きまぐれ ぶらっどろーど (外道男)
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あなた と わたし
たべてもへらない すごいひと


ゆるく行こう。

気楽に読んでってくださいな。


やあやあ諸君。こんばんは。

ぼくは不死身の吸血鬼さんだよ。

 

特に不死身である事に理由は無いよ。

生まれた瞬間からそうだったとしか言えないからね。

 

念の為に言っておくと吸血鬼は不死身ではありません。

高い身体能力や変身能力を持ち合わせていても穴はあるのです。

 

大抵は十字架だとかの弱点があって、それを使われると再生も出来ずにやられます。

実際ぼくも何度かやられました。

あれはそう、生まれたばかりの頃に吸血鬼狩りにあったのです。

 

でも普通に蘇ってしまったのです。ものの数秒で。

身体が灰になる事もなく、弱体化するでもなく。

 

実質僕には吸血鬼の弱点が存在しないのです。とは言っても流石に日光は不快になりますが。

敢えて弱点として挙げるなら吸血鬼のわりに人を襲う欲が無いところでしょうか。

 

この体質のおかげで何不自由なく生活できましたが、同じ吸血鬼からは良い顔をされませんでした。

同胞から見ても僕という存在は異質だったようで。

吸血鬼も1種族なので派閥なんて物もありますが、僕は何処にも入れてもらえなくて悲しい思いもしました。

 

 

 

長い年月が経ってそこそこ認められるようになった僕ですが未だに孤高の存在であることは変わりません。

 

ですが、こうも長く1人でいると寧ろそれが当たり前になり、今では1人の方がのんびりできて良いなと思ってもいます。

 

さて、少し自分語りが長かったですが、そんな僕が今何をしているかと言うとーーー

 

 

 

「もぐもぐ」

 

「うわー」

 

 

喰い殺されています。

 

 

 

本日はお日柄も良く夜の散歩には絶好の日和でした。

町の外れを散策していたぼくは新たに墓場を発見します。

 

そこで趣味の一つである墓荒らしを行うことに決めたのでした。

お墓を掘り起こして自分の気に入った物を持ち去るのですね。

良い日・良い月・盗人気分で土をディグディグしていたのですが。

 

 

綺麗な女の子の遺体が出てきたのです。

こちらの国ではよく見る金茶色の髪の毛に服はシンプルな白のワンピース。

若干土で汚れていましたが血の通っていない顔は尚も綺麗で、生前の輝きが容易に想像出来るようでした。

 

その顔に見惚れて冷静な思考は出来ていなかったと思います。

暫くの間、女の子の顔に触れて、眺めていました。

 

 

そして、気付いた時には目が合っていました。

女の子が目を開けていたのです。

 

「じーっ」

 

「ええと、こんばんは?」

 

「がぶり」

 

「うわー」

 

女の子はゾンビだったのでした。

 

そこからは、ちいさな体に見合わぬとんでもない怪力で引き倒され、バラバラにされてしまいました。

女の子はそれはもう淡々と僕の身体を齧ります。

 

不死身なので再生はするのですが、その度に千切っては食べ千切っては食べ。

予想だにしなかった奇妙な惨劇に、僕は逃げる事もせず半ば放心していました。

 

2時間以上は経ったでしょうか。

噎せ返るような濃厚な血の臭いに段々と意識が戻ります。

血はもちろん全て僕のもので、もう吸血鬼とは何ぞやとばかりに出血を繰り返したような気がします。

 

僕が我に返った時には女の子は左手の人さし指を齧っていました。

 

「まだ食べてる!?」

 

「もぎゅ?もぎゅもぎゅ」

 

「いやあの食べながら話さないで痛いから」

 

10分くらい食べる方に集中されました。

 

 

「君の名前は?」

 

「・・・わからない」

 

落ち着いたのかゾンビちゃん(仮)は無表情で僕を見ています。

どうしよう。長い間ひとりぼっちだったから何を話せば良いのか判断できません。

 

「ねえ」

 

「はい?」

 

僕の服を掴んだゾンビちゃんはその顔をゆっくりと近付けてきます。

これはまさか。人の世で噂のキスというやつでは?

好きな人同士がするというあの?

 

「わたしね」

「は、はいっ」

 

か、顔がすぐそこまで接近してします。

心臓が強く脈打っている。これは、

 

「おなかすいた」

「ひえっ」

 

命の危機でした。

喉元目掛けて口をパクパクさせているゾンビちゃんを押しとどめます。

この状況で放置すれば確実にさっきの二の舞になってしまう。

 

「ええとですねえ!ぼくの家に来ませんかっ?」

「おうち」

「そうですそうです」

「いく」

 

おお、まさかの即答でございますか。

異種とはいえ家に誰かを呼べる日が来るとは、感激です。

 

「嬉しいですね。ささ、こちらです」

 

「わたしも、うれしい」

 

これはまさかの好感触。

ゾンビちゃんも僕と同じく寂しかったのでしょうか。

何だか彼女とは仲良く出来そうな気がしてきました。

 

「たべても、へらない、すごい」

 

 

何だか仲良く出来るか不安になってきました。




文字数は控えめで行こうと思います。


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あなたをかざるに ふさわしく

2話目となります。




吸血鬼はだいたいが見栄っ張りである。

強大な怪物として君臨するにはそこそこのポーズも必要なのだ。

 

敵対する者に畏怖と絶望を与える為に。

強い吸血鬼ほどそれに拘るようで。

過去に一度、気になったのでどうして拘るのかを聞いたのですが。

やはり言葉にすると誇りだとか吸血鬼の沽券だとか。

 

見栄っ張りな性分も大変だなあと感心しました。

 

 

そんな吸血鬼の「俺強い」のイメージ操作の代表的な物の一つに、痛みに対する耐性がある。

 

まあ納得です。

高い再生能力を持っていても痛みに動きが鈍るようであれば、吸血鬼としてナンセンスですし舐められて当然でしょう。

相手は、どんな攻撃にも動じず獲物を追い詰める吸血鬼に強い恐怖を感じるのであり、その恐怖は同時に吸血鬼のエネルギーになりますからね。

 

まあ、かと言って慢心していると弱点を突かれてコロッとやられてしまう辺り種族的な業の深さを感じずにはいられません。

 

ぼくも不死身とは言え痛いのは嫌なので、痛みに耐える訓練は時間を掛けて行っています。

今では睡眠時に滅多刺しにされても熟睡を守れるようにはなっています。睡眠大事。

 

さて、少し話が長くなってしまったけれど、本題に入ろうかーーー

 

 

 

「むしゃむしゃ」

 

「ほわっ!?ゾンビちゃん!?」

 

 

朝起きるとゾンビちゃん(仮)がぼくの腕を千切って食べていました。それだけ。

 

いくらなんでも鈍感過ぎやしませんかねえ、ぼく。

 

 

 

「いいかい?無闇矢鱈とぼくに噛り付いちゃいけません」

「うん」

 

「そりゃ食べるなとは言ってないし昨晩は大した歓迎の料理も出していないけどね?」

「うん」

 

「ゾンビちゃんがぼくの身体を余す所なく骨までバリバリ食べてくれるのは嬉しいよ?片付けの手間が減るし」

「うん」

 

「それにしたって血液はB級映画よろしく噴き出るんだ。見てごらん」

「?」

 

「ぼくが手隙の時間を使って5年も掛けて作り上げたふかふかなお布団様が今やお化け屋敷の小道具のように血を吸ってベタベタだ」

「うん」

 

「まあ、つまりね、ゾンビちゃんがお腹を空かせたらご飯もあげるし欲しいなら腕の2、3本くらい千切っても良い」

「わあい」

「待ってぇ最後まで聴いて?それでね?もう少し場所を選んでくれるとありがたいなぁ。このお布団様のような惨劇グッズ量産されたらたまんないし」

「おなかすいた」

「聴いちゃいねえ!危なぁっ!頰肉狙いか!」

 

 

 

 

昨晩、墓場で遭遇した少女を家に連れてきました。

 

このハングリーガール、ゾンビちゃん(仮)。

本当に食べることしか考えていません。

今さっき改めて朝御飯(肉多め)を振る舞ったのですが、もうお腹が空いたのかキラキラと可愛い瞳でぼくを見つめてきます。

 

こんな綺麗な女の子に求められるようになるとは。

これがこの間若い人間が言っていた「モテ期」という物でしょうか。

 

・・・はい。違いますね。

求められる=無限湧き(復活)するエサ。ですもんね。

こうして視線を外している間にも小さな口を開けて接近してますもん。恐怖しか感じません。

 

はぁい止まってー。

異国から取り寄せたお菓子なんかいかがでしょう?

甘くて美味しいんですよー?

紅茶も淹れて優雅な一時(ひととき)を過ごしませんか。

 

えっ。あなたが良い?

ははは。君という奴は。

 

うわーっ。

 

 

 

 

 

さてと、落ち着いた所でゾンビちゃんに話があります。

 

 

「さあ、結局ぼくもお菓子も平らげてご満悦なゾンビちゃんに大事なお話があります」

「ごはん?」

「違います」

 

本当にブレないなこの娘さん。

 

「名前ですよ。ゾンビちゃんの名前」

「なまえ」

 

「そうです。いつまでもゾンビちゃんと呼ぶのは味気ないですからね」

「あじ」

「そこに反応しない。という訳で!ゾンビちゃんの名前を考えてしまおう!という提案です。はい拍手」

「おー」

 

 

「それではドンドン名前を出そうか。それじゃシンプルにこんなのは?」

 

【シンプルに】ゾン子

 

「うあぁ」

「そ、そんな顔をしないでよ決めた訳じゃないから!」

 

これは駄目、と。

 

「じゃあ、これは?」

 

【少しひねって】ハングリーガール。略してハンガー

 

「むしゃむしゃ」

 

あ、駄目だ。見向きもしねえ。

お願いだから絨毯を食べるのは止めて!

 

うーん。何がいいでしょう。

あ、そういえば町で知り合ったマダムがペットを飼っていましたね。

ハッ!ティンと来た!

 

【ペットに人気の名前】ベラ

 

「どうです?」

 

 

無言で喰い殺されました。

 

 

 

 

名前付けは少々難航しています。

ゾンビちゃんは飽きてきたのか背後から首に噛み付いています。痛い痛い。

 

「うーん。ミス・ブロンドは不評だったし、カニバルもあまり受けなかったしなあ」

「むぐ」

「え?どうしました?」

 

ゾンビちゃんが指でさしたのは試行錯誤の内に書いた1枚ですね。そう言えば見せてませんでしたっけこれ。うわっ。ぼくの血でベタベタだ。

 

「ええと、なになに?」

 

【お洒落に】血塗れ(ブラッディー)マリー

 

 

「これにする」

 

「これでいいの?」

「うん」

 

「なら、決まりですね。今日から君はマリーちゃんです!」

「おなかすいた」

「凄い平常運転だ。ランチにしましょうか」

「うん」

「我慢して!詰め寄って来ないで!」

「がぶり」

 

 

ぼくの家に素敵なモンスターが住み着きました。

 




彼にネーミングセンスはあんまりないです。


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くさるな うつくしいきみよ

少し遅れました。3話です。


ゾンビの少女にマリーと命名した翌日の事。

ぼくはふと大事な事を思い出した。喫緊の問題である。

 

 

ゾンビちゃん改めマリーちゃんはゾンビである。

 

ゾンビとは、呪いだとかウィルスだとか宇宙の放射線だとかの謎エネルギーにより蘇った人間の事である。その成り立ちに関しては理由が曖昧かつ地域差(ゾンビ映画)があり過ぎるので深く考える必要は無い。

 

ちなみに吸血鬼の成り立ちはかなり古い物らしいです。

吸血鬼と呼ばれ始めたのは中世以降のようですが、実際はそれよりもずっと昔に生まれていたようで。何の前触れも無く唐突に現れた彼らを当時の人々は、人の形を成した災害、つまり、自然現象と捉えていたそうです。

ヒトの形をしていても吸血鬼は怪物であり、人間とは本質的に種族を異にしている訳ですね。

 

さて本題はここからです。

 

ゾンビは吸血鬼と同様に怪物です。

しかし、彼等は死後の人間から生ずる怪物。

種族として成り立っていないのです。

敢えて言うとすれば、それこそ種族は人間でしょう。

 

そう。ぼくが思い出したのは彼彼女ら(ゾンビ)の抱える問題。

 

 

 

放っておけば腐るのです。ゾンビ(死体)ですから。

 

あの綺麗な保存状態であるマリーちゃんが腐ってしまうのは掘り起こし連れて来たぼくとしては何としても避けたい問題です。

 

幸いにも、それを何とかする方法には心当たりがあった。

 

 

 

「おはようマリーちゃん」

「おなかすいた」

「おはようマリーちゃん」

「ごはん」

「おはようマリーちゃん」

「・・・ごはん」

「おはようマリーちゃん」

「・・・おはよう」

 

よしよし。良い子です。軽く左手でも食べててください。

食べながらで良いので聞いてください。

 

「良い朝ですが重要な用件がありましてね?」

「おかわり」

「はいはい、追加です」

「もぐもぐ」

 

「とにかく急いでいるのでこのコートを羽織ってください」

「ごはん?」

 

それが食べ物に見えるんですか。

ああ、食べないで。折角返り血が目立たない色を選んだんですから。

 

 

 

そんな訳で彼女を連れてお出かけです。

マリーちゃんの初めての余所行きですが、問題が無いと良いなぁ。

せめて「彼女」の店に着くまでは大人しくしてくれると助かるのですが。

 

 

 

 

 

 

 

レイズ市。

人口10万と少し。

昔ながらの石造りが建ち並ぶ寂れた街。

 

 

その店は人目に付かない路地の奥にあった。

 

 

魔法店・アダムシーカー

 

その店の主、リリスは机に突っ伏していた。

暇を持て余していた彼女は店の扉が開く音に目敏く反応する。

 

「客っ!ってアンタか」

 

「やっ、リリスちゃん」

 

「こんな所にアンタが来るなんて久しぶりじゃない」

 

客、と言って良い物か。

入ってきたのは顔馴染みの吸血鬼であった。

大抵は冷やかしなのでお得意様ではない。

 

それでも、リリスの見てきた吸血鬼の中では一番まとも(・・・)な方だ。

殆どの吸血鬼は実力を鼻に掛けて他種族との対話などまるで成り立たない。

話好きで穏和なこの【不死身】の事は嫌いではなかった。

何かとからかってくるので喧嘩紛いの事はするが。

 

「今日は少し用がありまして。マリーちゃん、こっちへ」

 

促されて【不死身】の背後からスッと姿を見せたのは可憐な少女だった。

肩にかかるほどの金色の髪に同じ色の瞳。

目は気だるげに開かれているが、それが気にならない程の美少女であった。

 

しかし、その評価は直後の圧倒的なインパクトに吹き飛ばされた。

 

 

「もっしゃもしゃ」

 

「あの・・・、良いかしら?その子がクレープみたいに食べてるのアンタの腕じゃ・・・」

 

「ああ、お気になさらず。すれ違う街の住民に躊躇(ちゅうちょ)なく手を伸ばそうとしたので上げたんです」

 

気になるわバカ。

しかも血が床に垂れてんじゃねーか。

 

 

 

 

 

 

「ふぅんゾンビねえ。喋れる奴は久しぶりに見るかな」

 

「マリー、と名付けました。マリーちゃん、こちらの可愛らしい、コホン、美しい御婦人はマダム・リリス。この魔法店、まあ、便利屋のような店の店主さんです」

 

「露骨に可愛らしいって言ったな!悪かったわねロリババアで!」

 

おっと失礼。

このネタで弄るとこの人直ぐに火が付きますね。

 

マダム・リリスはこの魔法店の店主にして世界最高齢の魔女である。

 

魔女になった原因は自分を手酷くフッた元彼氏さんを呪い殺す為だとか。

当然、魔法の腕は最高峰。

たとえ吸血鬼であろうと怒らせて良い方ではありません。瞬きの間に塵に還されてしまうでしょう。

 

 

「用件は分かったわ。腐る前に手を打っときたいのね」

 

「そうそう。大魔法使いのリリスちゃんなら何とかしてくれると思いましてね。その若さの秘訣も魔法による物ですよね?」

 

「体質だよ文句あるか」

 

おっとまた失言。

別に良いと思うんだけどなぁ、成長が若くして止まった事くらい。

そのコンプレックスは何千年抱えるつもりなんでしょう。

 

「若さを維持する魔法はあるけど、ゾンビには効かないでしょうし、無難に防腐魔法を掛けましょうか」

 

「お願いしまーす」

 

「金は払いなさいよ?」

「もちろん」

 

「じゃあ、マリーちゃん?おいで。キスするけど構わないかしら?」

「あれ?キスする必要ありました?」

 

「何回か来る予定の奴にはマーク付けとくのよ。次回来た時に思い出せるようにね」

「ぼくの時は無かったのに」

「アンタ冷やかしばっかりじゃない」

 

さて、マリーちゃんも丁度食べ終わったみたいですし。

お願いします、先生。

 

リリスちゃんはマリーちゃんの頬に手を当ててキスをーーー

 

 

「おなかすいた」

 

「きゃあっ!」

 

出来ませんでした。

 

やっぱりやっちゃいましたかマリーちゃん。

リリスちゃん、間一髪で回避しましたが頰肉目掛けて一直線コースでしたね。

 

「すいません、その子そういう子なんです」

 

「先に言いなよ!純度100%の食欲向けられるなんて初めてだよ!」

 

 

はあい、マリーちゃん。ステイステイ。

後でごはんは沢山食べれます。今は我慢です。

お口を閉じてー。鯉みたいにパクパクするの止めてー。

 

「仕方ないわね。少しチャックしてなさいな」

「むぐっ」

 

おや、魔法を使ってマリーちゃんの口を閉じましたか。

 

「今度こそやるわよ。じっとしてなさいお嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

「はい。終わり」

「ありがとうリリスちゃん。はいこれ」

 

そう言って【不死身】が渡してきたのは封筒だ。

恐らくは、依頼料だろう。

この男が依頼料をちょろまかした事は無いが、念の為に確認はしておく。

 

「相場より多いみたいだけど?」

「迷惑料ですよ」

「なら貰っとく」

 

確かに噛みつかれそうになったのは怖かった。

心臓が跳ねるなんて経験何百年ぶりだろうか。

 

ちらりと見やるとゾンビの少女は口元に手を当てて唸っていた。

 

「む、うう、む」

「おっと忘れてたね。チャックの魔法解かなきゃ」

 

魔法を解くとマリーはゆっくりと大きく息を吸った後、【不死身】の方に視線を固定する。

 

「うんうん。マリーちゃんが綺麗なままでぼくは安心だよ」

「・・・」

 

「用が済んだら出て行きなさい。これ以上店を血で汚されたくないの。また魔法掛けるわよマリー」

 

魔法で汚れを取る事は出来るが、それをするのも面倒くさい。

 

それにマリーがキレてる。

「もう我慢できねえ」って目が語っている。何この子怖い。

 

これ以上店に居座られても食事分(・・・)の掃除の手間が増えるだけだ。

 

 

「えっと、何でそんなに強くぼくを掴むのかな?痛い痛い食い込んでる。あっ、帰るの?」

「おなかすいた」

 

「ああ、それなら街にお洒落な飲食店があるよ。きっとマリーちゃんも気に入ると思うんだ。だから、その〜・・・考え直さない?」

「がぶり」

 

「うわー」

 

 

 

「ちょっとー。店の前でやらないでよー。客が寄り付かないでしょうがー」

 

もう、面倒くさ。

 

 

 

 

 

 

 

マリーちゃんが腐らなくなりました。

 




簡単な人物の補足説明


不死身の吸血鬼 《ぼく》
年齢不詳。
気ままに生きるのんびり吸血鬼。
趣味人。

ゾンビの少女 《マリーちゃん》
年齢 10代。
はらぺこゾンビ。金髪。
割と容赦ない。

魔法店の店主《リリスちゃん》
年齢 超高齢。
ロリババア。すごい魔法使い。
出来るだけ淑女のように話せるよう気をつけているが、すぐに見た目相応の喋り方に戻ってしまう。


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ふしぎにすてきな おんなのこ

今回はかなり短め


やあ諸君、元気にしてたかな。

ぼくは不死身の吸血鬼さんだ。

 

ゾンビの少女、マリーちゃんを家に住まわせて早一週間が経った。

 

最初は傍若無人のはらぺこモンスターだった彼女も、言い聞かせている内に少しは意思疎通が出来るようになった。と思う。

 

 

「良いかな?マリーちゃん今朝の事についてだけど」

「うん」

 

「前にぼくは君に言ったね。ぼくを食べるにしても場所は選んで欲しいって」

「いった?」

 

「言ったの。それで多分だけど、君はその事を無意識の内に守ろうとしたんだ。マリーちゃんがぼくの言い付け通りに行動しようとしたのは凄く嬉しいんだ。ご褒美上げても良い」

「あたまたべたい」

 

ご褒美で何の躊躇(ためら)いも無くぼくを殺しに掛かるのはどうかと思います。

 

「それで君は行動を起こした。結果は君が一番良く知ってる筈だ」

「?」

 

首を傾げないの。可愛いけど。

 

「マリーちゃんは場所を選んで食べる為に寝ているぼくの腕を千切ってから自分の部屋に持ち帰ったんだよね」

「へやでたべた、いいつけできた」

 

すごい、いいつけできてる。

ちがうの、そうじゃないの。

 

 

さよなら、お布団様2号。

 

 

 

 

 

 

吸血鬼に取って、食事とはどんな物か。

 

別にこれは哲学的な問いではない。単純な問いだ。

言い換えると、「一般的に吸血鬼の食料とは何か」という事である。

 

人に聞けば殆どが「血液」と答えるだろう。

人の世に知れ渡るぼく達の象徴と言っても過言ではない。

 

実際に、その認識で間違いない。

吸血鬼の食事は血液さえ有れば十分なのだ。

 

ぼくも詳しい事は良く知らないが、血液でしか栄養を摂取する事が出来ないらしい。血液摂取を怠ると次第に力を失い吸血鬼は消滅してしまうとか。

 

不死身であるぼくであっても血液は重要で、摂取しないと消滅するような事は無いけれど人間の栄養失調に近い状態になってしまいます。

 

人間の食べるような料理を食べる必要は無く、それらは吸血鬼に嗜好品扱いされている。でも、ぼくは毎日食べています。美味しいもの。

 

 

「このように、種族によって食事と言うものは変わるけども吸血鬼には一つ特殊な体の構造がありまして」

「うん」

 

「食べた物を体の中で溶かして全部吸収するんだ。自分の体の一部にする訳だね」

「おなかすいた」

 

ブレイクファストは5分前に終了しました。ステイステイ。

 

「ところでマリーちゃん。ぼくは気になる事があってね」

「?」

 

「マリーちゃんはゾンビだけども、ゾンビって人間だろ?」

「うん」

 

「映画とかを見てて不思議に思ってたのさ。死んだ人間が蘇って本能の赴くままに人肉を喰らうでしょ。まあ死んでるから本能かどうかも怪しいんだけどね」

「おなかすいた」

 

断言しよう。君は本能で生きてる。

 

「彼らは決して満腹になる事は無いから次々と人間に襲いかかるだろ?」

「うん」

 

「でもゾンビは人間。吸血鬼と違って食物を吸収できない。そもそも死んでるから消化器官が働いている訳無いし」

「?」

 

「ああ、ごめんね難しい話で。つまり、ゾンビが食べ続けるといつかは食べ物が詰まるんだよ。強制的に満腹になると言っても良いかな」

「うん」

 

恐らくは、食べ物が詰まろうと彼ら(ゾンビ)には関係無いだろうが。

 

「でもマリーちゃんは違う。初めて遭った晩もそうだ。君は2時間に(わた)ってぼくを食べ続けた。それも骨まで噛み砕いてだよ?」

「・・・?なにか、おかしい?」

 

何がおかしいと訊かれると一番異常なのは彼女の食欲だろうけど。

とにかく、この質問はしておかないと。

 

 

「マリーちゃん、君はもしかして排泄が」

「がぶり」

 

 

この後、滅茶苦茶喰い殺された。

 





マリーちゃんはアイドル(確信)

実際、ゾンビは食い続けられるのだろうか。


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きよめるみずを ためましょう

遅れましたすいません。




お風呂は良い。

人間の確立した文化の中で、ぼくら怪物達からの評価の最も高い物の一つに入る。

 

初めてお風呂に入って、水浴びしか知らなかったぼくはその時生まれて初めての文化的感銘を受けました。

 

なんて無駄で、素敵なんだ。

水をお湯に変えるだけでこんなにも違うのか。

 

家を建てる時には必ずお風呂も付けよう。

まだ若い頃のぼくはそう心に誓いました。

 

そして後年。

たまたま訪れたゴーストハウスでお風呂を見つけた瞬間にぼくは街の不動産屋に駆け込みました。

 

それが、今住んでいるお屋敷という訳です。

ちなみに超格安で譲ってもらいました。その時は未だ幽霊屋敷でしたので。

 

まだ入った事が無いと言う怪物諸君、是非一度お風呂に入ってみる事をお薦めします。

 

 

 

「いや」

 

「え?マリーちゃん、お風呂に入りたくないの?」

「うん」

 

「随分とお風呂に入らないものだなーと不思議に思ってたけど、そんなに嫌?」

「や」

 

「そっかあ。でもねマリーちゃん?君がここに来てから一週間以上経つけど、まだ体を洗ってないよね」

「おなかすいた」

 

「もう息をするように自然にぼくに噛み付いているけど、こうしている間も返り血はどんどん付いていってるんだ」

「むぐ」

「はーいお口拭いてー」

「んむ」

 

そういえばゾンビはよく首元を狙っているように見えるけど、何か理由でもあるのだろうか。実際に体験すると凄く痛い。

 

「汚れや臭いを落とす為にも、定期的にお風呂に入った方が良いよ?お風呂は良いよー。血行が良くなって代謝が上がるし、お肌も潤いが保てるよー」

「いみない」

 

ん?それはどう言うーーー

 

「・・・あ、そうか。マリーちゃん、ゾンビだもんね。関係ないよね肌とか血行とか。ははは。ごめんよ」

「おこった」

 

うわー。やけ食いだー。

 

 

 

お風呂が駄目かー。

 

なら、プールにしましょうか。

 

マリーちゃーん、水ならどうですー?

 

 

 

 

 

この屋敷はとても大きい。

年季が入っていても建物自体の劣化は(ほとん)どなく、ゴーストハウスだった事を加味してもかなりの優良物件では無かろうか。

 

今は吸血鬼のぼくが住んでいますが、不動産屋以外がそんな事知るはずも無く、前所有者の名を取って「ムルナウ廃屋」なんて呼ばれています。

 

 

そんなお屋敷の手入れは定期的にぼくがやっていた。設備も充実しているという自負はあるが、ぼっち吸血鬼のぼくに必要無く腐らせていたモノも有るのだ。

 

その一つが庭にあるプールと言う訳でーーー

 

 

「という理由からプールを使って遊ぼうと言う結論に達しましたー」

「たー」

 

庭にある大きなプールを使って自然にマリーちゃんを洗うと言う作戦に落ち着いた。

先ほど手始めに頭から水をぶっかけたが特に怒る様子も無く一先ずは安心である。

 

マリーちゃんは買ってきた水着を付けてプールを歩いている。

彼女を店に連れて行く事は流石に危険なので1人で水着を買いに行ったのだが、どんな水着が良いかぼくに分かる訳がないので店員の勧めに従って何着か買って来た。

 

 

「・・・ねえ、何でアタシここに居るの?」

 

そう聞いてきたのはプールに足を浸けたリリスちゃん。

フリルの付いた白の水着が白銀の髪に映えてとても可愛らしい。

携行しているアダム君人形を千切っては魔法で繋げているのがいささか怖いが、元彼への恨み深い彼女にその話題を振るのは地雷すぎる。

 

 

「おやおや忘れたんですかリリスちゃん(おばあちゃん)。街で甘味めぐりをしていた君にクレープをご馳走する代わりに連れて(拉致して)きたんじゃないか」

 

マリーちゃんの水着を買いに行った帰りの事。

クレープ屋台の前で自身の財布とにらめっこしていた幼女(老婆)を発見したぼくはクレープと引き換えに双方の益になる暇つぶし(プール開き)に彼女を招待したのです。

長生きをすると暇に殺される、という事はぼくら人外に取って珍しい事でも無いですからね。

 

 

「そうだけどさ、アンタの言葉の端々に悪意を感じるから殺していいかしら」

「あー。さっきから妙に陽射しがぼくに直撃するなぁと思ったら何て恐ろしい嫌がらせ。熱いっ」

 

日光を束ねてレーザービームにするなんて高等魔法を片手間にやるのだから、この魔女っ子怖い。

あ、一回死んだ。

 

 

 

「よし。それでは遊びましょうかマリーちゃん。遊び道具は揃えてるよ」

「アンタ遊ぶ相手も居ないのに遊び道具持ってたの?うわあ・・・」

「な、何ですその可哀想な人を見る目は?ち、違いますぅー。マリーちゃんの為に買ってきたんですぅー」

「はいはい」

 

揶揄われてしまった。

倉庫の住人と化した道具が使われる機会を得たのだから良しとしよう。そうしよう。

 

さあ、気を取り直して。

 

「まずは、ビーチボールなんてどうだろう。はい、マリーちゃん」

「?」

「遊び方教えてあげなさいよ」

 

ああそうか、遊び方が分からないのか。

ゾンビだから生前の記憶が失われているのかな。

 

「こうやって投げたり、叩いて飛ばしたりして遊ぶんだよ。やってみる?はいパース」

「たたく・・たぁっ」

 

快音。クリーンヒット。ビーチボール、爆散。

そのままマリーちゃんの手は水面を強かに打ち、大きな水柱が立ちます。あ、リリスちゃんがひっくり返った。

 

「うわーっ!」

「ああリリスちゃんが落ちた!今浮き輪を用意します」

「泳げるわアホォ!」

 

なんだ泳げたのか。

 

 

「いやぁ参ったね。ボールが傷んでたのかな?」

「うん」

「いやいや違うだろ、確実にマリーの腕力で爆ぜたろ今」

「もしかしなくてもゾンビだからかなぁ?」

「?」

 

動く屍は脳の制御装置が外れているから力が強いとか、昔コミックで読んだ事が有る。

マリーちゃんの細腕にバレーボールを爆散させる力があると思うと少し怖いですが納得も出来た。

よく考えると彼女が怪力であるのは初めて遭った晩から分かっている事だった。

この()、片手でぼくを千切れるのだ。

 

 

「それじゃあ、このアヒルさんや魚の玩具なんかはどうかな」

「ごはん?」

 

違うねえ。

 

「それ風呂に浮かべるものじゃない?」

「水に浮かべて遊ぶんならお風呂もプールも変わらないでしょ」

「それもそうか」

「これ、たべていい?」

 

駄目ですねえ。

 

 

こらこら、プールで涎を垂らしてはいけません。

え、何でぼくを見るの。

アヒルと魚で食欲が刺激された?

