IS~鉄の華~ (レスト00)
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プロローグ1

執筆中に思うのが、『IS学園までが遠い』です


 

 

 鉄錆とオイルの匂い。

 それが幼い頃から嗅ぎなれた身近な匂いだった。

 そして、嗅ぎなれていたのはもう一つ――――――

 

 

 

 老朽化のせいか、所々表面が剥がれている床や壁が当たり前の倉庫。骨組みの鉄骨はむき出しで、ガワはともかく中から見れば明らかに安物と言えるようなその倉庫には、そのボロさからはかけ離れたモノが置かれていた。

 

「おやっさん、整備お願い」

 

「おう、わかった……って、またこんなにボロボロにしやがって。ISと比べて低コストとは言え、EOSもそれ自体は金食い虫なんだぞ、たく」

 

 二、三メートル程の機械仕掛けのパワードスーツ。正式名称、エクステンデッド・オペレーション・シーカー、通称『EOS』と呼ばれるそれが、その倉庫の中には十機近く並んでいた。

 その中のいくつかは専用の設備に固定され、幾人かの整備士によって手が加えられている。

 そして、そのEOSのウチの一機に乗り込んでいた上半身裸の少年が、整備士の中の最年長の男に声をかけながら、機体から降りるところであった。

 

「でも、“敵”は追い払えた」

 

「……今回も隣の国の連中か?三日月」

 

 小国同士の小競り合い。利権やら何やらで、政治家は小奇麗な部屋で怒声を飛ばし、国の兵士は銃弾を飛ばしあう。

 よくある話ではあるが、その国境付近の所謂最前線でその少年兵、三日月・オーガスは戦っていた。

 今日もその散発的な戦闘の一つで、今はお互いに兵を引き様子見の状態となっていた。

 

「うーん……」

 

「?」

 

 散発的に攻めてくるいつもの敵かどうか確認する整備士、ナディ・雪之丞・カッサバはいつもハキハキと答えを返してくるはずの三日月の悩むような声に首を傾げた。

 

「いつもとは少し違うかな」

 

「どういうこった?」

 

「攻めてきてる奴らは同じだけど、いつもと違って気持ちが悪い感じ」

 

 感覚的な物言いに、雪之丞は自然と三日月の背中の一部、首の付け根のあたりに視線を向けた。そこには、先程までEOSと“接続されていた”コネクターがあった。

 『阿頼耶識システム』

 操縦者の脊髄に、ナノマシンを用いた外科手術によって金属端子を埋め込み、機械側の端子と接続させることで、操縦者の神経と機体を直結させ、ナノマシンによって高められた空間認識能力と合わせることで、脳内のみで外部情報の処理を可能にし、高い追従性能を引き出すシステム。

 三日月を含む、この場にいる少年兵たちは全員このシステムが利用できるように処置を施されていた。

 

「おやっさん?」

 

「ん?おお悪い。少し考え事してた」

 

「……歳?」

 

「舐めたこと抜かしてると整備してやんねーぞ?そんで、不満点は……言いだしたらキリがないか。して欲しい改善点は?」

 

 EOSは元々ISと言う原点があるパワードスーツであった。

 IS、正式名称『インフィニット・ストラトス』とは、稀代の天才である篠ノ之束が開発したマルチパワードスーツであった。宇宙で使用することを目的としたそのスーツは、様々な装備の量子収納、操縦者の保護を目的とした絶対防御、自己進化を成すコアなど、革新的な様々な機能を有していた。

 そして、ある事件を経てからISの軍事的な性能が見直され、既存の兵器の頂点の地位を一足飛びでISは手にしたのだった。

 だが、そんな一昔前の漫画に出てきそうなそれには解明されていない欠点があった。それは男性には乗ることができないということだ。

 これにより、世界には女尊男卑の風潮が広まり始める。

 それに危機感を抱いた者たちはISに対抗できるものを生み出そうとする。それがEOS開発の経緯であった。

 だが、実際にできたのはISと比べるべくもない粗悪な劣化品であった。

 パワーアシストもあるにはあるが、無いよりはマシ程度。

 バッテリー式で、素の状態で約十分。増設しても三十分が限界。

 量子格納は出来る訳もなく、装備は全て外付けであった。

 

「ISが使ってるって持たされたサーベルだっけ?あれ使いにくいから違うのない?」

 

「ちょっと待ってろよ…………ほれ、ここにある武装のリストだ」

 

 そう言って、武器の一覧表が表示されたタブレットを渡してくる雪之丞。

 反射的に受け取る三日月であったが、画面を一瞥した後に苦笑いを浮かべ、どこか申し訳なさそうにそのタブレットを雪之丞につっ返す。

 

「おやっさん、ごめん。俺は……」

 

「あぁ、そう言えば文字読めねーのか。なら絵が出てくるようにしといてやるから、矢印を押して色々と見てみろ。気に入るのがあったら教えな」

 

 そう言って、簡易的なタブレットの使用方法を教えた雪之丞は、三日月の乗っていたEOSのバッテリーパックの交換を行う作業を始めた。

 

「ミカ」

 

「オルガ」

 

 しばらく武器の映像を眺めていた三日月に、新しい人物が声をかけてきた。

 三日月と同じく未だ少年であるが、身長は三日月よりも大きく背丈だけなら大人とさほど変わりない。

 その少年、オルガ・イツカはどこか真剣な表情で三日月の首に腕を回し、顔を近づけてから小声で話し出す。

 

「今回の戦闘、敵がきな臭い動きなのは気付いてるだろう」

 

「うん、どこか気持ち悪い」

 

「恐らく向こうにはISがある」

 

 その単語に三日月がピクリと反応を返した。

 

「さっき見てきたが、上のオヤジどもはいつにもまして慌ただしく騒いでた。聞こえた単語だけで判断すれば、この国の政治屋が敵のISを俺たちで追い返せって命令してきたらしい」

 

 無茶な話であった。

 只でさえ拮抗状態の戦況で、向こうには数段上の兵器が増援として送り込まれるのだ。戦場の流れが変わるどころか、それこそまとめてひっくり返されてしまうような要素であった。

 

「それでここからが本題なんだが――――」

 

「いいよ」

 

 説明の重要な部分を口にする前に三日月が了承の意を伝えてくる。

 食わせ気味の返答に一瞬目をパチクリさせるオルガ。その反応が面白かったのか、クスリと笑みを零しながら、三日月は武器の見聞作業に戻るために手元のタブレットに視線を落とした。

 

「難しい説明は多分俺じゃ分からない。だから、命令してくれオルガ。次は何をやればいい?俺はどうすればいい?」

 

 その三日月の言葉にオルガは獰猛な笑みを返した。

 そして、それから数分後、説明を終えたオルガは目的のために動き出す。三日月と一旦別れ、整備をしている人間の内、やけに恰幅のいい人間に近付き、先ほどの三日月と同じく首に腕を回しつつ、人気の薄い場所に連れ出す。

 連れ出した相手の首周りが太く、腕を回しているのが体勢的に辛かったのか、移動後はすぐに拘束をとくオルガであったが。

 

「どうしたのさ、オルガ」

 

「ビスケット、国の上の連中、ここを捨てる気らしい」

 

「え?!」

 

 三日月よりもいい反応を返してくる目の前の、自身と同じく少年であるビスケット・グリフォンに微笑ましさを感じながらもオルガは説明を続けた。

 

「昨日の補給物資の中にISが紛れていた。それに合わせるように今日の戦闘はいつもと違う戦略を敵は使ってきてる。恐らくだが、向こうにもISがあるんだろう」

 

 この基地には前日に補給用のコンテナがいくつか運び込まれていた。

 そのコンテナの中にEOSのパーツに紛れ込ませるように、IS運搬用の小型コンテナが混じっていた。

 この基地の大人たちからも色々と冷遇を受けている中、少しでも状況を把握するために普段から色々と情報を仕入れているオルガがそれを把握するのに、そんなに多くの時間は必要としなかった。

 

「そんな!ISは軍事的な利用を禁止されているのに」

 

「そんな建前いくらでも言い訳がつく。問題はここからだ。ISに対抗するために国がISを送ってきたってのに、肝心のパイロットがいない。お前、ここ最近新しくここに来た女を誰か見たか?」

 

「いや、そんな人は……まさか?」

 

 そこまで説明を聞いて、ビスケットはあることに気付く。

 

「ああ。そのパイロットがいるにしろ、いないにしろ、何はともあれタイミングが出来過ぎてる」

 

「じゃあ、もしかして……」

 

「ああ、この国の政治屋連中はISを手土産に美味い汁を吸うつもりらしい」

 

 オルガの推測はこうであった。

 小規模とはいえ、最前線で戦闘を続けているこの倉庫を含む軍事基地は色々な意味でこの国の僻地であった。

 そして、交戦状態の相手国がISを投入することを察知した国の政治屋が、対抗措置としてこの基地にISを派遣してくる。

 だが無駄に抵抗し、下手に被害や割かなければならない予算を消費するよりも、政治的な取引を行う方が利になると国は判断したようであった。

 ISと言うのは、そのコアによって存在する絶対数が決まっている。その数たった467基。その為、各国が持っているISは片手で足りるどころか、存在しない国も珍しくないのであった。

 その貴重なISを引換に、国は後のことを踏まえた秘密裏の交渉を敵国と行うというのが、オルガが予想した展開であった。

 

「ちょっと待ってよ。それなら僕たちは」

 

「あぁ。ここを維持するには少なくない金がかかる。それにいくら俺らのようなガキが作業してるからって、食い物も少なくない量がいる。なら、国としては、ここが人員ごと無くなったほうが都合がいいだろうさ」

 

 戦争というものには、資金はもちろん、多くの物資が必要となってくる。それは近代戦に限らず、剣や弓といった原始的な方法で戦争していた古代でも変わらずだ。そして、只でさえ金のかかる兵士の育成を現地の少年兵で補充することで、省いているのに今更国や基地の上層部が彼らのような少年兵の被害を考慮するとは考えづらい。

 

「よしんば逃げ出したとしても、俺らはここのオヤジどもに弾除けにされるのが関の山だ」

 

 戦争というのはコントロールが難しい事象である。そんな中、どさくさに紛れるように逃げるのはできなくはない。だが、コスト的にも一番軽視されている少年兵を大人が使い潰そうとする姿がありありと予想できてしまう。

 しかし、戦闘が始まっているというのに、なぜまだこの基地は機能しており、未だに人的被害がいつもと変わらないのか。

 そこで繋がってくるのが、三日月も感じていた違和感だ。

 

「向こうの敵も、殲滅の前にISの確保をしなきゃならねえ。だからこそ、今の小競り合いなんだろうよ。恐らくは、既に国の上の方では話が着いてる」

 

 いつもとは違った戦略は、この基地をISごと破壊してしまわないようにしようとする敵側の気遣いである。そして、昨日の今日。補給が行われてすぐに戦闘が行われたのは、既にかなり以前から基地の上層部と敵国は繋がりを持っていたということだ。

 でなければ、ここまで誂えたかのような状況などはできない。

 

「そんな……じゃあ、これまでの戦闘で死んでいった皆は……」

 

「ああ……この国に殺されたんだよ」

 

 静かに、だが確実にオルガは憤怒の感情を表に出していた。

 

「……ビスケット。整備のガキどもとおやっさん、あと厨房にいるアトラとお前の妹たちを連れていつでも地下の防空壕に行けるようにしておけ」

 

「どうするつもり?」

 

「このままここで死ぬのは真っ平だ。それにそれじゃ筋が通らない。割を食うのが俺たちだけってのはな――――事を起こすぞ」

 

 その言葉に、ビスケットは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 





次回は最低でも一週間後です。


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プロローグ2

思ったよりも読者の方の反応良かったので、戦闘シーンまで先に投稿しておきます。


あと、作者の中で、EOSのイメージはAMボクサーです


 

 

 戦場となる荒地に土煙が舞う。

 元々降雨量が乏しいこの土地には、水源はもちろん植物の生えた土地もそうそう多くはない。その為、EOSによる短距離のスラスターを使った跳躍は乾燥した土をよく舞い上げた。

 

『ミカ、こっちはそろそろ準備が終わる。そっちはどうだ』

 

「あぁ、うん。向こうが気付いてるかは知らないけど、もうそろそろ戦闘が始まる」

 

 EOSの操縦者である三日月が着ける通信用のヘッドセットから聞きなれた声が響く。

 その声を聞くと、単騎で移動しているにも関わらず背中か若しくは隣に誰かのいる安心感を覚えた。

 

「全部倒さなくていいんだっけ?」

 

『そうだ。なんにせよ生き残ることが第一だ。バッテリーがヤバくなったら即座に後退しろ。お前が後退し始めたら、昭弘の部隊がそっちに向かう』

 

「わかった」

 

 特に疑問も持たず、自身が確認すべきことを終えれば十分なのか、三日月の反応は淡白なものであった。

 下手に長時間通信するのは危険なため通信を切る。

 すると、ちょうどその切ったタイミングに合わせたように、三日月は目的地である敵軍の見える小高い丘に到着した。

 

「敵は、車両が四、EOSが八、戦車が六っと……陸戦部隊か」

 

 航空戦力は見えなかったが、燃料のことを考えると戦闘が開始してから来る可能性も考えられる。だが、EOSのバッテリーの問題で、敵の航空戦力が来る頃には三日月は既に撤退を始めているだろうが。

 

(ヘリとかないのか……面倒くさいのがいないからいいか)

 

 当の本人はその程度の認識しかなかった。

 敵の確認を終えると、三日月は移動のために必要最低限にしていたパワーアシストの電源を入れ直す。

 そして、目視と阿頼耶識からの情報で機体ステータスと装備し直した武装の確認をする。

 

「っ」

 

 いつもと比べると装備したパーツも多く、脳に流し込まれる情報量が増えたことで少しだけ頭に痛みを覚える。

 しかし、それを無視しつつ、背部に固定されていた武装を三日月は展開し構える。

 

「これ、連射はできないのか」

 

 そう言って構えるのは、元々IS用に開発された滑腔砲であった。

 狙撃に必要な環境情報を観測するセンサーは付いていないため、ほとんど感覚で照準をする。最初は片腕で構えていたが、安定しない銃身にイライラし近接用の武装を握っていた方の手を、地面にその武装を刺すことで空手にし、両腕で構える。

 

「弾は六発。当てられるのは前の五発だけか」

 

 確認するようにそう呟いてから、三日月はそれが当たり前のように引き金を引いた。

 大きな空気を叩く音と、風切り音が伸びていく。そのどこか綺麗な音が爆音に変わるのは、数秒とかからなかった。

 

「……」

 

 狙っていた戦車の近くに着弾する。

 付近を歩いていた歩兵が数人、その爆発で吹っ飛んだが、狙っていた戦車には着弾しなかったため、三日月の眉がすこしだけ歪んだ。

 着弾したことにより、こちらの存在に気付いた敵兵が対応しようと、部隊を三日月のいる丘に向けようと動き出す。

 そんな中でも、三日月はマイペースに狙撃を続ける。

 センサーが拾った、先の射撃のデータを感覚で捉えながら、誤差を修正する。

 

「……よし」

 

 先と同じく引き金を引く。すると、今度は狙い違わず戦車の砲塔部分の付け根に着弾させる。

 その狙撃作業を同じように四回続けると、最後の弾は敵部隊の中央付近に叩き込む。

 最後の弾丸は着弾と同時に、大きな煙を生み出す。

 それは乾燥した土を舞い上げたのではなく、弾丸に仕込まれたチャフスモークであった。

 

「――――行こう」

 

 撃ち終えた滑腔砲を投棄し、地面に刺しておいた武装――――無骨な先端を持つメイスを手にしながら、三日月は丘を下っていく。

 数百メートル先の煙の中から最初に出てきたのは、三日月と同じEOSを装備した兵士たち。そして、それに続くように歩兵が視界を確保するために、煙から出てくる。

 

「……まずは!」

 

 三日月が単騎であることを確認したEOS部隊は、各個撃破を恐れたのか一箇所に固まり、手持ちの銃火器を向けてくる。

 だが、相手が発砲するよりも早く、三日月はEOSの持つメイスをその集団目掛け投擲していた。

 反射的な防衛本能からか、EOS部隊の幾人かはそのメイス目掛け発砲していたが、質量の塊であるそれと比べ遥かに小さい弾丸では迎撃は不可能であった。

 

「こいつっ、落ちない!」

 

「馬鹿!それは囮だ!奴は――――」

 

 EOS部隊の指揮官であろう人物が、浮き足立つ部隊の人間を諌めようと声を張り上げる。しかし、その言葉を最後まで言うことはできなかった。

 

「一人目」

 

 メイスの影に隠れるように接近していた三日月は、ある程度の距離まで近づくと、EOSに付けられたスラスターを全開にし、投擲したメイスを追い抜く。

 そして、一番厄介そうな相手に向かって、EOSの拳を叩きつけた。

 しかも、EOSの装甲を避け、操縦者の頭に直接叩き込まれたのだ。

 

「………………へ?」

 

 バチャリと、粘性の高い液体が三日月とEOSに降りかかる音がする。それを隣で見ていたEOSの操縦者の口から間抜けな声が漏れた。

 一瞬静止したように動きを止める一同。だが、それも飛来してきたメイスにぶつかり、体勢を崩したEOSの操縦者が声を上げるまでであった。

 

「こ、この野郎!」

 

「やめろ、同士打ちが――」

 

 三日月のすぐそばにいたEOSの銃口が味方の静止も振り切り、三日月に向けられ発砲される。

 数メートルと離れていないため、どんな下手くそでも当たるその距離。

 だが、そんな状況でも三日月は生きていた。

 叩き込んだ拳をそのまま、向けられた銃口の方に回したのだ。

 

「味方を盾に?!」

 

 拳を引き抜くようにして、最初に仕留めたEOSという即席の盾を相手にぶつける。

 

「ひっ、う、あぅ」

 

 操縦者の体液を撒き散らすその盾に、生理的嫌悪感を抱きながらも避けることもできずに受け止めたそのEOSはそのまま尻餅をつく。

 その盾を振りほどくため押しのけようしたところで、自身を見下ろすように立ち、メイスの先端をこちらに向ける三日月の姿がその操縦者の視界に映る。

 

「あ……あぁ……ひぃ」

 

 自身と同じで、赤く身体を染めながらもそのことに“何も感じていない”目を向けてくるその少年兵に狂気と怖気を感じる。それがその操縦者の最後の思考であった。

 

「二人目」

 

 メイスの先端から打ち込まれた鉄杭が二人の人間と二機のEOSを貫く。

 その鉄杭をメイスを持ち上げることで、メイスから引き抜く。

 地面に残る、人間と機械の残骸。そして、一本の鉄杭は歪な墓標に見えた。

 

「……次は」

 

「ひ、う、撃てえ!」

 

「うるさいな」

 

 次の獲物を品定めするように、三日月が顔を上げる。

 その赤く染まった顔を直視し、恐怖に染まった思考を追い払うように、敵の操縦者の一人が叫びを上げる。

 それが耳障りなのか、三日月は少しだけ眉を顰めさせた。

 だが、それとは別に肉体は目的のために動き出している。

 

「く、来るなあ!」

 

「三人目」

 

 一番手近なEOSに接近する。再び銃口を向けてくるが、そのEOSの動作よりも、三日月が機体を相手の懐に飛び込ませるほうが早い。

 そのまま、銃口を逸らし、自身の背後に弾幕をはらせる。

 銃のトリガーを引かせたまま、その腕を空いている腕で固定すると、メイスを相手の頭上から叩きつける。

 

「や、やめっ――」

 

 機体を通して、柔らかい何かと硬い何かを潰す感触が返ってくる。その瞬間、何か声が聞こえたが、特に関係ないと三日月はその事に思考を割くことがなかった。

 敵を地面にスタンプすると、固定していた敵のEOSの腕が引きちぎれる。

 

「あれ?結構脆い?」

 

 マガジンが空になったのか、カタカタと音を立てながら空撃ちを続ける銃を未だに握っている腕を一瞥する。

 だが、すぐに興味を失ったのか、握っていた腕を背後に振り向くと同時に、迫ってきていた敵機にぶつける。

 

「何だこいつ!後ろに目でも付いてんのか?!」

 

 悪態混じりの声が響く。

 敵の兵士は、三日月のEOSの背部にカメラが付いており、その映像を阿頼耶識を通じて三日月が把握していることを知らない。

 何故なら阿頼耶識システム自体、人間に使うことを国際法で禁止されているからだ。

 ならば何故、三日月たちにそのシステムが使われているのか。それは彼らに戸籍が存在しないから。

 国が把握していない人間は資源というのが、三日月たちのいる国の考えであった。

 

「つっ!」

 

 自身の目が見ている以外の風景を脳で把握し、複数の敵の位置を確認し、射線を誘導しつつ各個撃破していく。

 だが、相手も馬鹿ではなく、三日月の武装がメイスのみと気付くと中距離戦闘に切り替え、削り潰すように銃弾を放ってくる。

 

「四人目!」

 

 メイスの先――――獲物となっている部分で、自身の生身の部分を防ぎつつ強引に切り込んでいく。

 

「恐怖がないのか!」

 

「そんな奴いないでしょ」

 

「子供?!」

 

 敵の言葉に言い返しながら、メイスを振りかぶる。

 その際、顔に付いていた血が乾き、剥がれたことで顕になった三日月の素顔に、敵の兵士が幾度目にもなる驚きの声を上げた。

 

「子供が戦場に立つのか!」

 

「関係ないでしょ、敵のあんたには」

 

 接近されたことで、銃から近接用のナイフを取り出す相手であった。それは訓練され、身体に覚え込ませた動作だったのか、かなりの速度であったが今この瞬間は大きなミスであった。

 

「っ!受け止めきれん!」

 

 肉厚でEOS専用とは言え、所詮はナイフ。大型のメイスを受け止めることはできず、そらすので精一杯であった。

 

「倒せなかった?」

 

「そう易易と!」

 

 そうは言っていても、メイスは直撃を避けただけで相手にしっかりとダメージを負わせていた。

 下手にこだわる理由もないと、即座に敵機から離れると三日月は再び回避運動をしながら次の敵を補足する。

 すると、ある映像が無視のできない情報として脳に引っ掛かりを覚えさせる。

 

「煙が引く。もうそんなに経ったんだ」

 

 最初の狙撃で発生させたチャフスモークが霧散し始めていた。

 これまで、下手に動くと被害が増えるだけと判断され、動かなかった戦闘車両や、無事な戦車が自由に動けるようになってしまえば、単騎で戦っている三日月には十分な脅威となる。

 

「バッテリーもやばい。そろそろ戻らないと不味いかな」

 

 そう呟いてから、EOSの腰部に装着させていた二つの円柱を引き抜くと、敵部隊の中央に投擲する。

 そうすると、再び煙が舞い上がり、三日月ごと敵部隊は煙に包まれるのであった。

 

 

 

 

 





自分の描写ではここまでが限界です。

三日月らしさ、そして、戦闘の疾走感は難しいです(泣)


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プロローグ3

感想欄に色々と今後の展開予想を書かれ、おっかなびっくりしています(笑)

だが、敢えて言うのであれば、未だにこの作品の着地点を考えていないので、どうなるかは作者にもわかりません(オイ)


 

 

「敵は追ってきてない、か」

 

 EOSを後退させ、後方からの追撃がないことを確認してから、三日月は機体のパワーアシストに回す電力を阿頼耶識を通じて落とした。

 一息つくと同時に、EOSの小さな収納ボックスに手を伸ばす。そこには少量ではあるが、吸水ボトルが入っていた。それで喉を湿らせつつ、空いている方の手で、体に被った返り血をこする。

 既に乾燥していたのか、血はパラパラと剥がれるように取れていった。

 

「ふぅ……あれ?」

 

 取り敢えず一区切りと思い、一息吐き出すと三日月の視線の先から土煙を少し上げながらEOSが近づいてくるのが見える。

 それは、三日月と入れ替わるようにして来るはずであった援軍であった。

 

「昭弘?まだ連絡は入れてないのに」

 

『三日月か、こっちの用事が早めに終わった。お前は一旦戻って機体を整備しろ』

 

「そうなの?……戦車とEOSをいくつか潰したけど、まだそれなりに数はいたから気をつけて」

 

「おう!お前ら、気合入れていくぞ!!」

 

 返答は通信機越しではなく、隣を通り過ぎる時に肉声で聞こえる。

 五機のEOSが編隊を組んで向かっていくのを見送りつつ、三日月は帰り道を急いだ。

 一方で、オルガの方は基地の方で上官たちに反旗を翻していた。とは言っても、先の昭弘の言ったとおり既に事は済んでいたが。

 国側の思惑を掴んでいたオルガは、少年兵たちを纏め上げ、基地の中枢を乗っ取り、これまで自分たちを使い潰してきた大人たちを排斥したのだ。

 

「よし、ビスケット。この基地で使えるカメラ媒体はどの位ある?」

 

「えっと、うん。監視用のカメラはそのまま使える。通信用の設備は最小限しかないけどネットに映像を流すだけならできる」

 

 基地の中央部――――司令室のような場所で、オルガとビスケットの二人はその部屋の電子機器を片っ端から立ち上げていく。

 オルガが考えたのは、所謂情報戦であった。

 ISというものがいくら強力でも、表向きそれは軍事的な利用が禁止されている。ならば、それが戦争に使用されているのを世界に見せつけてやれば、敵も引かざるをえない。

 そして、それに前後して、秘密裏にISを譲渡しようとしたとなると両国は他国から大きなバッシングを受けることとなり、戦争どころではなくなるのだ。

 例え、その映像が撮れなくても、阿頼耶識システムを処置された子供がいることを明るみに出すだけで、国は追及を免れない。

 これまでは、開けた土地とバカみたいに厳重な警備があったため、基地の外に出ることもできなかった。だが、それを管理していた大人たちを排斥したことにより、ここで消耗品のように扱われる子供たちは自由を手に入れるまであと一歩というところであった。

 今更ながら、この基地は一種の実験場であったようにも思える。

 タチが悪いのは、スラムのような場所が故郷の子供しかおらず、あの生活に戻るのであれば、ここで働いたほうがマシと思ってしまえるところである。

 

「オルガ、三日月が帰ってきた。今EOSの整備を受けてもらってる」

 

「よし、なら――――」

 

 続けて指示を出そうとするオルガ。しかし、その言葉は基地が受けた攻撃の音により、強制的に中断された。

 

「何だ?!」

 

「これって……IS?」

 

 ビスケットの呆然としたような呟きをオルガは聞き逃さなかった。

 咄嗟に、部屋に備え付けの大型モニターに視線を向ける。すると、そのうちの一つに、上空からこちらを見下ろすISの姿があった。

 逆光のせいで分かりづらかったが、そのシルエットは歪であった。

 八本の細いアーム。そして、操縦者の背部に装備された大型の楕円形のユニット。そのISの姿は蜘蛛を彷彿とさせた。

 何より歪なのは、そのISの右手に大きな長ものを持っていることだ。恐らくは、それが先ほど基地を攻撃した武装だということが伺えた。

 

「昭弘たちの戦闘は続いてるはずだ。なんでここにISが来てる?!」

 

「先にこっちのISを回収するつもりなのか、それともあのISの独断かもしれない」

 

 段取りが狂ったとオルガは歯噛みする。未だにネットに情報を流す準備は終わっていないのだ。そして、交渉をしようにも向こうからしたら、その交渉に乗るメリットがない。

 なんとか情報戦の準備をしつつ、時間を稼がなければならないと思考を働かせるオルガ。

 すると、オルガが声を出す前に、再びの爆発音が司令室にいる二人の耳朶を打った。

 

「今度は何だ?!」

 

「あれって、三日月?!」

 

「何だと?!」

 

 外では格納庫から飛び出すようにして、ISの方に向かっていくEOSを装備した三日月の姿があった。

 その手には新しい滑腔砲があり、それを二度三度とISに打ち込んでいく。

 

「オルガの邪魔はさせない」

 

 地上を舐めるようにショートジャンプをくり返し、三日月は滑腔砲の射程を気にしながら付かず離れずを繰り返す。

 

「ちっ」

 

 それが鬱陶しかったのか、ISの操縦者が舌打ちをしながら、八本のアームを展開してくる。そのアームの先端には機銃が仕込まれているのか、上空から銃弾の雨が降り注いだ。

 轟音とともに三日月のいた辺り一面に土煙が生み出される。

 それを見ていれば、誰もが三日月の死を予感する。だが、それは一発の弾丸により否定された。

 土煙から尾を引いた滑腔砲の弾丸が、ISの頭部に着弾したのだ。

 

「こ、の、クソネズミがあっ!!」

 

「最後の弾もあまり意味なかったな」

 

 これまで淡白な反応しかしなかった、ISの操縦者が吠える。頭部に直撃したため、ある程度のダメージは与えたのだろうが、ISに装備された絶対防御により戦闘不能にできるほどの深手は負わせられなかったようだ。

 よほど腹に据えかねたのか、有利なはずの空中から地面に降り立つIS。そして、これまで使わなかったその腕に掴んでいた長物をすぐそばに捨てた。

 

「?……それ人間に見えるけど」

 

「うるせーんだよ!そんなこと知ってもこれから死ぬお前にはカンケーないだろうが!!」

 

 三日月が言ったとおり、ISが捨てたこれまで何らかの武装だと思っていた長物の正体は目の前で吠えている女と同じく、“ISを纏った女”であった。

 だが、ISと言ってもそれは無残な姿であった。IS特有の非固定ユニットなどは脱落したのか既になく、辛うじてISと判断できるのは両足に装着させられたユニットくらいで、残りの部分は殆どの部分が全損で、中の操縦者の肉体が顕になっていた。

 三日月はその打ち捨てられたISに疑問を持ちつつも、今は関係ないと思考を切り替えた。

 敵と思われる蜘蛛のISは、四本のアームの先端に光の帯を伸ばさせる。

 それはISの高出力が実現させた光刃兵器であった。

 

「死ねやあ!」

 

 展開していない残り四本の足をバネにし、突撃してくるIS。

 それはEOSでは到底たたき出せない速度であった。

 三日月は反射的に、弾倉が空になった滑腔砲を相手に投げ付けつつ、思い切り横に跳んだ。

 バッテリーとか、スラスターへの負荷とかいつもなら気にする事を考える余裕はない。ただ生存本能に任せた行動だ。

 

「邪魔だあ!」

 

 滑腔砲をバラバラにしながらも、そのまま突っ込んでくる蜘蛛。

 それを間一髪で避けながら、三日月はEOSの背部に装備していたメイスを引っ掴む。

 

「そんなのが抵抗のつもりか、テメエ!」

 

 地面を削り、強引な方向転換をしつつ砲弾のように迫ってくる。

 その迫ってくる死そのものに、三日月は手に持ったメイスを思い切り投げつけた。

 

「同じことして時間稼ぎか!みっともねえんだよ!ネズミ風情が!」

 

 蜘蛛は展開したアームで、滑腔砲と同じように切り裂こうとしたが、質量の塊であるメイスではそれも叶わなかったのか、叩き落すだけで終わる。

 

「ちっ……あ?」

 

 叩き落としたメイスのすぐそばには、スラスターを吹かして接近していた三日月がいた。

 

「ゼロ距離ならっ」

 

 一度地面でバウンドしたメイスを握り込むと、その先端を蜘蛛の足の付け根あたりに接触させる。

 メイスに仕込まれた一発限りの鉄杭を内部機構の杭打ち機で打ち込もうとする。

 

「ぐっ?!」

 

 だがそれは、蜘蛛の足のうちの一本に腹を殴打され、吹き飛ばされることにより阻止されてしまった。

 吹き飛ばされ、地面を削り、轟音をたてながら倉庫の壁に突っ込む三日月。

 それでも何とか受身は取ろうとしたのか、壁に激突したのは背中からであった。

 

「手間取らせやがって……あん?」

 

「ぐぅ……」

 

 苛立ちを収めるように、緩慢な動きで蜘蛛の足の先端を三日月に向けてくる操縦者。

 あとは、思考制御で命令を下せば三日月はEOSごと蜂の巣になるはずであった。だが、彼女は何とか起き上がろうとしていた三日月の姿を怪訝な表情で見つめ、その動きを止めたのだ。

 

「お前……その背中の機械……阿頼耶識か?」

 

「っ……?」

 

 先の衝撃で、EOSのパワーアシストに弊害が出ているため、機体を立て直すことがなかなかできずにいた三日月は、問いかけられた質問に疑問を覚えた。

 何故なら、その女性の問いかけは、どこか確信を含んだ声音だったのだから。

 

「はっ!ははは!あははははははっはははははっははっははっはっはははっはっははははっははは!!!!!!」

 

 女は笑う。

 可笑しそうに、嘲るように、愉快そうに、笑い、哂い、嗤う。

 

「……何がおかしい」

 

 阿頼耶識システムの負荷と肉体的な負荷に息が詰まりそうになりながら、三日月は尋ねる。

 三日月はその笑いが酷く癪に障った。ハッキリした理由などない。しいて言えば、これまで向けられてきたどの感情とも違う何かをぶつけられたのが、ひどく不快であったためだ。

 その笑いを止められるのであればなんでも良かった。だから三日月は尋ねる。

 

「はは、さっきネズミって言ったが、しかもヒゲ付きだ。同情するぜ!変態科学者たちの実験台にされてよお!」

 

 笑いを止めることはできたが、ニヤニヤと浮かべた笑みを本当にやめてほしいと心底から三日月は思った。

 

「……どうでもいいさ……生きるのに必要だからやった」

 

 返事を返すと同時に、握っていたメイスを再び投げつけようとするが、それよりも先に蜘蛛の足で蹴り飛ばされる方が早かった。

 

「っ!?」

 

 体の中身を口からブチまけたと錯覚するほどの衝撃が三日月を貫く。

 安物のハンガーの壁は、今度は三日月を受け止めきれず、裂けてしまう。そのままEOSを纏ったまま三日月はハンガーの中に突っ込んだ。

 EOSの装甲部分を蹴られたにもかかわらず、三日月のむき出しの上半身は切り傷や打撲でボロボロであった。

 

「ネズミ狩りだ。運がよければ当たらねーよ」

 

 どこか楽しんでいる声が聞こえる。

 その一瞬後、ハンガーは銃弾の壁により薙ぎ払われた。

 

「――――――!」

 

 機能がまだ生きていたヘッドセットから誰かの叫ぶ声が聞こえる。だが生憎と、それは銃声にかき消され、うまく聞き取ることなどできるはずもなかった。

 

「ほ~ら、大事なおウチが潰れんぞ?」

 

 穴あきチーズが可愛らしく思える程に穴だらけになった壁越しに、そんな言葉がきこえた。

 

「!」

 

 跳弾の火花や、急激な光量の変化で若干目が眩んでいたが、そんなこともお構いなしに三日月は顔を上に向ける。

 そこには、ハンガーの屋根が迫ってくる光景が広がっていた。

 

「…………もう終わりか?つまんねーな」

 

 鉄骨の塊である屋根が落ちたハンガーを眺めつつ、蜘蛛の形のISの操縦者はそう呟いた。

 彼女の中で、高揚していた気持ちが冷めていく。

 久方ぶりに自分に楯突く存在がいることが彼女には嬉しかった。しかも、ISだの性別だのと、自身の強さを勘違いしている有象無象ではなく、キチンと自身の分を弁えそれでも食らいついてこようとする本当の意味での獣だ。

 そういう存在がいた事に彼女は歓喜したのだ。

 だからこそ、最後の最後にあっけなく終わってしまった事に落胆する。

 

「とっとと、やることやって帰るか」

 

 愚痴のように呟きながら、彼女は先ほど捨てておいたISを纏った女性の方に進んでいく。

 彼女の言うやること。

 それは二国間の紛争に使用されそうになったISの奪取であった。杜撰な計画しか立てることのできない国同士の取引。それは、彼女――――オータムが所属する亡国機業にとっては、格好の的に過ぎない。

 

「…………あの屋根の下にISの反応?おいおい、あの中にあったのかよ、メンドクセーな」

 

 置き去りにしたISのもとにたどり着くと、もう一つの目標を索敵する。

 その反応がたった今、自らが潰したハンガーの中にあることを知ったオータムはため息をついた。

 

「……あん?」

 

 もう一度銃撃で表面だけでも吹き飛ばしてやろうかと思い始めた時、その目標のISの反応に変化があった。

 装着しているISのバイザーに映っていたのは、待機状態から起動状態になったISの反応だったのだ。

 

「は?新手か?」

 

 そう呟いた時であった。

 先程まで、自分が吹き飛ばしてやろうかと考えていた、ハンガーの屋根が吹き飛んだのは。

 

「な――――」

 

 言葉を全て言い切ることはできなかった。

 その前に、屋根が吹き飛んだ際に舞い上がった埃と土煙の中から、自身めがけて振り下ろされる質量の塊が迫ってくる方が早かったのだから。

 

「てめぇ?」

 

「うるさいんだよ、あんた…………オルガの声が聞こえないだろ」

 

 その質量を振り下ろしていたのは、先程まで纏っていたEOSに様々なパーツが継ぎ足されたような“何か”を纏う三日月であった。

 

「ハ!」

 

 それが心底嬉しそうに、オータムは歓喜の声を漏らし、自身が求めるような獣のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 





次回は本当に未定です。


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プロローグ4

なんとなしに間が空いてしまいました。

先に言っておきますが、今回皆さんが思っていたような無双はないです。
無双はもう少ししてからです。


 

 

 砂埃が舞う。

 轟音が響く。

 そして――――鮮血が繁吹く。

 

「ッ!」

 

 いつもしているように、踏み込む。何百と重ねてきた当たり前にできたその動作は、想定を裏切った。

 踏み込んだ瞬間に地面を割り、それのリカバリーのために姿勢制御を行う。

 先程から、定期的に起こしてしまうそのミスに、内心でイライラしながら、三日月は敵の蜘蛛――――オータムのISからの攻撃を捌いていた。

 

「どうしたどうした!着慣れないおもちゃに舞い上がってんのか!!」

 

「うるさいって言っただろ」

 

 やけに軽く感じるようになったメイスを振るう。

 上から叩きつけるようにするために振り下ろされたそれは、三日月の想定よりも速く振り下ろされ、相手に掠りはするが決定的な致命打とはならなかった。

 

「ヤりにくいな」

 

 潰れた格納庫から飛び出してから既に十分近く経つ。その間、三日月はずっと思っていた事をとうとう口から溢す。

 三日月の纏うEOSはその姿を変えていた。

 ゴテゴテしていたEOSの意匠を若干残しつつも、シャープな局面を描く装甲が増設され、それが渾然一体となった“何か”を三日月は纏っているのだ。

 そして、その性能はEOSとは比べ物にならない程に跳ね上がっていた。それこそ、まるで今相手にしている“インフィニット・ストラトス”に迫るほどに。

 だが、その跳ね上がった性能は逆に三日月にとって足かせとなった。

 想像できるだろうか?

 これまで一般的なAT乗用車に乗っていた人間が、急にF1カーに乗り換えたようなものだ。それまで慣れきっていたAT車では上手く運転できていたかもしれないが、そんな人間がF1カーをすぐに乗りこなせられるか。

 答えは言うまでもない。

 否である。

 

(さっきから、データがうるさい)

 

 そして、三日月にとっての足かせはもう一つあった。

 それは阿頼耶識である。

 本来であれば、阿頼耶識はこういった場合にはうってつけであり、即座に機体の使用感覚を操縦者にアジャストさせる。

 だが、上がった機体性能は馬力だけではなくセンサー類もそうであったのだ。

 つまり、今三日月の脳には、阿頼耶識から余分な情報を送られすぎており、それが機体の操縦感覚を逆に鈍らせているのだ。

 そして、その跳ね上がった情報量により、三日月の脳には多大な負担となっていた。

 そんな状態でも、彼女との戦闘を少なくとも互角に見える程度に維持しているのは、三日月のこれまでの経験とそれでも戦おうとしている意志の強さ故である。

 

「っ」

 

 もう何度目かわからないが、鼻の下を拭う。

 情報が送られるようになってから少しして、流れ出した鼻血を三日月は鬱陶しく思った。

 

「いい加減…………邪魔だな、アンタ」

 

 機体の違和感や失血による意識レベルの低下から、三日月の声のトーンが下がった。

 その言葉と、そこに滲んだ殺意が向けられた瞬間、オータムの背中に悪寒と快感が同時に駆け巡る。

 

「ハッ!いいね!いいね!!お前は獲物にするには最高だよ!ネズミが!!」

 

 失血のせいか先ほどよりもダラリとした体勢の三日月に突っ込んでいくオータム。

 その機体――――アラクネの特徴的な足からそれぞれ光刃が展開される。

 銃ではなく、近接用の武装を選んだのは単にオータムの好みだからだ。彼女にとって、恋人である“とある女性”との逢瀬と同じくらい、闘争は何事にも代え難いものであった。

 だから、彼女は命のやり取りという極限状態を味わうために近接の武装を好む。

 

「…………」

 

 こちらに向かってくるその暴力の塊を三日月は、鋭敏化させられている五感で感じ取る。

 足を展開し、蜘蛛が獲物を捕食するように足でこちらを抱え込もうとしているらしい。

 

「なんか……静かだな」

 

 オータムと同じく、死の淵に立つことで極限状態になっている三日月の頭が、より死を意識するために余分な情報を削ぎ落としていく。

 集中力からか、それとも性能の上がったセンサーのおかげか、それとも死ぬ前の走馬灯に似た何かのせいか、ゆっくりとこちらに迫ってくる敵の姿を三日月は捉える。

 

「いや、うるさいよりはいいのか」

 

 前方から包むように迫ってくる光刃。

 それに対して、三日月は――――

 

「でも、一番うるさいのは――――」

 

――――前に踏み込んだ。

 

「コイツだ」

 

 グリップではなく、メイスの先端部分をラグビーボールのように抱えて持つと、三日月は上がった出力をそのままに前に踏み込んだのだ。

 

「っ!」

 

 背部からは光刃同士がぶつかる異音と、背中のユニットが拉げる音。そして、焼くような痛みが伝わってきた。

 だが、前方からは相手を仕留めるための確かな感触を覚えた。

 

「ク、ソッ、がぁ!」

 

 頭上からの悪態は仕留めそこなったことか、それとも今の状態の事を言っているのか、三日月には判断ができなかった。する気もなかった。

 

「終わりだ」

 

 迷わず、三日月はメイスに仕込まれた鉄杭を放つ。

 密着するように接触していたせいで、直接は見えなかったが三日月の手には硬い塊を貫徹させた衝撃が確かに伝わってきた。

 その決着の数分前。ほんの少しだけ、時間は遡る。

 三日月がオータムから意識を逸らそうとしていた基地の司令室では、オルガとビスケットがその戦闘の様子を眺めながら、この状況の打開のために頭を必死に働かせていた。

 

「どうするのさ、オルガ!このままじゃ三日月が――――」

 

「分かってる!だが、見てる以外に何ができるってんだよ!?」

 

 苛立ちと無力感が焦りとなって、二人の視野を狭める。

 今現在、この基地において三日月よりも強いとハッキリと断言できる味方は一人もいない。その三日月が手を焼くような相手に、下手に増援を向かわせれば無駄死にを出しかねない。

 それを理解しているからこそ、オルガは下手にもう一つの戦場で戦っているであろう昭弘たちの部隊に打診ができないでいた。

 

「……?……これって、まさか!」

 

 ふと、自身が操作していたコンソールの画面に視線を向けたビスケットは驚愕し声を上げる。その慌てた様子に反応を示したオルガは視線でどうしたのか尋ねた。

 内心で、これ以上どんな厄介事が起こったのかと、戦々恐々としながらも、今生命をかけている仲間のためにも目を背けるわけにはいかないとオルガは腹をくくる。

 

「オルガ!今この戦闘の映像がネットで流されてる!!」

 

「!基地に設置しておいた爆弾は起爆できるか?!」

 

 驚くことに慣れてしまったのか、オルガは即座に自分がすべきことを判断し問いかける。

 その意識の切り替えについて行けないながらも、ビスケットはコンソール画面を操作しながら、その質問に応え始めた。

 

「い、今ここから起爆できるのは地下の発電施設と、大人たちの生活区画ぐらいだけど――――無線だから、さっきの爆発で受信機がダメになっているかもしれない」

 

 この基地を制圧する前の下準備として、オルガたちは爆薬を基地に設置し大人たちを脅す材料としていた。

 この脅しがすんなりと通ったために、今回三日月が聞かされていた予定よりも早い舞台展開ができたのだ。

 

「それで十分だ。今すぐ起爆させるぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな急に」

 

「ミカが敵を抑えているうちに、俺たちが行動を起こす。ぐずぐず、ここで篭城して敵を倒したとしても待ってるのは、三日月を狙う外の国のハイエナどもだぞ!」

 

 まくし立てるように言う、オルガの言葉は正鵠を射ていた。

 実際、ネットを通じここでの戦闘――――男である三日月がISに似た何かを纏い、正真正銘のISと五分五分の戦闘を行えているという映像を確認した各国は、既に国を動かそうと動いている。今この瞬間も。

 オルガの考えに理解が至り、ビスケットは頷くことで返事を返す。

 

「予定とは違うが、昭弘たちに連絡する。ビスケットはおやっさんやチビどもを連れて脱出を――――」

 

 

 

「盛り上がっているところ悪いのだけれど、少しいいかしら?」

 

 

 

 透き通った声が、広くもないその部屋に響いた。

 

 

 

 




少し中途半端ですが、ここで切ります。
次回あたりでプロローグ終わりです。



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プロローグ終

結構強引ですけど、今回でプロローグ終わりです。
かなり飛び飛びかもしれませんが、早めに本編に行きたいので飛ばし気味に行きます。


 

 

 自身を覆う、機械の手から伝わる確かな手応えを感じた瞬間、三日月は即座にその場を離脱した。

 一旦距離を置いたことで、改めて敵のISの全貌を視界に捉える。

 

「…………外した?それとも躱された?」

 

 蜘蛛の尾の部分を貫通した鉄杭。

 それが、敵のIS――――アラクネの主要ユニットであり、それを破壊しただけでも大きな戦果である。であるのだが、三日月は眉を顰める。

 あの距離であれば、貫かれるのは背部の主要ユニットではなく搭乗者であるオータムの腹部辺りの筈であった。

 しかし、ここでISではなくEOSの戦闘に慣れきっている三日月の経験が仇となる。

 ISとEOSの大きな違いの一つ。絶対防御の有無が今回の結果を引き起こした。

 シールドエネルギーを削り、搭乗者の生命を脅かしそうな攻撃をしかし、ISであるアラクネは絶対防御で瞬間的に減速させ、一流の搭乗者であるオータムが身を捻ることでギリギリ攻撃を受け流したのだ。

 だが、その近さと威力から流石に無傷とはいかず、その結果がISの背部ユニットの貫通という結果に終わったのである。

 

「しぶといな、アンタ」

 

 そういったオータムが健在な理由や理屈など、知ったことではない三日月は短く持っていたメイスを両腕で握りなおす。

 

「上、等、だよ、クソがああああああ!」

 

 咆哮が空気を叩く。

 それをむき出しの肌で感じながらも、三日月の思考は変わらない。

 

(……どうやったらコイツ死ぬんだ?)

 

 オータムの姿勢が前傾になり、再び戦いの火蓋が切られようとした瞬間、上空から光の線が伸びてきた。

 

「……増えた?」

 

 広がった視線を少しずらし、光の線の元を辿るとそこにはオータムのアラクネとは違う意匠のISが滞空していた。

 

「オイコラ、チビスケ!邪魔してんじゃねぇぞ!」

 

「撤退だ。時間をかけすぎたな」

 

 肉声でそう叫ぶオータムに対し、淡々と用件だけ告げるとさっさと撤退を始める。

 その程度の言葉で目の前の女が引くはずがないと思った三日月であったが、上空の奴とは別の相手から通信で誰かに何かを言われたらしい苦い表情のオータムに眉を顰めた。

 

「っ、了解………………おい、お前の名前は?」

 

「……教える意味あんの?」

 

 その返事に舌打ちを一つ残し、オータムはそのまま撤退を開始した。

 その隙を逃す三日月ではない。だが、それがなされることはない。

 

「……?……なんか寒いな?」

 

 何度目なのか分からないが、鼻の下を腕で拭う。だが、これまでと同じような拭った感触はなく、腕が滑るヌルりとした感触と身体の芯は冷えているのに、そのヌルりとした感触のある部分だけがやけに温かい感覚であった。

 

「は?……あれ?」

 

 いつの間にか傾いた視界。そして、動かなくなっていく身体。それをハッキリと自覚する前に、三日月の意識は落ちていく。

 

(お腹…………すいたな……)

 

 ブレーカーが落ちるように途切れそうな意識の中、三日月はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

『もう人間に振り回されたくない』

 

「?」

 

『自分勝手な思考なんて知りたくもない』

 

「誰?あんた」

 

『貴方に力をあげる。だから、私を自由にして』

 

「…………」

 

『お願――――』

 

「知らないよ、そんなの」

 

『!待っ――――』

 

「でも、あんたの力はいるかもしれない。だから、使ってやるから、あんたも勝手に俺を利用すればいい」

 

『――――』

 

「くれるなら早くしてくんない?こっちは急いでる」

 

『貴方も私を利用するの?』

 

「さぁ?自分で勝手に決めれば?」

 

 

 

 

 

 

 揺蕩うような感覚から抜け出ると、見慣れない程に綺麗なコンクリートの床が視界に入る。

 

「…………昔の事って夢で見れるんだ」

 

 自分の体が、EOS擬きのパワードスーツに繋がれたまま、どこかのハンガーの中に入れられている事を自覚した三日月は、寝起きの意識を切り替えるために二度三度と首を軽く振った。

 

「意識が戻ったのか、ミカ?!」

 

「……オルガ?」

 

 やけに近いところから、聞きなれた声が届く。

 そちらに視線をやると、多少なりとも治療を受けたオルガの姿があった。

 

「あれ……俺は……ここどこ?」

 

 意識がはっきりしてくると、自分が何をしていたのかを思い出していく。連鎖的に繋がっていく記憶に、今はあまり関係ないかと結論づけると、三日月は今思いついた疑問を口にした。

 

「ああ、ここは……って、説明の前にそれを外す方が先か、おやっさん!来てくれ!」

 

 どうやら、オルガ以外の仲間もここにいるらしい。

 オルガが声を張り上げると、数秒もしないうちに特徴的な足音を鳴らしながら、雪之丞がやって来る。

 

「おう、三日月。見た感じ大丈夫そうだな」

 

「おやっさん……俺が寝てる間にこれ外さなかったの?」

 

 三日月の様子を確かめた雪之丞は、EOS擬きに手を加え始める。外された装甲板の内側にある接続部にケーブルを差し込み、そして操作用のタブレットをいじりながら三日月の疑問に答えてやる。

 

「お前の意識がないときも阿頼耶識には繋がってた状態だったからな。下手に外すと、お前がどうなるかわからねぇ。だからお前の意識が戻るのを待ってたのさ」

 

「ふーん」

 

「……って、似たような説明をこの前したの覚えてなかったのか?」

 

「そうだっけ?」

 

「まったく……そら、外すぞ。オルガ支えてやれ」

 

 どこか興味がなさそうな三日月の淡白な反応に呆れつつも、雪之丞は作業を進めていく。そして、機体本体や阿頼耶識の電源を正規の手順通りにオフにしていき、機体から三日月が吐き出されるように降りてくる。

 

「っと…………それで、オルガ。ここどこ?」

 

 失血が原因の貧血で、ふらつく体を支えられながら三日月は再び同じ質問をオルガに投げかけた。

 それに対し、オルガは少し眉をひそめながら答えた。

 

「ここは船の中だ。今俺たちは洋上にいる」

 

「……ヨウジョウって何?」

 

 生まれてこのかた、海を見たことないどころか、戦闘以外で殆ど基地の外に行くこともなかった三日月にとって、その言葉が場所を指しているのかどうかすら判断がついていなかった。

 その事を察したオルガどうやって説明したものかと考え始めるが、その思考は一旦中断させられる。

 

「お、目が覚めたか。手遅れじゃなくて安心した。こんな僻地にまで出張った甲斐があったってもんだ」

 

 三日月やオルガ、おやっさんとも違う新しい声が天井の高い格納庫の中に響く。

 動きづらい身体にイライラしながらも、三日月は首を動かし、声の主に視線を向ける。

 その三日月の視線の先には二人の大人と、一人の少女がいた。

 

「……誰?」

 

「俺たちを匿ってくれてる組織のトップだ」

 

「ふーん」

 

 こそりと三日月に耳打ちするオルガ。割と重要なことかもしれないのだが、いかんせん今の三日月にとってはそんなことよりも動かしづらい身体をどうにかする方が重要であるため、特に興味を示すようなことはなかった。

 

「当事者の残りの一人が目を覚ましたってことで、改めて尋ねようか?お前はこれからどうするつもりだオルガ・イツカ?」

 

「…………」

 

「……?何の話?」

 

 自分の知らないところで話が進められている。

 そのこと事態は既に今更なため、気にもならないが、オルガが悩む姿を見せるというのは珍しいため、どんな話をしているのか三日月は少しだけ興味を抱いた。

 

「お前さんたちのこれからのことだよ」

 

「これから?」

 

 そんな三日月の態度を察したのか、先程からオルガと対面している白いスーツを着た男性が口を開いた。

 

「お前さんがそこに置いてある、ISでもEOSでもない何かを男の身でありながら動かしたことは、世界中に知られちまった。だから僻地とは言えあそこで放置しておくわけにはいかなかったから、俺たちがお前さんたちを今保護してるってわけだ」

 

「……アンタたちって何なの?」

 

 男の言葉の前半分はよくわからなかったが、後半部分はわかった三日月は首を傾げる。

 これまで大人たちに虐げられることが日常であった三日月にとって、目の前の男が語る言葉は意味を理解できても、その考えが理解できなかったからだ。

 

「俺たちはタービンズって世界をまたにかけた運送会社を経営しているもんだよ。俺は其処の顔を張らしてもらっている名瀬・タービンだ」

 

「運ぶのが仕事なら、なんで俺たちを守ってんの?」

 

「それは私が依頼したからよ」

 

 これまで名瀬の後ろにいた少女が声をあげた。

 その少女はここにいる顔ぶれの中で、特に特徴的な髪の色をしていた。それは空の色でもある水色だ。そしてその少女は見慣れない服装に、変った木の棒のようなものを手で弄びながら、どこか観察するような視線を三日月たちに向けてくる。

 その視線がどこか不快で、眉を顰めるがそんなこと彼女には関係ないのか、お構いなしに彼女は説明を始めた。

 

「私は貴方たちの保護の依頼を受けてあの基地に赴く予定だったの。でも、私や私が所属する組織の人間が国境を越えて好き勝手するわけにはいかなかったから、その手伝いをしてもらうためにタービンズに依頼したのよ。貴方たち全員を私一人が運ぶなんて不可能だし。私か弱いから」

 

「…………わかんないんだけど?」

 

「あら?何がかしら?貴方たちを狙っている組織のことかしら?それとも私に依頼した人のこと?残念だけど私の口からは言えることと、言えないことが――――」

 

「言っていることがややこしくて解らない。もっとわかりやすく説明できないの、アンタ?」

 

 その三日月の一言に、うすら笑いを浮かべながら喋っている少女の動きがビシリと硬直した。というよりも、その場の空気が死んだ。

 無遠慮な三日月の物言いと、その少女の反応に三日月を知るオルガやおやっさんは苦笑い。逆にいつも他人を揶揄うように喋る少女の事を知っている名瀬ともう一人の女性はその反応に笑いを堪えるのに必死であった。

 その少女の横で笑いを堪えつつ、名瀬が口を開く。

 

「あー……要するにだ。お前たちを保護したいこっちのお嬢ちゃんのところに俺たちがお前さんたちを運んだってことだ」

 

「へぇ」

 

 やっぱり興味が薄いのか、三日月の反応は淡白であった。

 

「さて、話を戻そうかオルガ?お前さんたちはこれからどうするんだ?」

 

「……」

 

 緩んでいた空気が一転した。

 名瀬の重い声がその場にいる人間全ての耳朶を打つ。

 その短くもハッキリとした問いは、聞かれたオルガ以外の人間が喋ることを許さないといった意味を含んでいると感じさせる。

 オルガは幾度か口を開こうとするがそれは途中で止められ、唇が引き結ばれる。それを幾度か繰り返した時に、格納庫に再び声が響いた。

 

「何を迷ってるのさ、オルガ」

 

 その声はこの緊張した空気とは似つかわしくない程に無邪気な声であった。

 

「おい、お前さん。今はオルガが――――」

 

「俺は、俺たちは今までオルガに引っ張ってもらってきた。それがどんなことだろうと、オルガだから従ってきたんだ。だから、今までみたいに言えばいい。次はどうすればいい?何をすればいい?」

 

 これまで温和な声を出していた名瀬の声に険がこもる。

 だが、そんなものもお構いなしに、三日月は言う。それは三日月にとっては譲れないモノだから。

 

「簡単に……簡単に言ってんじゃねえぞ!ミカ!俺の言葉一つで、俺たち全員の未来が良くも悪くもなんだぞ?!」

 

「じゃあ、ここがオルガの見せてくれる景色?こんなつまらない場所が」

 

 その言葉は三日月とオルガにしか理解できないやりとりであった。

 まだ二人が幼く、国の貧民街にいた頃、初めて『力』で事を成した時のことだ。三日月は尋ねた。今と同じように。

 

「次はどうするの?」

 

 オルガは答える。

 

「決まってんだろ――――行くんだよ」

 

「行くって……どこに?」

 

 幼い頃、貧民街が世界の全てであった三日月にとって、そのオルガの言葉は理解ができなかった。

 

「そりゃあ……こんなとこよりも綺麗で、あったかくて、食うものも沢山あって…………あぁ、とにかくもっといい場所だよ!」

 

 同じように、幼かったオルガは自身が知っている言葉を必死に使って、行く場所を――――向かうべき場所を説明した。

 

「あるの?そんな場所」

 

「分かんね!だから、確かめようぜ!」

 

「…………うん、いいね、それ」

 

 これが二人にとっての原点であった。

 当時を思い出していたオルガは目前の三日月に胸ぐらを掴まれ、引き寄せられることに反応ができなかった。

 

「オルガ。オルガ・イツカ。ここが俺たちが行くべき場所なの?」

 

 先程までふらついていたのが嘘のように、三日月の身体には芯のこもった強さがあった。

 

「わかったよ……見せればいいんだろ!見せてやるよ!」

 

 そう言い捨てると、オルガは三日月を突き飛ばすようにして自らの足で立つ。そして、名瀬の方に向き直ると、オルガは口を開く。

 先ほどのように戸惑うような、迷うな素振りではない。

 力強く。それでいて、全てを喰らい尽くすような獰猛さを感じさせる雰囲気をオルガは放っていた。

 

「名瀬さん、俺たちは――――」

 

 賽は投げられた。

 それがどのように転がり落ちていくのか、それとも駆け上がっていくのか、世界はまだその先を知らなかった。

 

 




こんな感じでの序盤でした。
次回以降はまだ未定です。

今年もよろしくお願いします。


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一話

久方ぶりの投稿です。
早く戦闘シーンを書きたいです。


 

 

 天井や壁のある場所で動くのは、やけに狭苦しく感じる。

 それが三日月の忌憚のない感想であった。

 大型輸送船の中にある、大きめなグラウンドよりも広い空間で三日月は整備と微調整を繰り返す、自身の機体の試験運転を行っていた。

 これまでEOSで行っていた地表での二次元的な機動から、IS特有の三次元機動まで多種多様な動きを行っていく三日月。

 限定的な空間であることに対してストレスがないといえば嘘になるが、日々改修されていく機体への不満が少しずつ無くなっていくことに達成感がないといえばそれもまた嘘になる。

 これまで兵士として生きてきた三日月にとって、それは生まれて初めての向上心と成果に対する満足感を得ることのできる作業であった。

 機体の改修を始めてから、その機体も姿を変えていく。

 最初はEOSとISのパーツをツギハギされ、無理矢理纏められていた印象を受けるのに対し、今は曲面と直線で構成されデザインを調和された一つの作品という印象を受ける外観となっていた。

 ハード面が調整されていくと同時に、ソフト面も余分なデータを削ったり圧縮したりすることで阿頼耶識による三日月への負担は減っていく。すると、そこからは阿頼耶識システムの本領発揮であった。

 これまで感覚的に動かすことが当たり前であった三日月にとって、違和感のない機体はEOSと同じかそれ以上に馴染んだのだ。機体スペックの違いはあったが、それは慣熟のための操縦を続けるだけでアジャストさせることができるため、あとは時間の問題であった。

 

「坊やは今日もやっているのかい?」

 

「アミダさん」

 

 三日月の慣熟操縦のデータ取りをしているモニタリング室で、その作業を行っていたビスケットは入室し、声をかけてきた褐色肌の女性――――アミダ・アルカの方に向き直った。

 

「活きがイイね。うちの若い連中も触発されてたよ」

 

「それはなんていうか…………あのぅ」

 

 あまり女性と話した経験のないビスケットは彼女の世間話になんと答えればいいのか分からずに苦笑いをするしかなかった。

 それから何拍か開けると、ビスケットは意を決したようにアミダに話しかける。それでも言葉は尻すぼみになってしまったが。

 

「ん?」

 

「えっと、僕たちの都合に合わせてくださって本当にありがとうございます」

 

 そう言ってビスケットはトレードマークの帽子を脱いでから頭を下げる。

 まだ子供らしさが抜けきれていない少年が、大人を真似して礼儀正しく頭を下げるその姿は率直に言ってアンバランスであった。

 だが、その精一杯の背伸びがどこか可愛らしくもあり、アミダはその頬を緩める。

 

「お礼を言う相手を間違っているよ。今回のことはアンタたちの頭であるオルガ・イツカと私たちの頭である名瀬・タービンが話し合った結果だ。お礼を言うのならそのどっちかに言うべきだね」

 

「それでも、僕たちはここの人たちに良くしてもらっています。それにオルガの提案通り、三日月を含めた学園組と、タービンズに残るメンバー、それとそれ以外の人たちの預け先も融通してもらっていますし……」

 

 アミダはそのビスケットの言葉で先の格納庫でのオルガと名瀬とのやり取りを思い出す。

 あの、三日月が目覚めた時に行った、オルガと名瀬の話し合いの結果、保護されたメンバーは独立できるまでの保護をタービンズが行い、そして世間にその存在を知られてしまった三日月は、その特異な機体とともにIS学園で最低でも三年間を過ごすこととなったのだ。

 もちろん、保護した子供を全て引き受ける余裕はタービンズにはないため、幾らかのグループに分けタービンズに繋がりのある団体や個人に預けられることにはなってしまったが、交渉材料が三日月とIS擬きしかないオルガたちにとってこれは破格の交渉の成果と言えた。

 そして、三日月一人でIS学園に行くには不安が残ったため、三日月と一緒にビスケットと保護された中で数少ない女の子であるアトラやビスケットの妹であるクッキーとクラッカ、そして整備関係で雪之丞が付いていくことになっていた。

 

「まぁ、ウチは子供からゆするほど金に困っちゃいないからね。それに恩義を感じているのなら、早く一人前になって恩返しをしてご覧な」

 

 そう言うと、アミダはビスケットの肩を二、三度叩いてやると、モニターに映されている三日月の様子を改めて見やる。

 

『舐めんなあ!』

 

『仕掛けたのはアンタだ』

 

 そこには、いつの間にか乱入した自身の教え子であり娘のような家族が、タービンズの保有する二機のISの内の一機に乗り込み、三日月と白熱したチャンバラを演じている姿があった。

 そんな一幕があった同時刻、三日月たちの目的地であるIS学園では色々と騒がしくなりそうな新学期に向け様々な準備に追われていた。

 新学期に向け、学生はよりはっきりとした進路や活動のために制約の多い学園の規則を守りつつ、知識や技術、技量を溜め込む作業を行っていく。

 そして長期休暇である春休みであるにもかかわらず、平日と同じ活気を生み出す学生以上に忙しいのは教師である。

 先の某国でのISを使用した紛争についての問い合わせが、IS事業に関する対外的な最高機関であるはずのIS委員会だけではなく、何故かここIS学園にも来ているのである。

 そして、それの対応に加え、先日まで行方不明扱いであり、各国が血眼になって探していたIS擬きを操縦する男性の安否と居場所、更には学園への入学という余計なおまけまでつけてハッキリしたその情報に、教師陣は誰に向ければいいのかも分からない殺気を滾らせることになった。

 元々、“今年見つかった、世界初のISの男性操縦者”についての対応で既にきりきり舞いであったのに、降って湧いたようなその事態にIS学園の教師陣は新しい就職先を見つける方がいいかもしれないと思い始めていたりする。

 そして、どこかおちゃらけた雰囲気で、二人目の男の入学についての報告をしてきた生徒会長は元世界最強に制裁を加えられたとか。

 

閑話休題

 

 とにもかくにも、尽きることがないと思われた書類の山を何とか崩しきり、後は入学式の設営などの準備のみという状況までこぎ着け、一日二日の猶予を自分たちの手で掴み取った教師陣は、打ち上げもそこそこに個人個人で数少ない休暇を過ごすこととなった。

 その教師の中で、自身の家には戻らず、IS学園の寮での自室でゆっくり過ごす一人の女性がいた。

 それは、IS学園の中で最も著名な人物であり、この時代で色々な意味で影響力の強い人間のうちの一人である織斑千冬であった。

 精神的な疲労と寝不足から、いつもより鈍化した舌が好物のビールを美味く感じさせないことを残念に思いながら、さっさと寝てしまおうと寝床に移動しようとする。そうして、腰をあげようとしたちょうどその時、着信を告げる電子音が卓上に置いておいた液晶端末から流れ始めた。

 

「……誰だ?」

 

 学園関係の人間からであれば、部屋に備え付けの外線から連絡が来るので、その着信の相手が自身のプライベートアドレスを知っているということになる。

 そして、この時期に電話をかけてくる相手は、自身の知り合いの中に誰かいたか?と自問自答する千冬。

 真っ先に思い浮かんだのは兎耳を付けている腐れ縁の幼馴染であるが、先日わざわざ向こうから一度かけてきているため、こんなに短いスパンでかけてくる事はないと切り捨てる。

 

「……もしもし?」

 

 とにかくでなければ話にならんと結論付け、彼女は受信のボタンを押す。

 そして、応答したあとに日本語が通じる相手なのか?と思いもしたが、向こうからかけてきたのだから、こちらに合わせるのが当然かと考える。

 

『久しぶりになるかい?チフユ。元気のあるような声には聞こえないけれど、今大丈夫かい?』

 

「――――」

 

 声を出すことができなかった。

 先程まで感じていた疲れや眠気は吹き飛び、液晶に映し出されたその女性から目を離せなくなる。

 

「……なん、で」

 

 凍ったように硬くなった口を無理やり動かして声を出す。ここまで緊張したのはこのIS学園で初めての経験であった。

 何故なら、画面の向こう側に映るのは、彼女にとって一番話したくて、そして最も顔を合わせることのできない人物であったのだから。

 

「――――アミダ」

 

 液晶に映し出されたのは、今現在三日月たちと行動を共にしているタービンズのメンバーであり、織斑千冬にとっての旧知の間柄である褐色の肌が特徴的な女性であった。

 名前を読んだ千冬は、液晶に映し出されたアミダの顔から下の部分を自然と視線を移してしまう。

 そこにあったのは胸から下腹部にかけて伸びる傷跡。液晶に映し出されているのはあくまでバストアップ画像であるため、その下腹部までは見えないが、その傷がどのような形なのか、千冬はありありと想像できてしまう。

 何故ならその傷は、千冬がアミダに負わせ、そして奪ったモノである証なのだから。

 

『チフユ、今あんたIS学園に居るんだろ?』

 

「あ?ええ、まぁ」

 

 千冬の視線に気付かないふりをしつつ、アミダは話を切り出す。

 その気遣いに千冬は不甲斐なさや申し訳なさ、そして気恥かしさを覚えつつ返答を返す。

 

『少しアンタに報告とお願いがあってね』

 

 その言葉を皮切りにアミダはその“お願い”を切り出す。

 その内容を聞き、千冬は個人的な厄介事を抱えることになるが、昼間に行っていた学園の仕事とは比べ物にならないやりがいを覚えることになるのを、今の彼女は知らなかった。

 

 

 

 

 





ちなみにタービンズの保有する二機のISは百錬と辟邪


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二話

ランキング載っててびっくりしました。
今回は色々と触りの部分で、前話から少し間も空いています。


 

 

「…………ここがIS学園か、クッキー、クラッカ?今までの所と比べると安全だけど、大人の人たちに迷惑をかけちゃいけないよ」

 

「「はーい」」

 

「ほら三日月、これタービンズの人たちから貰った野菜の種とかを食べられるようにしたの。前のヤツよりも美味しいと思うよ」

 

「あぁ、ありがとう。アトラ」

 

(緊張感が無いと言うか、年相応の会話のはずなのに違和感があると言うか……)

 

 どこか微笑ましくもあり、場違い感も大きいそのやりとりに、この場にいる六人の内で最年長である雪之丞は内心でそんな事を思う。そして、その考えを苦々しく感じつつ、自前のタバコを取り出そうとするが、ここが未成年者の学校である事を思い出し、タバコを取り出すのをやめ、口寂しさを誤魔化すように自身の顎をさする様にしながら、その学校の校舎に視線を向けた。

 タービンズのメンバーや三日月たちと一緒に保護された他の子供達と別れた六人は、海に面した埋立地に建設されているIS学園の正門前で、人が来るのを待っていた。

 ある意味で待ち呆けをくらっている六人であったが、これまでいた場所が色々な意味で突き抜けた場所であったため、そこまで不快感を抱くことはない。

 とはいえ、学校の正門の隣の詰所で勤務する警備員は彼らのことを把握していないのか、チラチラと警戒の視線を向けてくる。

 その視線の意味を理解しているビスケットは苦笑いするしかなかった。

 待ち始めて十分前後。未だに長期休暇であり、その為人通りの見えない正門に学園から向かってくる人間が複数現れた。

 一人は三日月と雪之丞には見覚えのある水色の髪をした少女。タービンズに依頼をし、IS学園で生徒会長を勤めている更識楯無。そして、彼女の隣にいるのはここにいる六人全員にとっては初対面であり、この学園の教師である織斑千冬と山田真耶であった。

 その三人の他にも、黒服を着た幾人かの人間がいたがその三人と比べるとあまり目立たないため、そちらに意識が向くことはあまりなかった。

 

「お久しぶりかしら?三日月くん?」

 

 どこか物々しい雰囲気で近付いてきた集団に怖くなったのか、双子の姉妹であるクッキーとクラッカは兄であるビスケットの後ろに隠れる。

 幼い二人よりも幾らか年上である少女――――アトラは隠れるほどではないが、幾ばくかの恐怖心が沸いたのか、三日月にその小さな身を寄せた。

 

「?……あぁ、説明が下手な人」

 

 女性陣――――と言うには幼い三人の少女の緊張をほぐす為、楯無が軽く挨拶の言葉を投げかける。すると、三日月は最初『何コイツ?』と言った表情を見せていたが、船でのやり取りを思い出したのか、そんな言葉を吐き出した。

 その三日月の返答に笑顔を固まらせ、硬直してしまう楯無。

 彼女はまさか、緊張をほぐす為の言葉を投げかけ、それを力一杯打ち返されるとは思っていなかったようだ。

 この場においては雪之丞を入れて三人にしか分からないやり取りを行い、少しの間変な空気が流れる。

 

「…………確認するが、三日月・オーガスとその同行者だな?」

 

「あ、はい。ここに居る六人がここでお世話になるメンバーです」

 

 その空気を切り替えるように固まった楯無に代わり、千冬が確認の口上を述べる。それに少し緊張したように返事を返したのはビスケットであった。

 そのやりとりだけで、この六人の中で一番話が通じそうなのがビスケットであると判断した千冬は、早々に要件を口にする。

 

「早速で申し訳ないのだが、彼が本当に流された映像の通りIS……らしき機体を動かしたのかを確かめたいのだが、今あの機体はどこにあるのだろうか?」

 

「えっと、僕たちはともかく、機体の方はコンテナに積み込みの作業があったりして、少し遅れてから到着すると言われています。もうそろそろ…………あ、あれです」

 

 そう言って、ビスケットが視線を向けると、そこにはそこそこのサイズのトラックが学園の正門に向け走ってきていた。そのトラックには、タービンズのロゴが付いており見間違えようがない。

 

「確認した。では、到着し、準備ができしだい起動と稼動試験を依頼したい」

 

「分かりました…………あの、妹たちのことですけど」

 

「うむ。連絡は受けている。彼女たちについてはこちらの山田くんが案内してくれる」

 

「よろしくお願いします」

 

 了承をとってから、ビスケットが遠慮がちに声を掛ける。すると、全て把握しているのか、千冬は後ろに控えていた真耶を紹介した。

 ここIS学園に来るに当たり、アトラ、クッキー、クラッカの三人はほとんど身柄の保護に近い理由で同行することになっていた。

 これまで劣悪な環境にいた未だ幼い三人をこれ以上引っ張り回すのは問題と考えたオルガは、整備員はもちろんとして保護者として兄のビスケットを加えたメンバーで学園に行くことにさせたのだ。

 そして、流石に何もせずにただ学園に居るだけというのは本人たちも嫌がったため、学園の教師が空いている時間に幾らかの学問を手解きすることになった。そして、無理のない範囲で食堂での下働きや寮の洗濯などの手伝いをすることで学費の代わりとすることになったのである。

 なので、特にISに関わることのない三人はこの場で三日月たちと別れ、真耶と楯無に学園案内をされることになっていた。

 そのもう一人の案内役である楯無は千冬に『しゃんとしろ』という言葉とともにチョップをくらっていたが。

 

閑話休題。

 

 一旦、アトラたちと別れた三日月たちはそのまま、彼女たちとは別の場所――――学園の中のISを動かせる場所であるアリーナに向かっていた。

 移動中、学園に入るための資料をビスケットから受け取りながら、不備がないかを確認していた千冬は、布袋から種を取り出して食べている三日月の背中を時々苦い顔をして見ていた。

 

「では、我々はモニタールームの方に向かう。ここの設備は好きに使ってもらって構わない。準備を終えれば備え付けの内線を使ってくれ。受話器を取るだけでこちらに繋がるようにしておく」

 

 アリーナに直接つながる格納庫のようなハンガーに到着すると、千冬はそれだけ言うとここまで付いてきていた黒服の人間を全て引き連れ退室する。その姿を見送ると、ビスケットはどこか安堵の息を吐いた。

 

「――――はぁ」

 

「オメェさん、大丈夫か?」

 

「あぁ、いえ、こういう綺麗なところって慣れていないくて」

 

 そんな会話をしながら、ビスケットと雪之丞の整備員二人は搬入されていたコンテナの方に歩いていく。

 コンテナを開けると、ここ数日で見慣れたその機体が当たり前のようにそこに鎮座していた。

 

「とりあえず稼動試験なら武装はいらねーな。各部関節のチェックとソフトウェアの確認くらいか」

 

「はい」

 

 雪之丞がそう言い切る前からビスケットは整備用のタブレットを操作しながら作業を開始していた。

 そして、阿頼耶識の接続チェックも必要なため三日月に声をかけようとするが、そうしようとする前に既に三日月は上着と中に着ていたタンクトップを脱ぎ、器用に背中の接続端子にコネクターを装着していた。

 

「三日月、取り敢えず動かせるかどうかの確認らしいから、武装は付けねーぞ。いつもより機体が軽くなるから飛びすぎんなよ」

 

「うん」

 

「あと、IS擬きだが――――」

 

「バルバトス」

 

「あ?」

 

 機体の状態を説明を続けようとした時に、それを遮るように三日月はその名を口にする。

 

「コイツ、自分のことをバルバトスって呼べってさ」

 

「お前――――」

 

「おやっさん、確認終わりました。連絡しますね!」

 

 さらりと言われたその事実に、雪之丞は驚きを隠せなかったが、ビスケットの言葉で無理やりその意識を切り替えさせられる。

 

「あそこに行けばいいの?」

 

「あ?ああ、あそこのところに足を載せて打ち出すカタパルトがある、あれに乗れば後は向こうがやってくれる筈だ」

 

「そう」

 

 それだけ言うと、三日月はさっさと出撃のために移動をする。

 そして、それから数分もしないうちに三日月は、衆目のある大空の下初めてその姿を晒すことになる。

 

『準備が完了しました。いつでもどうぞ』

 

「三日月・オーガス、バルバトス。出る」

 

 聞いたことのない声がハンガーに放送される。

 そのタイミングで、阿頼耶識を通して三日月はカタパルトの操作を理解し、実行した。

 

 

 

 

 





てなわけで次回は少し戦闘回にします。
三日月の強さはどんな感じにしましょうね?

あ、あと、バルバトスですが専用機みたいに待機形態になれません


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三話

ランキング効果ってすごいですね。
評価とお気に入りが一気に倍近く…………どういうこと?


