお前の影響を受けているよ」

「そう謙遜するな。それを言うなら、俺だってお前の影響を受けているよ」

 

 グリーンがレッドと互いに影響を与え合った様なものと考えれば丸く済む話なのだが、アキラは自分はそんな存在じゃないと考えていたので、若干話しが拗れた。

 そんな軽くどうでもいい言い合いが続くかと思われたが、すぐにそれを止める者が現れた。

 

「何くだらないことを言い合っているんだお前ら」

 

 キョウと共にキクコを退けて駆け付けたグリーンと、同じく辛うじてカンナに勝った後に彼と合流したブルーは、呆れた様子で二人のやり取りを見ていた。状況は一刻を争っているのにも関わらず、低レベル且つどうでも良い事の押し付け合い、口を挟まずにはいられなかった。

 

「「いやだってさ」」

 

 にも構わず、レッドはアキラを指差し、体を動かせないアキラは視線でレッドを強調する。

 そんな彼らの様子にグリーンは勿論、ブルーも溜息をつくのだった。




アキラが戦線離脱した後、イエローがワタルに挑むも危うい場面に謎の人物参戦。

イエローのポケモン達が呆気なく片付けられていますけど、原作でもピカチュウ以外は終盤の進化を除くと、実力差が大きいのかまともに対抗出来ていないんですよね。
一応今小説では、修行中は身近にグリーン以外に教えて貰えたりバトルの相手がいるなどのおかげで、原作よりは強くなっているとは扱っていますが。

レッド達三人の戦いの流れは描写していませんが、最初から本気の四天王に苦戦こそしたけど、レッドは実力、グリーンはキョウと共に機転を利かせて、ブルーは上手く上着に化けさせたメタモンでの不意打ちなど、過程は変わっているけど大体が原作通りの形で決着という風に考えています。


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諦めない先

「つ、強い…」

 

 アキラとレッドが揃ってどうでも良い事をやっていた頃、頂上付近で戦っていたイエローの方は状況が変わりつつあった。

 

 キャタピーに折れてしまった右腕を”いとをはく”でギプスして貰いながら、イエローは突如この場に現れたスーツの男に目を瞠る。

 弱っていたとはいえ、ワタルのカイリューを一撃で戦闘不能寸前に追い込む実力。

 只者では無いのは明らかだ。

 しかし、助けて貰ったと言うにピカだけは男の姿を目にした途端、今にも飛び掛かりそうなくらい気を荒くしていた。

 

「ピカ! 急にどうしたの? 落ち着いて」

 

 一体何で荒くなっているのか知らないが、イエローはピカチュウを宥めようとする。その間に男は、カイリューに大ダメージを与えたスピアーと傍にいたサイドンを引き連れて、息を荒くしているワタルとカイリューに近付く。

 

「随分と歯応えが無いな。それでカントートップ集団を名乗るとは笑わせてくれる」

 

 小馬鹿にしているが、言葉の一つ一つが芯まで冷える様な錯覚を覚える冷たさだった。仮に味方だとしても、こんなに恐ろしい人物だとイエローは全く予想していなかったが、同時にこの男が何者なのかも気になった。

 

「ふん……最初から挑む自信が無かっただけじゃないのか。トキワジムジムリーダー、サカキ」

 

 余裕がまだ残っている様に振る舞いながら、ワタルは呟く。

 彼が口にしたその名前について、イエローは聞いたことがあった。

 数年前から行方不明になっている故郷のトキワシティにあるジムのリーダーにして、カントー地方最強と謳われた人物。もし本当にその彼なら心強いが、ピカの様子と彼が放つ冷徹な空気に不安が拭えなかった。

 

「ジムリーダーか。確かにそんな時もあったな」

「今は……ロケット団首領と呼ぶべきかな」

「!」

 

 衝撃の事実が明らかになり、目に見えてイエローは動揺する。

 目の前にいる自分達を助けてくれた男が、故郷であるトキワの森を滅茶苦茶にした元凶であるロケット団のリーダー。

 理解が追い付かなかったが、故郷がトキワの森であるピカが怒るのも納得ではあった。

 

 言い様の無い気持ちが湧き上がるが、この後どうするべきかが問題だ。

 見たところサカキはワタルと敵対しているが、もしここでワタルを倒したらサカキの矛先は自分達に向けられるのでは無いか、そんな懸念が浮かび上がってきた。そんなイエローの不安を余所に、ワタルとカイリューはゆっくりと歩いてくるサカキから体を引き摺る様に下がって距離を保とうとするが、後ろからはニドキングとニドクインが迫っていた。

 

「空へ逃げるなど考えるべきではないぞ。まあ、それだけカイリューが弱っていては飛ぼうにも飛べないだろうがな」

 

 少しでも変な動きを見せれば、スピアーが一気に距離を詰めて針で一突きだ。万が一にも備えて、一切の消耗をしていない万全状態であるサイドンとニドキング、ニドクインなどの大型のポケモン達も構える。

 

 対してワタルは、手持ちがカイリューを除いてほぼ戦闘不能、残ったカイリューも先程の”ダブルニードル”の直撃を受けて、何時倒れてもおかしくない状態である。

 誰がどう見ても、彼が逆転するイメージが想像出来ないほど絶望的な状況だ。

 

「お前の負けだ。半端者の若造」

 

 目の前にいるワタルは、自分達の行いは世間から見る悪事では無く正義の行いと考えている様だが、悪をやるのなら徹底してやるのが持論のサカキから見れば、悪事を正当化させる子どもの我儘な屁理屈だと彼は見ていた。

 冷たく吐き捨てたサカキの台詞が、これ以上無くワタルの心に刺さる。

 

「――俺が…負ける?」

 

 信じられない様に呆然と呟き、ワタルは歯を噛み締めた。

 ここに至るまでどれだけ時間を費やしたか、そしてポケモンの理想郷を建国することがどれだけ多くのポケモンや賛同者達の悲願なのか、目の前に男にはわかるまい。自分が負けるということが、何を意味するのかわからない程、彼は鈍くは無かった。

 

「そんなの……認めるかァァァ!!!」

 

 ワタルの激昂に応える様に、カイリューは残された力を振り絞って再び”げきりん”を全身から放出して身に纏う。察していたサカキのスピアーは、事前に主人に命じられていた通りワタルを貫くべく距離を詰めたが、ここで予想外の出来事が起きた。

 カイリューが身に纏った”げきりん”のオーラが、周囲に拡散する様に放たれたのだ。

 

「ちっ!」

 

 サカキは忌々しそうに舌打ちをするが、放たれたエネルギーは、緑色の衝撃波となって周囲に広がる。体が小さくて軽いスピアーは吹き飛び、重量級であるサイドンにニドキングとニドクインでさえも、その威力に体を転げさせる。

 その隙にワタルはカイリューに飛び乗ると、自らのトキワの力を使ってカイリューを癒しながら飛び上がった。

 

「逃がすか」

 

 持ち直したニドキングは近くに転がっていた岩を投げ付けるが、カイリューは軽々と避ける。

 

 しかし、それはフェイント。

 

 本命は追撃するべく突っ込んだスピアーの攻撃だ。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 スピアーの接近に気付いていたカイリューは、ワタルのトキワの力による癒しを受けながら”はかいこうせん”を放つ。どくばちポケモンは避けようとしたが、光線の軌道はスピアーへは飛ばずにカイリューの周りを回る様な軌道を描き始めた。

 

「本来”はかいこうせん”は直線的で攻撃にしか使えないが、俺が使えばこうやって守りにも応用できる」

 

 息を荒くしながら、ワタルは誇らしげに語る。

 防御目的ではあるが、カイリューを取り囲む軌道を描いて飛んでいる光線は本来の技としての性質を失っていないので、迂闊に近付くことが出来ない。その間にワタルは、自分が乗っているドラゴンポケモンの回復に専念する。

 

「下らん」

 

 そう簡単には真似できない技術を面白く無さそうに吐き捨てると、サカキと視線を交わしたニドキングとニドクインは再び岩を投げ付ける。岩はカイリューの周囲を回っていた光線に当たって砕けるが、間を置かずにスピアーはカイリューでなくワタルに対して針を突き刺そうと伸ばした。

 

 放置すれば訳の分からない力で延々とカイリューを回復させられるのだから、その元を絶つ為にトレーナーを狙う禁じ手だった。当然ワタルは避けようとしたが、避け切れずに左肩が服ごと裂けて血が舞う。

 

「うぐっ!」

 

 激しい激痛に血が流れる肩を抑えながら、ワタルは体を屈める。スピアーは反転して追撃を仕掛けようとしたが、背後から何時の間にか振るわれたカイリューの巨大な尾をぶつけられて、サカキの目の前に叩き付けられた。

 皮肉なことに、さっきアキラと戦っていた時の彼らの異常なまでに速い反応速度で目が慣れていたのと、倒そうと試みていた試行錯誤がサカキとの戦いでも発揮されたのだ。

 

「ふん」

 

 目の前ですっかり気絶しているスピアーに冷たい眼差しを向けながら、サカキはボールに戻す。手持ちがやられたのに何も感情を見せないサカキに、イエローは怒りに近いものを抱くが彼はすぐに行動に出た。

 

「引き摺り落とせ」

 

 それを合図にニドキングとニドクインはジャンプする。

 飛んでいるカイリューがいる高さは、かなりのものであるにも関わらず、二体はカイリューと同じ目線まで到達する。

 

「舐めるな!」

 

 殴り掛かってきたニドキングを避けると、その腕を掴んでカイリューはニドクインにぶつける形で投げ飛ばす。ここでもアキラと戦った時の経験が生きたと感じてしまい、癪だったのかワタルは不機嫌そうに舌打ちをする。

 

 ぶつけられた二匹は重なったまま落ちて頂上に叩き付けられるが、カイリューの腹部に大きな岩が直撃した。すぐさま飛んできた先に目をやると、サイドンが尾を使って飛ばしてきたものだったのはすぐにわかった。

 

 疑似的に相性の悪い岩攻撃を受けてしまったからなのか、力が抜けたカイリューは火口へと落ちていくも途中で何とか持ち直す。

 サカキもサイドンを連れて火口付近まで来ると、先程の様に岩を尾で打ち付けて飛ばしたり、転がっていたのを拾って投げ付けたりする。どれもある程度の大きさと速さを有しており、カイリューに当たれば今度こそ溶岩が煮え滾る火口へと落ちてしまうのでは無いかと思わせるほどだった。

 どう考えてもサカキ達は、ワタルを殺しに掛かっていた。

 

「足元を崩せ!」

 

 飛んでくる岩を溶岩の上をスレスレに飛行しながら避けていたカイリューは、命じられた通りに”はかいこうせん”を放つ。光線はそのままサカキとサイドンに一直線に飛んだが、直前に軌道を変えて足元に命中する。すると、彼らの足元が崩れて、後一歩のところで火口へ落ちそうになる。

 

 ワタルの狙いを悟ったのか、サカキはその場から離れようとするが、続けてもう一発放たれた”はかいこうせん”も複雑な軌道を描きながら今度は彼らの背後に炸裂した。その爆風と足元の不安定さに足を踏み外し、サカキは火口へ落ちていく。

 

「危ない!」

 

 思わずイエローは叫ぶが、サイドンも一緒に落ちる様に追い掛ける。

 落下していくサカキの体を掴むと、すぐさま火口の岩壁に手を突き立てて減速しながらドリルポケモンは溶岩の中に身を浸す。

 

「サイドンの体は2000℃のマグマにも耐えられる。この程度は問題無い」

「だがトレーナーであるお前はどうかな!」

 

 ワタルが乗ったカイリューは、尾を振って溶岩の飛沫を飛ばす。飛沫であっても、当たりどころが悪ければ人間にとっては致命傷になりかねない。

 サイドンは飛んでくる溶岩を両手やツノで弾くだけでなく、自らの体を盾にしてでも肩に乗せているサカキを守る。それら全てを防ぎ切ると、上半身を浮かせた状態で泳いでワタルとカイリュー目掛けて距離を詰め始めた。

 

「沈めろ!」

 

 もう何度目かになる”はかいこうせん”が、サイドンに襲い掛かる。

 

「”つのドリル”」

 

 迫る光線をエネルギーを纏って回転するドリルで拡散させる様に掻き消しながら、サカキが乗ったサイドンはワタル達に迫る。

 危機を感じて彼らは攻撃を中止して飛び上がるが、追い打ちを掛ける様にサイドンは溶岩の中に浸した腕を振って、先程ワタル達がやった様に溶岩の飛沫を飛ばす。カイリューも防ごうとするが、回復したとはいえ動きが鈍いっているのか、防ぎ切れなくて主人であるワタルは服の一部が焦げる。

 

「お前が優位に立てているのは飛んでいるからだ。すぐにその翼をへし折って、引き摺り下ろしてやる」

 

 淡々と殺意を漲らせて、サカキはワタルに宣言する。

 それに対する返事なのか、今度は器用に頭部の触角から放たれる電撃である”でんじは”、口からは青緑色の炎をした”りゅうのいかり”をカイリューは同時に飛ばしてきた。

 しかし、それらの攻撃もサカキのサイドンは回転するツノの一振りで打ち消す。

 

「おしまいか?」

 

 急に別の技に切り替えてきたが、先程まであれだけ”はかいこうせん”を多用していたのだ。

 連戦に次ぐ連戦で使える技のエネルギーが底を突き掛けているのだろう。

 そう考えていたが、さっきまでの苦しそうな顔付きが一転して笑みに変わったワタルは何故か堪える様に笑い始めた。

 

「何がおかし――!?」

 

 問い詰めようとした矢先、サカキは自らの身に起こった異変に気付く。不意を突かれた訳でも何でも無い。ただ身に覚えの無い変化ではあったが、それはあまりに予想外過ぎた。

 彼が懐に入れていたある物が、突如として輝きを放ち始めたのだ。

 

「な、何が起こっているの?」

 

 火口周辺から二人の戦いを見守っていたイエローも、サカキの身に起きた謎の出来事に言葉を失っていた。

 サカキは何とか抗っているが、懐から溢れる光は増々強くなる一方であった。

 

「これは!」

 

 すぐにサカキは、原因が自らが所持しているトキワジムでジムリーダーを務めていた頃から所有しているバッジなのを悟るが、流石の彼もこの異変には動揺を隠せなかった。しかもバッジはただ光を放っているだけでなく、まるで何か強い力に引き寄せられているのか、少しずつ抑え付けているサカキの体を引っ張っていく。

 

「くそ!」

 

 これ以上体ごと引き寄せられない為に、サカキはバッジを捨てるが、彼が所持していたグリーンバッジから放たれた光は一点に集中して真上へと飛んでいく。

 何故自らが所有しているバッジが光――否、エネルギーを放ち始めたのか。

 しかし、ワタルだけは至って冷静、と言うよりも表情が喜びを抑え切れていなかった。

 

「やっとか。お前をこの島の中心まで誘い込むのは中々骨だった」

「誘い込んだだと?」

 

 ようやくワタルの動きの不可解さに気付いたサカキだが、目的が見えなかった。

 ジムバッジには挑戦者に渡すのも含めて、ポケモンに対して何らかの影響力を有している。そしてジムリーダーに渡される純正のバッジになると、秘めている力は絶大だが、光と共にエネルギーが放たれているこの現象はまるで何かと共鳴し合っている様だ。

 

「――まさか!」

「気付いたか。そうだ…この島自体が巨大なバッジエネルギー増幅器なのさ!」

 

 誇らしげにワタルは、この様な出来事になった種を明かす。

 ジムバッジには、エネルギーという形でポケモンに何らかの影響力を有しており、かつてサカキ率いるロケット団もその力を増幅させて利用しようとしていた時期がある。

 

 ワタルは七つのジムバッジを手に入れていたが、最後の一つであるグリーンバッジだけは、所持者であるサカキが行方不明な所為で入手に手間取っていた。

 イエローは二人が何を言っているのか理解できなかったが、ワタルが追い詰められた様に見せ掛けて上手くサカキを利用したことだけは理解出来た。

 

「俺は既にお前のバッジを除いた七つのジムバッジを集めている。全てのバッジが共鳴し合って膨大なエネルギーを生み出させる。それが俺の狙いだったのだ!」

 

 上手い具合に利用されていたことを知り、サカキは歯を噛み締めるが、イエローの視線は既に彼らよりも上へ向けられていた。放たれた膨大なエネルギーの先に、光に包まれた見たことが無い巨大な何かが飛んでいたのだ。生き物の様に見えなくもなかったが、全身が光に包まれていて全貌がよくわからないだけでなく、何より大き過ぎる。

 

「何あれ…」

「間に合ったみたいだな。あれこそ俺が探し求めていた我が野望を実現する為の切り札だ」

 

 意図せずイエローの疑問に答える形で、ワタルはサカキに語る。

 恐らくポケモンであるとは思うが、あんなポケモンが存在していたことをイエローは知らない。一体ワタルは、あのポケモンが何なのか知っているのだろうか。

 

「――幻のポケモンか」

「そうだ。未だかつて奴を操った者はいないとされる幻のポケモンだ」

 

 ワタルの答えた幻のポケモンという単語に、イエローは反応する。

 幻のポケモンと聞くと、イエローの中ではミュウと呼ばれるポケモンが真っ先に浮かぶが、あれもそれらと同等かそれ以上の存在なのだろう。

 

「共鳴し合ったジムバッジが放つエネルギーは強大だ。それだけのエネルギーを取り込んだ奴を手中に収めて、自在に操ることが出来ればカントーだけでなく世界を人間どもから解放できる!」

「!」

 

 誇らしげに語るワタルの言葉に、イエローはこれ以上無く戦慄する。

 今でも街を破壊したり多くの人々やポケモンを傷付けているのに、彼はこれら以上に酷いことをしようとしているのだ。もし幻のポケモンが、その秘めている力を行使するとなれば、それによって引き起こされる被害は想像を絶する。

 何としても止めなければならない。

 

「自在に操るか……幻と呼ばれるポケモンがお前の手に負えると思っているのか?」

「黙れ!!」

 

 蔑む様な眼差しを向けるサカキに、ワタルの怒りに応える形でカイリューが放った”はかいこうせん”は、サカキが乗るサイドンを襲う。

 辛うじて直撃は免れたが、至近距離で炸裂したことで溶岩の波に彼らは翻弄される。

 

「おじさん!」

 

 一歩間違えれば、死に直結しかねない状況であるサカキの身をイエローは案ずる。

 例え故郷を滅茶苦茶にした原因にして張本人であっても、傷付いたり最悪の事態になってしまうのがイエローは嫌だった。

 

「サイドン」

 

 溶岩の波を堪えながら、サカキを乗せたサイドンはツノを回転させて、火口内の岩壁を掘削し始めると瞬く間にその姿を消した。

 すぐに出てくるかと思ったが、それっきり彼らは姿を見せようとはしなかった。気が付けば、さっきまで火口周辺にいたはずのニドキングとニドクインの姿もいなくなっていた。

 

「臆したかサカキ! だが探し求めていた八つ目のバッジを持ってきたことだけは感謝しよう!」

「まっ、待て!」

 

 カイリューに乗ったワタルは、そのまま現れた幻のポケモンの元へと向かおうとするが、イエローは止めようとする。

 

 このまま彼を幻のポケモンの元へ行かせてはいけない。

 

 ピカチュウの”10まんボルト”を始め、一緒にいたポケモン達も持てる手段全てを使ってでも飛び上がるワタル達を止めようとする。

 しかし――

 

「邪魔をするな!」

 

 やはり彼らの前に、圧倒的なまでの力の差が立ち塞がる。

 仕掛けた技は全て打ち破られ、体を張ってでも止めようとしても押し退けられたり蹂躙される。

 

「うわっ!!!」

 

 まるで歯が立たない。

 イエローとポケモン達はカイリューの攻撃の余波を受けて、吹き飛ばされた体を岩肌に強く打ち付ける。一通り動けなくなったことを確認すると、もう用は無いと言わんばかりにワタルはカイリューと共に幻のポケモンの元へと飛んでいく。

 

「ぅ…み、皆」

 

 バッジが放つ光に照らされながら、イエローは傷付いた体を震わせながら持ち上げると、ピカチュウや他のポケモン達も傷付いた体を起こしてでも寄り添う。

 

 飛んで行ったワタルを追い掛けようにも、自分には空を飛べるポケモンはいない。

 これ以上彼が誰かを傷付けるのを、同じトキワの森の力を持つ者として止めたい。

 そう決意してここまで来たというのに、自分は何も役に立てていない。

 カツラ、アキラ、敵であるサカキさえもワタルを追い詰めたのに、自分はただ出向いてはやられているだけ、説得も何もできていない。

 

「ピカ…皆……僕欲しいよ。皆の様に戦う…いや…皆を守る力が…」

 

 彼らに語り掛けながら、イエローの目から涙が零れる。

 同じ力を持つワタルは、自らの考えが正しいのを無理矢理にでも周りに知らしめるだけでなく実現出来るだけの力を持っている。だけど自分にはワタルが言っていた様に、自らの考え――信念と呼べるものを貫き通すだけでなく、実現していくだけの力は無い。

 

 どれだけ自分が正しいと信じていても、力が無ければ通じないだけでなく貫き通せない。

 

 力を持つことは戦う事、傷付ける事に繋がるので忌避していたが、その力が無ければ如何にもならない辛い現実をイエローは突き付けられる。

 

 ポケモンは友達、憧れの人からそう教わったのを胸に今日まで戦い、そして説得してきたがワタルは考えを改めてくれない。

 レッド達からは、ワタルを止められるとしたら自分が一番であると期待して貰っているのに、その期待に応えることも出来ない。

 このまま諦めたくは無い。だけど、もうどうすれば良いのかイエローにはわからなかった。

 

「諦めるなイエロー!!!」

 

 その時、聞き覚えのある憧れの人物の声が、イエローの耳に届いた。

 涙で濡らした顔を上げると、プテラに肩を掴まれた状態でレッドが目の前を飛んでいた。

 

「レッド…さん」

「まだ間に合う! やれるだけの事を俺達と一緒にやろうイエロー!!!」

 

 手を差し伸べて、レッドは力強くイエローに呼び掛ける。

 今一番会いたいと思っていた憧れの人物が目の前にいるのが信じられなくて、イエローはただ見つめるしか反応出来なかったが、彼の後ろから二つの影が続けて飛び出した。

 グリーンとブルーを乗せたリザードン、どこかゲッソリとしながらも瞳に宿った意思は潰えていないアキラを抱えたカイリューだ。

 皆各々の戦いを制したり、ある程度傷や疲れを癒してこの場に駆け付けてきたのだ。

 

「レッドの言う通りだ。このくらいで諦める程度に鍛えた覚えは無いぞイエロー」

「無理難題を押し付けたと思ってるけど、貴方の力が必要なのよイエロー」

「俺はともかく…ゲホ…レッド達がいるんだ。もう恐れる必要も泣く必要も無いよイエロー」

 

 後から来た三人も、それぞれの形でイエローを励ます。

 彼らはまだ、力が足りないだけでなく不甲斐無い自分を信じてくれているのだ。

 嬉しさのあまり、さっきまで流していたのとは別の涙がイエローの目から溢れそうだったが、涙を拭う前に突然アキラを抱えているカイリューに首根っこを掴まれた。

 

「え?」

 

 戸惑う間も無く、そのままイエローはカイリューやリザードン、プテラと共に、ワタルが向かった幻のポケモンの元へと向かうことになった。

 

 実はブルーは最初アキラのカイリューに乗る予定だったが、何故か背中に乗せるのを嫌がられて今みたいな荒っぽい運び方になるので、仕方なくグリーンのリザードンになった経緯があった。何とも荒っぽい運ばれ方ではあるが、文句は言っていられない。

 風に煽られながらも、顔を濡らしていた涙をイエローは拭うと、もう一度光に包まれた幻のポケモンを見据える。

 

 もう既に、先程までの悲観的な考えは一切頭の中には浮かべていなかった。

 

 飛び上がった三匹と五人は、幻のポケモンの元に辿り着くと、先に来ていたワタルは彼らの姿を目にして忌々しそうに表情を歪ませる。同じ力を持つ以外は取るに足らない存在と考えていた相手だけでなく、最も警戒すべき三人と最も苛立つ存在が来たのだ。

 

「何をしに来た!!」

 

 ワタルの怒号に反応する形で、彼のカイリューは口を開く。

 恐らく先手を取って”はかいこうせん”を放つつもりなのだろう。

 そう考えたアキラのカイリューは回避しようとするが、突然イエローは声を上げた。

 

「アキラさん、僕をワタルに投げ付けて下さい!」

「へ?」

 

 イエローの頼みに、アキラは勿論レッド達も驚く。

 声色からして一切の迷いが無いのはわかったが、一体何を考えているのかわからなかった。しかし、彼らが戸惑っている間にも、ワタルが連れているカイリューが”はかいこうせん”が放ってきた。それを見て、アキラのカイリューは彼の判断を待たずに、言われた通りイエローをワタル目掛けて力任せに投げ飛ばした。

 慌てたアキラが無理をして何か文句を言っているが、カイリューはイエローに先程のサンドパンと同じものを感じたからだ。

 

「イエロー!!!」

 

 だけどカイリューは理解できても、他の四人はそんなことを全く知らない。

 投げ付けられたイエローに手を伸ばしながらレッドは叫ぶが、届くはずも無く”はかいこうせん”に呑み込まれる。その瞬間、”はかいこうせん”のエネルギーは爆発するのでもイエローを吹き飛ばすのでも無く、突如として拡散していった。

 

「何?」

 

 その光景から、イエローが”はかいこうせん”を防いだのだとワタルは目を瞠る。

 一体どんなカラクリがあるのかと見てみると、イエローの目の前にはトランセルと呼ばれる蛹の様な姿をしたポケモンが盾になっていた。あのキャタピーがこの土壇場で進化したのかと考えたが、その後ろにいたイエローの雰囲気がさっきまでとは異なるのに気付いた。

 

「僕は絶対ワタルを止める。でも…今の僕らの力では無理だ」

 

 自分一人の力で挑んでダメならば仲間達の力を借りる。

 ポケモンを連れる者なら当たり前の発想であり、ポケモンを連れる者でなくても皆何かしら誰かの助けを借りてきている。

 先程まで、イエローはワタルには全く手も足も出なかった。

 それは自分達の力不足と考えていたが、実際は違う。

 既に皆、更なる力を得る可能性を秘めていたのに、力が増すことで戦いが激しくなるだけでなく傷付く存在が増えるのを恐れて使わなかっただけだ。

 

「だから皆、僕に力を貸して!」

 

 ポケモン達に秘められた力の全てを解放する決意を固めたイエローは、自らの願いと想い叫ぶと、ボールの中にいたポケモン達は弾かれた様に飛び出した。

 

 彼らは全員、イエローがこの戦いが終わるまでの間に借りているレッドのポケモン図鑑を使って進化キャンセルをし続けてきていた。だけど今、イエローの想いに応える様にその姿を瞬く間に極限の姿へと変化させ、進化したばかりのはずであるトランセルからもバタフリーが誕生して、イエローの翼となった。

 

「一気にバタフリーに進化!? いや、同時進化だと!?」

 

 イエローとそのポケモン達が起こした奇跡に、ワタルは驚く。

 ポケモンが何らかの影響で急激に進化することはあるが、複数のポケモンが連続進化だけでなく一気に最終進化形態へと至るのは知らない。

 他の四人もこの奇跡に驚いていたが、同時にある事も確信した。

 

 これが最後の戦いであることに。




参戦したサカキはワタルを追い詰めるも上手い具合に利用されてしまい、イエローは絶望の淵に落とされるが、駆け付けたアキラとレッド達の手助けを受けて本当の意味で覚悟を決める。

遂に第二章終盤、ラストバトルです。
イエローが手持ちの進化を望まなかったのは、姿が変わるのに慣れていないのもあるけど、それ以上に強くなる=戦いが激しくなるって考えている面もあるのではないかと個人的には思います。
でも力が無いと、どれだけ正しいと信じていても通じないと言う現実。
「力無き正義は無力である」とは言いますが、難しい問題です。

原作では短かったワタルvsサカキを少し長めに描写。
サカキがじめんタイプを連れてバトルをするのって意外と少ないんですよね。殆どがパルシェンなどの専門外ばかり(ゴローニャはベストメンバーに入らないのか?というツッコミは無しでお願いします)
後、”げきりん”がオーラみたいに纏う扱いだからなのか、自分の中ではかなり万能技化しつつあります。


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ラストアタック

 イエローと一緒にいたポケモン達が起こした奇跡に、初めは驚いていたワタルではあったが、冷静に考えればここは足場の無い空だ。

 今進化したバタフリーは空を飛べるが、それ以外のポケモン達は今勢いでこちらに向かってきているだけ、避けるなり返り討ちにすればそこで終わりだ。

 互いに残された時間は少ない、この戦いの勝敗で全てが決まる。

 

「邪魔はさせない! こいつを手に入れてポケモンの敵である人間どもを滅ぼす!」

「違う! 人間はポケモンの味方だ!」

 

 ワタルの叫びに、イエローも大きな声で反論する。

 最後の最後まで双方は歩み寄る事は無く、意見がぶつかり合うだけだった。

 それを合図に、進化したイエローのポケモン達はワタルが乗るカイリューに一斉に戦いを挑む。

 ドードリオは三つの頭でそれぞれ”ドリルくちばし”を仕掛けようとするが、触角から放たれた電撃で弾かれる。次にオムスターが”れいとうビーム”を放つが、”だいもんじ”の炎に押されて相殺されてしまう。

 

「っ! まだだ!」

 

 勢いを失って落ちていく彼らをイエローは上手くボールに戻すと、今度はピカチュウが”10まんボルト”を放つが、これもカイリューが放った”はかいこうせん”と激しくぶつかり合う。その隙にラッタとゴローニャの二匹は、ワタルのカイリューに”たいあたり”を決める。普段ならそこまで響かないが、特にゴローニャは進化したことで一時的に力が増しているのとカイリューは限界まで体を酷使しているなどの条件が重なり、重い一撃だった。

 意識が一瞬飛んでバランスを崩すが、すぐさまカイリューは立ち直ると太い尾を二匹にぶつけて叩き落す。

 

「ラッちゃん! ゴロすけ!」

 

 このまま落ちたら、煮え滾るマグマに満たされている火口に落ちてしまう。

 仮に火口へ真っ直ぐ落ちていくのを免れても、この高さから落ちたら無事では済まない。モンスターボールに戻そうにも間に合わないと感じた時、アキラを抱えたカイリューが素早く回り込み、巨体を活かして巧みに二匹を受け止めてくれた。

 

「ありがとう!」

 

 助けてくれたことにイエローは感謝する。これで目の前の戦いに専念できる。

 希望を胸に、再び挑んでくるイエロー達の姿にワタルの苛立ちは頂点に達する。

 同じ力がある以外は何一つ特別でないどころか、弱いクセに何度潰しても屈しようとしない。

 今度はポケモンだけでなくイエロー本人も狙おうとした時、レッドを掴んだプテラが立ちはだかった。

 

「退け!」

「退くもんか!!」

 

 短いやり取りの後、彼らは問答無用で互いに激しく激突するが、レッドに気を取られたワタルは背後にリザードンが回り込んでいたことに気付くのが遅れた。

 

「リザードン、”かえんほうしゃ”!」

「カメちゃん、やっちゃえ!!」

 

 リザードンは口から火炎を放ち、ブルーが投げたボールから飛び出したカメックスは腕を引いてカイリューに迫る。

 背後に二人と二匹、正面にはレッドにプテラ、その彼の後ろには受け止めたゴローニャとラッタをイエローの元に返すカイリューと抱えられたアキラの姿。彼らの組み合わせを見て、ワタルの脳裏に先程のクチバ湾での戦いが過ぎった。

 またしても自分は彼らの前に屈することになるのか。

 

「うおォォォォォ!!!」

 

 今度は、絶対に負けない。

 魂の底から引き出した様なワタルの雄叫びと共に、カイリューは先程サカキのポケモン達を蹴散らした周囲に衝撃波を解放する形で”げきりん”を放った。緑色の激しいエネルギーの衝撃波を受けて、近くにいた三人とそのポケモン達は吹き飛び、エネルギー波はイエローとアキラにも迫る。

 

「イエロー下がれ!」

 

 この場にいるだけでも苦しそうにしていたアキラが声を荒げると、カイリューはイエロー達を背中に回して、彼らを衝撃波から守るべく盾になった。

 最初は堪えるつもりだったが、踏ん張りが利かない空なのもあって結局彼らも衝撃波の影響で、先に落ちた三人の後を追う様に落ちていく。

 

「アキラさん!」

「余所見をしている場合じゃ無いぞ!」

 

 腕を振ってきたカイリューの攻撃を、イエローはギリギリで避ける。

 もう一度ボールに戻した仲間達を出したいが、もう周りには自分とワタル以外飛んでいない。もしボールに戻す機会を逃してしまえば、今度こそ危ない。

 可能な限り頭を回転させるが、イエローの脳裏にハナダシティのカスミの屋敷で一緒に特訓した三人の姿が浮かんだ。

 

「ピーすけ!」

 

 イエローの翼となっていたバタフリーは、呼び掛けに応じて翼から鱗粉の様なものをカイリューに向けて撒き散らし始めた。ワタルは口元を隠すが、風の流れに乗って周囲に広がる色鮮やかな粉を浴びてカイリューの表情は歪む。

 ”どくのこな”に”しびれごな”、”ねむりごな”など三種類の状態異常にする粉技を同時に放っているのか、攻撃技では無いはずなのに限界寸前のドラゴンポケモンの意識は揺らぐ。

 

「しっかりするんだカイリュー!! この程度お前なら問題は無い!!」

 

 忠誠を誓っている主人の鼓舞を受けたカイリューは、力を振り絞って粉を振り払うと同時に撒き散らしてくる元凶に突進するが、イエローの肩に乗っていたピカチュウが飛び上がる。

 

「”10まんボルト”だピカ!!!」

 

 放たれた強烈な電撃が一直線に飛んでいくが、カイリューは避ける。

 だが、本当の狙いは彼らでは無かった。

 放出された電気エネルギーが、バタフリーが撒き散らした粉に接触した途端、粉は粉塵爆発を起こして連鎖的に炸裂し始めたのだ。激しい爆発の嵐にカイリューとワタルは瞬く間に包まれ、イエローも辛うじてピカチュウを受け止めるが爆風でバタフリーと一緒に吹き飛ぶ。

 

 かなり手荒いと認識しているが、やれるだけのことを尽くすとイエローは覚悟を決めている。

 爆煙の中からカイリューが一瞬落ちていくのが見えたが、すぐに体勢を立て直すとイエロー達に襲い掛かった。

 

「この程度で俺達を倒せると思ったか!!」

 

 カイリューとワタル、既にどちらも満身創痍と言っても過言でない程にボロボロであったが、鬼気迫る気迫でイエロー達に迫る。

 振るわれたカイリューの尾を再びボールから飛び出したゴローニャが受け止めるが、他のポケモン達が攻撃を仕掛ける前に、カイリューは荒々しくメガトンポケモンを投げ返す。

 

「もうすぐだ! もうすぐ幻のポケモンがバッジのエネルギーを吸い尽くす!」

 

 ワタルから仕掛けられる攻撃の対処に精一杯だったが、彼の言葉からイエローは幻のポケモンの存在も思い出す。仮にワタルをここで止めることが出来ても、彼が求めている存在も如何にかしなければならないのだ。

 

「今度こそ…今度こそ人間どもからポケモンを解放できる!」

 

 それこそ彼らにとって長年の悲願、カイリューも持てる力の全てを駆使して主人と共に目指した野望を実現させるべく戦う。文字通り、命を削るのを躊躇わないワタル達の猛攻にイエロー達は押される。

 ポケモン達が進化したおかげで、彼らは先程よりはずっと渡り合えていたが、それでもワタル達の力には押されて防戦一方だ。

 一体どうすればこの状況を打開できるのか。

 

「!」

 

 他の事を気にしていられないギリギリの状況であるにも関わらず、イエローは唐突にある事に気が付いた。無意識の内に自分が持つトキワの森の力を使っていたのか知らないが、肩に乗っているピカチュウの思考が頭の中に流れてきたのだ。

 この戦いと自分が旅に出る切っ掛けとなったオツキミ山で起きた戦い、その時起きたジムバッジが集まった時に発生するエネルギーの強大さ、そしてその対抗策。

 

 集まってしまったエネルギー自体はどうしようも無い。

 ならばそれ以上のエネルギーをぶつけて吹き飛ばす。

 そうすればワタルの野望を止められる。

 

 単純明快な方法ではあるが、これ以上無い有効な策だとイエローは考えた。

 しかし、問題はここまで膨れ上がったエネルギーを吹き飛ばせるだけの莫大なエネルギーをどこから得るかだ。

 

「どうすれば…」

 

 思わず呟いてしまうが、それ以上イエローは弱音を吐かなかった。

 歪んだ野望の為とはいえ、ワタルは命懸けで挑んできているのだ。ならば自分達も彼らを止めたいのならば、命を賭けて戦う。決意を新たにイエローとポケモン達はワタルとカイリューに挑んでいくが、折れた右腕をギプスしていた糸が解れているのには気付いていなかった。

 

 

 

 

 

「皆大丈夫か!」

 

 肩を掴んでいるプテラから離して貰うと、レッドは手足の痺れを感じながらも落下した他の仲間達の元へ駆け寄る。

 

 ワタルのカイリューが放った”げきりん”によって、イエローを除いた四人は火口周辺に落とされていたが、幸い全員無事であった。

 ひこうタイプを持っていないブルーは、乗っていたカメックスの肩にあるキャノン砲から水流を放った勢いを利用して無事に着地し、リザードンやカイリューも空中で体勢を立て直した後、安定した形で地表に降りていた。

 問題があるとしたら、ただでさえ体調が良くないのに無理をしたのが祟ってアキラの顔色が更に悪くなっていることだが、恐らく大丈夫だろう。

 

「もう一度イエローのところに向かうべきね」

「あぁ」

 

 ブルーの意見に、グリーンは同意する。

 弱っているとはいえ、自分達を一蹴した様に相手は四天王最強の存在だ。

 急いで戻って、もう一度イエローの加勢をして加勢しなければ危うい。

 リザードンとカイリューは翼を広げて今にも飛び上がりそうだったが、ある物がレッドの目に入った。

 

「待ってくれ皆!」

 

 しかしリザードンは止まったものの、カイリューだけは彼が声を上げたことに気付かなかったのか、アキラを抱えたままあっという間に再び飛んで行ってしまった。

 レッドは頭を抱えるが、悩んでいる暇は無いとすぐに切り替えて、わざわざ呼び止める切っ掛けとなった物を掴んで引っ張ってくる。

 それは細長い糸の様なものだったが、その糸が何なのかレッド以外はわからなかった。

 

「あのエネルギー……見覚えがある」

 

 大きさと量は違うが、レッドから見てみるとアレはオツキミ山で四天王が繰り出した三位一体の攻撃に酷似していた。あの時は、突然だったのや追い詰められていたので対抗策が見出せなかったが、今ならわかる。

 

「何とかして、あれ以上のエネルギーをぶつけることが出来れば、奴らの野望を止めることが出来ると思う」

 

 彼が何を言っているのかブルーにはわからなかったが、聡明なグリーンはすぐに理解した。

 今上空で戦っているイエローとワタルの頭上には、光に包まれた見たことが無いポケモンが集められたエネルギーを吸収している。恐らくあのポケモンこそが、四天王達が自分達の野望を叶える為に準備した切り札的な存在で、上手く操ったり力を発揮させるにはエネルギーが必要なのだろう。

 

 ワタル達が集めたエネルギーを吹き飛ばすことで、これ以上のエネルギー吸収を阻止する。

 それが今、自分達に残された四天王の野望を阻止するのに最も有効な手段だ。

 

「つまり、この糸を伝って俺達のポケモンが放つエネルギーをイエローに送るってことか」

「そうだ。複数のタイプのエネルギーが合わさったエネルギーを使えばワタル達に対抗出来るはずだ」

 

 連れているポケモンが秘めている各タイプのエネルギーを一匹のポケモンに託す。

 そんなことをしなくても自分達が再び最終決戦場へと戻って、各タイプのエネルギーが合わさった攻撃をする手もあるが、あの様子では最終決戦場へと戻っても手遅れになってしまう可能性が高い。その為、必然的にイエローにこの重大な役目を託すことになる。

 

 イエローが送ったエネルギーをちゃんと活かせるかの懸念は無かった訳では無かったが、それでも彼らはイエローを信じた。

 旅に出てから一度も屈することなく、今日まで戦い抜いて来たのだ。

 今回も必ず成し遂げてくれるはずだ。

 レッドがフシギバナを出すと、既に出ていたリザードンとカメックスも糸の前に構える。

 

 これで全てが決まる。

 

「フッシー!」

「リザードン!」

「カメちゃん!」

 

 名前を呼ばれると同時に三匹は、一斉に各々が覚えている各タイプのエネルギーを放つ。

 フシギバナが有する草のエネルギー、リザードンが備える炎のエネルギー、カメックスが持つ水のエネルギー、それら三タイプのエネルギーは糸を這う様に螺旋状に伝っていく。

 

「あれ…は…」

 

 三色の色鮮やかなエネルギーが昇っていくのを息絶え絶えのアキラは目にするが、それが一体何なのか理解する前に、最終決戦場へと真っ直ぐ飛んでいるカイリューを追い越す。

 そして三タイプのエネルギーは、瞬く間に糸の元であるイエローの元へ届けられた。

 

「これって…」

 

 普通なら送られてきたエネルギーを受けたら無事では済まないが、彼らが送って来たエネルギーは強大でありながらも優しくイエロー達を包み込む。

 送られてきたエネルギーの影響を受けているのか、ピカチュウは何時も以上に頬から火花と電流を散らし始める。

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウの様子を見て、イエローは決心する。

 

 ワタルを止める為にも皆を守る為にも、これで全てを終わらせる。

 

「させるかァァァァァ!!!」

 

 イエローが何をしようとしているのか悟ったのか、ワタルのカイリューはイエロー達目掛けて”はかいこうせん”を放つ。

 彼らは知る由も無かったが、それはただの”はかいこうせん”では無く、バッジエネルギーの影響を受けた普段以上に強力な”はかいこうせん”だった。レッド達から託されたエネルギーを得たピカチュウは、迫る光線も含めて纏めて吹き飛ばすつもりではあったが、速過ぎるだけでなく自らの力の解放に手間取ってしまう。

 

「止めろリュットォォォーーー!!!」

 

 声帯が破れるのでは無いかと思ってしまう程の大きな声を、カイリューに抱えられる形で最終決戦場へと急行しているアキラは、弱っているにも関わらず上げた。

 このままではイエローがやられてしまう。

 それだけは何としてでも阻止しなくてはならない。

 

 そして止めることが出来るのは、今この場では自分が連れているカイリューしかいない。

 カイリューがすぐに応えて何とかしてくれるのかはわからないが、アキラにはもう自分を抱えてくれている相棒に縋るしか無かった。

 

 だけど彼の頼みをカイリューは、すぐに聞き入れた。

 忠誠と言う言葉が嫌いで、普段はアキラから掛けられている期待や信頼に応えることはあまり真剣には考えていないが、叫んだ理由も含めて今この時は信じてくれている彼の頼みに全力で応えようと動く。先程と違って今のアキラとは繋がってはいないが、彼の考えていること、そして意思がカイリューに伝わった。

 

 ドラゴンポケモンは、一直線に飛行しながら無理矢理引き出したのも含めて、体内に溢れる全ての力を瞬く間に口内に集約させる。それは二年前、彼がミュウツーに対して最後に放った時と同じ感覚であったが、それに気付かないままカイリューは全身全霊を込めた”はかいこうせん”に()()()()()()を放った。

 

 しかし、ロクに反動を考慮せずに解放したその力は、消耗しているだけでなく踏ん張りの利かない上空で放つにはあまりにも威力が高過ぎた。

 アキラのカイリューは持ち堪えられなくて、折角あと少しで最終決戦場へ戻れるところだったのに、逆走する様に後方へ吹き飛んでしまう。

 だが軌道が一切ブレること無く真っ直ぐに放たれた黄緑色をした光の束は、イエロー達に迫る”はかいこうせん”を呑み込む様に掻き消す程の巨大な光の柱となって、彼らを守る。

 

「バカな…」

 

 アキラ達が最後に放った技にワタルとカイリューは唖然とするが、彼らが体を張って作った時間は、イエロー達には値千金以上に価値があった。

 イエローとワタル、両者を遮っていた黄緑色の光が目の前から消え去ると同時に、肩から全ての準備が整ったピカチュウが跳び上がる。

 そしてイエローは、心の奥底から力を籠めて叫んだ。

 

「”100まんボルト”ォォォーーー!!!」

 

 アキラが稼いでくれた時間、三人が送ってくれたエネルギー全てを使い、ピカチュウは”10まんボルト”を遥かに超える眩いとしか形容し切れない電撃を放った。それはワタルとカイリューを呑み込むだけに留まらず、バッジのエネルギーを吸いに来た幻のポケモンにも直撃する。

 

 ピカチュウが放った常識外れの”10まんボルト”に良く似ていながらも全く別次元の威力を有する技に、ワタルとカイリューは体が光の中へと消えていくのに抗うも抗い切れない。

 

「……ここまで…か…」

 

 脳裏に野望を抱く切っ掛けから今にまで至るまでの流れが走馬灯の様に駆け巡り、彼は自らの敗北を悟り、カイリューと共に眩い光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 放たれた膨大な電撃の様なエネルギーが上空に集まっていたエネルギーにぶつかった瞬間、双方のエネルギーは拡散する様に弾け飛んだ。

 その弾け飛んだエネルギーはスオウ島全体のみならず、遠く離れたカントー本土にも光として降り注いでいき、レッド達三人は一連の光景を見届けていた。

 

「……綺麗な光だな」

「あぁ」

「何だか良い気持ちになれるわ」

 

 スオウ島にある山の頂上付近にいた三人は、太陽の様に周囲を照らしながらも雨の様に降り注いで来るエネルギーを穏やかな表情で眺めていた。

 さっきまであれだけ荒々しいエネルギーだったのに、今では浴びる者には穏やかな気持ちになるのを感じさせる安らぎを与えてくれる。しかし、彼らが落ち着いて降り注ぐ光とエネルギーを見ていられたのはそこまでだった。

 

 放たれる光に紛れて一際濃い影が何やら見えたと思った瞬間、その影は弾丸の様なスピードで山が揺れる程の勢いで頂上に落ちてきたのだ。

 レッド達は急いで落下現場へと向かうが、舞い上がった小石と砂埃が晴れると、そこにはアキラを抱えたカイリューが仰向けに力無く倒れていた。

 

「アキラ! カイリュー!」

 

 ブルーは思わず口元を手で抑えるが、レッドとグリーンはカイリューが落下した時の衝撃で出来た小さなクレーターに飛び降りると、中心に倒れている彼らに駆け寄る。

 

 ただでさえ彼らは、自分達以上に限界まで戦っていたのだ。最後に一瞬だけ見えた光の柱を彷彿させる黄緑色の光も、恐らく彼らが何らかの力を発揮したものだろう。

 レッドよりも先にグリーンは彼らの状態を確認するが、両者とも意識は無かった。

 最悪の考えが頭を過ぎり、続けて彼は彼らが息をしているのかや脈も確かめようとした時、呻く様な声が聞こえるのを耳にした。

 

「アキラ?」

「ぅ…う~ん…」

 

 若干苦しそうにしながらもアキラは目を開くと、そのまま下敷きになっているカイリューの腹の上で起き上がった。さっきまで腕を動かすどころか、首を回す事さえも一苦労だったのを見ていたレッドは、彼の動きに慌てる。

 

「アキラ、無理して体を起こすな。腹の上に乗っているカイリューには悪いかもしれないけど」

「確かにまだ体は重い上に苦しいけど、何だか少しずつ気分が良くなってきた」

「え?」

 

 ぼんやりと遠い目ながらも心地良さそうに告げるアキラに、三人は呆気に取られる。

 事実、上空から降り注ぐ光を浴びている内に、彼は体の調子が良くなっていくのを感じていた。それは自らが下敷きになってでも守ってくれたカイリューも同じなのか、ドラゴンも意識を取り戻すと、アキラが滑り落ちるにも構わず体を起こす。

 滑り落ちてしまったアキラだが、体を地面に打ち付けた際に全身にかなり響いたのか、さっきまでとは一転して悶絶してレッドとグリーンの呆れを買っていた。

 

「あら?」

 

 ブルーも安心しながらも呆れた様子で見ていたが、何かに気付いたのか足元に目を向けながら一歩下がる。

 そこには、さっきまでは無かった一輪の小さな花が咲いていたのだ。

 

 しかも花は彼女の足元だけでなく、気が付けば荒れた岩肌であるにも関わらず、小さな植物がそこかしこに育ち始めていた。どうやら今上空から降り注いでくるエネルギーは、自然界に存在するあらゆる物に何らかのプラスとなる影響力を持っており、アキラや草木はその恩恵を得ているのだろう。

 

「”100まんボルト”か……まさか新しい技を編み出すなんて、全く予想していなかった」

 

 ようやく痛みが引いて、フラつきながらもカイリューと一緒に立ち上がったアキラは、今も最終決戦場から放たれている光の元へ目を向ける。

 名称的にも単純に”10まんボルト”を10倍にした威力のイメージがあるが、意識が飛ぶ前にイエローが叫んだ初めて聞く技名にアキラは興味津々だった。

 ゲームなどに出てくる技の殆どは覚えているつもりではあるが、この土壇場にイエローが編み出したオリジナル技なのだろうか。

 

「いや、今までに無い技なのは確かだが再現性は無い。新しい技とは言いにくい」

「そんな固いことを言うなグリーン。ロマンが無いだろ」

 

 真面目に新技認定基準らしきことを語るグリーンに、レッドは軽く指摘する。

 どうやら新しい技と認められるには必要な要素があるらしいが、そんなこと関係無く普通の技を超えた技の存在にアキラは惹かれていた。さっきカイリューが放った技も、見慣れた”はかいこうせん”みたいなものであったが、色は”げきりん”を彷彿させるなど、両方の特徴を兼ね揃えている様にも見えなくも無かった。

 

 名前を付けるとしたらどちらにするべきか、それとも正式に認められなくても良いから個人的な範囲内で良いから別の名称を付けちゃっても良いのか、ロマンある想像に頭を膨らませる。

 そんな男子三人のやり取りに、ブルーは呆れたように息を吐く。

 

「ちょっと貴方達、イエローが放った技に関して考えるのは後回しにして、迎えに行った方が良いんじゃない?」

「え? あっ、そうだな」

 

 上を見上げているブルーにレッドも同意してプテラに掴まると、まだ上空にいるであろうイエローを迎えに行く。その様子を見て、アキラは一旦”100まんボルト”に関する事は頭の片隅に置き、安心した様に息を吐く。

 

「エネルギーも弾け飛んだし、これで一件落着ね」

「そうだな。イエローも、まだ小さい女の子なのに良くやってくれたよ。本当に」

 

 感慨深そうにアキラは呟く。

 周りに助けられたとはいえ、ポケモンバトルを本格的に初めてまだ数カ月であるのに、イエローはワタルという強敵を打ち負かしたのだ。

 トキワの森の力という特殊な才能を有していることを考えても、その成長ぶりは凄まじい。

 仮に同じ才能を他の者が持っていたとしても、イエローであったからこそ成し遂げられたと言っても良いだろう。

 

「――そういえばアキラ、気になる事があるんだけど」

「気になる事って?」

「貴方は何でイエローが女の子なのを知っているの?」

 

 敵を含めた他者に侮られない様に、と女の子であるのを隠して男の子として振る舞う様にブルーはイエローに指導している。実際その指導が功を奏したのか、イエローが女の子であるのは勘の鋭いグリーンを含めた一部しか知られていない。

 こう言ってはあれだが、アキラはそんなに鋭いとは思えないのだ。

 一体どうやって彼女が女の子であるのを見抜いたのか、ブルーは気になっていた。

 だが彼女の疑問に、アキラは疲れた様な反応を見せる。

 

「別に良いじゃんそんなの。どこか男っぽく無かったし」

「それだけ?」

「他にもあるけど、男っぽく無いだけでも十分だよ。それよりレッドにイエローが女の子なのを教える?」

 

 まさか漫画を通じて知ったなど言う訳にはいかないので上手く誤魔化すが、アキラ的にはこっちの方が気になっていた。グリーンは面倒だから黙っているが、このままだとレッドはジョウト地方での戦いが終わる直前までイエローが女の子、それもかつて自分が助けた子であることに気付かないままだ。

 しかしブルーは、アキラが尋ねた内容について首を横に振る。

 

「いやいやしないわ。だって――」

「だって?」

「黙っていた方が面白いもの!」

 

 上機嫌にブルーは笑い始めるが、そんな彼女にアキラは呆れた様な眼差しを向けるのだった。グリーンも笑っている彼女に「うるさい女だ」と呟く。

 面白いからという理由だけで真実を隠される、何かとレッドが彼女に振り回される理由が良くわかった気がする。

 

「おーーい! 皆ーーっ!!」

 

 自分が仲間外れにされているとは露も知らずに、レッドは頂上にいる三人に呼び掛けながら、緊張の糸が途切れて眠っているイエローを腕に抱えて戻って来た。

 

 彼らの様子にブルーは更に上機嫌で出迎えるが、女の子だと知っていたら絶対にしないであろう抱え方をしていた彼にアキラとグリーンは視線を交わすと、互いにレッドの鈍さに肩を竦めるのだった。




ワタルとの最終決戦、各々が持てる力の全てを出し切った結果、イエローとピカチュウが繰り出した大技によって終止符が打たれる。

初期設定ではエネルギーを送るのにカイリューも加わる予定でしたが、三位一体にもう一匹増えたら上手くいくのかどうか変な方に考え始めた結果、後に繋がるのを考えて今回の様な流れになりました。

ワタルは二章では傲慢でプライドが高い青年な印象が強いですが、今回の戦いの中で得た結果と経験を敗北も含めて受け止めたことで、三章と九章で描かれた多少は落ち着きのある成熟した人間へと成長したのではないかと思います。

第一章の頃とは違って、初めてアキラ達は自らの意思で地方の命運を賭けた大規模戦闘に参戦しましたが、気付いたら四天王が最初から本気を出したことで、原作よりも傷を負っている扱いにしているレッド達以上にボロボロになっているのに見直している時に気付きました。
昔よりは強くなっているはずなのと流血までには至っていないのですけど、作者である自分ですら、彼の今後が心配になります。

次回で第二章完結です。


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新たな目標へ

「やれやれ、ワタルは負けたみたいね」

 

 スオウ島から弾けたエネルギーがカントー中に降り注いでいた時、一人遠くに逃れていたキクコは、空の光景からワタルが失敗したのを悟っていた。

 

 歯向かう者達を消耗させようと差し向けた軍勢のポケモンはやられてしまい、自分も敗北を受け入れてここまで来た。オーキドを見返そうと、長い時間と月日を掛けて練りに練って来た計画を孫とその仲間達に台無しにされた。

 その事実が頭に浮かぶ度に怒りが湧き上がってくるが、それは直ぐに萎びてしまう。

 

「もう年か…」

 

 普段の強気な顔付きから一転して、珍しく弱々しい表情を浮かべながらキクコは呟く。

 かつて輝いていた時代、青春とも呼べる時代が自分にもあったが、友人の一人が心を閉ざしてから自然と皆疎遠になってしまった。オーキドはその中でも最後まで付き合いがあったが、結局考えの相違で喧嘩別れをした。

 

 昔の友人達との交流を断ってまで、一体何を目指してここまでやってきたのか。

 急にオーキドを見返す為に今までやってきたことが、アホらしく思えてきた。

 

 気が付けば、スオウ島から放たれているエネルギーの影響によるものなのか、さっきまで荒地だった場所は草が広がる草原へと変わっており、座るのに丁度良さそうな岩にキクコは腰掛ける。オーキドは孫と言う形だけでなく、様々な形で自らの足跡やそこに居た証を残しているのに、自分はどうだ。

 

 何も残せていない。何一つだ。

 

「随分と無駄な時間を過ごしてしまったわね」

 

 もう昔の様にはやれない。ここらが潮時かもしれない。

 ポケモンを操る研究に力を入れたのも、四天王を結成したのも、もしかしたら何らかの形で自らが居た証を残したかっただけなのかもしれない。僅かに残っていた今日までキクコを動かしていた原動力である悔しさも消え去り、この後はどうしようか考えていたその時、老婆の頬を生暖かい空気が撫でた。

 

 異様な気配を感じて振り返ってみると、何時の間にか背後から濃い紫色の霧の様なものが広がっていたのだ。それに対して、キクコは驚愕を露わにしつつも逃げる素振りは見せず、そのまま広がってくる霧の中へと姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 青空が広がるタマムシシティに設けられたタマムシ病院。

 病院の規模や設備も含めてカントー地方最大の病院として有名であるが、その正面玄関の自動ドアが開き、中から包帯やギプスなどの治療の跡を窺わせる若い少年少女の集団が出てきた。

 

「また車椅子で生活かと思ったけど、思ったよりも軽くて良かったよ」

「俺達の中で一番ダメージが大きかったのに軽いって訳は無いだろ。それに入院して数日は車椅子だっただろ」

 

 出てきた集団の中で誰よりも体の至る所に包帯を含めた怪我の跡を残しているにも関わらず明るいアキラに、彼よりは目立っていないが頬に大きな絆創膏を貼っているレッドは苦笑する。

 初めて会った時から今に至るまでそうだが、彼は昔から手持ちの関係もあって日常的に怪我をするだけでなく、こういう大怪我を負う様な痛い目によく遭う。加えてあまりにも頻繁に怪我をしている所為なのか、言動からして負傷度合いの判断基準や感覚が少し麻痺気味だ。

 

「でも皆無事で良かったです」

 

 右腕を包帯で垂れながらもイエローは笑顔で話す。

 ワタルとの戦いで右腕が折れる大怪我を負ってしまったが、幸いそれ以外の怪我は擦り傷だけなど軽いものであった。一緒に出てきたグリーンも、多少治療の跡を窺わせながらもまだ癒えぬ打撲痕が目立っており、唯一ブルーだけは軽い治療だけで済んでいるので殆ど変わっていなかった。

 四天王との戦いが、どれだけの激戦であったのかを彼らの体に残っている傷が物語っていたが、これらの傷跡は時が経つにつれて消えていくだろう。

 

 スオウ島での戦いが終わって一週間、四天王軍団の襲撃によってクチバシティの被害はかなりのものだったが、今は各町からの支援を受けて早速復興準備に掛かっている。

 

 アキラ達五人もカツラと合流すると一緒に島を離れて、クチバシティで四天王軍勢との戦いを制した他のジムリーダー達と合流、そしてそのままタマムシ病院へと半強制的に入院させられて今日までこうして病院で過ごしていた。

 ようやく退院の許可が下りたが、外に出るとエリカを始めとした正義のジムリーダー達にオーキド博士、ヒラタ博士などの五人に関係のある人達が揃って待っていた。

 

「五人とも退院おめでとう! 元気そうで何よりじゃ!」

「退院おめでとうございます!」

「「「おめでとうございます! アキラ名誉総長!!!」」」

 

 オーキド博士達は嬉しそうにしていたが、彼らのお祝いの言葉は近くに勢揃いしていた柄の悪そうな集団の無駄に威勢の良い声に掻き消されてしまい、笑顔から一転してアキラは思わず頭を抱えた。

 

 無法者集団ではあるが、この前のクチバシティでの戦いも含めて、彼らの存在は何かと役立っているのをアキラは知ってはいるのだが、もう少し場の雰囲気を読んでくれないものか。

 今後彼らとはどう付き合っていくべきなのか悩んでいた時、両手に大きな花束を抱えた従者を連れたエリカが五人の前に進み出た。

 

「はい。お祝いの花束ですわ」

「ありがとうございますエリカさん」

「ありがとうエリカ」

「凄く綺麗な花束ね」

「感謝する」

「あっ、ありがとうございます」

 

 アキラから順に、レッド、ブルー、グリーン、イエローへ彼女は花束を一つずつ五人に渡していき、渡された五人は三者三様の反応を見せた。

 

「皆さんのおかげで、今回の事件は無事に収束する事が出来ました。カントージムリーダーの長として、そして皆の代表として改めてお礼を申し上げます」

 

 花束を渡し終えると、エリカは五人を前に深々と頭を下げる。

 世間では事件が収束したのはジムリーダー達の尽力と報道されているが、少なからずレッド達の活躍も取り上げられていた。前回リーグでの優勝者と準優勝者であるレッドとグリーンはジムリーダー達と同じ扱いだったが、それ以外のアキラを始めとしたトレーナー達は勇気あるトレーナーの内の一人という風に取り扱われていた。

 

 アキラとしては、自分は戦った大勢のトレーナー達の中の一人扱いでも構わなかったが、報道を見た一部の手持ちは有名になるチャンスを逃したのが大層不満だったので宥めるのに苦労した。

 

「大丈夫よ。その内勘の鋭い記者が取材を申し込みに行くわよ」

「前もそう言っていたけど、取材ってそう簡単に来るものかな?」

 

 入院している時も困っている自分を見兼ねたブルーとレッドはそう言ってくれたが、取材自体がどういうものかよくわからないアキラは少し懐疑的であった。

 手持ちの何匹かは真に受けてウキウキしているが、そもそも取材など受けたことが無いので、来たとしても正直どう受け答えをすればいいのかわからない。

 

 折角退院出来たと言うのに、次から次に問題がアキラに降り掛かって来る。

 それらの悩みから、彼は渡された花束から香る程良い甘い香りを味わうことで一旦忘れることにしつつ、空いている片手で目を軽くマッサージをする。

 

 一週間前の戦いを終えてからも、少し集中すれば相手の動きが手に取る様にわかる目の感覚を発揮できるままであった。どうしてこうも簡単に浸れるのかよくわからないが、この感覚がもたらす恩恵がどれ程のものかアキラは知っている。

 必ず使いこなす。そうすれば、自分は更なる高みへと登り詰めることが出来るだろう。

 

 ワタルとの戦いで体が限界を迎えてしまったのを考慮すると、使いこなす為にも自分の体を今以上に鍛えることは必須であり、それが今後の課題であるのは間違いない。

 

 手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく。

 

 自らが定めたトレーナーとしてやっていく方針を思い出したアキラは、手持ちを鍛える様に自分も同じく今以上に鍛えていくべきだと、課題の克服を新しい目標に定める。

 自然と気合が入り、この集まりが解散されたら早速その計画を練ろうと考え始めるが、この場に来ていたポケモン大好きクラブ会長がカメラを取り出した。

 

「皆元気に退院出来たし、記念写真でも撮ろうではないか!」

「「「え!?」」」

「良いわね! 撮りましょう撮りましょう!!」

 

 会長の提案にアキラとレッド、イエローの三人は驚くが、彼らを余所にブルーは楽し気に面倒そうに離れようとするグリーンの腕を掴んで準備に取り掛かった。何やら記念写真を撮る流れになったことにイエローは戸惑っていたが、二年前もこんなことがあった様な気がするのをレッドとアキラは思い出す。

 

「ほらほら、ポケモン達も出して」

 

 ブルーに急かされるままに、彼らは手持ちをモンスターボールから出すが、総勢三十匹近くのポケモンが一堂に会するとかなり窮屈に感じられた。

 

 ブーバーやグリーンのポケモン達は面倒そうにしていたが、早く終わらせる為にも渋々と立ち位置に気を遣って並んでいく。ポケモン達の動きに合わせて、ブルーはグリーンだけでなくレッドの腕も掴んで彼らの間に挟まれる様に並び、イエローも顔を赤めながらもさり気なくレッドの近くに立つ。それらを見たアキラは、バランスを良くする目的で何気無くグリーンの横に移動する。

 

 その様子をジムリーダー達やオーキド博士とヒラタ博士らは笑顔で眺め、大好きクラブ会長は持っていた大きなカメラを構える。

 

「では…撮るぞ。1+1は何じゃ?」

 

 お決まりの台詞に二年前とは違い、グリーン以外の四人は笑顔で返事をすると、青空のタマムシシティでシャッター音が響いた。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「――これで、今回の講習会は終わりとなります」

 

 言葉遣いを意識しながら、アキラは前に整列しているコガネ警察署に所属している警察官達の前で終了を宣言する。

 

 ダブルバトルが終わってからすぐに、警察官の一人一人に課題の指摘や改善方法についての指導を行ったが、予定していた終了時間を何十分かオーバーしてしまった。だがその甲斐もあってか、半日程の時間しか掛けていないが、それでも講習会を行う前よりは参加者のポケモンへの理解とバトルの技量は上がっていると彼は確信していた。

 

「しかし、今日受けた内容だけで決して満足はしないでください。ポケモンの力を悪用する人は、今この瞬間も欠かさず力を磨いています」

 

 確かに可能な範囲で様々な事を教えたが、今回教えたのは基礎的な部分が中心で、応用も実戦レベルでは無い。

 何時も以上に力が入ったバトルも行っているが、それでも彼らのポケモン達のレベルは始める前と比較して2~3くらいしか上がっていないだろう。レベルが40代以上なら中々の上昇ではあるが、レベルが20代くらいではそこまで大きな上昇値では無い。精々強気なチンピラが連れるポケモン相手に、ほんの少しレベル差で優位に立てる程度だ。

 

「ポケモン犯罪と聞くとロケット団が真っ先に浮かぶと思います。実際に幾つかロケット団と対峙した場合を想定した内容も行いましたが、ポケモンを犯罪に利用する人は彼らだけではありません。そして――」

 

 力があればやれることが広がる。

 それがこの世界で、四年近く過ごしているアキラが強く感じた事だ。

 この世界での力とは、即ちポケモンに関することだ。

 ポケモンの扱いが上手いだけでも、他に取り柄が無い者でもある程度の地位が約束される。それで満足したり踏み止まる理性を持ち合わせていればいいのだが、満足しなかったり変に増長したりすると――

 

「そういう人達に限って、理不尽に強いという事がよくあります」

 

 ポケモンを使って悪事を働く者の多くは、ポケモンの扱いに長けた強豪トレーナーであったり、本人は大したことないのに中途半端に強いポケモンを連れている人間だ。

 彼らは真っ当なトレーナーとして十分にやっていけるだけの腕があるにも関わらず、それだけでは満足せずにポケモン達が持つ力を背景に、身勝手な望みを叶えようとする。ただ才能にかまけているのだったり、強いポケモンを扱っているだけの輩なら腕の立つトレーナーであれば十分に対抗できるが、残念なことに警察にはそれだけの人材は少ない。

 

 アキラは裏社会がどうなっているのか良くわかっていないが、悪事を働く者には力が何よりも大事な生きていく術だ。

 手段はどうであれポケモンバトルを生きる術にしている者と片手間にポケモンバトルを仕事に利用している者では、実力に大きな差が出てしまうのはある意味当然だ。

 虎の威を借りる腰抜けや臆病者はいなくも無いが、それでも執念が違う。

 

「ですが、警察が頼りにならないという現状や人々の認識を変えなければならないことには変わりはありません」

 

 無法者に近い知り合いに聞いたところ、警察は少し強いポケモンを使えば簡単に出し抜いたり負かすことが出来るという認識があるらしい。ロケット団以外で勢いや軽い気持ちでポケモンを使った悪事を働く者が多いのは、警察が世間にそう認識されているのも大きいだろう。

 ならば単純に法の番人である警察が、そういうポケモンを使った犯罪に強くなって世間の認識を改めさせれば、全体的に犯罪は減ってくれるはずだ。

 

 「ポケモンの力を使えば警察のお世話にはならない」と言う認識を「ポケモンの力を使ったとしても警察のお世話になる」に変える。

 それだけでも大きな抑止力になる。

 

 問題があるとすれば、社会的に犯罪とされる行為を明確な目的を持って行うサカキの様なタイプには通用しない事だが、まずは小物から片付けられる様にならなければ大物を仕留めることなど夢のまた夢だ。

 

「そういうことだ。ポケモンの種類が増えるにつれて、ポケモンを使った犯罪もまた増えるだけでなく多様化していくことだろう。我々はそれに対抗出来るだけの力が常に求められる」

 

 署長がアキラの言葉を引き継いで締めの言葉を伝えていくと、目の前に整列していた警察官達も表情を更に引き締め、背筋を伸ばす。

 

 疲労の色は多少窺えたが、それでも彼らはアキラだけでなく署長の話も真摯に受け止めていた。そして署長の話が終わると、彼の一声を合図に目の前に並んでいた彼らは頭を下げながら大きな声で今回の指導を行ったアキラに感謝の言葉を伝えた。

 

 本気の人もいれば社交辞令の人もいるだろうけど、自分よりも一回りも年が上の人達に感謝されるのは、どうも慣れそうにないのを彼は改めて自覚する。

 それからアキラは関係者の案内の元、屋内に設けられたバトルフィールドを後にする。

 

「君のおかげで、現状の改善に繋がるのを考えると、今回の我々からの依頼を引き受けてくれて本当にありがとう」

「すぐに強くなるのは無理ですが、継続して鍛錬を続ければ、今日教えたことは大きな力になってくれると思います」

 

 確かにほぼ予定通りには進んだが、これですぐに強くなるとは思っていない。だけど、改めて彼らが自らを見直し、手持ち達と向き合う良い機会にはなってくれたのではないかとアキラは思っている。

 ポケモンバトルは、常日頃から発達しているのだ。それまで主流だった戦術が廃れてしまうことは良くある。現状維持をしていては、発展していく周りから取り残されてしまう。だからこそ、強くなるのを求めなくても何事も継続して前に進むことは大切だ。

 

「また依頼する時はあるかもしれないが…」

「えぇ、予定が空いていれば喜んで引き受けます」

 

 本来なら、力があるとはいっても自分の様な一般人が首を突っ込まずに警察が解決してくれるのが一番だ。

 今は他にもやる事や考えていることがあるので、頻繁に引き受けることは無理かもしれないが、自分が今まで積み上げてきたものを教えることで改善されるのならば、予定が空いているのならやるつもりだ。

 

「帰りは?」

「寄るところがありますので、このまま歩いて帰ります」

「わかりました。本日は、我がコガネ警察署へのご指導ありがとうございました」

 

 署長を始めとしたコガネ警察署の上層部の人達に頭を下げられながら、アキラは警察署の正面玄関からコガネの街へ出る。警察署から如何にもお偉いさんの人と一緒にいるところを見ていたと思われる道行く人の何人かから好奇の視線が幾つか向けられていたが、彼は全く気にしていなかった。

 と言うよりも気にするだけの余裕が無かった。

 

「――はぁ~…やっぱり指導って疲れる」

 

 コガネ警察署から少し離れた後、アキラは大きく息を吐きながら肩から力を抜く。

 間違ったことを教える訳にはいかないし、ちゃんと相手にも理解できる様に考えなければならないので、()()()()()つもりではあったが本当に誰かを指導するというのは神経を使う。しかも一人でなく複数人、それも気心が知れた相手では無くて年上しかいなかったのも負担が大きかった。

 

 タマムシ大学で教鞭を取っているヒラタ博士やエリカとは少し違うが、彼らはよくこれだけ大変なことが出来るものだと正直に思う。こう言ってはあれではあるが、無事に何事も無く終われただけでも良かった。

 

「やっぱりこういうのは場数を踏まないと、慣れないものかな」

 

 機会があればまた依頼すると言っていた様に、今後もこういうポケモンバトルを教えに向かう機会が増えるかもしれない。個人的にはジムリーダーに依頼をしてダメだった時の第二候補くらいで見て欲しいが、現状のジムリーダー達の様子を考えるとフットワークが軽い自分が第一候補のままだろう。

 けど何かしらの理由があれば断る事も出来るので、そこまで悩む必要は無いと開き直り、彼はこれからの予定に意識を変える。

 

 今日の講習会が終わったらコガネ百貨店に寄ってノートや筆記用具、何か役立ちそうな本を探して買うことをアキラは考えていた。購入に必要な資金があるのか、改めて財布の中身を確認し始めたが、狙っていたかの様にボールが一斉に揺れ始める。放置していると転がり落ちる可能性があるので、仕方なく彼は六個あるボールを全て開く。

 

 ボールからはカイリュー、ゲンガー、サンドパン、エレブー、ブーバー、ヤドキングなどの今回の講習会の為に連れてきた()()()()()()()()()()()()が飛び出す。

 一体何が目的なのかアキラはわからなかったが、飛び出したカイリュー達は揃ってある方向に指差す。その先に目を向けると飲み物の自販機があったが、アキラはすぐに理解する。

 

「さっき買っただろ」

 

 どうやら彼らは、またきのみジュースが飲みたいらしい。

 そう何本も買う訳にはいかないので、サンドパンを始めとした面々はやっぱりと納得するが、ゲンガーを筆頭としたカイリュー、ブーバーの三匹は軽く文句を言い始めた。彼らの言い分としては、今日は頑張ったのだから特別にいいだろうということなのだろう。

 一理あるとは思うが、今ここでまた缶ジュースを六本も買ったらかなりの出費になってしまう。どうやって彼らを納得させようか、アキラが悩み始めた時だった。

 

「君」

 

 誰かが声を掛けてきたので、彼は顔ごと意識をそちらに向ける。

 そこには整ったジャケットを着た世間的にエリートトレーナーと呼ばれるトレーナーに近い格好をした青年が立っていた。

 

「今目の前にいるポケモン達は君が連れているのかな?」

「そうです…あっ、通行の邪魔になっていたのでしょうか?」

「いや、強そうなポケモン達だったから、出来れば彼らを連れている君にポケモンバトルを申し込みたいなって思って」

 

 どうやらアキラのポケモン達を見て、ポケモンバトルをしたいらしい。

 今は警察への指導を終えて疲れ気味なので断ろうとアキラは思ったが、出ていた六匹は目に見えてやる気を漲らせ始めた。

 先程までの流れを考えると、目的が丸わかりだ。

 少し間を置いて彼は青年からのバトルの申し込みを引き受けるべきか考えるが、手持ちの様子を見て、軽く息を吐きながら決めた。

 

「――良いですよ」

「本当か?」

「えぇ、賞金は…二千円前後でよろしいでしょうか?」

「そこそこの金額だね。良いよ」

 

 賞金に関しても、互いに財布の中身を確認し合って了承する。

 アキラは出ていた六匹をボールに戻すと、青年と一緒に戦う場所を確認し始めた。

 二人がボールを片手に距離を取り始めたのを見て、ポケモンバトルが始まると知った通行人の何人かは足を止め、彼らの周囲には見物人が集まり始めるが彼らは気にしていなかった。

 

「使用ポケモンは六匹、交代は自由! ポケモンに持たせる形での道具の使用も有り!」

「良いですよ! 問題ありません!」

 

 声を上げた青年のルール確認にアキラは答える。

 目から見える感覚から分析するに、あの青年は結構体を鍛えているのが良く分かった。恐らく連れているポケモン達も、エリートトレーナーであることを除いても比較的レベルが高いのがアキラには予測出来た。

 

 これが昔だったら、手持ちが万全でないと勝てるのかどうか不安を抱いていただろうけど、今はそういう不安は無い。昔より強くなったからだとアキラは考えてはいるが、だからと言ってやることや振る舞いは普段とは変わらない。

 

 さっきの講習会でも思った様に、周りは常に前に進んでいるのだ。

 現状に満足したりその維持に力を注ぐのではなく、常に前を向いて突き進まなければ取り残されてしまう。今までそうすることで乗り越えて来たというのもあるが、ポケモントレーナーの道は終わりが無いだけでなく、強くありたいのなら絶えず前に進み続けなければならない。

 そしてアキラとポケモン達は、それぞれ目指すものの為にもこれからも互いに力を磨き続けていくつもりだ。

 

「さぁ、思う存分暴れても良いぞ!!」

 

 意識を目の前に戻し、アキラは手にしていたモンスターボールから一番手を繰り出した。




アキラ、無事に四天王との戦いを制して、次の課題改善を考えながら記念写真を撮り、現代の彼は警察への指導を終えて早々に野良バトル開始。

この話で第二章完結となります。
第一章を書き上げるのに数年掛かったのを考えると、一年足らずでほぼ同じくらいの長さの第二章を書き上げることが出来て、正直驚いています(本当はもう少し短い予定でした)
やっぱりアキラも含めた周りとの関係がハッキリしているのと確固たる流れが出来上がっているのもあって、あまり悩んだり迷わずに済みました。

第二章はレッド達の活躍を描きながらも力が付き始めたアキラが動き始めるだけでなく、手持ちの現段階での一応の完成も含めて現代の彼らへと本格的に繋がる下地を書くのを意識していました。
テーマにするとしたら「覚醒」といったところですね。

ストックもここで尽きましたので、申し訳ございませんが再び毎日更新はここで一旦終了します。
次の投稿にどれだけ時間が掛かるのかはわかりませんが、可能な限り早めに書き上げるか、ある程度の話数でキリが良い所まで書いておきたいです。
出来ればこの小説の一周年くらいに、また十話くらい更新出来る様にしたいです。

ようやくドタバタしながらも彼らなりの信頼関係を築き上げたのや、まだまだ粗削りながらもアキラとポケモン達はかなり大きな力を今章で得たのとジョウトから技の範囲も広がるので、独自解釈などの形も含めて今まで以上にやれることや描きたいと考えていたことが増えると思います。

次も1.5章の様な間章である2.5章を挟んでから、第三章を描いていきます。軽い日常以外に描くのを決めている部分とまだどうするのか決めかねている話や流れがありますが、恐らく1.5章よりも長くなると思います。
後、最初に更新するであろう話で、第一話でさり気なく描いた伏線もどきを回収する予定です。

小説は趣味ではありますが、彼らの物語がこうして長くなっているのに気付くと、まだまだ描き続けていたいです。
更新表のトップに見掛けましたら「あ、また投稿しているな」感覚でも良いので、その時はまたよろしくお願いします。
そしてたくさんの評価や感想もありがとうございます。本当に励みになるのと、絶えず頑張っていこうと思う気持ちになれます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。


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第2.5章
お披露目


投稿を始めた一年前は、この物語がちゃんと続くのかどうか心配していましたが、無事に「SPECIALな冒険記」は連載を始めてから一年目を迎える事が出来ました。
出来れば十話くらい更新したかったのですが、思う様に書き進まなかったので、序盤の話を大幅に書き加えて二話分にして、今日の朝と夕方に分けて更新することにしました。
今話と次話の後書きに軽く主人公と手持ち達に関する設定的な裏話と今後の予定がありますが、折角一年目を迎えたのにやることが普段とあまり変わらなくて申し訳ございません。
今後も「SPECIALな冒険記」をよろしくお願いします。


 ジョウト地方最大の大都会であるコガネシティ内のとある場所で人だかりが出来始めていた。

 

 彼らの注目している先で二人のポケモントレーナーが距離を取って向き合い、今まさにポケモンバトルを始めようとしていたからだ。

 ポケモンバトルの挑戦を受けたアキラは、被っている青い帽子を被り直すと、挑戦を申し込んだ青年がボールを投げるのと同時に一番手が入ったボールを投げた。

 

「さぁ、思う存分暴れても良いぞ!! サンット!」

「いけっ! リザードン!」

 

 両者のボールが開き、アキラの方は棘の様な突起が背中を覆い隠しているねずみポケモンのサンドパンが飛び出て、軽やかに着地して刃の様に長く鋭い爪を構える。

 青年の方からは、オレンジ色の体色をした荒々しいドラゴンを彷彿させるかえんポケモンのリザードンが地響きを鳴らしながら、その勇ましい姿を見せた。

 互いのポケモンが出揃い――と言うよりもリザードンの登場にバトルを見物していた人の多くは感嘆の声を上げる。

 

「”かえんほうしゃ”!」

 

 目の前のバトルに意識が向いていた青年は周りの注目を意に介さず、すぐにリザードンに技を命じる。ボールから出てきたばかりではあったが、リザードンは彼の命を受けて口から爆発でもした様な激しい”かえんほうしゃ”を放つ。

 咄嗟に放ったとは思えない規模の炎が勢いよくサンドパンに迫るが、慌てながらもねずみポケモンは流す様に炎から逃れる。

 

「落ち着いて、何時も通りにやれば大丈夫! ”どくばり”!」

 

 サンドパンを落ち着かせながら、アキラは指で胸と首筋を順に示す。

 するとサンドパンは瞬時に目付きを鋭いものに変えて、早撃ちガンマンを彷彿させる速さで鋭い爪先から数発の”どくばり”をリザードン目掛けて撃ち出す。撃ち出された”どくばり”の速さにリザードンは反応し切れず、針は胸の一部と首筋にそれぞれに命中する。

 

 瞬く間にかえんポケモンの体の色は毒に犯された証である紫味を帯びるが、それだけに留まらずリザードンは苦しそうに息を荒くし始めた。

 

「これは…」

 

 リザードンのトレーナーである青年は、これがただの”どく”状態では無いのを察し、リザードンをボールに戻すことを視野に入れた直後だった。頭に浮かんだ考えを実行させる機会を与えるつもりが無いのか、サンドパンが爪を構えて突撃してきたのだ。

 対応しようにもリザードンは体を蝕む毒が苦しいのか動きは鈍く、何も出来ない無防備なままサンドパンの鋭利な爪から振るわれる”きりさく”の連続攻撃を受けてフラつく。

 

「止めだ! ”めざめるパワー”!」

 

 リザードンの様子を見て、アキラは首元を指で示しながら一気に畳み掛けた。

 主導権を握っていたサンドパンは、右手の爪に緑色に輝くエネルギーを瞬く間に集中させた後、距離を取ると同時に先が鋭く尖った緑色の光弾を放った。放たれた光弾は、さっき撃ち出された”どくばり”以上の弾速で飛び、先程リザードンが”どくばり”を受けた首筋に近い首元に命中して激しく火花を散らす。

 既に倒れる寸前まで弱っていたリザードンは、それが決定打になったのか力無く横に崩れた。

 

「…早い」

 

 まだバトルが始まって一分も経っていないだろう。

 あまりにも早い決着と一方的な展開に青年だけでなく、バトルを見ていた人達も言葉を失う。一撃で倒された訳では無いが、それでもリザードンに進化してからこれ程早く倒された経験は青年には無かった。

 しかも殆どダメージを与えられないままあっという間に倒されたのを見て、彼は今戦っている相手が一筋縄ではいかない相手なのを理解する。

 

「キングドラ!」

 

 リザードンをボールに戻し、次に青年が出したのは最近正式に確認されたシードラの進化形であるキングドラだ。

 みず・ドラゴンの二タイプを有するので、じめんタイプであるサンドパンとの相性は抜群だ。レベルを含めた技量が相手の方が上回っているとしても、彼らはその実力差をタイプ相性で覆すつもりだった。

 新手の登場に両手の爪を構えてねずみポケモンは戦いを続けようとしたが、後ろにいるアキラがモンスターボールを手にしたのを見ると爪を下げた。

 

「”ハイドロポンプ”!!」

 

 そのままキングドラは命じられた通りに筒状の口から、圧縮された膨大な量の水を放つ”ハイドロポンプ”を噴射する。その威力と勢いは威圧感溢れるものだったが、当たる直前にサンドパンの姿が消えて、代わりに巨大な巻貝を被ったポケモンであるヤドキングが出てきた。

 

 効果の薄い同じタイプのポケモンで受ける気なのかと青年は考えたが、ヤドキングは出て来てすぐに目を青く光らせながら足を踏み込んで両手を突き出すと、念の力で迫る”ハイドロポンプ”をモーゼの様に真っ二つに分けて軌道をズラす。それだけでも驚きだが、ズラした”ハイドロポンプ”の膨大な量の水をヤドキングは頭上に集めていく。

 

「ヤドット、”()()()()()()()”!」

 

 サイコパワーで圧縮した水をヤドキングは、これだけの水を放ったキングドラ目掛けて一直線に解放する。

 普通ならヤドキングは”ハイドロポンプ”を覚えることは出来ないが、強力な念の力とキングドラが放ってきた”ハイドロポンプ”の水を無駄なく利用したことで、疑似的に再現していた。

 

 エスパータイプの力も加わった”ハイドロポンプ”を正面から受けて、キングドラは少なくないダメージを負うだけでなく水の勢いに流されてしまい、後ろに立っていた青年も余波で飛び散る水を少し被る。

 このままではさっきのリザードンと同じく一方的にやられてしまう。

 

「キングドラ、”えんま――」

「逃がすな! ”うずしお”!!」

 

 青年の指示を遮る様にヤドキングは再び周囲に飛び散っている水を利用して、瞬く間に小規模な竜巻状の水の渦にキングドラを閉じ込める。

 激しく回る渦の勢いにキングドラは翻弄されるが、その間にヤドキングはアキラの動向を一瞥すると、指先を渦に向けた。その指先から洗練された一筋のレーザー光線として”れいとうビーム”を放ち、自らが起こした水の竜巻を凍らせる。

 

 幸いにもキングドラは完全に氷漬けにはされていなかったが、体の大部分が氷から剥き出しの磔にされている様な中途半端な状態で、実質的に氷漬け同然であった。

 氷の中から抜け出そうとするが、目の前に立つヤドキングは両手を激しくスパークさせ始め、その輝きを両手の間に青白い光球として収束させる。

 

「”でんじほう”!」

 

 スパークさせたエネルギーを集めた光球をヤドキングは押し出す様に撃ち出し、動くことが出来ないキングドラに”でんじほう”が直撃する。

 圧縮されたエネルギーが瞬時に解放された事で凍り付いていた渦は砕け散り、無防備な状態で大技を受けてしまったキングドラも吹き飛び、そのまま動かなくなった。

 

「――君強いね」

「ありがとうございます」

 

 表面上は穏やかに青年は賛辞を口にしていたが、対戦相手である彼をどうやって負かすのかをこれまでの知識と経験を総動員して考えていた。こちらの攻撃を利用するだけでなく、確実に技を当てられる様に意図的に体を剥き出しの状態で氷漬けにして動きを封じていたことに青年は気付いていた。

 

 

 手強い

 

 

 今の手持ちにして以来、あまり感じることが無かった敗北の可能性をエリートトレーナーである青年は感じていた。

 目の前にいる彼は自分よりも年は幾つか下ではあるが、ポケモントレーナーに年齢は関係無い。だけど、このまま負けるつもりは無かった。

 

「行くぞハッサム!」

 

 三匹目としてボールから飛び出したのは、深紅の鋼に身を包んだハッサムだった。

 ヤドキングは身構えるが、ハッサムは目にも止まらないスピードで急接近してくる。その勢いを維持したまま、反応し切れなかったヤドキングに対して両腕のハサミを振るって”れんぞくぎり”を仕掛けてきた。

 

 威力が低いとはいえ、相性の悪いむしタイプの技による絶え間ない連続攻撃にヤドキングの表情は歪むが、ハッサムは攻撃の手を緩めなかった。

 ”れんぞくぎり”は当たる度に威力が上がる性質を有している為、止めさせようにもダメージの大きさに怯んでしまう頻度が増えてしまう。

 

「”めざめるパワー”で距離を取るんだ!」

 

 一点に集約して放ったサンドパンとは異なり、ヤドキングは体内から溢れ出るエネルギーを体中から拡散させる形で放ち、ハッサムの猛攻を少しの間だけ止める。

 その僅かな隙にアキラは迅速にヤドキングをボールに戻して、次の手持ちが入ったボールを投げた。

 

「スット頼むぞ!」

 

 ヤドキングの代わりとして出てきたゲンガーは少々機嫌が悪そうな表情ではあったが、すぐさま行動を起こす。

 ハッサムが警戒して身構えたタイミングで、目を怪しく光らせる”あやしいひかり”を浴びせて、ゲンガーははさみポケモンを”こんらん”状態に陥らせる。これで動きを封じたと考えてアキラ達は次の行動に移ろうとしたが、千鳥足だったハッサムは何故かすぐに正気に戻った。

 

「何!?」

 

 これにはアキラとゲンガーも驚きではあったが、ハッサムが手にしていたものを見て、その理由に気付く。

 

「きせき…いや、”ラムのみ”か」

 

 ポケモンに持たせれば一部の状態異常を除けば、ほぼ全ての状態異常を回復させることが可能な万能アイテムだ。

 

 ハッサムがただ戦力になるだけでなく、ある役目を担えるのとヤドキングを追い込んでいた時の動きの意図を彼は理解していたが、さっき警察に”きのみ”の使い方を説明した時の様に目論見を見事に崩された。

 

「”バトンタッチ”!」

 

 正気に戻ってすぐに、ハッサムは自ら青年の元に戻っていく。

 戻ったハッサムが入ったボールを彼は腰に手に付けると、別のボールを手に呟いた。

 

「ここからが本当の勝負だ」

 

 一旦引いたハッサムの代わりに出てきたのは、ホネを二本手にしたガラガラだった。これにはバトルが始まってから有利に戦ってきたアキラは危機感を抱いた。

 

 ガラガラは普段手にしている”ふといホネ”とは別のホネをもう片方手にする事で、攻撃力を二倍相当に上げることが近年トレーナー達の間で話題となった。

 その火力は非常に魅力的なのだが、そのホネを入手するには様々な問題を解決する必要があるので実際に連れているトレーナーは少ない。恐らく彼は、その数少ないトレーナーの一人だろう。

 

「”ホネこんぼう”!」

 

 両手にホネを構えて、ガラガラはさっき戻ったハッサムに近いスピードでゲンガーに迫る。

 戻る前までハッサムは、”こうそくいどう”で素早さと攻撃頻度を上げながら”れんぞくぎり”と同時並行で”つるぎのまい”を行って攻撃するという技術的に非常に高度な動きをしていた。

 アキラはその動きを見抜いていたので、下手に相性が有利なポケモンを出して即座に能力を引き継ぐ”バトンタッチ”されてしまうのを警戒していたが、彼の方が上手だった。

 

 例外を除けばどれだけ鍛えても、ゲンガーが打たれ弱いのは種としての宿命だ。まともに今のガラガラの攻撃を受ければ、その一撃で勝負が決することを察していた。

 

「でも、”みちづれ”を安易に使うつもりは無いけど」

 

 ゲンガーと目線を交わしながら、彼らは互いに意思疎通を図る。

 ”みちづれ”を使うのは本当の最終手段。

 この技に関しては、アキラはあまり命じることはせずゲンガーの意思に委ねている側面が強い。

 自らを倒した相手を()()()()で強制的に戦闘不能にさせるのは確かに強力だ。だけどトレーナー側が最初からそれを当てにするのは、戦略的な都合があったとしても捨て駒扱いに近いのであまり良くない。

 

 とはいえ、特に命じていなくてもゲンガーは積極的に最後っ屁として仕掛けてきているのであまり気にしてはいなかった。

 

 底上げされた攻撃力と素早さを引き継いだガラガラは”ふといホネ”を振り下ろすが、当たる直前にゲンガーは”かげぶんしん”で避けると同時に無数の分身で包囲する。典型的な”かげぶんしん”による回避だが、エリートトレーナーを名乗っている青年に対しては時間稼ぎくらいにしかならないだろう。

 

「”いわなだれ”!!」

 

 近年判明した各ポケモンが有する”とくせい”を警戒しているのか、最も威力を発揮できる”じしん”ではなく同じく広範囲に技を仕掛けられる”いわなだれ”を青年は選択する。

 ホネを地面に叩き付けて砕くと同時に岩を舞い上げさせる形で、ガラガラは分身も含めた自身を取り囲むゲンガーを攻撃する。ぶつかってくる岩で分身の幾つかは消えるが、消えなかった何匹かがガラガラに目掛けて突撃する。

 

「後ろだガラガラ!!」

 

 舞い上がった砂や足元に転がっている小石の動き、そして影の濃さと過去の経験から、青年はどれが本物のゲンガーか見極める。彼に全幅の信頼を寄せているガラガラは、正面から襲ってくるゲンガーには目もくれず、背後から飛び掛かって来たゲンガーにホネを横振りで殴り付ける。

 その勢いにぶつけられたゲンガーの体は変な風に曲がるが、振り切られる前にそのまま消えてしまった。

 

「え!? 分身!?」

 

 確かに手応えがあっただけでなく、影の濃さや他の要素から見ても本物と判断しても良かった。

 まさかの空振りに青年だけでなくガラガラは驚くが、動揺から生じた隙を突かれて、通り過ぎた影の不意打ちを受けて尻餅を付く。振り返ると、少し離れたところに立っているゲンガーが、さっきまでガラガラが手にしていた二本のホネを手にしていた。

 

「ホネが? しまった”どろぼう”か!」

 

 すぐに青年はゲンガーが何をしたのかに気付く。

 ガラガラの他を凌駕する攻撃力向上は、”ふといホネ”を二本手にしていることが前提だ。それを失えば、ガラガラはありふれた凡百な攻撃力にまで一気に低下してしまう。

 

 だが”バトンタッチ”で攻撃力を底上げされていることには変わりはないので、”ふといホネ”が無くてもカバー出来ると青年は踏んだ。

 ところが、さっきまでの機敏な動きを凌駕する素早い動きでゲンガーは距離を詰めてきて、両手にそれぞれ握っている二本の”ふといホネ”でガラガラを殴り付けた。

 

「速い!」

 

 素手でガラガラは対抗しようとするが、思いの外ゲンガーは”ふといホネ”の扱いに手慣れているのと手数重視のはずなのにぶつけられるホネの一撃一撃が重かった。

 青年は気付いていないが、”かげぶんしん”で避けると同時にゲンガーは”みがわり”を生み出して本体である様に勘違いさせるだけでなく、”じこあんじ”を使って上昇したガラガラの攻撃力と素早さもコピーしていた。おかげでただでさえ速い素早さは大きく上がり、あまり高いとは言えない攻撃力もかなりのものとなっていた。

 

 反撃を許さず両手に持った”ふといホネ”でガラガラを滅多打ちにしたゲンガーは、最後に両手にしたホネを投げ付けると交代する前に出ていたヤドキングの様に両手の間に紫色の影を集め始めた。

 

「決めるんだ! ”シャドーボール”!」

 

 アキラの合図と同時に、ゲンガーは形成した紫色の球体を片手持ちに切り替え、華麗且つ素早いアンダースローな投球フォームで”シャドーボール”を放つ。数少ないゴーストタイプの中でも一級品の威力を誇る技を受けて、既に弱っていたガラガラは力尽きる。

 

 鍛え上げてきたポケモン達と磨き上げてきた戦略が尽く打ち負かされていくのは信じられない光景であったが、それでも青年はまだ勝つことを諦めてはいなかった。

 エリートトレーナーでありながら手も足も出ない完全な敗北の恐怖よりも寧ろ、純粋な勝利への渇望が強くなっていたのだ。

 

 

 必ず勝ってみせる

 

 

 決意を新たに再びハッサムを繰り出すが、ゲンガーと入れ替わる様に雷が具現化した存在が目の前に立ち塞がった。




アキラと手持ち達、持てる限りの力をフルに発揮してエリートトレーナーのポケモン達を寄せ付けない程の強さを見せ付ける。
今まで端的にしか四年後の彼らを描けていませんでしたが、今話と次話ではまだハッキリ明かせないのを除いて、どれだけ彼らに力が身に付いたのとどんな戦い方をするのかを可能な限り描いていきます。

下に初期段階も含めた今の彼らに至るまでの軽い経緯がありますが、飛ばしても構いません。残りは次回(夕方)です。

主要メンバーの軽い裏話1

アキラ
 この物語の主人公。
 「サッカーをやっている真面目な小学生」をコンセプトにしていたので、初期設定から性格を含めた基本的な部分はあまり変わっていません。
 けれど、初期段階に書いた数話時点での彼の口調は今よりも若干礼儀に欠けていたり、手持ちの自由奔放さに我慢の限界を迎えて怒鳴ると言った荒っぽい面も顕著でした。
 他にも今以上に元の世界へ戻りたい願望が強くて、独白で家族へ届くはずの無い手紙を考えたり、チャネリングと言う怪しげなテレパシーをして何故か元の世界の友人達と稀に交信出来るなどの展開も考えていました。
 現在の彼のコスチュームは、レッドの服装に似ているのと色合いが青と黒などの対になっているイメージですが、今後ポケスペディア風に言いますとファッションⅣまで変わるのがほぼ決まっています。
 2.5章ではちょっとした悩みが出来てしまいますが、そう遠くない内に来るであろう戦いに備えて手持ちの特訓とその悩みを解決しようと奔走する予定です。

サンット/サンドパン
 アキラが連れている常識的で素直なポケモン。
 今ではその誠実な性格故に、アキラにとっては欠かすことが出来ない存在ですが、初期段階ではゴローニャを考えており、カイリュー達と同じ問題児枠でした。
 ですが初期段階の話を書き始めてから何年か経つにつれて「図鑑所有者が連れているポケモンと被るのは話の幅が狭まる」や「そもそも問題児だらけじゃ小学生の初心者が制御出来ない」などの理由が頭に浮かび、大幅な設定変更を行うと同時に大人しそうなサンドパンに変わった経緯があります。
 レッドが一度だけサンドを繰り出していたことからもニドキングも候補にありましたが、アキラが連れるポケモン達の戦い方や今後担う役目、レッドの主力じゃないから問題無いなど考えている内にハッキリと常識人サンドパンのイメージが固まっていきました。
 ちなみにアキラとは似た者同士である以外にも色々な所で意識している部分がある他、2.5章からとある大役を担って貰う予定です。

ヤドット/ヤドキング
 アキラが連れている良識的で知恵が溢れるポケモン。
 実はみずタイプなのは決めていましたが、初期段階の数話を書き始めた時点でも明確に決まっていませんでした。
 なるべく時系列順に扱うと決めていた為、ヤドキングは全く考えていなかったことからラプラスかスターミーのどちらかが最有力候補でした。
 しかし、ブーバーの戦い方が決まったことで定まり始めたアキラが率いるポケモン達の戦い方と、あるアニメを見てから頭は良いのにゲンガーとはくだらない喧嘩や役に立つ競争を繰り広げるヤドキングのイメージが浮かび上がったことでヤドキングが決まりました。
 そしてヤドキングの加入が決まったことは、若干カイリューがどのタイミングに進化するのにも影響を及ぼしています。
 2.5章からゲンガーとのライバル競争が、良い意味でも悪い意味でも更に過熱化していく予定です。

スット/ゲンガー
 アキラが連れている悪知恵が働くイタズラ好きのポケモン。
 設定変更で手持ちが変わる中で初期段階から考えていた手持ちでした。
 イタズラ好きな性格や戦い方の基本は殆ど変わっていませんが、現在では描写していないのも含めて色々な設定や出来ることを追加したり組み込んだことで行動の自由度が高まっただけでなく戦い方もかなり派手になりました。
 現在は何かあったらヤドキングがすぐに止める構図が浮かぶ様になっていますが、そうなる前までは物語を書いている自分自身でもゲンガーを止めるのに苦労していたので、その自由奔放さにアキラと同じく振り回されていました。
 実はエックスがゲンガーを手持ちに加えた時に外そうか考えたことがありますが、既にゲンガー抜きでは成り立たないレベルにまで設定が固まっていたのと愛着が湧いていたので続投した経緯があります。
 2.5章からはある程度説得力がある下地が揃ったのを前提に、とんでもない試みを幾つか始めさせる予定です。


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常識外れ集団

この話で一時的な更新は終わりです。
次こそは十話以上は更新出来る様にしたいです。


「エレブーか」

 

 ハッサムの前に現れたでんげきポケモンの姿を見て、青年は対峙している相手の詳しい情報を思い出しながら呟く。

 相性の悪いほのおタイプでは無いだけマシではあるが、それでもあの少年が連れているポケモンとなれば油断ならない。

 ”でんこうせっか”で攻撃を加えて、手応え次第ではすぐに交代することも視野に入れるが、彼にはその時間すら与えられなかった。

 

「”でんこうせっか”!」

 

 ハッサムが動くよりも先に、エレブーの方が先制技による高速移動で先に仕掛けてきた。しかもただの”でんこうせっか”では無く、その拳には炎を纏わせており、実質的にはノーマルタイプの技よりもほのおタイプ寄りの技であった。

 スピードがある炎を纏った打撃攻撃にハッサムは怯むと、でんげきポケモンは電流が溢れる拳と炎を纏った拳で交互に殴り付けて、そのままハッサムを打ち負かすのだった。

 

「まだまだ!」

 

 ハッサムが倒れたことで青年に残された手持ちは二匹になったが、高揚した気持ちのままに彼はもうぎゅうポケモンのケンタロスを召喚する。

 

 姿を現したケンタロスは、雄叫びを上げながら二本の角を突き出して突進してくるが、ただ突進してきた訳では無かった。鋭く前に尖った二本の角に、エネルギーを螺旋状に回転させながら纏わせていたのだ。

 当たれば戦闘不能になる可能性が高い一撃必殺技の”つのドリル”である。

 それを見てエレブーは回避すべく足腰に力を入れてタイミングを見計ろうとするが、慌ててアキラは声を張り上げた。

 

「そいつは加速するぞ!!!」

 

 アキラが伝えられた情報にエレブーは目を見張るが、気付いたらあっという間にケンタロスが目の前まで迫っていた。

 実はボールから出て来てから突進してきたケンタロスは全速力では無かった。

 上手く走る際の力加減やフェイントを織り交ぜて、敵が避けるタイミングを惑わして”つのドリル”を確実に決める作戦だ。ようやく一匹目、と青年は思ったが、アキラが早めに見抜いたおかげでエレブーは何とか体を横にズラして紙一重の差でドリルの直撃は免れる。

 

 だがそれだけでは終わらなかった。

 辛うじて避けたエレブーは、通り過ぎようとしたケンタロスの体を掴むとその勢いを利用して大振りで投げ飛ばしたのだ。

 

「何!?」

「”()()()()()”…」

 

 驚愕を露わにする青年とは対照的に、アキラは得意気な笑みを浮かべながら技名を口にする。

 ”あてみなげ”とは、先に相手が攻撃を仕掛けるのを許す代わりに確実に技を決めるかくとうタイプの技だ。本来ならカイリキー系統しか覚えないはずだが、今エレブーが使ったのは多少の違いはあれど紛れもなく”あてみなげ”であった。

 エレブーの体格と技の性質を考えれば真似事だとしても使えてもおかしくはないが、それでも覚えないとされる技が使えるのは完全に予想外だ。

 

「ケンタロス戻れ!」

 

 このまま戦っては不利だと悟ったのか、青年は大きなダメージを負いながらも立ち上がったケンタロスを戻す。

 

 ここまで追い詰められたのは何時以来なのだろうか。

 

 エリートトレーナーを名乗る前の駆け出し時代にあった気がするが、今は目の前のバトルが最優先だ。あのエレブーを倒す――否、この圧倒的なまでの逆境を覆すことが出来るであろう今の手持ちにしてから不動のエースとなった存在に託した。

 

「頼むぞカビゴン!」

 

 出てきたのはでっぷりとした巨大な体格の持ち主であるカビゴンだ。

 着地時に最初に出てきたリザードン以上の地響きと揺れを引き起こし、見物人の多くは倒れそうになるが、アキラとエレブーは足と重心を移動させて耐える。

 厄介な敵であるが、カビゴンは彼らにとって良く戦う相手であるのと同時に対策も考えてきたポケモンだ。腕に力を入れて身に付いた筋肉を漲らせるだけでなく体中に紫電を走らせて、エレブーは駆け出す。

 

「”じしん”!」

 

 カビゴンは巨体を支える足を持ち上げて、重々しく踏み付ける。

 先程の比にならない強烈な揺れだけでなくカビゴンを中心に衝撃波も広がるが、エレブーは高々とジャンプしてそれら全てを避け、宙を舞いながら前転するとカビゴンの脳天に()()()()()()()()()()()を叩き込んだ。

 

 渾身の力で叩き込まれたのかカビゴンの体は後ろに崩れていくが、まだ倒していないと見ていたエレブーはもう一度空中で体勢を立て直す。

 そして追撃を仕掛けようと落下の勢いを利用することを考えながら拳を振り上げる。

 

「エレット離れろ!」

 

 しかし、アキラは追撃を良しとしなかった。

 それもそのはず、カビゴンが倒れた直後に耳を塞ぎたくなる様な大きな唸る様な声と衝撃波が放たれたのだ。今度は避け切れずにまともに衝撃波を受けてしまったエレブーの体は吹き飛ぶが、何とか体勢を立て直して上手く着地する。

 

「”いびき”ってことは、今は”ねむり”状態か」

 

 倒れているカビゴンの状態を見て、アキラは若干面倒そうに呟く。

 眠ってしまったカビゴンは厄介極まりない。ただでさえ耐久力が高くて倒すことが難しいのに、寝ていると他の状態異常にはならないだけでなく、ダメージを受けても常時回復し続ける。しかも寝ながらでも攻撃できる”いびき”と行動を可能にする”ねごと”、そして素早さと引き換えに攻撃と防御を上げる”のろい”が新しい技として確認されてから、更に手が付けられなくなった。

 

「流石エリートトレーナー。何もかもハイレベルだ」

 

 内容と残っている手持ちの数から見ると、このポケモンバトルはアキラが完全に圧倒しているが、一瞬たりとも気は抜けない。連れている手持ちポケモンの強力さ、そして使ってくる技や技術はエリートトレーナーを名乗るだけあって非常に高い。

 

 あの様子では、恐らく”ねごと”によって”のろい”の技を引き出して能力値の底上げを図っているに間違いない。

 彼に挑んだトレーナーの多くが、難攻不落の動ける要塞と化したカビゴンを倒すことが出来ずに敗れていったのが容易に想像出来る。今のカビゴンを攻略することは至難の業ではあるが、アキラは既に対抗策を見出していた。

 

「狙う箇所はわかっている?」

 

 アキラの問い掛けにエレブーは頷くと、再び”でんこうせっか”で接近すると同時に拳をカビゴンに叩き込んだ。しかし、元々弾力のある体に加えて”のろい”によって防御力が上がっている今のカビゴンにはダメージが薄かった。だが彼らの狙いはダメージでは無くて近付くことが目的だ。

 寝ているカビゴンは再び”いびき”を放つが、今度は地に足を付けていたエレブーは耐える。”いびき”が止むと同時にエレブーは跳び上がると、寝ているカビゴンの頭部に狙いを定めて両腕を交差させた。

 

「まさか…」

 

 エレブーの構えを見て、青年は直感的に危機感を抱いた。

 見間違えでなければ、あれは無敵の強さを発揮している今のカビゴンでも危うい天敵がよく使う技の構えだからだ。

 そして、彼の直感は当たった。

 

「”クロスチョップ”!」

 

 アキラが誇らしげに声を張り上げると、エレブーは強力なかくとうタイプの技を叩き込む。

 ノーマルタイプのカビゴンに対して相性抜群なだけでなく、相手の急所に当てやすいという性質を”クロスチョップ”は有している。急所とは、攻撃を受けたら最もダメージを受けやすい体構造上最も弱い箇所を指しており、そこだけはどれだけ能力を上げて守りを固くしても無意味だ。

 

 本来の使い手である本家格闘ポケモンが使うのに比べれば威力は劣るが、それでも強力なかくとうタイプの技であることには変わりないのか、寝ているにも関わらずカビゴンは表情を歪める。

 

「まずいぞこれは」

 

 切り札であるカビゴンが倒される可能性が出て来て、青年は焦り始める。

 エレブーがこれ程までに多くのかくとうタイプの技を覚えているのは、完全に予想外だ。

 どう対処すべきか考え始めたその時、寝ていたカビゴンが目を覚ました。

 眠りから覚めたことで常時回復状態では無くなったが、寧ろ今は好都合であった。

 

「”めざめるパワー”だ!」

 

 カビゴンの全身が先程のアキラのヤドキングの様に一際強く輝き、エレブーを吹き飛ばす。

 一旦エレブーとの距離を取らせるつもりだったが、エレブーが倒れ込んだのを見て青年はチャンスであると直感した。

 

「”おんがえし”!!!」

「”まもる”だ!」

 

 エレブーが立ち上がるのとほぼ同時に、カビゴンは自らをここまで鍛え上げてくれたトレーナーの為に力を籠めた一撃を放つ。回避は無理と判断したエレブーは、両腕を胸の前に交差させて前に突き出すと輝くエネルギーに身を包む。

 カビゴンの極限にまで攻撃力が高まった重くて巨大な拳がエレブーを包み込む守りのエネルギーの壁にぶつかると、まるで金属と金属が激しくぶつかり合う様な鈍い音が周囲に響き渡った。

 

 エレブーが発揮した”まもる”は、確かに最初に仕掛けられたカビゴンの”おんがえし”を防いだ。だが、咄嗟にもう片方の腕から仕掛けられた別の攻撃には一度攻撃を防いだ”まもる”は意味を成さなかった。

 

 鍛え抜かれたポケモンでも一発で倒しかねない破壊力を秘めた一撃を受けて、でんげきポケモンの体は紙切れの様に吹き飛んで地面を激しく転げる。今度こそ仕留めたと青年と攻撃したカビゴンは確信したが、倒れていたエレブーは流石にダメージを隠し切れてはいなかったが、ゆっくり時間を掛けながら立ち上がった。

 

「あれで倒れないのか……」

 

 想定外の打たれ強さとタフさに青年は驚くが、すぐに意識を切り替えて次の指示を告げた。

 

「”のしかかり”!」

 

 次こそ仕留める。

 彼らの考えは一致し、カビゴンは全ポケモン中最大の体重を有する巨体を跳び上がらせる。あの巨体で”のしかかり”を受ければ、力自慢のポケモンでもそう簡単に対抗できるものでは無い。すぐにアキラは構えるエレブーにアドバイスを伝えようとしたが、何故か一瞬だけ目線を腰に向けた。

 

「わかった……エレット下がって!!」

 

 一瞬だけ呆気に取られて間抜けな顔を向けるエレブーに一言謝りながら、アキラはボールに戻すと別の手持ちを繰り出した。先程までエレブーがいた場所に新たなポケモンが出るが、カビゴンはそのエレブーの代わりに出てきたポケモンを全力で潰しに掛かった。

 巨大な塊が落下した事によって生じた衝撃は、さっきカビゴンが放った”じしん”を彷彿させるほどまでに大きかった。

 

 事実、舞っていた砂埃が晴れるにつれてカビゴンが圧し掛かった場所は大きく凹み、蜘蛛の巣状にひび割れが広がっている実態が露わになった。

 どんなポケモンをエレブーの代わりに召喚したとはいえ、戦闘不能。

 或いは大きなダメージは免れられない、と見守っていた者の多くはそう考えていた。

 

 その時、うつ伏せになっていたカビゴンの体が動き始めた。

 潰しているポケモンが動かないのを確認する為に退いているのかと思われたが、少し様子が違っていた。何故なら動き始めたカビゴンの体は、横に転がるのではなく徐々に上に持ち上がる様に動いていたからだ。

 

「出るのを要求したからにはしっかり頼むぞ」

 

 呆れながらもアキラは誰かに伝えるが、その相手と言葉の節々から信頼を寄せているのが青年にはわかった。

 クレーターの中心、そこからカビゴンの巨体を持ち上げていた張本人は、ひふきポケモンのブーバーだ。ゆっくりと少しずつではあったが、不敵な笑みを浮かべながらブーバーは自らの力を誇示するかの様に真っ直ぐ立ち、腕を伸ばし切る形でカビゴンを完全に持ち上げる。

 

「嘘……」

 

 大型のパワー系ポケモンならわかるが、小柄で人型に近い体格の持ち主であるブーバーがカビゴンを高々と持ち上げるなど青年は聞いたことが無かった。

 一体どれだけの力が、あの小さな体に秘められているのか。

 彼はブーバーがカビゴンを持ち上げたと言う事実に目を奪われていたが、今のブーバーは体から放出される炎が通常よりも控えめなのや全体的に少し鉛色を帯びているなど、若干普通とは異なっているのには気付いていなかった。

 

「投げ飛ばせ!」

 

 ブーバーは一歩踏み出し、精一杯の力でカビゴンを投げ飛ばす。

 流石に遠くまで放り投げることは出来なかったが、持ち上げられただけでなくこうして投げ飛ばされることは初めての経験なのか、地面に叩き付けられてからカビゴンは呆気に取られていた。

 

「すぐに”ねむる”で回復するんだ!」

 

 カビゴンが完全に動揺していると見た青年は、落ち着かせる意味も込めて”ねむる”を指示する。彼はすぐさま追撃が来ると読んでいたが、幸いにもカビゴン目掛けて走り始めたブーバーの動きが予想以上に遅く、余裕を持ってカビゴンは体を横にして眠り始めた。

 これで少しは時間を稼げる筈だと青年は考えるが、彼のその希望的な願いは早々に打ち砕かれることとなった。

 

 走っていたブーバーが背中に差していた”ふといホネ”を握ると、白かったホネは瞬く間に血の様な色に染まり、光り始めたのだ。

 

「相手が相手だから、今回は()()な!」

 

 左手に右拳をぶつけて、拳包礼に似た仕草をしながらアキラはブーバーに伝える。

 一体何が特別なのか、ブーバーがガラガラの”ふといホネ”を扱うことは勿論、あのような現象が起きるのを青年は聞いたことも見たことが無かった。そしてブーバーは、深紅に輝く”ふといホネ”を片手持ちから両手持ちに変えると力任せにカビゴンを殴り付けた。

 その瞬間、ホネに籠められていたと思われるエネルギーが解き放たれ、カビゴンの巨体を呑み込む程のとてつもない爆炎が炸裂した。

 

 「っ!」

 

 まるで”だいばくはつ”を彷彿させる途轍もない爆発と炎に、青年は思わず顔を爆風から守る為に顔を逸らす。爆煙の中からは、今起こった爆発の直撃を受けたカビゴンが玉の様に転がりながら出て来て、眠るとは別の意味で意識が彼方へと飛んでいる姿を露わにした。

 

 ”ねむる”では本当の意味で完全に回復することは無理なのは理解していたが、それでもほぼ完全に回復していただけでなく防御力も含めた能力を底上げしたはずのカビゴンが一撃で倒されたことに青年は言葉を失う。

 思い付く限りの戦略、最善の手を打ってきたが、これ以上無い最強の勝ちパターンを完全に打ち負かされた。

 

 一方のブーバーは、自らが放った技とはいえ至近距離で激しく爆発したにも関わらず、両手で握った”ふといホネ”を振り切った姿勢を保っていた。

 カビゴンを倒したことを悟ったひふきポケモンは、体を佇ませて誇らしげに”ふといホネ”を肩に乗せる。

 ここから彼が連れている六匹を倒すのは難しいが、やるしかない。もう負けは決定的ではあったが、最後まで青年は自分が勝つのを信じて動く。

 

「ケンタロス! ”じわれ”!」

 

 ボールから飛び出たケンタロスは、勢いのままに前足で踏み付けると地面は左右に裂けていく。

 大技を放った直後で動きが鈍っているのか、ブーバーは余裕な振る舞いを止めて危なげなく避けるが、バランスを崩してしまって尻餅を突いてしまう。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 せめて一匹だけでも倒したい。

 そんな想いを込めて伝えると、ケンタロスの口から渾身の”はかいこうせん”がブーバー目掛けて一直線に放たれる。

 咄嗟にブーバーは倒れ込みながらも”ふといホネ”を盾にするが、それでも最強クラスの技を受けてひふきポケモンの体は”はかいこうせん”が炸裂した際に生じた爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。半減できるいわタイプかはがねタイプでも大きなダメージを受ける技だ。

 これで一矢報いることが出来たはず――

 

「何…だと…」

 

 ところが”はかいこうせん”の直撃を受けたブーバーは、かなり大きなダメージを受けたのを窺わせながらも、さっきのエレブーと同じ様に少しずつゆっくりではあったが体を起き上がらせた。

 急いで追撃を仕掛けたかったが、全力を込めた”はかいこうせん”を放った反動でケンタロスの動きは鈍っており、追撃の為に行動を起こすどころでは無かった。ケンタロスが反動で行動不能になっている間に、アキラは何とか立ち上がったブーバーをボールに戻す。

 

「最後は…お前に任せる」

 

 このバトルが終わりに近付いていることを察していたアキラは、終止符を打つ意味で自らが最も信頼する相棒が入っているボールを投げる。彼が所持するモンスターボールの中で最も傷だらけであるボールが開き、中からドラゴンポケモンのカイリューがその逞しい姿を見せた。

 今まで戦った中で間違いなく最も手強い強敵の登場に、青年は敗北を直感するが、それでも最後まで望みを捨てずに声を張り上げた。

 

 「”ふぶき”だケンタロス!!」

 

 ドラゴンタイプが最も苦手としているこおりタイプ最強の技をケンタロスは放とうとするが、次の瞬間、離れた場所にいたはずのカイリューがケンタロスを勢い良く殴り付けていた。

 カイリューの素早さはそこまで高くない筈だが、まるで瞬間移動をしたのではないかと錯覚してしまう程のスピードだった。先程のブーバーを始め、本当に目の前の少年――アキラが率いているポケモン達は皆、強さも含めて何もか常識外れだ。

 

「止めの”アイアンテール”!!!」

 

 カイリューは太くて巨大な尾を瞬時に鉛色に硬化させて、光沢を軽く放っている尾を怯んでいるケンタロスに叩き込む。強烈を通り越して破壊的な一撃を受けたもうぎゅうポケモンは、硬化した尾をぶつけられた瞬間に体だけでなく意識も一緒に吹き飛ぶ。打ち上げられたケンタロスの体はしばらく宙を舞っていたが、青年の目の前に落ちると誰がどう見ても力尽きていた。

 

 その瞬間、青年は思わず天を仰いだ。

 

 

 負けた

 

 

 手も足も出なかった訳では無かったが、ほぼ完膚なきまでにやられたに等しい。

 ここまでやられたのは何時以来だろうか。

 少なくとも実力が付いたのを自覚してエリートトレーナーを名乗り始めてから、ここまでやられたことは一度も無いのは確かだ。

 

「ここまでやられたのは…久し振りだよ」

 

 ケンタロスをボールに戻しながら、青年は吹っ切れた様に語る。

 勝負を持ち掛けた際に出ていたアキラの手持ちを一目見た時に手強いとは思っていたが、これ程までに強いとは思っていなかった。駆け出しの頃よりもポケモンの知識を身に付け、今のメンバーに至るまで様々なポケモン達を鍛え上げてきたが、まだまだこの世界には常識を外れの強さを持つ者がいる。

 改めて世界の広さを青年は実感していた。

 

 この戦いを制したアキラの方も、カイリューと軽く拳をぶつけ合いながら色々なことが頭を過ぎっていた。

 ジュース欲しさに普段以上に手持ち達がやる気になっていたこともあるが、あれだけ強力なポケモン達を相手に、ここまで圧倒出来るとは思っていなかった。しかし、だからと言って課題や後悔が無かった訳では無い。

 

 今回は幸い誰も倒れなかったが、下手をすればやられていたかもしれないシチュエーションが幾つかあったのだ。仕方ない部分や如何にもならなかった点もあったにはあったが、そこを改善していけば自分達はまだまだ強くなれる。

 更なる高みを目指すのなら、常に向上心を持ち続けなければならない。

 

「ここまで一方的にやられたのに言う台詞じゃないと思うけど、バトルを引き受けてくれてありがとう。俺達は少し有頂天になっていたみたいだ」

「こちらの方こそ、今回のバトルありがとうございます」

 

 握手を求められ、応じたアキラはエリートトレーナーの青年と握手を交わす。

 今回彼が主力として連れていたケンタロスを始めとした強力なノーマルタイプには、今までアキラは何かと苦戦を強いられていたが、ようやく苦手意識が払拭出来そうだ。

 

 二年近く前に決めた()()が、今に繋がっているのを考えると、本当に英断だったとアキラは振り返るのだった。




アキラと手持ち達、危うい場面が幾つかあったものの圧勝でバトルを制する。
ある程度明らかにするつもりでしたが、気が付いたらまた幾つかハッキリしない描写がチラホラ。
現代の彼らの全てが明らかになるのは、本当に何時になるのだろうかと作者でありながら思ってしまいます。

かなり短いですが、今回の更新はこれで終わりです。
本当はもう数話上げたかったのですが、申し訳ございません。
2.5章は下書きや流れを見るとそれなりの長さになりそうですが、次の更新時に一気に三章突入まで書いて行きたいです。
また長くなりそうでしたら、キリが良いと思える数話まで連続で更新します。
その時また読んで頂けたら何よりです。

下に初期段階も含めた今の彼らに至るまでの軽い経緯がありますが、飛ばしても構いません。

主要メンバーの軽い裏話2

エレット/エレブー
 アキラが連れている外見に似合わず気が弱い臆病なポケモン。
 エレブーも初期段階ではよく出てくるピカチュウ系統、最終的にはライチュウでしたが、サンドパンと同様の理由でピカチュウ系統のライバルであるエレブーに変わった経緯があります。
 しかも何故か、変わった時から良く描かれる凶悪なイメージとは真逆のおっちょこちょいで臆病な性格がイメージに浮かんでいました。
 ”がまん”を覚えているのもその頃からありましたが、種に反して頑丈で打たれ強いイメージが付いたのはもう少し先でした。
 でもその頑丈なイメージが明確になったことで、エレブーのアキラの手持ち内での役目と今後が定まったりしたので、変わったものでも個性があればどんどんイメージが出来るんだなと感じたことがあります。
 2.5章からは、サンドパンと同じくらいちょっと大事な役目を担って貰うつもりです。

バーット/ブーバー
 アキラが連れている好戦的で荒っぽいポケモン。
 ブーバーは初期段階ではウインディでしたが、手持ちが被るのと良い戦い方が浮かばなかったので自然と図鑑所有者の中では唯一誰も連れていないブーバーが選ばれた経緯があります。
 だけどブーバーになっても戦い方が全く浮かばなくて、エレブーみたいな設定を組み込むのは気が進まなかったので堅実な路線にしようかと考えていた時、たまたま見掛けたとある作品の解説項目を見て「ブーバーに道具、即ち武器を持たせる」→「それを活かした戦いもする」というイメージが流れる様に浮かび上がって明確なブーバーの個性と戦い方が定まりました。
 更にこの影響はブーバーのみならず明確にアキラ達のポケモンが、どの様に強くなっていくのかや戦い方をするかを決めさせたりと、ブーバーは現在の彼らを形作る切っ掛けとなった存在でもあります。
 2.5章からは使える技の範囲が大きく広がり始めることで、本格的にあらゆる面で強くなるどころか何でもやらかしたり、お茶目な部分が強調される…予定です。

リュット/カイリュー
 アキラが連れているきまぐれながらも最初のポケモンにして相棒。
 初期段階から手持ちに加える最初のポケモンにしてエース格と考えていました。
 選んだのには作中のアキラと同じく単純に強いのもありますが、それ以上に「陸海空を自在に動ける」「二本足で立ち、両手が使える」「状況次第では怪獣みたいな戦いやヒーローみたいな戦いが出来る」などの求めていた条件をこれ以上無く満たしていたのが大きいです。
 時が経つにつれて、技の応用方法を含めた色々な設定が追加されていきましたが、基本的な部分はアキラ同様にあまり変わっていません。強いて変わった点を挙げますと、もう少し素直になるはずでした。
 度々「目付きが悪い」と表現していますが、既に感想に上がっている様に具体的な目付きの悪さはポケモンカードにある悪タイプ版「わるいカイリュー」に近いです。
 2.5章からは更に強くなるのは決まっていますが、アキラ同様に色々と悩んだり苦労を重ねる予定です。


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課題だらけの壁

大変長らくお待たせしてすみません。

更新を再開します・・・と言える程、残念ながらまだ書き上がってはいません。
思う様に進まなかったので、何時も以上に投稿回数は少ないです。

今後は十話以上とは考えず、数話でもキリが良いと判断出来たら、すぐに投稿しようと思います。


「アキラ、その腕どうした?」

 

 タマムシ病院を訪れていたレッドは、友人であるアキラの姿に驚きを露わにしていた。

 

 レッドとアキラが、仲間達と共にカントー四天王と激闘を繰り広げて一か月。

 街の半分以上が廃墟と化したクチバシティの復興は着々と進み、二人も()()()では戦いで負った傷の殆どは既に癒えていた。ところが病院内で会ったアキラは、最後に会った時は何事も無かった腕にギプスの様な物を付けていたのだ。

 

「何かトラブルでもあったのか?」

「いや…これはちょっと…」

 

 レッドが尋ねてきた内容にどう答えたら良いのかアキラは迷うが、病院に往来している人達に目を向ける。ここで話すのは良くないと判断したのか、彼と一緒に別の場所へ移動しながら訳を話し始めた。

 

「この前リュットを――」

「リュット?」

 

 リュットとは、アキラが連れている相棒にしてエースであるポケモン、カイリューに付けているニックネームだ。

 一か月前の戦いの最中、遂に最終形態へと進化を遂げたドラゴンポケモン。

 以前から不安視していた進化後の体調不良も無くて、順風満帆に事が進んでいるのにトレーナーである彼も含めて上機嫌だった筈だ。

 

 この様子だと、また何時もの様に手持ち絡みのトラブルで怪我をしたのかと彼は軽く考える。

 しかし、アキラの口から告げられた内容は、レッドの予想を大きく超えていた。

 

「引き摺って腕を痛めた」

「――はぁ?」

 

 あまりにぶっ飛んだ内容に一瞬だけ思考が止まってしまったことも相俟って、レッドは全く理解できなかった。

 『引き摺って腕を痛めた』と言っているが、聞き間違いでなければ『カイリューを引き摺って腕を痛めた』とアキラは言っているのだ。何があったのかは知らないが、カイリューを引き摺って腕を痛めたなどツッコミどころが満載過ぎる。

 

「えっと……引き摺ったって…カイリューをだよな? ――何があったの?」

「その…リュットを止めようとした時に…気付いたらあいつの尻尾を掴んで引き摺っていた…」

「いや気付いたらって何だよ。てか、あんな大きいカイリューを引き摺れるものか?」

 

 カイリューは身長が二メートル近くもあるだけでなく、その体重は二百キロに近い。とてもじゃないが、人がそう簡単に引き摺り回せる重さでは無い。

 そもそも大型のポケモンらしく、屈強な肉体から発揮される力はかなりのものだ。普通どころか軍人として鍛えられたマチスの様な屈強な人間でも、抵抗されてしまうと体格と力の差が大き過ぎて逆に振り回されてしまう。

 

 実際アキラ自身、カイリューがハクリューだった頃は、それらが要因で相棒が機嫌を損ねた時に宥めるのに苦労して振り回されていたはずだ。なのに今は、話だけを聞くと何故だか逆転しているらしい。

 

「俺だって信じられないよ。確かに最近妙なくらい…腕に力が漲る様になったけど、まさか駄々こねるリュットを引き摺れる程とは思わないよ」

 

 信じられないのは当の本人であるアキラも同じだったが、現にこうして現実と化している。

 あの時は無我夢中で止めようとしていたのだが、痛みを感じる形で気付くまで何メートルも駄々をこねるカイリューの尾を掴んで引き摺っていた。恐らく痛みを感じることが無かったら、もっと引き摺っていたかもしれない。

 

 にわかに信じ難い話ではあったが、アキラが語る内容にレッドは以前、彼に呆気なく取り押さえられた際にマチスが言っていたことを思い出した。

 

 その時は四天王との戦いが大詰めを迎えていたのや彼が口にする内容がちょっと信じられなくて真に受けてはいなかったが、この様子ではどうやらアキラが馬鹿力を発揮するのは本当らしい。

 友人にしてライバルである彼の体に、一体何が起こっているのか。

 ちょっと真剣にレッドは考え始めるが、彼の思考を中断させる形でアキラはある事に気付く。

 

「レッド、前から人、右に寄った方が良いよ」

「え? あっ、サンキュー」

 

 アキラからの指摘を受けて、レッドは彼の言う通りに前から歩いて来た大柄な人を右に避ける。

 しかし、彼が誰かとぶつかりそうになる機会は減らず、その度にアキラは彼にどう避けていくのかを指摘していく。どうやら会話や考えることに夢中になり過ぎているのか、レッドは目の前の確認が疎かになっている様であった。

 

「――アキラ、お前ナツメみたいに未来予知が使える様になったのか?」

「そんな凄い超能力は使えないよ。前も言ったけど動きが読めるんだ、本当に」

 

 あまりに的確過ぎたのか、周りが落ち着いてきたのを頃合いに聞いてきたレッドの疑問をアキラはきっぱり否定する。

 実はアキラの体に起こっている変化は、何も馬鹿力を発揮出来るだけでは無い。

 四天王との戦いを経験して以降、それまで突発的に生じていた相手の動きが読める感覚が、意識しているしていない関係無くほぼ常時に発揮出来る様になっていた。

 

 視界内にいる相手が、どう動くのかを簡単に読める観察眼。

 それらの動きを瞬間的に把握することのみならず、付いて行くことが出来る動体視力。

 そして寸前に読んでいたのと異なる動きをしたとしても、即座に対応できる反応速度。

 これらの要素によって、レッドの言う様にアキラは無意識でも未来予知をしているのかと思えるまでに高い精度で相手の動きを予測することが出来ていた。

 

「相手の動きが読めるって、便利だな」

「確かに便利と言えば…便利だけど」

 

 ”便利”の一言で済ませるレッドに、現在進行形で便利どころでは無いのを実感しているアキラはどう反応したらいいのか困る。

 ただ、突発的に生じた時と比べると常時発揮出来ている今の感覚の方が、若干ではあるが予測の正確さなどで劣っている部分やしっかりと予測出来ないこともあるなど欠点が無い訳では無い。それでも相手の動きが、未来予知とほぼ大差無いレベルで読むことが出来るのが強力であることには変わりない。

 

「まぁ、あまり動きを伴わないエスパー系やそれに近い…特殊技とかを読むのは、他よりは上手く行かないけどね」

「それでも凄いと思うぜ。お前はどんどん強くなるから、俺もうかうかしていられないな」

 

 レッドの評に、アキラは苦笑する。

 確かに目と同等ではないが、鋭敏化した聴覚を始めとした他の感覚機能も集中して併用する事で、予測の精度を更に高めることも可能だ。何より、今の感覚を発揮出来た戦い全てにおいて、劣勢だった状況を一気に引っ繰り返したり逆に圧倒し返して来た。

 それらの経験を考えれば、長年の目標であったレッドを負かすことも現実味を帯びる。

 

 だが、アキラの体に起こっている変化は、何も良いこと尽くめで問題が無い訳では無い。

 当初は使いこなすことが出来れば更なる高みへと登り詰められると奮起していたが、今回腕を痛めたこと以外にも突き詰めれば突き詰める程色々と面倒なことが徐々にわかって来た。何気無く使いこなしている様に見える目の感覚もポケモンバトルに活用しようとすると、正直言って何故今まで上手くいったのかが不思議なくらい今は安定しない。

 

 一応、理由は単純ではあるがわかってはいる。

 

 一つ目は、平時の頭では、わかる情報が多過ぎて余計な欲を掻いてしまう。

 二つ目は、体感的に周りの動きが緩やかに感じられる感覚だけが、どれだけ意識しても中々発揮することも感じることも出来ないのだ。

 

「――上手く行かないものだな」

「何が?」

「今目に見える感覚をちゃんとポケモン達に伝えることだよ」

 

 一つ目に関しては自らの意識の問題もあるが、アキラのトレーナーとしての技術が能力に追い付いていないことも関係していた。

 過去に発揮出来た戦いの殆どが必死だったり無我夢中だったことも相俟って、手持ちに伝えた指示の内容は良く考えていない断片的なものであったり、大雑把に伝えても気にしなかった。

 だけどそれでは、この感覚を十全に扱えているとは言えない。

 

 今のアキラの目は、純粋に相手の動きを片っ端から読めるだけでは無い。極端な話、明確に相手の急所と考えられる肉体的に弱い部分さえも把握して、意図的に狙う事すら可能だ。

 何とかしてアキラは、自分の目から見える勝利に繋がるであろう道筋を手持ちに伝えようと努力をしてきた。

 ところが理解出来る情報量が多過ぎて、中々上手く頭の中に浮かび上がる理想的な流れに、彼らを導くことが出来ていなかった。

 

「上手く行かないって、どんな感じでポケモン達に伝えているんだ?」

 

 レッドの疑問に、アキラはちょっと前に試した時の記憶を思い出しながら話す。

 

「この前野生のポケモンと戦った際にサンットに伝えたのを例にすると、正面からの突進を回転する様に左に攻撃を流して、正面を向くと同時に首筋へ”きりさく”」

「いやいや待て待て、そこまで長くて具体的に伝えられたら、幾らお前のポケモン達が頭良くても戦うので精一杯なポケモンは対応出来ないぞ」

「だよね」

 

 これでもかなり短くした方だが、自分から見える感覚をそのまま指示やアドバイスの為に言語化するとこうなってしまうのだ。

 事実、レッドの言う通りアキラからこの指示を受けたサンドパンは、内容の理解が出来なくて戸惑うだけでなく動きが空回りしてしまった。頭の良いゲンガーやヤドキングでさえも、この細かい指示やアドバイスには咄嗟に対応出来ないだけでなく難色を示している。この時点で、このやり方は不適切であると言わざるを得ない。

 

 こんな難解な指示になってしまう元を辿れば、効率的に相手の急所や弱点を突くというアキラなりの意図がある。

 変に高望みをしなければ、別に感覚的で簡潔な指示でもあまり見通せていなかった昔のやり方でも構わない。

 

 しかし、あまりに簡潔過ぎても結局は手持ちの混乱を招いてしまう。

 そして昔のやり方も、程度はあれど目の感覚が常時発揮される影響で意識しない方が無理なので、当時のやり方で伝えることは無理だ。

 

 仮に手持ちが理解出来たとしても、ポケモンバトルは僅か数秒の間でも目まぐるしく状況が変わるのだ。実際、目に入る情報を可能な限り素早く把握しても、伝えている最中に相手の動きが大幅に変わってしまって意味が無くなってしまうことが頻繁に起こっている。

 

 相手の動きや急所を瞬間的に把握するのは、戦っているのが自分自身ならこれ以上無い最大の武器だ。ところがそれを味方と言った別の戦っている誰かに言葉で伝えるとなると、急に難易度が跳ね上がって面倒極まりない事になる。

 

 二つ目に関しては、正直あまり気にしてはいない。

 確かに体感時間が長く感じられるのは、余裕を持って目に入って来た情報を処理出来るので戦う時は便利ではあるが、日常生活でも発揮されると不便だ。ただ、一つ目の問題を考えると、多少の不便さと引き換えに何時でもその感覚を発揮出来る様になった方が良かったのでは無いかと今では思ってしまう。

 

 今まで目から感じられる感覚を上手く戦いで扱えていたのは、極限まで高まった集中力のおかげで余計な欲や思考を省けたこと。更には直感的でありながら、余裕を持って考えることが出来ていたのが大きいと言える。

 

 だが、どれだけ改善したとしても、今自分が発揮出来る感覚全てをポケモンバトルで何一つ余すことなく活かすことは無理だ。真の意味で全ての感覚をポケモンバトルに活用するには、今のところカイリューだけでしか経験していない互いのあらゆる感覚を共有していると言っても過言では無い一心同体とも言える感覚が必須だろう。

 

 どうしてそう感じられるかの原理は勿論、理屈も未だに不明の共有感。

 互いに考えていることが理解出来るだけでも十分過ぎるのに、気を抜かなければ体力が続く限りほぼ負ける気がしないあの高揚感は病み付きになる。

 

 折角求めていた力を手に出来たと言うのに、思う様に使いこなせない。

 理想と現実のギャップに悩むアキラに、レッドは複雑そうな表情を浮かべる。

 

「アキラ、お前絶対に何かおかしくなっているぞ」

「うん。最近薄々そう思えてきた」

 

 レッドの懸念にアキラも同意する。

 今回は腕に負荷を掛け過ぎて負傷したが、どこまで持ち上げられるかは全く分かっていない。特に意識しなくてもカイリュー同様に以前なら無理だった重いものが、今では普通に持ち上げられてしまうのだ。無自覚に今まで通りに過ごしていたら、多分意図せずにとんでもない力を発揮してまた体を痛めて怪我をしてしまう。

 その所為で当初考えていたトレーニング計画は頓挫してしまい、今は下手に体を痛めない様に様子見の状態だ。

 

 体がこんな調子になったのは四天王との戦い以降なのだが、レッドの言う通り絶対に何かがおかしくなっている。上手く活用すれば得られる恩恵は大きいが、必ずしも良いこと尽くめという訳では無い。

 そう考えるとようやく得られた目の感覚も、手放しで喜べる様な代物では無いのかもしれない。

 

「取り敢えず体の調子には気を付けるよ。大怪我して動けなくなるのは嫌だし……レッドも体には気を付けてよ。今日来たのは手足の治療の為だろ?」

「まあ…そうだけど」

 

 アキラの問い掛けに、レッドは答えを返しながら右手首を確かめる様に動かす。

 エリカの紹介で今もこうしてレッドは通院を続けていたが、手足の痺れが出てくるのが遅くなるだけで全く完治する気配は無かった。普通の方法で治るかが全く不明なこともあって、早い段階でアキラは後々彼も行うであろう治療法に関する情報を提供してはいた。

 

「シロガネ山に傷を癒すのに絶大な効能を持つ温泉の話を前にしたけど、結局どうなっているの?」

「温泉で治療って…本当に治るのか?」

 

 半信半疑と言った様子で、レッドはアキラに聞き返す。

 シロガネ山はどういう訳か並みのトレーナーでは歯が立たない屈強なポケモン達が生息している危険地帯である為、許可が無い場合は基本的に立ち入り禁止だ。

 

 レッドならポケモンリーグ優勝者、オーキド博士公認のポケモン図鑑所有者などの肩書きがあるのですぐに許可が下りる筈だが、どうやら彼は湯治で治るのか疑問らしい。

 

「物は試しって奴だよ」

「物は試しって……まあ、お前が持ってきた話だから有力な情報なんだろうけど。グリーンやナナミさんが色々調べているらしいから、今は結果待ちってところ」

 

 詳細な情報の精査は二人がやっていると聞き、アキラは納得する。

 幾ら自分の情報が先取りした形で知った効果的で正しい情報だとしても出所不明であることには変わりない。確かな記録を含めて、今はシロガネ山の湯治が本当なのか裏取りをしていると言うことなのだろう。

 

「早く体を治すべきだぞ。ポケモントレーナーは体が資本なんだから」

「どういう意味?」

「健康的に動き回れるのが一番大事ってこと」

 

 アキラの答えにレッドは納得するが、同時にその言葉が当の本人にも言えることに気付いた。

 

「それアキラにも当て嵌まるじゃん。お前には何かと助けられてばかりだから、困ったことがあるなら何時でも相談に乗るよ。例えば今とか」

「ぅ…うん…ありがとう」

 

 レッドの申し出と気持ちは有り難かったが、今回の体の異変に関しては彼の力を借りても如何にかなりそうなものではない。この世界に来る前からも、何かと壁にぶつかったり困難な目に遭って伸び悩んだりする経験はアキラにもある。

 だけど、今回は短い人生の中でも一番の壁だ。

 

 それも自力で乗り越えるには、物凄く時間が掛かりそうなとんでもなく大きな壁だ。

 何とかしたいのは山々ではあるが、どうすれば問題を解決出来るのかが全く浮かばなかった。

 或いは、浮かんだとしてもそこまで効果が望めるとは思えなかった。

 

「――困ったな…」

 

 この先自分がどうやって今ぶつかっている問題や壁を乗り越えるのか、その展望が見えず、隣にいるレッドには聞こえないくらいの小声でアキラは弱音を口にするのだった。




アキラ、いざ飛躍の時、かと思いきや予想していなかった形で躓く。

彼が今までみたいに感覚を上手く扱えていないのは、やれることが多過ぎるのや気付いていなかった問題点も自覚する様になり、デメリットが未知数なのと技術不足も相俟って困っていると言った感じです。

そして今回は描いていませんが、引き連れているポケモン達にも程度は有れど、新たな課題や問題も生じています。
今回のオリジナル章は、1.5章の様に主人公絡みのオリジナル設定も多少描きますが、メインは彼らが壁を乗り越えて飛躍していく章の予定です。
更なる捏造設定や解釈、展開を描くのも予定していますので、ご注意下さい。


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第三の転機

 その日、タマムシ大学内にある会議室の一つで、大学に在籍している教授に専門家などの有識者、エリカなどの地元の有力者も交えた会議が進んでいた。

 議題に取り上げられているのは、約半年前に起こった巨大サイドン襲撃事件に関することだ。

 

 野生のポケモンが、何らかの理由で人が住んでいる町に被害を出すことは時たまにある。

 しかし、それでも半年前にあったサイドンによる被害はあまりにも大きかった。

 

 更に暴れていたサイドンの身に起きていた謎の現象も自然に起きたとは考えにくい未知のもので、人為的に引き起こされたとしても誰が何の目的があるのかなど、治安の面も絡むと言った学術的な面を超えたものになっていた。

 

「ポケモンのタイプが変化することは、ポケモンが進化する時に変わることを考えると珍しい事では無い。しかし――」

 

 参加者達に語り掛けながら、グレンジムジムリーダーであり、一流の科学者でもあるカツラは発言をする。

 

 実はポケモンのタイプの変化が起こる現象については、彼がロケット団に所属していた頃から噂程度では存在していた。当時はミュウツー計画や他の計画が優先されていた為、未だ解明されていないポケモンの神秘として扱われていたが、本格的に研究されなくて良かったとカツラは安心していた。

 

 以前の自分なら、最強のポケモンを生み出すミュウツー計画同様、その力を利用するべくメカニズムを解明することに躍起になっていたのが容易に想像出来たからだ。

 

「オツキミ山や当大学に保管されている隕石が発しているエネルギーと酷似していることは確認しています。問題は、影響を与えたエネルギーの元がどこなのかです」

 

 続けてこの分野における研究の第一人者であり、タマムシ大学で教鞭を取っているヒラタ博士が問題を提起する。

 

 エリカなどの有力者の支援のおかげで、確かに研究は大幅に進んだ。だが、それでも隕石が落下した訳でも無いのに何故隕石が持つエネルギーと酷似したものをサイドンが帯びていたのかなどの謎は、未だに明らかになっていない。

 

 そもそも隕石に含まれているエネルギーが原因であるのなら、オツキミ山付近はタイプが変化したポケモンの住処になっていても不思議では無い。

 隕石が関わっているとしても、エネルギーの正体や何が影響しているかまでも解明しなければならない。

 

「確かオーキド博士から、他地方で似た様な現象があるという話が」

「いや、それよりもあれはどうだろうか」

 

 彼以外にも様々な意見が出てくるが、新しい可能性は見出せても誰もが納得出来る答えにはどうしても至らない。

 

 オーキド博士が発表した正式にその存在が認められたポケモンの種類が世間に広まるにつれて、カントー地方以外のあらゆる地方から様々なポケモンに関する情報が集まる様になっていた。

 専門レベルなので一般に広まるのはまだ先になるが、その多くがオーキド博士が纏めた150種に当て嵌まらない新種と扱っても良いポケモンだった。

 

 そういった150種以外のポケモンの中でも、同種の筈なのに色や姿が異なるポケモン、限られた条件下でその姿を大きく変化させる現象。そして今話に挙がった同種でありながらタイプが違ったり、通常の個体よりも大型化するポケモンが多くいる地方についても、集まった情報の中にあった話だ。

 今回の事件やヒラタ博士が今まで纏めてきた研究と比べて見ると、多少の類似点があると言っても良い。

 

 今まで調査範囲はカントー圏内に絞られていたが、いずれはシロガネ山を越えた先にあるジョウト地方を始めとした他地方にも広げていく必要があるだろう。

 次も同じ様な被害が出るのは、何としてでも防がなければならない。

 それが会議に参加している彼ら共通の想いだ。

 

 しかし、どれだけ意見を交わしても、それ以上有益な説や情報が挙がることは無かった。

 結局、他地方へ調査に向かう可能性があることを示唆する形で、今回の会議はお開きになる。

 参加者は荷物を纏めて退出していくが、ヒラタ博士とエリカ、カツラなどの三人は互いに話したいことがあるからなのか、部屋を出てからも議論を続けていた。

 

「隕石に含まれるエネルギーがどう関わっているのかわかれば…」

「うむ…」

 

 ただポケモンにエネルギーを与えても、何かしらの変化が起きるとは限らない。

 膨大なエネルギーで能力が高まることはあっても、生来有しているタイプと言った体質が変わるなどの大きな変化が生じるのはかなり特殊だ。

 

 だが、以前から「外的要因によるポケモンのタイプ変化」と呼ぶべき研究に携わって来たヒラタ博士は、謎を解き明かすには叡智を結集させることのみならず、理不尽な力に対抗する手段も必要であることも知っていた。

 

 隕石が発するのと類似したエネルギーの影響でタイプが変化したポケモンは、総じて気性が荒く凶暴だ。増してや半年前のサイドンレベルになると、生半可な者では調べるどころか近付くことさえ生死に関わるレベルで危険だ。

 この研究を進めていくには、他の研究以上にポケモンバトルに長けた腕利きのトレーナーの助けが必要不可欠だ。

 

「そういえばアキラ君は…」

「彼なら別室で待っていた筈です」

 

 今この場には居ない、サイドン騒動を終息させた当事者の一人であるアキラを探すカツラに、エリカは彼の居場所を教える。

 基本的にアキラが会議に参加することは無い為、彼視点からの意見や疑問は保護者であるヒラタ博士が代弁している。ヒラタ博士はエリカとカツラと共に会議室から出ると、会議が終わるのを待っているアキラがいる別室へと向かう。

 

 

 

 

 

「いや待て…これだと怪我しそうだ……う~ん…」

 

 三人が訪れた部屋の中では、ノートに何かを書き込んではブツブツと呟きながら線を引いて消すことをアキラは繰り返していた。

 後ろ姿から見てもわかるが、何やら思い詰めてしまう程に悩んでいる様子で、やって来た三人は思わず口を閉じてしまう。

 

 そんな彼とは対照的に、彼が連れているポケモン達は何時も通り、各々が自身にとって楽な姿勢で寛いでいた。中には器用にトランプのババ抜きに興じている者さえおり、一見普段と変わらず自由奔放に過ごしている様に見えなくもなかった。

 しかし、下手に彼の集中を乱したら悪いと思っているのか、部屋の中はアキラの呟きやノートに書き込まれる音しか聞こえないまでに静かだった。

 

「彼は…どうしたのですか?」

「最近伸び悩んでいるらしい」

「伸び悩んでいると言う事は、スランプでしょうか?」

 

 カツラの問いに保護者であるヒラタ博士は、これまでの彼の動向を思い出しながら訳を話すが、エリカの答えに少しだけ不思議そうな顔をする。ヒラタ博士は、あまりポケモンバトルが得意と言う訳では無いが、スランプと言われるとイメージは出来る。

 トキワの森で彼を保護して二年、困ったり悩む姿は度々見てきたが、最近は何時になく順風満帆に見えていただけに意外だった。

 

「ただのスランプと言うよりは…連れているポケモン達は全員進化を終えただけでなく、四天王と言う強敵を倒したことで燃え尽き症候群に似た感じになっているのかもしれません」

「燃え尽き? あの戦いが終わった後でも、アキラ君は何時もの様に鍛錬を続けておったが」

「無理に鍛えても逆効果です。場合によっては悪循環にも繋がります」

 

 エリカの考察に、ヒラタ博士は納得する。

 スランプに陥ったからと言って、練習量を増やしたり休めば抜け出せるものでは無い。何が切っ掛けで抜け出せるかわからないからこそ、スランプに陥るものだ。

 そして今のアキラは、保護者として今まで面倒を見てきたヒラタ博士でも一番悩んでいる様に見えた。中にいる彼のポケモン達と彼自身の様子に注意しながら、博士は部屋の中に入るとアキラに声を掛ける。

 

「アキラ君、何を悩んでいるのかね?」

 

 調査していたトキワの森で偶然アキラと出会った時の事は、今でも昨日の事の様に憶えている。

 記憶喪失気味なことや警察の捜索でも身元が判明しなかったこともあって、彼の面倒をヒラタ博士は今日まで見てきた。

 不思議な一面を度々見せることはあるが、彼がポケモントレーナーとしての才に恵まれていたおかげで、今では多くの人達がその力の恩恵を受けてきた。だけど、そんな事とは関係無く、純粋に保護者として博士はアキラの事を心配していた。

 顔に疲れの色が浮かんでいる彼の姿を見て、何か力になってあげたかった。

 

「ちょっと色々ありまして…」

「スランプかね?」

「――そうかもしれません」

 

 素直にアキラは、今自分が置かれている現状を認める。

 手持ちは現段階では完成の状態、自身もバトルに活用すれば大きな力を発揮できる能力を扱う事が出来る。後は可能な限り技を覚えたり地力を上げるだけで良い筈なのだが、何故かそれらの試みは上手くいかない。

 

 寧ろ、大き過ぎる力に振り回されて以前よりも大雑把且つ力任せになっている。

 これをスランプと言わず、他に何と言う。あの手この手で思い付く限りのことをノートに書いて解消手段を発展させようとしているが、すぐに問題点に気付いては消すことを繰り返していて本格的に悩んでいた。

 

「そう深刻に悩んでいたら、解決するものも解決しませんわ」

 

 続けて部屋の中に入って来たエリカもアキラを励ます。

 若くしてポケモンリーグの頂点に立ったレッドと互角と言っても良い実力を持ち、一か月前の四天王との戦いではレッドの救助にイエローの手助け、そしてクチバシティでは四天王の軍勢を一手に引き受けての時間稼ぎなど大きな役割を果たした。

 

 世間ではあまり取り上げられなかったが、彼は正に陰の功労者であり必要不可欠な存在だった。

 心配を掛けさせているだけでなく励まされていると気付いたのか、アキラは手に持っていた筆記用具を手放して失礼の無い様に彼らと向き合う。カツラも話に加わろうとしていたが、同室で寛いでいた彼の手持ちの何匹かの鋭い視線を感じて部屋の外に留まることにした。

 そんな時、交互にエリカと彼に視線を向けたヒラタ博士はある解決策を閃いた。

 

「そうだ。ポケモンバトルでスランプに陥っているのなら、ジムリーダーを務めているエリカ君に定期的に指導をお願いしたらどうかね?」

「え?」

 

 博士の提案に、寝耳に水と言わんばかりにアキラは目を見開く。

 彼がこの二年間にやって来たポケモントレーナーとしての鍛錬や勉強法は、読み込んできた膨大な書物を参考にしながら、レッドの協力や目の前にいるエリカなどの知り合いであるジムリーダーからの助言。果てには野良試合で負かされた相手トレーナーからも、可能であるのなら情報交換名目で尋ねたりもしてきたが、ほぼ独学な側面が強い。

 確かに本格的な形で、経験豊富な彼女からポケモントレーナーとしての指導を受ければ、今抱いてる悩みの幾つかを解決出来るだろう。

 

「あの…ヒラタ博士…確かに良い提案だとは思いますが……」

 

 忘れがちではあるが、トキワの森に置き去りにされる以前の記憶が無い身元不明の少年であるのを装っているアキラは、ヒラタ博士の家でお世話になっている身だ。

 

 家事の手伝いや博士の研究の手伝いや護衛と言う名目での同行など、思い付く限りの恩返しをしているつもりだが、手持ち関係で援助もして貰っているので十分とは言えない。

 その為、これ以上保護者であるヒラタ博士に負担が掛かる様なことは気が引けるので、自然と誰かから本格的にポケモンバトルを教えて貰う選択肢を消していた。

 

「構わん。儂としてはアキラ君がより強くなってくれた方が、嬉しくもあるし助かるからの」

 

 戸惑うアキラを余所に、エリカからポケモンバトルの指導を受けさせることにヒラタ博士は好意的であった。

 アキラはあまり意識していないが、既に彼の存在はヒラタ博士などを始めとしたポケモンバトルの腕に恵まれなかった研究者にとって欠かすことの出来ない大きなものになっている。近年タマムシ大学でポケモンの生息域などの調査や研究が捗る様になったのは、アキラが強力なポケモンを率いて護衛をしてくれることで、難しい危険地帯への探索が可能になったおかげでもあるからだ。

 研究者はオーキド博士の様な例外を除くと、どうしてもポケモンバトルに強いとは言い難い人材ばかりだ。

 

 博士自身、最近物騒な出来事が続いているので、新しい手持ちを加えて少しでも戦力強化を図ってはいる。しかし、それでも彼の力が無いと行うのは厳しいと言わざるを得ない調査や研究は多い。

 アキラが更に強くなるのは、単純にメリットしかない以外にも、何が起きるのかわからない今後を考えると必要であると言っても良い。

 

「――どう思う?」

 

 視線を移しながら、アキラは手持ちのポケモン達にヒラタ博士の提案の是非を問いた。

 しかし、博士の提案を聞いていた彼の手持ち達は総じて難色を示していた。

 

 エリカに教わると言う事は、即ち彼女方式での指導を仰ぐと言う事だろう。

 彼女はタマムシジムのジムリーダーであると同時に、タマムシ自警団のトレーナー達にも度々指導を行っている。アキラ自身もバトル以外のポケモン関係も含めて、わからない時や困った時に彼女から助言を貰ったりしてきたので、指導者として優れていることは知っている。

 

 彼のポケモン達もエリカの実力は認めているし、何かとお世話にはなっているので恩が無いと言う訳では無い。

 しかし、彼女のポケモン達の戦い方を知っているからなのか、それでも何とも言えない空気が六匹の間では漂っていた。

 

「アキラとしては、誰が浮かびますか?」

 

 遠回しに拒否されていると言っても過言では無い反応であるのを気にせず、エリカは自分以外に師事を仰ぎたい人物をアキラに尋ねた。

 

 アキラのポケモン達が自分好みの戦いをするタイプなのは、彼の友人でありライバルのレッドや保護者であるヒラタ博士らに次いで彼女は良く知っている。下手にこちらが決めると言う形で束縛させるよりは、彼らが納得する指導者を見つける方が彼らの為だ。

 普通ならそう簡単に師事を仰ぐ相手は浮かばないものだが、アキラの頭の中に鍛え抜かれた体を持つ屈強な男の後ろ姿がすぐに浮かんだ。

 

「……シバさん」

 

 少しだけ間を置いてからアキラは素直に、二人に頭の中に浮かんだ人物の名を挙げた。

 恐らく、今自分が最も知りたいことや学びたいと考えていること全てを知っている。

 或いは理解してくれるとしたら、今まで会ったトレーナーの中では彼しか浮かばない。

 しかし、その人選は問題だらけでもあった。

 何故ならシバは一か月前まで、カントー地方の命運を賭けて敵対していたカントー四天王の一人だからだ。

 

「シバですか。何故彼の名を挙げたのですか?」

「それは――」

 

 二年前、オツキミ山で手合わせをした後に意気投合したことやお互いトレーナーとしての方針が似ていること。それ故に今自分が求め、必要としていることを知っているだけでなく理解している可能性が高いこと。四天王との戦いの時に伝えたことも含めて、アキラはエリカとヒラタ博士に全て正直に話した。

 

「そうですか。彼については、レッドからも同様の話を窺っていますので大丈夫だと思いますが、行方は知っているのでしょうか?」

「知らないです…」

 

 スオウ島での戦いの後、シバは他の四天王と同様に姿を消している。

 もう既に薄れている漫画を読んでいた頃の記憶を頼りに彼の行方を思い出す。

 今頃シバは、スオウ島を去る途中で助けたキョウと意気投合。一緒にレッド達との再戦を目指して、どこかで特訓しているだろう。

 無事ではあるが、詳細な居場所が不明であることには変わりない。

 

「シバか…そういえばアキラ君は体を鍛えたいと言っておったな」

「それでしたら……タケシはどうでしょうか? 彼もジムトレーナーや地元警察へのポケモンバトル指導は勿論、日々ポケモンだけでなく自らも鍛えています」

「タケシさんですか」

 

 エリカが挙げた人物の名に、アキラもぼんやりとだがニビジムジムリーダーを務めている彼の姿を思い出す。

 タケシもシバ程では無いが、その身をジムトレーナー達と一緒に()()()()()()()を主軸に据えて日々鍛えている。何故アキラがそんなことを知っているのかと言うと、丁度一年くらい前にタケシに再戦をしに向かった事があるのだ。

 

 その時、彼らのイシツブテ合戦を見学していたら、流れ玉ならぬ流れイシツブテが顔面を直撃するアクシデントに見舞われた。おかげで乳歯の何本かが折れ、しばらく鼻血を出して気絶していたのは今では笑い話だ。

 

 タケシ案にはカイリューやゲンガー、サンドパンなどの初期に挑んだ経験のある三匹を中心にポケモン達は、それなりに良い反応を見せる。

 だが、それでも何かアキラが求めているものからズレている気がしなくも無かった。

 

 アキラが知りたいものと求めているものは、自らの目を使いこなせる様に純粋にトレーナーとしての技量を上げる事と、手持ち達と共に戦いの渦中に飛び込めるだけ自らの体を鍛える事だ。最終的な目標は、カイリューと一心同体になった様な感覚を突発的では無く自らの意思で自由に発揮出来る様にすることだ。

 詳細な発動条件は未だに良くわかっていないが、何もあの感覚は自分とカイリューだけのものではないはずだ。

 

 シバの様に自らの体を絶えず鍛え、その彼か自分と同じ考えか近い方針を持ち、トレーナーとして優れた実力を有するだけでなく指導者としての技量もある。

 

 改めて自分が師事を仰ぐ人物に求める条件を頭の中で纏めるが、随分と贅沢な要求であるのにアキラは我ながら呆れる。大体シバの様に、自らの体もポケモンと同じくらいハードに鍛えるポケモントレーナー自体かなり稀有だ。

 今まで道中で手合わせをしたことがあるトレーナーの中でも、自らも鍛えていると感じられたトレーナーは少なかった。()()()()()()の様な実力者で求めている条件を照らし合わせても、本当に――

 

「――ん?」

 

 そこまで考えて、アキラはあることが引っ掛かった。

 トレーナーもポケモンと一緒に鍛えるという、自分が最も求めているのに近い考えを持つ、名が知られている人物がシバ以外にもいた気がするのだ。疲れた頭をフルに働かせて、アキラはその人物が何者なのかを思い出そうとする。

 しかし、憶えているのとあやふやなのがごちゃ混ぜになって、上手く目的の記憶だけを明確に引き出せない。

 

 こういう時の為に、この世界がどの様な流れを辿るのかを憶えている限り落書きや暗号めいた形で記したノートはある。だけど、そのノートは自室に振り分けられた屋根裏部屋に置かれているので今手元には無い。第一、いざとなったら燃やして証拠隠滅も辞さない代物なので、他者の視線があるところで確認するものでも無い。

 

 仕方なく、頭に浮かんだキーワードを連想ゲームの様に、アキラは次々とノートに書いて行く。

 指を動かしながら考えていく内に、彼は少しずつ頭に引っ掛かったものを思い出す。

 そして、連想した末に至った記憶をハッキリとした形で思い出すと同時にアキラはハッとした。

 

「そうだ。あの人なら」

 

 さっきまでアキラが抱えていた悩みと憂鬱な気分は、跡形も無く吹き飛んだ

 トレーナーがポケモンと変わらず体を鍛えるのは、何も単純に彼らに付いて行けるだけの身体能力と体力を養うだけでは無い。

 

 それよりももっと大事なことだ。

 

 腕の立つトレーナーには自らの体を鍛える者は多いが、それを目的にした上で鍛えているのはもっと少ないだろう。恐らくシバも特注のヌンチャクを使いこなす以外にその狙いがあったからこそ、ポケモンと共に自分自身も極限状態に置きながら体を鍛えていたのだ。

 

 方針は決まった。

 だけどその前に、記憶が正しいのかや本当に求めているのがそこにあるのかなど、色々確認しなければならない。その為の第一歩として、振り返ったアキラは保護者であるヒラタ博士とお世話になっているエリカに尋ねた。

 

「すみません。グリーンは、今どこにいるのかご存知でしょうか?」




アキラ、悩みに悩んだ末、遂に解決への活路を見出す。

ようやく第一話からさり気なく描いていた要素に辿り着く寸前まで書けて、安心した様な喜びたい様な、とにかくそういう気持ちです。

アキラのタマムシ大学での立場は、ちょっとした野生のポケモンでも手こずるのが多い研究者や学生達にとって、研究への理解があるだけでなく確実に護衛をこなしてくれるありがたい存在です。
若い頃のオーキド博士や最近登場するククイ博士などの若い博士も強いのですけど、知識が豊富でも体力などの身体能力も要求されるポケモンバトルの分野でも強い研究者は貴重だと思います。
ただ、オーキド博士の方は年の影響なのか相手が強いのか良く負けちゃっていますが。


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門下生

 カントー地方を隔てている霊峰がそびえている山岳地帯を西に越えた先にあるジョウト地方。

 その中でも最西端に位置する荒波に囲まれた島々の一つで、波が絶えず打ち寄せてくる砂浜を走る集団がいた。

 

 集団の大半はポケモン達だったが、彼らを先導する形で先頭を走っているのは人間の男性だ。若干たるみ気味なお腹の持ち主ではあったが、その体は全体的に良く鍛えられており、走りにくい砂の上を誰よりも力強く駆けていた。

 

「よし! 一旦休憩にするぞ!」

 

 やがて岩で出来た階段の前で止まると、先頭に立っていた男はポケモン達に大声で伝える。

 彼の名はシジマ。この島に置かれている、ポケモン協会公認ジムであるタンバジムでジムリーダーを務めている男だ。

 

 一緒に走っていた彼の格闘ポケモン達も滝の様に体から汗を流し、息を荒くしていたが目に力があった。ついこの前までだったら、ここで気を緩めるのが何匹かいたが今は違う。

 良い傾向だと考えていた時、遥か上空からギリギリ視認できる小さな何かが、飛行機雲の様な軌跡を描きながら飛んでいるのがシジマの目に入った。

 

「来たか」

 

 そう呟くと、息を整えながらシジマは気を引き締め直したポケモン達を引き連れて、自身がリーダーを務めているジムへと向かう。

 長い階段を上がっていくと、サワムラーとエビワラーの像が両脇に設置された門が見えて来る。

 その門の周りには、このタンバの島々ではあまり見掛けないポケモン達が屯っていたが、シジマは気にしなかった。

 

「彼は中か?」

 

 屯っていた六匹の中の一匹が代表してシジマの問い掛けに頷くが、門の先にあるタンバジムも兼ねたシジマの邸宅の正面玄関が開いた。

 中からは彼ら六匹のトレーナーである少年が、普段着ている青いジャケットと帽子を脱ぎ、白い道着に身を包んでいた。腰の帯を確認するなどまだ着慣れていない様子だったが、シジマがいる事に気付くと真っ先に駆け寄って頭を下げた。

 

()()()()()、おはようございます」

「おはようアキラ。今日は早かったな」

「リュットが気合入っていたみたいでして」

 

 門のすぐ脇に置いてある若干小さいながらも頑丈そうなカプセルらしきものと、その傍に立っているカイリューに視線を向けながらアキラは理由を簡潔に答える。

 格好も含めてほぼ準備は整っていると見て良かった為、シジマはすぐさま動く。

 

「よし。着替えは済んでいるようだが、準備運動はまだみたいだな。問題が無いか見てやるから稽古場に来い」

「わかりました。手持ちに今日やることを伝えたらすぐに向かいます」

 

 やる気満々なのを感じさせる元気の良い返事を返し、アキラは門に屯っていた手持ちの六匹を集める。シジマの方は汗を洗い流すべく一旦自宅内に戻るが、玄関を閉める前に見えた六匹と意思疎通を取っている彼の姿にどこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

『どうか、シジマさんのご指導いただけませんか』

 

 アキラを先頭に訪れた彼らは、出迎えたシジマにそう願い出た。

 頭を下げることに慣れていないのか、ぎこちない様子で頭を下げるポケモンが何匹かいたが、雰囲気と眼差しは冷やかしでも何でも無く真剣だった。

 

 アキラがシジマの門下生として、正式にこのタンバジムで学び始めたのは今から三日前だ。

 だが、それよりも前からシジマは、彼がこの付近ではまず見掛けないカイリューを連れてこの島に度々姿を見せているのに気付いていた。

 彼らは頻繁に訪れてはすぐにその場から去るか、鍛錬をしている自分達の様子を遠目でつぶさに観察していた。

 

 そして数日前、彼は手持ちのポケモン六匹を引き連れてこのタンバジムにやって来た。

 最初はジムに挑戦するつもりかと考えて直接出迎えたが、少しだけ会話を交わしてすぐにアキラは手持ちと一緒に頭を下げて師事を仰ぎたいとの旨を願い出た。

 

 事前調査であることは当たっていたが、まさか弟子入りする為の下見だとは流石のシジマも予想していなかった。

 

 弟子を持った経験が無いからでは無い。寧ろシジマは今まで何人もの弟子を持ち、指導した経験はある。なのにアキラの弟子入り希望に興味を抱いたのは、ここ十何年かは弟子を取っても厳しい指導に耐え切れなくて逃げ出す者ばかりだからだ。

 

 最後まで残っていた者もいなくはないが、最後まで自分の元で学んだ弟子はここ数年で一人しかいない。中には今の彼の様に申し出ておきながら、結局逃げ出した者もいる。

 故に、シジマは自分の指導方針を理解した上での弟子入り希望なのかを尋ねた。

 

『――お前は俺がどんな指導をするのか知っているのか?』

『知って、っ……存じております。寧ろ手持ちのポケモン達の強さに付いて行く為にも、シジマさんの”ポケモンと一緒にトレーナーもその身を鍛える”以外、方法が無いと考えています』

 

 慣れない話し方なのか言い直しながらの返答ではあったが、アキラの答えた内容にシジマは目を瞠った。

 

 ポケモンだけでなく、トレーナー自身もその身を鍛える。

 

 ポケモンバトルは戦うポケモンのみが傷付き、彼らを従えるトレーナーは傷付くことが殆ど無い戦いだ。だからこそ、トレーナーもその身を鍛えることでポケモン達が置かれている状況や気持ちを理解して心を通わせる。それがシジマが抱いているポケモントレーナーとしても、指導者としての確固たる方針だ。

 

 しかし、今までシジマの元に弟子入りをした者の殆どは、皆最初は連れているポケモンを強くするかそれに関する修行と思い込んでいる者ばかりだ。

 そしてこのシジマの方針を理解するかしないかが、残って修行に励む弟子と逃げ出していく弟子の大きな違いでもあった。

 その為、最初からトレーナーである自分自身を比喩でも無く、ポケモン修行のメインに据えて鍛えることを求める者が今の時流にいるとは思っていなかったのだ。

 

 最後にアキラは自分が逃げ出さない証明のつもりなのか、霊峰に隔てられた先にあるカントー地方のジムリーダーが書いた紹介状も差し出した。これで逃げ出せば紹介状を書いたジムリーダーの顔に泥を塗ることになるが、この様子ならそのようなことは無いだろう。

 

 アキラが自らの指導方針も含めたあらゆる点を理解した上で本気なのを理解したシジマは、次に彼が連れているポケモン達にも一通り目を通した。

 育成難易度が最高クラスであるカイリューを伴っているだけでも十分ではあったが、どれも彼の年を考えると非常に高いレベルだった。一見するともう誰かに師事する必要が無い様にも思えるが、シジマは彼が何かしらの壁にぶつかり、それを乗り越えるには自分の元で学ぶのが一番だから来たのだと察した。

 

『良いだろう。お前の弟子入りを認めよう』

『!』

 

 一言ではあったが、アキラの弟子入り希望をシジマは快諾した。

 その後は、指導に関するより具体的且つ詳細な説明や互いの自己紹介、今後についての相談などで一日を終えた。

 

 シジマとしては、弟子として迎え入れるのなら本当は住み込みが望ましかったが、紹介状にも書かれている様に彼自身の諸事情もあってそれは無理であった。

 だけど、手持ちにカイリューがいるおかげで移動が比較的に速いので、カントー地方から通い詰めることは可能だ。後で話を聞くと、下見に来た何日かは鍛錬の観察だけでなく、通い詰めるとしたら移動時間はどれくらいなのかを確かめる為でもあったらしい。

 

 今まで見込みが有る無し関係無く多くの弟子を取って鍛えてきたが、既にある程度トレーナーとして腕を磨いている者を鍛えるのは、シジマにとって久し振りだった。

 しばらくはポケモントレーナーとしての修業と言うよりは、武道を習う者の様な指導内容になる予定になる。その事をシジマは改めて伝えているが、それでもアキラは戸惑うどころか望んでいたと言わんばかりに嬉々として応じた。

 久し振りに鍛え甲斐のある若者が来たものだと、シジマは上機嫌だった。

 

 

 

 

 

「それでは、今日も彼らをお願いします」

 

 アキラの言葉に並んでいるシジマの格闘ポケモン達は頷くと、アキラのポケモン達は彼らの集団に混ざる形で一緒に鍛錬場へと向かって行った。

 

 手持ちのポケモン達にはシジマのポケモン達と一緒に特訓させたり、自分が事前に用意した特訓メニューを好きにこなさせる様にしている。まだ弟子入りして間もないこともあるが、シジマの指導方針は「トレーナー自身もその身を鍛える」だ。

 その為、しばらくアキラは自分自身の体を鍛える方がメインになる。

 彼らの特訓を付きっ切りで見ることは出来ないので、仕上がり具合や調子を見るとしたら休憩時間などの合間や休日の時だ。

 

 ポケモン達を見ればわかるが、シジマはかくとうタイプのエキスパートだ。

 アキラの手持ちにかくとうタイプは一匹もいないが、単純に経験を積んでレベルを上げることや格闘系特有の心構え以外にも学べるものは十分に有る。

 

 特にブーバーとエレブーは体格が人型なので、ポケモンの技だけでなく格闘ポケモン達が使う体捌きを覚えられるかもしれない。人型では無いカイリュー達も、一応は両手が使える二足歩行系のポケモンなので、何か格闘技の一つや二つを”ものまね”を活用することで扱える様になる可能性も無くは無い。

 

 故に放任まではいかなくても、彼らの自主性に任せることになる。

 だけど自ら好きに工夫したり気が向いたら鍛錬に勤しむことが多いアキラの手持ちにとっては何時ものことでもあるので、トレーナーである彼を含めて大して気にしていなかった。と言うよりも、何匹かはアキラが事前に考えた練習メニューよりも本格的な格闘技術に興味を抱いているらしく、全てを覚えるまで飽きることは無いだろう。

 

「よし。今日も気合を入れてやるぞ」

 

 そしてアキラ自身の鍛錬は、シジマとのマンツーマン指導だ。

 渋々ながら教えてくれたグリーンの話から厳しくなる覚悟をしていたのだが、よく漫画で見るスポ根的な過剰なトレーニングでは無かった。本当に学び始めたばかりなのもあるが、今は柔道の基本動作である受身の練習やある程度筋力を付けるトレーニングを行っている。

 

 何故柔道をやっているのかと言うと、指導が始まる前にシジマから何の武道を軸に学ぶのか尋ねられたからだ。

 シジマ自身、柔道や合気道、剣道などの武道の段位や様々な体術の心得もある格闘家だ。色々考えた結果、相手の動きを利用するだけでなく、受け身を身に付けることで肉体へのダメージを減らすことが出来るのではないかと考えたアキラは柔道を軸に選んだ。

 

 手持ちのポケモン達を鍛えることも大切だが、一番の目的は今後激しくなるであろう戦いに付いていける様に自分自身を鍛えることだ。

 ポケモントレーナーらしくないと思う者はいるかもしれないが、これが今までの経験や周りを参考に考えた末に最適と考えた。

 ちなみにシジマの話では、柔道の受身とアキラが考えている吹き飛ばされた際の受身は厳密には違うらしいが、どの道基礎を身に付けないとダメなので気にしていない。

 

 そして肝心の修業スケジュールだが、シジマの元で住み込みで行うのではなくて今住んでいるクチバシティから週に四~五日くらい通って教わる形だ。こちらの事情に余裕がある時や指導内容によっては泊まり込みでやるかもしれないが、今のところは問題は無い。弟子入りしたのに通い詰めるのは奇妙なものだが、こんな事が可能になったのはカイリューの力や協力してくれた人達のおかげでもある。

 

 今彼が住んでいるクチバシティからタンバシティまでは非常に距離が離れており、普通の移動手段では下手をすると何日も掛かってしまう。

 そんな解決するのが難しい距離と時間の問題を、進化したことで自由に空を飛べる様になったカイリューが解決してくれた。

 

 瞬発力が重視される関係で素早さの能力値が低く表示されてしまうが、理論上カイリューは地球を十六時間で一周することが可能な飛行速度を発揮することが出来る。だけど大幅に時間を短縮出来たとしても、今度は風圧やらその他諸々にトレーナーである彼の体が耐えられないなどの問題が立ち塞がる。

 その問題を解消してくれたのが、話を聞いていたカツラやタマムシ大学の工学系に所属している一部の学生達だった。

 

「あの人達に声を掛けてくれたヒラタ博士やエリカさんには、本当に感謝し切れないな」

 

 前者はかつての罪滅ぼし、後者は人がポケモンに騎乗する際に身に付ける安全防具開発の一環としてだ。大規模プロジェクトでは無くて自発的なものであったが、それでも彼らは今回利用したカイリューが抱えられる大きさでの頑丈なカプセルを作ってくれた。

 

 有り合わせの材料でカプセルは作られているが、中に入る事でアキラはカイリューが全力に近いスピードで飛んだとしてもあまり問題無い。

 純粋な弾丸飛行の観点から見ると、彼らが作ったカプセルはかなり優れていた。

 

 何の問題も無く利用出来ているので、今学生達の間ではカプセルに頼らなくても大丈夫な飛行スーツの開発が目標になっていると聞く。もし出来上がったら、テストパイロットとして名乗りを上げようと真剣に考える程、アキラは彼らに感謝していた。

 

 他にも住み込みじゃない理由には、保護者であるヒラタ博士の呼び掛けに応じるのに時間が掛かるということもある。

 半年前の事件を切っ掛けに調査が色々と本格化しつつあるので、アキラにはヒラタ博士がフィールドワークをする際に同行して研究の補助や周辺の安全確保などの役目がある。協力者は確かに増えてはいるが、それでもいざと言う時に真っ向から対抗出来るトレーナーとしての実力や研究への理解度などでは大きく勝っている為、まだまだ助力が必要だ。

 

 誰かの元で指導を受けるのは良いが、やはり必要とあればすぐに駆け付けられるのが望ましい。

 色々と中途半端な感じはしなくも無いが、同じ時間を費やすでも指導者の元で行うのは独学でやっていた時以上に効率的であった。一言では言い切れないが、目標が今まで以上に明確化しているのや自主練よりも鍛錬の質が大きく違う。

 

 よくよく思い出せば、昔やっていたサッカーもコーチがいなかったら、ただテレビで見られる一流プレイヤーの動きを見様見真似でやるだけだっただろう。その動きにどんな意図や意味があるのかを考えることも、具体的な足捌きやコントロールの仕方も何の教えも無くこなすのは無理だっただろう。

 

 この世界で学んで来たポケモンの扱いやバトルの腕も、レッドと言うわかりやすい目標にして競争相手がいたことや的確な助言をくれる存在がいたからこそ磨かれた。

 なので、本当の意味で自力で強くなった訳では無い。

 皆何かしらの形で誰かの影響や教えを受けて成長しているのだ。

 

「あいつらも、どうなるのか楽しみだ」

 

 そしてそれは自分だけでなく、カイリューを始めとした手持ち達も同じだ。

 彼らもこの先、シジマのポケモンから色々教わったり、影響を受けることだろう。

 彼らに与えた自主練習の主な内容は、基本的にはシジマのポケモン達と同じ内容の基礎練習を行うのと”ものまね”を使って新しい技を覚える練習だ。手持ちは一応、()()()では完成した為、これ以上成長するとしたら新しい技をたくさん覚えて戦いの幅を広げることが有効だ。

 

 どこまで覚えられるのかはわからないが、最近”ものまね”を活用した技覚えは単純に慣れや数をこなすことが重要では無いことがわかってきていた。

 今はまだ試行錯誤中ではあるが、”ものまね”を利用した鍛錬や技教えを更に改良出来る日は近いだろう。

 

 もし格闘ポケモンが使える技や技術を覚えることが出来れば、手持ちのポケモン達は接近戦で更に強くなることが出来る。

 それは同時に、彼らにとって悩みにして課題の一つである対ノーマルタイプとの戦いも楽にしてくれるだろう。上手く行けば、何かと腕の立つトレーナーが連れていることが多いケンタロスに苦戦したり、ラッキーの打たれ強さに苦労するのも減ってくれる…かもしれない。

 

「おっと、先生を待たせるのはまずい」

 

 まだまだ本格的な指導が始まった訳では無いが、基礎トレーニングも気を抜いてはいけない。

 単純に体を鍛えてポケモン達と一緒に戦っても問題無い様にする為にも、アキラはタンバジム内の稽古場へと急いで向かうのだった。




アキラ、シジマの元へ弟子入りをして修業を開始する。

今まで独学に近い形で鍛錬を重ねてきたアキラ達ですが、ここから色々と学んでいきます。
特にアキラ自身ポケモンバトルに関係有る無い関係無く、体を鍛えないとマズイです。

ちなみにシジマの元に弟子入りをするのは、初期から決まっていました。
なのでアキラのトレーナーとしての方針やシバとの出会いも含めて、色んな場面でさり気なく体育会系と言うべきか、何か格闘系に関わったり影響を受けるであろう要素を描いてきた・・・つもりです。

短いですが、今回の更新はここまでです。
次の更新頻度はなるべく多く、そして早く出来る様にしたいです。


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小さき見習い

待っている読者の方がいましたら、本当に長らくお待たせしました。

一年近くも更新していなかったので、一気に何話も更新して三章に突入するだろうと期待されている方もいると思われますが、残念ながら今回も数話分しか更新できません。
可能な限り早く更新したいですが、今後もこんな感じになると思います。それでも読んでくれる読者の方がいましたら嬉しいです。

後、最近ポケスペが盛り上がっているみたいで一ファンとして嬉しいです。


 ジョウト地方の最西端の島に構えられているタンバジム。

 そのジム内に設けられている縁側で、アキラは道着を着たまま冷えた麦茶を飲みながら、少し大きめの本を手に体を休めていた。

 

 現在彼は、数カ月前の四天王との戦いを機に明らかになった課題を解消するべく、タンバジムジムリーダーであるシジマの元へ弟子入りをして鍛錬の日々を送っていた。

 格闘系のトレーナーに弟子入りをする。それだけを聞くと肉体に極端に負担を掛ける猛特訓を連想させ、彼も当初はスパルタ猛特訓になることを覚悟していた。

 

 しかし、実際そんなことは無かった。

 

 確かに気が緩んだりすると一喝されるが、鍛錬の内容は今のところ受身の練習を中心とした基礎的なものばかりだった。

 精神と肉体を極端に擦り減らす程の厳しいトレーニングを今のところ彼はしていなかった。弟子が良く逃げると言う話を聞いてはいたが、シジマ自身が厳格な人物であるだけなく、トレーナーもポケモンと変わらずその身を鍛えると言う方針を掲げているからかもしれない。

 

 ポケモンを一切使わない地道で武道的な鍛錬は、実戦的なポケモンバトルに関する修業を求めている人から見たら厳しい修行以前に目的や意味が理解出来ないのだろう。

 

 気になる事があるとしたら、三週間近く経った今でもアキラと彼のポケモン達のトレーニングメニューが弟子入りした頃と同じことだろう。

 強くなるには必要なことだと受け止めているのでアキラは気にしていないが、何かと刺激や娯楽を好んだり求める傾向がある手持ち達が退屈し始めることを懸念していた。だが、意外にもシジマのポケモン達の動きや技を覚えることに必死なのか、今のところその心配は無かった。

 意外にも順調に弟子としての日々を過ごしていたアキラだったが、今はちょっとあることに悩んでいた。

 

「…本当に良いのかな」

 

 気にし過ぎて本に載っている解説図が頭に入らないアキラは、その目を本では無くてエレブーに向けた。種としては、異例とも言える打たれ強さに裏付けられた鉄壁の守りを誇るでんげきポケモン。性格は臆病で目を離すとトラブルを引き寄せるおっちょこちょいなど、アキラのポケモンに対する先入観を壊す切っ掛けとなった一匹だ。

 休憩時間であるにも関わらず、彼は今もシジマの格闘ポケモン達がやっている型稽古を熱心に真似ていた。別に目を離すと、何かトラブルを呼び寄せてしまうかもしれないのが心配で見ている訳では無い。

 問題は、今エレブーの隣にいる存在だ。

 

 腰に力を入れてエレブーが拳を突き出すと、その隣にいた存在も一声上げながらそれを真似て同じく拳を突き出す。エレブーよりも小さい姿なのも相俟って一緒に鍛錬の様なことをしている姿は絵になる程微笑ましいが、その存在こそアキラの今の悩みであった。

 

「本当に俺……と言うより()()()()()()()()()して大丈夫なのかなあの子」

 

 エレブーの隣にいる小さな存在。それはいわはだポケモンであるヨーギラスだ。

 しかもただのヨーギラスでは無い。

 以前訪れたシロガネ山でエレブーが自らの長所を自覚する切っ掛けとなったあのヨーギラスだ。

 何故ヨーギラスが自分達と一緒に居るのかと言うと、理由は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 それはアキラが、弟子入りして初めて行われた泊まり込みの鍛錬を終えてクチバシティに戻って来た日だった。

 

 タマムシ大学の学生達が作ってくれた金属製のカプセル状の容器を抱えて空を飛んでいたカイリューは、見えて来た街明かりを目印にクチバシティの外れに着地する。

 抱えていたカプセルを下すと、中からアキラが疲れた様な表情で体を解しながら出てきた。

 

「タンバからクチバまでを往復できるのは助かるけど、ずっと同じ姿勢なのは疲れるな」

 

 超音速飛行から身を守る為とはいえ、ずっと目的地に着くまでカプセルの中で同じ姿勢を維持しなければならないので、慣れても消耗が激しい。だけど、これを我慢しなければシジマの元で学ぶとしたらタンバジムに住み込まないといけないので仕方ない。

 

「リュットお疲れ様。今日もありがとう」

 

 恐らく自分より疲れているであろうカイリューにアキラは礼を伝える。

 ドラゴンポケモンは素っ気無い反応を見せるが、彼は気にせず一緒に帰路につく。

 今はまだ問題になっていないが、昔カイリューはミニリュウからハクリューに進化してから暫く体調を崩していたのだ。今の姿に進化してからまだ間もないので、また体調を悪くする可能性はあるから油断は出来ない。

 

「? 何だ?」

 

 帰宅したらすぐに体調面で問題は無いか確認することを考えていた時だった。

 足元から奇妙な振動を感じ取って足を止めると、地面が盛り上がって一匹のディグダが彼らの前に顔を出した。

 

「ありゃ、間違えて出ちゃったのかな」

 

 クチバシティ、と言うより街から少し外れた場所に、ディグダ達が長い時間を掛けて作り上げた洞窟――通称ディグダの洞窟がある。

 基本的にカントー地方に棲んでいるディグダ達は、そこを中心にカントー各地の地下をイワークが進んだ空洞を利用したり自らの力で掘り進んでいくが、たまに間違えてこうして地上に顔を出すこともある。今回もそのディグダかと思ったが、続けて土が盛り上がり今度はダグトリオが顔を出した。

 

「……ダグトリオも?」

 

 もう陽は落ちているが、日光を好まない筈の二匹が揃って地上に現れるなんて珍しい。

 そう思っていたら、出てきた二匹は揃って観察する様にアキラ達の周りをグルグル回り始めた。

 疲れていることも重なり、彼らの行動にカイリューは苛立ちを見せるが、アキラは我慢する様に伝える。

 

「落ち着けリュット、何か悪巧みを考えている訳じゃなさそうだ」

 

 不可解ではあるが、彼らには何かしらの目的があるらしい。

 しばらくすると二匹は土の中へと消えたが、それ程時間が経たない内に地鳴りの様なものが地面から伝わって来た。

 

 こうなるともう嫌な予感しかしなかった。

 

 アキラとカイリューは互いに顔を見合わせると揃って走り始めたが、直後に足元の土が柔らかくなって足を取られてしまう。

 更に柔らかくなった土の下から何十匹ものディグダとダグトリオが顔を出す形でアキラ達を持ち上げると、彼らを大玉転がしの様に運び始めたのだ。

 

「ちょっ! 俺達をどこに連れて行くの!?」

 

 何が起こったのか理解できないまま、アキラとカイリューはディグダとダグトリオの集団に転がされていく。そうして転がされた彼らが運ばれた先は、ディグダ達の住処であるディグダの洞窟だった。

 

 穏やかではあったものの、されるがままに転がされていた彼らは投げ出される形で洞窟の入り口付近で降ろされる。

 突然好き勝手に運ばれたことにカイリューは息を荒くして怒りを露わにするが、彼の目の前にリーダー格と思われるダグトリオが近付いて来た。ダグトリオは無礼を詫びているのか三つある頭を何回も下げるが、立ち上がったカイリューは踏み潰してやると言わんばかりに足を持ち上げる。

 

「待て待てリュット! もう少し様子を見よう!」

 

 アキラは慌ててカイリューに飛び付き、腕が痛みを感じない程度の力加減で抑え付ける。確かにこちらの事情も考えずに勝手に運ばれてきたが、だからと言って敵意がある訳では無さそうだ。

 

 彼らの目的が読めなかったが、精一杯ドラゴンポケモンを抑えていた時、彼らは暗い洞窟の奥から地響きにも似た足音を耳にする。

 咄嗟にカイリューは警戒対象を変えて身構えるも、周囲を取り囲んでいるディグダとダグトリオ達は足音の主が通れる様に道を開く。敵意を含めて雰囲気的に万が一に備える必要も無いとアキラは判断するが、洞窟の奥からその姿を見せた存在に目を丸くした。

 

「…バンギラス?」

 

 現れたのは、カイリューとほぼ同じ高さと体格、そして一目で鎧と呼べる程の屈強な体を持つポケモンのバンギラスだった。

 本来ならカントー地方では無くジョウト地方寄りのシロガネ山にいるはずの存在が、このディグダの洞窟から姿を見せたのだ。驚くのは無理ない。全く予想していなかったポケモンの登場に目を瞠ったが、バンギラスとディグダ、ダグトリオの組み合わせから、ある可能性がアキラの頭に浮かんだ。

 そしてまさかと思った正にその時だった。

 

 現れたよろいポケモンの足元から見覚えのある存在が顔を出す。

 バンギラスが進化する前の姿であるヨーギラスだ。

 

「ヨーギラスって…もしかしてここにいるのってあの時の……」

 

 わざわざ口に出して確認しなくてもほぼ確定だ。

 今から半年以上前に、アキラがシロガネ山付近を訪れた際に偶然出会った密猟者に狙われていた親子だ。さっきまで不機嫌だったカイリューも目の前に現れた二匹が何者か理解したのか、珍しく驚いた様な表情を浮かべる。

 

 ヨーギラスはアキラの姿を目にした途端、嬉しそうに声を上げると隠れていた親の足元から可愛らしい足取りで彼の元に駆け寄る。

 

 アキラの方も腰に付けていたモンスターボールからのアピールに応じると、ボールから出て来たエレブーとサンドパンがヨーギラスを優しく迎える。まだ別れてそれ程経っていないが、生息地が明らかでも移動が常の野生のポケモンでは、何時再会出来るのかわからないものだ。

 そう考えると彼らが喜ぶのはわからなくも無かった。

 

「嬉しいのはわかるけど……何で?」

 

 アキラの疑問も尤もだ。

 ここはディグダとダグトリオが棲んでいる洞窟なのもあるが、本来バンギラス達はこんな都会の近くには来ることは無い。わざわざシロガネ山から、恐らく地下を経由してこのディグダの洞窟にやって来た理由がアキラにはわからなかった。

 

 すると、喜んでいたヨーギラスは突然神妙な顔付きに変わり、何故かエレブーに縋り始めた。

 ヨーギラスの一変にアキラは首を傾げるが、エレブーとサンドパンの反応は違っていた。

 信じられないと言わんばかりの目で互いに顔を向き合わせると、すぐに体を屈めたりしてヨーギラスと同じ目線で語り始めた。

 

「どうしたの一体?」

 

 手持ちの慌て具合が気になったアキラは尋ねるが、エレブーとサンドパンは困った様な表情を見せる。どうやらヨーギラスが、彼らに何か厄介な頼み事をしていることだけは理解出来た。他にも知って欲しいことがあるのか二匹は身振り手振りで説明し始めるが、慌てている影響なのか何時になくオーバーリアクションだった為、あまり良く理解出来なかった。

 取り敢えず彼は時間を掛けてでも内容を理解しようと頭を働かせるが、唐突にエレブーに縋っていたヨーギラスがアキラの足元にやって来た。

 

「ど、どうした?」

 

 今度はアキラが戸惑う番だった。

 彼の動揺にはお構いなしに、ヨーギラスは精一杯背伸びして短い両腕を真っ直ぐ伸ばす。

 まるで何かを欲しているみたいだ。

 それが一体何なのか――と考えを巡らせる前に母親であるバンギラスが腰に付けているボールを指で示した瞬間、瞬く間に理解が進んだ。

 

「俺に付いて行きたいのか?」

 

 頭に浮かんだ可能性をそのまま口にしてしまったが、ヨーギラスは幼いが故のキラキラ輝く純粋な眼差しでしばらく見つめる。

 そのまま頷く――かと思いきやいわはだポケモンは意味がわかっていないのか首を傾げた。

 

「あれ? 違うの?」

 

 予想していなかった反応にアキラはエレブーとサンドパンに目を向けるが、二匹もどう答えたら良いのか悩む。

 どうやら自分の解釈と彼らの意図が色々噛み合っていないらしい。

 

「困ったな…」

 

 自分に付いて行きたいだけなら、二匹も頷くといった形で答えてくれるのだが、それが無いとなると何か複雑な事情が絡んでいるのだろう。

 わざわざシロガネ山から下山して、自分の元へバンギラスとヨーギラスは訪ねてきたのだ。

 きっと何か自分に大切な用事があるのだろう。そうなると碌に彼らの目的や意図がわからないまま、今この場ですぐに判断を下すのは適切では無い。

 

「ごめん。俺に何か大切な用事があるからわざわざここまで来たと思うけど、考える時間も含めてもう一日だけこの洞窟内で待ってくれないかな?」

 

 ヒラタ博士の自宅にまで同行させることも一瞬考えたが、知っている人はいるとしてもバンギラスはまだ広く知られていないポケモンだ。下手に洞窟の外に連れ出して周りの注目を集める訳にはいかない。

 アキラの要望にヨーギラスは話がわかっていないのか母親に確認を取るが、彼が伝えた内容をバンギラスは理解したのかすぐに頷いてくれた。

 

 これで良しと思ったが、その直後、ヨーギラスの意思を確実に確かめられるであろう方法が彼の頭に浮かんだ。一番最適な方法だとアキラ自身もわかってはいたが、気が進まないのか少しだけ迷ってから彼はバンギラス達に尋ねた。

 

「あの…提案と言うべきか、お願いがあるのですが……」

 

 

 

 

 

「おおおぉぉぉ! スゲェ、初めて見るポケモンだ!」

「レッド、感激する気持ちはわかるけどあんまり彼らを刺激する様なことはしないで」

 

 初めて見るバンギラスの姿にレッドは興奮するが、アキラはやんわりと注意する。

 

 翌日、彼は大急ぎでレッドとイエローを連れてディグダの洞窟に戻って来た。

 本当はイエローだけを連れてくるつもりだったが、トキワシティを訪れた際にレッドも一緒に居たのとイエロー自身の要望もあって彼も付いて来てくれたのだ。

 昨日の段階で彼らに自分以外の人間を連れて来ると伝えてはいるが、目の前にいるバンギラス含めて周りにいるディグダとダグトリオは部外者である二人に少し警戒していた。

 

「悪い悪い。少し下がって静かにしているよ」

 

 彼らの様子を見て、レッドは少し離れたところにいるサンドパンやエレブー以外のアキラの手持ち達がいる場所まで下がる。

 場が落ち着いたのを見計らい、彼は()()麦藁帽子を被っているイエローに声を掛ける。

 

「イエロー、早速で悪いけどヨーギラスの気持ちを読み取ってくれないかな?」

「は、はい! わかりました」

 

 ここにやって来た目的でもあるヨーギラスの気持ちを読み取るというアキラの頼みを、イエローは緊張しているのか少し過剰に声を上げながら引き受ける。

 イエローが持つポケモンの気持ちを読むことが出来る力は、頻度は少なくても頼りにし過ぎると自力で手持ちとの意思疎通の努力を怠ってしまう可能性があるので極力頼るつもりは無かった。だけど今回、変にバンギラス達の意思を間違える訳にはいかなかったので、彼は素直に助けを求めることにした。

 

 初めて会うイエローをヨーギラスは警戒していたが、母親とエレブー、ダクトリオ達が見守っているのとサンドパンに手を引かれたこともあって、イエローが手をかざせる位置まで近付く。

 そしてイエローは、掌を光らせて自らが持つトキワの森の力でヨーギラスの気持ちを読み取り始める。仄かな光が洞窟内を照らすが、その間にイエローは彼らが何の目的でアキラの元を訪ねて来たのか理解した。

 

「うんうん。そういうことなのですね」

「わかったのか?」

「はい。この子はエレット――アキラさんが連れているエレブーに弟子入りしたいそうです」

「――はい?」

 

 イエローから教えて貰った内容に、アキラは思わず固まってしまう。

 

 ヨーギラスがエレブーに弟子入りを希望している。

 

 一瞬だけ、ヨーギラスの姿がついこの前シジマに弟子入りを希望した時の自分と重なり、しばらくアキラの頭は働かなかった。

 

 ポケモンが別種族のポケモンに弟子入りを希望する。

 

 そんな話は今まで聞いたことが無かったが、その理由も読み取っていたイエローがヨーギラスに代わって理由を説明してくれた。

 

 彼らが棲んでいるシロガネ山の環境は、アキラが知っている通り屈強なポケモン達が生息しており、一言で言えば生存競争が激しい。故に多くのポケモン達は、種が違っていても過酷な環境を生き抜いていく為に徒党を組むなど協力関係を結んでいる。

 ヨーギラスの母親であるバンギラスも、今回集まっているディグダとダグトリオの集団とは協力関係だが、単純な利害の一致には留まらない強固な関係を築いている。何故ならば群れを率いるリーダーであるダグトリオは、バンギラスがまだヨーギラスだった頃から親代わりになっていただけでなく、強くなる術を教えた師でもあるという。

 

「つまり、ヨーギラスは母親の例に倣って、エレットの元で強くなる術を学びたいってことなのか?」

「そうみたいです」

「成程ね」

 

 ヨーギラスの気持ちや考えを代弁しているイエローの言葉に、アキラは納得する。

 

 バンギラスがダグトリオ達と仲が良かった理由。

 野生ポケモンの意外な一面。

 

 新発見とも言えるそれらを知ることが出来たのに少しだけ興奮していたが、同時にエレブーとサンドパンが困るのも無理が無いこともわかった。

 

 エレブーに弟子入りを希望する辺り、余程シロガネ山での奮闘がヨーギラスの中で強く印象付けられているらしい。だが、アキラのポケモン達は、互いに覚えている技を教え合ったりすることはしても、指導者の様に教えた経験はあまり無い。

 中でもエレブーは種に似合わない穏やかな性格の持ち主だが、おっちょこちょいで未だに単独行動をさせると何かしらのトラブルを引き起こすトラブル吸引体質だ。

 とてもではないが不安要素の方が大きい。

 

「ヨーギラス、気持ちは有り難いけど――」

 

 しかし、そこから先の言葉がアキラには浮かばなかった。

 どう伝えれば傷付けずに断れるかを彼は必死で考えるが、直感的にダメなことを理解したのか、何が何でもエレブーが良いらしいヨーギラスは駄々をこね始めた。弟子入りをして自分を鍛えようとする心意気は良いが、この辺りはまだ幼い子どもだ。

 一旦ヨーギラスの相手はエレブーとサンドパンに任せて、アキラは話を聞いていたレッドとイエローの二人に相談する。

 

「どうしようかな……」

「望んでいるんだから手持ちに迎えてやればいいじゃん」

「レッド、ヨーギラスが望んでいるのは俺に付いて行くことじゃなくてエレットの元で学びたいことなんだ。()()()()()になる事じゃない」

 

 見落としそうになるが、これが一番の問題点だ。

 エレブーはヨーギラスの周りにいるポケモンとは違い、野生では無くアキラというトレーナーが連れているポケモンだ。常に行動を共にする形で付いて行くつもりなら、名目上であってもアキラのポケモンになることが必要だ。

 

 ヨーギラスがアキラの問い掛けに首を傾げたのは、エレブーに付いて行くことがアキラのポケモンになることを意味しているのを理解していなかったからだ。

 ポケモンの方から望んでトレーナーに付いて行くことを望む例は存在しているが、少なくともトレーナーのポケモンに弟子入りを希望する野生のポケモンなんて前代未聞だ。

 

 今の自分の様に、住み込みでは無くて通い詰めて学ぶと言う方法も無くは無い。しかし、今はアキラ自身も含めて手持ちポケモンも全員学んでいる身だ。

 

 希望を聞く限りでは、ヨーギラスはバンギラスにまで成長、或いはエレブーから必要なことをある程度学んだら元のシロガネ山に戻るつもりなのだろう。

 余裕がある時ならただどうするか悩むだけで良いが、今はエレブーも自分も余裕が無いので申し訳ないがそこまで手を広げる事は出来ない。

 やるとしてもシジマの元での修業を終える時まで待って貰った方が良い。

 

「その事については彼らが説明してくれているみたいですよ」

「――え?」

 

 イエローが示した先に目を向けると、座り込んだバンギラス親子とエレブーの前でサンドパンとヤドキングの二匹が、洞窟の壁を削る形で絵を描きながら何やら説明をしていた。一応自分達を率いるリーダーでありトレーナーでもあるアキラが事情を理解したと判断したのか、彼らは次の段階に進んでいたのだ。

 

 ポケモンの言葉は全くわからないが、壁に描かれた絵や二匹の身振り手振りに座っている三匹の反応を見ていると、今回のことに関して何かしらの説明をしているのだろう。

 

 まるで面談みたいな印象を受けたが、しばらくすると説明を終えたヤドキングが戻って来てイエローに頭を差し出した。

 先程の説明の内容を三人に理解して貰いたいだろうと考えて、イエローは了解を取った上でおうじゃポケモンの記憶を読み取ると、彼らが話していた内容が明らかになった。

 

 アキラが考えていたのと同じ様に、彼らも今は片手間に教えている暇も余裕も無く。

 それでもエレブーに付いて行きたいのなら、一時的のつもりでも形式的に人が連れているポケモンになる必要があることを伝えていた。

 彼らとしては現状を考慮すると、エレブーの元で学ぶと言うヨーギラスの希望を最大限に叶えられる条件だったが、ここで母親であるバンギラスがあることを申し出てくれた。

 

 それは数カ月の間、ヨーギラスをアキラの元で過ごさせて、彼に付いて行くか行かないかを決めさせるということだ。過酷な野生環境で過ごしてきたからなのか、流石に鍛えるだけ鍛えて貰っておきながら、相手に何の利益ももたらさずに元の住処に戻るのは虫が良過ぎると感じたのだろう。

 何も親離れの様なことをそこまで早くやらなくても良いのでは、と二匹は思ったが、ヨーギラスも母親の話には納得しているらしい。

 

「つまり、数カ月の間に正式に俺達の仲間として付いて行くか行かないかを決めるってことか」

「そういうことです」

 

 一通り聞き終えて、アキラは頭を悩ませる。

 正直言ってアキラは、手持ちは今の六匹で満足している。しかし、一時的だとしてもヨーギラスが加わるとなれば、七匹目以降のポケモンを加えた場合の扱いや今後を考えなければならない。

 難しそうな表情を浮かべてアキラは考え始めるが、そんな彼の姿にレッドは疑問を呈する。

 

「そんなに悩むことか? 七匹目以降はマサキのボックスを利用させて貰えば良いじゃん」

「マサキさんには悪いけど、俺の手持ちはボックスシステムを嫌がっているんだよ」

「何で?」

「一言で言うと”退屈”らしい」

 

 手持ちポケモンは六匹以上連れ歩くべきではないのは、トレーナーの世界では暗黙の了解だ。

 暗黙の了解と聞くと悪い様に聞こえるが、六匹以上のポケモンを手持ちとして連れても公平に面倒を見切れないなどのちゃんとした理由はある。その為、一般的なトレーナーは六匹以上のポケモンを手にしたら、数の調節をする為にマサキが開発したボックスシステムにポケモンを預ける。

 ところがアキラの手持ちは、このボックスシステムをあまり好ましく思っていない。

 

 と言うのも、彼のポケモン達は娯楽を楽しんだりとモンスターボールの外に出て過ごす生活慣れ過ぎて、ボックスで待機しているのが退屈なのだ。

 何とも変わった理由を伝えられて、レッドは苦笑するしか無かった。

 

「正にお前の手持ちならではの問題だな。それなら普段から六匹以上連れ歩いても良いんじゃない?」

「普段なら別に良いけど、公式戦とかの六匹しか手持ちを持つことが出来ない時が困るんだよ」

「あっ」

 

 さり気なくかなり重要なことを告げられて、レッドは間抜けな声を漏らす。

 確かに彼の言う通り、連れて行こうと思えば何匹でも連れることは出来る。

 なのでアキラは、暗黙の了解や面倒を見切れない関係無く、普段から六匹以上連れ歩いても構わないと思っている。他のポケモントレーナーに嫌われかねない考えだが、アキラとしては手持ちのコンディション維持や彼らの信頼の方が大切なので気にしていない。

 問題は何かしらの理由で手持ちが六匹までしか認められない場合、七匹目以降の手持ちをどこに待機させるべきなのかという事だ。

 

 その辺でモンスターボールを手に持たせた状態で待機させる訳にはいかないのだ。

 これさえ解決すれば、後は如何にでもなるが、中々良い考えが浮かばずにいた。

 そんなこんなで一緒になって解決策を考える二人に、イエローは遠慮した様子で提案をする。

 

「マサキさんのボックスシステムを利用されるのに気が進まないのでしたら、ご自宅でお留守番させるのはどうでしょうか?」

「家に留守番?」

「はい。僕はポケモントレーナーの世界に関する知識は皆さんより疎いですけど、昔の人は連れて行けないポケモンをご自宅でお留守番させていたと聞いています」

 

 イエローが語った内容に、アキラの脳裏に光が差し込む。

 目を離したら不安な手持ちが何匹かいることもあって、無意識に選択肢から外していた考えだが、ボックスシステムを利用せず手持ちを調節する手段としては最適かもしれない。

 

「――それが一番良さそうだな」

 

 普段の時は七匹以上連れて、知り合い以外のどこかのポケモントレーナーに勝負を挑みに行く時は、七匹目以降はこの世界の住まいであるヒラタ博士の自宅で待機させる。

 それが今のところ一番上手く行くだろうと、アキラは結論付けた。

 保護者であるヒラタ博士などには要相談ではあるが、少なくとも最大の懸念である七匹目以降のポケモンはどこで待機させるかの問題は何とかなりそうだ。

 もし付いて行くつもりになれなかったら、ヨーギラスは住処であるシロガネ山に戻ってしまうが、可能な限りのことはやっていこうとアキラは気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 そういう経緯もあって、アキラの手持ちにヨーギラスが加わったのだが、今は仮加入扱いだ。エレブーの元で学ぶのと付いて行くかを決めるのは、ヨーギラスの選択次第だ。

 

 もしヨーギラスがアキラに付いて行くことに魅力を感じなかったら、住処であるシロガネ山に帰る――ということなのだが、もう付いて来る気満々であった。

 と言うのも、シロガネ山に比べて平穏且つ様々な世界が広がっている外の世界は、幼いヨーギラスには刺激的で楽しいことだらけだったのだ。

 一応楽しいことだけでなく、戦いとか痛い目に遭う可能性についても一応言及してはいるが、まだ子どもであるいわはだポケモンは全く気にしていない。

 

 心配な面は幾つかあるが、少なくとも師と仰ぐエレブーだけでなく、他の手持ちとの交流や関係も良好だ。

 アキラの手持ちはカイリューを筆頭に気難しい面々が多いが、昔ならいざ知らず、今は皆幼い子どもを無下にする様なことはしない。寧ろ元気の良い弟分がやって来たことに、気を良くしている姿を度々見掛ける。

 

「サンット、俺もしっかりやるけど、エレットの手助けを頼むよ」

 

 エレブー達を眺めながら呟くアキラの頼みに、様子を見に来たサンドパンは頷く。

 七匹の中でも一番幼いのだ。名目上は師匠であるエレブーはおっちょこちょいで危なっかしいところがある他に、ゲンガーが先輩面をして良からぬ知恵を吹き込む可能性もある。実際、変なことを教えている時があるのか、ヤドキングが飛び蹴りやらぶん殴ってでもゲンガーの口を塞ごうとする場面があるなど少し心配でもあった。

 自分の手持ちになることがほぼ決定事項になってきているとはいえ、しっかり育てなければバンギラスに会う顔が無い。

 

「ヨーギラスの指導内容も…考えないとな」

 

 加えて一応エレブーがヨーギラスの面倒を見る事にはなっているが、当然だが最終的な責任者は彼らを率いるトレーナーであるアキラだ。エレブーはエレブーで師らしく振る舞おうとしているが、空回りする時が頻繁にあるので少しヒヤヒヤものだ。

 

「まぁ…今は良いか」

 

 そんな不安要素などを含めた色々なことを目まぐるしい勢いで彼は考えていたが、鍛錬を止めて一緒に休み始めた二匹の姿を見て、そういった考えをあっという間に頭の片隅に追いやった。

 不安要素や改善されるのは先だろうが、上に立つ立場、自らの経験を伝えて指導する立場を経て、エレブー自身も何かを学ぶことにアキラは期待するのだった。




アキラのエレブーにヨーギラスが弟子入りを志願する形で仮加入する。

もう色々バレバレですので、この流れは予想通りと感じる読者は多いと思います。
細かい描写などは不明ですが、大まかな物語の流れはもう決めているので、書こうとした展開や要素を予想されても変わったりすることは無いです。
後、野生のポケモン同士が生き抜くために協力し合うのは、「ポケモン ザ コミック」に収録されているレッドとゴールドのシロガネ山修行話が元ネタです。

ヨーギラスが加わったことやアキラ自身の方針の関係上、今後手持ちを六匹以上連れ歩く機会が増えると思います。
可能な限り六匹になる様に調節したりすると思いますが、基本的に作中で描いた様に連れているポケモン達の気持ち優先ということです。


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新体制構想

昨日は18時に更新する様に設定したつもりでしたが、一日ズレていた所為で時間を過ぎても更新されなかったのに焦って中途半端な時間に更新してしまいました。


 この日アキラは、シジマと共にタンバジムから少し離れた荒波が激しく打ち付ける岩肌にいた。

 そこは如何にも武道を嗜むシジマらしい、多種多様なトレーニング用具が並べられている場所だった。彼に連れられたアキラは、その中の一つであるベンチプレス方式のトレーニング補助器具の準備をシジマが見守っている中で進めていた。

 

「――準備できました。何時でもいけます」

「よし。あまり無理はするな」

 

 シジマの厳格な声に、彼は気を引き締める。

 どんなトレーニングでも、最も気を付けなければならないことは怪我だ。

 あまり体に負荷を過剰に与え過ぎてしまうと怪我に繋がるだけでなく、怪我によって衰えた分の状態から元に戻るのにも時間が掛かってしまう。その為、アキラだけでなく最後のチェックにもシジマ自身も念入りに安全面を確認していく。

 

 一通りの安全確認を終えて、シジマは数十キロ後半の設定でベンチプレスの両サイドに重りを取り付けて固定する。

 シジマの様にトレーニングを積んだ者ならともかく、まだそこまでトレーニングを重ねていないアキラには無理に思える重量だ。

 だがアキラは、腕に力を入れるとあっという間に重りを取り付けたプレスを真っ直ぐ持ち上げる。しかもまだ余裕があるのか、表情を特に歪めることは無くそれからゆっくりと腕を下す。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫です」

 

 体を起こして、腕の調子を確認しながらアキラは正直に答える。

 今までの様に闇雲に力を入れず、腕に違和感や痛みを感じたら止めるつもりだったが、今回は負荷が掛かってもそこまででは無かった。

 

「午前の分はここまでだ。次始める時までしっかりと休め。器具の片付けは私がしておく」

「え? あっ、はい先生」

 

 後片付けをすると思っていたので、一瞬アキラは恍けてしまったが、すぐに返事をする。

 今すぐ腕が痛む訳では無いが、ちゃんと休ませなければ午後の鍛錬に響くかもしれない。

 最近教わった少しでも痛みを和らげる処置を考えながら、アキラは言われた通り先にタンバジムへ戻っていく。

 

「……本当に変わった弟子だ」

 

 戻っていくアキラとさっき彼が持ち上げたベンチプレスの交互に目を配り、シジマは悩ましそうにぼやく。

 アキラが今までの弟子と異なっていることは、弟子入り前に聞いた彼の話からもシジマは既に承知している。確かに連れているポケモンのレベルの高さだけでなく、基本的な知識も豊富でトレーナーとしての技量も粗があるとしても高い方だ。

 

 だが、身体能力がここまで規格外なのは、シジマにとって完全に予想外だった。

 

 あそこまで容易く重く設定したプレスを持ち上げるだけでもかなりのものだが、常軌を逸した反応速度や容易に先を予測出来る動体視力さえも彼は有しているのだ。

 ただ闇雲に活用しても十分過ぎる力を発揮することが出来ると言っても良い。

 

 しかし、大き過ぎる力には相応のリスク――代償は付き物だ。

 

 一番わかりやすいのは、力を入れ過ぎてしまうと力を入れた部位を痛めてしまうことだ。

 これは普通の人間でもあり得ることだが、彼の場合は意図せず過剰なまでの力を発揮してしまうという。一番負担が無さそうな動体視力も、長時間意識していると目が疲れるだけでなく頭痛を伴う気分の悪さを感じるという話を聞く。

 その他でも、彼が人間離れした身体能力を発揮しては体を痛めている場面をシジマは見掛ける。

 

「無意識に力を発揮して体を痛める…」

 

 今回シジマは、彼が体を痛めずにどれだけ力を発揮できるのかを確かめてみたが、結果はあの通りだ。しかもこれで加減している方なのだから、上手く加減が出来なくて困っているアキラだけでなく指導する立場であるシジマも悩む。

 人間もポケモンも限界近くまで身体能力を発揮すると体を壊してしまう為、簡単に限界を発揮出来ない様に無意識に制限を掛けている。

 

 だが、アキラは違う。

 

 彼は自らの身体能力を限界まで引き出そうとすれば、容易に引き出せてしまうのだ。

 情報が少ないのと彼自身の負担もあってすぐに断定することは出来ないが、ある可能性をシジマは考えていた。

 

 彼は意識してもそう簡単に外れない筈の肉体のリミッターが機能していないのかもしれない。

 

 シジマの様な人間や戦うことを生き甲斐にしているポケモンは、日々トレーニングを積むことでその制限をある程度は意識して解除したり耐えられる様に鍛えている。だが、肉体が必要以上の力を発揮して怪我することを防ぐリミッターが機能していない状態など、少なくともシジマは聞いたことが無い。

 ポケモンと共にその身を鍛えるのがシジマの方針だが、トレーナー自身が自らの発揮する力に耐える、または制御出来る様に鍛えることになるとは思っていなかった。

 

 今のところは体が耐えられないまでの負荷が掛かると、”痛み”と言う形で危険信号が機能することで大事に至る前に彼は止まる。なので本当の意味でフルパワーは発揮してはいない。

 しかし、このまま放置しているといずれは骨折などの大きな怪我に繋がりかねない。

 

「あいつの事を詳しく知る必要があるな」

 

 例え何者であろうとシジマは指導方針を変えるつもりは無い。

 だけど彼の保護者、或いは紹介状を書いたジムリーダーに可能であれば話を聞く必要があることをシジマは考えるのだった。

 

 

 

 

 

 シジマが悩んでいた頃、タンバジム内に構えられているシジマの自宅内の縁側に接する部屋では、湯で汗を洗い流したアキラは普段着に着替えていた。

 

 彼がこの荒波に囲まれた島に住むジムリーダーに弟子入りを希望してから、一か月は過ぎた。

 鍛錬内容は毎日の様に続く受け身の練習、先程のは例外だが今の成長具合に応じた体の各部位への筋力トレーニング、そして体力作りの砂浜ランニング。シンプルなものではあったが、継続して続けていくことはかなり疲れる。

 

「今日の午後も受け身の練習かな」

 

 アドバイスやトレーナーの心構えなどを座学で教わることはあれど、ポケモンバトルなどの直接ポケモンを扱う修行はまだ行っていない。だけど自らの体を鍛えるという意味では、鍛錬の成果は確実に出ていることをアキラは実感しつつあった。

 シジマ曰く「かなり早く上達している」とのことだが、まだ物足りない。

 

 今後の事を考えるとすぐにでも体を動かしたいが、どれだけ猛特訓をしても必ず特訓した分早く鍛えられる訳では無いので焦りは禁物だ。

 休息も大事な鍛錬の一つだと自分に言い聞かせ、アキラは自身が連れているポケモン達の姿に目を向ける。

 

 手持ちの様子は、タンバジムで鍛錬をしている時だとこういう休んでいる時にしか見れないが、皆自分同様に各々好きな様に今の時間を過ごしていた。

 午後に備えて昼寝でもしようかと思ったが、サンドパンはアキラが姿を見せたことに気付くと真っ直ぐ駆け寄って来た。

 

「休んでいても良いんだぞ」

 

 穏やかに伝えるが、サンドパンは穏やかに首を横に振る。

 最近アキラは日々の鍛錬以外にもサンドパンと一緒にあることを始めたが、今見てもわかる通り本当に彼は熱心だ。強くなることに焦っているというよりは、楽しんでいると言っても良い。実際、アキラも自分が昔よりも強くなっていることを実感出来るのは楽しくてやりがいがある。

 早速、リュックを引っ張り出して本を広げようとしたが、微妙に熱の籠った空気が周囲に広がりつつあることを感じ取った。

 

 本から顔を上げて見ると、彼の視線の先にはさっきまで自身が抱いていた焦りの気持ちを体現しているかの如く、体を動かしているブーバーがいた。

 ひふきポケモンは、足腰に力を入れて駆け出すと同時に正拳突きを繰り出す練習を繰り返していたが、動きを観察する内にあることにアキラはある事に気付く。

 

「”ものまね”していた時よりも、腰に力を入れ過ぎだよ」

 

 問題点を指摘しつつ、立ち上がったアキラはブーバーの元へ歩み出す。

 何故こうも具体的に指摘できるのかと言うと、これも鋭敏化した目が持つ動体視力のおかげだ。

 

 集中すれば、相手の肉体的な動作をほぼ完全に見抜くことが出来る今のアキラの目は、戦い以外でも体の動きを介する技の細かな動きを分析したりすることにも役立っていた。その為、試行錯誤をしながらの手探りな鍛錬や理解し難い感覚的な助言ではなく、ある程度は根拠に基づいた具体的な指導を実現させていた。

 

 ちなみに今ブーバーがやっている技は、シジマの格闘ポケモンの多くが覚えている”いわくだき”と呼ばれる技だ。頭の中で”いわくだき”を”ものまね”していた時のブーバーの姿を浮かべながら、アキラはひふきポケモンに足腰の構えや腕の力加減、角度も含めて細かに指摘していく。

 

 目の感覚が鋭敏化してから気付いたが、”ものまね”は単純に技をコピーだけでなくある程度動きもコピーする。なので”ものまね”無しでその技を再現しようとすると、体の構え方や力の入れ具合がズレていることが多々ある。

 だがこういう部分を改善していけば、いずれ彼らはかくとうタイプのみならず、ある程度動きが鍵を握っている技を覚えてくれるだろう。

 

 指摘された通りにブーバーは体を調節すると、もう一度腕や体に力を入れて拳を突き出す。

 さっきよりは速くはなってはいたものの、それでも動いてる途中でまだ色々と不都合な問題が生じているのが、アキラの目ではわかった。ブーバー自身も”ものまね”していた時とは感覚が違うことに気付いたのか、もう一度構え直すがアキラは待ったを掛ける。

 

「バーット、疲れているからなのか動きが雑になっているよ。ちゃんと休まないと身に付くものも身に付かないぞ」

 

 シジマの格闘ポケモンと一緒に鍛錬をしたり動きを真似ているお陰なのか、ブーバーを始めとした手持ち達の動きは徐々に洗練されたものへと変化してきている。

 今の自分達の段階なら、ただ量をこなすだけの鍛錬でも強くはなれる。だけど更に強くなるには、量だけでなく頭を使いつつ効率良く質の高い鍛錬が欠かせない。その為にも、ちゃんと体を休めることは重要だ。

 一応今は休憩時間の筈なのだが、どうも最近このひふきポケモンは鍛錬し過ぎだ。

 

 最初は嫌々な態度だったが、アキラの言い分に納得したのか、ようやくブーバーは従う。

 尤も、足を組んで瞑想する様な形だったので、休んでいるのか休んでいないのかイマイチわからない休息の取り方ではあったが。

 最近のブーバーの課題を振り返りながら、次にアキラは視線をエレブーが面倒を見ているヨーギラスに向けた。

 

「――ヨーギラスにも”ものまね”を覚えさせたいな」

 

 以前から彼は、”ものまね”が持つ”どんな技でも一時的に使える”効果に目を付けて、それを手持ちポケモンの新技習得に活かしてきた。現に効果と性質が明らかになるにつれて、”ものまね”を使った練習方法は本当に理に適っているという考えが固まりつつある。

 

 まだ本当の意味でヨーギラスはアキラの手持ちでは無いが、正式に手持ちに加わるのなら単なる戦闘補助以外にも、新しい技を覚える補助として是非とも”ものまね”を覚えて欲しいのだ。今は覚えるのに必要なわざマシンは入手していないが、攻撃技に比べれば手に入れやすいから探せば見つかるだろう。

 

 自分なりに色々教えているエレブーと真剣且つ健気に聞いているヨーギラスの姿を見守りながら、アキラはサンドパンと一緒に縁側に座り込む。

 今のところヨーギラスは仮加入扱いなので、ニックネームは付けていない。

 

 けど、彼のメンバー入りがほぼ決まってきていることやシジマの元での鍛錬の関係もあって、最近彼が連れている手持ちの数は一般的に連れ歩ける上限である六匹を超えて七匹だ。

 ポケモンを七匹以上連れ歩くのは、六匹までしか連れてはいけないポケモントレーナーの暗黙の了解に反するが、意外にもシジマは問題視したり指摘する事はしなかった。寧ろヨーギラスを連れて来る様になったのを機に、複数のポケモンを育てる事のメリットやデメリットについて軽く講義して貰った程だ。

 更にその教わった中で、アキラとしてはかなり気になるものがあった。

 

 主力不在の穴を埋める。

 

 シジマから教わった六匹以上のポケモンを連れるデメリットは彼が考えていた通り、均一に面倒を見れるかや育成する手間が掛かるという内容だった。

 だが、メリットとして説明された何らかの理由で主力が外れても、すぐにその穴を埋めることが出来るというのは目から鱗だった。

 

 ヨーギラスを預かる前のアキラは、連れて行く行かない関係無く六匹以上のポケモンを率いるつもりは無かった。

 それは連れている手持ちの性格面や自身のトレーナーとしての力量など、あらゆる面を考慮した上での彼なりの判断だ。

 

 実際、この二年間は手持ちに連れている六匹だけで、彼は道中のバトルや重大な戦いを乗り越えることは出来た。しかし今後、怪我などの何かしらの事情で手持ちが戦線離脱しない保証が無いのもまた事実でもあった。

 

 もう記憶はおぼろげではあるが、元の世界で見ていたプロのスポーツ選手の怪我に関する報道内容をアキラはぼんやりと思い出す。ポケモンセンターが存在するので忘れがちだが、あまりにも怪我や容体が酷過ぎると、すぐには回復出来なくて入院などの処置が取られる時がある。

 

 一匹でも戦線離脱すると影響が大きいのは、カイリューがハクリューに進化して間もない頃に経験している。道中のバトルで目に見えて苦戦が増えた訳では無かったが、療養させているハクリューが戦えれば楽に対処できた場面が幾つかあった。

 アキラ自身、ブーバーは”切り込み隊長”、エレブーは”守りなどの相手の攻撃阻止”と言った感じで各手持ちの役目を考えた上で戦っているのは自覚している。

 役目に応じた誰かが欠けてしまうと適切に対処することが難しくなったり、歯車が大きく噛み合わなくなってしまうのは、ある意味当然のことだ。

 

 もし今カイリューが戦えない状態になってしまうと、唯一の飛行戦力を失うどころの影響では済まされない。それだけカイリューの存在と力は大きなものになっているが、手持ちが動けない場合の影響はカイリューだけでなく、他の手持ちでも同じだ。

 

 皆、単純に高い能力や強い技を覚えているだけじゃなくて、好みに応じた戦いをする。

 

 陸海空あらゆる状況でも高い能力を遺憾なく発揮できるカイリュー

 悪知恵を駆使することで培ってきた多彩な技を巧みに扱うゲンガー

 手持ちの誰もが簡単に真似できない技術を身に付け始めたサンドパン

 持ち前のタフさで守りの要として磨きが掛かっているエレブー

 力強さと器用に武器を活かすことで接近戦の鬼と化してきたブーバー

 高い知能を活かした冷静な立ち回りを形にしつつあるヤドキング

 

 種ごとに秀でた能力に応じたセオリー通りの戦い方をするものもいれば、全く異なる戦い方をするものもいる。だが、一つだけわかっていることがあるとすれば、それが彼らの力を最大限に引き出すことが出来る事だ。

 

「そういえばヨーギラスは、進化するとバンギラスになるんだよな」

 

 隣にいるサンドパンに唐突にアキラは話を振ると、ねずみポケモンは反応に困りながらも何度も頷く。

 タイプや細かな能力は異なるが、バンギラスはカイリューとほぼ互角と言っても過言では無い力を秘めている。バンギラスの特徴や能力の詳細を思い出しながら、アキラは今連れている手持ちの長所や得意分野などを大雑把に例えながら更に考える。

 

 エレブーが防御なら、ブーバーは攻撃、サンドパンは技術、ゲンガーとヤドキングは狡猾だとか理知的など微妙に異なるが、根本を捉えると知恵的なものが長所だ。

 

 そうして考える内に、徐々にシジマから教わって以来あやふやに浮かんでいたイメージがアキラの中で形になっていく。

 能力やタイプに覚えている技も大事だが、万が一のことを考えると彼らの長所や磨き上げた経験、技術を受け継ぐ後継者みたいなのが必要だろう。云わば、完全で無くても良いから何かしらのトラブルで今のメンバーが不在時でもその穴を埋められる存在だ。

 

 そう考えると、ヨーギラスがエレブーに弟子扱いで加入したことは良い切っ掛けと言える。

 エレブーの種に反したタフさと打たれ強さは、恐らく生まれ付きのもので後天的に得ることは難しい。けどヨーギラスが無事にバンギラスに成長すれば、エレブーとは別の意味で強固な守りとタフさを身に付けてくれるかもしれない。

 何故なら、バンギラスの別名は”よろいポケモン”だからだ。

 流石に一気に数を増やすつもりは無いが、今後新しい手持ちを加えていくのなら、主力の傾向を考慮する必要があるだろう。

 

「リュットなら……何だろうな」

 

 他の五匹はすぐにイメージしやすい単語は浮かんだが、実質最高戦力であるカイリューはどう簡単に例えれば良いのか浮かばなかった。

 

 理由は至極単純。ほぼ全部兼ね揃えていると言っても良いからだ。

 

 陸海空など戦う場所を選ばず自由に活動できる適応力を始め、ブーバーよりも力強くて、エレブーに負けず劣らずタフ、ゲンガーやヤドキングの様に頭が良く鋭い一面もある。

 唯一、サンドパンが高めつつある技術や俊敏な動きが体格故に身に付いていないが、今後の鍛錬と覚える技次第では同等の能力を身に付けられるかもしれない。

 要は求めているレベルが高過ぎるのだ。

 

「いやいや、高望みし過ぎだろ」

 

 頭を振って、アキラはやたらと要求度の高い条件を忘れる。

 この世界にやって来た頃もそうだが、どうも自分は手持ちに加えるポケモンを考えると高望みしがちだ。ラプラスとかピカチュウとかリザードンとか、考えればキリがない。

 

 確かにカイリューの持つ力や能力をある程度でも受け継いだ存在がいると心強いのは事実だ。

 だけど、ここまで全ての能力が高いレベルで纏まっているのは、「カイリュー」と言う種族だからこそ実現出来ている点も忘れてはいけない。特に地上や水中、果ては空中のどこでも戦えるのは、伝説などを除けばあのドラゴンポケモンくらいしかアキラの中では浮かばない。

 忘れているだけかもしれないが、もしいるのなら逆に知りたいくらいだ。

 

 そして失礼なのは百も承知だが、あの気まぐれで気難しいドラゴンが誰かに何かを教えている姿が全くイメージ出来ない。本人に知られたら機嫌を損ねてぶっ飛ばされそうなので秘密だが。

 腕を組み眉間に皺を寄せてアキラは更に深く考えるが、結局上手い発想は浮かばず、唸り声を挙げ始める始末だった。

 

「あらあら、折角の休憩なのにそんな難しい顔をしたら疲れるわ」

「あっ、おばさん」

 

 そんなこんなでカイリューや手持ちの今後に関して考えていたら、奥からコップを乗せた盆を持ったシジマの家内とバルキーがアキラが座っている縁側にやって来た。

 弟子入りしてまだそこまで日は経っていないが、自分のことを単に弟子としてでは無く実の子どもの様に気に掛けてくれるので、アキラは凄く感謝している。

 

「タンバの名産品の一つのきのみジュースを持ってきたよ。飲めば元気になるわよ」

 

 ジュースと聞いて、アキラは表情を明るくする。

 体は疲れると自然と甘いものを欲することもあるが、甘くて喉を潤してくれるジュースという単語に自然と惹かれる。

 

「お~いお前ら、美味いジュースが飲めるぞ~」

 

 コップの数から見て、手持ちの分もあると見たアキラは手持ち達に集合する様に呼び掛ける。すると各々自由に過ごしていたアキラのポケモン達は、シジマのポケモン達と一緒にワイワイと縁側に集まって来た。

 

 ポケモンも水以外の飲み物――人間が飲むジュースなども普通に飲んだりすることは出来る。

 だが、アキラのポケモン達はそういう飲み物を口にする機会はあまり無かったので、警戒心の強いカイリューやブーバーは興味を示してはいたが中々口を付けようとしなかった。

 

「変なものが入っているどころか美味しいと思うぞ」

「そうよ。このきのみジュースはツボツボってポケモンが体内できのみを自然発酵させて作る天然の飲み物よ」

 

 詳しい詳細をシジマの家内に聞くと、人間が作った物では無くてポケモンが作った飲み物なら問題無く飲める筈だ。それも名産品となれば味も保証されている。

 シジマのポケモン達が次々と手に取って飲んでいくのを見て、迷っていた彼らも続けて飲む。すると、普段は目付きが悪いカイリューやブーバーさえも、目に見えてわかるまでにのほほんとした幸せオーラを発する様になった。

 

「美味かったのか。良かった良かった」

 

 手持ちが気に入ったのを嬉しく思いながら、アキラもきのみジュースを口にしてその味を楽しみつつ午後の鍛錬に向けて英気を養う。

 

 この時飲んだタンバシティ名産のきのみジュースは、確かに美味かった。

 しかし、これを機に連れているポケモン達全員がきのみジュースの虜になるとは、アキラは全く予想していなかったのだった。




アキラ、ヨーギラスの加入とシジマの指導を切っ掛けに今後の手持ちに関する新しい仕組みと方針を考えるようになる。

今まで漠然とした形で、ポケモン達には各々の長所や役目、持ち味を描いていたつもりですが、今回の話でようやくハッキリさせるまでに至れました。(性格は第三世代からですけど)
アキラが考えている構想は、この2.5章の間にある程度形にしていくつもりです。

中でもポケモン達の長所や得意分野を大雑把に考える件は、ハリーポッターに出て来る四寮の組み分けを思い起こして楽しかったです。
書きながら「もし主人公が組み分けされたら多分あの寮だろうな」とか「あの手持ちは、気質を考えるとあの寮寄りだな」とか考えたりしていました。
他にもアキラの身に起きた変化に関することやポケモン達がジュースを好む様になる切っ掛け、カイリューの手持ち全員の良いとこ取りみたいな表現などもノリノリでした。

はい、書いている方は楽しいけど、物語の方は中々進まなくてすみません。
省いたら唐突過ぎる要素や流れがある為、どうしてもゆっくりになってしまうので、どうかご容赦下さい。


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燻る炎

昨日は感想や一言が今までに無いくらいたくさん送られてビックリしました。
送られた感想や一言は、読者がどういう風に内容を受け止めているのかがわかるだけでなく、一つ一つが凄く励みになります。
これからも頑張って書いて行きたいと思っていますので、よろしくお願いします。


 音を立てて、ホネらしきものが床を転がり、続く様に持ち主も鈍い音と共に膝を付く。

 その姿に見守っていたアキラは目を瞠ったが、すぐにこの場で自分がやるべきことを思い出すと厳粛な声で宣言した。

 

「勝負あり。この戦いは、サンットの勝ちだ」

 

 今アキラは、師事を仰いでいるシジマの許可を貰い、タンバジム内で自らの手持ち同士での模擬戦を行っていた。

 

 二年以上前に経験したポケモンリーグでの経験を機に始めたものだが、その内容はトレーナーである彼は特に指示は出さずに手持ちの自主的な判断の元で行う形式だ。

 目的は純粋な手持ちのレベルアップに見守っているアキラ含めて、仲間の戦い方の理解など多岐にわたる。何時もクジ引きで適当に対戦相手を決めてから彼らの戦いぶりを観察していたが、今回の勝負の結果に少し驚いていた。

 

 戦いの組み合わせは、サンドパンとブーバー。

 両者とも手持ちに加わった時期は殆ど変わらず、サンドパンの方が相性で有利な技を覚えているとはいえ能力と勝負勘で勝るブーバーの方が勝ち星は多い。勿論サンドパンも負けっ放しでは無いが、それでも大抵は運が良かったりギリギリの攻防の末の辛勝ばかりだ。

 なので今回の様に運などの要素で片付けられないまでにサンドパンがブーバーを追い詰めたのは、手持ち同士で戦わせる模擬戦を行う様になってからは初めてのことだった。

 

「…バーット?」

 

 勝敗を宣言したにも関わらず、ブーバーはサンドパンが与えたダメージを堪えながら立ち上がろうとしていた。

 確かにまだ倒れてはいなかったが、それでも膝を付いた体は”どく”状態である証の紫を帯びており、息をするのも苦しそうだった。

 

「そこまでだバーット。勝敗は既に決している」

 

 今この場を取り仕切る審判でもあるアキラはブーバーに改めて告げるが、ブーバーは意地でも戦う意思を消さない。サンドパンもブーバーの戦意に応じて、静かに両手の爪を構えてひふきポケモンを見据える。

 

「スット、ヤドット、抑えてくれ」

 

 だが、アキラがこれ以上戦うのを許さなかった為、念の力が二匹を軽く包み込む様にその姿勢のまま拘束したことで強制終了させられた。

 それからブーバーは、念の力での拘束が切れたタイミングで緊張の糸が切れてしまったのか、はたまた毒のダメージが限界に達したのか倒れてしまう。

 

 するとタイミングを見計らっていたかのように、タンバジム内での手伝いをしているバルキー達が動き出す。彼らは急いで倒れたひふきポケモンを持ってきた担架に乗せると、その場から去る様に運んでいく。

 今日行う模擬戦最後だったので、ブーバーがいなくなったのを機に集まっていたアキラのポケモン達も適当に解散し始めて、各々好きな様に休み始める。

 構えていたサンドパンも一息つくと、見守っていたエレブーやヨーギラスと合流する。

 

「サンット、最後まで()()()くれてありがとう」

 

 サンドパンにアキラは感謝の言葉を伝えるが、サンドパンは気にしていないことを手を振って応える。あの時、サンドパンがアキラの判定に応じて気を抜いていたら、ブーバーの性格を考えると後が面倒になるところだった。

 

 手持ちの中では屈指の実力者であるブーバー。それだけの猛者を正面から打ち破るまでに強くなったサンドパンの急成長。

 それは四天王の戦いの後から目指し始めた相手の「急所」を正確に突いていくことに力を注ぎ始めたからだ。

 

 以前から考えていたものの、実現させることが困難であることなどの理由で断念していたが、目の感覚が鋭敏化したなどの要因もあって実現の見通しが立ったのだ。

 人間の目などの体構造と同じ様に、ポケモンにも種ごとに異なっているが急所と呼べる弱い箇所が存在している。もし急所を狙って攻撃することが出来る様になれば、威力が小さい攻撃でも大きなダメージを効率良く与えることが可能になる。

 

 当然、急所を狙ったとしても、相手が素直に狙い通りに当てさせてくれる筈は無い。

 そもそもどこが急所なのかは、観察眼が鋭くなったことで感覚的にアキラは理解出来ても、具体的に伝えたり理解出来るだけの知識が彼とサンドパンには無かった。

 

 そこでアキラは、タマムシ大学の図書館や市販に売られている様々な種類のポケモンの詳しい体の構造図が載っている本を可能な限り用意して、サンドパンと一緒にイメージを共有出来る様に一緒に覚えることを始めたのだ。

 いきなり全種類のポケモンを覚える訳にはいかないので、今は良く手合わせをするレッドの手持ちと模擬戦で戦う仲間達に絞ってはいたが、その成果はさっき行われたバトルでもわかる様にかなりのものだ。

 他にも”どくばり”や”スピードスター”、最近使える様になった緑色の光弾――シジマ曰く”めざめるパワー”などの技を長距離からでも正確に狙い撃つ練習も重ねている。

 

 鍛え上げた技術で的確に相手の弱点を突いて仕留める。

 

 派手さは欠けるが、それが最近のサンドパンの戦い方の軸だ。

 先程の模擬戦で鮮やかな立ち回りを見せていたことからなのか、ヨーギラスはサンドパンに輝く様な憧れの眼差しを向けており、ねずみポケモンはたじたじになっていた。

 微笑ましい光景ではあったが、アキラは手にしたノートに記した内容に目を細める。

 

「問題はバーットだな」

 

 「模擬戦3」と書かれたノートにある試合内容と勝敗の記録を見てアキラは呟く。

 ブーバーはこの記録を取り始めた頃から、当時のハクリューと並ぶ高い勝率を誇り、正に手持ちでは一、二を争う実力を持った存在だった。ところが、ここ最近はサンドパンを始めとしたメンバーが大分力を付けたこともあって、カイリュー以外はかなり拮抗する様になった。

 

 身になるかは別として手持ちの誰よりも鍛錬を重ねているにも関わらず、強くなるどころか負ける頻度が増えてはプライドが高かろうと無かろうとショックだ。シジマの元に弟子入りしてから、やたらとブーバーが過剰なまでに鍛錬を重ねているのも、それが原因だろう。

 後、己の不甲斐無さなのか思う様にいかない現実に苛立っているのか、イライラ気味であることも少し気になっている。

 

「――そろそろ触れる時かな」

 

 明確な原因と言えるものではないが、ブーバーには他の手持ちとは違う面がある。

 今までは触れると嫌がられるのと支障が出る程の問題にはならなかったが、自分も含めて修行する余裕のある今の時期の内に改善することをアキラは決めた。

 

 

 

 

 

 タンバジムから少し離れた荒波が打ち付ける岩場で、ブーバーは目の前に広がる大海原を眺めながら腕を組んで立っていた。

 

 バルキー達に担架で運ばれてから治療を受けていたが、意識を取り戻してから大人しくしているのが嫌で、ある程度回復したことを良い事に勝手に抜け出したのだ。

 まだ模擬戦のダメージと疲労は残っているが、ひふきポケモンの意識は痛みでも青い海でも無く、自らがこれまで辿って来た軌跡に向けられていた。

 

 野生で生まれ、当時つるんでいた同種の元に向かおうとした際、頭に石をぶつけられて今の仲間達に出会った。当初アキラのことは見下していたが、追い詰めた際に見せた彼の鋭い目付きを見て、野生で生きるより彼に付いて行った方が更なる力を得られると踏んで付いて行く道を選んだ。

 

 強い力を求めるのは種として――否、ポケモンが持つ本能だ。

 

 けど一瞬だけ光るものを見せたとはいえ、普段は自分を含めた我が強いポケモン達を率いている割には、根性以外頼りなかった当時のアキラに付いて行くのはある種の賭けだった。

 いざとなったらモンスターボールを壊して野生に帰るか、もっと強く鍛えてくれそうな別のトレーナーの元に行く考えも頭にあった。

 

 だが、数々の戦いや交流を経験していく内にアキラは大きく成長していき、ブーバー自身もその恩恵に預かることで昔とは比較にならない力を身に付けることが出来た。

 更に今まで敬遠していた人間社会に触れたおかげで、新しい知識や技術、概念を知る事で視野も広まった。

 

 確実に強くはなっている。

 

 しかし、仲間との模擬戦とはいえ、現実は勝つ回数が増えるどころか逆に減っている。

 理由として、他の仲間達が自らの長所などの強みを理解して、持ち味を活かす戦い方を自覚したことが大きいことはわかっている。

 

 エレブーは以前なら可能な限り攻撃を避けていたが、最近は自信を持って正面から攻撃を受け止めて、反撃に活かす場面が増えた。

 

 ヤドンはヤドキングに進化したことで、反応速度が良くなっただけでなく今まで殆ど使わなかった水技も扱う様になった。

 

 カイリューは、進化してからは未だに模擬戦では”がまん”が解放されたエレブー以外には負けなしという驚異的なまでの力を得た。

 

 そしてサンドパンも、自らの特技や長所を踏まえた戦い方を意識したことで、初めて今回の完全敗北を突き付けるまでになった。

 

 まさか姿や心構えが変わっただけで、ここまで実力が拮抗するとは思っていなかった。

 今まで他の仲間達に勝てていたのは、早い段階から自主的に鍛えるといった強くなることを明確に意識して日々を過ごしていたことなど、スタートダッシュで勝っていただけなのだろうか。

 

 珍しく弱気な考えばかりが頭に浮かんでいたが、要らないところでトレーナーの影響を受けてしまっていることにブーバーは嫌気が差す。

 

 だが条件が同じになったのなら、更に鍛錬を重ねれば良いだけの話だ。

 もっと己を追い込むこともそうだが、折角今いるこのジムには自らが得意とする接近戦では無類の強さを誇る格闘ポケモン達がいるのだ。

 彼らの技や動きを我が物にするべく、これまで以上に目を光らせよう。

 その上で今目指している憧れの力を実現することが出来れば、必ずや仲間達の中で一際抜きんでた力を身に付けられる筈だ。

 

 己を鼓舞することでブーバーは決意を固める。

 そうと決まれば話は早い。タンバジムへ戻るべく振り返ったら、何時の間にか名目上は自分達を率いるリーダーであるアキラが後ろに立っていた。

 

「――まだ休んでいて良いのにもう特訓を始める気?」

 

 自らが物思いにふけり過ぎて周囲への意識が疎かになっていたことを知り、ブーバーはアキラの問い掛けに対して舌打ちで返すと背を向ける。

 初めて会った頃なら、彼は突然仕掛けるかもしれない攻撃に少し怯えた素振りを見せていたが、今では慣れたからなのか随分と余裕だ。

 自分よりも強いポケモンを指揮する立場ならこれくらいは当然のことだが、この様子では自身が何か悩んでいることに気付いているだろう。

 

「さっきの戦いの負けが、かなり堪えたのか」

 

 思い出させる様な口調で語りながら、アキラはブーバーの隣に並ぶ。

 いなくなったと聞いて探しに来たが、やはり普段は表立って見せないだけでブーバーなりに悩んでいたらしい。早々に一番触れられたくない点を触れられて癪だったこともあり、ブーバーはさり気なく打ち払う様にアキラの顔面目掛けて裏拳を繰り出す。

 不意打ちと言っても良い攻撃だったが、さり気なく彼は少し距離を取っていた為、空振りで終わった。

 

「そう腐るなバーット。最近サンットが目に見えて強くなってきたのは、一緒に過ごしてきたお前もわかっているだろ」

 

 サンドパンと一緒に勉強していたアキラだけでなく、他の手持ちもサンドパンが強くなっていることを感じていたのだ。ブーバーが気付かない筈が無い。

 しかし、ひふきポケモンは顔を向けることも嫌なのかずっと彼に背を向けるだけだった。

 

 仲間達だけでなく、頼りなかったアキラさえも昔と比べればポケモントレーナーとして自分達を導いていくのに相応しい能力を身に付けつつある。

 皆がそれぞれ順調に成長しているにも関わらず、自分だけは最近何もかも上手く行かない現状も相俟って、苛立ちは増す一方だ。

 

「……なぁバーット、俺がシジマ先生のところに来た理由を憶えているか?」

 

 アキラの問い掛けに、ブーバーは背を向けたままだが一応頷く。

 独学で鍛錬を積んでも強くなるには時間が掛かるから、実力があるだけでなく経験豊富な指導者の元で学ぶのが理由だった筈だ。そこまで思い出して、ブーバーはアキラが次に言いたいことを何となく察したのか目線だけ彼に向けた。

 

「バーット、確かにお前は今までのやり方でも強くなってきたけど、そろそろ更なる上を目指すには限界ってことだ」

 

 そう断言すると、ブーバーは不貞腐れる様に再び無視を決め込む。

 手持ちの中でも強さへの渇望が特に強いことは、ブーバーが自分が考えたやり方以外でも日々鍛錬を積み重ねていることからもアキラは理解している。

 中身は大体がテレビの真似事だったりとするが、そんな方法でもある程度の成果や効果は出ていた。そういう形はどうあれ鍛えようとする心構えは悪いどころか寧ろ推奨すべきだが、取り組む姿勢と意識に問題があった。

 

 今ブーバーはシジマが鍛え上げたポケモン達から色々学んでいるが、その基本的な姿勢は”指導を仰ぐ”と言うよりは”技を盗む”と言った方が正しい。

 ブーバーなりのプライドがあることや彼らの技術を物にして強くなる目的があることはわかるが、あまりにも殺伐としている。過去にレッドのおかげで”メガトンキック”を完成させて感謝の意思を伝えたことはあるが、あれはレッドのお節介な面が大きい。

 だけどアキラが気にしている一番の問題はそこでは無い。

 

「別に命が懸かった戦いとかに限らなくても、困ったことがあったら素直に周りに助力を求めたり相談することは悪い事じゃない。お前は頭は良いんだから、それが今一番早く強くなる方法なのはわかっているだろ」

 

 諭す様に伝えるが、それでもブーバーはそっぽを向いたままだ。

 

 ブーバー最大の問題。

 

 それは今みたいに弱みを見せたくないのか手の内を晒したくないのか、平時はトレーナーである自分を含めて他の手持ちにさえ協力を求めたり相談することをあまりしないことだ。

 

 別にブーバーは、他の手持ちと仲が悪い訳では無い。

 寧ろ昔と比較すれば、大きな戦いの際は互いに協力し合ったり、一緒にテレビを見たり悪ふざけをしたりするなどよく一緒に過ごしている。戦いに関するものに限定されるが、指導や指摘を受けて納得出来るものや自らの役に立つと判断すれば、聞き入れる柔軟性はある。

 しかし、どうも他の手持ち以上に「身内は仲間であると同時に最大のライバル」と考えている節があるのだ。

 

 このことは、昔ブーバーが覚えている”テレポート”を主軸した逃走訓練をした時、他の面々と比べるとブーバーは乗り気では無かったことから何となくアキラは察していた。

 仲間をライバルと捉えて自己研鑽に励むことは悪い訳では無い。だがブーバーの場合だと色々やり過ぎなのだ。

 

「まあ…何と言えば良いのか。手の内を隠したい気持ちはわからなくも無いけど、このまま頑なに隠し続ける方が長期的に見ると俺達全体だけでなくお前にとっても()()()()だぞ」

 

 自らの手の内や戦い方を誰かに教えたくない気持ちはわからなくはない。

 アキラもレッドにはノートに纏めた内容は基本的には見せないし、”ものまね”を利用した新技習得過程の方法も簡単には明かしたくない。だけど、四天王との戦いに備えていた時の様に自らの手の内を教えた方が自分達にとって”プラス”になる時もある。

 

 流石に今のままでは、今後強くなるには”マイナス”とハッキリ言われてぐうの音も出ないのか、ブーバーは不機嫌なオーラを放ちながらも反抗的な空気は鳴りを潜める。

 

「――まだ考えている途中だし実現出来るかはわからないけど、俺はお前達の力と技を受け継がせる”後輩”……大袈裟に言うと”後継者”みたいな存在を今後手持ちに加えるのを考えている」

 

 構想段階である考えをブーバーに伝えると、ひふきポケモンは彼が語り始めた内容に興味を示す。あまりそうは見えないが、仲間であるエレブーも名目上はヨーギラスとは先輩後輩に加えて師弟関係でもある。

 後継者――早い話、ブーバーも誰かの上に立ち、面倒を見る時が来ることを示唆するものだ。

 意味を理解していくにつれてブーバーの態度が少しずつ変化していくのを感じ取ったのか、アキラは慌てて弁解する。

 

「面倒事を押し付けるとかそういう訳じゃないから、今言った様に実現出来るかはわからない。それに継承させたいと言っても、全部は無理だろうし」

 

 ヨーギラスの進化形であるバンギラスは、能力的には防御力に優れているという点はアキラが連れているエレブーと共通している。

 だがそれ以外は体格にタイプ、覚える技も含めて大きく異なっており、エレブーが覚えていることや戦い方の全てを受け継がせることは無理だ。

 けどアキラとしては、各手持ちの長所や基本動作などを教えることは出来ると考えている。

 

「まぁ…手に入れた力や技術を誰かに伝えていくとかは別として、自分の助けになる奴を自分の手で鍛えて強くするのって悪くない考えだと思わない?」

 

 アキラとしては別に自分達のやり方は一子相伝の奥義では無いし、教えた方が何かの役に立つか、自分達の助けになるのなら喜んで教える方だ。

 なのでエレブーがヨーギラスに今まで自らが培ってきた技術や経験を教えていく様に、ブーバーにも今まで磨いて来た力や技術を誰かに伝えて欲しいと考えていた。

 

「だから、俺自身も考えていくけど、バーットの方でも――」

 

 それからアキラは何か色々と構想みたいなことを口にするが、既にブーバーは別の事に意識が向いていて彼の話を聞いていなかった。

 

 手持ちと一緒に変わっていく

 

 アキラが何時も自分自身に言い聞かせる様に口にしている言葉が、ブーバーの脳裏を過ぎる。

 その言葉は、ただ一緒に成長していくだけでなく、ポケモントレーナーという一つのチームを率いる者として相応しい存在に常になろうとする彼なりの決意でもある。

 

 悔しいが彼の言う通り、今のままでは更なる強さを得るどころではない。

 将来自分にもヨーギラスの様な存在、誰かの上に立つことも考えると、今の自分も彼の言葉通りとまではいかなくても変わっていかなければならない。

 強くなる形で変わることを目指していたが、目標は同じでもやり方を変える時が来たのだろう。

 

「お~いバーット、話聞いてる?」

 

 真面目に語っていたアキラだったが、肝心のブーバーが話を聞いていないことに今更気付く。

 頭の中の世界へトリップしていたブーバーだったが、意識を目の前の現実に引き戻すと肩を竦めて、人間で言う”降参”を意味するジェスチャーを始める。

 途中から話を聞いていないことはすぐにわかったが、もう少し渋ることを予想していたアキラは、思ったよりも早くブーバーが話を受け入れたことに少し拍子抜けしていた。

 

「無理しなくても良いけど、いきなりだと流石のあいつらも驚くぞ」

 

 今まで変なところで一人でトレーニングすることを好んでいたのに、突然一緒に鍛錬したり素直に手助けを求める様になったら逆に戸惑われるだろう。

 何よりゲンガーがネタにして弄って来るのが目に見えている。

 彼に心配されるまでも無く、そのことはブーバーも良くわかっている。

 まだ抵抗感はあるので、いきなりでは無く日常生活の中でさり気なく少しずつ自分も周りも慣れていく過程は考えている。

 

 今度こそブーバーの気持ちが落ち着いたと見たアキラは、もう一回ひふきポケモンに語った構想の詳細を話そうとしたが、そのタイミングにタンバジムの方角からサンドパンが彼らに駆け寄って来た。

 

「どうしたサンット?」

 

 何事かと思ったが、彼が持っている目覚まし時計も兼ねている時刻確認用の時計を抱えていた。

 それを見たアキラは、休憩の時間がもう終わりだと言う事に気付く。

 

「もう時間か。話の途中だけど、そういうことだ。悩まずお願いすれば、一緒に戦っている時みたいに俺達は力になるから」

 

 ところがさっき負けたことに思うところがあるのか、ブーバーはサンドパンの姿を見ない様にそっぽを向いていた。その姿に彼は苦笑するが、「終わったら話の続きをするつもりだから」と言い残してサンドパンと一緒にタンバジムへ戻っていく。

 残されたブーバーだが、彼が考える時間を与える為に敢えて自分にタンバジムに戻るよう促さなかったことには気付いていた。

 

 彼らの姿が見えなくなったタイミングで、ブーバーはタンバジムの敷地にあるポケモン用の鍛錬場へと歩き始める。このまま鍛錬を休んで静かに考え続けても良かったが、体を動かさずにはいられなかった。

 

 先程の提案と話を聞いてから若干躊躇ってはいるが、教え合うまではいかなくてもちゃんと自分から進んで必要と感じたことを教わる事から始めようとブーバーは考えていた。

 誰よりも強くなることを目指すだけでなくテレビで活躍している様な力を欲していたが、今は焦るよりもワクワクする気持ちの方が強かった。

 

 近い将来、自分にもエレブーの様に誰かを教える時が来る。

 自らが培ってきた技と技術を教えて鍛え上げた後輩であり仲間である存在。

 彼らを率いるリーダーとして自分が先陣を切っていく。

 そんな光景がブーバーの脳裏に浮かぶ。

 

 何時になるかはわからないが、その時が来ることを考えると無性に楽しみになってきたのだ。

 丁度良く集団を率いるリーダーとして、良い参考例にして反面教師が身近にいる。

 

 彼の手持ちとして付いて行くことで得られる恩恵と利点、これからも大いに利用させて貰うつもりだった。




アキラ、伸び悩むブーバーに今後の方針を伝えることで上手く意識改革を促す。

今のところブーバーは、アキラとは別の意味でスランプ気味ですが、この2.5章では他の手持ち以上に成長すると思います。
勝利への執念や目指しているものがあるなどの要因がありますが、とにかく色んなことに手を伸ばしたり、挑戦するなどの試行錯誤を重ねていきます。
もう「仕方なく手持ちに加えるポケモンとして選んだ」頃からは考えられないまでに、ブーバーはアキラ達には必要不可欠な存在です。
サンドパンも昔の様にやられっ放しでは終わらなくなったりと、彼らが確実に成長していくのを書くのは楽しいです。

ちなみに模擬戦を始めてからの主人公が連れているポケモン達のパワーバランスは、こんな感じでイメージしています。
初期)ハクリュー≧ブーバー≧エレブー≧ゲンガー>サンドパン≧ヤドン
現在)カイリュー>ブーバー>エレブー≧ゲンガー=ヤドキング≧サンドパン


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解決への道筋

「完璧を求め過ぎだ」

 

 倒れているバルキーに目を向けながら、シジマは向かい側に立っているアキラに告げる。

 

 何時もの様に彼がタンバジムに来るや否や、唐突にシジマの提案でポケモンバトルをすることになったのだ。

 初めての師との手合わせだけでなく、ようやく体を鍛える以外にもポケモントレーナーらしい特訓が始まるかとアキラは意気込んだものだが、結果は彼の完敗で終わった。

 

 使用ポケモンは、互いに一匹ずつ。

 戦うのは普段連れているポケモンでは無く、タンバジムで家事などの手伝いを行いながら鍛錬を重ねているバルキーのみという変わった内容だった。

 

 何故そんな条件の元で行うのか。何か意味があることは察してはいたものの、当初アキラは理解出来なかった。だが全てが終わった今では、シジマが何の目的で条件付きでポケモンバトルを始めたのか理解していた。

 今自分が抱えている問題に関係しているからだ。

 