 

「ちょ、ちょっとリリスちゃん何か言ってあげて?」

 

「ああ、マリー?プールって食事する所じゃ無いから」

「うん」

「そうそう」

 

「食べるならプールから離れてやりなさいな」

「うん」

「うわーっ。裏切り者ぉー・・・!」

 

 

「先に上がるわ。お昼ごはん作っとくからアンタも早めに切り上げなさい」

 

 

はーい

がぶり

うわー

 

 

 

リリスちゃんの作ったランチは美味しかった。

 

 




リリスちゃんは良妻。
尚、元彼に強い恨み有り。


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はらをみたせば まんぞくか

今回も短め


ある日の晩。

 

「おなかすいた」

「待つんだマリーちゃん。少しだけ ぼくの話を聞いて欲しい」

 

我が家の飢餓乙女(ゾンビ)マリーちゃんが噛み付こうとするのを一旦押し留める。

おっと今日は額から囓ろうってのかい。少し待とうか美食屋(ゾンビ)ちゃん。

 

彼女の食事を邪魔するとその後の反動が怖いが、今回はぼくの用事も大事だ。と言うか、それもマリーちゃんに関する事である。

 

「マリーちゃん、偶にはぼくの作った料理を食べないかい?味の心配はしなくていい。一人暮らしが長いから料理は得意なんだ」

 

炊事、洗濯、裁縫、掃除。全てが一流。

・・・ぼっち吸血鬼の闇は深い。

 

「・・・いますぐ、たべたい」

「そう言うと思って、既に作ってあるんだ」

 

夕刻から一人忙しなく厨房で動いていた甲斐もあり、マリーちゃんが食べる分の夕食は作り終えています。

 

「むぅ、わかった」

「ほっ、良かった。では食卓へどうぞ」

 

聞き分けが良くて助かるけれど、それでも不機嫌そうだなぁ。

正直ここでマリーちゃんが暴走すれば全てが水の泡でした。

 

「まだ?」

「はいはい、分かってますよ」

 

席に着いたマリーちゃんが急かして来るので料理を取りに行きます。

大方(おおかた)肉料理なんですけどねー。

最初はフルコース風にしようかと考えていましたが、食事を待たせた上に前菜(オードブル)なんぞ出したら即座にもぐもぐ(・・・・)されそうだったので止めにしました。

 

 

料理を取りに厨房に戻るが、そこにある料理は到底一回の食事では食べ切れないだろうと言う程の量が有った。ぼくが1日に食べる量よりは確実に多い。

しかし、これを食べるのは我が家の腹ペコモンスター、マリーちゃんだ。

 

今まで彼女の食事を(超至近距離で)見てきたぼくの見立てでは、この量ならマリーちゃんはギリギリ食べ切れるだろう。

今回のぼくの狙いはそこにある。

 

マリーちゃんを料理で満足させる事が出来れば、ぼくがもぐもぐ(・・・・)される事態を回避できるのではないか、という事だ。

 

「もぐもぐ」

「まだまだ沢山あるよ。いっぱいお食べ」

 

 

 

 

マリーちゃんの恐ろしさは、食べるペースが落ちない所だ。

こちらの大陸の大食い(フードファイター)の様に食べる速度が速い訳ではないが、その持続力が桁違いである。

作った夕食が緩やかに吸い込まれていく様子に、そのままの流れでぼくが食べられる事さえ想像出来てしまった。

 

「む、ぐ・・ん」

「あれ、もう良いのかい?」

「・・・うん」

 

最後の一皿を食べ終え、ぼくがもぐもぐ(・・・・)される覚悟を決めた所で、マリーちゃんの動きが止まった。

食べ物を飲み込んだ辺りから、極端に動きが緩慢になったのだ。

 

端的に言うと、眠そうである。

 

次第に瞼も落ちて、マリーちゃんは寝息を立て始めた。

なるほど、完全に満腹になると眠るのか。

 

食費こそ掛かるが、マリーちゃんのもぐもぐ(・・・・)を回避する方法を見つけた事は大きな一歩と言えるだろう。

 

さて、彼女を寝室へ運ぼうか。

 

 

ふわぁ。

すやすやと寝ているマリーちゃんを見ているとぼくも眠くなってきた。

今日は久しぶりに良く眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、マリーちゃん?こんな深夜にどうしたの?」

「おなかすいた」

 

 

なんだ、もぐもぐ(・・・・)を先延ばしにしただけだったのか。

 

 

うわー。

 






何を食べても満腹にはなる。
燃費は極悪な模様。


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うごけないかれ と うごくかのじょ ぜんぺん

動けない吸血鬼 と 動く死体 前篇




やあ、諸君。ぼくは不死身の吸血鬼さんだ。

 

不死身である事に特に理由は無いし、何か特別な使命を背負っている訳でも無いけれど、ぼくはいつもの孤独ライフを満喫しています。

 

と思ったけれど、今はマリーちゃんが居るじゃないか。

最近はリリスちゃんも防腐魔法の効果が切れていないか定期的に来てくれますしね。(と言っても、リリスちゃんに限って魔法に不備がある訳が無いので、暇潰しの為の方便となっているのだが)

 

話は変わるけれど、ぼくの不死身について話そうか。

不死身については今までにも何回も考察をして来たのだが、これと言って確かな結論は出ていない。

 

だが、再生・蘇生の方法に関してはどの様な物であるか最近になって掴めてきた。

何故、最近かと言うと、長生きをしていても実際の所、ぼくが死ぬ事はあまり無かったからだ。

 

つまり、極端に死ぬ事が増えたから。

併せて、死ぬ瞬間を冷静に見ているから、である。

そう、マリーちゃんのお蔭なのだ。

 

さて、本題の再生又は蘇生についてだが。

マリーちゃんのもぐもぐ(・・・・)を見ていて分かったのは、再生する瞬間に失ったパーツを自動で補完するという事だ。だからマリーちゃんが食べているぼくのパーツは消えずに残ると言う理屈である。

 

これは吸血鬼が持つ再生能力とは全くの別物だ。

吸血鬼の再生は人間で言う自然治癒のような物。

受けたダメージを自身のエネルギーを消費して回復するのだ。

吸血鬼は身体を自在に操る事が出来るので、千切れたパーツは直ぐに元の身体に戻る。

 

しかしぼくの場合、ダメージを受けた事や部位が欠損した事など関係なく、ぼくと言う【完全な肉体】で上書きしている、という状態なのだ。

 

と、分かっているのは此処まで。

後の事はいくら考えても答えが見つからなかった。

 

それに、いくら不死身とは言え弱点に近い物は存在する。

先日もマリーちゃんに説明した、血液摂取だ。

これを定期的に・・・まあ、一月に一度くらいだろうか・・・行なわないと目に見えて体が弱る。

 

分かりやすい所で、栄養失調若しくは高熱と言った症状で動けなくなるのである。実際は動けるのだが、動きたくなくなるのだ。

 

 

 

 

「と言うことでね?マリーちゃん。ぼくは今朝起きて自分が血液不足だと確信したんだ。背伸びした瞬間に身体中から悲鳴が上がってこれはマズいと思ったね」

「うん」

 

「だからぼくは急いで、と言っても緩慢な動きだったけど、部屋の隠し金庫の中にある輸血袋を探したのさ」

「うん」

 

「日頃から懇意にしている友人に調達してもらってる物なんだけどね?金庫を開けて直ぐに気付いたんだ。もう在庫が無いってね」

「おなかすいた」

 

容赦無いねキミ。

そりゃあ目の前に床に臥せっている無防備な獲物(エサ)が居たら食べるだろうけどさ。

 

そして弱点その2。

血液不足の状態で死んでも再生はするが体調不良は治らないのだ。

 

「がぶり」

「うわー」

 

うーん。体が動かないので抵抗も出来ない。

しょうがない。マリーちゃんの気が済むまでは大人しくしていよう。

 

「もぐ・・」

 

おや?いつもの勢いが無いですね。

今日に限って食欲が無いとか?

 

「むぅ・・・」

 

なんと!

マリーちゃんが食べるのを止めた。

本当にどうしちゃったんでしょう。

 

「おいしくない」

「え?」

「おいしくない」

「ええ?痛っ、何で叩くの」

 

マリーちゃんが不満気にぼくをぺちぺち叩いてきます。

これは一体、どういう事なんだろう。

考えられる事としてはーーー

 

 

 

「まさか、血液不足(栄養失調)で味が落ちてる?」

 

恐らく、血液不足が影響しているのだろう。

そしてマリーちゃん、ゾンビ的にはその味がお気に召さないと言うことか。

 

「どうにかして」

 

マリーちゃんに理不尽な理由で叩かれています。

まあ、ぼくとしても今の状況は良くないので早く解決したい。

 

それならマリーちゃんにも手伝って貰おうか。

 

「良いかいマリーちゃん。君に頼みたい事があるんだ。そしたらきっと、ぼくの調子も良くなると思う」

「おいしくなる?」

「もちろん」

「なら、やる」

 

OKOK。やる気を出してくれたようで何よりだ。

やる気を出した理由が「今のぼくが美味しくないから」と言うのはいかにもマリーちゃんらしいが。

 

「それじゃあマリーちゃんにして貰うのは、まず隣の部屋に行ってもらう事だ」

「となり」

 

「入口のすぐ右手にドアがあるでしょ?その部屋に入ったら、目立つ所に水晶玉が置いてあると思うから、それに触れて欲しい」

「すいしょう?」

 

「あー、えっと・・この前のビーチボールみたいな丸い玉だよ。それに触れるとリリスちゃんに連絡が取れるから、ぼくが動けない事を伝えて欲しい。後は彼女が何とかしてくれる筈だから」

「う、ん。わかった」

「頼んだよ」

 

マリーちゃんは隣の部屋に入っていく。

 

だんだんと、身体の怠さに眠気が伴って来た。

・・・駄目だ、瞼が落ちる。

マリーちゃん、リリスちゃん、後は任せた。

 

おやすみ。

 

 

 





何部かに分けてみました

マリーちゃんは【彼】を美味しく食べる事が出来るのか
中篇に続く


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うごけないかれ と うごくかのじょ ちゅうへん

思いの外、文字数が増えそうだったので中篇にしてしまいました

マリーちゃんのもぐもぐ(・・・・)を期待された方すみません




 

 

【彼】が少しの眠りに就いて数秒後。

ゾンビの少女、マリーは緩やかな足取りで寝室の隣の部屋に踏み込んだ。

 

部屋には窓は無く、四方の壁は規則正しく詰められた棚に隠れている。棚には様々な物が収められていて、ざっと見渡しても雑貨屋を思わせるほどに統一感の無い品品が並んでいた。

 

趣味人である【彼】は収集家としても活動している。

何か珍しい物を見つけてはこの部屋に収めるのだ。

一見して物置に見えるこの部屋も埃一つ飛んでいない事が【彼】が趣味へ掛ける労力を物語っている。

 

「すいしょう」

 

マリーは部屋の中を見回して「すいしょう」を探した。

【彼】が言うには、目立つ所にあって「びーちぼーる」に似ているらしい。

 

マリーは気付いていないが、彼女は初めて食べるのを我慢して行動していた。マリーとしても、今は我慢せざるを得ない状況にあったのだ。

 

異常を感じたのは先程の事。

何故か床に五体投地している【彼】を食べた瞬間に理解した。

 

ーーー【彼】がおいしくない。

 

おいしくない。

おかしい。

いつもとちがう。

どうすればいい。

 

ゾンビの拙い思考回路が少しの間機能し、出た結論は【彼】の言う通りにする、であった。

マリーが行った、初めての知能行動である。

 

【彼】においしくなってもらわなければ困る。

マリーとして生まれた瞬間から傍にいて、食事を提供してくれる【彼】がおいしくないなど、あってはならない事態だった。

これもまたマリーは気付いていないが、それだけ彼女の生活に占める【彼】と言う存在は大きかったのだ。

 

 

「すいしょう」はすぐに見つかった。

部屋の奥にあった周りに比べて背丈の低い棚の上に畳んだ布があり、不思議な輝きを放つ球体がその上に乗せられていた。

なるほど。確かに「びーちぼーる」程の大きさである。

 

早速、マリーは「すいしょう」に手を当てた。

余りに勢い良く上から手を下ろして、触れた瞬間に何やら嫌な亀裂が走ったが見なかった事にした。

 

 

さて、手を触れたが。特に反応が無い。

【彼】からの詳しい説明が省かれた為にそこからどうすれば良いのか分からない。

 

試しにもう一度やってみるかと手を振り上げたが、止めた。

この屋敷で生活する中でマリーも多少は学習した。

力加減が出来ないらしい自分がもう一度同じ事をやったとすれば、この「すいしょう」は砕けるだろう。ぱりんっ、と。

犠牲になった食器の数だけマリーも学習したのだ。

 

なので、「すいしょう」の表面を撫でつけるだけに留めた。

呪詛のように、おなかすいたと連呼しながら。

 

 

 

《ふわぁーぁ。はいはい。こちらアダム・シーカー魔法店よ》

「おなかすいた」

《ここはピッツァの店では無いのだけど》

 

「すいしょう」から声が返ってきた。

聞き覚えのある声だ。誰だったか。

何回か顔を合わせる、「おいしそうだけど、たべられないひと」だ。

 

後は、【彼】の言う通りに伝えるだけだ。

 

・・・・・

 

 

 

何を伝えるのだったか忘れた。

 

「おなかすいた」

《その声、マリーね?何か用事かしら》

「おなかすいた」

 

《残念だけど料理のデリバリーはしてないのよ。アイツはどうしたの?料理の世話くらい喜んでやりそうなアイツは》

「おいしくなかった」

 

《ああ、もう食べたのね、って美味しくない?》

「どうにかして」

《え?》

 

「おいしくないから、おいしくして」

《(何この子怖い)え、えっと、ゆっくりで良いわ、何があったか話してちょうだい》

 

 

 

 

《なるほどね、血液不足なのか。輸血袋補充しなさいって前にも言ったのに全くアイツは》

「おいしくなる?」

《なるなる。調達屋にはアタシから連絡しとくから、マリーは玄関で待ってなさい》

「うん」

 

《ああ、そうだ。アイツ、まだ床で倒れてるのならベッドに上げときなさい。そのままじゃ可哀想だし》

「うん」

 

そこで「すいしょう」の声は聴こえなくなった。

 

 

 

部屋に戻ると【彼】が床に俯せで横たわっているのが見える。規則的にその背が上下し、すやすやと寝息が聴こえてくる。どうやら眠っているようだ。

いつもであれば腕の一本でももぐもぐ(・・・・)するのだが今は我慢である。

 

マリーは【彼】の首根を掴んでベッドに移した。

 

苦しそうだった表情も眠りに就いた事で少しは落ち着いたようだ。

 

何となくマリーは手を伸ばして【彼】の顔に触れる。

初めて会った夜に、【彼】が自分の顔に触れていたように。

そのまま、撫でてみる。

慈しむように、大事にするように。

 

【彼】と出会い、ゾンビである彼女にも変化が起こっているのかも知れない。

 

 

 

 

「はやく、おいしくなってね」

 

そこまでの変化は無いかも知れない。

 

 

 

 






次こそは後篇の予定



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うごけないかれ と うごくかのじょ こうへん

お待たせしました

一応の区切りが付いたので、
今後の更新は気分次第となります


 

レイズ市。

 

人口10万と少し。

寂れた石造りの街並みではあるが、人類の科学の発達による影響はこの地方都市においても少なからず有り、昔と比べて怪奇(・・)の潜伏率は下がっているそうだ。

 

そのレイズ市の中で、長く語り継がれる別格の都市伝説(怪談)がある。

 

 

ーーー『百鬼夜行』ムルナウ屋敷。

 

 

レイズ市の郊外に、廃屋がある。

既に亡くなった所有者の名が付けられたその屋敷は、所有者の怨念により亡霊が飛び交い、屋敷の周辺には科学の通用しない怪物が彷徨っていると言う。

噂を聴き付けて肝試しをする若者も大勢居るが、その度に行方不明者が増えるそうだ。

 

 

 

 

「おーおー、3月でもまだ冷えるねえ」

 

ムルナウ屋敷に続く林道の中を歩く男が居た。

無精ひげで茶髪をオールバックに纏めた大柄な男は、外気が肌寒く感じて両手をライトブラウンのコートの中に突っ込んだ。

陽の光があまり届かないこの林道の中は、春になろうと言うのにまだ冬を残していた。

 

男の名はダグ。

 

調達屋を営む彼に仕事の話が舞い込んで来たのは、ちょうど朝食も食べ終わって散歩にでも繰り出そうと考えていた時だった。

頭に声が流れ込んで来た。

魔法を用いた連絡だ。

 

唐突に連絡を寄こしてきたのは魔女リリス。

ダグの知り合いの中でも危険度トップクラスのロリババアであった。

 

話を聞くとあの【不死身】が貧血状態(・・・・)で寝込んでいるらしいではないか。

 

ダグは【不死身】の数少ない友人である。

どうにも迂闊な所のある友人の、吸血鬼らしからぬ失態を聴いてダグは笑いながら旧友への物資運搬を引き受けたのだった。

 

 

「さぁて、もう着くか・・・・うん?」

 

 

もう林道から屋敷が見える位置まで来たダグは、異変を感じて眉を(ひそ)めた。

 

(にお)う。

強烈な臭いが鼻を刺激する。

自身のいる場所から近い林の向こうに、何かが居た。

 

臭いは、僅かに乾いた血の臭いと、腐敗臭だ。

 

「ァァ・・ウアァ」

「おやまぁ」

 

姿を見せたのは一体の人型。

冬に合わせた衣装はボロボロで、右腕が肘から欠損していた。

顔には既に人としての面影は無く、もう人では無い怪物の仲間入りをしている事が分かる。

 

「ゾンビか?・・・いーや、なるほどね」

 

死霊(アンデッド)であるのは確実だが、ゾンビでは無い。

鼻が利くダグには分かる。

死臭に隠れているがもう一つ臭いがある。

これは、吸血鬼の臭いだ。

つまりこの動く死体は、吸血鬼の眷属、グール。

 

同時にもう一つ判ることがある。

漂う吸血鬼の臭いが、【不死身】の物では無いという事だ。

 

 

「【不死身】の旦那は相変わらず甘いねえ」

 

【不死身】の拠点とする敷地内に他の吸血鬼の眷属が居る。

 

これの意味するところは唯一つ、挑発行為だ。

吸血鬼の中には、異端である【不死身】の事を嫌う連中は多い。多くの誇り高き(・・・・)吸血鬼が【不死身】の命を狙った。

 

しかし、その者たちがどんなに力を振るっても、知恵を絞ろうとも【不死身】は死ななかった。

それにより大半の吸血鬼が【彼】を狙う事を諦めたが、プライドを傷付けられた幾人かはこうして眷属を【彼】の生活拠点内に放ち、挑発を繰り返しているのだ。

 

「アンタも、吸血鬼のゴタゴタに巻き込まれて災難だな」

「アァゥ、ヴアア」

 

気さくに話しかけたダグに対し、グールは残っている左腕で掴みかかろうとするが、

 

「ガウッ!!」

 

その首根から食い千切られた。

 

グールの頭を刈り取ったのは1匹の巨狼である。

実はこのオオカミ、数十メートル背後から付いて来ていたダグのペットである。

このオオカミは、ペットがべったりと引っ付いて行動するのを嫌う主人の命令通りに離れて行動していた。

しかし、主人の危機に対して敏感であるオオカミは、数十メートルの距離を詰めてグールに襲いかかったのだ。ダグの飼っている中でも、一際忠誠心の高いオオカミである。

 

「ガウ」

「おお、ありがとよロー。手間かけさせちまったか」

 

「ガウ」

「何ィ?晩飯に期待するって?へいへい分かりました。ステーキだろう?」

 

「ガウッ」

「一生付いていきますって、お前な・・・。調子の良い野郎だよ、まったく」

 

 

忠誠心の高いオオカミである。

 

 

 

 

 

 

 

「おなかすいた」

 

 

マリーは屋敷のリビングで一人(つぶや)いた。

日頃からマリーが発している言葉であるが、意識しての発言ではない、本能的な物だ。根からのゾンビ娘である。

 

いつもならばマリーの言葉に反応する【彼】は、今は寝ている。

 

自分以外誰も居ない、電気も点いてないリビングに座り込んでぼんやりと虚空を見つめていた。

 

 

マリーはゾンビとして生まれた瞬間に【彼】に出会った。

即座にスプラッターな展開に突入して、其れからの日常は【彼】の傍がマリーの居場所であった。

 

だから、本当に一人になるのはこれが初めてである。

マリーは、初めての孤独(・・)を体験していた。

 

おなかすいた。

おいしくなかった。

いまはがまん。

・・・。

 

何もない。

自分には何も出来ない。

食べる事しか知らぬマリーには、今の状況は極めて居心地が悪かった。

 

 

 

少し時間が経って、音が聴こえた。

音の鳴る方へマリーは歩を進めた。

辿り着いたのは、玄関口だ。

 

音は扉の向こう側から鳴っている。

これは確か、「のっかー」の音である。

先日、屋敷の扉に動物の顔がくっ付いているのを見てマリーが首を傾げていると扉を叩く物だと【彼】が教えてくれた。

「ためしに叩いて見るかい?」と【彼】が言ったので「たたいた」のだが、「こわれた」のでマリーは触らない事にしたのだ。

 

 

ドアを押すと、射し込む日光を遮る大柄なコートの男が居た。

 

「うおっと、またグール?・・いや、今度はゾンビか」

 

いきものだ。

おおきなひとだ。

ごはん?

おなかすいた。

たべていい?

 

食べる事を我慢し続けていたマリーだが、限界が来ていた。

目の前に「たべもの」が現れた事で思考がゾンビの(さが)へと一気に傾いたのだ。

思考の中での問いかけが、肯定(・・)に流れていく。

 

遂にマリーは行動を起こした。

自身を観察する「たべごたえのありそうなひと」に手を伸ばした。ゾンビらしく、獲物を捕らえるために。

 

「てぇ事は、嬢ちゃんがリリスのババアが言ってたゾンビか・・おっと、危ねぇな」

 

避けられた。

伸ばして握り込んだ手は何も掴めていない。男は一足分の移動でマリーの手を回避していた。

ではーーもう一度。

 

左手を伸ばす。男にさりげなく軌道をズラされる。

右手で掴む。男は一歩退がる。

両手で突撃する。男は身をひねりマリーと場所を入れ替える。

 

「むぅ・・・」

 

「おいおい俺を食べたいってのか?【不死身】の旦那にブツ渡しに来たんだって。なぁ、ババアから聞いてねえのか」

「おなかすいた」

「見りゃ分かる」

 

掴めない当たらない嚙みつけない。

ムキになったのかマリーは男を追い回す。

 

「あーもう分かった分かった!降参だよ!俺のとっておきのジャーキーくれてやるから落ち着け」

「もぎゅっ」

 

暫く逃げ回ってから男は懐から取り出した物を口に押し込んできた。当然に咀嚼。口の中に物があれば取り敢えずもぐもぐする。ゾンビの鑑であった。

 

食感は乾いていて、匂いは甘い。

少し硬めで噛み応えがあり、噛むほどに味が染み出す。

種類は違えど、これは「にく」だ。間違いない。

 

「もしゃもしゃ」

 

「まったくよ。それ食ったら旦那の所まで案内してくれよ?」

「おかわり」

「ガウ(私にも寄越せ)」

 

まだ足りない。

いつの間にか屋敷に入って来ていた(もふもふ)と一緒に、マリーは男に詰め寄った。

 

「俺のジャーキー・・・旦那ァ早く起きてくれぇ」

 

 

少しして、男の持っていたジャーキーは無くなった。

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろ旦那」

 

むにゃむにゃ。

うーん、マリーちゃん、執拗に小指を食べるの止めてー。

 

「何だコイツどんな夢見てやがる」

 

むにゃむにゃ。

あー、リリスちゃんの身長ではそのアトラクション乗れませんね。残念。

 

「・・・おらっ」

 

むごっ・・・・・!?

 

「だれかな?僕の口に十字架を突っ込む人は」

「俺だよ【不死身】の旦那」

 

「おや、ダグ?ダグじゃないか。久しぶりだね。前はいつ会ったっけ?」

 

「3ヶ月前だな。俺ら怪物にとって3ヶ月なんてあっという間だろう?」

「それもそうか」

 

 

「おなかすいた」

「ああマリーちゃん、言い付け通り出来たんだね、ありがとう」

「はやくおいしくなって」

 

あっ、はい。待たせてすいません。

 

「ほれ、輸血袋。取り敢えずは1回分だ。残りはまた今度送ってやるよ」

「ありがとねダグ」

 

 

さてと、じゃあ袋にストローを刺しまして。

頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

「もふもふ」

「ガウッ」

 

 

庭先でマリーちゃんが駆け回っている。ゾンビなのでゆっくりとだが。彼女が追い回しているのはダグのペット、名前は確か、ローレンスだったかな。

気が合うのか直ぐに庭先で遊び始めた2人を眺めつつ、ぼくは紅茶を飲んでいます。

 

「ダグはコーヒーで良かったっけ?」

「ああ」

 

「あの子達が仲良くなれそうで良かったよ。まだマリーちゃんには友達がいなくてね」

「それは良いんだが、あの嬢ちゃんが片手で振り回してんのは・・」

 

見ると、マリーちゃんが手に持った大きめの骨を投げてローレンス(オオカミ)が回収している。

あれはーー

 

「ああ、さっきマリーちゃんに上げた右腕(ごはん)だね。今日は骨を食べなかったのか」

「はは、見かけない間に頭のネジが緩んじまったんだなぁ旦那」

「失礼な。ぼくは健全な朝型吸血鬼だよ」

吸血鬼(夜の王)なんだよなお前さん」

 

吸血鬼にだって朝型の方はいるよ。

ぼくはぼっちだから他の人を知らないけど。

 

 

「それと、グールがまた放されてたぜ」

「そうなの?ごめんね迷惑かけて」

「良いって事よ。もちろん、手数料上乗せで」

「しっかりしてるなぁ」

 

調達屋として頑張るダグは金に関しては少しうるさい。

迷惑料をしっかり勘定に入れてくるのはぼくとしては好印象だけど。

 

 

「そんじゃ、用も済んだし帰るか。おーい、ロー!帰るぞー」

「ガウッ(ステーキか?)」

「気が早えよバカタレ」

 

仲良いですねー、彼らは。

ダグの種族、オオカミ男は非常に仲間意識の強い怪物ですから。ペットと言えど横の関係なんですよね。

 

「いつでも遊びに来て良いからねー」

「おう!今度はジャーキーはやらねえぞー!」

 

ジャーキー?何の事かな。

 

 

 

 

 

 

「さて、マリーちゃん。改めて礼を言うよ、ありがとう」

「おなかすいた」

 

うんうん。それでこそマリーちゃんだ。

 

「今日頑張ってくれたお詫びに何でも言うことを聞いてあげるよ。何か欲しいものとか無い?服とか、オモチャとか、もちろん食べ物でも良い」

「・・・」

 

返事が無い。マリーちゃんは黙り込んでしまった。

あれ、割と適当に提案したのだけれど、この子には本当に欲しい物があったのだろうか。

 

「あのね」

「はいはい、何でしょう?」

「わたし、おなかすいた」

 

おっと、マリーちゃんの顔が急接近。

やっぱり食べる事が一番ですよね。

 

頬肉ですか、良いでしょう。

ひと思いにヤッちゃってください。

 

「だからーー」

「え?」

 

まだ言葉が続いた事に驚くぼく。

両手でぼくの頭を捕らえ、一言、前置きをしてマリーちゃんは、

 

「これからも、おいしく、たべられてください」

 

 

穏やかに微笑んだ。

 

 

やはりマリーちゃんは、綺麗だ。

 

 

「どうぞ、召し上がれ。君のごはんは逃げないし減らないさ」

 

「がぶり」

 

 

fin.