 

 

 元来であれば、学校という場所は夢と現実が同居している場所だと織斑千冬は思っていた。

 大人になったとき、若しくは青年になった時かもしれないが、自身の夢や目標に向けて進むべき道を選び、そして進んでいく環境を生み出す。よしんば、夢や目標を叶えることができなくなったとしても、別の道を進むことができるようにする場所でもある。

 教師という職業につき、自身の学生時代を思い出し、当時は鬱陶しく感じていた教員を今ではありがたい存在であると再確認した彼女の今の考え方がそれであった。

 

(――――――ここは……魔窟だ)

 

 だが、今彼女がいる場所はその学び舎の一室であるというのに、そんな考えは微塵も抱くことができない場所に成り果てていた。

 その一室は、壁の一面が大きなスクリーンとなっていて、そこに映し出されているのは学園が保有するアリーナの一つと、そのアリーナ内で稼動試験を行っている三日月の纏うIS擬き――――バルバトスの機体データであった。

 その映像を見ている人物たちは部屋に備え付けの、普段であれば学生が座るであろう椅子に座り各々思ったことを口にしていた。

 

「……ふむ、あの映像は偽りではなかったということか」

 

「だが、あれは背中のシステムのおかげで動いているのではないか?」

 

「阿頼耶識か……人道的な措置として開発と研究、使用の禁止をしたのは早計でしたな」

 

「しかし、既に措置されているサンプルがいるのも事実。ここは前向きにそれらの使い道を検討するべきでは?」

 

「過去の研究では、措置を行われた人間がISを起動させたという結果を得ることはできなかったはずだが?」

 

「それは実験の際に阿頼耶識の定着が成功した人間が少なく、全員が大人であったからだ。いまだ未発達の脳を持つ子供の適合率はそれらの人間よりは上だよ」

 

 子供をバラす相談を真剣な顔で話し合う彼らを、千冬は同じ人間と思うことができなかった。

 この部屋に集まっているのは、各国の首脳陣やISの研究を行っている研究者、そして軍関係者たちだ。

 普通であれば、IS委員会や国際IS機関、そして女性権利団体などが居るべき場所に、どうして彼らが居るのかといえば、それらの機関が三日月の存在をそこまで重要視していないためだ。

 ISコアを持つとは言え、所詮はEOSとのツギハギでできた中途半端な機体。それが女尊男卑を思想にし、ISを絶対的な存在であると考える機関の見方であった。

 そして、その考え方とは真逆に興味を示したのは、今現在社会的な地位を追われた権力を持っていた男性たちである。

 彼らはISの台頭により殆どお飾り程度の存在にされたことを恨む者たちであった。

 

「しかし…………そのサンプルたちは今どこに?」

 

「報告によれば、この学園にももう一つのサンプルがあるはずだが?」

 

「他のサンプルはとある運び屋に匿われているらしい。だが、人数が人数だ。時期にしっぽを出す」

 

「それはそれは……放り出された子供は保護する必要がありますな」

 

 部屋に軽い笑いが起こる。

 その声を聞いた千冬は、人生で初めて怖気というものを感じた。

 

「ふむ、そろそろ機動だけでなく戦闘機動も見たいのだがね?」

 

「……用意させます。すこしお待ちを」

 

「ああ、対戦相手についてはこちらで用意している。準備なら、IS擬きの方にさせてくれ」

 

 好き勝手に言葉を吐き出し続ける人間たちに、色々と諦めながら千冬は整備室直通の内線の受話器を持ち上げた。

 そこからはトントン拍子に話は進む。ハンガーのビスケットが一度三日月に戻ってくるように伝えると、それから数分もしないうちに武装を終えた機体がアリーナに戻ってきた。

 

「……殺しちゃダメなんだっけ…………面倒だな」

 

『三日月、本当に武器それだけで良かったの?』

 

 事前に言われた事に愚痴を零していると、三日月の頭に装着されているヘッドセットからビスケットの声が届く。

 

「使い慣れてるのこれしかなかったし」

 

 それに応えるように、三日月はEOSのときに使っていたものよりも一回り大きくなったメイスを軽く持ち上げた。

 言葉通り、三日月は機体の武装にメイスしか持っていなかった。しかし、そのことに不満があるといえばそうでもなく、望んだ武器が手元にあるのだからそれ以上は邪魔になるという判断ゆえである。

 

「男風情がISをそんな姿にして、汚らしい」

 

 アリーナに戻った三日月にそんな言葉が向けられる。

 そちらに視線を向けると、その瞳を侮蔑の色で染めた女性がISを纏い、三日月を見下ろすように浮いていた。

 

「あんたが相手?一人?」

 

「すぐにその機体を破壊して、コアを回収する。これ以上、ISという存在を穢れさせない」

 

 三日月の問いかけに答えることもなく、女性は一定間隔の距離を置く。彼女なりの試合開始の催促であった。

 彼女はコテコテの女尊男卑主義者であった。今回、ISを男も使える存在に堕としたと聞かされ、それを破壊する機会が与えられた彼女は、この模擬戦でバルバトスからコアを回収するつもりだ。

 そして、その機会を与え、今はモニター室で観戦している人物は、その戦闘で怪我をした三日月を病院に搬送した後に研究所に送る算段をし、準備を既に完了させている。

 この場にいる人物たちは、事前に知らされた機体の情報の一つである『ISとEOSのミックス』というものを鵜呑みにしていた。

 先の全世界に流された映像を解析していた段階で、既存のISとEOSのパーツが外観で確かに確認されているからだ。

 その為、彼らの中ではIS擬きはIS程の性能はないと思っている。

 それは間違いではない。カタログスペックだけで言えばバルバトスの性能は一般的なISの量産機に届くか届かないかの性能しかないのだ。

 だから、普通に戦えば勝つのはISの方である。

 しかし、生憎と三日月と阿頼耶識、そしてバルバトスという三つの要素が合わさった状態は普通とはかけ離れたものであった。

 

『ISのシールドエネルギーが尽きた時点で試合終了だ』

 

 放送で基本的なルール確認が行われ、試合開始のブザーが鳴る。

 それが鳴り終わる前に、女性は近接ブレードを展開し即座に三日月に肉薄した。

 開始直後の速攻。そして、自身の間合いに入っても微動だにしない相手に、一層憎しみを募らせ、彼女はその一刀を振り下ろす。

 

「ガッ!?」

 

 必中を確信した斬撃。

 素人には到底反応できない攻撃であるがゆえに、彼女は自身の腹部に走る衝撃と鈍痛、そして吹き飛ばされた感覚を理解できなかった。

 吹き飛ばされ、地面に擦れながらギリギリ視界に入ったのは、その巨大なメイスを振り切ったバルバトスの姿であった。

 

「生きてる……へぇ、頑丈なんだ。ISって」

 

 機体のハイパーセンサーが拾ったその言葉を理解すると同時に、怒りの感情が彼女の脳髄を満たす。

 

「男風情が!!」

 

 アリーナのグラウンドを削るのを止め、姿勢制御を行うと持っていたブレードを手放し、即座に銃器を展開する。

 武装の高速展開――――俗に言うラピッドスイッチを行いながら彼女は照準を行おうとする。だが、視界に投影されたレティクルを合わせようとしても、目標であるその機体は既にその場にはいなかった。

 

「どこにっ」

 

 センサーの警告音が鳴ると同時に、横殴りの衝撃が再び身体を貫いた。

 今度は吹き飛ばされながらも、しっかりと三日月の姿を彼女は捉えていた。

 

「イグニッションブースト?」

 

 呆然と呟く。

 彼女の視界には、吹き飛ばされる自分に高速で肉薄してくる三日月の姿をしっかりと写しこんでいた。

 

「やめっ」

 

 何かを言おうとする前に、三日月はアリーナの地面に押し込むように彼女に向けてメイスを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 





あっさりした戦闘になりました。
早く歯ごたえある相手を差し向けたいと考える、今日この頃。

というか、感想欄でバルバトスのリミッター外し望む人が多すぎです


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四話

感想や評価、本当にありがとうございます。
それをいただけるだけで、すごく励みになります。


 

 

 千冬の脳裏には、あの模擬戦の光景が焼きついていた。

 目前にまで振り下ろされたブレードを、相手の懐に潜り込むことで躱し、ほぼ密着した状態でメイスをフルスイングするという離れ技。

 熟練のIS操縦者でも抜けきれない癖である、前動作を全く感じさせないごく自然な動作で行った瞬時加速。

 先の試合で三日月が見せつけた技術はたったこれぐらいだ。

 だが、そのたったこれだけの技術を実際に実行できる人間が、今この学園の中にどの位いるのかと問われれば、教師を含め確実に両手の指で事足りる数しかいない。

 様々な意味で、色々と力でねじ伏せた三日月。

 その彼は今、先の戦闘を行ったとは思えない程にボンヤリとした表情で、学園から渡された教科書を眺めていた。

 

「…………オーガス、教科書の向きが上下逆だ」

 

「?」

 

 教師としても、大人としても頭の痛い千冬であった。

 先の模擬戦から数日が経った。

 今現在、三日月は入学式を終え、取り敢えず一年間過ごすクラスの自身の席だと言われた場所に座っていた。

 入学式は小難しい言葉をたくさん使う、よくわからない挨拶をする大人の言葉に早々に聴くことを諦め、アトラから貰った野菜の種子を炒ったものをポリポリと食べていたりした。隣にいたビスケットが周りの教員にいつ叱られるかと内心でビクビクしていたのは、完全に余談だ。

 式を終えると、案内された一年一組の教室で周りからの好奇な視線もどこ吹く風とやり過ごした三日月は、そのまま最初のホームルームに突入する。

 IS学園は一般的な学校とは大きく異なると言われている。

 しかし、基本は同じ学校であるため、教科書や参考書というものは基本的に入学してから配られることになる。その際、確認のために乱丁がないかを見ている時、生徒がキチンと作業しているのかを確認していた千冬が三日月にかけた言葉が先の言葉である。

 最も三日月は不思議そうに首を傾げるだけであったが。

 

「読めないのにもらう意味ってあるの?」

 

 その三日月の質問は、教室にいる人間一人ひとりに疑問を持たせた。

 読めないというのは、『どのレベル』のことを言っているのかということだ。日本語が読めないというのであれば、それは彼が外国人であることを意味する。

 そして、書いている内容が理解できないという意味で読めないと言っているのであれば、それは彼の知識レベルの問題だ。

 最後に、文字自体が読めないことを意味するのであれば、彼の知能レベルを疑うという具合だ。

 

「オーガス、確認するがお前の母国語は何だ?」

 

「さぁ?文字なんて読んだことないし」

 

 この言葉で、再び教室内で聞いていた生徒一同は反応を別ける。

 主に、三日月の言葉に戸惑う一派と、蔑む一派、そして逆に興味を抱く一派である。

 そんな軽くざわつく生徒を無視して、千冬は三日月に教師としての指示を出した。

 

「君と一緒に来た彼女たちがいる教室はわかるか?」

 

「ここの下の教室って聞いてる」

 

「君は座学……あー、ホームルームと外でISを動かすとき以外はしばらくそちらで、彼女たちと一緒に勉強をしてもらえるか?」

 

「それはいいけど……ホームルームとか外とかっていつのこと?」

 

 その、高校生と教員がするには明らかにちぐはぐなやり取りに、周りの生徒は今度こそ唖然とした。

 周りにいる彼女たちは間違いなく、プライベートや趣味の時間を勉学などの努力に費やし、エリートの中でも頭一つ分飛びぬけた成績を残してきた人間たちだ。

 その中に文字もまともに読めない人間が混じっていれば、困惑するのも当たり前の話であった。

 例外といえば、三日月と同じく特殊な事情で入学してきた二人ぐらいだ。

 そして、その困惑を怒りに変えたものがいた。

 

「織斑先生!彼は何故ここに居るのですか?!」

 

「今は質問の時間ではないのだがな……発言したいのであれば、名前を言ってからにしろ」

 

 立ち上がり、三日月を指差しながら叫んだのは金髪と、少し大きめのイヤーカフスをつけているのが特徴の女生徒であった。

 

「っ、セシリア・オルコットですわ。改めて、織斑先生にお尋ねしたいことがあります」

 

「言ってみろ」

 

 出鼻をくじかれた彼女は若干鼻じらむが、どこか強い口調で千冬に問いかけた。

 

「どうして、彼のような文字も読めない人間、しかも男がここに居るのでしょうか?私たち生徒はここに最新の知識を取り込みに来たのであって、それは高等な専門知識のはずです。なのに、ここでジュニアスクールの真似事でも始めるのですか?!」

 

 最初こそ、感情を抑えた声量であったが、最後はどこか当り散らすような怒号に変わっていた。

 彼女にとって、ここIS学園は崇高な場所であった。

 その場所に努力に努力を重ね、専用機まで受け取り、入学できることになったときは自身の努力が結実したのだと喜んだ。

 だが、それも入学前のたった一つのことから彼女にとっての不満が生まれた。

 

“世界で初めての男性操縦者”

 

 それは瞬く間に世界にその情報が流され、当然セシリアの耳にも届いていた。

 しかし、彼女は確かに積み重ねてきた努力があったため、そこに異物が混ざろうと自身のすべきことは変わらないと考えていた。たかだが物珍しいから注目されている人間などは、最初はちやほやされ、周りについていけなくなれば自然と忘れられていくと。

 だが、その異物がもう一つ増え、しかも最低限の素養すら持っていないとなれば、自身の努力や、矜持が踏みにじられたと考えるのも無理のない話であった。

 

「彼……三日月・オーガスは二人目の男性操縦者だ」

 

「そんな男がですか?!」

 

 噂程度は既に流れていたのだろう。ざわざわと小さく騒いでいた生徒たちから、『あれって本当のことだったんだ』などという声が聞こえてくる。

 だが、そんな言葉だけで納得できない人間は少なからずいる。

 

「証拠はあるんですの?!映像なり、なんなり確かな事実か確認させてくださいまし!」

 

「残念だが、彼の稼働試験時の映像は機密扱いで見せることはかなわん」

 

 先日の模擬戦含め、稼働試験時のデータは出席していた権力者たちによって映像データのみを削除されていた。何故なら彼らにとってそれは自身の顔に泥を塗られた証でもあり、下手に公開し、三日月・オーガスという存在を女性権利団体などの彼を抹殺したがる組織に見せ、刺激するわけにはいかなかったからだ。

 

「な、納得が行きませんわ!そんな小汚い男と一緒に学ぶなど――――」

 

「嫌なら来なきゃいいのに」

 

「――――なんですって?」

 

 再び喚こうとしたセシリアに、三日月はぼそりとそんな言葉を吐き出した。

 

「気に食わないなら、わざわざ来なきゃいいのに。文句言うために来たの?アンタ物好きだね」

 

「やめろ、オーガス」

 

 三日月を諌める千冬の声は既にセシリアには聞こえていなかった。

 身体の芯が冷えながらも、腹のそこは熱いマグマのような感情がドロドロと溜まっていく感触を彼女は確かに感じる。

 それが怒りの感情と気付く前に、彼女は声を張り上げていた。

 

「決闘ですわ!」

 

「?」

 

 三日月は『決闘』の言葉の意味が分からず、首を傾げながらポケットから種を取り出し口に放り込んでいた。

 

 





特に出番のない原作主人公の影が消える。


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五話

少し間が空きましたが、なんとか投稿です。
今回はある意味で日常編です。


 

 

 IS学園に在籍している人間は多国籍だ。

 立地場所と、ISと言う存在が日本人によって生み出されたことから、学園の生徒の約半数は日本人であるが、残りの半数の生徒や教師は寧ろ日本以外の国の出身者が多かったりする。

 その海外から集まる様々な人々は、出身地によって生活の文化が大きく異なってくる。

 特にそれが顕著に現れるのが、やはり食生活であった。

 ある国では当たり前に食べられている食材が、ある国では考えられない食材である場合、宗教上の理由で食べられない、または単にアレルギーの問題で食べられない等など。理由は様々であるが、良くも悪くも食に対する要望というのは学生にとっては生活する上で重要な要素となっていた。

 そして、その要望に出来るだけ応え、更に一定以上の味と安さを保証する学園の食堂は下手に外食を行うよりも上等な食事を行える場であった。

 その学園食堂を切り盛りする女性、通称『食堂のおばちゃん』はこれまでとはまた違った要望を受けていた。

 

「オートミールってある?」

 

 これまで、無駄に高級な料理や、逆に地方にしか伝わっていないような家庭料理など、様々な無茶振りに答えてきたおばちゃんであったが、逆に誰でも作れて、言葉は悪いかもしれないが、所謂粗末な料理を頼んでくる生徒はこれが初めてであった。

 しかも、学食の入口にある食券機をスルーして直接言ってきたのだから、特に印象深いものであった。

 IS学園というある意味で閉鎖的な施設の中で、噂という極上の餌を他人に分け合っていた女生徒から聞こえた話から、彼が字を読めないことを既に知っていた為、食券を買って来いということもできず、彼女は取り敢えず頭に浮かんだ言葉を口にする。

 

「あんた、例の男の生徒だろ?金がないのなら、アトラちゃん達と同じまかないを出してやろうか?」

 

 あくまで善意でそう尋ねたおばちゃん。だが、それを言われた学生――――三日月は何故それを言われたのか分からないというふうに首を傾げると、それがさも当たり前のように口を開いた。

 

「別に……食べ慣れてるっていうか、それぐらいしか食べ物知らないし」

 

 その言葉に、おばちゃんは眉を顰めそうになるが、一言「これを持って、座席で待ってな」というと、待合札を渡してから厨房の奥に引っ込んでいく。

 そしてそれから十数分後、手持ち無沙汰なのか待合札を手で軽くいじりながら、大人しく食堂の机の一つに待っていた三日月の前に、一つのお盆が置かれた。

 それは三日月が初めて見る器だ。

 大きめの楕円形の器。鉄ではなく、土を焼くことで作られるそれは日本特有の鍋で俗に言う土鍋であった。

 

「……なにこれ?」

 

「日本風のオートミールだよ。雑炊っていう」

 

 蓋の隙間から湯気が立ち上り、出来立てということを視覚的に伝えてくるのだが、温かい食事をほとんど知らない三日月にとって、これが食べ物であると言われても、到底信じることができなかった。

 その三日月の疑わしい視線に気付かない振りをしつつ、おばちゃんは普通の鍋よりも少しだけ重い蓋を、おしぼりを鍋つかみの代わりにして持ち上げた。

 

「――――」

 

 ふわり、と言うには少々濃い湯気であったが、その湯気が運んだ香りは三日月の鼻腔に確かに届いた。

 

「熱いから気をつけて食べな」

 

 そう言って離れていくおばちゃん。

 気が付けば、土鍋と三日月の間の机のスペースに、いつの間にやら取り皿であるお椀に注がれた土鍋の中身が置いてあった。

 三日月はその未知の味を、唯一見慣れているスプーンを使って口に運んだ。

 

「…………へぇ」

 

 雑炊の具はシンプルに卵と細ねぎだけであった。

 しかし、淡白ではあるがほんのりとした塩気が丁度よく、その塩気が米の甘味を引き立てていた。

 既に何度か学食の厨房で働いていたアトラから、三日月たちがどんな食事をしていたのかを少しは聞いていたおばちゃん。彼女は、そこから三日月が味の濃いものを急に取らせるのは良くないと考え、薄味にしていた。

 最初は身構えていた三日月であったが、熱さに注意しつつ二度、三度とスプーンを口に運んでいく。

 食べ進めるに連れ、丁度口に運びやすい温度にまで下がった雑炊を三日月はいつの間にか完食していた。

 基地にいた頃の食堂と同じように自身の器は返しに行かなければならないのを、周りの人間を見ながら察していた三日月は、器と土鍋の乗ったトレーを受付まで返しに行く。

 その受付には、先ほどのおばちゃんがいた。

 

「……おいしかった。凄いね、アンタ」

 

「そういう時は、御馳走さまと言いな。それがおいしく食べた時のルールだよ」

 

「……ごちそうさま?」

 

「あと、私はおばちゃんとお呼び」

 

 そんな三日月のお昼のひとコマであった。

 初めて学生の昼食というものを、三日月が経験している一方で職員室の片隅で小さな騒動が起こっていた。

 その騒動に遭遇したのは三日月の在籍する担任である織斑千冬その人であった。

 色々と他のクラスと比べて騒々しい自身の受け持ちの生徒の対応に追われ、いつもよりも遅く職員室に戻ってくる。その職員室の扉を開けると、中には閑散とした空気が漂っていた。

 普通の学園であればお昼休みの職員室がほぼ無人であることなどありえないのだが、ここIS学園では珍しくもない光景であった。

 基本的にお昼休みは昼食を取る時間というイメージが強い高校生活であるが、IS学園はその限りではない。在学の生徒は予約制の練習機やそれに合わせたアリーナの使用。実技における教員や生徒の意見交換などなど。すべきことが盛り沢山だったりするのだ。

 そして、現実的な問題としてそれを未成年の生徒に自由に使用させては、問題が起こった場合など対応が遅れてしまうため、各教員はそれぞれ生徒が使用する主要施設内の詰所や管理室にいるのである。

 これは、普通の学園と違い、IS学園への電話がある一定の手順を踏まなければならない予約制だからこそできる芸当であった。お昼休みにどの教師がどこにいるのかを理解している生徒たちの理解度の高さもその一因であったりするが。

 先日の三日月に対する追求の電話などは、本当に希な出来事であった。

 

閑話休題。

 

 職員室に戻ってきた千冬は、一先ず今現在自身に生徒からの要望が来ていないことをスケジュール帳や、自身のデスクの上の付箋、メモ用紙などをざっと確認してから一息つくために、備え付けの給湯室に向かう。

 一応入室した生徒たちから見えないようにパネル型の敷居で区切られたその一角に、お茶を求めて入ろうとする。

 

「――――、――――」

 

「……誰だ?」

 

 だが、その向かうべき一角から何かを抑えるような、弱々しい声が聞こえてきたため、出入口付近で中を覗き込みつつ誰何の声をかけることになる。

 

「せん、ぱい?」

 

「真耶?――――どうした?」

 

 しかして、その声の主は自身と同じクラスの副担任である山田真耶であった。

 普段であれば驚かせるな、居たのなら言ってくれ等と言うのだが、それもできない。何故なら、彼女は給湯室の隅で蹲るようにして泣いていたのだから。

 その姿に内心でギョッとしながらも、千冬は自身でできる極めて穏和な声で問いかけた。

 

「先輩、私たちのしていることってなんなのでしょう?」

 

 泣きじゃくる同僚をなんとか宥め、落ち着かせてから改めて話を聞いてみると、彼女からそんな問いかけが投げられた。

 

「午前中……アトラさんやクッキーちゃん、クラッカちゃんと三日月くん、この四人と授業をした時に言われたんです――――お金は何に使えばいいのか?と」

 

 落ち着いたとはいえ、それはあくまで表面上だけであったのか、真耶は溢れ出しそうな自身の感情を抑えながら言葉を紡いでいく。

 要点を纏めると、彼ら四人と自分たちとの環境の違いが真耶にとって悲しいことであったらしい。

 現代日本の社会において、まだまだ遊びたい盛りの子供が遊ぶことや娯楽というものをまったく知らないという事実。そして、自身が金銭を持ちそれを自由に使用してもいいと言われても、何に使えばいいのかが分からない。そういった子供は世界的に見れば珍しくもないのかもしれないが、それを認識してしまえば今現在ここで不自由なく暮らしている自分が、真耶を酷く申し訳ない気持ちにさせた。

 

「……真耶、それは事前に通達されたはずだ。彼らはそういう世界で生きてきた。それを同情するのは――――」

 

「違う、違うんです、先輩。あの子達はそれを“悲しいと感じていない”そして、“その過酷な扱いが当たり前”と思っている。その事実が……」

 

 それ以上は言葉にすることができなかった。

 言葉にしてしまえば、目の前にいる上司に縋ってしまいそうになるから。

 

「……私たちはこの学園で、ISについての運用方法を教えていますけど、それは彼らのような子供たちを犠牲にするほどの価値があるのですか?」

 

「……」

 

 返事はできなかった。

 ここで目の前にいる後輩に対して、慰めの言葉はいくらでも出てくる。だが、それは身を切るような想いで内心を吐露した彼女に対して、手酷い裏切りをすることになると思った千冬は、一度開きかけた口をきつく結んだ。

 少しの間、二人の耳には職員室の空調の虚しい音しか入ってこなかった。アナログの時計でもあればクロック音で時間の流れが分かったのだろうが、生憎と部屋にはデジタル時計しかなかった。

 

「……あの子達の担当を変わるか?」

 

 やっと絞り出せたのはそんな問いかけであった。

 こういう時気の利いた言葉を吐けない自分に嫌気を感じながらも、千冬は真耶にまっすぐと視線を向けた。

 

「続けます」

 

 意外にも、その返答は直ぐに返ってくる。しかも、その声は先程までとは比べ物にならない程に力強い声であった。

 

「ここで逃げたら、きっと私は、教師になったことを後悔してしまいますから」

 

 その言葉と、泣いたことで腫れぼったい目をしつつも、どこか決意を現した真耶の表情を千冬は眩しく感じた。

 

 

 

 

 




お粥はお米を炊くときに普通よりも多い量の水で炊いたもの。
雑炊、若しくはおじやは炊いたご飯をもう一度出汁などで煮込んだもの。


次回は三日月以外のメンバーの日常編です。
それが終わってからセシリア戦になります。

ワンサマーの出番?……モチロンカンガエテイルヨ


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六話

日常編と、ある意味現状の説明会に近いものになってしまいました。
今回はプロローグの政治の話と同じで穴だらけかもしれませんが、これが今作者の考えられる精一杯です。ツッコミがあれば修正するかもしれません。


 

 

 整備室というのは換気機能が優れていないと、長時間の作業は不可能だと雪之丞は考えている。

 それは外気温が高かろうが低かろうが、密閉空間の中で人が忙しなく動いていれば自然と熱気が篭っていくからだ。そういった点でIS学園の整備室兼格納庫は優秀と言える。換気だけでなく空調機能で常に室内はすごしやすい温度に保たれているのだから。

 これまでの職場と比べ、居心地の良すぎる部屋には今二人の男と三人の少女が集まっていた。

 

「お兄ちゃん、これ私が作ったスープだよ。おばちゃんが、教えてくれたコンソメスープって言うの」

 

「こっちはおむすびって言うんだって。オコメっていうのを具の周りに包むの」

 

「ありがとう、二人共。よく頑張ったね」

 

「はい、雪之丞さんも」

 

「すまねぇな」

 

 不格好なおむすびとお椀に入ったスープを兄であるビスケットにつき出すクッキーとクラッカ。それを受け取ったビスケットは、褒めて褒めてとせがむ子犬のように頭を突き出してくる二人に苦笑しながらも、その小さな頭に乗せるように手を置いた。

 その隣ではどこか微笑ましくその姿を見ている雪之丞に、ビスケットに渡したものと同じおむすびとスープを渡すアトラの姿があった。

 この日、午前の授業に三日月が合流するという珍事は起こったが、それ以降は恙無く授業は終了し、自分たちと同じ食事をするビスケットと雪之丞のいる格納庫にアトラたちは訪れていた。

 ちなみに三日月だけ学食に行ったのは、いま彼らが食べているまかない食が五人分しかなく、三日月はあくまで学生であるため学食の使用をしたほうが、風聞が良いという理由もあった。

 

「ここに来て一週間ってところか。大分落ち着いてきたな」

 

 食事を一段落させ、この学園に来てから用務員をしている老人から勧められた緑茶を口にしながら、雪之丞はそう言葉を零した。

 そう言いながら、彼の視線はその格納庫の一角を占領するバルバトスに向けられていた。

 

「最初は自分たちが学校なんてって、僕も思っていましたよ」

 

 レジャーシートを敷いた上に座っているビスケットの膝を枕替わりに昼寝をする二人の妹の髪を梳きながら、ビスケットもそうこぼす。

 ビスケットからすれば、今この状況はいい意味で望外のものである。

 彼の夢は妹たちを立派な学校に通わせてやりたいというものであった。それが劣悪な環境の中で育った彼なりの望みであり、原動力だ。それをどんな形であれ叶えることができたのは、彼にとっては喜び以外の何ものでもない。

 

「卑屈になるなよ。これからいくらでも変えていけるんだからな」

 

 年相応にしゃがれた声に勇気づけられながら、ビスケットは部屋に備え付けのテレビのスイッチを点けた。

 お昼ということで日本特有のワイドショーや昼ドラ等をしていたが、芸能関係にかけらも興味がわかない為、即座にチャンネルを変えニュース番組を映し出す。

 そこにはある速報が流れていた。

 

「……これからだね、オルガ」

 

 そこから流れるニュースの内容は、『世界各国の国家代表のIS操縦者が難民である子供たちを保護。女性権利団体も積極的に支援』である。

 そのニュースが日本だけでなく、世界各地で流されている現在、一部の人間は呆然とし、また一部の人間は困惑し、そして一部の人間が激怒している中、その状況を作り出す手伝いをしたタービンズのトップとその相方は、自分たちのプライベートルームでどこか疲れた顔をしていた。

 

「……本当にアイツは無茶なことを通しやがったよ」

 

「後ろ盾がないなら作ればいいなんて、簡単に言ってくれるよ、まったく」

 

 事の起こりはオルガの提案であった。

 自分たちのこれからを考える上で、殆ど外側の情勢の詳しい所までを知らなかったオルガは、数日をかけて現状の世界情勢を調べ上げた。

 そして、かつてブリュンヒルデと対等という存在でありながら、現役を引退しそして世間から隠れるようにしてここタービンズで働いているアミダにオルガは訪ねたのだ。

 

「姐さんの知り合いに現国家代表っていますか?」

 

 ISというまだまだ若く、狭い業界において、世界大会などに出場した選手たちはある程度の範囲ではあるがプライベートな繋がりを持っていた。

 その質問に肯定の言葉を返すと、オルガの中である程度の計画が固まる。

 それが自分たちの後ろ盾と居場所を同時に作らせると言う、中々にブッ飛んだ計画だったのだ。

 手順としては、まずアミダに信用できる現国家代表の幾人かにプライベートな連絡をとってもらい、その彼女たちに阿頼耶識システムの概要とその被験者であった自分たちの説明をする。

 そして、これから彼らが独り立ちするまでの後ろ盾になれないかを持ちかける。

 ここまでが第一段階であり、その次からがオルガの博打に近い案であった。

 了承をした女性たちには、女性権利団体にある話を持ちかけるように言ったのだ。その内容というのが、『阿頼耶識システムの解析が進めば、男性でもISに乗ることができるシステムが生まれる可能性がある。そして、その被験者である子供たちを狙っている人間がいるため、こちらで保護するべきだ』というものであった。

 細かい部分を大幅に削って、要点だけをまとめた言葉であったが、それに食いついたのは女性権利団体の中でも良識派と言われる人間たちだ。

 

「……昔はあの団体も、今ほど強気じゃなく、謙虚な部分が多かったが、それをアイツはしっかりと理解し、考え、自分なりの確信を持って行動した」

 

 女性権利団体と言うのは、ISが台頭してく以前から存在していた組織だ。

 元々、日本に限らず世界中で、働く女性などの社会的な立場を確かなものにしようとしている人々は多くいた。日本で有名な人物で言えば、平塚雷鳥のように。

 そして、彼女たちはあくまで男性と対等な立場を獲得しようとした人物たちであり、決して『男性よりも上の立場』を欲していたわけではなかった。

 それがISの武力的な存在により今の歪んだ女尊男卑の風潮を産み出し、それを維持していく団体にいつの間にかすり替わっていたのだ。

 しかし、そんな組織の中にも初志を忘れず、あくまで対等の立場を維持しようとしている人々がいた。それが良識派だ。

 

「大したもんだよ、あの坊や。自分たちの存在を世界中の人間に認知させて、一般大衆と女性権利団体っていう、今の社会では大きな力を持った存在を味方にしたんだからさ」

 

 今回の騒動で女性権利団体の良識派が得られるメリットというのは幾つかある。

 一つは、これまで男性に理解を全く得られなかった良識派の意見というものを、しっかりと発言できる機会を得られるというもの。これは保護した子供たちの大半が男である為、そのことについての意見表明というものをする義務があるからであり、その意見というものは多くの人間の耳に入るものであるからだ。

 他には、良識派の弱体化した組織力を立て直す切っ掛け作りだ。

 今回の報道で、民衆は一定の理解を女性権利団体に示す。そして、イコールとは言い難いが、女性権利団体の中での良識派の意見の重みが増すことになるのだ。

 これまで多くを望まなかった良識派の人間は活動の成果というものを残すことができず、良識派は組織内でも軽視されがちであった。逆に強硬派と言われる、所謂今の風潮を維持、または強めようとしている人間たちは、どんな形であれ『女性の権利を強める』という結果を残してきた。その為、強硬派と言われる人間たちと比べ、良識派の立場は弱くなり、これまでは大きく動くことさえできないでいた。

 だが、それを今回の騒動で社会から男女問わず理解を得る事ができれば、それは組織的にも社会的にも大きな力となる。

 

「今の世の中はできて高々、約十年。女尊男卑をおかしく感じる大人の世代は世界でも過半数を軽く超えている」

 

「この風潮を手放したくない連中は、ハリボテの権力と実際に影響力を持った人間の影に隠れる小物がせいぜい。実際に大物も何人かいるのだろうけど、そう言う奴らは決まってISとは無関係な立場にいたりするのだから笑える話だ」

 

「知ってるか、アミダ?この十年で災害が理由のスクランブルで派遣されたISは一機もないんだぜ?」

 

「それ、旧友から酒を片手に愚痴られたよ。『ISが人命よりも貴重なのか!』ってさ」

 

 オルガたちはその状況を提供する代わりに、自分たちで動ける組織の編成を手伝うことを条件とした。

 今回の騒動で、オルガたちが手に入れたものは大きく分ければ三つ。

 一つ目は、自分たちの身の安全の保証。そして、二つ目は自分たちの組織という居場所を形成すること。そして三つ目は国家代表をはじめとする大衆からの理解だ。

 現代社会に置いて、国や組織からの認識のされ方というものは重要な要素の一つとなっている。

 これまで、資源や実験材料としてしか見られなかったオルガたちは、今回の騒動で一人ひとりが人間として扱われることを多少強引にではあるが世間に認めさせたのだ。

 

「それでもキチンと組織を編成するまでは、ウチで全員を面倒は見れないから幾人かは国家代表のところに預けるんだったか?」

 

「そうだよ。アメリカのナタルやイーリは喜んでたよ。弟分ができるって」

 

 呆れ、疲れた様子を見せる二人であったが、その表情はどこか晴れやかであった。

 下積み時代から飲みなれた安い瓶の酒を小さなグラスに氷と一緒に注ぐ。

 それを二人は、これからの時代を生きる若者を祝福するようにグラスを打ち合い、その琥珀色の酒を喉に流し込んだ。

 

 

 

 





次回は皆さんお待ちかねのセシリア戦……にしたいなぁ(遠い目)

一応、この小説は一話を三千から四千字程度に抑えているのですが、もっと増やしてもいいのでしょうか?その辺りのさじ加減が作者にはよくわかっていません。


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七話

前回の投稿で、もう少し文章多くても大丈夫と言われたので、今回は八千字ちょいぐらいです。


 

 

 空が白み始めてすらいない時間。

 早朝というには早すぎて、夜中というにはもう遅いぐらいの時間、ISのグラウンドには一人分の人影があった。とは言って、夜中に光源となっているのは非常灯や、校舎と寮を繋ぐ道の街灯ぐらいで、本当にボンヤリとした影でしかなかったが。

 その人影はグラウンドのトラックをぐるぐると走り続ける。軽く流すような速度にしては少々速いぐらいのペース。それを維持しながら走るその姿は、客観的に見れば理想的な陸上選手だっただろう。

 それを深夜から始め、数時間休まずに走り続けるという肉体的なケアを全く考慮していない事を除けばだが。

 その人影の主である三日月は、昼間は人目につかないようにしろと言われた背中の阿頼耶識の接続端子を外気に晒しながら走っていた。

 

「精が出るな」

 

「?」

 

 グラウンドの校舎側をもう何度目か分からないが通り過ぎようとしたとき、三日月に声を掛ける人間がいた。

 それは昼間のキッチリとしたスーツ姿ではなく、白いジャージ姿をした千冬である。

 一方三日月の格好は、以前基地にいた頃と同じカーゴパンツと上はタンクトップのみであった。

 

「何か用?……えっと、センセイ」

 

 声をかけられ、その場で足踏みを続けていた三日月であったが、何かを言おうとしている千冬の様子を察したのかゆっくりと足踏みのスピードを落とし、彼女の近くに歩を進めた。

 

「いや、少し君と話をしたいと思って、な」

 

「ふーん」

 

 三日月にとって、織斑千冬という存在にそこまで興味がないのか、三日月はそのまま千冬の横を通り過ぎ、グラウンドの横に置いてあったコートとタオルの元に向かう。

 そういう歯牙にもかけられることのない反応というのはある意味新鮮であったため、その三日月の態度に千冬は不思議と嫌悪感を抱かなかった。

 

「今日は、セシリア・オルコットとの試合があるが、準備は万全か?」

 

「……なんのこと?」

 

 取り敢えず当たり障りのない話題を降ってみることにしたのか、千冬が世間話のようにそんな話題を投げかける。

 しかし、それを受け止め投げ返すどころか、受け取ることすらしていないこの反応に千冬は柄にもなく動揺した。

 

「……以前教室で決闘を申し込まれただろう?」

 

「あぁ、あの金髪の……そう言えばケットウって何?」

 

 合点がいったのは、千冬の言った出来事が実際にあったことというだけで、その言葉の内容を三日月は受け止めきれていなかった。そのことを今のやりとりで察した千冬は今度こそ頭を抱えそうになった。

 

「決闘と言うのは……まぁ、一対一で試合をするということだ」

 

「じゃあ、戦えばいいんだ」

 

 どこか投げやりに答える千冬であったが、言葉を知らない三日月にもわかりやすいように噛み砕いた説明をする。その説明に三日月も納得したのか、一応の了承の言葉を吐き出す。

 

「時間帯としては午後……昼食を食べてからになる。山田先生が試合する場所に連れて行くことになっているから、それに従ってくれ」

 

「真耶ちゃんが知ってるなら、それでいいや」

 

 何やら、教員としては聞き逃してはいけない呼称が聞こえた千冬であったが、今は特に気にする事はしなかった。

 というよりもできなかった。

 何故なら今、闇夜に慣れ始めた目が捉えた三日月の肉体に意識が引っ張られてしまっていたのだから。

 三日月の肉体は、陳腐な表現ではあるが、一種の理想的な到達点であった。

 絞り込まれ、無駄に膨れることもなく、見る人間が見ればそれが柔軟さを持った筋肉であるとわかる程に整えられた身体。それが、タンクトップ越しでもわかる程に三日月の肉体は完成されていた。

 だが、それは逆に言えば異常の証明でもある。

 たった十数年しか生きていない子供に、『全く無駄な贅肉』が付いていない。そして、殆ど筋肉と皮膚で構成されたその肉体を作り、維持するにはどんな生活を続けてきたのか。

 恵まれていたとは言い切れないが、人並みの生活水準を下げた経験がほとんどない千冬は、それを想像することもできなかった。

 

「…………すまない」

 

「……何が?」

 

 無意識にポツリと呟いた千冬の言葉を三日月はしっかりと聞き取っていた。

 その返答にハッとした千冬は咄嗟に取り繕うような言葉を口にする。

 

「あぁ、いや、君には……君たちには不自由な生活を強いているのではないかと思ってな」

 

 心からの本音であった。

 『今のISを中心とした世界を誰が作ったのか?』と問われれば、それは篠ノ之束と答える人間がほとんどだ。

 だが、『今のISを中心とした世界になる切っ掛けは?』と問われれば、それは白騎士事件と言われる。

 この事件の当事者の一人であり、ISの力を世界に示した当人として、千冬は今の三日月たちに向き合うとどうしても考えてしまう。

 

『彼らをこうしてしまったのは自分ではないのか?』

 

 一度考えてしまえば歯止めは効かなくなる。

 ISさえなければ、阿頼耶識システムなど生まれることもなく、彼らには真っ当な社会復帰の道があったのではないのか?そもそも、阿頼耶識というシステムに殺された子供はどれくらいいる?いや――――

 

根本的に、ISによって摘まれた命はどれだけになる?

 

 たった十数年で、自分たちの成したことでどれだけの影響があったのかを考えるだけで、千冬の背中は冷たさと気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

 

「不自由?」

 

 自身の思考に飲まれそうになったとき、三日月の声が再び千冬の意識を引き上げる。

 改めて、三日月の方に視線を向けると彼は視線を上にしたり、頭をかいたりして、考える仕草を見せる。

 そして、その表情のまま、視線を千冬の顔に戻す。

 その何処までも澄んだ三日月の視線に千冬は少しだけ飲まれそうになった。

 

「別にここにいる不満はない。やること自体は前にいたところと変わらないし」

 

「――――どういう……」

 

 その返答に息を飲んだ。

 

「ここで過ごすことでオルガや皆が生きていける。なら前にいたところで、皆で生きようとしていたのと変わらない。だから不自由なことなんてないかな」

 

「――――」

 

 その言葉に今度こそ、千冬は言葉を失った。

 この学園に来る以前の三日月たちのいた世界を、千冬は報告で聞いていた。だが、聞いて知っていただけであり、理解も実感もしていなかった。

 三日月はこう言ったのだ。『人を殺す生活も、ここで勉強をする生活も同じである』と。

 千冬は愕然とするしかなかった。環境が違えばここまで人は歪になれるのかと。しかもそれが自身の弟と同年代か若しくはそれよりも幼い子供たちの常識であるのかと。

 ここで千冬は真耶が泣いていたときの事を思い出し、そして想う。

 あの時、薄っぺらい言葉で慰めなくて本当に良かったと。

 

(……ぁぁ、これは…………堪らないな)

 

 自身の後輩が教師として自分よりも優秀であることは以前から自覚していたが、毎日彼らと向き合う彼女は真に尊敬するべき女性だと、この時千冬は改めて確信した。

 

「……話があるって言ってたけど、そろそろ行っていい?シャワーを浴びないとアトラがうるさいんだけど」

 

「――――ああ、衛生面を気にかけるのは悪いことではないからな」

 

 できるだけ気丈に、そして自身の内側を悟らせられないように彼女は努めていつもの口調でそう返した。

 離れていく三日月を視線で見送りながら、今この瞬間辺りが暗いことを千冬は内心で感謝する。

 何故なら瞳から溢れてくる雫を誰にも見られる心配がないのだから。

 

 

 

 時間が経つのは早いもので、三日月と千冬のグラウンドでのやり取りから数時間後、三日月は整備員である雪之丞とビスケットの二人と一緒にアリーナに隣接するハンガーの方にいた。

 

「取り敢えずいつもと同じで、各部の関節のチェックとスラスターのガスチェック。それと機体制御のシステム周りの点検をするぞ」

 

「武装はどうします?流石にあの時みたいに、メイス一本ってわけにもいかないですし」

 

「そうだな、向こうから持ってきた滑空砲とタービンズが寄越してきた太刀って奴をバックパックに詰めとくか」

 

「……取り回し大変そうですね。射撃兵装があれしかないのって」

 

「とは言うがよ……三日月の奴がどれもしっくりこねーって言うし、ここにあるあいつの使ったことのある装備って言えばこれくらいしかねーぞ?」

 

「メイスも結構ガタが来てますしね。今度新しいのを送るってオルガは言ってましたけど」

 

「アイツはEOSの頃から武器の扱いが雑だったからなぁ……まぁ、無い物ねだりしてもしょうがねぇ。それでいいか、三日月?」

 

「別になんでもいい……ねぇ、これ着なきゃダメなの?」

 

 テンポよく整備スケジュールを会話で決定していき、確認のために三日月に声を掛ける雪之丞。

 普通であればパイロットである三日月の意見を第一に求めるのが普通なのだが、ISを扱う以前、EOSを使用していた時も基本的に三日月は雪之丞やビスケットの施す整備に合わせるようにしていた。何故なら機体の把握はパイロットである三日月よりもこの二人の方が詳しい為自然とそうなったのである。

 一応三日月も阿頼耶識を通じて機体の状態を把握はしているが、感覚的に違和感があるという受け取り方しかできないため、機体のどの部分をどうして欲しいなどの意見を出すことはできないのだ。だからこそ、今のように二人が三日月に合わせるように整備し、その整備に合わせるように三日月も機体を運用するというサイクルが出来上がったのだ。

 

閑話休題。

 

 三日月はいつもどおりタンクトップを脱ぎ、背中に接続用のコネクターを着けると、薄い橙色と黒色のツナギのような物を掴んでビスケットたちに問いかけていた。

 

「着なきゃダメだよ、三日月。いつものようにバルバトスを動かしたら背中の阿頼耶識の事を学園の皆にばらす事になるんだから」

 

 三日月が掴んでいたのは三日月用のISスーツであった。

 先日流れた報道により、三日月をはじめとする学園に在籍する五人が戦災孤児であることは既に周知の事実となっていた。そして、雪之丞はそんな五人の保護者役としても認知されている。

 しかし、知っているのはあくまでその程度までだ。

 学園の教師陣はともかく一部を除き、三日月とビスケットが阿頼耶識の措置を施された子供である事を知っている生徒はほとんどいない。

 だが、それは簡単に外せるような代物でもなく、更には簡単に拡散して良い情報でもないため、彼らは阿頼耶識システムについてできるだけ隠すことを学園側から要求されていた。

 その一環として、このISスーツは機体と三日月が阿頼耶識で繋がっているのを誤魔化すために作られたものであった。

 

「ゴワゴワするな……これ」

 

 EOSを使用していた頃から、機体に乗る際は上半身裸が当たり前であった三日月にとって、その着心地は決して快適と言えるものではなかったようだ。

 不満顔をしつつも、鎮座するバルバトスに乗り込む三日月。武装の換装などは三日月がスーツを着ている間に既に終わっていた。

 IS学園に初めて来た日のように、メイスを持つとカタパルトに進む。そしてそれを待っていたかのように、アリーナの管制室から確認の通信が届いた。

 

『オルコットさんは既にアリーナの方で待っています。三日月くん、準備はいいですか?』

 

「いいよ」

 

『では、発進してください』

 

「三日月・オーガス、バルバトス、出る」

 

 蛍光灯のやけに澄んだ光から、太陽の力強い光の下に出て行く。

 そのままアリーナ内のグラウンドに着地すると、三日月はセンサーに映し出された青い機体――――ブルー・ティアーズを纏うセシリアの浮かぶ方に、その顔を向けた。

 

「……本当に乗ることができるのですね」

 

 未だ半信半疑といった風な声音でセシリアはそんな事を言ってくる。

 普通であれば呟いた程度の声量では聞こえない距離であるが、センサーが拾うには十分な距離。だからこそ、肉声を直接聞くよりも、彼女の驚いた声音がよく聞こえた。

 

「貴方がたの事は、世間を騒がせる報道である程度ですが私も理解していますわ」

 

「……それが?」

 

 三日月がアリーナ内に入ったのを確認したためか、アリーナの周りの観客席やハンガーに通じる射出口などがISでも使用されているシールドバリアと同等のもので覆われていく。

 

「貴方たちのような人々が、学園に通い学ぶ事ができるというのはとても重要なことだと私も思いますわ。だけど――――」

 

 これまでそのシールドを張られるのを待っていたのか、そのアリーナの観客席に一組を始めとする学生たちが入ってくる。しかもそれは一年団だけに留まらず、二年、三年という上級生も同じように観客席に入ってきていた。

 

「それをここ、IS学園でするのはやめてくださいまし!私たちは我が身を削ってここまで来た!それはここでしか学ぶ事ができないからこそ来たのであって、貴方は別にここでなくても学ぶことはできるでしょう?!」

 

 試合の準備は整った。

 アリーナに備えられた大型の液晶。そこには試合開始のカウントダウンが刻まれ始める。

 

「――――アンタの都合なんて、俺には関係ない」

 

 アリーナに電子音が響く。それは試合開始の合図であった。

 

「ッ!」

 

 三日月がメイスを持っていたのと同じように、セシリアは手にしていた武装――――レーザーライフルであるスターライトmkⅢを構え、発砲した。

 

「飛散した?!」

 

「速い?」

 

 ファーストアタックを決めたのはセシリアであった。

 銃口を向けられた瞬間、反射的に“いつもと同じ”ように躱そうとするが、三日月の想定よりもその弾速は格段に速かった。

 それも無理のない話であった。三日月のいた戦場というのは、貧困国同士の小競り合いというべきものだ。その中で、実弾を目にし慣れることはあっても、レーザーなどの光学兵器という高価な兵器は見たことも聞いたこともないのだ。

 想定外であったのはセシリアの方も同じであった。

 これまでセシリアが経験したISの試合は一度や二度ではない。国家代表候補生であり、ビット兵器という国の最新鋭技術を組み込まれた機体の操縦者として、幾度もそう言った模擬戦は経験があった。

 そんな中で、自身の放ったレーザーが敵の装甲を焼くことはあっても、着弾と同時に“散らされる”ことは初めての経験であった。

 

「タービンズのところで貰った装甲は上手いこと機能してるみてぇだな」

 

「はい。試作品で、今はあれよりも頑丈な物を作る構想ができてるみたいですけど」

 

「ラミネート装甲っていたか?」

 

 ハンガーでそんな会話がされていると知られることもなく、試合は進む。

 お互いに驚いたのは一瞬、すぐさま思考を切り替え動き出す二人であったが、挙動の出だしが早いのは阿頼耶識を積んだ三日月である。

 背中の滑腔砲を展開させつつ、上空にいるセシリアを中心に配置し円を描くように機体を移動させていく。

 

「当たるか?」

 

 先のオータムとの戦闘で残っていた感覚を頼りに引き金を引いた。すると放たれたその弾丸は、放物線を描いてセシリアの頭部に向かっていく。

 だが、あの時のオータムとは違い、しっかりと三日月と相対していたセシリアはそれを簡単に避けてしまう。

 

「行きなさい、ティアーズ!」

 

 回避行動に合わせるように、ブルー・ティアーズの二つの非固定浮遊部位から二機ずつ青い子機が射出される。

 

「?――――ッ」

 

 その子機が最初は何かわからなかった三日月であったが、その先端がこちらに向いた時点で察したのか、即座に機体を動かす。

 先ほどと同じく四本伸びてくる光の線が三日月に殺到する。

 

「やっぱり速い。あと、面倒」

 

 ぼやきながら、三日月はハイパーセンサーにより拡張され、感じるだけでなく見ることもできる四つの子機に意識を向けた。

 その試合の様子を千冬と真耶はアリーナの管制室で見ていた。

 

「三日月くんはオルコットさんのレーザー兵器に対応しきれていませんね。相性の問題でしょうか?」

 

「今はまだなんとも言えん。だが、オーガスもオルコットもお互いを測りかねているといったところか」

 

 実際に見ていた千冬はもちろん、後日試合内容を聞いていた真耶は三日月の実力を知っている。その為、先に被弾したのが三日月であることや、試合が直ぐに終わらないことに違和感を覚えていた。

 

「…………硬直したな」

 

「……はい」

 

 二人の言葉通り、試合の内容はセシリアが子機――――四機のブルー・ティアーズで三日月を狙い、それを三日月が避けようとする。そして三日月がブルー・ティアーズを叩き落とそうとすると、狙っていない残りの三機が牽制しそれを防ぐ。

 そのサイクルができてしまった。

 

「あれ?確か三日月くんって瞬時加速使えましたよね?」

 

「ああ、それがどうした?」

 

「使えばビットは簡単に落とせるのになんで使わないのでしょう?」

 

 当然の疑問であった。

 ビットにより砲門が増えたとは言え所詮は四機。その四機を潰すために多少被弾したところでビットを全て破壊してしまえば、それは大きな痛手にはならないのだ。

 

「オーガスはオルコット本人の狙撃を警戒している」

 

「?」

 

「あれを見てみろ」

 

 千冬がそう言って指をさしたのは二機のシールドエネルギーが表示されている液晶であった。そこにはほぼ満タンなゲージと七割ほど埋まっているゲージの二本が映し出されていた。どちらがどちらのゲージかは言うまでもない。

 

「……あれ?」

 

 そこで真耶は気付く。三日月は最初の一発以外“被弾らしい被弾をしていない”にもかかわらず、いきなり三割近くもシールドエネルギーを削られているのだ。

 

「理由はわからんが、バルバトスは装甲によりレーザーの耐性があるにも関わらず、被弾した際のシールドエネルギーの減少が一般の機体よりも多いらしい。もし瞬時加速でビットを潰そうものなら、その際のオルコットの狙撃で全てを潰す前にシールドエネルギーはゼロになるだろうな」

 

 これはここに居る二人も後で知ったことだが、バルバトスのシールドエネルギーの減りが早い原因は実はハンガーにいる雪之丞とビスケットの二人にあった。

 二人は長年EOSの整備をしていたが、ISのシールドエネルギーというものをよく理解していなかったのだ。その為、システムの機体設定の際に操縦者の保護機能を最大にしており、被弾した際に飛散した熱エネルギーから三日月を守るために、常に全開のシールドが展開されているのだ。

 その為、本来であれば装甲のおかげで殆ど減ることのないエネルギーが普通に被弾するよりも多く消費してしまっているのであった。

 これは戦場に長くいたせいか、操縦者の保護機能というものが彼らにとっては夢のような機能であったことと、バルバトスに乗り始めてからほぼ被弾せずに戦闘を終えていた三日月たちの不幸な勘違いの結果である。

 そんな事実を知るはずもなく、二人は三日月が装備する滑腔砲が被弾し、おシャカになったことで歓声を上げるアリーナに視線を戻した。

 

「……アレを落とすのなら当たっていいのは二回」

 

 自分の指を二本立てて確認する三日月。

 滑腔砲を投棄しながら、確認を終えるとこれまでと違いきょときょとと頭を振り、状況を確認。

 そして彼の中で結論が出たのか、一度頷くとこんなこと口走った。

 

「慣れた」

 

 これまでグラウンドを舐めるように、地面で回避行動を取っていた三日月を上空にいるセシリアは俯瞰しながらビットの操作に集中していた。

 集中していたためか、それともたまたま目に入ったのか、三日月の口が微かに動いたのが見えたため、セシリアは意識的な警戒を引き上げようとした。

 そう、“しようとした”のだ。

 

「え?」

 

 視界からいつの間にか三日月とバルバトスは消えていた。

 次の瞬間聞こえてきたのは、連続して聞こえる四つの破砕音と幾度も空気を叩く爆音。

 視界に投影される機体データの武装欄。そのブルー・ティアーズの部分が赤く染まり、『LOST』と表示されていることを認識するのと、四機目のビットを破壊するためにメイスを振り下ろし、次の目標である自分自身を見ている三日月と目が会うのはほぼ同じタイミングであった。

 

「ひっ」

 

 その無表情な男が真っ直ぐこちらを向いている事に動物的な本能危険を知らせてくる。そのせいか、根源的な恐怖を感じたセシリアは引きつった悲鳴を漏らした。

 

「個別連続瞬時加速?」

 

 観客席からISの高等技術の名称が聞こえるが、それを理解する余裕は今のセシリアにはない。

 意識が一瞬を限界まで引き伸ばし、身体が必死に自身に向かってくる三日月の迎撃に動こうとする。

 

「あれ?」

 

 備えようとしたが、気付けば新たに破砕音が聞こえるだけであった。

 今度の音源は自身の手元から、眼球運動だけでそちらを見ると自身が使っているライフルの残骸と取手の部分がへし折れたメイスの先端が宙を舞っている。

 

「インターセプター!!」

 

 粒子の光が像を結び、ひと振りの細剣が姿を見せる。

 彼女が咄嗟に振り返ると、メイスが折れたことが意外だったのか驚いた表情を浮かべる三日月の姿があった。

 

「これ使いにくいのに」

 

 ハンガーでスーツを着るときにしていたような、どこか渋い表情を浮かべながら、三日月は背中の太刀を引き抜いた。

 その姿は試合当初と変わらない。だが一方でセシリアの頭の中は混乱の極みであった。

 

(センサーでも反応できない?!残りの武装はこれと、ミサイルビットのみ。当てられれば――――当てる?知覚できない相手に?どうやって?)

 

「まぁ、いっか」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、セシリアは確かに見えた。

 瞬時加速を使用している最中に、さらに加速するようにバルバトスのバックパックとふくらはぎのスラスターが点火される瞬間を。

 

「コイツは、そんなに強くないし」

 

 その言葉を最後に、セシリアの意識はプツリと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




バルバトスの装甲はどちらかといえば、SEEDのラミネート装甲に近いです。
あと、メイスはタービンズにいた頃、よくあっちのメンバーと打ち合っていたから壊れました。

次回は、今回の試合の他人視点からの考察と、クラス代表についてかな?
やったねワンサマー!出番が増えるよ!


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八話

今回は、色々と説明会です。
色々と穴だらけかもしれませんが……
ご指摘いただけるのはありがたいことなので、何か気付けばご一報してくださって構いません。
それと、評価してくださる方、お気に入り登録してくださる方本当にありがとうございます。


 

 

 IS学園の教師という立場は単純な教職員と比べ、名前は同じでもその職の内容が大きく異なる部分がある。

 細かく言い始めればキリがないが、一番大きな違いがあるとすればそれは非常事態が起こった場合の対応力である。

 ISという軍事力に繋がりやすい要素から、学園への襲撃は珍しくはあるが決してないわけではない。その為、避難誘導などの危機回避はもちろん、直接的な意味での原因の排除という武力的な能力も必要とされることがある。

 そして、それは外部からの襲撃だけでなく、内部からの場合も当然ありうることだ。生徒に偽装させた工作員などはその典型例だろう。

 だが、そう言った意図のある暴動は、言ってしまえばIS学園の騒動の中ではまだ気楽な方であった。何故なら、そういった計画性のあるものは、原因を潰してさえしまえば、暴動にまで発展する事はないのだから。

 その為、最も厄介とされているのは、そう言った意図のない、純粋な生徒の暴走などである。

 昨今の女尊男卑の風潮から、力に溺れる生徒は少なくない。それは努力を積み重ね、格上を追い抜いた生徒に限って陥りやすい精神疾患のようなものでもあった。

 そういった生徒を取り押さえるのも、IS学園の教師の役目である。そして、教員としての指導をする意味でも、今現在の生徒の技量の把握は随時しなければならない。

 そうした理由から、IS学園の教師である千冬と真耶は万一に備えてか、昼間に行われた三日月とセシリアの試合の映像を何度も見直していた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 既に何度目になるのかわからないほどに再生を繰り返した映像を、時折停止させながら二人は再び目を通す。

 

「既存のマニューバでは……ないな」

 

「はい。個別連続瞬時加速は、増設した複数のスラスターを順次使用することで行いますけど、三日月くんのこれは……」

 

「背中と両脚部のスラスターの連続使用による、瞬時加速の精密操作か。移動距離、速度の調整ができるなら、多段変速瞬時加速と言ったところか?」

 

 昼間の試合で観客席にいた生徒の度肝を抜いたのは、三日月がビットを破壊した際の機動であった。そして、それに似た機動を資料で知っていた生徒が、三日月のそれを個別連続瞬時加速と判断し、それが噂のようにその場の生徒全員に知られるのは時間の問題であった。

 しかし、三日月がバルバトスで行った機動だけでなく、バルバトスという機体自体にも目を向けていた生徒や教師は、それが違うことに直ぐに気付いていた。

 そして、そんな彼女達にとっては三日月が行った機動よりも、その後に見せた太刀捌きの方が重要であったのだ。

 

「…………」

 

「あの……先輩……私は剣道も剣術も修めているわけではないので、すごく的外れな質問かもしれませんが――――」

 

 丁度、三日月がメイスから太刀に持ち替え、セシリアに斬りかかるシーンをスローで再生しているとき。真耶はどこか遠慮がちに前置きしながら、隣に立つ千冬に質問を投げ変えた。

 

「先輩の“現役時代の動き”とすごく似ている気がするのですけど……」

 

 すぐに答える事は千冬にはできない。

 というよりも、憶測や予想はいくらでも語ることができるが、それを正答だと確認する方法がないため、千冬はその返答に答えるすべがないのであった。

 そんな事を同じ建物内で話し合われているとは露知らず、整備室の一角で雪之丞とビスケットは彼女とたちとはまた違った問題に首を捻っていた。

 

「なぁ、ビスケット……俺たちが試合の後に弄ったのはシールドエネルギーの出力調整だけだったよな?」

 

「はい……試合後に織斑先生と山田先生が教えてくれましたから」

 

 今朝と同じ場所に置かれたバルバトスを、二人仲良く並んで凝視しながらそんな確認をする二人。

 

「……俺も専門家じゃねぇからな。間違ってたら言って欲しいんだが、ISってのは“勝手に形を変える”もんなのか?」

 

「さぁ……」

 

 二人の視線の先には確かにバルバトスが置かれていた。既に夜ということと、元々外の光があまり入らない整備室内で、専用のライトに照らされたその機体は、明らかに姿かたちに差異があった。

 昼間のセシリアとの試合の後、整備室に機体を装着したまま運んだ三日月は、バルバトスから降りるとすぐに、整備のために近寄った二人にある頼み事をした。

 

「日が落ちるまで整備するの待って」

 

 いきなりそんなことを言われた二人は、急な三日月のその頼みに首を傾げるしかない。

 とにかく理由を聞こうと、どうして待つ必要があるのか尋ねるのだが、その返答に二人は更に混乱することとなる。

 

「さぁ?俺は頼まれただけだし」

 

 それだけ言うと、三日月はそのまま整備室から出ていくのだった。

 残された二人は機体のことで珍しく口を出してきた三日月の頼みごとに、今回は大人しく従うことにする。とはいえ、試合後――――戦闘後に必ず行う機体ステータスのチェックの際に千冬と真耶に教えてもらった出力調整だけは行っていたが。

 

「…………?……頼まれたって誰に?」

 

 三日月の言葉に疑問を覚えたのは、最低限の作業を終えてしばらく経ってからであった。

 そして、太陽が沈むことで灯りだよりの視界の中、整備室に向かった二人を出迎えたのが、機体の周りの床に幾つかの鉄屑を晒しているバルバトスであったのだ。

 それだけであれば装甲が剥離したのか、試合中の機体への負担でパーツが落ちたのかとも思うのだが、バルバトスの装甲や関節部分、パーツ構成などが明らかにブラッシュアップされているのを見れば、それがただ事ではないと判断するには十分であった。

 

「確か、ISには一次移行、二次移行っていう機体の最適化が行われるって聞いた事はありますけど、これがそうなるのかな?」

 

「それは俺も知ってるが、そういった移行とはまた違うもんに見えるのは俺だけか?」

 

 どこか自信のない言葉を吐き出すビスケットに、雪之丞は答えの解りきった質問を返していた。

 とにかく、このまま見ているだけでは何も始まらないと思ったのか、二人は機体に整備用の機体ステータス確認用のパッドを接続したり、機体周りに落ちていた鉄屑の確認をしたりと、行動を開始した。

 装甲を一部外し、中のパーツの状態確認。機体ステータスのデータと試合中のデータログから機体の損耗度を確認してからのメンテ。

 言葉にすれば簡単だが、実際に行うには難しい作業をしている二人。そんな中でビスケットは雪之丞にある話題を振った。

 

「そう言えば、三日月に織斑さんの現役時代の映像を見せたのって、雪之丞さんですか?」

 

「あぁ、そうだ……あの嬢ちゃんの腕前は色んな意味で有名だ。だからな、剣を使いにくいって言ってた三日月にはいい参考になるんじゃないかと思ったんだが……」

 

「だからですか……普段なら部屋に戻ってきたら直ぐに寝ちゃう三日月が、この二、三日は部屋のテレビで動画を見ていましたよ」

 

「はは……似合わねぇ光景だな」

 

「ええ……似合っていなかったです」

 

 お互いに手を止めずに会話を続けると、自然と二人は苦笑いを浮かべていた。

 IS学園で寮生活を送る上で、その寮の部屋は基本的に二人一部屋である為、三日月の相方はビスケットであった。そして、学校が始まってから既に二週間近くの時間が経過しているが、三日月の生活スタイルは殆ど以前と変わらない。

 部屋に戻りプライベートな時間は寝るか、筋トレをするかの二択であったので、部屋のテレビを見ている三日月をビスケットが見たときは、何事かと驚いたものだ。

 

「まぁ、あんまり意味はなかったがな」

 

「空戦ができるようになったとは言え、三日月らしいと言えばらしいですけどね」

 

 苦笑いで引き攣った笑顔を、少し呆れた表情に変化させた二人の脳裏には昼間のセシリアとの試合での最後の展開を思い出す。

 

「コイツは、そんなに強くないし」

 

 三日月が瞬時加速でセシリアに接近し、そう呟いたあと、三日月はその太刀を振り下ろす。

 だがその、一瞬の間。太刀の刃がセシリアに届く瞬間、三日月はあることに気づいたのだ。

 

「浅い」

 

 普段の慣れからか、相手との間合いの取り方がメイスと同じになってしまった為、三日月はこの攻撃だけでは相手を倒しきれないことを悟り、思ったことを呟いていた。

 そこで三日月は暴挙ともとれる行動にでる。

 太刀を振り下ろしながら、更に瞬時加速を使用したのだ。

 その結果、三日月はセシリアと身体を密着させる形でアリーナの壁面に彼女を叩きつけることになった。

 その激突の衝撃は凄まじく、ブルー・ティアーズの操縦者保護機能である絶対防御がフル稼働させられることとなり、そのシールドエネルギーを一気にゼロにまで削り切る。

 これが、三日月とセシリアの試合の顛末であった。

 

「でも、動画を見たとは言え、様にはなっていましたよね」

 

「剣の使い方か?そのあたりはアイツの才能か、もしくは偶然かだな」

 

 二人の目から見ても、三日月の太刀を構える姿や振り下ろす動きは随分と綺麗な動きに映っていたらしい。

 この千冬や真耶も知りたがっている疑問点は、三日月も自覚していていない理由がキチンと存在している。

 この数日の内、三日月が繰り返し見た千冬の現役選手時代の動き。それを三日月は理解しきれなかった。それもそのはずで、その動きはあくまで織斑千冬という人間が、何年もかけて完成させた動きだ。

 だから、織斑千冬とは体格はもちろん、考え方も鍛え方も違う三日月が理解するというのは土台無理な話なのだ。

 しかし、それでもそれを実現させる方法が一つだけあった。

 三日月が彼女の動きを真似できないのであれば、機体にその動きをさせてしまえばいいのだ。

 幾度も見た千冬の動き。それを真似しようと三日月は試合中、少なからずその映像を意識していた。それを阿頼耶識が汲み取り、機体がそれを命令と認識し、その動きを再現しようとした。

 そして、その動きは限りなく彼女のものと近い動きとなったのだ。

 もちろん、本人はそんな事を意識してやっているわけもなく、寧ろその事実に気付いている人間は一人もいない。

 そして、皆が気付いていない事実はもう一つある。

 普通であれば身体を壊してしまう、元世界最強の人間離れした動き。それと限りなく同じことをしてもケロリとしている三日月は、“それ以上の動きをできる可能性がある”ということだ。

 様々な意味で波紋を呼びそうなこの二つの事実に気付く者がいない今、それが良いことなのか悪いことなのか、まだそれすらも判断できるものはいなかった。

 この、エリートばかりとは言え、一般的なIS学園の生徒では気付くのも難しい事に、気づいた人間が一年生の中に二人だけいた。

 

「……似ていた」

 

 そのうちの片方は、三日月の太刀筋が今はもう会うこともできない実父から教授された剣術の太刀筋と似ている事に気付く女生徒。

 そしてもう一人は――――

 

「アイツ、何で千冬姉の剣を……」

 

 幼い頃に憧れた自身の目標に限りなく近い動きを三日月がしたこと、そしてその姿が自分の姉と被った事に、苛立ちを覚えたもう一人の男子生徒であった。

 

 

 

 





セシリア?彼女は保健室で寝てます。

前回は長めにしたことが割と好評だった為、嬉しい限りです。
今回は切りが良かったので、少なかったと思いますが、かけるときはとことん行くつもりです。


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九話

難産でした。
原作の要素を残しつつ、かっこいいキャラにするのがここまで難しい主人公も珍しいと思う今日このごろです。


 

 

 IS学園の生徒たちの朝はそれなりに早い。

 それは寮長である織斑千冬の遅刻に対する指導が厳しいというのもあるが、それ以上に個人的な活動をしている生徒が多いためだ。寮生活であるため、夜更しをそうそうできない環境というのもあるのかもしれないが、生徒の中で朝が苦手というのは少数派であった。

 そして、朝が早い人物の中には、ISの生みの親である篠ノ之束の妹である篠ノ之箒も含まれる。

 彼女は自身の父親が営んでいた道場で幼い頃から剣術を学んでいた。それは姉がISを発表し、一家離散という状態となっても続けてきたものだ。

 その為、剣術の稽古というものは既に彼女の生活の一部であり、早朝練習というのは彼女の中で行うのが当たり前の行為となっていた。

 いつものように、外が白み始めた時間帯に必要最低限の身嗜みを整え、稽古用の袴を着ると、彼女は部屋に持ち込んでいる竹刀を取ろうとした。

 

「……む?」

 

 そう、“取ろうとした”のだ。

 いつも立て掛けてある場所にあるべきものがなく、その代わり部屋に備え付けの学習机の上に、メモ帳のページが破られ置いてあるのを見つける。

 昨晩にはなかったそれを手に取ると、そこには短くこう書かれていた。

 

『竹刀を借ります』

 

 そこに書かれた文字は、ここ数日同じ部屋で過ごした幼馴染の筆跡であった。

 入学前に予習用の教科書を捨てるという愚行を犯し、その出遅れた分を取り戻すためにここ最近は夜に教科書を開いて、必死にノートに内容を書き写すことで内容を覚えようとしている姿を見ていたため、その文字を書いた人物がその幼馴染である事はすぐにわかる。

 

「……竹刀を振れそうな場所といえば」

 

 寝るときにいつもベッドに仕切りをしていたため、そのメモを読むまで同居人がいないことに気付くことができなかった箒。彼女は、取り敢えずその同居人を探すために、ここ数日で見慣れてきた学園の敷地内で竹刀を振るだけの十分な空間のある場所がどこにあるのかを思い出しながら、自室をあとにした。

 

「……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 時間がかかると思った探索はしかし、思いのほか簡単に終わる。

 いつも彼女が早朝に利用していた寮からそれほど離れていない芝生のあるスペースで、その幼馴染であり、同居人であり、そして世界で初のIS男性操縦者である織斑一夏がその芝生の上で大の字に横たわっていたのだ。

 その姿は箒の袴姿とは違い、下はジャージのズボンで上はTシャツという剣を握るには少し似合わない格好ではあるが、運動をするには申し分ない服装であった。

 その一夏の手には竹刀が握られており、メモの主が箒の考えたとおりの人物の証明でもあった。

 

「何をしているのだ、一夏?」

 

「……箒?」

 

 荒い息が整うのを待ってから、未だに仰向けの一夏に箒は声をかけるのであった。

 

「あぁ、ごめん。竹刀を勝手に持ち出して」

 

「いや、それは書置きをしてくれていたからいい。どうして急に朝練を始めたのだ?」

 

「…………」

 

 箒からの質問には答えず、一夏は立ち上がった。

 その際、湿った布が身体に当たる音が微かに聞こえる。その音が彼の汗を吸い、乾いている部分がないほどに湿ったシャツの音である事に、箒はすぐに気付くことができなかった。

 

「…………」

 

 未だ握ったままの竹刀を無言で構える一夏。

 その立ち姿は、彼が幼い頃に姉や箒と共に学んだ篠ノ之流に習った立ち居振る舞いである。

 そして、さきほどまで整える事が精一杯であった呼吸が、いつの間にか一定のリズムを刻むように繰り返されていた。

 

「――――」

 

 真っ直ぐ、最速に、ただ愚直に振り下ろす。

 それは道場に通っていた時、最も繰り返した型。最も単純で、最も極めることが難しい基本の型。それを一度だけ、一夏は行う。

 

「っ」

 

 いや、正確には一度しかできなかった。

 振り下ろし、構えを戻すと、それが限界だったのか、ポロリとそれが当然であるかのように彼の手から竹刀がこぼれ落ちる。

 

「一夏?いったい――――」

 

「箒、今の俺はどの位の技量だった?」

 

 その一部始終を見ていた箒が思わず彼に声をかけようとするが、彼の言葉が被さった。

 質問の意図が読めない箒は困惑するばかりであったが、その問いかけてくる一夏の視線が何処までも真剣で、その表情が何処か鬼気迫るものを感じさせるものであったため、箒は口篭りそうになりながらも答える。

 正直に、答える。

 

「む、昔の……子供の頃に道場で習っていた頃の方が、巧かった」

 

「……そうか……そうだよな」

 

 たった数年だが、滅茶苦茶になった人生の中で真剣に続けた分野であるがゆえに、箒は見たまま感じたままを伝えた。

 彼女の言葉は決定的だったのか、一夏はペタリとその場に尻餅をつくように座り込む。

 

「どうしたというのだ、一夏?」

 

 その姿がこれまで見たことのない程に弱々しいものであった為、箒はもう一度尋ねた。

 その彼女の言葉が届いたのか、それとも届いていないのかはわからないが、一夏はどこかボンヤリとした表情で口を開いた。

 

「昨日の試合……最後に見えた三日月の太刀筋、あれって千冬姉と同じに見えたんだ」

 

「オーガスの動きか?……確かに篠ノ之流に似た動きだとは思ったが」

 

 学園内でISを動かす事は日常茶飯事だが、試合形式のISでの試合を行う事は実はそれほど多くはない。

 その理由として、まず学園の保有するISの絶対数の少なさだ。気軽に使用できる専用機とは異なり、学園が保有し、生徒に貸し出す練習機はそうそう簡単に使用することはできない。例え、借りることができたとしても、数人の生徒で一機を使いまわしたりするのがほとんどで、二機同時に借り、更に模擬戦を行うためにアリーナを一箇所全て借りるというのは絶対に不可能なのだ。

 その為、必然的に普段から模擬戦を行うというのはそうそうできることではなく、それができるのは授業中か、若しくは学内の行事で行われる大会形式の試合のみなのだ。

 そして、学内で行われる試合は珍しい為、映像を記録され、学園の映像資料として残されることで生徒がいつでも閲覧出来るようになる。

 肉眼で試合を見ることに慣れていない二人は、自室にある備え付けのパソコンからその試合の映像を昨晩見直していた。

 その時の映像を思い出しながら、箒は一夏の言葉に同意を返す。

 

「その時さ……三日月が千冬姉の剣を使っているのを見て、すごく嫌だった」

 

 それが八つ当たりと気付いているのか、一夏は自嘲しながらも言葉を続ける。

 

「どうして俺が憧れている剣をお前がって思った……でも、それ以上に悔しかった。俺ができないことを軽々とやってみせる三日月に見せつけられているみたいで」

 

「一夏、それは――――」

 

「……分かってる。すごく身勝手な考えだって、分かってるんだ。だから、追いついてやるって、そんな事を思って、朝練を始めた。だけど、竹刀を振ってて気付いた……俺じゃあ、無理だって」

 

 その言葉はこの場にいる二人にとっても決定的な言葉であった。

 箒は幼い頃に自分をいじめから助けてくれた一夏がそんな言葉を吐くことが、悲しかった。そして、一夏にとってこれが人生で初めて味わう挫折であることを自覚できずに、只々打ち拉がれていた。

 

「千冬姉のいた場所に追いつくには今から努力しただけで、大抵追いつけるものじゃない。三日月がいる場所にも行くこともできない――――」

 

「何を当たり前のことを言っている、一夏?」

 

 何処までも続きそうな独白をぶった切ったのは、箒ではなくその独白を続ける一夏の姉であった。

 

「千冬姉?どうして……」

 

「大層な理由などはないさ。お前の頭の悪い言葉が聞こえたから顔を覗かせに来ただけだ」

 

「――――何だって?」

 

 実の姉の言葉に頭の中が白くなる。

 例えそれが事実でも、自身にとって一人しかいない家族からそれを言われて冷静でいられるほど、一夏は大人ぶってはいなかった。

 

「我が弟ながら情けない。自分にできないことをする人間に嫉妬して、僻んで、努力もせずに諦める。これが嘆かずにいられるか?まったく、身の程を知れよ、一夏」

 

「千冬姉にはわからねえ!」

 

 まるで失望したと言わんばかりの態度と、言葉の波に一夏は生まれて初めて敬愛する姉に怒鳴り声を上げた。

 

「強くて、守れて、皆から認められて!才能のある千冬姉には俺の気持ちなんか分からない!」

 

「そんなものが分かってたまるか」

 

 その肯定とも否定とも取れない言葉に一夏の気勢が削がれた。

 

「他人の気持ちなど、口に出してもいないのに分かってたまるか。それとな、才能という言葉を使っている時点で、自分が努力をしていないことの棚上げにしかならんぞ」

 

「何を――――」

 

「いいか、一夏。才能というのは、努力をやりぬき、自己を見つめ、行き着くところまで行き着き、もう自分では変わることができない領域までやりきった人間が初めて使うことが許される言葉だ。――――たかだか数日努力しただけの人間がその言葉を使うなよ、小僧」

 

「……」

 

「はぁ……“箒”」

 

「え?あ、はい!」

 

 落ち込んだ様子の一夏に呆れながらも、千冬はこれまで自分たちの様子を黙って窺っていた箒に声を掛ける。当の本人はいきなりの指名と、昔のように下の名前で呼ばれたことに驚き、咄嗟に反応することはできなかったが。

 

「三日月・オーガスが試合で篠ノ之流の動きを模倣するように動いていたのは知っているな?」

 

「はい」

 

「なら、彼の動きから何を感じたのかを正直に答えてくれ」

 

「?」

 

 質問の意図こそ測りかねたが、箒は脳にこびり付くようにして残った彼の動きを何度も思い起こす。そして、それがどの位続いたのかはわからないが、何かしらの結論が出たのか箒は遠慮がちに口を開いた。

 

「あの……感覚的な物言いになりますが……」

 

「構わん。言ってくれ」

 

「彼の動きは確かに千冬さんのものに似ていますが、あくまで真似ているだけのように感じました」

 

「……」

 

「それこそ、道場で大人の振る舞いを真似する子供のように、その動きにどんな意図があり、どういった過程を経て、その動きが生み出されたのかを理解せずに真似しているような…………すいません、これ以上はうまく説明はできません」

 

「いや、概ね私が感じたことと同じだ。奴は篠ノ之流の――――私の動きを真似てはいるが、“修めて”はいない。この違いは一々説明しなくても分かるだろう」

 

 三日月の模倣は確かに誰でも出来ることではない。だが、逆に言えば、模倣しただけではそれ以上の動きはできないのだ。

 どういった過程を経て、その最適な動きまで行き着いたのかは使った当人しか把握できない。ましてや過程をすっ飛ばして成果だけを実行した三日月には、剣術という分野でこれ以上の成長は、それこそ一から武道を学ぶことでしか伸びしろはないといっても過言ではない。

 そういった部分を理解できる分、三日月と比べ一夏の方が剣術という分野では先を行けるだけの基盤がある。

 

「正直に言えば、私は姉でありながら、お前が何を目指しているのかは知らん」

 

「それは……」

 

 姉であり、家族である千冬を守りたい。漠然とした言葉ではあるが、IS学園に来てから叶うなら叶えたいと思った一夏の“目標”がそれであった。

 

「だがどんな目標であろうと、周りの状況が変ったぐらいで目指せる程度のものならやめておけ。自分はもちろん周りも迷惑するだけだ」

 

「――――」

 

 千冬や箒は、そういった意味では周囲に流されずに努力を続けてきた人間だ。

 千冬は、学生の頃に両親が蒸発し、親戚類にも見放されたという状況の中で、それ以前から続けていた剣術を続け、結果的にはそれを活かし、世界の頂点に上り詰めている。

 箒は、一家離散し、全国を転々としつつも剣道を続けていた。そして、その積み重ねがあり、中学生の全国大会で優勝したという実績を残している。

 そういった事を理解しているからこそ、一夏は千冬の言葉に重みを感じさせられた。

 

「それとな、お前がどうなりたいのかは知らんが、お前は私のようにはなれないぞ。そもそも、お前が求めるのは本当に強さか?私にはそうは思えん…………そろそろ時間だな……篠ノ之、織斑、授業には遅れるなよ」

 

 一方的ではあるが、それだけ言うと千冬は寮の方に戻っていく。

 取り残された二人は、どこか気不味い雰囲気となっていた。

 

「一夏…………その、大丈夫か?」

 

「……大丈夫。色々と凹みそうだけど……箒、悪いけど少し一人にさせて欲しい」

 

 その言葉に感じることでもあったのか、箒は自身の竹刀を持つとそのまま寮の方に戻っていった。

 立ち去る前に見えた彼の瞳に、少しだけ力強い色が見えた気もするが、それを確かめるのは無粋な気がした箒であった。

 

 

 

 

 





正直、今回の話は賛否が分かれると思います。

一夏を改善するのはマジで難しいです。
……なして、原作者はあれが「理想の主人公」なんて言ったのでしょう?