「俺はお前では無いから、悩み全てを理解することはできん。だが俺から言えるのは、完璧を意識し過ぎて指示が難解になっていることは確かだ」

「はい……」

 

 シジマの言っている事は、大体当たっている。

 以前から度々経験していたが、四天王との戦いを機にアキラの動体視力や観察眼などの目が関係する能力が飛躍的に向上した。

 極端に言うと、初見の相手でもある程度の弱点などを把握し、動作から推測した精度の高い未来予測を同時に実現出来ていると言っても過言では無い。それ程までに目の感覚が鋭敏化しているのだ。こんな便利な力、活用しない手は無い。

 

 しかし、それらの有益な情報全てを瞬時に理解出来るのは、トレーナーであるアキラだけで戦っているポケモンでは無いということが大きな問題だった。

 

 ポケモントレーナーは、戦っているポケモンに指示やアドバイスを与えて導いていくだけでなく、第三の目や耳として手助けしていくことが主な役目だ。

 だからこそ、一刻も早く頭の中に浮かんでいる有益な情報を戦っているポケモン達に伝えたい。ところが感覚的な形でしか理解していないから、言葉として伝えるのに手間取り、伝えられても複雑化してしまう。

 

 今回のバトルもなるべく気を付けながらバルキーを導こうとしたが、慣れていないこともあるのか手持ち以上にバルキーはこちらの指示に対応出来なかった。

 その結果が、今回の敗北と言う形で露わになった。

 

 戦っているポケモンの理解度も関係しているが、互いに同じ条件でポケモンでバトルをしたら、勝敗に関わるのは導くトレーナーの力量だ。

 ポケモントレーナーとして戦っているポケモンを導いていく点に関しては、目が鋭敏化する直前よりも劣っているだろう。

 

「あまり意識し過ぎない様にしているつもりですけど、どうしても…」

 

 今のアキラがポケモンバトルで勝てているのは、連れている手持ちの能力の高さに物を言わせているだけだ。手持ちの能力頼みなのは、昔から彼が抱えている問題の一つで最近は改善傾向だったが、この様子では振り出しに戻ってしまった。

 

 以前は突発的に今の状態になっても上手く手持ちを導くことは出来たが、それは体感する時間の流れがゆっくり感じられる感覚があったおかげだ。

 目ばかりを気にしていたが、余裕を持って考える時間が得られるあの感覚こそ、今の自分の力をポケモンバトルで活かす最も大事な要素だったのだ。

 反射神経などの反応系も更に研ぎ澄まされているが、この感覚ばかりはどれだけ意識してももう一度経験することが出来ないでいた。

 

「いっそのことサングラスを掛けて…はダメだな。見えにくくなる」

 

 頭をフルに働かせて悩むアキラにシジマは思案する。

 確かに彼の鋭敏化した目が発揮する動体視力と観察眼は、長年ポケモントレーナーとして鍛えて来たシジマを凌駕している。

 しかし、それは適切にポケモンバトルに活かせていればの話。対等な条件下でポケモンを上手く導くことが出来ないポケモントレーナーに負ける程、シジマは柔では無い。

 彼自身が懸念している様に、今のアキラはただ強いポケモンを連れているだけのトレーナー。本当の意味で強いポケモントレーナーとは言えない。

 

「アキラ、新しく手持ちに迎えるポケモンは何匹考えている?」

「えっと、ヨーギラス以外ですと…もう一匹迎えたいかなと」

 

 ボックスを利用せずに留守番させる形で待機させることやサンドパンなどの手持ち達のサポートを考えても、そこまで増やせないとアキラは考えていた。

 単純にいきなり、六匹全員にそれぞれ後輩を付けさせて指導させたり統率を保つことが無理なこともあるが。

 アキラの答えを聞き、シジマはあることを決める。

 

「――よし、お前に課題をやる」

「課題…ですか」

 

 シジマから伝えられた内容に、アキラは思わず気を引き締める。

 今まではシジマが考えたトレーニングメニューを順当にこなしてきたが、こうして面と向かって課題を与えられるのはこのジムに来てから初めてだった。

 一体どんなものなのか、何時までにこなさなければならないのかなど、彼は考えを張り巡らせて備える。

 

「俺のジムにいるバルキーを一匹貸す。そのバルキーを上手く導いて手持ちに迎えるポケモンを捕まえて来るんだ」

「あ、新しい手持ちをですか?」

 

 予想外の内容だったのかアキラは目を見開くが、この課題にはちゃんとした狙いがある。

 一言で言えば、”初心に戻れ”だ。

 

 細かく指導することもシジマの選択肢にあったが、長年共に過ごしてきたことで彼の手持ちはハッキリとした自分達の戦い方を持っている。それは今の彼が伝える理解しにくい複雑な指示でも彼らなりに解釈、或いは無視して戦っても結果的に勝ってしまう程だ。

 

 だが新しく手持ちになったポケモンは、トレーナーのやり方――人間の元での戦い方に慣れていない。なので捕獲したばかりのポケモン程、指示を与える人間の状況把握や予測、指示などの技量が顕著に出やすい。今回互いにバトルさせたバルキーは、トレーナーの元での戦い方をある程度知っている個体達ではあるが、それでも本当の意味では慣れていない。

 

 故にシジマはアキラが新しい手持ちを積極的に加えることで、初心者トレーナーだった頃に彼が行ったであろう創意工夫とやり取りを思い出して欲しいという意図があった。

 

 シジマの目から見ても、色々扱いに難のあるポケモン達からの信頼を得た上で一定の統率が執れているところを見れば、アキラのトレーナーとしての力量は決して悪くは無い。

 ならば何か切っ掛けさえあれば、事細かに指導しなくても今抱えている問題の根幹や解決法に自ら気付くことが出来る筈だ。

 荒っぽいが言葉や頭でわかっていてもダメなら、直接体験した方が手っ取り早く理解出来る。

 その切っ掛けとして、シジマはこの課題を彼に課すことにした。

 

「バルキー以外の手持ちを連れてもよろしいでしょうか?」

「構わん。だがバルキー以外の手持ちの力で捕まえることは許さんからな」

 

 そう言い残すと、シジマは格闘場から去って行き、アキラと倒れているバルキーだけがその場に残されるのだった。

 

 

 

 

 

「さて、どうしようか」

 

 一休みした後、アキラはシジマとの戦いで選んだバルキーを連れて、他の手持ちと一緒に円を描く様に座り込んでいた。

 

 彼としては、シジマがどういう意図で今回の課題を課したのか何となく理解している。

 強いポケモントレーナーは、強いポケモンを連れているから強いのではなく、どんな状況でもポケモンの力を引き出すことに長けている人間だ。

 だからこそシジマは、可能な限り純粋なトレーナーとしての技量のみで戦う様に仕向けるべく、お互い慣れていないバルキーを貸したのだ。

 

「問題はわかっている…つもり何だけど、どうすれば上手く頭の中でわかっていることを伝えられるんだろう…」

 

 目の感覚が鋭敏化した影響で余計なものまで見え過ぎて、優先すべきものと不要なものの優先順位が混乱して伝える内容が複雑化。それだけでも困るのだが、加えて反応速度も良くなってしまったことで、相手の動き次第では思わず先に伝えた指示の訂正を伝える時もある悪循環。これでは四天王達と戦う前の方が、戦いやアドバイスに迷いが無い分ずっとマシだ。

 

「俺が見えている光景と考えていることが、そのまま伝われば…」

 

 とうとう考えることを放棄して、全てのポケモントレーナーが考えているであろう願望をアキラは口にしてしまう。そんな彼のダメダメな姿にブーバーは、体から発する熱を強めて「しっかりしろ」と言わんばかりの目付きで睨む。

 

「ごめんごめん。また変なことを考え始めちゃったよ」

 

 すぐにアキラは、ブーバーを始めとした面々に冗談を口にした様な口振りで謝る。

 悩み過ぎて彼がおかしくなるのは何時ものことなので、ブーバーやゲンガーなどの血の気の荒い手持ちは肩を竦めるが、カイリューだけは少々複雑そうだった。

 過去に数回だけだが、彼と一心同体とも言える感覚を共有した経験もあって、アキラの気持ちがわからなく無いのと如何に大きな力なのか理解しているからだ。

 

 だけど、理解はしても最近の体たらくぶりは別だ。

 

 今はそこまで気にしていないが、このまま改善の見込みが無ければバトル中にアキラが伝える指示やアドバイスが昔よりも信用出来なくなる。そんなことを考えていたら、自然とドラゴンポケモンは更に鋭い視線を彼に向ける様になっていた。

 

 カイリューから何時になく真剣な視線を向けられていることに気付いたアキラは、気を引き締めて今回の課題はしっかりこなさければならないと意識を切り替える。

 明確な期限は定められていないので、休みや暇な時間の合間に課題をこなしていくという感じだろう。課題をこなしている間に今の悩みが改善されるかはわからないが、やり遂げなければこれまで以上に苦労することになる。

 ロケット団みたいな無法者や血の気の荒い野生の強豪ポケモンと遭遇した時、今のままで相手をするには危険過ぎる。

 

「よし。やってやるぞ」

 

 ネガティブなことは一旦忘れ、アキラはブーバーの隣に座っているバルキーに目を向ける。

 

「バルキー。今お前が使える技は”たいあたり”、”いわくだき”、”みきり”の三つで間違いない?」

 

 アキラの質問にバルキーは肯定する。

 さっきバトルする時に選んだバルキーだが、タンバジムにいるバルキー達は多少の個体差は有れど、皆同じ技なので気にする事は無い。

 彼としては、今回の課題で新しく手持ちに迎えるポケモンは、各メンバーの長所や方向性を受け継ぐことが出来る存在を狙いたいと考えている。

 どういうポケモンを探そうかと考え始めるが、この世界に迷い込んだ当初は手持ちに加えるメンバーはかなり高望みしていたことを彼は思い出す。

 

 最初に手に入ったのがミニリュウだったから、調子に乗ってピカチュウやらリザードン、ラプラスとか良く想像していたものだ。

 だけどバルキーの実力と自身の今の調子を考えると、手強いポケモンを相手にすることは難しい。特に覚えている技の関係でゴーストタイプと遭遇しようものなら、何もできないままやられてしまう。

 

「難しく考えずに簡単に考えろ。無いものを強請るな。今あるものでも十分達成出来る」

 

 また悩みそうになったが、アキラは自分に言い聞かせて開き直る。

 

「バルキー、短い間だが俺に力を貸してくれるか?」

 

 アキラの問い掛けに、正座で座っていたバルキーは真剣な眼差しで頷く。

 さっきのバトルで自分が不甲斐無かったばかりに、痛い思いをさせてしまったが、もうそんなことが無いようにしなければならない。

 昔の――かつてニビジムで負けた後、レッドの前で自らの決意を固めた頃に戻ったつもりでやっていこう。

 

「皆、それぞれ軽く相手してくれるか?」

 

 課題をこなすには、借りているとはいえバルキーの動きなどを理解しなければならない。

 カイリューを始めとした面々は、声を上げたり鼻を鳴らしたりと各々自分なりの返事の仕方で応じる。ヨーギラスも元気良く応じていたが、彼はまだ正式な手持ちでは無かったこともあり、苦笑を浮かべながらアキラはやんわりと諭すのだった。

 

 

 

 

 

 数日後、アキラは休日を利用してジョウト地方にある38番道路と呼ばれる近辺にカイリューと共に降り立った。

 

 タンバジムで行っている鍛錬との並行や新しい手持ちを探す場所を考えていたら、今日まで行動を起こすのに少々時間が掛かってしまった。

 だけどようやく準備が整い、考えていた候補の一つにやって来れたのだ。

 

「それじゃバルキー、気を抜かずにやっていこうか」

 

 ボールに戻したカイリューと代わる形でアキラはバルキーを出すと、早速彼は森のすぐ傍にある道を歩きながらポケモンを探し始める。

 最近はタンバジムやクチバシティにある保護者のヒラタ博士の自宅を往復する日々だったので、こういう自然の中を歩き回って探索することは久し振りだ。

 

 この数日の間、アキラはバルキーの力を踏まえた上でどれだけ指示を上手く伝えられるかを確かめてきた。

 技の威力、指示を伝えてからのバルキーの反応速度、勘の良さなどもある程度把握することは出来た。しかし、指示を伝えることに関しては、目から見える余分な情報に惑わされない様に心掛けていたものの依然として上手く行っていなかった。

 

 まだまだ準備不足な面もあるので、今回この道路にやって来たのはどういう野生ポケモンが棲んでいるのかの様子見みたいなものだ。本当はタンバジムがある島でも良かったが、少しでもポケモンの種類が豊富な場所をアキラは優先的に選んだ。

 理想は今日も含めて短期間の内に新しく手持ちに加えるポケモンを見つけて迎え入れることだが、場合によっては長期戦も視野に入れている。

 

 「さて、どんなポケモンがいるのか」

 

 レッドの絶縁グローブの様にマチスから手に入れたモンスターボールを撃ち出せるロケットランチャーを背中で揺らしながら、アキラは今後についてぼやきながら足を動かす。

 

 この地方のポケモンに関する本を読むなど事前に行った情報収集では、この近辺には特に希少性の高いポケモンはいない。強いて言うならば、棲んでいるポケモンはカントー地方では見ることが無いジョウト地方のポケモンが中心なことくらいだ。

 

 今回彼が考えているのは、ブーバーかサンドパン、どちらかを連想させる長所や特徴が感じられるポケモンだ。

 ブーバーは一般的にほのおタイプとしてのイメージが強いが、連れているブーバーの傾向を考えると格闘戦に適したポケモンが好ましい。

 そしてサンドパンは、高い能力や強力な技よりも技術面を重視した戦い方を考慮すると、どんなポケモンであっても強くなる可能性は非常に高い。

 

 逆に今回はカイリュー、ゲンガー、ヤドキングの三匹が培ってきた力や経験を受け継いだり、穴を埋められるポケモンは考えていない。

 前者は、単純に求めているハードルが高過ぎるのとイメージ不足。

 後者の二匹は、そう簡単に頭が良いポケモンに遭遇するとは考えていないからだ。

 仮にどちらかの候補になれる可能性を秘めたポケモンを見つけることが出来ても、バルキーどころか普段連れている手持ちでも対処が難しいことは間違いない。

 

 自衛の為ならカイリュー達で応戦しても良いが、手持ちに迎える野生のポケモンはバルキーで戦わなければならない条件をシジマから課せられている。その為、今のバルキーのレベルを考慮して戦う相手も考えなければならないことが、今回の課題での大きな制限だ。

 だけどアキラは、この制限で選択肢が狭まるとは認識していない。

 

 今の自分みたいに強いポケモンを連れているから強いポケモントレーナーなのでは無い。

 どんなポケモンでもその力を引き出し、そして巧みに導くことができるのが強いポケモントレーナーなのだから。

 それに相手の力量を把握する目を養う良い機会でもあると前向きに受け取っていた。

 

 ちなみに今回もアキラは、手持ち全員に加えてシジマからお目付け役としてオコリザルも連れているので、トレーナーが基本的に連れ歩いても良い手持ちの数を軽くオーバーしている。

 だけど、彼らの今後に関わる重要なことなので全員連れてこないと気が済まなかったのだ。

 そして何故オコリザルがお目付け役に選ばれたのかに関しては、過去の経験で地味に苦手意識があることを何時の間に見抜かれたのか、それとも偶然なのかは定かではない。

 

「”森に棲んでいる野生のポケモンは他よりも警戒心が強く、ちょっとした刺激で興奮する恐れがあります。森の中でポケモンを探す場合は、周囲に気を配る事を忘れないで下さい”、だったな」

 

 久し振りにポケモンの探し方や捕まえ方を勉強し直したので、歩きながら内容を思い出していたら、何かが森の中から羽ばたく羽音を耳にした。

 見上げてみると、数匹のピジョンとポッポが空へ向けて飛び立っているのが彼の目に映る。

 飛び立つ際の様子から森の中で何かあったと見たアキラは、早速バルキーと共に道を外れて森の中へと静かに足を踏み入れた。

 

「――当たり」

 

 それ程森の奥深くに進むことなく、アキラは自身の推測が正しかったことを知る。

 森の中の陽が差し込む少し拓けた場所で、枝分かれをしたツノを持つオドシシと、そのオドシシ以上に長くて巨大な立派な一本ヅノの持ち主であるヘラクロスが対峙していたのだ。

 すぐに彼はバルキーと一緒に身を隠しながら、背負っているモンスターボールを撃ち出す為のロケットランチャーを手にヘラクロスに注目する。

 

 ポケモンにタイプ相性や戦い方に得意不得意がある様に、トレーナーにも育成しやすいポケモンの傾向がある。

 ジムリーダーの様な特定タイプのプロフェッショナルが代表的な例だが、アキラの場合だとタイプ問わずに二足歩行で手先が器用か自由に腕として動かせるポケモンが育てやすい。

 

 これは彼の手持ちが揃いも揃って人型だったり、両手が自由に使える二足歩行タイプなのが関係しているが、使える技が異なっていても体格が似ていれば動き方を真似たりすることが出来るなどの利点が彼としてはやりやすいのだ。

 最近だとカイリューも進化したおかげで、以前よりも行動の自由度が上がっただけでなく、戦う時のイメージが浮かべやすくなった。

 

 手持ちに加えるポケモンに条件を付けたら視野を狭めてしまうことは承知している。

 二足歩行で両手が使えるだけでなく、ある程度肉弾戦も出来るポケモンを求めるのは指標程度の扱いだ。この戦いを通じて、あのヘラクロスにはどんな特徴があるかを確かめるつもりだ。

 ところが彼が観察を始めてすぐに、両者は何故か戦いを止めてしまい、互いに何かを探す様に忙しなく首を動かす。

 

「どうしたんだ?」

 

 彼らの行動にアキラは疑問を抱くが、直後に彼らはそそくさに逃げる様に移動を始める。

 

「えっ!? ちょっと待って!」

 

 予想外の展開にアキラは飛び出すが、彼が飛び出すと同時に二匹は慌ててその場を後にする。

 急いでアキラはロケットランチャーを構えてヘラクロスを狙うが、腰に付けたオコリザルが忠告する様にボールを揺らしてくるのでトリガーを引くことは無かった。

 

「何だよ急に」

 

 逃げて行ったヘラクロス達の不満を口にするが、隣に控えていたバルキーはアキラに呆れた様な眼差しを向けていた。どことなく手持ちのポケモンが自分がバカなことをした時に向けられる目付きそのものだったので、自分が何かやらかしてしまったのだろう。

 一体何をやらかしてしまったのか彼は考えていくが、心当たりが全く浮かばなかった。

 

 理由がわからなくて首を傾げるアキラに、バルキーは目付きを鋭くして体中に力を漲らせる。

 傍から見ると怒っている様に見えるが、バルキーの細かな動きが見えているアキラにはただ力んでいるだけにしか見えなかった。

 

「もしかして…気配が駄々漏れ?」

 

 何となく頭に浮かんだことをアキラが尋ねると、バルキーは体から力を抜いて頷く。

 自覚していなかったが、どうやら気配が駄々漏れだったらしい。

 息を潜めて隠れるなどはしたのだが、何か余計な気配を発してヘラクロス達を刺激させてしまったのかもしれない。

 

「野生で生きるポケモンは、やっぱり気配に敏感か」

 

 どうすれば隠せるのか、もっと距離を取って観察すべきかアキラは思案し始めるが、半分当たって半分間違えている彼の考えにバルキーは肩を竦める。

 ただ何かが存在している意味での気配なら野生のポケモンは警戒はしても無視するが、アキラは自らが発する気配の大きさと質をあまり自覚していない。

 

 強者は強くて独特な気配を放つ。

 

 自分に向けられる気配にはすぐに気付けるのに、自らが発する気配に無頓着なのには呆れを隠せない。ヘラクロスとオドシシは、単純に狙われていることに気付いたから逃げた訳では無い。

 狙っている相手が自分よりも格上であることを察したから逃げ出したのだ。

 

 普段の振る舞いや仲間として一緒にいるポケモン達からの雑な扱われ方を見ても、アキラは強者に見られる気配や風格があまり感じられないことは確かだ。だが、一度でも気を引き締めて真剣になれば、あの我が強い面々を率いる者に相応しいものに変わる。

 野生のポケモン達を観察していた時も、自分や手持ちの未来を考えていたからこそ、真剣な眼差しになっていた。

 

「ん? どうしたバルキー?」

 

 さっきからバルキーが自分に目線を向けていることにアキラは気付くが、バルキーが今何を考えているのかあまり察していない様子であった。

 力は確かにあるが、強いことは自覚しても自分自身がそこまでとは思っていない所為で気配を上手く隠せていない彼をバルキーは心配するのだった。




アキラ、自身が抱えている問題解消も兼ねたシジマからの課題をこなすべく動き始める。

作中内では目の良さや鋭さなどが頻繁に強調されていますが、今のアキラの反射神経を含めた身体能力は、もし彼がスポーツ系の作品に出たら反則レベルの強さであるイメージです。
ただ、本作はポケスペの二次なので、ポケモンバトルに役立つ観察眼や反応の速さ以外の身体能力を彼が思う存分発揮する機会はあまり無い・・・筈。
頭の中のイメージを言葉にして伝えるということは難しいものですが、アキラの悩みの原因は結構基本的なものだったりします。


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候補探し

読者の方々が送ってくれる感想や一言と一緒に書かれている予想が所々当たっているだけでなく、考察なども凄く良く考えられていて、嬉しさとそこまで読み込んで頂けていることに読む度に表情が思わず綻んでいます。他にも感想を通じて新たな発想や改善点を見出すのに繋がったりしますので、感想や一言を送ってくれる読者の方々には、改めて感謝します。


 ヘラクロスを逃がしてしまった後、アキラは自らの気配が駄々漏れになっていることを自覚したが、どうやって気配を消せば良いのかわからなかった。

 その為、彼はポケモンを探す前に自らの気配を隠す練習に少しだけ時間を費やした。

 

 距離を取ったり、息を潜めてなるべく平常心で観察などの試行錯誤を繰り返していく内に、どうやら自分は距離を取った方が一番気配を隠せることがわかった。

 

 隠し方を見出すまでに、フワフワの体毛を持ったモココや毒針を持ったコウモリの様な姿をしたグライガーなどの珍しいジョウト地方のポケモンに遭遇したが、いずれも逃げられてしまったのは些細な問題だ。

 

 逃げられる度に今回連れて来ているバルキーの呆れの視線が突き刺さったが、慣れているのと自分が悪いことを理解していたので気にしなかった。けど、コツを掴んだからには反撃開始とばかりにアキラは気合を入れ直し、今はとあるポケモンの群れの様子を窺っていた。

 

「ミルタンクとケンタロスは一緒に群れを作るのか」

 

 バルキーと一緒に隠れる様に森の中の茂みに体を屈めたアキラは、手にした双眼鏡から野原に屯っているポケモン達の様子を観察しながら呟く。

 

 何か切っ掛けがあれば、すぐにでも怒りそうな荒っぽい雰囲気を醸し出しているもうぎゅうポケモンのケンタロス。対照的に全体的に穏やかな様子で寛いでいるちちうしポケモンのミルタンク。

 ケンタロスは群れを作るポケモンなのは知っていたが、ミルタンクの様な他の種と一緒になって群れを作ることは知らなかった。

 

 異なる種類のポケモン同士が協力し合うのは、バンギラスとダグトリオの群れの例で知ってはいる。けど、何も過酷な環境に棲んでいるシロガネ山のポケモン達の専売特許という訳では無いということなのだろう。

 

 新しい手持ちはバルキーと戦わせなければならない事を考えれば、これだけの数を一度に敵に回すのは得策では無い。

 しかし、彼にはそれ以外にも慎重になる理由があった。

 

「…ケンタロスか」

 

 初めて戦った時、手も足も出なかったこともあるが、それ以外にもケンタロスを相手にした時の苦い経験は多いのだ。

 経験豊富で育てるのが上手いトレーナーが連れているケンタロスは、ノーマルタイプ故の弱点の少なさに加えて高い攻撃力と素早さ、そして様々な技を器用に扱えるので手強い。

 

 最近は強力な特殊技であっても相性が良いタイプで無ければ、それ程の威力を発揮しないなどの短所や主力技をある程度無力化する形での対策も進んできている。

 アキラ自身も、自分なりにケンタロス含めたノーマルタイプに対する対策を考えるなど手をこまねいてばかりでは無い。だけど、これまで敗北したバトルの多くでケンタロスを相手にしてきた経験を思えば、自然と普段以上に警戒してしまう。

 

 何時か改善しなければならないと考えながら、アキラは群れの一匹一匹を見ていく。

 明らかに群れのリーダーらしいのはいるが、顔付きだけでも威圧感溢れるものだった。

 強いポケモンを手持ちに加えるのは、単純に即戦力になる以外にもその後のトレーニングなどの育成に掛かる手間を簡略化出来るメリットがある。しかし、下手に群れのリーダーを捕まえると統率者を失って群れが暴走する事例も有るので狙う場合は慎重にならなければならない。

 

 今様子を見ている群れは、町から離れていることや序列的にナンバー2らしき存在はいるので、その点の問題は無いだろう。けど、単純にリーダーを狙うのは面白くないのとバルキーの今の力量を考慮して、彼は群れにいる他の個体にも目をやる。

 

 複数の仲間や何匹かの群れとは関係無さそうな別のポケモン達とも和気藹々としているミルタンク、温厚で協調性が有りそうだ。

 喧嘩なのか腕試しをしているのか仲間と頭をぶつけ合っているケンタロス、片方は傷の数を考えるとかなり気性は荒そうだ。

 群れからちょっと離れたところでは昼寝をしているのか、何匹かのミルタンクとケンタロスが寝転がっている。

 

「おっ、あのミルタンクは面白そうだな」

 

 色々見ていく中で、群れから離れた場所で何やら特訓と思われることをやっているミルタンクをアキラは見つける。

 双眼鏡越しではあるが、細かな動きまで見ることが出来るようになった彼の目からも見ても、ただ我武者羅に体を動かしている訳では無いことがわかる。中々ストイックそうで見所がある。

 手持ちに加える最有力候補として、特訓らしき動きをやっているミルタンクを良く観察するべく彼は意識を向ける。

 

「……!?」

 

 どうやって群れから引き離してタイマン勝負に持ち込めるか考えている最中、アキラは自分に向けられる気配を感じ取る。

 それは久し振りに感じる明確な敵意だった。

 

「バルキーこっちだ!」

 

 咄嗟に彼はバルキーの腕を引っ張って一緒に茂みから飛び出す形で体を横に動かすと、何かがさっきまで自分が隠れていた近くの木にぶつかって弾け飛んだ。

 

 急いで確認するが、木は泥らしきものが付着しているのを見ると、飛んで来たのは泥みたいだ。

 岩やエネルギーが飛んでくるよりは大分マシだが、飛んで来たスピードを考えると当たっていたら面倒なことになっていたかもしれない。

 だけど問題は誰が自分達に気付き、そして攻撃してきたかだ。

 飛んで来た先へ目を向けると、ミルタンクの一匹が鋭い目付きでこちらを見据えていた。

 

「マジかよ」

 

 まさかあの距離から狙ったのだろうか。

 最初は信じられなかったが、鋭敏になった目を通して見ても体の曲げ具合などから、あのミルタンクが投げ付けてきたことは確実だ。また気配を漏らして気付かれてしまったと思うが、何か違和感に近いものもアキラは目を通して感じていた。

 しかし、その違和感が一体何なのか冷静に考える時間は無かった。

 

 ミルタンクの攻撃を機に敵襲と判断したのか、数匹のケンタロスが雄叫びを上げながら突進してきたのだ。すぐさまバルキーは構えて戦いに備えるが、群れのリーダーが先陣を切っているだけでなく、複数相手となるとバルキーだけでは対処し切れない相手だ。

 

「仕方ない。悪いがバルキーは下がって……リュット、奴らの足元目掛けて”はかいこうせん”」

 

 捕獲するつもりは無いので、アキラはバルキーに下がる様に伝えながら、すぐさまカイリューを召喚する。モンスターボールから出て来たドラゴンポケモンは、飛び出すや否や牽制攻撃だが口から”はかいこうせん”を放つ。光線が地面に炸裂した際の衝撃で何匹かは怯むも、先頭を走っていたリーダー格のケンタロスは構わず突進してくる。

 

 アキラは迫るケンタロスに対して目を凝らして動きを予測しようとするが、すぐにフェイントも何も無い勢いに任せているだけの突進なのがわかった。

 これならどこを狙えば急所なのかなど無駄に細かく考えなくても、カイリューのパワーならタイミングを伝えるだけで対処出来る。

 

「リュット、三秒後に右振りで”たたき――」

 

 アキラが伝える内容に応じてカイリューが構えた直後だった。

 カイリューの顔に泥の塊が当たり、ドラゴンポケモンの視界が不安定になるだけでなく鈍ってしまった。

 

「またか!」

 

 飛んできた泥の塊と軌跡を考えるに、先程のミルタンクがまた投げ付けて来た様だ。

 出鼻を挫かれたことで、カイリューはケンタロスの”とっしん”を正面から受けてしまう。

 そのまま勢いに負けて巨体を吹き飛ばされ掛けるが、辛うじてカイリューは地面を強く踏み締めて持ち堪える。顔は泥まみれになっていたが、目がよく見えないことは関係無く、ケンタロスの首根っこを荒々しく両手で掴むと投げ飛ばした。

 

「リュット伏せるんだ!」

 

 カイリューは顔の泥を拭おうとしていたが、邪魔しようとミルタンクが再び泥の塊を手に投げ付けようとしていた。今度はアキラが予め注意していたこともあって、ドラゴンポケモンは次に飛んで来た泥を辛うじて避ける。

 威力とスピード、精度の高さはかなりのものだが連射が利かないのか、投げ終えたミルタンクはすぐさま足元から泥を掬い上げて塊を作っていく。

 

「一旦退こう! リュット! 退避だ!」

 

 こんなに場が混乱してしまったら新しい手持ち探しどころではない。

 ようやく顔の泥を拭ったカイリューはアキラの呼び掛けに応じて、彼がバルキーをボールに戻すと同時に彼の体を雑な形で抱え上げると飛び上がる。

 空中に逃げれば、後は距離を取るだけだ。

 

 そう思っていた矢先に、カイリューの背中に再び何かが当たり、ドラゴンポケモンは飛行体勢を少し崩す。アキラが振り返ると、またミルタンクが泥の塊を投げ付けてきたみたいだ。

 さっきからやられっ放しなことにカイリューは完全に怒ったのか、息を荒げて体ごと反転させると、若干時間を掛けて口内にエネルギーを収束させ始めた。

 

「ちょっとリュット――」

 

 アキラが止める間も無く、カイリューの口から放たれた”はかいこうせん”のエネルギーは、一直線にミルタンクに迫る。ただでさえ強い能力を秘めているカイリューが本気で放ったのだ。直撃を受ければ大抵のポケモンは無事では済まない。

 しかし、突如としてミルタンクの正面を遮る様に鮮やかな光の壁が瞬時に形成され、激しい衝撃と閃光を周囲に広げながらカイリューの”はかいこうせん”を完全に防いだ。

 

「何?」

 

 これにはカイリューは勿論、アキラも驚く。

 今までの経験では、一度放たれた攻撃を防ぐには可能な限りの防御態勢を整えてから耐えるか、対抗して同等の威力の技をぶつけて押し合ったり相殺といったパターンが多い。

 ”リフレクター”などの何かしらの攻撃を防ぐ技を使ったと考えられるが、それでもアキラが連れている相棒にして切り札であるドラゴンポケモンが放った本気の一撃を防ぎ切ったのだ。

 

「――へぇ、結構面倒そうだな。あのミルタンク」

 

 言葉だけ聞けば忌々しそうだが、呟いた本人の表情は笑っていた。

 攻撃を防がれたカイリューは追撃を仕掛けたがっていたが、そこはアキラは我慢させる。

 渋々ドラゴンポケモンは高度と飛行速度を一気に上げて、彼らは群れから離れていく。

 短い時間だったにも関わらず、真っ先に彼らに気付いて執拗に攻撃してきたミルタンクが、まるで激しい戦いを繰り広げた後の様に汗を滲ませていることに気付かないまま。

 

 

 

 

 

 しばらく空を飛んでいたカイリューは、森から離れた拓けた草むらに降り立つが、着地すると同時に抱えていたアキラを放り投げた。

 何とか彼は転ばずに上手く地面に足を付けるが、ドラゴンポケモンは若干怒っているのか、普段でも悪い目付きが更に悪くなっていた。

 

「ごめん。完全に想定していなかった」

 

 すぐにアキラは頭を下げて、自分の至らなさを謝る。

 本当に予想外だったこともあるが、まさかミルタンクが遠距離攻撃、それもあんな形で仕掛けるとは思っていなかった。

 

 こちらに落ち度があったとしても、あれだけ離れていたにも関わらず真っ先に気付くことが出来た危機察知能力。何かの技だとしても遠距離にも関わらず正確無比な投擲。正確な技名は不明だが、カイリューが力を籠めて放った”はかいこうせん”を防ぎ切った防御に関係する技を扱う。そして、こちらを狙う際の気の強そうな鋭い目付き。

 全てにおいてアキラは、あのミルタンクが気に入っていた。

 

「ミルタンク…どんなポケモンだったかな」

 

 少し興奮気味ではあったが、なるべくアキラは落ち着いて昔の記憶を頭の中に浮かべる。

 記憶ではミルタンクの能力は、攻撃も悪くないがどちらかと言うと耐久面が優れていた様な気がする。本来なら連れているエレブーの様な守り向きだと考えられるが、気が強そうなのも相俟ってブーバーとの相性は良さそうだ。

 いや、遠距離から正確に投げ付ける技術を有していることを考慮するとサンドパンも悪くない。

 考えれば考える程、今の手持ちに加えたくなるが、彼としては一つだけ気になることがあった。

 

 何故だかわからないけど、あのミルタンクに違和感を感じるのだ。

 もう少し観察すれば、その違和感が何なのかわかったかもしれないが、今はどうやってあのミルタンクをバルキーとタイマンで戦う様に持っていくかが優先だ。

 

 先程の出来事を考えればわかる通り、あのミルタンクが属している群れは敵がやって来たら集団で対抗する。幸いなことにカイリューを筆頭としたフルメンバーを連れてきているので、目的のミルタンクと戦っている間に立ち向かって来る群れの妨害を防ぐことは可能だ。

 いっそのこと不意を突いて、力任せに目的のミルタンク以外の群れを倒すことも出来なくは無いと思う。

 

「いやいや、流石に幾ら何でも乱暴過ぎるな」

 

 すぐにアキラは、「目的のミルタンク以外は殲滅」とも言える作戦を忘れる。

 確かに群れの殆どを倒して、狙っているミルタンクを引き摺り出してバルキーとのタイマンに持ち込むことは出来るだろう。

 だけどそんなやり方で手持ちに加えたとしても、恨みを買う事は必然。

 寄せられる信頼はゼロ、下手をすればかつてのミニリュウの再来だ。

 

「いっそのこと群れごと捕まえるか?」

 

 そんなバカな発想が浮かぶ程、アキラは困っていた。

 一般的なトレーナーが手持ちを増やす過程で必ず行っている野生のポケモンとバトルを経由して捕獲と言う経験が、彼には圧倒的に不足している。

 他にも捕獲に至るまでの過程に妙に拘っていることが、彼の悩みをより複雑で面倒なものにしていた。それはアキラもわかってはいたが、普段連れている手持ちの気質や彼自身の方針も考えると慎重にならざるを得ない。

 

 腕を組んで難しい顔でアキラは考え込んでいく。

 最初は彼の様子に苛立っていたカイリューだが、長丁場になると認識したのか呆れた様に脱力して座り込んだ。

 

 ただ捕獲するのでは無くて、手持ちに加えた後を考慮してポケモン側の事情や過程を考えるのは良いことではあるが、度が過ぎると鬱陶しい。

 変に拘らず堂々として良いものだと発破を掛けたいが、基本的に彼とは言葉が通じないのとこっちの意思を伝えるのも手間なのでこのまま静観する。

 

 悩むアキラは、もう一度今の自分の手持ちがどういう流れで加わったのかを思い出していく。

 

 カイリューは、トキワの森で荒んでいる時に遭遇して、命懸けの追い掛けっこを終わらせる為に落ちていたモンスターボールで捕まえた。

 ゲンガーは、ニビ科学博物館で捕獲・管理されていたところをヒラタ博士経由で職員から譲り受けた。

 サンドパンは、バトルこそはしなかったが、ハッキリとした手持ちに加えたい自らの意思に従ってボールを投げて捕獲した。

 エレブーは、自分に興味を抱いたのか、他のトレーナーに追い掛けられていたことも重なり勝手に付いて来た。

 ブーバーは、戦いを終わらせる為に捕まえたが、野生に戻るか一緒に行くかを尋ねたら後者を選んだ。

 ヤドキングは、ゲンガーに仕返しをする以外に理由は定かではないが、多分自分達に興味を抱いたからボールに入ったと思われる。

 

 一般的なポケモントレーナーのセオリー通りに捕まえたと言えるのはカイリュー、サンドパン、ブーバーの三匹だけで、他は何か成り行きで手持ちに加わったポケモンばかりだ。

 しかも三匹の手持ちの迎え方もセオリー通りかと言うと、バトルをしなかったものやアキラが体を張った結果だったりと微妙に違う。

 彼ら以外でポケモンを捕獲したのは、オコリザルやサイドンなどのカイリューやブーバーと同様に「戦いを終わらせる」ことを目的にバトルを挑んだ時だけだ。

 

「”バトルを挑む”か……」

 

 ポケモンは本能的に強くなることを望んでいるとされている。

 野生のポケモンを手持ちに加える時、ポケモンバトルで勝ち負けをハッキリさせることが望ましいのは、トレーナーに付いて行けば今以上に強くなれる見込みがあることをわかりやすい形で示せるからだ。中には、そのことを理解して積極的に戦いを挑むことで今の自分を打ち負かすトレーナーを探し、手持ちに加わる形で更なる強さを得ようとする野生のポケモンもいる。

 あのミルタンクもそういうタイプだったら良いのだが、群れで伸び伸び暮らしているところを見ると望み薄だろう。

 

 悩みに悩んだアキラは、この世界にやって来たばかりの手持ちを揃えようとしていた当時の記憶を思い起こす。

 

 あの頃は今の様にあれこれ考えずに、直感的に自分が良いと感じた野生のポケモン相手に堂々と戦いを挑んでいたものだ。殆どはミニリュウとゴースに文字通りぶっ飛ばされてきたので、一匹もボールに収めたことは無かったけど。

 だけど今では色々あって手持ちが揃い、トレーナーとして手持ちのポケモンとどう接するかの方針も定まって来たこともあって、理想的な過程に固執しているかもしれない。

 

「――此処は一つ、堂々と捕まえに行くか」

 

 こうも悩むのなら、バカ正直に「お前がメンバーに欲しいから勝負だ」と正面から挑んだ方がいっそ清々しい。

 ポケモントレーナーになって間もない頃に戻ったつもりでやっていこうと決めたのだ。

 今危惧している問題は一旦忘れて、昔みたいに直感的に勝負を挑んでいく気持ちでやった方が上手く行くかもしれない。

 

「リュット、ちょっと考えがあるんだが聞いてくれないか?」

 

 考えが纏まれば、後は行動あるのみだ。

 欠伸をするまでにだらけていたカイリューだったが、アキラの表情から動く時だと察すると、彼の話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 鼻息を荒くして、何匹かのケンタロスは群れと周囲に気を配っていた。

 アキラ達を追い払う事に成功していたケンタロスとミルタンクの群れではあったが、一部は先程の出来事で気を荒くしていた。

 

 ほぼ強襲同然の突然のことだったのだから当然のことだ。

 さっきまでいた群れに属していないポケモン達は、このピリピリとした空気に耐え兼ねたのか姿を消している。リーダー格を中心に彼らが警戒し続けていたその時、空の彼方から見覚えのある巨大なドラゴンが飛来、ほぼ減速しないまま着地して衝撃で地響きと土埃を巻き上げた。

 

 また奴らが来た。

 

 すぐさま何匹かのケンタロスがリーダー格の呼び掛けに応じる形で前線に一列に並び、戻って来た襲撃者を迎え撃つ準備を整える。

 

 着地時に体を屈めていたカイリューも体を持ち上げ、堂々とすることで威圧すると同時に万全の体勢であることを見せ付ける。その立ち上がったドラゴンポケモンの背から、アキラは滑る様に降りると前に進み出た。

 ケンタロス達は息を荒げるが、警戒心を剥き出しにしている群れに対して彼は手にしたボールからバルキーを召喚すると声を上げた。

 

「俺はポケモントレーナーのアキラだ! 俺達はお前達の群れの中から新しい手持ちを迎えたいと考えてここに来た! 俺達に興味ある奴、それか戦いたい奴がいたら遠慮なく掛かってこい!!」

 

 大きな声でアキラは堂々と自分がこの場にやって来た理由を伝える。

 それを合図にカイリューは力強く両手の拳を打ち鳴らし、バルキーは即座にファイティングポーズを取る。

 

 露骨なまでの挑発行為だが、群れのポケモン全てを相手にするよりは可能な限り戦う相手を選ぶことは可能だ。この挑発でまずケンタロス達が挑んでくることは想定しているが、あの目付きの鋭いミルタンクも挑発行為に乗って来てくれる筈だ。

 もしこれで乗って来なかったら別の策を考える必要があるが、取り敢えず今はこれで良いと割り切っていた。

 

 そしてアキラの予想通り、先程カイリューに投げ飛ばされたリーダー格であるケンタロスが前に進み出て威嚇する様に吠える。さっきのリベンジを挑むつもりだと感じたのか、カイリューはアキラの前に踏み出そうとしたが、両者が激突することは無かった。

 

 ドラゴンポケモンはトレーナーであるアキラが、もうぎゅうポケモンは群れの仲間であるミルタンクに制止されたからだ。

 その目付きと視覚を通じて感じる違和感から見て、ケンタロスを止めたミルタンクは彼が探していた個体の様だった。理由は不明だが、どうやらミルタンクはアキラ達がまた来た目的が自分にあることを察したらしい。

 

「俺はお前を手持ち――新しい仲間に加えたいと考えているけど、俺が勝ったら付いて来る気は無いか?」

 

 あまりにアッサリと出て来たので、アキラはケンタロスよりも前に進み出たミルタンクに思わず尋ねてしまったが、彼の問い掛けにミルタンクは考える素振りを見せる。

 しばらく考えた後、ちちうしポケモンは静かに群れに向き直って一声発した。

 するとリーダー格のケンタロスを始めとした他の仲間達は下がり始め、ミルタンクはアキラが連れているポケモン達の様に構えた。

 

「リュット、ミルタンクは俺達が勝ったら付いて行くことを了承したのか?」

 

 後ろに立っているカイリューにアキラは聞くが、ドラゴンポケモンは肯定する。

 野生のポケモンらしく、勝負で決めることにした様だ。

 

「よし。バルキー頼む」

 

 構えていたバルキーも、彼の呼び掛けに応じて前に進み出る。

 ミルタンクの能力を含めた基本知識や目の前にいる個体特有の戦い方は、憶えている形ではあるがある程度知っている。遠距離からの攻撃に警戒しつつ、かくとうタイプが得意とする接近戦に持ち込む作戦に変わりはない。

 しかし――

 

「やっぱり何か変に見えるな。どうしてなんだ?」

 

 よく観察するだけでなく、見落としが無い様に目を擦ったりとするが、それでもアキラはミルタンクに違和感を感じる。

 外見は確かにミルタンクなのと体の動きや力加減はわかるのだが、気を抜くと()()()()()()()()に見えてしまう。

 そんなことを考えていた時、目を疑うことが起こった。

 

 突然ミルタンクの体が崩れ始めたのだ。

 

「え?」

 

 ミルタンクに起きた異変にアキラは驚きを露わにする。

 だが、理解が追い付かない間にも()()()()()だったのは、彼が予想だにしていなかった全く別の姿に変わるのだった。

 

「……ドーブル?」

 

 ミルタンクが変化した姿にアキラはその名を口にする。

 尻尾の先が筆を彷彿させるえかきポケモン――ドーブル。

 気の強そうな鋭い目付きは同じではあったが、ミルタンクが今目の前に立っているポケモンに姿が変わったことに、アキラは我が目を疑うのだった。




アキラ、手持ちに加える候補としてミルタンクに戦いを挑んだつもりが、実はドーブルだったことに驚く。

本作で頻繁に使われる”ものまね”などの「相手の技をコピー出来る技」は世代ごとにコピー出来ない技が異なったりしていますが、基本的には大体の技はコピー出来る扱いにしています。
他にも世代ごとに効果や扱いが異なっている技はどう扱うか考えるのは少々面倒です。
ですが、そういうちょっとした部分を辻褄合わせまではいかなくても、上手く独自解釈で可能性を考えたり、描いたりすることが出来るのが二次創作の醍醐味でもあります。

次回はドーブルとのバトルになります。


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えかきポケモンの脅威

 ドーブル、自力で技を覚えることは出来ない代わりに”スケッチ”と呼ばれる特殊な技で大抵の技を覚えていく変わったポケモンだ。

 

 かなり特徴的なポケモンなのもあってそう言った基本情報はすぐに思い出せたが、それでもアキラは自分の目の前で起きたことが信じられなくて驚きを隠せなかった。

 

 何故ドーブルが、姿を偽ってミルタンクとケンタロスの群れで過ごしていたのか。

 それともミルタンクがドーブルに姿を変えたのか。

 そういえば、群れの仲間以外のポケモンとも仲良くしているミルタンクがいた様な。

 

 あまりにも訳がわからなくて彼は混乱するが、目の前に対峙しているミルタンクだったドーブルは待ってくれなかった。

 手に持った筆の様な尻尾の先端を勢いよく突き出すと、氷混じりの暴風である”ふぶき”がアキラ達目掛けて放たれたのだ。

 

「しまっ…」

 

 動く間も無く”ふぶき”は前に出ていたバルキーだけでなく、後ろにいたアキラとカイリューも巻き込む。幾ら予想外とはいえ、動揺し過ぎてドーブルの動きが疎かになっていた。

 

 しかもドーブルが仕掛けて来たのは、こおりタイプ最強の技。まともに受けてしまえば、相性が悪いカイリューどころかバルキーでも手痛いダメージを受けてしまう。

 最初から躓いてしまったと彼は悔いるが、”ふぶき”が収まってすぐにある事に気付いた。

 

「――あれ?」

 

 自分の体の違和感にアキラは気の抜けた声を漏らす。

 見た目は派手であったのと未だに”ふぶき”の影響で震える寒さを感じるが、意外にもダメージらしい苦しさを感じなかった。それは目の前に立っているバルキーだけでなく、本来なら致命的に相性が悪いカイリューさえも同じだった。

 ミルタンクと思っていたらドーブルに変わり、そのドーブルが放った大技を受けても大してダメージを受けない。

 

 一体どうなっているのか疑問は尽きなかったが、既にえかきポケモンは次の行動に移っていた。

 バルキーとは距離が離れていたにも関わらず、あっという間に距離を詰めてきたのだ。

 

「”でんこうせっか”か」

 

 ”ふぶき”の威力の低さに呆気に取られていたバルキーだったが、咄嗟にドーブルが次に仕掛けてきた攻撃として振られた足を腕でガードする。

 キックを防いだ瞬間に響いた鈍い音はかなり大きかったが、防いだバルキーよりも攻撃してきたドーブルの方が大きく弾かれた。

 

「ど、どうなっているの?」

 

 尽くドーブル側が仕掛ける攻撃に威力が無いことに、アキラは不思議に感じる。

 確かにドーブルは、何でも技を覚えられる代わりに基本的な能力は低い。

 だけど、幾ら何でもここまで威力が発揮されないとは思っていなかった。

 今の”でんこうせっか”による攻撃も、彼の目から見てもかなり力が籠められていた筈だ。

 

 弾かれたドーブルは体勢を立て直すと、唐突にその姿を粘土の様に崩す。

 すると、えかきポケモンはあっという間にアキラ達が初めて見た姿であるミルタンクに姿を変えて突進してきた。迎え撃つべく改めてバルキーは構え直すが、さっきから大したことない威力の攻撃しか仕掛けて来ないのでどこか気が抜けていた。

 

 それはアキラも同じだったが、ここでドーブルが何故ミルタンクの姿になったのかという疑問が頭に浮かんだ。

 ドーブルがミルタンクの姿に変化することが出来るのは、間違いなくメタモンのみが使える”へんしん”を”スケッチ”によって会得したからだろう。

 そしてその”へんしん”が持つ効果を思い出していた時、唐突にアキラは目の色を変えた。

 

「っ! バルキー”みきり”!」

 

 咄嗟に彼は回避に特化した技である”みきり”を命じる。

 本来の姿であるドーブルの時はハッキリと認識出来るが、ミルタンクの姿になったドーブルの細かな動きの変化は読みにくい。

 ここでようやく彼はさっきから感じていた違和感の正体が”へんしん”の影響によるものだと察するが、読みにくくてもミルタンクの姿になったドーブルに大きな力が働いているのが見えた。

 

 突進してきたドーブルは、全身をぶつける”たいあたり”の様な攻撃を仕掛けてきたが、既に”みきり”で動きを見切っていたバルキーは難なく避ける。

 空振りで終わってしまったが、ミルタンクの姿をしたえかきポケモンは咄嗟にその辺りに転がっていた石ころを拾うと、それをバルキー目掛けて投げ付けてきた。

 ”みきり”の効果が続いていたおかげでこれもバルキーは躱すが、外れた石ころは森にある木の幹に突き刺さる様にめり込み、その威力がどれ程のものなのか彼らに物語っていた。

 

「能力はミルタンクと同じと考えても良さそうだな」

 

 手持ちが相当熱を入れていた時期があったので、”へんしん”の効果はある程度把握している。

 

 ”へんしん”はその名の通り、対象の能力と覚えている技をある程度コピーすることが出来る特殊な技だ。対象の能力があまりに強力過ぎると中途半端にしか再現出来ないなどの問題点もあるが、訓練を重ねることで能力の再現率などの完成度は大きく高まる。

 

 知り合いの暴走族にどうやってメタモンが”へんしん”するフリーザーの完成度を上げたのか尋ねたら、とにかくイメージトレーニングを重ねてフリーザーを可能な限り再現したと聞いている。

 

 こうして戦いに活用しているとなると、ドーブルにとってミルタンクが最も高い完成度でその力を奮うことが出来るのだろう。

 単純に群れに溶け込む目的で、ドーブルがミルタンクに”へんしん”していたとは考えにくいが、種が異なるのに群れにいた背景を考える事は後回しだ。

 ”へんしん”を利用して今の力を発揮しているのなら、欠点含めて対処方法は知っている。

 

「”いわくだき”!!」

 

 タイミング良く懐に飛び込んだバルキーは、ミルタンクの姿をしたドーブルの腹部に岩を砕ける力が籠められた拳を捻じ込む。

 強いポケモンの能力を高い完成度で再現されるのは脅威だが、本来の姿では無い。

 強烈な衝撃や無視出来ないダメージを与えることで、”へんしん”状態を維持出来なくすることが手っ取り早い攻略法の一つだ。

 実際、攻撃を受けて体が宙に舞ったミルタンクは、彼の読み通り元の姿であるドーブルに戻って倒れ込む。

 

「モンスターボール!」

 

 すかさずアキラは、素早く背中に背負っていたロケットランチャーの狙いを定めて空のモンスターボールを撃ち出す。

 以前なら撃ち出した後の反動に備えて、しっかりと力を入れて構えなければならなかった。けど今は目の鋭敏化と同じく身体能力も大幅に向上したおかげで、雑な姿勢で撃ち出しても反動が大して気にならなかった。

 手で投げ付けるよりも遥かに速くモンスターボールは飛んでいくが、隙だらけのドーブルの体を唐突に光り輝く壁が覆い、アキラが撃ち出したボールを弾いた。

 

「ミルタンクに”へんしん”していた時も使っていたけど、ドーブルの姿でもその技を使うことは出来るのか」

 

 一体何の技なのか考察しながら、彼はロケットランチャーにモンスターボールを再装填する。その間に倒れていたドーブルは立ち上がり、次の行動を起こした。

 両目を青く光らせると、周囲を無数の小石や木の枝が浮かび上がらせたのだ。

 

「今度は”サイコキネシス”。本当にたくさん覚えているな」

 

 手持ちがよく使うこともあって、アキラはドーブルが使っている技の目星を付ける。

 手にした尻尾を杖の様に振ると、浮き上がっていた無数の小石は一斉にバルキーへと殺到する。

 何を考えてエスパー技で小石などを浮かせているのか知らないが、さっきの”ふぶき”などを考えると、ドーブルの姿で技を放っても見た目は派手でも大した威力は発揮しない筈だ。

 しかし、避けていたバルキーの体の一部に小石が当たった瞬間、表情が歪んだのをアキラは見逃さなかった。

 

「出し惜しみをするな! ”みきり”!」

 

 すぐさまバルキーは、集中力を高めて次々と飛んでくる小石や小枝を避けていく。

 嫌な予感は当たるものだとアキラは考え直すが、それだけでなくドーブルの姿で放つ攻撃は威力が低いという考察も訂正する必要があるだろう。

 けれども、どうしてもミルタンクに”へんしん”していた時の様に違和感が拭えなかった。

 

「…どうやって確かめようか」

 

 アキラの頭には、ドーブルの技についてある仮説が浮かんでいたが、問題はそれをどうやって確かめるかだ。短絡的で乱暴な方法なので、それで今戦っているバルキーが万が一やられてしまったら、全てが台無しになってしまう。

 かと言ってカイリューに交代させたら、師であるシジマとの決まりを考えると今戦っている意味が無くなってしまう。

 

 そもそも、幾ら何でも戦っているポケモンにそんな方法で確かめさせること自体あまり良くない。

 もっと時間があれば良い方法が浮かんだかもしれないが、このまま妙案が思い付くまでバルキーに避け続けさせることも酷だ。

 

「仕方ない。背に腹は代えられない。リュットはここで大人しく待っていて」

 

 隣で戦いを見守っているドラゴンポケモンにそう告げると、急いでアキラは可能な限り荷物を外して体を身軽にする。

 それから彼は、何を思ったのかドーブルの攻撃を避け切ったバルキーのすぐ後ろに付く。

 

「俺のことは気遣わなくても良い。寧ろ俺にドーブルの攻撃が来る様に誘導してくれ」

 

 耳を疑う内容を口にするアキラを、バルキーは奇妙なものを見る様な目を向ける。

 普通に考えて、好き好んで相手が仕掛けてくる技をその身で受ける奴がいるものか。

 ましてや彼は人間。この距離では避け切れるとは限らないし、幾ら威力が低いとしても人がポケモンの技を受けるのは危険だ。

 しかし、これがアキラが思い付いたドーブルの攻撃の違和感を解明する第一歩なのだ。

 

 何ともバカな発想であることは彼自身も理解している。

 下手をすれば、レッドの手足の様にポケモンの技を受けたことで、何かしらの副作用が体に生じてしまうかもしれないこともわかっている。だけど、目の感覚が鋭敏化するだけでなく身体能力が飛躍的に向上した今の自分なら、上手く避けていくことが出来る筈だ。

 後、機嫌を損ねた手持ちの軽い仕返しや練習で加減を間違えた技を受けてしまう機会が度々あるので、恐らく大丈夫だろうという考えもあった。

 

 そんな彼の狙いを知らないドーブルだったが、再びミルタンクに”へんしん”すると、ミルタンクの代名詞とも言える技である”ころがる”で迫って来た。

 

「避けるんだ!」

 

 言われなくてもわかっていることだが、転がって来るミルタンクをアキラとバルキーは一緒になって避ける。

 ”へんしん”の効果は把握しているので、今のドーブルは能力から技に至るまでミルタンクを再現している状態だ。流石に強力だとわかっている攻撃を受けるつもりは無い。

 

 躱されたミルタンクは、すぐさま元の姿であるドーブルに戻ると尻尾の先端から不思議な色の光線を放ってきた。

 虹色に近いが、その色からアキラはエスパー技の”サイケこうせん”だと判断する。

 正面から飛んで来た光線をバルキーは体を伏せて避けるが、その後ろにいたアキラは一歩体を横にズラした上でわざと腕を光線に当てた。

 

「いっ!?」

 

 攻撃を受けた瞬間、当たった腕から全身――特に頭に響く様な衝撃が伝わってきた。

 だが、衝撃はその一瞬だけで収まり、光線を受けた腕も多少の痛みと痺れだけで済んだ。

 正直に言うと、エレブーの”でんきショック”よりもダメージは少ないかもしれない。

 

「気にするなバルキー! まだまだ来るぞ。”みきり”だ!」

 

 まさか本当に実行するとは思わず唖然とするバルキーだったが、ドーブルは先程の様に”サイコキネシス”を発揮して小石や枝を操って来た。

 体を張ってまで確かめなければならなくなった切っ掛けの攻撃が来るが、鋭敏化した目の動体視力と観察眼に意識を集中させてアキラはバルキーと共に避けていく。

 そして攻撃が落ち着いてきたタイミングで、彼は意図的に飛んで来た小石を肩に当てる。

 

「っ!!」

 

 肩に当たった小石の衝撃は、さっき受けた光線よりも痛くて、ダメージも大きかった。

 ぶつかった箇所を手で抑えながらアキラは堪える様に歯を食い縛るが、痛みで表情を歪ませながらも笑っていた。

 

「これでハッキリした!」

 

 判断材料としては少ないかもしれないが、アキラは確信する。

 ドーブルは本来の姿で”ふぶき”などの直接相手を攻撃しても、見た目が派手でもダメージはそれ程では無い。だが、念の力で石を飛ばすなどの間接的な攻撃だと、見た目通りの威力を発揮する。

 詳しい理由はわからないが、それらがわかれば十分だった。

 

 後は、”みきり”を使ってでも避けるべき攻撃と、使うことはせず可能な限り回避する技に分けて戦えば良い。

 すぐに新しい対策を頭の中に浮かべるが、ドーブルは再び”いわくだき”を叩き込もうとするバルキーを”サイコキネシス”で吹き飛ばす。

 

 相性が悪い技を受けてしまったが、彼の推測通りドーブルの姿で直接放たれた攻撃を受けても、大してダメージを負わなかったのかバルキーはすぐに立ち直る。しかし、その間にドーブルは”へんしん”を使ってまたミルタンクの姿になる。

 

「バルキー、わかっていると思うがあの姿になったあいつの攻撃には気を付けろ」

 

 ミルタンクの姿に”へんしん”すると、ドーブルが放つ直接攻撃は全てミルタンクの能力基準になるので、アキラはバルキーに用心する様に伝える。

 だが、次にちちうしポケモンに姿を変えたドーブルが取った行動に目を疑った。

 どこから見つけてきたのか、サッカーボールサイズの石を両手で高々と持ち上げて投げ付けてきたのだ。しかもその軌道はバルキーを狙ってはいるが、トレーナーである自分も巻き込む気満々だった。

 

「随分と恐ろしい事を考えるな!」

 

 普通のポケモンならそんな発想はしないが、ブーバーやゲンガーなどの自身が連れているポケモン達ならやりかねない行動だ。まともに受けたら冗談抜きで洒落にならない投擲攻撃を回避しつつ、ドーブルの発想にアキラは文句を言いながらも感心していた。

 

「バルキー! 追撃が来るぞ! 飛んでくる石を避けた後に”みきり”だ!!」

 

 岩を投げ付けてすぐにドーブルが次の攻撃の準備をしていることを見て、アキラは大きな声で伝える。間を置かずに伝えられる内容に、一瞬だけバルキーは理解と整理に頭を働かせたが、飛んで来た岩は本能的に避けた。

 その後も伝えられた通り、初めて遭遇した時の様にミルタンクの姿で泥の塊を投げ付けて来るドーブルの攻撃を”みきり”を使って躱していく。

 

 だが、”みきり”は間を空けずに連続で使い続けると効力が弱まっていく欠点がある。

 その為、ミルタンクの姿をしたえかきポケモンの攻撃が続く内、危うい場面が増えていく。

 折角体を張って有利な情報を得られたとしても、このままでは負けてしまう。

 

「――仕方ない」

 

 戦況が悪いと判断したアキラは、別の手を使う事を決める。

 バルキーが使える技が少ないこともあるが、それを言い訳にするつもりは無い。

 ドーブルが流れを握っているこの状況を打開するには強硬策を取らざるを得ない。

 

「バルキー! 俺が伝える内容をよく聞いてくれ! 今から三秒後に飛んで来た攻撃を避けたらドーブルとの距離を詰めるんだ!」

 

 ここでアキラは、このバトルが始まってから避けていた自身の目を通じて得た詳細な内容を伝えていくことを解禁する。

 攻撃指示を伝える時は効率の良い狙い方や相手の動作予測などで無駄に細かくなってしまうが、接近するだけならドーブルの攻撃にだけ集中すれば済むと考えたのだ。

 だが、アキラが伝えて来た内容に、バルキーは怪訝な表情を浮かべる。

 

 バルキーもこの数日の間、彼の元で過ごしてきたことで少しは慣れてはきたが、彼が具体的に伝えるとまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 しかし、自力でピンチを切り抜ける方法が浮かばないのと正確無比なのもまた事実だ。

 彼が伝えてきた通り、ほぼ三秒後に泥の塊が飛んでくる。

 それを避けたバルキーは、彼が伝えてくる内容を可能な限り自分なりに解釈して実行に移すべく、頭を働かせながらドーブル目掛けて駆け出した。




アキラとバルキー、ドーブルの不思議な戦い方と読みにくさに苦戦を強いられる。

”スケッチ”のおかげで、色々な技の組み合わせを実現することが出来るドーブル。
敵として対峙したら微妙に嫌ですけど、味方として起用しても何か扱いにくかったりと難しいポケモンです。
今作中内に出ているドーブルは、強いのか弱いのかと聞かれますと少々判断が難しい立ち位置ですね。
後、高い身体能力に物を言わせたアキラの無茶な行動は今後もありそう。でも今回みたいに必要と迫られない限りなるべく痛いことは避けていく筈。


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忘れていた心得

「次の攻撃は四秒後に来るから、頭を右に動かして避けるんだ!」

 

 泥の塊を手にしたミルタンクの姿に”へんしん”したドーブルの腕の動きを細かく観察しながら、アキラは目を通じて得られた情報を可能な限り簡略化しながらバルキーに伝えていく。

 

 今のところバルキーは、自分が伝える内容に戸惑っている様子が見られないが、何時困惑して動きが鈍ってしまうかわからない。

 自らが抱えている問題が切羽詰まった状況に直面しなければ、本当の意味で改善することが無いとシジマが考えていることはアキラはわかっている。だけど、ここでドーブルを逃すのも惜しい為、彼はこのバトルを通じて自身の問題を改善するよりもバルキーが理解出来ている間の短期決戦を望んでいた。

 

 ”へんしん”の影響なのか、目に見える今のドーブルの動き一つ一つに違和感を感じるが、それでも十分見通すことは出来ていた。

 次に投げ付けられた泥の塊を躱し、バルキーは一気に距離を詰めるべく加速する。

 ドーブルはミルタンクの姿を保ったまま次の攻撃準備に急いで取り掛かり始めたが、既にけんかポケモンは自身の攻撃が届く範囲内にまで迫った。

 

「バルキー、”いわくだき”――!? 中止だ! 足蹴りが来るぞ!」

 

 攻撃指示を伝えている途中でドーブルの動きが唐突に大きく変わったことに気付き、慌ててアキラは内容を変更してしまう。しかし、”いわくだき”を耳にした時点でバルキーは攻撃に力を入れていた為、ほぼ数秒で指示内容を変更されて思わず足にブレーキを掛けてしまう。

 その直後、ミルタンクの姿をしたドーブルは足元に広がっていた泥を蹴る様に飛ばして、それらをバルキーは正面から受けてしまった。

 

「下がるんだ! 追い打ちが来るぞ!」

 

 急いでアキラは下がることを伝えるが、バルキーは顔にまで浴びた泥を拭っている真っ最中で反応が遅れる。この隙を突く形で、ドーブルはミルタンクとしての体格を活かした”たいあたり”でぶつかり、バルキーをアキラのすぐ近くまで吹き飛ばす。

 

「バルキー大丈夫か!?」

 

 急いでアキラはすぐ傍まで転がされたバルキーに体を屈めて呼び掛ける。

 幸いバルキーは体を痛そうにしながらも、目元に浴びた泥を拭いながら起き上がる。

 どうやら大丈夫そうだが、明らかに怒っている様な眼差しを向けられて、アキラはやはり今の自分の指示が手持ちを戸惑わせていることを察する。

 

 改めて彼は、今の自分が如何に彼らを振り回しているかを痛感する。こんなにもやたらと指定が多い指示でも勝利に繋がった事はあるが、それもカイリュー達が実行出来るだけの能力があったからで、結局彼らの力任せなのには変わりない。

 他にも相手の突然の動きへの対処も含めた指示が細かいだけでなく、イメージの共有も上手く行っていない。

 

 どんなに完成度が高い作戦でも、実行する側が理解することが出来なければ何も意味が無い。

 

 わかっている筈なのに、何回も同じミスを繰り返してしまうのがあまりにも不甲斐無かった。だけど悩んだり後悔している暇は無い。

 こうしている間にもドーブルは迎撃準備の為に泥の塊を急ピッチで用意しているからだ。

 

「何か焦っているな」

 

 どうもドーブルは戦い始めた時と比べると、明らかに早く決着を付けたがっている。

 目立ったダメージはそれ程与えていないのだが、息が荒いところを見るとこちらが考えている以上に体力が無いか、”へんしん”状態で戦うのは負担になっている可能性が有る。相手の焦りはチャンスではあるが、今焦っているのはどちらかというと自分達の方だ。

 

 今までこの動体視力を発揮して上手く行っていたことがあるのは、短期決戦なのや相手の動きが体感的に緩慢に感じられるおかげで考える時間に余裕があった時だけだ。

 どうすればトレーナー側が理解した情報を活かして、カイリューと共に戦った時の様に彼らを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが出来るのか。

 

「………理想通り?」

 

 その考えが脳裏に過ぎった時、アキラは自分が考えていることに疑問を抱いた。

 確かに目から得られる情報はとても有益だ。

 それこそ全てを戦いに活かすことが出来れば、カイリューと互いに思考も含めたあらゆる感覚を共有し合っていた時の様に相手を圧倒出来る程にだ。

 

 もう一度その時の体験を実現させるべく、今までアキラは可能な限り効率的に相手の隙や弱点を突いていこうとしてきた。だけど良く考えてみれば、実際に戦っているポケモン達はそこまで詳しい指示や助言を欲しているのか。

 

『いやいや待て待て、そこまで長くて具体的に伝えられたら、幾らお前のポケモン達が頭良くても戦うので精一杯なポケモンは対応出来ないぞ』

 

 数カ月前レッドに今の悩みを明かした時、彼はこう答えていた。

 あの時アキラは何となく相槌を取っていたが、既にレッドはわかっていたのだ。

 自分が抱えている問題の原因、ポケモントレーナーとして更に上を目指すのなら忘れてはならない重要な要素が欠けていたことに。

 

「先生は『完璧を要求し過ぎだ』って言っていたけど、俺の独りよがり…自己満足になっていたって訳か」

 

 ようやくアキラは、自分が何回も同じミスをしてしまう根本的な原因が何なのか気付く。

 頭の中に浮かんだ情報を上手く纏めて伝える技術が足りないこともあるが、それよりももっと大きな問題――

 

 戦うポケモン達の気持ち――彼らが何を求め、何を感じているかを考えていないだけだった。

 

 頭の中に浮かべている勝利へ至る流れも、考えているアキラにとって理想的なだけであって、戦っているポケモン達にとって理想的で完璧な流れとは限らない。

 にも関わらず自分は、如何に目を通じて得られた情報を可能な限り圧縮して短く伝えることに拘り、配慮していると思い込みながら彼らに無茶苦茶なことを要求し続けていたのだ。

 

 それに元々彼らは、大雑把な指示であっても自分なりに出来るやり方で解釈して実行するのだ。そこまで細かく伝える必要性どころか、こちらの指示通りに全てを動かそうと考える事自体、彼らが一番嫌っていることであると同時に彼らの力を信用していないとも言える。

 

 以前の「導く」は、手持ちなりの戦い方を考慮しつつ状況に応じた形で伝えていた。

 けど、今の自分は「導く」名目で戦っている彼らの意思を考えず、思い通りに動かそうとしているだけだ。

 

 日常生活どころか、ポケモンバトルでも大きな武器となり得る力を使える様になったことで下手に拘り過ぎていたこともあるが、ある種の成功体験に固執していた。

 そしてその成功体験も突き詰めれば、考える余裕があったこともあるが目の前の戦いに勝つことに必死になって、とにかく直感的に動いたりしていたこともある。

 

 ようやく原因の根本を理解出来たアキラは、憑き物が落ちた様に納得するが、バルキーとドーブルの戦いはまだ終わっていない。

 今までの失敗の原因を一言に纏めれば、「自分の一方的な思い込み」に尽きる。

 無意識の内に完璧を意識していたが、そんなことは不要だ。

 考えなしに単純なことはしないが、今の自分達で十分に実現出来る動きをするだけだ。

 

「突撃だバルキー!」

 

 アキラの毅然とした掛け声を受け、バルキーは一直線にドーブル目掛けて駆け出した。

 当然ミルタンクに”へんしん”したドーブルは、すかさず準備した泥の塊を投げ付けようとするが、アキラはその動きを見抜いて先手を打つ。

 今度は戦っているバルキーが、このタイミングで何を求めているか、そして自分はどう伝えるかを意識してだ。

 

「泥がまた真っ直ぐ来るぞ!」

 

 さっきまでの複雑なのからある程度単純な内容になったが、自ら判断出来ることによる()()()が上がったことはバルキーにとって有り難かった。伝えられた通り()()()()飛んで来た泥の塊をバルキーは避けると、ミルタンクとの距離を詰める。ここまで接近すれば、後は必殺の一撃を叩き込むだけではあるが、アキラはドーブルの動きから更なる一手を命じた。

 

「”みきり”!」

 

 さっきまでは攻撃を避けて接近する為に活用していたが、今回はアキラ自身の目の様に相手の動きを見抜く意図で命じる。彼の予想は当たり、ミルタンクに”へんしん”していたドーブルは守りの力を持つ光り輝く光に包まれる。

 だが”みきり”を使う形で技を使う事を察知していたバルキーは、攻撃を仕掛けるのではなく頭上を高々と跳び越えて背後に回る。

 その頃には”へんしん”しているドーブルを守る様に包み込んでいた光は、その効力を特に発揮しないまま消えていた。

 

 千載一遇のチャンスだ。

 

「いっけぇぇぇ!!!」

 

 雄叫びを挙げながらアキラが拳を突き出すのと連動する形で、バルキー渾身の”いわくだき”がミルタンクの姿をしたドーブルに炸裂する。その威力にミルタンクの姿が歪み始めるが、バルキーはこのチャンスを逃さず”いわくだき”の拳を容赦なく叩き込んでいく。

 

 ”いわくだき”はノーマルタイプには相性の良いかくとうタイプの技だが、ダメージを与える度に相手の物理攻撃への耐性を弱らせていく効果も有する。瞬く間に間接的に威力を増していく攻撃に耐え切れず、ドーブルは”へんしん”が解けると同時に吹き飛ぶ。

 

「今度こそ…モンスターボール!!」

 

 急いで地面に置いたロケットランチャーを流れる様に回収して構え、アキラは宙を待っているドーブルに狙いを定めてモンスターボールを発射する。

 目で追うのが困難なスピードで放たれたボールは、ドーブルの体に当たると一瞬反発した後、えかきポケモンの体を吸い込む。

 草むらに落ちたモンスターボールは暴れる様に左右に揺れるが、やがてその揺れは収まった。

 

「よし! やったぞ!!!」

 

 無事にドーブルをボールに収めることが出来て、アキラは拳を握り締めて達成感を味わう。

 今までは何となくその場の流れで加わって来た手持ちが多かったが、今回のドーブルの様に明確に「手持ちに加えたい」と考えて捕獲したのは恐らくサンド以来だろう。

 それにポケモンの捕獲自体、久し振りの事だ。

 

 バルキーが息を整えている間に、彼はドーブルを収めたモンスターボールを手に取って様子を窺う。中に入っているドーブルは、疲労した様子を見せながらもボール越しからアキラに鋭い目を向けていた。

 まるで自分を見定めている様な眼差しに彼は興奮を抑え込み、隣に並んだカイリューに目線で伝えると意を決して開閉スイッチを押した。

 

 その直後、モンスターボールからドーブルが背を向ける形で飛び出すが、振り返るや否やアキラを睨み付ける。

 

 余裕のあるカイリューは自然体だったが、アキラとバルキーは万が一に備えて、目の前のえかきポケモンの挙動一つ一つに気を配る。

 そんな重苦しい空気が漂い始めたが、ドーブルは睨むことを止めると傍から見ると忠誠を誓う様に跪いて首を垂れた。

 約束通り、素直に負けを認めてトレーナーであるアキラに付いて行くことを受け入れたのを示しているのだろうが、彼は拒否する様に手を振った。

 

「いやいや、別にそんな大袈裟に忠誠とかを誓わなくて良いよ。それに今回は俺が勝ったからこうしてモンスターボールに収めたけど、もしまだ俺に付いて行くのが嫌なら断っても構わない」

 

 あれだけ苦労したのに、自らの選択次第では諦めることを厭わないアキラの言葉にドーブルは目を見開く。普通ならトレーナー側の判断で逃がすか決めるが、彼の場合は自分の方に問題があったらポケモンの方から離れても良いのだと言う。

 にわかに信じ難かったが、彼の隣に立っているドラゴンポケモンも同意する様に頷いている。

 

 口ではアキラは余裕がある様に振る舞っているが、勿論捕獲出来たから余裕がある訳では無い。逆にドーブルが見せた忠誠を誓う様な振る舞いを目にして動揺している方だ。

 

 それに幾ら約束や力を示した上で捕獲したとはいえ、自分に付いて行く意思が無いにも関わらず強引に連れて行くことは、手持ちへの影響などを考えるとなるべく避けたいのだ。

 難しい顔でドーブルは悩むが、唐突に体を翻して戦いを見守っていたケンタロスとミルタンクの群れに歩み出した。

 

 ひょっとしてやっぱり付いて行くのが嫌なのかとアキラは思ったが、カイリューとバルキーは冷静だった。途中でドーブルはミルタンクに”へんしん”すると、群れのリーダーと思われるケンタロスに丁寧に頭を下げる。

 それはアキラに忠誠を誓う様に跪いた時と同じかそれ以上に真剣な雰囲気は、まるで今までお世話になった感謝をしている様に彼の目には見えた。

 

「あいつも生きる為に彼らと協力し合っていたのかな」

 

 異なる種のポケモン同士が協力し合うのは、目の前のケンタロスやミルタンク、そしてシロガネ山に棲んでいるバンギラスとダグトリオ達を見れば容易に想像出来る。

 だけど、二種類だけでなく、それ以上に複数の異なる種が協力し合っているというイメージが欠けていた。恐らくドーブルも何かしらの理由があって、同じ姿になるなどの工夫をしてあの群れと行動を共にしていたのだろう。

 

 ところが、ドーブルが丁寧に頭を下げたにも関わらず、群れに属している面々の反応は乏しく静かだった。それでもドーブルは気にせず、”へんしん”していたミルタンクから元の姿に戻ると彼らに背を向けて、アキラがいる方に歩き出した。

 このまま特に反応が無いまま群れから去ってしまうのかとアキラは思ったが、その懸念は杞憂だった。

 

 丁度アキラと群れの中間に達したタイミングで、リーダー格であるケンタロスが突如雄叫びを上げたのだ。それに続く様に他の面々も、群れから離れていくえかきポケモンを激励するかの様に雄叫びを上げ始めるとドーブルは足を止めた

 

 手に持った尾を手放して振り返ったドーブルは、ミルタンクの姿では無く本来の姿で改めて群れに大きく頭を下げるのだった。

 そして群れからの見送りの雄叫びを背にドーブルはアキラの元に戻るが、その目は肝が据わったかの様にしっかりとしていた。

 

「――これからよろしくな。ドーブル」

 

 真の意味で付いて行くことを了承したであろうドーブルに、アキラは表情を緩ませて歓迎の言葉を伝える。ドーブルの方も雰囲気を緩ませて彼に軽く会釈すると、彼はお目付け役のオコリザル以外の他の手持ちを全員出す。

 皆ドーブルが入ってきたことをアキラ同様に歓迎しており、ドーブルも戸惑いながらも彼らの輪に加わる。

 

「よし。ここから再スタートだ」

 

 まだ十分とは言えないが、ある程度鋭敏化した目の感覚の扱い方がわかった気がする。

 有用且つ強大な力を手に入れたからと言って、その力の全てを最初から使いこなそうとしていたこと自体が間違いだった。完全につかいこなすとしたら、以前経験したカイリューとのあの一心同体とも言える感覚が必須だ。

 

 そのことはわかっていたつもりだったが、あの時の様に動けるのでは無いかと心のどこかで期待していた所為で、戦っているポケモン達が何を求めているのかも見失っていた。

 

 理想を高く持つことは悪くは無いが、見合っていないにも関わらず無理をすると余計に遠のく。

 使いこなすとしても、今は自分と手持ちが十分に活用できる範囲内から少しずつ段階を踏んでいくべきだろう。

 師であるシジマが課した今回の課題は、見事自分の問題を解決する切っ掛けを与えてくれた。

 

 少しずつ改善していこう、とアキラは決意を新たにするが、皆がドーブルを歓迎している中でサンドパンが尋ねる様に彼の注意を引いて来た。

 

「どうしたサンット?」

 

 求めに応じてアキラはねずみポケモンが示した先に顔を向けるが、目に入った光景に少しだけ困惑した。

 ドーブルと交流している他の手持ちとは一歩離れているバルキーが、何故かブーバーに睨む様な眼差しを向けていたのだ。そしてブーバーの方はガンを飛ばされているにも関わらず、不機嫌になるどころか頭でも打ったのかと言いたくなる程までに思慮深い目をバルキーに対して向けていた。

 また一波乱が有りそうな予感がして、思わずアキラは天を仰ぐのだった。




アキラ、今の悩みの根本的原因を理解すると同時にドーブルを新しく手持ちに迎え入れる。

アキラの手持ちにドーブルが正式に加わることが、これで決まりました。
加わったと言ってもそれで終わりでは無く、幾つか考えならないことがありますけど、それはまた後の話で書きます。
今回まで鋭敏化した目の力を発揮するどころか振り回されていたのは、技量不足や必要な要素が微妙に足りないだけでなく作中内で書いた様に過去の成功体験を意識し過ぎたことが何より大きな要因です。
ですが、原因に気付いたおかげでようやく彼のスランプも解消されていくと思っています。


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練習試合

 波が静かに打ち寄せる砂浜の上で、二匹のポケモンが対峙していた。

 

 一方はアキラが連れているひふきポケモンのブーバーだが、その背には普段持ち歩いている”ふといホネ”は無かった。

 そしてひふきポケモンが相手しているのは、最近アキラが連れ歩く様になったバルキーだ。名目上はシジマから借りているポケモンだったが、今両者が繰り広げている戦いは野生のポケモン同士の戦いさながらであった。

 

 一応何の考えも無しに両者が戦っている訳では無い。

 そして肝心の戦況は、傷はあれど素手で挑んでいるブーバーはまだまだ余力を残しており、バルキーの方は目に見えて疲労しているなど一目瞭然であった。

 だが諦めるつもりは無いのか、荒くなった息を可能な限り整えたバルキーは一気に勝負を決めようと駆け出す。

 

「バーット、正面から”いわくだき”が来るぞ。()()()()()()()()()()

 

 バルキーが何をしてくるかをアキラはブーバーに伝える。

 恐らく途中から変えてくる可能性はあるが、ブーバーならわざわざ伝えなくても見逃さず、対応した行動を取る筈だ。実際、彼が伝えてから動きが筒抜けであると読んだバルキーは途中で動きを変えて、”いわくだき”ではなく回し蹴りを仕掛ける。

 

 トレーナーから伝えられた内容とは異なる攻撃ではあったが、ブーバーはアキラが考えていた通りしっかりと見ており、その攻撃を受け止めるのでは無くて流した。

 

 仕掛けた攻撃が空回りで終わったが、バルキーは巧みにバランスを取りつつ、ブーバーから距離を取ろうと試みる。しかし、間髪入れずに反撃で放たれたひふきポケモンの拳がバルキーの頬にめり込み、けんかポケモンの体はフラ付く。

 

 すかさずアキラは手に持ったモンスターボールをバルキーに向けて投擲すると、バルキーはそのままボールの中に収まるのだった。

 戦いが終わったことを悟り、ブーバーとアキラはそれぞれ肩から力を抜いたりとする。

 

「バーット良く見極めてくれた。凄かったぞ」

 

 バルキーが入ったモンスターボールを回収しながらアキラはブーバーを褒めるが、ひふきポケモンは当然と言わんばかりの態度を取る。

 更に態度だけに留まらず、自分の頭を指で突いてアキラに何かを伝えようとする。

 性格を考慮して意訳すれば、「もっと頭を使え」と言うところだろうから、まだまだ自分のやり方は改善の余地があるのだろう。

 

「見事だったぞアキラ」

 

 アキラとは少し離れたところで戦いを見守っていたシジマも、彼らの先程の戦いぶりを称賛しながら歩み寄って来る。師がやって来たのを機にアキラは、手にしたバルキーが入ったモンスターボールを掲げる様に持ち上げる。

 

「改めて、このバルキーを手持ちに加えて良いでしょうか?」

「勿論だ。お前に付いて行くことを望み、こうしてバトルで打ち負かされたのなら、奴も本望だろう」

 

 シジマからの許しを貰い、改めてアキラは一息つく。

 当初バルキーは、初心に戻ることも兼ねてアキラが新しく手持ちに加えるポケモンと戦わせる目的で貸されていたが、バルキー自身アキラに興味を抱いたからなのか付いて行きたがる様になったのだ。ドーブルとの戦いを機に早い段階で課題は解決したとシジマが見たこともあり、アキラは疑似的に野生のポケモン戦を想定してバルキーと戦う事になった。

 

 勿論、ドーブルと戦った時と同様に条件が課せられている。

 その内容は「一切技を使わずに純粋な肉弾戦でバルキーを打ち負かす」と言うものだったが、慣れた手持ちなのと悩みの種であった指示伝達も改善傾向なのもあって、ドーブルの時よりも楽にこなすことが出来た。

 

「どうだ調子は?」

「久し振りに清々しい気分ですね。いざ悩みが解決されると、今まで悩んでいたのは何だったんだろうと改めて思います」

 

 前よりアキラは「導く」と言う名目で、戦っている手持ちの動きを完全に思いのままに動かそうとする様なことはしなくなった。

 頭の中で浮かんでいる最適解とも言える動きや対処が出来ないのが少々歯痒い気はしたが、それでも戦っている手持ちが困惑するよりはマシだった。

 

 能力差で有利な点もあったが、使い慣れた武器や技も一切使わないハンデ持ちでもブーバーを上手く、それも可能な限り彼がやりたいことを実現させる形で導くことが出来た。トレーナーである自分はまだまだではあるが、手持ちのポケモン達は確実に以前よりも強くなっている。

 それも独学で鍛錬や練習を重ねていた頃以上に早くだ。

 

 晴れ晴れとした様子でアキラは語っていたが、腰に付けていたボールの何個かは揺れ、ブーバーは回収した”ふといホネ”で彼の頭を軽くだが何回も小突く。

 その悩みが解決されるまでの間、彼の細か過ぎるアドバイスや指示に振り回されたことを根に持っているらしい。

 

「ごめんごめん。今度から気を付けるよ」

 

 謝りながらアキラは小突いて来るホネから逃れようとするが、逃げようとすればする程ブーバーは更に小突く。それどころか距離を置こうとしても執拗にやってくるので、自然とアキラは”ふといホネ”を振りかざすひふきポケモンに追い掛け回され始めた。

 

「わかったわかった悪かった。これからはちゃんとやるから」

 

 口では止める様に言っているが、あまり嫌がっている様には見えない。

 ある種のじゃれ合いと見たシジマは、腕を振り上げたカイリューやゲンガーも加わって追い掛け回す彼らを黙って見守りながら腕を組んだまま考えを巡らせる。

 そして彼らが鬼ごっこを止めたタイミングを見計らい、アキラにあることを告げた。

 

「アキラ、準備が出来次第俺と手合わせをするぞ」

「!」

 

 突然の提案ではあったが、疲れている筈のアキラだけでなくブーバーとカイリューも反応して気を引き締める。

 ゲンガーだけ面倒そうな顔を浮かべると言う失礼極まりないことをやらかしていたので、アキラはシジマから目を離さずに慣れた手付きで手際良くゲンガーをボールに戻した。

 

「…またバルキー同士でですか?」

「いや、お互いが連れている手持ちだ」

「え?」

「本気のお前達を…この俺に見せろ」

 

 静かではあるがシジマの力強い言葉に、アキラは自然と気持ちの高揚を感じた。

 

 遂にこの時が来た。

 

 弟子入りをしてからは、シジマの方針もあって体作りや基本を学ぶことが中心だったので、手合わせをする機会は全く無かった。

 実は表にはあまり出さなかったが、弟子入り前の最後の確認として、一人のトレーナーとしてジム戦を挑んでからにすれば良かったと心の片隅で思っていたくらいだ。

 

「使用ポケモンは一匹のみだが、俺も本気でお前に挑む。」

「はい!」

 

 タンバジムに戻って行くシジマの後にアキラ達も付いて行く。

 タイプ相性を考えれば、ゲンガーやヤドキングなどのかくとうタイプに有利なポケモンを出すのが定石だ。だがシジマは一対一のタイマンと伝えている。それならシジマは切り札に相当するポケモンを繰り出すだろうから、手持ちの中で一番付き合いが長くて信頼している彼の出番だ。

 バルキーと戦ったばかりにも関わらず気合が入っているブーバーには悪いが、彼らの率いるトレーナーとしての特権を利用させて貰う。

 

 

 

 

 

 一時間も経たない内に、軽い休息と準備を整えたアキラはタンバジムの道場内にあるバトルフィールドで、師であるシジマと互いに距離を取って向き合っていた。

 

 徐々に改善傾向であるとはいえアキラは今の自分がトレーナー戦――実力者を相手にどこまで戦えるか経験していない。タイマン勝負とはいえ、本気で挑んでくるであろうシジマを打ち負かすのか食い下がれるのか確かめたかった。

 

「使用ポケモンは一匹のみ! どちらかが戦闘不能になるまで続ける真剣勝負だ!」

「はい!」

「本気で掛かって来い! アキラ!!!」

 

 心の中で「望むところです」と返した瞬間、アキラとシジマは互いに手に持ったモンスターボールを投げた。

 

「カイリキー!」

「リュット!」

 

 ボールが開くと、中からアキラの相棒にして手持ち最強であるカイリューが、その巨体からもたらされる地響きと共に姿を現す。

 対するシジマが繰り出したのは、屈強な肉体に四本の腕を持つカイリキーだった。

 

「カイリキーが相手か」

 

 過去に戦ってきたトレーナーの何人かが連れていたが、戦う度に彼とカイリューの脳裏にはシバのカイリキーが過ぎってしまう。

 シバが連れているカイリキーと同等、或いはそれ以上のかいりきポケモンを今まで彼らは見たことが無い。けど圧倒的な力の持ち主であることは変わりないので、アキラ達はリベンジを想定した上でシバの主力である格闘ポケモン達の研究と対策を考えてきた。

 不安点はカイリューは今の姿に進化してから本気で戦った格闘ポケモンはいないのと、今までの積み重ねが果たして師であるシジマにも通用するのかだ。

 

「リュット、”れいとうビーム”!」

 

 先手必勝とばかりに、カイリューは口から青白い冷凍光線を放つ。

 格闘ポケモンは総じて接近戦や肉弾戦に秀でている。中でもカイリキーは四本の腕を駆使することで、二秒間に千発ものパンチを繰り出すことが出来ると言われている。

 幾ら能力的にカイリューが勝っているとしても、相手の有利な土俵で戦うのは危険だ。

 それを考えて遠距離から攻撃を仕掛けたのだが、カイリキーは体の軸をズラす最小の動作で機敏に避けた。

 

「”みきり”…」

 

 すぐにアキラは、カイリキーがアッサリ避けれたのは”みきり”によるものだと判断する。

 こうなってしまえば効果が弱まるまで、カイリキーを攻撃するのは無意味になる。

 そして避けると同時にカイリキーは力強くスタートダッシュを掛け、一気にカイリューの懐に飛び込む。

 

「”ばくれつパンチ”!!」

「両腕でガードだ!!」

 

 攻撃を避けて急接近したカイリキーは、四本ある腕の一つの拳にエネルギーを籠め、カイリューを殴り付ける。

 アキラとしては本当に防ぐのではなくて上手く流すか後ろに下がって避けたかったが、カイリューの姿勢とタイミング、仕掛けるカイリキーの動作などの様々な要因で正確に伝えるのが困難だった。すぐさま両腕を交差させて、カイリューはカイリキーの鉄拳を無防備な状態で直接受けることを防ぐ。

 

 しかし、殴り付けると同時に籠められたエネルギーが小規模ながら激しく爆発して、あまりの威力にしっかり備えた筈のガードを崩され掛けるだけでなく思わず後退する。

 想定以上の攻撃を受けてバランスが崩れるカイリューに、アキラは張り上げる様な声を上げる。

 

「今すぐ”こうそくいどう”で下がれ!!!」

 

 ”ばくれつパンチ”がもたらした衝撃でカイリューの意識は”こんらん”していたが、何時も以上に力強いアキラの声に目の焦点が定まる。すぐさまドラゴンポケモンは、追撃の為に伸ばされた無数の腕から逃れる様にその巨体からは想像出来ない瞬発力を発揮する。

 

 そして後ろに下がる形で距離を取ると、口から”りゅうのいかり”を放ってカイリキーを攻撃する。ところが今度のカイリキーは先程の”れいとうビーム”とは異なり、”みきり”を使わずに飛んで来た青緑色をしたドラゴンの炎を躱して、またしても距離を詰めてきた。

 

「もう一度”こうそくいどう”で距離を取るんだ! 近付くな!」

 

 カイリューがあまり好まない語気が強い命令口調だが、戦っているカイリュー自身も彼が必死になってそう伝えている理由を理解している。

 下手に接近戦どころか、カイリキーの手が届く範囲内にいると一気にやられかねない。

 

 再びカイリューは、カイリキーに距離を詰められる前に手が届かない範囲内に高速で移動する。

 ”みきり”は主に相手の攻撃を避けるのに使われるが、その効果から相手の動きを読んで自らの攻撃に活かすことが出来ることをバルキーを借りている間にアキラは検証している。特に変化や予兆も無く発動される為、鋭敏化した目であっても見抜きにくいエネルギーが関係する特殊攻撃と同じくらい厄介な技だ。

 

「リュット、”でんじは”!」

 

 カイリキーから距離を取ったタイミングで、カイリューは頭の触角から”でんじは”を放つ。

 素早く仕掛けたこともあったのか、避けることが出来ずに電撃を受けたカイリキーは体を痙攣させながら体を強張らせる。

 

「一気に決めるんだ! ”はかいこうせん”!!!」

 

 カイリキーの動きを見極め、”みきり”以外では回避する手段無しと判断した上でアキラはカイリューに大技の使用を伝える。

 体内の溢れるエネルギーに力を籠めて、ドラゴンポケモンはその口から”はかいこうせん”の強大なエネルギーを解き放った。

 

「フィールドを砕くんだカイリキー!!!」

 

 正に当たるか否かのタイミングで、シジマが力強く吠える。

 トレーナーの覇気の籠った指示に応える様にカイリキーは自らを鼓舞する様に雄叫びを上げながら、”かいりき”でフィールドの一部を砕き、剥がしたフィールドを盾に”はかいこうせん”を防ぐ。

 直撃させることが出来なくて、アキラとカイリューは悔しそうに顔を歪ませる。

 けれども”はかいこうせん”が命中したことによる爆発の衝撃でカイリキーは吹き飛んだのを見て、すぐに行動に移った。

 

「追撃に”10まんボルト”!」

「避けるんだ!!!」

 

 間を置かずにカイリューは空中から強烈な電撃を放つが、ほぼ同時にシジマも指示を出す。

 ”まひ”状態なら、単純に痺れて動きが鈍る影響でその後の戦闘にも支障が出るものだ。ところが、倒れ込んでいたにも関わらずカイリキーは素早く躱したことで、アキラの目論見は崩れた。

 

 ”まひ”状態になっている筈なのだが、カイリキーは多少影響を受けてはいるがそれでも巧みな動きを維持しているのだ。

 どういうことなのかアキラは目を凝らすが、どうやら”でんじは”の効果が無い訳では無いらしいが、呼吸の仕方や体への力の入れ方にヒントがあるらしい。

 一体どんな技術なのか気になったが、再びシジマが声を上げた。

 

「”いわなだれ”で撃ち落とせ!」

 

 カイリキーは先程の”はかいこうせん”と自らの手で砕いた固いフィールドの欠片と岩を利用して、大量に抱え込んだそれらを”いわなだれ”としてドラゴンポケモンに放り投げる。

 

「”たたきつける”で打ち払うんだ!」

 

 カイリューは体を捻って、巨大な尾で飛んでくる岩を払い除ける。

 何時もなら更に飛び上がったりして避けるが、今戦っているタンバジムのバトルフィールドは屋内だ。自由自在に飛び回れる程のスペースがある訳では無い。

 だが何時の間にジャンプしていたのか、”いわなだれ”に対処した直後のカイリューにカイリキーが距離を詰めていた。

 本当に”まひ”状態なのか疑わしくなる無駄を省いた動きにアキラは顔をしかめる。

 普段ならあそこで反撃を受けるところだが、彼の目はしっかりとカイリキーの動きを捉えており、流れる様に直感的に口を開いた。

 

「顔面に”メガトンパンチ”!」

 

 振り返ると同時に、カイリューは進化してから身に付いた剛腕でカイリキーの顔面に強烈な拳を叩き込む。

 

 会心の一撃だ。

 

 そのまま殴り飛ばしてしまおうとカイリューは更に腕を伸ばすが、すぐに何かがおかしいことに気付く。顔面に拳がめり込んでいるにも関わらず、あっという間にカイリキーは四本の腕でドラゴンポケモンを抑え付けてきたのだ。

 カイリューは一瞬だけ戸惑うが、アキラだけは自らの判断ミスを悟る。

 しかし、既にカイリキーは反撃に移っていて手遅れだった。

 

「”あてみなげ”!!」

 

 上半身を捩じらせて、カイリキーはカイリューを攻撃を放ってきた時の勢いを利用して、カイリューの巨体を勢い良く背中から地面に叩き付けた。

 接近戦が不利なのと格闘ポケモンなら使うであろう”カウンター”の様な技をアキラは警戒していたが、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは思っていなかった。

 しかも何の足場も無い空中でこれだけの力を発揮できるのだから、もし地上で同じ技を受けたらタイプ相性など関係無しに大ダメージだ。

 

「リュットもう一度飛び上がるんだ!」

「逃がすな! ”けたぐり”!!」

 

 急いで伝えるが、カイリューが立ち上がると同時に着地したカイリキーは”けたぐり”でドラゴンポケモンの足を蹴り付ける。

 "あてみなげ”同様にひこうタイプを併せ持つカイリューにかくとうタイプの技の効果は薄いが、空中に逃れる前に蹴り付けられた足に走った痛みで巨体を支えられずバランスを崩す。

 

「”クロスチョップ”!」

「”つのドリル”を振るんだ!」

 

 追撃を仕掛けようとするカイリキーに、咄嗟にアキラは回避から迎撃に方針を変更させる。

 すぐにカイリューはツノに螺旋回転する形で瞬く間にエネルギーを集めると、激しく回転するエネルギーの刃を頭ごと振り回す。

 流石にカイリキーもこの危険な攻撃に対して追撃を中断して、避ける様に体を後退させる。

 だが、アキラはすぐにその動きの意味を目を通じて理解する。

 

「!? リュットすぐに下がるんだ!」

 

 慌てて伝えるが、彼の声が届く前にカイリキーは”つのドリル”を流す様に躱したタイミングに合わせて体を組ませると、再び”あてみなげ”でカイリューを軽々と投げ飛ばす。

 またしても投げ飛ばされたドラゴンポケモンは、何回も体を地面に跳ねらせるとアキラのすぐ傍まで転げる。

 

「リュット大丈夫か!?」

 

 近くまで投げ飛ばされたカイリューにアキラは急いで駆け寄る。

 近距離での肉弾戦は勿論、こちらの攻撃の勢いを反撃に利用していくのは、如何にも格闘使いらしい戦い方だ。昔戦ったシバのカイリキーよりも圧倒的な力の差は感じないが、手数や使える技のバリエーションが多くて別の意味で手強い。

 カイリキーの動きをアキラはある程度見抜けていたが、やはり伝える時間が短いのとタイミングなどの問題で完全にカバーすることは難しい。

 だけど、良かれと思って詳しく伝えれば戦っているカイリューを混乱させるだけだ。

 

 次からはもう少し回避に専念することに比重を置くべきかと考えるが、ゆっくりと立ち上がったカイリューは一瞬だけアキラに目線を向ける。

 さっきからやられてばかりであるにも関わらず、まるで目論見が上手く行ったかのような目付きだったので、彼はカイリューが自分が思い付いていない策があると見た。

 

「何か策があるのか?」

 

 一応小声で尋ねるが、カイリューは振り返るどころか何も反応も見せずカイリキーの動向を窺うのに専念する。

 それをアキラは、その無言を肯定と受け取った。

 

「…わかった。チャンスと見たら俺が伝えることは無視しても構わない」

 

 アキラがそう認めた直後、カイリューは頭の触角から”10まんボルト”の電撃を放出する。

 接近戦が不利なのは、カイリュー自身も理解している。しかし、”みきり”で攻撃とその軌道を見抜いていたカイリキーは、”まひ”状態なのも関係無く難なく避ける。

 また間合いを詰められそうになり、カイリューは翼を広げて体を浮かせようとするが、足に力を入れた途端に先程”けたぐり”を受けた箇所に痛みが走ったのか()()()()()()()

 

「もう一度”つのドリル”だ!」

「”クロスチョップ”!!!」

 

 カイリューが見せた隙をシジマはすかさず突くが、その前にアキラは防御の為の攻撃を伝える。

 再びカイリューは”つのドリル”を使()()()()()()()()を見せるが、エネルギーが集まる前に頭をカイリキーの上側の両腕で抑え付けられる。

 逃れようとドラゴンポケモンは暴れるが、体を揺らせることは出来てもカイリキーの腕力はそう簡単に振り解ける程甘くは無かった。

 

 体が揺れている不安定な状態でも、カイリキーは四本ある腕の内、残った下側の両腕を交差させてカイリューの腹部に”クロスチョップ”の手刀を浴びせる。強靭なドラゴンの体皮の中でも弱い箇所に繰り出された強烈な一撃。それを受けて、カイリューの体は崩れそうになるが持ち堪える。

 手を緩める気は無いカイリキーは、抑え付けている内に更なる攻撃を仕掛けようとする。

 

 その時、急に体が傾き、あっという間にカイリキーの視点は目まぐるしく変わる。

 気が付いたら何時の間にかカイリューがカイリキーの下側の腕を掴んでいて、強引に背負い投げの様な形に持っていかれていたのだ。

 

「その技は!」

 

 それを見た瞬間、シジマは驚きを露わにする。

 カイリューの動きから、シジマよりも先に理解したアキラは、カイリュー自身もわかっているであろうその技の名を口にする。

 

「”あてみなげ”だ!!!」

 

 アキラのポケモン達の十八番。”ものまね”の力で一時的に使える様になった”あてみなげ”をカイリューはカイリキーに仕掛ける。

 先程のカイリューの狙いはこれだ。

 

 確かに”けたぐり”を受けてカイリューは足を痛めたが、多少痛みが引いた今なら力を入れても問題は無い。攻撃を受けたカイリュー自身と目が鋭敏化していたアキラはわかっていたが、戦っているカイリキーだけでなくシジマが見抜けないのも無理は無い。

 まさか自らの攻撃を利用されるとは思っていなかったカイリキーは、自らがカイリューに仕掛けていた様に背中から強く叩き付けられる。

 

「反動を利用して距離を取るんだ! ”りゅうのいかり”!」

 

 すぐさま追撃の指示を伝えると、ドラゴンポケモンは下半身から力を抜き、翼の力だけで軽く宙を浮くと同時に青緑色の炎を浴びせる。

 自身の技を使われたことに対する動揺、呼吸が乱れて”まひ”状態特有の体の痺れが重なり、仰向けに倒れたままのカイリキーは成す術も無く焼かれる。

 そしてアキラに伝えられた通り、技の反動で宙に浮き上がる形でカイリキーとの距離を取ったドラゴンポケモンは、間髪入れずに全力の”はかいこうせん”を追い打ちに放った。

 

「”みきり”だカイリキー!」

 

 回避に特化した技をシジマは伝えるが、カイリキーは”まひ”状態だけでなく”りゅうのいかり”の直撃による大ダメージで動こうにも動けなかった。

 放たれた特大の光線は、そのまま動きが鈍っているカイリキーに衝突する様に命中する。

 

「っ!」

 

 直後に彼らが戦っていた道場を揺らす程の激しい爆発と衝撃が広がり、アキラは咄嗟に腕を盾にして飛んで来た砂埃から顔を守る。

 やがて砂埃が落ち着き、煙が晴れてきたタイミングで顔を守っていた腕を下ろすと、爆発の中心で”はかいこうせん”の直撃を受けたカイリキーが大の字状態で倒れていた。

 決着が付いたことを悟り、翼を広げて飛んでいたカイリューは降りるが、緊張の糸が途切れたからなのか肩で息をする程までに消耗していた。

 

「やったなリュット。大金星だぞ」

 

 駆け寄ったアキラは、息が上がっているカイリューの背中を擦ってあげながら褒めちぎる。

 カイリューとしては、同じカイリキーに勝てたとしても、かつて負かされたシバのカイリキーにリベンジを果たしたいだろう。けどアキラは、今回の勝利は将来シバと再戦する時のリベンジへの大きな一歩と見ていた。

 疲れているドラゴンポケモンを労っていたら、倒れていたカイリキーをボールに戻したシジマが近付いて来る。

 

「”あてみなげ”を利用したのか」

「はい。ですが、リュットの判断に救われた様なものです」

 

 本当は空中へ退避するか距離を取って戦おうと考えていたが、カイリューの考えに賭けて敢えて正面から挑んだ。

 何をするつもりかと思ったが、”ものまね”で”あてみなげ”をコピーして、それを逆に仕掛けたのだからアキラも少し驚いていた。

 

 アキラの返答を聞き、シジマは先程まで行っていた彼らとのバトルの内容を振り返る。

 

 これが今の彼らの全力。

 

 ジム戦を行う時の様に、相手の実力を引き出して見極めるつもりは無く、文字通りシジマは全力で挑んだ。

 弟子入りを申し出た時点でも既に十分過ぎる程だと見ていたが、予想以上だ。

 

 ドーブルを手持ちに加えてから調子を取り戻していること、そして基礎的なトレーニングを積み重ねているとはいえ、今の時点でもこれなのだ。

 まだまだ教えていないことや鍛えなければならないことは多いが、それら全てをトレーナーと連れているポケモン達が学び取ったらどうなるのか。

 

「今のお前達の実力はわかった。だが、今のバトルはカイリューの判断が無かったら、まだ続いていた可能性はある」

「はい。もしリュットが”あてみなげ”を”ものまね”していなかったら、まだ厳しい戦いが続いていたと思います」

「ポケモンがトレーナーの意図を超えた動きをしてくれるのは確かに大きな武器だが、何時までも頼っていてはお前自身のトレーナーとしての技術は磨かれんぞ」

 

 アキラに必要な知識が備わっているのと場数を踏んできたことは、先程のバトルの戦い方や流れからもわかる。

 同時にトレーナーとして洗練されている点もあれば粗が目立つ点もあり、その粗を戦っているポケモン達が彼らなりに修正や埋める形で動いていることもだ。

 勿論シジマは、彼が自らの未熟な部分を自覚した上で手持ちに全幅の信頼を寄せている結果なのは理解している。

 

「アキラ、俺の教えの基本は何なのか憶えているか?」

「…”トレーナーが身をもって力と技を研ぎ澄ますことでポケモンと心を通わす”です。先生」

「お前のトレーナーとしての心構え、方針は?」

「”手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく”です」

 

 自信を持って答えるアキラに、シジマは満足感を覚えた。

 微妙な違いは有れど、彼もまたポケモンと共に身と心を鍛えていくことがポケモントレーナーとして最も重要な要素と捉えている。

 シジマ自身、ポケモントレーナーに必要と考えている資質を彼は備えているのだ。今ここで自分を負かしたとしてもおかしくは無い。

 

「……次回からまだ頻度は少ないが、ポケモンを使ったバトルを初めとした指導も行う。何かを削るんじゃなくて、追加する形だから以前よりも忙しくなるぞ」

「! はっ…はい!」

 

 遂にトレーナー自身の鍛錬だけでなく、ポケモンバトルなどに関する指導も始めて貰えると知り、咄嗟に返事をしつつアキラは更に意気込む。

 そんな彼の姿に、シジマはトレーナーとして必要な技術を更に身に付ければ、どれ程になるか期待するのだった。




アキラ、師のシジマと初めて本気のポケモンバトルを行い、勝利を収める。

アキラが連れている手持ちの今の実力は、新加入を除けば戦闘経験と元々の能力の高さのお陰で並みのジムリーダーと互角かそれ以上の扱いです。
後は持ち前の高い能力をもっと活かすことが出来る技術や技をトレーナー共々学んでいけば、かなり強くなっていく筈。


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担当する者達

 カントー地方最大の港町であるクチバシティの少し外れにある一軒家。

 小さな窓から日差しが差し込む屋根裏部屋の中でアキラは悩んでいた。

 

「誰にしようか?」

 

 電気スタンドで照らされたノートに書かれている内容に目を通し、アキラは頭を更に働かせる。

 彼が今いる部屋は、唐突にこの世界に迷い込んでしまった彼の為に、保護者であるヒラタ博士が自宅で用意してくれた場所だ。最初は荷物置き場を片付けた様な部屋だったが、三年近く彼が過ごしていく内に内装は変わっていき、今ではこの世界でのアキラにとって帰る場所になっていた。

 

 畳まれた布団にアキラが買った本が並べられた本棚と足りない分を本棚代わりに積み上げたダンボール、ゲンガーを模った大きめの貯金箱、今彼が向き合っている鍵付きの引き出しが付いた小さな机。その小さな机の上で、アキラは日々手持ちの育成などについて記録を纏めているノートを広げていた。

 

 ノートには「ヨーギラス:担当エレブー」、「バルキー:担当ブーバー」と書かれていたが、ドーブルだけは空白だった。

 今彼は、誰にドーブルの指導を任せるべきか悩んでいるのだ。

 

 ヨーギラスについては、最初の頃は仮加入扱いではあったが、エレブーと上手くやっていることや最近の様子を見てももう手持ちに加わるのはほぼ確定だ。

 既にヨーギラス自身と母親であるバンギラスからも了承を取っており、近々エリカが用意してくれている保護区のポケモンを手持ちに加えるのに必要な書類に署名をするつもりだ。

 バルキーは、手持ちに加わった経緯も含めてブーバーとは気が合うらしいので決まりだ。

 シジマからは更なる課題――彼が連れている格闘ポケモンに勝てるまでに育てることを課せられているが、今の問題はドーブルだ。

 他は本人の希望や能力、イメージが合ったことですんなりと担当は決まったが、どうしてもドーブルはハッキリとしなかった。

 

「……困ったな」

 

 ”スケッチ”という技は、ポケモンが使える殆どの技をコピー出来る点は”ものまね”と同じだが、一度”スケッチ”したら忘れない限りずっと技を覚えることが出来るのは非常に大きい。流石に一気に大量の技を覚えていくことは出来ないが、それでも理論上はどんな技の組み合わせでも実現することが出来る万能ポケモン。

 これだけ聞くと、手持ち最強であるカイリューの穴を埋められる程の能力を秘めている様に思えるが、無視できない問題があった。

 

 それはポケモンの基本的な身体能力などの強さに大きく関係する能力値が極端に低いことだ。

 バルキーとの戦いでは苦戦したが、カイリューなどの手持ちと再確認も兼ねて戦わせたら、あまり通用することなく呆気なく打ち負かされた。どんなに強力な技をコピーすることが出来ても、能力が低いことが足枷になって高い威力を発揮出来ないのだ。

 手持ちに加わったばかりなこともあるが、ゲンガーよりも打たれ弱いこともわかってきた。

 

 念の力を始めとした間接的な攻撃ならある程度のダメージは見込めるが、カイリュー達の様に経験豊富でレベルが高い相手ではロクに通用しない。”せいちょう”などの自らの能力を引き上げる技を覚えていたが、時間を掛けて限界まで能力を上げても、その攻撃力と防御力は少々頼りない。

 

 幸いなことにドーブル自身も自らの欠点を自覚しているのか、可能な限り群れで過ごす為に身に付けたであろう”へんしん”で火力不足を補おうとしているが、この”へんしん”にも問題があった。

 種が異なるポケモンの群れに溶け込んでいただけあって、ドーブルのミルタンクへの”へんしん”は能力含めて本物と遜色が無い完成度だ。

 だが、強い攻撃を受けると呆気なく”へんしん”の維持が出来なくて不安定化してしまう弱点はメタモンと同じだった。

 

 ミルタンクの姿で”どろかけ”と”かいりき”を利用した泥の塊を投げる投擲攻撃をよく仕掛けていたのは、下手に強烈な攻撃を受けて”へんしん”が不安定化するのを避ける理由もあったらしい。

 バルキーと戦っていた時は普通に”たいあたり”とかの技を使っていたが、カイリュー達と違って格上と判断していなかっただけだ。

 

 ドーブルの姿で戦おうとすると、火力の低さと打たれ弱さに悩み。

 ミルタンクの姿で戦おうとすると、その姿の安定維持に悩む。

 

 総括すると、やれることは多いのだが、火力不足な上に打たれ弱さがモロに影響するのだ。

 だけど例え能力値が低くても、鍛え方と工夫次第では幾らでも補うことが出来るのはアキラ自身もわかっている。

 カイリューやブーバーみたいに、搦め手無しで正面から戦わせるのが無理なのは明らかなのだ。なのでこのまま技術力を高めつつあるサンドパンに担当させても良いのだが、アキラとしてはイマイチしっくりこなかった。

 やはりここは、エスパー系の技を好んで使っている傾向から見てヤドキングかゲンガーのどちらかが適任かもしれない。

 

 ”サイコキネシス”などのエスパータイプの技を利用して、岩を飛ばすなどの間接的な攻撃もドーブルは得意だ。

 今名前を浮かべたヤドキングにゲンガーの二匹も、そういう念の活用をすることはあるが、どちらかと言うと念の力を直接叩き込む方を好む。それだけでなく、彼らは高い知能を活かした高度な独自判断力と覚えている技を上手く応用した多彩な攻撃も強みだ。

 

 手持ちにしてから様子を見ていく中で、ドーブルが新加入の三匹の中で一番頭が良い事がわかってきたが、果たしてそれだけで決めて良いかも悩む点でもあった。

 他にも今までの手持ちとは()()()()()()()()点も、アキラの悩みに拍車を掛けている。

 

「……少し様子を見て来るか」

 

 鉛筆を置いて、アキラは屋根裏部屋から下の階へと降りていく。

 何も別にわざわざ手持ちから担当を付けさせたり、カイリュー達が持つ技術や長所を受け継がせることに拘らなくても良い。

 いざとなったら、明確な担当は決めずに他の面々の良い所だけを学ばせることで、新しい戦い方を作り上げていくことも十分に選択肢として考えられる。

 

 それに先輩の手持ちを担当に付けさせても、最終的に彼らの面倒を見るのはトレーナーである自分だ。そこは忘れてはいけないし、過度に手持ちに任せっ放しにしてはいけない。

 

「あらアキラ君、何かお菓子でも食べに降りて来たの?」

 

 リビングに入ると、ヒラタ博士の息子の家内が声を掛ける。

 事前に話し合われたとはいえ、突然この家に自分が居候することになったにも関わらず、暖かく受け入れてくれた人だ。何時もの様に感謝の気持ちを込めてアキラは彼女に会釈すると、ポケモン達の様子に目を向ける。

 

 リビングでは何匹かのアキラの手持ち達が各々自由に過ごしていたが、中でもゲンガーは彼の保護者であるヒラタ博士の孫と対戦アクションゲームをしており、その姿に思わず溜息を漏らす。

 

 少し前まではがむしゃらにボタンを押しまくっていたのだが、今ではどの色のボタン押せば望んだ行動になるのかをゲンガーは理解している。本当に頭は良いのだが、才能の無駄遣いと言うべきか、その恵まれた知能を変な方向に全力投球していくのには呆れてしまう。

 

 ブーバーを筆頭とした連れているポケモン達が、テレビ番組などの人間の娯楽を楽しむ姿をもう何年も見てきたが、変に頭が働くのも考え物だ。

 窓から見える外でヨーギラスの遊びに付き合っているエレブーと、彼らの様子を見ながら体操の様なことをやっているカイリューの方がよっぽどポケモンらしくて健全だ。

 加えてゲームを楽しんでいる彼らの横で、何故か割れる様に壊れたコントローラーが一機だけ箱に入っていることに気付き、アキラは頭を抱える。

 

「……また壊してしまった様で申し訳ございません」

「良いわよ別に」

 

 アキラは申し訳無さそうに頭を下げるが、孫の母親である彼女は気にする事は無いと答える。

 当然のことだが、ゲーム機のコントローラーは人間が操作すること前提で作られており、ポケモンが扱う事は想定していない。

 ゲームが遊べるのはゲンガーとブーバーの二匹だけなので壊さない様に言い聞かせているが、それでも彼らは熱くなり過ぎてコントローラーに余計な力を入れて壊してしまうことが度々ある。

 

 その為、アキラは道中のトレーナーと戦った際に手に入れた賞金でコントローラーの予備を何個か用意している。お陰でこの家は孫の友達の溜まり場になっているようだが、アキラとしてはコントローラーは安くは無いので丁寧に扱って欲しかった。

 

 そんなアキラの願望を余所に、ゲンガーと孫との対戦は更にヒートアップする。

 ハメ技や道連れなどの友達との対戦で多用すれば、喧嘩が起きても不思議では無いセコイ戦法を堂々と駆使して、ゲンガーは一発逆転を狙う。

 対するヒラタ博士の孫は、巧みにそれらの技から逃れては反撃するなど年に似合わない落ち着いた操作と正統派な戦いぶりで追い詰めていく。

 そんな彼らをブーバーとバルキーは横に座って観戦しているが、この様子だとゲンガーがブーバーと交代するのは時間の問題だろう。

 

 相変わらず今日も手持ち達は人間の娯楽を謳歌しているが、アキラはあの特徴的な巻貝の様なのを被ったヤドキングを見掛けない事に気付いた。

 良く探すと外に出ている訳では無いが、ヤドキングだけリビングの隅で何かをやっていた。

 

「何をやっているのヤドット?」

 

 声を掛けるが、ヤドキングは黙々と積み木を並べていく。

 集中しているのを察したアキラは黙って見守っていると、それらを立てる様に並べていき、全部並べるとドミノ倒しを始めた。

 何とも子どもみたいな遊びを楽しんでいるが、以前何かのバラエティーで大規模なドミノ倒しをやっているのがテレビに流れていたから興味を持ったのだろう。

 全て倒れるのを確認してからヤドキングはまた積み木を並べ始めるが、アキラが見ていることに気付くとある一枚の積み木を彼に見せた。

 

 その積み木には「あ」と大きく書かれていた。

 

 最初は何の意味なのかわからなかったが、ヤドキングは積み木が入っていた型箱を念の力で引き寄せると、積み木を一枚ずつ嵌めていく。

 すると、一列だけだが「あいうえお」の順に積み木が並べられたのだ。

 

「…意味、わかっているの?」

 

 ヤドキングは少し迷う素振りを見せるが、少し自信無さげではあったものの頷く。

 ちゃんと意味を理解しているかはともかく、何の迷いも無く並べることが出来たのだ。恐らくヤドキングは、この順番通りに並べるのが正しいことを明確に認識している。

 

「ここまで出来るのか……本当に頭が良いな」

 

 進化したことで、本格的に知性に目覚めたヤドキングは日々賢くなりつつある。

 ポケモンは種や個体によって差はあるが、大体は人の言葉を理解することはできる。

 

 だけど、会話が出来ても読み書きが出来るとは限らないのと同じ様に、言葉が理解出来ても文字などの形でも意味を理解できるかは別だ。

 時たまに、予め内容が用意されたカードを使って受け答えをするポケモンをバラエティーで見掛けるが、やっているポケモン自身も本当に理解しているかは少し怪しい。

 それからヤドキングが何を伝えようとするのでアキラは頭を働かせ始めたが、丁度そのタイミングにヒラタ博士の息子の家内が声を掛けて来た。

 

「アキラ君、レッド君から電話が来ているわ」

「え? レッドからですか? 今行きます」

 

 マサラタウンに住んでいる友人から連絡が来たと知り、アキラは立ち上がる。

 ヤドキングはまだ何か伝えたそうであったが、時間に余裕はあるから後で良いだろう。

 一言謝ってから、アキラはテレビ電話が出来る部屋へ向かうべくリビングから出ていく。

 彼を見届けた後、ヤドキングはドミノ倒しで遊ぶのを止めて積み木を片付ける様に正しく並べ始めようとするが、自分に近付いて来る姿に気付く。

 

 ゲンガーだ。

 

 機嫌が悪そうなのを見る限りでは、前に聞いたアキラ曰く「セコイ戦法」を破られて渋々ブーバーに交代したのだろう。

 操作キャラが大ダメージを受けて吹き飛ぶ度に声を荒げるブーバーを見ると、また熱くなり過ぎてコントローラーを握り潰すことになるのは目に見えるがもう止めようが無い。

 暇になったシャドーポケモンに対してヤドキングは余所に行け、と言わんばかり手を振り、ゲンガーは舌打ちをして離れる。

 

 こんな風にゲンガーとは、同じトレーナーの元に属しているにも関わらず、普段は互いに些細な事も含めて色んなことで張り合ったりいがみ合う関係は今も続いている。

 だがアキラに連れられたゲンガーと初めて会った時、人間の道具を難なく扱うその賢さに驚き、当時一緒にいた群れの仲間達と感心したことをヤドキングは憶えている。

 

 もっとも、そんな好意的な印象は釣りに飽きたゲンガーが仲間にちょっかいを出し始めたのを機にすぐに消えたが。

 

 反撃出来ない仲間達にちょっかいを出すこともそうだが、その優れた能力を下らないことに浪費する姿に当時ヤドンだった彼は心底腹が立った。

 後々知った人間のことわざで言う「渡りに船」と言わんばかりに、偶然近くに落ちて来たモンスターボールに仕返しついでに性根を叩き直してやると意気込んで勢いで入ったものだ。

 そんな経緯や言葉も通じないこともあって、アキラは自分がゲンガーの仕返し絡みも兼ねて入ったと考えているが、それは半分当たりで半分外れだ。

 

 ヤドキング自身、元々人間に付いて行くことにヤドンの頃から興味を抱き、故郷に人間がやってくる度に仲間達と共にその機会を窺っていた。

 しかし、自分達の種は総じて生まれ付き鈍感で動きが遅く、例え自分達が付いて行くことを望んでも「扱いにくい」などの理由で連れて行くトレーナーは殆どいなかった。

 そんな日々が続いていた時に、アキラが今の手持ちを率いて自分達の住処にやって来て今に至るのだから、世界は何が起こるかわからないものだ。

 

 だけど、今更アキラもヤドキング自身も、何がどういう過程で一緒にいることになったのかに関してはもうどうでも良くなっている。

 それにある種の使命感に燃えていたことやたまたま近くにモンスターボールが落ちた以外にも、手持ちをちゃんと統率し切れていない不甲斐無い当時の彼への細やかな仕返しの意図も無くは無いのだから。

 

 アキラのポケモンとして加わってからは、彼の元で自分に出来ることで己を高めながらゲンガーの行動に目を光らせている。

 その優れた能力を下らないことに浪費することを止めさせようともしているが、何度言ってもゲンガーは余計なお世話だと言わんばかりに聞く耳を持たない。

 そんなこんなでアキラが頭を悩ませる諍いがヤドン時代から進化した今でも続いているが、最近になってお互いある一つの結論に達した。

 

 それは互いに自分なりの方法で己を磨き、そして結果を出すことで自分のやり方や考えの正しさを証明するという単純明快な方法だ。

 

 何とも乱暴で原始的な決め方だが、何事も目に見える形での結果を見せ付けることが、自分のやり方が正しい事を証明すると同時に相手を黙らせる一番の方法だ。

 ポケモンバトルで相手を打ち負かすなどの実力もそうだが、知識や機転などの頭脳面など、その証明の仕方は多岐に渡る。

 

 勿論ヤドキングは負ける気は無い。だが進化したことで反応が遅れる長年の悩みを解消するだけでなく、力と頭脳を更に高めたにも関わらず、未だにゲンガーとはあらゆる分野で互角だ。

 幻滅したとしても、戦う力だけでなくあの時感心したゲンガーの賢さは紛れもなく本物ということなのだろう。死んでも口にするつもりは無いけど。

 

 余所に行ったゲンガーを見届けると、ヤドキングはもう一度頭を働かせながら積み木を型箱の中に順番通りに並べようとしたが、唐突にサンドパンがドーブルを伴ってやって来た。

 アキラはドーブルを誰に任せるか悩んでいるが、今は暫定的にサンドパンが担当をしている。

 既にアキラはドーブルに仲間達の紹介をしているが、細かな事情や説明はこの誠実なねずみポケモンが務めていた。

 

 やって来たえかきポケモンに、ヤドキングは今自分が何をやっているかを見せる。

 それなりに人間社会に触れて来たヤドキング達なら、人間が話している言葉や内容は理解出来るが、それでも積み木を並べた際に出来る文字の意味を理解することは困難だ。

 ついこの前まで野生の世界で暮らしていたドーブルなら、尚更理解するには難しいだろう。

 不意にドーブルは「か」と書かれた積み木を拾い、それをしばらく眺める。

 ヤドキングは手に取った積み木について教えようとするが、その前にドーブルは型箱の嵌めるべき場所にその積み木を置くのだった。

 

 

 

 

 

『そうか、新しい仲間が加わったのか』

「あぁ、リュット達が何時でも万全とは限らないからね」

 

 その頃、アキラはテレビ電話を通して、久し振りにレッドとの会話を楽しんでいた。

 レッドが住んでいるマサラタウンは、クチバシティからではそれなりに遠いので、そう簡単に移動することは難しい。

 カイリューに進化したおかげでその問題は解消しているが、やっぱり時間が掛かるので些細な会話はこうしてテレビ電話を介しているのだ。

 最近はアキラがシジマの元へ弟子入りしたことやレッドは治療とジムリーダーになる為の勉強に取り掛かったことで、機会が無かっただけに話は積りに積もっていた。

 

『弟子入りしてから調子はどうだ?』

「好調だよ。スランプも脱して前よりも日に日に強くなっていくのを感じる」

 

 何人もの弟子を鍛えてきただけあって、シジマの鍛錬内容と指導はかなり身になっている。

 それにただ単に体を鍛えていくばかりでなく、自分のトレーナーとしての問題点もしっかりと見抜いている。今までの様に独学でやっていたら、そういう問題点に自力で気付くことは出来ないか出来ても遅れていただろうから、自分も手持ちも実に有意義な日々を過ごしている。

 

『へぇ~、オーキド博士から聞いたけど、シジマってジムリーダーは昔グリーンが教わっていた人なんだろ?』

「まあ、そうだけど」

『やっぱりグリーンの師匠だけあって、色々厳しい?』

「厳しいと言えば厳しいけど、そこまでじゃないよ」

 

 確かに細かなトレーニング内容が決められているし、気が抜けたりすると一喝される。

 シジマの指導方針の基本は”トレーナー自身もその身を鍛える”なのだから、気が抜けると怪我に直結することもあるのだろう。

 

『でも何か意外だな』

「俺が誰かに弟子入りをすること?」

『いやいや、お前って俺と違ってとことん追求しようとするから、誰かから学ぼうとするってことは簡単に想像出来るよ。ただ――』

「ただ?」

『グリーンの師匠だった人に弟子入りすることが』

「――あぁ、成程ね」

 

 少し言葉を濁した感じの曖昧な内容だが、アキラはレッドが何を言いたいのか察する。

 確かに彼とグリーンは、正直に言うと仲が良い訳でも悪いと言う訳でも無い。

 

 特に手持ちポケモンに関しては、グリーンはしっかり躾けをして管理しているのに対して、アキラは普段から放任気味で自由に過ごさせているなど正反対に近い。

 昔とは違って考えがあることは既にお互い理解はしているが、そういうポケモンに関する方針や考えの違いなどで譲れないものがあるからなのか微妙な関係だ。

 にも関わらず、グリーンがポケモントレーナーとして師事した人物に弟子入りをしたのは意外なのだろう。

 

「たまたま俺が教わりたいと思った人がシジマ先生だっただけだよ」

『教わりたいことって?』

「端的に言えばポケモンだけでなく、トレーナー自身も鍛える方法を知っているからだよ」

『成程な』

 

 アキラがどういうトレーナーなのかを知っているレッドは納得するが、アキラはあまり意識していなかったグリーンとは兄弟弟子関係になることについて考え始める。

 別にどっちが優れた弟子であるかを主張したりするつもりは無いが、お互い友好的とは言い難い関係だ。他の人経由で知っている可能性は高いが、シジマに弟子入りすることはアキラの口からグリーンには伝えていない。

 ただ、シジマがどういう人物なのかを軽く聞いただけで、それ以外は事前確認のみだ。

 

『まあ、師匠が何であれ、その様子だと俺も気が抜けないな。でも、次のバトルも勝たせて貰うから』

「俺が師事しているのは格闘ポケモンのエキスパートだぞ。流石に次からは困った時のカビゴン頼みが通用すると思わない方が良いよ」

 

 レッドのカビゴンは、彼の手持ちで最も力を有しているだけでなく、アキラにとってケンタロスに並ぶ苦手なポケモンだ。

 手持ちの総合火力ではアキラの手持ちはレッドのポケモン達を凌いではいるが、このカビゴンだけは非常に相手がしにくいのだ。同じくらい高い能力と巨体を有するポケモンにはフシギバナとギャラドスがいるが、この二匹はタイプ相性を容易に突けるのでまだマシだ。

 

 弱点の突きにくさに圧倒的なパワーとタフさを併せ持つ動く要塞の対処には手こずっており、条件無しで正面から対抗出来るのはブーバーだけだ。

 レッドもアキラがカビゴンを苦手としている事に気付いているのか、彼が自分とのバトルでカビゴンを出してくる確率は、これまでの記録ではほぼ100%。

 それだけに対策は必須なのだが、他の手持ちも油断が出来ないことやレッドのトレーナーとしての技量が優れていることもあって、中々思う様にカビゴンをスムーズに倒すことが出来なかった。

 

 だけど今は違う。

 

 まだ力不足ではあるが、新しくかくとうタイプであるバルキーが加わり、他の手持ちも格闘技を覚えつつあるのだ。ノーマルタイプへの苦手意識が解消されるを通り越して、逆に鴨に出来る日も近い。

 そして一撃技などでしか対抗手段が無かったハクリューは、カイリューへと進化したことで更なるパワーアップを遂げた。フシギバナやギャラドスと同じくらい対処出来る様になれば、大きく勝利へと繋がる。

 

『ふふふ、アキラが強くなっている様に俺だって強くなっているんだ。次回に備えて丁度良い秘策も思い付いたし』

「…秘策ね。また試したら意外とダメだった作戦なら大歓迎だけど」

『いやいや、今回のには自信があるから。頼んでも教えないからな』

「どんな内容かによるけどね」

『あっ、でも今度会った時教えたいことはあるな』

「教えたいこと? 何それ」

『それも次会った時のお楽しみだよ。でも出来るだけ早い方が良いかな』

 

 気になる謎を幾つかチラつかせながら、笑みを浮かべたレッドの顔が画面から消えると彼らの通話は終わりを告げた。画面が暗くなったパソコンから目を離して、アキラはさっきまでレッドが口にしていた「秘策」が何なのか考える。

 彼の考える秘策は役に立たないものもあるが、幾つかは本当に見事な作戦だったりするのだから油断出来ない。

 

 地面に植え付ける様に”やどりぎのたね”をばら撒くことで、ツルを足に絡み付かせることで動きを阻害したり体力吸収による集中妨害。

 放電と同時に”フラッシュ”を放ってまともに避けられない様にする目眩まし。

 ”すてみタックル”を仕掛けると同時に、体を硬化させて防御力を高める”かたくなる”での反動軽減と破壊力の増大。

 ”かまいたち”を放つ溜めの段階なのに、渦巻く風を身に纏った状態で接近戦や”つばさでうつ”での攻撃。

 ニョロボンがブーバーが持つ”ふといホネ”に対抗して、即興で氷の棒みたいな武器を形成したこともある。速攻で砕いたので、あまり脅威では無かったが。

 

 ただ、さっきのテレビ電話では意気込んでいたものの本人としては事前に作戦を決めたり、計画通りに動くのはどうも苦手らしい。なので結局は事前に考えた作戦よりも、その場の流れや勢いで思い付いたものの方が上手く行くらしいが、ぶっつけ本番を成功させる発想力と機転は侮れない。

 

 戦いや経験を重ねていくごとに力が増す点もそうだが、警戒しなければならない要素や未知数の攻撃に技の応用が増えていくのも、レッドとの連敗記録を更新し続ける最大の原因だ。

 それ以外にも追い詰めた途端、レッドとポケモンの意思疎通や指示を伝えるスピードが段違いに早くなることも無視出来ない。

 

「こっちも改めて策を練らないとな。今度こそ……レッドに勝つ」

 

 まだまだポケモントレーナーとしての純粋な技量で負けていることは認めるが、今では彼より大きく勝っている点もあるのだ。実際、タイプ相性や連れている手持ちの能力などの幾つかの点では、レッドには勝っていると言っても良い。

 瞼越しに目をマッサージしながら、次こそはマグレでも何でも無くレッドに勝つ自分達の姿のイメージを頭の中に浮かべて、アキラは改めて決意する。

 

 もう一度リビングにいる手持ちの様子を見てこようとテレビ電話が繋がっている部屋から出るが、直後に彼は何かにぶつかった。

 不意だった為、アキラは体のバランスを崩してふら付くものの何とか持ち堪える。

 それから目線を少し下にズラすと、ぶつかったと思われるサンドパンが彼の足元に仰向けに転がっていた。

 

「どうしたサンット?」

 

 すぐにサンドパンは体を転がす形で起き上がらせると、慌てるまではいかないまでもアキラに来て欲しいのか手招きをする。

 首を傾げながらも彼はサンドパンに招かれるままにリビングへ向かうが、ねずみポケモンはリビングには入らず覗く様な仕草を見せる。

 

 不思議に思いながら彼の動きに倣ってリビングを覗いて見ると、サンドパンが指差した先でヤドキングとドーブルが一緒になって何かをやっているのが見えた。

 目を凝らしてみると、彼らはさっきまでヤドキングが遊んでいたひらがなが書かれた積み木を一緒に並べていたのだ。

 

「いきなりあんなことをやってわかるのかな?」

 

 単純に積み木を型箱に戻すのを繰り返している訳でも無く、ヤドキングが一つ一つ何やら教えながらドーブルと一緒に並べ直している。

 何をやっているか詳細は不明だが、さっきまでヤドキングがやっていたドミノ倒しの様な遊びでは無いのはわかる。

 

「――まっ、サンットとしても、()()はヤドットに任せるべきだと思う?」

 

 実は、今回手持ちに迎えたドーブルの性別は♀だ。

 今まで♂ばかりが手持ちに集まっている中で初めての♀であることもあって、この点でもアキラは悩んでいたのだ。

 なので、仮に担当をするとなると比較的温厚で良識のあるサンドパンかヤドキングのどちらかを考えていたが、あの様子を見るとほぼ決まりの様なものだろう。

 さっきまで彼女と行動を共にしていたサンドパンも認める様に頷いたのだから。

 

 ブーバーを見守っているバルキー、エレブーと遊んでいるヨーギラス、そしてヤドキングから教わっているドーブル。

 

 やっと手持ちに関する悩みが落ち着いた――と思っていたが、唐突に別の考えが浮かんで来た。

 

 今回アキラは、最初から既に連れている手持ちの傾向と新しく加わった手持ちの希望を考慮しながら逆算する様に教わる相手を決めている。

 けどひょっとしたら、自分達の元で馴染んでいく内に今まで気付かなかった別の強みを見出して、方針転換をしたくなると言うことがあるかもしれない。

 

 それに戦い方や技術などの教え方や内容も手持ちごとに異なるだろうし、良くも悪くも定められたルールやマナーを守るものもいれば、程々に破っても気にしないものもいるのだ。

 一定期間の間だけ、担当以外にも新しく加わった三匹に最低限の戦い方の基礎やトレーナーのポケモンとして過ごすのに大切なこと、または守って欲しいルールを纏めて教える。

 

 簡単に言えば新人教育の必要性だ。

 

 トレーナーであるアキラが教えることは当然だが、師であるシジマとの鍛錬中などの自分が見ていない時でも代わりに教えてくれる存在が必要だ。そう考えると手持ちの中では比較的誠実で良識が有り、自分の考えを汲み取ってくれるだけでなく、地道な努力と試行錯誤を重ねて強くなったサンドパンしか適任はいない。

 だが、これはアキラの勝手な判断と構想なので、サンドパンがこの「新人教育担当」に本当に向いているかは未知数だ。

 そもそもポケモントレーナーは満遍なく面倒を見ないといけないのだから、全部サンドパンに押し付けるつもりは無い。

 

「なあサンット。ドーブルはヤドキングに任せることになりそうだけど、もう一仕事して貰えないかな?」

 

 一緒にいたサンドパンは、アキラから今彼が考えていたそのもう一仕事に関する具体的な構想などを伝えられる。

 トレーナーが教えるだけでなく、先輩である彼らを通じて新しく加わったばかりの手持ちに戦い方の基礎、トレーナーの元で過ごしていくのに必要な知識を教えていくことに関することだ。

 別にポケモンがやる様なことでも無いが、サンドパンとしては断る理由は無いこともあるのか、アキラの構想にすぐに了承の意を見せた。

 

「えっと…良いのか? そんな良く考えずアッサリと引き受けちゃって…」

 

 頼んでおきながら急に心配になったが、サンドパンは珍しく胸を張って応える。

 この時アキラ達は気付いていなかったが、また一つ、彼らの中で新しい考えと取り組みが形を成した瞬間だった。




アキラ、新加入三匹(予定も含む)の担当を全員決めると同時に新しく新人教育を思い付く。

新しく加わる三匹が、それぞれ教わる手持ちがようやく決まりました。
並行して期間限定でサンドパンも基礎訓練などの新人教育を行うことも決まりましたが、彼の役目は具体的に言うと「スターウォーズ」に登場するジェダイ・マスター・ヨーダに似ています。
ヨーダが特定の弟子に師事する前段階の幼いジェダイ候補生達にジェダイに必要な能力について手解きするのと同じ様に、サンドパンも彼らに基本的なことを教える感じです。
勿論、アキラも彼らを率いるトレーナーとして手持ち全体を指導したり把握していきますが、今回のサンドパンや担当を受け持った手持ちが別の形で彼の負担を減らしたり補うという感じです。

他にもヤドキングがゲンガーとは微妙な関係である理由といった書く機会が無かった流れが文章と言う形になって感慨深いです。
後、今の手持ち達の日常風景も久し振りに書けて満足です。


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龍の聖地

調整に手間取りましたが、この話で今回の更新は終了です。


「……意外と書かれていないものだな」

 

 手に持った表紙が古そうな本に目を通しながら、目的の内容が書かれていないことにアキラは不満を呟く。

 隣に座っていた拳法家みたいな服装をした青年が席を立つが、アキラは気にも留めなかった。

 今彼は、ジョウト地方のフスベシティと呼ばれる町にある小さな図書館を訪れていた。

 

 フスベシティ、そこはドラゴン使いの聖地であると同時にドラゴン使いを目指す者全員が必ず修行すると言われる町だ。

 アキラもドラゴンポケモンの代表格であるカイリューを連れているが、だからと言ってドラゴン使いを名乗るつもりは微塵も無い。この町にやって来たのは別の理由だ。

 

 今までアキラは、ポケモンに関する資料や情報を集めるのにタマムシ大学の図書館を利用してきたが、そこにはドラゴンポケモンに関する資料は少ない。だからこそ、遠い地方出身者のドラゴン使いを目指すトレーナーも訪れるフスベシティにならドラゴンポケモンに関する情報――カイリューを更に強くするヒントが得られると見て訪れたのだが、目的は果たせそうに無かった。

 

 確かにドラゴンポケモンに関する蔵書数は、カントー地方トップクラスのタマムシ大学の図書館を大きく凌いでいる。

 ところがドラゴンポケモンの育成方法や生態、弱点であるこおりタイプに対する対処方法は山の様に見つかるのだが、ドラゴンタイプの技に関する本や記述があまり無いのだ。

 

 ドラゴン系のポケモンの多くが覚えられる基本的な技の一つである”りゅうのいかり”。

 その”りゅうのいかり”の亜種か、更に威力を高めた発展技に該当する”りゅうのいぶき”。

 少し方向性は異なるが、早い段階で覚えられるからなのか基本的な技の一つに分けられていると思われる”たつまき”。

 これらの技に関する記述はそれなりに見られる。

 

 しかし、”げきりん”は勿論、安定性の高い”ドラゴンクロー”や”りゅうのはどう”さえ、知っていれば何となく連想させる記述は見られるものの、ハッキリとした技名などは書かれていない。

 未だにアキラが連れているカイリューは、”りゅうのいかり”しか自由に扱えず、”げきりん”に至っては互いに一心同体とも言える感覚を発揮出来た時だけしか使えた経験は無い。だからこそ、具体的な引き出し方や制御方法を知りたかったが、何も書かれていないのではお手上げだ。

 

 折角氷の抜け道を通るという手間を掛けて来たのだから、少しは苦労に見合ったものが欲しい。そう思わずにはいられなかったが、理由もわからなくも無かった。

 

「……簡単に部外者に情報を渡す訳も無いか」

 

 ドラゴン使いとは一切の繋がりが無い部外者に教えるつもりは無いと言う事なのだろう。特にドラゴンタイプ最大最強の技である”りゅうせいぐん”は、技名どころかそれを連想させる記述や内容が一切無いのだ。描き方や解釈は異なる可能性はあるが、隕石そのものかそれに匹敵するだけのエネルギーを落とす技だから危険なのだろう。

 

 単純にシンオウ地方から登場する技だから無いという見方もできるが、そのシンオウなどの他地方の著者が書いたドラゴンポケモンに関する本が置いてあるのを見るとそれは無いだろう。

 原作ではシロナとその祖母が使えるのを仄めかす程度の記憶しか無いが、シンオウ地方の主要な伝説のポケモンはドラゴン関係だ。

 シロナと祖母もドラゴン使いの一族と何かしらの繋がりがあるから使えたのだろう。

 

 取り敢えず”げきりん”の引き出し方を探すのは一旦頭の片隅に置き、今は次に優先度の高いこおりタイプの対策をノートに書き留め始める。

 ドラゴンタイプの弱点は、同じドラゴンタイプとこおりタイプの二タイプだ。中でもタイプや技の豊富さで言えば、こおりタイプは天敵とも言える。だからなのか、ドラゴンポケモンのこおりタイプ対策は炎技での対処以外のことも記されているなど中々力が入っている。

 けど、これらの対策がどこまで有効なのかはわからない。

 

 何故なら次にロケット団やカントー四天王の様に、地方を揺るがす大事件を起こすチョウジジムジムリーダーのヤナギはこおりタイプのエキスパートだ。

 この世界では「最年長ベテランジムリーダー」として一般的に知られているが、サカキの様に最強のジムリーダーと称されている訳では無い。

 だが、原作で見せた数々の常軌を逸した実力を考えると、正直言ってまるで勝てる気がしない。

 

 自由に動き回れるだけでなく、伝説のポケモンが放つ炎以外では完全に溶かし切れない氷人形。

 まともな指示が与えられない状況下で伝説のポケモンを撃破及び捕獲する手持ちポケモン。

 いざとなったら伝説を一蹴できるだけの威力を持つ”ふぶき”などの氷技による全方位攻撃のゴリ押しでの突破。

 更にセレビィ捕獲と正体の露見を防ぐ為に非専門タイプも高いレベルに鍛える高い育成能力。

 これだけのことをこの世界のヤナギは、ほぼ独力で実現しているのだ。

 

 トレーナー歴たった数年の若者が、数十年間伝説のポケモンと戦うことを想定して執念染みた鍛錬と研究を重ねたであろう猛者に勝てるイメージがどうしたら湧く。

 だからと言って諦めるつもりは無いが、仮に対策全てを実現することが出来ても、想定している以上のパワーで上回られる可能性の方が高い。

 伝説のポケモンも、同格で無ければ倒せない扱い様な印象を受けたグラードン・カイオーガを除いても規格外なのに、どう対抗すれば良いのか。

 

 同じ常識外れの力で対抗するしかない。

 

 単純明快な対抗策が、閃く様にアキラの頭の中に浮かんだ。

 ヤナギの力は確かに、神様視点とも言える形で見たことがあるアキラから見ても常識外れだ。現実的とは思えないが、それでもポケモンが持つ力と技を極限にまで高めたことで実現出来ている範囲内に留まっている筈だ。

 ならば同じく常識外れとも言えるまでの力と技を身に付ければ良いのだが、頭に浮かぶのは簡単であってもいざ考えても殆ど浮かばない。

 

 腕を組んで悩むアキラの脳裏に、フワフワと気の抜ける形で一年近く前に従来のタイプにほのおタイプが加わった上に巨大化したサイドンの姿が浮かんだ。

 

 あれは絶対にダメだ。

 

 どういう理屈で実現しているのかがまだ具体的に判明していないどころか、あの禍々しい姿は誰がどう考えても物語には定番の”暴走”だ。

 仮にカイリューが同じ力を手にしたと仮定してみよう。過大評価かもしれないが、街一つが滅んでもおかしくない。

 それ以前にただ力任せに暴れるだけでは、怒りで我を失った伝説のポケモンを容易に対処出来るヤナギなら軽く捌くのが目に見えている。

 

「…やっぱり、()()が一番かな」

 

 手に持っていた鉛筆を手放し、アキラは右手を眺めながら握り拳を作る。

 次に浮かんだのは、負けられない戦いの要所要所で時たまに見せる桁違いの威力を持つカイリューの技だ。

 

 強大な光線、破壊的な竜巻、爆発的な鉄拳

 

 初めて見せたのは二年以上前のミュウツーとの戦い。次は真の進化を遂げた直後。そして互いに意識がシンクロした状態なのと最後にワタルの攻撃を掻き消した時の計四回だ。

 

 ポケモンは追い詰められた時や進化直後に意図せず、普段なら発揮しない凄まじい力やエネルギーを伴った技を発揮することが色んな本やトレーナーの経験談で示唆されている。

 冷静に考えると、どの場面にもある程度の共通点が見られるし、そういった事例に該当する場面は多い。あの力を自在に扱えれば、少しはヤナギとの戦いに役立つかもしれない。だが再現することは容易ではないだろう。

 

 もし窮地に陥ることで初めて発揮出来る可能性があるのなら、ぶっつけ本番にしか使えない為、安定性に欠ける。加えてデメリットなどのリスクがあまり明らかになっていない点もある。

 実際クチバシティで”爆発的な鉄拳”とも言える攻撃を繰り出した後、カイリューの右腕の動きに支障が出てしまい、その後のワタルとの戦いでは殆ど左腕だけで戦うことになった。

 そのことを考慮すると、負担や反動が通常の技以上に大きいことは判明している。

 

 何より一番の問題は、若輩も良い所の自分が偶然の形であるとはいえ見出しておきながら、この世界で何十年もトレーナーをやっている人がこの事実に気付いていない訳が無いことだ。

 半年前に戦ったワタルは若いからまだ知らないで済むが、サカキやヤナギなどの目的の為なら手段を問わないトレーナーが使ってこないのはおかしい。

 

 やはり偶発的な要素や無視し切れないデメリットなどと言ったどうしても実用性に欠ける問題点があるのだろう。

 それとも完全にモノにするのはかなり手間が掛かるだけでなく、難しいことも考えられる。

 だけどカイリューが今の姿に進化した直後に繰り出せた”破壊的な竜巻”と言えるだけの規模の”つのドリル”をやった後は特にデメリットなどの問題は見られなかった。

 

 これに関しては、カイリューに進化した直後だったから、とんでもない力を引き出せたと解釈することはできる。

 それからもアキラは考え続けるが、事例が少な過ぎてこれ以上考察のしようが無かった。

 仮にもう一度出来たとしても、カイリューへの負担が大き過ぎる。ただでさえ健康管理に気を遣っているのだから、自分から進んで体を壊す様な真似をする訳にはいかない。

 

 ならブーバーなどが使えるかとなるとわからない。鍛えれば使える様になるかもしれないし、使えないかもしれない。

 やはり、今のところはシジマの元で可能な限り鍛えての逃走も視野に入れた戦い方しか無いのだろうか。先が思いやられると溜息を吐きつつ、アキラは机の横に置いてあるまだ読んでいない本を手に取る。

 

 手に取った本のタイトルは「ドラゴンポケモンを手にする者へ」というものだ。如何にもドラゴンポケモンを扱うトレーナーに必要な心構え的なのを説いた本なのがイメージできる。

 さっきから流し読みばかりで真面目に中身に目を通していなかったこともあるので、この本はしっかり読もうとページをめくる。

 

 中身は予想通り、ドラゴンポケモンを手にしたトレーナーに向けた心構えや必要な準備などが説かれている内容だった。具体的には、ドラゴンポケモンを育成するには周りとの協力が必要なこと、多少の怪我は覚悟しなければならないことが書かれており、昔のアキラなら喉から手が出る程欲しかった本であった。

 

 今思えば、何かとアキラはミニリュウ関係で負傷する機会は多かったり、周りから手助けを借りて来たから納得だ。改めて彼は、保護者であるヒラタ博士や友人であるレッド、エリカなどの協力してくれた人達に心から感謝する。

 

 ところが読み続けていく内に、彼としては耳痛い記述が増えて来る。

 特に初心者が最初に選ぶタイプのポケモンでは無いことをご丁寧に指摘している点。今後ポケモンの研究が進んだり、世間にその強さが広く知られるにつれて、安易な理由でドラゴン使いを目指す者以外でドラゴンポケモンを求めるトレーナーが増えることを危惧している。

 

 こういったダメな例の幾つかに自分が該当していることに、アキラはたまたま最初に手にしたなどの偶然の要因を除いても当時の自分の浅はかさに苦笑を浮かべるしか無かった。

 

「…この本、シャガが書いたのか」

 

 何気なく今手に取っている本は著者を確認したら、知っている人物の名前が書かれていることにアキラは気付く。

 シャガと聞けば、牙みたいな髭を生やしたイッシュ地方のジムリーダーだ。遠い地方の人間である彼の著書が、このフスベシティの図書館に置かれていると言う事は、ドラゴンタイプのジムリーダーである彼もまたこのドラゴン使いの聖地と繋がりがあるのだろう。

 

 イッシュ地方、シャガ

 

 これらの名を最後に聞いたのは何時だったのか、わざわざ時間を掛けて思い出さなくても憶えている。

 何故なら、この世界に来る前に数時間前までその地方が舞台のゲームを遊んでいたのだから。

 

 背もたれに寄り掛かり、アキラは力無く少し汚れが目立つ天井を見上げるが、その目は遠い別の場所へ向けられていた。

 もう二年以上この世界で過ごしているが、元の世界も同じ時が流れているのだろうか。元の世界に戻ることは忘れていないが、実現する見込みはまだ薄い。

 だが、最近はそれらを目指すよりも懸念すべきことがあるのだ。

 

 それは自分がこの世界に迷い込んだ理由である紫色の霧の存在。

 

 当初は別世界に繋ぐ可能性があるのとポケモンにタイプの変化をもたらす不思議な霧という認識だった。上手く行けば、元の世界とこの世界を自由に行き来出来る様になるかもしれないと昔は期待していたが、今は大きな脅威になるかもしれない存在として警戒している。

 

 あれが将来的にポケモンに追加される新要素と言われたら、納得――出来ないのが本音だ。

 

 ポケモンのタイプを変化させるどころか、第三のタイプを付加させるのに加えて巨大化までして尋常じゃない力を発揮するポケモンなど聞いたことが無い。

 場合によっては、紫色の霧絡みでアキラが元居た世界にも何かしらの被害を与えるかもしれないのだ。紫色の霧の正体や詳細、そして元の世界と繋がった理由などを解明しなければ「留まる」か「戻る」のどちらの結果になっても不安でしょうがない。

 

 他にもカントー地方だけでなく、他の地方でもあの霧の目撃例があるのかどうか具体的にはわかっていない。もし他の地方でも目撃されているとしたら由々しき事態だ。

 今のところ世間的には都市伝説レベルの扱いだが、本格的にその存在と詳細を知った悪の組織が手を伸ばし始めたら最悪の一言に尽きる。

 

 サイドンが暴れていた時でさえ、自分だけでなくチャンピオンにまで上り詰めたレッドや色んな人達が協力し合ってやっとモンスターボールに収めたのだ。

 ジムリーダーであっても被害を最小限に留めながら食い止めることは難しいし、またあんなのが現れたら次も抑え切れるかどうかわからない。

 

 数年後にあるホウエン地方での戦い以降、この世界で悪の組織や関係者が起こす事件は軒並み一つの地方どころか世界が破滅してしまうのでは無いかと思ってしまう程に大規模なものばかりだ。

 そしてその多くが解決に導けたのはレッドの後輩達の努力もあるが、様々な要素が複雑に絡み合った綱渡りの結果なのだ。

 ただでさえ本来の流れでもギリギリだった敵が更に強くなるなど考えたくない。

 

 そもそも幾らそこら辺の大人を凌いでいるとはいえ、まだ子どもであるレッド達や彼の後輩達にその地方の命運を託す大役を任せるのは間違っている気はするが、中には本当に彼らじゃないとダメな場合もあるのでそこはしょうがない。

 どうしても彼らが戦うことが避けられないのならば、今後も起きるであろう戦いでレッド達や後輩の図鑑所有者達の負担を軽減したり、ある程度余裕が出来る様にしてあげたい。

 

 具体的に言えば、自分が「知っている」以上に敵が強くなるなどの不測の事態が起きても大丈夫と思える様に彼らが頼れる存在を増やしたい。手っ取り早く彼らの助けになるとしたら、犯罪などに真っ先に立ち向かう存在である警察だろう。ロケット団などに限らず、彼らもポケモンを使った犯罪関係ではジムリーダー達と協力し合っている。

 

 だが、それでもエリカが自警団を結成したのを見てもわかる通り、この世界の警察はポケモンを使う犯罪者が相手では正直言って頼りない。

 敵が強過ぎることもあるが、二年以上前の戦いでもロケット団に買収されたり結託するなどで、情報を流すどころか何かしらの工作を働く警察関係者も少なくない始末だ。

 

 だけど、何かしらの後ろ盾や有力者との繋がりの有無関係無く一番身近な存在でロケット団などの悪の組織と対峙する時に力になるとしたら警察しかいない。

 更に実力が優れた国際警察も存在はしているが、可能な限り現地の警察が迅速に対処した方が被害は少ないし、何より彼らも別の事件に力を注ぐことが出来る。

 

 警察などのレッド達――図鑑所有者達の力になってくれる存在に力を付けさせる様にする。

 それもまた、ただ力を付けて戦いに加勢する以外で、中途半端にこの先何が起こるかを知っているのを活かしてアキラがこの世界で出来ることかもしれない。

 

「――今はそんなことを考えても仕方ないか」

 

 無駄に壮大になってしまった考えを、一旦アキラは忘れることにする。

 そもそも自分がこんなことを考えている時点で、誰かも同じ危機感を抱いて動いている筈だ。

 悪のボスを打ち負かした訳でも伝説のポケモンを倒した訳でも無いちょっと強いポケモンを連れているだけのトレーナーが、勝手に頼りないから鍛えてやろうという発想自体、傲慢も良い所だ。

 今はシジマの元で修行を重ねて、今以上に力を付けながら自分がこの世界にやって来た理由を探したり、レッド達の手助けをしていこう。

 

 しかし、このまま「先を知っていることを活かしても、必ず限界が来る」ことはアキラにとって懸念すべきことだ。

 

 実際、この世界で数年後の出来事であるハートゴールド・ソウルシルバーを基にしたリメイクである第九章の途中までしかアキラは知らないのだ。

 所々記憶が曖昧な流れもあるが、自分が知っている限界までこの世界に留まったら、「~~団」と付く組織や集団がその地方の敵組織なのとポケモン図鑑を手にする者がその地方の命運の鍵を握る。その程度のことしかわからなくなるのだ。

 今は仕方ないとしても、先を知っているという何時変わってしまうかわからない曖昧な要素に何時までも頼っていてはダメだ。

 

 本当はレッド達に自分の素状を明かして、憶えている限りの今後この世界で起こる出来事を教えることでしっかりとした対策を建てて貰うのが一番良いかもしれない。

 でもやっぱり、信憑性やどこで敵側に知られるかわからないので、必要な時に少し小出しする以外はこのまま明らかにせず秘密にしていくのが良いだろう。

 

 頭を切り替えて、取り敢えず可能な限り使えそうだと判断した記述をノートに書き写す作業をアキラは再開する。

 物思いにふけて遅れた分を取り戻そうと時計が示す時刻を確認するべく顔を上げるが、周囲が少し騒がしくなっていた。

 

「…何だろう?」

 

 小さいとはいえ、彼がいるここは図書館だ。

 静かに本を読んだり集中して勉強をしたい人が大半なので、騒いだりすることは基本的に禁止だ。にも関わらず、何人もの利用者が囁く様な小声を発しているのが聞こえる。

 何かあったのかと意識だけでもそちらに向けようとしたが、その前にアキラは顔を顰めた。

 

 足早くこちらに近付いて来る足音。

 それだけなら気にしないが、何よりも敵意に近いものも伴っている様に感じるのだ。

 

 嫌な予感がする。

 

 昔感じたのと同じ胸騒ぎを感じたアキラは、手に持った鉛筆を動かすのを止めて席を立とうとした正にそのタイミングだった。

 

「おい」

 

 唐突に背後から声を掛けられて、アキラの体は固まる。

 威圧感のある低い声色であるのを考えると友好的では無いことは明らかだが、彼は思わず嘆息を漏らす。

 

 ここフスベシティはドラゴン使いの聖地であるだけなく、ある人物との縁が深い場所だ。

 だからこそ、こおりタイプや寒さへの対策も兼ねてわざわざカイリューで直接飛ばず、目立たたない氷の抜け道を通って来たのだが無駄な足掻きだったのだろう。

 

 振り返ってみると、そこには彼が予想していた通りの人物。フスベジムジムリーダーのイブキが、ドラゴンの様に鋭く、そして仇を見る様な目付きでアキラを見下ろしていた。




アキラ、ドラゴン絡みの情報を求めて密かにフスベシティを訪れるが、物事は思い通りにいかないことを思い知らされる。

自らの目的の為だけでなく、力を付けて悪の組織などの戦いに加勢する以外に「先を知っている」からこそ、自分に出来ることは何かあるのか。
色々悩んだ挙句切り上げたりしていますが、アキラは「自分も戦いに加わる」以外のことでレッド達やこの世界に出来ることは無いかを徐々に意識しつつあります。
そして次回、ドラゴン技についての情報を求めた彼がどうなるかは火を見るよりも明らかです。

当初は前回の話で連続更新を終了させようと思っていましたが、更新している間に今回の話が書き上がったので更新しました(ちょっと手間取りましたけど)
今回の更新ではあまり物語が進まなかったりバトルの描写はありませんでしたが、次回を機に色んな人達とバトルを繰り広げたり、主人公絡みの本作オリジナル要素も交えながら三章に入って行く予定です。
次回こそ、今回みたいに一年近く間を空けずに更新して一気に三章に入って行きたいです。


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龍の因縁

待っている読者の方がいましたら、長らくお待たせしてすみません。
終盤の数話を除けば、第2.5章はほぼ書き上がっていますが、どんどん長引いて行くので更新中に残った数話を書き上げることにして、更新を再開しようと思います。

もし更新中でも書き上げられずに中途半端なところで更新が止まったらすみません。
その場合は書き上がり次第、すぐに更新して現在の章を終わらせます。
こんな調子ですが、更新が滞っている間も読んで頂けたり感想を送ってくれる読者の方がいるのには本当に感謝しています。


 面倒なことになってしまった。

 

 まるで連行される犯罪者の様に、武術服を着たトレーナー達に両腕を抱えられたアキラは自分の置かれている状況に頭を働かせる。

 まさか図書館でこの町のジムリーダーにして、今こうして自分を引っ張っている集団を先導する様に歩いているイブキに遭遇するとは思っていなかった。

 しかも声を掛けられた直後に、こうしてどこかに連れて行かれることになるのも予想外だった。

 

 理由が分からなかったので当初は抵抗しようと思ったが、イブキ以外の誰もが申し訳なさそうな表情と目線を向けていたので下手に抵抗することはしなかった。

 やりたくは無いけど力関係などでは彼女が圧倒的に上だから逆らえないのが、彼らを良く知らないアキラでも察することが出来たからだ。

 

 そのままズルズルと引き摺られる様にアキラが連れて行かれた先は、彼が修行しているシジマの格闘道場に似ていたが、より巨大で龍の像があるなどドラゴンに関わりが有りそうなイメージを連想させる建物だった。

 

 「フスベジム」と書かれた看板が掛けられているのを見ると、どうやらイブキがリーダーを務めているジムなのは間違いなかった。

 ジムの中にまで連れて来られてようやくアキラは解放されたが、ずっと彼に背を向けていたイブキがマントをはためかせながら振り返った。

 

「お前がアキラだな」

「――違うのですけど」

 

 開口一番に名を聞かれたが、アキラは不信感と嫌悪感を露骨にして否定する。

 ここまで連れて来たからには、恐らく彼女は何かしらの確信がある筈だ。誤魔化しは通じないことはわかる。

 

 だがそれでも強引に連れて来られたこともあって、アキラは素直に答える気にはなれなかった。

 彼の喧嘩を売っている様な返事に苛立ったのか、ただでさえ機嫌の悪いイブキは鋭い音と共に手に持った鞭を床を打ち付ける。

 

「恍けたことを言うな。お前が何者なのかは見当が付いている。それに証拠もある」

 

 イブキの手には図書館で広げていた「ポケモン育成3」と書かれたアキラのノートがあり、そこの表紙には律儀に自分の名前が書かれていた。

 誤魔化す以前に自らの凡ミスに気付き、アキラはへそを曲げたかの様に目線を余所に向ける。しかし、イブキは構わず話を続けた。

 

「このフスベシティは、ドラゴン使いを目指す者以外でもドラゴンポケモンに関する情報を求めて訪れるトレーナーは多い。丁度お前の様にな。何時か来るだろうと考えて網を張らせていた」

 

 イブキが語った内容に、アキラは何気なく目線をある方向へ向ける。

 その先には、さっきまで図書館で自分の隣に座っていた青年が申し訳ない表情を浮かべており、イブキの言う”網の意味”を彼は察する。

 

 カイリューでやって来たら目立つと言う推測は正しかったが、まさかここまで自分みたいな特定人物が来ることを待ち伏せしていたのは想定していなかった。

 彼女の様子を見る限りでは、自分がカイリューを連れていることを含めて、色々誤魔化しようが無いところまで知っているだろう。

 

「……俺をここに連れて来た目的は何ですか?」

「目的だと?」

 

 まだ理性が勝っているのか、下手をすれば手に持った鞭で容赦無く打ち付けてきそうな怒気の籠った空気がイブキの周囲を取り巻く。

 何時鞭を振るわれても避けられる様にアキラは腕の動きに注視するが、彼女は彼を連れて来た目的を口にする。

 

「兄者と最後に戦ったのはお前だろ」

「兄者?」

 

 一瞬誰のことかわからなかったが、すぐに彼女が言っている意味をアキラは理解する。

 

 ハッキリ憶えていないが、イブキは数カ月前にアキラ達と激戦を繰り広げたカントー四天王を名乗っていたワタルの従妹だったか兄妹弟子のいずれかの関係だ。

 外見はあまり似ていないが、ドラゴン使いとして知られているのと彼女が羽織っているマント、傲慢にも近いやたらとプライドの高い態度。そして先程から感じる彼女に対する嫌悪感。

 あらゆる要素で、数カ月前に戦った四天王ワタルの面影を感じた。

 

「誤魔化そうと考えても無駄だぞ。カントー地方にあるクチバシティと言う街の近くにある海の上で青い帽子を被った少年とマントを羽織った青年、双方が連れていたカイリュー同士が戦ったという話。そしてカイリューを連れている少年で該当するのはお前しかいない」

 

 わざわざカントー地方に出向いて聞いたとしか思えない内容にアキラが微妙な表情を浮かべる。

 まだまだポケモンの育成技術や知見が発展途上なのも相俟って、半ば伝説みたいに扱われている程に育成難易度が高いカイリューを連れている人物などそう多くは無い。

 しかもアキラの年でカイリューを連れているトレーナーは、カントー地方では殆どいないのだ。外見の情報も相俟って容易に特定されるのは無理ない。

 

「兄者ってワタルのことですか?」

「そうだ」

「…確かに俺はワタルとは戦いました。ですが、厳密に言って最後に戦ったのは俺ではありません」

「イエローと言う麦藁帽子の小僧が最後に戦った相手だと言うのか。話を聞く限りでは小僧程度の実力に兄者が負ける筈が無い」

 

 そこまで調べられているのを知ると同時に、アキラはカツラやイエローでは無く自分が目を付けられた理由を察した。

 要するにイエローの実力でワタルを打ち負かすのは有り得ないから、強大なドラゴンポケモンに対抗できる同じドラゴンであるカイリューを連れている自分が目を付けられたのだろう。

 確かにイエローが連れている手持ちポケモンのレベル、普段の実力を考えると実際に目にしなければ、ワタルが率いる強力なドラゴン軍団を相手を打ち負かしたという話は信じにくい。

 

「……何で俺なんですか?」

「数カ月前まであった兄者からの連絡が途絶えたのだ。我が一族の情報網を駆使してもその行方が掴めない。ならば、最後に戦ったであろうお前なら何らかの形で兄者の行方を知っているのでは無いかと踏んだのだ」

「いや、()()()()()()

 

 高圧的なイブキの問い掛けに対してアキラは即答するが、自分が行方を知っている可能性が高いと判断した彼女の考えが()()()()正しいことに冷や汗を掻く。

 不可抗力ではあるが、ワタルが潜伏していると思われる場所をアキラは知っている。けど、確かめたことが無いので確実にいるという保証は無い。そもそも()()()過ぎて近付きたくない。

 

 後、今のところは静かにしている様ではあるが、また一地方を相手に喧嘩を売れるだけの力で暴れ始めたら面倒極まりないので下手に刺激したくないこともある。

 とはいえ、仮に知らなかったとしても今のイブキの様子では、実力行使に出てでも自分に知っている限りの情報を吐かせようとするだろう。

 

「そもそも、会ってどうするつもりなのですか? 貴方の兄者とやらは指名手配されているのですよ。自首する様に説得してくれるのですか?」

 

 あの事件以降、カントー四天王を名乗っていた四人はお尋ね者扱いだ。

 だが顔写真はキクコ以外は何故か無くて似顔絵は証言を基にした絵だったり、証言以外でのハッキリとした物的証拠があるのはクチバシティの港を吹き飛ばしたワタルだけだったりと証拠が乏しい。

 

 その為、指名手配と言っても犯人扱いと言うよりは最重要参考人として探している形だが、それでもお尋ね者であるのには変わりない。

 これにはさっきまで強気だったイブキは、一転して気まずそうにゴニョゴニョとハッキリしない小さな声で弱々しく答えた。

 

「兄者がやったのも、何か深い考えがある……筈」

 

 深い考えどころか、自分達に賛同する存在以外を消して自称理想郷を建国しようとするロクでも無い考えなのだが、アキラは思わず頭に浮かんだことを口にしてしまいそうなのを堪える。

 自首を促しそうにないなら、ワタルがいるかもしれない場所を教える意味は無い。そもそもワタルが身内の言葉であっても素直に耳を傾けるとは思えない。

 そんなことを考えていたら、怯み気味だったイブキが唐突に話を変えて迫った。

 

「とにかく教えろ! お前の知っている事全てを!」

「いやだから、最後に戦ったのは俺ではありません。大体あいつは光の中に消えて――」

「あいつ!? 光の中に消えた!?」

 

 まるで消滅したかの様な表現をしてしまい、アキラは自分の失言に気付く。どうもワタルが関わると感情的になると言うべきか調子が狂う。

 だが彼よりも感情的になったイブキは、腰に付けたモンスターボールからハクリューを出すと先程よりも威圧的な表情でアキラに迫る。

 

 それに対してアキラも手持ちが入ったボールに手を伸ばすなど、一触即発だった。

 これには周りで見ていたイブキ以外のジム関係者はマズイと感じたのか、何人かが彼女を遮る様に立ち塞がって落ち着く様に伝え始めたが彼女は全く意に介さなかった。

 

「イブキ様、落ち着いて下さい! えっと、勝手に連れて来ておきながらこう言うのも申し訳ないけど、君はもう帰った方が…」

「ですね」

「こらリュウ! 余計な事を言うな!」

 

 弟子兼ジムトレーナーと思われる青年の勧めに、アキラは素直に従った方が良いと判断する。

 一緒に持ってきたであろうリュックなどの荷物を受け取り、フスベジムから出る準備を始める。勿論、青年と同じ立場の人達が必死に止めているイブキとハクリューの動きにも注意して何があっても良い様に備えることは忘れていない。

 身内を心配することは悪いことではないが、幾ら何でも私情が入り過ぎだ。

 

 加えて腰に付けているモンスターボールの中にいるカイリューも、イブキの態度が気に入らないのか「俺を出せ」と言わんばかりに揺らすので長居は無用だ。

 ドラゴンタイプの技の多くが門外不出扱いであまり知りたかったことは知れなかったが、氷タイプの対策はある程度の情報を得られただけ良かった。

 

「あっ、俺のノート」

 

 荷物は戻ってきたが、中でも大切な手持ちの育成計画などが記されたノートがまだイブキが持っていることを思い出す。

 振り返ると弟子の何人かが取り返そうとしていたが、イブキはまるで子供の様に持っている腕を高く伸ばしたり逸らしたりとあの手この手で妨害していた。

 

「あの、そのノートは()()なものなので返して下さい」

 

 他人から見ればただのノートだが、アキラにとっては血と汗の結晶とまでは言わなくても重要なものだ。

 気紛れで書き留めている内容もあったりするが、それでも纏めたらそれっきりという訳では無い。当時記したノートの内容を軽く見直す時も度々あるのだ。

 

 扱いとしてはある意味虎の巻に近い。本で良さげと感じた内容や試行錯誤の結果だけでなく手持ちの今後の育成計画も書いているので返して貰わないと困るし、ぞんざいに扱われることもなるべく避けたい。

 ところがイブキは、アキラを一瞥するや唐突にハクリューを伴って、突然背を向けて歩き始めた。

 

「え? あの…」

「癪ではあるが、取引といこうではないか」

「……取引?」

 

 突然イブキが語り始めた内容がアキラには理解出来なかった。

 だが、彼を置いてきぼりにイブキは手にしているノートを掲げると続けた。

 

「お前が勝ったらこのノートを返そう。負けたらお前が知っている兄者に関する情報全て教えろ」

「へ?」

 

 あまりにも唐突且つぶっ飛んだ提案に、思わずアキラは間抜けな声を発するだけでなく目が文字通り点になった。

 「何を言っているんだこの人?」と思わずにはいられなかったが、ノートを人質(?)にしてでも手段を選ばなくなったということなのだろうか。

 

 少しずつ彼女の発言と状況の理解が進むにつれて、アキラは思わず「ドラゴン使いは総じて無茶苦茶で大人気ない連中ばかりなのか」と悪態をつきたくなったが、何とか取り返すべく説得を続ける周りの人達を見るとそういう事は無さそうなのに少し安心する。

 ドラゴン使いというよりは、自分はイブキやワタルなどの一族とは性格や考え方を含めた面で相性が悪いのだろう。

 

「……わかりました」

 

 顔を俯かせながら返事を返した直後、彼の周りにいた弟子やジムトレーナー達の何人かは唐突に体を強張らせた。

 被っている青い帽子の鍔の影で目元が隠れていたが、アキラの周りの空気が一変したからだ。

 そして顔を挙げた彼は、射貫く様な鋭い眼差しを露わにした。

 

「力尽くで取り返させて貰う為にも、そのバトルの申し出を受けます」

 

 抑え気味の口調と言葉遣いではあったが、アキラを良く知らない者でも彼がかなり怒っているとわかったが、イブキは怯むどころか逆に好戦的な笑みを浮かべる。

 大人気ないことは承知の上だが、思惑通りに彼を釣り出せたのだ。後は自分が勝てば、彼が持っているであろうワタルの情報を引き出すことが出来ると考えていた。

 

「使用ポケモンは六匹――と言いたいところだが、どうやら今の貴様は四匹しか連れて来ていない様だから、今回は四匹だ」

 

 勝ちに行くつもりなら、数の差を考慮せずに挑めば良いが、流石に数で上回った上での勝利を収めることはイブキのプライドが許さなかった。

 こちらから喧嘩ならぬ戦いを吹っ掛けたのだから、対等な条件の上での完全な勝利を望んでいた。

 アキラの方も、今サンドパンがヤドキングと共にヨーギラスを始めとした後輩達の新人教育の為にクチバシティにある家に待機させていることもあったので、この提案は素直に有り難かった。

 

「こちらが今連れている数に合わせてくれるのには感謝します」

「ふん。例え何匹だろうと私は勝つつもりだ」

「それは俺もです」

 

 頭が少しばかり冷えたこともあって、アキラは最低限の礼を伝えると詳しいバトルのルールを確認し合った。

 使用ポケモンはイブキの提案通り互いに四匹。そして道具の使用はポケモンに持たせる形も含めて一切無し。

 一通り確認し終えたアキラは、イブキが立っている逆側のフィールドへと移動する。

 彼らがポケモンバトルすることは止められないと察したのか、周囲にいたジムトレーナー達は既にフィールドから離れており、準備をしてきたと思われる審判も慌てて位置に付く。

 

「え~…お互い準備は良いですか?」

「当然だ」

「何時でも良いです」

 

 審判の確認に応えたアキラとイブキは、互いにモンスターボールを手に取って試合開始の合図を待つ。

 

「で、では――試合開始!!!」

 

 両手に持った紅白の旗を掲げて審判は試合開始を宣言すると、ほぼ同時に両者はモンスターボールを投げ込んだ。

 

「ギャラドス!」

「――エレット」

 

 イブキが投げたボールから巨大な青い龍が大きな声で吠えながら姿を現すが、僅かに遅れてアキラが放ったボールからは雷が生き物の姿をした外見のでんげきポケモンが登場する。

 

 モンスターボールの中から今回のバトルに至った経緯を見て来たのとアキラが抱いている感情が伝搬しているのか、普段の優しくもどこか抜けた雰囲気は一切無く、引き締めた表情でエレブーはギャラドスを見据える。

 互いのポケモンが出揃うのを確認すると、アキラは余裕を持って今まで考えて来たギャラドス対策を思い出しながら、静かにその動きを見抜こうと目を凝らす。

 

「ギャラドス! ”りゅうのいぶき”!!」

「”でんこうせっか”で飛び込むんだ!」

 

 先手を打ったイブキに命じられると同時にギャラドスの口から黄緑色の息吹が放たれる。その勢いはまるで光線の様に速かったが、エレブーは”でんこうせっか”で飛び込む形で躱す。

 それからは流れる様に腕から電流を放ちながら跳び上がり、”かみなりパンチ”をギャラドスの顔面にアッパーする形で叩き込んだ。

 

 いきなり相性の悪い攻撃を顔に受けたギャラドスは思わず怯むが、エレブーの攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 殴り付けてから勢いのまま、でんげきポケモンは空中で体を巧みに捻らせて、ギャラドスの頭部の突起にしがみ付いたのだ。

 

「”10まんボルト”!」

 

 アキラが技名を叫ぶ形で合図を出すと、エレブーは最大パワーで全身から”10まんボルト”を放つ。

 相性が最悪である電撃を0距離から浴びせられて、ギャラドスは気が狂ったかの様な悲鳴を上げながら悶え苦しむ。

 

「ッ! ”かいりき”で振り落とせ!」

 

 焦ったイブキの指示にギャラドスは、電撃を浴びながら何度も自らの頭を激しく振ることでエレブーを引き剥がす。

 飛ばされたエレブーだが、空中で受け身を取って体勢を立て直すと難なく着地して次に備える。

 

「いいぞエレット。修行の成果が出ているぞ」

 

 シジマの元で学んだ体の使い方や受け身などの技術が、実戦でも活かされていることにアキラは少しだけ表情が緩む。

 褒められたエレブーは照れ臭そうに引き締めた表情を崩すが、その余裕がイブキ達の神経を逆撫でした。

 

「”はかいこうせん”で吹き飛ばせ!!!」

「壁を張って!」

 

 反撃とばかりにエレブー目掛けてギャラドスの口から”はかいこうせん”が一直線に飛ぶ。

 強力なエネルギーが迫るが、エレブーは”リフレクター”と”ひかりのかべ”を盾を構える様に二重に発動して直撃から身を守る。

 

「エレット、もう一度”10まんボルト”だ」

 

 ”はかいこうせん”のエネルギーが途切れ、壁が消えたタイミングでアキラは更なる攻撃を伝える。

 先程の攻撃によるギャラドスの消耗具合や一連の攻撃パターン、そして動きから遠距離攻撃が有効だと彼は判断していた。

 しかし、いざエレブーが電撃を放出しようとした時、イブキとギャラドスは即座に動いた。

 

「”たつまき”!」

 

 ギャラドスは巨大な体をとぐろを巻く様に回転させると、技名通りの巨大な風の渦を瞬く間に起こしたのだ。

 何の備えもしていなかったエレブーを竜巻はあっという間に引き寄せる形で吸い込み、でんげきポケモンは訳もわからないまま体を激しくかき混ぜられる。

 

「”ハイドロポンプ”!」

 

 急停止する形でギャラドスが回転を止めると弾ける様に竜巻は消えるが、平衡感覚を滅茶苦茶にされたエレブーはすっかり目を回しており、正しく状況を認識出来ていなかった。

 そんな投げ出される様に宙を舞っているエレブーに大量の水流が襲い掛かった。まともにギャラドスの攻撃を受けてしまったエレブーは、そのまま水流に押されるままに天井に叩き付けられてしまう。

 放たれた水流が止まるとでんげきポケモンの体は重力に従って落ちていくが、空中で体勢を立て直すと両足でしっかりと踏み締める様に着地する。

 

「まだ戦えるのか」

 

 イブキは驚いているが、アキラにとっては当たり前の光景だ。

 多少は先程発揮した”リフレクター”や”ひかりのかべ”の効力が残っているが、エレブーの気持ちの持ち方が一番大きい。

 最近はヨーギラスを始めとした後輩達に良い姿を見せたいのか、良き先輩として振る舞うだけでなく”守り”を教える師としての自覚が芽生えてきているのだ。

 耐え抜かなければヨーギラスに見せる顔が無いのだろう。トレーナーである自分の空気に当てられただけでなく、普段以上に気合が入っている。

 

「ならば、もう一度”たつまき”…」

「させるなぁ!!」

 

 イブキはもう一度同じ技を命ずるが、今度はアキラの方が早かった。

 さっきは初めて見る動きだったので対応が遅れたが、一連の流れからその動きがギャラドスの”たつまき”を放つ動作であることを理解した。

 それさえわかれば、目の感覚が鋭敏化している今のアキラなら予備動作などが見られた時点で手を打つことが出来る。

 

 エレブーは再び”でんこうせっか”の瞬発力と加速を活かして距離を詰め、今にも体を回転させようとするギャラドスの動きを止める様に”かみなりパンチ”を胴体に打ち込む。

 

「堪えるんだ!」

「止めを刺せ!!!」

 

 一番苦手なでんきタイプの攻撃を再び受けて、ギャラドスの動きは鈍ったが、止まる様子が見られなかったことからアキラは間を置かずに次の攻撃を伝える。

 エレブーは雄叫びを上げながら、空いていた片方の腕にも一際眩い紫電を走らせて再び”かみなりパンチ”を捻じ込む。

 拳に込められた電撃が一度ならず二度も全身を駆け巡り、ギャラドスは大きな音を立てながらその巨体を崩した。

 

「くっ! まだだ! この程度小手調べだ!」

 

 イブキは声を荒げながら、すぐさま倒れたギャラドスをモンスターボールに戻す。

 普通なら既に倒れているか大きなダメージを負ってもおかしくない攻撃を受けても耐え切るエレブーの打たれ強さは、彼女にとって想定外だった。

 次からは念入りに倒す。そう意気込み、次のボールからはハクリューを繰り出した。

 ()()()()姿()を目にした瞬間、反射的にエレブーを距離を取って構えるが、既にハクリューの尾の先端に渦の様なものが生じていた。

 

「”たつまき”!」

 

 投げ付ける様に渦が生じている尾を振るうと、小さかった渦はあっという間に巨大化して文字通り強烈な竜巻となった。

 さっきギャラドスが起こしたのと比べれば小規模ではあったが、それでも威力と規模は十分だった。

 

 エレブーは先程の様に簡単に竜巻に引きずり込まれない様に堪えるが、下手に体を動かすことが出来なかった。

 そしてその隙をイブキ程のトレーナーが見逃す筈は無かった。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 ハクリューの頭部にあるツノが輝きを放ち、細くも鋭い光線が”たつまき”の暴風に抗うのに必死な無防備なエレブーを吹き飛ばす。

 正面から”はかいこうせん”を受けてしまったでんげきポケモンは、伸びていく光線に押される形でアキラが立っている場所からそれ程離れていない壁に轟音と土埃を舞い上げながら叩き付けられた。

 

「っ、エレット…」

 

 ”はかいこうせん”は、一般的なポケモンの多くが覚えることが可能な汎用性に優れた技の中で最も強力な技だ。

 それをある程度のダメージを蓄積した無防備な状態で受けてしまっては、流石に防御に自信があるエレブーでも厳しい。現に土埃が晴れていくにつれて、蜘蛛の巣状に凹んでいた壁に体がめり込んでいる姿をエレブーは露わにした。

 

「やっとか。随分と手間取ってしまった」

 

 ようやく互角に持ち込んだことでイブキは満足気に呟き、審判もまた戦闘不能を告げようとしたが、アキラは制止させた。

 

「待って下さい。エレットはまだ戦えます」

「何をい――!?」

 

 アキラがそう伝えた直後、壁にめり込んでいたエレブーが動き始めたのだ。それも痙攣などではなく、大の字状に埋め込まれた体を引き抜こうと壁の一部を崩しながらだ。

 並みのポケモンなら、あれだけダメージを受けた状態で”はかいこうせん”が直撃すれば、その時点で戦闘不能と言っても良い筈だ。

 エレブーという種は、そこまで防御力に優れている訳では無い。しかし、彼が連れているエレブーの常識外れの打たれ強さにイブキは驚きを隠せなかった。

 

 だが、その動きはぎこちない。めり込んだ壁から抜け出しはしたが、顔を俯かせながら両腕を力無く垂らしてフラフラとした足取りでフィールドに戻る。

 その姿に大方虚勢を張っているだけだろうとイブキは考えるが、彼女の予想はまたしても裏切られることとなった。

 

 力無く垂れていたエレブーの右拳が突如強く握り締められたのだ。

 直感的にイブキは危険なのを察するが、気付いたら全身から激しく電力を走らせたエレブーは、一瞬でハクリューの懐に飛び込んでいた。

 反応し切れない速さに、ハクリューは何も出来ないままエレブーのアッパーで顎を打ち抜かれて、体は真っ直ぐ天井へと打ち上げられた。

 

 まるでさっきの意趣返しの様に、ハクリューの頭は天井に突き刺さる様に埋まると、残った体は力無く宙ぶらりんとなった姿を晒した。

 

「な…なな…」

「一点に集中させるとえげつない威力だな」

 

 イブキは信じられなくて言葉を失っていたが、アキラはエレブーの暴れっぷりに感心しつつどこか誇らしげだった。




アキラ、紆余曲折あってイブキとのガチ勝負に挑む。

原作ではカツラがワタルと最後に戦った相手とイブキに見られていましたが、本作ではアキラが最後に戦った相手と認識されている扱いになっています。

それとこの作品についてのことなのですが、最近は以前まで続けていた更新頻度などが少しきつくなってきたので、今回の連続更新の間は二日に一回のペースで夕方の18時に更新していくことにします。
次の連続更新の時も今回と同じ頻度で更新するか、以前の更新頻度に戻るかについては、申し訳ございませんがその時の状況次第になります。


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眠れる龍

 イブキは唖然としていた。

 ようやく戦うポケモンの数が互角になったと思った矢先に思わぬ反撃を受けてしまったのだ。

 天井に頭をめり込ませていたハクリューは、さっきまで同じ様に壁に叩き付けられたエレブーとは違って動く様子は一切見られなく、そのまま審判によって戦闘不能宣言がされた。

 

 ハクリューを天井に突き刺した張本人は、アッパースイングを仕掛けた姿勢のままフィールドで固まっている。

 だが手強いドラゴンポケモンとの連戦と強力な技を耐え続けた代償なのか、最後の力を振り絞ったエレブーは前のめりで倒れた。

 

「お疲れエレット、良くここまで我慢して耐えてくれた」

 

 昔なら考えられない肉を切らせて骨を断つ戦法を積極的に実践するエレブーを労いながら、アキラはでんげきポケモンを戻す。

 

 アキラのエレブーが使うことが出来る”がまん”と言う名の技は、相手の攻撃を敢えて受けることで、受けたダメージを倍返しにしていく技だ。

 その破壊力は受けたダメージ量に依存するが、手持ち同士の模擬戦では圧倒的な強さを誇るカイリューを沈めることが出来る数少ない手段なのだから凄まじい威力を誇っている。

 

 基本的に”がまん”での倍返し攻撃は、一定時間の間ひたすら耐え抜いてから大暴れするのが初めて会った頃から一貫してエレブーのやり方だったが、この方法では稀に消耗した体で反撃を受けて返り討ちに遭う可能性が高い。

 そこで無差別に大暴れする以外にももう一つ、今の様にたった一発の攻撃に全てを込める倍返しのパターン――”カウンター”に近いやり方を以前からアキラは考えていた。

 

 しかし、”がまん”の効果にも関わるのか、中々たった一撃に倍返しの攻撃を込めることは難しくて諦め気味だった。

 その諦め気味だった考えを単純な格闘技術以外にも”がまん”などの技の原理を理解していたシジマの指導のお陰で、ようやく形にすることが出来た。

 

 エレブーを入れたモンスターボールを腰に取り付けたアキラは、向かい側に立っているイブキに視線を向ける。

 結果的にエレブーを倒すことは出来たが、ほぼやられっ放しの状況にイブキは感情を剥き出しにしつつあるのが、離れているアキラの目から見てもわかる程だった。

 

 あまり冗談が言えない彼でも、今にもイブキが”げきりん”を使い始めてきそうな気がする程の怒気だ。

 だけど、アキラとしては何が何でもノートを取り戻したいのだから、少しも怖気づいていなかった。負けじと冷静さを保ちながら、次の手持ちを準備する。

 

「次はこいつだ!」

「バーット、気を引き締めて掛かるんだ」

 

 イブキは二匹目のハクリューを繰り出してきたのに対して、アキラはブーバーを出す。

 さっきエレブーが倒したのと同じポケモンではあるが、タケシが連れているイシツブテ六兄弟みたいなものと彼は納得すると同時に()()()()と見ていた。

 

 ボールから飛び出してから、ひふきポケモンは振り返る事無く流れる様に背中に背負っていた”ふといホネ”をアキラに向けて躊躇無く投げて来たが、彼は危なげなくキャッチする。

 何時もなら”ふといホネ”を手にして殴り込むところであったが、この戦いでは道具の使用が認められていない。故に今回の戦いでは、ブーバーは”ふといホネ”を使わず素手で挑まなければならない。

 攻撃力の低下が否めないが、扱う前からブーバーの実力は手持ちでは一、二を争うレベルだ。しかもシジマの元で格闘技術を身に付けつつあるので、特に心配はしていなかった。

 

「”なみのり”!」

 

 イブキがハクリューに技を命じた直後、どこからともなくハクリューの背後から大量の水が湧き上がり、ブーバーを押し流そうと迫る。

 次のイブキの狙いはアキラには読めていたが、流石にこれだけの規模の攻撃では相手の思惑通りに動かなければならなかった。

 忌々しそうにブーバーは大きくジャンプして押し寄せてくる水を避けるが、跳び上がったひふきポケモンをハクリューは鋭い目で見据えていた。

 

「”りゅうのいかり”!」

 

 ハクリューの口から、見慣れた青緑色の炎がブーバー目掛けて放たれた。

 ところがイブキのハクリューが放った”りゅうのいかり”は、技名と色以外は全くの別物だった。

 

 カイリューに進化した今でもそうだが、アキラの知っている”りゅうのいかり”は色や性質、威力以外は”かえんほうしゃ”と大差無い。

 だがイブキのハクリューの”りゅうのいかり”は、炎みたいな性質を保った光線の様に速くて纏まったものだった。

 思い返せばギャラドスの”りゅうのいぶき”も速かった。別の技なのだから性質が異なるのも当然と思っていたが、どうやら違っていたみたいだ。

 

 見慣れた技でも使い手によってこうも大きく違うのかと思ったが、彼女がドラゴンタイプのジムリーダーなだけでなくドラゴン使いの一族であることを思い出す。

 ワタルがどういう扱いなのかは知らないが、イブキは将来的には一族の跡取りなのだから、一族が磨き上げた秘伝の奥義や技術を継承しているということなのだろう。

 

 この町に来た目的がドラゴン技探しなのも相俟って、アキラは彼女達の”りゅうのいかり”について様々な考察を張り巡らせたが、すぐに意識を目の前の戦いに戻す。

 予想外のスピードではあったが、それでもブーバーはタイミングを合わせて回避しにくい空中でも体を捻らせて巧みに躱した。

 

「ッ! ”でんじは”で動きを封じろ!」

 

 今度は動きを鈍らせて確実性を高める目的なのか、”まひ”状態を狙った電撃が放たれる。

 以前までのブーバーなら、”りゅうのいかり”を避けるので精一杯ではあったが、今は違う。

 飛んできた電撃をひふきポケモンは、ギリギリではあるが軽やかに避ける。

 ブーバーの思わぬ回避力にイブキは目を疑うが、水に濡れたフィールドに両足が着くと同時にブーバーはハクリュー目掛けて一気に駆け出した。

 

「”たつまき”で吹き飛ばせ!」

「”メガトンパンチ”!」

 

 すぐにイブキは接近を阻止するべく次の手を打つが、全速力で距離を詰めたブーバーがハクリューの顔面を殴り飛ばす方が速かった。

 さっきまでの連続回避でイブキはブーバーの能力の高さに驚いているかもしれないが、種を明かしてしまえばバルキーを始めとしたシジマの格闘ポケモン達が良く使う”みきり”のお陰だ。

 

 もっと積極的に他の手持ちと教え合った方が良いというアキラの指摘を受けてから、ブーバーは少しずつだが他の仲間達からさり気ない形で技を教わったり、自らもバルキーを中心に技の練習や戦い方を教え始めている。

 エレブー同様にシジマの元で修業して単純に力を付けるだけでなく、バルキーを始めとした後輩が出来たこと、そして将来的な構想を話した時から彼も変わり始めていた。

 そして、周りから教わっていく内にもう一つだけ、ある技を身に付けるに至った。

 

「”めざめるパワー”!」

 

 再び拳が顔面にめり込む程の威力の”メガトンパンチ”を打ち込まれ、僅かな間ではあるが無防備な姿を晒したハクリューに対して、ブーバーは空いている左手を翳した。

 すると掌から鮮やかな青い光の波動が放たれ、それを受けたハクリューの体は仰け反る様に後ろに倒れ込む。

 

 ”みきり”に続いてブーバーが新たに覚えた技。それはサンドパンの主力技になりつつある”めざめるパワー”だ。

 最初に技や戦い方を教え合ったのがサンドパンだったこともあるが、自分の新しく覚えた主力となりつつある技をサンドパンはブーバーに惜しみなく教えたのだ。

 覚えたばかりなので先駆者であるサンドパンよりも、完成度や威力はまだ低い。本来ならハクリューをこうも倒す程の力は無い。

 にも関わらずこれだけの効果を発揮しているのは、”めざめるパワー”の性質が関係している。

 

 ”めざめるパワー”は、同種であっても使うポケモンの個体ごとに発揮されるタイプが異なる変わった技だ。その為、本来なら発揮することが無いタイプのエネルギーを発揮することが出来る可能性を秘めている。

 そしてアキラが連れているブーバーが使う”めざめるパワー”が発揮するタイプは、何とこおりタイプ。

 驚いたことにブーバーは、本来なら絶対覚えられないカイリューやサンドパンが苦手とするタイプのエネルギーを”めざめるパワー”で引き出したのだ。

 

 このブーバーが実現したあまりにピンポイント過ぎるタイプには、知った当初アキラは思わず唖然としたものだ。

 最早偶然や運が良かったなどの言葉では片付けられないまでに、ブーバーの勝利への飽くなき執念の賜物としか言い様が無かったからだ。

 ちなみにサンドパンが使う”めざめるパワー”のタイプは、ドラゴンタイプと少しレアであるだけでなく、もしこの場に居たら活躍していたことは間違いなかった。

 

 予想していない形で相性の悪いタイプの攻撃を受けたハクリューは、倒れていた体を重そうに持ち上げようとするが、ブーバーは容赦なく回し蹴りを再度顔に叩き込む。

 立ち直る間も与えない追撃でハクリューの頭はフィールドに強く打ちつけられるが、手を緩める気が無いブーバーは尾の先端に付いている宝玉を掴むと勢い良くジャイアントスイングを始めた。

 

 散々に振り回されたドラゴンポケモンは、勢いのままに投げ飛ばされた体を無造作に打ち付けながら転がる。

 戦いの流れは完全にブーバーが握っていた。このまま勝利を確実なものにしようとブーバーは止めを刺そうと体中から放つ熱気を強める。

 しかし、思惑通りに事は進まなかった。

 

「”げきりん”!」

「!」

 

 追撃を仕掛けようとしたタイミングで、倒れていたイブキのハクリューの全身から蒸気の様な白が混じった緑色のオーラが溢れ始める。

 その姿を見たアキラの脳裏に、ワタルのカイリューが使った”げきりん”の姿が過ぎる。

 あのエネルギーの鎧を身に纏って暴れられたら一苦労だ。

 直接戦った経験の無いブーバーも強大な力を感じ取ったのか、足を止めて何時でも回避に専念出来る様に備える。

 

 しかし、アキラが予想していたのと異なり、イブキのハクリューは纏っていた”げきりん”のオーラを”はかいこうせん”を彷彿させる光線の形で放ってきた。

 直線的なものだった為、”みきり”は使わずにブーバーは避けるが、間を置かずにすぐに同じ威力を持つであろう極太のエネルギーの塊が飛んで来た為、流石に”みきり”を発動した。

 

 それからハクリューは連射する様に、”げきりん”を光線で放ち続ける。

 確かに”はかいこうせん”並みの威力を秘めているであろうエネルギーが連続で飛んでくるのはかなり脅威だ。だけどアキラとしては気になる点があった。

 

 それは”げきりん”を纏わないことだ。

 

 以前戦ったワタルのカイリューは、今放っているのと同じくらいの勢いのオーラを全身に纏う形で戦いに活かしていた。

 そしてアキラのカイリューも”げきりん”を発揮出来ていた時は纏う形だった。なので”げきりん”がこの様な形で攻撃に活かせるのは、ある意味新しい発見だ。

 しかし、どこか妙にしっくりとしない違和感があった。

 

 ”げきりん”の光線連射はかなり強力だが、固定砲台気味な点も気になった。あれでは”みきり”の効力が弱まったとしても、軌道が見慣れたら俊敏なブーバーなら容易に避けられる。

 まだ扱いに慣れていないのか、それとも別の理由があるのか、色々知りたいことは山積みだったが、攻撃が途切れたタイミングでハクリューは体をフラフラさせ始めた。

 ”げきりん”のデメリットは、使用後の”こんらん”状態だ。ワタルのカイリューはすぐに持ち直したが、イブキのハクリューはその辺りはまだ未熟らしい。

 

「敵は目の前だハクリュー!!!」

「”メガトンキック”!!!」

 

 イブキはハクリューを一喝する形で正気に戻そうとするが、彼女に負けない大声でアキラは技を伝える。

 走り出したブーバーは大きくジャンプするとただ勢いと力を入れるだけでなく、空中で体を前転させることで勢いを増させた必殺の飛び蹴りを叩き込む。

 ブーバー最強の技を受けたハクリューは、それはもう見事なまでに体を大きく後方に飛ばし、倒れてからそれっきり動かなくなった。

 これで手持ちの数は三体一、しかもブーバーはほぼ無傷だ。

 

「何故だ……何故ここまで良い様にやられる!」

 

 ここまで一方的にやられてばかりと言っても良い流れに、イブキは殆ど余裕を無くしていた。

 確かにイブキが連れているドラゴンポケモンは手強い。”たつまき”などの初めて経験する技を使ってくるだけでなく、動きや彼女自身の判断力などのレベルも高い。

 だけど、ギャラドスはレッドの手持ちを相手に頻繁に戦い、ハクリューはカイリューに進化するまでの二年間アキラと一緒にいたのだ。

 

 タイプや能力に体格などの基本的な部分は同じなので、手持ちも戦い慣れている。

 そして何よりも公式ルールに基づいた一対一の勝負なので、目の前の敵だけに集中出来るのが大きかった。

 

 ここまでは経験と研究を重ねたポケモンが相手と言うアドバンテージを活かせているので圧倒出来ているが、問題はイブキが最後に出すポケモンだ。

 アキラの記憶通りならイブキの切り札は――

 

「ッ、行ってこいキングドラ!」

「やっぱり来るか」

 

 息を整え、ある程度冷静になったイブキが最後に送り出したポケモンにアキラは思わずぼやく。

 キングドラ――厄介なポケモンだ。

 タイプは進化前のシードラにドラゴンタイプが加わったみず・ドラゴンの複合タイプ。

 詳しい能力値は覚えていないが、能力的に走攻守目立った穴が無いのとタイプの組み合わせの関係で弱点が突きにくいことは知っている。

 

 加えて今まで実際に戦った経験が無いので、どう攻めれば良いのかが手探りなデータ不足のポケモンである点も問題だ。

 オマケに手足も無いので、鋭敏化した目でも動きが微妙に読みにくい相手でもある。

 チラッとブーバーの様子を窺うが、掌に拳を打ち付けているのを見る辺りやる気満々だ。

 

「バーット、数ではこっちが有利だから後先考えずにガンガン攻めていいぞ」

 

 相性は最悪ではあるが、数に余裕があるのとブーバーの意思を尊重してアキラは殴り込みを許可する。

 そう伝えた途端、ブーバーは猪突猛進とばかりに嬉々としてキングドラ目掛けて突っ込んだが、すぐにアキラはブーバーを止めなかったのを後悔することとなった。

 

「”たつまき”!」

「ゲッ」

 

 キングドラは素早く自らの体を軸に回転させると、この戦いで見慣れつつある小規模ながら強い竜巻を起こした。

 まだ数回しか経験していないが、”たつまき”は使い方次第では攻防一体の技だとアキラは認識している。それも近距離では、その性質が一際際立つ。

 さっきのハクリューは距離の関係で阻止出来たが、今回は妨害が間に合わなかった。

 

 エレブー同様にブーバーも”たつまき”に引きずり込まれてしまうのかとアキラは危惧したが、”たつまき”が形となった時、ブーバーは予想外の行動に出た。

 何とキングドラの”たつまき”に巻き込まれる寸前に規模は見劣りするが、自らの体を回転させて同じ”たつまき”を使う形で抵抗し始めたのだ。

 

「何故ブーバーが”たつまき”を使える!」

 

 この戦いが始まってからイブキは驚いてばかりだったが、アキラの目で見ても恐らく今まで一番驚いていた。

 ブーバーのトレーナーである彼も最初はビックリしていたが、すぐにひふきポケモンが何故”たつまき”を使えるのかの種を理解した。

 

 最近加わった三匹を除く、アキラが連れるポケモン達が全員が覚えている”ものまね”だ。

 

 相手の強力な技を利用することで戦いを有利にしようとするのは、彼が連れているポケモン達の十八番だ。

 だけど所詮はぶっつけ本番の真似。威力の低さに関しては仕方ないが、技術的な面でも洗練されていたら不意打ちや動揺以上の効果は望めない。

 現にキングドラの”たつまき”にブーバーの”たつまき”は押されていて、今にも負けそうだ。

 

 ”はかいこうせん”の様な強力な技を使えれば正面から”たつまき”の守りを打ち破れたかもしれないが、残念ながらブーバーは格闘技などの技術面を磨くことに専念しており、そんな習得に時間が掛かる規模と破壊力に優れた技は覚えていない。

 結局力負けしてしまってブーバーはキングドラの”たつまき”に巻き込まれたが、抵抗している間に技を維持する時間を稼いだのか、すぐに宙に投げ出される形で解放される。

 

「”ハイドロポンプ”!!」

 

 キングドラは自由の効かない宙にいる隙だらけのブーバー目掛けて、大砲の様な轟音と共に大量の水を放つ。最初に戦ったギャラドスと同じ流れだが、ブーバーは口から”かえんほうしゃ”の火を噴き、その勢いで体を移動させて避ける。

 さっきからアキラはあまり指示を出していないが、一々伝えなくても彼ならやるべきことを理解しているのをわかっているからだ。

 彼は彼で、キングドラの動きを良く観察して助言すべきタイミングを窺い続ける。

 

 少し大きめの音を立ててブーバーは着地すると、あっという間にキングドラとの距離を詰めて、”メガトンパンチ”のキツイ一撃を見舞った。

 並みのポケモンなら、その威力に昏倒してもおかしくなかったが、キングドラは倒れない。続けてこおりタイプの”めざめるパワー”を浴びせると、僅かな反撃の芽すら許さないとばかりに激しく攻め立てる。

 

 手足を持たないキングドラにとってブーバーが得意とする肉弾戦は不得手だ。傍から見ると一方的な蹂躙だが、それでもキングドラは倒れることなく耐える。

 相性が良い技で攻めていないこともあるが、想定通り外見に似合わずかなり打たれ強い。

 

 正直に言えば、もう少しどんな特徴や戦い方をするのか知りたかったが、この戦いは負ける訳にはいかない。

 下手に勝負を長引かせると自らの足元を掬われる可能性があるので、アキラとしては早いところ決着を付けたかった。

 

「――”メガトンキック”!」

 

 僅かではあるが、キングドラの動きが鈍くなったのを見逃さなかったアキラは声を上げる。

 ほんの一瞬ではあったが、ブーバーはアキラの伝えた内容を素早くに実行し、強烈な飛び蹴りを受けたキングドラは吹き飛ぶ。

 

 あれだけの猛攻にブーバーの必殺技を受けたのだ。これで試合終了なら最高ではあるが、相手はジムリーダーの切り札だ。

 そして悪いことにアキラの予想は的中するのだった。

 

 フィールドに横たわっていたキングドラが、ゆっくりとだが体を起こしたのだ。

 すかさずブーバーは身構えるが、起き上がったキングドラは戦っている真っ最中であるにも関わらず健やかな寝息を立てていた。

 

「”ねむる”での体力回復か。厄介だな」

 

 ブーバーはキングドラの姿に舐められていると受け止めたのか、体から放つ熱と炎を高ぶらせたが、アキラは別だった。

 ”ねむる”は文字通り眠ることで無防備になる代わりに、消耗した体力を回復させる技だ。しかも一回限りでは無く、寝ている間は常に回復しているという厄介さはレッドのカビゴンで散々思い知らされている。

 

 ただでさえキングドラは複合タイプの関係で有効打が少ないのだ。回復量を上回るダメージを与えなければジリ貧だ。

 呑気に寝ているキングドラに対する怒りで、文字通り全身に炎を纏った様な状態になったブーバーは、今度こそ仕留めるべく駆け出す。

 

 しかし、突如耳を塞ぎたくなる程の大きないびきを伴った衝撃波を受けて、弾かれる様に吹き飛ばされた。

 前触れらしい動きが見られなかったので、全く予想していなかった攻撃にアキラは目を見開くが、鞭をフィールドに打ち付けながらイブキは吠えた。

 

「ただ眠って体力を回復しているだけと思ったら大間違いだ。この攻防一体を打ち負かせるものなら打ち負かしてみせろ!」

「寝ながら攻撃って、無茶苦茶な」

 

 一瞬だけ理解出来なかったが、イブキの言葉とキングドラの様子を見て、アキラは彼女達が何をしたのか察した。

 確かに”ねむり”状態でも使うことが出来る技は存在しているが、実際に目にした経験が元の世界含めて殆ど無い。なのでどんな技を使われたのか、アキラは判断出来なかった。

 

 だがわかるとしたら、あの様子ではキングドラは常時回復しながら攻撃出来ると見ても良いことだ。奴の耐久力などを考えると、苦戦は必至だ。

 さっきの様に接近戦に持ち込もうにも、さっきの大いびきで吹き飛ばされては近付き様が無い。

 

 どうするべきかアキラは頭を回転させるが、閃く前にブーバーの方から動いた。

 さっき跳ね返されたというのにまた真っ直ぐ走り出したのだ。それでは同じことを繰り返すのではと思ったが、今度は体を跳び上がらせて”メガトンキック”の体勢に入った。

 どうやら自身の最強技で強行突破を試みる魂胆らしい。

 

 そしてキングドラはと言うと、目を閉じて寝息を立てていたが筒状の口に動きがあるのが見えた。

 ブーバーは吹き飛ばした大いびきを放つ兆候かと思ったが、放たれたのは大いびきでは無く膨大な量の水――”ハイドロポンプ”だった。

 

「何だって!?」

 

 全く予想していなかった技をキングドラが放ったのを見て、アキラは驚きを露わにした。

 あの筒状の口に力が入ったことはわかっていたが、”ハイドロポンプ”なのは予想外だった。

 

 ブーバーも予想とは異なる技に目を見開くが、咄嗟に体から放つ炎を強めることで勢いと熱で強行突破しようとする。

 しかし、キングドラの”ハイドロポンプ”は、そんな付け焼き刃で威力を弱められる様なものでは無かった。

 

 真っ向から受けた膨大な量の水流はブーバーが放つ熱で蒸発したが、それも一瞬だけだ。完全に水の勢いにパワー負けをしたブーバーは、大量の水に呑み込まれて全身を濡らした状態でフィールドを転がる。

 

 あまり露骨では無かったがイブキがさり気なく拳を強く握り締めたのが見えたので、会心の一撃だったのだろう。現にブーバーは意識はある様子ではあったが、体を持ち上げることは出来ても立ち上がろうにも中々立ち上がれずにいた。

 

「バーット、残念だが戻るんだ」

 

 戦闘不能にはなっていないが、これ以上戦うのは無理だ。

 また出る機会がある可能性を考えても一旦退いて、少しでも休むべきだ。

 アキラの言葉にブーバーは悔しそうに拳を打ち付けるが、逆らう事は無く大人しく投げ付けられたモンスターボールに戻った。

 

「……面倒だな」

 

 ボールを腰に取り付けながら、ここに来てようやくアキラはキングドラが使っている技の目星が付いてきた。

 最初にブーバーを吹き飛ばした大いびきは、文字通り”いびき”と言う名の技。そして”ハイドロポンプ”を出したのは、覚えている技の一つを放てる”ねごと”と呼ばれる技だ。

 いずれも”ねむり”状態でのみ効果を発揮する。

 それなら対策まではいかなくても丁度良いのが手持ちにいるので、次はゲンガーを出そうとシャドーポケモンが入ったボールを手にする。

 

「準備は?」

 

 ボールを口元に寄せて語り掛けると、中に入っているゲンガーは手で丸を作って何時でも行けるOKのサインを出す。

 

「よし。頼むぞスット」

 

 初めて戦う相手だが、彼ならやってくれると期待してアキラは手持ちの中で最も狡猾であるゲンガーを繰り出すのだった。




アキラ、序盤は圧倒するもキングドラが出てから少し雲行きが怪しくなる。

”ねむる”に関しては、本作内では眠っている間は常時回復状態の関係でカビゴンの様な耐久力が優れたポケモンや腕利きトレーナーが使ったら途端に要塞と化す技になっています。
それとは別ですけど、金銀やスタジアムではドラゴンタイプの技が殆ど無かった関係で、キングドラがやたらと硬くて苦労した経験が少しだけあります。


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豪雨の龍

 新しく出て来たゲンガーは様子見をするつもりは一切無いのか、いきなり両手を翳すと寝ているキングドラを”サイコキネシス”で一気に引き寄せた。

 

 これにはイブキだけでなくアキラも驚くが、寝ている所為で状況を正確に理解していないキングドラは、そのまま引き寄せられたゲンガーにフィールドに叩き付けられる形で頭を殴られた。

 見た目はかなり痛そうだが、幾ら格闘使いのシジマの元で修業しているとはいえ、ゲンガーの物理的な攻撃力はそこまで高くない。実際はあまり効いていないだろう。

 

 だけどインパクトは抜群で、キングドラが反撃の行動を起こす前に再び”サイコキネシス”でキングドラの体を浮かせると流れる様に宙に打ち上げ、黒い雷みたいな光線である”ナイトヘッド”を放って追撃を仕掛ける。

 さっきまでのブーバーみたいに連続攻撃を繰り出していくが、当然キングドラも負けていない。

 

 ”ナイトヘッド”でダメージを受けながらも、”いびき”の衝撃波を響かせて反撃する。

 ”いびき”はノーマルタイプの技なのでゴーストタイプを併せ持つゲンガーには大した効果は無いが、放たれた爆音にはゲンガーは堪らず退散する様に距離を取る。

 

「”ねごと”で”りゅうのいぶき”を引き出せ!」

「”サイコキネシス”で口元から狙いを変えて!」

 

 イブキの指示で寝ているキングドラの筒状の口が膨らむが、寸前でゲンガーは念の力で顔を余所に向けて見当違いの方向に攻撃を飛ばす。

 念の力で強引に技の軌道を変えることはやって来たが、イブキのドラゴンポケモンの攻撃技を直接変えられるだけのパワーがある保証は無い。

 加えて本来”ねごと”は、覚えている技の一つをランダムに使う筈だが、イブキのキングドラは普通に指示された技を使っていることも厄介だ。

 

 寝ている影響なのか狙いが甘いなどの点も見受けられるが、威力は一発でも受ければゲンガーの打たれ弱さを考えると手痛いダメージに繋がりかねない。

 それをアキラだけでなく戦っているシャドーポケモン自身も理解しており、隙が出来れば上手く突く形で攻撃するが、キングドラが何かしらの技を使って来たら余波も警戒して距離を取る様にしている。

 

「クソ。こんなに激しく暴れられるんじゃ落ち着いて仕掛けられないな」

 

 アキラがゲンガーを繰り出したのには、レッドのカビゴン対策の一環として”ねむり”状態の時に絶大な効果を発揮する”ゆめくい”を覚えているのが理由の一つだ。

 しかし、覚えたばかりだからなのか技の性質なのか定かではないが、眠っている相手と同じくらい気持ちを落ち着けて集中しなければ、”ゆめくい”は上手く効力を発揮させることが出来ない問題点がある。

 その為、”ねごと”や”いびき”を駆使して起きている時と変わらないまでに暴れられては仕掛けるどころでは無かった。

 そしてもう一つ、アキラとしては気になる点にして腹が立つ点があった。

 

「何時まで寝ているんだあのドラゴン」

 

 迂闊に手が出せないことを良い事に思わず愚痴りたくなる程、さっきからキングドラはずっと寝続けていた。

 レッドのカビゴンも同じ技を使うが、バトル中にここまで長く寝てはいなかった。

 何故ここまで長時間寝ているのかと不思議に思い始めた時、ようやくキングドラの閉じられていた瞼が開き始めたのに気付いた。

 

「チャンスだスット! ”さいみんじゅつ”!!」

 

 完全に目を開くと同時に、返り討ちに遭う事を恐れずにゲンガーは飛び込み、”さいみんじゅつ”を掛けることでキングドラを再び眠らせた。

 これも今回、”ゆめくい”が使える以外にアキラがゲンガーを繰り出した理由だ。

 

 ”ねむり”状態なので”いびき”や”ねごと”を防ぐことは出来ないが、決定的な違いは回復を伴う”ねむり”状態では無い点だ。

 ”ねむる”で一番厄介なのは、寝ている間は常に回復し続ける効果だ。それさえ封じれば、ダメージレースではかなり楽になる。

 回復が生じない”ねむり”状態の間にダメージを与え、また起きたら”さいみんじゅつ”で別の形で”ねむり”状態にしてまた攻撃する。”ゆめくい”が使えなくても、時間を掛けてそれを繰り返せば、キングドラを倒すことが出来る。

 

 そう思っていたが、すぐにアキラは違和感を感じた。

 ゲンガーがどれだけ攻撃しても、キングドラの動きは彼が考えていた様にダメージを受けた影響で鈍る様子が無いのだ。

 

 予想とは異なる状況に疑問を抱いたアキラは、ずば抜けた動体視力などで裏付けされた観察眼を活かしてキングドラの動きをよく見る。

 攻撃を受けてもすぐに立ち直る流れは、完全に”さいみんじゅつ”を受ける前の”ねむる”で回復している動きと何となくよく似ていた。

 

 おかしい。確かにゲンガーの”さいみんじゅつ”を受けてキングドラは寝始めた筈なのに、何故体力が回復しているのか。

 目の前で繰り広げられる攻防に集中しながら、アキラは様々な理由を考えていくが、しばらく考えてある可能性に至った。

 

 それは”ねごと”で”ねむる”を実行することで、ゲンガーの”さいみんじゅつ”による状態異常の”ねむり”を上書きしたことだ。

 

 この考えが真実なのかを確かめる方法は無い。だが、そうだとしたら厄介どころでは無い。

 つまり、イブキのキングドラの常時回復しながら戦う戦法を封じることが出来ないことを意味しているからだ。

 

 ドラゴンポケモンらしく攻めにも優れたキングドラの攻撃を耐えるか避け続けた上で、並みのポケモン以上に打たれ強いキングドラの常時回復を上回る攻撃をする。

 あまりにもハードルが高過ぎる。下手をすればアキラ達にとって一番の天敵であるレッドのカビゴンよりも手強い。

 

 アキラが恐るべき可能性に考えが至った頃、絶え間ない攻防を繰り広げた両者が互いに距離を取るべく下がる。

 技の直撃は受けていないが、攻撃と回避の繰り返しでゲンガーはすっかり息が上がっていた。一方のキングドラは寝ていることもあるのか、腹が立つくらい穏やかな寝息を立てている。

 ”ゆめくい”でキングドラの体力を奪う事が出来たらもう少し戦えるかもしれないが、相手が大人しく夢を喰わせてくれないのだ。このまま戦い続けたら、ゲンガーの方が先に力尽きる。考えるまでも無くアキラはそう直感した。

 

「動きを封じるんだ。”うずしお”!」

 

 既にゲンガーの機敏な動きと引き際の良さを理解していたイブキは、ゲンガーの動きを封じようとする。

 どこからか溢れた水をキングドラが纏って体を回転させると、規模は小さいが竜巻の様な水の渦をゲンガーに向けて飛ばした。

 飛んでくるスピードは速いが、ゲンガーの素早さなら避けられない攻撃では無い。即座に伝えようとしたが、何の前触れも無くゲンガーの姿は二つに分かれた。

 

 自らの体力を減らす代わりに実体に近い分身を作り出す”みがわり”だ。

 

 何時ものこととはいえ、勝手な判断でリスクの高い技や行動を実行に移すのはいただけないが、何か考えがあるのだろう。

 今は彼の判断を信じようと思った直後、ゲンガーは生み出した色が薄い分身と背中を合わせて回り始めた。

 一見すると謎の行動だったが、良く見てみると本体と分身の目は念の力を発揮している時の特有の輝きを放っており、回転していた彼らは瞬く間に”うずしお”よりも規模も威力も勝る念の竜巻――”サイコウェーブ”とも言える技を起こしたのだ。

 

「!?」

「成程、そういうことか」

 

 何度目かの驚きを露わにするイブキを余所に、アキラはすぐにゲンガーの狙いを悟った。

 一対一が不利なら、二対一で戦えば良いと言う単純明快な発想だ。

 

 現状ポケモンバトルは一対一で戦うのが公式ルールで定められており、複数のポケモンを繰り出すことは許されない。だが、”みがわり”を使うことである程度は実現することが出来る。

 何故なら体の色と打たれ弱いのを除けば、ほぼ本物同然の分身なのだ。見方によっては、ルール違反せずに戦っている最中に戦力を増やすことが出来ると言っても良い技だ。

 勿論、体力を削ったりする問題や生み出したからと言って必ずしも見事な連係プレーで追い詰めることが出来るとは限らない。だけど扱いに慣れれば効果的な使い方だ。

 

 打たれ弱い以外は能力が同じ分身が発揮する”サイコキネシス”と協力して即興で編み出した”サイコウェーブ”は、”うずしお”を掻き消すに留まらず、キングドラを巻き込む。

 このまま念の竜巻でミックスしてやりたいが、悪足掻きなのかキングドラは掻き回されたまま”はかいこうせん”と思われる光線を放ってきた。

 狙いも何も無いヤケクソな攻撃なのか、光線はフィールドだけでなく観客席を含めたジム内の至る所に飛んでは炸裂して着弾箇所を破壊していく。

 ゲンガー達は、流れ弾が当たったら堪ったものでは無いと思ったのか”サイコウェーブ”を止め、揃ってキングドラの動きに注視する。

 

 それからゲンガーと分身は、まだ宙を舞っているキングドラに対して片方は”サイコキネシス”で動きを封じて、もう片方は”ナイトヘッド”を叩き込む連続攻撃を決める。

 確実にゲンガー達は、数の差と連携を活かして先程よりもキングドラを追い詰めつつあった。

 しかし、あまり例を見ないゲンガーの”みがわり”の使い方にイブキはカンカンに怒っていた。

 

「二対一とは卑怯だぞ!」

「ちゃんとルールの範囲内ですよ。審判、問題は?」

 

 怒るイブキを気にせずアキラは審判に尋ねる。

 審判を務めている青年はイブキから向けられる鋭い視線に少し怯えるが、二対一の構図とはいえ、それでもアキラがルールを破っていないので何も咎めたりすることはしなかった。

 

 やられっ放しのキングドラは再び”ねむる”による持久戦を始めていたが、ゲンガーが疑似的に二匹に増えたことで、受けるダメージの量もほぼ二倍に上がっていた。

 アキラが考えていた回復量を上回る攻撃を、ゲンガーは知らず知らずの内に実現させていたのだ。

 

 このまま攻めれば勝てるかもしれない。

 そう信じたいが、相手はドラゴンポケモン、それも最終進化形態なのだから油断は出来ない。

 その時、何の前触れも無くアキラの頬に水滴が付く。

 キングドラの水技による水飛沫かと思ったが、天井を見上げてようやく彼は黒っぽい雲が屋内であるにも関わらず広がっていることに気付いた。

 

「”あまごい”…」

 

 こんな現象を起こせる技の名前を口にした時、ジム内で降り始めた雨は次第に強くなっていき、あっという間に土砂降りに変わった。

 かつてワタルも天候を変えていたが、あれは技の力では無くハクリューなどの種が持つ天候を操る力だった。

 あの時は嵐を起こしたりと戦いを有利にしようとしていたが、イブキも戦いを有利にする為にこの天気に変えたのだろう。

 そんなアキラの懸念は、残念ながら現実のものとなりつつあった。

 

 やられたい放題にされていたキングドラの背後から、大量の水が押し寄せる”なみのり”がゲンガー達に襲い掛かって来たのだ。

 しかも先に仕掛けられたのと比べると遥かに規模が大きく、ゲンガー達は避けるだけでなく距離を取るべくキングドラから離れる。

 

 ”あまごい”には、天気を変える以外にも水技の威力を高める効果もある。他にも”かみなり”の命中率が上がるなどの効果もあるが、ゲンガーは恩恵を得られない。キングドラしか、今の天候でのメリットを享受することが出来ない。

 

 ゲンガーも自らの不利を悟ったのか、分身と共に勝負に出た。

 互いに横に並んで両手を大きく振り上げる。すると振り上げた二匹の両手の先で黒と紫が入り混じった球体が形成され始めた。

 

 最近”ナイトヘッド”のエネルギーを両手に集めることで使える様になった技だ。性質や威力が”ナイトヘッド”とは異なるのと球状のゴーストタイプの技であることから、アキラは”シャドーボール”と考えている。

 

 まだ扱い慣れていないので一度でも繰り出すのに時間は掛かるが、分身と協力することで技の準備に掛かる時間を短縮させているのだろう。

 そう思っていたが、目に見えてアキラの記憶にある練習の時よりも”シャドーボール”と考えているエネルギーの塊は大きくなっていく。どうやら時間短縮も兼ねた別の意図もあるみたいだった。

 

「”ハイドロポンプ”!」

「放て!!」

 

 だが、呑気に待ってくれる程イブキはお人好しでは無い。

 キングドラが筒状の口を大きく膨らませると凄まじい勢いの”ハイドロポンプ”を放ったのと同じタイミングで、ゲンガー達も自分達の背丈と同じ大きさにまでになった”シャドーボール”を投げ付ける様に撃ち出した。

 

 ”あまごい”で強化された濁流同然の勢いを持った水流と時間を掛けて形成された大玉”シャドーボール”が、土砂降りのフィールドの中央で激突する。

 最初はゲンガー達の”シャドーボール”が激しく押し寄せる水流を押し退けていったが、絶えず勢いを維持し続ける”ハイドロポンプ”の前に徐々に勢いが衰えていった。

 

「スット避けるんだ!!」

 

 一度でも勢いを止められたらもう打つ手は無い。

 ゲンガーもとっておきの策が失敗したことを察した直後、”シャドーボール”は”ハイドロポンプ”に押し負けた。

 咄嗟に分身のゲンガーが本体を庇う様に突き飛ばしたことで、分身は水に呑まれて消えてしまったものの本体は直撃を免れる。

 しかし、それでも技の規模が大き過ぎて余波に巻き込まれて水に流されてしまった。

 

「スット、一旦戻れ」

 

 うつ伏せ同然に倒れていたゲンガーが起き上がろうと奮闘しているタイミングで、豪雨で濡れた顔を拭いながらアキラは一旦ボールに戻す。

 まだ余力はあったのか、ゲンガーはモンスターボールの中で悔しそうな目でアキラを睨み付ける。

 

「理由はお前自身もわかっているだろ。あいつの戦い方とお前の戦い方では相性が悪い」

 

 アキラの手持ちは皆、高い能力に裏付けされた攻撃力と攻めに関する技術は良い方だ。

 ゲンガーも優れた能力と高威力の技を覚えているが、大ダメージを与えることは出来ても一撃で倒すとしたら、それなりのレベル差や相性の良さが必須だ。

 そして、キングドラはどの条件にも該当しない。しかも目立った状態異常を受け付けないのと常に回復しながら戦えるのだから、ゲンガーにとってはやりにくい相手だ。

 

 そのことはアキラに言われるまでも無くゲンガー自身も理解していた。

 でも遠回しに相手が自分よりも格上だと認めるのが嫌なのか、ボールの中でキングドラに対して少々アレなハンドサインをしていた。

 

 普段なら小言の一つや二つ言っているところだが、彼の心境は理解していたのでアキラは何も言わずにボールを腰に取り付けるが、状況的に頭をフルに働かせていた。

 数の上では三対一ではあるものの実質一対一にまで追い詰められてしまった。残ったのはエースであるカイリューのみ。

 

「出す手持ちの順番を間違えたな」

 

 もしエレブーが健在なら、キングドラの火力を逆に利用して倒すことが出来たかもしれない。

 イブキのキングドラがここまで厄介だとは予想していなかったが、今更後悔しても遅い。今は残された手持ちで、激しい豪雨が降り注ぐフィールドの真ん中にいるドラゴンポケモンを倒さなくてはならない。

 

 高い攻撃力と高威力の技を持つカイリューをゲンガーより先に出さなかったのは、常時回復を防ぐ当てがあったのともう一つ、ドラゴンタイプは互いに相性が悪いのを嫌ったからだ。

 結果的に当ては外れてしまったのでカイリューを出さなければならなくなったが、ゲンガーのお陰でキングドラに関する情報をある程度引き出せた。

 

 カイリューが入ったモンスターボールを手にするが、アキラは手持ちでは無くキングドラとイブキを見据える。

 ドラゴンタイプを切り札に据えているからには負けたくは無いが、負けたらどうなるかはもう考えない。

 ただ目の前にいる自分達の敵を倒す。それだけに意識を傾ける。

 

「頼むぞ。リュット」

 

 最後にそう呟いて、アキラはモンスターボールからドラゴンポケモンのカイリューを召喚する。

 姿を見せたカイリューは、体を屈めた状態で着地する。降り頻る雨で瞬く間に濡れていくが、カイリューは気にする素振りを見せていなかった。

 ただ一点、体を起こしながらアキラと同じく絶対に負けたくない敵を見据えて、フィールドを一歩前に踏み締めると同時に自らの力強さを見せ付けるかの様に雷鳴を轟かせるような大きな声で吠えた。

 

 遂に現れた。

 

 雨に打たれながら、イブキは姿を見せたアキラのカイリューを見据える。

 敬愛する兄――ワタルの行方を探す中で最後に戦ったかはともかく、浮かび上がった彼らが失踪に大きく関わった可能性は高いと彼女は見ていた。

 そして彼らを始めとしたポケモン達の関係についても、調べる内に様々な話を聞いている。

 

 強力なポケモンを持て余している少年

 反抗してばかりにも関わらず何故かポケモン達が付いて行く少年

 普通のトレーナーとは異なる関係を築いている少年

 

 良い話と悪い話、どちらかと言えば良い話の方が少し多いが、不思議な関係なのはさっきまで繰り出していた彼のポケモンの戦い方などの様子を見れば一目瞭然。

 

 長い歴史を誇るイブキの一族と言えど、強力なドラゴンポケモンを従わせるのは簡単な事では無い。

 持て余し気味だとしても、あの若さでカイリューという最上級のドラゴンを目立った問題を起こさずに連れているだけでも、並みのトレーナーでは無いことくらいイブキは理解している。

 

 だが、感情面ではどうしても認めたくなかった。

 彼のポケモン達の態度を好意的に解釈する者もいるが、このバトル中でもトレーナーなのだからちゃんと手持ちを躾けるなりして従わせろと何回思ったことやら。

 そしてそんな面々に自分が、ここまで追い詰められているのも尚更腹が立っていた。

 本当に兄であるワタルは、あの少年とドラゴンに敗れたのか。にわかに信じ難い。

 

 一方、出て来たカイリューは、息が続くまで吠えるとキングドラ越しにイブキに目をやる。

 

 怒っている。

 

 大方手持ちポケモンをちゃんと従えていないだとか、何時もの自分達が嫌われているパターンだろうとカイリューは当たりを付ける。

 過去の経験や性分的に忠誠を誓うなどのことはカイリューは大嫌いだ。では何故名目上アキラに従う形で付いて行っているのかというと、単に優れた実力のトレーナーであったり、優しい心の持ち主だからでは無い。

 勿論それらの要素も大事ではあるが、それなら彼よりもずっと良いトレーナーがいる。

 

 自分を含めた他の手持ちにとっても信頼出来る最良のトレーナーだからだ。

 

 自分達が強くなれる様に鍛えてくれたり信頼を寄せるだけで終わらず、可能な限り自分達の気持ちを汲んだり、希望に沿おうとしてくれる。

 だからこそ自分達も、他の仲間によっては友情や恩返し、或いは義理を通すなど考え方や理由は様々ではあるが、互いに目指すものや目的の為に協力したり力を貸し合うのだ。

 自分達のやり方が絶対正しいとまでは言わないが、文句を言わせない為にも勝つ。息を荒げて、ドラゴンポケモンは意気込むのだった。




アキラ、キングドラのねむねごコンボに苦戦を強いられ、遂にカイリューを繰り出してのエース対決に挑む。

最近のアキラは本気ジムリーダーや敵側のトップクラスと戦ってばかりで、一般的なトレーナーとの戦いは示唆する程度であんまり描いていないことに気付いたこの頃。
初めて”いびき”を使った時、眠っている時でも技が出せることや起きてすぐに行動出来たことに興奮した記憶があります。


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龍の声

 倒すべき敵を明確に認識したカイリューは、雨水で体が濡れるのにも構わず尾を強くフィールドに打ち付けると体の奥底から力を引き出す様に再び上半身を屈める。

 技を放つ前触れなのは明らかだったが、トレーナーであるアキラから技名を伝えられる前にカイリューは”りゅうのいかり”を放ち、龍の炎は激しく降る雨水を物ともせずキングドラを呑み込む。

 

 不意打ち同然の攻撃を受けて、何の抵抗も出来ないまま後方に押し退けられたキングドラはすぐに起き上がるが、気付きにくいものの少しぎこちなかった。

 ドラゴンタイプにはどんなタイプの攻撃が効くのか、カイリューはアキラから教わっている。

 一番なのは自身も苦手とするこおりタイプの技だが、先制を重視して扱いに慣れている”りゅうのいかり”を選択したが、どうやら大当たりだったのを知る。

 

「”10まんボルト”を放ちながら接近するんだ!」

「”うずしお”で動きを封じろ!」

 

 アキラが叫ぶとカイリューは駆け出しながら、頭の触角から電撃を放つ。キングドラは飛んで来た電撃に耐えながら口から放った水流でカイリューの体を水の渦で包み込む。

 完全に包み込まれる前にカイリューは”10まんボルト”の放電を止めるが、すぐにイブキは次の手を打ってきた。

 

「”れいとうビーム”で氷漬けにするんだ!」

「!」

 

 ”れいとうビーム”、それは即ちドラゴンタイプが最も苦手とするこおりタイプの技だ。

 今”うずしお”を氷漬けにされたら、必然的に中に閉じ込められているカイリューも氷漬けにされてしまう。

 そうなれば、進化したことで尚更こおりタイプに弱くなっているカイリューがいきなり倒されてもおかしくない。

 

「さっき”10まんボルト”を放った方向に向けて”はかいこうせん”! 強行突破だ!!」

 

 カイリューの姿は水の渦の中で見えないが、アキラは大きな声で伝える。

 彼の声が聞こえたのか、水の渦の中から飛び出した強力で破壊的なエネルギーは渦を突き破るだけでなく、迫っていた”れいとうビーム”さえも掻き消す。

 

 正面から”はかいこうせん”を受け、キングドラの体はまたフィールドを転がる。

 普通なら十分な一撃だが、ボール越しで戦いを見ていたカイリューは油断しない。すかさず”こうそくいどう”で接近しようとするが、かなりのスピードを発揮したにも関わらず、”いびき”の衝撃波で跳ね除けられる。

 

 先に挑んだ仲間達の様に吹き飛ぶが、翼を広げて雨が降る空中で姿勢を立て直す。

 キングドラもまた、寝息を立てながら体を起こす。これでは先に戦ったブーバーやゲンガーと同じことの繰り返しだ。

 だけど、今出ているのはカイリューだ。数少ないキングドラの弱点を突けるだけでなく、容易に回復量を上回るだけの攻撃を実現出来る最強の手持ち。攻略に必要な条件は全て満たしている。

 

「”りゅうのいかり”!!」

「”ねごと”から”りゅうのいぶき”!」

 

 青緑色の炎と黄緑色の息吹が土砂降りの中で激しく激突し、まるで喰い合う様に押し合う。

 最初は槍で貫いていく様にカイリューの炎を押し退けていくキングドラの息吹が圧倒していたが、押し負ける前にカイリューは限界まで炎のパワーを引き上げた。

 

 その結果、龍の炎は息吹を呑み込む程の規模へと大きくなり、逆にキングドラの技を押し切る。一度ならず二度も相性が良い技を叩き込めたが、回復する前にすぐに勝負を決めなければ幾ら攻撃しても意味が無い。

 キングドラが立ち直る間もなく、カイリューは続けて”はかいこうせん”の追撃を決めるが、強力な技を受けた筈のキングドラは寝息を立てながら起き上がる。

 

「あれだけの攻撃を受けても耐えるのか」

 

 攻撃を続けていけば次第に回復が鈍っていくことは、レッドのカビゴンである程度検証している。けどバカ正直に攻撃を続けては疲弊するのはこっちだ。

 

「”たつまき”!」

「”ものまね”!」

 

 キングドラ自身が回転する軸となり、雨が降り注ぐ天候なのも重なって屋内でも巨大な竜巻が生じる。

 反動で少し動きが鈍っていたカイリューも、遅れる形で”ものまね”で体を回転させることで”たつまき”を起こして対抗する。

 

 攻撃力と覚えている技の威力ではカイリューはキングドラよりは勝っている。しかし、同じ様に攻撃していると言っても、キングドラは回復しながらなのに対してこちらは消耗する一方だ。

 しかも相手もアキラ達と同じくらい絶対に負けないと言う意地とも言うべき強い意思をトレーナーと戦っているポケモンの双方から感じていた。

 

「ワタルの奴と言い、何でこうも面倒なのか」

 

 ワタルのドラゴン神聖視や傲慢なまでのプライドの高さの原点が何となく見える気がする。

 今戦っているイブキも含めて、実力に裏付けられたプライドの高さなのだろう。だからと言って「はい降参します」と言うつもりは無い。カイリューがどう思っているか知らないが、自分と同じく絶対に負けたくないだろう。

 

 双方の”たつまき”が拮抗し合う中、アキラは必死に頭を働かせる。

 

 カイリューが覚えている”つのドリル”なら、一撃必殺級のダメージを与えられるので決まれば仕留めることは可能だ。だが接近すれば”いびき”で吹き飛ばされるか、”うずしお”や”たつまき”を身に纏う形で防御される。

 そしてそれらの守りを打ち破るには、かなり力を籠めた”はかいこうせん”しか突破口が無い。しかし、それでは反動で動きが鈍っている間に”ねむる”で回復してしまう。

 

 両者の”たつまき”が消えて、カイリューとキングドラは互いに距離を取る。

 焦って休む間もなく攻撃を続けようとしても、度々邪魔されて結局回復し切ってしまうのだ。完全に回復されても構わないから、考える時間の方が必要だ。

 

「カイリューを”れいとうビーム”で撃ち落とせ!!」

 

 けど、そうなったらイブキ達が黙って様子見をする筈が無い。”ねむる”で幾らでも回復出来ることを良い事にガンガン強気の攻撃を仕掛けて来る。

 大きな体を捻らせたり、翼の動きを調節して飛んでくる攻撃をカイリューは避けていく。それから”たつまき”などの規模の大きい攻撃は、兆候や予備動作が見えた瞬間から邪魔するべく攻撃を与えて妨害するが、状況は一向に良くならない。

 今までの戦いでは互いにダメージを蓄積し合うダメージレースを制することで勝ってきたが、今回はその前提が通じない。

 

「っ! こっちも”れいとうビーム”!」

 

 試しに動きを止めることを前提に”れいとうビーム”を発射するが、青白い冷気の光線は咄嗟に起こされた”たつまき”によって弾かれてしまう。しかも弾くだけに留まらず、”あまごい”で荒れる天候で勢いを増しておりカイリューの体は引っ張られてしまう。

 距離を保って攻撃しているのも、距離を詰めればカイリューの土俵なのをイブキが理解しているからだろう。

 

 本当に一撃でキングドラを倒すしかない。

 

 唯一苦手とするドラゴンタイプの技でカイリューが扱えるのは、”りゅうのいかり”と”ものまね”した”たつまき”だけだ。だが、残念ながら常に回復し続けるキングドラを倒し切るにはこれでも威力不足という有様だ。

 ”げきりん”が使えれば良かったのだが、使えない技を考えても意味は無い。

 そうなると威力だけならば、”はかいこうせん”を凌ぐ一撃必殺を可能にする”つのドリル”が最有力だ。

 

 しかし、問題はどうやって”つのドリル”を決められる状況に持っていくかだ。

 上手く接近出来たとしても、十分なパワーを発揮するには数秒ほど時間が掛かる。その僅かな時間の間に、キングドラが”たつまき”を起こしてしまったら大きな痛手を負う。

 かと言って最初から”つのドリル”を発揮してから突撃するのも危険過ぎる。

 

 出来ることなら、”つのドリル”を発揮しながら”こうそくいどう”で一気に距離を詰めるのが理想だが、それが出来れば苦労はしない。

 今までも「”こうそくいどう”で距離を詰めてから攻撃」と言った似た様なことをしてきたが、それは片方の技を発揮した後に別の技を使うといった段階を踏んだり、使用するのに負担があまり掛からない技が中心だった。

 

 それに二種類の技を同時に使う事が出来たとしても、制御や集中の関係で威力などは単体で使うよりも抑えめだ。

 中でも”つのドリル”は、一撃必殺を実現出来るだけの威力を持つ”はかいこうせん”と同じくらいの大技だ。一度でも使えば相応のエネルギーと集中力が求められる。しかも全力でなければ破壊力は損なわれてしまう。

 

 そんな効果を引き出すのに一苦労な大技を保ちながら、実戦のぶっつけ本番で別の技を使うなど無茶苦茶だ。

 下手をすれば、片方の技の制御に集中し過ぎて、もう片方の技の集中が疎かになって暴発や力を失ってしまう恐れがある。

 

 だけど、このままダラダラ戦って負けへの道を少しずつ歩むくらいなら、”つのドリル”を維持したまま”こうそくいどう”で距離を詰めて貫くという無茶を実行した方がマシという考えにアキラは傾きつつあった。

 

 キングドラの”たつまき”が収まったタイミングで、カイリューもキングドラを引き寄せようと”ものまね”で使えるようになった”たつまき”を起こす。

 純粋な規模では本家を上回る程ではあったが、放たれた”はかいこうせん”が竜巻を貫いて中にいたカイリューを直撃し、ドラゴンポケモンの体は竜巻の中から追い出されてしまう。

 

「リュット! 一旦着地して……」

 

 攻撃が落ち着くタイミングを伝えた直後、苛立ちを開放する様にイブキが手に持った鞭を叩き付ける。その鋭い音を合図にキングドラはから”りゅうのいぶき”を放ってきた。

 既に着地する態勢だったカイリューは、放たれた息吹をまともに受けてしまう。

 高い威力の”はかいこうせん”に続いて受けた攻撃は相性最悪だが、仰け反るだけでドラゴンポケモンは耐え切る。

 

 キングドラの連続攻撃で疲労だけでなくダメージも蓄積していくのを感じていたが、絶対に負けたくないカイリューは相手を威嚇するのと自らを鼓舞する様に再び吠える。

 しかし、もう一度攻勢を仕掛けようとした時、カイリューはある異変に気付いた。

 

 体が痺れて思う様に動けないのだ。

 カイリューは理解出来なかったが、ドラゴンポケモンの異変と理由にアキラはすぐに気付く。

 ”りゅうのいぶき”を受けてしまったことによる”まひ”状態だ。一度でも状態異常になってしまうと一部を除いて時間経過で治るものではない。

 まさかこのタイミングで状態異常になってしまうのは予想外だ。

 

「今だ!仕留めろ!」

 

 痺れによる違和感などで動きが鈍っているカイリューを見て、イブキは声を張り上げる。

 彼女の指示を受けて、キングドラは最悪のタイミングで「ビーム」の名称通りの洗練された”れいとうビーム”を放ってくる。

 

「”つのドリル”で防御だ!」

 

 咄嗟にカイリューは、体が痺れるにも関わらず額にある小さな突起みたいなツノに黄緑っぽい色のエネルギーを螺旋回転を始める形で収束させる。

 お陰で”れいとうビーム”を掻き消す形で防げたが、片膝を付いたあまり安定しない姿勢なのと麻痺で思う様に動けないからなのか、キングドラは継続して放ち続けて来る。

 当然防御の為にカイリューは”つのドリル”を維持する。しかし、”れいとうビーム”の余波で礫になったり、冷やされた”あまごい”で降って来る雨水が体に打ち付けて来る為、ドラゴンポケモンの体は冷えるだけでなく少しずつ体力を奪われつつあった。

 

「リュット…」

 

 乱反射するエネルギーの光で視界が眩むだけでなく、冷たい雨水にアキラもまた体を冷やしつつあった。

 守りに専念しているこの状況では、トレーナーである自分に出来ることなど限られている。

 どうすればこの劣勢を覆せるか。考えていく内に彼はある決意を固めた。

 

 あらゆる空気の流れと音、敵味方両者の動き、そして今のカイリューが抱いているであろう気持ち、自分が彼の立場だったら何を考えているのか。

 雨水で冷えていく体の震えと焦りなどの感情を可能な限り抑えて、それら全てにアキラは意識を集中させていった。

 

 今彼がやっていることは、シジマの元で教わったことだ。

 ポケモンバトルはその名の通り、戦うのはポケモンだけで、トレーナーは命ずる以外の行動は今行っている公式ルール下では許されていない。

 だからこそ、トレーナーもまた自らを鍛えることで戦うポケモンの気持ちを理解し、感覚を研ぎ澄ませていく。

 そうすることで、初めてポケモンと心を通わせ合うことが出来る。

 

 何も知らない人が聞いたら耳を疑う様な考えだが、限り無く近い、或いはそれ以上の事を経験したことがあるアキラは真剣に実践していた。

 今までは突発的な形で経験したことがあるとはいえ、まだその段階では無いと判断されているのか質問に答える程度の指導のみで、実践的なのは自主練習でしかやって来なかった。

 その自主練習でもやり方が良く分かっていないこともあるのか、上手く出来た試しは無いが、今の窮地を脱するのに他に良い方法は思い付かなかった。

 

 やれるやれないではない。やるしか無いのだ。

 

 そうしていく内に自然とアキラの体は、必死になって”つのドリル”を維持することで”れいとうビーム”を弾き続けているカイリューと同じ片膝を付いた姿勢になる。

 傍から見ると奇行ではあったが、アキラは気にしない。寧ろ絶体絶命の危機であるが故に気にしている余裕は無かった。

 

 その時だった。

 耳から聞こえるエネルギーとエネルギーが激しくぶつかり合う音でも、フィールドに打ち付けて来る雨水の音でもない、声の様なものが少しずつだが頭の中に伝わってくるのをアキラは感じた。

 それは幻聴や気の所為と済ませても良いくらい曖昧なものだったが、徐々にハッキリと自分の今の心境に近いが微妙に異なる別の考えや声が伝わって来た。

 

「そうだよな。負けたくないよな」

 

 傍から見ると独り言だが、まるで返事を返す様にアキラは呟く。

 頭の中に伝わっている彼自身ではない思考と声、それは今目の前で戦っているカイリューのだ。

 

 何故頭の中に伝わって来る考えと声がカイリューであるのかを断定出来るのかと言うと、過去に一心同体の感覚を経験した時に感じた思考と声が殆ど同じだからだ。

 だが今回は何時もとは異なり、互いの視界や感覚までは共有していない不完全と見ても良い状態ではあったが、それでも彼は頬を緩ませていた。

 相変わらず明確な条件やどんなに良くても一瞬だけしかわからなかったが、今では彼の声や考えが常に聞こえるのだ。これは大きな進歩だ。

 

「最初はふざけるなって思ったけど、()()()()()()()()()()()()()()

 

 少しも感謝していない声色でぼやくと、アキラは歯を食い縛りながらも笑みを浮かべて力強く足を前へ出す。

 すると、押されていたカイリューも彼とよく似た顔付きで一歩前へ踏み出す。

 

「怯むな押せ!!!」

 

 イブキとキングドラは彼らの変化に気付くが、一体何が起こっているのかさっぱり理解出来なかった。

 だが、それでも言葉では言い表せない不気味な威圧感に自然と圧倒されつつあった。

 得体の知れない恐怖を振り払うかの様にキングドラがこれ以上無く”れいとうビーム”のパワーを上げた直後だった。

 

 カイリューとアキラ、お互いに体の底から力を引き出すかの様に大声を上げたのだ。

 そして、それに呼応するかの様に”つのドリル”の回転速度と纏っているエネルギー量は更に高まり、カイリューが小さな翼を広げて自身の体を宙に浮かせた瞬間だった。

 

 カイリューはツノだけでなく、まるで”たつまき”を起こすのと同じ様に自らの体そのものを回転させて巨大なドリルそのものとなったのだ。

 それは数カ月前、カイリューが進化した直後に放った”破壊的な竜巻”を彷彿させるものだった。

 あの時と比べると黄緑色の輝きを放っていないだけでなく規模も劣っていたが、それでも先程までの”つのドリル”を凌ぐ規模と荒々しい威圧感は十分過ぎた。

 

 強大なパワーを発揮したカイリューは、そのまま螺旋回転をする先端をキングドラに向けて一直線に突撃していく。

 尋常では無い姿にキングドラは死に物狂いで”れいとうビーム”のパワーを上げて抵抗するが、冷気の光線は巨大なドリルの前では弾かれる一方で全くビクともしなかった。

 それでもキングドラは抗い続けたが、あっという間に距離を詰められて最後は竜巻の様な荒々しい巨大ドリルと化したカイリューの突進を受けて吹き飛ばされた。

 

「なっ…」

 

 カイリュー渾身の一撃を受けて宙を舞うキングドラの姿にイブキは言葉を失う。

 アキラは勝利を確信したが、直後に急に頭を片手で強く抑え付けた。

 何の前触れも無く激しい頭痛が彼を襲ったのだ。あまりの痛みに彼は汗を滲ませて頭を抑えながら思わず体を伏せてしまう。

 

 すると突進を決めてからは雨雲を散らしながら弧を描く様にジム内を飛んでいたカイリューの回転速度は急速に落ちて行き、最後は叩き付けられる様にフィールドの上に転がり落ちた。

 

 雨が止んだことで、一転してジム内を静寂が包むが、二匹は倒れ込んだまま動かなかった。

 傍から見ると相打ちの様な結果。だがすぐにそれは変わった。

 

 キングドラは起き上がる様子は全く見られなかったが、体を震わせながらゆっくりと蹲っていたカイリューが立ち上がったのだ。

 横たわったまま動かないキングドラと辛うじて立ち上がったカイリュー。

 どちらも正常な状態とは言えないが、結果を下すには十分だった。

 審判は恐る恐る判定を下す。この勝負はカイリューの勝ち、即ちイブキが負けたことをだ。

 

「そ…そんな……バカな」

 

 イブキだけでなく、観戦していたこのジムで修業を積み重ねているトレーナー達の間でも動揺が広がる。

 ジム挑戦者向けに加減した訳でも無い正真正銘の本気を出したにも関わらず、対戦相手に三匹の余力を残されてイブキが負けた。

 

 ここ最近イブキを打ち負かすトレーナーは殆どいなかった。それどころかドラゴンタイプとの対決は、唯一の例外を除けば負け無しだ。

 連戦ではあったが、”ねむる”のお陰でキングドラは常に最高のコンディションを維持していた。

 その為、今のカイリューとの戦いはドラゴン同士の一騎打ちと言っても良かったが、その最も得意とするドラゴン対決でも負けたのだ。

 

「こんな…こんな…」

「フガフガ」

 

 目の前で起きたことが理解出来なくて呆然としているイブキ。今の彼女に声を掛けることなど、躊躇われるどころか出来る者はいない。

 誰もがそう思っていた時、彼女の後ろに何時の間にか一頭身程の背丈の杖を突いた老人が付き人らしきスーツの男性を伴って現れた。

 

「おじい……じゃなかった。長!」

「”イブキ、お主は一体何をやっておるのじゃ”とおっしゃっています」

 

 まさかの人物が現れたことにイブキは驚いていたが、ようやく頭痛が収まって周りに意識を配れる様になったアキラだけは別の疑問を抱いていた。

 

 あの老人は何時ここにやって来たのかだ。

 

 今思えば付き人らしい人の存在には何となく気付いていたが、近くにあの老人がいるということには全く気付いていなかった。

 背が極端に小さいから見落としていたにしては説得力が無い。本当に気付いたらそこにいたとしか言いようが無かった。

 

 耳を澄ませてみると何やらイブキへのお説教らしいのが付き人の通訳を介しているのが聞こえるが、それよりもアキラはカイリューの状態が気になっていた。

 立ち上がってからは大丈夫な様に見せ掛けていたが、緊張の糸が切れたのか危うく倒れ掛かったのだ。

 

「大丈夫かリュット?」

 

 頭痛を感じてからは不完全な一心同体に近い感覚は途切れてしまったが、今は戦っていたカイリューを労うのが優先だ。

 少々苦しそうなカイリューが少しでも楽が出来る様に、精一杯背伸びをして体を擦ってあげるなどをしてあげる。

 

 慣れない大技を使った反動と見れなくも無いが、記憶では今さっき発揮したのよりも数段威力も規模も上なのを発揮して、四天王の手持ちを一掃。続けてワタルのカイリューと戦ったのだが、反動が出る時と出ない時でもあるのだろうか。

 そんなことを考えながらカイリューの気分を落ち着かせようとしていたら、付き人を伴ったイブキの祖父がアキラ達に近付いて来た。

 

「フガフガフガ」

「”かなり負担を掛けてしまったのだから、これを食べさせると良い”とおっしゃっています」

 

 イブキの祖父が手に乗せて差し出したそれは薬丸みたいなものだったが、相手がイブキとワタルの祖父なのもあってアキラとカイリューは互いに()()不審気な目で観察する。

 よく観察しようとアキラは戸惑いながら手に取ろうとするが、その前に匂いを嗅いでいたカイリューが舌を伸ばしてペロリと口に含んだ。

 

「あっ、こら。行儀が悪いぞ」

 

 アキラはカイリューに小言を言うが、渡したイブキの祖父は気にしていなかった。

 しばらく咀嚼するとドラゴンポケモンは一瞬「不味い」ものを食べた様な表情を浮かべたが、飲み込むと同時にホッとする。

 

「フガフガフガ。フガフガガ」

「”さっき君のカイリューがやったことは、出来たとしてもそう頻繁にやる様なものでは無い。気を付けた方が良い”とおっしゃっています」

「……さっきカイリューが発揮した力が何なのか知っているのですか?」

「フガフガフガフ」

「”あれは人間で言う火事場の馬鹿力に近いもの、仮に大きな力を実現したとしてもポケモンの体を壊す可能性が高いなど負の要素も多い”とおっしゃっています」

 

 イブキの祖父の話にアキラは納得する。

 確かに今回だけでなく今までの例を考えると、詳しい理屈はわからなくても稀にカイリューが引き出す常軌を逸した破壊力を持つ技の負担が大きいことは間違いないだろう。

 もっと詳しく聞きたいが、その前に長は呼吸が落ち着いてきたカイリューに顔を向ける。

 

「フガフガフガ」

「”君のカイリューは良く育てられている。ワタルも凄かったが、君達も負けず劣らず良い”とおっしゃっています」

 

 この言葉にカイリューは息を荒くして怒りを露わにし、思わずアキラも()()()に怒気の籠った眼差しを向けてしまう。

 これには通訳をしている付き人はビックリをするが、長は微動だにしなかった。

 彼らの反応を見て、すぐに我に返ったアキラは自分が何をやっているのか気付いて止めるが、カイリューだけは威嚇する様な唸り声を漏らしながら、体を屈めて同じ目線から長を睨み付ける。

 しかし、長は相変わらず反応らしい反応を見せなかったからか、しばらくすると屈めていた体を持ち上げてそっぽを向く。

 

「…フガフガ」

「”気を悪くさせてすまない。どうやら彼とは一悶着あったようじゃな”とおっしゃっています」

「ちょっと彼とは喧嘩みたいなことをしまして…」

 

 実際は喧嘩どころか、一地方を巻き込んだ壮大な戦争の様なものではあったが、全部話すのは面倒なので端的に話す。

 アキラもワタルには良い感情を抱いていないが、カイリューにとってワタルはロケット団と同じ位置付けの扱いだ。あのクソマント野郎と毒を吐きたくなったが、何故そんなことが頭に浮かんだのか自分のことなのにアキラは少し不思議に感じた。

 そんなことを考えていたら、付き人からイブキが取り上げていたアキラのノートが渡された。

 

「フガフガ」

「”孫が悪いことをした”とおっしゃっています」

「………」

 

 アキラはノートを受け取るが、内心では少しだけ困惑していた。

 今まで会ったワタルやイブキなどのドラゴン使いは、どちらもプライドが高かったり傲慢であったが、この長はそういう雰囲気は感じられなかった。寧ろ存在感が不自然なまでに無いのだ。

 付き人が通訳していることもあるのか、言葉からも感情が感じられない。加えて姿を見せるまで気配が感じられなかったこともあって底が知れない。

 

「フガフガフガ」

「”カイリューを強くするヒント、技を求めてこの町に来たのか?”とおっしゃっています」

「……何で知っているのですか?」

 

 さっきの説教の時にイブキが教えた訳でも無いのに何故知っているのか。

 今ノートを渡されたが中身を覗かれた素振りも無かった筈だ。

 

「フガフガ」

「”カイリューの様子を見ればわかる”とおっしゃっています」

 

 ドラゴン使いの長だけあって、得られた情報からの推理力とドラゴンタイプのポケモンの考えを読み取るのもお手の物らしい。

 簡単に言っているが、言葉が通じないだけでなく手持ちでは無いポケモンの気持ちを適切に読み取れているのを見ると相当な経験を積んでいるのだろう。

 能ある鷹は爪を隠す、というものだろうか。

 

「フガフガフガフガフガフフ」

「”君達の実力は素晴らしい。だけど残念ではあるが、まだまだドラゴン使い以外のトレーナー達の技量は十分では無い。イブキどころか、彼女の父にすら全てを教えていないのだ。明かすには時期尚早”とおっしゃっています」

「そうですか」

 

 やはり本で見掛けなかったドラゴン技は、部外者にはそう簡単に明かす訳にはいかないということだろう。

 技自体は存在しているが、一族と関係者の秘技扱いなのは、単純に明かしたくない以外にも悪用する者に流出する可能性を防ぐ意図もあるとみられる。

 と言っても、ワタルはその一つと思われる”げきりん”を使っていたのは気になる。

 

「ワタルは”げきりん”という…桁違いに強い技を使ってきました。長が教えた訳では無いのですか?」

 

 何気無くだが、そのことを尋ねた途端だった。

 アキラとカイリューは無意識に体に力を入れるだけでなく、咄嗟に何時でも退ける様に片足を一歩後ろに下げていた。

 理由は明白だ。目元を覆う様に広がっている毛の隙間から、長が鋭い視線を向けたからだ。

 

 一瞬だけだったが、それはかつて一度だけ対峙したサカキを彷彿させるものだった。

 

 二頭身で付き人の通訳を介さないとまともに喋ることが出来ない杖を突いた老人では無いと思っていたが、一体どれ程の実力の持ち主なのか。

 ヤナギと言い、ジョウト地方のトレーナーは老人が強いのか。恐ろしくもそんな考えが頭に浮かぶくらいアキラは気になった。

 

「フガ…フガフガフガフガ」

「”恐らく…自力で至ったと考えられる。彼はドラゴン使いの血を引く者の中では間違いなく天才だった”とおっしゃっています」

「自力か……」

 

 仮にワタルがある程度教わったとしても、最後は自分で仕上げたのだろう。アキラもコツくらいは聞きたいが、この様子では無理だろう。

 かなり和らいでいるが、”げきりん”のことを聞いてから長の目がこちらの細かな変化を見逃そうとしないのだ。

 助言や質問に答えて貰えるなど友好的ではあるが、肝心の部分は部外者に教えるつもりが無いのがハッキリとしていた。

 だけど、アキラも折角のチャンスなので臆したくなかった。

 