 

 

 

 






人物補足

調達屋の人狼 《ダグ》
背が高い。茶髪
渋めのおじさん
《ぼく》とは親友と呼べる仲

もふもふオオカミ 《ローレンス》
大きい。銀の毛並み
意外とふざけるタイプ


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あちら こちら
まわり めぐる ぐーるぐる ぜんぺん


ここからは全てボーナストラック。


中身が無いのはいつも通り
ゾンビだから、ゾンビだから


レイズ市は世界で有数の怪奇都市である。

 

怪奇都市。

この通り名は、怪奇(怪物)の潜伏率が高いと言う事を意味する。

決まった定義がある訳では無いが、広く使われる物として、

 

都市の人口総数を10として、怪物の総数が1を超える場合

 

つまり、人口の一割以上の怪物が潜んでいる。

この場合に怪奇都市と呼ばれる事が多い。

 

驚くなかれ。

レイズ市は人口10万と少しに対し怪奇潜伏率が3割を超す。

 

怪奇、怪物は人間に対し攻撃的ないし差別的な者が多い。(この特徴は歴史的に見て人間の本質でもあるので決して怪奇に限った事でもないが。)

 

兎も角、

攻撃的である怪物がそんなに居ては都市として機能しないのでは無いか。と言う疑問があるだろう。人間はしばしば、怪物の捕食対象となるのだから。まともに共存が成り立つ事例は少ないと言える。

実際に、過去には怪物が増え過ぎたあまり死都と化した都市もある。

 

しかし、レイズ市内では、怪物の暴走は比較的抑えられている。

それは何故か。

 

RPD。レイズ市警の存在だ。

市警は、怪奇に対する暴力装置を確保していた。

 

その名も刑事部 0課。

 

怪奇に対して、殺害権を有する唯一の国家権力である。

 

 

 

 

 

 

長身の背広の男が「ムルナウ屋敷」の応接間に通されている。

 

長身で細身の男が礼儀正しく座っているだけであるが、男の雰囲気からか威圧感が漂っている。

男は平素から顔を見られるのを嫌う。

故に、男にしては珍しいベールを用いて顔を隠しているのだが、それが一層本人の第一印象を悪い物にしていた。

 

「あ、少し待ってねスレンダーさん今お茶を淹れてくるから」

 

ーーありがとう。

 

「いえいえ」

 

屋敷の主人の言葉に、男は返事をしてはいない。

漆黒のスーツに身を包んだ男は寡黙な性分であった。

正確には、相対するものがこちらの意を汲んでくれるのでいつ頃からか喋る事を忘れてしまっているのだ。

 

男の名はスレンダー。

レイズ市警刑事部 0課のリーダーである。

 

本日は、屋敷の主人である吸血鬼に確認したい事があり、此処まで足を運んだのだ。

 

「そう言えば冷蔵庫にケーキがあったねぇ・・・ほわぁっ!マリーちゃーん!どこだーい?」

 

ーーはて、何事だろうか。

 

 

 

 

 

 

やあ諸君。不死身の吸血鬼さんだよ。

 

今日は珍しい客人がやって来ました。

レイズ市警のスレンダーさんですね。

日々仕事で忙しい中お越しになった彼を持て成そうと準備をしてたんですが、

 

「ねえマリーちゃん。今日は何を食べたの?」

「うでたべた」

「それだけ?」

「あたまもたべた」

 

「だろうねえ」

「?」

「お客さんにケーキを出そうとしてね?冷蔵庫を開けたんだ。そしたら僕と目が合ったんだよ、冷蔵庫の中の僕とね」

「うん」

 

これにはぼくも久方ぶりの悲鳴を上げてしまった。

冷蔵庫を開けて自分を発見するなどホラー映画顔負けじゃないか。

 

「君がいつから冷蔵庫の事を知っていたかはこの際聞かないけれど、これは聞いておこうか。何で冷やそうと思ったの?」

「ひやしたら、おいしくなる?」

 

ああ、そうか。

そう言えばそんな会話したなあ。

つい先日マリーちゃんとおやつのゼリーを食べた時に、冷やしたら美味しく食べられるみたいな事を言ったのはぼくだっけ。

 

「頭はね?冷やしても味は変わらないと思うんだ。ぼくは頭なんて食べた事無いけど。だからコレは今食べちゃおう」

「もぐもぐ」

 

冷蔵庫にそんな大きな()を無理に詰め込むのは良くないです。

そんな物が冷蔵庫を占拠すると(たま)に料理を作ってくれるリリスちゃんが泣きます。怒られます。

 

 

 

 

 

 

「いやあ、お待たせしてすみません」

 

ーー随分と、楽しい家族が居るようだね。

「ははは」

 

さて無事にお茶とケーキを取ってきたのでお話をしましょう。

 

「くろいひと」

「おっと、マリーちゃんに紹介がまだだったね。この人はスレンダーさん。スレンダーさん、こちらはマリーちゃん」

ーーよろしく。

 

「(このひとを)たべていい?」

「駄目ですねえ」

ーーははは。

 

笑い事じゃないんですスレンダーさん。

 

この物腰柔らかく、しかし安心出来ない雰囲気を醸し出しているスーツの男性はスレンダーさん。

全く喋らない人ですが何故か言いたい事が分かってしまうんですよね。

 

「さて、今日はどういったご用件でしょう?」

 

ーーいや、用件と言う程でもない。大した事ではないさ。

 

刑事部0課(怪奇対策課)のリーダーが態々訪問してくるのですから少しは警戒してしまいますね。

何しろ彼らは怪物の天敵。専門家(スペシャリスト)

その中で最も恐ろしいのがこのお方ですから。

 

ーー知っているか?市内でグール被害が増えている。

「グール、ですか初耳ですね」

 

ーーそうか?此処に来るまでの森の中にも何体か居たのだが。

「あはは。お恥ずかしい事に、種族内に敵が多くてですね。そのグールはどうされました?」

 

ーーしっかりと向こう側(・・・・)へ渡したよ。

「ありがとうございます」

 

ーー用件と言うのは他でもないその事でね、君が産み出したものでは無いと、確認が取りたかったのさ。

「なるほど、疑われていたんですね」

ーーまさか、君が人を害するなど思ってないさ。だが、捜査を進める上では一番に排除しておきたい可能性でもある。

 

怖いなあ。

 

 

「ぐーる?」

「グールと言うのはねマリーちゃん、そうだなぁ・・まあ君の仲間に近いのだけれど。カブトムシとクワガタくらいの関係かな。違うか」

「たべれる?」

「どうだろう?」

 

もう。君はそればっかり。

 

ーーふむ、その少女は・・ゾンビか。

「ええ、家に住まわせてます。だ、大丈夫ですよ?今の所被害者はぼくだけですから」

ーーそれで大丈夫と言えるのは君だけだろうが、市民に被害が出ない内は何も言わないさ。

 

「おなかすいた」

「おっと待つんだ今はお客さんの前だから、ね?」

ーーふむ、飴を差し上げよう。

「「わあい」」

 

ありがとうスレンダーおじさん。

 

 

 

ーー今回の事に君は関与していない、と。なら、行動を起こしそうな吸血鬼に心当たりはあるか?

 

「あはは、お恥ずかしい事に。種族内で仲間外れにされておりまして、はい・・・・ぐすん」

 

ーーそ、そうか。すまない。

 

本当に申し訳ない。

異種族の知り合いの方が多いんだもの。

吸血鬼の方は世間話の一つもしてくれないんだもの。

 

ーーそれでは、私はこれで。

「もうお帰りですか?クッキーを焼いたのでお土産にどうぞ」

ーーありがとう。ウチ(0課)の子達も喜ぶだろう。

 

 

「さあマリーちゃん。君もスレンダーさんに挨拶を・・ってあれ?マリーちゃーん?どこかなあ?」

 

ーーついさっき、部屋を出て行ったようだが。

 

 

 

 

 

 

 

「居ないねえ。家のどこにも」

 

 

マリーちゃんが家出しました。

 

 

 




今回は前編後編を予定。
マリーちゃんはどこにいったのか。


人物設定

市警刑事部0課長 《スレンダー》
アクの強い怪奇対策課を纏める実力者。
全身真っ黒の背広。顔はベールで隠している。
本人は喋らないのに雰囲気と身振りで言いたい事が分かる。



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まわり めぐる ぐーるぐる ちゅうへん

前編後編を予定すると必ず破綻する病気にかかっております

それと今回、マリーちゃんが出てきません
本当に申し訳なく思っています(捕食案件)


 

おかしいな。

家のどこにもマリーちゃんが居ないんだけど。

寝室、居ない。

キッチン、つまみ食いしてない。

プール、沈んでない。

お風呂・・も多分居ない。

 

はて。どこに行ったと言うのかね。

家出なの?まさかぼくはマリーちゃんに愛想をつかされちゃったの?そうだったなら泣いてしまう。

 

ーーお嬢さんは見つかったかね。こちらはさっぱりだ。

 

不意に声を掛けられて驚いた。

見るとスレンダー捜査官(真っ黒おじさん)が森から歩いてくる。

 

何というか、やっぱり怖いなあこの人は。

今が夕暮れだからと言う事もあるけど、行動が読めない上に雰囲気が不気味過ぎる。暗い森の中でこんな高身長の方と鉢合わせたら誰だって逃げるだろう。

 

「すみませんスレンダーさん。森まで見に行ってもらって」

 

ーー構わない。怪物探しなら私達の方が長けているからね。

 

「それにしてもマリーちゃんは何処に。もう夜になるから心配ですね」

 

心配だ。

夜になれば本格的にマリーちゃんは空腹になる。

お腹が空いて家に帰ってくるなら良いが、もし仮に人を襲ったとなれば、このスレンダーさんが見逃す筈がない。

本当に心配だ。

 

ーー何か、外出の心当たりは?

 

そうですねー。いつも通りだったと思うんだけど。

日頃と変わった事と言えば、スレンダーさんが来た事くらいだし。

 

スレンダーさんが来て、話をして、

 

「あ、まさか」

 

確かぼくは彼女に話をした。

グールの話だ。

雑な説明しかしなかったが、ぼくはグールについてこう言った筈だ。

 

君の仲間のようなものだ、と。

 

マリーちゃんにマトモな思考があるとも考えづらいが、まさか、

 

「もしかしたら、グールを探しに行ったのかも」

 

ーーふむ。ならば街へ繰り出したと考えるのが妥当か。だとすれば、これも君に伝えておくべきだろうな。

「はい、何でしょう?」

 

ーーつい先程、市内のトランプ通りでグール事件が起きた。二次感染被害も確認されている事から一帯に戸締りを呼び掛けているところだ。

 

「なるほど、グールが出たならマリーちゃんもそちらに行くかも知れませんね」

 

ーーああ、いや。それもそうなのだが。グールの鎮圧に0課が向かっているからな。お嬢さんに危害を加える可能性がある。特に、

 

 

怪奇相手に見境(みさかい)無く手を出すのがいるからな、とスレンダーさんの言葉が続く。

 

 

「ええ?まさか・・・ブギーマンも来るの?」

 

 

うわあ、マズイなぁ。

早くマリーちゃんを見つけなきゃ。

 

 

 

 

 

you got a mail !

 

new 「スレンダー」

ーーーーーーーーーーーーーーーー

トランプ通りでグール事件が起きた。

 

0課に早速出動要請が出ている。

現場には近いか?

着き次第、市民の避難誘導と

グールの鎮圧を行ってくれ。

頼んだぞ。

 

それと、

もしゾンビが居たら殺さずに様子を

見てくれ。

 

非番なのに済まない。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「本当ですよ。折角のお休みだったのですが・・。それに現場が此処(どんぴしゃり)じゃないですか。はぁ」

 

それになんだ?

ゾンビが居たら様子を見ろとは。

上司が意味のないメールをする性格では無い事は分かっているのだが、それにしても意味不明である。

 

 

直属の上司からのメールを受けて、喫茶店のカウンター席に座っている小柄なパンツスーツの少女は頭を抱えた。

 

頭に手が触れる度に黒髪の一束飛び出たアホ毛がぴょこぴょこ跳ねるが必ず定位置に戻ってくる。頑固な癖っ毛である。

 

「はあ。あのーマスター?今って私以外にお客はいないです?」

 

「おお?そうだが、辛気臭い顔してるね嬢ちゃん。ゆっくりしていきな。こんな寂れた喫茶店の常連は嬢ちゃんくらいだしね、はは」

 

「そりゃあそうですよ。寂れて1人で寛げそうな所だから立ち寄ってるんです」

「な、中々にひでー事言うな・・・」

 

自虐ネタも人に言われると心に刺さる場合ってあるんですよね。

 

「嬢ちゃん、OLさんか何かだろう?何か嫌な事でもあったのかい?」

 

嫌な事があったと言うか、今現在(おちい)っているが正しい。

 

「いやぁ、どうもこの辺りでゾンビに良く似た怪物が暴れているらしいのですよ」

「ほう」

 

「あ、信じてませんね?まあ良いでしょう。それで、私はこれでも刑事なのですが、怪物の退治を任されてしまったと言う訳です」

「嬢ちゃんが刑事ィ?ははは」

 

「信じてないですね?嘘じゃないですよー。危険なのですよー。食い殺されるですよー」

「いきなりそんな事言われてもなあ。俺だって銃は持ってるし、いざという時は嬢ちゃんくらい守ってやるぜ?」

 

マスターの掲げている拳銃レベルの物ではそもそもグールを撃退する事も難しいのだが、その優しさに免じて指摘はしないでおこう。

 

「え〜?本当ですか〜?」

「お、信じてねえな?俺に任せとけって」

 

さて、複数の気配が店に近付いて来た。

頃合いですね。

 

「あれを見てもそんな事言えるです?」

「あれって・・・扉に何かあるのか?」

 

 

ドンッ、と。

次いで、べたりべたり、と。

 

木製扉のすりガラスの向こう側から、朱色の手が連なった。

次第に扉を叩く音が増え、呻き声の群が作られる。

 

〈・・アゥ・・・ヴアァ・・〉

 

げぇっ、マジかよ(Oh my gosh)?!」

「ね?本当の事なんですよ。奥の部屋に行って鍵掛けた方が懸命ですねー。まだ店には入って来れないようですし」

 

悲しいかな。

生前の知識の殆どを消失しているグールには、その外開きの扉を手前に引くという単純な動作も出来ないのだろう。

 

とは言え相手は怪物だ。

木製の扉なんて(いず)れは力任せに壊されるに決まっている。

 

「早く嬢ちゃんもコッチへ!」

「ああ、いやいや、全部本当の事なんですってマスター。だからーー」

 

マスターだけを店の奥に押し込んで少女は扉に歩いて行く。

 

「刑事部 0課、アウラ。任務開始です!」

 

アウラは、店に雪崩れ込もうとするグールを弾き飛ばすように、扉に蹴りを入れた。

 

 





後編をご期待ください。



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まわり めぐる ぐーるぐる こうへん

お待たせしました。

マリーちゃん帰宅回。

詰め込んで文字数が多くなってしまいました。不覚。


モンスター

アンデッド

クリーチャー

 

人ならざる異形の怪物達。

いかなる生命からも派生する筈のない化物。

それらは人間から怪奇と、そう名付けられた。

 

 

その存在の定義は、人間に恐怖を与えるもの。

理不尽に脅威をもたらし、唐突に日常を壊し、容赦なく心を抉る彼らに、人は恐怖した。

 

その恐怖こそが怪物達の存在意義でもあった。

彼らは総じて、食事とはまた別の、人の恐怖を糧としている節がある。

 

怪奇は、恐怖を与えるもの。故に強大であった。

 

文明が高度化しようと、科学が発展しようと。

人間が恐怖(怪奇)を乗り越える度に彼らはより昇華(強化)された恐怖(怪奇)として舞い戻って来るのだろう。人間に恐怖を与える為に。

それ故に、彼らは人間の隣人(・・)なのだ。

 

 

そんな脆く崩れ易い人間と怪奇のバランスを保っている存在がいた。

人間の恐怖を喰らい時に命すら吸い上げる怪物達(モンスター)が、唯一恐怖する相手であった。

 

彼らは世界一平等な怪物。

 

死を誘うものにして、死を運ぶもの。

 

そして、レイズ市の雇った最強の対怪奇(・・・)

 

 

死神である。

 

 

 

 

 

 

「お邪魔虫は何体ほどいるんですかねー」

 

喫茶店を出たアウラは周囲の状況を確認した。

 

蹴り飛ばした扉に弾かれた3体を始めとして、大通りにはちらほらと足元のおぼつかない人影が彷徨っていた。

ただの酔っ払いである可能性も否めないが、この惨状の中で楽しく酔っている暇があるとは到底思えない。

 

「15体くらいですかね」

 

したがって、全員有罪(グール)。ギルティである。

のんびりとした休日をぶち壊されて、アウラは内心で激怒していた。

 

仕事は忙しい上に直属の部下は自分を舐めくさっているのでそれはもう毎日ストレスが溜まるのだ。ストレス解消で部下に腹パン(説教)かましてもまだ足りない。

 

「グールに成ってしまった事はお悔やみ申し上げるです。ですが安心してください」

 

 

言って、アウラは自身のアホ毛をおもむろに引き抜いた(・・・・・)。同時に、夜の闇が群がるようにアウラを包んでいく。

 

「・・アァウ、ヴアッ・・!」

 

そんな異変が起きようとグール達には関係無い。彼らは肌で感じた生きている存在に対して、襲い掛かる以外の選択肢など持たないのだ。

 

怪物達は蠢いている闇に手を伸ばし、

 

 

さくり、と。

 

 

最も闇に接近していたグールが胸を貫かれた。

 

 

「死神の私が来たからには直ぐに楽にしてあげるです」

 

闇が霧散し、現れたアウラは漆黒の外套に身を包んでいた。

その手に引き抜いた黒髪はなく、黒金の大鎌が収まっている。

 

刑事部0課、死神のアウラ。任務開始である。

 

「よいしょ、っとぉ」

 

グールの胸を下から貫いた鎌を引き抜く。

死神にとって身体の一部である鎌を操るのは容易く、アウラの身の丈以上もある大鎌は、彼女に重さを感じさせない。

 

 

きゅぽん、と。

 

可愛らしい音を立てて鎌が抜ける。

同時に、身体の力を完全に喪失したグールは地面に崩れ落ちる。貫いた穴からは白いモヤ(・・)が流れ出して天へと昇っていく。

 

これは人間の霊魂だ。

死神の鎌で貫かれたグールの魂はこれで天へと導かれるだろう。

 

既に死んでいるグールに何故魂が宿っているのか、と疑問に持たれる事がある。

確かに。

本来なら死んだ肉体から魂は自然と流れ出して行く筈なのだ。

しかしながら死霊(アンデッド)と呼ばれる存在は非常に厄介だ。死んでいる肉体に無理矢理に魂が繋ぎ留められているのだから。

最悪の場合、既に天に昇った魂さえも引き戻して活動する彼らアンデッドは、霊魂を管理する死神が最も嫌う怪物である。

 

「死神やってる私としてはグールの顔は親より見慣れてるってヤツでしてね。お役所仕事みたいで嫌なんですけど、手っ取り早く済ませるですよ」

 

 

鎌を刺して引き抜く。

死神の仕事は簡単だ。

だからこそ一度に大量の死霊退治を任されるのだが、単純作業ほど心をすり減らす物は無い。

つまりは退屈で、またストレスが溜まる。

 

「やあ、とお」

 

さくり、きゅぽん。

さくり、きゅぽん。

 

必要以上に鎌を振り回すのもストレス解消の為だ。こうでもしないと退屈で自分が何をしているかを忘れそうになる。

 

さくり、きゅぽん。

さくり、きゅぽん。

 

この作業もモグラ叩きをやっていると思えば少しは楽になるだろうか。いや駄目だ。圧倒的に可愛くない。

 

「おや、もう終わりですか。ん?」

「じー」

 

15体カウントして鎌を納めようとしたが、もう一人居た。

興味津々と座り込んでグールを見つめている少女だ。

 

「たべていい?」

「え?あ、ちょっと」

 

金髪のあどけない少女は、何事かグールを指差してアウラに語りかけ、返事も待たずにグールを千切り始めた。

 

「もぐもぐ」

「ええー?なんなんですかこの子ー?」

 

もしゃもしゃ ばりばり・・・

もぐもぐ ごっくん・・・

がぶり もしゃもしゃ・・・

 

食べる。滅茶苦茶食べる。

見つめていると何だか美味しそうに見えてきた。

頭が狂いそうです。

 

「あのぉ、一応は警察の証拠品となるので食べるのを止めてもらっても良いでしょうか」

「もきゅ?もぎゅもぎゅ」

「えっと・・食べるか喋るかどっちかにするです」

 

5分ほど食べる方に集中されたです。

何だこの子は。多分グールだろう。

やっちゃって良いんでしょうか。

 

溜め息を吐いて鎌を振り上げたアウラは手を止めた。

死神の目で見れば直ぐに分かった。

この子はグールでは無い。ゾンビだと。

 

課長のメールの事を思い出して一旦鎌を納めた。

収納された鎌は再びアホ毛となって頭に生え、漆黒の外套も消失する。アウラに取って(アホ毛)は仕事とプライベートのスイッチであった。

 

「とにかくですね、食べるの止めてください。怒るですよ」

「けち」

 

当然の事を言って文句言われた。

アウラちゃん憤慨です。

 

「駄目なものは駄目です」

「・・・」

「な、何です?言っておきますけど私を襲ったら問答無用で鎌刺しますですよ」

 

食べる事を止めた少女は立ち上がってアウラに近付いて来た。

自分より身長の高い少女が無言で近付いて来た事でアウラは身構えるが、

 

むんず、と。

害意なく伸ばされた手がおもむろにアホ毛を掴んだ。

そのまま振る、振る。

上下に、左右に、縦横に。

 

「ふぎゃー?!」

「・・?さっきのでてこない?」

 

「か、鎌の事ですかっ。アレは私じゃないと出せないんですよ!」

「ふしぎなあたま」

 

不思議ちゃんに頭が不思議とか言われた。

アウラちゃん超憤慨です。

 

「もうっ!離すです!ちょっと私は電話してくるので此処に居るのですよ!人を襲っちゃ駄目ですよ!」

「うん」

随分と話の分かるゾンビのようだ。

取り敢えず、この事を課長に報告しよう。

 

 

 

 

 

「あ、課長。仕事の途中でゾンビの少女を拾ったのですよ。メールを見たので連絡したのですが。ええ、金髪の?ああ、そうですそうです、よく分かったですね。・・・保護ぉ?はあ、了解です。・・はい大丈夫だと思うです。死神の目で確認したので、人には手を出してない筈です」

 

 

 

 

「さて、貴女は私に付いて来てもらうですよー・・・あれー?」

 

戻ってきたアウラだが、既に少女は姿を消していた。

 

おや。

食べかけのグールは全部食べて行ったのですね。

何て行儀の良い子なんでしょう、HAHAHA。

 

あのゾンビガール、見つけたら説教です。

腹パンは勘弁してやるです。

 

 

 

 

 

 

 

マリーはグールを探していた。

 

何故と訊かれて答えられる物は無い。

敢えて言うならば、興味が近いだろうか。

 

【彼】が言った。

グールは、マリーの仲間に近い、と。

 

だからマリーが抱いたのは、漠然とした興味だ。

 

なかま?

たべれる?

おいしい?

なかまってなに?

 

知りたいと思った。

グールとは、何だろうか。

マリーの初めて抱いた、知る事への欲求である。

 

それで、【彼】の許可も待たず、町へ出た。

何となく、グールが居そうな所へ足を運んだのだ。

マリーにとって幸運だったのは、本当にグール騒ぎが起こった事に違いない。

 

 

先程見つけたグールは駄目だった。

近付いて話し掛けようとしたのだが「けちなひと」に倒されてしまっていた。

 

だから食べた。味を確かめた。

【彼】ほどでは無いが、おいしかったです。

結果として

「たべられるけど よくわからないもの」

と言う感想に落ち着いた。

 

 

グールを探す事をマリーは諦めなかった。

次は動いているのを探そう。

 

自分の感性を頼りにてくてくと歩いていると、次第に市街地の外れまで出てきた。

 

そこは薄暗く、深深(しんしん)と凍りつくような冷気が漂う場所であった。夜の闇に対抗しているのは街灯一つだけであり、そのぼんやりとした光が一層闇を不気味な物に思わせていた。

 

その場所にマリーは見覚えがある気がした。

 

マリーが辿り着いたのは墓地であった。

【彼】と初めて会った墓地とは違うようだが、細かな違いなど彼女は分からなかった。

 

そして首を動かして周りを見ていると、居た。

少し離れて2体、両手を突き出している影が墓地を彷徨っていた。マリーは迷わずその影に近付いていく。

彷徨っていたグール達もマリーの存在に気付いたようだ。双方、徐々に近づいて来たのだが、顔が見えてくるにつれて両者は異なる疑問を抱いて首を傾げた。

 

「ヴア?」

 

グールが感じた物は、目の前の少女は死んでいるという物だ。怪物としての本能から生者を襲っていた彼らは、目前に現れた随分とらしくない(・・・・・)死体の少女に困惑した。

 

「・・・?」

 

一方マリーの感じた疑問は、グールと遭遇したは良いが何をしたら良いか分からなくなったと言う物であった。

 

試しに、彼らと同じ動きをしてみようか。

そう思い至ったマリーは両手をフラフラと前に出してグール達に迫った。

そして、両手が触れ合う距離に来た。

なので、握ってみた。がっしりと。両手を合わせるように。

 

その行為にグールは更に困惑した。

「不思議な死体の少女」に手を取られている。それも結構な怪力で。何だかこの死体怖い。

振り払おうと両手を振るが少女も合わせて振るだけだ。(はた)から見れば仲良く握手をしているようにも見えた。

 

 

もう一体のグールはマリーらのじゃれ合いを見ていたが、本能の囁きにより早く肉を喰らいたいという欲求が強くなった。

因って、マリーらに背を向けて墓地を出て行こうとするがーー

 

 

「ヒャッハー!くたばれオラァ!!」

 

どちゃり、と。潰された。

 

頭に突き刺さったのは、夥しい数の釘が打ち込まれたバットであった。何処からともなく現れた白いラバーマスクの男がグールに襲い掛かったのだ。

 

その音でマリー達はマスクの男に気付いた。

直ぐに、行動を開始したのはグールだ。

グールは直感した。この男は生者だ、人間だ。

ならば喰らうしかない。

男がどれ程の脅威かなんて関係なかった。

 

のたのたと小走りで男に近づいていく。

 

「聴こえる耳があるかも分かんねえがヨォ!あの世まで俺の名前を覚えて逝きナァ!」

 

マスクの男は、一度素振りをしてから打者の構えを取った。

 

「刑事部0課、“ブギーマン”!!マイケル・マイヤーズだ!プレイボール!ヒャハァ!!」

 

ブギーマンを名乗った男、マイケルは頭に狙いを付けて、角度高めにバットを振り抜いた。

 

マリーの目には、「すいしょう」の大きさ程の球体(あたま)が墓地の奥に飛んでいくのが見えた。

 

「ふゥ、スッキリ。あァン?まだ居たのか?」

 

マイケルの視線がマリーに向くが、何処となく訝しげだ。

 

「グールにしちゃァ小綺麗だが何だてめー。怪奇か怪物かァ?」

「・・?」

「分かんねーって顔すんじゃネェヨ。おら、このグール共の仲間じゃねーのかって聞いてんだァ」

「なかま?」

「おー、敵討ちとか大歓迎だゼ」

 

マスクの男が何を言っているかは分からないが、その足下のグールには興味がある。

もう動いてはいないが、折角だ。

味を見ておこう。

 

「これたべていい?」

「あァ?えー。別にイイんじゃね?」

「もぐもぐ」

 

ちぎる。たべる。

ちぎる。たべる。

 

「えェ?攻撃してくるようなら敵性怪奇って事で即討伐できるとかガキンチョが言ってたが、どっちだコリャ」

 

うんうんと、マイケルは頭を抱え出した。

暫く唸ってから顔を上げた。

口元は歪に笑っているように見える。

 

「分かんねーなァ!怪奇なんてぶっ叩きゃ分かんダロォ!?」

「たたく?」

「そうさァ!恨みとか一切ねーがよぉ!死ねヤァ!」

 

何故男がバットを振りかぶっているのかマリーは分からないが、ただ一点、ある言葉に反応した。

 

「たたく・・たぁっ」

 

振り下ろされたバットに己の手をぶつけ返した。鈍い音がしてバットが弾かれ、マイケルが仰け反った。

 

「おっとォ!?ハハァ反抗の意思アリってか!上等だァ!ぶっ壊してやるよアンデッドガール!」

 

最初に手を出したのは男のような気もするがマリーは「たたく」に反応しただけである。

 

「行くゼェ!」

「ちょっと待ってえブギーマン!?」

「止めるですマイヤーズ!」

 

マイケルがバットを構え直すが、墓地に駆け込んできた2人の人物に遮られた。

 

「けちなひと」と【彼】だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

やあ諸君、不死身の吸血鬼さんだよ。

やっとマリーちゃんを見つけました。

 

街に出てマリーちゃんを探しているとスレンダーさんと同じ刑事部0課のアウラちゃんにばったり会いました。

 

それで一緒にマリーちゃんを探していたのですが遠くから“ブギーマン”の叫び声が聴こえてきたので急いで駆けつけたのでした。

 

「んだァ?ゴキブリ蝙蝠野郎じゃねーか」

 

うわお、酷い覚え方。

 

「やあブギーマン。君とやり合う気はなくてね?この子を迎えに来たんだ」

「おなかすいた」

「左手いるかい?」

「もぐもぐ」

 

良かった。いつものマリーちゃんだ。

 

「おい、どういう事だガキンチョ。あいつらは今回の事件に関係ねーのかよ」

「メールくらい確認するですマイヤーズ。ダメな奴ですね。それとガキンチョって呼ぶなです」

 

「俺と同じタッパになったら考えてやるよガキンチョ捜査官」

「上司に対して敬語も出来ないんですか。図体ばかりデカくても頭が空っぽじゃ意味ないですねー」

 

「あァ!?分かりましたよガキンチョ様ァ!」

「敬語の使い方を理解してないようですね!?もう許しませんよマイヤーズ!説教(腹パン)ですよ!腹パン(まつり)ですよ!」

「おォ!やってみろよコラッゴフゥッ!?てめー人が話してる最中に腹パンすんじゃねーよマナー悪いぞ!?」

悪役(ヒール)悪党(ヴィラン)風情が何言ってるんですかー!」

 

ははは。

刑事部0課の凸凹コンビはいつも通りですねえ。

あれだけ部下が喧嘩しているとスレンダーさんも心労が凄まじいでしょう。

 

「さ、マリーちゃん、帰ろうか」

「おなかすいた」

「晩ご飯何にする?」

 

おっと、無言で噛み付こうとするの止めてー。

 

「それで、グールは見つかった?」

「うん」

「どうだった?」

「おいしかった」

「食べちゃったかー」

 

 

「あなたのほうが」

「うん?」

「おいしかった」

 

「・・晩ご飯何にする?」

「がぶり」

 

 

無事にマリーちゃんは帰宅しました。

 

 




おかえりマリーちゃん

まるで埋め合わせをするように もぐもぐ連発


軽い解説

「怪奇」について
人に恐怖を与える怪物の総称。
あえてルビを振るなら「ホラー」


刑事部0課 捜査官 《アウラ》
黒髪アホ毛の少女。ですです
死神。アホ毛は鎌

刑事部0課 捜査官 《ブギーマン》
白いラバーマスクを被った青年
チンピラ
本名はマイケル・マイヤーズ
怪物退治にはもっぱら釘とバットを使う。


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ゆめみるいきもの ゆめにいきるもの

夢見る怪物 夢に生きる怪物


皆さんは良い夢見てますか?