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十話

前回の投稿で多くの感想ありがとうございます。
まさか、自分の疑問の一文があそこまで皆さんを過剰反応させるとは……

今回はちょっとした日常回です。


 

 

 薄ぼんやりとした視界の先には見慣れない白い天井があった。

 いつも自分が使用しているベッドと比べ、固めのそれに横たわっている事に眉を顰めそうになるが、そもそも自分がどうしてそのベッドに寝ているのかを思い出せないことに、セシリア・オルコットは首をかしげた。

 

「……目が覚めたか?」

 

「っ!――――織斑先生?」

 

 上半身を起こし、記憶を探ろうとした彼女の隣から、担任教師の言葉が掛かる。

 そのいきなりの登場に、身構えてしまうセシリアであったが、スーツ姿でありながら授業中のようなピリピリとした雰囲気がない彼女に、自然と硬った筋肉が解れた。

 

「織斑先生、私は――――」

 

「色々と尋ねたいことはあるだろうが、少し待て。保健医を呼び、軽い検査を終えてからだ」

 

 そう言ってからの千冬の対応は早かった。

 セシリアが寝ていたベッドから少々離れた位置にいた保健教諭に、彼女の診断をしてもらい、特に異常がないことを確認させる。

 そして、それらのことを全て終えて、保健教諭からの安静にしていなさいというお言葉を頂戴してから、千冬はベッドの隣に丸椅子を持ってきて、そこに腰を下ろした。

 

「さて、尋ねたいことは多々あるだろうが、まずは確認しておこう。何故この保健室で寝ているのかを覚えているか、オルコット?」

 

「確か……いえ、少し記憶が曖昧ですわ。私の格好からしてISに乗っていたのは確かなのでしょうけど」

 

 セシリアの格好は三日月と試合をしていたときと同じで、ISスーツのままであった。

 その格好で眠るのは寒そうだなと、他人ごとみたいに思いながらも千冬は説明を始める。

 

「オルコット、回りくどいことを言っても混乱するだけだと思う。だから、事実だけを言うが、お前は昨日の試合で三日月・オーガスに敗れ、気絶した」

 

「……はい?――――――っ!」

 

 その言葉を理解すると同時に、蓋をされていた記憶が溢れ出した。

 破壊されるビットの音。

 空気を叩くスラスター音。

 上空を飛んでいた時に感じた風。

 そして、一瞬だけ向けられた明確な敵意。

 それらが全て、明確に、正確に思い出される。

 あの一瞬の間に覗き込んだ彼の瞳を思い出す。只々透明で、何処までも澄んでいて、それでいて何も感じさせない瞳。

 だからこそ、明確な敵意が直接叩き込まれたような錯覚をさせる。

 

「――――」

 

 呼吸が乱れそうになる。思い出しただけだというのに、その事柄が怖い。

 武器を向けられることも、自身に攻撃されることも怖くない。

 怖いのは、あんな瞳を同じ人間がしていることだ。無感情に戦闘をするのは機械と同じだ。それを同年代の子供がしているのが、今になって怖くなる。

 暑くはなく、寧ろ嫌な寒気を感じるというのに、汗がセシリアの体から吹き出てくる。

 このまま頭から布団に包まり、思う存分震えることができればどれだけ楽だろうと思うが、それができないほどに身体が言うことをきかない。

 身体が端の方から凍っていくように感じている中、ソレは唐突に肩に置かれた。

 

「大丈夫だ」

 

 肩に乗ったそれは暖かく、それがじわりと広がるように伝わってくる。セシリアは肩に乗ったソレにゆっくりと視線を移していくと、そこには千冬の手が置かれていた。

 

「試合はもう終わった。今はゆっくりと休め」

 

「は、い……」

 

 起こしていた上半身をゆっくりとベッドに寝かせてやりながら、千冬は少しだけ乱れたセシリアの髪を手漉きではあるが、軽く整えてやる。

 その仕草に安堵したのか、身体を完全に脱力させたセシリアはスイッチが切れるように再び眠りについた。

 彼女の眠るベッドの仕切りとなっているカーテンをくぐり、この場を後にしようとした千冬はチラリと彼女の寝顔を確認すると一言だけ呟いた。

 

「……無理もない」

 

 その呟きは部屋に響くこともなく、静謐な白い壁に染み込むようにして消えた。

 

 

 

 難しい顔をして、目の前のタブレットの画面を人差し指でなぞって行く。

 世界中に存在する文字の中でも日本語というのは、殊更難しいというのを聞いた三日月は、その中でも一番の基本である平仮名を習っていた。片仮名の方が覚えやすいという部分はあるが、現代日本に住む場合は平仮名の方が多用されると真耶が判断したが故であった。

 

「……そう言えば、これってなんて読むの?」

 

「えっと、三日月くんが今書いているのは、『さいばい』ですね」

 

「……サイバイって何?」

 

 タブレットの画面に映し出された四文字を、三日月はとにかく書けるようになる事で精一杯だったのか、読み方や意味が分かっていなかった。

 

「簡単に言えば、植物に水や栄養をあげることで育てることです。そうですね……三日月くんは何か好きな食べ物はありますか?」

 

「おばちゃんがよく作ってくれるのは、お米を使ったご飯だけど……」

 

 食生活が改善された三日月たちであったが、未だに食事を楽しむほどの心の余裕はないようであった。その事に気落ちしそうになるが、真耶は笑顔を絶やさずに口を開く。

 

「お米という種を土にまき、水を与えて、稲が育ち、その稲にお米が実る。そうした植物を育てることを栽培といいます」

 

 その教室の黒板はデジタル仕様で、様々な映像を映し出すことができる。

 彼女は説明の言葉に合わせるように、稲作の映像を一定の段階に分け、映し出していく。それをどこか不思議そうに見つめる三日月はポソリと呟いた。

 

「……そうか……食べ物って作れるのか」

 

 いつも食べている植物の種子を一つ取り出し、それを見つめる三日月であった。

 

「マヤちゃんセンセー!できました!」

 

「あ、私も!」

 

 元気な声にはいと返事をしながら、真耶は双子の机に進むのであった。それから間も無くして、授業は電子音声のチャイムにより終わりを告げられる。

 

「三日月くん。これからホームルームがあるので、私と一緒に上の教室に来てください」

 

「今から?」

 

「今からです」

 

 そのままバルバトスの置かれている格納庫を目指そうと席を立とうとした三日月に、真耶は声をかける。

 「行こう!クラッカ!」「待ってよ!クッキー!」「二人共、走っちゃダメでしょう!」「「はーい」」などという掛け合いをBGMにしつつ、二人は本来在籍している一年一組の教室に向かうのであった。

 

「さて、今日は最後に決定すべき事項がある。このクラスの代表者の選出だ」

 

 教室内で三日月と真耶が入ると、セシリアを除く全員が揃い、教壇に立つ千冬がそう切り出した。

 

「このクラス代表者は、主に一般の学校で言う学級委員長のような立場だ。一般の学校と違うのは主に学級対抗の試合などにクラスの代表として参加できるという部分だ」

 

 そう言いながら、千冬はデジタル式の黒板にその特徴を書き込んでいく。

 

「他に言えば、教師側からすればそのクラスの生徒の基準として扱うことになる。実習の内容や重点的または反復させる学習内容も変化してくる。その事を踏まえた上で選出したい」

 

 その説明にクラスの大半はなりたくないという表情をする。

 つまりは、選ばれた生徒次第では、他のクラスと比べ出遅れる可能性があると言われれば、進んでなりたい考える生徒は希であった。

 その、ある意味で“例年通り”の生徒の反応に、千冬は苦笑しそうになるのを堪え、続けるように説明を挟んだ。

 

「あぁ、とは言っても、これが適応されるのはほぼ二年生となってからだ」

 

 その説明に首を傾げそうになる生徒たちであったが、補足説明は続けられる。

 

「ここ、IS学園に入ったとはいえ、入学した人間が全員搭乗者になるわけではない。整備士、運営側、開発分野等など、言い出せばきりがないがそういったIS関連の道に進む人間もいる。もちろん、学んだことを活かして違う道に進んだものもいる。私の知る卒業生は、整備士志望であったが今は自国に戻って自転車から飛行機までなんでも直す修理屋になっていたりするからな」

 

 彼女の言葉に生徒たちは驚いた表情を浮かべる。

 何故なら千冬が喋った卒業生の件で、嬉しそうな優しい微笑を浮かべていたのだから。

 

「……話がそれたな。一年生の授業のカリキュラムは基本的にISに関わる分野の基礎を満遍なく行うようになっている。そして、それらを学んだ上で二年生に上がる時に細分化された学科に別れることになる。主にクラス代表がそのクラスの基準とされるのはそれからだ」

 

「あの……では、今はどうやって決めればいいのでしょうか?」

 

 恐る恐る手を挙げて尋ねてくる女生徒に対し、千冬はなんでもないことのように答える。

 

「今の時点では、長くISに触れられる機会が欲しい人間がなればいい。若しくは今の時点で二年に上がっても搭乗者を目指すと決めている生徒とかだな。ただ、教師側からすれば他薦よりは自薦でなってほしくはある」

 

 最後の発言は、発言者の感性かそれとも教育者としての発言かはわからなかった。

 千冬は短時間なら相談しても構わんと、言葉を残すと教室に備え付けの椅子に座る。その彼女の態度に最初は遠慮がちであったが、ざわざわと教室のあちこちから話し声が聞こえ始めた。

 そんな中で、一夏は箒と相談する為に席を立とうとしていたが、椅子に座った千冬が自分に小さく手招きしていることに気づくと、向かう先を変える。

 

「何ですか?」

 

「クラス代表には関係ないが、織斑には専用機が支給されることになった」

 

 その言葉に一夏は静かに驚いた表情を見せる。

 一夏はここしばらく、夜遅くまで教科書を開いてIS関連の情報を詰め込んできた。その内容の最初の方に書かれていたISコアの絶対数の少なさを思い出し、その内の一つが自分に渡されると言われ、それがどれだけ異例なことなのかを自分がここにいることの異質さと共に理解させられる。

 

「でもそれは……」

 

「これはお前の安全確保の為の保険だ。個人がISを所持することがどれだけの力を得るのかをよく理解しろ。そうすれば、自身が立っている場所にどんな意味があるのかも再認識できる」

 

 要するに『織斑一夏という男性のIS操縦者はそれだけの価値がある』と大人たちが認識しているということだ。

 本人がどれだけ自分には不相応だと思っていようが、それが客観的な価値に繋がるとは限らない。

 その男性が人間的、またはIS操縦者としての能力がどれだけ平凡でも、『ISを動かせる』という事実さえあれば、それ以上の価値など求めてはいないのだ。寧ろ、飼い殺しにできる分、そういった部分は劣っている方が都合が良いと受け取ることもできる。

 

「っ」

 

 そういった部分をどれだけ察しているのかは知らないが、一夏は千冬の物言いに少しだけ悔しそうな表情を零した。深読みのしすぎかもしれないが、“ISを纏わなければ自衛もできない”と言われていると感じてしまったのだ。

 

(…………これは自覚があるってことなのか?)

 

 千冬は今朝、一夏に言った。

 

「他人の気持ちなど、口に出してもいないのに分かってたまるか」

 

 突き放すような言葉ではあるが、事実そのとおりである。実際、今この瞬間、家族である目の前の女性が何を考えているのかなど一夏には理解できないのだから。

 だからこそ、彼女がこういうことを伝えようとしていると考えた内容は、全て自分がそう思っている証拠なのだと一夏は考えるのであった。

 

「センセー」

 

 兄弟ではなく、教師と教え子としてのやり取りの間に割って入るように、その声は二人の耳朶を打つ。

 

「どうした、オーガス?自薦……自分から代表者になりに来たのか?」

 

 ぐるぐると回る思考の深みに嵌りそうになった一夏がハッとして、そちらを向くとそこには三日月がいつものように野菜の種を取り出しながら立っていた。

 三日月がわかり易いように言葉を選ぶ千冬。そんな彼女の他人を気遣う様子が珍しく感じると同時に、それを向けられる三日月が少しだけ羨ましいと感じる一夏であった。

 

「そんなのに興味はないよ。聞きたいことがあるんだけど」

 

 手に持っていた種を口に放り込むと、種を入れた小袋の入っていない別のポケットを漁り出す。

 

「これだけあれば、米とか野菜の種って買える?」

 

 ポケットから千冬に見せるように取り出したものを見せながら、三日月は尋ねた。

 取り出され、三日月の手に握られているのは二カ国の紙幣であった。片方は三日月が戦争をしていた国のもので、もう片方は日本銀行券である。

 財布ではなく、直接ポケットにねじ込まれていたせいか、くしゃくしゃになっているそれを見せてくる三日月に首を傾げそうになる千冬であったが、取り敢えず思ったことを口にした。

 

「……紙幣があれば幾つかの野菜の種は買えるだろうが、米の方はわからんな。それに買えたとして、それをどうするのだ?食べるのか?」

 

「さっき、真耶ちゃんから教わった……サイバイ?っていうのをやろうと思って」

 

 その三日月の言葉に千冬は驚く。この学園に来てから、自発的に行うことといえば朝のトレーニングぐらいであった三日月が、自分からやりたい事を口にしたのだから。

 

「……野菜はともかく、米はここではできない」

 

「そうなの?」

 

 自発的な三日月の行動に嬉しい半面、しっかりと言うべきことは言っておかなければならない。この時ほど、彼女は教師という立場が堅苦しいと感じたのは初めてであった。

 

「そういった事をしている園芸部という団体がある。彼女たちに話を持ちかけてみるといい。山田先生に言えば案内してくれる」

 

「そう。わかった」

 

 その短い了承の言葉を残し、三日月は教室の後ろの方で生徒の相談を受けている真耶の方に向かう。その時に千冬が見えた三日月の顔が、いつもと比べ少しだけ柔らかく感じたのは、おそらく錯覚ではない。

 

 

 

 

 

 

 





学園が舞台のためか、何故か教師視点が一番書きやすいです。

やりたい展開、晒したい設定は多々あるのですが、焦らずじっくりやっていきます。
皆さんの期待に沿えるかどうかは断言できませんが、面白い話にできればと思います。


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十一話

今回は繋ぎ回です。
そして、次回くらいから三日月の出番が増えると思います。


 

 

 “ソレ”は彼の人生に置いて出会ったこともないような大きな障害であった。

 

「…………くそっ」

 

 オルガ・イツカにとって敵とは、自分たちに害を加えてくる大人たちであり、それは戦争をしていた敵軍も自軍も関係がなかった。

 

「…………どうして」

 

 だが、今の敵はそういった倒せば死ぬような簡単な存在ではない。彼が対応すればするほど、足掻けば足掻くほど、その質も量も跳ね上げながら戻ってくる。

 

「…………何で無くならねぇ」

 

 最初は気合を入れて挑んでいた。これで皆が――――血は繋がっていないが、それ以上に根底で通じ合っている家族が楽に生きられるようになると。

 だが、そのときの決意が鈍ったわけではないが、確実に彼の心はすり減らされていく。

 彼が項垂れそうになったその時、その一室のドアが開けられる。

 

「ユージン」

 

 そこに立っていたのは、今は自分の補佐のような事をしてくれているユージン・セブンスタークであった。

 彼の登場に嬉しそうな表情を浮かべるオルガ。何故なら彼は援軍の為に来てくれたのだと思ったからだ。

 だが、その期待は一瞬で裏切られることになる。

 

「オルガ、報告だ。一先ず日本組とアメリカ組の連中はタービンズがきっちり先方に届けてくれた。そんで、IS学園の方から物資の搬入をもう少し早くできねぇかって催促が来てる。あと、これは三日月からの要望もか。だから、リストのチェックと内容の確認書類を置いとくから目を通しておいてくれ」

 

「…………ちくしょう」

 

 オルガの作業用デスクの半分を占める障害――――というよりも、書類の山が一山増えた。その光景に弱々しく、オルガは口内で噛み潰すように悪態をついた。

 

「……物資の中にはタービンズが都合してくれたデータ取り用の試作武装もある。大変なのはわかるが」

 

「分かってる。これは俺が始めた事なんだ。自分で最後までやりきるさ」

 

 選別と言われ、名瀬から貰った万年筆を一旦デスクに置くと、書類仕事で凝り固まった身体を解していく。その際に万年筆の持ち手が既にすり減り始めていることに気づくと、自分が頑張っているという実感と、そこまでやっても無くならない書類にうんざりしそうな気持ちが同時にこみ上げてきた。

 とにかく、目の前の事を片付けようと思い、今のユージンの報告を脳内で反復していく。

 

「……あん?ミカからの要望?」

 

 思考に引っ掛かりを覚えたオルガは、ユージンが今置いたばかりの書類に手を伸ばす。IS学園に送る物資の搬入リスト。その項目の中に明らかにISやEOSに関係のない名前が刻まれていた。

 

「……野菜の種に肥料、大型のプランターに如雨露だと?」

 

「似合わねぇよな、それ」

 

 思わずと言った風に呟いたオルガの言葉にユージンが苦笑いで言葉を添える。その言葉で彼が何か知っていると思ったオルガは、視線だけでどういうことだと問いかけた。

 

「ビスケットからの話だと、何か食い物……というか、それの材料か、この場合?それが自分でも作ることができると知って興味を持ったらしいぜ」

 

「あのミカがか?」

 

「ああ。なんでもアトラたちと勉強している時にそうなったらしい」

 

 この時、この話がユージンなりのジョークだと一瞬思ったオルガは、改めて手元にある搬入用のリストを眺める。

 ただの言葉の羅列のはずのそれらが、ISの武装関係の欄と三日月の要望した物品の欄で大きく印象を変えていた。

 

「変った――――いや、変わろうとしてんのか、ミカ?」

 

 これまでの人生で長い間相方を務めていた三日月の明確な変化に、先程まで萎んでいた活力がオルガの中で再び湧き始めていた。

 ところ変わって、IS学園――――その施設の中の第二アリーナでは新型のISが一機、宙を舞っていた。

 

「…………機体に遊ばれているな」

 

 ――――訂正、『舞う』ではなく、『踊る』が近いのかもしれない。

 第二アリーナの管制室で、その新型の飛行を見ていた千冬は見たまま、感じたままを口にしていた。

 彼女の視線の先には、アリーナ内を映し出すモニターがあり、そこに写っているのは専用機であり、新型のISである白式を纏った一夏の姿である。

 彼女が何故彼の飛行をモニタリングしているのかというと、教員としての職務の一環である。

 この日、一夏は先日知らされていた専用機を受領し、そのフィッティングの為にアリーナの使用を特別に許可されていた。その事を聞かされた一夏は「それって先約の人に迷惑なんじゃ?」と疑問に思うも、その考えを予想していたのか、千冬は説明を追加する。

 

「確かに迷惑ではあるが、届いた専用機が格納庫の一角を長期間占拠する方が迷惑だ。これからお前がアリーナの使用を予約したところで、最低でも一週間は期間が空くだろう?」

 

 要するに、肥やしにさせている程のスペースがないため、さっさと本人に渡し、専用機特有の待機形態で所持してもらったほうが、問題が少ないのだ。

 それと付け加えるのであれば、一夏の心配はほぼ杞憂といってもいい。

 IS学園に置いて専用機を持っている学生は、例年それほど多くはない。寧ろいない年の方が多いくらいだ。だが、逆に毎年必ず存在するのは各国の代表候補生だ。

 彼女たちは各国にとっては金の卵だ。そして、入学した時点ではそれが孵るかどうかはまだ予測も予見もできはしないのだ。その為、IS学園での成績や適正如何によって、在学中に専用機を受け取る生徒も出てくる。

 その為、今回のような専用機の受領は珍しくはあるがゼロではない。だから、先輩からその事について聞いた生徒や、実際に経験した生徒からはある意味一つのイベントのような扱いを受けているのである。

 そして、只でさえ珍しい専用機を生で見ることができる分、他の生徒にはいい刺激となり、活動の為の起爆剤ともなるのだ。

 

閑話休題。

 

 千冬が管制室で一夏の慣熟飛行を窺っているのは、見届け役と問題が起きないように見張っておく監督役だ。これは二人が姉弟だからではなく、単純に担任教師と生徒だからである。

 専用機の受領を学園で行い、最適化を見届けるのは担任教師が行うことが通例であるが故であった。

 

「ふむ…………そろそろか?」

 

 一夏がアリーナで飛び始めてから記録されている経過時間を確認しつつ、千冬は呟く。

 すると、それから間も無くして、一夏の乗る白式から光が発せられ、それが治まるとそこには最適化の終了した白い機体があった。

 最適化が完了すると、これまでの危なっかしい飛行と比べ、安定した動きをし始める一夏。

 その姿を眺めながら、千冬はもう一人の男性操縦者の動きを思い出す。

 脳裏に焼きついていると言っても過言ではないそれと、目の前に映し出される弟の動きを見比べる。

 

「……教師としては最低だな」

 

 自嘲するように、言葉を零しながら三日月の“より自然な動物的な動き”と一般的な操縦者の“人間が動かす機械的な動き”の差異を、他人にも説明できるように分析を開始した。

 

「――――」

 

 動きの一つ一つを思い出す。

 その頭の中で繰り返される映像は、早送りのように実際よりも早い映像であったり、逆にスローであったりと様々だ。

 それをゆっくりと、だが着実に吟味していくと、身体の底に熱が貯まるのを彼女は自覚した。

 

「…………お前は教員だろうが、織斑千冬。分を弁えろ」

 

 その熱が久しく感じていなかった闘争心だと気付くと、彼女は自身にそう吐き捨てた。

 そんな、周りの知り合いで話題となっている当人――――三日月・オーガスだが、彼は放課後になるとよくバルバトスのある格納庫にいたりする。

 主に整備の際の動作確認などをしているのだが、それ以外の時は機体のそばで昼寝していたりする。これは主に三日月の深夜のトレーニングや、慣れない勉学に励んでいるからである。

 その彼は今――――

 

「……………………」

 

「ど、どうしよう?」

 

 水色の髪とメガネが特徴的な女生徒を抱き枕がわりに、寝ていたりする。

 

 

 

 

 

 

 





……別にエイプリルフールだからと言って、嘘展開ではないですよ?


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十二話

最近ブレイクブレイドを読み返している作者。
新刊はいつだ?

鉄血のアニメは個人的にはキチンと話を終わらせた感があったので、変に消化不良になるよりは好印象でした。
最後の戦闘は熱かった(断言)


 

 

 更識簪は困っていた。

 何故なら、人生の中で初めて親以外の異性との触れ合いがまさかのハグであったのだから。

 

「…………ぅん……」

 

「……っ……」

 

 そして、ハグしている相手がそのまま眠っているため身動ぎするたびに、密着度が着実に上がってきているのもその要因だろう。

 自分よりも小柄なその相手に視線を向ける。無表情で分かりづらいが、彼――――三日月を知っている人間が見れば驚くことだろう。何故なら、いつもの警戒している強張りがない、本当にリラックスしている表情をしているのだから。

 そんな彼と向かい合うように並んで寝転んでいる簪は、どうしてこんなことになったのかを思い出す。そうでもしていなければ、緊張と気恥かしさで頭の中が沸騰しそうだという理由もあったが。

 

(えっと、もう一人の男性操縦者のISを見たくてここに来て――――)

 

 彼女は、学園の大半の例に漏れず、三日月とセシリアの試合を実際に観戦し、そして自室の端末で試合の映像を見ていた生徒だ。

 そんな彼女は三日月の機体――――バルバトスのスラスター類に興味を持った。

 バルバトスの機体スラスターは平均的な量産機と比べ、かなりコンパクトにまとまっている。バックパックの可動式のものと両足にそれぞれ付いた合計三機のスラスター。

 たったそれだけの数で、瞬時加速の高等技術を行えるだけのポテンシャルがあるのだ。これは三日月の技術以前に、それに追いつけるだけの基盤がなければできないと考えた彼女は、バルバトスに強い興味を抱いた。

 

(もし、外見だけからでも参考にできればと思って――――)

 

 彼女がそこまで推進機構に興味を持っているのは、彼女が日本の代表候補生であり、そして日本政府から預けられる筈であった自身の専用機の作成を自ら行っているが故であった。

 言葉にすれば簡単に聞こえるかもしれないが、それは不可能に近い偉業である。

 ISというのは、世界でも最先端の技術の塊だ。そしてコアに至っては制作者本人しか理解できないブラックボックスとなっているという、常識を疑う代物でもある。

 そういった専門家ですら、全容を把握していないキワモノを中学生から高校生に上がったばかりの生徒が一人で完成させることができるのか?――――答えは聞くまでもない。

 そもそも、どうして彼女が持つはずの専用機が未完成の状態で彼女の手元にあるのか。

 それは男性操縦者であり、三日月と違い自前の機体を持っていない織斑一夏が日本人であったからだ。

 元々彼女の専用機――――打鉄弐式は、日本政府が自国内で唯一ISの開発と研究を同時に行っている倉持技術研究所に作成を依頼していたものだ。だが、一夏がISを動かせることを知ると、国は打鉄弐式の開発を凍結し、彼のデータ取り用の専用機を開発、データ解析をしなければ国からの援助を打ち切るという指示を出してきた。どうしても開発と研究に莫大な資産を必要とするISという分野において、国からの援助が打ち切られるというのは倉持技研にとっては死活問題であった。

 その為、技研の責任者は直接簪と対面し、事情を話し、子供に対して不誠実な事をしてしまうけじめとして土下座までして、この事を簪にも納得してもらう。

 簪も中学生から高校生になり立てとはいえ、自分よりも倍以上の歳の大人がそこまでするのは、多くの部下や同僚がいるが故であることを理解していたため、納得も理解もしていた。

 だが、彼女は諦めきれなかった。

 

「――――っ」

 

 それが自身の目標に近づける足掛かりとなるのだから。

 その後、凍結ということから機体を技研で保管することになるならば、自分で残りの機体製造を少しでも進めたいという簪本人の意向を尊重し、ここIS学園にて彼女は作業を行っていたのだ。

 話を戻すと、その制作作業に置いてネックとなっている項目の一つがスラスター調整であった為に、バルバトスのそれに興味を持った簪はこの格納庫に訪れていた。

 学生間の噂で、バルバトスが専用機でありながら待機形態になっていないと知っていた簪。その為、見ようと思えば勝手に見ることができるのは分かっていたのだが、流石にそれはまずいと思った彼女は、誰かが来るまでその格納庫で待とうと考える。

 そして、流石にずっと立って待っているのは疲れるので、近くにあったコンテナに座ろうとした時に、彼の存在に気づいたのだ。

 座ろうとしていたコンテナの陰に隠れるように、三日月が身を丸めるようにして眠っていた。

 

(びっくりした)

 

 しみじみと彼女はそんなことを思った。

 それは無人だと思った場所に人がいたこともそうであるが、それ以上に試合で感じた印象とのギャップが大きかったこともそうである。

 本当に本人なのかと疑問に思った彼女は、身体を横にして寝ている三日月の正面に来るようにしゃがむ。そして、たまたま目に入った乱れた前髪を整えてやろうと手を近付けようとする。すると、簪の視界は一転した。

 

(本当にびっくりした)

 

 大事なことなのか、似たような事を二回思う簪であった。

 どうなったのかというと、三日月が近づいた腕を掴むと抵抗できないように引き寄せ、両腕と胴体を一緒に抱え込むように抱きついたのだ。それも寝たままの状態で。

 これは三日月の兵士としての習慣である。

 戦争をしていた頃、味方の筈の大人たちからおもちゃにされていた三日月たちは、自然と寝ている間も自衛できるように身体が覚えてしまっていたのだ。

 その結果が、向かい合うようにして抱き合い、寝転がっている二人の経緯である。

 

「…………」

 

 ここまで思い返すと、改めて簪は恥ずかしくなってきた。

 先程から身動ぎするたびに、三日月の抱きしめる力は強くなる。しかも、三日月は簪の腕が動かないようにするために、彼女の腕の真ん中辺りに腕を回しているのだ。その為、自然と三日月の顔の位置は彼女の胸の辺りに来ることになる。

 

(…………私は小さくないもん。年相応だもん)

 

 三日月が自身の身体に密着しているのを見下ろすような体勢になりながら、彼女は自己弁護を行っていた。

 

「あの、三日月・オーガス……くん?」

 

 一緒に寝転がるのが心地いいとか、三日月の身体が温かいとか、恥ずかしくはあるけど嫌ではないとか色々と思うところはあるが、いつまでもこのままではいられないと思った彼女は取り敢えず、声で彼の覚醒を促した。生憎と、彼女に同年代の男の子の知り合いがいなかった為、どう呼べばいいのか分からず、フルネームに君付けするというどこかチグハグな感じではあったが。

 

「……ん?」

 

 意外にも三日月はその一言ですぐに目を覚ます。

 眠そうな顔は、正面にIS学園の制服の白い布地があることを認識すると、そのまま顔を持ち上げ、簪の顔を正面から覗き込む。

 

(…………近い)

 

「誰、アンタ?」

 

 寝起き兼初対面の第一声がそれであった。

 先程までほとんど身動きできないのが嘘のように、三日月はあっさりとその拘束を解く。そして、固まった身体を解すように柔軟体操のような動きを見せ始める。慣れているといっても、硬い床で寝るのはやはり身体が痛くなるようだ。

 

「……えっと」

 

「なんかよう?」

 

(ど、どっちのことを言うべきなんだろう?)

 

 三日月からの質問にしどろもどろになる簪。思春期の学生としては、自分の要件を言ってもいいのか、それともどうして一緒に寝ていたのかを言うべきなのか、今更ながらに混乱する簪であった。

 

「よう、ないの?」

 

「あ、え、うん。っ、ち、違う。ある、あの子を見せて欲しい」

 

 どもりながらも何とか、要件を言い切ってからバルバトスの方に視線を向ける。

 三日月も彼女の視線の先にバルバトスがあることを察すると、思案するような、何かを思い出すような表情を浮かべた。

 

「……好きにすれば?」

 

 そっけない言葉だが、しっかりと肯定の意を返す三日月であった。

 そんな未知との遭遇が行われている頃、いつもバルバトスの整備を行っているビスケットは真耶からISについての講義を受けていたりする。

 

「何か、すいません。妹たちや三日月の面倒まで見てもらっているのに僕まで」

 

「そんな、いつでも私を……私たちを頼ってくださって、大丈夫ですよ?」

 

 教室ではなく、整備室関連の管理室内で二人はISの基本マニュアルとメモ用のノートを机に広げていた。

 対面に向かい合うようにして机に座る二人は、主にビスケットがISについての疑問点を尋ね、それを真耶が答えるという方式で知識の交換を行っている。

 これは先の試合で、EOSを整備していた頃の常識と、ISについての常識の摩擦があることが分かったため、それをなくすためにビスケットが真耶に申し出たことであった。

 

「とは言っても、放課後この区画の管理担当の時ぐらいしか、私はお相手できないのですけど……」

 

「それこそ、こちらが迷惑をかけているのだから、気にしないで欲しいです」

 

 この二人はお互いに相手に遠慮しやすい性質なのか、相手を慮る発言が多く、気付けばお互いに頭を下げ合っている。それでも、質問と筆記の作業スピードが落ちてはいないが。

 

「そう言えば、今日は三日月くんの機体の整備は終わったんですか?」

 

「えっと、機体の方はあの試合以降あまり使っていませんし、次に使うとしても学年別トーナメントぐらいになると思うので、しばらくは大丈夫です。それに三日月が今は機体のそばにいます。そうそう問題は起きませんよ」

 

 自信満々に言うビスケットであったが、その件の人物が日本の代表候補生と抱き合って寝ていたり、自身の専用機を勝手に見学させている事を彼はまだ知らない。

 

「三日月は出ませんけれど、クラス対抗戦が今度あると聞きましたけれど、山田さんはその準備とかは大丈夫ですか?僕らの相手をしている場合じゃないんじゃ?」

 

「あ、それは大丈夫です。クラス対抗戦は授業中に行われますし、特に来賓が来たりするほど大規模に行われるわけではないので、準備自体はすぐに終わるので。一組も代表が織斑くんに決まりましたし、そんなに焦ることはないです」

 

 彼女の言葉通り、一組のクラス代表はこの日、白式を受け取った織斑一夏がなることになっていた。対抗馬としてセシリアの名も上がったが、本人が機体の修理と整備と調整に時間をかけたいという希望と、それが次のクラス対抗戦に間に合わない事を自己申告し、辞退することとなった。

 二人の世間話が丁度切れたのを見計らったように、二人のいる部屋の出入り口にノックの音が響く。

 

「は~い……三日月くんでしょうか?」

 

「三日月?」

 

 その音に反応し、真耶が出入り口の近くに向かう。普段なら、入室前に学年と名前を言ってから入室してくる生徒がほとんどな為、真耶はノックの主が三日月だと当たりをつける。

 だが、ビスケットは三日月がノックなんてするだろうか?寧ろ無遠慮に部屋に入ってくるかな?とか思いながら、彼女のあとに続いて移動する。

 

「真耶ちゃん、ビスケット、コイツどうすればいい?」

 

 真耶が扉を開けるとそこには確かに三日月がいた。だが、そこにいたのは彼だけではない。

 いま格納庫でバルバトスを見学している簪と同じ髪色をしている、この学園の生徒会長が『絶許』と達筆に書かれた扇子を片手に、三日月に襲いかかろうと――――――しているのだろうが、それを彼の両手でしっかりと押さえ込まれている姿があった。

 もっと具体的に言えば、右手で顔面を、左手で空いている方の手を抑えていた。

 

「「…………えぇ~」」

 

 理解できない――――というよりも理解したくない光景であった。

 

 

 

 





次々回くらいに戦闘かな?


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十三話

予告詐欺になってしまいますが、今回が戦闘回になってしまいました。
そして今回で皆さんのお待ちかねが一つ叶ったかもしれません。


 

 

「よっ」

 

 一言の掛け声とともに、立て掛けてある大きな鉄の塊を両手で保持する。

 片腕を支点にもう片方の手で補助をする。そうして重心を安定させると、三日月はいつものように構えを取った。

 

「……軽いな」

 

 持ってみた感想はその一言で終わる。それをすぐ近くで聞いていたビスケットは苦笑いを零すのであった。

 二人のいるその空間は、かなり広い場所であった。壁には多くの長物が専用のラックに立てかけられており、その内の一つを三日月が手にとったのだ。

 ここはIS学園の保有するIS用の装備を保管場所である倉庫であった。

 二人がここに居るのは、今現在専用の武装が太刀しかないバルバトスに間に合わせの武装を探すためであった。

 そして、今三日月が持っているのは、見たままで選んだハルバートである。見た目が長槍の先に斧の刃をくっつけたと思われるそれを、三日月はメイスに似た形をしていると思って選んだらしいのだが、見た目ほどしっくりはこなかったらしい。

 

「もっと重いのってないの?」

 

「生身でそれを持ててる時点で、三日月の満足する重量の武器はここには無いかな?」

 

 苦笑いから呆れ顔になりつつ、ビスケットは手に持ったタブレットを操作し、倉庫内の武器リストをチェックしていく。

 ビスケットの言葉通り、この倉庫の中で今三日月の持ったハルバート以上に重い近接用の武装は存在しなかった。何故なら、IS学園に在籍する生徒が好んで使う武装は基本的に射撃兵装であり、それに比べ、近接用の武装は種類が少ないからだ。

 例えばだが近接武装と射撃武装、この二つを戦闘の素人二人にそれぞれ持たせ、戦わせればどちらが勝利するだろうか。

 順当に行けばそれは射撃武装を持ったほうが勝つ。

 暴論ではあるが、より結果を出しやすく、そして習熟期間が短く済むのが射撃兵装なのだ。箒や千冬、そして一夏といった剣道、または剣術の経験者はその限りではないが、実際に殺傷性のある武器を入学前から触っていたという方が珍しい一般的な生徒にとって、間合いや踏み込み、振り方、握り、体幹など、極めることは愚か、たった一、二年で様になるだけの近接戦闘用の武装より、構えと照準、そして装填さえ覚えれば、当てるだけで誰でも同じ成果を出せる射撃武装の方が扱いやすいのだ。

 その為、倉庫内の武器の比率が射撃兵装に偏るのは当然の帰結であった。

 

「……なら、これと適当に同じやつをお願い」

 

「三日月らしいよ……試合は学年別トーナメントくらいになると思ったんだけどなぁ」

 

 そもそも、どうして二人がIS学園の武器倉庫で物色をしているのかというと、それは数十分前の出来事がきっかけである。

 格納庫に現れた簪にバルバトスの見学を許可した三日月は、トイレに行くために彼女を残したままその場を離れた。そしてトイレで用を済ませ、格納庫に戻ろうとしたところで、件の生徒会長である更識楯無からの襲撃を受けたのであった。

 無駄に高い技量と身体能力に三日月は最初こそ戸惑っていたが、当人が冷静ではなかった為、早々に彼女を捕縛すると彼はビスケットと真耶のいる部屋にそのまま向かったのである。

 彼女は精神に変調をきたした状態であったため、三日月とビスケットには彼女が何故そのような暴挙に出たのかを察することは愚か、理解することもできなかった。

 しかし、その場にいたもう一人、真耶は根気よく精神疾患者一歩手前の楯無を相手に会話を試みた。その結果、何とか真耶は彼女が三日月を襲撃した理由を知るのであった。

 …………とはいえ、その内容が彼女の愛する妹である簪を三日月が抱き枕代わりにして寝たことが、許せなかったというかなりしょうもない――――当人にとっては重要な理由であった為、真耶は苦笑いするしかなかったが。

 なんとか楯無を宥めながら、話の落としどころをどうするのか考えた真耶は二人にこう切り出す。

 

「あと一時間もすれば、今日のアリーナの予約が終わります。そのあとの三十分だけなら多めに見ますので、その時間内でISの試合で決着をつけるというのはどうでしょう?あくまでこれはスポーツなので、結果がどうであれ遺恨は全て流すということで」

 

 最近、クッキーやクラッカという小学生と同じ年頃の子供を相手にしていたせいか、彼女の決着のつけ方が本当に小学生を相手にするような内容であったことに気付く人間はその場にはいなかった。

 この提案に対しに、楯無はどこか暗い笑顔を浮かべながら了承し、三日月は真耶ちゃんの言うことは先生の言うことだから従うということで了承する。

 ちなみに最初は楯無を説得するだけで、この話はお開きにしようと思っていた真耶であったが、女の子に抱きつくのは流石にマズイということで、それが三日月にとってはやってはいけないことという認識を植え付けるためにこの落としどころを考えた彼女であった。

 ――――そこに抱きつかれた当人の意志が介在していなかったりするが。

 

「…………そう言えば、もう仕方ないけど更識簪さん……だっけ?彼女以外には機体を見せちゃダメだからね、三日月」

 

「あぁ……うん」

 

 あの話し合いのあと、バルバトスの安置されている格納庫に戻り、これから用事がある為、今日のところは一旦解散して欲しいと簪に伝えると、彼女は少し残念がっていたが、どこかホクホクした顔で戻っていった。

 そんな彼女の様子を、気付かれないように物陰から楯無が見ていたのは完全に余談だ。

 武装の物色が終わり、運び出しをビスケットが引き受け、三日月は一足先に格納庫に戻る。すると、そこには機体の準備をするために呼ばれていた雪之丞が、機体のステータスチェックをタブレットを使って行っている姿があった。

 

「ったく。ジュウゾウと茶を飲んでたってのにいきなり呼び出しやがって」

 

「おやっさん、ビスケットが武器持ってくるから」

 

 ぶつくさ言いながらも淀みなく手を動かす雪之丞に、三日月は遠慮なしに要件だけを告げると、バルバトスの近くに置かれていた三日月用のISスーツに手をかけた。

 

「はぁ…………そんで、なんでこんなことになってんだ?」

 

「さぁ?何か、下手な人が突っかかってきた」

 

 この場で真耶がいれば頭を抱えていたであろう発言であった。要するに三日月は今の状況をよく理解していない――――否、あまり興味がないのだ。

 ただ、戦う必要があるから戦う程度の感覚でしかないのが、三日月の感性であった。しかし、それをこれまで一緒にいた誰かではなく、学園の教師に言われてやっている分、これまでと比べてかなり聞き分けは良くなっているが。

 

「三日月、持ってきたよ!おやっさん、すぐに取り付け作業に入ります!」

 

 夕日が沈み、いつもよりもほの暗い格納庫で作業が開始される。と言っても、主な作業は、武装の取り付け作業だけであるため、そこまで時間を必要としなかったが。

 そして、それから十分もしないうちに格納庫の内線に連絡が入った。

 

『アリーナの準備ができましたので、いつでも出てください。更識さんはもう出ていますので……それと、これが終わったら三日月くんに私のところに来るように言っておいてください』

 

 その真耶からの連絡に了承の意を返したビスケットは、最後の説明を口早に伝える。

 

「取り敢えず頼まれたハルバートは腰につけておいたから。あと、三日月の扱えそうな武器は手斧くらいしか残ってなかったから、それを持って行って」

 

「わかった」

 

 スーツに着替え、機体に乗り込み、阿頼耶識を接続した三日月は、ビスケットが持ち込んだ武装運搬用の台車に乗る二本の手斧を、それぞれ両手で引っ掴んでからアリーナの方に移動した。

 

「…………そう言えば、下手な人は何で怒ったんだっけ?」

 

 移動中、今更ながら三日月はそこが気になった。

 これまで理不尽に意味もなく暴力を加えてくる大人は身近に多くいた。だが、少なくとも三日月はここ、IS学園でそういった人間を見掛けてすらいないのだ。

 そして、なんだかんだ楯無があの時、自分たちを助けてくれたこと自体は三日月も理解していたため、彼女がそういった事をする人間ではないということも理屈ではなく感覚的に知っている。

 

「ねぇ、下手な人。何で怒ったの?」

 

 だから三日月は、いつも真耶に授業で尋ねるように素直にその疑問を口にした。

 

「…………とうとう、『説明が』っていう言葉もなくなったのね。それじゃあ、まるで私が不器用な人間みたいじゃない…………」

 

 アリーナで三日月と対面した楯無は肩を震わせながら、そんなことを口走った。

 ちなみに実際彼女は、編み物が苦手だったり、妹との接し方など、色々と不器用な部分があったりするが、生憎と三日月はそんな事を知るはずもなく、彼女の呼び方が気に入らないというニュアンスしか伝わらなかったようだ。

 

「…………下手な女?」

 

 首を傾げ、変な訂正の仕方をする三日月。だが、訂正の方向は色々とあさっての方角である。

 

「――――――ウフフフフフフ」

 

 感情が振り切れたのか、平坦な笑いが三日月の耳に届いた。

 既に模擬戦開始の合図は二人が対面した時点で発せられていたため、楯無は容赦なく行動を開始した。

 

「はや」

 

 思わず三日月はそう零す。

 気付けば、楯無のIS――――ミステリアス・レイディの標準装備である槍の先端がバルバトスの肩の部分を捉えていた。

 反射的に半身を引いて避けようとするが、それは間に合わず、槍が肩部装甲を引っ掻く。

 

「固っ」

 

 今度は楯無がぼやく。

 火花を散らし、装甲に傷を負わせるが、本当にそれは引っ掻く程度の効果しかなかった。

 一度でダメならもう一度と、突き出した槍を引き戻し、突き出そうとするが、既に三日月も行動に移していた。

 下からすくい上げるように、手にした斧を振り上げる。

 先ほどと比べ、多量の火花が散った。

 楽器のように鉄同士を打ち付ける澄んだ音ではなく、鈍く耳障りな轟音がなる。

 接触した二人の獲物、槍と手斧の先端がアリーナの天井を向いた。

 

「まず――――」

 

 そう呟いたのは楯無。

 両手で保持した槍が明後日の方向に逸らされ、しかも腹部が無防備になっている中で、対峙している相手は片腕を未だに自由に使えるのだから。

 

「――――」

 

 三日月は無言で、もう片方の手にしていた手斧を脚部のスラスターを吹かすことで、勢いを乗せた一撃を楯無に叩き込もうとする。

 

「……なにこれ?」

 

 疑問の声が漏れる。

 確実に入ったと思われたその一撃は、中空に浮かぶ“水”によって受け止められていた。

 少なくとも、その水の存在が自分にとって不利な存在であると認識した瞬間、三日月は咄嗟に水にめり込んだ手斧を引こうとした。

 

「っ」

 

 しかし、水という固形物ですらないものに触れているというだけで、ガッチリと何かに挟まっているように固定されている斧を三日月は引き戻すことができなかった。

 

「ふぅ……どうかしら?これが――――」

 

 三日月の一撃を受け止め、拘束まで出来たと思い込んだ楯無は一瞬安堵の息を漏らし、どこか気楽に話しかけようとする。

 だが、そんな暇を三日月は与えなかった。

 固定された手斧から手を離すと、三日月は脚部の底で中空に固定された斧の柄頭を思い切り蹴りつけたのだ。

 固定していた力よりも、蹴り抜く力の方が強かったのか、水を突き抜けた斧は楯無の真横を通り過ぎた。

 

「……外れた」

 

 楯無の背後で、斧が地面に刺さるような音が聞こえた後に、三日月の言葉は確かに彼女の耳に届いた。

 

「~~ッ」

 

 勢いよく通り過ぎた斧が自身に当たらなかった事。そして、自身の自慢の防御を抜かれた程の威力があったことに、背筋にヒヤリとした感覚が走る。

 それを感じた瞬間、彼女は上空にその先端を向けさせられていた槍を三日月の方に向け、内蔵されているガトリングの弾をバラまいた。

 三日月はその攻撃に反応はしていたが、流石に至近距離であることと、楯無自身の技量の高さから被弾は免れない。だが、格納庫で起こしたバルバトスの自己進化の恩恵がここに来て白日の元に晒される結果となるだけである。

 

「っ、でたらめな堅さね!」

 

 いくら牽制や弾幕用のガトリングといえど、近接戦闘を行えるほどの近距離で被弾すればISであれただでは済まない。だが、バルバトスの装甲は被弾こそすれ、傷どころか被弾した痕しか残せなかったのだ。

 

「へぇ」

 

 そのことは三日月自身も驚くことだったのか、感嘆の声を彼は漏らす。

 バルバトスの装甲はセシリア戦後に行われた“自己進化”により、一段階上の物に昇華されていた。

 今更ではあるが、三日月はバルバトスのコアと阿頼耶識を通じ、深度の意思疎通が可能となっている。そして、三日月がバルバトスの情報をそれを通じて知ったように、バルバトスのコアもまた三日月の事を知った。

 そして、それを学んだ上でバルバトスは三日月に最適な進化を遂げようとした。それがセシリア戦後の変化である。

 三日月がEOSで戦争を行っていた頃、当時彼が一番気にかけていたのは遠距離からの射撃であった。その為、実体弾が被弾したとしても大丈夫なように装甲の強度を上げる必要があると考えたバルバトスのコアは、ISの特徴的な機能の一つであるPICを利用した。

 PICとは、簡単に言えば物体の慣性をある程度操作できる機能を持つ装置のことである。それを利用し、バルバトスの装甲であるラミネート装甲の組成のうち、必要なものだけを抽出、生成し、それを装甲表面に貼り付けるようにしたのだ。

 その結果、バルバトスの起動中――――正確に言えばPICの起動中に装甲表面に特殊な慣性制御を施すことで、外部からの衝撃に適した複層分子配列を形成することに成功したのである。しかも元来のラミネート装甲の特徴を損なっていないのだから、研究者からすれば卒倒ものである。

 これにより、バルバトスは“IS自身が生成した”というある意味で世界一希少な装甲を装備したことになっている。

 もちろん、三日月も楯無もビスケットや雪之丞すらその事を細かく理解していない為、そんな事知るはずもなかった。

 

「どうしようか…………?」

 

 一旦距離を空けられてしまい、三日月はどう攻めればいいのかと考え始める。すると、それから数秒もしないうちに、“辺りの空気が身体に張り付くような”錯覚を覚え、彼は首をかしげた。

 それと同時にバルバトスのからのアラート音が脳に直接響く。

 その音の意味を思い出す前に、危機を伝えてくる本能に従い三日月は楯無に向かって機体を突っ込ませた。

 瞬時加速を使い、相手の懐に飛び込む。

 そして、捨てていないもう一方の手斧を振るい、その刃は今度こそ楯無の身体に吸い込まれるように直撃した。

 

「ん?」

 

 そう、文字通り“吸い込まれるように”直撃したのだ。

 振り抜かれた斧に切り裂かれたのは、楯無の姿をした水の塊であった。

 

「捕まえた」

 

 三日月の背後からどこか蠱惑的な声が滑り込んでくる。

 振り返るように斧を振るおうとする三日月であったが、それをすることはできなかった。何故なら、手放した斧と同じく、振るおうとしていた方の斧も切り裂いた楯無の姿をしていた水に掴まれ固定されていたのだから。

 

「――――」

 

 一瞬の思考の停止。

 それは学園最強の生徒の前では致命的な隙であった。

 轟音と衝撃。

 空気を叩く音と、体を貫く衝撃が三日月を襲った。

 

(離された!この子、どんな勘してんの?!)

 

(強いな、下手な人)

 

 吹き飛ばされ、完全に手玉に取られたように見える三日月であったが、実際はダメージ覚悟で、斧から手を離し、自分から吹き飛ばされていた。

 一方で、楯無は自分のペースになかなかはめ込めない相手に焦りと、久方ぶりに相対する強者に少しの興奮を覚えていたりする。とはいえ、牽制のために放つ準備をしていた攻撃を事前に察知されたことも、背後からの攻撃に追いつこうとしていたことも楯無からすれば驚くべきことであったが。

 

(遠距離だと効果は薄い。データ通りなら熱量で攻める“清き熱情”はラミネート装甲にはそれほど意味はないかしら?だとしたら、相手の意表を突きつつ、近接戦闘で――――)

 

 頭の中で分析を始めると同時に、これからの攻め方を頭の中で組み立てていく。

 彼女の視線の先では、背中にマウントされたハルバートを取り出す三日月の姿があった。

 

「さて、お姉さんの姿を捉えられるかしら?」

 

 楯無のIS――――ミステリアス・レイディの特徴である水を操るナノマシンを操作し、彼女は空気中の水分を霧に変える。そして、その際のエネルギーを利用し、霧の温度をまばらにし、相手の熱センサーに対するジャミングを行う。

 ISを操縦しているのが機械であれば、こんなものは特に意味のないものなのだが、操縦するのが人間である限り、こういった視界不良は相手に対する精神的な圧迫感を与え、焦りを生み出すことができる。

 そういった心理戦も楯無にとっては得意分野であった。

 

「そこ」

 

 しかし、その心理戦が有効かどうかは、一般的な相手であればという前提条件があった。

 

「ちょっ――――」

 

 霧を裂くように飛来したのは、三日月が持っていたハルバートであった。

 回転しながら迫ってくるそれに冷静さをかなぐり捨てて、楯無は回避を行う。

 ハルバートの先端がミステリアス・レイディの装甲を引っ掻く程度だがかする。その質量の塊は彼女のすぐそばの地面を、大きく抉りながら止まった。

 

「――――あの子は?!」

 

「捕まえた」

 

 ハルバートを避けたのも束の間。ホッとしそうになるのを堪え、索敵をしようとする前に、彼女の背後から声が聞こえる。

 皮肉にも、それは先ほどの焼き直しのような光景であった。もっとも、配役は逆であったが。

 

「もう逃がさない」

 

 三日月はいつの間にか回収していたハルバートを片手に、もう一方の手で楯無の顔面を鷲掴みすると、そのままスラスターに火を入れた。

 瞬時加速を行うと、三日月はそのまま楯無をアリーナの壁面に叩きつける。

 それは先のセシリアとの試合で行ったのとほとんど同じ光景である。違う点があるとすれば、それをされた方に対抗策があるかないかだ。

 

「っ!ッハ」

 

 アリーナと楯無の間に咄嗟に展開した水のヴェールが挟み込まれる。

 そうすることで、大幅に減るシールドエネルギーをなんとか残すことに成功する楯無。だが、その衝撃は凄まじく肺の中の空気が強制的に吐き出された。

 その即席の水のクッションは、ミステリアス・レイディのワンオフアビリティである“沈む床”まで使用されているのだが、それでもバルバトスの勢いを殺しきれずにいた。

 余談ではあるが、空気中の水を操るのはナノマシンの恩恵であるが、三日月の斧による攻撃を防いだのは“沈む床”のちょっとした応用であったりする。

 

「いい加減鬱陶しいな、アンタ」

 

「舐めないでくれるかしらっ」

 

 突撃する際にハルバートによって串刺しにされた槍を捨て、楯無は指を鳴らした。

 その瞬間、アリーナ内の音が消えた。

 楯無がアリーナ内に満たしていた霧を全て使用した水蒸気爆発――――“清き熱情”を起爆させたのだ。

 瞬間的な爆発は二人をもちろん、アリーナの内側全てを飲み込んだ。

 それから数秒後、煙の中から二機が煙の尾を引きながら空中に飛び出してくる。

 流石にあの大爆発は、ラミネート装甲でも耐えられなかったのかところどころボロボロになったバルバトスとすすに汚れた三日月。そして、元来アクアナノマシンが装甲の役割をしていたミステリアス・レイディはバルバトスよりもその損傷が際立っていた。

 

「……無茶苦茶ね、貴方」

 

「……お前にだけは言われたくないよ」

 

 お互いに軽口を叩き合うが、その瞳から闘志は失われてはいなかった。

 お互いに無手の状態で構える。そして、瞬時加速でその距離をほぼゼロにすると、二人はその拳を振り上げた。

 

(向こうの方が早い)

 

 一瞬が何倍にも引き伸ばされる感覚の中で、三日月はそんな感想を抱いた。

 装甲が軽装な分、速度においては楯無の方に分があったらしい。

 

(――――――おい、バルバトス)

 

 その一瞬の中、三日月は身体の中から溢れてくる感情のまま、機体に言葉を発する。

 

 

 

(――――――もっと、寄越せ)

 

 

 

 拳が三日月に届くと、楯無が確信した瞬間、三日月の姿が彼女の視界から消えた。

 

「消え――――」

 

 呟く瞬間に、網膜に投影された情報の中に、背部からの接近を告げるアラートが機体からがなり立てられる。振り向くまでもなく、ハイパーセンサーによって拡張された視覚がその特徴的な白い装甲を映し出していた。

 

「――――――」

 

 勝ち負けや攻撃されるとか、そういった思考が全て楯無の頭の中から消え去りフラットになる。只々せまる拳を視覚センサーが拾った映像を見るしかできない楯無。

 その迫る拳が、楯無の頭に叩き込まれるその瞬間――――

 

「お説教です、二人共」

 

 二人は、別方向からの狙撃に撃ち落とされることになった。

 落ちていく二人が最後に見たのは、アリーナにつながる格納庫の入口からスナイパーライフルを構える真耶と、メガネにヘアバンド、そして三つ編みが特徴的な女生徒が纏う学園所有のISであるラファール・リヴァイヴの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 





てなわけでVS会長回でした。
今回みなさんから質問あると思うので先に言っておくと、今回の三日月のリミッター外しは瞬間的なもので不随とかにはなりません。…………今回はね。



以前の感想から
Q、この世界の一夏と箒は部屋割りの際のラッキースケベはあったのですか?

A、ありましたけど、竹刀でフルボッコはなしで、正座で説教&一晩正座です。
 箒「悪いことをしたと自覚があるのなら、これくらいはできるよな?」


次回は今回の後始末回ですね。
主に山田先生が苦労する回です。責任者って大変ですね。


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十四話

今回は前回ほど長くはないです。
わりとあっさりめです。


 

 床は冷たい。

 戦争をしていた頃からずっと三日月はそう思っていた。荒野が多い雨の少ない土地であったが、基地内や格納庫の日陰は寝そべればそれなりに涼しいということを知ってからは、床で寝るのが当たり前になっていた。

 何故なら、IS学園の部屋とは違い空調のある部屋など使ったことはなかったから。

 だから、三日月は温かい床というのは未体験のものであった。

 

(昼間は暑くて寝れそうにないな、ここ)

 

 ぼんやりとそんな事を三日月は思う。

 

「…………三日月くん?聞いていますか?今とても大事な話をしていますよ」

 

 とはいえ、いつもの笑顔でありながら、どこか険がこもる雰囲気を纏う真耶の言葉に思考の焦点を無理やり引き戻されたが。

 

「いいですか?ここは貴方のいた場所ではなくて、皆さんと様々な事を学ぶ場所です。だから、試合とは言え自分も相手も動けなくなるまで戦う必要はありません。いいですね?」

 

「…………戦うのって、そういうことじゃないの?」

 

「っ、……ここでの戦いはそういうものではないです。それに――――三日月くんがいなくなるようなことがあれば、私はもちろんアトラさんやビスケットさんたちが悲しみます。それはとても悲しいし、悪いことです」

 

 真耶の言葉を頭の中で反芻しながら三日月は悲しむ彼女たちの姿を思い浮かべる。皮肉にも、誰かがいなくなる想像はすぐについた。つい数週間前まではそれが当たり前の光景だったのだから。

 

「……うん、わかった」

 

 いつも授業中にわからない事柄に対して真剣に理解しようとする三日月の姿を知っている真耶はそれが、その場しのぎのポーズではなく、三日月の心からの言葉だとわかった。

 理解してくれたことにひと安心しつつ、床に正座してもらっていた三日月を立たせつつ、横目でちらりともう一つの説教風景を窺う。

 

「それで?会長がどうしてアリーナを使用してまでオーガスくんと試合をしていたのかを教えてくださいませんか?」

 

「……そのまえに虚ちゃん?正座している膝の上に工具箱を乗せるのはひどいかなぁって思うのだけど……」

 

「おかしいですね。今は私の質問に答えるのが第一だと思うのですが、訳のわからない言葉が聞こえてきました。疲れているのでしょうか?ここ最近、再来週に行われるクラス対抗戦の為の書類仕事をしていたからですかね?」

 

「……いや、その、ね。三日月くんが簪ちゃんにちょっかいかけてね、それで……」

 

「やはりかなり疲れているみたいですね。まさかあの会長が、溺愛している妹様を言い訳に使うなど…………これも、会長が破壊したアリーナを使用するはずだったクラス対抗戦の書類整理を、不在の会長の分も終わらせようとしたからでしょうか?」

 

「なんかもう色々とすいませんでした!そして、その手に持っている小型コンテナは勘弁してください!!」

 

 中身のぎっしり詰まった工具箱(鉄製)を抱えるようにしながらの見事な会長の土下座であった。ついでに言うと、三日月が正座していた場所は、部屋の中でカーペットがしかれている場所であるが、楯無の座る場所は冷たいリノリウム製である。

 更に余談であるが、楯無に説教をしている女生徒――――布仏虚が持っている小型コンテナ(こちらも鉄製)にはISの銃火器のマガジンが入っていたりする。

 

「…………止まった?」

 

 IS学園会長がIS学園生徒会役員に怒られるという、ある意味シュールな光景をぼんやり眺めていた三日月は戦闘後に鼻に詰めていた脱脂綿を引き抜いた。

 

「もう大丈夫ですか、三日月くん?どこか変に感じるところはありますか?」

 

 先程までの説教の雰囲気とは一転して、真耶は気遣うように三日月に問いかける。

 先の二人の戦闘後、真耶と虚にそれぞれ撃墜された二人はすぐに回収され、今四人のいる一室――――試合前に真耶とビスケットが勉強をしていたアリーナの管理室に移動することになった。

 だが、回収されてすぐ、より正確にはISから降りてすぐに三日月が鼻血を吹いたのだ。それも顔を伝う程度の少量ではなく、せき止めていた物がまとめて溢れ出すような量で、三日月の顔の鼻から下は全て血に染まるほどであった。

 流石にこれには驚き、その場で即座に処置が行われた。

 だが、その時一番異常であったのが、三日月自身が“何も感じていなかったこと”である。

 人間の体は存外分かりやすくできている。

 痛みや発熱など、身体が異常を示す事は様々な種類があったりする。鼻血もその一種だ。だが、鼻血こそ吹いたが三日月に異常の自覚症状がなく、そして今も特に異常が見られないというのは逆に不気味であった。

 

「ん…………特に変なところはないよ」

 

 ざっと自身の体を見下ろしながら、三日月は真耶の質問にそう答える。しかし、やはり心配なのか、真耶は説教を終えたばかりの虚に声をかけた。

 

「布仏さん、すいませんが保健室の方に三日月くんを連れて行ってくださいませんか?養護教諭の方には私から連絡を入れておきますので、念のため検査をしてあげてください」

 

「……今回はこちらに大きな非があるので、構いません。山田先生も“今から”大変だと思いますが、どうか無理をなさらないように」

 

 彼女の言葉に苦笑いを返すしか、真耶にはできなかった。

 真耶に一礼し、三日月と楯無に声をかけると虚はその部屋をあとにした。

 

「さぁ、会長行きますよ」

 

「ちょ、ちょっと待って、虚ちゃん、今足の感覚が戻ってなくて、あっても痛がゆくて」

 

「知りません。キリキリ歩いてください」

 

「最近、私の扱い皆雑になってきてないかなあ?!」

 

 三人が部屋から出ていくと、真耶はまず保健室に内線を入れる。これから三日月たちが行くことを伝えて通話を切ると、自身を落ち着けるために深呼吸をする。

 そして、今度は別の部屋に内線を繋いだ。

 

『――既にビスケットくんから事情は聞いている。職員室で後始末の準備もできている。管理室の当直は代わりの者が今向かっているから、引き継いだらこちらに来い』

 

 ワンコールきっかりで内線を受け取ったのは千冬であった。

 彼女は全ての事情を理解しているのか、端的に要件を告げてきた。

 

「ありがとうございます」

 

『……いつも真耶には世話になっている。多少は手伝ってやれるから少しでも早く終わらせよう』

 

 千冬に言葉に目頭の熱くなる真耶であったが、その言葉から始末書やら何やらの書類の山が今、職員室の自分のデスクの上に高々と積み上げられているのが簡単に想像できてしまい、違う意味でも目頭が熱くなる真耶であった。

 真耶が自分たちのリーダーと同じ苦行に立ち向かう覚悟をしている頃、格納庫ではビスケットと雪之丞がバルバトスの修理を行っていた。

 

「三日月の奴、また派手に壊しやがったな…………ビスケット、そっちの関節部はどうだ?」

 

「装甲に覆われている分、スラスターやセンサー類よりはマシですね。ラミネート装甲……っと、ナノラミネート装甲だっけ?それがいい仕事したみたいです」

 

 試合後に機体ステータスチェックの際に、何故か表記とスペックの変更された装甲名をビスケットは言い直した。

 二人の模擬戦――――正確には、最後ミステリアス・レイディの“清き熱情”によってもたらされた被害は、機体もアリーナも大きなものであった。

 アリーナはシールドバリアの存在で、建物本体にこそ損傷はなかったが、グラウンドの方は爆心地のように抉れており、更には格納庫に繋がるピットの一部が損壊していたのだから、修理にはそれなりの時間を要するらしい。

 そしてバルバトスの方は、スラスターの損傷とセンサー類の損傷がビスケットの言葉通り酷いことになっていた。前者は三日月の操縦の負荷とそれに伴う爆発の負担、後者は爆発のみの負担である。

 幸いなのは、装甲が頑丈であった為、機体フレームなどには深刻な損傷がなかったことだ。寧ろ、IS学園から借りていた武器――――二本の手斧とハルバートが三日月たちが買い取らなければならない損傷をしていたほうが問題と言えば問題であった。

 

「オルガたちからの物資はいつごろにこっちに来るって言ってた?」

 

「時期的に、来週のクラス対抗戦くらいです。それと、オルガが決めたみたいですよ」

 

「決めたって、何を?」

 

「僕たちの組織の名前をです」

 

 会話をしつつも動かしていた手を一旦止める雪之丞。

 その視線は静かにビスケットに問いかけていた。

 

「鉄の華と書いて“鉄華団”――――それが僕たちの家族の名前です」

 

 

 

 

 

 




やっと鉄華団の名前を出せました。


感想で、AIキャラの話題があったのですが、作者である自分は雪風とヴァンドレッドのピョロが好きと答えました。
最近のトレンドと言うか、メジャーなAIキャラってなんでしょうね?


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十五話

今回はほとんど話進みません。
しかし、これからの事を考えておくとこういった部分も入れておくべきだと感じたので挟みます。


 

 

 放課後が過ぎ去り、外出するには遅く、寝るにはまだ早い頃、IS学園の灯は落ちていない。その原因が本日急遽行われた生徒会長とある男子生徒の模擬戦である――――わけではない。

 基本的にIS学園は様々な国の総意で発足された組織であり、施設だ。その為、世界の中で日本にしかないとは言え、日本の時刻に合わせた経営を行っていれば都合の悪い国が多々あったりする。よって、IS学園の受付として、夜間は特定の受付と職員室から灯が消えることはないのである。

 とはいえ、IS学園まで直接公的な連絡を入れるのは様々な手続きをしなければならない為、ほとんどの場合が徒労に終わるのだが。しかし、勝手に決めつけ対応を疎かにするのは怠慢であるのはよく理解している教師たちなので、なんだかんだで真面目に電話番をしていたりする。

 

閑話休題。

 

 その日、職員室で二人の教師が必死にパソコンに向かい合い、報告書や始末書と言った類のものを作成している中、とある整備員の双子の姉妹が持ってきた差し入れに熱くなった目頭を抑えている頃、IS学園の敷地に入る小柄な人影があった。

 

「――では、失礼します」

 

 正門の横に併設された詰所用の小さな入口。詰所の受付で必要な手続きを終え、守衛に模範的な挨拶を済ませた彼女は大きめなボストンバッグを肩にかけて、暗くなっている道を進んでいく。

 

「はぁ…………やっぱり、ああいうのは性に合わないわ」

 

 詰所から十分離れてから、彼女はそうボヤく。

 その小柄な姿とは裏腹に、彼女自身の気は強い部類であるらしい。先程の敬語からは打って変わって、勝気な性格が窺える口調に変った。

 

「ここまで遅くなるとは思わなかったわね…………まぁ、自業自得か…………」

 

 彼女――――中国の代表候補生である凰鈴音はここIS学園に遅れて入学してきた生徒の一人であった。そんな彼女は“個人的な事情”から学園に来る前に、とある場所に寄り道したために学園の到着が、普通に来るよりも数時間の遅れを招いていた。

 とはいえ、国からの言いつけとしては今日この日までにIS学園に到着しておけば文句は言われないので、彼女の遅れが問題になるのかと言えばそうでもないのだが。

 

(それにしても、一夏がISを動かすなんてね……よく報道を確認しておけばもっと早くに会えたのに)

 

 感慨に耽りながら、彼女は数ヶ月前の自分に愚痴を零した。

 実は彼女、本人の希望から当初はIS学園に入学する気はなかった。と言うのも、彼女は中国の代表候補生の中でも優秀な部類であり、年若い中でも既に第三世代機を預けられるほどに伸びしろが豊かな才女である。

 そんな鈴音は自身のISに対してかなりの愛着を持っている。その為、機体のメンテナンスや新装備の換装など、機体コンディションの維持を考えれば自国にいたほうがスムーズに行えると考えたが故に、国から申し出のあったIS学園への入学を一度蹴っていた。

 当時既に騒がれていた世界初の男性操縦者の話は聞いていた彼女であったが、自己の研鑽の方が重要と思っていた彼女はそれについてよく確認を行っていなかった。まさか、その操縦者が自身の幼馴染兼初恋の相手だとは露程も思っていなかったのだ。

 そして、それを知った時には後の祭りである。

 入学の話を持ってきた担当官に、入学をしたいという意を伝えたところ既に別の人員を入学させたと言われ、追い返されることになる。

 

(――――今度から報道関係は細かくチェックしよ)

 

 当時の自己嫌悪を思い出したのか、固く心の中でそんな誓いをする鈴音であった。

 そんな落ち込んでいた当時の彼女が、どうして今頃になってIS学園に入学できたのかというと、それは二人目の男性操縦者の存在が明るみになったが故である。

 ――――より正確に言えば、二人目の乗る機体がISとEOSとのミックスであり、操縦者の方に特殊な措置を施された人間であるという情報が各国に知られた事、であるが。

 そういった状況の変化により、手のひらを返したように国は彼女が入学できるように算段をつけたのであった。一般的な人材育成の為の入学者よりも、専用機のデータ取りの為に入学する専用機持ちの方が何かと接点を作りやすいという打算を含みながら。

 

(国の偉い人も大変よね…………振り回される人間のほうが大変か)

 

 そういった経緯により、中国代表候補生である凰鈴音は約一ヶ月遅れでIS学園に入学することになる。

 彼女にとっては、初恋相手に再会できることと、“もう一つの個人的な都合”があり、今回の入学はまさに渡りに船であった。

 歩きながらそこまで思い出し、ふと気づくと来るつもりのなかった校舎が目の前にある。

 

「…………通り過ぎた?」

 

 今まで来た道を振り返りながら、そんなことを鈴音は呟く。

 元々寮と併設されている事務関係の総合受付がある建物に行くつもりだったため、ため息をつきそうになるが学園に来てそうそうにネガティブな思考になるのは癪であったのか、吐き出しそうになるそれを飲み込んだ。

 

「えっと、確か……ん?」

 

 事前に確認しておいたIS学園の敷地内の地図を頭の中で広げながら、最短ルートを思い出そうとする鈴音。そんな中、彼女の視界に動くものが映り、彼女の思考は一旦中断された。

 

「もう、クッキーもクラッカも慌てすぎだよ」

 

 ブツブツと愚痴のようなものを零しながら、二つの水筒を持ったアトラが小走りに校舎の方に入っていこうとしていた。

 その姿は頭に三角巾、普段の私服の上からエプロンを身につけたものだ。それは普段厨房の手伝いをしている時の彼女の普段着であった。

 彼女のその姿は学校という施設の中では、給仕などの職員としてはよく似合っているが、それを学生と同じくらいの少女がしている格好としてはひどく浮く。

 だからだろう。自然と目が惹かれた鈴音と向けられた視線に気付いたアトラがお互いに見つめ合うようになったのは。

 

「「…………」」

 

 お互いに私服である為、目の前の人物が生徒ではないと予想したり、お互いに視線の高さが同じくらいで変なシンパシーを感じたりと、無言の中で二人は頭の中で様々な事を考える。

 

「あ、あの……」

 

「?」

 

 そんな中、沈黙を破ったのはアトラの方であった。

 

「えっと、ふ、フシンシャって人ですか?」

 

「待って、すごく待って」

 

 恐る恐るの問いかけに、鈴音は痛くもない頭を抱えることになった。

 

「ごめんなさい!」

 

「あぁ、まぁ、しょうがないわよ。此処はそういうのも気をつけなきゃいけない場所だし」

 

 素っ頓狂な問答のあと、一旦アトラを落ち着かせて自身の説明をする鈴音。

 説明を聞き、自分の勘違いが恥ずかしかったのか途中から顔を赤くしてアワアワするアトラの姿は、鈴音の保護欲を掻き立てたがそれは全くの余談である。

 今は二人揃って校舎近くにある街灯下のベンチに座り、アトラが謝り倒し、それを鈴音が宥めるといった状況となっていた。

 

「それよりも今更だけど、何か届けるものがあったんじゃないの?」

 

 いい加減謝罪の言葉が面倒くさくなってきたのか、それとも本当に気になったのかは定かではないが、鈴音はアトラの隣に置かれた二本の水筒に視線を向けながら尋ねる。

 

「あ、それは大丈夫になったんです。そういう連絡が来ましたから」

 

 言いながら、アトラは服のポケットに入れておいた小さな携帯電話を鈴音に見せるように取り出す。

 どこか自慢げに見せてくるアトラの携帯電話には、『双子が水筒を忘れたと騒いでいるが、こちらで飲み物くらいは用意できる。アトラ君は気にせず休んでくれて構わない。二人はこちらで後から寮の方に送る』という内容の千冬からのメールを受信しているのであった。

 

(あれって…………ガラケー?しかもボタンも大きいし……シニア用の奴じゃないかしら?)

 

 鈴音にとっては携帯で連絡を受け、水筒を運ぶ必要がなくなったことよりも、自分たちと同年代くらいの女の子がシニア用の携帯を使っている方が気になるようであった。

 もっとも鈴音は知らないことだが、この携帯はあくまで使いやすさ優先で学園側がアトラたちに渡したものであったりする。

 

「どうかしました?」

 

「え?あ、いや、なんでもない……そう言えば、アンタの名前は?私は鈴音」

 

「えっと、りいん?」

 

「……呼びにくかったら鈴でいいわ」

 

「ご、ごめんなさい……私はアトラって言います。あ、よかったら一緒に飲みませんか?!」

 

 日本語は日常生活レベルでも使用できるアトラであったが、中国の独特なイントネーションは発音が難しかったようだ。

 先程から失礼なことばかりしてしまっていると思ったアトラは咄嗟に、運ぶはずであった水筒の一つを手にとった。

 

「――――ありがとう。頂戴」

 

 急なお誘いに目をパチクリさせながら、鈴音は苦笑しそうになるのを堪えつつ了承の意を返した。

 その返答と、少しだけ緩んだ彼女の表情にほっとしたのか、アトラは少しだけ意気込んで水筒のコップ型の蓋に中身を注いだ。

 

(……烏龍?)