「――実はリュット…俺が連れているカイリューは、イブキが使ってきた”げきりん”によく似た力を引き出したことがあります」

 

 アキラがその事を教えると、目付きはわからなくても長の雰囲気が変わったことを感じ取る。

 

「自分みたいなドラゴン使いでは無いトレーナーが扱うには危険な技であるという理由もわかります。ですが、何かの拍子で自覚せずに引き出す時があるので、自分とカイリューはその力を上手く制御する方法を学びたいです」

 

 まだ片手で足りるくらいしか目の当たりにしていないが、”げきりん”の力は強大だ。

 あれだけのパワーを実現するのと反動で”こんらん”状態になることを考慮すれば、危険と言っても良い技だ。

 危険な力を制御する。その名目なら、学ぶことが出来るかもしれない。

 

「フガフガ」

「”君のカイリューは、素質と力は十分ではあるが、本当の意味で()()に引き出せてないじゃろ?”とおっしゃっています」

 

 長の鋭い指摘にアキラは反応に困った。

 確かに引き出せたのは、偶然の要素が大きい。そもそも長の言う通り、未だに全然自由に力を引き出せていない。

 

「フガフガ、フガフガフガフガ」

「”本当の意味で引き出して危険を感じたのなら教える必要はある。しかし、存在を知り、それを覚えることが目的であるなら希望に沿う事は出来ない”とおっしゃっています」

 

 完全に狙いを見抜かれていて、アキラは大人しく降参する。

 教わることが出来るとしたら”げきりん”を覚えたことで制御に困ったり、身の危険を感じた時だけということだろう。危険な状態であれば教えて貰えるが、そうでは無いならお引き取り願うのだろう。

 何とか知っている様に取り繕ったつもりだが、やはりこちらの思惑は完全に見抜かれていると見て良い。

 

「フガフガ」

「”何をするにしても、先程の試みと同じでドラゴンポケモンは技も含めて扱いにはくれぐれも気を付ける様に”とおっしゃっています」

「勿論です」

 

 一流のドラゴン使いから見ても、カイリューは強いだけでなくかなり習得まで良い線を行っていることがわかったのだ。

 色々あったが、これだけでもこの町にやって来た甲斐があったものだ。

 それからアキラは、この町で”げきりん”について教わることは諦めたが、代わりにドラゴンポケモン使いの一族の長に答えてくれる限りの気になることについて尋ねるのだった。




アキラ、苦戦の末に何とかイブキに勝利する。

カイリューの”げきりん”の習得はお預けですが、恐らく別の方法で覚えることになると思います。
端的ながらも、徐々に切り札に成り得る力と技術を物にする切っ掛けを掴みつつあるアキラとカイリュー、他の手持ちも着々と力を付け始めているので、彼らはどこまで強くなるのか。


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あいうえお

タイトル名は間違えていませんので大丈夫です。


「っ!」

「えい!」

 

 掴んでいた腕を使うことでシジマの体の重心を移動させたアキラは、片足になった瞬間に刈り取る様に足を入れてシジマを倒す様に投げた。

 

 アキラがシジマの元に弟子入りを志願して数カ月。

 ポケモンバトルを交えた鍛錬と並行しながら肉体と体力作りを続けていたが、最近になって「約束稽古」と呼ばれる柔道の練習段階にアキラは移り始めていた。

 

 まだ基本的な技が中心ではあるものの、アキラは今までシジマがお手本として見せてきた動きを良く理解しており、力加減などの細かな点を除けば、まるで彼が連れている手持ちと同じ”ものまね”を使ったかと思える程に動きはしっかり形となっていた。

 

「あなた~、アキラ君~、もうそろそろ夕飯が出来ますよ」

 

 起き上がったシジマは再びアキラと組み合い始めたが、そのタイミングでシジマの家内が二人を呼ぶ声が聞こえた。

 それを機に二人は掴み合っていた手を離して、乱れた柔道着と呼吸を整える。

 

「よし。今日の鍛錬はここまでだ」

「はい!」

 

 元気に返事を返したアキラだったが、直後に体から力が抜ける。そして表情の方も、余程疲れたのか気の抜けたダラしないものになる。

 しかしシジマは咎めることはせず、そんな彼の様子を眺めながら様々なことを思案していた。

 

 分かり切っていることだが、アキラの動体視力を始めとした身体能力は常軌を逸している。

 今まで受け身などの基礎的な練習ばかりしてきたのは、ちゃんとした段階を踏むことで彼の体を少しずつ鍛えることもあるが、アキラが自らの力を過信して鍛錬過程を疎かにしないかを確かめるというシジマなりの目的もあった。

 彼くらいの年なら、自らが持つ大きな力に浮かれたり天狗になっても何もおかしくないからだ。そしてその精神面を鍛えて導くのも師としての役割だ。

 

 だが、アキラは自分なりに力の扱いに気を付けるだけでなく、上手く扱える様に現状に満足せず向上心を抱き続けていた為、そちらの方の懸念は杞憂で終わっていた。

 しかし、その代わりなのか最近熱心にしては鍛錬に力を入れ過ぎている点など、別のことが気になってもいた。

 若干の懸念を抱きながら、シジマは考えている事とは別の要件について彼に尋ねる。

 

「アキラ、明日はお前のカイリューの背に乗って移動するが、問題は無いか?」

「…到着には時間は掛かりますが、大丈夫です」

 

 さっきまでとは一転して、引き締めた表情で真っ直ぐシジマと向き合った上でアキラは答える。

 明日シジマは帰宅するアキラに同行する形でカントー地方へと赴いて、彼の紹介状を書いたジムリーダーのエリカと面会する予定なのだ。

 

 アキラは何故エリカと話をしたいのかわからなかったが、パソコンの電子メールが扱えないシジマが内容を記した封筒をエリカに渡す様にアキラに頼み、エリカもまた日時などの内容を纏めたであろう封筒をシジマに渡す様に頼んでくるといった郵便配達紛いなことをやったのだから、何か大切な事だろう。

 それに元々明日は、偶然にもヨーギラスの引き取り書類にサインをする予定もある。

 そして、もう一つ大切な予定もだ。

 

 明日の予定をシジマと確認し合った後、アキラは道着を着込んだまま、自主鍛錬に勤しむ手持ち達の様子を窺いに向かった。

 まず目に入ったのはエレブーとヨーギラスが、サンドパンから何か助言を受けているのか揃って熱心に聞いている姿だった。

 少し離れたところでは、ドーブルにゲンガーが先輩振っているのか何か語っていたが、ヤドキングから「あいつを反面教師にするんだぞ」的な事を伝えられていた。

 そしてシジマの格闘ポケモン達に紛れて、ブーバーとバルキーはカイリキーを参考に突きや蹴り、手刀などの動きを真似ていた。

 

 サンドパンが最近加わった後輩三匹に基礎鍛錬やトレーナーの元での暮らし方などに関する新人教育を行う案はやっているが、今はそれぞれの担当にして先輩から教わる時間らしい。

 新人教育を行う時間を重視すべきか、個々の指導担当からの教えの時間を重視すべきか。まだハッキリしていないことを考えながら、アキラは集団から離れた場所にいるカイリューの元に赴いた。

 

 アキラみたいに汗を滲ませていたカイリューは、息を整えると体の奥底にまで力を入れて何かを引き出そうとするが、結果は乏しかった。

 今カイリューがやっているのは、”げきりん”の鍛錬だ。

 

 結局、色々話を聞くことは出来たが、フスベシティを訪れた一番の目的である”げきりん”の覚え方や扱い方をアキラ達は教わることは出来なかった。

 その為、今は見ての通り”げきりん”を引き出せたであろう時の感覚を思い出させると言う根拠の乏しい根性論みたいな方法になっている。

 

「リュット、今は”げきりん”よりも覚える流れが明確にわかっている他の技でも良いぞ」

 

 ブーバーとバルキーの二匹が揃って”いわくだき”の練習をしている様子を示しながら、アキラはカイリューに語り掛ける。

 ”ものまね”を利用した技の習得に頼り過ぎた訳では無いが、”げきりん”は本当に未知数な技だ。

 それにアキラとしては、カイリューに他にも覚えさせたいと考えている技がある。なので、まずはそれらを覚えてから取り掛かっても良いと思っている。

 

 しかし、カイリューは嫌なのか、彼の説得を無視して”げきりん”の練習を再開する。

 様子を見る限りでは、危うくイブキのキングドラに負けそうになったことがかなり悔しいらしい。

 

「…わかったわかった。気が済むまでとは言えないけど、今の時間少しだけ手を貸すよ」

 

 何時ものことながら、アキラは可能な限りカイリューの希望に沿える様にドラゴンポケモンの観察を始める。

 格闘技などの肉体的な動作が大きく関係している技では無いので、幾ら鋭敏化した目で見てもどうやって”げきりん”のエネルギーを引き出しているのかわからないのだ。

 これならイブキのハクリューが”げきりん”を使う際にカイリューに交代させて、”ものまね”させれば良かったと後悔しているが、もう後の祭りだ。

 

 またフスベシティにジム戦を行うという名目で向かったとしても、彼女が挑戦を受けるとは思えないし、彼女の祖父である長も目を光らせているみたいだから無理だろう。

 一見するとフスベシティを訪れたのは失敗だった様に見えるが、一番の目的を果たせなかっただけでそれ以外は概ね満足のいく結果を得られた。

 

 その内の一つが、イブキが失礼なことをしたお詫びなのか、”りゅうのいかり”などの既にカイリューが扱えるドラゴン技の技術的なことを教わることが出来たことだ。

 まだ練習中ではあるが、具体的なやり方をノートに書くことを許されたので、上手く物に出来ればイブキのポケモン達が使った様に”りゅうのいかり”の大幅な威力の向上やスピードアップが望める。

 

 そして何より有益だったのは、カイリューが稀に引き出す桁違いの破壊力を秘めた力に関することをある程度聞けたことだ。

 

 結論から言えば、あの力は別にカイリューに限らず、ポケモンが技を繰り出す時に何かしらの複数の要素が上手く噛み合った際の相乗効果によって偶発的に発揮することが出来るものということだ。

 イメージ的にわかりやすい例を挙げるなら、イエローと一緒にワタルと戦っていたレッドのピカチュウが最後に放った超大技である”100まんボルト”の様なものと見て良い。

 

 やはり特殊な条件が関係していたが、複数の技を同時に使った時や極限にまで追い詰められた時などでも実現出来る可能性はあるという話を聞いた直後は、アキラは訓練次第では使える様になるのではと思ったものだ。

 

 しかし、そもそも狙って出来る様なものでは無いのと下手をすれば自滅してしまう可能性があるなどの問題だらけなのもわかった。

 更に仮に使えたとしても、威力と反動が見合わないか大き過ぎて実質相打ち同然になるなど効率が悪いなどの問題点も丁寧に教えられた。

 ”げきりん”を教わろうと考えた時と同様に、長は彼の浅い考えはお見通しであった。

 

 とはいえ、イブキの祖父はドラゴンポケモン使いの一族の長を務めていただけあって、豊富な経験から得られた情報や技術的な助言はかなり有益だったことには変わりない。

 げきりん”などの技と異なり、複雑な条件をクリア出来たとしても体を壊したり自滅する可能性のある規格外の大技を使うより、通常の扱える範囲内での技を上手く極めたり応用する方が余程のことが無い限りずっと効率的だという長の意見は尤もだ。

 桁違いの威力を持つ大技に少し惹かれているのは否定しないが、そんなとんでもない大技を扱う事を考えるのは、連れているポケモン達が普通に覚えたり扱える技を極めてからの方が今は良いだろう。

 

 目の前で苦労しているカイリューの姿を眺めながら、アキラは本格的に”げきりん”を引き出すことに意識を移そうとした時だった。

 何時の間にかゲンガーが、集団から離れた位置で体を屈めていたことに彼は気付いた。

 ヤドキングに言い負かされたり、ドーブルに拒否られてしまっていじけているのか。それとも休んでいるのか定かでは無かったが、目を凝らしてみると手元に何かを持っているのが見えた。

 

 カイリューが小休憩に入ったのを見計らって、アキラは音も出さずに静かにさり気なくゲンガーに近付く。

 コソコソしていることも相俟って、何をやっているのか気になったのだ。

 

「アキラ! 夕飯の用意をするからポケモン達を呼ぶんだ」

「っ! はい!! おーい! 夕飯が出来たぞー! 全員集合っ!!!」

 

 その時、シジマから夕飯が出来たことを伝える様に言われ、アキラは大きな声で鍛錬を続けているポケモン達に声を掛けた。

 彼の声に反応したシジマと彼のポケモン達は、ぞろぞろと今やっていることを中断してタンバジムへと向かい始める。

 当然、ゲンガーもその中の一匹だった。アキラはカイリューと一緒に歩きながら、さり気なくゲンガーに近付く。

 

「スット、さっきは何をやっていたの?」

 

 声を掛けるとゲンガーは珍しくビックリした挙動を見せた。

 アキラの経験上、それは彼が何か企み事をしているのがバレそうになった時に見せるものだ。

 一体何を企んでいるのか問い詰めようとしたが、ゲンガーはダッシュでジム内へと飛び込んでいった。

 

「……何を考えているんだか」

 

 一緒に居るのだから探る機会は幾らでもあるが、あの様子では簡単には明かしてくれないだろう。

 逃げる様に他のポケモン達に紛れるシャドーポケモンの後ろ姿を見つめながら、アキラも集団の最後尾からジム内へと入って行く。

 しかし、彼が何をやっていたのかをすぐ知る事になるのをこの時アキラは少しも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 その夜、タンバジム内で振り分けられた個室の中でアキラは布団を敷いて寝る準備を進めていた。

 

「明日から正式に俺の手持ちになるけど、本当に良いのか?」

 

 アキラの問い掛けに、部屋の片隅で座っているエレブーの膝の上に乗っているヨーギラスは笑顔で応じる。

 今まで正式な手持ちでは無かったのでニックネームは付けていなかったが、明日の手続きを終えたら手持ちの一員になった証としてニックネームを付ける予定だ。手持ちのニックネームの法則性には、幼い彼も察している様だが、それでもワクワクしているらしい。

 その姿にアキラは少しだけ癒される気分になったが、もう一つある予定を思い出して表情を引き締めた。

 

「ヨーギラスの用事が済んだら、次はレッドとの再戦だ。準備万端で行く為にもさっさと寝るぞ」

 

 部屋の外の庭にいる他の手持ち達に呼び掛けると、彼らもモンスターボールに戻るべくぞろぞろと動き始めた。

 ヨーギラスを正式に手持ちに迎える手続き以外にあるもう一つ大切な予定。

 それはレッドとのリベンジマッチのことだ。

 

 今のところ彼との戦績は、カスミの元で療養も兼ねた特訓期間中も含めて全戦全敗という悔しい連敗記録更新中なのだ。今度こそ明日は連敗更新を阻止して、連勝記録に変える第一歩にする。

 まだ修行途中だが、それでも以前よりは自分達は格段に強くなっている。

 対策や研究も――また引っ繰り返されたりする可能性はあるが、可能な限りの備えもしている。

 今度こそ勝てる自信があった。

 

「バーット、箸の練習もそれくらいにしていい加減に戻ってこい」

 

 アキラ自身、気合を入れるだけでなく他の手持ち達がモンスターボールに戻る準備をしている中、一匹だけ外に残っているブーバーに彼は呆れ混じりの声で再度呼び掛けた。

 流石に二回目とあって、ひふきポケモンは舌打ちをすると渋々手に持っていた二本の木の枝を放り投げて戻って来た。

 

 さっきの夕飯で、ブーバーは見栄を張っているのか興味本位なのか知らないが箸を使おうとしていたのだ。

 かなり悪戦苦闘しても尚頑なに使おうとして全然食事が進まなかったので取り上げたが、どうやら変な方向にやる気が付いてしまったらしい。

 

 ブーバーが戻って来たのを確認したアキラは、持ってきているノートを広げて明日に備えての最後の準備を進める。

 そんな時だった。ニヤニヤとした如何にも悪巧みを考えていそうな怪しさ満点の表情を浮かべながら、唐突にゲンガーがアキラに近付いて来た。

 

「何だスット? 明日の為の秘策でもあるなら聞くぞ」

 

 ゲンガーはイタズラ好きではあるが、今は大事な時なのを理解している筈なので、アキラは冗談交じりでシャドーポケモンに問い掛ける。

 と言ってもゲンガーが言葉はわかる訳は無いので、喜怒哀楽の激しいパントマイムみたいな身振り手振りを解読することになる。

 そう思っていたら、ゲンガーは後ろに隠していた両手を前に差し出した。

 

 その手には紙の束――と言うよりはカードが握られていた。

 一体何のカードかと興味を惹かれたが、一番上にある一枚目のカードには飴玉の絵と共に平仮名で「あ」と書かれていた。

 確かヒラタ博士の孫が遊び道具として、この平仮名カードを使っていた記憶が有るのでそれを借りたのだろうか。

 

 そんなことを考えていたら、シャドーポケモンは「あ」と書かれたカードを畳の上に置く。

 そして次にキノコの絵が描かれていた「き」の平仮名があるカードを束の中から探し出して、「あ」の隣に並べた。

 

 まさか――

 

 ゲンガーがやっていることが何なのか、その可能性がアキラの頭の中に浮かんだのと同じタイミングで、ゲンガーは三枚目にラッパの絵付きの「ら」と書かれたカードを取り出してそれを並べた。

 

『あきら』

 

「……意味…わかるの?」

 

 畳の上に並べられた三枚のカードの並びを見ながらアキラは尋ねると、ゲンガーは胸を張って彼を指差した。

 どうやら意味をちゃんと理解しているらしい。

 

「凄いと言うか…本当かよ」

 

 たった今やったゲンガーの行動を理解したアキラは、少し信じ切れていない様子ではあったが感心した様な声で呟く。

 確かに一部の高度な知能を持つポケモンや素養があるポケモンは、言葉だけでなくある程度人間の文字を理解することが出来る。それこそゲンガー達が好んで見ているバラエティー番組にたまに出るポケモン達みたいに、芸の一環として注目を浴びれる程だ。

 最近ゲンガーを始めとした手持ちの一部が文字に興味を抱いていることは知っていた。だけど理解することは難しいと思っていたので、正直言ってかなり驚いていた。

 

「どうやって覚えたんだ?」

 

 最近はヤドキングがドーブルの平仮名が書かれた積み木で遊んでいるのを見るので、ゲンガーも同じやり方で覚えたのだろう。

 そう考えていたら、ゲンガーは何と小さな本――それも絵本をどこからか取り出した。

 題名は「ニャースでもわかるあいうえお」と書かれていたが、まさか本当に絵本を使って覚えたのだろうか。にわかに信じ難いが、ゲンガーの様子を見るとそうらしい。

 

「ひょっとして…名前以外にもわかることある?」

 

 ちょっと期待の意味を込めて聞いた途端、笑っていたゲンガーの表情は固まった。

 微妙な空気が場を支配したが、ゲンガーは慌てて手に持っていたカードとアキラの名前に並べたカードを一緒にする。

 すると彼は自分はちゃんとわかっているんだと言わんばかりにカードを五十音順に並べ始めた。

 

「待て待てスット、そこまでやらなくても良い。お前が人の文字をある程度理解出来る様になったのは十分にわかったから」

 

 慌てるゲンガーの行動を止めながらも、アキラは少しおかしそうに笑っていた。

 アキラの名前を並べる以外のことが出来ないことにゲンガーは焦っているが、普通のポケモンはトレーナーの名前を文字の形で理解することは出来ないものだ。

 だから今の段階でも十分に凄い事だと彼は考えていた。

 

 そしてゲンガーはカードを五十音順に並べ終えると、再び腕を組んで胸を張った。

 まるで子どもみたいだが、アキラは本心から感心すると同時に軽くだが拍手を送る。

 

 今は名前だけだが、更に時間を掛ければゲンガーは他の文字の意味も理解出来るだろう。どこまで伸びるかは未知数だが、その能力は必ずや自分達の役に立ってくれる筈だ。

 手放しと言っても良い彼からの称賛にゲンガーは気分を良くするが、唐突に並べられていた平仮名カードは風で巻き上げられたかの様に飛び始めた。

 

 カードが飛んだ先に目をやると、ヤドキングが細めた目を薄らと青く光らせており、カードは彼の手元に引き寄せられる様に束になっていく。

 折角の気分の良さを台無しにされたゲンガーは抗議の声を上げるが、ヤドキングは無視してカードの束から三枚のカードを抜き出して彼らに見せ付けた。

 

『あきら』

 

「…ヤドット、お前もか」

 

 どうやらヤドキングも、ゲンガーと変わらないくらい文字を理解することが出来るらしい。

 確かにヤドキングも平仮名が書かれた積み木で遊び、五十音順の正しい並びをある程度わかっていることは知ってはいたが、まさかこのタイミングで更なる段階へと進んでいたことを知るとは思っていなかった。

 それから二匹は出来ることが互いに同じレベルなのが気に入らないのか、今にも喧嘩を始めそうなまでにガンを飛ばし合い始めた。

 

「待て待て、何で喧嘩しそうな雰囲気なんだ。落ち着け」

 

 アキラだけでなくエレブーとサンドパンも両者の間に割って入って喧嘩を起こさない様に宥め始めるが、二匹は中々引き下がらない。

 体が大きくて部屋に入りにくいカイリューは別として、ブーバーにも手伝って欲しかったが、面倒なのかひふきポケモンは欠伸をするとバルキーと一緒にモンスターボールの中に戻ってしまった。

 

「あぁ~もう。明日は大事な日なんだから、喧嘩するなら別の日にしてくれ」

 

 開き直って白黒付けるなら後日にして欲しいことを伝えると、ようやくヤドキングとゲンガーの二匹は睨み合うのを止めて揃ってボールの中に入って行った。

 

 手持ちとして連れている二匹が、人の文字をある程度は理解することが出来る。

 そのことを今日初めて知ったアキラは、彼らの賢さが自分達の更なる飛躍に繋がる確信を抱いたが、同時に厄介事が増える可能性についても心配するのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「『ピカチュウのあいうえお』…本当にピカチュウは人気だな」

 

 偶然に目に付いた本棚に陳列されている幼児向けの学習教材である絵本のタイトルが見覚えのあるものだった為か、アキラは足を止めるだけでなく一年前にあった出来事を軽く思い出していた。

 

 さっきの講習の時、纏めた資料を振り分ける作業の手伝い以外でも彼らの能力を活かせばもっとスムーズに進んだかもしれないが、逆にタメにならないと考えたアキラは、敢えて警察の前ではあまり使わない様にさせていた。

 便利ではあるけど、普通なら滅多に経験出来るものでもないのとあまり頼り過ぎるのは良くないと考えているからだ。

 

 それらを振り返ったアキラは、この世界に来てから愛読している学習漫画シリーズの新作を手にして、他にも何か面白そうなものは無いかと探す。

 警察への指導、エリートトレーナーとの手合わせを終えて、ようやく彼は書店を訪れて自分の用事に時間を費やしていた。

 だが、娯楽はともかくポケモン関係の本はアキラの視点から見ると良いと言えるものは中々無い。あったとしても広く世間で広まっている内容を分かりやすく解説した本とかだ。

 

 アキラ自身もレッドには余程の事が無い限り自らの手の内を明かさないので、本と言う形で自分が持つ知識を広める人があまりいないことには理解している為、この辺りは仕方ないと割り切っていた。

 

 ノートや筆記用具は既に買っているし、暗くなる前にはコガネシティの外れにある育て屋老夫婦の家には戻れるだろう。

 そしたら、まず育て屋で待っている――

 

「?」

 

 この先の予定を考えていたら、腰に付けていたモンスターボールが揺れ始める。

 中を覗いてみると、ゲンガーがボールの中からある場所を指で示していた。

 目を向けると、そこはさっき見た学習教材よりも対象年齢が上がった学習教材が置いてあるコーナーだった。

 ゲンガーの動きに呼応したのか、ヤドキングも入っているボールを揺らす。

 

「…今度は何が良いんだ?」

 

 二匹の要望に応える形で、アキラはそのコーナーの前へと足を運ぶ。

 自分の名前を文字の形で理解しているのを知って以来、彼らは少しずつそちらの方面で努力と勉強を重ねてきている。それ自体は良い事だし、頼り過ぎなければかなり有益なのでアキラも可能な限りのサポートをしている。

 だけど二匹が揃って希望するものが()()()()()なのには、どう反応すれば良いのか少し困るのだった。




アキラ、手持ちポケモンの意外な方面での努力に更なる可能性を見出す。

まだ覚え始めたばかりなので、劇的な変化までには至っていませんが、物語が進むにつれてアキラの助けになるなど何かと役に立つ場面があるかもしれません。
最近ポケスペでもテレパシーか何かの形で会話をするポケモンが増えつつあるので、その内ゲーム本編でも人と会話を交わすポケモンが出て来るんじゃないかと思ったりします。


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憂える気持ち

 タマムシ大学内にある一室で、アキラは目の前の机に広げられている複数の紙を読んでいた。

 記載されている内容を頭の中でしっかりと理解して、手順通りに手に持ったボールペンで空欄を埋めていき、最後に自らの名前を記した。

 

「これでよろしいでしょうか?」

 

 記入した紙を渡すと、隣に立っていたエリカは受け取った紙に記された内容に目を通す。

 

「問題無いです。これでヨーギラスは、正式に貴方のポケモンとして認められましたわ」

 

 用意された書類の内容に問題が無い事を確認したエリカは、微笑みながらアキラに告げる。

 アキラ達がヨーギラスと再会して半年以上過ぎたが、ヨーギラスの選択は自分達に付いて行くだった。

 今まで連れ回していたのは諸事情による保護扱いだったが、これでヨーギラスを自分の手持ちポケモンとして堂々と連れ歩くことが公的に許された。ちなみに彼らは今モンスターボールの中では無くて、大学の敷地内で待っているので早く行かなければならない。

 何より今回は――

 

「では……部屋の外で待っているシジマ先生にも話が終わったことを伝えてきます」

「わかりました」

 

 一言伝え、アキラは少し急ぎ気味で座っていた席から立ち上がる。

 今回はヨーギラスを手持ちに加える書類に記入するだけでなく、アキラが師事しているシジマがジョウト地方から来ているのだ。自分の用事が済んだからには早く伝えなければならない。

 

「今回の手続きなどの準備をして頂き、ありがとうございます」

「気にしなくても大丈夫ですよ。何時もアキラには助けられていますから」

 

 部屋を出る前にアキラはエリカにお礼を伝える。自分はこれで席を外すが、保護者であるヒラタ博士同様に彼女にはお世話になってばかりだ。

 だからこそ、彼女の言う様にアキラは博士を通じてタマムシ大学関係で力になれることには可能な限りの協力をしている。

 

「そういえば、タカさん達がアキラに会いたがっていましたわ」

「失礼します」

 

 エリカの話を聞き終える前にアキラは瞬く間に無心になって足早くに部屋から出る。四天王との戦いを機にタマムシの自警団の一員みたいな扱いになっているらしいが、今は愉快な暴走族と関わっている暇は無い。

 

「――先生、自分の用事は済みました」

「そうか」

 

 部屋の外に出たアキラは、待っていたシジマに自分のことが終わったことを伝える。

 今のシジマは普段の着込んだ胴着姿では無くて、スーツにネクタイなどといったしっかりとした服装だ。

 実は道着姿だけでなく上半身裸に近い格好ばかり見てきたので、こうした正装姿を見るのはアキラの中では新鮮だったりする。

 

「では先生、自分はこれから友達とのリベンジマッチを挑んできます」

「おう。しっかりやってこいよ」

「勿論です」

 

 若干体を強張らせながら告げると、アキラはそのままその場から去っていく。

 そんな彼の後ろ姿を見ながら、彼の姿が見えなくなったタイミングでシジマはさっきアキラが出て来た部屋をノックする。

 

「どうぞ」

「失礼する」

 

 一言伝えてからシジマが中に入ると、エリカは最西からやって来たジムリーダーを出迎えた。

 

「初めましてタンバジム・ジムリーダーのシジマさん。私はこのタマムシシティでジムリーダーを務めているエリカです」

「こちらこそ初めまして」

 

 最初に軽い自己紹介と挨拶を二人は交わす。

 カントー地方とジョウト地方、近年は交通網が発展したお陰で昔より交流する機会は増えていたが、それでも両地方を分断するかの様にそびえ立つシロガネ山の存在で今も交流は少ない。

 その為、こうして異なる地方である程度の地位を持つ者同士が話し合いの場を設けることは珍しかった。

 それからシジマは、エリカに促されるままに用意されているソファーに座る。

 

「この度は私のご希望で、この様な話の場を設けて頂き感謝します」

「いえいえ、こちらこそ」

 

 二人の挨拶が程々に済んだ時、またしても部屋にノックがされる。

 シジマは怪しむが、エリカが入る様に促すと今度は白衣を着た黒髪に白髪混じりが目立つ人物が入って来た。

 

「彼は…」

「ご紹介します。この方は私と同じくタマムシ大学で教鞭を執り、アキラの保護者でもあるヒラタ先生です」

 

 シジマの疑問に答える形でエリカはヒラタ博士のことを紹介する。

 彼女の紹介を聞き、シジマは得心がいく。

 

「初めまして、アキラ君の保護者であるヒラタです」

「アキラを指導しています。タンバジム・ジムリーダーのシジマです。こちらこそ初めまして」

 

 ソファーに座っていたシジマは立ち上がってヒラタ博士と握手を交わす。

 アキラはエリカとシジマだけの話し合いと思っているが、実はシジマはエリカだけでなく彼の保護者であるヒラタ博士とも話したい希望を手紙を通じて彼女に伝えていた。

 彼もまた、これから話す内容に欠かせない人物だからだ。

 

 遅れて来たヒラタ博士はエリカの隣に座り、シジマも再び来客用のソファーに座る。

 

「ヒラタ博士も既にご存知かと思いますが、今回私があなた方と面会を希望したのは、現在私が指導をしているアキラについて、お二人に御伺いたいことがありまして」

 

 今回の面会の本題は、保護者や指導者など様々な形で三名と関わりのあるアキラについてだ。

 アキラが察しているかは知らないが、これから話すことは彼についてのことだ。

 エリカとヒラタ博士は、互いに目線を交わすと頷き合った。

 

 

 

 

 

 その頃アキラは、まさかエリカやシジマだけでなく、お世話になっている保護者も交えて自分のことについて話し合われているとは微塵も思っていなかった。

 呑気に大学の建物から外に出て、学生達から向けられる視線を気にせずに待っているカイリュー達の元へ向かう。

 

「ヨーギラス、今日からお前を手持ちに迎えることが正式に決まった。改めて聞くが俺達に付いて来る意思に変わりはないか?」

 

 アキラの言葉にエレブー達と一緒に待っていたヨーギラスは頷く。

 もうここまで来たので聞くまでも無いが、念の為に聞いたのだ。

 

「今までは種族名で呼んでいたけど、これからはニックネーム――”ギラット”と呼ぶけど、構わないかな?」

 

 待っていましたとばかりにヨーギラスは喜びを露わにする。

 「~~ット」と呼ばれるのは、ある意味本当の意味で彼らの仲間に加わったことを実感出来るからだ。

 何であれヨーギラスは他の手持ちに肩を叩かれたりするなど、改めて歓迎を受ける。

 

 そして上機嫌に彼はエレブーと一緒に、まだ真昼なのに空へ指を差して如何にも「目標は高く」と言わんばかりのポーズを取る。

 何で覚えたのか知らないが、一体どこのスポ根漫画の真似なのか。

 

 色々収拾がつかなくなってきたので、アキラはカイリュー以外をボールに戻すと普段から被る青い帽子では無くて飛行用のゴーグルを装着し、ドラゴンポケモンの背に乗る。

 今この街に留まっていたら何か嫌な予感がしてならないので、カイリューは早々に飛び上がる。

 目的地はマサラタウンーーと思っていたが、アキラはある事を思い出した。

 

「あっ、リュットごめん。クチバシティの家に戻ってくれない? 忘れ物を思い出した」

 

 そのことを伝えると出鼻を挫かれたからなのか、カイリューは不満気に鼻を鳴らす。

 ドラゴンポケモンは再び体に力を入れ直すと、乗っているアキラの体が吹き飛びそうな勢いで飛び立ち、彼は小さな悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

「成程、アキラはそんなに戦ってきたのか…」

 

 自分よりも長く、そして最も身近な存在である二人から、シジマはアキラがトキワの森で保護されてから今までどの様に過ごしてきたのかを初めて聞いた。

 

 中でも、本来なら警察が対処すべきロケット団などの犯罪組織や四天王を名乗る集団との戦い。そして保護者であるヒラタ博士が研究している謎の現象絡みでの戦い。

 どれもアキラの口から端的に聞いていたが、思っていた以上にあの若さで戦いの日々――それも命懸けの戦いを経験していると言えた。

 そして、彼が三年近く前より以前の記憶が曖昧な記憶喪失状態なのは初耳でもあった。

 

「シジマさんから見て、アキラはどういう印象を抱きますか?」

 

 エリカからの問い掛けに、シジマは頭の中に今まで見て来たアキラを姿を思い浮かべると同時に振り返った。

 

「…真面目で向上心がとても強い。と言えば在り来たりな印象だが、今まで見て来た弟子達とは明らかに異なる部分がある」

「異なる部分とは?」

「あれだけの力を持ったポケモン達を連れ、そして本人も高い能力を持っているにも関わらず、未だに”危機感”と呼べる意識を持ち続けていることです」

 

 手持ちの自由を許し過ぎて統率面に多少の問題がある点を除けば、ポケモンを上手く鍛えていくだけでなく彼らに相応しいトレーナーで有り続けるべく自らの体を鍛えたり知識を身に付けていこうとする姿勢は、模範的なポケモントレーナーと言っても良い。

 だが、その意識が生まれている更に奥深く――根源まで見ていくと「このままではダメだ」という焦りにも似た危機感だ。

 

 確かに彼の手持ちは、トレーナーにそれなりのレベルを要求し続けている。更にレッドという常に先を進んでいるライバルが存在しているのは、二人の話からもわかる。

 しかし、彼の抱いている”危機感”は、手持ちからの要求に応える為でも身近なライバルに負け続けているが故の焦りでは無いのをシジマは察していた。

 

 度重なるロケット団や常軌を逸した凶暴なポケモンとの戦いの経験から、そういう存在とまた戦う事を想定している。或いは、自らの素状に関わる事を追い掛けている。

 保護者としてアキラを見て来た二人の話を聞けば、それらの為に必死になっていると解釈しても良いが、どうも釈然としない。

 

「それは儂自身も不思議に思っておる。初めて会った時から、アキラ君は危険が考えられる場合の反応は過敏な方だ」

 

 多少の粗や問題があるとはいえ、あの年である程度の技量と強力なポケモンを率いているのだ。

 若くしてリーグ優勝者になったレッドを例に考えれば、彼の年頃なら天狗になったり有頂天になって、スランプという理由があっても危機感を抱くどころか誰かに弟子入りをするという発想すらしないだろう。

 

 だが彼の場合は、常に追い込んでいる訳では無いが、何時も更なる力をポケモン達と一緒に貪欲に求めているのだ。

 ただ鍛錬に熱心なだけであれば向上心が強い少年だけで済むが、こうして話してみるとまるで常に戦いに備えて絶えず牙を研いでいるかの様だ。

 

「恐らく……アキラ君は近い内にまた何か…それこそロケット団や四天王みたいな。或いは儂達の研究絡みで大きな戦いが来ることを考えておるのじゃろう」

「あまり考えたくはありませんが、近年はロケット団まではいかなくてもポケモンの力を悪用するトレーナーは後を絶ちません」

 

 エリカも自警団や正義のジムリーダーズを率いて、大なり小なり様々な事件に関わって来たが、最近そういうトレーナーが増えつつあった。

 中にはロケット団顔負けな悪行をしでかすトレーナーもいる為、ポケモンの力を利用して悪事を働くトレーナーに遭遇したら、下手をすれば命に関わる可能性もある。

 だが、幾ら危険な戦いを何回も経験したからと言って、まだ子どもと言える歳の子が予期せぬ脅威への不安感だけでここまで力を入れるものか。

 

 勿論、自分達が考えていることとは全く別の悩みを抱えているだけかもしれないことも考えられる。

 しかし、戦いに備えると言っても、何時来るのかわかっているのとわかっていないのでは、モチベーションや気持ちの入れ方は大きく異なる。

 そしてアキラは後者だ。明確に何かしらの戦いが来ることを確信している節がある。

 そうなると気になるのは、一体彼は何を根拠に、どのタイミングで戦いが起こると考えている点だ。

 

「次の戦いがあると考えているのなら、何故アキラはそれを話さないのだ? 彼の性格を考えれば、自分だけでなく周りにも積極的に話して備えるのを促しそうなものだが」

「可能性の段階過ぎて、本気で聞いて貰えないと考えているのか。それとも別の理由で詳しく話さないのかもしれませんわ」

「別の理由か…」

 

 エリカの話す可能性の内、本気で聞いて貰えないと考えているのはまず無い。

 確かにアキラを含めたポケモンバトルの腕が立つ数名の少年少女が加勢していなければ、エリカを始めとした大人達はロケット団や四天王の脅威を退けることは無理だったかもしれない。

 

 だが、普段から大なり小なりでエリカなどに助言を求めに来る彼が、そこまで周り――大人が頼りないと思っているとは考えにくい。

 それならエリカが言う後者の方が可能性としては高い。

 

 問題は、彼がそれだけ確信しているにも関わらず周りに具体的に教えない理由だ。

 何か後ろめたいことがある気がしなくも無いが、それが何かしらの悪事などの企み事だとは三人とも思っていない。

 

 彼がそこまで悪巧みをしている本心を隠せるくらい狡猾に立ち回れるのなら、そもそも今回の話し合いは無い。何より、あの手持ちを率いるのに苦労しない筈だ。

 もう三年近く前になるが、目を閉じれば、保護者として傍で見て来たヒラタ博士はすぐに思い出せる。最近は少々大人しくなってきているが、あれだけ濃い日々は忘れようにも忘れられない。

 

 ミニリュウとブーバーの自由奔放さと気性の荒さに手を焼き、ゴースやエレブーの行動には何時も目を光らせ、ヤドンの鈍感さに困り、手に負えなかったり疲れた時はサンドの手を借りたり励まされていたのだから。

 

 アキラがそんな日々を過ごしてきたのは、博士だけでなく何かと助けを求められたエリカも知っている。

 そしてアキラ自身もまた、普段からお世話になっている恩を返すべく、求められれば自分の力で出来る範囲内で応えて来た。

 助け合うことに積極的であるからこそ、最後の一線、肝心な部分とも言える何かを周囲に明かそうとしないので尚更際立つ。

 

 恐らく、そこにアキラが抱えているというべきか秘めている謎があるのだろう。

 けど、そう思うのは自分達の勝手だ。この話し合いの内容を彼に隠している様に、アキラが明かさないのには、何か理由があるのかもしれない。

 

 彼は今連れている我が強い手持ちを上手く統率する為に、損得勘定とも言えるドライな一面を同年代よりは磨いている方だ。

 つまり、周りに明かすよりも秘密にした方が自分も含めて周りの利益になると判断している可能性も無くは無い。

 様々な可能性や理由が浮かぶ中で、シジマはその内の一つを挙げた。

 

「…情報の漏洩を恐れているというのは?」

「それは考えられる可能性ですね。こちらが掴んでいる情報が敵側に知られる程、恐ろしい事はありません」

 

 ロケット団の活動が活発だった時期、エリカは自陣の情報漏洩を防ぐのに気を付けていた。

 だが、それだけ力を入れたり一部の人しか共有していない筈の情報が知らない間に敵に洩れて、手痛い目に遭ったことは数え切れない程ある。実際、情報が漏洩したことでアキラは重傷で入院しているところをロケット団に襲われた経験がある。

 しかし、そうだとしても力を求め続ける意識の根底に関わっていると思われる秘密を明かしてくれないのは残念ではある。

 

 レッドに勝ちたい。

 強くなれば自分の身を守れるだけでなく行動範囲が広がる。

 そしてレッドを始めとした友人達に何かあった時に手助けが出来る。

 

 その三つが、ポケモンリーグが終わって間もない頃、毎日の様にポケモン達と戯れながらも鍛えている時にヒラタ博士が聞いたアキラの強くなる理由だ。

 

 どれも今のアキラの行動に繋がっている点を考えると、紛れもなく彼の本心だろう。

 悪事や道を踏み外していること以外で後ろめたいこととなると一体それが何なのかはあまり想像出来ないが、彼はあまり気にしてはいなかった。

 

 当初はただ成り行きで保護した自らの研究に関わる現象に巻き込まれただけでなく、興味のある身元不明の少年だった。

 それが今では、自分の研究や大学全体で必要とされる程の信頼出来るトレーナーになるだけでなく、もう一人の孫の様な存在になってきてもいた。

 

 アキラはどこまで認識しているか知らないが、彼は自分だけでなく周りからも十分過ぎるくらいの信頼を得ているのだ。

 何か悩み事があるのなら隠さずに相談して欲しいが、同時に力を尽くしてきた今までのことを考えると、少しは年相応の我儘として見ても良いのでは無いかと思わなくも無かった。

 

 

 

 

 

 体に打ち付けて来る風で体が吹き飛ばない様に気を付けながら、カイリューの背に乗ったアキラは幾つかの街と山を越えていた。

 一回忘れ物を取りにクチバシティに戻る無駄な労力を費やしたことに腹を立てているのか、心なしか体に打ち付けてくる風はかなりキツかった。

 

「リュット、早く着くのは嬉しいけどもうちょっと加減…ぁ、何で加速するんだよ」

 

 何回も減速する要望を無視されるという快適とは言い難い飛行をしていたら、徐々に閑散とした小さな町がアキラの目に見えて来た。

 

 真っ白を意味する言葉を冠した小さな町であるマサラタウン。

 過去に何回か訪れてきたが、ある意味、全ての始まりの地であることも相俟って、すぐに脱力してしまうとしても訪れる度に自然と気が引き締まる。

 町の上空に到達したカイリューは降下しながら速度を緩めると、そのまま真っ直ぐレッドの自宅前に着地した。

 

「ありがとうリュット。レッドー、来たぞ~!」

 

 カイリューの背から滑る様に降りたアキラは、目を守っていたゴーグルを外しながら目の前の家に向かって大声で呼び掛ける。

 しばらくすると目の前の家のドアが開き、中からレッドがまるで覗く様に静かに顔を出した。

 記憶では今みたいに呼び掛けたら元気な返事を返してくれた筈だったが、今日の彼の表情はどこか暗かった。

 

「どうしたレッド? またカビゴンの食費にでも悩んでいるのか?」

「いやまあ…半分当たって、半分違う」

「?」

 

 レッドのハッキリしない返答にアキラは首を傾げるが、取り敢えず彼に促されるままに家に上がるとそのまま彼の部屋へと案内される。

 その途中でアキラは、テーブルの上や食器棚に目を向けて彼が金欠のあまり自らの食事を切り詰めていないかもさり気なくチェックした。

 

 レッドが連れているカビゴンは強力な戦力だが、同時にそのパフォーマンスを維持するのにかなりの食費が掛かる。

 近年はカビゴンみたいな大食いポケモン向けの専用の食事やメニューが考案されてはいる。しかし、それでもまだまだ普通のトレーナーが気軽に手持ちに加えられる様なポケモンでは無い。

 

 あのポケモンリーグで優勝した時に手にした賞金さえも、カビゴンの食費で消えたと聞いている。その為、レッドは荒稼ぎまではいかなくてもカビゴンの食事代を確保するのに何時も苦労している。

 

「ちゃんと三食食べてる? ただでさえまだ手足の痺れが治り切っていないんだから、ジムリーダーになる試験勉強にも身が入らないよ」

「お前は俺の親かよ。ちゃんと食べているから大丈夫だよ」

「じゃあ何で微妙に金欠気味なの?」

 

 アキラは尋ねるが、気まずそうにレッドはベッドに体を投げ出すと呟く様に答えた。

 

「――ブルーにたかられた」

 

 それだけでアキラは大体の理由を察した。

 昔ブルーのインチキ商品を買わされたのから始まって、彼が彼女に会う度にランチだかご飯を奢るハメになっていることは聞いている。ただ、何故お金のやり繰りに苦労しているのに言われるがままに奢ってしまうのかが謎ではあった。

 呆れを隠さず、アキラはレッドの部屋に置いてある椅子に体を預ける。

 

「何か弱味でも握られているの?」

「いや、普通に泣き落とし」

 

 レッドもそれがブルーの常套手段だとはわかっているのだが、人が良いのか知らないが結局は奢ると言う形になるらしい。

 ブルーの方も一方的では無く、後々にお返しなどはしているらしいが、この様子ではタイミングが悪かったらしい。

 

「レッド、それ都合良く使われていると思うぞ」

「そりゃそうだけど、利用されているってわかっていてもあんな顔でお願いされたら悪い気はしない」

「グリーンやイエローが聞いたら呆れるぞ」

「アキラだって、ブルーの泣き落としを実際に受ければわかるさ。あれに逆らえる男がいるなら、俺は見てみたい」

「グリーンとかは普通に流しそうだけど…」

 

 悔しいのか良く分からない表情でレッドは若干熱を籠めて語っていたが、アキラは本気にしていないのか適当に聞いていた。

 彼の言うブルーの泣き落としがどんなものか具体的には知らないが、仮にブルーのことを良く知らなくてもアキラはあまり気にしない。

 

 本当に困っているのなら手を貸すが、そうで無いのなら場合による。もし変なことだと感じたら、毅然とするべきところは毅然とする。

 手持ちを率いている内に学んだ事だ。――ちゃんと身に付いているのかは不明だが。

 

「さっきから冷たいな。ブルーみたいな女の子が寄って来たらアキラはどうなんだよ」

「さあね。特に理由が無いのに寄って来たら真に受けず、まず裏を考えてしまうかな。変だと感じたら逃げるか適当に流す」

「無理だな。お前って結構融通が利かないから、何やかんやで言い包められそう。ブルーはかなり口は達者だぞ」

「……それは言えてるかも」

 

 結局は経験しなければわからないものだが、ブルーが自分に絡むことはほぼ無いだろう。

 今みたいにレッドから聞く話やポケモンリーグの一件でアキラと手持ちが揃って彼女に警戒心を抱いていることもあるが、気質的に連れているポケモン達とブルーとは相性がかなり悪い。

 ブルーも損得を考えれば、好感度がマイナスな上に損する可能性が高い自分と接触することは基本的に無いだろう。

 

「でも……泣き落としじゃなくても、俺はあいつには奢っていたと思う」

「何で?」

「――俺が言ったのをあいつに教えたり、他の人には言うなよ」

 

 レッドは前置きをすると、さっきまでの微妙な表情が引き締めて真面目なものに変わった。

 

「奢る度に…近況報告がメインだけど、度々昔家族と一緒に過ごしていた時のことを話してくれるんだ」

 

 レッドが話した内容に、さっきまで呆れていたアキラも表情を変える。

 彼の表情の変化を真面目に聞くつもりになったのだと察したレッドは、奢った際に近況報告ついでと称して彼女から聞いたことを語り始めた。

 

 未だに探し続けても一切の手掛かりが得られないこと

 再会したら弟か妹がいるかもしれないこと

 両親に今までの冒険の話をしたいこと

 

 そういう家族関係が中心の話をレッドはブルーから聞かされていたが、何気ない会話をしていく中で彼女の様子から彼はある事に気付いていた。

 

「ブルーは…暗くならない様に気は使っているけど、どうも両親を見つけられなくて結構焦っている様に見えるんだ。だから、何時も奢っちゃうのには彼女の力になりたいとかそういう…」

「………彼女の焦りは尤もだよ。時間が経ち過ぎると元の場所には戻りにくいし、ブルーの場合は状況的に死んだと世間で思われても不思議じゃない」

「そうか…」

 

 ポケモンリーグ本戦でブルーがオーキド博士に叫ぶ様に語った内容はアキラも良く覚えている。

 巨大な鳥に連れ去られて数年間行方知れずでは、家族以外の人は口にしなくても死んだと思われても無理は無い。

 

「話し始めた俺が言うのもアレだけど、アキラ、今のお前の目付きかなり怖いぞ」

「え?」

 

 レッドに言われてアキラはようやく気付くが、鏡が無いので自分がどんな表情をしていたのか全く気付いていなかった。

 ブルーのことなのに無意識の内に自分自身のことも考えてしまい、表情を強張らせてしまっていたらしい。

 

「あぁごめん。俺もある意味……悩んでいることだから思わず…」

「悩んでいる? ――あっ、そういえばアキラは俺に会う以前の記憶が無いから、自分が何者なのかよくわかっていないんだっけ」

「おぼろげだけど少しずつ思い出しているけどね…」

 

 レッドや周りからしたら、自分は記憶が全て戻れば解決すると思っているのだろうけど、ブルーと比べてしまうのは悪いが異なる点が多い。

 この世界にやって来てもう三年近く。元の世界に戻る手掛かりらしいのはあるが、何だか自分の知らない新しい脅威か旅禍になりそうな始末だ。

 それに――

 

「どうした?」

「いや、()()()()どうなるんだろうなって、考えてしまった…」

「記憶が戻るなら良い事じゃん。仮にお前が遠い地方に帰ったとしても、また会えるだろ。地球を余裕で一周出来るカイリューがいるんだから」

「……そうだよな」

「…何か結構間があったぞ」

「はいはい、この話は暗くなるからおしまいおしまい」

 

 随分と雑な形だが、手を叩きながらアキラは無理矢理話を終わらせる。

 ”戻る”か”留まる”。どちらの結末を迎えるか選ぶことになったとしても、まだ色々とハッキリしていないのだ。

 問題から目を逸らしているだけかもしれないが、考え過ぎて目の前で起きている出来事に対する集中力が欠けてしまうことは避けたい。

 

 大真面目に考えるのは、それが出来るだけの情報などの要素が揃ってからだ。何も得られていない現状で延々と考え続けても、結局わからないのと気持ち的に良いことが無いのはこの数年で学んだことだ。

 

「レッド、お前がブルーの力になりたいってことはわかった。だけどそれで自分や手持ちポケモンに支障が生じたら元もこうも無いだろ」

「返す言葉もありません…」

 

 まるで土下座をする様にレッドは答えると、気が抜けたのかベッドの上で伸び伸びし始めた。

 

「誰か俺を癒してくれ~~」

「イエローの所に行って癒して貰えば」

 

 完全に気が抜けたのか、冗談なのか本気なのかよくわからないことを口にするレッドにアキラは”癒す”の単語から連想する形で浮かんだイエローの名を呆れ気味で挙げる。

 

「確かにイエローはトキワの森の力を持っているけど、男に癒して貰うって何か…」

「………」

 

 ここでアキラは手拍子の様に答えた内容が失言なのに気付いた。

 レッドはまだ、イエローが女の子だと言う事に気付いていない。

 先を考えてとかそういうことは無しで話すべきかと思ったが、女の子だと知っていたら絶対しないであろうレッドの行動の幾つかを知っていたので、教えることも憚れた。

 

「それにしても、ホントにアキラって頭が固いと言うか真面目だよな」

「えっと…確かに自分でも柔軟性に欠けるかなって思う時はあるけど、そんなに?」

「自覚が無いのかよ。微妙にノリが悪いのもそうだけど、何時も本を読んで勉強しているイメージがあるぞ」

 

 レッドにそう言われて、アキラは軽く自分の部屋を思い浮かべた。

 自室として割り振られている部屋は、屋根裏部屋なので基本的に狭い。なので今いるレッドの部屋の様にそんなに多くの物は置けない。

 だけど確かに狭いにも関わらず、小さな本棚やダンボールを重ねて作った本棚もどきはあったりするが、本の数はそこまで多くは無い筈だ。

 

「確かに良く本を読んでいるけど、流石にそこまでガリ勉じゃないよ。読んでて面白いし」

「あんな内容が難しい本を読んで楽しいのかよ」

「まぁ、最近読んでいるポケモンの体の構造とかの解説本は、以前ならそんなに積極的に読まなかったな。あっ、でも漫画も読んでいるぞ。あっちの方が楽しく学べる」

「お前が持っている漫画は大体学習漫画じゃねえか。てか、結局勉強しているじゃん! 確かに面白いけど」

 

 レッドが苦笑い気味で話す様子を見て、アキラは今までの自分の行動を軽く振り返る。

 この辺りの感性でレッドとアキラが違うのは、互いのポケモンへの憧れや知りたい欲求などの意識の持ち方や過ごしてきた環境の下地が異なっているからだ。

 

 レッドにとっては、ポケモンは物心が付いた時から身近な存在。対してアキラにとってポケモンは、ゲームなどの創作上での架空の存在だ。

 前者にとってポケモンや彼らが持つ不思議な力の存在はある意味当たり前の認識だが、後者にとってはその不思議な力や存在は幾ら欲しても手にすることは出来ないものという認識だ。

 

 今まで無理だったことが実際に経験出来るのだ。手持ちを率いるトレーナーとしての責任感や必要に迫られている部分もあるが、精神的に余裕があるなら、そういったことを経験できる喜びと興味の方が大きく勝る。

 

 流石に理解が及ばない難しい内容や気分が乗らない時は、”勉強”の意識だが、結局はレッドの言う様に傍から見ると何時も本を読んでいると思われても仕方なかった。

 

「…まっ、実際お前が本を読んでいる時は楽しそうだからな。俺だったら机に座っているよりも体を動かしてしまうなって」

「レッドは感覚派だからね。知識を溜め込むよりは、実戦を経験して強くなっていく方がレッドらしいとは思う。でもジムリーダーになるんなら、改善すべき点だぞ。エリカさんから、”レッドは机に座って勉強する認識が無い”って話を聞いたぞ」

 

 エリカからレッドにジムリーダー試験の勉強を教えても、彼は椅子に座ってもすぐに集中力が途切れてしまう様で、教えるのに結構苦労したという話をアキラは聞いていた。

 逆転の発想で、本を片手に体を動かしながらやるという勉強法を行ってある程度解決したと聞いた時は耳を疑ったものだ。

 

「それは…まあ……そうだ。前から聞こうと思っていたけど、最近は勉強だけじゃなくて体も本格的に鍛え始めたって聞いたけど、冗談抜きでポケモンと戦う気か?」

「幾ら力があると言っても根本的に力の差は大きいだろう。体力強化と攻撃を受けてもある程度耐えられる肉体作りが主な目的だよ」

 

 誤魔化す様に別の話にレッドは変えたが、アキラは気にせずに答える。

 相手がポケモンの中では珍しく極悪な奴や悪党が連れている手持ちでも、人が積極的に殴り付けたりするのは色んな意味で厳禁だ。

 それ故にポケモントレーナーは襲ってきたポケモンに対しては、基本的に手持ちで応戦か逃げるの二択だ。

 

 なので最近アキラは、また何かしらの戦いが予想される所に出向く際は、ローラースケートとかに使われるプロテクターを身に付けることを考えている。

 体が吹き飛んで地面を転がった時に負傷したり痛い思いをするのが嫌なのもあるが、痛みが原因で集中力を乱されるのが何よりも嫌なので、ある程度は負傷の可能性を軽減したかった。

 

「もうエレブーの”リフレクター”みたいな感じの盾でも作ったら? 今のアキラなら使っても不思議じゃない」

「盾か…持ち運びに邪魔な気はするけど、何か機会があったら考えてみるよ。手に入るかはわからないけど」

 

 盾と聞くと強力なポケモンの技の前では無力なイメージが浮かんでしまうが、この世界では”リフレクター”を始めとしたポケモンの技や強靭な体皮の性質を再現したバリアアイテムが存在している。

 今まではポケモンを強くすることを中心に考えてきたが、何かと扱う様になったロケットランチャー同様に、自分も鍛える以外に色々準備を整えた方が良いかもしれない。

 そんなことを考えていたら、突然レッドは背伸びをしながら立ち上がった。

 

「どうしたレッド?」

「バトルしたくてウズウズしてきた」

「それもそうだな。でも、まずは”こっちのバトル”からやらない?」

 

 ようやくこの町にやって来た目的を思い出したアキラだが、リュックサックから掌に乗るサイズの分厚いケースを取り出した。

 開くと中から裏面がモンスターボールの絵柄で統一されたカードの束が出て来て、彼はそれをレッドに見せる。

 

「そうだな。今日こそ勝たせて貰うぞ」

 

 レッドも応じて、机の引き出しから輪ゴムで止めた同じ柄をしたカードの束を取り出す。

 それはポケモンをモチーフにしたトレーディングカードだ。

 

 切っ掛けは一年近く前、ポケモンリーグ上位入賞者をモデルにしたカードが販売されるのを機に、サンプルやら色んなカードをレッドが協力者特権で貰った時だ。

 それ以来、アキラはレッドとは実戦でのポケモンバトル以外にもカードでのポケモンバトルをしていた。

 

 四天王との戦いが終わってからの短い入院生活も、本を読む以外にこれで退屈凌ぎをしていた。

 ちなみに戦績は、実戦のポケモンバトルとは対照的にアキラの連戦連勝だ。理由は単純なものだが、今回レッドは改善してきたのだろうか。

 

「さあバトルだ!」

 

 カードの束――デッキをシャッフルし終えて、レッドは準備万端だ。

 アキラの方は、専用のプレイマットを広げてカードゲームの進行に必要な小道具が詰まった小箱を取り出すと同じくデッキをシャッフルし始める。

 体を動かすのとはまた違ったバトルが、レッドの部屋の中で始まろうとしていた。




アキラ、先の可能性を少しだけ考えるも後回しにする。

問題から目を逸らしているだけかもしれないのをアキラは自覚していますが、まだわかっていないことだらけなので、必要な時以外はなるべく考えない様にしています。
ですが、頭の片隅では色んな可能性を考慮している感じです。
次回は数十話振りのレッド戦です。


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リベンジマッチ

間違って前話と同時に投稿してしまいました。
混乱した方がいましたら申し訳ございません。


「俺は”ポケモン入れ替え”を使って、バトルゾーンにいるカメックスとベンチにいるミニリュウを入れ替える。それから”ポケモン育て屋さん”を使って、ミニリュウをハクリューの段階を飛ばしてカイリューに進化させる」

 

 口頭で自分の動きをレッドに伝えながら、アキラは忙しなくプレイマットの上にあるカードと自分の手札のカードを動かしていく。

 一方のレッドは、うんうん唸っていたが状況的に早くも自分の負けを悟っていた。

 

「進化させたカイリューの技を使うにはエネルギーは最低四つ付けないといけないけど、”ダブルエネルギー”を俺は付ける。これで既にあるエネルギーと含めて四つのエネルギーが使える扱いだ。と言う訳で”ドラゴンスマッシュ”」

「コイントスは…するまでも無いな」

 

 アキラのカイリューが使った技は、本当はコイントスを行い裏表の結果次第では付けているエネルギーを全て捨てなければならない設定だ。

 しかし、コイントスをしなければ技が決まらない設定では無い為、技のダメージとして設定されているダメージ数によってレッドのギャラドスはHPが0になった。

 レッドの場にはギャラドス以外のポケモンは存在していない。つまり実戦でのポケモンバトルに置き換えるなら、手持ちがいない状況なので勝敗は決した。

 

「よし勝った!」

「また負けた…」

 

 肩を落とすレッドに対して、アキラは満足気だ。

 実戦でのポケモンバトルではアキラの連戦連敗だが、カードゲームでは逆に連戦連勝だ。それも実戦とは異なり、毎回アキラはあまり苦戦せずに勝っている。

 尤も、何故こうも一方的に勝てているかの理由を彼はわかっていた。

 

「レッド、実際のポケモンバトルとは違って、カードゲームは運要素が強いんだ。自分が望んでいるカードを引き当てる工夫をしなきゃ」

「いや…それはわかっているんだけど」

 

 レッドがカードゲームで勝てない最大の理由。

 それは自分の手持ちがモデルのカード全てをごちゃ混ぜにしたデッキなのだ。

 

 アキラも今使ったカイリューみたいに、手持ちポケモンと同じカードを入れたデッキを構築しているので、気持ちとしてはわからなくもなかった。だけど、ポケモンカードでもレッドに負けたくなかったのである程度は勝ちを意識した構築をしていた。

 

 具体的には、今回使用したデッキには電気と水のエネルギーカードが必要なカイリューが入っているので、同じ系統のエネルギーカードが必須のエレブーとヤドランを投入しているといった感じで、加えるカードや傾向を絞って上手くデッキが回る様に複数に分けていた。

 

 もう記憶は薄れているが、物語みたいに”自分の願ったカードを引く”とか出来る訳が無いのだ。

 そこまで考えて、アキラはこの世界も自分達の世界では架空の世界に分類されることを思い出した。それなら、”カードを信じればデッキは応えてくれる”くらいは有り得るかもしれない。

 

「あれこれ言ってる癖にブルーのカメックスがモデルのカードを使いやがって」

「このカメックスは使いやすいんだよ。技のダメージもだけど、水のエネルギーなら自分の番に何回でも付けて良い特殊能力付きなんだから」

 

 アキラが持っているカードに描かれているカメックスは、知っている人が見れば彼女のカメックスがモデルになっていることがわかる。

 前回のポケモンリーグの表彰台に立った面々の手持ちポケモンがカード化されているので、レッド以外にもグリーンやブルーのポケモン達もカード化されている。

 

 カメックスの強力さもそうだが、グリーンのリザードンがモデルになっているカードが持つ技は、現在出ている全カード最大の火力に設定されている。

 レッドの手持ちをモデルにしたカードもそうだが、どうやらリーグ入賞者の手持ちがモデルになっているカードは、全体的に他よりも強くて使いやすいように設定されている。

 

「そういやアキラのポケモン達もカードのモデルになりたがっていたな」

「あぁ、危うくバーットにリザードンのカードを燃やされ掛けたよ。同族のカードよりも強い上にグリーンのリザードンがモデルなのが気に入らないらしい」

「はは、でも次のポケモンリーグでアキラが勝ち抜けば、アキラのポケモン達もカードになれると思うぞ」

「確かに…そうだな」

 

 楽し気にレッドは話していたが、アキラは気にならない程度に意味有り気に同意する。

 三年に一度行われるポケモントレーナーの頂点を決める大会。

 他の地方でも同様の大会が行われているので、全トレーナーの頂点と言う訳では無いが、それでも一地方の頂点を決める場だ。

 出来ることなら、公式の場でのレッドに勝つことも含めて、頂点に立ってみたい願望が無い訳では無い。

 

 しかし、次回行われる大会は不幸にも次に起きるであろう事件の最終決戦場になってしまう。

 

 早い段階で解決すれば何とかなるかもしれないが、首謀者は他の出来事の記憶が薄れているにも関わらず覚えている程に強力な存在だ。あまりにも厳し過ぎる。

 警察やエリカなどのジムリーダーに教えることを何回も考えたが、証拠が全く無いのとどうやって知ったのかを上手く有耶無耶に出来る自信は無い。

 ジョウト地方で暗躍しているロケット団に遭遇するなりして、団員を警察に突き出せばまた話は変わるだろうけど、果たしてそう上手くいくか。

 

 自分が目指す目的も含めて目指す先は遠いが、一歩ずつ、時には大きく飛躍してでも着実に近付いて行く。

 その為にも――

 

「良し。今度は俺がリベンジする番だ」

 

 カードをデッキケースに戻して、アキラは腰に付けたモンスターボールを示す。

 レッドも応じて部屋の隅に並べていたモンスターボールを準備し始める。

 

「先に出て準備していてくれ。俺はちょっと服とか着るから」

「オッケイ~」

 

 鼻歌でも歌い始めそうなノリでアキラはレッドの部屋から出ていく。

 彼がいなくなったタイミングで、レッドは彼が去って行ったドアを静かに見つめる。

 その眼差しは憂いを帯びていたが、しばらく見つめた後、彼は静かに溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 マサラタウンから少し離れた草が少し生えている程度の荒れ地で、アキラは体を解しながら気合が入れていた。

 

 鋭敏化した目や反射神経を活かしたいが、まだ上手い具合に先読みを伝え切れないので、その辺りはまだ十分では無い。

 だけど、何やかんやあったがジョウト地方のジムリーダーでは()()()()()を除いて最強と呼ばれているイブキを打ち負かしたのだ。

 そしてポケモンカードでもレッドに勝った。この勢いに乗って今日こそレッドに勝つ。

 

「おっ、来た」

 

 準備が整ったのか、普段の服装――青と黒を基調とした服と帽子を被っている自分とは対照的な赤と白の服と帽子を被ったレッドがアキラの元にやって来た。

 既に準備は整っているので、お互いすぐにモンスターボールを手に取り、レッドは叫んだ。

 

「使用ポケモンは三匹!」

「三匹か…」

 

 レッドの宣言にアキラは少し考えるが、すぐに返事をする。

 

「先に三匹が戦闘不能になった方が負けだな。賞金の設定額は五千円で良いか?」

「えっと……良いぞ!」

 

 金欠気味なのもあって若干レッドは迷ったが、すぐに了承の返事を返す。

 何時もならフルバトルなのだが、基本的なシングルバトルのルールを真っ先にレッドが言い出した点を考えると体調の関係で長期戦は望ましくないのだろう。

 

 フェアじゃなきゃ勝っても意味が無い。

 

 正々堂々とした勝負なら、どんな敵が相手でも実践しているレッドの言葉だ。

 仮に自分がレッドみたいにサカキなどの強大な敵と戦う立場だったら、どんな手段や策を講じてでも勝とうとするので絶対に言えるものではないが、こういうスポーツや互いの力量を認め合う場で何より大切にすべき精神だ。

 アキラも不調であるレッドに勝っても嬉しくない。本気且つ全力のレッドに勝ってこそ意味があるのだ。

 

「先に言っておくけど、あの三匹は出しておくね」

 

 初めにアキラは、少し離れたところにいるヨーギラスやバルキー、ドーブルの三匹のことをレッドに示した。

 最近加わった彼らに、レッドという強者がどういう戦いをするのかを見て貰いたいのだ。

 説明役にサンドパンやヤドキングを出したいところだが、それではレッドに誰が抜けるかを教える様なものなので、後で解説をするとしても今回は自力での理解力を高めて貰う。

 

「おっ、話には聞いていたけどヨーギラス以外は初めて見るな」

「余計なことはしないから、彼らにどういう戦いをするか見て貰いたいんだ」

「全然構わないよ」

 

 アキラの言葉にアッサリとレッドは了承する。

 普通なら三匹も出ていたら怪しんだりするが、彼が何か細工をする筈が無いと信じている。

 

 距離を確認し合った両者は、合図があった訳では無いがほぼ同時にボールを投げる。

 

「頼むぞピカ!」

「今度こそ勝つぞヤドット」

 

 レッドはピカチュウ、アキラはヤドキングをそれぞれ繰り出した。

 ドーブルが見ていることや先発はサンドパンなどが多かったので、不意を突くことも兼ねて少し変えたのだが、このまま続行だ。

 他にも試合展開と自分次第だが、レッドが繰り出すであろう残りの二匹が何なのか大体予測出来た。

 

「相手はみずタイプだ! 一気に決めるんだピカ!!」

 

 レッドの指示でピカチュウが電撃を放ってきたが、ヤドキングは素早く”ねんりき”を発揮しながら払う様に腕を振ると、飛んで来た電撃は軌道を変えて外れた。

 ヤドンの頃より反応速度が速まったことと念の力が強くなったお陰で、多少相性が悪くても今みたいに力任せに防ぐことがヤドキングは可能だ。続けておうじゃポケモンは光らせた目を力ませて念の波動を放ち、ピカチュウを吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばしたことでヤドキングとピカチュウとの間に距離が生まれる。

 この状況でレッド達が次に仕掛けて来るであろう一手を、アキラは過去の経験を元に予測する。

 

「”でんこうせっか”!」

「”うずしお”で防御!」

 

 体勢を立て直したピカチュウは距離を詰めようと高速で移動するが、回転を始めたおうじゃポケモンを取り囲む様に強い水の渦が発生する。

 イブキとの戦いでは”うずしお”や”たつまき”などの技に苦戦したが、同時に攻防では中々有用だった為、アキラは覚える余裕があるポケモンに積極的に活用方法を教えていた。

 

 その中で特にヤドキングが、この攻防一体の戦法に興味を示した。

 まだまだ念の補助が無ければ、”うずしお”を純粋なみずタイプの技として扱うには威力が不十分など至らない点も多いが、それでも何とか今回の戦いまでに実戦レベルには仕上げられた。

 突っ込んだピカチュウは渦の勢いに負けて掻き回された挙句、渦が止まると同時に放り投げられる。

 

「”でんこうせっか”を真似るんだ」

 

 一瞬だけ目付きを鋭くさせると、ヤドキングは”ものまね”を使うことで本来覚えない”でんこうせっか”を発揮する。

 びしょ濡れになっていたピカチュウは迎え撃とうと立ち上がるが、おうじゃポケモンは正面からでは無く背後に回り込むと回し蹴りで軽々と蹴り飛ばした。

 

「下手に応用が効く強い技を使ったら、俺が利用するのを忘れた?」

 

 挑発的にアキラはレッドに問い掛ける。

 それはレッドもわかっていたのだが、使うタイミングを見誤ったとしか言いようが無かった。

 

「”かげぶんしん”で避けるんだ!」

「”みずでっぽう”!」

 

 威力より速攻と考えて、ヤドキングは口から水流を放つ。ピカチュウはモロに浴びてしまうが、怯まず”かげぶんしん”で回避すると同時にアキラ達の攻撃の中断させた。

 厄介ではあるが、何回も戦っているお陰で既にアキラ達は”かげぶんしん”の見分け方はわかっている。

 すぐに本物を見分け様としたが、囲まれている危険な状況なのにアキラは気付くも、レッドの方が先に動いた。

 

「”10まんボルト”!!」

「”サイコウェーブ”で弾くんだ!」

 

 四方から電撃が飛んでくると同時に素早く胸の前で両手を合わせたヤドキングは、集中力を高めながら自らの体を回転させて念の竜巻を起こす。

 ミュウツー程のパワーは出せないことや”うずしお”同様に自らの体もコマの様に回転させる必要があるが、それでも十分なパワーだ。

 ヤドキングが起こした”サイコウェーブ”は、ピカチュウが放った”10まんボルト”は弾くだけでなく、逆にピカチュウを渦に引き摺り込もうとする。

 

「何時ものことだけど、今日も前より手強いな」

 

 最後にアキラと戦ったのは、自分が四天王のシバと戦う前だった。

 あの時は珍しく自分の圧勝で終わったが、あれから数カ月経っているのだ。短期間とはいえ四天王との戦いを経験するだけでなく遠い地方のジムリーダーに弟子入りしてまで教わっているのだから、急成長してもおかしくない。

 

「でも、俺だって負けちゃいない」

 

 念の竜巻である”サイコウェーブ”の強力さは、ミュウツーと戦った経験があるレッドはよく知っていたが、そのミュウツーと戦っていたが故に学んだこともあった。

 

「ピカ、”かみなり”を落とすんだ!!」

 

 荒れ狂う竜巻に抗いながら、ピカチュウは目の前にそそり立つ竜巻よりも高い高度から”かみなり”を落とすと、なんと渦の中心部にいたヤドキングに直撃させた。

 

「これを当てるのかよ!」

 

 もう少し攻略に時間を掛けるかと思ったが、アッサリと突破されてアキラは驚く。

 

 確かに正面からの力押し以外で突破するには、渦の力が弱い真上が狙い所だが、完全な無防備では無い。渦は途中でうねるなどで微妙に曲がっていたりしている為、途中で当たることなく掻き消されることの方が多い筈だ。

 にも関わらず運が良かったのか狙ってやったのか定かではないが、レッドとピカチュウはいとも簡単に”サイコウェーブ”の攻防一体を破った。

 本当に彼らは、毎回やることがこちらの予想を超えて来る。

 

 相性の悪いでんきタイプの大技を予期せず頭から受けたのが大きなダメージとなったのか、ヤドキングは回転を止めるだけでなく片膝を付いてしまう。

 ミュウツーの様な規格外のパワーなら跳ね返すなど出来たかもしれないが、渦そのものを起こすのと制御に力を注いでいる今のヤドキングにそこまでを実現させるパワーは無かったのだ。

 

「一気に決めるんだピカ!」

「ヤドット交代!」

 

 ピカチュウが攻撃を仕掛ける前に、アキラはヤドキングをボールに戻す。

 まだ十分に戦えるが、流れを持っていかれたら後は早い。相性が悪いこともあるが、先の展開を考えればヤドキングには()()()()()()()()()()()

 それからアキラは流れる様に別のモンスターボールを投げ、炎を滾らせたブーバーを送り出す。

 新たに飛び出したブーバーは、ヤドキングを狙っていたピカチュウの電撃を”ふといホネ”で防ぐと反撃すべく駆け出す。

 

「”みがわり”!」

 

 ブーバーが手にしたホネで”ホネこんぼう”を振り下ろした瞬間、ピカチュウは”みがわり”の分身と分裂する形で回避する。

 即座にブーバーは距離を取って構え直すが、向き直ってすぐに違和感に気付いた。

 

「ん?」

 

 そしてそれはアキラも同様だった。

 

 ピカチュウが()()いるのだ。

 

 ”みがわり”を使ったのだから疑似的に二匹いるのは当然だ。だが本来”みがわり”で生み出した分身は、本物と比べて色が薄かったり透明度が高い外見をしていて、よく目を凝らせば本体との区別はつく。

 ところが今レッドのピカチュウが生み出した分身は、単細胞分裂でもしたのかと思ってしまうまでに本物と同じ外見をしており、瞬時に見分けるのが困難だった。

 

「本物は――」

 

 これが前にレッドが言っていた”秘策”なのかもしれない。

 確かに最後に戦った時の自分なら見分けることは難しかっただろう。だけど、目の感覚が鋭くなった今の自分なら見分けられる。

 ドーブルが”へんしん”を使って変化した姿に違和感を抱く様に、本物と分身を比べると分身はエネルギーの塊故か()()()()と呼べるものが読みにくいからだ。

 

「…お前から見て右側の奴が本物だバーット」

 

 判断するのに数秒の時間を要したが、幸いレッドとピカチュウは過信しているのか、余裕を持って動いていたのも助かった。

 それさえわかれば問題無いと言わんばかりに、迷っていたブーバーは伝えられた通り、右側にいるねずみポケモンに突撃する。

 

「嘘!? もう見破ったのかよ!」

 

 何時までも騙せないとは思っていたが、初見でアッサリ攻略されるとは思っていなかったレッドは驚く。

 すぐに本物と分身は同時に”10まんボルト”を飛ばしてきたが、二匹分の電撃をブーバーは”みきり”で全て避け切ると本物のピカチュウに迫る。

 咄嗟に本物とひふきポケモンの間に分身が割り込んで本物が逃げる時間を稼ごうとするが、ブーバーの回し蹴りの様な蹴りを受けて分身は掻き消される。

 

 邪魔な分身を消したブーバーは、”ふといホネ”で殴り付けようとするが、本物のピカチュウは尾の”たたきつける”で握り締めている手首を叩いた。

 その的確な攻撃にひふきポケモンは思わず武器を手放してしまうが、すぐさま足技主体の戦い方に転じる。

 

 以前も手首を痛めたらすぐさま足技に切り替えていたが、シジマの元で鍛錬を積んだお陰なのか、以前までの適当な力任せなものではなく流れる様な連続攻撃を繰り出す洗練された動きだった。

 まるでかつて戦ったシバのサワムラーみたいな足捌きに、アキラが格闘系のポケモントレーナーに弟子入りをしたのが本当なのをレッドは改めて実感する。

 

「”かえんほうしゃ”!」

 

 十数秒に満たない攻防であったが、巧みに距離を取り続けるピカチュウの動きから反撃の芽を潰すべく、ブーバーは口から炎を放つ。

 炎は広範囲に広がっていくが、ピカチュウは更に後ろに下がるどころか逆に炎に突っ込み、呑み込まれる前に大きくジャンプして躱す。

 

「”たたきつける”だ!」

 

 走りながら跳び上がった勢いを利用して、ピカチュウは体を前転させる。

 技名から尾を叩き付けてくるのが容易に想像出来た。迎え撃つべく”ふといホネ”を拾ったブーバーは構え、アキラはタイミングを見図ろうと目を凝らすが、次の瞬間信じられないことが起こった。

 回転している間にピカチュウの背丈より少し短いギザギザした尾が、何の前触れも無く何故か通常の倍以上に伸びたのだ。

 

「伸びたぁっ!?」

 

 後少しで迎え撃つ準備が出来ると思っていただけに、これは完全に想定外だった。

 まさかこれもレッドの”秘策”。その考えが頭を過ぎった瞬間、尾が長く伸びたことでブーバーも迎え撃つタイミングを見誤り、脳天に尾を振り下ろされた。

 その瞬間、鈍い音だけでなく何か固いものをぶつけた様な音――まるでブーバーが今手にしている”ふといホネ”をぶつけた様なのがアキラの耳に聞こえた。

 

 一瞬だけとはいえ、ブーバーの意識が飛ぶ重い一撃。

 だが、ひふきポケモンは根性で踏み止まると無我夢中で尾を叩き付けてからまだ宙を舞っているピカチュウを”ほのおのパンチ”で殴り飛ばした。

 利き腕では無い左腕での攻撃だったが、”みがわり”でHPを削っていたことも要因にあったのか、地面を転がったピカチュウはあっさり伸びてしまう。

 

「…ただ尾が伸びた訳では無さそうだな」

 

 何とか勝ち星を拾ったが、頭に大きなダメージを受けた影響なのかブーバーの様子は安定していない。

 可能性が有るとしたらまだ見たことが無い”アイアンテール”と言う名のはがねタイプの技だが、攻撃する瞬間に尻尾が伸びる効果があの技にあっただろうか。

 

 それにレッドは技名を”たたきつける”と伝えていたこともあって、アキラは少し混乱する。

 前兆を見抜けなかったことを考えると、何かしらのエネルギーが関係していることが考えられるが、素直にレッドは教えてくれないだろう。

 

「よく頑張ったピカ。ゆっくり休んでいてくれ」

 

 労いの言葉を掛けながらピカチュウをボールに戻すと、すぐにレッドは次のポケモンを召喚する。

 

「いけゴン!」

 

 出てきたのはでっぷりとしたお腹と巨体の持ち主にして、アキラがあまり相手にしたくないカビゴンだ。

 物理特殊問わずにあらゆる攻撃を耐え抜く動く要塞には、野生の頃から今に至るまでアキラは散々手こずらされて来た。

 しかも今ブーバーは消耗しているだけでなく、頭を強く打っている状態。レッドがカビゴンが出してくることは予想していたことなので、出来ることなら万全の状態で相手したかったが仕方ない。

 

「気をしっかり保つんだバーット! 何時でも仕掛けられても良い様に――」

「”じしん”!」

 

 何時だったか、彼が覚えさせたいと言っていた技をカビゴンは仕掛ける。

 動くのも怪しい巨体で両足で地面を強く踏み締めた瞬間、強烈な揺れと地面が波打つ程の衝撃波が周囲に広がっていく。

 

 まともな回避の手段がジャンプして避けるくらいしか無い技なので、ブーバーは揺れと衝撃波に巻き込まれない高さにまで跳び上がる。

 次にカビゴンは、”かいりき”で地面から剥がした岩なのか土の塊を投げ付けてきたが、予想通りなのでブーバーは”みきり”で軽く避ける。

 

「”ホネこんぼう”!」

 

 地面に着地したブーバーは、俊敏な動きであっという間に距離を詰めて、数少ない狙い所であるカビゴンの顔を”ふといホネ”で殴り付ける。

 ところが殴った瞬間、鈍い音では無く、何か硬いものがぶつかり合った様な音が響く。咄嗟にカビゴンが、”かたくなる”で防御したのだ。

 だが、構わずブーバーは振り抜いた勢いを利用して、流れる様に”いわくだき”を意識した回し蹴りを再び顔面に叩き込む。

 これには全身を硬化させて防御していたカビゴンは思わず下がるが踏み止まった。

 

「腕を硬くしたまま”メガトンパンチ”!」

 

 すぐにカビゴンは腕以外の硬化を解くと、腕のみを”かたくなる”の効果で硬くしたまま強烈なパンチを叩き込んだ。

 ブーバーの体は吹き飛ぶが、幸いギリギリのタイミングで”ふといホネ”で防御することには成功していた。ところがピカチュウに頭を殴られたのが響いたのか、上手く受け身が取れずにひふきポケモンは叩き付けられる。

 

「チャンスだ! ”のしかかり”!」

 

 地響きを鳴らしながら、ダメージが蓄積して動きが鈍っているブーバーにカビゴンは突進する。そしていざ仕掛けようとした時、ブーバーの目から怪しい眩い光を放たれた。

 最近あまり使わない”あやしいひかり”だ。浴びた瞬間頭が真っ白になったカビゴンは、”こんらん”状態の一歩手前の状態になってしまったのか足が止まる。

 

「今だ! もう一度”いわくだき”!!!」

「ゴン! 後ろに”ころがる”だ!」

 

 立ち上がったブーバーは拳を握り締めて駆け出すが、レッドの呼び掛けで立ち直ったカビゴンは距離を取る様に体を丸めて後ろに転がった。

 ブーバーは追い掛けることはせずにホネを構えて備えるが、それからカビゴンはひふきポケモンを中心に円を描く様に転がり続ける。

 

 アキラもカビゴンの動きに注視する。”ころがる”と言う技を使っているとはいえ、本来の素早さなら実現不可能なスピードでカビゴンは移動しているのだ。

 さっきのピカチュウの様に、何かこちらの考えが及ばないことを仕掛けてくるかもしれない。

 

 今までレッドと戦った時の記憶を振り返り、考えられる可能性を一つずつアキラは浮かべていく。

 その間に自然と時間が経っていき、”ころがる”カビゴンの勢いが徐々に速くなってきていた。それに伴ってカビゴン程の巨体と重量によってもたらされる地面の振動も大きくなっていく。

 

「嫌な揺れだ…」

 

 こうして立っているだけでも、微妙に不快で負担を感じる。

 健全状態のアキラでさえもそう感じるのだ。ただでさえ頭に大きなダメージを受けているブーバーにとって、この揺れはかなり煩わしいどころか地味に()()()()を受けていた。

 その時、転がっていたカビゴンの体が弾み、”じしん”程では無い揺れが生じた時、ブーバーは足を取られるかの様にバランスを崩し掛けた。




アキラ、レッドとのリベンジ戦は互いに一進一退の様子。

お互いに昔よりも力が付いていますが、レッドは更に身に付いた力を活かせる様に発想力やセンスなどを磨き、主人公の方は過去の対戦経験と研究を戦いに反映させて自分達の強みを押し付けられる様にしていると言った感じです。


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執念の終止符

「今だ!」

 

 レッドの掛け声を合図に”ころがる”カビゴンは方向を変えて、体のバランスを崩し掛けたブーバーに迫った。

 すぐに立ち直ったブーバーは、目付きを鋭くして”みきり”を使うことでギリギリではあったがカビゴンの巨体から逃れた。

 

「”メガトンキック”だゴン!」

 

 だが、カビゴンの攻撃はまだ続く。

 再びブーバーへと方向を変えると同時に転がるのを止めたカビゴンだが、転がっていた時の勢いを維持したまま跳び上がるとその巨体でドロップキックの体勢でブーバー目掛けて飛び込む。

 ”みきり”の効果が継続中だった為、ブーバーは難なく避けるが激しく体を動かす度に頭に響いており、徐々に動きが鈍っていた。

 アキラは精彩を欠いているのを察してモンスターボールに戻そうとしたが、その隙を逃さない程レッドは甘く無かった。

 

「”じしん”!!」

 

 ドロップキックは不発で終わったもの、続けてカビゴンは小さくジャンプしてから両足で力強く地面を踏み締めた。

 当然ブーバーは避けようと足に力を入れて跳び上がる。しかし、揺れには巻き込まれなかったがそこまで高くジャンプ出来なかったことで衝撃波から逃れ切れず、軽く体が後方に飛んでしまう。

 

「バーット、交代だ!」

 

 ブーバーの返事を待たずに、アキラはすぐに地面を転がったひふきポケモンを退かせる。

 有無を言わさず戻されたことにブーバーは腹を立てていたが、あのままでは致命的な隙を見せるのは時間の問題だ。ヤドキング同様、少しは体を休ませるべきだろう。

 

 それに多少の差異はあれど、戦いの流れはこちらの予想通りに進んでいる。

 ”じしん”などの技の影響で地面が割れたりデコボコしている中を立っているカビゴンを睨みながら、アキラは次のポケモンを準備する。

 

 レッドのカビゴンを相手に条件無しで正面から一進一退の攻防が成立していたのは、今までブーバーしかいなかった。その為、彼が戦えないといねむりポケモンを攻略するのは困難だ。

 だけど今のアキラの手持ちは、もうブーバーに頼り切らなくてもそのカビゴンを相手に正面から対抗出来るだけの力を手にしている筈だ。

 

「気を引き締めて掛かれよ。今の姿になって初めてのレッドとの戦いだ。絶対に勝つぞ」

 

 激励の言葉を掛けながら、アキラが投げたボールからドラゴンポケモンのカイリューが力強く踏み締めながら姿を現した。

 本当ならヤドキング、ブーバーの様にヨーギラスを教えているエレブーを出すべきだったかもしれないが、経験的に良い感じで戦えているのと何より切り札を外すことは出来なかった。

 

 加えてこの状況でカイリューを出せば、レッドが最後に出すポケモンもほぼ決まりだ。

 レッドはポケモンリーグでグリーンと対戦した時、相性が不利でも博士から貰ったポケモン同士で決着を付けさせるなどこだわりを持っている。

 その気持ちはアキラも理解が出来る。故にカイリューを出せば、必ずレッドは対抗出来るだけでなく付き合いが最も長くて信頼しているなど、アキラが連れているカイリューとの共通点が多いニョロボンを出す筈だ。

 

 だからこそ、消耗しているとはいえアキラはエスパータイプを併せ持つヤドキングを残しているのだ。

 勿論、カイリューもニョロボンに対して強いライバル意識を抱いているので、ライバル対決で負けるつもりは無い。だけど彼は、その先に有り得る可能性も考慮していた。

 

 尤もその考えが正しいことを証明するのと思惑通りに試合を進めるには、目の前にいるカビゴンを倒さなければ話は始まらない。

 

「突っ込むんだゴン!!!」

 

 カイリューの姿を見るやレッドはカビゴンに攻勢を伝える。

 彼自身アキラのカイリューと直接戦った経験は無いが、ワタルのカイリューを相手に互角以上に渡り合ったことを知っている。

 ならば全力で片付けようと動いたのだ。

 

「”はかいこうせん”で迎え撃つんだ!」

 

 飛び出したカイリューは、口内を光らせるとカビゴン目掛けて”はかいこうせん”を放つ。

 光線が命中すると同時にカビゴンは爆発に巻き込まれるが、それでも怯むこと無く”ころがる”で突っ込んできた。

 正面から受けるのを避けるべく、カイリューは横に跳ぶ形で躱したが、転がっていたカビゴンは鋭い急カーブを描いて再び迫って来た。

 

「空へ!」

 

 驚きながらも小さな翼を広げて、若干姿勢が崩れていたカイリューはアキラの言う通り空へ退避する。

 二度目の攻撃も不発で終わったことで、カビゴンも”ころがる”を止めて空を飛んでいるカイリューを見据える。

 

 ハクリューの頃は”こうそくいどう”で翻弄しながら、”つのドリル”で一撃必殺を狙うのがカビゴン攻略の基本戦術だった。

 レッドのカビゴン攻略を至難の業にしているのは、前のフスベシティで戦ったイブキの時に経験した”ねむる”による常時回復状態が原因だ。

 並みのポケモンの”ねむる”なら、回復を上回るダメージを容易に与えられるが、カビゴン並みの耐久力と有効なタイプ相性が乏しいと一苦労だ。

 

 まだレッドが使えるか判明していないが、イブキのキングドラの様に回復しながら攻撃出来る様になっていたら厄介極まりない。

 巨体故に俊敏に動くことは出来ないが、それでも何かあればすぐに動ける様にカイリューは上空を浮遊する。

 

「……”はらだいこ”だ」

「っ!」

 

 少し考える素振りを見せてから、レッドはカビゴンに指示を伝える。

 するとカビゴンは大きなお腹を太鼓の様にリズミカルに叩き始め、どことなく太鼓を叩いている様な音が奏でられた。

 だけどアキラは、その音に耳を傾けることなく慌てた様子で声を上げた。

 

「リュット! ”はかいこうせん”で倒すんだ!!」

 

 使われるのは初めてだが、”はらだいこ”は自らの体力を大きく削る代わりに攻撃力を最大にまで引き上げる技だ。

 ブーバーとの攻防で幾らか体力を失ったのに”ねむる”での回復よりも攻めを選んだのだ。何か狙いがあるに違いない。

 けれども”はらだいこ”の効果を考えれば、倒すチャンスでもある。カイリューもアキラの意図を察し、本気で仕留めるつもりで少し時間と力を掛けて空中から最大パワーの”はかいこうせん”を放つ。

 

「もう一度”ころがる”!」

 

 しかし、レッド達の動きの方が一歩速かった。

 ”はらだいこ”を終えるとすぐにカビゴンは体を丸める。すると先程までとは異なり、まるでアクセルを全開にしたタイヤの様な速さで急加速して、”はかいこうせん”を紙一重で避けたのだ。

 

「速い」

 

 ”はらだいこ”で体力がパワーに変換されたことが関係しているのか、さっきの段階でも巨体からは考えられない程のスピードだったのが更に速くなっていた。

 レッドの様子を見ると、偶然の産物ではなく狙ったものなのは明らかだ。

 

 あんな巨大な鉄球みたいなのが、車並みのスピードでぶつかってきたら一溜まりも無い。

 空を飛べないポケモンが相手だったら脅威どころではなかったところだが、幸いカイリューは空を飛べる。落ち着いて様子見に徹することが出来る。

 レッドの狙いは一体何なのか。そのことに集中して考え始めた時、突然レッドは声を張り上げた。

 

「今だ! いくんだゴン!!!」

「え? 行くって…はぁ?」

 

 レッドがカビゴンに伝えた内容が理解出来なくてアキラは戸惑うが、高速で転がっていたカビゴンの巨体が突如として何の前触れも無く跳ね上がり、空中に留まっているカイリューに迫ったのだ。

 

「っ!? ”つのドリル”!!!」

 

 咄嗟にアキラは、カイリューに接近戦最大の武器での迎撃を伝える。

 今のは鋭敏化した目でも見抜けなかった。本当に何も前触れも無く――否、良く見たらカビゴンが跳ね上がった地面は”かいりき”や”じしん”の影響で割れていたりとデコボコになっていた。

 僅かな凹みや段差を利用して、カイリューがいる空中へと跳び上がったのだ。

 

 機転を利かせて相手の想像の範疇外を突いたり、自身の思い付きや賭けを何の事前準備も無くぶっつけ本番で実現させるのはレッドの得意分野だ。

 そしてそれは、事前に得られた情報や自身が知っている知識と経験を元にすることで、ある程度の対策や攻略法を考えた上で戦うアキラにとって歯車を狂わせる最大の要因でもあった。

 

 戦いでは、不確定要素や未知数の技が出るなどの想定外の事態や事前情報が役に立たないことは当然ある。

 それくらいアキラもわかっているが、レッドの思い付きや賭けは本当に予想を超えるだけでなく、突拍子もないのだから咄嗟に対応することは難しいのだ。

 

 カイリューも言われるまでも無く迎え撃とうとしたが、”はかいこうせん”を力を籠めて放った反動で動きが鈍っていたこともあり、極限までに攻撃力が高まった巨大な高速質量弾と化したカビゴンの前では螺旋回転を始めたばかりのエネルギーの刃は呆気なく破られてしまった。

 

 今まで聞いたことが無い鈍い音が響き渡るだけでなく、カイリューはくぐもった呻き声を漏らし、まるでトラックに跳ねられた人の様に弾き飛ばされて、そのまま落下した。

 ほぼ同時にカビゴンは空中で体勢を立て直すと、大きな揺れを起こしながらレッドの傍に着地する。

 

「リュット……!」

 

 まだ土埃が舞っていたが、それを翼の一振りで吹き飛ばして、墜落したカイリューは荒々しく吠えながら力強く立ち上がった。

 ”ころがる”はいわタイプの技なので、ひこうタイプも併せ持つカイリューにとっては相性が悪い技だ。

 それをカビゴンが発揮出来るであろう最大火力で受けてしまったが、息を荒げているもののまだまだ戦える様だった。

 

「流石アキラの相棒。あれを受けても倒れないのか」

 

 耐える可能性が有るとしたら彼のエレブーだけかと思っていたが、やはりカイリューも一筋縄ではいかないことをレッドは改めて認識する。

 危うくやられそうになったことにアキラは冷や汗を掻いたが、気持ちを静めて冷静に状況を把握しようとする。

 

 カビゴンの消耗具合を考えれば、後は遠距離技で攻めていけば十分だ。仮に”ねむる”で回復を試みたら、その隙に”つのドリル”で仕留める。

 ”ねごと”や”いびき”などの寝ている間に使える覚えている可能性は高いが、この前のイブキとの戦いである程度学んでいる。

 

「リュット、”れいとうビーム”」

 

 牽制や凍らせることでの動きの妨害を念頭に置いた青白い冷気の光線をカイリューは放つが、構えていたカビゴンは正面から突っ込んできた。

 体力回復よりもこのまま勢いに任せて突き破るつもりなのだろう。体が凍り付いてもすぐに砕くなど、現段階で発揮出来るパワーを最大限に活かした”すてみタックル”での強行突破だ。

 カビゴンの巨体が凄い勢いで迫る姿は、インパクト抜群だったが今のアキラ達にとっては何の問題も無かった。

 

 寧ろチャンスだった。

 

 このままカビゴンの突進攻撃が決まるのかと思われた時、ぶつかる寸前にカイリューは構えると体をズラして避けた。

 更にそれだけで終わらず、腕を掴んだり足元を引っ掛けたりするなど勢いに任せてカビゴンを転ばす様に投げ飛ばしたのだ。

 

 見よう見真似なのとまだ十分ではないが、技としては一部のシジマの格闘ポケモンが使える”あてみなげ”に近い投げ技だった。

 ”ころがる”状態では触れること自体難しかったので使えなかったが、ただのタックルだった為、上手く使えたのだ。

 自らの体重と勢いが合わさっていたのか、投げ飛ばされたカビゴンは数回体を弾ませて転がっていき、止まった頃には気絶していた。

 

「言っただろレッド。今の俺達は格闘系のトレーナーに弟子入りしているって」

 

 自信満々に告げるアキラとうつ伏せに倒れているカビゴンの姿に思わずレッドは苦笑を浮かべる。

 シジマの元で学んでいなかったら、”あてみなげ”の様な技を使う発想や技術をアキラは身に付けることは出来なかった。

 今みたいに完全では無いどころか、本来ならカイリューは覚えることは出来ないが、”もどき”であっても十分だ。

 

 レッドは三匹中二匹が倒れているのに対して、アキラの方は一回でも攻撃を受けたら倒れそうなのもいるが三匹共健在。

 

 今度こそ勝てる。

 

 過去に似た展開は幾つかあったが、いずれも逆転されて来た。しかし、今回は今までで一番状況はこちらが有利だ。

 そしてカビゴンを倒した今、レッドが出してくる残り一匹は何度も考えている様に絶対にニョロボンだ。

 

 出て来るであろう最大のライバルとの戦いに、カイリューは可能な限り息を整えて、シジマの元で学んだファイティングポーズの構えを取る。

 カビゴンが仕掛ける最大威力での”ころがる”を受けてしまったのは痛かったが、まだまだ戦える。

 

 彼らがレッドが次に出すであろうポケモンと戦う準備を整える中、レッドの方も早く次を出すべくカビゴンをボールに戻した。

 

「ありがとうゴン。後はニョロに任せろ」

 

 ブーバーを退け、カイリューにも大ダメージを与えたカビゴンに感謝を伝えると、レッドは最後となる三匹目――彼にとって最初のポケモンであり最も信頼する手持ちが入ったモンスターボールを手にした。

 

 ここまで追い詰められたのは、レッドにとって久し振りだった。

 今まで数多くのトレーナーと戦ったが、その中でアキラと一番多く戦ってきた。

 手に汗握るギリギリの攻防も何回も繰り返してきたが、自分はその全てに勝ってきた。

 

「頼むぞニョロ。今回も…勝つぞ」

 

 今回も勝つ。

 闘志を燃やし、レッドはニョロボンをカイリューの前に送り出した。

 

 飛び出してすぐにニョロボンは、目の前にいるカイリューに対して戦闘態勢に入る。

 カイリューの方も、目からビームを出せる技を覚えていたら、放っていそうなまでの威圧感溢れる凶悪な目付きでライバルを見据えていた。

 興奮している様子ではあったが、互いに飛び出すことなく忍耐強く機会を窺い続ける。

 

「…”みずでっぽう”だ!」

 

 まず仕掛けたのはニョロボンだった。

 早撃ちガンマンの様な素早い動きでかなりの勢いの水流を放つ。

 相性の関係では効果は薄いが、カイリューは体をズラして避ける。僅かなダメージでも受けるのが嫌なこともあるが、過去に体を濡らされて”れいとうパンチ”や”れいとうビーム”などの氷技を受けた際に通常よりも早く体が凍り付いた苦い経験もあったりする。

 

 反撃として”10まんボルト”をカイリューは放出するが、ニョロボンは突撃しながら右手から放つ”れいとうビーム”で相殺していく。

 得意の接近戦に持ち込むつもりなのは目に見えて明らかだった。

 

「近付けさせるな!」

 

 万が一に備えて何時でも後ろに下がれる準備をしつつ、カイリューはニョロボンの接近を阻止するべく”りゅうのいかり”を放つ。

 フスベシティの長老に教わった技術のお陰で、最近の”りゅうのいかり”は徐々に高速化するだけでなく火炎放射と光線が合体した様な感じで放たれる様になっていた。

 

「”かげぶんしん”!」

 

 しかし、最後に見た時よりも遥かに速く放たれたことに彼らは動揺せず、迫るドラゴンの炎をニョロボンは無数の分身を作り出すことで逃れる。

 避けられたのにアキラは思わず舌打ちをするが、何回も戦っているお陰で”かげぶんしん”をした際の本物と偽物の見分け方はわかっている。

 

「下がりながら攻撃を続けるんだ」

 

 翼を羽ばたかせて、体を浮かせたカイリューは下がりながら再び”りゅうのいかり”でニョロボンを攻撃する。

 

「こっちも飛ぶんだ!!」

 

 もう”かげぶんしん”が通用しないと判断したのか、ニョロボンは両手を後ろに向けると水流を放ち、その勢いを推進力に飛んでくる炎を飛び上がる形で避けた。

 

「何でニョロボンが飛べるんだよ」

 

 確かに技の反動を利用して飛び上がったり移動を補助をする技術はある。代表的なのは、背中の大砲から放つ水流で空を飛べるブルーのカメックスだ。だけど、以前戦った時はこんな技術をレッドは少しも見せなかった。

 かくとうタイプのエキスパートであるシジマの元で修業しているとはいえ、接近戦に持ち込まれると不利なことを経験上知っている為、カイリューは更に距離を取ろうとする。

 するとニョロボンは、両手から”みずでっぽう”を放つのを止めて空中でカイリューに対して背を向けた。

 

「”ハイドロポンプ”!」

「はぁ!?」

 

 何とニョロボンは体の渦巻き模様の中心から、”みずでっぽう”の比にならない凄まじい勢いの水流を放ち、カイリュー目掛けて一直線に飛んだのだ。

 確かにニョロボンは”ハイドロポンプ”を使う事は出来るが、レッドのニョロボンは”ハイドロポンプ”を覚える前に進化した筈だ。なのに何故使えるのか。

 

 理解が出来なくて驚くアキラを余所に、一気に接近してくるニョロボンを撃ち落とそうとカイリューは触角から再び”10まんボルト”を放電する。しかし、命中する直前にニョロボンは”ハイドロポンプ”を中断すると同時にバク転する様に体を丸めて避ける。

 その勢いで体を後ろ向きに回転させながら、あっという間にニョロボンはカイリューの頭上を飛び越えた。

 

「リュットすぐに体を翻すんだ!」

「”れいとうビーム”!」

 

 丸くしていた体を広げると、間髪入れずにニョロボンは掌から”れいとうビーム”を放つ。無防備な背中に最も苦手なタイプの直撃を受けて、カイリューは一気にピンチに追い込まれた。

 ドラゴンタイプだけでなくひこうタイプも追加されたことで、カイリューは氷技に対して致命的なまでに弱くなっている。

 更にこれだけで終わらせるつもりは無いのか。ニョロボンは先程の様に手から”みずでっぽう”を噴出して、空中で軌道を変えて迫って来た。

 

 ここでアキラはようやく気付いた。どうやって覚えたのかわからない”ハイドロポンプ”と翼などの空を飛ぶ能力が無ければ自由の効きにくい空中でのこの動き。

 ニョロボンは空中戦が出来る様に鍛えている。

 何故空中戦が出来る様に鍛えたのかは知らないが、相手がダメ押しを仕掛けようとした今がチャンスと考えたアキラは自らの目の感覚を信じて、ニョロボンの動きを読む。

 正面から真っ直ぐ――

 

「正面、”メガトンパンチ”!」

 

 それだけわかれば十分とばかりにアキラは大きな声を上げた。

 彼の声に歯を食い縛り、全身に張った氷を砕きながらカイリューは右拳を握り締め、可能な限りの力を腕に籠めた渾身の”メガトンパンチ”を弾丸の様に突き出す。

 カウンター気味で放った全身全霊を込めた一撃。しかし、()()()()()()()()ニョロボンは紙一重――本当に当たりそうで当たらない僅かな差で体を捻って避けた。

 

「”こころのめ”…」

 

 見覚えのある動きに、アキラは思わず技名を呟く。師であるシジマのニョロボンやサワムラーが、たまに見せる動きと殆ど同じだったからだ。

 未来が見えているかの如く攻撃を回避したり対応出来る点は”みきり”と同じだが、”こころのめ”は回避だけでなく攻撃にも活かすことが可能だ。

 しかも渾身の一撃を仕掛けたこのタイミングに使われては、次の対応策がアキラの頭に浮かんでいてもカイリューへ伝える時間も彼が反応出来る時間も無いに等しい。

 そして避けた勢いのまま、ニョロボンは反応し切れていないカイリューに拳を突き出す。

 

「”れいとうパンチ”!!」

 

 強烈な冷気の籠ったパンチが、クロスカウンターに近い構図でカイリューの頬にめり込む形で叩き込まれる。

 だが、ドラゴンポケモンは”れいとうパンチ”を顔面に受けても尚意識を保ち、抗おうとする。

 しかしニョロボンは、”れいとうパンチ”を放った腕を振り切ると、殴り付けたことでブレーキが掛かった体を素早く翻す。そして空中でバランスを崩して仰向けになったカイリューの腹部に、”れいとうパンチ”を応用した冷気の手刀を続けて打ち込んだ。

 

 ドラゴンタイプが最も苦手とするこおりタイプの技による連続攻撃。

 既にカイリューが弱っていることも相俟って、このライバル対決の勝利をニョロボンが確信したその時だった。

 打ち込んだ手刀を振り切る寸前に、ニョロボンの腕をカイリューが掴んだのだ。

 

「何だって!?」

 

 これには見守っていたレッドと戦っていたニョロボンは目を見開いて驚くが、致命的なことを見落としていたのに気付いていなかった。

 

 今まで彼らは何十回もアキラとその手持ち達と戦ってきた。その為、彼らがどういう風に仕掛けて来るのかを無自覚に予測している面があった。

 ニョロボンも目の前のドラゴンポケモンとは何十回も戦ってきたが、それはハクリューの姿をしていた頃であって、カイリューに進化した今の姿と戦うのは初めてだ。

 その為、ハクリューには無かった腕の存在をレッドとニョロボンは無意識に見落としていた。

 

 そして掴んだカイリューの方も度重なるダメージで意識が無くなりそうな状態だったが、それでも掴んだ腕を引っ張るとニョロボンを羽交い締めにする形で拘束するとまるで道連れにするかの様に落ちて行った。

 

「ニョロ早く抜け出すんだ!!」

 

 レッドの焦る声を耳にしながら、押さえ込まれたニョロボンは抜け出そうとするが、ハクリューの時とは異なる拘束方法と力の強さは如何することも出来なかった。

 進化したことでパワーが上がっていることもあったが、何よりカイリューの抑え方がシジマの格闘ポケモンがたまにやる寝技などの抑え込みのやり方に近かったことも要因にあった。

 

 このままではカイリューの下敷きになる形で落ちてしまう。そうなれば、ドラゴンポケモンの全体重と落下の衝撃で大きなダメージを受ける。

 それだけは防がなければならない。

 力任せで抜け出すのが無理と判断したニョロボンは、腕を中心にこおりタイプのエネルギーを籠め始める。それはかつて、ポケモンリーグでカイリューがハクリューに進化した直後に仕掛けてきた拘束から逃れたのと同じものだった。

 

 今回も同じ技術で――そう思った直後だった。

 ニョロボンを抑え付けていたカイリューが、突然全身に流す形で”10まんボルト”の強烈な電撃を放ったのだ。

 相性の悪いでんきタイプの技を密着する形で受けてニョロボンは苦しむが、でんきタイプでは無いにも関わらず全身から放電する今の行為はカイリュー自身もダメージを受ける諸刃の剣だ。

 しかし、朦朧とした意識の中でカイリューは、意地でもニョロボンとは相打ちに持ち込む覚悟を決めていた。

 

 今までカイリューは、アキラと共にレッドとその手持ちと何十回と戦ってきた。

 彼自身、ハクリューの頃からニョロボンに勝ったことは何回かあったが、本当の意味で価値が認められるルール上での勝利――つまりトレーナーであるアキラの勝利は一度も無かった。

 

 次こそはと思って挑んでは負け、力を付けるだけでなく研究と作戦を考えて改めて挑んでも後一歩で勝利を逃してしまう。

 二年近くに渡って、レッドとの戦いはこの繰り返しだった。

 そしてレッドの手持ちは、今抑え付けているライバルの一匹だけ。

 

 負け続けてきた過去に終止符を打つ。

 

 薄れていく意識の中でも強い執念と意地を抱きながら、ニョロボンを抑え付けている両腕と全身から放っている電撃を緩めることなく、カイリューとニョロボンの両者は地面に落ちた。

 

「リュット…」

「ニョロ…」

 

 カビゴンの”ころがる”を受けた時よりも両者が落ちた衝撃と揺れは弱かったが、舞い上がった土と埃が収まると、そこには力尽きたカイリューが倒れていた。

 

 現在の姿に進化してから、殆ど負けないまでに力を付けたドラゴンポケモンが力無く倒れている姿にアキラは悔しそうに表情を歪ませたが、目に映るもう一つの光景に彼は目を疑った。

 倒れているカイリューの体の下から、ニョロボンが這い蹲る様に出て来たのだ。

 

 結局、ニョロボンはカイリューと地面に挟まれる様に潰されてしまった。

 しかも電撃を浴びながらの落下の衝撃とドラゴンポケモンに下敷きにされたダメージは、予想以上に大きかった。

 

 早く抜け出さなくてはならない。

 

 カイリューとは、ハクリューだった頃に負けてしまったことは何回かあるが、それでも次に出て来る仲間に後を託し、そして勝ってきた。

 だけど、まだアキラは手持ちを二匹残しているのだ。レッドの相棒としてもニョロボン自身にとっても、ここで倒れる訳にはいかない。

 その一心でニョロボンはカイリューの体を退かしていくが、思っていた以上に体に力が入らない。

 

 しかし、ニョロボンの意思に反して、視界は徐々にボヤけていく。

 この時点で下敷きになっていた体の半分は抜け出せたが、何故か片足だけどれだけ力を入れても抜け出せなかった。

 

 殆ど視界があやふやになっていた為、ニョロボンは気付いていなかったが、足が抜け出せなくなっていた原因はカイリューがニョロボンの片足を掴んでいたからだ。

 既にカイリューは公式ルールに限らず野生の世界でも戦闘不能状態だが、最後まで抱いていたドラゴンの執念は意識を失っても尚、道連れにしてやろうとライバルの足をまるで石像の様に固く掴んでいた。

 

 ニョロボンは何回も抜けない片足に力を入れるが、繰り返している内に余計に体力を消耗してしまい、やがて仰向けに倒れ込んでしまう。

 意思に反して倒れてしまったのを切っ掛けに緊張の糸が途切れてしまったのか、おたまポケモンの意識は急速に気が遠くなっていく。

 それでもニョロボンは闘志を燃やし続けていたが、本人も気付かないくらい静かに、意識を手放すのだった。

 

「……勝った?」

 

 ニョロボンが動かなくなったことで、周囲が静かになった状況にアキラは半信半疑で呟く。

 今までアキラは、フルバトルや今回のシングルバトル形式など様々な公式ルールでレッドに何十回と挑み、そして負けてきた。

 なので、自分が勝利するとしたら物語の様にギリギリの攻防の末、互いに大技をぶつけ合った後、最後に立っていた方が勝者的なシチュエーションを今まで想像してきた。

 その為、両者相打ちによる静かな状況を全く想像していなく、思っていたより勝ったと言う実感が湧かなかった。

 

 それどころか本当に勝ったのか疑うだけでなく、互いの残りの手持ちの数は間違えていないかなど、あらゆる考えが彼の頭を過ぎっていく。

 そんな混乱をしている時だった。

 突然レッドの体が崩れたのだ。

 

「レッド!?」

 

 思わずアキラは、考えることを止めて飛び出す様に彼に駆け寄る。

 彼は両手足が地面を付いた姿勢で、倒れてはいなかったが立ち上がろうにも立ち上がれない様子だった。

 

「ご…ごめんアキラ。ちょっと緊張の糸が切れただけで大丈夫だから」

 

 何でもない様にレッドは取り繕うが、素人目で見てもわかるまでにレッドの両手は痙攣しているかの様に震えていた。

 最近彼を悩ませている手足の痺れだ。これは誰がどう見ても、大丈夫では無い。

 未だに混乱してことも相俟って、アキラはどうすれば良いのか戸惑うが、そんな彼にレッドを顔を上げた。

 

「アキラ、もし今回のお前の勝ちが俺の不調の所為だと思っているならそれは間違いだ。今は痺れているけど、戦っている間は何ともなかった。これはハッキリ言える」

 

 最近悩まされている不調の所為で本領を発揮出来なかったから勝てた。

 彼に――アキラにそう思わせてはいけない。

 

「今回俺達は全力を出した。それでも負けたのは間違いなく…アキラ、お前やカイリュー達の実力や気持ちが上回っていたからだ。だから…胸を張って良いんだ」

 

 確かに初めてアキラに負けてレッドは悔しいが、いずれ負ける時が来ることはわかっていた。自分に勝つべく、アキラがどれだけ時間を費やしてきたのか、全てとは言わなくてもレッドは知っている。

 だからこそ、折角の彼の勝利を素直に喜べないものにしてはいけない。

 自分達は持てる限りの力を尽くしたが、彼らはそれ以上の力を発揮して勝った。

 これは紛れも無い事実なのだから。

 

 そこまでレッドは断言をすると、レッドの体調が悪いのと勝ったことに混乱していたアキラの雰囲気が変わった。

 静かなのは変わらないが、まるで何か悟ったかの様に落ち着いた表情になっていた。

 

「そうか…ようやく俺は……勝ったのか…レッドに」

「何だよ。俺に勝つのを目標にしていた割には随分と静かだな? 実はあんまり嬉しく無かったのか?」

「いや、嬉しいよ。イメージしていた決着の仕方と違っていたから、少し現実を受け入れるのに時間が掛かっているだけだ」

 

 レッドに勝つ時が来たら、喜びの感情が爆発するだろうとアキラは思っていたが、意外にもそんなに大はしゃぎすることは無かった。

 だけど、体の奥底から湧き上がって全身に伝わる電気が走る衝撃とも感動のどちらとも言える滾る様な静かな興奮は、暫く収まりそうには無かった。




アキラ、遂に念願だったレッドに初勝利。

三対三のシングル形式なので、かつてのポケモンリーグの様に総力戦ではありませんが、それでも勝ちは勝ちです。

最後に思う様に予定通りに更新などが出来なくて申し訳ございません。


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取引と悩み

 雲一つ無い広々とした青空。

 その空の上で、風船の様に大きく膨らんだプリンという名のポケモンがフワフワと漂っていた。

 一見すると風に流されている様に見えるが、膨らんだプリンに乗っているトレーナーらしき人物は、巧みに風の流れを読みながら眼下に広がる大都会の真上にやって来た。

 

 プリンに乗っている人物は、上空から少し大袈裟なゴーグルの様なものを目に掛けて街を見下ろしていたが、やがてある場所に目が止まった。

 

「みぃ~っけ」

 

 得意気にそう呟くと、プリンは少しずつ街中へと降下し始めるのだった。

 

 

 

 

 

「お前ら改めて言うけど、ジュースとかと違って頻繁には来れないからな」

 

 財布の中身を確認した上でアキラは、後ろにいる九匹の手持ちに伝える。

 しかし、彼の隣に立っているカイリュー以外は応えたものの、半分近くは別の事に意識が傾いているのか真面目に受け取っていなかった。

 

 手持ちの相変わらずの様子にアキラは若干肩を落とすが、今いる場所は大勢の人々が出入りするなど賑わっているので、邪魔にならない様に彼らを先導する形で建物の出入り口からタマムシシティの街中へと移動する。

 

 後ろを振り返れば、ブーバーは赤く光る蛍光灯の様な玩具を楽しそうに扱い、ゲンガーも同じく購入した青く光る玩具を腰にぶら下げながらパンフレットを広げている。

 エレブーは特大サイズのキャラメルポップコーンを満足気に抱えてヨーギラスと一緒に分け合いながら頬張っており、そんな彼らを見守る様に最後尾をサンドパンとヤドキング達が歩いていたが、ジュースをストローを通じて飲んでいたりと意識は若干目の前とは別の方に飛んでいる様子だった。

 

 今日アキラ達がタマムシシティに来ているのは、手持ち全員を連れて映画を見る為だ。

 映画鑑賞自体は、この世界に来てから見ている人気シリーズの新作なのもあって息抜きとしてアキラは予定していた。けどすっかり人間の娯楽も楽しんでいる彼のポケモン達も見たいと強請ってきたので、この前のレッドに初勝利の祝いとご褒美も兼ねて結果的に全員で見ることになった。

 

 この世界ではポケモンと一緒に映画を見たいと言う人がある程度いるので、ポケモン専用の席を確保することはさほど難しく無い。

 しかし、やはり九匹分――それもポケモンのサイズ毎に席の料金が変わる事もあって、映画を見に行くだけでもかなりの出費となった。

 加えて劇場で販売されている商品や飲食物の購入も重なり、アキラの財布の中身はかなり用意していたのにも関わらず、結構薄くなっていた。

 

「……対戦してくれるトレーナーでも探そうかな」

 

 今回かなりお金を使ったので若干アレではあるが、少しは稼がないと今後に支障が出る。

 ただでさえ、今回の映画の様に娯楽やきのみジュースなどの嗜好品を以前より手持ちが楽しむ様になっているのだから、お金は幾らあっても足りない。

 

 それに最近はレッドや師であるシジマ以外のトレーナーとあまり戦っていないので、今自分達の実力的にどのくらいの位置にいるのか考えられる判断材料が欲しかった。

 どこかにエリートトレーナーとかの強そうなトレーナーはいないものか。

 

「でもポケモンを九匹も連れているトレーナーからのバトルの申し出を引き受ける人っているかしら?」

「そうだよな。俺は気にしなくても相手からしたら”マナーがなっていないトレーナー”って思われても仕方ない……?」

 

 説得力のある言葉にアキラは納得するが、そこで彼は誰かが自分に声を掛けていることに気付く。

 手持ち共々、完全に気を抜いていたこともあったが、横を向くと見覚えのある黒いノースリーブワンピースの少女――ブルーがさり気なく並ぶ様に歩いていた。

 

「え? ブルー? 何でここに?」

「あら、アタシがタマムシシティに居たらいけない?」

 

 少し戸惑うアキラに対して、ブルーは悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 その直後だった。彼女に対してカイリューとブーバーを中心としたアキラのポケモン達の何匹かが警戒心を露わにした。

 ポケモンリーグでの印象が悪かったこともあるが、レッドがよく彼女にカモにされたりしているという話を聞いていることもあって、彼らは次は自分達が狙いかとばかりに警戒する。

 

「相変わらずね。……と言いたいけど、何だか何時もと比べて緊張感が欠けるね」

 

 彼女の言う事は尤もだ。

 カイリューだけなら、目付きも相俟ってかなり警戒していることがわかるが、ブーバーとゲンガーは何故か手にしている玩具の光る棒を構えているのだ。バルキーも構えてはいるが、それはブーバーに釣られているだけである。

 

 エレブーに至っては、戦うよりもまだ山の様に残っているポップコーンの方が大事なのか、一緒に食べているヨーギラスと共にポップコーンを守る体勢だ。

 良識があって常識的な判断が出来るヤドキングとドーブル、サンドパンも、そんな彼らに呆れているのか構えすらせずに脱力気味だ。

 

「お前ら…本気なのかフザけているのかどっちなのかハッキリさせろ」

「そういうアナタも見当外れなことを言っているわね」

 

 アキラとしては真面目に伝えているのだろうけど、ブルーなどの第三者視点から見たら彼の言葉もどこかズレている。

 ポケモンはトレーナーに似るという話を聞くが、変なところでズレている点はソックリだ。

 

「…見てわかる通り、リュット達が露骨に警戒しているから、用事があるなら早めに済ませて欲しい」

「そうね。――一言で言えば、取引をしに来たのよ」

「取引?」

 

 ブルーの言葉に特に好戦的なカイリューとブーバー、ゲンガーの三匹は体に力を入れる。ドラゴンポケモンに至っては、街中で人々の視線を集めているにも関わらず唸り声を漏らしていた。

 取引となると互いに利益になるものを与え合ったりするものだが、彼らはブルーが上手いこと誤魔化してくるのでは無いかと警戒しているのだ。

 彼女が明確な敵では無いことは、カイリュー達はわかっている。だけど、自分達に不利益をもたらすのなら容赦はしない。

 しかし、それだけの敵意と威圧感をぶつけられていても、ブルーはまるで気にすることなく話を進める。

 

「別に悪いことは企んではいないわ。ちゃんとアナタ達が納得出来るものも用意しているから」

「納得出来るもの?」

「廃盤が決まった旧わざマシンを何種類か。特に”ものまね”のわざマシンを何個か持っているわ。アナタ達は”ものまね”のわざマシンを探しているでしょ?」

 

 ブルーが持ち掛けた話に、適当に流すつもりだったアキラは一転して興味を示す。

 数カ月前にカントー地方のポケモン協会が、個人や組織を問わずに乱雑に作られて来た既存のわざマシンの種類を明確にするのと管理を容易にする目的で再編成を行った影響で、今までのわざマシンが一新されることになった。

 中でも”れいとうビーム”と”10まんボルト”などの消えることが決まった有用なわざマシンの価値が高騰するだけでなく、賞品として取り扱っている大会への参加者の申し込みが殺到しているなど大きな影響を与えていた。

 

 アキラもこの影響を受けた一人であり、空いている時間に今の自分達には欠かせない技になっている”ものまね”のわざマシンを探していた。

 どこで自分がわざマシンを集めていることを知ったのかは知らないが、しっかりとこちらの悪感情を抑え込めるだけの利を準備している辺り、抜け目が無いとアキラは内心で感心する。

 

 そしてブルー自身も、アキラと彼が連れているポケモンが自分に良い印象を抱いていないことから警戒心を持っていることは知っている。

 パッと見は簡単に騙せそうな雰囲気だが、レッドと違って変に誤魔化そうとすれば、すぐにでも交渉決裂なのだ。彼らみたいなタイプには、最初から正直に話した方が上手くいく。

 

「……そっちが見返りに用意した物はわかったけど、取引ならブルーが俺に求めていることは何かな?」

「情報よ。ハッキリ言うなら、伝説の鳥ポケモン、フリーザーとサンダー、ファイヤーについて知っていること全部教えて欲しいわ」

「…成程ね」

 

 普通のトレーナーなら喉から手が出る程欲するポケモンである伝説の鳥ポケモン。

 ヤマブキシティでロケット団を壊滅に追いやった後に得られた資料では、ロケット団はミュウツー計画と並行して三匹の捕獲と戦力化を進めていたが、ミュウツーの方が頓挫してしまったことで一気に切り札としての側面が強まったのをエリカから聞いたことがある。

 

 その実力は伝説と称されるだけあって折り紙付きだ。普通のトレーナーなら彼らに関する情報を持っていたら、他者に知られたくないから独占したりするものだ。

 

「欲しいものはわかったけど、何で俺がそういうことを知っているって思ったの?」

「レッドから”アキラなら色んな事を知っている”って聞いたからよ」

 

 こうしてブルーが接触してきたのにレッドの薦めがある程度関係していることを知り、アキラはこめかみを押さえた。

 何故彼女が自分がわざマシンを探していることを知っているのか気になってはいたが、恐らくレッド経由で彼女は知ったのだろう。

 しかし、自分達が良い感情を抱いていないことを承知の上で、ブルーは取引材料を準備をしてわざわざ接触してきたのだ。つまりそれだけ本気だと捉えられる。

 断ることは出来るが、入手するまでに掛かる総合的な時間や手間を考えると、彼女が用意したであろうわざマシンは正直言って欲しい。

 

 どうしようか悩みながらブルーが伝説の鳥ポケモンについて何故知りたがっているのかを考えていた時、彼はあることを思い出した。

 

「そういえば、ブルーは鳥ポケモンが怖いんじゃなかった?」

 

 過去のトラウマで、ブルーはポッポみたいなちょっとした鳥ポケモンでも怖がってしまう筈だ。

 伝説の鳥ポケモンとなれば、アキラが連れているカイリューよりも巨大で、それこそ過去に彼女を攫った鳥ポケモンみたいに人一人簡単に連れ去る様に持ち上げることが出来るくらいだ。

 そのことを指摘した途端、ブルーは一転して真剣な眼差しで真っ直ぐアキラと向き直った。

 

「勿論今でも怖いわ。でも――」

 

 一息間を入れて、ブルーは続ける。

 

「何時かは乗り越えないといけないわ。今でも…アタシの心の中に巣食っているあの忌まわしい過去の記憶を。じゃないと前に進めないわ」

 

 打算的な思惑は一切無い、ありのままに考えていること全てをブルーは正直にアキラに話す。

 今まで会った数少ない中――それも四天王との決戦に備えた作戦会議の時よりも真剣な彼女の姿に、アキラの中で疑念の気持ちは消えた。

 それは警戒していた彼のポケモン達も同じだったのか、彼らは最終的な判断を自分達のトレーナーであるアキラに委ねるかの様な視線を向ける。

 

「――わかった良いよ。俺が知っている限りの範囲内だけど教えるよ」

 

 この時点でアキラは、この先起こる戦いでブルーがどんな活躍や立ち回りをするかをある程度思い出していた。

 今この場で、自分が力を貸さなくても彼女は自力で伝説の鳥ポケモンの捕獲をトラウマを乗り越える形でやり遂げるだろう。

 だけど今の話と彼女の姿を見て、そんな気持ちは警戒心と共に完全に消えていた。名目上は取引だが、少しばかり自分が損してでも彼女が楽出来る様に可能な限りの力を貸そう。

 

「あっ、情報交換する場所はカフェかレストランでお願いね。勿論対価も弾むわ」

 

 が、交渉が成立した途端、ちゃっかりブルーが注文を付け加えてきたのにアキラは微妙な表情を浮かべる。

 確かに今、少しくらい自分が損をしても構わないから力を貸そうとは思ったが、こういう形での損は全く考慮していなかった。

 

 

 

 

 

「意外ね。アナタのことだからアタシの言う事は無視して、安くて手っ取り早いジャンクフードとかのお店に行くんじゃないかって思っていたわ。誰にここの事を聞いたの? エリカ?」

 

 店内を見渡しながら、ブルーはテーブルの向かい側に座っているアキラに今いる店を知った情報源を聞く。

 店の中は人が多い筈なのに広々としているだけでなく、吊るされているなどの形で観葉植物がたくさん置かれていて緑に溢れているなど、正直言って彼が自力で考えて選んだとは思えなかった。

 

「お前が色々注文を付けるから、消去法で人がたくさん来ているのを見掛けるここが浮かんだだけだ。それと誰にも聞いていない」

「頻繁にタマムシシティに来ているだけあって良いお店知っているじゃない。今回だけしか来ないなんて勿体無いわよ」

 

 ブルーとしては植物が多い点から、くさタイプのジムリーダーであるエリカが関係しているのではないかと思ったが実際は違っていた。

 店を選ぶセンスが良かった訳でも無く、単純に何回もこの街を訪れている内に自然と多くの人で賑わっている人気の店を覚えただけだった様だ。

 

 一方のアキラは、懐が薄くなっていることもあって、ブルーから注文を付けられようと最初はこんなところに来るつもりは無かった。

 けど、彼女が”ものまね”以外のわざマシンだけでなく、廃盤も含めた一部の入手困難なわざマシンも何種類か持っているなど無視し切れない面もあった。

 

 それらを手に入れるのに掛かる時間と労力を考えれば、少しは要求通りするのと情報提供をするだけで済むのなら、ずっと安上がりで手間も掛からない。

 少し機嫌を損ねている様子のアキラを余所に、ブルーは早速何かを注文しようとする。

 

「アキラは何を食べる?」

「俺はいらない」

 

 さっき映画を見ている時に少し食べたのでお腹が空いていないこともあるが、彼の感覚的にメニューがどれも軒並み高いのだ。

 タイミング良くすぐに店員が来たので、ブルーはレッドに奢って貰っている時と同じノリで彼女を装ってアキラを軽く茶化そうとしたが、察知したのか()()()()()()()()()()()()()で彼から睨まれたので大人しく引き下がった。

 

「そんなに時間を掛けるつもりはないから、さっさと教えるぞ」

「せっかちね。少しはゆっくりしたら?」

「どうせメニューが来るまで時間が掛かるだろ」

「はいはい、わかったわ」

 

 ブルーは注文したフレンチトーストが来る前までのんびりしていたい様だが、アキラとしては食事が来たら話にならないと考えているのである程度話を進めたかった。

 ブルーも彼の言い分と様子を見て、適当ではあったが言う通りにすることにした。

 

「何回も言うけど、幾つかは確実とは言い切れないからな」

「勿論よ。逆に全部当たっていたら不思議なくらいよ」

 

 真面目なのか何時通りなのかわからなかったが、取り敢えず話を聞く体勢になったのを見てアキラは話し始める。

 

「まず一番見つけやすいのは、フリーザーだな。これは今でも目撃情報がふたご島やその近辺で確認されているのと俺も見に行ったから間違いない」

 

 三鳥の中でも、れいとうポケモンは一番目撃情報が多い。と言うより、一回だけアキラはメタモンの再現では無い本物のフリーザーがどんなものか遠目で見に行ったことがある。

 意外と暴走族達のメタモンの合体変身が、かなりの完成度で再現出来ていることを知って驚いた記憶がある。

 

「残る二匹、ファイヤーとサンダーはどこにいるかの詳細はわからないけど、次に見つけやすいと個人的に思うのはサンダーだと思っている。電気が大好物だから、もしかしたら今はいなくても無人発電所を休憩場所にしているかもしれない」

 

 でんげきポケモンに関しては、たまにカントー地方のどこかで雷鳴を轟かせたりしているという記事を目にする。仮にカントー中を飛び回っているとしても、休憩場所には電気が豊富な場所を好む筈だ。

 そしてその場所は元々棲み付いていた場所でもあるけど、最近汚染物質が全て消えたことで多くの電気系ポケモンにとって居心地が良くなった無人発電所が可能性として高い。

 

「そしてファイヤーについてだけど、こいつが三匹の中で一番知らない。ちょっと前までシロガネ山に近いセキエイ付近にいたらしいけど、最近はカントー地方から離れた小さな島に居座っているって話をどっかで聞いたくらいしかわからない」

 

 最後のファイヤーに関しては、アキラもハッキリしていなかった。他の二匹と違って行方知れずだが、ゲームを参考にすれば多少は目星が付く。しかし、もう何年も経っていることもあって、今ブルーに教えたこと以外は思い出せなかった。

 だけど何であれ、これが彼が知っている伝説の三鳥の居場所についての全てだ。

 

「アタシが集めた情報と幾つか被っていたのもあったけど、まさか三匹の情報を同時に得られるなんて思っていなかったわ。レッドが太鼓判を押しているだけあって良く知っているわね」

「話した俺が言うのもあれだけど、嘘を言っているとか何も疑問を抱かないの?」

「嘘を言っている雰囲気は全くしないわ。寧ろ、それだけ知っているなら何で捕まえに行かないの?」

「鳥ポケモンを扱ったことが無いのと手持ちにした後が面倒だから…かな」

 

 幾ら能力が高いポケモンでも、アキラは鳥系のポケモンを扱ったことが無い。なのでどうやって戦えば良いのか一から勉強し直さなければならない。

 そして伝説となれば、自分の手持ちを見ればわかる様に問題児とまではいかなくても相応のプライドや我の強さがあるものだ。

 

「普通なら喉から手が出る程、欲しがる人がいるのに」

「捕まえたとしても、すぐに言う事を聞いて貰えるって思う方が間違いだよ。ブルーも狙っているなら恐怖症改善も含めて、ちゃんと戦力化するには時間が掛かると思った方が良いよ」

「最初からそのつもりよ」

「…余計なお世話かもしれないけど、幾らトラウマを乗り越える為とは言ってもいきなり伝説のポケモンを狙うのは荒療治過ぎないか?」

 

 元の世界にいた時の記憶からブルーが伝説の鳥ポケモンを欲する理由を、アキラはある程度思い出しているが敢えて聞く。

 彼女の言う通り、希少なだけでなく桁違いに強い伝説のポケモンに関わるのだから、何も疑問を抱かずにホイホイと情報を提供をする方がおかしいからだ。

 その事についてアキラが聞いた直後、ブルーはさっき彼が協力しようと思う気になったのと同じくらい神妙な態度に変わる。

 

「…アキラはアタシが昔大きな鳥ポケモンに連れ去られたことは知っているでしょ」

「まあ、ポケモンリーグで暴露……もとい語っていたね」

 

 三年近く前のポケモンリーグ。アキラがレッドに敗退した後、多少違う展開もあったがブルーはレッドと同様にベスト4まで勝ち上がり、変装(?)したオーキド博士に敗れた。

 その際ブルーは、自らの過去と秘めていた望みをオーキド博士だけでなく会場にいた大勢の前で明らかにしていた。

 

「あそこで暴露したのは、アタシの親が見ている可能性も考えたからよ。何も考えずに自分の触れられたくない過去をあの大舞台で晒す訳無いでしょ」

 

 あの様子でそこまで考えていたのだろうか、とアキラは疑問に思ったが、確かにポケモンリーグの様な大きな大会ならメディアで取り扱われることも考えると、人探しとして効果は抜群だろう。

 

「でも…どれだけ両親を探そうと意識しても()()()()を誘拐したアイツの姿がどうしても頭を過ぎってしまうの」

「誘拐?」

 

 アキラは思わず聞き返してしまったが、ブルーは毅然とした顔でハッキリと口を開く。

 

「あそこでは暴露していないけど、アタシはただ連れ去られた訳じゃないわ。明確な目的、それも悪意を持った人間に誘拐されたの」

「そ…そうなのか」

 

 鬼気迫るまではいかなかったが、それでもブルーの勢いにアキラは気押される。

 彼女の言う悪意を持った人間、世間ではベテランのこおりタイプの使い手にしてチョウジジム・ジムリーダーであるヤナギなのを彼は知っている。

 奴の実力を間近で見てきたのなら、対抗するには伝説の力を借りる必要があると思うのは自然だろう。伝説でさえ、束にならないと相手にすることは難しいのだから。

 

「つまり、その誘拐した奴を捕まえるなりしないと落ち着いて両親を探すのに専念出来ないってこと?」

「えぇ、そうよ。責任があるからとかじゃなくて、アタシなりに過去にケジメを付けたいの」

「…だから伝説の鳥ポケモンが欲しいのか。どれだけ強いのかは知らないが、正面から対抗するには伝説のポケモンの力が必要だと判断するくらいに」

 

 知らない様に装いながら、アキラも色々考える。

 確かヤナギも、伝説の鳥ポケモンを引き連れていた筈だ。今のアキラはカイリューがいるお陰で直接空中戦や攻撃手段が増えたが、乏しかった時期は鳥ポケモン使いのトレーナーと戦うのは少し嫌だった。

 鳥ポケモンを始めとした空を飛べるポケモンは対処し辛いからだ。ブルーに至っては、恐怖症の影響で自分よりも対抗手段が少ない。例え先に関する記憶が無くても、話の流れから何となく予想出来る。

 

「でも……だからと言ってアタシが生きているってことを今すぐに家族に伝えたいって気持ちが無い訳でも無いわ」

「家族……」

 

 途端に、さっきまでの気迫が嘘の様に消え、一転してブルーは疲れ切ったかの様な表情を露わにする。

 

 こうして自分が生きていることを家族に伝えたい。

 でも家族を探す前に忌々しい過去や負の連鎖に終止符を打つ。

 トラウマや過去の暗い出来事から目を背けて、両親を探すことに力を入れることが出来た筈にも関わらず、ブルーは逃げるどころか真っ向から挑もうとしている。

 ある種の使命感にも似た気持ちがあるのだろうけど、そうしないとスッキリしないのだろう。

 

 アキラ自身、自分がこの世界に来る切っ掛けになった紫色の霧に関する様々な謎や問題を解消出来なければスッキリしないのと同じ様に。

 

 ブルーはぼんやりとした寂しそうな目で店の外を眺めていたが、アキラもまた目線を少し下に向けて物思いにふけ始めた。

 アキラが知るこの世界では、本来なら紫色の霧絡みでの大きな戦いなどの事件は無かった。

 そして知れば知る程、自分がこの世界に来る原因となった紫色の霧は危険だ。何が起きるのか先が全く読めないこともあって放置することも出来ない。

 

 アキラが最も恐れているのは、この世界に比べて対抗手段が少ない元の世界でも紫色の霧絡みで、同じ様な戦いや事件が起こってしまう事とそれ絡みでレッド達の身に危険が及ぶ事だ。

 

 故にあらゆる面での利を考えると、戦う以外にも取れる手段が豊富なこの世界に留まり、紫色の霧が何なのかや謎を解明していき、必要と迫られれば戦い続けるのが今のアキラの方針だ。でも、ブルーの言う様に自分がこうして生きていることを伝えたい気持ちが無い訳では無い。

 そもそも一時的でも本格的のどちらを問わずに元の世界に戻る事が出来るのかもさっぱりではあるが。

 

 仮に元の世界に戻れば、この世界で起きている問題を丸投げ

 逆にこの世界に留まれば、元の世界で起きているかもしれない問題丸投げ

 どちらを選んでもスッキリしない。折衷案があるのなら正直教えて欲しいくらいだ。

 

「……ブルーは過去の因縁にケジメを付けて、両親を見つけたら…どうするつもりなんだ?」

「――どういうこと?」

「つまり……何て言えば良いんだろう。両親と再会してからも、カントー地方にロケット団や四天王とかの脅威がまた来たら戦う気はある?」

「家族に危険が及ぶなら断固戦うわ」

「そう……いやごめん。聞き方が悪かった」

「?」

 

 即答ではあったが、質問の仕方が悪かったからなのか、まだアキラが本当に聞きたいことでは無かった。

 

「その…もしカントー地方じゃない別の地方に引っ越したとしても、カントー地方にいるレッド達の身に危険が迫っているのを知ったら、ブルーはどうする?」

 

 この質問にはブルーは首を傾げる。何故そんなことを知りたいのか。

 意図がわからなくて不思議に思ったが、深刻そうながらも答えに期待している様なアキラの様子や彼の仕草などから、彼女は長年の経験と目の前の少年の身辺に関する情報を高速で頭の中で処理する。

 

「そういえばレッドに聞いたけど、アキラって確か記憶喪失だったわね。生まれ故郷や家族が別地方だったことでも思い出したの?」

 

 思ってもいなかったことを聞かれたからなのか、アキラは微妙に表情を強張らせる。

 それを見たブルーは、図星だと直感的に悟ったが変に触れることは悪手と判断した。

 

 彼が自分に警戒心を抱いていることもあるが、彼女自身も隠していることはそう簡単に明かしたくないのと他人に好き勝手憶測を立てられたりするのはあまり好まない。

 だけどこのままでは話が進まないので、敢えて突っ込んだことを口にすることにした。

 

「遠回しに言わずハッキリ言ったら? アナタが聞きたいのは『遠い別の地方にいる家族の元に帰っても、レッド達に危機が迫ったら、アタシはまた戦う気があるのか?』って意見を聞きたいんでしょ?」

 

 演技なのか本気なのかは定かではないが、アキラが曖昧にしていた尋ねたかった内容をほぼ直球で聞いて来るブルーに彼は唖然とするが、正にその通りなので頷くしか無かった。

 色々異なっているが、ある意味近い立場の彼女なら、今口にした状況でどういう選択や行動をするのかアキラは知りたかった。

 

「そうね。家族を心配させたくないこともあるけど、アタシはレッド達なら大丈夫かなって思うわ。ヘマをすることはあっても実力はあるから」

「…そうか」

「でも、友達や仲間の危機を黙って見ているのは嫌だし、絶対に大丈夫って保証は無いから、何か力になることはしたいとは思うわ」

「それは――」

「あっ、力になるっていうのは、必ずしも一緒に肩を並べて正面から戦ったりすることとは限らないわ。それ以外にも手助けをする方法はあるでしょ」

 

 そう言われてアキラは少し考えるが、思い当たる考えを以前浮かべていたことを思い出した。

 

 警察などのレッド達――図鑑所有者達の力になってくれる存在に力を付けさせる様にする。

 

 今の自分は何であれ本気になったイブキや師であるシジマなどのジムリーダー、リーグチャンピオンであるレッドを相手に勝てるのだ。

 元々手持ちポケモンの実力があったこともあるが、停滞することなく常に強くなり続けている点を見れば、自分のポケモントレーナーとしてのポケモンを鍛えていく技術はそれなりにあることも意味している。

 

 飛び抜けた個の力だけで戦うのではなく、多くの人達が力を付けて協力して戦う。

 誰かに教える機会が来るのかは定かではないが、後者の方が様々な面で利点が多い。

 

 自らの経験や培ってきた育成技術を色んな人達に教えていく。

 何だか傲慢だとかちゃんと教えられるのかなどの悩みがあって一旦忘れていたが、本当にレッド達の力になりたいなら、そういう不安や悩みは捨てるべきだろう。

 

「確かに…あるね」

「でしょ? 何で男って馬鹿正直に正面から戦うことばかり考えてしまうのかしらね。それに伝説のポケモンに関する話を聞いていたのに、途中からアナタの悩み相談になっちゃうし」

「えっと……ごめん」

「そういう訳だから、フレンチトーストを食べた後デザートを注文して良い?」

 

 タイミングを見計らっていたのか定かではないが、ほぼ話が終わる絶妙なタイミングに店員はブルーが注文したフレンチトーストを持ってきた。

 それと同時に、この店に訪れる前と同様にちゃっかり追加注文をしても良いかブルーは尋ねて来たが、さっきとは違ってアキラは特に気にならなかった。

 

 手持ち同様、自分の力や行いが何かしらの役に立ったのなら、相応の対価を欲するのは当然の流れだ。

 それに何より――

 

「あぁ、良いよ。ちょっとスッキリしたんだから」

 

 まだまだ片付いていない悩みはあるが、それでも少しだけ気持ちが晴れたのだから。

 

 

 

 

 

「もしもし? 彼に接触して色々聞いてきたわよ」

 

 とある小さな一軒家でブルーは携帯電話の様な機器を耳に当てて喋っていた。

 元から彼女は伝説の鳥ポケモンに関する情報を欲していたのでアキラとの接触を考えていたが、一番の理由は今電話している相手がアキラに関する情報を欲しがっていたからだ。

 

『ああ、ありがとう。助かったよ――姉さん』

「ジョウト地方に頻繁に行っている話も聞けたわ。タンバジムのジムリーダーに弟子入りしたのが理由みたいだけど」

 

 フレンチトーストが運ばれた後、ブルーはアキラとは伝説の鳥ポケモンだけでなく互いの近況やポケモンの育成論など様々なことについて話したりした。その中で彼はタンバジムでポケモン達と並行して自らも鍛えていることを話していた。

 

『…やっぱりジョウト地方に来ていたのか』

「でも、最近はレッドや弟子入り先のジムリーダー以外のトレーナーとは殆ど戦っていないみたいよ。とにかく修行ばっかり、そういえばレッドにやっと勝ったとか言っていたわね」

『そう。他にはどんなことを聞くことが出来た?』

「そうね。他には――」

 

 それからブルーは、座っている椅子に背を預けながらアキラとの会話で得られた様々な情報を電話の相手に教えるのだった。




アキラ、ブルーの意見に少しだけ抱えていた悩みを紛らわす。

まだまだ気になる事や問題は山積みですが、色んな意見や経験を積んでいき、徐々にアキラはたまに描く現代の時間軸の自分に近付きつつあります。
次回、アキラにとっては嫌ではあるけど同時にあるチャンスが巡ってきます。


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宿敵再び

 荒波が押し寄せる深夜のタンバの砂浜。

 タンバシティがある島は、周辺が海に囲まれているのもあって、基本的に海に接している場所は荒い岩肌が剥き出しか、穏やかな砂浜のどちらかが広がっていた。

 

 砂浜には所々に大きな岩が点在していたが、少し離れたところにある岩肌の影で、アキラは小さな明かりを灯して手持ちの一部と固まっていた。

 カイリューは力を入れて拳を鳴らしたり、ブーバーは”ふといホネ”の素振りをするなど物々しい雰囲気が漂っていた。

 

 だが、彼らを統べるアキラは対照的に覇気の無い目で殺気立っている手持ちを見つめていた。

 何か切っ掛けがあれば爆発しそうな面々から視線を逸らす様に砂浜の方に目を向けると、小さなライトを片手に持ったヤドキングがドーブルとサンドパンと一緒に砂浜の至る所に置かれた大岩の合間を歩いていた。

 

 時刻は既に深夜と言っても良く、この時間になると野宿以外でアキラ達は外を出歩くことはあまりしないが、彼らがクチバシティにもタンバジムに戻っていないのには理由があった。

 こうなった全ての切っ掛けは今日の昼にまで遡る。

 

 

 

 

 

 多くのわざマシンと引き換えにブルーに情報提供やランチを奢ったアキラだったが、流石に手元が寂しいと感じた為、休みの日にカントー地方中のトレーナーが多くいる道を訪れては腕試しも兼ねてバトルを重ねて来た。

 

 苦戦らしい苦戦も無い連戦連勝で、乏しかった所持金も回復しただけでなく、彼らは自分達の実力に自信を持てた。

 そこでアキラは手持ちに頑張ったご褒美として、タンバシティにあるツボツボの自然発酵を利用して作るジョウト地方唯一のきのみジュース専門店を訪れた。

 

 ツボツボと呼ぶポケモンが作るきのみジュースはタンバシティの名産品の一つなだけあって、手持ち達は大層気に入っていたので専門に販売している店があるとシジマの奥さんから彼は聞いていたのだ。

 どのくらい気に入っているのかと言うと、ゲンガーやエレブーも浮足立っており、普段目付きの悪いカイリューやブーバーさえも楽しみにしている程だ。

 

 しかし、期待して訪れた小さな駄菓子屋の様な店は、店の人らしき人物が掃除をしていたが”臨時休業”の張り紙が貼られており、楽しみにしていたアキラの手持ち達に衝撃が走った。

 

 最近加わった三匹やヤドキングとサンドパンは運が悪かった程度で済ませたが、他はまるで天国から地獄へと突き落とされたようなオーバーなリアクションを露わにした。

 絶望する何匹かにアキラは間が悪かったと宥めたが、偶然店の前に出ていた関係者が”臨時休業”の理由を語ったのが迂闊だった。

 

 要約すると、最近放し飼いにしているジュースを作るツボツボを盗んでいく事件が多発していて、犯人逮捕まで再開の見込みが無いとのことだった。

 

 オーバーなリアクションをしていた一部の面々は、事情を理解すると背後に業火が見えるまでに体に力を漲らせると同時にその目を鋭く光らせた。

 今にも犯人を血祭りに挙げてやると言わんばかりの勢いでやる気を出し始めたのだ。

 こうなると彼らは気が済まなければ止まらないので、肩を落としてながらもアキラは久し振りに激流に身を任せることにした。

 

 それから彼は、手持ちが如何も止まりそうも無いことやシジマに相談して様々な人から許可を貰い、こうして彼らを率いてツボツボ達が放し飼いにされている砂浜にいるのだった。

 

「気合を入れているのは良いけど、今日来なかったどうするつもりなんだか…」

 

 許可は貰ったが、それは翌日の鍛錬に支障が生じない程度だ。睡眠不足で鍛錬に身が入らなかったらシジマに怒られてしまう。

 それに張り込みは今日が初めてだが、犯人がそう何回も来る筈が無い。しかも今の季節は冬なので寒い。

 加えて相手は夜通し見張っていたとしても、眠らせるなどの手段を持ち合わせているらしいので油断は出来ない。

 

 念の為の対策はしているが、果たしてどれだけ効果があるのかは未知数だ。

 なるべく早い段階で張り込みが終わるのを願っていたら、アキラは潮風とは真逆の方角から風が吹くのを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 風が吹いた後、波の音しか聞こえなくなった砂浜に一際黒い影が踏み込んできた。

 無造作に置かれている大岩の間には、先程まで巡回していたサンドパンとヤドキング、ドーブルは眠りこけていた。

 他にもあった物々しい気配も大人しくなっていることを確認した影は、神経を尖らせながら静かに大岩に近付くと穴の中で寝ているツボツボに手を伸ばしたその時だった。

 

 一際大きな岩陰に隠れていたエレブーとブーバー、ゲンガーの三匹が鬼気迫る目付きで勇ましい声を上げながら全速力で走って来たのだ。

 影は直ぐに対処しようとするが、近くで寝ていた筈の三匹は何時の間にか起きて構えていた。

 

「ま、待て!」

 

 思わず制止の声を上げるが、走っていた三匹は止まらなかった。

 エレブーは瞬間的に”でんこうせっか”で加速して、筋肉質な大男を彷彿させる姿をしたゴーリキーに目玉が飛び出したと錯覚してしまう程の威力の豪腕から放たれるラリアットを叩き込む。

 ブーバーも自らの最強の技である”メガトンキック”ドロップキック版をヤドキング達に気を取られていたパラセクトの無防備な背中に炸裂させる。

 

 オーバーキル過ぎる攻撃を同時に受けた二匹の体は宙を舞うが、それすら許さないと言わんばかりにゲンガーの”サイコキネシス”の念動力で二匹を捉えると、トレーナーらしき黒尽くめの男を下敷きにする形で砂浜に叩き付けて完全なKOに追い込んだ。

 事前に彼らは、店主に渡されていた”きのみ”で対策をしていたお陰で、眠気を感じてもそれを口にする事で眠ってしまうのを防いだのだ。

 

「待て待てリュット! お前が行くと息の根を止めちゃうから!」

 

 既に勝負はついているにも関わらず加わろうとしているカイリューを、アキラは尾を掴んで飛び出さない様に抑えていた。彼まで追撃に参加したら本気で洒落にならない。

 眠気に囚われて反応が遅れてしまったが、気付いたらゲンガー達が犯人の手持ちポケモンを叩きのめしており、更には犯人と思われる人物を完全に抑え付けていた。

 

 体が痛みを感じない程度に加減した力でもアキラは何とか抑えることは出来ていたが、それでもカイリューの方が上なので激しく両腕を振って前に進むドラゴンに彼の体は少しずつ引き摺られていた。

 更に悪いことに、同じく待機していたヨーギラスも「最後は自分」とばかりにアキラとカイリューを追い越す。

 

「わっ! 待ってギラット!」

 

 思わず手を離したことで、カイリューは勢い余って倒れ込む形で顔を砂浜に埋めるが、気にしている場合では無い。

 ヨーギラスは小柄ではあるが、体重はヤドキングと大差は無い。

 そんな体重でほぼ瀕死の泥棒に圧し掛かったりでもしたら大変だ。

 

 急いでアキラは追い掛けるが、スタートの時点で差が結構あったことでヨーギラスの方が早かった。

 小柄な体で精一杯ジャンプするのを見て間に合わないのを直感したが、いわはだポケモンの体は宙に浮いたまま動かなくなった。

 

 ギリギリのタイミングで、手をかざしたヤドキングが念の力で止めてくれたのだ。

 ヨーギラスは体が浮いているのを気に入ったのか、空を泳ぐ様に体をバタつかせ始め、ヤドキングもそれに付き合う。その様子にアキラは溜息とも安堵とも取れる息を吐く。

 色々あったが、やっと落ち着ける。

 

 そう思った矢先だった。

 

 何となく感じるものを察知し、アキラは周囲を見渡す。

 しかし、周囲には何も変わった様子が見られなかったなど良くわからなかったが、気の所為だろうか。

 気にはなったが、それよりも睨んだり意識の有無を確認する為に突いたりするなど、先陣を切って攻撃を仕掛けた三匹と完全に伸びているジュース泥棒の方に目をやるのだった。

 

 

 

 

 

「今日もありがとうございました先生!」

「明日からは休日だが、その間にしっかり体を休めておけ。来週また会おう」

「はい」

 

 胴着から普段着に着替え、帰宅するべく纏めた荷物を背負ったアキラは頭を深々と下げてシジマに礼を告げる。

 深夜の出来事もあって多少の寝不足に悩まされたが、無事に今日の鍛錬も彼は終えることが出来た。

 

 アキラはカイリューの横に置かれている専用の小さな飛行用カプセルに何時もの様に乗り込むと、それを抱えたカイリューは翼を広げてタンバジムから飛び去った。

 シジマは飛行機雲の様な軌跡を描きながら夕日の空を飛んでいく彼らを見届けた後、彼もまた自宅も兼ねたジム内へと戻る。

 

 そうして人の姿だけでなく、気配が殆ど感じられなくなったタイミングだった。

 ジムから少し離れた敷地の外にある岩から小さな影が顔を覗かせた。

 

 深夜のあの時、アキラは流してしまったその感覚は間違いでは無かった。

 何故なら、遠くから彼らの姿を見ていた存在がいたからだ。

 巧みに隠れていたその影は、静かにジムから離れながら今日一日の出来事を振り返っていた。

 

 まだ観察を始めてからそれ程時間は経っていないが、それでも色々なことがわかってきた。

 まずトレーナーであるアキラについてだ。

 

 印象としては真面目な一面は窺えるものの、有り触れた雰囲気の持ち主だ。

 周りの注目を集めたり、引き付ける様な強烈な魅力や個性がある訳でも無い。

 ポケモンバトルを行う際は興奮するのか、目付きや言動に変化はあるが、それでもギャップを感じる程の変化では無い。良くも悪くも普通の少年だ。

 

 だが彼が連れているポケモン達は、「強力」の一言に尽きる。

 十代前半で腕の立つトレーナーはそれなりにいるが、扱いの難しいドラゴンポケモンの最終進化形態を連れている者はそうはいない。

 強ければ強い程、個性や我などの主張が強くなる例に漏れず、彼の手持ちは好戦的でトレーナーであるアキラにも堂々と逆らう面々と温厚である程度素直に従う面々がハッキリしている。

 

 しかも個々に異なる考えを有しているなど、一見すると意思統一が出来ていない様に思えなくもないが、ポケモン達が素直に従わないこともあまり気にしていないどころか、逆にある種のコミュニケーションと化している。

 

 しかし、知りたいのは彼自身の性格や手持ちポケモンの素行ではなく彼らの今の実力だ。

 

 彼の師であるタンバジム・ジムリーダーであるシジマは、格闘ポケモンの使い手としてジョウト地方では広くその名が知られている。

 しかし、連れているポケモンがかくとうタイプに偏っている訳では無いのに、何故彼の元にアキラが弟子入りをしているのかが謎だった。

 だが、その疑問も観察している内に彼らの鍛錬、そして彼らの実力が最もわかる手合わせを目にしてある程度解消はされた。

 

 ジムリーダーは挑戦者の力量を見定めるのが目的なので、本気で戦う機会は少ない。

 その本気を出したジムリーダーとそのポケモン達を相手に、アキラ達は一歩も引かなかった。

 

 肉弾戦や近距離での戦いではシジマの方に分はあったが、彼らは敢えて師のポケモン達が得意とする土俵で挑み、同じ技を仕掛けていったのだ。

 それはただ勝つのが目的では無くて、正面から挑みながらも何かを学び取りたいが故の選択に見えた。

 

 事実、エビワラーの”マッハパンチ”に対抗して、ブーバーも”ものまね”で同じ技を再現して正面からノーガードの殴り合い。

 エレブーはカポエラーの強烈な蹴りを耐えると、反撃に”クロスチョップ”らしき技を仕掛ける。

 

 サンドパンは鋭い爪の突きから繰り出す”いわくだき”でカイリキーの体勢を崩し、カイリューもサワムラーの”まわしげり”を受け止めると巧みに”あてみなげ”の形で投げ飛ばす。

 肉弾戦が苦手な筈のゲンガーやヤドキングさえも、攻撃を流した瞬間”カウンター”を仕掛けたり、気を逸らす程度のパンチやキックでも互角以上に渡り合うのだからかなりのものだ。

 そんな彼らの激戦を、新しく手持ちに加えたばかりと思われるポケモン達は見守っていた。

 

 結果的にフルバトルを制したのはシジマであったが、最も得意とする土俵にも関わらず薄氷の勝利であったことを考えると、彼らはかなりの力を有していることが窺えた。

 

 戦いとなると、普段のバラバラな雰囲気が一変して、ポケモン達はトレーナーの指揮の元でその力を奮う。

 しかも指示通りに従わない時や彼らなりの解釈やアレンジを加えて実行するのだから、トレーナーが伝えた指示を真に受けて裏を掻こうとしたら痛い目に遭う。

 

 今回は確かにある程度の実力を見ることは出来たが、それでも全てでは無い。

 影が殆ど無い岩場で足を止め、アキラが戻って来る時まで何をするべきか、それとも僅かだが()()すべきかを考え始めた時、奇妙な気配を感じた。

 

 

 囲まれている。

 

 

 野生のポケモンかと思ったが、ただ息を潜めているだけでなく、明らかに出方を窺っている手練れだ。

 そしてこちらが気付いたことを察知したのか、手練れと見た隠れている方の雰囲気も変わり、両者はほぼ同時に動いた。

 

「ヤミカラス!」

 

 岩陰から飛び出した影、シャドーポケモンのゲンガーに対してモンスターボールから黒い鳥――ヤミカラスが迎え撃つ。

 だが予想済みだったのか、ゲンガーは両目を光らせた”あやしいひかり”をヤミカラスに浴びせて、くらやみポケモンを”こんらん”状態にする。

 その直後、鋭い鉤爪を持ったポケモン――ニューラが不意を突く様に素早く切り付けたが、ゲンガーの体は空気に溶け込む様に消えた。

 

「偽物…」

 

 今思えば、知っている姿よりも少しだけ色が薄かった。最初から潜んでいたのは偽物だった。

 本物はどこにいるのか考えを巡らせた時、地面が盛り上がった。

 反射的にニューラが飛び退くが、鋭い突きを繰り出しながらサンドパンが地面から飛び出す。

 

「”でんこうせっか”!」

 

 不意を突いた攻撃が空振りで終わったと同時にニューラが飛び掛かるが、咄嗟に振るわれた長く伸びた鋭い爪によって防がれる。

 それから両者は同じ鋭い爪を持つ者同士で激しく火花を散らす。

 

 最初は互角だったが、徐々にニューラはサンドパンが振るう爪に押されていく。

 ”こんらん”状態から立ち直ったヤミカラスが加勢しようとするが、背後から先程消えたゲンガーが姿を現した。

 

 また偽物なのか、それとも本物なのか。

 一瞬の迷いがヤミカラスの動きを鈍らせたが、ゲンガーは見逃さず手から黒っぽい光の波動を放ってヤミカラスを弾くと、すぐに挟み込む様に両手をかざして黒い球体を集め始めた。

 

「”シャドーボール”が来るぞ!」

 

 少し集中力を必要としているのか、時間が掛かっている。当然ヤミカラスは阻止しようと動く。

 ところがゲンガーは、集めたエネルギーを投げるのではなく、直接押し付ける様に突っ込んだヤミカラスにぶつけた。

 

 タイプ相性の関係で効き目は薄いが、それでも大きなダメージを受けてフラつくヤミカラスをゲンガーは殴り飛ばして岩に叩き付けた。

 ニューラの方も距離を取った瞬間、サンドパンが放った先の尖ったエネルギーの塊である”めざめるパワー”を受けて、一気に追い詰められる。

 

 わかってはいたが、今の自分達の実力では歯が立たない。

 だが、あの状況では逃げることも叶わないのだ。目を付けられた時点で、どの道ダメだったのかもしれない。

 

 そんな時、突如として上空からカイリューが地面の土や岩を舞い上げながら勢いよく着地した。

 目の前の戦いに意識が向き過ぎて、接近していることに気付かなかった。厄介なのが来たと思ったが、抱えていたカプセルから彼らを率いるトレーナーであるアキラが出て来ると取り囲む様に他の手持ちを展開させる。

 

 これだけでも詰みの状況だが、更にタンバジムから彼の師であるシジマも手持ちを引き連れて来るのが見えたこともあり、やむを得ず彼は降参の意を示すのだった。

 

 

 

 

 

「最近俺達を見ていたのはお前か」

 

 シジマはブーバーとバルキー、ゲンガーの三匹に取り囲まれる形で厳重な警戒を受けている赤髪の少年に問い掛ける。

 アキラの隣ではカイリューが腕を組んでふんぞり返っていたが、こうも偉そうな態度を取る気には彼はなれなかった。

 

 目以外の感覚も鋭敏化していることもあって、タンバジム内で鍛錬をしている時でも誰かの視線を感じたことからアキラはシジマに相談した上で今回の行動に出たが、予想外の人物に内心では驚いていた。

 

 赤い長髪に鋭い目付き、連れている手持ちポケモン。

 本人は名前を名乗っていないが、元の世界で知ったこの世界で起こるであろう出来事などを忘れつつあったアキラでも、未だにハッキリと記憶している少年だった。

 

 ブルーを姉として慕うジョウト地方の図鑑所有者のシルバーだ。

 

 まさかこんな形で彼と会うとは思っていなかったが、何で彼が自分達の様子を遠くから観察していたのかが謎だ。

 しかし、当のシルバーは口を堅く閉ざしているので理由を知ることは出来ない。

 しかも今も逃げる機会を探っているのか、とても十代前半の少年がするとは思えない鋭い目付きでさり気なく周囲の様子を窺っている。

 

 子どもどころか大人でも怖がりそうだな、とどうでも良いことをアキラはぼんやり考えていたが、ヨーギラスはシルバーの目の前に出ると怖がるどころか堂々と指を突き付ける。

 これには流石のシルバーも目に困惑の色を帯びるが、エレブーが「人を指差してはいけません」と言わんばかりの様子でヨーギラスを後ろに下げる。

 

 しかし、動き出したのはヨーギラスだけでは無かった。

 このままでは埒が明かないと判断したのか、バルキーは拳を鳴らし、ブーバーは手にしている”ふといホネ”に口から噴く火で焼け石の様に炙るなど強引に口を割る準備を始めたのだ。

 

「待て待て待て!!! そんな拷問の準備しないの!」

 

 慌てて止めるアキラにヤドキングはドーブルに目配せをすると、彼女は口から”スケッチ”で覚えた”みずでっぽう”で焼いた鉄器具ならぬ焼いたホネと頭に血が上がっている二匹を纏めて消火する。

 だが、目の前で恐ろしい計画が進められていたにも関わらず、シルバーは全く動じることなく静かにアキラに視線を向け続けていた。

 

「まあ、何と言うか……何で隠れて俺達の様子を見ていたのかな?」

 

 手持ちの荒っぽさとは対照的にアキラは穏やかに尋ねるが、シルバーは口を堅く閉ざしたままだった。

 その様子にブーバーは「ほら見ろ」と言わんばかりの視線を彼に向け、更には手に持った濡れている”ふといホネ”でさっきの自らの行動の必要性を主張する。

 だけど、シルバーのことをある程度知っているアキラからすれば、例え痛め付けたとしても彼は口を割らない可能性の方が高い。

 

 どうしようか頭を悩ませ始めた時だった。

 ふんぞり返る様に腕を組んでいたカイリューの雰囲気が変わったのだ。

 それも組んでいた腕を解き、唸り声を漏らしながら体に力を入れるなど今にも荒々しく飛び掛かりそうな臨戦態勢にだ。

 

「どうしたリュット」

 

 相棒の一変にアキラはすぐに気付くが、カイリューの目線は彼にもシルバーでも無く、ほぼ夜空と言っても良い雲が広がっている空に向けられていた。

 

 まるで宿敵がそこにいると言わんばかりにだ。

 

 カイリューの様子に釣られて、アキラだけでなくシジマや他の手持ちも空を見上げる。

 冬の季節なので既に空は夕方から月が出ても良い夜空だが、月が隠れる程の分厚い雲が幾つか浮いていた。ところがそれらの雲は強い風が吹き始めたからなのか徐々に崩れる様に流されていく。

 

 ただの自然現象にしてはタイミングが良過ぎる。経験上、こういう時はロクなことにならない。

 そうアキラが思った時、雲に隠れていた月が夜空に顔を見せた。

 

 綺麗な月明かりで周囲が照らされるかと思ったが、何故かアキラ達の周りは変わらず薄らと陰に隠れていた。

 原因はわかっている。

 何かが月と重なる様に空を浮いているからだ。

 

 そうだ。そういえばシルバーは、前に伝説の鳥ポケモンの情報を求めて接触してきたブルーと同じく、自らの因縁に決着を付ける為に力を求めていた。

 そして、その力を手にする為に彼が選んだ手段が――

 

「どこかで見た連中と思ったら…お前だったのか。こんなところで何をしている」

 

 見下ろす形で掛けられた言葉に、アキラは溜息を吐きながら心底嫌そうに表情を歪める。

 彼にとってはある意味この世界で最も会いたくない相手、カントー四天王の一人――ドラゴン使いのワタルが月を背後に自身のカイリューと共に夜空を舞っていた。




アキラ、予期しない形でワタルとまた会ってしまう。

互いに敵意を抱いている+事情があるとはいえほぼご近所の条件が整っているので、遅かれ早かれ二人は激突していたんじゃないかと思っています。


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海沿いの決闘

 ワタル、大分記憶は薄れてしまっているが、このタンバシティがある島の近くに隠れ家を築いていることをアキラは何となく知っていた。

 カントー地方では指名手配されている人物だが、単騎で一地方を相手に戦える実力があるなどの要因もあって放置していたが、まさかあちらから接触するとは思っていなかった。

 

 半年以上前に激しい死闘を繰り広げたこともあるが、何より彼は自分のことを嫌っているのでアキラは警戒心を強める。

 しかし、相変わらず偉そうな様子ではあったものの、意外にもワタルの目付きや表情は、戦う気満々なアキラのカイリューとは違ってそこまで敵意を漲らせたものでは無かった。

 

 この状況でワタルが姿を現すメリットや意義は無い様に思われるが、ワタルとシルバーに繋がりがあることを知っていれば可能性としては無くは無い。

 どういう関係だったのかはハッキリと覚えていないが、アキラの中では半年以上前の印象が未だに強い。

 

 まさかシルバーの危機に姿を見せたのだろうか。

 もしそうだとしたら、どういう心境の変化なのか。今までの奴の振る舞いを考えるとにわかに信じ難かった。

 

「年下を囲って何をやっている。まさか弱い者いじめでもしているのか?」

 

 相変わらず小馬鹿にした口調だが、どうも覇気がないと言うか何時もより見下し成分が薄い。

 カイリューやブーバーは露骨なまでに敵意を露わにしているが、暴走しない様にアキラは可能な限り彼らを率いる者として制する。

 

「アキラ、知り合いか?」

「敵ですよ。以前少しだけお話したと思いますが、カントー地方で暴れていたワタルって奴です」

「…彼がか」

 

 シジマは納得していたが、その表情は意外そうだった。

 アキラは知らないが、シジマは彼からだけでなくこの前のエリカとの面談でもワタルと彼が属していたカントー四天王の話を聞いていた。

 ポケモンを使った犯罪はそれなりにあるとはいえ、ロケット団みたいな大規模な組織でも無く、片手で足りる人数だけで大事件を起こした張本人なのだから驚くのはわからなくもない。

 

「彼に少し用があるだけだ。それにしても、出て来るタイミングがヤケに良いな」

 

 伝わるかはわからないが、遠回しに今手持ちに囲まれているシルバーとお前は関係があるだろう的なことをアキラは聞くが、ワタルは鼻を鳴らしはしたが表情を変えない。

 

「たまたまお前を見掛けただけだ」

 

 素直に答える気が無いのはわかっていたが、別の可能性も考えられなくもなかった。

 ワタルは自分達のことをかなり嫌っている。

 散々見下していたのにしつこく食らい付き、こちらが自滅するまで一方的にやられるという試合に勝って勝負に負けた様なものだ。ここで復讐を目論んでいるということも考えられなくは無い。

 

「計画を阻止した仕返しにでも来たのか?」

 

 もし当たって欲しくない方の答えが返って来たら、今まで鍛えて来た力の全てを駆使して徹底抗戦をするつもりで構えるが、答えは違っていた。

 

「計画、ポケモンの理想郷建国のことか……あれにはもう未練は無い」

「………はぁ?」

 

 アキラは思わず奇声に近い疑問の声を漏らす。

 呆れの感情もあるが、あれだけ好き勝手暴れたい放題やらかして、未練が無いというワタルに対する怒りだ。

 

「ちょっと待て、あれだけ好き勝手やりたい放題暴れまくって未練が無いってどういうことだ」

「何だ? 今更俺達の同志になりたいのか?」

 

 師であるシジマが傍にいるにも関わらず、アキラは目に見えて怒りを露わにする。

 何故かは知らないが、悪事から手を引いて貰うのは嬉しいには嬉しい。けど、いざこうもアッサリと止められると如何も納得出来ない。

 

 元の世界で漫画として読んでいた時はさり気なく流してしまったが、実際に戦いに関わった者の視点から見るとふざけるなと言いたい。

 今やっとロケット団三幹部と共闘するのが嫌そうだったジムリーダー達の気持ちがわかった気がする。

 これは腹が立つ。ロケット団側のジムリーダーと戦った経験があるレッド達は、よく今湧き上がる不愉快な感情を抑えて共闘出来たものだ。

 

「お前がどう思おうと知ったことではない。好きにしろ。だが未練が無いのは事実だ」

「この野郎、何清々しく語っているんだ」

「待てアキラ。落ち着くんだ」

 

 声を荒げてアキラは糾弾しようとするが、シジマは止める。

 彼が怒っている理由をワタルは察していたが、少しも響いていなかった。こうして思いを馳せる度に、彼の脳裏に意識を取り戻してからカントー中に広がっていた光景が浮かび上がる。

 

 かつて荒れ果てた自然の殆どは元に戻った。

 

 数十年単位で荒廃、或いは元の環境を取り戻すには、途方も無い時間が掛かると思われていたにも関わらずだ。

 イエローや自分が持つトキワの森の力が関わっているのかは知らないが、バッジのエネルギーがあんな効果をもたらすとは微塵も考えていなかった。

 

 仮に不必要な人間を滅ぼしたとしても、残るのは戦いと破壊によって荒れ果てた大地だ。

 キクコに唆されたこともあったが、自然を取り戻したカントー地方を見ていく内に、その荒れた状態からどうやって理想郷を建国するのか。

 仮にあの戦いに勝てたとしても、確実に荒廃した大地から理想郷へと至るには長い年月が必要になっていただろう。

 人間が築いた社会を壊そうと躍起になっていたが、戦いに勝った後の理想郷の建国に至るまでに掛かる時間や障害などを考えていなかった自分に気付いた。

 

 ワタルは一人物思いに耽ていたが、シジマに宥められてアキラはもう一度カイリューに乗るワタルを見上げる。

 相変わらず刺々しくて傲慢だが、良く見れば幾分か穏やかな印象だ。

 

 反省と言うよりは見つめ直しているのだろう。ある意味過ちを認めてやり直す機会と言えるが、私的感情としてアキラは彼には好意的では無いし、出来る事なら警察に突き出したい。

 しかし、シルバーがワタルの助けを借りている可能性を考えると何とも対応しにくい。

 

 半年前に戦っていた時は、目の前の事に全力を尽くしていたのでそんなことは一切考えていなかったが、戦っていた敵が後々に何かしらの力や助けになるのは面倒だ。

 現にサンドパンやヤドキングを中心とした穏健派さえもカイリューら好戦派と同じく「何開き直っているんだこいつ」と言わんばかりの表情だ。

 確かに何も知らなかったら、アキラも同じ印象を受けただろう。尤も彼らの場合は自分と同様の事を知っていても関係無いだろうけど。

 

「未練が無いなら自首…してくれませんか?」

 

 冷静になったアキラは、ワタルに自首を促す。

 ワタルが冷静なのに自分ばかり興奮していることがバカらしく感じられて、アキラは息を落ち着けようとする。

 あの時は自分達の方が冷静でワタルの方が激昂していたが、何だか立場が逆転したみたいに感じられたのだ。

 

 シバに会った時に同じ対応をするかどうかと聞かれたら悩んでしまうが、度々操られたシバとは違ってワタルは完全に自らの意思で街などを破壊してきたのだ。それはロケット団三幹部の様に、証拠が無いからと言い逃れは出来ない。

 と、ここでアキラは気付いたが、もしワタルが頷いたらシルバーはどうすれば――

 

「フン。確かに未練は無いが、だからと言って裁かれるつもりも無い」

 

 そんな事は無かった。

 少し変わったと思ったが、変にプライドが高い所はすぐには変わらないのだろう。

 何が一体どうなって、今から数年後の第九章での大人っぽい振る舞いに繋がるのか。反省したのかしていないのかさっぱりだが、身勝手な部分は変わっていないらしい。

 

「てめぇ、どこまで――」

「待てアキラ」

 

 また声を荒げて一歩踏み出し掛けたアキラをシジマは肩に手を添えて引き留める。

 二匹しか連れて来ていないシジマのポケモン達も、カイリューを始めとした血気盛んな面々の前で体を張ってとおせんぼうをしていた。

 

「今のお前では歯止めが掛からなくなるぞ。冷静になれ」

 

 シジマの言葉にアキラは息を荒くしながらも踏み止まる。

 このまま突き進めば、間違いなく彼と連れているポケモン達はあのワタルに対して戦いを挑むだろう。

 普段の生真面目な雰囲気は消えて、怒りに燃えている姿を見るのは初めてだ。こうも激情を剥き出しにすると言う事は相当な事があったことは容易に察することが出来る。

 だが、それなら尚更このまま戦うことを許す訳にはいかない。

 

「…すみません」

「どれだけ許せなくても、お前に奴を罰する権利は無い。実力があってもただのトレーナーに過ぎないお前と友人達が、今まで戦ってきて特に咎められなかったのは身を守る為の正当防衛や人々に貢献したが故に見過ごされてきたということを忘れるな」

 

 頭ごなしの説教では無い静かな叱責にアキラの頭は冷えていく。

 勝てる勝てないは関係無い。仮に勝てたとしても、度が過ぎることになることは目に見えている。

 アキラの感情としては叩きのめしてやりたいが、自分達が戦いたいから戦うにしても、超えてはならない一線というものがある。

 ロケット団を始めとしたポケモンを使って大なり小なりで悪事を働くトレーナーと戦う機会が多くて感覚が麻痺気味だが、本来なら警察などの法的な権限を持たない一般のトレーナーに許されているのは、自衛名目での相手ポケモンの無力化までだ。

 

「ワタルと言ったな。別の地方だが、お前の行いは聞いている。彼の言う通り自首するつもりは無いか?」

 

 アキラに代わってシジマが問い掛けるが、ワタルは静かに連れているカイリューと目を交わすだけで口を堅く閉ざしたままだった。

 どうやら誰が何と言おうと素直に聞くつもりは無いらしい。

 

「――そうか。何があったにせよ。ポケモンを使った犯罪を起こしたのなら、ジムリーダーとして見逃す訳にはいかないな」

「!」

 

 まさかとアキラが思った時、シジマは厳しい目付きで彼に告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただし、度が過ぎる行為をしたら承知しないからな!!!」

「っ! はい!!!」

 

 その直後だった。互いが連れているカイリューがほぼ同時に動いた。

 ”こうそくいどう”の瞬発力で飛び出したアキラのカイリューは力を籠めて右拳を突き出したが、ワタルのカイリューは両腕を交差させる形で防ぐ。

 重くも鈍い音が響くが、両者はすぐに弾かれる様に距離を取る。

 

「――シルバーにある程度お前の情報を集めさせてからと考えていたが…丁度良い。今ここで倒させて貰う」

「やっぱりあの少年と繋がりがあったんだな。”れいとうビーム”だ!」

 

 戦う事を許されたアキラからのアドバイスを聞き、即座に放たれた冷凍光線が青白い軌跡を描くが、ワタルを乗せた彼のカイリューは躱すと同時に地上に着地する。

 

 結果的にワタルと戦うことになったが、ジムリーダーシジマの命の元での捕縛――極端に言えば大義名分を得られたことはアキラの中では大きかった。

 変に自分基準で感情の赴くままに好き勝手に挑むよりは、戦う正当性が得られるなどの考えるのも面倒なことが解消されることもそうだが、何より戦うことを許した彼の名に泥を塗る様な真似をしてはならないという意識が強く働いてくれるからだ。

 

 地面に足を付けてからも距離を取るワタルのカイリューに対して、アキラのカイリューは再び使い慣れた”こうそくいどう”で接近すると、今度は互いに拳を突き出してぶつけ合う。

 両者が繰り出したパンチの激突時の衝撃は凄まじく、空気が震え、互いに体が硬直してしまう。

 

「なるべく一対一で挑もうとするな! 数で押すんだ!!」

 

 アキラの言葉にカイリューの”こうそくいどう”を”ものまね”したブーバーとゲンガーが駆け出し、二匹は同時にワタルとカイリューを取り囲もうとする。

 ところが仕掛けようとした瞬間、何か砲弾の様なものがゲンガーにぶつかる形でワタルのモンスターボールから飛び出し、シャドーポケモンは砂浜に叩き付けられる。

 ゲンガーが離脱したことに構わず、ブーバーはワタルのカイリューに対して”ふといホネ”を振り下ろすが、少し遅れて出て来たプテラの翼で防がれた。

 

 序盤の攻勢は失敗に終わった。だが、攻撃を仕掛けたのは彼らだけでは無い。

 ブーバーの攻撃を弾き、反撃をしようとしたタイミングに豪速球で投げ付けられた泥の塊をプテラは顔面に受けてしまう。

 ドーブルがミルタンクに”へんしん”したのだ。顔に受けた泥に怯んでいる隙に、ブーバーは改めて”ふといホネ”で翼竜を殴り飛ばす。

 

 ひふきポケモンの動向を気にしつつ、アキラは砂浜に転がっているゲンガーに意識を向けると、先程激突してきた正体が明らかになった。

 まるで鎧の様な外皮をした蛹の様な外見――アキラが連れているヨーギラスの進化形のサナギラスだ。

 

 サナギラスが仕掛けた不意打ち弾丸突進は、打たれ弱いゲンガーにはかなり重い一撃だったらしく、戦いが始まったばかりなのにゲンガーは既に体をフラつかせていた。

 その様子を見たサナギラスは、止めを刺そうと固い殻の下に隠れた鋭い牙の大顎を剥き出しにする。

 

「エレット! スットのカバーを!」

 

 声を上げてアキラはでんげきポケモンに伝えると、エレブーだけでなく彼の弟子も動いた。

 ヨーギラスは”いやなおと”を響かせることでサナギラスの動きを鈍らせ、”でんこうせっか”で飛び込んだエレブーがドロップキックを叩き込む。

 

 二匹の横槍にサナギラスは一旦退くが、体中から砂混じりの強風を撒き散らして”すなあらし”を引き起こすことで、彼らの追撃を阻止する。

 ”すなあらし”を気にしない特定のタイプ以外の行動を制限する技は厄介だったが、加勢したシジマのオコリザルは怒りの力で強引に突破。サナギラスに拳のキツイ一撃を見舞った。

 

「ポケモンを九匹も連れておきながらジムリーダーも加勢か。数で押さなければ勝てないのか?」

「好きに言え。これは公式戦じゃない。勝つ為なら何でもありの――」

 

 アキラのカイリューが一瞬の隙を突いて、ワタル達の背後に回り込む。

 当然ワタルが連れているカイリューは返り討ちにしようとするが、アキラのカイリューは近くに転がっていた石を砂と共に尻尾で掻き込んで飛ばしてきた。

 飛んで来た大小様々な石と砂を受けて、ワタルのカイリューが動きを鈍らせた時、間髪入れずアキラのカイリューは突き刺す様に鋭い右ストレートを打ち付けた。

 

「ルール無用の野良バトルだ」

 

 台詞だけを聞くとトレーナーの風上にも置けない輩に見えてしまうだろうが、そもそもあちらもトレーナーを狙ったりしてくるのでどっちもどっちだ。

 全ての手持ちだけでなくシジマのポケモン達も加勢しているが、ここまでの事態になるとは考えていなかったからなのか、この場にいる彼のポケモンはオコリザルとニョロボンの二匹だけだ。

 今日の手合わせで戦った手持ち全てが来ていれば勝てる可能性は更に高まったが、現状でも数では勝っているのだから負ける気は無い。

 

「ルール無用か…ならどんな手を使われても文句は言えないな」

 

 乗っていたカイリューから降りたワタルは意味深げな言葉を口にすると、新たにボールから召喚したギャラドスが”はかいこうせん”を放つ。

 当然直進では無く、鋭いカーブを描いて相手を惑わす誘導型の光線だ。

 それが戦っているポケモンでは無くてトレーナーであるアキラを狙って来たが、彼は超人染みた反射神経と動体視力を活かして軽々と躱す。

 

 しかし、ただ避けるだけではワタルのポケモン達が放つ追尾式”はかいこうせん”が相手では、時間稼ぎにしかならない。

 彼が何度でも戻って来る”はかいこうせん”を避けている間に、ヤドキングが念の力で飛ばした岩とドーブルが放った”10まんボルト”をギャラドスにぶつけて光線を中断させる。

 

 きょうぼうポケモンの意識はちょっかいを出した二匹に向けられたが、今度は何時の間に出ていたハクリュー二匹がアキラに襲い掛かる。

 以前なら少し焦る場面だったが、アキラの背後から先が尖った緑色の光弾が通り過ぎる様に飛び、次々とハクリュー達に命中する。

 

 彼の後ろからサンドパンが前に出ると、彼は両手に銃を持つガンマンの様に両手の爪から”めざめるパワー”を交互に放ち、二匹のドラゴンポケモンを攻撃する。

 

 ”めざめるパワー”の威力そのものは、サンドパンの能力も相俟って低いが、彼が連れているサンドパンが放つ”めざめるパワー”のタイプはドラゴンだ。

 こおりタイプと並んで苦手とするタイプのエネルギーであることを活かして、顔などのあまり攻撃を受けたくない箇所を狙い撃ちにしていく。

 

 威力が低いのと引き換えに連射が効く為、接近も許さない。

 そこにオコリザル同様にシジマのニョロボンが果敢に突っ込み、全身を捻らせて、それを活かした打撃攻撃で散らしていく。

 

 状況はそこそこ拮抗状態。

 混乱している今の状況を利用したのか、何時の間にかシルバーの姿は消えていたが、アキラを含めた誰一人気にしていなかった。それよりもワタルとの戦いの方が重要だ。

 

 戦ってみて改めてわかったが、同じドラゴン使いでも明らかに数カ月前に戦ったイブキよりもワタルの方が遥かに格上だ。

 また戦った場合を想定した対策を考えていなかった訳では無かったが、こうも乱戦状態になると対策などは如何でもよくなってしまう。

 とにかく個々に協力し合っている手持ちの力を信じて戦うしかない。今は勝つことが重要だ。

 

「アキラ、他の手持ちの様子は俺が見る。お前はカイリューの指示に集中しろ」

「……ありがとうございます」

 

 血の気の多いブーバーでさえ、他の手持ち達と同様にある程度の冷静さを保って戦っているが、カイリューは完全にワタルと彼が連れている同族を倒すことしか目に入っていなかった。

 手持ち全員を見る気であったアキラにとって、シジマの提案は有り難くもあったが同時にまだまだ乱戦を捌き切れない自らの未熟さを痛感する。

 

 一方、アキラのカイリューはワタルのカイリューと激しい肉弾戦を繰り広げていた。

 裏拳を打ち込んで怯んだ隙にアキラのカイリューは一旦距離を取ると、再び尻尾で転がっていた岩を打ち飛ばす。

 今度のはワタルのカイリューは腕を振って砕くが、僅かな間にアキラのカイリューは距離を詰める。

 

「そう何度も同じ手を食らうものか! ”かいりき”!」

 

 正面から受け止め、ヘッドロックを仕掛ける様にアキラのカイリューの首周りを抑え込むと、ワタルのカイリューは力任せに投げ飛ばす。

 背中から叩き付けられるが、上手いこと受け身を取ったアキラのカイリューは素早く体を起こす。それとほぼ同じタイミングで、駆け付けたアキラが隣に立つ。

 

「リュット”りゅうのいかり”!」

「こっちも”りゅうのいかり”だ!!」

 

 互いに口から青緑色の龍の炎を放ち、激しくぶつかり合う。

 アキラのカイリューが放つ”りゅうのいかり”は、フスベシティで教わった技術のお陰で火炎放射の様なものではなく、ある程度光線の様に纏まった形で放たれていた。一方のワタルのカイリューの”りゅうのいかり”は、その技術を教わっていないのか火炎放射状だった。

 しかし、威力などの面ではアキラのカイリューの方が押してはいたものの押し切るには至らず、最終的に互いの龍の炎は相殺された。

 

「…どこで”りゅうのいかり”のその使い方を教わった?」

「考えたくない可能性も含めて自分で考えろ」

 

 やはりワタルは、”りゅうのいかり”を強化する技術を知っていたらしい。

 だけど素直に答えるつもりは無かったアキラは嫌味を込めて返すと、すかさず彼のカイリューは”りゅうのいかり”から”れいとうビーム”に切り替えて放つ。だが、この攻撃もワタルのカイリューは避ける。

 

 このままでは同じことの繰り返しになると判断したのか、アキラのカイリューは口から”れいとうビーム”を発射しながら接近を試みる。

 苦手なタイプの攻撃を避けながらワタルのカイリューは離れようとするが、アキラのドラゴンポケモンは光線を中断すると飛び込む形でワタルのカイリューを殴り付けた。

 

 ところが不意を突く形で放った拳は、咄嗟に持ち上げた腕に防がれただけでなく、まるで硬い金属を殴った様な甲高い音が響いた。

 すぐにアキラのカイリューは距離を取るが、殴り付けた手を痛そうに振っていた。

 原因を探ろうとアキラは目を凝らすと、攻撃を防いだワタルのカイリューの腕は、良く見てみると若干ではあるがまるで金属の様に鉛色に染まっていた。

 

「部分硬化か、厄介だな」

 

 少々色などは異なっているが、近いものをレッドが使ってきたのをアキラは見たことがある。

 レッドが連れているカビゴンは、”かたくなる”を全身に掛けずに腕などの体の一部を咄嗟に固くして動きを阻害することなく攻撃を防いだり、自らの攻撃に活かしていた。

 どんな技を応用しているのかは不明だが、あの色を見る限りではワタルのカイリューは単純に”かたくなる”とは異なる何かしらの技を覚えている可能性が高い。

 

 だがアキラが特に問題視しているのは、以前の戦いでは使わなかった技術をワタル達がこうして使ってきていることだ。

 もしこの数カ月の間にワタルが自分達の様に鍛錬を重ねていたら、それなりに力が増していることも考えられる。

 早々に勝負を終わらせるべきだろう。

 

「リュット”でんじは”だ! 動きを封じるぞ」

 

 下手に硬いのを殴って手を痛めるよりは、光線などの飛び技で攻めた方が良い。

 その為にも動きを鈍らせて狙いやすくしようとアキラは考え、彼のカイリューも触角から電流を放出しようとする。しかし、その前にワタルのカイリューの方から接近してきた。

 咄嗟に正面から受け止めるが、押し合いになる前にワタルのカイリューは流れる様に頭突きを打ち込んできた。

 思わぬ攻撃を顔に受けて怯むが、流れる様に尾を先程の腕の様に鉛色に硬化させた敵の攻撃を受けて、アキラのカイリューの体は大きく吹き飛ぶ。

 

「あれがアイアンテール”か。技名通りの見た目だな」

 

 初めて目にした技ではあるが、アキラはワタルのカイリューが放った技が何なのか目星を付けていた。

 本当は一連の動きをアキラは読めてはいたが、中々上手くタイミングを合わせたり、咄嗟にカイリューに伝えることが出来ない。

 たった数秒、口頭で伝えてからカイリューが対応するまでに掛かるその僅かな時間が大きな足枷になっていた。

 

 だが下手に細かく伝え過ぎると痛い目を見るので焦らずチャンスを窺い続けるが、ワタルのカイリューがバカにする様に笑うとアキラのカイリューは簡単に頭に血が上る。

 

「ぁ、待て! 腹立つのはわかるけど」

 

 アキラは自身のカイリューを抑えようとするが、カイリューは全身に力を入れた全速力の”こうそくいどう”で一気に飛び上がった。

 腕を振り上げていたが、それはフェイントだ。本命は進化してから太く強靭となった尾をぶつける”たたきつける”だったが、ワタルのカイリューは難なく躱す。

 その直後だった。

 

 ワタルの全身から濃い緑色の光が激しく溢れる様に爆ぜたのだ。

 

「!?」

「”げきりん”!」

 

 ドラゴン技の到達点の一つ、”げきりん”。

 反射的にアキラのカイリューは翼を羽ばたかせて後ろに下がるが、遂に本気を出した彼のカイリューは濃い緑色のエネルギーを身に纏い、飛んでいるアキラのカイリューに突っ込む。

 辛うじてアキラのカイリューは振るわれた攻撃を躱すが、そのパワーと勢いでバランスを崩してしまい、体を安定させるのに手間取る。

 その間に攻めに転じたワタル達は、生まれた隙を逃すつもりが無いのか急降下する形で迫った。

 

「体を屈めて反撃!」

 

 ワタル達の動きを予測したアキラは、咄嗟に大声で伝える。

 空中でファイティングポーズで構えたカイリューは、ワタルのカイリューの”げきりん”を纏ったパンチを体を屈めて避けると、すかさず無防備な腹部に拳を叩き込んだ。

 

 何とか予測した通りの動きをしてくれたので、スムーズに反撃に転じられたがこのまま勝てるとは思っていない。

 ワタルのカイリューの方もダメージは受けたが、すぐさま逆襲を仕掛けてアキラのカイリューと空中で取っ組み合いをしながら激しく地面に激突し、互いのカイリューは殴り合いながら激しく転がる。

 

「下がるんだリュット!」

 

 アキラの言葉に彼のカイリューはマウントを取っているワタルのカイリューを蹴る形で押し退け、弾かれる様に立ち上がると一旦トレーナーの元にまで下がった。

 シジマの元で修業している過程で格闘ポケモン達の動きを真似たり参考にしている為、接近戦では有利に戦えていたが、やはり”げきりん”による攻撃力差は無視出来なかった。

 

 アキラの見立てでは、こちらのカイリューが数発殴るのと”げきりん”を纏った一発がほぼ同じダメージだ。

 それではダメージレースに負けてしまうが、対策が無い訳では無かった。

 寧ろ、彼らとしてはワタル達が”げきりん”を発揮してくれるのは有り難い事だった。

 

「リュット、”ものまね”! ”げきりん”を真似るんだ!」

 

 アキラから伝えられた内容に彼の横にいたカイリューは、待ってましたと言わんばかりに目を凝らして、宿敵の体をよく観察して体に力を入れる。

 すると体の奥底から湧き上がる様なエネルギーをカイリューは感じた。

 状況が状況だが、フスベシティで得ることは出来なかった一番の目的。覚えのある求めていた力にドラゴンポケモンは興奮する。

 その力を身に纏い、目に物を見せてやる、と思ったが、ここで予想外の事が起こった。

 

 湧き上がるエネルギーを思う様に制御出来なかったのだ。

 訳が分からなかったが、このままではエネルギーが無秩序に解放されて体が内部からダメージを受けてしまう。それを避けるべく、アキラのカイリューはなるべく抑え込む様に努めた。

 その結果、力が漲るのを感じるものの身に纏うオーラは霞の様に弱々しく、荒々しいまでに光を放っているワタルのカイリューとは天と地の差だった。

 

「あれ? 何で?」

 

 これには思わずアキラは戸惑いを露わにする。一度アキラは、自分のカイリューがワタルのカイリューと同じくらい黄緑色のエネルギーを身に纏っているのを見たことがある。

 推測が正しければ、あれは”げきりん”の筈だ。つまり扱える下地はあるのに何故ここまでスケールダウンしているのか。

 

「”げきりん”を真似たか、考えが浅いな。その技は鍛錬を重ねて、制御に至ることで初めて真の力を手にできる。真似すれば良いものでは無い」

 

 困惑する彼らの様子を見て、ワタルは見下す様に語る。

 彼の言葉を切っ掛けに、ある考えがアキラの頭に浮かんで来た。

 本来なら自分のカイリューは、”げきりん”を引き出すことは出来てもまだ制御することは出来ない。なのにあの時使えたのは、自分とカイリューが一心同体の感覚を共有することを通じて無意識の内に一緒になって制御していたからなのかもしれない。

 

「やば…」

 

 逆転の切っ掛けになるかと思っていた技が期待していた様に使えない事実と状況に、アキラは思わずぼやく。

 ”ものまね”をすれば、威力などを除けば大体は上手くいっていたのと一度ワタルのカイリューと大差ない”げきりん”が扱えたが故の思い込みが仇になってしまった。




アキラ、ワタルを相手にルール無用の野良バトルを挑む。

前回のワタルとのカイリュー同士の対決は、アキラ達にとって有利な条件が揃っていましたが、今回は有利な条件はほぼ無しの対等な条件下でのタイマンとなっています。
原作を読み直す度に、ワタルを含めた各章のボスの実力が本当に洒落にならないのを感じます。


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熾烈な戦い

 アキラのカイリューとワタルのカイリュー。

 両者が連れている同族にして各手持ちのリーダー格がトレーナーと共に激しく激突している間も、他の互いが連れているポケモン達はそれぞれ火花を散らしていた。

 

 バルキーはブーバーと共にプテラを相手に挑んでいたが、中々攻め切れていなかった。

 地上戦ならブーバー達の方に利がある筈だが、プテラはまるで気にせず刃の様に鋭い両翼でひふきポケモンが振るう”ふといホネ”と刃を交える。

 得物を持たない素手のバルキーは、プテラの翼に注意しながら背後に回り込んだりと師であるひふきポケモンの援護に徹する。

 

 しかし、まだ覚えている技が少なく動きがワンパターン化しつつあったのか、後ろに回り込もうと動いたタイミングにプテラが翼を振るい強風を起こした。

 風に煽られてバルキーは怯み、足を止めた隙にけんかポケモンをプテラは”つばさでうつ”で打ち飛ばす。

 

 かくとうタイプが苦手とするひこうタイプの技を受けて、バルキーの体は転げる。注意をこちらに向けようとブーバーはプテラに回し蹴りを浴びせるが、プテラは翼を広げて飛び上がる。

 あっという間にかせきポケモンは高度を上げるが、ブーバーも後を追う様に両足に力を籠めて跳び上がるとすぐに追い付く。

 

 ”あやしいひかり”で放った光で目眩ましをすると、動きが鈍ったところを手に持った”ふといホネ”でひふきポケモンはプテラを叩き落とす。

 地面に叩き付けられたプテラが落ちた先は、先程まで戦っていた砂浜ではなく他よりも高所の荒波が打ち付ける絶壁だった。だが両者は戦いの舞台が変わったことを気にせず、着地したブーバーは起き上がったプテラとそのまま戦いを再開する。

 

 彼らが戦っている間、大きなダメージを受けていたバルキーは何とか立ち直ると、早く加勢に向かわなければとブーバーを探す。

 戦いの音ですぐに見つけることは出来たが、崖の上で月を背景にして戦う烈火の化身と翼竜の攻防を見上げる形で足を止める。

 

 互いに刃と呼べるものをぶつけ合う両者の戦いぶりは、まるでこの前皆と一緒に見に行った映画での一場面を彷彿させたが、何時までも見惚れている訳にはいかなかった。

 映画みたいに一度のジャンプで彼らが戦っている場所へ到達することは出来ないが、崖をよじ登って急いでブーバーの元へと向かう。

 

 バルキーが加勢しようと急いでいたその頃、アキラの手持ち最年少であるヨーギラスは大変な目に遭っていた。

 悲鳴にも似た音を”いやなおと”として放つヨーギラスに対して、サナギラスは”いわなだれ”で攻撃する形で返事を返す。

 次々と落ちて来る岩にヨーギラスはエレブーに守られながら逃げ惑うが、その目は若干涙で潤んでいた。

 

 今まで模擬戦や他のトレーナーが連れているポケモンとの戦いを度々経験してきたが、それらは加減されているか”スポーツ”としての範疇での戦いだった。

 互いの生死を懸けたり、正真正銘の勝つ為なら何やっても良い”戦い”や本当の殺気をぶつけられることは、ヨーギラスにとってあまり経験が無かった。

 どうすれば良いのかわからず、一緒に戦っているエレブーやオコリザルの足を引っ張らない様にとにかく自分に出来る攻撃をするしか頭に浮かんでいなかった。

 

 相手が弱腰であることを見抜いていたサナギラスは背中の空洞から砂を噴射、その推進力で突進の勢いを増すと鋭い牙を剥き出した。

 ようやく攻撃が止んだと思ったタイミングでの奇襲にヨーギラスは硬直してしまうが、両者の間にエレブーが素早く割り込み、物理攻撃を弾く”リフレクター”の壁を張ることで防ぐ。

 邪魔が入ったことに”リフレクター”の壁越しにサナギラスは苛立ちの顔を見せるが、すかさずオコリザルが殴り飛ばした。

 

「一度距離が取れたからと言って気を抜くな!!」

 

 アキラではなくシジマからの叱責が飛び、少し落ち着ける時間を得られたことに安堵していたエレブーとヨーギラスはすぐに緩んだ気を引き締め、慌てて構え直す。

 今アキラはカイリューの方に掛かりっ切りである関係で、シジマが代わりに一部の手持ちを指揮していた。手持ちが独力で戦う事に慣れているのと数が多過ぎることもあるが、完全に任せっ切りなのは良くない。

 

「今度から戦わせる数を意識させるべきだな」

 

 サナギラスが飛ばしてくる”いわなだれ”をポケモン達と共にシジマは避けながら、今後アキラに指導する内容を少しだけ考えるが、すぐに目の前の戦いに集中する。

 一旦サナギラスと戦っている面々から距離を取ると、今度はサンドパンとシジマのニョロボンがハクリュー二匹から逃れる様に彼の元に後退しつつあった。

 

 最初は優勢だったが、徐々に押される様になったらしい。

 アキラが連れるポケモン達の実力をシジマは良く知っている。エレブーの様に戦い慣れていない仲間のカバーをしていることもあるが、彼らが数で攻めても互角の時点でワタルのポケモン達の実力が窺える。

 

「ニョロボン”ばくれつパンチ”! サンドパンは”きりさく”だ!」

 

 タイミングを見計らったシジマの指示に応えた二匹はハクリュー達に同時に攻撃を加える。

 それはハクリュー達にとって嫌なタイミングだった。片や強烈なパンチの衝撃で混乱し、片や一番受けたくない箇所を切り裂かれて悶える。

 追撃を仕掛けようとするが、”こんらん”状態では無いハクリューは自らの体を軸に”たつまき”を起こす。

 

「ぐっ!」

 

 規模はそこまで大きくないが、激しく吹き荒れる暴風はサンドパンとニョロボンを巻き込んで吹き飛ばすだけに留まらずシジマに迫る。

 下手に動けば竜巻に引き寄せられてしまう為、シジマはその場から退こうにも退けなかった。

 そんな時だった。大ダメージを受けてから目立った動きを控えていたゲンガーが、突然激しく唸る竜巻に何の躊躇も無く飛び込んだ。

 

 何をしているんだとシジマは思ったが、唐突に竜巻が弾ける様に消え、飛び込んだゲンガーと”たつまき”を起こしていたハクリューは力無く砂浜に倒れた。

 

「”みちづれ”を使ったのか…」

 

 見覚えのある光景に、シジマはゲンガーが何をしたのかを察した。

 ”みちづれ”は使うポケモンが戦闘不能になる時、倒した相手も一緒に戦闘不能に追い込む技だ。

 この戦いが始まった序盤にサナギラスの強烈な一撃を受けてしまったことで、自分はもう長くは戦えないとゲンガーは判断したのだろう。

 

 ハクリューの一匹が戦闘不能になっていた時、片割れのドラゴンポケモンは”ばくれつパンチ”による”こんらん”状態が解けていたが、羽交い締めにされる形でニョロボンに抑え付けられていた。

 そしてニョロボンが抑えている間に仕留めるべく、サンドパンは爪を構えて突撃する。

 その直後、彼らがいる砂浜周辺を激しい揺れが襲った。

 

「これは”じしん”か」

 

 揺れの中心に目を向けると、元凶は砂浜にある砂を巻き上げた砂嵐に紛れていた。

 サナギラスと戦っているのはオコリザルにヨーギラスとエレブーだったが、まだ戦い慣れないヨーギラスを庇い続けていたのや”すなあらし”の影響もあって中々仕留められないようだ。

 

 砂浜さえも大きく揺らす衝撃にニョロボンだけでなく、味方のハクリューも巻き込まれる。

 だが織り込み済みだったハクリューはニョロボンを振り払うと、ヨーギラスを庇い続けて傷が増えつつあるエレブー目掛けて体を滑らせる様に迫る。

 サナギラスも砂嵐の中から大砲の砲弾の様に飛び出して、鋭い牙を剥き出しにしてエレブーとオコリザルに突っ込む。

 

 挟み撃ちにされたが、咄嗟に飛び出した影が二つあった。

 一つはサンドパン、両手の爪をそれぞれ向けるとエレブー達を挟み撃ちにしようとする二匹に対して”めざめるパワー”を放つ。

 ハクリューの方は放った”めざめるパワー”のタイプとの相性のお陰で完全に止められたが、サナギラスに対しては威力不足で止めることは出来なかった。

 

 だがもう一つの影、勇気を振り絞ったかの様な声を上げながら飛び出したヨーギラスが”たいあたり”でぶつかる。

 幼いいわはだポケモンの決死の攻撃は残念なことに仕掛けた本人ごと弾かれてしまったが、突進して来るさなぎポケモンの軌道をズラすことは出来た。

 

「俺が診る! お前達は戦いに集中しろ!!!」

 

 シジマは弾かれてから砂浜に倒れたままのヨーギラスの元へ向かいながら、ヨーギラスに気が向く二匹に伝える。

 エレブーは目に見えて動揺していたが、サンドパンはまだ健在であるハクリューとサナギラスを示すと、戸惑いながらもでんげきポケモンはオコリザルと共に戦いへと戻った。

 

 砂浜に転がっているヨーギラスは気絶しているだけなのを確認すると、シジマは至る所で起きている戦いを見渡す。

 すぐ近くのサンドパン達と離れたところにいるブーバー達の戦いは互角ではあったが、彼らとは別のところでギャラドスを相手取っていたヤドキング達は優位に戦いを進めていたのが見えた。

 

 戦いの場は他と同じ砂浜の上ではあったが、ヤドキングとドーブルはそれぞれ”スケッチ”と”ものまね”で覚えた”こうそくいどう”を使う事で、通常では考えられないスピードでギャラドスの攻撃を避けるだけでなく翻弄していた。

 二匹の動きにギャラドスが戸惑っているタイミングを見計らい、ヤドキングは後頭部に”サイコキネシス”の強烈な念の波動を叩き込む。そしてドーブルが念の力で浮かべた無数の小石をギャラドスに雹の様に浴びせて追い打ちを掛ける。

 

 手持ちに加わってまだ間もないが、ドーブルは”スケッチ”によって習得した多彩な技と日々学びつつある知力を活かしてヤドキングと共に巧みに立ち回っていた。

 高いレベルの連携を駆使する彼らに苦しむギャラドスは、口にエネルギーを集め始める。だが、ドーブルは素早くミルタンクに”へんしん”。この姿ならではの腕力とコントロールを活かして、ギャラドスの顔に”どろかけ”の泥の塊と拾った石を交互に投げ付けて阻止した。

 

 顔面に泥と石の直撃を受けて怯んでいる隙に、ヤドキングは掌の上で念の力で小規模な”サイコウェーブ”を作り出したが、瞬間的に制御出来ない規模にまで一気に渦を大きくした。

 その威力にギャラドスは巨体を仰け反らせるが、突如としてギャラドスは奇声を上げながら我武者羅に暴れ始めた。

 

 ”あばれる”だ。

 

 一度発動したら力の限り無差別に暴れる厄介な技ではあるが、二匹は冷静にそれぞれ散開して避け、元の姿に戻ったドーブルは”10まんボルト”を放った。しかし、何故かその狙いはヤドキングだった。

 それでもヤドキングは慌てることなく飛んで来た”10まんボルト”を掌で受け止めると、念の力と自らの体を回転させて流す様に軌道を変えながら両手に集めていく。

 

 ドーブルの攻撃は、小石や泥の塊をぶつけるなどの間接的な攻撃はダメージを期待出来るが、直接放つ攻撃は相性が良い技でも威力は発揮出来ない。ならばその攻撃をヤドキングは、自らの念の力と組み合わせることで更なる威力を実現させようとしていた。

 

 流した電流を両手で挟み込む形で光球に圧縮させると、ヤドキングは荒れ狂うギャラドスの顔面に押し付ける形でぶつける。

 凝縮された電流が一気に解放されて、全身を駆け巡るエネルギーにギャラドスは苦痛の声を上げる。

 彼らの戦いぶりを見て、シジマは様子から遅かれ早かれギャラドスを倒すことを確信する。

 

 問題があるとすれば――

 

 岩が砕ける音と粉塵が舞い上がり、アキラと彼のカイリューがワタル達の攻撃が逃れる様に飛び出す。

 先程までアキラのカイリューが若干押していたのだが、今は防戦一方を強いられていた。

 万が一も考えなければならないだろう。早く彼らの加勢が出来る様に自分のポケモンだけでなく、彼のポケモン達も導かなければならない。

 

 

 

 

 

 シジマの懸念通り、アキラと彼が連れているカイリューはワタル達に苦戦していた。

 彼のカイリューが発揮した”げきりん”は酷く薄いのに対して、ワタルのカイリューは厚く激しいエネルギーを身に纏っており天と地の差だ。

 例えるならこちらは軽装なのに対して、相手は鉄で出来た鎧を身に纏っていると言っても良い程であった。

 

「手を抜くな!!!」

 

 ワタルの激昂に呼応する様に、彼のカイリューが”げきりん”のオーラを一際強く纏わせた拳を振るう。

 アキラとカイリューは飛び退く形で回避するが、その強大なパワーを見せ付けるかの様に殴り付けられた海岸沿いにある岩盤は砕け散る。

 

 不本意ではあるが、今ワタル達が抱いているであろう怒りをアキラは理解していた。

 自分達が最後にワタルと戦った時と同じ条件――カイリューと一心同体とも言える状態で戦っていないからだ。

 アキラとしては今でも可能な限り全力で戦っているが、それでもワタルの目から見たら手を抜いている様に見えていて、このまま勝つのはプライドが許さないのだろう。

 

「まだ舐めているのか? 俺達を馬鹿にするのもいい加減にしろ」

「勝手にそう思ってろ」

 

 だけど嫌っている奴に正直に答える気は無いので、アキラは雑な返事を返す。

 そしてやられっ放しでは無いのを証明するかの如く、ワタルのカイリューが放った”げきりん”のエネルギーを纏った拳を流す形で避けると、その勢いを殺さずにアキラのカイリューは背負い投げの様に投げ飛ばした。

 

 ”げきりん”の当てが外れたのは計算外だったが、だからと言って負ける気は無い。

 あの時の様にカイリューと一心同体の感覚に至らなくても勝つつもりだ。

 口頭で伝えるが故のタイムラグはあるが、アキラの目にはワタルのカイリューの動きがしっかりと見えていた。

 距離が取れていることも相俟って、彼は余裕を持ってワタルのカイリューの動きから次に取るべき行動を頭の中に浮かべる。

 

 ”げきりん”を維持されていては、纏っているエネルギーの影響で”れいとうビーム”などの特殊技の効きは悪い。

 だがエネルギーの鎧と呼べるまでに厚いオーラとはいえ、いざ触れたりしても熱くて触れられなかったり弾かれる訳では無いので物理攻撃は有効だ。

 

「体を屈めて、顎にアッパーだ!!」

 

 効果的であると予測した行動を伝えながら、アキラは右手を握り締めながらまるで自分の事の様に腕を振り上げる。

 アキラの熱が伝わったのか、飛び掛かって来たワタルのカイリューに対して、彼のカイリューは伝えられた通りに体を屈めて避けると跳び上がる様に顎を撃ち抜く形でアッパーを叩き込む。

 サンドパンと一緒にポケモンの種ごとに有している急所や弱点を的確に狙う勉強をした時、普通は狙うべきでは無い危険な狙い所があることも彼は学んでいたが今回は容赦無く狙わせて貰った。

 

「退くんだ!」

「無駄だ! ”たたきつける”!!!」

 

 顎に強烈な打撃攻撃を受ければ、その衝撃が脳に直接伝わって抗えない怯みをもたらす。

 風が吹けば飛んでしまいそうな程に弱々しいオーラだが、それでも”げきりん”のお陰である程度カイリューの膂力は向上している。

 更に”げきりん”のエネルギーを纏っていることで、”たたきつける”もドラゴンタイプとしての性質を有しているのだ。強烈な一撃を受けてワタルのカイリューは吹き飛ぶ。

 

「これで手を抜いている何て良く言えたな」

 

 負けじとアキラも挑発的な言葉でワタル達を煽る。

 手数は少ないがダメージが大きい攻撃を仕掛けているからなのか、アキラのカイリューは息を荒くしているだけなのに対して、ワタルのカイリューは立ち上がりはしたがまだ頭に影響が残っているのか足元が安定していなかった。

 互いに形は違えど消耗していたが、それでも二匹のカイリューは嫌悪感を隠さずに睨み合う。

 

「リュット、構え直すぞ」

 

 一度自分の傍にまで下がったカイリューにそう告げると、アキラは深く息を吐くと体中に力を入れて改めて自らの心を重視して心身を研ぎ澄ませてカイリューと共に構える。

 

 彼がシジマの元に弟子入りをしたのは、自らの体を鍛えるのと目の感覚を完全に使いこなすなど様々ではあるが、最終的にはワタル達を圧倒した一心同体に至れる方法を見出すことだ。

 その中でアキラはシジマの指導方針である「トレーナーもその身を鍛える」にヒントがあると考えた。

 さらに突き詰めれば、「トレーナーも身をもって体を鍛えることでポケモンと心を通わせる」という彼の教えが、それに限り無く近い。

 

 シジマからも自分のと同じものかは知らないが、近い経験を何回かしているという話は聞いている。そして経験豊富で一流のトレーナー程、自覚するしていない関係無く経験する傾向があるらしい。

 ある種の極限の集中状態だ。故にそう簡単に引き出すことは難しいことは既にわかっている。

 

 何故なら過去に一心同体の経験をしたのは二回、そしてどちらも偶然なのと嬉しくない危機的状況だった。

 毎回追い込まれなければ引き出せないのはごめんだ。第一歩として「戦っている時のポケモンの気持ちを考える」ことなどが重要であることは、不完全ではあったが最近のフスベシティでの戦いでわかって来たが、中々上手く行かないものだ。

 

 呼吸を整えて、戦いを再開するべく足に力を入れた瞬間だった。

 互いのカイリューが身に纏っていた”げきりん”が、ほぼ同時に消えたのだ。すぐにアキラは、”げきりん”を維持出来る時間切れであることを悟る。

 反動で彼のカイリューは意識が安定しないのか足元がおぼつかなくなったが、ワタルのカイリューは立ち眩みの様に一瞬フラついたもののすぐに持ち直す。

 ”げきりん”を使いこなす経験の差が顕著に出た結果だった。

 

「リュット気をしっかり――」

「”アイアンテール”!!!」

 

 先程の意趣返しと言わんばかりにワタルのカイリューは硬質化した尾を無防備な姿を晒しているアキラのカイリューにぶつける。

 鈍い音と共にアキラのカイリューは地上スレスレで滑空するが、衝撃で正気を取り戻したのか、可能な限り受け身を取る。

 

 ところがこの戦いが始まってから受けた攻撃の中で一番重い攻撃だったのか、起き上がってもぶつけられた腹部を片手で抑えたままだ。

 このまま戦えば、恐らく自分は勝てるだろうとワタルは見ていたが、満足に感じるどころか不満だった。

 

 彼らの様子を見ても明らかだが、まだアキラ達は本気――かつて自分を追い詰めた力を出していないのだ。

 このまま勝てたとしても、完全な勝利にならない。

 まだ本当の勝負すら始まっていないと言っても過言では無い。必ず奴らの本気を引き出した上で勝つ。

 

 半年前に味わった屈辱、そのリベンジの為に決意を新たにしたその時だった。

 派手な音を立てながら、ギャラドスはその身を崩したのだ。

 倒れた青い龍をヤドキングとドーブルの二匹が背を向けて後にしているのを見たところ、彼らがギャラドスを下したのは明らかだった。

 そして、それを機に他の戦いも一変する。

 

 再びプテラに挑んでいたバルキーは、かせきポケモンの攻撃の煽りを受けて足を滑らせてしまい、危うく荒波が打ち付けている側の絶壁から落ち掛けた。

 勝負を焦ったブーバーは大振りで”ふといホネ”を振り下ろしたが、プテラは翼を交差させる形で防ぐと口から”ちょうおんぱ”を放ちながら、ひふきポケモンを弾き飛ばした。

 

 プテラの攻撃で吹き飛ばされたブーバーは倒れ込むだけでなく、握っていた”ふといホネ”も手放してしまう。

 止めを刺そうとプテラは翼を振り上げるが、足を滑らせてから絶壁にぶら下がっていたバルキーは最後の力を振り絞って跳び上がる様に体を持ち上げた。そして彼は近くに転がっていた”ふといホネ”を拾い、気付かれる前に電光石火の早業で背後からプテラの頭を殴り付けたのだ。

 

 思わぬ奇襲にプテラはフラつく。その間に立ち上がったブーバーは全身から炎を溢れさせて、激しい炎を纏った渾身の”ほのおのパンチ”を両腕で押し込む様に打ち込んだ。

 それだけに留まらず、大きく息を吸って胸と両頬を大きく膨らませると”かえんほうしゃ”を火の壁の如き勢いで放つ。

 相性ではプテラに炎技の効き目は薄いが、凄まじい規模の”かえんほうしゃ”を受けて火達磨状態になったプテラは足を踏み外して、戦っていた絶壁から砂浜に叩き付けられた。

 

 そしてハクリューとサナギラスの方も、数の差とシジマの指揮で追い詰めつつあった。

 

「追い詰められてきているな」

「…あぁ、そうだな」

 

 何気無い会話を交わすが、直後に”こうそくいどう”で加速したアキラのカイリューがワタルのカイリューを殴り付ける。

 しかし両腕を”アイアンテール”を仕掛ける際の尾と同じ鉛色に硬化されて防がれてしまう。

 

「面倒な技術を身に付けやがって」

「面倒か。フフ、嫌がってくれて何よりだ」

 

 アキラとワタルは互いに舌戦を繰り広げるが、双方のカイリューは距離を取りながらも互いに鋭い視線をぶつけ合う。

 一瞬の隙も見せたくないのか、視線を一切外さずに隙を窺い続ける。

 だが時間が経てば経つ程、ここでの戦いの結果はともかく、ワタルは追い詰められていく。

 少し癪なのとカイリューは絶対に納得しないかもしれないが、勝利を確実にする為にも他の手持ちが加勢に来るまでの時間を稼ぐべきかもしれない。

 

 そんな考えが頭に浮かんだその時だった。

 

 まるで獰猛な獣が吠えた様な雄叫びが轟くのを耳にした時、強い光が砂浜や海岸を照らした。

 何事かとアキラは思わず光を放っている元に目を向けてしまったが、光の発生源はカイリュー以外の彼の手持ちやシジマ達が戦っていた砂浜だ。

 しかも光を放っている発生源を中心に、砂浜はまるで竜巻の様な激しい砂嵐が起きていた。

 

「まさか…」

 

 見覚えのある光にアキラの脳裏にある可能性が過ぎる。

 確かに条件に合うのはいたが、まさかこのタイミングでこの現象が起きるとは全く予想していなかった。

 そして彼の予想を証明するかの様に、激しい砂嵐の中心で光を放っていた存在――サナギラスから進化したバンギラスが対峙する全ての敵に対して威嚇するかの様に雄叫びを上げていた。




アキラ、全体的に戦いを有利に進めるもまだまだ予断を許さない状況。

まだまだ微妙に劣っている部分はあれど、アキラは平時の状態でもワタルを相手に互角の戦いを繰り広げられるくらいレベルが上がっています。
そろそろ、アキラのポケモン達に第二世代の技をもっと多用させたい。


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脅威の力

「厄介なことになった」

 

 吹き荒れる砂嵐から顔を守りながら、吠えるバンギラスの姿から目を離さずシジマは呟く。

 他の戦いを制したヤドキング達とブーバー達が加勢したことで、ハクリューとサナギラスを追い詰めたところまでは良かった。

 

 しかし、それがサナギラスに危機感を抱かせて、バンギラスへと進化させる引き金となってしまったのだ。

 進化したバンギラスは体中に空いている孔から砂混じりの風を噴き出して砂嵐を起こすだけでなく、自らの力の強大さを見せ付ける。

 

 進化した直後のポケモンは、進化の勢いも重なって本来以上の力を引き出すことが出来る。

 

 本当なのかどうかは科学的に証明されていないが、シジマを始めとした歴戦のトレーナーは経験則で知っている。

 しかも相手はバンギラスだ。普段の状態でも強敵のポケモンが、たった今進化したのだから、その力は計り知れない。

 だが、戦っていたエレブー達は臆することなく、加勢した他の面々と共によろいポケモンを包囲すると挑むべく駆け出した。

 

「…どうやら終わりが近いな。だが、お前とカイリューとの勝負には勝たせて貰う!」

 

 過去に今戦っているアキラのカイリューが進化したことで、ワタルと四天王はその勢いで退けられた経験があるものの、如何にバンギラスといえどあの数と状況を覆すのは難しいとワタルは見ていた。

 大局的に見れば、この戦いそのものは負けつつある。しかし、まだアキラとの個人的な勝負は終わっていない。

 

「前みたいに俺の自滅で運良く助かったとかじゃなくて?」

「そうだ。身を隠してから、俺達は何時の日かお前と戦う事を考えて修練を積んできた。お前達が手を抜いていようが他が負けていようともう関係無い。この手で直接倒す」

 

 理想郷建国への未練はもう無いが、ワタルと彼のカイリューとしてはアキラ達に負けたままなのはプライドが許せなかった。だからこそ、このエース対決には必ず勝つ。

 ワタルの宣言に応えるかの様に彼のカイリューの体に力が籠められる。すると、巨体に変化が起こる。

 まるで技を放つ前の電気ポケモンの様に、全身を雷の様な閃電が駆け巡り始めたのだ。

 

 今度は何を仕掛けるのか。

 どんな動きにも対応出来る様にアキラ達が身構えた刹那だった。

 ワタルのカイリューは、その巨体からは想像出来ない速さでアキラ達に迫り、彼のカイリューは正面から体当たりを受けて滑る様に体を転がす。

 

「え? なにこれ?」

 

 アキラの目で見ても、ワタルのカイリューのスピードに付いて行くことは出来た。

 だが、相手のカイリューのスピードが異常なまでに速いことに強い危機感を抱いた。

 あんなに速いと、認識してからそれをカイリューに伝えている間にやられてしまう。

 

 足元をしっかり踏み締めて立ち上がったアキラのカイリューは反撃に移るが、俊敏な動きで避けられて逆にカウンターを受けてしまう。

 彼のカイリューも敵が速くなっていることは認識していたが、動体視力は鋭敏化したアキラと比べて劣る為、付いて行くのがギリギリであった。

 

「”こうそくいどう”で距離取れ!」

 

 すぐさま体勢を立て直す時間を稼ごうと、アキラのカイリューも瞬間的に高い瞬発力を発揮して退こうとする。

 しかし、ワタルのカイリューはアキラのカイリューを凌ぐスピードで軽々と追い付いた。

 

「なっ!?」

 

 想像以上の速さにアキラだけでなく彼のカイリューも目を見開くが、訳がわからないまま”たたきつける”を打ち込まれて叩き飛ばされた。

 吹き飛ばされたカイリューが地に落ちた衝撃で近くに立っていたアキラは巻き込まれて、尻餅を付くだけでなく転げてしまう。

 着ている服は土や砂で汚れるだけでなく、岩肌などに体を擦らせるなどで腕から血が滲み出していたが、それよりもワタルのカイリューの突然の変化に彼は混乱していた。

 

 ”こうそくいどう”などの技で互いに素早さを高めた状態でも、元々の素早さが上の方が速く動ける。それは互いに同じ”でんこうせっか”などの技を使っても同じだ。

 問題は、本来なら素早さはほぼ同じで有る筈にも関わらず、ワタルのカイリューがアキラのカイリューを上回る素早さを実現している事だ。

 

「どうだ? こうしてお前達と戦う時の為に磨いて来たこの速さに付いて来れないだろ」

「一体…どうなって…」

 

 初めての経験にアキラは戸惑う。

 ”こうそくいどう”を使うことで、カイリューは同じ技が使えて尚且つ元々の素早さが自身を大きく上回る相手でも無い限り、確実に距離を取ることは出来る。

 にも関わらず、同じ種族で素早さがほぼ同じであるワタルのカイリューの方が圧倒的な速さを実現しているのだ。

 レベル差が大き過ぎて素早さに差がある訳では無い。

 

 ワタルのカイリューが超スピードを実現出来ている秘密。

 奴の台詞から察するに、何かしらの特訓を行う事で得られる力なのが考えられる。

 そうして思考を巡らせていく内に、彼の脳裏にある一つの可能性が浮かんだ。

 

「”しんそく”か!!」

 

 ”しんそく”、それは限られたポケモンしか覚えられない”でんこうせっか”を凌ぐ技だ。

 本来なら普通のカイリューは覚えることは出来ない技だが、相手は”はかいこうせん”を自在に操ることが出来るワタルのカイリューだ。奴が言っていた鍛錬を重ねている間に、そんな特別な技を習得出来たとしても不思議では無い。

 しかし、彼の推測をワタルは鼻で笑った。

 

「まさかカイリューが”しんそく”を覚えることが出来るのを知っているとは思わなかった。けど残念だが、俺のカイリューは()()()()()()()()()()()()()

「っ!」

 

 感心した声ではあったが、アキラの考えが違う事をワタルはハッキリ断言する。

 思い付くままに口にしてしまったが、冷静に考えればワタルのカイリューの異常なスピードが”しんそく”では無いことをアキラは既にわかっていた。

 

 自らのカイリューと同じ”こうそくいどう”

 

 実際の”しんそく”がどんなものなのかアキラはまだ見てないが、多少体の動かし方や力の入れ具合は異なっているとしても同じ種族だ。同じ技なら基本的な動きも同じだ。

 だからこそ理解出来ないのだ。

 同じ能力値で同じ能力を高める技を使っているのなら、余程のレベル差が無い限りほぼ互角の筈なのに、こちらを遥かに上回る素早さを実現出来ていることがだ。

 

「どうなっているんだよ」

 

 この世界はゲームの様に単純では無く、複雑で奥が深いということはわかっているが、何年過ごしてもアキラが理解出来ないポケモンバトルの技術や応用は幾つかある。

 レッドの突拍子もない奇想天外な発想、ワタルの”バブルこうせん”の強靭さもその一つだが、奴のカイリューの高速化はもっと理解出来なかった。

 

 後々に”ほえる”を鍛え上げることで更なる効果を引き出す技術が出てくるが、”こうそくいどう”を鍛え上げるとあんな風になるのか、それとも別の何かなのか。

 目を凝らして、アキラはワタルのカイリューの動きを隅々まで観察する。

 

 ポケモンの”技”では無くて何かしらの”技術”であることは間違いないが、それが何なのか全くわからない。

 変化と言うと、時折体の至る所から時たまに閃電の様なものが走ったり弾ける様な音を発するくらいだが、あれに何か秘密があるのだろうか。

 

「時間を掛け過ぎるなカイリュー! 一気に勝負を決めるんだ!!!」

「……え?」

 

 ワタルの掛け声に応じて、彼のカイリューは地面を踏み締めると凄まじい瞬発力で接近する。

 咄嗟にアキラのカイリューは両腕を盾の様に交差させて防ぐが、目にも止まらない速さで次々とパンチが打ち込まれていく。

 移動時の素早さだけでなく、攻撃動作もかなり速くなっているらしく、まるでカイリキーのパンチのラッシュを彷彿させる程の勢いだ。

 

 苦し紛れに不意打ち同然の膝蹴りで距離を取るが、やはり”こうそくいどう”をしても追い付かれてしまう。

 何故か”げきりん”を使ってこないのが救いではあったが、速過ぎて”げきりん”時よりも相手がしにくかった。

 

 一瞬生まれた隙に、背後に回り込んだワタルのカイリューは尻尾を掴んで腕を引く形で引き寄せると、アキラのカイリューの鳩尾に重い一撃をかます。

 強烈な一撃にアキラのカイリューの体から力が抜け、すかさずワタルのカイリューは力任せに持ち上げて背中から叩き付けた。

 追い打ちを掛けようとするが、アキラのカイリューは反射的にツノにエネルギーを集めた”つのドリル”を振り回すことで距離を取らせる。

 

 距離を取ることは無駄。

 

 アキラと彼のカイリューは、これまでの攻防からその事を察する。

 そうなると迎撃方法は、正面から挑むよりは相手の勢いを利用したカウンターの方が効率的で確実だ。

 だけど、それとは別の形での勝機をアキラは見出していた。

 

 何故だが知らないが、ワタル達は勝負を焦っているのだ。

 

 状況的に圧倒的に有利な筈なのに、さっき「時間を掛け過ぎるな」とカイリューに伝えていたのだ。

 ひょっとしたら今発揮出来ている超スピードにも、”げきりん”の様に何かしらのデメリットや反動があるのだろう。

 一体どんなデメリットがあるのかは知らないが、どうやって攻略するのかを考えながらアキラは再びカイリューの横に並ぶ様に立つ。

 戦いに巻き込まれる危険性は高いが、そんなことは気にしていられない。そう考えていたら、ワタルのカイリューは近くに転がっていた岩を投げ付けてきた。

 

「避けた後に正面から来るぞ!」

 

 岩を投げ付けると同時に動いたワタルのカイリューの動きを見ながら、アキラは伝える。

 お陰でアキラのカイリューは飛んできた岩と最初の攻撃は防げたが、次の攻撃は防げなかった。

 相手が速過ぎて、幾らアキラの目が付いていけても、口頭で対応を伝えてから実行するまでのタイムロスである数秒が大きくて無理だ。

 

 カイリューと一心同体とも言える感覚を得られれば、言葉で伝えるタイムロスが一切無いので対処し切れる自信はある。

 だが、突発的なラッキーパンチに何時までも期待する訳にはいかない。

 

 この戦いは、自分達の切り札とも言える感覚に頼らずに勝つ。

 

 戦いの余波でアキラは思わずその場から飛び退くが、首元を掴まれた彼のカイリューは強引に押し倒される。

 僅かな電流が体表で弾けていたが、気にしている余裕は無かった。

 そのまま顔を殴り付けようとワタルのカイリューは片腕で抑え付けたまま、腕を振り上げる。

 

 その一瞬だった。

 アキラのカイリューは口から溢れんばかりの青緑色の炎――”りゅうのいかり”が放ったのだ。

 

 追い詰められた火事場の馬鹿力を発揮したのか、凄まじい勢いと規模で放たれる炎を正面から受けたワタルのカイリューは抗いながらも炎に呑まれて大きく後方に吹き飛ばされていく。

 だが、この反撃でも起死回生には至らず、アキラのカイリューが立ち上がる時間を稼ぐだけに過ぎなかった。

 

 吹き飛ばされた筈のワタルのカイリューだが、すぐに起き上がると謎の超スピードを発揮して容赦無く襲い掛かる。

 咄嗟に両腕を持ち上げて防ぐが、加速した勢いが乗ったパンチは弱った体には重く、アキラのカイリューは彼の隣にまで吹き飛ばされる。

 息つく間もなくワタルのカイリューは、突撃してくるが目を凝らしていたアキラは声を上げた。

 

「右ストレートのパンチを流して抑え付けるんだ!」

「っ!?」

 

 これが唯一の可能性とばかりに伝えられた内容にアキラのカイリューは即座に実行した。

 目に追えないくらい速いが、アキラの言う通りにワタルのカイリューの右拳を流す様に避けることを意識して体をズラす。

 すると言われた通り、ワタルのカイリューは右拳で殴り掛かってきた。

 それからアキラのカイリューは反射的に、度重なる練習と技の”ものまね”で染み付いた動きを無意識に実行する。

 

 逸らす形で避けた右腕を掴み、その勢いを利用してからの流れはさっきと同じ背負い投げだったが、先程とは異なり投げ飛ばさずにワタルのカイリューを背中から叩き付けた。

 思わぬカウンターを受けてワタルのカイリューは動きが鈍るが、それだけで終わらず間髪入れずにアキラのカイリューは、倒れている敵を抑え込んだ。

 

「振り払うんだカイリュー!」

「そのまま抑え付けろ!」

 

 ワタルのカイリューは抵抗するが、アキラのカイリューはシジマの元で学んだ格闘技術を上手く活かして抑え込む。

 柔道などの格闘技の試合とは違って、ポケモンバトルは相手を気絶させなければ意味は無い。だけどカイリューは、アキラが伝えてくる対応策をしっかりと守る。

 何の策が無い訳では無いことは彼の目を見ればわかる。あれは何かを狙っているとアキラのカイリューは確信していた。自分では逆転の方法が思い付かないのだから迷いは無い。

 

「貴様…時間稼ぎが狙いか!」

「動き回られるよりは抑え付けた方がずっとマシだ!」

 

 怒りを露わにするワタルの姿を見て、アキラは自分の判断が間違っていないことを更に強く意識する。

 現状ではワタルの方が有利だ。にも関わらず、奴は勝利を焦っている。

 単にバンギラスと戦っている別の主力達が加勢することを恐れている訳では無い。それが何かわからないが、とにかく時間を掛けられることを嫌がっているのだ。

 ならば、時間を稼ぐことでワタル達にとって不都合な何かがある筈だ。何より、抑え付けることであの謎の超スピードを防げるのだから、やらない手は無い。

 

 ワタルのカイリューは、抑え付けるアキラのカイリューから逃れようと激しく暴れ続けていたが、突然まるで時間が止まったかの様に動きが止まった。

 否、動いてはいるが手足は痙攣しているかの様に震え、まるで古いブリキの玩具みたいに動きが鈍っていた。

 

「チャンスだ!!!」

 

 アキラが叫ぶと同時に彼のカイリューも動く。

 さっきまで暴れるのを抑え付けるのに全力を注いでいたが、今はその必要は無い。ワタルのカイリューを正面から向き合う形で両手で持ち上げるとお返しと言わんばかりに顔面に頭突きを叩き込む。

 そして至近距離から”りゅうのいかり”を放って吹き飛ばす。

 

 さっきまでだったらすぐに起き上がっていたが、先程までの超スピードから一転して、ワタルのカイリューは全く動けないどころか立ち上がろうにも立ち上がることが出来ずにいた。

 

「一気に決めるんだリュット! 立ち直る時間を与えるな!!!」

 

 最大の好機が巡って来たと言わんばかりにアキラは大きな声でカイリューに伝える。

 今は動きは鈍っているが、少しずつだが元に戻りつつあるのが彼の目に見えているからだ。

 さっきまで時間を掛けることは自分達に有利だったが、今度は時間を掛け過ぎるとワタル達が有利になる。

 それだけは何としても避けたい。

 

 この時アキラは、「一気に決める」と自身のカイリューに伝えていたが、それは”はかいこうせん”か”つのドリル”などの大技だと考えていた。

 だけどカイリューが選んだのは、彼が考えているのとは異なるものだった。

 

 息を整えたカイリューは、体に力を入れて”ものまね”で引き出せる様になった”げきりん”のエネルギーを体中から溢れさせ始めたのだ。

 

「ちょ! リュット、それ大丈夫か!?」

 

 予想していなかった選択にアキラは慌てるが、構わずカイリューは黄緑色のオーラを制御が難しい規模にまで引き出す。

 これからやることは、ただの”げきりん”による攻撃では無い。アキラを始めとした色んな人物から止める様に言われているのと負担が大きいことは良く理解している。

 しかし、敵を確実に仕留められるのは病み付きになるだけでなく、こういう負けられない戦いでは必ず必要になるとカイリューは確信していた。

 今までの様に偶然の産物では無く、自らの意思で必要と思ったタイミングで使える様にならなければならない。

 

 全ては()()()()()()()()()()()()()に備える為だ。

 

 この一撃に全てを賭ける。

 最早暴発してもおかしくないまでに”げきりん”のエネルギーを溢れさせていたが、体中を激しく駆け巡る制御し切れないエネルギーによる痛みを堪えつつ雄叫びを上げながら、体の奥底からも更なるエネルギーを引き出そうとする。

 覚えのある感覚の様に右腕と拳に極限まで凝縮して纏わせることだけは出来なかったが、膨大なエネルギーをただ溢れさせるだけでも十分だ。

 

 そして”げきりん”に限らず、自らが引き出せる力と言う力を引き出したアキラのカイリューは、勇ましく吠えながら無我夢中でワタルのカイリューへと飛び込んだ。

 

「”はかいこうせん”っ!!!」

 

 ワタルは迫るアキラのカイリューを退けようと声を荒げる。

 彼のカイリューは体をぎこちなく動かしながらも、口元にエネルギーを溜めようとしたが、遅かった。

 距離を詰めたアキラのカイリューが”げきりん”のエネルギーを色濃く放っている右腕で、ワタルのカイリューを殴り付けた瞬間、両者を呑み込む程の黄緑色の光の柱が立ったと錯覚する程の大爆発が起きた。

 

 爆発の衝撃と爆風は凄まじく、周囲の砂浜だけでなく上空を漂っていた雲にも影響を及ぼす程の大きな影響を及ぼした。

 アキラは爆発で起こった爆風をまともに受けて体は宙を舞うが、少し転がったものの砂浜だったこともあって目立った怪我をせずに済んだ。

 

「っぅぅ……流石に…無茶し過ぎだ…」

 

 たった今カイリューが仕掛けた一撃が何なのか、彼には大体察しが付いていた。

 

 クチバシティの戦いで発揮した爆発的な鉄拳だ。

 

 確かにフスベの長の話を聞いていなくても、通常引き出せるポケモンの技を大きく上回ることは知っている。だけど、あれを仕掛けた後はどうなるかアキラ自身、身をもって思い知っている。

 そして彼のカイリューは、爆発の衝撃と反動、それらの影響をモロに受けたのか、アキラがいる傍まで反発する様に吹き飛んできた。

 

「リュット…大丈夫か?」

 

 付いた砂を払い落としながら体を引き摺る様に動かし、アキラは吹き飛んだまま倒れているカイリューの元に駆け寄る。

 まだロクに制御出来ないのに、無秩序に”げきりん”を中心としたあらゆるエネルギーを開放したことで全身――特に殴り付けた右腕は焦げているだけでなくズタズタになっていた。

 

 それは記憶にある時よりも目に見えて酷いものだった。

 ボタンを一つでも掛け違えたら、それこそ相手に仕掛ける間もなく自滅したりもっと酷い状態になっていたかもしれない。そんなことが頭に過ぎる程だ。

 それ程の状態であるにも関わらず、まだ意識があったドラゴンポケモンは、ぎこちなく上半身だけを持ち上げる。

 

「無理はするな。形はどうあれ、俺達は……勝ったんだ」

 

 宥める様に告げながら、アキラはカイリューが殴り付けた際に解放されたエネルギーによって、砂浜であるにも関わらず大きなクレーターが出来るだけでなく黒煙が立ち上っている場所に目を向ける。

 勢いでカイリューに自分達の勝利を伝えていたが、アキラのカイリューが放った必殺の一撃を受けたワタルのカイリューどころかワタルの姿も見えない。

 否、煙が晴れるにつれて黒煙で遮られていた先からワタルが足元をフラつかせながら姿を見せた。

 

「……やってくれたな」

 

 心底忌々しそうな言葉を口にするワタルの手に握られているハイパーボールの中には、先程まで戦っていた彼のカイリューが入っていた。

 ”げきりん”の全エネルギーとその他の要素が重なった相乗効果で生み出された規格外の一撃は、まともに受けたワタルのカイリューの意識を一瞬にして奪った。

 ワタル自身も爆発の余波を受けて、アキラと同じく吹き飛ばされていたが、彼とは違って全身を強く打ち付けていた。

 

「また難癖を付けるつもりか? 過程はどうあれ、こういう戦いは勝つか負けるかのどちらかだろ」

「っ! フッ、確かにな…」

 

 言い訳が出来ないまでにエースを打ち負かされたからなのか、ワタルは騒ぐこと無く、アキラの言い分に清々しそうに応じていた。

 そんな彼の姿を不気味に思いながらも、アキラは真っ直ぐ彼を見据えた。

 

「年貢の納め時だ。大人しく降参しろ」

 

 ワタルに対してそう告げると、まだ立ち上がれないが上半身を持ち上げた彼のカイリューも鋭い目付きでワタルを睨む。

 結果はどうあれ、ワタルのエースを下したのだ。他のポケモン達も倒して――

 

「他のポケモン?」

 

 そこまで頭に浮かんだ時、アキラは何かを見落としている事に気付くと振り返った。

 別に戦っていたアキラのポケモン達とシジマのポケモン達を相手にしていたワタルのバンギラスが、こちら目掛けて駆け出していたのだ。

 

 全身に負った様々な傷跡は、戦いの激しさを一目で物語っていたが、それよりもアキラは何故バンギラスがこちらに向かっているのかが知りたかった。

 最後に見た時は圧倒的な数の差があった筈だが、まさか全員やられたのか。

 

 最悪の考えが頭を過ぎったが、良く見てみるとアキラのブーバーとシジマのニョロボンがバンギラスの足や尻尾にしがみ付いていた。

 その後ろでサンドパンが追い掛けながら、よろいポケモンを狙い撃ちしているのを見ると、どうやら逃げるのを阻止しようとしていた。しかし、しがみ付いていた二匹は、体の各部位にある孔から放たれた”すなあらし”の勢いに抗えず吹き飛んでしまう。

 

「屈辱的だが、今回は負けを認めよう。だが、忘れるな。俺がお前に負けを許すのは今回が最後だ。次戦う時は必ず俺が勝つ!!」

「ッ! 待て!!」

 

 アキラは止めようとするが、バンギラスがこちら目掛けて真っ直ぐ突進してくるのを見て、彼は巻き込まれるのを避けるべく腕が悲鳴を上げることも構わずに倒れているカイリューを力任せに引っ張る。

 だがバンギラスは何もせずに通り過ぎてワタルを抱き上げると、波打ち際に足を踏み入れると同時に体中の孔から一際強い砂混じりの風を吹き上げて大ジャンプをする。

 まるで島から島へとジャンプするのを彷彿させたが、そんなことは無く遠い夜の海の中へと飛び込むのだった。

 

 確かにバンギラスは”なみのり”を覚えられる素質を持っているが、進化したばかりなのにも関わらず苦手な水――しかも寒いこの時期に荒い海と評判のタンバシティの夜の海に迷わず飛び込むとは、無謀だがかなりの度胸ではある。

 

「野郎…そのままタンバの荒波に溺れちまえ」

 

 珍しくアキラは毒づくが、砂浜や岩肌に波が打ち付ける以外目立った音が聞こえなく、戦いが終わったことを改めて実感する。

 

「――リュット……ぇ? わ、わかった。ごめん。…えっと、ちょっとここで待っていて」

 

 アキラはカイリューをボールに戻そうとしたが、何故か戻さずそのままバンギラスと戦っていたシジマの元へと向かった。

 

「すみません先生。勝負には勝ちましたが、取り逃がしました」

「構わん。俺もバンギラスを止めることは出来なかった」

 

 進化直後のポケモンは、本来以上に強大な力を発揮出来る。

 それはアキラも知っていることで、今まで自分達がその力を発揮してきた方だったが、今回は逆にやられてしまった。

 ブーバーを始めとした三匹以外でも意識がある面々はいたが、その多くは酷く消耗しており、中には気絶しているのもいた。

 どうやら最後までバンギラスと戦っていたのは、足にしがみ付いていたのを含めてあの三匹だけだったみたいだ。

 

「…まだまだ鍛えないといけませんね」

「当然だ。ポケモントレーナーに終わりは無い」

 

 今回ワタルや赤い髪の少年を取り逃がしてしまったのは、自分達の油断と力不足の結果と言っても過言では無い。

 シジマ自身、まさかこんなに大きな戦いになるとは思っていなかったこともあるが、次こんな機会があっても同じ轍を踏むつもりは無い。

 彼は更なる鍛錬に力を入れる決意を固める。

 

 その気持ちはアキラも同じだったが、今回の戦いで自分達は、最強クラスと言っても良い相手にどこまで戦えるかを改めて知ることが出来たのに少し満足していた。

 結果的にワタルは逃げてしまったが、初めて目にする未知の力を使われたにも関わらず、以前戦った時に感じていた一心同体の状態に頼らず勝てたのだ。シジマの元で重ねてきた修行のお陰で、以前よりも確実に強くなれているのを確信するには十分過ぎる戦果だ。

 

「…先生。すぐにポケモンセンターにポケモン達を連れて行ったり、”キズぐすり”などを用意しましょう」

「そうだな。ところで何故カイリューをボールに戻さないのだ?」

「それは……あいつが凄く嫌がるんです…」

「何故だ?」

「その…リュットとしては()()()()()()()を無駄にしたくないのだと思います」

 

 カイリューに目を向けると、多少回復したドラゴンポケモンは右腕を垂らしながらゆっくりとした足取りで自分達の元に戻りつつあった。

 アキラとしても、あれだけ酷い傷を負っているのだからモンスターボールに入れてポケモンセンターで治療したいが、カイリューがボールに触れたがらないまでに嫌がるのだ。

 最初は訳が分からなかったが、今は彼はカイリューの意図を理解しており、出来る限りのサポートをするつもりでいた。

 

 何故ならカイリューは、フスベシティを訪れても教わる事が出来なかったあの技――”げきりん”を”ものまね”で真似したままだからだ。




アキラ、ワタルを逃すも彼との激戦を制する。

前回の戦いも含めて、実力もそうですが、劣勢でも「勝ち」への姿勢や考え方が双方の勝敗を分けました。
今回ワタルのカイリューが使ってきた力についてですが、”しんそく”では無いと公言しているのと”技術”扱いであることからも察している方はいると思いますが、本作の独自設定です。
どういうものなのかはその内明かす予定です。
詳細までわからなくても、ヒントっぽいのは既に作中内に出ていますけど。

最後に次回の更新についてですが、まだ一部下書きの状態なので一旦更新を止めます。
後数話で三章に突入出来るのに、こんなタイミングで更新を止めてしまって申し訳ございません。準備が整い次第すぐに更新します。
次回はアキラの目的絡みでのオリジナル展開です。


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始まりの濃霧

やっと準備が整ったので数話だけですが、投稿を再開します。
今回からの数話は、原作にある一部の展開を絡ませた上で主人公の目的絡みの展開になります。
その為、色々な捏造設定や解釈などのオリジナル要素が多く出てきますのでご注意下さい。
それと諸事情でまた更新する時間を変更致します。

最後に、気付いたら本作の連載を始めて三年目を迎えることが出来ました。
今後も「SPECIALな冒険記」をよろしくお願いします。


「それでレッド、()()()()の出来はどうだった?」

 

 机に立てた両肘に寄りかかり、口元を両手で隠す様な姿勢でアキラはテレビの画面越しにレッドに尋ねる。

 目が光って見えるその微妙に威圧感のある彼の姿勢に、実際に目の前にいる訳では無いのにレッドは少しだけ体を強張らせる。

 

『おっ、おう! バッチリさ!』

「……本当?」

『エリカやカスミに付きっ切りで教わったんだから自信はあるよ。どんな問題が出たのか覚えられるくらい余裕はあったし』

「難しいから悩んだとか、そういう理由で印象に残っている方が正しい気がするのは俺の気の所為かな?」

『………』

 

 気まずそうに目を逸らすレッドにアキラは肩を竦める。

 こうして彼らがテレビ電話を通して話しているのは、今日レッドのジムリーダー就任試験が行われたからだ。

 アキラの記憶では、彼の試験は次の戦い――云わばジョウト地方を舞台にした第三章が始まった時期とほぼ同時期とぼんやり記憶していた。

 

 その為、実はもうジムリーダー試験をやると聞いた時は修行に専念し過ぎて時期を見誤ったのではないかと焦り、数日前まで慌ててジョウト地方の各地はどうなっているのかアキラは色々見て回っていた。

 真相は単にポケモン協会がレッドのこれまでの実績や功績を考慮して、早めに試験を行う事を決めただけだったので、勝手に自分が慌てただけの間抜けな結果で終わったが。

 

『まっ、まぁ! 明日の実技試験で挽回出来る筈! マサキも”絶対に受かる”って言っていたし!』

「だと良いんだけどね」

 

 ある程度はアキラが知っている通りに事が進めば良いのだが、試験の時期が早まっているなど変わっている点が多くあるので、色々心配なのだ。

 最初は”自分が知っているのと違ってしまうと困る”という、仕方ない事情があったとしても身勝手な考えが理由だったが、自然とそんな考えではなくて一人の友人として心配なのだ。

 

『そ…そういえば、俺の次はセキチクシティのジムリーダーの選考を始めるってマサキが言っていたな』

「へぇそうなんだ……ていうか、それ口外していい情報?」

 

 唐突に話題を変えられたが、アキラは気にしない。

 寧ろ言ってはいけなさそうなことをマサキはレッドに教えているみたいだが、大丈夫なのだろうか。

 

『別にそのくらいで怒られはしないだろ。それに今は別の事で手一杯らしいぞ』

「別のこと? あぁ、ポケモン転送システムの不調のことか」

 

 この件はニュースで連日の様に報道されているので、アキラでも知っていた。

 カントー地方では目立った障害は起きていないが、現在ジョウト地方全域を含めたポケモン転送システムが原因不明の不調に陥って、あらゆる影響を及ぼしているのだ。

 レッドの話では、マサキはさっさと終わる仕事と思っていたらしいが、未だに改善したと言うニュースを聞かないので、長引いているのと彼の苦労がアキラでも容易に想像出来た。

 

『結構困っているみたいだよ。幾ら調べても装置に問題が無いからお手上げだって』

「現在進行形で問題が生じているのに問題が無いっておかしいだろ」

 

 元の世界で知っている通りなら、確かロケット団が装置に何かしらの細工を施していた筈だとアキラは記憶している。具体的に覚えていれば遠回しに助言したり出来るが、どんな細工だったのかなどの詳しいことはもうアキラはほぼ忘れ気味だ。

 と言っても、この世界に来た時点の状態でも、そんな細かい部分と思われるところはあんまり憶えていないので結局は力にはなれないが。

 

『アキラは原因は何だと思う?』

「その話、素人の俺に振る? 機械の知識は殆ど無い上にマサキさんが作ったボックスシステムはロクに利用したことが無いんだぞ」

『俺もマサキに意見を求められたからだよ。こういう時は…あれだ。知恵は多い方が良いだろ』

「それは言えなくも無いけど……」

 

 三人寄れば文殊の知恵と言う奴だろうか。

 マサキはこの先、ジョウト地方で起こる戦いの最中に改善することに成功するのは憶えているが、何が決め手だったのかは憶えていない。

 故に忘れ気味な記憶頼りでは無くて、現時点での情報を総合してアキラは頭を働かせる。

 

「……レッドは何だと考えている?」

『どっかでポケモンが詰まっているんじゃない?』

 

 レッドの予想斜め過ぎる予想に、思わずアキラは顔を支えている腕のバランスを崩して顔を机に伏せる。

 ポケモン転送システムは、その名の通り転送装置なのだから水道みたいに詰まる事は無い筈だ。

 そもそも詰まっているのなら、そこが問題箇所として気付いて対処されるだろう。

 ポケモンバトルではこれ以上無い攻め方や攻略法を思い付くことが出来るのに、何故彼はこういう時はこんな発想になるのか気になったが、改めてアキラは話を頭の中で整理する。

 

 装置に故障などは全く見受けられないのに動けない。

 そこまで考えたアキラの頭で真っ先に浮かんできた可能性は――

 

「そもそもちゃんと動いている?」

『動くって?』

「装置なんだから動力が要るだろ。そのエネルギーがちゃんと送り先の装置とか全体に行き渡っているかとか。こういう時は難しいことばかりじゃなくて初歩的な部分に目を向けることも大事じゃない?」

『成程な……でもマサキがそんな簡単なことを見落とすと思うか?』

「――だよね」

 

 彼は世間ではポケモン転送システムを作り上げた天才なのだ。

 その天才の彼と比べたら、自分達は彼の頭脳には遠く及ばない。

 こうして今思い付く程度のことは全部試していることだろう。

 

「まあ、困っている人には悪いけど、ポケモン転送システムを俺は利用することは無いから良いや」

『俺は困るんだけど』

「あっごめん」

 

 現在アキラが所持している手持ちポケモンは合計九匹だが、全員連れ歩くか、今居候させて貰っているヒラタ博士の家に三匹を留守番させる形で待機させるなどの方法で数を調節している。

 レッドもイーブイのブイを始めとした他の手持ちポケモンがいるが、チャンピオンとしての世間体を考えると自分みたいに六匹以上連れ歩くのはあまり良くない。

 そんなことを考えていたら、ある記憶と懸念が頭を過ぎった。

 

「話を切るけどレッド、手足の状態は大丈夫なのか? 合格したけど手足が不調で辞退して誰かにバトンタッチみたいなことにはならないでよ」

『心配の内容がヤケに具体的だな』

 

 アキラの問い掛けにレッドは苦笑いを浮かべる。

 この様子だとどこまで考えていたかは知らないが、不調による影響を考えていなかった訳では無さそうだ。

 もしかしたら手足の痺れを理由にレッドはジムリーダー就任を断って、その場の流れや出来事も相俟ってトキワジム・ジムリーダーにグリーンが就く。

 アキラが知っているのと同じ流れになるかもしれないが、レッドの頑張りを知っている彼としてはそんなことは無く無事に就任して欲しいのだ。

 結局シロガネ山の秘湯で湯治することになるのは変わらないとしてもだ。

 

「まっ、レッドのことだからどんな条件だとしても何だかんだ言って合格だろ」

『信じてる、とかじゃないんだ』

「信じてる通り越して、既定路線的な気がするからね。レッドの実力的に。明日の実技試験、見に行くつもりだからどう捌くのか楽しみにしているよ」

 

 アキラが口にしたその言葉を機に、レッドは表情を引き締める。

 

『あぁ、明日は絶対に合格してみせるさ』

 

 それを最後にレッドの姿はパソコンの画面から消える。

 完全に彼との通信が途切れたことを確認して、椅子に座ったままアキラは体を伸ばしながら欠伸をする。

 眠気も強くなってきたし、明日の試験観戦に備えてもう寝ようと考えながら彼は席を立つ。

 

 その時だった。さっきまでアキラがレッドと話していたパソコンのテレビ電話機能が誰かからの連絡を受信したことを表示し始めた。

 

「ヒラタ博士~、大学から連絡が来ました」

 

 送信者の名前は、彼でも見たことがあるタマムシ大学の関係者だった。

 勝手に出る訳にはいかないので、部屋の外に出たアキラはリビングにいるこの世界での保護者にしてタマムシ大学で教鞭を執っているヒラタ博士に連絡が来たことを伝えると入れ替わる様に博士は部屋へ入って行った。

 

 そしてアキラがリビングに入ると、もう夜遅いことも関係しているのかサンドパンなどの自分の手持ちがのんびりと過ごしているのが彼の目に入った。

 エレブーとヨーギラスは長閑に過ごしているのに対して、ヤドキングとゲンガーはドーブルを交えて各々のやり方で人の文字を覚えるのに励んでいる。

 そして外では、ブーバーがバルキーと共に腕立て伏せを行っており、少し離れたところでカイリューが体を丸めて横になっていた。

 

 そんな何時もの日常な光景を眺めながら、ソファーに座ったアキラは何気無くカレンダーに目を向ける。

 明日は休養日なのでシジマの元へ行く必要は無いが、彼の元でポケモントレーナーとしての修業を始めてから、ほぼ一年もの月日が経ったことを何気なく意識する。

 

 強さを追い求めるのは、純粋にポケモントレーナーとして更なる高みを目指すことは勿論、今後起こるであろう戦いや予期せぬ事態に対応出来るだけの力を身に付ける為だ。

 そしてシジマの元での修行は、一部を除いてそういう弟子入りを決心した時に抱えていた目標や課題点を解消することに繋がってくれた。

 だけどカレンダーを眺めている内に、わかることがもう一つあった。

 

 それはアキラがこの世界にやって来てから三年経ったことだ。

 この世界に迷い込んだ頃は十歳くらいだったが、今では十三歳だ。年齢的に元の世界で言えば、小学生から中学生に変わっても良い歳でもある。

 

 この世界に来てから、元の世界では義務感だったり何となくやっていた勉強をアキラは自主的にしているが、それでも多くは強くなる為に必要なポケモンに関連したものばかりだ。

 仮に元の世界に戻れたとしても、本来学ぶ筈だったものを学び直したり遅れを取り戻す為にも、勉強関係でかなり苦労するのが目に見える。

 

 時間が経てば経つ程、元の場所に戻りにくくなる。

 

 以前レッドにブルーの懸念について話したことが、自分にも当て嵌まりつつあった。

 昔は両方の世界を行き来出来る様になれたら良いかもなどと考えていたが、今考えると色々面倒なことになりそうだ。

 もういっそのこと、このままこの世界に留まった方が楽なのでは無いかと思う時はあるが、それでもだ。

 

「――”突然”ってのが嫌なんだよ」

 

 苛立ちを込めて、アキラは思わずぼやく。

 突然消える様にこの世界に来てしまったから、元の世界での心残りや気になることが山の様にあるのだ。少しは選択の余地などの何かしらの猶予があれば、ここまで悩んだり考えることは無かっただろう。

 と、ここまで考えていたら、あまり考えない様にしていたある考えが頭に浮かんできた。

 

 それは今率いている手持ちのことだ。

 

 連れているポケモン達と別れる可能性を考えたことが無いと言えば嘘になる。

 だけど意外と彼らは、自分がいなくなったとしても多少は残念がるかもしれないが、「よし、独立するか」的なノリで、すぐに気持ちを切り替えて変わらず今のメンバーでチームならぬ徒党を組んでいそうだ。

 

 変に引き摺らずにアッサリと気持ちを切り替えて貰えるとしたら、寂しい気はするがある意味では有り難い。だが、力と知恵を身に付けた彼らが徒党を組んだ野良集団になったら、何かヤバそうな気がしなくもない。

 手持ち同士での徒党を組まずに野生に戻る可能性も考えられるが、そうなったらそうなったで各々が野生の世界で群れを統べるなどの形で独自の勢力を築きそうだ。

 