夢魔と呼ばれる怪奇が居る。

 

 

彼ら彼女らは人の夢の中に現れ、精気を吸い取り、時に悪魔の子さえ孕ませるとされてきた。

人間が欲に弱い生物である以上、夢魔の存在は古来から黙認されていた。

 

しかし、現代において。

夢魔は非常に肩身の狭い思いをしている。

怪奇と言う物に寛容であった時代はとうに過ぎ、力の弱い怪物は排斥が進んだ。

力の強い怪物は自由であったかと言われるとそうでも無い。罪を犯し、幾多の命を無為に散らすような生物は、真っ先に死神達に目を付けられたのだ。

 

夢魔はその括りで言えば、力を持っていた方だ。人が干渉できない夢の中でこそ彼らの力は輝くのだ。

 

だが、安心は出来なかった。

過去に、永久不可侵とさえ謳われていた夢の世界に、死神はするりと入り込んで来たのだ。

当時の夢魔のリーダーであった女性夢魔(サキュバス)が、漆黒の紳士に肩を掴まれて消失した事件は伝説と化している。

 

因って、現代の夢魔の行動は変化した。

 

夢の中で人の望んだ夢を見せ、その対価として精気を貰う。と言う契約を交わすのだ。

これならば死神の定める“罪”には当たらないし、夢の内容を強制しないので昔に比べると随分とマイルドになったものだ。

 

また、夢の内容を決められる事から、対象を人に限定する必要も無くなってきた。

夢魔はその対象を怪奇相手にも広げる事で、取りづらくなった精気(エサ)を補填したのだ。

 

夢見る生物から精気を貰うため、夢魔達は今日も夢の世界を飛び交う。

 

ここレイズ市でも、日々努力して精気を集める夢魔の姉弟が居た。

 

 

 

 

 

 

「もー!聞いてよラスト!あのダグとか言うおじさんハズレだったわ!」

「そうなの お姉ちゃん?」

 

レイズ市の上空に浮かぶ2つの影があった。

蝙蝠のような翼を背中に持つ露出度の高い服装の怪奇。夢魔である。

愚痴を零しているのは姉のラクシャリア。

姉の愚痴に眉を下げて苦笑しているのが弟のラストだ。

 

「そうよ。良い夢見させてあげるって言ってんのに美味しいものが食べたいとか取り敢えず肉が食べたいとか!」

「最近そう言う人が多いよねえ」

 

「まったく!男なんだから偶にはエッチな夢とか見なさいよね!」

「あはは・・」

 

ラクシャリアが愚痴を零すのには理由がある。

夢魔の契約とは相手の望んだ夢を見せる代わりに精気を頂くという物だが、双方WINーWINの契約に見えて実は大きな欠点があった。

 

夢魔とは即ち淫魔。

淫らな夢に人間を誘い込み精気を吸い取る怪物である。

故に、そもそもソレ(・・)以外の夢を見せる事など想定していないという事で、極端に精気の搾取が悪くなるのだ。

 

現代に入って夢魔が契約(食事)に追われるようになった主因である。

 

 

「それで?アンタはどうなのラスト?」

「ぼく?」

「確か魔女のリリスさんだっけ?まあエッチな夢は難しいだろうけど、ちゃんと精気は回収出来た?」

 

「そ、それが・・」

「え?ダメだったの?」

「身長を高くして欲しいって夢だったから見せてあげたんだけど、どうしてか途中で凄く落ち込んじゃって・・」

 

良い夢を見ていた筈のリリスは急にテンションがガタ落ちして精気が貰える状態ではなくなってしまった。

 

これはレアケースではあるが、契約の欠点の一つだ。

万が一、夢で満足出来なかった場合もまた、精気の搾取が難しくなるのだ。

 

「プライドが高いと理想と現実の板挟みで勝手に自爆する人って居るのよねー」

「そうなんだ・・」

 

会話を終えて直ぐに、ラストの腹がくるると鳴った。

 

「うーっ。お腹減ったねえ」

「事故みたいな物だし仕方ないわ。次を狙いましょ」

 

ラクシャリアは品定めするように一回り町を俯瞰した。

 

「ねえラスト。彼処(あそこ)の屋敷に行ってみない?」

 

ラクシャリアが指し示したのは町の外れ。

鬱蒼とした森の中に大きく存在を主張する紅い屋根の洋館だ。「ムルナウ屋敷」と呼ばれている場所である。

 

「ええ?!だ、ダメだよ お姉ちゃん。吸血鬼が住んでる屋敷なんだよ!?」

「なんでよ?イイじゃない別に」

 

「だって・・吸血鬼の人たち高圧的で怖いし、虐められるかも・・」

「もう、アンタはそんな事だから直ぐに虐められるのよ。ビクビクしてても何も始まらないの。シャンとなさい」

「で、でもー・・」

 

「それに確かあの屋敷の吸血鬼は変わり種って噂だし大丈夫よ。今は可愛らしい女の子も住んでるらしいわよ?」

「そ、そうなの?」

 

可愛らしい女の子と聞いて尻込みしていたラストが顔を上げる。なんだかんだで面食いな夢魔の性をしっかりと受け継いでいる弟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やあやあ諸君。ぼくは不死身の吸血鬼さんだよ。

 

目覚めた時には何故か屋敷の居間に立っていました。

いや、目覚めてないのか。

ぼくはどうやら夢を見ているようですね。

 

「ご名答〜。ここは夢の世界よ」

「やあ、お客さん。いらっしゃい」

 

「あれ?反応薄いわね夢魔を見た事が御有り?」

「いや無いけど。立ち話もなんだし、どうぞ座って」

「え、ええ。・・調子狂うわねー」

 

 

 

 

「へえ。好きな夢を見せてくれるんだ」

「そうよー。今ならどんな淫靡な夢でも見せて上げるわ。どうかしら?」

 

うーん。

好きな夢をと言われてもなあ。

 

「好きな吸血鬼の女性とかは?夢の中なら思うがままよ?」

「あー、同族からは嫌われてまして。はい。ぐすん」

「ちょちょ、ちょっと泣かないでよ!アンタが落ち込むと精気が貰えないでしょ!?」

 

少しばかり取り乱してしまいました。

どうにか同族の方とも仲良く出来ませんかねえ。

 

「ごめんね。急に泣いたりして」

「べ、別に良いわよ私の落ち度なんだから。ほら、もうどんな要望でも良いから言ってみて」

 

そうですねー。

じゃあ、こんなのはどうだろう。

 

「じゃあ、夢の中での話し相手になって貰えますか、ラクシャリアさん」

「へ?」

「駄目ですかね?」

 

喋り友達が増えるのは良い事だと思ったんだけど。

 

「駄目じゃ、無いけど。はあ〜」

 

随分と疲れた溜め息ですね。

夢魔もやはり苦労するんだなあ。

 

「もしかして迷惑でした?」

「これも仕事の内だから構わないわ」

「お茶入れますね」

「ありがと」

 

大変ですね。

夢魔というのも。

 

 

「はぁ。ラストの方は大丈夫かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

マリーと言う少女は、夢魔のラストが一目惚れする程に可憐な少女だった。

 

「そ、それでね?好きな物を何でも出して上げるし、どんな夢でも見る事が出来るんだよ」

「・・・」

 

無表情でじっとこちらを見つめる少女に、少し紅潮した顔でたどたどしく説明をする。

 

「え、えっと・・どう、かな?」

「すきな、もの」

 

説明を終えた後、直ぐに夢の世界に変化が生じた。マリーが望んだ物を、夢が叶えようとしているのだ。

 

『やあマリーちゃん』

「でた」

「こ、この人が?」

 

現れたのはこの屋敷の主人と思しき青年であった。

 

この少女が望む夢とはどんなものだろう?

少女に対する興味があったラストはその動向を傍で見守っていたのだが。

 

「がぶり」

『うわー』

 

マリーは青年の喉に喰らい付いた。

 

びしゃりと。

ラストの頬に生暖かい液体が散った。

 

一瞬の出来事に言葉も出ないラストは無意識のうちに頬の液体を指で拭って確認していた。

 

赤だ。鮮紅だ。

言葉にするのも憚られるような、生きている色だ。

 

「お姉ちゃん助けてー・・」

 

血の苦手なラストは卒倒した。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ありがとうね、ラクシャリアさん」

「もういいの?」

「うん」

 

本当に世間話をしただけで今日の仕事が終わってしまった。

根がおしゃべりなラクシャリアとしては楽しい時間ではあったが、世間話で手に入る精気など微微たる物であろう。

 

「それじゃ、ちょっと精気を貰うわよ」

「どうぞどうぞ。死ぬまで吸い取っちゃって構わないよ」

 

ーーーーーーん?

 

「・・え?ちょっと今なんて言ったの?」

 

「え?死ぬまで吸い取って構わないよって」

「・・・嘘ォっ!?」

「嘘じゃあないよー」

 

何だこの吸血鬼。

噂以上の変人ではないか。

 

「い、い、良いのかしら?後で冗談って言っても取り返しつかないわよ?」

「どうぞ。一回死ぬくらいなら大丈夫だから」

「ほ、本当に?」

 

夢魔であるラクシャリアが誘惑されていた。

最近は良い夢を見てくれる人が少ないために腹を空かしていたのだ。

 

「ごめんラスト。お姉ちゃん先にごはんたべちゃう」

 

あっさりと欲望に打ち負けたラクシャリアは吸血鬼から全力で精気を吸い上げた。

死んだ筈の相手から声を掛けられて卒倒する10秒前の事である。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

「う、うーん」

「ねえ」

 

「はっ。うわぁ!?ごめんなさい!」

 

ラストが目を覚ますとーーと言っても夢の中だがーー目の前にマリーの顔があった。

気絶する直前の光景を思い出してラストはマリーから距離を取る。

 

ちらりと見ると、いつの間にか青年は消え去っていたが、至る所に飛び散った鮮紅が少女の望んだ惨劇を物語っていた。

 

「た、食べないでぇ・・」

 

ラストは頭を抱えて命乞いをするが無情にもマリーは手を伸ばしてくる。

 

「ひぃ」

 

しかし、伸ばされた手は柔らかくラストの頭に置かれた。

そのまま左右にくしゃくしゃと手が揺れる。

頭を撫でられていた。

 

「えっ、えっと?」

「おいしかった です」

「は、はい・・」

 

ラストが顔を上げると、見惚れるような笑顔が、目の前にあった。

 

「ありが とう」

 

彼女の最大級の感謝と満足感が、精気となってラストに流れ込んできた。

今まで生きてきた中で手に入れた、最も純度の高い精気であった。

 

「は、はい!こちらこそありがとうございます!マリーさん!」

「おなかすいた」

「へ?うわー!お姉ちゃーん!?」

 

この後、暫く彼は逃げ回る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ラスト!どうだった其方(そっち)は!」

「う、うん!上手く行ったよお姉ちゃん!」

 

「いやあ何か良く分かんないけど滅茶苦茶気前良くってさ!もう暫くは精気無くても大丈夫って感じね!」

「ぼくも!えへへ、綺麗だったなぁマリーさん」

 

「しかも、何時でも来て良いって!やったよラスト!お得意様ゲットだよ!?」

「本当!?やったねお姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

この日を境に、「ムルナウ屋敷」に訪れる怪奇が2人増えた。

 

 




夢の中でこそ本性が出る
まあ【彼】もマリーちゃんもいつも通りね

夢魔の見せる夢で得られる精気について
純粋な感情かつ3大欲求に近いほど得られる精気は多い。マリーちゃんから貰えた精気が多いのはそういう理由。また、【彼】は精気を吸われた程度では死にません。文中には書いてませんが、契約で望んで死を受け入れた場合については死神も目くじら立てません。

夢魔姉弟 《ラクシャリア》
夢魔の姉の方。強気

夢魔姉弟 《ラスト》
夢魔の弟の方。弱気


夢魔は基本的に露出の多い服を好む。


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わーきんぐ もんすたー さいどえむ

Working monster side M


「ゴーストバスターズのテーマ」とマイケルの「スリラー」とピンクレディーの「モンスター」をローテーションして執筆中です。



今回は主人公達以外にスポットライトを当てたお話し
1人1話で3人分やります
だからいつもの2人は多分出てきません。悪しからず

今回はあのチンピラ男の出番





刑事部 0課はレイズ市警の地下一階に存在する。

 

毒を以て毒を制する。

怪奇への対抗策として怪奇を雇っている事実は暗黙の了解となっているが、市民への配慮として人目に付かない場所に部屋が置かれていた。

 

総員20名。

最大戦力である死神が注目されがちだが、およそ半分が人間であり、後は毛色の異なる怪物達で構成されている。死神と呼ばれる怪物は2名だけである。

 

0課で最も強いのは死神であるが、知名度はそれほど高くない。死神という怪物は非常に秘匿性の高い存在なのだ。

 

悪い意味で名の知れた捜査官が居る事も、死神の秘匿に一役買っていた。

 

 

 

「ふんふ〜ん。アウラ捜査官、本日の警邏終了です、っと。ん?マイヤーズ、随分と戻るのが早いですね。そっちも見廻りは終わりですか」

 

「ふわァ。ンなワケねーだろ。サボって昼寝してたんだよガキンチョ」

「1人だけサボって楽しようったってダメです!馬鹿たれ!能なし!不気味マスク!」

「誰が不気味マスクだコラァ!」

 

マイケル・マイヤーズ。

 

ブギーマンの名で知られる彼は一言で表すと、チンピラである。

 

不真面目で口も悪く喧嘩腰。

気に入らない相手にはとことん食ってかかるようなチンピラの鑑だ。

 

そんな彼が警察官として在職出来ているのは、(ひとえ)対怪奇(・・・)として彼が優秀であるからに他ならない。

 

「そんな(ざま)では給金だってもらえないですよ。それに私が見たからには課長にも報告せざるを得ないです」

 

一応はあなたの上司ですから、とアウラの言葉が続く。

アウラは、マイケルがこの職場に来た当時からの目の上のタンコブであった。

 

「へっ金なんて要らないネ。それに此処には課長居ねえし、しらばっくれりゃ何とかなるだろォが」

 

ーーここに居るよー。

 

再び腰掛けていた客用ソファに横になろうとしたマイケルは、いつの間にか対面に座していた漆黒の背広の男と目が合った気がした。

 

「ホワァッツ!?」

「課長、いつから?」

 

ーー今来たばかりさ。今朝マイケルが気持ち良さそうに眠っていたから代わりに警邏は済ませておいたよ。良く眠れたかい?

「ハ、ハァイ・・とってもォ」

「阿呆が居るです」

 

うるせーガキンチョ。

 

冷や汗が止まらない。

迷惑かけまくったのに超フレンドリーに話しかけてくるスレンダーに恐怖を感じる。いつかこの男は笑いながら自分を殺すのではないだろうか。

 

ーーこんな穏やかな日では君も暇だろうと思ってね。良い仕事の話があるんだ。

「へェ?どんなだい」

 

良い仕事と聞いたら昼寝なんかしていられない。

ソファに座り直すとスレンダーが話を続けた。

 

ーー最近のグール事件のことだが、犯人が分からないなら近いところから話を聞けないかと思ったのだ。

 

「近いところォ?」

「聞き込みですか?」

 

ーーリバーシ歓楽街にオーガ(鬼人)が経営しているバーがある。同種族の溜まり場となっているようだな。この店の主人は吸血鬼と懇意にしていてな、経営の後ろ盾(バック)とでも言おうか。吸血鬼の一部と繋がりがあるのは間違い無い。

 

「それでェ?俺は聞き込みかい?もし、相手が非協力的な態度だったら?」

 

ーー裁量は君に一任しよう。

 

「そうこなくっちゃな!じゃあ、俺は夜までもう一眠り」

「書類作成くらい手伝えですこの馬鹿!」

 

分厚い法律書がマイケルの顔に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

夕刻を過ぎ、歓楽街に人の熱が集まり出す時間。

 

BAR「オルグ」は盛況で殆どの席が埋まっていた。

とは言え客の8割以上は経営者の同種族であるオーガ(鬼人)なのだが。

 

健全な一般市民は、一度この店に来て名物料理である「原産地不明の謎の肉を使用したビーフシチュー」を食べたら二度と来たいとは思わなくなるらしい。

 

 

 

 

店主の男は、店に入って来た人間の匂いに釣られてちらりと横目を向けたが、それが白いラバーマスクを被っているとあってギョッとした。

 

店に入って来た男に対して店内の視線が集中する。

白いマスクと聞いてレイズ市の怪物達が警戒しない筈が無い。何故ならそれは悪名高い「ブギーマン」の代名詞なのだから。

 

 

「こ〜んばんわアァ。糞ったれの怪奇の皆さん」

 

ワザとらしくマイケル(ブギーマン)は店内に呼び掛けた。それに応じて視線に敵意が混じる。種族にもよるが怪物と言うのは人間に舐められるのを極端に嫌う。

だからこそ、軽口で喧嘩腰のマイケルは怪奇相手への噛み合い(・・・・)が良過ぎる程である。

 

「ブギーマン」は、怪奇に対して見境なく喧嘩をふっかける大の怪奇嫌い(好き)なのだ。

 

マイケルからずっと視線を向けられている店主は、一先ず社交的な笑みを作った。

 

「これはこれは市警の刑事さん。本日のご注文は?ビーフシチューがオススメですぜ」

 

「飯は要らン。酒を寄越せヤ」

「へい了解」

 

「おめーよォ、吸血鬼とつるんでるらしいじゃねーか」

「へへ、つるむなんて人聞きの悪い。仲良くはさせて貰ってますがね?」

 

「最近のグール事件に俺らは頭にキテんだヨ、なァ。おめー、その吸血鬼に俺らの所に顔出せって言っとけヨ」

 

「まあまあ気持ちを落ち着けて。ささ、酒が出来ましたよ」

「おォ」

 

マイケルにはカウンターの奥で店主が酒に何か混入していたのが見えていた。恐らくは毒か痺れ薬だろう。

人間相手だと思って随分と舐めた真似をしてくれる。正式に喧嘩を売られたと思っても良いのだろうか。

 

売られた喧嘩は買わねばならぬ。

マイケルはぐいと、グラスを一呑みにした。

店主がニヤニヤと口を開く。

 

「あんたも下手な事に首突っ込まずにさ、お寝んねしてた方が賢明だぜ?へへへ」

「はァン。強力な睡眠薬か」

 

店主はマイケルの呟きに訝しげな顔をして、何時まで経ってもマイケルが正常な事に表情を一変させた。

 

 

瞬時にグラスを握り潰して店主の顔に投げ付けた。ガラスが生物の顔にぶつかり刺さる。喧嘩のゴングには相応しい雑多な騒音だ。

 

「オイオイオイ、ふざけてねーで知ってる事話せよ中年太りィ。次はガラスより痛いものと合体するかい?」

 

「てっ、てんめぇ!俺らに喧嘩を売ったらどうなるか分かってんのかぁ!?」

 

勘違いするな。

売ったのはてめーだ。

 

店内に座っていた屈強なオーガ数名が近付いて来るのを確認してマイケルは席を立った。

「ブギーマン」が暴れると分かって殆どの客は逃げ出したようだ。好都合である。

 

「刑事部0課だかなんだか知らねえが、オーガ相手に生きて帰れると思うなよ!」

 

オーガ。

人肉を主食とし酒を好む人型の怪物。

力自慢の者が多く、片手で重機を持ち上げる者もいるのだとか。

 

ここまで説明しても異常な人間と言ってしまえばそれまでであり、そう考えると人間と怪奇の関係性も案外崩れやすいのかも知れない。

崩れてグチャグチャになってしまえば、人間であろうと人でなし(・・・・)の仲間入りだ。

 

自分がそっち側(・・・・)であろうと言う確信が、マイケルにはあった。

 

「ギャハッ、生きて帰れねーかもなア?だが、1人で逝くにゃちと寂しィ。だからよーー」

 

マイケルは懐に手を入れ取り出した物を高く掲げた。それは、

 

「一緒に死ねよ。tick(チィク)tack(タァク)BOM(ボン)!」

 

特製釘爆弾である。

 

誰も逃げる暇など無く、店内に釘の散弾が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

店に響き渡る炸裂と幾百もの釘の衝突。

 

音にすればそれは(まさ)しく釘打ち(・・・)であり、店内のあらゆる物を打ち据えた。

 

「ぐぎゃぁっ!?」

 

オーガ達は床に倒れ伏した。

無理もないだろう。

爆弾の有効射程圏内で打ち出された釘を上半身で受け止めたのだ。人間であれば即死である。

 

真っ当な人間であればだが。

 

 

血の池の中から、不気味なほどに白いマスクが浮かび上がる。

 

「アァ〜、死んでねーなァ?俺もてめーらもヨォ?」

 

ぬるりと、血だるまの体を仰け反らせてマイケルは起き上がる。

オーガと同じ距離で、否、更に近い距離で釘を受け止めて尚、彼は立ち上がった。

 

彼はチンピラだ。

敵を粉砕するまで虚勢を張り続ける。

怪物が死ぬまで自分が死ぬ訳にはいかない。

その意地と執念が、怪奇殺しの人でなし(・・・・)人間怪奇(ヒューマノイド)、ブギーマンを作り上げたのだ。

 

「痛え!痛えよお!」

「ヒャハハ、そんなに喜ばれるとヨォ、こっちもお手製の爆弾を作って良かったと思えるぜェ。てめーら怪物(バケモノ)に痛みって奴を与えられて俺も超満足ってナ!」

「ヒィィ!」

「逃げねーでくれよ怪物が見っともないネェ。アンタ、俺がどんな風に見えてるんだイ?」

 

オーガの店主は目の前の怪物(・・)に恐怖した。

刑事部0課を甘く見ていた。

この男は、嘘も誇張もなく、怪奇を殺し得る人間だ。怪奇に恐怖を与える(・・・・・・・・・)存在だ。

 

 

「でサァ!いい加減に吐けよオラァ!知ってる事全部吐けエ!まだ足りねーなら喜んで爆弾くれてやるゼ!」

 

「な、何も知らねえんだ!き、吸血鬼達は偶にみかじめ取りに来るぐらいで!俺らみたいなの相手にもされねえ!ほ、本当なんだ!」

 

んだよ、結局空回りか。

まあ、暴れられたし別にいいか。

 

「あン?」

「あ」

 

マイケルはあっさりと熱が冷めて店を出ようとするが、出口からコソコソと出ようとする男がいた。

狼を連れたコートの偉丈夫は、目が合った事にバツが悪そうな顔をした。

 

 

 

 

 

 

「んだよまだ関係者が居るじゃねーか」

 

「勘弁してくれよ刑事さん。俺は純粋に飲みに来ただけのオオカミ男だ」

「へエ。それデェ?」

 

「何も悪い事してねえし見逃してくれ。今から仕事もあるんでね」

 

戦うつもりは無いと男は言う。

 

偶に、この様な腑抜けた手合いを見かける。怪奇とは名ばかりの、人間に友好的な者達だ。

 

しかし、出会った相手が悪かった。

怪奇に遠慮するような性格をしていたらこのマイケルと言う男はブギーマンとは呼ばれていない。

 

「そっかァ、じゃあお仕事頑張ってね・・何て言うと思ったか!くたばれモンスター!」

「やっぱそうだよなあ!?」

 

男もそれは予想していたようで、抜き打ちで放った釘バットは側にあった椅子を盾にして躱された。

 

「あんたも損な生き方してるねえ。そんな傷だらけになってまで戦う事ァねえと思うんだがな」

「うるせー。こちとら楽しくて仕事ヤッてんだヨ」

 

「傷薬あるけど、要らね?」

「いらねーヨ!!」

 

怪奇に情けを掛けられるなんぞ死んでも御免である。

 

叫びざまに殴りかかろうとしたが、死角から飛来した酒瓶が頭に激突し破砕する。

頭の傷に度数の高いアルコールが染みてマイケルは一瞬だけ身じろぎをした。

 

その一瞬も有れば、怪物には十分だったようで、

 

「あンの野郎ォ!逃げやがったァ!」

 

既にコートの男は姿を消していた。

油断していた。まさか店内に協力者が潜んでいたとは。

 

酒場を飛び出して暫く躍起になって男を探したが影も形も見当たらない。

 

そう言えば今日は満月の夜だ。

オオカミ男は満月が近付くほど強力になる怪物だと聞いた事がある。それを逃げの一手だけに活用したとすれば人間に追い付ける筈も無い。

 

 

 

「ハァ、もういいヤ、帰るか」

「た、助けてくれえ!俺の体があ!?」

 

問題が次から次へと。

 

向かいから走って来たのは小太りの男だった。だが、人間と言うにはあまりにも怪奇的(・・・)だ。

体の殆どが金で出来ているのだ。

顔面さえも半ばまで金が侵食しており、口を開く度に金属の擦れる音が聞こえる。

 

うん。怪奇だ。

一瞬でも人間と思った自分が馬鹿みたいだ。人がムカついてる時に不愉快な音立てやがって。

 

「あんた!俺を助けてくれ!体が金に・・」

「うるせーんだヨォ!砕けろオラァ!」

 

釘バットで横薙ぎにすると金色の男はネオン街に金粉を撒き散らして粉砕した。

 

 

 

 

 

 

「マイケル・マイヤーズ。仕事終わらしてきましタァ」

 

「やっと帰ってきたです」

 

マイケルが課に戻るとソファで寛いでいるアウラが居た。

 

「おオ、ガキンチョじゃねーか。帰って無かったのかヨ。とっくに上がってると思ってたぜ」

「その筈だったんですけど、ちょっとコッチ来るです」

「んダァ?」

 

 

 

「傷の治療なんて後でも良いだろーが」

 

「ダメです。釘を刺したままなんていつ悪影響が出るか分かりません。上司が治療してあげるんですから喜んで欲しいですね馬鹿たれ」

「恩の押し売りィ」

「やかましい」

 

釘を抜いてはアウラは塗り薬を付けていく。

 

「良い薬みてーじゃないノ。どうしたんだソレ」

「随分と親切なオオカミ男さんがいらしてこの薬をくれたのですよ。無茶する部下にどうぞ、と」

「あのオオカミ野郎・・!」

 

余計な事を、と言おうとして傷口を叩かれた。アウラの顔は何処か不満そうだ。

 

「こんなに無駄な傷を負って。いつかお前の殉職に立ち会うんじゃないかと、ヒヤヒヤしてるです」

 

「ハン、痛みなんざ大した事ねーよ。俺は仕事が楽しくてヤッてんだ。誰にも文句は言わさ・・痛ェッ!?てめー、何塗り込んだア!?」

「塩です」

「こ、このガキ・・!」

 

「ふんっ。存分に痛がるが良いです。痛みにのたうちまわって泣き叫べです。馬鹿」

 

一定の範囲の釘を抜いては薬を塗り込んで包帯を巻く。

その内に再びアウラは口を開く。

 

「痛みに慣れて、感じなくなってしまったら、倫理をゴミ箱にぶち込んだようなチンピラの貴方の良い所なんて、一つも無くなってしまうです」

 

「褒めてんのか(けな)してんのかどっちだァ?」

「主に貶してるです」

「このガキ・・!」

 

「だから、もっと自分を大事にするです。痛みの分からない怪物では、どのみち社会で生きてけないですから」

「へーいへい」

 

「ちゃんと分かってるですかー?」

「へーいへい、って抜いた釘で傷を突くなァ!」

「なら話を聞くですー」

 

 

 

夜は更けていく。

仕事の疲れを癒すように。

 




スレンダー「仲良いなーあの2人(ほっこり」




side MはマイケルのM


ちなみにお分かりの方も居るでしょうが、
マイケル・マイヤーズ。
「ハロウィン」と言うホラー映画の殺人鬼。
をモデルにしております。
原作の方はこんなチンピラではなく寧ろ陰気な無口キャラですけど。