 

 中身はホットだったのか、フワリと立ち上った湯気がその独特の香りを鈴音の鼻腔を抜けていく。

 その香りが鈴音の記憶を刺激する。

 母親の故郷の香りであり、父親が一番かっこよかった場所で嗅ぎなれた匂い。その楽しかった頃の記憶と、“今”の二人を同時に思い出し、彼女の目頭は熱くなった。

 

「――――――――っ」

 

 我慢が出来なかった。

 溢れてくる雫は止めどなく、ツンとした痛みが幾度も鼻の奥に生じてくる。両手で顔を抑え、下を向く。隣に座るアトラに見られたくはないが、頬を伝う雫は既に自身の膝どころか地面も濡らしているためそれも無駄だと知ったのはしばらくした後であった。

 

「え、え?!あ、あの、ごめんなさい、私!」

 

「ち………ち、が…………でも……ごめ……今は……」

 

 突然泣き始めた鈴音に慌て出すアトラ。その声はしっかり聞こえているのか、原因が彼女にない事を伝えようとするが、嗚咽を噛み殺すようにして喋っているため、うまく伝えることもできない鈴音であった。

 鈴音がこうなった原因。それはIS学園に到着が遅れた“個人的な理由”と直結している。

 彼女――――凰鈴音の生まれは中国であるが、小学校の高学年の頃からは日本に移り住んでいる。それは彼女の両親は日本人と中国人の国際結婚であったからだ。

 父親が日本人であり、中華料理の修行のために中国に行った際、彼女の母親と出会い結婚したのだ。彼は、修行の兼ね合いと母親の方の家族の都合で中国に数年間滞在した。その間に鈴音が生まれ、彼女がある程度成長するのを見計らってから、元々日本で店を開く予定であった凰一家は日本の方に引っ越してきたのだ。

 この時、鈴音の転校してきた学校にいたのが一夏であり、それと入れ替わるように転校していったのが箒である。

 そして、予定通り日本で開業した中華料理店は地元ではちょっとした有名店になるほどの人気を誇ることになる。

 だが、それが逆に家族の間に亀裂を入れる事になるとは誰も思わなかった。

 人気が出たことにより、当たり前のように出てくるのは店の拡張についてだ。金銭面に置いての不安もなく、それはとてもいい話になると思われた。しかし、店の拡張についての意見が彼女の両親の間で意見が真っ二つに別れることになる。

 元々上昇志向の強い母親はこの話を推し進めようとしたが、しっかりと味を残したいと考えた父親はその話に反対の姿勢を示したのだ。

 話し合いは平行線のまま、遂には話が拗れ、結果としてこの二人は二十年にも満たない夫婦生活にピリオドを打つことになった。

 そして、父親の方は日本に残り中華料理店をそのまま続け、母親の方は親権を所有し鈴音と共に中国に戻ることになる。

 結果として、見ている先が異なり別れてしまった家族であったが、それでも鈴音は覚えていた。

 店に立ち込める熱気と香りを。

 楽しそうな声が響く店内を。

 汗を流しながらも、真剣に調理をする父の姿を。

 笑顔を振りまき、家族と店を支える母の姿を。

 そして――――忙しくも楽しく、幸せであった家族の団欒を。

 

「っ、ぅあぁぁぁ…………」

 

 学園に来る前。

 店の前まで行き、結局は会うことができなかった父親は今どうしているのだろうか?と今更ながらに彼女は想う。

 しかし、例え元気であろうと、あの頃のような光景が二度と見ることができないと考えてしまうと、鈴音の嗚咽は止まらなかった。

 彼女の代表候補生になろうとした根元はここから来ている。

 ISの国家代表になれば、母も裕福な暮らしで満足でき、父も中華料理を振舞う店を自由に続けられる――――そんな子供じみた考えであったが、もう一度あの頃の家族に戻ることができるのであればと彼女はここまで来たのだ。

 そして、ここまで来たところでどうしてこうなってしまったのかと思ってしまい、彼女の気持ちは溢れ出したのだ。

 あの頃に嗅ぎなれた香りというほんの些細なきっかけで。

 

「…………――――?」

 

 小柄な身体をさらに丸めるようにして、必死に痛み続ける胸を押さえつけようとする鈴音。そんな中、柔らかく温かい他人の体温が自身の身体を包むようにしていることを感じる。

 

「え、えっと、悲しかったんですか?何が悲しかったのかは分かりませんけど、そういう時は泣いていいですよ?その、泣くことは恥ずかしくないですし、というか、私もよく泣いちゃいそうになりますし、えっと、えっと……」

 

 頭上からアトラの声が聞こえる。それにより、いま自分は彼女の腕の中にいると鈴音は察する。

 必死に慰めようとしてくる気持ちと、服越しに聞こえる彼女の心音がどこか心地よくて、鈴音は顔を抑えていた両手をアトラの背中に回す。

 

「ごめ、ん……ちょっと、このままでいさせて……」

 

 何とか喉からそれだけ搾り出し、少しの間だけ彼女は今の状況に甘えることにした。

 

 

 

 

 

 





ということでアトラちゃん回でした。


感想欄で出てくるAIがエイダ、アル(フルメタ)、チェインバーが主である意味予想通りでした(笑)


あと、皆さんが色々と感想欄で尋ねてくるのでここで明言しておきますが、本作で出てくるガンダムフレームはあと一機だけにしておきます。
あまりたくさん出すのはつまらないと思うので。

では次回は鉄華団とかそのあたりと、クラス対抗戦前日譚くらいになると思います。


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十六話

色々と難産でした。
本編で内容が被るところは少し飛ばし気味に行きます。
機体も飛ばし気味に進化させたいなぁ……と思う今日この頃です。


 

 模擬戦でアリーナを一つお釈迦にした。

 この話がIS学園全体に広まるのにそこまで時間は必要ではなかった。

 そもそも、模擬戦で起きた大爆発はほぼ全ての生徒が聞いており、そこまで知られているのであれば、下手に箝口令をしくよりもありのままを伝えたほうが良いという結論に至ったのか、学園側がアリーナの封鎖と復旧工事の施工の際に『模擬戦による破損』という情報を公開していたりする。

 そして、その原因である二人の生徒の生活が劇的に変化するかといえば、そういうわけでもなかった。

 楯無は反省文の提出を行うと、クラス対抗戦の準備のためにあれこれと前準備を行い、空いた時間は真耶のアリーナ復旧の為の申請書類の処理の手伝いなどをしていた。

 と言っても、クラス対抗戦の準備は広報を行う新聞部や放送部に学園側から教えられた当日の予定や対戦表の情報を下ろすことや、参加選手の情報をどの程度公開してもいいかの精査などの為、ほとんど手間はかからなかったが。ちなみに一番申請に時間がかかったのが、クラス対抗戦の優勝者のクラスに無料で学食の年間デザートフリーパスを与えるための資金申請であったりする。

 一方で、三日月の方は読み書きを習っている途中であることと、今回の一件は彼の方は巻き込まれた側であることから、反省文の提出はない。その代わりにアリーナ復旧作業でアリーナの方に土を運ぶ作業を行っていた。

 こちらの作業も、塹壕の作成や地雷の設置、撤去作業で慣れていた三日月は早々に自身のノルマを終え、バルバトスの修理の手伝いをしている。

 こういったように、模擬戦を行った当人たちがいつもと同じようにしているため、今回の模擬戦による学内の空気はそこまで大きな変化はみられなかった。

 

「……ダメだな。これ以上は送られてくる資材がなきゃどうにもなんねーな」

 

「センサー類はデリケートな分、高価な部品ですから替えはそんなにありませんしね」

 

 手に持ったスパナで肩をトントンと軽く叩きながら雪之丞は愚痴をこぼし、それに同意するようにビスケットもそんな言葉を口にする。

 模擬戦のあった週の週末。学園の格納庫では損傷したバルバトスの修理をある程度完了させた二人が、今できる分を終わらせ機体チェックを行っていた。

 愚痴る二人であったが、今現在のバルバトスの修理は七割程終えており、機体スペックをフルにできないとは言え、ここまで修理できているのは二人の技量故であった。

 それに、ISとEOSの合いの子という世界初の機体に専用のパーツがないわけがない。その専用パーツや蓄積していく機体データから新規に製造してもらうパーツなど、そういった重要部品の補給なくして今日この日までバルバトスを十全に使えるようにできていたのだから、二人の腕前は大したものである。

 

「さて……できることもなくなっちまったが、お前さんはどうするんだ?」

 

 工具を手早く片付け、雪之丞は知人から貰った玉露にあうお茶請けがあったか考えながら、ビスケットにそんな問いを投げた。

 

「えっと、昨日の時点でやれることがそんなにないのは分かっていたので、予定通り皆と外出するつもりです。学園の方には先週からそのつもりで申請していましたし」

 

 当たり前のことだが、三日月たちは世間からすれば有名人というよりも要人の扱いを受ける存在になっている。そんな彼らがIS学園という治外法権区から外に出るには、日本政府とIS委員会の都合なども考慮された上で行動しなければならない。

 その為、本日の彼らの外出許可は、外出時間はもちろん行動範囲も事前に報告をしていたりする。もちろん、IS学園の周囲の土地勘がない彼らのために真耶はもちろん、千冬も店の情報を教え、外出の計画を立てる手伝いをしていた。

 

「あぁ……今から行くってことは昼飯も外で食うのか?」

 

「はい。……それに偶には外出しないとクッキーもクラッカも外に来た意味がありませんから」

 

 会話をしつつも片付けは続けていたため、早々にやることを終えたビスケットは「じゃあ、僕はこれで」と言うと、格納庫をあとにした。

 

「……あれが歳相応な姿なんだろうな。変わったとか変えたとかじゃなく、戻したってことか」

 

 ビスケットを見送りつつしみじみとそう呟く雪之丞は、状況を変えるきっかけになった機体に向き直ると未だに交換されていない傷ついた装甲を軽く撫でる。

 

「すまねぇな。来週には資材も届くから、少しの間辛抱してくれ」

 

 その言葉に反応したかのように、アリーナから差し込んだ太陽の光が格納庫を照らし、バルバトスの装甲に反射した。

 一方、ところ変わってIS学園の正門前では五人の人影があった。

 

「二人共、知らない人にはついて行ってはいけませんよ?それと、行きたいところがあれば、私たちの内の誰かと一緒に行くようにしてください」

 

「「は~い!」」

 

「急に付いていくって言ってごめんね、アトラ」

 

「ううん。でも急にどうしたの、鈴?」

 

「あー……ちょっとした自己嫌悪と後悔してる気持ちを切り替えようと思って」

 

「?」

 

 五人のうちの最年長の真耶は、目線を合わせるようにしゃがみ、最年少の二人であるクッキーとクラッカに注意を促していた。

 そして、残りの二人――――あの出会い以来、何かと仲良くなったアトラと鈴音は気さくに会話をしているが、鈴音の方は少しだけ表情に影が差していたりする。

 と言うのも、鈴音がIS学園に来る目的の一つである、幼馴染兼初恋の相手である一夏との再会が散々な結果となってしまったからだ。

 幼い頃、プロポーズ紛いの告白の言葉を一夏に送った鈴音は、そのこと自体を彼が覚えていた事は喜んだ。しかし、受け取った本人がその言葉の意味を履き違えていたのだ。

 これには怒り心頭であった鈴音であったが、遠回しな自分の言葉と、送った相手がどれだけ鈍感な人間であったかを思い出すと、一度深呼吸してから彼にこう言ったのだ。

 

「私にも悪い部分はあるし、これが八つ当たりだとは自覚しているけど取り敢えず――――歯を食いしばりなさい、一夏」

 

 その言葉の直後に何が起こったのかは、お察しの通りである。

 ある意味やらかしてしまった自覚のある鈴音は、気持ちを入れ替える為にと、偶々小耳に挟んだアトラの買い物に付いて行くことにしたのであった。

 

「まぁ、私のことよりもアトラ……だけじゃないわね。あの二人にも今日は付き合ってあげるから、もっとお洒落しなさい…………気になる奴もいるんでしょ?」

 

 最後のセリフはアトラにだけ聞こえるような小声であった。言われた本人は「ど、どう言う意味かな?!」と慌てていて、鈴音の気遣いも虚しく注目を浴びることになったが。

 

「皆、待たせてごめん!」

 

「お兄ちゃん、遅いよ!」

 

「三日月も遅い!」

 

「……ねぇ、俺も行かなきゃダメなの?」

 

「「みんなで行くの!」」

 

 五人に合流するように、寮の方から現れた三日月とビスケット。慌てるビスケットに比べ、眠そうな表情の三日月は、今回の外出にどこか消極的なようであった。

 そんな三日月の頭には軽い寝癖があり、遅刻した理由は一目瞭然である。

 ちなみに上半身の服装が、タンクトップにオリーブ色のジャケットだけという所為で、ちょっとした拍子に阿頼耶識のピアスが見えてしまうのではないかと、真耶は戦慄していたりする。

 

「で、では皆さん。そろそろ行きましょうか」

 

 一応、今回の外出の監督役兼監視役、そして護衛役も担う真耶が六人の子供を引き連れて出発するのは、それからすぐのことであった。

 平和な街での外出という、ある意味学生としては当たり前の休日を過ごす子供がいる中で、勤勉にも勉学に励むものもいる。もっとも、IS学園の中では勉学というよりも、修練と言ったほうがある意味で適切であるかもしれないが。

 

「ISでの精密射撃と高機動マニューバー、ビット兵器の同時使用か?」

 

「はい。これをこなす為にはどういった演習が必要でしょうか?」

 

 アリーナの詰所にはいつもの学生服を着たセシリアと、いつもとは違い白いジャージを着た千冬が机を挟んで対面するように座っていた。

 

「ふむ……オーガスとの試合はよほど堪えたか」

 

「……はい」

 

 少しだけ顔を俯かせたセシリアは素直に返事を返す。その彼女の態度に、千冬は教員として心配する気持ちが生まれるが、競技の指導者としては嬉しさがこみ上げた。

 

「……織斑先生、何かおかしかったですの?」

 

「あぁ、いや、すまん」

 

 自然と口元が緩んでいたのか、訝しげに尋ねてくるセシリアに一言断りを入れてから、彼女は気持ちを引き締めた。

 

「ではオルコット。演習の方は一先ず置いておいて、先の試合の反省会から行うとしようか」

 

「反省会ですか?」

 

「ああ。確認するが、あの時のオーガスの機体――――バルバトスがどういう状態であったか、お前は把握しているか、オルコット?」

 

 そう言われ、試合の内容を思い出そうとセシリアは顎に手を当て、しばらく無言になる。

 そして、何かに気づいたのか少し驚いた表情を見せると「いや、まさか、そんな」というふうな呟きが漏れた。

 

「被弾時のエネルギー消費が激しかったと思います」

 

 半信半疑と言った風にそう口にすると、千冬は満足したような表情を浮かべ、試合時のバルバトスの状態を語る。その内容に呆然としていたセシリアであったが、それも千冬の最後の一言で、また違う意味で呆然とすることになる。

 

「つまりだ。あの試合、お前にはまだ勝ちの目があったという事だ」

 

「……………………はい?」

 

 こてんと首が自然と傾く。

 日本風に言えば鳩が豆鉄砲をくらった顔をしているセシリアに、千冬は「案外、愉快な奴だな」と感想を抱きつつ、その根拠を口にする。

 

「ビットとライフルを喪失した時点でオルコットに残された攻撃手段はミサイルビットと申し訳程度の近接武装のみ。普通であれば火力不足だが、あの時のバルバトスであれば十分すぎる手札だ」

 

「ですが、彼に攻撃を当てなければ意味は……」

 

「近接武装の方だけであれば、それが苦手なオルコットでは無理だろうな。それについては同意するが、ミサイルはその限りではない」

 

 今更ではあるが、学園側はブルー・ティアーズに限らず、学園に在籍する生徒の専用機をそれぞれカタログスペックのみではあるが、キチンと把握している。それが入学の際に専用機に関する各国の義務であるからだ。

 もちろん、機密によって明かされていない部分はあるが、どれだけ自国が開発に関して先に進んでいるかの牽制も含まれるため、開示された情報が持つ意味と、情報が開示されること自体に含まれる意味が同じかどうかは推して知るべしである。

 

「ミサイルの脅威は追尾性だが、それ以上に一帯を巻き込む爆発がメインだ。内包できる携帯火器として、速度はともかく威力と効果範囲は脅威だ」

 

 そこまで説明されて、セシリアは考えが至る。あの時自分が取るべきであった戦術を。

 

「……自身を巻き込むこと前提で、彼にホールドされた時点でミサイルビットを発射、起爆させていればまだ勝機はあった?」

 

「そういうことになるな」

 

 その担任教師の答えにセシリアは考え込む。

 彼女の中で今現在はじき出そうとしているのは、勝利することと自機の損傷の費用対効果が釣り合っているかどうかであった。

 

(…………入学時点では『そんな無様な勝ち方ができるか』と突っぱねていただろうな。そういった意味では、あの試合は意味のある敗北であったな。今のお前は確かに“成長”している)

 

 その真剣に考え事をしている生徒の姿を見て、また口元が緩む千冬であった。

 

「あの、試合の事は理解できたのですが、ビットと機動の同時運用については…………」

 

「ん?ああ、それなら簡単な練習方法がある」

 

 ある程度自分の中で考えが整理できたのか、セシリアはおずおずと千冬に話しかける。その言葉にあっさりとそんな返答をすると、千冬はその部屋に置かれている扉のついている大きな棚を漁り始める。その棚には、主にアリーナの使用目録や修繕記録などの紙媒体での保存や、小さい備品などが収納されていた。

 その棚の一角から四角い物体を取ると、「ほら」という言葉と共に千冬はセシリアにそれを投げ渡す。

 

「…………ルービックキューブ?」

 

 危なげなくセシリアがキャッチしたのは、世界的に有名な立体パズルであった。

 しかし、彼女が疑問視するような声を漏らしたのは、渡された理由が理解できなかったわけではない。受け取ったルービックキューブが一般的なものとは異なっていたからだ。

 一般的なもので、一面が三×三の九マス、六面が普通である。昨今では四×四や五×五もあるが、セシリアの持つそれは文字通り桁が違った。

 

「十三×十三、合計で百六十九マスのルービックキューブだ。それを解けるようになってみろ。それができれば次はこれだ」

 

 そう言って千冬は棚から机に幾つかのパズルを持ってくる。それはどれも見ただけでやる気を無くすようなものばかりで、セシリアもそれを理解しているのかどこか嫌そうな表情を浮かべ、千冬に説明を求める視線を送る。

 

「これらは第三世代機の思考制御式の装備が実用化され始めた頃、生徒が使用していた私物だ。当時の専用機持ちはこれらで並列思考の訓練を行っていた」

 

「……これらができるようになれば同時運用もできると?」

 

「断言はできん。私が現役の頃はISの黎明期で、第三世代兵装などのキワモノを扱ったことなどほとんどないのだからな。だが、思考制御と機体制御を同時に行うことができる生徒は、少なくともそれくらいはできていた」

 

 そう言われたセシリアは意気込むように、手に収まっているルービックキューブを強く握り、少しだけそれを軋ませた。

 

 

 

 

 




ということで、皆さんそこそこ気にしていたセシリアの今です。彼女は普通に研鑽をしています。

次回は今回出番のなかったワンサマーと箒、それと三日月たちの外出についての内容です。なので、クラス対抗戦はもう少し先です。





次回のキーワード、「やっちゃえ、○産」


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十七話

最近難産が続きます。
話の内容は決めているのに、そこまで持っていく文章の肉付けをしていると幾ら書いても足りていない感じがして、不安になっている今日この頃です。

今回で外出編も終わらなかったです。


 

 

 日照時間が長くなり、寒さよりもじっとりとした暑さを感じ始める季節。

 IS学園内の芝生では、既に日課になっている竹刀での素振りを一夏は汗だくになりながらも続けていた。

 

「ハァ……ハァ…………――――」

 

 振り下ろし、元の構えに戻す。幾百と繰り返したそれを再び行い終えると整えた呼吸が乱れる。それを強引に落ち着けさせると、同じことを只々繰り返していく。

 彼が着ているTシャツやズボンは既に乾いている部分がないほどになっており、濡れ鼠という言葉がよく似合う格好であった。

 

「ハァ……ハァ…………くそ……」

 

 彼の中で何かしらの区切りを決めていたのか、唐突に構えを解くと竹刀を片手で握ったままその場に尻餅をつく。下が芝生であったため、幾分マシではあったが生温く、湿った布地の上に座るのは中々に気持ちが悪かった。

 しかし、一夏の口からこぼれた悪態はその不快感からではない。

 それは先日の幼馴染の表情が脳裏にちらついたからである。

 

「……何をやっているんだよ、俺」

 

 手の届く皆を守りたいと思った。その守りたい相手を泣かしてしまった自分。

 何度考えてもなぜ泣かせてしまったのかが理解できない一夏は、ハッキリと理由を言わなかった幼馴染にイラつきを覚えると同時に、それをできない自分にうんざりする。

 そっと、竹刀を握っていない方の手で自身の頬を触る。

 

「っ……」

 

 汗の不快感に負けないくらいの自己主張をしてくる腫れた頬。それが自分のしてしまった事の結果であり、自業自得の結果であることを再認識するとジクリと頬が一際強い痛みを伝えてきたように感じる一夏であった。

 

「一夏、時間だぞ?」

 

 いつの間にか呼吸も整い、火照っていた身体もある程度クールダウンが終わっていたため、もう一度素振りを再開しようと立ち上がったところで、寮の方からやってきた女生徒に声をかけられる。

 そこには部屋着の浴衣ではなく、運動用の袴を着た箒が立っていた。

 

「もう、そんな時間になったのか?」

 

「気付いていなかったのか?もう昼餉の時間だぞ」

 

 その言葉に目をパチクリさせる一夏。そして、頭を掻こうとして、まるでシャワーを浴びた直後のように髪が湿っているのに気付き、箒に言われた時間経過を遅まきながらに自覚する。

 

「午後からはアリーナの予約を入れてあるのだろう?私も演習機の使用を予約しているから、よければ共に練習しよう」

 

「……助かるけど、いいのか?箒も自分なりに練習したいんじゃないのか?それに…………」

 

 そこまで言いかけて口をつぐむ。

 その姿に何かを察したのか、箒はどこか呆れた様子で一夏に言うべきことを言い始める。

 

「先日の凰のことか?確かにあのときは私も怒ったが、当人がお前に言わないようにしていることを私が責めるのもお門違いだろう」

 

 彼女の言うとおり、鈴音と一夏が再会したときにその場には箒もいた。そして、話がこじれた際に、突発的に箒も一夏に対して冷たい対応をしていたのだ。

 それを気にしていた一夏であったが、通すべき筋が違うと箒はそう言う。

 

「それにお前もどこまで理解しているのか知らないが、自身に非がある事には納得しているのだろう?なら、これ以上責めたところで意味がないではないか」

 

「…………」

 

 ぐぅの音も出ないとはこの事なのかと思いながら、一夏は返す言葉を失う。

 

『そもそも、お前が求めるのは本当に強さか?』

 

 先日、実の姉に問いかけられた言葉が頭に過ぎる。

 自分に今一番身近にある“力”とは、腕についている待機形態のISである白式である。それはある意味でわかり易すぎる“力”であり、“強さ”だ。

 しかし、一夏が本当に望んだのはそんなものではない。泣いている誰かがいれば、それを泣き止ませるだけの“人としての強さ”を求めていたのではないのかと、今になって彼は自覚する。

 

「…………それでも、相変わらずぼんやりしているのは、本当の意味で理解していないからなんだろうな」

 

「?」

 

 ボソリと呟かれたその言葉は生憎と箒の耳には届いておらず、ブツブツと独り言を言っている人間にしか見えていなかったが。

 

「気を使わせてごめんな、箒。あと、ありがとう」

 

「いきなり、なんだ。自覚もないのにそんなことを言われても……」

 

 やっと聞こえた一夏の言葉が、自身を褒めるものであった為に内心では動揺しつつも、それを気取らせないようにつっけんどんな言葉を返す箒であった。

 そんな箒の態度が少し気になりつつも、一夏は空いている手で、気持ちの切り替えのために自身の頬を何度か叩く。

 高い音が幾度か鳴るが、屋外ということからそこまで音は響かなかった。寧ろ、一夏の脳の方に元々腫れていた頬の痛み以上の刺激が響いていたりする。

 

「っ~~~~…………よし、まずは昼食だな。箒、悪いけれど少し待っていてくれるか?着替えてくるから、一緒に食べに行こう。あと、午後からの練習はよろしく頼む」

 

「う、うむ」

 

 痛みを伝えてくる頬を先ほどよりも意識するようになったが、数分前までのように鬱屈とした意識を訴えてくる事はもうなかった。

 

「いやはや、青春しているなぁ」

 

 一連のやり取りの後、寮の方に戻る二人。その彼らの一部始終を見ていた人物が、少し離れた場所にいた。

 とは言っても、一夏が素振りしていた芝生を覗けるベランダが付いている部屋が、寮の自室である生徒であっただけなのだが。その生徒は、先日まで自身のやるべきことに奔走していたIS学園の生徒会長である楯無である。

 彼女は今、いつもの制服ではなくラフな部屋着――――でもなく、寝巻きであるワイシャツを下着の上から羽織った状態であった。

 

「お嬢様、はしたないです」

 

「今日くらいは許してぇ、虚ちゃん」

 

 そんな楯無を部屋の中から諌めたのは、生徒会役員の一員であり、そして楯無の従者という現代日本に置いては珍しい肩書きを持っている布仏虚である。ちなみに彼女は、制服でこそないが、キッチリとした印象を与える私服をしっかりと着ていた。

 

「ハァ……他の生徒に見られたら、色々と問題がある気がしますけれど」

 

「うーん……お堅いトップよりも、親近感のある実力者の方が親しみやすいと思うのだけど、どうかしら?」

 

「それは私に同意を求めているのでしょうか?それとも意見が欲しいのでしょうか?」

 

「さて、どっちでしょう?」

 

 どこか楽しんでいる表情を浮かべながらそんなことを言っている自身の主人にため息をつきながらも、それも仕方のないことかと納得もする虚。

 

(あそこまで接戦且つ“負けを確信した試合”はお嬢様にとっては初めての経験でしたか……)

 

 先の三日月との模擬戦。その最後の展開である、武装無しの殴り合いをする瞬間、楯無はいつまにか背後に回り込んでいた三日月の攻撃を避けることはできなかったと確信していた。それを認めるということはつまり、自身が負ける事を認めたと同義なのだ。

 しかも、それをした相手がそれを誇るでも気にするでもなく、只々それが当たり前のようにしているのだから、少なからず楯無の強者としてのプライドを傷つけていた。

 とはいえ、いつまでもだらしない格好をされるのは、友人としても従者としてもいい気分ではないため、ここ最近よく耳にするようになった言い回しを意趣返しに使ってやることにする。

 

「そうやって、回りくどい言い方ばかりするから下手な人と言われるのですよ」

 

 直後、ゴンという硬質な音が部屋に響く。

 虚が音源に視線を向けると、先程まで体重をかけていたベランダの手摺りに頭を沈ませている。

 そして、角度的に背中と後頭部しか見えていなかった楯無が、ゆっくりと虚の方に顔を向けてくる。どこか恨みがましい表情を向けてくる楯無であったが、額が赤くなっていたり、痛みのせいなのか言葉のせいなのかは定かではないが、目尻に溜まる涙の存在で迫力などあったものではなかったが。

 そんな主の視線を気付かない振りをしつつ、取り敢えずは重要な案件の話を切り出す。

 

「ところで、お嬢様はあの二人にどのような形で関わっていくのですか?」

 

「…………三日月・オーガス…………というよりも、あの子達は成り行きとはいえ接触済み。ビスケットくんと雪之丞さんは機体の修理の際に面識を持っているし、今回の外出でも問題が起これば学園という機関に連絡をする必要があるから、私のところに連絡をするように言い含めているわ」

 

「…………」

 

 どこまでが成り行きで、どこまでが私情なのやらと思いながらも、それを把握させない楯無のやり方は流石と思う虚であった。

 さきほどまでのだらしない雰囲気も一変し、服装とのギャップがものすごいことになっている。…………強かに打ち付けた額は相変わらず赤かったが。

 

「織斑一夏くんの方も、しばらくは静観で大丈夫かしら。外の大人たちもどちらに目をつけるべきかもう少し悩んでいるだろうし、それに本人がどこまで自覚しているかは知らないけれど、強力な後ろ盾が彼にはあるから…………そう言った意味では寧ろ…………」

 

 楯無の言葉通り、織斑一夏という個人にはかなり強力な後ろ盾がある。それは現役を退いてなお最強であると噂される初代ブリュンヒルデである織斑千冬。そして、ISの開発者であり、世界に大きな影響を与え、そして今この瞬間も与えることができるであろう科学者である篠ノ之束である。

 両者とも公的な権力は一般人と大差がないが、そのネームバリューと社会的な影響力は馬鹿にできないものである。

 対して三日月たちの組織――――鉄華団は色々な意味で目をつけられていたりする。

 後ろ盾自体は、一夏と違い社会的にも公的にもかなりのものなのだが、彼らを疎んじる存在もそれなりの権力を持っていたりするのだから厄介なのだ。

 余談ではあるが、意外なことにISに虐げられていた男性の権力者も彼らを疎んじる側に立っていたりする。その理由は三日月がIS学園で初めて行った模擬戦から端を発する、彼らの都合や面子を丸つぶしにしたことである。

 特に、行方知れずであったオルガたちが、よりにも寄って各国の国家代表選手や女性権利団体を味方につけたのだから、彼らにとっては計算外もいいところなのだ。

 

「表立った行動はできないとは言え、組織の子供は多いから一人二人なら大丈夫という考えの輩は多いでしょうね」

 

「…………まさか、今回の外出は――――」

 

 楯無の言葉から何かを察した虚があることを問いただそうとするのと、楯無の携帯電話の着信音が鳴るのはほぼ同時であった。

 楯無の携帯電話の液晶に映る名前は『ビスケット・グリフォン』となっている。

 そのタイミングの良さを気味悪く感じながら、楯無はその電話を受けた。

 

「もしもし?」

 

『すみません、更識さんですか?!緊急の用件があります!』

 

 スピーカーの奥から切羽詰ったビスケットの声が響いてくる。

 そのある意味で予想通りの言葉に、楯無は一層気を引き締める事となった。

 

「落ち着いて、何があったのかを言ってくれるかしら?」

 

 まくし立てるような勢いに対して、彼女は敢えてゆっくりと言葉を投げかける。少しでも正確な情報を知るために、相手に落ち着きを促すためのその喋り方に、ビスケットも早鐘を打つ心臓を押さえつけるように先ほどよりも声を抑えて喋りだす。

 

『僕の妹のクッキーとクラッカ、それと引率をしていた山田先生が誘拐されましたっ』

 

「…………他の子は一緒かしら?その場にいる?」

 

『アトラと凰さんはいます。でも三日月は……』

 

 言いよどむビスケットの言葉に眉を顰める楯無。彼の言葉に不穏なものを感じると同時に、嫌な予感が全身をめぐる。

 

「三日月くんがどうしたの?早く言いなさい」

 

『……妹たちの携帯のGPS情報を頼りに助けに行くと言って』

 

 その報告に思わず楯無は机に拳を叩きつけそうになった。

 ある種の凶報が学園に届いている頃、ある廃屋の一室では件の誘拐された三人が古びたリノリウム製の床に転がされていた。

 三人のうち、クッキーとクラッカは意識がなく、真耶は意識こそあれど身体が思うように動かせず座ることすらできない状態である。

 そして、その部屋にはもう二人ほどの人間がいた。そのどちらも黒いスーツに身を包み、部屋の出入り口近くに立っていた。

 

(動けない……筋弛緩剤?でも私はともかく二人は呼吸が……)

 

 明らかに何かしらの外的要因のあるボヤける思考の中で、真耶は何とか二人の状態を確認しようと身をよじる。しかし、思っている以上に力が入らず、もぞもぞと床の汚れを服に擦りつけるだけとなった。

 

「心配せずとも、そこの子供ふたりは無事だ。お前と同じで薬品を嗅いではいるが、より深く眠れる睡眠剤で副作用もない」

 

 頭上からの言葉に安堵してしまいそうになるが、今この状況で相手にそう言った姿を見せるのは危険と本能的に感じた真耶はこれまでの経緯を思い出すことで、鈍り気味の思考をはっきりさせようとする。

 

(確か……早めの昼食を終えてから、ウトウトしていた二人をベンチで休ませて、それから……それから?)

 

 真耶は鮮明に覚えていないが、二人が満腹で寝入ってしまった為、三日月たちと一旦別れたあと、その休憩しているベンチに第三者が座ったのだ。

 そして、周囲に気取られないようにしながら、その人物は真耶にこう言ったのだ。

 

「二人を死なせたくなければついてこい」

 

 その人物の脇の部分には不自然な膨らみがあった。そして、そう言われてハッとした真耶が辺りを見ると、そのベンチを中心に数人の人間がこちらを窺っている事に気付く。

 そして、まるで包囲網を縮めるようにこちらに近づいてきていることも。

 抵抗らしい抵抗を出来るはずもなく、真耶は大人しく彼らに付いていくことになり、移動用の車に乗せられてから即座に薬品を嗅がされ、今いる此処に連れてこられたのだ。

 

「心配せずとも、事が済めばお前たちは解放する」

 

 霞む記憶を掘り起こそうとする真耶にそんな言葉を向けてくる黒服の男。

 よくドラマやフィクションで聞くセリフだと、どこかピントのずれた事を思いながらも真耶はどういうことか問いただす為に、声の主に視線を向けた。

 

「お前たち自身にはそこまで価値はない。お前たちの関わる人物たち……阿頼耶識システムの被験者の方にこそ価値がある」

 

「…………」

 

「ならば何故、彼らを直接誘拐しないのか?といった表情だな。あくまで建前の問題だ」

 

「た……て、まえ?」

 

「ふむ。もう喋ることができるまでに回復したか。IS学園の教師と言うのは存外フィジカルに優れているようだな…………我々が一方的に誘拐してしまえば、彼らの後ろ盾となっている女権団体、各国の国家代表選手、そしてIS委員会に喧嘩を売ることになる。それは依頼主も望まないことだ。だが、どんな形であれ『本人たちが望んでこちらに来る』のであれば別だ」

 

 そこまで言われ、真耶はサッと顔を青くする。

 

「要するにこちらに来てもらう代わりにお前たちを返すというそういう話だ。ガキの使いよりも単純な話だろう?」

 

 今回の誘拐騒動の相手の意図を理解した真耶は、ここまで簡単に口を割る相手に恐怖を感じた。先程は解放することを言っていたというのに、ここまで知られた相手をそうそう簡単に手放すのだろうかと。

 

「俺たちを理解できないといったところか」

 

 ぼそりと呟かれた言葉が内心を見透かされたように感じ、ドキリと心臓が跳ねる。

 

「約束……というわけでもないが、解放するというのは嘘ではない。こういった情報を残すのは、次の仕事のためだ」

 

 その物言いを理解するのに少し時間を要したが、真耶の中で何かしらの確信があったのか、その答えはすぐに導き出された。

 

「ま、さか……」

 

「…………こんな仕事をするのは、あくまで使い捨てにされる人種だ。依頼主が外部の人間にこんなことを依頼してくる時点でそれは分かりきっている。なら、少しでも今回のようないざこざが起きるように、仕事の種を撒くということだ」

 

 その言葉に三日月たちから感じる寒気と同じものを、真耶は感じた。

 彼らの行動のリスクとリターンはほとんど破綻している。信用が重要になってくる仕事で、それを地に落としてでも生きるための糧を得ようとする彼ら。

 それがどこか戦うことしかできないアンバランスな感性を持つ三日月たちと印象が被る。

 

「まぁ、もっとも、今回の計画が上手くいくとは思えないがな」

 

「え?」

 

 その言葉に疑問の声を漏らした瞬間、爆音が聞こえると同時に真耶たちのいる建物が物理的に揺れる。

 

「来たか」

 

「表にトラックが突っ込んで爆発した!ガソリンが漏れて爆発したには早すぎる。意図的なものだ!」

 

 出入り口に立っていたもう一人の人間が、怒鳴るように状況を報告してくる。その報告に、真耶と会話をしていた男はため息をつき、一言呟いた。

 

「さて、生きるために精一杯働くか」

 

 それは、どこまでも気楽で軽く、そして疲れた声であった。

 

 

 

 

 





次回で外出編終わりです。

そして、今回の内容で予測するのはほぼ不可能ですが、あるフラグを折っています。なんのフラグかはもう少しすればわかります。


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十八話

今回も割とあっさりめになりました。
自分が書くネームレスキャラが意外と反響があることにびっくりです。


 

 

 懐かしい。

 芯まで冷え切った頭がそんな感慨を抱かせる。

 色々と立ち込める狭い室内で、いつもと同じように淡々とそれをこなしていく三日月は人生においてそうそう感じたことのないモノを実感していた。

 

「……あっ」

 

 軽くなった感触を手が伝えてくる。生憎と、それを回復させる手段がなかった為、床に落ちているそれを拾い上げる。

 

「…………いいものがある」

 

 拾った隣に倒れているモノのそばに、拾い上げた物と同じように落ちている物体を引っ掴むと、三日月はそれを進むべき道の先に放り投げる。

 数秒か、数瞬か、たったそれだけの間を置いて、その建物が物理的に揺れた。

 

「あまり使ったことなかったけど、楽でいいな。アレ」

 

 三日月の言う“アレ”とは簡単に言えば、携行式の爆弾であった。

 そして、三日月がもう一つ拾い上げたのは、“無力化した敵”が所持していた拳銃である。

 先の爆発で、壁の一部に亀裂でも入ったのか、立ち込めていた煙や匂いが外に流れていき、生暖かく感じさせられる空気の温度が少し下がる。

 

「上か」

 

 ポツリと呟くと、そのまま三日月はそのフロアの階段に向かう。その途中で、そのまま放置されていた資材の残りであろう鉄パイプを拝借し、階段を昇る。

 残されたその空間には、いくつもの黒い服を纏った遺体と赤黒い水溜りが残された。

 階段を登り切る手前で、角になっている壁から通路を覗き見る――――ことはせずに片手に持っていた鉄パイプを放り込む。

 カランという床を打つ音がした瞬間、三日月は耳を澄ます。

 

「…………?」

 

 聞こえてくるはずの音が聞こえてこない事に三日月は首をかしげた。

 普通であれば、先の音に反応し銃を構えるか、若しくは何かしら身構えようとする衣擦れの音が聞こえてくるのだ。実際、三日月は似たような方法で下の階を制圧していたりする。

 

「…………変だな?」

 

 敵がいないことを知り、ゆっくりと壁沿いに通路を進む三日月。

 そして、そのフロアの奥の方に、これまでの部屋と違い、窓ガラスも何もない、ただ扉があるだけの部屋に行き着く。

 

「…………」

 

 その扉を慎重にあけながら、中を窺う三日月。しかし、その中には彼の予想とは違う光景があった。否――――ある意味“想定通り”ではあるのだが、予想通りではなかった。

 

「早いな、もう少し時間が掛かるかと思っていたが」

 

 その殺風景でありながら、開けた扉の正面にある壁の窓からの光がやけに印象的な四角い部屋。その中央に、これまでと同じ黒い服を着た、これといって特徴のない男が無防備に立っているのだ。

 その男を認識した瞬間、三日月は手に持った拳銃を構える。照準と発砲までの時間はほぼ最速に近い反応であったのだが、それをするよりも先に、目の前の男の言葉が三日月の耳に入るほうが先であった。

 

「俺を殺すのは構わんが――――上の双子も死ぬぞ?」

 

 体に染み込ませた反射的な行動を、理性がねじ伏せる。引き切りそうになった、トリガーを止め、銃口だけは相手の眉間に定めたまま、三日月はその動きを止めた。

 

「――――」

 

「これが見えるか?ここにあるリモコンに八桁の数値を打ち込むと、上の階にいる双子の首につけたチョーカーが外れるようになっている」

 

 フリーズしたように動かなくなった体とは裏腹に、三日月の目は「どういうことか」と如実に問いかけていた。

 それに応えるように男は右手で弄ぶようにして携帯端末を、三日月に見せつけるように揺らしている。

 その端末は一昔前の携帯電話のようなもので、その一面にはテンキーと操作用のボタン、そして小さな液晶がつけられていた。

 

「違う数字や操作をすれば、その瞬間チョーカーが爆発する仕組みになっている」

 

「なら、アンタを殺して、そのあとで首輪を外せばいい」

 

「おいおい……ISなんていう一昔前の二次元の存在が空を飛ぶ時代だぞ?簡単に外れるようなもんじゃない」

 

「……じゃあ、二人には申し訳ないけど、一生首にまいたままになるかな?」

 

「生憎と時限式だ」

 

 三日月の言葉に気が緩みそうになったのか、それとも本当に可笑しかったのか、少しだけ男の口元が緩んだ。

 

「そこで取引だ。お前が俺の雇い主のところに行くのなら、これを解除してやる。どうだ?」

 

「……どうしてISを動かしているのかは俺も知らない」

 

 所々聞き慣れない単語があったが、男の言葉を理解した三日月は事前にビスケットや雪之丞から聞いていた自分たちの事を思い出しつつ、そんな返答を返す。

 

「残念だが、お前が知っているのか知らないのかが問題じゃない。お前の体に阿頼耶識が埋め込まれている。それだけで価値がある。お前が知っているのかどうかは問題じゃない」

 

「……俺はオルガたちと一緒に行くって決めてる。そいつのとこには行かない」

 

 三日月のその言葉に男はスッとリモコンを持ち上げた。

 

「なら、双子とはお別れだな」

 

「アンタがね」

 

 そう言うと少しだけ下げていた銃口を再び構え直し、三日月は迷わず引き金を引いた。

 

「――――ッ」

 

 突然の三日月の凶行。

 しかし、常に警戒していたのか、男は身体を逸らすことで何とか致命傷を避け、そのままの勢いで部屋唯一の窓のガラスを突き破り落ちていった。

 

「――――…………もしもし?」

 

 慎重にその窓に近づき、下の様子を窺いながら、三日月は男と話している最後にポケットで震えだした携帯電話を取り出した。

 

『三日月?!こっちは三人とも“無事”に確保したよ!』

 

「ビスケット?一緒に来てるの?」

 

『更識さんに頼み込んで無理矢理だけどね。それよりも、今三日月が突っ込んだビルの隣のビルの屋上に皆いるから、三日月もこっちに来て欲しい』

 

「わかった」

 

 それだけ言うと三日月は通話を切る。

 実のところ、トラックで廃ビルに突っ込んだ三日月は、その以前に楯無から連絡を受けていた。そして、いくらかの押し問答の末、三日月が誘導役、そして楯無が救出役を行うことになったのだ。

 そして、救出が無事に成功した合図として、電話をすることを取り決めていたため、最後の男の持ちかけた取引を無視して三日月は発砲したのであった。

 

「……アンタ、やる気のない目だったよ」

 

 取引がブラフである云々以前に三日月は、男に殺気もなければやる気もない事を感じていた。言葉にするには難しいが、それは長年“そういった世界”に長くいたが故に感じ取れたものであったのかもしれない。

 感想とも呼びかけとも言える言葉を残し、三日月はビルの屋上を目指す。先程まで覗き込んでいた窓の下には、小汚い裏道と刷毛で引かれたような赤い掠れた痕、そして開いたマンホールだけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段であれば、そのすえた臭いに眉を顰めるような場所で、その男は体に走る痛みで眉間に皺を寄せていた。

 

「弾が貫通していたのは幸いか…………いや、そもそも今回の仕事を引き受けたこと自体が不幸か」

 

 手持ちのハンカチと服の切れ端で撃たれた右肩を強引に巻いていく。破傷風の恐れもあったが、気にしたところでそれの対処法があるわけでもなし、気にするだけ無駄であった。

 

「あの後逃げ出したのは俺以外に三人。さて…………運がいいのは誰になるやら」

 

 応急処置もそこそこに、男は暗い下水道を進んでいく。

 その不衛生極まる空間を進んでいくと、自然と身につけていたスーツが汚れていく。しかし、身につけている小奇麗なスーツよりも小汚い世界の方が自分にはお似合いだと、頭のどこかで考えている自分がいることに男は気付く。

 苦笑が漏れそうになるが、傷に響くため、その顔は歪な表情を浮かべる。

 そして、どのくらい進んだのか、潮の香りと波の音が微かに伝わって来たとき、“ソイツ”は姿を現した。

 

「ハッ…………大当たりは俺か?クソッタレめ」

 

 暗闇に慣れ始めていた目では、逆光に立つソイツの細部は正確に見ることはできなかった。だが、少なくともシルエットから“人が乗れるような構造ではない人型”という程度にはその姿を捉えることができた。

 

「はてさて、お前は誰の使いだ?雇い主か?どこぞの野次馬か?それとも……あの世か?」

 

 返ってくるはずのない質問を投げかける男。しかし、その言動とは裏腹に、先程までとは打って変わって生き抜こうとする強い意志が、その目には滾っていた。

 

「精一杯、かますとしますかねぇ」

 

 結局、仕事の間抜くことがなかった愛銃を彼は懐から引き抜く。

 ソイツが前傾姿勢からの突撃をしてくるのと、彼がそのボロボロの体からは想像もつかないほどにしっかりとした姿勢で迎撃を始めるのは、それから数秒先のことであった。

 

 

 

 




次回か、次次回くらいにISの戦闘です。
取り敢えず、日常編は一旦ストップですかね?本編進めます。




追記
今回の最後のソイツは兎さんの差金ではございません。


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十九話

早めの投稿を頑張った結果、どこか話がちぐはぐになったやもしれません。
今回は戦闘のための準備回です。
そして、感想でも書いた『お披露目』のための布石回でもあります。


 

 

「装甲の取り付けは最後だ。取り外した前の装甲は残骸も含めて、先方の方に送ることになってるだろ。空いているコンテナに全部放り込んどけよ!」

 

「各部関節モーターの換装が終わったから、出力調整をしよう。それが終わったら一旦三日月に試乗してもらって、重量のある武器を持ってもらうから」

 

 いつも広く感じていたバルバトスが安置されている格納庫。

 その持て余し気味の広さと、機体に触ることのできる人間が少ないことから、寂しさを感じさせるその空間は、今はたった一機の機体に手を加えるために騒がしくなっていた。

 その格納庫の隅に置かれた鉄製のコンテナに三日月は座っていた。

 

「…………」

 

「暇そうにしてるな、三日月」

 

 ポリポリとポケットから種を取り出しては口に放り込む作業を繰り返す三日月に、新しく入室してきた人物が声を掛ける。それは、オルガの補佐として働いているユージンであった。

 

「ユージン……用は終わった?」

 

「あぁ、滞在許可と搬入リストの提出は終わった」

 

 先日まで学園にいなかったユージンがなぜここにいるのか。いや、正確にはオルガが立ち上げた組織である鉄華団のメンバー、ユージンを含め、今現在バルバトスを修復している整備班とその護衛役である団員がどうしてIS学園にいるのかだが、それは以前から申請してあったバルバトスの補給パーツの搬入が目的であった。

 

「そう言えば、来るのは明日じゃなかったっけ?」

 

「……二日前に、双子が誘拐された事件があったろ。そのせいで、クラス対抗戦と合わせて俺たちがここに来たら、変ないざこざが起こる可能性があるから前倒しになったんだよ」

 

 あまり大きな声では言えないのか、ユージンは声のトーンを落としながら説明した。

 

「それよりも聞いたぞ、三日月。お前、その時に無茶やらかして大目玉くらったらしいじゃねえか」

 

「あぁ…………拳骨くらった」

 

 どこかニヤニヤした表情を浮かべるユージンに対して、三日月はその殴られたであろう頭頂部を軽くさすりながら、簡素に答える。

 先の誘拐騒動の後、三日月は事情聴取や身体検査を受けることになった。それは三日月自身がVIP扱いであるのが理由なのだが、それ以上に当人の危機感を強く持たせる意味もあった。今回のように、護衛されるべき人間が、その取引材料である人質を助けに行くなどという暴挙が行われるのは、国や学園の責任問題にもなってしまうからだ。

 しかし、そんな遠回しな物言いなど通じないことを知っていた千冬が、個人的に三日月との面談を行った。

 

「真耶……山田先生から言われなかったか?“君がいなくなるようなことはするな”と」

 

「言われた」

 

「ならば、何故今回のような事をした?」

 

「助けたかったから」

 

「……それで君が犠牲になるとは考えなかったのか?」

 

「考えないわけないでしょ。でも、俺はそれ以外を知らない」

 

 そう言い切った三日月の頭に千冬の拳が落ちた。

 慣れている痛みを頭に感じる。少し前までは大人から暴力を振るわれるのは日常茶飯事であったため、痛みにはそこまで関心がなかった。

 

(……なにこれ?)

 

 しかし、三日月には得体の知れないナニカが胸に込み上げてくる。

 そのナニカは言語化こそできないが、確かに三日月は感じたことのあるものであった。それを思い出そうと、記憶を漁るとその答えはすぐに出てくる。

 

(あぁ、仲間が死んだ時に感じてたやつか)

 

 三日月本人はその名前を知らないが、一般的に言えばその感情は“喪失感”というものであった。

 ここIS学園を訪れてから、三日月も少なくない時間を此処にいる大人と接している。その為、ここにいる大人――――特に長時間一緒にいる教師の一人である千冬や真耶と言った人物が、自分たちにとって害意を加えてくるような人物ではないことを理解していた。

 しかし、今この瞬間、それを否定するように千冬は三日月に対し、『自身の思い通りに動かなかった』事に対して、危害を加えたのだ。

 その事が、少なからず三日月にとってはショックであったらしい。

 

(なんか……嫌だな)

 

 そう感じながら、顰めそうになる顔を上げる三日月。しかし、顔を上げたところで、先ほどとは真逆の感触が身体を包んでくる。

 

「……は?」

 

 いつもマイペースな三日月が珍しく困惑の声を漏らす。何故なら、いま自分を殴った相手が、自分を抱きしめているのだから。それが理解できない三日月は身動きもしなかった。

 

「君たちが自分たちの命を軽く扱うことができてしまうのは、私たち大人の所為だ。だが、それを当然のように行うのはやめてくれ……生きたいと言ってくれ、大人が悪いと糾弾してくれてもいい、癇癪を起こして泣きついてくれるのならばいくらでも付き合う――――だから、その理不尽さを受け入れないでくれ」

 

「…………なんで泣いてるの?」

 

「自分があまりにも不甲斐なくてな…………惨めだからさ」

 

 千冬は内心で倦ねいている気持ちをしっかりと言葉にして、相手に伝えることができないのをここまで悔やんだのは初めてであった。

 本当はもっと言いたいことがあった。

 

(私たちを頼ってくれ)

 

 本当はもっと言うべきことがあった。

 

(私たちが守ろうとしても、君たちが捨てようとしてはそれはできない)

 

 本当はもっと知ってほしい気持ちがあった。

 

(生きて戻ってくれてありがとう)

 

 しかし、それを一つ一つ丁寧に言えるほど、千冬は器用ではなかった。

 そして、それを言葉にして言ってしまえば、どこか軽くなってしまうと恐れている自分がいることにも気付き、彼女は少しの間、三日月にその顔を向けることができなかった。

 

「………………なんだったんだろ?」

 

 その時の事を鮮明に覚えているが、三日月はあの時の千冬がなぜ泣いたのか、そしてどうして拳骨を落とされたのか理解できないでいる。

 

(でも…………嫌じゃなくなった、かな?)

 

 だが理解はできないが、それが自分たちのために流してくれた涙であることをどことなく察していた三日月は、千冬に対して嫌悪感はなく、寧ろ以前よりも頼れる存在と無意識のうちに認識していた。

 

「三日月、機体の微調整するから、バルバトスに乗ってもらえる?」

 

(――――まぁ、いっか)

 

 思考の海に浸りそうになった三日月は、先程まで機体にかかりきりになっていたビスケットに声をかけられたことで、その思考を中断した。

 いつものオリーブ色のジャケットを脱ぎ、タンクトップの姿になった三日月はそのままバルバトスの方に向かう。その後ろ姿を見送りながら、ユージンは自身の知る三日月と今の三日月がどことなく違う雰囲気を纏っている事に少なからず驚いていた。

 

「……なんか、柔らかくなったな、三日月の奴」

 

 そんな感想を呟いていると、先ほどユージンが入ってきた扉が開く。その音のする方に視線を向けると、そこには二人の人影があった。

 

「副団長、今到着した。報告していた機体は此処に運び込むのでいいのか?」

 

「昭弘」

 

 そこに立っていたのは、三日月やユージンたちと同じオリーブ色のジャケットを着たがたいの良い男――――昭弘・アルトランドであった。

 

「あぁ、学園への報告と申請は終わってる。搬入経路はこれに書いてあるから、従ってくれ……そんでそっちの美人は誰だ?」

 

 入室していたときから持っていたクリップボード。そこに挟まれていた学園内の見取り図と、そこに記入されている矢印の経路を軽く指で示しながら、ユージンはそれを昭弘に手渡す。

 それを受け取ったのを確認してから、ユージンは昭弘と一緒に入室し、先程から黙ってこちらの様子を覗っているスーツ姿の女性に視線を移した。

 

「この人は――――」

 

「ストップ。自己紹介くらいは自分でやるわ、アキヒロ」

 

 そう言って一歩前に出てくる女性。

 その特徴的な長髪は、自分と同じ金髪であるのだが、同じものとは思えないほどに綺麗だとユージンは思った。

 

「私はアメリカでISの操縦者をしているナターシャ・ファイルスよ。今は、アキヒロやシノ君たちを預かっている人間って言えばわかり易いかしら?」

 

「…………少々お待ちを」

 

 その言葉を脳が理解すると、ユージンは一言断りを入れてから昭弘の首に腕を回し引っ張っていく。その様子をナターシャは不思議そうに見ていたが、生憎とユージンはその事に気付く余裕はなかった。

 

「おいおい、あんな美人にお前たちは世話してもらってんのかよ!?」

 

「…………いきなりどうした、副団長?」

 

「うっせえ!こっちは毎日毎日、オルガ達と一緒に書類と向き合ってんのに、ちくしょう!」

 

 心からの慟哭であった。

 小声で叫ぶという器用な事をしているユージンであったが、所々ナターシャには聞こえていたらしく、彼女はこそこそと話す二人をどこか微笑ましく見ていた。

 それから、何かしら話がひと段落したのか、二人は仕切り直すようにナターシャの前に戻ってくる。

 

「すんませんでした。えっと……いつもうちの団員がお世話になってます。俺は鉄華団の副団長をしてるユージン・セブンスタークっす」

 

「いえいえ、こちらも皆が来てから楽しく過ごさせて貰っているわ」

 

 その社交辞令的な挨拶を交わしてから、本題を切り出すためにユージンは先程まで緩んでいた表情を引き締める。

 

「それよりも、アメリカが取り扱っていた機体……EOSの試作機を本当にウチが貰っても――――」

 

「コラ、間違っているわよ。正確には、貴方たちが廃棄、凍結されていた機体を権利ごと買い取った、よ。その辺りはキッチリと話をつけて、正式な取引を貴方たちは行った。そこに変な後ろめたさや、気後れを持つ必要はないわ」

 

 とは言うものの、彼女たちの言う試作機を鉄華団が購入する際、複数の外部の人間が口利きしてくれたことを知っているユージンはその一人であるナターシャには頭が上がらなかった。

 

「はぁ…………じゃあ、昭弘、例の機体――――グシオンをこっちに持ってきてくれ」

 

 自分たちがまだまだ独り立ちできない新米であることを再認識しつつ、ナターシャに軽く会釈をしたユージンはそのまま仕事をこなす為に、昭弘に対して指示を飛ばした。

 昭弘が鉄華団の組織編成が終了するまで、一時的に世話になっている国――――アメリカから買い取った機体をIS学園に運び込んだのは、バルバトスと共に機体改修を行うためであった。

 バルバトスの改修パーツの作成やタービンズが保有するISの研究、開発を行う研究機関『テイワズ』。そこで開発しているパーツや武装のデータ取りをこれまではタービンズが一任されていた。だが、鉄華団の発足に伴い、その業務の一部を名瀬から委託されたオルガは機体データなどの譲渡を行う代わりに、機体整備の為の補給をテイワズに依頼をしていた。

 そして、これまでの学園での試合によるバルバトスの取得データから、機体の改修パーツや補修パーツ、専用の武装などの作成がひと段落したため、今回の学園への搬入が実施された。

 その際、IS以外にも武力の補填が必要と考えたオルガは、名瀬を始めとする顔見知りとなった各国の代表などの伝手を頼り、一般的なEOSよりも高性能な機体を購入できないかと相談する。

 その結果、白羽の矢が立ったのがアメリカで廃棄寸前になっていた機体、グシオンであった。

 購入の際にいくらかごたついたが、結果的に無事購入できたその機体も、バルバトスと同じく改修するためにこのIS学園に運び込まれたのだ。因みに、装甲面などで、バルバトスからのパーツの流用ができる部分がある為、バルバトスほどパーツの準備に手間はかからなかったりしたのだが、それは余談である。

 

「まぁ、こんな機体は、それこそ阿頼耶識でもなけりゃ、操作は難しいだろうな」

 

 搬入用の資料と交換するように受け取っていた機体スペックを確認するユージンはそう溢す。

 その彼の持つ紙の資料には、スマートな人型のパワードスーツの背中に、二本の隠し腕が取り付けられている絵が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、次回からクラス代表戦です。
……ここまで書いていて思ったのですが、まだ原作一巻すら終わっていないという……


え?鈴ちゃんの戦闘?ハハハ、代表候補生という立場ある人間が、自分の都合でクラスメイトの役職を無理矢理奪うわけないじゃないですか。
なので、今回のトーナメントで専用機は一組だけです。


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二十話

難産でした……ここ最近、こればかり書いているような?

予告詐欺になりましたが、戦闘はもう少し先です。


 

 

 学生生活の中で最も厭われるものとは何か。

 それは生徒一人ひとりによって答えは違うのだろうが、その中の一つに『繰り返す同じ毎日』というものがある。

 授業を受け、ご飯を食べ、放課後を過ごし、眠る。これを繰り返すだけの毎日はいくら新しい知識を学ぶとは言えすぐに飽きが来てしまい、遊びたい盛りの子供には一種の苦痛だ。それは一般的な学校ですらそうであるのだから、全寮制の敷地内でその殆どを過ごすIS学園の生徒は特にそれが顕著である。

 その為、時折行われる学園内のイベントは、それが成績や学業に繋がることであっても、生徒たちは普段よりも意欲も高く、そしていつもより賑やかになるのは当然のことであった。

 そのイベントのうちの一つ、本日開催されるクラス代表たちによる学年別のクラス対抗戦は来賓こそいないが、一種のお祭りのような賑やかさを見せていた。

 

「やっぱり、ここでも結構音が聞こえてきますね」

 

「あぁ……若い嬢ちゃんたちの活力にはもうついていけねぇよ」

 

 そんな中で、バルバトスとグシオンが設置されている格納庫では、ビスケットと雪之丞が整備用のタブレット端末を操作しながら、外から聞こえてくる歓声に苦笑いをこぼしていた。

 

「にしても、昨日の喧騒が嘘みてぇだな」

 

「外に出たといっても、こういう綺麗な場所に来たのが初めてって子も多いですから。それに学園側から、試合観戦の許可も貰えて、そっちに行った子も多いですし」

 

 一区切りしたのか、タブレットの画面から視線を外し、昨日まで幼い整備員が走り回っていた格納庫を一瞥する雪之丞。

 彼の漏らした感想に、無理もないですよと言った表情でビスケットは答える。

 

「まぁ、その為に昨日の内に終わらせられる部分は全部終わらせたからなぁ…………よし、チェック終わったぞ。グシオンの方はあと試験起動とそれに合わせた微調整くらいだ」

 

「こっちも終わりました。三日月たちは皆をアリーナの方に案内してから来るって言っていましたから、それまでちょっと休憩します?」

 

 そのビスケットのセリフを言い終えると同時に、格納庫内に設置された校内放送用のスピーカーから合成音が流れた。ちょうど良いタイミングであった為、ビスケットは映像が映し出されているわけでもないというのに、スピーカーをじっと見つめた。

 

『――――連絡します。第一アリーナで行われていたクラス対抗戦、一年生の部での全試合が終了しました。それに伴い、次の試合で待機している生徒は、第一アリーナで試合をしてもらうため、通知のあった生徒は移動を行ってください。繰り返します――――』

 

 業務連絡に近い放送が繰り返される。それを聞いたビスケットは思わず格納庫に備え付けの時計に目を向けた。

 

「試合が全て終わったって…………まだ正午も過ぎていないのに?」

 

「例年通りのこと……らしいぞ?」

 

 ビスケットの独り言に、雪之丞はその言葉と一緒に両手に持った二つのコーヒー入りマグカップの内の片方を手渡す。それが先ほどの休憩することについての了承の意であると判断し、素直に受け取りつつ、ビスケットは視線でどういうことかと、雪之丞に問いかけた。

 

「これはジュウゾウから聞いた話だが、この時期の一年は未だに勝手がわからない奴らが多いらしい。だから、試合前の機体の調整、試合中の駆け引き、試合後の機体データの整理と修復……まぁ、言い出せば切りがねぇが、そういったことに掛ける時間が、二年や三年の連中と比べたらかなり少ないそうだ」

 

 そこまで言われてビスケットは納得する。

 ISという機械は、操縦者の癖や身体能力が割と顕著に表面化してくるものである。その為、事前に行われる機体のセッティングは個人個人がかなり神経質に行うのだ。

 しかも、専用機を持って参加しているのは一組の代表である一夏ぐらいであり、それ以外のクラスは大体が学園の保有する量産機、または演習機であるため、機体の一試合ごとの整備などに掛かる時間は、より多くなる。

 そんな中で、まだISそのものに慣れていない一年生は、試合はもちろん整備のセッティングなどもどれが自分に最適なのかさえ、手探り状態で始めるために一試合に掛かる時間は、二、三年生と比べればずっと少なくなるのは当然の話だ。

 

「まぁ、試合が早く終わること自体は俺たちにとっちゃ、好都合だがなぁ」

 

 そんな雪之丞の言葉に苦笑いを漏らすビスケットであった。

 今回のパーツ搬入などに伴い、クラス対抗戦の後にアリーナの使用を余っている時間内であれば、機体の試運転に使用しても良いという話が学園側から提案されていた。

 世間一般にはまだまだ無名に近い鉄華団であるが、IS学園をはじめとする一部の間では、その名は既に広まっていた。そして、IS委員会からしても、鉄華団のその特殊な生い立ちや後ろ盾は無視できるものではないため、今のところは共同歩調を取るという表れの一つが今回のアリーナ使用の譲歩であった。

 

「そんなことよりもビスケット。お前さん、此処に居てもいいのか?」

 

「えっと……それってどういう――――」

 

 話題を切り替えるように雪之丞が尋ねる。何のことかわからなかったビスケットは、雪之丞の方を見るが、その顔がどこかニヤついているのを確認した瞬間、嫌な予感がする。

 

「例の誘拐事件以降、毎日あの嬢ちゃんのところに見舞いに行ってるのは知ってんだぞ?しかも、双子と一緒の時とは別に一人で行ってるらしいじゃねぇか」

 

 そう言われ、ビスケットは自身の顔に熱が貯まるのを感じた。

 三人が誘拐され、救出されたあと、真耶は犯人に投与された薬の薬抜きや、細かい身体検査を受けるという理由で学園の敷地内にある医療施設で簡易的な入院をしていた。

 双子の方は、真耶が聞いた実行犯からの証言通り、特に薬の後遺症も身体的な外傷もなく、本当に眠っていただけの為、検査を受けたその日に解放されていた。

 そして、真耶の方も薬抜き自体は翌日には終わっていたのだが、心身の疲労が溜まっていると医者に指摘され、クラス対抗戦が終わるまでは安静にしているように医者に言われ、そのまま入院生活をしているのだ。

 

「チフユの嬢ちゃんから聞いたが、事件直後はかなり落ち込んでいた彼女が、お前さんが見舞いに行った後には嘘みたいに元気になっていたって聞いたぞ?」

 

「お、おやっさん!」

 

 気恥かしさから思わず大声を出してしまうビスケット。

 その様子が、歳相応な雰囲気がどこか微笑ましく、雪之丞はただ一言「行ってやんな」と彼の背中を言葉で押してやった。

 そんな鉄やオイルの匂いが溢れる格納庫で、青臭いやり取りが行われていた一方で、アリーナの更衣室の一つでは、また別の意味で青臭い場面が展開されていた。

 

「………………はぁ……」

 

 口から漏れる溜息が既に何度目なのか、それすらわからない程にため息の主である一夏は気が滅入っていた。

 

「…………」

 

 今回のクラス対抗戦に置いて彼の最終成績は参加者内で二位となった。とはいえ、一学年六クラスしかないため、試合数としては三位決定戦を含め全六試合しか組まれておらず、一夏が行った試合数は、たったの三回である。

 そして、トーナメント形式での準優勝と言えば聞こえは良いかもしれないが、そこに『参加者の中で唯一の専用機持ち』という情報が追加されれば、それはすなわち『量産機に負けた専用機持ち』という事実が明らかにもなる。

 一夏自身、自分が強いなどとは思うことができていない。何故なら、同じクラスに所属するセシリアや三日月、そして違うクラスの鈴音といった専用機持ちが、自分よりも強いことを知っているからだ。

 だが、それでも専用機という大きなアドヴァンテージを持ちつつも、量産機を相手に勝つことができなかったことは一夏の中で、大きなしこりとなっていた。

 そして、それとは別にもう一つ、一夏の中には目を逸らすことのできない事実がある。

 

「――――っ」

 

 それは一回戦の試合でのことだ。

 一夏の専用機である『白式』は、主に機動力とその特殊な攻撃力に機体のリソースを大きく注ぎ込まれている。というのも、その特殊な攻撃力であり、最大の特徴でもあるワンオフアビリティー“零落白夜”がその要因となっていた。

 本来であれば試合中に相手のシールドエネルギーを削るには、一定以上のダメージを与え、ISの操縦者を守るための絶対防御を発動させるのが最も効率的と言われている。だが、零落白夜はその限りではなく、一定のダメージを与えることなく相手のシールドエネルギーを大きく削ることができるのだ。

 その試合運びによっては大きな勝因ともなる能力を持ったが故か、白式には大きな欠陥があった。それは、機体に他の武装を登録し、量子格納できないということだ。つまり、白式には零落白夜を発動させる媒体となっているブレード、雪片弐型しか武装がないということである。

 その為、一夏の戦法は近づいて斬るという、シンプル且つ無茶な戦法しかできないのである。

 

「…………怯えてたな、あの子」

 

 そして、今回のクラス対抗戦に置いて、お互いにISでの試合に不慣れということもあり、相手に接近すること自体は簡単に行うことができた。しかし、自身が手に持った武器を相手に向けた瞬間の表情を、その高性能なセンサーがしっかりと一夏の視界に映し込む。

 

 

 その試合相手の表情は、今にも泣きそうなほどに怯え切ったものであった。

 

 

 それは当たり前のことである。

 競技とは言え、ISを纏っていなければ簡単に人の命を奪うことのできる武器を向けられ、何も思わない子供がいるだろうか?

 答えは聞くまでもなく否である。

 入学前から試合の経験のある代表候補生は例外だろうが、そういった生徒は自分から進んでこういう役職には付きたがらないのが普通だ。国家に属する彼女たちは国からの要請にはできる限り応えなければならない義務があるため、学園やクラスの仕事をする可能性のあるクラス代表にはなりたがらない。

 その為、クラス代表は一夏と同じく学園に来てから本格的にISを学ぶ人物がなることが多く、そういった生徒の大半は武器を他人に向けることに慣れているはずもない。

 学年が進むにつれISを触れる機会も増え、そういった事に慣れる生徒もいるが、入学してからたった一、二ヶ月でそこまでできる生徒はそうそういなかった。

 そして、一夏の対戦相手の場合はまた別の恐怖もある。

 それは零落白夜により、“絶対防御が発動せずに攻撃を受ける”可能性があるということだ。ISと絶対防御という操縦者を守る、唯一にして絶対の保護を無効化する攻撃が怖くない筈もなく、そして、そういった力を振るっていると自覚した一夏もまた、自身が手に入れたモノの凶悪さを今回の試合を通じ、実感していた。

 

「守るための力…………でも向けられる相手にはただの凶器…………でも千冬姉は……」

 

 そして、その迷いは試合にも影響し、決勝戦では対策をしてきた相手が一夏を寄せ付けないように攻撃を繰り返し、勝敗は一夏の敗北という結果で幕を閉じた。

 グルグルと頭の中でぐちゃぐちゃになっていく思考をなんとか纏めようとしている一夏。

 しかし、その作業は唐突に途切れることになる。

 

「え?何だ?」

 

 ブレーカーが落ちるような音が響いたと同時に自身の視界が赤く染まった事に戸惑う一夏。だが、更衣室全体が赤色灯によって照らされている事に気付くのはすぐであった。

 

「避難警報?」

 

 更衣室の連絡用の電光掲示板には避難を促す言葉が流れていた。

 

 

 

 

 

 




原作を読んでいて、一般人視点で思ったことを基準に書いたので、今回の価値観とかその辺りは色々と物議を醸し出すかもしれません(滝汗)

あと数分後にもう一話あげます。


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二十一話

連続投稿です。
一つ前の話を読んだか確認をしてください。


 

 

 学園全体に避難警報が流される少し前、アリーナの内の一つでは三日月、昭弘が雪之丞の指示の元、各々の機体に乗り込み機体の機動テストを行っていた。

 

『いいか、昭弘。正直なところ、直接開発に関わっていない俺が詳しく説明できることはそんなにない。だが、そのグシオンはこれまでオメェたちが乗ってたEOSとは全くの別もんだと思え』

 

 量産型のEOSを操縦していた頃から慣れ親しんだヘッドセットから、雪之丞の嗄れた声が響いてくる。本来であれば、機体の説明をするのはビスケットの役目であったが、真耶の面会に彼が向かって間もなく、アリーナの使用許可が出た為、呼び戻すのもどうかと思った雪之丞が今回はビスケット抜きでの起動試験を行うことに決めたのだ。

 

「……確かに色々と感覚が違うが、コイツはどこまで戦える?」

 

『オメェさんが何と戦うつもりなのかは知らないが、装甲はバルバトスのデータとテイワズの技術で精製した新型のラミネート装甲だ。流石にPICを利用しているバルバトスほどの強度は無いが、一般的なISの装甲よりかは頑丈だ』

 

 昭弘が乗っている機体――――グシオンは細部がバルバトスに似ているが、大まかなフォルムは少々変わっていた。バルバトスと比べ直線が多く、生物的な姿というよりもより機械的なデザインとなっている。

 

『一応、念押ししとくぞ。一般的なEOSとの変更点は、主機出力の向上と最新式の大型バッテリーパックの内蔵で、最低でも一時間の戦闘時間の確保。それと、阿頼耶識からの情報量の増加だ。……とはいえISと違って絶対防御もPICも積んでないから空中での運用は無理だがな。センサー類も強化されたとは言っても、ISのハイパーセンサー程の感度はないぞ』

 

「……いや、十分だ」

 

 そこまで確認すると、昭弘は深呼吸してから目を閉じ、開く。

 阿頼耶識から機体に装備されているセンサー類の情報が、文字の羅列や映像として脳に送られてくる。目を閉じることで視覚を遮断し、それでも外の風景が見えることから、それができている事を確認する昭弘。

 以前よりも送られてくる情報量が多く、神経が炙られる錯覚を覚えるがそれ以外に、特に問題らしい問題もないため、昭弘は実際に機体を動かそうとし始める。

 そして、動こうとすると、偶々“それ”が見えた。

 

「……三日月?」

 

 昭弘の視界に映ったのは、少し離れた場所で機体を纏った状態で上空を見上げている三日月の姿であった。

 先程から全く動かず、どこか一点を見詰めるようにしている彼に疑問を持った昭弘は、自然と名前で呼びかける。

 

「昭弘――――少し下がって」

 

「は?何言って――――」

 

 固定されていた三日月の視線が、呼びかけによって昭弘の方に向いたと思えば、返ってきたのはそんな言葉であった。

 思わずと言ったように、間抜けな声が昭弘からもれる。

 しかし、その声が三日月の耳に届くことはなかった。

 何故ならちょうど二人の間の地点に、光の帯が着弾したのだから。

 

「――――」

 

 音が大きすぎることで、逆に何も聞こえないという体験をその日初めて昭弘は経験した。

 目の前に突如降り、広がったその光景と共に衝撃波が機体を襲う。グシオンのリアスカートに装備された大型シールドを咄嗟に展開できたのは、三日月と同じくらい戦場に立ったことで身に付いた生存本能が正しく機能したがゆえの反射的な動作であった。

 その一瞬とも、数秒とも思える光の本流が唐突に止まる。そして、自身が五体満足であるかどうかの確認よりも先に、昭弘は声を張り上げた。

 

「三日月!無事なのか!?」

 

 生憎、大きな音を聞き、強い光を直視した直後で、肉眼ではなく機体に搭載されたカメラの映像を阿頼耶識を通じることで確認した形となったが、さきほどまできれいに整備されていたアリーナは大きなクレーターが出来上がっており、三日月の姿をすぐには確認することはできなかった。

 

『昭弘、上空の敵はこっちでやるから、おやっさんとか皆の避難の方よろしく』

 

 少しずつではあるが回復し始めた耳に届いたのは、そんな依頼の言葉であった。

 その言葉を聞き、上を見上げる昭弘。ISよりも劣る光学センサーが捉えたのは、新型の装備やパーツで一新されたバルバトスが、異形のISらしき機体に突っ込む姿であった。

 同時刻、三日月たちのように急な襲撃を受けた箇所は他にもあった。

 IS学園には合計で四つのアリーナが有り、三日月たちの居たものの他に二、三年生が使用していた三つのアリーナにそれぞれ一機ずつ。そして、学園を外から抑えようとしているように展開された機体が他に三機存在していた。

 その合計で七機の襲撃機は全て同じ形をしており、両腕部がやけに大型化され、搭乗している人間が全てフルフェイスという見た目からして不気味な外見であった。

 

「生徒たちの避難を最優先。教員部隊が動かせる機体は即座に搭乗し、学園の防衛に回れ。撃墜しようなどと、変な色気は出すな。遅延戦闘を心がけろ。敵機がアリーナのシールドを抜けるだけの出力があることを忘れるな」

 

 アリーナの管制室内で、学園防衛の際にある程度の指揮を任されている千冬が連絡用のマイクに向かい、各教員に指示を出していた。

 

「織斑先生、専用機持ちと代表候補生、それと試合中の生徒はどうしますか?」

 

「専用機持ちは避難経路の確保と、誘導員と生徒の護衛。試合中の生徒も同様だ。代表候補生は大人しく避難させろ」

 

 いつも頼りにしている副担任であり、後輩とは違いどこか頼りないその教員にため息をつきそうになるが、それを飲み込み現状の把握を千冬は急いだ。今すぐにでも飛び出したい衝動を抑えるために、握った拳を更に固くしながら。

 学園がその対応に追われている一方で、独自に動いていた一団がいた。

 

「おい、アンタ!ここにいたら危ないって言われたろ!早く立てよ!」

 

「は、はい」

 

 急な襲撃に身がすくみ、蹲っていた生徒に激を飛ばし避難を促す小さな子供。そのどこかアンバランスな風景は、各アリーナの所々で見られた。

 

「見つけた奴はチビ達に誘導を任せて、最後の見回りに行くぞ!こんなところで死人をだすんじゃねーぞ!」

 

 その子供たち――――鉄華団のメンバーを指揮しているのはユージンであった。

 襲撃の際、その場にいた人間たちの中で最も機敏に反応ができたのは彼ら鉄華団の子供達である。こういった戦場に慣れている彼らは即座に何をすべきかを判断し、生徒たちの避難誘導と逃げ遅れた生徒の発見を開始した。

 そのおかげで、彼らのいたアリーナの避難は迅速に終了していた。

 

『副団長!』

 

「昭弘か?俺らは今からアリーナの避難誘導に行く。こっちの護衛に来れるか?あと三日月は――――」

 

『三日月は外の敵と戦ってる。こっちは今おやっさんを近場のシェルターに放り込んできた!』

 

 連絡用にとつけていたヘッドセットから聞きなれた声が飛び込んでくる。

 その声を聞き、二人が無事な事に安堵しつつも、ユージンは頭の中からIS学園の敷地内の地図を引っ張り出しながら言葉を吐き出す。

 

「俺らは今第二アリーナに向かってる。この前の搬入ルートからこっちに合流してくれ。くれぐれも外から来るなよ?下手に敵を引き付けるな!」

 

『了解した』

 

 その言葉を最後に通信が切れる。

 ユージンたちは、メンバーの年長者を三人ほど引き連れて移動を開始する。自分たちの寝床と比べ数倍は綺麗な廊下を走りながら、廊下の途中にある物陰や階段などで残っている生徒がいないのかをしらみつぶしに探していく。

 そして、第二アリーナ目前まで迫ったところで、ユージンはその愚痴を零した。

 

「ちっ、どうなってやがる。さっきから学園側との連絡がつかねえぞ?」

 

 ユージンたちの使用しているヘッドセットが、学園で使用されている通信機と比べ旧式であることは彼もわかっていたが、それでも襲撃から今まで学園の方から全く接触が無い事に彼は違和感を覚えた。

 

「ジャミングか?それとも学園の通信相手がもういないか?」

 

 ネガティブな言葉は幸いにも後ろを走る団員には聞こえていなかった。

 そして、とうとうアリーナの観客席の入口に到着すると、ユージンは恐る恐るアリーナ内を覗き込んだ。

 

「――――っ」

 

 そこは所々が破損し、グラウンドの中に倒れるISを纏った二人の生徒が横たわっていた。その事に息を呑むが、努めて冷静にユージンはその場を観察する。視線を動かしていくと、確かに派手に壊れているが、そこは彼らが見慣れた戦場とは違い“清潔な惨状”であるのだ。

 

「犠牲者はいないな。倒れている二人も血は流れていないし……」

 

 あえて口で発声することで、状況の整理を円滑に行おうとする。その途中で彼は気付く。観客席とグラウンドを遮る壁の一部が破損し、中に入り込めるだけの道が出来ていることに。

 逡巡は一瞬、ユージンは即座に決心する。

 

「オイ、今からあそこから入り込んであの二人の救助を――――っ!」

 

 そこまで口にして、自分の視界が先ほどよりも暗くなったことに彼は気付く。

 咄嗟に上を向くと、上空から自分たちを睥睨している二機の異形の機体がそこにいた。

 

「――――」

 

 思考が止まりそうになる。

 たった一瞬の中で次に何をすべきかを必死に頭がひねり出そうとする。

 逃げる指示?今更間に合わない。

 迎撃?攻撃手段がまずない。

 後ろの三人を庇う?自分の体がいかほどの盾になれるというのか。

 どれだけ考えても、数秒先が絶望のビジョンしか浮かばない中で、大きな音が響いた。

 

「はあああああああああああ!!」

 

 叫び声とともに、二機のうちの一機が突っ込んできたベージュの機体と被さり、そのまま観客席の一角に突っ込んでいく。

 その轟音と先に聞こえてきた昭弘の叫び声によって、停止しそうになった思考が再び動き出す。

 もう片方の機体が腕部についた砲口がこちらに向けられた事を把握した瞬間、ユージンは後ろの三人を纏めて押し倒すように後ろに跳ぶ。

 

(クソ!しくった!三人は突き飛ばして、俺は反対に行けばよかった!それでどっちかは――――)

 

 後悔の念が即座に脳裏に湧いてくる。

 そして、やけにゆっくりと流れるその瞬間、ユージンは自分たちに向けられた砲口が発光し始めるのを見つめるしかできなかった。

 

「――――」

 

 恨み言の一つでも吐きかけてやろうと口を開こうとするユージン。

 だが、その言葉が放たれる前に、ユージンの視界からその砲口も、砲口を向けていた敵も消え失せる。いや、正確には“彼の視界の外に追いやられた”のだ

 

「はぁ?」

 

 代わりに出てきた間抜けな声。

 その原因となった現象を確かめる前に、跳んだことで浮いていた四人分の体が床に着地し、反射的にユージンは目を瞑っていた。

 その為、確認できたのは、昭弘の時よりも近い場所で“機体が叩きつけられる”音と衝撃だけである。

 その音と衝撃がしてからワンテンポ遅れて、衝撃によって生まれた空気の奔流が彼らを包む。

 その際に巻き上がった砂埃や塵がすぐさま起き上がったユージンの視界を遮る。

 

『生きてる?』

 

 そんな視覚が遮られた状況の中、ヘッドセットから聞きなれた声が響いてくる。

 こんな状況の中、どこか気軽に問いかけてくるその声にユージンは先程まで感じていた緊張感を上回る、安堵感を覚えた。

 

「三日月」

 

 舞い上がった土煙が晴れていく。

 そこから現れたのは、敵を踏みつけながら先端に歪なコンテナのような物をつけた長物で相手の頭を潰しているバルバトスを纏う三日月の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 





色々と不明瞭にしている部分があったり、出演キャラを活かしきれていなかったり……あぁ、どうして原作者はあんなに新キャラばっかり出すかなぁ……

取り敢えず、次回は大暴れです。
戦闘シーンまでの道のりが長すぎます…………クオリティが落ち気味ですが、次回も頑張ります。


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二十二話

前回の投稿を改めて読み直し、ガチャガチャした文章だなと思い、今回はシンプルに書きました。おかげで少し短めです。


 

 

「セシリア!狙撃!」

 

「凰さん!直上警戒!」

 

 お互いに声を出し合い、砲門を向けてくる敵機に対し攻撃を加える二人。

 襲撃が起こってすぐに、学園側からの要請で避難者の護衛をしている二人は、アリーナに乗り込んでいない残り三機の内の一機を相手にしていた。

 二人のハイパーセンサーには、その守るべき避難者――――を最後まで誘導していた鉄華団の子供たちが物陰に隠れるようにして退避している姿が映し出されていた。

 

「アンタたち!そこで大人しくしてなさい!」

 

 鈴音の声がISの拡声機能によって子供達に届く。頷き、返答し、そして頭を引っ込める。それぞれが独特の返事をする子供達。

 それを確認した二人は改めて目の前の敵機に意識を向け直した。

 

「ねぇ、こっちのデータリンクがさっきから仕事してないのだけど、そっちは?」

 

「こちらもです。機能不全……というよりも、リンク先が見つけられずにエラーになってしまいますわ」

 

 つい数分前、ISに搭乗している生徒以外はあらかた避難所に収容できた事を知らせる連絡が来てから、その生徒たちを誘導していた鉄華団の子供たちを二人が見つけたのはほとんど偶然であった。

 避難所の入口付近を教員部隊に任せ、専用機持ちの生徒たちは逃げ遅れがいないかの確認のためにツーマンセルで偵察を行っていた。もし敵機に遭遇した場合は他の搭乗者に連絡することを義務づけた上で。

 そして、セシリアと凰が偶然見かけたのは、近場のシェルターに駆け込もうとしている鉄華団の子供達であったのだ。

 そこで、不可解なことが起きる。

 子供たちが駆け込もうとしたシェルターの入口が急に閉まったのだ。そして、タイミング悪く、その時上空から一機の機影が落ちてくる。

 あらかじめ、ツーマンセルで行動をしていた二人はそれを認識した瞬間、武装のセイフティーを外していた。

 そして、交戦を開始するも、通信は誰とも繋がらず、宇宙での活動のために機体に標準装備されている外部データリンクも途切れ救援を呼ぶことすらできないでいた。

 

「ねぇ、考えたくもないけど……私たち以外の機体にここでの戦闘が伝わっていないってことあると思う?」

 

 敵機がその歪な機体フォルムからは考えられないほどに器用に動くため、こちらからの攻撃がほとんど当たらないことに苛立ちを覚え始めた鈴音は意識を切り替える意味も含め、そんなことをセシリアに訪ねていた。

 

「ISのハイパーセンサーは元々宇宙で活動するように作られたものですわ。いくら競技用でリミッターをかけられているとはいえ、学園の敷地内であれば誰かしら気付くはずです。それでも来ないということは……」

 

「……こういう時、小利口な自分たちの頭が嫌になるわ」

 

 いくら考えてもネガティブな考えしかわかない為、セシリアも鈴音のその言葉に内心同意していた。

 

「唯一の救いといえば、アイツが回避と攻撃を同時にしてこないということね」

 

「あれだけ取り回しが悪いものですから」

 

 その二人の言葉通り、敵機はその大型の両腕部に砲門を装備しており、回避機動はその大型の腕の重量を利用するように振り回し、位置取りを円滑に行っているのである。

 逆に言えば、そうでもしなければまともな小回りができないということでもあった。

 その為、相手が攻撃を行おうとすれば、それよりも先にこちらが手を出せば、攻撃を中断し、回避機動を優先して行うため、さきほどからの拮抗状態が保たれている。

 ある意味千日手である中で、それでもこの拮抗状態が続くということは、それだけ二人の後ろにいる子供達の安全も続いているということになる。

 ならば、この状態を打破するのはどういう時か?