 誰か彼らの面倒や動向を気にしてくれるのが一番安心出来るが、あんな自由奔放で癖が強い面々を手持ちに加えたがるトレーナーが果たしているのか。

 一部は温厚で素直だが、そう簡単にいかないのは目に見えている。

 

 理由として、彼らがトレーナーに求める要求が高過ぎることも一因ではある。

 だけど一番の理由は、揶揄抜きでポケモンである彼らの方からトレーナーに付いて行くか付いて行かないかをハッキリ決めるからだ。

 

 よくあるトレーナーの実力不足でポケモンが従わない問題に見えなくも無いが、どれだけ実力があっても方針や性格と言った人間性などが彼らの御眼鏡に適わなければ、彼らは従おうとしない。

 代わりに面倒を見るとは考えにくいが、例を挙げればグリーンがこれに該当する。

 トレーナーとしての実力は文句無しだが、あらゆる面で徹底的に手持ちポケモンを管理する方針は、問題を起こさない限りある程度自由に過ごすアキラの手持ちにとって受け入れ難い。

 

 逆に人間性が良くても、トレーナーとしての実力が無ければ彼らはちゃんと動いてくれない。この点はアキラの知る限りでは、トレーナーではないがヒラタ博士の孫が該当している。

 酷ではあるがプライベートで親しくても、実力が未熟で戦いの役に立たないトレーナーに大人しく付いて行く程彼らはお人好しじゃない。

 

 実際戯れ程度のポケモンバトルに付き合うことはあるが、程々に手を抜いていたりするので本格的なバトルを頼まれたら彼らは断るだろう。

 だけど、アキラが率いるポケモン達はトレーナーの良し悪しを実力よりも人格面で判断している節が有るので、頑張れば前者よりは可能性はある。

 

 最も実力と人格のバランスが取れているのは、アキラの中ではレッドが一番真っ先に浮かぶが、ここまで考えておきながら彼は自分のポケモン達が自分以外のトレーナーの元で過ごすのがあまり想像出来なかった。

 とにかく十分な時間と準備があってこそ、心残りや未練を最小限にすることが出来る。幾ら元の世界に戻るとしても、また突然消えるみたいな形で戻るのは御免だ。

 なので完全に戻ることになるとしても、今度は十分な準備を可能な限り整えて――

 

「アキラ君!」

 

 慌てた声を上げながら突然飛び込んできたヒラタ博士に、アキラとポケモン達は驚き、一部の面々は鬱陶しそうな眼差しを向ける。

 しかし、この世界でのアキラの保護者である博士はそんなことは気にしなかった。

 

「すぐに大学に向かう準備をする。夜遅いがアキラ君も向かう準備をしてくれ」

「わっ、わかりましたが、どうしたのですか?」

 

 ヒラタ博士の勢いでアキラは押されっ放しであったが、博士はすぐに答えてくれた。

 

「反応があったのだ。一年以上前のサイドンから確認されたのと同じエネルギーの反応が確認されたんじゃ!」

「!」

 

 博士の言葉に、アキラはすぐに意識を切り替えた。

 アキラが今居るヒラタ博士の家に居候している最大の理由。

 それは彼が、アキラがこの世界に来てしまった原因と思われる現象に関する研究を行っているからだ。

 彼の脳裏に三年近く前に見た紫色の濃霧の記憶、そして四天王と戦う半年前の出来事が甦る。

 

 研究を進める過程で、一年以上前に現れたサイドンは彼らが追い掛けている現象の影響によるものなのか、タイプが変化するだけでなく通常の数倍の巨体と凶暴性を有しており、齎した被害は大きいものだった。

 

 あの出来事を機にヒラタ博士の研究は、エリカの支援を中心に様々な人員や組織が関わる本格的なものになった。

 最近は今まで背中に背負ったりしていた特有のエネルギーを探知する装置が、より大型化した広範囲レーダーとも呼べるものが作られたことで、探索範囲は比にならないレベルで発達した。

 その大型装置が、アキラ達が探し求めているネエルギー反応を検知したのだ。

 

「場所はどこですか?」

「反応が見られた地点はタマムシシティからより西の山沿いじゃ。エリカの方にも連絡されておるから、恐らく彼女や自警団も動くじゃろう」

 

 そこまで聞いてアキラは考える。

 タマムシシティが近いとなると、今話に出た様にエリカ達もかなり警戒しそうだ。

 一年前に現れたタイプが変化した巨大サイドンの被害は、それ程大きかったのだ。

 就任試験を見に行く約束をしたレッドには悪いが、今回は自分の事情を優先させて貰う。

 

「わかりました。すぐに支度をします」

「うむ。儂もすぐに済ませる」

 

 そう言い残すとヒラタ博士は慌しくリビングから出て行き、アキラはポケモン達に振り返った。

 

「夜遅いが動く時だ。全員気を引き締めろ」

 

 ダラけた様子から一変したアキラの雰囲気の変化を感じ取ったポケモン達は、軍隊みたいにテキパキと準備などの行動を始める。

 家の外で寝転がっていたカイリューも、彼の声が聞こえていたのか、飛行に備えて体を動かすなど体操を始めていた。

 だがドーブルとバルキーはヤドキング達の変化に付いて行けたが、ヨーギラスは何をどうすれば良いのかわからず戸惑っていたので、まずアキラはエレブーと一緒に彼に事の詳細を伝えることから始めるのだった。

 

 

 

 

 

 数時間後、飛行用のヘルメットとゴーグルを装備したアキラは、カイリューの背に乗せて貰う形で夜の空を飛んでいた。 彼の周りには、何人かの人を乗せて飛べるポケモンを連れたエリカが組織した自警団の面々も一緒で、共に反応が確認されたとされる地点に先行する形で向かっていた。

 

 今の彼は、ヘルメット以外にも膝や肘などに以前から考えていたプロテクターを身に着けているなど、完全武装とも言える状態だった。

 それだけアキラは、この現象に対して本気で戦いを挑むつもりで臨んでいた。

 現に今の彼の心中はそう穏やかでは無く、期待感よりも数年間積もりに積もった不安や謎が解けないが故のある種の苛立ちの方が占めていた。

 

 何故、そう簡単に謎を解き明かさせてくれないのか。

 無茶苦茶ではあるが、そう思わずにはいられなかった。

 

「…何か見えて来たぞ」

「!」

 

 カイリューを始めとしたポケモン達の飛行速度の関係で、かなりのスピードで景色は目まぐるしく変わっていたが、自警団の一人が気付いた視線の先に暗い夜にも関わらず輝いている様に見える場所が見えて来たのだ。

 何かあると見た彼らはすぐにそこへと向かうと、何故そこだけ明るく見えるのかがわかった。

 毒々しいとしか言い様が無いまでに紫色を帯びた濃霧が、荒野と森の一部を包み込む形で広がっていたのだ。

 

 遂に見つけた。

 

 ハッキリとそう意識した直後、アキラは悪寒を感じるだけでなく、三年近く前の忌々しい記憶が走馬灯の様に駆け巡った。

 この世界に来て三年。目撃情報は度々耳にしているが、こうして目にするのは実に三年振りだ。

 浮遊する形で上空から紫色の濃霧が広がる森を見渡していたが、長年目の敵にしている宿敵を目の前にしたかの様にアキラの感情は高ぶり始めた。

 呼吸さえも歯の隙間から出す様に荒々しいものに変わっていくなど、次第に彼は冷静さを失いつつあった。

 

 今すぐにでもあの霧の中に飛び込んで確かめたい。

 そんな衝動的な気持ちが湧いてくる。

 

 その時だった。

 突然カイリューの腕が背中に伸び、無造作にアキラは頭を鷲掴みにされて、そのままドラゴンポケモンの目の前へと運ばれた。

 その目付きは、何時になく焦っている彼を咎める様な目付きだった。

 

「…ごめんリュット。ちょっと焦っちゃった」

 

 素直にアキラは謝ると、カイリューは彼を再び自分の背中に乗せる。

 やっと見つけたチャンスではあるが、自分のことで我儘になってはいけない。

 まだ子どもではあっても、この場ではカイリュー達を率いるのに相応しいトレーナーとして構えなければならない。

 改めて気持ちを落ち着けたアキラは、ヒラタ博士が作った手持ち可能な小型のエネルギー探知装置を起動させる。

 

 紫色の濃霧が発生したとされる付近は、隕石にしか含まれていないエネルギーと進化の石に類似したエネルギーが確認されると言う研究結果が得られている。

 既に分かり切っていることだが、この場でもう一度確認する意図で求めているエネルギーかを知らせる探知機を起動させたが、その結果は一目瞭然。

 少し離れた上空であるにも関わらず針が振り切るだけでなく、検知したことを示す音も耳が痛くなるくらい大きな音で鳴り響く。

 あまりの煩さにアキラは電源を落とす。

 

「アキラ君、どうする?」

「上空から可能な限り、この不気味な霧を観察するべきかと思います」

「それだとポケモン達が疲れると思うから、あそこに丁度見渡せるだけの高さの丘があるから、そこで観察しながら博士達との合流を待とう」

「…わかりました」

 

 一緒に来たタマムシ自警団の人の意見にアキラは同意すると、丘を目指しながら真下に広がっている紫色の濃霧を観察する。

 ポケモンの凶暴化や発生時に付近にいた人間が行方不明になる事例が幾つかあるが、不用意に近付かないのと互いに連絡を取り合ったりすることを守れば、その様なことは防げる。

 だけど大人しくしているつもりは無かったので、アキラはは機械的な手段以外でも何か得られる情報は無いか、研ぎ澄まされた五感に神経を集中させる。

 

「? ちょっと待って下さい」

 

 目を凝らして見渡していたら、アキラは紫色の濃霧に紛れて何か別の色で光るものがあることに気付き、一緒に飛んでいる面々に待ったを掛けた。

 霧が濃過ぎて何が光っているのかはわからないが、それは紫色の霧の中で光を反射するだけでなく電灯の様に光っている様に見えなくもなかった。

 

「……何だろあれ?」

 

 一体何なのか気になるが、下手に先走って面倒なことになるのは避けたい。

 逸る心を抑えながら、アキラは待たせていた面々と共に移動を再開しながら、眼下に広がっている紫色の濃霧について更に考えを張り巡らす。

 

 紫色の霧はどこかに繋がっている。

 

 アキラ自身の経験、そして一年以上前のサイドンが本来の住処では無い海から現れたことなどを考えると、この場所以外にも紫色の霧が発生して、ある種のワープする為のゲート的な役割を果たしている可能性が考えられる。

 それが別世界と言いたいところだが、そうでは無いかもしれないのが悩みだ。

 

 別世界――それこそ元の世界と繋がっているのなら、元の世界でもっと目撃されても良い筈だからだ。

 

 この世界にはまだ公式のポケモン図鑑にリストアップされていないが、別世界や空間に関わるポケモンが存在しているのだ。

 仮に別世界に繋がるとしても、それはこの世界で説明が出来る範疇内だろう。

 

「さっさと謎を明らかにしてスッキリしたいぜ」

 

 全てまではいかなくても、納得出来るところまでは理解したい。

 元の世界に戻れるのか戻れないのか、戻れるとしたらどういう条件が必要なのか。

 そして、タイプが変化した巨大サイドンみたいな危険な存在がいるのか。

 様々なことを考えながら、アキラはカイリューらと共に一旦紫色の濃霧から離れた丘の上を目指すのだった。




アキラ、遂に全ての始まりである原因と遭遇する。

今のままアキラがいなくなったら、残された手持ちは解散後ロジャー海賊団みたいな感じになりそうな予感がしなくもないです。

これまでの2.5章は、アキラの修行とリベンジ戦が中心でしたが、最後は1.5章と同じくアキラの目的に関わる出来事で締めます。
今回は原作の展開の一部を絡めていますが、基本的にオリジナルなので何かの勘違いで展開や自分で出した設定に間違いなどが生じない様に気を付けます。


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不吉な鉱物

「アキラ君…その……大丈夫かの?」

「大丈夫です」

 

 目元に隈の様なものを浮かべながら座り込んでいるアキラの様子に、ヒラタ博士は心配するが、彼はハッキリと答える。

 

 今彼らは、紫色の濃霧が広がっている森を見渡せる位置にある丘の上に作られた簡易拠点で次の準備を進めていたが、ヒラタ博士の懸念通りアキラは一睡もしていなかった。

 彼としては一旦仮眠をとるなりして休息を取らせようとするが、止める間もなくアキラは立ち上がった。

 この数時間休まずにいたのは、三年間この世界で過ごしてきてようやく求めていた謎を大きく解き明かすチャンスだからだ。

 自分の出る幕では無かろうと納得するか倒れるまで彼は動くつもりだった。

 

 少し離れたところに立っているカイリューの横にアキラは並ぶと、まだ霧が漂っている森に目を向ける。

 風に吹かれたからなのか知らないが、初めて確認した数時間前よりも紫色の霧は薄まっており、濃霧に隠れていた森の中や荒野が少しだけ見える様になっていた。

 

 ここまで薄まってしまうと離れていることを考慮してもエネルギー量が減っているのか、探知機もあんまり反応しなくなっていた。

 しかし、霧が薄くなったお陰でわかったこともあった。

 止めることは無理と察したのか、ヒラタ博士もアキラの隣に立ち、双眼鏡を使ってさっきまで紫色の濃霧によってすっぽり隠れていた森を観察する。

 

「それにしても()()は何じゃろう」

 

 彼が双眼鏡で覗いていた先、そこには明らかに奇妙な光景が見えていた。

 荒野や森の中、紫色の濃霧が包み込んでいた付近の至る所から、大小様々な先の尖った結晶みたいな鉱物らしきものが地面から突き出す様に出ていたのだ。

 形状も不規則で、先端が尖った柱みたいな一本だけのもあれば、サンドパンの背中みたいに一箇所に何個も突き出ていたりと多種多様だ。

 紫色の濃霧が発生するだけでも、十分に不気味且つ異常な現象なのに、初めて見る光景に長年研究してきたヒラタ博士は驚きを隠せなかった。

 

「進化の石の元? って可能性は無いですよね?」

「確かに進化の石は通常は地下洞窟などで採掘されるからそう考えられなくはないが、見た目と形状は大きく異なっておる」

 

 初めて見るものだけあって、アキラ達は慎重になっていた。

 濃霧が覆っていた場所に以前は無かった筈の見たことが無い無数の鉱物。進化の石である可能性をアキラは挙げていたが、良く見ると色々と大きく異なっている。

 大体、進化の石はあんな大きな結晶から削り取って手に入れるものでは無い。

 

 詳しい形成過程は不明だが、進化の石は自然界に溢れているエネルギーと地下の圧力などの要因が重なって形成されるとされている。

 ”つきのいし”も単純に隕石の欠片とかではなく、そういう理屈で月光のエネルギーを浴び続けたことなどが関係している。

 何故あんな結晶みたいな鉱物があるのか。謎ではあるが、遠目で観察を続けてもわかるものでは無い。

 

「ヒラタ博士、俺は…何時でもいけます」

「――すまんが今回も頼むぞアキラ君」

 

 ポケモン達の様子と自らの装備、そして周りにいる関係者の準備が出来たことを確認した上でアキラは博士に進言をする。

 これから薄まったとはいえ、まだ紫色の霧が漂っている地点に直接足を踏み入れるのだ。幾ら警戒しても足りないが、危険を承知で前に進まなければ得られるものは無い。

 ちなみに霧に有毒成分が含まれていないのは確認済みだ。

 

 しかし、神隠しの様に人が消えた例が少なからずあるので、アキラを含めた霧がある場所へ向かう面々は体の一部に命綱ならぬロープみたいなのを体に巻き付ける。

 他にも小まめに連絡を取り合い、異常が有ったら霧が漂っていない付近で待機している仲間が引っ張るなど急繕いではあるが、対策も考えていた。

 そして自衛の為に、カイリューやブーバー、ヤドキングを最初から出した状態で連れて行く。勿論、状況次第では他の手持ちも出すつもりだ。

 

「よし。行こう」

 

 ヒラタ博士が号令を掛けると、特に戦闘力に優れたアキラとその手持ち達を先頭に数名の集団は、まだ紫色の霧が漂う場所へと足を踏み入れた。

 既に霧はかなり薄まっており、そこまで視界は悪くない。空を見上げても、曇り空が見えるまでに晴れていた。

 進んでいく内に早速一行は、双眼鏡越しに見えていた地面から突き出す様に出ている結晶らしき鉱物に近付いて行く。

 

 初めて見る物体なのも相俟って、触れても大丈夫なのかをアキラ以外の面々は機材を使って確認を始める。

 アキラの方も、博士達が専念出来る様に手持ちと一緒に周囲に気を配って護衛の役目に徹していたが、それでもこの結晶の様な鉱物が気になっていた。

 実は霧が晴れていく以外にも、もう一つ変化があるのだ。

 

「さっきまで光っていた筈なんだけどな。何でだ?」

 

 ガラスの様に透き通った透明な状態になっている地面から突き出た尖った鉱物を見ながら、アキラは数時間前の記憶を思い起こす。

 紫色の濃霧が薄まる前でも、その色がわかるくらい突き出ている鉱物は光っていたのだ。それも霧と同じ紫色では無く、鉱物によっては光る色は多種多様だった。

 記憶では今近くにある鉱物は黄色い光を発していた筈なのだが、今では光と色を失い、ガラスの様に透き通った鉱物になっていた。

 

「今回は何もかも初の事例ばかりじゃ。皆もどんな些細なことでも良い。気付いたことがあったら言うのじゃ」

 

 ヒラタ博士の言う通り、今回は何もかも初の事例ばかりだ。

 今までは何もかもが終わった後の痕跡を調べる程度だったが、今回は現在進行形で事態は進行しているのだ。

 人員や規模の問題であまり調べられなかったこともあるが、初めて後手に回らず紫色の濃霧と発生している付近でのエネルギーの確認など、多くの仮説が証明されつつあった。

 鉱物を調べていた面々も安全だと判断したのか、一部を慎重に砕いたりしてサンプルとして回収を始めていた。

 

 その時だった。

 周囲を警戒していたアキラは、直感的に森の中から自分達に近付く敵意とも呼べるものを感じ取った。

 しかも拓けた場所でも無いのに森の中から急速に接近しつつあった。

 

「敵が来るぞ!」

 

 アキラが声を張り上げた直後、森の中から影が飛び出した。

 すぐに彼らは構えると同時にその正体を目にする。長い嘴に三つの頭――ドードリオだ。

 

 脚力に優れたドードリオなら移動が速いのも納得だ。戦う相手を認識したアキラのポケモン達はすぐに動く。

 ドードリオは三つの頭を使って三方向から仕掛けるアキラのポケモン達を声を上げて威嚇するが、そんなものでは彼らは止まらなかった。

 目を光らせたヤドキングが念の力でドードリオの体の自由を奪うと、カイリューとブーバーが隙だらけの無防備な体に強烈なパンチを同時に叩き込み、一撃で仕留めた。

 

「た、助かった」

「流石エリカさんが褒めるだけあるよ」

 

 身に迫った危機をすぐさま対処してくれたことに、ヒラタ博士と一緒に調べていた面々は安堵と感心が半々に混ざった感想を口にする。

 しかし、ドードリオを退けても尚、アキラとポケモン達は警戒を続けていた。

 数秒にも満たない攻防だったが、今の戦いでの雄叫びや音が影響しているのか、霧に包まれた森の中などの周辺が少し騒がしく感じられるからだ。

 

「…気が立っているのか?」

 

 倒れているドードリオに目をやり、アキラは呟く。

 ヒラタ博士によると、紫色の濃霧が発生したとされる付近のポケモンは、一年以上前の巨大サイドンの様に総じて枷が外れたと言えば良いのか狂ったと言えば良いのか、とにかく凶暴になると聞いている。

 まだ詳しい因果関係は不明だが、自分達が追い掛けているエネルギーが何かしらの影響を与えている可能性がある。長時間カイリュー達をこの環境に滞在させるのは悪影響かと思ったが、彼らは少しそわそわしているだけだった。

 

「何か異変を感じたらすぐにボールに戻すからな」

 

 アキラの言葉に出ている三匹は神妙な表情で頷く。

 この様子なら大丈夫と思いたいが、万が一エネルギーの影響か何かで暴れ始めたら大変だ。

 カイリューはまだ”げきりん”を”ものまね”した状態だが、どこか様子がおかしくなったら迷わずボールに戻すつもりだ。

 それらを頭に入れた上で改めてアキラは周囲を見渡すが、少し離れた場所で光を放っている鉱物があることに気付く。

 

「ヒラタ博士、どうやら少し離れた場所に光っている鉱物があるみたいです」

「本当か」

 

 アキラの報告にガラスの様に透き通っている鉱物を調べていたヒラタ博士は、すぐに他のメンバーと荷物を整えて、アキラに先導される形で向かう。

 彼が見付けたのは、他の鉱物が透明になっているにも関わらず、まだ色を伴って光っていたのだ。色は若干緑っぽい青色だが、気の所為か周りの霧も濃かった。

 

「外見やサイズが大きいこともありますが、どうやら色を伴って光っている鉱物からは例のエネルギーが強い反応で確認出来ますね」

「う~む」

 

 如何にも若手の研究員らしき青年が別の機材を持ちながら、ヒラタ博士に語り掛ける。

 さっきまで彼らが調べていた鉱物にもエネルギーが含まれているか調査はしたが、不思議な事に反応が殆ど無かったのだ。

 反応も強いことから、光っている鉱物は光っていない鉱物とは異なり、まだエネルギーを帯びているのだろう。

 或いは――

 

「ちょっと考えにくいかもしれませんが、もしかしたらこの鉱物が俺達が追い掛けているエネルギーを発しているのかもしれませんね」

「…むむ」

 

 アキラの発言に、長年研究を進めてきたヒラタ博士は唸る。

 紫色の濃霧が発生している周辺で確認されるエネルギーは、進化の石に近いエネルギーだけでなく、宇宙からやって来た隕石からしか検出されないエネルギーでもあるのだ。

 普通に考えれば、紫色の濃霧が発生した場所には宇宙から飛来した隕石があってもおかしくないが、あるのは謎の結晶の様な鉱物。

 アキラの言う通りかはわからないが、少なくともこの鉱物の様な結晶が謎を解く鍵を握っているのは確実だ。

 

 紫色の濃霧を初めて目にしたかと思いきや今度は謎の鉱物。

 そしてその鉱物にもまた多くの謎がある。

 謎を一つ解き明かしたとしても、また新たに謎が浮かび上がる。

 しかし、研究とはそういうものだ。

 

 謎を解き明かすには、少しでもデータを集める形で必要なヒントを得なければならない。

 まずは他とは異なり光を放っている鉱物を調べるべく、博士達が今自分達に出来ることに取り掛かる。そしてアキラも、自分に出来ることとして手持ちと共に周囲を警戒して彼らの守りに専念する。

 

 だけど、やっぱり初めて見る謎の鉱物には興味があった。

 地面から突き出ている結晶の様な鉱物は多いが、色と輝きを保っているのは恐らくこれだけだ。気の所為か、他の鉱物と比べても一回り大きい印象も受ける。

 周囲から気配を感じないことも相俟って、アキラは光っている鉱物を調べ始めた博士達を横目に、周辺にも目を向けていたが有る事に気付いた。

 

 それは近くの地面に足跡や踏み固められた様な跡が残っていることだ。

 足跡と言っても何の足跡かはわからなかったが、確実なのはこの付近を何かが通ったと言う事だ。

 この結晶だらけのこの場所をポケモンの群れでも進んだのか。そもそも今回の現象が起きる前なのか起こった後なのか、それによって解釈は大きく異なる。

 一体何が踏み固めたのか。アキラは気になったが、一体何なのか考える前に空気が変わったのを感じ取った。

 

「……またかよ」

 

 今度は留め具を外し、アキラは背中に背負っていたロケットランチャーを抜くと手に持つ。

 撃ち出せるのはモンスターボールだけだが、それでも威圧感は大きく。最近は片手で軽々と持つことも出来るので扱う頻度が増えつつあった。

 カイリュー達もアキラが警戒している方角に注意を向けると、またポケモンが姿を見せた。

 

 今度出て来たのは、ねずみポケモンのラッタ数匹だ。こちらを警戒しているのか、さっきのドードリオみたいにいきなりは攻めてこない。

 警戒しているとなるとある程度理性は保っていることはわかるが、一体何でこうもポケモン達の気が立っているのか。

 

「アキラ君、この鉱物は重要じゃ。可能な限りのデータ採取の為にも守って欲しい」

「勿論です」

 

 ヒラタ博士の頼みに、アキラは当然とばかりに頷く。

 今回ばかりは後で逃がす前提でモンスターボールに収めることを考えて、ロケットランチャーにボールを装填する。

 手持ち達が倒してくれるのは信じているが、そろそろ自分もただ指示や作戦を伝える以外にも彼らの力になりたかったのだ。

 退く気が彼らには無いと悟ったのか、ラッタ達は前歯を剥き出しにして一斉に襲い掛かる。

 

 アキラは素早く構えるとトリガーを引き掛けたが、その前に出ていた三匹が各々大技を繰り出して、あっという間にラッタ達を退ける。

 相手が野生のポケモンなのもあるが、一撃で複数を仕留めるのは中々出来ることでは無い。

 レッドやワタルの様な強敵が相手だと一進一退だが、道中のトレーナーとの戦いでは連戦連勝を重ねているのだから、彼らはもう並みのポケモンでは太刀打ちが出来ないまでに力を付けている。

 

 今度レッドのポケモン図鑑を借りて今の彼らのレベルをもう一度確認しようと彼が思った時、今度はスピアーにバタフリーがお互い先を争う様に戦いながら飛んで来た。

 

「どうなってんだ」

 

 何でもこうもホイホイ野生のポケモンが現れるのか。

 疑問に思いながらもアキラは、手持ちが攻撃する前にバタフリーに狙いを定めてモンスターボールを撃ち出す。

 爆音と共にかなり速さでボールが飛んでいき、バタフリーにボールが当たった瞬間、ちょうちょポケモンはモンスターボールの中に収まる。

 相手がいなくなったことにスピアーは戸惑いを露わにしたが、ブーバーが投げた”ふといホネ”が直撃して、どくばちポケモンは墜落する。

 少しは彼らの負担を減らすことは出来たが、アキラの表情は微妙だった。

 

「……ちょっと扱いにくく感じて来たな」

 

 バタフリーを収めたボールを拾った後、手に持ったロケットランチャーを見つめながらアキラはぼやく。

 何の前触れも無く急に身体能力が向上したことで、アキラはロケットランチャーを片手でも軽々と持てるようになった。しかし、トリガーや構造の関係で、撃つ場合は毎回肩に掛けて構えないといけないのが焦れたかった。

 

 昔はそうでもしないと反動で大変なことになるのだが、最近は殆ど気にならなかったのも要因にある。

 だが片手で扱える様にするには、大幅な改造が必要になる、モンスターボールを撃ち出す為だけに、そんな手間を掛ける必要があるのか。

 

 最初は手持ちが変に弄らない様に手元に置いていたが、すっかり愛用する様になった道具をどうするべきか。

 取り敢えず今はロケットランチャー改造計画について頭の片隅に置き、アキラはもう一つ別のことに考えを巡らせる。

 

 それはさっきから戦うポケモン達が、軒並み最終進化形態ばかりなことだ。

 進化していない力不足のポケモンが強いポケモンを避けていると見ても良いが、この付近に来てから一匹も最終進化形態以外のポケモンを見掛けないので、どうしても気になる。

 

 そんなことを考えていたら、唐突に吹いた強風が森の木々を激しく揺らし、薄くなってきた紫色の霧と空を切り裂く様に何かが飛来した。

 

「何だ!?」

「オニドリルだ!」

 

 アキラだけでなく、ヒラタ博士と一緒にデータ採取に専念していた面々もすぐに気付く。

 上を見上げると長くて鋭い嘴を有し、大きな翼を広げたポケモン――くちばしポケモンのオニドリルが飛んでいた。すぐにアキラは、退けるべくオニドリルの基本的な能力などの情報を頭に浮かべる。

 

「いくぞ!」

 

 不意を突かれたが、すぐにアキラ達は動く。

 飛来したオニドリルは、光る鉱物の周辺にいる博士達にいきなり襲い掛かったが、その前にヤドキングがオニドリルを念の力で地面に叩き落とした。

 合わせてカイリュー達が突撃し、アキラもロケットランチャーを構えて撃ち出す準備をする。

 しかし、起き上がったオニドリルは大きな翼を使って転がっていた無数の小石を打ち飛ばしてきた。

 構えていたアキラは咄嗟に体を丸めて、ロケットランチャーを盾に無数の小石から身を守るが、カイリューとブーバーは全く物ともしないか全て避け切った。

 

「リュット”10まんボルト”! バーット”かみなりパンチ”!」

 

 捕獲から倒す方に切り替えたアキラの方針に従い、ドラゴンポケモンとひふきポケモンはそれぞれ強烈な電撃と雷を纏った拳をオニドリルに叩き込んだ。

 相性の悪いタイプでの同時攻撃を受けたオニドリルだが、それなりに強い個体なのか、フラつきながらもまだ意識を保っていた。

 

「”こうそくいどう”」

 

 逃走を目論んでいるのか、オニドリルが大きな両翼を広げる動作が見えたアキラが告げると、カイリューは一瞬ながら急加速してオニドリルの懐に飛び込んで殴り飛ばした。

 

「ヒラタ博士、急かすようですがなるべく早く最低限得たい情報を集めて下さい」

 

 ロケットランチャーにモンスターボールを入れ直して、アキラはヒラタ博士率いる調査メンバーに伝える。

 あっという間に倒しているが、オニドリルは気性が荒いだけでなく高い攻撃力の持ち主である為、一般的なトレーナーは下手に刺激しない様に気を付けるべきポケモンだ。

 さっきのドードリオもそうだが、今は簡単に対処出来ているものの、こうも最終進化形態との連戦が続くと少々面倒だ。

 先程みたいな上空からの襲撃にも対応するには、三匹だけでは難しいとアキラは判断したのか、追加で手持ちを投入しようとモンスターボールを手にした。

 

「……あれ?」

 

 ところが、開閉スイッチを押してもモンスターボールが開かないのに、アキラは首を傾げる。

 ここに来る時やさっきバタフリーに撃ち込んだ時は特に問題が無かった筈だ。何回も押している内に、ようやくモンスターボールは開いて中からエレブーが出て来る。

 続けてサンドパンやゲンガーも出すが、その際も不調なのかモンスターボールが開くのに時間が掛かった。

 

「…あまり長居する環境じゃないと思っていたけど、本当にヤバそうだ」

 

 ひょっとしたら周囲を覆っている紫色の濃霧、或いは鉱物から発しているエネルギーの影響でモンスターボールの機能に障害が生じているのではないか。

 ヒラタ博士達が扱っている機材にそういう不具合は見られていないが、機械に悪影響を与えるとなるとちゃんとした研究データが得られるのか。

 そんな懸念がアキラの頭に浮かび上がった時だった。

 

 カイリューが何かに気付いたのか、まだ霧で視界の悪い上空に向けて突如”はかいこうせん”を放ったのだ。

 選択した技の内容と威力を含めて容赦無い攻撃だったのでアキラはビックリしたが、もっと驚くことが起きた。

 攻撃が命中した音が上空に轟くどころか、何故かたった今カイリューが放った”はかいこうせん”が、アキラ達に戻って来る様に飛んで来たのだ。

 

「!?」

 

 咄嗟にアキラは跳ぶ形で避けるが、全く予期していなかったことも重なり、他の手持ち共々爆風で吹き飛ばされる。

 何故カイリューの”はかいこうせん”が戻って来たのかさっぱりわからなかったが、この場所に足を踏み入れてから最も巨大な影が空から現れた。

 

「ピジョット…」

 

 特徴的な鶏冠の様な頭部の羽を長く伸ばしたとりポケモン――ピジョット。

 グリーンを初めとした腕利きのトレーナー達が、手持ちにしていることが多い実力が保証されているポケモンだ。

 飛んで来たピジョットは、先程のオニドリルの様に低空飛行による衝撃波と暴風を起こして鉱物の周囲にいた人達を追い払うと、彼らが調べていた鉱物の前に降り立つ。

 

 最初は偶然かと思っていたが、ピジョットの様子を見てアキラは確信した。

 あの鉱物には、ポケモン――それも最終進化形態を引き寄せる何かがある。だから、最終進化形態であるカイリューやヤドキングがソワソワしていたのだ。

 紫色の濃霧とあの鉱物が発しているエネルギーは同一ではあるが、後者の方が断然反応が強い。

 一体何故なのかと考えるが、突然ピジョットは鉱物を嘴で激しく突き始めた。

 

「奴を止めるんだ!!!」

 

 何が目的なのか知らないが、どう見ても壊そうとしているピジョットの姿を見てアキラは切羽詰まった声を上げた。

 折角の手掛かりをこのまま壊させる訳にはいかない。現に少しずつ砕けているのか、攻撃を受ける度に鉱物は明滅する様に強い光を放ちながら、破片や粉が周囲へと舞っていく。

 

 起き上がったブーバーは”ふといホネ”を投擲する”ホネブーメラン”に近い技を繰り出すが、遮る様にエネルギーの壁がピジョットとの間に発生した。

 その壁に”ふといホネ”が当たったら、そのまま巻き戻す様に”ふといホネ”はブーバーへと飛んでいき、ブーバーは自らが仕掛けた攻撃から身を守る羽目になった。

 

「”オウムがえし”か!」

 

 不可解な現象ではあったが、見覚えのあるものだった為、すぐアキラは目星を付ける。

 ”オウムがえし”は相手が使ってきた技をそのまま使うという”ものまね”に近いが、実態は技に込められたあらゆるエネルギーなどをそっくりそのまま相手に跳ね返すカウンターに近い扱いの技だ。

 先程のカイリューの”はかいこうせん”は、”オウムがえし”によって跳ね返されたのだ。

 厄介な技ではあるが、上手くやれば対処することは十分に可能だ。

 

 ピジョットが使う技を理解した他の手持ちは一旦動きを止めるが、ヤドキングはすぐさま”サイコキネシス”での力でピジョットの動きを封じる。突然体が動けなくなってピジョットは抵抗するが、何も出来ない。

 勿論抑え付けているヤドキングも何も出来ないが、他に仲間がいれば後は煮るなり焼くなり好きな様に出来る。しかし、彼らの敵は目の前のとりポケモンだけでは無かった。

 

「ヤドット後ろ!」

 

 背後から突然、コブラポケモンのアーボックがヤドキングに襲い掛かって来たのだ。

 自らの進路上にヤドキングがいるのを邪魔と見たのか、或いは先に来たライバルと判断して排除に掛かったのだろう。

 理不尽に思えるが、道を塞いだり邪魔に感じられるだけでなく気紛れに攻撃したり戦いを挑んでくることは野生ではよくある事だ。

 

 ヤドキングの危機に、エレブーが”でんこうせっか”で体を割り込ませる。身を挺して守ろうとしている様に見えるが、今のエレブーは簡単に防御だけでは終わらせない。

 両者の間に入ると同時に身を翻す様に裏拳を叩き込んで、アーボックを殴り飛ばす。

 しかし、アーボックに気を取られてヤドキングの集中力が乱れたのか、ピジョットは念の拘束から解放される。そして自由になった直後、ピジョットは翼を大きく振って”ふきとばす”を起こしてきた。

 

 ピジョットが起こした強風は、周囲にいたヒラタ博士達関係者を吹き飛ばすどころか、アキラが連れているポケモンや彼自身の体さえも浮き上がってしまう程に強烈だった。

 幸い、腕を伸ばしたカイリューがしっかりと体を捕まえてくれたお陰でアキラは吹き飛ばされずに済んだが、それでもピジョットの周りには誰もいなくなった。

 粗方邪魔者を一掃したことを確認すると、ピジョットは鉱物への攻撃を再開する。

 

 アキラのポケモン達も、自分達は眼中に無いと言わんばかりのピジョットの振る舞いが一部には癪だったのか、取り囲む様に四方八方から迫る。

 しかし、ピジョットは構わず鉱物への攻撃を続け、嘴での突きだけでなく両翼を振り上げる様に持ち上げると振り下ろした勢いで鉱物に体当たりした。

 

 その直後だった。

 削れる様に砕けていたものの、まだまだ壊れないだろうと思われていた鉱物が、砕ける音と共にまるで何かが解放されたかの様な眩い強い光を放って跡形も無く消滅したのだ。

 あまりにも眩い光にアキラは目を逸らし、迫っていたポケモン達も足を止める。

 

 すぐに周囲に放たれていた光が収まるが、アキラは肌で感じる空気が冷たくなったのを感じた。

 悪寒の意味もあるが、それ以上に肌で感じるのは紛れもなく冷やされた様な冷たさなのが気になった。

 そして、急に周囲の空気が冷たくなった原因と思われるのがアキラの目の前にいた。

 

 さっきまで鉱物があった場所には、ピジョットが鉱物を砕いた時と同じ姿勢で固まっていたが、その体には藍白のオーラの様なものを身に纏っていたのだ。

 

「ピジョットのタイプが…」

 

 ピジョットの身に一体何が起こったのかをアキラが考える前に、ヒラタ博士が驚きの声を漏らす。

 彼が今手に持っている機材には、追い掛けているエネルギーを探知するだけでなく、ポケモンが有するタイプを判定する機能も搭載されている。

 その機材には、さっきまでピジョットのタイプはノーマル・ひこうの二つが表示されていたが、今では()()()・ひこうの二タイプに表示が変わっていたのだ。




アキラ、新たな謎に直面するが、再び戦いに挑む。

長い間連載していると微妙に設定や解釈が変化していったりしますが、既に出している設定は変えない様に気を付けています。
力を付けたと言った理由で、一部の手持ちの戦い方など色々なのが変わってきているので、そろそろアキラもポケスペらしく新章に向けて装備面などで変化をさせたいです。

次回、事態は更に面倒なことになります。


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禍々しい覚醒

「アキラ君!! ピジョットのタイプが変化した! こおりとひこうの二タイプじゃ!」

「!」

 

 ピジョットのタイプが変わった。

 それだけでアキラだけでなく周りの緊張も走る。

 

 以前戦ったサイドンのいわ・じめん・ほのおの三タイプ同時保持ではなく、ノーマルタイプがこおりタイプに代わったことによるこおり・ひこうの二タイプの組み合わせ。

 一見すると三タイプよりインパクトが無いのや色が異なるとはいえ、良く見てみるとピジョットは、あのサイドンと似たオーラを纏っている。

 やがて鉱物を砕いた姿勢のまま固まっていたピジョットは、両翼を大きく広げて甲高い声を上げた。

 

 その姿はまるで、新しい力を手にした自分を周りに見せ付けているかの様だった。

 

 怯んだ訳ではなかったものの、その姿にアキラと彼のポケモン達はより警戒を強める。

 似た様な状態になっていたサイドンが、街一つに大きな被害を出す程暴れていたのだ。また同じくらい暴れるのではないかと考えるのは自然な流れだが、予想通りピジョットはカイリューに襲い掛かった。

 

 正面から突撃してきたこともあって、カイリューは間髪入れずにピジョットを殴り飛ばす。

 呆気なくピジョットは返り討ちに遭ったが、ドラゴンポケモンは殴り付けた拳をまるで温めるかの様に擦る。こおりタイプに変化した影響なのかもしれなかったが、それよりもアキラは殴り飛ばされたピジョットに目を向ける。

 

 以前現れたサイドンとは異なり、大きさは全く変わっていない。違いは藍白のオーラを身に纏っているくらいだ。

 サイドンが特別なだけだったかはわからないが、またあの常識外れの巨体と桁違いの力を相手にするのは嫌なので、これは有り難い。

 だが、さっきのピジョットの動きがさっきよりも良かったのを見ると、タイプ変化かオーラを纏った影響で能力が向上している可能性もある。

 

「皆出て来てくれ!」

 

 そこでアキラは、数で押すことを考えて多くの手持ちを投入することを選んだ。

 ヨーギラスやドーブルなどの新世代も新たに戦いに加わる。

 戦いが激しくなることを考慮してか、ヒラタ博士を始めとした他の人達は下がっており、アキラは非常に戦いやすい状況が整ってもいた。

 

 周囲には色を失っているのが大半だが、ピジョットが壊したのと同じ鉱物がそこら中にある。

 これ以上ピジョットがそれらを破壊したら何が起こるかわからないし、引き寄せられる様にやって来るポケモン達が同じ様になったら大変どころでは無い。

 

 なりふり構っていられなかった。

 

 カイリューに殴り飛ばされたピジョットだったが、起き上がると白っぽく光るオーラを纏った翼を大きく広げて威嚇する。

 タイプが変化した影響なのか、纏っているオーラを放っている冷気と見間違えてしまいそうだが、そんなことはアキラ達は気にしなかった。

 

 翼を広げて隙だらけのとりポケモンに、サンドパンが爪を向けて”どくばり”を発射するが、命中する前にピジョットは翼の一振りで弾く。

 次にゲンガーが横から”ナイトヘッド”を仕掛けるも、これもピジョットが飛び上がることで避けられてしまった。

 しかもこおりタイプに変化した影響なのか冷気の混じりの”かぜおこし”を巻き起こしながらの飛翔に、囲んでいたアキラのポケモン達の何匹かは耐えながら体を強張らせる。

 

「”10まんボルト”だ」

 

 すぐに対処する必要があると判断したアキラは、ロケットランチャーで狙いを定めながら伝えると、カイリュー、エレブー、そしてドーブルの三匹が同時に三方向から狙い撃った。

 ”オウムがえし”は使い方次第では脅威だが、跳ね返せるのは一方向且つ一つの技だけだ。

 公式ルール下なら面倒だが、今はルール無用の野良バトルだ。

 

 そのことをピジョットは良く理解していたのか、跳ね返す対象として最も強力な威力を有するエレブーの”10まんボルト”を選び、”オウムがえし”で防ぐ。

 それから他の二匹が放った電撃を巧みに体を捻らせて避けていくが、鋭い一線が片方の翼の根元に炸裂した。

 

「いいぞサンット! ナイスショット!」

 

 アキラが褒めることからもわかる様に、サンドパンが得意とする精密射撃が命中したのだ。

 攻撃を受けたくない機動力の要を突かれて、ピジョットの動きは鈍る。

 その隙にヤドキングとドーブルの念動力で打ち上げられたブーバーとバルキーが、同時に”いわくだき”と”ほのおのパンチ”をピジョットの腹部に叩き込む。

 

 二匹の強烈な打ち込みを受けて、ピジョットの動きが一瞬鈍ったのを見逃さず、アキラは構えたロケットランチャーからモンスターボールを撃ち出す。

 ところが、当て所なのかまだ霧の影響が色濃く残っている環境が悪いのか定かではないが弾かれてしまう。

 

 翼を大きく広げてピジョットは体勢を立て直すと、まるで吹雪の様な震える様な寒さの暴風を巻き起こす。自由の利かない空中なのも相俟ってブーバーとバルキーは吹き飛び、冷たい暴風がアキラ達に迫る。

 だが――

 

「ヤドット、スット。”サイコウェーブ”」

 

 アキラが技名を口にするのとほぼ同時に、二匹は素早く互いに背を合わせると体をコマの様に高速回転させて、瞬く間に念の竜巻を起こした。

 それは吹雪の様な暴風を防ぐだけでなく、引き寄せることで周囲にピジョットが起こした攻撃が広がる事を防ぐなど大きな役割を果たす。

 そして”サイコウェーブ”は攻撃を防ぐだけでなく、空を飛んでいるピジョットを吸い込む様に巻き込んだ。

 

 方向感覚を失うまでに体を激しく撹拌させられたピジョットは、錐揉みしながら放り投げられる。そのタイミングに空中に飛び上がったカイリューは、太い尾から繰り出す”たたきつける”を決めて、とりポケモンを地面に叩き付ける。

 そして止めと言わんばかりにヨーギラスは”いわなだれ”を放ち、サンドパンも”ものまね”で同じ技を仕掛け、ピジョットは落ちて来る無数の岩に潰されて生き埋めとなった。

 

「……あれ? 意外と呆気ない」

 

 アキラ達は身構えていたが、何時まで経ってもピジョットを生き埋めにした山積みの岩に変化は無い。

 感覚的に何か打たれ強くなった感じがしたので、凶暴性を発揮しながら常軌を逸した破壊的な攻撃を仕掛けるのかと思っていたが、そんなことはまるで無かった。

 少し手間取ったものの、普通に手持ちの連携も相俟って楽に対処出来た。

 

 以前は文字通り総力戦を繰り広げたこともあって、アキラだけでなくサンドパンとヤドキングもこんなに簡単に倒せて本当に良いのか首を傾げるが、ゲンガーだけは満足気に胸を張っていた。

 まるで「自分達が成長して強くなったからだ」と言わんばかりの態度だったので、容易にアキラはゲンガーの考えていることが手に取る様にわかった。

 

「まぁ、これで終わりなら、それはそれで良いけど…」

 

 ピジョットが生き埋めになっている岩の山から、さっきまで光を放っていた鉱物があった場所にアキラは目を向ける。

 折角の貴重な研究対象をピジョットに壊されて台無しにされてしまった。

 

 他に色と輝きを保っている鉱物はあるのだろうか。

 そんなことを考えていたら、山積みになっていた岩の一部が崩れる様に転がった。

 

 それに気付いたアキラとポケモン達は、すぐさま身構える。

 良く見ると、岩の隙間から藍白のオーラが少しずつ漏れていた。

 岩の山に動きがあるのを見ると、あれだけの攻撃を受けてもピジョットはまだ意識があるということだ。彼らも手を抜いた訳では無い筈なのだから、正直驚きだ。

 

 どういう条件でオーラが消えるかは具体的にわかっていないが、ピジョットの例を考えると鉱物を砕くことでタイプが変化する可能性は判明した。

 だが、それでも今アキラ達が対峙しているのは誰も見たことが無い未知の現象であることに変わりない。

 様子見はせずに岩の中から出て来たと同時に攻撃を仕掛けて――

 

「何悠長に待っているのさ! さっさと止めを刺さんか!!!」

「!?」

 

 突然怒鳴る様な声が聞こえてアキラ達の注意が向く。

 今の声は確か――

 

 その直後、岩の一部を崩しながらピジョットが這い出て来た。

 怒鳴り声に気を取られたが、アキラの手持ちが各々に攻撃を放とうとした正にその時だった。

 両翼を大きく広げたピジョットが吠えながら、全身から赤い光を放ち始めたのだ。

 その姿はまるでポケモンの進化によく似ていたが、血の様に赤い光を放ちながらピジョットは急激に大きくなっていく。

 

「…嘘だろ」

 

 ピジョットの身に起きた変化が信じられないのか、赤い光に照らされながらアキラは搾る様にしか言葉を紡げなかった。

 

 放たれた赤い光が弱まると、そこには藍白のオーラを纏い、全身に血管の様に広がる赤く光る筋の様なものを発光させながら、先程よりも一回り大きくなったピジョットがいた。

 何ともアンバランスな色の組み合わせとアキラは見当違いなことを一瞬考えてしまったが、最悪の展開であることだけはハッキリ理解していた。

 過去に現れたサイドンの体も赤く光っていたが、それは単純にタイプにほのおタイプが追加されていただけでなく、今の状態に変化していたから――

 

 つまり、何かしらの関連はあるとしても、身に纏っているオーラの色と体が赤く光ったり巨大化するのは別の現象という可能性が高い。

 

 体のサイズはサイドンみたいに見上げるまで巨大にはなっていなかったが、それでも体高はカイリューと同じ高さまでになったのだ。

 元から大きな翼も考慮すれば、その大きさは十分に化け物級と言っても良い。

 

「手段は問わない! 奴を止めるんだ!!」

 

 さっきの怒鳴り声の主も気になるが、今はサイドンと同じ状態になったと思われるピジョットを止める方が先だ。

 サイドンの移動手段は歩行だったが、ピジョットは翼を使って飛ぶことが出来るのだ。野放しにすればあっという間に被害が出る。

 

 元々攻撃準備だったことも重なり、カイリューを筆頭としたアキラのポケモン達は総攻撃を仕掛ける。

 光線、電撃、ありとあらゆる攻撃がピジョットへと殺到する。

 ”オウムがえし”で跳ね返される可能性はあったが、基本的に一つの攻撃しか跳ね返すことが出来ない性質状、幾つかの技は決まる――筈だった。

 

 攻撃が当たる寸前、ピジョットは大きく広げていた翼を振り下ろして、四方から放たれた攻撃全てを避け切ると同時に飛び上がったのだ。

 しかもそのスピードは尋常では無く、一度だけ羽ばたかせたにも関わらずあっという間に手の届かない高度に達したのだ。

 

「まずい! あいつを逃がしてはいけない!」

 

 彼の意を汲んで、すぐさまカイリューが羽を広げて飛び立とうとするが、あざ笑うかの様に飛んでいたピジョットが体を屈めて急降下してきた。

 しかもそのスピードは、さっき彼らが目にしていた時よりも格段に速くなっていた。

 

 ピジョットから目を離していなかったアキラは、そのことを認識すると同時に急いで声を上げようとするが、ピジョットのスピードが速過ぎて声で伝える時間は無かった。

 ピジョットが突っ込むと、まるで隕石が落下した様な衝撃波と爆音を周囲に広がり、アキラを始めとしたポケモン達の多くは吹き飛んだ。

 

 その威力はクレーターを形成する程だったが、それ程のスピードで突っ込んできたにも関わらず目立ったダメージを負っていないのか、ピジョットは普通に体を持ち上げて周囲の敵に対して威嚇する様に吠える。

 それに煽られたのか真っ先に体勢を立て直したブーバーは、惑わす様に”ふといホネ”を巧みに振り回しながらピジョットとの距離を詰めていく。

 

 ところがピジョットは先手を打って、翼を広げてブーバーに躍り掛かって来た。

 ブーバーは”ふといホネ”の両端を握り締めると、突き出された鳥脚にぶつける様に防ぐが想像以上のパワーに押される。

 

「さっきよりも力が強い!?」

 

 巨大化している影響もあるのか、鋭敏化した目を持つアキラから見ても、脚に込められた力加減と強さは先程よりも大きくなっていた。

 すぐさまヤドキングと遅れて立ち直ったドーブルがブーバーを援護するべく、力を籠めた念動力でピジョットの体を仰向けにする形で地面に叩き付けて拘束する。

 その隙にブーバーは一旦距離を取るが、今度は単騎では挑まずバルキー、サンドパンと共に三方向から仕掛けた。

 

 ところが、ピジョットは念の拘束を力任せに振り切るかの様に強引に体を持ち上げる。

 更に翼を大きく広げながら体を一回転させ、翼による打撃と巻き起こした暴風で三匹を返り討ちにする。

 

「っ! 巨大化するとこんなに変わるのかよ」

 

 アーボックに邪魔されるまで、ピジョットはヤドキングの念による拘束から逃れることは出来なかった筈だ。なのに今回、ドーブルの力も加わっているにも関わらず、振り切られてしまった。

 やはり全身が赤く光っている状態のポケモンは、その力を大きく向上させているのだろう。

 しかも単に能力を強化するだけでなく、凶暴性も高められているのだから、あまり良く無さそうな強化手段にもアキラは思えた。

 

 ならば尚更、今の状態になってしまったピジョットを逃す訳にはいかない。

 正攻法など考えない。何が何でも今この場で倒す。とアキラは気を引き締める。

 

 そんなアキラの決意を感じ取ったのか、ピジョットは彼を見据えると、足に力を入れて”でんこうせっか”で突撃してきた。

 アキラの前に立っていたエレブーが正面から受け止めるが、あまりのパワーとスピードに”あてみなげ”もどきでも”カウンター”を行えるだけの余裕が無いまま、引き摺られる様に体を運ばれてしまう。

 咄嗟にアキラは横に跳んで巻き込まれない様に逃れるが、ピジョットはそのまま弧を描く様にエレブーを空中に連れ去ると、空中で上手く体に力を入れられないでんげきポケモンを踏み潰す様に頭から地面に叩き付けた。

 

 強い衝撃を頭に受けるのは、流石にタフなエレブーでも苦しいのか、体から力抜けて無防備な姿を晒してしまう。

 ピジョットはでんげきポケモンを叩き付けた足で抑えたまま嘴を振り上げたが、懐に飛び込んできた小さな影の体当たりでバランスを崩した。

 

 飛び込んだ小さな影はヨーギラスだ。

 ”ものまね”でピジョットの”でんこうせっか”を真似て、エレブーのピンチに助けに入ったのだ。

 それからヨーギラスは続けて”いやなおと”を放ち、その甲高い不快音で退けようと小さな体を奮い立たせる。しかし、少し苦しんだだけで、ピジョットは”オウムがえし”で跳ね返してきた。

 自らが放った技をソックリそのまま受けて、ヨーギラスは両耳を抑え込みながら苦しみ、その後ろにいた他の手持ちも余波を受ける。

 

「こいつ!」

 

 アキラはロケットランチャーの狙いを定めてモンスターボールを撃ち出すが、ピジョットは翼を振るって飛んでくるボールを弾く。

 横槍を入れて来た彼にピジョットは改めて狙いを変えると、体を向けるだけでなく力を入れる。狙われていることに気付いたアキラもまた、急いでモンスターボールを装填し直しながら次にとりポケモンが仕掛けて来る動きに注視する。

 その時だった。

 

 カイリューが荒々しく吠えながら全身をぶつけるかの様な体当たりをかまして、ピジョットを弾き飛ばしたのだ。

 だがピジョットはすぐに体勢を立て直すと、両者は荒々しく取っ組み合いを始めた。

 

「…ギラット、エレット、一旦戻れ」

 

 すぐにアキラは、休ませる意図も兼ねて師弟コンビをボールに戻す。

 確かにエレブーは打たれ強いが、どれだけ鍛えても頭に強い衝撃を受けてしまったら立ち直るのに時間が掛かる。ヨーギラスの方は幼さと経験不足故か、目の前で壮絶な戦いを繰り広げるカイリューとピジョットに完全に腰を抜かして呆然としていた。

 

 ピジョットとカイリューの戦いは、言葉では表現し切れない熾烈なものだった。

 地面を踏み締めて立つカイリューに対して、翼を羽ばたかせて宙に留まるピジョット。

 互いに威嚇するかの様に吠えながら翼や拳での殴り合い。鋭い鉤爪で引っ掻いたり嘴で突いてきたら触角からの軽い放電や頭突きを繰り出す。

 その様は、ポケモンバトルと言う生易しいものではなく、まるで両者の生存を懸けた殺し合いに近かった。

 

 ピジョットが大きくなったことで両者の体は同じ高さだが、翼を広げた大きさも加味すると今のピジョットの方がカイリューよりも一回り大きい。

 だが、カイリューは自分よりも大きく、そして恐らく能力も凌いでいるであろうピジョットを相手にしても全く億さなかった。

 

「バーットとスットは背後から、サンットは横からリュットを援護するんだ」

 

 この状況に他のポケモン達も動く。

 負傷して動けなくなっているバルキーの回収をヤドキングとドーブルに任せ、他の三匹は先程の様にやられない様に警戒しながら迅速に動く。

 

 サンドパンは走りながら”めざめるパワー”と”スピードスター”を爪から連続発射して、ピジョットの動きを阻害する。

 他の仲間達が動いていることを悟ったカイリューは、一瞬の隙にピジョットを押し退ける様に両拳をぶつける。

 

 カイリューのパワーにピジョットは翼を羽ばたかせてバランスを保とうとするが、そこにゲンガーが放った”シャドーボール”が炸裂し、続けて背後からブーバーが振るう”ふといホネ”で殴り飛ばされた。

 力一杯に振るわれた一撃に、一回り大きくなったピジョットの体は地面を滑る様に転げていくが、跳び上がる様に起き上がると両翼を大きく広げてカイリュー達を威嚇する。

 しかし、カイリュー達も全く臆さず、共に戦うべく各々が手助けしやすい位置で構え直す。

 

 彼らが睨み合っている間に、バルキーを助けていたヤドキングとドーブルも戦線に戻り、ピジョットは再び囲まれる。

 一対一だと今のピジョットを倒せるのは限られるが、強大な敵と戦う時は仲間と協力して戦うのがセオリだ。そしてアキラのポケモン達は、協力して戦うことに関する経験が豊富だ。

 

 翼を広げたまま威圧してくるピジョットの動向にアキラは目を凝らす。

 何かあれば早撃ちを得意とするサンドパンに伝える用意も出来ている。

 そして、その時はすぐに来た。

 

「サンット撃て!!」

 

 爪を持ち上げて狙いを定めていたサンドパンは、すぐさま”どくばり”を撃ち出す。

 威力と速さを追求した一発だが、見事に広げた翼を動かそうとしたピジョットの片翼の付け根に命中する。

 鳥系のポケモンが共通して弱い箇所に攻撃を受け、ピジョットの動きが鈍る。それを見たカイリューとブーバーは一緒に突撃するが、ピジョットは構わず翼を振り下ろして冷たい風を巻き起こしながら飛び上がった。

 ヤドキング達は念の力で引き摺り落とそうとしたが、ピジョットはあっという間に加速して狙いを定めさせないまま、まだ雲が多い空へと姿を小さくしていった。

 

「――ちょっと待て、どこに行く!?」

 

 さっきの様に高高度から突撃してくるのかと思ったが、どんどん小さくなっていくピジョットの姿を見る限り、その考えは全く違っていた。

 不利と判断したのか定かではないが、この場からピジョットは去ることを選択したのだ。

 

「リュット追ってくれ!!!」

 

 カイリューは頷くと翼を広げて、ピジョットが飛び去った方角へと爆音と衝撃波を撒き散らしながらミサイルの様に飛び立った。

 カイリューは本気を出せば、地球を一日も掛けずに一周すること出来る程の飛行速度を発揮する。しかし、あれだけのスピードが出ては、生身の状態でアキラが乗ることが出来ない。 追跡や居場所の特定が困難になるのとカイリュー一匹に強大な敵を任せることになってしまうが、あんなのを野放しにする訳にいかなかったアキラ達には、これしか今打つ手は無かった。

 だけど、彼がこの場に残ったのにはもう一つ理由がある。

 

「――出てこいキクコ。お前の仕業だろ」

 

 苛立ちを隠す気も無い声色でアキラは、紫色の霧が大分晴れて来た森に向けて呼び掛ける。

 すると、何か硬い音と共に森の中から杖を突いた老婆――服装は変わっているが、アキラの記憶にハッキリと残っているキクコが姿を見せた。

 まさかの人物が現れたことに、離れた場所で見守っていたヒラタ博士を含めた何人かが驚くが、アキラは普段見せない不機嫌な眼差しを老婆に向けていた。

 

「アタシの”仕業”ね。確かにこの辺りが()()()()()()()()()()()()()のはアタシの所為だってのは認めるけど、もうアンタ達から見た”悪事”を働く気は無いよ」

「誰が信じられるか。悪事を働くのを止めたからって『はいそうですか』って水に流せるか。今度は何を企んでいる」

「尤もな意見だね。でも証拠はあるのかい? クチバシティの港を吹き飛ばしたワタルの様な明確な証拠が」

 

 キクコの言い分にアキラは舌打ちをする。

 奴の言う通り、港を”はかいこうせん”で破壊したワタルと比べると、キクコにはハッキリとした証拠が無いのだ。ポケモンを操る謎の輪っか状の装置さえも、本当に彼女が作ったのかもわかっていない。

 精々クチバ湾で死闘を繰り広げたくらいだが、あれだけだとトレーナー同士の過激な争い程度に扱われる。

 

 実際、ロケット団に幹部として協力していたマチスやナツメも、証言だけでは証拠が乏しいなどの同様の理由もあって、そんなに追及されずジムリーダーに復帰している。

 だがアキラ同様にキクコの言葉が信じられないのか、出ている彼のポケモン達は少しずつ包囲していく。

 そんな露骨なまでの彼らの動きに、キクコは気付いていないのか、疲れた様な息を吐く。

 

「まぁ……負けた直後のアタシなら、そんなこと関係無く自首していたかもしれないね」

「なら――」

「でも、今はそういう訳にはいかなくなった」

「……はぁ?」

 

 アキラはまた苛立った声色で疑問を声を零す。

 ワタルといい、どいつもこいつも過去に働いた悪事を揃って水に流そうとするのか。

 

「悪事を働く気が無いんだろ。なら何なんだ?」

「そうね。アンタの言う”償い”と言えるものかねぇ」

 

 その言葉にアキラは反応する。

 直接的な処罰は無かったが、ロケット団に協力していたカツラは情報提供などの司法取引に様々な事件の解決の尽力、その頭脳を活かして事件の解決に必要なことに協力する様にするなど、何かしらの目に見える形で償おうとしていたのだ。

 それならキクコの言う”償い”とは一体何なのか。

 

「どんな償いだ?」

「教えてどうする? それが”償い”に値するかアンタらが決めるのもおかしい話じゃないか」

「お前が決めることでも無いだろ」

 

 最後に見た時に比べれば、どこか気力が無さげなのを見ると何かあるのは確かだろう。

 だが、何かあるとしても教える気が無いのなら信用出来ない。

 相手が今まで戦った中でも最強格なのも相俟って、出ていたポケモン達は何時でも攻撃出来る様に備えながら包囲網を狭めていく。

 

「随分と疑い深いね。まぁ、アタシらがやってきたことを考えると仕方ないか。あれだけのことをしたアタシが()()()何て言っても信じる訳無いわね」

「人助け?」

 

 思ってもいなかったキクコの言葉に、アキラは耳を疑った。

 ポケモンを操る技術を利用したことやワタルを前面に押し出したことで、自らは姿を極力見せなかった黒幕疑惑のキクコが人助けをするなど、どういう風の吹き回しか。

 しかし、シバやカンナ、彼にとっては腹立つワタルさえも後に何らかの形でレッド達の力になるのだ。

 その中でキクコの姿は記憶の限りでは無かったが、他の三人の行動を考えると可能性は無いことは無いかもしれない。

 そして信憑性を高める理由が、一つだけあった。

 

 ピジョットを追い詰めて様子見をしていた自分に何故早く倒す様に助言をしたのかだ。

 

「デリケートな問題でね。()()()()()()()()()()()

「デリケート?」

 

 信憑性を高めた理由についてアキラは尋ねようとしたが、またしてもキクコの良く分からない言葉に首を傾げる。

 さっきから何を言っているのだろうか。否、この場合はキクコの背景に何があるか理解していないとわからない。

 

「キクコ、さっきから何を言っている。お前は…この紫色の霧に…周辺にある鉱物も含めて一体何を知っている?」

 

 もし知っているのなら全てを話して欲しい。

 しかし、彼の望みに反してキクコはこれ以上言う事は無いと言わんばかりに目を逸らす。

 彼の目から見られる細かな動きなどからも、明らかにもう去ろうとしている。

 

「待てキクコ!!!」

「待つ訳ないだろ。アンタらが納得出来る出来ない関係無く、()()()()()()()静かにさせて貰うよ」

 

 アキラのポケモン達は、一斉に取り押さえようと動く。しかし、その前にキクコは手持ちポケモンの能力なのかガス状のものに包まれながら、あっという間にその場から姿は消した。

 

 意味がわからない。

 

 もう悪事を働く気は無いと言っておきながら、何故こんな混乱を引き起こしたのか。

 キクコの言う”人助け”とは一体何なのか。

 そして、焦った様な声で自分に助言をしたのか。

 全てが謎のままだ。

 

「…リュットを追わないと」

 

 今キクコの謎について考えても仕方ない。それよりも変化を起こしたピジョットを止めることと、追い掛けているカイリューが今どこにいるのか探さなければならない。

 空を飛べるのはカイリューだけなのもあるが、今カイリューは人が乗ることが出来ないスピードで飛行しているので、居場所がわかったとしても追跡は困難だ。

 すぐに手持ちポケモンに集合の号令を掛け、アキラは次の行動を起こす準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 分厚い雲の一部が盛り上がり、藍白のオーラを纏いながら体の随所を赤く光らせるピジョットが姿を見せる。

 そして飛び出したとりポケモンから少し離れた背後の雲が盛り上がるとカイリューも雲から飛び出し、見渡す限りに広がっている太陽光を遮る雲海の上を飛ぶピジョットを追跡する。

 

 ピジョットは本気を出せば理論上マッハ2のスピードで飛行出来るとされるが、カイリューも本気を出せば、地球を一日足らずで一周出来る程の飛行速度を引き出すことが可能だ。

 普段はアキラを背中に乗せたり、専用のカプセルに彼を押し込んでも中々本気を出すことは出来ないが、今は違う。

 

 徐々に加速することで少しずつピジョットとの距離を詰めていくが、追跡に気付いたピジョットは羽を折り畳むと同時に向きを変えて雲の中へと飛び込んだ。

 当然カイリューも雲の中に飛び込むが、分厚い雲の中は光が遮られていることも重なって視界がとても悪かった。

 

 ピジョットはどこにいるのか。

 周囲を警戒しながら速度を緩め始めた直後、斜め後ろからピジョットが突然飛来してきた。

 そしてとりポケモンは、体を回転させるかの様に捻らせて、カイリューの後頭部を翼で打ち付けて来た。

 地上戦なら、飛び技があるのと近接戦でも有利な技を覚えていることでカイリューが有利だが、純粋な空中戦だとピジョットの方に一日の長がある。

 

 空中戦に関してまだ不慣れであるカイリューは、完全に不意を突かれたことや冷気を纏った打撃攻撃なのも相俟って、錐揉みしながら分厚い雲の中を落ちていく。

 だけど、すぐにバランスを取り戻して浮遊する様に空中に留まる。

 周囲を見渡すが、雲で視界が悪くてピジョットがどこにいるのか全くわからない。

 純粋な空中戦は不利だが、体を止めて神経を集中させれば――

 

 その直後、背後から真っ直ぐ突っ込む形でピジョットがカイリューを襲撃する。

 だが、直感で悟っていたカイリューは振り返ると同時にピジョットを殴り付ける。

 今度はピジョットの方が落ちていくが、すぐに体勢を立て直して甲高い雄叫びを上げながら飛び上がる。そして、追い掛けて来るカイリューと空中でまるで雷鳴の様な音を轟かせる程に激しく激突する。

 

 正面からぶつかり合った両者は、互いに殴り付けたり鉤爪の引っ掻きや嘴の突きの応酬を繰り広げながら、まるで飛ぶことを忘れたかの様に雲の中を落ちていくのだった。




アキラ、予想外の展開続きに混乱するも次へと動く。

最近のポケモンは、サン・ムーンのぬしポケモンや新作に登場するダイマックスなどの要素を見ますと「巨大化」が流行りなのかな?とちょっと思ったりします。
原作本編でも伝説のポケモン同士での怪獣プロレスみたいな激突は最近多いですけど、新要素であるダイマックスを活かして、今年も公開された某怪獣王みたいな地球最大の決戦を一般ポケモン同士で街のど真ん中でやってくれると信じています。


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巻き込まれる者達

「おめでとうレッド君! 晴れて君はジムリーダーになったのだ!」

 

 試合終了のブザーが屋内に鳴り響き、少し離れた席で見守っていたポケモン協会の理事長は、満面の笑顔で戦い終えたレッドに結果と祝福の言葉を掛ける。

 

「えっと…ありがとうございます」

 

 ある意味自分よりも喜んでいる理事長の様子に少し引きながらも、ぎこちなくだがレッドは感謝の言葉を伝える。

 

 先程まで彼は、今いるトキワジムのジムリーダーになる為に必要な試験を受けていたが、結果は試験官でもあるポケモン協会理事長の言う通り合格だ。

 

 戦うポケモンは近年正式に確認が認められたポケモンが中心だったが、殆ど何もさせずにレッドは対処できた。

 レベル差もあったが、何よりポケモン達が自らの意思で状況を判断して動く点が、アキラの手持ちを彷彿させることも大きくて思っていたよりも楽に戦えた。

 

 懸念していた手足の痺れも、この試験中は殆ど感じることは無かった。

 そこまで激しい戦いでは無かったこともあるが、この様子ならジム戦も何とかこなせるだろう。

 

「レッドさんおめでとうございます!!!」

 

 観戦席から身を乗り出して、ナナミと一緒に見に来ていたイエローは誰よりも盛大に合格したレッドに祝いの言葉を送っていた。

 彼がこのトキワジムのジムリーダーになることをイエローは誰よりも望んでいたからこそ、今回の結果は本当に嬉しかった。

 

 そんな姿にレッドは、話に夢中になっている理事長に気付かれない程度に目線を向けて応える。

 周囲を見れば、観戦に来たイエローの地元であるトキワシティの人達が自分のジムリーダー試験合格を喜んだり、祝福してくれていた。

 だけど、どれだけ探しても一人だけこの場にはいなかった。

 

「アキラ……どうしたんだろうな」

 

 今日は見に来てくれると言っていたが、何か急用が入ってしまったのだろうか。

 彼の性格を考えるなら、何かあるのなら事前に一言連絡を入れていても良い筈だ。

 無意識に彼が来ていないかレッドは探すが、出入り口付近でグリーンが見掛けないポケモンを伴って立っているのが目に入った。

 アキラでは無くて彼が見に来るとは聞いていなかったが、意外な人物がいることに驚きながらもレッドは嬉しかったので、それ以上アキラを探すことを止める。

 取り敢えず今は、全部終わった後で良いだろう。アキラが来なかったのには、何か事情があるのだろう。例えば、彼がお世話になっているあの紫色の霧やポケモンのタイプ変化に関わる――

 

「!?」

 

 理事長から今後の予定について耳を傾けようとした正にその時だった。

 まるで何かが爆発した様な爆音と共に、彼らがいるトキワジムが大きく揺れたのだ。

 何が起こったのかわからず、ポケモン協会の関係者を含めた人々に動揺とパニックが広がるが、レッドはすぐさま飛び出して廊下で同じ様に動いたグリーンと合流した。

 

「グリーン!」

「話は後だ!」

 

 こうして廊下を走っている間も爆音が轟き、その度に建物が揺れているのだ。何か大変なことが起こっているのは明らかだ。

 そして彼らがジムから出るとトキワジムのすぐ近くにあるトキワの森から、ポケモン達が次々と飛び出していた。

 

「一体なにが……」

 

 目に入る状況にレッドは唖然とするが、グリーンはすぐに気付いた。

 ポケモン達が出て来る森の奥から絶え間なく激しい爆発と地響きが起こっているのだ。恐らくポケモン達は、この騒動から逃げて来たのだ。

 

「レッド、お前はここを守れ! 俺は特に暴れているポケモンを抑える!」

 

 徐々に新しい形で生態系が形成されつつあるが、トキワの森にはロケット団が放したポケモン達が棲み付いている。

 流石に目に見えて凶暴な個体も自然界で暮らす内に穏やかになってきているが、それでも強力なポケモンが多いことには変わりない。

 

 グリーンと共にいた赤いポケモン――ハッサムは駆け出すと、最初に逃げ道を切り開こうと前を走っている他の野生ポケモンを攻撃しているナッシーに狙いを定める。

 両腕の鋏にある模様を活かし、頭が三つある様に見せ付ける”にらみつける”でナッシーを怯ませると、すかさず”きりさく”を打ち込んで弱らせる。

 続けて”でんこうせっか”でフーディンに体当たりを仕掛け、その勢いを保ったまま我を忘れて猛スピードで直進してくるウインディとサイドンを”メタルクロー”で殴り付けた。

 

 野放しにしたら特に二次被害が出る可能性があると判断した四匹を弱らせたグリーンは、流れる様にモンスターボールを投げて、その四匹を収める。

 彼の手際の良さにレッドは、他の我を忘れて無秩序に暴れながら逃げて来るポケモン達を対処しながら感心する。

 

「レッドさん! 一体何が起こっているんですか!?」

 

 二人が野生のポケモン達を対処していた間、遅れてナナミと一緒にイエローもトキワジムから出て来るが、イエローはトキワの森に起こっている異変に気付くと戸惑いを露わにした。

 野生のポケモン同士が縄張り争いなどで怒りを剥き出しにすることは、心を痛めながらも度々経験してきたが、今森から伝わるざわめきはそんな物では無かった。

 強大な力と力のぶつかり合い。ある種の狂気。それらの好ましくない感情とエネルギーが入り混じったものが、森の奥から激しく伝わって来る。

 思わずイエローは、怖がるかの様に一歩下がってしまう。

 

「大丈夫かイエロー!」

「レッド来るぞ!」

 

 怯えているイエローに気を取られているレッドに喝を入れる形で、グリーンは警告を伝える。

 森の奥から聞こえる爆音と揺れが、どんどん大きくなってきているのだ。

 怒りの籠った荒々しい雄叫びと狂った様な甲高い奇声、今回の騒動の原因が、少しずつ彼らに近付いてきている。

 

 レッドとグリーンに彼らのポケモン達は備えるが、レッドは少しだけ気になる事があった。

 それは森の奥から聞こえて来る声を、どこかで耳にしたことがある気がするのだ。それも、つい最近だ。

 

 何の声だったのかレッドは思い出そうとしたが、その前にトキワの森を揺るがす程の戦いを繰り広げていた存在が、遂に彼らの前に姿を見せた。

 森の奥から木々を薙ぎ倒しながら、カイリューとピジョットが取っ組み合いながら飛んできたのだ。

 

「やっぱり!!」

 

 カイリューの姿を目にした瞬間、レッドは確信した。

 今ピジョットと戦っているのは、アキラが連れているカイリューだ。彼のポケモンが戦っているということは、何かが起こったのは間違いないと言っても良い。

 

 トキワの森から飛び出した二匹は、しばらく錐揉みしながら滑空した後、マウントを取ったピジョットがカイリューを地面に叩き付ける。

 叩き付けられたカイリューは地面の土を抉る様に引き摺られるが、そんな状況でも一瞬のタイミングで、巴投げの様な形でピジョットを投げ飛ばす。

 方角はトキワジムの方向ではあったが、幸いにも建物のすぐ脇をピジョットは転げていく。

 

「カイリュー大丈夫か!? てか、アキラはどこだ?」

 

 体に付いた土や葉っぱを落としながら、立ち上がろうとするカイリューにレッドと彼のポケモン達は駆け寄る。

 普段もそうだが、この戦いの時に見せる荒々しい振る舞いと鋭い目付き、間違いなくアキラのカイリューだ。つまりトレーナーである彼が近くにいる筈だが、何故か何時まで経ってもトキワの森から彼と他の仲間達が出て来る様子が無い。

 

「レッド、あれは何だ?」

 

 カイリューの様子を気にしながらアキラを探すレッドに、グリーンは神妙な雰囲気で尋ねる。

 彼の視線の先には、ついさっきまでカイリューが激戦を繰り広げ、投げ飛ばしたピジョットが体を起こしていた。だが、目に見えて様子がおかしかった。

 全身を薄らと包み込む白と青が混ざったかの様なオーラ、そして血管の様に体中に張り巡らされた赤い筋が禍々しく光っている。

 何かとんでもない異変が起きていると言わんばかりの姿だったが、全身を包むオーラと体が赤く光る巨大な姿にレッドは見覚えがあった。

 

「こいつ、一年前戦ったサイドンと同じか」

「サイドンと同じ?」

 

 四天王と戦う半年前だ。成り行きではあったが、過去にレッドはアキラと共に同じ様な状態のサイドンを相手に戦った経験がある。

 あの時のサイドンと比べればサイズはずっと小さいが、それでもグリーンが連れているピジョットよりも一回り大きい。何より、かなり力を付けているアキラのカイリューと互角以上の戦いを繰り広げていたのだから、このまま放置するのは危険だ。

 

「ナナミさん! イエローと協力してトキワジムにいる人達を避難させて下さい!!」

「え?」

「早く!!!」

 

 レッドの切羽詰まった声にイエローとナナミは戸惑うが、そんな彼らに投げ飛ばされた筈のピジョットが翼を大きく広げながら襲い掛かった。

 

「ゴン!」

 

 咄嗟にレッドが投げたモンスターボールから飛び出したカビゴンは、イエロー達を守る壁の様にピジョットの前に立ちはだかったが、ピジョットは怯まずに鋭い鉤爪を前に突き出してカビゴンの頭を中心に激しく引っ掻いて行く。

 

「な…何で…」

「イエロー、ここは危ないから早く」

 

 カビゴンを激しく攻めるピジョットの姿にイエローは言葉を失うが、ナナミに連れられてジム内に残っていた他の人達と避難を始める。

 彼女達がその場にいなくなってからも、カビゴンは”かたくなる”を駆使するなどトキワジムから逃げる人々の為に時間を稼いでいたが、自身とほぼ同じ巨体になっているピジョットの狂った様な猛攻に防戦一方だった。

 

「ピカ、”10まんボルト”!」

 

 追い詰められているカビゴンを助けようと、ピカチュウが電撃を放つ。

 カビゴンにばかり意識が向いていたピジョットは成す術も無く直撃を受け、攻撃が止んだタイミングにカビゴンは”メガトンパンチ”で殴り飛ばした。

 だが連続攻撃があまり堪えていないのか、ピジョットは空中で態勢を立て直すと藍白のオーラを纏った赤く発光する巨大な翼を広げて、羽ばたきからの強烈な突風を引き起こす。

 しかもただの突風では無く、まるで凍り付いても不思議では無い程の冷たい風で、対峙していたレッド達は思わず体を震わせた。

 

「こいつもタイプが変わっているのか」

 

 以前戦ったサイドンの身に起こっていた異変のことをレッドは思い出す。

 あの時はほのおタイプが加わっていたことを考えると、このピジョットは本来のタイプにこおりタイプが加わっているのだろう。

 体の随所で赤く発光しているのが何なのかは謎だが、全身を包み込むオーラの色が何を意味しているのかレッドは漠然とだが理解した。

 

 纏っているオーラの色は変化したタイプを遠回しに示唆している。

 

「ッ、油断するな皆!」

 

 レッドが皆に警戒を促すが、冷たい突風にギャラドスやフシギバナなどの大きなポケモン達は持ち堪えていたが、小柄なポケモン達はバランスを崩したりと耐えるのに精一杯だった。

 その直後、ピジョットは飛んでいた空から一直線に迫って来た。

 フシギバナは”はっぱカッター”、ギャラドスは”ハイドロポンプ”で迎撃を試みるも、直前に”でんこうせっか”で急加速されて攻撃は全て外れる。

 カビゴンが”かたくなる”で体を硬化させてピジョットを受け止めるが、激突時の勢いとパワーに押されて後ろに倒れ込んでしまう。

 

 予想してはいたが、今のピジョットも過去に戦ったサイドンと同じでかなり強化されている。

 先程の凍える様な冷たい空気が混ざった”かぜおこし”も普通の”かぜおこし”よりもタチが悪かった。特に寒いのが苦手なフシギバナとカイリューは苦しんでいたが、レッドの方もまずい状況だった。

 

 徐々に手足の痺れが出始めたのだ。

 試験中は手際良く片付けたこともあって目立つことは無かったが、連戦とピジョットが仕掛けた攻撃の余波による影響が出始めている。

 

 「クソ…」

 

 このままでは皆の足を引っ張ってしまう。そんな危惧が生まれ始めたレッドは、小声で悪態をつく。

 早く決着を付けたいが、相手が相手だ。カイリューとの戦いでダメージを受けていることを考慮しても長期戦は必至。痺れが無視出来ないまでに酷くなる前に片が付くかどうか。

 そんなレッドの様子に彼のポケモン達は、察していたのか肩に力が入っていたが、彼の様子に気付いていたのは彼らだけでは無かった。

 

 傷付き、凍える体を奮い立たせて、カイリューは彼らの前に進み出る。

 レッドの体調が万全で無いのは、彼も理解していたからだ。

 まるで体から力を引き出す様に踏み締める様な屈めた体勢で構えると、ドラゴンポケモンは全身から黄緑色のオーラを少しずつ溢れさせ始めた。

 

「カイリュー…それって…」

 

 体中から纏う様に溢れるオーラに、対峙しているピジョットの姿が重なってレッドは驚くがそれは勘違いだ。

 今カイリューがやっているのは、”げきりん”を引き出した際に起こる前段階だ。

 まだ十分に制御が出来なくて、反動で”こんらん”状態になるといったリスクやワタルのカイリューの様に荒々しいエネルギーの鎧とまでは及ばないが、”げきりん”は何も纏うだけではない。

 

 オーラである黄緑色が一気に濃くなった時、込み上がる莫大なエネルギーをカイリューは口から放った。

 当然ピジョットは体を翻して避けるが、光線の形で放たれる”げきりん”の連続攻撃は続く。

 

 ピジョットは翼を羽ばたかせて飛び上がるが、後を追う様にカイリューも飛び上がって”はかいこうせん”に匹敵する威力の光線を絶え間なく連射する。

 回避と攻撃、両者は激しい空中戦を展開するが、飛行していたピジョットの前に光る壁の様なものが生じてグリーンは声を上げた。

 

「まずい! ”オウムがえし”だ!」

 

 ”オウムがえし”は、あらゆるエネルギーや衝撃をそっくりそのまま相手に跳ね返すカウンターに近い扱いの技だ。

 今カイリューがやっている”げきりん”の連続攻撃は、まだ制御が上手く出来ない関係で途中で中断することは出来ない。

 

 ”オウムがえし”の反射する壁に当たり、”げきりん”はカイリューに跳ね返る。

 だが、さっきまでアキラと一緒に戦っていた時も技を跳ね返されていたのだ。いい加減に学習したカイリューは巧みに躱すと、ピジョットの死角を取ろうとする。

 当然ピジョットも対応するが、目の前の敵に気を取られ過ぎて、ピジョットはレッド達の存在を気にしていなかった。

 

「皆もカイリューを援護するんだ!」

「リザードンも行くんだ!」

 

 レッドの呼び掛けにグリーンや他のポケモン達も動く。

 空中戦を得意とするプテラを今回は連れてきていないが、それでも打つ手が無いわけでは無い。

 グリーンはリザードンを送り出し、フシギバナは伸ばした蔓をニョロボンの体に絡ませて、遠心力を付けて勢い良くピジョット目掛けて投げ飛ばす。

 

 ”げきりん”の連射でピジョットと互角に渡り合っていたカイリューだったが、唐突にオーラが消えるのと体から力が抜けてしまい、更には考えが纏まらなくなった。

 咄嗟に”げきりん”の反動なのを悟ったが、この隙をピジョットが見逃す筈は無かった。

 藍白のオーラを纏い体を赤く光らせた巨体で、棒立ち状態で浮いているカイリューに体当たりをする。カイリューは何とかバランスを保とうとするが、何も出来ないまま落ちていく。

 

 落ちていくカイリューを追い掛けようとするが、両者の間にニョロボンが割って入った。

 ニョロボンは掌から放つ水流で自らの位置を調節すると、ピジョットに対して”れいとうパンチ”を打ち込んで勢いを殺す。

 ”こころのめ”で見切っていたので、すぐに仕掛けられたピジョットの反撃をニョロボンは空中であるにも関わらず、機敏な動きで避ける。そこにリザードンも加わり、二匹はカイリューに変わって空中戦を繰り広げる。

 そこに遅れて、投げ飛ばされたピカチュウも後を追う様に飛んできた。

 

「”10まんボルト”!」

 

 ピカチュウは溜め込んだ強烈な電撃を再びピジョットに浴びせる。どんなタイプに変化しているかは知らないが、それでも鳥系ポケモンに電気技は定石だ。

 しかし、それでもピジョットの動きは止まらない。

 

 放電が終わったピカチュウに襲い掛かるが、リザードンの”かえんほうしゃ”に邪魔され、”みずでっぽう”で加速したニョロボンの”れいとうパンチ”を再び受けて地面を転げていく。

 先に落ちたカイリューは、フシギバナやギャラドスが受け止めてくれたお陰でピジョットの様に地面に体を打ち付けることは無かった。

 

 そしてピジョットの方は、度重なる連戦とダメージが流石に体が堪えて来たのか体を持ち上げる動きがどこかぎこちなくなっていた。

 チャンスと見たレッドは、この戦いを止めるべく素早くモンスターボールを投げ付けるが、投げたボールは見当違いな方へと飛んでしまう。

 

「しまった!」

 

 折角のチャンスを不意にしてしまったことにレッドは焦る。

 手の痺れが増々酷くなっていることは自覚していたが、投げる直前に痛みにも似た強い刺激を感じてしまったのだ。

 彼の様子を見て、今度はグリーンが代わりにモンスターボールを投げるが、起き上がったピジョットはボールを弾く。

 

「っ! ハッサム、”メタルクロー”!」

 

 翼を広げて今にも飛び立とうとするピジョットにハッサムが赤い鋼鉄の鋏を振るう。

 しかし、ピジョットはその攻撃を”オウムがえし”で跳ね返し、跳ね返された鋏は意思に反してハッサムの頭にぶつかる。

 更にピジョットはそれだけで終わらせず、”つばさでうつ”でハッサムを叩き飛ばす。

 

「グリーン! 普通のポケモンとは思わない方が良い!」

「わかってる!」

 

 見たことない現象だが、実はグリーンも軽く話程度は聞いている。

 祖父の後輩が調べている研究であることは聞いていたが、進化以外でポケモンのタイプが変化すると言うにわかに信じ難い研究だと考えていた――否、アキラも関わっていると聞いて苦手意識も重なって変な先入観が混ざっていたかもしれない。

 怯むハッサムに追い打ちをかけるのを防ぐべく、空からリザードンが”かえんほうしゃ”をピジョットに浴びせる。

 

 受けた炎に大ダメージを受けたのか、ピジョットは悲鳴を上げる。

 まるで苦手なタイプの技を受けたポケモンの様な反応にグリーンは疑問を抱くが、ピジョットは”かえんほうしゃ”を受けた勢いのまま地面に叩き付けられた。

 

「皆囲むんだ!」

 

 レッドのポケモン達と立ち直ったカイリュー、そしてグリーンのハッサムやリザードンが弱っているかの様に体をフラつかせているピジョットを取り囲む。

 かなり強いが、弱っている様子を見てもわかる通り、サイドンの時とは違って止めようが無い訳では無い。

 ならば捕獲では無くて戦闘不能に追い込むことも十分可能な筈だ。

 

 何があっても動ける様に九匹のポケモン達が少しずつ距離を詰めていく。

 それに対して体を起こしたピジョットは翼を広げて威嚇するのではなく、逆に翼で自らの体を守る様に体を屈めて丸くなる。

 あれだけ暴れていたが、戦意を喪失したのだろうか。それならば今度こそモンスターボールに収めるチャンスだ。

 

 そう思った直後だった。

 体を丸めていたピジョットが起き上がる様に勢い良く翼を広げた時、一際強い青白い光が彼らの視界を覆い尽くした。




アキラがドタバタしていた頃、カイリュー達が落ちてきたことでレッド達も戦いに巻き込まれる。

話を重ねるごとにどんどん騒ぎが大きくなり、レッド達も巻き込まれていきます。
百話以上書いてきましたが、手持ちは出てもアキラ自身が全く出てこない話は初めてかも。


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窮地

 レッドとグリーンがピジョットと戦っていたのと同じ頃、先に離れたイエローとナナミは一部のポケモン協会の関係者達と協力して、今回の試験を観戦しに来ていたトキワシティの人々や逃げ出した一部のポケモン達を危険から遠ざけようと避難誘導を行っていた。

 

 今自分に出来ることはこれしか無い。

 戦う事に対する苦手意識と襲い掛かって来たピジョットの血走った目付きと姿が強く印象に残っており、イエローは自分自身にそう言い聞かせていた。

 

「他に建物に残っている人は?」

「いません!」

 

 そして、ようやくトキワジムから人々が離れたことを確認する。

 これで残っているのは、自分達と戦っているレッドとグリーンだけだ。

 この時イエローの脳裏には、戦っているレッド達に加勢するという選択肢が浮かんでいた。

 

 しかし四天王との戦いを乗り越えたとはいえ、未だに残る戦うことへの苦手意識、そして何の躊躇も無く襲い掛かって来たピジョットへの驚愕と恐れにも似た感情が入り混じって中々決心出来なかった。

 どうするか迷っていた時、突然眩い光が周囲に広がった。

 イエロー達がいる場所では建物が光を遮っていたので影に隠れたが、余程放たれた光は強かったのか影が一際濃かったのや光がレッド達がいる方向から放たれたことにイエローは嫌な予感を感じ取った。

 

「レッドさん…」

 

 衝動的にイエローは駆け出す。ナナミの制止の声も無視して、建物の角を飛び出すと、信じられない光景が広がっていた。

 レッドとグリーン、そして彼らのポケモン達が、まるで吹き飛ばされたかの様に仰向けに倒れ込み、その中心でピジョットが所々赤く光る翼を広げて勝ち誇っていたのだ。

 

 

 

 

 

「な…何なんだ…今のは…」

 

 傷付いた体を起こしながら、レッドはたった今ピジョットが起こしたことを振り返る。

 ポケモン達で囲み、そしてあらゆる方向から攻撃なり取り押さえるなりしようとしたが、ピジョットが吠えた瞬間、纏っていたオーラが目が眩むような強い光を放ちながら衝撃波の形で周囲に拡散したのだ。

 青白い光の衝撃波を受けたポケモン達は成す術も無く吹き飛び、レッドとグリーンも巻き込まれた。

 

 ピジョットがこんな技を使って来るなど、レッドは知らない。

 ひょっとしてこれも、アキラが追い掛けている奇妙な現象だからこそ成せることなのだろうか。

 さっきの衝撃波を放った代償なのか、ピジョットの体は藍白のオーラに包まれていなかったが、それでもまだ体の随所が赤く光るだけでなく通常のピジョットよりも大きいままだ。

 ポケモン達も全員が戦闘不能に追い込まれた訳では無いが、それでも多くは大きなダメージを受けたのか意識を失っている。

 

 次にピジョットが何を仕掛けてくるのか見当も付かないが、このまま倒れているのは危険だ。

 しかし、体を動かそうにも手足の痺れが何時も以上に酷くて動けそうにない。

 そうしてモタモタしている間に、周囲を見渡していたピジョットの狂気に近い眼差しが、レッドに向けられた時だった。

 

 ピジョットが目に見えない衝撃波を受けてよろめいたのだ。

 攻撃を仕掛けた方へ目を向けると、額に赤い宝玉を浮かべた薄紫色のポケモンが上体だけを持ち上げながら、とりポケモンを見据えていた。

 

「ブイ…」

 

 ピジョットに攻撃を仕掛けたのは、レッドのイーブイが進化したエーフィだった。

 エーフィに進化したのは試験に向けての特訓の最中という偶然の形だったが、もうロケット団に改造されたことで得た負担の大きい進化と退化を起こすことが無い新しいイーブイの進化であるとアキラに教えて貰い、今回のジムリーダー試験の手持ちに加えていた。

 

 そのエーフィが、レッド達の危機に力を振り絞って、自分達の敵であるピジョットと戦う意思を見せていた。

 しかし不意を突く形でエーフィはピジョットに一撃を与えること出来ていたが、完全に起き上がれていないのを見る限りでは、とてもじゃないが戦える様な状態では無い。

 

 だがピジョットは、弱っているエーフィに狙いを変えたのか体中に力を籠める。

 これ以上ダメージを受けたら、エーフィは無事では済まない。

 レッドが何とかしようとしたその直後、突然ピジョット目掛けて無数の光線や岩が迫り、とりポケモンはそれらを避ける形で飛び上がった。

 

「レッドさん! 今助けに行きます!!」

「い、イエロー!?」

 

 攻撃が飛んで来た方にレッドが顔を向けると、何とイエローが手持ちのポケモン達を率いて、果敢にも突撃していた。

 イエローが戻って来たことにレッドは驚くが、イエローは自分達がピジョットを倒せるとは少しも思っていなかった。無謀かもしれないが、少しでも距離を取らせてその間にレッド達を助けようと考えていた。

 甘い考えであることはわかっていたが、彼のピンチに大人しくしていられなかった。

 飛び上がる形でイエローのポケモン達が放った攻撃を避けたピジョットは、標的をイエローに変えたのか真っ直ぐ斜めに急降下して、イエロー達に迫った。

 

「ドドすけ”トライアタック”! オムすけ”れいとうビーム”!」

 

 三つの首が同時に放つ三角形を模った光線と冷気の光線がピジョットへと飛んでいくが、一直線に突っ込んでいたピジョットは避けていく。

 そして翼を広げながら鋭い爪が並んだ趾をイエローに突き出してきたが、イエローを守ろうとゴローニャが勇敢にも跳び上がって体を張って防ぐ。

 ピジョットは一旦離れようとするが、逃がさないとばかりにゴローニャはピジョットの趾を掴む。

 現在確認されている中でもカビゴンに次ぐ重さにピジョットの動きは鈍るが、ピジョットは血管の様に広がった筋が赤く光る巨大な翼を大きく羽ばたかせると、ゴローニャを掴んだまま飛び上がっていった。

 

「ご、ゴロすけ!?」

 

 まさかゴローニャが空中に連れ去られるのは、イエローにとって予想外だった。

 ゴローニャを掴んで飛び上がったピジョットは、勢いを付ける様に空中で一回転すると、ゴローニャを彼ら目掛けて放り投げた。

 慌ててイエロー達は避けるが、ゴローニャは地震の様な揺れを起こしながら地面を大きく凹ませると何度も弾みながら遠くへと転がっていく。

 その揺れにイエローとポケモン達は足を取られて倒れ込んだりバランスを崩すが、倒れ込んだイエローにピジョットは再び襲い掛かった。

 

「っ!」

 

 ピジョットが向ける血走っているとも言える鋭い目付きに、イエローはさっきまで抱いていた恐怖を思い出して体は固まってしまう。

 そんなイエローを黄色い小さな姿が守る様に割り込むと、眩い光と激しい音を伴って電撃を放ち、ピジョットを退けた。

 

「あっ、ありがとうチュチュ」

 

 最近手持ちに加わった片耳に花を乗せたピカチュウにイエローはお礼を口にする。しかし、一旦は退いたピジョットは標的を他の手持ちに変えて、一方的に蹂躙していく。

 ドードリオは三つある頭を揃って踏み潰され、バタフリーとラッタは巨大な翼の”つばさでうつ”で叩きのめされ、オムスターの”ハイドロポンプ”も”オウムがえし”で跳ね返されて返り討ちに遭っていた。

 

「チュチュお願い!!」

 

 このままでは皆が危ない。

 イエローの頼みに応えたピカチュウは再び電撃を放つが、直前に察知したピジョットは足元で踏み潰しているドードリオを踏み締める形で飛翔した。

 思っていたよりも速い動きにイエローは驚くが、飛び上がったピジョットは助走を付けるかの様に弧を描くと瞬く間にイエローとピカチュウとの距離を詰めた。

 

 攻撃に転じるのも早くて、ピカチュウは完全に避けるタイミングを失ってしまった。

 それに気付いたイエローは、急いで慌てるピカチュウを守る様に抱え込むと横に体を跳ばして避けようとする。

 だが、それで避けられる程ピジョットは甘くは無かった。

 

 彼らが避けたタイミングで、反射的にビンタをする様に翼を振るい、ピカチュウを抱え込んだイエローの体を叩き飛ばしたのだ。

 

「!? イエ――………え?」

 

 ピジョットの攻撃を受けて体が宙を舞ったイエローにレッドは焦るが、直後に目も疑う光景に言葉を失った。

 イエローが被っていた麦藁帽子が飛び、その下から長く結われた金色のポニーテールが露わになったのだ。

 

 それを目にした刹那、レッドは目に映る光景がゆっくりと進む様な錯覚を覚えた。

 今まで彼は、イエローの麦藁帽子の下がどうなっているのか見たことも考えたことが無かった。

 自分と同じ様に少年らしい短髪だろうと勝手に思っていたのだ。故に麦藁帽子の下から出て来たのが、女の子の様なポニーテールをしているのか理解出来なかった。

 

 全く予想していなかったイエローの麦藁帽子の下に秘められていた謎をこの状況で知ってしまい、レッドは唖然としていたが、ピジョットの”つばさでうつ”で飛ばされたイエローは彼のすぐ近くにまで体を転がした。

 庇われたピカチュウは腕の中からイエローの体を揺するが、気絶しているのかイエローは動かない。

 

 その間にもピジョットは体勢を立て直す様に身を翻すと、イエローへと迫る。

 気付いたピカチュウは、イエローを庇う様に進んで前に立つと体の奥底から力を引き出した様な雄叫びを上げながら渾身の電撃を放ち、ピジョットの体を逆に吹き飛ばして返り討ちにした。

 

 しかし、限界を超えた力を引き出したからなのか、ピカチュウは自らの技の反動で倒れ込んでしまう。

 しかもそれだけの力を引き出したにも関わらず、ピジョットはすぐに立ち直ってしまい、再び彼らに狙いを定めた。

 

 このままではイエロー達が危ない。

 

 今の自分に出来ることなど高が知れていることはわかっている。

 それでもレッドはイエローの元に急いで体を這わせようとしたが、突然複数の影が彼らの目の前に降り立った。

 それはレッドにとっては見覚えがあるだけでなく、心強い存在だった。

 

「…アキラ」

 

 倒れているレッド達の前に、ロケットランチャーを携え、カイリュー以外の手持ちを引き連れたアキラが現れたのだ。

 

「ここは…トキワシティか?」

 

 レッドとは対照的に、アキラは今自分がいる場所に困惑する。

 カイリューとピジョットが一体どこへ飛んで行ったのか。行方を捕捉するのに手間取ったが、何とかヤドキングを中心としたエスパータイプとその力を扱える手持ちが協力し合う事で発揮する長距離移動”テレポート”で今いる場所にやって来たのだ。

 すぐに周囲の状況を確認しようとしたが、目の前からピジョットが迫っているのを見て、彼は即座に判断を下した。

 

「散るんだ!」

 

 声を荒げると同時にアキラのポケモン達はそれぞれの方向へと動き、アキラも動こうとしたが、自分の少し後ろでレッドとイエローが倒れていることに今更気付く。

 彼はすぐにポケモン達を呼び戻そうとしたが、今声を上げても既に動いている彼らが戻るのには間に合わない。四天王との戦い以降、アキラの反射神経を含めた状況判断能力は桁違いに向上していたが、今回はその判断の速さが仇になってしまった。

 

 ピジョットと倒れている二人の間にいるのは自分だけ

 そして自分が避ける為に動けば、二人は間違いなくピジョットに襲われる

 

 無意識の内に視界に映る光景全てが体感的にゆっくりと見える様になっていた為、アキラはある程度余裕を持って状況を把握出来るだけの思考を行えていたが、彼は焦っていた。

 手持ちは間に合わない。一緒に逃げる為にレッド達へ手を伸ばそうにも距離が微妙にある。ロケットランチャーにはモンスターボールを装填しているが、撃ち出す時間も無い。

 

 様々な考えが浮かんでは消えていく極限状態の中で、アキラは一つの決断を下した。

 

 低空飛行で突っ込んでくるピジョットが数メートルにまで迫ったタイミングで、アキラは背負っていたロケットランチャーを盾の様に構えて思いっ切りピジョットにぶつけたのだ。

 

 硬く鋭い嘴と金属で出来た砲身が激しくぶつかり、甲高くも重い音と共にもまるで車がぶつかってきたのでは無いかと彷彿させる衝撃が、瞬間的にアキラを襲う。

 

「ふんっがぁああぁぁぁぁっ!!!」

 

 歯を食い縛りながら両腕だけでなく体を支える足腰にも力を入れて、アキラは体が壊れても構わない覚悟で自分が持てる限りの力の全てを引き出そうとする。

 この時程、アキラは自分の鋭敏化した目と超人的な反応速度、そして自らの体を壊しかねないまでに大きなを力を発揮出来ることに感謝したことは無かった。

 こうした無茶が出来るだけの力があるからこそ今回の選択を取った面もあるが、仮に無かったとしても自分は同じか近い選択を取っていただろう。

 

 何が何でも彼らを守る。

 

 腕だけでなく、全身が衝撃と限界を超えた負荷で激痛と共に悲鳴を上げていたが、それでもアキラは強い決意と共にぶつかってきたピジョットの勢いを少しでも弱めようとする。

 周りがゆっくりに感じられる影響でアキラにとっては長い時間の様に思えたが、第三者視点から見た両者の激突は一瞬だった。

 

 彼がロケットランチャーを盾代わりにぶつけた直後、確かにピジョットの動きは止まったが、それも僅かな時間だ。

 ぶつけた衝撃でピジョットの嘴にぶつけた砲身は、凹んだかと思えばあっという間に砕けてしまったのだ。

 ギリギリまで粘っていたアキラは咄嗟に体の軸をズラして避けようとしたが、どれだけ超人的な反応速度と感覚を活かしても車に掠る様にピジョットにぶつかり、彼の体は跳ね飛ばされた。

 

 だが、無茶をした甲斐はあった。

 

 真っ直ぐ突撃してきたピジョットの軌道を上にズラしたことで、一時的にレッド達から離れさせることが出来た。

 代償として愛用していたロケットランチャーが壊れたり、両腕を始めとした体中が痛くて倒れ込んだまま動けないが、十分価値があった。

 

 後は彼ら――手持ちのポケモン達がやってくれる筈だ。

 

 意図せず上昇する形で飛行していたピジョットは宙に留まるべく翼を広げたが、動きを止めた直後にサンドパンの必中”スピードスター”による狙撃を受ける。

 嫌な攻撃にピジョットは怯むと、ヤドキングを筆頭とした”サイコキネシス”を使えるポケモン達がピジョットの体を念で捕まえると同時に強引に引き寄せた。

 さっき戦った時と比べると明らかに弱っているのを彼らは感じ取っていたのだ。

 

 引き寄せられるピジョットに対して、ブーバーは拳に雷のエネルギーを溜め込みながら駆け出していた。引き寄せられている勢いに加えて、相性抜群の”かみなりパンチ”を叩き込もうと目論んでいたのだ。

 

 ところがいざ腕を突き出そうとした瞬間、危機が迫っているが故の馬鹿力を発揮したのか、ピジョットはまたしても念の拘束を振り解いて、ブーバーの首を足で鷲掴みにしたのだ。

 予想外の攻撃と首の圧迫感に一瞬息が止まったが、即座にブーバーは空いている方の手を向けて”めざめるパワー”を放とうとするがそれは出来なかった。

 中途半端に止まってしまったことで、”かみなりパンチ”のエネルギーが体中を駆け巡って集中力を阻害されたのだ。その影響で”めざめるパワー”のエネルギーもまた、中途半端になってしまったのだ。

 

 そのままピジョットはブーバーを地面に叩き付けようとしたが、サンドパンが”きりさく”で斬り付け、ピジョットはブーバーを手放すと同時に何歩か下がる。

 すぐに咳き込むブーバーを守る様にサンドパンは両者の間に割り込んで爪を構えると、ゲンガーもブーバーが背中に背負っていた”ふといホネ”を手に取ると高々と振り上げた姿勢で対峙する。

 二匹に対して、ピジョットも息を整えると負けじと翼を大きく広げて威嚇する様に吠えるなど、互いに一歩も退こうとはしなかった。

 

 一見すると二匹が協力すればピジョットを倒せそうに思えるが、ゲンガーとサンドパンは、今の自分達では倒すのにかなり苦労することを理解していた。

 彼らの真の狙いは時間稼ぎだ。

 今ヤドキングとドーブルの師弟コンビが、アキラや倒れているレッド達を念の力で少し離れたところに引き寄せている。

 

 勿論、ピジョットから距離を取って、少しでも安全を確保する意図もある。

 だが何よりもアキラが、この事態を想定して持ってきている回復道具を使って、倒れているカイリューの治療を行っているのだ。自分達の最大戦力にして頼れる仲間であるカイリューが復帰するのも近い。

 自分達はその時までの時間稼ぎに徹すれば良い。いざとなれば”みちづれ”で仕留めるのもゲンガーは選択肢の一つに入れていた。

 

 一方、二匹のすぐ後ろで蹲っていたブーバーは、暴発に近い不発で終わった自らの技の副作用に苦しんでいた。

 全身を駆け巡る痺れを伴った指す様な痛みには、堪え切れずに呻き声を漏らしていた。

 だけど、これよりも苦しい経験はあったことを自分に言い聞かせて、ひふきポケモンは根性で立ち上がろうと体に力を入れる。

 

 すると、何故か体は思っていた以上に軽々と流れる様に起き上がらせることが出来た。普通なら痛みを感じている時、体の動きは重くなったかの様に鈍るものだが、真逆の感覚にブーバーは困惑する。

 

 しかし、呑気に考えている暇は無かった。ピジョットは翼を振り下ろすと見せ掛けて足の力だけでジャンプするとゲンガーとサンドパンに跳び掛かったのだ。

 サンドパンの攻撃を仕掛けるのは可能だったが、それだけで止めることは無理と判断して二匹は左右に散る。

 狙いを外して無意味に地面を踏み締めたピジョットだったが、すぐ目の前にいるブーバーに気付くとひふきポケモンに対して”つばさでうつ”を振るった。

 咄嗟にブーバーは後ろに下がるべく地面を蹴ったが、何故か思っていた以上に早く体を動いた。

 

 全身を痺れる様な痛みがまだ走っているにも関わらず、逆に俊敏になっている体。

 訳がわからなかったが、ブーバーは不敵な笑みを浮かべると痛みを無視して、今度は逆にピジョットの懐に飛び込んだ。

 まるで”ものまね”で”こうそくいどう”を発揮しているのに近いスピードを発揮しているのを感じながら、ひふきポケモンはとりポケモンの顔面を殴り付ける。

 その威力にピジョットは怯むが、刹那の間にブーバーは同威力のパンチを数発決める。

 度重なる連戦で相手が弱っていることもあったが、それでも今のブーバーは速かった。

 

 これはいける。

 

 そう確信した直後だった。突然、ブーバーの体は急に重くなるを通り越して硬直してしまう。

 動かせないことは無いが、それでもまるで錆びたブリキのオモチャ並みだった。

 

 ブーバーの異変にサンドパンとゲンガーは気付くが、既にピジョットが体勢を立て直して避けるどころか動けないブーバーに襲い掛かった。

 

「よくやってくれた皆!」

 

 諦めの考えがブーバーの脳裏を過ぎった瞬間、聞き覚えのある声と共にひふきポケモンの姿は影に隠れる。

 見上げるとさっきまで倒れていたカイリューが、ブーバーを飛び越える形で宙を舞っていた。

 ピジョットとの攻防や未知数の衝撃波を受けたことで戦闘不能に追い込まれていたが、”げんきのかたまり”をアキラが与えたことで復活を遂げたのだ。

 そしてその右腕には、最近使う様になった技特有の黄緑色の一際濃いオーラが溢れていた。

 その技の名は――

 

「”げき…りん”!!!」

 

 腕を痛めているにも関わらず、前線から少し離れた場所にいたアキラは、まるで自分が攻撃を仕掛けているかの様に痛んでいる腕を突き出した。

 今カイリューと一心同体の感覚を共有している訳ではないが、思わず感情が高ぶったのだ。

 だけど、不思議とカイリューも彼と同じ様な腕の振り方で、”げきりん”のエネルギーを放っている右拳で思いっ切りピジョットを殴り付けた。

 

 右拳をぶつけた瞬間、カイリューが腕を突き出した方角に”げきりん”のエネルギーが黄緑色の光と共に生じた衝撃波と爆風が一直線に突き抜けた。

 爆風の余波はアキラ達がいる場所にまで広がったが、舞い上がった土埃が収まると、カイリューが腕を伸ばし切った方角の地面は一直線に抉れ、その先には白目を剥いて気絶したピジョットの姿があった。

 

 動く気配は無かったピジョットだったが、徐々に体中から発光している赤い光が収まっていき、それに伴って体も目に見えて縮んでいく。

 まだアキラのポケモン達は構えていたが、殆どは勝利を確信していた。中でもブーバーは手柄をカイリューに取られた気分だったが、あまり気にしていなかった。

 痺れと痛みで、未だに回復の兆候が見られない動きがぎこちない手を見つめ、ゆっくりとだがまるで確信したかの様に握り拳を作る。

 

 そして倒れているピジョットの体から禍々しい赤い光が消え、最終的に本来の大きさに戻ったのを見届けて、ようやくカイリューは伸ばし切った腕を下げて勝利の雄叫びを上げた。

 

 遂に彼らは勝ったのだ。

 

「や…やった…」

 

 彼らの様子にアキラは息を荒げながらも一安心する。

 今回も危うい戦いだった。

 多少の被害を被ったが、結果的に見ればサイドンの時と比べれば遥かに少なく済んだ。

 ところが気持ちが落ち着くにつれて、感情が高ぶるあまり体を動かしてしまった影響で再び体中に痛みが走り始め、アキラは体を屈めてしまう。

 

「アキラ…」

 

 意識を取り戻したニョロボンに支えられて、レッドはアキラに歩み寄る。

 気付いた彼は顔をレッドに向けるが、痛みを無視し切れなくて表情はぎこちない笑顔だった。

 

「レッド…勝ったぞ」

 

 額に汗を滲ませ、息を荒くしながらも精一杯の笑顔を浮かべて、アキラはレッドにそう告げるのだった。




アキラ、レッド達のピンチを救うと同時に無事に戦いを制する。

原作よりも早くイエローの帽子の下に秘められた秘密を知るレッド。
今後ちょっとだけ面倒なことに、なるのかならないのか、そんな感じです。

今回の出来事含めて、オリジナル章を中心に原作本編には出ないオリジナル設定や展開が今後出てきます。
そうなると「メガシンカ」や「リージョンフォーム」みたいに今回の現象などに関する「名称」を付ける必要性が出てきますが、基本的にはポケスペ原作やゲーム以外の色んなポケモンをモチーフにした作品や媒体などで既に登場している名称や関連するのを付けようと考えています(もしかしたら微妙に変わったりするかもしれませんけど)
決着は付きましたが、もう一話続きます。

次回についてですが、諸事情で更新は27日になった直後に更新したいと考えています。
もし遅れたりしたらすみません。


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残される謎

 机の上にある照明以外の光が消えた暗い部屋の中で、部屋の主であるカツラはガラス容器に入れられたある物を観察していた。

 入っているのは、先日タマムシシティの外れに大量に現れたという謎の鉱物だ。

 

 今から数日前になるが、その時に起きた事件についてカツラも知っていた。

 紫色の濃霧の確認、濃霧が発生した付近で見られた謎の鉱物群、そしてピジョットの大暴れなど大変だったと聞いている。

 

「既にエネルギーは無し…か…」

 

 カツラが照明に照らして観察している鉱物は、既に輝きを失っており、見た目はガラスと大差なかった。

 だが、これらは全てタマムシ大学から送られた貴重なサンプルだ。例えこの状態ではわかることが少ないとしても、まだわからないことが山の様にある。まずは今あるサンプル全てを調べ尽くす必要がある。

 

『どうですか? カツラさん』

「まだ何とも言えない。どのサンプルも…送られた資料にあるエネルギーどころか何一つエネルギーが検知されない」

 

 近くの机に置かれているパソコンの画面に映っていたエリカが今後の見通しについて尋ねるが、カツラの返答は芳しいものでは無かった。

 観測されたエネルギーについて纏められた資料を見る限りでは、確かにポケモンの進化に関係する石が持つエネルギーに近い。しかし、宇宙から落ちた隕石が持つ特有のエネルギーも有しているので、全く同じと言う訳では無い。

 エネルギーによってピジョットが変化したと聞いているが、今手元にある鉱物には現場で確認されたというエネルギーは少しも反応に無かった。

 

 今のところ得られた情報を基にすれば、鉱物に含まれているエネルギーが周囲の環境と何かしらの反応を起こすことで紫色の濃霧の発生に繋がったという仮説が立てられる。

 こう考えれば、霧が薄くなっていくのと消えていったことは説明できるし、エネルギーが失われていったのも、周囲に少しずつ放出されたからだと考えられる。

 しかし、この仮説にはまだ穴があるのや謎も多い。

 

 何故濃霧が発生する前は無かった筈の鉱物が、生える様に無数に突き出していたのか。

 現場の写真や報告書を見る限りでは、まるで植物の様に生えて来たとしか思えないのだ。

 そんな植物みたいに育ったりする鉱物など、カツラは聞いたことが無い。

 だけど未知の現象なのだから、常識では考えられない何かがあるのは十分に考えられる。

 

「ヒラタ博士はおるかな?」

 

 カツラが尋ねると、エリカに代わって今回の研究に関して第一人者であり、サンプルや資料を送ったヒラタ博士が画面に出る。

 

「現場には…隕石は落ちていたかね?」

『いえ、確認することは出来んかった』

「それでは…この結晶の様な鉱物は一体どこから…」

 

 資料には紫色の霧が発生したとされる場所には、進化の石に近いエネルギーと共に必ず宇宙から落ちた隕石が放つ特有のエネルギーがある。そして今回も、宇宙から落ちた隕石が発するエネルギーが霧が発生した付近や色や輝きを保っている鉱物から確認された事が記録されている。

 にも関わらず、現場周辺に隕石は落ちていなく、代わりに謎の結晶みたいな鉱物が無数に存在していた。まるで繋がりや関連性が見出せなかった。

 

『もしかしたら…紫色の霧の奥に何かがあると見るべきかもしれませんね』

「奥ですか?」

『はい』

 

 それからエリカは、ヒラタ博士とアキラから聞いたピジョットがタマムシの現場から離れてからカントー四天王を名乗っていたキクコと会ったことを話した。

 他の四天王と同じく消息が掴めなかったキクコが、あの現場にいたのは偶然では無い。現にアキラも、キクコが今回の事件の切っ掛けになったことを認めることを口にしていたと言っている。

 

『考えにくいかもしれませんが、紫色の霧が発生すると()()()()()()()()()()と私は考えています』

「どこかに繋がっている……つまり紫色の霧が同時期にもう一箇所発生しているということか」

『はい。例えばその日に別の場所に隕石が落ちて、その隕石が有しているエネルギーが何らかの形で影響を及ぼして、全く関係の無い場所に繋げているのではないかと』

「良い仮説だが、記録上はどこにも隕石は落ちていないのでは?」

『現在私達が探索出来る範囲は、カントー地方とジョウト地方の一部だけです。もしかしたら他の地方の可能性もあります』

 

 エリカが語る仮説にカツラと画面の向こうにいるヒラタ博士は唸る。

 彼女の仮説が正しいと考えると、紫色の濃霧は同時期に異なる場所で同時に発生すると言う事だ。そうなると他の地方でも今回みたいな出来事が起こっているのかもしれない。

 キクコから詳しく聞ければ良かったのだが、敵対関係なのと多くを語らずに再び姿を消してしまったのでもう無理だ。

 

『もしエリカの仮説が事実なら、もう一つ紫色の濃霧の発生地点を割り出す必要があるの』

『その為には、もっと多くの人達の協力が必要ですね』

 

 今はカントー地方が範囲だが、ジョウト地方まで範囲に収めることも可能だ。

 問題は、それ以外の地方に手を伸ばすには、現段階の人員や予算の関係で広めることが出来ない事だ。

 

「…私としては、今は手元にあるサンプルの解析も含めて、目の前のことに集中するべきだと考える。範囲を広げるのは時期尚早だ」

 

 別の場所と繋がっている仮説は確かに興味深いが、予算などの都合で確かめるのには限界がある。今はまだ解明し切れていない謎を解き明かすことの方が優先だとカツラは考えていた。

 そんなカツラの意見に、画面に映っているエリカとヒラタ博士は頷く。

 

『そうですね。カツラさんよろしくお願いします』

 

 エリカの言葉にカツラもまた頷き、テレビ電話の通話は切れる。

 改めて他の人がいなくなると、カツラは疼きを感じる右腕を抑え込みながら溜息にも似た疲れた様な息を吐く。

 時間が経つにつれて、体調はどんどん悪化の一途を辿っていたが、かつて自分が犯した罪のことを考えればどうということは無かった。

 一旦サンプルを机の上に置くと、カツラは少し離れた作業机へと足を運ぶ。

 

「さて、これは…どうしようかの」

 

 彼がやって来た照明に照らされた作業台の上には、無数の破片が並べられ、断片的に砕けた筒状のが置かれていた。

 

 それはアキラが愛用していたロケットランチャーだ。

 

 カツラ自身、過去にマチスが所持していたのを見たことがある。

 何故それがアキラを所持していたのかについての経緯は窺っているが、今回の事件でこの通り大破してしまったのだ。

 普通なら諦めるところだが、アキラはかなり気に入っていたのかカツラに修理を依頼したのだ。

 本人はダメなら諦めるつもりではあったが、カツラは快く引き受けた。

 

 あまりにも損傷が酷いので、修理と言うよりは新しく作り直すみたいな形にはなるが、どうせならもっと彼にとって使いやすい様にしてあげようとカツラは考えている。

 

「確か彼の希望では――」

 

 どういう改良を施して欲しいのか頼んだ要望書とイメージ図と思われる絵を見比べながら、カツラは彼が愛用していた道具を生まれ変わらせるべく手を動かし始めた。

 

 

 

 

 

「アキラ、お前は何時からイエローが女の子だって知っていた」

「――カスミさんの屋敷で特訓していた頃…かな」

 

 少し間を置き、目線を明後日の方向に向けながら腕を組んで椅子に座っていたアキラがそう答えると、ベッドに腰掛けていたレッドは顔を俯かせてプルプルと震え始めた。

 この後に何が起こるのかアキラは察すると、気まずそうに囁く声で彼に告げる。

 

「レッド、気持ちはわかるけどここは――」

「かなり最初じゃねえかぁぁぁーッ!!!」

「病院……遅かった」

 

 周囲の迷惑――そもそも今いる部屋には彼とレッドしかいないが、部屋から顔を出して周りの迷惑になっていないかアキラは確認する。

 例の騒動から今日で数日。以前のサイドンの時と比べれば拍子抜けに思える程に被害は少なかったが、それでもアキラを含めた関わった者の被害まで消えることは無かった。

 結果からいうと、アキラを含めた四人が負傷、一番軽かったグリーン以外は全員入院していた。中でもイエローは頭を強く打ち付けていて重傷だったが、今では回復しつつある。

 

 しかし、回復していく内にある些細な――レッドにとっては大問題が生じる様になった。

 

「気付く要素なんて幾らでもあったじゃん。屋敷での着替えは別。部屋も別。風呂だって俺やグリーンと一緒に入る時はあったけど、イエローは一度も無かったじゃん」

「教えてくれよ!!」

「そう思ったけど、レッドがイエローにやってきたことを考えると教えるタイミングもそうだし、状況的に変に関係をギクシャクさせたら――」

「うわああぁぁぁぁぁ!!!」

「レッド、ここは病院だって…」

 

 呆れながらアキラは、またしても絶叫するレッドを注意するが、彼は手足が痺れているにも関わらず顔を両手で覆って恥ずかしそうに悶えた。

 今回の出来事でレッドは、イエローが被っている麦藁帽子の下の秘密、即ちイエローが女の子だということを知った。

 これだけでもレッドはしばらく放心状態になる程の衝撃を受けたが、加えてどこかで見覚えのある姿であったのも、彼女が昔彼が助けただけでなくジムリーダーになると約束した子だということも判明して盛大にパニックになっていた。

 

「まあ、大丈夫だよ。イエローもわかってくれるさ」

「何がわかってくれるんだよ! 慰めにならねえよ! この堅物! ガリ勉!!」

「悪口になってないよレッド」

「お前達何を騒いでいるんだ。ここは病院だぞ」

 

 珍しく声を荒げるレッドとそんな彼に対して少しズレた対応をするアキラに、呆れた様子でグリーンが病室に入って来る。

 すると、レッドは半分涙目の表情でグリーンに縋り付いた。

 

「グリーン、何で教えてくれなかったんだよぉ~」

「気付かなかったお前が悪い」

 

 グリーンの容赦無い一言で刺さったのか。縋り付いたレッドは、目に見えて萎びるかの様に落ち込み始める。

 思っていた以上にイエローの正体を知った時のショックと反応がオーバー過ぎてアキラは肩を竦める。

 

「同じ病院にイエローもいるから、今度連れて来るか」

「いやちょっと待って、俺の中で心の準備が…」

 

 今回ばかりはアキラの提案にレッドは待ったを掛けるが、彼は普通に無視する。

 そんな二人の漫才もどきのやり取りに呆れながらも、グリーンはレッドの前に進み出た。

 

「ポケモン協会の方での手続きは俺やおじいちゃん、マサキがやっておいたぞ」

「――おう。悪いな」

 

 グリーンが口にした言葉を耳にした途端、レッドの気持ちを落ち着けると彼が手に持っている書類らしき紙が入ったファイルを受け取る。

 何の書類なのかアキラは気になったが、中に入っている書類に掛かれている文字が目に入り、思わず目を見開いた。

 

「…レッド、ジムリーダーは――」

「辞退したよ」

 

 取り出した書類を見ながら、レッドはトキワジム・ジムリーダーへの就任を辞退したことをアキラに告げる。

 

「な…なんで…」

「今は収まっているけど、ジム戦中に痺れが出ないとは限らないからな」

 

 あの戦いの影響なのか、手足の痺れを一層強く感じるだけでなく、その間隔までも短くなってきているのだ。

 ジムリーダーはただ単に挑戦者を倒すのではなく、その力量を計るのが仕事だ。場合によっては、意図的に長期戦をしてでも見極めなければならないのだ。

 常に何時動けなくなるかもしれない爆弾を抱えて、ジムリーダーになる訳にはいかないとレッドは考えたのだ。

 

「…後任は?」

「俺だ」

 

 暗い表情で尋ねたアキラの問いにグリーンが答える。

 余程人材不足なのか、レッドを始めとした推薦が効いたのか、レッドの辞退と合わせて引き受ける意思を伝えたらポケモン協会はアッサリと認めてくれたのだ。

 

「俺も残念だと思うけど、就任してすぐに休業はアレだからな」

「でもレッド……」

 

 レッドの言い分はわかるが、それでもアキラは納得出来なかった。

 シロガネ山の湯治の効果を考えれば、一時的に休業してから復帰しても良い筈だ。

 折角、知っているのとは違う形でレッドは夢の一つを叶えられそうだったのに、よりにもよって、本来起きない筈の戦いが原因でこんな結果になってしまったのだから尚更だ。

 

「アキラ…ジムリーダーの仕事がどんなものか知っているだろ」

「それは勿論、ジムリーダーの仕事って……挑戦者の力量を計ったり、時には町や人々を守る為に――」

「そうだ。ジムリーダーなら町や人々を守らないといけない」

 

 真剣な雰囲気でジムリーダーの仕事の一つをレッドは強調する。

 彼の様子と言葉にアキラは有る事に気付いた。

 

「もしかして…レッドは今回みたいな戦いがまた起きるって思っているの?」

「あぁ、そうだ」

 

 手首に触れながら、レッドは静かではあったが強い決意を滲ませていた。

 タケシやカスミ、そしてエリカの姿を見て来たからこそ、レッドは”町や人々を守る”という役目は、挑戦者の力量を図る以上に大切なことだと考えていた。

 何より、あの時の少女――イエローに約束したのは最強のジムリーダーとしてなのだ。

 最強どころか、いざと言う時に足を引っ張ってしまう様なジムリーダーになってしまうなどレッドとしては御免だ。

 

「旅立ったばかりの頃に経験したロケット団を始め、ここ数年間色んな事件やそれに伴った戦いが起きているんだ。――次も必ず来る」

 

 レッドが告げた内容に、アキラは衝撃を受ける。

 まさか彼の口から、次の戦いの可能性について言及されるとは思っていなかったのだ。

 だけど、彼の考えは尤もだ。それどころか当たっている。

 

「アキラもその事を察しているだろ。だから、今も俺に勝つ以外にも強くなろうとしている」

「あ…あぁ…」

 

 レッドの問い掛けにアキラはビックリするが、歯切れ悪そうに同意する。

 彼はこれまでの経験から、何時かまた自分達は戦う時が来ると考えているが、アキラは既に次の戦いが近いことを知っている。

 だけど知っているとしても、実際の戦いでは何が起こるかわからない。それを考えると全く手が抜けない。

 

 加えて自分がこの世界に来る原因にもなった紫色の霧絡みで、また戦いが起きたのだから、同じ理由でまた何かしらの戦いがあることを察するには十分だ。

 いずれにせよ。アキラ自身が元の世界で知っている以外での大きな戦いは、また来ることは確実と見て良い。

 

 今回の事件はサイドンの時と言い、ロケット団などの組織が背後にいるとは思えないなど完全な謎なのだ。

 あの場にキクコがいたのは気になるが、もし今回の現象について何か知っているのなら一年近く前の戦いで、タイプが変化したり巨大化する力を操っていた筈だ。

 悪事を働く気力を失っていたこともあると考えられるが、何か理由があるのは確実だ。

 

「退院したら、お前が言っていたシロガネ山に俺は向かおうと思ってる。ナナミさんの確認が取れていないけど、お前の言う事なら間違いないだろう」

「そんな買い被らなくても…ただ偶然知っていたのを提案しただけだよ」

 

 レッドがシロガネ山に向かうと聞き、アキラもまたシジマの元で行っている修行にさらに力を入れて取り組むことを決意する。

 今回も起きた紫色の濃霧絡みの戦いは、レッド達が自分達の地方で起きた事件や戦い身を投じて解決するのと同じ様に、ある意味切っ掛けを持ち込んでしまったかもしれない因縁のある自分が解決すべきだ。

 その為にも、更に力を付けていく必要がある。

 そんなことを考えながら、アキラは窓から病室の外に目をやったが、すぐに目を見開いた。

 

「どうしたアキラ?」

「あいつら何をやっているんだ?」

 

 タマムシ病院の広場の一角でアキラが連れる手持ちの何匹かが固まっていたのだ。リハビリも兼ねた軽いポケモンバトルが楽しめる様に広場はかなり広いスペースが確保されているので、手持ちが一部の場所を占拠しても大した問題にはならない。

 アキラが問題視しているのは彼らの行動だ。

 

 遠目ではあるが、エレブーとカイリューが放つ電撃をブーバーとバルキー、更にはゲンガーが揃って浴びているのだ。

 傍から見ると謎過ぎる彼らの行動に、広場に居た人達は皆距離を置いていた。

 

「悪いレッド。ちょっとウチの手持ちを止めて来る」

「お、おう。気を付けてな」

 

 顔付きだけでなく、アキラ自身の雰囲気が変わり、そんな彼の姿に少しビックリしたレッドは軽く言葉を掛けるくらいしか出来なかった。

 それなりに彼は怪我をしているのだが、怪我をして休んでいるとは思えないまでに足早く病室からアキラは出ていく。

 グリーンも少し目を見開いて見送るくらいしか出来なかったが、彼がいなくなってから、レッドは疲れたかの様に溜息を吐く。

 

「――また何か首を突っ込みそうだなアキラは」

 

 今の発言をアキラが聞いたら「人のこと言えないだろ」と言われそうだが、昔の実力があったことに調子に乗ってロケット団との戦いなどの厄介事に首を突っ込むことに忠告してきた人達は、正にこういう気持ちだったのだろう。

 

「ただ首を突っ込んでいるだけなら良いが…あいつはブルーよりも誰も踏み込ませないぞ」

「昔、俺みたいに調子乗っていた時、アキラに手痛い目に遭ったからだけじゃないんだ」

「余計な正義感で余所に迷惑掛けるお前に言われたくない」

 

 レッドが語る内容に、グリーンは苦々しそうな表情を浮かべる。

 頻繁に戦っているレッドとは違い、グリーンがアキラと直接対決したのは、三年近く前に彼から挑まれたあれが最初で最後だ。

 あの時の戦いを誰かに教えたことは無いが、十中八九アキラがレッドに話したのだろう。

 

 武者修行の旅をしていたこともあったが、あのバトル以来感じる苦手意識やトレーナーとしての方針などで互いに反りが合わないことも相俟って、グリーンはアキラとあまり会話を交わしたことが無い。

 今回の出来事が起こるまで最後に彼と話したのは、自分の(せんせい)であるシジマについて聞く為にわざわざ探して来た時くらいだ。

 

 話を聞けば、アキラは(せんせい)に弟子入りをしたと聞く。シジマのことをよく知るグリーンは、(せんせい)の指導を受けることで彼の何かが変わるかと思った。

 だが、いざ会ってみると変わったのは実力などの外面ばかりで、内面も多少は変化はしているものの、それでもやはり一歩踏み込ませないのは変わっていなかった。

 

 今回も含めて今まで起きた事件や戦いでは、彼と連れているポケモン達が加勢したお陰で助かった場面は多い。そこはグリーンも認めざるを得ない。

 だけど、どこか違和感を感じるのだ。

 そういうところが、グリーンにとっては反りが合わないことを除いても、彼と距離を置く要因になっていた。

 

「グリーン、まずは待とうぜ」

 

 グリーンの様子に、レッドは軽くだが真剣な声色で呼び掛ける。

 彼もアキラの妙な点はわかっているし、グリーンが彼に対する苦手意識も相俟って好意的な感情は抱いていないことは理解している。

 アキラには自分達が知らない。否、触れられたくない何かがあるのは確実だろう。例えるならグリーンの言う通り、ブルーに近い。

 

 だけどそれは悪いことではない。仮に彼が悪いことを企むとしても、イタズラレベルならともかく本当の悪事は、本人と手持ちの気質を考えると無理だ。

 イエローとは関係が少々ギクシャクしてしまったが、仮に何か裏とかがあっても、それで関係を断つことはまず無い。

 信用していないから秘密を明かさないと考えるのは短絡的だ。何時になるかはわからないが、今は彼が明かしてくれるその日を待つだけだ。

 

 人には出来ることなら明かしたくない秘密がある。

 そのことをレッドは、今回のイエローを通じて学んでいた。

 

 レッド自身も絶対とまでは言えないが、知られたくない秘密はある。

 だけどそれは、しょうもない恥ずかしい秘密だ。イエローやアキラの様に断固として知られたくない秘密がどれ程のものなのか、どんな想いで隠しているのかは知らない。

 

「一人で抱え込むなよアキラ。もっと俺達を……周りを頼っても良いんだから」

 

 変に迫れば、彼は自分達の前から姿を消す。そんなことはレッドは望んでいない。

 彼がどう思っているのかは知らないが、例えどんな秘密を抱いていようとレッドにとってアキラは友人であり、互いに切磋琢磨するライバルであり、そして大切な仲間なのには変わりないのだから。

 

 

 

 

 

「お前らやりたいことがあるとしても、少しは周りの目を気にしてくれよ」

 

 さっきまで広場で奇行とも言える謎の行動をしていたカイリュー以外の手持ちポケモン達に、アキラはボール越しで軽く言い聞かせる。

 急いで広場に出た彼は、手持ちポケモン達の弁解を無視して彼らをモンスターボールに戻すと、カイリューを引き摺って周りから向けられる視線から逃げる様に引き返したのだ。

 カイリューはまだ”げきりん”を”ものまね”したままなので、ボールには戻さない野放し状態だが、サンドパンとヤドキング、バルキー以外の新世代に彼の監視を任せてきた。

 

「…まだ腕が痛いな。ヒビは入っていない筈なんだけど」

 

 タマムシ病院内を歩きながら、アキラはまだ痛みを感じる腕を気にする。

 あれだけ無茶をしたにも関わらず、長期間の治癒が必要な怪我を負わなかったのが奇跡だ。

 師匠のシジマに事情を話して、レッドのシロガネ山への登山に自分も同行する形で、傷を癒すべきかもしれない。

 そんなことを考えていたら、アキラは目の前から見覚えのある人物が視界に入ってきたことに気付いた。

 

「あっ、イエローとナナミさん、こんにちは」

「アキラ君こんにちは」

「こ、こんにちは…」

 

 アキラは軽い感じで挨拶をするとナナミは明るく挨拶を返すが、イエローだけはどこかぎこちなかった。

 体を強張らせている様に見えるが、どうしたのだろうかと思いながらも彼はイエローの額に巻かれている包帯に目が向く。

 

「傷は大丈夫かな?」

「は、はい! 少しずつ治っています!」

「う…うん。それは良かった」

 

 イエローの反応にアキラは戸惑い気味だったが、ナナミは彼女がアキラに苦手意識を抱いているからなのを理解していた。

 連れている手持ちポケモンの性分がイエローと相性が悪いだけでなく、そんな彼らを有無も言わさずに黙らせる怖い一面を意図せずアキラが見せてしまったなど、タイミングが悪かったのだ。

 しかし、このことを伝えるとアキラはショックを受けることは間違いないので二人は隠しているのだが、やっぱり緊張してしまうのだ。

 

「さっきグリーンが部屋に来ていましたけど、一緒にお見舞いに来たのですか?」

「ええそうよ。その様子だとアキラ君もレッド君も元気そうね」

 

 「レッド」の単語を耳にした途端、イエローは若干肩を跳ね上がらせる。

 どうやら先日の戦いで麦藁帽子の下や本当の性別を知ったレッドと同様に互いに気にしているようだが、こればかりはレッドとイエローが自分達の手で解決しなければならない。

 手助けは出来るかもしれないが、こういう色沙汰関係はアキラは完全にお手上げだ。

 

「ア、アキラさん…」

 

 ぎこちない緊張した様子で、イエローはアキラに話し掛ける。

 彼女の雰囲気も相俟ってやりにくさを感じるが、アキラは何とか聞き洩らさない様に耳に意識を集中させる。

 

「レ…レッドさんは……その…元気でしょうか?」

「レッド? 普通に元気だけど」

「そっ、そうですか。良かったです」

 

 落ち込み気味のイエローにアキラは首を傾げる。

 良かったと言う割にはイエローの様子が暗いのだ。

 

「どうしたイエロー?」

「――アキラさん、貴方に聞きたいことがあります。他の人にも…レッドさんやグリーンさんにも聞こうと思っていますが……」

「? 聞きたいことって?」

「もしアキラさんは…今みたいに戦えるだけの力が無かったら、どんな風にレッドさん達の力になろうと考えるのでしょうか?」

 

 イエローが語った内容に、アキラは頭を働かせる。

 四天王との戦いを乗り越えたとはいえ、元々彼女は争いは嫌いだ。

 勿論、いざとなれば戦うが、数日前の戦いでイエローはレッド達の力になっていく自信を無くしてしまったのだろう。

 

 確かに、今の自分は昔と違ってレッドと一緒に並んで戦ったり出来るが、そこまでの力を身に付けることが出来なかったら自分は何をやっていたのだろうか。

 少しだけ感慨深くなったアキラだが、少し考えるのに時間を掛ける。

 

「…イエローとしてはどうしたいの?」

「僕は…どんな形でも良いから、レッドさんの助けに…なりたいです」

「そうか……俺なら…そうだな。正面から戦えないなりにレッドの助けになる様にやれることをやっていたかな。前に立って戦う以外にも、助言や情報収集とか」

 

 前にブルーと話した時、彼女が語っていたことをアキラは思い出していた。

 確かに一緒に肩を並べて正面から戦うのは、目に見えて一番大きい形で力になれるが、誰もが出来る様な事では無い。

 アキラが語る”戦う力が無くてもレッド達の力になれる”方法に、イエローは少しだけ明るくする。

 

「でも…俺個人の経験だけど、表に出ないとしても何かの事件や戦いに首を突っ込んでいる時点で、戦わなくても済むってことは全く無いね」

 

 少し躊躇い気味にアキラは、自身の経験も踏まえてどんな形でも戦う可能性があることについても言及する。

 人には向き不向きがある。それを自覚した上で、自分に出来る形でレッド達の力になろうとするイエローの姿勢は立派だ。

 だが、誰かの力になると言う事は、その時点でどんな形であれ敵対する側にとって協力者なのだから狙わない理由は無い。寧ろ、力が無い程狙って来る。

 

 彼の話に、先程まで希望を見出していたイエローは、一転して表情を暗くする。

 言われてみれば、彼女自身もレッドを探すべく旅に出ただけでカンナに狙われた経験があるからだ。

 

「どんな形であっても、戦う事は避けられないのでしょうか?」

「まあ、必ずしも戦わなければならないってことはない。狙われる可能性を考慮して、逃げる方法を考えておくのも必要かな、とは思う。俺自身、命が懸かっているけど勝つのが無理な戦いに遭遇した時は逃げている」

「――え!? アキラさんでも逃げる時があるんですか!?」

「う…うん。どんな相手でも絶対に勝てる戦いや安全が保障された戦いなんて無いからね。今でも逃げる練習や手段の確保は欠かさずやっている」

 

 「逃げる」発言をしてからのイエローの余りの驚き様に、アキラはビックリしながらも彼女の中で自分は一体どういうイメージなのか少し気になった。

 「逃げる」と言う行為は、一部の手持ちが嫌がる様に情けない行動に見えるが、命が懸かっている場面ではそんなことは関係無い。

 

 どんなにボロクソに叩きのめされても、逃げ切ることが出来れば相手の情報を得ることや次へ向けた再起を図る事が出来るからだ。

 それに逃走手段は、何も自分じゃなくて他の人を戦いの場から遠ざけることに応用することも出来るので、考えておいて損は無い。

 

「…結局のところ、何をやるにしても戦いに向き合ったり、力を付ける必要があるのですね」

「力って聞くと全部”戦い”とかに繋がる負のイメージがあったりするけど、実際はどんな形でも力があるってことは、動ける幅や可能性を広げることが出来る。俺もそうだし、イエローも憶えは無いかな?」

「はい…」

 

 レッドの助けになる力がある。

 その一言が、イエローの運命の歯車が動き始める切っ掛けだった。

 

 もし自分にその力が無かったらどうなっていたのだろうか。今でもトキワの森で憧れの人に想いを馳せているだけだったのだろうか。

 それに何かを成し遂げられるだけの力を持たなければ、口先だけで終わったり仲間の足手纏いになってしまう。

 ワタルとの戦いを通じて、イエローはその事を嫌でも思い知らされていた。

 思っていた以上に深刻に受け止めている彼女の様子に、アキラは少し言い過ぎた気がした。

 

「まあ、力を付けるのがすぐに戦いだとか、相手を傷付けるのに直結するとかでそんなに深刻に考えなくても良いぞ。力を付けるってのは、やり方次第では相手を上手く傷付けずに事を収めることも可能になる」

「それは…出来ればそうしたいです…」

「…グリーンがレッドのトキワジムに就任するから、学ぼうって気があるならカスミさんの屋敷での特訓の様に何時でも教えて貰えると思うぞ」

「!」

 

 さっき病室で知ったことをアキラはイエローに教える。

 イエローは今まで色んな人に教わって来たが、一番教わったのはグリーンだ。

 特にポケモンバトルに関する内容の殆どは、彼から教えて貰ったものなので彼女にとっては師匠の様なものだ。

 

 レッドがトキワジムのジムリーダーになれなかったのは残念だが、イエローの地元であるジムに就任するとなれば、以前の様に彼から様々なことが学べる筈だ。

 ひょっとしたら、単に戦う力や術を教われるだけでなく、自分よりも適切な助言をするだけでなくイエローにあったやり方を教えてくれるかもしれない。

 

 そんなことをアキラは考えていたが、偶然にもイエローも同じ考えに至っていた。

 ワタルとの戦いに勝つことが出来たとはいえ、偶然や多くの人達に助けられた結果だ。改めて、グリーンの元で様々なことを学ぶべきなのかもしれない。

 

「グリーンは今レッドの病室にいるから、会いに行ったら? 俺以外にも色々意見を聞けると思うよ」

 

 イエローの目がさっきまでとは違っていることに気付いたアキラは、グリーンの居場所と彼と話すことを勧めるが、急に彼女は顔を赤めてもじもじとし始めた。

 

「えっと…グリーンさんにはお訪ねしますが、今レッドさんと会うには心の準備が……」

 

 レッドと同じことを口にするイエローに、アキラは彼らの微妙な関係にどうすれば良いんだ、と言わんばかりに肩を竦めるのだった。




アキラ、次の戦いに備えるべく決意を新たにするのと身近にある別問題に頭を悩ます。

予定より遅れてしまいましたが、今話で一旦更新を終了します。
描きたい要素ややりたいことをたくさん入れたら、やたらと長いオリジナル章になってしまいましたが、次回から原作本編の第三章に突入します。恐らく、今までの章とは少し違った感じになるかもしれません。

ようやく、本作の第一話から度々描いている本来の時間軸での主人公に作品が後一歩のところまで近付いてきました。
第三章も長くなりそうなので、キリが良いと思うところまで書いたら更新を再開します。


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第3章
見据える先


続きを待っている読者の方がいましたら、長らくお待たせしてすみません。
まだ更新予定の数話だけ書いてる途中ですが、進行状況的に更新中に書き切れると考えたので更新を再開しようと思います。

更新が滞る期間が長引きがちですが、止まっている間も読んで頂けたり感想や評価を送ってくれる読者の方には本当に感謝しています。
しばらくは更新し続けるので、楽しんで頂けたらなによりです。

それでは、今話から第三章編を始めます。


 バトルをしているポケモンが描かれた派手なポスターが飾られたフロアで、アキラは目の前に並べられている商品を眺めていた。

 

 彼が今いるのは、コガネデパート内でスポーツ用品やポケモンの鍛錬に使われる道具をメインに販売しているフロアだ。

 様々な形で手持ちを鍛えている彼だが、シジマの元で修業を積んだ影響もあり、最近は本格的なトレーニング用具を用いた鍛錬にも手を伸ばしていた。

 コガネ警察へのポケモンバトル指導を終えた後に予定していた買い物では、ここに立ち寄る予定は無かったが、移動途中で気になったので下見も兼ねて見に来たのだ。

 

「すみません。このミットについて少し御伺いしたいことが」

 

 眺めていた商品から、アキラは打撃練習に使われるパンチングミットを手に取って近くの店員に尋ねる。

 呼ばれた店員はすぐに向かうと、彼の質問に丁寧に答えてくれた。

 中でも耐久性能に自信があるだけでなく、格闘系のトレーナーが自身のポケモンを鍛える目的で使用することも想定しているという回答がアキラは気に入った。

 連れているポケモン達の攻撃力――打撃力が最近とんでもないことになってきているので、耐久性に優れて尚且つ長続きしてくれないとお金の無駄だからだ。

 

「軽く試しても良いでしょうか?」

「勿論です」

 

 近くに屋内故に少し狭いがトレーニング用具が並べられたリングみたいな場所があったので、そこに移動したアキラはモンスターボールを一つ手に取り、中からブーバーを出した。

 出て来たひふきポケモンは、ボールの中で事情を把握していた様ではあったが、彼から向けられる視線をアキラは気にすることなく両手にミットを嵌めて準備を進めていく。

 

「あの…他の手持ちに嵌めないのでしょうか?」

「? いえ、自分が彼らの練習相手をするつもりですが」

「そ、そうなのですか」

 

 確かにさっきした説明で格闘系のトレーナーは自分自身が直接ポケモンのトレーニング相手になることを話したが、本来ならミットをポケモンに持たせて他の手持ちの練習相手をすることを想定している。

 これが如何にも鍛えられている熟練トレーナーならわかるが、まさか彼みたいな若い少年が自らポケモン達の練習相手をするとは思っていなかったのだ。

 止めるべきかなのか困惑している店員を余所に、準備を終えたアキラはブーバーと向き合う。

 

「さぁバーット、試しに軽く掛かって――」

 

 だが言い切る前に彼のブーバーをいきなり拳を突き出してくる。

 アキラは即座に手に嵌めたミットでガードすると小気味で良い音が響く。

 

「おいおい、いきなりかよ」

 

 相変わらずな手持ちにアキラは苦言を漏らすが、気にすることなくブーバーはジャブを繰り出し始めた。

 最初は付き合っていた彼だが、ひふきポケモンのジャブのスピードと込められている力が徐々に増していることに気付くと、手に負えなくなる前に手を打った。

 一瞬の隙を突き、彼は突っ張りを放つ様にブーバーの顔にミットを押し付けたのだ。

 顔にミットをぶつけられた衝撃で、ブーバーはバランスを崩して後ろに倒れ込む。

 

「まだ買っていないんだからそこまで強くやるな。後で幾らでも付き合ってやるから」

 

 不服そうに舌打ちをするブーバーに告げながら、アキラはミットを外していく。

 ”ほのおのパンチ”程の熱を発していなかったとはいえ良い素材を使っているのか、ミットには焦げ跡らしい焦げ跡は見当たらず新品同然の状態だった。

 今は買う事は出来ないが、今度来た時にこれを新しく買うかとアキラは決めるが、一連の出来事を見ていた店員はポカーンと間抜けそうな表情を浮かべていた。

 

「さ、最近のトレーナーは凄いですね。トレーナー自身がポケモンの練習相手になるなんて」

「まぁ…()()()()()()()()()の一つですので」

 

 店員の反応にアキラは困惑するが、特に気にすることは無かった。

 一方店員の方は、手持ちポケモンが繰り出す攻撃を難なく捌くだけでなく、反撃して止めるまでを行えるアキラに驚きを隠せないでいた。

 

 ブーバーをボールに戻し、アキラは他のトレーニング用具にも目を向ける。

 手持ちポケモンと直接対峙――()()()()()()を行う意義は、それなりにある。

 だがそう頻繁に行えないし下手をしたらシロガネ山の秘湯へ行かないといけなくなる可能性があるので危険と言えば危険だ。

 ルートはある程度覚えてはいるが、次シロガネ山へ行くとしたら余計な事情を抱えずに手際良く行きたいものだと考えながら、アキラは過去を思い起こすのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「準備良し。後は待つだけ」

 

 この三年間、居候先で自室として利用している屋根裏部屋の中で、愛用してきたリュックの中に旅の必需品を詰め込んだことを確認しながらアキラは頷く。

 数日前にあったジムリーダー試験中にあった事件は、レッドがジムリーダーへの就任を辞退する切っ掛けになるだけでなく、以前から彼が勧めていたシロガネ山の奥にあるとされる秘湯に向かうことを決意する決定打となった。

 なので言い出しっぺであるアキラは、レッドがシロガネ山へ向かうのに同行するべく、何時でも出られる様に準備を整えていた。

 

 時計に目を向けるが、予定の合流時刻までまだ余裕はある。

 予定では、そろそろレッドが自分の居候先であるこのクチバシティに来る筈だ。

 何故シロガネ山へ向かうのに海に近いクチバシティで合流するのかと言うと、ディグダの洞窟を利用して移動するからだ。

 

 以前ヨーギラスがアキラの元にやって来る時、彼の母親のバンギラスと協力関係であるディグダとダグトリオの群れがわざわざシロガネ山付近から直通の地下道を掘ってきている。

 今は安全面などの都合で塞いでいるが、それでも少し手間を掛ければ問題無くシロガネ山付近にまで繋がる地下通路として利用出来るので、そこを使うつもりなのだ。

 レッドは空を飛んでいくつもりだったが、シロガネ山近辺を訪れた経験のあるアキラは、過去にあった出来事を思い出してそこを利用することを提案したのだ。

 

 現在時刻を確認したアキラは、シロガネ山へと連れて行く九匹の手持ちの様子を窺うべく屋根裏部屋から出る。

 下に降りるとアキラのポケモン達――鍛錬に余念が無いブーバーとバルキーの二匹以外は、リビングや外で各々ダラけていたりしてのんびりと過ごしている姿が目に入る。

 何時も通りな光景に彼は安心するが、見渡していたら一つだけ気になる集まりがあることに気付いた。

 

「どうしたお前ら?」

 

 外履きを履き、途中でサンドパンと合流したアキラは、顔を俯かせて草の上に座り込んでいるヨーギラスと体を屈めて彼と向き合っているエレブーに呼び掛ける。

 どうもあまり空気が良く無さそうだったので様子を見に来たが、ヨーギラスは浮かない顔を持ち上げる様にこちらに向けるがすぐにまた俯かせた。

 彼の面倒を見ているエレブーも、お手上げなのかわからないが一緒になって肩を落としていた。

 

「…二匹揃ってどうした?」

 

 改めて尋ねるが、二匹は溜息をつくだけで全くわからない。

 ヨーギラスは折角故郷であるシロガネ山に一旦戻れる機会だから喜ぶものかと思っていたが、何故浮かない表情なのか。

 二匹が落ち込んでいる理由をアキラが考え始めた時、彼の困っている空気を察したのか、何時の間にかゲンガーとヤドキングが彼の背後にいた。

 彼らは揃って各々が愛用している絵本などの教材を手に持ち、どこからか取り出したノートとペンで競う様に何かを書き込んでいた。

 

 この数カ月の間に文字の勉強を本格化させた二匹だが、今では簡単な単語を()()()()()()()上で幾つか書くことが出来る程の成果を挙げていることをアキラは把握している。

 簡易的な通訳による意思疎通をすることが可能になったが、彼は二匹の通訳をあまり活用していなかった。

 

 まだ慣れていないので時間が掛かってしまうのやゲンガーが「通訳料」名目での対価を遠慮無く要求して来ることもあるが、一番の理由は彼らの通訳前提での意思疎通に頼り過ぎてしまうのを避けるためだ。

 だけど手持ちの考えや意図を理解する時間を短縮したり、正確に把握するにはこれ以上無く助かる能力なので、こういう時には本当に役立つ。

 ヤドキングはノートにゆっくりと丁寧に書いていたが、ゲンガーの方は途中で書くのを止めて、教材として扱っている「ニャースでもわかるあいうえお」のとあるページをアキラに見せる形で開いた。

 

「『よ』は…よるの『よ』?」

 

 ゲンガーが開いているページの内容をアキラは読み上げるが、次にゲンガーは『わ』が書かれたページを開き、さっきと同じ様にアキラが読み上げると次に『い』のページを開く。

 それから最初の『よ』のページに戻って、同じ三ページを繰り返し見せる。

 

「『よ』、『わ』、『い』……弱い?」

 

 アキラが思い浮かんだ単語を口にするとゲンガーは頷く。一方横で書いていたヤドキングは、先を越されたと言わんばかりに表情を歪めて手にしていたペンの動きを止める。

 彼らの反応を見る限りでは、ヨーギラスが落ち込んでいるのはこの”弱い”の一言に集約される。

 そして”弱い”でアキラの頭に浮かぶことは――

 

「もしかして、最近の戦いとかで全然力になれていないことを落ち込んでいるのか?」

 

 アキラの問い掛けに、ヨーギラスはゆっくりと頷く。

 軽く振り返るだけでも、最近は宿敵であるワタルや彼自身が謎を解き明かそうとしている現象絡みでの規模の大きな戦いが立て続けに起こってきた。

 それらの出来事に、ヨーギラスは他の面々と共に果敢に挑んできたが、確かにやられる場面は多かった記憶がある。

 

 周りは活躍しているのに、自分だけ何時までも足を引っ張っている。

 そんなことを経験するのは誰だって嫌だろうし、何回も同じ目に遭ったら本当に強くなれるのか自信を無くしてしまうのは無理ないだろう。

 どうしたら良いかとアキラは考えるが、深く考え込む前にサンドパンとエレブーに自然と視線が向いた瞬間、あることに気付く。

 そうだ。幼いいわはだポケモンの悩みを解決する答えは目の前にあるじゃないか。

 

「ギラット、焦る気持ちはわかるけど、今は将来強くなる為に必要な下積みみたいなものだ。今お前が頼りにしているエレットやサンットだって、昔はそこまで強く無かったし戦うのに積極的じゃなかった」

 

 ”学問に王道なし”と同じとは言わなくても、どんな手段でも強くなったり力を得ようとするには相応に時間と手間を掛けなければならない。

 普通なら本当に手間と時間を掛けても上手くいくのかわからないものだが、前例があるのならその可能性は信じやすくなる。

 その前例としてアキラは、ヨーギラスの指導担当であるエレブーだけでなく、手持ちの数少ない良心にして真面目で誠実なサンドパンを挙げた。

 

 サンドパンは手持ちに加わったばかりであるサンドの頃は、能力の低さ故に他の手持ちにはまるで対抗出来なかった。だけど少しずつ成長を続けたことで、進化に至れただけでなく今ではカイリューやブーバーでも苦戦する程に強くなった。

 エレブーも素質はあったが臆病な性格故に、痛い思いをする戦いは避けたがる傾向があった。けど力が付いたお陰で自信を身に付けるだけでなく、今面倒を見ているヨーギラスとの出会いを機に最大の武器である”打たれ強さ”を存分に活かす覚悟を決めた。

 

 皆、最初から今と同じくらい強かった訳では無い。少しずつ成長するだけでなく、何かしらの切っ掛けで一皮むけたりすることで飛躍してきた。

 そんな彼らが成長していく姿をアキラは間近で何年も見て来たこともあるが、他にもヨーギラスが強くなるだろうと考えている根拠はある。

 

 それは”環境”だ。

 

 アキラ自身、この世界に迷い込んだばかりの頃は色々痛い目に遭ったり苦労したりしてきたが、リーグ優勝経験のあるレッドを始めとしたジムリーダーなどの腕利きトレーナーとは普通の人より知り合う機会が多かった。

 そのお陰で彼と手持ち達は、シジマに師事する前もレッドとの頻繁な手合わせのみならず、困った時はポケモンバトルの専門家であるジムリーダーからの助言や手助けを借りやすく、やろうと思えば強くなれる環境的な下地は十分に整っていた。

 

 故にアキラの育成力も関係しているが根気とやる気さえあれば、古参世代と同じか少し良い環境に身を置いているヨーギラスは、長い目で見れば進化の有無関係無くある程度の力は付く筈だ。

 

 自分の力の無さを自覚したり、不甲斐無さを嘆くことは必ずしも悪いことでは無い。

 弱いことを自覚するからこそ、更に強くなろうとする原動力に繋がる。弱かった頃を知っているからこそ、強くなれた時にそのことを強く実感することが出来るものだ。

 嫌な事で落ち込むことはあっても、めげずにひたむきに頑張り続けることで経験を積み重ねていく、それが今のヨーギラスには大切だろう。

 

 アキラが語る内容を聞いていたヨーギラスは、それが本当なのか確かめるかの様にサンドパンとエレブーに顔を向ける。

 二匹は――特にエレブーはヨーギラスの中では憧れであると同時に初めて会った時から、少しおっちょこちょいな面はあるが戦いの時は力強くて頼りになる印象があった。そんな彼らが、今の自分の様に強く無かった頃があったのが少し考えられなかったからだ。

 エレブーは頬を掻きながら少し恥ずかしそうに目を逸らすが、サンドパンはそんな半信半疑の手持ち最年少の頭を優しく撫でながら頷く。

 

 誰だって最初から強かった訳じゃない

 

 ゲンガー達の通訳を介さなくても、アキラにはサンドパンがヨーギラスにそう伝えている様に感じられた。ヨーギラスはまだどうするべきか悩んではいたが、それでもさっきよりは暗い雰囲気は薄れていた。

 それから暫く考え込んでいたヨーギラスは、やる気を取り戻したのか定かではないが、鍛錬に熱を入れているブーバーとバルキーに加わるのをアキラ達は見届けるのだった。

 

 

 

 

 

 ひとまず悩むヨーギラスを奮い立たせることが出来たと判断したアキラは、その後一旦自室の屋根裏部屋に戻っていた。

 遅刻しているのか、約束の時間になってもレッドが来ないのだ。

 家に電話しても通じなかったので移動中だと見た彼は、先程までのヨーギラスの様子を思い出しながら、目の前の机の上に広げているノートの内容に目を通してた。

 そこには最近加入した新世代――第二世代の手持ち達について彼が簡単に纏めた内容が書かれていた。

 

ギラット 種族名:ヨーギラス

タイプ いわ・じめん

確認時のレベル 33

性別 ♂

覚えている技

かみつく、たいあたり、いやなおと、いわおとし、いわなだれ、すなあらし、まもる(練習中)、ものまね

指導担当 エレット(エレブー)

課題

成長中ではあるが覚えている技が少ないため、攻撃手段や範囲は限られている。

体の動かし方も能力の関係で素早くは無いので、先を読んで動きを伝える必要が特にある。

 

 さっきの彼は自らの至らなさに落ち込んではいたが、まだ生後一年程度なのを考え得ると進化に必要な最低基準を満たせているので、客観的に見たらかなり成長しているとアキラは見ている。

 だが、進化するにはレベル以上に気持ちの持ち方が影響する。なのでヨーギラスの気持ち次第だが、まだまだ秘めている力は発展途上だ。

 

 バンギラスに進化すれば戦える選択肢は大幅に広がるが、それまでは範囲が限られている。

 だけど将来を期待するのは良いが、今のヨーギラスとしての姿と次のサナギラスの姿で戦う方法はしっかり考えないといけない。幾ら周りに強くなれると言われても、今その実感や成果を本人が得られなければ意味が無いからだ。

 ヨーギラスの目線に立ちつつ、どう戦っていけば良いのかと頭を働かせながら、ついでとばかりにアキラは他の新世代に関する纏めも見直す。

 

バルット 種族名:バルキー

タイプ かくとう

確認時のレベル 39

性別 ♂

覚えている技

たいあたり、いわくだき、みきり、ものまね

指導担当 バーット(ブーバー)

課題

覚えている技は少ないが、技でも無い体術を上手く扱える身のこなしと技術力を持つため相応の戦闘力を有している。

しかし、かくとうタイプ特有の接近戦に特化している関係で距離を取られると対抗手段が殆ど無いのが今後の改善点。

 

ブルット 種族名:ドーブル

タイプ ノーマル

確認時のレベル 43

性別 ♀

覚えている技

スケッチ、へんしん(主にミルタンク)、サイコキネシス、ふぶき、その他色々

指導担当 ヤドット(ヤドキング)

課題

覚えている技の数は非常に多いが、能力が低い関係で大きなダメージを与えることは難しい。

その為、ある程度強いポケモンが相手の場合は独力で対抗することは困難。

パワー不足を補えるミルタンクへの”へんしん”は、完成度は高いが大きなダメージを受けると維持出来ないことも課題である。

 

 バルキーもヨーギラス同様に加入して間もないが、元々はシジマの元で鍛錬をしていた個体の一匹なので戦いには慣れている。

 向上心の強いブーバーの元で学んでいることもあるからなのか、目に見えて強くなっているがまだ進化の兆候は見られない。バルキーは育成次第で進化する種類が変化することを、シジマから聞いているのと彼自身の元々の知識としては知っている。

 正確なレベルや条件は忘れているが、何に進化しても彼としては構わなかったのでこの辺りは気にしていない。

 

 エビワラーでもサワムラーでもカポエラーでも、どれに進化しても格闘技が主体なのは変わらないからだ。

 覚えている技はヨーギラス同様に少ないが、それでもたまに道中で挑むそれなりに強いトレーナーが相手でも十分に渡り合える実力を有している。

 しかも良くも悪くも師事しているブーバーの影響を強く受けているのか、諦めが悪くて執念深い。

 

 ドーブルに至っては制限があったとはいえ捕獲に苦戦したことを考えると、現在のレベルはその強さに十分見合ったものと言える。

 問題はドーブルの姿だと間接的な攻撃以外は軒並み威力が低い点だ。ミルタンクに”へんしん”すれば、物理的な攻撃力が本物のミルタンクと同等になるが、物理攻撃一辺倒になるのと強い衝撃を受けると元の姿に戻る欠点がある。

 今のところは頭が良いだけあって、他の手持ちと連携することで欠点を巧みに埋めているが、独力で戦うとなると少し厳しいものがある。ミルタンクに”へんしん”する以外で、パワー不足を補う方法は無いものか。能力を上げる技を使う方法は以前から考えているが、それでも十分な威力になるまで時間が掛かる。

 

「何年経っても強く育てるのは大変だな」

 

 ノートを閉じて屋根裏部屋から出たアキラは、再び外にいる手持ちの元へと向かうべく階段を下りていく。

 新しく加わった新世代の三匹は、古参世代の六匹が手持ちに加わったばかりの頃と比べれば、成長速度はかなり早い。

 しかし、まだ全体的にパワー不足なのと()()()()()()()()()()がある。

 とはいえ、カイリューを筆頭とした古参世代も問題が無い訳では無い。彼らもまた、後輩達同様に今でも更に強くなる為の試行錯誤の真っ最中だ。

 カイリューは”げきりん”、ゲンガーは”シャドーボール”、サンドパンの急所狙い、そして――

 

「あっ、アキラの兄ちゃん」

「お、どうした?」

 

 外に出ようとしたタイミングで、アキラは何年もお世話になっているこの家に住んでいるヒラタ博士の孫に会う。

 様子から見るに自分を探していたらしい。

 

「いや、バーットがまた倒れているから」

「またか…」

 

 それだけで事情を察したアキラは頭を痛そうに抱え、少し歩みを早めて外に出ると真っ先にひふきポケモンの姿を探した。

 

「バーット、そろそろ止めないと置いて行くぞ」

 

 息を荒くして仰向けに倒れているブーバーをすぐに見つけて、アキラは最後の警告を伝える。

 今までこのひふきポケモンは、一般的な方法以外にもテレビで放映されている特撮番組で見たものを取り入れた奇抜だったりぶっ飛んだ特訓を実践してきたが、今彼がやっているものもその内に分類される変わったものだ。

 

 ”かみなりパンチ”のエネルギーを意図的に全身に流す形で暴発させて、自らの能力を底上げする――らしい。

 

 初めてブーバーがやっている奇妙な特訓の目的を知った時、アキラは自分の理解力不足かブーバーの主張を時間を掛けて教えてくれたゲンガーとヤドキングの訳ミスかと思ったものだ。

 今ひふきポケモンが目指しているのは、”状況に応じて適切な能力を特化させる”というもの。わかりやすい例を挙げるなら、ポケモンで言う”フォルムチェンジ”みたいなものだ。

 

 まさか一部の限られたポケモン以外で、そんなことが実現出来る可能性が有るとはにわかには信じ難かった。それに、もしブーバーが主張していることが出来るのなら、既に腕利きトレーナーの誰かが実現させている筈だ。

 仮に実現しているのにあまり普及していないとなると、編み出されたばかりの新技術か、カイリューが稀に引き出す負担度外視の大技と同じメリットよりもデメリットの方が大きいかのどちらかだ。

 そしてアキラは後者だと見ており、実戦で活用出来るとしても短期決戦向けと考えていた。

 

「まあ、ロマンを追い掛けるのは悪いことじゃないけどね」

 

 どうせ止めてもブーバーは止めないのだから、気が済むまでやらせるのが一番だ。

 単純に”かみなりパンチ”のエネルギーを流せば上手く出来る訳ではないらしいので、その詳しいメカニズムをブーバーは手探りで解明しようとしている。

 ワタルのカイリューが見たことも聞いたことが無い方法で”こうそくいどう”をしても尚上回るスピードを実現していたが、あれとブーバーが目指しているものの関連性は不明だ。

 仮に関連性があるとしても、アキラは絶対に奴に尋ねるつもりは無い。寧ろ、次会ったら今度こそ全ての手持ちを戦闘不能に追い込んで無力化した後に警察へ叩き出してやると心に決めている。

 

 そんな荒っぽいことを考えていたら、立ち上がったブーバーが息を整えながら挑戦的な目付きでアキラに指を突き付けてきた。

 

「練習相手になれってことか? まだ先生の監督無しだとあんまりやるべきじゃないし、そもそも今疲れる様なことをやってどうする?」

 

 すぐに意味を察したアキラの言い分に、わかっていたのかブーバーは納得するが少々不満気だ。

 最近、アキラ自身の成長が良いからなのかは知らないが、遂にシジマは自身の監督下限定でトレーナー自らが直接手持ちの練習相手をする方法を教えてくれる様になった。

 まだ本格的な――シジマが稀にやる手持ちとのスパーリングまではいかないが、それでもアキラはパンチングミットなどの練習用具や防具を身に付けて、手持ちの打撃練習の相手をする機会が増えてきた。

 人がポケモンの特訓相手をする。当然怪我を負う危険性は付きまとうが、シジマが語っていた行う意義とアキラ自身の経験を考えれば、絶対に物にしたいと思っていた。

 

「――まだかなレッド」

 

 様々な形で時間を潰してはいるが、流石に中々来ないレッドにアキラは愚痴を漏らす。

 一体彼は何をやっているのか。()()()()()()姿()()()()のを見ると、そろそろあちらの準備も整う頃だ。そう思っていたらカイリューは遠くの空から飛んでくる何かに気付いた。

 釣られる形でアキラも顔を向けると、最初は小さかったそれは徐々に姿が認識出来るにつれて、オレンジ色の体色をしたカイリューと同じドラゴンみたいな姿をしたポケモンだった。

 そしてそのポケモンは、彼が待っているレッドらしき人物を背中に乗せていた。

 

「リザードン?」

 

 全く想定していなかったポケモンをレッドが連れているのにアキラは首を傾げる。

 彼の手持ちにリザードンはいなかった筈だ。そうなると彼の身近でリザードンを手持ちにしているトレーナーは――

 そんなこんなで色々考えているアキラを余所に、レッドを乗せたリザードンが彼らの前に静かに着地する。

 

「レッド、予定より三十分以上も遅れているぞ」

「わりぃわりぃ、そんなに遅れていたんだ」

 

 どうやら予定よりも遅れてしまっていた自覚が全く無かったらしい。

 ポケモンの飛行速度は種ごとに異なっているから、彼の見通しが甘かったのだろう。

 だが、実際の理由が違う事をアキラはすぐ知ることとなる。

 

「実は、遅れたのには訳があってな」

「…訳?」

 

 疑問を漏らすアキラに、レッドは腰に付けていたモンスターボールの一つを見せる。

 中身を覗くと、中には今彼が乗って来たリザードンと同じく彼が連れていない筈のポケモンであるカメックスが入っていた。

 その姿を見たアキラは、今目の前のボールにいるカメックスが何を意味しているのかに気付く。

 

「ブルーに会っていたの?」

「そう。出る直前にシロガネ山に行くことをどこかで聞いたらしくて、俺にこいつを貸してくれたんだ」

 

 最初レッドは、彼女のエースであるカメックスを借りるのを躊躇ったものの、結局彼女に押し切られて連れて行くことになったと言う。

 ブルーが何故カメックスをレッドに貸したのかはアキラは知らないが、これから行くシロガネ山は強力なポケモン達の巣窟だ。戦力的には申し分ないので有り難いと言えば有り難い。

 取り敢えずこれで準備は整った――と思っていたら、今度はカイリューがリザードンを睨み付けており、両者の間に険悪な空気が漂い始めていた。

 今にも一戦始めそうな面倒な雰囲気にアキラは思わず溜息を吐く。

 

「はいはい。今ここで戦うのは無しだぞ。無し」

 

 カイリューの態度で確信したが、やはりレッドを乗せて来たのはグリーンのリザードンの様だ。

 どういう経緯でグリーンがレッドに一番の戦力である手持ちを貸したのかは知らないが、今はそれを考える時でも無いし喧嘩している場合でも無い。

 カイリューの腹を両手で力一杯押して、アキラはリザードンから距離を取る様に強引に押し退けていく。

 

 まだ”げきりん”を完全に覚えられていない”ものまね”している状態なので、モンスターボールに戻す訳にはいかないのだから余計なトラブルは起こして欲しく無い。幸いリザードンの方も睨み返してはいたが、グリーンが良く躾けているからなのか、そこで留めてくれたのも有り難かった。

 カイリューの方も引き離されたことで興味が薄れたのか、リザードンを視線から外したのを見てアキラはようやく一安心する。

 

「お前のカイリューって、グリーンのポケモンと相性悪いな」

「まあ気難しいからね。それよりレッドは必要な荷物はちゃんと持ってきた?」

「勿論、長丁場になることも考えて旅をしている時と同じくらい準備してる」

 

 背中に背負っている大きめのリュックを見せ付けて、レッドは準備出来ていることをアキラに見せる。それを見た彼は自分も荷物を取って来ようとしたが、あることが頭に浮かんで足を止めた。

 

「レッド、リュット達の今のレベルを確認したいから何時もの様にポケモン図鑑貸してくれないかな?」

「おう良いぜ」

 

 アキラの頼みに、レッドは慣れた様子で彼に取り出したポケモン図鑑を貸す。

 近年はボックスシステムの設備が整えられるなどポケモンセンターの機能は徐々に充実してきているが、それでも一般に利用出来る設備ではオーキド博士が開発したポケモン図鑑程にポケモンの正確な能力を把握することは出来ない。

 その為、アキラは時たまにポケモン図鑑を借りることで、手持ちポケモンのレベルや技などを把握している。

 今回もレッドから借りたポケモン図鑑を開くと、アキラは今この場にはいないサンドパンを除く手持ちの現在のレベルを中心としたデータを確認する。

 

カイリュー レベル75

ゲンガー  レベル69

エレブー  レベル67

ブーバー  レベル74

ヤドキング レベル67

ヨーギラス レベル31

バルキー  レベル35

ドーブル  レベル40

 

「――あれ? 全員以前測った時よりも下がっている様な…」

「それについてだけど、オーキド博士の話だと図鑑のメンテナンスした時にポケモンのレベルを判断する基準が変わったとか何とかって言っていた」

「またか」

 

 記憶よりも手持ちのレベルが下がったことにアキラは首を傾げるが、レッドが話してくれた理由に納得する。

 今彼が話した様に、ポケモンのレベルは数年頻度でポケモン協会が判定方法や基準を変えているので、ポケモンの力量を表すレベルの表示は頻繁に変わる。

 一応ポケモンのレベルの上限値は、名目上は100に設定されているが、基準が変わったりする関係でレベル100に達したポケモンは記録上存在しない。

 そもそもポケモンのレベルは50以上に上げること自体、一般的にかなり大変とされている。

 

 確かにゲーム同様に戦いの経験を積み重ねることで、ポケモンのレベルは上がる。

 だが、ある程度のレベルに達すると、ただ敵を倒したり技や体を鍛えたりするだけでは伸び悩んでしまう。

 それ以上レベルを上げるには、強敵や格上との死闘とも言える戦いや限界まで体を動かすなどの極限状況を経験することが必要になってくる。

 実際、四天王との戦いが終わった直後に計ったカイリューのレベルは、伸び悩んでいた50前半から一気に60後半近くにまで跳ね上がっていた。

 

 それに下がってはいるが、それでも全体的にかなりの高レベルだ。

 タケシやカスミ、エリカなどのジムリーダーの手持ちでも、ここまで高レベルの手持ちは殆どいない。

 だけど図鑑などで表示されるレベルは、あくまで人間から見てわかりやすい指標として使われているだけなので過信は禁物である。

 

 基本的に肉体の強靭さや体内に秘めているエネルギーの強さなどの機械で測定出来る要素からレベルを判断しているので、技術面などの測定されない面はレベルには考慮されていない。

 この世界でレベル差が圧倒的に下である筈の格下が格上を倒すことがあるのは、そういう技術面や潜在能力を瞬間的に高める火事場の馬鹿力みたいなのを発揮することがあったりするからだ。

 他にもその日の調子が悪ければ、ロクに力を発揮することも出来ないので高レベルなのは有利ではあっても絶対では無い。

 

「――おっ」

 

 土が盛り上がり、アキラ達の足元に一匹のディグダが顔を出す。

 続けてサンドパンが土の下から出て来たのを見ると、どうやら地下通路の準備が整ったらしい。

 今は他のディグダやダグトリオの群れが警戒してくれている筈だが、早く向かって入り口だけでも塞いで、誰かがシロガネ山へと繋がる地下通路の存在に気付いてしまうことは避けたい。

 

「レッド、ディグダ達が例の地下通路を使える様にしたらしいから行こう」

「おっしゃ。遂にあの山に行くのか。何だかワクワクするな」

 

 レッドの楽し気な反応に、アキラは少し遠い目を浮かべる。

 シロガネ山はその危険性故に立ち入り禁止されているのだが、レッドはそんな危うい場所でもまだ見ぬ未知の世界がどんなものか考えると楽しみらしい。

 最後にサンドパンの現在のレベルが65であることを確認したアキラは、手際良くゲンガーが屋根裏部屋に置いていた筈のリュックを持って来てくれたこともあり、ディグダの洞窟へと足を運ぶのだった。




アキラ、レッドと共にシロガネ山へと向かう。

遂に第三章スタートです。
今章は今までの章の中で最も色々な出来事にアキラ達が関わることになると思います。

更新頻度と更新時間は最後に更新した時と同じになります。


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目指せ秘湯

「ぶっ飛ばせ」

 

 眼を鋭く細めたアキラが低い声で伝えると同時に、カイリューは大振りで対峙していたゴーリキーの顔面に”メガトンパンチ”を叩き込む。

 拳が顔にめり込む程の一撃を受けたゴーリキーは、瞬く間に意識だけでなく体さえも吹き飛び、そのまま深い森の奥へと消えて行った。

 これで最後に戦っていた相手はいなくなったが、それでもアキラはカイリュー以外に出ているポケモン達と共に周囲に気を配る。

 

「そんなに気を遣わなくても良いよアキラ」

「そういう訳にはいかないよ。今のレッドは半分病人みたいなものなんだから、大人しく俺達に任せて。――よし、何もなさそうだから進もうか」

 

 周囲の確認を終えたアキラがそう伝えると、レッドの後ろにまで下がっていたバンギラスとダグトリオが前に出る。

 事前に手持ちポケモンを経由して伝えていたことだが、今回アキラの手持ちのヨーギラスの親であるバンギラスと協力関係にあるダグトリオの二匹が、アキラ達のシロガネ山を進んでいく中での案内役を引き受けてくれている。

 二匹はシロガネ山の猛者達を相手に十分通用するだけの力はあるが、基本的には案内役なので襲って来る野生ポケモンはアキラ達が相手をしていた。

 

 本当は空を飛んでいきたいが、事前に調べた資料によると一定高度以上は有毒なのか良くわからないが変な空気の層と雲が存在しているので、まともな飛行が出来ないことは判明している。

 実際に訪れると低空飛行することは出来なくも無いが、あんまり長々と飛ぶと他のポケモン達から狙い撃ちにされる問題がある。

 結局、シロガネ山を移動するには山中を堂々と戦いながら進むしか無い。

 

 他にもシロガネ山に棲んでいるポケモンは屈強で手強いポケモンが山の様にいるとは聞いていたが、あまりにも血の気が荒い個体が多くて対処しているアキラは面倒さを感じていた。

 勿論、中には冷静なのもいる。だけど、そういう個体でも隙を見せたら、すぐさま仕留めるのを意識しているのがわかるくらい殺気立っているので気が抜けない。

 

「にしても、何でシロガネ山はこんなにポケモン達が血の気が多いんだ?」

「興味が惹かれるけど、()()()()のに時間が掛かりそうだから、そういうのを考えるのは後回しにしよう」

 

 他の手持ちと一緒に歩いているゲンガーとヤドキングにアキラは目を向ける。

 彼らの文字の理解が更に進めば、バンギラス達から理由を聞けるかもしれないが、まだ時間が掛かるのや一部のひらがなと単語レベルと完全では無い。

 それに今は悠長に足を止めている場合でも無いので、落ち着ける場所に辿り着けるまで時間が掛かる事は後回しだ。

 

「だけど、お前の手持ちみたいに頭が良いのも多いから仲間にしたら心強いだろうな」

「まあ、普通に即戦力と言えるくらい強くて賢そうなのは多いとは思う」

 

 レッドが周囲を見渡すと、森の中にある木々の影や茂みの中に隠れて様子を窺っていたポケモン達は息を潜め、その気配を隠そうとする。

 確かに彼の言う通り、シロガネ山に棲み付いているポケモン達は喧嘩っ早いが全体的に頭は良い方だ。

 山に足を踏み入れてからは、さっきみたいにアキラ達は何度も襲撃を受けて来たが、その全てを返り討ちにしたことで無暗に仕掛けずに視線を向けるだけで留まるのが増えて来た。

 

 この気性が荒いとはいえ、ただ挑んでもやられるだけと判断出来るだけの知能も備えているのがアキラとしては少し厄介だと感じていた。

 まだ手持ちのブーバーが野生だった頃に嫌なタイミングで襲撃してきたことを思い出せば、隙を見せたらすぐさま襲うと言っている様なものだ。

 

「でも、頭が良いなら今俺達を案内してくれているバンギラスやダグトリオみたいに協力し合えば良いのに、何でしないんだろ」

「言われてみれば、複数で襲ってくることはあっても全然連携してこないな」

 

 一匹ずつだけでなく複数の野生ポケモンが挑んでくるのは何回かあったが、どれも我先に獲物を倒そうと躍起になっており、連携もクソも無かった。

 今一緒にいるバンギラスとダグトリオが種が異なるにも関わらず協力し合っているのは、シロガネ山の生存競争に勝ち抜く為だとアキラは聞いている。

 なのでシロガネ山では連携して挑んでくる野生ポケモンが出て来ることを最も警戒していたのだが、その様子が全く見られなくて少し拍子抜けでもあった。

 

 そんな疑問を零したら、ヨーギラスと一緒に歩いていたバンギラスは声を発しながら手を使ってアキラに何かを伝えようとする。

 それを見たゲンガーとヤドキングが我先にと意味を簡単に訳そうとメモ帳を取り出そうと動くが、レッドの方が先に理解した。

 

「そういう奴はもっと上の方にいるんだって」

「――何でわかるの?」

「何となく?」

「いやわかるのに何で疑問形?」

 

 レッドも何故自分がバンギラスが伝えたい意図がわかったのか理解してない様子だったが、バンギラスが頷いているのを見ると彼の言う通りなのだろう。

 それなりに付き合いが長いのでアキラはわかるが、本当に彼を始めとした図鑑所有者は単にバトルや育成上手なだけでなく、ポケモンのそういう気持ちと意図を読み取る能力がずば抜けている。

 グリーンみたいな身内の場合はあれど、渡しているオーキド博士はポケモンとの良好な関係を築く以外にもそういう素質を見抜いていた上でポケモン図鑑を託しているのが窺える。

 

 だけどバンギラスが伝えていることが事実なら、増々この山は一体どんな環境になっているのか気になる。登れば登る程強いポケモン達がいるだけでなく、バンギラス達みたいに生き残る為に強いポケモン同士でチームを組んでいるというのだ。

 それは一体どんな感じなのか、何か参考に出来るものはあるのか。

 そんな個人的な好奇心と興味を抱きながら歩いていたら、アキラは鼻を頻りに動かし始めた。

 森の中にある草木や土の匂いに交じって、ちょっとした刺激臭を感じたのだ。

 それに気付いたのは彼だけでなく、案内をしていたバンギラスが腕を持ち上げてある一点を指差した。

 その先に彼らが目を向けると、空へ向かって流れる白い湯気みたいなのが見えた。

 

「どうやら目的地の秘湯は近いみたい」

「だな。皆、後一息だ」

 

 目的地が近いとわかったが、焦ることなく彼らは森の中を歩いて行く。まだ自分達の隙を窺っている様な視線をそこら中から感じるのだ。変な素振りを見せたら面倒なことになる可能性は十分に考えられる。

 周囲への警戒も忘れずに進んでいくと、そう時間も経たない内にアキラ達は森から拓けた場所に出たが、今度は少し見上げるくらいの土や岩が剥き出しの断崖絶壁が目の前に立ち塞がっていた。

 どうやら最後の関門であるここを登っていかないと、秘湯に辿り着けないらしい。

 カイリューとリザードンなら軽く飛べばすぐに乗り越えられる高さではあるが、レッドは準備運動をするかの様に腕を回し始めた。

 

「レッド…もしかして自力で登るつもり?」

「そうだけど?」

「――ちょっと待って。リュット、サンット、軽くで良いから崖を登ったり飛んでみて」

 

 周囲に気を配り、アキラはドラゴンポケモンとねずみポケモンにお願いをする。

 サンドパンはすぐに了承するが、カイリューは露骨に文句を言いたげな目線を彼に向ける。どうやら彼もわかっているみたいだが、実際に見せないとレッドは納得しないだろうから登る前に一仕事だ。

 

 先にサンドパンは爪を絶壁に突き立てながらよじ登っていき、それを見たカイリューも渋々と言った感じで翼を羽ばたかせて絶壁をスレスレ且つゆっくり慎重に飛んでいく。

 その時だった。

 森の中から二匹に対して、様々な方向からあらゆる攻撃が飛んで来たのだ。

 カイリューは振り返ると同時に全身を包み込む様に現れた光り輝く正多面体の壁――”しんぴのまもり”でそれらの攻撃を防ぎ、サンドパンは絶壁から離れる様に跳ね上がり、落ちる前にカイリューがその体を抱え込む。

 

「ほらねレッド。どうやら簡単に秘湯へは行かせてくれないみたい」

 

 アキラのその言葉を合図に、サンドパンと一緒に降りたカイリューと出ていたアキラのポケモン達は、さっきまで自分達がいた森の方へと構える。

 自分達がこの先へ進む資格を持っていることを、この山に棲んでいる野生のポケモン達に力で示す為にだ。

 それから暫くの間、派手な爆音や破壊音、雄叫びがシロガネ山の山中に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

「やっと着いた。ここがシロガネ山の秘湯か」

 

 目の前に広がる幾つかの大岩が囲んでいることで湯が満たされた天然の温泉を前にして、リザードンを含めた手持ちの何匹かを連れたレッドは一息つく。

 この場所に辿り着く直前、森の中に潜んでいた野生のポケモン達が一斉に襲い掛かり、彼とアキラは正面から相手をした。数は多かったが、連携などの警戒に値する行動もせずバラバラに挑んできたので、殆ど彼らの脅威にはならなかった。

 中でもアキラがちょっと手持ちの練習も兼ねて派手な大技や息を合わせることを意識させた規模の大きい合体技を駆使することで一網打尽にして、こちらが格上であると同時にその先に進む資格があることを見せ付けた。

 レッドに遅れてそのアキラも自身の手持ちと案内役のポケモンを引き連れて秘湯が見える場所に姿を現すが、その時点で既にレッドは早速履いていた靴を脱いで手足を秘湯に浸し始めていた。

 

「待てよ。手足だけじゃなくて全身に浸かった方がいいかも」

「あっ、ちょっと待ってレッド」

 

 アキラが止める間もなく、レッドはあっという間に下着を含めた服を全て捨てる様に脱ぎ捨ててしまい、そのまま彼は全身を秘湯に浸からせるのだった。

 

「はぁ~極楽極楽」

「極楽って、服を脱ぐならちゃんと近くに纏めておいてよ。服を盗まれたらどうする」

「お前は俺の親か」

「親じゃなくても言いたくなるから」

 

 のんびりとしているレッドに文句を言いながらも、アキラとサンドパンは脱ぎ捨てられた彼の服を下着も含めて回収して丁寧に纏めていく。

 すぐにレッドが脱ぎ捨てた服を彼は回収し終えるが、気が付けばレッドだけでなく手持ちのポケモン達も秘湯に浸かっていた。

 カイリューとヤドキング、ドーブル、バルキーは表情に変化は無いが湯船に浸らせた体から力は抜いており、エレブーは気の抜けた幸せそうな表情で大の字に体を広げてプカプカと浮かせ、ゲンガーに至ってはどこから持ち出したのかタオルらしいものを頭に乗せて満喫している始末だ。

 この秘湯に着くまでの戦いで軽いダメージや生傷を負うことはあったのだが、彼らの様子を見ると湯で傷口が沁みていることは無さそうだ。

 

 だが、中には秘湯に浸りたくても浸れないのもいた。

 レッドが連れて来たリザードンやブーバーなどのタイプ相性的に水が苦手なポケモン達だ。

 

 軽くなら浸れるかもしれないが、それでも全身となると水が苦手な彼らにとっては極楽とは真逆の地獄だ。

 ヨーギラスも出来ることなら入りたいのか興味津々ではあったが、指先を湯に触れさせただけで体を跳ね上がらせているので無理だろう。

 そんな彼らの姿にアキラは、水が苦手なポケモンはどうやってシロガネ山の秘湯の恩恵を得るのか気になるのだった。

 

 目的地に着いたからなのか皆気が抜けており、湯に浸かっている面々が羨ましいのか秘湯に興味を示していたリザードンの燃えている尻尾が意図せず温泉の湯気に触れた瞬間だった。

 突然、まるで爆発でもしたかの様に激しく炎が燃え上がったのだ。

 

「うわわわわ!!! 何だぁ!?」

「消火消火!! 山火事を起こしたら洒落にならない!!」

 

 大急ぎでアキラとレッドのポケモン達は、みずタイプの技を使って近くの木に燃え移った火を鎮火させようとする。

 レッドだけでなくエレブー、ゲンガーなどの水技が使えない面々も浸かっていた温泉の湯を浴びせて鎮火させようとするが、心無しか火の勢いは弱まるどころか微妙だが逆に強まっている様に見えなくも無かった。

 最終的には案内役を頼んでいたバンギラスやダグトリオが”すなあらし”や”すなかけ”で大量の砂を被せてくれたお陰でようやく火を消すことは出来たが、予想していなかったトラブルに遭遇したことでレッドとアキラは一気に疲労の色を露わにする。

 

「…何だったんだろ今の」

「さぁ…とにかく疲れた…」

「――何時も騒がしいわね。貴方達は」

「っ!? 誰だ!」

 

 何とか火が消えて落ち着いたタイミングで自分達以外の人の声が耳に入り、思わず二人とポケモン達は湯気に隠れた先を警戒する。

 シロガネ山は、その危険性故に基本的に立ち入り禁止だ。こんな奥地にいるとすれば実力が認められたトレーナー、または昔アキラが遭遇した密猟者などの法を破ったり悪事を企んでいるトレーナーのどちらかだ。

 過去の経験からアキラと彼の手持ちは後者の事態を想定し、何時でも仕掛けられる様に構える。

 

「そう身構えるな。さっきのトラブルを見れば理解出来ると思うけど、この秘湯は常に発火性の高いガスが充満している。下手に火花を散らせば今度はこの一帯が吹き飛ぶぞ」

「! お前ら構えるだけで攻撃はしない様に!」

 

 謎の声が伝えてくる警告にアキラは先程の出来事を思い出し、急いで攻撃禁止を伝える。

 彼の手持ちに限らず、多くのポケモンは攻撃する際にエネルギーを使う関係で火花を散らしたりする。

 さっきのリザードンの尻尾の炎であれだけ燃え上がったのだから、下手をすれば本当にこの秘湯事吹き飛んでしまう恐れもある。

 そして湯気が少しだけ晴れた先にいた人物の姿を目にした瞬間、レッドは声を上げた。

 

「ナツメ!? 何でお前がここに!」

 

 レッドが声を上げたのと同じタイミングで、アキラも含めた多くの面々も声の主が何者なのかをハッキリ目にして警戒を強める。

 かつてジムリーダーでありながらロケット団の幹部を務め、レッド達と激戦を繰り広げたナツメがシロガネ山の秘湯に身を浸していたのだ。

 何故彼女がこの場にいるのかわからなかったが、ミュウツーとの総力戦を終えたばかりの満身創痍だった頃に突然襲撃された嫌な記憶がアキラにはあるので、最大限に警戒する。

 そして、そんな彼よりもロケット団に対して嫌な記憶どころでは済まないカイリューは、敵意を体中から滲ませて今にも殴り掛かりそうな程に体に力を入れていた。

 一触即発とも言える状況ではあったが、それでもナツメの態度は余裕そのものだった。

 

「折角久し振りに会えたのに、貴様の連れは随分と血の気が多いな」

「…何を企んでいる」

「何も、お前と同じ理由さ」

 

 レッドの問い掛けにナツメは左手首を見せ付けながら答える。

 それを見て、二人は彼女もまたレッドの未だに治らない手足の痺れの原因である四天王のカンナから同じ攻撃を受けて療養中であることを悟る。

 ところがアキラのカイリューは、引き下がるどころか好機と捉えたのか、本格的に先制攻撃を仕掛けるべく構える。

 

 過去に酷い目に遭わされた経験故に、ドラゴンポケモンはロケット団などの悪の組織をかなり毛嫌いしている。

 この前のタイプが変化した巨大ピジョットとの戦いで壊れてしまったロケットランチャーの修理を依頼する為にカツラの元へアキラが赴いた際も、まだカイリュー自身が治療中などの理由はあれど、直接会わせない様に気を付けている程だ。

 四天王との戦いの際は、力不足故に自分達に有益な”戦力”としての利を重視して仕方なく憤る感情を抑えたが、今はそんな必要も利は無い。それに過去に加担した犯罪に関しても、自分達が知っていても世間的には証拠不十分で不処分の扱いだったりと不満が溜まっていたのだから尚更だ。

 

「相変わらずの敵意だな。折角私がお前達に()()を始めとした有益なものを授けてやろうと思っていたのに」

「俺達に有益?」

「そうだ。例えばレッド、お前の手首の治療を更に早める方法に、今年も起こるであろう出来事――戦いや事件に関することと言えばわかるだろ?」

 

 思いもよらない内容を告げられ、レッドとアキラの表情はまるで衝撃を受けたかの様に目に見えて変わる。

 アキラとしては、更に治癒効果が望める秘湯があることと近々起こるであろう出来事に関しては知っている。しかし、どちらも流石に時間が経ち過ぎて詳細は憶えていないのが実情だ。

 何か切っ掛けがあれば思い出せるかもしれないし、思い出せなくても他の記憶と擦り合わせて推測することも出来る。

 そしてナツメが話している内容は、どちらの条件も満たしている可能性は高い。もしかしたら自分の知らなかったり忘れている出来事についても知ることが出来るかもしれない。

 

「――その有益な情報の具体的内容は?」

「そうだな。この先により治癒効果が強い源泉があること、そして…今年もお前達が関わるであろうジョウト地方各地で起こる事件についてだ」

「……リュット、悪いけど今回も下がって」

 

 少し迷った後、アキラはカイリューに静かに伝える。

 ドラゴンポケモンは不服そうな目付きで彼を睨むが、アキラもまた有無を言わせない圧を込めた目線で返す。

 やがてカイリューは苛立ちを隠す気も無い息を荒々しく吐くと、忌々しそうな目付きのまま秘湯から出るとナツメから姿が見えない岩陰に移動するのだった。

 

 どれくらい時間が掛かるかわからないレッドの治療がより早く進む機会を得られることもあるが、今回も起こるであろう戦いに関する内容も重要度は高い。

 知っていて尚且つ十分な力が有れば、大事になる前に先手を打つことが出来る。それはアキラだけでなく、カイリューを始めとした彼のポケモン達も良く理解していた。

 上手い具合に誤魔化された感はあるが、有益な情報抜きでもここで揉め事を起こしても得らしい得は無い。

 

 だけど、アキラとしてはカイリューの気持ちは()()()()()の様に理解してもいたので、今回も抑えてくれたことには嬉しく思うと同時に少々歯痒い複雑な気持ちだった。

 幾ら憎悪や荒っぽい一面が少し和らいだとはいえ、本当はロケット団関係者は気が済むまで徹底的に叩きのめしたい筈だ。

 今思えば何回、今回の様に自分が止めたのや周りの状況を無視して感情のままに叩きのめせる機会を堪えてくれたことか。それらを考えると本当に良く抑えてくれている。

 ちょっとした足掻きとして、下がってくれたドラゴンポケモンと同じ様に忌々しい視線をナツメに向けたアキラだが、ここである大事なことに気付いて真顔になった。

 

「あっ」

「? どうしたアキラ?」

 

 突然声を発したと思いきや何故か岩陰に体を隠すアキラの姿にレッドは首を傾げる。

 だが、すぐに彼はその理由を知ることとなった。

 

「レッド、今お前ナツメと一緒に湯に浸かっているぞ」

「…え?」

 

 アキラの指摘にレッドはナツメがいる方に改めて向き直る。

 最初は彼女がここにいるという衝撃と漂う湯気で気付いていなかったが、良く見たらナツメも手首だけでなくレッド同様に全身が湯に浸かっている。

 そして徐々に湯気も晴れることで、ナツメの姿がハッキリと見えて来て――

 

「わわわわわわわわわ!!!」

 

 全てを悟り、顔を赤めたレッドは慌てて秘湯から飛び出すのだった。




アキラとレッド、一日足らずで無事に秘湯に辿り着くもナツメとあまり嬉しく無い再会をする。

シロガネ山の環境がどうなっているかは、秘湯が存在していることや戦いに飢えている個体が多いこと、一部のポケモンが他種のポケモンと協力し合っているなど以外では詳しくは描かれていないので、色々独自設定を組み込んでいます。
今回もロケット団関係者と戦う事を止められたカイリューですが、今章は原作的にロケット団がジョウト各地でやらかしていますので……


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選ぶべき道

「え~と、話を纏めると俺が修行しているジョウト地方各地で大小様々だけど色んな事件や戦いが起こって、ポケモンリーグも大きな被害を受ける…ってことでしょうか?」

「そうだ」

 

 夜の森の中、焚火と用意した電気ランプの明かりに照らされながらアキラはナツメから聞いた話をノートに纏めていた。

 レッドも話に加わっていたが、さっき羞恥心で大事なところを隠し忘れた状態で飛び出すなどの恥ずかしい思いをしたからなのか、隠れる様にアキラの後ろにいた。

 そしてアキラ自身も、ナツメには良い記憶が無いのと過去の経験から超能力を警戒して微妙に距離を取っている。

 

「何でそこまでわかっているのに、どういう奴が事件を起こすのかわかっていないのですか?」

「超能力の予知は便利だが、そこまで万能では無い」

 

 肝心な部分が抜けている未来予知の内容にアキラは不満を口にするが、ナツメはさも当然の様に答える。

 わざと曖昧にしているのでは無いかとさえ思えたが、そこまでわかるのなら三年近く前のカントー地方での戦いでロケット団はレッド達に敗北して解散に追い込まれずに済んだ筈だ。

 事前に将来脅威となるレッド達を成長し切る前に潰していけばいいのだから。

 

「…お前がここにいると言う事は、ロケット団とは別の奴なのか?」

「そこまではわからない。だけど組織的に動いているのは確かね。特にマチスが邪魔する為に大きく動いているみたいだから違うとは思うけど」

「てことは、またあの人と手を組むことになる可能性があるってことか」

 

 クチバシティでの四天王との戦いでマチスと共闘した時のことを思い出したのか、アキラは遠い目でぼやく。

 またカイリューを始めとした手持ちから文句が出そうだが、マチスが今回の戦いでも重大な役目を担っていることを彼は知っているので、その辺りは上手く合わせたりするしかない。

 

「ナツメ、お前が見えた未来の出来事ってのはどういうものなんだ? 変えられるのか? 変えられないのか?」

「見た訳じゃない。感じただけだ。だが、具体的にどうなるかはお前達次第だ」

 

 未来予知系では定番とも言える質問をレッドは尋ねるが、ナツメもよくわかっていないのか定かではないが変わらず曖昧な返答を返す。

 本来なら警察やジムリーダーの様な立場でも無く、ただポケモンバトルの腕が立つ子どもであるアキラ達が事件や戦いを解決する為に首を突っ込む必要は無いが、ポケモンリーグが関わっているとなると黙っているつもりはない。

 二人とも今年もポケモンリーグに参加する気満々なのだ。そのポケモンリーグをメチャクチャにされるなんて堪ったものじゃない。

 敵が伝説さえも容易に倒す歴代最強と言っても過言では無い存在であることをアキラは憶えているが、それでも変えられるのなら変えてポケモンリーグを無事に開催させたい。

 

「――事件や戦いの黒幕になる奴はどれくらい強い?」

「そこまではハッキリわからない。何度も言うが、感じただけだ。――そしてここまで話せばレッド、お前なら黙っていないだろう」

「それが彼の更に治癒効果の強い秘湯に繋がる訳ですか」

「そうだ。この山の更に奥、頂上近くにこの秘湯の源泉が存在している。ここにある湯は、そこから流れ出た湯の効能が薄まったものだ」

「…もっと上にはここよりも効果が強い秘湯があるのか」

 

 レッドは納得するが、少し離れたところで三人の会話を聞いていた案内役のバンギラスとダグトリオは互いに顔を見合わせる。

 その表情はどことなく心配の色を帯びていたので、話の流れ的にアキラは源泉までに至る道のりが一筋縄ではいかないのが容易に想像出来た。

 しばらくすると、他の手持ちと出ていたヤドキングが二匹に尋ねる様な声を発した後、何かを書いたメモ用紙をアキラに渡してきた。

 内容はバンギラスとダグトリオの意見らしく、端的に「うえ つよい」と書かれていた。

 

「でも、源泉近くにはより手強いポケモン達がいるんですね」

「あぁ、この辺りにいるポケモン達よりもずっと強くて賢い。お前達を案内したそこの野生ポケモンと同じだ。種は異なるが徒党を組んでいるのが多い」

 

 言われてみれば、ここに来るまでに集団で襲ってくる時はあったが、バンギラスとダグトリオの様に徒党を組んでいる様なポケモンは見掛けなかった。

 徒党を組むのは生存競争を勝ち抜く為の手段と聞いていたが、どうやら案内役の彼らはワンランク上の環境に居座れる存在らしい。

 

「――シロガネ山って、何でこんなに面倒と言うべきか強い野生が多いんだ」

「それはシロガネ山の環境が野生の世界では最も恵まれているからだ」

「こんなに過酷なのにですか?」

「過酷なのはそこに棲もうとするポケモン達の競争の結果だ。シロガネ山程に環境が良い場所は、人の手が届いている保護区であってもそうは無い」

 

 すぐに傷や重い後遺症さえも癒すことが出来る秘湯だけでなく、栄養価が高い良質な木の実や湧水が豊富など、この時点でシロガネ山は野生の中でも恵まれた環境だ。

 故にそれだけ恵まれた環境に留まり続ける為にも、シロガネ山にいるポケモン達は外部からやって来るのも含めて縄張り争いを頻繁に繰り返していったことで、結果的に強い個体が残ってきたらしい。

 ナツメの実力でも効果が薄まっている今の秘湯に留まっているのだから、源泉近くは相当な強者揃いだろう。

 

「…どうするレッド?」

「どうするも決まっているだろ。俺は源泉に行くつもりだ」

 

 また何か戦いが起こるのなら、尚更早く傷を癒して備えるべきだろう。

 危険を伴うとしても、近い将来に何かしらの大きな戦いがあることを聞いては経験のあるレッドとしては見過ごせない。

 

「…それじゃ、明日からは源泉を目指して気合を入れるか」

「あぁ、早く治せるなら向かわない訳にはいかないからな」

 

 どれだけ危険なのかはわからないが、ルール無用の野良バトルなら望むところだ。

 最も得意とする土俵でアキラは負けるつもりは無い。ここで目的地へ辿り着けられないのなら、ジョウト地方で起こる戦いに勝つなど到底不可能だろう。

 

「――ならお前達にはこれを渡そう」

 

 今にも源泉へと発ちそうな二人に、ナツメはどこからか()()のスプーンを取り出すと、それらをアキラとレッドに渡した。

 

「これって運命の……あれ?」

 

 ナツメから渡されたのは、彼女が持つ特殊なアイテムである”運命のスプーン”ではあったが、アキラはもう一つ余分に渡された変わったスプーンに気付く。

 片方は見覚えのあるスプーンではあったが、もう一つ渡されたスプーンは真っ直ぐ伸びてはいたが持ち手と軸の部分が螺旋状に捻じれたスプーンだったのだ。

 

「改めて説明する必要は無いとは思うが、”運命のスプーン”はお前達が望んでいるものへの方角や道を示してくれる。それを今後使うと良い」

「あの、”運命のスプーン”の方はわかるのですが、もう一つのこのスプーンは一体何ですか? ていうか、そもそも”運命のスプーン”ですら無いっぽいんだけど」

「お前にもう一つ渡したのは”まがったスプーン”と呼ばれるものだ」

「”まがったスプーン”?」

 

 聞いたことが無いスプーンの名称に、アキラは改めて自分の手元にある捻じれているスプーンに目をやる。

 訳が分からない様子のアキラを見兼ねたのか、ナツメは”まがったスプーン”が何なのか説明し始める。

 

「ポケモンにはお前が連れているブーバーの様に、道具を持つものが存在している事を知っているだろ。それもその一つだ。持っているポケモンのエスパー技の威力や能力を上げる効果を持っている」

「へぇ~、そうなのですか。って、なんで俺にそれをくれるのですか?」

 

 ナツメの説明が正しければ、この”まがったスプーン”はエスパー技を多用するヤドキングやゲンガー、ドーブルのいずれかに渡せば、ブーバーの”ふといホネ”以上にアイテムの効果が噛み合って大きな力を引き出せることは容易に想像出来る。

 だが問題は、何故ナツメがある意味敵に塩を送る行為をするかだ。

 

「さっき話したジョウト地方で起こる事件だが、マチスが感情的に動いている辺りどうやら私達にとって不都合か不愉快なことだと予想出来る。それにジョウト地方で起こる出来事にお前達も動くとなれば、こちらに手を貸すつもりが無くても間接的に私達にも利があるからな」

「win-winって奴ですか」

 

 要は思惑は違えど自分達にとっての面倒事をこちらが勝手に片付けてくれるであろうから、少しだけ力を貸してやると言うことなのだろう。

 確かに貴重なアイテムをくれるのは有り難いが、幾らこっちにも利があるとはいえ、ナツメ達の望み通りに動くのは癪な気分ではあった。

 

「何だ要らないのか? どうせ戦うなら少しでも手持ちを強くしたいんじゃないのか?」

 

 こちらの悩みを見透かした様な態度ではあったが、ナツメの言い分を強く否定出来ないのも事実だったので、アキラはそのまま大人しく貰うことにする。

 今後戦う相手のことを考えると、少しでも強い方が良いに決まっている。どれだけ強くなっても、戦いは何が起こるのかわからないものなのだから。

 変な細工は無いとは思うが、確認ついでに誰が使うのかを検討させる意味で彼は貰ったスプーンをヤドキングに渡す。

 

 アキラから”まがったスプーン”を渡されたヤドキングは、早速ゲンガーやドーブルらと顔を寄せ合って話し合いを始める。

 スプーンを経由して技を放つのか。それとも持つだけで効果を発揮するのか。様々な視点での意見を彼らは述べ合う。

 試しにゲンガーがスプーンを手にして色々弄ったり振ったりするが、やがてイマイチな表情を浮かべてヤドキングに返す。

 

 ゲンガーとしては、アイテムはブーバーが持つ”ふといホネ”みたいな文字通り”武器”として役に立つであろうものを求めている。

 使うエスパー技も”サイコキネシス”くらいなので、こんな小さなスプーンをわざわざ何時も所持している意義が薄かったのだ。

 そして返されたヤドキング自身も、”まがったスプーン”をどう扱うべきなのか悩む。

 先程のナツメの説明はヤドキングも聞いてはいたが、彼としては”まがったスプーン”を持つべき者に今指導しているドーブルが選択肢に浮かんでいた。

 

 確かにこうして手にしていてもわかるが、エスパータイプである自身が持った方が大きな力を引き出せる。

 だけど、それは技の威力などに絞った場合だ。彼女は威力こそ低いが、持ち前の能力のお陰でエスパータイプの技を自分以上に多く、そして多彩に扱うことが出来る。

 本来ならガラガラなどが最大限に使いこなせるであろう”ふといホネ”を、本家以上に使いこなすブーバーが身近にいるのだ。もしかしたら使い方次第では、ドーブルは自分以上に使いこなし、更には課題である技の威力の低さをある程度改善出来るかもしれないと考えていた。

 

 今でも強い自分の力を高めるべきか、それとも面倒を見ている弟子とも言える彼女の欠点を補うべきか。

 

 スプーンを片手で弄りながら考えに考えを重ねて、ヤドキングは”まがったスプーン”をどうするべきか決めた。

 

 

 

 

 

「それじゃ、バーット達は俺と一緒にこの時計が指定した時間になるまで周辺を警戒してくれ。指定した時間になったら先に寝ていた面々と交代だ。――わかったか?」

 

 粗削りだが木刀に良く似た木の棒を肩に乗せたアキラの呼び掛けに、ブーバーを始めとした一部の面々は頷く形で応える。

 ナツメとの話が一通り終わり、眠気などが酷くなってきたこともあり、アキラとレッドは寝袋を用意して寝る準備を進めていた。

 本当はテントもちゃんと準備したかったが、夜襲を仕掛けてくる野生のポケモンが居たので、呑気にテントの中で寝る訳にもいかないので対応を考えなくてはならなかった。

 

 自分達よりも先にこの山に来ているナツメにどうやって夜襲を阻止しているのか尋ねたが、彼女はエスパーポケモンが作り出した目に見えない壁で作った小さな秘密基地的なので寝泊りをしているとのことだったので全然参考にはならなかった。

 その為、アキラ達が取った夜襲を防ぐ手段は絶えず警戒し続けることだった。

 だが、そんなことをしていたら疲れてしまうのは目に見えているので、数に任せての交代制を採用している。

 クジ引きで前半組と後半組を決めて、他が寝ている間に野生ポケモンに対する警戒や牽制を担う。ちなみにアキラも、頭数に入っているので前半の警戒組だ。

 

「おいおいアキラ、昼間でも結構疲れていたのに本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫、と言うか、ここら辺で俺達との力の差を見せ付けて少しでも警戒させないとこの先が危ういだろ」

 

 昼間の時もそうだが、血の気の荒い野生のポケモンに襲われる原因は、隙を見せたり自分達が倒せるレベルと思われているのが原因だ。

 ならば乱暴なやり方ではあるが、その隙を見せないか挑む気力を奪うだけの力の差を見せ付けるのが最も手っ取り早い。

 

 既にブーバーとバルキーは共に、足を組んで瞑想に浸り込んでいる様な姿勢で静かに周囲に意識を配っている。そしてアキラ自身も、サンドパンの協力で適当に太い木の枝を軽い木刀擬きに作成して準備万端。喧嘩を売るなら何時でも来いであった。

 とはいえ今回作った木刀は主に威嚇などの牽制、手持ちポケモンの指揮への活用、果てにはいざと言う時に攻撃を防ぐ盾代わりのつもりなので、余程追い詰められない限り武器として使うつもりは無かった。

 

「ブルットも()()()()()()()()()()を持った戦い方に慣れた方が良いと思うぞ」

 

 木刀擬きを手にしている自分の様に、さっきから”まがったスプーン”を弄っているドーブルにアキラは伝える。

 エスパータイプにして同タイプの技を多用するヤドキングがスプーンを持つかとアキラは考えていたが、当人は自分よりも面倒を見ている教え子が少しでも強くなれる方を優先したのだ。

  確かにブーバーの”ふといホネ”の様に、本来適性が無いにも関わらず道具を使いこなしている例はある。

 検証も兼ねて試しに技を使わせてみると、スプーン経由で技を出したり扱うとエスパータイプは勿論、他のタイプも少しだけ威力が増しているらしいことは確認出来た。

 まだまだどう扱えば良いのかやその効果は未知数ではあるが、ヤドキングから学んでいるドーブルなら自分の想像を超えた使い方をするだろうと彼は期待していた。

 

 込み上がる眠気を堪えて、アキラは改めて周囲の木々を見渡す。

 明日は近くに湧いている秘湯の源泉へ向かう予定だが、初日から大変とはいえ乗り越えていかなければこの先やっていけない。

 カイリューなどの後半組が雑魚寝やモンスターボールの中に戻って寝始めていたが、何故かレッドは何時までも用意した寝袋には入らずに倒木に座ったままだった。

 様子から見て、疲れていると言うよりも何か考え込んでいる印象をアキラは受けた。

 

「どうしたレッド? 明日はもっと大変になるだろうから早く寝た方が良いぞ」

「それはお前にも言えるだろ。って、そんなことじゃない。ちょっと気になってな」

「気になる?」

「あぁ、アキラはさっきナツメが話していたジョウト地方で起こるかもしれない事件をどうするつもりなんだ?」

 

 直球で先程までのナツメとのやり取りを思い出しながらレッドは尋ねる。

 彼の質問の意図がわからなかったが、取り敢えずアキラは既に決めていることではあるが、自分がするであろうことを話す。

 

「どうするって、何とかしたいに決まってるじゃん」

「”自分に出来る限りのことをやって如何にかしたい”――ってことか?」

「――まあそうなるね。自分に出来ることがあるのなら力になりたい。レッドだって、怪我が無ければ同じことを考えていただろ」

「否定は出来ねえな」

 

 今までの自分の行動やナツメの話を聞いた時に過ぎった考えを振り返り、彼の指摘があながち間違いでは無いのにレッドはアッサリと頷く。

 彼は曖昧に尋ねているが、さっきのナツメが見たと言う未来予知の話を聞いていた時のアキラの目付きを思い出せば大体察していた。

 間違いなく彼は、今回起こるであろう戦いに何かしらの形で関わるつもりだ。

 

 初めて会った頃と比べれば、お互いかなり力を付けて、それなりに強くなった自覚はある。

 中でもアキラは特に力を付けており、今回のシロガネ山への同行を含めた何かの有事や荒っぽい出来事に関しては本当に頼もしい存在だ。

 もし彼と手持ちの助力が無かったら、最終的に今居る秘湯に辿り着けたとしても、一日足らずで着くことは出来なかっただろう。

 でも力を付けて行動範囲だけでなくやれることが増えたことが関係しているのか、以前よりも彼は色んな事に手を伸ばしがちでもあった。

 

「でも、具体的にはどうする? 見つけ次第に悪事を企んでいる奴を懲らしめる訳にもいかないだろ」

「そんな効率の悪いやり方はしないよ。シジマ先生やエリカさんに話して、警戒を促して貰った方が良いかなとは思っている。周りが警戒していれば何かを起こそうとはしないだろ。けど――」

「けど?」

「またジムリーダーの誰かが黒幕だったり関わっている可能性を考えたら、裏を掻かれそうな気がして…」

「あぁ~、何かわかるかも」

 

 口では可能性を危惧している止まりだが、アキラは既に知っている。

 三年近く前のカントー地方でロケット団が活発だった時と同様に、今回も黒幕がジムリーダー内にいるのだ。

 流石に警察組織にまで手は伸びていないだろうが、それでも内部事情はある程度筒抜けだ。

 

 ナツメの予知能力はメディアどころかカントー地方のジムリーダー達の間でも、その的中率はある程度信頼されている。

 なので今回聞いたことをカントー地方のジムリーダー達の実質的なリーダーであるエリカに話せば、彼女経由でポケモン協会やジョウト地方各地のジムリーダー達に警告が伝わる。

 もう大きな出来事以外の記憶は薄れているが、上手く行けば少しは被害を抑えることは出来るかもしれない期待はあるが、逆に裏を掻かれてしまう可能性も否定出来ない。

  加えてこの手の問題に本来対応すべきであるポケモン協会や警察などの組織は、規模の大きなトラブルの対応には頼りない印象が未だに抜けないでいるので、情報を提供しても上手く対応出来るのか心配になる。

 

 だけど、だからと言ってここで知ったことを話さない選択肢を選ぶつもりは微塵も無い。

 アキラ自身、どうやってジョウト地方で起こる出来事のことをシジマやエリカ達に伝えようかと悩んでいたので、今回のナツメの話はある意味で渡りに船だ。

 昔はロクな客観的証拠や情報が無いのに、この世界で今後起きる出来事を周りに話したりしたら”勘の良い邪魔者”としてヤバイ連中に口封じされることを恐れていたが、今はもう返り討ちに出来る自信があるので恐れていなかった。

 でも伝えるとなると、一つだけある問題が浮上することになる。

 

 それはこの話を持ち帰る為には下山を選ばなければならないこと、即ちレッドの方を放置してしまうことになるからだ。

 今日みたいに自分が力を貸さなくても、彼なら自力で秘湯の源泉に行くことは出来るだろう。だけど、自分も居た方がスムーズに秘湯に辿り着けて彼の完全復活も早くなるので、ちょっと悩んでいる。

 

「アキラ、もし俺のことは気にしているなら気にしなくても良いぞ」

「――大丈夫なの?」

「あぁ、この山がどんな場所なのか今日だけでも良くわかったし、ここから先は俺一人で行けるよ。少しでも早くお前がエリカ達に今回知ったことを伝えたら、少しは被害を抑えられるかもしれない」

「う~ん。そうかもしれないけど…」

 

 アキラが何を考えているのかわかっているのか、レッドは表情を緩めるが、彼の言い分にアキラはどうするべきか迷う。

 ナツメの話を聞いてから彼の頭に浮かんだのは、レッドと共に急いで源泉へ向かうことで、少しでも早く彼の傷を癒して万全の状態で共に戦いに備えることであった。

 しかし、レッドの言う通り情報が漏れてしまうことを考慮しても、早期に皆の警戒を促すことで逆に敵が余計な被害を受けない様に慎重になる――即ち大人しくなってくれる可能性もある。

 どうするべきかアキラは考え込むが、レッドは続けて口にする。

 

「お前は俺だって頼りにするくらい強いんだ。ここで俺と一緒に源泉に向かうよりも皆の力になれる筈――いや、お前だからこそ出来ることがある筈だ」

「――俺だからこそ出来ることね」

 

 一瞬、レッドが確信に至るまではいかなくても自分が何かを知っていると気付いているが故の提案が脳裏を過ぎったが、顔を見る限りそんなことは無い純粋な提案の様だった。

 果たして昔よりも強くなったのと少し起きる出来事を憶えているとはいえ、自分だからこそ出来ることはあるのだろうか。

 

 静かに考えて、アキラの目は何故か雑魚寝しているカイリューに向いた。

 目を閉じて寝てはいたものの、それでも威圧感を放ちながらカイリューは横になっていた。彼の視線に気付いたのか目を開けたが、しばらくアキラと視線を交わし合うと鼻を鳴らすだけでそれ以上何も反応を見せなかった。

 

 お前の好きにしろ

 

 一心同体の感覚を共有している訳では無いのに、その時と同じ様に彼の言葉が直接言われたかの様に頭の中に浮かんだ。

 その時、急に互いのポケットが蠢き始めた。

 二人はその原因を取り出すと、先程ナツメから渡された”運命のスプーン”の先端の部分がそれぞれ曲がっていた。しかもアキラとレッド、お互いが持つ”運命のスプーン”の先端は全く別の方角に向いていたのだ。

 それが何を意味するのかを悟ったアキラは、静かに息を吐きながら決意を固めた。

 

「……わかった。今夜を過ごしたら、先に俺は下山してエリカさんやシジマ先生に今日聞いたことを話してくる」

「そうか……お前なら大丈夫だと思うけど、焦ったり無理はするなよ」

「わかっている。無理だと思ったら何時もの様にさっさと逃げるから」

 

 手持ちポケモンの力を借りている立場ではあるが、余程の事態や敵でも無い限り退けられる自信が今のアキラにはある。

 だけど、それでも手に負えない敵と戦った場合は、堂々と逃げるしその手段もある。

 命さえあれば何時でも再起を図ったりリベンジをすることが出来る。今までそれを何度も経験してきたのだから。

 

「レッドの方も焦らないでよ。状況次第では俺よりもずっと危ないんだから」

「わかってるわかってる」

 

 互いに本当に大丈夫なのかと思ってはいたが、返事の内容も大体同じであった。

 それから彼らは闇討ちを警戒してはいたが、その夜は何事も起きなかったこともあり、互いに今後について一緒に話し合う。

 ナツメの言うジョウト地方とポケモンリーグを揺るがす程の事件とは何か。

 自分達が関わることでのメリットやデメリットなど、普段は話さないことを真面目にではあるがそこまで肩に力を入れず、時には軽い冗談を交えた。

 

「? ごめんレッド。何か来そうだ」

 

 何かを感じ取ったのか、途中で話を止めたアキラは、近くに置いた木刀擬きを手にして周囲を警戒している手持ちの元へと向かう。

 その後ろ姿にレッドは頼もしさを感じつつも、別の事を頭の片隅で考えていた。

 

 アキラに下山を促したのは、今日知ったことを多くの人達に早く伝えて警戒を促して貰いたいこともあるが、このシロガネ山を登っていく過程で彼が自分に代わって引き受けるであろう負担を減らすことも意図にあった。

 アキラは今回のシロガネ山に同行してくれている様に、自分みたいな友人や親しい人には”余計な負担や苦労を掛けさせたくない”と思っているのか、自らが引き受けたり分かち合う形で負担を減らそうとする時があることが最近レッドは分かって来た。

 嬉しいには嬉しいのだが、同時に彼から進んでやっているとはいえ彼に”余計な負担や苦労を掛けさせてしまう”のは、友人として如何にかしたいとも思っていた。

 

 どうすればアキラの負担や苦労を減らすことが出来るのか、レッドが出した答えはシンプルだ。

 口で言っても止めないだろうから、彼や自分が勝手に戦いや事件に首を突っ込んだりしているのと同じで、こちらの方から勝手に彼の負担や苦労を引き受けたり分かち合ってしまえば良いのだ。

 そしてそれを実現化させるには、彼が強くなる形で自分達の力になっているのと同じで、自分が彼の力になれる様に更に強くなることが一番手っ取り早い。

 

 その為、レッドは源泉まで向かう厳しい道を一人で進んでいくこの機会を修行のチャンスと捉えていた。

 これだけ強い野生のポケモン達がいるのだ。上手くやれば、今以上に強くなれる可能性もある。

 

 何時源泉に辿り着くのかや治療が終わるかはわからないが、既に彼はポケモンリーグの開催日よりも前に治すことを考えていた。

 少しでも早く手足を治して、自分よりも先に戦いに身を投じるであろうアキラの力になる。それだけでなく、必ず今以上に強くなって彼の度肝を抜かせてみせる。

 手持ちポケモンと一緒に周囲を警戒する彼を眺めながら、レッドは人知れずそう決意していた。




アキラ、レッドと話し合った末、先に下山を選ぶ。

一足早く主人公が下山することになりましたが、残されたレッドは恐らく原作以上のハイペースで源泉に向かうと思います。

今の時点でアキラは、もうこの世界に訪れたばかりの頃に恐れていた自衛力は十分に身に付けたと考えているので、疑わしい客観的な証拠を手に入れたり出来事を経験したらさっさと教えて解決することを考える様になっています。

そしてブーバーに続いてドーブルも道具持ち、どう活用して戦うかはお楽しみに。


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戦う許可

「成程、このジョウト地方でか」

 

 タンバジムの横に併設されている自宅の一室で、シジマは手にした手紙の内容を把握したのか腕を組み、向かい合う形で目の前で正座しているアキラが今回持ってきた話について考える。

 

「ナツメの予知能力はかなり精度が高いです。曖昧な部分はありますが、外れたことはほぼ無いと言っても良いです」

 

 考え込むシジマに、アキラはこれ以上無く真剣な表情で伝える。

 レッドと話し合った翌日にシロガネ山から下山した彼は、そのまま真っ直ぐタマムシシティへと足を運んで大学での講義を終えたばかりのエリカと保護者であるヒラタ博士を捕まえて、ナツメから聞いた話を伝えた。

 ナツメのことを良く知っていることや既に何度も戦いを経験していた二人は、すぐに理解するだけでなくエリカを中心に動いてくれることを約束してくれた。

 しかし、ここで一つだけある問題が浮上した。

 

 それは地方が異なることだ。

 

 幾らエリカ達が次の戦いに備えたとしても、ナツメが予知したのはジョウト地方で起こる出来事であってカントー地方では無い。

 彼女がポケモン協会を通じて警告を促すことは出来ても、ジョウト地方で起こる出来事に対する備えは、地理的なものや管轄範囲の関係でジョウト地方の人物が中心に行わなければならない。

  そのことはアキラもわかっていたので、エリカにお願いをしてジョウト地方のジムリーダーであるシジマに警戒することを促す手紙を書いて貰ったのと自分の口からも近い将来この地方に起こるであろう事件の可能性について話をしていた。

 

 問題があるとしたら、既に懸念していることであるシジマと同じ地位に就いていると同時に黒幕であるヤナギにもジョウト中が警戒し始めることが知られてしまうことだが、アキラの記憶ではヤナギの目的は伝説のポケモン確保とその先にある事だ。

 ロケット団の残党を纏め上げてはいるが、地方そのものを支配することには興味は無かった筈なので、ジョウト地方全体が警戒し始めたらもしかしたら少しは大人しくしてくれるかもしれない。

 様々な考えを頭の中で張り巡らせていた時、目を閉じて考え込んでいたシジマが目を開く。

 

「エリカが動くのなら、各地のジムリーダー達にもポケモン協会から連絡が入るとは思うが、俺の方からも他のジムリーダー達に注意する様に伝えよう。だがアキラ、お前はどうするつもりだ?」

「え? どうするつもりとは?」

「お前のことだ。エリカからお前がカントー地方で起こった様々な事件に力を貸してきたことは以前彼女と話をした時に聞いている。今回もこのジョウト地方で起こる事件や戦いに首を突っ込むつもりなんだろ」

 

 実際に口には出さなかったものの、シジマの指摘にアキラは口には出さなかったが内心で思わず「ゲッ」と声を上げてしまう。

 どうやらシジマには、これから自分がやろうと考えていた行動は見透かされていたらしい。

 露骨なまでに動揺している彼の顔を見て、シジマは呆れまではいかないが確信した様に呆れ混じりの息を吐く。

 

「確かにお前は強い。イブキに勝ったことを除いても、俺よりもな」

 

 エリカや彼の保護者との話から、アキラは自分達が持つ力を自らの為やお世話になった人達への恩返し以外にも知り合いや親しい人の役に立てるのなら動くという、良くも悪くも子どもらしい行動原理を持っていることをシジマは理解している。

 そしてその力が主に、ロケット団を始めとしたポケモンを犯罪に利用するトレーナーとの戦いで振るわれてきたことは、数カ月前に偶然起こったワタルとの戦いぶりを見てもわかる。

 

 彼が連れている手持ちポケモンは、それらの戦歴を裏付けるだけの実力を有しているどころか総合的には師である自分を上回っている。

 恐らく今本気のバトルをシジマが挑んだとしても、アキラが勝つだろう。しかも公式ルール下では行われない、野生ポケモンとの戦いに近い条件である野良バトルの方を彼は得意としている。

 ポケモンを使った事件や戦いに限定すれば、彼以上に適した人材はそうはいない。とても心強い存在であることはシジマも認めていた。

 

 当の本人が何の権限も持たない一般トレーナーであることと、常識離れの身体能力とはいえまだ肉体的にも世間的にも未成熟な子どもである二点を除けばの話ではあるが。

 

「――()()なら危険な事件は大人が解決するもので、子どもであるお前達は関わるべきじゃない」

「はい……ぇ?」

 

 シジマが語る内容にアキラは「やっぱり許して貰えないのか」と思ったが、彼の一部の言い回しが引っ掛かり、思わず俯かせかけた顔を上げる。

 

「幾つか確かめたいことがある。アキラ、手合わせの準備をしろ」

「それは…」

 

 アキラの中に一つの可能性が浮かぶ。

 ポケモンバトルにしろ、柔道での手合わせにしろ、自分がそういう荒っぽい事に首を突っ込んでも十分に身を守れることを師に直接証明する。

 即ちシジマと戦って、その実力を示して認めて貰うということだ。

 

「結果次第だがアキラ、お前にこのタンバジムに所属する()()()()()()()として、ジョウト地方各地を見て回ることや何か異変が起きた際にそれらを調べたり関わることの許可、そして得た情報について俺への報告を命じようと考えている」

「!」

「まだ教えることはたくさん残っているから、何か目的があって休むならその理由をちゃんと説明する様にな」

 

 それからシジマは仮に認める場合の条件について話していくが、師の説明を聞きながらもアキラは両手を強く握っていた。

 レッドには先に向かっている様なことを言っていたのに、これで関わるのはダメだと言われたらどうしようかと思っていたが、調査名目で動くことが許された。

 これはある意味で嬉しい誤算だ。

 

 まだ認められた訳でも無いのに堂々と動けることをアキラは喜んでいたが、実は彼がワタルと戦った時期から既にシジマは、彼が強く望むのなら自身のジムトレーナーとしての名目で何かしらの事件に関わることを許すことを考えてはいた。

 本来なら危険な事に関わるな、と注意すべきところだが、今まで見て来た彼と連れている手持ち達の行動を考えると下手に認めずに勝手に動かれて動向が把握出来なくなるよりは、ハッキリと注意点を伝えた上で許される立場として動いて貰った方が良い。

 渡されたエリカの手紙にも、そのことについての提案が書かれているので、彼の性格なら言われたことを守ろうとするだろう。

 

 何も止めても無駄だから、シジマはアキラが危険な事に関わる許可を出す訳では無い。

 まだ教えていない事や学ぶべきことはあるが、彼が単に強いポケモンを連れているだけのトレーナーでは無く、過酷な戦いに付いていき、いざとなれば自力でその身を十分に守れるだけの能力を持った優れたトレーナーだと認めているからだ。

 そしてその判断が間違っていないかを、これから確かめるのだ。

 

「手合わせの形式は、フルバトルだ。今まで俺の元で学んだことで得た今のお前達の実力を俺に見せろ」

「はい!」

 

 アキラは気を引き締め、これから行うであろうフルバトルに血を滾らせる。

 そして気を引き締めていたのは、何も彼だけでなくシジマもだった。

 これで彼が不甲斐無かったり危うい戦いをしたら、先程の考えは止めるつもりだ。だからこそ、本気で戦うべく何時もよりも闘争心を湧き上がらせていた。

 

 それから数十分後、タンバジムから爆音と何かが崩壊する音が幾度となく轟くのだった。

 

 

 

 

 

「許可を貰えたのは良いけど、これからどうしようかな?」

 

 飛行するカイリューの背に乗りながら、飛行用のゴーグルを目に掛けたアキラはドラゴンポケモンに問い掛けながら今後の方針を考えていた。

 数日前シジマからちゃんと報告や連絡をすることを条件にされたが、まさか堂々と戦いに首を突っ込むことを許されるとは思っていなかった。

 でもアキラとしては、堂々と許可を貰えた方が気持ち的にもずっとやりやすい。

 

 許可を賭けたシジマとのフルバトルは、苦戦はしたが激闘の末に手持ち残り二匹の余力を残して、アキラはシジマを打ち負かした。

 相性の良いゲンガーやヤドキングが大活躍だったこともあるが、この二匹がやられたことを考えると残ったカイリューやブーバー達の力も無視出来ない。

 戦いそのものも、フルバトル形式で且つシジマのポケモンもたまに何の指示も出していないのに後ろに回り込んだことに気付いて反撃したり、攻撃を仕掛けるテンポが急に速くなるだけでなく複雑化したりと以前戦ったイブキの時以上の大激戦となった。

 

 だけど本気のジムリーダーを相手に勝てたからと言っても、これから起こるであろう事件や戦う敵を考えると全然安心出来るものでは無いので、頻度は減るがシジマの元での修行は継続だ。そもそも卒業認定すら貰っていないのだから。

 他にも気合を入れ過ぎて、タンバジムの壁や天井を壊したどころか建物そのものを半壊させてしまったので、全力で戦った際の周囲に与える被害や影響にも気を付ける必要がある。

 公式ルール下で行ったバトルでさえこれなのだ。強敵相手でのルール無用の野良バトルになったら、どれ程の規模になるのか。

 そこまで考えてアキラは頭を振った。ヤナギとの戦いを想定して、色々と備えてきたのだ。そんなことは自分達が良くわかっている。

 

 もう一度アキラは、これからジョウト地方で起こる出来事について思い出す。

 この世界に来てからもう何年も経っているのに振り返られるだけ憶えているのは、書き始めた初期の頃ノートの片隅に覚えている限りのことを纏めているからだ。

 流石にハッキリ纏める訳にはいかないのと隅から隅まで憶えていたり把握していた訳では無いが、それでもこれまでの様に大体の流れはわかるので、今後の行動の指標にすることは出来る。

 

 流れでは、シルバーがジョウト地方に拠点を構えているウツギ博士の研究所からワニノコを盗み、ゴールドとバッタリ会ってしまうのが全ての始まりだ。

 そこからゴールドがシルバーを追い掛けて、その過程の道中でロケット団と戦っていたのは憶えている。

 ロケット団の方も各地で事件を起こしていたが、組織が縮小した影響なのかカントー地方で好き勝手やっていた頃に比べれば事件は幾分かスケールダウンしていた。

 しかし、それでも規模が大きな事件も無くは無かった。

 

 今でもエンジュシティや怒りの湖で起こした事件は、うずまき島でのルギアとの対決や最終決戦に並ぶくらい記憶に残っている。

 この世界での報道や新聞を見る限りでは、ロケット団はまだ目立った行動をしていないどころか影も形も無かったので、まだ動きは本格化していないと見ている。

 警察やジムリーダー達にも先手や対策が取れる様にロケット団が起こすであろう事件を何らかの形で教えたいが、どれも共通して何時の時期に起こっているのか全く不明だ。特に警察は、教えたとしてもロケット団相手に対抗出来るのか少し不安でもあった。

 こうしてジムリーダーであるシジマの名の元に自由に動く許可と大義名分を得られたが、とにかくゴールド達の動向から目星を付けた時期に直接探し回り、ロケット団や怪しげな動きを見つけたらジムリーダーや警察関係者に通報などで伝えるしか手は無い。

 加えて問題は他にもある。

 

 それは全ての首謀者であるヤナギの立場だ。

 彼は世間ではジョウト地方最年長であるチョウジジムジムリーダーだ。エリカ達と同じでポケモン協会の上層部と関わりがあるだけでなく、非常時に動く戦力として扱われている。

 故にロケット団が動いている情報や通報があれば、真っ先に耳にする立場だ。

 

 ジムリーダー達や警察に情報を提供する

 ↓

 対策の為にポケモン協会へと伝わる

 ↓

 各地を守るジムリーダーに情報が共有される

 

 この流れは何もおかしくない。寧ろ正しい。しかし、内部に敵がいることを知っているとこちらの動向がバレてしまう。

 あまりにもロケット団撃退の実例が出過ぎてしまうと、大人しくなるどころか全く知らない計画を実行される可能性だけでなく、下手したらヤナギ自らが直々に出て来て事態が悪化する可能性もある。

 レッドに勝ち、ワタルを退けるなど自分が強くなっていることは実感出来ているし、対決を想定した対抗策などもアキラは準備してある。

 しかし、それでもヤナギとの戦いは――特にタイマンは可能な限り避けるべきだろう。他にも対策が通じなかった場合を考えて、すぐに退散出来る様に逃走手段などの保険はしっかりさせておく必要がある。

 

 考えれば考える程、あれこれと懸念が浮かんでくるが、彼を乗せて飛んでいるカイリューはいい加減に悩むアキラが鬱陶しく感じて来ていた。

 何時ものことであるのは理解していたが、何でこうして飛んでいる時に限って彼はそうなる頻度が多いのか。そろそろ体を翻して落としてやろうかと考え始める。

 

「よし。ウツギ博士の研究所…ワカバタウンに行ってみるか」

 

 いざ体を動かそうとしたタイミングで、アキラはようやくジョウト地方にある小さな町の名前を口にした。

 シジマやエリカにナツメの警告を伝え、そしてある程度は戦う許可を貰えたのだ。まずは今回のジョウト地方で起こる戦いで中心的な役割を担う、と言うよりは台風の目になる人物の動向を確認しに行くべきだ。

 具体的に今後について考えるのは、それからで良いだろう。

 

 それにシロガネ山でナツメから貰った”運命のスプーン”は、下山後はジョウト地方の方角を示す様になったが、実際にジョウト地方を訪れると元の状態に戻ってしまって何も示さなくなった。

 だけどクチバシティの居候先に戻るとまたジョウト地方を示すことから、使えなくなった訳では無さそうなので、今はこのジョウト各地を見て回りながら留まるのが良いだろう。

 

 やっと目的地が決まり、カイリューは呆れ気味で方向を変えようと体を捻った時だった。

 唐突にカイリューは動きを止めて、そのまま空中に留まったのだ。

 

「おっと、どうしたリュット? 何か見つけたのか?」

 

 危うく慣性の法則で体を投げ出されそうになったが、何気無くアキラは尋ねる。

 ところがドラゴンポケモンは返事を返すどころか、突如としてアキラが咄嗟にしがみ付かざるを得ないまでのスピードに加速すると同時に降下し始めた。

 

「ちょ、ちょ! リュットどうした!?」

 

 振り落とされない様にアキラは必死で手と腕に力を入れるが、カイリューは構わず飛行機雲の様な軌跡を描きながら砲弾の様に一直線に飛んでいく。

 強風で顔を打ち付けられてアキラは声にならない悲鳴を上げていたが、ドラゴンポケモンは全く気にしていなかった。

 何故なら彼の頭の中は、()()()()()()()()()()で一杯だったからだ。

 

 

 

 

 

「チクショー!! 何だよあのクソガキ!」

「あ~あ、楽な任務だった筈なのに…」

 

 これでもかと悔しさが籠った声で叫びながら、全身を黒い服で身を包んだ男は感情任せに川目掛けて石を何度も投げ付けていた。

 彼以外にも黒い服を着た者達が川の傍で屯っていたが、彼らも大小あれど愚痴を零していた。

 さっきまで彼らはとある任務の為に行動していたのだが、目的のポケモンを先に現れた謎の少年に取られた挙句呆気なく返り討ちにされて任務を達成することが出来なかったのだ。

 

「最近の子どもって…ヤバイっスね」

「何弱気になっている! たかがちょっとポケモンの扱いが上手かったり強いポケモンを連れているだけの子どもにやられたなど天下のロケット団の名が泣くわ!」

「でもその子どもの所為で、組織は壊滅状態に追いやられたんですけどね…」

「お前っ!」

「おいおい喧嘩はそれくらいにしておけよ」

 

 任務に失敗しただけでなく、一回りも小さな子どもにやられたことも相俟って険悪な空気ではあったが、集団を率いるリーダー格らしき人物が仲裁に入る。

 確かに自分達は強いポケモンを連れた子どもには悪い記憶しか無いが、それで内輪揉めを起こすのは望ましく無い。

 

「でも今日戦った赤い髪をした目付きの鋭い小僧はヤバイぞ。下手すればレッド並みに厄介になるかもしれない」

「うげ、あのヒーロー気取りのガキ共の代表格よりもかよ」

 

 その意見に何人かは反吐が出ると言わんばかりの反応を見せるが、喧嘩を止めたリーダー格は複雑な表情だった。

 確かに見方によっては、レッドを始めとしたロケット団に戦いを挑んだ少年少女達は、単に強いポケモンを連れた子どもが調子に乗ってヒーローの真似事をやっている様に見えるだろう。

 だが、本当にただ強いだけの子どもが数で勝るだけでなく実力もジムリーダー達に引けを取らない幹部達を倒すことが出来る筈がない。

 悔しいが彼らが持ち合わせている実力や運が本物であるのは、()()()()()()()()()()()()としては認めざるを得なかった。

 

「でもレッドがいるのはカントー地方ですから、こっち(ジョウト地方)には来ないでしょ」

「だが、油断は大敵だ。次あの赤い髪の子どもに会った時、確実に潰せる様に対策を練っておくべきだな」

「流石にあのレッド以上にヤバイってことは無いだろうしな」

「レッドよりもか…」

 

 次第に気が楽になってきたからなのか少し気の抜けた空気になってきたが、ロケット団になって日の浅い団員の言葉がリーダー格の一人の耳には引っ掛かった。

 確かに十代前半でポケモンリーグを優勝した少年以上の存在が出るなど普通は考えられない。

 しかし同時期にその彼と互角の少年少女が数名いたのだから、もしかしたらさっき戦った赤い髪の少年が、この地方での”レッド”みたいな存在である可能性は否定出来ない。

 

「そういえば、ハリーさんはレッドと戦ったことがあるんですよね」

「……いや、戦うところを何回も見ただけで直接戦ったことは無い。それでもあいつらは、子どもとは思えないくらい只者では無い雰囲気があったな」

 

 話を振られたリーダー格の一人であるハリーは、当時のことを思い出しながら彼らの印象を口にする。

 連れているポケモンが強かったこともあるが、的確な指示でポケモンを導く姿は、とても子どもとは思えなかった。

 ”ただ強いポケモンを連れた子どもだからトレーナーを狙えば済む”と気楽に言う者もいるが、そもそもトレーナーを狙う事さえ困難な相手だ。

 中でもレッドは、当時のロケット団最高戦力である三幹部を退けた子ども達の中心的な人物でもあるので、その実力は並大抵のものでは無かった。

 

 だけど、ハリーはそんな彼らよりももっと恐ろしいかもしれない存在がいることを知っていた。

 ハッキリとした情報が組織内に広まる前にロケット団は壊滅してしまったが、一応は中隊長として幹部の立ち位置にいたハリーは、その情報について耳にしていた。

 ロケット団が研究していた最強のポケモン――ミュウツーを相手に正面から渡り合ったポケモンとそれを率いたとされるとある少年の存在を。

 

「でも…世の中にはレッド達よりもヤバイ奴はいるんだよな」

「え? あのレッド達よりもですか?」

「あぁ、俺も詳細は把握していないけど――」

 

 そのことについてハリーが語ろうとした時だった。

 彼らから少し離れた場所に、巨大な何かが落ちて来たのだ。それは大地を大きく揺らし、衝撃で土と砂埃を舞い上げる。

 休んでいた団員達は何事かと身構えるが、舞い上がった土と砂埃が晴れると、そこには人間よりも二回りも大きい大型のポケモンが敵意を漲らせた目でこちらを睨んでいた。

 

「カ、カイリュー…」

 

 姿を現したポケモンの姿に男達は動揺する。

 何故こんなところに超が何個か付いてもおかしくない希少なドラゴンポケモンが、それもこれ以上無く敵意を抱いた鋭い目で自分達を睨んでくるのか訳がわからなかった。

 しかし、集団を率いるハリーを始めとしたリョウやケンの中隊長の三人は、その鋭い目付きをするカイリューの姿に見覚えがあった。

 一体どこで見たのか思い出そうとするが、カイリューの背中から一人の少年が顔を出す。

 

「急にどうしたかと思ったけど…納得だ。その黒い服は久し振りに見るな」

 

 辛うじて振り落とされずに済んだアキラは、カイリューの背中から顔を出すとそのままドラゴンポケモンの前に立つ形で飛び降りる。

 黒い服に胸に大きく描かれた「R」の文字。それはロケット団の証だ。

 今まで何回か戦ったことは勿論、この世界に来て間も無い頃に酷い目に遭ったのだから、忘れる筈が無かった。

 過去の経験やシジマとの約束で、突発的であってもなるべくロケット団には一人で挑みたくは無かったが、どうやらその心配をする必要は無さそうであった。

 カイリューの前に出て、目の前で驚きの余り固まっているロケット団達を観察している内に、彼の中である確信が生まれたからだ。

 

 勝てる

 

 鋭敏化するだけでなく、研ぎ澄まされた目を始めとした五感から得た情報、そしてこれまで経験してきた多くの戦いで相手にしてきたトレーナーやポケモン達から推測しても彼は奴らに勝てると確信していた。

 それは自分達に力が付いたが故の自信なのか、或いは慢心なのか。どちらにせよ表裏一体ではあったが、数で勝るロケット団を目の前にしてもアキラは冷静であった。

 

「何だ子どもか。つうか、カイリューを連れた子どもって…」

「何でも良い。任務失敗は失敗でも、あのポケモンを手土産にすれば」

「バカ。さっきも子どもだからって舐めて掛かったら返り討ちに遭ったのを忘れたのか」

 

 ロケット団が色々話しているのが聞こえるが、アキラは彼らを捕まえて警察に突き出したらどうなるのかを考えていた。

 ヤナギに警戒されるかもしれないが、所詮は下っ端がヘマをしただけと考えるのか。それともやっぱり警戒をするのか。

 だが、ジョウト地方にいるジムリーダー達に警戒を促すことや曖昧になっているとはいえ自分が知っていることを伝える際の違和感を消すには、これ以上適切な存在は無い。

 そんなことを考えていたら突然、ロケット団の一人が自分の事を指差しながら声を上げた。

 

「――思い出した!! お前あの時の!」

「?」

 

 どうやら自分のことを知っている団員がいるらしいが、アキラは特に憶えていなかったので適当に流した。

 しかし、声を上げた団員にして中隊長であるハリーは、アキラのことを良く憶えていた。

 今から三年前のオツキミ山で腹いせも兼ねて集団で彼を痛め付けていたが、何時の間にか形勢を押し戻されたのと乱入者の出現もあって痛み分けで終わったが、自身と手持ちポケモンは当時ミニリュウだった彼のポケモンに叩きのめされた。

 次に会ったのは一年前のサントアンヌ号を占拠した時だ。あの時は麦藁帽子を被った少年にコテンパンにされたが、後詰めとばかりに彼に逃げ道を塞がれて、そのまま警察に突き出されたのだ。

 

 直接対決したのはもう三年前になるが、あの時でも切っ掛けがあったとはいえ数では圧倒的に勝る自分達の手から逃れたのだ。

 しかも今連れているカイリューは、あの目付きの悪さから見て、当時かなりの強さで暴れていたミニリュウが成長した姿なのは間違いない。

 レッド達と一緒に行動していた子どもの一人であることを考えれば、間違いなく彼の実力はレッドと同等かそれ以上の存在だ。

 

「リュット、仕掛けたい気持ちはわかるけど、もうちょっと待って」

 

 仕掛けようとするカイリューにアキラは待ったを掛けるが、ドラゴンポケモンは今にも彼の胸倉を掴みそうな目付きで睨む。

 また目の前にロケット団がいるのに止めるのか、声は上げていないが今にもそう怒鳴り声を上げそうなその目付きにアキラは懐かしさを感じながらも小さな機械を取り出した。

 それは近年発売される様になったポケギアと呼ばれる小型の通信機器だ。

 これを持ち歩いて近況報告するのがシジマが許す条件に入っていただけでなく、エリカや保護者であるヒラタ博士からも持つ様に言われたので、面倒な契約を経て連絡用に持っている。

 

 使い始めたばかりなのでまだ扱いにはそこまで慣れていないが、連絡先にはタンバジムの番号やエリカなどの番号を登録している。

 そのポケギアをアキラは、連絡する為に少し不器用に操作して耳に当てようとした時だった。

 

「エレキッド! 奴の口を封じるんだ!」

 

 中隊長の一人であるケンが、突然でんきポケモンと呼ばれるエレブーの進化前であるエレキッドを繰り出すと同時に攻撃を命じたのだ。

 近々組織の復活を大々的に宣言するつもりではあるが、今のロケット団は力を蓄えるべく潜伏している真っ最中だ。

 仮に彼を退けることは出来ても、連絡を通じて世間や警察に自分達の動きを知られる訳にはいかない。特に中隊長の立場である三人は、つい最近脱走することが出来たばかりなのでまた捕まるなど御免だった。

 

 今この場で口封じをしなければならない。

 

 モンスターボールから出たエレキッドは、両腕を回転させながら小柄な体格ならではスピードを活かして、同じポケモンであるカイリューではなくトレーナーであるアキラを狙う。

 だが彼は自分が狙われているにも関わらず、避けるどころかエレキッドの動きを気にする素振りすら見せなかった。

 

 思いがけず彼が油断していることに勝機をケンが見出した、その時だった。

 アキラが頭を下げる様に体を前に折った瞬間、彼の背後からカイリューの太くて巨大な尾が勢い良く振られたのだ。

 そしてそれをまともに受けてしまったエレキッドの体は、まるで金属バットで打ち返されたボールの様に吹き飛ばされる。

 

「え? ちょ――うごっ!?」

 

 攻撃を仕掛ける時よりも早く後方に吹き飛んだエレキッドは、そのままトレーナーであるケンにぶつかり、彼らは揃って数メートル程後ろへ転げていく。

 不意打ち同然で仕掛けたにも関わらず、まさかの返り討ちに遭ったことにロケット団の団員達は驚くが、アキラの方は何の反応も見せることなくポケギアを耳から離した。

 

「仕方ない。リュット、思う存分暴れてもいいぞ。ただし、()()()()やり過ぎない様にね」

 

 釘を刺しながらではあったが、アキラがカイリューに「許可」とも言える言葉を静かに告げた瞬間、カイリューは怒りを宿した鋭い眼差しを、改めてロケット団とそのポケモン達に向ける。

 そして団員達は、そんなドラゴンポケモンの姿からこれから起こるであろう出来事に身の危険を感じるのだった。




アキラ、条件付きでジョウト各地を見て回ったり関わる事を許されるも早々にロケット団を発見してしまう。

シジマとしては、34巻でナナカマド博士が考えた様に戦う事はあっても、大体は情報収集や偵察などの形で力になってくれるだろうと思っていますが、実際はガッツリと関わることになります。

中隊長トリオを含めた団員達は、ウツギ博士の荷物や研究所にいるポケモンを盗もうとしたけどシルバーの返り討ちに遭って撤収中のところでした。
そして、もう今までの様にカイリューを止める理由も必要性もありませんので……


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動き始める運命

 ”思う存分暴れてもいいぞ”

 カイリューのトレーナーであるアキラがそう告げた瞬間、団員達の脳裏にあのドラゴンポケモンが怒りのままに暴れて自分達が蹂躙される姿が過ぎった。

 そんなことを考えるべきでは無いものだが、嫌でもそんなイメージが浮かび上がってしまう程にカイリューから発せられる殺意と言っても過言では無い怒気と威圧感は凄まじかった。

 身の危険を感じ取った団員達は、時間稼ぎでも良いから少しでも抵抗、或いは自らの盾とするべく手持ちを召喚する。

 

「待てお前ら! 相手はカイリューを連れているんだぞ。子どもがトレーナーだからって簡単に倒せる相手じゃない!」

 

 他の団員達が警戒しながらも戦う気なのに対して、ハリーともう一人中隊長であるリョウは戦おうとする他の団員達を止めようとする。

 しかし彼らは、カイリューが放つ殺意にも似た威圧感に呑まれて少しでも抵抗して身を守ることしか頭に無かった。

 

 目の前にいるロケット団が戦う気であるのを見て、アキラはその目をより一層凝らす。

 偶然ではあるが、並外れた力を身に付けたカイリューが見つけてしまった時点で、黙って見逃すと言う選択肢はアキラ達には無い。昔ならドラゴンポケモンを抑えてコソコソ逃げたり警察に連絡して対処を待っていたが、「戦って勝てる」ことを確信している今なら正面から打ち負かせる。

 どうせ降伏する様に言っても抵抗するのは目に見えている。

 

 もう目の前にいる奴らは、改心もしていないし、今の自分達の不満を抑える程の利を齎してくれる奴でも無い。

 放置すれば自分達どころか、無関係な人間にも害を振り撒くだけの敵。

 今後の為にも、今ここで奴らを倒す。

 

 その直後、ロケット団とそのポケモン達を見据えていたカイリューの姿が消える。

 

「――え?」

 

 団員の一人が間抜けな声を漏らした時点で、”こうそくいどう”による瞬発力を発揮したカイリューは跳び掛かる様な体勢で一気に距離を詰めていた。そして振り上げていた拳を振り下ろし、彼らのすぐ足元の地面を殴り付けた。

 相手を考えれば過剰と言っても過言では無い強烈な力が炸裂し、カイリューが殴り付けた場所を中心に地面が砕ける様に割れた。

 衝撃で多くのロケット団のポケモン達が蹴散らされるが、近くにいたトレーナーである団員達もその余波で体が吹き飛んだり、揺れで倒れ込む者も出た。

 

「てめっ! 危ねえだろ!」

「…そんな近くにいたら巻き込まれても仕方ありませんよ」

 

 ロケット団から文句が飛んでくるが、アキラは冷たく返す。

 カイリューが抱いているロケット団に対する敵意や殺意を、色んな出来事もあって彼は()()()()()()()()

 ミニリュウ時代の指示無視どころか冗談抜きで容赦が無かった頃と比べれば、これでもかなりマシになっている方なのだ。

 今までは状況故に何かと我慢させたりと抑えてきたが、今後ロケット団と対峙する機会が増えることを考えると完全に抑えるのはもう無理だろうから、やり過ぎない程度に適度に暴れさせるつもりであった。

 

 たった今カイリューが放った一撃で、ロケット団も手持ちポケモンの半分近くはダメージを受けたが、無事だったのと体勢を立て直したのがすぐさま反撃する。

 しかし、体を大きく捻らせて尾を振ったカイリューの”たたきつける”は尾の強靭な皮膚で攻撃を弾くだけなく、先程のエレキッド同様にその一振りで何匹ものポケモンを瞬く間に薙ぎ払う。

 尾を振るだけで暴風同然の風圧を放ちながら蹴散らすドラゴンポケモンの姿を見て、ロケット団達はすぐに悟った。

 

 レベルが違い過ぎて戦いを挑む以前の問題だ。

 

「だから言っただろ!! 退け! 退くんだ!!」

「相手が悪過ぎる!」

 

 ハリーとリョウ、中隊長二人の必死の呼び掛けでようやく我に返った一部の団員達は、真っ先に背を向けて逃げ始める。

 やられてしまった手持ちの回収すらせずに逃げ始める団員達に、ドラゴンポケモンは怒りの雄叫びを上げる。勝てない相手と判断して逃走を選ぶのはアキラも選択肢に常に入れているので悪い判断では無いが、平気で手持ちを見捨てるのは見過ごせないのや、それ以前にカイリューが大人しく逃がすつもりは無い。

 

「リュット、気持ちはわかるが”はかいこうせん”とかはダメだぞ」

 

 荒ぶるカイリューの姿を見て、アキラは先手を打って注意する。

 昔でも威力があったのに、進化した今は数倍も強力になったのだ。そんなものを直接当てなくても、至近距離で炸裂させても危ない。

 それに今の自分は、一応は立場上タンバジム所属のジムトレーナー扱いなのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()ことは多目に見て貰えるが、意図的に直接攻撃するなどは余程追い詰められた時でも無い限りやるべきではない。

 後、ワタルを思い出してしまうので精神衛生的にも良くない。

 そう伝えた瞬間、カイリューは昔アキラが手持ちに迎えたばかりの頃を彷彿させる目で彼を睨むが、すぐに舌打ちをすると翼を使って再び大きく跳び上がり、逃げる団員達に立ち塞がる様に大地を揺らしながら着地する。

 

「げぇ! マジかよ!」

「こうなればあのガキを狙え! トレーナーを狙えば、トレーナーを守ろうとカイリューの動きは鈍る筈!」

 

 カイリューとアキラが自分達を逃がすつもりが無いことを察したロケット団は腹を括った。

 何人かは手持ちをカイリューと対峙させるが、団員の一人はアキラ目掛けてボールを投げた。

 その投げられたボールから、ボールポケモンと呼ばれるマルマインが飛び出す。アキラの記憶でもスピードはポケモンの中でトップクラス、そして自ら瀕死状態になる代わりに相手に大ダメージを与える”だいばくはつ”を使う事が出来る要注意ポケモンだ。

 仮にカイリューを倒すことは出来なくても、一矢報いてやろうという団員達の意地が窺えた。

 

 マルマインが飛んでくるのを見て、アキラは別のポケモンを繰り出そうと別のモンスターボールを手に取る。

 新たにポケモンを出して我が身を守る盾にするつもりとロケット団は見たが、マルマインが仕掛ける捨て身の攻撃はポケモンを盾にした程度では防ぎ切れるものでは無い。

 

「マルマイン、”だいばくはつ”だ!!!」

 

 全身にエネルギーを行き渡らせ、マルマインの体は目も眩む程の光を放って、アキラのほぼ目の前で”だいばくはつ”を起こす。

 その瞬間、凄まじい爆音と共にエネルギーと衝撃波が炸裂して、アキラの周囲にあった地面を大きく抉ると同時に草木も吹き飛ばした。

 

「へっ、ざまぁみろ」

「さっきの赤い髪のガキと戦った時もこうすれば良かったな」

 

 離れたところにいる団員達にも届く爆風を見て、彼らの気分はスッキリするが、すぐに残されたカイリューをどうするかに目的を変える。

 だがトレーナーがやられた筈なのに、カイリューは動揺していなかった。それどころか怒りに燃えるその目が、どこか小馬鹿にしている様な色を帯びていた。

 ドラゴンポケモンの様子を不審に思った団員の何人かが後ろを振り返ると、そこには至近距離で爆発に巻き込まれた筈のアキラが、何時の間にか出ていたでんげきポケモンのエレブーが放っている不思議な光に包み込まれる形で無傷で立っていた。

 

「え? 無傷!?」

 

 ”だいばくはつ”が全く効いていなかったのが信じられなかった団員だったが、カイリューが殴り飛ばした仲間の手持ちに巻き込まれて揃って伸びてしまう。

 それからカイリューは挑んできたロケット団のポケモンを素手で片付けるだけでなく、翼を羽ばたかせて”たつまき”などの派手な攻撃で吹き飛ばしたりする。

 当然、直接狙っている訳では無いがそれでも余波でロケット団の何人かが、手持ちと一緒に巻き込まれる形で吹き飛んでいく。

 

 そんなトレーナーも容赦無く巻き込む攻撃を仕掛けるカイリューに対する報復のつもりなのか、ロケット団のポケモンの何匹かが飛び技を放って直接アキラを狙って来る。

 だがそれらの攻撃をエレブーは、”リフレクター”などの壁を張るどころかまるで自らの肉体を誇示しているのか両手を腰に当てると、何と飛んで来た技全てを堂々と誇示する様に張った胸で受け止めて防ぎ切る。

 