一応はひとかたまりに3人分書くので
話自体は微妙に被ります



次回は さいど でぃー


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わーきんぐ もんすたー さいどでぃー

どこが ほのぼの なの?
ってゴーストに囁かれました。
見えませぬか、この「ヒトには見えない ほのぼの」が!(ォィ

そう言えば初めて評価をいただきました。
投票してくださった方ありがとうございます。

どんな評価でも感想でもお待ちしております。






 

 

 

世界有数の怪奇都市、レイズ市の治安はそこまで悪くない。

 

(かつ)て、吸血鬼を筆頭とする怪物達と人間の争いが激化した事もあったが、それも今は小康状態。

 

近代に入ってから死神の活動が活発になった事もあり、怪奇の間でも争いを(いと)う傾向が強くなっていった。

 

市内を良く観察すれば人間相手に商売をする怪物を見かける事も珍しくない。

 

そうした友好的な者達を見て、怪物だ。排斥しろ。と喚き立てるのは良識の無い市民のする事だ。

争い憎み合った時代を乗り越えて両者は、互いを理解しようとする段階へと踏み出し始めているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

びたん、びたん、と。

 

 

調達屋ダグの深い眠りを無理矢理に引っ張り起こしたのは、家で飼っている雌狼ローレンスによるパンチであった。

 

鼻頭を叩く獣の足の力は極めて弱いが、パンチの振動と足の毛先が鼻先を掠める違和感に漸く主人の目が覚めようとしていた。

 

「ぐわっ。ローかぁ?俺は眠たいの。珍しく仕事も無いんだ」

 

「ガウ(知っている)」

 

今日ダグに仕事が無い事は日頃から連れ立って行動しているローレンスも勿論知っている。

 

 

「じゃあもう少し寝かせてくれよ。まさかお前も昨日の依頼者みたくモグワイ飼いたいとか言わねえよな」

 

前日の事である。

依頼のメールを受けてとある珍獣コレクターと交渉をしたダグは相手から幻の珍獣と言われる「モグワイ」を捕獲して欲しいと頼まれたのだ。

 

当然断った。

 

 

非常に愛らしい見た目で知性もあるモグワイは、反面飼う為には絶対に守らなければならない3つの決まりがある。

この決まりを守らないとモグワイは「厄介な事態」を引き起こすのだ。

 

以前、ダグはレイズ市内でこのモグワイを取引した事があったのだが、事前に注意をしたにも拘らず決まりは破られ「厄介な事態」は瞬く間に市内全域に広がった。

 

事件の大元であるからか、無事に収まりが付いた後もダグは市警から警戒されてしまっている。

リスクのある取引を下手に人間相手にしない方が良いと心に刻んだ出来事だ。

 

 

「ガウ(違う。子供達と遊んでやれ)」

 

「チビたちか」

 

視線をローレンスからズラすとその後ろに行儀良く佇む4匹の子狼が見えた。

ローレンスの子供達だ。

 

「わぅわぅ(あそんでー)」

 

「チビたち、もう少し、もう少し後で遊んでやるから」

 

チビ狼に言い聞かせてダグはそれ程大きくない布団の中にに身体を丸める

ローレンスは唸った。

自堕落お気楽を自称する主人は布団に入ればそう易々と出てくる事は無い。

抗議のために再度パンチを繰り出すが反応は薄い。

自身の尻尾で上から叩いて見るがこれも駄目。

 

少しして、子狼に振り返るとローレンスは吠えた。

 

「ガウッ(突撃だ)」

 

「「「「わぅわぅ(あそんでー)」」」」

 

一斉に狼達は布団に潜り込んで主人に抱き付いた。

抱きつき攻撃は篭る熱気に根負けした主人が掛け布団を放り投げるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

狼は、中々他者に気を許す事の無い生物だ。何者にも迎合しないその気高さと野性こそが彼らの最大の特徴であると言える。

 

逆説を取れば、彼らが気を許すと言う事は大切な仲間として迎えられているという事実を表す。狼の仲間意識は、血の絆にも匹敵するのだ。

 

故に、彼らにとって、共に連れて歩くという行動は何よりのコミュニケーションである。

要は只の散歩なのだが。

 

 

「ガウ(肉が食べたいぞ)」

 

「唐突に何だよ」

 

日替わりの散歩ルートを行く途中で母狼から吠えられダグは振り返った。散歩ルートは大まかに分けて市街地ルートと獣道ルートが有るが、今日は前者である。

 

振り向いた先、ローレンスは4匹の子狼に(じゃ)れつかれて姿を隠しているが顔だけは見えていた。

 

「ガウ(今朝のアレでは腹は膨れん)」

「肉と野菜の炒め物が駄目?じゃあ何なら良いんだ?」

「ガウ(ステーキが良いな)」

「お馬鹿」

「ガウ(馬鹿とは何だ)」

 

やはり狼としては肉を目一杯食べたいらしい。だが、そんなのはダグとて同じ気持ちである。

されど、金が無い。本能の大きさに反比例するかの如く金欠であった。

これはダグのみならず、レイズ市内で暮らす多くの怪奇の悩みでもある。

 

単純に考えるなら難しい事では無い。

力を持つ者らしく生者を襲えば簡単に食事にありつく事は可能だ。弱肉強食。狼や怪物には当然その権利が有ると言えよう。

 

しかし、人の世に足を踏み入れた以上はそうはいかない。

やられたら倍以上にしてやり返すのが人間の流儀だ。最悪の場合、種族根絶まで発展するからタチが悪い。

 

怪奇が人間に手を出した場合は言うに及ばず。夜道で死神に襲われ、さくり、きゅぽん(冥界渡し)の刑だ。

 

「ガウ(仕事を真面目にやれば良い。歩合制なのだろう?)」

 

「そうは言うがね?肩の力抜かないと俺ァやってけんわ。それに」

 

・・・命を懸けにゃならん状況ほど不幸な物も無いってね。

 

ダグは頑張る事は好きだが、必死という言葉だけは好きになれない。

 

調達屋は収入が不安定且つ危険な仕事だが、それでも過去に人間と争っていた時代に比べれば何て事は無い、平穏に生きれる範疇なのだ。平和以上に望むものなどダグには無かった。

 

 

ローレンスは少し不満そうだがそれ以後は喋らなくなった。

ダグは足下にやって来た子狼を抱き上げ穏やかに笑う。

春の日差しの下で散歩をしていれば悩みも晴れていくようだった。

 

 

〈坊ちゃん?聴こえるかしら?〉

 

穏やかな時間は終わりを告げる。

ダグの頭に声が流れ込んで来た。

魔法使い特有の念話、ダグの事を坊ちゃんと呼ぶ少女の声。

間違いなく、天敵リリスの声である。

 

「あー、ババアの声が聴こえるな。疲れてんのかな」

 

魔女リリスの事をダグは苦手に思っている。

容姿から子ども扱いされる事も多い彼女だが、ダグに言わせれば子猫を装った猛虎。猫被りなんて言葉が(ぬる)く感じられる“擬態”であった。

 

 

レイズ市の最終兵器。最古にして最強最悪の魔女。死神と同列視されるようなロリババアである。誰が好き好んで仲良く出来るだろうか。

【不死身】は例外だ。アイツは最近ますます頭が可笑しい事になってるから。

 

〈頭がボケてる以外は大丈夫そうね。ボケてる調達屋さんにアタシから依頼よ〉

「人を待たずに話を進めようとすんな」

〈ババアですから〉

 

口では勝てそうに無い。諦めよう。

 

「それで、ババアの必要な物は?杖か?安楽椅子か、それとも老眼鏡か」

〈何でそんな限定的なの殺すわよ〉

 

念話越しに殺気を感じた。

リリスは幼女扱いされるのが嫌いだが、老婆扱いされてもキレる。彼女に限らず、女とは面倒な生き物だ。

 

「おー怖い。で、何だよ?」

〈マンドラゴラ〉

「は?」

〈だから、マンドラゴラよ〉

 

マンドラゴラ。

秘薬や毒の原料として広く知られる植物。

根が人型とか引っこ抜いたら死ぬとか特徴はあるが、それよりも、

 

「滅茶苦茶取りに行くの面倒じゃねえか!」

 

限られた場所でしか手に入らない植物である。

因って、滅多に出回らず、現地調達が基本だ。

 

 

〈あら、用意出来ないのかしら?〉

 

「馬鹿言うな今日中に行けるわ。・・しかし、何でまたマンドラゴラなんかが必要なんだ?」

 

確かに魔法を扱う者に取って非常に用途の多い物ではあるが、世界最高の魔女に必要かと考えると疑問符が浮かぶ。

 

 

「ああ、言わなくても良い、ってか言わないでくれ。アンタの事情に関わりたくないからな」

〈それが賢明ね……っていつもなら言うのだけれど、今回は巻き込まさせて貰うわ。今すぐ店に顔出しなさい〉

 

「げっ、何でだ?」

〈店に人狼が来たって言えば分かる?〉

 

 

「それは…分かった直ぐ向かう。すまんなチビ達、先に帰っといてくれや」

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。

 

 

リリスから依頼の概要を聞いたダグは、仕事に掛かる前に一杯、酒を飲みにバーに立ち寄った。

 

人狼の種族柄、夜の方が力を発揮しやすい事から、ダグは夜間に仕事を行う事が多い。

それ故、仕事に行く前に強い酒を飲み干し、体温を上げるのだ。

 

「ガウ(腹が減ったぞ)」

「後で作ってやるからこの店の料理は止めとけ」

 

頼んだ一杯を中程まで飲んだ辺りで、店に漂う匂いに鼻をヒクつかせていたローレンスが鳴いた。

 

別に晩御飯を奢るのは構わないのだがローレンスの事だから絶対に肉を要求する筈だ。この店、BAR「オルグ」で肉料理と呼べる物は1つしかない。「原産地不明の謎の肉を使用したビーフシチュー」である。

 

謎の肉と銘打たれてはいるものの、経営者がオーガである事を考えればその正体は推して知るべし。

なるべく波風を立てずに生きると誓った以上、ローレンスにその味(・・・)を覚えさせる訳にはいかなかった。

 

 

「ガウ(依頼の話だが、良いのか?件の下衆を殺さなくて)」

 

「物騒なこと言うもんじゃないよ。そりゃあ、俺としても仕置きが必要だとは思ったが、俺より先にリリスのババアに目を付けられたんだ。今頃地獄を見てるだろうさ」

 

リリスからは逃げられない。

今頃例の下衆男は生きるのが辛いレベルの呪いでも掛けられてのたうち回っている事だろう。

 

これ以上考えるのが空恐ろしくなって顔を振ったダグは、偶々店に入って来た客を視界に捉えて眉を(ひそ)めた。

 

白いマスクの男。

間違いない。ブギーマンである。

 

 

「こ〜んばんわアァ。糞ったれの怪奇の皆さん」

 

 

「ヤッベえな」

「ガウ(どうした)」

「市警のマイヤーズだ。隠れとけロー」

 

 

数分後、店中に釘の散弾が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

何とかマイヤーズを振り切り、老婆心から刑事部0課へ傷薬を届けたダグは灯りの無い夜道を歩いていた。

 

「ローさんや、喧嘩売る相手は選んだ方が良いぜ。酒瓶をブギーマン目掛けて投げた時は肝を冷やしたぞ」

 

「ガウ(奴の所為で私の尻尾に異物(クギ)が刺さりかけたのだ。許せん)」

 

やられたらやり返す方針では命が幾つあっても足りないので止めて欲しい。

特に刑事部0課の連中は血の気の多い狂戦士揃いだ。

つい先程顔を合わせたアウラ捜査官でさえ、

 

『おや、怪物さんがこの部署にいらっしゃるとは珍しいですね。もしや自首です?懺悔です?安心して下さい、このアウラちゃんにお任せあれです。さあ、サクッとやっちまうdeath』

 

出会い頭にコレである。

何と言うか色々と酷い。

職場環境から来る心的ストレスは斯くも人を変えるものかとダグに軽い戦慄が走った。

慌ててスレンダーが間に入らなければ彼女はアホ毛(大鎌)を引き抜いていたに違いない。

 

 

 

「さあて、そんじゃお仕事を始めますかね。マンドラゴラの群生地はちと遠いし、走るぞロー」

「ガウ(うむ。距離は?)」

 

「40㎞くらいかね。30分も有れば着くだろ」

 

 

月光を浴びた男の影は大きく変形し、大地を刈るように疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬱蒼とした森の中でダグは目を凝らしていた。

注視しているのは地面。

周辺の木々が根を張り隆起していて可能性は低いが、マンドラゴラという植物は育つ場所を選ばないから無いと断定も出来ない。

 

「ガウ(本当にこの森にあるのか?)」

「おう、多分な。大丈夫、俺の嗅覚を信じな」

 

「ガウ(嗅覚なら私の方が鋭い筈だが)」

「言葉の綾だ。勘、って言ったら分かるかね」

 

ローレンスにはそう言ったが、何処かに在るのは間違いない。この森はマンドラゴラが生える条件に合っていた。

 

マンドラゴラは、陽の当たらない森の奥深くに生える事が多い。人里の近くでは生えにくいと言うのもポイントだ。

 

 

暫く探していると、それを見つけた。

木々に囲まれた少し開けた場所に、苺のへた(・・)のような草が幾つか生えている。

へた(・・)の一部が風も無しに動いている事からも、それがマンドラゴラである事を証明していた。

 

「よしよし。じゃ早速抜くか。念の為に離れとけよロー」

 

ダグはへたに手をかけて力強く引き抜いた。

姿を現したのは土に覆われた人型の根。

ひくひくと身体を動かしている所を見るにまだ完全に目が覚めて(・・・・・)いないようである。

 

完全に目が覚めたマンドラゴラはダグを視認すると大口を開けた。この植物最大の特徴と言える“死の絶叫"をするつもりだ。

 

さあ、此処からがマンドラゴラ獲得のコツである。

マンドラゴラは植物の形をした怪奇(・・)だ。怪奇植物とでも言おうか。

 

怪奇としてのマンドラゴラの生態は分かりやすい。引き抜いた者を“死の絶叫"で殺すのだ。

 

この絶叫、耳栓をしても関係無く殺される事から、身代わりを立てるなどして採取するのが最も安全であるとされている。だがもう1つだけ、知られていない方法があった。

 

「キエ」

「グルアアッ!!!」

 

叫び出そうとしたマンドラゴラに対して、ダグは咆哮した。自身の全力の声量で。

ビクリと反応したマンドラゴラはそのまま沈黙した。

 

可笑しな話だが、恐怖すると黙るのだ。

つまりはビビらせれば勝ち。

全力で吼えたてるだけで沈黙するので慣れると簡単だ。

 

 

だが、問題もある。

人気の無い深夜の森で大声を出すという事は、他の生物への威嚇にも等しいからだ。

 

 

「ガウ(囲まれたな)」

「言わなくても分かってらぁ」

 

木々を掻き分ける音と共に、幾つもの赤目が闇に光った。

 

ーココカラ タチサレ。

 

ダグが闇を注視して見えた影は、鋭い牙を生やした小人であった。

 

「ゴブリンか。五月蝿くして悪かったな。目当ての物は取れたし、もう出て行くさ」

「ガウ(殺そう)」

 

幾ら何でも気が早いんじゃないかローさんや。

 

 

ーソレモ オイテイケ オレタチノ モノダ。

 

「おいおいケチ臭いな。いくらお宅らのナワバリだからって独り占めかよ。自然の恵みは仲良く共有する物じゃねえか。それにコレを待ってる人もいるんだ」

 

マンドラゴラを置いていけと奴らは言う。

囮覚悟でしかマンドラゴラを取れないゴブリンに取ってこの秘薬の素(マンドラゴラ)は喉から手が出るほど欲しいと言った所か。

 

ーニンゲンニ コビヲウル ハジサラシメ

 

「どう足掻いても人里で暮らせる(ナリ)じゃないからって、俺に八つ当たりするのは恥にならねえのかい?」

 

ーオレタチヲ バカニスルカ !

 

「ええー?」

「ガウ(良し殺そう)」

 

落ち着きなさいワンちゃん。

 

ーモウ イカシテ カエサナイ !

 

木々がざわめいて、ゴブリン達が近寄って来るのが分かる。各々、手には棍棒やら農具やらを持っているようだ。弓や銃を持っている奴が居ないのは幸運か。

 

「ははぁ、最初からその気だったな?やれやれ。止めはしないがね」

「ガウ(殺そう)」

 

殺しません。

だが、痛い目は見てもらおう。

 

 

「薄暗い森の中じゃ見えないか?今日は月が綺麗だ」

 

こんな良い夜に、満月の夜に。

人狼に喧嘩を売る事がどれだけ馬鹿げているか。知らねえのか、小鬼共。

 

 

 

 

 

 

数時間後。

 

 

「はーぁ、数ばかり集めやがるなアイツら」

「ガウ(何故殺さなかったのだ)」

 

まだ言うか。

 

「争い殺し合うのは結果的にマイナスなんだよ。負の連鎖ってのは断ち切るのが難しい。最初から大きい火種にしてたら取り返しがつかねえ」

「ガウ(そういうものか)」

 

「そうさ。進んで舟に穴を開ける奴は居ないってね」

「ガウ(何だそれは)」

「俺の親父の言葉さ」

 

争いに巻き込まれてアッサリ死んじまったがね。

 

 

「ま、無事にマンドラゴラは手に入った。面倒な依頼はコレで終いだ。ババアに報酬弾んでもらわねえとな」

 

「ガウ(面倒ならやらなければ良い。職は幾らでもあるだろう)」

「そう言うな。なんだかんだで、この仕事は好きでやってんだ。お前も好きだろ?歩き回るの」

「ガウ(どうだかな)」

 

素直じゃないね、この狼は。

 

 

 

夜は更けていく。

闇に息づく者達を照らすように。

 

 








後日。


「ガウ(何か宅配が届いたぞ)」
「わぅわぅ(なになに〜)」

「お、リリスのババアからだ」

「(どきどき)」
「(わくわく)」

「…へ、“仲良く食べなさい”か。良かったなお前ら!肉だ!それも大量の!」

「アオーン!(わあい)」
「わぉーん!(わあい)」








色々と飛び飛びな話ですが全3話で相互補完できるように頑張ります

尚、ゴブリンとの戦闘は書きませんでした
ほのぼの小説()なので
はいごめんなさい。戦闘は苦手なんです


簡単な説明コーナー。

モグワイ
何か良くわからんがクリクリして可愛い生物
「陽に当てない」
「水をかけない」
「夜中にご飯をあげない」
以上の約束を守って飼いましょう
ギズモ可愛い



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わーきんぐ もんすたー さいどえる

お待たせしました。

気まぐれ更新ですのでお気を付けください。

感想等お待ちしております。





レイズ市は世界で有数の怪奇都市である。

 

町に潜む怪奇は戸籍を持たない者が多く、人が住まなくなった廃墟を怪奇が占領する、と言った例は珍しい事では無い。

 

特に怪奇の数が多いレイズ市は世帯数と比較しても見かけ(・・・)の廃墟が大量にある。

 

歴史的な石造りの街並みを受け継いでいる市中の廃墟ともなると、古めかしきゴシックホラーさながらの雰囲気が漂う。

レイズ市の、ある意味で観光名所でもある。

 

名所とは言え、必ずしも立ち入って良い場所を示す訳では無い。廃墟マニアの人間が町を訪れては見かけ(・・・)の廃墟で消息を絶つ事態はざらにあるのだ。

 

刑事部0課や死神という存在に勘違いをする者も多いが、彼らは怪奇を取り締まるのであって、人間を守る仕事では無い。

只の好奇心で虎穴に入らんとする者を守る程、現実は甘くないのである。

 

 

また町の幾つかの場所には、どれだけ探しても辿り着けない場所がある。

ホラー映画で見たことが無いだろうか、“何時の間にか道に迷っている” “来た道を帰っている筈なのに構造が変化している” と言う場面だ。

 

怪奇達は時として地形さえも意のままに操る。ある時は“人間を捕らえる罠”、ある時は“外敵を追い返す防衛装置”。

 

自分達の棲みやすい空間へと改造していくのは、人間の専売特許では無いと言う事だ。

 

 

とある裏路地にも、通常では辿り着くことが出来ない不思議な店があった。

 

 

 

 

 

 

 

その店は、決して見つかる事は無い。

 

探しても見つからぬ。

名前が知られていようと、何処にも無い。

そんな摩訶不思議な店。

 

何故に探しても見つからぬのか。

 

その店に辿り着けるのは決まって、悩みを抱えている者のみ。

悩みし者が漂う内に、この店の扉を叩くのだ。

 

そう。

探しても見つからぬ筈だ。

この店が(・・・・)客を誘い込むのだから。

 

店主の掛けた(まじな)いによって姿を隠し続けるその店は、今日も悩める者の訪れを待っている。

 

その店の名は。

魔法店アダム・シーカー。

 

 

 

 

 

魔女リリスの朝は早い。

 

5時起床。

肌寒さに身体を縮ませながらも洗面所に向かい顔を洗う。その後は自室に戻り、瞼にこびりつく眠気をぐしぐしと手で追いやりつつパジャマから普段着に着替える。

 

朝食は自分で作る。

リリス程の魔法使いであれば魔法で食事を作る事だって可能であるが本人はそれを望まない。

食材は週一回買い込みを行い足りないものを補充している。一週間で食べ切れる量を保つのが大事だ。

 

食事には必ず牛乳が付く。

いつ頃から始めたのか忘れたが、自身の身長を伸ばす為に行われている無駄な努力(自覚あり)である。

 

 

食事を食べ終えて食器を片付けるとリリスは店内に移動する。

 

リクライニングチェアに座り、膝に毛布を掛けると、後は日がな一日 客が訪れるまで本を読みふけるのだ。

 

そう言えば昔、この生活スタイルを【不死身】が見て、「まるで楽隠居した御老体だね」なんて抜かした事があった。

 

あの時は、そう、ブチ切れた魔法使いから〝口にした物が全て砂になる魔法〟を掛けられた【彼】が、翌日にはわんわん泣きながら店の床に平伏(へいふく)したのだったか。あれは痛快だった(少し罪悪感も湧いた)。

当時は19世紀初頭だったが、未だ接点のない極東日本に伝わる文化的謝罪方法(DOGEZA)を偶然にも実践していたと知るのは後の事である。

 

あまり懐古が過ぎると年寄り臭いなと思考しーー実際年食ってるとは言ってはいけないーーリリスは顔を上げた。

ちょうど良いタイミングで来客の予感がしたからだ。

 

また1人、悩みし者を店が引き寄せているのだ。

 

 

カラン、と魔法店の扉が開かれた。

 

客は、短めの茶髪の女性だった。

厚手のコートは早朝の路地裏の冷気から身を守るには十分だが、空気調節の行き届いた店内では少し暑かったようで直ぐに腕に掛けられた。

 

女性としては背が高く、椅子に座っているリリスからはその顔がはっきりと見えた。

本来なら活発な印象を受けるだろう麗人は、一目で悩みがあると分かる陰があった。

 

観察は程々に。

客人に対しての挨拶は店主の務めである。

 

「いらっしゃい。ようこそ魔法店アダム・シーカーへ」

 

 

 

 

 

 

「アタシはこの店の主リリスよ」

「シノ、と言います」

 

「ここは悩みを抱えた者が最後に訪れる場所。貴方の悩みは此処へ導かれる程の物のようね」

「そう、なんでしょうね」

 

魔法店の呼び込む客の悩みはその者の人生に直結する場合が大半だ。進退(きわ)まって店に来ているのだからそれも当たり前かも知れないが。

 

「そうね。復讐、いや、殺し、かしら?」

 

図星だったのだろう。

質問に対して客人は表情を強張らせた。

 

「分かるんですね」

「まあね。顔と雰囲気で何となく分かるくらいだけど。後は、アンタが人じゃ無い事とか」

 

女性からは人ならざる者の気配がした。

客人は更に身を固くした。恐らく、そこが今回の話の要なのだろう。

 

「話してご覧なさい。何故人外の貴女が、この店に来るに至ったのかを」

 

 

 

 

 

 

 

 

…貴女の仰る通り。私は怪物です。

人狼と言えば分かるでしょうか。

 

人と怪物の熾烈な戦争が終わり、人狼の多くが都市で暮らしているのは有名な事です。

 

ーー我々は人と争う必要は無い。

戦争後の長老代行の方針は間違いなく正しい物でした。

私、憧れていたんです、人の社会で暮らす事に。

 

 

レイズ市で生活をする中で、私は人間の男性と恋に落ちました。彼は、私が怪物でも構わないと、君を愛していると言ってくれました。そんな彼だからこそ、結婚したいと思ったのです。

 

結婚から暫く経ち、子供が出来ました。男の子です。夫に良く似て、笑顔が眩しい子で。

 

人狼の性質が受け継がれていなかったのはあの子に取って幸運でした。怪奇の子供はあまり良い待遇を受けていないと聞いた事がありますから。

 

すいません。

此処までだと唯の惚気に聞こえますよね。

 

問題が起こったのは最近の事です。

私が怪物である事を、職場の男性に知られてしまったのです。

 

あの男は私の事を、私の息子の事を、言い触らす気でいました。

怪物である事が明るみになれば私たちは街で暮らすことが出来なくなります。だから必死に頭を下げました。どうか秘密にしていて欲しいと。

 

 

あの男は、秘密を守る代わりに金銭を要求して来ました。

2週間で、200,000ドルを用意しろ、と。

用意出来なければ秘密は守られないと。

 

それから只管にお金を工面しました。

方々に訴えかけ、夫にも迷惑を掛けました。

そして、なんとか2週間以内に200,000ドルを揃えることが出来ました。

昨日の夜の事です。

 

あの男に金を渡してこれで安心だと思っていた私は、きっと世間知らずの大馬鹿だったのでしょう。

 

 

 

最初から約束を守る気なんて無かったのです。

 

『お前ら怪物と約束なんてする訳無いだろ』

 

『どうしても黙ってて欲しいなら金をこの倍は用意しないとな』

 

あの男はそう言って嗤いました。

 

 

200,000でさえ無理をしたのにその倍なんて不可能でした。

もう…どうしたら良いのか。

そう思っていた時に、風の便りに聞いたこの店を見つけたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

リリスは片手間に読んでいたゴシップ誌を閉じた。

 

 

「まあ、話は理解したわ。その男を殺したい理由もね。アンタは家族の為にその男の口を封じないといけない」

 

こくりと、シノが頷く。

 

「それじゃあ、ここからは仕事の話。その依頼は受けても良いわ。その下衆男は気に食わないし」

 

自分勝手な行動で迷惑を掛ける男はリリスの抹殺対象である。特にアダムのクソ野郎(元カレ)。アレは絶対に赦さない。

 

そんな訳で正直今回の依頼は無料で引き受けても良いのだが、魔法店の店主として通すべき仕事の流儀がある。

 

「ウチの店の噂を聞いた事があるなら知ってると思うけど。依頼の対価が必要よ。もちろん、人殺しの代償は金なんかじゃ贖えないわよ」

 

魔法に、人外の奇跡に縋るのなら、対価が必要だ。

元来魔法とは神の奇跡の模倣である。

即ち、人の手では決して届かない領域の実現。其れを行うには何かしらの代償が必要とされた。魔法を行使する為の“尊い(価値ある)犠牲”である。

魔法に犠牲は付き物なのだ。

魔法を夢見る少女は実態を知れば幻滅間違い無しだろう。

 

リリスは、依頼者から必ず対価を払ってもらう事を、魔法店を経営する上での決まりにしていた。

 

 

「…分かっています。ですから私の命に代えてでもあの男を」

「へー、自分の命を懸けるわけ?」

「ええ」

 

シノは随分と覚悟を決めているようだが、リリスとしてはその返答は非常に不愉快だった。

 

「ふざけんじゃないわよ」

「…え?」

 

「死んで楽になりたいのかしら?殺しの贖罪が自分の命を差し出して済むとでも思っているの?アンタがその気なら依頼の対価を旦那さんや息子さんに請求しても良いのよ」

 

「そんな!?家族には何の罪も無いでしょう!私だけが罰を受ければ…!」

 

この女は、何も分かっていない。

そんな“身勝手”は許されない。

 

ああ、腹が立つ。

あのクソったれの事を思い出してしまう。

思わず漏れ出した怒りが手元のゴシップ誌を黒炭へと変えた。

 

「何の罪も無い家族を置いて逃げるのね」

「違っ」

「違わない、何も違わないの。アンタのソレは逃げてるだけ。考える事を放棄してるだけ。自分が居なくなって、残された家族がニコニコ笑って生活出来ると本当にそう思うの?」

「…っ!」

 

そう、彼女はまだ罪を犯す気でいる。

愛する者を悲しませるという大罪を。

 

「自分の命が惜しくないなら家族の為に尽力するくらい言えないのかしら。そうね…。アンタは自分の命を差し出しても良いって言ったわね?」

「は、はい」

 

 

ーーなら、本当に死んでもらうとしましょうか。

 

魔法店の主人は艶然とした笑みで依頼人を見据えた。

 

 

 

 

 

 

“対価”の準備の為に調達屋ダグと交渉をしたリリスは、翌日の朝には報酬の肉が届くよう手配して店の椅子に腰掛けた。

 

 

「あの坊や本当に肉好きね。身体壊さないのかしら」

 

ずぼらな食生活に思う所はあるが、怪奇と普通の生物ではやはり大きく違うのだろうと思考を投げた。

 

 

「さて」

 

事前の準備は全て終えた。

後は、依頼を完遂させるだけだ。

 

 

最高・最悪・最強。

軽く考えてもこれだけの枕詞が並ぶくらいにはリリスという魔女は有名だ。

有名とは言え魔法店に訪れる者が少ないので、噂ばかりが蔓延するのだが。

 

噂とは尾びれ背びれが付くものだが、この魔女の噂に関してはたとえ胸びれが付こうとも噓偽りは殆ど無い。

 

曰く、

今まで受けた依頼は100%成功。

曰く、

依頼は受けたその日に完遂する。

曰く、

狙われたら死ぬ。

 

全て、全て事実である。

 

 

「下衆男の名前なんだったかしら」

 

メモ書きに男の名を書いてあったのを思い出して確認すると直ぐに燃やした。

リリスが片手を上げると部屋全体が発光し、宙に呪文が走り始める。

 

「魔法とは即ち(まじな)い。人を呪うのも魔法の1つよね」

 

人を呪わば穴二つなんて言葉がある。

呪いに手を出した代償は必ず自分に返ってくる。やはり魔法には犠牲が付き物と言うことか。

 

東洋には因果応報と言う言葉があるが正にその通り。

 

「アンタに降りかかるのは呪いかしら。いいえ、言い換えるべきでしょうね」

 

魔法が完成し、部屋が一際大きな光を放った。

 

「これは報い(天罰)よ」

 

その悪徳に報いを。

 

“天罰覿面(てきめん)魔法”、発動。

 

きっと、金の亡者に相応しい裁きが下るだろう。これはそう言う魔法である。

 

 

 

 

翌日 魔法店アダム・シーカーにて。

 

 

 

「さて、シノ。依頼は完遂したわ。知ってるわね?」

「は、はい。あの男が失踪した、と。何とお礼を言ったら良いか」

 

「お礼なんて要らないわよ。それに、まだ対価も受け取ってないわ」

「…っ。はい」

 

「そう緊張しなくても良いわ、直ぐに終わるから」

 

リリスはそう言うと机にガラスのコップを置いた。コップには透明の液体が揺れている。

 

「それは…」

「貴女にはこれを飲んでもらう。特殊な薬よ。安心して、味はしないから」

 

調達屋に取ってこらせたマンドラゴラを煎じて作った薬である。

 

「これを飲んだ瞬間貴女の全身を激痛が襲うわ」

 

コップに触れようとしたシノの指がびくりと震えた。

 

「酷い痛みよ。一生分の責め苦を受けて、激痛に悶え苦しんだその後で、アンタは命を喪う。それでも飲むかしら?」

 

飲み下せば確実に命を落とすだろう。

正しくそれは飲む者にとっての劇薬に他ならない。

しかし、これは運命だ。

彼女が導かれて魔法店の扉を開けたその時に、こうなる事は決まっていた。

 

彼女はここで、死ぬべきなのだ。

 

シノは説明を聞いて尚意志の強い瞳でリリスを見つめ返し、コップを握った。

 

「家族への代償では無いんですね?」

「ええ、約束するわ」

 

「分かりました。最初から覚悟はしていましたから。本当にありがとうございました」

「ん」

 

「また、いつか会えると良いですね」

「そんな日は来ない方が幸せよ」

「ふふ、そうですね」

 

 

「じゃ––––死になさい」

 

 

シノは、一気に液体を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっ、お母さん!