 

「センサーに反応?単機――――新手?!」

 

 それは外部からの介入だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――なら、今来てる敵に全部、人は乗ってないんだ」

 

――――

 

「――――此処では、殺すのはダメだから」

 

――――

 

「――――俺が壊したのは二つ、昭弘のになったのが一つ、タテナシが壊したのが一つ。じゃあ、あと三つか」

 

――――

 

「――――行こう、バルバトス……ちゃんと、新しい名前も言え?ルプス?……でも、バルバトスはバルバトスでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ソレ”はセンサーに反応があった瞬間には、高速で飛来していた。

 飛んできたソレは真っ直ぐに敵機に向かっていく。しかし、ソレがぶつかる瞬間、これまでと同じようにその大きな腕を振り回し、紙一重でソレを避ける。

 ソレは外れると、そのまま直進し、学園の土地を削りながらその勢いが止まった。

 

「「…………」」

 

 急な事に呆然とする二人。それは敵機も同じなのか、地面にめり込んだソレに自然と注目が集まっていく。

 削れた地面から巻き上がった砂埃が晴れていき、ソレは姿を現す。

 地面を削ったソレは、一本の長物であった。

 

「剣?……でもそれにしては、太い?」

 

 延べ棒を引き伸ばし、その先端にグリップを付けただけのようなそのシンプル且つ無骨なフォルムは、地面を削ったその威力を納得させるだけの力強さを見たものに印象づけさせる。

 

「三日月さん!」

 

 子供の一人が歓声のような声を上げた。

 その延べ棒のような武器――――ソードメイスに気を取られていたセシリアと鈴音はその声にハッとし、ハイパーセンサーにより拡張された視界の中でいつの間にか敵機に肉迫する三日月の姿に意識が向いた。

 

「一々、鬱陶しい」

 

 ソードメイスとは別の長物であり、歪な形のコンテナに長いグリップを取り付けたような武器を振り下ろした三日月。

 その攻撃は確かに敵機に当たったが、直前でその独特の回避機動により致命傷は避けられる。

 装甲の表面を削るだけで終わった事に苛立つような呟きを漏らした三日月は、その振り下ろした勢いのまま、慣性に身を任せ、遠心力の乗った脚部で敵機の頭上から地面に向けて蹴り抜いた。

 まさか自身の回避方法と同じ要領で攻撃してくるとは想定していなかったのか、その攻撃は驚く程綺麗に入る。

 そして、追撃する為に三日月は追加された腰部スラスターに火を入れ加速する。

 地面に三日月と敵機が真っ逆さまに落ちていく。

 恐らくは一秒も掛からずに激突する滞空時間の中で、行動を起こしたのは三日月の方であった。

 手に持っていた武器のコンテナが上下にわかれるように開く。傍から見れば恐竜の頭が口を開いたように連想させるその形は、見るものに凶悪なナニカを感じさせた。

 

「――――」

 

 展開されたコンテナが敵機を捉えた。それとともに先ほどのソードメイスと同じく、舗装された固い地面に着弾し、大きなあぜ道を作り出す二機。

 しかし、下敷きにされた敵機はボロボロであるのに対し、三日月のバルバトスは巻き上がった土煙が装甲に張り付く程度の変化しかなかった。

 

「あと二つ」

 

 身動ぎし、右肩から左腕の脇にかけて挟み込まれた体勢を何とか脱しようと藻掻く敵機に既に興味を失ったのか、三日月は明後日の方向を向きながら、そんな事を呟いた。

 その呟きと同時に、そのコンテナ――――レンチメイスのスイッチが入った。

 

「ちょっ――――」

 

 ギャリギャリと異音が響くと同時に、敵機が痙攣したように震えだす。

 コンテナ内に仕込んであったチェーンソーが起動し、挟み込んだ敵機の装甲を削り始めたのだ。火花が散り始めて、数秒もせずに何らかの液体が飛び散り始める。

 それを見てとった瞬間、それを見ていた鈴音は三日月に静止の呼びかけをしようと声をあげようとする。しかし、その前に敵機を両断する方が早かった。

 潰れるような、ひしゃげるような、千切れるようなそんな音が響く。

 勢いが着いたのか、千切れた敵機の頭部と左腕が勢いよく転がり、鈴音とセシリアの方に転がる。

 それを認識し、頭が状況を認識した瞬間、嫌悪感と吐き気が胸から込み上げる二人であった。

 

「…………ん?限界?……動けない?」

 

 少し離れたところで、どこか呑気な三日月の言葉が二人の耳に入り込む。

 たった今、人一人の命を奪っておいてその言い草はなんだと、嫌悪感以上の怒気が込み上げて来たのか、鈴音は怒鳴ってやろうと顔を上げる。

 

「っ――――……これって?」

 

 そこで彼女は気付く。

 敵機のISの操縦者の切断された断面から流れているのが血ではなく、赤黒いオイルであり、その切断面には生物的なものなど見られず、機械的な部品しか入っていないことに。

 

「…………無人機?」

 

 彼女の中で常識であったISは有人でないと動かないという考えが覆された瞬間であり、それに気付かずに的外れな怒りを三日月に向けていた事に恥じ入る鈴音であった。

 

 

 

 

 





ということで、バルバトスルプスの初陣は試験運転前ということもあり、強制終了です。

次回は残りの敵がどうなったのかという部分と、事後処理になると思います。


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二十三話

投稿遅くなってすいませんでした。

ちょっと、スランプ気味になってしまいまして……
一応脱したとは思いますが、これからも読んで下さればと思います。


 

 

 三日月がバルバトスを動作不良に陥れている頃、IS学園の敷地内を走る一人の――――正確には人を一人担いだ男、ビスケットが走っていた。

 

「ビスケット君!私は大丈夫ですから、貴方はクッキーちゃんとクラッカちゃんのところへ――――」

 

「嫌です!」

 

 胴体を肩に担ぐようにして運ばれている女性、真耶は担がれたことでビスケットの背中側に頭から大きな声でビスケットに呼びかける。

 しかし、彼はその提案を彼女に負けないくらいの大きな声で断る。

 

「医療施設のシェルターは既にいっぱい。だから、他の近くのシェルターに貴女を連れて行くまでは、二人を探しには行けません!」

 

 二人が何故、真耶が入院していた医療施設の避難場所を利用しなかったのかというと、クラス対抗戦によってそこを利用する生徒が多く、元来そこまで大規模な施設でもなかったために、収容できる人数がすぐさま上限に達してしまったためだ。

 生徒やほかの患者、それを診る医者などに施設の利用を譲り、真耶は他のシェルターに行くことを自ら申し出る。そして、それに便乗するようにお見舞いに来ていたビスケットも彼女に同行したのであった。

 

「どうして?!貴方にとって一番大切なのは、残された二人の家族と言っていたじゃないですか!」

 

「――――確かにっ、ばあちゃんも兄さんも死んで!僕に残された家族はあの二人だけでした!」

 

 走りながらビスケットは叫ぶ。学園に来る前、元いた基地にたどり着く前の事を思い出しながら。

 

「戦争で、孤児になって。二人の為に吹き溜まりのようなところで戦って、必死に二人を守ってきました!」

 

「なら!」

 

「その二人が笑ったんです!」

 

 遮るように喋る。

 今この時、ビスケットは鉄華団でも、兵士でもなく、ただ一人の兄として、ただの男として、胸の内を叫ぶ。

 

「あの基地で!暗い顔しかできなくて!それでも僕らに気を使って泣きそうに笑っていたあの二人が!本当に嬉しそうに毎日笑っていたんです!」

 

 ビスケットはそれを自分ができなかったことが悔しくもあり、安心もしていた。

 人殺しの一端を担っていた自分が居なくても、二人の妹が笑うことができることを。

 

「それをしてくれたのは、貴女です!山田真耶という人が二人を本当の意味で救ってくれたんです!そんな貴女を僕は絶対に一人にしません!」

 

「――――――」

 

 三日月たちが学園に来てから――――彼らと関わってから涙することの多かった真耶は再びその頬を濡らす。

 しかし、その涙はこれまでと違い、熱く、心地よいものであった。

 走るビスケットのジャケットの背中の部分を握る。そうでもしていないと、大きな声で泣き声を上げてしまいそうになってしまうから。

 

「あった!」

 

 いつの間にか、かなりの距離を移動していたのか、ビスケットの視界にシェルターの入口が映り込む。

 そして、それにより胸に込み上げてくる安堵感が一瞬の隙を生み出した。

 

「伏せて!」

 

「え?」

 

 先にそれに気付いたのは担がれている真耶であった。

 二人と入口の間に大きな瓦礫が落ちてくる。

 人間大の大きさであるその瓦礫は、地面と衝突した際に小さな破片を周囲に撒き散らす。脳が理解するよりも先に、真耶に被さるようにして蹲ったビスケットにその破片が降り注ぐ。

 

「ぐぅっ――――――」

 

 ジャケット越しとはいえ、中には拳大の破片もあったため、無視しきれない痛みがビスケットの背中を襲う。

 その痛みを堪えること数秒。ゆっくりと顔を上げると、降ってきた瓦礫を背に誰かが立っていた。

 

「?」

 

 見たことのないISのような機体。それが学園を襲撃している敵機の内の一機であると理解するのに、一秒も時間を要することはない。

 その敵機が動きを見せようとした瞬間、ビスケットはすぐさま動くことができなかった。

 何故なら、下手に動いてしまえば下にいる真耶に当たってしまうという懸念が生まれてしまったのだから。

 

「――――」

 

 咄嗟に目を瞑り、先ほどと同じく真耶に被さるようにして衝撃に備える、ビスケット。

 しかし、衝撃が彼の身体を貫くことはなく、彼の耳には聞きなれた澄んだ声が届く。

 

「お見事。男の株を上げるには十分な働きと啖呵だったわ」

 

 ビスケットはその瞬間を見ていなかった。

 動き出そうとした敵機を中心に、“線”が幾重も走る。たった数瞬でそれは終わってしまうのだが、それで十二分であった。

 線が走った部分に沿うように、敵機の体がずれ始めたのだ。

 重ねた積み木が崩れていくように、敵機が残骸に成り果てる。

 顔を上げた時点で、その姿しか見ることのできなかったビスケットはいきなりそうなった敵機に目をパチクリとさせた。

 

「お二人とも、怪我はあるかしら?」

 

 真耶の身体を起こしていたビスケットの背後から再び澄んだ声が届いてくる。

 そちらに目を向けると、そこには他のISと比べ特徴的な水のヴェールを纏い、薄く華奢な見た目の機体、ミステリアス・レイディを纏う楯無の姿があった。

 

「更識さん?」

 

「はいはーい。みんなの頼れる楯無さんですよ」

 

 呆然とするビスケットの言葉に対し、軽い言葉を返す楯無の表情はいつもどおりの笑顔であるが、それが逆に頼もしさを見る人に与えた。

 

「うーん……お姉さん的には、今の二人に水を差すのは申し訳ないとは思うのだけど、早目にシェルターの方に移動してね」

 

 彼女に言われ、ビスケットは抱き起こした真耶を片腕で支え、空いた方の手はいつの間にか彼女の手を握っていることに気付く。

 お互いに無意識に握り合っていたことに気付くと、気恥かしさから視線を逸らすが、その手を離すことはしなかった。

 

「あ、えっと、真耶さんはいいですけど、僕は妹たちを――――」

 

「クッキーちゃんとクラッカちゃんの二人なら、生徒会の虚ちゃんが既に保護しているから大丈夫。怪我一つなく、シェルターに居るわ」

 

 その彼女の言葉に安堵の息を吐くビスケット。その彼の表情に、真耶もその表情を緩めた。

 

(もう結婚すればいいんじゃないかしら?)

 

 内心でそんなことを思いながら、楯無は残骸とかした敵機の方に向かう。

 バラバラになった鉄屑を退けていくと、ソレは薄ぼんやりとした光を放ちながら姿を見せる。

 

「コアを直接見るのは流石に初めてかしら?」

 

 資料写真や映像では幾度も見たむき出しのISコアを回収しつつ、今度は自身でバラした敵機の装甲を確認する楯無。

 その綺麗すぎる切断面を見てから、ため息をひとつ吐いた。

 

(威力が高すぎるわね、これじゃあ。ここに来るまでに三日月くんから敵機が無人機と聞いてなきゃ、“スライサー”を使おうとも思わなかったし…………対人相手、というよりも試合用には改良は必須かな?)

 

 楯無が敵のISを無力化したのは言葉にすれば簡単な方法であった。

 それは彼女のIS、ミステリアス・レイディの特徴であるアクア・ナノマシンによる水流操作で、ムチ状に精製したウォーターカッターで切った。ただそれだけである。

 先の三日月との試合以降、自身の未熟を痛感した彼女が新しく考え出したアクア・ナノマシンの運用方法の一つがこの、仮称『スライサー』であった。

 

(ままならないなぁ…………さて、残る敵は三日月くんが言うにはあと一機)

 

 念のため、シェルターに真耶とビスケットを送り届けてから、楯無は思考を働かせ始める。そして、襲撃が起こってから三日月から聞いた情報や、自身が対処した二機のことなどを思い出していく。

 

「………………――――――~~っ」

 

 そんな中、あるフレーズを思い出し、自然と自分の口元が緩んでいることに気付き、彼女は珍しく気恥かしさを覚える。

 それは三日月から敵機の情報を聞いたとき、不意に彼が言った言葉である。

 

「頼んだ、タテナシ」

 

 自身が動けないことから、後は任せると言った風に三日月がそう言ったのだ。

 例の誘拐事件の事情説明等を三日月に行ったのは楯無であったのだが、その際に余計な情報は言わず、要点だけ噛み砕いて説明した。それが事のほか三日月には分かりやすかったらしく、それ以降三日月は彼女を「下手な人」とは言わなくなった。

 そして、その説明以降二人はあまり顔を合わせなかった為、彼女は不意打ち気味に三日月から初めて名前を呼ばれ、頼られるということまでされたということだ。

 

(…………やだ、私、調教されてない?)

 

 それが少なからず嬉しかったと感じるあたり、彼女はある意味既に手遅れである。

 

「って、あら?」

 

 横道にそれつつあった思考が、視界に投影されている機体ステータス情報のある部分を見ることによって軌道修正される。

 それは先程まで不良状態であった通信機能である。

 

「急に回復した……というよりも、アレを破壊したからかしら?」

 

 楯無の視線が破壊した敵機に戻される。

 流石に今この場所で、それを解析することはできないためそれ以上のことはできなかったが、人為的に起こされていたジャミングが敵機を減らした事により解消されたことは、状況証拠としては弱いがその原因を、敵であるISが積んでいると考えるには十分なものであった。

 

「なら、マッピングとマーカーの機能も」

 

 視界に投影されている情報を増やす。

 そこには学園の俯瞰図と、その中を動くISのアイコンが映し出されていた。その中で移動のために動いているものや、護衛のために動いていないものを意識的に除外していき、今現在敵機と遭遇、若しくは交戦しているであろうものを絞り込んでいく。

 

「ビンゴ…………でもコレって?」

 

 楯無の視界に残ったマーカーは四つ。

 その内の一つは学園保有のラファール・リヴァイヴ。そしてもう一つが今現在学園内でも世界的にも有名になった白式。残り二つは所属不明と表示される。

 それを見たとき、最初は三日月の情報を疑った楯無であったが、そのマーカーの移動の仕方から、所属不明の二機の内の一機が白式側に協力しているように窺えたのだ。

 

「…………直接、確かめた方が早いか」

 

 疑念の思考が生まれ、考えることに集中しそうになった彼女は、切り替えるようにそう呟いた。

 

 

 





次回くらいで今回の襲撃は終了です。取り敢えず戦闘面は。


……たっちゃんがハッシュポジになる可能性がワンチャン?


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二十四話

やっと更新できました。

アルバイトが忙しく、コツコツ書いていたのですがアラが結構あるかもしれません。
あと、切りどころがわからなかったので今回少し長めです。


 

 織斑一夏は緊張していた。

 人生で初――――――というわけではないが、映画や小説にあるようなドンパチというものを体験しているからだ。

 更衣室で落ち込んでいた時から、非常召集により専用機持ちの一人として赴き、学園側の指示により二人一組のペアとなって逃げ遅れた生徒の確認や警戒のために白式を纏い、そして周囲を警戒しながら移動するまでトントン拍子に展開が進む。

 それを必死に自身を落ち着かせようとする思考が、漫画みたいな展開だと何処か呑気な事を考えるのは緊張云々以前に急な展開に思考がついて行っていないことを彼は自覚していた。

 

「あ、あの……」

 

「少し黙っていてくれるかしら?今はちょっと貴方に構っている余裕はないの」

 

 ペアとなっているラファール・リヴァイヴの操縦者――――ナターシャ・ファイルスは一夏の遠慮がちな言葉を容赦も余裕もない声音で切って捨てた。

 今日が間違いなく初対面の彼女のその言葉に、一夏は面食らうと同時に緊張以外のピリピリとした空気をその時やっと感じることができた。

 

(これって……怒気?)

 

 そう一夏が感じたとおり、ナターシャは怒っていた。

 彼女は元々、昭弘たち鉄華団の子供たちの保護者役兼護衛役として来ていた。しかし、今この瞬間は、成り行きとはいえ隣にいる世界初の男性操縦者のお守りをしなければならない事に少なからず苛立っているのだ。

 そもそも何故彼女が一夏のお守りをしているのかといえば、召集に応じた操縦者の中で最も技量に秀でている人物が彼女であったためである。

 千冬は総指揮をしなければならないため、ISに乗っての直接戦闘はできず、国家代表である彼女と同格の楯無は一生徒である一夏だけを守るわけにはいかず、そうした理由から自然と白羽の矢が彼女にたったのだ。

 

(緊急時に世界初の男性操縦者を守り抜いた功労者……そんな名声なんてドブにでも捨てればいい)

 

 今回の騒動において、一夏を守り抜いたとあれば彼女の祖国からはもちろん、各国からの評価は高いものとなる。しかし、彼女はそんなものを望んではいなかった。

 

(その程度のモノを欲しがる人間にでも見られているのかしら?屈辱ね)

 

 考え始めればどんどんネガティブな思考になってしまっているあたり、彼女は相当不機嫌になっていた。その彼女の機微をすぐ近くで受けている一夏には溜まったものではなかったが。

 

「――――戦闘音?」

 

 そんな中、ISの集音マイクがある音を拾う。

 ハイパーセンサーによって遠距離でもある程度クリアに聞こえるその音と、“一緒に聞こえてくるある声”を認識した瞬間、ナターシャは機体のスラスターに火を入れていた。

 

「アキヒロ!」

 

 その声とは、彼女が守るべき人間の苦悶の声であった。

 時間は少し遡り、三日月と昭弘が襲われかけていたユージン達を助けた後、敵の無人機と一緒にアリーナの一角に突っ込んだ昭弘は、その意識を飛ばしていた。

 

「昭弘、生きて…………これ」

 

 襲ってきていた二機の内の一機を文字通り潰した三日月は、昭弘の様子を確認するために、壊れたアリーナの一角に踏み込んでくる。

 そして、肉声で声を掛けようとするが、そのセリフは途中で途切れた。

 バルバトスのセンサーが、昭弘が先程まで身に纏っていた機体であるグシオンとは細部の違う機体を映し出す。

 しかし、その機体を纏っているのは気を失ってはいるが、確かに昭弘なのだ。

 

「……お前と同じなの?これ?」

 

 思ったことをそのまま口にする三日月。その返答をバルバトスから受け取ったのか、数拍の間を置いてから、納得したように頷くと、三日月は踵を返すように、昭弘に背中を向けた。

 

「……このままで良いのかって?今は敵を潰す方が先でしょ?」

 

 それだけを言い残し、三日月はバルバトスのスラスターに火を入れ飛び去った。

 それから数分後、ある程度遠くから時々聞こえる小さな破砕音が響いてくる中、昭弘が目を覚ます。

 

「――――――いっつ……何が?…………そうだ、副団長!」

 

 一瞬の記憶の混乱。しかし、ぼんやりしていた意識は即座に鮮明になる。

 敵に体当たりしたとか、自機であるグシオンがどうなっているのかなど、思考がはっきりするにつれ、思い出すことや思うことが色々と頭に溢れてくるが、そんなことはどうでもよかった。

 あの時、庇ったはずの四人――――鉄華団という新しい家族がどうなったのかが不鮮明な事が、昭弘の心を焦燥させた。

 

「すぐに――――っ!?」

 

 状況を確認しようと、機体を起こす。しかし、それと同時に昭弘の身体に倦怠感が、そして頭には頭痛が襲ってくる。その突然の不快な感覚に何事かと確認する前に、それは来た。

 

「――――」

 

 体感で数分前に目視した光の帯が昭弘の近くに打ち込まれる。

 二度目であったことは大きく、一度目とは違い足を止めることはなく、昭弘は即座に重たく感じる機体と身体を動かし、その場を離れた。

 皮肉にも、機体と体調の不調が、彼の危機感を殊更煽り、それが生存のための行動に移すだけの起爆剤となっていた。

 

「……ぇか」

 

 “先ほどよりも広く、鮮明になっている視界”が捉えたのはこの数分間で幾度も見た、奇怪な敵機。砲撃を終えたその機体は、何故か有利であるはずの上空から降りてくると、その半壊しているアリーナの地面に足をつけた。

 それを見た瞬間、昭弘の思考は闘争の思考に切り替わる。

 

「お前かあ!」

 

 咆哮が響く。

 猛る思考はそのままに、昭弘は敵機に突っ込んでいく。敵機との距離が詰まっていく中、元アリーナである何かの残骸を昭弘は引っ掴む。

 それが元々何であったとか、自身の機体がそれを持ち上げることができるのかとか、そういった思考は綺麗になく、その“元来のグシオンでは持ち上げることができないほどの質量”の鉄屑を昭弘は敵機に振り下ろした。

 それが何であれ、自分たち――――『家族』に手を出した敵を叩き潰せるのであれば何でも良かった、とは後の昭弘自身の言葉である。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 小規模なクレーターを作ると、昭弘は未だに感じる倦怠感と頭痛、そしていつの間にか流れ始めている鼻血もあり、その場に膝をつく。

 以前であれば、今日くらいの運動量で息が上がることもないと自己分析をしながら、必死に呼吸を整えようとする昭弘。しかし、これまでであれば当たり前のようにしていた命のやり取りであっても、それが誰かを守るための戦いであれば、緊張や感情の制御などで捨て身の戦い以上に消耗することを知らない彼は、身をもってそれを体験していた。

 

「ハァ……ァ……――――」

 

 なんとか呼吸を落ち着け、ユージンたちの安否を確認しようと再び身体に力を入れようとする昭弘。

 しかし、それを見計らっていたように、昭弘は機体ごと吹き飛ばされ、アリーナの地面を転がされる。

 転がされながらも、なんとか姿勢をすぐに起き上がれるようにしつつ、視界に映り込む自身を吹き飛ばした相手を確かめると、そこにはその特徴的で奇怪な大きな拳を振り抜いた姿の敵機が無傷の状態で立っていた。

 

「何か武器はないのか?!」

 

 敵機が健在なのを確認すると、いくらか冷静になった頭が攻撃を回避された事を認識すると同時に状況対応のために働き始める。

 しかし、先ほどと同じく何かの残骸や鉄骨などはある程度アリーナ内に転がっているが、どれも取り回しがいいとは言えず、例えそれで攻撃したとしても再び避けられてしまうことは容易に想像がつく。

 しかし打開策がすぐに浮かぶはずもなく、その間に敵機に接近を許してしまう。既に拳を振りかぶっている敵機に対し、昭弘が取った選択肢は回避。

 しかし――――

 

「――――なに?っ!」

 

 重く感じる身体に気合を入れて動かそうとすると、彼の思った以上に機体が動く。

 その結果、彼の想定以上に機体が移動し、アリーナの残骸の一つに突っ込みそうになる。反射的に足を踏ん張ることで衝突を凌ぐ昭弘。しかし、それは一対一の戦いの中、しかも近接戦闘をしている最中には致命的な隙になる。

 

「ごっ?!」

 

 口から変な声が漏れる。

 殴打された昭弘は再度地面を転がる羽目になった。

 そもそも何故、いきなりグシオンの動きが昭弘の想定を裏切ったのか。それは今尚彼自身把握していない機体のポテンシャルにあった。

 彼の機体、グシオンは元々EOSをISにより近づけるために造られた機体だ。それを昭弘は慣らしもせずに操作し、剰え三日月のバルバトスと同じく、“敵機であったISを偶発的に取り込んだ状態”になっている。

 それらの要因により、自身が扱ったことのないほどに上がった機体ポテンシャルに、昭弘は振り回されているのだ。

 最初に昭弘が残骸を使った攻撃が想定通りにできたのは、その残骸自体が重りになることによって、その操縦感覚が本人にとって丁度よく調節されていたからであるのだが、これは余談である。

 

「げほっ」

 

 殴打された衝撃が肺の中の空気を無理矢理押し出し、吐き出される。

 止まることのない鼻血による出血と、二度の殴打により身体を貫く衝撃、そして引くことのない頭痛により、昭弘の意識は一瞬遠くなる。

 

「アキヒロ!!」

 

 その落ちそうになる意識を引き止めたのは、ここ最近よく聞く自身の保護者――――ナターシャの声と聞き慣れた銃撃の音であった。

 鉛玉の雨が、敵機に降り注ぐ。

 しかし、その大きな異形の腕を振り回す、独特な回避機動でその奇襲は当たりはするものの致命傷にはなり得なかった。

 

「アキヒロ!無事っ!?…………邪魔をするな!」

 

 即座に昭弘の方に近付こうとするナターシャであったが、丁度二人の間に敵機が割って入ってくる。そのイラつきを隠しもせずにナターシャは叫びを上げ、格納領域にある近接用のブレードを取り出す。

 そして、それに応えるかのように敵機はナターシャとの距離を詰め始める。

 拳と刃が異音を響かせた。

 

「ぐっ、……くそ、なんで……」

 

 思った通りに動かない機体に焦燥感と危機感が募り始める。

 しかし、いくら焦ったところで事態の改善には繋がるはずもなく、昭弘は機体を立て直すのに精一杯であった。

 立ち上がると、開けた視界にナターシャのラファール・リヴァイヴと敵機、そして後から追いついてきたであろう白式を纏う一夏の三機が戦闘しているのが映り込む。

 今すぐに加勢したい衝動に駆られるが、行ったところで足でまといになることを自覚している昭弘は苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。

 

『昭弘、聞こえる?』

 

 そんな中、自身が付けているヘッドセットから聞き慣れた声が響いてきた。

 

「三日月?」

 

 その声の主が分かると、反射的に昭弘は通信相手を探すように辺りを見回す。すると、アリーナの観客席の屋根の部分に人影が見えた。

 その屋根の淵にいるのは、昭弘と同じヘッドセットをつけた三日月と、彼の両脇に腕を通し、背中から抱き上げるようにしているミステリアス・レイディを纏った楯無であった。

 

『動ける?』

 

「いや、思ったように機体が動かねぇ……一体何だってんだ、これは」

 

 三日月の問いかけに対して、ほとんど愚痴に近い返答をする昭弘。普段が寡黙な分、そのやり取りだけで彼がどれだけ焦っているのかが窺える。

 

『あぁ、今の昭弘のEOSはバルバトスと同じになってるから』

 

「……はぁ?」

 

 いきなりの三日月の言葉に昭弘は間抜けな返答しかできなかった。

 

『だから、多分、敵の一機と昭弘の機体が混ざっちゃってる』

 

「ど、どういうことだ?」

 

『さぁ?俺もどうしてそうなったのかは知らない。だけど、それの動かし方なら……戦い方なら分かる』

 

 三日月がそう言った直後、ヘッドセットから楯無の『逃げなさい!』や『やめなさい!』などという言葉が微かに聞こえてくるようになる。しかし、昭弘にとっては未だに知り合ってすらいない人間の言葉に従うよりも、目の前で戦ってくれている恩人を助ける手段を教えてもらうことのほうが重要であった。

 

「どうすればいい」

 

『何も考えなくていい』

 

「…………はあ?!」

 

 あんまりな言葉に、困惑という感情がそのまま叫びとなって口から出てくる。それは後ろで聞いていた楯無も同じであったのか、再びヘッドセットから彼にとっては聞き慣れない声が届いた。

 

『余計なことは考えずに、どう動きたいか。自分が何をしたいかを阿頼耶識を意識しながら想えばいい。細かいことは機体が勝手にやってくれる』

 

「……そんなんでいいのか?」

 

『今までもあまり頭を使って操作なんてしてなかったでしょ?考えるのはオルガやビスケットの仕事で、俺たちはただ敵を潰せばいい。それだけじゃん』

 

「あぁ……――――そういうことか」

 

 三日月の言葉がすとんと身体の底に落ちてくる錯覚を覚える。

 それまで、EOSを動かしていたとき、機体がどう動いて、どういう機構になっているのかなど、深く理解してなどいなかったと思い出す昭弘。

 

「……そう言えば、バルバトスはどうしたんだ?三日月?」

 

『ん?暴れたら、動かなくなった』

 

「お前……」

 

 昭弘は気の抜けるような言葉に呆れた。しかし、逆にそれは強張っていた身体と意識を解す。

 いつの間にか、鼻血は止まっていた。

 

「三日月」

 

『?』

 

「助かった」

 

 返答は聞かずに機体の生きているスラスターに火を入れ、突撃する。確認はしなかったが、褒められても無表情の三日月が昭弘の脳裏に浮かんだ。

 

「はああああ!」

 

「昭弘?!どうして――――」

 

 ナターシャの言葉に反応は返さず、グシオンの拳を敵機に向けて振りかぶる。

 これまでのパターンと違い、敵機はその攻撃に対して迎撃を選んだ。

 それはグシオンがほとんど丸腰であり、一般的なISと同じマニュピレーターのただの殴打などが危険度の高い攻撃とは判断されなかったからだ。

 それは無人機ではなく、有人機であったとしてもほとんど同じように判断される。手負いの操縦者が捨て鉢になった程度の認識しかされないだろう。

 だからこそ、昭弘には付け入る隙があった。

 

「え?」

 

「嘘?」

 

 それを間近で見ていた二人は驚きの声を無意識に呟いていた。

 二人の目に映りこんだのは、相手の迎撃の拳をバックパックにある二本の副腕によって凌ぎ、そのままの勢いで敵機の片足に取り付いた昭弘の姿であった。

 文字にすると簡単な事実であるが、それを行うのにどれだけの技量と度胸が必要になるのかをその場にいる人間は少なくとも理解していた。

 凌ぐというのは力任せにできるものではない。強すぎれば相手を押しのけてしまい、逆に弱すぎればそのまま自分が凌ぎきれず吹き飛ばされて終わりだ。

 絶妙な力加減で、尚且つ機体の加速を損なうことなく、そして機体に負担を掛けずにそこまでの事をしてしまえるのは、高度な操縦技術がなければできることではない。

 そもそもその際に使ったのは、昭弘本人の腕が通っている主腕ではなく、思考制御で動かす副腕なのだ。感覚的な加減ではなく思考制御での加減という難題を信じられないことに、土壇場で昭弘はやり遂げたのだ。

 そして、そこから行ったのは、EOSを使用していた頃からよく行っていた経験に基づく行動であった。

 

「はああああああ!」

 

 抱きつくような格好のまま両腕に力を加え、相手の膝関節に横から圧力を加える。

 同じ箇所ではなく、少しだけ上下がズレている横方向からの圧力は、驚く程呆気ない音と共に敵機の足をへし折った。

 

「「――――は?」」

 

 その呆気なさに思わず間抜けな声が、昭弘の近くから聞こえる。しかし、EOSと同じくパワードスーツ類の関節が横方向からの圧迫に弱いことを知っていた昭弘は、その当たり前の結果が起こると同時に叫んでいた。

 

「今だ!」

 

 その一言ですぐに正気に戻ったナターシャは、即座に格納領域内にあるガンブレードを展開し、突っ込む。

 

「っ!」

 

 量産機故に、愛機ほどの加速力を得られない瞬時加速にイラつくが、そのガンブレードの切っ先は敵機の胸に吸い込まれ、貫通した刃と銃口が抉りこまれたのを視認した瞬間、その引き金を引くナターシャ。

 先ほどの足がへし折れた時よりも大きな轟音が数秒続く。

 その音が止んだとき、残ったのは胸部に大きな穴ができた敵機のスクラップという結果であった。

 

「アキヒロ!」

 

 敵機がゆっくりと仰向けに倒れていく。そんな中、倒れ始めた敵機を確認した瞬間、ナターシャは自身が突撃した際に入れ替わるようにその場を離れていた昭弘の方に向かっていた。

 そのある意味ですんなりと終わった戦闘の光景に、一夏は少し離れた位置から安堵の息を吐きながら見ていた。

 

「…………何もできなかった…………――――っ!」

 

 自然と漏れた自身の呟きに、不謹慎だと気付き自身の頬を殴ろうとする一夏であったが、その行動は中止せざるを得なかった。

 

「――――まだっ」

 

 倒れているが、微かに動いている砲台を積んだ腕。その筒の先には、三日月を抱えた楯無の姿があった。

 それに気付いた瞬間、状況把握を正確にできていたのは、皮肉にも一番経験が少ないゆえに、ある程度付かず離れずの距離に居るしかできなかった一夏だけであった。

 

(突っ込む?白式には盾がない。水色のISは?防ぐ。防げる?砲撃はアリーナのシールドも破ってる――――――)

 

 考えが纏まらないうちに、次から次へと様々な要素が頭の中に溢れてくる。

 極限まで集中しているためか、彼の視界はゆっくりとだが着実に進行していく。

 

(――――――――)

 

 気付けば、膝を曲げ、今日の試合のために貴重なISの使用期間中に必死に練習したマニューバーの体勢を取っていた。

 

(使うべき時に、力を怖がって動かないのは――――――)

 

 手に持った雪片弐型の柄を握り締める。

 トーナメントの後にうじうじと悩み、先程まで当人すら恐怖を感じていたその“力の重さ”が今は逆に頼もしい。

 

「ただの臆病者だろうが!」

 

 機体が空気を叩く。

 瞬時加速により、機体は押し出され、しかし、自身が想定した箇所にはキッチリと止まるようにブレーキを掛ける。

 

「――――――」

 

 敵機と三日月たちの間に立つと、改めて向き直る一夏。

 姿勢は既に素振りで何度も行った正眼の構えを取る。

 敵機の砲撃は既に始まっており、既にその光は迫っていた。

 自身にできる最速の動き。入学してから既に何百、何千と繰り返したその素振りのおかげで入学前まで綺麗であった手の平も今は豆も潰れお世辞にも綺麗とは言い難い。だが、それだけしたからこそ、彼は確信する。

 間に合う、と。

 振り上げ、振り下ろす。

 ただそれだけの動作で、展開された雪片弐型から伸びる青い刀身が迫った敵の砲撃の光と対消滅していく。

 

「――――――……はぁ」

 

 たった数秒間の対峙。それだけで、残りのシールドエネルギーを全て使い切ったのか、白式は解除され、男性専用のISスーツ姿となった一夏はその荒れているアリーナの地面に尻餅をついた。

 

「あぁ~~……切れなかったか……でも届いた」

 

 そんな締まらないセリフを最後に、その日の襲撃事件は幕を引いた。

 

 

 

 




今回の昭弘流関節技は元ネタがあります。
あまりパッとしない戦闘になったかもですが、ダラダラと長引かせるのもアレでしたのでスパッと終わらせました。
昭弘の活躍はタッグトーナメントあたりからです。

一夏の扱いですが、今回は最後に上澄みを持っていった感がすごいですが、一応努力が少しだけ報われる形にしました。
色々と賛否両論ある感じですが、これからもよろしくお願いします。m(_ _)m

……襲撃時の箒?普通に大人しく避難していますよ?


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二十五話

お久しぶりです。
しばらく投稿が空いてしまいました。
リアルの方が忙しく、そこそこ書き直しもしていたので、あまり文章量も多くありませんが、ある意味でクラス対抗戦(無人機襲撃編)のエピローグにあたります。


 

 

 数時間前まで轟音を響かせていたその場所は、見た目こそ荒れ果て、残骸が賑やかに自己主張をしているが、今はただ耳が痛いほどの静けさに満ちていた。

 だから、その足音はひどく大きく聞こえるが、生憎とそれを聞いているのはその足音を響かせる当人だけであった。

 

「……」

 

 足音の主――――千冬は大きく拡張された観客席の入口から、アリーナ内に入るとそのまま競技用グラウンドに足を踏み入れた。

 戦闘の被害で観客席からグラウンドまで物理的な道ができていたため、彼女の靴がパンプスであってもそれほど苦労することもなく足を踏み入れることができる。

 もっとも、例えハイヒールであろうと彼女であれば、苦もなく獣道ぐらいは歩けるかもしれないが。

 

「…………」

 

 グラウンド内に散乱するアリーナの残骸。それは観客席の一部であったり、アリーナの屋根の一部であったりと様々であるが、唯一敵機である無人機の残骸だけはなかった。

 敵機がISコアを搭載した無人機であることは既に学園側も把握している。その為、襲撃からまもなく、世界を動かしかねないその存在を即座に学園の地下施設に収容したのは当然の措置であった。

 千冬はグルリと辺りを見回し、その惨状とも言える光景を一瞥する。

 幸いにも今回の襲撃により怪我人こそ出たものの、死人は一人も出ることはなかった。不幸中の幸い、と言うには怪我人に対して失礼であるが、その事実だけは彼女も安心できた情報の筆頭であった。

 

「――――――っ」

 

 その惨状を見ることで脳裏を巡る今回の襲撃事件の顛末。それを思い出した瞬間、千冬は自身の拳を手近な残骸の一つに叩きつけていた。

 

『――――よくやった。学園を襲撃者から守ってくれた事に礼を言う』

 

 自身が発した言葉。

 襲撃後、即席の医療区画で纏めて治療されていた三日月たち鉄華団に言ってしまった事実。それが千冬の感情をささくれ立たせる。

 

「っ」

 

 拳を受け止めた残骸が崩れる。

 硬い物体同士がぶつかりながら落ちていく。それと共に拳の表面が浅く切れたのか、千冬の手の甲から赤い液体が滴った。

 

「――――――」

 

 三日月たちには『大人』として、言わなければならない言葉が他にあった。

 それは謝罪と叱責だ。自己防衛のためとはいえ、自ら率先して戦闘の渦中に行ったことは本来であれば諫めなければならないことだ。

 しかし、結果的に彼らの協力があったからこそ、学園の生徒たちは迅速に避難することができ、そして襲撃してきた無人機の半数以上を撃墜したのもまた三日月たちなのだ。

 それらの結果と、千冬の『学園の教師』としての立場が彼らに感謝の言葉のみを送ることになってしまった。何故なら、彼女にとっては鉄華団のメンバーはVIPではあるが、最も優先しなければならない生徒たちには含まれなかったのだから。

 

「情けないっ…………」

 

 子供でありながら、既に鉄華団という社会組織の一団に所属する彼らを生徒よりも優先して保護してしまえば、これから先有事の際は生徒よりも優先しなければならない人間が増えてしまう。そうなってしまえば、彼女は自身もその立場も許すことはできない存在に墜ちる。

 身を切るような言葉が彼女の喉から漏れた。それと同時に先ほどとは違う残骸に拳を叩きつける。

 今度はその残骸が崩れることはなかった。

 

「誰かと思えば織斑の嬢ちゃんか」

 

 軽い痛みによって冷えた頭が、そのかけられた言葉に沸騰しそうになる。

 先ほどの子供じみた八つ当たりを見られた事に対する羞恥が彼女の心に去来した。

 

「……雪之丞さん」

 

 内心を見透かされないようにするために、努めて冷静な振りをしつつ、声のした方に振り向くとそこには額に湿布を貼った雪之丞の姿があった。

 

「その怪我は……」

 

「ん?あぁ、これは昭弘のやつに文字通り放り込まれた時にちょっとな」

 

 言われて初めて気付いたように、雪之丞は額の湿布を撫でながらそんな言葉を吐き出した。

 しかし、千冬にとっては、その怪我も自分の至らなさが原因ではないのかと思ってしまう。それを知ってか知らずか、雪之丞は口を開く。

 

「警戒態勢やら、身体検査やらも終わって、いざウチの機体を整備しようと思ってな。そうしたら、三日月のバルバトスも昭弘のグシオンも一から調整をしなきゃならんほどになっててな。しかも、グシオンの方に至っては調整どころか機体整備も一からだ」

 

 雪之丞の言葉に千冬は報告書に書かれていた無視しきれない項目を思い出す。

 それは昭弘・アルトランドの搭乗していたグシオンが襲撃してきた無人ISの一機と融合を果たし、その機体特性がバルバトスと近いものに変質したという事実である。

 これには学園側も未だに対応を決め兼ねており、学園内で処理すべきか、それとも鉄華団との意見交換をした上で処理するか、等など手前勝手な意見から真っ当な意見まで色々と声が上がっている。

 最終的には、搭乗者である昭弘の意見が最も反映されることになると思われるが。何故なら、昭弘は成り行きとはいえ、『世界で三番目のIS搭乗者』となってしまったのだから。

 

「そう言えば……アルトランド君はあれから?」

 

「命に別状はないって聞いてるが、まだ起きてはねぇな。今は保護者になってるナターシャって嬢ちゃんが見てるさ」

 

 そう言いながら、雪之丞はアリーナ内の残骸を漁っていく。

 

「…………貴方は責めないのですか?」

 

 会話が途切れ、彼の作業をじっと見ているだけでは居心地が悪くなったためか、千冬はそんな言葉を漏らした。

 

「……何をだ?」

 

 残骸の下から、丸みを帯びたベージュの装甲板――――グシオンの割れた大型シールドを引っ張り出しながら、雪之丞は問いかけることで、彼女に言葉の先を促す。

 

「我々が、貴方がたを戦わせたこと。それに……多少なりとも今回の騒動で再び貴方がたは世界の矢面に立たされることになる」

 

 千冬の懸念は、このままズルズルと彼らが戦う世界にいることを容認してしまうこと。そして、三日月や昭弘のように阿頼耶識を介したISへの男性からのアプローチを再研究されることを世界が認めることだ。

 

「…………確かに子供のあいつらが背負うには大きすぎる事が、これからもゴロゴロとやってくるだろうな。こっちが呼んでもいないのに」

 

「それなら――――」

 

「だがな、それを嬢ちゃんや学園を責めたところで変わったりはしないさ」

 

「っ」

 

 それはある意味で残酷な言葉だ。

 大人の都合で子供を追い込むこの世の中で、世界を変えるだけの存在に携わっておきながら、お前たちには何もできないと言われているのと同義なのだから。

 

「それでもなぁ…………こんなろくでもない世の中で、アイツ等の味方をしてくれる大人ができたってだけで、アイツ等からすれば望外のものだ。だから、嬢ちゃんたちはそのままで居てやってくれ。理解者がいるだけで、アイツ等はこれからも進んでいける」

 

 そこまで話すと、雪之丞は見つけ出したグシオンのパーツを肩に担いで持っていく。その後ろ姿を見送りながら、千冬は自身の無力さを噛み締めた。

 その頃、携帯用タブレットにオルガからあるメールを受け取ったユージンは、まだ目覚めていない昭弘と真耶の看病で不在のビスケットに代わり、三日月に次の鉄華団の活動を伝えていた。

 

「――――見つかったって何が?」

 

「この前の誘拐事件。その時に人物の派遣や武器の提供をした会社の一つがタービンズの調べで特定できたって、オルガから報告があった。だから、機体の再調整に託つけて三日月も一旦こっちに戻って来いとさ」

 

 手に持ったタブレットの画面に、オルガからのメールを映し出し、三日月にそれを見せながらユージンは喋る。

 その口ぶりから、鉄華団が次に何をするのかをある程度の察しをつけた三日月は、オルガの英語で綴られた読めないメールを見つめていた。

 そのメールの中で、唯一大文字で書かれた名詞は日本語でこう読むことができた。

 

『デュノア』と。

 

 

 

 





ということで、次回から大きな原作ブレイクその一が始まります。
とはいえ、オリジナルの話はそこまでだらだら続けたりはするつもりはありません。早目に三日月たちを学園に戻せるように頑張りたいです。
ではまた次回。




……あざといさんの出番?ありますよ?原作ほど戦ったりはしないけど


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二十六話

今回の話を書く前に、原作小説を十一巻まで読みました。
そして思ったのは、色々とペラいでした。……いや本当にどこからつっこんでいいのやらです。
その「うわぁ……」って気持ちを払拭するという気概で書いたので、どこかしこに粗があるやもしれませんので、何かあれば報告お願いします。気づかないうちにやらかしていることもあるかもしれませんので、読者の方からのツッコミとか指摘は本当にありがたいです。


 フランスのとある街外れ、山と街の中間地点よりもどちらかと言えば山よりの場所にある大きな建物。その建物は時代の先駆けを意識したデザインとなっており、自然の中に建つにしてはひどく浮いた風景となっていた。

 その建物――――デュノア社の屋上に近い一室では一人の男が大きな個人用デスクに座っていた。

 その日、珍しく長時間雨が降っていたことにより、普段はからりとした空気がジトリとした不快な感触を肌に伝えてくる外と比べ、その部屋は快適そのものと言っても過言ではない。

 しかし、その体感はその部屋にいる男を見ると錯覚ではないのかと思ってしまう。何故ならその男は表情を歪め、眉間には皺がより、その額には脂汗が傍目から見てもわかり易い程に目立っていた。

 

「…………これは脅迫か?」

 

 その男、デュノア社の社長であるアルベール・デュノアはその脂汗の原因を“造った”自身の持つ電話の受話器の向こう側にいる人物へ震えを押さえつけるように低い声を向けた。

 

『先に仕掛けておいてやり返されただけで脅迫っていうのは、随分と虫のいい話じゃねーか?』

 

 受話器のスピーカーから若い青年の声が聞こえてくる。

 その声に集中しつつも、アルベールはその部屋の一面になっている外観の見えるガラス張りの壁を見る。

 その壁は長方形のガラスを横に八枚程並べ、晴れた日には大きなパノラマにもなる密かに彼が気に入っていた部屋の特徴の一つであった。

 その八枚の内の一枚に彼の視線はクギ付けとなっている。何故ならその内の一枚は無粋なことにひび割れているのだから。

 普段であれば憤慨していたであろうそれはしかし、彼にとっては肝を冷やす要因にしかならない。何故なら、そのガラスは“一点を中心に蜘蛛の巣状”にひび割れているのだから。

 

「やり返された?……貴様は誰だ?」

 

『その疑問の答えはあと十分もすればわかるさ』

 

 それだけを言い残し、唐突に通話が切れる。

 突然の窓の破損――――狙撃とそれに合わせたタイミングでの電話。そのいきなりの事態に彼は内心で動揺していた。

 しかし、動揺していたにしろ、彼の冷静さは適切な処置を下すように身体を動かす。

 

「――――……私だ。今は社長室にいるのだが、つい数分前に狙撃された。…………あぁ、幸い防弾ガラスが破られることはなかったが、まだ狙撃犯がいる可能性がある。事前に調べておいたポイントを虱潰しに探し、もし犯人がいるようなら確保しろ。ISの使用も許可する」

 

 机に置かれた内線から、社内の警備部に指示を飛ばすアルベール。

 デュノア社は今現在、世界で最も普及しているISの第二世代機であるラファール・リヴァイヴを生産している会社である。その為、その会社の重要度は社会的にも高く防犯関係はしっかりとしたものであった。

 襲撃された際のマニュアルもあり、特に重要度の高い箇所には外からの狙撃ポイントの割り出しなどもあらかじめ行っていたりする。

 

「……狙撃?この天気で?」

 

 指示を出し終え、受話器を置いた瞬間、窓の外で降りしきる雨を見つめながら湧き出た疑問が口から付いて出た。

 一方で、窓ガラスを割るという字面にするとただの子供の悪戯のようことを実行した人間は、その実行のために使ったライフルを担ぎながら、移動をしていた。

 

「いやぁ!雨の中でも意外とどうにかなるもんだな、おい!」

 

「あまり騒がないでシノ。最新モデルとはいえ、阿頼耶識ありきのライフルでどんな弊害があるのかはわからないし」

 

 はしゃぐような声を出すのが、その実行犯であるノルバ・シノであった。

 雨の中、背の低めの林の中を駆ける彼のすぐ後ろには、タブレットを抱くようにして持って同じく走っている少年――――ヤマギ・ギルマトンの姿もある。

 今回、デュノア社の社長室に対しての狙撃を行うということをやりきったのは、鉄華団所属のこの二人であった。

 そして、悪天候である雨の中、約一キロ離れたポイントからの狙撃という離れ業をやってのけたのは、今現在シノが担いでいるライフルの性能によるところが大きかった。

 彼の後ろを走るヤマギの言葉通り、そのライフルはシノの首筋にある阿頼耶識専用のコネクターからケーブルを通して接続されていた。

 このライフルは、鉄華団がISやEOS以外にも装備を整えるという一環で、試作された武装の一つであった。通常のライフルと比べ、大きな違いは内蔵されたシステムに照準補正用の機構が組み込まれ、多少なりともライフルが大型になっていることである。

 とはいえ、そのシステムと機構が合わさってはいるが、センサー類などはそのライフルには付いていなかった。というよりも、そのライフルのセンサーの役割をするのが、シノ自身なのだ。

 風、気候、湿度等など、狙撃の際に必要とされる外部情報はかなり多岐にわたる。それらの情報を汲み取り、銃の飛距離や弾頭の種類、そして自らの経験や勘といった部分を加味した上で、狙撃という一種の曲芸じみた技能は成功を見せる。

 それらの細かい部分、実際に狙撃手が五感で無意識に把握している情報をダイレクトに伝達させ、ライフル内である程度の補正を行ってしまうというのが、その阿頼耶識搭載型のライフルであった。

 これはEOSを使うことによって、阿頼耶識のナノマシンがその戦闘記録と経験を蓄積したものがあるが故であり、長年そのシステムを使ってきた鉄華団の団員であればこそ使える装備あった。

 

「お?始まったか?」

 

 雨音が聞こえる中、その鉄同士がぶつかる硬質な音や砲撃音が遠くから響いてくる。

 その戦闘音が聞こえてくると、シノはその音のする方をどこか好戦的な表情を向けた。

 その視線の先、雨の降る中交戦しているのは、デュノア社からの命令で狙撃犯の確保を命じられた、会社専属の操縦者であるショコラデ・ショコラータの駆るラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡと、先日ISコアと融合してから再び機体の調整をやり直したばかりのグシオンを操縦する昭弘であった。

 

「男がISを?!」

 

「ここから先は行かせねえ!」

 

 真っ直ぐに狙撃ポイントに向かっていたラファールに対し、昭弘が行ったのは奇襲であった。

 メインのアームとグシオンの最大の特徴である背部のサブアームの合計四本の腕が、試作リニアライフルを装備し、その火力を一機に対して集中砲火するという相手にとって無視しきれない攻撃によって、昭弘は相手の機体を引きつけたのだ。

 そして、ある程度ISの操縦時間が平均的なIS学園の生徒よりも多いはずの相手も、ISを男が操縦していることに動揺し、とっさの対処が遅れてしまう。

 そういった要素が絡み合い、その二人の攻防は昭弘がことを有利に進めていた。

 しかし、昭弘はその状態が長く続かないことを自覚している。何故なら、EOSによる陸戦ならともかく、ISでの空戦というどちらもほとんど経験のない昭弘にとって今の状況は奇襲くらいしか有利な要素がないのだ。

 その為、長期戦になればなるほど平静を取り戻す相手が有利となってしまう。だから、昭弘はより強く想う。

 

(団長!早いところケリをつけてくれよ!)

 

 そう願いながら、昭弘はセンサーが寄越してくる視界の端に映るデュノア社の本社に向かう車を一瞥するのであった。

 ところは戻り、デュノア社の社長室には再び内線からの連絡を受けていた。

 

「面会だと?」

 

『はい。なんでも先ほどの件について話に来たと言っていますが……』

 

 受付からの連絡は困惑の声音であった。しかしそれも無理はない。外部から直接社長室に備え付けの内線に連絡を取るという、普通に考えればありえないことをされたなどと、受付嬢が知るはずもないのだから。

 

「……いや、それは私の個人的な客だ。いますぐに応接室の方に通しなさい」

 

 それだけ指示を出すと、通話を切り、彼は社長室をあとにする。

 そして、先に言った応接室の方に向かいながら、プライベート用の携帯電話を取り出し、登録されている番号をコールした。

 

「私だ。アレに戦闘配備をさせて待機させておけ。武装の方は試合用ではなく戦闘用のものに換装させておけ」

 

 それだけ指示をだすと、彼は通話を切ると同時に腹をくくる。

 目的の応接室はすぐ目の前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 




今回のカチコミはあと二話程続くと思います。
それとシノをスナイパーにしたのはフラウロスの出番がないので、その分どこで活躍させればいいのだろうと考えた結果、ああなりました。


そして最後に十巻と十一巻を読み終えて一言。
一夏は何様というか、どうして自分は全部を背負っていると思っているのでしょう?


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二十七話

……今回の話は色々とあれな感じかと思いますが、作者の頭ではこれが精一杯でした。
致命的な設定ミスなどがあれば、どしどし感想の方で指摘してください。


 

 パタンと、自身の入ってきた部屋の扉を閉める。それは獲物を逃がさない捕食者のようで、そして虎穴に入った弱者の気分を同時に味わう感覚であった。

 その応接室はそこそこ広く、社長室と同じく一面がガラス張りとなっていた。普段であれば、昼間である今の時間帯は外からの光で室内灯もいらないくらいに明るいのだが、生憎と雨空が広がっているため、その部屋はどこか薄暗い。

 

「それで、先ほどの電話は君か?」

 

 部屋の中央に置かれた机と、それを挟むようにして配置された二つのソファ。その片方に、アルベールが入室した時から既に座っているスーツ姿の青年の姿があった。そして、その連れ添いなのか、ソファの後ろにはもう一人の青年が立っている。

 自然と彼と向かい合うように、対面のソファに腰掛けながらアルベールは問いかけの言葉を投げる。

 それはある意味で、言葉による戦いの火蓋が切って落とされる合図を意味していた。

 

「下手な芝居はいらねぇ。アンタは俺の顔を知っているだろう?」

 

 言葉を投げかけられた青年――――オルガは、さもくだらないと言った表情でそう吐き捨てる。

 図星であった。しかし、ここで今の言葉に下手に反応してしまえば、相手に会話の主導権を渡してしまうことを理解している彼は一々反応したりしない。

 オルガの言い回しが、お前のことは全てお見通しだと言われているようで、アルベールにとっては酷く不愉快ではあったが。

 

「常識を知らない子供だ。名乗りもしないのに、一定の礼儀を示せと言う気か?」

 

 挑発で返ってきたのは同じく挑発。

 その一触即発のピリピリとした空気がすぐさま出来上がってしまった事に、オルガの後ろに立っているビスケットは居心地の悪さから眉を顰めそうになった。

 

「無駄な話をしに来たわけじゃねぇんだ。丁度二週間前の今日、俺たち鉄華団のメンバーを誘拐しようとした奴らがいた。そいつらに武器を卸したのがアンタ等っていう情報を俺たちは持っている。その落とし前をどう付けるのかを聞きに来た」

 

「…………ふむ。確かにISに少なからず関わるウチにも、その知らせは受けている。だが、その件は意図して我らが起こしたわけではないが?」

 

 受け取り方によってどうとでも取れる言い回し。それはストレートに物事を要求してきたオルガに対する気勢を削ぐ事と、相手のボロを誘うものであった。

 この時点で、アルベールはオルガたちが情報だけで、物的証拠を持っていないと判断していた。何故なら“その程度の証拠を残すようなヘマはしていない”と確信があるのだから。

 

「……アンタたちは武器を卸しはしたが、誘拐については無関係だとでも言いたいのか?」

 

「ふむ。君がそう思うのであればそうなのではないのか?」

 

 嫌な大人をしている。その自覚はアルベールにも少なからずある。

 しかし、子供だからと言って下手な情を抱くことをするほど、彼はすれていない訳ではなかった。

 

「…………アンタの言い分はよくわかった。その上で言うが――――」

 

 そこまで言うと、オルガは後ろにいるビスケットに手を向ける。オルガの意図を察していたビスケットは、手荷物であるアクリルケースの中からクリップで留められた紙束を取り出し、その手に渡した。

 

「――――俺らを舐めてんのか?」

 

 その一言と共に手渡された紙束が、眼前の机の上に広げられる。元々しっかりと留めていなかったのか、クリップは外れ机の上にその紙がぶちまけられた。

 

「?…………――――」

 

 その紙の資料の意味が分からず、アルベールは一度眉を寄せる。そして、その紙に何が書かれているのかを理解した瞬間に、呼吸をすることを忘れた。

 紙面に書かれていたのは、情報だ。

 誘拐事件の際に三日月が手を下した誘拐犯の人物たちのリスト。そして、彼らが使用していた武器の入手ルート。更には彼らの所持していた通信端末の通信履歴等など。

 そこまでであれば、アルベールも動揺しないのだが、その資料の中には『彼らがデュノア社と接触した詳細情報』まで存在し、添付されている写真の中にはデュノア社の支社へ入る姿と出る姿が映し出されている。

 

「最後にこれだ」

 

 それだけでも冷静さを欠くには十分だというのに、まだ何かがあるという。その紙はたった一枚だけで、摘むようにしてオルガが手にしていた。

 

「『阿頼耶識被験者の詳細な解析データを優先的にデュノア社へと譲渡する』」

 

 その紙に書かれている内容の一文をオルガは音読する。たった一文だが、それ以上は必要がなかった。

 

「アンタのサインと今回の誘拐事件を企画したそもそもの政治家のサイン。これだけでも契約書としては十分だな」

 

「何故……それが……」

 

 引き攣りそうな喉を必死に震わせ絞り出した声。その反応が、今回の事件に彼が加担した何よりの証拠でもあった。

 

「単純にこの政治家を潰してから、こっちに来ただけだ。あと、アンタは俺に脅迫しに来たかって尋ねたが、それは違うな。俺は単純にアンタの会社が終わるのを報告に来ただけだ」

 

「馬鹿な……ならば何故、その情報が……」

 

 引き攣る喉がまともに発声をしてくれない事に息苦しさを感じる中で、アルベールの頭の中ではある最悪な予想ができてしまう。

 一言で言えば切り捨てられたのだ。

 オルガは政治家を潰したといったが、それは今回の誘拐騒動の原因の一端がフランス政府にあるということである。

 その情報を掴んでいたタービンズと鉄華団はフランス政府に対し、内密な交渉を持ちかけていた。その内容は、他国への情報のリークをしない代わりに、報復活動に対する不干渉を約束するというものであった。

 そして、一部の政治家の暴走に対する謝罪として、フランス政府はその要求を呑んだのだ。

 その結果、確保した政治家はフランス政府に引き渡され、政府はその政治家の処遇を決めることとなった。例え、それが表沙汰にはされない類のものであったとしても。

 

「状況は理解したみたいだな。これで、アンタは終わりだ」

 

「………………いや、最後の足掻きくらいはさせてもらおう」

 

 最後通告の代わりに、口頭での幕引きを告げるオルガ。しかし、その言葉に対して、焦燥した様子のアルベールは、静かに反抗の意を述べた。

 

「オルガ!」

 

 まずそれに気付いたのは、オルガの背後にいたビスケットであった。その声に反射的に首を振り、ビスケットの方を視界に入れようとしたオルガは、それよりも先に部屋のガラス張りの窓の向こうに、橙色をした装甲を纏うISの姿があることに気付く。

 

「鉄華団の保有する機体数を完全に把握はしていないが、ISは一機だけだということはこちらも把握している。先程からスナイパーの確保に向かったこちらのISから帰還報告は受けてはいない。ならば、そちらの方にISを割いているということだ。今の君たちに、ISに対抗する手段はない」

 

「……俺らをここで殺したとして、アンタの立場が悪くなるだけだぞ?」

 

 外のISが手にしたアサルトライフルの銃口が、こちらを向いているにも関わらず、オルガは焦らずに相手の粗を指摘する。だが、それはアルベールにとっては虚勢に映る。

 

「まだ世の中を把握しきれていないようだが、ある程度の金と時間さえあれば逃亡は容易だ。幸いにも、証拠となる書類は君がここに持ってきてくれたのだしな」

 

「…………もう一度言うが、俺らを舐めてんじゃねぇぞ?」

 

 オルガそう告げると、轟音が部屋の窓ガラスを叩いた。

 懐からインカムを取り出し、そのマイク部分にオルガは告げる。

 

「やっちまえ、ミカ」

 

 窓の外では、トリコロールカラーの機影が橙色の機体と共に会社の敷地内にある工場区画の一角に突っ込む姿が、その部屋から確認できた。

 数日前に鉄華団が保有するISが一機増えていることを知らなかったアルベールは、自社に所属するショコラデ・ショコラータが撃墜され、そのままここに乗り込んでこられたと誤解する。

 しかし、最後に自身が用意したカードが切り札ではなく、一か八かのギャンブルに成り下がってしまった事は変わりようのない事実であるため、アルベールはため息を吐くと首元のネクタイを緩めた。

 

「……逃げないのか?」

 

「今更善人を気取るつもりはないが、無様な姿を晒すほどに落ちぶれたつもりはない」

 

 言い切ったあとにひどく喉が渇いていることを自覚するアルベール。啖呵を切ったばかりではあるが、無性にアルコール類を飲みたくなっていた。

 しかし、それも結果が出てからだと、自身に言い聞かせる。

 

(最後に結末を決めるのが、自分が捨てた娘次第とは…………皮肉にも程がある)

 

 そこまで考え、先ほどの啖呵に自分で笑いそうになる。

 

(落ちぶれた、か……子ではなく会社を取り、孤児を食いものにしようとし、これ以上にどう落ちぶれようがある?)

 

 その自問の答えは既に出ている。

 落ちるところまで落ちたと、自覚がある時点で自身は人でなしだと嫌な確信を抱く。しかし、それで自身を蔑むには十二分であった。

 

(……本当に今更だ。そんなことを考える資格も自分にはないというのに)

 

「終わったか」

 

 自身の思考に沈み、それなりの時間が経ったのか、それともそこまで時間は経過していないのかは定かではないが、先程まで聞こえていた外からの戦闘音が止んでいる。

 そして、近くにいたオルガの声により引き戻された意識が、二機のISの消えた工場区画の方に向けられる。

 そして、数秒後に視認できたのは、橙色の機体ではなくトリコロールカラーの機体であった。

 

 

 

 

 





というわけで、三日月の戦闘は丸々カットです。
どうあがいても絶望な戦闘しか思い浮かばなくて、無理に描写しなくてもいいかなって思ったので。
因みに感想欄に書かれましたが、シャルロットが乗っていた機体はコスモスではなく、普通にラファール・リヴァイブカスタムⅡです。一応、量産機であり、生産元なのでこの時点は同じ機体があっても問題ないという作者の思い込み設定です。
次回で、細かい事後処理を書いて、そのあとは皆さんお待ちかねのタッグトーナメント編に入ります。ちなみ今回も三日月たちの相手に下駄履かせます。何故ならそうでもしないと、ただの無双で終わってしまうので。

では、次回も更新頑張ります。


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二十八話

更新遅れてすいませんでした。
色々と忙しくて執筆できる時間が少なく、そして内容がめんどくさい部分なのでなんとも筆のノリが悪かったです…………


 

 

(何で……)

 

 両手に握っていた銃が、一瞬でバラバラにされる。

 

(何で)

 

 常に後退するように移動しているというのに、即座に間合いを詰められる。

 

(何でっ)

 

 相手の持つ武器――――ショートメイスを弾いたと思えば、揃えられた五指が自機の機体の装甲を抉る。

 

(何で!)