 シジマの元での修行は、技や技術を磨くだけでなく肉体トレーニングも行っているので、エレブーの体は以前よりも強靭で筋肉質になっている。

 その成果が出たのかとアキラは感心――と思いきや、エレブーは攻撃を受け止めた胸を擦りながら若干涙目で振り返る。

 先程”まもる”で防いだマルマインの”だいばくはつ”と比べれば、大して威力が無さそうだと甘く見ていたが、やっぱり痛かったらしい。

 

 調子に乗ったらすぐこれだとアキラは呆れるが、気が付いたらカイリューの方は戦いを終えたのか、彼の周りにはロケット団とそのポケモン達が力無く伏していた。

 戦いそのものは数分程度だったので瞬く間に終わっているが、彼らにとっては不思議と時間の流れはゆっくりと感じられた様な気がしたのだ。

 傍から見ると死屍累々の光景だが、それでもアキラはどこかホッとしていた。

 

「リュット、感情的に暴れていたのによく抑えてくれた」

 

 以前だったら、こちらが許そうがルール違反だろうがそんなこと関係無くカイリューは直接叩きのめしていたかもしれないが、本当にあれだけ暴れていたのに巻き込み程度に留めてくれた。

 今の手持ちの影響をアキラが受けているのと同じ様に、カイリューも少しは穏やかになる影響を受けているのかもしれない。

 しかし、昔だったら余程追い詰められない限りモラル的にダメだと考えていたものだが、自分も随分と危なっかしい考えを平気でする様になったものだとアキラは思った。

 正当防衛も少しあるとは思うが、これが当然だとは思わず、今後も気を付けないといけない。

 

 それからアキラは、気絶しているロケット団と彼らの手持ちポケモンを見渡す。

 彼らを近くの警察署に突き出せば、今後起きるかもしれない事件に関する証言に信憑性を持たせるだけでなくシジマなどのジムリーダー達に警戒を促すのには十分だろう。

 カイリューが転がっている団員達を雑に蹴り飛ばしたり乱暴に投げるなどして積み上げていく形で集めるのを眺めながら、アキラはどうやってこの人数を警察がいる場所へ引っ張っていくのか考えるのだった。

 

 

 

 

 

 その後、アキラは手持ちポケモンと協力して伸びていたロケット団を近くの街――キキョウシティにある警察署へ突き出した。

 突然複数のポケモンを伴った少年が、悪名高いロケット団と同じ格好をした人間を何人も抱えたり雑に引き摺って来る光景は、ビジュアル的に色々アレだったのか警察署内は一時騒然となった。

 当然、アキラはロケット団を突き出す以外にも、警察から何があったのかなどを含めた事情聴取を受けることとなった。

 そんなこんなで警察に状況説明などをしていたら、昼頃に訪れた筈なのに彼が警察署を出た時には外は夜に変わっていた。

 

「ロケット団と戦う度にこうなると考えると大変だなこりゃ」

 

 全身を伸ばして、体の各部の凝りを解消しながらアキラはぼやく。

 一応ジムリーダーのシジマとエリカから”調査”名目の許しや立場を得ているが、その説明やら警察からの苦言とかで凄く時間が掛かってしまった。

 だけど警察側の気持ちもわからなくは無い。幾ら実力者達のお墨付きを頂いているとしても、子どもが危険なことに首を突っ込むのはなるべく控えて欲しいだろう。

 でも今回の出来事を切っ掛けに各地のジムリーダー達や警察などの組織が、ロケット団の存在を強く意識して警戒してくれる筈だとアキラは考えていた。

 果たしてどこまで被害を減らせるのかは知らないが、警戒しているのとしていないのでは大きく違う。

 

 一応警察署に留まっている間に、保護者であるクチバシティのヒラタ博士やタンバシティのシジマの元へは約束通り報告も兼ねた連絡をしている。

 もう暗くなっているが、高速飛行専用のカプセル無しでもカイリューの飛行速度を考えれば、タンバジムでもクチバシティのどちらでも変わりないのでどちらに帰ろうかなと悩んでいた時だった。

 

「君は、ひょっとしてアキラ君か?」

 

 自分の名を呼ぶ声にアキラは反応する。

 有名人でも無ければ、ここは自分にとって所縁のある地でも無い。ならば自分の名を呼ぶと言う事は、知り合いしかいない。

 そして、彼のその考えは当たっていた。

 

「オーキド…博士?」

 

 振り返ると、彼がよく知る人物であるこの世界でのポケモン研究の第一人者であるオーキド博士が立っており、アキラは驚く。

 オーキド博士の拠点はカントー地方だ。ジョウト地方に来る理由は全く無い筈――と思っていたが、ジョウト地方に研究所の支部があったことや最近はラジオ関係の仕事をやっていることを彼は思い出した。

 しかし、いずれもジョウト地方にいる理由ではあるが、キキョウシティの警察署にいる理由では無い。

 

「え? 何でオーキド博士が、ここにいるのですか?」

「儂も君が何故警察署にいるのか聞きたいが、儂から話そう。実は新しく開発した新型のポケモン図鑑が何者かに盗まれてしまったのじゃ」

「盗まれたって…え!?」

 

 予想していなかった返答にアキラは驚きを露わにするが、すぐにそれが一体何を意味するのかを思い出した。

 

 ブルーの弟分であり、これから起こる戦いに大きく関わる少年――シルバーが本格的に動き始めたのだ。

 

 更に話を聞けば、後輩のウツギ博士の研究所からポケモンが盗まれたこともあり、オーキド博士はこれらの事件に関連性があると考えてキキョウシティの警察署に来ていたと言う。

 

「それにしても何故アキラ君がここにおるのじゃ? タンバジムで修業していることは聞いておったが」

「この近辺の空を飛んでいたら運悪くと言うべきでしょうか。リュットがたまたまロケット団を見つけてしまいまして、そいつらを叩きのめしたので警察に突き出していたんです」

 

 話ながらアキラは、オーキド博士に目線で警察署の近くで退屈そうに座り込んでいるカイリューの姿を示す。

 オーキド博士は自分がシジマやエリカから許しを得て調査名目でジョウト各地を飛び回れることは知らないが、カイリューがロケット団に対して強い敵意を抱いていることは知っている。

 アキラもまさか偶然とはいえ早々にロケット団に遭遇するとは思っていなかったが、何かしらの悪事を目論んでいる可能性があるのと叩きのめせる力があるのにカイリューが大人しく見過ごす筈が無い。

 そこまで話すと、オーキド博士は腕を組んで神妙な表情を浮かべる。

 

「そうか。立て続けにそんな事が起こると言う事は……運命が動き出したのかもしれんの」

「――運命ですか…」

 

 オーキド博士が話すことは、アキラでも何となく理解出来る。

 完成したばかりの新型のポケモン図鑑と特別に研究されていたポケモンが盗まれ、更には壊滅した筈のロケット団の暗躍。

 多少異なってはいるが、丁度レッド達が旅を始めた頃と状況は似ていると言っても良い。当時を知る者であれば、今年も何かありそうだと感じるのはわからなくもない。

 

「と言う事は、このタイミングで新型のポケモン図鑑が出来上がったことを考えると、誰かにそれらを()()()()()でもあるってことですね」

「――何故そう考える?」

「今までの経験や勘…ですかね? 偶然かもしれませんけど自分が知る限りでは、ロケット団絡みの事件や戦いでレッド達が凄い活躍していましたから何となく」

 

 今オーキド博士がその考えを持っているかは知らないが、ポケモン図鑑を手にした者は何故かその地方を揺るがす大事件や戦いに巻き込まれる運命にある。

 物語の都合だとしても、ポケモン図鑑を手にしただけで何かしらのトラブルに巻き込まれるなど、普通は有り得ない。

 とはいえ、ポケモン図鑑を持っているから巻き込まれやすくなるのか、ポケモン図鑑を持たなくても巻き込まれやすい人物なだけなのかは判断し難いのに変わりはない。

 

「……何でも盗んだ犯人の顔を見た少年が近くにおるらしい」

「そうなのですか。それは…何だか期待出来ますね」

「どういう意味じゃ?」

「レッド達に続く図鑑を持つべき人物って意味ですよ」

「何を言っておる。レッドにグリーン、ブルー、偶然ではあったがイエローもトレーナーとしての実力があっただけでなくポケモン図鑑にデータを集めていたのじゃ。そんな簡単に渡せるものではない」

 

 レッド達の普段の様子を見ると忘れてしまうが、オーキド博士が作ったポケモン図鑑の目的は新種も含めたポケモンのデータ収集だ。

 戦うポケモンのレベルや能力値、技構成を瞬時に読み取る機能は、正確なデータを収集する為の必要な要素に過ぎない。

 本来のポケモン図鑑は、身分を証明する為の道具でも、手にしたら戦いに巻き込まれる呪いの装備でも無いのだ。

 

「まぁとにかく会ってみましょう。図鑑を持つのに相応しく無いとしても、盗んだ相手の顔を唯一見たんですから、情報くらいは期待できます」

「それもそうじゃの」

 

 それを機に二人を話を切り上げる。

 アキラは待っていたカイリューの元へ、オーキド博士はモンスターボールから大きな二本のツノを持ったオドシシと呼ばれるポケモンを出す。

 二人はそれぞれ手持ちの背に乗ると、キキョウシティの警察署を後にする。

 オドシシの走るスピードもそれなりにあった為、カイリューの方もそのスピードに合わせて並走する形で低空飛行する。

 

「ウツギ博士の研究所からポケモンを盗んだ奴と戦った少年はどんな人物なのですか?」

「詳細はわからんが、ヒノアラシを連れたレッドに近い年だとは聞いておる」

 

 口振りからオーキド博士は盗んだ人物に関する話を聞ける以外は全く期待していないのが感じられたが、アキラとしては犯人の顔を見た少年――恐らくゴールドに会うのをちょっと楽しみにしていた。

 以前勘違いでジョウト地方中を駆け回った時、彼はゴールドを遠目で見たことはあるが直接接触したことは無かった。

 態度や振る舞いはいい加減で不真面目な印象を受けたが、ポケモンとの接し方や困っている人を助ける姿は、ある意味ではレッドに似ている側面があったりと少し判断に困っていた。

 

 そんなことを考えながら人が通れる様に整備された道をしばらく移動していると、星空以外に明かりが無い森の傍の拓けた場所から焚火らしき明かりが見えてきた。

 焚火の近くには二人の少年らしき姿が見えたが、連れているポケモン達の姿を目にしたアキラは確信を抱く。

 

「どうやら彼らしいですね」

「じゃな」

 

 オドシシが速度を緩めて足を止めると、飛んでいたカイリューも着地する。

 その際に軽い揺れと地響きを鳴らしたので、焚火をしていた二人がこちらの存在に気付いて目を向けるのだった。

 

「オッ、オーキド博士!? な、何でここに!?」

 

 二人の内の一人である短パン小僧らしき少年は、オーキド博士がいることに驚きを露わにしていたが、もう一人の特徴的な前髪に逆向きに被った帽子の上にゴーグルを掛けた少年の方は怪訝な眼差しだった。

 

「なんスかいきなり、俺は偉い博士に用なんか無いッスよ」

「ゴ、ゴールド!」

 

 ゴールドと呼ばれた少年は、やって来たオーキド博士に興味が無いのか失礼な態度を取る。

 そんな彼の態度が少々気に入らないのか元々悪いカイリューの目付きが更に悪くなるが、アキラは目線を向けて抑える様に促す。態度の悪さはカイリューも似た様なものだからだ。

 だがカイリューは彼の意図を理解しながらも、目線だけでも余所に向けて知らんぷりをする。

 

「君には無いかもしれんが、儂は君に用がある」

 

 そんなゴールドの不遜な態度を気にせず、オーキド博士は開発したばかりという新型ポケモン図鑑をゴールドに見せる。博士と彼らのやり取りを気にしながら、アキラはゴールド自身と彼が連れているポケモン達を観察する。

 鋭敏化した目を通して認識出来る範囲内では、ゴールドの身体能力は同年代と比べたら良い方だが、シルバーと比べたら彼よりは低い。

 そして手持ちポケモンの鍛え具合も含めてあらゆる面で負けている。

 

 だが、アキラが鋭敏化した目を通して認識出来るのは主に肉体面での能力なので、彼が完全にシルバーに敵わない訳では無い。

 ゴールドの真価は、単なるパワー不足を補うだけでなく、時には逆境さえも覆してしまう機転の良さだった筈だ。

 

 方向性は道具や挑発を駆使するのでブルーに近い戦い方ではあるが、機転の良さでピンチの状況を乗り越えるのはレッドを彷彿させる。

 そして実力そのものも現段階ではシルバーと比較すると彼には負けるが、短期間でこの地方を脅かす巨悪を直接負かすまではいかなくても追い詰めるまでに力を付けるのだ。

 今は力を付けたことである程度の実力が付いた自信があるアキラでも、その急成長は羨ましく思えた。

 

 そんなことをぼんやりと考えていたら、オーキド博士とゴールドの話は徐々に騒がしいものになってきた。

 原因はゴールドが盗んだ相手――恐らくシルバーと対等な条件で戦いたいからポケモン図鑑をくれと言い出したからだ。

 強請る彼に対して、オーキド博士は断固として渡すつもりは無かった。

 

 残っているのが二機しか残っていないこともあるが、博士としては戦いに活用されるよりは色んなポケモンのデータを集めて貰いたいのだ。

 アキラとしてはどちらの気持ちもわからなくも無かったが、どちらかと言うとゴールド寄りであった。

 何故なら友であるレッドは旅立ったばかりの頃は集めていたものの途中から止めてしまい、ブルーに至っては作中内で集めていたのかさえ彼の記憶では曖昧だ。

 

 後のことを考えると、真面目にポケモン図鑑のデータ集めをしていた図鑑所有者は一人を除いて殆どいなかった記憶がある。

 ある種の身分証明書、或いはそれこそ今オーキド博士がゴールドに渡したくない理由である戦いを有利に進める為にしか活用されていなかった。

 一応結果的にそうなることを見越して、捕獲することなく単純に遭遇したりバトルしただけでデータ収集が出来る様に、後継機は改良を重ねた可能性も考えられなくは無いけれども。

 

「良いじゃんちょっとくらい借りたって」

「ダメじゃダメじゃ! 図鑑は実力があって信頼出来る者にしか託さん!」

 

 徐々に両者の話が拗れてきていたのを見て、アキラはこの後にあるであろう出来事を思い出そうとする。

 最終的にオーキド博士はゴールドに図鑑を渡していたが、果たしてどういう経緯だったのか。

 博士がポケモン図鑑を渡すに値するトレーナーの基準をある程度把握していたつもりだったが、詳しい過程や切っ掛けの記憶はあんまり憶えていない。

 よく思い出そうと頭を捻り始めた時、唐突にゴールドがアキラに視線を向けて来た。

 

「つうことは…その目付きの悪いドラゴンを連れている奴とかが、ジジイの言う実力がある奴ってことッスか?」

「そうじゃ。アキラ君は図鑑は持っていないが単に実力があるだけでなく、その力を活かして多くの人達の為に幾つもの危険な脅威を退けてきた正真正銘の実力者じゃ」

 

 思い掛けないオーキド博士のかなりの高評価にアキラは少し照れ臭い気持ちになったが、同時に嫌な予感がした。

 博士が自分のことをそう評した直後、向けられていたゴールドの目付きが鋭くなったからだ。

 

「お前! 俺と勝負しろ!」

 

 どうやら余計な事に飛び火してしまったらしい。




アキラ、ゴールドと初めて対面するもいきなり勝負を挑まれる。

次回はゴールドとアキラのバトルになります。



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君にとってのポケモン

 突然ゴールドから挑戦状を突き付けられ、アキラはどうするべきか困った。

 確かに憶えている限りの記憶では、彼は無鉄砲で調子に乗りやすい。でも実力差がロクに判断出来ないほど馬鹿では無い筈だ。

 自分が図鑑を持つのに相応しい実力があるのを証明することに固執するあまり、頭に血が上っているのだろう。

 そして隣にいるカイリューは、ヤケ気味かもしれないが正面から堂々と挑んで来た姿勢を気に入ったのか彼の挑戦を受けるつもりであった。

 

「そういう意味での実力じゃ……いや、言っておくが運良くアキラ君に勝ったとしても渡すとは限らんぞ」

「うるせぇ、俺達の実力を証明してやるよ」

 

 本気なのか強がりなのかは知らないが、ゴールドはオーキド博士に目に物を見せてやると言わんばかりの意気込みだ。

 念の為、アキラは彼が連れているポケモン達を確認することも兼ねて改めて目をやる。

 手持ち最年少であるヨーギラスが相手ならそこそこやれるかもしれないが、それ以外の手持ちだと能力とレベル差が大き過ぎる。

 それに素人目で見ても今彼が連れているポケモン達では、ポケモンの中でもトップクラスに強いカイリューを相手に勝つには余程の何かが無い限り見込みは殆ど無いと言っても良い。

 ひょっとしたら、その余程の何かを起こす自信が彼にはあるのかもしれないが。

 

「――わかった。戦うルールを伝えるから良いよ。ルールは……シンプルに戦いに出すポケモンは二匹、先に二匹が戦闘不能になった方が負けだ」

「おう、良いぞ!」

 

 そう返すとゴールドは気合を入れ、彼の手持ちもバトルの準備に掛かる。

 そんな彼らの姿にオーキド博士は溜息をつくが、アキラは小声で囁く様に博士に話し掛ける。

 

「オーキド博士、本当は腕っぷしとかの意味での実力じゃない別の要素を重視しているのに何であんな煽る様なことを言ったのですか?」

「儂の言葉を真に受けるのなら、それまでの奴と言うことじゃ」

「いや、自分でも真に受けると思いますよ」

 

 多少は裏に秘められている意図を考えるかもしれないが、何も知らなければ言葉の裏にある意味を正確に察する程の洞察力は自分には無い。

 オーキド博士がデータ収集目的以外で図鑑を託すのに重視しているのは、ポケモンのことをどう想い、どういう関係を築いていきたいかを言葉に出来る人物だ。

 本当にその通りに選んでいるのか怪しいところは多少あるが、特に重きを置いているのは確かだ。

 

 カイリューの方も威圧する意図もあるのか、露骨に両手を鳴らすなど戦う気満々であった。

 ただ勝つだけでなく、思い上がっているであろうゴールドの鼻を折ってやるつもりなのだろう。

 やり過ぎる可能性を考慮して他の手持ちにするべきかと思ったが、カイリューだけでなくゴールドも納得しない気がしたので彼はドラゴンポケモンに耳打ちをする。

 

「リュット、彼らの今の力とかを正確に知りたいから、戦いが始まっても少しは様子見を頼む」

 

 遠回しな手加減要望にカイリューは嫌そうな反応を見せるが、ゴールドが連れているポケモン達の様子に少し考える素振りを見せると雑な対応だがアキラの頼みを受け入れる。

 ドラゴンポケモンの振る舞いに彼は安心すると、バトルを行う為に後ろへ数歩下がる。

 

「こっちの準備はOKだ。何時でも掛かって来て良いよ」

「よっしゃ! 行くぜエーたろう!」

 

 ゴールドが気合を入れた声で呼び掛けると、エーたろうと呼ばれたおながポケモンのエイパムは勢い良く駆け出した。

 龍と猿、素人が見てもとても戦いが成立するとは思えない組み合わせだが、アキラとカイリューは彼らが何を仕掛けてくるのかをしっかりと警戒する。

 そしてエイパムはカイリューの顔の高さにまで目の前で跳び上がり、()()染みた仕草を見せた。

 それを目にした瞬間、アキラはゴールド達の狙いを悟ったが、果たしてその効果は――

 

 と思った瞬間、エイパムは鈍い音を伴って、目にも止まらない速さで突き出されたカイリューの拳を受けて弾丸の様に吹き飛ぶ。

 しかも吹き飛んだ先には運悪くゴールドが立っており、彼は殴り飛ばされたエイパムに巻き込まれる形で倒れ込んでしまう。

 

「あっ! ごめん大丈夫!?」

 

 まさかさっき戦ったロケット団の様に巻き込んでしまうとは思っていなかった為、倒れたゴールドが大丈夫なのか心配になったアキラは呼び掛けながら駆け寄ろうとする。

 だが駆け寄る前に、痛がりながらではあったがゴールドはすぐに起き上がったのでそこまで深刻そうなダメージは負っていない様子だった。

 それよりも彼は、自分よりも強烈な一撃を受けてしまったエイパムの方を心配していた。

 

「エーたろう! 大丈夫か!?」

 

 ゴールドは胸に抱えているエイパムに呼び掛けるが、カイリューの本気に近いパンチを受けたおながポケモンはすっかり伸びていた。

 勝負が始まって十秒にも満たない瞬殺劇ではあったが、思っていたよりも大丈夫そうな彼らの様子に、アキラは複雑ながらも安堵する。

 

「狙いは悪くは無かったけど、効果を過信し過ぎかな」

 

 興奮しているのかカイリューの息は少し荒くなっていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 ”いばる”は確かに格上を倒すのに有効な技だが、戦い慣れている相手には”こんらん”が碌に通じない場合もあるなど安定しない面もある。

 これでハッキリしたが、やはり今のゴールドと自分とでは連れているポケモンの力の差は歴然としている。普通のトレーナーなら大人しく引き下がるところではあるが、ゴールドの目はまだまだ戦う気であった。

 アキラの記憶でも、彼は良くも悪くも足掻くタイプだ。力の差を見せ付けられて簡単に諦めるくらいなら、そもそも彼は自分とカイリューを相手に戦いを挑んでいない。

 

「ゆっくり休んでいてくれエーたろう。――頼んだぞ、バクたろう」

 

 労いながらエイパムをモンスターボールに戻し、次にゴールドが出したのは、背中から炎を噴き出したポケモン――ヒノアラシだ。

 アキラの記憶では、ウツギ博士が特別に研究していた三匹のポケモンの内の一匹だ。時期的にも彼の手持ちになってまだ間もない筈なのだが、随分とやる気を感じるだけでなくトレーナーを信頼しているのが他人であるアキラの目から見えてもよくわかった。

 戦う才が乏しくても、こういうイエローみたいにすぐにポケモンに好かれたり信頼を寄せられる点は、彼のポケモンとの関係を築く非凡な才が窺える。

 

 しかし、付き合いが長くてゴールドの影響を色濃く受けたエイパムとは違うのか、やる気はあっても目の前で仁王立ちしているカイリューの威圧感にヒノアラシは押されていた。

 体格差があるだけでなく、単純な能力値や経験が最早話にならないまでに差があるのだから、その点は仕方ないと言える。

 

 実際、少しでもカイリューに動きがあると威嚇のつもりなのか背中から火を激しく吹き上げる。

 だが、その程度の威嚇でカイリューが止まる事は無い。ヒノアラシとのレベル差を察したドラゴンポケモンは、足を持ち上げると力強く地面を踏み締めた。

 その衝撃で周囲に軽い揺れが起こり、ヒノアラシは揺れと驚きで体を跳ね上がらせる。

 それからまるで力の差を見せ付けるかの様に、カイリューは何回も地面を踏み締めることで起こす地震擬きを繰り返す。その度にヒノアラシは体を跳ね上がらせるが、それでもひねずみポケモンは臆する様子は無かった。

 

「バクたろう! ”えんまく”を張るんだ!」

 

 ゴールドから伝えられたアドバイスを聞き、ヒノアラシはその背中から火ではなく大量の白煙を吹き上げる。

 煙幕を広げることで視界を封じる作戦かもしれなかったが、カイリューは気にせず涼し気な顔で背中にある小さな翼を羽ばたかせる。

 起こした強風は広がりつつあった煙幕をあっさり吹き飛ばすだけに留まらず、ヒノアラシもその強風には抗えないままその小さな体は後ろに転がっていく。

 

「…ゴールド、だったっけ? 悪いけどこれ以上戦っても連れているポケモン達の負担になるだけだぞ」

 

 こんなことを言ったらゴールドは怒るかもしれないが、まるで歯が立たないヒノアラシの様子を見て、この戦いを止めるべきではないかとアキラは思い始めていた。

 別にこの戦いは負けたら命が無いとかそういうものでは無い。

 そもそも自分に勝てばポケモン図鑑が貰える保証は無いのだ。

 だがアキラの予想とは異なり、ゴールドは怒りで頭に血が上ることも無く顔を俯かせることもしなかった。

 

「……んだよ」

「?」

「んなことはわかってんだよ。今の俺達じゃどう足掻いてもアンタらに勝つ見込みは低いってことは」

「なら…」

「だけどだからと言って、やる前から諦めてたらそれでおしまいなんだ。何もしないで簡単には諦めたくねえんだよ。俺だけじゃなくて、バクたろうも」

 

 少し苛立った口調ではあったが、それでも堪える様に真っ直ぐアキラとカイリューを見据えて、ゴールドは諦めない訳を語る。

 挑む前から諦めていたら何も結果を得られないのは確かだ。だからこそ、敵わないとわかっていても戦う。それが良いか悪いかの認識や考えは人それぞれだが、彼は良しとはしないみたいだ。

 

「――そうか」

 

 その理由が彼のプライドが許さないからなのか、今後を見据えたものなのか、或いは奇跡の大逆転を信じているものなのかは知らないが、彼の答えを聞いたアキラは納得する。

 それに彼だけ諦めが悪いかと思いきや、実際に戦っているヒノアラシも力の差を肌で感じ取っている筈にも関わらず、諦めるつもりは無いみたいであった。

 ポケモントレーナーは基本的に連れているポケモンよりも立場が上なので、ポケモンは自然とトレーナーの意向で戦うことが多いが、ここまで不利な状況でも互いの目的や考えていることが一致しているのは珍しい。

 それも彼の手持ちになったばかりなのだから尚更だ。

 

 対峙させているカイリューにアキラは視線を向けると、ドラゴンポケモンは鋭く目を細めてはいたが、ただ睨んでいる訳では無かった。

 それはさっきまでとは打って変わって、彼らを見定める様な目であった。

 

「”ひのこ”だ!!!」

 

 ゴールドから伝えられた技名に、ヒノアラシは彼の力の籠った声に応えたかの様な火の玉を背中から放った。

 込められた熱量と火の玉の大きさを考えれば、まともに受けたら相性の悪いみずタイプでも手痛いダメージを負うだろう。

 

 だけどそれは、相手が同格や少しだけ格上である場合の話。

 ”ひのこ”はそのままドラゴンポケモンの無防備な胸に命中するが、目立った焦げ跡すら残せずに弾けた。

 カイリューの様に天と地程のレベル差があるのに加えて、元々の相性も悪いだけでなく体皮が頑丈なポケモンにとっては大したものではない。

 

「……”かえんほうしゃ”」

 

 カイリューと視線を交わしたタイミングで、淡々とアキラは伝える。

 ドラゴンポケモンは息を大きく吸い、扱い慣れた青緑色の龍の炎ではなく真っ赤な灼熱の炎を口から勢い良く放った。

 教えるのを渋るブーバーを何とか説き伏せたことで初めて覚えたほのおタイプの技は、力の差を見せ付けるかの様にヒノアラシをアッサリと呑み込む。

 炎が止まると、焼けた地面と変わらないまでに全身が煤だらけになったヒノアラシはそのまま力無く倒れた。

 

「勝負ありじゃな」

 

 ヒノアラシが倒れたのを見て、オーキド博士が静かに勝敗を宣言する。

 時間は掛かったが、それはカイリューが積極的に挑まなかっただけ、力の差は誰が見ても明らかだった。

 

「君の真っ直ぐで諦めようとしない心は確かに大切じゃ。連れているポケモン達が、お主をとても信頼していることも今のバトルで良くわかる。じゃが、だからと言って無鉄砲に無意味な戦いに挑むだけでなく、実力を証明する方法が単に戦う力があると思い込んでいる者に図鑑を渡すつもりは無い」

 

 困難に直面しても、ゴールドの様に諦めずに足掻いたり突破口を見出すなどの出来る限りのことをするのは確かに大事だ。

 しかし今回のゴールドの挑戦は、普通のポケモンバトルだったから良かったが、これがルールが無い野生の状況下やロケット団の様な無法者が相手だったらどうなるか。

 それに彼は、何も知らない第三者視点から見ると、図鑑やポケモンを盗むと言ったルールを守る気が無い相手を追い掛けるつもりなのだ。

 どうしても退く訳にはいかない切羽詰まった状況ならともかく、そうで無いのなら大人しく退くなどの選択肢を取らないと諦めない気持ちはただの無謀で終わってしまう。

 

 一方、当事者であるゴールドは、何も反論も負け惜しみも言う事無くオーキド博士が話す内容を大人しく聞いていた。

 それから彼は俯いたまま、焼け焦げた地面の上に倒れているヒノアラシに抱え上げると静かにその場から立ち去った。

 

「ゴールド!」

 

 短パンを履いた少年は彼を呼び留めようとするが、ゴールドは足を止めることなくそのまま暗い森の中へ姿を消した。

 

「ゴールドが…あそこまで落ち込むやなんて」

「君は彼の友達?」

「…まだ知り合ったばかりですけど、彼の人となりはわかっているつもりやんす」

「そうか。俺も彼は結構足掻くタイプと見ていたから、あそこまで落ち込むのは予想外だった」

 

 アキラとしても、記憶にある原作の中の彼と今会った印象も含めてゴールドは良くも悪くも諦めの悪い男の典型的なイメージだ。その彼が何も言わずに無言で立ち去るのは余程のこと、加減はしたつもりだがやり過ぎてしまったかもしれない。

 だけど、彼の無謀さは役に立つ時もあればオーキド博士の言う通りその逆も有り得る諸刃の剣。難しいものだ。

 

「随分と気に掛けておるの」

「…さっきのバトルを通じてですが、彼らに少し興味が湧いてきました。博士も評価していましたが、手持ちに加わったばかりの筈のヒノアラシとの目的意識の共有は、即興コンビとはとても思えませんでした」

「確かに普通のトレーナーに比べれば見込みはあるじゃろうが、今のままでは図鑑を渡す気にはならん」

「無謀なのは俺も思いますが、レッドも同じところがありますよ。それに彼のあの性格と行動力なら、レッドの時と同様に引き寄せられる様にロケット団が彼の周りで事件を起こそうとするかもしれませんよ」

「…レッドと同じで首を突っ込んでいるの間違いではないか?」

「そうとも言いますね」

 

 態度が不真面目だったりとレッド以上に問題はあるが、ポケモントレーナーとしての視点で見れば本当に興味深い。

 アキラとしては欲しがる理由が悪かったが、ゴールドはオーキド博士が求めている図鑑を託しても良い条件を満たしていると言えば満たしている。

 実力はまだまだだが、同じ年の頃の自分どころか一般的なトレーナーよりも遥かにポケモンとの信頼も含めた関係をしっかりと築き上げている。

 それは何も彼がポケモン図鑑を手にすることや活躍することを知っているからでは無く、さっきの戦いの中で素直に感じたことだ。

 

「…リュットとしてはゴールドはどうだ?」

 

 アキラの質問にカイリューは、珍しく真面目な顔で考え始める。

 ポケモントレーナーとしての能力も含めたゴールドの良い面と悪い面を評価してはいるが、どうしても自分だと先を知っている関係で彼を贔屓目に見てしまう。故にこういう時は、カイリューなどの今自分が連れているポケモン達は客観的に見れるだけでなくトレーナーの判断基準が厳しい分頼りになる。

 ゴールドの能力と経験、そして彼が旅の過程で築いていくものや経験は今回だけでなく今後に欠かせないものだとアキラは考えている。だけど、それらはポケモン図鑑を手にしてからこそ意義がある。

 

 最初は期待するどころか鼻を折ってやると言わんばかりの様子だったのに、戦いを終えてからカイリューはゴールドに興味を抱いていた。

 つまり判断基準が厳しいドラゴンポケモンが気に入るであろう何かしらの要素、或いは可能性が有るということだ。

 しばらくすると、カイリューは荒っぽく鼻息を噴き出したが、面白いものを見たと言わんばかりの表情でアキラに頷くのだった。

 

 

 

 

 

 月明かりが僅かに差し込む森の中にある木の下で、ヒノアラシを優しく抱き抱えたゴールドは浮かない表情で静かに寄り掛かる様に座っていた。

 こんな情けない姿を他人に見られたくなくてここまで一人で来たが、静かな姿とは反対に彼の心は荒れる一方だった。

 

 まるで歯が立たず、完膚なきまでに打ち負かされた。

 あまりにも大き過ぎる力の差を思い知らされて、オーキド博士の話に食い下がることも、ハッタリでも奴よりも絶対に強くなると啖呵を切る気力も出なかった。

 その事実だけでもゴールドは悔しかったが、今抱いているヒノアラシを始めとしたポケモン達が勝てる様に少しも力になれなかった自分自身の弱さにも腹が立っていた。

 

「クソ…」

 

 戦う前から、アキラと呼ばれる青い帽子を被った彼と連れているポケモンが強いことはわかっていた。

 だけど勝てないからと言って挑む前から大人しく引き下がっていたら、シルバーを見付けることは出来ても勝つことなんて到底出来ない。

 そう考えたからこそ勝機は僅かかもしれないが一泡吹かせてやると戦ったが、結果は勝機を見出すことが一切出来なかったどころか今まで経験したことが無いまでの完敗。

 オーキド博士から評価されながらも、自分が欲したポケモン図鑑を持っていない人物でこれなのだ。正規の手段――博士に認められて図鑑を託された者達は皆、持っていない彼以上に強いのか。

 

 そんなことを考えていたら、静寂に包まれた暗い森の中から物音がした。

 近付いているのか音が徐々に大きくなるので俯かせていた顔を持ち上げてみると、先程自分達を圧倒的な力の差を見せ付けて負かしたアキラがカイリューを連れて目の前にやって来た。

 

「………何しに来たんッスか」

「単に様子を見に来ただけだ。オーキド博士はあれこれ言っていたけど、俺達としては…レッドみたいで面白そうだし、見込みはあるかなって」

「…レッドが誰のことなのか知らねえけど、俺のどの辺に見込みがあるって」

 

 「見込みがある」発言にゴールドは食い付きはしたが、あまり信じてはいない様子だった。

 確かにさっきの戦いは良い所無しの完敗。カイリューも腕っぷしが足りないことを気にしていたが、言い方を変えればその点しか問題視していなかった。

 言葉遣いや態度などは直すべきだとアキラは思っているが、カイリューとしては仮に自分が彼の手持ちポケモンとしての立場なら、求めている能力や要素は備わっているから気にしていないと言ったところだろう。

 

「そうだな。それをハッキリさせる為にも、ちょっと聞きたいことがある」

「なんスか?」

「君から見て――俺とカイリューは、どういう感じの関係に見える?」

 

 ポケモンとトレーナーとの関係。

 それは人によって千差万別だが、その関係を”仲間”や”友達”などハッキリと言葉に出来るトレーナーをオーキド博士は好んでいる。

 トレーナーを見る目が厳しいだけでなく、好む好まないが激しいカイリューが珍しく興味を抱いたのだ。アキラとしても、会ったばかりとはいえゴールドが自分達の関係をどう読み取って解釈するのか気になったのだ。

 意図が読み取れなかったゴールドだったが、交互にカイリューとアキラに目線を向ける。

 

「…会ったばかりッスけど、あんたと隣にいるポケモンを見ると、普通のポケモンとトレーナーの関係とはどこか違っていることは一目でわかる」

「………」

「一言で纏めるのは無理ッスけど、なんつうか”お互いを良く知っているからこそ遠慮が無い関係”って感じに見えるな」

「遠慮が無い…ね。――何でそう思ったの?」

「さっきバトルする前は如何にも”仲間”って感じに見えたけど、トレーナーのアンタが少し適当と言うか雑に扱われたりすることもあった。でも、それは仲が悪いからじゃなくて、信頼し合っているからこそって感じた。だから気心の知れた友人同士みたいに互いをよく知っているからこそ遠慮が無い関係、俺にはそう見えた」

「――成程ね」

 

 ゴールドから見た自分達の印象を聞いて、アキラの表情は嬉しそうなのに変わる。

 今までアキラが会ったトレーナーの多くは、自分達の関係を把握することは勿論、すぐに理解することは殆ど無かった。寧ろ否定的に見る方が多く、彼もまたその理由を理解はしていた。

 だが、ゴールドはすぐにわかる表面上でのやり取りだけでは判断せず、バトル前やその途中での振る舞いなどの僅かな情報にも注視した上で今の解釈に至った。

 大分前にレッドにも同じ様な質問をした時はもっとハッキリとした答え――と言うよりアキラが至った考えと同じだったが、今日会ったばかりの彼がここまで考えられたのは上出来過ぎる。

 

 アキラ自身も、以前までこの”仲間”と言えるには言えるけど、どこか違う自分達の関係を一言で表現する言葉を持たなかった。

 かつてクチバシティでの戦いの時、イエローがワタルに問い掛けた”自分にとってポケモンは何なのか”を自分にも聞かれたら、当時はすぐには答えられなかっただろう。

 けど、今ならハッキリと胸を張って口にすることが出来る。

 

「そうだな。俺にとってリュットや手持ちポケモンとして連れているメンバーとの関係は……一言で言えば”戦友”だな」

「”戦友”…」

「そうだ。俺達は目指しているものや目標が同じなのもあれば個々に異なる場合はあるけど、力を身に付けて戦いに勝っていくことでしか、得たり達成することが出来ないものが多いからね」

 

 それからアキラは、何故その考えに至ったのかをゴールドに語り始める。

 ”仲間”や”友達”などの関係は、ポケモンと普通に仲良く穏やかに過ごしたりするのなら、そういう関係の方が良いかもしれない。

 だけど、身を守る為の自衛やライバルとの競争、果ては自分達に害成す存在に打ち勝っていくなどの戦い絡みの目的の為に手持ちに迎えると同時に必要な力を借りてきたことを考えると、どうも適切では無い気がしたのだ。

 

 自らの強さを他者に示す、或いは証明する戦いと言う名の”競争”、時には絶対に退くことも負けてはならない”争い”などの心身共に大きな負担が掛かる困難を勝ち抜いていくことで、トレーナーとポケモンの双方がそれぞれ目指している目的や目標、そして望みを叶えていく。

 その為にもトレーナーとポケモン、互いに持てる力を出して協力し合い、ドライではあるが時には利用出来るものは遠慮なく利用し合う。

 そういった経験を重ねていくことで連帯感を高めつつ、協力し合ったことで得られた”勝利”を始めとした有益な結果を出したり共有していくことで信頼関係などを築いていく。

 故に、共に戦いを始めとした様々な苦楽を経験してきた者達を指す”戦友”が、アキラにとってはピッタリまではいかなくても当て嵌まる気がするのだ。

 

「ゴールド、ここまで話せばもうわかるだろう。他人がどう思ったり感じようと今話した様に俺にとってのポケモンは”戦友”だ。なら、お前にとってのポケモンは何なんだ?」

「……俺は――」

 

 アキラからの問い掛けに、ゴールドは答えるのに少しだけ間を置く。

 ポケモンバトルの実力や経験では、間違いなく自分は彼に大きく負けている。

 だけどポケモン達との関係という点なら、勝ち負けで比較するのはおかしいが、ゴールドはアキラよりはシンプルで堂々と言葉にして答えることが出来る自信があった。

 

「俺にとってポケモンは……”相棒”ッス」

「……”相棒”か。どういう意図でその言葉を選んだ?」

「同じ目的の為に力を合わせて一緒に頑張る。これだけ言えばあんたの”戦友”と似ているかもしれない。だけど俺は、これから先もし新しいポケモンと出会っていくんだとしても、目的が同じなら会ったばかりだろうと何か理由があろうと、そいつらとも力を合わせて一緒に頑張っていく関係を築き上げていきたい。だから”相棒”ッス!」

 

 言葉だけ聞けば確かに彼の言う通り、アキラとゴールドのトレーナーとしての方針は似ている様に見えるが、ゴールドの方がもっとシンプル且つ単純明快だ。

 同じ目的の為に頑張るのなら、一緒にいることや力を合わせるのに複雑な理由など要らない。共に力を合わせる相棒、それ以上でもそれ以下でも無い。

 ゴールド以外にも言葉で表現すれば同じ様な関係のトレーナーは多いだろうが、こうもハッキリと言葉で表すことが出来るトレーナーは少ない。

 だからこそ、ゴールドの様な存在は貴重であり、そういう人間にオーキド博士は出来る限りポケモン図鑑を託したいのだ。

 さっきは色々とアピールの仕方が悪かったが、必要な条件は十分に満たせている。

 

「良いと思うよ。同じ年の頃の俺より、考えがハッキリしているし、何より言葉通りの信頼関係を築けているのもポケモン達を見れば納得だ」

 

 口先だけなら幾らでも言えるが、ヒノアラシやエイパムの様子を見れば、彼が言っている事に偽りは無い。気が付けばカイリューもゴールドの答えが気に入ったのか、満足気に息を吐き、それでいて楽し気な表情を浮かべている。

 どうやら彼のことが心底気に入ったらしい。

 

「何か、どっちも嬉しそうッスね」

「いや面白いよ。君みたいに自分にとってのポケモンや目指している関係をハッキリと言葉に出来る人は意外といないからね」

 

 今までポケモンとの関係を彼の様に言葉でハッキリと言い表したのは、アキラの記憶でもそんなに多く無い。

 それに、カイリューが会ったばかりの誰かを気に入るなんて滅多に無いことだ。難点として実力と経験の両方が彼には不足している事だが、カイリューにとってはそれが気にならないのだろう。

 ポケモンと良好な関係を築けているのなら、後はもう歯車さえ噛み合えばメキメキと実力が身に付いて行く。アキラとしては、実力と経験だけでなくその不真面目な性格が少しは改善されたらもっと良いが、カイリュー同様に先が楽しみであった。

 

「…同じ目的の為に力を合わせる相棒、か。その目的を果たせるかどうかはわからないが、心構えとしては悪くない」

「いいや絶対に果たしてやんよ。ワニノコもそうだけど、リュックも取り返してやる」

「――リュック?」

 

 先程完敗させられた相手にベタ褒めで認められたのが嬉しいのか、ゴールドは少しだけ威勢の良さ取り戻していたが、彼の一言にアキラは疑問の声を漏らす。

 

「おう。あのワニノコを盗んだ野郎はそれだけじゃ飽き足らずに俺のリュックまで盗みやがったんッスよ」

 

 ゴールドの主張にアキラはおかしいとばかりに首を傾げる。

 記憶では、展開的にシルバーが盗んだのはワニノコと新型のポケモン図鑑の二つだけの筈だ。ゴールドのリュックを盗むなど、どういうことなのだろうか。

 

「リュックには何が入っていたの?」

「俺の大事な家族ッスよ」

 

 つまりポケモンと言う事だ。

 シルバーの盗む対象がゴールドのリュックにでも入っていたのだろうか。曖昧な記憶とシルバーの行動と噛み合わない気がする。

 そこまで考えた時、アキラの頭に昼間に叩きのめしたロケット団の姿が浮かび上がって来た。まさか――

 

「もしかしたら、そのリュックの行方に関して俺は知っているかもしれない」

「本当ッスか!」

「その為にはキキョウシティの警察署に行く必要があるけど良い?」

 

 アキラの問い掛けに、ゴールドは間髪入れずに「行く!」と答える。

 リュックに入っていたポケモン達は彼にとっては大切な家族なのだから、手掛かりがあるのならどこにだって行くつもりだ。

 さっき戦う前と同じくらいやる気に満ちた彼の目を見て、アキラは安心すると同時にカイリューと互いに楽し気な視線を交わし合うのだった。




アキラ、ゴールドを負かした後、互いにポケモンとの関係について語り合う。

アキラにとってのポケモンは”戦友”という答えは結構前から決めていたので、やっと彼の口から語るところまで出来てホッとしています。
今回の話に出す前に既に触れている読者の方もいたので、早く書きたいと思っていました。
後の作中でオーキド博士は、「ポケモンとの関係は十人いれば十通りある」と語っていましたが、言葉で表現しようとすると結構難しい気がします。
レッドと同じ「仲間」でもそこに込められている意味や考え方が違うだけでも良いのかな?とたまに考えます。


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後輩達の挑戦

 雲一つない月明かりが夜を照らしている空を一匹のドラゴン――アキラを乗せたカイリューが飛んでいた。

 数日前にあったロケット団との遭遇やゴールドとの出会いは、これからこのジョウト地方で本格的に戦いが始まる前触れなのをアキラに強く意識させる出来事であった。

 その為、今回彼はあることを確かめにある場所へと向かっていた。

 

「見えて来たな」

 

 そう呟いた直後、飛んでいたカイリューは高度を下げていく。

 眼下に広がる森――ジョウト地方最大の森”ウバメの森”。

 既に何回か新たな手持ちを探す下見などの様々な理由も兼ねて訪れているが、やはり気は抜けない。神経を尖らせながら、彼らはウバメの森にある月明かりが差し込む少しだけ拓けた場所に静かに着地する。

 

 周囲は木々の影に隠れて暗かったが、彼らが降りた場所は月明かりが差し込んでおり、昼程とまではいかないがそれでも周囲よりは明るかった。

 そして彼らの視線の先には、零れ光に照らされたどこか幻想的な小さな祠があった。

 

 最終決戦の地、ウバメの森の祠。

 何かおかしい雰囲気があったら大人しく引き下がることも考慮していたが、今回も異変は感じられなかったのでこうして降りたが、相変わらずの静けさであった。

 だけど、この森がジョウト地方で起こる事件の最後を締め括る戦いの舞台となることを考えると嵐の前の静けさにも思えた。

 

 ある程度周囲の気配に注意を配っていたアキラは、五感に意識を集中させて改めて確認する。

 この祠付近には、ヤナギがセレビィを待ち伏せしている記憶が有ったが、()()する程の気配は感じない。

 突発的な出来事に気を付けながら、アキラはゴールドに会ってからの数日間を振り返る。

 

 あの後、アキラはゴールドを連れてオーキド博士の元へ戻ったが、ゴールドは自分なりのポケモンとの関係をオーキド博士に伝えた上で土下座をしてまで改めてポケモン図鑑を譲ってくれるのを頼み込んだ。

 オーキド博士も、そこまでしてでも欲する姿よりも彼にとってのポケモンについてハッキリと言葉にして伝えたことが大きかったのか、少し根負けする形ではあったが納得した上でゴールドに新型のポケモン図鑑を譲った。

 それからゴールドが探しているリュックについてもたんぱん小僧のゴロウ曰く、ロケット団がオーキド博士のリュックと間違えて奪ったのではないのかという話を聞き、四人はキキョウシティの警察署に戻った。

 目的はアキラが突き出したロケット団から話を聞く為だ。

 

 少し手間取ったが、ゴールドのリュックを盗んだのはアキラが突き出したロケット団の仕業なのとリュックは目的の物では無かったので捨てたと言うことを彼らは聞き出した。

 具体的にどこら辺に捨てたのかも聞き出し、四人は手持ちポケモンも総動員して何とか川の近くに無造作に捨てられていた彼のリュックを見つけることが出来た。

 彼にとっての大きな悩みが無くなったお陰で、その後ゴールドはポケモン図鑑を手に旅立って行った。

 

 この世界で今後起きるであろう出来事の記憶が完全では無いのとズレが生じる可能性はあれど、ゴールドがシルバーを追い掛け始めたのだ。

 レッドの時と同様に常にゴールドの現在地を把握することは難しいが、彼の現在地や起きる事件次第である程度は把握出来る。

 他にも見回りをしたり、新聞などからも些細な情報を仕入れることも忘れない。いざとなれば地球を丸一日で一周出来るカイリューがいるのだから、移動にも全く困らない。

 なので、アキラは久し振りに祠にやって来たが、今回も特に何も無いみたいだった。

 

「………」

 

 そろそろ引き上げるべきかとアキラは思っていたが、目の前にある祠の中がどうなっているのか気になってきた。

 通常、祠の中は神様の分身とされるものが置いてあるものだ。だが、この祠の場合はセレビィがいる別の空間への入り口になっている。

 普段から祠はそうなっているのか、それともセレビィが来る時や何かしらの条件を満たした時なのか、果たしてどちらなのか。

 

 確かめる機会は以前からあったが、罰当たりな行為をするが故に少し躊躇いがあったので一度もやらなかった。

 だが今は、ゴールドが図鑑を託されて本格的に動き始めたのだ。今日ここにやって来たのも先を考えて確認しに来たからだ。罰が当たろうと今日は念入りに確認し直した方が良いだろう。

 

 月明かりに照らされた祠、静寂と相俟って神秘的な時間が流れていたが、カイリューを伴いアキラは祠のすぐ目の前まで歩み寄る。

 単なる罰当たり以上にセレビィがいる不思議な空間に繋がっている可能性も頭に入れて、彼が慎重に祠へ手を伸ばした時だった。

 

「何をしているのかしら?」

 

 呼び留める様な声を耳にして、アキラは伸ばしていた手の動きを止める。

 隣にいるカイリューは既に顔を声が聞こえた方に向けている。その目は警戒の色を帯びていたが、表情はそこまで露骨に敵意を滲ませてはいない。

 

「――神様が本当にいるのか確かめたいからです」

 

 ()()()()()()()()()()を返しながら、アキラは振り返る。

 視線を向けた先には、僅かな月明かりに照らされたことで白銀っぽく見える長髪を揺らした女性が一匹の小さな黒いポケモン――アキラの記憶と近年の研究から明らかになった新しいイーブイの進化形であるブラッキーを伴い、森の中にある木の一本に体を預けて立っていた。

 

「罰当たりね。度胸試しのつもりなら帰った方が良いわ。祠の神様は怒ると怖いわよ」

 

 女性は普通の人なら誰でも言いそうな罰当たりな行為を咎める主旨の内容を口にする。

 確かに祠の神様であるセレビィは伝説のポケモンだ。怒ったら怖いかは知らないが、かなりの力の持ち主なのは間違いない。

 どこからか黒い姿の鳥ポケモンが飛んできて近くの枝に留まるが、アキラとカイリューは目もくれず、暗い森の中から薄らと姿を見せた女性に顔を向ける。

 

「――自分のトレーナーとしての実力には、自信が有ります。それに――」

 

 一息間を置き、アキラは口を開いた。

 

「もしその神様が挑んで来たら、逆に返り討ちにするつもりですから」

 

 止められるものなら止めて見せろ。

 穏やかな口振りではあったが、まるで己の力を過信した傲慢なトレーナーみたいな挑発めいた言葉をアキラは口にする。

 

「…とんでもない罰当たりね」

「罰当たりなのは自覚しています。ですが…噂ではその神様が、()()()()()()()と聞いたら、トレーナーとして興味の一つや二つ……出来れば捕まえたいな何ておも――」

 

 次の瞬間、アキラはカイリューに乱暴且つ地面に押し付けられる形で伏せられた。

 それと同時にドラゴンポケモンは真横から襲ってきた黒い鳥ポケモンを振るった腕で弾き飛ばし、続けて飛んで来た目に見えない衝撃波も全身を包み込む”しんぴのまもり”による立体的な光りの壁で防ぐ。

 そして壁が消えると同時に攻撃が放たれた場所へ向けて口から青白い冷気の光線である”れいとうビーム”を放つが、森に隠れていた存在は飛び出す様に避けると、女性とカイリューに殴られたポケモンと並ぶ様に着地するのだった。

 

「ちょっとイツキ、何をやっているのよ」

「うるさいなカリン。完全に気付かれていたんだから仕方ないだろ。それにカリンだって不意打ち失敗しているじゃん」

 

 出て来たのは、ポーカーフェイスの様に無表情なポケモン――せいれいポケモンのネイティオとピエロまではいかなくてもまるで喜劇を演じる様な服装を纏った青年だった。

 カイリューは空気が震える程の大きな声で威嚇の意図も兼ねて吠えるが、二人と彼らが連れているポケモン達は動じることは無かった。

 相手がそれなりの実力の持ち主だと見たドラゴンポケモンは、アキラを伏せさせる為に屈めていた体を起こして反撃の為に動こうとする。

 

「いててて…リュット、ちょっと待て」

 

 抑え付けていた手が離れたことでうつ伏せに倒れていたアキラは、起き上がりながら今にも突撃しそうなカイリューにストップを掛ける。

 このまま止めずに暴れさせても良いが、少し確かめたいことがあるのだ。顔や体などに付いた草や土を払い落として、アキラは目の前の二人を見据える。

 連れているポケモンと外見から女性が何者なのか察した彼は、敢えて挑発染みた言葉を口にすることで彼女の出方を窺ったが、まさか伏兵まで引き摺り出せるとは思っていなかった。

 

 イツキとカリン

 

 もう元の世界で読んでいた頃の記憶は薄れ気味ではあるが、この世界では四天王では無くてヤナギが野望の為に直々に鍛えた配下のトレーナーであることはアキラは記憶している。

 前からこの場所を訪れた時はヤナギやロケット団どころか、何も関係無さそうな普通の人すら見なかったが、まさか今日この二人がいるとは思っていなかった。

 恐らく時期的に自分がここにやって来たのと似た様な理由――計画の本格化が近いなどの理由で祠の警備か何かだろうが、このタイミングに彼らがいることは予想外だった。

 だけど仮面の男ことヤナギと直接対峙するよりは遥かにマシなので、アキラはこの状況をどうするか頭を働かせる。

 

 彼らはヤナギの悪事に加担してはいるが、それでもわかっている範囲ではロケット団がやる様な社会的に犯罪とされることは現時点ではやっていない。なのでここで打ち負かしたとしても、前のロケット団の様に突き出すのは無理だろう。

 寧ろ並みのトレーナーより強い弟子を倒す存在がいることをヤナギが知って、今後の警戒を強める可能性もある。

 ならばこの場でアキラに出来るのは、面倒を避ける為にもさっさと逃げるか、返り討ちにしてから退散するかのどちらかだが――

 

「アンタ、祠について何か知っているみたいね。どこまで知っているんだい?」

 

 ウバメの森の祠に関する伝承について、イツキとカリンは一般に知られている以上のことを知っている。その為、さっきの話し振りから彼は祠に関して深く知っている人間だと二人は見ていた。

 どこまで祠に関する情報を持っているのかカリンはアキラに尋ねるが、彼は別の事に意識を向けていたのか特に反応しなかった。

 そんな彼の態度にイツキは苛立ちを見せるが、アキラが腰に付けたモンスターボールに手を伸ばす仕草が見えた瞬間、彼は声を上げた。

 

「ネイティオ”サイコキネシス”!」

 

 ネイティオが目を見開くと同時に念の衝撃波が迫るが、アキラとカイリューは同じ方向に体を跳ばして避ける。

 だが足が地に着くか着かないかのタイミングで、どこからか再びヤミカラスがアキラに襲い掛かって来た。体勢を立て直す暇を与えない二段構えの連続の攻撃にカイリューは対応しようとするが、仕掛ける前に別の影がヤミカラスを弾き飛ばした。

 

()()()()()()。負けた後のことは気にしないで、思う存分戦うんだ」

 

 先に繰り出してヤミカラスを殴り飛ばしたバルキー、続けてモンスターボールから出したヨーギラスとドーブルに呼び掛けながら、アキラは三匹をイツキとカリンのポケモン達と対峙させる。

 さっきまでアキラは”逃げる”か”戦う”かのどちらを選ぶか考えていたが、今の攻撃と二人の様子から見て、逃げてもどの道ヤナギに情報が渡るのと()()()()から後者の”戦う”ことを選んだ。

 後輩の三匹が前に出たのを見て、アキラの意図を察したカイリューは不満気ながらも彼の後ろに下がる。

 

「何そいつら? 僕達相手にカイリューを使うまでも無いってこと?」

 

 カイリューと比べれば、一目で遥かに実力が劣っているポケモン達が前面に出るのを見て、嘗められていると感じたイツキは更に苛立ちを募らせる。

 その選択を後悔させてやると意気込み、イツキの意図を察したネイティオが動こうとするが、同時にヨーギラスは口を大きく開いて悲鳴の様な不快音である”いやなおと”を放つ。

 夜の森の中なのも相俟って、酷い睡眠妨害とも言える音にイツキとカリンは勿論、彼らのポケモン達も足を止める。

 その隙にドーブルは”でんこうせっか”、バルキーも”ものまね”でそれを真似て、横に回り込むとカリンのブラッキーとヤミカラスにそれぞれ攻撃を仕掛けてダメージを与える。

 

「っ! やってくれたわね!」

 

 すぐさまブラッキーとヤミカラスは反撃を開始し、先手を仕掛けた二匹も応戦する。

 残っていたヨーギラスは、”いわおとし”の要領でどこからか引っ張り出した自分の体と同じくらいの大きさの岩を投げ付けるが、ネイティオは”ねんりき”で砕く。

 

「余裕ぶっこいてカイリューじゃなくてヨーギラスで挑んだことを後悔させてやる」

 

 ネイティオは一瞬だけ()()()()()()と、ヨーギラス目掛けて突進する様に滑空する。

 アキラは反撃を伝えていたが、勢いと威圧感にヨーギラスは気遅れて反応が遅れてしまい、避けるので精一杯だった。

 最近はシロガネ山で親のバンギラスと再会する機会もあったお陰で気持ちは持ち直しつつあったが、()()()()()()()()になるとどうしても動きが一歩遅れてしまう。

 

「”すなあらし”だギラット」

 

 ヨーギラスは迫るネイティオに背中を向けると、背中の孔から砂混じりの風を噴射する。

 嵐と言うよりは砂掛けみたいな規模ではあったが、それでも砂混じりの強風はネイティオを怯ませて後退させるだけでなく、後ろにいるイツキも巻き込んで一時期的に戦況から目を離させる効果も発揮する。

 チャンスとばかりにヨーギラスは口を大きく開けて噛み付こうと飛び掛かるが、咄嗟にネイティオが振るった翼に叩かれてしまう。

 

「弱い癖にウザいな。大人しくやられろよ!」

 

 目に入った砂で涙目になりながらもイツキが怒りの声を上げ、呼応するかの様にネイティオは念の力でヨーギラスの体を引き寄せて踏み付ける。

 だが、運良くうつ伏せに倒されたお陰で、すぐにヨーギラスは先程の様に背中の孔から”すなあらし”を再び噴き出して、顔に砂を浴びたネイティオを下がらせる。

 

「狙いを絞る必要は無い! どこでも良いからもう一度”かみつく”!!」

 

 起き上がったヨーギラスは口を大きく開けて、アキラの言う通りに足先でも何でも良いから怯んでるネイティオに噛み付こうとする。

 ところが、何の前触れも無く突如としてヨーギラスは何か攻撃を受けたかの様に体を弾き飛ばされてしまう。

 

「なに?」

 

 これにはアキラは驚きを隠せなかった。

 確かに自分の目は、どれだけ鋭敏化してもエスパータイプを始めとしたエネルギーが関わる技などの予備動作を正確に見抜くことは難しい。

 だが、どんな攻撃でも何かしらの動きや前兆がある筈だ。なのに今ヨーギラスの身に起きた異変は、本当に全く前触れも無く起きたので理解出来なかった。

 

「あははははは! 何で攻撃を受けたのかわからないって顔だね?」

 

 この戦いが始まってから余裕まではいかなくても、平静を保っていたアキラが初めて見せた動揺にイツキは気を良くする。

 アキラは難しい表情を浮かべていたが、焦らずに様々な可能性をすぐに考える。

 しかし、ネイティオが使える技について代表的なエスパー技以外は全く憶えていないのと、この世界でもちゃんと纏められていないので判断が付かなかった。

 

「呑気に考えている余裕なんて無いぞ!」

 

 調子が出て来たのか、ネイティオは臆しているヨーギラスに襲い掛かるが、横から飛んで来た一筋の青白い光線を受けて体の一部が凍り付いた。

 イツキは驚くが、ヤミカラスと戦っていたドーブルが手にした”まがったスプーン”をネイティオに向けていた。どうやらヤミカラスを一旦吹き飛ばしている隙に、スプーンを経由して”れいとうビーム”を放ったらしい。

 

「ギラットは俺が見る!! ブルットはそのままヤミカラスの相手を! バルットは”いわくだき”でブラッキーにガンガン仕掛けろ!」

 

 自分は動きがぎこちないヨーギラスを集中してサポートすることを決め、アキラは少し離れたところでカリンのポケモンと戦っている二匹に最低限の方針を伝える。

 ドーブルとバルキーは、師と仰いでいるのが揃って頭が良いのとアキラの手持ち特有の戦い方を身に付けているので、事細かく伝える必要性は薄いからだ。

 

 現にドーブルは、今ヨーギラスを手助けした様に野生の頃と変わらず、自分で考えて独自の判断を下して動ける。

 ナツメから貰った”まがったスプーン”をまるで魔法の杖の様に操り、多彩な技を繰り出してヤミカラスだけでなく余裕もあればブラッキーも巻き込む形で翻弄する。

 与えるダメージはそこまででは無いが、ヤミカラスやブラッキーの動きを乱すには十分で、バルキーも隙を突く様にブラッキーを中心に攻めていく。

 しかしカリンも負けていなく、すぐに”どろかけ”で攻撃と同時に妨害を行うなど、一進一退の攻防が続いていた。

 

「”つばさでうつ”!」

 

 タイミング良く伝えられたカリンの指示に従い、ヤミカラスはドーブルの隙を突いて、自身の小さい翼を強く打ち付ける。

 素の能力があまり高くないえかきポケモンにとって無視出来ないダメージだったが、ドーブルは”まがったスプーン”をどこかに仕舞うと、その身を大きな体格――ミルタンクへと”へんしん”させる。

 先程とは一転して、巨体に似合わない素早い動きで両腕を振り回すパワー重視の戦い方に切り替えるが、ヤミカラスは軽やかな動きで躱して距離を取り続ける。

 埒が明かないと見るやミルタンクは、周囲に転がっていた先程ヨーギラスが投げ付けてネイティオに砕かれた岩を拾って投げ付けるも、それさえも避けられる。

 

「”だましうち”」

 

 もう一度石を投げ付けようとしたが、戦っていたバルキーと距離を取ったブラッキーは、完全に無防備を晒していたミルタンクの背を後ろ足で蹴り付ける。

 その威力と衝撃に、堪らずミルタンクの姿勢は崩れて元のドーブルの姿に戻ってしまう。

 すぐにバルキーが割り込んでブラッキーを蹴り飛ばすが、能力的に打たれ強いブラッキーはあまりダメージを受けていないのかすぐに立ち直る。更に間髪入れずに”でんこうせっか”で逆襲までしてきた。

 

 ダメージを与えることは出来ているが、思っていた以上に堪えていないのと敵の反撃が強い。

 バルキーとドーブルは、このまま攻め続けては疲弊するのは自分達だと判断して、一旦アキラの足元まで退く。

 それを見たヨーギラスも合流する様に大急ぎで下がり、三匹は塊になって構える。

 

 じりじりと迫って来るイツキとカリンのポケモン達に対して、三匹は緊張で体を強張らせながら備える。

 そんな彼らの後ろ姿と敵の様子をアキラは交互に見て、()()()()でこの状況から逆転するにはどうすれば良いのかを考えるのだった。




アキラ、ウバメの森でイツキとカリンとの戦いを始める。

戦おうと思えば出来ましたが、今回はカイリューも納得の上で下がっています。
次回も後輩三匹の奮闘になります。


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乗り越える時

「イツキに同意するのは癪だけど、アタイ達を舐めるのも程々にしたら? それに戦っているポケモンとそんなに近いと、ウッカリ巻き添えを受けても文句は言えないわよ」

「ちょっと、”癪”ってどういうことだよ」

「そのままの意味よ」

「ふん。シャムとカーツはエンジュシティでロケット団の残党を使った派手な計画を進めているのに、何で僕達はこんな雑用をさせられなきゃいけないんだか」

「それはアタイも同感だけど、”あの人”の命令だから仕方ないわ」

 

 戦いを優位に進められているからなのか、イツキとカリンの二人は軽口を叩き合う。

 ウバメの森の祠のすぐ目の前で始まったアキラと彼らの戦い。序盤は互角ではあったが、徐々に調子が出て来たのか戦いの流れは二人に向いて来ていることを彼は薄々感じ取っていた。

 イツキが口にした内容も気になるが、今は目の前の戦況をどうするかをアキラは優先する。

 

 ヨーギラス、バルキー、ドーブル

 

 この三匹はシジマの元での修行やそれぞれが師事している先輩から色々教わったお陰で、並みのトレーナーが相手でも十分に戦えるだけの力を持っている。

 しかし、相手はヤナギが直々に鍛えたトレーナーだ。実力は一般的なトレーナーを凌駕してジムリーダーに迫ると言っても良いのは、苦戦している三匹を見てもわかる。

 

 既に後ろに控えているカイリューや腰に付けているボールの中にいる面々も、合図があればすぐにでも戦える様に準備を整えている。

 だが、アキラはまだ彼らが前に出ることを許可するつもりは無かった。

 戦っている三匹が、本当に自分達だけでこの状況を打開出来るのか不安を抱き始めているのが手に取る様にわかった上で敢えてだ。

 

 今の自分達の実力だけで勝てるかどうかわからない相手との戦い。

 今まで彼らが経験した戦いの多くは、何かしらのルール下で行われていたのや危険なものでもカイリューを始めとした経験も実力も勝る師や先輩達の助けがあったが、今回はそれらが無いのだ。

 だけど、だからこそアキラはこの場での戦いをチャンスと考えていた。

 何故彼がカイリューら主戦力を出さずに新戦力と言える三匹に今回の戦いを任せたのは、彼らは自力で身を守ることや今戦っている二人みたいな手強い無法者と戦う時の独特の空気、極限状況の経験がまだ乏しいからだ。

 

 ヨーギラスは生存競争の厳しいシロガネ山出身だが、親であるバンギラスと協力関係であるダグトリオ達に守られてきただけでなく、生を受けてからの経験そのものが少ない。

 バルキーも一番長く鍛錬を積んできてはいるが、早い段階でシジマの元に身を置いた為、野生で生き抜いて来た経験は少ない。

 ドーブルは他の二匹よりは長く野生の世界で過ごしてきたが、賢さ故に自力で身を守っていくのは難しいと判断して、素の自分よりも強くて数の多い他のポケモンの群れと協力し合う道を選んだ。故に本当の意味で自らの力だけで乗り越えてきた経験は少ない。

 

 舐めて挑んでいるとイツキは怒っているが、ある意味それは正しい。相手が何であれ、罵倒されても無理は無い。

 しかし、何時もカイリュー達ばかりを前面に出しては、数年遅れで手持ちに加わったヨーギラス達は経験も積めないし飛躍的な成長も望めないのだから難しいところだ。

 

「――大丈夫だ皆。…と言っても不安なのは不安だよな」

 

 息を整えてはいるが張り詰める様な空気を纏うバルキー、手にした”まがったスプーン”を突き出して警戒するドーブル、戦う構えを見せてはいるが怯えが抜け切れていないヨーギラス。

 そんな彼らの背を見ながら、アキラは相手の動向を気にしながら語り始めた。

 押されている現状を見る限りでは、三匹は自分達がイツキやカリンのポケモン達の相手するには荷が重いと感じているだろう。

 しかし、戦いを見守っていたアキラから見ると、確かに敵は手強いが今まで見て来た三匹を考えれば決して倒せない敵だと見ていた。

 

「皆、自信を持つんだ。今まで学んで来たこと、経験したこと、それら全てを発揮することさえ出来れば、今のお前達なら奴らを退けることは十分可能な筈だ。始めに言った様に”負けた後のことは気にしないで、思う存分戦うんだ”」

 

 オツキミ山でのロケット団との遭遇戦、ミュウツーとの総力戦、ヤマブキシティでの決戦、シロガネ山からスオウ島まで続く四天王達との戦い、そして自分の目的である紫色の濃霧が関わっているであろう戦い。

 それらは全て、アキラや手持ち達が望む望まない関係無く挑んだり経験してきた極限状況での戦い――真の意味での”ルール無用の野良バトル”だ。

 

 目の前の二人との戦いは、規模や緊張感は少し無くなっているがそんな通常のトレーナー戦ではまず経験することが出来ない戦いを()()()()()()()()()()()()チャンスだ。

 本当ならかつての自分達みたいに同じ苦労はさせたくないが、まだまだ敢えて厳しい経験をしなければ短期間での成長は望めない。

 それに、昔とは良い意味で異なる点も今はある。

 

 アキラは信頼などのあらゆる意味が籠った目線を後ろにいるカイリューに向けるが、カイリューはさり気なく目線を横にズラして気付いていないフリをする。

 ”切り札”としてなら悪い気はしないが、戦う事を許されないどころかいざと言う時の”保険”扱いなのは少々不満らしい。

 だけど、彼が三匹に任せる選択に踏み切れたのも、彼らの力を信じているからだ。昔は逃げることさえ必死だったが、今では彼らが戦いに出れば負けは無いは言い過ぎではあるが、少なくとも逃げ切ることは出来る。

 カイリュー自身もアキラの言う事を無視して戦わずに控えているのは、後輩達の成長を促す為という彼の考えが今後の自分達の力になることを理解しているからだ。

 

 そしてアキラに励まされた三匹は、それぞれ反応を見せる。中でもヨーギラスは、確かめる様に自らの手に目を向ける。

 本当に今の自分自身に、アキラが言う様にこの状況を自力で乗り越えられる力があるのか向き直っているのだろうか。

 

「何が”自信を持つんだ”だよ。舐めプしてる癖にカッコ付けやがって!」

 

 けどアキラの今のやり方や考えは、イツキ達にとって腹立たしいものであった。

 トレーナーとしての才能、そして実力にも自信がある自分達が、よくわからない年下の少年に遠回しに”格下”扱いにされるなど屈辱以外の何物でもない。

 

 彼の手持ちであるネイティオも同じ気持ちなのか、イツキの怒りに応えて再び得意のエスパー技を放つ。

 咄嗟にドーブルは、”まがったスプーン”を振ることで形作った”まもる”による光の壁でネイティオの攻撃を防ぐと、続けて素早くスプーンを振るって今度は”ふぶき”を放った。

 

 こおりタイプの大技ではあるが、ドーブルの素の能力が低いが故にその威力は低い。

 しかし、それでも大規模な雪が混じった暴風はネイティオのみならず他の敵の動きを妨害するのには役に立った。

 だがいち早く立ち直ったブラッキーが、小さな牙が生えた口を開かせてドーブルに跳び掛かる。

 えかきポケモンは身構えたが、両者の間に小さな姿――ヨーギラスが突如割り込んだのにドーブルは驚く。

 ところがヨーギラスの表情は突然割り込んだにも関わらず、堂々としているどころか緊張と恐怖を抑え込んだ強張らせたものだった。しかし、それでも幼いいわはだポケモンは、目の前に迫るブラッキーから目を離さずに真っ直ぐ見据えた。

 

 あらゆる衝撃と轟音を伴った攻撃。それら全てをその身に受けても尚屈することはなく、何があろうと自分よりも後ろに通そうとしないあの大きく見えた黄色い背にヨーギラスは憧れた。

 だけど当時は、我が身を盾にしてでも攻撃を引き受けて耐え続けることがどういうものなのか、彼は理解していなかった。

 多くを経験していくにつれて、実際はとても怖くて痛いものだと身をもって学んだことやエレブーだけでなくアキラも自分にはまだ早いと言っていたこともあり、今は戦うのに必要な力を身に付ける事を優先することにした。

 

 しかし、力を身に付けるどころか総力戦とも言える戦いの度に仲間の足を引っ張ってしまう自らの力の無さを何度も思い知らされる現実に打ちのめされていた。

 一度相談したことで不安は薄まったが、戦っていく内にこの戦いでもまた力不足で足を引っ張ってしまうのでは無いかという不安が甦ってきていた。

 

 けど、さっきアキラが自分達にどうすれば良いかを語った時、彼の手持ちになってから経験したことや学んで来たことを振り返っていく内にヨーギラスはあることを思い出した。

 

 攻める時でも守る時でも、戦いは恐怖に負けない勇気を振り絞ることが大事

 

 少し恥ずかしそうにしていたが、それは師匠にして憧れの存在から教わった心構えとも言えるものだ。だけど言葉にすることは簡単だが、いざ戦いで「勇気を出す」ことを実践しようとしても難しいものだった。

 攻める時でも反撃を受けて痛い思いをする可能性が頭を過ぎると、不安や恐怖で行動が一歩だけ遅れてしまうのだ。これが憧れたあの背の様に自らの体を盾にしてでも攻撃を引き受ける場面だとしたら、抱く不安や恐怖は攻める時以上だ。

 

 それから様々な出来事を経験したり落ち込む機会が増えて、ヨーギラスはその心構えを忘れてしまっていたが、今なら何故エレブーが自分にどんな時でも「勇気を出す」ことの重要性を自分に教えたのかがわかる。攻める時でも反撃を受ける恐怖に負けては、体を張って守ったり攻撃を受け止めるなど到底無理だからだ。

 今思えばどうすれば早く強くなれるかだけでなく、どうやって不安や恐怖を抑え込んで勇気を振り絞ればいいのか聞けば良かったが、今この瞬間にもヨーギラスは自分なりに勇気を振り絞った。

 

 敵の注意を自分に引き付ける形でドーブルを守ると同時に反撃をする

 

 そう決めて両者の間に割り込んだところまでは良かったが、ブラッキーの動きが思いの外に早くてヨーギラスは焦っていた。

 このままでは、折角勇気を出して挑んだのにまた何も出来ないままやられてしまう。

 そこでヨーギラスは、予定を早めるのと同時にブラッキーの動きを少しでも相殺する目的で”たいあたり”を敢行することにした。

 

 足を引っ張ったり力になれない無力感を味わうのは、もう嫌だ。

 少しでも憧れた黄色い背の様に、皆の役に立ちたい。

 その一心で、少しでも”たいあたり”の勢いを付けようと背中の孔から砂混じりの風を噴かした時だった。

 思っていた以上に、まるで空を飛んでいるかの様にヨーギラスの体が浮き上がり、次の瞬間にはブラッキーにぶつかるどころか勢い余って大きく吹き飛ばした。

 

「なっ! なっ…」

「嘘でしょ…」

「やっぱり、()()()()()()()が最後の鍵だった」

 

 イツキ達が驚きを露わにしていたのとは対照的に、アキラは目の前で起こった出来事とその結果に納得していた。

 トレーナー達の反応を不思議に思いながらも、ヨーギラスは構わずブラッキーへ追撃を試みようとしたが、ここで彼は体の違和感に気付いた。

 体は動かせるのに手足を動かしている感覚が無いのだ。今なら何でも出来る様な力が体の底から溢れているのに、手足を動かせないのは奇妙な話だ。

 

「ギラット一旦下がれ!」

 

 アキラが叫んだ時、困惑している影響で動きが遅れていたヨーギラスは横からネイティオの”サイコキネシス”をまともに受けてしまう。

 油断したという考えがヨーギラスの頭を過ぎったが、不思議と威力は低く、痛みはあまり感じなかった。それに気付いたヨーギラスは、仕掛けて来たネイティオに対して”たいあたり”で反撃して逆に大きく吹き飛ばす。

 余裕が出来たことを確認して、すぐに下がろうとするがやっぱり思う様に下がれなくて体は後ろに倒れる――のでは無くて転がってしまった。

 

「バルット! ブルット! ギラットをカバーしてくれ!」

 

 アキラの呼び掛けに二匹は直ちに動くが、ドーブルは襲ってきたヤミカラスに邪魔されてしまい駆け寄れたのはバルキーだけだった。

 そのタイミングにもう立ち直ったネイティオとブラッキーが同時に襲撃してきたが、バルキーは焦っていなかった。

 確かに二匹は手強いが、自分が師事しているブーバーなら多少手こずりはしても、一匹だけでも奴らを返り討ちに出来ることを戦っている内にけんかポケモンは感じ取っていた。

 それ故に相手が手強く感じるのは、己がまだ未熟で学ぶべきことがあるからと受け止めていたが、そんなことを考える必要は無かった。

 

 既に自分には、この状況を乗り切るだけの力がある

 

 強さを得る為にひたすら己を磨いていくことも大事だが、今は自分の至らなさや未熟な点を考える必要は無い。

 アキラの言う通り、今まで積み重ねてきた鍛錬の成果――経験をこの場で存分に発揮する。それが今この場に自分に必要な心構えだ。

 

 己を鼓舞するだけでなく相手を威圧する意図も兼ねて、バルキーは師であるブーバーを脳裏に浮かべながら雄叫びを上げ、薙ぎ払う様に大振りで体を回転させながら蹴りを繰り出す。

 すると、バルキーの体は一回転どころか、気が付いたらバルキー自身も把握出来ないまでの勢いで体が回る。

 しかし、それは悪いことでは無く、寧ろその勢いで襲って来た二匹をバルキーは吹き飛ばした。

 

 気が付けば、目線が低くなっているのと手の形状が変わっていたが、全く問題は無い。

 今の姿の方が力で溢れているからだ。

 すぐに倒れている仲間を何とか抱えてアキラの元へ一旦下がるが、さっきまで冷静に戦況把握に努めていた時とは違い、彼の表情は嬉しそうだった。

 

「遂に進化出来たか。ギラット。バルット」

 

 アキラにそう告げられて、二匹はようやく自分の身に何が起こったのか理解し、頻りに体を触ったり体の隅々まで目を向ける。

 

 ヨーギラスの進化形、だんがんポケモン、サナギラス

 複数あるバルキーの進化形の一つ、さかだちポケモン、カポエラー

 

 ようやく次の段階――即ち進化した二匹の姿に、警戒することは忘れていないが、それでもアキラは嬉しかった。

 彼らは既にレベルなどの必要な要素は満たしていた筈にも関わらず、中々進化する気配が無かったからだ。元の世界のゲームから得た情報だけでなく過去の彼自身の経験や本から得た知識から、気持ちの面を乗り越えればと考えていたがどうやら当たりだった様だ。

 

 退く訳にはいかない戦いを彼らだけで乗り切る。

 その経験をさせるつもりだったが、ここで二匹が進化を遂げたのは良い事だ。

 タイミングを見計らっていた訳では無いが、後は彼らだけでイツキとカリンを退けることが出来れば言う事無しだ。上手く行けば、彼らは自分達の力だけでも困難な状況を乗り切ることが出来ると言う自信を身に付ける筈だ。

 今までとは違う新しい姿になっていることを認識したサナギラスとカポエラーは今の自らの姿に少し戸惑うが、ドーブルが一旦下がったのを見てまだ戦っている真っ最中なのを思い出す。

 

 体勢を立て直したネイティオは目を光らせると、カポエラーとサナギラスの二匹に念の衝撃波を放つ。

 サナギラスへのダメージはそこまで大きくないが、カポエラーに当たればエスパー技に弱いかくとうタイプには相性の関係で大ダメージを与える事が出来る。

 だが油断無く備えていたカポエラーは、目付きを鋭く細めるとギリギリではあるが攻撃から逃れ、サナギラスも前の姿からは考えられない俊敏な動きで体を転がして避ける。

 

「だぁ~もう! こんな時に進化するとか面倒過ぎるよ!」

 

 進化した直後のポケモンは平時よりも大きな力を発揮出来る。

 そのことを知っているイツキは面倒そうに頭を抱え込む。

 その直後、サナギラスは背中の孔から大量の砂と風をジェットの様に噴き出して弾丸の様に突進。外殻の下に隠れていた鋭い牙が並んだ大口を開けてネイティオに襲い掛かってきた。

 こちらの意識が別に取られたタイミングを見計らったかの様に見えるが、進化したことで身に付いた力を自覚して行動が大胆になっているだけだとイツキは見抜いていた。

 振る舞いは軽薄ではあるが、イツキは普通の大人では全く歯が立たないと言っても良い程ポケモンの扱いは上手い。それ故にポケモンに関する観察眼も鋭かった。

 

 不意打ちに近い攻撃だったが、ネイティオは軽くサナギラスの突撃を躱す。

 アッサリと避けられたことで、だんがんポケモンは勢い余って木に正面衝突してしまい、かなり痛そうな鈍い音が森中に響き渡る。

 だが木にぶつかったサナギラスは、地面に体を転がすもすぐに跳ね上がる様に起き上がってネイティオとイツキを睨む。

 

「バルットはブラッキー、ブルットはヤミカラスだ。ネイティオの相手はギラットに任せるんだ」

 

 三匹の様子に目を配り、アキラはそれぞれ戦うべき相手を改めて伝える。

 それが合図だったのか、三匹は決意を新たにイツキとカリンのポケモン達に戦いを挑む。

 

 カポエラーは頭の突起を軸に、体を独楽の様に回転させながらブラッキーを攻めていく。

 進化したばかりであるが故に初めて行う戦い方だが、記憶にあるシジマの手持ちであるカポエラーの動きだけでなく、本能的に体そのものもその動きが正しい事を知っていた。

 

「”まわしげり”!」

「”どろかけ”よ!」

 

 遠心力で威力と勢いを増幅させたカポエラーの蹴りが炸裂する直前に、ブラッキーの前足が飛ばした泥を顔に浴びる。

 高速で回転していたにも関わらず、ピンポイントに顔に泥を受けてしまったカポエラーは視界を潰されたことで蹴りの狙いがズレてしまう。

 外したタイミングを逃さず、ブラッキーはすかさず”だましうち”を叩き込んでカポエラーを押し退ける。進化したばかりで力を増してはいるが、そう単純に新たに得た力で倒させてはくれないのだろう。

 

 次にアキラは意識をドーブルの方に向けるが、彼女は空を飛べる小柄な体格を活かすヤミカラスに翻弄されていた。

 主軸にしているエスパー技が通用しないタイプなこともあるのか、”サイコウェーブ”の応用で支配下に置いた小枝や小石を纏わせた小規模な念の渦で防御をするが、これでは何時までも攻勢に出れない。

 そしてサナギラスの方は、ヨーギラスの頃と比べてネイティオの攻撃があまり痛く感じられなくて恐怖心が薄れたからなのか、先程とは一転して攻め続けていたが決定打は中々出ていない。

 

 指示やアドバイスを頻繁に飛ばしていたものの、それでもアキラは三匹の動きを現状では同時に捌き切れていなかった。

 だけど、同時に捌くことが無理なのは彼自身よくわかっている。

 味方と敵の双方の力量を理解して、トレーナーの助言が必要な手持ちを優先する。そしてドーブルはまだ大丈夫だ。逆転する可能性はまだ十分にある。

 どちらかと言うとネイティオやブラッキーは戦っている二人のエース格であるが故に何があるかわからない。そちらの方が今は優先だ。

 

「ちょっとイツキ、ちゃんと戦いなさい!」

「わかっているよ! このまま負けて”あの人”の大目玉を食らうなんて僕だってごめんだよ!」

 

 アキラが手を貸すべき手持ちの優先度や戦い方を考えていた時、イツキはサナギラスとネイティオの戦いに考えを張り巡らせていた。

 アキラは知る由も無いが、二人がこのウバメの森の祠にいるのは彼らが従う存在である”あの人”が進めている計画を実行する時期が近くなったので、予行演習も兼ねてこの祠付近を警備していただけだ。

 地元の人すら神聖視しているからなのか滅多に誰も訪れないので、彼がやって来た時はやっと退屈凌ぎが出来るかと思ったが、今は若干後悔に変わりつつあった。

 

 二人とも幼い頃からポケモンの扱いに関しては大人顔負けの才能を誇っており、その力を持て余していた。

 その為、その持て余した才能を磨くだけでなく存分に発揮する場所を求めて、”あの人”の元へ誘拐では無く自ら弟子入りをした経緯がある。

 暇潰しや刺激などの面白い事を求めたり、もっと強いトレーナーと戦いたいとは考えてはいたが、想像以上にアキラが手強くて逆に面倒だと感じていた。

 

 しかも今戦っている三匹は、イツキやカリンから見ればまだそこまで育っていない育成途中の補欠だ。その補欠に苦戦している現状も腹立たしいのに、仮に三匹を倒したとしても遥かに強大なカイリューが次に控えている。

 二人はポケモントレーナーとしては一般よりも実力があることを自覚しているので、認めたくは無いがこのまま単純に戦い続けても自分達が負けることを察していた。

 しかし、イツキはこの劣勢を一発で逆転する方法を考えていた。

 

 それはトレーナーであるアキラを狙う事だ。

 

 トレーナーを直接狙う行為は普通は禁じ手ではあるが、その有効性や相手に悟られずに狙うやり方などについてイツキとカリンは学んでいる。

 どうせ負かしたら連れて帰るなりして”あの人”に処遇を尋ねるのだ。しかも祠に関して何かしら知っている可能性があるのだから彼を逃がすつもりは無い。

 それに進化したことでサナギラスは一時期的に能力が大幅に向上しているが、まだ今の姿に慣れていないのかネイティオに中々決定打を決められていない。

 面倒ではあるが、こういう直線的なタイプは対処が楽ではある。

 

 そしてまた、サナギラスの体が突然攻撃を受けたかの様に弾かれる。

 対策を立てられていないからなのか、何回も同じ現象がサナギラスの身に起こるのをアキラは黙って見ているしか無いのかその表情を顰める。

 どうやら彼には、”みらいよち”と呼ばれる技に関する知識が無いらしく、イツキは彼の反応を見て、アキラが知らなそうな技や嫌がる技を中心にネイティオを導いていた。

 ”みらいよち”は時間差で攻撃を仕掛ける技だ。事前の仕込みが必要ではあるが、仮に見抜いてもどのタイミングで攻撃が炸裂するのかわからないのが最大の特徴であり、意図せずイツキは鋭敏化した目から得られる視覚情報を重視する今のアキラにとって天敵とも言える技を有効的に活用していた。

 

 攻撃を受けたサナギラスは早く立ち直ろうとしているが、まだその蛹の様な体に慣れていないのか手間取っていた。

 それを見たアキラはサナギラスの次の行動をカバーしやすい様に自らの位置を変えるが、彼の体が直線上にサナギラスと重なった時、イツキは声を上げた、

 

「今だ!! ”サイコキネシス”!!」

 

 その瞬間、ネイティオはこのバトルが始まって以来の威力の”サイコキネシス”を倒れているサナギラスと直線上に立っているアキラ目掛けて放つのだった。




新世代の二匹が新たな進化を遂げるもアキラは狙われていることに気付いていない。

12巻のうずまき島で、ジョウト御三家が同時に進化出来たのは気持ちが大きく影響するとシルバーが考察していましたので、二匹も必要な条件は揃っていたので後は気持ち次第でした。


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屈辱の経験

 ネイティオが放った念の波動は、一直線に起き上がろうとしているサナギラス、そしてその後ろにいるアキラへと飛んでいく。

 サナギラスに決まれば大ダメージ確実。仮に避けられても念の波動はそのまま後ろにいるトレーナーへと及ぶ。

 威力とタイミング、そして狙いもこれ以上無いイツキ達にとっては会心の一撃だった。

 

 起き上がったサナギラスは避けようとしたが、急にその場に踏み止まった。

 何故避けることを止めたのかと思いきや、サナギラスの体はドーム状の青い光に包み込まれていき、その青い光がネイティオの”サイコキネシス”を完全に防ぐ。

 それはさっきからドーブルが使っていた技である”まもる”だった。

 ヨーギラスの時は全く使う気配が無かった技をこのタイミングで使われたことにイツキの苛立ちは増すが、ネイティオの攻撃を防いだサナギラスはその目を細めた。

 

 進化したお陰なのか以前は扱いに困っていた技をイメージ通りに使えたことは、サナギラスとしては素直に嬉しいことであった。

 だけど先程自分が防いだ攻撃は、もし自分が何もしなかったり”まもる”が使えなかったら、そのまま後ろにいたアキラを巻き込んでいたかもしれないものだったのに彼は気付いていた。

 この戦いはルール無用の野良バトル、トレーナーがポケモンの攻撃に巻き込まれたり受けてしまっても、ちゃんと対策をしなかった方が悪いと言われても仕方ない勝負だ。

 

 そのことについては、後ろにいるアキラも意識して注意しているのとサナギラス自身も良く言われて理解しているので文句を言う気は無い。しかし、幾ら注意していても、このまま戦い続ければさっきみたいなのが何回も起きる可能性がある。

 そして師匠の様に自分が全て防ぎ切れる保証も無い。ならば一刻も早く目の前の敵を倒さなくてはならない。

 そう考えたサナギラスは体中にある孔から砂混じりの風を噴き出して気合を入れ直すと、再び外殻の下に隠れた鋭い顎を剥き出しにしてイツキのネイティオに再び飛び掛かった。

 

「ヤバ、なんか怒り始めたみたい」

 

 今すぐにでもネイティオを倒そうとするサナギラスの姿をイツキは怒り始めたと勘違いするが、そう解釈しても無理が無い程にだんがんポケモンの攻撃は激しさを増した。

 とにかく目の前の敵を倒すことしか頭に無いとしか思えないまでのサナギラスの猛攻にネイティオは徐々に疲れを見せていた。

 それはイツキのネイティオがあまり鍛えられていないからでは無い。寧ろ他のトレーナーが連れているポケモンと比べれば、数段鍛えられている。

 しかし、技が体の動きをあまり必要としないエスパー系が主軸で長時間激しく体を動かすことに慣れていないので、今の様に休む間もなく激しく体を動かして避けていく戦いには若干弱かった。

 

 一方の攻め続けるサナギラスの方は、我武者羅ではあったが進化したばかりなのも相俟って力とやる気に満ちていた。

 また幼いながらも格闘寄りの思考と戦い方を軸に鍛錬を重ねてきたこともあり、激しく体を動かす戦い方に慣れているだけでなく、今のペースで戦い続けられる体力もある程度身に付けていたのがこの土壇場で活かされていた。

 

「カ、カリン。何かちょっとヤバイかも」

「っ、しょうがないわね」

 

 サナギラスの鋭い牙が並んだ顎が避け続けるネイティオの体をかすり始めたのを見て、イツキはカリンに助けを求める。

 実際はちょっとどころでは無いのだが、カリンは面倒に感じながらもブラッキーを向かわせようとするが、それを阻止せんとカポエラーが回り込んで邪魔してくる。

 それを見たカリンはまだ余裕のありそうなヤミカラスを向かわせようとするが、三つの戦いそれぞれに気を配っていたアキラが口を開いた。

 

「ギラット、ネイティオの首に”かみつく”」

 

 自分の首を指差しながら、アキラは静かに()()()をサナギラスに伝える。

 ここまでの攻防で、彼はネイティオに大きなダメージを与えられるであろう部位を鋭敏化した目のお陰で把握した。

 あまりにも細か過ぎる内容の指示やアドバイスは手持ちの無用な混乱を招くが、十分に観察出来たことやそこまで細かく狙いを絞る必要も無い事も重なり、大雑把でも狙えると判断したのだ。

 

 彼が伝えるアドバイスを信頼しているサナギラスは、すぐに狙いをネイティオの首に絞り込む。

 進化したばかりの体ではあったが、その時ばかりは上手く横に転がす形で回り込むと、再び跳び上がって真横からせいれいポケモンの首に噛み付いた。

 その衝撃に今まで無表情だったネイティオは思わず目を見開くが、サナギラスは踏ん張る様に歯を噛み締めながら、背中の孔から砂混じりの風を噴射して噛み付いたまま自らの体を飛ばす。

 

「え? ちょ!?」

 

 突然のことにイツキは動揺する。

 何故ならサナギラスと首を噛み付かれたネイティオとの距離が一気に詰められたからだ。”すなあらし”を利用したジェット噴射の勢いを維持したまま、サナギラスはネイティオを木の幹に叩き付ける。それもネイティオのトレーナーであるイツキも、意図せず巻き添えにする形でだ。

 首を噛み締められるダメージと体を木に叩き付けられたダメージが重なり、ネイティオは危機感を抱く。しかも二匹と木の幹に挟み込まれる様に押し潰されたことで、イツキは伸びてしまったのか、ズルズルと体を滑らせて地面に伏せるが動く様子は無い。

 トレーナーが行動不能になったことを察したせいれいポケモンは、どう反撃するべきかを自力で急いで考え始めるが、答えを出す時間すら与えられずにネイティオの体は持ち上げられる。

 それからサナギラスは首に噛み付いたまま、ネイティオを荒々しく振り回し、何度も跳び上がっては地面に叩き付けていく。

 

「…あっちは終わりだな」

 

 サナギラスとネイティオの攻防に運悪く巻き込まれたことで気絶したイツキを見る限り、他の手持ちがいる可能性があったとしても勝敗は決したと見て良い。

 噛み付いているサナギラスも、あの様子ではネイティオが気絶するまでその攻撃を続けるだろうとアキラは見た。

 これで残る相手は、カリンが連れているブラッキーとヤミカラスの二匹だけだ。

 

「バルット、”いわくだき”!」

 

 意識を切り替えてアキラがそう伝えると、頭部の突起で独楽の様にバランスを取っていたカポエラーは体を跳び上がらせる。

 ブラッキーは身構えるが、カポエラーは二本ある足で地面を踏み締めるとさっきまで足代わりにしていた頭部の突起でブラッキーを突き飛ばした。

 

 蹴りでは無く頭突きの形で繰り出された”いわくだき”の威力に、相性の悪いタイプの攻撃であることも相俟ってブラッキーは下がる。

 既にこれまでの攻防でげっこうポケモンの息は上がっており、カリンは本格的に危機感を抱いていた。タイプ相性を考慮すればイツキに任せるべき相手ではあったが、相手を変えようにも彼らはそれを許してくれなかった。

 それどころかイツキの方は、戦いの巻き添えになる形でノックアウトされてしまった。

 

「冗談じゃないわ」

 

 ブラッキーは相性の悪さもあって防戦気味。ヤミカラスの方は、守り一辺倒ではあるがドーブルとの戦いに手間取っている。

 このままでは仮にカリンが三匹を倒すことが出来ても、控えているであろうカイリューを始めとした後続には勝てない。

 予行演習と軽く考えていた任務が、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。

 

「ヤミカラス! 一旦ブラッキーの援護に回って!」

 

 カリンの呼び掛けにヤミカラスは応じて、ブラッキーの援護に向かおうと体を反転させる。

 攻撃を防ぐ”まもる”を解いたドーブルは、”まがったスプーン”を振って光弾や念の支配下に置いた小石を飛ばすなどで反撃をするが、鳥ポケモン特有の動きで軽快に避けられてしまう。

 元の姿ではヤミカラスに攻撃を当てても、ダメージはそこまで期待出来ない。かと言ってミルタンクの姿では、一撃を加えることが困難なのも既にわかっている。

 何より簡単に距離を取られるのが厄介さに拍車を掛けていた。

 他の対抗手段を模索しようとした時、ドーブルの脳裏に先程のアキラの言葉が浮かぶ。

 

 自信を持つんだ

 

 言われなくてもそのつもりだ。

 この戦いが、自分達が先輩達に頼らなくても戦える様にする為に必要なものであることにも、ドーブルは挑んだ時からわかっている。

 苦戦はしているが、今の自分の力には自信はある。切っ掛けさえあれば、あんな黒い鳥ポケモンくらいすぐにでも仕留めることは出来る。

 だけど、今のままではジリ貧であるのは嫌でも察している。

 

 倒せない敵では無い事はわかっているが、一体どうすれば良いかと考えを巡らせた時、ある方法がえかきポケモンの頭に浮かぶ。

 しかし浮かんだのは良いが、すぐにその方法は確実性だけでなく安定性にも欠けていることにも気付く。

 

 この土壇場で、練習したどころか思い付きをぶっつけ本番で行って実現出来る程、世の中は都合良く無い。

 だけど、戦いの中で常に様々な可能性を考えるのは当然だが、逆転する為には時にはどんなに些細だったりぶっ飛んだ方法でも有効と判断したら実行していくことの必要性を、ドーブルは教わっているヤドキングだけでなくちょっと先輩面をしているゲンガーからも同じことを聞いていた。

 

 どうするべきかドーブルは迷ったが、周り――他に戦っている二匹へ少しだけ目を向ける。

 姿が変わったヨーギラスとバルキーの二匹は進化したお陰なのもあるが、奇策に頼ることなく持てる力を存分に振るって戦いを優位に進めている。

 

 彼らの姿を見て、ドーブルは決意を固める。

 他の二匹は乗り越えたのだ。今の自分の力に自信があるのなら、失敗することばかり考えずに勝つ可能性が高いと考えた方法の実現に挑むべきだ。

 そしてドーブルは、空を飛ぶヤミカラスに対して()()()()()()鋭く細めた目を向けた後、再び姿を変えた。

 

 それは慣れたミルタンクでは無く、ヤミカラスと同じ姿だった。

 ドーブルは”スケッチ”と呼ばれる特殊な技のお陰で、通常では”メタモン”などの極限られたポケモンしか覚えることが出来ない”へんしん”を覚えている。

 だが、ドーブルが使える”へんしん”は、本家であるメタモンが使うのと比べると異なる部分が幾つかある。

 

 中でも最も大きい点は、目の前に対象となるポケモンがいたとしても、ドーブル本来のタイプであるノーマルタイプ以外のポケモンへ変身した場合の再現性が不十分なことだ。

 故にドーブルが”へんしん”を使ったとしても、同じタイプで野生の頃から慣れているミルタンクしか姿だけでなくその能力を十分に発揮出来ない。

 その為、不慣れな姿へ”へんしん”することは控えていたのだ。

 

 まさか自分と同じ姿になったことにヤミカラスは驚愕するが、その動きが止まった一瞬の隙にヤミカラスに変身したドーブルは小柄な体とスピードを活かして体当たりをする。

 ただぶつかっただけなので、ダメージはそれほどではない。それどころか逆に真似ているヤミカラスの姿が崩れ始めている始末だが、ドーブルはこの結果に満足していた。

 最初からこの姿でヤミカラスを倒す気は微塵も無い。ただ隙を作れればそれで良かったのだ。

 

 空中でもみ合っている間に再度”へんしん”を使い、片腕でヤミカラスを掴みながらドーブルはミルタンクへと変わる。

 最高の結果を得られたドーブルは一瞬だけ笑みを浮かべたが、すぐに目付きを変えると空いている腕にあらん限りの力を籠めて、ヤミカラスを地面に叩き付ける様に殴り付けた。

 

「ヤミカラス!? ッ!」

 

 ヤミカラスが追い詰められたことにカリンは驚くが、タイミング悪くブラッキーは独楽の様な高速回転による遠心力を加えたカポエラーの強烈な蹴りを受けて、木に叩き付けられる。

 

「”つきのひかり”よ!」

 

 叩き付けられたブラッキーはカリンの指示を受けて、月明かりから消耗した体力とパワーを回復させる。

 今この場で手持ちのエースであるブラッキーがやられてしまうことは、彼女としては何としてでも避けなければならない。

 

 ある程度力を取り戻したブラッキーは、逆さまの状態から立ち上がって追撃を仕掛けようとするカポエラーに対し、”でんこうせっか”で体当たりする。だがカポエラーは技を決められた瞬間、ブラッキーの体を掴み、その勢いを利用して体を一回転させると投げ飛ばす。

 進化して体格が変わったとはいえ、バルキーの時に学んできた技術が使えなくなった訳では無いからだ。

 ブラッキーは空中で体勢を立て直して構えるが、カリンは悔しそうに周囲を見渡す。

 

 イツキのネイティオは、動かなくなるまで首に噛み付かれたまま地面へ何度も打ち付けられた挙句、無造作に放り投げられている。

 しかもトレーナーである彼も、戦いに巻き込まれたことで伸びてしまっている始末。

 ヤミカラスは何とかカリンの元に戻っていたが、ミルタンクに”へんしん”したドーブルにマウントを取られて散々殴られたことでもう這い蹲る様な有様だ。

 

 三匹共本気で挑んできてはいるが、後ろに控えているカイリューと言ったより強い存在が出て来ることも無く、補欠とも言える三匹の更なる成長の為に自分達が踏み台にされたことがカリンには屈辱的であった。

 横一列に並ぶサナギラス、カポエラー、ドーブルの後ろでこの戦いを見守っているアキラに、カリンはあらん限りの怒りと悔しさを込めた目で睨むが、彼は全く動じない。

 こんなことをしても、悪足掻きにしかならないことは彼女はわかっていた。幾ら感情的になっても、自分には目の前の絶望的な状況を覆すことが出来るだけの力と手段も既に無いからだ。

 

「ヤミカラス!!!」

 

 カリンが叫ぶ様にくらやみポケモンの名を呼ぶと、ボロボロであったヤミカラスが力を振り絞って大きな鳴き声を上げる。

 その声の大きさに三匹は身構え、アキラも警戒したが、カイリューだけは鬱陶しそうな目付きで周囲を見渡す。

 すると、ウバメの森の木々が突如として騒めき始めた。何が起こっているのか見上げてみると、空を埋め尽くすまではいかないが森から飛び出した多くのヤミカラスが上空に集結していた。

 どうやらカリンのヤミカラスは、この森に棲んでいるヤミカラス達のボス、或いは支配下に置いていたらしい。

 

「リュット!」

 

 もう十分だ。

 そう判断したアキラはカイリューの名を呼ぶ。それを許可と受け取ったドラゴンポケモンは、その口内を光らせると”りゅうのいかり”を薙ぎ払う様に放った。

 青緑色の光が夜のウバメの森を照らす様に広がり、瞬く間に光線の様な炎を受けたヤミカラスの群れは、吹き飛ぶか弾かれる様に落ちて行く。

 撃ち漏らしたヤミカラスも、他の三匹の攻撃によって何も出来ずに落とされていく。

 だけど、戦いはこれで終わりでは無い。

 

「逃がすな!」

 

 ヤミカラスの群れを退けると同時にアキラは、腰に付けているボールからブーバーとゲンガーを繰り出す。カリンがネイティオをモンスターボールに戻し、気絶したイツキを抱えてブラッキーと共に逃げ出していたのだ。

 彼らは現段階で判明している限りでは、世間的に犯罪とされる行為は全くしていない。なのでロケット団とは違ってすぐに警察へ突き出すことは出来ない。

 だけどその背後関係を考えれば、ヤナギに自分達の情報や彼らを打ち負かしたことをそのまま知られるのは望ましくは無い。

 どうやって黙らせるかは難しいが、余裕があった時に口にしていた”エンジュシティ”に関する発言のことを考えると上手くやれば何とか出来るかもしれない。

 

 飛び出した二匹は、ようやく自分達に出番が来たことでやる気満々なこともあり、あっという間に追い付く。逃げるカリンの前に彼らは立ち塞がる様に回り込もうとするが、咄嗟に彼女は手にした何かを投げ付けてきた。

 ブーバーは背負っていた”ふといホネ”を素早く抜くと弾き返すべく殴り付けたが、ぶつけた瞬間それは破裂すると同時に大量の白色の煙が周囲に広がった。

 

「煙幕!?」

 

 初めて使われる道具にアキラは驚く。ブーバーが覚えている”えんまく”とは色は全然違うが、それでも視界を遮る程の量の煙が瞬く間にウバメの森の中に広がる。

 咄嗟にゲンガーの念の力で吹き飛ばそうとするが、真っ先に煙を浴びてしまった二匹は激しく咳き込むだけでなく目から涙を滲ませていた。

 

「ッ! 吹き飛ばすんだ!!」

 

 出ていたサナギラス達を咄嗟にモンスターボールに戻したタイミングでアキラが叫ぶと、カイリューは小さな翼を羽ばたかせる。それによって起きた突風は、広がりつつあった煙幕をあっという間に吹き飛ばす。

 何とかこちらにも大きな被害が出る前に煙幕を吹き飛ばせたが、まともに受けてしまったブーバーとゲンガーは苦しそうにまだ咳き込んでおり、カイリューも吹き飛ばすのが間に合わなかったからなのか目や鼻などの敏感な箇所が普段よりも水っぽくなっていた。

 

「…やってくれたな」

 

 苦しむ二匹をモンスターボールに戻して悔しそうにつぶやくと、アキラは少し辛そう鼻を啜る音をさせるもボールに戻る気が無いカイリューと共に煙が晴れた暗いウバメの森を駆けていく。

 夜の森の中なので視界は悪いが、聴覚に意識を集中させると茂みを掻き分けていく音が聞こえる。距離的にかなり離れてしまっているが、それに全ての感覚を集中させて、彼らはウバメの森の中を走っていく。

 

「………行ったかしら?」

 

 アキラ達がいなくなった後、先程までの喧騒から一転して静かになった暗い森の中にある茂みの中からカリンが顔を見せる。

 実はカリン達は、”けむりだま”を使って視界を遮ると同時にアキラのポケモン達を怯ませている間、近くの茂みの中に息を潜めて身を隠していたのだ。

 ポケモンバトルに関する知識や技術、そして研究を行う以外にも、彼女達は何かしらの情報を合法・非合法問わずに手に入れることを想定した潜入などの多岐にわたる訓練を受けている。このくらいの潜伏や逃走手段確保はお手の物だ。

 煙幕での視界の悪さやポケモン達の咳き込む音などの影響もあったが、念には念を入れてヤミカラスの群れ同様に適当に屈服させた野生ポケモンを大袈裟に音を立てながら森の中へと走らせることで何とか誤魔化すことが出来たが、そう長くは持たないだろう。

 

 予め用意していた”げんきのかたまり”などの回復アイテムを取り出すと、それを使ってカリンはイツキのネイティオを回復させる。

 騙されたことに気付いて、彼らが引き返してくる可能性は十分にある。今の内にここから逃げるべきだ。そう思っていたら、遠ざかっていた音が戻って来るのを耳にした。どうやらもう彼は戻って来たらしい。

 

「ネイティオ、”テレポート”よ」

 

 最早一刻の猶予も無い。

 カリンの命にネイティオは何度も頷く。普段は無表情なこのポケモンが焦った表情なのを見ると、彼もまたすぐにこの場から立ち去りたいらしい。

 それからネイティオは秘めている念の力を高めて、自身だけでなくカリンと気絶したイツキを”テレポート”の対象に加える。

 弟子入りした経緯も含めて持ち余した力を振るう場所を求めた暇潰しの一環だったとは言え、今回の任務を達成出来なかったことや敗北を”あの人”に正直に報告したら、何かしらの処罰が自分達に下る事は間違いない。

 多少過程を偽ったとしても、負けたこと逃げたことに変わりない。恐ろしいことになることは理解しているが、それでも報告しなければならないだろう。

 

「腹立つわ…」

 

 まだ成長途中である手持ちポケモンを更に成長させる為の踏み台にされたこと、そしてこうして逃げなければならないのは、今気絶しているイツキにとってもカリンにとっても初めて経験する屈辱だ。

 彼が自分達の師匠である”あの人”に目を付けられるのは確実だが、何時の日か必ずこの屈辱を晴らすことを決め、カリン達はウバメの森から静かに消える様に立ち去るのだった。




アキラ、イツキとカリンを打ち負かすも取り逃がす。

今まで逃げる立場ばかりだったので追い掛ける立場には不慣れです。
最近はカイリュー以外の先輩世代は戦っていませんが、今章でも変わらず戦う予定です。


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要警戒対象

 とある小さな町に構えられているポケモンセンターのすぐ近くに、飛来したカイリューが勢いを抑えないまま地響きを鳴らして着地する。

 砂埃だけでなく衝撃で土も舞い上げる程の着地だったため、付近にいた人達は突然やって来たカイリューへ何事かと目を向ける。

 ドラゴンポケモンのトレーナーであるアキラが背中から顔を出すが、普段の様に滑るのでは無くカイリューの肩を踏み台に飛び降りると周囲から向けられる視線とまだ舞い上がっている砂埃を気にも留めず、飛行用のゴーグルを外しながらポケモンセンターの中へと駆け込む。

 その表情は焦っており、センター内に飛び込んでから彼は何かを探す様に右往左往していたが、あるタイミングでようやく落ち着きを見せた。

 何故なら彼がここにやって来た目的の人物が居たからだ。

 

「ん? アンタ、確か…」

「話は聞いたぞ。――ゴールド」

 

 相手もこちらに気付いたのを見て、アキラはポケモンセンター内に備え付けられていたパソコンの前で紫色の髪をした青年らしき人物と一緒に居るゴールドに声を掛ける。

 怪我を負ったのか体の至る箇所に包帯などの治療の痕が見られたが、それでも如何にか無事なゴールドの姿にアキラは心底安心する。

 

()()()()()で、ヤバイ奴に遭遇したらしいな」

「…知ってたんスか」

「そのことについて実際に戦った君から話を聞きたいのが、俺がここに来た理由でもあるからな。ヤバイ奴なら、今世間を騒がせているロケット団の残党を纏めているボスや幹部の可能性が高いからね」

 

 アキラがこの場に大急ぎで駆け付けた理由。それは今彼らがいるこのポケモンセンターを構えているヒワダタウンにあるジムのリーダーであるツクシが、ウバメの森で事件性を疑われる被害者数名を保護したという話を聞いたからだ。

 最近ヒワダタウンの近くにあるヤドンの井戸で悪事を働いていたロケット団が、何者かに一網打尽にされていたことについてはアキラは知っていた。しかし殆ど間を置かずに今回の情報をシジマ経由で知った彼は、タンバジムで行っていた鍛錬を早めに切り上げて急いで来たのだ。

 口では彼が遭遇した敵の情報を求めてきた様な口振りだが、実際のところゴールドが無事なのか気になっていたことの方が大きい。

 

「ゴールド、彼は?」

「アキラっつう、何か頭が固い奴ッスよ」

「か、固いって……」

 

 隣に立っていた紫色の髪の青年に自分が何者なのかをゴールドは端的に教えるが、彼の説明にアキラは何とも言えない表情を浮かべる。

 ゴールドはその性格故に初対面でも馴れ馴れしい態度を取ったり変な渾名を付けたりする時があるが、まさか”頭が固い奴”扱いされるとは思わなかった。

 レッドからも「頭が固い」だとか「変に真面目」だとか言われたことはあるが、彼から見ても自分はそういう人間だと認識されているのだろうか。

 

「アキラ? ひょっとして、君がシジマさんのお弟子さんの」

「――初めまして、タンバジムでシジマ先生の元で修業をしているアキラです」

 

 初めて会うこの町のジムリーダーであるツクシに、気を取り直したアキラは頭を下げて挨拶をする。横でゴールドが「そういうところが固いんスよ」と言っているが気にしない。

 ツクシはウバメの森でボロボロになっていたゴールドを保護するだけに留まらず、祠付近にいた全身を外套で身を隠した仮面を被った謎の人物と、軽くだが一戦を交えたと言う話もアキラは聞いている。

 何故そのタイミングでツクシがウバメの森に居たのかは、最近のロケット団の活動とアキラ自身の行動が関わっている。

 

 前にカイリューが叩きのめしたロケット団をアキラが警察に突き出したことで、シジマやエリカなどの知り合いのジムリーダーを経由して伝えて貰っていたナツメの予知の信憑性が高まり、ジョウト各地のジムリーダー達が警戒感を強めているからだ。

 更に彼は、結局逃げられてしまったがウバメの森で起きた出来事――イツキとカリンについてもシジマに報告をしている。

 悪事を働いた証拠は無いのでウバメの森に怪しい奴が関心を寄せている程度の扱いだったが、ヒワダタウンの近くの井戸でロケット団が確認されたことでツクシはウバメの森も見回っていたらしく。その際、ポケモンの糸で体を縛られて動けなくなっていたゴールドを発見し、犯人と思われる仮面で顔を隠した人物と軽く交戦したとのことだ。

 

「君やシジマさんの警告にヤドンの井戸での出来事から見回る範囲を広げていたけど、あんなのが出て来るなんて想像していなかったよ」

「…強かったですか?」

「あっちもすぐに退いちゃったから少ししか戦わなかったけど……かなり手強かったよ」

 

 かなり手強かった

 その言葉を口するタイミングで、ツクシが声色だけでなく目付きも真剣なものに変えたのを見て、アキラは仮面の人物ことヤナギに対する警戒心を更に強める。

 現役のジムリーダーが軽く戦っただけで、ここまで警戒すべき相手と判断しているのだ。

 本気だったのかどうかは定かでは無いが、こういう時は常に最悪の状況を考えるべきだ。

 

「あれ程のトレーナーがロケット団に所属している可能性を考えると、ジムリーダーとしても気が抜けないよ。アキラは昔ロケット団と戦ったことがあるんだよね? 何か過去の経験とかも含めて知っていることは無いかな?」

「知っていることですか…」

 

 戦ったとは言ってもロケット団が全盛期だった頃は、実力不足故にレッド達と違って逃げることを優先していたので求められる程の実戦経験は無いのが実情だが、この世界を作品として読んでいたアキラはこの先に起こるであろう出来事を印象に残っているのから順に思い出していく。

 ポケモンリーグ、チョウジタウンや怒りの湖、タンバシティ近くのうずまき島、そして――

 

「――確証はありませんが、前ウバメの森で戦った二人組の男女がエンジュシティでロケット団の残党が何かの計画をしているらしいという話を耳にしました」

 

 具体的な目的はもう忘れてしまっているが、ロケット団がスズの塔やエンジュシティの町を滅茶苦茶にしていたのを彼は良く憶えている。

 細かな詳細は忘れても、災害規模の事件が起こるというのは三年経っても忘れるものではない。

 一年前のクチバシティで起こった様な街一つが壊滅的な打撃を受ける様な出来事。それも人為的に引き起こされるのだ。戦いに関われる力が有る無い関係無く、見過ごすことは出来ない。

 

「エンジュシティ…マツバさんの町か」

「本当に何かが起こるのか、それとも起こらないのかはわかりませんが」

「いや、例え可能性でも警戒はすべきだと思うよ。今のジョウト地方は至る所にロケット団が潜んでいる様なものだから」

「幹部――いえ、ボスなどの纏め上げている存在を潰さない限り、ロケット団は抑えられないでしょう。使い捨ての下っ端の代わりになる存在はそれなりにいますから」

 

 壊滅させられたとはいえ、ロケット団のネームバリューは全盛期程では無いが健在だ。

 そして力を持て余したり、ポケモンの力を自らの力そのものと勘違いしたりしてやらかす奴は常に一定数はいる。

 組織そのものにプライドを持っている者はいるが、多くの団員はロケット団の一員となることで、その名を利用して好き勝手なことをやりたいと考えている者ばかりだ。

 そしてロケット団を動かす幹部級も、それらの思惑を承知の上で勢力的にも戦力的にも使い捨てでも良いから都合の良い下っ端、出来れば実力者が欲しいと考えている。

 そう言った双方の思惑や利害が一致することで、ロケット団の勢力は強まっていく。

 今は残党達を一方的に捕縛しているが、もしジムリーダーが負けてしまったなどの悪い意味での情報が広まりでもしたら勢いに乗られる可能性も十分に有り得る。

 

「警察も過去にカントー地方で起こった出来事は防ぎたいみたいだけど、中々上手くいっていないみたい」

「やっぱり、ポケモンバトルになると不利なのでしょうか?」

「巧妙に隠れているってこともあるんだけど、いざ見付けてもアキラの言う通り、バトルとかのポケモンの力を使われると何人か取り逃がしたりと結構苦労するみたい」

 

 アキラの疑問にツクシは補足する形で肯定する。

 本来ロケット団が起こす犯罪に対応すべきである警察なども動いてはいるが、ロケット団と戦う上で必須と言えるポケモンバトルの実力があまり良くない警察官が多い問題はこのジョウト地方も同じだ。

 もっと警察の中から腕の立つ人達が出て欲しいが、ポケモンバトルが強い者はトレーナーとしてある程度やっていける場合が多いので、強いトレーナーで警察を志す者は多くは無い。

 

 そんな十分な対応力が欠けている状態なのに、今まで警察が手に負えない強力な野生ポケモンや腕の立つ犯罪者を相手に何とかやってこれたのは、ジムリーダーなどの実力者に協力を要請することで撃退や無力化を引き受けて貰っていたからだ。

 

 ポケモンバトルはその分野に強い専門家に任せる。

 

 そういう風潮が長く続いた為か、警察は犯罪者の捕縛術や野生ポケモンの誘導などの技術は磨いているが、ポケモン同士を戦わせるバトルの実力を身に付けることにはあまり力を入れてこなかった。その結果、集まる人材や所属している面々の多くは、ポケモンバトルの実力が中途半端だったり怪しい者ばかりだ。

 

 しかし、数年前に個人レベルからいきなりロケット団の様な大規模組織レベルでポケモンを悪事に利用する存在が現れたことで、これまであまり気にされていなかった問題が一気に露呈してしまうことになってしまった。

 どうすれば良いのか、二人は悩ましいと言わんばかりの表情を浮かべ、そんな彼らの雰囲気に耐え兼ねたのかゴールドは二人に話し掛ける。

 

「なあに二人揃って難しい顔をしてんスか」

「どうすればロケット団を大人しくさせられるのか悩んでいるんだよ」

「…アンタらの実力でも悩むくらいなんスか」

「確かに僕達は強いけど、何時も勝てるって訳じゃ無い。どれだけ手を伸ばしても届かないものもあるし、限界もある」

 

 ツクシの言葉に、アキラは同意する様に頷く。

 昔と比べれば天と地どころか、当時なら絶対に想像出来ないまでにアキラは強くなれたが、それでもまだまだ最強には程遠い。

 この世界で最強を名乗れるとしたら、ポケモンリーグで優勝するだけでなく、サカキやヤナギなどの並み居る強敵を蹴散らし、伝説のポケモンなどの常軌を逸した存在を打ち負かせる程にならないととてもじゃないが名乗れない。

 それにツクシの言う通り、幾ら高い実力を身に付けたり安定して維持出来ても、常勝であり続けるのは難しい。

 

「――何で悪いことを企む奴に限って強いんだよ」

 

 もう何十回も考え、その理由も自分なりに考えた上でそれがこの世界なのだと受け入れているが、思わずアキラは溜息交じりで愚痴をこぼす。

 そんなアキラの姿にゴールドは、改めて「やっぱ頭固いなこの人」と思うと同時に「疲れているな」とも思うのだった。

 

 

 

 

 

 窓が一つも無い長い通路を一組の男女が静かに歩いていた。

 彼らが身に付けている服には、現在ジョウト地方各地を騒がせているロケット団を示す大きな「R」が刻まれていたが、身に纏う空気は一線を画していた。

 やがて彼らは通路の先にある一室の前にやって来ると、部屋に入ってすぐに中で背を向けている長い白髪をした人物に揃って恭しく頭を下げる。

 

「御呼びでしょうか? 首領様」

 

 男の方が尋ねると、部屋の中に立っていた全身を外套で身を包んだ不気味な白い仮面で素顔を隠した大柄な人物――ロケット団の残党達を纏める新首領、仮面の男(マスク・オブ・アイス)が振り返る。

 

「――カーツ、シャムよ。計画は順調か?」

「はっ。既に事前調査は済んでおり、実行部隊を編成次第すぐにでも取り掛かれます」

 

 尋ねられた内容を察し、今度は女性の方――シャムが質問に答える。

 今彼らが進めている計画は、目の前にいる首領から直々に任せられて念入りに進めてきたものだ。今すぐは無理だが、準備さえ整えば必ず成功させる自信が彼らにはあった。

 仮面の男もそんな彼らの様子を見て、満足気に頷く。

 

「よろしい。お前達に任せている作戦は今後の計画を進めていく上でとても重要だ。心して掛かれ」

「必ずや成功させてみせます」

「各地で失敗ばかりしている間抜けな残党共と違い、お前達二人は私が直々に鍛えたのだからな。期待している。だが、下っ端の数には注意して貰おう。あまり減り過ぎると今後の計画に支障が出る可能性がある」

 

 サカキを筆頭とした幹部格を失って路頭に迷う残党達を纏め上げたところまでは良かったが、あまりにも失敗続きなので最近は陽動以上の利用価値を見い出せていなかった。

 しかし、それでも人手の多さ、数の暴力と言うのは無視出来ない。

 予想以上に早い段階でジョウト各地が警戒し始めたことで、捕まる団員の数が予想を大きく超えつつある為、これ以上増えては今後の計画に支障をきたしかねない。

 

「ご心配には及びません。作戦当日はエンジュシティのジムリーダーが町から一時的に離れることがわかっています。そしてあの町にはジムリーダー以外に我らの脅威になり得る存在はいません」

 

 仮面の男の懸念を払拭するべく、男の方――カーツが作戦の一部について述べる。

 下っ端達が任務に失敗したり簡単に捕まってばかりなのは、一言で言えば”実力が無い”、それに尽きる。

 本当は負けてしまったり簡単な任務すらこなせなかった無能は切り捨てるところだが、仮面の男の言う通り最近はそういう訳にはいかなくなってきていた。

 その為、それらも考慮した結果、決行日としてエンジュシティのジムリーダーが留守にする日を選んだのだ。

 町一番の実力者がいない状況下なら、自分達が直接現場で下っ端達の指揮を執れば、そこまで人員を消耗させることは無いだろう。

 

「――ジムリーダー以外に脅威になり得る存在はいない…か」

 

 だが自信に満ちている二人に反して、仮面の男の反応はあまり良いものでは無かった。

 何か不興を買ってしまったのかと二人は冷や汗を滲ませるが、仮面の男は近くの机に置いてあった紙の束を手に取ると投げ捨てる様に二人の足元に放り投げた。

 

「これは?」

「最近、イツキとカリンがウバメの森で蹴散らされた話を知っているだろう」

 

 仮面の男の問い掛けに二人は頷く。

 予行演習も兼ねた簡単な任務を達成することが出来なかっただけでなく、祠にやって来たトレーナーに返り討ちにされて無様にも敗走した二人の姿は記憶に新しい。

 そして目の前の人物の怒りを買った二人は、次の任務に向けて今は仮面の男から直々に再教育を受けている真っ最中でもある。

 

「二人の話から退けた者が何者なのか調べてみたところ、どうやら我らの計画の障害になりそうな厄介な奴なのがわかった」

「厄介な奴?」

 

 どういう意味なのか知るべく、足元にある一枚の写真が添えられた資料をカーツは拾う様に手に取る。

 写真は離れた距離の横から隠し撮りされたものであったが、モンスターボールに入れずに連れ歩いているポケモン達の集団の先頭に立つ一人の少年が写っていた。

 それなりに情報は多いのか資料の束は少し厚みがあったが、中身を詳しく見るのは後回しにして資料の一枚目に記載されている簡易プロフィールや記録に彼は軽く目を通す。

 少年の名はアキラ。公式戦績は三年前のポケモンリーグ予選敗退。カントー地方のバッジを三つ保持。そして一年近く前に起きたカントー地方での事件では、ジムリーダー達と共に戦った多くの一般トレーナーの一人。

 現在はタンバジム・ジムリーダーであるシジマの元でポケモントレーナーとしての修業を積んでいることなどが記されていた。

 

「奴によって下っ端の中でもそこそこ使える中隊長の三人も捕まった。更に正確な時期は不明だが、()()()()()()イブキも奴に負かされたそうだ。もしかしたらお前達の前にも姿を見せるかもしれない」

「フスベジムのジムリーダーに勝ったのが事実でしたら、確かに我らの脅威になり得ますね」

 

 ロケット団中隊長を名乗る三人の団員だけならまだしも、ジョウト地方でも最強と名高いフスベジムのジムリーダーも本気で挑んだにも関わらず彼に負けた。

 添付されている写真には、カイリューなどの強力とされるポケモンを手持ちとして連れているのが写っているが、率いているトレーナー本人からはそこまで強いという印象は受けなかった。

 だが、現に自分達に引けを取らないイツキとカリンを負かしてもいるのだ。公式記録では大した成績は残していないが、今タンバジムで行っているトレーナー修行によって急成長した可能性も考えられる。

 油断はせず、写真に写っている少年とポケモン達が自分達の前に立ち塞がった時のことを考えて最大限の警戒をして備えるべきだろう。

 

「現在奴についてわかっているのはその資料の範囲内だけだが、油断するでは無いぞ」

「御助言、ありがとうございます」

 

 二人は改めて頭を下げると、仮面の男はもう用は無いと言わんばかりに背を向けるのだった。

 

 

 

 

 

「あむ。――やっぱりみたらし団子はシンプルで美味いな」

 

 同じ頃、自分に関する不穏なやり取りがされていることを露程も知らないアキラは、木造建築である和風な建物が多く立ち並んでいる町――エンジュシティを訪れていた。

 ヒワダタウンで状況を確認した後、彼はロケット団が次に大きな事件を起こすと見ているこの町を訪れ、何か怪しい点が見られないか気にしながら町の中を散策していた。

 最初は警戒心だらけだったが、途中で見付けた無料の観光パンフレットをゲンガーが持ってきたのを機に徐々に町の雰囲気の影響を受けたことで、今では和菓子店で手持ちと一緒に長椅子に座ってのんびりと団子を食べていた。

 

 シロガネ山同様に元の世界に存在している町をモチーフにしていることがハッキリと認識出来るからなのか、今では気分は修学旅行をしている学生の気分だった。

 頼んだ団子全てを食べ終え、程々の苦味のお茶で口の中に残った甘味を流すと同時に喉を潤し、アキラは一息つく。

 横を見るとまだ何匹か団子を食べていたが、程無くして彼らも団子を一通り食べ終え、多くは小腹を満たせたことで満足気であった。

 

「食べ終えたから、そろそろ行くぞ」

 

 既に団子の代金は支払っているので、アキラはサンドパンらと一緒に皿と残った串を片付けながら告げる。

 その言葉を合図に、ゲンガーやブーバーら何匹かがエネルギー補給完了と言わんばかりに気合を入れる。それから彼らは、周囲に散開して辺りに目を配ったりと警戒するが、さっきまでとは違って単に観光気分でテンションが上がっているだけなのは一目瞭然だった。

 後、普通に悪目立ちしているので、このままだと町の人達や観光客から変な視線を向けられるだけでなく、下手すれば自分達が警察に通報されるのでアキラは頭を痛そうに抱える。

 

「お前ら、程々にしないとボールに戻すぞ。目立ち過ぎ」

 

 今アキラはポケモンを九匹連れ歩いている状態だが、トレーナーとしてでは無くポケモン達と一緒に観光をしている観光客の一人みたいに見られている。なので六匹以上もポケモンを連れているマナーが悪いトレーナーとか気にされていないが、こうも目立ち過ぎるのは考え物だ。

 流石にアキラの言葉に納得したのか、散開していた面々は団子屋の前に戻る。皆が揃っていることを確認したアキラは、彼らを先導する形で再び町の中を歩き始める。

 

 それからアキラ達は、街の隅々を散策するだけでなく、パンフレットにもあるエンジュシティの観光名所や目に付いたお店や建物に入ったりとする。

 傍から見ると観光客そのものであったが、時折さり気なく周囲を確認するなど警戒することも忘れていない。

 たまに私服姿ではあるが目から見える印象や体の動かし方などから警官らしき人物を見掛けたりするので、この町も表向きは賑やかではあるがロケット団に備えていることが彼の目から見ても窺えた。

 

「警察の人達が結構動いているんだから、デカイ事件を起こさずに大人しくしてくれないかな」

 

 私服警官らしい人を見送った後、心底願う様にアキラは呟く。

 普通なら警察官が巡回していたりすると、抑止力が働いて犯罪発生率は低下したりするものだが、相手は警察が全く怖くないのだ。

 

 今まで彼が見てきた警察官達のポケモンバトルの実力は、その多くが下っ端が相手ならそこそこ戦えるが幹部格が相手だと束になっても敵わないくらいのレベルだ。

 これではロケット団の数が多いから対処に手が回らない以前に、追い詰めたとしても手持ちポケモンの実力差でゴリ押されて返り討ちに遭ったり逃げられるのがオチである。

 カントー地方では、エリカ達ジムリーダーが中心になってこの現状を改善しようと動いていることをアキラは知っている。しかし”喉元過ぎれば熱さを忘れる”なのか、どうも動きが鈍いのと本人達の多忙さなども相俟ってまだ十分に解消されていない。

 もし今この場でロケット団が騒ぎを起こしたとしたら、この町に居る警官達はジムリーダーなどの実力者に頼らず自力で鎮圧することが出来るのか。

 

 そんなことをぼんやり考え始めた時、唐突にゲンガーがアキラの服の裾を引っ張って来た。

 

「どうしたスット?」

 

 意識を手持ちに向け直してアキラが尋ねると、ゲンガーはまるで強請る子どもの様に頻り何かを指差していた。

 視線をその指差す先に向けると、そこには観光地などで良く見られる使い捨てカメラの自販機が置かれていた。

 

「何だ? カメラが欲しいのか?」

 

 アキラの問い掛けにゲンガーは頷く。

 何故カメラを欲しがるのか、そもそも使い方はわかるのかなど色々な疑問が浮かぶが、周囲を良く見渡すと道行く人達の多くがカメラを持っていた。

 それだけで彼は欲する理由を察したが、最近はゲンガーの助けを借りる機会が増えてきているので、少しくらいは我儘は許しても良いかとも思っていた。

 

「わかったスット。買うのが決まったら教えてくれ」

 

 購入許可を貰えたゲンガーは、喜びを露わにするとスキップする様な足取りで使い捨てカメラの自販機の前に居座るのだった。

 

「――ヤドットは何か欲しいのある?」

 

 シャドーポケモンの姿を見て、アキラは自分の横にいるおうじゃポケモンに欲しい物は無いのか聞く。

 ヤドキングも同じくらい”単語の勉強”をして自分の力になっているのだ。不公平にならない様にと思ってのことだったが、彼は首を横に振る。

 要らないのか、と思ったが、代わりにヤドキングは何かをグイッと飲む仕草をアキラに見せる。

 

「わかった。今度タンバのきのみジュースを買う時はお前の分のサイズを大きくするよ」

 

 訳さなくてもわかりやすい仕草だったが、口約束ではあるが確約して貰えたことにヤドキングは満足気に頷く。

 使い捨てカメラを買うお金があるのか財布の中を確認する前に、アキラは他の手持ちが今どこで何をやっているかに意識を配る。

 カイリューやサンドパンは、横にいるヤドキングと同じで自分の近くいたが、何匹かはエンジュシティでの観光を満喫しているみたいであった。

 

 ゲンガーはどの使い捨てカメラを買うかまだ考えており、エレブーとサナギラスは甘い匂いに惹かれたのか、エレブーがサナギラスを肩に乗せる形で観光客に交じって、目の前で作られていくお菓子の実演販売を一緒に見ていた。

 そしてブーバーとカポエラー、ドーブルの三匹は土産屋にいたが、えかきポケモンはキーホルダーやアクセサリーに興味津々で、他の二匹は展示される様に並べられている木刀や模造刀を眺めていた。

 ポケモンが商品であるそれらに触れてはいけない注意書きがあったので彼らは律儀に守ってはいたが、武闘派の二匹は腕を胸の前で組んだ大真面目な目付きをしているからなのか揃って近付き難い空気を醸し出していた。

 特にカポエラーは忍者系の武器を模した土産物、中でも特大サイズの手裏剣にある意味熱い視線を送っていた。

 

「……買っても良いけどバトルでは使えないからな」

 

 ポケモンが道具を使う事は公式ルールでも認められてきてはいるが、それでも使用可能な得物系は今ブーバーが所持している”ふといホネ”やカモネギらが持つ”ながねぎ”くらいだ。

 野良バトルならルール無用なので何でも使用することは出来る。だが、外聞が悪い上に公式ルールでは使えない戦い方に慣れてはアキラとしても困る。

 そもそも実戦に耐えうる強度では無いので実用性に欠けている。

 

 使う事が出来るとしたら、ブーバーの様に本来適性が無い道具を上手く使いこなせる様にするか、以前レッドのニョロボンが氷技を使った時の様にバトル中に何かしらの技を利用して武器を編み出すくらいだ。

 ゲンガーも以前は武器を欲していたが、”ふといホネ”はブーバーと被る――否、真似ている感があるからなのか強請ることはなくなった。

 ならばカモネギの”ながねぎ”でもと思ったが、”ふといホネ”程ではないが入手が面倒なだけでなく強度がある以外は普通のネギと変わらない問題が調べていく内に判明して断念している。

 

 だけどアキラとしては個人的には心を擽られるので、居候先の保護者であるヒラタ博士とその家族への日頃の感謝も兼ねた土産だけでなく、自分の分の木刀でも買おうかどうかちょっと本気で考える。

 その悩みは今買う事が出来るだけのお金が無いことが判明する形で、ある意味解消されることになるのだが、この時の彼は知る由も無かった。




アキラ、エンジュシティを回っていた頃、遂にロケット団に警戒される人物としてリストアップされる。

今までアキラは存在を知られても殆ど警戒されていませんでしたが、今後は何かと敵対する側も彼の存在に用心したり対策などを練ってきたりとすると思います。


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動き出す者達

「”エンジュシティで目撃”…か、忌々しい」

 

 少し暗いとある部屋の一室で、机の上に広げられた資料の中から手に取った報告書の内容に目を通したカーツは、苦虫を噛み潰した様な表情で呟く。

 首領である仮面の男(マスク・オブ・アイス)から、アキラと言う名のトレーナーに関する情報が纏められた資料を渡された後、彼はその中身を詳しく見た。

 仮面の男がわざわざ調べたのだ。自分達にとって邪魔な存在なのは確実ではあるが、どれくらい厄介な相手なのか。

 読み始める前は軽くそう思っていたが、詳細を知った今ではそんな考えは消えていた。

 

 最大限の警戒をするだけではとても足りない。

 可能ならば接触――戦うのを避けるべき”脅威”であった。

 

 ポケモンリーグ予選敗退

 この資料や一般でも確認出来る記録ではそう書かれているので、一見すると彼は予選の段階で消えた有象無象の一人に見える。

 しかし、敗退時の対戦相手や詳細な試合内容を見ると、そんなことは全く無かった。

 

 対戦相手は当時の大会の優勝者であるレッド。

 その彼を準優勝者であるグリーン以外で、公式ルールで決められている使用可能な手持ち六匹全てを互いに動員して、ギリギリまで追い詰めたが一歩及ばず敗北。

 予選敗退ではあるが、優勝者を追い詰めての負けなのだ。この時点で印象は大きく違う。

 

 所持しているジムバッジがたった三つだけなのは、カントー地方では一部のジムが長期間閉鎖されていたことによる影響だと考えられる。

 更に詳しい事情や経緯は不明ではあるが、最近この地方で最強と謳われるイブキとの本気の勝負を制したことを考えると、今の実力は相当な物になっていることが推測出来る。

 

 そして一年前に起こった四天王を名乗る過激な凄腕トレーナー集団が起こしたクチバシティでの戦いも、メディアなどでは戦いに参加した有志のトレーナーの一人扱いだが、実際はジムリーダーや大勢のトレーナーが駆け付けるまで彼とそのポケモン達だけで大軍勢を相手取って時間稼ぎをしていたことが資料には書かれていた。

 これらの情報だけでも彼は単にポケモンバトルの実力が優れているだけでなく、公式戦以外の戦い方も心得ていることが十分に読み取れる。

 

 彼らのバトルスタイルなどの詳しい戦い方は不明だが、それでも資料に書かれている記録から伝わる彼らの埋もれていた戦歴にカーツは”脅威”を感じていた。

 三年前のポケモンリーグで初めて彼は記録上に姿を現したが、その時点でレッドと互角の実力を有しながらも他の同世代やジムリーダーなどの有名トレーナーとは異なり、彼は表立ってその存在は一般にはあまり知られていなく注目も集めていなかった。

 カーツもイツキとカリンが奴に負けたことや仮面の男から直々に忠告を受けた上で今回渡された資料を見ていなかったら、彼の存在すら知らなかっただろう。

 

「悩んでいる様ね」

「あぁ、何故ここまで厄介な奴が今までマークされていなかったのか」

 

 何時の間にか部屋に入って来たシャムが声を掛けるが、カーツの悩みは増々大きくなる一方であった。

 これ程のトレーナーが何故今までノーマークだったのか。意図的にそう動いているのでは無いかと思わず勘ぐってしまう程だ。

 だけど、資料に纏められている範囲内での情報を見る限りでは、マークが甘くなっても仕方ない要素は幾つもあった。

 

 彼自身はポケモンリーグ以外の大会にも出ているらしいが、”らしい”止まりでそれ以上の詳しいことはわからない辺り、そこまで規模の大きな大会では無いと思われる。

 そんなマイナーな小さな大会で仮に優勝をしたとしても、カーツ達は気にも留めないどころか普通は知らない。

 

 警戒を抱く切っ掛けになるであろう何かしらの大事件が起きた時の彼の活躍は、その多くはレッド達リーグ上位陣やジムリーダー達などの世間一般に良く知られる実力者と一緒に戦っていることが多い。

 加えて事件解決後は負傷などの関係ですぐに姿を消してしまっているので、世間の注目は有名人であるレッドやジムリーダー達の活躍にばかり目が向き、結果的にアキラの扱いはジムリーダーのエリカが組織した自警団と同じジムリーダー達に協力しているトレーナーの一人扱い止まりだ。

 手持ちにしているポケモンも、強豪トレーナーらしく希少で強力なカイリューを筆頭に手練れを連れているが、癖の強い性分が多いからなのか扱いに手を焼いているが故に傍から見ると放任気味というちょっと耳を疑う情報も資料には書かれている。

 

 だが、本当に手持ちを持て余したり行動を制御出来ないトレーナーなら、これだけの戦績を出せる筈が無い。そういう実力者らしからぬ理由で苦労をしているのも、彼が注目されなかったり存在があまり知られていない要因の一つだろう。

 だからこうして詳しく調べればすぐに彼の異常さがわかるにも関わらず、今までノーマークになっていた原因なのでは無いかとカーツは考えていた。

 

「どうすれば良い…」

 

 エンジュシティのジムリーダーがいなくなれば後は楽と考えていたが、まさかイレギュラーな存在と遭遇する可能性も考慮したら困難な任務に変わるとは夢にも思わなかった。

 カーツは今まで以上に頭を働かせて、今回の任務の目的について考えていく。

 

 今回の目的を考えれば、多くの配下である団員を動員しなくてはならない。

 この際、仮にアキラと交戦することになっても、勝とうが負けようが構わない。とにかく任務達成を最優先とする。しかし、だからと言って何も手を打たなければ奴と遭遇した時点で任務失敗の可能性は大きく高まる。

 

 遭遇を避ける方法を考えることもそうだが、やはり万が一戦闘になった際の対処法も考えなくてはならない。

 改めて彼は、資料に纏められている範囲内ではあるがアキラの手持ちポケモンに関する情報に目を通して、頭の中でシミュレーションを行う。

 

 最初に浮かんだのは、動員出来るだけのロケット団の残党を総動員して挑むことだが、正直に言って微妙な作戦だ。

 確かに確実に時間稼ぎや壁くらいにはなってくれそうだが、ただでさえ減っている残党の数を大きく減らしてしまうのは、現状では無視するにはマイナス面が大きい。

 彼らの実力を低く見積もって団員達が上手く立ち回れたと考え、囲い込む様にして彼らを包囲することまでは出来ても、結局は連れているポケモンの実力差で圧倒されるのが容易に想像出来る。

 だけど目的を達成するのに必要な時間は稼げるので、いざ戦いになったら上手く団員達が包囲して時間を稼げる様に指揮をする必要があるかもしれない。

 

 そこまで考えたカーツは、どうせ指揮を執る必要があるのなら下っ端の団員達ばかりに任せるのではなく、自分とシャムも戦いに加わったらどうなるのかも考え始めた。

 イツキとカリンと同様に、カーツ達も仮面の男に直々で鍛え上げられるだけでなくポケモンバトルの知識や技術も教わっている。下っ端達やシャムと協力して質と数を両立して戦えば奴らを退けられる――イメージは浮かばなかった。

 

 どんなに手を尽くしても、勝てるイメージが湧かない訳では無い。

 だがイツキやカリンが簡単に蹴散らされたことや資料に纏められている情報から考えても、どんなに上手く行っても今の自分達の実力と用意出来るであろう戦力では、真正面からアキラ率いるポケモン達と戦ったらどう足掻いても甚大な被害が出る。

 奴らを相手に正面から戦って勝てるとしたら、それこそ首領である仮面の男くらいだろう。

 しかし、首領は他にやることがある。何よりこの任務は自分達を信頼して任せたもの、手を借りる訳にはいかない。

 

 出来ることなら交戦は避けたいが、ついさっきエンジュシティに向かわせていた部下から、最近彼がエンジュシティをうろついているという報告があった。

 報告によると観光を楽しんでいる様に見えるが、時折周囲を警戒するかの様に見渡したりするなど明らかに何かを探っている様子があるらしい。

 どこかで計画が漏れた可能性も考えられるが、計画の重要性を考えると今の時期を逃す訳にはいかない。

 

 今回の作戦の目的を知っているのは、仮面の男と任せられた自分とシャムだけ、何かしらの動きをアキラが察知したとしても流石に目的までは知られていない筈だ。

 しかし、どうすればアキラと遭遇して交戦することになったら、彼が連れている強力な()()()()()を止めることが出来るのか。

 その方法が彼には全く浮かばなかった。

 

「………ポケモン?」

 

 悩みに悩んでいたが、唐突に彼はあることに気付く。

 手持ちの実力や厄介さ、そして戦歴にばかり注目していたが、肝心の彼らを率いるトレーナーはどうなのだろうか。

 改めてカーツは、仮面の男から渡された資料に添えられていたアキラが写っている写真を見る。

 

 よく知らない者でも写真を見るだけでポケモン達は”強そう”な印象を抱くが、彼らを率いるトレーナーであるアキラは連れているポケモン達の強烈な個性に反して、目立った個性は感じられないだけでなくあまり()()()()()()()()()

 そして現在のアキラの年齢は十三歳――つまり十代前半の子どもだ。

 

 そのことに考えが至った途端、カーツの頭は光明を見出すと同時に瞬く間に働き始めた。

 

 

 

 

 

「うおっ!」

 

 かなりの勢いで飛んで来た赤い姿に驚きながらも、巻き込まれない様にアキラは一緒にいた他の手持ちと一緒に急いで避ける。

 飛んで来たひふきポケモンのブーバーは、さっきまでアキラ達がいた場所に落ちると勢いが止まるまで全身を強く打ち付けながら転げていく。

 

 現在アキラはタンバジムの鍛錬場を利用して、定期的に実施している手持ち同士の模擬戦を行っていた。

 今行っている模擬戦の組み合わせは、今吹き飛んで来たブーバーとカイリューだ。

 両者とも手持ちに加わった頃から好戦的な性格に比例した高い戦闘力を有しており、今ではアキラが連れている手持ちの中では二強とも言える。

 そしてゲンガーとヤドキングに負けず劣らず互いにライバル意識を抱いている為、模擬戦ではかなり激しくなるどころか時には手持ち同士でありながら死闘と言っても過言では無い戦いを繰り広げる組み合わせでもあった。

 

 そんな二匹だが、ハクリューの頃は両者の戦績は五分五分ではあったものの、カイリューに進化してからブーバーは大きく負け越す様になっていた。

 能力的に大きく負けてしまっていることもあるが、一番の原因はブーバーがドラゴンタイプに対して有効打になり得る技を覚えていなかったからだ。

 だけど最近はかつての様に勝ったり負けたりまではいかないが、それでもカイリューを後一歩の段階まで追い詰める機会が増えて来ていた。

 

 一番の理由は”めざめるパワー”のこおりタイプが使える様になったことだが、ブーバーはそれだけでは満足しなかった。

 今も諦めずに試行錯誤を重ねている特定能力の強化法の模索を続けるだけでなく、”めざめるパワー”のエネルギーを上手く手に纏わせることで、疑似的な”れいとうパンチ”と呼べるものさえ身に付けたのだ。

 元々は、アキラが教えていた”めざめるパワー”の威力不足を補う意図で殴ると同時に”めざめるパワー”を放つやり方が原形になっているが、彼が考える以上にもっと高度な応用にブーバーは仕上げていた。

 それがどれだけ有効だったのかは、戦っていたカイリューが息をする度に肩を激しく上下させる程に消耗しているのだから一目瞭然だ。

 

 もしドラゴンポケモンがひふきポケモンの動きを読んで賭けに出なかったら、今回の模擬戦は久し振りのブーバーの勝利だったかもしれない。

 実際さっきまでブーバーは、結構なダメージを受けていた筈にも関わらず、最後の足掻きと言わんばかりの怒涛の勢いでの殴る蹴るの連続攻撃でカイリューを滅多打ちにしていた。

 近距離での肉弾戦に関しては、シジマの元で修業したことや体格が人型なのも相俟って、今ではブーバーはかくとうタイプのポケモンと同レベルの格闘術と体捌きだ。しかも”ふといホネ”などの武器を使う為、動きを鈍らせたり隙を見せればカイリューと言えどボコボコにされる。

 

 何とか逆転に成功したカイリューではあったが、息を整えながらまだ倒れ込んでいるブーバーに対して油断なく構えていた。

 そしてブーバー自身も”ふといホネ”を支えにして立ち上がろうとするが、度重なるダメージと最後に受けた反撃が重かったのか、そのまま力無く伏せてしまう。

 

「バーット戦闘不能。よってこの勝負はリュットの勝ち」

 

 ブーバーが力尽きたのを確認して、アキラはカイリューの勝利を宣言する。

 すぐに見守っていた他のアキラの手持ちやジムの手伝いをしているバルキー達がブーバーを担架で運び、アキラも力が抜けて座り込んだカイリューに”すごいキズぐすり”などの回復アイテムを傷や疲労箇所に噴き掛けていく。

 

 タンバジムでの修業でブーバーは更なる力を身に付けているが、カイリューも進化してからもその力に胡坐を掻くことなく絶えず鍛錬や新技の習得を重ねてきている。

 ”めざめるパワー”という大きな武器をブーバーが得た様に、扱いには難儀しているので今回は使わなかったが、カイリューもこの数日の間にようやく”げきりん”を我が物とした。

 モンスターボールには戻さず、”げきりん”を使える状態を維持し続ける”ものまね”を活用したアキラ流の新技習得法である”体に覚えさせる”作戦が今回も上手く行ったのだ。

 ”げきりん”を維持する都合上モンスターボールには戻せないので、他の手持ちがポケモンセンターなどの施設で回復しているのにカイリューだけは”すごいキズぐすり”や”ピーピーマックス”などのアイテムを使って傷を癒したり自然回復を待つなどの苦労した部分もあったが、それだけの苦労を重ねる価値は大いにあった。

 

 一通りカイリューの表面上の回復を終えると、アキラは今回の模擬戦の戦績を記録する前に荒れた鍛錬場を整備するポケモン達の姿を見つめながら、これまでの出来事を振り返る。

 

 数日前に彼はエンジュシティを訪れて色んなところを見て回ったが、特にこれと言った異変は確認出来なかった。

 あったとしたら街中や観光名所などで、警察らしき人達が制服私服問わずに多く見掛けたことくらいだ。

 シジマを始めとしたジムリーダーを経由して、各地でロケット団に対する警戒が広まっているのだ。これだけ警戒している状態で何かをやらかすのは流石に無いと思いたい。

 仮にやるとすれば、かなり大規模になると思われるが、全盛期ならともかく残党ではそこまでの戦力を出すのは難しいだろう。

 だけど、そんなロケット団以外にどうしてもアキラとしては気になって仕方ないことがあった。

 

 それはエンジュシティの観光名所として有名な”スズの塔”と”焼けた塔”だ。

 中でも”スズの塔”は、ジョウト地方の伝説のポケモンであるホウオウと縁が深い建物なのが知られているが、彼としてはそっちよりも気になるものがあった。

 彼が気にしているのは、そのホウオウと関係が深いスイクン、エンテイ、ライコウの三匹の伝説のポケモンの行方だ。

 ホウオウやルギアがヤナギに捕獲されて戦力になってしまうことを考えると、少し格は劣るが同じ伝説のポケモンである三匹の力はどうしても借りたい。

 この世界ではヤナギによって封印されている記憶があるので、早い段階でその封印を解いてあげたかったのだが、三匹は一体どこに封印されているかの記憶が完全に曖昧なのだ。

 なので現地での伝承などの資料を基にある程度は記憶と辻褄合わせはしたものの、”焼けた塔”のどこかで止まっていた。

 

 ゲームでは”焼けた塔”の地下に三匹は眠っている扱いだった様な気はするが、残念なことにこの世界の”焼けた塔”にはそんな地下空間は存在していない。

 イエローと四天王との戦いの時の様に肝心な出来事を見ていないが故に知らなかったり、忘れてしまっているのがここでも大きく響いていた。

 封印を解いたのはイエローだったのはぼんやり憶えているので、いざとなったら彼女に事情を話して封印を解いたのに関係しているかは全然知らないが、持ち前のトキワの森の力を使うなどして如何にかして貰うしかない。

 

 そんなことを考えていたら、整地が終わったのか模擬戦の準備が出来たのでアキラは次の対戦の組み合わせを確認する。

 次の対戦カードは、ゲンガーとヤドキングだ。

 この二匹も互いに強いライバル意識を抱いており、先程のカイリューとブーバー同様に今回も激しい戦いを繰り広げることが想定される。

 

 次の戦いも整地で済む範囲で留めて欲しいな、と力が付いたが故の悩みを頭に浮かべていた時、突然ドーブルが悲鳴にも似た驚きの声を上げたのが彼の耳に聞こえた。

 一体何があったのかと振り返ってみると、彼女が手にしていた()()()()がおかしな動きをし始めていたのだ。

 それはドーブルが持つ”まがったスプーン”では無く、アキラがシロガネ山でナツメから貰った”運命のスプーン”だった。

 

 ”運命のスプーン”は何もしないまま放置すると効力を失うので、長期間使いたいのなら定期的にエスパータイプのエネルギーを注ぐ必要があるとアキラはナツメから説明を受けている。

 なのでエスパータイプの技やエネルギーを使えるヤドキングなどの三匹に交代で定期的に念の力を込めさせていたが、シロガネ山から下山してからはスプーンはジョウト地方の方角しか示さず、そのジョウト地方に足を踏み入れてからは何も反応を示さなくなった。

 その”運命のスプーン”が曲がったのだ。

 

「模擬戦は一旦中止だ。全員外に出る準備と戦いに備えてくれ」

 

 すぐにアキラは模擬戦の中止と次にするべき行動を手持ちに伝える。

 一転して有無を言わせない雰囲気に変わったアキラに、ゲンガーとヤドキングは不満の色を見せる事なく彼の言う通りにする。

 ドーブルが差し出した”運命のスプーン”を受け取ると、アキラはその曲がっている方角を確認する為に動く。方角は何となく覚えはあったが、念の為地図と照らし合わせて確認したいのだ。そして地図は自分の荷物の中にある。

 鍛錬場から出たアキラは縁側を音をなるべく立てずに早歩きで進んでいくが、そんな彼の目の前に歩きながら汗をタオルで拭くシジマが姿を現した。

 

「せ、先生」

「どうしたアキラ。そんなに慌てているということは何かあったのか?」

 

 アキラの様子を見て、シジマはすぐに何かあったことを察する。

 彼はどうするべきか迷ったが、自身の記憶以外にも何か起こると言い切れる要素があったので、師に何があったのかを正直に話すことにした。

 

「以前お話ししたヤマブキジムのジムリーダーのナツメについての話を憶えていますでしょうか?」

「勿論だ。エスパータイムのジムリーダーで、お前やエリカ曰く”精度の高い未来予知”も使える超能力者だろ」

「その人から貰った”運命のスプーン”と呼ばれるものが、ある方角を示して曲がったのです」

「………どういうことだ?」

「失礼しました。”運命のスプーン”がどういうものなのか説明していませんでした。正確な効果は自分も把握し切れていないのですが、ナツメが言うにはスプーンが曲がった先には自分が()()()()()()()()()()何かしらの出来事があると言っていました」

 

 正確には主に自分が望んでいることや進むべき方角を示すのだが、その辺りは流石に少し誤魔化してアキラはシジマに”運命のスプーン”がどういうものなのかを説明する。

 しかし、アキラの説明を聞いてからシジマは難色を示す。

 

「そんなスプーンが示した方角に振り回されてどうする」

「え? いやしかし、ナツメの”運命のスプーン”の効果は本当に正確と言うか…」

 

 シジマの言い分は尤もではあるが、実際に経験した者からするとその精度や効力は本物なのだ。

 どうやって師を納得させようかとアキラは慌てるが、そんな彼の姿にシジマは呆れた様に息を吐く。

 

「改めて聞くが、そのスプーンは何を示すんだって?」

「えっと確か、自分が行かなければならない出来事とかそういう…」

「それはつまり戦いとか何かしらの事件ということか?」

「過去の経験的に…多分そうかと思われます」

「お前が行かなければならない戦いや事件か……仮にお前が行かなかったらどうなるんだ?」

「自分と同じ様に経験のある友人含めて一回もスプーンに逆らったことは無いのでわかりませんが、もし行かなかったら余計に――”酷いこと”になる可能性が考えられます」

 

 かつて四天王との戦いに備えて、レッドやグリーン、イエローと一緒にハナダジムで隠れて鍛錬していた時のことだ。

 クチバシティでロケット団の残党がサントアンヌ号を乗っ取った報道が流れた時、レッドは周りの制止を振り切って”運命のスプーン”が示す先であるクチバシティへ向かった。

 結果はロケット団どころかワタルを始めとした四天王達との総力戦へと発展したが、もしレッドがあの場にいなかったらどうなっていた考えるとゾッとする。

 

 アキラの推測に、シジマは呆れから悩ましいと言った表情に変わる。

 彼としては”運命のスプーン”と大それた名前ではあるが、そんな変わったスプーンの動きで自身の行動を決めてどうするんだというのが正直な気持ちだ。

 しかし、アキラが下山してからそのスプーンを渡したナツメとやらの警告を周りに教えてから、本当にジョウト地方各地で異変が起き始めている。

 

 そしてジムリーダーである自分の名の元にアキラに自由に動いたり戦う事を許可してから、彼は被害を未然に防いだり何かしらの有益な情報を持ち帰って来ていることを考えると無視するリスクも高い。

 少し時間は掛かったが、悩みに悩んだ末にシジマはある結論を下した。

 

「アキラ、すぐにそのスプーンが曲がった方角へ向かう準備をしろ」

「え!? 良いのですか?」

「良いも何もお前が行かないと余計に被害が大きくなる可能性があるんだろ? だが――」

 

 間を置いてから、シジマはアキラに短く告げた。

 

「俺も一緒に行く」




アキラ、シジマと共に運命のスプーンが示す先へ向かう。

アキラの経歴はその気になれば簡単に調べられますが、知名度も相俟ってそこまで手間を掛けて調べる人は少ないです。
後に出て来る悪の組織の幹部やロケット団三獣士の存在を考えると、意外と実力者でも一部以外は知名度も含めて目立っていないのかもしれません。


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想定外

「アキラ、本当にこの町なのか?」

「は、はい。この町に着いてから”運命のスプーン”は元に戻っているので、恐らくここが目的地だと思います」

 

 シジマの問い掛けに、アキラは手に持った”運命のスプーン”を見ながら自信無さげに答える。

 今二人は、スプーンが先を示し、そして元に戻った場所である木造建築が目立つ古風な町であるエンジュシティにカイリューに乗ってやって来ていた。

 まさか師も一緒に来てくれるとはアキラは思っていなかったが、この町でロケット団が何かを起こすことを考えると心強くもあった。

 どれだけ力を身に付けたり強くなったことを自覚しても、頼りになる存在は有り難いものだ。

 

「ロケット団か知らないが、このエンジュシティで何かが起こるのか…ならばマツバに会って話す必要があるな」

「マツバって、この町のジムリーダーですか?」

「そうだ。今回は着くまで場所はわからなかったが、もし場所がわかってもいたらマツバにも備える様に連絡出来ただろう」

 

 予め向かう場所がわかるのなら、事前にその町や近くにいるジムリーダーに連絡して警戒を促すことが出来る。

 そうすれば、万が一ロケット団が何か事件を起こしても迅速な解決が可能だ。そしてシジマとしては、ジムリーダーも何時でも動ける状態にすることで、強いとはいえまだ子どもであるアキラが戦いに遭遇する際の危険も減らすことが出来ると考えていた。

 今のジョウト各地の状況は、当初のシジマの想定を軽く超えていたが、それらに関わるアキラの働きも彼の予想を超えていた。

 

 わかってはいたがこの町に来る前の彼の様子を見れば、もし戦いに関わる許可を出さずに止める様に言っていたとしても、アキラとポケモン達が止まる事は無いとシジマは改めて理解した。

 なので今回彼がアキラに付いて来たのは、もしロケット団と遭遇したら彼がどんな風に戦っているのかをこの目で確かめることも意図にあった。

 エリカの話では単に考え無しに戦っている訳は無く引き際も見極めているらしいが、もし無謀だったり危ない戦い方をしているのなら、その辺りを指摘したり意識して改善する様に注意をしておかなければならない。

 そんなことを考えながら、シジマはアキラを連れてエンジュシティにあるマツバがジムリーダーを務めるエンジュジムへと足を動かす。

 

「あっ、先生待ってください」

 

 歩き始めたシジマの後をアキラが追い掛けようとした時、彼のすぐ傍を何台ものボックスカーが少し異様に速いスピードで走り抜けていき、思わず彼はその場から飛び退けた。

 この世界にも車は存在しているが、ポケモンやより高性能な個人用のエアバイクなどが存在しているので、何人もたくさん乗れる大型の車が複数走るのはかなり珍しい。

 

「あっぶないな。どこの団体さんだ」

 

 車のナンバーを覚えようと目を凝らすが、既に通り過ぎた車は曲がってしまって見ることは出来なかった。

 観光客なら観光バスを利用する筈だ。ボックスカーが何台もなると身内やご近所付き合いの集団なのかもしれない。しかし、どこか違和感を感じるところもあったが、道の向かい側で待っているシジマを待たせる訳にはいかないので急いで合流して付いて行く。

 

 エンジュシティにあるジムは観光客で賑わっている場所から離れたところにあるのか、歩いて行く内に人通りは少なくなっていく。

 町の様子は以前訪れた時と変わらず、観光客が多く賑わっており、警官かどうかはわからなくても周辺を警備していると見られる人が何人も見られた。

 他の街を見て回って気付いたことだが、この警戒している人が何人も見られるのはエンジュシティに限らず、ジョウト地方最大の都市であるコガネシティなどの多くの街でも似た様な感じだ。

 

 どこの町もロケット団に事件を起こされるのを未然に阻止し、かつてのカントー地方のヤマブキシティの様に町が丸ごと占拠される事態を防ごうとしている。

 このジョウト地方でのロケット団の暗躍が何時かは終わってくれることをアキラは知ってはいるが、自分以外は誰も何時終わるのかわからないロケット団の脅威に怯えたり、神経を尖らせている。

 

 全てを信じて貰えるのなら、ヤナギが黒幕だということを皆に教えて、その拠点があるかもしれない場所へジムリーダー達やレッド達と一緒に殴り込みに行って全てを終わらせたいくらいだ。

 だけど、それは元の世界で漫画と言う神様的な視点だったからこそ知る事が出来た情報と結果だ。そんな自分にしか正しさや正確さが理解出来ない情報など論外だし、何故そう考えたのかと言う誰もが納得出来る過程や客観的な証拠が無ければ、信じて貰うのは難しい。

 結構証拠が有りそうなマチスやナツメ、キョウさえもロケット団の幹部どころか関わっていた証拠が不十分扱いだったのだから、余程確固たるものでなければならない。

 色んな考えがアキラの頭を過ぎっては消えていくが、今回の戦いも早く終わって欲しい。

 そう彼が願った直後だった。

 

 突然、何かが爆発する様な大きな爆音が周囲に轟いたのだ。

 アキラとシジマは急いで音がした方へと振り返ると、その方角に見える町から黒煙らしきものが空へと昇っているのが見えた。

 しかも爆発は一回だけでなく、最初より小さいがその後も爆発する音が連続で轟き続けていた。

 

「どうやら、お前が言うスプーンが示すのは本当だったみたいだな」

「…えぇ」

 

 あまり嬉しく無い形での証明にアキラの返事も歯切れが悪かった。

 人々が行き交う町の中での爆発、記憶にある町そのものが壊滅するレベルの人為的な大地震と比べればマシかもしれないが、それでも大きな被害であることには変わりない。

 そして最初に起きた爆発と同じくらいの大きさの爆発が再び起こったタイミングで、アキラとシジマは今も黒煙が上がる町の方角へと走り始めた。

 

「アキラ! お前はマツバのところへ行ってこの事を知らせるんだ! さっきの道を真っ直ぐ進んだ先に大きな建物があるからすぐにわかる筈だ!」

「え!? 先生は!?」

「俺はジムリーダーだ! 自分のジムがある町では無いが人々を守る義務がある!」

「……わかりました。気を付けてください先生」

 

 それからアキラはモンスターボールからカイリューを出すと、素早くドラゴンポケモンの背に飛び移って彼らは空へと舞い上がった。

 反対方向へ飛んでいく彼らを見届ける間も無く、シジマは何が起こっているのかわからずに立ち止まっている人々の間を抜けて、今も尚爆発音や破壊の音が響く現場へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

「え!? マツバさんはいない!?」

 

 訪れた自分の対応しているお坊さんの様な姿のジムトレーナーからの説明にアキラは動揺する。

 カイリューに乗って数分も経たない内にエンジュジムに着いたアキラは、声を上げながら固い鉄製の扉を何度も殴り付けて、居るであろうジムリーダーマツバを呼ぼうとした。

 しかし、代わりに出て来たのジムトレーナーが言うには、ジムリーダーであるマツバは数日前に仕事の依頼で町を発っており、現在は不在だと言う。

 

「えっと、君はジム戦希望者なのかな?」

「全っ然違います!!! さっきエンジュシティの町で爆発が起こって大変なことになって、今先生――タンバジム・ジムリーダーのシジマ先生が対応しているんですよ!」

「え? 町が大変?」

 

 相手の察しの悪さに焦っていることも重なって、アキラとカイリューは揃って似た顔付きの苛立ちを見せる。

 何が起こっているのかを詳しく説明しようとした時、別のジムトレーナーが慌ててやって来た。

 

「大変だ! 今エンジュシティの町中でロケット団が暴れているって警察から連絡が!」

「え? ロケット団が何で?」

 

 どうやら対応しているジムトレーナーの察しが他より悪いだけらしい。

 自分の運の無さにアキラは肩を落としそうになったが、改めて説明する。

 

「だから言っているじゃないですか! 今さっきエンジュシティで爆発があって、それの対応の為にタンバジム・ジムリーダーのシジマ先生が動いているんです!」

「えぇ? 何でタンバジムのジムリーダーがこの町に来ているの?」

「そんなことは如何でも良いだろ。俺達も急いで行くぞ!」

 

 応援を要請する連絡もあったのか、エンジュジムに所属しているジムトレーナーらしき人達が何人も煙が上がっている方角へと走って行き、彼らの姿を見届けていたアキラとカイリューは互いに顔を合わせる。

 

「俺達も行こう」

 

 彼の言葉にカイリューも両手を鳴らしながら同意する。

 カイリューとしてはロケット団が何の目的で暴れているのかは知らないが、あの黒い服を着た連中が性懲りも無く悪事を働いていることを考えるだけでも腸が煮えくり返る様な怒りが込み上がっていた。

 今回も容赦はしないし逃がすつもりも無い。文字通り血祭りに上げてやる。

 息を荒くするドラゴンポケモンの背中にアキラは乗ろうとしたが、唐突にその動きを止めた。

 

「…ちょっと待って」

 

 今にも飛び出しそうなカイリューにそう告げると、アキラは真剣な目で頭を働かせ始めた。

 被害の規模はわからないが、確かに今も騒ぎが続いているエンジュシティの町中でロケット団が起こした出来事は大事件だ。

 

 だけど、その目的や狙いが全くわからない。

 

 今は全盛期よりも団員の数は減っている筈だ。一部の団員が勝手に暴れ始めたとしても、町中で派手にやる理由がわからない。

 それらの疑問に加えて、元の世界でこの世界を漫画として読んでいた時の記憶をアキラはエンジュシティでの出来事だけでなく、近い時期に起こる出来事まで含めて頭に浮かべた。

 

 ヤナギの最終的な目的はセレビィを手にすることだ。

 それにはホウオウとルギアの力が必須であること、そしてエンジュシティはこの二匹の伝説のポケモンと縁が深い町だ。けど直接的に関係があるのは、この町で一番の観光名所であると同時に少し離れたところにある”スズの塔”と”焼けた塔”だ。

 中でも”スズの塔”は、観光本やこの世界で読んだ本などの資料でも、ホウオウが降り立つ場所とされていて神聖視されている。

 

「まさか…」

 

 そこまで考えたことである可能性に気付いたアキラは、その視線を未だに煙が上がるエンジュシティの町では無く、更なる先に薄らと見える塔らしき建物へと向けた。

 

 

 

 

 

「町に向かった部隊より報告が有りました。陽動作戦を開始したとのことです」

「よし。そのまま警察共の注意を引き付ける様にしろ」

 

 連絡を受けた団員からの報告にカーツは指示を出すと、改めて周囲で動いている部下達の動きを見る。彼が今いる”スズの塔”の周辺では、黒尽くめの服の集団――ロケット団がある目的の為に数多く動いていた。

 警備をしていた者は数名いたが、それらはカーツとシャムの手によって負かされて、今は適当なところに縛り上げられて放置されている。

 

 彼らがロケット団の新首領である仮面の男から任された任務、それはホウオウが降り立つとされる”スズの塔”を攻撃することで、塔を住処と認識しているホウオウの帰巣本能を怒らせることで刺激して自分達の前に呼び寄せることだ。

 あくまでも仮説なので、本当にホウオウが降臨するとは限らないが、万が一姿を見せたら捕獲することも目的にあるので動員している団員達はかなりの数だ。

 

 エンジュジム・ジムリーダーであるマツバの留守を狙ったのも、伝説のポケモンとの交戦も想定に入れている関係上、下手に実力者と戦うことで消耗することを防ぎたかったからだ。

 そして先程の連絡を送って来たのは、警察などの他に障害になりそうな存在の注意を引き付ける為に陽動作戦を実行している団員達だ。

 何も知らない者からすれば、突然ロケット団が町を襲うのにパニックになりながらも対処に手一杯になり、本命が別にあるまで考えは回らないだろう。

 

 それがカーツが陽動作戦を実行した理由でもあった。

 今回の任務で彼らが最も警戒しているのは、ジムリーダーとは違って行動の自由度が高いだけでなく神出鬼没なアキラだ。

 これまで得た情報が正しければ、もしアキラが今この町に来ていたら、何かしらの事情が無い限り間違いなく騒ぎが起きている町の方へ向かうだろう。

 仮に町への襲撃が陽動だと気付いても、目の前で暴れているロケット団を見過ごす訳にはいかないだろうし、目的まで理解していなければ”スズの塔”が本命だとは思わないだろう。

 

 だけど油断は禁物。

 今は全ての作戦が順調且つ上手くいっているが、まだアキラの目撃情報は無いのだ。

 何が起きようと任務をやり遂げるまでは一切気を緩めるつもりは無い。

 そう決意を新たにしていた時、陽動部隊からの連絡を担当していた団員が声を上げた。

 

「大変です! タンバジムのジムリーダーであるシジマらしきトレーナーが警察に加勢しているとの報告が!」

「何!?」

 

 全く予想していなかった報告にカーツは驚きを露わにする。

 エンジュジムのジムリーダーであるマツバが今町にいないことは確認済みだが、何故遠く離れたタンバジムのジムリーダーがエンジュシティにいるのか。

 

 そこまで考えた時、最近知ったある情報がカーツの脳裏を過ぎる。

 タンバジムのジムリーダーのシジマは、今彼が最も警戒しているアキラが師事している人物だ。

 海を越えた先のタンバシティでジムリーダーを務めているシジマがエンジュシティに来る理由など、弟子のアキラがエンジュシティで何かが起こる事を教えて連れて来た以外に考えられない。

 

「他に何か報告は!? シジマと一緒に青い帽子を被った少年、事前に教えたポケモンを率いる少年は見たのか!?」

「いえ、その様な報告は…」

「クソ!」

 

 想定外の事態が起こることは頭に入れていたが、まさか警戒対象が二名に増えるとは思っていなかった。

 警察だけならまだしも、自分達でも本気を出したジムリーダーが相手では苦戦は必至だ。ジムリーダーが警察に加勢したのなら、今町で陽動として暴れている下っ端達ではまず勝てない。

 思っていたよりも時間を稼ぐことは出来ないかもしれないが、カーツが問題視しているのはシジマが現れたのにも関わらず、彼を連れて来たと思われるアキラの姿が報告されないことだ。

 

 師匠と弟子、師の方が姿を見せているのに弟子の方が姿を見せない理由は一体何なのか。

 その理由についてカーツが急いで考え始めた、その時だった。

 何かが”スズの塔”の近くに轟音と共に土を舞い上げて落ちてきたのだ。

 

「――まさか…」

 

 半信半疑ではあったが、悪い可能性の方に思考が傾いていたカーツは土煙の中に紛れて見える巨大な影に冷や汗を流す。

 やがて衝撃で舞い上がった土が収まると、余程の勢いだったのか蜘蛛の巣状に割れた地面の中心に、三点着地の姿勢で降り立ったドラゴンポケモン――カイリューがその姿を見せた。

 

「…来てしまったわね」

「あぁ……()()()()()()()だ」

 

 カイリューが姿を見せた時点で、カーツとシャムは悟った。

 最も警戒すべき存在――アキラがこの場に現れたのだ。

 

 体を起き上がらせたカイリューは、目の前に大勢いるロケット団の姿を目にしたからなのか荒々しく息を吐くが、背から降りたアキラはロケット団の数よりもまだ何も起きていなさそうなことに少しホッとしていた。

 今この間にも、エンジュシティではロケット団が暴れるなどの被害は出ているが、それでもまだ記憶にある町全体が崩壊する様な大災害は起こされていない。

 これから奴らがその大災害を起こすところだったかもしれないが、何がともあれアキラの視線は大勢いるロケット団の中でも異なる服装をしている男女二人へと向けられる。

 

 前にカイリューが片付けたロケット団や今目の前に大勢いる下っ端達とは明らかに違う雰囲気。

 イツキとカリンとは違って、アキラは名前を殆ど憶えていなかった。元の世界で該当する話を見れば思い出せるかもしれないが、知らないと言っても変わりないくらい思い出せないとなると、恐らく元の世界ではあまり印象に残る活躍をしていないからだと思われる。けど、一目でアキラはその二人が、ロケット団三幹部に相当する存在だと察した。

 

「ロケット団、何が目的かは知らないけどここが本命だな」

 

 アキラの確信を突いた発言に、ただでさえ動揺していた団員達だけでなく、幹部であるカーツとシャムにも緊張が走った。

 何故目的も知らない筈なのに、この”スズの塔”が本命と彼は考えたのか。偶然にしては明らかにおかしい。まさか奴も”スズの塔”に関して、普通は知られていない情報を知っているからこの場所が怪しいと見て駆け付けたのか。

 様々な考えがカーツの頭の中を過ぎっていくが、まさかアキラが忘れ気味であるとはいえ今のロケット団を率いるリーダーの目的やここが伝説のポケモンと縁が深い場所だと知っていたからこそ来たとは、夢にも思わないだろう。

 

「…シャム」

「えぇ、総員戦闘態勢!!」

 

 アキラが幹部と見た女――シャムが声を上げると、周囲にいた団員達は各々自らが連れている手持ちポケモンを出す。

 それらの動きに注意しながら、アキラはポケギアを取り出して一緒に来ているシジマに連絡を試みていた。

 

 自分一人で動いているのなら、後で何があったのかを報告するだけで良いが、今回は急いでいたとはいえ一緒に来ているのにシジマに知らせること無く”スズの塔”に来てしまった。

 だからこそ、ロケット団が他にいることを教えるついでに状況報告もしようと考えていたが、通信状態が悪いのか出る暇が無いのか知らないが繋がらなかった。

 後で怒られそうな気はするが、今自分達が駆け付けていなかったら、奴らは記憶にある様な大災害を人為的に起こすだろう。そのことを考えると、後で師からの雷が落ちようと説教が待っていることなど気にならない。

 

 ポケギアでの連絡を諦めると、彼はカイリュー以外の手持ち全員をモンスターボールから出す。

 今回アキラは、大規模戦闘を想定して六匹だけでなく全ての手持ちである九匹を連れている。そしてこれから起きる戦いは、以前の様に偶然ロケット団を見つけた訳でも無ければ、ウバメの森の様に後輩の三匹の成長を促す時でも無い。

 

 出て来てから戦う気満々である手持ちポケモン達の調子を確認したアキラは、次に目の前に立ち塞がるロケット団の大軍勢に目を向ける。

 下っ端達が出したポケモンの数は、パッと見でも百に迫るのでは無いかと思える程だ。ところが一匹一匹詳しく観察していくと、どれも以前カイリューが叩きのめした団員達が連れていた個体よりレベルが低く見えた。

 戦いは何が起こるかわからないもの、油断してはいけないと思っているが、正直に言うと一年前クチバシティで市街戦を繰り広げた四天王の軍勢の方がずっと手強い印象だ。

 だけど相手はロケット団の大軍勢だ。過去の経験や状況的に、一年前のクチバシティでの決戦と同じだ。出し惜しみは一切しない。

 

「好きに暴れて良いけど、互いの背を守ったりするのは忘れない様にな」

 

 アキラが伝えた言葉にゲンガーは喜び、ブーバーも模擬戦のダメージや疲労が抜けていない筈なのに敵を見据えながら体の各部の凝りを解す。

 最近はカイリューや後輩の面々ばかりが戦っていたので、ようやく自分達にもロケット団と戦う機会が来たことに気合が入っていた。

 新世代の三匹――特にサナギラスはロケット団が用意した戦力の数に緊張していたが、すぐにでも彼らを守れる位置取りでエレブーとサンドパンも堂々とした様子で構える。

 

 ロケット団の軍勢の動向と何時でも戦える準備を整えた手持ち達の様子にアキラは注意を向けていたが、妙に一部の手持ちに気合が入っているのが少し気になった。

 カイリューやゲンガーならわかるが、そこまで好戦的では無いエレブーやサンドパンも何時も以上に真剣で体に力が入っているのだ。

 一体何故なのかとアキラは少し考えるが、彼らとロケット団を交互に見ている内に唐突にある事を彼は思い出した。

 

 それは三年前、自分がこの世界にやって来て間もない頃にこの世界で出会った保護者と一緒に登ったオツキミ山でロケット団と遭遇してしまった出来事だ。

 あの時は、今回の様に自分から首を突っ込んだ訳では無い不運な遭遇だったが、今と同じかそれ以上の数のロケット団を相手にして命辛々逃げ切った。

 

 当時の経験をしたのは、自分以外にこの場ではカイリューとゲンガー、そしてサンドパンにエレブーの四匹だけだ。

 あの頃は進化する前のミニリュウとゴースは自分本位に好き勝手に暴れ、エレブーはとにかく自分の身を守ることしか頭に無く、サンドに至っては力不足でアキラと同じく逃げ回るしか無かった。それが今では、感情を高ぶらせながらも仲間達と足並みを揃え、自分よりも誰かを守ることを考え、そして共に戦うのに十分な力を身に付けた。

 感傷に浸っている様な状況では無いのだが、今の彼らの気持ちを考えるとアキラは何だか感慨深くなった。

 

 彼らはあの時成し遂げられなかったことを成し遂げたいのだ。

 

 そうだと考えたアキラは、手持ちの後ろに立つのではなく自分もまた彼らと共に戦うという意思を表明するべく、横一列に並んでいるポケモン達の列に加わった。

 彼の不可解と言える動きに、対峙するロケット団達と彼らが連れるポケモン達の緊張が高まるが、彼の視線は幹部格と見た男女に向けられていた。

 今この場で自分達が一番警戒すべきなのは、幹部格の手持ちポケモン達だ。

 見た感じでは下っ端のポケモン達よりはずっと強いが、それでも今のカイリュー達ならば問題無く倒せるレベルだと直感的に彼は感じていた。

 まずは下っ端達の壁を突破して、真っ先に幹部が連れているポケモン達を倒す。

 そして、三年前は逃げることしか出来なかったロケット団を自分達の力だけで打ち負かす。

 

「皆準備は良いか? ――行くぞ!!!」

 

 アキラが合図の掛け声を上げた瞬間、カイリューは翼を大きく広げると同時に”ふといホネ”を手にしたブーバーと共に雄叫びを上げながら先陣を切り、少し遅れてゲンガーや他の手持ちポケモン達も駆け出す。

 

 

 筈だった。

 

 

 カイリュー達が動いた瞬間、突然彼らの体はまるで何かの発作が起きたかの様に跳ね上がる様な挙動を起こしたのだ。

 彼らの異変にアキラが気付いた直後、カイリューが、ブーバーが、戦意を漲らせて戦おうとしていた全ての手持ちがモンスターボールへと戻っていく。

 

「……え? なん…で?」

 

 全く予想していなかった事態にアキラは唖然とした言葉を漏らすのだった。




アキラ、過去を乗り越えるつもりで挑もうとするも思っていなかった事態に唖然とする。

次回、久し振りの大規模な戦いになります。


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成長の証明

 突然自分達に起こった事態が、アキラにはまるで理解出来なかった。

 何故カイリュー達が――彼らが急にモンスターボールに戻ってしまったのか。

 急いで腰に付けているボール越しに彼らの姿を見るが、彼らも何故戻ってしまったのかわかっていない様子だった。

 

「今がチャンスだ!!! 一気に畳み掛けろ!!」

 

 戸惑うアキラではあったが、理解する時間は無かった。

 彼が幹部格と見た女性――シャムが声を張り上げると、今度は逆にロケット団達が雄叫びを上げてポケモン達と大挙して押し寄せて来た。

 すぐにアキラはもう一度手持ちを召喚しようとするが、幾ら開閉スイッチを押しても彼らが出る気配は無かった。

 中にいるカイリュー達も内側からボールを殴ったり、蹴ったりしているので出る意思はあるのだがそれにも関わらずだ。

 

「クソ!」

 

 故障なのか、一時的なものなのか、それともロケット団が何かしらの妨害を行っているのか。いずれにせよ原因は定かではないが、アキラは一転して圧倒的不利な状況に追いやられたことを嫌でも理解した。

 キュウコンやデルビルなどのほのおタイプが”ひのこ”らしき火球を次々と撃ち出し、スリープが目に見えないが”ねんりき”と思われる技を放つ動きを見せる。

 ポケモンを出していないトレーナーでも容赦なく狙うロケット団の戦略にアキラは舌打ちをするが、目の前にいる敵の動きを強く意識した瞬間、彼の視界に映る世界の動きがゆっくり見える様になった。

 

 この独特の感覚は、この世界にやって来てから度々アキラが経験してきたものだ。

 四天王との戦い後は動体視力や観察眼が大幅に向上すると言った一部の感覚は残ったが、それでも今みたいな視界に映る光景と体感的に周りが遅く感じられる感覚だけは、どれだけ意識しても引き出せなかった。

 久し振りに体感出来る様になったということは、今の自分が絶体絶命の危機であることを体が認識しているからなのだろう。

 相変わらず走馬燈みたいな嬉しく無い状況で発揮される感覚だが、アキラは気にすることなく今回も余すことなく目の感覚を活かし切るつもりだった。

 

 すぐさま彼は、視界も含めてまるで自分だけが別の時間軸にいる様な錯覚を覚える感覚を活かして、飛んでくる敵の攻撃の軌道を見切ると同時に素早く体を横に跳ばして回避する。

 今の感覚が使えなくても避けられないものでは無かったが、ロケット団の攻撃はまだ続いた。

 

 鋭い風が頬を撫でた瞬間、何時の間にか横に回り込んでいたとびさそりポケモンのグライガーが、両腕の鋏の様な鋭い爪を振るってアキラに襲い掛かって来たのだ。

 まともに受ければ大怪我を負ってもおかしくない攻撃を、アキラは常人離れした反射神経で飛び退けるとすぐさま鋭敏化した目でグライガーの姿を視界に収める。

 目を通じて得られるあらゆる情報から、彼はグライガーの次の動きを瞬時に見抜いていき、次々と仕掛けられる攻撃を避けていく。

 

 シジマの元で体を鍛えて来たお陰で、ある程度まで必要以上に力を入れてもアキラの体は耐えられる様にはなったが、それでもハードな動きや負荷を与え続けたら流石に耐え切れない。

 現に今も彼は自らの意思で制限を掛けつつも、避けれるギリギリの段階まで身体能力を引き出すことを意識しているが、流石に長時間は保たない。

 避けながらどう乗り切ろうかと考えていた時、ガラガラとカラカラが手にしたホネを投擲する”ホネブーメラン”を放ってくるのが視界の片隅で見えた。

 

 並の人間を遥かに凌駕する身体能力と動体視力、そして周囲の動きが遅く感じられる感覚を活かすことで、得られた情報を素早く頭で処理したアキラは、あるタイミングでグライガー目掛けて飛び込む様に動く。

 グライガーは何の躊躇いも無く斬撃を繰り出してきたが、その軌道もアキラはどう動くかわかっていたので難なく躱す。

 飛び込ませた体を地面で前転させることで横を通り過ぎた彼をグライガーは追い掛けようとするが、飛んで来た”ホネブーメラン”のホネがグライガーに命中して、とびさそりポケモンは地面に落下する。

 

「やった!」

 

 同士討ち作戦が上手く行ったことにアキラは喜ぶが、彼に襲い掛かる脅威は他にもあった。

 

「くたばれ!!」

「!」

 

 今度はロケット団の団員が何人もアキラを取り押さえようとしたり、殴り掛かって来たのだ。

 自分の対処はポケモン任せと思っていたので油断していたが、極限まで研ぎ澄まされた反射神経で彼は伸ばされた無数の手を難なく避ける。

 それから流れる様に突き出された腕を掴んで足払いをすることで団員の体を宙に浮かせると、勢いを利用してアキラは殴り掛かった団員を他の団員目掛けて投げ飛ばした。

 

 さっき同士討ちをさせた様に、練習でも戯れでも無い状況下で自らの手でポケモンを攻撃することには躊躇いがあるのであまりやりたくない。だけど相手が同じ人間なら、アキラは一切手加減も躊躇はしない。

 故に今の彼にとって、ポケモンよりも人間の方が対応することは容易だ。

 身を守る為とはいえ、シジマから教わった技や技術をこんなことに使ったのを知られたら怒られそうな気はしたが、今は非常時だから使えるものは全て使うと意識を改める。

 

「こいつ意外と油断ならねえぞ。気を付けろ!」

「くそ、ポケモンが使えなければ後は楽勝だと思ったんだけどな」

 

 思っていた以上にアキラがしぶといのが意外だったのか、彼に投げ飛ばされた団員を含めた何名かが警戒を強める。

 けどアキラには、たった数名の団員の動向のみを気にしている余裕は無かった。気が付けば、先程の攻防の間に攻撃に参加しなかった団員とその手持ちが退路を断つ様に背後にも回り込んでおり、彼の逃げ道は完全に断たれていた。

 

 この状況を乗り切るには、一匹でも良いから手持ちをモンスターボールから出すことが確実だ。

 今は何故か正規の手段で出すことが出来ない状態だが、こんなこともあろうかとモンスターボールの開閉スイッチが正常に機能しなくても、強引にこじ開けて中のポケモンを出す非常時に使える開閉方法をアキラは知っている。

 だけどその手段を使うには、何とかしてロケット団から距離を置き、落ち着いてそれが行える状況にしなければ話は始まらない。

 

「どうした? 自慢の手持ちが使えないのがそんなに辛いのか?」

「カントー地方では油断したけど、お前らのヒーローごっこもここまでだ」

「ちょっと強いポケモンを連れているからって調子に乗りやがって、今更後悔しても遅いからな」

 

 自分達が圧倒的に有利な状況だからなのか、団員達はアキラに野次を飛ばしてくる。

 わかっていたつもりではあったが、どれだけ強いトレーナーと周りから称されても手持ちポケモンの力が借りることが出来なければトレーナーは脆いものだ。

 この状況だってカイリュー達がボールから出ていれば簡単に返り討ちに出来るが、今は彼らの力を借りることは出来ない。

 だけど、彼らの力が借りられないからと言って、何も出来ない訳では無い。

 

 出来ることが大きく減っただけだ。

 今の自分でもやれることは十分にある。このまま大人しくやられるつもりはアキラには無い。

 

 この一年、何の為にシジマの元に弟子入りして鍛錬を重ねて来たのか。

 

 一番の目的は自分の体を激しい戦いを繰り広げる手持ち達に付いて行ける様に鍛えたり、度の過ぎた力を発揮しても体を痛めない様にすることだ。

 けど優先度は低いのと想定していたのと少し違うが、手持ちに頼ることが出来ない状況を自力で乗り切れる様にするなどの自分だけでも出来ることを増やすことも目的にはあった。

 大きく息を吸い、吐きながらアキラは気持ちを落ち着けると同時に改めて全身のあらゆる感覚を研ぎ澄ませる。そして周囲を警戒しつつ、彼はさり気なく腰に付けたモンスターボールの一つを手に取った。

 もう一度開閉スイッチが機能していないから出せないのか確かめるつもりだったが、それを見た幹部格の男――アキラは知らないがカーツが叫んだ。

 

「奴にポケモンを出す暇を与えるな!!」

 

 その鬼気迫る声にアキラはきょとんとしたが、すぐに表情を引き締めた。

 もしかしたら反撃の切っ掛けを得られたかもしれない。

 そんな考えが脳裏を過ぎったが、指揮が良いのか声を上げてからすぐに取り囲んでいた団員達のポケモンが一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 火球に念の衝撃波、斬撃に投石、あらゆる攻撃が360度全方位からアキラに襲い掛かる。

 普通に受ければ重傷どころでは無いのやトレーナーを直接狙うなど許される事では無いが、ロケット団はそんなルールやモラルは気にしないし、そもそも勝手に戦いに首を突っ込んでいるアキラとしても腹は立つが文句を言うつもりは無い。

 

 一見すると打つ手がない様に見えなくも無いが、放たれる技の速度や系統が異なるからなのか、目を凝らせば避ける余地のある隙間がアキラの目には見えた。

 その隙間は、一歩間違えれば自分から相手の攻撃に当たりに行く様なものではあったが、何もせずに立っているよりはマシだ。

 アキラは持てる身体能力全てを活用して、比較的回避しやすい隙間があると判断した方角へと体を動かし、飛んでくる攻撃を多少掠りながらも体を捻らせたりして躱す。

 

「何だって!?」

 

 まさかほぼ無傷で乗り切られるとは思っていなかったのか、包囲していた多くの団員達は驚きを露わにする。

 これで少しは動きが鈍ってくれれば、その僅かな隙にモンスターボールの開閉を試みることが出来たが、それは叶わなかった。

 避ける際に体を飛び込ませたことでアキラと囲んでいる団員の一部との距離が目と鼻の先にまで縮まったことで、またしても彼を取り押さえようと動いたのだ。

 

 アキラはロケット団の手から逃れようとするが、その腕を掴まれてしまう。

 これで奴の動きを封じたと腕を掴んだ団員が考えた次の瞬間だった。

 

「ごふっ!?」

 

 突如として顎に強烈な衝撃が走り、団員の意識は飛び掛けた。

 アキラが即座に放った膝蹴りが団員の顎をかち上げる様に叩き込まれたのだ。

 周囲が状況を理解する間もなく、すぐにアキラは自らの体を軸に荒々しい雄叫びを上げながら力が抜けた団員の体を、掴んだ腕からまるでハンマー投げの様に激しく振り回す。

 その勢いは凄まじく、同じく彼を取り押さえようとした団員達も振り回される団員の体に巻き込まれる形で薙ぎ払われていく。

 

 自分達が相手しているのは人間の少年の筈

 

 先程のポケモンの攻撃を全て避け切った時と相俟って、あまりに異様な光景にロケット団だけでなくポケモン達も動きを止めてしまうが、最後にアキラは振り回した団員を力の限り勢い良く投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた団員がアキラを包囲している他の団員を巻き込んで倒れるが、それを見届けずに彼は投げ飛ばした方角へ駆け出した。

 

「何をしている! 包囲網の穴を塞げ!! 奴を止めるんだ!」

 

 動きが止まっている団員達に幹部からの喝が入り、すぐにロケット団は動く。

 アキラの背後を取っているポケモン達は再び攻撃を放ち、彼が走る先に出来た包囲網の穴を他の団員やその手持ちが立ち塞がる形で埋める。

 だが、それでもアキラは足を止めなかった。

 

「退けえええ!!!」

 

 吠える様にアキラが怒鳴ると、さっきまで暴れていた彼の姿を思い出したのか、ロケット団とポケモン達はその威圧感に気圧される。

 アキラは固まるロケット団のポケモン達をジャンプして跳び越えると、後ろにいた団員の一人の両肩を鷲掴みにする。

 押し倒すのかと思いきや、飛び付いた勢いのまま彼は両肩を掴んだ団員を基点にまるで体操選手の様に体をバネの様に跳ね上げさせて、囲んでいた団員達の頭上を跳び越したのだ。

 

 あまりに常人離れした身体能力と予想外過ぎる展開の連続を目の当たりにしたからなのか、包囲をしていたロケット団は一体何が起こったのか理解出来ていなかった。

 そして宙を舞っていたアキラは、バランスを取る様に体を何回も宙で前転させてから包囲網の外に体を屈めた姿勢で着地をする。

 そのタイミングに動こうとした団員もいたが、その直後にアキラを狙っていた筈の攻撃が彼らを襲い、それどころでは無くなった。

 

 味方からの予期せぬ攻撃を受けてパニックになるロケット団を余所に、アキラは立ち上がりながら頭に被っている青い帽子のズレを直しながら額に浮かんだ汗を拭う。

 本当はそんなことをやっている余裕は無い筈なのだが、何故か彼の表情は嬉しそうだった。

 

 昔の自分なら、恐らくあの包囲網を自力で突破することは出来なかった。自分でもわかるくらい、連れているポケモン達だけで無く自分自身も強くなれたことをこれ以上無く実感出来たことが彼にとって嬉しかったのだ。

 

「今度は、お前達が強くなったことを見せ付ける番だ」

 

 高揚とする気持ちを抑えながら、アキラはモンスターボールの一つを手にする。

 アキラが自身の成長を強く実感していたのと同じ時、手にしたボールの中にいた彼も似た様なことを考えていた。

 昔は力が無かったから何も出来ず、逃げ回ることしか出来なかった。だけど、たった今アキラが見せた様に今の自分は、もう抵抗するのが限界だったあの頃とは違う。

 

 あの頃なら想像が出来ないくらい、強くなれたのだから

 

 中にいる()()が呼び掛けに応える様に決意の眼差しをこちらに向けて頷いたのを見て、アキラは開閉スイッチを押しながら腕を掲げて叫んだ。

 

「”じわれ”だ!!!」

 

 その瞬間、開かなかったモンスターボールが開き、中からねずみポケモンのサンドパンが再び姿を現す。

 飛び出したサンドパンは体を激しく横に回転させながら勢いを付け、両爪を地面に突き刺して渾身の”じわれ”を放つ。その威力は普段の一直線の地割れを起こすレベルでは無く、彼らの視線の先に広がる地面を砕き、無数の地割れを起こす程のものだった。

 

 大きな揺れと地響きが轟き、足場が大きく崩れたり揺れるなどで多くのロケット団が怯み、多くの団員達のポケモンが地割れへと落ちていく。

 アキラも予想以上の破壊力を発揮した”じわれ”が引き起こす揺れでバランスを崩していたが、すぐに手に取った他のモンスターボールからカイリューとゲンガーを召喚した。

 

「ヘルガーとペルシアンを潰せ!!!」

 

 飛び出したカイリューはゲンガーを背に乗せると、”こうそくいどう”の瞬発力で踏み締めた地面を砕く程の力でロケットスタートを切った。

 ”じわれ”で滅茶苦茶に砕けた地面をスレスレで飛ぶ超低空飛行で、目の前を遮ったり邪魔するロケット団を衝撃波で吹き飛ばしたり、ポケモン達を跳ね飛ばしながら、一直線の最短ルートで離れたところにいる男女の幹部格と共にいるヘルガーとペルシアンの集団へ突貫する。

 さっきまで何故自分達の意思に反してボールに戻ってしまったのか訳が分からなかったが、今ならわかる。

 

 こいつらが原因だ。

 

 奴らが大きな声で吠えた瞬間、自分達の体は意思に反してその場から退いてしまった。

 どういう小細工を使ったのかは知らないが、ただ吠えられただけで退いてしまうなど冗談では無かった。

 今度は声を発する余裕すら与えるつもりは無かった。アキラが強くなったことを自分達に見せた様に、自分達も強くなったことを証明する。

 そして真っ直ぐ突貫するカイリューが今正に、幹部格が連れるヘルガーとペルシアンの集団に一撃を振り下ろそうとした瞬間、突然目の前をようがんポケモンのマグカルゴとおうじゃポケモンのヤドキングが放った水と炎が壁の様に目の前を遮った。

 

 強引に突破しても良かったが、その威力に思わずカイリューは急ブレーキを掛けると同時に地響きを起こしながら地に両足を付ける。

 それからカイリューは”りゅうのいかり”、飛び降りたゲンガーは”ナイトヘッド”にそれぞれ攻撃を切り替えようとするが、突如として体が硬直して動かなくなってしまった。

 

「ヘルガーとペルシアンを真っ先に潰しに来るとは、やはり戦いたくない相手だな」

「だが、簡単にはやらせない」

 

 カーツは冷や汗を掻いていたが、シャムはあまり不安を抱いていない様子だった。

 彼らの周りでは、既に何匹ものヘルガーとペルシアンは唸る様な低い声を発していた。

 その声が原因であることは二匹には明白だったが、何故か戦いたい意思に反して体が動かない。

 麻痺している訳では無いのに、体がそれに近いが経験したことが無い状態になっていることにカイリューとゲンガーの苛立ちが増す。

 

 そんな二匹から片時も目を離さず、カーツはアキラの動きに意識を向ける。

 他の手持ちも繰り出したのか、カーツとシャムが今回の作戦の為に連れて来た下っ端の団員達をアキラ達は圧倒していた。

 その光景から、仮に包囲出来たとしても結局は実力差で圧倒されると言う彼の嫌な予想は当たってしまっていた。

 だけど、今この場で目の前の二匹を倒せれば、まだ流れを変えられる可能性はある。

 

 今カイリューとゲンガーの動きを封じているのと、先程彼らを強制的にモンスターボールに戻したのは、どれも同じ”ほえる”と呼ばれる技によるものだ。

 一般的に”ほえる”は、大きな声で吠えることで相手に恐怖心を抱かせて追い払ったり、無理矢理モンスターボールに戻す効果があるとされている。

 しかし、通常の”ほえる”では好戦的で実力に自信のある個体が多いとされるアキラの手持ちには効き目は薄い。

 にも関わらず効果を発揮しているのは、二人がこの技の性質や効果を熟知して巧みに使いこなしているからだ。

 

 ”ほえる”が有する効果の本質は、”相手の戦意を奪う”ことだ。

 どれだけ好戦的だろうと高い実力を誇っていようと意思が強固であろうと、生き物である限り恐怖心などの危険を察知して生存を優先する本能が存在する。

 二人が使う”ほえる”は、そういう本能的なものを巧みに刺激しているのだ。

 

 さっきアキラの手持ち全てをモンスターボールに戻した時に放った”ほえる”は、一般的に知られている効果を更に強めて、彼らの意思に関係無く”逃げなくてはならない”と体に強く錯覚させたものだ。

 そして今目の前の二匹の動きを封じている”ほえる”では、無意識の内に戦意を削ることでその影響を強く受けやすい体が意思に反して戦うことを拒否するので、まるで金縛りにあったかの様に動きを封じることが出来る。

 

 この”ほえる”の応用は、仮面の男が得意とする戦法の一つであり、直々に教わった二人にとっても基本戦術であり十八番だ。

 

 本当ならもう一度先程の様に”ほえる”で無理矢理モンスターボールに戻してしまいたいが、距離が離れているのと下手に範囲を広げると他の団員にも影響が出てしまう為、まずは戦力的に最も厄介である目の前の二匹の動きを封じ込めて確実に仕留めることにした。

 マグカルゴとヤドキング、一部の吠えていないヘルガーとペルシアンは動けない二匹を一撃で仕留めるべく最大限の技をぶつけようとする。

 

 その直後だった。

 吠えていたヘルガーとペルシアンに次々と星型と先が鋭く尖った光弾が命中したのだ。

 

「!?」

 

 シャムとカーツは驚くが、すぐに光弾が飛んで来た方角へと目を向ける。

 その先には、なんとサンドパンが襲って来る団員達のポケモンの攻撃を躱しながら、まるで拳銃を構えるかの様に両手の爪をこちら向けていたのだ。

 

「嘘だろ…」

 

 思わずカーツは言葉を漏らす。

 確かにアキラが連れているサンドパンは、一般的なサンドパンの能力や長所に加えて”どくばり”に”スピードスター”などの飛び技を得意としていることは事前に得た情報でわかっている。

 だけど幾ら何でも距離的に離れているだけでなく、落ち着いて攻撃出来る状況でも無いにも関わらず、まるで狙撃手の様な正確さで当ててくるなど予想していなかったどころではなく信じられなかった。

 しかし、唖然としている余裕は無かった。何故なら”ほえる”が途切れてしまったことで、カイリューとゲンガーの動きを封じれなくなってしまったからだ。

 

「ッ! すぐに仕掛けろ!!」

 

 奴らを自由にさせたら終わり

 そのことはカーツだけでなくシャムも理解していたので、彼女はポケモン達に攻撃を急がせる。

 マグカルゴとヤドキングなどの彼らのポケモンは、慌てて準備していた攻撃を放とうとするが、目の前に立っているカイリューの様子が変わった。

 

 全身から黄緑色のオーラ――”げきりん”を燃え上がる業火を彷彿させる勢いで放ちながら纏うと、地面が砕ける程の力で踏み締めながら怒りの雄叫びを上げたのだ。

 声の大きさだけでなく、その姿と威圧感に鍛え上げられた彼らのポケモン達は気圧され、まるでさっきまで自分達が二匹仕掛けていた”ほえる”を受けたかの様に体が硬直してしまう。

 それは彼らのトレーナーであるカーツとシャムも同じであった。

 

 そして、その体が硬直した僅かな時間が彼らの命取りとなった。

 

 大振り、それも腕にあらん限りの力と”げきりん”のエネルギーを纏った右ストレートがマグカルゴに叩き込まれ、ようがんポケモンは何匹かのヘルガーを巻き込んで吹き飛ぶ。

 一喝されて怯むだけでなく、たったの一撃で何匹も蹴散らされたことにヤドキングは動揺するが、視線が殴り飛ばされたマグカルゴに向けられている間に何時の間にか近付いたゲンガーがその肩に触れてきた。

 気付いた瞬間、触れられた手から強烈な”10まんボルト”の電撃が放出され、苦手なでんきタイプの技をまともに受けてしまったヤドキングは全身から煙を上げながらフラつく。

 その姿にゲンガーは心底つまらなさそうな目を向ける。

 

 幾ら彼らにとって信じられないことが起こっているとしても、これが自分のライバルである同種だったら、受けた電撃を耐えるどころか逆に利用してきただろう。

 まあ、それ以前にそもそもこんなに簡単に動揺して無防備な姿を晒すのは勿論、それでも肩に触れさせることすら許さないだろう。

 見たことも無い技、或いは技術で翻弄されたが、それが使えなければ後は如何にでもなるレベルの相手だ。

 それからゲンガーは右手に影とゴーストタイプのエネルギーを球状に収束させ、自分達を手間取らせた怒りと共に”シャドーボール”をヤドキングの頭に叩き付ける様にぶつけ、おうじゃポケモンは地面が割れる程の勢いで顔から地面に打ち付けられるのだった。

 

 

 

 

 

 カイリューとゲンガーは本領を発揮していた頃、アキラは全ての手持ちを繰り出して、自分達を取り囲むロケット団を相手取っていた。

 数ではロケット団の方が圧倒的に勝っている筈なのだが、現実は数の差も全く物ともしないアキラのポケモン達が蹂躙していた。

 揶揄でも何でもなく、技だけでなく彼らがパンチやキックを繰り出したり、手にした武器を振るう度に、攻撃を受けたポケモンの体は吹き飛んだり宙を舞うのだ。

 

 だが当然、このままやられるのを良しとしない団員もいる。

 

「くたばれこのガキッ!!!」

 

 腕を振りかざしたロケット団の一人が、激しい乱戦の隙を見て背後からアキラに襲い掛かる。

 だが彼は振り返ることなく肘を団員の顔面に叩き込み、相手が怯んでいる間に振り返ると同時に鋭い回し蹴りを放つと、体を横にくの字に曲げた団員をそのまま蹴り飛ばした。

 さっきから何名もの団員が一発逆転を狙ってトレーナーであるアキラをポケモンの技で狙ったり、自力で襲い掛かったりしていたが、どれもアッサリ避けられるか今の様に呆気なく返り討ちに遭っていた。

 

 連れているポケモンだけでなく、トレーナー本人も子どもにも関わらず大人でも歯が立たないくらい強いなど、敵対するロケット団にとっては悪い冗談を通り越して悪夢の様なものだった。

 しかし当のアキラは、頻繁に肩や腕を解しつつ体の調子を気にするなど、少し疲れた様子を見せていた。

 エレブーやサナギラスなどが自分の周囲を固めてくれてはいるが、それでも敵の数は多いのでどうしても彼らでは防ぎ切れないこともある。その防ぎ切れないのが、ポケモンの技だったり、さっきの様に特攻を仕掛けて来るロケット団の団員だ。

 ポケモンの技なら余程無理して避けなければ体に掛かる負荷は少ないが、団員が相手だと自力で素早く片付ける為、どうしても瞬間的でも体が耐え切れなくなる限界ギリギリの身体能力を発揮して対応せざるを得ない。

 その為、アキラは疲労感だけでなく度の過ぎた負荷を掛ける度に体の各部に走る痛みでジワジワ消耗していた。

 

 けど、そこまでやった甲斐があったのか、ポケモンを嗾けて狙う時はあっても挑んでくる団員の数や頻度は目に見えて減っていた。

 勿論、この超人染みた身体能力は単に自分の身を守るだけには活用していない。両眼を忙しなく動かし、彼は最大の武器である鋭敏化した目と動体視力で周囲の状況を確認すると、目に見える世界がゆっくりと感じられる感覚を活かして瞬時に把握する。

 最初の出鼻こそ挫かれたが、何とか流れは引き戻せた。手持ちの暴れっぷりを見る限りでは、特に指示を出さずに今のままでも良さそうだ。

 距離の問題でカイリューとゲンガーにまで目を向けられていなかったのでピンチに気付くのに遅れたが、あちらの方も様子を見る限りはもう大丈夫だと見ていた。

 

「このまま一気に勝負を決めるぞ。思う存分暴れろ」

 

 ロケット団がここまで団員を動員してきたのだ。

 目的は知らなくても何か重要なものなのが考えられる。さっさと片付けて、落ち着いてシジマに連絡を取りたい。

 

 

 

 

 

 予想以上の厄介さ――否、強さにカーツは悔しさに歯を噛み締める。

 最初の”ほえる”による手持ち封じの策は上手く行った。だが、それから先のアキラが見せた対応が完全に予想外だった。

 まさか自力で団員達とそのポケモン達による攻撃を、”ほえる”の効果が途切れるまで逃げ切るどころか包囲網を突破するとは思っていなかった。

 

 ポケモントレーナーは、自分も含めてその強さの大半は連れているポケモンが担っている。

 特に年齢的にまだ子どもであるアキラは、手持ちさえ封じれば後は下っ端達でも如何にか出来ると思っていただけに、まさか大の大人でも全く歯が立たない程に強いのは想定外も良い所だ。

 

 背中の殻の一部が砕かれる程の大ダメージを受けて気絶しているマグカルゴをボールに戻した直後、カーツとシャムの足元にボロ雑巾同然にボコボコにされるだけでなく一部の爪や牙、角を折られたヘルガーとペルシアンが何匹か転がる。

 視線を前に向けると、腕を組んでふんぞり返るゲンガーに、その隣で顔だけでなく全身からも怒りを露わにしたカイリューが立っていた。

 ドラゴンポケモンの手には頭から鷲掴みされているヘルガー、足元にはシャムのヤドキングが踏み付けられていたが、どちらも意識が無いのか抵抗する気配は全く無い。それからカイリューは先に倒したヘルガーやペルシアン同様に、二匹を二人の足元にまで転がす勢いで蹴飛ばしたり投げ飛ばす。

 離れたところで戦っている仲間と同じ姿をした同種が相手でも二匹は全く容赦しなかった。

 

 二人は今まで培ってきた力の全てを駆使して本気で挑もうとしたが、一度暴れ始めた二匹の暴力的な強さは彼らの本領を発揮することすら許さず、瞬く間に手持ちを一蹴した。

 手持ちの大半は戦闘不能。用意した下っ端達残党勢力も壊滅を通り越して全滅するのも時間の問題だ。

 

 だけど、二人はこのまま逃げ帰るつもりは無い。

 まだ今回の任務の目的を果たしていないのだ。例えこの戦いに負けるとしても、任務だけは成し遂げるつもりだ。

 そしてその為の準備は既に整っている。

 

 目の前に立つ強大な二匹を見据え、意を決したカーツは特別なモンスターボールに収められた()()()()()()を開放した。

 

「いでよ! イノムー!!!」




アキラ、ピンチを乗り越えて逆転に成功するもロケット団が奥の手を出す。

もしも通常のボール開閉手段を封じられた時の対策は一応用意していましたが、実演する前に普通に乗り切りました。
作中でも描きましたが、アキラは相手が同じ人で且つそのつもりなら容赦はしません。


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業火の一撃

 ブーバーが力任せに振るった”ふといホネ”の一撃を顔面に受けて、スリープは他のポケモンや団員を巻き込みながら吹き飛ぶ。

 オニスズメやスピアーの空を飛べるポケモンやラッタの様に素早く動けるポケモンは、俊敏な動きで縦横無尽に地を駆けていくサンドパンが振るう爪の鋭い一閃や正確無比な射撃で次々とやられていく。

 一方的に暴れ続ける彼らの動きを少しでも止めるべく統率するトレーナーを狙おうとしても、攻撃の殆どはエレブーが”ひかりのかべ”や”リフレクター”に”まもる”を駆使して防ぎ、倒そうとしてもその豪腕で逆に返り討ちであった。

 そして今この瞬間にも、ヤドキングが起こした”うずしお”に何匹ものロケット団のポケモンが成す術も無く水の竜巻に巻き込まれる。

 

 他のサナギラスやカポエラー、ドーブルの三匹も、そこまで圧倒的では無いもののまるで歯が立たないくらい強く、数で勝っているとはいえ下っ端達には打つ手が無かった。

 最初にサンドパンが放った渾身の”じわれ”で足場は悪くなっていたが、それでもブーバーを始めとしたアキラのポケモン達の動きには支障は無かった。

 体を張って攻撃を防ぐ時があるエレブー以外には、ロケット団のポケモン達はまるでダメージらしいダメージを与えることが出来ず、成す術も無くやられていく。

 戦いが始まった時には百近くはいた筈のロケット団の手持ちは、今では半分以上が戦闘不能に追い込まれて全滅も時間の問題だ。

 

 そして彼らを率いるアキラは、バラバラではあるが自身の周りで持てる力を存分に振るう手持ちの動向に気を付けながら、必要とあれば何かしらのアドバイスを伝えることを心掛けていた。

 かつてはどれだけ最初は勢いに乗って圧倒出来ても、最終的には数の暴力で押されてきた自分達が、今では殆ど消耗するどころかペースも落とさずに戦えている。

 レベルが上がり、強力な技も使える様になったことも理由にあるが、何よりシジマの元に弟子入りしてから体を鍛える以外にも長時間戦える様に鍛えてきた成果が出ている。

 

 さっき手持ちを出せなかった時のアキラの動きも、シジマの元で体を適切な指導の下で鍛えることが出来たからこそ、加減しつつも体を壊すこと無く力を引き出せた。

 一年前、鋭敏化した目の感覚に振り回されたが故に陥ったスランプが、今の自分達が大きく飛躍する切っ掛けとなってくれた。

 

 手持ち全員が健在なのと今のペースを考えると、後数分もすればこの戦いは終わるだろう。

 全てのポケモンを戦闘不能にする形で無力化出来たら、これだけの数の団員達をどうやって同じ場所に留めておくことが出来るのかと考え始めた時、アキラは空気が冷たくなるのを感じた。

 五感と意識をその方向に向けると、遠くから放たれた大粒の雪交じりの暴風がカイリューとゲンガーが戦っていた方角から押し寄せて来ていたのだ。

 それがポケモンの技による”ふぶき”だと直感した直後、アキラの脳裏に仮面で素顔を隠した男――ヤナギの姿が過ぎった。

 

「全員可能な限り全力で身を守れ!!!」

 

 全員バラバラに戦っていたが、アキラの切羽詰まった荒げた声にすぐさま動いた。

 エレブー達はアキラと何匹かの仲間達の前に立ち、”まもる”による青く輝く光の壁を張って”ふぶき”から自身と仲間達の身を守り、ブーバーもカポエラーを後ろに下げて全身から炎を強めで溢れさせて”ふぶき”に対抗する。

 唐突に襲って来た猛烈な吹雪が、アキラ達が戦っていた周辺に激しく吹き荒れる。木々は枝を揺らしながら冷気で凍り付いていき、さっきまでアキラ達が戦っていた団員達の多くは巻き込まれて吹き飛んでいく。

 どうやら敵味方構わず放った攻撃らしかったが、結果的にアキラ達は無傷だったので味方の数を減らす悪手で終わった。

 しかし視線を少し上に向けると、さっきまで幹部格と見られる男女と戦っていた筈のカイリューが吹き飛ばされる形で宙を舞っているのが目に入った。

 

 今のカイリューにとって、こおりタイプの技はタイプ相性で考えると最も警戒すべき攻撃だ。

 それをまともに受けてしまった可能性がアキラの脳裏を過ぎったが、カイリューは空中で体を一回転させてバランスを整えると、体を後ろに滑らせながらアキラのすぐ近くに着地した。

 

「リュット、大丈夫か?」

 

 アキラの問い掛けに悔しそうに歯を食い縛りながらカイリューは頷く。

 ダメージは受けている様だが、さっき見た”ふぶき”の威力や規模を考えると意外と深刻では無かった。

 カイリューは”まもる”を覚えていないが、数秒だけなら物理的な防御が機能してくれる”しんぴのまもり”が使えるので、直前に使ったことで受けるダメージを減らしたのだろう。

 

「あれ? そういえばスットは…」

 

 一緒に戦っていた筈のゲンガーの姿がどこにも見られなかったが、良く見るとゲンガーはドラゴンポケモンの背中に貼り付く様にしがみ付いていた。

 カイリューは隠れる様に背にいるゲンガーを引き剥がそうとするが、手が伸びる前にシャドーポケモンは風の様にカイリューから離れる。

 どうやらゲンガーは、咄嗟にカイリューの背後に隠れることで直撃を防いだらしい。そしてドラゴンポケモンは、ある意味盾代わりにされたことに腹を立てている様でもあった。

 

「待て待て、喧嘩している場合じゃないぞ」

 

 アキラはカイリューとゲンガーの間に割って入るが、地響きと大きな揺れを絶え間なく起こしながら何かが彼らに迫ってきた。

 

 それは全身が分厚い毛に覆われたポケモンだった。

 しかも今この場で戦っていた中で一番大きいカイリューさえも、一回り以上も上回る巨大なポケモンだった。

 

 その姿にアキラはどこか見覚えを感じてはいたが、この世界に来てから初めて見るポケモンであるのと、過去に()()()()()()()()()()()()()()()()ことが重なりその巨体を目にした瞬間、警戒を最大限に高めた。

 

「あれはカーツ様とシャム様が今回の任務用に用意した()()()()()()じゃねえか!」

「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

 

 巨大ポケモンが何なのか知っているらしいロケット団の団員達は、我先に逃げるまではいかなくても次々と自分達から離れていく。

 そしてアキラは、団員達の言葉から巨大なポケモンがイノムーというポケモンなのを思い出す。

 

 名前さえ思い出せば、詳細な能力についてはわからなくてもどういうタイプのポケモンかはある程度わかる。

 イノムー、実際に見たことは無いがこの世界ではヤナギが連れている化け物染みた強さを誇るデリバードと並ぶウリムーの進化形のポケモン。タイプはこおり・じめんの二タイプ。

 どういう能力が優れているのかは殆ど記憶には無かったが、それよりもイノムーという種はカイリューよりも巨大だったのかがアキラは気になった。

 しかし、呑気にイノムーの能力分析を行っている暇は無かった。

 

 巨大イノムーは割れる様に砕けた足場の悪さを全く気にすることなく突進しながら、分厚い毛の下に隠れている口から先程吹き荒れたのと同じと思われる強烈な”ふぶき”を放ってきたのだ。

 体が巨大だからこそ秘めている力の大きさを感じさせる程の威力ではあったが、エレブーは落ち着いて特殊攻撃を防ぐと同時に受けるダメージを軽減する”ひかりのかべ”、カイリューは短時間だけ攻撃から身を守ると同時に状態異常を防ぐ”しんぴのまもり”、そしてサナギラスを含めた何匹かの”まもる”とその”ものまね”による性質の異なる三重の壁で、アキラ達は吹き荒れる猛吹雪を完全に防ぐ。

 そして”ふぶき”が途切れたタイミングに、左右それぞれにゲンガーとヤドキングらが飛び出して、”シャドーボール”や”みずでっぽう”などの飛び技で巨大イノムーを攻撃、その威力で少し後退させる。

 

 ここまでの攻防でアキラは、目の前の巨大イノムーは今まで戦った巨大ポケモンと比較すると、手に負えないくらい強いと言う訳では無さそうだと判断する。

 確かに攻撃を防いだ自分達の周り以外は、地面どころか草木が凍り付いていることから”ふぶき”の威力が窺える。

 だけど、軽い牽制も兼ねた攻撃を連続で受けたとはいえ耐えるのではなく後退するのなら、思っているよりは倒しやすいかもしれない。

 

 普通なら有り得ないことだが、アキラ達は巨大なポケモンと戦う事には慣れている。

 守りに徹していた面々も、巨大なイノムーが今まで経験した”巨大戦”とも言える戦いと比べたらそれ程では無いと見たのか攻勢に出ようとする。

 ところがイノムーの動向に目を凝らしていたアキラは、目の前の巨大ポケモンが何をしようとしているのかに気付き、声を張り上げた。

 

「全員一旦空へ逃げろ!!!」

 

 それと同時に、巨大イノムーはその巨体を跳ね上がらせる様に宙に浮かせると、重々しく体を叩き付ける様に地面を踏み締めた。

 その直後、尋常では無い大きな揺れと衝撃波が瞬く間に周囲に広がった。カイリューの傍にいたアキラを始めとした面々は空を飛べるドラゴンポケモンの体にしがみ付いたり、持ち前の身体能力で大きくジャンプ、或いは技の反動や力で体を宙へと浮かせて空へ退避する。

 アキラが声を上げたことで、彼らは巨大イノムーが仕掛けた”じしん”と思われる攻撃から免れることは出来たが、飛び上がったアキラ達の眼下では目を疑うことが起き始めていた。

 

 強烈なエネルギーが地中深くまで広がっているのか、木々の一部が根から倒れるだけでなくまるで地面が液状化でもしたのか沈み込んでいく様に沈下していくのだ。

 その影響は少し離れたところに建っていた”スズの塔”にまで及び、建物が一階部分から地面にめり込んでいく様に沈んでいく。

 確かに目から見えた巨大イノムーの動きから、強力な攻撃が繰り出されることは予期していたが、これ程までの力を発揮するとは思っていなかった。

 

「さっきの”じわれ”を利用されたか…」

 

 けど、冷静に考えれば僅かな時間しか溜めが無かったのにここまで威力を出せる筈が無い。

 何かしらの要因を利用してここまでの威力を発揮したと考えるなら、それは反撃の狼煙を上げる切っ掛けとなったサンドパンの”じわれ”だ。あの時サンドパンが放ったじめんタイプ最強の技は、普段よりも大きな力を引き出していた。

 たった今巨大イノムーが放った“じしん”も相当な威力だが、ここまで影響が今戦っている場を中心に広まってしまったのは、先程の”じわれ”によってこの辺りの地盤が脆くなってしまったことは否定出来ない。

 今の攻撃による被害や影響がどこまで広まっているかは知らないが、早めにイノムーを倒さなければ”じわれ”の影響が無くても、もっと大きな被害が出るだろう。

 

 すぐにでも巨大イノムーを倒すことを決意し、宙を舞っていた手持ち達と一緒に着地した時、アキラはある事に気付く。

 

 さっきまで居た幹部の二人はどこにいった?