 

うわ。もう、慌てないの。学校はどうだった?

 

うん!あのねーー

 

 

 

 

 

 

「ふーん?“金塊男(ゴールドマン)現る!?”ねえ…。妥当な結末かしらね」

 

「よお、ババア」

 

小学校の向かいのカフェでゴシップ誌を読んでいたリリスは声を掛けられて顔を上げた。

 

長身の男、調達屋のダグは向かいの席に座る。

 

 

「今回の件は助かった。礼を言うぜ」

 

ババア呼びは礼を欠いていると思わないのかこの駄犬は。

 

「肉は坊やが正当な報酬として要求したんでしょ。礼なんて要らないわね」

「違うわい。そりゃ肉の礼はあるが、あっちの礼だよ」

 

ダグが顎で示した先、小学校の正門では仲睦まじい人間の(・・・)母子が並んで歩いているのが見える。

 

「本来なら、今回の件は長老(リーダー)代行の俺が真っ先に気付くべきだった。アンタには世話を掛けた」

 

「それも気にしてないわ。寧ろ、小言の1つでも言われると思ってたけど」

 

「確かに、種族を人間に変えちまうなんざ非常識だ。立場上は何か抗議でもするべきなんだろうが…」

 

窓ガラス越しにもはっきり見える、あの笑顔と絆は、彼女の掴み取った物だ。

 

「幸せになろうとしてる奴に、祝いの言葉以外は要らねえよな」

「アンタも偶には良いこと言うじゃない」

「うるせー」

 

 

「それはそうと」

「まだ何かあるの?」

 

「あの薬、本当に必要だったのか?」

「どういう意味よ」

 

「しらばっくれるなよ。アンタ程の魔法使いなら副作用の無え薬だって作れた筈だぜ」

「作れるわよ」

「おいおい!」

 

「魔法は万能よ。何でも出来るわ。でも、何でも出来るからって何をしても許されるかしら」

「それは、まあ分かるが」

 

「痛みを知らずに成功に至った所でその先は破滅よ。痛みは生物の生まれつき持ち合わせる理性の象徴。それを欠いて真っ当な人生が歩めると思う?」

「ふむ、確かに」

 

「今回の事は彼女に取っても良い機会だったのよ。人を殺すのだから、自分も死ぬ程の痛みを受けないといけない」

 

 

だから、

 

「だから怪奇として彼女は死ぬべきだった」

「そして、人間として再出発(・・・・・・・・)、か?」

「そう言うこと」

 

話に区切りが付いてダグは立ち上がった。

 

「冷酷に見えて、良い奴だよなアンタ」

「うるさいわね」

 

「いつも面倒だーとか言ってる割には、面倒臭い事ばっかしてんじゃねえか」

 

 

「はん、趣味で始めた仕事よ。やりたいようにやるのがアタシの流儀なの」

 

 

〈fin〉




これにてお仕事訪問篇は終了。

プロフェッショナル出演待ったなし。

金に目の眩んだ下衆男は、手足の先端から徐々に金になり、助けを求めた末に釘バットで粉砕され、砕け散った後は回収され市警の資金源になりました。

凄い(小並感)
強い(事実)
優しい()
ババア(誹謗中傷)


それではまたお会いしましょう


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かまきり たい むげんぞうしょくわかめ



カマキリ VS 無限増殖ワカメ

サブタイトルに意味は無いです
いつも通り中身は無いので注意


怪奇、怪物だって髪は伸びる。

 

いや、もちろん髪の生えている奴なら、と注釈は付くけども。

 

例えばダグのような人狼だってーーあれを髪の毛とするか体毛とするかで議論はあるがーー放っておけば髪の毛は伸びていく。

性別によって伸びる速さは差があるようで、女性体の方が男性体に比べて伸びやすいそうだ。

 

人間に近しい容姿の怪奇、若しくは人間をベースにした怪奇には、人間に酷似した体組織の成長が見られると言った事例は珍しい事では無い。

 

 

では、死霊(アンデッド)、グールやゾンビであればどうかと言うとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「髪、伸びたねえ、マリーちゃん」

「うん」

 

「前髪で上半身が隠れちゃうねえ」

「もしゃもしゃ」

 

こらこら食べるな食べるな。

 

 

「そうかー。いやしかし伸びるとは予想外だったね」

「へん?」

 

「変じゃないけど、ゾンビだから伸びないと思い込んでたのさ」

 

 

基本的にゾンビやグールなどの死霊は髪が伸びない。

死んでいるから当たり前なのだが。

急激な身体の壊死と腐敗で髪の毛が落ちやすくなるくらいの変化しか無いはずだ。

 

考えてみるとマリーちゃんは食べ物を消化出来る珍しいゾンビだから、髪が伸びたとしても別におかしくは無いのか。

不思議だなぁ。

 

 

「よし。切ろうか髪の毛」

「?」

 

「ハサミでね、切るの。チョキチョキって」

「ちょきちょき」

 

「じゃあ散髪の準備しますか」

「まって」

 

 

「はいはい何かな」

「そのまえに、あさごはん」

 

 

 

 

うわー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ始めるよー」

「おー」

 

手始めにマリーちゃんの髪に水を吹き付けていく。

 

念の為に彼女の体はベルトで固定してある。

そうしないと動き回るからね。

ベルトで固定したところで彼女なら引き千切れるだろうけど。

 

「いつ見ても綺麗な金髪だねマリーちゃん」

「もしゃもしゃ」

 

食べちゃダメだって。

 

「取り敢えず、出会った頃の長さまで整えるって事で良いかな?」

「うん」

 

それじゃあ、チョキチョキ。

 

「長生きの間に色々な事をしてきた僕でも散髪の経験は乏しくてね」

「うん」

 

「そもそも吸血鬼は髪が伸びないんだよ」

「そうなんだ」

 

チョキチョキ、バサリ。

 

「吸血鬼の身体操作の一つでね、伸ばそうと思えばすぐに伸びるし髪型も変えられるのさ」

「うん」

 

「散髪したいと思った時にはわざわざ髪を伸ばして町の理容師さんの所に行ったりするんだ。リリスちゃんには暇人って馬鹿にされるけどね」

「おなかすいた」

 

ハサミは食べないでね。

右手上げるから。

 

「君に(ごはん)を上げるようになってから両手が簡単に分離するようになったよ、ははは」

「ごちそうさま」

 

食べるの速いね、はい口もと拭いてー。

 

「理容師さんと言えばこの街にも居るんだよ」

「うん」

 

「シザーハンズって奴でね。怪奇専門の理容師さんなんだ。なんとそいつの手はね、ハサミなんだ」

「ちょきちょき」

「そう、チョキチョキ」

 

頭に浮かぶのは長髪を三つ編みにした右手がハサミの人物。

どんな髪も五分で整えてみせると豪語するあいつ。

 

「腕は確かだよ。良い奴だしね。…良い奴なんだけど」

「?」

 

「男性相手に妙に鼻息が荒くなるんだよねえ。ソッチのけがあると言うか」

「そっち?」

「何でもない、忘れて」

 

奴はオカマだ。

根は良い奴なので危害を加えてくる事は無いのだが、興奮した様子で接近されると生きた心地がしない。

 

「本当ならマリーちゃんの散髪も彼に頼もうと思ってたんだけど、ちょうど留守にしてるんだ。外国まで行ってるんだよ」

「がいこく」

 

「そ、外国。なんでも日本にお友達が居るらしくてね。いつも言ってたんだよ“放っておくと髪を伸ばしたままにする世話が焼ける娘が居る”ってね」

 

 

 

 

 

 

⚫️

 

 

「ちょっとー、Ms.サエキ!貴女またこんなに髪伸ばして!自分でお手入れもしないのに髪の毛伸ばすと直ぐに傷むって前にアタシ言ったでしょ!?」

 

「……あ"…あ"あ"あ"」

 

「言い訳は聞かないわよ!大人しくしなさい。切ってあげるから」

「……あ"ぁ"ぁ……」

 

 

 

⚫️

 

 

 

 

 

 

「さてこんな感じかな」

「ん」

 

刷毛でパタパタと叩いて、散髪終了。

鏡に映っているその姿は出会った頃のマリーちゃんである。

目立った失敗が無くて一安心だ。

 

「うんうん、似合ってるよ。いや、元々似合ってたのか」

「これたべていい?」

 

君の指差す方向には落ちた髪の毛しかないのだけれど、流石に汚いので止めてね。

 

 

 

マリーちゃんのベルトを外すのと僕が死ぬタイミングはコンマ1秒の差も無かった。

次からは散髪中のごはんも用意しておこう。

 

 

 

 

 




⚫️

屈強な女装男性「いい?Ms.サエキ。Ms.ヤマムラも」

目の虚ろな女性「…あ"あ"」
眼光の鋭い女性「…………(o_o)?」

屈強な女装男性「貴女達が髪を大事にしないのは良く分かったわ。だ か ら、最低限 髪のお手入れが出来るようになるまでアタシ帰らないから。しっかり覚えてもらうわよ」

目の虚ろな女性「あ"あ"あ"あ"あ"」
眼光の鋭い女性「…………(o_o)!?」

屈強な女装男性「返事はァ!?」

目の虚ろな女性「……あ"ぁ"あ"」
眼光の鋭い女性「…………(・・;)!」

怨霊達の受難は続く




⚫️



分からない方は「呪怨」「リング」で検索

有名どころは他にもあるでしょうが、
日本の怨霊といえばもう彼女達の顔が浮かんでしまいます


一度思い出すと臆病な作者は暫く眠れません


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こーる おぶ あびす

Call of abyss

少し練習で二人称視点で挑戦。

「あなた」今話の主人公。
レイズ市の一般市民。人間。社会人。


気付けば、あなたは夢の中に居た。

意識ははっきりとしていて、これは夢であると認識できていた。所謂(いわゆる)明晰夢だ。

 

あなたは明晰夢に慣れている。

幼少期から明晰夢を見る事は頻繁にあった為だ。

その事から、自分が明晰夢を見やすい体質なのだと、いつ頃か自覚した。

 

自分の明晰夢に付いて考えたりもした。明晰夢を実感すると大抵の場合気持ち悪くなるのだが、実際に夢の中で動き回る内に余裕も出てきた。

 

明晰夢について分かっていることを今一度思い出す。

 

一つ目。

夢の中でのあなたは、必ず現実世界でのあなたである。

幼少期から今に至るまで、夢の中のあなたも成長しているのだ。

当たり前のように思うかもしれないが、これは今まで一度たりとも変わっていない明晰夢の特徴である。

 

二つ目。

夢の内容は日によって違うが、自分の意思では変えられない。

夢の中だから自由なのではと最初は考えていたが、どうも現実のイメージから乖離する事は無いらしい。

ある時は夜の街、ある時は雨の昼下がり。

気候の違いはあれど、夢の舞台はあなたの見知ったレイズ市の中だ。これも、今まで変わった事がない。もしかすると、あなたがレイズ市の外に住む事があれば変わるのかも知れない。

 

三つ目。

明晰夢の中では、五感が働いている。

ここまで来ると、仮初の現実と言っても過言ではないだろう。

夢の中でも冷蔵庫には食材が入っているし、飲み食いも出来た。(それで現実の空腹が満たされた事は無い)

 

こんなところだろうか。

 

夢が改変出来ない事には不自由を感じたが、普段は見て回らないレイズ市内を散策できると考えると自由であるとも言えた。

 

 

あなたは暫くの間街を彷徨い歩く。

途中で幾人かの市民とすれ違うが、特に挨拶はしない。明晰夢に出てくる人物があなたの行動に反応を返した事は今の所無かった。

 

 

ぼんやりと景色を見て回っていたあなたは、ある物を発見して足を止めた。

 

階段だ。

地下深くへと続く階段である。

 

あなたは市街地の大通りを歩いていたので、こんな所に階段がある筈が無い。

 

驚いて瞬きを何度かしたあなたは、その階段の事を思い出した。久しぶりの事なのですっかり忘れてしまっていたのだ。

 

この階段は、あなたの明晰夢(仮初の現実)の中での唯一の変わった特徴である。

明晰夢の度に現れる物ではなく、いつ現れるかも分からない。

気付いた時には、あなたの見知った空間の中に大きく口を開けている階段である。

 

あなたは階段の手すりに手を掛け、ゆっくりと降りていく。

階段はそこまで長くなく、直ぐに石の扉が見えてきた。

 

扉を開いた先には、またレイズ市の町並みが広がっている。

特に変わった様子も無く、あなたにもそれほど落胆は無い。

好奇心旺盛なあなたはこの階段を見かける度に降りて見てはいるが、仮初の現実が変化した事は一度も無かった。

 

敢えて言うなら、全体的に薄暗くなっている。

天気が夕暮れである、とかそういう事ではない。今の天気は晴れである。雲一つ見当たらない。

視界に映るもの全てに影が落ちているような感覚だ。

この現象は今までの階段でも起こっている事から、明晰夢共通の特徴であると推測している。

 

あなたはそれを、海の底深く、深海へ潜るのと似ているように感じた。夢の深い所、深層へと進んでいるのだろう。所詮は夢なので確証は無いが、そう思った。

 

さて、結構な時間が経っただろうか。

感覚にしておよそ1時間程であなたは翌日の朝を迎える。

明晰夢を見た朝は自分がまだ夢を見ているようで、上手く起きれない事が多い。

 

起きた後にどうやって自分の目を覚まさせようかと、裏路地に足を運んだあなたはーー反射的に足を止めた。

 

 

 

 

 

ーーそこに、階段があった。

 

 

 

 

 

初めての体験だった。

階段を降りた後に階段が出た事は一度も無い。

唐突に未体験を突き付けられたあなたは全身が粟立つ感覚を得た。

 

 

階段は地下へ続いている。

地下へ降りたならば、そこは夢の更に奥なのだろうか。

 

無意識の内に、階段へと踏み出していた。

 

長さはどの階段も一定であるようだ。

一歩ずつ降りる度に石の扉が近づく。

 

何故だろう、嫌な予感がする。

子供の頃に知らぬ土地で迷子になった時のような居心地の悪さ、気持ち悪さ。

自分が越えてはならない一線に立っている事は認識できているのに、どうにもならない。そんな気持ち。

 

気持ちに相反して好奇心が身体を突き動かす。

 

扉に手を押し当てる。

いつもより重く感じた扉は、ギリギリと音を立てて向こう側へ大きく開いた。

 

 

 

そこは暗闇が広がっていた。

あなたは思わず扉から後ずさりをした。

 

何も見えなかった。

夜の闇ではなく、閉ざされた闇があった。

息の詰まるような未知が、扉の先に待っていた。

 

 

到底踏み込んで良い場所には思えない。

 

が、しかし。

 

既にあなたはその境界を踏んでいた。

 

あなたの好奇心と言うものは、理性の(くびき)でさえ押し留めることが不可能なのだと、たった今痛感した。

 

 

何もない。

あなたは瞬時に理解した。

この闇は、この夢の果ては、何も生み出さず、闇のままで完結してしまっている。

 

世界はどこまでも暗闇だ。

入ってきた扉から差し込む光が無ければ、あなたは自分の足元さえ見失うだろう。

 

そこはかとない不安を覚えたあなたは扉に向かおうとする。

 

 

 

振り返る途中で、誰か居た。

 

一度は扉に向けたあなたの顔がぐるりと回った。

自分の隣、数メートル開けて人が立っていた。

扉からの光で朧げに足元が照らされているので辛うじて発見出来たのだ。

 

足が見えている。二本の人の足だ。

こちらに背を向けて立っているようだ。

人、なのだろうか。

世界は暗闇で、足が見えている以外の情報は入ってこない。

男性なのか女性なのか、若いのか老いているのか。

 

暗闇の世界に人が居る事実に驚くあなただが、その人影は動かない。

あなたは明晰夢の中で自分以外の人が能動的に動くものでないと理解している。

それもそうかと納得する一方で、この深淵に人が存在している事に何か意味があるのではないか、と期待もしていた。

 

 

好奇心か、気まぐれによってか。

 

あなたはその人影に、声を掛けてしまった。

 

こんにちは。

言ってから少し考え直して今度は、こんばんは。

夢の中の挨拶なんて、深く考えた事は無いのでそのどちらかで正解だと思うが。

 

 

 

影が、動いた。

言葉を受けて影はぴくりと身じろぎして、ゆっくりとあなたの方へ身体を向けた。

 

足元から上は闇で見えないので、反転した足からそう判断するしか無いが、影は今、あなたをみている。

この影は、自分の意思の外で動いているのだ。

 

顔が有るであろう闇に目を向けると、影は笑っている気がした。

 

 

影の足が真っ直ぐに歩き出す。

その先には、あなたが居る。

 

 

 

 

 

あなたが目覚めたのは影が目前に迫ったその時だった。

 

春の陽射しを受けてベッドから上体を起こしたあなたの身体は、すっかり冷え切っていた。

起きて暫くの間、冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

続く

 

 




ホラーちっくに書きたい(できるとは言ってない)

とは言え作風に合わないのでバッドエンドにはなりません

コミカルホラーを目指しております

もう少し続きます


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こーる おぶ あびす ぱぁとつー

ちまちまと更新




気付けば、あなたは夢の中に居た。

意識ははっきりとしていて、これが夢の中であると認識できていた。

 

今あなたに見えている景色は昨日と殆ど変わりない。

二日続けて似た明晰夢を見るなど珍しい事も有るものだ。などと考えていたが、明らかに可笑しい。

 

 

普段の明晰夢とは始まりから様子が違っていた。

夢の中の天気は昨日の夢と同じく晴れである。

晴れなのだが、あなたの視界は薄暗い影を落としていた。

 

これではまるで、階段(・・)を降りた先の風景ではないか。

まさか、自分は既に階段を降りて、夢の深層に入り込んでいるのか。

こんな事は初めてである。

 

昨日、あなたは明晰夢の中で奇妙な体験をしたばかりだ。

いくら好奇心の強いあなたでも人並みに恐怖もする。

 

一旦、夢の事は忘れて穏やかに生活しよう、と思った矢先にコレである。

 

 

とにかく、時間が過ぎるのを待とう。

あなたは現在地からでも自宅を目指す事に決めた。

夢の中であっても、自室のベッド程安心できる場所も無いだろう、とあなたは考えたのだ。

 

 

大通りを歩き出して、一つ目の角を曲がった。

とにかく最短で自宅に着けるルートを進むのが最善だ。

 

 

 

 

 

 

角を曲がった瞬間に、階段(・・)(つまず)きそうになった。

思わず絶叫したあなたを誰が笑うだろうか。

 

昨日と殆ど同じ明晰夢の深層から始まり、更には階段が出現した。これを偶然と言う言葉で片付けるにはなんとも空恐ろしい。

 

きっと、あの階段の下には、扉の向こうには。

あの恐ろしく静かな暗黒が広がっているのだ。

 

しかし、あなたは閃いた。

無視してしまえば良い。

昨日はあの階段を降りてしまったが故に奇妙な出来事に遭遇したのだ。

この階段を無かったことにして自宅を目指せば良いのだ。それは為してしまえば簡単な事だ。

 

 

あなたは階段の脇を通ろうとして、

 

 

 

 

 

 

階段の下、既に開いてしまっている石の扉を見た。

 

 

 

 

 

 

 

あなたの身体は本能的に階段を駆け下りていた。

 

このまま、扉を開け放しておくと不味い。

そんな気がしたのだ。

その深淵の闇の向こうから、どうしようもない不幸が訪れる気がしてならないのだ。

今すぐにでも扉を閉じなければ大変な事になる。

 

 

あなたは、片側だけ押し開かれた扉に手を伸ばして、こちら側(・・・・)へと引き戻した。

ギリギリと音を立てる重い扉に早く閉まれと只管(ひたすら)に念じる。

 

 

 

閉じかけた扉の向こうから伸びてきた黒い闇のような手に、右腕を上から握られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

自室は未だ薄暗く、寝惚け眼では視界がぼやけてしまう。

窓から朝日が差し込む時間にはまだ早い。

 

目覚めて直ぐのあなたは左手で右腕を(さす)っていた。

明晰夢の五感は正常だ。

だからだろうか。目が覚めた後でも、あの黒い影に腕を掴まれた感触が残っていた。

 

部屋に陽光が差すまで、あなたは動けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日のあなたは酷い夢を見た影響か随分と気怠げだった。

気鬱なのは自覚していたが、同僚からまるで幽鬼のようだと指摘され、上司からも心配されたあなたは早くに仕事を上がる羽目になった。

 

真昼間の帰路に着こうとする前に、せめて食材でも買い込んでおこうとスーパーに立ち寄るが、そこで偶然居合わせた容姿の幼さに反比例して大人びた少女に「あんた、死相が見えてるわね。気を付けなさい」と言われた。

 

そんな事を言われても困る。

あなた自身、自分の置かれている状況が上手く理解出来ていないのだ。

原因が明晰夢であろう、という事しか。

 

……

 

少し考えて、あなたは買い物カゴに缶コーヒーを放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、あなたは闇の中に居た。

缶コーヒーを呷り、何があっても寝まいと自室の机の前に座っていたのがついさっきの事だと記憶している。

 

ついに闇の中からの夢の始まりである。

 

目の前には、あの黒い人影が立っている。

手をゆっくりとあなたの方に伸ばしている。

 

ああ、ついに自分はこの良く分からない夢の中で取り殺されるのか、とあなたは酷く冷静だった。

 

冷静であったが故に、自身の背後から差し込む光を見逃さなかった。

ぎりぎりと、扉の閉まる音が聴こえる。

 

即座に反転したあなたは背後の光に駆け出した。

その光の向こうには、本来の明晰夢の空間が待っている筈だ。

すんでのところで、あなたは閉まりかけている扉に身体を滑り込ませた。

 

 

 

 

………次こそは………

 

 

閉まった扉の向こうから、そんな声が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めてからのあなたの行動は早かった。

職場の上司に電話を掛けて休みを取る旨を告げ、スーパーでありったけのカフェイン飲料を購入した。

 

もし次に明晰夢を見れば、2度と朝日を拝めない。

あなたはそう確信していた。

 

 

何とかして対策を講じなければならない。

兎に角今は情報が少な過ぎる。

すぐさまノートパソコンを開くと、検索エンジンを立ち上げた。

 

ひとまず、「明晰夢」で検索。

結果はあまり芳しくなかった。

流石に範囲が広い。

情報を絞るなら……

 

次は、「夢 怪奇現象」と打つ。

ホラーテーストのページが多く引っかかる。

念入りに目を通すが、まだ絞り切れていない。

夢に関する怪奇現象は世界中にあるようだ。

ここから更に範囲を狭めるなら……

 

 

少し考えて、「夢 怪奇現象 黒い人」で検索した。

 

 

暫くして、それらしい情報を見つけた。

夢の中で黒い人を見たと証言した者が昏睡状態に陥る事例があるらしい。

その事例を纏めたページがあった。

 

 

そのページで黒い人影は便宜上「死神」と呼ばれていた。

分かっている事は、それを見た者が昏睡状態に陥る事と、老若男女の区別なく起こりうる事。

 

 

あなたは頭を抱えた。

何も対処出来ない事が分かってしまった。

最悪寝なければ良い、なんてふざけた纏め方でページが切れているのも何だか腹立たしい。それが出来れば苦労はしない。と言うかそれはもう人間じゃない。

 

 

時間はもう正午を回っている。

調べるのは時間の無駄だった。

無駄でないにしろ、分かったのは助からない事だけだ。

 

 

不安と恐怖が込み上げて視界を歪ませる。

 

……もうどうにでもなれ。

 

自棄(ヤケ)を起こしたあなたは前向きに暴走する事にした。

 

そうだ、助けを求めよう。

 

 

 

 

数十分後。

レイズ市警に駆け込んだあなたは大声で叫んだ。

 

 

死神(・・)に命を狙われている!

助けてくれ!

 

 

 

 

 

 

 

この暴走が結果的にあなたを救う事になるのだった。

 

 




恐らく次で終わる筈。

長くなるかも。



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こーる おぶ あびす ぱぁとすりー

お久しぶりです。

書いてると冗長になり、結局終わりに行き着かない罠
テンポの良い文章って難しいですね

それではどうぞ


ーーどうぞ、お掛け下さい。

 

 

あなたがソファに腰を下ろすと、身体の内に溜まった疲労が自然と溜め息として溢れた。

 

ーー…ふむ。コーヒーでもどうだろうか?