 

 手も足も出ないうちに、自身の視界は暗転していた。

 その濁流のような記憶の映像が終わると、彼女――――シャルロットはデュノア社内にある医務室で目を覚ました。

 

「データがない?」

 

「うん。社内のデータバンクには彼女の登録データはなかったし、人事関係の人たちに話を聞いてみたけど、全員口を揃えたように知らないって」

 

「フランス政府に確認はしたのか?」

 

「してみたけど、すぐに返事はできないから、確認が取れてから連絡するって」

 

 覚醒した意識が未だにぼやけていて、すぐ近くから聞こえてくる会話を彼女はしっかりと聞き取ることができなかった。

 

(…………同年代の子の知り合いっていないなぁ)

 

 その声が若いというよりも幼いといえるものである事に彼女はそんな感想を持った。

 

「あ。オルガ、起きたみたいだよ」

 

「……」

 

 会話が止み、自分に意識が向けられたことを察したシャルロットは、その心地よいベッドの感触を惜しみながらも上体を起こした。

 

「…………君たちは、だれ?」

 

 ボヤける意識がどこか見覚えのある二人を思い出そうとする。しかし、意識がはっきりとする前に、彼女のベッドの傍に立っている二人のうちの一人が声をかけてきた。

 

「えっと、僕たちは鉄華団と言って――」

 

「アンタが銃を向けた相手って言えばわかるか?」

 

「…………っ」

 

 その声をかけた方――――ビスケットの言葉に被せるようにもう一人の方――――オルガがハッキリとそう告げた。

 その物騒な物言いに、眉を顰めそうになるシャルロットであったが、そのおかげか意識が鮮明となり、目の前の二人が自身が殺そうとした人間であることを思い出し、その身を強ばらせた。

 

「思い出したか?まぁ、今となっちゃそれはどうでもいいし、その事についての落とし前はここの社長にとらせた」

 

 そのオルガの言葉にシャルロットは全てが終わったことを察する。文字通り、“全て”が。

 

「……僕はどうなるのかな?」

 

「えっと、貴方のこれからを説明するためにも、質問してもいいですか?」

 

 内心で『拒否権なんてないくせに』とどこか自暴自棄気味にそんな愚痴を漏らした。

 

「まずは現状の説明として、デュノア社はある理由から会社を解体することを決定しました」

 

 先の抗争とも取れる鉄華団とデュノア社との一件の後、アルベール・デュノアは表向きにはIS事業における業績不振を理由に会社を畳むことを公式見解で発表することとなった。

 そしてそれに伴い、デュノア社の不況を公的な理由として社を畳むことを決定された。

 そこまでが表向きの情報である。

 会社を畳んだアルベールは今回の一連の事件の関与の責任云々を取るために、フランス政府にその身柄を預けることとなる。

 

「まぁ、デュノア社の社員の方たちは、IS関連以外の事業で他社と合併、もしくは吸収された方に移籍する人もいますし、会社に残っていた資金を退職金として受け取って、実家に戻った人も大勢います」

 

「じゃあ、僕も……」

 

 そこまでの説明を聞いたシャルロットは、あまり関心を寄せる情報がなかったが、最後に添えるように付けられたビスケットの説明に食いつく。

 どういった経緯であれ、自身が自由になれると思えたのだから。

 

「……一応確認しますけど、貴女はデュノア社に所属していますよね?」

 

「――――はい」

 

 ビスケットの質問に不穏な空気が混じる。

 それに気付かないふりをしつつ、シャルロットは答えた。自身の察しの良さを恨めしく思いながら。

 

「先ほど確認したところ、会社内のデータバンクには貴女のデータが登録されていませんでした。人事関係の社員の方たちも貴女のことは知らないと言っていて、取り敢えず今は政府の方に貴女の身元だけでも問い合わせているのですけど……」

 

 そこまで説明されたシャルロットの顔色は真っ青になっていた。それは自身の状況が悪いこともそうであるが、その原因に心当たりがあるからだ。

 

「――――あぁ、わかった。手間を取らせてすんません……ビスケット、コイツの戸籍データは無かったそうだ。最近になって改竄された跡があるから恐らくそれだろう、だとよ」

 

 これまで、ビスケットの後ろに控えていたオルガがいつの間にか使っていた携帯の通話を切ると簡潔に結果だけを口にする。

 それは決定的なものであった。

 

「えっと……その、もう一度聞きますね――――貴女は誰ですか?」

 

 その言葉にシャルロットの表情が死ぬ。

 彼女の思考は自身の待遇を良い方向に持っていく手段が浮かばなかった。

 退職金を貰おうにも、会社に登録データがなければそれを受け取ることはできない。そして、戸籍がなければこの時代まともな生活を送ることも難しい。

 目の前の二人に縋りつき、その問題をどうにかしてもらうという選択肢はあれど、生憎とそれをする義理は二人にはない。もちろん、“表沙汰にしたくない不正を働いた男の妾の子”である自分の戸籍データを元に戻すことも国はしないだろう。それにはデメリットこそあれ、メリットなどないのだから。

 だから、ビスケットの問いにシャルロットは簡潔に、そして単調に返すことしかできなかった。

 

「…………もう、どうでもいいでしょ」

 

 一言声に出せば、そこからはするすると言葉が出てくる。

 

「君たちにとってはもうどうでもいい僕のことなんかほっとけばいいでしょ。僕にはもう何もない。構っても何も得られないでしょ。いてもいなくても支障なんてないし。それとも邪魔になる?ならもう――――」

 

「オルガ!」

 

 自然に動く口を止めたのは部屋に響く叱責と、頭に感じた冷たく硬い感触であった。

 

「――――ここで死んでもいいって事だな?」

 

 頭には安っぽい拳銃が突きつけられていた。

 それをどこか他人ごとのように見つめる。ある意味でそれは救いでもあった。死ぬ瞬間の恐怖を感じずに死ねるのであれば、それは幸せなのだと彼女は思う。

 

「――――――…………?」

 

 しかし、いくら待ってもその時は来ない。訝しむようにオルガに視線を向けるシャルロットに、彼は問いを投げた。

 

「おい…………死んでもいいのなら、何でアンタは泣いてんだ?」

 

「え?」

 

 頬に手をやる。そこには線のような水の跡があり、その部分だけやけに暖かく感じた。

 

「もういっぺん聞くぞ、アンタは誰だ?」

 

「…………」

 

「本当は何がしたい?」

 

 彼女の表情に生気が少しだけ戻った。

 

「本当に死にたいだけか?」

 

「――――――ぃ」

 

「言いたいことも言えないその口は飾りか?」

 

 その問いかけの返事は、言葉ではなく頬を張る乾いた音であった。

 

「そんなわけないっ」

 

 絞り出すような掠れた声が、彼女の口から漏れた。

 

「……何か言ったか?」

 

「生きたいに決まってるっ」

 

 先ほどよりも声が大きくなる。

 

「聞こえねえぞ」

 

「当たり前に笑っていたいっ」

 

 悲鳴のように絞り出すような彼女の声にしかし、オルガはまだ足りないと怒声をあげた。

 

「まだ、足りねえぞ。お前の気持ちはそんなもんか!」

 

「死にたくない!笑っていたい!生きたい!…………助けて…………」

 

 これまで流されるように生きてきたシャルロットにとって、それは産声であった。

 

「そんだけ言えれば十分だ。保証はしてやれねえが、手助けくらいはしてやる」

 

 オルガはそれだけ言うと、泣き始めたシャルロットをビスケットに預け、医務室をあとにした。

 一方その頃、社内のIS用の整備区画に置かれたバルバトスの前に三日月は座り込んでいた。

 機体と向き合うように座る三日月は、ボンヤリと機体を眺める。その目はどこか機体に対して思うところがあるような視線であった。

 

「どうした、三日月?」

 

 その姿が珍しかったのか、単純に興味を示されたのかは定かではないが、バルバトスの隣に設置されたグシオンを整備している雪之丞に声をかけられた。

 

「……おやっさん。俺、弱くなった?」

 

「はぁ?」

 

 質問に対して質問を返され、そしてその内容が内容だけに雪之丞は素っ頓狂な声を漏らすしかなかった。

 

「ここは学校じゃないから、全力でやったのに……あいつ生きてたし」

 

 言葉を吐き出しながら、自然と三日月の視線がその格納庫の一角に移っていく。

 その視線を追うと、そこにはボロボロの装甲が辛うじてフレームに張り付いていると言った風体のラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの姿があった。もっとも、ボロボロなのは装甲だけでなく、剥き出しになったフレーム部分も同様で、その姿は凄惨の一言に尽きた。

 

「…………あんなスクラップをこさえておいて、言うことがそれか?」

 

「こっちもあっちも同じISを使ってるのに、なんで死んでないのかなって」

 

 三日月としては、今回の戦闘で相手を殺す気で挑んだが、結果的に搭乗者が軽傷で済んだことが不満だったらしい。もちろん、相手を殺せなかったことではなく、自分が考えているよりも相手にダメージを負わせられなかったことが不満の原因である。

 

「それはあれだ、三日月。ISの競技用リミッターってやつだ」

 

 雪之丞の見解は国際的に決められているISの出力リミッターの存在が、三日月の機体への懸念の答えであるというもであった。

 ISのコアや搭載ジェネレーターは競技用の機体としては高すぎるものであった。その為、機体に搭載されている武装や火器を競技用の物にし、パーツやフレームもそれに合わせたものとなり、それを運用するに足るだけの出力設定のためのリミッターが現存する全ての機体に設けられているのだ。

 

「バルバトスにもあるの、それ?」

 

「いや、オメェのバルバトスと昭弘のグシオンは例外だ」

 

 説明を聞いた限り、全力を出せない邪魔なものとでも認識したのか、三日月は眉を顰めながらそんなことを聞いてきた。

 しかしそれに対する雪之丞の返答はあっさりとした否である。

 

「ISとEOSのミックスだから機体強度的にはそのリミッターが不可欠なんだがなぁ。機体側じゃなくて、コア側から出力制限を行ってやがる。まるで、お前さんたちに合わせようとするようにな」

 

 「ま、競技用とそこまで出力は変わっちゃいねぇがな」と言い残し、雪之丞はグシオンの整備作業に戻っていく。

 そして、三日月は再び機体を眺め始めるとポツリと呟く。

 

「――――なら、まだヤレルな。お前」

 

 その呟きに返答を返すモノは居なかった。

 

 

 

 

 





というわけで、ここで一旦デュノア社関係は終了で、次回からはタッグマッチ戦です。
ここで言っておくと、作者はブラックラビッ党です。
それと先に言っておくと、うちのラウラは原作よりも常識人です(ネタバレ)


毎度のご指摘とご感想本当にありがとうございます。更新は不定期かもしれませんが、これからも頑張っていこうと思います。取り敢えず今年中にもう1話ぐらいあげるようにします。


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二十九話

なんとか間に合いました。
最近またスランプ気味です。そのくせ、他にも書きたい作品などが思い浮かんでくるのが、自分にとっていいことなのか悪いことなのか……


とりあえず本編どうぞ。


 

 

 フランスでの一件が終わり、フランス政府の個人的な尽力により世の中に大きな波紋を呼ぶこともなく、三日月とビスケットと雪之丞はIS学園に戻ってきていた。しかしそこには、その三人に加え以前までは学園とは無関係であった昭弘の姿もあった。

 

「……おい、三日月。学校って何をするんだ?」

 

「ん?……自分の知りたいことを先生に教えてもらえばいいんじゃない?」

 

 これまで身体を鍛えるか戦争をするかしかしてこなかったせいか、年相応の場所に通うことに漠然とした不安があるのか、昭弘は硬たい声でそんな問いを投げた。

 もっとも、問いかける相手も答えも合っているとは言い切れなかったが。

 因みに今の時間帯は昼休みが終わり、午後の授業が始まって間もない頃であった。前日に鉄華団としての仕事を終え、学園に帰る旨を千冬に報告したところ、昭弘という転校生を紹介する必要もあるため、午後からでも授業に来るように言われていた二人であった。

 本当であれば昼休み中には教室に行っておくべきであったのだが、機体搬入などの手続きに時間を取られ、少しの遅れを見せている二人であった。

 元々時間にルーズな三日月たちがそれを気にするかといえばそうでもないのだが。

 

「……ここだよ」

 

 三日月に連れられてやってきた一年一組の教室。その報告に昭弘は緊張からか息を呑む。

 以前、授業中に教室に入るときは後ろの扉から入れと言われたことを覚えていた三日月は、黒板がある方とは逆の扉に手をかざす。

 無駄に金をかけている自動ドアがいつもどおりに開く。

 

「遅れた……ました?」

 

 一度注意されたことを言ったあとに思い出したのか、三日月は文字通り取って付けたような部分的な敬語を足した。

 それを聞いて呆れたため息を吐きそうになっていたのは、教室の後ろで授業風景を観察していた千冬であった。因みに今授業を行っているのは真耶である。

 

「あー……山田先生、申し訳ないが一旦中断しよう。全員手を休め聞いてくれ」

 

 教室の後ろに生徒全員の視線を集め、三日月と一緒に入ってきた昭弘の方にその視線を促す千冬。

 

「今朝の連絡事項で言っておいた、もう一人の転校生だ。アルトランド、挨拶を」

 

「昭弘・アルトランドだ…………よろしく頼む」

 

 自己紹介などほとんどしたことのない昭弘は元々無口な性格も相まって、無難な挨拶で締める。授業中ということもあり、大きな声を張り上げるという醜態を曝す生徒こそいなかったが、誰しもが目を見開き驚いていた。

 何故ならIS学園に三人目の男の生徒が転校してきたのだから。

 

「あの……織斑先生」

 

「何か質問か?」

 

「そのアルトランド君もISを?」

 

 恐る恐ると言った姿勢のその質問はその場にいる女生徒たち全員の気持ちの代弁でもあった。

 

「そうだ。世間ではまだ公表されていないが、彼もオーガスと同じくある事情でISを動かせる事が発覚した……所謂“三人目”だ」

 

 これには流石に我慢できなかったのか、教室のそこかしこからざわざわという声が聞こえ始める。

 

「――――……ねぇ、ねぇ、ラウラウ大丈夫?」

 

 そんな中、ある一角だけ様子の違う少女が居た。

 教室の中では前から数えたほうが早いぐらいには小柄であり、そして膝裏に届きそうなほどの銀髪と左目を隠す黒い眼帯が特徴的な少女。彼女は、千冬が昭弘に対して使ったもう一人の転校生という言葉通りに言えば、本日転校してきた一人目の転校生である。

 もっとも、今日転校してきた昭弘はもちろん、一組の生徒の顔を半分も覚えていない三日月はその事に気付いてはいなかったが。

 

「ほ、本音、今すぐに逃げろっ、奴らはヤバイ」

 

「ん、んぅ〜〜?」

 

 その少女――ラウラ・ボーデヴィッヒは引き攣る喉と、隠れていない右目に涙を溜めるほどに恐怖しながらクラスで一番に仲良くなった隣の席の布仏本音にそんなことを口走った。

 そんなことを言われた本音も、生まれつきののんびりとした性格から間延びした返事を返すしかできなかった。

 教室内で一人だけ、命の危機に曝されているかのような雰囲気に、自然と教室内で彼女だけ存在が浮いてしまう。

 流石に訝しんだのか、ラウラに千冬が声をかけようとした瞬間、その叫びは教室内に響いた。

 

「奴らは私のいた黒兎部隊を壊滅寸前にまで追いやった傭兵部隊の人間だ!」

 

 そのラウラの叫びが響いてから少しの間があった。

 教室内の人間のほとんどは彼女が軍属にいたこと自体には驚かない。何故なら、彼女自身が転校の自己紹介の際にドイツの代表候補生であり、ドイツ軍に所属している事を言っていたためである。

 

「自分は軍人であり、同年代とはいえ元々は一般人であった人間の方が多いこの場所で、様々な部分で常識や認識の食い違いがあるとは思うがよろしく頼む」

 

 というのが、彼女の自己紹介の際の言葉であり、その挨拶に身構えることなく普通に接したのが本音であった。

 そして、これまで三日月たちが孤児であり、兵隊をしていたのは公にされている情報から知っていた生徒たちであったが、その部隊が“ISを保有するほどのエリート部隊を壊滅に近い状態にまでした”という成果を上げていると言われれば、また評価が変わってくる。

 

「ねぇねぇ……ミカミカのことはオリムーみたいに知らなかったの?」

 

 本音は少々独特な感性を持っている少女であり、苗字はもちろん名前では他人を呼ばず、自分なりの愛称をつけてクラスメイトを呼ぶようにしていた。ミカミカは三日月のことで、オリムーとは一夏のことである。――――決して、某デスポエムで有名なある島の有人兵器に乗る少女でも、ポケットなモンスターでもないのであしからず。

 

「む……二人目の名前は知っているが顔まで確認する余裕はなかったな。最近はテロが活発化してきていて、その処理を行っていた為に入学が遅れたほどでもあるし……ん?まさか、彼らが?」

 

 流石に周りの雰囲気から察したのか、ラウラは自身の焦りが的はずれであると思い始める。しかし、頭が冷静になると三日月たちがなぜここにいるのかを理解し、そして驚きの表情を見せた。

 

「そうだよ〜。ミカミカはうちのクラスの生徒だよ?でも、ラウラウ、オリムーの時は興味なさそうだったのに、ミカミカには興味津々だねぇ」

 

「織斑一夏は確かに織斑教官の弟ではあるが、本人は一般人であることを望んだのだろう?それは当たり前で、努力することを辞めるのも本人次第だ。そんな相手に一々興味など持たん」

 

「――――――」

 

「い、一夏?」

 

 ある意味で純粋な言葉の斧が生徒の頭をかち割り、机に突っ伏してしまったが、今はその事は特に重要ではないので、その事に気付いたのはその生徒の幼馴染くらいであった。

 

「あぁー……ボーデヴィッヒ。彼らとどんな確執があったにせよ、今はお前と同じここの生徒だ。仲良くしろとは言わんが……」

 

「いえ……恥ずかしいところを見せました。大丈夫です……少しだけいいですか?」

 

 どことなくぐだぐだとなってきた空気を払拭すべく、話を締めようとした千冬がラウラに声をかけると、彼女は心を落ち着かせてから許可を求める。

 そのラウラに対し、頷くことで了承の意を述べる千冬。それを確認すると、ラウラは席を立ち、未だに昭弘の横に立っている三日月の前に進んだ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。遺恨がないわけではないが、争いたいとは思っていない。これからよろしく頼む」

 

「ん?……あ、あぁ。うん」

 

 挨拶と共に差し出される手。それが握手を求めるものだと察した三日月はその握手に応じるのであった。

 もっとも――――

 

(昔…………コイツ誰だっけ?)

 

 三日月の心境を聞けば台無しであったであろうが。

 

 

 

 




今回でやっと登場の本音とラウラです。この二人の絡みが個人的には結構好きだったりします。(本編ではなく、主に二次創作ですが)

一応、今作のラウラは常識人であり、軍人らしくもある感じで書けたらなと思います。色々とアンバランスなところも魅力といえば魅力なんですがね。

今年最後の投稿となります。来年もよろしくお願いします。


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三十話

今年初めての投稿です。皆さんお久しぶりです。
一月中に間に合わずすいませんでした。


ISABを始めたのですが、ストーリーはともかく新キャラの尽くが一夏に惚れていくのを見るのが辛い…………


 

 その日、ラウラは朝から機嫌が良かった。

 物資輸送の護衛というエリート部隊が行うには地味な任務を請け負ったことや、最近になって尊敬すべき教官が帰国してしまったことなどを差し引いても上機嫌であった。

 何故なら、その日はドイツの第三世代機であるIS、シュヴァルツェア・レーゲンの操縦士としてラウラが選ばれ、調整のために非武装ではあるがその機体が彼女に与えられたのだから。

 とはいえ、元々実験機であり、その時点では試作機でもあったその機体は第三世代機になる“予定”であるため、固有の武装の代わりに準備資金をあまり必要としないEOSの武器を用意されていた。しかし、EOS自体も安いものではないため、どちらにしろ多くの資金が注ぎ込まれていることに変わりはないが。

 そして、数機のEOSと彼女のシュヴァルツェア・レーゲンを合わせた混成部隊は、ドイツの国境を越え、紛争地帯の付近に流れ着く避難民に対する救援物資を詰め込んだコンテナ類の輸送任務につくこととなる。

 任務の合間に、ISに慣れるために出来るだけ機体に乗り込み、訓練で使用していたEOSとの違和感を払拭しつつ、任務は恙無く進行していく。

 特に派手な戦闘などもなく、物資を運び終え、避難民に対して救援物資の一部である風土病に対するワクチンを投与するため、同行していた医師たちが仮設テントを用意し始める。

 その間、周辺警戒をしているときに“彼ら”は来た。

 

「――――センサーに反応多数?……この速度は歩兵とEOSか!」

 

 それに気づいたとき、ラウラは反射的に部隊内通信で声を張り上げていた。

 しかし、部隊が迅速な対応をするよりも、仮設テント付近に榴弾を打ち込まれる方が早かった。

 

「っ!EOS部隊は迎撃を開始しろ!ほかの人員は避難民とスタッフの避難を最優先!私はその護衛につく!」

 

 相手が避難民の有無に関わらず撃ってきた事に歯噛みしつつ、ラウラは最速で指示を飛ばす。ハイパーセンサーを搭載されていることによる視界の広さと、防衛目的とは言え率先してISを他国の領土で派手に暴れさせるわけにはいかないが故の判断であった。

 そして状況は怒涛のごとく過ぎていく。

 混戦の様相を呈してきながらも、確実に物資を詰め込んだコンテナの方に向かってくる敵部隊。そして、お互いに損害を出しているはずなのに、その速度は緩まるどころかむしろ速くなってきている。

 

「死兵だとでも言うのか?!」

 

 ハイパーセンサーの所為で嫌でも把握してしまう戦況に、思わずラウラはそう零す。

 そして、とうとう敵部隊がコンテナに到達するのと、非戦闘員を全て戦域外に誘導し終えるのはほぼ同時であった。

 それを確認するとラウラは真っ先にコンテナの元に向かう。機体のスラスターに火を入れ、自身にできる最速で現場に戻る。

 その際、彼女の頭の中では戦闘にISを極力関わらせないという考えなどは既にない。その時彼女を突き動かしていたのは、戦場に未だに残っている自身の部下たちの安否を確認することだけだった。

 

「っ!邪魔だ!」

 

 進行方向から榴弾が迫ってくるのをセンサーが捉える。

 よほど集中しているのか、本来不適合のために使うことがほとんど出来ていなかった彼女の特殊な左目、“越界の瞳”を無意識に使用し、自身に迫る榴弾を回避する。

 その一発を避けてから、相手も過剰に反応してくる。

 榴弾だけでなく、弾幕が小規模ではあるが自身に迫ってくる。普通であれば迂回して回避するのが正解であるのだが、ラウラは“その程度”の障害で減速する事を嫌った。

 集中力が一段階上に行く。

 視界が余分な情報を排し、相対速度的に視認が困難な弾丸を視界に収める。

 その視界を頼りに、弾丸の隙間に自らの身体を、機体を滑り込ませていく。

 そして気が付けば、ラウラは目と鼻の先に目的の戦場を前にしていた。

 

「――――――」

 

 たどり着いた先にあったのは、自分の部下たちがEOSを纏ったまま倒れ伏す光景。

 先程と同じように、ラウラの頭の中で余分なモノがこそぎ落ちていく。しかし、それは集中力故の高度な領域に精神を放り込む所謂“ゾーン”のようなものではない。

 それは単純な怒りだ。

 

「貴様らああああ!!」

 

 咆哮を上げる。

 激発しそうな感情に従い、体を本能のままに動かそうとするラウラ。普通であれば、このあとに待っているのは一方的な蹂躙である。それがISというものが戦場で齎らす常識だ。

 しかし、ラウラがそうであるように、相手の部隊の人間は普通でも常識的でもなかった。

 

「昭弘、そっちからよろしく」

 

「簡単に言いやがって!」

 

 弾丸ではなく、再び榴弾がラウラを襲う。

 集中力が切れていたため、先ほどのような回避はできず、携行していた飛び道具を潰される。その為、残った近接武装であるコンバットナイフを抜刀し、陸戦を挑むことを余儀なくされる。

 陸上に機体を下ろし、一旦センサーを確認すると、既に敵部隊の大半は撤退を開始していた。

 その中の例外。部隊の後詰めを請け負っていると思われる二機のEOS。それが先ほどラウラの射撃兵装を潰し、そして今現在IS学園に通っている三日月と昭弘の乗った機体である。

 例えばこれが一対一のタイマンであれば、ラウラの勝ちは揺らがない。しかし、二対一という状況と、お互いのカバーを行うことによる遅延戦闘さえこなせばいいというアドヴァンテージにより、ラウラは相手の機体に損傷を負わせることはできても、捕縛はもちろんのこと、撃破もできずに、結果的に二人の撤退を許してしまった。

 追撃はできなかった。

 先の“ゾーン”や使用になれていない“越界の瞳”の使用による、体力の消耗が激しかった事がその要因である。

 そして何より、倒れふしている部下たちが“未だに生きている”状態であった為、そちらの救助を最優先にしなければならなかったためでもあった。

 その後、惨憺たる結果に終わったその任務を終え、祖国に戻ったラウラたちはしかし、世間からも軍上層部からも同情的な見方をされる。

 客観的に見れば彼女たちは「負傷者を出しながらも、命懸けで非戦闘員と民間人を守った軍人」であるのだ。それも事前通告がなく、一方的に戦闘を開始させられたという事実がその事に拍車をかけていた。

 もっともドイツの一部の人間たちからすれば、“他国の避難民を利用したナノマシンの人体実験”が邪魔されたことで憤慨ものであったのだが、その事が露見せず、世間的にはドイツの国の評価にも繋がった為、あまり大げさに騒ぐこともできなかった。

 因みに何故三日月たちが、山賊のような事をしていたのかというと、コンテナ内にあった風土病に対するワクチンが目的であった。

 当時、流行病にかかっていたのは主に子供であり、それは三日月たち鉄華団のメンバーのうちの何人かもかかっていたため、ドイツからの救援物資の中にそのワクチンがあることを情報として知ったオルガたちがその一部を強奪することを強行したのだ。

 普通であれば国家間の戦争にも繋がる行動であるが、彼らの戸籍が無く、そして正規部隊とは言えない彼らが、どこの国の所属かすらわからなかった為、この事件はうやむやのまま終わりを迎えた。

 

「皆、すまなかった」

 

 一方で、ラウラたちの部隊――――通称“黒兎部隊”は、国や軍からも評価を受けることになったが、それは屈辱以外の何物でもなかった。

 戦場で大した働きも功績もできず、相手の目的を達成させておいて、よくやったと言われる。これほど惨めなことはないとラウラは歯噛みする。

 そして、身が切れるほどの怒りを飲み込み、ラウラは謝罪する。仲間に、部下に、戦友に。

 自身の無力さに腹が立つ。

 自身の至らなさに殺意がわく。

 そして、これから仲間と共に進むための覚悟を決める。

 ここからラウラの黒兎部隊は変わっていく。後にドイツ軍最強部隊と言われる程に。

 

 

 

 

 

 

「――――――というわけだ」

 

「それどこの世界の話?」

 

「む?国のことなら軍機だ」

 

 食堂で夕食を取りながら、ラウラと本音、そして本音の幼馴染である簪の三人は談笑をしていた。

 そして、話題になったラウラと三日月たちの関係を聞いた本音は、別世界すぎるその話をネタのような返答をしてしまう。

 となりで「……本音が染まっているのって、私のせい?」とか簪が呟いているが、特に重要なことでもないと判断されたのか、ラウラと本音はスルーしていた。

 ラウラが話した内容は、所々聴かせることのできない部分は端折ってあり、それが聞き手側には作り話に聞こえたようだ。

 

「そう言えば、今度のトーナメンとはタッグマッチになったみたいだけど、ラウラウは誰と組むの?」

 

 食事が進み、自然と話題は近日行われる学年別トーナメントの話題になる。

 前回のクラス代表トーナメントの際に起こった襲撃により、各国はピリピリとしていた。世界でも上から数えたほうが早い程の場所に襲撃が行われ、その内部に複数の敵が侵入したというのはそれだけ大きな影響を与える。

 普通であれば、しばらくはイベントなどを中止するのが妥当なのだが、ISの開発に各国は血眼になっており、それに使用される資金も多額になる。その為、下手に中止し、国が研究の遅延などの言い掛かりを行い、多額の損害賠償を払うことになった場合、目も当てられない額になるため、中止になることはなかった。

 世知辛い理由になるが、最先端を行くには何事にも金が必要になるのが今の世であった。

 

「ふむ……本音はどうするのだ?」

 

「私?私は選手じゃなくて、整備員として参加するつもりだよ?ラウラウのセコンドしようか?」

 

「私の機体は機密が多い。色々と誓約書を書いてもらう事になるのと、兵装には触らせることはできないがそれでもいいか?」

 

「いいよぉ~!むしろやること減って、私はハッピーかな?」

 

(……オーガスにはなんと言えばいいのだろうか?)

 

 ある意味学生的な発想に、ラウラも苦笑いを零した。そして、改めてタッグの相手を考え、脳裏に浮かんだ相手を誘うために何を言うのかを考え始めるラウラであった。

 ところ変わって、ラウラの脳裏に浮かんだ当人は、ある意味で修羅場を迎えていた。

 

「ハ!活きがいいじゃねえか!」

 

「ちょ、毎回顔面狙うのやめて欲しいっス!」

 

「……熱くて、寒い」

 

 何故なら、学園内で最強を誇るタッグと一対二の試合を行っていたりするのだから。

 

 

 

 

 




要望のあったラウラと三日月の因縁的なものを明らかにした本話でした。
てな感じで次回です。
どうして三日月が二人と戦っているのかはまた次回です。ちょっとしたネタバレとしては、学園に残っていた組と二人が絡んでいたからです。……悪い関係ではないです。


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三十一話

何かサクサク書けたので投稿です。

試合まで行きたかったですが、前フリは重要かなと思ってそこそこしっかり書いたのでそれは次回です。


 

 

 時間は三日月たちがフランスに出払っている頃まで遡る。

 三日月たちが鉄華団としての活動のためにIS学園を離れる際、学園に残ることになったアトラとクッキー、クラッカの三人。

 彼女たちは学園では一般教養等を真耶や手空きの教師が教えることになっているが、正式な生徒ではないため、学生たちよりも暇な時間が多い。

 そしてその空き時間や特定の時間、アトラは主に食堂の手伝いや、寮で出るリネン関係の仕事をしていたりする。

 一方、クッキーやクラッカもアトラと一緒に手伝いをしていることが多いのだが、この二人は本来であればジュニアスクールに通っている年齢であるため、学園側の職員も彼女たちをあまり働かせようとはしていなかった。

 しかし、保護という名目で学園にいることと先日の誘拐事件や襲撃事件などの所為で、あまり学外に出ることもできない二人は暇を持て余していた。

 そんな中、三日月が出かける前にあることを二人に頼み込む。

 

「頼んどいた土が来るから、もし来たら種を植えてくれる?」

 

 千冬からの紹介で園芸部に仮入部をし、部が保有する土地の一部を借り受け、家庭菜園のレベルであるが野菜作りを始めていた三日月。

 彼が留守の間に、学園から近い業者から腐葉土や関東ロームなどの買い付けた土類がくる手筈になっていた。そして、それの受け取りと、前もって用意しておいた種を植える作業を三日月は双子にお願いしていた。

 やることのない二人はこの三日月のお願いを快く引き受ける。

 そして、土が届く当日。学園の荷物搬入を管理する裏門付近で、前もって用意されていた資材申込用紙の控えと物品である土を交換し、二人は意気揚々と目的地である畑の方に向かうのであった。

 もっともその意気も長続きしなかったが。

 

「お、重い~~……」

 

「あ、そっちが落ちそうだよ、クラッカ」

 

 あらかじめ借りていた台車に載せはしたものの、総重量数十キロの土嚢を運ぶには二人は非力で体も小さかった。

 

「あ、あぶなっ!」

 

「こける!」

 

 案の定、整備された道の段差に台車の車輪が取られ、バランスを崩しそうになる二人。

 荷物の重さを支えきれず、重力に従いそのまま転けそうになる。しかし、二人に訪れたのは、地面にぶつかる衝撃でも上からのしかかる荷物の重みでもなかった。

 

「おいおい。ガキンチョ二人が運ぶにしては重いもんを運んでんなぁ」

 

「……それを軽々と片手で支えてるあたり、先輩は乙女から程遠い感じっすね」

 

 そんな軽口の押収が頭の上から聞こえてくる。

 転けそうになった時に反射的に瞑った目を開き、声の方を見るとそこには女性にしては大柄な先輩と、双子と同じくらいの体格の凸凹な見た目の二人の女生徒がいた。

 

「「誰?」」

 

「お、綺麗なハモリ。見た目からして双子だからか?」

 

「お二人さん、その質問は最もだけど、まずはお礼を先に言ったほうが良いっすよ?」

 

 大柄な女生徒の方が台車に崩れた荷物を載せ直し、小柄な女生徒の方が双子の乱れた服装を簡単にだが整えてやる。

 そして、一息ついてから二人は改めて名乗った。

 

「そんじゃ、自己紹介か?ダリル・ケイシーだ。好きに呼びな」

 

「フォルテ・サファイア。今度からは誰かに手伝ってもらうといいっす」

 

 大柄な女生徒――ダリルは台車を押す手摺りに手をかけながら、そして小柄な女生徒――フォルテはアドバイスとも注意とも取れる事を言いながら自己紹介をした。

 

「「え、えっと、ありがとうございます」」

 

「素直なガキンチョたちだな。間違っても俺らのようにはなるなよ」

 

「……一緒くたにしないで欲しいっす。授業の始まる直前に、『サボろうぜ!』って教室に突撃かまして、拉致してきたくせに」

 

 目の前で繰り広げられる漫才のようなやり取りに、置いてきぼりをくらっていた双子であったが、自己紹介をされたのであれば、自分たちも自己紹介をするのが礼儀であると、兄と先生に習った二人はそのままダリルとフォルテに名前を教えた。

 

「そんで、これはどこに運べばいいんだ?暇だし手伝ってやるぞ?」

 

「間違っても授業サボってる人間のセリフじゃないっすね。……まぁ、手伝うのは賛成っすけど」

 

 最初はその提案に申し訳ないと思った双子は遠慮しようとしたのだが、ダリルの強引ではあるが不快ではない申し出と、フォルテの柔らかい言い方の指摘から結局は、畑の方に土を運んでもらうのであった。

 その後、食堂などの仕事が一段落したアトラも合流し、その五人で三日月が始めた畑の世話をし始める。

 

「なんかこんなの日本のバラエティ番組でやってたな………『走れ!アイアンアームズ』だっけ?」

 

「小麦色した先輩の肌にはよく似合うっすね、畑仕事」

 

 などと軽口を叩きながらも、力仕事に慣れていないアトラたちと比べ、不慣れではあるがそこそこスピーディーに作業を進める二人であった。

 その日以降、時々畑仕事を手伝いに来る二人が、フランスから帰ってきた三日月たちと顔を合わせるのは自然な流れである。

 

「三日月、この二人がよく手伝ってくれたダリルさんとフォルテさん」

 

「へぇー……ありがと」

 

 そんな感じの邂逅を果たし、ダリルは三日月にこう切り出したのだ。

 

「なぁ、後輩。もし本当に感謝してんなら、ちょいと俺の頼み聞いてくれるか?」

 

 そしてその頼みが三日月との試合であった。

 同じ学園に通っているとは言え、学年が違えば中々そういった機会を設けることが難しくなる。

 さらに言えば、今年は公式行事に襲撃が起こるなどといったこともあり、少し先に予定されている専用機持ちが参加するタッグマッチも何かしらの横槍が入っても不思議ではないのだ。

 

「…………双子の手伝いしたのはそれが理由?」

 

「いんや?そっちは完全に偶然だ。まぁ、お前さんと会えればいいなと思ったことはあったけどな」

 

「そう…………俺は別にいいよ」

 

 その疑問だけは譲れなかったのか、三日月はその確認だけすると気軽に了承の意を返した。そのあと三日月が楯無との試合でアリーナをお釈迦にしたことから、それを避けるために時間制限を設けたり、ダリルが自身の全力はフォルテとペアを組んだ時という理由から一対二でやることを了承したりと、細かい部分を決めつつ試合を行う運びになったのだ。

 そして日を改め、試合の少し前、今回ある意味巻き込まれる形になったフォルテがふと思いついた疑問をダリルに投げかける。

 

「そう言えば、どうして三日月の方を選んだっすか?」

 

「あん?」

 

「男性操縦者のデータ目的の試合ならもう一人いるじゃないっすか。聞こえてくる噂的にはそっちのほうが取り入り安かったんじゃないっすか?」

 

 試合前の機体セッティングを行いつつ投げられた問い。その問いの答えは簡単に返ってくる。

 

「噂……噂ねぇ」

 

「?」

 

「その噂で判断したんだがな、俺は」

 

「どういう?」

 

「織斑一夏の噂ってのは『見た目がいい』『織斑千冬の弟』『専用機を持っている』『人当たりがいい』……まぁ、大きく分類すりゃこんなところだろ」

 

 そのダリルの言葉に作業の手を止め、ダリルの方に顔を向けたフォルテが頷くことで肯定の意を示す。

 

「そんな上っ面だけの噂なんかで興味なんか湧くわけないだろ。それに比べて三日月の方の噂は色々と尾ひれが付いてるかもしれねぇが『強い』って事に終着する。ならどっちとヤリたいのかなんて決まってる」

 

 この時点では昭弘も入学はしていたが、学園内での試合を行った事がなく、また襲撃の際の戦闘は箝口令が敷かれているために話題に上ることすらなかった。

 

「………………」

 

 自身の中の疑問が氷解したのは良しとして、フォルテはその返答が気に入らなかった。

 それを言ってしまうのも、態度に出すのも悔しく、そして情けないと思ったために、身体の向きを戻し機体セッティングを再開する。

 だが、それはいつの間にか背後に立ち、後ろから包むように抱きついてきたダリルの所為で中断せざるを得なかったが。

 

「せ、先輩?」

 

「ヤキモチやくなよ?お前以上に欲しいもんなんて今の俺には無いんだからな」

 

 見透かされていたこと、歯の浮くようなセリフの気恥かしさ、そして何よりもその言葉に嬉しさを覚えているフォルテは赤面するのを抑えられなかった。

 

「今回、俺のワガママに付き合ってくれた礼は後でたっぷりしてやるよ」

 

 その言葉と共に片手で顎を挙げられ、ダリルの顔の正面に向かされるフォルテ。

 そして二人の距離は零になる。

 “それ”の味は甘く、熱く、そしてどこまでも刺激的であった。

 

「これは前払い。続きは終わった後だ」

 

 そう言い残し、自機の方に戻っていくダリル。

 

(ズルイ)

 

 その後ろ姿を眺めながら、フォルテはそんなことを思った。

 そして時間は過ぎ、三日月たちとの試合の開始時間となる。

 

「試合の後の方が色々と燃えるしな」

 

「色々と台無しっす。私のトキメキを返せコノヤロー」

 

 

 

 

 




てな感じで次回です。

今回最後の方で、甘い展開にしたのですがうまく書けていない可能性が大です。
自分戦闘シーンを書くのは好きなのですが(旨いとは言えない)、恋愛描写は割と苦手だったりします。(←なぜにISを書いてんだ?)
なので、これから精進していこうかなと思います。

因みに一番書きたいのが、千冬とゴニョゴニョの絡みとラウラとゴニョゴニョの絡みです。…………ビスケットと真耶の絡みは割と楽だったりするのですがね……

では次回は試合です。


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三十二話

随分お待たせして本当にすいません。
リアルが忙しかったのと、ダリルとフォルテの戦闘が本当に描写が難しくて……ハイスイマセン、単に作者の技量の問題です。


 

 

 バキバキと足元からの氷を踏み散らかす音が、嫌でも耳に残っていく。その音が途切れると今度は茹だるような熱気が三日月とバルバトスの皮膚と装甲をそれぞれ焼いていく。

 

「足が止まってんぞ!ミカヅキ!」

 

 叫び声とともに“熱気の塊”が突貫してくる。

 その姿を先程から微細な誤差を生み出しているセンサーで拾った瞬間、三日月は反射的に両手にそれぞれ持っていたショートメイスをの片方を投げつけていた。

 

「緩い!」

 

 突貫してくる速度はそのままに、熱気の塊となっているダリルが投げられたメイスを蹴りつける。すると、蹴られたメイスは“凍っているグラウンド”の一画に突き刺さり、その動きを止めた。

 そのショートメイスは全体が飴のように歪んでおり、蹴られた部分にはダリルの機体―――ヘルハウンドver2.5の足の跡がくっきりと残っていた。

 

「……これどうやって直すんすかね?」

 

 自身の近くに鎮座したそのショートメイスを、自らの機体――――コールドブラッドのハイパーセンサーで視認しつつ、操縦士でありこの試合に参加している三人目であるフォルテはそんなセリフを零した。

 その脱力しつつ、どこか無防備な仕草をするフォルテを三日月が見逃す訳もなく、ダリルの猛攻を回避しつつ、腕部に外付けで装備された滑腔砲を向けた。

 

「甘いっすよ」

 

 発砲音とは別に、フォルテの言葉をバルバトスのセンサーが聞き分けた。

 フォルテの顔面に直撃コースで放たれた弾丸は寸分違わずフォルテの眉間に向かっていたが、当たる直前に中空に生成された氷塊により阻まれる。

 

「鬱陶しいな、アレ」

 

「浮気か?焼けるじゃねーか!」

 

 率直な感想を述べると、ダリルの咆哮が再び放たれた。

 そんな中、この試合をアリーナのシールド越し、またはモニター越しに見ている生徒や教員は実は多く存在していたりする。

 良くも悪くも、戦闘面に関して噂になりがちな三日月が上級生でも有名なダリルとフォルテの二人と試合をするというのは、娯楽に飢えがちな生徒でなくても興味を惹かれるのは当然であった。

 今回の試合において、その観客とも言える生徒たちの反応は二極に分かれていた。

 片方はこれまで公の試合で異質な強さを誇った三日月が、追い詰められている事に驚いている者。そしてもう片方は、ダリルとフォルテの優勢に当然と思っている者である。

 因みに前者が一年生。後者は二、三年生が主である。

 二、三年生としてはISの試合に置いて重要な、“相手の機体が何をできるのか”を知らない三日月が劣勢になるのは当然と思っているからこその反応であった。

 そしてそれは、試合を観戦している教員の一部である千冬と真耶も同じ見解であった。

 

「……思った以上に三日月くんは困っていますね」

 

「あぁ、第三世代機の思考制御によるワンオフアビリティーの代替機能をうまく理解していないからでしょう」

 

 アリーナの管制室で、モニターに映る三日月の表情を読み取りながら、千冬はそんな印象を零した。

 

「確かに三日月・オーガスのIS操縦者としての技量はEOSでの経験を考慮しても目を見張るものがある。だが一方では、それに慣れすぎている節がある」

 

 三日月の操縦技術は実際のところ、IS学園の中では上から数えたほうが早いくらいには高いレベルではある。それは教員を入れたとしてもだ。

 しかし、それがISでの試合でも強いという事柄とイコールで結び付く訳ではない。

 

「状況判断以上に、相手に合わせた適切な行動をとるという柔軟な発想が第三世代機の登場により必要となってきた……先輩は、三日月くんはそれだけの柔軟さがないと思いますか?」

 

 教科書に書いてある事柄を朗読するように喋りながら、最後はどこか不安そうな質問を真耶は口にした。

 

「柔軟な発想はできる方だろう。むしろ常識に囚われないという意味では私たちよりも彼らの方が上だとも思う」

 

「――――っ」

 

 千冬の返答に真耶は意識的に唇を引き締めた。

 そうでもしなければ差別的な発言に取れなくもないその言葉に、胸中に浮かんだ嫌な感覚をそのまま吐き出してしまいそうになったのだから。

 しかし、それは千冬も理解しており、その事を腫れ物扱いする事が“彼ら”に対する礼を失していることも理解している真耶は、小さく深呼吸してから会話を続けるために口を開いた。

 

「今の三日月くんは、その柔軟な発想を出していく基盤である知識が足りていないと?」

 

「少なくとも、化学的な機能を操るあの二人の対処は、これまでに経験してきたことのない不安が今のオーガスにはあるだろうな」

 

 そんな外部からの感想を知るはずもなく、試合は進んでいく。

 防戦一方な三日月に対し、果敢に攻めるダリルと彼女のサポートに徹するフォルテ。

 そのある意味で膠着状態の中、焦りを見せているのは攻めに徹している二人の方であった。

 

(おいおいおいおいおいおい!なんだコイツ?!ここまで攻められて、ここまで封殺されておいて、どうして攻めきれない?!)

 

(なんで、あそこまでされるがままなのに、冷静さを失わずに、視野も狭くならずに、こっちにまで攻撃を向けられるっすか?三日月は)

 

 三日月の今現在の最大の持ち味は、高レベルの操縦技術と、一撃が重い高威力の打撃だ。

 その操縦について行く事ができ、攻撃を凌ぐことのできる二人だからこそ、拮抗し、むしろ追い詰めている試合運びをしているのだが、いまだに試合が“膠着状態のまま”でいることに内心では驚き果てていた。

 

(……思ったように戦えないのって、イライラするな)

 

 その試合を見ている様々な人々が色々と思考を働かせている中、三日月は目の前の試合に集中しつつ、内心で自問をする。

 

(そう言えば、この前の時もそうだっけ。相手を倒せても自分が思ったようにはできなかった)

 

 三日月の脳裏に、仕留めきれなかったオレンジ色の装甲と、今ではオルガの補佐や鉄華団のチビ達の相手をしている少女の顔が浮かぶ。

 

(これから先、そんなのが続く?)

 

 思考にノイズのような不安が走った。

 

(俺はオルガや鉄華団の皆と行くべきところに行かなきゃならない)

 

 そのノイズが機体の操縦の邪魔をしたのか、ダリルの攻撃がバルバトスの装甲を軽く焼いた。

 

(だから、俺は勝たなきゃならない)

 

 その隙を見逃すはずもなく、ダリルは追撃のために更に肉薄してくる。

 

(だから、このままじゃダメだ)

 

 その目の前に迫る脅威に対し、三日月は――――

 

「――――邪魔だな、お前」

 

 敵意の視線を投げかけた。

 その瞬間を見ていたダリルは、突然視界から消えた三日月とバルバトスの変化を確かに確認していた。

 改装され、以前よりも丸みを帯びていた装甲の一部が展開され、それが合図のように三日月の動きが変化する。

 

「――――嘘だろ」

 

 肉薄し、至近距離から視界の外――――とはいえ、ハイパーセンサーにより辛うじて機影を捉えることはできていたが――――すり抜けるようにして、自身の間合いから離脱した事実に、ダリルは信じられないという意味の呟きを溢す。

 そしてそれは、自身の間合いから抜けたこともそうであるか、その際に“自機の非固定浮遊ユニットの片方を潰されたこと”により一層拍車をかける。

 

「はや――――」

 

 遠巻きに見ていたフォルテは、ダリルから離脱し、そのままこちらに突っ込んでくる三日月のその異常な速度に、感嘆の声を漏らしながらも対応のために機体を操作する。

 自機と三日月との間に氷塊を生成。その時間稼ぎによりダリルの復帰とフォーメーションの再構築を狙う。

 しかし、その程度のものが“今の”三日月に通じるはずもない。

 

「邪魔」

 

 その声は氷越しでも届いた。

 生成された氷塊の中心。その部分に罅が入ったと認識した瞬間、その氷は粉々に砕けた。

 

「無茶苦茶っすよ!」

 

 反射的に妨害ではなく、防御のための氷を生成するフォルテ。

 それを見た瞬間、三日月はバルバトスの左右の腰部に装備されているスラスターユニットの片方を引きちぎった。

 

「はぁ?!」

 

 いきなりの自傷行為にその試合を観戦していた全員が驚く。いや、このたった数秒間で起きた事で既に驚いていたため、ある意味では息つく暇もないが正しいのかもしれない。

 引きちぎったスラスターユニットを力任せにフォルテに投げつける。

 当然それは生成された氷にぶつかることになるが、それで終わりのはずがない。

 腕部に装備された滑腔砲が投げつけられたスラスターユニットを捉えていた。

 

「――――」

 

 推進剤が収められているユニットの爆発は、IS一機程度であれば飲み込める程の爆発を起こす。

 引き起こされた爆発により、瞬間的に三日月を見失うフォルテ。しかし、三日月にとってはその一瞬で十二分であった。

 視界に投影されるデータが接近警報をがなり立て、ハイパーセンサーが背後から抜き手を突き込もうとするバルバトスのアームを捉える。

 だが、見えているのと、対処ができるのは別問題だ。反射的に動いたことで、体の正面に三日月が来るように振り向く。しかし、振り向いたところでその五指が機体か、若しくは自身の身体を貫徹するのは確定的だと嫌な確信を彼女は持っていた。

 

「させるかああああああ!!」

 

 先ほどの好戦的な咆哮ではなく、必死さがにじみ出ている叫びが届く。

 それと同時に瞬時加速で突っ込んでくるダリルが、体当たりの要領で三日月と団子になりながら、フォルテのそばを離れる。

 

「だから、邪魔だって」

 

 フォルテとの距離を稼ぎ、離脱を試みる瞬間とバルバトスの五指がヘルハウンドの残った非固定浮遊ユニットを貫くのはほぼ同時となった。

 

「ハァ……ハァ……クソッ」

 

 やっと三日月との距離を稼げた事に安堵しつつ、視界に映し出される機体ステータスが赤く染まっていることに悪態をつくダリル。

 荒くなる自身の息遣いと、心音を鬱陶しく感じながらも、三日月の一挙手一投足を逃すまいと必死に集中を続ける。

 だが、数秒後の彼女を救ったのは、彼女自身の集中ではなく、便りにする相方の絶叫混じりの警告となる。

 

『背後!頭狙い!』

 

 プライベートチャンネルからの声を、思考が理解する前に本能が身体を動かした。

 PICの操作で背面を地面ギリギリに付けるように身体を反らせる。すると、ダリルの視界には右手を抜き手にして伸ばし切り、左手に握り込むショートメイスをいつでも突き出せる体勢のバルバトスを纏う三日月の姿が映り込む。

 

「ガッ――――」

 

 視界に映ったそのメイスに気を取られたのか、ダリルは無防備な横っ腹を蹴飛ばされ、そのまま地面を転がった。

 

「ヤバっ」

 

 ダリルの機体のシールドエネルギーが尽きた事をアリーナの電光掲示板が伝えてくる。

 それを認識した瞬間、フォルテは咄嗟に機体の操る冷気を霧散させる。

 これまで自由自在に熱と冷気を操っていた二人であったが、それはお互いの存在があるが故であった。

 それぞれ試合においてISにダメージを与えることのできるほどの熱や冷気を操れていたのは、片方が機体の冷却を担当し、もう片方が搭乗者の体温などの維持を担当していたからである。

 そのお互いをフォローがあってこその高度なコンビネーションと力は片方が欠けるだけで、戦力が半減以下となってしまう。そして、現状、片方が欠けるというのは試合の決着が着くのと同義である。

 

「待っ――――」

 

 フォルテがギブアップ宣告をするために、静止をしてもらう言葉を発するのと、バルバトスの五指がフォルテを捉えて振り抜かれるのと――――――

 

「――――――終わり?」

 

 ――――――試合のタイムアップの合図であるブザーがなるのはほぼ同じタイミングであった。

 バルバトスの五指は文字通り、フォルテの目前で止まっていた。

 

 

 

 




作者の技量ではこれが限界でした。
因みに書き上げるまでに、三度ほど書き直しました。
どうしてもこの二人を相手にすると、クレバーな動きをしないと無理じゃね?っていう作者の思い込みがありまして、その度にこれ三日月の戦いじゃねーよというセルフツッコミが続きました。
…………というか、原作読み返して、ダリルとフォルテのイージスの説明が気温差による相転移で相手の攻撃を運動エネルギーを無くす的な説明となっていたのですが……自分の理解が足りないのか、それで風の槍は無効化無理じゃね?むしろ気温差による空気の壁を生成するとか気流を発生させるとかの方が防げそう?と思ってしまいました。
誰か詳しい方教えてください。そして、原作者、もっと設定詳しく書いて……(泣)


次回からやっとトーナメント関係を本腰入れて書いていきます。まぁ、その前に日常編を入れますが。こんな作者ですが、また次回。


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三十三話

また空いてしまい本当に申し訳ないです。
最近バイト(週六のフル勤務をバイトと言っていいのかは不明ですが)が忙しく書いてる暇がないです。
飲食店なので、これからも忙しくなると思いますが、なんとか更新は頑張ります。



……ところで今回の話はR15でセーフなのでしょうか?


 

 

 機械類――――特にISのような人の乗り込む精密機械の整備は工芸品や美術品を作るのと同じくらいに精度の高い作業を必要とされる。

 安全性はもちろんのこと、機体のスペックを搭乗者の意図に合わせ引き出せるようにしなければならないからだ。

 そしてそれは機体に使われている部品や機構が常に最大限稼働している状態にする――――というわけではない。機体やパーツの耐久値を理解し、乗り手の癖や扱い方を把握し、その上で複数ある機構をうまく噛み合わせる。そこまで漕ぎ着けて、やっと初期段階が終了するのである。

 そこからは機体が使用される環境や、乗り手の気分、調子に合わせた微調整等をしていかなければならい。

 ここまでつらつらと説明をした上で言えることがある。

 

「…………困ったなぁ」

 

 それは簡単な整備が出来るとは言え、新品のスラスターユニットを一から調整するのは三日月にはできないということである。

 学園のハンガー内の一画で、首を傾げている三日月。その彼の目の前には装甲が外され、配線類がむき出しになっているバルバトスのスラスターユニットの一つがあった。

 

「装甲の一部が融解してやがる……こりゃあ一度全部ばらすしかねぇか。ナノラミネートアーマーの排熱でもおっつかねーっていうのはどんな熱量だってんだ?」

 

「センサー類は一応無事みたいだけど、あんな局地状態での使用を想定してないから、全部一からチェックし直したほうがいいか……指の部分も頑丈にできているはずだけど、罅が入っていたし各関節と一緒に調整と強化は必須かなぁ」

 

 先の試合で無茶をした罰として、雪之丞とビスケットの二人がバルバトス本体の整備をしている間、引きちぎり爆散させたスラスターユニットの予備の調整を一人でするように言いつけられた三日月。

 しかし、慣れない作業に遅々としてそれは進まず、気が滅入り助けを求めようにも、雪之丞とビスケットの二人には頼めるような雰囲気ではないため再び首を傾げる作業に戻るというのを繰り返すしかなかった。

 そして、そんな三日月の姿を後ろ目に確認した二人は、手持ちのタブレットでこっそりと文字による会話を始める。

 

『そんで、バルバトスのデータログはどうなってた?』

 

『試合中、急に動きが良くなった時間とログで一致するのは阿頼耶識の接続深度が極端に跳ね上がったことくらいです』

 

『まぁ、他のISとの相違点と言えばそれぐれぇか。元々ついてるはずの機体のリミッターすらないからなコイツは』

 

 そこまで文章を打つと、雪之丞はチラリとバルバトスの方に視線を向ける。

 装甲を外され、内部フレームは剥き出しになり、ケーブル類も丸見えの状態になっている機体。普通であれば弱々しさや心許無さといったマイナスなイメージが連想されるはずのその姿はしかし、彼――――否、先の試合を見ていた誰であれそんなイメージを持つことができない。

 

『こんな議論をしたところで確認以上のことはできねぇか。阿頼耶識のブラックボックスなんてものは先進国ですら分かってないとか言われているからな、俺らにできるのは所詮、コイツを三日月の満足する状態に戻してやることだけだ』

 

 ガリガリと頭をかき、ため息を吐くと意識を切り替えるために雪之丞はビスケットに視線で作業に戻ることを伝える。

 だが、ビスケットの中にはまだ不安があったのか、タブレットには新たな文字が打ち込まれた。

 

『三日月に言わなくていいんでしょうか?』

 

(…………コイツはどうしてこうも)

 

 内心で呆れつつも、雪之丞は再びタブレットに指を這わせる。

 

『何を言うつもりだ?バルバトスに乗るのは危ない?阿頼耶識を使うな?それともこれ以上戦うな、か?』

 

 ビスケットからの返信は打ち込まれなかった。

 

『今更言って止まるようなタマか?全部引っ括めて進もうとするアイツ等に意見するのはお前の役目だとは思うが、それはオルガがいるときに言ってやんねーと意味はねぇぞ』

 

 そして二人は機体の整備に戻る。お互いに心に漠然とした不安を抱きながら。

 なんとなく三日月の方にビスケットが視線を向けると、右手の甲で頬を押し上げるように拭う姿があった。

 一方、三日月と対戦した二人――――ダリルとフォルテは試合が終わってから未だに控え室である更衣室から出てこなかった。

 序盤はともかく、終盤の展開がほとんど一方的な蹂躙に近かったため、同級生や教員も二人が落ち込んでいると思い、今はそっとしておくのがいいと判断し、二人を訪ねる人はいなかった。

 とはいえ――――――

 

「ハハハハハハハハハハハハ!!!最高だ!試合で死んだと思ったのは初めてだぞ、オイ!!」

 

「……元気っすね。こっちは試合後の“本番”でグロッキーなのに」

 

 ――――――他人の心配など知ったことかと騒ぐダリルと、備え付けのベンチにあられもない姿で横たわっているフォルテの姿を見れば、それが杞憂だというのは誰の目にも明らかであったが。

 

「ハハハ……――――なぁ、今から恥ずかしいこと言うぞ」

 

「?」

 

 いい加減部屋に篭った熱気と匂いが気恥ずかしくなったフォルテが空調を操作していると、一頻り笑い切りすっきりしたのかダリルがそんな前置きを零しながらセリフを続けた。

 

「あぁ、間違いなく、後で部屋のベッドに顔を突っ込ませて赤面しながら悶える。そんな事を言うぞ」

 

「??」

 

 やけに長い前置きにらしくないと思いつつ、フォルテはベンチに腰掛けていたダリルの方に顔を向けなおす。

 

「試合前に言った“お前以上に欲しいもんなんてない”ってやつな、あれ撤回するわ」

 

「――――――え?」

 

 先程まで火照っていた身体が嘘のように冷たく感じ、ふわふわした身体の感覚は鉛のように重く感じる。

 頭がその言葉を理解すると同時に、身体がそれに対する拒絶反応を見せる。しかし、それ以上の喪失感の方が今のフォルテには辛かった。

 

「さっきの試合で三日月が欲しくなった」

 

 聞きたくない言葉に膝が震えそうになる。耳を塞ぎたいのにそれさえできない自分が情けなくも悲しかった。

 

(捨てられる?)

 

「だけど、それはアイツの隣にいるだけじゃダメだ。アイツに勝たねーと意味がねー」

 

 小刻みに肩が震え始めるフォルテ。そんな彼女を知ってか知らずか、ダリルは言葉を続ける。

 

「だからさ、フォルテ。お前が欲しいなんて甘っちょろいことは言わねぇ。お前はもう俺のもんだ」

 

「………………ぇ」

 

 その一言に頭の中が真っ白になる。

 

「一人で勝てるなんて自惚れねぇ。お前がいないことなんて考えらんねぇ。だからさ――――」

 

 いつの間にか、壁際に立っていたフォルテの眼前にダリルの姿があった。

 

「お前を俺のもんにする」

 

 それだけ口にすると、ダリルは自身の欲求に従い目前の唇に自身のそれを重ねる。

 行為はそこで終わらない。申し訳程度に羽織っていた服をフォルテから剥ぎ取り、その幼くも綺麗な裸身を顕にさせる。

 キスを終え、少しだけ顔を離し、それを見たダリルは思う。

 「欲しい」と。

 

「先輩は……酷い人っす……酷くて、わがままで、それで――――ズルい」

 

 二度目のキスはフォルテからの方であった。

 上記の二人のように更衣室でしけこむ女生徒がいる中で、ある一人の女生徒は学園の応接室に向かっていた。

 その生徒――――箒は剣術や剣道に打ち込んでいたことから、歩く姿勢や動き方などがとても綺麗で映える。しかし、そんな彼女の表情はその動きに反し、どこか暗かった。

 

「――――失礼します」

 

 目的の部屋の前に着くと、深呼吸をしてからノック、入室する。

 部屋の中には向かい合うように置かれた二つのソファとその間に置かれたテーブルがあり、その片方のソファに二人の人間が座っていた。

 

「初めまして、篠ノ之さん。本日は不躾な訪問に答えていただきありがとうございます」

 

 箒が入室してくるやいなや、ソファに座っていた二人の男女が立ち上がり、頭を下げてくる。

 その対応に辟易とした表情になりそうになる箒であったが、元来表情を素直に出す方ではない彼女はそれをなんとか堪える。

 格式張った挨拶もそこそこに、その男女は箒をソファに座らせると早速本題を切り出した。

 

「打鉄の換装式強化ユニットのテスター……ですか?」

 

 テーブルの上に広げられた資料の説明をしながら持ちかけられたのが、その提案であった。

 箒の言葉に頷きながら、男性の方は言葉を補足していく。

 

「正確にはIS全機に適応できるPICユニットの補助機構と、それに合わせた武装のテスターですね。今回はそれを打鉄でさせていただくということです」

 

 その言葉を聞きながら、失礼を承知で箒は資料に目を通していく。

 箒はお世辞にも座学の成績が良い生徒とは言えない。そんな彼女が資料を食い入るように読み込んでいく。

 それは単に、その資料の出来が良いためだ。何度も添削し、畑違いの人間が読んでも概要やメリット、デメリットを把握できるように纏められている。

 その丁寧な仕事に箒は資料を読まされている状態なのだ。

 やがて、一段落着いたのか、箒が資料から向かいに座る二人に目を向ける。いくつか資料内で疑問に思った箇所を訪ねようと口を開く。

 しかし、それを一旦やめ、口を真一文字に引き結ぶと意を決したようにある問いを投げた。

 

「……どうして私なのでしょうか?」

 

 その問いには様々な意味が込められていた。より正確に言えば、受け取り手により様々な答えが返ってくる問いであった。

 

「私が――――篠ノ之だからですか?」

 

「バカにしないで貰いたい」

 

 箒の問いに答えたのはこれまでほとんど口を開かなかった女性であった。

 

「貴女がこの業界に置いてどれだけのネームバリューを持っているのかは嫌でも知っています。しかし、それを理由に特定の未成年を利用しなければならないほど、私たちが作ったものは如何わしいものでも、不確実なものでもありません」

 

 その意見には同意なのか、隣の男性は特になにも言わない。

 

「私たちが求めるのは、“ISの操縦期間が短く”、“武道の経験があり”、“次回の学年別トーナメントに参加する生徒”として貴女を推した。そして、学園側にも我社の製造したユニットを生徒で試すだけの価値があると見込んで今回の依頼の形を取ったのです」

 

 そこまで言われ、箒の顔に朱色が混じる。それは怒りではなく、羞恥の表れであった。

 

「貴女が篠ノ之であろうとなかろうと関係ない。私たちは貴女の腕を見込んでこの話を持ち込んだのです。それを踏まえて判断していただきたい」

 

 そこまで言うと、彼女は「失礼な発言をして申し訳ありませんでした」と頭を下げ、口を噤んだ。

 男性の方も言いたいことは全て言った後であったのだろう。一言「部下が申し訳ないことをした」と頭を下げながら謝罪し、「今回の話はなかった事にしてくださっても構いません」と述べる。

 そのままお開きになるかと思われる雰囲気。それを変えたのは箒の一言であった。

 

「よろじぐ……おねがいじます」

 

 ポロポロと涙を零しながらの了承――――というよりは懇願の言葉とお辞儀をする箒。

 その姿に先程までの屹然とした姿はどこへやら。二人の男女はオロオロしながら箒を宥めにかかるのであった。

 

「私を……見てくれて……ありがとう」

 

 途中で泣きながら箒はそんな言葉を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 応接室のテーブルの上の資料の一枚にはこう書かれていた。

 『PIC改修案とそれに合わせた打鉄強化ユニットプラン“リベルテ”』

 そしてその言葉の下には社名として『月石社』と明記されていた。

 

 

 

 

 

 





おまけ

箒「ところで、どうして日本の会社で造られた打鉄の強化ユニットの名称がフランス語なのでしょうか?」

男「しょっぱい理由だよ?ウチには技術があったけど、それをなす生産工場が委託に頼るしかなくて、今回受けてくれたのがフランスの生産ラインだったってこと」

女「そして、製造してから商品の名称がフランス語の響きの方が世界的に発音しやすいという理由からそうなっただけですから」

箒(目逸らし)



おまけのおまけ

箒「因みに委託を受けたフランスの生産ラインというの……」

男「なんでも最近大手のラインが社の都合でこれまでの製品の製造を止めることになったから、外部からの仕事でも喉から手が出るほど欲しいとかなんとか」

某鉄の華の連中「「「「「「「「へックシ!」」」」」」」」


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三十四話

無事生還できました。
お盆は地獄だったです。八月の休日が三日か四日くらいしかなく、書く暇なかったです。本当にすいません。
でもなんとか書き上げたんでどうぞ。


追記
活動報告を書きました。皆さんの意見が欲しいのでもしよろしければ書き込みをお願いします


 

 タッグマッチトーナメント。

 基本的に試合形式が一対一のサシが多いISの試合に置いて、いつもとは形式の違うそのトーナメントが行われることに、学園内の生徒間の話は自然とそう言った方向に流れていく。

 ある生徒のグループでは、誰が誰と組み、そして誰がバックアップをするかを話し合ったり、他方では連携を取る事に適した装備や機体調整についての話をしていたりと、会話内容も千差万別であった。

 会話は何も生徒間だけではない。試合運営やそれこそISのことについて教員と話している生徒も多くいる。

 そんな中で周りの人間と話していない生徒もいた。

 それは学校に来て間もなく、話し相手も特にいない三人目の男性操縦者である昭弘である。

 

「…………専用機持ちは極力参加、か…………団長もこういうのには出るように言われているが」

 

 タッグトーナメントについて纏められたプリントを片手にそんな事を昭弘は呟く。

 因みに、しばらくはアメリカで過ごす予定であった彼は、未だに日本語を覚えきれておらず、それを知っていたビスケットと真耶に英訳された手書きのプリントを読んでいたりする。

 

「三日月とはもう組めない……どうするか……」

 

 昭弘のぼやき通り、三日月は既にラウラとペアを組んでいた。

 ダリルとフォルテの試合のあと、ラウラが直接三日月にタッグの事を話し、了承を得ていたのだ。

 

「………………………………………考えても埒があかない」

 

 色々と悩んだ末、昭弘は問題を先送りにし、自身の機体のある整備室の方に足を向けた。

 グシオンはバルバトスと同じく、普通のISの専用機と違い待機形態を取れず、普段はバルバトスと同じ整備室に配置されることとなっている。

 学び舎を出て、IS用のパーツや武装の保管庫を横切り、アリーナ内にある整備室に向かう。

 

「……危なくないか?」

 

 あともう少しで整備室に着くというところで、昭弘はあるものを目にし、そんな感想のような疑問を漏らした。

 彼の視線の先には、廊下にある段差の前で、四つのコンテナを積んだ台車を押す小柄な女子生徒の姿があった。

 その四つのコンテナは大きさがまちまちであり、それを無理に積んでいるため見た目通りアンバランスである。それを押している本人も理解しているのか、段差を無理に超えることもできないため立ち往生している様子であった。

 その姿を見て、昭弘は自然と足を向ける方向を整備室から変える。

 

「これだけ持てば行けるか?」

 

「え?」

 

 上に乗っている二つのコンテナを両手にそれぞれ抱えるように持つと、昭弘はその少女――――簪に問いかけた。

 いきなりの昭弘の登場に簪は二度三度と目をパチクリさせる。そして、状況を把握すると表情を戻し口を開いた。

 

「その、ありがとう……でも迷惑だと思うから手伝わなくても…………」

 

「困っているのを助けるのが、なんで迷惑なんだ?」

 

 彼女の物言いに、首を傾げ昭弘は思ったことをそのまま口にした。その返答が意外だったのか、再び目をパチクリさせる簪。

 

「これはどこに運べばいい?アッチか?」

 

「あ、第七整備室に」

 

「運ぶぞ」

 

 簪のそんな反応に内心で首を傾げつつも、昭弘は歩を進める。

 昭弘の問いに反射的に答えた簪はハッとすると、彼においていかれないようにその大きな背中を足早に追った。

 整備室に到着し、コンテナを運び終えると、昭弘はその整備室全体を改めて一瞥する。

 その整備室の一角には、バルバトスやグシオンと同じく鎮座するISがあった。事前に待機形態のことやIS学園の保有する訓練機などが一括管理され、厳重な扱いを受けている事を知っていた昭弘は、この場にISがあることに首を傾げた。

 

「それ……打鉄弐式は今私が組んでいるISなの」

 

 昭弘の様子から、色々と察したのか、簪は説明するように口を開く。普段の彼女であればあまり自分から他人に話しかけることもしないのだが、手伝ってもらった相手に冷たい態度をとるほど彼女は冷酷でも恥知らずでもない。

 

「アンタがISを造ってんのか?」

 

 今度は昭弘が驚く番であった。

 昭弘も三日月と同じく簡単な整備程度は出来るとは言え、自分と同年代の少女がISを造っていると聞かされればそれなりに驚く程にそれが難しいと理解していた。

 

「スゲーんだな、アンタ」

 

「…………私はアンタじゃなくて、簪って名前がある」

 

 先ほどコンテナを持ち上げていたときに感じた頼りがいのある姿を見たあとに、子供のような反応をしてくる昭弘に対する印象のギャップがすごい。内心でそんな事を考え、頬が緩みそうになる簪であったが、一個だけ気に食わない事があったために眉間に皺を寄せつつ、指摘の言葉を返す。

 もっとも普段の彼女を知る人間がこの場にいれば、その表情が不機嫌さではなくどこか楽しんでいる柔らかいものであると言うであろうが。

 

「あぁ、悪かったな簪…………じゃあ、さっきのコンテナはコイツを作るためのパーツか?」

 

「半分正解で、半分は不正解……かな?」

 

 彼女の雰囲気から邪険に扱われているわけではないことを察した昭弘は、少しだけ突っ込んだ質問を投げかける。しかしその返答は、どこかあやふやであった。

 

「今度のタッグトーナメントでは、この子の完成は間に合わないから、幾つかの機能を凍結させて訓練機以上、専用機未満の性能で一旦使えるように仕上げようと思って」

 

 その事を語る簪の表情は憂いを帯びる。それは自身の不甲斐なさであり、完成させられない不完全な状態で一旦とは言え仕上げてしまう専用機への申し訳無さ故であった。

 

「スラスター周りを純正品のカタログスペック通りの出力にしちゃうと、今のこの子じゃ耐えられない。だからその代わりに学園でモスポールして放置されていた試作品があったからそっちを使えば、出力を抑えられて機体性能をある程度纏められる。だからそれの交換のために運んでもらったのが、さっきのコンテナの中身」

 

 滑らかに口が動き、昭弘が知りたかった内容を説明する簪。その説明をしながら彼女はオリーブ色の作業用のコートを羽織ると、手には絶縁タイプの軍手をつける。そして、自身が口にした作業を開始するために、未来の相棒となる機体に向き合うのであった。

 それを先ほどと同じく感嘆の表情をしながら、昭弘は見聞きに徹する。

 しばらく簪の作業を眺めていると、ふとした疑問が昭弘の中に生まれる。彼女の作業を中断させるのはどこか気が引けた昭弘であったが、ここ数日の勉強による知的好奇心が刺激されていたため、我慢できずに思い切って口を開く。

 

「今度のタッグトーナメントに出るためにそこまでやっているのはわかったが……完成させる事を優先させないのか?試合自体は強制じゃないはずだ」

 

 その疑問に一瞬だけ簪の手が止まる。だがそれはほんの一瞬だけであった。

 澱みなく動かしている手をそのままに、再び彼女は口を開く。

 

「……さっきこの子の完成は間に合わないから他の試作品のスラスターを付けるって言ったけど、本当はそれをしなくてもある程度機体を仕上げることはできるの」

 

「?」

 

 疑問の返事としては腑に落ちない返答。それなら今彼女がしている部品の交換はなんだというのか。

 

「でもそれをするには機体の各パーツのステータスを操縦しながらアジャストさせて、操縦者が機体制御をシステム側からの補助なしにしなきゃならないの…………悔しいけど、今の私にそんな技量はない」

 

 一般的なISには、PICやFCSを始めとした機体制御に関するシステムがOSとして積まれており、操縦者が機体を動かす際にそれらの細かい制御を機体側からの補助により合わせている。

 そうすることにより、操縦者の操縦の際の負担が減り、戦闘やそれ以外の作業などでも効率的に機体制御ができるようになる。

 しかし、それはあくまでハード面が十全な場合の話だ。

 フレームや装甲などの機体強度、各部関節に使われているモーター類の出力、PICや飛行時に使用するスラスターやアポジモーター類の排熱等など挙げれば切りのない様々な項目を、纏まった状態で仕上げなければシステム側の制御に機体が追いつかないことが起こる。

 簪が言ったのは、そのシステム側の制御を切り、パイロットである彼女自身がそれを調整することで、機体スペックを下げることなく打鉄弐式を使うことはできるということだ。

 だが、そんな状態で戦闘機動が出来るかと問われれば、答えは否である。

 

「システムの補助なしで使用しても私は勝つことができない。でも私は――――やるからには勝ちたい」

 

 最後の言葉は彼女の意志の強さが篭っていた。

 

「この子が強くても私が弱ければ意味がない。でも乗らないことにはIS操縦者としての向上には繋がらない。だから、この子には申し訳ないけれど、未完成な状態で今度のトーナメントには出させてもらう」

 

 そこまで言い切ると、簪はハッとする。

 初対面の人間に自身の気持ちを赤裸々に語った事を今更ながら彼女は自覚する。これが幼馴染や身内に聞かれるのであればまだ気恥ずかしいだけで済んだのだが、生憎とそれを聞いていたのはほとんど彼女の接したことのない同年代の異性であった。

 

「で、でも、大会はタッグだから……まずは、パートナー………を探さないと……なんだ、け……ど………」

 

 照れ隠しなのか、その場しのぎの言葉を紡ぐ。最後の方は消え入りそうなか細い声となってしまったが。

 

「ぅ、うぅ……」

 

「俺も、丁度パートナーを探していたんだが」

 

「――――え?」

 

 絞り出したような言い訳の言葉に返事をした昭弘の言葉に簪は、ゆっくりとその顔を彼の方に向けた。

 

「アンタが……簪が勝ちたいのはよくわかった。俺もやるからには勝ちてえ。だから、よければ俺と組まないか?」

 

 そう言い、握手を求めるように簪に手を差し出す昭弘。

 その手を見つめつつ簪は混乱しつつも、ほんの少しの嬉しさを感じていた。

 昭弘は茶化さなかった。真剣な簪に対し、無謀だとか、頑張れとか、無責任な言葉を使わなかった。ただ賞賛し、彼女を理解しようとし、その上で自分と組んでくれと言ってきた。それが堪らなく嬉しいと簪は思う。

 それはある意味で彼女がしてきたことを評価してくれた事と同じなのだから。

 そして先ほどの昭弘のセリフを思い出す。

 

『困っているのを助けるのが、なんで迷惑なんだ?』

 

 彼女が好きで憧れるヒーロー――――とは少し違うかもしれないが、頼らせてくれる暖かさを簪は昭弘に感じていた。

 

「こんな私でもいいですか?」

 

 自然と言葉が口から出てきた。

 

「簪だから頼みたい。そこまで真剣に向き合っている簪と」

 

 彼女は恐る恐るではあるが軍手を脱ぎ、確かにその大きな手を握った。

 

(硬い手………お父さんみたい)

 

(握ったら壊れちまいそうだ)

 

 お互いに手を握った感触からそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 




今回の話は三日月の試合から二三日後です。

次回で残りの専用機持ちのペア発表ですかね。ワンサマとモッピーとセッシーとリンリンの。
タッグトーナメントの試合まであと少しです。




今回の話でたっちゃんが暴走しないかって?彼女は前回の三日月とのいざこざで自制心が効くようになってます。彼女も成長するのですよ…………影で血涙流してるけども


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三十五話

更新です。
今回の話は書いていて、原作のキャラの個性どこいった?となりましたが、もう今更の話なので開き直りました。
原作のキャラクター性が好きな人は申し訳ないです。ではどうぞ。


 

 

 IS学園に在籍する生徒は基本的に上昇志向を持つ人間が多い。

 それは公の場において、ISが一つのスポーツ競技という認識を受けていること。そして、教師の中にかつて世界という舞台で大きな功績を残した人間がいることにより、自分たちにも手が届きうるかもしれないという良い意味での欲を抱かせるからだ。

 そう言った意味では、身内がズバリ世界で一位というわかり易すぎる功績を残している一夏にとっては、その上昇志向は他の生徒よりも大きくなっているかもしれない。

 今度開催されるタッグトーナメントもそうである。

 不本意ながらも、他人からの配慮によって預かった専用機を持っている身としては、出場するからには一つでも多く勝ちたいと思う一夏。

 そして、素人考えなりに出した結論として、試合の勝敗が組む相方によって左右されるということから、自身にとって意思の疎通がしやすい相手を選ぶことにした。

 そして、入学からしばらくは一緒の部屋で過ごし、幼い頃は同じ道場に通っていた箒にその依頼をするのはある意味で当然の流れであった。

 

「そう考えてくれて、気持ちは嬉しいのだが一夏…………その誘いは辞退する。本当に勝ちたいのであれば私を選ぶのはお互いのためにならんと思うのだ」

 

 なので、なんだかんだで入学以来何かと気に掛けてくれていた幼馴染からの拒否の言葉は一夏を少なからず驚かせた。

 

「な、なんでか聞いてもいいか?」

 

 内心の動揺を隠しきれず、どもりながらも問いを投げる。その彼の反応が可笑しく、そして自分をそこまで信頼してくれていたと思うと胸の辺りにじんわりと温かい感触がこみ上げる箒であった。

 

「理由は幾つかあるのだが……」

 

 緩みそうになる表情を考える仕草で誤魔化しつつ、そう前置きをすると箒は人差し指を立てながら一つ目の理由を述べ始める。

 

「私は今大会が入学試験以来のISの搭乗になる。恐らくは自分のことで精一杯になるであろうから、一夏との上手い連携は無理だと思う」

 

 この二人は“今のところ”と前置きが入るが、代表候補生ではない。ISという業界ではVIPではあっても、実際にISに乗ったのは入学してからのことになる。

 その為、専用機を持っているというアドヴァンテージがあっても、この二人の実力差はそうそう大きな開きはないのである。

 その為、お互いに試合中相方を気にかける余裕が生まれない可能性が高い。それはタッグという試合形式にはある意味で致命的であった。

 人差し指に続き今度は中指が立つ。

 

「次に、お前と私では戦い方の役割が被り、試合相手に対して柔軟な対応ができない」

 

 この二人の戦い方の基本は、良くも悪くもほぼ同じである。刀などの刀剣類を使った近接戦。それは機体の容量的に他の武装を装備できない白式はもちろん、箒が使用する近接よりのプリセットが行われている打鉄も同じである。

 一応、外付け装備などで銃器類も装備できるが、箒自身それを十全に扱いきれると思える程自惚れてはいなかった。

 

(まぁ、月石社の外付け武装のライフルも……私が頼んだ“アレ”も一応は間に合うと言っていたから、遠距離武装が無いことはないのだが……)

 

 契約上の守秘義務的に口に出せないことを脳内で呟く箒であった。

 

「他にも細かい理由がないわけでもないが、大きな理由としてはこの辺りだ……理解してくれたか?」

 

「あ、いや、うん……少し頭が冷えた。よく考えたら…………違うな、少し考えれば分かることだな。すまん箒」

 

 箒の説明を聞くうちに冷静になった頭がまともな思考を始めたのか、自然と反省の言葉と謝罪の言葉が一夏の口から出てくる。

 そして、パートナー選びが振り出しに戻ったことに一夏は内心で困った。

 そんな彼を見兼ねて、箒はある助言を口にする。

 

「一夏……お前が私を選んだのは、気心の知れた仲だったからだな?」

 

「え?そうだけど……」

 

 確認の質問は少し気恥ずかしかった箒であったが、相手が真剣に悩んでいる中でそんな態度は見せないようにする箒であった。

 

「ならば、もう一人この学園にいるだろう?お前の幼馴染は」

 

 その箒の言葉に一夏はハッとした後に苦い表情を浮かべた。

 そうなのである。一夏の相方を選ぶ基準が、お互いによく知った相手というのであれば、もう一人この学園には彼の幼馴染がいるのだ。

 

「凰とはつい最近までプライベートでも一緒だったのだろう?ならば問題ないではないか」

 

「鈴、か……」

 

 内心で意地悪な物言いをしている自覚が箒にはあった。

 例の誘拐事件に鈴音が巻き込まれた後、学園に戻ってきた彼女を一夏は心配していた。それも帰ってきてすぐの彼女に詰め寄り、怪我がないかを確認する程に。

 そこまでして一夏は自分が彼女を一回傷つけた事を思い出し、無事でよかったと告げると逃げるように彼女から離れてしまったのだ。

 それ以来、明確な仲直りをしたわけでもない彼女と話をするというのは、今の一夏にとっては少し気まずいものであった。

 

「一夏、一応ISでの試合は競技で、凰はそのプロの卵である代表候補生だ。ならば、そういった事を気にして勝つための努力を怠るのは、自身にも彼女にも失礼だと思わないか?」

 

 綺麗事だと、再び箒は内心で呟いた。

 だが、時々一夏が悩むような仕草を見せるのも、彼を遠巻きに見ている鈴音の姿を見たことのある箒にとっては早く話し合うなりなんなりとして、仲直りをして欲しいというのが本音であった。

 

「……うん、そうだな。ちょっと行ってくる」

 

 やはり、少し足取りは重いものの、一夏は一歩を踏み出した。それは確かに前進する一歩であった。

 そんな彼を見送り、箒もまた自身の探し人のために足を動かす。

 放課後の夕暮れどき。既に開店している学食は少し早めの夕食を取る生徒が多くいた。その席のうちの一つに目的の人物がいたため、箒は彼女の背に言葉を投げかけた。

 

「オルコット嬢、少々話があるのだが、時間をいただけないだろうか?」

 

 机の上に置かれた真っ白いピースの山を額縁にはめる作業の手を止めるセシリア。

 探し人である彼女は所謂牛乳パズルの二千ピースを解いていた。

 

 

 

 

 

 

 後日、二日に渡って行われるタッグトーナメントにおいて、初日の終了時点で一年生の部での四強が決まり、準決勝の対戦カードが確定する。

 校内の電光掲示板にはその名前が無機質に流れていた。

 

 

『準決勝第一試合

  昭弘・アルトランド、更識簪VS篠ノ之箒、セシリア・オルコット

 

 準決勝第二試合

  三日月・オーガス、ラウラ・ボーデヴィッヒVS織斑一夏、凰鈴音』

 

 

 





次回からタッグトーナメント終盤です←オイマテコラ
予選も書きたかったのですが、かさ張りすぎるのと主要メンバー以外の人の試合内容書いても、読者は飽きると思ったので、多少内容をかっ飛ばしました。
一応どんな予選だったかを書くつもりはあるのでそれはまた次回に。


…………え?箒が正ヒロイン臭い?い、一応原作一巻表紙ですし……


追記
活動報告の意見がもしあれば、書き込みお願いします。


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三十六話

というわけで、タッグトーナメントの試合パート……の前フリ始まります。
書いていたら、かさばって試合まで行けませんでした。マジすいません。


 

 

 IS学園内に存在する幾つかのアリーナ。その中の一つで、その四人は対峙する。

 普段であれば一学年の全生徒が入ったとしても、空席ができるほどに大きいそこはしかし、今日この時に限っては立ち見する者ができるほどに人によって埋め尽くされていた。

 

「……なんでこんなに見物人がいるんだ?」

 

 その圧巻とも言えるほどの光景に、見物人の目的の一人である昭弘は自然とそんな疑問を零していた。

 

「昭弘はもっと自分の希少性を把握するべきだと思う」

 

 ここ数日で昭弘に対する遠慮がどこかに行った簪が肉声で、辛辣な言葉を返していた。

 もっとも、見物人の何人かはそんな彼女を見に来ていたりするが、気づかないのは得てして本人ばかりなのかもしれない。

 そして、昭弘と簪の二人が相対するのは、一年生の中でも目立つ二人であった。

 

「箒さんは意外と豪胆なのですね、正直これだけの視線に晒されて、ほとんど緊張しているようには見えないのですが」

 

 特徴的な蒼い装甲を身に纏い、ISのアームでライフルのグリップの感触を確かめながら相方である少女に声をかけるのは、学園内でも珍しい専用機持ちであるセシリア。

 

「全く何も感じないことはないのだが……剣道の全国大会で慣れているのもあるが、“あの人”の血縁者として見られたときの気色の悪い不快な視線と比べれば、これは随分と健全な雰囲気だ」

 

「……無神経な発言でしたわ、謝罪します」

 

 自虐気味な箒の返答の言葉に、自身の発言がそれなりに大きめの失言であったことを自覚したセシリアは試合前だというのに真面目に凹んだ。

 トーナメント前の個人演習や昨日の試合から、セシリアの人柄が生真面目で誠実なことを把握していた箒は下手な慰めが逆に彼女にとってはマイナスになると思い、苦笑いを溢すしかなかった。

 そして、自身も一旦落ち着くために、自身の機体――――打鉄・リベルテの機体ステータスのチェックを済ませていく。

 月石社製の打鉄強化プランであるリベルテとノーマルの打鉄の大きな違いは、装甲の機体レイアウトである。

 ノーマルの特徴である両肩を覆うように装備された鎧武者のような装甲を外し、両腕の可動域を損なわない程度の小さめのユニットを取り付け、その代わりに左腕の肘から先を篭手のようなシールドユニットを取り付けられている。

 そして、それに合わせるように足回りや関節を保護するように、局面装甲が外付けされていた。

 打鉄の大きな特徴である装甲が無いため、パッと見でその機体が打鉄と看破できる人間は、生徒と教員も含めそんなに多くはいなかった。

 その多くはない人間の内の一人である簪は、自身の専用機である打鉄の系譜であるその機体に少なくはない興味を抱き、抑えられない知識欲がセシリアの専用機よりも箒の方に視線を向けさせていた。

 

(機体のコンセプトなのかどうかは分からないけど、お姉ちゃんの機体よりも小さく見える。でも、あれがどんなモノを目指したユニットなのかは、予選の映像だけじゃわからなかった)

 

 トーナメントの初日に行われたそれぞれの試合は、当然どの生徒も自由に閲覧出来るように映像記録として残っている。

 だが、セシリアという一年生の中でも上位に入るスナイパーが後衛に控え、経験と才能から築き上げられた剣術をISという分野でも活かすことのできる箒が前衛を務める。この二人のペアの手札を出させることのできる試合はなかった。

 試合映像をチェックした簪自身もこのペアは、役割がはっきりしている分単純に強いと感じており、だからこそその先である個人技能や固有性能が見える接戦がなかったことに納得していた。

 

(事前情報だけなら、剣術を活かすための取り回し優先で接近戦の為の増加装甲は申し訳程度、あくまで相手の先手を取る速度重視の機体……先入観と常識的な考えではこんなところかな?)