 

 さっき団員達が口にしていたことを考えると、巨大イノムーを繰り出したのは奴らだと思われるが、少し離れたところにいた筈の幹部格の男女の姿がどこにもいない。

 それに周囲を見渡すと、まだ無事なロケット団やポケモン達がこの場から逃げる様に立ち去り始めており、誰も巨大イノムーに指示を出す様子も無い。

 それらが一体何を示すのか考えるまでも無かった。

 

「こいつは捨て駒か」

 

 あの巨大イノムーが暴れ始めるのが、彼らなりの退却の合図なのかもしれない。

 まさか、かなりの戦力である筈の巨大イノムーを捨て駒にこの場から退散するとは思っていなかった。

 単に幹部以外に巨大イノムーを制御出来るトレーナーがいなくて、味方さえも巻き込んで無差別に暴れる巨大ポケモンを回収出来なくなっただけかもしれないが。

 

 様々な考えがアキラの脳裏を過ぎっていくが、彼は普段以上に鋭敏化した視覚と時間の流れがゆっくり感じられる感覚を利用して周囲を見渡す。

 まだ逃げ遅れた団員はいるが、残っているのはブーバー達にやられたロケット団のポケモン達と巻き添えを食らって気絶したりしている団員達。立っているので戦う気があるのは、自分達と暴れている巨大イノムーくらいだ。

 

 そしてアキラの手持ち達は逃げるロケット団よりも、無秩序に暴れる巨大イノムーの方が脅威と判断したのか、カイリューもロケット団を余所にそちらを優先的に対応している。

 逃げる団員達も追撃したい気もするが、彼らの判断にはアキラも同意だ。

 

 アキラが危惧していたエンジュシティの町が大きな被害を受ける人為的な大災害、ロケット団の手によるものなのは覚えていたが具体的な原因まで思い出せなかったが、これでハッキリした。

 あの巨大イノムーが原因だ。

 今のところ被害は”スズの塔”と周辺の森だけではあるが、このまま奴を放置していたらどんどん被害は広がる。

 ならば、今すぐにでもイノムーを倒す必要がある。

 

「ヤドット、ブルット! ”うずしお”で奴の動きを封じるんだ。そして残った面々は動きを封じている間に最大火力で仕留めるんだ!」

 

 アキラが伝えた作戦を、戦っていた彼らはすぐに実行する。

 ヤドキングが両掌を胸の前に合わせて集中力を高め、ドーブルが手にした”まがったスプーン”を振ると、巨大イノムーの体を包み込む程の大きな”うずしお”が発生する。

 それを見てカイリュー達も動こうとするが、水の竜巻は瞬く間に凍り付き、雪交じりの暴風が吹き荒れると共に砕けた。

 再び吹き荒れる強烈な”ふぶき”に、攻撃態勢だったカイリューやブーバーなどの手持ちは弾かれる様に吹き飛び、同じ場所に留まれたのはサナギラスとカポエラーに彼らを守るべく二匹の前で体を張って立っていたエレブーだけだった。

 

 ”うずしお”から抜け出した巨大イノムーは、まだ無事であるでんげきポケモンを見つけるや地響きを起こしながら突進する。

 対するエレブーは、後ろにいたサナギラスとカポエラーに逃げる様に声を上げながら身振り手振りで伝えると、彼は地面を強く踏み締めて体の奥底からも力を引き出すかの様に全身から電流を激しく迸らせながら雄叫びを上げた。

 何が何でもここから一歩も退かないというエレブーなりの宣言だ。

 

 普段なら間違いなく頼もしい姿だが、相手はカイリューよりも巨大な上に体重も恐らく通常のイノムーの数倍だ。

 あの巨体で体重の乗った突進を受けては、幾らエレブーがシジマの元で鍛えた体で覚悟を決めても完全に止めることは難しいだろう。

 そしてエレブー自身もそれをわかっているからこそ、止め切れなかった場合も考えてサナギラス達に逃げる様に伝えたのだ。

 あの巨大イノムーの勢いを削ぐには、生半可な攻撃では無理だ。吹き飛ばされたりしてバラバラになった手持ち達の位置をアキラは把握すると、最適な手持ちと技をすぐに決めた。

 

「リュット”はかいこうせん!! サンットは倒さなくても良いから”じわれ”!」

 

 アキラの声に、二匹はすぐに応える。

 カイリューが口から破壊的な光線を放つと、あっという間に光線は巨大イノムーに命中すると同時に爆発を起こす。

 その威力に巨大イノムーの動きは鈍るが、続けて横からサンドパンが仕掛けた”じわれ”の亀裂がいのししポケモンを襲う。

 

 そのまま亀裂に呑み込まれてしまえば後が楽にもなったのだが、残念なことに巨大イノムーは”じわれ”には呑み込まれなかった。

 しかし、”はかいこうせん”の直撃に”じわれ”で大きく足場を悪くされて、脅威に感じていた突進はその面影を殆ど失っていた。

 それを見たエレブーは防御に徹するのではなく攻撃に方針を変えたのか、右手を強く握り締めた拳に先程体の奥底から引き出したエネルギーを集めていく。

 

 激しく雷鳴の様な音を響かせ、電流を迸らせながらエネルギーが込められていくにつれて、でんげきポケモンの右拳の輝きは増していく。

 今エレブーが放とうとしている技は、シジマの元で鍛錬を重ねたことで覚えた技であったが、ここから一歩も退かないというエレブーの覚悟と引き出されたエネルギーが普段以上に集中しているからなのか、規模は一回り大きかった。

 そして、大きく腕を引いたエレブーは歯を食い縛りながら力強く地面を踏み締めた瞬間、アキラはその技名を叫んだ。

 

「”ばくれつパンチ”!!!」

 

 腰にも力を入れながら、エレブーは自らの腕を痛めるのを覚悟の上で渾身の一撃を巨大イノムーに叩き込む。

 ”ばくれるパンチ”は命中すると同時に込められたエネルギーが爆裂する技だが、膨大な量のエネルギーを込めたからなのか、さっき命中したカイリューの”はかいこうせん”を凌ぐ大爆発が巨大イノムーの顔に炸裂する。

 そして殴り付けられた衝撃と相まって、いのししポケモンの巨体は吹き飛ぶ。

 

 エレブーが放った”ばくれつパンチ”はかくとうタイプの技だ。こおりタイプである巨大イノムーには、相性は良い筈だがアキラは油断していなかった。

 どこでロケット団がこの巨大なイノムーを捕獲したのか、個体として巨大なのか、何か理由があって巨大なのか。知りたいことは山の様にあるが、今は後回しだ。

 殴り付けたエレブーが本来なら無い筈の反動ダメージか何かで右腕を抑え付けている辺り、如何にエレブーが力を込めてあの技を放ったのかがよくわかる。

 しかし、それだけの力とエネルギーで殴り付けたにも関わらず、巨大イノムーはその巨体通りタフなのか横に転がっていた体を起こすと何故か大きな寝息を立て始めた。

 

「回復を許すな!!!」

 

 巨大イノムーの行動をすぐに理解したアキラは大声を上げる。あれはイブキのキングドラやレッドのカビゴンが使う”ねむる”だ。

 エレブーが腕を痛める程の勢いと覚悟で殴り付けたのに、そのダメージを無かったことにされる訳にはいかない。

 カイリュー、ブーバー、そしてカポエラーの三匹がイノムーに跳び掛かるが、突如として耳を塞ぎたくなる程の衝撃波を伴った大爆音を受けてまたしても三匹は跳ね返された。

 

 すぐにアキラは、それが眠っている時に使える”いびき”と呼ばれる技だと察する。

 レッドのカビゴン、イブキのキングドラが”ねごと”との併用で苦戦させられた経験がある為、”ねむる”に関することはかなり調べて来た。

 文字通り大きないびきを放って相手を攻撃する技だが、ここまで規模が大きくて接近するのが困難になるとは思っていなかった。

 

 ならば特殊攻撃による集中攻撃と考えたが、果たしてそれで倒すのにどれだけ時間が掛かるのかという懸念が頭を過ぎった。

 最終的に倒せるかもしれないが、倒すまでの間に被害がこの”スズの塔”付近だけでなく町にも及ぶ可能性がある。

 巨大なポケモン絡みで良い記憶があまり無かったことも相俟って、眠っていることで近付かなければ動きが殆ど無い今の内に”ある作戦”で一気に決めることを彼は決断する。

 

「全員一旦戻って!! そしてバーットとリュット! アレを試すぞ」

 

 アキラの呼び掛けに、彼の手持ちポケモン達はすぐに彼の元に集結する。

 全員集まったことをアキラは確認するが、名指しで呼ばれたカイリューとブーバーの二匹は揃って「アレじゃわかんねぇよ」と言いたげな顔を彼に向けていた。

 言葉が足りなかったと彼は反省すると、すぐに改めて二匹に伝えた。

 

「皆で練習していたデカイ技だ。すぐに準備をしてくれ」

 

 そこまで伝えて、ようやく二匹と聞いていた他のアキラのポケモン達も自分達がすべきことを悟り、すぐに動いた。

 カイリューとブーバーが誰よりも前面に出ると、ブーバーは両腕を高々と掲げながら空を仰ぐ。

 そんな二匹のすぐ後ろでは、ドーブルがまるで祈っているかの様に両手を固く握り締め、そんな彼女をゲンガーとヤドキングが見守る。

 他の面々は、巨大イノムーがこちらの準備が整う前に目覚めて攻めて来ることを警戒して守りを固めていた。

 

 巨大イノムーはまだ回復に時間が掛かっているのか、未だに寝息を立てて動く気配は無い。

 アキラとしては目覚める前に決着を付けるつもりなので、今起きられると折角の準備が台無しになるので気は抜けない。

 

 望んでもいないのに時間の進みが、体感的に数秒が何分にもアキラは感じられた。

 時間が掛かることはわかっていたことだが、実戦特有の空気も相俟って少し焦り始めた時、彼はこの一帯の()()()が強くなったのを肌で感じ取った。

 同時に両手を合わせていたドーブルの体から薄らとオーラみたいなのが現れ、見守っていたゲンガーとヤドキングにも同じ現象が起こる。

 そしてドーブルの体から発せられるのと似たオーラを纏った二匹は、ブーバーとカイリューの肩や背中に自身の手を触れさせると、そのオーラはまるで彼らに託される様に移った。

 

 機は熟した。

 

「全員リュットとバーットから離れて!」

 

 大きな声でアキラが呼び掛けると、二匹に触れていたゲンガーとヤドキング含めた他に警戒していた手持ち達も二匹から少し離れる。

 ”げきりん”とは異なるオーラを纏ったカイリューは息を荒々しく吐きながら敵を睨み、同じくオーラを受け継いだブーバーも天を仰ぎながら両手を掲げることを止めて巨大イノムーを見据える。

 カイリューとブーバー以外に周囲には誰もいない。そして視線の先で寝ている巨大イノムーの周囲には、倒れているロケット団の団員を含めて誰もいない。

 二匹は胸が大きく膨らむ程の勢いで大量の息を吸い込む。――後は合図を出すのみ。

 

「特大の炎を浴びせてやれ!!!」

 

 アキラが大声で合図を出すと同時に、二匹は同時に体を屈める形で力強く踏み込むと、その口から”かえんほうしゃ”の炎を放った。

 しかし、二匹の口から放たれた炎は爆発的な勢いで広がり、瞬く間に目の前の視界全てを埋め尽くす程の巨大な炎の波と化した。

 

 アキラが手持ちと練習していた”デカイ技”、それは何時か戦うであろうヤナギが使う強力な”ふぶき”などの大規模な氷技に対抗する為に編み出した炎技の合体攻撃だ。

 

 それは単に”かえんほうしゃ”を二匹が一斉に放つだけでは無く、今のアキラ達で出来るであろう準備をした最大級のものだ。

 まずはブーバーが覚えた”にほんばれ”によって、日差しを強めることでほのおタイプの威力を高めると同時に一帯に注がれる熱によってみずタイプやこおりタイプの力を弱める。

 更にドーブルが”せいちょう”と呼ばれるポケモンの特殊攻撃を上げる技を使うことで、自らの特殊攻撃に関する能力を最大限に高める。

 高めた能力は”じこあんじ”を覚えているゲンガーとヤドキングがコピーして、同じくドーブルが覚えている技である”バトンタッチ”を”ものまね”で使える様にすることで高めた能力をカイリューとブーバーに託す。

 そして高めた能力を引き継いだ二匹は、ほのおタイプの技を存分に発揮出来る環境下で最大にまで高めた特殊攻撃で”かえんほうしゃ”を放つ。

 

 本当なら手持ち全員で同じことをやった方が遥かに威力は上がる。

 しかし、それでは流石に時間が掛かり過ぎるのと威力が増し過ぎた炎を口から放つことでの反動で体内にダメージが及ぶなどの負担がある。

 その為、ほのおタイプであるブーバーと素の能力が高くて強靭な肉体を持つカイリューが主軸を担っている。

 

 有利な環境を整え、能力を最大限に高めると言った現状で考えられる手を尽くした上で放たれた二匹の”かえんほうしゃ”は、単に表面を焦がすどころか激しい火花を散らしながら地面を削る勢いで迫る。

 

 そして巨大イノムーも”ねむる”による体力回復が済んだのか、目覚めるや押し寄せる炎の壁に対抗して”ふぶき”を放つ。

 だが対ヤナギを想定してアキラが考案した最大火力の”かえんほうしゃ”の合体技は、いとも簡単に”ふぶき”を呑み込む形で押し切り、巨大イノムーの巨体は押し寄せる業火に呆気なく呑まれた。

 

 呑み込んでからも二匹は一切気を緩めなかったが、やがて萎む様に口から放たれていた炎は止まっていく。

 完全に口から炎が出なくなると、疲れた様にカイリューとブーバーは息を荒くするが、あまりの威力の高さ故に口内が焼けたのか炎が止まっても二匹の口からは煙が少しだけ上がっていた。

 

 そして二匹が炎を放った射線上は、言葉でどう表現したら良いのかアキラにはわからない光景が広がっていた。

 地面は熱で黒く染まるどころか穿ったかの様に抉れており、融けたのか所々で未だに熱せられた地面が赤い光を放っていた。

 練習ではタンバの海に向かって放っていたので、地上ではここまでとは少し予想していなかったが、視線の先に小さな点ではあるがアキラの視力でギリギリ認識出来る先に何かが見えた。

 

「…リュット、どうなったのか確認したいから連れて行って貰えないかな?」

 

 アキラは疲れているところを悪いと思いながらもカイリューに頼む。

 疲れた様に呼吸をしていたドラゴンポケモンではあったが、息を整えると彼の体を抱え込んで軽く飛翔する。

 しばらく宙を舞っていると、一直線に黒く焦げた地面の先に巨大な黒い物体が転がっているのがハッキリと見えて来た。

 

 それは先程の巨大イノムーだった。

 ”かえんほうしゃ”の業火に呑まれた後、全身を覆う分厚い毛は全て黒焦げになるまで焼かれ、炎の勢いに押されてここまで吹き飛ばされたのだ。

 近くに着地するとアキラはカイリューの手から離れて、目の前に転がっているいのししポケモンの様子を見ていく。

 

 普通のポケモンに対してぶつけるには過剰過ぎる火力ではあったが、巨大イノムーは意識が完全に飛んだ瀕死状態ではあった。

 アキラとしては今回仕掛けた合体技は、カイリューが時たまに引き出せる大技と同等かそれ以上と言っても良い威力と見立てている。

 しかし、ここまでやってもこれが本当にヤナギに通用するかはわからない。それに時間が掛かる複数の協力前提だったりと問題点も多いので、彼は今回使ったこの合体技の今後の実戦での改善点を考える。

 

 軽く一通り考えた後、アキラは改めて周囲を見渡してみるが、もう既に自分達以外の誰かがこの場にいる気配などは感じられなかった。

 先程までの喧騒とは一転してこの静寂、戦いは終わった――否、まだ戦いは終わっていない。

 

 ここだけでなくエンジュシティでシジマが――師が戦っている筈なのだ。

 この場にいたロケット団の多くは撤退したが、巨大イノムーが暴れるまでに自分達が倒して気絶している団員達は結構いる。

 一部の手持ちにそれらの団員の回収と監視を頼んで、自分とカイリューを含めた何匹かを連れて師の加勢へ向かおうかと考えた時、ポケットに入れていた彼のポケギアが鳴り始めた。

 こんな時に一体誰が連絡を、と思ったが、息を落ち着かせてからアキラはポケギアを取り出す。

 

「もしもし…」

『アキラか? お前は今どこで何をしているんだ?』

 

 電話の相手は、今アキラが加勢に向かおうと考えていたシジマであった。

 師は確か、エンジュシティの町中で暴れてるロケット団の対応をしていた筈だ。

 なのにこのタイミングに自分に連絡を入れるのであるなら、考えられる理由は一つだ。

 

「先生…エンジュシティでの騒ぎはどうなったのですか?」

『ロケット団が暴れていたが、警察や加勢してくれたトレーナー達のお陰で何とか抑えることは出来た』

「そうですか。――良かった」

 

 どうやら町の方でのロケット団は何とかなったらしい。

 何だか緊張の糸がプツンと音を立てて切れた様な気がしたが、アキラは気にせず自分の状況についてシジマに報告する。

 

「俺の方は……さっきまで”スズの塔”で企んでいるロケット団と戦っていました」

『”スズの塔”? 何でお前がそこにいるんだ?』

「先生が対処していた町で暴れていたのは恐らく陽動だったのです。幹部みたいな雰囲気を出した男女を見掛けましたので、本命は今自分がいる場所だったみたいです」

 

 町への被害はシジマ達の活躍で恐らくアキラが知っているよりは大きく抑えられたと思われるが、結果的に言えば”スズの塔”絡みでの企みを阻止出来たとは言い難いだろう。

 そもそも”スズの塔”に何の目的があったのか、アキラは知らないのでここが本命だと見ても狙いまではわからない。

 アキラが話す内容を一通り聞いたシジマは、電話越しでもわかるくらい大きなため息を吐く。

 

『理由は後で聞くが、大丈夫なのか?』

「えぇ、かなり疲れましたが大丈夫です」

 

 手持ちを封じられた時は結構ピンチではあったが、幸いなことに目立った外傷を負う事無く何とか乗り切れた。

 肉体が耐えられる限界ギリギリの力を瞬間的であるとはいえ何回も発揮したので目に見えない体の内側はまだ痛むが、少し休めば問題は無いだろう。

 

『こっちは後始末で時間が掛かりそうだが、迎えを向かわせようか?』

「ありがとうございます先生。出来れば警察の方も一緒にお願い出来ませんか? 自分が倒した団員が結構な人数いるみたいなので」

『結構な人数か…わかった。逃がさない様にな』

「はい。最後まで油断はしません」

 

 それを最後にシジマとの通話は切れ、改めてアキラが一息付いた時だった。

 

「ッ…」

 

 唐突に腕や足から感じる痛みとは異なる強い頭痛に襲われて、彼の足元がおぼつかなくなる。

 気が付けば、周囲の動きや時間の流れがゆっくりと見えたり感じられる感覚は消えていた。

 戦いは終わったのだと意識して認識したことで、体が無意識に抑え込んでいた痛みや疲労が一気に押し寄せて来たのだ。

 昔経験した頃よりは大分マシではあったが、それでも足に力が入らなく平衡感覚が曖昧になる。

 

 思わず倒れそうになるが、そんなアキラの背中を何かが支えてくれた。

 ぼんやりと顔を上げると、見下ろす形でこちらの顔を覗いているカイリューの姿が見えた。

 どうやらカイリューが腕で自分の背中を支えてくれているらしい。

 

「ごめんリュット。少し気が抜けてしまったみたい」

 

 軽く謝ると、カイリューはアキラを抱え上げて再び空を舞う。

 行き先はさっきまで自分達が居た場所ではあったが、カイリューとアキラが戻った頃には置いていった手持ちポケモン達は既に次の行動を取っていた。

 それは倒れていたロケット団とそのポケモン達を監視しやすい様に一箇所に集めることだ。

 途中から巨大イノムーを倒すことに集中していた為、逃げていくロケット団に追撃を仕掛けることは無かったが、それでも途中まで戦っていたのだ。

 

 気絶している仲間を回収する団員も居たが、それでもアキラ達が倒したり巻き込んで気絶に追い込んだ人数の方が多かったので、回収し切れずに倒れている団員をそこら中で見掛ける。

 アキラのポケモン達は、倒したロケット団の団員とそのポケモン達をまるで山を作る様に雑に積み上げていた。そして戻って来たカイリューは、ゆっくりと着地をすると静かにアキラの体を背から支えながら降ろす。

 

「ありがとうリュット……まだまだ俺も鍛えが足りないな」

 

 体の痛む箇所を抑えながら、カイリューに背を支えられたアキラは呟く。

 まだ全身の至る箇所で痛みはまだ残っていたが、頭痛などの耐え難い痛みは和らいではいた。

 最終的にはこちらの圧勝で終われたが、振り返ってみれば危うい点や改善はすぐに幾つでも浮かび上がる。

 特に周囲の動きがゆっくり見え、体感時間が長く感じられる感覚は是非とも自由に発揮出来る様になりたい力だが、まだまだ危機的状況で無い限り引き出せない力だ。

 それが手持ちを封じられた時に発揮されたということは、あれが今回の戦いで一番のピンチであったことを意味している。

 

 下っ端どころか幹部格さえも圧倒出来るのにどうも取りこぼしが多いのは、自分達には追撃戦の経験があまり無いからだろう。

 今まではどうやって逃げるのかを考える側だったのが、今ではどうやって逃さずに追い掛けるのかを考える側になった。

 そのことを今後自分は自覚しなければならないのだろう、とアキラは手持ち達の動きを眺めながら頭痛が残る頭でぼんやりと考えるのだった。




アキラ、スズの塔での戦いを制してロケット団を退ける。

昔に比べれば段違いに強くなっていますが、今までは逃げる手段ばかりを考えていたので、逆の立場である追撃は文字通り追い打ちを掛けるくらいしか出来ないのでアキラは少々苦手です。

申し訳ございませんが、今話で更新は一旦終了になります。
予定ではイツキとカリンとの戦いで連続更新は終わる予定でしたが、思いの外次の話がスラスラと書けたので今話まで更新出来ました。
次の更新で第三章を終えるのは難しいですが、そのくらいにアキラとヤナギとの小競り合いやら激突を予定しているつもりです。
目標としてはポケモンリーグ開催直前までと考えていますが、時間が掛かるようでしたらキリが良い所まで更新を再開致します。


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やって来た少年達

続きを待っている読者の方がいましたら、大変長らくお待たせしてすみません。
まだ更新予定の話の何話かが途中だったり見直していますが、進行状況的に更新中に書き切れると考えたので更新を再開しようと思います。
もし途中で止まってしまったらごめんなさい。

一年以上も更新が止まっていましたが、その間でも感想や評価を送ってくれる読者の方がいて本当に嬉しいです。
しばらくは更新し続けるので、読んでくれる読者の方が楽しんで頂けたらなによりです。


「こりゃひでぇや…」

 

 荒れた様子のエンジュシティを目の当たりにして、訪れたゴールドは少しだけ表情を曇らせる。

 来る前に見聞きした報道や聞こえて来る会話などからある程度想像はしていたが、実際に目にするとその酷さは想像以上だった。

 

 ロケット団が暴れていたと思われる場所は、倒壊こそしていなかったが多くの建物が破壊されており、道路にはガラス片や壊された建物の一部が瓦礫として転がっていた。

 付近には警察や町の人達がポケモン達と協力し合って、それらの瓦礫の撤去や逃げ遅れた人や負傷した人はいないか忙しなく動き回ってもいる。

 普通の一般人なら、あまり現場に近付いたり彼らの作業の邪魔をしないようにするところだが、目的があってこの町に来た彼は周りに気を付けながら進んでいく。

 

「さて、探すとするか」

 

 育て屋老夫婦に持たされた写真に写っている少女の姿を確認しながらゴールドは呟く。

 急かされる形で大急ぎで駆け付けたが、既に事件は落ち着いてから一日以上過ぎている。

 こういう緊急事態では避難所として機能するポケモンセンターにいるだろうと最初は考えていたが、そこでは彼女らしき姿は見られなかった。

 

 もしかしたら事件に巻き込まれてまだ現場――最悪取り残されている可能性が。

 

 そう考えて、こうして現場にまでやって来たゴールドは、彼女の姿は無いか周囲を見渡していた時だった。

 どこからか何かが崩れる様な音と共に誰かが張り上げる声が響き渡った。

 

「ロケット団だ!! 止めろっ!」

 

 聞こえた声と音にゴールドは反応して振り返ると、どこから現れたのかドリルポケモンのニドキングが、目にするものは手当たり次第に破壊して暴れ回っていた。

 トラブル発生と見た彼は正義感も手伝ってすぐに向かおうとするが、暴れるニドキングから離れる様に走る数匹のオドシシに跨る見覚えのある黒い服を着た集団にも気付く。

 暴れるニドキングよりも逃げる集団を追い掛けるべきか彼は一瞬迷うが、直後に頭上を何かが衝撃波を撒き散らしながら通り過ぎ、発生した暴風に煽られてゴールドは倒れ込んだ。

 

「な、何だ?」

 

 急なことに理解は追い付かなかったが、すぐにそれが何なのかわかった。

 体を起こしている間に、逃げていたオドシシの集団が砕けた地面と一緒に打ち上げられる様に蹴散らされたのだ。

 そしてその中心には、彼には見覚えのあるポケモン――カイリューが空気が震えていると錯覚する程に荒々しい雄叫びを上げながら立っていた。

 

 まさかと思った時、少し離れていたところで暴れているニドキングの方でも動きがあった。

 文字通り”あばれる”によって理性の枷を外したニドキングに、現場にいた警察と彼らが連れるポケモン達は手を焼いていたが、滅茶苦茶に暴れて近付くことが困難なドリルポケモンに一匹のカポエラーが勇敢に飛び込んだ。

 曲芸師の様な軽快な動きで背後に回り込んだカポエラーは、荒れ狂うニドキングの肩に飛び付くと、即座に全身を使ってその腕に関節技を仕掛けた。

 鈍い音を響かせた直後、ニドキングは悲鳴を上げるが、すぐに空いている方の腕でカポエラーを引き剥がすと力任せに放り投げる。

 

 受け身を取れなくてカポエラーは激しく建物に叩き付けられてしまうが、そのカポエラーの横を入れ替わる様に骨らしきものを手にしたブーバーがニドキングへ駆ける。

 気付いたニドキングは怪力に任せて、建物を殴り付けることでコンクリート片などをブーバー目掛けて飛ばす。

 正面から真っ直ぐ突っ込むブーバーは、散弾銃の様に飛来して来る瓦礫を機敏な動きで隙間を掻い潜る様に避けていく。そして避けながら手に持った”ふといホネ”を投げる”ホネブーメラン”と、掌に発生させた”めざめるパワー”を楔形の光弾として手裏剣の様に放った。

 

 威力も飛ぶ速度もそれぞれ異なる攻撃に、ニドキングは体を仰け反らせて、時間差で飛来する光弾と骨を上手く躱す。

 だが、その隙を突くかの様に何時の間にか横から滑り込んだゲンガーが、ブーバーの攻撃を回避したことで無防備になった胴目掛けて正面から”シャドーボール”を撃ち込む。

 そしてゲンガーとは真逆の方向から飛び込んだサンドパンが、”シャドーボール”を受けて怯むニドキングの頭と同じ高さにまで跳び上がると、その首筋目掛けてアクロバットな動きで”きりさく”の一閃を決める。

 流れる様な連携と息付く間を与えずに次々と繰り出される連続攻撃に、あれだけ暴れていたドリルポケモンは地響きを立てながらその巨体を崩す。

 

「す…すげぇ…」

 

 短時間の内に様々なことが起きたが、瞬く間にそれらが鎮圧されたことにゴールドは唖然とする。

 彼が知っているのはカイリューだけだが、今の戦いを見ただけでも参加したポケモン達のトレーナーが誰なのか容易に想像出来た。

 

「これ以上はダメだから! 後は警察の仕事!」

 

 どこからかこれまた聞き覚えのある声がゴールドの耳に入る。

 数匹のオドシシを蹴散らしたカイリューの方へ改めて視線を向けると、まるで怒っているかの様に興奮しているカイリューを青い帽子を被った少年――アキラがエレブーと一緒に必死で止めていた。

 

 予想通りの人物、更にはまだ底が知れない彼らの強さの一端を見せられた気分ではあったが、知り合いがいることにゴールドは少しだけ安心感を覚えた。

 けどアキラが連れているポケモン達のお陰でロケット団を抑え込むことは出来たが、今の騒動の影響か現場は慌ただしくなっていた。

 状況から見て、カイリューを止めている彼に挨拶するのも兼ねて微力でも手伝いに向かおうかとゴールドが考え始めた時だった。

 

「――見っけ」

 

 念の為、写真を見直して確認するが間違いない。

 さっきまでニドキングが暴れていた場所に、警察や有志の市民に混ざって動く長い髪を二つ括りにした少女――探し人であるミカンがそこにいた。

 思いの外アッサリと見付けることが出来たが、何故彼女が避難所では無くてこの場にいるのか不思議ではあったが、自分同様に何か目的があるのだろう。

 遠目でハッキリとは見えないが、まるで彼女が()()()()()()()()かの様に周囲の人と話し合っている風に見えるのも気になったが、すぐにゴールドは彼女の元へ向かった。

 

「そこのお嬢さん、俺も手伝うぜ!」

「? え、えぇ…」

 

 どことなくカッコ付けながら、ゴールドはミカンと思われる少女に声を掛ける。

 彼の人助けをしたい気持ちは本物ではあったが、ミカンを見つけると言う目的を達成したことや騒動が落ち着いたが故の余裕も生まれていたからか、彼女に良い所を見せたいという思惑も若干ではあるがあった。

 一方、唐突に現れた少年に声を掛けられたのに驚いているのか、振り返った彼女の表情は少し困惑していた。

 

「えっと、貴方は……」

「俺の名はゴールド。育て屋老夫婦に頼まれて――」

「こんなところで何をやっているんだゴールド」

 

 いざミカンに自己紹介をしようとした時だった。

 まるで遮るかの様なタイミングで、第三者の声が彼の名を呼ぶ。

 

 普段だったら、この空気を読まずに声を掛けた人物に対して大なり小なりで苛立ちを露わにするところであったが、今回ゴールドはそうはしなかった。

 一つは、折角声を掛けたミカンにそんな一面を見せたくなかったこと。

 そしてもう一つは、声を掛けた人物が何者なのかを知っているからだ。

 

 振り返るとゴールドの予想通り、何とか宥めたのか不満気な雰囲気を漂わせたカイリューを引き連れたアキラが立っていた。

 空気読めよ、と言いたいところだが、ゴールドの中で彼は真面目に分類されるのに加えて、自身よりも少し年上とは思えないくらいに考え方が固い人間だ。

 恐らく知り合いがチャラチャラした振る舞いで面識の無い少女に声を掛けるなど、軽薄なものだと考えているから止めているつもりなのだろう。

 今までの経験とアキラに抱いている人物像から、彼は勝手にそう決め付けていた。

 

「アキラさん、お知り合いですか?」

「知り合いと言えば知り合いですね。ミカンさん」

「え?」

 

 ところが、予想に反して会話のやり取りから二人は面識があったことにゴールドは呆気に取られる。

 だが、そんな彼を余所にアキラは話を進める。

 

「もう一度聞くけど、何でここにいるの? もしかしてロケット団の話を聞き付けて駆け付けてくれたのか? それなら悪いけど、ゴールドの出番はもう無いと思うぞ」

「いや、ロケット団とは別件の用事があって…」

 

 言葉に詰まるが、横で不思議そうにキョトンとした顔を浮かべているミカンの様子を窺ったゴールドは、とにかく今一番知りたいことを尋ねることにした。

 

「――ちょっとこの人と話していいかな?」

「? 良いですけど…」

 

 首を傾げるミカンを余所に、ゴールドは愛想笑いを浮かべながらアキラを引き摺って彼女から距離を取りつつ、耳元に囁く様な小声で話し始める。

 

「ちょっとアンタ、何時からあんな可愛い子と知り合ったんですか?」

「…何を言っているんだお前は」

 

 真剣な目で大真面目に尋ねるゴールドとは対照的に、アキラは冷めた目で露骨に呆れていた。

 普段の彼は性格的に軽い人間なのは知っていたが、いざ目の当たりにすると周囲や将来の仲間が呆れるだけでなく、チンピラ扱いしたり小言を言うのも良くわかる気がした。

 とはいえ、ここに来たという事は何か理由があるだろうから、状況も含めて教える事にはした。

 

「――ミカンさんと会ったのは最近だ。どうやら偶然この町に来ていたらしくてね。今この町のジムリーダーがいないから、彼女が代わりに暴れたロケット団の後始末や復興作業の現場指揮を担っていて、俺はそのお手伝いをしているってところ」

「…なんでミカンちゃんが復興作業とかを仕切っているんッスか?」

「ミカンさんはジムリーダーだからね。非常時の現場指揮やトラブルの対処も仕事の内だ」

「え? ジムリーダーって…マジ?」

「マジもマジだよ」

 

 予想通りのゴールドの反応にアキラは溜息を吐く。

 ジムリーダーの知名度はそこまで低い筈では無いのだが、彼はあまり興味が無いのだろう。

 

「まあ…手伝いをしているとは言うけど、警察への説明とかで一旦離れている先生――俺の師匠の代わりにミカンさんが俺達のお目付け役を担ってくれていることもあるから、自然と手伝う感じになっているところもあるけど」

「お目付け役って、どういうことなんッスか? 何か穏やかな感じじゃ無さそうなんだけど」

「リュット達の様子を見ればわかるよ」

 

 アキラが顔を向けて示した先にゴールドも目を向けると、さっきまで彼と一緒にいたカイリューが何時の間にか事件現場付近の上空を浮遊していた。

 続けて周囲を見渡して見ると、さっきニドキングを倒した面々も含めた何匹かのポケモン達が警戒した様子でうろついているのが至る所で見られた。

 ゴールドは知らないが、アキラが連れるポケモン達の多くは、ロケット団の様な悪事を働く存在に対する敵対心はとても強い。

 特にカイリューは過去の経験故に憎悪と呼べる感情が強く。さっき戦いを終えたばかりである筈なのに、まだどこかに残党がいないか探すのに躍起になっていた。

 

 既にロケット団の大半は撤退しているが、先程起きた出来事みたいに逃げ遅れて隠れているのや捕まった仲間の救出、何かしらの情報収集が狙いかは不明だが出没するロケット団はまだいる。

 しかもさっきのニドキングみたいに、下っ端程度の実力では言う事を聞かないポケモンを捨て駒と割り切って陽動に使うのだからタチが悪く、まだ完全な意味で終息した訳では無かった。

 

 そういう理由が重なり、アキラは手持ちの監督をしながら彼らの気が済むまでやらせるだけでなく、シジマが戻って来るまで復興作業の手伝いや警察の対処が難しい相手が現れた時の対抗する戦力の役割も兼ねることにした。

 だけど、”スズの塔”でロケット団本命との大激戦を繰り広げた影響で体を少し痛めていたこともあって、調子は万全とは言い難かった。

 それら要因から不安を抱いた彼の師であるシジマは、警察への説明の為にこの場から離れる前に、偶然訪れていたミカンに町の様子に気を配るだけでなくアキラ達のお目付け役も頼んでいた。

 

「随分と殺伐としているッスね。ミカンちゃんには荷が重く無いッスか?」

「勿論他人任せにするつもりは無いよ。それとさっきも言ったけどミカンさんはジムリーダーだ。さっき暴れていたニドキングだって、簡単に抑え込めるくらい強いよ」

 

 彼女が務めているジムはここでは無いが、専門とするポケモンのタイプは近年公式に確認されたはがねタイプだ。

 数こそまだ少ないが、既にはがねタイプの代表格にしてイワークの進化形であるハガネールをミカンは手持ちに入れている。

 はがねタイプの特徴は高い防御力だ。彼女が連れているハガネールなら、硬いだけでなくその巨体で相手を圧倒したり抑え付けることも出来る巨大戦力だ。

 今はアキラが警察がロケット団の対応に苦戦した場合に備えた用心棒みたいな役目だが、自分がいなかったら代わりに彼女が担っていてもおかしくはない。

 

「まあ、俺がミカンさんと知り合いなのはそういう事情があるって訳だけど、ゴールドの方はどうしてここに来たの?」

 

 一通り事情を説明した後、今度はアキラの方がゴールドに尋ねる番だった。

 彼の性格はある程度知っている。この町にやって来たのも、大方ロケット団に関する情報を耳にして、シルバーがそこいる可能性と正義感で首を突っ込んできたといったところだろう。

 そう考えていたが、ゴールドが語り始めた理由はアキラの予想とは違っていた。

 

「俺は前までお世話になった育て屋の爺さんと婆さんに頼まれて、二人の知り合いのミカンちゃんが無事かどうか探しに来たんですよ」

「――そうなのか。それなら早くその育て屋の人達にミカンさんが無事だったのを伝えないとな」

「そうッスね。どうも俺が今連れているトゲたろうがミカンちゃんと関係が――」

 

 そこまで喋った途端、ゴールドは何かを思い出したのか、少しずつ気まずそうな表情に変わり始めた。

 

「どうしたゴールド?」

「……ぁ~、ちょっと耳を貸してくれないッスか?」

 

 あまり周りに聞かれたくないのか、目に見えてゴールドは顔を強張らせると周囲を気にしながら手招きをする。

 そんな彼にアキラは怪訝な表情を浮かべながらももう一度耳を近付ける。

 

「実は俺、今ミカンちゃんに関係のあるポケモン――トゲピーを連れているんッスよ」

「そうなの? なら早くミカンさんに教えてあげたら? 今は忙しいから後が良いだろうけど」

「そうしたいのは山々なんッスけど、そのトゲピーがちょっと……博士曰く”不良”っぽくて」

「――つまりゴールドに”ソックリ”?」

「あぁ…いや…その……何て言えば良いんだろうなぁ」

 

 アキラの指摘にゴールドは大量の冷や汗を掻きながら態度がハッキリしなくなるが、細かく挙動を観察しなくても図星だと判断するのは容易だった。

 まだゴールドは自覚していない様子だが、彼の手で卵から孵したポケモンは潜在能力を最大限に発揮した状態で生まれるという特徴があることをアキラは知っている。

 加えて生まれながら彼の感情や芯の強さも受け継いでいる。

 それが彼が持つ図鑑所有者としての代名詞、”孵す者”の所以だ。

 ただし、能力の制御が出来ていないのか定かではないが、性格は孵させた当人ソックリになるという問題がある。

 

 戦いの時は心強いのだが、平時でのゴールドは手の掛かるトラブルメーカー気質だ。

 そんな彼と性格が同じ――それも愛らしいポケモンとして人気のあるトゲピーがだ。まるで遠い記憶にあるピッピが主人公のギャグ漫画みたいな話である。

 

「リュットとかの我の強い面々を手持ちにしている俺から良い抑え方や性格の治し方を知りたいと思っているなら、その期待には応えられないよ。ポケモンの行動や考えをトレーナーの都合で抑えるってのは、デリケートなものだから」

「そんなことは言われなくてもわかってるけど、冷たい事は言わずに知恵を貸してくれよアキラ先輩~」

「調子の良いことを言うな。大体、俺はお前の先輩じゃない」

「アキラの兄貴~」

「兄貴でも無い。ふざけているならまともに取り合わないぞ」

「かぁ~~! 冗談が通じないっスね! どんだけアンタの頭は化石みてぇに固いんだよ!」

 

 思わずゴールドは暴言紛いな不満を口にするが、アキラは気にせず流す。

 彼のふざけた縋り方を見ると、最近は地元に貢献しながら趣味名目でサイクリンロードを爆走しているであろう暴走族の知り合い達を思い出してしまうのだ。

 本気で困っているのならふざける余裕は無い筈だろうから、「実はあまり困っていないのでは?」と言うのが彼の認識であった。

 

「二人ともどうしたのですか?」

「いやっ! ただ久し振りに会ったので色々積もる話がありまして!」

「そうですか」

 

 ゴールドが口にした咄嗟の嘘にミカンは納得するが、改めて彼はアキラに小声で話し始める。

 

「頼むッスよ。何か良い方法は無いのか?」

「変に誤魔化そうとするのは無理だと思うから、正直に言うのが一番だと思うよ。生まれた時からその性格ならもう仕方ない。すぐに如何にかする何て無理だ」

「正直に言ったらどんな反応されるのかが目に見えてるから頼んでいるんッスよ。博士にだってすっげぇ怒られたんだから、折角会えたミカンちゃんに嫌われたくねぇよ…」

 

 徐々にゴールドは本気で縋り始めるが、それでもアキラは呆れた眼差しを向ける。

 トゲピーの両親がどういう性格をしているのかは知らないが、全く正反対の性格だったら自覚していない彼の”孵す者”としての能力を除いたとしても、もう突然変異として扱うしかない。

 だけど正直に話したくない理由が、”折角会えた女の子に嫌われたくない”などアキラにとっては論外ではあるが。

 

 どうしようかと真面目に考える気が失せた頭でぼんやりと考え始めるが、唐突に彼は弾かれたかの様に空を見上げた。

 その直後、彼らの上空を何かが軽い衝撃波と巻き上げた砂埃を撒き散らしながら高速で通り過ぎ、二人の体も発生した暴風に煽られて倒れる。

 

「うぇ…またかよ」

「リュットの奴、また何か見つけたな。ミカンさん、リュットを追い掛けます!」

 

 突然の事態にゴールドは混乱していたが、アキラはたった今上空を通過したドラゴンポケモンの行動を察する。

 この数年の間で昔と比べれば大人しくはなっているが、それでもロケット団みたいなのが相手の場合、多少は後先考える様にはなったもののそれでも止めなければ度が過ぎるくらいカイリューは暴れる。

 そしてそう時間が経たない内に、少し離れた場所で何かが地面に叩き付けられて砕ける音が響き渡った。

 大方ロケット団の残党でも見つけて、先制攻撃を仕掛けたのだろう。ロケット団の悪事を止めるのはありがたいことだが、さっきと同様にやり過ぎない様に早く止めに行った方が良い。

 

 そんなことを考えながらアキラが走り始めたのと同じタイミングで、別の場所でバラバラに動いていた他の彼の手持ち達もカイリューの元へ急ぐ。

 加勢を考えるのもいれば、アキラ同様に暴れているであろう仲間を抑えることを頭に浮かべるなど理由は様々だ。

 だが、カイリューとの合流を急ぐ彼らの目指す先で、突如として大量の砂を巻き上げた竜巻の様なものが起こった。

 

「な! なんだありゃ!?」

 

 アキラの後を追っていたゴールドは驚き、走る速度こそ緩めなかったがアキラは眉を顰める。

 竜巻の勢いはすぐに弱まったが、それでも付近に吹き荒れる砂混じりの嵐はまだ収まった訳では無かった。

 今起こっている”すなあらし”は、間違いなくポケモンの力によるものだ。

 あれだけの規模と威力の”すなあらし”を起こせるとしたら、それなりに力を有したポケモンと言えるだろう。

 もしかしたらカイリューはとんでもないのを相手にしているのでは無いかと、彼は警戒を強めると徐々に見えてきた砂嵐の中に浮かぶ二つの影に目を凝らす。

 

「…嘘だろ?」

 

 砂嵐の中心で対峙している二つの影、一つはカイリューではあったが、もう一方の姿にアキラは驚く。

 

 カイリューと同じ二本足で直立し、鎧を彷彿させる屈強な外見をしたポケモン。

 よろいポケモンのバンギラスだったのだ。

 

 誰が連れて来たのかまではまだ確認していないが、まさかカイリューが敵と認識した相手がバンギラス程のポケモンを戦力として引き連れているのかとアキラは更に警戒を強める。

 だけどカイリューが対峙しているバンギラスに彼自身、直感的に既視感と言える不思議なものも感じてもいた。

 まるで一度戦ったことがある様な――それが一体何なのか思い出そうとした時、バンギラスの少し離れた後ろで背を向けて走る存在にアキラは気付く。

 

 赤い髪に黒っぽい服を着た少年。

 それらの特徴を見て、すぐに思い浮かぶ人物はアキラの中では一人しかいなかった。

 

「待てシルバー!!」

 

 アキラよりも先に、ゴールドが彼の名を大きな声で呼ぶ。

 しかし、シルバーは彼の声にも荒々しく吠えながらカイリューと激突するバンギラスも顧みることなく走り去るのだった。




アキラ、ゴールドと合流するだけでなくシルバーにも遭遇する。

アキラはゴールドの軽い振る舞い、ゴールドはアキラの頭の固さにそれぞれ呆れていますが、あんまり深くは捉えていないので何やかんやで上手くやっていくと思います。

更新頻度と更新時間は最後に更新した時と同じになります。
次回は27日に更新します。


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追う者と追われる者

感想や一言を通じて更新再開を祝ってくれる読者の方が多くて本当に嬉しかったです。
しばらくは更新していきますが、これからも自分も楽しみながら頑張って書いて行きたいと思っていますので、よろしくお願いします。


「――ゴールド、彼を追って。俺は彼の置き土産の後始末をする」

 

 離れて行くシルバーを見ながらアキラはゴールドに伝えるが、彼は返事を返すことなく二匹の大型ポケモンの戦いを余所に走っていく。

 言われるまでも無く彼はシルバーを追うつもりだったのだろう。シルバーを追い掛けて行くゴールドをアキラは見届けると、今も砂嵐の中で取っ組み合いの肉弾戦を繰り広げるカイリューとバンギラスに目を向ける。

 

「…ワタルが連れていたバンギラスか」

 

 ポケモンは彼が連れているカイリューの様に目付きが悪いなどの目立った特徴が無ければ、同種だと見分けがつきにくい様に思えるが、意外とわかりやすいものだ。

 そして今カイリューと戦っているのは、以前戦ったことがあるワタルのバンギラスだ。

 確かにレベルや能力的に考えるとカイリューを相手に正面から対抗出来る戦力ではあるが、シルバーはこのよろいポケモンを御している様には見えなかった。

 人のことはあまり言えないが、これだけの力を持つポケモンを野放しにするのはハッキリ言って良くない。

 やっていることがさっきニドキングに任せて逃げようとしたロケット団と同じだし、言う事を聞いてくれないが故の暴走も考えて欲しかった。

 

「バーット、サンット」

 

 前の戦いで、ワタルのバンギラスを倒し損ねたのを気にしていた二匹をアキラは呼ぶ。

 すぐにブーバーとサンドパンは呼び掛けに応じて彼の傍に集い、何時でも戦いに飛び込める様に構える。

 そして、バンギラスの鋭い牙を剥き出しにした噛み付きを捌いたカイリューが、その勢いを利用してよろいポケモンの巨体を投げ飛ばした時、二匹は駆け出した。

 

「リュットは下がって、後は彼らにやらせてやれ」

 

 急いで駆け寄ったアキラが告げた言葉が不服なのか、カイリューは自分も戦わせろと息を荒く主張すると二匹の後に続こうとするが、彼は片手を上げてドラゴンポケモンを止める。

 確かにカイリューも加われば勝利は確実なものになるが、以前の戦いでカイリューはワタルのカイリューを打ち負かしたのだ。

 ここは二匹に任せる、と言うよりは仕留め損ねた心残りを払拭させる為にも譲ってやるべきだ。

 

「アキラさん、一体何が――」

 

 少し遅れてミカンも駆け付けるが、すぐに現場の物々しい空気に気付く。

 

「ミカンさんは下がっていてください。すぐに終わらせます」

 

 本当は彼女も加勢してくれた方が良いのだが、相手を考えるとアキラはどうしても自分達の手で倒したかった。

 前に出たサンドパンとブーバーは、各々爪や手にした得物を構えて、カイリューに投げ飛ばされて地面に転がるバンギラスとの距離を詰める。

 立ち上がったよろいポケモンは、新手である二匹目掛けて”いわなだれ”を放つが、飛んでくる無数の岩をブーバーとサンドパンは軽快に躱していく。

 

 先に仕掛けたのはブーバーだった。

 

 全ての岩を避け切ったタイミングに強い踏み込みで加速したひふきポケモンは、あっという間に懐に飛び込む。

 吹き荒れる砂が体を打ち付けていたが、ひふきポケモンは全く気にせずにバンギラスの顔の高さにまで跳び上がると、”いわくだき”の裏拳でバンギラスの横顔を強烈に叩く。

 しかしそれだけでは終わらず、素早く流れる様に体を捻らせると、”いわくだき”を打ち込んだ箇所に”まわしげり”決め、最後に体をもう一回転させて”ふといホネ”による”ホネこんぼう”を追撃に叩き込む。

 弟子として面倒を見ているカポエラーが使う蹴りと体を捻らせる技術を取り入れた連続攻撃。三回も同じ箇所に打ち込まれて、バンギラスの鎧の様に固い顔の体皮にヒビが入る。

 

 打たれ強い手持ちのエレブーでも暫く悶絶しそうな攻撃。しかも繰り出した技の全てが、バンギラスが苦手とするタイプだ。

 確かにバンギラスの物理攻撃に対する防御力は高い。それがワタルの手持ちなら尚更だ。

 だけど、シジマの元で学んで来たことで一流の格闘ポケモンと遜色無いレベルにまで鍛えられたブーバーの打撃攻撃を顔面に受けて耐えられるかとなると話は別だ。

 

 攻撃を終えたブーバーは、バンギラスからの反撃に備えてすぐに距離を取るが、余程ダメージが大きかったのかよろいポケモンはヒビが入った部位を手で抑えながらよろめいていた。

 そんな無防備な姿を晒すバンギラスに、サンドパンは間髪入れずに”じわれ”を放つ。

 両手の爪が突き立てられた地面を起点に裂け目は瞬く間にバンギラスの足元まで広がっていくが、ブーバーから受けた攻撃のダメージが大きかったのか、よろいポケモンは避ける素振りを見せることなく、体勢を崩すとそのまま裂け目に呑み込まれるのだった。

 

「――呆気なく終わったな」

 

 最終的に勝つとしても、相手を考えるともう少し時間は掛かるだろうと想定していたが、思いの外呆気なく終わってしまった。

 念の為にブーバーとサンドパンが地割れに落ちたバンギラスの様子を窺うが、裂け目の底に転がるよろいポケモンはピクリとも動かなかった。

 カイリューを相手に渡り合えるだけの力は持っていたが、あまり考えずに力に物を言わせて暴れていたのやその力を上手く導ける存在がいなかったのが、今回の早い勝利に繋がったのだろう。

 さっきまで周囲に吹いていた砂嵐も収まったので、これで一先ず一安心とアキラは気を緩めるが、唐突ではあるもののあることに気付く。

 

「そういえば、リュットっていわタイプへの有効な技を覚えていなかったな」

 

 いわタイプは他のタイプと比べると弱点を突きやすいタイプではあるが、意外にもカイリューは即座に繰り出せるいわタイプに効く技を覚えていない。

 駆け付けた時点でバンギラスとの戦いが硬直状態だったのも、それが要因だろう。

 一応いわタイプに効果的な格闘技をカイリューはある程度身に付けているが、使えるかくとうタイプの技は精々相手の勢いを利用した”あてみなげ”擬き。

 覚えた方が今後戦いやすくなるだろうとアキラは考えながら、シルバーを追い掛けたゴールドが走った方角を振り返るのだった。

 

 

 

 

 

「おい待てシルバー! 待てって!!!」

 

 アキラがバンギラスを下していた頃、ゴールドは逃げる様に走るシルバーを必死に追い掛けていた。

 瓦礫だらけで足場が悪い道でもシルバーは軽々と進んでいくので、差は一向に詰まらなかった。

 しかし、それでもゴールドは途中で転び掛けたりしたも、意地で追い縋っていた。

 

「この野郎! 絶対に逃がさねえからな!!」

「………」

 

 背後から自身の名を呼ぶゴールドの声は当然シルバーには聞こえていたが、彼は構わず振り切るつもりで走る。

 自らの目的を果たすべくこの町にやって来たが、来て早々に今自分が師事しているのと同時に指令を受けているワタルの宿敵、アキラが連れるカイリューに目を付けられたのは流石に予想外だった。

 ワタル本人もそうだが、アキラは手持ち含めて互いに不倶戴天の敵と言える程に毛嫌っている。

 その彼の手持ちの中でも、カイリューは特に敵意が強くて過激な方だ。だからワタルと何かしらの関係がある自分の姿を見掛けて、何か企んでいると考えたのだろう。

 

 敵意を剥き出しにしたドラゴンポケモンの、まるで砲弾の様な突撃こそ辛うじて回避出来たが、次も上手くいくとは限らなかった。

 すぐにワタルに渡されたハイパーボールから、カイリューと同じ巨体のポケモン――バンギラスを出すことで対抗した。

 もしもの時、それこそアキラのカイリューの様な今の自分達ではまず勝つ見込みが無い敵と戦う時の対抗手段として持たされていたが、まさか役に立つ時が来るとは思っていなかった。

 

 出現と同時に起こした”すなあらし”によって、カイリューの動きを鈍らせたバンギラスはすぐに仕掛けたが、それだけで仕留められる程カイリューは弱くは無かった。

 結局、仕掛けた攻撃は防がれた挙句、”すなあらし”に掻き消されないだけの威力を有する”りゅうのいかり”の反撃を受けて有利な状況を瞬く間に失ってしまった。

 

 体格や能力は互角、タイプ相性や戦い方ではバンギラスの方が有利そうに見えたが、実際はそう見えているだけで戦いが続けばどうなるかわからなかった。

 何よりカイリューの行動をトレーナーであるアキラが放置する筈がなかった。そして案の定、遠くからこちらに真っ直ぐ迫る影が複数見えた。

 幾らバンギラスが強くても、目の前のドラゴンポケモンと同格のポケモンが複数加勢すれば流石に無理だ。

 

 このまま戦い続けるのは得策では無い。だけど、どんな手を使ってでもこの場から逃れなければ間違いなく捕まる。

 

 そこまで考えたシルバーは、一度出したら言う事を聞かないバンギラスにカイリューの相手を任せて目的を果たすべくその場から離れたが、どうやらそれも上手くいきそうになかった。

 そして瓦礫が殆ど無い場所にまで来た時、シルバーは足を止めた。

 

「ゴールド、前も忠告した筈だ。俺に関わるな」

 

 それは以前、ゴールドがヒワダタウンでボール職人ガンテツの孫娘の為に山を登った際、偶然彼に会った時に告げられたのと同じ言葉だった。

 しかし、ゴールドの答えは決まっていた。

 

「んなこと知るかよ。俺がお前を追い掛けると言ったらどこまでも追い掛けるんだよ!」

 

 ゴールドとしては最初は仕返しや連れている手持ちポケモンの友達を取り返すなどが目的だったが、冒険を続けて行く内にそれ以外の目的も出来てきた。

 復活を目論むロケット団、ウバメの森での仮面の男、そして盗みなどの悪事を働きながらもロケット団を容赦無く倒していくというシルバーの行動。

 明らかに彼は何かの目的に沿って行動している。一体彼が成し遂げたい「目的」とは何なのか。そして彼の「正体」。

 知りたいことが山の様に出来ていた。

 

「……痛い目に遭わせないとわからないようだな」

「俺がそんな脅しに屈すると思うか?」

 

 モンスターボールを手にしたシルバーに応じ、ゴールドもボールを手にする。

 以前なら彼とは、アキラ程では無いがそれでも実力差があることは嫌でも理解していたが、育て屋老夫婦の元で本格的に鍛えたお陰でかなり力を付けた自信があった。

 それこそ、今なら全く歯が立たなかったアキラのカイリューに一泡吹かせられるのでは無いかと思えるくらいにだ。

 シルバーの方も、今までの経験からゴールドが脅しや警告程度で止めるつもりが無い事は理解出来ていた。必要であれば、今ここで物理的に追えなくすることも視野に入れていた。

 互いに出方を窺い、示し合わせたつもりは無かったが同時にボールを投げた。

 

「アリゲイツ、”かみつく”!」

「バクたろう、”かえんぐるま”!」

 

 二人が投げたモンスターボールから飛び出した二匹は、同時に技を繰り出す。

 思惑は何であれ、互いに目的を叶える為に持てる力の全てを発揮しようとした時だった。

 

 目にも留まらない速さで両者の間にでんげきポケモンのエレブーが割り込み、二匹の攻撃を左右それぞれの腕を盾にする形で防いで止めた。

 

「!?」

「はぁ!?」

 

 エレブーの突然の乱入にゴールドは理解出来ないと言わんばかりの反応をするが、シルバーはすぐにまずいことを悟る。

 

「アリゲイツ! 退くぞ!」

 

 簡単に片腕で攻撃を防がれて困惑するアリゲイツを呼び、シルバーは急いでその場から離れようとする。

 ところが彼が逃げようとした先の土が爆発した様に盛り上がり、土埃の中からサンドパンとカポエラーが退路を断つ様に姿を見せる。

 咄嗟にシルバーはアリゲイツ以外のポケモンを出そうとしたが、シャドーポケモンのゲンガーもやって来たのを見て思い止まる。

 

 現れたポケモン達はいずれもアキラの手持ち。相手がカイリューでなくても新加入の三匹を除けば、彼が連れるポケモンはどれも腕利きのトレーナーの手持ちでエースを張れると言っても良い猛者揃いだ。

 そんなのが何匹も現れては、今シルバーが連れているポケモンでは強引に突破するのは困難を極める。

 

「もっと遠くまで行っているかと思ったけど、ゴールドが粘ってくれたお陰だな」

 

 そしてゲンガーに続いて、彼らのトレーナーであるアキラも手持ちを数匹引き連れて姿を見せる。

 手持ちだけでなく、彼自身もこの場に姿を見せたことにシルバーは驚く。

 普通のトレーナーとは異なり、彼がたまに手持ちを六匹以上連れる時があることは知っていたが、何故こんなにも早く彼がやって来たのか。

 さっきまでワタルから借りたバンギラスと戦っていた筈だ。

 

「――バンギラスは?」

「さっき倒した」

 

 少し遅れてアキラの後ろから土埃を舞い上げながら、ドーブルが”へんしん”したミルタンクとカイリューにブーバーの三匹が、白目を剥いて気絶しているバンギラスを足や尻尾を掴んで引き摺る形で運んでくる。

 そのまま放置する訳にはいかないのでこうしてシルバーに返す意味で連れて来たが、今思うとシジマから現場を一時的に任されているミカンがいるから、彼女に任せて放置していた方が良かったかもしれない。

 と言っても、そのミカンも騒動を起こしたシルバーが何者なのか知りたいのか、遅れて三人がいる場所にやって来た。

 

 自身の目の前に放り投げられたバンギラスの力尽きた姿に、シルバーは僅かに悔しさを露わにする。

 自分でさえ言う事を聞いて貰えない程の力を持ったバンギラスをこうも容易く片付けるなど、やはりワタルが敵視するだけのことはある。

 そして、今の自分ではどう足掻いても勝てない存在であることを嫌でも思い知らされる。

 

「――聞きたいことは色々あるけど、ワタルとはどういう関係なのか教えて貰えるかな」

 

 シルバーがバンギラスをハイパーボールに戻したのを見届けてからアキラは尋ねる。

 一応は彼の事情や目的はある程度知っているが、アキラとしては念の為本当に自身が把握している通りなのかの確認も兼ねていた。

 

「ワタルって…誰?」

「その人って、一年前にカントー地方で事件を起こして警察が追い掛けている人の名前ですよね?」

 

 ワタルを知らないゴールドは首を傾げるが、ジムリーダーの立場であるミカンは知っていたので、アキラは彼女の発言を肯定する様に頷く。

 

「ミカンさんの言う通りの奴です。ついでに個人的な事情絡みですが、俺達の宿敵みたいな奴」

「宿敵って、おいシルバー。お前どんだけヤバイ奴と繋がっているんだよ」

「誰とどういう関係を築こうと俺の勝手だ」

「そりゃそうだろうけど、お前はそこまでして何がしたいんだ」

「……お前に教える義理は無い」

 

 話す気が無いのかシルバーはゴールドの言う事をまともに取り合わなかった。

 それもそうだろう。アキラが知っている通りなら、彼は仮面の男ことヤナギを止めるか倒す為に動いている。

 その為の手段や力が得られるなら、ワタルに協力を求めている様に合法だろうと非合法だろうと彼は顧みるつもりは無い。

 

「まぁ…教える気が無くても、今ジョウト地方各地で起きているロケット団絡みなのは見当が付くけどね」

 

 意味有り気にアキラが口にした内容にシルバーは反応を見せる。

 

「彼の行動がロケット団絡みとは…どういうことでしょうか?」

「端的に言えば連中の悪事を止める為の力を欲しているってところだと思います」

 

 ミカンの疑問を良い言葉で答えれば、シルバーの行動はそれだ。

 ただし無関係な人はあまり直接傷付けないだけで、必要と判断すれば盗みとかの犯罪行為を躊躇わず実行するのは頭が痛いが。

 

「何だよ、良いことしてんならワタルとか言うヤバそうな奴を頼らずに、素直に誰かに助けを求めれば良いじゃんか」

「それが出来ないから、彼はその”ヤバそうな奴”を頼っているんだよゴールド」

 

 理由は幾つか知っているし、仮に知らなくてもある程度は察することも出来る。

 そもそも彼には頼れる実力者以前に、信頼出来る大人がいない。誰かを頼ることが出来ないが故に目的の為なら使えるものは全て使う。

 彼が姉と慕い、行動を共にしていたブルーが、生きていく為に詐欺やら言葉巧みに人を騙す術を身に付けたのと理由は同じだ。それ故に世間に顔向けできない何かしらの事情持ちになりやすく、更に頼れる存在は限られてしまう。

 だからなのか、事情をわかっていないゴールドの発言に呆れているのか、シルバーは小馬鹿にする様な眼差しを彼に向けている。

 

「まっ、俺としては君の事情や目的関係無く、何回も言うけどワタルとの繋がりが気になる。奴が今ジョウト地方各地で起こっているロケット団に関して何を知っているのか」

「………」

 

 状況的に不利なのを理解している筈だが、それでも何も話す気は無いのか相変わらずシルバーは黙ったままだ。

 だけど残念ではあるが、アキラは彼が全く予想出来ない方法で過去も含めた事情をある程度知っているので無意味だ。

 

「あいつに従っているのか従わされているのかで扱いは変わるけど、その様子だと有益な情報と引き換えに従っているってところかな。堂々と出歩いている様子も無いのに、どこからこの地方で起こっている事件や異変の情報を仕入れているんだか」

「……そこまで察しているのなら俺に聞く必要は無いだろ」

「直接ワタルから情報源とか知っていることを吐かせようにも、探すのも戦うのも面倒だ」

 

 前のタンバシティでの戦いや今回のバンギラスとの戦いでの感触だが、よっぽど大きな力を手にするなどで更に強くなっていない限り、今の自分達はワタルに勝てる。

 しかし、確実に勝てるかとなると断言は出来ない。最終的に勝利出来たとしても、どれだけ負傷するかわからないので今は奴と戦うのに力を費やしたくないのや回復に当てる時間も勿体無い。

 

 そしてシルバーは、アキラが語る内容を半分程理解する。

 端的に言えば、自分が弱いからワタルとの繋がりのある自分が狙われた、と言う事だ。

 ワタルとの連絡手段はポケギアを介しての一方的なものではあるが、繋がりがあることには変わりない。

 得るものが少ないことは察しているだろうが、それでも何かあると見ているのだろう。

 

 周囲を見渡して、シルバーは諦めずにアキラの手持ちポケモンの包囲網をどうやって突破するか考えるが、どれだけ探っても隙は見当たらなかった。

 力任せに突破しようにも、ワタルから借りた最高戦力であるバンギラスは既に倒されている。

 どう足掻いても返り討ちにされる未来しか見えなかった。

 

 シルバーがどうやってこの状況を打開しようと必死で考えていた時、アキラの方も彼をどうしようか考えていた。

 直接目撃した訳では無いが、シルバーはポケモン図鑑やワニノコを盗むなどの犯罪を重ねていて、本来なら指名手配のお尋ね者だ。

 しかし、ゴールドの妙な意地の影響で一般に広がっている手配書の顔は髪の色以外は別人レベルで全く似ていない。

 なので彼に関する背景や事情を知っていることも相俟って、周りがそう強く追及しなければアキラもその流れに乗るが、ワタルとの繋がりがあることは個人的に無視することは難しい。

 

 追及するのなら、今この地方で起こっている戦いが終わった後の方が都合が良い。

 だけど自分がこの先を考慮して見逃すことを考えたとしても、カイリューら手持ち達は見逃す気は無い。ロケット団と同等かそれ以上に、彼らはワタルを敵視している。

 一部の面々は何か月か前と同様に実力行使の準備は万端であったが、前と同様にシルバーは拷問紛いなのをチラ付かせても口を割らないだろう。

 

 それにシルバーの性格や今までの行動を考えれば、彼は目的を果たすまで諦めるつもりは無い。

 仮に今ここで捕まえて警察に突き出すなりしても、彼はヤナギを止めるまではそれこそ意地でも脱走することが容易に想像出来た。

 

 色んな問題が次々と出て来るのに悩むが、取り敢えず落ち着いて今後について考えられる様に、避難所がある場所まで彼を連行しようかと考え始めた時だった。

 

 昼間であるにも関わらず、急に周囲が照らされるかの様に更に明るくなったのだ。

 何事かとアキラは警戒心を強めたが、すぐにその原因はわかった。

 

 ここから少し離れた場所にある木造の建物から炎が、まるで噴火しているかの如く勢い良く噴き上げていたのだ。

 

「? 何だ…ありゃ?」

「”焼けた塔”が燃えている!? どうして!?」

 

 突然の火柱の発生を目にしたゴールドはその勢いに戸惑うが、ミカンは青ざめた顔で建物の名前を口にする。

 ”焼けた塔”、それは今から百五十年以上前に起こった火災によって大部分が焼け落ちてしまった建物だ。

 ”スズの塔”と違って観光客が近付くことすら出来ないが、エンジュシティでは歴史的背景も関係して焼け落ちた状態でも大切に保存されている重要文化財と言える建物でもあった。

 そんな大切な建物が燃えているのだ。彼女が驚くのも無理は無かったが、一斉にアキラとシルバーは燃えている”焼けた塔”目掛けて駆け出した。

 

「みずタイプや水技を使える手持ちは!?」

「勿論」

「待て待て! 俺も忘れちゃ困るぜ!」

 

 アキラの問い掛けに、シルバーだけでなく少し遅れたが追い付いたゴールドも即座に答える。

 示し合わせた訳でも無いのにほぼ同時に走り始めた三人が目指す先は同じ、ならば考えていることと目的も同じだった。




アキラ、シルバーを追い詰めて対応に困るが、突発的なトラブル対処に共闘する。

この頃のシルバーは自分の運命に決着をつけるのに全てを懸けているので、アキラが懸念している様に何があろうと諦める気が無いので捕まえたとしても脱走してイタチごっこになってしまうと思います。
ブルーといい、青銀姉弟とは手持ち含めて相性が悪いアキラ。

次回は二人との初の共同戦線になります。


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焼けた塔

 突如として炎を激しく噴き上げながら燃え始めた”焼けた塔”に、アキラとゴールド、シルバーの三人は急いで向かう。

 さっきまで対立していただけでなく険悪な空気が漂っていたのだが、突然トラブルが起きてもシルバーは逃げるチャンスとは捉えず、寧ろ解決に協力的だった。

 今までやってきたことは褒められたものではないが、ブルーの義理の弟なだけあって根はそこまで悪く無いのだろう。

 外に出ていたアキラの手持ちも彼らの後を追うが、カイリューはヤドキングとドーブルを背に乗せて”焼けた塔”へと急行するべくアキラ達の頭上を飛び越す。

 

「ヤドット、ブルット! ”みずでっぽう”! リュットは”みずでっぽう”を”ものまね”!」

 

 先に飛んでいく三匹に走りながらアキラは大声で伝える。

 それからしばらく走っていたが、距離的にそこまで離れていなかったこともあって、すぐに炎が噴き上がり続ける”焼けた塔”に三人は着く。

 現場では既にカイリューと背に乗ったヤドキングらが上空から水流を浴びせており、それを見たアキラのポケモン達も”ものまね”をすることで同じく口などから水を放つ。

 サンドパンやブーバーなどのみずタイプが苦手なポケモンは、途中で”ものまね”を使うのを止めてしまうが、代わりに砂を被せるなどをして火の勢いを止めようとする。

 

「よっしゃ、頼むぜニョたろう!」

 

 彼らに続けとばかりにゴールドはニョロモを、シルバーはアリゲイツやシードラなどの手持ちを出して、同じ様に”みずでっぽう”を”焼けた塔”に浴びせるが、それでも火の勢いは止まらなかった。

 まるで燃えていると言うよりは絶えず火が溢れている様な違和感を覚えたが、どうすれば鎮火することが出来るのかアキラは考えを巡らせる。

 火の勢い的に、単に”みずでっぽう”を浴びせ続けるのはあまり有効では無い。ならば”ハイドロポンプ”などの強力な水技を使いたいが、そもそも手持ちの誰も覚えていない。

 

 強力な水が使えないのなら一気に大量の水で押し流す様に鎮火させる。

 解決策の一つとしてそんな方法を真っ先にアキラは閃いたが、問題点にもすぐに気付いたので実行することを躊躇う。

 ならば他に何か良い方法は無いかと、ヒントを求める様に周囲を見渡すが、当然ではあるが事態を打開するのに良いヒントは得られなかった。

 

「クソ全然消えねえな! どうなっているんだ!」

 

 全く衰える様子の無い火の勢いに思わずゴールドは愚痴る。

 彼が出したニョロモも、体が小さくてそこまで力が無いからなのか、他の面々よりもすぐに疲れて水を噴き出すのを止めてしまう。

 

「…他に役に立つ手持ちはいないのか」

「うるせぇ! ニョたろうを舐めんじゃねえぞ!」

 

 あっという間に根を上げたニョロモに呆れるシルバーにゴールドは噛み付く。

 協力し合う空気から一転して、また険悪な雰囲気になってきたのアキラは感じ取り、二人を宥めようとした時だった。

 疲れて座り込んでいたニョロモの体が突如として光に包まれたのだ。

 

「ニョたろう!?」

 

 ゴールドは驚くが、シルバーとアキラはニョロモの身に起きている現象を知っていた。

 

 進化だ。

 

 見る見るニョロモの体格は変化していき、光が収まった時にはその姿はニョロモからおたまポケモンのニョロゾに進化した。

 

「やった!! ニョたろうがニョロゾに進化した!!!」

 

 みずタイプのポケモンの力が必要とされている今の状況で、ニョロモがニョロゾへ進化したことにゴールドは喜ぶ。

 アキラも進化した直後のポケモンは、エネルギーが有り余っている関係で一時期的に大きな力を発揮出来ることを知っていたので、ニョロゾへの進化は嬉しい誤算だった。

 すぐにでもニョロゾを消火活動に加勢させるのを促そうとした時、不意にある物がアキラの目に留まった。

 

 妙にボロボロな王冠の様なものをゴールドのニョロゾは被っていたのだ。

 どこかで見覚えがあるのを感じた彼は、無意識にシルバーのシードラにも視線を移すと、シードラの体に鱗みたいなのが一枚だけ体に貼り付いているのに気付く。

 その瞬間、アキラの脳裏に朧げであった()()()()()()()()()()が甦った。

 

「ゴールド、シルバー。今すぐニョロゾとシードラをボールに戻すんだ」

「はぁ!? 何でなんスか!?」

「通信交換だ! 今すぐシルバーと手持ちポケモンを交換するんだ!」

「通信交換!?」

 

 ゴールドはアキラが言っている意味がわからなかったが、シルバーは彼の意図に気付いたのか、すぐにシードラをモンスターボールに戻す。

 

「ゴールド、火を消したいなら早くあいつの言う通りにするんだ」

「っ! わかったよ!」

 

 本当はシルバーと手持ちポケモンの交換などやりたくなかったが、今は目の前の火の手を消すことが優先だ。

 急いでゴールドはニョロゾをボールに戻すと、手にしたポケモン図鑑を操作することで互いのポケモンを通信を経由して交換する。

 

「これで良いッスか?」

「交換するだけで終わらせるな! さっさと出すんだ!」

 

 アキラがゴールドに吠えている間、シルバーはたった今交換したゴールドの手持ちをボールから出す。

 だが出て来たのはニョロゾでは無く、全身が緑色の丸みを帯びたカエルみたいな姿をした見たことが無いポケモンだった。

 

「にょ、ニョたろうの姿がまた変わった!?」

「驚くのは後回しにしろ!」

「気にするのは後! 早く手伝って!」

 

 驚くゴールドをシルバーは一喝し、アキラに至っては急かす。

 渋々ゴールドも交換したシルバーのシードラを出すが、出て来たのはシードラの面影はあったものの姿が大きく変わったポケモンだった。

 初めて見るポケモン達にゴールドは驚きを隠し切れていなかったが、アキラは二匹について知っていた。

 

 ニョロトノとキングドラ。

 二匹とも特別なアイテムを所持した状態で、特定の条件を満たすことで進化する近年正式に確認された新しい進化パターンの新種だ。

 本来なら別の相手に預けて一定期間育成することで進化させるが、ポケモン図鑑を持つ者なら、通信交換を行う事でその育成期間を大幅に短縮させられる。

 アキラが大急ぎで二匹をこの場で進化させた理由は二つある。

 

 一つは二匹ともみずタイプであること。

 そしてもう一つが――

 

「”みずでっぽう”だ!」

「えっと、こっちも”みずでっぽう”!」

 

 ゴールドとシルバーが号令を掛けると、ニョロトノとキングドラはそれぞれ口から”みずでっぽう”を放つが、放たれる水の勢いと量は目に見えてかなりのものだった。

 これこそがアキラの一番の狙いだ。進化したばかりのポケモンは通常よりも大きな力を発揮することが出来るが、それが最終進化形態なら凄まじい力だ。

 ただの”みずでっぽう”でも、今だけなら並みの”ハイドロポンプ”も凌駕する勢いだ。

 

「しばらく二人に任せる! その間に俺は確実に火を消す用意をする!」

「はぁ!?」

 

 下手をすれば先程よりも火の勢いを抑えられている光景を見て、アキラは二人にそう伝えると彼らの返事や反応を気にせず、手持ち達に消火活動の一時中止と集合を掛ける。

 

「しばらくって、あの人何を考えているんだ?」

「考えがあるんだろ。それよりも目の前のことに集中しろ」

「…お前、素っ気無い態度なのに妙なくらい信用しているな」

「信用しているのは奴個人ではなくて、奴らの力だけだ」

 

 怪訝そうなゴールドに、アキラのやることに何も言わないシルバーはそう答える。

 師事している人物や今までやって来た自身の行動故に敵対関係に近いが、彼らの桁違いの実力は本物だ。

 彼らの力を知っていれば、この程度の出来事などすぐに収められることをシルバーはある意味では信じていた。

 

 そうして彼らの準備が何なのか考えながら目の前の火を消すことに集中していた時、シルバーとゴールドは頭上に何かがあることに気付く。

 見上げてみると、それは巨大な水の塊だった。

 何故こんなものが落ちることなく浮いているのか疑問に思ったが、振り返るとアキラの手持ちの何匹かが、力を合わせて水の塊に向けてまるで集中して念を送っているかの様に目を閉じていた。

 そして浮いている水の塊に、カイリューやドーブルなどの”ものまね”も含めた”みずでっぽう”が使える面々が更に大量の水を送り込み、その量を増やしていた。

 

 一連の流れを見て、二人はアキラの狙いを悟った。

 絶え間なく水を浴びせ続けるのではなくて、彼らは押し流す勢いで大量の水を浴びせることで一気に鎮火させるつもりなのだ。

 そして念の力を利用することで浮かせる形で集めていた水の塊が、今にも重みに耐え切れずに落ちそうになった瞬間、浮かせていた面々は息を合わせてそれを”焼けた塔”の上に落とした。

 破裂した水球の様に大量の水が解放され、中々消えなかった”焼けた塔”の火は、溢れる水に押し流されて、蒸気を上げながら瞬く間に鎮火するのだった。

 

「…如何にか収まったッスね」

「そうだけど、何で火の気が無いのに燃えたんだか」

 

 ようやく火が消えて、建物のあちこちから煙を上げている”焼けた塔”に目を向けながら、ゴールドは一仕事したと言わんばかりに汗を拭う。

 アキラも無事に鎮火させることが出来たのに安心はしていたが、何故火の気が無さそうな建物であれ程までに激しい火事が起きたのか謎であった。

 これもロケット団の仕業なのかと頭を悩ませるが、出していたポケモンをボールに戻したシルバーは突然”焼けた塔”へと駆け出した。

 

「あっ、待てシルバー。危ないぞ」

 

 アキラは止めるがシルバーは聞き入れる筈も無く、彼は手持ちを伴う事無く”焼けた塔”へと入っていく。

 

「あっ!! 待てよシルバー! 交換したままのニョたろうを返せ!」

「いやゴールド、火は消えたけどまだ中には――」

 

 追い掛けるべきか考え始めた時、ゴールドは本来ならシルバーの手持ちであるキングドラが入ったモンスターボールを掲げながら、彼の後に続いて行く。

 当然アキラはシルバーの時と同様に止めようとするが、ゴールドもまた聞き入れることなく”焼けた塔”へと突っ込んでいく。

 揃いも揃って、と思いながら、アキラもまた二人の後を追おうとした時だった。

 

「アキラさん! 火事は…火はどうなりました!?」

 

 遅れて駆け付けたミカンの間の悪さに、アキラは思わず遠い目になる。

 シルバーは仕方ないとしてゴールドにも制止を無視され、そんな二人を追い掛けようとしたこのタイミング。

 だけど彼女は今やって来たのだから、こっちの事情を知らないのは当たり前だ。仕方ないので、彼は二人を追い掛ける前にミカンに今の状況を説明し始めるのだった。

 

 

 

 

 

「おいシルバー! どこにいった!」

 

 アキラがミカンに状況を説明していた頃、ゴールドはまだ焼け焦げた臭いと蒸気の様な煙が広がっている”焼けた塔”の中を声を上げながら歩いていた。

 

「――えぇ、はい。情報は正しかったです」

 

 中々見つからなくて苛立ちがどんどん募って来た時、どこからかシルバーの声が耳に聞こえた。

 すぐにでも声を上げてどこにいるのか聞きたかったが、ゴールドは直感的に口を閉じて耳に意識を集中させる。

 どうやら彼は誰かと会話をしているらしい。

 

 会話の内容に聞き耳を立てながら、彼はゆっくりと静かにシルバーがいるであろう方へと足を進める。

 すると、建物の中に置かれているには不自然とも言える()()()()を目の前にした彼の姿が視界に入った。

 

「わかりました。直ちに向かいます」

 

 丁度会話は終わったのか、シルバーは手にしていたポケギアの通話を切る。

 

「…おいシルバー、俺のニョたろうを返せよな」

 

 頃合いを見計り、ゴールドはポケモン図鑑とキングドラが入ったモンスターボールを掲げながら、彼に話し掛ける。

 彼がシルバーを今日まで追い掛けているのは、今手持ちに加えている相棒との約束や彼自身の個人的な都合だ。

 これでもしシルバーが見つからなかったら、彼を追い掛ける理由がまた一つ増えることになっていたところであった。

 シルバーも無言で自身が所持しているポケモン図鑑を取り出して操作を行い、二人は先程の様に通信交換を行うのだった。

 

「よぉ、お帰りニョたろう」

 

 嬉しそうに手元に戻って来たモンスターボールに入っているニョロトノにゴールドは呼び掛けるが、シルバーは用は済んだとばかりに彼に背を向ける。

 

「あっ、待てよシルバー」

「ゴールド、さっきも言った筈だ。俺に関わるな」

「だったらさっき俺が言ったことをそのまま返すぜ」

 

 ゴールドのどこまでも追い掛ける宣言に、シルバーは溜息をつきながら心底呆れた様な反応を見せる。

 

「大体、お前はロケット団をぶっ潰そうとしているんだろ。だったらワタリだか忘れたけど、変な奴に頼る必要はねえだろ」

「――俺の目的は警察やジムリーダーを頼れば簡単に済む話じゃない」

 

 ゴールドは知らないだろうがシルバーからすれば、もし自分に周りを頼ることが出来ない事情が無かったとしても、警察やジムリーダーに自分が追い掛けている存在を止められるとは到底思えなかった。

 師事しているワタルやその彼を下したアキラなら少し可能性はあるかもしれないが、それ程までに敵の力は巨大なのだ。

 

「それでも…お前が悪い事をしたり変な奴と手を組んででも戦い抜く理由にならねえだろ」

 

 何事も一人で出来るのが一番気にしなくて好きにやれるが、そんなこと出来る筈がない。どれだけ力を持とうと頭を働かせようと、一人で如何にかするのには限界がある。

 ゴールド自身、ワカバタウンを飛び出してからこの町にやって来る間、彼は色んな人達に出会い、そして互いに助け合ったり協力を得たお陰でここまで来れた。

 旅立った期間はまだ短いが、多くの人達と協力し合ったり助け合う大切や重要性を彼はわかっているつもりだった。

 しかし、それでもシルバーは聞く耳を持たなかった。

 

「……俺がやっているのは俺自身の運命に決着を付ける為だ。どうしようと俺の勝手だ」

「シルバー」

「アキラに伝えろ。火元はこの”奇妙な岩”の周辺だとな」

「い、岩ぁ?」

 

 シルバーが指差した先にある大きくてちょっと白っぽい岩にゴールドは奇妙な視線を向ける。

 確かに建物の中にあるにしては不自然なものだが、これが火元だというのは信じ難かった。

 どういうことなのか改めて聞こうとしたが、シルバーの姿は何時の間にか音も無く消えていた。

 

 

 

 

 

「この岩が原因ねぇ…」

 

 如何にも信じ難いと言わんばかりに呟きながら、アキラは目の前にある大きな岩を観察していく。

 彼はミカンに状況の説明や関係者などに助けを求める連絡をした後、彼女と共にゴールドの後を追い掛ける形でやって来たが既にシルバーは姿を消した後だった。

 

「話だけ聞くと適当な事を口にして俺の注意を逸らした様に思えるッスけど、あいつがそんな小細工を使うとは思えなくて」

「それに関しては俺も同意見だな。確かにこの岩やその周りはおかしい」

 

 上手いこと逃げられたが、その代わりに彼が言い残した火災の原因という目の前にある白っぽい大岩。

 言われてみれば、この岩の周りが他よりも激しく燃えていた様に見えなくもなかった。

 加えてあれだけ燃えていたにも関わらず、煤や焦げ跡なども一切無い。そもそも建物の中にある時点で色んな意味で怪しい岩だ。

 

 これは何かあると判断したアキラは調べるのを続けて行くが、同時に何かを忘れている様な気がしてならなかった。

 この怪しげな岩が何か大きな役割を担っている、そんな気がするのだ。

 もう元の世界で最後に漫画と言う形でこの世界について目にしたのが昔過ぎて、さっきのゴールドとシルバーの手持ちを進化させた時みたいにどこか覚えのある光景や出来事にでも遭遇しない限り、全体的に何が起こるかはわかっていても細かいところの多くを彼は思い出せない。

 この”焼けた塔”がどういう場所なのか、アキラは憶えている限りのことを振り返っていき――

 

「――そういえばこの塔のどこかに伝説のポケモンがいたんだっけ?」

「伝説のポケモン?」

「アキラさんは知っているのですか?」

「はい、この塔で三匹の伝説のポケモンが生まれたこと、そしてこの塔が”焼けた塔”と呼ばれている理由についても」

 

 元々”焼けた塔”は”スズの塔”と同じ建物だったが、落雷によって起きた火事で二階より上は焼け落ちてしまったこと。

 その火災に三匹のポケモンが不運にも巻き込まれたが、伝説のポケモンのホウオウが三匹を生き返らせ、生き返った三匹はそれぞれ落雷や火事、そして降って来た雨の力をその身に宿したこと。

 それらをアキラは、確認も兼ねてミカンとゴールドに語る。

 

「そうです。今アキラさんが話した通り、この塔で三匹の伝説のポケモンが誕生しました」

「んじゃ、今回のロケット団の目的って、その伝説のポケモン探し?」

 

 狙っている伝説のポケモンは異なるが、ロケット団とそれを率いている存在の目的を知っているアキラからすれば、ゴールドの指摘は中々に鋭い。

 まだ憶えている記憶と状況証拠から考えて、間違いなく”焼けた塔”のどこかにエンテイ、スイクン、ライコウの三匹はいる筈だが、その居場所が全くわからない。

 一番怪しいのはこの大岩周辺だが、この岩そのものが何なのかアキラにはさっぱりだ。ゲームみたいな地下空間へ繋がっている入口だとしても、そもそもこの世界での”焼けた塔”には地下空間は存在しない。

 

「…この辺りで一旦打ち止めかな」

 

 もう少し調べたいが、八方塞がりでこれ以上の進展は無理そうだ。

 それに本来なら”焼けた塔”は、関係者以外は立ち入り禁止なので長居する訳にもいかない為、仕方なくアキラはミカンやゴールドと共に”焼けた塔”から出る。

 

 当然ながら、シルバーは去っているのでこの場にはいない。

 彼から色々聞きたかったのは確かだが、あのままじゃどう足掻いても避難所付近まで連行するのは確実。それを察していたから、シルバーは”焼けた塔”の中を調べるついでに先手を打って姿を消したのだろう。

 外で待機していたアキラの手持ち達は、戻って来た面々の中にシルバーの姿が無いのを目にして各々逃げられたことを察する。

 中でもカイリューとブーバーは特に不満なのか、腹立たしそうに荒く息を吐き、ひふきポケモンに至っては憂さ晴らしにシャドーボクシングを始める始末であった。

 

「……ゴールド、お前はこの後どうするつもりなんだ?」

「決まってんじゃん。シルバーを追い掛けるんだよ」

「宛てはあるのか?」

「無い!」

 

 清々しいまでの返事にアキラは何とも言えない顔を浮かべるが、時間が経つにつれてどこか納得した様な雰囲気に変わっていった。

 

「わかった。どうせ止めても止まんないだろうし、そもそもゴールドの冒険なんだから、好きにやれば良いよ。何だかんだ言ってそっちの方が――俺達には利が有りそうだ」

 

 止めるのではなく、寧ろ追い掛けることを勧めるアキラに、ゴールドは呆気にとられる。

 彼は頭の固い真面目な人間と認識していたので、根拠も無く動き回ることに何か小言を言われるかと思っていたのだが、逆に推奨するとは思っていなかったのだ。

 

「――んじゃ行って来るぜ!」

 

 お墨付きを貰ったと認識したゴールドは、すぐに得意気な顔を浮かべると走り去って行く。

 遠ざかっていく彼の背中をアキラは見届けていくが、カイリューを始めとした何匹かが向ける眼差しは懐疑的なものであった。

 

「ゴールドが未熟なのやシルバーに問題があることはわかっている。だけど、経緯はどうあれレッド達みたいにポケモン図鑑を手にした彼らが動き始めたんだ。彼らが行くところに必ず何かが起こる」

 

 納得出来ていない一部の手持ち達に、アキラは自身の考えを伝える。

 ゴールドが無鉄砲且つ無謀でどこか楽観的で危なっかしいのは確かだ。

 だけど、過去のレッド達を見て来たからこそわかるが、本当にポケモン図鑑を持つ者が向かう先では何かが起こりやすい傾向がある。

 今後この先起こる出来事に関しての記憶も薄れて来ているのだ。これから先ロケット団を倒していくのなら、闇雲に探したりするよりは彼らの行き先から目星を付けていくのが効率的だろう。

 言葉は悪いが、”泳がせる”ということだ。

 

 アキラの考えにブーバーは目を鋭く細めたり、呆れた様な息を吐きながらもカイリューも理解したのか納得する。

 が、だからと言ってワタルと繋がりのあるシルバーも泳がせるのは感情的に癪だったので、二匹は後ろからアキラの頭や脛を軽く小突いたり蹴り付けて不満なのを強調し、彼もまたそれを甘んじて受けるのだった。

 

 

 

 

 

 まだロケット団が暴れた傷跡が残るエンジュシティの町中をゴールドは走る。

 アキラにはシルバーが次に現れるであろう場所は知らないと答えたが、実は()()はある。

 ”焼けた塔”に飛び込んだ際、シルバーがポケギアを通じて誰かと会話している際に聞こえたのだ。

 

 次は”いかりのみずうみ”に向かえ、と

 

 そこが次にシルバーが姿を見せるであろう場所。

 アキラが知ったら、すぐにでも彼を追跡して捕まえるなりするだろう。そしたら、あっという間にこの冒険は終わってしまう。

 既に彼は、この冒険が単にシルバーを追い掛けるだけでは終わらないことを察していた。

 しかし、だからと言って怖気づいて止めるつもりも微塵も無かった。

 

「とことん追い掛けてやるぜ。シルバー!!!」

 

 恐らく既に向かっているであろう同じ図鑑を持つ者にして冒険の目的である彼の名を口にしながら、ゴールドは山を越えた先にある目的地へと駆けて行くのだった。




アキラ、”焼けた塔”での出来事含めたこの先の記憶が薄れていることに悩みながらもシルバーを追い掛けるゴールドを見送る。

原作での描写的に”焼けた塔”は度々燃えていたみたいなので、封じ込められたエンテイが何らかの方法でSOSも兼ねて炎を出していたんじゃないかと考えられます。
仮に”焼けた塔”のどこに三匹がいるかを憶えていても、必要なアイテムが無いので今のアキラにはどうすることも出来なかったと思います。

次回、アキラはゴールド、シルバーに続く三人目を探しに行きます。


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三人目

 ポケモン図鑑。

 ポケモン研究の権威であるオーキド博士が開発したハイテク装置にして、その名の通り、出会ったポケモンについてのあらゆる情報を記録していくものだ。

 対象ポケモンが伝説であろうとその生態などの情報を瞬時に記録、レベルや能力などのポケモンバトルにも役立つ情報の数値化、表にならないが所持してからの冒険の足跡なども集積していくという優れ物。

 そして、どういう訳かポケモン図鑑を手にした者は、必ずと言っても良いくらいその地方で起こる巨大な悪事に巻き込まれて、それを阻止する為の戦いに身を投じるという謎のジンクスも付き纏う代物でもある。

 

 しかし本来の目的はポケモンに関する生態を始めとした研究に必要なデータ収集であり、決してポケモンバトルを有利に進める為の道具でも、一度手にしたら巨悪と戦うことを定められる呪いの装備でも無い。

 そのポケモン図鑑の開発者であるオーキド博士は、現在ジョウト地方にある森の中で疲れた様に座り込んでいた。

 

 彼は先程まで道中で遭遇した野生のポケモンを捕まえようとしていたが、思う様に上手くいかず、そのまま逃げられていた。

 グリーンやブルー、途中まではレッドも熱心に主力にする以外にもポケモンを捕獲してくれたお陰で、当時カントー地方に生息するポケモン達のデータは収集出来た。

 ところが今滞在しているジョウト地方では、一向にデータ収集が進んでいなかった。

 

 何故なら新しく開発したポケモン図鑑の一つは盗まれ、もう一つは認めたとはいえ本来の目的通りに使われている可能性が低いからだ。

 その為、開発者であるオーキド博士は自らの手で残った新型ポケモン図鑑をデータ一杯にしようとしていたのだが――

 

「はぁ、年には勝てんのぅ…」

 

 昔はポケモンリーグで優勝する程の凄腕トレーナーとして名を轟かせ、三年前は予選を楽々と通過したブルーも負かしたことがある博士だが、最近は急激に体が衰えてしまったのかイマイチ冴えていなかった。

 このままでは何年経っても、ジョウト地方で確認された新種ポケモンを始めとしたポケモン達のデータが集められない。

 どうしたら良いのかと思った時、見上げた空の彼方から、こちらに向かって飛んで来るある姿が見えた。

 

 それは瞬きをしている間に距離を詰めると、土を巻き上げながら地響きを轟かせてオーキド博士のすぐ近くに着地する。

 衝撃で博士の体は軽く吹き飛びながら引っくり返るが、着地をしたドラゴンポケモンのカイリューは翼で土埃を払いながらその姿を現す。

 

「ゲホッ、ゴホ……随分と荒っぽい着地じゃの」

 

 舞い上がった土埃で咳き込みながらオーキド博士は立ち上がるが、カイリューの背中から飛行用のゴーグルとヘルメットを身に付けたアキラが顔を出す。

 

「こらリュット、もう少し落ち着いて着地してよ。勢いで飛ばされない様にしがみ付いて耐えるこっちも大変なんだから」

 

 カイリューに安全飛行を含めて注意をするが、当のドラゴンポケモンは「知るか」と言わんばかりの反応だった。

 前にゴールドやシルバーを”泳がせる”ことを伝えてからずっとこの調子だが、アキラはそれ以上は言わずに溜息を吐きながらもその背から飛び降りるのだった。

 

 

 

 

 

「ヒラタ博士からオーキド博士が俺を呼んでいると聞いてやって来ましたが、そういうことなのですね」

「そうじゃ」

 

 森の中にあった倒木に向かい合う様に座りながら、アキラはこの世界でお世話になっている居候先の博士を経由してオーキド博士が自分を呼んだ事情を把握する。

 

 理由は単純だ。

 誰かオーキド博士の代わりにジョウト図鑑にポケモンのデータを集めてくれる人材に心当たりは無いか?である。

 

「もう藁にも縋りたいくらいじゃ。それこそアキラ君が良ければ君に頼みたいくらいに」

「困っているのはわかりますが、俺に任せたら一生終わらないですよ。それに手持ちに加える気が無いポケモンを探し続けるよりも別の事に時間を割きたいです」

「はは…そうじゃの」

 

 アキラが持つ気が無いことはオーキド博士もわかっている。

 本人の興味が薄いことに加えて、荒っぽい出来事ばかり経験してきた影響で彼の手持ちは、レッド以上に相手を倒すことに特化している。

 それだからなのか、手持ちも相手が何であろうと手加減をあまりしてくれないこともあって、アキラはまともな形でポケモンを捕獲した回数は非常に少ない。

 他にも手持ちポケモンとの関係も普通のトレーナーとは変わっているなど、そもそもあらゆる面でポケモン図鑑のデータ集めをするのに向いていない人材だ。

 

 一方のアキラは、シジマの言い付けでクチバシティで休養を取っていたが、急な連絡に何事かと思って急いで飛んで来たが、思っていたよりもオーキド博士の悩みは大きそうであった。

 カントー地方のポケモンのデータはレッド達のお陰で収集出来たが、ジョウト地方では図鑑を持っている二名は全く興味が無いのだから、深刻と言えば深刻だ。

 

 確かに向いていないとしても、実力を把握しているトレーナーに藁に縋りたくなる気持ちで任せたくなる。

 それでもアキラは貰う気は微塵も無いが、オーキド博士の様子を見ると何かしらの形で力にはなりたくなった。博士がどういう形で会うのかは微妙に憶えていないが、少しくらい早めても問題無いだろう。

 

「――ハッキリと確認はしていませんけど、ポケモン捕獲の専門家と言えるオーキド博士が求めているのにピッタリと思える人を俺は知っています」

「何!? 本当か!?」

 

 これ以上無く相応しいであろう人材に関する情報提供にオーキド博士は驚きの声を上げる。

 

「ただ、そういう人がいるという話を聞いた程度しか知らないですよ」

「それでも構わん! その人はどういう人物なのじゃ!? どこにおる!?」

 

 あまりの食い付きと迫りっぷりにアキラは思わず腰が引ける。

 それだけデータ収集が進まなかったのは、深刻だったと言うことだろう。

 

「クリスタルって、名前の人です」

「ほう、その人が捕獲の専門家なのじゃな。どこにおる?」

「キキョウシテイにいると聞いていますけど、どういう人物かは具体的には知らないです」

「むむ、ならすぐにでもキキョウシティに向かってそのクリスタルという人物を探すか」

「あの…何回も言っていますが、本当にいるのかわからないですよ」

「構わん! このポケモン図鑑にデータを集めるのに適している人がいるのなら、例え火の中水の中森の中でも向かうわ!! そうと決まれば一旦研究所に戻って支度じゃ!!!」

 

 気力を取り戻したオーキド博士は、それから勢いのままに立ち上がると老体であるにも関わらず砂埃を巻き上げる程の勢いで走り去って行く。

 アキラとしては知っているには知っているが、実際に”クリスタル”がキキョウシティにいることは確認していない。

 

「――念の為、今キキョウシティに彼女が本当にいるのか見て来るか」

 

 自分が関わったことで、意図せず何かしらの影響で知らず知らずの内に変化している可能性も無くは無い。下手をしたら、キキョウシティにはいるが運悪くすれ違ってしまう可能性もある。

 自分が教えたのだから、それだけは予め阻止しなくてはならないと思いながら、アキラは立ち上がった。

 

 

 

 

 

「ボロい…ていうか大丈夫なのかあの建物」

 

 上空からカイリューの背に乗ったアキラは、双眼鏡から見える先にある建物に対して正直な感想を漏らす。

 それはパッと見は時計塔も備えた小さな学校の様な建物だが、全体的に斜めに傾いており、今にも崩れそうだった。

 安全面で色々気になることだらけだが、今回アキラの目的は別にある。

 

 改めて双眼鏡から建物周辺を観察すると、穴だらけでボロボロの塀に囲まれた校庭の様な遊具がある敷地内で、幼い子供や多種多様なポケモン達が遊んだりして各々過ごしているのが見える。

 その中でエプロンを身に付けた他の子達よりも一回り年上と思われる少女を見付ける。

 

 彼女こそ、三人目のジョウト地方のポケモン図鑑を手にする捕獲の専門家である少女――クリスタルだ。

 その過去と経歴故に後ろめたい事や非合法な手段でも躊躇しないシルバー、軽い性格と振る舞い故にトラブルメーカー気質であるゴールドなどの問題だらけの二人に対して、彼女は真逆の品行方正で超が付く程に真面目な少女だ。

 当然、ただ真面目なだけでなく二人と同じくらい芯の強さを持っており、その点も後に出会う彼らにも認められている。

 

 前に会ったゴールド達同様に、アキラは彼女がどういう人間かはある程度知っているが、本当に十代前半の少女かと思いたくなるレベルで彼女は人として出来ているのが彼の中での印象だ。

 あの建物含めて何もかもボロボロであるポケモン塾を、今みたいにボランティアとして手伝うだけでなく、後にオーキド博士からデータ収集の依頼を引き受けた際の報酬として立派な建物に立て直すのだから、彼女がどれだけあの塾とそこで暮らしている子ども達を大切に想っているのかが伺える。

 

「リュット、少し離れた場所に静かに着地をお願い。――静かにだよ」

 

 彼女がいることを確認して、アキラはカイリューに念を押して伝える。

 普段からやっている大きな揺れと土埃を起こしながらの着地は勿論、上空を高速で通り過ぎた際に起こる強風や衝撃波を受けただけでも建物は崩れそうなのだ。

 ある意味では、”焼けた塔”以上に慎重にしなければならない。

 

 流石のカイリューも小さな子ども達がいる建物を崩す恐れがあることは避けたいのか、変に反抗はせずに彼の言う通りポケモン塾から少し離れた場所に可能な限りゆっくり静かに着地する。

 続けてアキラは背中から降りると、カイリューをモンスターボールに戻してポケモン塾を目指して歩き始める。

 

 目的は当然。クリスタル――通称”クリス”との接触とオーキド博士が彼女の力を必要としていることを伝える事だ。

 オーキド博士はキキョウシティ中を探し回る気満々であったが、今の内にクリスにオーキド博士がその力を必要としていることを話せば、後はこっちが博士と連絡を取って引き合わせるだけだ。

 そう考えながらボロ過ぎて門の形を成していないポケモン塾の門をくぐろうとした時、唐突にアキラは足を止めた。

 

「…何をやっているんだあいつ?」

 

 彼が視線を向けた先に、隙間だらけのボロボロの塀から塾の敷地内を覗いている小さな人影があった。

 一瞬だけ不審者の可能性が浮かんだが、見えている人影はかなり背が小さくてどうやら子どもっぽかった。

 ポケモン塾の子なら別に放って置いても良かったのだが、遠目でもわかる長い金色の髪と極端に小さな姿がアキラの中で引っ掛かっていた。

 

 自分はあの子を知っている。

 だけど、一体誰なのか思い出せなかった。

 

「顔を見れば思い出せるかな?」

 

 このまま考えても埒が明かないと判断して、アキラは塀の隙間から中を覗き見している子どもに近付く。

 一方、子どもの方は彼が静かに近付いていることもあったが、意識を塾の敷地内へと向けているからなのか、すぐ背後まで近付いたのにアキラには気付いていなかった。

 そんな様子を見て、彼は思い切った行動に出た。

 

「君何してるの?」

「!?」

 

 全く意識していなかった背後から急に声を掛けられたことに驚いたのか、覗いていた金髪の子どもは慌てて振り返ろうとする。

 が、その時塀に体重を掛けてしまい、ただでさえボロボロだった塀は、そのまま金髪の子どもと一緒に倒れる様に崩れてしまった。

 

 その光景に、アキラは声を掛けた当初の目的を忘れて唖然とする。

 塀がボロボロなのは知っていたが、まさかこうもアッサリ壊れるとは思わなかったのだ。

 しかも塀が壊れた音に気付いたクリスを始めとした塾の子供達が、こちらに視線を向けたこともあって状況的にかなり気まずかった。

 

 これでは自分の方が不審者では無いか。

 

 話せばわかって貰えると思うが、どうやって弁解しようかと慌てて頭をフル回転させ始めたその時だった。

 アキラがいるのと別の方角にあった塀が突如として音を立てて崩れ、悲鳴が上がった。

 

 すぐにそちらに目を向けると、無数の赤い流体の様な姿をしたポケモン――ようがんポケモンのマグマッグがポケモン塾の敷地内に我が物顔で入り込んでいた。

 当然、敷地内にいた子ども達は突然の野生ポケモンの侵入にパニックになって各々逃げ出し始める。

 そんな中、アキラは逃げ遅れてマグマッグ達に取り囲まれそうになっている子どもがいることに気付くと、すぐに意識を切り替えてモンスターボールを両手に動いた。

 

「ギラット! バルット! 奴らを蹴散らせ!」

 

 投げたボールから飛び出したサナギラスとカポエラーの二体は、飛び出した勢いのままに三匹のマグマッグをまとめて”たいあたり”で吹き飛ばす。

 その間にクリスは逃げ遅れた子どもの元へ駆け寄り、急いでその場から離れる。

 ”たいあたり”を受けたマグマッグ達は、すぐに起き上がるとそれぞれ口から”ひのこ”を飛ばし、対峙していた二匹は飛んで来た無数の火の玉を軽々と避ける。

 しかし、何時もならその判断で良かったのだが、今回ばかりは良くなかった。

 避けた”ひのこ”が飛んだ先には、塾の子ども達と彼らの避難誘導をしているクリスがいたからだ。

 

「しま――」

「危ない!!」

 

 彼女達へ飛来する無数の”ひのこ”を何とかするべくアキラが動こうとした時、塾を覗いていた子どもの方が彼よりも先に動いた。

 予想外過ぎる事態にアキラは一瞬混乱するが、鋭敏化した目で良く観察しなくてもクリス達の元へ駆け出したその子の行動は、考えるよりも先に体が動いた衝動的なものにしか見えなかった。

 

「無策で飛び込むな!!」

 

 声を荒げながらアキラは、自身の手持ちの守りの要と切り札を繰り出す。

 カイリューとエレブーは、ボールから飛び出すと電光石火の速さと瞬発力でクリスの元へ走る子どもを追い越してクリス達の前に立つと、カイリューは巨体を壁の様に活かし、エレブーは両腕を振るって次々と飛んでくる火球を片っ端から防いでいく。

 クリス自身戦えない訳ではないが、今彼女は塾の子ども達の避難に手一杯だ。避難が終わるまでは、彼らには流れ弾も含めた攻撃を防いで彼女や子ども達の安全を確保して貰う。

 その間にアキラは、飛び出した金髪の子どもへ駆け寄ると自分の背に隠す様に立ち回る。

 

「下手に動かずに俺の後ろにいろ。ギラット”いやなおと”! バルットは”こうそくスピン”!!」

 

 釘を刺すと、矢継ぎ早に手持ちに次の動きを伝える。

 サナギラスが耳を塞ぎたくなる不快音を放ってマグマッグ達の動きを鈍らせ、その隙を突く形で頭部の突起を軸にカポエラーが高速回転してマグマッグ達を蹴散らしていく。

 本当なら大技で一気に仕留めたいところだが、そんなのを使ったら衝撃でただでさえ傾いている建物が崩れてしまう恐れがある。

 なので威力は低いが、アキラは時間を掛けて規模の小さな技で倒していくつもりだった。

 

「おーい! アキラ君!!」

「え? オーキド博士?」

 

 如何に周りに影響を出さずに手早くマグマッグ達を倒すか考えていた時、遠くからオーキド博士が息を切らせて駆け付けたのにアキラは気付く。

 

「何で博士がここに? もう探しにキキョウシティに来たのですか?」

「いや確かにキキョウシティに来る予定じゃったが……それよりも、あのマグマッグ達はさっき儂が捕獲し損ねたポケモンじゃ!」

「そうですか。ならさっさと片付けるに限りますね」

「いや待つんじゃアキラ君」

 

 マグマッグ達を圧倒して今にも倒しそうなサナギラスとカポエラーに止めを刺すことを伝えようとした時、オーキド博士はストップを掛ける。

 

「今この場で奴らを倒したとしても、また暴れる可能性がある。ならば出来ることなら捕獲した方が良い」

「それは…確かに一理ありますね」

 

 手持ちのブーバーが野生だった頃と比べると、目の前のマグマッグ達は単に気性が荒いだけで賢く無さそうなので、ここで倒したり追い返してもどこかで何の考えも無く同じことを繰り返す可能性は高い。

 オーキド博士の提案にアキラは納得するが、だからと言ってすぐに捕獲を行えるかと言うとそうではない。

 彼が捕獲時に使用するモンスターボールを撃ち出せるロケットランチャーは、現在大破して今はカツラに預けて改良も兼ねた修理中なのだから。

 

「”捕獲”…ですか?」

 

 やりにくくても素手でモンスターボールを投げるかと考えていた時、子ども達の避難を終えたらしいクリスがアキラとオーキド博士の会話を聞いていたのか小さな声で尋ねる。

 

「ん? あぁ、出来れば()()した方が後々の被害も抑えられるからの。それよりお嬢ちゃん、危ないから下がって――」

 

 オーキド博士がクリスに下がるのを伝えた直後、彼女は身に付けていたエプロンを脱ぎ捨てた。

 突然の彼女の行動に博士はビックリするが、アキラはその鋭い目付きと動きからクリスが取るであろう次の行動を察し、声を張り上げた。

 

「ギラット、バルット、下がれ!!!」

 

 それからはあっという間だった。

 アキラの声が届いたサナギラスとカポエラーが距離を取った瞬間、クリスが出したルージュラの進化前であるムチュールの”くろいまなざし”がマグマッグ達を捉えた。

 既にマグマッグ達に逃走するだけの体力は無い状態ではあったが、続けて出て来たパラセクトが背中に背負ったキノコから放った”キノコのほうし”によって、ようがんポケモン達は呆気なく眠りに落ちる。

 そしてクリスは、どこからか取り出した変わった形状のモンスターボール数個を宙に浮かせると、それらを正確且つ素早い足捌きで蹴り飛ばして瞬く間にマグマッグ達をボールの中に収めたのだった。

 

「”捕獲”完了しました~」

 

 一仕事終えたと言わんばかりにクリスは一転して笑顔で告げるが、オーキド博士は驚きのあまり口をあんぐりと開けていた。

 一見してごく普通の少女が手際良く捕獲に最適な行動を取り、あっという間に野生のマグマッグ達を捕獲したのだから、理解が追い付いていなかった。

 アキラの方はオーキド博士とは真逆に口を固く閉じていたが、信じ難いと言わんばかりの表情で瞬きを繰り返していた。

 だけど彼の場合、驚きの種類は博士と異なっていた。

 

 正確に素早くモンスターボールを目標目掛けて投げるだけでも難しいものだ。

 だからアキラは、大掛かりな装備ではあるが狙い通りの場所へ速く飛ばせるロケットランチャーを使用していた。

 

 だがクリスは、手よりも正確に目標目掛けて飛ばすのが難しい足で、複数のモンスターボールを一つも外すことなく正確に蹴り飛ばしたのだ。

 元の世界ではサッカーをやっていたアキラにとって、足でボールを扱う難しさはそれなりに知っている。

 幾ら彼女がモンスターボールを足で蹴り飛ばすことを知っていたとしても、実際に目の当たりにすると彼女が実現している一連の動きと技術は人間技とは思えないくらい衝撃的だった。

 

「ア、アキラ君…ひょっとして彼女が……」

「え…えぇ……彼女が俺が話した…ポケモン捕獲の専門家…です」

 

 オーキド博士の問い掛けにアキラは肯定するが、二人ともまだ驚き過ぎて状況の理解が進んでいなかった。

 

「初めましてオーキド博士と()()()()、わざわざ来て頂いただけでなく子ども達を守る為に戦ってくれてありがとうございます」

 

 そんな二人を前にマグマッグ達が入った変わった形状のモンスターボールを回収したクリスは、感謝の言葉を述べながら礼儀正しく頭を下げる。

 

「あ…えっと、ごめん。俺はオーキド博士とは知り合いだけど、助手じゃないんだ…ていうか何で博士が来るのを知っていたの?」

「あら? 私は前にマサキさんという方を経由してメールをお送りした筈ですが」

「実はアキラ君、君の話を聞いた後にマサキ君からポケモン図鑑のデータ集めを手伝ってくれるのを名乗り出た人物がいるという連絡があって」

「…それでオーキド博士はここに来たと言う事ですか」

 

 つまりオーキド博士の元へ訪れた段階で、アキラが博士に彼女の存在を教えても大して何にも変わんなかったということだ。

 無事にオーキド博士が残った最後のジョウト地方のポケモン図鑑を託せる彼女に会えたのは良かったが、何だか無駄足をした気分だった。

 

「えっと、君がポケモン図鑑のデータ収集をやってくれると言う」

「はい。クリスタルと言います。クリスと呼んでください」

 

 改めてクリスはオーキド博士とアキラに自らの名を告げる。

 アキラは彼女が何者かは既に知っているが、初対面であるオーキド博士は目の前の彼女が捕獲の専門家であることに驚いているのか、また唖然としていた。

 

「クリスタル…さん」

 

 これで用事は済んだとアキラが考えていた時、彼女の名を口にする小さな声が耳に入る。

 そのタイミングで、彼はさっき咄嗟に自分の後ろに隠した子どもの存在を思い出す。

 クリスが捕獲に動いてからの流れが衝撃的過ぎて、この子は何者なのかという疑問も含めてすっかり忘れていた。

 

「あっ、君。ダメじゃないあんな危ないことをするなんて」

 

 クリスもアキラのすぐ後ろの足元にいる金髪の子どもに気付くと、彼女は彼の先程の衝動的な行動を叱る。

 しょうもないイタズラをした子を叱る様な軽いものだったが、彼女に怒られたのがショックだったのか金髪の子どもは弱々しく「ごめんなさい」と素直に謝りながら顔を俯かせる。

 

「君、塾の子じゃないみたいだけどお名前は?」

 

 見掛けない顔だと気付いたのか、クリスはなるべく目線の高さを同じにするべく体を屈めて名前を尋ねる。

 アキラも見下ろす形で足元にいるその子の様子を窺うが、彼はまるで恥ずかしそうにもじもじしていた。耳を澄ませればか細い声で何か言っているのは聞こえたが、上手く聞き取れないくらい小さい声だった。

 

「……ルド…」

「? ごめんなさいもう一度教えてくれないかしら?」

 

 聞こえなかったことを軽く謝りながら、クリスはもう怒っていないことを告げるかの様な優しい笑顔で改めて尋ねる。

 すると金髪の子どもは頬を赤めたが、意を決して声を振り絞った。

 

「え、エメラルドです。クリスタル…さん」

 

 足元にいる子どもの名前を耳にした瞬間、アキラは彼が何者なのか、何故ポケモン塾の塀にいたのかを思い出した。

 長い金色の髪、二頭身とも言える小柄な体格、そして何より特徴的なのが額に付けている翠色の宝石みたいな装飾品。

 

 エメラルド

 将来、今話しているクリスの後輩になる少年だ。

 

「そうか…そうだったのか」

 

 この時、彼が故郷を離れてこのポケモン塾にやって来たこと。

 そして後に図鑑所有者になることを目指す切っ掛けになるクリスに会ったこと。

 全てをアキラは思い出した。

 

 本来なら、彼が彼女とこうして顔を合わせて出会うのは、まだ大分先の筈ではあった。

 だけどエメラルドの反応を見たら、さっきオーキド博士にクリスのことを教えた時と同様に、少しくらい早くても良いかとアキラは思うのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「買うものは、これでよしっと」

 

 両手に持った紙袋の中身を確認したアキラは、買ったものを詰めた袋をぶら下げながら今いるコガネデパートの出口へと向かい始めた。

 途中で出入り口付近でガイドらしい人に連れられた団体らしき集団が見えたので、アキラは邪魔にならない様に道を譲る。

 さり気なく団体にチラリと目をやると、服装などから見るに別地方から来たのを窺わせる格好の人達だった。

 最近は移動技術が格段に進歩して他地方との行き来が随分と楽になったので、あの団体もその恩恵を受けた一団なのだろう。

 

 そんなことを考えていた時、持ち歩いていたポケギアが鳴り始める。

 

「もしもしアキラです。――はい……えぇ、これからそちらに戻ります」

 

 歩きながらアキラは、コガネシティの外れに構えている育て屋老夫婦の一人と話す。

 帰りが予定よりも遅かったので連絡を入れたみたいではあったが、機械越しに伝えられる内容に返事を返して、アキラはポケギアの電源を切る。

 

 予定よりも少し時間を費やしてしまったが、訪れた目的を達成することが出来たこともあって、彼は満足気に歩きながらデパートの中を何気無く見渡す。

 少し前までロケット団が引き起こした色々と面倒な騒動や事件がジョウト地方各地で起こったものだが、デパートに訪れている人達の表情は明るかった。

 

 今までアキラは、様々な理由はあれど、ロケット団との敵対を始めとした普通の人なら経験しない荒っぽい戦いに数多く首を突っ込んできた。

 力を付ければ自由に動ける様になるだけでなく、目的の障害や自分や親しい人達にとって脅威になる存在も排除することが出来る。そう考えて今まで鍛錬を重ねてきた。

 だけど、激しい戦いを経験すれば経験する程、今みたいに穏やかに過ごせる平和が如何に大切なのかも身に染みて実感していた。

 

 アキラ自身、ポケモンリーグでレッドと戦った時に抱いた、戦いの中で自分達が持てる力の全てを思う存分発揮して勝利したい気持ちは凄く好きだ。

 だけど、”勝ちたい”という気持ちを抱いて戦うのと、”勝たなければならない”という気持ちを抱いて戦うのは、似ている様で全然異なっている。

 

 この先、アキラが知る限りでは他地方とはいえ、まだまだ戦いが起こる。

 わざわざ移動が大変な他地方にまで出向いてまで自分達がそれらに関わるべきかはまだハッキリ考えていないが、これまで通りならこの平穏な時間に休息は勿論、目指している目的を果たすことも視野に入れた鍛錬に費やしていただろう。

 けど、今のアキラは今回依頼されたコガネ警察へのポケモンバトル指導みたいに、自分のこと以外にも()()()()()()()()()()()()が色々あった。

 

「よ~し…帰るか」

 

 体を伸ばしてリラックスをしたアキラは、外に出るとカイリューをモンスターボールから出す。

 出てきたカイリューはアキラが自身の背によじ登って乗ったことを確認すると、日が落ち始めたことで赤く染まったコガネシティの空を舞うのだった。




アキラ、三人目の図鑑所有者になるクリスと将来図鑑所有者になるであろうエメラルドに出会う。

ポケスペ世界は独自の方法と技術でボールを投げるのが度々見られますけど、中でもクリスと彼女の真似と言う形で身に付けたエメラルドの足技は凄いと思います。
原作では色々と明かされていない謎や気になる要素が多いエメラルド。
本作ではこういう形になりましたが、個人的には原作で初めてクリスと対面したのは何時なのか知りたいので、何時の日か明かされるのを願っています。

次回、シジマに弟子入りした最大の目的に挑みます。


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VSカイリュー

 ジョウト地方最西端に位置する島にあるタンバシティ。

 その島に構えられているタンバジムの中にある道場内で、胴着を着たアキラは目を閉じて静かに座禅を組んでいた。

 傍から見ると瞑想に浸っている様に見えるが、彼は気持ちを静めながらこれまでの出来事を振り返っていた。

 

 先日、オーキド博士がクリスに会った。

 状況も状況だったので詳しい話は後日になったが、あの様子ならアキラが知っている通り彼女に最後のジョウト図鑑が託されるだろう。

 これで今ジョウト地方各地で起こっている事件や今後の戦いに大きな役割を果たすであろう三人が揃った。

 そして、エンジュシティでかなりの人数のロケット団の団員は捕まった筈なのに、新聞などで見掛けるロケット団についての報道も減るどころか増えている。

 間違いなく敵の動きは活発化していて、今後の戦いは更に激しくなる。

 

 アキラとしては、仮に新生ロケット団と彼らを率いる幹部格が束になって挑んで来ても、損害を考慮しなければ正面から打ち負かせるだけの力が今の自分達にはあることを”スズの塔”での戦いで自覚した。

 しかし、それ程までの実力を今の自分や手持ちポケモンが身に付けることが出来ても、仮面の男――ヤナギに勝つどころか渡り合えるかわからなかった。

 

 この世界の今後辿るであろう流れに関しては、数年も過ごしてきたことで多くの記憶は薄れているが、ヤナギが桁違いに強いことは今でも強烈に印象付いている。

 そのお陰で、どういう戦い方をするのかや手持ちポケモンも把握している。何時か来るであろう直接対決を想定した場合の対策なども考えている。

 だけど、知識で知っていても実際に対峙しないとわからないものはある。その為、どれだけ鍛錬を重ねたり準備をしても足りないという懸念は拭えなかった。

 

 単に倒すだけなら、元の世界から知っている通りに物事が進む様にすれば良い話かもしれないが、出来ればそんな見て見ぬ振りなどしたくはない。

 それにアキラとしては、今年開催されるポケモンリーグは無事に開催させたい望みがあった。

 シロガネ山でナツメに告げられた様に、このまま行けば今年のポケモンリーグは大きな被害を受けてしまうだろう。

 ヤナギがポケモンリーグで暴れるのは、自身の目的を達成するだけでなく手の込んだ壮大な陽動も兼ねているので、無事に開催させたいなら開催前にヤナギを如何にかする必要がある。

 

 ならばジムリーダーという立場を逆に利用して直接戦う以外の方法で抑えるのも手だが、「ヤナギ=仮面の男」であることを決定付ける証拠は殆ど無い。

 仮に証明出来たとしても、ヤナギはジムリーダーの地位を平気で捨てるだろうし、自分以外のジムリーダー全員が相手でも乗り切れる自信がある気がする。

 どれだけ考えても、良い案は浮かんでくれなかった。

 

「気持ちが乱れているぞアキラ」

 

 背後から現れた師であるシジマに指摘されて、アキラは閉じていた目を開く。

 何時もなら師の気配に気付けたが、考えて行く内に焦っていたのか、気持ちを静めるどころか無意識の内に拍動や呼吸が少し乱れていた。

 

「お前達は強い。トレーナーの立場で無くても、何事も強い方が良いのは確かだ」

 

 こちらの内心を見透かしたかの様にシジマは語り始める。

 弟子入りしてからの鍛錬への取り組む姿勢から、目の前の弟子がロケット団の復活を確信していたかは定かではないが、今ジョウト地方は大変な状況だ。

 かつてのカントー地方みたいなことにならない様に、警察や各地のジムリーダー達が全力を尽くしているが、それでも手が足りない。

 ”スズの塔”付近での被害状況や逮捕した団員の証言からも、もしアキラがいなかったらエンジュシティはもっと酷い被害が出ていた可能性は十分に考えられた。

 それ程までに今の彼とポケモン達は大きな力を秘めており、彼らも自覚している。

 

「だがな。どれだけ強くても望んでいること全てが実現出来るかと言えば、そんなことは無い」

「……はい」

 

 力があれば自由に出来ることは増える。

 それはアキラ自身、良く理解しているのと同時にこの世界で強くなることを望んでいる理由の一つだ。

 しかし、どれだけ力があっても何もかも自分の思い通りに行くかとなれば、答えはノーだ。

 その答えと理由も、アキラは元の世界から見て来た視点を通じて良く知っている。

 

 今以上に大規模な組織と伝説のポケモンも戦力として有していたサカキは、最終的には組織を壊滅に追い込まれるだけでなく本人もレッドに敗れた。

 大嫌いなワタルも、一個人で一地方を相手に喧嘩を売れるだけの実力を有していたが、戦いの末に敗れて結局は野望を果たすことは出来なかったのだ。

 

 力はあった方が良い事には変わりないが、どれだけ強くなれたとしても全て思い通りにするのは無理だ。わかっていたつもりではあったが、シジマに諭されたこともあって、アキラは気持ちを新たにする。

 

 悩み全てが解決した訳では無いが、それでも師と話せたことで気持ち的に楽になれた。

 気を取り直して、今度は次の鍛錬を行う気持ちを作る為に改めて精神統一を行おうと目を閉じて深呼吸を始めた直後だった。

 

「アキラ」

 

 さっきよりも神妙な声色で、シジマはアキラの名を呼ぶ。

 そして彼は意外なことを口にした。

 

「そろそろ手持ちの練習相手をする()()()()をやっても良いと俺は考えている」

 

 その言葉にアキラは再び目を開け、シジマが言っている”次の段階”が何かを察した。

 少し前から、アキラはミットなどの練習用具を構えて正面から手持ちポケモンが繰り出す攻撃を受け止めながら、その動きを観察するなどの様々な鍛錬をシジマの監督の元で行う様になった。

 ある程度は練習経験を積んだので、何時でも”次の段階”を彼は行える筈ではあったが、ちょっとした理由もあって先延ばしになっていたが、ようやく許可が出た。

 

「わかりました。道具は好きに使ってもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 数十分後、アキラはタンバジムの道場内でシジマや互いが連れているポケモン達が見守る中、自身の身長よりも若干短い鉄パイプみたいな棒を振り回していた。

 勿論、ただ単に振り回しているのでは無くて、棒を持った時の動きや扱い方を確かめるウォーミングアップの為だ。

 格好もさっきまでの胴着ではなく青いジャケットを脱いでいる以外は普段の服装だったが、それでも動きに支障が出ない程度に肘や膝などの体の各部にプロテクターを身に付けており、道場内の空気は張り詰めていた。

 

「…何時でも良いです」

「そうか」

 

 棒を振る時の感触や感覚はある程度掴めた。

 これから行う”手合わせ”に向けた準備は万端だ。

 

「言っておくが、俺が止める様に言ったらすぐに止めるんだぞ」

「わかりました」

「――他も常に万が一に備えて、何時でも止められる様に見ているんだぞ」

 

 シジマの呼び掛けに、道場内で囲む様に座っていた彼の手持ちだけでなくアキラの手持ち達も真剣、或いは緊張した顔で頷く。

 ブーバーやゲンガーなどの一部の手持ちは聞き流し気味だったり聞いている様な態度では無かったが、それでもその目はこれから行われることに強い関心を抱いていた。

 そして一匹だけ、他とは違う鋭い目付きでアキラを見ていた。

 

「よし。リュット、()()

 

 アキラがそう促すと、立ち上がったドラゴンポケモンは小さな地鳴りを鳴らしながらゆっくりと歩き、まるで()()()()かの如く彼の前に立つ。

 

「改めて言うが、これから行う()()()()は勝ち負けを決めるものでは無い。互いに相手の出方を予測すること、考え続けることを忘れるな」

「はい」

「カイリューの方も、技の使用は一切厳禁だからな」

 

 一切の気の緩みも無くアキラは返事を返し、カイリューもシジマからの注意に頷く。

 

 彼らがこれから行う手合わせ。それはポケモンとのスパーリング――即ち模擬戦だ。

 

 ポケモンと人間が直接行う実戦形式の戦い。何も知らない人間が聞けば耳を疑う様な行いだ。

 だが、この訓練こそがアキラがシジマに弟子入りした最大の目的を叶えるのに重要な位置付けにある。

 

 極限にまで追い詰められた時に彼とカイリューが経験する一心同体と言える感覚。

 未だに至る理屈や科学的にはどういう現象なのか不明な現象だが、彼の師であるシジマも長いトレーナー人生の中で彼らの様な感覚を何回か経験したことがあった。

 当然その感覚が齎してくれる利点に気付かない筈が無く、ポケモンとの連携や意思疎通を高めていくのは勿論、自らの肉体も徹底して鍛えるなど、その感覚を物にする為に様々な試行錯誤と鍛錬を重ねて来た。

 その過程でシジマは、”トレーナーが身をもって力と技を研ぎ澄ますことでポケモンと心を通わせる”ことが必要であるという考えに至った。

 

 ではどうすれば、一心同体と言える程までにポケモンと心を通わせることが出来るのか。

 今アキラ達がやろうとしているトレーナーとポケモンが直接試合形式での手合わせは、その目的を叶える鍛錬の一つとシジマは位置付けている。

 

 正に”拳で語り合う”を実践すると言わんばかりの方法であったが、当然ただ単に”拳で語り合う”ことをしても望んだ効果が得られないことは、シジマ自身わかっている。

 この鍛錬の一番の目的は、互いに常に相手の動きや考え、気持ちを予測、或いは意識して頭に浮かび続けられる様にすることだ。

 

 相手の動きを予測し続けるのは普段の戦いでも必要な技術だが、考えていることまで予測するとなると良く観察するだけでなく、相手を深く理解している必要もある。

 そうして互いに相手が仕掛けてくる攻撃を予測によって上手く回避したり防ぐ回数が増えていけば、それだけ互いに相手の考えや思考を良く理解出来ていることを意味しており、戦っている際の心身共に最大限に活用することでの負荷や緊張感も相俟って、やがてはアキラが知る一心同体とも言える感覚の境地へと至れる。

 と言う理屈らしい。

 

 普通のトレーナーが聞いたら本当なのかと疑いたくなる様な考えではあるが、これでシジマは稀に至れる時があるのと、これから実践するアキラは納得している。

 ”相手が考えている事や気持ちを意識して頭に浮かべ続ける”ことの必要性についてだが、互いの思考が通じ合う感覚を考えると、お互いの考えや気持ちなどがズレていては心を通わせることなど出来る筈が無い。

 実際、イブキとの戦いで追い詰められた際にシジマの教えをある程度実践したところ不完全ながら覚えのある感覚に至れたから、方向性は間違っていないと思われる。

 そしてトレーナーが手持ちと直接戦うことの必要性についてだが、使う機会と言えば戦いの場なのだから、トレーナー自身も戦いの場に直接身を置くことで肉体と精神に負荷が掛かる状況でも意識し続けられるかを確かめる為だろう。

 何より本当に手持ちの気持ちや考えを理解し、信頼しているのなら口先じゃなくて、実際に行動で証明しろという意図もあると見ていい。

 

 何にせよポケモンとの信頼関係だけでなく、肉体的にもトレーナーも鍛えられていなければ、まず出来ないやり方だ。

 人と比べれば、ポケモンの力は人間を遥かに凌ぐ。そんな存在と鍛錬名目で模擬戦を行えば、万が一の事故も十分に考えられる。

 アキラの場合、身体能力は並みの大人さえも大きく凌駕してはいるが、それでも成長途中の少年だ。その為、幾ら彼がやることを望んでいるとしてもシジマは慎重だった。

 だが、今日まで行う許可が下りなかった一番の理由は、アキラが戦いたかったのがカイリューだったからだ。

 

 ブーバーやエレブーなどの人型に近いポケモンなら、既に格闘ポケモンを相手に実践をしているシジマのやり方を流用すれば良い。

 しかし、ポケモンの中でも特に大きくて肉体的にも強靭なドラゴンタイプを相手にするのは未知数であった。そもそもシジマのやり方は、限り無く体格などの条件が同じであるかくとうタイプのポケモンだからこそ成立している部分が多い。

 

 その為、安全面や可能な限り対等な条件でのスパーリングを成立させる調節に彼らは手間取っていた。今アキラがガラガラのホネに見立てて手にしている鉄パイプみたいな棒や体の至る所を保護しているのも、それらの調節の結果だ。

 本当ならもう少し試行錯誤の余地があるかもしれないが、現状でもアキラは十分に満足だった。

 

「訓練だけど、こんな清々しい気持ちでお前と対峙する時が来るなんて、あの頃は夢にも思わなかったよ」

 

 最近は殆ど無いが、ミニリュウの頃は全く信用されていなかったのや今よりもずっと荒れていたので、暴れ始めたら何とか押さえようとしては反抗されて良く返り討ちに遭っていたので感慨深かった。

 カイリューの方もアキラ同様に昔を思い出していたが、あの頃のことを思うと、ちゃんとしたルール下で何の負の感情も抱くことなく、訓練とはいえこうして彼と対峙する日が来るとは思っていなかった。

 

 だけど感傷的になるのも程々に、アキラは気持ちを静めて、この”手合わせ”を行う一番の目的を意識して構える。それを見たカイリューも、目の前に集中し始める。

 

「それでは――始め!」

 

 合図と同時にカイリューは動く――ことは無く、静かに棒を構えるアキラを見据える。

 既に彼らは、互いに相手の出方を窺うだけでなく今この瞬間にも相手が何を考えているのか、どう仕掛けるのかに思考を費やしていた。

 アキラは今の自分の身体能力が規格外なのは理解しているが、それでも”人間”としての範囲でだ。下手に動けば、自分を遥かに超える身体能力を持つカイリューのカウンターが来ることを警戒していた。

 一方のカイリューもまた、先制に突っ込んだとしても今のアキラなら何の苦も無く動きを読んで流すのが容易に想像出来たので、彼が仕掛けて来るまで待つつもりだった。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()、その辺りの加減も掴み兼ねていた。

 

 しばらく互いに相手がどう仕掛けて来るのか、何を考えているのかを予測していたが、痺れを切らしたのか意外にもアキラの方から先に動いた。

 警戒した様子で手にした棒を構えながら、静かに足早くカイリューへと突っ込んでいく。

 カイリューは彼の動きに目を凝らしながら、彼の狙いを考えて、それに備える。

 

 その瞬間、アキラは手にした棒でカイリューを突こうとする。

 彼が突きを仕掛けることを読んでいたドラゴンポケモンは、突き出された棒を素早く掴む――が、手は何も掴んでなかった。

 瞬時に棒を引かせたアキラは、棒の持ち方を変えながら腰を落とすと、棒と共に体を回しながら若干無防備になっているカイリューの足を叩いた。

 

 ブーバーの”ふといホネ”で殴られるよりは痛くは無いが、それでも地味に気になる鈍い痛みがドラゴンポケモンの足に走る。

 既にアキラは反撃を警戒して、素早く体を退かせている。

 最初の突きはフェイントだったらしい。

 

 最初の攻撃は予想出来たのに、次の攻撃についての予測やアキラの狙いを意識出来なくてやられてしまったが、カイリューは気にすること無く体に力を入れる。

 こちらから仕掛けたら彼はどう対処しようとするのか考えながら、カイリューはアキラに飛び掛かるが、既に彼は目を凝らして迎え撃つ準備を整えていた。

 どんな形でも最初の一撃が決まれば、次にカイリューが取る行動が反撃なのは三年近く一緒にいたお陰で予測出来ていたからだ。

 

 鋭敏化した動体視力と反射神経のお陰で、ある程度見てから対応することは出来る。だけど、そんな後出しジャンケンみたいな動きをしてはこの手合わせの意味が無い。

 目的を忘れずに、大振りに振り下ろされるドラゴンポケモンの拳をアキラは避けると、次に横振りで繰り出された腕を棒で巧みに逸らしながら躱す。

 その直後、間髪入れずにカイリューは先程のアキラみたいに体を回して太い尾を振ってきた。

 まともに受ければ人間の体は軽く吹き飛ぶ威力だが、アキラは体を横に傾けて回転しながらジャンプをすることで回避する。

 

 それから着地と同時に、居合い切りみたいな動きでカイリューの横腹に向けて棒を叩き付けようとしたが、寸前にドラゴンポケモンは腕で防ぐ。

 判定として有りなのかどうなのかアキラは一瞬迷ったが、迷うのを知っていたかの様にカイリューは防いでから動きが止まっている棒を空いている反対の手で掴むと力任せに持ち上げた。

 当然、棒を掴んでいるアキラも棒と一緒に持ち上げられて、そのまま投げ飛ばされた。

 

「いてっ!」

 

 投げられた瞬間、やられたことを受け入れたアキラだったが、投げられる勢いが強くて上手く体勢を整え切れずに背中から床に叩き付けられる。

 全身の至る箇所を防具である程度は保護しているが、それでも痛いものは痛かった。

 判定的にこれで五分に戻せたことに気を良くしたのか、カイリューは得意気に息を吐くと小さな翼で体を浮き上がらせると彼から距離を取る。

 未だに痛む背中を擦りながらアキラはすぐに立ち上がるが、その表情は楽しそうなものだった。

 

「アキラ、カイリュー。お互いに気持ちを落ち着けろ。それと攻防が速くなると目の前の対処にばかり意識が向いて予測することが疎かになっているぞ」

「…はい」

 

 気持ちの高揚を感じていたが、師の言葉にアキラは表情を引き締め、落ち着けようと努める。

 シジマの指摘通り、攻防が激しくなると目に見える相手の出方やその対処にばかり神経が向いて本来の目的を忘れてしまう。

 やっぱり難しい、と思いながら、棒の持ち手を真ん中に変えて息を整えたアキラは、派手に棒を回す様に振り回しながらカイリューへと向かう。

 棒と腕の動き、彼の視線に注意を払い、カイリューはアキラが何を考えているのかに意識を集中させる。

 

 惑わせながら、右から仕掛けて――

 

 そこまで考えた時、カイリューは無意識に動いた。

 考えていた通りに右から振られた棒を腕で防ぐと、アキラはそれを軸に流れる様に体を回してドラゴンポケモンの背後に回り込もうとする。

 読んでいたカイリューは、尾を持ち上げるが、彼は軽やかに体を一回転させるかの様にジャンプして避ける。

 

 尻尾が避けられたら左腕を横に振る。それが避けられたら――

 

 カイリューがアキラの考えを予測していた様に、アキラもまた彼の考えや狙いを予測していた。

 こういう相手の置かれている状況や抱いている気持ちを読み取ろうとする動きは、トレーナーとして動いて来たアキラの方が慣れている。

 読み通り、ほぼ反射的に振るわれたカイリューの左腕を躱し、彼は今度こそ無防備になった腹部目掛けて棒を振る。

 だけど、カイリューは腕を振った勢いのまま、先程尾を避けたアキラと同じ動きをして避ける。

 ところが、回転させながらジャンプしていた体が着地した直後、回避した筈なのにドラゴンポケモンは腹部を棒で叩かれた。

 

「ちょっと油断したな」

 

 素早く棒の持ち手を真ん中から端に変えていたアキラは得意気に告げる。

 棒術なら状況に応じて持ち手を変えることで臨機応変に戦い方を変えられる。

 剣道の竹刀の様なタイプも好みではあるが、ブーバーの”ふといホネ”を使った戦い方を指導しつつ一緒に学んだり間近で見て来た影響なのか、持ち手を選ばない棒術の方がアキラは上手く使えていた。

 一撃離脱とばかりにすぐに退くが、調子が出て来たのかカイリューが今何を考えているのかが何となく彼にはわかってきた。

 

 さっきからやられっぱなしなのだ。少し本気を出して、一回くらい顔を殴っても間違いや運悪くで済ませられるだろうという思惑。

 

 そう考えた直後、屈める様に足腰に力を入れたカイリューは、真っ直ぐ突っ込みながらアキラ目掛けて拳を突き出した。

 割と容赦なく顔面を狙ってきたパンチなのも予想通りだったので、アキラは頭を横にズラしながらタイミング良くカイリューの腕に棒をぶつけて逸らす。

 しかし、これでカイリューの攻撃は終わりでは無かった。

 

 まるでカイリキーの様に、カイリューは両腕をフル稼働させて様々な角度からパンチを次々と繰り出してきたのだ。

 対するアキラは常に思考を絶やさずに動きを予測し続けるだけでなく、手に握る棒にドラゴンポケモンの攻撃を逸らせるだけの力を込める。それだけでなく動体視力や反射神経などの身体能力などの使える要素全てを最大限に活用して捌いていく。

 

 強大なドラゴンポケモンの苛烈な攻撃を手にした棒だけで捌くという人間離れした芸当をアキラはこなしていたが、今防げているのはカイリューがまだ本気を出し切っていないからだと言う事を彼はわかっていた。

 その証拠にカイリューはどこまで本気を出してもやれるのか試すかの様に、シジマの格闘ポケモン達から学んだ技術を意識しながら徐々に攻勢を強めていき、アキラは後ろに退きながらの防戦を強いられる。

 

 流石に辛くなったアキラは、一瞬のタイミングで体を斜め後ろに跳ばして距離を取る。

 ところがカイリューは彼が逃げることを読んでおり、ほぼ同じタイミングに大きく踏み込んで一際力の籠った拳を放つ。

 それに対してアキラは、機敏な動きで下がりながら棒を盾に受け止めたので、体は後ろに跳んだがそこまで大きく吹き飛びはしなかった。

 

「はぁ…やっぱり…はぁ…リュットは強いよ」

 

 攻撃を防ぎ続けるだけでもかなり消耗していたのか、アキラは顔からかなりの量の汗を流しながら息を荒げていた。

 肉体的な疲労だけでなく、意識してカイリューの考えていることや動きの予測を続けていた為、疲れるのも早かった。

 寧ろ、体の疲労や内から響く様な痛みよりも、頭の疲労度合いの方が深刻だった。

 バトル中に様々なことを考えて戦う経験は積んではいるが、ここまで頭と体を同時に全力で動かすのはあまり経験が無かった。だけど、この頭の疲れ方には憶えがあった。

 先程から曖昧ではあるものの予測にしては正確なイメージ、憶えのある頭の疲れ方、アキラは確信した。

 

 これが自分達が求めているものを実現する今一番近い方法だと

 

 息をする度に肩が上下する程に荒かった息を落ち着かせ、俯かせていた顔をアキラは上げるが、その顔は毅然とした顔付きに変わっていた。

 カイリューも彼の身に纏う空気がより一層鋭くなったことを感じ取り、戦っている最中に湧き上がった余計な思惑を一切忘れた。

 

 両手の拳を鳴らして迎え撃つ準備をすると、アキラは手にした棒を構えながら、さっきのカイリューみたいに一気に駆け出した。

 疲れているとは思えないスピードではあったが、カイリューはアキラが何を考えて真っ直ぐ突撃してくるのかが、()()()()()()()()()()()が脳裏を過ぎったことでぼんやりとだが確信を持って予測出来た。

 

 体がギリギリ耐えられるまでに腕に力を入れて、まるで斬撃と見紛う程のアキラの鋭い一振りをカイリューが両腕を盾にして防いだのを機に、両者の戦いにある変化が起きた。

 

 互いに休む間もなく攻撃を仕掛けたり、あの手この手で防御や避けたりしていたが、次第に戦いでありながら、まるで事前にそう動く様に示し合わせた様な動きになってきたのだ。

 

 カイリューが拳を突き出した時の勢いを利用して、アキラが引き摺り倒すかの様に転がしても、ドラゴンポケモンは上手く受け身を取ってすぐさま立ち上がる。逆にカイリューが彼を投げ飛ばすと、アキラは先程は出来なかった空中で体勢を立て直して着地をする。

 タイミングや速さから見て、防いだり躱すのが不可能に見える攻撃も、受ける寸前に逃れたり流す様にもなった。

 目で追うのが困難な速さで動いたり、一瞬の隙を突いて巧みに回り込んだりしても、対峙している方は一切目を離すことなく付いて行く。

 

「そこまでだ」

 

 そんな相手がどう対応するのか、どこまで対応出来るのかを試す様な形だけの攻防へと変化していた両者の戦いは、シジマの制止の声を機に止まる。

 

 もう少しだけ続けたかった。

 

 アキラとカイリュー、互いにそう思っていたが、今は荒くなった息を整えながら出て来たシジマに顔を向ける。

 

「どうだ? 実際に自分の手持ちと対峙してみた感想は?」

「…ちょっと昔を思い出しましたが、後ろとか離れた場所で指示を出しているだけではわからない感覚はやっぱりありますね」

「そうだ。俺達ポケモントレーナーは、離れた場所から戦うポケモンへ指示を出す。だからこそ、戦っているポケモンの気持ちや状況を正確に知る必要もある」

 

 ただ後ろからゲームコマンドみたいな感覚で指示を出しても、状況や姿勢によっては実行出来ないことはしょっちゅうある。

 そういうのもちゃんと読み取った上でポケモンを導くのもトレーナーの役目だが、アキラ達が今やっているのは、幾つかある理解する為の手段の一つだ。

 だけど今回の様に実際にポケモンと対峙することは、自身が求めているものを叶える以外にもポケモンバトルでは何かと役に立てたり気付けることも多くあった。

 

「それとかつて経験した中では弱い方ではありますが、リュットの考えや狙いが読めた様な…今もちょっと余韻が残っている不思議な感じです」

「そうか」

 

 アキラの感想に、シジマは「やはり」と思う。

 手を抜いていた訳では無いと思うが、それでも手合わせが始まった当初は互いに少し相手に気を遣っている様に見えた。

 だけどあるタイミングで、その流れは一変した。

 

 一転して互いにほぼ本気で動いていたにも関わらず、まるで予めそう動くと決められたかの様な攻防を繰り広げる様になったのだ。

 流石にカイリューは技は使わない純粋な身体能力だけだったが、何も知らなければ一人の少年がドラゴンポケモンを相手に互角に渡り合っているという目を疑う様な光景。

 だけど、ハッキリ認識していたのかはともかく、彼らは自分達が求めている一心同体の感覚に少しだけ至れたのだろう。

 

 彼らが焦ることなく相手の攻撃を避けたり防げたのも、相手がどう動くのかが事前にわかっていたからだ。そして仕掛ける側も相手がそれをわかった上で動いている。互いの考えていることや動きがわかっているが故に、気を遣ったり加減する必要性が薄れたからだ。

 そのことを証明しているのか、現に彼らは避けられるのかわからない攻撃や当たれば無事では済まない一撃を何度も繰り出していたにも関わらず、序盤に受けたのを除けば目立った外傷は殆ど無い。

 

 まさか最初からそこまで出来るとは思っていなかったが、すぐにシジマは今後の彼への指導をどうするか考えて行く。

 一度出来たからと言って、次も上手くやれるのなら苦労はしない。

 問題は練習で出来たことを如何に本番でも上手く引き出せるかだ。

 長年に渡って鍛錬を重ねているシジマでも、実戦どころか練習でも中々至れないのだ。今回みたいにアキラの方が、何かしらの適性があったとしてもまだまだ練習は必要だろう。

 

「お前がこの鍛錬をやっても問題無い事はわかった。だが、今後この鍛錬をやる際は必ず俺の立ち合いの元で行う様に。今回は何事も無かったが、下手すれば大怪我を負う可能性が有るからな。そのことは常に頭に入れて置く様に」

「…わかりました」

 

 ポケモン――中でも手持ちと対峙する状況にはアキラは慣れているが、本格的な形になると少し未知数な面があるので、シジマの忠告に素直に従う。

 だけど、内心では次の”手合わせ”の機会は何時なのかもう考えていた。

 

 もし好きなタイミングで自由自在に一心同体の感覚を使いこなすことが出来れば、その恩恵は計り知れないものだ。

 今のところはカイリューのみ実現しているが、シジマの話を聞く限りでは難しいが特別な才能などは必要無さそうなので、更に鍛錬を重ねていけば他の手持ちでも実現出来るかもしれない。

 

「…どうした?」

「? 何がですか?」

「いや、嬉しそうな顔をしている様に見えた気が…」

 

 シジマの指摘に、アキラは慌てて顔の筋肉を引き締める。が、やっぱり無意識の内に緩んでいってしまう。

 これから先のことを考えれば、強大な力を手にしても、必ず勝ち抜けていけるとは限らない。奥の手ではあるが、幾つか取れる手段の一つと考えるべきだろう。

 でも数年間求めていた悲願とも言えるものが叶えられそうなのには変わりなかったので、師の目が無かったら今すぐにでも喜びの声を上げたい気持ちでアキラは一杯だった。




アキラ、遂にシジマに弟子入りした目的達成の為にカイリューを相手にした直接対決の訓練に取り組み始める。

頻繁にはやれないけど、今後の鍛錬メニューに手持ちとのスパーリング追加。
ゲーム含めた様々な媒体を確認していくと、ポケモンと一緒に鍛えるだけじゃなくてスパーリングをやるトレーナーは案外多い気はします。

次回、何時か来るであろうその日が来ます。


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避けられないもの

 月明かりに照らされた夜の森。

 その森の中で、アキラは茂みに体を屈めた体勢で息を潜めて隠れていた。

 五感を研ぎ澄まして周囲を警戒しながら彼が視線を向ける先には、夜の暗闇故に見えにくいが無数の蠢く人影――胸にRの文字を付けた黒服を身に付けたロケット団がいた。

 

 何時もなら見つけ次第、カイリューを筆頭とした手持ちが行動を起こしている場面ではあったが、今回は全くその様子は無いどころか逆にアキラはモンスターボールの中で主張する彼らを抑えていた。

 ロケット団達に戦いを挑むのを躊躇う程の手強い存在、或いは人質がいるから慎重になっている訳では無い。息を潜めて隠れていた彼は、まるで何かを待っているかの様にそわそわしていた。

 しばらくすると手にしていたポケギアを口元に近付けて小声で囁く。

 

「先生、連絡してからもう三十分くらい経ちそうですけど、まだなのですか?」

『もう少し待て、奴らが何かしらの行動や見過ごせないことをやるまでは手を出すな』

 

 連絡相手であるシジマは止めるが、アキラとしては手持ち達の我慢は限界が近かった。

 確かに今のところは団員達がただ集まっているだけだが、様子から見て何時連中が行動を起こしてもおかしくなかったからだ。

 

 このままでは逃げられるか、戦うにしても面倒なことになる。

 

 そんな懸念が内心で更に強くなった時、ポケモンが放ったであろう強い”フラッシュ”の光が、夜の森を昼間の様に明るく照らした。

 

「警察だ! 大人しくしろ!!」

 

 拡声器越しで聞こえる力強い声と無数の人影に、隠れていたアキラは待っていたと言わんばかりの反応を浮かべる。

 ポケギアを通じて通報していたがようやくだ。彼はこの場に警察が来るのを待っていた。

 

 この前のエンジュシティでの出来事もあって、シジマはアキラにロケット団を見付けたら戦う前に、なるべく警察や自身を含めた近くのジムリーダーに真っ先に連絡することを言い付けていた。

 幾ら強いとはいえ、それはカイリューを筆頭とした強力なポケモン達を連れているからだ。アキラ自身、まだ子どもであるのと何の権限も無い一般人なので、本来ならこういう悪党退治は警察の仕事だ。

 言い付けの意図は彼も理解出来たので、緊急性や迅速な対応が要される時や場面でも無い限りは、今回みたいに警察への通報や遠目で様子を窺うだけに留める様にしていた。

 

 しかし、警察が駆け付けたにも関わらずロケット団の団員で焦っているのは少なかった。

 そして、その理由もすぐにわかった。

 

 耳を塞ぎたくなるような”ちょうおんぱ”や”いやなおと”が周囲に響き渡り、駆け付けた警察と彼らが連れているポケモン達は怯む。

 その隙を突いて手持ちポケモンを繰り出したロケット団は、トレーナーにポケモンの技が当たるのも気にせずに様々な攻撃を仕掛け始めた。

 警察も応戦をするが、先手を取られたのや敵が容赦しないこともあって、一目でわかるくらい混乱した状況に陥り苦戦を強いられていた。

 

「先生……駆け付けた警察が返り討ちに遭っています…」

 

 アキラはあまり良くない状況であることを報告すると、悩ましいと言わんばかりにシジマの溜息がポケギアから聞こえた。

 

『……やれるか?』

「すぐにでも」

 

 これ以上、様子見をするのは無理だ。

 中で「早く出せ」と更に騒ぎ始めたカイリュー達が入ったモンスターボールを手に、アキラは隠れていた茂みから飛び出した。

 

 

 

 

 

「何て言えば良いんだろうか……凄いね」

 

 目の前の焦げた草と穴だらけの地面、連行されていく団員達のボロボロな姿を見届けながら、青い和服を着た青年は思ったことを呟く。

 急な通報で掻き集められたとはいえ、ロケット団逮捕の先陣を切った十数名の警察官達は悪い腕では無かったのだが、今回も苦戦を強いられてしまった。

 そんな危うくロケット団を取り逃してしまうところだった状況を、すぐ後ろで申し訳ないと言わんばかりの雰囲気を漂わせながら立っている少年は、自分が増援として駆け付けるまでの間にたった一人で片付けた。

 

「力を貸してくれたのにこんなことを聞くのはあれだけど、人を狙う指示は出していないよね?」

「出していないです。手持ちの戦い方が…荒っぽくてそうなっているだけです。――ハヤトさん」

 

 アキラは申し訳なさそうに何回も頭を下げながらも、警察官でもありキキョウジムのジムリーダーでもあるハヤトが尋ねる内容を否定する。

 流石に直接自分に襲い掛かって来た団員は自身の手で返り討ちにしたが、手持ちポケモンにはそんな指示は一切出していない。出せば自分以外にも迷惑が掛かるのでする訳が無い。

 ロケット団には容赦しないカイリューでも、昔ならともかく今は一応そのことは理解している。だけど”意図的”なのはダメだと理解しているので、相手ポケモンを攻撃した際に”偶然巻き込む”と言う無駄に高度なことをやっている点は否定出来なかったが。

 

「……また君に助けられたよ」

「いえ、先生の許しがあったとはいえ、警察とかの立場でも権限も無いのに警察みたいなことをして――」

「いや、謝るなら僕達の方だ。本当なら僕達警察がしっかりしないといけないのに、守るべき市民に助けられたら立場が無いよ」

 

 ジムリーダーの立場にもなったハヤトから見ても、ポケモンバトルが強いと思える警察官は何人かいる。

 しかし、全体を見渡すと警察組織そのもののポケモンバトルに対する習熟度は未熟だ。

 既に一部の市民の間では、カントー地方での出来事を例に自警団を結成してロケット団に備えるところも出ている。

 本来なら警察が対応しなければならないことなのに、それだけ治安を守る存在が頼りないと見られているのだろう。

 

「君が隠れている間に聞いてくれたロケット団の話は、さっき聞き取りをした際に教えてくれたので全部かな?」

「は、はい」

 

 警察が駆け付けるまでの間、アキラはロケット団の後を隠れて追いながら、その会話に聞き耳を立てていた。

 次の作戦場所について、組織内での動向、適当な雑談など様々な内容の話全てを彼はハヤトに伝えていた。

 

「そうか。すまないけど、シジマさんへの連絡と説明はこっちでしておくから、もう少し協力してくれないかな?」

「大丈夫です」

 

 アキラとしては警察の力になるのなら、その辺りの協力は惜しまないし、今から帰るとしても遅いから宿泊先の手配はありがたかった。

 ハヤトに付いて行きながら、アキラはリュックの中からシロガネ山でナツメに渡された”運命のスプーン”を取り出す。

 

 今回のロケット団の発見は、実はこのスプーンが示した先へ向かった結果だ。

 と言っても、タンバジムへ戻っている途中に曲がったことに気付いたので、偶然なのには変わりないが。

 エンジュシティでの戦いが終わってから、しばらくの間は元の状態に戻っていたが、最近は頻繁に”運命のスプーン”は次の戦いを教えるかの様に曲がる様になった。

 そして今、ロケット団を片付けたにも関わらず、スプーンの先端は向かうべき場所を示しているのかまた曲がっていた。

 

「……えぇ」

 

 ”運命のスプーン”が示しているであろう方角にアキラは顔を向けるが、示された方向に何があるのかに気付いたのか、心底嫌そうな表情を浮かべる。

 ナツメの話を信じれば、”運命のスプーン”は自分が望んでいることや行かなければならない先を示してくれる。

 つまり、今自分が抱いている気持ちから考えると、今回の場合は後者の”行かなければならない”に分けられるものだろう。気持ち的に気は進まないが。

 

「アキラ君どうした? スプーンなんて持って、お腹でも空いたのか?」

「いえ! 持っていた野宿用のスプーンが曲がってしまっただけです」

 

 ハヤトの疑問を誤魔化しながら、アキラは”運命のスプーン”が示した先やもし行かなかったらどうなるかの可能性を考える。

 ナツメの”運命のスプーン”の的中率は、正直に言えばほぼ100%だ。

 そして今までのことを考えると、もしスプーンが示した先に自分が向かわなかったら、自分にとって良くない方に事が進んでしまう可能性が高い。

 自分の懸念が杞憂で、たまたまその方角を示しているだけの可能性も考えられなくも無い。だが、このタイミングにあの方角が示されているのなら、本当に何かあるのだろうという確信があった。

 

 それにシルバーを追い掛けているゴールドのこともある。

 実はアキラは、ポケモン塾での出来事の後にオーキド博士にゴールド達に会ったことなどについて伝えたが、その際博士に意外なことを頼まれていた。

 

 出来る事なら彼らを連れ戻して欲しい。と

 

 シルバーに関しても、本当にポケモン図鑑や研究していたポケモンを盗んだ犯人かはわからないが、今はそのことに関しての疑いや罪は一切問わないから出来れば一緒に連れて来て欲しいとも言っていた。

 理由はジョウト地方各地でロケット団の被害が広がっていることやシルバーが何かしらの情報を掴んでいる可能性が高いことから、オーキド博士やポケモン協会側がこの事態を何とかしたい事情があった。

 他にもポケモン転送システムもずっと不調というトラブルも相俟って、ロケット団関係の問題を早期に片付けたいらしい。

 シルバーを連れ戻す大義名分を得られたことは、アキラにとっては有り難かったが、ゴールドに関してはどうしようか迷っていた。

 好きにやって来い、と言ったのに連れ戻すのは何だか気が引けるのだ。

 

「……行くか」

 

 悩みに悩んで、アキラは決意をした。

 正直に言えば行くどころか近付きたくもなかったが、ゴールドの性格やレッドを含めた過去の図鑑所有者の事例を考えれば、向かっている可能性は高い。

 もし関わっているとしたら、連れ戻すには今この機会に行くしかないだろう。

 ”運命のスプーン”が示している先、その方角にある次に何かが起こりそうな場所にして敵の本拠地と言える町、チョウジタウンへだ。

 

 

 

 

 

 その日、アキラは普段外に出る際に被っている帽子を外すだけでなく、度が入っていない伊達眼鏡などの変装をして地図を見ながら歩く観光客を装ってチョウジタウン内を歩いていた。

 町の至る所には土産屋があったものの、田舎町らしく静かで人はそこまで多く無かった。

 

 ロケット団に占拠されたヤマブキシティと同じ訳では無いが、それでもチョウジタウンは様々な理由から敵のお膝元と言っても良い場所だ。

 なので途中からはカイリューの飛行では無くて久し振りに自転車に切り替えて警戒しながらやって来たが、町全体は人気が少ないだけであまり怪しい空気は感じられなかった。

 ただ、流石に町外れにある土産屋を見掛けた際は、あまりにも怪しい雰囲気がするのを直感的に察知してさり気なく回れ右をして離れたが。

 

 多分、あの怪しい雰囲気がする土産屋が、()()()()で記憶に残っているロケット団が関わっている拠点の一つなのだろう。

 しかし、怪しいと言ってもアキラの感覚的なものが感じ取っただけで明確な証拠は手元にない。なので警察に頼るのは今のところ難しい。

 仮に警察が動いてくれたとしても、前みたいに返り討ちにされる可能性も否定出来ないのが頭が痛くもあったが。

 

 何より、この町でロケット団絡みでの戦いを起こすのは、幾ら何でも目立ち過ぎる。

 救いがあるとすれば、怪しい土産屋は町から離れた場所に構えていること。

 そして、ヤナギがジムリーダーを務めているチョウジジムは、町中では無くて離れた山奥に存在していることだが、”運命のスプーン”が示したとはいえなるべく戦いは避けたい。

 

「ゴールドは、いない…かな?」

 

 危険を冒してまでわざわざやって来た目的の一つを彼は思い出す。

 少し余裕も出て来たので、途中で買った”いかりまんじゅう”を食べながら、気分転換ついでに憶えている限りでこの先に起こる出来事やゴールド達の動向を思い出していく。

 

 数日前にアキラはクリスに会ったが、今頃オーキド博士から託されたポケモン図鑑のデータ収集に勤しんでいるだろう。

 彼女はポケモン図鑑のデータ収集の為に各地を回るのは憶えているが、その間のゴールドとシルバーの動向に関しては曖昧だった。

 三人はアキラが修行しているタンバシティのすぐ近くのうずまき島で一堂に会するが、そこに至るまでの経緯も彼は良く憶えていなかった。

 

 クリス、現在ポケモン図鑑のデータ収集中。ゴールドとシルバーとはうずまき島周辺で初対面。

 ゴールド、現在はシルバーを追い掛け中、クリスとはうずまき島周辺で初対面。

 シルバー、現在の行方は不明、ゴールド同様にクリスとはうずまき島周辺で初対面。

 

「……何でゴールドとシルバーは揃ってうずまき島でクリスと会うんだっけ?」

 

 意外と重大そうなことを見落としていたことにアキラは気付き、すぐに思い出そうとするが中々思い出せなかった。

 元々原作全てを把握している訳では無いが、一年前の四天王との戦いでは、敵に関する情報やどういう流れで四天王と戦うのか全く知らなかったのでかなり困った憶えがある。

 幸い最悪の事態に発展することは無かったが、この世界で悪事を働く連中は一歩間違えれば冗談抜きで死んでもおかしくないことを平気で仕掛けて来る。

 特にロケット団など、さも当然の様にトレーナーを狙う様にポケモンに指示を出しているのだから、ちょっとした見落としや油断は命取りだ。

 

 エンジュシティからゴールドが走っていた方角は、うずまき島がある方向とは真逆。どちらかと言うと今アキラがいるチョウジタウン寄りの方角だった。

 ポケモン図鑑を持つ者は、その地方で何かしらの事件や出来事が起きていたら、向かう先々で何かしらの戦いに身を投じる。

 そしてチョウジタウンは敵の本拠地があると言える町にして”運命のスプーン”が向かうことを示した方角にある場所。

 ゴールドかシルバーの姿はどこにも見られないが、やはり何かあるだろう。

 

「ん?」

 

 これは本腰を入れてゴールド達を探した方が良さそうだと思い始めた時、人気が少ない町が妙に騒がしくなったことに気付く。

 騒ぎの元に意識を向けると何かから逃げるかの様に走る人達がいたのだ。

 事件の予感を感じ取り、すぐにアキラは慌てている人達の一人へ駆け寄った。

 

「何かあったのですか?」

「え? 君ってもしかして観光客?」

「はい。町を一通り見て回ったので、次は”いかりのみずうみ”にでも――」

「今はそこに行かない方が良い! 突然ギャラドスが大量発生したんだ! 危険過ぎる!」

 

 遮る様に次の行き先で起こっている異常事態を告げられ、アキラはチョウジタウンから外れた場所にある湖である”いかりのみずうみ”で何か起きていることを悟った。

 ”いかりのみずうみ”で一体何が起こるのかは、彼はある程度知っている。確かロケット団がポケモンを強制的に進化させる電波を流して、戦力を増やす実験を行っているという出来事。

 その時期は一体何時なのかさっぱりではあったが、どうやらロケット団は今その実験を行っているらしい。

 

「……クソ、やっぱりダメか」

 

 師であるシジマの言い付け通り、警察へ連絡するべくポケギアを取り出したが、怪電波が今も流されている影響なのか電波障害が起きていてどこにも繋がらず不調だった。

 ギャラドスは一度暴れ出せば、一匹でも町に壊滅的な被害を齎した記録もあるポケモンだ。それが大量に出現したのだ。原因がわかっているのなら、すぐに事態を収拾する必要がある。

 

「――あの土産屋に乗り込んで”はかいこうせん”をしなきゃいけないのか」

 

 町外れにある土産屋が露骨に怪しいと見ているが、アキラとしては人に向けて「カイリュー、”はかいこうせん”」をやるつもりは無い。

 だけど別に”はかいこうせん”でなかろうとその気が無いとしても、乗り込んだ時点で何の技を選ぼうとやることは傍から見たら変わらないだろう。

 カイリューを始めとした手持ち達も時間が惜しいのか、モンスターボールを揺らして戦う事をアピールしている。

 

 本当なら警察に通報したり頼りにするべきなのだが、連絡は一切通じない状況だ。それに以前の出来事を考えると、集まるのに時間が掛かる上に返り討ちに遭う可能性がどうしても拭えない。

 だけど、怪しいと感じた土産屋がロケット団の施設の隠れ蓑である保証は無い。なので一人で乗り込んで電波を発している施設を破壊しに行くよりも、大量発生したギャラドス達を鎮圧してからの方が、戦っている間に事態に気付いた警察は集まるだろう。その時に接触すれば、その後の捜査は上手くやれるかもしれない。

 どちらを優先するべきか悩み始めた時、唐突に彼は足を止めた。

 

「……ゴールドが危ないかもしれない」

 

 走って行った先の方角がチョウジタウン方面である筈なのに、どこにも見掛けないゴールド。ポケモン図鑑を持つ者は何かしらの事件に巻き込まれると言う謎のジンクス。そして”いかりのみずうみ”でのギャラドス大量発生。

 これらの要因から導き出される可能性、そして懸念が頭を過ぎり、アキラは”いかりのみずうみ”がある方角を睨むのだった。

 

 

 

 

 

「クソ! こいつらに構ってる暇はねぇのに!!」

 

 アキラが危惧していたその頃、森の中でゴールドは背後から追い掛けて来る二匹のポケモン――デルビルとアリアドスから逃げていた。

 一見すると野生のポケモンに追い掛け回されている様に見えるが、どちらもゴールドにとっては憶えのあるポケモンだ。

 

 二匹とも、以前ゴールドが迷い込んだウバメの森に現れた仮面の男が連れていたポケモンだ。

 シルバーを追い掛けて”いかりのみずうみ”にやって来たが、突然のギャラドスの大量発生に巻き込まれ、何とか事態を収拾したと思ったら今度はウバメの森以来の仮面の男が現れて、彼はシルバーと共に戦うことになった。

 ウバメの森で戦った経験から、ロケット団よりもヤバイ奴というのが彼の認識だったが、その認識は間違いでは無かったどころの話では無かったこともさっき発覚した。

 

 仮面の男の正体はジムリーダー

 

 いざ戦おうとした時、突然連絡してきたウツギ博士から伝えられた内容はそれだった。

 ジムリーダーと聞けば、ゴールドでも顔は知らなくても実力者の代名詞であること、その実力がとんでもないことや軽い気持ちで戦ってはいけないことはわかる。

 しかも正体を隠して悪事を働いているジムリーダーは、どうやらシルバーとは過去に何らかの因縁があることも判明した。

 珍しくシルバーは何時もの冷静さを失うだけでなく、自力で如何にかしようと挑発した仮面の男を引き付けてどこかに飛び去ってしまった。

 お陰でゴールドは残った仮面の男の手持ちポケモンを纏めて相手にする面倒事を全部押し付けられて、今みたいに逃げる様に森の中を走っていた。

 

「そろそろ仕掛けるか、エーたろう」

 

 ゴールドの問い掛けにエイパムは頷く。

 一応はこちらの攻撃が通じるが、今の手持ちの力では正面から倒すのは骨が折れる。

 だけど、ゴールドにはこの状況を乗り越える策があった。

 

「いけエーたろう!」

 

 ゴールドが合図を出すと、エイパムは反転して追い掛けて来るデルビルとアリアドスへ突撃する。

 他の手持ちの加勢も無い無謀な突撃に見えるが、彼らにはちゃんと考えがあった。

 噛み付こうとするデルビルを躱し、アリアドスの周囲を素早く駆け回りながら挑発する仕草を見せる。エイパムの行動にアリアドスは怒り、動きが緩んだ瞬間を狙って鋭い牙を剥いて跳び掛かる。

 

 だが、それこそエイパムとゴールドの狙いだった。

 

「”かげぶんしん”!!」

 

 ギリギリのタイミングで、エイパムは”かげぶんしん”による分身を生み出すと同時にアリアドスの目の前から消える。

 その直後、アリアドスはデルビルと正面から激しく激突する。

 これが彼らの狙い。自分達の力で倒すのが難しいなら、自分達よりも強い敵の力を利用することだ。

 

「止めだ!!」

 

 狙い通りに無防備な姿を晒したのを見計らって、ゴールドはマグマラシとニョロトノを出す。

 炎と水、それぞれが苦手とするタイプの技で追い打ちを仕掛けることで、無防備を晒していた二匹はまともに攻撃を受けてそのまま力尽きた。

 

「よっしゃやったぜ!」

 

 正体がジムリーダーとされるあの仮面の男に一泡吹かせられたであろう結果にゴールド達は満足する。

 だが、手持ちを倒すことは出来たが、まだ肝心の仮面の男自身は倒していない。

 今奴はシルバーが引き寄せている。どこにいるかは知らないが、シルバーの実力を知っているゴールドはそう簡単にやられないとは考えていたが胸騒ぎを感じていた。

 

 急いで彼を探すべく、ゴールドは森の中から飛び出したが、自身の目の前に広がっている光景に驚愕を露わにする。

 目の前にある湖――”いかりのみずうみ”が、見渡す限り全て凍り付いていたのだ。

 しかもただ湖の一面が凍っているだけでは無い。先程まで大量発生していたギャラドス達が、分厚い氷に包まれてまるで氷柱の様にその動きを止めていた。

 

「な、なんだ!? シルバーは!? 仮面の男はどうなったんだ!?」

 

 ゴールドは食い入るように見るが、凍っている湖とギャラドスの集団の中で力無く倒れているシルバーとその手持ち達を見付けてしまう。

 どうやら彼らだけは氷漬けにはされなかったようではあったが、彼らが倒れている事実はゴールドには衝撃的だった。

 

 早く助けに向かわなければ

 

 凍り付いた湖の氷が安定しているのかや仮面の男がまだ健在などの考えは無く、ただシルバーの安否が気になったゴールドは手持ち達と共に駆け寄ろうと動く。

 だが、凍った湖の上を駆け出した直後、上空から大きな氷の塊が倒れているシルバー達目掛けて真っ直ぐ落ちて行くのが見えた。

 追い打ちどころか止めを刺す気なのだという懸念が彼の脳裏に過ぎり、ゴールドは少しでも間に合わせようと走りながら懸命に倒れているシルバーへ手を伸ばす。

 

 その時だった。

 黄色い残像としか認識出来ない何かが、目にも留まらない速さでゴールドの横を駆け抜けた。

 彼がそれに気付いた直後、倒れているシルバーとその手持ち達目掛けて落下していた氷塊が爆発した様な轟音と共に砕け散った。

 

「!?」

 

 誰かがシルバーを守ってくれたことはすぐに理解出来たが、その姿にゴールドは驚く。

 黄色い体に雷の様な黒い模様を浮かべたポケモン――エレブーが煙を上げる拳を振り上げて立っていたからだ。

 だが状況を理解する間もなく、今度は無数の先の尖った氷の粒が上空から降り注いできた。

 それらに気付いたエレブーは、倒れているシルバーと彼の手持ち達を守るかの様に光り輝く球状の壁と分厚い板の様な半透明な壁を瞬く間に築き上げて防ぐ。

 ゴールドの方にも氷の粒は降り注いだが、素早く飛び込んできた蛹の様なポケモン――サナギラスがエレブーと同じ光り輝く球状の壁を展開して彼らを守った。

 

「これは…」

 

 一連の流れを、湖の上空でデリバードと共に浮遊していた仮面の男は見ていたが、まるで彼らを守る様に現れた二匹のポケモンを見て、ある可能性が脳裏を過ぎった。

 その時、遥か彼方から無数の星型の光弾が仮面の男とデリバード目掛けて飛来した。

 突如として襲って来た攻撃をデリバードは仮面の男と共に躱していくが、影のエネルギーが込められた球体や泥の塊、飛ばされて来た小石などの他の攻撃も続けて時間差で襲って来る。

 

「しつこい!」

 

 苛立ちを露わにするが、それでも目で追うのが困難な速さで飛んでくるそれらの攻撃を僅かな隙間を掻い潜る様に避けていく。

 一つの攻撃も掠りもせずに全てを避け切るが、息をつく間も無く仮面の男とデリバードの背後に何者かが何時の間にか回り込んでいた。

 反射的に彼らは距離を取るが、背後に回り込んだ存在は手にした得物をブーメランの様に投擲する。

 辛うじてデリバードは弾くが、衝撃と反動でバランスを崩し、彼らは凍った”いかりのみずうみ”に危なげなく着地する。

 

「ふん。”テレポート”を敵の背後を取るのに応用したか」

 

 少し離れた地点に着地したひふきポケモンのブーバーの姿に目を向けながら、仮面の男は突然現れたポケモン達の動きを分析する。

 本来なら”テレポート”は、戦闘状態から脱したり逃走することでしか上手く効力を発揮することは出来ない。

 そんな性質の技を、本来の用途とは真逆の戦いが起きている場所へ向かう為に利用する術を身に付けているということは、それなりの力を持ったポケモンであることを示唆している。

 そして、”テレポート”が使えるのと”ふといホネ”を所持しているブーバーなど、思い当たるのは一つしかいない。

 

 一方、ゴールドは突然現れたポケモン達と仮面の男との攻防に言葉を失っていた。

 一連の流れは時間にして十数秒程ではあったが、ゴールド達にとってはあまりにも濃密なだけでなく速過ぎて、気付いたら終わっていたとしか思えなかったのだ。

 

「リュット、ブルット、ゴールド達を湖の畔、陸地にまで連れて行ってくれ」

 

 唖然としている間に覚えのある声が耳に入ったが、その直後にゴールドと一緒にいた手持ちポケモンは背後に現れたカイリューとミルタンクに持ち上げられ、意思に反して倒れているシルバーから離れて行く。

 その代わり、彼と入れ替わる様に見覚えのある一人の少年が倒れているシルバーの元へ駆け寄った。

 彼はシルバーの傍に倒れていたニューラを素早くモンスターボールに戻すと、彼を持ち上げたエレブーと共にすぐに引き返して、ゴールドが運ばれた湖の畔まで戻った。

 

「アキ…ラ…」

「ゴールド、シルバーを連れてすぐにここから離れろ」

 

 力が抜けてずっしりと重いシルバーを押し付けながら、アキラはゴールドに告げる。

 しかし、彼が伝えた言葉が意味することを理解したゴールドは、呆然とした顔から一転して感情的になる。

 

「俺に…背を向けて逃げろってことッスか」

「如何にもならないことから逃げることは恥じゃない。とにかく下がれ」

「俺はあいつの手持ちを倒せた! だから――」

「俺達が来てから棒立ちだったお前に出来ることは、シルバーを連れて出来る限りここから離れること。それだけだ」

 

 鋭い目でそれ以上の口答えは許さないとばかりに告げるアキラにゴールドは思わず怯むが、堪える様に口を噛み締めると意識が無いシルバーを背負って、凍った湖に背を向けて走り始めた。

 旅立ってからは道中で遭遇したロケット団を負かしたり、以前は手も足も出なかった仮面の男の手持ちを倒すなどの結果を出せてきた。

 

 強くなったつもりだった。

 

 実際、”つもり”では無く、育て屋老夫婦の元でトレーナーとして特訓を重ねたことで本当の意味で強くなれた。

 だけど、あの僅かな時間の間に繰り広げられた攻防に、ゴールドと手持ちは全く付いていくことは出来なかった。

 悔しいが彼の言う通り、まだ自分は仮面の男を相手に正面から戦えるだけの実力では無い。

 あのまま逆らえば、問答無用で手荒な方法でここから引き離されることが容易に想像出来たこともあるが、何より自分が居たとしても何の力になれないことをゴールドは嫌でも察してしまった。

 

 無意識に後ろを振り返るが、既にアキラはこちらには目もくれず、他の手持ちポケモン達と共に目の前に降り立った仮面の男を見据えていた。

 そして仮面の男の方も、さっきまであれだけ自分達を始末しようとしていたのに今眼中にあるのはアキラだけなのか、逃げて行く自分達は全く気にも留めていなかった。

 

「クソッ……」

 

 自分はまだ彼らが立つ土俵にすら立てない悔しさを胸に抱きながら、ゴールドは背負っているシルバーと共に”いかりのみずうみ”から去って行った。

 

「……追わないのか?」

 

 少しずつゴールドが離れて行くのを感覚的に感じ取りながら、アキラは凍り付いた”いかりのみずうみ”に立っている仮面の男に問い掛ける。

 

「出来損ないとあの程度の小僧の始末など何時でも出来る。そもそも奴らの邪魔など唐突にやって来る災害みたいな貴様と比べれば些細なものだ」

「…そう」

 

 仮面の男直々に災害級の脅威扱いにされたが、アキラは動じることなく気持ちを静めるかの様に息を整える。

 吐息が白くなる程に空気が徐々に冷えていくのを感じていたが、それに耐えながら彼は両目に映る動きの一つ一つを見逃さない様に集中していく。

 

「今までよくも我が計画を散々邪魔してくれたな。今ここで貴様を始末してくれる」

「――やれるものならな」

 

 静かではあったが良く通るアキラの一言を合図に、彼が連れている九匹の手持ち達は仮面の男との戦いに備えて各々構える。

 そして薄らと黄緑色の”げきりん”を引き出す前のオーラを体から放ちながら、カイリューは冷えた空気を物ともせず、目の前に立つ仮面の男とデリバードに対して、白い吐息と共に空気を震わせる程の大きな声で吠えて威圧するのだった。




アキラ、遂に仮面の男と対峙する。

次回、最強の存在に挑みます。


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死闘

 雷鳴の如くカイリューの吠える声が冷えた空気を震わせていた時、アキラは現在状況の把握をしつつ、頭の中でこれから戦う目の前の敵について知っている限りの情報を処理していた。

 

 嫌な予感がすると感じて”いかりのみずうみ”に駆け付けたが、直感通りゴールド達は絶体絶命の危機的状況に追い込まれていた。

 後の流れから考えて彼らが無事だと知っていても、あの状況でどうやって仮面の男から逃れたのかアキラには全く想像出来なかった。寧ろ、()()()()()()()()ならどうやって彼らは逃げ切ったのか知りたいくらいだった。

 倒れていたシルバーの容体については詳しく診れていないが、とにかくもう戦えない彼とまだ戦える力が無いゴールドをこの場から逃がすのが最優先であった。

 

 そしてゴールドとシルバーを最悪の一歩手前にまで追い詰めたのが、今アキラの目の前に立っている仮面の男だ。

 仮面で顔を隠しているが、その正体はチョウジジム・ジムリーダーのヤナギ。その強さは、アキラの知る限りでは単なる本気を出したジムリーダーの枠では収まらない。

 

 実力のあるトレーナーどころか、強大な力を持った伝説のポケモンが複数挑んだとしても容易に蹴散らすという信じられないレベル。

 仮面の男はこちらを災害扱いしていたが、奴の方がよっぽど災害だ。

 

 今目の前にいるデリバードも種族単位で見たら目立った強さは無いのだが、憶えている限りではヤナギが連れているデリバードは冗談抜きでとんでもない強さと言っても良い。

 具体的な描写は無かったが、記憶が正しければ伝説のポケモンであるホウオウを単騎で相手にしても勝利――捕獲までしているのだから訳が分からない。

 そして纏っているマントの下には、恐らくウリムーが隠れていると推測される。そのウリムーも有り得ない強さと固有の特殊能力と言ってもおかしくない技術を有しているのだから、今は姿を見せなくても全く気が抜けない。

 

「デリバード一匹しか出していない私に対して手持ち九匹か…トレーナーとしての暗黙の了解を破っている以前にプライドは無いのか」

「これは公式戦じゃない。ルール無用の野良バトルだ。特にお前みたいな奴との戦いは、勝敗が生死に直結するんだから、戦い方や手段なんて気にするものじゃない」

「ほう、情けない言葉に思えるが良くわかっているではないか。カントー地方で多くの戦いを経験し、乗り越えて来たことも納得だ」

「…褒めてるつもりかもしれないが、お前やロケット団みたいに、ポケモンの力を利用して堂々と悪事を働いている奴に称賛されても嬉しい訳無いだろ」

「………」

 

 仮面の男は微塵も揺るがないアキラの姿勢に感心した様な声を漏らすが、彼としては興味を持たれない方が良かった。

 ゴールドのお陰で専門外のタイプである手持ちは戦闘不能らしいが、敵の本来の専門分野であるこおりタイプのポケモンは健在だ。

 敵の強さの全容を把握していない筈の手持ち達も、体に入っている力加減から目の前に立っている相手が強敵なのを察している。

 アキラとしても強いことは知っているが、今の自分達でどこまでやれるのか正確にはまだわかっていない。だけどこうして対峙しているだけでも、今まで戦った中で最強と言えるワタルと戦う方が、目の前の男と比べたら遥かにマシと言えるのは確実であった。

 

 反応や話す内容から察するに、今までの敵とは違って自分達に関する情報をある程度把握しているのだろう。そう考えると不利に思えるが、これから戦う敵がどういう存在なのかを知っているという点はこちらも同じだ。

 

「逃げた小僧共もしつこくて邪魔だが、やはり我が計画と配下を悉く蹴散らして狂わせてきたお前が今この地方では一番邪魔な存在だ。放置しておくのは危険過ぎる。だからこそ――」

「固まって全力で防ぐんだ!!!」

 

 デリバードに何かしらの動きの予兆が見えた瞬間、アキラは声を張り上げて手持ち達に伝える。

 

「今ここで消す」

 

 次の瞬間、これまで見たことが無い規模の”ふぶき”がアキラと手持ちポケモン達を襲った。

 かつて戦った氷使いのカンナよりも、経験した中で最も強力な雪と先の鋭い氷柱混じりの冷気の暴風。それに対して、既に彼らは一箇所に集まると個々に行動を起こしていた。

 

 この前の巨大イノムー戦の時にも繰り出した”しんぴのまもり”に”ひかりのかべ”、そして”まもる”などの性質の異なる三種類の防御技を何層にも渡って自分達を包み込む形で展開。

 更に放出された”かえんほうしゃ”の炎を纏わせた強力な念の渦である”サイコウェーブ”も駆使して、辺り一帯を氷の世界に一変させる程の”ふぶき”を、彼らは力を合わせて完全に防ぎ切る。

 

「…今のを凌いだか」

 

 防がれたにも関わらず、仮面の男が発した声は驚きでは無く大して気にしたものでは無かった。

 エンジュシティで戦った巨大イノムーとほぼ同等の威力と規模の”ふぶき”でも、彼にとっては小手調べ程度なのだろう。

 

 ワタルを相手に勝てるくらい力を付けたと自覚している今の自分達でも、公式ルールやルール無用野良バトルのいずれかの条件で正面から戦っても、勝つ可能性が低いのが彼の見立てだ。

 今みたいに後者の形式の方なら、手持ちを総動員出来るのでまだ可能性はあるが、避けられない時を除いては出来る限り戦うことは避けるべきだと考えていた。

 だが幾ら知っていたとしても、今回の様に突発的に望まない時に戦わなければならないことは起こり得るものだ。だからこそ、不本意な時に戦う事になっても良い様に、アキラはヤナギとの戦いを想定して備えてはいた。

 

 自分達を守る様に渦巻いていた炎の渦と何重も重ねて展開していたエネルギーの壁が消えた瞬間、アキラは視界内に捉えたデリバードと仮面の男の動きを読み、すぐに反撃に動く。

 

「サンット、一斉射撃だ!」

 

 一塊になっていた集団からサンドパンがエレブーの肩を借りて跳び上がり、デリバードに向けて”めざめるパワー”や”どくばり”、”スピードスター”などのあらゆる飛び技を速度重視で放つ。

 

 デリバードは飛び上がることでそれらの一斉砲火を避けるが、アキラの合図にヤドキングが手をかざしたりドーブルが手にした”まがったスプーン”を振ると、宙を舞っていた体の動きが急に止まり、勢い良く凍り付いた湖に叩き付けられた。

 

 その瞬間、アキラが伝えるまでもなくカイリューの”りゅうのいかり”、ブーバーの”かえんほうしゃ”、エレブーの10まんボルト”、ゲンガーの”ナイトヘッド”、サナギラスの”はかいこうせん”が倒れているデリバードに殺到する。

 相手が誰であろうと一撃で仕留める気満々の同時攻撃。だが倒れているデリバードを中心に竜巻の様な猛吹雪が起こり、放たれた攻撃は全てプレゼントポケモンに到達することなく防がれた。

 

「姿勢を問わずに”ふぶき”が出せるのか。厄介だな」

 

 直接攻撃されている訳ではないが、開放された”ふぶき”の余波によって周囲の空気が一層冷えて、アキラは冷気で肌が痛いのと吐息が更に濃くなるのを感じる。

 さっき使った”ひかりのかべ”のお陰で、しばらくは手持ち達が受ける特殊攻撃によるダメージは軽減出来るが、どこまでその効果があるのかは未知数だ。

 ”ひかりのかべ”以外にも、一定時間の間だけ状態異常になることを防ぐ”しんぴのまもり”も使っているが、それらの効果を無視したり無効化することも平気でやってきてもおかしくないからだ。

 デリバードの動きを念の力で封じると同時に叩き付けていたドーブルとヤドキングも、強力な技の影響で干渉出来なくなったのか構えを解いて次に備える。

 

 やがて”ふぶき”が収まり、周囲に氷と雪が舞う中でデリバードは体を起こすと、構えているアキラ達目掛けて猛スピードで突進してきた。

 勿論アキラ達は一切油断なく神経を集中させていたが、まだ残る雪に姿を紛れさせていたのや()()()()()()()()()を使われて反応が遅れた。

 瞬く間に距離を詰めたデリバードは、その勢いのままブーバーに激突する。ひふきポケモンは咄嗟に手に持った”ふといホネ”で防御したものの、デリバードの勢いは強烈で後ろにいた何匹かを巻き込んで吹き飛ばされる。

 

「”でんこうせっか”が使えるのか…」

「私が単に氷技を力任せに放つしか能が無いとでも思ったか?」

 

 確かに仮面の男ことヤナギは、”ふぶき”と言った氷技以外にも様々な技術を持っている。

 代表的なのは、”スズの塔”で幹部格が使っていた”ほえる”とその応用だ。

 しかし、それらの技術を使うよりも”ふぶき”でゴリ押しをして如何にかする場面ばかりが強く記憶に残っていたので、他の手持ちが見られない時は氷技以外の技や技術に対する警戒が薄かった。

 デリバードに関しても、使える技は”プレゼント”や氷技くらいしか、記憶やこの世界での情報収集でしか得られていないので”でんこうせっか”を使うとは予想していなかった。

 

 ブーバーを含めた何匹かを吹き飛ばした直後、すぐ横にいたカポエラーは両手を構えて、デリバードに”めざめるパワー”を仕掛ける。

 カポエラーが放つ”めざめるパワー”のタイプはほのおだ。当たればそれなりのダメージは期待出来るが、プレゼントポケモンは波動状に放たれた攻撃を軽々と避ける。

 

 仲間の攻撃が躱されることを見越していたのか、”げきりん”のエネルギーを纏ったカイリューの豪腕が振るわれる。しかし、この攻撃もデリバードはまるで風に吹かれる木の葉の様に逃れ、ドラゴンポケモンの横顔を強く蹴り付けて大きく体勢を崩す。

 そんな小柄な体格のどこにそれだけの力があるのかと、思わずアキラは言いたくなったが、敵は常識が通じないどころか今まで戦ってきた常識外れの中でも一番の常識外れなのを改めて思い知った。

 

 強烈な蹴りで体勢を崩したカイリューにデリバードは追撃を仕掛けようとするが、背後から盾の役目を買って出たサナギラスを先頭にカポエラーも続いてプレゼントポケモンに突っ込む。

 デリバードは即座にカイリューへの攻撃を中断すると、瞬時にその両手に剣にも槍にも見える氷柱を形成。咄嗟にだんがんポケモンが発揮した”まもる”の壁を両手の氷柱での連続攻撃で瞬く間に破ると、そのまま二匹を辻斬りの様に斬り付けて返り討ちにする。

 

「動作無しで瞬時に武器生成…」

 

 アキラの目から見て、二匹が仕掛けたのは良いタイミングではあったが、デリバードは難なく対処した。

 やはり動作が伴わない技、或いは特殊技が関係した攻撃や相手の挙動の変化は鋭敏化した目でも見抜きにくい。

 

 もっと敵の動きを良く見て、迅速且つわかりやすく手持ちに伝えなければ

 

 すぐにヤドキングが念の力で大ダメージを受けて動けない二匹を回収するのを見届け、改めてアキラは先手を打つべくデリバードの動きを読むことを意識して両目を大きく見開こうとする。

 だが、違和感を感じて苦々しそうに今にも閉じてしまいそうなまでに目を細めてしまう。

 

「――空気冷え過ぎだろ」

 

 デリバードが操る強力な氷技の影響故に、アキラ達が戦っている周囲の空気は異様に冷たかった。

 最初は吐息が更に濃くなったり、顔などの剥き出しの肌が冷たい空気に晒されて痛く感じる程度の認識だったが、もっとタチの悪いものだった。

 

 冷た過ぎて目がまともに開けていられないのだ。

 

 戦いが進むにつれて放たれる冷気で空気が冷えていき、今では普段の様に目を使おうとすると寒過ぎて痛い上に眼球が凍り付きそうな感覚を覚えてしまうのだ。

 さっきデリバードがサナギラス達を返り討ちにした時も、この違和感に気を取られて上手く敵の動きを伝えることが出来なかった。

 ”すなあらし”みたいにまともに目が見えにくい状況は想定していたが、まさか目を開けていられないまでに空気が冷える状況は想定していなかった。

 気休めでも飛行用のゴーグルを掛けることも頭に浮かぶが、状況は待ってくれないだろう。

 

 弟子達を返り討ちにされた報復なのか、今度は”ふといホネ”を手にしたブーバーと両腕に”かみなりパンチ”を纏ったエレブーが二匹掛かりでデリバードを攻める。

 素早い動きで両手の氷柱を振り回すことで攻防一体を実現するデリバードに対して、得物と電流を流した素手で巧みに防いだり捌きながら、二匹は上手く連携して戦う。

 だが今まで戦ってきた強敵とは違い、デリバードの体格が小柄なのが影響しているのか、かなり戦い辛そうではあった。

 そんな攻防の最中、デリバードが二匹から距離を取って着地した直後、足元から木の根っこみたいなのが飛び出してその体に絡み付いた。

 

「動きを封じるつもりか。ドーブルを狙え!」

 

 少し離れた場所にいるドーブルの動きに、仮面の男は気付く。

 ドーブルは極端に能力は低いが、その代わりに”スケッチ”によって大半の技を身に付けることが出来るポケモンだ。

 直接戦闘ではあまり役に立たなくても、今”つるのムチ”を仕掛けた様に何を覚えているのかわからない存在を放置するのは命取りだと、仮面の男は判断した。

 

 好機と見た二匹が突撃するタイミングに、仮面の男の指示を実行するべくデリバードは全身から冷気を開放。体に絡み付いた”つるのムチ”を瞬く間に凍らせて砕く。

 放たれた冷気が”つるのムチ”だけでなく、広がるにつれて地面を凍らせていくのを見て危険と感じ取ったのか、咄嗟にブーバーとエレブーは攻撃を中止。”かえんほうしゃ”と”10まんボルト”を放って、冷気を近付けさせない様に掻き消しながら離れる。

 

 ”つるのムチ”の拘束と二匹の攻撃から解放されたことで、自由になったデリバードは無数の氷の礫を生み出すと、それらでえかきポケモンを狙う。

 先端が鋭く尖った氷の飛来にドーブルは備えるが、彼女を守る様にサナギラス達を後ろに下げていたヤドキングが前に立ち、自分達を包み込む”サイコウェーブ”を起こすことで氷の礫の軌道を逸らしていく。

 

「狙い撃てサンット!!」

 

 目を気にし過ぎて対応が遅れてしまったが、サンドパンは伸ばした右腕を支える様に左手を添えた体勢で構えると、威力と速度を両立させた”めざめるパワー”を撃つ。

 先端が鋭く尖った光弾は命中直前に空へ逃げられたが、攻撃を止めさせることには成功する。

 

「撃ち落とすんだ!!」

 

 声を張り上げるアキラに、彼の手持ち達はすぐに応える。

 サンドパンは再び上空にいるデリバードに狙いを定めて、両手の爪からマシンガンを彷彿させる勢いと音を轟かせて大量の”どくばり”を連射するだけでなく、背中の棘から無数の”スピードスター”をミサイルの様に発射していく。

 ヤドキングも念の力を込めた掌で地面を殴り付け、衝撃波で周囲の氷や地面を砕きながら巻き上げると、ドーブルは魔法使いの様に手に持った”まがったスプーン”を振ることでそれらを支配下に置き、飛んでいるデリバードへ向けてそれらを飛ばした。

 更にカイリューらによる”りゅうのいかり”などの光線や飛び技も放たれる。

 

 大量の毒針に凍った土の塊や小石、避けても追跡して来る星型の光弾に無数の光線や炎。それぞれ飛ぶ速度が異なるだけでなく、それら全てを避け切るのは無理に思えるほどの弾幕であったが、デリバードが取った行動は予想以上のものだった。

 単純に”ふぶき”で全てを吹き飛ばすのではなく、避けながら両手の氷柱で振るい、まるで舞う様に迫る攻撃を叩き落とすなど縦横無尽に飛び回る。

 

 使う技は高い威力を誇るだけでなく、カイリューを筆頭した大柄な体格が相手でも容易にその体勢を崩せる程の膂力。

 狙いにくい小柄な体格を活かした高い俊敏性。即席で武器を作り出す技術力とつかいこなす対応力。そしてトレーナーの指示の実行速度と判断力。

 耐久面はダメージらしいダメージをあまり与えていないので打たれ強いかはわからないが、最早デリバードの皮を被った別のポケモンとしかアキラには思えなかった。

 

 アキラのポケモン達が仕掛けた激しい弾幕を躱し切り、デリバードは次の標的と言わんばかりにサンドパンへ”でんこうせっか”で一直線に飛ぶ。

 

「お前が得意と聞く格闘戦といこうじゃないか」

 

 仮面の男は楽し気に告げるが、対照的にアキラの表情は得意とする土俵で返り討ちにしてやると意気込んだものではなく、寧ろ苦々しそうなものだった。

 出来る限り()()()()()ことに気付いたらしい。

 

「下手に挑むなサンット!!」

 

 アキラは声を上げるが、既に両者は鋭利な爪と氷の剣で激しく切り結んでいた。

 その光景は、さながら漫画で良く見る目で追うのが困難な速さで切り合う一流の剣の使い手が繰り広げる様な戦いであった。

 ところが徐々に本来なら切り合いも得意な筈のねずみポケモンは、辛そうに顔を歪ませながら押され始める。

 ヤドキングやドーブルも味方の不利を悟って、何とか引き剥がすべくあの手この手を仕掛けるが、デリバードは戦いながら機敏且つ巧みに立ち位置を変えて狙いを定めさせなかった。

 

「エレット、サンットを助けるんだ!」

 

 徐々に味方への誤射の危険性が高まったことで、ヤドキング達が攻撃を躊躇う様になったのを見て、エレブーがサンドパンを庇う様に両者の戦いに割り込む。

 即座に”リフレクター”を張ることで、振るわれた氷柱を正面から防ぐ。しかし、それでもデリバードは止まらなかった。

 

「横から回り込んで来るぞ!」

 

 アキラが声を上げるのとほぼ同時に、デリバードは壁の横から素早く回り込んで両手に形成している氷柱ででんげきポケモンを斬り付けて来た。

 咄嗟にエレブーは”まもる”で最初は防ぐが、間髪入れずに繰り出された次の攻撃で”まもる”の壁は破壊されてしまい、そのまま剣の様に鋭い氷柱の滅多斬りを受ける。

 

 当然エレブーは腕を盾にするなど守りを固めており、”リフレクター”の効果もあって物理的なダメージは軽減されていたが、それでもデリバードの攻撃で体中に大小様々な切り傷が出来ていく。

 だが攻撃に時間を掛け過ぎたのか、さっきの自身の様に横に回り込んだサンドパンと離れたところにいたカイリューやブーバーが猛スピードで突撃する。それらに気付いたデリバードは、腰に下げていた袋から綺麗に包装された数個の箱――”プレゼント”を投げ付けた。

 

「下がれ!!!」

 

 一見すると場違いに思える見た目の技だが、中身は迷惑極まりないものが詰まっている。

 アキラが声を上げた瞬間、それらの箱は大爆発を起こして周辺を吹き飛ばす。

 本来”プレゼント”の威力はランダムで不安定だが、アキラは仮面の男のデリバードなら全てを最大威力で出してくる確信があった。

 

 咄嗟に声を上げたお陰でエレブー以外は直撃を免れたが、それでも爆風によってサンドパン達は吹き飛ばされるか後退を余儀なくされる。

 そんな中、一番近くで爆発に巻き込まれたエレブーだけは、全身を煤で汚しながらも変わらず同じ姿勢で同じ場所に踏み止まっていた。

 中々倒れないエレブーに苛立ったのか、デリバードは片方の氷柱を更に凍らせて瞬く間に巨大化、金槌状にさせて振り下ろす。

 これで奴を仕留める、そんな思惑が籠った一撃であったが、その直後、ずっと身を固めて守っていたエレブーが纏っている空気が一変した。

 

「! デリバード離れ――」

「”がまん”!!!」

 

 嵌められたことに仮面の男は気付くが、時既に遅しだった。

 でんげきポケモンは白目を剥いて狂った様な雄叫びを上げながら、デリバードが振り下ろした巨大な氷の金槌を振り上げた拳で粉砕する。

 

 その威力は凄まじく、デリバードの体は粉砕された時に生じた衝撃と風圧によって、意思に反して後方に弾かれる。

 すぐに体勢を立て直そうとするが、これを逃せば次は無いと言わんばかりに、半分正気を失いながらもエレブーはデリバードの抵抗をものともせず滅茶苦茶に追い立てて行く。

 

「”ずつき”で吹き飛ばせ! 近付けさせるな!!」

 

 肉を切らせて骨を断つを実践したエレブーの”がまん”攻撃。

 耐えている間に受けたダメージを倍返しされるのは危険だと判断した仮面の男の指示に従い、デリバードは一瞬の隙を突いて”ずつき”をかまし、エレブーの体を勢い良く吹き飛ばす。

 

 しかし、息を休める間は無かった。

 

 今度は再び”げきりん”を纏ったカイリューと体から放つ熱を高めたことで”ふといホネ”を熱したブーバーが、二匹掛かりでデリバードに挑んで来たからだ。

 ”ふぶき”で蹴散らそうとしたが、ブーバーが投げた”ホネブーメラン”に邪魔される。

 

 気が付けばカイリューの巨体が目の前に立っていて、すぐにデリバードは砕かれた方の手に氷柱を再形成。小柄で小回りが利く自らの体を最大限に活かして、仕掛けて来た大柄な体格のカイリューが振るう腕を避ける。

 だが、カイリューもそのくらいは予測済みだ。大振りな攻撃になりやすいドラゴンポケモンの隙を俊敏なブーバーが補うことで、二匹は常にデリバードを囲む様な立ち回りで追い詰めていく。

 アキラの手持ちの中では一、二を争う実力を持つ二匹の連携。これ以上無く心強いが、同時にそうでもしなければ勝つのが難しい敵でもあった。

 

「バーット、体を捻らせて避けながら”いわくだき”!」

 

 冷気に耐えながら、可能な限り彼らが繰り広げる攻防を視界に収めて、アキラは手持ち二匹とデリバードの動きを観察、次にするであろう動きを考慮した内容を伝える。

 それもただ口だけでなく、伝えた彼自身も感情が高ぶったのか、頭の中でイメージしているであろう体を捻らせながら腕を振る動きをしていた。

 一見すると意味が無い様に思えるが、例えカイリューの時に経験する一心同体の感覚が無くても、こうすると意外とポケモンにその意図や意思が伝わる事が多いと、シジマの元で修業する過程で学んでいたことだった。

 

 カイリューの攻撃を避け、デリバードがブーバー目掛けて氷柱の剣を振った直後だった。

 ひふきポケモンは素早く”ふといホネ”を宙に放って両手を無手にすると、アキラが口で伝えながら実際にやったみたいに体を捻らせながら回避、そのまま流れる様に裏拳で氷柱を真横から殴り付けて砕いた。

 

「むっ!」

 

 これには仮面の男も驚く。

 今の攻防の中で攻撃を避けるだけでなく、その最中で的確に砕くなど指示する方もだがまさかこうも完璧に実行するとは思っていなかったからだ。

 

 僅かな動揺で動きが鈍ってしまった時、ブーバーは雄叫びを上げながらデリバードを顎の下から勢いよく蹴り上げる。

 体の構造上、顎から下に強烈な衝撃を与えれば、大抵の敵の動きは一時的に鈍る。そしてそれは仮面の男のデリバードも例外では無かった。

 頭を強く揺さぶられる衝撃に、宙を舞うデリバードの意識に空白が生まれる。そして、生まれたその隙をカイリューは逃さなかった。

 

 ドラゴンタイプのエネルギー――”げきりん”のオーラを纏った拳をハンマーの様に振り下ろし、殴り付けたデリバードを爆音と共に地面に叩き付ける。

 想像を絶するダメージにデリバードの意識は飛び掛ける。さっきまで数の差をものともせずに圧倒してきたが、一度リズムを崩されてしまうと数で勝るアキラ達の方が有利だ。

 相応の攻撃を受けても耐えられる自信はあったが、ブーバーとカイリューの攻撃は――力は、とてもではないが耐えられるものでは無かった。

 激痛とあやふやな意識の中、デリバードは無我夢中で地面から体を起こそうとするが、容赦無い攻撃はこれで終わりでは無かった。

 

 先程吹き飛ばしたエレブーが、変わらず暴走したまま戻って来たのだ。

 

「決めろぉぉー!!!」

 

 大きな声でデリバード目掛けて跳び掛かるエレブーへ吠えながら、アキラは拳を振り下ろす。

 彼の動きと雄叫びに呼応するかの様に、でんげきポケモンの倍返しが込められた拳が、落雷の如くプレゼントポケモン目掛けて振り下ろされる瞬間だった。

 

「デリバード!!!」

 

 でんげきポケモンの拳が届く正にその直前、仮面の男が手持ちの名を叫んだ。

 その瞬間、伏していたデリバードを中心に猛烈な”ふぶき”が吹き荒れ、エレブーとカイリュー、ブーバーの三匹は抗うことすら敵わずに吹き飛ばされて、地面を転げたり叩き付けられる。

 

「……何て奴だ」

 

 ようやく追い詰めた筈なのに、あっさりと引っ繰り返されたことにアキラは悔しそうに歯を食い縛る。

 どんなに不利な逆境でも力押しで強引に突破するその姿は、正に彼が警戒していた仮面の男そのものだった。

 奥の手以外にもまだ使っていない策はあるが、やはり手強い。元の世界で、最強のトレーナーと言われるのも納得だ。まだ自分達が戦えるのが不思議に思えてしまうくらいにだ。

 

 だけど何よりアキラが驚いていたのは、仮面の男とデリバードの一連の動きに既視感を感じてしまったことだ。

 それは仮面の男――ヤナギがデリバードの名を呼んだ時だ。

 焦りも含まれていたが、トレーナーが危機に陥ったポケモンに呼び掛ける様な、こうして対峙した時のやり取りからは全くイメージすることが出来ない悪党らしからぬ懸命な声。

 その直後にデリバードがこの戦いの中で一番の”ふぶき”で逆転したこと、まるでレッドと戦っている時、追い詰めた際に彼と手持ちポケモンとの意思疎通が段違いに早くなるのを彷彿させたからだ。

 

 だが、幾ら同じ実力者の世界に立っているとはいえ、数々の悪行に手を染めている存在に友人にしてライバルを重ねて見てしまうなどレッドに失礼過ぎる。

 すぐにアキラは己を恥じて、手持ち達の状況を確認しながら未だ吹き荒れる氷の竜巻と仮面の男の動向からも目を離さなかった。

 

 そして”ふぶき”が弱まった時、一目でわかるくらい大きなダメージを受けてはいたが、まだ戦えると言わんばかりに強い意志の宿った目で立つデリバードが仮面の男と共に姿を見せた。

 

「…さっきのブーバーへの指示とそれを実現させた動きは敵ながら見事だった。危うくやられそうになった。だが、デリバード一匹に苦戦するなど、思ったよりも大した事が無いな」

「世間的に強く無いと言われるポケモンに苦戦させられたり、負かされることはポケモンバトルではよくある事だ」

 

 戦いが一旦落ち着いたこともあるのか、仮面の男はアキラを嘲笑うが、彼は気にしなかった。

 確かにカイリューを筆頭とした強力なポケモン達が()()()()()で挑んでおきながら、それ程強いポケモンとは言えないデリバード一匹に苦戦するなど普通なら有り得ない。

 普通のトレーナーなら屈辱に感じるだろうが、アキラ達はそうは思わなかった。

 

 本来ならそこまで強いポケモンでは無いデリバードを、全くの別物に思えるまでに強く鍛えたのは紛れもなく仮面の男の育成力が如何に優れているかを物語っているからだ。

 アキラの手持ちにも、能力では大きく劣っているにも関わらず他の手持ちと肩を並べる実力を持つサンドパンと追い付こうとしているドーブルがいる。他にもレッドのピカチュウやサカキのスピアーなどの規格外はいるので、世間的に弱いとされるポケモンに負けていることに彼らは何も恥と感じていなかった。

 

「随分と冷静だな。だが、それも何時まで持つかな?」

 

 仮面の男とデリバードの気迫が更に強まったのを見て、アキラは改めて気を引き締める。

 ここで取り逃がせば情報を持ち帰られるだけでなく、その情報を元に対策を練られたり、更に力を付けられるかもしれないから仮面の男としては逃がしたくないだろう。

 アキラとしても、相手の力量や使う手段をある程度把握していても結局は苦戦を強いられているので、デリバードが弱っていても一切気が抜けなかった。

 それこそ、久し振りに「死」の概念が脳裏を過ぎってもおかしくないくらいにだ。




アキラ、仮面の男とデリバードに総力戦で挑むも大苦戦を強いられる。

次回、この戦いに備えていた奥の手をぶつけます。



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炎と氷の激突

 仮面の男とデリバードから発せられる威圧感に、アキラ達は油断せずに構える。

 さっきはカイリューとブーバーのお陰で大きなダメージを与えられたが、それでもデリバードはまだ戦う意思を見せている。どうやら打たれ強さも別物らしい。

 

「…サンット、手を見せてくれ」

 

 目の前の敵の動向を気にしながら、アキラはサンドパンの手を見る。

 見せてくれたねずみポケモンの爪を中心とした手が、少しだけ凍り付いているのが彼の目でも確認することが出来た。

 

 これが、アキラが自分達の最大の武器にして最も得意であるにも関わらず接近戦を行うのを嫌がった理由だ。

 

 デリバードに体を斬られまくったエレブーも、爆発に巻き込まれた痕だけでなく全身の至る箇所に残る傷跡の周りは膜の様に凍り付いており、返り討ちにされたカポエラーとサナギラスも同様だ。

 この戦いが始まった最初の段階で、”しんぴのまもり”によって”こおり”状態と言った状態異常対策はしているのだが、その対策をしていてもこれなのだ。

 氷漬けにされないだけマシと見るべきか。

 

 何かしらの対策をしていない文字通りの素手で挑めば、その触れた一瞬でもダメージを与えると同時に体を凍らせていく。

 それこそほのおタイプにして常に高熱を保っているブーバーや常時”げきりん”などの技のエネルギーを纏う事で疑似的に特殊技に耐性を得られるカイリューなどしか、シジマの元で鍛えて来た力を十分に活かせない。

 

 知っていた訳ではないが、相手はカンナ以上の氷使いなのだ。何をやってきても不思議では無いと警戒していたが、やはり普通なら考えられないことをやって来る。

 これでまだ他にも見せていない戦力どころか、攻撃手段や技術があるのだから、本当に仮面の男――ヤナギは底が知れない。

 

 これは奥の手は使わずに退くべきかもしれない。

 

 撤退するタイミングについて考え始めた時、アキラの隣にカイリューが立つ。

 さっき相性が最悪な”ふぶき”の直撃を受けてしまったが、持ち前のタフさと”ひかりのかべ”でのダメージを軽減のお陰か、息を荒くはしていたがまだ戦える様子ではあった。

 かなり序盤に返り討ちにされたサナギラスも、戦線復帰出来るだけ休めたのかカイリューの横に並ぶ。

 戦いが長引く程、彼らの体力が消耗していくのもそうだが、何よりどんどん空気が冷えていき、寒い環境で戦うのに慣れていないこちらが不利になる。下手に時間を掛けることは得策では無い。

 

「――リュット、ギラット、”はかいこうせん”」

 

 アキラが静かに伝えると、彼らはまだまだ戦えることを見せ付けるかの様に口から破壊的な光線を放つ。

 当然弱っているとはいえ、それをまともに受けるデリバードでは無く、少し遅れて飛んで来たサナギラス”はかいこうせん”も含めて軽々と避ける。

 そして二匹の攻撃を皮切りに、ブーバーが先陣を切って再び彼らの戦いは始まった。

 

「しぶとい奴らだ」

 

 目の前で繰り広げられる戦いを見つめながら、仮面の男は呟く。

 余裕そうに振る舞ってはいるが、デリバードは倒されるのを免れただけで、大きなダメージは受けてしまったことには変わりない。

 敵が連れるポケモン達の個々の実力が高いのは予想通りではあったが、単騎ではデリバードにはやられるだけなのを理解しているだけでなく、単なる数でのゴリ押しもせずに仲間との連携を意識して戦うのが何より厄介であった。

 

 このまま戦い続けてもデリバードだけでは荷が重い。

 

 そう考えながら目の前の戦いを窺っていた時、仮面の男はある違和感に気付いた。

 

「……一匹足りない…」

 

 戦う前に並んでいた時に見えたアキラの手持ちポケモンは、情報通り九匹だった。

 だが、さっきからデリバードと戦っているのは八匹しか見えなかった。

 

 カイリュー、ブーバー、サンドパン、エレブー、ヤドキング、ドーブル、サナギラス、カポエラー

 

 まさか戦いに参加していないということは無いだろうから、戦う前に勢揃いしていたアキラの手持ちと目の前で戦っている面々について記憶と擦り合わせていた時だった。

 戦っているデリバードの足元の影が、不自然に起き上がるのが見えた。

 

「デリバード飛ぶんだ!」

 

 仮面の男からの指示が耳に入り、咄嗟にデリバードは飛び上がった。

 起き上がった影の正体であるゲンガーは、プレゼントポケモンに大きな攻撃を決めることは出来なかったが、それでも何かしらの打撃を与えると素早くアキラの元まで下がった。

 

「くそ、上手くいくかと思ったんだけどな」

 

 アキラとしては、ゲンガーがデリバードの影に忍び込んで不意打ちを仕掛けるのはとっておきの策の一つだった。

 さっきからゲンガーが姿を見せずに戦いに加わっていなかったのは、今みたいなチャンスを窺っていたからだ。

 もし直前に仮面の男に気付かれていなければ、今度こそデリバードを仕留める絶好の機会を作れたかもしれなかったが、事はそう上手くはいかなかった。

 

「何時からなのかは知らんが、デリバードの影にゲンガーを忍び込ませていたとはな。危うくやられるところだった」

 

 体勢を立て直す意味で、仮面の男は一旦デリバードをすぐ近くにまで下げる。

 余裕そうに軽口を叩いていたが、先程のゲンガーの不意打ちは冗談抜きでこの戦いで一番危機感を抱いた場面だった。

 

 カイリューやブーバーが、デリバードを倒せるだけの力を有していることは、戦う前から予想はしていた。

 だが、何より数の利を生かして戦うのに慣れていた。”しんぴのまもり”や”ひかりのかべ”を駆使するなど、攻撃技や直接戦わなくても使える手は何だって使って相手を倒そうとする。

 さっきドーブルが”つるのムチ”で動きを封じて来た時の様に、目の前にいる油断ならない敵と戦っている時に割り込む形で搦め手を仕掛けられるのは、冗談抜きで命取りだ。

 

 やはり奴はこの場で葬るのが一番

 

 既に計画はかなりの段階まで進んでおり、残された時間だけでなく失敗などの万が一の時に掛けられる修正が利く余地も少ない。

 仮に逃がしてしまえば、次に対峙する時は恐らく計画の実行中の時だろう。

 そうなればこの”歩く災害”集団を倒すこと自体は出来ても、計画を致命的なまでに台無しにされるか、戦いで受けたダメージを回復するのに大きく時間を取られてしまう可能性が高い。

 今後考えている計画の流れを考えれば、今この場でアキラを倒すのが最も今後に支障は出ない。

 相手は数で押しているとはいえデリバードを追い詰めているのだ。今この場で自らの正体が彼らに露見、或いはその可能性に至ってしまうであろう手段を使ってでも――

 

「スット、デリバードから何か()()()()?」

 

 アキラがゲンガーに尋ねる内容が耳に入り、仮面の男の思考は一時中断される。

 

 今奴は何を口にした?

 盗めた?

 

 ゲンガーに目を向けると、シャドーポケモンは冷たいと言わんばかりの反応をしながらも掌サイズの氷山みたいな氷の塊を取り出していた。

 それをデリバードが目にした途端、慌てて何かを探る様に体中を触れていくが、トレーナーである仮面の男はアキラのゲンガーが取り出したものが一体何なのかに気付いた。

 

「貴様!! ”どろぼう”でデリバードの持ち物を!」

「これがお前の強さの全てとは言わないけど、少なくとも強さを支えている一つの筈だ」

 

 ゲンガーがデリバードから”どろぼう”によって盗んだもの、アキラの認識が正しければそれは”とけないこおり”と呼ばれるアイテムだ。

 文献によれば、所持しているポケモンがこおりタイプの技を使う際にその力を高める効果があるとされる代物だ。

 仮面の男の正体であるヤナギは、こおりタイプのエキスパートだ。自らの手持ちの力を道具か何かで更に高める手段を使っていないのは考えにくい。

 当たっても良し、外れても別に構わなかったが、反応を見る限りどうやら当たりだった様だ。

 

 幾つも所持している可能性はあるが、少なくともこのバトル中に再度デリバードに持たせるのは一手間だろう。

 今のでこちらの勝率を上げる為にやれることはやった。後は、全力を尽くすだけだ。

 

「決めるぞ…リュット、バーット」

 

 その直後、”いかりのみずうみ”周辺に降り注ぐ日差しが突如として強くなる。

 さっきまで目が凍ってしまいそうなまでに冷たかった空気が温められ、凍っていた地面や草木に張っていた氷も溶けていく。

 日差しが急に強くなった理由が”にほんばれ”であることを仮面の男はすぐに悟ったが、それよりもカイリューとブーバーを始めとした何匹かの様子が変わったことに気付く。

 

「止めろ! デリバード!!」

 

 それらを目にした時、彼の長年の経験と直感が、”危険”だと強く警鐘を鳴らした。

 すぐにデリバードも動くが、まるで邪魔はさせないと言わんばかりにエレブーの電撃が滅茶苦茶に放たれ、サナギラスも特大の不快音を発して妨害する。

 弱った体でそれらを避けたり耐えて技を仕掛けようとするが、カポエラーが投げ付けてくる光弾状の”めざめるパワー”での邪魔、そして僅かな隙を突く様に放たれるサンドパンの正確無比にして超速の狙撃という二段構えの布陣が阻む。

 

 完全な時間稼ぎ。

 わかり切ったことではあったが、仮面の男とデリバードは見事にしてやられた。

 そして先程までその身に纏っていた”げきりん”とは、色や雰囲気の何もかもが異なる静かなオーラを纏ったカイリューとブーバーが前に出て、力強く地面を踏み締めた。

 

「これでも食らえ!!!」

 

 声を荒げてアキラが合図を出した瞬間、二匹は爆音と共に目の前の視界全てを埋め尽くす程の凄まじい熱と勢いを伴った特大の”かえんほうしゃ”を仮面の男とデリバードに向けて放った。

 

 草木を焼き尽くすだけでなく地面さえも焦がすどころか激しく抉る程の勢いを伴った灼熱の炎。

 今まで戦ってきたポケモンの中には強力な炎――特殊な性質を有した炎を放つのはいたが、これ程までに大規模と化した炎技を仮面の男は――ヤナギは見たことが無かった。

 

「デリバード、”ふぶき”!!!」

 

 荒げている様に聞こえるが同時に落ち着いた声色の指示に、浮足立っていたデリバードはすぐに冷静さを取り戻す。

 まるで力を溜める様に体を屈めると、今の己が出せる全力を込めた”ふぶき”を放つ。

 

 これ程の炎技を繰り出したのは、伝説のポケモンどころか、そこまで強力なほのおタイプでは無いブーバーやほのおタイプですら無いカイリューの二匹なのは驚愕であった。

 如何にこおりタイプでは最強と言える程に強力な”ふぶき”でも、これ程の規模と勢いの炎には相性関係もあって普通なら成す術も無い。

 

 しかし、彼らは普通では無かった。

 

 ”いかりのみずうみ”全てをギャラドスの群れごと氷漬けにした時の様に、押し寄せて来る巨大な炎の波を全力の猛吹雪で迎え撃った。

 

 草木や地面だけでなく空気中に含まれる水分さえも瞬く間に凍らせていき、それらも取り込む形で更に威力と勢いが増した冷気の暴風。

 そして両者が放った一撃は、正面から激しく激突する。

 

「そのまま押し切れぇ!!!」

 

 こちらが有利になる条件を最大限に整え、万全の構えで放った最大火力の”かえんほうしゃ”。

 不利な条件だらけではあるが、長年積み重ねて来た鍛錬によって極限にまで力を高めてきた執念の”ふぶき”。

 

 轟音を轟かせ、炎は吹雪を呑み込もうと、吹雪は炎を押し退けようと拮抗する。

 やがてそれらは、押し合いから徐々に炎と吹雪が絡み合った巨大な竜巻の様なものへと変化して、空高く登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 アキラ達が仮面の男を相手に激戦を繰り広げていた頃、シルバーを背負ったゴールドは息を荒くしながらも森の中を全力で走っていた。

 

「死ぬんじゃねえぞ。シルバー」

 

 背負っている彼の体は異様に冷たく、本当に生きているのか確かめたかったが、それさえも今は惜しかった。

 戦う事が出来ないのは悔しい。だけど、今は自分に出来ることをやらなければならないと、ゴールドは自分に言い聞かせていた。何より、シルバーに聞きたいことが山の様にあった。加えてこのまま勝ち逃げされるのは、彼としても嫌だった。

 だからこそ、一刻も早くシルバーを病院に運びたかった。

 

 その時、突如として空気が震える程のとんでもない轟音が周囲に轟き、辺りが何かに照らされる様に明るくなった。

 思わず足を止めて振り返ってみれば、”いかりのみずうみ”がある方角に激しく渦巻く巨大な火柱が立っていた。

 

「……すげぇ…」

 

 よく見れば吹雪の様なものと絡み合っていたが、ゴールドの目には周囲を強く照らすだけでなく、巻き込んだ土や木々を舞い上げて瞬く間に焼き尽くす炎しか映らなかった。

 間違いなく、あれをやっているのはアキラと彼が連れるポケモン達だ。そして、恐らく仮面の男もあれだけの力に真正面から対抗している。

 

 この世の終わりは言い過ぎではあるが、それでも天変地異が起きた様な見たことも無い光景。そしてそれを実現させているであろう強大な力に、ゴールドは目を奪われていた。

 遠回しに力にならないことを言われたのは悔しいが、今自分があれと同じことをやって見せろと言われても無理だ。それどころか、あれ程の光景を実現することなど一生懸けても出来る気がしなかった。

 仮に可能性があったとしても、一体どうすればあれだけの力を身に付けることが出来るのか。彼には全く想像出来なかった。

 様々な感情が彼の中に去来するが、”いかりのみずうみ”で起こっているであろう出来事に見惚れていたが故に、静かに自分達に近付いて来る存在がいることにゴールドは気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 激しくぶつかり合う全てを焼き尽くす炎と全てを凍らせる冷気。

 それらは単に激突し合うだけでなく、周囲にある草木や地面を焼き尽くすか凍らせ、片や灼熱地獄、片や極寒地獄の様相を呈していた。

 吹き荒れる暴風に天高くまで昇っている炎と氷が絡み合った巨大な竜巻も相俟って、離れたところで見ていたゴールドが抱いていた様に、第三者から見ればその光景は最早大災害と言っても過言では無かった。

 そんな想像を絶する光景を超常的な力を持つ伝説でも何でも無いポケモン達が起こしていたが、戦っている彼らは目の前のこと以外に一切余計なことは考えず全力を注いでいた。

 

「っ!」

 

 そんなどちらも譲らない激しい攻防に変化が起きる。

 とてつもない熱に威力、そして勢いを誇る炎が猛烈な吹雪に押されているのか、相反する二つの属性が絡み合った竜巻が徐々にアキラ達の方に近付き始めたのだ。

 気付いたカイリューとブーバーは既に全力であるにも関わらず、無理矢理でも口から放つ”かえんほうしゃ”の勢いを強めようと如何にかして力を振り絞ろうとする。

 

 最初は互角――寧ろ、タイプ相性や条件的に勝っていたこちらの方が逆に押されている。

 アキラの視界では、離れていても熱を感じる程の目の前を埋め尽くす程に大規模であるカイリューとブーバーが放つ”かえんほうしゃ”の炎と、”ふぶき”と押し合いながら絡み合って竜巻状に天へと昇っていく光景しか見えない。

 しかし、それでも先程よりも”ふぶき”の勢いと規模が大きく増していることに気付いた。

 

 今戦っているデリバード以外に強力な”ふぶき”を使う事が出来る手持ち。

 その存在は、知っていれば自然と答えは浮かぶ。

 

「ウリムーも加勢させたのか」

 

 状況から見て、今まで見せなかった手持ちの力まで使い始めたのだとアキラは判断した。

 

 仮面の男の手持ちポケモンは、一見するとタイプに偏りが無くてバランス良く揃えている印象を受けるが、正体や目的を知っていればある程度はその構成になっている理由は推測出来る。

 

 まず一つ目は、最終目標である伝説のポケモン――セレビィを捕獲する為の対策。

 セレビィのタイプはくさ・エスパーの複合であり、苦手とするタイプは多い。

 だからこそ、専門であるこおりタイプのデリバード以外にタイプ相性的に有利なゴースやデルビル、アリアドスを手持ちに連れていると考えられる。

 

 二つ目は自らの正体露見対策だ。

 デリバードが使う氷技がやたらと突出しているが、それでも他の手持ちのタイプがバラバラなら単にエース格として見られる。

 だが、これにウリムーなどの別のこおりタイプのポケモンが加わり、その個体も強力な氷技を操れる存在となると、流石にこおりタイプのエキスパートであるヤナギが何かしらの形で関与している疑いの目が向けられやすくなる。

 

 何より、ウリムーは自由に動き回れる氷人形を作り出すことが出来ると言う技術と呼び難い超絶能力を有しており、その力でヤナギが利用している車椅子が埋め込まれている頭部以外の仮面の男の体の大部分の構成に大きく関わっている存在だ。

 その為、マントの下に隠れる形でヤナギの膝元に常にいる。氷人形で体格を誤魔化すことで、正体を隠しているヤナギが仮面の男の姿でウリムーの力も使ってきたということは、自身の正体が露見しても構わないということを意味していると言っても良い。

 つまり、アキラ達はそこまで追い詰めているということを意味しているが、同時にそれは状況の悪化も示していた。

 

 ドーブルの”せいちょう”によって最大にまで高めた特殊攻撃の能力を”バトンタッチ”で受け継ぎ、こちらの技の威力を高めると同時に相手に不利な条件を押し付ける”にほんばれ”などの準備に準備を重ねたカイリューとブーバーの”かえんほうしゃ”。

 手持ちの二大戦力が放つ最大火力による炎技は、アキラが戦う時が来るであろうヤナギの氷技対策にしてその切り札として編み出したものだ。

 エンジュシティでの巨大イノムー戦での実戦投入でわかったが、通常のポケモンに対して放つ技にしては威力が過剰過ぎるなどの問題はあったが、手を抜いて程々の威力に満足して万が一があったら、痛い目に遭うどころの話では無い。やるからには徹底的にだ。

 

 そして当然相手にするのはデリバードだけでなく、今みたいにウリムーなどの他のヤナギが連れている氷ポケモンが加勢した場合の”ふぶき”も想定していた。

 だからこそ、考えられる限り素早く準備が出来て、やり過ぎと言っても過言では無い威力にまで高めるだけでなく、”とけないこおり”を奪うなど”にほんばれ”以外にも念入りに相手が力を引き出せない状況も作った上で全力で挑んだ。

 にも関わらず、自分達は一番の強みである”力”で押されていた。

 

 ここまでやっても勝つどころか互角に渡り合うことも出来ないのか。

 

 悪い考えと可能性がアキラの脳裏を過ぎった瞬間、カイリューとブーバーが放つ炎に大量の砂混じりの風が螺旋状に纏う様に流れ込んだ。

 

 元へアキラが目を向けると、後方でサナギラスとサンドパン、カポエラーが辺りの地面から砂を舞い上げて”すなあらし”を起こしていた。

 そしてその三匹が巻き上げた大量の砂を、炎を放っている二匹と同じ能力を高めた証である特有のオーラを”じこあんじ”で纏っているゲンガーとヤドキング、ドーブルが集中した目付きで”サイコキネシス”を駆使して炎へ送り込んでいた。

 

 念によって巻き上がる砂と風の方向性を操作された砂嵐は、先頭に立つ二匹が放ち続ける炎と力を与えている強い日差しを邪魔することなく加わることで、その勢いを増すだけでなく熱せられた砂という質量も付与される。

 そして念の力も、能力を高めたことで”すなあらし”と”かえんほうしゃ”を巧みに融合させるだけでなく、砂嵐を送り込む際に螺旋回転させることで炎そのものの威力や突破力を更に強めるのに大きく貢献もしていた。

 勢いが強まったことで、カイリューとブーバーは反動で足元が少しずつ滑る様に下がり始めたが、一番下がっているブーバーを背中から支える形でエレブーも加勢するのをアキラは目にする。

 

 全員での一斉攻撃、或いは加勢をアキラは考えていなかった訳では無い。

 だが準備時間の都合などの実用性、更には極限にまで高めた炎技の威力が強過ぎて、カイリューとブーバーしか反動の影響は最小限に留めることが出来ないなどの問題を解決出来なくて、今の形になった。

 だけど冷静に考えれば、強力な氷技というイメージが強過ぎて、相手を打ち負かすには炎技を使うしかないと固執し過ぎていた。

 単に能力を高めたり有利な条件を整えた炎を使う以外にも、こういう形での他の手持ちの力を合わせての技の強化方法はあった。

 

 それからアキラの行動は早かった。

 ブーバーを支えるエレブーみたいに、反動で少しずつ下がるカイリューの後ろに回り込むと背中を押す形で支える。

 他の手持ちが単に主軸を担う二匹に力を託す以外にも、今自分達に出来ることを尽くして加勢したのだ。

 これまで自分達が培ってきた力と技術、その全てを駆使して全力を尽くす以外、この状況を乗り越える道は無い。

 

「いっっけええぇぇぇぇぇ!!!」

 

 轟音を轟かせ、怒涛の勢いで放たれる炎に風と共に送り込まれる砂嵐、それらを混ぜ合わせるかの様に渦巻かせながら更なる勢いを与える念動力。

 今のアキラの手持ち全てが、今自分達に出来ること全てを尽くした文字通りの全力。

 その力はアキラの声に応えるかの様に、さっきまで強烈な”ふぶき”に押されていた炎が、瞬く間に逆に押し返し始める程のものだった。

 

「おのれぇええぇぇーー!!!」

 

 しかし、それで終わらないのが仮面の男。

 一帯に響き渡る轟音に負けない雄叫びを上げると、”ふぶき”の勢いは更に増して、灼熱の炎と絶対零度の吹雪は再び拮抗し合う。

 両者の攻撃が更に力を増したことで、地鳴りと共に地震にも似た揺れまでも起こり始めるが、彼らは全く意に介さなかった。

 

 そして、どちらかが力尽きるまで終わる様には見えなかった炎と氷の攻防に終わりの時が来る。

 

 この大災害の象徴とも言える相反する二つの属性が螺旋状に絡み合いながら天へと昇っていた竜巻が、突如として破裂したのだ。

 まるで、もう限界だと言わんばかりにだ。

 

 弾けた瞬間、吹き荒れていた暴風にも似た衝撃波が火の粉や大小様々な氷と共に周囲へと拡散していき、アキラ達は避けることも耐えることも出来ずに一瞬にして吹き飛ばされる。

 灼熱の炎と絶対零度の吹雪が激突したことで生じた竜巻が消滅したことで、先程までの世界の終わりを彷彿させる様な光景から一変して、辺りは静かになる。

 しかし、それでも彼らが戦っていた付近は、竜巻によってクレーターの様に大きく抉れてた地面を中心に、全てが氷に包まれた世界か全てが焼き尽くされた世界に二分されているなど、大きな爪痕を残していた。

 

「っ……」

 

 火の粉と氷の結晶が漂う様に飛び散っている中、地面に無造作に転がっていたアキラは、体の至る箇所から走る痛みや傷を堪えながら立ち上がった。

 あまりにも突然過ぎて、体だけでなく意識も一瞬だけ飛んでしまったことも重なって理解は全く追い付いていなかったが、それでも油断せずにフラつきながらも周囲を警戒する。

 アキラが立ち上がったのを見て、一緒に吹き飛んだ手持ち達も起き上がったり合流するが、カイリューとブーバーだけは中々立ち上がれずにいた。

 二匹は起き上がれないだけでなく苦しそうに呼吸を荒げており、その口からは焼けた様に白煙が上がっているのが見えた。

 自らの技で口内が火傷してしまう程の力を引き出した反動なのは、誰が見ても明らかだった。

 

「――ここまで追い詰められたのは…何時以来だろうか…」

 

 どこからか仮面の男の声が聞こえてアキラ達は警戒するが、分断する程に大きく抉れた地面の向かい側、一帯が氷世界となっている側で壁の様に大きな氷がまるで盾みたいに存在していた。

 土や灰などが表面に付着している影響で氷の盾の後ろにいるであろう仮面の男の姿は見えなかったが、声だけでも敵が健在なのは明らかだった。

 それを見たアキラと彼のポケモン達は警戒しながら、疲れてはいたがゆっくりと静かに、カイリューとブーバーの元へ囲む様に固まっていく。

 

 追い詰めたには追い詰めたが、もう戦う力も、さっき以上の力を今の自分達が引き出せる気はしなかった。

 何より、引き際の一つと判断する要素を仮面の男が見せたのだ。これ以上戦うのは無意味だ。

 痛みを堪え、ヤドキングとゲンガー、ドーブルに合図を出して”テレポート”での離脱をアキラが命じようとした時だった。

 

「何が目的だ」

 

 仮面の男――ヤナギの言葉にアキラの動きは止まる。

 

「先程の技、そして連れているポケモンの戦い方……お前はかなり念入りに私との戦いに備えて来たと見る」

 

 核心を突く言葉ではあったが、アキラは動じない。

 確かにカイリューとブーバーの二匹が放つ最大火力での”かえんほうしゃ”は、今回の戦いの為に考案して練習してきたものだ。

 力を合わせた大技を仕掛けるとしても、シジマの弟子なら何かしらの打撃攻撃を極める路線になってもおかしくないのに、よりにもよってこおりタイプが最も苦手とする炎技なのだ。

 さっきまでのデリバードと手持ち全員での戦いからでも、こちらが対策をしていたり気を付けていることがあるのに気付いてもおかしくはない。

 

「どこで私の戦い方を知った。いや、幾つか考えられる要因はあるから、そんなことは如何でも良い。何故お前はこうも私の邪魔をする。一体何が目的だ」

 

 仮面の男――ヤナギから見れば、アキラは唐突に現れては配下を壊滅させて計画を台無しにしていくタチの悪い通り魔――否、あまりにも被害が大き過ぎて本当に”歩く災害”みたいなものだ。

 シルバーみたいに何かしらの因縁がある存在が邪魔をしてくることはあるが、何の因縁も無い筈なのにここまで邪魔をしてくる存在はアキラが初めてだった。

 さっきシルバーを連れて逃げた少年みたいに正義感で首を突っ込んでいるのかと思いきや、本気でこちらを倒すつもりであったのは、さっきまでの戦いぶりや手持ちが力を合わせて放った大技を見ればわかることだった。

 素直に教える訳が無いことは察している。だけど、それでも何故そうまでして来るのか知りたかった。

 

「――自分が今まで何をやって来たのか考えればわかることだろ」

 

 それだけ答えると、アキラと手持ち達は風と共に一瞬にしてその場から姿を消した。

 

 直後、両者の間を遮っていた氷の盾は砕け散り、隠れていた仮面の男とデリバード、そして()()()()()()()が姿を現す。

 ウリムーは疲れた様子ではあったが、デリバードの方は緊張の糸が途切れたのか膝から崩れ、最初は倒れない様に両手で支えてはいたがそのまま力尽きる。

 そして仮面の男の方も、身に纏っていたマントの至る所が余波で裂けたり焼けていたが、その下からは人の体ではなくて人の体を模した氷が覗いていた。

 

 まともな答えは期待していなかったが、それでも彼が邪魔したり本気で倒しに来る理由はある程度推測出来た。

 長年に渡って、目的の為にあらゆる方面でロケット団を始めとした配下を操って、世間的に言えば”悪事”に分けられることを数多くやって来たのだ。どこかで恨みを買ったと考えるのが自然だろう。ただ、彼の振る舞いを見ると、どうもその可能性は納得出来なかったが。

 

「――ふん」

 

 もし自分がやった行いや計画の被害者――そうでなくても、今までやって来た行いを知っているのなら、それらは非道で下らないものに見えるだろう。だけど、世間で言う悪事に手を染めてでも成し遂げたいことがあるのを理解されるつもりは無かった。

 周りにどう思われようと、どれ程恨まれても、どんなことをしてでも叶えたいものが仮面の男にはあった。

 その為だけに、長きに渡って計画を推し進め、アキラみたいなどんな障害が立ち塞がろうと退けるだけの力を鍛えて来たのだ。

 

 全ては失ってしまったかけがえのないものを取り戻す為。

 

 それから彼は、倒れているデリバードを休ませるべくモンスターボールに戻すと、どこかに倒れているであろう他の手持ちを探しに動くのだった。

 

 

 

 

 

「…何回経験しても…ああいうヤバイ状況は慣れないものだな…」

 

 ”いかりのみずうみ”どころかチョウジタウンからも離れた森の中で、アキラは息を荒くして木に寄り掛かる形で座っていた。

 今までは”テレポート”が使えるブーバーが逃走の起点になっていたが、ブーバーが動けなくなったら使えなくなる問題があったので、今後のことも考えてゲンガー達はブーバーから”テレポート”の使い方を教わっていた。

 そのお陰で彼らは昔の様に手際良く逃走することに成功したが、敵との力の差や自分達の限界を悟って逃げるのは久し振りだった。

 

 あれだけ相手にとっては不利で、こちらが有利な条件を整えたにも関わらず、相手は健在どころか危うく負け掛けた。

 追い詰めた機会は何回かあったが、それは相手がデリバードの時だけ。

 最後の最後で出てきたが、仮面の男にはまだそれ以上の力を秘めている可能性があるウリムーが控えているのだ。

 あれ以上戦おうとすれば、氷人形などの正体がバレる様な手段を使い始めると考えても良く、今度こそ形振り構わずに消しに掛かる。

 

 そもそも奥の手を出した時点で自分達が引き出せる力や対策は殆ど出し切ったのだから、敵がまだ立っている時点で勝てる可能性は最早皆無と言っても良い。

 

「…さっきのが今の俺達の限界か」

 

 シジマの元で修業を始めて一年近く。確かに自分達は強くなった。

 本気で戦いを挑むシジマやイブキなどのジムリーダーにも勝ち、ずっと挑み続けたレッドとのバトルも連敗更新に終止符を打ち、一地方を相手に個人で喧嘩を売れるワタルさえも正面から打ち負かせた。

 三年近く前にトキワの森――この世界に迷い込んだばかりの頃、それこそミニリュウやゴースなどの手持ちには言う事を聞いて貰えないだけでなく手を焼いていたあの頃からは、想像出来ないくらいに自分達は強くなった。

 だけど、それでも仮面の男は――ヤナギは遠い。

 

 想定していなかったことや想定以上だったこともそうだが、力を発揮しにくい不利な条件を押し付けても一番の強みである純粋な力さえもあちらが上なのだから、強過ぎる。

 

 また戦う時が来たらどうしたら良いか悩むが、ヤドキングなどの体を動かせる手持ちや治療を受けているカイリューから、このまま終わる気は無いと言わんばかりの強い意志の宿った視線がアキラへ向けられる。

 

「あぁ…このまま大人しく引き下がるつもりは無いよな」

 

 昔から自分達よりも強い存在は散々見て来た。最近は力を付けたこともあって勝ってばかりではあったが、久し振りにとんでもない格上が現れた。

 力の差を理解して大人しくする選択も間違いではない。別に自分達は、レッド達みたいに特別な使命を背負っている訳では無い。だけど自分含めて各々成し遂げたい目的や求めてるものがあるからこそ、こうして戦っている。

 単に大人しくしているだけだったら、今の自分達はいない。

 

「ポケモンリーグまで残り数ヶ月、この残りの時間を上手く使わないとな」

 

 持っていた荷物から”かいふくのくすり”を取り出して、カイリュー達の回復を行いながらアキラは、次に戦う時が来たらどうするかを考え始める。

 最後の問い掛けのことを考えると、今回の戦いでヤナギの中で自分達の存在は単なる邪魔者から得体の知れない存在になったと推測出来る。そうなれば、次戦う時は最初から全力を出される可能性が高い。

 

 今の自分達では、対抗するにしても時間稼ぎや手痛い火傷を負わせるのが精一杯だ。

 ならばこそ、更に自分達の力を磨くだけでなく今回得られた情報や経験を糧に、可能な限り新たな対策や作戦を考えて備えなければならない。

 それからしばらくして、ようやくカイリュー達への処置もひと段落したアキラは、事後報告になってしまうがシジマに連絡を取るべくポケギアを取り出したが、小さな画面に表示されている内容に目を丸くする。

 

「? なんだこれ?」

 

 ポケギアに不在着信が連なっていたのだ。

 見たことが無い番号だったので一体誰からの連絡なのかと思ったら、今正にその番号から連絡が来た。

 

「もしも――」

『あっ! やっと繋がった!! こっちは何回も連絡していたんッスよ!』

「…何だゴールドか」

 

 連絡してきた相手がゴールドだとわかって、アキラはどこか安堵する。

 一体どうやってこちらのポケギア番号を知ったのか気になったが、彼がこうして連絡をしたということは、つまり彼は無事に逃げれたことを意味しているからだ。

 そのことを考えると、”運命のスプーン”に導かれるままにやって来たが、助けに入った甲斐があったものだ。

 

「そんなこと言われても、こっちは本気で戦っていたんだから、繋がらないのは当然だよ」

『そりゃあんな大災害起こしてりゃ…って、そんなことは如何でも良い! 大変なんだ!』

「どうした? まさかシルバーに何かあったのか?」

『そうだよ!! シルバーが…見たこと無いポケモンに連れて行かれた!!!』

「………え?」

 

 ゴールドから伝えられた内容に、アキラは理解出来ないと言わんばかりの声を漏らすのだった。




アキラ、可能な限りの力を尽くすも痛み分けに近い形で退却する。

ヤナギが戦っている場面を何回も読み直して、原作にあった要素や原作には無かったけどやってもおかしくなさそうなことなど詰め込みました。
いや、本当に強過ぎます。嵌められたり追い詰められても普通にゴリ押しで突破している場面が幾つもあるのですから。
もう今後、一人のトレーナーで彼を凌ぐことをやるトレーナーは出ないと思えるくらいです。

次回、ゴールドがアキラにリベンジします。


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再戦の機会

 沈んだ日に代わり、空に浮かんでいた月が空を照らしていた時間帯。

 コガネシティに建てられていた大きな建物からゴールドと治療の痕が色濃く残っているアキラの二人が揃って出てきたが、何時になくゴールドは不機嫌な顔を浮かべており、彼はたった今出て来た建物を睨み付ける。

 

「けっ、お偉いさんか何か知らねえけど、何日もこの建物に俺達を閉じ込めやがった上にあれこれ煩く言いやがって」

「そう苛立つな。ポケモン協会や警察だって、事態を収拾するのに必死なんだ」

 

 文句を口にするだけでなく、今にも建物に唾を吐き掛けそうなゴールドをアキラは宥める。

 彼らはさっきまで、何かと今ジョウト地方各地で起こっているロケット団が引き起こす事件に関わっていたので、ポケモン協会から参考人として呼ばれていたのだ。

 だが単に事情や遭遇した出来事について聞かれるだけでも、入れ代わり立ち代わりでやって来る関係者に同じことを何回も話す日々。怪我の治療などもあったが、万が一があったら困るのか外出は禁止の実質軟禁状態で、今日やっと開放された。

 

 話を聞くなら一気に関係者を集めて欲しかったが、居候先としてお世話になっているヒラタ博士やエリカなどのジムリーダー達が苦労している姿をアキラは知っていたので、大人や立場がある人間は大変なのだろう。特に今は、各地でロケット団が事件を起こしまくっているのだから、警察の人は尚更だ。

 ポケモン協会関係者も、仮面の男の正体がジムリーダーの誰かということが発覚したからなのかかなり神経質になっており、それも今日まで長引いた原因にもなっていた。

 だが、ゴールドは機嫌悪そうに細めた目付きでアキラを睨む。

 

「相変わらず良い子ぶっていますけど、イラッとすることや文句の一つや二つくらいあったんじゃないッスか?」

「……その気持ちはわからなくもないけど、あれだけ俺達が得た情報や話を聞いたんだ。多少は後手気味なのを改善してくれるとは思うよ」

「それ、本気で信じているんッスか?」

 

 アキラが言っていることが信じられないのかゴールドは疑いの目を彼に向けるが、暗に彼が言っていることを認めつつも、アキラは明言を避ける。

 彼自身も表には出していないが、本音で言えばゴールドの言い分もわからなくもなかった。

 

 何故なら自分達がこの建物に滞在していた一週間近くの間に、刑務所や留置所をロケット団が襲撃する事件が何件も起きたからだ。

 一件だけでも世間に与える衝撃は大きいのに、それが何件も連続してだ。しかも今まで捕まえた団員の多くが脱走してしまい、大半が行方を眩ませていると言う。

 全員逃がした訳ではないが、それでもその話を報道番組で知ったり、ポケモン協会側の人間から聞いた時は流石にアキラは警察の頼りなさに文句を言いたくはなった。

 

 だけど、幾ら自分が打ち負かしたり捕まえる切っ掛けを作ったとはいえ、立場的に一般人に近いアキラが積極的にロケット団と戦うことは良くて自警、悪く見れば英雄気取りや警察の真似事だ。

 にも関わらず強く追及されなかったり、軽く注意をされるだけで済んでいるのだから、あまり強くは言えない。

 特に大激戦を繰り広げた”いかりのみずうみ”は、あの戦いの影響で冗談抜きで湖の一角にある森が更地状態になった上に一部の地形がかなり変わってしまったらしいのに、アキラはポケモン協会側の人間からはあまり言われなかった。

 

 と言ってもこれは、同時期にギャラドスが大量発生していたので、地形が変わってしまったのはそれらが暴れたことによる局地的な災害と認識されたからだ。

 その理由も、”いかりのみずうみ”が大昔にギャラドスが暴れたことで出来たという成り立ちや、そんな地図の書き換えが必要になる程の戦いをトレーナーが繰り広げたとは協会に属する人間が信じなかったなども関係していた。

 流石に手持ちの力を理解していた師であるシジマからは、手持ちポケモン全員と一緒に正座させられて強過ぎる力の扱いについての説教や厳重注意を受けたが、見方を変えればそれだけで済んでいるのだから正直言って御の字である。

 それに警察組織のポケモン犯罪への貧弱さは、カントー地方でも今も尚解決の見通しが立っていない問題なのだから、改善は容易では無い。

 

「……この騒動が終わるまではチョウジタウンとその付近には絶対に近付くなよ」

「まだ仮面の男の正体は、ヤナギって爺さん説を考えているんッスか?」

「あぁ…色々条件が整っているだろ」

「でも話を聞けば車椅子に座っている爺さんじゃねえか、仮面の男はしっかり立っていた上に滅茶苦茶動き回っていたぞ」

 

 話を変えるのと警告の意図も含めて、アキラは自分達が今回呼ばれた一番の理由についての話を振るが、ゴールドはあまり真面目に受け止める様子では無かった。

 実際、彼だけでなくポケモン協会関係者にもこの先自分が知っている通りに進まないなど知った事では無いと言わんばかりに犯人にアキラはヤナギを挙げたが、今のゴールド以上に反論が飛んで来た。

 

 だけど彼らが自分の意見が信じられない、反論したくなる気持ちもわからなくもなかった。

 ヤナギは単に長期間ジムリーダーを務めた重鎮であるだけでなく、長年にも渡ってポケモン協会に様々な貢献をしてきた功労者でもあるからだ。

 勿論、ただの感情的なの以外にも今ゴールドが言った様に、仮面の男とヤナギとでは姿や動きが違い過ぎることも反論の一番の根拠に挙げられた。

 

 実際は頭の周りに車椅子を嵌め込んだ氷人形で動き回っているのだが、氷人形で自由自在に動き回っているという時点で普通なら信じられない上に色々おかしい。

 アキラだって、元の世界で知った記憶が無ければ、ヤナギ本人では無くて氷技に関しての知識と技術を身に付けた関係者と考えていたかもしれないのだから、直接種明かしでもされない限り信じられないのもわからなくもない。

 そんな技術と呼ぶのもとんでもない芸当を可能にしたのは、憶えている限りの記憶も含めた今も昔も未来ですらヤナギだけだ。

 オーキド博士も関係者と一緒に話は聞いてくれたが、かつての旧友が悪事に手を染めているのをあまり信じたくなかったのか聞いている間はずっと難しい表情で黙っていたのが、彼の中で強く印象に残っていた。

 

 結局のところ、直接戦闘以外の方法でヤナギを如何にかすると言うアキラの作戦は成功しそうに無かった。

 何かしらの証拠を探して来た方がより説得力が上がるかもしれないが、そんなことは不可能だ。そもそもどこにそんなのがあるのか。

 やはり、直接戦闘で力任せに止めるしかないのか。だけどそれを選ぶと、ヤナギが理不尽なまでに強いと言う大き過ぎる壁が立ち塞がるのでアキラは頭が痛かった。

 

「――なあ、この後アキラはどうするんだ?」

「先生のところに戻って、今後についての話し合いと修行の継続かな」

「修行…あれだけのことをやってまだ強くなるつもりなんスか」

「派手な力を身に付けるだけが修行じゃない。俺達はまだ強くなれる可能性はある。それに、奴の方が格上なんだ。今回の戦いで得られた経験から更に対策を講じないと、次に仮面の男と戦った時にやられる」

 

 結果はどうあれ、あれだけ激しく戦ったのだから、こちらのことは相手側には相当印象付いている筈だ。なので次戦う時は、最初から本気で来る可能性は高いと考えた方が良い。

 そうなったら、それこそ時間稼ぎすら精一杯なのも十分に考えられる。

 

 だけど考え方を変えれば、時間稼ぎに徹することで相手の計画を台無しにしたり、無視出来ない加勢が来るまでの邪魔をすると言う方向性も悪くは無い。

 それに短期間で大幅に強くなることは無理だとしても、何か新しい作戦を考えたり、技を身に付けることで少しでも強くなることは出来る。

 手持ちの力を総動員して放った大技みたいに、新しく覚えた技や力が、組み合わせや考え方次第で大きな力を発揮することだって有り得る。

 

 アキラとしては、素手で触れたり攻撃したら凍らされる所為でまともに接近戦が出来ない問題を一番に解決したかった。

 今の手持ちは接近戦でこそ、力を発揮すること出来る面々が多いので何とかしたい。実際、カイリューの”げきりん”を受けたデリバードは確実にダメージを受けていたのだから、こちらの攻撃さえ当てれば多少は希望を見出せる。

 特殊技での袋叩きも勿論対策の一つだが、何かと”ふぶき”で掻き消されたりとしていたので、やはり拳でぶん殴ったり足で蹴り飛ばすのが一番だ。

 

「そういうゴールドはどうするつもりなんだ?」

「決まってんじゃねえか! シルバーを探しに行く!」

 

 アキラの問い掛けに、ゴールドはポケモン図鑑の画面を突き付けながら答える。

 画面にはジョウト地方の全体図が簡易的に表示されており、その中の一点だけ虫みたいな顔のマークが浮かんでいた。

 

 それが示しているものが、この数日間ゴールドにとって一番気になっていることだった。

 アキラと仮面の男が戦いの最中に起こしたこの世のものとは思えない光景に目を奪われていた時、背後から彼曰く”強そうで何か威厳のあるポケモン”が現れたと言う。

 新手かと考えたゴールドは応戦を試みたが、現れたポケモンの一喝を受けて彼の手持ちは戦うことなくモンスターボールに戻されてしまい、彼は抵抗する術を奪われてそのままシルバーを連れて行かれた。

 

 予想外の出来事だったこともあって急いで駆け付けたアキラはかなり焦ったが、幸いと言うべきか、ゴールドからシルバーを連れ去ったポケモンの特徴を聞いて思い当たるものがあった。

 エンジュシティを訪れた際に手に入れたパンフレットに描かれた絵をゴールドに見せて、彼の反応から確信した。

 

 シルバーを連れて行ったのは、伝説のポケモンのエンテイだ。

 

 ゴールドの目撃証言以外にも彼が持っていたポケモン図鑑にも、エンテイの姿と共に出会ったという記録もあったので間違いないだろう。

 

 後でテレビやら新聞などで情報を集めたら、どうやらアキラがチョウジタウンを目指して出発した頃に以前幾ら調べても何もわからなかった”焼けた塔”から三匹のポケモンが飛び出したという。

 その三匹とはつまり、エンテイ、ライコウ、スイクンだ。

 普通なら追い掛ける手段は無いが、ゴールドの手元には最新型のポケモン図鑑がある。一度出会ったポケモンを簡易的に記録すると同時に所在がわかる”追尾機能”によって、現在エンテイはうずまき島付近を拠点にしているのか、頻繁に訪れたり留まっていることが判明している。

 そして居場所がわかるのなら、ゴールドがすることは一つしかない。

 

「エンテイに会いに行くつもりなのか?」

「当然だろ。突然現れてシルバーを連れ去ったんだぞ。取り返しに行くんだよ」

 

 突然現れて誘拐同然で連れて行かれたのだ。

 ゴールドの主張は、事情を知らない者から見れば尤もだ。

 しかし、エンテイがどういうポケモンなのかや目的をある程度知っているアキラとしては、仮面の男との戦いで弱っていたシルバーを連れ去ったのには何か理由があった筈だ。

 その理由が何なのかは思い出せないが、今は”触らぬ神に祟りなし”だ。

 

「もし戦いを挑むつもりなら止めた方が良い。今のゴールドが伝説のポケモンを負かせるとは思えないし、エンテイなら悪い様にはしないだろう」

「やってみなきゃわかんないだろ。つうか、何でシルバーが無事でエンテイは何もしていない前提なんッスか」

「エンテイに関する伝承は色々あるけど、悪意や気紛れで人やポケモンを傷付けた言い伝えは皆無だ。寧ろそういう存在から人やポケモンを助けたり守っている。それに伝説のポケモンは総じて人間並みかそれ以上の知能がある。何の目的も無しで面識の無いシルバーを連れ去るとは考えにくい」

「その目的がロクでも無いものじゃないって保証は?」

 

 どこまでも疑うゴールドにアキラは頭を悩ませるが、彼の言い分もわからなくもない。

 アキラが挙げている言い伝えでは確かにエンテイは誇り高くて高潔なポケモンだが、今もその善性を保っているなど普通はわからないものだ。

 けど、アキラが元の世界での原作で知った以外にも、客観的な可能性でエンテイがシルバーを連れ去った理由として考えられるものはある。

 

「少し話は変わるが、最近スイクンって名前の伝説のポケモンが各地にいる腕の立つトレーナーに戦いを挑んでいるって話、ゴールドも聞いているだろ」

「そりゃ、あんだけテレビで扱われているのを見れば嫌でも覚えるわ」

「俺の師匠のシジマ先生が、コガネシティに来る前にスイクンと戦ったみたいでね。説教の後にその時どう戦ったのか教えてくれたんだけど、興味深い話もしてくれたんだ」

「それって何なんッスか?」

「――”スイクンは自分のパートナーを求めている”」

「パートナー? どういうことッスか?」

「詳しくはわからないけど、パートナーってことはトレーナーのことだろう。自力でも十分過ぎるくらい強い伝説のポケモンがトレーナーを求めているのには、何かしらの理由がある筈だ。そして、スイクンはエンテイの仲間だ」

 

 そこまで話せば、ゴールドもアキラが何を言いたいのかやエンテイがシルバーを連れ去った理由を察する。

 ひょっとしたらエンテイは、シルバーを自らのパートナーに選んだのかもしれない。

 と言ってもアキラが憶えている限りでは、シルバーがエンテイと共に戦うのは最後の戦いだけだったので、今回連れ去ったのは別件だろう。

 

「でもよ。仮にシルバーをパートナーに選んだとしたら、あいつの何を見て判断したんだ?」

「流石にそこまでは知らないよ。でも、伝説のポケモンは不思議で信じ難い力を持っている。何かシルバーにパートナーに相応しい光るものを見出したのかもしれない。俺から見ても彼のトレーナーとしての能力は結構高いし」

 

 シルバーが秘めている才能は、歴代図鑑所有者の中でもトップクラスだ。

 まだ伸び切っていない今の時点でも、同い年くらいの昔のレッドなら苦戦しただろうし、当時のアキラに至ってはやられてしまうのが目に見える。

 

「…アンタから見たら、俺はシルバーには及ばねえのか」

「――トレーナーとしての技術や知識、格で言えば、ゴールドはまだあらゆる面でシルバーには負けている。でもちょっと前まで戦いとは縁が無かったのに、ここまでやれているんだから方向性を間違えずに鍛え続ければ、追い付く可能性は十分にあるとは思う」

 

 苦々しそうに尋ねるゴールドに、アキラは正直に答える。

 奇策を使えば多少は有利に戦えるが、それでも現時点でのゴールドの純粋な実力はシルバーどころかクリスにも劣っている。

 しかし、それは仕方ないことだ。

 

 シルバーとクリスは、形や方向性は違えど長年に渡って英才教育を受けるなどトレーナーとしての鍛錬を積み重ねて来た。

 逆にゴールドは数カ月前まで、ポケモンとの意思疎通や扱いに長けた以外は一般人だったのだ。

 正直に言えば、下地はあったとはいえ、最終的に伝説のポケモンを相手に時間を稼いだりヤナギと渡り合える様になるまで急成長する方が凄い。

 

「どうすれば、俺はもっと強くなれるんだ」

「自分よりも強かったり経験豊富なトレーナーに指導を仰ぐことが最短ルートかな。ゴールドだって、育て屋老夫婦のところで鍛錬してから強くなった実感があるんだろ」

 

 独学でも強くなることは十分出来るが、短期間で強くなる一番の近道は自分よりも優れた人間の協力を得ることだ。

 これはアキラ自身、シジマの元での修行の日々だけでなく、レッドとのバトルや教え合い、エリカが自警団向けに行った講習会への参加などの経験で実感している。

 すると、ゴールドはさっきまでの不機嫌な表情から一転して、腕を組んで真剣に考え始める。

 

「――よし決めた」

 

 まるで何かを覚悟した様な顔で決意の言葉を漏らすと、ゴールドはアキラに向き直って、その頭を下げた。

 

「アキラ、俺を鍛えてくれ!」

「余裕が無いから無理」

「なんでだよ!!!」

 

 即答で断られて、ゴールドは思わず文句を口にする。

 ゴールドの中で自分よりも強い相手と言ったら何人か浮かぶが、その中で一番強くて頻繁に関わるであろう存在はアキラしか浮かばなかった。

 恐らく言い出しっぺである彼自身もそのことをわかっている筈なのに、何故断られるのかがわからなかった。

 

「何で断るんッスか! 今の話の流れ的に受け入れるところだろ!!」

「いやそう言われても…」

「…俺がアンタより強くなるのが嫌なんッスか?」

「いいや寧ろ逆。ゴールド達が強くなるのは望ましいことだ。出来ることなら色々教えたり力にもなってあげたいとは思う。だけど、俺達も俺達で仮面の男やロケット団に対抗する為に短期間で出来る限り力を付けたり対策を考えたいから、付きっ切りで教えている暇も余裕も無い」

 

 色々理由はあるが、一番の理由は”他のことに自分の時間を割く余裕が無い”、それに尽きる。

 これがレッドなら、一年前のカントー四天王との戦いのことを考えると実力も拮抗し合っていることもあって、知っている戦い方や技術を教え合ったりすることで互いに高め合う事が出来た。

 ゴールドの場合だと、現時点での自分との力の差はかなり大きいので、まずはゴールド達のレベルを上げる段階から始めなければならないのが一番のネックだ。

 これが次の戦いが起こるまでの一年くらいの空白期間なら引き受けたかもしれないが、今は現在進行形で戦いの真っ最中、しかも敵は完全な格上なので余裕が無い。

 

「それに…俺自身まだ弟子で修行中の身だし」

 

 指導する立場というのは、単に独学で鍛錬していくのとはまた別の形で強くなれるものだとアキラは聞いている。

 実際、指導する立場になったブーバーやヤドキングにエレブーの三匹は、自分達の戦い方を見直したり、一方的に教えるだけでなく弟子の戦い方を取り入れたりしている。

 だけど、教えている余裕も暇も無いのに短期間で滅茶苦茶に強くする特訓方法なんて、アキラには思い付かない。仮にやるとしたら、鍛錬の意義や効果も考えた上での結構なスパルタになりそうな気がしてしまう。

 

「俺と一緒にシジマ先生のところで修業する? タンバシティに来るならエンテイが留まっているうずまき島も近いし、俺も何かと手助けしやすい」

「いや…それは……う~ん…ちょっとな……」

 

 アキラとしては結構魅力的な提案のつもりだったが、ゴールドは少し歯切れが悪そうに躊躇う。

 ポケモン協会の建物で過ごしている間に彼はアキラ経由でシジマに会っていたが、中年の格闘家トレーナーの元で特訓するのは何だか抵抗があった。

 しかも話を聞けば、時代錯誤に思えるスポ根みたいな修行をポケモンだけでなくトレーナーにもやらせると言うのだから、性に合わない気もするのだ。

 そんなゴールドの様子から、アキラは何となく彼が失礼なことを考えていることを察していたが、よくよく考えたら彼が自分がシジマの元でやっている鍛錬をやっている姿があまりイメージ出来なかった。

 

「――都合良くレッドが下山していてくれないかな」

 

 ゴールドの先輩にして、後の師匠になるであろう友人をアキラは思い起こす。

 教え方や説明は彼個人の主観や感覚的なものばかりなので、相手が上手く理解出来なかったりしたら悲惨ではあるが、噛み合えばとんとん拍子に上手くいく。

 しかし、彼は現在シロガネ山で療養中、そう都合良く下山していないだろう。

 

「……まあ、強くなる方法は人それぞれだ。答えも一つしかないって訳じゃないから無理強いはしないけど」

 

 アキラがやっているトレーナーもポケモンと共にその身を鍛えると言うのは、自分にとって最適で強くなる一番の近道と言う認識だが、何もそれが全てのトレーナーに当て嵌まる訳では無いことはわかっている。

 人とポケモンの付き合い方や関係は十人十色あるのと同じように、最適な戦い方や鍛え方は人それぞれ、向き不向きがある。だけど、仮面の男に狙われているであろうゴールドを放置するのも今の時点では危険だ。

 やっぱりちょっと強引でも良いから自分と一緒に、タンバシティに連れて行くべきかとアキラは悩み始める。

 

「……アンタから教わることが出来ないなら仕方ないけど、一つだけお願いすることは出来ねえか?」

「一つだけ?」

「――今の俺と戦ってくれませんか」

 

 先程頭下げた時と同じか、それ以上に神妙な態度でゴールドはお願いする。

 そんな彼の頼みに、アキラが了承するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

「よし。この辺りなら幾ら暴れても迷惑にはならないだろう」

 

 コガネシティから離れた場所に二人はやって来ると、アキラは周囲の拓け具合や土が剥き出しの絶壁と木々が生い茂る森までの距離を見渡す様に確認する。

 ゴールドからのバトルの申し入れをアキラが受け入れたのは、付きっ切りで教えたり面倒を見るのは出来ないが、一戦くらいは戦った方が良いだろうと考えたからだ。

 それでゴールドの今の実力を確かめれば、今の彼に必要なことや出来るであろう助言をするのに役立てる筈だ。

 

 そしてお願いしたゴールドの方は、この戦いには並々ならぬ気持ちで挑むつもりであった。

 育て屋老夫婦の元で特訓したお陰で、自分は前よりもずっと強くなれた自信が付いた。

 それこそ、次戦えば初めて戦った時は手も足も出なかったアキラに一泡を吹かせられるんじゃないかと思えるくらいにだ。

 しかし、その自信は数日前の仮面の男との戦いで追い詰められたこと、アキラとの戦いに全く付いて行くことが出来なかったことで打ち砕かれた。

 

 加えて常軌を逸した力を持ったアキラでも、仮面の男と渡り合うことは出来ても最終的には”逃げる”と言う形で退くしかなかった事実もゴールドの中では重くのしかかった。

 実力差もそうだが、今まで身近で感じることが無かった本当の死が、間近に思えたのだから大口を叩いたり楽観視することは出来なかった。

 だけど、怖気づいて退いてしまうのは、彼のプライドや意地としても許せなかった。

 流石に地図を書き換えるレベルの力は無理でも、もっと鍛えれば、そんな戦いの場に立つだけでなく、付いて行くことが出来る可能性があるのか、今の自分の立ち位置はどこなのかを確かめたかった。

 

「バトルに関してのルールは俺が決めて良いかな?」

「良いッス」

「……それじゃ、ルールは前とは違って手持ちは六匹まで使用可能なのと、()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

「…それってどういうことなんスか?」

「簡単に言えば、ルール無用の野良バトルだ。詳しく説明すると、一対一で戦うのを絶対に守るなら、小道具の使用や公式戦だったらルール違反なことをしても良い。ゴールドは俺を仮面の男やロケット団だと思って戦えってことだ」

 

 アキラが知っている限りでは、ゴールドの強みは力押しよりもレッドの様に機転を利かせてブルーみたいなトリッキーな戦い方をすることだ。

 これから先に起こるであろう戦いを考えれば、公式ルール下で戦うことは無い。ならばその強みを活かす方向性で戦った方が、今後の事を考えると良いだろう。

 いっそのことゴールドの手持ちを総動員させてカイリューと戦わせた方が良いかもしれないが、まずは基本の一対一(タイマン)形式でどういう戦い方をするのかを見た方が良い。

 

「本当なら小道具に頼るバトルのやり方に慣れるべきじゃないけど、この先も戦っていくのなら、今自分に出来ること全てを使う術を身に付けるべきだ。その分、前とは違って容赦しないからね」

「…おう」

 

 前準備として互いに距離を取りながらアキラが告げると、ゴールドは少し緊張している様な声で返事をする。

 そんな彼の様子を見たアキラは少し考える素振りを見せると、腰に付けたモンスターボールの一つを見せ付けた。

 

「――俺が最初に出すポケモンはサナギラスだ。タイプはじめんといわ、体格はトランセルやコクーンの様な蛹みたいな姿をしている」

「…なんでそんなことを俺に教えるんスか?」

「挑発の意図があるのと、ゴールドが仮面の男と再戦することを想定しているからだ。容赦しないとは言ったが、相手の情報を事前に知っていた上でゴールドがどう戦うかも見たい」

 

 事前にこちらの手の内を明かすのは、ゴールドの性格から考えると舐めていると思われても仕方ないが、これも先を考えてのことだ。

 彼の手持ちの気持ちを尊重して戦わせるやり方は、”スポーツ”としてのポケモンバトルでは素晴らしいが、野良バトルでは下手をすれば足枷になる。

 生死が懸かったバトルで何の策も無く感情的に動いたら、ただの犬死に繋がりかねない。

 

 それに仮面の男との再戦を想定しているのも嘘では無い。ウリムーとかの手持ちは明らかになっていないが、それでもデリバードなど他にはどういう手持ちがいるのかわかっているのだ。

 情報は重要だ。アキラがこうして今もここに立っていられるのも、ヤナギの強さや手持ちには何が控えているかを知っていたことで対策を立てれたことが大きい。

 得られた情報をどう活かすのかは、公式戦、野良バトル問わず、とても重要なことだ。

 

 それからゴールドはアキラに伝えられたことについて考え込むが、少し間を置いて彼もモンスターボールを手に取る。

 互いに準備は万端、ならばやることはもう一つだ。

 

「バトル!!」

 

 アキラがバトル開始の掛け声を上げると、それを合図にお互いモンスターボールを投げる。

 両者が投げたモンスターボールから、中に入っていたポケモンが飛び出す。

 アキラは宣言通り、だんがんポケモンのサナギラス、そしてゴールドが出したのはかえるポケモンのニョロトノだった。

 パッと見はゴールドでもわかるくらい相性面では彼が有利と言える組み合わせだが、相手が相手なのでゴールドはすぐに動く。

 

「よしニョたろう、”みずでっぽ――」

 

 だが指示を伝えている僅かな時間で、サナギラスは背中の孔から噴射した砂を推進力に目にも留まらない速さで距離を詰め、勢いのままにニョロトノに激しくぶつかった。

 その威力に、ニョロトノの意識は体と共に一瞬で飛び、ゴールドの足元まで吹き飛ばされる。

 

「最初に戦う相手が何なのかわかった上で相性の良いポケモンを出したのは良かったけど、出てからの動きが遅い。予めボールから出たら何をするのかを、出す前に伝えておくのも手だよ」

 

 ニョロトノを突き飛ばしたサナギラスを示しながら、アキラは呆然とするゴールドに教える様に語る。

 モンスターボールから出たばかりで状況が良くわかっていないということはわかるが、実力と経験があるトレーナーとポケモンなら、事前にやる行動を決めて動くことは多い。

 特に今回みたいに相手が何を出して来るのかがある程度想定出来ている時などは、先手を打たないと不利になることはわかっているのだから、さっさと先手を打つに決まっている。

 

「ゴールド、俺をロケット団や仮面の男だと思って戦えって言ったよな。力の差が大きい相手でも真面目に正面から挑むのか?」

 

 そう問い掛けると、ゴールドは何かに気付いたのか表情を変える。

 彼は倒れているニョロトノをボールに戻すと、別のモンスターボールと一緒にビリヤードのキューを取り出して構えた。

 それを見たアキラは表情を少しだけ緩ませながら満足気に頷き、サナギラスも緊張した顔で次に意識を集中させる。

 

 どんな分野であろうと自分よりも強い存在を倒すには、知恵と工夫は欠かせない。

 ここからが彼の本領発揮だ。




アキラ、何日も缶詰状態から解放後、ゴールドのリベンジを受け入れる。

今回断られましたけどゴールドがバトルを教わる人って、レッド以外では育て屋婆さんやキワメ婆さんなどの婆さんばかりなんですよね。
29巻でも「何で何時もババアが先生なんだ」って言っていますし。

次回、ゴールドの知恵と工夫が炸裂します。


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見せ付ける力

 遊び慣れたビリヤードでの玉を突く構えを取りながら、ゴールドは目の前にいるアキラとサナギラスを見据える。

 容赦はしないと言いつつも、こちらの出方を試したり力を引き出そうとする彼のやり方は、教える意図があるとしても本気で倒そうと考えている今のゴールドには少し癪ではあった。

 だけど、彼とはそれだけの力の差があるのは否定出来ない事実ではあったのと、結果的にこうして色々と役に立つ助言や気付かせて貰うのは有り難くもあった。

 

 お礼に一泡吹かせてやると意気込み、彼は構えたキューでモンスターボールを打ち出した。

 ボールはアキラが思っていたよりも速い速度で転がり、サナギラスの真横を通り過ぎたと思いきや後ろに回ったタイミングでボールから樹木の様な姿をしたポケモンであるウソッキーが飛び出した。

 

「いけぇウーたろう! そのまま”けたぐり”だ!!」

 

 ウソッキーは出て来てすぐに、背後からサナギラス目掛けて払う様に蹴りを仕掛ける。

 しかし、蹴り付ける寸前にだんがんポケモンの体は青白い光のバリアに包まれて、ウソッキーの”けたぐり”を弾く。

 

「面白いテクニックだ。俺には真似出来ないやり方だけど、やると決めたらすぐに動かないと相手に対策されるよ」

 

 自分が得意とするやり方をすぐにバトルに応用するところは良かったが、真正面過ぎたのや仕掛けるのに時間を掛け過ぎた。

 こちらが気付く間もなく仕掛けるなりしていれば、ゴールドの不意打ちは上手くいっていたかもしれなかったが、相手の出方がわかっていれば”まもる”が使えるサナギラスなら容易に対処出来る。

 一度攻撃が弾かれたウソッキーではあったが、もう一度”けたぐり”を放つことで今度は”まもる”の壁を打ち破れたが、既にサナギラスは退いた後だった。

 ウソッキーの攻撃を上手く逃れたサナギラスはその後、リズム良くウソッキーの周りを軽快に飛び跳ね回りながら翻弄する。

 

 一見すると蛹状の体なのや背中の孔から噴き出す砂の存在もあって、サナギラスは直線的な動きしか出来ない様に思われがちだが、その体に慣れれば意外と動き回れる。

 手足が使えないのはネックだが、体がより頑丈になったことや素早く動けると言う点では、サナギラスはヨーギラスの頃よりも優れていた。

 ゴールドとウソッキーは、周りを飛び跳ねるサナギラスの動きには付いていけたが、相手が先に仕掛けるのを待つべきか、こちらからもう一度仕掛けるべきなのか迷っていた。

 そして、そんな彼らの隙を今のアキラは見逃さなかった。

 

「”いやなおと”」

 

 一際大きくジャンプして、ウソッキーの頭上を跳び越えながらサナギラスは不快音を響かせる。

 真上から悶絶したくなる音を聞かされて、思わずウソッキーは両手で耳を塞いで無防備な姿を晒す。その隙に、サナギラスは着地と同時にニョロトノを突き飛ばした時の様に背中の孔から砂を大量に噴射する。

 一直線飛んだサナギラスは、鋭い牙が並んだ口を大きく開けて”かみくだく”つもりでウソッキーの胴に噛み付き、そのままウソッキーの体を木に叩き付ける。

 ”かみくだく”だけでも重いダメージだったのに、”いやなおと”の影響で無防備な状態のまま木に強く叩き付けられたのが致命的だったのか、ウソッキーは岩の様に固い体の一部を欠けさせて力尽きる。

 

「前よりは手持ちは充実しているのと技の選択も悪くは無い。でも、このままで終わるつもりは無いだろ?」

「ッ…当然ッスよ!」

 

 精一杯の虚勢を張って、ゴールドは倒れているウソッキーを戻しながら次の手を考えていく。

 アキラをロケット団、それか仮面の男を想定して戦う。戦いのルールは絶対に一対一で戦うこと。それさえ守っていれば何でもあり。

 そこまで考えた彼は、アキラとサナギラスの動向を窺う様に見つめながら再びボールを地面に置いてキューを構える。

 

 また同じ手を使うのかと思いきや、ゴールドは体を屈めたまま地面に置いたボールとは別のモンスターボールを投げてきた。

 そう来たかとアキラは楽し気な表情を一瞬浮かべた後、サナギラスと共に目を凝らすが、次の瞬間目が眩む強烈な光が開かれたボールから放たれた。

 

「ッ!?」

 

 すぐに目を逸らしたが、強烈な”フラッシュ”をまともに受けてしまったことで、アキラの視界は不安定なものになる。

 それはサナギラスも同じで、強い光を直視してしまったことでフラついてしまう。

 

「チャンス!!!」

 

 アキラ達の様子を見て、ゴールドは”フラッシュ”を放った芽が出たばかりの種みたいな姿をしたポケモン――ヒマナッツを手際良くボールに戻すと、地面に置いたボールをキューで斜めに強く打ち出した。

 またキューでボールを打ち出す様に見せ付けて、別の手持ちが入ったボールを投げ、その繰り出したポケモンで相手の視界を潰して本命を繰り出す。

 公式戦だったら絶対に使えないであろう策ではあったが、奇しくも”目”を重視する今のアキラが最も嫌がることを彼は実行していた。

 

「ギラット! 背後じゃなくて右だ!」

 

 視界が少し回復したアキラはゴールドが次の手を仕掛けてきたことに気付くと、まだ視界が不安定ながらもボールの動きを捉えてサナギラスに伝える。

 まだ視界が回復していないサナギラスは、アキラが伝えた内容と視覚以外の感覚を頼りに右に意識を集中させる。

 そして右斜めに飛んだボールが、木に当たった衝撃で跳ね返ったタイミングで開閉スイッチが起動する音が彼らの耳に入る。

 

「音の方へ”はかいこうせん”!」

 

 アキラの迎撃を伝える声に、サナギラスは開閉スイッチが聞こえた方向に体を向けながら口にエネルギーを集める。

 視界が安定しなくても、ボールから飛び出したであろう存在の影がぼんやりと見える。

 勢いのままに真っ直ぐ突っ込んでくるそれに対して、サナギラスは最大パワーでの”はかいこうせん”で迎え撃った。

 

 だんがんポケモンが放った破壊的な一撃は、ゴールドが新たに繰り出したポケモンを瞬く間に光の中へ呑み込む。

 ところが、サナギラスはすぐに違和感に気付く。

 

 渾身の力を込めて放った”はかいこうせん”が、ゴールドのポケモンを吹き飛ばすどころか、逆にこちらの意に反して掻き消される様に押されていたのだ。

 カイリューに教わって習得した自身が放つ最大級の技を逆に返り討ちにする程の力を発揮しているのは一体何者なのか。

 そしてサナギラスは、徐々に回復してきた目でその姿を見る。

 

 ”はかいこうせん”に負けないどころか逆に押し返している存在は、卵の殻を身に纏った小さな体をしたポケモンだったのだ。

 予想外の相手にサナギラスは驚愕のあまり目を見開くだけでなく気が緩んだ瞬間、”はかいこうせん”を真正面から受けていたそのポケモンは一気に光線を突き破って、サナギラスの体に一際大きな鈍い衝突音を響かせて激しく激突する。

 

 その威力は凄まじく、サナギラスの鎧の様に固い体にヒビが入る程で、吹き飛ばされただんがんポケモンは無造作に転がり、やがて止まった。

 起き上がろうと踏ん張ったものの、激突した箇所を中心に鎧の様に固い体にヒビが入る程のダメージは大きかったのか、サナギラスは起き上がること無くそのまま力尽きた。

 

 視界を潰された上に不意を突かれたとはいえ、目が見えているどころか正面から挑まれたのと大差無い状況であったのに、サナギラスの”はかいこうせん”が押し負けただけでなく逆に返り討ちに遭った。

 アキラも最初は目を見開く程に驚きを露わにしていたが、打ち負かした相手が何者なのか知ってからは心のどこかで納得していた。

 

「よくやったトゲたろう!! お前! 最高!」

 

  一方のゴールドは、遂にアキラの手持ちに一矢報いることが出来た立役者をこれ以上無く褒めていた。

 そしてトゲたろうと呼ばれていたポケモンは、ゴールドに褒められて気分が良いのか、ボロボロなだけでなく汚れた顔ではあったが彼に似た得意気な表情を浮かべていた。

 

 トゲピーのトゲたろう

 

 ウツギ博士から託された卵をゴールドが初めて孵したポケモンだ。

 この時点で彼はまだ気付いていないが、彼の手で卵から孵したポケモンは潜在能力を最大限に発揮した状態で生まれるという特徴がある。

 性格は良くも悪くも孵させた本人に似てしまうと言う問題はあるが、それでも生まれたばかりとは思えないくらいの強さを有している。

 どれくらいの強いのかは、たった今トゲピーがサナギラスの攻撃を正面から返り討ちにしたのを見てもわかるが、アキラの記憶が正しければワタルのバンギラスを一撃で倒すというヤナギのウリムーやデリバードに負けず劣らずとんでもないことをやってのけている。

 

「…やっぱり短期間でここまで成長出来るものなんだな」

 

 トゲピーの能力が突出していることもあるが、それでもゴールドは本当に以前とは見違えるレベルで成長している。

 自分が彼と同じ頃はここまで短期間に強くなれただろうか、他の図鑑所有者の方が戦いに関して適した才を有しているが、何だかんだ言ってゴールドにも強くなれる下地や素質がある。

 さっきの場面は、”まもる”で攻撃を防いで様子見をするべきだった、と反省しながらも、かつてのイエローみたいに最終的にヤナギを追い詰める程に彼が成長することを考えると、何だかワクワクする高揚感をアキラは覚えた。

 

「さっきのギラットを倒すまでの流れの組み立て方は凄く良かった。完全にやられた。でも、もうさっきと同じ手は通じないと思った方が良いよ」

 

 そう告げると、ゴールドとトゲピーはすぐに次に備えて身構える。

 ようやく彼の手持ちを倒すことが出来たとはいえ、相手は彼が倒したいカイリューでは無い。

 アキラのまだまだ余裕そうな様子から見て、次に出て来るのもカイリューでは無いことは容易に予想出来た。

 だけど次に何が出ようと倒して、最後にはカイリューを引き摺り出し、今日こそリベンジをしてやるとゴールドは意気込んでいた。

 そして、サナギラスを戻した次にアキラが出したのは、軸の部分が捻じ曲がっているスプーン――”まがったスプーン”を手にしたえかきポケモンのドーブルだった。

 

「彼女はドーブル、タイプはノーマル。能力は低いけど、色んな技を頭を働かせることで巧みに使って戦うポケモンだ。今のゴールド達は腕っぷし――相手が格上であってもまともにダメージを与えれば倒せる力がある程度身に付いたことは見てわかったけど、悪知恵はどうかな?」

 

 本当なら見る必要は無いかもしれないが、見たところゴールドの機転や悪知恵は野良バトルであっても先程のキューを使った作戦みたいな場外戦の側面が強い。

 ならば直接対決で力押しだけでなく知恵も駆使して戦う相手に対して、彼らはどう戦うのかアキラは気になった。

 

 鋭い眼差しで出方を窺うドーブルに、わかっていたとはいえゴールドは望んだ相手では無い事も相俟って軽く舌打ちをする。

 アキラが出したポケモンがカイリューで無かったことは残念だが、あのドーブルを退けなければカイリューと戦うことは出来ないと自身を鼓舞する。

 

「”すてみタックル”だ! トゲたろう!」

 

 先手必勝とばかりにトゲピーは先程サナギラスを倒した技を決めるべく、ドーブルに真っ直ぐ突進する。

 が、ドーブルは手に持ったスプーンを振ると、トゲピーの体は突如として浮き上がり始めた。

 

「さっき言ったでしょ。”同じ手は通じない”って」

 

 ゴールドのトゲピーに関しては、アキラもそれなりに知っている。

 相性面で耐性があるだけでなく打たれ強くなる特訓も重ねているサナギラスさえも、まともに攻撃を食らえば一撃で戦闘不能なのだから、大人しく攻撃を受ける訳が無い。

 攻撃が決まった時の威力は凄まじいが、それでもトゲピーであることには変わりない。なのでその小さな体は、大して力を使わなくても浮かせることで封じられる。

 浮かせたとしても、トゲピーには”ゆびをふる”というどんな技が出るのかわからない厄介な技も覚えているので、当然これも念の力で小さな手を抑え付けることで無力化する。

 

 まさかのトゲピーの封じ方に不利と見たゴールドはトゲピーをモンスターボールに戻そうとするが、その前にドーブルは空いている片手を地面に触れる。

 すると、地面から木の根の様な蔓が飛び出してトゲピーの体に巻き付いて締め上げ始める。それを無視して、ゴールドはトゲピーを戻すべくボールを投げたが、何故か戻らなかった。

 

「何でトゲたろうがモンスターボールに戻せないんだ」

「悪いけど、”しめつける”を使っているからしばらくはボールに戻せないよ」

 

 ”くろいまなざし”を筆頭に、ポケモンの技の中には逃走や交代を阻止する効果を持つ技がある。

 ドーブル自身、”スケッチ”と呼ばれる特殊な技を駆使することで、大抵の技の殆どを覚えて使用することが出来る。その為、アキラの手持ちポケモンが使える技は勿論、”へんしん”やバトンタッチ”などの技も野生のポケモン経由で覚えている。

 普通ならそこまで大量に技を覚えるのは難しいのだが、ドーブルの頭の良さは師事しているヤドキングやお節介指導をしているゲンガーのお墨付きだ。

 加えて今回の”つるのムチ”からの”しめつける”への応用みたいに、一つの技を他の技に派生させたりするのだから、トレーナーであるアキラも使える技を把握するのには一苦労だ。

 

 一方のトゲピーは、トゲピーとは思えない強気の顔で胴に巻き付いた蔓と自身の体を浮かせている念の力に抵抗するが、ドーブルは意に介さずしっかり拘束を保つ。

 しかし、膠着状態であるのには変わりないので、目の前のことに集中しながら”みがわり”を使ってドーブルは自身の分身を生み出す。

 

 生み出されたドーブルの分身は、すぐさま動き始めると周囲から大小様々な小石を念の力で支配下に置くと、それらをトゲピーの周りに浮かせる。

 ”みがわり”で生み出した分身は、本体と比較するとその体は透けて見えるが、使える能力は本体とは大差無いという特徴がある。

 そしてドーブルは元々の能力が極端に低いので、直接自身を介して仕掛ける攻撃で、レベル差が大きくなければまともなダメージは期待出来ない弱点がある。

 だけど、間接的な攻撃なら相応のダメージは期待出来る。

 

「やれブルット」

 

 アキラが合図を出すと、ドーブルの分身は浮かせた小石を一斉にトゲピーに殺到させる。

 瞬く間にトゲピーの姿は石に埋め尽くされて押し固められ、宙に浮いている一つの岩の塊のような状態になる。

 本体のドーブルは”まがったスプーン”を宙に放ると同時に跳び上がり、その姿をミルタンクへと”へんしん”させると、トゲピーが閉じ込められている石の塊目掛けて”ばくれつパンチ”を打ち込んだ。

 拳に込められたエネルギーによって小規模ながら爆発すると、小石に包まれて閉じ込められていたトゲピーは、飛び出した勢いのまま地面に強く叩き付けられた。

 

「敵は力でゴリ押して来る時もあるけど、相手に応じて対策を講じて仕掛けて来る時もある。特に俺達は相手には色々知られているだろうから、単に用心するだけでなく、対策された時にどうしたら良いのかも頭に入れておいた方が良いよ」

 

 ゴールドのトゲピーが覚えている技の殆どは物理技、そして”ゆびをふる”での不確定要素。

 それらを封じればトゲピーは何も出来なくなる。そうなったらボールに戻すしかないのだが、それも予め無効化しておけば、もう打つ手は無い。

 ”スズの塔”で戦った時の様に、ロケット団がこちらの戦う手段を奪ってきたことを考えると、敵がこちらの対策をしてくる可能性を考慮するなど警戒すべき要素は多い。

 特にゴールドは実力的にも、まだ幹部格を退けるのは難しいので、狙われたら危機に陥りやすい。全く考えていないことをされたり、こちらの考えていたこと全てを台無しにされるのはかなり焦るものだ。

 

 さっきまでの勢いを止められるだけでなく、呆気なく流れを引き戻されてしまったことにゴールドは悔しそうに顔を強張らせる。

 だが彼はそのまま悔しがって時間を無駄に浪費することはせず、トゲピーを戻すと素早くモンスターボールを二つ並べてそれらをキューを使って左右に打ち出した。

 

 ゴールドの試みに、アキラは面白そうに別々に跳ね回る様に転がる二つのボールを目で追う。

 一見すると事前に伝えた戦うポケモンは一対一に反している様に見えるが、直接戦うのがタイマンでなければならないだけで、例えモンスターボールが二つ転がっていても片方からしか出なければ問題無い。ゴールドはそう解釈したのだろう。

 屁理屈染みているが、そういう発想や単純なルールではあるが抜け穴と言うべきものを即座に見出すのは中々出来るものでは無い。

 しかも、相手を惑わしたりする技術もあるのだから本当に凄い。

 

 そしてミルタンクの姿を保ったドーブルとその分身の周りを転がっていた二つのボールの内、一つが開いた。

 中から先程目眩ましに”フラッシュ”を放ったヒマナッツが飛び出し、再びアキラ達に強烈な”フラッシュ”を浴びせる。

 しかし、備えていたアキラは勿論、ドーブルらもまともに直視をしていなかったので効果は動きが鈍る程度だった。

 通じないと告げたのに同じ手を使うゴールドの狙いがアキラにはわからなかったが、彼がヒマナッツをボールに戻そうとする動きが見えたのですぐに動く。

 

「”サイコキネシス”で動きを止めるんだ」

 

 ドーブルの分身が”サイコキネシス”でヒマナッツの空中で静止させる様に抑えると、間髪入れずに本体のドーブルはミルタンクの姿で殴り飛ばす。

 ヒマナッツはドーブル同様に能力はかなり低いポケモンだ。ミルタンクと同等の能力から繰り出される攻撃では、レベル差も相俟って耐えられるものでは無い。

 ミルタンク姿のドーブルの攻撃で地面に打ち付けられたヒマナッツはそのまま伸びてしまうが、その直後に夜の筈なのに周囲が昼間の様に明るくなると同時に気温が上がった。

 

「”にほんばれ”?」

 

 突如として起きたフィールドの変化に意識を取られたが、その最中にゴールドは動いた。

 倒れているヒマナッツを素早く戻すと、さっきヒマナッツが入っているモンスターボールと一緒に打ち出してから転がったままのボールからでは無くて腰に付けているボールから次のポケモンを繰り出した。

 

「バクたろう! ”ひのこ”!!!」

 

 出て来たのは、以前戦ったヒノアラシの進化形であるマグマラシだった。

 飛び出したマグマラシは、ドーブルが”へんしん”しているミルタンクと対峙するや否や口から”ひのこ”を放つ。

 ”にほんばれ”の影響で”ひのこ”と言うよりは火球の様な大きさであったが、咄嗟に分身のドーブルが自身の消滅と引き換えに身を挺して本体を攻撃から守る。

 

「”えんまく”だ!」

 

 まともに攻撃は当てられないと見たのか、ゴールドの指示ですぐにマグマラシは背中から大量の白い煙を放出して、自らの姿だけでなく周囲を覆い隠す。

 またしても”フラッシュ”とは別の手段で視界を封じられたが、アキラは鬱陶しく感じるどころか寧ろ楽しそうだった。

 

 大人しくやられる気は無いが、次はどんな手を使ってゴールドは自分達を負かそうとするのか。

 湧き上がる好奇心と高揚感を感じながら、アキラはミルタンクの姿で警戒しているドーブルに耳打ちできるくらい近付き、小声で伝えながら周囲に気を配る。

 耳を澄ませれば、大量の”えんまく”の中でモンスターボールが開閉する音が二回聞こえた。

 一回目は恐らく先程のマグマラシを戻す音、そして二回目はさっき攪乱する意図でヒマナッツと一緒に打ち出してから放置されていたボールの方だろう。

 これまでの戦いを振り返れば、残った彼の手持ちでこの状況に適したのは――

 

「エーたろう! 動き回って掻き回してやれ!!」

 

 尾の先に手が付いた様なポケモンであるエイパムが、まだ残る煙幕の中でミルタンクの姿を維持するドーブルの周囲を素早い動きで駆け回る。

 一見すると攪乱とは言いつつもただグルグル回っているだけにしか見えなかったが、アキラの目はエイパムの動きが()()()()()()()()()()()()()()()を捉えていた。

 そしてエイパムは何も仕掛けることなくゴールドの手元に戻ると、即座にマグマラシと入れ替わった。

 

「叩き込め! ”かえんぐるま”!!!」

 

 改めて出て来たマグマラシは、飛び出すと同時に全身に炎を纏うと、先程とは比べ物にならないスピードでドーブルとの距離を詰める。

 ボールから飛び出してからの攻撃と接近までの時間が異様に短く、目を凝らしていたアキラだけでなく警戒していたドーブルも目を瞠る。

 咄嗟に対処しようとするが、既に炎を纏ったマグマラシは目の前だ。一瞬で接近した勢いを保ったまま、”にほんばれ”で火力が増した”かえんぐるま”の炎を纏ったマグマラシは、正面からミルタンクに”へんしん”しているドーブルにぶつかり、衝撃で両者は反発する様に跳ね返った。

 

 すぐ傍にいたアキラは巻き込まれない様に避けるが、マグマラシは難なく着地したのに対してドーブルの体はミルタンクの姿のまま、まだ宙を舞っていた。

 その光景を目にしたゴールドは、自分達の勝利を確信した。

 大局的に見れば負けているのには変わりないが、それでもちょっと前は何も出来なかったアキラの手持ち達をこうして倒していくのに、彼は達成感と言えるものを感じていた。

 

 しかし、やられた筈なのにも関わらずアキラの顔は楽しそうなままであった。

 

「良く準備をした攻撃だけど、まだ詰めが甘いね」

 

 そう告げた直後、宙を舞っていたミルタンクの姿をしたドーブルの体は、さっき身を挺した本体を守った分身と同様に風に吹かれたかの様に消える。

 

「なっ!? 消えちまった!?」

 

 ゴールドとマグマラシは戦っていた相手の姿が消えたことに動揺するが、状況を理解する間も無くマグマラシから少し離れた地面が盛り上がり、先程姿を消したドーブルが飛び出して来た。

 

「後ろだバクたろう!!」

 

 咄嗟にゴールドはマグマラシに指示を出すが、飛び出したドーブルが手にした”まがったスプーン”を振ると、トゲピーの時の様に根っこの様な蔓がマグマラシの体に巻き付いて動こうにも動けなかった。

 

「”まるくなる”からの”ころがる”!!!」

 

 マグマラシの動きが鈍っている間に、ドーブルは再びミルタンクへ”へんしん”。体を丸めるとギアを一気に上げたタイヤみたいに土埃を巻き上げながら加速し、動けないマグマラシを大きく跳ね飛ばした。

 

「ブルットに一撃を叩き込む為に時間を掛けて準備したのは良かった。決まったら無事では済まなかったのは間違いなかった。だけど、相手が見抜いていたら無駄に終わるどころか時には逆手に取られることもあるよ」

 

 最初にヒマナッツの”にほんぼれ”で火力を上げた速攻が失敗した時点で、ゴールドは改めて力の差を悟ったのだろう。

 だからこそ、”えんまく”でのこちらの視界妨害をしながら、次の作戦に取り掛かった。

 

 ”えんまく”を張ったマグマラシを一旦戻し、エイパムの”こうそくいどう”で攪乱しながら”いばる”でこちらの行動に制限を掛ける。

 最後は”バトンタッチ”で向上させた素早さをマグマラシに引き継がせて、”こんらん”状態で動きが鈍っているであろうドーブルに、”にほんばれ”で威力が増した”かえんぐるま”を決める。

 

 時間は掛かるが、相手に手痛い一撃を与えることを目的としているなら、ゴールドがやったのはアキラが仮面の男に対して大火力の”かえんほうしゃ”を決めるのと同じ様なものだ。

 よく考えられた作戦ではあったが、残念ながらエイパムに交代した時点でドーブルがまた”みがわり”を使って生み出した分身と入れ替わり、本体は”あなをほる”で地中に身を隠した時点でその作戦は破綻している。

 ゴールドがドーブルのミルタンク姿が”みがわり”で生み出された分身特有の半透明な姿であることに気付けなかったのも、彼がこちらの視界を封じる意図で使った”えんまく”が要因にあるだろう。

 