 

自身を案内した漆黒の男の提案に一言、

 

ブラックでお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

市警のロビーで大声を出したあなたは意外にも、丁重に迎え入れられた。

正確には、ロビーの警官に摘み出されようとしていた所を、奥から出てきた漆黒の背広の男に事情を問われ、その結果、男に連れていかれたのだ。

 

エレベーターで地下へ向かう途中、あなたは男に質問した。

何故、こんな突拍子も無い話を信じてくれたのか。

 

仔細は教えてもらえなかったが、あなたの体験したような怪事件に対応する部署が市警にはあるそうだ。

 

 

 

ーー改めて、スレンダーだ。此処、怪奇対策課のリーダーを務めている。

 

対面で恭しく頭を下げたスレンダーにあなたもまた自己紹介をした。

男がリーダーと思っていなかったあなたは驚いたが、この男なら…、と納得も出来た。

スレンダーと名乗った男は異様な存在感であった。

視界に入るだけで、意識してしまう。

魂を奪われたかのように、男から目が離せなくなる。

 

本人の外見が真っ黒い事もあり、夢の人(・・・)を想起してしまったあなたは身体を震わせた。

 

 

ーー…さて、詳しい事情を聴きたいが……、そろそろ彼らも帰ってくるか。

 

腕時計を見てスレンダーが呟く。

ほぼ同時に、部屋の扉が蹴破られた。

入ってきたのはラバーマスクをした男と小柄な少女だ。

 

「ういーっす。マイケル・マイヤーズ、警邏終了でェーす」

 

「自動販売機の横で何時間も昼寝してるのを警邏と言うならそうなんでしょうねバカタレ」

 

「そんなに寝てねぇヨ。上司風吹かして部下の様子見に来たチビが自販機の上の段のヤツ買いたいけど押せな〜い、って泣いてたから寝れなかったんだヨ」

 

入室して早々に険悪な雰囲気を撒き散らす明らかに仲の悪い2人組。

あなたの想像する警察官像とは全く異なる2人だが、スレンダーがやれやれと呟いているのを見るに日常的な光景ではあるようだ。

 

「ちょっと手が届かなくて唸ってただけですーぅ!昼寝してたらエサと間違われてカラスや野良犬に集られてた生ゴミにコーラでも奢ってやろうと言う上司の労りも理解出来ねえんですかあ?」

 

「ナチュラルに部下をゴミ呼ばわりかチビ助ェ!」

「文句あるんなら真面目に仕事するです生ゴミ白マスク!」

 

ーーそこまでにしないか。2人とも。

 

「「……フンッ」」

 

スレンダーの一声でどつき合っていた青年と少女はひとまず争いを止めて部屋の椅子に腰掛けた。

 

アホ毛の少女はスレンダーの隣へ。

マスクの男は、何故かあなたの隣へ。

 

背もたれに体重を掛けた所で初めてマスクの男はあなたに気付いたようで、ぎらり、と目が動いた。

 

目と目が合う。

お互いに無言の時間、(およ)そ5秒。

ゆらりとした動きでマスクの男はあなたの肩に手を回した。

 

「ん〜?おぉー。何見てんだコラ。てかお前誰だよ、ハハ」

 

「明らかに客人か依頼人でしょうに。まだ寝惚けてるんですか?コーヒー淹れて上げましょうか?」

 

「上手い菓子も一緒で頼むわア、先 輩」

「塩でも舐めてろです」

 

「でェ?どんな用件よ?ホラホラ言ってみろよォ、俺とお前の仲だろウ?」

 

勿論、あなたとマスクの男は初対面だ。

 

訂正しようにも肩を組まれチンピラのように絡まれては、あなたは身を縮こまらせるばかりである。

 

暫くして、アホ毛の少女から腹パン(物理的説教)を受けたマスクの男は部屋の隅に放り捨てられた。

 

直後の紹介で2人の名が判明した。

少女がアウラで、マスクがマイヤーズ。

アウラとマイヤーズ。

語呂が良いので2人の名はセットであなたの脳内に刻まれる事となった。

 

 

 

 

 

 

ーーでは此処に来るまでの経緯を聞こうか。死神(・・)に狙われている とか。

 

「ほお。死神(・・)に、ですか」

「ヘェ。死神に?」

 

スレンダーの言葉に他の2人の目が鋭くあなたへ向けられる。

 

嘘や冗談が通じる雰囲気では無い。

一度深呼吸をして、話を切り出した。

 

 

 

 

 

 

話し終えた後。

暫くの間、室内は無言の静寂の中にあった。

 

スレンダーは身じろぎ一つしない。

まるでマネキンがポーズを取っているようで、あなたはその雰囲気に身震いした。

 

少し視線をずらす。

アウラはもそもそとクッキーとコーヒーを交互に味わっている。

視線に気付いたのか、バツが悪そうにクッキーを一枚差し出して来た。

あなたはやんわりとそれを押し返した。

 

更に横に視線をずらす。

ふがふがとチンピラの寝息が聞こえてくる。

見なかった事にしてあなたは視線を戻した。

そこで漸くスレンダーが動きを見せた。

 

ーー君の体験した出来事についてだが…

 

自然と握り込んだ拳に力が入る。

何もしなければ恐らく助からない。スレンダーの返答が、あなたの命に直結していると言っていい状況なのである。

 

ーー間違いなく、今回の事件は怪奇に因る物だ。察していると思うが、このまま夜を待てば君は二度と目を覚ます事は無い。

 

理解していた筈なのに、自身の状況を客観的に伝えられて顔から血の気が引いた。

 

言葉を失うあなたの後頭部が乱暴に叩かれた。

叩いたのは居眠りしていた筈のマイヤーズで、くあ、と欠伸をしながら机に足を掛けた。

 

「絶望すんのが早えんだよ馬鹿。怪奇事件って事は、俺らが動けるって事だろが」

「マトモな事も言えるんですねマイヤーズ。見直しませんけど」

(むし)るぞアホ毛チビ」

「剥ぎますよチンピラマスク」

 

ーーマイヤーズの言う通りだ。我々も全面的に協力しよう。まだ安心は出来ないが、今回は恐らく前例がある。アウラ、不定形怪奇のファイルを。

「了解です」

 

 

 

 

ーー念の為に言っておくと、君の言う‘死神’は我々の認識とは違っている。職業柄、死神という存在はよく知っているからね。

 

「そして、このファイルは過去の怪奇事件の記録を種類別に纏めたものです」

 

 

スレンダーの手により、分厚い黒色のファイルが机に広げられた。

滑るようにページを捲っていた黒い革手袋があるページを指して止まった。

 

ーー不定形怪奇No.5。ここだな。

 

ページに貼られた新聞の切り抜きは、比較的新しい物から明らかに古い時代の記事まで様々であった。

 

「就寝後の昏睡、ですか」

 

全ての記事に共通する言葉を見つけたアウラが誰に言うでもなく呟いた。

 

ーーそうだ。他にも似たような事例は幾つかあるが、このページの記事は生前の人間が同じ証言をしていたと分かっている。

 

ーー夢で黒い人影を見た、とね。

 

スレンダーの言葉に走った悪寒を誤魔化すようにコーヒーを飲み干す。

隣のマイヤーズは話に興味が無いのか立ち上がって釘バットを振っている。とても怖い。

 

「夢の中に居るのが分かってんだろォ?打ちのめしに行けば良いじゃねーの。それで解決ってなァ」

「脳筋の言う事に頷くのは癪ですが、それが一番早いのでは?」

 

同僚に腹パンするのは脳筋じゃないのかとか思うが、とばっちりを食らいたくは無いので黙っておく。

 

ーーそれがそうもいかない。私達が強制執行出来る条件を覚えているかな。

 

「ぁン?そりゃ、怪奇が人間に対して危害を加えちゃ駄目よってアレだろ?」

「もっと正確に言うなら、生きる上で必要の無い危害を他生物に及ぼした場合、ですね……。って課長、もしかして?」

 

ーー気付いたかアウラ。この黒い人影、暫定的に“夢人(dream man)”とでも名付けようか。この影は…危害を加える行為はしていないんだ。

「……はぁ〜ン?」

 

スレンダーの発言にマイヤーズは首を傾げた。

 

「事件が起きてんだろ?そんで、危害を加えてねえ?分っかんねぇなァ。オレまだ寝惚けてんのか?おいクソチビ殴っていィ?」

「普通自分の頰を打つんですよバカタレ。任せるです。ほっぺを叩いてあげるです、鎌で」

「刺すなよ!絶対刺すなよ!」

「さくり」

「ぎゃー」

 

 

部屋の隅でコントを始めた2人を無視してスレンダーはあなたに向き直った。

 

ーーこの夢人の行動は至極単純で害の無い物だ。そうだな…。交信を図ろうとしている。と表現すれば分かるかな?

 

それは、SF映画で宇宙人と人間が接触する時のような【交信】と言うニュアンスで良いのだろうか。

 

ーー恐らくは。偶々出会った存在と話がしたい。仲良くなりたい。そんなものだろう。ああ、君の言いたい事は理解している。その【交信】と問題の【昏睡】が繋がらないと言う点だね。

 

そうだ。

ただ話がしたいだけなら命の危機など無いに等しい。

【夢人】の意思と【昏睡】は未だ関係の無い事象でしか有り得ない。

 

ーーそこが事件が起こった要点だ。此処からは私の推測でしかないのだが、恐らくこの夢人は、【交信】に対して消極的なのだ。

 

消極的。

 

ーー人と話をしてみたいが、自分から外の領域に極力出たくない。だから相手を自分の領域に招待する。君が夢の中で見た、真っ黒い空間にね。

 

 

ここまで説明を聞いてあなたも事件の全容が掴めてきた。

つまり、【昏睡】と直接に結ばれるのは【夢人】ではなく、あの【暗黒空間】と言う事なのか。

 

ーー…聡いな。夢の中で階段を降りたと聞いてピンと来た。その黒い空間はな、夢の深層【深淵(アビス)】と呼ばれるものだろう。夢人はその深淵を根城としているのだ。

 

 

後は書いた方が分かり易いか、と席を立ったスレンダーがホワイトボードを引っ張って来た。

 

黒一色の装いでマジックペンを使うとまるで指先で字を書いているように見える。

そんな益体も無い事を考えていたあなたはスレンダーの書いた字を見て上擦った声を漏らした。

 

 

ーーーーーーーーーーー

良く分かる アビス 講座

 

夢の深層 アビス について解説するよ!

これで君もアビスマスター!

 

その 1 アビス は 全ての生物の共通空間

○アビスは夢を見る生き物全てが共有しているよ!

どんな夢でも手繰っていけばアビスに辿り着くんだ。

一説では全ての夢を生み出すエネルギーがそこに有るんだって!凄いね!

 

その 2 アビスには長く留まれない ←重要

○アビスは本来何の動きも無い場所。

宇宙空間のような物だから生物には有害!危険だよ!

でも生物の意識は絶え間なく動いているからたとえ迷い込んだとしても普通はスグに弾き出されるんだ!

 

↓(続きは裏面)

 

 

その 3 そのままアビスにいると…? ←最重要

○万が一アビスに長時間留まると、

その意識はアビスに溶けて無くなっちゃうんだ…!

こうなったら誰にも助けようが無いよ。怖いね!

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ーーふむ、こんな所かな……どうかしたか?調子が悪そうだが。

 

 

 

書いた人物とボードの説明のギャップが酷い。

 

丸っこい字体と子供向け番組のような語り口に気付いたあなたは書いているのが誰か二度見した。

間違える筈も無い。スレンダーだ。

 

更には文の横に可愛らしいキャラクターまで添えられているではないか。

数秒で二頭身のキャラクターを描き上げて「スレンダー教室だよ!」と吹き出しを追加した時にあなたは書いているのが誰なのか3回確認した。

どこから見てもスレンダーだった。

 

 

咄嗟に腹をぶん殴ったのはきっと正解だろう。やらなければ即座に指差して爆笑していたに違いない。

自分が命の危機に晒されている事など一瞬で忘れてしまいそうな程のインパクトにあなたは軽く混乱した。

 

見ると、付き合いの長いだろう部下2人にも耐えられる物では無かったらしい。

アウラは顔を俯かせて口を抑えている。

マイヤーズは我慢する気も無いのか、息を切らしながら膝をバンバン叩いていた。

 

 

 

 

ーーこれで分かったかな?【夢人】はアビスで活動しており、そこへ他者の意識を招待して交信しようとする。だが、生物の意識がアビスに留まると次第に存在が溶けて無くなりーー

 

 

……現実世界で2度と目覚めなくなる、と言う事か。

 

「ですが、危害を加えようとしている訳じゃないから私達は夢人に攻撃・撃退が出来ないのですね」

 

「結果的に危害加えてるようなもんだろォ?ボコボコにすりゃイイじゃねーかヨ」

 

ーー私達は公平かつ善良な執行者でなければならない。結果に偏りが出てはいけないんだ。…ああ勿論、君を見捨てると言う選択肢は絶対に取らないと約束する。だから、我々が手を下す以外の解決策を提示させてもらう。

 

目の前の専門家(スペシャリスト)に頼らず、自分で解決しろと言う事だろうか。

自分一人で可能なのか、不安でしかない。

 

ーーサポートは全力でさせてもらうさ。その為に…アウラ、マイヤーズ、外へ出るぞ。仕度をするんだ。

 

「外だァ?」

「一体どこへ?」

 

ーー我々怪奇事件の専門家(スペシャリスト)は動けない。なら今回の件は…夢の専門家に任せよう。

 

「夢の、専門家?まさか夢魔です?」

「オイオイ今からそいつら探しに出るってのかァ?路上の風船屋台みてェにプカプカ浮かんでる代物じゃねえだろ!」

 

良く分からないが、夢について詳しい存在が居るらしい。

それなら迷う必要は無い。

その夢魔?とやらに会いに行こう。

 

ーー…流石の即決だな。市警のロビーで喚き立てるだけの事はある。

 

「だァから、どこに居るんだって」

 

ーー今現在この街の外れには、夢魔が交流を持ち、頻繁に夢魔が訪れている屋敷がある。

 

「……あそこ(・・・)に?危険じゃないです?」

 

ーーその為の我々だ。…さあ、行くとしようか。君もレイズ市民なら1回くらいは耳にした事があるだろう。街外れの赤い洋館ーー

 

 

 

 

ーー【ムルナウ屋敷】へ……

 

 

 

 

 




続く。
次こそは終わるはず…!(フラグ)


あなた視点
なんぞ黒いのに目を付けられたぞ…!
→こ、殺される…!

夢人視点
あっ、人だー。お話ししましょー。
→逃げられましたー(´・ω・`)




作中の死神について
死神は魂の寿命・罪科などを見る目を持った超強力な怪奇です。
いずれ冥界へと昇る全ての魂を管理しているので、死神だけは唯一【人間の存在に依らない怪奇】です。

魂の運搬・回収が主な仕事です。
地域別に担当の死神が仕事を分担しています。
そこから更に地域の担当生物によって班が分かれます。
怪奇は様々ですが全部ひっくるめて1種族扱いです。

例えば作中のアウラちゃんは。
【レイズ市周辺の・怪奇担当の・回収と断罪】
と言う区分けになります。

【断罪】と言うのは
作中でも述べたように死霊のような【違法な魂】を【さくりきゅぽん】する事や、いたずらに他生物を殺害するような【罪科の重い魂】を闇討ちする事です。



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こーる おぶ あびす ふぁいなる

やっとこのシリーズが完結。
今までで一番のパート数だなぁ。




あなたは森の中を歩いている。

深い森だ。

鬱蒼と茂る草木により日光は遮られ、正午を回っているというのに辺りは薄暗い。若干の肌寒さに体を摩ったあなたは半袖で来たことを後悔していた。

 

 

ここはレイズ市の外れ。

市と市の境界線に大きく広がる森の中だ。

 

この森の事は、あなたも良く知っている。

昔から、危険な森だと伝えられているようで。

行方不明者が続出する森だとか。

大人達からは口を酸っぱくして「立ち入るな」と教えられたものだ。

それでも毎年好奇心から乃至(ないし)若気の至りで入る者は後を絶たない。当然、行方不明者も一定数は出ている。

 

それ故か。

行方知れずの森(Missingforest)

昔からそう呼ばれていた。

正式な地名はあなたも良く知らない。

危険と分かっている森に人の手が入らない理由も知らなかった。

 

 

 

怪奇対策課のメンバーはあなたを囲うように歩いている。

 

スレンダーが先頭を。

他の2人は貴方に少し遅れて左右を陣取っている。

 

気になるのは、警備の為の装備があなたの想像する警官の姿とかけ離れている事だろうか。

少女は大鎌を、白マスクは釘バットを。

ご機嫌に鼻歌を歌いながら振り回している。すこし怖い。

 

 

 

不意に近くの木が揺れた。

野生動物でもいるのか、喉から抜けたような荒い息遣いが聴こえてくる。

気になって向こう側を覗こうとすればスレンダーに肩を掴まれた。漆黒の男は‘駄目だ’と言い僅かに顔を振った。

……見ても良いことは無い。そういう事だろうか。

 

上司が合図を送るとマイヤーズは「ヒャッハー!」と奇声を上げて林の中に飛び込んだ。

 

肉を打つ鈍い音と動物とは思えない呻き声が響いた後、血塗れのマイヤーズが口笛を吹いて帰ってきた。

襤褸切れのコートを汚したソレが何の血か、聞く気にはならなかった。

 

「見ての通りヨ。てめえが人間辞めたら世話(・・)してやっから」

 

だから安心しろヤ。

あなたの視線に気付いた白マスクは釘バットにこびりついたモノを剥がしながらゲラゲラと笑った。

 

 

 

遠くに見え始めた赤い屋根を見ながらあなたは歩きを早める。森の影を振り落とすように、なるべく陽の差し込んだ地面を踏みしめて。

 

 

 

 

 

 

 

ムルナウ屋敷。

屋敷の主人によって通された応接間であなたはソファに深く腰を下ろした。

 

今朝から緊張しきりだったので自身を迎えた柔らかいソファが疲れを解してくれるような気さえしている。しかし、目を閉じると即座に【深層(アビス)】に誘われそうでまだ安心は出来ない。

ソファに身体を委ねながらも眠りに落ちるのを怖れて瞳を瞬かせている様は傍からみれば滑稽なのだろうなと思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

あなた達が屋敷に到着して暫く経った後、屋敷の主人より連絡を受けた夢魔と思しき男女が姿を見せた。

 

「ふぅん、夢の内容をなんとかしろって?随分フワッとした依頼なのねぇ…ラストあんた、寝癖付いてるわよ」

「えっ、本当?ええと手鏡は…」

「いいわよ直したげるから。ほら、じっとしてて」

 

薄手のコートを着た妖艶な女性は、スレンダーの話を聞き流して連れ立って来た弟の髪の毛を撫でている。

女性が非協力的な態度を取っている事は明らかであった。

 

 

ーーああ、頼めないだろうか。夢魔ラクシャリア。

 

「そりゃ出来るか出来ないかでいったら勿論出来るわよ?でも仕事するからには報酬が無いとねえ?」

 

ラクシャリアの返答にスレンダーの後方で待機している凸凹コンビの機嫌が悪くなっていく。

 

「んだア?俺らに協力しねぇってか、オイ」

「強制だって出来るのですが?」

 

ーー止めないかお前達。あくまで私達は依頼者だ。

 

「怖い怖い。私達は生きる為に必要な物を求めてるだけでしょ。本来は協力だって御法度なのよ?夢魔があんた達と仲悪いの、知らない筈ないでしょ」

 

 

 

 

どうやら夢魔とやらは警察、というより怪奇対策課を毛嫌いしているようだ。

 

どうにか協力を求めたいが会話に入れそうもない。

静観を決めたあなたの視点は屋敷の主人から出されたミートパイの皿に向く。

 

思えば朝から食事をまともにしていない。

ミートパイの放つ肉特有の匂いが鼻腔を刺激し、空腹を抑えきれなくなったあなたはパイに手を伸ばした。

 

対面から伸びてきた手と自身の手が重なる。

 

「………」

 

対面の少女がこちらを見ている。

マリー、という名前だったか。

少女の存在は気になってはいたのだが、軽い挨拶にも応じず無表情でパイを頬張っていたので、対面に居ながら会話が全く無かった。

 

やっと意思を通わせるチャンスが来た事にあなたは勇んでマリーに話しかけようとするが。

 

「…やわらかい…おいしそう」

 

ポツリ、と。

重なった手を上から撫でながらマリーが呟く。

今日一番の悪寒を感じてあなたは咄嗟に伸ばした手を引いた。

 

マリーは視線を外さずミートパイを手元に引き寄せて口を開いた。

 

「あげない」

 

いりません。

お食べください。

 

「…?おいしいのに」

 

変な物を見る目で言われた。

どうしろというのか。

 

「あー、ごめんねお客さん。こらこらマリーちゃん。大皿の食べ物を一人占めするのは良くないよ」

 

屋敷の主人と思しき青年はマリーを宥めると切り分けたパイをあなたに手渡した。

 

柔和な優男は一見あなたより年下に見えるが、かなりの年上だそうだ。所作の優雅さを見るに名家の跡取りという奴だろうか。

だとすると目の前で頬を膨らませているマリーは妹か婚約者か。

 

「いじわる」

「えー?そんなに怒らないでよー。うーん。そうだ。もぐもぐ1回でどうだい?いつでもいいよ」

「もぐもぐ……にかい」

「良いよ良いよ。2回ね」

「いますぐ」

「え、嘘」

 

何の回数だろう。

少女に引っ張られて主人は奥の部屋へ消えていく。

少しして間伸びした悲鳴が聞こえてきた。

あなた以外の面々が気にしている様子は無いのであなたもそれに倣った。

 

 

 

 

夢魔とスレンダーの交渉は聞き流している間に纏まったようである。

 

ーー報酬は、そうだな…【不死身】から1回分の吸精でどうだろうか。

 

「けち臭いわね。【不死身】5回なら受けても良いわ」

 

「ちょっとお?僕が報酬なの?」

ーーああ、当然君にも報酬は出すさ。

「そうね。あなたが決めた方が後腐れないわ。何回ならオーケー?」

「うーん。3回干涸(ひから)びるくらいなら大丈夫かな…?」

 

何の回数だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、話は聞いてるでしょうけど、深層について、どんな風に聞かされたかしら?」

 

そう夢魔の女性に問われ、あなたは数時間前のスレンダーの説明を思い浮かべた。

 

確か、宇宙空間のようなもので、長く留まると危ない、と。

 

「そうね。概ねその認識で間違いないけど、あたし達(夢魔)は海で例える事が多いわ。人の意識は溶けにくい塩。でも広い海に落ちてしまえばいつかは溶けて形を失う」

 

こんなふうに、

とラクシャリアはそう言いながら、握った手をあなたに見えるよう緩やかに開く。

 

それを見て焦れたのか捜査官2人が口を開いた。

 

「おい、どうでもいい前置き入れてねーで早いとこ本題に入れヤ」

 

「解決出来るんですか、出来ないんですか」

 

「話を円滑に進めるのに必要でしょ。あんたら話術駄目駄目ね落第点よ」

 

「「あぁん!?」」

 

煽られてアッサリとブチ切れた2人をスレンダーが首根っこ掴んで座らせるのを横目に、あなたはラクシャリアに問いかけた。

 

それで、解決する為には、どうすればいいのでしょう。

 

「あんたが眠れば良いのよ」

 

 

場に沈黙が生まれる。

あなたがラクシャリアの言葉を理解する前にアウラが首を傾げた。

 

「ん?ん?夢人が出ないようにする作戦会議ではないのですか?」

 

「何言ってんの、無いわよそんな方法」

 

「んだよ役に立たねえナ」

 

「バカ言わないでよ。夜毎夢に出てくる可能性のある相手に対して見張ったところで意味なんて無いわ」

 

「夢魔の得意分野は夢を作る事だしねえ」

 

「ラストの言う通りよ」

 

夢を作る。

と言う事は、深層でも夢を作る事が可能なのだろうか。

 

「そう。理解が早くて助かるわ」

 

そう言えば、と屋敷の主人が手を上げた。

 

「その深層で夢を作るのは簡単なのかい?」

「簡単簡単。だってそもそも深層は夢を作るエネルギーの溜まった海なんだから、後は夢魔の力で仕切り(・・・)さえ入れたら夢は完成するの」

「なるほどなあ」

 

ラクシャリアは自身のミートパイの欠片を口に放り込んで紅茶を飲んだ。

残っているもう一つに手を伸ばそうとして、物欲しげにじっと見つめるマリーの視線に気付き決まり悪そうに手を引いた。

そのまま両手を動かして、あなたに見えるように四角を指で作る。

 

 

「深層で夢さえ作っちゃえばあんたが死ぬ事は無くなるわ。深層との間に隔たりが出来れば意識が溶けていく事も無いから」

 

「なぁんだ、それで解決じゃねーか。帰ろ帰ろ俺ァまだ眠いんだヨ」

 

欠伸をして席を立とうとしたマイヤーズの頭にさくりと鎌が刺さった。

 

「お座りです馬鹿マスク。本題はそこじゃない事を忘れましたか」

「てめっこのチビ、死神の職権濫用とか洒落になってねーだろうが!?抜くなよ絶対抜くなよ!?」

「ぐりぐり」

「ぎゃー」

 

喧嘩を始めた公務員をなるべく視界に入らないようにしてあなたは本題に切り込む。

 

 

後は、夢人をどうするか。

夢をどう作るか。

 

「ま、こればっかりはあんたが決めなさいよ」

 

自分が。

 

ーー難しく考える必要は無い。明晰夢を見られる君なら、夢の中は限り無く自由だ。

 

「任せなさい。どんな夢でも作り出してあげるから」

 

 

自分は–––。

 

 

 

 

 

 

あなたは夢の中に居た。

意識ははっきりとしていて、自身が夢を見ている事を認識出来ていた。

 

 

 

あなたは改めて深層を体感した。

 

世界には空も地も無く、暗幕を下ろすよりなお暗く、距離さえ意味を無くす程に黒かった。

 

聞いたことがある。

完全な闇の中に放り込まれた人間は数分で発狂するのだとか。

 

ひょっとすると、過去に深層に溶けた意識も完全な闇の世界に精神を打ちのめされた事で自我を保てなくなったのではないか?

確証は一切無いがそんな気がした。

 

 

あなたは、目の前に気配を感じた。

 

先程まで感じなかった気配を、否、もしかすると最初から居たのかも知れないが、はっきりと誰かの息遣いを感じ取った。

 

間違いない。

夢人は今、あなたの正面に居る。

 

 

さあ、ここからが正念場だ。

 

もはや自分がどのようにして闇に浮かんでいるかも分からないが、あなたは利き手を起こして夢人に差し出して–––、

 

握手を求めた。

 

消極的ながらも人との交信を求める夢人ならば、これに応じる筈だ。

 

 

暫くして、ふわりと手を握り返された事を実感した。

 

計画(・・)の第一段階は成功だ。

 

これから行う事は、あなたに取って只の自己満足に過ぎない。

 

それでも、暗闇で1人来客を待つその存在に、少しだけお節介を焼きたくなったのだ。

 

 

あなたは、もう一方の手で指を鳴らした。

 

「はーい、夢の世界へご案内〜!」

 

(世界)が変容する。

光が差し込むと深層は無く、

そこに、夢が出来上がる。

 

 

–––あなた(夢人)を私の夢に招待する。

 

 

 

 

 

 

豪奢なシャンデリアによって煌々と照らされる広間。

 

点在するラウンドテーブルにはあなたの見た事もない料理が所狭しと並んでいる。

 

そして、会場中央には特設の踊り場がある。

 

そう、ここはパーティ会場兼ダンスホール。

 

 

あなたはこんな夢が見たいと案を出しただけで、後は全て夢魔の夢作りによるものだ。

想像の遥か上を行く水準にあなたは感嘆の声を漏らしていた。

 

 

夢人はかなり動揺しているようで、あたふたと視線を彷徨わせている。

 

念の為にもう一刺激加えておこう。

あなたが更に指を鳴らすと、会場脇のグランドピアノを中心に、ジャズが奏でられた。

ピアノを演奏しているのは夢を共有して来てもらっている屋敷の主人である。

 

 

ジャズの音色をおっかなびっくりと言った様子で聴いていた夢人は次第に体でリズムを取るようになった。

やはり、こうして音楽を聴くのは初めての事のようだ。

 

あなたは未だに繋いだままの手を引いて夢人をラウンドテーブルに案内する。

テーブルの料理は日常で目にする事のない物が多い。

折角だからと近場の肉料理を小皿に取り分けて食べた。(後で確認したがプレゼと言う料理らしい)

在り来たりな感想だが、とても美味しい。

同じ料理を夢人にも勧めた。

 

夢人は一口食べて感動したのか身を震わせてあなたにおかわりを求める。どうせなら色々な料理を食べてはどうだろうか、とあなたは提案した。

 

あなたと夢人は暫くの間会場の料理を堪能した。

 

 

料理を楽しんだ後に、あなたは夢人を会場中央の踊り場まで連れて来た。

 

夢の世界を共に楽しむ事でどうしても伝えたかった。

 

現実にはもっと多くの楽しみがある。

 

どうか変化を恐れないで欲しい。

その足で、暗闇(アビス)から外へと踏み出してみるのも良いと思うのだ。

 

 

「ごめーん!もうすぐ朝になるからちょっと急いでー!」

 

夢魔の姉から忠告が入った。

時間切れか。

 

では残り少ない時間を有効に使おう。

 

あなたは夢人に手を差し出した。

 

 

 

 

 

一緒に、踊りませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

あなたは自室のベッドで眠っていた。

どうやら寝ている間に家に帰されたようだ。

 

あなたの気分は晴れやかだ。

きっと、次からは深層に呼ばれる事は無いだろう。

作戦は成功したと確信していた。

 

身体の調子もすこぶる良い。

最近の不調が嘘のようだ。

朝の陽射しを浴びて伸びをすると左右に腰を捻る。

 

 

 

 

 

 

 

真横から自身を見つめる双眸と視線が合った。

 

上下黒い服装で統一したそれは丁寧にお辞儀をする。

 

 

 

「 遊びに来ました 」

 

 

 

早朝の閑静な住宅地にあなたの絶叫が響き渡った。




fin

こうして家に上がり込んだ夢人の娯楽巡りに付き合う日々が始まるが、それは別のお話

結末に悩んで迷走した結果、主役と夢人の謎のロマンスが出来上がりました
どうしてこうなった……

好奇心旺盛な一般人と引きこもりのドラマと言ってしまえば在り来たりな気もして来た(白目)


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おに は うち

軽めに投稿

やっぱりこの2人のほんわか(スプラッター)が一番書きやすい。




怪奇と人間の関係は前にも述べたが、恐怖を与える者と、恐怖に抗う者の対立関係だ。

 

この関係は恐らく永遠に不動の物だろう。

 

人間の存在する限り怪奇は存在し続ける。

これには人類に対するカウンター的な要素も有るのではないかとぼくは睨んでいるのだが、まあ答えの分からない話は置いておこう。

 

 

「さあマリーちゃん。今日もお勉強をしようか」

「えいえい」

「取り敢えずぼくの頭を()じ切るのを止めにしようかぁ。ほら、もう3回転半くらいしちゃってるしぃぃ…!」

「おこった」

「怒ってないよ。これ戻すの面倒だから一思(ひとおも)いに引っこ抜いちゃった方が良いかな」

「すぽーん」

「うわー」

 

うわ、脊椎ごと逝った。

こりゃあ掃除が大変だぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日の内容は、そうだなあ。人間怪奇(ヒューマノイド)についてにしようか」

「ひゅー…ひゅーま」

 

「ああ無理に発音しなくて良いよ。人間怪奇と言うのはね、人間をベースにした怪奇なんだ」

 

その意味だけだと他の怪奇も混ざるので説明しておこう。

 

 

「ここで問題だ。マリーちゃんみたいなゾンビも同じく人間ベースの怪奇だよね」

「うん」

「でもゾンビだとかグールは死霊(アンデッド)と呼ばれるよね。どうしてか、違いが分かるかな?」

 

「たべていいか どうか?」

「うーん、(かす)りもしないねえ」

 

それはマリーちゃんのごはんの区別だろうに。

 

待てよ?