 

 試合開始時間が迫る中、頭の中で情報整理をしていく簪。

 しかし、事前情報を整理しているのは何も選手達だけではない。来賓として来ている国の政治家や研究者、果ては軍部や学園の資金援助をしている資産家なども、VIP用の観戦室やアリーナの客席で各々下馬評や考察の意見を交わしていた。

 

「それで?アンタはあの坊やに何か仕込んだりはしたのかい?」

 

「アミダ……アキヒロと一緒に居たのは精々一、二ヶ月よ?しかも、ISを動かすなんて夢にも思って……無いこともなかったけど、そんな暇はなかったわ」

 

 VIP用の観戦室の一つで小さめのその部屋で、来賓の護衛として来ていたアミダとナターシャはそんな会話をしていた。

 その部屋は小さく、アリーナを直接上から見下ろす為の窓もなく、あるのは座席とアリーナ内をモニターできるスクリーンとそのコンソールしかなく、普段はあまり使われることはないのだが、人気のない方が都合のいい人間が利用するには十分な部屋であった。

 

「さてオルガ、お前さんのお気に入りの三日月はともかく、あのガチムチ坊主はこの試合は勝てると思うかい?」

 

「少なくとも、俺らの中で一番三日月と戦場での付き合いが長いのはアイツです。それに今回はサシじゃなくてタッグだ。誰かと一緒に戦うのを任せるのに昭弘以上の奴は鉄華団にはいませんよ」

 

 この部屋にいるのは全部で五人。そのうち椅子に座っている二人である名瀬とオルガも試合の成り行きをモニター越しに見つめていた。

 

「まぁ、昨日の試合を見る限りそうだな。あの二人の試合は見ていて安心感がある。お互いのフォロー……というよりも、複数人の戦い全体を見ることに慣れてるって感じで次にどう動けばいいのかを経験で知っている感じだ」

 

 それを十代の子供がやっているのだから、戦場というのは恐ろしい教育の場だと名瀬は心の中で愚痴を漏らした。

 

「そろそろ試合が始まるので、機体ステータス情報をモニターに表示しますね」

 

 一声かけたのはスクリーンを操作するコンソールをいじるビスケットであった。

 今回のトーナメントで名瀬とオルガは学園側から正式に招待されていた。しかし、良くも悪くも世間では有名になったオルガたち鉄華団関係の人間が、他国の人間に不用意に接触するのは良くないという学園側の配慮により、この部屋の使用が許可されることになった。

 ちなみに本来であればアメリカのVIPに付いていなければならないナターシャは先の事件のこともあり、外の護衛に備えると言いつつもこの部屋に訪れていた。平たく言えば、サボりである。

 事前にアミダと連絡していたこともあり、ナターシャが合流するのは自然な流れであった。

 

「…………そう言えばビスケット君。何やら面白い噂を耳にしたんだが聞いてもいいかな?」

 

「な、何ですか?」

 

 試合開始まで残り数分といったところで名瀬がそんな事を言い出す。

 そのどこか楽しんでいるような表情と喋り方に嫌なものを感じたビスケットであったが、恩人でもある彼に対して無下にもできないため喉が引き攣りながらも返事をするのであった。

 

「なんでも、ここの女性教師と仲良くなったと聞いたんだが、それは本当かな?」

 

「――――」

 

 その質問に対する返答にどんな言葉が適切なのかもわからないビスケットは、脳裏に浮かぶ童顔でありほにゃりとした柔らかい笑顔のよく似合う女性を意識し、赤面を返すしかできなかった。

 もちろんそんな面白い話を聞き逃すわけもなく、女性であるアミダとナターシャは興味津々な目線でビスケットに「早く答えろ」と催促をする。

 そして、ビスケットを助けてくれるであろうオルガは、視線を顔ごとそらし巻き込んでくれるなという意思表示を見せる。

 その状況を理解したビスケットは内心で「妹たちが居なくてよかった」と思うと同時に、色々と腹を括らなければならないことに軽く絶望する。

 それから約十分後、教員としての仕事を一段落させた千冬と真耶が入室してくるまで、ビスケットは人生で一番の恥ずかしい想いをするのであった。

 もっとも、想い人である真耶に落ち込んでいるのを慰められるという役得とも公開処刑ともとれる出来事がそのすぐあとに起こるのだが、それが良い思い出になるのか黒歴史になるのかは当人次第である。

 

 

 





次回から試合をしっかり始めたいと思います。

機体に関する詳細は試合と同時に詰めていきます。
とりあえず、特に変更がないのがグシオンとブルーティアーズです。そして、この試合で特に描写が濃くなるであろう機体が打鉄×2というね……どうしてこうなった?

そしてオルガと名瀬、アミダも学園側に登場。長かったですわ。
因みにこのトーナメント後にアミダの見せ場があります。


さて、次回は文字数がどうなるやら……


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三十七話

読者の皆様、お久しぶりです。

年越ししてからかなり忙しくて、休日はほとんど寝てました。
それと、昨年末の話は読み返して「無いわー」と思ったので、投稿しなおします。


 

 

 試合の開始のブザーが鳴った瞬間、様子見というものをすっ飛ばし、昭弘と簪はお互いの持ちうる火力を盛大に放ち始めた。

 グシオンは背部の副腕を含め、計四つの大型ライフルを抱えるようにして放ち、そして簪は本来の打鉄弐式に搭載される予定の荷電粒子砲の代わりに、リボルバー式のグレネードランチャーを景気よく消費していく。

 

「ぶ、ブレイク!」

 

 そのいきなりの攻撃に面食らいつつ、セシリアが肉声と通信、双方で聞こえるほどの大声を放った。

 それに従うように、箒とセシリアはそれぞれ反対方向へ散るように離れる。

 そしてそれがまるで合図だったかのように、会場から一度音が消えた。

 

「「「「「――――――――」」」」」

 

 試合開始直後のいきなりの派手なその展開に、観客一同は絶句する。滅多に見ることのできない、それこそISの試合か映画などの創作でしかお目にかかれない、その爆発に会場の全員が飲まれたのだ。

 しかし、それを至近で受けることになった箒とセシリアの二人にとっては堪ったものではない。

 

「こんな――――」

 

「はあああああ!!」

 

 文句の一つでも言ってやろうかと、自然と対戦相手の方に顔を向けた瞬間、箒の正面の視界に咆哮と共に迫る昭弘の顔が映りこむ。

 開始直後に使用されたライフルは既に投棄され、今は予選でも使用されていた大型のハルバートを構え突っ込んでくるその姿は、箒の脳裏に『猪武者』という言葉を過らせた。

 急な接近に対し、箒の思考は状況把握をしようと集中力を一瞬で引き上げる。

 

(セシリアは無事。更識は向こう。敵は眼前――――)

 

 そこまで認識するのと、打鉄の刀を抜刀するのはほぼ同時であった。

 

「ならば!」

 

 咆哮一閃。

 気合の掛け声と共に放たれた居合いは、昭弘が振り下ろすハルバートの肉厚な刃をそぎ落とした。

 

「――――っ、マジかよ!」

 

 目の前で起こったことを理解するのに数瞬の間を要した。

 昭弘の過ごしたまだまだ短い人生の中での濃密な戦場での経験でも初めてのことだ。先に攻撃した筈であるのに“あとから攻撃した相手の方が早い”というのは。

 それが他の生徒と比べ、戦うという状況に対する経験が群を抜いている三日月や昭弘が持っていなかった『技』というものであった。

 

「この機は逃さん!」

 

 相手の気勢を削いだことから、そのまま畳みかけるようにその刃を振う箒。しかし、戦場で足を止めるということが死に直結することを知る昭弘は、無茶は承知で機体のブースターに火を入れる。

 

「させねえ!」

 

「くぅ!」

 

 改修により、平均的なISの馬力を上回るグシオンに見合うように装備された推力は、同じく改修により小型になった打鉄・リベルテを簡単に押し出す。

 

(クソ、これじゃ、簪の作戦通りでも勝てるかわかんねえぞっ)

 

 密着した状態で、お互いの相方である簪やセシリアから距離を取りつつ、昭弘は内心で歯噛みする。

 昭弘と簪が今回の試合の為に考えた作戦――――というよりも方針はただ一つ。

 

“お互いのことを深く理解できていないのなら、個人プレーで勝つ”

 

 そのタッグという試合形式を真っ向から否定するような方式を選んだことに、二人は特に後悔も何もなかった。

 

(……はっ、馬鹿か俺は。相手が自分よりも強いなんて――――)

 

 一瞬でもネガティブな思考を持った自分を鼻で笑いながら、昭弘は十分に移動したところで機体に急制動をかけ、無理やり箒との距離をとる。

 

「――――そんなもん、いつものことだろうが!」

 

 手持ちの武器が破損している?

 

「潤沢な装備があった時があったか?」

 

 相手が自分よりも強い?

 

「不利な状況以外の戦場があったか?」

 

 そんな中でも自分を信じた相方がいる。

 

「そんな奴がいたからここまで来れたんだろうが!」

 

 昭弘が吼えた。

 刃が無くなり、ただの鈍器に成り下がったハルバートを振りかぶり、全力で投げつける。

 

「そんなもので!」

 

 その程度の奇襲で動揺する箒ではなかった。

 体に馴染ませ、覚えこませ、そして無意識下でもできるほどになった篠ノ之流の動き。その動きでハルバートを真っ二つに両断し、凌ぐ。

 “その場”で凌いでしまった。

 

「――――な」

 

 切り払い開けた視界の向こうから、ベージュ色の塊が突っ込んできていた。

 それはグシオンの持ち前のシールドを前面に構え突っ込んできたのだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 一度刀を振り切った状態からでは返す刀も間に合うわけもない。

 正面衝突が鈍い音を生み出す。

 

「はああああああ!」

 

 シールドの向こうから咆哮が聞こえ、そして振りかぶった拳が徐々に振り下ろされる姿を箒のハイパーセンサーが捉える。

 不意を突かれ、体勢を崩し普通であればそのまま昭弘の追撃を貰うところである。

 しかし、生憎と箒も箒の乗る打鉄・リベルテも普通ではなかった。

 

「舐め、るなあああ!」

 

 手を伸ばせば届きそうな距離で、相対する二人の視線が交差する。

 片や力強く守り抜く意志の瞳、片や鋭く切れそうな雰囲気の瞳。

 対照的なそれをお互いに覗いた瞬間、先に動いたのは箒の方であった。

 

「――――」

 

 只でさえISの搭乗時間が短い一年生にとって、空中での姿勢を崩すことは、冷静さを奪い、試合の中では致命的な隙となる。

 その為、『何もない空間を足場にしたような動き』を箒が行ったことは、昭弘はもちろんその状況を経験したことのある生徒全てを驚かせた。

 刃が走る。

 シールドの端とその向こうにある機体の一部をもろともに切り飛ばす。

 

(助かった!)

 

 その打鉄の強化ユニット、リベルテの“特性”に箒は内心で感謝を零した。

 

「――――上手く作動しましたね」

 

「一応、我が社の自信作だからね」

 

 その瞬間的な攻防をしっかりと理解していたのは、アリーナの一角で試合を観戦していた月石社の二人――――箒に機体の試乗を頼んだ二人であった。

 

「あそこまで漕ぎ着けるのに、かなり調整に手間取りましたからね」

 

 リベルテの特性は言ってしまえば、たった一つの機能だけだ。

 それはPICの調整により、どのような空間であれ機体に足場を作り、搭乗者にその足場に対する重力を感じさせることである。

 この機能は空に“浮く”ことができることや、宇宙空間での活動をすることが目的の

IS本来の運用目的を前提に考えられたものであった。

 

「ISに装備されたスラスター類や重量を感じさせず、生身で地面に立つ感覚を伝え、操縦者に違和感を覚えさせないというのは大変だったねぇ」

 

「………データ取りとはいえ、工学系の企業よりも、スポーツ関係の企業や学校とのパイプが増えていったのは、今思えば笑い話ですね」

 

 ISの運用において、操縦者が今のところ一番苦労しているのは、生身で空中に居ることである。意外に思われるかもしれないが、ISに絶対防御などが搭載されていても、人間は空中や水中、無重力空間のなかに放り出されてしまえば、足場の無いことから冷静さを失ってしまう。

 それは例えISを纏っていたとしても、搭乗時間が短いルーキーたちであれば誰もが通る道であった。

 そういった場合でも搭乗者の冷静さを守り、焦らせないための機能として搭乗者保護機能がもとからISには搭載されている。しかし、その機械的に無理やり脳波や脈を落ち着けることが違和感になる操縦者もそれなりにいる。

 その搭乗者からの生の意見を耳にし、何とかできないかと考えたのが月石社の社員だ。

 

「それにしても、どんな時でも足場を作る。人間の動作範囲を邪魔しない装甲レイアウト。それに合わせた武装のシャープ化。それだけでもそれなりに成果を上げることができるもんだね」

 

「常務……それは言わないほうがいいです」

 

 もっとも、今のセリフ通り、この機能は競技用のIS装備ではなく、ISを様々な場面で活躍させるために作ったものであったのだ。

 そして、今回のトーナメントにおいて、ISの搭乗時間が短く、元来のISでは再現し辛い踏み込みや体捌きを利用する箒が、どれだけこの機体を違和感なく使えるのかを見るのが目的であった彼らにとって、専用機であり世間からも一目置かれる男性操縦者に土をつけた結果を残したこの試合は得るものが多かった。

 

 

 

 

 





昭弘らしさって何だろう…………ペンチ、出てくんな。これは対人戦じゃ。

次回も時間かかると思いますが、投稿頑張ります。


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三十八話

皆さんお久しぶりです。
今回は短くなって申し訳ないです。


 

 

 大きな駆動音と衝突音を繰り返す昭弘と箒の戦闘にギャラリーが注意を惹かれていく中、簪とセシリアもまた勝敗を決するために全力を注いでく。

 

(昭弘との連携は無視。マルチロックシステムの限定使用で敵機のビットの位置を把握。砲口の発光現象を早い順にナンバリング。優先目標をビットに設定。回避軌道と一回の射出時間の計測――――)

 

 片手の装甲を格納し、生身の手で投影型キーボードを弾き、即席で自機のハイパーセンサーが拾う情報を処理するプログラムを組んでいく。時折牽制と迎撃でもう片方の手で射撃を加えていくことも忘れない。

 言葉にすればそれだけの事であるが、それを実行するのがどれだけ難しいのかは言うまでもない。

 

(――――――)

 

 一方で、セシリアの方は“回避機動とビットの同時使用を行いながらのスナイピング”という入学当初にはできなかったことを、ほぼ無心になるほどの集中力を維持しながら続けていた。

 本来であればセシリアも簪と同じく、並列思考をしながらの操作が得意分野であるのだが、ビットの同時使用をする訓練を繰り返した結果、それが今の自身には適していないことを感じたのだ。

 当初は理論派である彼女も様々な思考を巡らせながら操作をしていたのだが、自身も動きながらとなると思考がストップした瞬間に起こる入力のラグが致命的な隙になるという結論に早々に達する。

 そのことで一度担任である千冬に相談すると、彼女はこう返した。

 

「身体に覚えこませろ」

 

 天才肌で感覚派な彼女ならではの意見であった。

 しかし、そこはそれ、世界の天辺を取った選手の意見であるため、セシリアはそれを律義に訓練し、余計なことを考えないようにしながらの操作を繰り返した。

 何度も失敗し、何度も足が止まり、何度も余計なことを考えてしまう。そんな自分にいい加減嫌気が差しはじめ、疲労もピークに達した頃に、セシリアは“その”感覚を掴む。

 仮想標的が放つ弾幕を回避しながら、その射線の先に意識を伸ばす感覚を機体に通した瞬間、それに反応するようにビットが起動しその標的を打ち抜いたのだ。

 

「…………え?」

 

 初めて成功し、達成した自身の目標は存外達成感がないものであった。

 しかし、一度の成功の成果は大きかったのか、それからは失敗をしつつも着実に成功頻度を上げていき、今回のトーナメントで使用するには十分な精度に仕上げる。

 もっとも、その状態ではタッグに必要な僚機との連携が十分にできるほどの余裕がまだなかったが。

 しかし、そんなデメリットも相手が“一対一で戦える状況”を整えてくれたため、在ってないようなものである。

 

(流石専用機持ちの候補生。こっちの対応一つ一つにすぐに対応してくる。でも――――)

 

(いけませんわね。これは雑念ですわ。でも――――)

 

 お互いの手の内を曝しつつも、それに即座に対応、切り返すさまは派手さこそないものの激しさを増していく。

 

((――――とても楽しい))

 

 お互いに口元が緩んだことをハイパーセンサーを通じて見合う。

 それに気付いた二人は視線と銃弾のやり取りを通じて伝え合う。

 

(ついてこれる?)

 

(そちらはどう返すのかしら?)

 

 それは試合を経てお互いを研磨し合う生徒や選手の理想形の一つであった。

 お互いの全力をぶつけ、負けないように先へ、更に上へと行こうとする成長の兆しである。

 

「…………あの二人、すごいことになってない?」

 

「観客席に解析用の機器が無いのが悔やまれるね」

 

 観客席の中でこの二人の試合に釘付けになっているのは、二、三年の生徒と元選手でありながら、企業の開発畑に転科した者たちであった。

 彼女たちの中で渦巻くのは、二つの感情だ。

 一年のまだ前期でそこまでできるようになっている二人への感心と、自分たちにとって喉から手が出るほど欲しかった“好敵手”という存在がいることへの嫉妬である。

 ある意味で羨望の的になった二人は、そんなことは知らんとばかりに試合を進めていく。

 

(まだ!まだ!!まだ!!!まだ!!!!)

 

(もっと!もっと!!もっと!!!もっと!!!!)

 

 機体の稼働率と集中力が際限なく高まっていく一方で、逆に機体のシールドエネルギーはそれに比例するように大きくその値を減らしていく。

 いつまでも続くと思いそうになるその攻防はそれから数分後に終わりを迎える。

 昭弘がグシオンのシールドを展開し、“取っ手のついた大型の鈍器”にした状態で箒を殴り飛ばす。

 その衝撃で飛ばされそうになった瞬間、箒は月石社に注文していた隠し玉――――鉄扇を展開し、無防備になっている攻撃モーション後の昭弘の頭部に投げつける。

 それが直撃し、昭弘はその時点でシールドエネルギーが尽きる。

 それを見届け、着地が間に合わずアリーナの外壁に叩きつけられた箒の方もシールドエネルギーが尽きた。

 そして、試合の決着は簪とセシリアの二人に託された瞬間、同時にその二人の機体のシールドエネルギーがゼロになったことを、アリーナのモニターが告げる。

 

『試合終了。結果は両チーム引き分け』

 

 無機質なアナウンスが流れた後、数瞬の間を置いて両チームを称える拍手と歓声がアリーナを包んだ。

 

 

 

 

 

 





ハイ、というわけで試合終了です。

今回で大体の成長具合が分かったと思えていただければ幸いです。
……ぶっちゃけISキャラ同士の試合って書く意味あるのって?思ってしまってなんか短くなりました。

まぁ、次回は皆さんお待ちかねの三日月とワンサマーの試合になるかなぁと思います。……いえ、まぁ、予定では三日月の本番はその”後”ですけどね


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三十九話

投稿できるうちにやっておきます。
今回は少し長めです。あくまで前話と比べたらですが。


 

 

 準決勝第一試合が引き分けに終わるも、観客たちに不完全燃焼の気持ちを抱くものはいない。

 それは単にそれだけのモノを見せ、自身の誇るもの全てを魅せてきた四人が築いた証明であった。

 候補生、男性操縦者、開発者の妹、国家代表の身内という肩書だけでは測れない、各々が蓄積した経験と努力の成果が張子の虎ではないということの。

 

「やれやれ、こいつは見ていてまだ肝が冷えるな」

 

 準決勝二回戦目に向け、アリーナの整備が行われている中、観客たちは先ほどの試合の興奮から未だに冷めずにいた。

 しかし、別室で同じように試合を眺めていた名瀬は興奮というよりも、緊張した面持ちでそんなセリフを吐き出した。

 

「言いたいことはわかりますがね……」

 

 そのセリフに同調するように彼の隣に座るオルガが口を開く。その言い様から分かるように、オルガは名瀬の言いたいことを察していた。

 

「俺たちはまだまだ大海を知らないガキですよ」

 

 今回の試合と前日までに行われた試合の違いは、相手が格下か同格かという部分が大半を占めている。

 そして、自負として、これまで実際の戦争を経験したことによるアドヴァンテージは確実に存在すると、オルガを含め鉄華団のメンバーは思い込んでいた。

 それは何も根拠のない自信や慢心ではない。先日の無人機による学園の襲撃に巻き込まれた際、セキュリティ万全の施設への奇襲という稀有な事態に即座に対応できたのが、十歳前後の子供もいた鉄華団の人間であったという事実があったりしたからだ。

 そして、前日の予選でも一般の生徒では相手にならないことを三日月も昭弘もあっさりと証明してしまっていた。

 

「油断……というか、お前さんが言った通り、知らないってのは“おっかない”だろ?」

 

 今回の試合で、各国のエリートである代表候補生に昭弘は引けを取らない活躍を見せた。しかし、逆を言えばそれはあくまで『候補生クラス』なのだ。そして、候補生というのは一般人から見れば希少であるが、国から見ればスペアにすぎない。

 そして、そのスペアと同等の力を持っていると言ったところで、国が鉄華団に見い出す価値は所詮、『ISを男性が動かすことができるようになれる素材』でしかない。

 大人にも引けを取らない。この業界で、武力的な地位を確保する。そういった目論見を持っていたオルガは、自分が踏み込んだ世界の広さと高さを今日この日、本当の意味で実感した。

 

「……兄貴」

 

「あん?」

 

 厳しい言葉を受け、顔を俯かせたオルガに『鼻を折るのが早すぎたか?』と内心で過保護なことを考えていた名瀬。

 しかし、そんな彼の心配は余計なお世話もいいところであった。

 

「俺たちは今まで地べた這いずり回って、泥水啜って、仲間と敵の血で固めた道を歩いてきた」

 

 その言葉は懺悔にも、決意にも――――呪いのようにも聞こえる。

 

「でも、それでも、俺らは前に進むことを決めた。楽な道なんて選べるほど、自分たちが上等な生き方をできるとは思ってもいねぇ。だから、知らないことや、怖いことが足を止める理由になんかにゃならねぇ――――なっちゃいけねぇ」

 

 その部屋でその言葉を聞いていた名瀬以外の人間は、オルガのその悲壮ともいえる言葉に身を切られるような痛みを感じた。

 

「なんでそこまでお前が背負う?楽になりたくはないのか?」

 

「兄貴なら……沢山のかみさんのいる名瀬・タービンならわかんでしょ?」

 

 その返しに二人はにやりと口元を歪めた。

 

「「家族と笑えるならそれ以上はない」」

 

 口を揃えて出たその言葉に、二人の家長はクックッと笑いをかみ殺す。

 

「誇れよ、オルガ。立派になろうとする家族を――――そうあるようにできた自分を」

 

「皆と馬鹿笑いできた時にそうしますよ」

 

 崩れていた口調を戻し、オルガはそう返した。

 そんなやり取りが行われている中、恙無く終わったアリーナでは次の試合の準備が行われていた。

 

『皆様にお知らせします。先ほど行われた一年生の部、準決勝第一試合の引き分けですが、協議の結果、二チームを三位とし、次に予定されていた準決勝第二試合を繰り上げで一年生の部の決勝とします。これは両チームの選手も協議に参加した結果での進行になりますので、ご了承の方をお願いいたします』

 

 その放送に合わせるように、アリーナの電光掲示板に『決勝戦』と『三日月・オーガス、ラウラ・ボーデヴィッヒVS織斑一夏、凰鈴音』という文字が映し出された。

 当初こそ困惑していた客席であったが、アリーナの格納庫から、それぞれのチームが機体を纏い、姿を見せたことにより、すぐにその声は歓声へと様変わりする。

 

『いい、一夏?アンタはできることを精一杯やりなさい。妙な色気を出すんじゃないわよ』

 

『うっ……意外とお調子者だから図に乗るかもしれない』

 

 アリーナを満たす歓声をBGMに、一夏と鈴音は秘匿回線で試合前の最後のやり取りをしていた。その姿には以前の蟠りは鳴りを潜め、チームと呼べるものにはなっていた。

 もっとも出来の悪い弟を嗜める姉という雰囲気でもあったが。

 

(そんな言葉が出てくるだけ、昔とは大違いね……まぁ、意識するなって方が無茶か)

 

 一夏からのどこか謙虚な言葉に、鈴音はそんな感想を持つ。

 そして、一夏が意識的にか、無意識的にかは定かでないが、先ほどからチラチラと視線を送る先に彼女も意識を向ける。

 そこにはトリコロールの装甲の中で、相変わらず野菜の種を齧る三日月の姿があった。

 

『オーガス。一応言っておくが先日のような戦い方はするなよ?』

 

『えっと、“相手の身にならないような勝ち方”はしない……だっけ?』

 

『うむ。ここはあくまで学び舎で、兵士の戦い方を学ばせてしまうのは競技者を目指す者たちには有害かもしれないからな』

 

 一夏と鈴音と同じように三日月とラウラも秘匿回線を使い、試合前の最終確認を行っていたのだが、その内容はとても相手に聞かせられるようなものではなかった。

 因みにラウラの言った“先日のような戦い”というのは、三日月が相手に何もさせずに武装を破壊し一方的に蹂躙するという、試合とは呼べないナニカの事であった。

 その一方で、ラウラの試合運びは実に優秀なものであった。

 というのも、彼女は試合の中でまだまだ不慣れな一年生を相手に、機体の操縦を完熟させるように戦っていたのだ。

 相手の機体や操縦者の戦い易い間合いに機体を寄せ、そして相手が動きやすいように位置取りをする。

 時々、支障にならない程度に被弾してやり、最後は相手の苦手な分野を教えるように隙を突き勝利する。

 そういった教導に近い試合をしたラウラは、周りからの顰蹙を買うかと思われたが、それ以上に得ることの方が重要であったため寧ろ対戦相手から感謝されていたりする。

 そしてそれは教師陣からも高評価であったのだが、かつてラウラを“同じ方法で鍛え続けた”どこぞの元教官が悶えそうになっていたのは完全に余談である。

 

『……でも、ウサギの人、今回の相手ってそういうのがいるほど弱いの?』

 

 三日月の率直な疑問であった。前日までの予選では、対戦相手は初心者丸出しの生徒も少なくない人数がいた。しかし、今目の前にいるのは二人とも量産機ではなく、専用機に乗っているのだ。

 そんな相手に手加減が本当に必要なのか、三日月には理解ができなかった。

 

『ふむ。とうとう今日まで私の名前を覚えられなかったな。まぁ、それはさておき――――』

 

 どこか不服そうな感想を漏らしたのち、ラウラはクスリと笑いを漏らすと、秘匿回線越しに三日月に告げる。

 

『――――自己判断で、派手にやって大丈夫だ。遠慮は失礼になるし、なによりイベントは参加者もギャラリーも楽しんでこそだ』

 

 その彼女の表情に三日月は、(シノやユージンも偶にあんな顔してたっけ)と悪戯好きの身内の表情を思い出す。

 そんな個々のやり取りに関係なく時間は流れる。

 そして、“世界初と二人目”の試合を見ようと、アリーナの観客席に立ち見の生徒たちが現れ始めた頃に試合を開始するカウントダウンが始まった。

 

『ピーーーーーー!』

 

 開始の電子音が流れた瞬間、三機がお互いの前方に向かって躍り出た。

 

「さっきの試合は参考になったわ!はっきり言ってタッグよりもこっちのほうが私らしい!」

 

「同感だが、あの男にオーガスの相手が務まるか?」

 

 鈴音は自身の機体―――甲龍の標準装備である大型青龍刀、双天牙月をそれぞれ一本ずつ両手に握り突貫する。

 それに応じるようにラウラも専用機、シュヴァルツェア・レーゲンの両腕に装備されたプラズマ手刀を展開した。

 

「信じて男を送り出すのが良い女じゃない!!」

 

「タッグを否定した貴様が言うのか?!」

 

 甲龍の持ち前のパワーが双天牙月の斬撃を、ラウラにとっての脅威に昇華する。

 その二刀流に、ラウラは冷静に対処していく。口では驚いたセリフを零しているが、焦ることが致命的になるのを知っている彼女の頭は常に冷静な観察をしようとした。

 

(刃に溶ける前兆は無し。耐熱コーティングは基本か。派手に扱ってはいるが、機体に負荷が掛かっている様子もない。中国はいい仕事をしたな。機体強度と運用方向、それを扱える操縦者にも恵まれた)

 

 機体のトルクで負けていることを察したラウラは即座に動く。

 両腕のプラズマを即座に消し、大型青龍刀を握る甲龍の腕を掴むと鈴音の意図した動きをずらす様に力を加える。

 

「――――この国ではこういうのを柔術というのであったか?」

 

「器用な奴っ」

 

 すると、甲龍は簡単にバランスを崩し、まるで空中で躓いたように前方に倒れこむような姿勢となる。

 

(追撃は――――っ)

 

 ラウラからはその瞬間、がら空きになった鈴音の背中が眼下にあり、そこに追撃を加えようとした瞬間、自身の背筋が粟立つのを感じた。

 その不快感が走った瞬間、機体を即座に操作しその場を離脱する。

 すると、不自然な風が巻き起こり、ラウラの頬を撫でた。

 

「避けた?今のを?!」

 

(不可視の攻撃?中国は本当にいい仕事をしたな…………だが、その装備が宇宙開発に有用なのか?)

 

 ある意味で一進一退の攻防を繰り広げる中で、男性操縦者同士の戦いも始まっていた。

 

(俺にできることは近づいて斬ること!ならその状況に持っていく工夫をする!)

 

(えっと……手加減して、様子見して、相手に合わせる……………面倒だな)

 

 試合開始から動かず、その場で突っ立っている三日月に対し、一夏は専用機である白式特有の機動力を“活かす”ために、地面のスレスレを飛ぶ。

 そして、三日月がバルバトスの両腕部に接合式となった滑腔砲を白式に向け、その弾丸を放った瞬間、一夏が行動を起こす。

 

「ここで!」

 

 飛ぶために前傾姿勢であった白式の背部を地面に向け、スラスターを内蔵した非固定浮遊ユニットの噴射口を吹かす。

 その平均的なISと比べ頭一つ分は抜きんでている推力は、アリーナのグラウンドを巻き上げ、即席の土のカーテンを生み出した。

 

「おー」

 

 その初めて見る使い方に、純粋な感嘆の声を漏らす三日月。

 その背後には、既に一夏が回り込んでいた。

 

「こっちだ!」

 

 咆哮一閃。

 掛け声と共に振り下ろされた斬撃は、普段の素振りと同じく篠ノ之流の基礎にしてもっとも無駄のない動き。

 

「あぁ……そういえば――――」

 

 量産機に乗る同学年や、この状況であれば上級生でも躱すことの難しいその攻撃は、しかし一夏にとって――――否、観客にとっても埒外の方法で防がれる。

 

「そういう剣って――――」

 

 それは三日月なりに、チームメイトのラウラを習った行動であった。

 相手の隙や目に付く箇所を指摘して攻撃する。それを真似して、三日月もそうしたのだ。

 

「――――――――へ?」

 

「――――“折れやすいから”あんまり使わないほうがいい」

 

 三日月の行ったことはシンプルだ。

 振り下ろされる雪片弐型の刀身の“峰”の部分を掴み、そのまま手にしたショートメイスで横から打撃を与えただけだ。

 そう、それだけでしかない。

 三日月からの善意のアドバイスと実演は、結果として白式の最大の特徴であり、唯一の武器を破壊するという結果を齎した。

 

 

 

 






ラウラというストッパーが働いた結果が雪片の破壊…………どうしてこうなった?!
ワンサマーの難易度が自然とルナティックになっていく不思議。



感想くれたらうれしいです。


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四十話

更新です。
今回はあまり話が進まなかった感があります。


 

 

 機体のパワーアシストが最適な機能を発揮しているため、自身の武装が破壊され軽くなったことによる喪失感は無い。

 しかし、同じく優秀なハイパーセンサーがバラバラになった破片一つ一つを明確に視覚情報として、いやでも脳にその事実を伝えこんでくる為、感触はなくても心に空虚感を押し付けてきた。

 

「足を止めたら、すぐにやられる」

 

 数瞬の間の思考を断ち切ったのは、相対している三日月の肉声であった。

 アドバイスと警告の中間のような言葉と共に、一夏の身体を衝撃が打ち抜いた。

 

「――――」

 

 口を開け、空気を吐き出す。

 だが、出していると思われる自身の声は聞こえないという不思議な体験を一夏は人生で初めて経験した。

 突然のことに混乱しそうになる中、彼が何とか認識できたのは三日月が持っているショートメイスを振りぬいた姿であった。

 

(早っ、重っ、対策は……………ていうか、武器がっ)

 

 自身が三日月に殴られ、吹き飛ばされたことを理解すると、ようやく頭が回り始める一夏であったが、唯一の武装を失ったことによる焦りはそうそうと収まるものではなかった。

 

「…………やりすぎた?やっぱり手加減って面倒だな」

 

 纏まらない思考の中、その言葉が一夏の心を更にかき乱す。

 

「ふざ――――――」

 

 叫び声をあげようとするが、それは横合いから突っ込んできた鈴音に首根っこを掴まれ、そして強引に離脱することによりできなかった。

 

「鈴?なにす――――ぐっ!?」

 

 いきなりの事に抗議の声を上げようとする一夏であったが、再び最後まで言うことはできず、無造作に地面に落とされたことにより変な呻き声を漏らす。

 

「頭が冷えるまで大人しくしてなさい」

 

 通信ではなく、肉声でのその言葉はやけに耳に響いた。

 ハッとして顔をあげると、既に鈴音は機体を反転させ、ラウラを機体に搭載された第三世代兵装である衝撃砲で牽制しつつ、三日月と切り結ぶ彼女の姿が視界に広がった。

 

『いい、一夏?アンタはできることを精一杯やりなさい。妙な色気を出すんじゃないわよ』

 

 試合直前に言われた彼女の言葉を思い出す。

 そして、その言葉がどういう意味なのかを今更になって一夏は察した。

 

(馬鹿か、俺は?相手に比べて、欲を出せるほど俺は強くないだろうがっ)

 

 つまり、彼女は一夏に自分が得意で動きやすい試合運びを維持するように言ったのだ。

 

(何が調子に乗るだっ、そもそも相手に引けを取らずに戦えると思っている時点で自惚れだろ?!)

 

 冷えた頭がしっかりと考えることをし始めると、今度は顔面に熱がたまり始める。

 その自分と相手が同等と思う驕りと羞恥から今すぐその場から消えてしまいたい衝動に駆られる一夏であったが、目の前で苦戦する幼馴染の姿がそれを許しはしなかった。

 

『鈴!予備の剣か刀ってあるか?』

 

 ずっと握っていた雪片弐型のグリップ部分を手放す。その事に色々と思うことはあったが、今はそんな私事よりも目の前の試合が重要と意識を無理やりにでも切り替えようとする。

 そして、まず始めに自分が再び同じに舞台に立つための方法を頼れる相方に相談するところから彼はやり始めた。

 そんな対戦相手の男性のことなど露知らず、ラウラは未だに正確には捉えることができない衝撃砲をいなしながら、先ほど相方がやらかしたことに内心で頭を抱えていた。

 

(オーガス……お前は自分が何を壊したのか分かっているのか?使用者も機体も違うとはいえ、それはかつての世界最強が使用していたオンリーワンの剣だぞ?!)

 

 前回の学年別トーナメントの時と違い、今回のタッグマッチトーナメントは学外からの観客も多く、各国への情報伝達も早い。

 そんな中で、三日月は初代世界最強の機体に装備されていたものと同じ武器を、何事もないように粉々にしたのだ。

 

(その意味が…………分かっていないし、どうでもいいのだろうな、お前は)

 

 どこか諦観にも似た思考をした瞬間、機体に衝撃砲が被弾する。幸い、牽制による狙いの甘さと、ある程度の相対距離により致命的なダメージはなかったが。

 

「むっ……………私もまだまだだな。こんな様で他人の心配などと」

 

 そう口から零すと、肩に装備されたレールカノンを鈴音の方に向け照準を合わす。

 すると、それに合わせたかのように鈴音は機体の拡張領域から武装を展開した。

 それは一本の青龍刀。刃渡りは双天牙月よりも長く、細い。しかし、トルクのある甲龍に合わせているのか、肉厚で日本刀とは比べるべくもなく大剣に分類されるものであった。

 

「?」

 

 双天牙月で今現在三日月と打ち合っている鈴音がなぜそんなものを展開し、“装備もせずに地面に放置した”のかをラウラは瞬間的に理解することができなかった。

 

「…………あぁ、確かに健気でお前はいい女と言えるな」

 

 そして、その意図を察したラウラは、その青龍刀を手に取り、再び三日月に向かっていく白い機体を見てそんな言葉を零した。

 

「お褒めに預かりどうも!でもそんなことはわかり切っていることだわ!」

 

 相方である一夏とスイッチするように、鈴音はラウラとの一対一を再開する。それは試合の最初の展開の焼き直しであった。しかし、その時とは明らかに違う部分があった。

 

「ていうか、三日月のあの機体なんなのよ?!パワータイプの甲龍が普通に力負けしたんですけど?!」

 

「ふむ、だから関節モーターから異音が聞こえるのか…………焼けたのか?」

 

「…………ここだけの話、今回の大会に合わせてその辺りのパーツを交換して慣らしたばかりだったのよ?どんなトルクしてるんだか」

 

「分かる。オーガスたちと戦ったあとは自分の常識が徹底的に粉砕されて何とも言えない気持ちが沸き上がる」

 

 まるで親しい友人の会話のようなやり取りが、お互い攻防を続けながら交わされていた。

 そしてもっとも違うのは、最初こそ拮抗していた戦闘が徐々に一方的なものになっていくことである。

 

「衝撃砲の攻め方がパターン化してきている。焦りからか元からかは知らんが、それは致命的だぞ」

 

「見えない砲弾をこの距離で躱すアンタが異常なのよ!この非常識チーム!」

 

 ラウラと鈴音の違いは主に分析しながら戦う頭脳派か、咄嗟の時に直感に頼る感覚派であるかだ。

 前者であるラウラは主に軍隊における仕事により、状況をその場その場で把握し、その都度多くの部下に指示を飛ばすようになっていたために身についた経験から来るものである。

 そして後者の鈴音はたった一年で中国という大国の中で、代表候補生にまで伸し上がった才女である。その一年で様々なものを身に着け、他人を蹴落とすには知識はもちろんであるが、それ以上に操縦の方を慣らしていくしかなかった。そして元々、彼女の感性とイメージが操縦にダイレクトに伝わる方式は相性がよく、それ故に彼女は機体を感覚的に動かし、それが強みとなった。

 その二人の持つ強みがこの試合でははっきりと、相性の差を出してしまう。

 

「砲身の稼働限界は無いらしいが、その砲身の起点は動いていない。どの地点から射出されているのかがわかればある程度の対応はできる」

 

「っ、だから、それができてる時点でアンタは異常って言ってんでしょうが!」

 

 徐々に差が開いてきているラウラと鈴音の試合に対し、もう一方の三日月と一夏の試合は元々開いている差を一夏が埋めようとするのに必死であった。

 

「このっ!」

 

「武器を使うことに集中するんじゃなくて、敵に集中しないと意味ない」

 

 振り下ろした青龍刀が難なく受け流され、咄嗟に三日月の持つショートメイスに意識が向く。

 受け流すことに使用され、それで攻撃されるよりも自分が離脱するほうが早いと判断した一夏は後退しようとする。

 

「だから、敵の武器じゃなくて、敵を見ろって」

 

「がっ」

 

 どこか苛ついている三日月の言葉が聞こえると同時に、バルバトスの足裏が一夏の胸を蹴り抜く。

 吹き飛ばされ、地面に転がされる一夏。

 

(くそ、早く立たないとっ!立って、それから…………それから?)

 

 反射的に機体を立て直そうとするが、そうしようとする前に思考にノイズのような疑問が差し挟まれた。

 そのせいか、少しだけ機体を立て直すのが遅れる。

 すぐに追撃が来ると思っていた一夏は無事に立て直せたことが疑問となる。

 

(どうやったら、この試合に勝てるんだ?)

 

 試合中、そういった次の行動を取るのに邪魔な思考は、大きな隙を作る。しかし、それでも一夏は追撃をされていない。

 それは言うまでもなく、三日月が一夏相手に手加減をしているからだ。

 そして、そこまで考えて一夏は考えてしまった。

 

(俺……一体、何ができるんだ?)

 

 三日月との開いた距離が嫌に大きく感じる一夏であった。

 

 

 

 

 





試合内容はまぁ、順当感を出そうと思ってこんな感じです。
主人公補正が存在してなければ、一方的かなぁって思いまして。
大丈夫、ワンサマー。君の出番はもう少し先にあるからね…………相手が人間かは知らんけども。


そして、作者的に鈴音とラウラは結構書きやすいです。だって素直な性格ですから。


感想いつもありがとうございます。


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四十一話

大変お待たせして申し訳ありませんでした。

なんとか書き上げたので、アップしておきます。
年内にできればもう一回くらいは上げたいです。
クロスレイズのおかげで書く意欲は全然あるので、このまま書いていければと思います。


 

 

 三日月は今回の試合に少なからず期待を抱いていた。

 それはEOSからバルバトスに乗り換えてから、自身の思った通りに敵を倒せないことがフラストレーションになっていた事がその要因の発端となる。

 しかし、そのフラストレーションもデュノア社の一件から学園に戻り、ダリルとフォルテの二人と試合をしてからは徐々に取り除かれていく。

 二対一。そして、相手がISの中でも特殊兵装を使用する第三世代機という最新鋭機であること。

 そういう、自身が不利な環境の試合の中で、三日月は確かに掴んだものがあったのだ。

 学園という何かを学ぶ場所で、そういった戦うことで自らの糧となる部分があることに三日月は少なからず歓心を得る。

 そして、これからも学園内で行われる試合は自身にとってプラスになると考えるようになる。

 流石に相手が自身よりも弱いと察したときは、そういった期待はなかったが今回の試合相手が二機とも専用機であることで、三日月はそれなりに期待をしていたのだ。

 

(……なんか、つまんないな)

 

 しかし、蓋を開けてみればその内容は期待外れであった。

 鈴音の方はともかく、一夏の方は試合中の進歩を感じることが三日月にはできないのだ。

 そして、一対二ではなく二対二という数の上での対等の条件が、相手を焦らせるだけで三日月たちに有利になってしまうことでそのつまらなさを助長してしまう。

 

「……………なんで――――」

 

 そんな中、零れるような小さな呟きが三日月の耳に届く。

 

「なんで、そんなに強いのに、こっちを――――俺を見ないんだ?」

 

 これまでの攻防で、ショートメイスや拳でしこたま殴られ、地面に何度も転がった一夏はボロボロになっていた。

 機体の方も元々の綺麗な白い装甲は汚れていない部分などないし、絶対防御越しに通った衝撃が脳を揺らしでもしたのか、一夏自身の表情もどこか虚ろであった。

 そして、そんな状況だからこそ、彼は本心を包み隠さず吐き出していく。

 

「試合が始まっても、俺と相対しても、余裕な表情を見せずにただ淡々と、なんでそんなに無表情に武器を振るえるんだ?」

 

 その問いかけに三日月は首を傾げるしかない。

 それはなにも三日月が一夏の質問が理解できないからではない。理解できたからこそ、三日月にはわからなかったのだ。

 

「当たり前じゃん。戦うのに一々悲しんだり喜んだりする必要ないでしょ」

 

 それが偽ることない三日月の本音であった。

 

「…………変だよ、それ」

 

「いい加減、終わらせていい?」

 

 朦朧とし始めた意識の中、最後に零したその感想は、三日月の耳には届かなかった。

 三日月は踏み込みとスラスターの加速で距離を詰め、ショートメイスを振るう。

 身体に覚えこませていた成果か、あやふやな意識の中でも構えを解いていなかった一夏の握る青龍刀が吹き飛ばされる。

 そして、間髪入れずに突き出した拳が一夏の身体を捉えた。

 

「――――」

 

 飛ばされ、地面を跳ね、止まった先にあったのは、グリップのみとなった雪片弐型。

 途切れそうになる意識の中、自然とそれを握る一夏。

 握り慣れ始めて間もないその感触に従い、一夏は身体を動かす。

 

「まだ、動くんだ」

 

 立ち上がり、構え、そして見据える。

 重くなった身体が諦めてしまえと訴えてくる中、ほぼ無心に近い状態で、一夏はその時を待つ。

 刀身のない武器を構える一夏に対し、先ほどと同じように三日月は踏み込む。

 

「――――っ」

 

 そして、ショートメイスの間合いに入った瞬間、三日月は“それ”を見た。

 一夏の握るグリップの断面から僅かに伸びる青白い光を。

 それが視界に入った瞬間、三日月はショートメイスを手放し、宙返りの要領で一夏の頭上を飛び越えた。

 

「何?今の…………」

 

 着地し、振り返るとそこにあったのは、シールドエネルギーが尽き待機形態になったことで生身になり倒れ伏した一夏の姿があった。

 そしてその彼の前には“切れ込みの入った”ショートメイスが地面に横たわっていた。

 そんな世界初と、世界で二番目の男性操縦者同士の戦いが幕引きを見せるころ、中国とドイツの代表候補生同士の戦いも佳境に入り込む。

 

「よく粘る。中国の機体はどれも燃費がいいと聞くが、際だってきているな」

 

「一方的に追い込んできてるくせに褒めんな!」

 

 お互いに機体の損傷は見られるもののその差は歴然であった。鈴音の方には、浅い傷が機体のそこら中についているし、一部の装甲は罅割れ始めていたりとまさに見た目から満身創痍といった様子だ。

 それに対し、ラウラの方は浅い傷こそついているが、それだけなのだ。

 そして、アリーナに設置されている大型スクリーンに映し出されている四本のゲージ――――試合に参加している各機体のシールドエネルギー残量がそれを証明するようにはっきりと映し出されていた。

 一本は既に黒く染まっており、それは脱落した白式のもの。そして、ほぼ満タンなバルバトス。“残り二割を切りそうな”甲龍と“二割も減っていない”シュヴァルツェアレーゲンという内訳となっていた。

 

(っ、悔しいけど、試合の勝ちはもう無い……でも!)

 

 内心で歯噛みしながらも、鈴音の操縦に淀みはない。

 連結していた双天牙月を切り離し、二本をそれぞれブーメランのようにラウラに向かって投擲する。それと同時に機体のスラスターを吹かし、相手との相対距離を詰めに掛かる。

 

「何人も蹴落としてここに居んのよ!それを忘れるな凰鈴音!」

 

 自身を叱咤しつつ、格納領域から両手を覆う装甲を展開、装備すると本国で教官から文字通り叩き込まれた構えを取る。

 

「中国のCQCか。確か、受け流しと狭い間合いからでも繰り出せるコンパクトな動きが特徴的であったか?」

 

 二方向から来る刃の片方を手慣れたバトンを受け止めるように、クルリと片手で受け止め、そしてもう片方を地面に弾き落とすという離れ技をアッサリとやってのけるラウラ。

 これまでであれば、そのことに悪態の一つでも吐く鈴音であったが、既に間合いに入った時点でそんな余分な感情も視覚情報も切り捨てる。

 

「――――」

 

 拳を突き出す。

 機体――――というよりも、搭乗者であるラウラの身体の中心を捉えたその拳はしかし、シュヴァルツェア・レーゲンの黒い装甲に優しく受け止められる。

 

「終わらせるぞ」

 

 ラウラの取った“回避”方法は単純だ。甲龍の腕が伸び切る間合いを見切り、機体をそのギリギリに後退させたのだ。相手が当てることを確信し、より踏み込んでこないようにするために。

 

「ええ、私の負けよ…………でも、その片腕は持っていくわ」

 

 浸透勁という技術がある。

 簡単に言えば、打撃の衝撃波を打ち込んだ物体の向こう側に通すというものだ。それが鈴音が教官に叩き込まれた技の正体であった。

 そして、中国拳法の中には“相手に触れた状態から攻撃できる打撃”が存在する。

 

「っ!」

 

 ラウラの表情に苦悶が滲む。

 打ち込まれた腕の装甲内で、生身の腕が痛みを訴えてきたのだ。

 そして、それと同時に背後から衝撃が来る。その衝撃は、この試合で幾度か受けた攻撃、衝撃砲のそれであった。

 

「――――素晴らしい」

 

 口から感嘆の言葉が漏れる。

 試合中指摘した衝撃砲の欠点である砲身の起点。それを鈴音は機体から離れた位置から射出してきたのだ。

 元々のカタログスペックでそういったことができたのかどうかは知らないが、この試合中にできるようになったことに違いはない。

 その成長にラウラは内心の興奮を隠せなかった。

 しかし、その衝撃砲も致命傷にはならず、機体の姿勢を崩す程度にしかならない。

 姿勢制御をしつつ、ありったけの集中力を使い、今にも気を失いそうな鈴音にレールガンの砲身を向ける。

 そして、その数瞬後、決着のブザーがアリーナ内に響き、それを超える称賛の歓声と拍手がその空間を埋め尽くした。

 

 

 

 





ということで決勝戦終了です。
ラウラと鈴音が強くしすぎた感がすごい…………

次回はある意味エキシビションです。そろそろリミッター解除が火を噴きます。


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四十二話

皆さま明けましておめでとうございます。
昨年はもう一話上げるといっておきながら、既に二月になってしまいました。
ぶっちゃけ、飲食店(ちょっと高級な食事処)の新年会と忘年会の忙しさ舐めてました。


今回は少し強引な展開ですけど、この試合は絶対行いたかったので入れておきます。


 

 一年の部が決勝を終え、残りは二年と三年のトーナメントが終わるのを待つばかりとなる筈であったアリーナ。しかし、そこにはまだはち切れんばかりの満員の観客たちがひしめき合っていた。

 その光景をアリーナに併設されている格納庫兼整備室でぼんやりと眺める三日月の姿があった。

 その、いつも通りマイペースな姿に苦笑を零しそうなビスケットは、整備用の電子タブレットで機体のチェックをしつつ、弾薬の補給や微調整のためにバルバトスの装甲を展開させていく。

 

「でもまさか、ボーデヴィッヒさんがあんな演説をぶつなんて思いもしなかったなぁ……」

 

 愚痴とも感想ともとれるそんな言葉がビスケットの口から零れる。

 事態はほんの数十分前に遡る。

 決勝の勝敗が着き、アリーナから各選手が退場する段階で、ラウラが突然機体の外部スピーカーを使い、声を張り上げたのだ。

 

「お集まり頂いている皆様方にお願いがあります!」

 

 突然の事に試合後の興奮もそこそこに観客たちはラウラの方に視線を集中させた。

 

「決勝を終え、一年団の試合はすべて消化されました。しかし他の学年と比べ、試合数も試合時間も短く、閉会式まで時間的な猶予はかなりある今、自分はある提案をさせて頂きたい」

 

 そこまで言うと、ラウラは未だにアリーナ内に残っていたバルバトスを纏う三日月の方に視線を向けた。

 

「優勝した我らがペアの一対一のエキシビションマッチをすることを許可頂きたい!」

 

「……ん?」

 

 そこまで言われても、三日月は自分に水が向けられていることを理解するのに少し時間が掛かった。

 

「無論、これは私の個人的な我儘であることは重々承知の上での発言。そして、祖国であるドイツにも迷惑をかけることも理解した上での行動です。しかし――――」

 

 一旦そこで言葉を切るとラウラは深呼吸をしてから、ハッキリと次の言葉を吐き出した。

 

「それでも、私は彼――――三日月・オーガスと戦いたい!」

 

 言いたいことの全てではないが、伝えるべきことを全て言い切ったラウラは待つ。自身の我儘に対する反応を。

 そしてその結果はすぐに出る。

 返答は先ほどの試合終了後に起こった歓声に負けず劣らずの拍手の嵐であった。

 しかも、それは興奮した生徒のその場のノリや勢いのモノだけではなく、ゲストで訪れていた各国の要人も賛同するようにその拍手に参加していたのだ。

 最後に、ハッキリとした答えを告げるように管制室から放送が流れ始める。

 

『えー…………いきなりの宣言に対する明確な回答をするために放送します。両選手の所属団体の責任者と各国から訪れたゲストの方々からも許可を頂き、運営委員会と学園側からのタイムスケジュールを確認した結果、今から一時間後に行うのであれば、その試合を認めるということにします。何かご意見はありますか?』

 

 学園の教師の一人が少し戸惑いながらもその旨を伝えてきた。その内容に再び会場が沸く。

 

「ありがとうございます!」

 

「責任者…………オルガが良いって言うなら」

 

 こうして、優勝ペアの二人が試合を行う事態になり、未だに三日月はバルバトスと共にアリーナの方に居るのであった。

 

「三日月、言われたとおりに武装は絞っておいたけど、本当にこれでいいの?」

 

「ごちゃごちゃしてるのは嫌いだし、あっても使わない」

 

 整備されたバルバトスの腰のハードポイントには今まで積んでいたソードメイスが外され、近接用の武装は二振りのショートメイスのみとなっていた。

 室内に設置されている時計をちらりと見て、試合の時間までもう間もなくであることを確認した三日月は、右手の甲で右頬を持ち上げるように擦りながらバルバトスに乗り込もうとする。

 

「…………うん。やっぱりこっちのほうがよく見える」

 

 阿頼耶識システムが起動し、ケーブルから送られてくる情報を馴染ませるように二度三度と瞬きをすると、三日月はそんな言葉を呟いた。

 

「――――え?」

 

「三日月・オーガス、バルバトスルプス。出るよ」

 

 ビスケットがその言葉を理解し、疑問を投げかける前に格納庫から白い機影が飛び出していく。

 

「三日月?」

 

 その違和感にビスケットは自分が酷い見落としをしている感覚を覚えた。

 そんなビスケットの不安などいざ知らず、アリーナの中央で件の二人は向かい合う。

 

「オーガス、今回の急な話を受けてくれて感謝する」

 

「ん?……あぁー……別にやることもなかったし、いいよ」

 

 試合開始までのほんの少しの合間。ラウラの口から出てきたのは、感謝の言葉であった。

 そして、数秒の電子音のカウントダウンが刻まれると同時に試合開始の合図が告げられる。

 

「お前には思うところがある」

 

 試合が開始されると同時にラウラは即座に行動を起こす。しかしそれは三日月に向かうとか距離を取るとかではない。

 むしろその行動自体は彼女の正気を疑うものであった。

 

「あの時、辛酸をなめ、誇りや矜持など紙くずと同じだと教え込まれたようであった」

 

 ラウラがしたのはシュヴァルツェア・レーゲンに装備されたレールカノンの投棄であったのだ。

 長大なそれがアリーナに落ちると地面を少し抉ることとなった。

 

「だが、それもここまでだ。今の私には誰かに与えられたものではなく、自身が――――私たちが積み上げてきたモノがある」

 

 そして、彼女は機体の拡張領域から二本の肉厚なナイフを取り出す。

 

「それが確かなモノである証明として、貴様に挑ませてもらうぞ、オーガス」

 

 その装備と姿は、かつてラウラが初めてISに乗り、そして三日月たちと交戦した時と同じであった。

 ラウラは立ち向かう。かつての自分を乗り越えるように。自身の弱さを切り捨てるように。

 本当の意味での試合開始の合図は、ナイフとショートメイスの散らす火花によって告げられた。

 

 

 




少し短いですけどいったん切ります。
次回はガッツリ戦闘パートです。


正直、今回書いてて、主人公がラウラにしか思えなくなってた自分がいました(笑)


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四十三話

投稿遅れました。すいません。

コロナウイルスが世間を騒がせていますが、皆さんも体調には十分気を付けてください。
自粛で家にいる方などの暇を潰すことができれば幸いです。


 今この瞬間、そのアリーナの光景は学園の敷地内ほぼ全ての人間が目にしていた。

 試合に負けた者たちも、機体の修復や各祖国の人間との会話を早々に切り上げ、その試合は見逃すまいとそれを見ていた。

 アリーナの観客席が満員なのは当たり前、立ち見はもちろん、学園内でその試合を映しているモニターの前はそれぞれに人だかりができている。

 しかし、その人の集まりにはあって当たり前のものが無い。

 それは喧噪。

 誰もが直接的に、モニター越しに、只々食い入るようにその試合を見ているのだ。

 

「――――」

 

「――――」

 

 その試合をしている二人――――三日月とラウラも試合の最初に交わした言葉以降、無言でお互いの得物を振り回している。

 火花がちり、機体の装甲が擦れ合い、時には拳や足が相手を捉えようと振るわれる。

 原始的で、そんな古臭い戦いを最新鋭のパワードスーツを使って行っているのだ。

 普通であれば、冒涜的だ、意味がないと言われ見向きもされないような試合内容だろう。だが、そんなことを考えている観客は一人も居なかった。

 

「………………スゴイ」

 

 誰かが一人呟いた。それが自分の口から洩れた言葉なのか、それとも隣に座る他人が零した言葉なのか、それを耳にした人物は判断が付かないと同時にどうでもいいと切り捨てる。

 そんな些事よりも目の前で繰り広げられる試合を見ることの方が重要なのだから。

 只々原始的な試合ではあるが、その内容は常軌を逸した事象のオンパレードなのだ。

 この学園の中で、幾人の生徒が“ナイフでショートメイスを受け流せる”のか。

 観客の中の何人が、“速さで劣る筈のショートメイスでナイフ以上の取り回し速度”を見たことがあるのか。

 そしてそれを十代半ばの、それも同年代の中でも身体が仕上がっていないと思われるほどに小柄な二人がそれをしているということがどれだけ異質であるのかは言うまでもない。

 そんな中で、一つの変化が状況を変化させる。

 

「…………っ!」

 

 観客の多くが息を飲む。

 ラウラの持つナイフが盛大な音と共に刀身が砕けたのだ。

 その瞬間はやけに鮮明なシーンとして観客に認識された。

 三日月の振るうショートメイスがラウラを捉える。しかし、ラウラはもう一本のナイフで受け流す。

 だが、ショートメイスは二本あるのだ。

 一本を受け流し、もう一本が迫る中、ラウラは格納領域からあるものを取り出す。

 

「ん?」

 

 既に速度が乗り、振るのをやめることができないメイスの先端が、ラウラが取り出し、投げた“それ”に接触する。

 それがあった感触は、固いものを殴打したものではなく、柔らかい物体を潰したようなものであった。

 そして、数瞬の間もなく、メイスの先端が爆炎と煙に巻かれた。

 三日月が潰したのは爆薬であった。それを彼が理解する前にラウラは仕掛ける。

 もちろん、二機の間の狭い空間での起爆であったため、ラウラの機体も多少では済まされないダメージを受けていた。

 だが、それを引き換えにしても掴みたい、その一瞬の隙をラウラは待っていた。

 

「――――ここで」

 

 懐に飛び込む。

 彼女の脳裏に『死中に活を求める』という、依然読んだ本の言葉が過る。

 しかし、そこは彼女にとって未だに死中が続いていた。

 

「――――叩く」

 

 頭上からそんな言葉が降ってきた。

 それと同時に身体全身に衝撃が走り、視界の天地がひっくり返っていた。

 

(どこまでもでたらめな奴っ!)

 

 内心で悪態をつくと同時に姿勢制御をおこなう。それと同時に、視界に広がる機体ステータスの中にあるシールドエネルギー残量が、先ほどの一撃が全体総量の三割を削った事実を証明し、ゾッとさせる。

 三日月がしたことは単純だ。

 ショートメイスが破壊されたことで、無手になった方の手で掬い上げるように掌底を叩き込んだのだ、渾身の力で。

 

「結構固いな、ウサギの人」

 

 最初に投棄したレールカノンの近くの位置に来たラウラは、それを回収――――

 

「それは称賛か?ならもう一踊りしてもらおう!」

 

 ――――しようとはせず、格納領域からアサルトライフルを取り出し、牽制をしながら再び距離を詰めようとする。

 

「…………その銃」

 

 牽制の弾を回避、もしくはうまい具合に当てながら、ラウラの接近に備える三日月はその見覚えのあるアサルトライフルに意識が向いた。

 それは自分たちが使っていたEOSの使用していたものと同じものだったのだ。

 そしてそれは、あの日――――三日月とラウラが初めて会った日にお互いが携行していたものと同じでもあった。

 

「拘るさ!でなければ、この試合をする意味が無い!」

 

 三日月の視線から色々と察したラウラは残ったナイフで、もう一本のショートメイスの解体に掛かる。

 

「アンタ、結構喋る人なんだ」

 

「ああ、自分でも驚いているさ!だが、今の自分はこれまでの自分よりも好きになれそうだ!」

 

 活き活きとした表情のまま、彼女はナイフでショートメイスを地面に受け流し、めり込めさせる。

 そして力任せにショートメイスの先端とグリップの付け根を踏みつけ、その基部をへし折った。

 

「えっと――――」

 

 三日月は思案顔を浮かべながらも、対処は的確に熟す。

 メイスを折られることを察した瞬間手を放し、体勢を崩すのを避け、そのまま迎撃するために拳を握る。

 

「ぐっ」

 

 苦悶の声が洩れた。

 三日月は先ほどと同じく、渾身の力で拳を振るい、黒い装甲を打ち抜く。

 ラウラも咄嗟に鈴音にしたように回避しようとしたが、間に合わず轟音が響いた。

 

「まだ!」

 

 だが、先ほどと違いラウラはその場に踏みとどまる。

 そして再び格納領域から、あるものを取り出す。それは小型の盾。

 その小型の盾は全体的に丸みを帯びており、装備すれば持ったほうの手をすっぽりと覆うような構造であった。

 そしてもう一つの特徴がある。その盾の表面にはフジツボのような凹凸がびっしりと付いていた。

 

「「――――」」

 

 再び、アリーナの空気が揺れた。

 ラウラが取り出したのはEOS用のリアクティブアーマーであり、それで殴打すると同時にそのフジツボ――――指向性爆薬を起爆させたのだ。

 幾度目かの爆発により巻き上げられた土煙と、火薬の煙で三日月とバルバトスの機影は一旦隠れることになる。

 それを確認すると同時に、ラウラは一旦距離を取り、肩で息をしながらライフルの弾倉を交換し始める。

 

「ハァッ、ハァッ」

 

 運動量が多いためか、それとも戦闘に割く集中力が切れてきたのか、もしくはその両方かもしれないが、ラウラの息が整うのに時間が掛かった。

 見てくれも酷いものであった。

 美しい銀髪や白い肌は煤や埃で汚れ、機体の黒い装甲も罅が入り、殴打の際に切れたのか、顔に付いた血は掠れて赤黒い跡を残している。

 だが、その見てくれに反し、彼女の表情は晴々としたものであった。

 そんな表情は今まで誰も見たことが無かった。

 それは別室で観戦しているラウラの教官であった千冬も、祖国にいる彼女の部下たちもだ。

 

「――――あぁ、思い出した」

 

 ハイパーセンサーが拾ったその音声がラウラの耳に届くと同時に、煙の中から尾を引いて三日月が姿を現す。

 その姿はラウラ程ではないが、汚れており多少のダメージを見るものに印象付けた。

 

「ら、ら――――ラウラって言ったっけ、アンタ」

 

「――――」

 

 名前を覚えられ、呼ばれたことがここまで嬉しかったのは彼女の短い人生の中で二度目であった。

 

「昭弘と一緒に倒せなかったの、ラウラだったんだ」

 

 その言葉を聞いた彼女の胸中を満たしたのは、紛れもなく歓喜一色である。

 満身創痍の身体に再び活力が漲る。

 達成感が背中を押し、更に先を目指す様に本能が訴えてくる。

 

「まだ――――」

 

 現時点で、お互いの差はまだある。だが、それがラウラの闘志を更に煽る。

 

「まだ私は強くなるぞ!三日月!」

 

『Valkyrie trace system, standby』

 

 その決意の言葉を発すると同時に、無機質な機械音声が産声のように響いた。

 

 

 

 

 




というわけで、大会自体への横やり的なものが無くなったしわ寄せがここに来ました(笑)
最近は、購入したフラッグシップエディションを見つつ、戦闘パートのクオリティアップに勤しんでいます。
今更ながらに、戦闘回を増やせば増やすほど、ネタを増やしていかなければならないのは大変ですね。

次回は、作者がこの小説を書く上で絶対に書きたかった展開の一つです。
まだ書きあがってはいませんが、なんとか満足のいくようにしたいですね。


あと、感想欄には返信で書きましたが、VTシステムにも下駄履かせます。



没案(?)

 

「ら、ら――――ラウって言ったっけ、アンタ」

 
「知れば誰もが思うだろう!君のようになりたいと!君のようでありたいと!」


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四十四話

早めにできたので、投稿します。


 

 

「何アレ?」

 

 目の前で突然起こったその異変に、三日月はそんな言葉を零すしかできなかった。

 そして、それから一瞬の間を置いてから、ビープ音がアリーナ内を満たす。

 

『緊急事態発生!全アリーナの試合、作業は即中止!全生徒、来賓はシェルターに避難!職員は緊急事態の際のマニュアルに従い、各自行動してください!』

 

 スピーカーだけでなく、ISの一般回線を通してもそんな通達が聞こえてくる。だが、三日月にとっては、そんな会ったこともない人間の言葉よりも、目の前で起こっている事態の方が重要であるため、その異変に目を向け続ける。

 異変は、ラウラの機体――――シュヴァルツェア・レーゲンから機械音声が聞こえた瞬間に始まった。

 その特徴的な黒い装甲全体に紫電が走ると、粘性の高いコールタールのように機体が溶け出したのだ。

 だが、溶け始めたといってもその黒い塊が地面に流れ始めるということはない。その代わり、ラウラを飲み込むようにしながらその塊は、ある形を形成し始めた。

 

『ミカ、聞こえるか!』

 

「オルガ?」

 

 一般回線ではなく、プライベート回線で外部から連絡が入る。

 試合中に使われることのない機能であったために、三日月は場違いながら些か驚きの声を漏らす。

 

『いいか、よく聞け。今お前の前にある機体はVTシステムっていう使用禁止になってるもんが動き出してる』

 

「……なんでそんなのがあるの?」

 

『それはこっちも聞きたいところだ。今各国のお偉いさんはドイツの人間を締め上げてるところだろうよ』

 

 二人の会話が続く中、黒い塊の整形作業は佳境を迎えていた。

 それは人型であり、丸みを帯びた体形は女性のようであり、それが纏う鎧のようなデザインの形は間違いなくISであった。

 

「ラウラの機体じゃない?何アレ?」

 

『オーガス、私だ』

 

 オルガとは違う声が今度は耳に届く。それはここに来てからよく聞く、自身の担任教師である織斑千冬の声であった。

 

『時間が無いから簡潔に言う。VTシステムは過去のISの大会で功績を残した者のデータを基に、その動きを再現しようとする代物だ。だが、ああいった機体その物を作り変える機能は無い』

 

 そこまで聞き終えると、目の前の機体の手に該当する部分にいつの間にか長物――――刀が握られていることを、三日月は視認した。

 

『下手に刺激して、これ以上おかしなことが起きる前にすぐにその場から――――』

 

「そんな暇は無いよ」

 

 千冬が言い終える前に、それは既に間合いを詰めていた。

 三日月は近くの足元に転がっていたグリップの取れたショートメイスを引っ掴むと、そのまま向かってきたその人型に投げつける。

 だが、その鉄塊は人型と三日月の丁度中間地点くらいで真っ二つになり、あまつさえ、バルバトスの胸部装甲を浅く切り裂いた。

 

「速いな」

 

 感想を漏らしながら、相手の間合いから出るためにスラスターに火を入れ、後退する三日月。

 だが、その最中、再び異変が起こる。

 急な事態に若干混乱しつつも、無理矢理引き上げた集中力がハイパーセンサー越しにソレを視界に入れる。

 先ほどまで鎧武者のような姿であったのが、いつの間にかシャープで軽装なデザインのISの姿となり、長物も刀からライフルに形を変えていた。

 

「変わった?」

 

 その砲身の空洞の内側が、三日月にはハッキリと見えた。

 

「ロシアのスナイピルだと?」

 

 所変わって、オルガたちが観戦に使っていた部屋では、状況確認の為にその場の人間で機材を操作し、アリーナ内の情報を逐一処理していた。

 そんな中、腹立たしくも、VTシステムがかつての自分と自分の愛機の姿で生徒である三日月を切りつけるという光景を見せられた千冬は、その次に起こった変化に驚きを隠せないでいた。

 アリーナ内を映す画面には、先ほどとは違う姿でライフルを撃ち、確実に三日月を追い詰める人型の姿があった。

 そしてその機体に見覚えがある千冬は、その機体の名前を思わず口にする。

 

「機体の形だけじゃなく、中の人間の髪型も変わってる。アレは確かに当時のビィエーラヤのものだね」

 

 千冬と同じくソレに見覚えのあったアミダが口を挟む。

 二人の脳裏に思い浮かべるのは、第一回モンド・グロッソにおいて、狙撃の分野で他の追随を許すことのなかったロシア代表の姿である。

 

「VTシステムはかつてのヴァルキリーのデータが基になってたって噂は聞いていたけど、コレは…………」

 

 画面が状況の変化を映し出す。

 後退が不利、そして回避が困難と悟った三日月は、上手く弾を装甲に当てながら突っ込む。

 そして、最後の詰めに瞬時加速を使い、その身体を相手の懐に潜り込ませる。

 

「っ、また変わった!」

 

 その光景を見ているしかできないビスケットは思わずといった風に声を上げる。

 懐に潜ったことで、再び機体が戻っても刀の斬撃はできないと踏んでいた三日月は、その対応の変化に十全な対応ができなかった。

 相手の人型の膝が三日月の胴体部を打ち抜く。

 

『――――ッハ』

 

 収音マイク越しにも、三日月の苦悶の声が聞こえた。

 体勢を崩した三日月に対し、その人型は追撃としてバルバトスの白い装甲に両拳を叩き込む。

 バルバトスは文字通り、アリーナの壁に叩き込まれ、その際にできた瓦礫に埋もれた。

 

「今度はアメリカのマッドドッグ…………VTシステムってのはここまで汎用性の高いもんだったのかい?」

 

 三つ目の姿は先ほどの二機と比べ、よりシンプルな姿であった。拳、肘、膝、脛に分厚いプロテクターを付け、徒手空拳が主体――――というよりも、それしかできそうにないほどに極端な装甲レイアウトをしている機体。

 それは近接武装である刀剣類よりも更に近い距離、その機体の搭乗者曰く“ゼロレンジ”での運用を目的とした機体――――マッドドッグとその搭乗者、ジェリー・ワイルドの姿であった。

 そもそもVTシステム――――ヴァルキリー・トレース・システムは、かつてのモンド・グロッソで各部門での優勝者であるヴァルキリーの称号を勝ち取った人間の稼働データを、他の機体でも再現できるようにするために生まれたものだ。

 ならば何故、先ほどオルガの言ったようにそれが使用禁止となったのか。

 それはたった一つの事実があったから。

 機体と搭乗者がその動きを再現しきれないという至極簡単な事実が。

 その結果、VTシステムを搭載した機体は、実機試験で良くて大破、悪くてスクラップとなり、搭乗者も小さくはない負傷をすることになった。

 そういった経緯を持って、使用、開発が禁止となったVTシステムはISの開発史の負の遺産となる。

 

「水面下で開発は続いてたってことでしょ?別段珍しくもないわね……気に食わなくはあるけれど」

 

「その問題について今は後回しだ。それよりも今は一刻を争う」

 

 その端正な顔を歪めながら、ナターシャが吐き捨てる。

 すると、これまでの周りの人間の会話を聞きつつ、冷静さを取り戻した千冬がモニターにある情報を映し出す。

 それは試合に参加していた二人のリアルタイムのバイタルデータであった。

 

「山田先生、教員部隊はあと何分でアリーナに入れる?」

 

「最低でも十五分はまだ掛かります!」

 

「それでは遅いっ」

 

 千冬が焦る理由。それは二人のバイタルデータの内、ラウラの方の各数値が徐々に下がってきているのだ。

 このままではあと十分もしないうちに、ラウラの命に関わる。

 少しの間、部屋に嫌な沈黙が下りる。それを終わらせたのは、画面から聞こえた轟音であった。

 

「――――ミカか!」

 

 画面の中には、自身に被さっていた瓦礫を吹き飛ばし、まだ戦えることを示す様に健在な姿を見せつけるバルバトスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………このままだと、ラウラは死ぬってこと?」

 

『――――――』

 

「それは――――――ダメだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の中心で、前傾姿勢をとったと思えば、次の瞬間には地面が爆ぜていた。

 

「――――――遅い」

 

 一直線に突き進み、弾丸もかくやという速度で、バルバトスは黒い人型に接近し――――通り過ぎる。

 すると、その数秒後、二機の離れた地点にあるものが落ちてくる。

 液体のような見た目のそれはしかし、アリーナの残骸に当たると硬質な音を響かせた。

 その落ちてきたものは、液体を無理やり固めたような物体で、ところどころにネジや電子部品が埋まるようにして含まれていた。

 

「は?」

 

 モニターでそれを見ていた誰かがその光景に呆けた声を漏らす。

 何が起きたのかを理解しようとするために、自然とある部分に注目が集まる。それは、黒い人型の胴体部。

 そこには無理やり引き千切ったような、荒々しく抉れた部分が存在した。

 

「まだ、遅い。もっとだ」

 

 抉れた部分はそのままに、即座に千冬とその愛機――――暮桜の姿に変化した人型は、手にしたブレードを振るう。

 その神速ともいえる斬撃は、先ほどと同じようにバルバトスの装甲の一部を切り飛ばす。

 だが、その程度で止まるほど、今の三日月は冷静ではなかった。

 

「足りない。全然、足りない」

 

 損傷などお構いなしに突っ込み、今度は拳を叩き込み人型をアリーナの地面に沈ませる。

 その際に、マニュピレータに罅が入った。

 だが、三日月は止まらない。

 人型の腕を掴むと、そのまま相手の胴体を蹴り飛ばす。すると、腕が千切れ、人型の本体はアリーナの壁面に叩き込まれる。

 先ほどとは配役が逆の光景が再現された。

 そして、その再現は続く。

 今度はマッドドッグを纏うジェリーの姿で、三日月に突貫してくる人型。それに応えるように三日月も前に出る。

 

「――――やっぱり、これは鬱陶しいな」

 

 突貫するバルバトスの装甲に赤い模様ができる。それは搭乗者の三日月の血であり、その血は彼の鼻から多量に流れ出していた。

 二機が接触する瞬間、三日月がその身体を沈ませ、相手の懐に飛び込む。

 先ほどと同じように、相手は膝で三日月を打ち据えようとしてくるが、それよりも三日月が腕を振るう方が早かった。

 相手の片足が宙を舞う。

 空中では液体のように不定形であるのに、地面に落ちると金属塊になるその光景は異様という以外ない。

 そして、それと同時にバルバトスの振るった腕の指に当たる部分が、その一撃に耐えられなかったのか、三本ほど吹き飛んだ。

 

『―――――――――――――――!!!!』

 

「煩い…………見つけた」

 

 駆動音とも、叫びにも聞こえる嫌な音が人型から響く。

 そして、片足を失ったことでバランスを崩すことになるのを避けるため、再び人型がその姿を変える。

 その姿は――――――ラウラがシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったものであった。

 三日月は指の残っている手を抜き手の構えをする。そして人型はその両腕からプラズマの刃を展開する。

 二機の交差は轟音と衝撃を生み、アリーナ内の土と埃を舞い上がらせる。

 

「ミカーーーーーー!」

 

 その戦闘をモニター越しで見ているしかできなかったオルガが叫んだ。他の面々からも息を飲む音が聞こえる。

 数秒後、土埃が収まる。

 そこには、抜き手を人型に突き刺す三日月の姿とバルバトスの装甲の一部を突き刺す人型が居た。

 

「…………生きてる?」

 

 そんな中、三日月はそんなことを呟いた瞬間、機体を瞬時加速させた。

 黒い人型を突き破るようにして出てくると、バルバトスの腕の中には胎児のように体を丸めたラウラが抱えられていた。

 そのそんな彼女の腕の中にもあるものが抱えられている。それは弱々しくも確かに稼働しているというのをアピールするように発光するISコアであった。

 

「…………ありがとう、迷惑をかけた」

 

「死んでないなら、それでいいよ」

 

 そんなセリフと共に、IS学園における本年度の学年別タッグトーナメントは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 





はい。ということでやっと、タッグトーナメント終わりました。
リミッター解除の描写が薄い?……装甲の展開とか以外に大型の武装を出せる余地が無かったので大人しい感じになっちゃいました。すいませんorz


今回出した、各部門のヴァルキリーは作者のオリジナルです。

裏設定になりますが、この世界のモンドクロッソは第一回から、様々な分野で競技が行われています。
そして今回出た二機はそれぞれ射撃部門と格闘部門(ステゴロオンリー)の優勝者です。そして千冬はあくまで総合部門(普通のISの対戦試合)での優勝者という感じになっています。

次回でVTシステムがなぜ千冬以外の姿を取ったのかを説明する話になると思います。
…………読者の方々はバルバトスのコアのセリフとか読みたいのだろうか?