 跳ね飛ばされたマグマラシが沈黙してしまったことで、ゴールドの手持ちで戦闘可能なのはエイパムだけとなった。もう勝敗は流れを見れば明らかであった。

 しかし、それでも彼は諦めずに、再びキューでモンスターボールを飛ばす。

 

 打ち出されたボールは、今までよりも長く木や石にぶつかっては跳ね回り、出て来るタイミングがアキラとドーブルにはわからないようにされていた。

 そしてドーブルの背後にボールが回り込んだ瞬間、飛び出したエイパムが奇襲を仕掛けるが、ドーブルはミルタンクの姿を保ったままおながポケモンを振り返ると同時に殴り飛ばす。

 強烈な一撃を受けたエイパムは、地面を跳ねながら転がる。ようやく止まって歯を食い縛って立ち上がろうとするが、既にドーブルは次の動きに入っていた。

 

「”かいりき”」

 

 これで終わりだと言わんばかりにドーブルはミルタンクの姿で大きく腕を振り被り、手にした石を無防備なエイパム目掛けて投げ付けた。

 放たれた石は真っ直ぐ弾丸の様に飛んでいき、正面から受けたエイパムはそのまま仰向けに倒れた。

 

「これでゴールドの戦えるポケモンはゼロ、俺達の勝ちだ」

 

 淡々とアキラは結果を告げるが、その表情は楽しさと期待感などを抱いたものだった。

 

 結果はアキラの圧勝で終わったが、全体的に以前戦った時よりも段違いなくらいゴールドは成長していた。

 今回は出さなかったが、現時点で彼が総力を挙げたとしても古参世代を倒すことはまだ難しいだろうが、それでも追い詰めることは出来る。

 既にゴールドの手持ちは攻撃力面では全力を出せば、こちらの手持ちも無事では済まないと言っても良い。

 さっきのドーブルを倒そうとした様に、多少の手間や準備を必要ではあるが手持ち複数の力を駆使するのも、ヤナギに限らず今後戦うであろう強敵が相手でも応用出来る。

 そんな期待感をアキラが抱いていた時、当の本人はエイパムを戻すと彼自身も仰向けに倒れ込んだ。

 

「…チクショーー!!!」

 

 夜空を見上げながら、ゴールドは悔しそうな声を上げる。

 以前なら絶対に敵わなかった相手に前よりは善戦することは出来たが、それでも結果は負けなのには変わりなかった。

 どうせならカイリューを引き摺り出して戦いたかった。

 

「悔しいか? ゴールド」

「当然だろ!」

「だったらもっと手持ちを鍛えるのもそうだけど、ゴールド自身もポケモンバトルに関しての見聞を広めないとね」

「見聞って?」

「色んな事を見たり聞いたりして知識と経験を身に付けろってこと」

「すぐに強くなれる方法って無いんスか?」

「そんなものは無いよ。さっき自分より強い誰かに指導を願うのが最短ルートって言ったけど、どれだけ効率を追求しても結局は地道に時間を掛けて行くことには変わりない」

「――やっぱアンタに鍛えて貰うってのダメッスか?」

「ダメ、ジョウト地方の騒動が終わった後にまだその気があるなら少しは考えるけど」

 

 相変わらずの即答にゴールドは長い溜息をつく。

 事情はわかるがもう少し手助けしても良いのでは無いかと思うが、これは好き嫌い言わずに彼の修業先であるタンバシティにまで付いて行くべきなのかもしれない。

 何だかんだ言って、アキラの強さの秘訣はそこにある気がするからだ。

 この後についてゴールドは考えを巡らせるが、そんな彼を余所にアキラは意識を何故か別に向けていた。

 

「まあ、一旦この話は終わりにしよう」

「終わりって、俺は真剣に考えているんッスよ」

「それはわかっている。だけど、これ以上()()()()()()を待たせるのも酷かなって」

「待っている奴?」

 

 言っている意味がわからなかったが、アキラが促す様に視線を向けた先にゴールドも顔を向けると、彼は信じられないものを見たかの様に目を見開く。

 彼が向けた視線の先――絶壁の上に月光に照らされた青い神秘的な輝きを放っている見たことも無い美しいポケモンが二人を見下ろしていたからだ。




アキラ、力を付けたゴールドを負かして次に備える。

ゴールドのトゲピーは、ワタルのバンギラスだけでなく、九章では弱っていたとはいえワタルのカイリューも一撃で倒しているんですよね。
ちなみにこの時点でのゴールドの実力はアキラの見立て通り、何でもありの総力で挑まれたら古参組でも相応のダメージは免れない可能性大です。

次回、アキラは対話を試みたり戦ったりと奮闘します。


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伝説との遭遇

 アキラとゴールドを見下ろしていたそのポケモンは、全身が透き通っている訳でも無いのに水晶を彷彿させ、水色に近い体躯は月明かりを受けて青い輝きを発していた。

 芸術にあまり興味が無く、その手の感性なども乏しいゴールドでも、風に揺れる紫色の鬣や堂々と四足で立つ姿も相俟って”美しさ”というものが何なのか無意識の内に理解してしまう程だった。

 

「アキラ…あのポケモンって…」

「スイクン、今話題の各地のジムリーダーや腕の立つトレーナーの前に姿を現している伝説のポケモンだ。そして、シルバーを連れて行ったエンテイの仲間」

 

 唖然とするゴールドに対して、アキラはあまり驚いていないのか現れたポケモンの名と情報をスラスラと語る。

 伝説のポケモンと聞けば、エンテイの件もあってとんでもなく強いポケモンのイメージがゴールドの中ではあったが、目の前のスイクンはエンテイの時に感じられた威厳と強さに加えて美しさも兼ね備えている印象を受けた。

 やがて見下ろしていたスイクンは絶壁から跳び下りると、音を立てることなく穏やかに二人から少し離れた場所に着地する。

 

「何でスイクンがこんなところに、まさか俺かアキラに――」

「スイクンに腕利きトレーナー判定して貰えたなら嬉しいけど、挑んでいる目的を考えると適任者が他にいるんだけどな」

「…適任者って?」

「スイクンはパートナーを探しているって言っただろ。既に強い伝説のポケモンが自分から進んでトレーナーの手を借りようとするってことは何かしらの理由…自分達だけの力では如何にも出来ない何かがあるって事だ」

 

 これに関してはアキラは良く憶えている。

 かつてスイクンは仮面の男であるヤナギに仲間と共に戦いを挑み、主にして大恩あるホウオウを彼の支配下から解放することに成功はしたが、代償として”焼けた塔”のどこかに封印された。

 その為、ヤナギとの再戦に備えて、自分達の力をより引き出してくれる存在を求めている。だから今日まで、ジムリーダーを始めとした腕利きのトレーナーに戦いを挑んで共に戦うのに相応しいトレーナーがいないか探している。

 そしてアキラは、後にスイクンが自ら選ぶとはいえ、最大限に力を引き出してくれる人物を知っている。

 

「じゃあどうする気なんだ? 戦わずにその適任者ってのを教えるのか?」

「そうなるね。こういう時は推薦状――いや紹介状かな? どちらにせよどういう内容を書くべきかな?」

 

 大真面目に考え始めたアキラに、ゴールドは「お前は何を言っているんだ?」と言わんばかりの表情と眼差しを向けるが、彼は一切気にしなかった。

 アキラとしては、スイクンが自分を腕の立つトレーナーと見てくれたのは嬉しいが、本音から自分は相応しく無いと思っている。

 四足歩行のポケモンを上手く導くノウハウが無いのもそうだが、仮に短期間限定で手持ちに加えても表面上の知識しか持ち得ない自分では、スイクンの実力を最大限に引き出せるとは思えなかったからだ。

 

「スイクン、お前が何の目的で各地のトレーナー達の前に姿を見せているのかはおおよそ見当は付いている。その上で言うが、俺はお前が求めているトレーナーでは無い。だけど、お前や他の仲間が求めている相応しいであろうトレーナーを知っているから、必要ならば教えたいと考えている」

 

 前に進み出ながらアキラがスイクンに告げた内容に、ゴールドは彼が戦う気が無いどころか本気で伝説のポケモンにその相応しいトレーナーへの紹介状を書いてあげるつもりなのを悟り、奇妙なものを見る様な視線を向ける。

 一方のスイクンは、目線を外すことは無かったが、アキラが伝えた内容に反応らしい反応を見せずにただ静かに佇んだままだった。

 

「……信用出来ないってことかな?」

 

 改めてアキラはスイクンに問い掛けるが、スイクンは首を横に振る形で否定すると同時に初めてこちらの問い掛けに対して反応を見せる。

 

「違うみたいッスね」

「だな。――戦う訳じゃないけど、手持ちを出しても良いかな?」

 

 少しだけ考えて、こういう時にこそ役立つ解決策を頭に浮かべながらアキラはスイクンに改めて尋ねると、スイクンは了承したのか首を縦に振る仕草を見せる。

 それを見たアキラは、敵意が無いアピールも兼ねてスイクンに背を向けながらモンスターボールからゲンガーとヤドキングの二匹を出した。

 

「ごめん。スイクンが何を考えているのか聞いてくれないかな?」

 

 ボールから出した二匹に顔を突き合わせるくらい近付けて、アキラは彼らにスイクンの意思の確認を頼む。

 折角共に戦うパートナーになるトレーナーを紹介すると言っているのに、反応が乏しくてこちらの話を聞いているのか聞いていないのか良くわからない。

 しかし、こちらの方からスイクンが考えていることを推測して正しいかどうかを何回も聞いて、その度に反応を窺っては効率が悪い。ここは一気に話を進めるべきだ。

 

 アキラの頼みに二匹は快く引き受けると、ゲンガーは胡散臭い笑顔を浮かべながら両手を上げて敵意が無いアピールを始め、その姿にヤドキングは呆れながらもメモ帳と筆記用具を片手に一緒になってスイクンに声を掛ける。

 しばらく三匹は人間にはわからないやり取りを交わすと、ゲンガーとヤドキングは持っていたメモ帳に話し合いながら何かを書き込み始めた。

 

「あの二匹はなにやってんスか?」

「スイクンの考えを俺達にもわかるように人の言葉に訳しているの」

「人の言葉に訳しているって…え?」

 

 言っていることがゴールドにはすぐに理解することは出来なかったみたいだが、今は彼に説明する思考と労力を割くのも惜しかった。

 切っ掛けは何であれ、今では二匹は人の文字をある程度書けるだけでなく簡単な単語の意味も理解して、それらを駆使して端的でも伝えたい内容を人の文字に翻訳出来る。

 正にこういう意思疎通の正確さと速さが求められる場面では、破格の特殊技能をヤドキングとゲンガーは有している。

 しばらく待っていると、纏め終えた二匹がメモ帳に書いた内容をアキラに見せた。

 

 たたかう

 しりたい

 

 ゲンガーとヤドキングの理解度と学習の習熟度の関係で内容は端的ではあったが、内容から見てアキラはスイクンの意図をある程度推測出来た。

 だが、それでも理解出来ないことが幾つかあった。

 

「”戦う”っていうのは、俺と戦うってことなのか?」

 

 半信半疑で聞くと、その疑問を肯定する様に聞いた二匹は頷くのでアキラは思わず困った様に頭を抱えた。

 こっちは戦う気はないと言っているのに、それでもスイクンは自分と戦いたいらしい。

 それに”知りたい”も、一体どういう意味なのかも彼にはわからなかった。

 

 その辺りももう少し詳しく聞いて欲しいと頼もうとした時、ゲンガーとヤドキングはアキラが困っているのを見て、内容を書き直し始めた。

 ゲンガーは愛読している絵本を取り出してページを開きながら、文字を書いているヤドキングにあれこれと指摘をしていく。

 様子から見て長引きそうではあったが、スイクンは時間が掛かるのを気にしていない雰囲気であったのは幸いだった。

 途中で彼らが解釈違いなどで喧嘩を始めないことを願いながら待っていたら、ようやく二匹はスイクンが伝えたいことを改めて丁寧に纏め直した内容をアキラに見せた。

 

 ほんとう しんじる ひつよう たたかう じつりょく しりたい

 

「……つまり、俺が言っていることが本当なのかどうか、信用に足りるかどうか確かめる為に戦いたいってことなのかな?」

 

 先程の端的な内容も含めて、改めて彼はスイクンの意図を解釈する。

 スイクンはアキラの言う事を信用していない訳では無いが、本当に実力がある者と知り合いであることが信じられる、或いは知り合いでもおかしく無い力を持った者であるかを戦って確かめたいということなのだろう。

 アキラの解釈が正しいのか、スイクンは彼が尋ねた内容を肯定するかの様に頷いたのだから確定と見て良い。

 

「――責任重大…だな」

 

 アキラがスイクン達に紹介しようと考えているトレーナーは、将来的に彼らがパートナーとして見出すであろうカスミ達だ。

 もし戦った結果、自分がスイクンの目に適わなくても、スイクン達とカスミ達の合流が彼が知る通りになるだけだが、アキラとしては早めに合流することで連携を高めるなどをして欲しいと考えていた。その為にもスイクンに実力を認められなければならないと気を引き締める。

 

 相手は伝説のポケモン。

 その力は本気で挑むジムリーダーを容易に退けることが出来る程のもの。

 アキラ自身も本気のジムリーダーが相手でも勝てるが、戦うからには自分達が持てる力の全てを出し切るつもりだった。

 

「ゴールド、巻き込まれない程度に下がっていて」

「…戦うのか?」

「あぁ…スイクンが強く望んでいるみたいだしね」

 

 ゲンガーとヤドキングを戻し、腰に付けたモンスターボールの一つを手に取ったアキラはスイクンの前に立つ。

 

「出て来てくれ、リュット」

 

 投げたモンスターボールから、アキラが最も信頼する相棒であるカイリューが小さな地響きを響かせながら姿を見せる。

 ボール越しに聞こえた会話から状況を理解していたのか、ドラゴンポケモンは吠えることはせず、静かに目を細めた鋭い眼差しでスイクンを見据える。

 出て来たカイリューとアキラの様子から本気で戦う事をゴールドは察すると、彼に言われた通り巻き込まれない様に離れ始めた。

 

「これから始める戦いは、内容や勝敗がどうなろうとしっかりと見逃さず見ておいた方が良いよ。今後の戦いで何か役に立つ筈だ」

「…前みたいに地図を書き換えるレベルでやり合ったら参考にするどころかこっちも危ないから、程々でお願いするッスよ」

「あれは例外。そう何回もやれる訳無いだろ」

 

 離れていくゴールドに伝えると、アキラは出ているカイリューの横に並ぶ様に立つ。

 伝説のポケモンと戦うことになるのは、今から三年近く前のタマムシシティでのミュウツーとの総力戦以来だ。

 当時は手持ちが全ての力を駆使しても、ミニリュウがミュウの力添えによって一時的にカイリューとして挑んでようやく相打ちに持ち込むことが出来た。

 今回は一対一だ。当時より遥かに強くなった今の自分達は、伝説のポケモンを相手にどこまでやれるのだろうか。

 

 否、やるからには勝つ。

 

「勝負だ。スイクン」

 

 その言葉を合図にカイリューは、自身の戦い方に適したファイティングポーズを取る。

 それを見たスイクンもまた、何時でも動ける様に体に力を入れて、これから繰り広げるであろう戦いに備える。

 

 月明かりに照らされた拓けた森の中で、両者は睨み合うが、先に動いたのはカイリューだった。

 足腰に力を入れて、使い慣れた”こうそくいどう”の瞬発力で瞬く間に距離を詰め、スイクン目掛けて”かみなりパンチ”を振るうが、スイクンは俊敏な動きで後ろに飛び退いて避ける。

 

 空を切ったカイリューの拳は、そのまま標的では無い地面を殴り付けるが、その力は土を舞い上げるだけでなく地面も砕いた。

 地面が叩き割れる程のパワーに、少し離れたところから見ていたゴールドは目を瞠るが、アキラの目は退いたスイクンが口から何かを放とうとしているのを捉えていた。

 

「”しんぴのまもり”!」

 

 アキラが声を上げて伝えると同時に、スイクンの口から”オーロラビーム”が放たれる。

 迫る虹色の光線をカイリューは光り輝く正多面体の壁で防ぐと、再び”こうそくいどう”でスイクンに回り込む形で接近、さっきみたいに腕を振る様に見せて勢い任せのヤクザキックをかました。

 予想外の攻撃を受けたスイクンの体は地面を転がるが、ドラゴンポケモンは手を緩めず、今度は触覚から”10まんボルト”の電撃を放つ。

 が、すぐに体勢を立て直したオーロラポケモンの目の前に不思議な色をした鏡の様なものが現れて、迫る”10まんボルト”を跳ね返した。

 

「”ミラーコート”か!」

 

 跳ね返った電撃は、心なしかカイリューが放った時よりも威力が高まっており、避ける間もなくカイリューは受けてしまう。

 知ってはいたが、初めて見る特殊技を防ぐと同時に威力を倍化させて相手に跳ね返すカウンター技である”ミラーコート”をアキラは冷静に分析する。

 反射系の技は相手の技の威力を増幅させて返すのが多いが、今回カイリューが受けたのはそこまで大きなダメージでは無かったのか、すぐに持ち直すと自らを奮い立たせると同時にスイクンを威嚇する意図で大きく吠えた。

 

「特殊攻撃を仕掛けても、今みたいに跳ね返される可能性があるってことか」

 

 カイリューの状態を気にしながら、アキラは記憶にあるスイクンの能力や戦い方を思い出す。

 みずタイプの中でも防御などの耐久面が優れているだけでなく、伝説のポケモンらしく相応の攻撃力も備えている。

 覚える技も先程の”オーロラビーム”や”ミラーコート”などの強力なのが揃っているが、何より際立つのはそれらの強力な技や高い能力を存分に活かす優れた知性だ。

 先に戦った師の情報とアキラが覚えている限りでは、”しろいきり”を使った攪乱や”かぜおこし”に氷の粒を纏わせて飛ばす応用、”みきり”らしき技を使えることは把握している。

 

「――ならば」

 

 知っている限りの情報とさっきまでの攻防を基に、スイクンの傾向を把握したアキラは、改めてカイリューの横に並ぶと共に構える。

 離れた場所から窺っていたゴールドから見たら、一歩間違えれば巻き込まれる危険がある意図が読めない行動であったが、アキラは大真面目だった。

 最近わかってきたが、今みたいな一対一形式で許されるのなら、こっちの方が自分達は一番本気を出しやすいスタイルだからだ。

 

「いくぞリュット」

 

 その一言を合図に、アキラはカイリューと一緒にスイクン目掛けて駆け出した。

 それに対してスイクンは、少しも動揺も躊躇らう様子も見せずに激しく渦巻く強い突風を彼らに向けて放った。

 

「”つのドリル”!!」

 

 頭を下げたカイリューは、黄緑色の螺旋回転をするエネルギーのドリルを形成し、突風を掻き消しながら正面から突っ込んでいく。

 スイクンが放つ”かぜおこし”には、空気中の水分を凍らせた礫の様なのも含まれていたが、それらも”つのドリル”が砕いていった。

 相手を問答無用で倒す螺旋回転するエネルギーが目前にまで迫り、堪らずスイクンは横に跳んで回避すると、カイリューの真横から近距離で”れいとうビーム”を放つ。

 

「読めてる!」

 

 だけどそれは、アキラの予想の範疇内だった。

 鋭敏化した目で考えられるスイクンの次の動きを予測出来ていた彼は、常人離れした動体視力と反応速度を活かして、スイクンの動きに合わせて自身の体が真正面に向く様に動かす。

 すると、僅かに遅れてカイリューも”つのドリル”を維持したまま彼と同じ向きに体を向け、螺旋回転するエネルギーで”れいとうビーム”を掻き消して防ぐ。

 それからドラゴンポケモンは再び”かみなりパンチ”を振るうが、スイクンはカイリューの攻撃から逃れながら彼らから大きく距離を取る。

 離れることで体勢を立て直したスイクンは、今度は口から大量の”しろいきり”を展開し始め、周囲は瞬く間に煙幕の様な白い霧に包み込まれる。

 

「油断するなよリュット。姿が見えても、それが本物だとは限らないからな」

 

 視界を遮られてしまったが、アキラとカイリューは互いに背中を預ける形で周囲を警戒する。

 霧に紛れて動くスイクンの影や構えている姿が時折見えたが、彼らは仕掛ける事なくその動きを見極めるのに集中していた。

 今のアキラの目なら正確に相手の動きを見抜いて先読み同然の対応が出来るが、実体が伴わないものは読みにくい。

 裏を返せば、容易に本物と偽物の区別が付くと言えるので、影はともかくハッキリ見える姿は鏡的な何かで反射した姿であってスイクンの実体では無いことは把握していた。

 

 しかし、アキラにはわかっていても、カイリューはそこまで正確に本物と偽物の判別をすることは出来ない。

 正確に本物がどこにいるのか伝えたいが、スイクンは動きだけでなく反射速度や反応してからの対応も速い。こちらが口頭で伝えてからカイリューが反応して動く僅かな時間でも、対応出来るであろうことが予想出来るくらいにだ。

 強くなれば強くなる程、数秒――下手をすれば一秒未満のタイムロスも惜しい。その僅かな時間が勝敗――果てには生死を分けてしまうのだから。

 だけど、今のアキラはその問題に対する解答を持ち合わせていた。

 

 スイクンの動向を気にしてしまう逸る気持ちを落ち着けながら、アキラは座禅などの精神統一を行う時の様に気持ちを静めていく。

 そして今この瞬間カイリューが考えているであろうことや感じていること、それら全てに考えや意識を集中させる。

 ただ気持ちを静めたり、カイリューが考えていることを突き詰めていくだけでなく、体の力の入れ具合や呼吸するタイミングなどのあらゆる要素も自然と合わせていく。

 

 トレーナーもその身を鍛えて感覚を研ぎ澄まし、ポケモンと心を通わせる。

 それがタンバジム・ジムリーダーにして師であるシジマの教えの基本だ

 

 タンバジムで鍛錬を重ねていく過程でシジマからコツと心構えを教わり、フスベジムでのイブキとの戦いで、不完全ながらも自らの意思で至ることが出来た一心同体の感覚。

 今はあの頃よりも更に鍛錬を積むだけでなく、本格的にその感覚を掴んでいく段階まで進めたが、まだ望んでいる境地に完全な形で至ることは容易では無い。

 

 だけど、今はそれでも十分だった。

 何故ならアキラが今この状況を打開するのに求めているのは、不完全だとしてもこれで大半が解決出来るからだ。

 徐々に頭の中から余計な考えが消えて行き、代わりに彼にとっては憶えのある声や考えが以前よりも早く脳内に浮かび上がるかの様に伝わって来るのを感じた。

 

「……()()()()

 

 白い霧に周囲を包まれた中で、アキラはある場所に鋭い視線を向ける。

 その瞬間、カイリューは目にも留まらない速さでアキラが視線を向けた先へ飛び込み、地面を殴り付けていた。

 空振りに見えたが、カイリューの目は既に反射的に飛び退いて”しろいきり”に紛れるスイクンを捉えていた。

 

 周囲を覆っていた”しろいきり”をカイリューは翼の一振りによって吹き飛ばし、再びスイクン目掛けて強く握り締めた拳を突き出した。

 普通なら回避しようがない速さではあったが、スイクンは”みきり”を使う事で紙一重の差で躱すと間髪入れずに”バブルこうせん”を放つ。泡の光線が広い範囲に拡散して迫ったが、カイリューは隣に立っていた()()()()()()機敏な動きでそれらを受けることなく躱す。

 そして触覚に電流が走ったのを見て、スイクンはすぐさま”ミラーコート”を正面に展開して来るであろう電撃に備えた。

 

「そうくると思った」

 

 ところがスイクンの”ミラーコート”は、電流を溜め込む様に維持したまま突進してきたカイリューによって鏡の様に砕かれる。

 巻き込まれる形でドラゴンポケモンのタックルをまともに受けたスイクンの体に強い衝撃が走るが、間を置かずにほぼゼロ距離から放たれた”10まんボルト”をその身に受ける。

 放っているカイリュー自身もダメージを受けかねない距離だったが、体当たりした衝撃による反発で距離を取っていたので巻き添えは受けなかった。

 

「このまま行くぞリュット!!」

 

 アキラの掛け声を合図に、カイリューの体から黄緑色のエネルギーが爆発的に溢れる。

 ”げきりん”を身に纏い、ドラゴンポケモンは一気にスイクンへ攻め込んでいく。

 相性の悪いでんきタイプの技を受けて大きなダメージを受けたスイクンは、”みきり”を駆使して繰り出される猛攻を避けながら体勢を立て直すべく何とか距離を取ろうとするが、カイリューはそれを許さなかった。

 攻撃が当たらなくても、離れ過ぎない様にピッタリとスイクンの動きに付いて行くのだ。

 それどころか、反撃などの何かしらの大きな動きは確実に先手を取られて対応されてしまうなど一方的だった。

 

 カイリューの激しい攻撃を回避しながら、スイクンはカイリューと少し斜め後ろにいるアキラを見る。

 さっきまで積極的に状況や指示を伝えていたのに、今では戦い方はカイリューに任せっきりだ。

 

 否、任せっきりでは無いのをスイクンは悟っていた。

 目の前で戦っているカイリューによく似た鋭い眼差しで、こちらの動きを一挙一動逃さんと言わんばかりの目で視界に収めている。カイリューの動きが突然良くなったのに彼が関わっていることをスイクンは確信していた。

 尤も気付いたからと言って、この状況を如何にかすることは今のスイクンには出来なかった。

 

 一方アキラの方は、自分の視界からスイクンを見逃さない様に常に収めること、その動きの予測と対応する為にはどう動けば良いかを考えることに全力で頭を働かせていた。

 まだ互いの視覚や五感までは共有出来ていないので一心同体とは言い切れないが、カイリューと互いの意思や考えが通じ合う様な感覚だけでも彼らには大きな力だった。

 

 鋭敏化した目が持つ先読み同然の細かな動きも見逃さない観察眼を最大限に活用して、スイクンの動きを徹底的に読んでいけば、カイリューはそれを元に追い詰めていく。

 ただ自分がカイリューの第二の脳だったり第三の目みたいなものに留まらず、瞬時に動きに付いて行くのや最適な動きも助言するかの様に頭に浮かべることも忘れない。

 そうしていく内に次第に直接戦っているカイリューの思考に触発されてきたのか、アキラはまるで自分が直接戦っている様な錯覚にも似た感覚を覚え始め、無意識の内にドラゴンポケモンと同じ動きをする様になっていた。

 

 そしてスイクンの”みきり”の効力が殆ど失った瞬間、”げきりん”を纏ったカイリューの拳がスイクンの体を捉えた。

 

「貰ったぁぁぁッ!!!」

 

 そこからは彼らの独壇場だった。

 オーロラポケモンに対してドラゴンポケモンは容赦無く、それも無数の残像が見える程の息もつかせぬ激しさで次々と拳を叩き込んでいく。

 顔、腹、スイクンの体のあらゆる部位にカイリューの”げきりん”を纏った黄緑色の拳が絶え間なく突き刺さる。それはまるでサンドバックを殴り続ける様な一方的なもので、そんな攻撃が数秒どころか何十秒も続いて行く。

 

「おおぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 やがて纏っていた”げきりん”のオーラは弾ける様に唐突に消えてしまうが、カイリューは怯むどころかアキラと共に雄叫びを上げながら、よろめくスイクンの下顎と額にあるツノをそれぞれ鷲掴みにする。

 本来なら”げきりん”の効果が切れた直後は、強大な力で暴れていたのと引き換えに”こんらん”状態に陥りやすくなる。

 ところがカイリューは、無理に意識を保つのではなくその状態さえも利用しているのか狂った様に掴んだスイクンを振り回し、その体を何度も地面に激しく叩き付けていく。

 正気と狂気が半々と言える荒々しい攻撃ではあったが、”げきりん”の猛攻で消耗した今のスイクンではまともな抵抗も敵わなかった。

 

 最後に高々と持ち上げたスイクンの体を土が舞い上がる程の勢いで地面に叩き付けると、カイリューは片足でスイクンの胴を踏み付け、更には片手で頭を抑え付ける。

 スイクンは逃れようと足掻いたが、何時意識を失ってもおかしくないまでに弱り切った体では念入りに抑え付けられた今の状況から脱することは難しかった。

 

 そしてカイリューは、空いている片手を握り締めて、電流が走る”かみなりパンチ”の拳を振り上げる。それが止めの一撃のつもりなのは、離れたところから見ていたゴールドでもわかった。

 だが、何時まで経ってもカイリューは振り下ろさず、スイクンを抑え付けて構えたままの状態を保ち続けていた。

 

 もう既に、勝敗は決したからだ。

 

「俺達の勝ちだ……スイクン」

 

 まるで戦っていたのはカイリューではなくて彼自身と思える程に汗を流しながら息を荒くしたアキラは、呼吸を整えながらスイクンに自分達の勝ちを告げる。

 カイリューも頭と体を抑えていた手と足を退かすと、遅れてスイクンも立ち上がることは出来なかったが、震えながらも踏ん張る様に体を起こした。

 戦う前は美しかった体は泥と怪我で見る影も無かったが、勝敗に関しては彼に告げられるまでも無く理解していた。

 

 

 

 

 

「ここから東に真っ直ぐ行けば、ハナダシティって水がたくさんある町に辿り着く筈。その町で、さっき教えたカスミさんがジムリーダーを務めているから」

 

 横に立つスイクンに、アキラはカントー地方の方角を示しながら、彼と共に戦うのに相応しいと考えているカスミについて教えていた。

 勿論、彼女だけでなくエンテイやライコウのタイプに合った専門のジムリーダーの存在も彼は伝えている。

 本当なら未だにロケット団に拘っている様子であるマチスのことを教えるのは癪ではあったが、教えなくてもどの道見出されるだろうからカスミやカツラは推薦、マチスは存在について教えるくらいに扱いは分けていた。

 

「それじゃ、カスミさんに会ったらこの手紙を渡してね」

 

 最後に紹介状ならぬカスミに宛てた手紙をスイクンに渡す。

 これでスイクンが突然現れても、その事情に関して彼女はすぐに理解してくれるだろう。

 手紙を咥える形で受け取ったオーロラポケモンは、アキラに頭を下げると風と共に静かにその場から駆けて行った。

 

「なるべく早めにカスミさん達に会ってねぇーーー!」

 

 本音で言えばこのまま真っ直ぐカスミ達の元へ向かって欲しいが、スイクンはまだジョウト地方でやるべきことがあるみたいなので、実際の合流はもう少し先になるだろう。

 でもこれでアキラが知っているよりも早くスイクン達がカスミ達と接触して協力し合う事で、より多くの時間を掛けて連携や彼らが磨いて来た技術をスイクン達が身に付ける時間が取れる筈だ。

 敵の力は強大なのだ。知っている通りに進むとは限らないのだから、やれることは全てやるべきだ。

 

 去っていくスイクンに大声で伝えながらアキラは満足気に見送るが、そんな彼らのやり取りを後ろから見ていたゴールドは何とも言えない顔を浮かべていた。

 

 テレビでも頻繁に報道される程、各地のジムリーダーや実力者を負かしている伝説のポケモンとの戦いを制するだけでも凄い事をやっているのに、当の本人は戦いの傷を治してあげて、本当にカスミという人物の存在をスイクンに教えるだけでなく、紹介状を書いた上で送り出すとは思っていなかったからだ。

 自分とは真逆の真面目で頭の固い人間だが、常識的な様に見えてどこか周りとはズレたことを何の疑いも無く実行する彼の意外な一面に、どう反応すれば良いのか困惑するゴールドを余所にアキラはやり切ったと言わんばかりの表情であった。

 

 やがてスイクンの姿が殆ど見えなくなると、アキラは痛そうに頭を抱えながら座り込んだ。

 

「大丈夫ッスか?」

「大丈夫、ある意味…反動みたいなものだから」

 

 心配するゴールドに、アキラはそう深刻な物では無いのを伝える。

 まだまだ不完全だとしても、一心同体と言える感覚に至ると何かしらの不調が体を襲う。頭痛はその典型だ。

 まだ自由には扱えないのや時間も掛かるので一対一での戦いでしか意識するのは難しいが、それでも確実に以前よりはカイリューと一心同体の境地に至りやすくなっていた。

 

 呼吸も含めた体の動きも可能な限り、カイリューと同じにしていく。それも単に動きをトレースするのではなく、考えていることや気持ちも同じになる様に意識もだ。

 いずれも簡単な条件に見えて、実際は全然簡単では無い。

 同じ動きをするにしても、ポケモンの動きに付いて行けなければ話にならないし、考えていることや気持ちも同じにするのも難しい。

 それこそ互いの考えや性格を知り尽くすまではいかなくても、相応の信頼関係が築けていることが前提だ。

 

 しかし、それだけの条件を満たしたとしても、この感覚を極めるのは容易では無い。

 自分よりも長く鍛錬を積んでいる師のシジマでさえ、至りやすい傾向や条件に目星は付けて鍛錬方法を考案しているが、それでも近い感覚を経験することすらそう多く無いと聞いている。

 

 だが、今の戦いみたいにアキラは最近は至ろうと思えば今回みたいに不完全でもそれなりに至ることが出来る。この違いは一体何なのか。

 自分には意外な才能があるのか、単に体が限界以上の力が発揮出来る様になった影響なのか、それともまだわかっていない条件もあるのだろうか。

 他にも師は、自分みたいに不調には陥らないと言うのだから、疑問は尽きない。

 

「……なぁ~、アキラ」

「…何だ?」

「さっきスイクンと戦っていた時、たまに――てか最後の方は殆どカイリューと同じ動きをしていたけど、あれって何の意味があったんだ?」

「…バトルに熱が入り過ぎると腕を振ったりする経験は無い? あるならそれと同じ様なものだ」

「いやそれでもあれは奇妙ッスよ」

 

 ジト目でゴールドにそう言われて、アキラは苦笑する。

 確かに最初は思考だけを共有している様な感覚だったが、戦っている時の荒ぶる感情や高揚感の影響で、終盤のカイリューがスイクンをボコボコにしていた時、ゴールドの言う通りアキラはすぐ隣でドラゴンポケモンと同じ動きをしていた。

 何にも事情を知らない者から見ると、すぐ隣でポケモンと同じ動きをしている変なトレーナーと見られてしまうのは仕方ない。

 ゴールドが抱いているであろう印象を想像しながら、頭痛が治まってきたアキラは立ち上がる。

 

「やっと落ち着いて来たから、俺達はそろそろタンバシティに戻ろうと思う」

「タンバシティ…」

「どうするゴールド。俺に付いて来てシルバーを探すのも兼ねて一緒に修行するか? それとも自分なりに旅を続けてからうずまき島へ向かうか?」

 

 表向きゴールドにそう問い掛けてはいたが、アキラとしては後者は正直言って望ましく無い。

 彼は仮面の男と二度も戦い、そして逃れたのだ。しかも正体に最も迫っている人物にして道中で度々ロケット団を負かしてもいる。目障りな邪魔者としてロケット団に狙われるのは、容易に想像出来る。

 今の彼の実力では、次々と襲って来るであろう敵全てを返り討ちにしたり、逃れるのは難しい。

 ゴールドもそのことはわかっているのか答えに詰まる。

 

 正直に言うと、アキラが直々に教えてくれるならともかく、肉体派なおっさん(シジマ)がやっていると聞く色々ツッコミどころ満載な修行を彼と一緒にするのは気が進まない。それなら各地を回って、ジムリーダーに挑んでいく腕試しをしていくのも悪く無い。

 

 けどゴールド自身、今はそうは言っていられない状況なのもよくわかっている。

 あの仮面の男と互角に渡り合うだけでなく、今みたいに伝説のポケモンを追い詰めた実力を身に付けた彼の修業先に同行する。現状を考えれば、アキラに付いて行った方があらゆる面でメリットがある。

 どの道を選ぶかは、自分の気持ち次第。

 

「………俺は――」

 

 そして、ゴールドがアキラの問い掛けに答えようとした時だった。

 

「何だ? 久し振りに会えたと思ったら随分と疲れた様子だな」

「!?」

 

 疲れ過ぎて周囲に気を配っていなかったが、()()()()()()()()()()、けど忘れる筈がない声が聞こえてアキラは慌てて顔を上げる。

 彼が見上げた視線の先には、月明かりと炎で自らの姿を照らしながら夜の空を舞うリザードンとその背に乗ったアキラにとって身近な好敵手(ライバル)にして友人と言える人物がいた。

 

「え? 誰?」

「嘘だろ……もう…」

「おいおい、嘘とか酷いじゃないか」

 

 突然現れた第三者にゴールドは困惑するが、アキラはそれ以上に信じられないと言わんばかりの反応だった。何故ならこんなにも早く、都合が良過ぎると思ってしまう程の早さで彼が復帰するとは考えていなかったからだ。

 

「――レッド…もう下山したのか? 手足の調子は?」

 

 半信半疑でアキラは震える様な声で尋ねると、リザードンに乗った赤い帽子の少年――レッドは見せ付ける様に元気良く腕を掲げた。

 

「おう!! もう手足の痺れは無いぜ!!」

 

 そんな彼の姿に、アキラはようやく彼が今目の前にいることを理解した。

 一年近く彼を悩ませていた後遺症が完治したことを我がことの様に喜びを露わにするのと同時に彼の帰還をアキラは心強く感じるのだった。




アキラ、スイクンにカスミ達のことを教え、レッドの復帰を喜ぶ。

レッド早期復帰、ここから彼も色々と関わってきます。
今回アキラはスイクンとの戦いに勝つことは出来ましたが、今後はもっと強い伝説と戦っていくことになります。
その伝説よりも強いのがいますけど。

次回の更新で今回の更新予定分は終わりですが、まだ清書し切れていない未完成のままなので、更新は少し遅れると思います。

次回、アキラが新しい装備を手に入れます。


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砲と盾

書いていたら予想以上に長くなったので分割します。
遅くなってすみません。今話と次回更新で今回の更新分は終わりです。


 証明に照らされた屋内施設で、アキラは足音を響かせながら広々とした空間の丁度真ん中の位置に立つ。

 その手には、大きな砲身を有したロケットランチャーに似たものが握られていたが、彼が扱いに困っている様子は無かった。

 寧ろ、新しい玩具を手に入れた子どもの様に嬉しそうな顔だった。

 

「良くそんなデカイのを軽々と持てるな」

「片手でも取り回しが良いことも、カツラさんに要望していましたからね」

「もうロケットランチャーと言うより、砲身がデカイ銃みたいなものだけど」

 

 少し離れたところで様子を窺っていた眼鏡を掛けた青年――りかけいのおとこのアキヒトにアキラは答えると、隣に立っていた緑色の帽子を被った少年――ボーイスカウトのジュンジは彼が持っている道具の形状に本音を漏らす。

 

 二人は今日、アキラが数カ月前から修理と改造を依頼していたロケットランチャーを、グレン島から離れられないカツラの代わりに今いるタマムシ大学に運んで来てくれたのだ。

 ジュンジの指摘通り、外見は口径の大きな砲身以外は以前の面影は殆ど無く、新造と言っても過言では無かった。

 だけど、アキラとしては持ち上げた時の重量感やグリップ部分の握り心地から良く手に馴染むのを感じていた。本来ならこんなものを片手でも自由に扱える様にするなど面倒な要求なのに、カツラはそんな面倒に応えてくれた。

 

 ぶら下げる様にグリップ部分を片手で持っていた新造ロケットランチャーを持ち上げると、アキラは真剣な目で添える様に空いている片方の手で砲身を支え、以前の様に砲身の一部を肩に乗せるのでは無くてまるで狙撃するかの様に抑え込む形で狙いを定める。

 しっかりと準備を整えた彼が引き金を引くと、装填されていたモンスターボールが轟音と共に撃ち出されて、用意されていた的に命中する。

 

「うん。前よりも反動がずっと少ない」

 

 かなりの速さでモンスターボールは撃ち出されたが、速さと発射音の割には思っていたよりも体に来る反動は少なかった。

 もう一度確かめようと今度は少し崩れた姿勢でアキラは構えると、既に次のモンスターボールが込められているのかさっきと同じ様に撃ち出される。

 

 以前は一発ごとに手動で再装填していたが、撃ち出したらすぐに中にある次のボールが自動的に装填される様にリロードの問題は解消されていた。

 何より撃つ時の構えも、肩の上に乗せて構えるのではなくて抑えることで反動に耐える形にもなっているので動きやすい。

 

 これだけでも第三者から見れば十分に見えるが、アキラは手にした新しいロケットランチャーを調節する様に軽く弄ると、今度は腕を伸ばした片手の状態で構えた。

 見ていた二人の視線が変わるのを感じたが、アキラは意を決して引き金を引く。先程よりも勢いは弱かったが、変わらずモンスターボールが撃ち出されて、そのまま的に命中するのだった。

 

「――カツラさん凄い。威力調節が必要だけど、本当に片手でも撃てるのは助かる」

「いや待て待て!! 何片手で当たり前の様に使っているんだよ!」

 

 腕や肩に異常が無いか確かめながら嬉しそうに使い心地を口にするアキラに、アキヒトは盛大にツッコミを入れる。

 ここまで運んで来たからこそわかるが、アキラが手にしているのは単純に持つことなら普通の成人男性でも出来る。だが、今の彼の様に片手で自由自在に軽々扱うとなると途端に難しくなる。

 しかも幾ら鍛えているとはいえ、威力を弱めている状態なら片手で撃ち出しても反動に平気で耐えているのは流石に予想外過ぎる。

 

「大体、ポケモントレーナーがそんな重火器を使う必要は無いだろ」

「その意見はわかりますが、これがあったからこそ助かった場面が多かったので」

 

 初めは手持ちが戦利品扱いで勝手に持って来たのを管理する形で手にしたものだが、今まで重要な場面では必ずと言っても良いくらい役に立ってくれた。

 今後も必ず役立ってくれる確信がアキラにはあった。

 何故ならその理由には、単に今まで以上に扱いやすくなった以外のこともあるからだ。

 

 腰に付けていたモンスターボールの一つを手に取り、アキラは中の様子を窺った後にロケットランチャーに装填すると、再び的の一つに狙いを定める。

 そして先程の様にボールを撃ち出すと、撃ち出されたボールが途中で開き、中からドラゴンポケモンのカイリューが勢いを維持したまま飛び出して的を殴り付けた。

 

「今のは…」

「カツラさんに要望してモンスターボールを撃ち出す以外にも、ボールに入っているポケモンを撃ち出す機能を付けて貰いました」

 

 この機能は、アキラが尊敬しているシバが使っていたモンスターボール付きヌンチャクやエリカがたまに使うモンスターボール付きの弓矢などから着想を得たものだ。

 わかりやすく説明すれば、撃ち出したポケモンに先制攻撃可能な素早さを一時的に付与と言ったところだ。だけどそれ以外にも、素早く手持ちポケモンを離れた場所へ送るなどの手段としても使える。

 以前ならそれこそ、モンスターボールを撃ち出すくらいしか使い道は無かったが、新しく機能を追加したお陰で使い道は前よりもずっと多くなるだろう。

 他にも追加している機能は存在しているが、アキラが求めているのはこれで全て確認出来た。

 

 だけど、今回はこれだけでは無い。

 

「そういえば、タマムシ大学の工学部の人達が、カツラさんの協力を得て作ったものを譲ってくれるという話をここに来る前に聞いていましたが」

 

 まるで大剣を納める様に生まれ変わったロケットランチャーを背負いながら、アキラは二人にもう一つの用事について尋ねる。

 するとジュンジは、隣に置いてあった滑車付きの台の上に乗せられている物――一目見て盾だとわかるものを筆頭にゴツイ見た目の防具と呼べるものをズラリとアキラの前に出した。

 

 事前に話は聞いていたが、台の上に乗っている多様な形をしたこれらの道具は、今でもアキラがタンバシティからクチバシティの間をカイリューで弾丸飛行する際に利用しているカプセルの簡易版と言えるものだ。

 今回のロケットランチャーの完成に合わせて、開発に協力しているカツラの提案もあって日頃からタマムシ大学に協力しているお礼に、ポケモンに騎乗して飛行する際の安全防具開発の一環として作ったこれらの試作品を一つくらい譲ってくれるという。

 

「い、言っておくけど、それらを作るのに俺も少しは協力したからな。カツラさんの代理人みたいな感じだったけど…」

 

 並べられた品々を眺めていたら、唐突にアキヒトは緊張した様子で自らも開発に関わった事をアピールし始める。

 そんな彼にアキラと出ていたカイリューは、一転して珍しく感情の読めない目を向ける。彼の意図を察したからだ。

 彼は過去に、カントー四天王のキクコに唆されてアキラ達と敵対するどころか、彼らが激怒しても仕方ないくらいのゲスな行為をやらかしたことがある。

 あれから本人は心底反省して心を入れ替えたが、当時のアキラ達の怒りは彼の中では強烈に印象付いていた。さっきから何気無く会話したりツッコミを入れたりはしているが、正直に言うとまだ少し怖かった。

 

「……まぁ、そんな強調しなくてももう怒っていませんから」

 

 淡々とした態度ではあったが、言葉は穏やかではあったのやカイリューも冷たい目だが興味無さげなで怒っている様子も無かったので、アキヒトは安心した様に息を吐く。

 反省をして謝るだけでなく、今も償いと言えるのをやっているので、アキラはあまり気にしていない。暴挙を知って怒り心頭であった彼のポケモン達の何匹かも、本人了承の上で強弱あれど一発ぶん殴ることで遺恨は晴らしている。

 

「あの…持ってきた僕が言うのも何ですけど、ここにあるのって本当に人がポケモンに乗って飛行する際に利用することを考えているのですか? 盾が空を飛ぶ際に何の役に立つのか全然イメージ出来ないのですけど」

「昔は飛行用のゴーグルやフルフェイスヘルメットとかは無かったので、可能な限りトレーナーが乗った状態でポケモンが全力飛行出来るように風圧とかを防ぐ目的で使われていた時がありましたからね。多分、それらを現代技術で再現した感じでしょう」

「そうなのですか?」

「おいおい、何でお前がそんなことを知っているんだよ」

「昔読んだ歴史の本にそんなことが書いてありましたので」

 

 アキヒトの疑問にアキラは何のことも無い様に答える。

 どれもどことなく昔ゲンガーやブーバーらが挿し絵目当てに好んで見ていた歴史の本に載っていたのに似ている気がするので、ひょっとしたらそれを参考にしたのかもしれない。

 

 空を飛ぶポケモンの中には、カイリューやピジョットの様にマッハに匹敵するスピードで飛行出来る種が存在しているが、生身の人間はそんな超スピードでの飛行に耐えることは不可能だ。

 仮にマッハで飛べるポケモンに拘らなくても、そもそも空を飛ぶポケモンの多くは、その気になれば人間には耐えられない速度で飛行することは出来る。

 

 だが何時の時代、本気を出した相棒と共に空を飛ぶことを望み、技術と知恵を駆使して挑む人間は存在する。その試行錯誤の産物が目の前にあるこれらだ。

 試作品やらテスト品などという話は聞いているので、ノウハウなどを得る目的で先人達の知恵を現代技術を組み込む形で再現しただけで、本気で盾や鎧みたいな防具を採用する気は無いだろう。

 それにこれらが利用された頃は時代背景的に荒っぽい時代だったのも、防具寄りの形状になっている理由の一つだ。

 

 並べられた盾の一つを手に取り、アキラは左腕に固定する。

 そしてその状態での使い心地やロケットランチャー同様に取り回しが良いかも確かめて行く。

 

 装備が増えることでの一番の懸念は動きにくくなることだ。

 ここにある盾は飛行時の利用を前提としているが、基本的な用途は文字通りその身を守るのに役に立たないといけない。それは”リフレクター”や”まもる”を使うエレブーとサナギラスを見ればわかる様に、相応の大きさになる。

 多少の重量は今の自分なら苦にならないが、構造の関係で動きにくくなるのは改善が難しい。

 

 無理に貰わなくても良いが、折角のご厚意なのだ。どうせ選ぶなら使い勝手が良いものが良い。

 それに盾を使いこなせれば、今までの”回避”以外にも多少は”防ぐ”という選択肢が出来るので、より近くで手持ち達の傍で戦うことが出来る。

 

 背中に背負っているロケットランチャー同様に、大手を振って持ち歩くことが出来ないのや公式戦で使えないのは重々承知している。

 だけどこれからも手持ちと共に戦い抜いて行くからには、ポケモン達の動きに付いて行ったり耐えられる様に体も鍛えるだけでなく、付いて行くのに役立つ装備を整えるのも必要だとアキラは考えていた。

 幾つか手に取っては、自分にとって扱いやすいのを探していく。

 

 鎧に近い防具っぽいの――部分的には使えそうだが却下。

 逆三角形に近い形状の盾――取り回しは良いが少し小さい気がする。

 長方形の板みたいな形状の盾――大きいが取り回しが悪過ぎる。

 楕円形っぽい形状の盾――大きくて取り回しも悪くは無い。

 近い系統である完全な円形の盾――身に付けた感じでは悪くは無いので貰う最有力候補。

 

「おっ、これは…」

 

 そうして見ていく内に、良さげなのをアキラは見つける。

 形状は大まかに見ると、円形の盾に先端が楔状である縦長の盾の二つが合体した様なものだ。

 普通に身に付けると感覚的には楕円形っぽい形状の盾と変わらないが、一番の違いは形状よりも取っ手部分の構造だ。腕に固定した取っ手の部分を弄ってから腕を振ると、盾そのものが半回転して向きが変わるのだ。

 

 円形部分の盾が肩回り、縦長部分の盾が腕を守っている時は動きやすく。その逆だと守る範囲が広がって可能な限り体を縮込めれば、良い感じで体を守れる。

 そう言った向きを変えることで状況に応じて、守りに専念か動きやすい形に整えられるのが、彼には魅力的に感じられた。

 

「ここにある盾って、飛行時に利用する防具の扱いですけど、強度はどれくらいなのですか?」

「そんなこと聞いてどうするんだよ。――と言いたいところだけど、カツラさんと学生の奴らが勝手に色々教えてきたから教えてやるよ。”リフレクター”とかの技の性質を再現したお陰で、カイリューの”はかいこうせん”の数倍の威力に耐えられるくらい無駄に頑丈だ。しかも素材を変えたことで昔のよりも軽量化出来ているとか」

 

 アキヒトは理解出来ないと言わんばかりの態度で教えるので、アキラは苦笑いを浮かべる。

 元々この世界では、ポケモンの技や能力を科学的に再現することで人の生活に役立つものを作ったりすることが多い。目立たないが、オーキド博士の孫であるグリーンと姉のナナミが付けているペンダントは、”リフレクター”の性質とその強度を再現しているという話をアキラは聞いている。

 

 しかし、それでも”無駄に”を強調している辺り、本当に本来なら不必要なくらい頑丈に作られたのだろう。

 もしかしたらカツラを含めた開発に関わった面々は、ノウハウを得るのも兼ねて最初からそういう用途で使うであろう自分に渡すつもりで、これらを作ったのかもしれない。

 後でお礼を伝えようとアキラは決めると、モンスターボールからサンドパンを出した。

 

「サンット、何でも良いから飛び技を俺に向けて放って」

 

 盾の幅が広い部分が腕になる様に向きを変えた状態で構えながら告げると、サンドパンは少し戸惑いながらも”スピードスター”を放つ。

 放たれた数発の星型の光弾は命中する度に盾は音を立てるが、構えていたアキラは殆ど微動だにしなかった。

 軽めに技が放たれたこともあるが、単に頑丈なだけでなく衝撃を吸収して軽減している様な感触にアキラは予想以上のを感じていた。

 

 もう少し試すべく、今度はカイリューに頼もうとした直後、腰に付けていたモンスターボールが唐突に外れて、床に落ちると同時に中からゲンガーが飛び出した。

 出て来たゲンガーは軽く距離を取ると、そのまま何も告げずに”シャドーボール”をその手に形成し、嬉々としてアキラ目掛けて投げ付けて来た。

 こちらの望みを読み取った様に思えるが、面白半分で仕掛けてきたのは明らかだった。

 突然の攻撃にアキラは呆れながらも、すぐに盾を両手で支えてしっかり構えることで球状に集められた影も受け止める形で防ぐ。威力が高いからなのか先程よりも強い衝撃が伝わったが、それでも耐えられない程では無かった。

 

「へえー、これは…予想以上に凄いかも」

 

 感嘆の意味を込めてそうぼやいた時、今度は何時の間にか出ていたブーバーが容赦無く”かえんほうしゃ”を放ってきた。

 盾がどれくらい頑丈なのか試す意図があるのだろうけど、自分に避ける以外の選択肢が出来たからなのか、今日の彼らは随分と遠慮が無い。

 が、”かえんほうしゃ”に関しては流石に規模が大きかったこともあって、防ぐよりも躱す方をアキラは選んだ。

 

 だが、避ける方を選んだのがブーバーにとって癪だったのか、ひふきポケモンは背負っていた”ふといホネ”を抜くと飛び込む形でアキラに迫る。

 ”ホネこんぼう”が繰り出されるが、アキラは先程と同様に万全の体勢でブーバーの攻撃を受け止める。

 

 重い金属音と共にさっき受け止めていた二匹の攻撃以上に強い衝撃が腕に伝わったが、”リフレクター”などの攻撃技を防いだり威力を軽減させる技を再現しているだけあって、ブーバーが力を込めた割には伝わる衝撃は弱かった。

 ブーバーはそれだけで終わりするつもりは無かったのか、”ほのおのパンチ”や”いわくだき”などもアキラが構える盾に次々と叩き込むが、金属音が響くだけで盾は凹みすらしなかった。

 本当は飛行用では無くて、やっぱり最初からこういう用途で使われるのを想定して作ったのではないかと聞きたくなる程に、あらゆる面で想定以上であった。

 

「後は、”かわらわり”かな。不安なのは」

 

 ブーバーの攻撃が止んだのを機に、アキラは考えられる懸念要素について思案する。

 今彼が口にした技はまだ未確認の技扱いだが、この盾の素材かベースになっているであろう技を破壊することで無力化する効果を持っている。

 人の手による改良が加えられているが、それでも技の性質を再現している部分が有るので、その点がアキラは心配だった。

 折角、作ってくれた道具がそう簡単に壊れてしまう可能性はなるべく無くしたい。

 後、強過ぎる技を受けた際、盾そのものは耐え切れても受け止める自分自身が受け切れるかは話は別なので過信は禁物。

 

 そんなことを考えていたら、何時の間にかブーバーが助走の勢いを付けて”メガトンパンチ”を仕掛けてきた。

 避けるには気付くのが遅すぎたので、咄嗟にアキラは足腰に力を入れた状態で防ぐ。しかし、ブーバーが繰り出す攻撃ではトップクラスの威力の技。

 衝撃を殺し切れないその威力は懸念した通り、盾自体は耐えられたが構えていた彼の体は受け切れずに吹き飛ぶのだった。

 

 

 

 

 

 アキラがブーバーの攻撃で吹き飛ばされていた頃、タマムシ大学にある屋内通路をレッドとゴールドの二人が歩いていた。

 事前に彼から今日、この大学を訪れると聞いていたので会いに来たのだ。

 

「大学って初めて来たッスけど、意外と色んな人がいるものなんですね」

「だろ? 俺も昔は眼鏡を掛けた勉強大好きなガリ勉ばかりかと思ったけど、寧ろそういう奴の方が珍しいんだよな」

 

 途中で見掛ける学生達の姿に、二人は各々が抱いていた大学や通っている学生についてのイメージを語り合う。

 二人がこうして行動を共にする様になったのは、今から一週間近く前からだ。

 

 シロガネ山の奥地から湧き出る秘湯の源泉のお陰で、ずっと体を悩ませていた後遺症が完治したレッドは、下山してすぐにオーキド博士を通じてアキラを探した。

 彼がジョウト地方各地で起きているロケット団の事件に、積極的に関わっていると聞いていたので加勢する為にだ。

 

 やっと見つけたアキラは、彼の復活と加勢宣言を知るや大歓迎だった。

 一緒に居たゴールドも、レッドが同じポケモン図鑑を持つ者として先輩に当たる人物だと知ってからはアキラ同様に歓迎するだけでなく後輩らしく敬った。

 

 それからアキラとレッドは情報交換も兼ねて積もる話をしていたが、その時ある提案をアキラはレッドに持ち掛けた。

 

 それは彼にとって後輩であるゴールドを鍛えることだ。

 

 提案当初レッドは面食らったが、アキラから今ゴールドが置かれている状況やロケット団を率いている存在のことを教えて貰い、必要性を感じた彼はその提案を引き受けた。

 ゴールドの方も、アキラには断られたことやレッドが自身の先輩であること、前回のポケモンリーグ優勝者でアキラの好敵手(ライバル)と聞いて積極的に弟子入りを志願した。

 そんなこんなで今二人は、このカントー地方のマサラタウンにあるレッドの自宅に滞在しながら毎日修行をしていた。

 

「今日こそ、カイリューを引き摺り出してやる。最初から相手でも倒してやる」

「その意気だ。頑張れよ」

 

 アキラへのリベンジに燃える後輩にレッドは軽くエールを送る。

 アキラの推薦や先輩後輩関係を利用する形でレッドに弟子入りをしたゴールドではあったが、既に彼から色んな事を学び、それらを物にしようとしていた。

 

 レッドの指導は、基本的に実戦形式でひたすら戦っていくものだった。

 本人は口で説明するのが得意では無いこともあるらしいが、強者を相手にした実戦経験が足りないと考えていたので、ゴールドとしては有り難かった。

 ただ、口頭での助言や指摘は良くも悪くも感覚的なものが強くて洗練されたものでは無いので、バトルの後での反省会や振り返りでは理解出来るのもあれば理解出来ないものもあったりとその辺りでは苦労していた。

 だけど、頻繁にバトルを繰り返したり教わっていく内にアキラがレッドをライバルと呼ぶだけでなく、彼の方が学べることが多いと言っていたのかなどの両者の違いを徐々に理解していた。

 

 アキラが率いるポケモン達の戦い方は、相手を圧倒する程の高い能力や強力で洗練された技を豊富且つ存分に振るう派手なものだ。

 ただゴリ押すだけでなく、それだけの力を巧みに活かす技術や策も身に付けているが、地形を変えてしまうだけでなく伝説のポケモンさえも圧倒するその強さは、一目でわかるくらい見栄えも良く魅力的だ。

 

 しかし、そんな見栄えの良いド派手な強さを実現出来ているのは、連れているポケモンが元々有していた高い能力や技を長年の鍛錬によって更に伸ばした結果だ。

 元から伝説のポケモンと同等と言っても良いだけの力を潜在的に秘めているカイリューを筆頭に、彼のベストメンバーは軒並み能力が高く、単純な能力の総合値で見たらレッドの手持ちを上回っている。

 

 仮面の男のデリバードみたいに、能力が低い筈なのにとんでもないくらいに強いのもいるが、流石にあれは例外だ。

 なのでアキラ達のやっていることを真似しようにも、今のゴールドのポケモン達では実現するには基礎能力が大きく足りず、短期間で身に付けるのも無理だ。

 

 一方の今ゴールドが教わっているレッドはと言うと、今は事情もあって手持ちは変わっているが、ポケモンリーグ優勝者の肩書も納得の強力なベストメンバーを率いている。

 だけどゴールドの目から見ると、目に見えてわかる威圧感などはアキラのポケモン達と比べたら少し弱かった。

 

 しかし、レッドのポケモン達が繰り出す攻撃や技は、一目では強力には見えないちょっとしたものでもまるで凝縮されているかの様に重かった。

 その使って来る技も、何を仕掛けて来るかわからないくらい豊富だったり、意外な技を使って来ることも少なく、ただただシンプル。そのポケモンなら覚えられるイメージが容易に想像出来るか広く知られている様なものが中心だ。

 言うなれば、そのポケモンが生来持っている力を有りのまま且つ最大限に引き出している感じだ。

 

 そして何より凄いのは、ポケモン達を巧みに導くレッド自身だ。

 端的にその凄さを言えば、逆境などの窮地に追い込まれてからの彼の強さ――判断力は神懸かり的なものだった。

 追い詰められたとしても、粘り強く戦う事で全力で挑む相手の勢いを利用したり、時には思い付かない閃きや機転を働かせて、僅かな隙や無防備な瞬間を狙って強烈な一撃を叩き込んで逆転したり流れを変えるのだ。

 勿論全てが上手くいく訳ではないが、レッドはそう言ったポケモンバトルに関するあらゆるセンスやポケモンとの意思疎通に優れていた。

 

 そんな経験を何回かしていく内に、ゴールドはアキラのポケモン達が、あそこまで圧倒的な力を持つまでに至った理由の一端が何となくわかる気がした。

 相手が反撃や逆転の手を打つ前に圧倒的な力で押し切る、仕掛けて来たとしても事前に知識や策を駆使した上で捻じ伏せるのだ。

 相手を圧倒する力や破壊力と言う点では、アキラは完全にレッドを上回っている。だけど、追い詰められた際の逆境を覆す粘り強さや極限状態での判断力が求められる状況下での戦いではレッドの方が上だ。

 

 アキラがレッドの方が適任だと言った理由も今ならわかる。

 彼が自分に教える余裕が無い事は本当だろうが、短期間で成長するなら連れているポケモンもトレーナーも基本的なことや重要な要素が優れているレッドの方が、学び取れることや参考に出来ることは多い。

 

 アキラが力なら、レッドは上手さが光る。

 この数日の間で、ゴールドの中では二人の戦い方の特徴や長所とする点からそういう認識が生まれつつあった。

 

 それにもしかしたらアキラは察していたのかもしれないが、レッドのやり方はゴールドの性にも合っていた。

 今まで戦ってきたロケット団などの悪党は、戦う前からこちらを見下したり優勢になるとすぐに気を抜く傾向がある。

 そういう勝利を確信した様な余裕な態度をしている相手から逆転してアッと言わせるのがゴールドは大好きなので、レッドの追い込まれても逆転していく戦い方は理想的で学び甲斐があった。

 実際、アキラのサナギラスを倒した際の彼が一瞬見せた驚愕の顔は見てて気分が良かった。

 

 今はジョウト地方から離れているが、もう少し修業を積んだら、ジョウト地方各地を回っていく様な修行の旅をすることをゴールドは考えていた。

 なので、短い間ではあるが早速修行の成果をアキラにぶつけようと考えていた。

 

 そう意気込みながら、彼がいると聞いている屋内施設へと足を運んでいたが、近付くにつれて何だか騒がしい音が聞こえて来た。

 

「何か…音がするッスね。バトルでもしているのか?」

「カツラさんが修理してくれたロケットランチャーとかの道具を受け取るだけの筈なのにバトルする必要ってあるかな?」

 

 歩きながらレッドは首を傾げるが、何かを思い出すかの様にハッとする。

 

「わかった。もしかしたらカイリューとかの手持ちを相手に実戦で使う練習でもしているかもしれない」

「練習って……どういう?」

「まあ俺が口で説明するよりは実際に見るか、本人から説明して貰った方が早いと思うよ」

 

 レッドの口から語られることに、ゴールドの頭は理解が追い付いていなかった。

 化石みたいに考えが固い真面目な少年に見えて、変わっている一面がアキラにあることは最近の彼も知りつつある。だけど、”ロケットランチャーを受け取る”だけでもあれなのに、それを扱う練習を手持ちも交えて行っているとはどういうことなのだろうか。

 二人は扉の前に辿り着くが、中から聞こえる音は変わらず激しいままだ。

 

 一体、中では何が起こっているのか。

 思わずゴールドは妙に緊張するが、レッドは特に気にした様子は見せずに普通に硬い扉を開いて施設内に足を踏み入れる。

 

「おっ、今回は何時になく白熱しているな」

 

 レッドは如何にも見慣れたと言わんばかりの反応だったが、続けて中に入ったゴールドは、思わず足を止めるだけでなく中で繰り広げられている光景に顔を強張らせ、目を疑った。

 

 何故なら、両腕にそれぞれ異なる形状の盾らしきものを付けたアキラが、手にしたホネを振るって来るブーバーを相手に目まぐるしい早さで腕を動かして戦うかの様に立ち回っていたからだ。




アキラ、幾つかの新装備を手に入れる。

アキラがモンスターボールだけでなく手持ちを撃ち出す機能を持ったアイテムを装備をするのは、初期から考えていたのでやっと出せるところまできました。
作中でも示唆していますが、他にも追加機能があるので盾の方と合わせて色んな用途でガンガン使っていきます。

次回、ゴールドがアキラ達の認識を色んな意味で改めるかも。


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強者達の領域

 ブーバーが絶え間なく仕掛けて来る攻撃を、アキラは重い金属音を度々響かせながら、両腕に付けた盾を上手く使って防いだり払う様に捌いて行く。

 

「たく、幾ら頑丈な防具を手に入れたからって、調子に乗り過ぎだろ」

 

 攻めて来るブーバーの表情は珍しく楽しそうなものではあったが、専守に専念するアキラは呆れた様子で悪態をつく。

 最初は盾の強度を確かめるだけだったが、あんまりにもアキラが上手く攻撃を防いでいくのを見て、どれだけ彼がやれるのかブーバーが試したくなったのが、ここまでの戦いに発展してしまった理由だった。

 普通なら手持ちポケモンがトレーナーを攻撃するなど一大事なのだが、アキラにとっては最近は無くなっただけで昔はそれなりに経験していたことなので、堂々と相手をしてしまっていた。

 

 しかし、今のところ物理攻撃のみしか仕掛けて来ないとはいえ、急な出来事だったのでいい加減に終わらせることにした。

 途中で片手だけで防いでいくのに限界を感じて、僅かな隙を突いてもう片腕に円形の盾を追加した即席の二刀流にしたが、そろそろ限界だ。

 出ているカイリューとゲンガーは止める気が無いのか呑気に静観、サンドパンは割り込むべきか迷っていたが、誤射が怖いのか割り込む切っ掛けを見出せずにいた。

 

 自力で止めるしかない。

 

 両腕に付けた盾で上手く防ぎながら目を凝らして、アキラは絶え間なく攻撃を繰り出してくるブーバーの動きをよく観察し、僅かな隙の有無や次の動きを予測していく。

 そしてひふきポケモンの動きに隙が見えた瞬間、アキラは盾を押し付ける様に強くぶつけた。

 

 激しい衝突音が施設内に響き渡り、ブーバーは体勢を崩す。

 ところが無理に持ち堪えようとはせず、やられたことを受け入れたブーバーはまるで体操選手の様な素早い連続バク転を披露してアキラとの距離を取る。

 が、最後のバク転を終えて着地した直後、アキラは右腕に付けていた円形の盾を取っ手から外して手にすると、大きく体を捻らせてまるでフリスビーの様にブーバー目掛けて思いっ切り投擲した。

 思わぬ追撃に、ブーバーは舌打ちをしつつも楽し気に笑みを浮かべて、回転しながら真っ直ぐ飛んでくる盾を”ふといホネ”で弾く。

 

 今ブーバーは、道具の使用が前提であるとはいえ、こうしてアキラと正面から戦えることに興奮していた。

 

 この戦いが始まってから、自身にずっと向けられた彼の鋭い目。あれこそ野生だった頃のブーバーが、自分との戦いを制したアキラに付いて行ってみようと決めた切っ掛けだった。

 当時とは種類や込められた感情は異なるが、あんな目を人間が見せるとは思えなくて怯んでしまったものだ。だけど、彼に付いていけば自分はもっと強くなれるとも感じた。

 

 当時の彼は今とは比較にならないくらい貧弱で未熟だったので賭けではあったが、結果は今見ての通り大当たりだった。

 しかも手持ちと一緒に変わっていくという彼自身の方針や最近カイリューを相手にやり始めた鍛錬関係で、こうして彼がある程度戦えるだけの力を身に付けるまでに至ったのは良い意味で予想外だった。

 

 湧き上がる高揚感と欲求に身を委ね、自身を更なる高みへと引き上げて来る期待を胸に抱いたブーバーは、再び挑むべくアキラを真っ直ぐ見据える。

 その瞬間、轟音が聞こえたと同時に頭に衝撃を受け、ひふきポケモンはモンスターボールの中に収まった。

 

「もう終わり。続きがやりたかったらタンバジムに戻って先生の監督下で」

 

 肩で抑えていたロケットランチャーの構えを解きながら、アキラはモンスターボールに戻ったブーバーに告げる。

 最初は興奮しながらもある程度は加減していたが、徐々に本気になってきていたので、手が付けられなくなる前に止めることが出来て良かった。と一安心する。

 

 記念すべき新型ロケットランチャー最初の活躍が、まさか調子に乗り始めた手持ちを止める為に使われるとは思っていなかった。

 オマケに今左腕に付けているのとさっき投げ付けた盾に、焼け跡や軽い傷跡らしきものが付いてしまったのだから程々にして欲しかった。

 額に滲ませた汗を腕で拭いながらアキラは疲れた様に息を吐くが、どこからか拍手する音が聞こえるのに気付く。

 

「凄いなアキラ! 昔はまだ野生だった頃のブーバーにやられていたのに、今じゃあそこまでやれる様になるなんて。よっぽど修行をしたんだな」

「レッド、褒めてくれるのはありがたいけどバーットを変に刺激することは口にしないで」

 

 音の元に顔を向けるとレッドが興奮した様子で手を叩いていたが、興奮気味の彼をアキラは疲れた様子で宥める。

 確かに昔、今手持ちにしているブーバーの攻撃を受けてアキラは大火傷を負わされたが、あの時と今回とでは色々条件が違う。

 それにアキラのブーバーは負けず嫌いな上に野生の頃と変わらず執念深い。途中中断とはいえ、自分に実質負けたとあっては、次出て来た時に何をしでかしてくるのか見当が付かない。

 

「あの……何なんスか…さっきの?」

 

 やっと目の前の状況が落ち着いたこともあるのか、再起動をしたゴールドはアキラにさっきまでブーバーと繰り広げていた攻防が何なのか尋ねる。

 

「――調子に乗っていた手持ちを止めていた」

「いやそれは見りゃわかるけど、何で自分が戦って止めるのがさも当然な感じの雰囲気を漂わせているんッスか? つうか良く無傷ッスね」

「まあ、アキラの手持ちではよくある事だからな。そりゃ慣れるよ」

「レッド…俺がやっていることは本来なら慣れるものじゃないよ。てか、普通ならちゃんとした目的が無い限り真似しちゃいけない類だから」

「でも、それが今のアキラ達を形作ったり、強さの秘訣なんだろ?」

「まぁ……そうだけど…」

 

 レッドの言葉を否定するどころか同意するアキラの様子を見て、ゴールドは自分の常識や認識がおかしいのか疑問を抱き始めた。

 アキラも自分がやっていることや経験は一般的な視点から見るとズレているものだとある程度は認識しているのに、止めるどころかその普通はやらないことを当たり前の様にやっているのだから尚更際立つ。

 そしてレッドも、話している内容含めて当然だろと言わんばかりの雰囲気だ。

 

「あれ? もしかしておかしいのは俺の方?」

「安心しろ。お前は何もおかしくない」

 

 そんな困惑するゴールドに、りかけいのおとこのアキヒトは安心させるかの様に肩に手を添えて告げる。

 アキラとブーバーが本格的に戦い始めてから彼とボーイスカウトのジュンジは、あまりにも激し過ぎる戦いに万が一に備えて手持ちポケモンを出しながら持ってきた盾で身を守っていたので完全に蚊帳の外だった。

 ポケモントレーナーなら体を鍛えることが必要なのは彼らも理解している。が、それでも手持ちポケモンを相手にあそこまで真正面から戦うのは流石に常識外れだ。

 

「レッド先輩、全然気にしてないッスけど、もしかしてアキラと同じタイプの人なんスか?」

「いや、あれは単に見慣れているからあんな感じなだけだと思うぞ。少なくともあんな戦いを普通にやるアキラよりは常識的な…筈」

「昔悪事を働いた人が常識を語るってね…」

 

 囁く様な小声で尋ねるゴールドの肩を持つアキヒトにジュンジは毒を吐くが、彼らには聞こえていなかった。

 そもそもあんな光景にレッドが見慣れている時点で、普段のアキラは手持ちとどんな生活をしているんだとゴールドは言いたかった。

 以前アキラは自分にとってのポケモンは”戦友”と言っていたが、ひょっとして今の手持ち達は一昔前の少年漫画みたいに拳で語り合った末、互いに強敵(とも)と認め合う過程を経て集まったのか。

 

 色々疑問は尽きなかったが、アキラに断られた後にレッドに弟子入りしたのは、今思うとそれで良かったとゴールドは思い始めた。

 もし何事も無く彼に弟子入りしていたら、今頃どんなぶっ飛んだ修行メニューを課されていたのか、想像するだけで恐ろしい。

 

 桁違いに強い彼のポケモンを倒すまで延々と戦い続けるという内容でもまだ良い方だ。

 ひょっとしたら手持ちだけでなく、ゴールドにも滝行をやれや丸太を担ぎ上げろや、挙句の果てには大きな岩を押せだとかの無茶苦茶なのをやらされていたかもしれない。

 今脳裏に浮かんだのは、いずれもゴールドの想像なので実際は違うかもしれないが、さっきの戦いでもあれなのだ。アキラ自身「心頭滅却すれば火もまた涼し」などとぶっ飛んだ根性論で、最早ポケモントレーナーがやる様なものでは無いあれ以上のトンデモ修行をやっている可能性は全く否定出来ない。

 

 アキラは確かに強いポケモントレーナーだ。

 彼と率いている手持ちポケモンの実力を知れば、自分同様にその強さを学びたいと考えて指導を仰いだり、弟子入りを希望するのは今後出て来るだろう。

 だけど、こんな無茶苦茶なことをトレーニングの一環――それも日常的にやっているとしたら、助言は求めても弟子入りを希望する者はいないだろう。

 いるとしたら彼がどんな特訓を積んでいるのか知らない無知か、知っていても仰ぐ余程の命知らず、僅かな可能性で同類だろう。

 

 そこまで考えて、ゴールドはアキラ達が何故あれだけ強いのか、その理由の一つを理解した。

 

 トレーナーがあんなことを当然の様にこなせば、そりゃ連れているポケモン達も桁違いに強くなるわ、と。

 

 彼がそんなことを考えているとは露知らず、アキラは戻した手持ち達が入ったボールを整えながらレッドと会話を交わしていた。

 

「その盾中々良さそうだな。俺も貰おうかな?」

「何に使うかは知らないけど、レッドの腕の力じゃ防ぐよりも避けた方が速いと思うよ」

 

 左腕に付けた盾を半回転させて、アキラは盾の円形部分や長方形部分を動きやすい位置に切り替える。

 一見するとブーバーの猛攻を盾を駆使して正面から防ぎ切った様に見えるが、多くは避けたり上手く攻撃を逸らしたものだ。

 軽いものなら多少は力任せに防げるが、それでも相応の威力が込められた技は躱すべきだ。でなければ力負けして吹き飛ばされるのがオチだ。

 

「――今日レッドとゴールドがここに来たってことは、俺がタマムシ大学に来るからゴールドが再戦を望んだって感じかな?」

「あぁそうだ。修業先に戻る前にアキラの視点からも今のゴールドを見てやってくれないか?」 「良いよ。そのくらいの時間的な余裕ならあるし」

「サンキューアキラ。おーいゴールド、アキラは良いだってよ」

 

 レッドに呼ばれて、アキヒトやジュンジと話していたゴールドはここに来た目的を思い出す。

 そうだ。自分はアキラと戦う為にここに来たのだ。

 さっき見た出来事はあまりにも衝撃的過ぎたが、もう既にたくさん驚く様な経験、それこそ死ぬかもしれない経験もしたのだ。

 こんなところで臆してなどいたら、シルバーに追い付くことも、ジョウト地方でロケット団を率いている首領である仮面の男を倒すことも出来ない。

 

 それに仮面の男のデリバードは、伝説のポケモン以上に強いという話も聞いている。

 レッドに弟子入りしたのも、そんな常識外れに強いのを倒す為だ。自分が彼らの領域へと至るには、傍から見ると常識外れなことをこなす必要があるのかもしれない。

 改めてゴールドは決意すると同時に気持ちを切り替えたが、それでも背中にロケットランチャーみたいな大きな銃を背負い、腕に盾を身に付けたアキラのトレーナーらしくない姿が気になってしまうのだった。

 

「本格的に鍛え始めたばかりだろうけど、レッドから見てゴールドはどうだ?」

「結構良いと思う。ポケモンとの信頼関係はバッチリだからアキラの言う通り、強い奴と戦えるだけの実力を付けるだけで良いと思う」

 

 いざ自分が教える立場になった時は上手くやれるかと少し不安に思えたものだが、意外と上手くやれるだけでなくゴールドはかなり伸びしろがあることをレッドは感じていた。

 ポケモントレーナーに必要なポケモンとの信頼関係も良く。戦い方は知っているトレーナーに例えるとブルー寄りではあるが、彼女よりも力がある感じだ。

 それにこちらが教えたこと――アキラには不評な教え方であっても、そのままでは無くて上手く彼なりに解釈してこちらの意図していることに近いことをしてくれるのだから教え甲斐があるだけでなく少し楽でもあった。

 

「そう。やっぱり俺よりもレッドの方がゴールドには合っていたか」

 

 同じ”育てる”や”鍛える”でも、人とポケモンは違う。

 ゴールドが自分から何かを学びたいと思っていたのは確かだが、それは自分達が発揮する桁外れな力に注目していた節があることにアキラは気付いていた。

 確かにカイリュー達の戦い方は、派手な上に一目で”強い”ことがわかるものだが、それだけの力を身に付けるだけでなく十分に使いこなすには相応の能力と鍛錬が必要だ。

 アキラ達でも力を発揮することは出来ても、上手く制御出来ているのか怪しいところがあるのだから、手持ちポケモンがまだ発展途上であるゴールドが身に付けるには時期尚早だ。

 後、自分よりもレッドの方が性格的にも合うと思っていたので、二人の様子見る限りでは上手くやれている様だ。

 

「今俺はこのカントー地方にいるからあんまりわかんないッスけど、今ジョウト地方はどうなんスか?」

「何にも無いよ。一転して音沙汰無し」

「やっぱり、騒ぎを起こしてアキラが来るのを警戒しているんじゃないか?」

「そうなるのかな」

 

 コガネシティで治療も兼ねて口封じの襲撃を防ぐ為の軟禁状態からアキラとゴールドが開放されて以降、あれだけニュースや新聞で騒がせていたロケット団は大人しくなった。

 正に小休止状態と言ったところだが、こうもタイミングが良いとレッドの言う通り、下手に騒ぎを起こすのを避けているとしか思えない。

 刑務所とかを襲撃してまで下っ端の団員達を開放したのだ。下手に使い捨て同然に動かして、また大勢捕まる訳にはいかないのかもしれない。

 

「今ロケット団を率いているのは、サカキじゃなくて仮面の男なんだっけ? それもかなり強い氷使い」

「そうそう。他にも色んなタイプを使うけど、正直に言うと以前レッドに後遺症を負わせた四天王のカンナ以上の氷使いだ」

「カンナ以上か…良く勝てたなアキラ」

「勝っていない。こっちは全力を出したのにあっちは明らかに余力を残していたんだから実質負けだよ」

 

 そうこう話していたら、会話の内容はロケット団を率いている存在へと移る。

 見方によって痛み分けかもしれないが、こちらは使える手全てを使って消耗し切っていたのに、あちらは健在なだけでなくまだ奥の手を使っていないのだから負け以外の何物でもない。

 次戦う時に本気を出されたら、冗談抜きで危うい。だからこそ、残された時間の間に可能な限り更なる対策や力を付けて行かなければならない。

 今年開催されるポケモンリーグの前に終わらせるのは無理かもしれないが、それでも出来る事なら開催前に終わらせたい。

 そう考え込んでいた時、アキラはレッドが自分の体をジロジロと見ていることに気付く。

 

「――どうした?」

「いや、それだけ激しく戦ったってことは何か変わった氷技を受けて、俺みたいに後遺症が出ていないか心配になって」

「あ~、後遺症ね。幸い直接技は受けずに済んだ。てか、あんなのをまともに受けたら後遺症が残る前に死ぬ」

「そうなのか。カイリューとかの技を良く受けるアキラでも死ぬくらいか……結構ヤバイな」

 

 敵の力が具体的にイメージ出来たのか、レッドは難しそうな顔で考え込む。

 彼のヤバイと判断する基準が何かおかしいことにアキラは気付いたが、気にする程のことでは無かったのでゴールドから向けられる引き気味な視線も含めてそのまま流して話を続ける。

 

「特に”ふぶき”の威力がヤバイ。手持ち全員が全力を尽くしてやっとデリバード一匹の全力の”ふぶき”と互角なんだから洒落にならない。でも、個人的には不用意に触れたり物理攻撃を仕掛けると凍り付く厄介さが今の悩みの種」

 

 強過ぎる”ふぶき”などの氷技やまだ使ってこない奥の手など色々あるが、まともに直接打撃攻撃が出来ないことがアキラにとっては一番の悩みだ。

 今のアキラが連れているポケモン達は、格闘系のトレーナーであるシジマに師事している影響で、接近戦でこそ全力が出せるのが多い。

 なのにそれが封じられているのだ。ゲームで例えれば、直接触れる攻撃をしてきた相手にダメージを与えるだけでなく一定確率で”こおり”状態にしたり能力を下げたりする特性を持っている様なものだ。

 

「なら触れなきゃ良いんじゃなくね? あんな馬鹿デカイ火柱が出来るくらいの炎技をアキラは使えるんじゃねえの?」

「それが一番なんだけど、あれは時間が掛かるし手段がそれだけだとな」

 

 最後に繰り出した奥の手を見たことがあるゴールドが対策例を挙げるが、そう簡単に出来るものでは無い。

 強靭な肉体を持つカイリューやほのおタイプであるブーバーでも、全力を出し切ったあの大火力の反動はかなりのものだったのだ。

 多少威力が落ちた状態だとしても、他の手持ちがやるには反動が大き過ぎるし、対抗手段がそれだけでは一度手の内を見せたことも相俟って不安だ。

 

「――ブーバーみたいに、何かポケモンが持っている武器みたいな道具を持たせるってのは?」

「レッドも同じ考えか」

 

 レッドの提案にアキラは同意をするが、途端に頭を痛そうに抱える。

 氷漬けを防ぐ為に今は威力が弱くても良いから、”げきりん”や”ほのおのパンチ”みたいに常に両手から技のエネルギーを放出させることで格闘戦を行う練習をしているが、皆が上手く出来る訳では無いのと出来たとしても疲労などの消耗が早くなってしまう。

 そのことを考えると、間接的に相手を攻撃出来る武器として使えるアイテムを持つことは、間接的に凍らされるのを防ぐだけでなく数値には現れない攻撃力アップが望める。

 

 問題があるとすれば、かつてブーバーが”ふといホネ”を手にする切っ掛けになった知り合いの暴走族を頼る事になりそうなことだ。会う度にやたらと祭り上げられるのであまり関わりたくなかったが、背に腹は代えられない。

 ただ、以前みたいにすんなり手に入るのかということや仮に手に入れても”ふといホネ”をブーバー以外が手にしても使いこなせるのかも不明である。

 

 ゲンガー、すぐに使えるイメージはある。

 カイリューとヤドキング、ドーブルにカポエラー、扱えない事は無いだろうけどすぐに出来るかと言うと難しい。

 サンドパンにサナギラス、骨格や手の形的に無理。

 エレブー、不器用過ぎて論外。

 

 まだ時間はあるので、準備さえ整えば練習をすることは出来る。だけどその練習に必要な準備が出来ていない。

 もういっそのこと”ふといホネ”などの道具に固執はせずに、ドーブルみたいにその場に転がっている木の枝や石を即興で武器にするみたいに、最初から武器を持たせる野良バトル限定の特化をしてしまった方が楽かもしれない。

 

「武器…バトルに使える……バトル中」

 

 そんなことを考えていたら、レッドが何かを呟きながら腕を組んで深く考え込んでいた。

 しばらくすると考えが纏まったのか、彼は顔を上げる。

 

「アキラ、お前の求めていることに合っているかはわからないけど、心当たりがある」

 

 思いがけない発言にアキラは少し驚く。

 今までレッドとは何十回も戦ってきたが、そんな武器みたいなものを彼の手持ちが使って――来たことがあることを思い出した。

 

「もしかしてレッドのニョロが使ったことがある即興で編み出した氷の棒? 確かにああいう感じでバトル中にすぐに用意出来るのが望ましいけど、使えるポケモンが限られるのが…」

 

 仮面の男のデリバードも似た様な使い方の二刀流でこちらを圧倒したのだから、使いこなせれば強力な武器にして攻撃手段になり得るのは証明されている。

 だが実戦レベルで使うには、ある程度強力な氷技が使えるだけでなく、細かい操作が手早く出来るまでの技術、場合によって生成するのに必要な水を確保するなどの多くの問題が考えられる。

 それに記憶では、ニョロボンが使った際はすぐに砕かれていたので、あのデリバードに近いレベルにまで仕上げるのは大変だ。

 ところがアキラの予想に反して、レッドは首を横に振った。

 

「いや、近いけどそれじゃない」

「――近いけどそれじゃない?」

 

 レッドの否定に、アキラは尚更わからなくなる。

 だけど彼が続けて話し始めた内容を聞いて、ゴールドは驚き、アキラは納得をした。

 

「え? そんなことホントに出来るんッスか?」

「いや、レッドの言っていることは出来る。俺も実際に見たことがある。こうして言われるまで思い付かなかったけど、確かにそういう使い方も出来るな。そして、レッドの言う通り俺の()()()()()が使える可能性もある」

「だろ。アキラのポケモンって頭が良いのが多いから、やり方さえわかればすぐに出来ると思うし」

 

 レッドは得意気な顔だが、アキラは今彼が教えてくれたことに関してのメリットとデメリットについて考える。

 全ての問題が完璧に解消される訳では無いのと新たなリスクが生じてしまうが、それでもある程度の効果は望める。

 何よりレッドの言う通り、テレビの影響を受けたりと奇妙な方向へ頑張る傾向が強い一部の手持ちは大歓迎だろう。現段階でも判明している問題などちっとも気にしないどころか、寧ろ積極的に使いまくるのが目に見える。

 じゃなければ、ブーバーはあんな”フォルムチェンジ”擬きみたいな力と技術を身に付けようなどしないし、ゲンガーとヤドキングだって人の文字を学んだりしない。

 

「でも、そんな珍しい使い方を俺に教えちゃって良いの?」

「何言っているんだ。今戦っているのはアキラでも勝てるかわからないどころか、負けたら一巻の終わりのヤバイ相手だろ? だったら少しでも強くならなきゃ。それにお前だったら何時か気付くだろうから、それが早まっただけだ」

 

 以前アキラは、カントー四天王との戦いに備えて、レッドにこれまで明かすことなく考えて来た手の内や戦い方などを惜しみなく教えてくれた。

 そして今、彼はかつての自分みたいに強大な敵との戦いに備えようとしているのに困っている。

 今度は自分が今まで身に付けて来たものを教える番だとレッドは考えていた。

 

「…ありがとう。レッド」

「気にすんな。問題があるとしたら俺がちゃんとアキラに教えられるかってことだけどな。あれ、結構難しいし」

「それは……うん。俺達がちゃんとレッドの言う事を理解出来るかって点は心配だな」

 

 レッドの教え方は、彼自身の感性などの感覚的なものをそのまま表現したかの様な擬音だらけなものだったりと独特なものだ。

 ブーバー辺りは理解出来るらしいが、それ以外の手持ちは自分含めて理解出来なかった。

 オマケに今レッドが話したことが出来るのは、()()()()()()()()()。なので実物や実演無しでの口頭指導だ。

 最後に教え合った時よりも実力や知識は身に付いたが、それでもちゃんと学べるのか不安なアキラだった。

 

 ちなみにこの後、ゴールドは目的通りアキラにフルバトル形式で戦いを挑んだが、勝手に飛び出したブーバー一匹に完膚なきまでに叩きのめされた。

 修行の成果はあったのか多少はダメージを与えたりと手こずらせたが、アキラとの戦いを不完全燃焼気味で終わらされたことも相俟って、八つ当たり気味で暴れるブーバーの勢いを止めることは出来なかった。

 そしてアキラは、レッドが教えてくれる方法を一部を除いた手持ち達と一緒に、頭を抱えながらも必死にコツなどを身に付けるべく学ぶのだった。




アキラ、新装備を整え、レッドから悩みを改善することが出来るであろう手段を学ぶ。

アキラが新しい装備を整えた様に、連れている手持ち達も次の戦いに備えて、新しい戦い方を身に付けます。ちなみにレッドが彼らに教えるものは、原作中にベースになるのが出ているのと本作中に既に出しています。

ゴールドがアキラがやっていることにあれこれ想像していますが、アキラ自身、自分達がやっている鍛錬の一部が一般的なのから外れているのは流石に自覚していますので、仮に師事していたとしてもそんな過剰なことは要求しません。

途中で止まったりしてしまいましたが、今話で更新は一旦終了になります。
次回の更新については、今予定している流れを考えますとどこで一旦止めてもキリが良く無く中途半端になってしまいそうなので、次の更新時でこの第三章を終えることを目標に考えています。
ですが予想外に長くなって、その上でキリが良いと思えるところを見付けたら更新を再開すると思いますので、更新再開時に前書きの方で途中で更新が終わるか、三章の終わりまで更新するかを明言致します。

それでは読者の皆様、良いお年を。


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悪夢はそれぞれ

続きを待っている読者の方がいましたら、大変長らくお待たせしてすみません。
今日から更新を再開しようと思いますが、諸事情もあって更新頻度は不安定になってしまう可能性があります。
その時は、活動報告か後書きなどで改めて状況についてお伝えします。

色々状況が大きく変わってしまった影響でまた一年以上も更新が止まっていましたが、その間でも感想や評価を送ってくれる読者の方がいて嬉しかったです。
気持ち的にとても励みになりました。
しばらくは更新し続けていきますので、読んでくれる読者の方が楽しんで頂けたらなによりです。


 過去に戻れたら戻りたい。

 

 人間誰もが、一度は考えてしまうことだ。

 その理由は失敗したあの出来事を挽回したいなど様々だが、ロケット団の中隊長の地位に就いているハリーは現在進行形でそのことに関して考えながら現実逃避をしていた。

 

「全く! 折角助けて出してやったというのに、任務の一つすら満足にこなせないのか!」

 

 自分達に向けられた叱責に、両手を鎖の付いた枷に吊られたハリー、リョウ、ケンは申し訳なさそうに項垂れる。

 任務に失敗して警察のお世話になっているところを、今目の前で怒りを露わにしている上司であるカーツとシャムのお陰で、彼らは他にも捕まっていた団員と共に脱走出来た。

 元々中隊長であったことや脱走時に他の団員達を先導したことを評価されて、三人は脱走してすぐに任務を割り振られた。

 

 任務内容はジョウト地方各地に現れるスイクンを捕獲するというものであったが、ミナキと言う名の自称スイクンハンターの青年に阻止されただけでなく、任務達成の為に持たされた貴重な道具まで失うという失態を重ねての失敗なのだから目も当てられなかった。

 それだけでも過去に戻ってやり直したいと思うには十分な動機であったが、彼には更に追い打ちを掛ける要素があった。

 

「気付かれない様に少数精鋭で送り出したと言うのに! ただでさえ我々は…あのアキラとか言う小僧がジョウト地方に居座っている所為で行動が著しく制限されているんだぞ!」

 

 忌々しいと言わんばかりに今のロケット団――残党達を束ねた新生ロケット団の最高幹部の地位に就いているカーツは吐き捨てる。

 

 アキラ

 

 その名前を聞く度に、ハリーは遠い目で過去にあった出来事を思い出してしまう。

 近年耳にすることが増えた名前だが、その姿と率いているポケモン達を見れば、何年も前にオツキミ山で偶然遭遇したあの少年だとハリーはわかる。

 あの頃のひ弱な少年と力はあるが乱暴なだけのポケモン達が、ここまで自分達にとって大きな脅威に成長するなど、誰が予想出来る。

 

 例えるならコイキングがギャラドスに進化する様なものなのだろうが、当時を知る者から見るとギャラドスどころのレベルじゃない。

 謎の乱入者の存在もあって仕留め損ねたが、あの時も結果的に彼らの所為で任務は失敗に終わったのだから、アキラ達の存在はロケット団にとっては最早疫病神と言っても過言では無かった。

 

「あの頃に…昔に戻りたい…」

「ほう、”昔に戻りたい”か」

 

 誰にも聞こえない程度の小声での呟きだった筈なのに、正確に内容を耳に拾った存在にハリーは震え上がる様な寒気を感じた。

 恐る恐る顔を上げると、視線の先には全身にマントを羽織る様に纏った不気味な仮面で顔を隠した人物が立っていた。

 

「首領!」

 

 自然体であるにも関わらず、全身から発せられる無言の圧にシャムとカーツは姿勢を正す。

 そして仮面の男は、真っ直ぐハリーの目の前にまで足を運ぶ。

 

「さっき口にしたことは、任務失敗前に戻りたいという意味か?」

「いっ、いえ! それよりも前です! あ、あの…」

 

 何気無い問い掛けではあったが、気に障る返答をしたら危うい声色なのを本能的に察したハリーは慌てる。

 どう答えれば良いのか考えたものの焦っていた彼は、咄嗟に目の上のたんこぶである彼の名を口に出す。

 

「あ、アキラです。今俺達ロケット団を悩ませている…あいつが…あいつが弱かった頃に仕留めれば良かったと」

「――ほう」

 

 ハリーが話した内容に仮面の男は興味を示すと、雰囲気が幾分か和らぐ。

 

「”仕留めれば良かった”…話を聞く限りでは、お前は奴が弱かった頃を知っているのか」

「は、はい!」

 

 それからハリーは自分が初めて会った当時のアキラがどんな少年でどれだけ弱かったのか必死になって教える。

 手持ちを全く従えていなかったこと、乱入者が来るまで彼らを後一歩まで追い詰めたこと、ある出来事が切っ掛けでヤマブキシティでの決戦でロケット団が壊滅するまで三幹部に目を付けられて逃げ回っていたこともだ。

 一通り話を終えた頃には、息をつく間も無く慌てて話したこともあってハリーは息を切らせていたが、聞いていた仮面の男は少し考える素振りを見せる。

 

「奴が…貴様らよりも弱かった頃か…興味深いな。だが――」

 

 少しだけ間を置くと、仮面の男は空気は一変する。

 

「貴様が! その時! 奴を始末していれば! ここまで面倒なことにはならなかったぞ!!」

「も、申し訳ございません!!」

 

 理不尽とも言える叱責だが、ハリーは泣き叫びながらも謝るしか出来ることは無かった。

 あの時、相手が子どもだからだとか憂さ晴らしとか軽く考えず、手持ちポケモンを奪うかトレーナーとして再起不能にすれば、こんなことにはならなかった。

 レッドを始めとした図鑑所有者もそうだ。最初は子どもだと侮っていたら、あっという間に幹部でも倒すのに苦労する存在にまで成長してしまった。

 そんな先の未来などわかる筈も無いが、そう考えてしまう程に今のアキラはロケット団にとって悩みの種どころか脅威の存在なのだ。

 

「ふん。中隊長と言えど、所詮は残党か」

 

 これ以上聞けることは無いと見たのか、興味を無くした仮面の男は鎖で吊るされた三人に背を向けてその場から去る。

 しばらくは付いて来るカーツとシャムを伴って無言で通路を歩いていたが、唐突に彼は足を止めた。

 

「――さっきの話を聞いてお前達はどう感じる?」

「…信じ難い話には思えますが、こちらが把握している奴の経歴や手持ちポケモンを考えますと、ふざけた話ですが事実でしょう」

「当時から今に至るまでレッドを相手にある程度渡り合えていたことを考慮すれば、短期間での急成長は有り得ないことでは無いです」

 

 仮面の男からの問い掛けにカーツとシャムは、それぞれの意見を述べる。

 先程のハリーの話だけを聞けば、まるで三年の間に素人同然の初心者から超一流にまで上り詰めた様に思える程だ。

 だけどポケモンバトルやポケモントレーナーは、ポケモンを導いていくという性質上、若いトレーナーが台頭することは良くある。

 実際、二人も仮面の男に見出される前から大人顔負けのポケモントレーナーとして優れた実力、そして才能を秘めていた。

 今では直々に何年も鍛えられたことで更に磨きが掛かっているが、何故かその表情は忌々しさと悔しさを強く滲ませていた。

 

「今は下手に戦うべきで無いことは承知しています。ですが、また戦う時が来ましたら――次は負けません」

「……そうか」

 

 妙に語気に力が入っている様子ではあったが、仮面の男は何も言わなかった。

 今二人の内心は、”あんな奴に負けたくない”という気持ちが渦巻いているだろう。

 

 カーツとシャムは、以前の”スズの塔”での戦いで何とか任務の達成こそ出来たが、それ以来仮面の男が何かを言うまでも無く更に鍛錬を重ねている。

 その姿勢はイツキとカリンも見習って欲しいくらいだが、その原動力がアキラとその手持ち達に負けたことが心底屈辱的だと感じているからなのを仮面の男は察していた。

 

 アキラと手持ちポケモンが築いている関係は、ハッキリ言えば常識外れだ。

 ポケモンは強ければ強い程、自己主張が強くプライドも高いなど我が強い。だが、多くのトレーナーはそんな手持ちポケモンでもしっかりと纏め、統率している。

 ところがアキラの場合は、パッと見や資料に書かれている様に一部の手持ちからはぞんざいに扱われる時があるなど、その姿は手持ちを手懐け切れていない初心者トレーナーや強いポケモンを持て余しているトレーナーと殆ど変わらない。

 が、相応の戦いが始まれば、普段のダラしない姿と関係が嘘みたいに一転して、手持ち達は彼の指揮の元でその高い能力を存分に発揮して敵を倒す。

 

 普段から手持ちの自由を許しているだけで、単なる手持ちの能力任せに戦っているトレーナーでは無いのは確かだが、彼らの関係は平時と有事での落差が激し過ぎるのだ。

 

 アキラが手持ち達とそういう関係に至ったのには、様々な事情や過程を経た結果ではあるのだが、そんなことは二人は知らない。

 彼らの在り方は、相手によっては――それこそカーツやシャムみたいなトレーナーとしてのプライドが高い者や在り方に確固たる考えがある者から見れば情けなく、そして癪に障った。

 だが、どれだけ腹立たしくともアキラ達は強い。理不尽ではあるが、それが事実なのには変わりない。

 だからこそ尚更、二人はアキラを倒す力を強く求めていた。

 

「ふん、まさか本当に戦力的な意味で欲しくなるとはな」

 

 そして力が欲しいのは仮面の男も同じだった。

 尤も、彼の場合は力を持った駒が欲しいという意味であって二人とは違うのだが、それ程までにアキラの存在は無視出来るものでは無かった。

 

 何とかして奴とは面倒な交戦はせずに計画を完遂したいが、恐らく無理だろう。

 どこから情報を得ているのかは不明だが、アキラはこちらの動きをある程度把握している節があるので戦闘力の高さも相俟って危険度は桁違いだ。

 初めて戦った筈なのに、こちら側の対策や傾向をある程度把握して準備していたのだから、次に戦う時は”いかりのみずうみ”での経験を踏まえた対策を用意している可能性は高い。

 その為、今後考えている計画については、そういう横槍や邪魔を最大限に警戒と準備をした上で進める必要があるだろう。

 

 だからこそ、無いよりはマシ程度の認識ではあるが、わざわざ今まで捕まった団員達を解放したのだ。

 中隊長は中枢に近い位置故に前頭領や直属の上官の影響を受けているので組織には忠実だが、末端の団員は好き勝手に暴れたり生きたいだけのチンピラやら他人の威を借りるのばかりだ。

 なので仮面の男は、単に行き場を失った彼らを纏め上げるだけでなく、”ポケモンリーグの会場を襲撃することで復活と同時に自分達の力を世間に知らしめる”というわかりやすい目的と言う名の餌を吊るすことで統率していた。

 そうでもしなければ有象無象の連中のやる気を出したり上手く統率することは出来ないのが悩みの種でもあったが、数が多いだけでも使い道は幾らでもある。

 

「私はこれからある場所へ向かう。お前達は事前に告げた準備に取り掛かれ」

「は!」

「お気を付けて」

 

 二人は跪くと今度は去っていく仮面の男を見送る。

 計画の中には()()()()()()()()も含めて仮面の男が自ら進めないといけないものもある。

 邪魔者は自らの手で全て始末したくても、そこまで動くことは出来ないのはそれが理由だ。

 本来ならアキラを含めたそういう邪魔者の対処はシャムとカーツに任せたいが、敵側の戦力が想定以上なので余計な負傷どころか捕まってしまって戦力が下がる事態は避けたい。

 その為、結果的に撃退はしたもののチョウジタウンの付近を探っていたかつてのロケット団幹部のマチスを秘密施設に侵入して来るまで放置しなければならなかったなど、本当に手が足りなかった。

 

 立ち塞がる存在が強大なだけでなく数も多い。しかも残された時間はもう少ない。

 投げ出したくなる程の悪条件だらけではあったが、仮面の男は何が何でも長年の目的を叶えるという強い決意と覚悟を胸にその場から去るのだった。

 

 

 

 

 

 唸るような音を立てながら風が吹き、乾いた砂埃が軽く舞い上がる。

 剥き出しの岩や岩盤が目立つ採石場の様な場所を、ジョウト地方の図鑑所有者の一人であるゴールドは汗だくになって走っていた。

 何故自分がこんな場所にいるのか、そして今も必死になって走っているのか彼自身も良くわかっていなかった。

 だが、一つだけわかっていることがあった。

 

「ゴールド! 逃げるな! 立ち向かえ!!!」

 

 後ろから聞き覚えのある怒声が響く。

 あの声は――そうだ。最近弟子入りしたレッドのライバルで、何時の日か勝つことを目指しているアキラだ。

 確かに逃げることはゴールドの性分として好きじゃないし、寧ろ反骨心も相俟って逆に挑んでいただろう。

 

 

 彼が、()()()()()()して自分を追い掛け回していなければの話だが。

 

 

 何故、アキラがジープを運転しているのか。

 何故、自分は彼に追い回されているのか。

 そもそも彼は運転免許を持っているのか。

 疑問は山ほどあったが、一つだけゴールドはわかっていることがある。

 

 本気で逃げないとアキラが運転しているジープに跳ねられる。

 

「うおおおぉぉぉぉ!?」

 

 ぶつかる直前にまで後ろから迫って来たジープを、ゴールドは体を横に跳ばして転がりながらも辛うじて避ける。もし避けられなかったら、あのまま跳ねられていたか轢かれていただろう。

 しかし、休んでいる暇は無い。アキラが運転しているジープが大きく弧を描いて戻って来たからだ。

 体を起こしたゴールドは服に付いた砂を落とす時間も惜しみながら、再びこの訳の分からない状況から逃げようとする。

 

 その直後だった。

 

 アキラが運転するジープが、ゴールド目掛けて走っている途中で何故か爆発して横転したのだ。

 

「………は?」

「ヒャッハァー!」

 

 一体何が起こったのかゴールドはわからなかったが、状況を理解する間もなくどこからか奇声にも似たテンションの高い声と轟く様な排気音が周囲に響き渡った。

 

 振り返ると肩当てにモヒカン頭をしたロケット団の集団が、近くの崖の様な急斜面をバイクで駆け下りていた。

 何故ロケット団がそんな奇抜な姿をして現れたのか。色々謎だらけだったが、燃えていたジープが突如として高々と宙に打ち上げられ、燃える炎の中から一つの影――アキラらしき姿が立ち上がった。

 

「……おおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 立ち上がった直後、アキラは燃え盛る炎の中で雄叫びを上げる。

 すると、呼応するかの様に彼の上半身を中心とした全身の筋肉が急激に膨張していく。その影響で焼け焦げてボロボロだった上半身の服は引き裂かれ、細身だった体はあっという間に筋肉隆々の姿へと変貌する。

 しかもその風貌は、十代前半にはあるまじき凄まじい劇画風であった。

 彼の唐突な変貌に唖然とするゴールドを置き去りに、十代前半とは思えない姿になったアキラは、風の如き速さでバイクに乗ったモヒカン姿のロケット団へと真正面から突貫する。

 

「あたたたたたーーーっ!!!」

 

 突っ込んで行った彼は目にも止まらない速さで拳や突きを繰り出し、次々とバイクに乗ったモヒカンロケット団達を宙に舞い上げながら倒していく。

 一体何が起きているのか訳がわからず、ゴールドの思考は宇宙へと飛んでいったが、目の前で繰り広げられている光景にちょっと違和感を感じていた。

 具体的には、アキラは真面目だとか融通が利きにくいとかのイメージがあったので、何故こうも世紀末みたいな状況に何の疑問も抱かずに順応していることにだ。

 だけど同時に彼ならやりかねないというイメージも、あのカイリューを筆頭とした一癖も二癖もある面々を率いていることもあって実はあったりする。

 そうあれこれゴールドが考えている間に、唐突に始まった戦いならぬ一方的な無双は終わり、アキラはスクラップ同然の大量のバイクと団員達が積み重なった山を背に無駄に濃い険しい顔付きで後にする。

 如何にも世紀末の世界を生き抜いている様な彼の姿に、ゴールドはどう反応をすれば良いのか戸惑っていた時だった。

 

「フッフッフッフッフ」

 

 不気味な笑い声と共に、何時の間にか暗い雲に覆われた空で見覚えのある姿――仮面の男が宙に浮く形で何時の間にかそこにいた。

 今ジョウト地方各地で起きている事件全ての元凶の唐突過ぎる出現にゴールドは目を疑うが、男の存在に気付いたアキラはどこからか片目眼鏡の様な装置を取り出して装着する。

 レンズ越しに彼は睨む様な目付きで仮面の男を見据えるが、取り付けた装置は警告音を発し始め、最終的に軽い爆発を起こして壊れた。

 

「測定不能か。ならば教えてやろう。――私の戦闘力は53万だ」

 

 仮面の男は余裕そうな振る舞いで悠々とアキラに教える。

 恐らくとんでもなく高いのはゴールドはわかったが、戦闘力53万がどれだけヤバイのかや何を基準にしているかなど疑問やツッコミどころが多過ぎてもう付いていけなかった。

 さっきから滅茶苦茶な展開の連続に、ゴールドは思考放棄寸前であったが、アキラの方は気持ちを静める様に目を閉じた。

 

 すると、彼を中心に風が吹き荒れ始めた。

 風が強まるにつれて、アキラの体からは黄緑色のオーラに似たエネルギーが溢れていく。

 その強大なエネルギーによって周囲の地面や岩が浮き上がっていき、やがてそのオーラが彼の手持ちであるカイリューらしき姿を模った瞬間、アキラは上空に浮いている仮面の男目掛けて一直線に跳び上がった。

 それに対して仮面の男は握り締めた拳を繰り出し、対抗する様にアキラも拳を突き出すと、両者の拳が激しくぶつかり合ったことで稲妻みたいなエネルギーが空気が弾ける様な激しい衝突音と衝撃波と共に周囲に広がる。

 正面からしばらくぶつかり合った両者は空中で一旦距離を取ると、仮面の男はマントの下に隠れていた今のアキラ以上に鍛え抜かれた肉体を晒す。

 それから彼に対抗するかの様に、カイリューとは異なる青白い竜らしき姿が視えるオーラを瞬く間に纏うと、二人は想像を絶する激しい戦いを始めた。

 

 傍から見ると全く付いて行くことが出来ないどころか訳が分からない速さで、両者は空中で次々とパンチやキックの応酬を繰り広げ、時折瞬間移動で戦いの場を地上や別の空中に変えては同じ攻防を繰り返す。

 二人が繰り広げる無駄にスケールが大きい常軌を逸した戦いを、ゴールドは間抜けにも口を少し開けて唖然とした顔で見ていた。

 

 あまりにも常識外れな光景故に、何かが致命的に足りないだけでなく間違っている様な気がしたのだが、それが何なのか中々思い出せない。

 やがて両者は、正面から取っ組み合いをしながら真っ直ぐ地面へと落ちる。

 砂埃が舞う中、アキラと仮面の男は互いに距離を取る様に飛び出す。落下時に出来たクレーターを挟み、アキラは体中に力を入れながら両手首を合わせる。

 その手に黄緑色のエネルギーが凝縮されていき、限界近くまで溜めた彼は重ね合わせた両手から鮮やかな黄緑色の光線を放ち、仮面の男も真っ直ぐ伸ばした掌から雪の様な青白い光線を放つ。

 両者の一撃は激しくぶつかり合い、やがては中心で天高く絡み合いながら昇っていったが、周囲に広がっていた衝撃がゴールドを巻き込み、彼の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 次に目を開けた時、ゴールドは自身が布団の上にいたことに気付く。

 急いで起き上がるが、体には何も異常は無い。ただ体中から嫌な感触に思えるくらいに汗を流しているだけだ。

 隣の布団に目をやると、自分とは対照的にレッドが心地良さそうに寝ていた。

 

「――なんだったんだ今の夢は…」

 

 徐々に理解が進むにつれて、思わず零す。

 我ながら何とも言えないくらいカオスにも程がある悪夢みたいな夢を見てしまった。

 だが、夢は潜在的に抱えている意識の表れと言うどこかで見聞きした知識を思い出した彼は、先程の夢を見てしまった原因を思い浮かべる。

 

 夢の中でジープに乗ってゴールドを追い回したり、世紀末世界を生きる劇画みたいな姿に変貌した挙句、まるでバトル漫画みたいな超人的な戦いを繰り広げたアキラ。

 実際の彼はゴールドから見ればちょっと良い子ぶっている上に真面目なのか融通が利かないのか頭が固くて冗談が通じにくいなど、一見すると無茶苦茶やアウトローには無縁に思える人物だ。

 しかし、夢で見た様にどこかで頭のネジが一本外れてしまったとしか思えない吹っ飛んだ考えや行動を起こすことがあるのも事実でもあった。

 

「いいよ!! その調子その調子!」

 

 外から聞き覚えのある声が聞こえる。

 持ち込んだ目覚まし時計で時刻を確認するが、針は七時近くを示していた。

 気が付けば部屋の中は少し明るくなりつつあった為、ゴールドは寝ていた和室の障子を少しだけ開けて外に目を向ける。

 視線を向けた先では、昇り始めた朝日に照らされた海の上を紐の様なものにぶら下がったアキラが、その紐を握りながら飛んでいるカイリューが振り回すのに合わせてサーカスの空中曲芸みたいなことをやっていた。

 

 以前タマムシ大学で、彼が手持ちポケモンのブーバーを相手に訓練名目で激戦を繰り広げていたのは記憶に新しい。

 オマケに重火器も必要とあらば持ち歩くどころか片手で平然と扱うなど、一目見たらポケモントレーナーというよりはその道の物騒な人間に見えてしまう。

 しかもそれらの行動や装備が常識外れなのを自覚をしていない訳でなく、自覚した上で真面目に考えて必要だと判断した結果なのが大半なのだから尚更タチが悪い。

 

 そして、彼の常識外れな行動や考えは、レッドと一緒に訪れている当の本人の修業先であるタンバジムでも存分に発揮されてもいた。

 さっき見た夢程では無いが、また奇妙なことをやっているアキラの姿に、早くも自分は付いて行くことが出来るのかゴールドは考えるのだった。




アキラ、タンバジムを訪れたゴールドが遠い目で見ているのを余所に平常運転で修業を続ける。

ロケット団がまともに相手をしたくないくらいに強くなったアキラ達ですが、彼らがここまで強くなった一番の要因は当のアキラ自身も力を付けてトレーニングを重ねたことで普通なら出来ないことややらないことにも手を伸ばせる様になったからだと思っています。
流石にゴールドが見た夢みたいなことはやりませんけど。

次回、彼らは再び大きな出来事に挑みます。


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嵐の前触れ

前話にネタとして出したジープ特訓を知っている人が多くてちょっと嬉しかったです。


「ウソッキー戦闘不能。残念だけど、今回も俺達の勝ちだな」

 

 海岸の砂浜の上で仰向けに倒れたウソッキーに目を向けながら、アキラは戦っていたゴールドに告げる。

 彼に言われるまでも無く結果が明白なのはわかっていたからなのか、ゴールドはウソッキーをボールに戻すと悔しそうに歯を噛み締める。

 

 育て屋老夫婦でポケモンバトルの基本を学び、図鑑所有者としての先輩であるレッドの元で実戦的且つ具体的な指導を受けながら、ゴールドは鍛錬を積み重ねてきた。

 そのお陰で旅立つ前と比べれば、遥かに強くなっていることは実感出来ていた。しかし、それでも目の前にいるアキラとポケモン達の強さ――彼らがいる領域は遠かった。

 

 まだ片手で足りる程しかアキラと戦っていないが、まるで歯が立たない。

 理由はわかっている。

 単純に彼らの方が自分ら以上に鍛錬を積んでいるからだ。

 

 手持ち同士で行う模擬戦。”ものまね”を利用した技の練習。走り込みなどの各ポケモンに応じた基礎トレーニングの数々。

 その内容も、異なる技でも正確且つ素早く的に当てるサンドパンを始め、サナギラスを背中に乗せて腕立て伏せをするエレブー。

 「打倒!伝説!」と書かれた奇妙な鉢巻きを額に巻いて片手で逆立ち状態を保ち続けるカポエラーなどが記憶に新しい。

 

 他にも座った状態でリズムを取る様に歌いながら、体を空中で翻す度にニャースの招き猫、ギャラドスの像などへの変身を繰り返すドーブル、ヤドキング、ゲンガー。

 カポエラーと同じことが書かれた鉢巻きを額に巻き、同じく片手で逆立ちした状態で近くに転がっている岩を念の力で積み上げていくブーバー。

 用意された氷山みたいな巨大な氷の塊を一撃で粉砕するカイリューの様に、傍から見たら何の意味があるのかわからないのや真似出来ないくらい派手で規模が大きい特訓などもアキラ達はやっていた。

 

 変わっているのだけでなく出来そうなのも幾つかあるが、わかるのはどれも今のゴールドとポケモン達では継続して続けるのが困難な鍛錬を重ねていることだ。

 

 そして彼らを率いるアキラ本人も、ゴールドの体重の倍以上はあるプレスを持ち上げたりと体を鍛え、道具有りとはいえカイリュー相手に以前見たブーバー以上の激戦を繰り広げるなど真似しようにも真似出来ないことをやっている。

 脳筋一辺倒かと思いきや一部の手持ちと一緒にポケモン関係の専門書を読んだり、本に書かれている内容を試したりするなど、単純に体や技を鍛えるだけでなく知識面も相応に磨いている。

 才能の有無や手持ちの能力以前に、鍛錬の質と量のどちらでも大きく負けていた。

 

 流石に毎日やっている訳ではない(本人曰く「体が壊れる」とのこと)が、それでも今の彼を超えるだけの鍛錬を出来るかと聞かれればゴールドは首を横に振る。

 彼の修業先であるタンバジムにはレッドと共に訪れたばかりだが、アキラの常軌を逸した強さの秘訣がわかるにつれて、そんな彼と互角に渡り合えるレッドへの尊敬の念が強まるのとこれだけやっても最終的に撤退するしかなかった仮面の男の恐ろしさが良くわかった。

 

 そんな悔しがっているゴールドとは対照的に、勝ったアキラの方は何とも言えない顔をレッドに向けていた。

 

「レッド、嬉しいことだけどゴールドが強くなるの早過ぎるだろ。どんなことを教えたんだよ」

「へへ、俺って意外と教える才能あるのかもな」

「いや…あんな擬音だらけの感覚的なのを理解出来るゴールドの方が凄いんじゃ…」

 

 アキラの目の前では、手持ちのカポエラーが片膝を付いて息を荒くしており、勝ったには勝ったが気を抜けば今にも倒れそうであった。

 公式ルール形式でのバトルではあるが、アキラのジョウトメンバー三匹に対してゴールドの総戦力の六匹は知恵と工夫を駆使したことで互角に渡り合った。

 数では倍の差はあるが、アキラが連れる三匹はジムリーダーの主力を倒せるくらい強いのだ。そしてゴールドは、本格的に鍛え始める前までは素人より機転が利くのとポケモンとの関係が良好なだけのトレーナーだった。

 それが旅を始めた数ヶ月で、サナギラスやドーブルを倒し、カポエラーも後一歩まで追い詰めた。急成長にも程がある。

 

「けど、過程は如何あれゴールドは強くなったぞアキラ。流石に一対一はまだまだだけど、連戦ならやられても何かしらの形で仲間に後を託していくから俺の手持ちもやられるくらいだ」

 

 一対一(タイマン)なら、まだ自分達の方がずっと強い。アキラの様に力強い訳でも無いし、レッドが得意としている逆境をチャンスに変えたり乗り越えていく力も、ゴールドはまだ未熟だ。

 それでも頻繁に交代を多用して仲間達と協力し合ったり、力及ばず倒れたとしても次へと託して繋いで行くことで強敵を倒していく術はかなり身に付いてきていた。

 アキラとしては、基礎的なところをもっと鍛えれば更に地力が上がると見ているが、今の段階でも十分だろう。

 最後は地力がものを言うので、今後戦う相手を考えるともう少しやりたかったが、そういうのは地道な反復練習を日々繰り返すことで成せるので短期間に要求するのは酷だ。

 尤も、ゴールド自身は現状に満足していない様子なので言わなくてもやるだろうという確信はあった。

 

「まあ、もう少しやりたいけど、タンバジムに戻ってポケモン達を回復させよう」

 

 ある程度話した段階で、アキラはレッドとの会話を切り上げる。

 こうしてゴールドと戦ったのは、今の彼の実力がどれくらい上がったのかを確かめるのが目的だ。

 それは今後のロケット団と仮面の男こともそうだが、直近ではこれからのことを考えてだ。

 

「ゴールド、図鑑に表示されている情報はどうなっている?」

「――変わらないッスよ」

 

 手持ちをモンスターボールに戻しながら尋ねると、ポケモン図鑑を手に持ったゴールドは何時もの様に答える。

 今までカントー地方にいた二人が、アキラが修行しているタンバジムに急に来たのには理由がある。

 簡潔に言えば、”時が来た”のだ。

 

「――準備が整い次第、行くとするか…」

 

 アキラが呟いた内容を理解するやレッドは真剣な顔で頷く。

 レッドとゴールドがこのタンバシティにやってきた理由。

 それはレッドが持っている”運命のスプーン”が、彼らから見てアキラがいる方角に唐突に曲がったからだ。

 そして、それが意味することは何なのか、ある程度察することが出来るだけの要素をアキラは知っていた。

 

 

 

 

 

 ジョウト地方の最西端に位置するタンバシティがある島の近くには、”うずまき島”と呼ばれる四つの小島が存在している。

 それらの島々は、まるで外部からの接触を妨げるかの様に常に大小様々な渦潮が起きており、生半可な手段では上陸することが出来ないことから近付く一般人は殆どいない。

 そんな危険地帯と言える四つある島の一つにある岩場をアキラ達三人は歩いていた。

 

「何とか上陸出来たッスけど、本当にこの島にシルバーがいるのか?」

「来る前に言っただろ。ちゃんと()()()()()()している」

 

 半信半疑のゴールドに先頭に立っているアキラは断言する。

 ゴールドが追い掛けているシルバーは、”いかりのみずうみ”での戦いで意識を失ったまま伝説のポケモンの一匹であるエンテイに連れて行かれて、ちょっと前まで行方知れずだった。

 だが幸いにもゴールドが所持するポケモン図鑑に搭載されている未捕獲のポケモンを追い掛ける追尾機能から得られた情報を元に、一足早くアキラはシルバーが”うずまき島”の一つにいることを確認していた。

 

「アキラはその…エンテイに会ったのか?」

「会ったよ。スイクンが美しさなら、エンテイは威厳のある力強さを感じさせるものだった」

 

 当時を思い出しながら、アキラはレッドにその時の出来事を話す。

 本当にシルバーは大丈夫なのか心配でもあったが、様子を見に行って早々にエンテイの方から探しに来たアキラを出迎えてくれた。

 別にこちらの考えや意図をゲンガー達に訳させなくても、自分達についてはスイクンを通じて伝わっていたらしく、意識は回復してはいないが炎に暖められるように包まれているシルバーの姿を見る事までは許された。

 

 結果論ではあるが、シルバーがエンテイに連れて行かれたのは良かったかもしれない。

 レッドがカントー四天王の一人であるカンナの手持ちポケモンの攻撃で体に後遺症を残した様に、ヤナギのポケモンが使う技をまともに受けたシルバーの体にどんな悪影響が及んでいるのかわからない。

 何かしらの後遺症があったら普通の病院で対応出来るかわからなかったが、エンテイが放つ炎はかなり特別だとアキラは記憶している。

 詳細は不明だが、わかりやすく言えば悪しき存在を焼き払うと言う概念的な何かだ。

 それを証明するかの様に、エンテイは度々シルバーがいる島から離れる時はあるが、その間にシルバーの周囲を囲んでいる炎が消えることは無かった。

 

 そんなこんなで、シルバーの安否の確認という最低限の目的はその時することは達成出来た。

 が、引き揚げようとしたタイミングで、何の前触れも無くいきなりブーバーがボールから飛び出して”ふといホネ”をエンテイに突き付けて挑戦状を叩き付けた。

 流石にアキラは焦ったが、すぐにそんな暴挙に走った理由もわかった。

 

 カイリューがエンテイと同格の伝説のポケモンであるスイクンを打ち負かしたことや同じほのおタイプなのもあって、対抗心に火が付いたらしいのだ。

 それだけでも頭が痛かったが、エンテイも自分には何の得も無い一方的な要求なのに、全て終わった後ではあるがひふきポケモンの挑戦を受け入れるのを了承したのにもアキラはビックリした。

 

 最近ブーバーが、額に「打倒!伝説!」と書かれた鉢巻きをしているのも、それが理由だ。

 別に身に付ける必要は無いのと先に打倒すべきなのは仮面の男の方じゃないかとアキラは思ったが、それで気合が入るのならと作るのに何回か失敗を重ねたもののカポエラーの分も含めて一応作ってあげた。

 

 だが今回上陸したのは、何もシルバーの安否をゴールドとレッドも確認するだけでは無い。

 改めてアキラは、以前ナツメに渡された”運命のスプーン”を取り出す。

 このスプーンが曲がるということは、何かが起こる前触れなのはもうわかっているが、今回それが何なのかアキラは察しは付いていた。

 

 今彼らがいる”うずまき島”は、ジョウト地方では伝説のポケモンとして知られるルギアが住処にしていると言い伝えられている場所だ。

 ハッキリと立ち入り禁止扱いされていないのに島に人が近付かないのは、不安定な気象や海が何時も荒れ狂っていること以外にも、万が一にもルギアを刺激したら大変危険な事態を招くからだ。

 だけどルギアは、アキラの記憶では仮面の男ことヤナギが自らの目的を達成するのに必要不可欠な存在であるが故に捕獲される。

 そして目的を果たす為の駒の一つとしても、利用されるだけ利用される。

 その日が今日なのかの確信は無いが、もし当たっていれば捕獲阻止、或いは先にルギアを捕獲することが今回の目的だ。

 

 この日を迎える前に先にルギアを捕獲することもアキラは選択肢に考えていたが、結局は今日まで動くことは無かった。

 この島のどこかにいるワタル同様に今日まで放置してきたのは、ルギアの正確な所在が不明なのと想定される力が強過ぎるからだ。

 

 元の世界の記憶では、捕獲したのが最強のトレーナーと謳われてもおかしくないヤナギとはいえ、洗脳同然の状態で従わされるなど他の伝説のポケモンと比べると残念な場面は多かった。

 しかし、強大な力を持った存在であることには変わりない。

 

 過去の文献では大嵐を起こして歴史に残る被害を出したことはわかっているので、もしアキラがルギアに挑んで捕獲に失敗、或いは戦っている過程で冗談抜きで海に面したタンバシティなどの町や生活地域がルギアの力で引き起こされた災害の被害を受ける恐れがある。

 幾ら昔とは比較にならないくらい力が付いたからと言って、この前打ち負かしたスイクンよりも格上で辛うじて痛み分けに持ち込んだミュウツーと同格かそれ以上の存在を相手に過信することは出来ない。

 

 それにどのタイミングでもルギアを相手に戦えば、必ずそのことを仮面の男は知る。何とかルギアの鎮圧に成功したとしても、消耗した状態で次に来るであろう相手と戦うことも考えると、どの道一人で挑むのはリスクが大き過ぎる。

 そもそもルギアを無事に捕獲したとしても、単なる一トレーナーである自分が制御出来るとはアキラには思えなかった。

 

 今回アキラが動くことにしたのは、仮面の男が動く時期が近付いたと思える要素もあったが、何よりレッドがいるからだ。

 戦力的にこれ以上無く心強いだけでなく、窮地に追い込まれたとしても彼がいれば伝説のポケモンが相手でも逆転出来る可能性は飛躍的に高まる。

 それどころかルギアを捕獲した場合の管理も任せられるので、レッドがいるだけで懸念要素の大半は解消出来ると言っても過言では無かった。

 

 そんな様々なことをあれこれと考えながら歩いていたら、アキラ達の視線の先に大きな横穴らしきものが見えてきた。

 あの横穴の先にある広々とした空間で、シルバーは意識を失った状態でエンテイの炎に囲まれる様に横になっている。

 まずはエンテイがいるいないか関係無く、シルバーの安否を確認。

 その後は彼の容体を確認して、出来れば安全な場所に――

 

「?」

 

 そこまで考えていた時、唐突にアキラは足を止めた。

 

「どうしたアキラ?」

 

 彼の変化にレッドはすぐに気付くが、既にアキラは自身の五感に意識を集中させ始めていた。

 何かが焦り、そして騒めいている様な。

 感じた感覚を具体的に言葉にすればそんな感じだ。

 

 最初は警戒し過ぎた錯覚かと思ったが、徐々にそれがハッキリと小さいながらも耳に聞こえる様になってからアキラは確信を抱く。

 ところが先に動いたのは彼では無くてゴールドの方だった。

 アキラが足を止めた時点で、何かあると直感が囁いたので彼よりもすぐに動けたのだ。

 真っ直ぐ目指していた横穴へと足早く向かうと、その奥から出て来た見覚えのある姿と彼は鉢合わせた。

 

「シルバー…」

「――ゴールド…か?」

 

 久し振りの再会ではあったが、あまりにも唐突過ぎるからなのか、二人は互いに相手の名を口にするだけだった。

 しかし、すぐに頭が理解し切れなくて呆然としていられる状況では無いことになった。

 シルバーが出て来た横穴の奥から、先の鋭い無数の突起が生えた球状の何かが幾つも転がって来たからだ。

 

「なんだこりゃ!?」

 

 突然現れたものにゴールドは驚くが、少し遅れて駆け付けたアキラも一瞬目を瞠ったものの()()()()()()姿()だったので冷静に動く。

 

「エレット、サンット!」

 

 即座に手持ちの二匹を繰り出すと、エレブーはゴールドとシルバーを守る様に割り込んで、”リフレクター”の壁を張ることで突起の生えた無数の球状が二人に転がって来るのを阻止する。

 そしてサンドパンの方は攻撃をするのでは無く、まるで静止を求める様な声を上げていた。

 それでも止まらなかったが、アキラだけでなくレッドもシルバーの後を追う様に現れたのが何なのかわかった。

 

「あれって、アキラが連れているのと同じサンドパンだよな?」

「そうみたいなんだけど、どうしたんだ?」

 

 確かにサンドパンはこの島に生息しているが、それでもシルバーが横になっていた場所にはいなかった筈だ。

 シルバーが何か刺激することをしてしまったのかもしれないが、かと言って同族なのもあってサンドパンは手荒な真似はしたくないのかエレブーと共に止めようとする。

 ところが、丸まったサンドパン達は急に動きを止めると引き返す様に奥へと転がって行った。

 

「何だったんだ今の?」

「さぁ?」

 

 突然引き返したサンドパン達にアキラとレッドは首を傾げる。

 動きを止める前にシルバーが手持ちを繰り出して攻撃をしようとする素振りは見せていたが、だからと言って戦う前から戦意喪失する程の力の差があったとは思えない。

 

 ただでさえ懸念要素が多いのに、余計に考えることが増えてアキラは頭を悩ませる。

 そんな状況であったからなのか、アキラは気配や直感に敏感になっていたことで、この場にいる四人と手持ち以外の存在に気付く。

 認識するやカツラの手で新造同然に改修されたロケットランチャーを背負っていた背中から素早く引き抜いて、その存在がいる背後へその砲身を向ける。

 

「うお、待て! いきなり銃を向けて来んな!」

 

 突然 銃口どころか砲口を向けられたことに焦る声が周囲に響く。

 改修前と変わらず撃ち出せるのはモンスターボールのみなので、殺傷力はほぼ無いのやサイズと形状も砲身以外は大型ライフルに近いなど少々小さくなっているが、それでも見た目の威圧感はかなりのものだ。

 制止の声が聞こえても尚、アキラは腕を伸ばしたまま片手に持つロケットランチャーを下げることなく狙いを保ち続けたが、向けた先にいるのが何者なのかに気付くとようやく下げた。

 複数のレアコイルが作った三角錐状の半透明な足場に立つ迷彩柄の軍服を着た大男。アキラだけでなくレッドも見覚えのある人物だった。

 

「マチス!」

「あん? 良く見たらレッドとアキラじゃねえか。何でお前らがこんなところにいるんだよ」

 

 大男の正体が誰なのか、知っていたレッドは驚く。

 マチスの方も冷静に見渡すと知らない少年二人以外は知っている顔なのに気付くが、同時に面倒臭そうな顔を浮かべる。

 

「チッ、お前らがここにいるってことは何か面倒な厄介事が起こりそうだな」

「俺達は疫病神扱いかよ」

 

 図鑑所有者がいる場所では何かが起こる。

 流石にマチスも、そのことを経験的に学習してきたらしく、レッドは渋い顔をする。

 アキラも少しイラッとしたものを感じたが、以前仮面の男に”歩く災害”扱いされていたことや遠出をするのは何かの異変を察知した時だったりするので否定し切れなかった。

 それに後々オーキド博士を始めとしたポケモン図鑑開発に関わった研究者は、”図鑑所有者は戦いに巻き込まれる宿命”などと言い始めるのだから、マチスの言っていることはあながち間違っていない。

 

「知り合いッスか?」

「知り合いと言うよりは微妙なところ」

「俺はお前らには用はねえ。用があるのは()()()()()()()()

 

 ゴールドの質問にアキラとマチスは揃って嫌そうな顔を浮かべるが、マチスの方はさっさと流すと手に持っていたものを地上にいる面々の足元に放り投げた。

 それは靴の片方やモンスターボール、そして何とゴールドが持っているのと同型のポケモン図鑑だった。

 

「――あっ」

 

 それらを見たアキラは、自分がとんでもない見落としをしていたことに気付く。

 

 マチスが投げて来たのは全部シルバーの物だ。

 

 ”いかりのみずうみ”に駆け付けたあの時、倒れているシルバーと近くにいる彼の手持ち全員を回収した気になっていたが、本当に全て回収していたかまでは確認し切れていない。

 そこまで考えが巡り、危うくシルバーの手元からポケモン図鑑と手持ちのギャラドスを失わせるところだったことにアキラは冷や汗を掻く。

 

「どこで拾ったんだ?」

「お前らには関係無いだろ」

「関係無いってことは無いだろ。これ”いかりのみずうみ”で回収したんだろ? てことは今ロケット団を率いている奴に遭遇したか探っているってところだろ?」

 

 レッドが尋ねてもマチスは突っぱねたが、アキラの指摘には芋虫を噛み潰したかの様な目を向ける。

 

「やっぱり知ってんのか…」

「まあ色々やっているからね」

 

 詳細な事情は省いたが、マチスのことだからアキラがジョウト地方の各地でロケット団を叩きのめしているのは把握しているだろう。

 そんなマチスの様子を見て、レッドはあることを思い付いた。

 

「マチス、お前がこんなところに来るってことは仮面の男って奴が関係しているんだろ? なら、前みたいに力を貸してくれないか?」

「「また手を組むのかよ」」

 

 レッドの提案にマチスとアキラは揃って、今日で何回目かの嫌そうな顔で同じことを口にする。

 マチスは自力では如何にもならない自身の不甲斐無さ。アキラは彼個人としても手持ちの心情的な理由。

 しかし、”手を組んだ方が有益”なのを理解出来るのも、また嫌であった。

 

 実際、レッドが言う様にマチスがこの場にわざわざ湖の底に沈んでいた荷物を回収して届けに来たのには、仮面の男が関係しているのは当たっている。

 解散状態である筈のロケット団を勝手にボス気取りで率いている者がいることを知ったマチスは、その存在をブチのめすべく独自に調査を進めてその過程で仮面の男と遭遇。

 一戦交えるが、結果は危ういところを辛くも逃げ切るという散々なもの。その逃走中に偶然”いかりのみずうみ”の底で氷漬けになった赤いギャラドスとそのトレーナーの所持物を回収。

 回収した持ち物の中から見覚えのある”ポケモン図鑑”があったことから、これまでレッド達の力を見て来た経験もあって何か手掛かりが得られる筈だとマチスは踏んだ。

 少しでも仮面の男に対抗する為の情報が欲しくて、療養中で力を借りられないナツメに似た様な力の持ち主――千里眼の使い手と名高いエンジュジム・ジムリーダーのマツバの力を頼ってここまでやって来た。

 

 だけど、”いかりのみずうみ”で回収したポケモン図鑑の持ち主だけでなく、レッドやアキラがこの場にいるのは流石に予想外ではあった。

 

「まあ良い。てめえらとまた手を組むかどうかは後回しにして、てめえらが知っているあの仮面の男についての情報全てを教えろ。”いかりのみずうみ”の一部の地形が変わったのは大量発生したギャラドスじゃなくて奴の力なんだろ」

 

 マチスの話にレッドとゴールドは、揃ってさり気なく視線を気まずそうに微妙に目線を余所に逸らしているアキラに向ける。

 確かに”いかりのみずうみ”で起こった出来事に仮面の男は関わっているが、一部の地形が変わった原因の半分はここにいるアキラだ。

 流石のマチスも、仮面の男と戦ったことは察しがついても、それ程までの激戦をアキラが繰り広げたことまでには考えが及ばなかった様であった。

 

「?」

 

 どう話を切り出そうか考えようとした時、先程マチスがやって来た時以上に空気が変わったのをアキラは感じた。

 この世界に来てから様々な経験をする過程で、アキラはこの独特の感覚を感じ取れる様になった。そしてそれは、一年前のカントー四天王との死闘を切っ掛けに体の身体能力が爆発的に高まったのを機に、五感含めて比例する様に高まった。

 その影響か、以前よりもハッキリと周囲の異変や不穏な感覚を敏感に察知出来るようになった。具体的に言語化するのは難しいが、言うなれば”匂い”と言えるものが変わったのだ。

 空を見上げて見れば、空は不吉なまでに暗くて濃い雲に覆われている。

 

 そして、アキラ同様にその事に気付き、言葉にした者が出た。

 

「お前達がどういう関係なのかは知らないが、どうやら嫌がっている場合では無さそうだ」

「あん? どういう……」

 

 シルバーの指摘にマチスは意図を掴みかねるが、彼が指差した先である後ろに顔を動かすと目に入った光景に驚愕を露わにする。

 

「んな!? バカな! アクア号が浮かんでいる!?」

 

 船員であると同時にマチスが”うずまき島”にまで来るのに乗っていた高速船アクア号の巨大な船体が、海面から離れて浮き上がっていたのだ。

 しかも少しだけ浮いているのでは無く、まるで風船の様に大きく浮き上がってだ。

 数百人は乗る事が出来る巨大船が浮かび上がるという信じ難い光景にマチスを含めた何名かは驚愕する。

 

「来たか――ルギア」

 

 アキラも表情を強張らせてはいたが、その目は少しだけ好戦的な色を帯びさせていた。

 大きく浮かび上がるアクア号と海面の間を舞う巨大な銀色の翼を持つ存在。

 アキラにとっては、前に戦ったスイクンよりも格上にしてミュウツー以来となるポケモン界の頂点に君臨する伝説のポケモン。

 せんすいポケモン、ルギアが怒りを滲ませた眼で海の上を舞っていた。




アキラ、シルバーとマチスと合流し、伝説のポケモンであるルギアとの戦いに備える。

図鑑所有者が各地方の巨悪と戦うのはそういう宿命的な扱いですが、アキラの方は知っているのや自分達が戦うのを望んでいること、そして力があるが故に進んで飛び込んでいるので、そこが微妙に違っています。

次回、ルギアと激突するのとアキラの新装備の初陣になります。



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銀色の翼

 せんすいポケモン、ルギア。

 ジョウト地方ではホウオウと対を成す伝説のポケモンにして、仮面の男ことヤナギの目的を達成するのに必要不可欠な存在。

 そして羽ばたけば嵐を引き起こしたり、逆に鎮めるなどの言い伝えが数多くある伝説の名に恥じない桁違いの力を秘めているポケモンだ。

 

「あんなに大きな船を浮かべるなんて……」

「下手すると巨体なのも相俟ってミュウツーよりもヤバイかもな」

 

 ルギアが発揮している力にレッドは唖然としていたが、アキラは知っていたこともあったので、過去の経験も踏まえて冷静に頭を働かせる。

 あんな怪獣映画に出る様な巨体を相手にするのは、数年前にアキラが追い掛けている謎の現象の影響を受けた巨大サイドン以来だ。

 それに目測だが、あの時のサイドンよりもずっと大きかった。

 

 このまま何も変わらず事態が進めば、洗脳なのかトレーナーの力量によるものなのか定かでは無いが、ルギアは自らの意思に反する形で仮面の男に従わされてしまう。

 今日までアキラは明確な行動を起こさなかったが、小さな島みたいなサイズの船を軽々と浮き上がらせる程の力を見て、下手に過信して戦いを挑まなくて良かったと心底感じていた。

 もし今よりも前にヤナギの手に落ちるのを防ぐべく先に捕獲する為に戦いを挑んでいたら、勝っても負けても周辺の島や海岸沿いにある町は被害甚大と言う事態は免れられなかったかもしれない。

 

 だけど今この場にいるのは、アキラだけでは無い。

 一人で挑むよりも、大勢で挑んだ方が戦力的にも心理的にも負担が大きく軽減される。

 この後起こるであろう戦いの為に、アキラはロケットランチャーを背負い直して持ち合わせた装備を確認しようとした直後、ルギアが自分達に向けて口を開いたのが見えた。

 

「皆避けろ!!」

 

 アキラが焦った声を上げた直後、ルギアは大きく開いたその口から辛うじて目に見えるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を放ってきた。

 ルギアの攻撃が迫る中、僅かな時間で四人は各々のやり方で回避しようとするが、直撃こそしなかったものの先程まで彼らが居た岩場を粉砕する威力の余波は諸に受けてしまう。

 

「何だ今の!? 単なる”はかいこうせん”じゃないぞ!」

「ルギアがメインに使っている”エアロブラスト”って名前の技だ。”はかいこうせん”とかとは違って吸った空気を塊にして放つ技だ」

 

 粉砕された岩場を目の当たりにしたマチスに、アキラは自分の記憶と調べて来た情報を教える。

 ルギアに関する現存していて尚且つ一般人である身で確認出来る資料は少ないが、それでもルギアが戦った、或いは技を使った記録は残っている。

 使っている場面では技名について明記されていないのが大半だが、状況についての記述を見て行けば、相応の知識を持つ者やアキラみたいに答えがわかっている人間なら何を使えるかは見当が付く。

 

「空気を放つ攻撃がメインなら、海に叩き落して――」

「発想は悪くないけど、ルギアのタイプはエスパー・ひこうの複合タイプ。それに普段は深い海の底に潜んでいるから、どちらにせよ厳しいぞ」

 

 シルバーの提案にアキラは少し否定的に告げる。

 ルギア最大の武器である”エアロブラスト”を封じる対策はいるが、何も水中に追い込まなくても良い。

 寧ろ、こちらが戦いにくい水中で別の戦い方に切り替えられる方が厄介なので、シルバーの提案は正直言って微妙だ。

 アキラ達にとって不慣れな空を飛ばれているのも厄介だが、地上に叩き落して飛行不能に追い込んでこちらの土俵に持ち込めば、”エアロブラスト”を使われてもあまり苦にはならない。

 

 ルギアは狙った相手が健在なのを知ると怒りの雄叫びを上げながら、自身が放つ念の力で浮かべていたアクア号と()()()()を海へ放り投げる様に叩き付ける。

 巨大な船が海面に落ちた衝撃で海面が盛り上がり、波としてアキラ達の眼下で島の岩場に押し寄せる。

 一連の光景を目にしたアキラは、すぐにルギアを実力行使で止める必要があると判断したのか、背負い直していたロケットランチャーを再び抜く。

 

「アンタ、あんなデカイのと戦う気なのかよ」

「ポケモントレーナーなら、ああいう怪獣みたいのと戦うことがあるのは避けて通れないよ。それに、デカイ敵と戦うのは俺達の得意分野だ」

 

 ゴールドは知らないだろうが、アキラにとって因縁のある紫色の濃霧から現れた巨大サイドン、似た現象絡みで戦いの最中にカイリューと同等以上の体格になったピジョット、この前の巨大イノムーなど、巨大な敵と戦うのに何かと縁がある。

 

 再びルギアの動向を窺うと、また技を放とうと口を大きく開いているのが見えた。

 今度はアキラが声を上げるまでもなく、追撃が来ることを察した面々は再びルギアが放った不可視に近い攻撃を上空へ退避することで避け切る。

 

「ふう、間一髪だった」

「んじゃマチス、ゴールドを頼む」

 

 上空へ逃げる際に抱えていたゴールドをカイリューは、無事に逃れて一安心しているマチスが乗るレアコイルが作り出すテトラポッド状の足場へ雑に放り投げる。

 彼だけトレーナーを連れて空を飛べるポケモンを今は連れていなかったので、躱す際に咄嗟にカイリューに抱えさせたが、流石に抱えたまま戦うのは無理だ。

 

「おいこら!! 俺にこの小僧の面倒を押し付ける気か!」

「待てアキラ! 俺を置いて行くな!」

 

 マチスとゴールドからのクレームを無視して、カイリューに乗っていたアキラは、グリーンから借りたリザードンの背に乗っているレッドと共にルギアへと飛ぶ。

 少し遅れてヤミカラスに掴まったシルバーも来るが、アキラ達は気にしなかった。

 

 彼らの接近に気付いたルギアは”エアロブラスト”を連発して来るが、距離を詰めたことで息を吸って溜める時間が無いのか威力は先程までのよりも弱かった。

 

「リザードン”かえんほうしゃ”!」

「リュット”りゅうのいかり”!」

 

 難なく攻撃を回避した二人を乗せたドラゴン達は、各々口から赤い灼熱の炎と光線の様な青緑色の龍の炎を放つ。

 タイプ相性は普通だが、それでも威力は強豪ポケモンであっても食らえば相応のダメージを受ける重い一撃を頭部に同時に受けて、飛んでいたルギアは首が反った勢いでバランスを崩す。

 が、すぐに持ち直して再び”エアロブラスト”を連発していく。

 

「あぶね!」

 

 二人を乗せたポケモン達は左右に分かれて避けるが、避けた空気弾の何発かは海面を叩き付けて幾つもの大きな水柱を上げる。

 

「――そう簡単にはいかないか」

 

 ルギアの様子から先程の仕掛けた技によるダメージの程度をアキラは分析する。

 伝説のポケモンでも、その戦い方は様々だ。

 空中戦はアキラ達にとっては苦手な土俵ではあるが、戦う相手の体は大きいのだから幾分かやりやすくはあった。

 それに今日まで手を出さなかったからと言って、何もしていなかった訳では無い。

 ()()()()()()()()()()()()()()をアキラはしっかりとしていた。

 何かの金具を外す様な音を立て、カイリューの背で新しく生まれ変わったロケットランチャーを抱えたアキラは不敵に笑う。

 

 

 

 

 

「れれれ、レッドさん!?」

 

 アキラとレッドが空中でルギアと戦っていた時、海面に叩き付けられた小舟に乗っていたイエローは自分の目が信じられなくて驚きを露わにしていた。

 自分なりに親戚の伯父と共にワタルが操ろうとした西へと飛んで行った伝説のポケモンを探してここまで来たが、まさかこんなところに彼がいると思っていなかったからだ。

 

「どうしたイエロー!」

「イエローさん?」

 

 イエローのあまりの驚き振りに、船を操縦している彼女の伯父とオーキド博士に頼まれたこともあって一緒に行動することになった三人目のジョウト地方のポケモン図鑑所有者のクリスも困惑する。

 

「いい今、戦って、戦って」

「と、とにかく落ち着いて下さい!」

 

 クリスはイエローを落ち着かせようとするが、中々上手くいかない。

 二人がどういう関係なのかを知る者なら、彼女の動揺には納得出来ただろうが、この場に知る者は彼女以外誰もいない。

 イエロー自身、クリスと合流する様にオーキド博士から頼まれた際、レッドが無事に療養を終えたという話は聞いていたが、こんなところで彼と会うことになるのは流石に予想外だ。

 しかもアキラと一緒になって一年前のワタルとの戦いの時に姿を見せ、戦いの後に西へ飛び去った大きな鳥ポケモンと似た存在と戦っているのだから、もう理解が追い付かなかった。

 

 慌てふためくイエローと混迷を極める状況も重なって、クリスの方もパニックに陥りそうではあった。

 だが、そこはオーキド博士にポケモン図鑑収集を依頼された捕獲のプロとして、冷静であろうと努める。

 とにかく今はあの巨大なポケモンが暴れているこの場から離れるのが先決と考えていた時、荒れる波の音に混ざってどこからか警告音の様な音が聞こえて来た。

 

「え? これは一体何なの?」

 

 音の原因が自身が持つカバンの中なのに気付いたクリスだったが、音を発していたのがポケモン図鑑なのに困惑する。

 今の仕事をこなす中で正常に電源が付かないなどの故障してしまった時はあったが、今回の様に警告音みたいな音を発したことは一度も無かった。

 また何か故障してしまったのかと思った時、答えは意外なところから齎された。

 

「もしかして”図鑑の共鳴音”じゃ!?」

「共鳴音?」

 

 聞き慣れない名称ではあったが、すぐにイエローは”共鳴音”が何なのかクリスに教える。

 基本的にポケモン図鑑は、オーキド博士の手によって三機一組で作られる。

 それら同タイプのポケモン図鑑は、三機とも正しい持ち主の手元にある状態で近くに集まった時という条件を満たすと”共鳴音”を鳴らす機能が備わっている。

 元々はカントー四天王騒動でレッドが行方不明になった際に彼の行方を探す目的で追加された機能だが、彼女が持つ新型ポケモン図鑑にもその設定は受け継がれていたらしい。

 

「どうするイエロー! このままじゃ船が持たないぞ!」

「おじさんやクリスさんはここから離れて下さい! 僕はレッドさん達の加勢に向かいます!」

 

 戦うのは好きではないし、出来る事ならなるべく避けたい。でも、今レッド達は戦っているのだ。

 自分の正体と過去をレッドに知られてから、彼とは気まずい関係のままであるが今はそんなことは言っていられない。

 彼から預かっているピカチュウも、レッドが戦っていると知ってからは早く出て加勢したいとボールの中から主張していた。

 

「!?」

 

 決意を固めたイエローは、手持ちのバタフリーの力を借りて空へ飛ぼうとしたその時だった。

 ルギアが放った”エアロブラスト”が、三人が乗る小舟に直撃し、その威力で船はバラバラに引き裂かれてしまった。

 

 

 

 

 

「うおっと!」

 

 飛んできた”エアロブラスト”を、振り落とされてもおかしくない勢いで急旋回して避けるカイリューにアキラはしっかりしがみ付く。

 空気の塊故に、攻撃は不可視に近いがそれでもある程度は視覚的に見えるので、顔の向きから狙いを予測するなどで何とか回避することは出来ていた。

 

「アキラ! こいつお前のエレブーやカイリューみたいに打たれ強いぞ!」

「そりゃ伝説だからね!!」

 

 ルギアは超常的な能力だけでなく、数値で計れる基礎能力も高いので当然強い。だからこそ伝説のポケモンと称されているのだが、レッドの比較対象として自身の手持ちが例に挙げられたのにアキラはちょっとだけ嬉しかった。

 だけど彼の言う通り、さっきから避けながらレッドと共に度々攻撃してはいるが、ルギアは痛そうにはしているものの今のところ大ダメージらしいダメージを受けている様子は無かった。

 最後にアキラが元の世界でルギアに関する詳細な情報を見たのはもう数年前なので記憶も朧げだが、見た目に反して防御寄りの能力だったことを考えると相応に打たれ強いのだろう。

 

 ある意味ではルギアの手強さが想定通りだと考えていた時、突然戦っている二人から少し離れたところから様子見で飛行していたシルバーがヤミカラスと共に戦いの場から離れ始めた。

 

「どうしたシルバー!?」

「人が乗っている小型船が漂っているから助けに向かう!」

 

 レッドからの問い掛けにシルバーは大声で答えながら返事を待たずに向かう。

 シルバーとしては、この余裕の無い状況を考えれば別に無視しても良かったが、どうも放っておく気にはなれなかった。

 何より、姉と慕っているブルーがこの場にいたら、彼女なら助けに向かうだろうと言う予感もあった。

 

「なんだ。あのシルバーって結構良い奴みたいじゃん。俺達よりも周囲を良く見ている」

「まあ、何だかんだ言って、彼はそこまで冷酷な奴じゃない」

 

 必要に迫られたとはいえ盗みなどの悪事を働いたりロケット団と言った敵対者には容赦しないが、それでも無関係な人は助けたり極力巻き込まれない様に配慮する気配りは出来る。

 シルバーの救出が上手くいく様に、こちらも更に力を入れて挑むべくアキラは鋭い眼差しでルギアを見据える。

 

「準備はいいか?」

 

 誰かに問い掛ける様にアキラは小声で尋ねると、彼が腰に付けたモンスターボールが返す様に揺れる。

 

「レッド、ルギアの気を引いてくれ。一気に攻める!」

「任せとけ!」

 

 アキラの目付きの変化と彼が本格的にロケットランチャーを用意したのを見て、レッドは彼が十分に動ける様に気合を入れる。

 レッドが乗ったリザードンが口から火を吐きながらルギアとの距離を詰めていく。かえんポケモンの動きにルギアが気を取られている間に、カイリューに乗ったアキラはスコープ越しにランチャーの狙いを定める。

 来るであろう反動に備えて、しっかりと支えている肩に力を入れて身構え、引き金を引くと轟音と共に彼は撃ち出す。

 

 砲身から勢い良く飛び出したのはモンスターボールでは無くてドーブルだったが、瞬く間にその姿をミルタンクへと変えて、こちらを全く警戒していないルギアの横顔目掛けて再現した姿とはいえ体重を乗せた重い一発を叩き込む。

 思い掛けない威力に顔が意図せぬ方へ向いたことでルギアはバランスを崩すが、撃ち出された時の勢いを失ったミルタンクは緩やかに落ちて行く。

 

「アキラ! お前のポケモンが落ちて行くぞ!」

「大丈夫!」

 

 レッドは焦るが、アキラは問題無いと断言する。

 その直後、落ちながら体勢を整えたミルタンクの姿が再び変化する。

 体はドーブルよりは大きいがミルタンクより小さくスリム、両手は大きな翼へと変わり、顔は丸くも賢い眼差しをした鳥ポケモン――ふくろうポケモンのヨルノズクへと姿を変えた。

 

 これがドーブルが身に付けた新しい力だ。

 

 アキラが連れているドーブルは、”スケッチ”のお陰で通常はメタモンしか覚えない”へんしん”を使う事が出来る。

 しかし、本家にはどうしても劣ってしまう為、高い精度で安定して姿や能力を再現出来るのは同じノーマルタイプで慣れた姿であるミルタンクのみだった。

 だけど自身と同じノーマルタイプなら、完全再現まではいかなくても他のタイプよりも安定して姿を変えることが出来る。

 そこに注目したアキラは”いかりのみずうみ”での戦いの後、新しい戦い方を求めていたことや元々ドーブルが”へんしん”に関する試行錯誤をしていたこともあって、ミルタンク以外に実戦レベルで使える”へんしん”のバリエーションを増やすことを本格的に提案した。

 その結果、”ウバメの森”で戦ったヤミカラスに苦戦した経緯も関係しているのか、ドーブルは飛行能力を有するポケモンにしてジョウト地方では在り来たりで良く観察出来るノーマルタイプであるヨルノズクへの”へんしん”を可能にした。

 

「よし、行ける!」

 

 無事にドーブルがヨルノズクに”へんしん”して空を飛べていることを見届け、アキラは流れる様に腰に付けた小道具と繋げる様に金具を固定すると、再びロケットランチャーを構える。

 一方のルギアは、先程の意識外の攻撃を仕掛けたのが彼らだということに気付き、アキラと彼を乗せているカイリューを睨む。

 ”エアロブラスト”を放つべく大口を開いて息を吸い始めた時、カイリューの背に乗っていたアキラは飛び降りた。

 

「え!?」

 

 思いもよらない行動に戦っていたレッドは目を瞠るが、アキラがいなくなったと同時にカイリューは一気に急加速してルギアとの距離を詰める。

 人間(アキラ)を乗せていては出せない速度への急加速は、ルギアの対応と反応速度を完全に上回り、すれ違い際に”かみなりパンチ”を叩き込んで”エアロブラスト”を止める。

 

「リュット!」

 

 真っ逆さまに海へ落ちながら、ドラゴンポケモンの名を呼んだアキラはロケットランチャーの引き金を引く。

 すると轟音と共に、砲身からケーブルに繋がれたアンカーの様なものが撃ち出される。

 それをカイリューは巧みに回り込んで掴み、確認したアキラは撃ち出されたケーブルが際限無く伸びて行くのを止める。

 

 アンカー付きケーブル発射機能。

 アキラがロケットランチャーに追加して貰った新機能の一つだ。

 モンスターボールとは異なる外付けの形で装填することで、ケーブルが付いたアンカーを撃ち出すことが出来る。

 これを用いれば高所へ登る際に、撃ち出したアンカーを何かに引っ掛けることでその場所へと登ることも可能になる代物だ。

 

 それを今回アキラは、あまり得意とは言えない空中戦で活用した。

 伸びていたケーブルがカイリューが掴んだ時点での長さに固定されたことで、落ちていたアキラの体はケーブルを留めている金具がある腰から吊るされる形で止まる。

 直後にカイリューは、掴んだケーブルをアンカーごと腕に巻き取ると力任せに振るとドラゴンポケモンの動きに合わせて、空中で吊るされていた彼の体も遠心力で動く。

 

「もう一回!」

 

 遠心力によって弧を描きながら、アキラは再び狙いを定めると引き金を引く。

 次に飛び出したのは、ひふきポケモンのブーバーだ。

 先に撃ち出されたドーブル同様に、体を前転させてロケットランチャーから放たれた勢いを殺さずに攻撃へ転換。必殺の”メガトンキック”をルギアの横顔に叩き込み、強烈な衝撃に骨が折れたのでは無いかと思う程にルギアはその長い首を曲げる。

 当然蹴り付けてから撃ち出された勢いが弱まってきたことでブーバーは落ち始めるが、さっきヨルノズクに”へんしん”したドーブルが背中に乗せることで海に落ちずに済む。

 

 先程からやられてばかりでルギアは怒り心頭ではあったが、意識がブーバーに向けられた隙を突く形で、再び接近したカイリューが拳骨を落とす様に再び”かみなりパンチ”で殴り付ける。

 さっきまでカイリューはアキラを吊るしたケーブルを掴んで振り回していたが、遠心力を利用して彼を高々と宙へ放り投げた為、両手が空いていたのだ。

 一方アキラは、上へ投げ飛ばされたことで滞空時間が伸びたのを利用して、撃ち出したアンカー付きケーブルをロケットランチャーに備え付けている巻き取り機能を使って再使用に備えていた。

 本来ならこんな形での空中戦など、小回りが利く相手なら上手くいかないが、通常のポケモンよりも巨大なルギアが相手だからこそ成立していた。

 

 そしてそんな彼らの姿を見て、奮起する者がいた。

 

「こっちも負けていられないな!」

 

 一つでもミスをすれば海へ真っ逆さまに落ちて行くかもしれないのに、アキラとポケモン達は危険な空中曲芸を巧みにこなして、伝説のポケモンの一角であるルギアを押しているのだ。

 これを見て奮起しないレッドでは無かった。

 

 アキラ達に注意が向いている隙に、レッドはルギアに接近してモンスターボールを投げ付けると、中からブルーから借りたカメックスが飛び出す。

 本来ならカメックスには飛行能力は無いが、彼女が育てたカメックスは水を噴射することで疑似的な飛行を行う技術を有している。宙に出たカメックスは即座に全身を殻に籠らせると、各部の孔から水を放出、回転飛行しながら巨大な甲羅でルギアに体当たりをする。

 執拗に顔を攻撃されて、ルギアは更に怒る。だがそんな怒りの咆哮を気にすることなく、カイリューが死角から”れいとうビーム”を顔に浴びせて一部を凍らせる。

 

「リュット!!」

 

 落ちながら両手で抱えたロケットランチャーを力強く構えたアキラは、カイリューのニックネームを呼びながら今度はサナギラスをルギア目掛けて撃ち出す。

 だんがんポケモンの別名を持つサナギラスは、発射された自らの体を弾丸どころか砲弾同然の勢いで顔の半分が凍り付いたルギアの頭部に激突する。

 ”ずつき”を意識した強烈な弾丸突進に、ルギアの顔に凍り付いた氷は砕けるだけでなく、空中なのも相俟ってその巨体は引っ繰り返る様に一回転する。

 あまりの衝撃で一時的に意識が飛んだルギアは浮遊力を失い、その巨体は海面へ落ちそうになるがギリギリで持ち堪える。

 

 ルギアが戦闘不能状態から立ち直っている間に、カイリューはサナギラスを海に落ちる前に先回りで回収すると、放り投げてから落ちていたアキラも上手く背中に乗せる。

 空中曲芸を一旦終えたアキラは、ヨルノズクに”へんしん”したドーブルとその背中に乗っているブーバーと合流すると、彼らとサナギラスを一旦ボールに戻し、海面スレスレで持ち直したルギアの姿を見ながら次の行動を考える。

 今のところは、こちらが優勢なのを保ったまま伝説のポケモンであるルギアにほぼ何もさせていない。

 もう少し苦戦することも考えていたので、現状は当初の想定以上だ。ならばこのまま一気に――

 

「ん?」

 

 そんな押せ押せムードな時、唐突にアキラの頬に水滴が付く。

 それも一つでは無い。空を見上げて見れば、戦う前からただでさえ雲行きが怪しかった空から雨が降って来るのだった。

 

 

 

 

 

「ホントに無茶苦茶な人だなアキラは」

 

 タンバの荒波をものともせず、スケボーの要領で木の板一枚で海の上を移動しながらゴールドは上空で繰り広げられている戦いにぼやく。

 レッドと二人掛かりで挑んでいるとはいえ、普通の人なら成す術も無い伝説のポケモンを相手に、臆するどころか優勢なのだ。

 中でもゴールドが目を疑ったのは、アキラの空中で自身を吊るしたり振り回して貰う空中曲芸みたいな動きだった。

 今思うと、タンバシティにやって来てから目にした彼がやっていた奇妙な行動や鍛錬の一部は、この戦いを想定していたものだということがわかる。

 

 伝説のポケモンであるルギアを相手に戦うことを考えていたこと自体驚きだが、傍から見るとやり過ぎなことでも本当に先を見据えてやっていたことがわかる。

 彼はどこまで()()()()()()()()()していたのか。だけど、仮に同じ考えに至れたとしても、ゴールドはアキラと同じことが出来るとは思えなかった。

 やろうと思い至ればゴールドもやってやる気持ちはある。しかし、それで成功などの結果が出るかは別だし、時間を掛けて備えることも出来るかはわからない。

 だからこそ、無茶なことでもぶっつけ本番では無く前もって必要な鍛錬に時間を費やし実際に行動して実現させることも含めて、アキラの凄さと異質さを改めて実感させられる。

 

「おっと、雨が降って来たな」

 

 天気が本格的に荒れて来たことを察し、ゴールドは巧みに波を利用して少し離れた海面を漂う壊れた小舟へと向かう。

 最初アキラによってマチスに預けられてからは、彼が求める仮面の男に関する情報を伝えながら歯痒い気持ちを抱きつつも彼らの戦いを見守ってはいた。

 そんな時、偶然にも壊れた小舟の上で横たわる少女を見掛けたゴールドは、目の色を変えて人命救助名目でマチスのレアコイルが作り出すテトラポッドから降りたのだ。

 

「へい嬢ちゃん! 助けに来たぜ!」

 

 颯爽と助けに来た自身の姿とこの後のことを想像しながら、ゴールドは身を乗り出して手を伸ばすが、倒れている小舟に横たわっている少女とは別の手が伸ばされる。

 その伸ばされた別の手の持ち主が同じく助けに駆け付けたシルバーだと知ると、彼は物凄く嫌そうな顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 降り始めた雨と天候の状態に、アキラは眉を顰める。

 記憶で憶えている限りでは、ルギアの戦闘方法は巨体を活かしたり”エアロブラスト”を滅茶苦茶に放つだけだった。

 その傾向は仮面の男――ヤナギに捕獲された後も変わらなかった。しかし、秘めている力は天変地異を起こせる程に強大なものだ。

 それは”うずまき島”付近に絶え間なく発生している大渦だけでなく、アキラがこの世界で可能な限り調べた文献にも載っていた様に大嵐を起こしたり逆に静めたりすることからも明らかだ。

 

 元の世界で見た記憶以外でのルギアの攻撃手段や能力は調べているが、それでも攻撃方法が明らかな”エアロブラスト”などよりは対応しにくい。

 雨足が強くなって本格的に嵐みたいな状況で戦うことになる前にルギアを追い詰めようと考えるが、突如としてせんすいポケモンの体が薄らとした光に包まれる。

 すると顔を中心に負っていた傷が、目に見えて癒えていく。

 

「しまった。”じこさいせい”だ」

「さっきまで俺達が与えたダメージを回復するつもりか!」

 

 ルギアの身に起きた変化に、アキラとレッドは焦る。

 ”エアロブラスト”などの攻撃技ばかりしか調べてもわからなかったのや憶えていなかったので、回復技が使えることはアキラの頭には無かった。

 ただでさえルギアは伝説のポケモンの中でも耐久力に優れている方なのだ。このまま回復を許してしまってはジリ貧だ。

 

 戦いを通じてルギアが手強い存在なのを実感していたレッドは、これ以上の回復はさせまいとすぐにリザードンと共に突っ込む。

 そんなレッドの動きに気付いたルギアが口を開く。既に主力技である”エアロブラスト”を放つ前に見せる動作を、レッドはある程度把握している。仮に放ってきたとしても、寸前に避けられる自信はあった。

 だがレッドよりも次の動作を正確に予測出来るだけの観察眼を持つアキラは、ルギアの口と首の動きが今までとは違う事に気付く。

 

「レッド!! ”エアロブラスト”じゃない!」

 

 アキラを声を上げると同時に、レッドと彼が乗るリザードンは危険を察知したのか反射的に体を傾ける。

 その直後、ルギアの口から見たことも無い程の勢いと量の水の奔流が放たれた。

 予め避ける動きをしていたレッド達ではあったが、直撃を免れただけに過ぎず、避け切れなくてレッドを乗せたリザードンは体を大きく後方に飛ばされる。

 

「レッド!」

 

 遠くへ吹き飛ばされながら落ちて行く彼らを助けに向かうことも、行方を見届けることもアキラには出来なかった。

 ルギアが水流を放ちながらそのまま薙ぎ払う様に首を動かして来たので、彼は回避に専念するカイリューにしがみ付かなければならなかったからだ。

 もしあのままレッドが突っ込んで押し寄せる水を正面からまともに受けていたら、遥か彼方にまで飛ばされたのが容易に想像出来る程に威力は凄まじかった。

 

 ”ハイドロポンプ”

 それが今ルギアが放っている技の名前だ。

 みずタイプ最強クラスの威力を誇る大技にして、ゲームでは一応ルギアが覚える技でもある。しかし、アキラの記憶では”じこさいせい”同様に使わなかった技だ。

 

 ルギアが”エアロブラスト”以外の攻撃手段を使って来ることは想定はしていたが、実際にやられると警戒すべき攻撃が増えて対応しにくかった。

 しかも天候さえも支配下に置きつつあるのだ。風も強くなって来た影響で、カイリューがアキラを乗せて飛行するのが難しくなっただけでなく、先程までの曲芸飛行が封じられてきていた。

 

 何故これ程までの力をルギアはアキラの記憶の中では使って来なかったのか疑問ではあるが、幾つかの可能性は考えられる。

 今回の場合だと、怒りで我を忘れて攻撃が単調化してしまっているか、相手を無意識の内に格下と見て本気を出さなかっただ。

 そして仮面の男――ヤナギの捕獲後は、強引に支配下に置くことは出来たものの、支配するのに精一杯で持ち得る能力全てを発揮させられなかったのかもしれない。

 単にポケモンリーグ襲撃が真の目的から離れているのや敵対者の注意を引くだけの手駒の認識だったので、全ての力を発揮させなかっただけかもしれないが。

 

 だけど、理由はどうあれ強大な力を持つ伝説のポケモンを侮ってはならない。

 今ブーバーを出して”にほんばれ”で天候を上書きしようにも、すぐに無力化されると見た方が良い。

 それ程までにルギアは天候の主導権を握れる程の力を発揮していると見ても良い。

 

「リュット、奴を何としてでも地上に落とすぞ」

 

 今日までアキラがルギアと戦おうとしなかったのは、このルギアが持つ天変地異を引き起こすと謳われる力だ。

 その力を少しずつ発揮し始めたのだ。単純に天候が雨だからルギアがさっき使ったみずタイプの技である”ハイドロポンプ”の威力が増すとかの話では無い。

 事態が予想を超えて悪化する前に、手を打たなければならない。

 

 そこまで考えて、アキラがロケットランチャーを背中に収めて盾を腕に付けようとした時だった。

 一年前のカントー四天王との戦いの最中で爆発的に高まった身体能力による鋭敏化した五感が雨風に紛れて冷たい風――危険なものを感じ取った。

 

「”しんぴのまもり”!!!」

 

 切羽詰まった声で叫び、カイリューが即座に展開した正多面形の壁が彼らを包み込んだ直後、彼らが飛んでいた空中を猛烈な吹雪が吹き荒れた。

 最初は吹雪の影響を防いでいたが”まもる”とは異なり、状態異常を防ぐ効果は残るものの直接的な攻撃を持続的に防ぐ効果は”しんぴのまもり”には無い。

 壁が消えた瞬間、彼らは吹き荒れる雪交じりの暴風によって吹き飛ばされ、激しく錐揉みしながら大きな水柱を上げて海に落ちる。

 

 アキラ達と対峙していたルギアも、吹雪の影響で浮遊していた巨体の体勢を大きく崩していた。

 抗い切れなくて海へ落ちたアキラ達とは違い、暴風が収まるまでルギアは持ち堪えていたが、その体の至る箇所は凍り付いていた。

 

 だが、ルギアの闘志と怒りは冷えるどころか更に苛烈なまでに熱を増していた。

 何故なら見据える先には、自身の住処を荒らすだけでなく攻撃までしてきた憎き敵――仮面を被った人間がデリバードと共に降り注ぐ雨の中を悠々と飛んでいたからだ。




アキラ、レッドと共闘してルギアを相手に優位に進めるも乱入者現れる。

だんがんポケモンであるサナギラスにキック体勢のブーバーを撃ち出すのは新装備をさせた時からやりたかったことです。
今のアキラ達はレッド含めて、周りの被害や後先を考えなければ相手する伝説のポケモン次第ですが、総力戦なら渡り合えるくらい力を付けています。

次回、戦いは更に混迷を極めていきます。


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混迷の島

「あいつ! こんなところにまで現れやがった!」

 

 アキラとレッドが揃ってやられていた時、壊れた小舟の上でゴールドは新たにルギアと対峙している存在を睨み付ける。

 助けに向かった小舟に漂っていた少女が、自分と同じポケモン図鑑を持つ典型的な真面目な学級委員タイプの同期だとわかっただけでも驚きだったが、そんなことを気にしている場合では無くなった。

 ”いかりのみずうみ”で自分とシルバーを追い詰め、桁違いの力を持つアキラさえも最終的には逃走を選ぶしか無かった仮面の男がこの場に現れたのだ。

 

「な、何者なのあの人…」

 

 初めて目にする仮面の男にさっきまで意識を失っていたクリスは戸惑うが、その雰囲気と外見から只者では無い事を感じ取っていた。

 自分と同じポケモン図鑑を所持している二人が、不良みたいな柄の悪い少年だったことでも衝撃的だったのに、それを軽く忘れさせてしまう程だった。

 片やリベンジに燃え、片や得体の知れない不気味なものを感じていた二人とは対照的に、シルバーは体に力が入るのを感じながらも冷静だった。

 

「伝説のポケモンの前に奴が現れたということは、何か目的があるのだろう」

「だったら碌なもんじゃねえのは確かだな。あん時の借りを返してやる!」

「冷静になれ。お前では逆立ちしても敵う相手じゃない」

「お前は呑気に島の中で炎に暖められながら寝ていたから知らねえだろうけど、アキラは何とか引き分けたんだ。今回はレッド先輩もいるんだから絶対に勝てる!」

 

 ゴールドの発言にシルバーは少し目を瞠るが、彼が言っている内容を理解するとすぐに落ち着きを取り戻す。

 

「だが、お前の言う二人はさっきやられていたぞ」

「すぐに戻って来るに決まってるだろ!」

「ふ、二人とも落ち着いて」

 

 会ったばかりではあるが言い争ってばかりの同期に、流石のクリスも困惑をしていた。

 何とかして彼らと協力することでこの事態を打開したかったが、状況は彼らを待ってはくれなかった。

 ルギアが放った”エアロブラスト”の空気弾が無数に飛んで来たからだ。

 

「うおヤバ!」

 

 何とかしようと三人は各々動くが、それが逆に仇となり、彼らが乗る小舟は攻撃が水面に当たった時に起きた波と水飛沫に呑まれてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 少し離れた海面を漂っていた小舟が”エアロブラスト”に巻き込まれたのを見て、仮面の男は思惑通りに事が進んだと判断する。

 本当はルギアが住処に戻って来たところを捕獲するつもりだったが、そこは伝説のポケモン。予想以上に手間取ってしまったことで島の外に逃れられてしまった。

 しかも島の付近には、またしても()()()()()()()()()かの様にアキラが仲間と一緒にいたので、今の今まで仮面の男は隙を窺っていた。

 

「今度は逃がさん。外に出れば有利と思ったら大間違いだ」

 

 怒り狂ったルギアが放つ”エアロブラスト”をデリバードと共に悠々と躱しながら仮面の男は呟く。

 アキラ達が健在な時に飛び出せば三つ巴の戦いになる。なので先程までのルギアとの攻防を利用することで、邪魔になる存在を排除したが相手が相手だ。所詮は時間稼ぎ程度に過ぎない。

 遠目で彼らとルギアの戦いを窺っていたが、あのまま様子見に徹していたら二人でルギアを打倒、或いは捕獲してもおかしくなかった。

 彼らの力を仮面の男はまだ把握し切れていないことも重なり、下手に時間を掛け過ぎると何が起こるのかわからなかった。

 故に今がルギアを捕獲する好機であった。

 

 いざ再びルギアに戦いを挑もうとした直後、仮面の男の背後から炎が襲い掛かり、彼は飛行していたデリバードと共にギリギリで回避する。

 炎が飛んで来た元を警戒すると、そこにはさっきルギアの”ハイドロポンプ”を避け切れなくて吹き飛んだ筈のレッドがリザードンに乗って飛んでいた。

 

「お前がアキラが言っていた仮面の男か!」

「そういう貴様は三年前のポケモンリーグ優勝者のレッドか。大人しく海に落ちていれば良かったものを」

 

 明らかに敵意を向けているレッドに、仮面の男の声は忌々しさが滲み出ていた。

 リザードンの体が濡れているのや少し息を荒くしているのを見る限りでは、海に落ちたとみられるがこうして戻って来たからには厄介なのには変わりない。

 早速邪魔な存在が戻って来てしまったと考えていた時、気を取られていた隙を突く様に両者目掛けて無数の”エアロブラスト”の空気弾が迫る。

 それらを仮面の男とレッドは各々避けて行くが、唐突に海面の一部が強く光る。それが何なのか推測する間も無く、激しく水飛沫を上げながら破壊的な光線が仮面の男目掛けて一直線に飛ぶ。

 

「むおっ!」

 

 不意を突かれた攻撃ではあったが、体勢を崩しながらも仮面の男が掴まっているデリバードは何とか直撃を免れる。

 海から飛び出した破壊的な光線は、そのままその先にいるルギアに命中する。爆音を轟かせながら激しく火花を散らせ、その威力にルギアは悲鳴にも似た声を上げながらよろめく。

 そして水飛沫を上げて、光線が放たれた海面からカイリューと背にしがみ付いたアキラが飛び出した。

 

「この野郎、よくもやってくれたな」

 

 今回はカイリューがいたので如何にかなったが、アキラは重度のカナヅチなので海に落とされたことに心底腹を立てていた。

 慣れない空中戦でやられてしまえば自力では助からない海の上で仮面の男と戦うのは、以前よりも不利でプレッシャーは掛かる状況だが、こうして対峙したからには全力を尽くすだけだ。

 

 一方の仮面の男もアキラが戻って来たのを見て、表情は窺えなかったが苦虫を噛み潰した様な空気を漂わせる。

 強大な力を持つ伝説のポケモンであるルギア。

 まともに戦えば勝つことは出来ても無事では済まないアキラ。

 そして彼と実力的には同等と見て良いポケモンリーグ優勝者のレッド。

 危惧していた三つ巴とも言える状況だった。

 

 しかし、他にも警戒すべき対象が他にいることを彼は見落としていた。

 

 強く降り注ぐ雨の中、突如として落雷が仮面の男に落ちたのだ。

 

「ぐあああああ!!!」

 

 全く予期していなかったからなのか、飛んでいたデリバードはまともに直撃を受け、掴まっていた仮面の男も巻き添えを受ける。

 ルギアが起こした天候による自然発生では無かったが、目の前で対峙していたアキラとレッドは落雷の正体にすぐに気付いた。

 

「また会ったな仮面の男。レッド達の力を借りるのは癪だが、ここでてめえを叩き潰してやる」

 

 複数のレアコイル達が生成する足場に立つマチスが、手持ちのエレブーを伴って飛んでいるアキラ達の元にやって来る。

 ゴールドが勝手に離れてからも事態を静観するつもりではあったが、仮面の男が姿を見せたとなれば話は別だった。

 どんな手を使ってでも、それこそあまり関わりたくないレッド達の力を借りてでも、自分達が結成した組織や部下を我が物顔で利用する仮面の男を倒すつもりであった。

 

「っ! 次から次へと…貴様らに構っている暇は無い!」

 

 トレーナーの巻き添えも辞さない”かみなり”の直撃によって、デリバードだけでなく仮面の男も全身から焦げた様な煙を上げていたが、落ちることなく逆に怒りを露わにする。

 次から次へと邪魔する者が増えていく。

 そんな状況に仮面の男は心底苛立っていた。

 

 こうなれば纏めて”ふぶき”で片付けようとするが、すかさずマチスのレアコイル達が放電を始めた為、咄嗟に”プレゼント”をばら撒いて強引に防ぐのに手間取らされる。

 天候はルギアの力によって嵐に近い状況だ。ならばみずタイプの技の威力だけでなく、”かみなり”を始めとした電気技の通りや命中率も良くなるメリットがある。

 その影響で先程の”かみなり”をアッサリと受けてしまったが、その天候が齎す恩恵を活かせる存在は他にもいた。

 

「”たつまき”!」

 

 小さな翼を羽ばたかせて、カイリューがドラゴンの力も交えた激しく渦巻く風を起こす。

 空中で姿勢を保つのが難しい強さの風が吹いているお陰で、その威力は平時よりも増していた。

 マチスの攻撃を防ぐのに気を取られていたデリバードは、自身と仮面の男を巻き込もうとする”たつまき”に抗うが、身動きがしにくいそのタイミングにルギアが”エアロブラスト”を何発も放つ。

 連携攻撃の様に見えるが、勿論ルギアにはそんなつもりは無い。単純に好機だと判断しただけだ。

 

 迫る無数の空気弾をアキラ達三人はそれぞれ避けるが、彼らの攻撃を受けていた仮面の男にはそんな余裕は無かった――かと思いきや自らデリバードから離れて分かれる形で回避した。

 

「やれデリバード!!!」

 

 落ちながら仮面の男が命じると、”エアロブラスト”を躱したデリバードは今度こそ”ふぶき”を開放する。

 ルギアが変えた天候を三人同様に利用しているのか、凄まじい冷気の暴風が激しく周囲に吹き荒れる。

 

「なっ!? こんなにヤバイのかよ!!」

 

 ゴールドを乗せていた時にマチスは仮面の男が強力な氷技を使うと言う情報を彼から得ていたが、その威力は想像を遥かに超えていた。

 すぐに距離を取ろうとしたが、デリバードが放った”ふぶき”の威力と影響力は尋常では無かった。

 あっという間に浮遊しているレアコイル達は全身を凍らされて機能不全に陥り、彼らが生み出している足場の維持が出来なくなったことでマチス共々海に落ちていく。

 

 アキラとレッドはカイリューの”しんぴのまもり”に守られることで攻撃と状態異常を防いでいたが、それも多少の時間稼ぎにしかならなかった。

 体が凍り付くことは無かったが、二人が乗るカイリューとリザードンは”ふぶき”の猛威によって、砂浜であること以外はさっきの繰り返しの様に落とされる。

 そしてルギアの方も全身の至る箇所が凍り付いていくが、それでも落ちることは無く宙を浮遊するのは保っていた。

 

「顔が凍り付いても尚意識を保つか、流石伝説のポケモン。規格外だな」

 

 すぐさま戻って来たデリバードに掴まりながら、顔が氷漬け同然の状態でも未だに敵意を漲らせた目で睨んでくるルギアに仮面の男は再び対峙する。

 顔が凍ってしまったことで口の開閉も上手く出来ない為、今のルギアは大量の空気を吸う必要がある”エアロブラスト”を満足に出すことは出来ない。

 一言で言えば相性が悪かった。普通の相手なら、ルギアの力は相性の悪さを物ともしない程だが、仮面の男のデリバードは一般的なタイプ相性が通用するまでの力――ルギアが相手でも同じ土俵で戦えるだけの力があった。

 

「さぁ、我が野望の為の手足となるのだ!」

 

 次の攻撃で決めるべく、デリバードに命じようとしたその時だった。

 荒れる海から水飛沫を上げて、何かが飛び出した。

 目の前のルギアだけでなく周囲を警戒していた仮面の男は、海に落ちたマチスが邪魔するべく戻って来た程度に考えていたが、その考えは違っていた。

 それどころか海から飛び出したのは全く予想していないのだった。

 

「この野郎ぉおぉぉーーー!!!」

 

 海から飛び出したのは、ゴールドだったのだ。

 以前”いかりのみずうみ”でアキラの邪魔で仕留め損ね、さっきルギアの”エアロブラスト”を誘導して片付けたと思ったあの時の少年が、平らな姿をしたポケモン――マンタインに多くのテッポウオを伴ってハンググライダーの様な飛び方で再び現れたのだ。

 

 仮面の男は知らないが、”エアロブラスト”の巻き添えを誘導した後、彼らは終わったものと考えていたが実際はそうでは無かった。

 確かに巻き込まれたことでゴールドは海に投げ出されたが、その時たまたま水中でルギアの攻撃に逃げ惑っていたマンタインに遭遇し、互いに助け合う過程で自然とこの戦いを終わらせるという共通の目的を抱き、彼らは共に戦うことを選んだ。

 偶然にもジョウト各地を回っていた頃の旅の道中で知り合った釣り人の男性――イエローの伯父から多くのテッポウオの力も借りて、マンタインとゴールドは共に仮面の男に突っ込む。

 

「まわれ、右!!」

 

 ゴールドが合図を出すと、マンタインの体に付いていたテッポウオ達が一斉に体の向きを変える。

 そんな彼らの姿を見た仮面の男は、次に彼らが取る行動を察したのか嘲笑う。

 相手はアキラやレッドと比べれば警戒する程では無い。目立って突出した実力の無いただの子どもだ。

 今この場で直接自らの手で容易に始末することが出来る取るに足らない存在。

 だが、そう思って気を抜いたのが命取りだった。

 

 迫るゴールドを蹴散らそうとした直後、何かを撃ち出す轟音が辺りに響く。

 咄嗟に音が聞こえた方へ顔を向けると、飛び蹴りの体勢をしたブーバーと少し遅れてミルタンクが一直線に突っ込んできたからだ。

 

「何っ!?」

 

 完全に想定していなかった攻撃に仮面の男は驚愕する。

 返り討ちにしようにも二匹が速過ぎて、デリバードは反射的に真っ直ぐ飛んでくる二匹を回避することを優先する。

 ところが彼らの想像の範疇外の攻撃はまだ終わりでは無かった。避ける際に余所に意識を向けたことで、続けて飛んで来たサナギラスの存在まで察知することが出来なかった。それどころか狙った先に誘導されたことにすら気付いていなかった。

 ”だんがんポケモン”の名の通り、砲弾の様に撃ち出されたサナギラスは直線上にいるデリバードに強烈な体当たりを決める。

 激突の瞬間の場面は、最早”ぶつかる”では無く”撥ねられる”と表現した方が正しかった。

 サナギラスの全身は岩の塊同然、そんな存在が跳ね飛ばす勢いでぶつかったのだ。まともに受けたデリバードは無事では済まず、意識を失ったかの様に落ち始める。

 

「うおおおおお!!!」

 

 予期せぬ形で飛行手段を失ったことで、仮面の男はデリバードと共に落ちて行き、水飛沫を上げて海へ落ちた。

 まさかの展開に驚きながらも三匹が飛んで来た方にゴールドが顔を向けると、さっき砂浜に落ちたアキラが狙撃するかの様にロケットランチャーを構えているのが見えた。

 

「目標変更! 目の前を飛んでいるデカブツだ!!!」

 

 全てを理解したゴールドは作戦変更とばかりに、相手をルギアに変えることを大声で伝える。

 そして彼の号令を合図に、マンタインに付いていたテッポウオ達は一斉に”みずでっぽう”を発射する。

 一匹一匹の威力は弱くても、何重にも重ねられればその威力は上がる。テッポウオ達の一斉放水は度重なるダメージで弱っているルギアの巨体を押していくが、苦し紛れの抵抗とばかりにルギアが長い首を振り回し、避け切れなくてゴールド達はぶつかってしまう。

 そのままゴールド達は落ちていくが、そんな彼らを突如現れたカビゴンが弾力のある大きなお腹をクッション代わりに受け止めた。

 

「大丈夫かゴールド!?」

「レッド先輩! ありがとうございます!」

 

 砂浜に叩き付けられるのを覚悟していただけに、レッドのお陰で殆どダメージを受け無かったのは嬉しい誤算だった。

 そこに海にいたシルバーとクリスも壊れた小舟を上手く操縦して砂浜に上陸するや彼の元に駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

「無茶をする。アキラの横槍が無かったらどうするつもりだったんだ」

「へへ、そこんとこも俺は計算済みだぜ」

 

 胸を張るゴールドに、シルバーとクリスは揃って嘘なのを察する。

 緩んだやり取りをしていたが、彼らが意外にも無事なのや敵対している存在が集まっていることに気付いたルギアが砂浜にいる面々を標的にするが、そこにブーバーとサナギラスを乗せたドーブルが”へんしん”したヨルノズクが強襲した。

 顔が未だに凍り付いている影響で”エアロブラスト”は出せなかったが、それでもルギアは巨大な翼を横薙ぎに振るう。

 二匹も背負って飛行していたこともあって、直前にジャンプしたブーバーを除いたヨルノズクと乗っていたサナギラスはさっきのゴールドの様に叩き落とされてしまう。

 

「リュット頼む!」

 

 海に落ちて行く二匹を見て、アキラはすぐさまカイリューに落ちる前に救出を頼む。

 相性の悪い”ふぶき”を何回も受けたことでかなり弱ってはいたものの、それでもロケットスタートで飛び立ったカイリューはすぐに海に落ちる寸前だった二匹を抱え込む。

 一方、攻撃を受ける前にジャンプしたブーバーは、そのままルギアに飛び移って体の至る所を”ふといホネ”や”かみなりパンチ”で殴り付けていた。

 当然ルギアは振り落とそうと体を激しく揺らしたり捻らせたりするが、執念深いひふきポケモンはそう易々と落とされはしなかった。

 

 体を這い回る虫の様な嫌がらせと攻撃を続けていたブーバーは、ルギアの姿勢が安定した瞬間を突いて瞬く間に長い首を駆け抜ける。

 そして頭部へと辿り着いたブーバーは、即座に”ふといホネ”を片手持ちから両手持ちに変えるや思いっ切り振り上げ、その脳天に渾身の力で”ホネこんぼう”を振り下ろした。

 目から星が飛び散る様な錯覚が見える程の強烈な一撃に、ルギアは大きなダメージを受けたのか浮遊していた体から力が抜けたかの様に落ちていく。

 

「下に俺達がいることも考えてよバーット!!!」

 

 落下速度そのものは緩やかではあったが、真っ直ぐ自分達に落ちて来たルギアの巨体に潰されない様にアキラ達は大急ぎで走って逃げる。

 ギリギリで逃げ切ったタイミングで、ルギアは巨体相応の地響きと共に衝撃で砂を大量に舞い上げながら砂浜に落ちる。

 

「やった…のか?」

「いや、まだと思った方が良い」

 

 相手は伝説のポケモンなのだ。仮面の男が仕掛けた攻撃のダメージもあるだろうが、まだ倒れるとはアキラには思えなかった。

 そして懸念通り、意識が飛んだのは確かではあったが、すぐに覚醒したのかルギアは空気が震える程の大きな声で吠えながら起き上がった。

 典型的な威嚇ではあったが、伝説のポケモンだからこそ発せられる威圧感と巨体にゴールド達三人の体は強張るが、アキラとレッドは冷静だった。

 

 単にルギアを倒すよりも捕獲することを考えると、まだ意識があるのはある意味では良い事だ。

 しかし、まだ捕獲をするには十分では無い。

 ポケモンには捕獲時にモンスターボールの力を最大限に引き出す狙い処が存在しているが、激しく暴れ回られたら狙うどころでは無い。

 

 次はどう動くべきか考えていた時、立ち上がったルギアが突如として前のめりに崩れる。

 ルギアの体から降りて様子を窺っていたブーバーが、後ろからルギアの膝に”メガトンキック”を叩き込んだのだ。

 意図せず膝を曲げられたことで体重を支え切れないルギアは倒れるが、間を置かずにさっきゴールドを受け止めたカビゴンがルギアの頭に”のしかかり”を仕掛ける。

 

「いいぞゴン! そのまま抑え付けるんだ!」

 

 カビゴンが動きを封じている間に、レッドは他の手持ちを繰り出して援護に向かわせる。

 確かにルギアは強い。ポケモンの姿をした災害と言っても言い過ぎでは無いし警戒し過ぎということも無い。

 だが、それでも自分達の土俵――地上戦に持ち込めば、捕獲も視野に入れた勝算の見込みは飛躍的に高まる。

 一対一(タイマン)では、ルギアに敵う存在はそれこそ同格の存在くらいしかいないが、アキラ達には手持ち達による数を活かした連携がある。

 

 このままアキラも戻って来たカイリュー達や他の手持ちを出して加勢しようと考えるが、その前に別の気配を察知する。

 ルギアと自分達がいる場所から少し離れた砂浜――さっき仮面の男が落ちた付近の海面に近い砂浜に見覚えのある存在が幽鬼の様に現れたのだ。

 

「レッド、ルギアの相手――出来れば捕獲を頼めるか?」

「任せとけ。こっちが終わったら俺も駆け付ける」

「…ありがとう」

 

 一言だけ礼を告げ、アキラは手持ちを引き連れてルギアとレッド達に背を向けて駆け出す。

 戦力の分散は下策だが、仮面の男がどれだけ手強くて恐ろしい存在なのかは、さっきまでの空中での攻防でレッドは理解していた。

 自分が戦っても返り討ちに遭う可能性の方が高い。ならば一度戦った経験を持ち、多くの情報と対策を用意しているであろうアキラの方が有利に戦える。

 それでも彼なら大丈夫や絶対に勝つとは口が裂けても言えない相手だ。すぐにでもルギアを捕獲して、加勢するのが望ましい。

 そう考えていた時、ルギアの体にレッドの手持ちポケモンとは異なる技や攻撃が次々と命中する。

 

「レッド先輩! 加勢するッス!」

 

 ゴールドを筆頭に、クリスやシルバーも自らの手持ちを繰り出して、レッドに加勢すべく各々動いていた。

 戦っている敵の力は強大だ。だけど、一人では無理でも何人も力を合わせれば成し遂げることが出来ることをレッドは知っていた。

 今までだって、そうやって乗り越えて来たのだから。

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…おのれ…どこまで邪魔をする…」

 

 体の至る所から水を滴らせて、仮面の男は海から這い出る。

 デリバードの意識が僅かでも健在だったら、海を凍らせて即興で足場を作っていたところだったが、道具の加速によって威力が増したサナギラスの”ずつき”の破壊力は予想以上のものだった。

 

 何とか陸に上がれたが、余計なことに時間を使っている間に少し離れた場所ではルギアを相手にレッドを始めとした少年少女達が戦っている。

 このままではルギアを戦闘不能に追い込まれる、或いは彼らによって捕獲される可能性が高い。そうなってしまえば仮面の男が進めている計画は致命的なまでに破綻してしまう。

 それだけは何としてでも阻止したいが、立ち塞がる様に手持ちを引き連れたアキラが目の前に現れたことで、仮面の男から発せられる空気は殺気立つ。

 

「……疫病神め」

 

 思えば目の前にいる少年がこのジョウト地方に現れてから、あらゆる謀が失敗するか予定通りに終わったことが無い。

 引き連れている手持ちの強大な力を背景に敵対する存在を片っ端から蹴散らす姿は、正に”歩く災害”と言っても過言では無い。

 尤も、こちらの思惑を邪魔してきたり都合が悪いことを次々と齎してくるので、彼らの存在は”疫病神”の方が正しいのかもしれない。

 

「疫病神…ね。そう言われるだけ俺達はお前らの邪魔を出来ているってことなんだな」

 

 普通なら喜べるものではないが、それだけ仮面の男にとって腹が立つくらい様々な思惑を阻止してきたのだろう。

 アキラとしては、自分が知っている流れからはそこまで大きく変わってはいない印象だが、今度こそここで大きく変えるつもりだった。

 彼が今ジョウト地方各地で起こっている事件や戦いに積極的関わっているのは、ポケモンリーグを無事に開催させる為だ。

 極端なことを言えば、ここでルギアの捕獲を阻止すれば仮面の男がポケモンリーグ襲撃を仕掛ける可能性は低くなる筈だ。

 

 左肩にぶら下げていた盾を手に取ると、アキラはそれを左腕では無くて右腕に取り付ける。

 更に腕に固定した盾を半回転させて、先端が尖っている縦長の部分に向きを変え、まるで大きな剣の様に仮面の男へ突き付けるみたいに腕を伸ばす。

 

「今度は前みたいにはならないぞ」

 

 強気の言葉で告げつつ、アキラは目の前の状況を把握しようと努める。

 デリバードの姿が無いのを見ると、今は戦闘不能かそれに近い状態だろう。

 戦いに備えてか、仮面の男はデルビルやアリアドス、ゴースを繰り出すが、こおりタイプのポケモンは一匹もいなかった。

 油断は出来ない相手ではあるが、それでも専門タイプでは無いのとデリバードと比べれば遥かに戦いやすい相手ではあった。

 そうなれば警戒すべき相手は、マントの下に隠れているウリムーくらいだ。そしてウリムーを繰り出してくるのは、窮地になるまで追い詰めて正体露見も辞さない場合とアキラは予測している。

 ”いかりのみずうみ”の時の戦いと比較すると、状況はこちらの方がかなり有利と見ても良かった。

 

 出ていたアキラの手持ち達も戦いに備えて各々構え始め、いざ両陣営が激突しようとした時、アキラ達の横を赤い影が駆け抜ける。

 

 さっきまでルギアと戦っていたブーバーだ。

 

 エンテイに挑戦状を突き付けてから打倒伝説を掲げていたが、アキラと仲間達が仮面の男と対峙していることを知るやすぐにそちらを優先して駆け付けたのだ。

 

 ロケット団の様な悪事を働く存在の打倒。

 

 彼らなりの考えや思惑も多少絡むが、それがブーバーを始めとしたアキラの手持ち達が今までの経験から自らの意思で望み、敢えて渦中へと飛び込んでいく理由でもあるからだ。

 振り被った”ふといホネ”を出ていた仮面の男のポケモン達目掛けて振り下ろし、その衝撃で砂が大きく舞い上がる。

 

「行くぞ! 今度こそあいつを倒すぞ!」

 

 先陣を切ったブーバーの後を追う様にアキラが駆け出すと、彼に続けとばかりに他の手持ち達も続いていく。

 前は出来なかったリベンジを果たす為に。




アキラ、ルギアをレッド達に任せて仮面の男と二度目の戦いへ

次から次へと予想外のトラブルに邪魔が入って来て、仮面の男のストレスはマッハです。
全てを出せば楽になるけど、それをやったら全部終わりというジレンマに陥っています。

次回、どちらの戦いも激化必死です。


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極限下の判断

 アキラが仮面の男と戦い始めた時、レッドはゴールドを始めとした自身の後輩に当たる三人と共にルギアと戦っていた。

 ルギアはダメージが蓄積しているのか、頻繁に”じこさいせい”で回復しては有利に戦える上空へ飛び上がろうとしていたが、彼らはそれを阻止するべく様々な手を尽くしていた。

 

 重量級であるカビゴンやカメックスなどの大型ポケモンが足や尾にしがみ付き、動きを鈍らせたところを他の手持ち達が攻撃していく。

 当然、ルギアも”エアロブラスト”や”ハイドロポンプ”を口から放って抵抗するが、黙ってやられる程彼らは甘くは無かったので戦いは長期化していた。

 

「こいつしぶといな!」

「伝説のポケモンだからな!」

 

 中々状況が好転しないことにゴールドは苛立っていたが、レッドは当然とばかりの対応だった。

 十分に力を発揮出来る状況では無かったとはいえ、最も力に秀でたアキラの手持ち達の猛攻でも仕留め切れなかったのだ。

 高い実力を誇るレッドを含めて数で勝っているとしても、自分達だけですぐに倒せると思わない方が良いだろう。

 だけど、それでもすぐにでもルギアとの戦いを終わらせる方法はあるにはあった。

 

 何回目かのゴールド達が連れているポケモン達の一斉攻撃を受けて、ルギアの巨体がよろめく。

 その姿を隙と見たレッドは、空のモンスターボールを勢い良く投げ付ける。

 

 手持ちにするつもりは無いが、今この戦いを終わらせる最短ルートはルギアを倒すより捕獲することだ。

 それに仮面の男はルギアを狙っている。そのことにレッドは気付いていたので、一時的に自分達が保護すれば強大な力を持つ伝説のポケモンが敵の手に渡るのを防ぐことが出来るなど一石二鳥と考えていた。

 だが、ルギアが特に抵抗した訳でも無いのに彼が投げたモンスターボールは普通に弾かれてしまう。

 

「ダメです! まだルギアは弱り切っていないので普通ではモンスターボールは正常に機能しません!」

 

 捕獲の専門家であるクリスから見ると、消耗してはいるが今の状態でもルギアを捕獲することは困難であった。

 パラセクトの”キノコのほうし”でも使えれば良かったが、相手は分類するなら鳥系のポケモンだ。巨大な翼で起こした強風で胞子を吹き飛ばされたら逆に自分達が被害を受けてしまうので判断が難しかった。

 シルバーもマチス経由で手元に戻って来たギャラドス以外の手持ちを総動員していたが、こちらもルギアの巨体や打たれ強さに押されていた。

 

 手持ちでもギャラドスに次ぐパワーを持つリングマすら、足止めどころかゴールドの手持ち達と一緒になって掃かれる様に翼や尾で薙ぎ払われるのだから、完全な力不足だった。

 それを補うべく数で押そうとしても、これだけ多くの手持ちを連携させて戦う経験がゴールド達三人には無かった。

 レッドの手持ちはそれなりに上手くやれてはいたが、どうしてもゴールド達の手持ちに気遣ったりするなどでスムーズでは無かった。

 

 少し離れたところに目を向ければ、アキラが文字通り先頭に立つ形で手持ちを率いて、絶え間なく爆音と揺れ、砂が舞い上げる程の激戦を仮面の男を相手に繰り広げていた。

 心なしか仮面の男が彼らの勢いに押されているのを見ると、この場にアキラがいればと思ってしまうが、無いものを強請っても仕方ない。

 

「おいシルバーかクソ真面目学級委員のどっちでも良い! あのデカブツにモンスターボールを当てたら良い”当てどころ”はどこだ!?」

 

 何とかしてこの状況を打開したいゴールドが二人に問い掛ける。

 このまま戦って弱らせるのでは時間が掛かるし、そもそもこちらの方が先に力尽きてしまう可能性がある。ならば以前聞いたことのあるテクニックを駆使するしかない。

 会って間もないクリスは、彼が言う意味がすぐに理解出来なかったが、シルバーの方は教えた張本人であったこともあり、彼が何を知りたがっているのかわかった。

 

「額だ! そこが奴の”当てどころ”だ!」

「よっしゃやってやる!」

 

 シルバーの言葉にゴールドは気合を入れると、彼の意図を察したレッドも動く。

 

「カメちゃん”ロケットずつき”! ゴンは”ころがる”だ!」

 

 自身に纏わり付いて来る敵を一掃したルギアが飛び立とうとするが、レッドが連れていたカメックスとカビゴンが正面からルギアの腹部に激しくぶつかる。

 大きな鈍い音を周囲に響かせる程の威力をまともに受けたことで、浮き上がったルギアの両足は再び砂浜に着地する。

 

「足を集中に狙え!」

 

 シルバーの指示に彼の手持ち達は一斉に片足――それもさっきアキラのブーバーが”メガトンキック”を決めた足に攻撃を仕掛ける。

 ”じこさいせい”で表面的なダメージは回復出来ても、疲労や体の奥深くにまで響く様な攻撃のダメージまで回復し切ることは無い。

 そしてシルバーの狙い通り、集中攻撃を受けたことで力が抜けた片足からルギアはバランスを崩して前のめりに倒れる。

 

「皆取り抑えるんだ!」

 

 レッドの声を合図に、出ていた彼らのポケモン達は倒れたルギアに群がる。

 フシギバナは操れる蔓全てでルギアの頭部を縛り上げ、カビゴンやカメックスなどの体が大きいのは翼などの体の一部に乗っかる形で自体重を掛ける。

 そしてゴールド達三人のポケモン達も、各々に出来るやり方でルギアの抵抗を抑える。

 

「チャンスよ!」

「任せろ!」

 

 これ以上無い好機に、ゴールドはモンスターボールを砂浜の上に置くと、手に持ったキューでそのボールを弾く。

 普通のトレーナーなら手で投擲するところだが、ゴールドはキューでボールを弾いた方が素早く正確に狙えるからだ。

 

 しかし、そのまま大人しく捕獲されることをルギアは許さなかった。

 ゴールドが狙った額とルギアの目が青白く光った瞬間、全身から強烈な念の衝撃波――”サイコキネシス”を解放して、体を抑え付けている彼らの手持ちを含めた周囲のあらゆる存在を吹き飛ばすのだった。

 

「クソ! 何て足掻きの悪い奴だ」

 

 念の衝撃波で倒れ込みながら、ゴールドは尚も暴れるルギアに悪態をつく。

 そんな彼の声が耳に入ったからなのか、ルギアは立ち上がろうとしているゴールドを踏み潰そうと足を持ち上げる。

 彼の危機に気付いたマグマラシが即座に駆け付けて受け止めたことで事なきを得たものの、徐々にルギアの圧力に押されてしまう。

 

 そこにアリゲイツは”みずでっぽう”、ベイリーフは”はっぱカッター”で、マグマラシを助けるべく足を退かそうと攻撃する。

 さっきから執拗に攻撃を受けていた足では無かったが、特定の部位狙いの攻撃が続いていたので、ルギアはそれらに対する攻撃への反応は過敏になっていた。

 更なる攻撃を警戒してか、ルギアは思わずマグマラシを踏み潰そうとしていた足を離れさせる。

 

「サンキュー! シルバー! クソ真面目学級委員!」

「私の名前はクリスよ!」

「そんなことは如何でも良い! 次が来るぞ!」

 

 隙を突いて離れていくゴールドとマグマラシを逃がすつもりは無いのか、シルバーが警告した直後にルギアは容赦なく”エアロブラスト”で彼らを狙い始めた。

 当然彼らは受けるつもりは無かったが、一発目は余裕をもって避けられても二発目は直撃では無かったが命中時に圧縮された空気が解放される際の衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

「ゴールドを助けるんだ!!!」

 

 レッドが上げた声を合図に、一度吹き飛ばされたポケモン達はルギアに各々攻撃を仕掛けるが、遂にルギアは回避も兼ねて空へと舞い上がってしまう。

 すぐにフシギバナが蔓を伸ばし、カメックスやリザードンが後を追うが、ルギアはその巨体を振り回して滅茶苦茶に暴れ回ることで彼らを寄せ付けなかった。

 他のポケモン達も飛んでいるルギアに技を放つも、”エアロブラスト”の連射で打ち消されるだけでなく蹴散らされてしまう。

 

「もうデタラメだな!」

 

 あまりにも無秩序に空気の塊をルギアは吐き散らしてくるので、ゴールド達どころかレッドのポケモン達さえも逃げ惑う。

 仮にこちらの攻撃が当たったとしても、タフなルギアは耐え切って攻撃を続けるので厄介極まりない。

 

 ルギアの攻撃を躱しながら、この状況を打開する方法をゴールドが考えていた時、避け切れなかったクリスが舞い上がる砂と共に宙に投げ出されてしまう。

 すぐに彼は思考を切り替えて足を止めると、マグマラシと共に”エアロブラスト”が次々と炸裂する砂浜へと突っ込んでいく。

 空気が破裂する衝撃と砂が頬に当たるのも気にせず、ゴールドはクリスの体が砂浜に叩き付けられる前に彼女を受け止めようとするが、その前に横から飛び込んだシルバーが空中でクリスを受け止め、見事な身のこなしで着地するのだった。

 

「だぁあ~~!! シルバーてめえ! さっきの小舟の時と言いまた良いカッコしやがって!」

「下らないことを言ってる場合か!」

 

 明らかに場違いなことで怒るゴールドにシルバーは構っている時間すら無駄と言わんばかりの態度を取る。

 火に油を注ぐ行為だったが、助けられたクリスは二人の喧嘩腰な姿に困惑を隠せなかった。

 同じオーキド博士からポケモン図鑑を託された者同士なのだから仲良くして欲しいのもそうだが、どう考えても今は喧嘩をしている状況では無いからだ。

 

 そして彼女の懸念通り、三人が固まっていることにルギアは気付くと、彼らを纏めて吹き飛ばそうと再び”エアロブラスト”を放ってきた。

 すぐに一緒にいたマグマラシとアリゲイツ、ベイリーフが各々技を仕掛けて対抗するが、三匹が同時に攻撃しても飛んで来る”エアロブラスト”の軌道を逸らすので精一杯だった。

 しかも逸らした”エアロブラスト”が近くに着弾したことで、圧縮された空気が破裂する衝撃をまともに受けた彼らの体は倒れ込んでしまう。

 

「ゴールド! 皆ルギアの気をこっちに引き付けるんだ!!」

 

 三人の危機に気付いたレッドがルギアの気を引かせようと手持ちポケモンに攻撃させるが、あまり意に介さずルギアは殆ど間もなく圧縮した空気弾を三人に向けて放つのだった。

 

 ゴールド達よりも先に立ち上がったマグマラシ達は、もう一度軌道を逸らすべく三匹同時に技を放つが、”エアロブラスト”は彼らの攻撃を弾いて迫る。

 三匹が全力で攻撃したとしても技の軌道を逸らすので精一杯だが、ルギアにとってはそれこそ息を吸う様に当たり前に使える技だ。

 歴然とした力の差がそこにあった。

 

 だが、それでも三匹は最後まで諦めずに技を放ち続けて、何とかさっきよりも大きく逸らすことに成功する。 しかし、直後にルギアはまた”エアロブラスト”を撃ち出して来た。

 やっとの思いで防いでも息をつく間も無く強力な技が飛んで来るが、彼らは諦めなかった。

 このままでは自分達が無事では済まないこともそうだが、すぐ傍にいる彼ら(トレーナー)がどうなるかわからないからだ。

 彼らは自分達に外の世界がどういうものか教えてくれたり、強くなる切っ掛けを作ってくれた大切な存在だ。

 例え自分達が危うい目に遭っても、それだけは何としてでも避けたかった。

 

「バクたろう!」

「アリゲイツ!」

「メガぴょん!」

 

 まるで太刀打ち出来ていないにも関わらず、最後まで技を放ち続けて抗う三匹にゴールド達は各々呼び掛ける。

 レッドの様に危機を乗り越える的確な指示を伝えること、或いはアキラの様に自身も直接加勢することも、三人には出来ない。

 今の彼らに出来ることと言えば、ルギアの攻撃が迫る僅かな時間の間に踏ん張り続ける手持ち達に声援を送ることだけだった。

 

 

 だが、共に歩んできた仲間を想った声援は三匹に思い掛けない結果を齎した。

 

 

 聞こえた彼らの声援と想いに応えようと既に全力である筈の力を更に引き出そうとした時、突如として三匹の体が光に包まれたのだ。

 眩い光を纏った彼らは、瞬く間にその体を大きく変化させていく。それに伴って三匹が放つ技の力が高まり、”エアロブラスト”の空気弾は軌道が逸れるのでは無くて空中で弾け飛んだ。

 

 圧縮された空気が解放された衝撃が周囲に広がり、砂浜の砂が舞い上がる。

 それらが収まった時、体を包んでいた光が収まった三匹の姿がゴールド達の前で露わになった。

 

 かざんポケモン バクフーン

 おおあごポケモン オーダイル

 ハーブポケモン メガニウム

 

 心から信頼するトレーナーを守るべくウツギ博士が特別に研究していた三匹は、進化したことで得た新たな姿で目の前を飛んでいるルギアを見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 レッド達とルギアの戦いが大詰めを迎えていた頃、アキラと仮面の男との戦いも流れが変わりつつあった。

 

 アキラ達が優位という形でだ。

 

 それはある意味当然であった。

 普段仮面の男が出しているデリバードは、さっきアキラがロケットランチャーから撃ち出したサナギラスの弾丸頭突きによって大きなダメージを受けてしまって出ていない。

 代わりに以前の戦いではいなかったゴースとデルビル、アリアドスの三匹が戦ってはいたが、目的の為に相応の育成は施されているものの、それでもデリバードと比べると実力は格段に劣る。

 

 一方のアキラの方は、カイリューなどの何匹かはルギアとの戦いやデリバードの”ふぶき”で受けたダメージで弱っているが、多くは前に戦った時と変わらない万全状態だ。

 手持ちの能力と数、パワーなどのあらゆる面で彼らの方が今は上であった。

 

「デルビル!」

 

 絶え間なく仕掛けられるアキラの手持ち達の猛攻を避け続けたデルビルが口を開き、恐ろしい唸り声を上げ始める。

 仮面の男の手持ちが放つ”ほえる”は、一般的な相手を強制的にモンスターボールに戻す以外にも、戦意を無意識に削ることでその動きを封じる効果を発揮出来る。

 数で劣っている仮面の男からすれば、一時的でもアキラのポケモン達の動きを止めることが出来れば、その僅かな時間で重い反撃を食らわせることも可能だ。

 ところが――

 

「おおおおおおぉぉッ!!!」

 

 吠えるデルビルの声を掻き消す程の大きな雄叫びが周囲に広がる。

 それは今戦っているポケモン達からでは無く、ポケモン達と同じ位置に立っている彼らのトレーナーであるアキラ自身から発せられたものだった。

 確かに”ほえる”は、声そのものが相手に聞こえなければその効力は発揮されない。

 なのでより大きな別の音で掻き消すことで無力化出来るが、まさかトレーナーがそれをやるなど思いもよらないことだった。

 

 だけど、アキラの行動はある意味で理に適っている。

 彼の手持ちでも同じことは出来ただろうが、”ほえる”を無力化する為の労力をトレーナーが代わりに引き受ければ、その分余計な消耗や戦力が減らないからだ。

 声を上げている間はトレーナーが手持ちを指揮出来ない問題はあるが、元々アキラの手持ちは自発的に考えて動けるのが多いのであまり支障は無い。

 

 ”ほえる”を無力化されたので、今度はアリアドスがアキラの動きを封じようと口から糸を放つが、彼は右腕に付けた盾で防ぎながら上手く絡め取ると、側面の鋭利な箇所に力を入れて糸を断ち切る。

 間を置かずに猛攻を掻い潜ったゴースが”シャドーボール”で彼を狙い撃つが、今度は素早く盾を半回転させることで先端が鋭い縦長で剣みたいな盾から守る範囲が広い円形の盾の部分を手の甲へ移動させたアキラは真正面から防ぐ。

 トレーナーを直接狙う妨害すらものともしない彼の姿に、一連の流れを目にした仮面の男は仮面の下で悔しそうに歯を噛み締める。

 

 アキラとその手持ちは確実に力を増している。

 

 若いが故の急成長以上に、こちらが仕掛けて来ることに対して可能な限り対抗手段を用意しているのが何より厄介だった。

 これではデリバードが健在でも、何かしらの策を用意して前回以上に抗ってくることも十分に考えられた。

 加えてそれらの策の全てを把握して手持ちを指揮してるトレーナーを優先的に狙ったとしても、簡単にはアキラ自身を仕留めることは出来ないことも拍車を掛けていた。

 

 

 仕留め損ねてはいけない存在だった。

 

 

「押せ! デリバードが出てくる前に終わらせるんだっ!!!」

 

 アキラの鼓舞に彼の手持ち達は雄叫びや大きな声を上げて応える。

 そんな彼らの雄叫びと勢いに、仮面の男の手持ち達は状況が打開出来ないことも相俟ってすっかり及び腰だった。

 これ以上無く劣勢な状況に仮面の男は頭を働かせる。

 

 既にこの場にやって来た最大の目的を達成する為の()()()()()()()()()

 問題は、目の前の脅威をどうやって取り除くかだ。

 戦いの流れは、完全にアキラ達に向いてしまっている。全てを懸けて全力で挑めば彼らを倒すことは出来るという考えは変わらないが、その結果の代償はとてつもなく大きい。

 初めて戦った時から、アキラはどこで手に入れたかは不明だがこちら側の情報を手に入れて用意周到に備えていたのだ。万が一のことを考えると、これ以上こちらの情報を相手に与えたくなかった。

 

 目まぐるしく考えを張り巡らせていた時、ブーバーの”ホネこんぼう”でゴースが倒されたのを皮切りに、デルビルとアリアドスも次々と数の差で袋叩き同然の一方的な猛攻を受けて倒される。

 

「油断するな! デリバードは勿論、隠し玉にも警戒するんだ!!」

 

 だが仮面の男の手持ちを倒しても、アキラは手持ち達に尚警戒を促す。

 仮面の男ことヤナギの手持ちには、デリバード以外にも氷の体を支えるウリムーもいる筈だ。実際に繰り出すかはわからなくても、万が一出て来たらルギア以上の脅威だ。

 それに手持ちに関して詳しく把握していなくても、相手が今までアキラに見せた手持ちは四匹だ。常識的に考えても、まだ未知数の二匹がいる可能性を警戒するのは当然だ。

 勿論、アキラの手持ち達も彼に言われるまでも無く用心はしていたが、その士気は最高潮に達しており、手持ちが倒されて無防備な状態になった仮面の男を包囲しようと動く。

 

 その行動が、仮面の男が決意を固める引き金になるとは知らずにだ。

 

「邪魔を――するなあぁあああ!!!」

 

 怒りの声を仮面の男が張り上げた直後、突如としてその体から”ふぶき”の様な冷たい暴風が吹き荒れる。

 不意を突かれたアキラの手持ち達は、咄嗟に各々の手段で防御するが、多くはまともに受けて吹き飛ばされてしまう。

 アキラも即座に盾を守る範囲が広い円形部分に向きを変えて、盾の内側に体を縮め込ませて襲って来る冷気の暴風を堪える。

 

「――遂にそう来たか」

 

 姿は一切見せていないが、たった今吹き荒れた”ふぶき”はマントの下に隠れているウリムーによるものだろう。

 だがこの程度では、身に纏っているマントの下に小さなポケモンがいるか何かしらの手段で他のポケモンが隠れているところまでしか普通ならわからない為、明確にヤナギだと繋げることも難しい。

 上手い具合に正体が露見、或いは繋がるかもしれない情報が得られないギリギリを仮面の男は突いて来た。

 ならば後一歩とばかりに、アキラは強硬手段を選んだ。

 

「皆! その仮面を剥ぎ取るんだ!」

 

 アキラの言葉に、立ち直った彼の手持ち達も実行するべく各々動く。

 ここで仮面の男の正体がヤナギであることが露見すれば、少なくともポケモンリーグを襲うという選択肢はほぼ無くなる筈だ。

 

 ヤナギの目的を考えれば、必要不可欠なのはルギアとホウオウ、そして二匹を利用したとある知識の存在だ。

 そもそもポケモンリーグ襲撃は、本来の目的への目暗ましや率いているロケット団を統率する為の目標みたいなものだとアキラは考えている。

 幾らヤナギでも、ジムリーダーとしての地位を失った状態で警戒状態のジムリーダー達やその他の強者がいる場所に真正面から挑むことはしない。

 だからこそ、ここで仮面の男の正体がヤナギであることを暴き、その上でルギアと戦っているレッド達と共に生きたままこの場から退くのが理想的とアキラは考える。

 

 ところがアキラの考えとは裏腹に、思惑通りに事は進まなかった。

 ヤドキングとゲンガーが念の力を活かして剥がそうとするが、意外にも仮面の男が顔に被っている不気味な仮面はビクともしなかった。

 何か特殊な対策を施していると考えたのか、力づくで剥がすべくカイリューとブーバーの二匹が”ほのおのパンチ”の応用で小規模に手を熱しながら突っ込む。

 対する仮面の男はマントの下からもう一度”ふぶき”と思わしきものを放つが、”でんこうせっか”とその”ものまね”で先回りしたエレブーとサナギラスが”まもる”で遮る形で防ぎ、カイリュー達は彼らを跳び越えて仮面の男に迫った。

 今度こそと意気込んで手を伸ばす二匹に、仮面の男は見据えた上で冷たく吐き捨てる。

 

「仮面の下を見て良いと何時言った」

 

 その直後、鈍い音と共に目に入った光景にカイリューとブーバーは目を瞠る。

 

 力も大きさも異なる両者が伸ばした手を、仮面の男は伸ばした両手で苦も無く正面から受け止めたからだ。しかも”技で高温に熱された手”をだ。

 押そうと力を入れても仮面の男が力負けする様子は無かった。こんなことは人間離れと言える程に力が強くなったアキラどころか、普通の人間には不可能な芸当だ。

 予想外の事態に焦る二匹を余所に、仮面の男から発せられる圧が更に増すと同時に周囲の空気も冷えていく。

 

 無理に彼らを相手にしたり、倒す必要は無い。

 最優先すべきなのは目的の達成。

 

 久しく追い詰められ、様々な考えや()()が脳裏を過ぎったことで逆に仮面の男は冷静になった。

 

 何が何でもこの状況を切り抜けて、長年の目的を叶える。

 躊躇う事は無い。立ち塞がる障害は全て、あらゆる手段をもって排除するだけだ。

 

 動揺する二匹を仮面の男は力任せに押し返すと、全身から”ふぶき”を放つことで無防備な彼らをアキラの足元まで吹き飛ばす。

 ブーバーはよろめきながらもすぐに立ち上がるが、カイリューの方は辛うじて意識はあったもののルギアとの連戦や相性の悪い攻撃を何度も受けたことで立ち上がるのも難しい状態にまで追い詰められていた。

 

「…そのマントの下は、人の体じゃないな」

 

 立ち上がれないカイリューをモンスターボールに戻して、残った手持ち達と共にアキラは構える。

 知ってはいたが、こうして実際に目にすると良くわかる。

 特に今のアキラの鋭敏化した目から見ても、本来生物ならある手足の動作――筋肉などの動きが全く見えない。

 服やマントで隠されているということもあるが、それにしては余りにも読めなさ過ぎる。

 だからこそ、これまでの攻防や先程の行動もあって、アキラは仮面の男の手足が生身では無いという確信を得た。

 

「パワードスーツ? 義手? 何にせよ…容赦なくやれる」

「容赦なくやれる? やれるものならやってみろ!!」

 

 本当は知っているが、読み違えていると思わせることを口にすると、仮面の男が拳を振り上げながらアキラとの距離を詰める。

 対するアキラも右腕に付けた盾の持ち方を少し変えると、対抗する様に突き出された拳に向けて殴り付ける様に盾を激しくぶつける。

 その瞬間、人の拳をぶつけたとは思えない重々しい音が周囲に響き渡る。

 

「!」

「っぐ!」

 

 両者は少しの間だけ拮抗するが、すぐにアキラはその力に押し返されて、咄嗟に後ろに下がる。

 今のアキラは並みの人間以上の力を発揮することが出来るが、それでも限界はある。ある種のパワードスーツを纏っている状態と言える仮面の男には、どうしても力負けしてしまう。

 

 仮面の男が下がる彼に腕を伸ばそうとした時、その腕を横から飛び込んだカポエラーに蹴り上げられる。

 手持ちの二強を正面から退け、更にはアキラに自ら挑んできたのや彼の”人の体じゃない”発言を耳にしたことで、取り押さえる為に気を遣う必要が無くなったからだ。

 アキラのポケモン達のある種の容赦の無さと切り替えの早さに仮面の男は苛立つも、直後に目に見えない力で砂浜に這い蹲る様に押し付けられる。

 

 ゲンガーとヤドキングによる”サイコキネシス”での拘束、そこに更にドーブルが無数の”やどりぎのタネ”を”まがったスプーン”から振り撒き、種から芽吹いた蔓で仮面の男の動きを封じていく。

 本来なら人に対して直接攻撃することは基本的に厳禁とアキラに言い聞かされているが、さっきのカポエラー同様に相手が相手なので彼らは乱暴手段を駆使してでも抑え込もうとする。

 

「こざかしい!!!」

 

 しかし、それらの拘束と仕掛けたポケモン達を仮面の男は”ふぶき”で纏めて吹き飛ばして突破する。

 その光景にアキラは睨みながら舌打ちをする。これが仮面の男の厄介なところだ。

 様々な策を講じたとしても、最終的には力押しで突破してしまう。

 

 警戒しながら目の前の状況に目を凝らしていたら、トレーナーである自分を潰すことを狙っているのか、起き上がった仮面の男が再び迫るのでアキラも迎え撃つべく構えた時、両者の間にエレブーが割って入る。

 

「退け!!」

 

 仮面の男は大声で脅しながら拳を突き出すが、エレブーは怯まず力を入れた腕を盾にして防ぐ。

 すぐに空いた方の手が伸びるのが見えたので、今度はそれを受け止めるとでんげきポケモンは仮面の男と取っ組み合いを始める。

 柔術を身に付ける為にアキラと練習で軽い取っ組み合いをすることはあったが、その彼どころか人間とは思えないまでの力と冷たい氷を掴んでいる様な感触にエレブーの表情は強張る。

 けど自分は仲間達の守りの要、立ち塞がったからには突破される訳にはいかないとエレブーは自らを鼓舞して、腕に力を入れて逆に押し返そうとする。

 だが押し返すことにばかり意識し過ぎて、隙だらけで無防備な鳩尾に仮面の男の膝蹴りを叩き込まれてしまい、力が抜けた瞬間にでんげきポケモンは力任せに後ろへ投げ飛ばされてしまう。

 

 エレブーを退けるや即座に殴り掛かって来る仮面の男に、アキラや残ったサンドパン達が迎え撃とうとしたその時だった。

 

 硬い何かが削られる様な音と共に仮面の男の動きが止まる。

 音が聞こえた方に目を向けると、サナギラスが仮面の男が振り上げた右腕を背後から噛み付いていたのだ

 

 しかし、仮面の男は噛み付かれたというのに痛みで怯む様子すら無かった。

 寧ろ仕掛けたサナギラスの方が困惑していた。

 師であるエレブーが返り討ちに遭ったのを見て、彼らが立ち直るまでの時間を自分が稼がなければならないと奮起したところまでは良かったが、動きを封じる為とはいえ、人の腕に噛み付いて本当に良かったのか。

 確かに噛み付いた腕は、単に冷たい以上にまるで鉄みたいに異様に硬くて人の体とは思えなかったが、本当に自分の判断が正しかったのかわからなくなって徐々に焦ってきていた。

 

「迷わなくて良いギラット! そのまま()()()()()()!!」

 

 そう戸惑っていた時、サナギラスの迷いを断ち切らんとばかりにアキラは力強く伝える。

 まだ幼く性格的にも温厚である彼は、他の手持ちと比べるとそこまで割り切った判断は出来ない。

 だからこそ、アキラは彼を連れるトレーナーとして責任をもってハッキリと彼の判断が正しいことを肯定すると同時に今やれることを伝える。

 

「俺を信じろ! ギラット!!!」

 

 アキラの懸命な声に、迷っていたサナギラスは改めて自分がするべきことを認識する。

 他の手持ちが立ち直るまでの時間を稼ぐだけなら、何も腕に噛み付かなくても良かった。にも関わらず噛み付いたのは、そうする必要があると判断したからだ。

 相手がただの人間では無い事、そして今噛み付いている腕が生身の腕では無いことはもうわかり切っている。

 

 アキラの後押しにサナギラスは決断する。

 今ここで、この腕を噛み砕く。

 

 そう腹を括った瞬間、だんがんポケモンの体は眩い光に包まれる。

 

「なっ!?」

 

 予想外の事態に仮面の男は驚くが、彼の反応を余所に光に包まれたサナギラスは見る見る大きく変化していく。

 蛹の様な体から大きな四肢を生やし、その体も仮面の男を上回る程にまで伸びていく。

 気が付けばだんがんポケモンは、仮面の男の腕に噛み付いたまま鎧みたいに強固な体をした怪獣の様なポケモン、よろいポケモンのバンギラスへと進化を遂げたのだった。

 

「やれ! ギラット!!!」

 

 そしてサナギラスだったバンギラスは、自分が進化したことには気付いていなかったが、体の底から無尽蔵に溢れる力を感じながらアキラの声を機に顎に力を入れる。

 

 軋む様な嫌な音をさせた瞬間、大きな音と共に仮面の男の氷の様に冷たくて硬い右腕は噛み砕かれるのだった。




アキラ、仮面の男を追い詰めていき、レッドの方も逆転の兆しが見え始める。

次回、追い詰められた仮面の男とルギアは


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思い掛けない結果

 アキラのサナギラスがバンギラスに進化して仮面の男の右腕を噛み砕いていた頃、ルギアと戦っていたゴールド達の方は自分達の手持ちが一斉に進化した事に驚いていた。

 中でもクリスは今のベイリーフがチコリータから進化したのが数日前だったので、もう進化したことに驚きを隠せないでいた。

 そしてそれは進化した当の三匹も同じだった。必死になって戦っていたら、何時の間にか自分達の姿が変わっていたのだから。

 

 困惑する者が多い中、彼らの事情など知ったことではないとばかりにルギアはまた”エアロブラスト”を放つ。

 今度こそ仕留めるとばかりに力が込められていたが、進化したことに驚いていた三匹は、すぐに意識を切り替えて各々技を放ってルギアの攻撃を迎え撃つ。

 

 進化したことで力が増したからなのか、彼らの一斉攻撃は”エアロブラスト”の軌道をズラすどころか今度は相殺し、ルギアは目を見開く。

 

「理屈なんてどーでも良いぜ! 今ならあのデカブツに勝てるぜ!」

 

 一早くゴールドは状況を理解すると、この戦いの勝機を見出した。

 長時間に及ぶ戦いでゴールド達の消耗は激しかったが、ルギアの方はそれ以上に度重なる猛攻でかなり疲弊しているからだ。

 そこに進化した直後であるが故に、本来よりも実力を発揮出来る様になった三匹がいれば必ずルギアに勝てる筈だ。

 

 一度ならず二度も自身の技を無力化されたのとゴールドの威勢の良い声に、ルギアは怒りの声を上げるが、眼下にいる三人と三匹を意識し過ぎて体勢を立て直したレッドの手持ち達が再び挑んできたのに反応が遅れてしまう。

 

「よし! そのまま地上に引き摺り下ろすんだ!」

 

 レッドのポケモン達と彼らを援護するゴールド達が連れているポケモン達の猛攻を受けて、宙に浮いていたルギアは耐え切れずもう一度地上へ引き摺り下ろされる。

 

 攻勢を強める彼らの手持ちにルギアも当然抵抗するが、元々数で勝っている上に進化したことで力を増した三匹が加わった今では、消耗している状態で相手をするにはかなり厳しいのか徐々に押されていく。

 

 戦いの流れは、今自分達にある。

 

 そのことを戦っていた彼らは敏感に感じ取った。

 どんな形であれルギアとの戦いを終わらせて、その勢いで仮面の男と戦っているアキラに加勢する。

 そうすれば、全てが終わる。

 

 そう信じて、彼らと戦っているポケモン達は最後の一押しとばかりに気持ちに力を入れてルギアに挑んでいく。

 

「……ん?」

 

 そんな押せ押せムードの中で、最初にそれに気付いたのはレッドだった。

 アキラなりの言葉で言えば、”野良バトル”での実戦経験が豊富だからなのか、彼は戦いの場における空気の変化には敏感だった。

 

 どこからか地響きにも似た音が、近付いて来ているのか少しずつ聞こえてくるのだ。

 それが一体何なのか、知りたくても状況的にルギアから目を離すことは出来なかった。

 その為、自分が立っている砂浜周辺が少しだけ薄暗くなったタイミングでようやくレッドは音の正体を知った。

 

「――え?」

 

 目に入った光景にレッドは疑問の声を漏らす。

 見上げてしまう程に大きな波がレッド達が戦っていた砂浜に迫って来ていたのだ。

 

 ルギアと戦っているレッドだが、相手が伝説のポケモンであること以外に詳しいことは殆ど知らない。

 一応天候を操っていたことから、何かしらの大きな力を持っていることを想像することは出来てはいた。

 だけど、まさか自分達の相手をしながらこんな大きなことが出来るとは思っていなかった。

 

 だが、その考えは違う事にもすぐに気付く。

 仕掛けたと思われるルギアも迫る大津波に怪訝な眼差しを向けていたからだ。

 つまり、波を起こしたのはルギアでは無い。

 

 ならば、一体誰が起こしたのか。

 すぐに疑問が頭に浮かぶも、迫る大きな波を前に考えている時間は無かった。

 

 

 

 

 

「波!? ルギアが起こしたのか!?」

 

 同じ頃、サナギラスがバンギラスへと進化すると同時にその力で仮面の男の硬い腕を噛み砕かせることに成功していたアキラも迫る大津波に気付く。

 レッドは波を起こしたのはルギアでは無いことを悟っていたが、彼はルギアが秘めている力の詳細を知っていたので、ルギアが起こしたものだと考えていた。

 今このタイミングに横槍が入るのは色々都合が悪いだけでなく、状況的に物凄く邪魔だったので彼は露骨に忌々しそうな顔を浮かべていた。

 

「デリバード!」

 

 そんな突然の事態でも仮面の男は慌てることなく、片腕を噛み砕かれたばかりなのにも構わずプレゼントポケモンをモンスターボールから出す。

 まだ回復し切れた訳ではないが、それでも十分なのか出て来たデリバードは仮面の男を伴って飛び立つ。

 

「あっ! てめえ!」

 

 折角後一歩、それも千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかなかった。

 進化したばかりのバンギラスも逃がすまいと仮面の男の足を掴むが、デリバードが仕掛ける大量の”プレゼント”攻撃とダメ押しの”ふぶき”を受けて思わず手放してしまう。

 まだ無事であるサンドパン達が飛び技などを仕掛けるが、それらの猛攻を強引に突破して、仮面の男とデリバードはあっという間にそう簡単に手の届かない高さにまで上昇する。

 アキラとしては更なる追撃を仕掛けたかったが、既に大津波はかなり近付いていた。

 

 アキラは泳げないを通り越して水に浮かぶどころか沈んでしまうというとんでもないカナヅチ体質だ。

 加えて手持ちの大半は水が苦手だったり泳ぐことも出来ない。巻き込まれる訳にはいかなかったので、止む無く追撃は諦めることにした。

 

「全員固まるんだ!」

 

 アキラが呼び掛けると、散らばっていた手持ち達は一斉に彼を中心におしくら饅頭の様に互いの体を密着させる。

 立ち塞がる敵は誰であろうと薙ぎ払えるだけの力を有するまでになった彼らだが、旅を始めた頃から欠かさず不利な状況や危機的状況になったら逃げる為の手段を磨いていたことで逃走や戦線離脱にも長けていた。

 一塊になった彼らは”テレポート”が使える面々の力によって、目前まで砂浜に迫った大津波から逃れる様に消えるのだった。

 

「皆逃げるんだ!」

 

 アキラ達はスムーズに離脱出来ていた一方、レッド達の方はそうでは無かった。

 本当なら空へ逃げる様に言いたかったが、ルギアに対抗する為に手持ちを多く出しているだけでなく皆バラバラであった。

 大津波が押し寄せて来るなど全く予想していなかったこともあったが、数で押そうとしたのが仇となり、上手く逃げることが難しくなっていた。

 ゴールド達も急いで手持ちをモンスターボールに戻していくが、多くの手持ちを出していたことで時間が掛かっていた。

 

「飛べないポケモンと泳げないポケモンを優先して戻すんだ!」

 

 本来なら全て戻したいが、万が一を考慮してかシルバーがボールに戻すべきポケモンの優先順位を伝える。

 それでも彼らはギリギリのところで手持ちの大半を戻すと、各々飛行能力のあるポケモンの力を借りてルギア同様に空へ飛び、押し寄せる津波から逃れるのだった。

 

「あっぶねぇ…」

 

 さっきまで自分達がいた砂浜が津波で流されていく光景をゴールドは冷や汗を掻きながら見下ろす。

 レッドとアキラが組んでいた時やさっきみたいに手持ちが進化したお陰で優勢ではあったが、こんなことを起こせるだけの力をまだ持っているルギアのことを少し甘く見ていた。

 

 だが、何とか逃れたものの危機はまだ終わっていなかった。

 先に飛んでいたルギアが、空を飛んでいる彼らを狙い始めたからだ。

 先程までの地上戦と比べると、飛べるポケモンは限られているので戦力はガタ落ちだ。

 加えて下はまだ押し寄せた大津波の影響が残っており、地上に降りるどころか落ちることも危険な状態だった。

 

 度重なる攻撃で傷や汚れが目立つルギアの首が飛んでいる四人に向けられ、何か攻撃を放とうと口を開いた時だった。

 ルギアの巨体は突如として起こった強烈な冷気の暴風によって押し退けられた。

 

「退け!!!」

 

 遠くから”ふぶき”を放ちながら飛行するデリバードを伴った仮面の男が、声を荒げながら四人を無視して真っ直ぐルギアに突っ込む。

 弱っているとはいえデリバードが放つ”ふぶき”の威力に、ルギアの体は抵抗虚しくそのまま海面へ激しく叩き付けられる。

 当然レッド達は突然戻って来た仮面の男を止めるべく挑もうとするが、デリバードが放り投げた大量の”プレゼント”が起こす爆発に遮られてしまう。

 

「っ! てめえ!!」

「黙れ! これ以上貴様らに構っている暇など無い!!!」

 

 声を荒げるゴールドに対して、もう彼らと戦う事さえ煩わしいと言わんばかりの態度を仮面の男は露わにする。

 ただでさえ予定が狂っているのだ。これ以上彼らと戦えば、致命的なまでに計画が破綻させられてしまう恐れがあった。

 海に落ちたルギアを見下ろして見れば、海面を激しく波立せて体勢を立て直したせんすいポケモンが、殺気を籠めた目付きで仮面の男を睨みながら飛び立とうとしていた。

 

 その瞬間だった。

 

 広い海の一点から眩い青白い光が海面を突き破って、一直線にルギア目掛けて飛んできたのだ。

 突如として放たれたその青白い光がルギアに当たった途端、青白い輝きを放ちながらせんすいポケモンの巨体と面していた海面は瞬く間に凍り付いていき、その動きを完全に止めた。

 

「………え?」

「マジかよ」

「噓でしょ…」

「っ…」

 

 あれだけ暴れていたルギアが、一瞬で動かなくなったのにレッド達四人は言葉を失う。

 青白い光が飛び出した海面付近から一直線に海が凍っていることから、光の正体が”れいとうビーム”なのにレッドは気付いていたが、それでもたった一撃でルギアの全身を凍らせてしまうのは予想外だった。

 驚愕のあまり四人はすぐに動くことは出来なかったが、仮面の男は氷像同然に凍り付いたルギアの前まで近付く。

 

「止めるんだ!!!」

 

 誰でも良いとばかりに切羽詰まった声でレッドが叫ぶ。

 何故なら仮面の男の手にモンスターボールが握られているのが見えたからだ。

 このままでは仮面の男がルギアを捕まえてしまうという考えが過ぎった時、遠くから爆音を轟かせて高速で飛翔する何かがレッド達を通り過ぎて、一直線に仮面の男へと飛ぶ。

 

 しかし、仮面の男は振り返りながらボールを握ったまま腕を振り、それを叩き落とす――否、粉々に打ち砕いた。

 

「言った筈だ。これ以上構っている暇など無い!」

 

 そう告げると、”こおり”状態のルギアの額にモンスターボールを放り投げる。

 ボールが氷の像と化したルギアの額に接触した瞬間、その巨体は瞬く間にボールの中へと収まり、ぶつかった反発でルギアが入ったモンスターボールが仮面の男の手元へと戻る。

 

 呆気なく仮面の男がルギアを手中を収めたことにレッド達は動揺するが、彼らから離れた崖の様な場所でロケットランチャーを構えていたアキラは悔しそうに舌を打つ。

 ”テレポート”で波が及ばない高所に移動していたが、ルギアが氷漬けにされたのを見て、もう今しか奴よりも先んじてルギアを捕獲するチャンスは無かった。

 だが撃ち出したモンスターボールが砕かれてしまったことで、そのチャンスも潰えてしまった。

 

「ルギアを捕まえてどうするつもりなの!」

 

 ルギアを目の前で捕まえられた衝撃から立ち直ったクリスが仮面の男に叫ぶ。

 彼女は仮面の男に今日初めて遭遇したが、どう考えても悪い人間であることは確信していた。

 そんな存在が伝説のポケモンを手に入れたのだ。どう考えても良くないことにルギアを利用するイメージしか浮かばなかった。

 

 ところが仮面の男は本当にもう相手にする気は無いのか、クリスの問い掛けを一切無視して彼らには目もくれず猛スピードで離れて行く。

 当然レッドとゴールド、シルバーの三人は後を追うが、仮面の男を伴ったデリバードは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へと飛び込む。

 嫌な予感は感じたが構わず彼らも霧の中へ飛び込んで追うも、視界の先は白い濃霧に包まれていた所為で何も見えなかった。

 

 一体この霧は何なのか、何時発生したのか。

 

 様々な疑問を浮かばせ、それでも彼らは逃げる仮面の男を必死になって追っていくが、濃霧へと飛び込んでからは影も形も見えなかった。

 やがて白い濃霧は潮風に流されていくが、視界がハッキリする頃には仮面の男の姿はどこにも無く、見渡す限り海しか見えなかった。

 

 彼らは完全に見失ってしまった。

 

「逃げんじゃねぇえぇーーーー!!!」

 

 挑発の意図も込めてゴールドが怒りの声を上げるが、それでも何も起こることはなく大海原で彼の叫びが虚しく響き渡るだけだった。

 

 

 

 

 

 ゴールドの声が響き渡っていた時、彼らから遠く離れた海の上を仮面の男はデリバードと共に飛んでいた。

 ルギアが入ったモンスターボールを手にしていない方の腕はバンギラスに噛み砕かれたことで失われていたが、その腕は少しずつ、粒子の様なものが集まって腕の形を成していく形で再生していた。

 

 マントの下が人の体で無いことまでアキラに知られることは想定していたが、ここまで容赦なく、そして砕かれるのは予想外だった。

 今まで仮面の男が得た情報と直接会った中で感じたアキラの性格を考えると、思いっ切りが良いと言うよりは、予め()()()()()と考えるのが自然だった。

 思っていたよりも躊躇いが無かったのと驚きが少なかったのだから、本当に一体どこで知ったのか謎は深まるばかりだ。

 

 そんなことを考えながら、仮面の男は猛スピードで飛行する自分達に付いて行く様に移動する海面に色濃く浮かび上がる影を見下ろす。

 久し振りに彼を()()に出したが、本当なら彼までを出すつもりは無かった。

 何故なら、彼はレッド達と関係の深いある人物と繋がりがあるからだ。

 知る者に知られれば、確実に正体が露見してもおかしくない危険な一手。

 だけど、そこまでしなければ今回のルギア捕獲は出来なかった。

 

 可能ならばアキラに限らず情報漏洩を防ぐ為に全員始末したかったが、想定以上に消耗しただけでなく、正体が露見する寸前にまで追い詰められたのだ。

 あれ以上戦うのは危険だった。

 

 だが、それでもこの体が見せ掛けのものであるなどの危険な証拠は幾つか残してしまった。

 過去の例を考えれば、確固たる証拠でも無ければポケモン協会は動かないと見ているが、それもどうなるかはわからない。

 計画は既に最終段階、もう失敗どころか余計な時間を費やしてしまうことも許されない。

 しかし、それを阻止せんとばかりに知っていたかの様に仮面の男にとって重要なタイミングでアキラは立ち塞がる。

 それも今回含めて二回もだ。最早偶然では無い。何かしらの手を打たなければ、次も確実にやって来る。

 

「どこまでも邪魔をしおって…」

 

 次に対峙する時こそ、どちらかが倒れる戦いになる。

 勿論倒れる方はアキラだが、勝てたとしてもどれ程のダメージを受けるのかが全く想像出来ない。場合によっては、レッドが控えているか一緒になって挑んでくる可能性も高く、消耗した状態での強敵との連戦は流石に厳しいものがある。

 戦えば戦う程、相手はこちらの情報を得て、対抗する為に力を付けたり更なる対策を講じて挑んでくる。

 

 そこまで懸念要素に関して思案していた仮面の男だったが、海面に浮かび上がる影を見つめている内に仮面の下に隠れた表情を引き締めた。

 この先に起こるであろう戦いが自分にとってかなり厳しいものになること、アキラ達が邪魔しに来ることなどわかり切った事だ。

 

 ならば簡単なことだ。

 こちらも奴らが来ることを前提とした想定をして備える。

 それだけの話だ。

 

 この計画の為にあらゆる物を捨て、時には命さえも懸けて来たのだ。

 例えどれ程の悪事を重ねたり、後遺症を負ったり命を削ってでも、必ずやり遂げる。

 

 過去を思い起こしながら、仮面の男は決意を固めて、真っ直ぐ飛び去って行くのだった。




アキラ、とことん追い詰めるも仮面の男は目的達成を最優先して逃亡。

ルギアを一撃で仕留めたのは後々出てきます。
あれ以上アキラ達と戦えば、仮面の男は正体バレしても構わない段階にまで追い詰められていたと思います。

次回、アキラ達が今後について話し合います。


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確固たる証拠

ちょっと確認時間が思う様に確保出来なくて遅れてしまいました。
次話は何とか間に合わせたいですが、それ以降の数話分はまだ調節不足ですので、ちょっと間が空くと思われます。


「逃げられたか…」

 

 レッド達と合流したアキラは、先程まで荒れていたが一転して落ち着いた大海原に目を向けながら今回の戦いの結果を簡潔に口にする。

 あれだけ強い仮面の男が自分から逃げたという点を見れば、こちらの大金星に見えるが、一番の目的であるルギアを捕獲されてしまったのだから勝負に勝ち戦いに負けたが正しいだろう。

 ルギアの捕獲を阻止して、仮面の男の計画を台無しにすると言う一番の目的を達成することは出来なかった。

 

「あの野郎、真っ直ぐ逃げやがって」

「あれ以上戦ったら流石にヤバかったんだろう。引き際を見極めている敵は何時だって手強い」

 

 戻って来たゴールドは腹正しそうに愚痴るが、こうして自分達が苛立ちを感じたり勝てたとは思えない気持ちを抱いている時点で、こちらにとって不都合な点を突いていることからも仮面の男の選択は戦略的には正しい。

 アキラも退く時はさっさと逃げて次に備えるが、実際にやられる側になるとゴールドの言う通り、確かにムカつく。

 

 そもそも、ルギアが仮面の男が連れているデリバードか、まだ姿を見せていないウリムーのどちらでも無い存在の攻撃で凍らされるとは予想していなかった。

 だけど幾つかの要因から、アキラはルギアを凍らせた犯人が何なのか察しはついていた。

 

 邪魔と思えるタイミングでの大津波

 ルギアを一撃で氷漬けにした光線

 何時の間にか発生した白い濃霧

 

 これらの出来事と元の世界での記憶とこの世界で学んで来た知識の両方で考えていけば、思い当たる存在がアキラにはあった。

 

 知る者が知れば、仮面の男が何者なのかすぐにわかると言っても過言では無い存在。

 

 戦う可能性を考慮していなかった訳ではないが、このタイミングに出て来て、しかも姿を見せずにあそこまでやるとは思わなかった。

 ある意味ではそこまで仮面の男を追い詰めていると言えるが、ここに来てデリバードやまだ見ぬウリムー以上に脅威の可能性がある完全な未知数の存在にも警戒しなければならなくなった。

 つくづく、レッドが早い段階で手足の麻痺の後遺症を完治させて加勢してくれて本当に良かった。

 デリバードだけでもかなり手を焼いているのに、そのデリバードと同格どころかこちらが考えている以上かもしれない存在がいるのだから、レッドの存在は心強い。

 

「まあ…ルギアを取られたのは痛いけど、今回の戦いのお陰で仮面の男が何者なのかの確固たる証拠は得られた」

 

 アキラが口にした言葉に、他の四人は一斉に彼に視線を向ける。

 一体何のことかと思ったが、ゴールドは彼が話す意味を察する。

 

「あ~、それって前から言っていたヤナギって爺さん?」

「そうだ。まっ、実際に見た方が早いだろう」

 

 アキラが促すと、ヤドキングが()()を持って彼らの前に現れた。

 念の力で直接触れることなく浮き上がらせた状態で持ってきたそれは、氷で作られた腕だった。

 素人目で見てもその精巧さがわかる程であったが、特に何もしていないのに不思議と氷の腕は溶ける気配が無かった。

 

「これって…何だ?」

「さっき仮面の男と戦っていた際にギラットが噛み砕いた物だ。詳しい動く理屈はわからないけど、仮面の男の腕は氷で作られていた。つまり、ある種のパワードスーツみたいなのを活用して体格を見せ掛けている可能性が高い」

 

 固形物である氷の塊を生身の肉体同然に自由自在に動かすなどにわかに信じ難いが、実際に出来ているのだから困る。

 アキラが語る考察にゴールドは唖然、シルバーは何か考え込み、遭遇したのが初めてのクリスは何が何だかわからずと言った感じで反応は様々だった。

 

「カンナの氷も厄介だったけど、今回の仮面の男の氷も特殊な奴なのか」

 

 唯一レッドだけは過去の例から考えて、今回の敵も強敵だと言う結論を出す。

 そういえば、ルギアを捕まえた際に仮面の男の片腕が無くなっている様に見えたが、そういうことだったのかと納得さえしていた。

 

 アキラとしては、この場にいる一番の目的であるルギア捕獲阻止が出来なかったのだから負け同然の認識だが、進化したバンギラスのお陰で良い物的証拠を得られたと思っていた。

 正直に言うと、何かしらの彫刻作品と言っても良いくらいここまで精巧で洗練された氷の塊は見たことが無い。でっち上げで作ろうとしても、かなり難しいくらいだ。

 

 以前アキラは、ポケモン協会に仮面の男の正体がヤナギである可能性を告げた際、あれこれ理由を付けられて否定された。

 証拠の有無もそうだが、何より自分だけの証言では不十分だった。

 ロケット団に加担していたマチスやナツメの二人が何も処罰されなかったのも、目立った物的証拠が無くて証言だけでは不十分だったのが一番大きい。

 

 だけど今回はオーキド博士から信用されているレッドとクリスがいるのに加えて、仮面の男の体を砕いて入手した氷の腕と言う物的証拠も得た。

 断定は出来なくても、今度こそそれ相応に警戒などの対応をしてくれる筈だ。

 もう残された時間は少ないが、ここで大胆な一手を打たなければヤナギのポケモンリーグ襲撃は阻止出来ない。上手くいけば、今ジョウト地方各地で起きている騒ぎを止めることも可能だ。

 それらが無理であっても、このタイミングで誰が敵で誰が味方なのかハッキリさせた方が、ある程度は対策が取れるのと戦いの被害を抑えることが出来るかもしれない。

 

「成程。今回の戦いの事をポケモン協会に報告して、仮面の男の動きを封じるつもりなんだな。だけどルギア――伝説のポケモンは奴の手に堕ちたぞ」

「そこはネックだけど、こっちにも伝説のポケモンの宛てはある」

「宛て?」

「――あ」

 

 シルバーの指摘にアキラが返すと、ゴールドはその意味に気付く。

 

「スイクンを始めとした”焼けた塔”から飛び出した三匹だ。彼らは巨大な悪と共に戦うパートナーを探している。以前スイクンに会った時、俺は彼らが求めているのに適したパートナーに三人のジムリーダーを教えている」

「お、教えた!? え!? スイクンに会ったことがあるのですか!?」

 

 アキラが話した内容にクリスはビックリするが、ゴールドは彼女の反応を見てそれが一般的な反応だなという認識だった。

 伝説のポケモンと遭遇するだけでも滅多に無いのに、自分の手で捕まえるよりも別のトレーナーの方を勧めるなど普通はやらない。

 後、実は今回みたいな手持ちを総動員した総力戦ではないタイマン勝負で彼のカイリューはスイクンに勝利しているのだが、今は話さない方が良いだろう。

 

 だけどアキラの言う事が本当なら、伝説と謳われるポケモンが三匹加勢してくれるのは、仮面の男と戦う際に大きな戦力になることが期待出来るのは間違いない。

 

「と言っても、伝説のポケモンにも強さや格はある。ルギアの方がスイクン達よりも能力と伝説としての格も上だから、力になってくれたとしても任せっ切りにしない方が良い」

 

 実際は伝説のポケモンよりも、仮面の男――ヤナギの方が数倍ヤバイのだが、少なくとも同等に手強いと言う認識がゴールド達にはありそうなのでアキラはそこまでは言わなかった。

 

「それに…伝説のポケモンが味方として加勢してくれる可能性の有無に関係無く、伝説が敵になったからって仮面の男と戦うのを諦めたり連中の悪事を見過ごすのか?」

「無いな。相手が何だろうと乗り越えるだけだ」

「その意気だゴールド」

 

 気合を入れて力強い答えを返すゴールドに、アキラは嬉し気に頷く。

 相手の方が強いから『はい諦めます』と言う様なら、ゴールドだけでなくアキラも強くなっていない。

 敵であるヤナギもそうだが、善悪問わずに強いのは何時だって諦めが悪いか執念深い者だ。

 

「――仮にポケモン協会が仮面の男の正体がヤナギと認めて、本格的に捕まえに動いたとしても、そう簡単に止められるとは思えないが」

「確かにそうだけど、やるからにはやるしかないだろ」

 

 シルバーの意見もわからなくはない。

 もしアキラが望んでいる捕まえる方向になったとしても、ヤナギは容易に逃れるだろう。奴にはそれだけの力がある。

 だけど、何も行動を起こさずに後悔するよりは、行動を起こして後悔した方がマシだとアキラは考えていた。

 既に次の戦いに備える気が満々な彼の様子に、シルバーは何とも言えなさそうに息を吐くとヤミカラスを伴って彼らから立ち去ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待って! どこに行くの!?」

「俺は別のやり方で仮面の男を追う」

「どうして!? 私達は仲間でしょ! アキラさんも話していた様にポケモン協会やオーキド博士達に相談しなきゃ!」

「あ~、学級委員ギャル。あいつがオーキド博士とかの大人達と話すなんて無理なんだよ」

「な、何で!?」

 

 クリスは止めようとするが、事情を把握しているゴールドはそれが無理なのを告げる。

 彼女は知らないが、シルバーはワニノコやポケモン図鑑を盗むなどの後ろめたいことをやっているのだ。そんな彼がオーキド博士やポケモン協会の人に会うなど無理な話だ。

 軽く揉め始めた二人のやり取りを余所に、今度こそシルバーは去ろうとするが、去る前にアキラは静かに伝える。

 

「――オーキド博士達は気にしていないぞ」

 

 何か思うことがあるのか、シルバーの動きが止まる。

 以前オーキド博士にゴールドを連れ戻す様に頼まれた際にシルバーも連れて来る様にアキラは頼まれたが、捕まえると言うよりはシルバーに直接会う事でポケモン図鑑を持つのに値する人物か見極めたいだけだった。

 ウツギ博士の方はワニノコが無事に成長していると言う話を耳にしているからなのか、研究者の立場や保護者としての立場も相俟って嬉しさを隠し切れていなかった。

 ある程度は罪を償って欲しい姿勢は変わりないが、皆シルバーの事情を察しているので、彼が考えている以上に寛容だ。

 

「……全てが終わってから会う」

「そう。なら…今は余計なことはしない。でも、全てが終わったらちゃんと清算して貰うからね」

「そのつもりだ」

 

 そう言い残して、今度こそシルバーは飛び去って行く。

 クリスは最後まで納得出来ていなかったが、アキラとしては仕方ないと割り切っていた。

 

 だけど、この戦いが終わったらさっき言った通り、全て清算して貰うつもりだ。

 それは何も博士達以外にも色々だが、アキラとしては見逃せないワタルとの繋がりが彼にはある。なのでこの戦いが終わった後、知っている限りの情報を聞き出した上で余裕があれば、今度こそワタルを警察に突き出すべく殴り込みを仕掛けても良いくらいだ。

 今なら奴に勝てる気がする。

 

 そんなことを考えながら去って行くシルバーを見届けた後、タイミングが良いのか悪いのかクリスのポケギアが鳴り始める。

 全く意識していないタイミングだったのや驚きの連続で、彼女は慌てながらもすぐに出ると彼らにとって聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

『もしもしオーキドじゃが、クリス君無事か!?』

「オーキド博士!?」

 

 誰かと思いきや、電話してきたのがオーキド博士だったことにクリスは驚きの声を上げる。

 何故このタイミングに突然連絡を入れたのか尋ねると、タンバ近海で異常気象が頻発していると聞いて無事なのか気になって連絡を入れたと言う。

 

『こうして連絡が取れたのを見ると、一応無事と言っても――』

「無事どころか大変だったんですよ! 伝説のポケモンに襲われたと思ったら変な仮面の男がやって来たり! イエローさんと逸れてしまいますし!」

「イエロー!?」

 

 怒涛の勢いでどんな目に遭ったのかクリスがオーキド博士に伝えていく中で、彼女の”イエロー”発言にレッドは過敏に反応する。

 彼らは知らなかったが、クリスはルギアに襲われる前はイエローと彼女の伯父の二人と一緒に行動を共にしていた。

 ゴールドが新たに手持ちに加えたマンタインのテッポウオ達も、彼らが連れていたのを借りた様なものであったが、船を壊されたのや荒波の影響ですっかり行方知れずだ。

 戦っている時は全く気付いていなかった。それだけ周りを気にしていられないくらい対峙していた敵が強かったこともあるが、自分自身の不甲斐無さや彼女の身の安全が気になってレッドは慌てふためき始める。

 

「待て待てレッド、ああ見えてイエローは色んな危機を乗り越えて来たし荒事に慣れているだろ。それに俺と違ってカナヅチじゃないし」

「そ、そうだけど…」

 