何を食べて良くて何が悪いのか。

意外と深い議題になるかも知れないな。

それはまた後日の議題に回そう。

 

 

死霊とはつまり、幽霊と動く屍の総称だ。

つまり人間怪奇とは。

 

「例外もあるけど、主に生きている内に怪奇に変貌するから人間怪奇なんだよ」

 

魂が生きているまま怪奇となった人間、それが人間怪奇、ヒューマノイド(人間もどき)である。

 

人間はふとした瞬間に、超えてはならない境界を跨いで化ける(・・・)

人間と怪奇が隣り合わせの存在であるからこそ、そのような事態が起こり得てしまう。

 

身近な例は市警のマイヤーズ君(ブギーマン)がそれだ。

彼は怪奇憎しの果てのない狂気の末に、怪奇を殺す存在へと変貌した人間である。

とは言え彼は人間の味方に違いない。

 

普通(と言っていいのか)人間怪奇はまず人間を害する存在に成り果てる。

その変貌の意味合いからして、成るべくして怪物に成った者達だから仕方ない事だ。

 

「実はね、人間から成れる怪奇はたったの1種類だけなんだ」

「たべもの?」

 

それは君次第だよ。

 

「人は怪奇になると(demon)に成るんだ」

「でーもん」

「そう。人間っていう皮を自分から捨てた人はそれ以外成りようがないんだ」

 

鬼・悪魔・人でなし。

総じてデーモン。

これらは人間怪奇の為にある言葉だと言っても過言ではない。

特にこちらの大陸では非常にメジャーな存在だ。

 

日本など別の文化圏では(オニ)と呼ばれる存在も居るが、あれはどちらかと言うとオーガ(鬼人)と同じでそうあるべしと生まれてきた怪奇だ。

 

人の皮を被った非道の化身、それこそが人間怪奇の本質なのだ。

 

「そう言うことだから人間怪奇に成る前には殺人鬼(シリアルキラー)って呼ばれてたりする事が多くてね」

 

数十年前は殺人鬼時代とまで言われた程に人間怪奇が溢れていたものだ。

有名なのは【ボーヒーズ事件】や【クルーガーの悪夢】辺りか。何世代にも渡って影響を及ぼした怪奇事件だ。

 

 

 

 

「良心を捨てた瞬間が人の終わりなのかも知れないね。ところでマリーちゃん」

「?」

 

 

「君がぼくを食い殺した回数がさっきので300回に到達したんだ。これは映画史上でも類を見ないゾンビの個人記録だね」

「すごい?」

「凄いとも。記念に何か欲しい物はあるかい?」

あなた(Your flavor)

 

うーむ、嬉しいような悲しいような。

 

うわー。

 






もぐもぐメモリアル。もぐメモ。




※【ボーヒーズ事件】【クルーガーの悪夢】について

「13日の金曜日」「エルム街の悪夢」の事です。
70、80年代は殺人鬼がひしめき合っていたイメージ。

しかし作者が一番好きなのは「スクリーム(96年)」です。


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やしき の あるじ

『うんうん。大きめのお風呂も有るし街に近いしで良いお屋敷ですね』

 

 

『さて、しかしこの荒れ様は何とかしないとなあ。見事な悪霊の溜まり場となってる』

 

 

『四六時中ポルターガイストに悩まされるのは嫌だし、屋敷を購入する前に話を付けておこう』

 

 

 

『屋敷の主人さんは居ますかー』

 

 

 

 

 

 

 

 

怪奇が大手を振って動き出す深夜。

行方知れずの森の中では夜毎怪奇達の唸り声が木霊する。

 

 

 

森の奥の屋敷からも人ならざる呻きが聞こえてきた。

 

「おなかすいたおなかすいた」

 

屋敷の一室のベッド。

そこに眠るあどけない屍人の少女。

少女マリーは空腹を感じた瞬間に目を覚ました。

 

空腹の呪詛を垂れ流しつつ、のっそりと起き上がるとマリーは部屋を出る。

 

おなかすいた。

ごはんたべる。

 

食欲に支配された脳内は単調な言葉ばかりがぐるぐると回っている。

こうなるとマリーの行動は屋敷の主人である【彼】に齧り付く以外に無いのだ。

 

ほんの2時間前にベッドから抜け出して散々【彼】をもぐもぐしたのだが、そんな事はもう忘れてしまっている。

マリーは今の空腹を何とか出来ればそれで良い。

中々の刹那主義だがゾンビとは得てしてそういうものだ。

 

緩慢な歩みで【彼】の部屋を目指す。

意図した事では無いが前回のもぐもぐの()がベッタリと床に付着している為、それを追っていけば楽に辿り着けるだろう。

 

 

【彼】の部屋までもう少しと言った所でマリーはその音に気付いた。

 

かたり、かたり、と。

廊下に飾ってある壺が震えているのだ。

中に何かが入っているのだろうか。

 

「たべもの」

 

マリーの認識では動く物は食べられる物だ。

よって壺の中身を出す事に決めた。

 

壺をそっと傾けて上下に揺する。

何も出てこない。

 

「……?たべもの…」

 

壺は震えたままだが食べ物が出てくる気配は無い。

暫く揺すると一層壺の震えが大きくなる。

 

 

「あばばばばば…!?やめんかバカタレ!」

 

変な声も聞こえてきた。

何かが中に居る事は間違い無い。

 

揺すって出てこない事に焦れたマリーが直接壺の中を覗き込むと、

 

「ええ加減にせんかぁ!」

「わぷ」

 

飛び出してきたソレが顔面に当たった。

ぶつかったものの大した痛みはなく柔らかい感触であった。

 

白く綿のようにふわふわな塊はマリーに対して怒りを見せた。

 

「壊れた蓄音機のように食べ物食べ物連呼しおってからに!ポルターガイストに慄くでもなく食べ物探すって!お前わしのこと何だと思っとるんじゃ!」

「たべもの」

「そうじゃろうな!聞いたわしが馬鹿じゃった!」

 

これがイマドキの若者と言う奴か!と叫ぶと白い塊は離れていく。

 

 

「たべもの、まって」

 

白い塊の逃げた方に向かってマリーも歩き始めた。

マリーは白い塊を食べ物として認識したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まったく何なんじゃあの小娘は。

驚かし甲斐の無い奴じゃのう。

 

 

近年はめっきり人の訪問も無くなり儂は暇を持て余しておった。

いつ来るか分からぬ人を待つのも飽きて半分“すりーぷもーど”になっていた儂じゃが、最近の騒がしい音に目を覚まして見れば、なんと人の気配がするではないか。

 

人間相手なら幾らでも驚かしていいと、【あの吸血鬼】が住みこむ時に約束したからのう。まあ、運の悪い事にそれから人の出入りが途絶えたわけじゃが。

 

どうやら【奴】が人間を招いておるらしい。

屋敷の中をふらりと歩き回る金髪の娘子がおった。

 

 

久々の出番じゃと気合を入れてポルターガイストを起こした結果があの無表情。

……腕が鈍ったかのぅ。

昔は大人でさえ恐れ慄いてパニックになっておったというのに。

 

 

ちらりと振り返ると少女はのそのそ歩いて儂を追いかけてきておる。

興味は持ってくれているようじゃが、儂が期待しとった反応と違う。

と言うかアレ本気で儂を捕食しようとしとりゃせんか。

 

ええい、こうなれば儂の全力で相手をしてやろう。

この先に行くと食卓がある。

場所としては最高じゃ。

 

「ふはは!食卓で待っておるぞ!」

「ごはん?」

 

断じて違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

美味しそうなフワフワ(白い塊)を追いかけて、マリーは両手を前に突き出して歩く。

敢えて両手を固定したままなのは、昨晩の【彼】との会話の中で出た中国のゾンビ(・・・・・・)の事を若干ながら覚えているからだ。

 

『中国の歴史あるゾンビは何もしなくても腐敗しないらしいね。映画にもなってるんだよ。確か、こんな感じのポーズでぴょんぴょん跳ねてね』

『こう』

『そうそう』

 

『お、な、か、す、い、た』

『おっと、今日は腹ペコキョンシー娘かぁ』

『がぶり』

 

そんな命のやり取りが数時間前に行われていた。

ちなみに跳ねるのはマリーが面倒に感じたので止めた。

 

 

 

 

「ん……」

 

 

いつの間にか食卓の前まで来ていた。

フワフワの姿は見えない。

 

いつもの食事スペースは見慣れた物だが、しかし今は白い塊が張り切ってポルターガイストを起こしているので凄まじい事になっている。

 

不規則なラップ音が鳴り響き、窓の外では謎の光が明滅している。

更には棚の中の食器が独りでに動き出し宙を彷徨っていた。

 

 

しかし、マリーにはそんな事どうでもいい。

 

おなかすいた。

はやくたべたい。

その本能だけで動く彼女に取って、日常が非日常に切り替わった所で何の関係も無いのだ。

 

「おなかすいた…」

 

たまたま目の前を通り過ぎて行く丸皿を掴み取る。

何も載っていない。

たべものではない。

 

「…がっかり」

 

〈ななな、なんじゃとうっ!?〉

 

思わず不満の声がマリーから漏れる。

これには隠れているフワフワも動揺したのかマリーの前に姿を現した。

 

「何がダメなんじゃあ!儂はポルターガイスト検定一級じゃぞ!確かに現代の怪奇のスタイルと噛み合ってないとか古臭いとか言われるけどな!仕方ないじゃろー幽霊が人に直接危害を加えたら死神がくるんじゃからー!怖がれよー!震え上がれよー!」

 

フワフワはドッタンバッタンとマリーの周囲で跳ね回り、愚痴を溢す。

 

「……たべものは…?」

「無いと言っておるじゃろ!」

「おなかすいた」

「だからっグェッ、痛たた何をする!幽霊は優しく掴まんか!」

 

もう我慢できない。

目の前のコレはどんな味がするのだろうか。

マリーは白い塊に齧り付いた。

 

「がぶ」

「ぎゃー!?何で!?何で噛み付くのじゃ?!儂を何と思うとるんじゃ!」

「たべもの」

「そうじゃろうな!」

 

モフモフと、口の中で白い塊が暴れる。

噛んでも噛んでも千切れない。不思議な食感だ。

肝心の味の方だが、全く味が無かった。

 

不思議なたべものも有るものだとマリーは頷いて、宙を漂う胡椒瓶を片手で掴み取った。

 

「いやあのっ、儂食べても美味しく無いじゃろ?考え直さんか?儂も久しぶりの人間相手にちょっとムキになり過ぎたかの?儂が悪かった………あのぅ、その胡椒瓶は」

 

「あじつけ」

Noooooooo(いやあああぁぁぁっ)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわーん!不死身ー!助けるのじゃー!」

「もぐもぐ」

 

「えー、なにこの状況」

 

 

どうも不死身の吸血鬼です。

朝、目を覚ましてマリーちゃんのモーニングコール(もぐもぐ)が無い事を不思議に思った僕は食卓に向かった。

そこで、食器やらが乱雑に投げ出された中でムルナウさんに齧り付くマリーちゃんを見つけたのだった。

 

 

ムルナウさんとはこの屋敷の前所有者である幽霊で、僕がこの屋敷に来た時も元気にポルターガイストを起こしてましたっけ。

 

 

 

「大丈夫ですかムルナウさん」

「儂に何度も歯を立てて、おなかすいたって言うのじゃ…あばばば」

 

なんとマリーちゃん、ムルナウさんを食べようとしたそうだ。

好き嫌いが無くなるように色んな物を食べさせて来ましたが、効果が有ったのだろうか?

 

「それはそれは大変な目に遭いましたね」

「もう寝るのじゃ。儂は疲れた」

「偶には遊びに来てくださいね」

「その小娘が儂を捕食せんのならな!」

 

白い霊魂のムルナウさんはすっかり縮んでしまっています。

精魂尽き果てるとはこう言うのを言うのかな。

 

「大丈夫ですよムルナウさん。マリーちゃんは話せば分かる子ですから、最近は我慢も覚えて」

「がぶり」

「すいません覚えて無いみたいです」

 

「絶対に遊んでやらんからなー!」

 

 

ムルナウさんと遊べる日は遠そうだなあ。

 

 

 




マリーちゃんは好き嫌いをしません。
食べれそうだと判断したら絶対にやる子です。


作者のポリシー
幽霊が人に直接危害を加えるのはちょっと反則だと思います


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はろうぃん がーるず ろっくんろーる 1

お久しぶり投稿。
ハロウィンには間に合わせたい


…ああ、今年もハロウィンの時期が来たのね。

みんなとっても楽しそう。

けれど私は出れないのだわ。

寂しいな寂しいな。

誰かここまで遊びに来てくれる人は居ないかしら。

玄関を開けたらお化けに仮装したみんなが言うの、トリックオアトリートって。

もてなしの準備は今年もばっちりだわ。美味しいお菓子を振る舞うの。

 

でも、こんな屋敷に来る人なんて居ないのだわ。

寂しいわ寂しいわ。

 

「ところがどっこい!」

「キャアッ!?」

 

「なんだいなんだいお嬢さん。今日はハロウィン良い日だろう?そんな顔しちゃイケないぜ?悲しい顔は幸せが逃げる。とびっきりの笑顔なら不幸が逃げる。逃げる奴はお化け案山子(スケアクロウ)が捕まえて畑の肥料にしてやるよ」

 

「もうっ!もう!ヒルビリーったらイタズラ好きね!いきなり後ろから抱き付くなんて心臓が口から飛び出るかと思ったわ!」

「ワハハ!そりゃあ良かったなお礼は要らねえ。窓の外眺めてばっかりで顔が凍りついてたお嬢さんには丁度いい心臓マッサージさ」

 

「口の減らない案山子さんね!でも良かったわ今年もあなたは来てくれたのね。作ったお菓子を食べてくれるお友達はあなただけなのよ」

 

「お菓子を食べられる友達は俺だけだろうとも。ゴースト(お友達)にも食べられるお菓子を発明したらもっと盛り上がるとは思うがね、ワハハ」

 

「…それでもやっぱり寂しいわ。毎年、人間のお友達が家にくる夢を見るの」

 

「ははあ、暗いねえ。まるで懺悔室だ。悪いが神父様の答えは決まってるんだ。迷える子羊よ、自分で何とかしなさい、ってね」

 

「出来る事なら私だってそうしたいわ!…でも、私は地縛霊だから屋敷からは出られないもの。招待の手紙を出しにも行けないわ」

「手紙を出してもこんな外れのオンボロ屋敷に誰も来ないだろうしねー」

「もうっ!すぐ意地悪言うんだから!バカバカバカ!嫌いよ!」

 

「おっと。深刻な悩みのようっすね。OK。では1つ、このお化け案山子の提案を受ける気はあるかい?」

「なにかしら?」

「耳を貸しな、良いか?––––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物・怪奇の蔓延っていた近代以前と比べて、近代以降においては人間を重んじる動きが強まり、人間と死神が協定を結んだ事で現代に至るまでの流れを決定付けた。

すっかり肩身の狭くなった怪奇達だが、実は(ないがし)ろにされた訳では無い。

魂を管理している死神から聞いた話によると人間と怪奇のバランスは崩してはいけないらしい。

どちらか一方に比重が偏ると“良くないこと”が起こってしまうらしいので死神もその辺は慎重に調整を図っているようだ。

 

もうどれくらい前になるだろうか。

人間・怪奇・死神、その三勢力の代表が秘密裏に会談を行い、怪奇達が弱らないようにする作戦を立てた。

 

その作戦とは––––。

 

 

 

 

 

 

「なに してるの ?」

 

早起きして“一大イベント”に合わせた部屋の模様替えをしているとマリーちゃんが声を掛けてきた。

 

「おはようマリーちゃん。これはね、飾り付けをしてるんだよ。ハロウィンって言うんだけどね」

 

「はろいん」

 

「そうそう。ハロウィンはぼくら怪奇に取っても重要な行事なんだよ」

 

と言っても客が滅多に来ないのに態々(わざわざ)家の中を飾り付けする必要はあんまり無いのだけど。こんなものは気分が大事だ。

 

だからマリーちゃん、折角飾ったカボチャを齧るのは止めるんだ。

あー、ランタン伯爵(製作時間10分)が…。

 

 

 

 

「つまりね、今日1日は怪奇は堂々と表を歩いても良いし、人を驚かしても良い日なのさ」

 

「たべられる?」

「食べちゃダメ」

 

かつて人と怪奇と死神とで交わされた契約の内容はこうだ。

 

“年に一度、人間の恐怖を集めるために怪奇が姿を現す日を設ける。”

 

そもそも怪奇が生きる為には人間の恐怖さえ有れば良いのだ。

だから、人間の恐怖を効率良く回収できる行事を作る必要があった。

 

この契約を履行するにあたって古い魔除けの行事、ハロウィンが利用されることになったのである。

 

まだ有名では無かったハロウィンという行事を万人受けする内容にアレンジして当時のメディアが徹底的に広報活動を行なった。

多少の時間は要したがその結果、大衆が楽しめるイベントとしてハロウィンは世界的に広まった。

 

そんな日であれば、怪奇の存在が明るみに出たとしても大きな騒ぎにはならない、というカラクリである。

 

 

怪奇都市であるレイズでもこのイベントは非常に重要だ。

今日に限っては怪奇達は人を傷付けなければ本来の姿を晒して往来を歩けるのだから。

ハロウィンをしっかり活用して怪奇達は人間の恐怖を回収するのだ。

元来魔除けの行事なのがちょっと皮肉だけども。

 

「まあ、ゾンビのマリーちゃんには実感はあまり無いかもだけど、人から恐れられるだけで怪奇は力を得られるのさ」

 

「そーじゃぞ〜。今日は無礼講なのじゃ」

「おやムルナウさん」

 

煙が立つように現れたのは我が家の幽霊ムルナウさん。

ムルナウさんなどの幽霊はまさに人間の恐怖を必要とするタイプだ。

まあ、幽霊と言うもの自体は世界的に広く認知され土地によっては信仰もされているので、そう簡単には消滅の危機には陥らないだろうけども。

 

「もふもふ」

「あばば!これ止めぬか小娘!いい加減にせんと口の中で暴れてやるぞ!ふぬぬぬぬぬ!」

「もももももも」

「ふはは!どうだシェイクされて噛めまい!早く離さんかー!」

「もももももも」

 

ムルナウさんを咥えたマリーちゃんがネジ巻きおもちゃのように振動しているのを横目に飾り付けを進める。

なんだかんだでムルナウさんもマリーちゃんと仲良くやれてるようでなによりだ。

 

 

 

「さぁて、儂もそろそろ出掛けるとするかの」

「ムルナウさんもハロウィンの予定があるんだ?」

「うむ。幽霊(ゴースト)友達のアナベルに呼ばれとってな。近隣の幽霊達が揃ってパーティーじゃ。それじゃーの」

「行ってらっしゃーい」

 

ムルナウさんは玄関扉をすり抜けて外へ出て行った。

 

 

「マリーちゃんは、普通にハロウィンを楽しんできたらどうだい?美味しいもの一杯貰えるよ」

「おにく?」

「肉じゃないけども、お菓子とか」

「にくの おかし?」

「肉から離れよう」

 

うーむ、まだマリーちゃんを1人で外出させるのは心配だなあ。

 

「一通り準備が終わったらぼくと一緒に外に行こうか」

「うん」

「それじゃあ外出前にお菓子を貰える魔法の言葉を教えてあげよう」

「おなかすいた?」

 

違います。

 

 





世界で一番ハロウィンの賑わう都市 第一位

一般に怪奇の存在がほのめかされる大イベント


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はろうぃん がーるず ろっくんろーる 2

今日はハロウィン。

日頃は物影、日陰、夜闇に身を潜める魔性達にとって、己が存在を高らかに主張できる特別な一日。

 

正しく、怪奇の祭典と言える行事である。

その一方で、気が逸る怪物達によるトラブル・事件数は普段の何百倍にも跳ね上がる。

 

よって今日は、怪奇対策課の最も忙しい一日になる。

 

 

 

 

 

 

 

「さて諸君。今年も大変な一日がやってきたのです」

 

早朝。

レイズ市警刑事部0課では、早朝出勤で課の全員が集められた。

本来なら始業には大分早い時間帯だが、今日という日に限ってはそうはいかない。

朝礼を任されたアウラは気を引き締めて挨拶を始めた。

 

「今年からこの課に配属された新顔さんも居ますが、レイズ市で暮らしている以上は知らないはずが無いですね?」

 

アウラは片手で背後のホワイトボードを叩いた。

そこには課長直筆で可愛らしくハロウィン♪と書かれていた。

 

「そうハロウィン!怪奇の怪奇による怪奇の為の悪夢のような祭典です!さる聖職者が“地獄が降りてきた”と揶揄したように今日は目を覆いたくなるような怪奇事件が多数舞い込むことでしょう。こうやって私が危機感を煽っているのにこのホワイトボードが全て台無しにしますねぇ!なんで可愛らしく書いちゃったんですか課長!」

 

ーーえ、駄目かな?

 

「駄目かな、じゃないです!追加で絵を描かないで下さい張り倒しますよ!」

 

「落ち着いて下さいアウラ捜査官!」

 

課長(スレンダー)は鮮やかな早業でホワイトボードに‘ミニスレンダーくん’を描き足した。

 

一番緊張感の無いこの男がトップなのだから、部下のアウラが代わりに引き締めを行わないといけないのだ。刑事部0課の日常風景である。

 

 

 

「怪奇達が自由に市中を行き来できるというだけでも頭痛モノですが、そもそもハロウィンを理解できてない連中などは平気で人間に襲い掛かります。私達は怪奇の動きをギリギリまで見極めて人間を殺させないように市内全域を駆けずり回る難易度ベリーハードなお仕事を要求されるです」

 

ーー間違ってもいつもの取り締まりと同じ感覚でやらないようにね。

 

「課長、それはどういう意味ですか?」

 

スレンダーの言葉に質問の声が出る。今年から配属された新人だ。

アウラはスレンダーの言葉を引き継いだ。

 

「再三言うようですが、今日は“怪奇達の権利が保障される日”です。よって我々は怪奇に対して殺害権を行使することができません。怪我をさせるのも極力控えて下さいです」

 

「もし、怪奇が我々に襲い掛かってきた場合は?」

 

「ああ、その場合は殺害さえしなければ迎撃オーケーです。マイヤーズが良い例ですね」

 

「マイヤーズ捜査官ですか?…そういえば今日はまだ来てないようですが…」

 

「ええ。あの白マスクに恨みを持つ怪奇は多いですからね」

 

刑事部0課の問題児マイケル・マイヤーズには敵が多い。今頃は日頃の恨みを晴らそうと待ち伏せしている怪奇達を相手にストリートファイトでもやらかしている事だろう。

“ダイス通りの血まみれ男”は悪い意味で有名である。

 

 

そんな話題になったからだろうか。

刑事部0課のドアを蹴破って血まみれのマイヤーズが飛び込んで来た。

 

トリックオアトリート(trick or treat)!なんて生温い事ァ言わねえ、死ねや(trick to you)クソガキ!」

 

少しステップを踏んでアウラが横にズレると、真横から釘バットが強かに床を叩く音が反響した。

直属の上司に対して躊躇なく釘バットを振り下ろしたマイヤーズの懐に飛び込んだアウラは、こちらも容赦なく握り拳を腹部に数発打ち込んだ。

 

「ごふっ…!」

「奇遇ですねマイヤーズ。ほら、死にたくなかったらお菓子を寄越すです」

「てんめぇ…!ハロウィンてそんな行事じゃねぇだろ…!」

「お前が言うなです」

 

と言うか血まみれで出勤しないで貰えます?

 

「まったく、ハロウィンだからってふざけるなです。そんな変なマスクまで被って、子供ですか?」

 

「アァン!?そんな面して仕事しに来るてめぇが言うんじゃねぇよ!」

 

「「やんのかコラ…!」」

 

ーーははは、早速イタズラされたようだね2人とも。

 

「「…んん?」」

 

スレンダーが持ってきた鏡によって、取っ組み合いの喧嘩をする2人の顔が映り込む。

 

アウラは顔に3本の猫ヒゲが描かれており、マイヤーズはいつものマスクではなくウサギの面を被っていた。

 

「「な、なんだこりゃああ(な、なんですかこれえ)!!」」

 

ーー相変わらず鮮やかな手際だねえ。ハロウィンの代表者を名乗るだけあるよ。

 

スレンダーの話ぶりから2人は下手人に当たりをつけた。

ある意味で、レイズ市のハロウィンの中心的な怪奇と言っても過言ではない存在だ。

 

ハロウィンになると何処からともなく現れて、カラカラと笑いながらイタズラをして去っていく黄色い通り魔。

 

 

「「やりやがったなヒルビリー!」」

 

 

 

 

 

 

 

「わははははー!お似合いだぜ子供達(キッズ)!その格好ならお菓子も貰えるだろうぜー!わーはははー!」

 

お化け案山子は市警の屋上で腹を抱えて(わら)った。

 

 

 

 

 

 

 魔女リリスのハロウィンは前日のお菓子作りから始まる。

もちろん、作ったお菓子は子供達に配るための物だ。

 

本来、魔女というのは種族=人間であるので、怪奇の為の乱痴気騒ぎに参加する義務は無い。がしかし、レイズ市のパワーバランスの一角を担っている–––他人が言い出した事だが–––リリスはなるべくイベントには顔を出してくれ、とあちらこちらから"お願い"されているのである。

 

決して、特大の不発弾を目に見える場所に置いておこうとか、そう言う裏がある訳では無いと信じたい。

 

 

 

 ハロウィン当日、目を覚ましたリリスはパジャマを着替えつつ魔法で店の外の様子を窺った。

どうもハロウィンという日は、一部の理性に欠けた怪奇を刺激するようで、リリスの店"アダム・シーカー"に直接襲撃を仕掛けてくる怪奇がたまに居るのだ。

とはいえ魔法店はリリスの掛けた魔法式により秘されているので実力の無い怪奇では店を拝む事は不可能である。

幸い、今年は店の前で待ち構えている怪奇はいないようだ。

 

その代わり、

 

「ウソでしょ…?中に居るじゃない」

 

怪奇の反応が建物の中から感じられる。

同時に店内で忙しなく動き回る音が聞こえた。

今まで自身に感知されずに店に忍び込んだというのなら、かなりの実力者という事になる。

何者かと店のドアを開けると、

 

「今日はハロウィン♪イカれたハロウィン♪俺は不気味に笑うお化け案山子♪泣く子も固まる恐怖の笑顔♪」

 

軽やかに歌いながら、店中に橙色のクリームを塗りたくるお化け案山子が居た。

案山子はリリスが入って来た事に気付くと、手に持っていたバケツと刷毛を放り捨てる。

 

「あっ若作りおばあちゃん!ハッピーハロウィン!もてなしか、イタズラか!」

 

「すでにイタズラ始めてる悪ガキにやるお菓子なんてあると思う?」

 

見回せば店内360度あらゆる場所にクリームが塗ってある。

掃除は魔法で出来るので簡単だが、よくもまあ汚しに汚したものだ。

 

「いやいやいやいや、俺流のもてなしだよバアちゃん!この店ハロウィンにしちゃあ年寄り臭くて地味目だったもんでね?俺様謹製パンプキンクリームで今日一日ハッピーにしてやろうと考えた訳さ!どうだい。嬉しい?嬉しい?」

 

布と藁で形作られたその頭からは流暢に皮肉混じりの嗄れ声が発せられる。

リリスは努めて笑顔だが、普段から怒りを溜め込まない主義なので既に周囲に魔力が迸り始めている。

 

「ええとっても嬉しいわ。お礼はハジける奴かホットな奴か。どっちが良いかしら?」

 

「本当かい?嬉しいぜバアちゃん!でも二択なんてケチ臭いぜ。両方おくれ」

 

「いいわよ」

 

二重詠唱展開。

"荒れ狂う天空より神の裁きあれ"

"冥府の業火よ罪ある者を薙ぎ払え"

展開完了。

対象"お化け案山子のヒルビリー"

 

「食らって死になさい!」

「お迎えの死神さんはお菓子をくれるかなー?わーははははー!」

 

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐ」

「スニッカーズはどうだいマリーちゃん?美味しい?」

「おいしい?」

 

お菓子を頬張るマリーちゃんに感想を聞いてみるが、不思議そうな顔をされた。

そういえばマリーちゃんは肉を食べて「おいしい」とは言うけど、他の物を食べた時の感想は言わないなあ。肉以外は味覚的に美味しく感じないのだろうか、ゾンビだし。

 

「さて、そろそろリリスちゃんのお店に着くね。さっき教えた魔法の言葉を言えるかな?憶えてる?」

「おなかすいた」

「うん、もう一回教えとこうか」

 

少ししてリリスちゃんのお店、アダム・シーカーが見えてきた。

おや、いつもより雰囲気が明るいと思ったら看板にパンプキンクリームが塗ってあるじゃないか。

リリスちゃんはあまりレイズ市のイベントに乗り気じゃないと思ってたけど意外と楽しめているようでちょっと安心した。

 

店のドアノブに手を掛ける。

 

「いいかいマリーちゃん。ぼくがお手本を見せてあげよう。そこで見ててね」

「うん」

 

「ハッピーハロウィン、リリスちゃん!そしてトリックオア––」

 

「食らって死になさい!」

 

ドアを開けた直後、謎の閃光が玄関口から彼方の空まで一直線に貫き、ぼくの体は瞬く間に灰と化した。







お化け案山子のヒルビリー。
ハロウィン限定のスーパースター的存在です。


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