 今にも探しに行きそうなレッドをアキラは肩を掴んで止める。

 普通に考えたら今すぐ探した方が良いが、アキラみたいに酷いカナヅチでも無ければポケモンの力を借りれば案外如何にかなる。

 それはオーキド博士の方もアキラの声が聞こえた訳では無い筈なのに同意見らしく、何時の間にかクリスとの話は進み、丁度話題は博士がゴールドと連絡が取れないことを愚痴っていたところだった。

 

『イエローはそちらに向かう気象調査隊に救助を頼むとして、クリス君に頼みがあるんじゃ』

「頼みですか?」

『うむ。本当なら君以外にもゴールドという図鑑所有者にも同じことを頼みたかったんじゃが、連絡がつかんから今アイツはどこで何をやっているのか…』

 

 姿は見えないが頭を痛そうに抱えているのが容易に想像出来るまでにオーキド博士は悩ましそうに話すが、クリスは何とも言えない表情を浮かべる。

 何故なら、博士が探している当人が丁度自分の横にいるからだ。

 

「あの…オーキド博士。その彼なら――」

『ん?』

「今私の横にいます」

「よ! オーキドの爺さん! 久し振り!」

 

 クリスが向けたポケギアにゴールドが元気良く挨拶をすると、何かを噴き出す様な音がポケギア越しに聞こえた。

 それだけオーキド博士にとっても彼がクリスがすぐ近くにいるのが予想外だったのだろう。

 

『なっ!? ゴールド!? 何故お主がクリス君と一緒にいるんじゃ!?』

「俺がどこにいようと俺の勝手ッスよ。後、レッド先輩とアキラの奴もいるッス」

 

 ついでとばかりにゴールドはアキラとレッドが近くにいることを教えると、情報量が多過ぎるからなのかオーキド博士が声にならないくぐもった声を漏らしていた。

 

『…まあ良い。寧ろレッドとアキラ君もおるのなら好都合じゃ。君達に頼みたいことがある』

「頼みたいことですか?」

『うむ。君達にはセキエイ高原、ポケモンリーグの会場に向かって貰いたい。そこで――』

「あっ、すみませんオーキド博士。その必要は無いです」

 

 そこまでオーキド博士が話したタイミングでアキラが会話に割り込む。

 この先の流れ――と言うよりも博士達が自分達に伝えようと考えていることを知っているからだ。

 

『その声は、アキラ君?』

「はい。ポケモンリーグの会場で俺達に仮面の男を迎え撃つかその正体を探って欲しいとお考えだと思いますが、こっちの方でさっき仮面の男が何者なのかがわかる証拠を手に入れました」

『な、なんじゃと!? ――もしかして以前から君が言っていた…』

「はい。チョウジジム・ジムリーダーのヤナギ、あの人だと確信しても良い物的証拠となるものを手に入れました」

『しょ、証拠じゃとぉ!?』

 

 アキラが伝えた内容が衝撃的だったのか、オーキド博士は驚きの声を上げるが、構わずアキラは改めて仮面の男の正体やその根拠を告げていく。

 

「詳細は後で話しますが、仮面の男の腕は氷で出来ていました。それも彫刻の様に精巧に作られています。戦っていた時はどうやって自由自在に動いていたのかは謎ですが、こんなに綺麗な氷の塊は見たこと無いです。そしてデリバード以外の強力な氷技を使うポケモンが二匹、二匹とも姿は見れませんでしたが、単に育成がこおりタイプが得意にしては強過ぎます。ですが、一匹は使って来た技や状況的に()()()()と考えています」

『!』

 

 今回の戦いの中で気付いてもおかしくない要素全てを確信した様に伝えると、オーキド博士は先程までの慌てっぷりから一転して口を固く閉じたかの様に静かになった。

 アキラとしても、黙ってしまった博士の気持ちはわからなくもなかった。疎遠になった親友の一人が、地方を揺るがす程の巨大な悪事に手に染めているのだ。出来れば信じたくないし間違いだと思いたい。

 状況的にそう推理してもおかしくないのに、アキラが最後に”ラプラス”の名を強調して挙げたのも、オーキド博士に仮面の男がヤナギであることを信じさせる為だ。

 

 ラプラスこそ、ヤナギが仮面の男として暗躍する理由にして若かりし頃の彼の運命を変え、オーキド博士達との関係が崩れてしまう切っ掛けになったからだ。

 しばらくアキラはオーキド博士が話し始めるのを待つが、何時まで経っても博士は沈黙を保ったままだった。

 

「オーキド博士、アキラの言う事を信じてくれ。俺はアキラ程奴とは対峙してはいないけど、その強さやおかしな所はこの目で確かに見た」

 

 ちゃんと通話状態なのか心配になった時、アキラが尋ねる前にレッドが会話に介入する。

 正体はともかく彼が博士に伝えた内容の幾つかは真実であるのと、レッドも信じるに値するものを目にした。

 それに、こう言ってはあれだが、こういう荒事関係でのアキラの行動や発言、考えは()()()に正しい時が殆どなのをレッドは良く知っていた。

 そしてそれは、オーキド博士もわかっている筈だ。

 

 レッドが加わってもオーキド博士はしばらく無言だったが、やがてポケギア越しでもわかるくらい長く、そして深く息を吐くのが聞こえた。

 

『――儂からポケモン協会理事長に連絡をする。行き先を変更してコガネシティのポケモン協会本部へ向かって欲しい。なるべく……人目に付かない様に移動して、職員が使う裏口から入って来る様に』

 

 それだけを告げると通話は切れる。

 オーキド博士の重い空気が伝搬したのか、四人は無言で顔を見合わせる。

 仮面の男との最後の戦いの時が近付いていることを、彼らは自然と察していた。




アキラ、客観的な証拠などの理詰めでオーキド博士を納得させる。

今のアキラは被害を抑えられるなら早い段階で止めようと考えているので、原作通りに進めて変な被害が出てしまうなら変えてでも阻止しようとします。
後、この戦いが終わったら本当にワタルを捕まえるべく戦いに行きそう。

次回、ポケモン協会理事長の毛根が死にます。


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ポケモン協会

 ポケモン協会理事長は、最近薄くなっている髪がストレスで更に失われるのを感じていた。

 ただでさえ近年のポケモン協会は不祥事続きで、その対応に追われていたのに壊滅した筈のロケット団がジョウト地方での活動を再開するなど、何故自分の任期にこんなにもトラブルが続くのかと自らの運の無さを呪っていた。

 しかし、ここに来て更なる爆弾が投下されてしまった。

 

「今このコガネシティにジムリーダー達が”エキシビジョンマッチ”の準備の為に集まっていて、その中にヤナギのジジイもいるんだろ? 今すぐしょっぴかねえか?」

「早々に終わらせたいのはわかるけど、相手は”いかりのみずうみ”を丸ごと凍らせる相手だぞ。それに今も捕獲したルギアを連れている可能性がある。勝ててもコガネシティが壊滅する可能性があるぞ?」

「それは嫌だな。しばらくゲームコーナーで遊べなくなる」

「そんなふざけたことを言っている場合じゃないでしょ」

 

 聞くだけで胃痛になりそうな会話が会議室で交わされて、ポケモン協会理事長はいけないことだとは思いつつも現実逃避したかった。

 ポケモン研究の権威であるオーキド博士、その彼から見出された図鑑所有者と呼ばれる少年少女達、そしてシジマの弟子にしてカントー地方のジムリーダー達が一目置く少年が会議室の椅子に座っていたからだ。

 

 話を聞けば、彼らは今ジョウト地方各地で暗躍しているロケット団の新首領と思われる仮面の男と遭遇、そして戦ったという。

 今回やって来たのは、ポケモン協会に仮面の男やロケット団に関しての情報提供と今後の対策の為と言うことなのだが、彼らが齎した情報はとんでもないものばかりだった。

 

 仮面の男は伝説のポケモン、ルギアを手中に収めている。

 強力な氷技を使うポケモンを複数所持しているのと、その体は動き回る氷で構成されている。

 既に協会側が把握している仮面の男の正体がジムリーダーという点から様々な情報を元に考えた結果、該当するジムリーダーはチョウジジム・ジムリーダーのヤナギ。

 

 最初の伝説のポケモンを手に入れただけでもとんでもなく頭が痛いのに、動き回る氷についても最近覚えがあるだけに彼は気が遠くなった。

 否、すぐに起こされたが実際に気絶してしまった。

 

 しかも証拠品として慎重且つ隠されて持ち込まれた溶ける気配が見られない氷の腕。戦いの影響があるのか多少の粗はあれど、その精巧さとその質に理事長は見覚えがあった。

 それも見たのはつい最近だったのだから、尚更良く憶えていた。

 

「理事長…信じたくない気持ちはわかるが、それでも今このジョウト地方を脅かす黒幕を見つける為にジムリーダー達を招集したのじゃろ」

「それは…そうですが…」

 

 重々しい表情で近くの席に座るオーキド博士に指摘されて、理事長はしどろもどろになる。

 三年前にロケット団がカントー地方で暴れていた時、当時のジムリーダーの半数以上がロケット団の悪事に加担していた疑いが持たれた。

 結局は証拠不十分などの理由で罪に問われることは無く、言い訳に聞こえてしまうが間違い扱いで済んだ。

 だからこそ、本当にジムリーダーが悪事を働いているという疑惑が再び浮上してしまったことに、ポケモン協会理事長は嘘だと思いたかった。

 

 しかも若手などでは無く、長年に渡ってポケモン協会やジョウト地方に貢献してきた人物が犯人なのだ。信じろと言われても信じられないし、そもそも信じたくなかった。

 

 だが車椅子で満足に動けなくても、手足や胴を氷で構成すれば確かにヤナギ本人とはかけ離れた体格の人物が出来上がる。

 そして氷で構成された存在をどうやって動かすのか、その技術についても理事長は実際に目の当たりにしている。

 仮面の男と戦い、その証拠を持ち込んだ当事者達は揃って子どもではあるものの、子どもの見間違いや思い込みと断じるには辻褄が合い過ぎるのと説得力が有り過ぎた。

 

 責任問題やら様々な大人の事情などの考えが脳裏を過ぎっていくが、徐々に理事長は落ち着き始める。

 今更自らの不運を呪っても、仮面の男の正体がヤナギであろうとなかろうとジムリーダーの一人であることは確定なのだ。

 ならば少しでも事態を良い方に解決する方が先決だと自分に言い聞かせた。

 

「――わかった。君達の話を信じてヤナギ老人が……全ての黒幕と言う前提で今回の話を進めよう」

 

 苦渋と言わんばかりの様子でポケモン協会理事長は声を絞り出す。

 オーキド博士だけでなく、会議室にいた四人も理事長に視線を向けながら黙り込むなど空気はまだ重かったが、アキラだけは安堵しつつようやくと言った感じの表情を浮かべていた。

 こうして周りからのお墨付きと呼ぶべきものが貰えれば、こちらとしても動きやすい。

 なので、早速アキラは話を切り出すことにした。

 

「問題は、どうやって取り押さえるかですね。ジムリーダーが集結している今から拘束しようとしても、抵抗されたらコガネシティは壊滅的被害を受けてしまう」

「ポケモンリーグが終わった後に、ヤナギがリーダーを務めているジムに乗り込むのは?」

「敵拠点に攻め入るのは不利だ。そもそもポケモンリーグの会場で何か事を起こす可能性も十分にある。行動を起こすならすぐの方が良い」

「戦う前に適当な理由でとっ捕まえるのは?」

「悪くないけど、ヤナギから上手く手持ちを取り上げるのが難しそうだな」

 

 アキラが話し始めたのを皮切りに、レッドやゴールドも様々な提案をする。

 この世界で悪事を働く存在が中々減らなかったり捕まらないのは、単純にそういう存在の力が強過ぎるからだ。

 そしてヤナギは、その力がトップクラスの存在だ。伝説のポケモンを倒すだけでなく、手中に収めているのだ。並大抵の存在では束になっても敵わない。

 力を保持しているのはポケモンの方なので、手持ちがいなければヤナギはただの老人ではあるが、その手持ちを封じるまでの過程が面倒だ。

 あれだけやった上に普段は表舞台に出ないのに、ポケモン協会の招集に応じて姿を現したのだ。全く警戒していないとは考えにくい。

 

 すぐにでも捕まえに行くのなら、実力行使も視野に入れなければならない。

 しかも、恐らくこの世界で今一番手強い存在を相手にだ。念入りにやるのは勿論、相手も何かしらの策を駆使することも考慮しなければいけない。

 

 そんな会話をアキラとレッド、ゴールドの三人が交わしてた時、ポケモン協会理事長の席からコール音の様なのが鳴り響き始めた。

 オーキド博士はともかく、今この場に自分達が来ているのは秘密だ。そもそも今会議室が確保されている理由もオーキド博士との相談という扱いなので、終わるまで緊急以外の連絡はしない筈だ。

 つまり、緊急で伝えなければならない余程の何かということだ。

 

「すまない。少々席を外す」

 

 先程までの憂鬱そうな表情から少しは持ち直した表情を浮かべて、ポケモン協会理事長が会議室から出る。

 会議室の扉が完全に閉まったのを見届けたタイミングで、アキラ達は会話を再開する。

 

「何かあったのでしょうか?」

「余程のことがあったんだろう」

「ヤナギが姿を消したとかなら、ちょっと面倒だけどな」

 

 あれこれと意見が出るが、アキラとしてはこのタイミングでヤナギが姿を眩ませるのが一番厄介だと考えていた。

 ヤナギの目的と時期を考えれば、ジムリーダーとしての地位もいざとなれば捨てる。それくらいのことをやってもおかしくない。

 様々な可能性について考えを巡らせていたら、ポケモン協会理事長が悩ましそうな表情を浮かべて戻って来る。

 

「――悪いニュースだ。ロケット団の活動が確認された」

 

 伝えられた内容にゴールドとクリスに緊張が走るが、アキラとレッドは怪訝そうな顔で見合わせるだけだった。

 予想していた内容よりは幾分かマシだったので、正直言って拍子抜けだったのだ。

 だけど判断するのはまだ早いので、詳細を聞くことにする。

 

「久し振りですね…でも単に確認された訳では無さそうですね」

「そうだ。各地でロケット団らしき集団がチョウジタウンの山奥へ向かって移動しているという連絡があった。そして、ほぼ同時刻にチョウジタウンの外れにある土産屋が仮面の男が率いるロケット団の襲撃を受けたとのことだ」

「え? でも仮面の男の疑いが持たれているヤナギさんは今はコガネシティの宿舎にいるのでは?」

「おいおいクリス、相手は”仮面の男”だぜ。本人じゃなくても適当な奴に仮面被せて同じ格好をさせりゃ誤魔化せるぜ」

 

 ゴールドの指摘は尤もだ。

 仮面の下の素顔はわからないのだから、それこそ適当な人に同じ格好をさせれば、張本人とは別の仮面の男の出来上がりだ。

 一見すると、仮面の男の正体をジムリーダーでは無いアピールにも見えなくも無いが、狙いはそれでは無いだろう。

 

「このタイミングで動きがあるのは露骨ですね。本当の目的は別にある」

「我々は何かしらの大きな作戦の前触れと考えている。集まる数があまりにも多い」

 

 何を企んでいるのかはわからないが、この時期にロケット団が目立つくらいに動き始めるのはあまりにも不自然だ。

 もう少し隠れて動くのではなくて、敢えて自分達の動きを教える様に動くのはおかしい。

 ポケモン協会理事長の言う通り、”何か大きなことをやります”と言っている様なものだ。

 

「今警察が各地から人員をチョウジタウンに集めて、集結しつつあるロケット団が何時行動を起こしても良い様に備えているが…」

「あ~、理事長さんよ。お巡りさんがロケット団を止める事って、出来んのか?」

「ちょ、ちょっとゴールド! 失礼でしょ!」

 

 クリスは叱るが、あまり触れられたくないことをゴールドに指摘されたポケモン協会理事長は頭を痛そうに抱える。

 アキラとレッドも口にはしなかったが、正直言ってゴールドと同意見だった。

 

 個々に強い警察官はいるが、総合的な戦力はポケモンバトル関係ならルールを守らない無法バトル以前にロケット団の方が上だ。

 仮に幹部格かそれに近い実力者がいたら非常に不味い。同規模の戦力どころか上回っていたとしても返り討ちに遭う可能性が高い。

 

「以前脱走されたのが、ここに来て結構響いているな…」

「今集まっているジムリーダーの方々に協力をお願いすることは――」

「クリス、ジムリーダーの中に悪の親玉がいるんだぜ。そんなことをしたら後ろから刺されるぞ」

「それにジムリーダーの何人かが加勢出来たとしても、今度はヤナギと奴が連れているかもしれないルギアを抑える戦力が減ってしまう。敵の狙いはこちらの戦力の分散、或いは陽動と見るべきだろう」

 

 アキラはこのタイミングでのロケット団の動きをこちら側の戦力の分散か陽動のいずれかと判断する。

 黒幕はジムリーダーなのだ。こちらの戦力や警察の事情はそれなりに把握している。

 ジムリーダー達に警察への加勢を頼めば、黒幕を抑える戦力が減少するか、ゴールドの言う通り後ろから刺されてもおかしくない。

 かと言ってロケット団の対処を今の警察だけに任せたら、動き出したロケット団に負けてしまった場合の損害が大きいどころか、勢いのままに近くの町が蹂躙される恐れもある。

 

 集まるロケット団か正体が掴めている黒幕のどちらに力を注ぐか。

 警察が強ければこんなことに悩まないのだが、仕方ないものは仕方ない。

 何が目的にせよ集結しつつあるロケット団の軍勢の存在を無視することは出来ないので、このタイミングでは厄介極まりない。

 アキラも頭は働かせてどうしたら良いか考えるが、難しい顔で考えていたレッドが口を開いた。

 

「……アキラ、ロケット団と仮面の男。どっちが手強い?」

「どっちが手強い? 仮面の男の方がずっと手強いよ」

 

 レッドの質問の意図がわからなかったが、アキラは正直に答える。

 集まっているロケット団の数がどれだけかは知らないが、ヤナギと伝説のポケモンを相手にするのと比べれば、数が多いロケット団を相手にする方が遥かにマシだ。

 そこまで答えた時、アキラはレッドが何を考えているのかを察した。

 

「レッド、まさか…」

「オーキド博士、もし俺達がポケモンリーグの会場に向かっていたら何を頼むつもりでしたか?」

「会場内でエキシビジョンマッチを行うジムリーダー達の動向を監視、いざという時の加勢を頼もうと考えていた」

「そうですか…なら、どの道戦力を分散させる必要があるのでしたら、俺とアキラが警察に加勢してロケット団を片付け次第すぐにポケモンリーグ会場に駆け付けます」

 

 思い切ったレッドの進言にオーキド博士とポケモン協会理事長は驚きを露わにする。

 

「それってつまり…」

「今回のポケモンリーグに俺達が出場出来なくなるどころか、開催出来なくなるのはわかる。だけど、奴らを止めるにはこれしかないと俺は思う」

 

 レッドの考えは単純だ。

 ポケモンリーグの会場で予定通りにジムリーダー同士のエキシビジョンマッチを開催。

 大勢のジムリーダー達がいる場所に身を置かせることで、ヤナギが行動に出ることを抑止。

 その間にアキラとレッドが、集結するロケット団に挑む警察達に加勢して速やかに鎮圧。

 その後、セキエイ高原にすぐに戻って、仮面の男の疑いがあるヤナギの捕縛に備えつつジムリーダー達に加勢すると言うものだ。

 

 都合が良過ぎるというか、提案した本人は良くても負担が大きい提案であった。

 

「あの…レッド先輩。それは幾ら何でも無理をし過ぎなのでは?」

「いや、案外良い考えかもしれないと思うぜ。レッド先輩とアキラが力を合わせりゃ、仮面の男が相手でも無い限り敵無しだ」

 

 レッドは前回のポケモンリーグの優勝者にして、三年前のロケット団壊滅の立役者だ。実力も当時よりもずっと増している。

 アキラに至っては規格外の破壊力を有しているだけでなく、集団戦が中心であるロケット団との戦いをレッド以上に経験しているどころか最も得意としている。

 この提案を採用するだけの価値は十分にあった。

 

 そんな提案を聞いていた一人であるポケモン協会理事長だが、彼はどうするべきか頭をこれ以上無く働かせていた。

 

 レッドの実力は度々耳にしているし、最近ではアキラの活躍も彼は良く聞いていた。

 ”スズの塔”で百人規模のロケット団を相手に大立ち回りをして返り討ちにしたことを始め、大量発生したギャラドスが暴れた扱いにされたが、仮面の男を相手に一部の地形が変わる程の激戦を繰り広げた。

 それ以外の時でも見掛けたロケット団を、やり方は荒っぽいものの良く言えば懲らしめて警察に突き出して来た。

 

 過去に遡れば、カントー四天王が従えた軍団を増援が駆け付けるまで手持ちと共に注意を集めて孤軍奮闘したなど、人によってはレッド以上に場数を踏んでいる。

 そんなたった一人で戦局を大きく変えられる存在が二人も加勢すれば、確かに集結しているロケット団を打ち負かすことも十分可能かもしれない。

 

「……我々の不甲斐無さは本当に申し訳ないと思っている。出来る限りの支援や要望には応える。だから………君達の力を貸して欲しい」

 

 頼み辛そうではあったが、それでもポケモン協会理事長はレッドの提案に乗る形で二人に加勢を要請する。

 ここまで理事長が迷ったのは、単に彼らが強いだけで、何の権限も持たない”一般の子ども”という大きな問題があるからだ。

 本来なら、ロケット団やポケモンを使った悪事の対処は大人や警察がするべきこと、言い方は悪いが子どもがヒーロー気取りで危険なことに首を突っ込んで欲しくは無かった。

 だが、現実はまるで歯が立たず、代わりにポケモンバトルに優れた実力を持つ彼らがここ数年間に起きた様々な事件や戦いを終わらせてきた。

 

 情けないと言われても何も言い返せない。何時の日か改善しなければならない問題だ。

 しかし、今はまだとてもではないが力が足りない。

 そんな苦しい気持ちで胸が一杯だった。

 

「理事長、頭を下げなくても大丈夫です。それが…今のところ考えられる有効な手かもしれないですし、断る理由もありません」

 

 今まで見て来た警察の戦力面での不安を考えると、自分達も積極的に関わった方が良いのはわかり切ったことなので、アキラもチョウジタウンに集結しているロケット団と戦うことを了承する。

 今年のポケモンリーグは無事に開催出来ても、自分達は出場出来ないことになってしまうが、状況的にもう仕方ないだろう。

 

 このタイミングに現れたロケット団の軍勢は、どんな狙いや意図が有ろうと無視することは出来ない。

 今からアキラ達がジムリーダー達と協力してヤナギを捕まえることが出来たとしても、確実に消耗する。

 そうなればリーダーを失ったロケット団の軍勢が警察でも止め切れない程に暴発してしまう恐れもある。

 ならば、大勢のジムリーダー達が集まるポケモンリーグの会場でヤナギの行動をなるべく抑えながら、アキラとレッドが警察に加勢して手早くロケット団を片付ける方が良いだろう。

 警察が苦労したり手に負えない相手を引き受けるだけでも、かなり違う。

 

「――俺とレッドはどうするか決まったけど、ゴールドとクリスはどうする?」

「俺達はセキエイ高原に向かって、変な動きが無いか目を光らせる。それに俺やクリスが加勢しても二人の足を引っ張るだけッスよ」

 

 ロケット団との戦いは、間違いなく多くのポケモンと人が入り乱れる大規模な戦いになる。

 ルギアとの戦いの時に感じたが、実力不足もそうだが全ての手持ちを同時に適切に導き切れない今の自分達では、二人の動きに付いて行けずに足手まといになってしまう。

 寧ろアキラは、以前ゴールドが遠目で見た”いかりのみずうみ”で起きた光景や”うずまき島”での戦いを考えると、下手に味方が周囲にいない方が思う存分戦えるかもしれない。

 

「――仮に俺達が戻る前に会場でヤナギが暴れ始めたらどうする?」

「レッド先輩達が戻って来る前に何か起きても、それまでは持ち堪えてやるつもりッス」

 

 時間稼ぎ上等と言わんばかりのゴールドの姿勢に、アキラは無謀だと思いつつも頼もしく思えた。

 何だかんだ言ってゴールドは諦めずに抗う姿勢を持ち続けたからこそ、色んな困難やピンチを乗り越えて来たのだ。

 今回もやってくれるだろうという信頼があった。

 

「何ならルギアが出て来たら逆に倒してやるつもりッスよ」

「そこまで無茶はしなくても良い…と言いたいけど、伝説のポケモンを倒してくれたら大分楽になる」

「ほ…本当に伝説のポケモンに勝てるのかね?」

「戦った感じでは、こちらの攻撃は通じていましたし、消耗もしていました。ジムリーダー達が協力し合えば勝算は十分過ぎるくらいあります」

 

 理事長は半信半疑だが、アキラは今までの経験からルギアと戦ったどうなるかを伝える。

 ルギアに限らず伝説のポケモンはその名の通り、滅多に姿を見せないだけでなく凄まじい力の持ち主だ。記録上では伝説のポケモンを一般ポケモンが何とか追い返したくらいなら僅かにあるが、倒した記録は皆無に等しい。

 神聖視するあまり、本当に倒せるのか疑ってしまう気持ちはわかる。

 

 だけど、幾ら攻撃しても倒せる気配が全くしない訳では無い。

 悪役みたいな考えだが、単なる規格外の力を持つだけのポケモンだ。現に仮面の男は自分達の目の前でルギアを捕獲している。

 十分に対策を練った上で全力で挑めば、仮面の男よりは勝機はある。

 だが戦いでの勝ち負け以前に解決すべき問題は他にもあった。

 

「だけどレッド、ヤナギと戦うことになるのがポケモンリーグの会場にするとしたら、観客の人達はどうする?」

「…う~ん、入れないのは不自然過ぎるしな…かと言ってもし戦い始めたらパニックになるのは間違いないしな」

 

 アキラが挙げた”観客”の存在について、レッドも悩ましいとばかりに腕を組んで考え始める。

 彼らは大規模な戦いになることを承知の上で話を進めているが、戦いの舞台になる片方はポケモンリーグが開催されるセキエイ高原だ。

 つまり、そこには裏事情を知らない観客やポケモンリーグに参加するトレーナーなどの多くの人達が集まる。

 

 ルギアが暴れても、ヤナギ個人が暴れるのどちらでもパニックは免れない。

 観客を入れないことにしようにも、今カントー地方とジョウト地方のジムリーダー達が集まっているのは、そのポケモンリーグで観客達の前で”エキシビジョンマッチ”を行うという名目があるからだ。

 ここで中止や観客を入れないなどしたら、ヤナギは姿を眩ませることは間違いない。そもそもエキシビジョンマッチは一般向けの宣伝や単に黒幕を引き摺り出す以外にも、相手の手の内を味方側に少しでも把握させたり手持ちを多少は消耗させると言ったことを行う意義もあったりする

 なので警備を増やしたり、避難ルートを明確にするくらいしか良いのは浮かばない。

 

「相手の実力を考えれば、どこで戦おうと被害が出るのは確実。だからと言って仕方ないで済ませてはいけませんから、もう少し考えましょう」

 

 ロケット団が乗り込んでくる可能性もあるので、その辺りも警戒しなければならない。

 そもそも乗り込んでくることをアキラは知っているので、会場の設備を守る人員の強化を念入りに伝えておく。

 

 彼がそこまで”観客”について気にしているのは、そう簡単に戦場にしたくないのもあるが、この世界の居候先であるヒラタ博士の孫が今年はポケモンリーグを見に行くと言っていたからだ。

 前にその話を聞いた時はジョウト地方がロケット団で荒れているから、収まるまで止めた方が良いとアキラは伝えているが、最近は大人しくなったので行くだろうからだ。

 戦うなら戦うで、何とかして観客の安全確保が出来る体制にしておきたいというちょっとした私情もあった。

 

 それからも彼らの作戦会議は続いた。

 状況を整理すれば、力を注ぐべき敵は二つだ。

 一つ目はヤマブキシティでの事件よりは少ないが、チョウジタウンから離れた山奥にある施設に集結しつつあるロケット団の軍勢。

 そして最後は、ロケット団残党を纏め上げている容疑が強まったチョウジジム・ジムリーダーのヤナギ。

 

 コガネシティにあるジムリーダーの為に準備された宿舎にいるので、やろうと思えば今すぐヤナギを捕まえに行くことは出来る。

 だが、伝説のポケモンであるルギアが手元にいる可能性とヤナギ本人の実力も相俟って危険度はかなり高い。

 そこで今回のポケモンリーグでジムリーダー達が行う予定であるエキシビジョンマッチに手を加えることをポケモン協会理事長は提案した。

 

 それは両地方のキャプテン同士は固定で戦うというルールだ。

 これにヤナギをジョウト側のキャプテンにして、カントー側のキャプテンはほのおタイプのエキスパートであるカツラに頼む。

 そうすれば、ヤナギの手持ちは相性の悪い相手と戦うことで勝ち負け関係無く消耗する。そうなれば、エキシビジョンマッチ終了後の身柄確保が多少は楽になる筈だと彼は考えた。

 

 他にもあやふやだった警備員の増員や明確な避難ルートの設定、パニック時の対応法の用意するなどを前提にポケモンリーグ開催日に全ての行動を開始することが決まった。

 警察の加勢に向かうアキラとレッドは、警察に任せても大丈夫だと判断したら、アキラの手持ちポケモンの”テレポート”による長距離移動でセキエイ高原に向かう事もだ。

 

 それらの当日の行動や流れを決め、オーキド博士とポケモン協会理事長以外の四人は他人に見られない様に慎重に会議室から出るのだった。

 

「…大変になるな」

「あぁ、奇襲や情報漏洩を考慮して、俺とレッドが加勢することを警察に連絡するのはポケモンリーグ開催当日だから、ある意味でぶっつけ本番だ」

 

 レッドからの問い掛けに、アキラは真剣な表情で答える。

 二人ともロケット団と戦う警察達の方に加勢に向かうのは良いが、連絡や合流などが全て当日に行うのが少し悩みであった。

 幾ら情報漏洩を警戒しているとはいえ、ちょっとやり過ぎな気はしたが決まったことだ。そもそも相手はジムリーダーで、こちら側の事情に精通している。

 お陰でアキラとしては、ヒラタ博士を含めた今年のポケモンリーグを見に行くことを考えているお世話になった人達に警告することも出来ない。

 でも、どこから情報が洩れるかもわからないので正直言って複雑だ。

 

 出来ることなら、自分とレッドが会場に戻って来るまでヤナギが行動を起こさない事を祈るしかない。

 

「ゴールドとクリスは変に気合を入れ過ぎて無理しない様に…と言いたいけど、この戦いに参加している時点で無理している様なものか」

「おう、任せとけ! 何ならさっきも言った様に戻ってくる前に全部終わらせても良いぜ!」

 

 ゴールドは自信満々に返事するが、クリスは少し不安げな表情だった。

 

「…私達の方はいざとなったらジムリーダーの方々がいますけど、お二人が向かうところに、もし敵に回った伝説のポケモンが現れたりしたら――」

「心配し過ぎだクリス。アキラは一回スイクンを軽々と打ち負かしているんだぞ。ルギアだって横槍が無ければ勝っていただろし、この二人を常識で判断しない方が良いぞ」

「……え?」

「ゴールド、スイクンを負かしたのは事実だけど、ルギアはあのまま戦っていたらどうなっていたか…」

 

 二人は何ともなさげに会話を続けるが、内容が衝撃的だったのか、クリスの視線はゴールドとアキラを交互に忙しなく向けられる。

 アキラとしてはスイクンを負かしたのは事実だがそこまで余裕じゃなかったし、ルギアもあのまま戦っていたらどうなっていたのかわからないので、そこまで強気にはなれなかった。

 後、遠回しに自分達は非常識と言われたのも地味に気になった。

 

「あんな無茶苦茶な特訓をしといて勝てるかわからないって良く言えるッスね。口では濁していても勝つつもりだったんじゃないか?」

「…まあ勝つことは考えていたけど」

「それに、レッド先輩も伝説を倒せるッスよね?」

「俺の場合は”負けるつもりは無い”、だ。いざ挑んだらどうやって倒すかは手探りになるだろうな。でも――」

 

 そこで区切るとレッドはアキラに目を向ける。

 

「アキラ、お前なら具体的にどうやって”伝説のポケモンを倒す”かまで考えているだろ」

 

 ゴールドとは違う真面目な視線を向けられて、アキラはちょっと困った顔を浮かべる。

 

「――確かに”どうやって倒す”かは考えているけど……あんまり期待しないで」

 

 

 

 

 

 

 閉めていたカーテンを開け、窓の外から見える街並みを眺めながらポケモン協会理事長は疲れた様に息を吐く。

 頭の中を過ぎるのは、先程まで行っていた作戦会議よりも彼らの様な子ども達さえも戦力に数えなければならない自分達大人の不甲斐なさばかりだ。

 

「彼らには本当に申し訳ない」

 

 それが偽り一つの無い本音であった。

 三年前にロケット団がカントー地方で活動していた頃から、一部のジムリーダーがロケット団に加担していた疑惑もあったものの既に警察の力では如何にもならなかった。

 だからなのか、タマムシジムでリーダーを務めるエリカや一部の市民達は警察などの公的組織よりも、自分達で結成した自警団を頼りにする様になった。

 更にはワタルを始めとしたカントー四天王の様に、一個人で驚異的な力を持つトレーナーが敵味方問わずに現れる様になった。

 

 ポケモントレーナーと彼らが連れるポケモンの力が年々増しているのは明白だった。

 

「昔と比べると、今はもう色々と変わったな」

 

 自分が若い頃とは大違いだ、と理事長は回顧する。

 昔はポケモンを捕獲、或いは連れるだけでも難しく。共に戦えるだけで優れたトレーナーと呼ばれていた時代があった。

 しかし、今は誰もがポケモンを連れるのが当たり前の時代。そして、ポケモン達が持つ力を引き出す術も急速に発達してきた。

 それらの発展はポケモンのことを良く知ろうとしてきた先人達が積み重ねてきた努力のお陰だが、その発達に追い付けていないのも多い。

 その代表こそが、警察などの公的組織だ。

 

 今まで強力な野生ポケモンやポケモンを悪事に利用する人間の相手をジムリーダーや実力のあるトレーナーに依頼してきたツケが来たのだ。

 ロケット団の様なポケモンの扱いに長けた実力者が何人も属している組織的な犯罪者集団には、今の警察はあまりにも無力だ。

 その結果、彼らの様なポケモンバトルに優れている少年少女、またはタマムシシティのジムリーダーであるエリカを始めとした各地で組織された自警団に頼らざるを得ないことになっている。

 

 だが何時までも手をこまねいている訳では無い。

 警察の方もポケモンバトルの実力を磨くことは勿論、ポケモン協会側も一応だが、今の現状を解消する為の案は幾つか出ている。

 それらの案を採用するか検討を重ねてはいたが、こうも毎年頻繁に大事件が起きていてはゆっくり話し合っていられない。

 この騒動が終わってからでは遅いかもしれないし、終わった後でも今の地位にいるかもわからないが、何時でも整えられる様にしなくてはならないだろう。

 

 まずは今ジョウト地方を襲っている巨悪を退ける方が先決と強く決意を固めるが、先程まで椅子に座って思い詰めた様に深刻な表情で座っていたオーキド博士が静かにその場から去って行ったことには、ポケモン協会理事長は気付いていなかった。




アキラ、話し合いの末、レッドと共に警察の加勢に向かうことを引き受ける。

レジェンズアルセウスをプレイするとポケモンを何匹も連れて、しかも高いレベルに育成した上で統率するのはかなり大変なことなのが良くわかります。
技術の進歩やポケモン研究の進展による恩恵は凄いです。

本作や本編でも一部を除いて、警察はロケット団とかの悪の組織には苦戦を強いられていることを描いていますが、サカキがロケット団を結成するまでは力を持った複数のトレーナーによるポケモンを悪事に利用する組織的な犯罪者集団は殆どいなかったのでは無いかと考えています。

次回、アキラとレッドは念入りに準備を整えてから決戦の場へ向かいます。

次回から更新する予定の数話は調整がまだ終わっていないので遅れます。
ただ諸事情の為、確認の時間確保が思う様に出来ないのですぐに更新は難しそうです。
アンケートも回答ありがとうございます。次回の更新までは残しておきます。


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命運を握る者達

続きを待っている読者の方がいましたら、長らくお待たせしてすみません。
ようやく落ち着いてきたので、今日から何話か更新を再開しようと思います。

今回も更新が止まっている間も感想や評価を送ってくれる読者の方がいて本当に嬉しかったです。
ようやくポケモンSVを遊ぶことが出来たことやしばらく書けなかった反動で創作意欲が湧いたことも相俟って、前回更新予定の分に加えて下書きが出来ていた数話分を今回更新します。
今回の更新でも読んでくれる読者の方々が楽しんで頂けたらなによりです。


 朝の日差しが差し込むとある部屋の一室で、アキラは黙々と身支度をしていた。

 肘や膝などにプロテクターを身に付け、黒いシャツの上に複数のポケットが付いたチョッキの様なものを着込み、腰には何時ものリュックサックでは無く動きやすさを重視したウエストバッグやホルスターを取り付ける。

 そして最後に、それらに上乗せする様に彼は着慣れた青を基調とした上着を羽織り、軽く自身の動きを確かめた後に首を横に向けた。

 

 視線の先にはポケモン達を回復させる備え付けの装置が置かれており、アキラは装置に乗せられているモンスターボールの中にいる手持ちの様子を個々に確認しながら腰に付けて行く。

 鋭い眼差しで応えるのや力強く頷くなど反応は様々であったが、皆この後始まるであろう戦いに向けた準備は万端であった。

 

 手持ち達が入ったボールの固定を終えると、アキラはテーブルの上に置かれていた円形の盾や剣の様に縦長な盾の向きに切り替えられる紺色の塗装がされた可変式の盾をゆっくり静かに手に取り、それを布袋に入れて左肩から背中側にぶら下げる様に背負う。

 必要な準備をほぼ終え、支度に見落としが無いか確認するべくアキラは鏡に映る自分自身と向き合った。

 

「――随分と遠くにきたものだ……」

 

 ガラスに映っている己と向き合いながら、アキラは自分自身に問い掛ける様にぼやく。

 三年前の自分が今の姿を見たら、一体何があったのかと思うことは間違いないだろう。

 体を鍛える必要があることを昔の自分は考えてはいたが、常人離れした身体能力を発揮出来る様になったり、まるでバトル漫画のキャラみたいな装備を整えるとは想像したことは無かった。

  それだけでない。元の世界へ戻る糸口を掴むという自分の目的の為にも行動範囲を広げる必要があったので強い手持ちを連れることは望んでいたが、ここまで曲者揃い。しかもあのヤナギに”歩く災害”と言われる程の力を自分達が手にするとは夢にも思わなかった。

 

 ここ最近の出来事を振り返りながら、アキラは小さな手帳サイズの黒いケースを取り出す。

 中には三年前に開催されたポケモンリーグを終えた後、少しズラせば四天王との戦いを終えた後の退院記念に撮った写真の二枚が入っている。

 貰った当初は自室に飾ろうと思っていたのだが、屋根裏部屋では置いてある机含めて飾るのに良さげな場所が無かったので、頑丈なケースに入れて持ち歩いていたが何時の間にかお守り代わりになっていた。

 それにアキラは、静かにあらゆる想いを込めて、まるで願を掛けるかの様に祈った。

 

 そうして思いにふけていた時、彼がいる部屋のドアがノックされる。

 

「アキラ、準備は出来たか?」

「あぁ、出来たからすぐに出る」

 

 部屋の外から呼び掛けられたのを機に、アキラは予定の時間がもう近いことを部屋に置かれている時計から確認する。

 ポケモンリーグが開催される前に全てを終わらせるという当初の目的はもう果たせなかったが、ここまで関わったからには最後までやり抜く。

 ポケモン協会からの警察への加勢依頼を了承したのも、そういう責任感にも近い気持ちがあったからだ。

 決意を固めて、アキラは愛用している青い帽子を被ると、写真が入ったケースを懐に入れながら近くに置いてあったアタッシュケース状のものを手に持って部屋の外に出る。

 

 外では一緒にチョウジタウンの外れに向かうレッドが待っていたが、アキラの姿を見るや少しだけ驚いたかの様に目を見開いた。

 

「…どうしたレッド?」

「いや、随分と本気なんだなって」

 

 一見するとリュックサックを背負っていない以外は普段のアキラと変わらないが、良く見れば単に複数のポケットが付いたチョッキや少し隠れているが体の各部にプロテクターが付いているのが見えるなど、物々しい雰囲気すら感じられる姿だった。

 レッドもロケット団との戦いに備えてはいるが、それでも彼程に身に付ける装備を整えてはいなかった。

 

「…まあ、動きの邪魔にならなければ、今の俺は色んなものを多く持てるからね」

 

 今背負っている盾を始めとした多くの装備が持てるのは、間違いなく一年前のカントー四天王との戦いを切っ掛けに爆発的に向上した身体能力のお陰だ。

 一体何が原因でこうなっているのか未だわからないが、師のシジマの話によれば今の自分は肉体のリミッターが解除された状態、言うなれば常時火事場の馬鹿力を発揮している様なものらしい。

 無理は禁物ではあるが、手持ちが強くなったのと同じくらいアキラにとっては大きな力だ。

 もし無かったら、もっと持ち歩く装備を減らしていたし、ロケットランチャーを片手で撃てる様にすることや盾と同時に持ち歩く発想も浮かばなかっただろう。

 

「それに、今日は今まで経験した中で……一番長い一日になるだろうからね」

 

 アキラが話す内容を理解しているレッドも、真剣な面持ちで頷く。

 この後二人は、チョウジタウンの外れに集結している警察の元に加勢して、ロケット団の軍勢に戦いを挑む。

 それが終わったら今度はポケモンリーグが行われるセキエイ高原に急行してヤナギの動きを監視、事が起これば加勢するという予定だ。

 

 カントー四天王と最終決戦を繰り広げた一日ですら少し休む間はあったのだ。ロケット団相手でもどれだけの時間が掛かるのかわからないのにそっちが終わり次第、すぐに過去最強の敵との戦いに備えるハードスケジュール。

 今アキラが複数のポケット付きのチョッキを着込んでいるのは、手持ちの回復道具などを多く持つ為だ。どれだけ自分達が強くても消耗は避けられないので、それらを見越してだ。

 

「――そういえば今回はロケットランチャーは持って行かないのか?」

「持っているよ。今はこんな状態だけど」

 

 レッドの指摘にアキラは手に持っていたアタッシュケース状の物を彼の前にブラ下げて見せる。

 

「え? あれってそんな風に変形出来るの?」

「流石に何時も”重火器です”と言わんばかりの状態で持ち歩くのは不味いだろ。それに持ち運びや置き場所にも困っていたから変形機能も追加で付けて貰った」

 

 目的地に着いてすぐに戦うなら問題は無いが、持ち出したとしてもすぐに使うとは限らない。

 オマケに見た目も威圧感が有り過ぎるので、必要時以外は携行がしやすくて武器だと認識されにくい形状に変形出来る様にカツラに改良して貰ったのだ。

 

「俺もカツラさんに頼んで何か作って貰おうかな?」

「ちゃんと持ち運びについて考えた方が良いよ。いざって時に動きが鈍くなるから」

 

 タマムシ大学でアキラが今の盾を貰った際にレッドも残った盾を色々試してみたが、結局は動きが鈍くなるのや躱した方が速いということで貰う事は無かった。

 そのことを思い出したのか、レッドは顔は悩ましいと言わんばかりのものに変わる。

 

「う~ん、やっぱり俺は身一つで十分かもな」

「その辺りはトレーナーとしての考え方次第だよ」

 

 ポケモンとの関係や付き合い方と同じで、考え方は千差万別だ。

 とはいえ、アキラみたいな手持ちとの関係や考え方をしているトレーナーは殆どいないだろう。

 

「…アキラ、さっきからずっと難しい顔を浮かべてるぞ」

「するに決まっているだろ。今日一日起きる戦いの行く末は、俺達の頑張りに懸かっていると言っても良いからね」

 

 勝てば、ロケット団や仮面の男の野望を阻止出来る。

 負ければ、ロケット団や仮面の男であるヤナギの勝利に直結する。

 過程こそサカキやワタルなどと遜色ない規模ではあるが、そこまでしてでも叶えたいヤナギの目的は、彼らと比べれば小規模且つ細やかなものだ。

 だが勝ち逃げされてしまえば、その後のカントー・ジョウト地方に悪影響を残すのは確実。

 

 何かしらの成果を出す必要があるのだ。

 

 そしてその成果を出すには、自分達の力が懸かっている。

 今まで経験した中でもトップクラスに責任重大な使命を託されたこともあって、何時になくアキラの目は鋭く表情も強張っていた。

 その為か、彼らの会話はそれ以上続かず、どこか空気は重かった。

 

 彼としては気を引き締めているつもりであったが、レッドの反応は違っていた。

 

「…アキラ、気合を入れているつもりなんだろうけど、お前の悪い癖がまた出ているぞ」

「悪い癖?」

「前に…言ったっけ? まあ、とにかくお前は色々考え過ぎなんだ」

 

 レッドに言われたことがわかっていないのか、アキラは強張らせた表情の代わりに困惑したかの様に目を白黒させる。

 確かにどうすればロケット団を止めることが出来るのか、ヤナギを倒す方法は無いか考えを張り巡らせているが、それが悪い癖だと言われてもイマイチわからなかった。

 だけどレッドから見れば、アキラの考え過ぎるというのは長所であると同時に彼の短所でもあった。

 

 ”石頭だ”、”融通が利かないだ”の文句を彼に言う時はレッドにもあるが、裏を返せばそれだけ彼は真面目なのだ。

 様々な可能性を真面目に考慮して考えるからこそ、アキラはあらゆる努力を厭わないのと念入りに備えることで、これまでの戦いを勝ち抜いたり生き延びてきた。

 しかし、ある種の用心深さ故に不必要なことまで考えてしまうのが、無自覚に彼の精神的な負担になっている。

 

「確かに俺達はポケモン協会から頼まれたからこれから警察の加勢に行くけど、例え頼まれなくてもアキラは戦っていただろ」

「まあ首を突っ込んでいただろうね」

「だから誰かに頼まれたとか余計なことは考えず、普段通りにやっていこうぜ」

「そうしたいけど、今回は警察とかの味方が多いから普段通りにやったら大変なことになりそうな気がするんだよ。それに、警察とこんなに大きな戦いで共闘をするのは初めての経験だから」

「あ~、やっぱり気にしていたか」

 

 今までのアキラとレッドが経験して来た戦いは、誰かに依頼されたからではなくて、どちらかと言うと自分達が戦いたいから戦うというかなり個人的なものが多かった。

 だからこそ、今回みたいにポケモン協会からの正式な頼み――言うなれば仕事として依頼されたことや自分以外にも味方が大勢いるということも相俟って、途端に責任や重圧、そして自分達の強大過ぎる力が齎す周囲への被害などを必要以上に意識してしまう様になったのだろう。

 最近は周りを気にしている余裕が無い激戦続きだったのや手持ちの影響を受けたのか、荒っぽい事も何食わぬ顔で多少やる様にはなったが、それでも普段の彼は性分的に真面目な方だ。

 カイリュー達の方はそんなアキラの懸念などお構いなしに暴れるのは目に見えるが、このままでは彼は戦うことは出来ても普段通りに本領を発揮して戦うことは出来ない。

 

「考え方を変えようアキラ。加減して負けるのと、やり過ぎて勝つんだったら、どっちを選ぶ?」

「後者」

「だろ?」

 

 極端過ぎる問い掛けではあったが、アキラが即答してくれたことにレッドは満足だった。

 不安を抱くことや悩むことは悪い事ではない。だけど、だからと言って一番の目的を忘れてはいけない。

 何ならそんな難しくは考えずに、立ち塞がる目の前の敵全てを全力で倒すくらいの気持ちで挑んだ方が楽だ。

 

「もしやり過ぎたら、その時は俺も一緒に謝るから」

 

 アキラの肩に手を乗せて、レッドは気楽にそう告げる。

 あまりに楽観的過ぎて本当に大丈夫なのかと思えるレッドの言葉にアキラは苦笑いを浮かべるが、彼が言いたいことはわかった。

 

 自分達が警察に加勢する理由を突き詰めていけば、一番の目的はロケット団と仮面の男の撃破だ。

 警察と上手く連携出来るのかなど他のことを気にし過ぎて、一番成さなければならない目的を忘れてはならない。

 少々オーバーな表現だが、敵だけでなく味方の屍すら踏み越えていくくらいの気概――カイリューが抱いているであろう気持ちや考えで挑んでいくべきだろう。

 心と体が納得すれば話は早く、固くなっていた肩が少し柔らかくなる様な錯覚を少しだけ感じつつ、アキラは意識や気持ちを切り替える。

 

「時間も押している。そろそろ行こう」

「あぁ、マサキも困っていたから、これで解決すれば良いんだけど」

 

 少し表情が和らいだアキラの促しにレッドも気合を入れる。

 警察と協力してロケット団を一網打尽にする当初の目的は変わらないが、ここに来てもう一つこの戦いで重要な目的が彼らには出来ていた。

 

 それはここ一年近くジョウト地方を悩ませていたポケモン転送システムの不調だ。

 端的に言えば、その原因にロケット団が関与している可能性が高いことが発覚したのだ。

 オーキド博士経由で知らされたが、どうやら転送システムの状態を表示する画面そのものに細工が施されていたらしく、実際は問題が発生していたのに表面上は正常表示にされていたらしい。

 実際のシステムの状況と画面に表示された内容の相違から、今までの原因不明の不調はシステムを動かすエネルギーを奪われていたことがわかった。

 そしてエネルギーが奪われている経路を探った結果、丁度ロケット団が集結している付近と一致することもわかり、ロケット団を倒せば一気に多くの問題を解決出来る可能性が出て来たのだ。

 

「そういえばマサキが俺達に感謝しているらしいけど、何でだろうな?」

「さあ?」

 

 廊下を歩きながらレッドはその件に関して話題にするが、アキラにはわからなかった。

 ちなみに二人はすっかり忘れているが、マサキが画面の細工に気付くことが出来たのは、レッドがジムリーダーの試験を受ける前日にした会話をレッドが彼に伝えたお陰であった。

 直接マサキに会っていたら思い出していたかもしれないが、オーキド博士から聞いた事なので詳細な理由まで二人はわからなかった。

 

 それから二人は人目に付かない様に静かに建物から出ると、そう間もない内に彼らの姿は音も無く消えるのだった。

 

 

 

 

 

 アキラとレッドが静かに姿を消した頃、彼らとは別動隊として動くことになっているゴールドとクリスの二人は、セキエイ高原で行われるポケモンリーグの会場を訪れていた。

 三年に一度行われる祭典であることや一時期話題になっていたロケット団の活動が沈静化気味なのも関係しているのか、会場は観客・参加者問わずに多くの人でごった返していた。

 

「本当にこんなに人がいるところで事件を起こすつもりなのかしら?」

「やるかもしれないからこそ、オーキドの爺さんや協会理事のジジイは俺達に頼んだんだぜ。仮面の男に限らず何かが起こる前提で考えた方が良いぜ」

 

 会場内を見回る様に歩きながら、ゴールド達は観客席へ移動していく人達を見て行く。

 ロケット団がチョウジタウンの外れに集結しているという情報は一般には知られていないが、それでもあらゆる脅威を想定しているのか、制服姿の警備員の姿が多く見られた。

 

 作戦ではエキシビジョンマッチ終了後、ジムリーダー達が席を外す際に回復と称して手持ちポケモンをヤナギから手放させた後、さり気なく別室に隔離して拘束すると言うものだ。

 仮にエキシビジョンマッチ中に何かが起きたとしても、すぐ近くには何時でも戦えるジムリーダー達が控えている。

 そして観客席にもロケット団が紛れ込むのを防ぐのと同時に、警備員以外にもいざという時に避難誘導を行う私服警察が何人も配置されている。

 限られた時間内や表になっていない事情を考慮すれば、考えられる限りの警備は万全――なのがクリスの認識だ。

 

 しかし、彼女とは対照的にゴールドは必ず何かが起こると見ていた。

 仮面の男の正体がヤナギだとすれば、今までの経験的に多少の邪魔があっても何かを仕掛けて来そうだからだ。

 堂々と正面から悪事を働くのか、それとも何か小細工を仕掛けてから動くのか。どちらにせよここから遠く離れた地にロケット団の全戦力と思われるだけの数を動かしているのだから、何かある筈だ。

 

「俺もっかいコントロール・ルーム付近を見て来るわ」

「また見に行くの? 出入り口に警備の人が二人いるのは見たでしょ?」

「しゃあないだろ。アキラからしつこいくらい言われてただろ」

 

 『単身ならともかく部下を使って裏工作をする可能性があるから気を付けろ。絶対にだ』とゴールドとクリスは、アキラからこれ以上無く念押しでしつこく言われていた。

 コントロール・ルームは、ポケモンリーグが行われる会場のシステム全てを司っている部屋のことだ。大勢の人が集まる会場をパニックに陥れるのに、建物の設備を不調にさせるのは確かに考えられる手だ。

 さっきも異常は無いか見て来たのだが、ゴールドを一人にする訳にはいかないのでクリスも付いて行くことにする。警備員は大幅に増員されているので、心配は無い筈だが念の為だ。

 

「そういやオーキドの爺さんかお偉いさん達から何か連絡はあったか?」

「いいえ。まだ戦いは始まっていないんだと思うわ」

 

 警察を通じてだが、アキラとレッドがロケット団と戦い始めたらポケモン協会関係者かオーキド博士のいずれかを経由して二人に連絡が入ることになっている。

 集まった警察達が合流したアキラとレッドがロケット団に仕掛ける予定時刻はまだ先ではあるが、予定通りに始まるとは二人とも考えていなかった。

 

「名目上は警察の方々の助力だけど、レッド先輩達は大丈夫かしら…」

「クリス、あの二人が向かったんだ。仮面の男とか伝説のポケモンが相手でも無い限りすぐに終わらせてくるさ」

「でも相手はロケット団の大軍団よ。勝てるとしてもそれなりに時間が掛かりそうな気はするけど」

「いやいや、あの二人はマジでそこらの奴が束になって敵う相手じゃない」

 

 レッドのポケモンを的確に導く技術と有する能力を爆発的に引き出す判断力。

 アキラが率いる地形を大きく変える程の強大な力を発揮するポケモン達とそれらを巧みに纏め上げる統率力。

 どちらも状況を問わずにどんな敵が相手でも戦えるが、一対一の戦いならレッド、多勢を相手にするのならアキラと言えるくらい役割分担も出来る。

 今回は敵の数が多いので、周囲の敵を一掃するべく凄まじい光景になるのがゴールドには容易に想像出来た。

 

「ひょっとしたら半分くらいは警察のお世話になる前に病院のお世話になるかもな」

「それは…ちょっと不味いんじゃないかしら?」

 

 ゴールドのぼやきに、クリスは思わず顔を引き付かせる。

 彼女の認識からすれば、最早ポケモンがトレーナーを狙うとかでもしないとそんな事態にはならないし、あの二人がそんなことをするとは思えなかった。

 だけど、ロケット団との戦いがどういう物なのか良く知っているゴールドは、こちらにその気が無くても結果的にそうなってしまうことを理解していた。

 特にアキラの手持ちの荒っぽさと戦闘時の規模の大きさは間接的、或いは意図的であろうとなかろうと巻き込んでそうなっても不思議じゃない。

 

 アキラはクリスに似て真面目で良識はあるが、経験故か彼女と違ってやる時は容赦しない。

 と言うより、自分のやり方が一般的なのから外れているのを一応自覚しているが、それでも真面目に考えた結果、そうなってしまうと割り切っているとゴールドは見ていた。

 普段は荒っぽい手持ち達を抑える側に立っているが、それはやり過ぎると自分だけでなく周りにも迷惑が掛かるからだ。やり過ぎても問題が無かったり、そう動いた方が良いと判断したら、荒いことでもあまり躊躇わず実行する。

 如何にも悪い事や荒っぽい事とは縁が無さそうな顔をしているが、やると決めたら超えてはならない一線ギリギリで敵を倒していくのだから、敵対する相手から見たらアキラはレッドよりもずっと恐ろしい存在だ。

 

 だからこそ、そんな彼らでさえまともに戦えば負ける可能性の方が高い仮面の男の危険性は良く理解出来た。

 今の自分とは比べ物にならない雲の上の存在達が繰り広げる戦い。もし始まれば付いて行くので精一杯なのは目に見えていたが、それでもゴールドはいざ戦いが起きたら足掻けるだけ足掻くつもりだった。

 

 

 

 

 

 気を引き締めて、ポケモンリーグの会場内の見回りを再開したゴールドではあったが、そんな二人を始めとした周囲の様子を窺う不審な人影があることには気付いていなかった。

 

「――事前に可能性は伝えられていたが、当初の想定以上に警備が厳重だな」

「エキシビジョンマッチが終わるまでには、コントロール・ルームを制圧しなければならないというのに厄介だ」

 

 訪れてから確認出来た状況も考慮して、次に取るべき策について彼らは話し合う。

 会話の中で出て来たコントロール・ルーム制圧を達成するには、その部屋へ繋がる出入り口にいる警備員を片付けなければならない。

 その点に関しては問題は無いが、常駐以外にも巡回している警備員もいるので、頃合いでも無いのに騒ぎになることは避けたかった。

 配置されている警備員の数、巡回時間や頻度の把握。当初の想定よりもやらなければならないことが山の様に出来ていた。

 

「時間はそこまで残されていない。あの御方の目的が達成出来るか否かは、我らの働きに懸かっている」

 

 事前に伝えられているジムリーダー以外の要注意人物であるゴールドとクリスの二人に目を向けながら、忌々しそうに呟く。

 オーキド博士がポケモン図鑑を託したという少年少女達。脅威度はジムリーダーよりもずっと低いが、その子ども離れした実力や危機的状況であっても辛くも逃れて来た運の強さには何かを感じざるを得なかった。

 その中で最も優れた実力者であるレッドは、アキラと同様にここから遠く離れた場所にいる。

 中々戻って来れない様に様々な策を施してはいるが、それでもあの二人を相手にどこまで通用し、そしてどれだけ時間を稼げるかは未知数だ。

 

 だけど彼らは、如何に困難な状況であったとしても、どんな手段を使ってでも目的を達成するつもりだった。

 それが自分達の才能を見出して、今日まで鍛えてくれた存在への恩と忠誠に報いる唯一の方法だと信じているからだ。

 決意を新たに、怪しげな人影は再び人気のない場所へと消えるのだった。




アキラ、レッドと共に警察の加勢に向かい、ゴールド達も万全の状態でセキエイに待機。

戦いが最終局面で且つ大規模なものになることから、アキラは激戦を想定した装備や持ち物を整えた完全武装状態です。
他にもゴールドやクリスにも自分の目が届かない分、可能な限り元の世界で憶えた出来事を想定される事態として伝えるなど、出来る限りのことをして備えています。
戦う前段階でやれることはやったので、後は敵を倒していくだけです。

明日に次話を更新します。

次回、歴代で一番アキラ達が暴れます。


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破壊の進撃

 ポケモンリーグの開催時刻が迫っていた頃、チョウジタウンに近い空の上をカイリューとリザードンにそれぞれ乗ったアキラとレッドの二人は、警察が集結しつつある場所へと向かっていた。

 人目を避ける為に建物から出てすぐに町から少し離れた場所へ軽く”テレポート”で移動はしたが、流石に警察との合流予定地まで直接”テレポート”するのは手持ちが疲れてしまうことを考慮して、こうして彼らは負担の少ない手段で移動していた。

 

「アキラ、合流地点はこのまま真っ直ぐ飛んだ先で良いんだよな?」

「その筈、今回の戦いの為に結構多くの人員を動員しているって聞いているから、近付けばある程度わかるとは思うよ」

 

 集結している警察との合流予定地である山の麓は、近くにある”こおりのぬけみち”の影響で一年中気温が低くて季節外れの雪が積もる時もある環境だ。

 そして事前情報では、当日の天気は曇りで付近は雪に覆われていることも聞いている。

 当初アキラとしては雪が積もった山の中で戦うのは、中々面倒なことになりそうな予感がしてしょうがなかったが、さっき宿舎でレッドに言われた通り、やるからには全力を尽くすだけと気持ちを切り替えていた。

 

 警察は多くの人員を動員することでロケット団との一大決戦に備えているが、ポケモン協会の方も加勢するアキラ達の為に様々なアイテムを提供するなど出来る限りの要望に応えてくれた。

 その為、手持ち達の何匹かは何かしらのアイテムを持ち物として所持しており、少しでも自らの強化を図っている。

 そして士気などの気持ちの面も、レッドのお陰で大分肩から力が抜けたことで、戦いに備えた準備としては過去最高であった。

 

「現場に着いたら警察の人達に合流するんだろうけど、アキラはどうする?」

「俺は警察の人達に先陣を切らせて貰う様にお願いするつもりだよ。色々考えたけど、よっぽどの相手でも無い限り、力任せに突撃した方が良い」

 

 手持ち以外の被害は度外視してでも全力でロケット団を叩き潰すことにはしたが、それでも可能な限り周囲への影響は最小限にしたい。

 そうして考えたアキラが思い付いたのは、自分と手持ち達が先陣を切って突撃し、目の前に立ち塞がるロケット団を勢いのままに片っ端から薙ぎ倒していくというものだ。

 相手が数の暴力で押してくることは”スズの塔”で既に経験済みなので、戦力があれと同じか少し上だと考えれば、容易に倒すことが出来る。

 手加減や後を考えての温存はしない。今日一日で全てが終わる筈なのだから、持てる力は全て出し尽くすつもりだ。

 

「成程、それは良いやり方だな」

「多分、敵の数が多かったりして加減するのは難しいかもしれないから、不用意に俺達に近付かない方が良いかもしれない」

「大丈夫大丈夫、そうした方がアキラが全力を出せるなら、俺達は出来る限りサポートをするさ」

「ありがとう。それと、さっきレッドと話してから考えたことだけど、決めたよ」

 

 そこで言葉を区切り、アキラは真っ直ぐ前を見据えながら少し間を開けて次の言葉を紡いだ。

 

「ロケット団の奴らが――もう二度と悪いことを考えたり企まず、真っ当に生きようって気になるくらい暴れるつもりだ」

「おっ、何時になく強気で頼もしい言葉だな」

「何時になくって…」

 

 真剣な表情で口にするアキラと彼の言葉に同意する様に息を荒くして応えるカイリューの姿に、レッドは横から見ながらちょっとだけ感心する。

 彼は目標の為ならあらゆる努力を厭わないので、周りからは相応の評価をされているがそれを彼はあまり自覚していない――と言うより過大評価と受け止めている節がある。

 傲慢とまでいかなくても、我の強い彼の手持ち達みたいに「俺達が一番強い」と言わんばかりな強気で感情的な姿勢をもっと前面に打ち出しても良いくらいだ。

 そこまで考えた時、レッドはあることを思い付いた。

 

「そうだ。この戦いが終わったら久し振りに俺と…いやゴールドとか色んな奴とバトルしようぜ」

「……え? バトル?」

「そう、勝っても負けてもどっちでも構わない全力の勝負をな」

 

 シロガネ山から下山してから、ジョウト地方でアキラが何をやって来たのかをレッドは本人以外の色んな人からも聞いていた。

 修行の合間を縫って――と言うより何かしらの兆候を察知するや手持ちと共に現場に向かい、そこで悪事を働くロケット団を見つけては片っ端から打ち負かして警察に突き出している。

 彼のポケモン達はカイリューを筆頭にロケット団への敵対心がとても強く、何匹かは元々の我の強さも相俟って自分から探しに行く可能性すらある程だ。

 アキラはそんな手持ち達の手綱をしっかり握って暴走するのを止めるのと同時に、彼自身もロケット団が許せないからこそ積極的に自分から戦いを挑んでいる。

 

 昔よりも強くなれたからこそ可能なことではあるが、それでも彼らの戦いは基本的に”決して負けは許されない”ものだ。

 負けず嫌いな手持ちが多いことも関係しているが、その意識もあるからこそアキラは手持ち含めて規格外の力を発揮するまでになっているが、幾ら実力差があったとしても失敗や負けが許されないというのは精神的な負担はかなり大きい。

 

 本来ならポケモンバトルは、そんな生死を賭けた様なものではない。

 フェアに正々堂々と磨き上げた力で戦い、勝っても負けても互いに楽しく、そして互いの健闘を称え合うものだ。

 今のアキラは自分や手持ちが望んでいるからと言ってはいるが、短期間で色々あり過ぎて荒んでいるまではいかなくてもちょっと気負い気味なのを、さっきまで交わしていた会話からレッドは何となく感じた。

 どこかで肩の力を抜かせるなどリフレッシュさせた方が良い。

 

「…俺も久し振りにレッドと戦いたいけど、多分この戦いを終えて少し休んでからにはなると思うよ」

「別にすぐじゃなくても良いよ。何ならシロガネ山の秘湯にのんびり浸かって休むとかも良いと思うぞ。あそこは疲れを癒すにはもってこいだ」

「シロガネ山の秘湯か…入ってみたいなぁ」

 

 シロガネ山へ行ったものの結局は入ることは無かったどんな傷も癒せるという秘湯。

 一体どんなものなのかアキラは想像を膨らませるが、徐々に空気が冷えたり積もった雪が見えるなど目的地に近付いて来たこともあったので、改めて頭と気持ちを戦いへ意識する様に切り替える。

 

「…合流地点はもうすぐだけど、情報漏洩を防ぐ為に援軍を送る程度しか伝えていないんだっけ?」

「そうだと俺は聞いている。まあ手早く自己紹介や事情を伝えれば警察の人達も察してくれるとは思うけど――」

 

 この後の動きについて、二人で確認を始めた直後だった。

 遠く離れた場所から何かが爆発する様な大きな音が聞こえ、連鎖する様に黒煙らしきものが幾つも昇るのが見えた。

 

 何が起きたのか二人は考えるまでも無かった。

 先手を打ったのか、ロケット団は籠城せずに攻勢に出たらしい。

 

 この作戦に関しては、警察官であるキキョウジム・ジムリーダーのハヤトも含めたジムリーダーには伝えられていないということだが、タイミングが良いのか情報が筒抜けなのか。

 持っていたアタッシュケースの様な形状の箱型に三桁の番号をダイヤルで入力してロックを解除するや、アキラは瞬く間にそれを見覚えのあるライフル状のロケットランチャーへと組み上げる。

 悠長にやっている場合では無い。戦いが始まったのなら、悪化する前に手を打とう。

 

「いこうアキラ!」

「あぁ、さっさと終わらせてポケモンリーグに向かおう!」

 

 二人の声を合図に、彼らがそれぞれ乗るカイリューとリザードンも速度を速めて、現場へと急行する。

 

 

 

 

 

 アキラとレッドが急ぎ始めた頃、彼らの目的地にして合流地点である現場はパニックに陥っていた。

 至る所で警察のポケモンとロケット団が連れるポケモン達が激しい戦いを繰り広げていたが、状況的に警察側の方が押されていた。

 

 チョウジタウンの外れに集結するロケット団との戦いに備えて、動員出来るだけの警察がジョウト地方各地から今回は集められていた。

 対するロケット団は、本拠地と思われる山奥にある建物や周辺の森の中で土嚢を積み上げたり、塹壕を掘った簡易陣地みたいなのを複数作るなど、明らかに籠城する構えを見せていた。

 その為、現場では本格的な作戦開始はポケモン協会からの依頼を受けたトレーナーとの合流次第にするつもりであったが、その前に何の前触れも無くロケット団は仕掛けて来たのだ。

 

 当然警察達も抵抗するが、あれだけ籠城する様な備えをしていたのに守るのでは無くて攻めて来るのは予想外だった為、次から次へと攻めて来るロケット団相手に混戦状態だった。

 

「っ! 誰か手を貸してくれ!」

「ダメだ! 自分の事で手一杯だ!」

「数が多過ぎる!」

 

 このままでは数で押し切られる恐れが現実味を帯びて来た時、上空から轟音と共に荒々しい光が地面を薙ぎ払う様に飛んで来て、爆発によって森から出て来るロケット団の後続を断ち切った。

 突然の出来事に周囲の動きが少しだけ止まるが、その僅かな間にドラゴンの姿をしたポケモンは勢いのままにロケット団が密集する付近に着地、爆音と強烈な衝撃で土を舞い上げながら範囲内のあらゆる存在を吹き飛ばした。

 

 誰も予期していなかった事態に、敵味方問わず全く付いていくことは出来なかった。

 それどころか、舞い上がった土煙や至る所で燃えていることによる黒煙の影響もあって、誰も状況を正確に把握出来ていなかった。

 だが比較的被害は少なかった警察達は、少しだけ晴れ始めた視界の先で目を疑う様な光景を目の当たりにした。

 

 払う様に振るった豪腕でいとも簡単にスリーパーを薙ぎ倒し、怖気付いたリングマの顔面にめり込む勢いで拳を叩き込む、ドラゴンらしきポケモン。

 

 炎を溢れさせながら手にした骨の棍棒らしき得物で、無慈悲にロケット団のポケモン達を殴り飛ばす、燃える炎が擬人化した様なポケモン。

 

 瞬く間に数匹のロケット団のポケモンを鋭い爪で切り裂いていく、背から無数の突起を生やした小柄なポケモン。

 

 その手に形成したエネルギーの球体を、集団目掛けて放り込んで多くのポケモンを纏めて巻き込む、影そのものを彷彿させるポケモン。

 

 様々な攻撃を受けても物ともせず、稲妻を迸らせながら交差させた手刀らしき技で立ち塞がったゴローンを打ち砕く、雷の様な屈強な体格をした人型のポケモン。

 

 目の前に立つラッタに張り手を打ち込むと同時に水流混ざりの衝撃波を放つことで、直線上にいる存在を吹き飛ばす、巻貝を被った頭部をしたポケモン。

 

 吠えながらアーボックと思われるポケモンを円を描く様に力任せに振り回して周囲を一掃していく、怪獣みたいなポケモン。

 

 目にも止まらない速さで体を回転させながら繰り出す足技で、次々とロケット団のポケモンを打ち上げていく様に蹴り飛ばしていく、傘の様な頭をしたポケモン。

 

 高々とかざした小さな棒らしきものから無数の雷や光線を一挙に放つことで、他が倒し切れなかったのや弱っている敵を確実に仕留めていく、最も小柄なポケモン。

 

 不意を突かれたこともあったが、さっきまで警察を圧倒していたロケット団が、たった九匹のポケモン達に成す術も無くやられていたのだ。

 しかも彼らの攻撃は人を直接狙ってこそはいないが、余波などで巻き込んでも全く気にしないという一片の容赦も無い苛烈さで、ロケット団の方が哀れに見える程に一方的だった。

 そして突如として現れた彼らは、あっという間に周囲のロケット団を粗方蹴散らすと、その勢いのまま荒々しく吠えたり雄叫びを上げながら雪が積もる森の中へと走っていく。

 

 あまりにも衝撃的過ぎる急展開に、警察や辛うじて被害を免れた一部のロケット団は目の前の敵との戦いを止めはしなかったが、何が起こったのかわからなかった。

 理解しようにも時間が掛かりそうな時、森の中へと攻め込んで行った九匹のポケモン達と代わる様に、少し遅れて一人の少年が空から駆け付けた。

 

「行くんだ皆!!」

 

 彼が繰り出したポケモン達は先に現れてロケット団を蹂躙した面々とは異なり、まだ残っていたロケット団のポケモン達を警察に加勢する形で倒しつつ、団員も含めてその動きを適切に取り押さえていく。

 そのお陰もあったのか、辺りはまだ慌ただしくはあったものの少しずつ落ち着いた状況へと向かっていき、駆け付けた少年は尻餅を付いている警察の一人に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

「き、君は…」

「ポケモン協会から頼まれて加勢に来たポケモントレーナーのレッドです。ロケット団のポケモンは俺達が倒しますので、その後の団員の拘束などをお願いします」

 

 警察がロケット団などの犯罪組織に対して、ポケモンバトルやポケモンの扱いで後れを取っているのは事実だ。

 だけどそれ以外の分野であれば、警察の方が勝っている。レッド達がロケット団が連れているポケモンを蹴散らせば、警察は本来の力を十分に発揮することが出来るし、それから先は彼らの仕事だ。

 

「…早く追い掛けないとな」

 

 レッドが視線を向けた先にある森から、大きな爆発と爆音が何回も轟き、上がる黒煙の数も増えつつあった。

 それだけで先に突撃した彼らが、ロケット団の軍勢を相手に大暴れしているのが手に取る様にわかった。

 

「あ…あの…」

「どうしました?」

「さっきロケット団と戦っていたポケモン達は…味方…なのか?」

「味方ですよ。すっげぇ頼りになる心強い味方です」

 

 警察官は明らかに困惑していたが、レッドは彼らが味方であるのを力強く断言する。

 土埃や黒煙の影響で良く見えなかったが、レッドも空の上から遠目で彼らの戦いは少しだけ見ていた。

 

 直接トレーナーを狙っていた訳では無いが、ロケット団を次々と血祭りに上げていく荒々しさを初対面の人達が見たら、どっちが敵なのかわからないという印象を受けるのも仕方ないだろう。

 だけど、それが彼らが持てる力を最大限に発揮しつつ、可能な限り消耗を減らして最短でこの場での戦いを終わらせる方法なのだ。

 思っていたよりも早く、ここでの戦いは終わるかもしれないとレッドは感じていた。

 

 

 

 

 

 多種多様な攻撃が飛び交い、大小様々な爆発が森の中に積もった雪や土を巻き上げていたが、その中を怯まず駆け抜ける集団がいた。

 左右の腕に盾と砲をそれぞれ手にしたアキラが、両目にゴーグルの様なものを身に付けたサンドパンを伴う形で走り、その後を他の彼の手持ち達がバラバラではあるがロケット団と戦いながら続いて行く。

 森の中に陣取っていたロケット団も、攻め込むアキラ達の進撃を止めようと正面のみならず、あらゆる方角から攻撃を仕掛けていく。

 それらの攻撃はアキラのすぐ近くの地面に当たって爆発したり、時には彼の顔を掠ったりする程の猛攻であったが、彼らの足が止まることは無かった。

 

 アキラと共に走るサンドパンは、”めざめるパワー”を始めとした飛び技を駆使して迫るロケット団のポケモン――特に上から自分達に近付いて来る鳥ポケモンをガンマンの様に正確に撃ち落としていく。

 それでも対応し切れなかった鳥ポケモンの一部がアキラに襲い掛かろうとするが、彼は走りながら盾の向きを変える可変機能を巧みに活かして嘴や鉤爪の攻撃を防いでいく。

 そうして時間を稼いでいる間に、飛行していたドーブルが”へんしん”するヨルノズクがそれらを排除する。

 

 これで一旦身に迫る脅威は遠ざけた――と思った直後にはゴーリキーが横から拳を振り上げながらアキラ目掛けて跳び掛かって来たが、割り込む形で飛び込んだブーバーが”ふといホネ”を力任せに振り下ろして、地面に叩き付ける。

 かいりきポケモンを脳天から叩きのめしたブーバーはそれだけに留まらず、一足先に土嚢を積み上げて作った陣地に立て籠もっているロケット団の集団へと大ジャンプで飛び込み、修行で身に付けた格闘術でロケット団のポケモン達を次々と蹴散らしていく。

 

 周囲360度全てが敵なのも相俟ってブーバーは思う存分暴れまくり、挑むロケット団のポケモン達は倒されていくだけでなく、団員達も気絶したり殴り飛ばされたポケモン達に巻き込まれる。

 ひふきポケモンを止めようとグランブルが背後から不意打ちを仕掛けようとするも、撃ち出す様な爆音と共に凄まじい速さで飛び込んだカポエラーのドロップキックを食らった挙句加勢されるなど、まるで打つ手は無かった。

 

 陣地内にいる敵を一通り片付け終えた師弟は、辛うじて攻撃に巻き込まれずに済んだ数名の団員には目もくれず、すぐさま他の障害になりそうな敵の集団へと突撃していく。

 戦意を失った団員達はただ茫然と走っていく二匹を見送るしか無かったが、遅れて走って来たアキラ達の姿を見るや逃げる様に急いでその場から離れる。

 

 そうして戦いながら走っていた時、突如としてアキラの足元の地面が盛り上がり、彼の体を宙へ打ち上げられる。

 地面からアキラを打ち上げたダグトリオは、すぐにゲンガーにモグラ叩きみたいに一撃で伸されるも、自由の利かない空中を舞うアキラをロケット団達が狙う。

 が、そんな彼をヨルノズク同様に木々を搔い潜る様に低空飛行していたカイリューが狙い撃ちにされる前に片手で抱える形で確保することで事なきを得る。

 

 彼らを狙った様々な攻撃が襲うが、強靭な肉体を有するドラゴンポケモンは鬱陶しそうに表情を歪めるだけだった。

 それからカイリューは、小回りの利かない巨体でありながらもアキラを抱えながら巧みに木々の合間を蛇行して飛び、低空飛行なのも利用してすれ違い際に体や尾をぶつけて通り魔みたいにロケット団のポケモンを団員も巻き込む形で次々と倒していく。

 

 そんなドラゴンポケモンを止めようとヘラクロスとカイロスが挑むが、カイリューは抱えていたアキラを後ろへ放り投げると、二匹のツノやハサミをそれぞれ鷲掴みにして飛行したまま雪の積もった地面に押し付けて引き摺り回していく。

 雑に放り投げられたアキラの方は、腕に付けた盾を利用して受け身を取ったことでほぼ無傷で着地していたが、足元が積もった雪なのもあって立ち上がるのには少し手間取ってはいた。

 

 そんなまだ動きが鈍いアキラ目掛けて、今度は地面からイワークが姿を現し、その巨体で彼を押し潰さんとばかりに迫る。

 ところがいわへびポケモンの突進は、回り込んだヨルノズクとアキラの背後から姿を見せたヤドキングが放った”サイコキネシス”の衝撃波でその勢いを相殺される。

 巨体が意図せず反発した影響で動きが硬直した刹那、アキラを追い越したバンギラスの”ばくれつパンチ”が炸裂。強烈な爆発と共に体の一部を砕かれたイワークは一撃で吹き飛ぶ。

 

 イワークがやられても入れ替わる様に何匹かのロケット団のポケモンがアキラを強襲しようとするも、今度は何時の間にか”がまん”が解放されたエレブーが、その豪腕をデタラメに振るいながら暴れてそれらを次々と薙ぎ倒していく。

 

 圧倒的な力を背景にした止まる気配の無い破壊の進撃。

 挑む者、邪魔する者、立ち塞がる者は皆例外無く、彼らは容赦なく打ち負かしていく。

 

 まるで突き進む矛先の様に、彼らは立ち塞がるロケット団の集団と防御用に構築された陣地を次々と突破していくが、対するロケット団の方も多少の怯みこそはしても数の差を活かして更に仕掛けていく。

 流石に攻撃が激しくなってきたことを感じたのか、少し先行していたカイリューやブーバーらも遅れていた手持ち達と合流する様にアキラの周りに集まっていき、歩調を合わせて対抗することでその勢いを保つ。

 

 そうして手持ち九匹とそれを率いるアキラが、ある程度固まったタイミングだった。

 何匹ものビリリダマやマルマイン、イシツブテにゴローン、クヌギダマが彼らの元へ投げ込まれたり、自らその身を投げ出して一斉に身に秘めたエネルギーを解放した。

 

 ”じばく”と”だいばくはつ”

 

 先程から森の至るところで起こっているのを遥かに凌ぐ規模の爆発が連鎖的に起こり、アキラ達を呑み込む。

 

 その威力と規模は、まともに受ければポケモンなら瀕死、人なら無事では済まない程であった。

 正しく”ルール無用”の一手ではあったが、そこまでしなければ最早アキラ達を止めることは出来ないとロケット団は判断したのだ。

 しかし次の瞬間、団員達は信じられないものを目にすることになった。

 

 

 爆発によって立ち込める黒煙と舞い上がった土の中から、ほぼ無傷のアキラとその手持ち達が、各々構えた体勢で飛び出したのだ。

 

 

 どうやったのかは知らないが、あれだけやっても倒すどころか、目立った手傷さえも負わなかったのだ。

 信じ難いと言う感情と共に、捨て身の攻撃も通じない集団を相手にどうすれば良いのかという戸惑いと困惑が瞬く間に伝搬していく。

 そして今のアキラ達は、ロケット団が見せた隙を見逃さなかった。

 

 各々が飛び出した勢いのままに目の前を遮る邪魔者を踏み倒していくと、カイリューを始めとした何匹かは一気に加速したり足を早めたりして再び先行する。

 こうして攻め込まれることを想定していたのか、土嚢を積み上げたり溝を掘ったりして作った陣地らしきものはまだ幾つもあったが、地面スレスレで低空飛行をしていたカイリューは”はかいこうせん”でそれらを狙い撃つ。

 突き抜けていく光線によって、射線上にあったそれらの陣地は爆発を起こして土や雪を舞い上げながら吹き飛ぶ。

 そしてカイリューは”はかいこうせん”の破壊痕に沿って一気に加速、高度を上げることで森から飛び出し、山の火口みたいな場所に建てられている建物へと突撃する。

 

 このタイミングに仲間達と足並みを揃えずに突っ込んだのは、ここまでの戦いで相手の力量がどれくらいなのかをドラゴンポケモンは肌で感じ取っていたからだ。

 迫る自身を撃ち落とそうと様々なタイプの技が飛んでくるが、真っ直ぐ飛びながらも回避していく。避け切れなくて当たったとしても、強靭な体は全く物ともしない。

 

 事前に確認した情報では、目指す先にある建物がロケット団が拠点にしているとカイリューは記憶していた。

 倒しても倒しても懲りること無く害虫の様に湧いて出て来る憎き存在。

 この場にやって来る前にアキラが言っていた様に、もう二度と悪事を働こうという発想が出来ない、或いはその道を選んだことを心底後悔させる為にも叩きのめす。

 そう意気込んで今正に建物に飛び込もうとした瞬間、まるで頑丈なガラスにぶつかる様な重々しい音を立ててカイリューは弾かれた。




アキラ、手持ちを総動員した総力戦で立ち塞がるロケット団を片っ端から倒していく。

大激戦で且つ急いでいる状況なのと決意を固めたばかりなのもあって、アキラも彼の手持ち達も一線は越えないけど普段よりも容赦無いです。
彼らに攻め込まれたロケット団は、ハリウッド映画で良く見る軍隊が強大な敵に蹂躙される様な立場なので、多分どこかでロケット団の誰かが「ウィルヘルムの叫び」を上げていそう。

次回、攻めるアキラ達と守るロケット団との激戦が増します。


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戦場の森

ロケット団が集まっている建物は、単行本22巻で描かれたブルーとシルバーが脱走した施設をイメージしています。


「――今何か結構ヤバイ音がしたな」

 

 雪が積もる森の中を手持ち達と一緒に走りながらアキラは、かなり離れた場所から聞こえた音を気にする。

 戦いによって生じた爆音や掛け声などで周囲が騒がしいのにも関わらず聞こえたのだ。先走ったカイリューは大丈夫なのだろうか。

 そう心配していたのだが、怒りの雄叫びと共に再び爆発の様な大きな音が遠くから聞こえたのでどうやら大丈夫らしい。

 

 まだ何も見えていないが、恐らくカイリューはこの森の先にある建物を攻撃している筈だ。

 現場に向かう前にポケモン協会から提供された情報を確認したが、山の中にある火口みたいな場所に建てられた大きな建物にロケット団が集まっていることはわかっている。

 映っていた写真にはカイリューが苛立つ様な何かがある建物には見えなかったが、聞こえた音から推察するに恐らく侵入を阻むバリア的なのが張られているのだろう。

 三年前にロケット団がエスパーポケモンで作り出したバリアでヤマブキシティ全体を覆っていたという記録があるので、ロケット団が同じことをやっている可能性は十分にある。

 

「おっと!」

 

 何かの技が飛んでくるのに気付き、反射的にアキラは回避も兼ねて近くの窪みへとサンドパンと共に転がり込む。

 気が付けば、あらゆる方向から攻撃が飛び交い、そこら中からロケット団とその手持ちがアキラ達に押し寄せていた。

 現場に急行した際に目にした苦戦を強いられている警察達の姿から、ロケット団の注意を自分達に向けさせることも兼ねて突撃したが、突出し過ぎたかもしれない。

 実際、正面からだけでなく後ろからも倒し損ねたり置いてきぼりにした団員達が戻って来て、徐々に包囲網が構築されていた。

 

 だけどアキラは勿論、一緒に突撃した手持ち達はあまり気にしていなかった。

 挑んでくる敵は全て薙ぎ倒す。それだけだ。

 

 一緒に窪みに体を屈めていたサンドパンは、両目に取り付けたポケモン協会から提供されたアイテムである”ピントレンズ”を調節すると、狙い澄ました”どくばり”を一発だけ発射する。

 毒針は狙撃先にいたビリリダマに命中すると、刺激を受けたボールポケモンは爆発。周囲にいた他のポケモンや団員を巻き込むのが見えた。

 

「何回見ても正確な狙撃だな」

 

 的確な狙撃を披露するサンドパンを褒めるが、他のアキラの手持ち達も各々の戦い方で押し寄せて来るロケット団のポケモン達を圧倒していく。

 ヨルノズクの姿をしたドーブルは念の力を込めた強風を起こして小さなポケモンを吹き飛ばし、カポエラーは体操選手の様に機敏な動きで攻撃を避けながら力強い足技で周囲の敵を次々と蹴り飛ばしていき、バンギラスに至っては進化したことで得たあらゆる攻撃を弾く頑強な巨体とパワーを存分に活かして思う存分暴れる。

 そんな三匹に負けじと古参の面々も攻撃の手を強めるが、ロケット団も数を背景に被害度外視でとにかく押し潰そうとする。

 

 森の至る所であらゆる技が飛び交い、頻繁に爆発や殴打時の鈍い音が聞こえるなど、戦いは正に”大軍勢vs少数精鋭”が繰り広げる激戦と言える状況だった。

 だけどそんな状況でも、アキラは飛んで来た技を盾で防げる様に構えながら立ち上がるとサンドパンと共に森の中を再び駆け出す。

 

 ロケット団の軍勢を相手にするのだから、これ程までに戦いが激しくなるのは想定済みだ。

 そしてこうもロケット団が手段を選ばずに猛攻を仕掛けて来るのが、戦っているカイリュー達を止める事もそうだが、彼らを率いるトレーナーである自分を狙っていることにもだ。

 

 通常トレーナーが連れているポケモンは、トレーナーと一緒に過ごすのに慣れているので指示が無いかその身に何かがあると動きが鈍るか動揺してしまう。

 それが一般的なものであることは間違いでは無いのとアキラの場合、この後ポケモンリーグにも駆け付ける予定にもなっているから、不安要素を排除するという意味では理に適っている。

 しかし、何事にも例外は存在する。

 

 仮にアキラがロケット団の狙い通りに行動不能に陥ったとしても、彼のポケモン達が止まる事は無い。

 寧ろ歯止めを掛ける存在がいなくなって、攻撃が過激化して尚更酷い事になるだけだ。

 だけど敵の攻撃が自分に集中すればする程、その分手持ち達に向けられる攻撃の手が緩んだり隙が生まれる。

 アキラはそれを知っているので、避け切れそうにない攻撃や技は盾を活用して防いだり流したりしながら、ロケット団の狙いを自分に集中させるべく手持ち達と同じか少し前の位置で動き続ける。

 

 そんな中、団員の何人かが激しい攻防を上手くすり抜けて、暴れるポケモン達を率いるトレーナーであるアキラとの距離を詰めた。

 

 ポケモンは強いが、猛威を奮っているポケモン達のトレーナーは子どもだ。大人と子どもなら、体格や力の差で如何にでもなる。そう考えての行動だった。

 好き勝手に暴れたお返しとして直接痛め付ける、或いは人質にして暴れているポケモン達を封じる、利用方法は幾らでも浮かぶ。

 そして拳を握り締めてアキラを殴り付けようとした次の瞬間、彼に迫った団員は振るわれた盾によって金属音と共に殴り飛ばされた。

 

「トレーナーを直接潰す。ルール無用の野良バトルなら確かに有効だけど、当然反撃するに決まっているだろ」

 

 思ってもいなかった抵抗に驚きの表情を浮かべる残りの団員に、アキラは金属光沢を放つ紺色の盾と共に鋭い眼差しを向けながら告げる。

 ”スズの塔”や他の現場で同じ様なことをしようとした団員は片っ端から返り討ちにしていたのだが、そのことを伝えられていないのだろうか。それとも聞いているけど何とかなると思っているのだろうか。

 こうしてこの場に立つからには、ポケモンだけでなくトレーナー自身も狙われて自衛の為に戦う事になるのは織り込み済みだ。

 今のアキラはその為の準備をしてきただけでなく、実現出来るだけの力を有していた。

 

 シジマの元で身に付けた体捌きに鋭敏化した動体視力や身体能力、装備に物を言わせて、アキラは仕掛けて来るロケット団を無慈悲に打ち負かしていくが、彼らの周囲が一瞬だけ暗くなった。

 対峙するロケット団を意識しながら原因に目をやると、上空をドラゴンらしき姿をした存在がカイリューがいるであろう方角へと飛んでいくのが見えた。

 その途端、後ろから包囲網を狭めていたロケット団の攻撃の手が弱まったにも関わらず騒がしくなってきた。

 

「アキラ!」

 

 近くにいた団員数名とポケモン達を打ち負かして、ようやく追い付いたと思われるレッドが自身の手持ちを引き連れて来た。

 彼らが追い付いたのを見て、アキラは後ろはもう気にする必要が無いことを察する。

 直に警察も追い付いてくれるだろうから、自分達がここに来た役割を果たさなければならない。

 

「行くぞ皆! リュットに追い付いて一気に終わらせるぞ!」

 

 手持ち達に発破を掛け、アキラは雪が積もる森の中を再び走り始めるとその後を追い掛ける様にレッドと彼のポケモン達も続いていく。

 敵の狙いが時間稼ぎと消耗が狙いなのはわかっているが、一刻も早くこの戦いを終わらせて、本命がいるポケモンリーグ会場へ向かわなければならない。

 だからこそ、彼らは止まる訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 

「撃ち落とせ! あのカイリューを撃ち落とすんだ!」

 

 空を飛んでいるドラゴンポケモンを指差しながらロケット団の一人が叫んでいたが、直後に近くにいたポケモン達を狙った”はかいこうせん”で吹き飛んできたポケモンの下敷きになる。

 ロケット団の拠点になっている建物周辺を飛びながら、カイリューはバリアの外に陣取って撃ち落とそうとするロケット団達を片付けるのと同時並行で度々突破を試みていた。

 だが、どれだけ攻撃しても建物を囲む様に展開されたガラス状の壁は破れる気配は無かった。

 

 性質的には”リフレクター”などの防御技に近いことは既に察していたが、力任せで突破するのは無理なのを何度も突き付けられて苛立ちを募らせていた。

 飛びながら突破方法を考えていた時、遠くから見覚えのあるドラゴン――リザードンが真っ直ぐ飛んでくるのにカイリューは気付く。

 

 不倶戴天の敵であるワタルや奴と共にいる同族程では無いが、リザードンと彼のトレーナーであるグリーンにカイリューはあまり良い印象は抱いていない。

 だけど、今は気に食わないなどと言っている場合では無かった。互いに視線を交わし合うと、やることはわかっているとばかりに頷く。

 それから二匹のドラゴンは、激しくなる攻撃を掻い潜って一気に急降下していくのだった。

 

 

 

 

 

 カイリューがリザードンと手を組んで突入していた頃、レッドとその手持ち達が追い付いたことで、アキラ達の攻める勢いは更に増していた。

 戦いの余波による衝撃や爆発が頻繁に起こる森の中を突き進む二人は、傍にサンドパンやエーフィを伴って先にあるロケット団の拠点を目指していく。

 

 大人数を相手にした大規模で破壊的な攻撃をアキラのポケモン達が中心となって実行していき、一掃し切れなかったり個々に挑んでくるのはレッドのポケモン達が可能な限り相手していく。

 ロケット団の方も多くのポケモンを繰り出すなどの数の利を生かして攻め出たり、予め作っていた防御用の陣地に籠城するなどして抵抗するが、それでも彼らを止めることは出来なかった。

 

 そんな中、これ以上の進撃を阻止しようと巨大な鋼の実の様な姿をしたポケモンであるフォレトスが、何匹かのクヌギダマを率いて共に”こうそくスピン”しながら二人目掛けて突進する。

 しかし、フォレトスはレッドが連れているカメックスが放った”ハイドロポンプ”であっという間に返り討ちに遭い、残ったクヌギダマ達もブーバーが投擲した”ほねブーメラン”やカポエラーの”まわしげり”で一蹴される。

 

 敵を一掃し終えた”ふといホネ”がブーバーの手元に戻ろうとしたが、途中で別の攻撃が当たって中途半端なところで落ちてしまう。

 武器を取り損ねたひふきポケモンに、好機とばかりに何匹ものロケット団のポケモンが跳び掛かったが、フシギバナが”つるのムチ”を何本も伸ばして、ブーバーに迫った敵を薙ぎ払う様に打ち払う。

 

 フシギバナの援護にブーバーは目線だけだが軽く礼を伝えると、すぐに手をかざす様に腕を伸ばす。

 すると手を伸ばした先に転がっていた”ふといホネ”は、まるで引き寄せられる様に動き始め、そのままブーバーの手元に収まる。

 

「お前のブーバー、”サイコキネシス”を面白い使い方するな」

「映画を見て思い付いたらしくてね」

 

 以前は見なかった力を使うブーバーに感心するレッドにアキラは少し呆れ混じりで答える。

 何時も投げた後の”ふといホネ”の回収に手間取っていたので、そういった問題を解消する為にブーバーは”サイコキネシス”を新たに習得していた。

 単純な接近戦以外での戦いの幅は間違いなく広がったのだが、当の本人は攻撃手段よりも得物の回収や映画で見た場面の再現の方をどちらかと言うと重視していた。

 ちょっと呆れながらも”ふといホネ”を手に再び突撃していくブーバーの姿を見届けた直後、アキラは鋭く光る何かを視界の片隅で捉える。

 

「っ!」

 

 危険を察知するや常人離れした反射神経で体を横に跳ばした刹那、左腕に付けている盾から引っ掻く様な金属音を響くも上手く力を逸らして、振るわれたストライクの鋭い鎌による一閃をアキラは防ぐ。

 すぐさま一緒にいたサンドパンが入れ替わる形でストライクと戦い始めるが、今度は小さなポケモンを連れた団員達が一気にアキラに向かう。

 相変わらず子どもだからと侮っている様子にアキラは顔を顰めるも、すぐにこの後にすべきことを頭に浮かべ、即座に判断を下す。

 迫る団員達を鋭敏化した目の視界内に入れ、次に取るであろう動きを見抜く。ポケモンの相手は手持ちに任せ、団員の方は直接手を出して来た者にのみ限定して、少しだけ紺の塗装が剥がれてきた盾を力任せに振るう事で殴り倒していく。

 

 当然残ったポケモン達は主人の敵討ちとばかりにアキラを襲おうとするが、そこはレッドが連れていたエーフィが念の衝撃波を放って阻止するのだった。

 

「やっぱり俺も盾貰った方が良かった! そうすりゃもっと! アキラを手助け出来た!」

「俺みたいにっ! 振り回すのはっ! 止めた方が良いっ!!」

 

 仲間がやられているのを目にしている筈なのに、懲りずにドンドン来る団員達を背負い投げや大振りの蹴りを織り交ぜながら頻繁に金属音を響かせて片っ端から倒しながらアキラはレッドに忠告する。

 大体自分の場合は、理由は何であれ肉体のリミッターが常時外れているからこうした無茶が出来るだけだ。本来なら幾ら鍛えていても、ここまで無双することは出来ない。

 そもそも今自分がやっていることは、状況的に正当防衛と認められるとしても間違いなく乱暴なだけでなくやり過ぎなのを咎められても仕方ない類だ。

 世間的に良く知られている模範的なトレーナーであるレッドがやっても良い様な行為では無い。

 

「別に良いじゃないかっ! 一緒に戦っているんだからっ! 少しは俺達を頼れ!」

 

 息つく間もなく戦っているが故に気分が高揚しているからなのか、それとも考える暇が無いのかレッドは直球で伝える。

 アキラが考えていることは、レッドは何となくわかる。

 

 こんな乱暴なことを直接実行するのは自分の役目。

 

 こうしてロケット団と戦う以上、その戦いが”ルール無用”で”勝つか負けるか”のどちらかしか許されない過激なものになることは必至だ。

 仮にこの戦いでのやり過ぎな対応について問い詰められたら、全て自分がやったことだとアキラが言うのは容易に想像出来た。

 そうなったら確かに好戦的な手持ちを連れている彼なら、やりかねないと見る者は多いだろうし、批判を含めた矛先を自分に向けることが出来るからだ。

 

「本来ならやっちゃいけないとか考えているんだろうけど、”ルール無用の野良バトル”だろ? それに俺なんてロケット団との相手は手持ちに全部任せているから、ポケモンの相手はポケモン、人の相手は自分と決めて、可能な限り自分の手で団員を倒しているアキラと比べれば数倍はワルだぜ」

 

 状況も相俟って余裕はあまり無い筈なのに、アキラに追い付いたレッドは得意気に告げる。

 性格もそうだが、彼なりの手持ちとの関係や付き合い方が一部の人に快く思われていないことが要因にあるのか、彼は自己評価が低い。

 積極的にロケット団を荒っぽい手段で倒していくのも、先手必勝なのもあるが友人や親しい人達に被害が及ぶのは勿論、なるべく先に自分が倒すことで他が同じ様な手段で手を下すことになるのを未然に防ごうとしているのだろう。

 だけどレッドとしては、アキラのまるで庇うかの様に自分だけ泥を被ろうとするのが不満だった。

 

 それに、こうも無差別で余裕の無い大規模な戦いを繰り広げている時点で、全てのルールやマナーを守って戦うのは困難を通り越して不可能だ。

 あるとしたら程度の問題。こういう戦いに参加している時点でやっていることは皆同じだ。

 

「……面倒なことになるかもしれないよ」

「その時は一緒に謝ろうぜ」

 

 コガネシティの宿舎でのやり取りと同じ気楽な返しにアキラはどう反応したら良いのか若干困るが彼の言う通り、その時はその時だと思う事にした。

 大変な状況であるにも関わらず、形は何であれ何時も自分を助けてくれるレッドに内心で感謝しつつ、少しだけアキラは口元を緩める。

 

「直に警察も来るだろうけど、仕事しやすくする為にもっと派手にロケット団を片付けるか」

「乗った!」

 

 アキラの提案にレッドも元気良く賛同する。

 そして二人は、先行しているカイリュー達に追い付くべく、再び手持ちのポケモン達と共に前へと走り出す。

 

 ロケット団の大軍勢をたった二人と十数匹のポケモン達で相手にする。

 この世界にやって来たばかりのアキラどころか、三年前に冒険に旅立ったばかりの頃のレッドも、そんなことをするとは夢にも思わなかっただろう。

 だけど彼らは今、昔なら想像もしていなかったことをこなしていた。

 

 そして彼らにやられっぱなしのロケット団だが、彼らも別に弱い訳では無い。

 だが、幾ら数を並べてもタイプ相性が有利だろうと、レベル差や気迫など様々な要因であっという間に蹴散らされる。

 並みのトレーナーなら苦戦必至の相応のポケモンなら流石に一撃でやられることは無いが、それでも間髪入れずに他のポケモンが次々と繰り出していく猛攻には耐えられない。

 中にはとうとう逃げ出そうとする者も出て来たが、多くは逃げ切る前に吹き飛ばされたポケモンや技の余波に巻き込まれたりしていた。

 

 ポケモンが倒せないならトレーナーの方を倒そうと考える者もいたが、狙われることも戦っている彼らは織り込み済みであった。

 レッドは彼自身が上手く逃れつつもポケモン達が上手く立ち回って彼を守り、アキラに至ってはまだ少年と言える年齢なのに自らロケット団を叩きのめす武闘派。

 個々に規格外な存在が協力し合い力を合わせた結果、まるで未曾有の大災害に襲われる様な事態にロケット団は見舞われていた。

 

 そしてアキラとレッドとしても、さっさとロケット団を片付けたかった。

 それは急いでポケモンリーグに向かうこともそうだが、何より先行して向かったカイリューとリザードンに加勢したいからだ。

 

 そうして戦い続けて、ようやくロケット団の攻勢が弱まり、カイリュー達が攻め込んだ建物に近付いて来たのが見えた時だった。

 視線の先から無数の泥の塊らしいのが飛んできて、それらは地面や木の幹に触れた瞬間、次々と爆発する。

 

 ”ヘドロばくだん”

 

 最近確認された技に関しての記載があった本で見た特徴とほぼ同じだったのでアキラはすぐにわかった。

 

 前を進んでいた二人のポケモン達も、避けたり防いだりと個々に対応するが、飛んでくる数が多い。

 レッドも避けながら木の陰に隠れようとするが、積もっている雪に足を取られて動きが鈍る。

 咄嗟にアキラは荒っぽい方法だが、彼を体が隠せそうな場所目掛けて蹴り飛ばすと同時に盾を防御出来る面積が広い向きに素早く切り替えて”ヘドロばくだん”に備えるも、構えた直後に爆発によって彼の体は吹き飛ぶ。

 

「アキラ!!」

 

 雪の積もった地面を転がっていくアキラの姿にレッドは焦る。

 ”ヘドロばくだん”そのものは盾で防いでいたが、流石に直撃時に生じた爆発の衝撃そのものは幾ら何でも耐えられなかった。

 

「皆! 急いでアキラを頼――」

 

 誰でも良いから手持ちの力を借りようとしたが、その前にアキラのポケモン達は動いた。

 ブーバーとカポエラーは自分達の姿を見せ付けるかの様にアピールすると、すぐさまロケット団の集団へと殴り込み、エレブーとバンギラスの師弟も普段の温厚さをかなぐり捨てた様な雄叫びを上げながらロケット団目掛けて猛ダッシュで突撃する。

 当然、ロケット団の注意や目標は彼らに変わるが、ブーバー達は”みきり”で攻撃を最小動作で避けながら接近するや見敵必殺とばかりに格闘技を叩き込んでいき、エレブー達は屈強な体に物を言わせてその身に受ける攻撃を意に介さず、力任せに次々とポケモン達と巻き込んだ団員達を宙に打ち上げて一掃していく。

 

「行動はやっ…」

 

 アッサリと助けを求める必要が無くなったことにレッドは少し笑ってしまう。

 かなり強引ではあったが、彼らもアキラの危機に気付いて即座に自分達に注意を向けようとしたのだろう。

 

 こういうトレーナーに何かあったとしても、状況に応じて各々が独自に判断して即座に動けるのもアキラの手持ちの特徴にして強みであった。

 レッドもマサキに頼んでボックスに留守番させているニョロボンなども手持ちに加えた六匹以上で挑みたかったが、大乱戦が予想される状況で六匹以上のポケモン達を的確に導いたり事前に彼らに迫る危機を察知することは出来ない。そもそも自分の身に何かあったら、動揺も重なって手持ち達は満足に動くことは難しい。

 けどアキラの場合だと、六匹以上の手持ちが同時に戦うことになってもあまり目立った問題は生じない。

 これは彼の手持ちの多くが自己判断出来るくらい頭が良く我が強いこともあるが、ポケモンもトレーナー自身もルール無用の野良バトルを想定した状況や戦い方などの必要な鍛錬を積んでいるからでもあり、レッドでも近い経験をしているだけなので真似をするのは容易なことでは無かった。

 

「いててて…」

 

 一方の吹き飛んだアキラは、痛そうに雪の上で倒れていた体を起こしていた。

 体が宙に浮いた瞬間に可能な限り受け身を取ったことや経験上痛みなどには体が慣れていたのでダメージは少ないが、やっぱりそれでも少し体の動きはぎこちなかった。

 加えて盾で防いだとはいえ爆発の衝撃が直に腕に伝わったので、その痛みや痺れもまだ腕に残っていた。

 そんな彼にゲンガーとヤドキングが駆け寄るが、ゲンガーは心配するよりも「早く立て」と言わんばかりに彼を急かす。

 

「わかってるわかってる」

 

 ゆっくりしている暇が無いことはアキラもわかっている。

 並みの人間以上の力を発揮出来るとはいえ、それでも人の体はポケモンと比べれば貧弱だ。

 だけどこうして手持ちと共に戦いの場に立っている以上、それを言い訳にはしない。

 彼らと並んで戦いに加わるからにはこうして狙われたりすることを考えたからこそ、シジマの元で自らの体も鍛えて来たのだ。

 今踏ん張らなくて何時踏ん張る、とアキラは自らを鼓舞する。

 

「大丈夫なのかアキラ」

「大丈夫大丈夫。それよりもいい加減にリュット達の加勢に向かわないと」

 

 駆け寄ってきたレッドにアキラは何とも無さそうに振る舞う。

 もう目を凝らす必要が無いくらいロケット団が拠点としている建物は見えていた。

 そしてその建物周辺で頻繁に爆発が起きたり技が飛び交っているのもハッキリとわかる。確かにカイリュー達は強いが、それでも色々と心配であった。

 戦いの場がここだけなら幾らでも無茶はやらせても良いが、これ程の規模でも前座とも言えるこの戦いで余計な消耗をするのは避けたい。

 

「……まだいるのかよ」

 

 気を引き締めて向かおうとした矢先に、多くのポケモンを連れたロケット団の集団が向かって来るのが二人の目に入る。

 ここに来るまでの間に確実に百人どころか二百人以上は倒している筈なのに、まだまだ戦力を出せるロケット団の無駄に多い団員数にアキラは呆れる。

 ブーバー達は少し離れたところに行ってしまったので、今この場にいる面々で如何にかするしかないだろうと思ったが、向かって来るロケット団の集団も他を片付けて戻って来たアキラとレッドの手持ちの連合チームがすぐさま殴り込みを仕掛けたことで瞬く間に阿鼻叫喚となり、その光景に二人は何とも言えない表情を浮かべるのだった。




アキラ、レッドと共に暴れに暴れまくってロケット団を追い詰めていく。

今のアキラは、必要と判断したらかなり荒っぽいこともやりますが、あまり良い選択では無いのも自覚しているので、なるべくレッドを始めとした友人や知り合いが同じ様な荒っぽい手段を取ってしまうことを望んでいません。
レッドもその辺りの彼の考えや懸念は理解していますが、何かあった際の責任や矛先などを彼が一人で引き受けようとする姿勢には少し困っています。
でもどっちも無理に押し通したり咎めたりはせず、ちゃんと互いに言い分を聞いた上で妥協したり考えを受け入れますので、程々にバランスは取れています。

次回、カイリューが過去に一区切りを付けます。


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過去を焼き払い

「はい…はい、わかりました。こちらの方はまだ怪しい様子は見られませんが、引き続き警戒します」

 

 人気が少ない通路を歩きながら、クリスはポケギアを通じてポケモン協会関係者と連絡を取っていた。

 すぐ近くの出入り口からは、現在進行形で繰り広げられているカントー・ジョウトの両地方のジムリーダーが戦うエキシビジョンマッチによる歓声の声が絶え間なく上がっていた。

 ポケモンリーグが行われている会場では、彼女とゴールドはエキシビジョンマッチの試合を観戦しながら不審な人物はいないか会場内を見て回り、次の試合の準備時間にはコントロール・ルームに問題は無いかを見に行くを繰り返しており、丁度今はその時間だった。

 

 そうして連絡を終えたタイミングで、クリスはゴールドと共に観客達が多く座っているポケモンリーグの観客席へと戻っていく。

 

「横で聞いていたから会話の内容はわかると思うけど、レッド先輩とアキラさんが戦い始めたみたいよ」

「そうか。あの二人ならすぐに終わるだろ」

 

 クリスは不安が拭えない様子ではあったが、ゴールドは二人がやられるとは少しも思っていないからなのか、反応は軽いものだった。

 二人とも彼が知る限りでは、仮面の男を除けば最強と言っても良いトレーナーだ。

 幹部格がいたら少し時間は掛かるかもしれないが、伝説のポケモンであるルギアを相手に優勢で戦っていたことを考えると余程のことでも無い限り負けることは無いと信じていた。

 

「――さっきのグリーン先輩の試合は凄かったわね」

「わかるわかる。でもあのツンツン頭の兄ちゃんもレッド先輩やアキラと関係があるんだからビックリだよ」

「こら、グリーン先輩もレッド先輩と同じ私達の先輩なんだからそんな風に言わないの」

「へいへい」

 

 クリスは注意するがゴールドは大して気にせず、電光掲示板に表示されたエキシビジョンマッチの対戦成績に彼は目を向ける。

 最初は仮面の男と見ているヤナギにばかり意識を向けていたが、それでも多くの観客達の前で繰り広げられるジムリーダー達の戦いぶりは興味深く魅力的なものばかりだった。

 アキラやレッドとは異なる強者達の戦いは、それだけで見る価値があるものだった。

 

 中でも二人が注目したのは、さっきクリスとの会話に上がったグリーンとシジマの師弟対決だ。

 結果は弟子であるグリーンに軍配が上がったが、試合内容よりもレッドと関係のある人物にしてもう一人のポケモン図鑑所有者の先輩である方に興味を抱いていた。

 

 レッドの好敵手であるだけでなく、立場的にはアキラの兄弟子でもあると聞いていたのでどんな人物なのか気になっていたが、見た感じではある意味では二人とは真逆(対極)な印象を受けた。

 特に兄弟弟子関係であるとされるアキラとは、真面目そうな雰囲気や戦っているポケモンと変わらない距離に立つなどの幾つかの点は似ているのだが、一目でわかるくらい手持ちポケモンとの関係性や方針が異なっているのが窺えた。

 

 例を挙げれば、アキラの場合だと最低限の一線さえ守れば、ある程度は手持ちの自由な行動や命令無視を許容しているのに対して、グリーンの場合は手持ちを適切に統率する為に厳格な秩序と規則を重んじている印象を受けた。

 同じ師匠に師事している筈なのに、ここまでトレーナーとしての手持ちとの関わり方が異なっているのは珍しく思えた。

 一体どこでこんなにも違いが生じたのか気にはなったが、次に行われる試合予定にゴールドは意識を切り替える。

 

 ジムリーダー同士の試合は激戦に次ぐ激戦続きで、会場にやって来た観客達の興奮がゴールドには良くわかった。

 それこそ真の目的を忘れて、このエキシビジョンマッチを心の底から楽しく観戦したいと思いたいくらいにだ。

 だからこそ、ゴールドはポケモンを使って悪事を働く強大な悪にして親玉である仮面の男が許せない気持ちが強まっていた。

 

「クリス、次だぞ」

「えぇ…」

 

 ゴールドの言葉にクリスも真剣に返す。

 さっき繰り広げられた試合ではカントー地方が勝利したが、対戦成績では三勝三敗一引き分け、ジョウト側の勝ち越しを阻止しただけだ。

 最後の試合である両地方の主将対決でジョウト側が勝ち越すのか、カントー側が勝利する形でエキシビジョンマッチが終わるかが決まる。

 

 だが、本題はそこでは無い。

 作戦会議では、この主将同士の戦いで仮面の男の可能性が極めて高いヤナギの戦力を可能な限り消耗させることになっている。

 カツラが勝つにせよ負けるにせよ、少しでもヤナギが連れているポケモンや戦い方に関する情報が欲しかった。

 カントー側の主将に選ばれているカツラには事情は伝えられていないが、タイプ相性がとても有利なだけでなく状況的に自チームが勝つか負けるかは自らの手に懸かっている。

 事情を伝えていなくても互いが全力を出しても良い条件は整っていた。

 

 用意された席に座っていたカツラと車椅子に乗っているヤナギの両者が、会場内にあるフィールドへと歩を進める。

 対峙した両者は軽く一礼をすると、手持ちポケモンであるウリムーとギャロップを同時にフィールドに召喚してバトルに備える。

 

『それでは、エキシビジョンマッチ最終戦! チョウジジム・ジムリーダーのヤナギさんVSグレンジム・ジムリーダーのカツラさんの試合開始です!!!』

「始まったわ」

「じっくり見せて貰うぜ」

 

 司会進行を担当している人気アイドルのクルミの開始宣言に、ゴールドとクリスも見ているだけでも自然と体に力が入る。

 二人は仮面の男の手持ちやどう戦うのかはある程度知っているが、それでも本気の仮面の男を相手にしたのは殆どがアキラだった。

 なので単に消耗させるだけでなく、もしこの後戦う可能性を考えれば、この試合で何かしらの対策に繋がる情報を得られるのにも期待していた。

 

 しかし、試合に注目するあまり、二人は自分達の様子をずっと窺っていた存在が離れたことに気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 セキエイ高原のポケモンリーグ会場で行われていたエキシビジョンマッチがクライマックスを迎えていた頃、一足先に拠点へ殴り込みを仕掛けていたカイリューとリザードンの状況も変わりつつあった。

 バリアに覆われていて突入出来ない建物の方は後回しにして、二匹はバリアの外に陣取っているロケット団を相手に暴れまくり、その大半を戦闘不能状態に追い込んでいた。

 ロケット団もあらゆる戦力と手段を駆使していたが、破壊の限りを尽くすカイリューとそこまで積極的ではないが隙の無い立ち回りをするリザードンに手も足も出なかった。

 

 最後に残った土嚢が積み上げられた陣地を立ち塞がっていたポケモンごと”はかいこうせん”で吹き飛ばし、カイリューは吠える。

 それから周囲を見渡し、今破壊したのが最後の陣地だったのを確認したカイリューはバリアに守られた内側にいるロケット団を睨む。

 

 バリア越しから外でのカイリューの暴れっぷりとその力を目の当たりしていたこともあって、中にいた団員達の多くは表情を強張らせながら身構えた。

 バリアの外は破壊された陣地や機械から黒煙が立ち上り、至るところで団員や彼らのポケモン達が倒れているという、一目でわかる程に悲惨な光景が広がっていた。

 中にはバリアに守られているので突破出来ないだろうと高を括っている者もいたが、そういう考えをしている団員すらカイリューの睨みに冷や汗を掻いていた。

 

 まだ無傷であるロケット団の存在に怒りを漲らせたカイリューは、今度こそバリアを破るべく行動を起こそうとした時、リザードンは待ったを掛ける。

 急に止められたことでドラゴンポケモンは怪訝な目を向けるが、かえんポケモンは自らの頭を指差す。

 

 頭を使え

 

 気に食わない相手ではあるが、意見そのものは真っ当だったのでカイリューも不満気ながらも納得する。

 まだ試みていない手段はあるが、力技でバリアを破るのは骨が折れる。かと言ってアキラ達と合流するまで待っているつもりも無かった。

 そうして考えていく内に、カイリューはあることを思い付いた。

 

 試す価値があると判断するやドラゴンポケモンはすぐさま行動を起こす。

 口内にエネルギーを最大限に溜め、”はかいこうせん”をバリアの内側にいるロケット団目掛けて放つ。

 明らかにさっきまでよりも規模の大きな光線に団員達は身構えるが、当然両者を隔てているバリアによって防がれる。

 エネルギーが衝突したことで大きな爆発が起こるが、衝撃や巻き上がった雪や土埃はバリアによって完全に遮られていたので、内側にいたロケット団には何も影響は無かった。

 

 けれども、油断する者や気を抜く者は少なかった。

 幾らバリアで守られているとはいえ、万が一突破されれば、外の凄惨な光景を作り出した圧倒的な力が自分達に向けられるのだ。

 

 この攻撃を切っ掛けに更なる攻撃がバリアを破らんとばかりに何度も叩くのかと思われたが、意外なことに衝撃は今の一度だけだった。

 土埃や黒煙が立ち込めている影響でカイリューらの姿は見えなかったが、あまりの静けさに何人かは訝しげにバリアの外に目を凝らす。

 

 そんな時、誰かが違和感に気付く。

 

 どこからか聞き覚えの無い音が聞こえてくるのだ。

 最初は小さな音であったが、徐々にそれは地面が揺れる様な感覚と共に地鳴りと言うべきものへと変わる。

 

「まさか…」

 

 バリアが張られている境界に近い位置に立っていた団員が手持ちと共に一歩ずつ下がり始めたのを機に、他の団員達も少しずつバリアから離れる。

 それは一言で言えば、危機感だった。

 地鳴りと揺れが最早無視することが出来ないまでに大きくなった時、それは唐突に止まる。

 

 先程までの喧騒とは一転して、不気味な静寂と緊張感が周囲を包み込む。

 

 そして、彼らの悪い予感は的中した。

 

 バリアの内側の地面から、破壊的な光の束が地面を突き抜ける勢いで飛び出す。

 それはロケット団が拠点にしている建物の外壁に当たり、激しく炸裂すると同時に破壊するが、彼らはそんなことを気にしていられなかった。

 爆音と共に土と雪を舞い上げて、黄緑色の光を放ちながら高速で螺旋回転するエネルギーのドリルを頭部に纏わせたカイリューが、自らの存在を誇示するかの様に荒々しく吠えながら地面から現れたからだ。

 

 カイリューが考えたのは、地中ならバリアの影響は及ばないというものだ。

 最初の”はかいこうせん”はバリアを壊すよりも、”つのドリル”で掘削する前段階の窪みを作る為のものだ。

 そこから”つのドリル”を活かして疑似的な”あなをほる”をすることで、バリアの影響が及ばない地面の下を通ったのだった。

 

 カイリューがバリアが及ばない地中から現れる。

 今までの常識から考えて考えられない事だが、相手は規格外の存在。何をやってもおかしくない相手であることをロケット団は思い知らされた。

 建物が被害を受けたことで警報がバリア内に響き渡り始めたが、それすら掻き消す程の怒りの咆哮を上げながら、カイリューは前へ足を踏み出す。

 

 

 

 

 

 カイリューが常識外れの方法でバリアを強行突破していた時、雪が積もる山の中でロケット団の軍勢を相手にしていたアキラとレッドの方はようやく終わりが見えていた。

 最初はあまりの規模の大きさと団員の数に何時戦いが終わるのかわからなかったが、彼らの猛攻で流石にロケット団も戦えるポケモンの数を減らしていた。

 先手を打たれてパニック状態に陥っていた警察の方も、少し遅れたもののようやく組織的に行動出来る様になったのか二人を追う形で歩みを進め、途中で倒れている団員の拘束や彼らが打ち漏らした残り少ない団員と戦い始めていた。

 

「アキラ! やっと終わりが見えて来たな!」

「あぁ! 暴れに暴れまくった甲斐があったよ!」

 

 戦い始めた頃と比べるとアキラ達に向かって来る団員は殆どいなくなり、二人はレッドが連れている手持ちを中心とした面々に守られながら、ハイペースで拠点らしき建物へ突撃しながら立ち塞がるロケット団を片っ端から倒していくブーバーを筆頭としたアキラの手持ちの主力達を追い掛ける。

 ロケット団が拠点としていた建物からは、近付くにつれて火事やら爆発が起きているのが見えたが、不思議なことに音はまるで遮断されているかの様に何も聞こえなかった。

 

「グリーンのリザードンが向かったってレッドは言っていたけど、リュットは大丈夫かな」

 

 反りが合わないグリーンの手持ちと上手く協力し合えるのかもそうだが、アキラのカイリューはミニリュウの頃にロケット団の実験体として扱われていた過去がある。

 その為、ロケット団に対して強い怒りと憎悪を抱えており、その攻撃性はロケット団に従うポケモンどころか団員さえも容赦なく攻撃してもおかしくない程だ。

 直接攻撃はしない様に注意しているが、それでも間接的に巻き込んだり吹き飛ばすくらいは躊躇しない。何ならこちらの目が届かないことを良いことに殴り飛ばすくらいのことはやってもおかしくはない。

 

 そしてようやく建物が目と鼻の先のところに着いた時、二人は先に進んでいたブーバー達が足を止めていることに気付く。

 周囲の様子や建物そのものに被害が出ているのを見る限りでは、カイリューはバリアの突破に成功している様に見えるが、それならブーバーらが嬉々として加勢している筈だ。

 どういうことなのかと思いきや、まだバリアが張られているらしく、彼らはそれを破るのに躍起になっていた。

 

「まだバリアはあるみたいだな」

「リュットの奴、どうやって突破したんだ?」

 

 建物やその敷地が炎上していたり、度々爆発が起きているのに全くその騒ぎが聞こえなかったのは、それが原因らしかった。

 カイリューはゲンガーやヤドキング、そしてブーバーが覚えている”テレポート”を”ものまね”無しでは使うことは出来ない。

 なので力任せの強行突破くらいしか手段は無かった筈だ。

 

 一体どうやったのかと頭の片隅で気にしつつ、どうやってバリアを突破しようかと彼らが考え始めた時だった。

 唐突に建物と敷地全体を包み込んでいた透明に近いガラス状の壁が変色し、空気に溶ける様に消えていった。

 

「どうやらバリアを張っていた奴をお前のカイリューが倒したみたいだな」

「そうっぽいけど…やっぱり心配だ」

 

 バリアが消えたことで、これまで遮られていた爆発音や暴れているカイリューの怒声が聞こえるが、ちょっと様子が尋常では無かった。

 カイリューがやられることは考えにくいが、幾ら相手がロケット団でも自分の目から離れるとやり過ぎてしまうことは昔から変わらない懸念要素であった。

 

「レッド、警察の人達と協力して後詰めをお願い出来ないかな? 俺はリュットを探したい」

「おういいぞ!」

 

 後ろを見ると丁度追い付いた警察らしき人達の姿が見えたので、申し訳なさそうにアキラは任せることを伝えるとレッドは元気に返事を返す。

 状況的に「俺も付いて行く」と言うかと思っていたので、すんなりと引き受けるレッドにアキラは少しだけキョトンとしてしまうも、すぐにカイリューの元へ急いでいく。

 騒ぎの元へ走っていく彼の姿を見届け、レッドは目の前にあるロケット団が拠点としている建物に目をやる。

 

 山奥にあるにしては不釣り合いなくらい整った建物ではあるが、一体こんなものをどうやって知られずに建てたのか。

 だけど、もうすぐでロケット団がこの建物を拠点として利用するのも終わりだ。

 バリアの前で足踏みをしていたブーバーを筆頭としたアキラの手持ち達が、建物の内部に突入したり敷地内にいるロケット団を相手に戦い始めている。

 

 ちゃんと間を取ったり連携するだけでなく各々が離れ過ぎないのを意識している辺り、本当に彼らはこの手の戦いには手慣れている。

 ここまでくれば、もう戦いは終盤だと言っても良かった。

 だからなのかレッドは自身が連れている手持ち達と一緒に周囲に気を付けながら、アキラに頼まれた通り警察の人達が来るのを待つことにするのだった。

 

 

 

 

 

 全身から発する黄緑色の竜のエネルギーが、衝撃波として周囲に開放される。

 ドーム状に広がるエネルギーの波によって、カイリューは自身を囲む様に包囲していた敵を纏めて一掃する。

 制御出来る出力に制限していなかったので”こんらん”状態に陥るも、ドラゴンポケモンは湧き上がる憎悪を力に転換して、思考が定まらなくなっても視界に入った敵は容赦無く倒していく。

 

 ”つのドリル”を応用した疑似的な”あなをほる”で、バリアが及ばない地面の下を通ることで突破したカイリューは、持てる力の限りを尽くしてロケット団を相手に大暴れしていた。

 近付く敵はその剛腕と強靭な尾で叩きのめし、離れたところにいる敵は口から放つ光線やエネルギーで吹き飛ばす。

 

 未進化ポケモンに多い小柄なポケモンは歯牙にもかけず、大型のポケモンが相手でやっと多少の攻防は成立していたが、それでも一撃で倒す時もあるなど力の差をこれでもかと見せ付けていた。

 両腕に纏った”れいとうパンチ”で相手にしていたサイドンをタコ殴りにしたカイリューは、止めと言わんばかりによろめくドリルポケモンを背負い投げで力任せに投げ飛ばす。

 投げ飛ばされたサイドンが地面に叩き付けられた衝撃や揺れで団員の何名かが巻き込まれるが、巻き込まれたとしても避けなかった相手が悪いの理屈でカイリューは気にも留めなかった。

 

 ここが本命で無いのはカイリューはわかっている。

 無駄な消耗も控えるべきなのも頭ではわかっている。

 

 だが、目の前に現れるロケット団と従うポケモンは減らず、それに比例して心の奥に燻る憎悪も際限無く湧き上がる。

 視界内に入った敵と認識した存在は距離を問わずに”りゅうのいかり”で薙ぎ払い、直接挑んでくるのは自らの巨体と豪腕、太い尾の一撃で打ちのめしていく。

 

 あまりに苛烈な攻撃に、カイリューが通った跡は気絶しているとわからなければ死屍累々と言っても良い光景が広がっていた。

 当然抗う者もいれば逃げ出す者もいる。しかし、カイリューはそれらに優先度を付けることはしても区別することは無かった。

 

 そんな徐々に過激化しつつあるカイリューの行動に、少し離れたところで戦っていたリザードンは少しだけ顔を顰める。

 あれだけ暴れているにも関わらず一線を超えていないのは、昔の姿を思えば見事な加減具合だが、その加減も危うくなってきていた。

 

 そうしている内に敷地内の目に付く範囲内にいるロケット団を倒したカイリューは、休む間もなく攻撃の余波で被害が出ている建物そのものに狙いを変える。

 光線状になるまでに鍛え上げられた”りゅうのいかり”でコンクリートで固められた壁を破壊して大穴を空け、空けた穴からカイリューは建物の中へ押し入ろうとするが、足元に逃げ遅れた団員が這い蹲っている事に気付く。

 その瞬間、カイリューの目は更に冷酷な眼差しに変わり、自身の足を持ち上げ始めた。

 

 それにリザードンは気付くと、相手にしていたロケット団のポケモンをすぐに片付けた。

 一応カイリューがロケット団に対して敵意が強い事情はある程度知っているが、だからと言って一線を超えるかもしれない蛮行を見過ごすつもりは無かった。

 カイリューとは互いにトレーナー含めて反りが合わない関係だが、後で面倒なことになるのを防ぐべく動こうとした。

 

 だが動こうとした時、カイリューは足を持ち上げたまま動きを止めていた。

 リザードンは中途半端なタイミングで踏み止まったことに首を傾げるが、当のカイリューも今の自身の行動を理解出来ていなかった。

 

 他にも向かわなければならない場所があるのに戦いは長引くだけでなく、長年憎悪を向けてきた存在が倒しても倒しても懲りることなく立ち塞がる。

 中々終わりが見えないことに苛立ち、踏み潰してやろうと思ったが、()()()()()()()()()()()がそれはやってはダメだと叫んでいた。

 自分の頭に浮かんだ自分とは異なるが考え、奇妙なものではあったがそれは覚えのある感覚であった為、苛立ちながらもカイリューは困惑する。

 なので代わりに移動の邪魔だから退かすという名目で軽く蹴り飛ばすことに切り替えたが、蹴る直前にドラゴンポケモンの横顔を殴り付けられた様な衝撃と激しい火花が飛び散る。

 

 すぐにリザードンはまだ敷地内にいたロケット団の攻撃だと悟り、”でんじほう”を仕掛けたレアコイルに”かえんほうしゃ”を浴びせる。

 一方のカイリューは大きくは無いもののダメージを受けたことで憎悪を再び燃やし、荒々しく吠えながら足元にいる団員には目もくれずに仕掛けて来た下手人を探し始める。

 

 怒り狂うカイリューの姿に怖気たのか、攻撃を仕掛けたレアコイルのトレーナーである団員はやられた手持ちを置いてその場から逃げようとする。

 わかりやす過ぎる行動にリザードンはカイリューが逃げる団員の存在に気付く前に如何にかしようとするが、その前に逃げる団員の前に何時の間にか追い付いたらしいアキラが現れた。

 団員は強行突破を図るが、鋭敏化した目を通じて動きが読めていた彼は流れる様に団員に対して綺麗な一本背負いを決めた。

 突然のアキラの登場とその後の流れにリザードンは唖然とし、怒り狂っていたカイリューさえも彼が姿を見せたことで湧き上がった怒りを少しだけ引っ込ませる。

 

「……随分と派手に暴れたな」

 

 強く地面に叩き付けたことで伸びている団員を余所に、アキラはカイリューと向き合いながら、ドラゴンポケモンが暴れた結果によって齎された光景を見渡す。

 至る所で倒れているポケモンとロケット団。燃え上がる炎や黒煙が立ち込める破壊された建物と敷地。相手にしているのがロケット団――悪の組織でなければ、こっちの方が悪党だと思われても仕方ない程の有様だ。

 だけどカイリューは知らんとばかりに不機嫌な顔を浮かべると、この後軽い小言があると思ったのか聞く気は無いと言わんばかりに彼とは目を逸らす。

 

「――まあ…ロケット団とかの存在に対しての憎悪は、もう一生の付き合いだろうしね」

 

 だがアキラが口にした言葉は、カイリューが思っていたのとは異なっていた。

 これだけ暴れれば流石に一言二言注意されると思っていたが、予想に反して彼は理解を示したからだ。

 

 意外そうな反応を見せるカイリューを余所に、アキラはカイリューに歩み寄ると彼が空けた壁の中を覗く。

 中には誰もいなかったのと、他の手持ちが戦っているからなのか現在進行形で喧騒が建物の中を反響して聞こえていたが、彼が覗いた部屋はまるで何かの実験や研究を行う様な機材が揃っている部屋だった。

 

 そんな部屋の中を見た瞬間、強い不快感と込み上がる怒りをアキラは感じた。

 それは自分の事の様で、自分では無い感情だったが、その感情がどこから齎されているのかをアキラは理解していた。

 覚えが無い自分でもこれなのだから今抱いている感情、そして記憶を()()()()()()()()カイリューの怒りは凄まじいものだろう。

 

 さっきカイリューに伝えたが、この感情とは一生の付き合いだ。

 何時の日かロケット団は消えるかもしれないが、仮に消えたとしてもこの先も似た様な存在は湧き上がる様に出て来る。

 そしてカイリューは、その存在を知る度に怒りを燃やして、今みたいに根絶やしにする勢いで暴れるだろう。

 

 幸いと言うべきか、昔は誰であろうと暴れてたことを考えると、身に付けた力の矛先を向けるのをロケット団などに定めただけでも大きな成長だ。

 加えてあまり褒められた考えでは無い上に色々とグレーどころかでは無い部分も多々あるが、ロケット団みたいな存在に対して牙を向けるだけでなく徹底的に叩きのめす行為は、警察の力がポケモンを使った犯罪に対応し切れない現状では問題視されることは少ない。

 

 だけど、だからと言って何をやっても良い訳でも無い。

 

 相手が許されない犯罪集団であろうと、力があるからと言って感情のままに暴れたり行動すれば、相手が誰であっても相応の敵を生む可能性がある。

 そんなのを無視出来るくらい強くなれば良いかもしれないが、敵味方問わずにそんな危険な存在を放置する訳が無い。

 だからこそ、大き過ぎる力と荒れやすい感情は上手く制御すると同時に向ける矛先や使い道もちゃんと考えた方が良い。

 

 でも、今は目の前にある物を壊すことに配慮する必要は無いだろう。

 

「リュット、”はかいこうせん”」

 

 静かに告げる。

 それは許可では無かった。

 これからやるであろうことをありのままに口にしただけだ。

 

 アキラがその言葉を口にしたと同時に、カイリューは待っていた訳ではないがその口内にエネルギーを込める。

 

 人気が無い部屋の中に置かれた設備を目にしたカイリューの脳裏に過ぎったのは、絶対に忘れることの無い過去。

 

 ある意味では今の自分の原点だ。

 

 今は幾らでもロケット団を倒せるが、あの頃はどれだけ暴れてもすぐに取り押さえられた。

 どれだけ奴らを捻じ伏せ、そして自分を閉じ込めた部屋を壊したかったか。

 

 あらゆる記憶を思い出しながら、カイリューは口から触れたものを破壊し尽くす光線――”はかいこうせん”を解放する。

 

 薙ぎ払う様に放たれた光線によって、あらゆる設備を爆発と共に破壊していく。

 爆炎に照らされながら、炎の中でカイリューは記憶にあるかつて見た光景を幻視するが、それらも炎に呑まれて消える。

 部屋は瞬く間に業火に包まれるが、カイリューは破壊の手を緩めなかった。

 そしてアキラは、燃え盛る炎に照らされながら部屋の中にまだ残っている機材などを歩きながら”りゅうのいかり”で焼き払い、炎の中であらゆる感情を込めて雄叫びを上げるドラゴンポケモンの姿を見届けるのだった。




アキラ、過去に成せなかったことを思う存分やるカイリューを見守る。

アキラのカイリューは過去の出来事故にロケット団が相手だと特に暴れますが、団員を倒す以上に昔自分を閉じ込めていた研究部屋をぶっ壊すことを何よりも望んでいました。
なので今回、かつて自分を閉じ込めていた研究施設を彷彿させる部屋を自らの手で気が済むまで破壊し尽くしたので、少しはスッキリします。

次回、ゴールド達が大変なことになります。


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絶体絶命のピンチ

明日に次話を更新します。


「――長いな」

「そうね。流石に長いわね」

 

 アキラとレッドが向かったロケット団の軍勢との戦いが大詰めを迎えていた頃、ゴールドとクリスがいるポケモンリーグで行われているジムリーダーのエキシビジョンマッチ最終戦は大盛り上がりだった。

 

 カントー・ジョウトのチーム対抗戦の勝敗を決する為の主将同士の戦い。

 普段は目にすることが出来ない大技の応酬に、どちらかが攻め始めたかと思いきや逆に防戦一方になると言った目まぐるしい勢いで繰り広げられる攻防に観客達は興奮していたが、エキシビジョンマッチの真の目的を知っている二人は冷静だった。

 

 仮面の男の可能性が最も高いジムリーダーであるヤナギ。

 このエキシビジョンマッチ終了後、上手く彼と手持ちを引き離して拘束する手筈になっている。

 その際に抵抗が想定されていたので、少しでも手持ちを消耗させる狙いもあることから、カントー側のジムリーダーの主将に最年長にしてほのおタイプの使い手であるカツラが選ばれた。

 

 そんな明かされない経緯もあって始まった両者のバトルだったが、考えていた以上に戦いはかなり長引いていた。

 ほのおタイプらしく果敢に攻めるカツラに対して、ヤナギはタイプ相性が不利なことを考慮してか上手く攻撃を避けながら、隙を突く様に攻撃していくが決定打を与えるまでには至れていなかった。

 互いにチーム戦の勝利が懸かっているのだからと当初は思っていたが、ゴールドはこの戦いが流石に長過ぎる事に気付き始めた。

 

 改めて会場内にある時計に目をやると、既に二人が戦い始めてから二十分以上も時間が経過していた。

 彼らよりも前に戦ったジムリーダー達の試合でも長くても十分近くで決着はついていたのだから、彼らの戦いは優に倍以上の時間が掛かっていた。

 

 それだけ両者の実力が拮抗しているのか。

 それとも何か理由があるのか。

 

 だけど、どの様な理由であってもゴールドからすれば好都合だった。

 戦いが長引けば長引く程、ヤナギは手持ち共々消耗するのと彼らの戦い方をじっくり観察することが出来る。

 そして何より、遠くで戦っているアキラやレッドが駆け付ける時間が出来るからだ。

 

 どうせ長引くなら、二人が戻って来るまで戦っていて欲しいとゴールドは思うのだった。

 

 

 

 

 

 ゴールド達が様々な思惑を考えていた頃、ヤナギを相手に戦っていたカツラは言い様の無い違和感を感じていた。

 

 チョウジジム・ジムリーダーのヤナギ。

 確かにその実力は相性が不利なのを物ともしない高いものだ。

 自分よりも長年に渡ってポケモンと向き合い、研鑽に時間を費やしてきたことも試合が始まってから交わした攻防から見ても良くわかる。

 

 だからこそ、強い違和感を感じるのだ。

 

 最初は()調()()()()したお陰もあって、チームが勝利することに全力を注ぐことにばかり意識していたが、戦いが長引いて来たので硬直状態を打破するべく考えを張り巡らせていたら、どこかおかしいことに彼は気付いた。

 

 攻撃の瞬間。回避のタイミング。こちらを翻弄する動きと技の選択。

 確かに戦っているウリムーは強い。手にした杖で地面を叩くことで何かしらの意思疎通の手段を確立しており、攻撃も不利な氷でありながら炎を相殺する程に強力。

 時折じめんタイプの技も繰り出して相性差を覆そうとしている。だけど、それでも決定打と言えるものが来ないのだ。

 

 ジムリーダーに限らず、どんなトレーナーにも勝ちパターンや決め技が存在している。

 それはヤナギも例外では無い筈だが、何時まで経っても本格的に仕掛けて来る様子は見られなかった。

 技の一つ一つが強力ではあるものの、どうも小手調べと言うか本腰を入れている様に感じられなかったのだ。

 

 チャンスを窺っているのか、それとも消耗を狙って時間を掛けているのかと思ったが、ここまで長く戦えばそのどちらにも当て嵌まらないのは誰でもわかる。

 しかし、半信半疑ではあるが一つだけある可能性がカツラの頭に浮かんでいた。

 

 それは、ヤナギがこの試合を長引かせることを望んでいることだ。

 

 それならこちらが消耗するのを狙った意図的な長期戦と見ても良いが、どうもその為にわざと時間を掛けているとは思えなかった。

 そうなると増々理由がわからなかった。ヤナギの狙いは一体何なのか、訪れてから会場から感じる妙な雰囲気とボール越しに伝わる()()()()()()()()()()の落ち着きの無さは関係しているのか。

 

「”にほんばれ”!」

 

 カツラからの号令を合図に、ウインディは会場内に小さな太陽とも言える火球を打ち上げる。

 今は一旦引っ込めているギャロップを含めて既に何度もやっているほのおタイプに有利なフィールドを生み出す技だが、予想外にバトルが長引いたことでその効力は度々途切れていた。

 ヤナギが何を考えているのかはわからなかったが、カツラの勘はこれ以上バトルを長引かせる訳にはいかないことを囁いていた。

 

「”だいもんじ”!!!」

 

 今度こそ勝負を決めるべく、ほのおタイプ最強の技である”だいもんじ”をカツラは命じ、今正にウインディが放とうとしたその時だった。

 

「!?」

 

 突如として地鳴りと共に起きた大きな揺れにカツラは体勢を崩し掛ける。

 最初はウリムーが”じしん”を放ったのかと思ったが、ポケモンの技によって齎された揺れとは異なっていた。

 何故なら戦っていたフィールドだけでなく、会場全体が揺れていたからだ。

 

「なんだ!?」

「地震? いや、これって…」

 

 観戦していたゴールドとクリスも揺れに気付くが、覚えのある揺れ方だった。

 まるでエキシビジョンマッチが始まる前の――

 

「ッ! まさか!」

「ゴールドどこに行くの!?」

 

 そこまで考えが至ると同時に、ゴールドはすぐに観客席の外へ飛び出して通路を駆けて行く。

 後ろからクリスが呼び止める声や騒ぎ始めた観客の声も聞こえるが、それら全てを無視して彼は大急ぎである場所へと向かう。

 そして角を曲がって真っ先に視界に入った光景に、彼は今頭に浮かんでいる懸念が正しかったことを知る。

 

 ポケモンリーグの会場全体のシステムを制御しているコントロール・ルームーーその出入り口を守っていた警備員と巡回していた筈の警備員が揃って倒れていたのだ。

 

 それだけでもう何があったのかゴールドはわかった。

 急いで階段を駆け上がっていくが、駆け込んだコントロール・ルーム内も中を守っていた警備員だけでなく機器を扱う職員含めて全員が倒れていた。

 

「クソッ!!!」

 

 二手に分かれることが決まってから、アキラに耳に蛸が出来るくらい散々注意する様に言われていたのに阻止出来なかった。

 それだけでもゴールドはまんまと出し抜かれてしまった自分自身に怒りをぶつけたかった。

 だけど機器から地鳴りとは異なる警告音がずっと鳴り響いていたので、急いで画面を確認すると「警告」の二文字と「リニアモーターシステム セフティロック解除」と表示されていた。

 

 設備やシステムには詳しく無いが、それでも敵がコントロール・ルームを狙った目的が画面に映っているものなのをゴールドは察する。

 最後の試合が始まる前に確認した時は何事も無かった筈だが、見ていなかった僅かな時間でこうなってしまうとは予想していなかった。

 

「最後の…試合…」

 

 ここでゴールドはあることを思い出す。

 最後にコントロール・ルームの周辺の様子を見に行ったのは、今やっている最後の試合であるヤナギとカツラが始まる前だ。

 いざ始まった両者の戦いは、他のジムリーダーとの戦いとは異なり二十分以上にも及ぶ長期戦。加えて自分達がコントロール・ルームに異変が無いか確認していたのは、次の試合が行われる準備時間の合間。

 そしてヤナギはロケット団残党を率いる黒幕と見ている存在。

 

 全てが繋がった。

 

「ゴールド! 警備員の人達が倒れていたけど――」

「クリス! アキラの言う通りだ! ヤナギはロケット団と通じてる!」

 

 遅れて駆け込んだクリスにゴールドは声を荒げて大急ぎで引き返し始めた。

 様々な考えや経緯が頭に浮かんだが、それらを纏めて最も考えられる可能性に彼は至っていた。

 

 時間を稼がれた。

 

 隙を見せた自分達も悪いが、まさか自分達の行動パターンを把握するだけでなく、エキシビジョンマッチを利用して大胆にも裏工作をする時間稼ぎをするなど予想していなかった。

 

「目的は知らねえがコントロール・ルームのリニアモーターって奴のシステムがおかしくなっていやがる!」

「! 急いでジムリーダーの方達に!」

 

 今の会場にはジムリーダーだけでなく、ポケモン協会理事長や今回の為に増員された他の警備員がいる。

 一刻も早く彼らに事態の深刻さを伝えると同時に事態の対処をしなくてはならない。

 

 二人は急いで来た道を逆走するが、階段を下りた先の通路は多くの人達で埋め尽くされていた。

 どうやら二人が離れている間に会場内で何かとんでもないことが起こって、身の危険を感じた観客達が逃げようとしているのが察せた。

 この事態を想定して増員された警備員が落ち着く様に呼び掛けていたものの、パニックになった群衆の対応に手を焼いていた。

 

「仕方ねえ。飛ぶぞ!」

「えぇ!」

 

 互いに手持ちから空を飛べるマンタインとネイティを繰り出し、二人は観客達の頭上を飛び越えていく形で逆走する。

 そのまま二人は観客達が逃げ出す会場内へと飛び込むが、目に入ったのは会場全体を覆う程の大量の煙だった。

 

「なんだこれは!?」

 

 予想外の光景にゴールドは驚愕するが、クリスは冷静に状況を把握しようと会場内を見渡す。

 煙そのものは火災などによるものではなく目くらましを目的とした煙幕。会場全体に広がってはいたが、観客席にまでは広まっていない。

 しかし、ジムリーダー達が戦っていたフィールド全体は煙に覆われていて、ジムリーダー達の安否がわからなかった。

 否、そもそも姿が見られなかった。

 

「フフフフ、まだ邪魔者がいたか」

 

 自分達が会場を離れている間に一体何があったのか、二人が状況を把握しようとした時だった。

 聞き覚えのある声に、会場内を飛んでいたゴールドとクリスは寒気を感じた。

 

 そして理解してしまった。

 

 これまで遭遇した時は、自分達よりも警戒すべき相手がいたからこそあの程度に済んでいたこと――そもそも眼中に無かったことにだ。

 

 立ち込めていた煙がどこからか吹き始めた冷たい風によって流されていく。

 そうして煙が晴れると、フィールドの上に立つ黒いマントで身を包んだ仮面の男が姿を現した。

 

「仮面の男!」

「てめえ! ジムリーダー達をどこにやった!」

「これから始めるロケット団の復活を全国に知らせる宴に奴らは邪魔でな。リニアモーターに乗せてこのセキエイ高原から退場させたまでだ」

「の、乗せた!?」

 

 仮面の男の答えに、ゴールドは困惑する。

 確かエキシビジョンマッチが始まる前にリニアモーターが会場内にジムリーダー達を運んで来たが、異変が起きた時はまだ試合中だった筈だ。

 だけど答えは意外なところから齎された。

 

「リニアにロケット団の残党が大勢乗っていたの! ジムリーダー達はロケット団が会場内に出て来るのを阻止しようとしてリニアに乗り込んだのよ!!!」

 

 会場内に設置された実況席から今大会の実況を担当していたクルミが、面識のあるゴールドに彼らがいない僅かな時間の間に何があったのかを簡潔に伝える。

 彼女から伝えられた情報を耳にしたクリスは、すぐに仮面の男の狙いを悟った。

 

 仮面の男は強い。

 それは”うずまき島”でアキラとレッドの二人を相手取りながら、ルギアを捕獲したのだから良く知っている。

 だけど、それでもギリギリだった。

 だからこそ別の脅威の存在を意識させることで、戦力を分散させる形でアキラとレッドをこの場から引き離した。

 

 直接仮面の男と対峙した二人がいなくなるのは痛かったが、それでもジムリーダーが全員揃っているのだから何とかなるのでは無いかとクリスは考えていた。

 しかし、それは間違いだった。ルギアが相手でも優勢だったアキラとレッドの戦いぶりを考えれば、仮面の男が伝説のポケモンを倒せる程の実力者であったとしても、十五人以上のジムリーダーを同時に相手にするのは厳しい。

 故に仮面の男は、残った戦力も自分に向けられない様にするべく、リニアモーターを利用してジムリーダー達を隔離する別の策も考えていたのだ。

 

 十分な実力を有する筈なのに、万全を期するべく巧みに邪魔者を関わる前に徹底的に引き離していく策略と実現させる手腕にクリスは戦慄する。

 こんな存在を相手に自分達は勝つどころか、主要な戦力に成り得る面々が戻って来るまでの時間を稼ぐことが出来るのか。

 

 そして姿を現した仮面の男は、唐突に二人に背を向けてどこかへ歩き始める。

 自分達は戦う相手にすらならないと言わんばかりに露骨なまでの隙だらけの姿ではあったが、ゴールドとクリスは全く手出しが出来る気はしなかった。

 一方の仮面の男は、そんな二人をまるで気にすることなく、まだ残る煙幕の中から浮かび上がった二つの影に声を掛ける。

 

「ご苦労だった。カーツ、シャム」

「は!」

「勿体無きお言葉です!」

 

 残っていた煙も流れ、仮面の男の前に跪いていたシャムとカーツは嬉しそうに返事を返す。

 仮面の男の様子と二人が着ているロケット団の「R」の文字が強調された服を目にした瞬間、ゴールドとクリスは悟った。

 

 あの二人がこの事態を引き起こしたことにだ。

 

「お前達のお陰で、今回のポケモンリーグを乗っ取り、我らロケット団の復活を高らかに宣言する舞台が整った。そこで二人に褒美をやろう」

 

 思ってもいない言葉だったのか、頭を下げていた二人は驚いて互いに顔を見合わせる。

 思わず命じられる前に彼らが自然と顔を上げると、仮面の男は二つのモンスターボールをそれぞれ手渡し、受け取ったシャムとカーツは驚愕を露にする。

 ボール越しからでも伝わる強大な力を持つそれらの存在にだ。

 

「案ずるな。今のお前達でも従えられる様にしてある」

「あ、ありがとうございます」

 

 手にした瞬間に抱いた懸念を払拭することを伝えられて、二人は感謝の言葉を口にしつつ歓喜の表情を浮かべる。

 まさか自分達が、それらの存在を手にするだけでなく、こうして従えることが出来るとは思っていなかったからだ。

 

「さあ、シャム、カーツよ。ロケット団の復活を全国に知らしめる第一歩として、手始めに邪魔なあの二人を始末するのだ」

 

 身に纏ったマントを大袈裟に翻しながら仮面の男はゴールドとクリスの姿を二人に示す。

 ”うずまき島”でのルギア捕獲だけでなく、何回も計画を邪魔してきた忌々しい存在。

 今は遠くにいるアキラやレッド、そしてジムリーダーよりも力は無いので、始末するのは容易なだけでなく肩慣らしの相手としても丁度良かった。

 

 そして仮面の男に跪いていたシャムとカーツは、渡されたモンスターボールを手に不気味な笑みを浮かべながら前に出る。

 達成して当然である目的を達成したにも関わらず褒めて貰えただけでなく、過分な褒美も頂いたのだ。

 計画が最終段階にまで進んだので捨て駒になることも覚悟していたのに、恩ある人物から引き続き頼りにされたこともあって、シャムとカーツは信頼してくれた仮面の男の力に最後までなろうと使命感にも燃えていた。

 狙いを定められたことにゴールドとクリスは気付くと、直感的にこの後とんでもないことが起こることも察知するが、その直後に二人は授けられたモンスターボールを高々と掲げた。

 

「いでよ! 銀色の翼――ルギア!」

「虹色の翼――ホウオウ!」

 

 二人が仮面の男から渡されたモンスターボールから繰り出したのは、ジョウト地方に伝わる伝説のポケモンーーそれも二匹だ。

 羽ばたくだけであらゆるものを吹き飛ばすだけでなく、嵐さえも引き起こすと言い伝えられている巨大な白銀の翼を持つルギア。

 世界中の空を飛び続け、生命を蘇生させる力を秘めていると謳われる鮮やかな虹色に輝いて見える翼の主であるホウオウ。

 

 対峙するだけで相手を圧倒出来る程の巨体を有するだけでなく、一般的なポケモンとは一線を画す力を持った存在が、残った煙幕を巨大な翼で吹き飛ばしながら会場内に姿を現した。

 

「やべぇ! 逃げるぞクリス!」

 

 出て来るや即座に攻撃態勢に入った二匹を見て、ゴールド達は急いで距離を取り始める。

 ルギアは実際に仮面の男が手中に収めるのを目にしたのでまだわかるが、まさかホウオウさえも捕まえて来ていたのは予想外だった。

 

 そしてルギアは口から圧縮した空気の塊を放つ”エアロブラスト”、ホウオウはあらゆるものを焼き尽す炎である”せいなるほのお”を同時に撃ち出した。

 それらの大技が会場内にあった無人の観客席に当たった瞬間、想像を絶する大爆発が建物全体を揺るがした。

 

「うく…いててて」

 

 大量の粉塵が舞い上がる中、ゴールドは痛みを堪えながら体を起こす。

 辛うじて避けることは出来たが、爆発によって生じた爆風をまともに受けたことで彼とクリスは地面に落ちていた。

 舞い上がった土埃は二人が体勢を立て直している間に落ち着いていったが、次第に二匹が放った攻撃によって齎された被害の全貌が明らかになった。

 

「こいつは…流石にヤバイかも」

 

 二匹の攻撃が直撃した観客席は、大きく抉られるどころか跡形も無く消し飛んでいた。

 それどころか伝説のポケモンの攻撃は、頑丈に作られている筈の建物の壁さえも外へ吹き抜ける程の大穴を空けており、その破壊力を物語っていた。

 ルギアだけでも勝てる見込みは薄いのに、同格と言ってもおかしくない存在であるホウオウまでも相手にしなければならないのだから、状況は想定以上に悪かった。

 

「――素晴らしい…素晴らしい力だ!!!」

 

 ゴールドが目の前の絶望的な状況に冷や汗を流していた時、ルギアを繰り出したカーツが突然興奮し始めた。

 最初はあまりの破壊力にゴールド達と同様に呆然としていたが、ルギア達伝説のポケモンが持つ力が如何に強大なのかを彼は理解したからだ。

 

「これだけのポケモンを従えれば、もう何者も恐れる必要は無い。ジムリーダーだろうと今は遠くにいる前回大会優勝者のレッドも、以前我らに屈辱を味わせたアキラも敵では無い!」

「……あん?」

 

 カーツが口にした言葉に、ゴールドは反応する。

 伝説のポケモンは確かに強い。冷静に考えれば、今の自分では勝つ見込みが無いくらいにだ。

 だけど、単に強いポケモンを従えただけでレッドやアキラが敵では無い扱いをされるのは彼の癪に障った。

 

「おうおう悪のエリート気取り、伝説のポケモンを手にしたくらいで随分とデカイこと言うじゃねえか。ルギアは以前、レッド先輩とアキラにボコボコにされていたのを知らねぇのか」

「ふん、戯言を。仮に奴らがルギアを追い詰めたとしても、それはルギアが野生だったからだ。目となり耳となるトレーナーが付き、効率良く伝説のポケモンが持つ力を活かせる我らが加われば、恐るるに足らん!」

「…だったら試してやろうじゃねえか!」

「ちょっと、待ってゴールド!!」

 

 クリスの制止を無視して、ゴールドはルギアに挑む。

 完全に頭に血が上っていた彼は、さっきまでの悲観的な考えをかなぐり捨て、全力でルギアを倒すべく彼に触発されてやる気満々な手持ちポケモン達を繰り出す。

 

 一人飛び出たゴールドをクリスは止めようとするが、そんな彼女の前にホウオウを従えたシャムが立ち塞がる。

 その途端、彼女はさっきまでの動揺から一転して覚悟を決めた目付きでホウオウを見据える。

 

 観客だけでなくポケモンリーグに参加する予定であった選手達も、今この場にはいない。そもそも伝説のポケモンを相手に戦おうなどと思う者は、殆どいないのが普通だ。

 にも関わらずクリスが戦う事を決意したのは、主要な戦力が戻って来るまでの”時間稼ぎ”をするという自分達の役目以上に会場内にまだ逃げ切れていない人がいたからだ。

 それだけでも、正義感と責任感が強い彼女が戦うのに十分な理由だった。

 

「先程隔離したジムリーダーは無理でも、レッドとアキラ。あの二人が戻って来るまでの時間を稼げば良いと考えただろう」

 

 ホウオウを従えるシャムの指摘にクリスは僅かに表情を歪ませる。

 完全にこちらの狙いを悟られているが、そんなことはわかり切ったことだ。大体あの二人が規格外なだけだ。

 だけど彼らが戻って来てくれれば戦況を大きく変えることが出来るのも事実。

 可能な限り、今自分達に出来るベストを尽くして、二人か引き離されたジムリーダー達が戻って来るまでの時間を稼ぐ。

 

「だけど幾ら時間を稼いでも彼らがここには来ることは無いわ。いえ、どんなに急いでも駆け付けた時には全てが終わっていると言った方が正しいわね。何故なら奴らが考えているであろう”テレポート”を含めた幾つかの移動手段は封じているからね」

「!?」

 

 嘲笑いながら告げられた言葉に、クリスは大きく動揺する。

 二人が戦力を分散させることになることを承知の上で警察の加勢に向かったのは、アキラが強くなった今でも欠かさず練習しているという”テレポート”の応用を利用することで即座にポケモンリーグの会場に駆け付けることが出来ることを前提にしていたからだ。

 一応二人には空を飛んで来る手段もあるが、それではシャムの言う通りチョウジタウン付近とセキエイ高原の距離を考えると、どうしても移動に時間が掛かってしまう。

 出まかせの可能性もあるが、敵はここまで念入りに備えていたのだ。こんな肝心なことを出まかせで言う筈も無かった。

 

「カーツ、シャム、奴らの相手はお前達に任せる。私は私でやることがある」

「っ! 待ってこの野郎!」

 

 様子見をしていた仮面の男は、ゴールド達の相手は二人に任せて彼らに背を向けてどこかへ向かおうとする。

 仮面の男が去ろうとしていることにゴールドは気付くが、カーツの命令に従うルギアとの戦いに精一杯であった為、自分達など眼中に無い態度に罵声を浴びせることくらいしか出来なかった。

 

「む…」

 

 ところが唐突に仮面の男はその歩みを止める。

 舞い上がった粉塵が晴れた視線の先、ポケモンリーグが開催されていたら選手が入場していたであろう入場口から顔を覆面で隠したタンクトップ姿の男がまるで立ち塞がるかの様に姿を現したからだ。

 観客どころかポケモンリーグに参加する予定だったトレーナーすら逃げ出す状況にも関わらず、突然現れた謎の人物に仮面の男は警戒を露にする。

 

「………何の用だ」

「お前を止めに来た」

 

 覆面の男の直球な答えに、表情がわからない筈の仮面の男は顔を顰めた様な空気を漂わせ始めた。

 それから両者はしばらく無言のまま対峙していたが、やがて仮面の男は胸から、覆面の男は腰に付けていたモンスターボールを手にした。

 

「まっ、待って下さい! 危険です!!」

 

 明らかに仮面の男と戦おうとしている覆面の男をクリスは止めるが、覆面の男は一切耳を貸さなかった。

 

「伝説を前にして随分と余裕だな」

 

 目の前にいる自分達を無視する彼女にシャムが呟くと、ホウオウはクリスに襲い掛かり、彼女はその対応に追われることとなった。

 仮面の男の前に現れた彼もまた、自分達みたいにロケット団の悪事を止める為にやって来た一般人だと思ったが、心做しかその姿はどこかで見た覚えがあった。

 しかし、それが何なのかクリスは思い出せなかった。

 

 

 

 

 

「おっ、やっと追い付いたな」

 

 ロケット団が拠点としている施設の様な建物から少し離れた場所で戦いの様子を見守ってレッドは、雪が積もる森の中からぞろぞろとやって来た警察達に気付く。

 まだ建物の中やその周辺では個々に突撃したアキラのポケモン達による戦いは続いていたが、既にロケット団の目ぼしい戦力は片付いており、戦いも小規模化しつつあった。

 後は、警察に任せてももう大丈夫だろう。

 

 そんな時、建物の壁を突き破ってボロ雑巾同然にボコボコにされたサワムラーが飛び出し、突然の事態に駆け付けた警察達は驚いたり思わず手持ちと共に身構える。

 壁の穴からはサワムラーを倒したと思われるブーバーが続けて出てくるが、その顔は不満そうであった。

 さっきまで建物内で戦っていたが、思ったよりも歯応えが無かったのだろうとレッドは察した。

 

 そしてブーバーが出て来たのを機に、他のアキラのポケモン達も大体戦い終えたのか、徐々に集結し始める。

 中にはゲンガーみたいに、映画の一場面みたいにわざわざ窓ガラスを割りながら飛び出すのもいたが、共通しているのはレッドが連れている手持ち達よりも戦っていた筈なのに多少疲れてはいるが余力を残している事だ。

 この後ポケモンリーグ会場へ向かって戦う事を考えれば、コンディションは十分に良いだろう。

 だが集まった面々の中には、カイリューと彼らのトレーナーであるアキラの姿は無かった。

 

 その時だった。

 

 突如として爆音と共に、空へと真っ直ぐ伸びる一筋の青緑色の光が建物を貫いた。

 思い掛けない光景に周辺でロケット団を拘束していた警察達はまた警戒し始めたが、レッドや彼のポケモン、そしてアキラのポケモン達は冷静だった。

 

「大丈夫です。俺に任せて下さい」

 

 警戒する警察の人達にレッドがそう伝えると、周りにいた彼らも万が一の対処を彼に任せて自分達の職務に戻っていく。

 本当は何も危険では無いのだが、知らない者から見ると新たな脅威が現れた様に思えるのだろう。

 やがて空へと伸びていた光は消えるが、しばらくすると今度は建物の一角が大爆発を起こして吹き飛んだ。

 壁どころか骨組みが見えるまでに建物の一部は爆発によって崩壊していたが、瓦礫が散乱する土埃が舞う中からアキラとカイリュー、少し遅れてレッドがグリーンから借りているリザードンが出て来る。

 

 特にアキラとカイリューの姿は、鋭い目付きや纏っている刺々しい空気も相俟ってとてもではないが味方には見えなかったが、レッドは当たり前のように彼らを出迎えた。

 

「アキラ…スッキリしたか?」

 

 それはまるで、一体何があったのかわかっているかの様な問い掛けだった。

 レッドの第一声にアキラは何を言っているのかわからなかったのか目を瞬かせたが、すぐに察したのか隣にいる()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抑える。

 

「あぁ…少しは気分が晴れたんじゃないかな?」

 

 少しだけ顔を下に向かせ、帽子の鍔の部分で顔を影に隠しながら他人事みたいにアキラは答えるが、レッドは気にするどころか何度も頷いて納得する。

 まるで全てを終えた後みたいなやり取りを二人は交わしていたが、戦いそのものはまだ終わりでは無い。

 寧ろ、これからが本番だ。

 

「レッド、もうわかっていると思うけど、ここにいるロケット団達は陽動以外の何物でも無い。本命はやはりポケモンリーグ」

「やっぱりな。なら急いで行こう!」

「当然!」

 

 レッドの言葉にアキラは確認も兼ねて、以前ナツメから貰って以来度々利用している”運命のスプーン”を取り出す。

 念の効力が切れると普通のスプーンに戻ってしまうので、定期的にエスパータイプのエネルギーをヤドキング達が注ぐことでその効果を維持し続けている。

 そして”運命のスプーン”は、最後の戦いの場になるであろうポケモンリーグの会場がある方角を示していた。

 

「応急処置だけど、今回の戦いの傷を治してすぐに向かうぞ」

 

 ロケットランチャーと盾を背中に背負い直し、アキラはウエストバッグやチョッキのポケットから”かいふくのくすり”や”ピーピーマックス”を取り出す。

 それらをレッドやゲンガーなどの一部の器用なポケモン達と手分けして、さっきまで戦っていた手持ちに飲ませたり薬液を体に噴き掛けていく。

 ”キズぐすり”などの回復道具を駆使しても潜在的な疲労感は抜けないが、それでも表面的な傷やダメージは癒えるのでほぼ万全な状態と変わらず次の戦いに備えることが出来る。

 どちらかと言うとアキラが問題視していたのは技のPPが切れてしまうことだったので、ポケモン協会に購入が難しい”ピーピーマックス”を用意して貰って助かっていた。

 そうして手厚く処置を施すと、元々そこまでダメージを負わなかったこともあったので、あっという間にアキラとレッドのポケモン達は快調――この戦いが始まる前とほぼ変わらない状態になる。

 

「準備は良い?」

「勿論だ」

 

 移動先の指標として渡された”運命のスプーン”を弄るブーバーら”テレポート”が使える面々の様子を窺っているアキラの問い掛けにレッドは返事を返す。

 次に向かう場所こそ本番だ。

 

 情報が全く入っていないので状況はどうなっているかわからないが、到着してすぐに戦うことになればまだ良い。もしかしたら既に悪い意味で終わっている可能性もある。

 だけどアキラとレッド、二人が連れる手持ち達も、何時どのタイミングからであっても戦う用意は出来ている。

 

 そう決意を固めていたのだが、何時まで経ってもその時は来なかった。

 というのもブーバー達の様子がおかしかった。

 

「…どうした?」

 

 アキラが尋ねるとドーブルは困惑した顔で振り返り、ヤドキングとゲンガーは手にした”運命のスプーン”を見つめながら難しそうな顔を浮かべ、ブーバーに至っては露骨に苛立ちを露わにして息を荒げていた。

 

「この様子だと、”テレポート”が使えないか妨害されているみたいだな」

「まっ、まずい。対策されているのか」

 

 ポケモンの気持ちを読み取るのが上手いレッドが彼らに起こっている異変を察すると、アキラは頭を両手で抱え、それが意味する事態の深刻さと仮面の男――ヤナギの真の狙いを理解する。

 

 ”テレポート”を使った戦線離脱や必要時の目的地への移動は、昔からアキラが度々利用している定番の手段だ。

 特に逃走手段としての利用は強くなった今でも利用しており、ブーバー以外の素質がある手持ちが覚えるだけでなく、仮面の男に対しても何回も目の前で見せている。

 自分も仮面の男やルギアとの戦いでは事前に様々な対抗手段や作戦を考えてから挑んだのだから、あちらも対策を講じない理由は無い。

 寧ろ、何が何でも自分達をポケモンリーグ会場に来させないというヤナギの執念染みた意思すら感じるのだった。




ゴールド達が大ピンチを迎えていた頃、アキラはヤナギやロケット団の真の狙いを理解する。

露骨にロケット団の動きを悟らせていたのは、作中内でのクリスの考察通り、ジムリーダー達を引き離した様に確実に邪魔になるアキラやレッドを戦いの場から引き離す為です。
加えてただ引き離すだけでは、どれだけ時間を稼いでもロケット団を片付け次第、すぐに戻って来ることは予想出来ているので、何回も見せている”テレポート”を含めた考えられる移動手段を可能な限り封じて、とにかく彼らが戻って来れない様に対策を施しています。

カーツとシャムは、本作だと任務達成や仮面の男から引き続き頼りにされたこと、アキラ達に一方的にやられた経験から彼らを倒せる可能性がある力を得られたのでテンション高めです。

次回、ゴールド達の苦境が続きます。


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はぐれ者達

 シルバーを追い掛けて旅立つ数カ月前と比較して、自分達はかなり強くなった自覚がゴールドにはあった。

 それは自惚れではなく、ポケモン図鑑所有者の先輩であるレッドや化け物みたいな強さのポケモン達を率いるアキラからも認められていた。

 だけど幾ら強くなったとしても、限られた時間で二人みたいな強さに至るのは難しかった。

 

 そもそも彼らがいる領域の強さに、自分が本当に至れるのかもわからなかった。

 でも至れないとしても、やらなければならない時があること、そして今の自分でも出来る何かがある筈だと考えていたが――

 

「中々面白かったぞ。ルギアとホウオウがいなければ、前までの俺達でも危なかっただろうな」

「っ!」

 

 ルギアとホウオウ、それぞれの肩に乗ってこちらを見下ろすカーツとシャムを相手に対峙していたゴールドとクリスであったが、服が汚れたり一部が裂けているなどボロボロな状態であった。

 しかし、そんな状態でも彼らは手持ち達と共に気力だけで踏ん張っていた。

 この場に立つからには、伝説のポケモンを相手にすることは予想していた。こんな戦いを繰り広げることを考えて、ゴールドはレッドの元で学んだことを彼なりに駆使して伝説のポケモンを相手に怯むことなく戦った。

 

 ダメージを与えることは、確かに出来た。

 レッドの教えを受ける間に身に付けた戦い方は、伝説のポケモンが相手でも有効だった。

 

 自分達の力が齎した結果を見た当初は、「自分でも伝説のポケモンを相手に戦えている」という自信さえ湧いていたが、その勢いが続くことは無かった。

 

 どれだけ技を決めてもルギアは打たれ強く、そして”じこさいせい”で折角与えたダメージも無かったことにされて実質振り出しに戻されてしまう。

 手持ちポケモン六匹全員で挑んでそれなのだ。そんなことを何回も繰り返されれば、全力で挑んでいるこちらの方が消耗するのが早く、嫌でも力の差が出るのも時間の問題だった。

 そんな時こそ、ピンチを引っ繰り返して来たレッドの様に何とか逆転しようと、ウソッキーの”じたばた”の様に追い詰められる程力を発揮する技やアキラを驚かせた様な時間を掛けた連携攻撃も仕掛けた。

 

 だが、それでも”じこさいせい”が追い付かないレベルでのダメージを与えることは彼らには出来なかった。

 

 途中からホウオウと戦っていたクリスとも協力して攻撃を一点に集中させるなども試みたが、戦えば戦う程、自分達には伝説のポケモンにダメージは与えられても倒せるだけの力が無いことを思い知らされるばかりだった。

 

「伝説のポケモンを相手に臆さずに戦ったのは称賛に値するが、やはり無謀だったな」

「所詮は無駄な足掻き。伝説を従えるだけでなく、本気を出した我らには敵わない。あそこであの御方を相手にしている覆面の男の同様にね」

 

 シャムが視線を向けた先では、仮面の男が突然立ち塞がった覆面の男と戦いを繰り広げていた。

 戦いそのものは覆面の男の方が一方的に負けていたが、その内容は変わっていた。

 

 互いに一対一で戦い、負ければ互いに手持ちを交代させて新たな手持ちで戦う。

 まるで公式戦さながらの戦いだった。

 

 その為か、伝説のポケモンを相手に総力戦で挑んでいたゴールド達と比べると、その戦いは様子見や小手調べに思える程に小規模なものだった。

 しかし最低限の指示以外は、会話や煽りすら交わされないその戦いは、両者が発する無言の圧と呼べる空気に満ちており、とてもではないが第三者が横槍出来る様な空気では無かった。

 

 覆面の男が繰り出したラッキーが、”タマゴばくだん”をデリバード目掛けて投げ付ける。

 対するデリバードの方は、猛烈な”ふぶき”で投擲された卵を跳ね返して、そのままラッキーの体を凍り付かせる。

 普通なら氷漬けにされて戦闘不能になるところだが、ラッキーは真正面から受けたにも関わらず、体の表面に張った氷を力任せに砕いて抜け出す。

 そして即座に”たまごうみ”によって消耗した体力を回復させるやデリバードへ突っ込む。

 

 プレゼントポケモンはもう一度”ふぶき”を放つのかと思いきや、その両手を氷で包み込んでパンチグローブの様なものを形成。ラッキーの懐に飛び込んで強烈なパンチをねじ込んだ。

 当然ラッキーもデリバードの接近に反応して拳を突き出していたが、デリバードの方が仕掛けた攻撃と回避の反応が断然早かった。

 ”ふぶき”に耐えた様にラッキーは特殊攻撃に対する防御力は高いものの、逆に物理攻撃には極端に弱かった。

 

 叩き込まれた一撃でラッキーはよろめくが、それでも気力を振り絞ってデリバードに挑もうとするも、止めのアッパーを受けて覆面の男の足元まで転がされる。

 すぐに覆面の男が駆け寄るが、ラッキーはすっかり気絶していた。

 

「――終わりだな」

 

 戦いが始まってから手持ちへの指示以外は黙っていた仮面の男が唐突に口を開く。

 その声色は冷たく、まるで興味を失ったようなものだった。

 

「…何だと?」

「聞こえなかったのか? 終わりだ。まだ手持ちがいるみたいだが、私の手持ちは今戦わせた四匹だけだ」

「四匹だけ? そんな筈は無い。何匹手持ちを連れていようとお前なら彼を()()()()()()()筈だ」

「……何を言っている?」

 

 デリバードの自身の傍に戻して仮面の男は一方的に戦いが終わりなのを告げたが、覆面の男はラッキーをモンスターボールに戻しながら食い下がる。

 まるで仮面の男のことを良く知っている様な内容に、余裕な態度で二人の戦いに視線を向けていたシャムとカーツは何か良くない可能性に気付いたのか怪訝そうに目を細める。

 追い詰められていたゴールドとクリスも、今自分達が置かれている状況を忘れて仮面の男と覆面の男のやり取りに意識を向ける。

 

()()()()()()()()()()()は最早敵では無いじゃろう。それはさっきまでのバトルを見ればわかる。じゃが――」

 

 律儀に二人は公式戦さながらに戦ったが、覆面の男は仮面の男の手持ちを一匹も倒すことは出来なかった。

 それが単なる抗う事の出来ない”老い”だけが要因ではないこと、そして仮面の男とは埋めようの無い差があることを彼は察していた。

 だが、敵わないとわかっていてもやらなければならなかった。

 半信半疑であった疑念が、戦っている中で確信に変わったからだ。

 

「それでも儂はお前を止める。例え手持ち全てが倒されて戦う術を失おうと、体を張ってでも――」

「デリバード!」

 

 新たなモンスターボールを手に再び挑もうとする覆面の男を、デリバードが放った雪交じりの暴風が襲う。

 堪え切れない暴風によって覆面の男は吹き飛ばされ、フィールドを激しく転げて壁に体を強く打ち付ける。

 その際、彼の顔を隠していたベルト状の覆面が綻びて覆面の男の顔が露わになるが、晒された素顔にクリスとゴールドは驚愕する。

 

「オーキド博士!?」

「なんで爺さんが!?」

 

 謎の人物の正体が思ってもいなかった人物――オーキド博士だったことに二人は驚き、カーツとシャムも目を見開くなど反応を見せたが、仮面の男だけは不気味なくらい背を向けたまま無反応だった。

 

「シャム、カーツ。この場は任せる。存分に暴れてロケット団の復活を世に知らしめろ」

「ま…待て…」

 

 オーキド博士は強く打ち付けてしまった体の痛みを堪えて仮面の男を止めようと呼び掛けるが、仮面の男は一切振り返ることはせずデリバードを伴って宙に浮き上がった。

 

「おいどこに行くつもりだ! 戦いはまだ終わってねえぞ!」

「貴様らに割いている時間など無い」

 

 どこかへ向かおうとしている仮面の男をゴールドは制止するが、相手にする気は無いと言わんばかりの言葉を仮面の男は吐き捨てる。

 もう十分過ぎるくらい暴れて、ロケット団の復活を印象付けたのだから、計画を次の段階へ勧めても良いと判断したのだ。

 そんな仮面の男をゴールドは追い掛けようとするが、カーツと彼を肩に乗せて従っているルギアが遮る。

 

「お前達の相手は我らだ。これ以上あの方の手を煩わせる訳にはいかない」

 

 立ち塞がる強大な存在にゴールドは歯を噛み締める。

 まだまだ戦えるが、今の自分達ではこの状況を打開することは不可能だ。

 戦力として数えられていた十五人のジムリーダー達は、会場から離れていくリニアモーターカーに乗せられて戻って来る様子は無い。

 オーキド博士みたいに誰かが、それこそ今大会の出場選手が加勢してくれるのにも期待したが、そんな気配も無かった。

 

 だけど、このまま黙って見過ごせば、仮面の男はどこかへ消える。

 それは良い意味では無くて状況が悪くなる意味でだ。

 どうすれば良いのかゴールドは懸命に頭を働かせ、如何にかして仮面の男をこの場に引き留めて時間を稼ぐ方法を考える。

 

 そんな時だった。

 

 今にも飛び立とうとする仮面の男に、影としか認識出来ない速さの何かが襲い掛かった。

 それに仮面の男が連れているデリバードは即座に対応して奇襲を防ぐと同時に戦い始める。

 デリバードが手元から離れたことで仮面の男は一旦フィールドに着地するが、その直後に不意を突くかの様に仮面の男の背後に大型のポケモンが突如として現れた。

 

「”おんがえし”!!!」

 

 その場にいた誰でも無い声が、大きな声で技名を叫ぶ。

 その声に大型のポケモン――おおあごポケモンのオーダイルが応え、渾身の力を込めた剛腕を仮面の男目掛けて繰り出した。

 

 攻撃を防ぐかオーダイルを退けられるであろうデリバードは、奇襲を仕掛けてきた影の正体であるニューラとヤミカラスの二匹と戦っている。

 オーダイルが現れてから技を命じられた速さも相俟って、普通なら成す術も無かったが、仮面の男は普通では無かった。

 

 おおあごポケモンの攻撃に気付くや、すぐに仮面の男は前屈みの姿勢で足腰に力を入れると交差させた両腕を盾代わりにして、オーダイルの一撃を真正面から受け止めた。

 その瞬間、途轍もない衝撃と爆音が周囲に轟くが、仮面の男はオーダイルの一撃をしっかりと受け止めた上で持ち堪えていた。

 

「”おんがえし”か……良くこれ程の威力になるまで手持ちを育て上げたものだな――」

 

 押し込める様にオーダイルは力を入れるも、仮面の男は微動だにしなかった。

 それからすぐにモンスターボールが開閉する音と共に、今度はキングドラにリングマ、赤い体色をした色違いのギャラドスの三匹がオーダイルと共に仮面の男を取り囲むように現れ、一斉に攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、それらの面々もニューラとヤミカラスを蹴散らして戻って来たデリバードが投げ付けた”プレゼント”攻撃による爆発の連鎖で、オーダイル共々後退を強いられた。

 

「――シルバー」

 

 全ての攻撃と敵を退けた仮面の男が顔を向けた先には、ゴールドとクリスと同じポケモン図鑑を持つ少年――シルバーが倒れているオーキド博士のすぐ傍に立っていた。

 

「シルバー…」

 

 ”うずまき島”で一旦別れた仲間の存在にゴールドも気付く。

 

 別々動いていたとしても、同じ敵を追い掛けていればまたどこかで会える

 

 そう考えていたが、まさか自分達の危機的な状況に駆け付けてくれるとは思っていなかったことも相俟って彼の存在はとても心強く感じられた。

 

 ところが微かな希望をゴールドが見出した直後、ルギアが彼を踏み潰そうと足を持ち上げた。

 すぐに彼は上手くタイミングを合わせてルギアの踏み付けを躱すが、衝撃や揺れまで考慮していなかった為、ゴールドはバランスを崩してしまい、次に仕掛けられた”エアロブラスト”も直撃こそ辛うじて免れたものの至近距離で着弾したことで、大きく体を吹き飛ばす。

 

「ゴールド!」

 

 体を強く打ち付けて倒れ伏すゴールドをクリスは助けようとするが、意識が彼に向いた途端、彼女は後ろからホウオウに踏み付けられてしまう。

 

「行かせる訳無いでしょ。仲間が駆け付けたのを見て気が緩んだのかしら?」

「うっ…」

 

 最初は動きを抑える程度だったが徐々に体重を掛けられていき、その圧迫感にクリスは苦しそうに呻く。

 クリスを助けようと彼女のポケモン達が即座に動いたが、消耗した状態では大した抵抗にはならず、呆気無くホウオウの翼で払い除けられるか炎で蹴散らされてしまう。

 ゴールドの方は、全身を強く打ち付けた体を無理にでも起こそうとしていたが、ルギアの巨体がすぐ目の前までに迫っていた。

 

「上手く不意を突いたつもりだったが、失敗した挙句、要らん期待を抱かせて仲間の危機を招いたな」

「っ!」

 

 二人の危機に、シルバーは対峙している仮面の男を気にしながらも焦りの素振りを見せていたが、そんな彼を仮面の男は嘲笑う。

 

「尤も、貴様程度…如何にでもなる」

 

 仮面の男がそう宣言した直後、デリバードを中心に猛烈な”ふぶき”が吹き荒れる。

 それらをまともに受けたことでシルバーのポケモン達は体の一部を凍らされたり吹き飛ばされてしまうが、更に追撃と言わんばかりに大量にばら撒かれた”プレゼント”攻撃もまともに受けて、大きなダメージを負ってしまう。

 

 さっきまでオーキド博士と戦っていた時は、手を抜いていたのでは無いかと思ってしまうまでに、この日に備えて鍛えてきたポケモン達をアッサリと退けられたことに、シルバーは悔しさで歯を噛み締めた。

 

 ”うずまき島”でゴールド達と別れた後、一旦彼は目的の為に従っていたワタルの元に戻り、今までの出来事を報告していた。

 それからワタルに仮面の男の正体がチョウジジム・ジムリーダーのヤナギであることが確定的なのを伝えたところ、仮面の男の目的が何なのかや、そして決着を付けたいのならポケモンリーグが行われるセキエイ高原に向かうことを勧められた。

 

 実際、ポケモンリーグの会場にはゴールドやクリスだけでなく、私服警官や警備員が多く配置されており、戦いに備えているのが窺えたが、シルバーは彼らとは合流せずにジムリーダー達の控室などを見て回って少しでも仮面の男を倒す手掛かりを探していた。

 そんな最中、ジムリーダー達がリニアモーターで隔離された挙句、仮面の男と彼の部下であるカーツとシャムが捕獲したルギアとホウオウを引き連れて暴れ始めた。

 彼はすぐさま戦おうとしたが、ゴールドとクリス、そして覆面で顔を隠していたオーキド博士が戦い始めたのを見て、シルバーは仮面の男を倒すのなら奇襲しかないと考え直し、苦戦する彼らの姿から加勢したい気持ちを何とか堪えてその隙を今まで窺っていた。

 最初に戦った時よりも強くなった手応えは感じていたが、それでも力の差は大きいままだった。

 

「さあどうする? このまま勝ち目の無い私と戦うか、それとも足手まといの仲間を助けるか」

 

 全身から圧を放ちながら仮面の男はシルバーに選択肢を迫るが、選ばせるつもりが無いことはシルバーにはわかり切っていた。

 以前なら迷わず仮面の男と戦うことを選んでいたが、今はピンチを迎えているゴールドとクリスの方も如何にかしたい気持ちが彼にはあった。

 

「シルバー! 俺達のことは気にするな!!」

 

 どうしたら良いのか迷うシルバーにゴールドは大声で伝える。

 

 大きなダメージこそ受けてはしまったが、今この場でまだ戦える状態であると同時に少しでも可能性があるのはシルバーだけだ。

 ならば自分達が彼の足を引っ張ってはいけない。

 

 ゴールドは勿論、ホウオウに踏み付けられて身動きが取れないクリスもそう覚悟を決めていた。

 

「ほう、随分と勇ましいことを言うじゃないか。命を失うのが惜しくないのか?」

「へっ! 伝説のポケモンを貰っただけで調子に乗ってるだけのてめぇらなんて怖くねえよ」

 

 余裕で煽るカーツにゴールドも精一杯虚勢を張って煽り返す。

 すると、何か引っ掛かることがあるのかルギアの肩に乗るカーツはゴールドを睨む。

 それに気付いたゴールドは、更に言ってやることにした。

 

「野生の時に暴れていたルギアの方がずっと厄介だったぞ。てめぇが従えてからは、口から空気の塊を吐くか、そのデカイ図体で暴れるくらいしかしてねえじゃねえか。何が”効率良く力を活かせる”だよ、全然活かせていねえじゃねえか!」

 

 戦っている内に感じたが、”うずまき島”での戦いの時と比べて、ルギアの暴れ方は結構控えめに感じた。

 もっと会場内でも大雨や暴風を撒き散らしたりしてくると考えていたので、ゴールド達が途中まで善戦出来ていた理由でもあった。

 ルギアとホウオウを従えている二人は、それなりに実力のあるトレーナーかもしれない。だけど、記憶にある姿よりも明らかに厄介では無くなっているのは確実に言えたので、ゴールドから見たら二人はポケモンの力を十全に引き出せていない上に自力で伝説のポケモンを捕まえた訳でも無い貰い物で調子に乗っているだけにしか見えなかった。

 

「それとさっきアキラなんて怖くないなんて言ってたけど、どうせどっかであの人にボロ雑巾にされるくらいボコボコにされたんだろ。伝説貰ったくらいで勝てるとか考えが安直なんだよ」

 

 次から次へと出て来る悪口にカーツの額に青筋が浮かんでいくが、ゴールドは怯まずに更に囃し立てる。

 負け犬の遠吠えと思われても仕方ないことだが、彼は構わなかった。

 どんな手段でも良い。敵の冷静さを奪って、シルバーの態勢が整うか、或いは引き離されたジムリーダー達か別の場所で戦っているレッドとアキラの二人が戻って来るまでの時間を稼ぐ。

 腹を括った彼は、動けなくなるその瞬間まで何だってやるつもりだった。

 

「てめえだってそうだ仮面の男。俺達相手に余裕そうな面をしているけど、ルギアだけじゃなく、てめぇも後一歩まで追い詰めたレッド先輩やアキラと戦うのが怖いんだろ。だから二人とジムリーダーを引き離したんだろ」

 

 勢い任せで次々と出て来るゴールドの煽りに、カーツの怒りは頂点に達した。

 仮面の男に才能を見出されて修行を重ねてきたにも関わらず、ゴールドの言う様にアキラと彼が率いるポケモン達の桁違いな力の前に自分達は成す術が無かった。

 辛うじて最低限の任務は達成出来たものの、奴らが出っ張って来るだけで任務失敗の可能性や負けても仕方ない相手なのを仮面の男に考慮されていたこと、何よりあんなふざけた連中に負けたことはカーツやシャムには屈辱的だった。

 それだけでも怒りが爆発しそうだったが、ここまで自分達を鍛えてくれた恩ある存在までも馬鹿にされたことには我慢ならなかった。

 

「負け犬が、二度と吠えられない様に消してくれる」

 

 カーツのその言葉を合図にルギアが口を開く。

 誰がどう見ても、本気でゴールドを排除するつもりだった。

 

「おうおう図星突かれたのを気にしているのか? やっぱ小物だなお前!」

「言ってる場合か! 早く逃げろゴールド!!」

 

 シルバーは怒鳴るが、ゴールドは退こうとしなかった。

 否、彼の体は度重なるダメージの影響で立っているだけしか出来ないまでに限界を迎えていて、動こうにも動けなかった。

 恐らく、このままだと”エアロブラスト”が直撃することになる。どうせならアキラが持っている様な盾を持っておけば良かったかもな、と適当なことを考えながら、ゴールドは覚悟を決める。

 

 

 その時だった。

 

 

 何の前触れも無く突然ルギアの足元に亀裂が走り、巨大な何かがフィールドを砕きながらルギアを押し退けて姿を現したのだ。

 揺れで尻もちが付く形で倒れたゴールドは、突然のことに理解が追い付かなかったが、今自分の目の前でルギアを相手に対峙しているのが何なのかを知る。

 何故なら、それはついさっき見た姿だったからだ。

 

「ハガネール?」

 

 現れたのは先程のエキシビジョンマッチで、アサギジムのジムリーダーであるミカンが繰り出しイワークの進化形であるハガネールだった。

 ジムリーダーの一人が連れていたポケモンの出現に、ゴールドはジムリーダーが戻って来たという期待を抱いたが、冷静に考えてすぐにそれは違う考えにも至った。

 今ジムリーダー達は、遠くへ離れていくリニアモーターに隔離される形で乗せられていてすぐに戻ることは難しい。

 もし戻って来れたとしても、ハガネールの巨体を考えると別のジムリーダー達の方が速く駆け付ける筈だ。

 

 ならば、今ルギアと睨み合っているハガネールは一体何なのか。

 

 そして予想外の出来事は他でも起きた。

 突然のハガネールの出現にルギアとカーツだけでなく、ホウオウとシャムも気を取られていた時、突如としてホウオウの顔が強く横に弾かれたのだ。

 肩に乗っていたシャムがすぐに原因へ目を向けると、そこには大きな四枚の羽を持ったコウモリ――クロバットが音も無く飛んでいた。

 

 ハガネールと同じ新手の出現にシャムは動こうとするが、クロバットの攻撃を持ち堪えたホウオウの足元に手裏剣状のモンスターボールが突き刺さる。

 それが一体何なのか考える間も無く、ボールが開くと中から巨大な蛇――アーボックが飛び出し、クリスを踏み付けているホウオウの足に噛み付いた。

 

 堪らずホウオウはアーボックに噛み付かれた足を持ち上げるが、片足だけになった瞬間、飛んでいたクロバットがダメ押しを叩き込んで少しだけ後退させる。

 そのタイミングにどこからか伸びて来た触手が倒れていた彼女とその手持ち達を絡め取ると、すぐにシャムとホウオウから引き離した。

 新手の狙いがゴールドとクリスを助ける事だとシャムはすぐに悟り、伸ばされた触手の先へ視線を向けると、ドククラゲと一人の男が何時の間にかそこに立っていた。

 

「あ…貴方は…」

「ただ伝説のポケモンに挑み来たはぐれ者さ」

「…え?」

 

 危機的状況を脱することは出来たものの困惑しているクリスに、現れた男は穏やかに告げる。

 その姿は、パッと見ではエキシビジョンマッチでカントー代表として出場していたセキチクジム・ジムリーダーのアンズと良く似た忍び装束をしていた。

 全く考えていなかった形で現れた助けの登場と告げられた言葉に彼女だけでなく、体を起こそうとしていたゴールドも目を見開く。

 彼は一体何者なのか。知りたいと強く望んだ時、ゴールドの後ろから足音がした。

 

「お前はレッドとアキラを知っているのか」

 

 振り返ってみれば、これ以上無く鍛え上げられた屈強な上半身を晒した大男がカイリキーを伴ってやってくるのが見えた。

 その姿と連れているポケモンから、どこかアキラの師匠であるシジマに似ているのを感じたが、ゴールドは問われたままに頷く。

 

「あ…あぁ、知っているッス」

「ふむ。さっき言っていた彼らが伝説のポケモンを追い詰めたという話は本当か?」

 

 時間稼ぎで口にしたことが彼らをこの場に呼べたことをゴールドはすぐに悟る。

 出まかせだったら答えに詰まっていたが、幸いにも二人が伝説のポケモンを相手に勝てるところまで追い詰めたことは本当なのと実際にこの目で見ていた。

 

「本当ッス。仮面の男の横槍が無ければ、レッド先輩やアキラはルギアに勝っていた。それにアキラは、スイクンっつう伝説のポケモンも一騎打ちで正面から打ち負かしていたッス」

「ほう」

 

 ゴールドが話した内容全てが本当だと信じたのか、大男は感嘆の声を漏らす。

 

「そうか、二人はそれ程までに力を付けたのか。俺も負けていられんな」

「えっと…おっさんは誰? 会話の流れ的にレッド先輩とアキラの知り合いッスか?」

「知り合いと言えば知り合いだな。そういえば名乗り忘れていた。俺の名はシバ。彼らとの再戦を望むはぐれ者だ」

 

 シバと名乗った大男は簡単な自己紹介をするが、ゴールドは彼の名前と遠くで戦っている二人の知り合いであることくらいしかわからなかった。

 ところが大男の名乗りが聞こえたのか、カーツだけは異なる反応を見せた。

 

「シバ…だと? まさか一年前にカントー地方で暴れた四天王の一人、格闘使いのシバか?」

「そうだ。まあ、今はそこにいるキョウと同じはぐれ者だがな」

 

 カーツの問い掛けをシバは肯定すると、クリスを助けたドククラゲを連れた忍び装束の男を示す。

 ゴールドにとって聞き覚えのある単語が幾つか出たが、それでもわかるのは彼らがレッドとアキラの知り合いで、二人に自分とクリスは助けられたということくらいだった。

 

「元セキチクジム…いや、元ロケット団幹部のキョウといい、何が目的だ?」

「簡単な話だ。お前達が連れている伝説のポケモンに挑みに来た。それだけだ」

 

 ルギアとホウオウを相手に臆することなく見据えながら、シバは簡潔に姿を見せた理由を答える。

 シバとキョウ、両者ともそれぞれカントー四天王やロケット団などの組織に身を置き、行き場の無い力を属していた組織の目的の為に活かして動いて来た。

 そんな中、組織の一員として戦っていく過程で、二人は組織や誰かの為では無くて自らの戦いを突き詰めたい感情や研ぎ澄ますことで得られる充足感と言えるものを求める様になった。

 

 そうして同じ考えを抱くに至った二人は互いに鍛錬に明け暮れた。

 全ては自らの戦いを突き詰めて、再戦を果たしたい者達がいたからだ。

 

 だからこそ二人は、その再戦を望んでいる者達が参加するであろうポケモンリーグの会場にやって来たが、伝説のポケモンを引き連れたロケット団の残党に襲撃される予想外の事態に見舞われた。

 当初は自分達に火の粉が降り掛からなければ静観するつもりだった。だが、伝説のポケモンを相手に一歩も引かずに戦い始めたゴールドとクリスの姿に、かつて自分達に戦いを挑んだレッド達の姿を思い出し、更にはレッドとアキラが伝説のポケモンを追い詰めるだけの力を付けたという話を聞いたことで、自分達も伝説のポケモンに挑みたくなったのだ。

 

 特にレッドとアキラは、シバがもう一度戦いと望んでいる相手でもあった。

 その彼らが伝説のポケモンを倒せるだけの実力を身に付けたのだ。ならば自分も伝説のポケモンを倒せなければ、彼らと満足のいく勝負が出来ない。

 そう考えてシバはキョウと共に姿を現したのだ。

 

戦闘狂(バトルマニア)め、貴様らの下らん欲求を満たす為に我らの目的を邪魔されて堪るか!」

 

 二人が姿を現した理由を知り、カーツは怒りを露わにするがシバとキョウはまるで気にしていなかった。

 彼らの中では自分達がやっていることは単に戦いを求めている自分達とは違って崇高な目的のつもりなのだろうが、他者から見ればやっていることは昔の自分達がやっていたことと大差無い認識だった。

 睨むだけで無く吠えるカーツらを無視して、シバは少し離れたところにいるシルバーに目を向ける。

 

「お前は下がっていろ。手持ちの様子を見る限り、どの道それ以上は戦えないだろ」

「何を言っている。俺達はまだ――」

「それとも、伝説のポケモンと戦う前の軽いウォーミングアップとしてお前達から相手をしようか?」

「っ!」

 

 大木の様に太い腕を力ませながらシバから発せられた圧に、食い下がろうとしたシルバーは思わず怯んでしまう。

 それは「口答えするならお前から倒す」とハッキリ言っている様なものだった。

 助けてはくれたが、彼が興味があるのは伝説のポケモンとの戦いや再戦を望んでいるレッドとアキラであって、完全な味方では無いのだろう。

 

 シルバーはシバを睨み付けるが、鍛え抜かれた肉体を晒す大男はこちらがどう動くのか見ているだけで、何一つ恐れていなかった。

 そして彼は悠々と立つ仮面の男に目線を移すが、奴の意識は既に自分では無くて新手の二人に向けられており、自分は眼中に無いと言わんばかりの様子にシルバーは拳を固く握り締めた。

 

 仮面の男をこの手で倒して、自分の運命に決着を付ける。

 その一念でワタルに従い、彼からの指示をこなしながら多くを学び、そして力を付けた。

 だがまだ、まだ力が足りない。

 

 手持ち達も彼同様にまだ戦う意思こそ見せてはいるが、受けたダメージが大き過ぎるのか、息が絶え絶えなのもいれば明らかに動きが鈍くなっているのもいる。

 この状態では、仮面の男だろうとシバが相手だろうとまともな戦いにはならない。

 感情では認めたくなくても、頭ではわかってしまったこともシルバーは悔しかった。

 

「――自分の力が足りなくて悔しいか?」

 

 堪え切れないまでに激情を顔に滲ませるシルバーにシバは声を掛ける。

 

「ポケモントレーナーに限らず、誰であろうと必ず己の至らなさや力不足を思い知らされる経験をする。お前は打ちのめされたまま終わる気か?」

 

 一見するとさっきまで言っていたことに矛盾していたが、シルバーは何も口はしなかったものの、睨む様に真っ直ぐ彼を見て無言の反論をする。

 

「その様子ならば、やることはわかっているみたいだな」

 

 シルバーの様子にシバは納得すると、今度は尻餅を付いたままのゴールドに視線が向けられた。

 

「座り込んでしまっているお前にも一応聞いておこう。お前も打ちのめされたまま終わる気か?」

「んな訳…んな訳無いだろ!」

「…そうか」

 

 力強く否定するゴールドの反応に、どこかシバは満足気な表情を浮かべると、ルギアを牽制しているハガネールの元へカイリキーを伴って向かう。

 残されたゴールドはと言うと、戦いの場へと向かう彼を見届けつつ、他の手持ち達同様に立ち上がるのを試みながら今自分がやれる行動は何なのか頭を働かせ始めていた。

 

 先輩として尊敬しているレッド。

 最初に見た頂に近い存在であろうアキラ。

 

 伝説が相手だろうと真正面から戦える実力者である二人だが、シバが言っていた様に彼らだって最初から今の強さでは無かっただろう。

 それこそ今の自分やシルバーみたいに、悔しい思いや打ちのめされた経験はあった筈だ。

 

 だけど、そうした苦難や困難を何度も乗り越えて立ち上がって来たからこそ、今の彼らに繋がっている。

 実力こそまだ伴っていないが、駆け出しの頃の彼らが出来たのなら自分にも同じことが出来る筈だと、ゴールドは自分自身を奮い立たせるのだった。

 

 

 

 

 

 シバとキョウが現れたのと同時刻、異なる方角からそれぞれ一直線にポケモンリーグ会場へと向かうものがあった。

 ある方角から飛来した青、赤、黄の三色の光は、会場のすぐ間近にまで迫っていた。

 そして、もう一方の方はまだ遠く離れていたものの、針路上にある雲を吹き飛ばす程の衝撃波を轟音と共に放ちながら一筋の白い軌跡を描いて一直線に飛んでいた。




ゴールド達、追い詰められるもシバやキョウの加勢で辛うじて助かる。

原作でもレッドやグリーンへの再戦のためにポケモンリーグの会場を訪れていたと思われる発言をしていたので、何か切っ掛けさえあれば二人は本格的に加勢してくれていたのでは無いかと思っています。
その切っ掛けが、今回ゴールドが啖呵を切った際にレッドやアキラの名前を挙げたことやその内容にシバとキョウの戦闘欲が刺激された感じです。

次回、仮面の男に対抗する面々が集結します。


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仮面の男対抗戦線

 突然現れて敵対し始めたシバとキョウの存在に、仮面の男は一向に状況が良くならないことに苛立ちを募らせていた。

 当初の思惑通り、大きな障害になると考えたレッドとアキラ、そしてジムリーダー達を引き離すことには成功した。

 それでも多少の邪魔が入ることは想定していたので、それらも黙らせてこれからという時に思ってもいなかった実力者の乱入。

 しかも彼らが乱入する切っ掛けになったのがアキラとレッド絡みなのだから、散々彼ら――特にアキラに邪魔されて来た仮面の男からすれば、冗談抜きで彼は疫病神だった。

 

「デリバード」

 

 連れているデリバードに命じると、仮面の男の意図を察したプレゼントポケモンは素早く動く。

 仕掛けるのかとシバとキョウは手持ちと共に警戒し始めるが、デリバードが向かった先はルギアの肩に乗るカーツだった。

 デリバードはカーツにプレゼント袋から何かを渡すと、流れる動きでルギアの翼から何かを引き抜き、シャムとホウオウにも同じ様な行動を取った後、仮面の男の元へと戻った。

 

「カーツ、シャム。当初の予定通りこの場は任せる」

「はっ!」

「必ずやあの戦闘狂(バトルマニア)共を打ち負かしてみせます!」

 

 デリバードから何かを受け取った仮面の男は、己の部下達に発破を掛けるとその体を浮かび上がらせる。

 ゴールドとクリス、シルバーは仮面の男がこの場から去ろうとしていることを悟るが、シバとキョウは一瞥するだけで二人とも目の前に立つルギアとホウオウに意識を向けていた。

 放置すれば何かをやらかすのが目の見えているのに、追い掛けるつもりは更々無いらしい。そもそも伝説のポケモンを相手取るつもりなのに、これ以上手を広げたくは無いのだろう。

 

 どうしたら仮面の男を自由にさせず、この場に釘付けにすることが出来るのか。

 再び頭をフルに働かせてゴールドが考え始めた時だった。

 

 ルギアとホウオウの攻撃で半壊していた天井から、三つの光が突如として飛び込んで来たのだ。

 

「っ!?」

 

 それらの存在に気付いた仮面の男は、即座に振り返って警戒するが、その判断は正しかった。

 仮面越しに向けられた視線の先に、破壊した建物の瓦礫が積み重なった上に見覚えのある三匹のポケモンと三人のトレーナーが立っていたからだ。

 

 スイクン、エンテイ、ライコウ

 

 かつてホウオウを従わせていた仮面の男に戦いを挑み、主であり大恩あるホウオウの開放と引き換えに”焼けた塔”に封印した伝説のポケモン達。

 最近、その封印が破られて各地でジムリーダーを含めた強豪トレーナーを相手に勝負を挑んでいた三匹が、遠くへ引き離した筈の三人のジムリーダーと共に仮面の男の前に現れたのだ。

 

「貴様ら…ジムリーダーの…」

「ええ、そうよ」

「俺達はこいつらにてめえと共に戦うパートナーとして選ばれた!」

「水・炎・電気のエキスパート!」

 

 スイクン、エンテイ、ライコウと一緒に駆け付けた三人――カスミ、カツラ、マチスが仮面の男を見据えて力強く相対する。

 そして彼らが駆け付けたことに、立ち上がろうとしていたゴールドやクリスも驚いていた。

 クリスはスイクン、ゴールドはライコウ以外の二匹と直接会った経験はあったが、まさか三匹が駆け付けるだけでなく遠く離れた場所に隔離されていたジムリーダー三人も伴って来るとは思っていなかったからだ。

 

「おっ、おっさん」

「よう小僧共。随分とボロボロじゃねえか」

 

 駆け付けた三人の中で唯一面識があったゴールドとシルバーに、マチスは気付くと軽く声を掛ける。

 彼らの様子を一目見ただけで、伝説のポケモンや仮面の男を相手に戦うも力及ばずといったことが容易に想像出来た。

 他にも少し離れた場所にここ一年間音信不通で行方知れずだった人物がいるのにも気付いたが、状況も状況だったので少しだけ視線を向けるだけで今は触れないことにした。

 それはカツラやカスミも同じであったが、様子から見て仮面の男とその配下とはシバとキョウの二人は敵対している様子であることだけは理解出来たので、今は目の前の敵に集中する。

 

「ふん、以前私に挑んで敵わなかった負け犬共か」

 

 隔離した筈のジムリーダー達が伝説のポケモンという強力な戦力を連れて自分の前に立ち塞がったにも関わらず、仮面の男は狼狽えるどころか鬱陶しそうな反応だった。

 それどころか耳を疑う様なことを口にし、それにゴールドは反応した。

 

「敵わなかった? どういうことだ?」

「そのままの意味だ。スイクン、エンテイ、ライコウ。その三匹はかつて私に無謀にも戦いを挑み、そして負けたのだ」

「えっ? 嘘?」

 

 仮面の男の口から語られた驚愕の告白にゴールドとクリスは驚きを露にする。

 ルギアとホウオウを手中に収めているのだから、仮面の男に相応の実力があることはわかっていたつもりだった。

 だけど、伝説のポケモンが三匹掛かりで挑んでも勝てなかったというのはにわかに信じ難かった。

 

「ジムリーダーと組んだのも私との力の差を埋める為だろう。だが、その程度で如何にかなる様なものでは無いだろう」

 

 冷静に仮面の男は、スイクン達がジムリーダー達と手を組んだ理由も分析する。

 自らのタイプと同じエキスパートをパートナーに選んだのは、急繕いな関係でも特定のタイプの力を引き出すのに長けていることを重視したからだろうが、それだけで自分との力の差を埋められるとは思っていない。

 寧ろ、伝説のポケモンと呼ばれる程に強力なポケモンは、下手にトレーナーと共に戦った方が不利になることだらけだ。

 

「えぇ、確かに私達は彼らと会って間も無いわ。でも甘く見ない方が良いわよ」

 

 並んでいた三人の中で、カスミは一歩前へ踏み出しながら力強い目付きで仮面の男を見据える。

 仮面の男の言う通り、スイクン達が自分達の元に来たのは()()()()()だが、それでも短い時間の間に彼らとの関係や意思疎通、連携を深めることは出来た。

 何を考えているのかやどういう意図で自分達をパートナーとして見出したのかもだ。

 

 そして三人はそれぞれ彼らの意思に共感した上で力を貸すと同時に、この戦いの場に駆け付けたのだ。かつて彼らが敗れたという仮面の男を相手にどう戦っていくのか、その作戦も考えてきた。

 

 気を引き締めて、いざ三人が仮面の男に挑もうとした時、突如として彼ら目掛けて巨大な炎と空気の塊が飛んでくる。

 すぐさま三人は三匹の背に乗ってそれぞれ回避すると、負傷して動けないゴールドやクリス、シルバーのすぐ傍に着地する。

 

「待てジムリーダー共」

「あの御方と戦うなら、まずは私達を倒してからにしなさい」

 

 攻撃から逃れた三人に対して、ルギアとホウオウを配下にしたカーツとシャムが宣戦布告をする。

 一般的な扱いとしては同じ伝説のポケモンではあるが、実力と格で言えばルギアやホウオウの方が三匹よりも上の存在。しかもスイクン達にとってホウオウは主と言える存在だ。

 更に念を入れてか、彼らはルギアとホウオウ以外にも手持ちであるマグカルゴとヤドキング、更に複数のヘルガーやペルシアンも出すなど迎え撃つ準備を整えていた。

 

「どうするよカツラの旦那」

「むう…作戦通りにいきそうには無いがやるしかない」

 

 当初の予定では仮面の男か率いられているであろうルギアとホウオウを相手にするつもりだったが、少数ならまだしも他の多くのポケモンを相手にすることまでは想定していなかった。

 シバやキョウが味方してくれるので多少は負担は軽減されると思われるが、彼らがどう動くつもりなのか読みにくかった。

 

 だけどこの場に駆け付けたからには、どんな状況であれ、仮面の男のこれ以上の悪事を防ぐ為に戦うつもりなのには変わらない。

 彼らはゴールドとクリスにシルバー、更には動けないオーキド博士を守る様な形で体勢を立て直すと、どの様にしてこの状況を突破して仮面の男へ挑むのか思案し始める。

 

 そうして両陣営が睨み合っていたそんな時だった。

 誰かが、ある異変に気付く。

 

 どこからか轟音が聞こえ始め、しかもその音は徐々に大きくなりつつあることにだ。

 

「…何だ?」

「まるでジェット機が近くを飛んでいるみてぇだな」

 

 カツラはその音に疑問を抱くが、元軍人だったマチスは、それが経験したことがある音に近いものなのを口にする。

 だが、こんな近くをジェット機が飛ぶとは聞いていないし、第一そんなものが来ること自体おかしい。

 聞こえ始めた謎の轟音に、駆け付けたジムリーダーの三人だけでなく、仮面の男も外が見えるまでに倒壊した会場の大穴から空へと顔を向ける。

 

 そして、太陽を背にそれは飛んで来た。

 崩壊したスタジアムから見えたそれは、そのまま真っ直ぐ半壊した会場へと突っ込んで行き、その姿を認識するや仮面の男は仮面越しに目を見開いた。

 

 飛んで来たそれが見覚えのあるポケモン――カイリューであることにだ。

 

「デリバード!! 撃ち落とせ!!!」

 

 仮面の男に命じられてすぐにデリバードは無数の氷柱を瞬時に生み出すと、それらを真っ直ぐ突っ込むドラゴンポケモン目掛けて次々と撃ち出す。

 カイリューは攻撃が迫っていることを認識するやすぐに()()()()()()()()()()しっかりと固定、真っ直ぐ飛びながらも飛来する氷柱を体を捻らせていくことで辛うじて回避していく。

 

 だが、猛スピードで飛行しながら急に体勢を変えたことでバランスを崩したドラゴンポケモンは、大きく壊れた天井から錐揉みしながら落ちる様に会場へと突っ込んでいく。

 そのまま地面に叩き付けられるのかと思いきや、平衡感覚がままならない状態でもカイリューは爆発でもした様な地響きを響かせ、滑りながらも両足を叩き付ける様にしっかり地を踏み締めた。

 そこでようやく、ゴールドとクリスも轟音を発していたのがカイリューであることに気付くと同時に悟った。

 

 彼が駆け付けたのだ。

 

 着地したカイリューは、勢いを保ったまま埃と散乱する瓦礫を巻き上げながら会場内のフィールドを滑っていき、ヘルガーやペルシアンなどの多くのポケモン達を巻き込む形で薙ぎ倒していく。

 気付いたホウオウが狙いを定めると、察知したカイリューは両腕に抱えていた人影を余所へ高々と放り投げて、自由に動ける様になった状態でホウオウの片足に強烈な体当たりをかました。

 勢いに乗ったカイリューの体当たりで足を取られたホウオウはバランスを崩して倒れ、ようやくカイリューも少し滑りながらもその勢いを止める。

 

 一方放り投げられたドラゴンポケモンが抱えていた人影は、宙を舞っている間に様々なポケモン達が飛び出して、地面に叩き付けられそうになっていたその体を何匹かがまるでボールの様にトスを繰り返していき、最後はしっかりと受け止められるのだった。

 

「チッ! 始末しろルギア!」

 

 カーツの指示で倒れてしまったホウオウの代わりにルギアは新手の出現に対応しようとするが、ようやく止まったドラゴンポケモンはすぐさまルギア目掛けて駆け出した。

 その体格から想像出来ない身軽な動きで飛び込むと、ルギアの膝に跳び蹴りをかまし、巨大な体が前のめりに傾いたタイミングに跳び上がって腹部に拳を叩き込む連続攻撃。

 更にそれだけでは終わらず、軽快な動きで巨大な銀色の背中に回り込むと、怯むルギアの背中をカイリューは何回も殴り付ける。

 

 激しいだけでなく執拗な攻撃に、堪らずルギアはカーツが肩に乗っているにも関わらず体を激しく振ることで背中にいるカイリューを振り払う。

 放り出されたドラゴンポケモンだが、宙で体勢を立て直すと他の手持ち達がいる場所に着地する。そこを先程やられた何匹ものヘルガーとペルシアン達、更にはマグカルゴとヤドキングが取り囲むが、対抗する様にカイリュー以外のポケモン達も円を描く様に素早く飛び出して構えるのだった。

 辛うじてルギアから振り落とされずに済んだカーツではあったが、その姿を目にした瞬間、これ以上無いまでに憎悪と言っても過言ではない表情を露わにした。

 

 

 遠く離れた場所に引き離し、更には駆け付けられない様にした筈の憎き存在――アキラが円を描いた陣形を組むポケモン達と共に立っていたからだ。

 

 

「――俺はここにいるぞ。やるなら掛かって来い」

 

 腕に付けていた盾の向きを細長い方へと切り換え、鋭利な側面を剣の様に見立てて構えながら鋭い目をした彼は、圧の籠った口調で静かに敵を煽る。

 その言葉を合図にヘルガー達は牙、ペルシアン達は鋭い爪を剥き出しにして跳び掛かり――瞬く間にアキラの手持ち達に返り討ちにされた。

 

「ッ! マグカルゴ、”かえんほうしゃ”!」

「ヤドキング”サイコキネシス”!!」

 

 何匹もいたヘルガーやペルシアンが一瞬にして吹き飛ばされるのを見るや、残った手持ちの二匹にシャムとカーツは即座に攻撃を命ずる。

 圧倒的な力を見せ付けた彼らの姿に、悠長にしていたらやられると直感したからだ。

 

 しかし、異なる方向から放たれた灼熱の炎と念の衝撃波は、仲間達を守る様に前に出たエレブーとバンギラスの二匹の”まもる”によって正面から防がれる。

 そして彼らが体を張って攻撃を引き受けている間に、横からブーバーとカポエラーが間髪入れずに飛び込み、それぞれ手にした得物や遠心力を掛けた蹴りをマグカルゴとヤドキングの頭部の側面に叩き込む。

 

 彼らが繰り出した強烈な一撃は、衝撃で二匹の頭が真っ白になって動きが鈍る程であったが、突っ込んだ師弟の攻撃はそれで終わらなかった。

 二匹に対して、流れる様に続けて素早く繰り出せる格闘技や打撃系の攻撃を容赦無く打ち込んでいき、反撃を許さないまま最後は二匹を蹴り飛ばして戦闘不能に追い込むのだった。

 

 短時間の内に手持ち達をいとも簡単に一蹴したことに、カーツの怒りは更に増す。

 ”スズの塔”での敗北をバネに自身も手持ちも更に鍛錬を重ねたが、それでも彼らを止めることすら敵わない。

 認めたくないが、最後に戦った時よりもアキラ達は力が増している。

 

 だが、すぐにカーツはあることを思い出す。

 自らを鍛えるだけでなく、仮面の男に見出された才を存分に振るえるだけの強大な力をついさっき授かったことにだ。

 

 力には力。

 強い憎悪と怒りの矛先を彼らは目の前の仇敵に向ける。

 

「ルギア! ”エアロブラスト”!!!」

「ホウオウ! ”せいなるほのお”!」

 

 ブーバーとカポエラーの猛攻が止まったのとエレブーとバンギラスの”まもる”の効力が消えたタイミングに、ルギアとホウオウは最大級の技を放とうとする。

 他の手持ちはやられてしまったが、伝説のポケモンさえいれば十分に状況は引っ繰り返せる。

 奴らに一泡吹かせることが出来る。そう考えていた。

 

 しかし、彼らの逆襲は思惑通りにはいかなかった。

 

 ルギアが動き始めたのに合わせて、サンドパンは片腕を持ち上げ、大きく開かれたルギアの口内に向けて爪先から放った”めざめるパワー”を撃ち込む。

 放たれた光弾が口内で爆発して怯んだタイミングで、顔の高さにまで飛び上がったカイリューが大きく体を捻らせて、ルギアの横顔に強靭な尾から繰り出す”たたきつける”を叩き込んだ。

 

 ホウオウの方はルギアの様に攻撃そのものを阻止はされなかったが、ヤドキングとゲンガー、ドーブルの三匹が協力して発揮した”サイコキネシス”で無理やり顔の向きを変えられて見当違いな方へ技を放ってしまう。

 そして技を放った直後の無防備なところを、エレブーと”ものまね”を使ったバンギラスの二匹が同時に”10まんボルト”を浴びせてきた為、苦手な電気技でダメージを受けたホウオウは堪らず後退する。

 

「クソッ! 相変わらず忌々しい!」

 

 一泡吹かせるどころか簡単に対処されてしまったことに、カーツは口悪く吐き捨てる。

 

 実は今回のポケモンリーグ襲撃作戦でのジムリーダー達を隔離する計画は事前にあったものだが、アキラやレッドなどの伝説のポケモンでも危うくなる実力者が現れるのは想定外であった。

 だからこそ、ポケモン協会や警察の動きや考えを読んで、もう使うことが無いであろう拠点にロケット団を集結させて無視出来ない脅威の存在を演出し究極の二択を迫らせた。

 

 そしてこれまでの戦いで得た情報から、彼らが移動手段に”テレポート”を応用した技術を使う可能性を考慮し、そういったポケモンの技を利用した移動手段も封じる対策も講じた。

 ただ、技でも何でも無い地球を一日も掛けずに一周出来る程で飛ぶことが出来るカイリューの純粋な飛行能力を封じる方法については最後まで思い付かなかった為、アキラが奥の手としてカイリューだけでもポケモンリーグの会場へ加勢に向かわせる可能性も考えられていた。

 だけど、それでもどんなに頑張ったとしても彼らがチョウジタウンの外れからセキエイ高原にまで移動するにはかなり時間が掛かると見込んでいた。

 

 だが現実は、カイリューどころか彼らのトレーナーであるアキラも含めた全戦力の手持ちが駆け付けた。

 

 唯一レッドの姿だけは見られなかったが、それでも手持ちの攻撃力と数などのあらゆる面でアキラ達は脅威としか言い様が無い存在だ。

 そして何より、彼らのトレーナーとしての在り方や姿はカーツやシャムにとって腹が立つ存在でもあるので、こうも何重にも施した対策を突破されるのは屈辱以外の何物でも無かった。

 

 彼らが姿を現してからの一連の攻防が一旦終わり、両陣営のポケモン達が睨み合う中、剣の様に盾を構えていたアキラはルギアとホウオウに目を配ると何故か背を向けてどこかへ歩き始めた。

 まるで他に重要なことがあると言わんばかりの彼の行動にカーツとシャムは舐められていると感じたが、ルギアとホウオウを嗾けようにもカイリューを始めとしたアキラのポケモン達が牽制をする。

 何かあれば彼らの全力の一撃が瞬く間に叩き込まれる。それだけでも躊躇うには十分な理由で、彼らは悔しさを滲ませる。

 

 そして伝説のポケモンの対応を手持ち達に任せてアキラが向かった先は、負傷したゴールドとクリス、シルバーの三人を守るかの様にスイクン達と共に立つカスミ達の元だった。

 

「無事にスイクン達と合流することが出来たのですねカスミさん」

「まあね。アンタの手紙をスイクンを持っていた時は驚いたわよ」

 

 自身の元に訪れたスイクンと対話を交わした末に共に戦う事を受け入れた時、カスミはスイクンが手紙を差し出したのに目を疑ったが、その内容にも驚いた。

 

 スイクンと戦い、彼らが自分達の力を引き出す術を持つ優れたトレーナーの力を借りたがっているので、カスミ達のことをスイクン達に教えて推薦したと。

 

 手紙には推薦相手にカツラ、嫌々ながらもマチスの存在を教えたことも正直に書かれていたので、慌てて同じくエンテイのパートナーとして推薦したカツラに連絡を取った時、既に彼の元にもエンテイが訪れていた。

 

「カスミ君から話は聞いてはいたが、やはりエンテイ達が私達の元に来たのは、君が関わっていたのか」

「はい。と言っても、スイクン達の様子を見る限りでは遅かれ早かれ、カツラさん達の存在を彼らは探し出していたでしょう。俺はそれを早めただけです」

 

 これは本当の事だ。

 あらゆる要素を考慮すれば、スイクン達がカスミ達をパートナーに選ぶのは時間の問題だ。だからこそ、少しでも合流する時間を早めれば、元の世界でアキラが知っている以上に彼らは仮面の男と戦うことが出来る筈だ。

 

 改めて事情を知り、カツラは静かに驚く。

 ジョウト地方でロケット団を相手に戦っているという話を聞いていたが、こちらの想像を超えたことをアキラはしていた。

 カツラの方もとある理由があってエンテイを探していたが、まさか誰かの”推薦”という形でやって来るのは予想外だった。

 

 しかし、それは嬉しくもあったが同時にある()()()()()()()()()を思っていたよりも早く失うという複雑な誤算でもあった。

 だけどアキラはこちらの事情はそこまで把握していないのと、元々そのつもりでもあった為、苦渋の決断ではあったがそれでもそうする以外の道は彼には無かった。

 

「やっと来てくれたッスか…遅いッスよ」

「ごめん。”テレポート”が封じられていて、予定していた形で駆け付けられなかった」

 

 力が抜けたかの様に座り込み、遅れたことに安堵交じりながら愚痴るゴールドにアキラは彼と同じ目線まで体を屈めて素直に謝る。

 何かしらの妨害は予想はしていたが、まさか自分達の移動手段を邪魔して、そもそも戦うのを避けようとするとは思っていなかったのだ。

 

「アキラ、お前どうやってここに来た? カイリューに乗って来たのは確かだろうが、あんな音をさせるまでに飛んだら体が耐えられねえぞ」

「”これ”のお陰ですよ」

 

 マチスから質問に、アキラは嫌そうだが端的に腕に取り付けた紺色の盾を示してマチスの質問に答えると、ここに来る前のレッドとのやり取りを彼は思い出す。

 

 

 

 

 

 ”テレポート”が使えないことに気付くと同時に、どこかに妨害をしている原因があることまではアキラは悟ったが、今はそれを探して潰す時間が惜しかった。

 かと言って、今からカイリュー達に乗って飛行したとしても、セキエイ高原に着くにはどう足掻いても時間が掛かってしまう。

 どちらを優先するのが速いのか。アキラは焦る頭をフル回転させていた時、神妙な顔をして考え込んでいたレッドが口を開く。

 

『アキラ、カイリューが本気を出して飛んだらどれくらいの時間で会場に着ける?』

『? 多分そこまで時間は掛からないと思う。だってマッハ2くらいだよ』

 

 そこまで伝えた時、アキラの頭にあることが浮かんだ。

 色々不安はある苦肉の策だが、カイリューのみを急行させてゴールド達に加勢させる手だ。

 ルギアが相手でもダメージを与えられるだけの力を持つカイリューがいれば、それなりに状況を良くすることは出来るだろう。

 彼が提案する内容がそうだと考えたアキラだが、レッドの口からは予想していなかったことを伝えられた。

 

『…お前にまた負担を掛けちゃうけど、カイリューってかなり速く飛べるんだろう? お前だけでも一足早くゴールド達に加勢してくれないか?』

『俺も出来ればそうしたいけど、リュットの最高速に耐えるには専用の移動用のカプセルが必要なんだ』

『え? お前が持っている盾は正にそれなんじゃないか?』

『盾? あっ』

 

 レッドに指摘されて、アキラは今は背負っているさっきまで使っていた盾を思い出す。

 円形の盾と縦長の盾の二種類が合体した様な形状をしているアキラの盾は可変式であるが故に、円形部分はポケモンの攻撃を防いだりする文字通りの”盾”、縦長の部分は側面が鋭利であるのを利用した”剣”みたいな使い方しかしていないが、本来の用途はポケモンに乗って飛行する際に発生する風圧などから身を守る為だ。

 レッドはこれを使うことで一足先に向かうことを言っていたのだ。

 

 使い心地は試したことはあるが、本来の用途とは別の使い方ばかりしていたのですっかり忘れていた。

 流石に盾だけではカイリューが本気を出して飛行するのにアキラの体は耐えられないが、それでも通常よりもずっと速い速度で飛行することは十分可能ではあった。

 

 今が正に、タマムシ大学で貰った盾を”本来の用途”で使う時。

 

 そこまで考えが至ったアキラはすぐに腹を括ると、カイリュー以外の手持ちポケモン達をモンスターボールに戻し、目を保護する意図で持ってきていた飛行用のゴーグルなどを身に付け始める。

 

『レッド、間に合うかどうかわからないけど…』

『間に合うとか間に合わないとか考えなくて良い。今俺達に出来る全力を尽くすだけだ。…絶対に間に合う!!!』

 

 間に合うとレッドは言っているが根拠は無い。

 だけど、根拠が無かろうと強い意志が籠った感情や気持ちがどれほど大きなものなのかアキラは知っていた。

 毎回簡単に諦めているなら、今自分達はここにはいない。

 

『リュット、頼む』

 

 右腕に盾を取り付け、守る面積が広い円形の盾の向きに切り替えたアキラをカイリューは両手でしっかりと抱える。

 そしてドラゴンポケモンが力を入れる様に体を屈めた次の瞬間、爆音と共に周囲に衝撃波にも似た強風を巻き起こしながら飛び立った。

 離れた場所でロケット団の拘束をしていた警察達は、事情を知らないこともあって突然空へロケットの様に飛んでいくそれを唖然とした顔で見上げていたが、レッドだけは轟音と共に飛行機雲の様な軌跡を描きながら決戦の場へ飛んでいく彼らを見届けた。

 

 

 

 

 

 こうして今回駆け付けられたのは、必要な道具を持ち合わせていたことが大きかった。

 飛び立った瞬間からアキラは構えた盾から伝わる風圧や衝撃、身を切り裂く様な風などのあらゆる負荷を構えた盾で防ぎながら耐えた。

 流石にカイリューは本気を出して飛ぶことはしなかったが、それでも普段の状態で飛行するよりも断然速かったので、目まぐるしく景色が変わっていく中でこうして駆け付けることが出来た。

 

「ゴールド、クリス。後は俺達がやるから巻き込まれないところまで下がって休んでいて、後…シルバーやオーキド博士も頼む」

 

 アキラとしてはシルバーがここにいるのは違和感は無かったが、何故オーキド博士がこの場にいるのと怪我をしているのかが謎だった。

 博士が戦いに参加するなんて流れは全然知らないが、今は後回しだ。

 それにゴールドとクリス、シルバーはこの後のことを考えれば――と、そこでアキラはその先について考えることは止めた。

 わざわざその先で最終決戦をやる必要は無い。

 

 今この場を仮面の男(ヤナギ)との最終決戦にして、この戦いを終わらせる。

 

「カスミさん、カツラさん。彼らを助けてくれてありがとうございます」

 

 無茶にも関わらず戦った彼らの姿に助けてくれたことにアキラは頭を下げて二人に礼を言う。

 マチスは自分がハブられていることに文句を言いたくなったが、どうせ文句を言っても聞かないのとそれどころでは無かったので睨むだけだった。

 が、訂正することくらいは良いだろうと考えた。

 

「いいや、あいつらを助けたのは俺達じゃなくてあの二人だ」

「あの二人?」

「気付いていねえのか、あんなに目立ってんのによ」

 

 マチスが親指で示した先に顔を向けると、そこにいた人物にアキラは驚いたかの様に目を見開いた。

 だけど、それも少しの間だけですぐに彼の表情は戻る。

 

「――ルギアとホウオウの相手は()()がします。カスミさん達には仮面の男をお願いしたいです」

「良いけど…大丈夫なの?」

「図体が大きいのと戦うのには俺達は慣れていますから、時間稼ぎや横槍を防ぐくらいは出来ます。それにルギアはともかく、ホウオウが相手じゃスイクン達も戦いたくないでしょうし」

 

 カスミからの指摘にアキラは彼なりの根拠や理由を伝えると、それで話は終わりのつもりなのか、ルギアとホウオウを牽制している手持ちの元へ戻っていく。

 三人は顔を見合わせるが、彼を信じることにしたのか。腕に各々のジムバッジのマークが刻まれた器具を取り付け、デリバードを連れている仮面の男と対峙する。

 

「――話は済んだか?」

「えぇ、アンタの相手は私達よ」

「今までよくも好き勝手にやってくれたな。たっぷり礼をしてやるぜ」

「貴様を倒し、ルギアとホウオウを返して貰おう」

 

 各々言いたいことを仮面の男にぶつけると、カスミ達三人は再びスイクン達三匹の背に乗り、仮面の男もデリバードを伴って彼らと対峙する。

 そうして双方はしばらく睨み合っていたが、やがて何の前触れも合図も無く、彼らは激突した。




アキラ、力任せな方法で現場に駆け付け、対仮面の男対抗戦線に参戦。

アキラに盾を持たせたのは、単なる打撃武器や攻撃を防ぐ以上にかつて断念したこれをやりたかったので、遂にやることが出来ました。
元々出した経緯としては飛行サポート用アイテムでしたし。

次回、両陣営がそれぞれ戦い始めます。


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打倒伝説

 カスミ達を背に乗せたスイクン、エンテイ、ライコウが放った水・炎・雷の三タイプの攻撃を、仮面の男はデリバードと共に避ける。

 ジムリーダーをも凌ぐ力を持つ伝説のポケモンを三匹同時に相手取ることになったが、仮面の男は全く懸念していなかった。

 かつて一度は支配下に置いていたホウオウを解放されてしまったが、それでも実力では三匹を相手に優勢で戦えていたからだ。

 

 優れた知識や戦術眼を持つトレーナーであるジムリーダーと手を組んだのも、自分達には足りないものを補うためなのは容易に想像出来た。

 以前とは異なることが多いのは確かだが、大人しく退くつもりは仮面の男には一切無かった。

 

「デリバード!!!」

 

 名を呼ばれると同時に放たれた猛烈な”ふぶき”に、三匹は一斉に技を放って対抗する。

 彼ら伝説のポケモンが本気を出せば、各タイプに応じた強大なエネルギーが発生し、周囲の空気が押し出されてしまってトレーナーはまともに呼吸が出来なくなる。

 過去に戦った経験からそのことを知っていた仮面の男であったが、すぐに知っている過去との違いに気付く。

 

 スイクン達の背に乗っていたカスミ達が、何時でも呼吸が出来る様に小型の酸素ボンベを用意しており、三匹が本気を出せる準備を整えていたからだ。

 更に各々が”しんぴのしずく”、”もくたん”、”じしゃく”などの三匹と同タイプの技の威力を上げるアイテムも所持しており、三匹が放った技はデリバードが放つ”ふぶき”を完全に押し返す。

 

「よっしゃ! 今回は行けるぞ!」

 

 チョウジタウンにあった秘密のアジトや”うずまき島”でマチスは二回仮面の男と対峙したが、どれも抵抗こそ出来てもまるで勝てる気がしないという経験を味わってきた。

 だけど今は、仮面の男が最も得意としているタイプであるこおりタイプが相手でも優勢に戦えている。

 それがわかるだけでも、彼が勝機を見出すには十分だった。

 

「ふん、技を押し返した程度でいい気になるな」

 

 空中でデリバードと共に体勢を立て直すと、仮面の男は三匹目掛けてモンスターボールを投げると、放たれたボールからデルビル、ゴース、アリアドスの三匹が飛び出した。

 一見場違いに思える面々であったが、三匹とも先程まで戦っていたオーキド博士の手持ちを圧倒していたことに加えて、とんでもない強さのデリバードを連れているトレーナーの手持ちだ。

 油断出来ないと三人が身構えた直後、デルビルとゴースの体が眩い光に包まれて、その姿を変化させた。

 

「進化だと!?」

 

 カツラは驚くが、瞬く間にデルビルはヘルガー、ゴースはゴーストへと進化し、各々がスイクン達に攻撃を仕掛けて彼らに回避を強いた。

 

「貴様らジムリーダーなら良く知っている筈だ。進化したばかりのポケモンは通常よりも力を発揮出来ることをな」

 

 本当なら邪魔者と戦うことなく思惑通りに事を進めるのが一番だが、どれだけ策を駆使したとしても計画通りにいかないことがあることを仮面の男はこの数か月で嫌という程に思い知らされた。

 その為、計画が最終段階に進んだ段階から、進化の可能性が残っている面々が何時でも好きなタイミングで進化出来る様に鍛え直していた。

 どれだけ大きな力を発揮したとしても、今進化した手持ちだけでは伝説のポケモンを退けることは難しいが、それでも無視出来ない存在になることは違いなかった。

 

 ところが追撃を仕掛けようと一番近い位置にいたマチスが乗るライコウに三匹が狙いを定めた時、ライコウが放った強力な電撃攻撃を躱すべく彼らは散り散りになる。

 

「けっ! 何が来ようと知ったことじゃねえ!」

「そうよ。例えどんな困難が立ち塞がろうと、私達は絶対に諦めないわ!」

 

 最初こそ仮面の男の行動には驚いたが、だからと言って彼らが戦いの行く末に悲観的になる理由にはならなかった。

 今はアキラが引き受けているが、当初はホウオウやルギアを相手に戦うことになっても彼らは挑むつもりだったのだから尚更だ。

 逆に三人の戦意は高まったが、仮面の男は目立った反応は見せず、そのまま新たに繰り出した手持ちを率いてジムリーダー達やスイクン達と戦うのだった。

 

 

 

 

 

 スイクン達とカスミ達が仮面の男と戦い始めたことに、ルギア達を牽制し続けている手持ち達の元へ戻ったアキラもすぐに知る。

 仮面の男で最も厄介なのは、伝説のポケモンを圧倒出来る程に強力な氷技を巧みに使いこなす卓越した技術だ。以前の戦いから対策は考えてきたが、それでも解消し切れない問題があった。

 だけど、その厄介な氷や解消し切れない問題も、スイクン達なら解消することが出来る。

 ならば、スイクン達に仮面の男の相手を任せて、自分の方は巨大な力の塊である伝説のポケモンを相手にした方が良い。そうアキラは考えていた。

 

 元々伝説のポケモンとは戦うつもりだったし、アキラとしても手持ち共々、体が大きいポケモンと戦うのには慣れているので適材適所とも言えた。

 彼らが仮面の男と戦い始めたのだから自分もすぐに動くべきではあったが、その前に彼にはやることがあった。

 

「シバさん」

 

 アキラが連れている手持ち達と何時の間にか肩を並べてルギアとホウオウを牽制している格闘ポケモン達のトレーナーである大男に、彼は話し掛ける。

 今までどこにいたのか、今はシジマに師事しているが彼の元で学びたかったこと、そして最後に戦った時よりも自分達は強くなれたこと。

 聞きたいことや話したいことが山程あった。

 

 だけど、今はそんな悠長な時間は無い。

 なので手短に今一番知りたいことを尋ねた。

 

「俺達に…力を貸してくれませんか?」

「無論だ」

 

 アキラからの問い掛けにシバは即答し、少し離れたところにいたキョウもシバに目配せをする形で肯定する。

 本当ならすぐにでも彼と思う存分戦い、今まで何があったのかを話したかったが、今はそれどころではない。

 それに伝説を相手に腕試しをする以外の目的が彼には出来ていた。

 

「お前やレッドが強くなったことは、あの少年から聞いている」

「…はい」

 

 シバからの問い掛けにアキラは静かながらも力強く肯定すると、彼らは二匹の伝説のポケモンと対峙している手持ち達へ向き直り、これから自分達が戦う敵に目を向ける。

 

 それ以上話す必要は無い。

 言葉で伝えるよりも、今目の前で証明すれば良いだけだからだ。

 

 そのことを強く意識すると、何時になくアキラは胸の内から闘争心が強く沸き上がった。

 強い感情が影響したのか、彼は今まで以上に頭を働かせながら、こちらを睨み続けるルギアとホウオウの二匹を鋭敏化した目の視界に収め、その動向を事細かに見ていく。

 

「…どうした? 何時までも牽制しているだけでは、伝説のポケモンを従える我らを倒すことは出来ないぞ」

「仕掛ける気が無いのなら、こっちから仕掛けるわよ」

 

 カーツとシャムがアキラ達を煽るが、彼らは気にせず何時でも戦える状態を維持し、アキラはルギア達の動向を伺いながら手持ち達に何かを伝えていく。

 そして一通り手持ち達に伝え終えたタイミングで、アキラはルギア達の背に乗っているカーツ達に目を向ける。

 

「――予想が当たっちゃったな」

「…何がだ?」

「今日初めて見るホウオウは知らないけど、ルギアは以前戦った時よりも手強く感じられない。寧ろ戦いやすくなっている」

「なん…だと?」

「理由は簡単。言う事を聞かせる為に考える力を奪って、単なる指示待ち状態。それだけで前よりも相手にしやすい」

 

 確信した様に、アキラはカーツにハッキリと告げる。

 野生だった頃のルギアなら、こちらの反撃を恐れずに攻撃していただろう。

 考え無しに思えるが、そっちの方が厄介さでは上なので、こうして手持ち達にこの後の動きを伝えるどころか、さっきみたいにカスミ達と会話を交わす時間は無かっただろう。

 

 ではトレーナーが付いて、その指示に従っている今の方が良いのかとなるとそんなことも無い。

 今はカーツやシャムに従っているルギアとホウオウだが、無理矢理言う事を聞かせる為なのか、明確な意思らしい意思が見受けられなかった。

 だけどアキラとしては、トレーナーか誰かの指示が無ければ動かないことよりも、トレーナーである二人がルギアやホウオウの肩に乗っていることの方が戦いやすいと判断した最も大きな理由だった。

 

 すぐに会って間も無いポケモンの力を理解するのと同時に引き出すことは簡単では無い。

 肩に乗っているのは何かしらの考えがあるのではないかと当初アキラは思っていたが、露骨に危うい場面以外では自分達が振り落とされない程度にしかルギア達は体を動かしていない。

 どうも二人は、肩に乗っているのは指示を出しやすくする意図はあってもそれ以上の工夫は無く、ルギア達の力を十分に引き出せていないのに元から高い能力の所為で力を引き出した気になっている。

 だからこそ、最初に戦った時と比べると今のルギアは行動に大幅な制限が掛かっており、以前よりも手強くないとアキラは感じていた。

 

 一方のカーツは、ゴールドとほぼ同じことをよりにもよって忌々しく思っているアキラに言われたことで、さっきまでの強気の態度から一転して怒りが爆発寸前であった。

 

「戦いやすくなっているだと…貴様は伝説のポケモンが何故伝説と言われているのか知らないのか」

「知っているよ。律儀に一対一で戦うなら厳しい相手だけど、今はルール無用の野良バトル――極端に言えばどう戦おうと勝ち負けが全てだ」

 

 ルール無用の野良バトル

 

 アキラが良く知る元の世界やこの世界での公式ルール下でのポケモンバトルとは大きく異なる形式にして、今のアキラと手持ち達が最も力を発揮することが出来る戦い方。

 

 ルール無用の何でもありなのだから強いのは当然と思われがちだが、自身の行動や選択次第では勝とうが負けようが自分が破滅する結果を齎しかねない諸刃の剣だ。

 故にアキラは度々この言葉を口にしてはいるが、無数にある選択肢の中でやって良いことやダメなことを分けるなど、自身や手持ち達に決まり事をしている。

 だけどその自由度の高さと選択肢の多さを上手く使いこなせれば、その効用は計り知れない。

 

「もう、時間稼ぎも危うくなったら退くつもりも無い。お前達が倒れるか…俺達が倒れるか、そのどちらかだ」

 

 両手の骨を鳴らして、アキラは強気の言葉を口にしながら気合を入れる。

 今仮面の男と戦っているカスミ達への横槍を防ぐべく彼らの注意を引き付ける目的もあるが、ここでの戦いの結果次第では全てが決まることもあって、本気でアキラはこの場で伝説のポケモン――ルギアとホウオウを倒すつもりだった。

 

 確かに伝説のポケモンは、能力や覚える技などは一般的なポケモン――それこそカイリューさえも凌駕する。

 公式ルールに則って一対一で戦えば、今の自分達では最終的に倒すことは出来ても手持ちを何匹も倒されることを強いられるだろう。

 

 当然単純なスペックだけでなく伝承に記録されている様な固有能力を持ち、加えて怪獣みたいに巨大な体も有しているので、ゲーム感覚で挑めば間違いなく痛い目に遭うことは重々承知だ。

 にも関わらず彼らが伝説のポケモンが相手でも手持ち含めてアキラ達が強気なのは、”どんな能力を持っているのか全く分からない未知数の存在”ではなく、”他よりも強大な力を持った図体がデカイポケモン”という認識があるからだ。

 

 これにはタイプ相性や能力、覚える技など伝説のポケモンに関する情報をアキラが元の世界で覚えていることも含めて多くを知っており、手持ち達と共有していることや実践していない机上論の段階なのが大半ではあるものの、それらの情報を元にした対策をある程度練れていること、何より一度は戦った経験があることも大きかった。

 

 勿論、伝説のポケモンの多く――今回相手にするルギアやホウオウには、データや数値、理屈では説明出来ない超常的な力があることは知っているが、それでも防御不能の即死に直結する様な恐ろしい力は無い。

 そこまでわかっていれば、気持ちの面で気取られることは無い。

 問題は特別な力が無くても伝説と謳われるだけのことはある桁違いに高い能力を有するという点だが、ここまで突き詰めれば後は戦い方次第だ。

 

 アキラは腕に付けていた盾を外すと、入れ替える様に背中に背負っていたランチャーを抜き、突き付ける様にその砲身を向ける。

 ルギアとホウオウが低い唸り声を上げて威圧するが、アキラどころか彼が率いるポケモン達は怯まなかった。

 ロケット団に対して怒りの表情を滲ませる者、伝説のポケモンと戦うことに好戦的な笑みを浮かべる者、これから始まる戦いの激しさを考えて鋭い目付きで真剣に備える者。

 表情は様々であったが共通しているのは、誰もが伝説のポケモンを相手に臆するどころか倒してやるという気概に満ちていた。

 

「どちらかが倒れるかだと? 倒れるのは貴様らだ!!!」

 

 怒鳴り声を上げるカーツのその言葉を切っ掛けに、ルギアとホウオウは彼らを迎え撃つべく技を放とうと口を開く。

 だが、敵の動きは承知の上だったのか、サンドパンを筆頭とした何匹かがすぐさま仕掛けられる”めざめるパワー”を光弾状で素早く撃ち出したり投げ付け、ミルタンクに至っては拾った瓦礫の欠片を勢い良く投擲して、それらが顔面に集中的に当たったことでルギア達の気が散ってしまう。

 

「そういう同じことを繰り返すから伝説が相手でも戦いやすいんだよ」

 

 さっきと似た様な形で妨害が上手くいくのを見て、アキラは淡々と理由を改めて口にする。

 その隙にカイリューとブーバーは一気に踏み込む形で駆け出すと同時に”こうそくいどう”とその”ものまね”で加速。

 あっという間に距離を詰め、”げきりん”を纏った拳と勢いを付けた”メガトンキック”を、それぞれルギアとホウオウの体に叩き込んだ。

 

 いきなり痛打を受けた二匹だが、ルギアはすぐに持ち堪えてカイリューを跳ね返す様に胸を張り、ホウオウは一歩退いた上で虹色に光る片翼を勢い良く振るってブーバーを吹き飛ばすことで、伝説としての力を誇示する。

 

「当てやすいから狙っちゃうのはわかるけど、攻撃するならさっきも言った様に顔や翼の付け根、足とかにある関節だ」

 

 跳ね返されたものの特にダメージを負うことなく体勢を立て直して合流する形で着地した二匹に、アキラは改めて巨大な敵と戦う際に狙うべき箇所を伝える。

 勿論こうして言わなくても二匹はわかっているが、最初ということもあって自分達の力を見せ付ける意図があることはアキラも理解している。

 今のところはこちらの攻撃や妨害は上手くいっているが、前よりも戦いやすくても相手は伝説のポケモン。個々の力では負けているので、数と連携を意識しなければ勝つことが困難な相手には変わりない。

 

 そうして彼らが集団になって固まったところをルギアとホウオウ、それぞれがもう一度”エアロブラスト”と”せいなるほのお”の同時攻撃を仕掛けようとする。

 すぐにアキラ達も各々対応しようとするが、その前にシバとキョウが手持ち達を率いて動いた。

 

 キョウが率いる毒ポケモン達は、ホウオウに対して毒を中心とした相手を状態異常にする技で攻撃しながら”かげぶんしん”で翻弄することで、さっきアキラのポケモン達がやった様に”せいなるほのお”を見当違いな方へ外させる。

 シバの方は、エビワラーやサワムラーがフィールドを砕いて巨大な岩の壁を作り出して放たれた”エアロブラスト”を少しだけ防ぐが、すぐに粉砕される。

 だが壁の後ろにいたハガネールがその巨体でアキラ達を守る様に”すなあらし”を起こしながらとぐろを巻くという二段構えで待ち構え、壁を破壊したことで少しだけ弱まっていた”エアロブラスト”の威力を更に減らすことでダメージを軽減させた状態で受け止めた。

 

「シバさんありがとうございます」

「何、少し伝説のポケモンの力が見たかっただけだ」

 

 今のアキラ達なら自力で何とかしていたが、伝説のポケモンの実力を測る目的がシバ達にはあった。

 結果的に助けた様なものだったが、アキラはシバ達が動いた理由は全然気にしていなかった。

 

「アキラ、お前が伝説を倒したい様に俺達も伝説を倒して、磨いてきた実力を確かめたい。この意味がわかるか?」

「ルギアとホウオウ、協力し合って戦うとしても倒すのは早い者勝ちってことですか? そういう話なら乗りますよ」

「話が早くて助かる」

 

 どこか満足気なシバと嬉しそうに彼の提案に乗るアキラ、伝説のポケモンを率いる悪の組織を相手にしているとは思えないまでに二人は楽し気な様子だった。

 まるで自分達は彼らにとって都合の良い単なる腕試しの相手なだけで、敵としては眼中には無い様な扱いにカーツとシャムは尚更苛立つ。

 その緩んだ認識を改めさせてやると意気込んだ時、あることに気付いた。

 

 何時の間にかゲンガーとドーブル、ヤドキングがルギアの足元にまで接近していて、何やらコソコソと怪しい動きをしていたのだ。

 

「あいつら! 追い払えルギア!!」

 

 慌ててルギアは踏み付けようとするが、ドーブルはヨルノズクに”へんしん”、ヤドキングは”うずしお”の渦巻く水をその身に纏って、ゲンガーは軽々と飛び跳ねる様に素早く動いてせんすいポケモンから離れ、三匹はそのまま次とばかりにホウオウへと向かった。

 当然ホウオウと肩に乗っていたシャムは二匹の接近を許すつもりは無かったが、彼らに気を取られ過ぎて再び音も無く接近したキョウのクロバットの奇襲や他の毒ポケモン達からの様々な毒攻撃を浴びせられる。

 そんな苦しむホウオウに近付いたヨルノズクは、空中で元のドーブルの姿に戻ると手にした”まがったスプーン”を振って”やどりぎのタネ”をばら撒いていく。

 ばら撒かれた種はホウオウの体に触れるや瞬く間に芽を出して、にじいろポケモンの体の至る所に蔓が絡み付いていく。

 

「ッ! 下らない小細工を仕掛けて!!」

 

 ホウオウの肩に乗っていることで自身にも絡み付きそうになる蔓を振り払いながらシャムは声を荒げる。

 カーツが乗るルギアに目を向けると、そちらも足元から大量に芽吹いた”やどりぎのタネ”の対処に四苦八苦しているのが見えた。

 再びヨルノズクに”へんしん”して離れていくドーブルと入れ替わる様に、今度はゲンガーとヤドキングが仕掛ける。

 

 竜巻状の水から出たヤドキングは掌にさっきまで身に纏っていたのと同じ大きな”うずしお”を起こすと、それをホウホウ目掛けて投げ付ける。

 本来なら”うずしお”は相手を渦の中に閉じ込めて動きを封じる技だが、ホウオウの体が大き過ぎて渦巻く水は弾けてしまい大量の水をぶつけるだけの技となってしまったが、水技が苦手なホウオウには十分だった。

 大量の水を浴びて水浸しになったホウオウに、続けてゲンガーが”10まんボルト”を放ち、水を被ったことで通りが良くなった電気技で何時もよりもダメージを受けてしまう。

 

「この程度で、ルギアとホウオウが倒せるものか!」

「我らを舐めるのも大概にしろ!!」

 

 体に絡み付く”やどりぎのタネ”をルギアやホウオウは引き千切ったり、燃やしたりすることで無力化しながら肩に乗る二人は怒るが、この後に取るべき自分達の行動や彼らの動向を観察するのに意識を向けていたこともあって、アキラはまともに取り合わなかった。

 それは何も彼だけでなく彼の手持ち達も同じで、一部は呆れや蔑んだ目を向けており、ゲンガーに至っては”良く聞き取れません”と言わんばかりに耳に手を当てるなど一切気にしてなかった。

 

「それだけで伝説を倒せるとは思っていないよ。まあ、倒す為の布石なのには変わりないけど」

 

 先程から受けたダメージを回復させるべく”じこさいせい”をする二匹に目を向けながら、アキラは視界に収めた彼らの動きを呼び動作も含めて余すことなく細部まで観察していく。

 どうもカーツとシャムは自分に怒りを募らせているからなのか、リベンジに燃えていることとそれを可能にするだけの強大な力を手にしたことによる過信によって、冷静な判断力が幾分か失われている。

 バレない様に仕掛けさせたり、その注意を惹かせる為に他の手持ちに動く様に伝えたこともあるが、先程の軽い攻防で見せたカイリュー達の攻撃の意図やゲンガーとヤドキング、ドーブルがやった工作行為は”やどりぎのタネ”を仕掛けたことくらいしか認識していない様に見える。

 

 上手く行き過ぎている気はするが、アキラがやることは決まっていた。

 

 相手にこちらが何をやったのか悟られる前に一気に叩く。

 

「様子見や下準備は良し。後は、力で捻じ伏せるだけだ」

 

 アキラがそう告げた直後、彼の言葉を合図に彼のポケモン達はアキラも含めた横に一列に並ぶだけでなく、サンドパンを含めた何匹かにある変化が起きた。

 

 サンドパンの体から茶色のオーラの様なものが発せられ始め、それらはサンドパンの両手の爪に纏う様に収束していく。

 ゲンガーも同様に体から紫色のオーラを溢れさせ始め、手元へと集められたオーラは押し固められていく様に形を成していった。

 ヤドキングも手を高々と上へ伸ばすと、手の先から水が渦巻き始めると同時にどこからか冷気も引き寄せていき、少しずつ水が凍らせていく。

 ドーブルもまた、”まがったスプーン”を上へ放り投げるとゲンガーみたいに自身の体から桃色のオーラを発して、それらを宙を舞う”まがったスプーン”に少しずつ纏わせていく。

 カポエラーも、その丸い手の先に生み出した光る何かを独楽の様に高速で回転させると、それはまるで周囲から光を吸い込んでいく様に見る見る大きくなっていく。

 

 見たことない光景に対峙していたカーツとシャムは警戒を強め、近くにいたシバやキョウは興味深そうな視線を向けるが、すぐに彼らが何をやっているのかが明らかになった。

 

 そしてサンドパンから発せられたオーラが収まると同時に、まるで露払いをするかの様に両手を振ったねずみポケモンの両手には、茶色から一転して黄緑色の輝きを放つ鋭くて大きな鉤爪が形成されていた。

 ゲンガーも、その手に洗練された形状をした紫色に光る刀の様なものを作り上げ、力強く握ると同時に振り心地を確めるかの様に片手で得意気に振る。

 ヤドキングの方は、粗削りながらも氷で形作られた長い棒の先に短めながら幅広な刃が備わった薙刀と呼べるものが出来上がり、浮いていたそれを手にすると同時に柄尻に当たる部分を力強く地面に打ち付けてその姿を見せ付ける。

 ドーブルは、その頭上に鮮やかな桃色に輝く()()()()()()巨大なスプーンを形成し、ミルタンクに”へんしん”することで巨大スプーンを掴むやすぐさま構えた。

 そしてカポエラーの手で光りながら高速回転していたそれが止まると、カポエラーの手には自身の体と同じ大きさの赤黄色に光る手裏剣の様なものが握られていた。

 

「なっ…何だそれは…」

 

 思いもよらない光景にカーツは言葉を失う。

 自らの拳や尾を振るうエレブーとバンギラス、カイリュー以外は”ふといホネ”を持つブーバーの様に、皆その手に”得物”と呼ぶべきものを手にしていたのだ。

 ヤドキングはまだわかる。氷で何かを作り出したりするのは、仮面の男が良く使う手だ。

 だが、それでも他のポケモン達が手にしたり作り出した得物がどの様な技や技術で生み出されたのか全く見当が付かなかった。

 

 明らかに動揺している姿が愉快なのか、紫色の輝きを放つ刀を手にしたゲンガーは楽しそうにサンドパン同様にその切っ先を向け、ヤドキングも既に構えているミルタンク同様に真剣な目で氷の薙刀を両手でしっかりと握って準備を整え、サンドパンやカポエラーは真っ直ぐ敵を見据える。

 

 動揺している二人とは対照的に、シバは感心した様な声を漏らし、キョウは面白いとばかりに笑みを零す。

 先の軽い攻防でアキラが強くなったのは理解出来たが、どうやら単に強くなっただけでなく思い掛けない技術まで身に付けていることを察したので、この戦いで他にも何かを披露するのでは無いかと楽しみにしていた。

 

「準備は良い?」

 

 ほぼ戦闘準備を整えた手持ち達にアキラは声を掛ける。

 カイリューと”ピントレンズ”を改めて調節しながらサンドパンがアキラと共にルギアを見据え、ホウオウには好戦的な目で”ふといホネ”を手に持つブーバーと同じく得物を持ちながら首に巻いた()()()()()()を整えるカポエラー、真剣な目付きで身構えるエレブーとバンギラスが相手にすることを意識する。

 彼らに対してルギアとホウオウが空気が震える程の大きな声で吠えるが、やはり彼らは意に介さない。

 

「――行くぞ」

 

 アキラが手にしたロケットランチャーを突き付ける様にルギアとホウオウを示すと、それを合図に彼が連れるポケモン達は一斉に動き始めた。

 

 エレブーやサンドパンなどは拳を握り締めたり、鋭い爪を構えながら前へと駆け出し、ヤドキングらも作り出した武器を手に後に続く。

 カイリューやブーバーなどの好戦的なのは、突撃しながら雄叫びや気持ちが高ぶった声を上げ、ゲンガーも生み出した得物を片手に”大物狩りだ”と言わんばかりに嬉々として突っ込んでいく。

 

 彼らの目的はただ一つ、目の前にいる自分達の敵を倒すこと――例えそれが伝説と呼ばれるポケモンであってもだ。




アキラ、シバやキョウと共闘の上でルギアとホウオウとの本格戦闘開始。

アキラの手持ち達が個々に生み出した得物は、一部独自設定もありますが原作内で描かれていたポケモンの技やその応用を利用することで生み出しています。
もう一歩も退くつもりが無いので、後先考えずに全力で彼らは今持てる限りの力や技、作戦を駆使して伝説のポケモンと仮面の男に挑みます。

以下は各々が手にしたり用意した得物について

ブーバー、棍棒(”ふといホネ”)、アキラの手持ちで最初に武器を使い始めたポケモン、形状は一般的なガラガラが持っているホネよりも何故か少し大きい。

サンドパン、鉤爪、BWに登場するドリュウズの爪の二~三倍のサイズの上に籠手の様に爪だけでなく手や腕の一部も覆っている。

ゲンガー、刀、日本刀寄りの形状で、刀身や柄だけでなく鍔も生み出すなど全体的にデザインが無駄に凝っている。

ヤドキング、薙刀、薙刀と表現していますが形状は偃月刀寄り、他と違って氷を利用して生み出したので少し粗削りではある。

ドーブル、巨大スプーン、形状はミュウツーの”念のスプーン”に近いのだが軸が捻じれているなど微妙に形状や構成方法は異なっている。

カポエラー、巨大手裏剣、形状は四枚刃、一番得物には不向きに見えますが、ドーブルと似た様な事情や理由がある。

それぞれの得物を合体させることで必殺技を繰り出すことは、出来ません(多分)

ちなみにエレブーとバンギラスは基本素手。

今話で今回の更新は終わりになります。
次回の更新については、度々言っておきながら毎回区切りが良さそうなところを何とか見出してそこまでの更新再開になっていましたが、次はどれだけ話数が嵩んだり時間が掛かっても三章が終わるところまでと決めています。
なので次の更新時は三章の終盤まで更新します。


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