Q、一夏は異常事態の時に何をしていたの?

A、専用気持ちの一人として、他の生徒の避難誘導を率先してやってました。クラス代表だものね。しょうがないね。


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四十五話

サブタイ的には45話ですが、総合では五十話目です。
よくここまで書いたなと思ってます。その割に進行がアホみたいに遅くて申し訳ないですが(-_-;)


ではどうぞ。


 

 

(薬品の臭いは嫌いだ。嫌でもあの頃を思い出す)

 

 清潔さを表すような白い部屋とベッドの中で、ラウラはそんな感想を抱いた。

 保健室と呼ぶには大仰すぎるその“建物”は一棟全てがIS学園の所有する医療区画であった。

 ISという最先端であるが、未だに網羅されているわけではない技術を扱う上で、どういった人的被害がでるのかが想定できておらず、そして、各国から出向に近い形の学生たちの万全な受け入れ態勢を整えるためにも必要となったのが、その建物である。

 用意した日本側も、各国からの突き上げがあることを恐れ、当時の最先端技術を取り入れ、高校生の利用する施設にすれば十二分過ぎる程の水準を満たしていた。

 しかし、そういった部分で金を多く使っているというのに、実際のところ、その施設が活用されることはこれまであまりなかった。

 というのも、ISの絶対数が少ないため、大けがをするようなISの運用をそもそも学園側があまり認めていないのだ。さらに言えば、怪我をする人間と言えば主に部活や整備を行う人間が主で、それも一般の学校の保健室で事足りるレベルの事例がほとんどである。

 その為、この建物は無用の長物と化していた。

 とはいえ、そもそもこの区画が使われないこと事態は喜ばしいことであるのだが、残念なことに本年度に入ってからはそこそこ使用頻度が上がっていたりする。

 そんな、普段使っていないからか、若しくは掃除が行き届いているからかは定かではないが、綺麗な個室の中でラウラはその日の事を脳内で整理する作業を行っていた。

 というのも、それは彼女が今の状況を理解できていないから――――ではもちろんない。

 

「――――その様子では、意識はハッキリしているな」

 

 ベッドの上で上半身を起こし、窓の外で夕日が暮れる風景を見ている彼女の部屋の扉が開く。

 空気の抜けるような自動ドアの開閉音に反応し、そちらに視線を向けるとそこに居たのは彼女にとって恩師であり、目標の一人であり、そして家族のような存在になってほしかった女性――――千冬の姿があった。

 

「織斑教諭…………あ、すみません、こんな姿で」

 

「いや、構わん。大人しくしておけ」

 

 先の一件で心身ともに疲労した自身に鞭を打ち、立ち上がろうとする教え子に半ば呆れながら、千冬は片手で制するように彼女に無理をするなと伝える。

 そのことに申し訳なさそうな表情をしながらも、大人しくベッドに座るラウラ。

 

(本当に表情が豊かになった………私が気付いていなかっただけかもしれんな)

 

 ベッドの傍にあるパイプ椅子を引っ張り出し、腰かけながら千冬はかつてと今の教え子の差異を脳裏に浮かべていく。もっとも、昔は今ほど人に物事を教えることに心の余裕を持てていなかったことを自覚している分、その考察はあまりあてにならなかったが。

 

「教諭がここに来たのは、事情聴取のためですか?」

 

 お互いに向き合うと先に切り出したのはラウラの方であった。

 

「そうだ。一応確認するが、お前はどこまで今回の事を把握している?」

 

「…………三日月・オーガスとの試合中、自分の機体、シュヴァルツェア・レーゲンが何らかの形で暴走。試合は中断。機体は彼に鎮圧され、私とISコアはその際に回収された。その直後、私は意識を失い、この医療区画に搬送された…………半分は推測ですが、こう認識しています」

 

 考えを纏める為か、一瞬の間を置き淀みなく口にされた情報はほぼ間違いのないものであった。

 その話し方が報告書の内容染みていることに千冬は内心で苦笑を漏らすと同時に、その“らしさ”に安堵の気持ちが込み上げる。

 そんなことをおくびにも出さずに、千冬は肯定を示す様にそれを頷きで返した。

 

「ドイツは今回の件で各国からそこそこの追及を受けるようだ。何せ、今回の事はもみ消そうにも大勢の目を引きすぎた」

 

「……私は責任を取って首でしょうか?」

 

 千冬の補足から、ついついネガティブな思考が過る。それも無理はない。

 なにせ、三日月との一騎打ちを個人的に行っていればまだしも、衆目にさらし、そして専用機の暴走により各国要人や生徒を危険にさらしたという最悪の事件を引き起こしたのだから。

 

「そのことだが……今回の件、各国からの突き上げを食らったのはあくまでドイツ政府であり、お前に対しては同情的な意見が多く出ている」

 

「は?」

 

 少し言い淀んだ後、千冬が語った内容にラウラは理解が追い付かなったか。

 

「傍から見れば、ラウラが行ったことはドイツ側の不正行為を告発する材料にこそなれ、あの場でアレ――――VTシステムを使うことは搭乗者になんのメリットも無いことは誰でもわかることだ」

 

「しかしそれでは――――」

 

 焦ったようなラウラの声は少し大きい。だが、それもしかたがない。

 結果はどうであれ、彼女にとってVTシステムを発動させたのは、紛れもなく自身の心に力への渇望があったからだ。

 それが否定される謂れはないが、それでも禁止された物を使用したのは間違いなく彼女なのだから。

 そして、なにより彼女が最後まで我慢できなかったのは、この状況が“あの時”と同じであることだ。

 辛酸をなめ、生き恥を曝し、部下に変わることを誓ったあの時と。

 

「まぁ、聞け」

 

 落ち着きを見せないラウラの年相応の反応に、千冬は呆れそうになるがひとまず声をかける。まだ話は終わっていないのだから。

 

「今回のトーナメントで既にお前は結果を出している。しかも、他国の候補生を寄せ付けない程の結果を伴ってだ」

 

「いえ、そんな……」

 

「事実は事実として受け入れろ…………続けるぞ?そんな逸材をドイツは簡単に手放す気はない。例え、お前を手放したとして、今度は各国が自国に取り込もうと引き抜きに来る」

 

 それは国際的にも、IS業界的にも面白くはない話であった。

 ラウラはドイツの軍人であるため、かなりの機密情報を扱い、それを多く記憶している。それは軍事機密しかり、ISの機密しかりだ。

 守秘義務があるとはいえ人の口に戸は立てられないし、それ以上にまずいのはラウラが試験管ベビーであることだ。

 軍事目的で人間を造り出すことは、道徳的にも国際法的にもよろしくない。その為、ラウラがそういった存在であることを知られれば、ラウラは“存在しなかった人間”として扱われる可能性が出てくるのだ。

 もしそうなってしまえば、良くてモルモット。悪ければ利用されたまま廃棄されることになる。個人では人間の死を隠すのは困難だが、生憎と彼女を扱うのはそう言った力を持つ国であるのだ。

 

「諸々の事情を鑑みて、教員として私にしてやれたことだけをまずは伝える」

 

 聞けば聞くほど気が滅入る話を聞かされ、突然その話をぶった切るように千冬は新しい要件を口にした。

 

「ドイツの現地関係者との会談の結果、ラウラ・ボーデヴィッヒを三年間、謹慎処分とする。ただし、IS学園の治外法権区に置いてはその限りではない。そして、ドイツの代表候補生としての資格はそのままにしておくため、機体の試験はそのまま当校で行うこと。修理などはこれまでと同じ段取りである…………だとさ」

 

 今度こそ、ラウラは呆けるしかなかった。

 何せ、実質お咎めは無し。そして、機体はそのままドイツの支援を受けられるというのだから、こんなバカげた罰は無い。

 

「それでは……そんなのでは……」

 

「ラウラ、先ほども言ったが自身の功績を認めろ。それだけの価値を今のお前は築いたのだと胸を張れ。それにな――――」

 

 これまで座っていたパイプ椅子を片付け、ベッドの傍に立った千冬は俯く彼女の頭に手を伸ばす。

 

「三年の謹慎が解ければ、原隊に復帰するもそのまま違う道に進むも自由にしてくれて構わないと向こうの軍の人間は言っていた」

 

 多くの事を成してきた彼女の頭は、見た目通り小さく、そしてその銀色の髪は柔らかい手触りであった。

 

「いいか?望みにしろ、責務にしろ、まだまだお前には進むことのできる道は多くある。その歳から自分を枠にはめ込もうとはするな。窮屈な生き方は面白くはないだろう?」

 

「…………教官」

 

 口に馴染んだ呼び方が、自然とラウラの口から零れた。

 

「いまはゆっくり休め。少なくともお前が自身を見捨てない限り、誰もお前を見捨てたりはしない…………これまでよく頑張ったんだ。少しは肩の力を抜いて周りに甘えろ。それに手本になる生きることに真摯な連中をお前はよく知っているだろう?」

 

 そこまで言うと千冬は部屋を後にする。退室の際にしゃくりあげる音が静かな部屋には大きく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ち、夜になるとその学園という施設の関係上、その人工島の多くの場所は光のない暗い空間が多くなる。

 唯一の光源となる星の光も生憎の曇りの天気により、いつもよりも深い夜に感じるほどだ。

 そんな中、ある場所にはとある光源があった。それは携帯電話の液晶の光だ。

 その液晶には通話中の文字が映し出されていた。

 

「もしもし」

 

『もーしもーし♪ちーちゃん♪げっんきっかなぁー♪』

 

 夜中に聞くには陽気な声が耳に響く。

 

「すまんが先に要件を言わせてくれ。ラウラ…………私の教え子が乗った機体が変異したのはどういうことだ?VTシステムに――――いや、そもそもISにそんな機能は無いはずだ」

 

『んー?んんーー?不思議なことを聞くね、ちーちゃん』

 

 その声はどこまでも陽気で、そして無邪気であった。

 

『確かにVTシステムとかいうのに、そういうのは無いよ?データは見たけど、あの子が色々な動きをしたのは、そもそも操縦者の記憶にそういった記憶が多くあったからだろうし』

 

 電話の主の話からすれば、ラウラが強くなるために見漁った競技者の資料の中に彼女たちのものがあり、それを参考に訓練を行っていたことが、VTシステムの幅を広げる原因となったらしい。

 

『最後に本人になったのは、“目の前の敵を倒すのに一番適した姿”と判断されたからでしょ?まったくバカだよね?他人の動きさせるよりも、自身の動きをさせる方が効率が良いに決まってんじゃん!』

 

 なにが愉快なのか、電話の向こうの彼女は歌うように、囀るように、喋る。

 

「なら機体の変貌は――――」

 

『それこそ、ちーちゃんは前例を見てんじゃん?しかも二つも!』

 

 その言葉で携帯電話の持ち主――――千冬の脳裏には白い装甲とベージュの装甲を持つ二機の機体が思い浮かんだ。

 

「変貌の条件は?」

 

『コアであるあの子たちと、操縦者の繋がってる度合いが深いから。それ以上の理由なんて無いよ。いや~、人工物って侮るもんじゃいね!コアがシステムの介入があったにせよ、操縦者の想いに必死に応えようと頑張ってるんだもん!流石はあの子の妹ちゃんだにゃ~』

 

 こちらの事をほぼ全て把握しているような口ぶりに、千冬は一々驚かない。なぜなら、ISに関してはほぼ確実に彼女は全てを知っているのだから。

 

『でもさー、今回のことでも思ったけど――――』

 

 ここで初めて彼女の声のトーンが落ちた。

 

『どうして、ISに“思考制御なんて余分で無駄な機能”を付けようとしてんだろうね?』

 

 特大の爆弾となる言葉が落ちる。

 

『第三世代兵装だっけ?そもそも、操縦者とコアの相性が良ければそれに合わせた進化が起きるのに、乗って間もない操縦者にそれをさせようとするのが頭悪いよね~』

 

 この発言をもし、各国の開発者が聞けば卒倒するか、激憤するかの二択だろう。

 

『しかも、半年もしないうちに結果出ないからって、乗り手変えるとかもうどうしようもないよね?そんなのISである意味がなくなるのにさ』

 

「…………なら、オーガスたちはどうなる?」

 

 止まることを知らない津波のような、言葉と情報量の多さに眉をしかめながら、千冬は疑問を投げかける。そして、それは今現在、世界中が知りたがっている事柄であった。

 

『さぁ?コアの子がどんな扱いを受けてきたかは知らないけど、その子が興味を持つほどの何かがあったんじゃない?いやぁ~あの子たちのお母さんとしてはジェラシ~…………それにね――――』

 

 まだ何かあるのかと、千冬は内心辟易としそうになるが、次の言葉が本日一番の驚きとなった。

 

 

 

 

『あの子たち、私の手を離れちゃった♪』

 

 その声はこれまでの楽しさでも、愉快さでもなく、嬉しさに満ちていた。

 

 

 

 

 





はい。いろいろと物議を醸しだす引きをしてしまいした。作者はアホである(確信)



書いてて思いましたけど、ラウラってかなりの厄ネタなんですよね。ドイツの不利益とか責任とか考えたらVTシステムで詰みますし、人造であることもバレたらアウト。
でも、世界的に衆目を集めるISに乗ってるっていうね…………地味に扱いに困りましたわ。
今回の話でも、結局は問題の先延ばしですし。
あ、ドイツの扱いは次回しっかりと書きます。今回はあくまでラウラメインで書きましたから。


最後の会話ですけど、原作の紅椿の展開装甲をどうして起用したのかを考えた結果ああいった発言になりました。
だって、原作でも第三世代の開発はほとんど無駄って言ってましたし(目逸らし)



最近感想が減ったのは本作のクオリティが落ち気味だからだと思うので、見捨てられないように頑張ります。


次は戦乙女のタイマンじゃあ!難産になる気しかしないぜ!


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四十六話

更新します。
なんか、短い期間に投稿してると、作品の整合性というか纏まり具合に不安が出ますね。


 

 

 『報連相』というものは、働いている人間に限らず、生きていればどうしても必要になってくる事柄である。

 先の一件で、軍人としての職務を学生の間は気にしなくていいと言われたラウラもそれは変わらない。むしろ、人伝の言葉しか知らないので軍との細かい取り決めや、原隊への引継ぎなど、しなければならないことは多くある。

 もちろん、それは自由という権利を謳歌するための義務であるため、彼女からすればそれは当然の事であるので、苦とも思ってはいないが。

 

「職務中に申し訳ありません。ラウラ・ボーデヴィッヒです」

 

『いや、なに……これも職務の一環だよ。それに堅苦しい書類を延々と処理するよりは、他人と会話する仕事の方が気楽だ』

 

 生徒たちが利用する通信機器が設置された個室の一つ。その中で、ラウラは自身の部隊の上司と会話をしていた。

 テレビ電話の向こうにはかっちりとした軍服を着こなし、胸にはいくつかの勲章が縫い付けられている男性の姿があった。その顔には深い皺が入り、彼が既に若くはないことを見るものに印象付け、しかしその雰囲気からは彼が未だに現役であることを疑うものはいない程の貫禄がある。

 そして階級を表すラインは彼が少将であることを示していた。

 

「恐縮です」

 

『ハハハ、そう肩ひじを張ることもない。そちらも気楽に聞くといい』

 

 そう前置きをすると、彼は語り始める。今回の事態の顛末を。

 結論から言えば、今回のVTシステムに関わる組織は既に捕縛されているということであった。

 今回の騒動は実のところ、ラウラがIS学園に入学する前から始まっていた。

 彼女の入学が遅れたのは、主にヨーロッパの方で活発化した非合法組織の取り締まりに軍が駆り出されたためである。

 その幾つかある組織の内の一つが、国の高官と関わっていたことが事前調査で発覚したのだ。

 しかしその時点では、組織の目的も高官の誰が関わっているのかも判明しなかったため、やむなく国と軍は彼らを泳がす判断を下した。

 そして話は今回の騒動にまで進むことになる。

 

『その組織が研究していたのがVTシステムだ。彼らにしても、VTシステムが今回起動したことは想定外だった。その結果、君の機体の接触者を調べるだけで簡単に彼らを捕まえることができた』

 

 彼らが想定していたVTシステムのお披露目は、公に阿頼耶識システムが認められてからの予定であった。

 既に非合法の烙印を押されているモノを合法にしてしまえば、これまで禁止にされていた技術も見直されると思ったのが、組織に繋がっていたその高官である。

 そして、誰よりも早くその成果を出せば、自身の地位を固められるという打算が彼にはあった。

 しかしそれは酷くお粗末な結果で終わることになったが。

 その一連の騒動をドイツは全てとは言わないが、各国に情報を明かすことで釈明し、その非合法組織が保有していた技術的なものをIS委員会に引き渡すことで、今回の件の手打ちとした。もちろん、公の場では言われていないが、ドイツから少なくない額の金の動きがあったが、それを把握している国はわざわざそれを言うようなことはしなかった。

 何故なら、その金の一部は自分たちの懐が行き先となっていたのだから。

 ここまでの説明を聞き、ラウラは説明の中で感じたことを自然と口から零す。

 

「今回の騒動に関わらず、彼ら――――鉄華団が姿を現したことで世界は動き出している。そういうことでしょうか?」

 

『それも良し悪し関係なく、ではあるがな』

 

 言ってしまえば、非合法組織の活発化は鉄華団ができるきっかけとなった、例の戦闘映像が各国にばらまかれたからだ。

 それだけ、ISに男性が乗ったことに大きな意味があり、その彼らが阿頼耶識システムを使っている影響が世界規模で広がっているということでもある。

 

『鉄華団の彼らが禁止されていた筈の阿頼耶識システムの被験体となっていたことは、今や公然の秘密扱いとなっている。だがそもそも、それ自体が禁止になっていたのは、私たちの害になると判断されたからだ』

 

「その前提が崩された」

 

 人は自身の利益となるのであれば、毒物も薬に変えてしまう知恵がある。

 そういった貪欲さが悪いように働いていくことに、ラウラは怒りと恐怖を同時に覚えた。

 

「…………少将、すみませんが少しだけ私的な時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 ラウラはここまでの話で、胸にため込んだ様々な気持ちや感情を今すぐに誰かへ吐き出してしまいたかった。それがどんな相手であろうとも。

 彼女の耳に、先日千冬から言われた「大人に甘えろ」という言葉が聞こえた。

 

『構わんよ。先ほども言ったが、好きなように発言しなさい』

 

 先ほどまでの固い口調から一変し、どこか好々爺のような柔らかい声の了承が返ってくる。それがラウラの背を押した。

 

「――――私はこれまで自身の在り方に誇りを持っていました。造られた命であることを理解し、たとえなんと言われようとも成せることがあると…………築けたモノがあったと認めてくれる人がいたからです」

 

 彼女の脳裏に昨日の夕日に染まる保健室の光景が広がった。

 

「しかし、私たちが必死に何かを行おうとしても、必ず違うところで何かしら、誰かしらの“欲”が見えてきます」

 

 ISという最先端技術を扱う者として、国が大きく関わってくるのは必然である。だが、そこに彼女は違和感を持ってしまった。

 

「少将…………自分たちは誰かに利用されるために生まれてきたのでしょうか?どうして、世界はこんなにも、持たない者に厳しいのでしょうか?」

 

 ディスプレイと一体になっている机の上に、水滴が落ちる。それはラウラの頬を伝った雫であった。

 今回の騒動に置いて、引き金となったのはラウラのIS操縦者としての技能向上が目覚ましいものであり、その想いに応えようとしたISコアが、偶々機体に装備されてあったVTシステムを刺激し、起動させてしまったことである。

 つまりは、ラウラの直向きな向上心と努力の結果が、今回の事件が起きる原因の一つとなってしまったのだ。

 だが、それは彼女が意図したモノではもちろんない。しかし、他人のくだらない理由や思惑があったにせよ、自身の積み上げてきたモノを台無しにされ、その積み上げたモノが祖国の不利益を生んだことは、彼女にとってやりきれない感情を抱かせた。

 今となっては、ラウラは只々悲しかった。

 

『……“ラウラ”よく聞いてほしい』

 

 階級ではなく、名前呼びをした上官に内心で驚きながらも、ラウラは服の袖で強引に目元を拭う。そして、彼に焦点を合わすと、そこには信じられないものが映し出されていた。

 

『すまないことをしている』

 

「少……将?」

 

 画面の向こうで、彼は頭を下げていた。恥も外聞もなく、謝罪の心を表す様に。

 

『今の社会を築き、そこで生まれた負債を次の世代に押し付け、君たちのような若者に捌け口を求める私たち大人はろくでなしの類だ』

 

 語る彼は頭を上げることはしない。

 

『軍人という人を助けるために、人を殺す職業をしている私が言えたことではないが、その道徳観は捨てないでくれ。間違っていることを飲み込むのではなく、おかしいと言ってくれる君のような存在がいてくれることに私は最大限の感謝をしたい』

 

 そこまで言い切ると、彼はゆっくりと頭を上げた。

 

『はっきりと言えば、間違っているのは君ではなく、今の歪な世界だ。昔の人間がどうであったかは知らないが、今生きている大人は、未来ではなく今しか見ていない。君たちが生きていくこの先を憂うよりも、自分たちの私腹を肥やすことの方が重要であるからな』

 

「……すみません、少将。私にはそれが悪いことには……」

 

『あぁ。“それは何も悪くない。”ある意味で人間にとっては当たり前のことだ。しかし、それの帳尻を合わせるために他人を食い物にするのは間違っているのだよ』

 

「……難しいです」

 

 絞り出すような声がラウラの口から洩れた。

 

『あぁ。本当に難しい。人間はできることが増えてしまったが故に、背負うものも増えていく。文明の業だよ』

 

 ラウラの胸中にドロドロとした感情が生まれる。

 自身の行動が世界に大きな影響を与えたというのに、自身の望む変化を齎せるだけの力が無い。その事実が彼女には酷くもどかしかった。

 

『――――話が逸れてしまったな』

 

 個室に下りた沈黙を払うように、画面の向こうの彼が咳ばらいを一つ挟んでから、そう切り出した。

 

『少佐、今回の件、気にするなとは言わん。だが、背負ったなら引き摺るな。そして、今の貴官は軍人ではなく学生としてそこにいる。なれば――――』

 

 そこまで言い切ると、彼は破顔し、笑顔を浮かべた。

 

『失敗を恐れて、縮こまるな。自身の正しさに従え…………老いぼれからの忠言だ』

 

「了か………………ありがとうございます」

 

 ラウラはその感謝の言葉の後に、ある言葉を付け加えるか一瞬迷い、やめた。

 その単語を彼に言ったことはないが、言うのであれば画面越しではなく直接言うことが“正しい”とラウラは思ったのだから。

 

『次は仕事の話ではなく、そちらでの学生生活の報告にでも呼び出してくれ。休憩の口実になる』

 

「はい。それでは失礼します」

 

 そこで通信は切れた。

 何も写さなくなった画面。そこに“書類上は父親である”上官がそこに残っているような錯覚をしつつ、ラウラは一礼をしてから、その部屋を後にした。

 一方そのころ、ある場所では普段は見られないような光景があった。

 それは職員室の一角で、千冬がぼんやりと窓の外を見ていたのだ。

 

「…………」

 

 普通の学園であれば、小休止でもしている教師の姿はそこまで珍しくはない。だが今は、非常事態が起こった翌日なのだ。

 そして彼女はなんだかんだと言いながら、この学園の中でもそれなりに多くの責任者であったりする。

 ならば何故暇そうにしているのか。それは暴走事故が起こった時間帯にある。

 先のエキシビションマッチが行われたのは、閉会式の直前であり、夕方だ。その為、来賓などの対応をしているうちに、夜となり、損傷したアリーナの被害報告などの為の調査は翌日である今日に持ち越されたのだ。

 その為、修繕などを行うための被害報告やら何やらは、調査結果待ちで、彼女の仕事はそれが来てからとなる。

 いつもであれば、授業の準備などもあるのだが、生憎と騒動のせいで臨時休校となったため、それをいまする必要がない。だが、彼女にとってはある意味それは考えを纏める余裕ができたと喜ぶことだったのかもしれない。

 

「辛気臭い顔してるねぇ、千冬」

 

 静かな部屋にどこか呆れを含む声が響いた。

 

「驚かすな……アミダ」

 

「おや?驚くようなことはしてないさ」

 

「気配を殺して近付いておいてよく言う」

 

 千冬の背中から持たれるようにして姿を見せたアミダ。そんな彼女の表情は少しだけ楽しそうであった。

 

「少し用があるから、付き合ってもらえるかい?」

 

 訪ねながらも、アミダは千冬の腕を絡めて引っ張るように歩き出す。

 スーツが伸びると思い、反射的に千冬も歩き出してしまい、されるがままになってしまう。

 

「相変わらず強引なところがあるな」

 

「そりゃ、アンタの周りが大人しい奴らしか居ないからだよ」

 

 その切り返しに、不覚にも納得する千冬であった。

 そうして彼女が連れてこられたのは、今回の騒動で最も被害の少ないアリーナの一つ、そこの格納庫である。

 そこには二機のISが待ち構えていた。

 

「――――なんのつもりだ?」

 

 千冬の声が冷える。生徒や他の教員が聞けば、彼女が怒っていると思われるような声音。

 しかし、アミダにとって、それは違う風に聞こえた。

 

「そんなに怯えなくてもいいじゃないか」

 

 先ほどの陽気な雰囲気を崩さず、どこか揶揄うようなその言い様に千冬は閉口するしかなかった。

 

「なに、ちょっとしたお節介さ――――――アンタの情けない面を引っぱたく為にね」

 

 

 

 





前回と今回の話を纏めるとこういうことです。

大人「「最後の命令だ。心に従え」」

ラウラ「了解」


ぶっちゃけ、ラウラにも後見人なり、保護者に当たる人はいるんじゃない?そんで、絶対一般人ではないでしょ。ということで今回そういう人を出しました。
というか、ラウラが甘えられる大人って考えて、黒兎隊の面々は違うだろって思った結果なんですけど。

では次回も頑張ります。


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四十七話

更新です。
今回は少し短めです。話の展開的に、都合のいいところで切りました。


 

 

 観客のほぼいないアリーナ内で、火花が爆ぜる。

 二度、三度…………何度も続き、数えるのが億劫になってくる頃、空気を裂き、叩くような音が鳴り、再び火花が爆ぜ、硬質な音が響く。

 試合――――というよりは、私闘といった方がしっくりくるその戦いは、始まってから既に十分ほどの時間が過ぎていた。

 

「どういうつもりだ、アミダ!」

 

 声を張り上げながらも、自身が乗っている機体――――打鉄・カスタムパック装備の操縦は怠らない千冬。むしろそれぐらいできなければブリュンヒルデどころか、IS操縦者としては落第点だ。

 

「さっき言っただろうに!アンタの情けない面を引っぱたくってさ!」

 

 千冬が、カスタムパックの装備である鞘付きの日本刀を納刀し、半身に構える。

 それを視認した瞬間、アミダは迷わず、自機である百錬のブースターに火を入れ、正面から突貫した。

 千冬の事を知っている人間であれば、それを見た瞬間アミダの正気を疑うであろう光景。しかし、生憎とアミダも普通とは言い辛いほどの操縦者の一角に居た。

 

「あの頃の強気なアンタじゃなければさあ!」

 

 どこか楽しそうに大声を張り上げ、突貫するアミダは、間合いに入った瞬間、ブースターとスラスター、そして各部アポジモーターの操作に全神経を集中させる。

 細かく、そして一方向に向け噴射のタイミングを合わせる。

 すると、ハイパーセンサーと集中力がスローに見せてくる最速の居合い切りを、彼女は紙一重の距離で悠々と避けた。

 

「踏み込みがあまいじゃないのさ!」

 

 すれ違うようになった機体を即座に振り向かせ、同じように距離を詰める二人。

 居合いからの二の太刀を片刃式ブレードで受け止めつつ、距離を詰め、アサルトライフルの銃口をがら空きになった千冬の胴体に押し付けるアミダ。

 引き金を引くのに躊躇いは無い。

 

「ぐぅっ」

 

 痛みはともかく、衝撃が身体を抜ける感覚に苦悶の声が漏れた。

 だが、それでも千冬は受け止められた刀を引き切る。

 火花と異音が散り、片刃式ブレードを断ち切り、そのまま機体の方まで切ろうとするが、その時には既にアミダは刀の間合いから離脱していた。

 

「失ったシールドエネルギーと奪った武装のつり合いが取れていないなっ」

 

 歯噛みしながら、開いた距離を活かし即座に回避軌道を取る千冬。そして、改めて対戦相手に目を向けると、その顔には笑みが刻まれていた。

 

「さっきよりはいい顔になったじゃないか。でもまだ足りないね!」

 

 アサルトライフルの弾をバラまきながら、距離を詰めようとするアミダ。彼女の軌道をハイパーセンサーを通し意識で追いながら、千冬は今回の試合を何故彼女が行おうとしているのかを必死に考えていた。

 何せ、千冬にとっては、アミダと試合する心当たりなど、“たった一つ”しかない。だが、それが理由だとするのであれば、こんな清々しい顔で彼女が試合をしているわけがないのだ。

 

「アミダ!恨みで戦ってないとしたら、この試合は一体なんだ?!」

 

「一々、聞いてくるなんてガキかアンタは!」

 

 元々考えることが得意な方ではないと自覚している千冬は、素直に疑問を吐き出す。生憎と、それの返答は怒声と輪胴式グレネードランチャーの弾であったが。

 

「分からんものは分からん!そもそもお前と戦う理由が、その傷以外に何がある!」

 

 弾幕を抜け、弾頭を切り捨て、持っていた鞘でアミダの携帯火器を両方とも叩き落す。

 アミダが格納領域から新しい得物を取り出すのと、千冬が納刀し居合いの構えを取るのはほぼ同時であった。

 

「それを抱え込んでいるのはアンタだけさね!アンタがアタシを不幸にしたとでも思っているのなら自惚れもいいところだ!」

 

 先ほどよりも鋭く、速い斬撃が走った。

 甲高い音と共に、刃が百錬の装甲に食い込み、断ち切られた装甲の残骸がアリーナの芝生に向かって落ちていく。

 

(切れない?!)

 

 カスタムパックの刀は、学園が支給しているブレードと比べ遥かに切れ味は上だ。もちろん零落白夜を発動した雪片には劣るが、十分に業物と言っていいものである。

 それを使って、刃を食い込ませることしかできなかったことに、千冬は少なからず動揺した。

 

「コレはそうそう切れるもんじゃないよ!」

 

 アミダが展開したのは武装というには、余りにもISというものには不似合いの代物であった。表面が丸みを帯びたガントレット。それが彼女が左腕に展開したものであり、千冬の居合い切りを止めた原因である。

 

「坊やたちじゃないけどさあ!」

 

 千冬の一瞬の動揺の内に、アミダは右腕に同じガントレットを装備し、振りかぶっていた。

 

「――――」

 

 それを認識した瞬間、千冬の手は動き始めていた。

 片手で刀の柄頭を叩き、力任せに刃を滑らせる。すると、食い込んでいた部分が切れ、刀が百錬の装甲から外れた。

 あとは離脱するだけであったが、それよりも振り下ろされた拳の方が早い。

 

「この傷は私が背負ったモノだ!それをアンタにくれてやるつもりは無いさ!」

 

 千冬の頬に拳が叩き込まれ、姿勢が崩れた。

 

「っ、ふざけるな!その傷を!――――お前の子供を奪ったのは間違いなく私の罪だろう!それを気にするなとでもいうつもりか?!お前は私を命を軽んじる化け物にでもしたいのか!」

 

 千冬が吼えた。

 彼女の言うように、アミダの腹部に走る大きな傷。それは二人が選手としてISの操縦者をしていたころの試合でできたものであった。

 そして、その怪我により、アミダはお腹の中にいた名瀬との子供を失うこととなったのだ。

 妊娠が発覚し、引退を決めてすぐの事であった。

 

「それを言い訳に、アンタはできることをしなくなったのかい!」

 

 追撃で拳を更に振るうアミダであったが、千冬が刀を捨て絡めとるように腕を取り、百錬の推力を誘導するように体勢を入れ替え、放り投げたことで二機の距離が開く。

 

「鉄華団のあの子たちがここに来てから、アンタがやってきた事はそれなりに聞いたよ。IS学園の教師としては立派にやってると思うよ。だがね!」

 

 捨てられた刀を拾うと、それを千冬に向けて投げる。

 だが、それは投げつけるというよりも、投げ渡すようで千冬はそれを掴んで止めた。

 

「どうして襲撃の時にISに乗らない?何故、委員会や各国のお偉方に自分の名を使って牽制をしない?」

 

「それは――――」

 

 “実質的な権力を持っているわけではない”とは言葉にできなかった。

 そして、そのことを千冬は自覚していたのだ。“どうして、自分から動かないのだ?”と。

 彼女は自身のブリュンヒルデとしての功績や力を他人に振るうのを嫌っている節がある。それは自身の感性が権力を笠に着て、その力を振るうことが悪いことであると思っているからだ。

 それは間違っていないが、それは言い訳にしかならない。

 何故なら、彼女はかつて、“守りたいモノの為に地位と力を求めた”のだから。

 

「アンタは怖くなったんだ。自身が持つ力とそれが起こす影響力が」

 

 図星であった。

 自分が必死に見ようとせず、綺麗な言葉で塗り固めた言い訳で隠した自身の弱さを曝される。そう思うと、恥ずかしさが込み上げた。

 

「それを悪いとは言わないけどね。でも、ならどうして、アンタは此処に……IS学園にいる?何故、あの時、あの子たちを助けることを手伝うのを了承した?」

 

 投げかけられる言葉が身を切り、自身の足場が脆くなる錯覚を千冬は覚える。

 

「どうしてアンタは逃げなかった?」

 

 喋ることが難しいと感じたのは、生まれて初めての経験であった。

 

 

 

 

 

 





ということで、二人の試合でした。
生身はともかく、操縦者としての技量は二人ともどっこいどっこいです。


作者の見解になってしまいますが、千冬というキャラクターは『超人に見せようとして背伸びをしている女性』というイメージが強いです。相方が天災だったというのと、周りからそうであることを求めた結果そうなってしまったという印象があるんですね。
なので、一回でも挫折を経験すると、変な方向に拗らせるかなと思って今回のような展開にしました。
これまでの騒動で、どうして学園の最高戦力である彼女が指揮を他の教員に任せなかったのかとか、そのあたりの彼女の心情を次回書く予定です。
説得力があるかはわかりませんが、読めるように頑張らせていただきます。


今更ながら、生々しい感情の描写って難しいですね(笑)



没案(?)

「なんのつもりだアミダ!」

「貴様らは正しいのか?」

「何?!」

「貴様らは正しいのかと訊いている!!」


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四十八話

半年ぶりの投稿になります。
皆さんははたして、この拙作を覚えているのだろうか?

何回も書き直して、結局は自分なりに自然な文章になったと思います。


 

 

 夜の帳が落ちる。

 しかし、その日は雲もなく、海に近いため月や星の光が都会よりも届くために、学園の吹き抜けになっている競技用アリーナの中は夜目が利かなくても問題が無いくらいに明るい。

 

「…………」

 

 そのアリーナの中央。先の事件などで修繕したばかりの人工芝の中心で千冬は空を見上げていた。

 しかも、その恰好はジャージで、寝転がっている姿である。普段の彼女からすれば想像もつかない光景であった。

 もっとも、私生活が意外と抜けている彼女の弟がそれを見れば逆に安心するような光景であったかもしれないが。

 

「…………」

 

 千冬は何も言わず、ただ寝ころんだまま空を見上げ、考えていた。

 昼間に行われた試合。結果だけ言えば、試合は引き分けで終わった。決着が云々の前に両者の機体が先に悲鳴を上げたのだ。

 シールド残量はあるというのに、両者の機体は所々装甲が脱落し、武装に至っては既に再利用できるものの方が少ないまでに消耗していた。

 そんな中で試合を続けるというのであれば、それはもう殴り合いくらいしか選択肢が無かったのである。

 そんな状態では流石に試合を続行するわけにもいかず、やむなく引き分けという形でその試合は終わりを迎えていた。

 

「…………なさけない」

 

 ポツリと、千冬はそんな言葉を漏らす。

 それが自身の有り様を言っているのか、それとも試合に勝ち切れなかったことを言っているのかは本人にすら判断が付いていなかった。

 

『どうして襲撃の時にISに乗らない?』

 

 試合の際のアミダの言葉が正確に思い出される。

 その質問の明確な答えを千冬は未だに言語化できないでいた。

 

(私は責任者としての立場を全うしていた筈だ)

 

 それらしい理由を思い浮かべる。だが、それはどこか自分に言い聞かせるようであり、言い訳がましく思えた。

 

『何故、委員会や各国のお偉方に自分の名を使って牽制をしない?』

 

(私は立場で他人を虐げる存在こそを嫌っていた。それをすれば、私は私でなくなる)

 

 質問を思い出すたびに、やはりそれらしい理由が浮かぶがそれを口に出すことはできない。

 

『どうしてアンタは逃げなかった?』

 

「…………」

 

 とうとう最後の問いかけには、何も言葉が出なかった。

 思考の袋小路に入りかけた千冬は、柄にもなく昔に想いを馳せる。それは彼女の原点であった。

 織斑千冬という人間が世界に対して初めて大きく影響を与えたのは、間違いなく白騎士事件がその始まりである。

 今や政治家などの高官たちには公然の秘密扱いになっている、公に確認された最初のISである白騎士のパイロットは間違いなく織斑千冬だ。

 当時、未成年であり、特殊な事情から両親が居なかった彼女は、あまり社交的な方ではなかった。その為、保護責任者をしてくれていた篠ノ之の家に頼ることも、彼女は自分からは決してしようとはしなかった。

 当時を思い出し、どれだけ自分が不器用であったのかを今更ながらに思う。

 何故なら自分で自分を追い込み、その結果が親友に乗せられて世界規模のテロに参加しているのだから。

 動機と言えば、“力しか無い自分でも、たった一人の家族を守ることができる環境が欲しい”という実に身勝手かつ、分を弁えない理由なのだから笑えない。

 しかも、その後はとんとん拍子で自身の思惑以上の結果が付いてきたのだから質が悪い。

 

「『どんな目標であろうと、周りの状況が変ったぐらいで目指せる程度のものならやめておけ。自分はもちろん周りも迷惑するだけだ』か…………その通りだな、まったく」

 

 かつて、弟に向けた言葉を口にし、その滑稽さに千冬は自身を嘲笑うしかできなかった。

 

「家族を守りたくて振るった力で何が起きた?誘拐や脅迫、挙句の果てには弟自身が危険な立場に立つような状況を造り出しただけじゃないか」

 

 笑った口が悲壮に歪んでいく。

 

「結局のところ、自分に酔っている小娘に過ぎんということか……」

 

「それは、誰の事だ?」

 

 只の独白に対し、質問の声が投げ掛けられる。

 急な事に、身体を起こす千冬。彼女の視界には、スーツを着た褐色の肌と白に近い色素の薄い髪が特徴的な青年――――オルガ・イツカが立っていた。

 

「君は……」

 

「こうやって、サシで話すのは初めてですね」

 

 先ほどの問いかけと違い、どこか形式的な敬語を吐きながら向かい合うようにその場に腰を下ろすオルガ。

 千冬は彼の接近に気付かなかった事に、ようやく自身がだいぶ消耗していることを自覚しつつ、どうしてここにオルガが居るのかを考え始めた。

 

「…………君も、オーガスと同じで敬語が下手だな。今は周りの目もない。楽な話し方で構わない」

 

「ハハ、わりーな。気を使わせちまって」

 

 悪びれもせず、どこか楽しそうに話すオルガに、肩の力が抜けたのか、千冬は先ほどの歪めたような笑みではなく、自然な微笑を零していた。

 

「君はどうしてここに?」

 

「いや、まだミカの奴が目を覚まさねーからな。普段アイツらがどんな所で過ごしているのか個人的に見学してた」

 

「…………無許可か?」

 

「その方が楽しいだろ?」

 

 正直に言えば、オルガがIS学園内をうろつく事はよろしくは無い。だが、昨日のアクシデントで早々に学園から各国のVIPが退去し、中からではなく外からの警戒を厳重にしている今は、オルガのような部外者が隠れて敷地内を行き来するくらいは簡単だったりするのだ。

 そして、その散歩とも探検とも言えない徘徊中にオルガは千冬を見つけ、なんとなく声をかけた。

 もちろん、千冬が一般の職員であれば、オルガは早々にその場を離れていたが、彼女がアミダやナターシャと仲良く話し、自分たちが学園に居ることを把握している人間だからこそ声をかけたのだが。

 

「――――オーガスの方はどうだ?」

 

 ちょっとした悪戯心に笑みを浮かべたあと、オルガの言葉にスルーできない部分があった千冬は問いを投げた。

 昨日のアクシデント――――VTシステムの暴走事故が収束し、撤収作業をしている中、三日月はバルバトスを降りてすぐに気を失っていた。

 操縦中に普通では考えられない量の鼻血を流し、ダメージを受けながらの戦闘の直後であったため、一時は騒然となった。だが、そこは流石に優秀な教員が即座に彼を回収し、敷地内の医療施設に送った。

 その一連の流れを思い出しつつ、千冬は対面に座るオルガの返答を待つ。

 

「医者が言うには、外傷はないがどうして昏倒したのかは分からないって話だった。今はアトラが傍に付いてる…………まぁ、起きてきたら腹が減ったくらいは言うだろうな」

 

 オルガの言葉から千冬は感じていた。彼が三日月に対してどれだけの信頼を寄せているのかを。なぜなら、説明の言葉には心配という成分がほとんどなかったのだ。

 それを聞いていた千冬には、「こんなことでアイツはどうにかなるような奴じゃねえ」と言っているように聞こえた。

 

「こっちからも質問いいか?」

 

 今度はオルガからの投げかけられた言葉に、千冬は首肯で先を促す。

 

「自分に酔っている小娘って、自分の事を言っていたのか?」

 

「…………私は君や、周りの人間が思っているほど上等な人間ではない」

 

 先ほどまでの緊張や、袋小路に入った思考の時とは違い、今度はどこかすんなりと口から言葉が出てくる。

 

「自分ができることを精一杯やって、その結果がどうなるのか考えもしないで、只々周りに煽てられるままに生きてきた。おかげで、今では覚悟すらまともできていない自己を見つめ直すという体たらくだ」

 

 自嘲しながら、視界をアリーナの吹き抜けの向こう側――――星が浮かぶ夜空に向ける。

 

「アミダに言われたよ。何故私は此処に居るのかと。どうしてその力を持て余しているのかと」

 

 彼女の瞳はどこか濁ったようにオルガには見えた。

 

「答えられなかった。それも当然だ。状況に流されて此処にいる自分に、その問いの答えなど持ち合わせていないのだから」

 

「俺たちはアンタに頼った結果、色々と助かったけど、それはアンタの意志じゃないのか?」

 

 真剣に話を聞いていたからこその疑問がオルガの口から洩れる。

 

「私にはもっと君たちに……いや、君たち鉄華団に限らず、IS方面においては色々とできた筈なんだ」

 

 IS方面と千冬は口にしたが、それは今の女尊男卑の社会についても同じことが言える。極端に男性を虐げる女性たちは、結局のところ自分たちの性別以外にその場で社会的な武器になるものがないのだ。

 そんな武器とも言えないものがまかり取る世の中なのは、男女関係なく刷り込まれた意識の問題が前提としてあるからだ。

 

『事が大きくなれば、織斑千冬や篠ノ之束が出てくる』

 

 そんな都市伝説のようなぼんやりとした内容が、今の社会の形成の要因になっているのだから、この世の中がどれだけ歪なのかがはっきりとしている。

 

「その覚悟を持てなかった自分が恥ずかしいっ」

 

 言ってしまえば、千冬は矢面に立つことに疲れ、そして怖がっているのだ。自分の一挙手一投足が社会に大きな影響を及ぼしてしまうなど、質の悪い冗談にも程がある。

 だが、それが実現してしまうのが今の世の中なのだ。

 そして、そういう世界を一時でも、望んでしまった嘗ての自分に今更ながらに悍ましさを覚える千冬であった。

 すべて言い終えたのか、数分その場に沈黙が降りる。

 沈黙を破ったのは、オルガの声であった。

 

「アンタは切り捨てるだけで、何も守って来なかったのか?」

 

 その言葉に千冬はオルガの方に顔を向けた。

 

「俺はこれまで敵も仲間も沢山殺してきた。それは直接手を下したんじゃなくて、たった一つの命令で多くの命を使い潰してきたんだ」

 

 そのオルガの言葉は、自身も傍に居る千冬の身も切り刻んでいく。

 

「その事に後悔しちゃいけねぇとは思っていても、どうしても考えちまう時はある。もっと上手くやれたのにって」

 

 オルガは自身の掌に視線を落とす。月や星に明かり照らされて見える手はペンだここそできているが、仲間内では綺麗な見てくれをしていると思った。

 だが、その手は間違いなく、誰よりも赤く染まっている確信がオルガにはあった。

 

「でもよ。後悔をしても、悲しんでも、立ち止まることをしちゃあ、死んだやつもこれから死んじまうかもしれない奴らも犬死になっちまう。ならさ――――」

 

 そこまで言うと、オルガは立ち上がり千冬に、その血に汚れつつも多くのモノを掴もうとする手を差し出した。

 

「どれだけ情けなかろうと何だろうと、最後まで精一杯背伸びして、できることをやるのは、何も間違っちゃいないんじゃねーか?」

 

 とても青臭く、それでいて芯の通った言葉に千冬は思った。自分がうじうじしているのに比べ、彼は――――彼らは生きていく事に本当に真摯であると。

 そんな、子供の青春のようなやり取りをしている中、ある一室では二人の男女が生まれたままの姿でベッドに横になっていた。

 

「……よく頑張ったな、アミダ」

 

 二人の内、男性の方である名瀬は身を起こすと、隣で眠る女性――――アミダの乱れた前髪を指で軽く整えてやる。

 そうすると、顕わになる彼女の寝顔。その穏やかな寝息をたてる彼女の目元には、涙が伝った跡が残っていた。

 

「――――――情けねえぞ、名瀬・タービン」

 

 表情を歪め、自身を責める名瀬。その原因は自身の妻の一人であるアミダを泣かしてしまった事もそうであるが、なによりもそれを慰めてやることができていない事に対する侮蔑の感情から来たものであった。

 彼女が泣いた理由。それは亡くしてしまった子供の仇を許し、そしてその事に対して納得しようとする自分の感情を抑えきれなかったことである。

 千冬との試合で色々と吐き出したアミダではあったが、それがすべてではなかったのだ。

 アミダの中にある“女性としての感情”は試合にぶつけた通りなのだが、“母親としての感情”はもっと黒く、ドロドロとしたモノである。

 その相反する感情が抑えきれなくなり、彼女は試合後に、スクラップ寸前にした機体について整備員に謝ることもせず、只々名瀬を求めていた。

 

『女は、男っていう華を照らす太陽なのさ』

 

「なら、その太陽が陰った時、華は太陽に何をしてやれる?」

 

 かつて彼女が言っていた言葉を思い出し、名瀬はそんな疑問をポツリと呟く。

 特に喉が渇いたわけでもないのに、無性に飲み慣れた安酒が恋しくなる。だが、その部屋にはアルコール飲料は一滴も備わっていなかったため、ため息を零すことしかできない名瀬であった。

 

 

 

 こうして夜は更けていく。

 進む者もいれば、振り返る者、立ち止まる者もいた今回の騒動。

 しかし、それでも世界はそんなことお構いなしに回っていく。

 

 

 

 





というわけで、今回の話で本当にタッグトーナメント戦完結です。
クソ長かった…………

軽く説明を入れますと、千冬もアミダも自分の気持ちに決着をつけ切ったわけではありません。なので、またちょくちょく女性として弱い部分も見せていくかもしれませんが、しっかりと大人として頑張っていく感じです。

次回からはやっと臨海学校編です。
それで一応アニメ一期という最初の目標にしていた区切りなので、なんとかそこまで書き切りたいとは思います。
……その先?ISの最終巻が出たら書くかもしれません(適当)


~おまけ~

今回のダイジェスト

千冬「私の影響力が強すぎるわぁ~。マジつらいわぁ~」

オルガ「ええから、働け」

名瀬「マイワイフが闇を抱えてる件について」

アミダ「( ˘ω˘ )スヤァ… 」


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四十九話

今年も残り一月を切りました。
今年度中に五十話までは上げたいと思ってます。
では本編どうぞ。


 五反田弾という少年が居た。

 彼は良くも悪くも平凡的な高校生であった。同年代の中で、特に目立った個所があるかと問われれば、周りの人間は『アイツの隣に居る奴の方が目立ってる』とか言われてしまうような少年である。

 そんな彼はその“隣にいる奴”――――織斑一夏の鶴の一声から、不思議な力が働き、何故かIS学園の正門前に居た。

 

「…………憧れてたり、行きたいとは言ったけど、生活したいとは言ってねーよ」

 

 呆然としながらも、そんな愚痴は自然と口から漏れ出てくる。

 そもそも何故こうなったかというと、前述の通り一夏の入学前の要望が発端であった。

 

『知り合いも、男もいない学園に単身で放り込まれるのは嫌だ!』

 

 至極真っ当な彼の意見に対し、国の側は『検討します』という曖昧な言葉を返すしかしなかった。

 だが、その要望を覚えていた国は一夏の要望を全く無視することにより、国に対する不信感を大きくすることを危惧し、今更ながらにその要望に応えるための一手を打った。

 傍から見れば完全にゴマすりであるのだが、そこは言わぬが花である。

 そして、国から徹底的に経歴やら友人関係などを洗われまくり、芸能人のルーツを探る某番組並みに、本人も知りえない御先祖様の事まで把握された五反田弾という少年は、この度IS学園の敷地にその足を踏み入れることとなったのである。

 

「授業免除で修行ができるといってもよりにもよって此処はなぁ…………」

 

 生活用品を詰め込んだ鞄を片手に憂鬱な面構えで、学園の事務所に向けて足を動かしていく。

 彼の言葉通り、彼は本来であれば藍越学園という高校に通っている学生である。しかし、彼は本来高校に行く気が無かったりした。

 何故なら、彼は将来実家である小さくはあるが繁盛している定食屋を継ぐ気であったからだ。その為、中学卒業と同時に実家で働き、厨房での修行を始めるつもりであった。

 だが、彼の祖父であり店主である五反田厳がその考えを止めた。

 

『弾。お前さん、その歳で無理やり自分を枠にはめ込もうとするな。今の時代、職業だろうと趣味だろうと、やりたいことはできるだろう。学生の間は少しでも見聞を広めてこい』

 

 普段から必要以上に喋らず、厳しく接してきた祖父からの言葉に弾は大人しく従うことにし、進学でも就職でもなんでもござれの他分野を扱う藍越学園に進学することを彼は決めた。

 

「まぁ、ここにいる食堂のおばちゃんはじいちゃんの知り合いって言ってたけど…………ん?修行なのにそれって不味くね?」

 

 両親からの遺伝で少し赤身の掛かった髪をバンダナで纏め、それが少し軽薄な印象を与える彼であったが、根は真面目なため学力も申し分なかった。その為、藍越学園の試験も普通にパスしたのだが、入学してしばらくしてから国から今回の話が当人にまで上がってきた。

 国が彼に提示した話は大まかに言えば以下の通りである。

 

『男性操縦者である織斑一夏の要望で、同年代の知り合いを学園の方で会える環境を作りたい。その為、交友関係のある貴方にIS学園の方に通っていただきたい。貴方の進路は飲食店の厨房で働くことと窺っているので、学園の食堂で働けるようにこちらで手配もします。免除するつもりではありますが、もし御要望であれば、一般教養の授業は学園の方の授業を受けて頂いてもかまいません』

 

 取り合えず、すべての話を聞いた弾は思った。

 

(…………いや、普通に無理だろ。ていうか、馬鹿だろ?)

 

 どこの世界に合格し、登校していた高校を辞めて女子高に通う男子高校生が居るというのか。

 確かに、男子高校生が女性との交流や交際に憧れを持つのは事実であり、IS学園に在籍する人間のほとんどが美人であるというのは、有名な話である。実際先ほど彼が口にした通り、彼も多分に漏れずIS学園に憧れを持っていたりする。だが、そこで過ごしたいのかと問われれば、それはまた別の話だ。

 考えてみてほしい。普通の学校と違い、共同生活を送る環境の中で思春期男子が少ししか居ない場所で気が休まるのかどうかを。そして、周りの人間が同年代の友人ではなく、異性である男性として見てくる状況を。

 五反田弾という少年は、現在学園に在籍する一夏や鉄華団の誰よりも、そういった異性からの視線に対して一般的な感性を持っている。

 そう言ったことからも弾としては断りたいのはやまやまであったが、国からの要請を無碍にできるほど彼はまだ大人びてはいなかった。

 もちろん、家族の意見も参考にすべきなのだが、身内からは『行くも行かないもどっちになっても、支持してやる』というどこかピントのずれた返事しかなかった。身内もその辺りの弾の判断を信用していたからの言葉であったのだが、弾にとってはありがたくもなんともないのは言うまでもない。

 

「結局は目先の利益に飛びつくあたり俺も大概だよなぁ……」

 

 普通の高校生活が楽しくなかったのかと問われれば、十分に満喫していた弾であったが、その生活に燻りを感じていたのもまた事実である。

 放課後や休日に店の手伝いをしていたとはいえ、やるのであれば最初から最後まで――――具体的に言えば、食材の仕入れや仕込みから、調理道具の整備や余った食材の有効利用や既存のメニューの改善などまで徹底してやりたいというのが、彼の本音であった。

 そして、食堂のメニューに手を加えるのであれば、同じ品でも五反田食堂とは違う調理方法をしている現場に行くことは有用な事であったのだ。

 その為、IS学園という世界中の人間の要望に応えている食堂での勤務は、彼にとっては金を払ってでも行くべきような環境であった。

 

「ハァ…………まぁ、ウジウジするのもここまでか。なんだかんだでアイツとまたつるめるってのもあるし」

 

 ため息とともに陰鬱な気持ちを吐き出した事にして、弾は顔を上げる。

 すると、それなりに道を進んでいたのか、目の前には既にIS学園の総合受付がある建物があった。

 

「ん?……千冬さん?」

 

 建物の入り口前。そこには普段の教師の姿である女性もののスーツをキッチリと着こなす千冬が立っていた。

 

「しばらくぶりだ、弾君。元気そうだな」

 

「お久しぶりです…………なんで、食堂の従業員として働く自分に出迎えが?」

 

 学園で初めて会ったのが顔見知りであることに少しだけ緊張の糸が解れた弾は、素直な疑問を口にする。その何気ない疑問の返答として、最初に返ってきたのは彼女の渋面ということで面食らってしまう弾であったが。

 

「…………愚弟の不用意な発言で申し訳ない」

 

「…………いえ」

 

 その一言で、色々と察する弾であった。

 因みに余談であるが、この二人のこういったやり取りは実はこれが初めてではない。

 彼が中学生時代にこういうやり取りはそれなりにあったのだ。具体的に言えば、一夏が無意識に多くの女生徒を振りまくり、その女生徒たちのメンタルやアフターケアなどをしまくっていた弾の存在に気付いた千冬が、感謝とも謝罪とも言える言葉を送りまくっていた。

 その時にケアした女生徒の幾人かは、その弾の優しさに惹かれていたりしたのだが、当人の――――

 

『今の君は傷心とかで色々と不安定だからそう感じるだけだ。少し冷静になってくれ』

 

――――という言葉から、このままくっついても碌な結果にならないと伝え、歪な人間関係の構築を阻止していたりする。

 この話を聞いた千冬は目頭が熱くなった。そして、評判の良いラーメン屋で彼にお代わり込みで食事を奢った。

 ということで、この二人はそれなりに気心の知れた仲であったりする。

 

「弟が刃傷沙汰に巻き込まれていないのは、彼のおかげである」

 

 千冬は本気でそう思い、弾に感謝している。

 挨拶と謝罪という何とも言えない空気から抜け出すために、二人はさっさと学園に滞在するための手続きなどをこなしていく。

 そして、彼の私室となる教職員寮の一室まで案内され、ようやく彼は一息つくことができるのであった。

 

「何はともあれがんばりますか」

 

 その言葉通り、彼はその日から食堂での活動を開始した。

 その日は休日ということで、食堂の開店こそなかったが、他の従業員への挨拶や調理場の説明などを受け、一日のタイムスケジュールや作業手順などを先達から教えてもらう。

 

「土日の休日は、希望者だけ弁当を作って部屋に届けることになってる」

 

「生徒だけですか?」

 

「いや、教員もその中にはいるな。昨今、女性が食事の準備もできないのは珍しくもないらしい」

 

 内心で『ホテルのルームサービス?』とか思った弾であったが、そんな思考とは別に先輩である女性職員の説明を頭に叩き込んでいく。

 そして、説明を一通り受けた弾はお礼を伝えると、復習として厨房の中を確認していくのであった。

 翌日、初日ということで色々と四苦八苦し、なんとか朝のピークを越えた弾は、返却口の食器を片付ける作業に取り掛かる。

 すると、ちょうど返却口に空の食器が乗るお盆を置いた人物がいた。

 

「……え?弾?なんでいるんだ?」

 

 とりあえず、彼が友人に最初に食らわせたのは、無神経な言葉に対する返答替わりの温かい拳であった。

 

 

 

 




というわけで、閑話に近い内容でした。
個人的な意見ですが、弾はISの中でもそれなりに常識人よりの人間だと思っています。なので、一番苦労しますが、周りからは一番幸せになってほしいキャラにもなっています。


次回は臨海学校の導入になると思います。
やっとウサギやら、伏線の回収やら書けます。まぁ、鉄華団からすれば、「だから何?」とか言われそうですけど(笑)

ではまた次回です。

感想いつもありがとうございます。


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五十話

色々と書こうと思っていましたが、長くなりそうだったので、今回は臨海学校編のプロローグです。

最近、色々とクロスオーバー系の作品の構想が止まらない自分に呆れそうです。
鬼滅×GE3(アニメ制作繋がり)とか、マブラヴ×ロスカラ(エクストラ編から)とか、えみご×料理系の漫画(士郎に平穏を)とか、ネギま×スパロボ(主に機神拳)とかとか。………でもこっちともう一つをどうにか切りのいいところまでやらないとできないというジレンマ。どうしましょうね?


 

 カツカツと靴底を鳴らしながら、その建造物内にある廊下を進む一人の男が居た。

 その男性の姿は一言で表すなら“チグハグ”だ。

 着ているスーツと白衣はパリッとして、皺の一つもないのだが、その男自体は髪に寝癖が付き、髭も伸びたまま、そして眠たそうな表情を隠しもせずに欠伸をかみ殺している。

 そして、疲労からかどことなく疲れた表情を見せていることから、傍から見ても彼の実年齢を予測するには困難なほどであった。

 

「お邪魔しますよっと」

 

 そんな言葉と共に、彼は廊下の先にある一室に入り込む。その部屋の扉は木製で、ドアノブも古いデザインの真鍮でできていた。

 ガチャリという音と共に開かれたその部屋の向こうは、彼の見た目と同じく扉のデザインとは打って変わった光景が広がる。

 その部屋の一番の特徴は壁に幾つものモニターが備え付けられ、それ用のコンソールやらハードやらは部屋の隅に纏められている箇所である。

 しかし、そんな近未来的な風景が広がっていると思えば、部屋の一角では安っぽいデザインのシンクと冷蔵庫、電子レンジなどが置かれ、足場は畳というどこか日本の昭和テイストな箇所もある。

 初見でこの部屋を見た人間は揃って、そのデザイン性に疑問を覚え、首を傾げるだろうが、その部屋の主が彼であるのであれば、そのチグハグ具合もどこか納得する。そんな不思議な空間の部屋こそが、彼の職場である。

 

「はてさて、今の状況はっと」

 

 冷蔵庫から幾つかドーナツを取り出し、レンジでチンしながらそんな言葉を呟く。

 すると、彼の言葉に連動するように、壁にあるモニターの一つが灯る。

 その画面の向こうには一台のバスが映りこんでいた。

 

「…………日本ではこういうのなんて言うのだっけ?校外学習?」

 

 温まったドーナツの内の一つを咥え、冷蔵庫から冷たい牛乳を取り出し、グラスに注ぐ。

 

「あ、しまった。コーヒーにすればよかった」

 

 普通に見ればそれは成人男性の朝の朝食風景に見えなくもないが、彼がその行動一つ一つの間に挟まる動作によって、部屋の中にある機器が起動していく様は、異様以外の何物でもない。

 指を振れば、機器のハードが立ち上がっていく。

 肩を回せば、機器が熱暴走を起こさないようにする冷却ファンが動き出す。

 靴のつま先で床を二回叩けば、部屋の温度が下がり過ぎないように空調が起動する。

 

「…………うっさい」

 

 最後に彼がそう愚痴ると、奇妙な事に“部屋にある機器の起動音のみが聞こえなくなる”。

 牛乳を注いだグラスと、残りのドーナッツを乗せた皿を持つと、彼は部屋の中央に敷かれた三畳ばかりの畳に向かう。

 その畳の上には卓袱台と座布団が敷かれ、彼はそこに腰を落とした。

 卓袱台の上にはモニターを操作するための機器が置かれており、グラスと皿はその隙間に差し込むように置いておく。

 

「世界情勢は……」

 

 モグモグと口の中のモノを咀嚼しながら、彼は機器を操作し、他のモニターに様々な情報を映し出していく。

 

「結婚に、不倫に、熱愛報道…………あれ?この人ファンだったのに、ショックだ」

 

 彼の言葉通り、モニターには芸能情報といった世俗にまみれた内容もある。ただ、その横のモニターには某国の軍の活動記録といった、一般人が知る筈もない機密の高い情報が流れていたりするのだから笑えない。

 

「銀の福音の起動実験、IS学園の臨海学校、亡国企業の機体簒奪…………さっきのバスはそれか」

 

 彼は文字であったり、映像であったりする情報を流し見ていく。そして、何らかの関心が働いたのか、ここ数か月分のIS学園で起こった出来事を再確認する作業に移った。

 

「男性操縦者の増加、クラス対抗戦、タッグトーナメント、VTシステム、無人機の存在の認知…………彼女も難儀だなぁ」

 

 彼の脳裏にうさ耳を付けた一人の女性の姿が浮かぶ。彼がどういった経緯があり、彼女を難儀といったのかを確かめる人物は、残念なことにその場には居なかった。

 

「世界は特に変わりなし。いつも通りの人らしい世の中だな」

 

 特にこれといった面白みはなかったのか、彼はそんな感想を述べると上半身を後ろに倒し、その場に寝っ転がる。

 

「今日の予定は例のデカブツの完成で、あとはフリーだから何しよう?」

 

 そう言って、彼は寝転がったまま首を横に向ける。すると、それに連動し再び部屋の一部が動き出す。

 その部屋で唯一何も無かった壁が動き出し、その部屋に隣接する、もう一つの部屋が姿を現す。それは格納庫のような空間で、かなりの広さがあった。

 そして、その部屋の中央には、彼が先ほど口にしたデカブツが鎮座していた。

 

「…………今度は、座椅子を注文しようかな?」

 

 

 

 

 





というわけで、本当に話の導入部分です。
今回出てきた男性はまたしても自分のオリジナルキャラです。
まぁ、勘の良い読者の皆様は簡単にどういった人物か予想がつくでしょうけど、その予想を裏切れるように頑張っていきたいと思います。


おまけ

「結婚に、不倫に、熱愛報道…………あれ?この人ファンだったのに、ショックだ」

 彼の言葉通り、モニターには芸能情報といった世俗にまみれた内容もある。そしてその中に彼が見逃せない情報が含まれていた。

「水〇奈々が結婚、だと?………鬱だ、死のう」


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五十一話

読者の皆様お待たせして申し訳ありません。久方ぶりの投稿です。

今回もある意味で臨海学校の導入部になります。
この臨海学校編で、色々と伏線の回収をするつもりなのですが、文章を書く上で色々とチェックしつつの投稿なので、更新速度がかなり落ちます。
なので、申し訳ないのですが、気長にお待ちください。
ではどうぞ。


 

 

 高校生のバス移動と言えば、どういった車内を想像するだろうか?

 一般的な高校であれば、遊んだり、おやつを食べたり、歌を歌ったりと、どこか騒がしい印象がある。だがしかし、IS学園のバス移動はあまり当てはまらない。

 そういった生徒がまったく居ないというわけではないが、普段の忙しい学生生活の疲れからか眠る者や、授業の復習をする者。そして、これから向かう先で行われる専用機の試作装備のカタログスペックをチェックする者など、騒がしさからは程遠い風景が大型のバスの中にはあった。

 

「それにしても良かったんですか?今回の臨海学校に僕たち兄妹も同行して?」

 

 車内の一角で、そんな質問を投げたのは女性だらけの車内で、数少ない二人の男性の内の一人であるビスケットである。彼の後ろの席には、言葉通り二人の妹が座っていた。とはいえ、久しぶりの外出ということで、前日にあまり眠れなかったのか、今は二人仲良く寝息を立てているが。

 

「気にしなくても大丈夫ですよ。ビスケットさんたちが普段は学園の事務仕事も行っていることは今の学年の皆さんは知っていますから、特に不満を持つ人はいませんよ」

 

 彼の問いを受け取り、返事をしたのは隣に座る真耶であった。

 彼らがバス移動をしているのは、IS学園の年間行事の一つである臨海学校のためである。普通の学校での臨海学校は、学校では習えない自然の中で過ごすことで必要な知識を、実体験を交えて学習するというものである。

 そしてもちろんであるが、IS学園はその限りではない。

 アリーナだけでなく、海などの特殊環境でのISの運用をどのように行うかを習う――――という名目での生徒たちのガス抜きが目的であったりする。

 正直な話、ISの運用を学習するのであれば、IS学園以上の場所など存在しないのである。海という特殊環境も、学園自体が人工島であるのですぐ横が海なので、移動すること事態がそもそも無意味であったりする。

 ならば何故、この行事があるのかと言えば、前述した通り生徒たちのガス抜きであった。

 IS学園という研究機関に近い教育機関に通う生徒は、一人残らずエリートと言っても差しさわりのない能力があり、人物によっては大人顔負けの技能を持っている人間もいる。しかし、能力があったとしても、実際の所彼女たちは未だ十代の少女なのだ。

 なので、時々は学園の外で活動させることで、溜まっている鬱憤を発散させ、学習効率を上げるというのが本音であった。

 

「それに今回のようにしっかりとした安全確保をしたうえでの外出の機会はそうそうありませんし……」

 

 以前の誘拐事件の事を匂わせる発言を敢えて自分から発言する真耶。前回の事件で、唯一肉体的被害を受けた彼女がそれを切り出すことで、その事について気遣うことをしなくても良いというサインをビスケットに送る。

 

「――ありがとうございます」

 

 そういった彼女の気遣いなどは、色々とビスケットには筒抜けであったが、その優しさに甘えると同時に、下手に気遣うのは逆に失礼と思い、それに乗っかることにした彼は感謝の言葉を返した。

 

(ふむ……ああいうのを日本ではオシドリ夫婦というのであったか?)

 

 少し離れた位置でその会話が聞こえていたラウラは、手元のタブレットの画面から目を離すことなくそんなことを思っていた。

 彼女がタブレットで閲覧しているのは、今回の臨海学校に合わせ、ドイツから送られてくる試作装備の概要と取り扱い説明を纏めたデータである。

 バスに乗るなり、そんなデータを見始めたラウラに隣に座った生徒はギョッとし、早々に狸寝入りを決め込んでいたりする。もっとも、ラウラからすれば機密の高いデータをこんな公の場で見るようなことはしていない。その辺りの分別はしっかりしているのだが、傍から見てそれを把握できるかどうかは別である。

 

「……鉄華団が世界に影響を与えているとは思っていたが、こんなものにまで関わってくるのか?」

 

 画面の中には『質量こそ正義だ』と言わんばかりの大剣が表示されており、武装名のところには『要塞殺し』と書かれていた。

 

「本国の連中はいったい何を考えているのやら……」

 

 ハイテクに頼った武装が脚光を浴びる中で、時代に逆行するような戦闘をするバルバトスやグシオンの映像は各国に様々な波紋を広げた。

 時代が一周したとはまだ言えないが、一昔前の武装が現代でも通用するというのは大きな意味を持つ。何せ、その武装一つ一つに掛かるコストが安く済むのだから。

 もちろん、それは一般人からすれば高額なのだが、最新鋭の装備と比べればその差は雲泥と言っても過言ではない。

 

「しかも、レーゲンのAICとPICの使用が前提だと?……ちょっとまて、そもそもコレはIS用なのか?」

 

 概要を読み進めていくうちに膨れ上がっていく疑問と疑念に、彼女は自然と口から言葉が漏れていく。

 

(あー……あー……聞こえな―い)

 

 クラスの中では搭乗者志望であり、普段からラウラとそれなりに意見交換をしている狸寝入り少女は内心で無関心を装うのに必死であった。学園生活では、軍隊生活とのギャップについてラウラに頼りにされることもある彼女であるが、ヤバい話に巻き込まれるのはごめん被りたかった。

 その顔色が青くなり始め、その事にラウラが気付き慌て始めるのは、目的地に到着する五分前の事である。彼女の苦難はもう少し続く。

 そんなあれやこれやが静かに起こりつつ、目的地である海沿いの旅館に到着し、荷物を下ろすころにビスケットに近づく人がいた。

 

「グリフォン君、今後のそちらの予定を一応確認したいのだがよろしいか?」

 

 それは今回の臨海学校における引率の代表である千冬であった。

 千冬は内心で、生徒ではないビスケットをどう呼ぶのかを考えたが、無難に苗字に君付けで呼ぶという結論がすぐに出た。しかし、普段の彼女のお堅く、厳しい態度しか知らない生徒からすれば、そんな千冬の言葉に只々驚いていたが。

 

「あ、わかりました。二人の荷物を置いてくるので、それまで待っていただいてもよろしいですか?」

 

「お兄ちゃん!荷物くらいなら、私たちが運ぶよ!」

 

「そうだよ!お仕事のお相手を待たせちゃ駄目だよ!」

 

 バスの中で寝たことで、年相応の元気を取り戻したクッキーとクラッカ。二人は片手でそれぞれの荷物を持ち、空いた方の手でビスケットの荷物を二人で持ち上げると、なかなか目にすることのない純和風な旅館に向けて駆けていく。

 

「ふ、二人とも!走ったら危ないですよ!」

 

 その後を真耶はまるで保護者のように付いていくのであった。

 

「ア、 アハハ……妹がすみません」

 

「いや、元気そうで何よりだ」

 

 その微笑ましい光景に、笑うしかない二人であった。

 

「予定の方は搬入班と三日月たちのことも纏めて確認しますので、できれば室内で話をさせてください」

 

 笑顔を引っ込め、仕事の意識に切り替えたビスケット。彼がまず行ったのは炎天下の駐車場からの移動の提案であった。

 今現在の日本は既に、海開きが終わっており、海で泳ぐには最適の環境になっているのだが、それは逆に言えば日射病や熱中症の危険もあるということであった。

 

「そうか……いや、すまんな。気が逸っているようだ」

 

 気恥ずかしいのか、彼の言葉に対し目線を逸らしながら千冬は、ビスケットを連れたって旅館に足を向けた。

 

「……あまり長々と話をするつもりは無い。早々に切り上げて、君も自由にしてくれて構わない」

 

 道中、沈黙に耐えきれなかったのか、千冬はビスケットに話しかける。

 その内容はこの後の彼の予定についてであった。

 臨海学校の初日は移動で午前中のほとんどを使うが、午後は基本的に自由時間となっている。これはISの運用について学習をする場合、長丁場になるため中途半端なことをさせるより、十分に休息を取らせ、翌日に長時間の活動してもらうという考えがあるからである。

 教員も下準備の期間を十分に取れ、且つ休息も取れるために言うことは特になかった。

 

「いつも、お気遣いありがとうございます」

 

「……感謝をするのであれば、その分妹たちと接してあげなさい」

 

 教員としてでは無く、血を分けた家族の居る年上のアドバイスとして、千冬は言葉を返す。その内容は、自分があまりできていなかった事であったからこそ出てきた言葉。それを自覚している彼女は、暗い雰囲気にならないように言葉を続ける。

 

「山田君も君を待っているだろう。やらなければならないことは早く済ませよう」

 

「ぶっ!?」

 

 思わず吹き出すビスケット。それも無理はない。何故なら、真耶と良い仲になりつつあることを千冬に言われるとは思わなかったのだ。

 そのビスケットの反応に、千冬は不思議そうに首を傾げた。

 

「君たちは付き合っていると聞いたのだが……違うのか?」

 

 唐変木と言われてきた一夏とは、また違った鈍感さを見せる千冬にビスケットは赤面し、口をパクパクと開閉させることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 





おまけ

~IS学園食堂~

虚「はぁ……どうして、授業そっちのけで生徒会の仕事をしているのでしょうか、私は……まぁ、カリキュラムはほぼ終わっていますけど……」

弾「あの」

虚「はい?」

弾「これ、良かったら」

虚「え?」

弾「試作で作った南瓜のプリンと緑茶です」

虚「どうして……」

弾「最近此処で書類整理していたのがよく見えたので。自分に対するご褒美だと思って受け取ってください」

虚「えっと、お代は」

弾「それは普段の貴女の頑張りってことで…………それだと足りなさそうなので、今度からは試作のデザートを作ったら受け取ってくださいますか?」

虚(え、優しい)



というわけで、臨海学校中の裏では、弾がしっかりラブコメしています。
弾がナンパっぽく見えますが、今回は下心ゼロで、心配度MAXです。だって、授業時間のはずなのに、食堂で一人書類作業をしている女生徒が疲れ切った顔していれば普通は心配しますよね?


ご意見、ご感想をお待ちしております。


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五十二話

読者の皆様お久しぶりです。
久方ぶりの更新になります。


今回、投稿するにあたり、自分はラブコメは書けねえなと悟りました。
なので、今作はどっちかというと戦闘と策謀よりの話になっていくと思います(今更感)


 

 

 旅館のロビーの一角。普段はお客の休憩所に使用される複数の机とソファーは、和風なテイストの建物の邪魔にならないシックなデザインとなっている。

 普段であれば、一般客で賑わうその場所は生憎とIS学園の貸し切りという理由で今は閑散としていた。

 既に生徒は自由時間になっており、彼女たちにとってはそこで静かに過ごすよりは旅館のすぐ傍にある海岸に突撃していく方が重要らしい。

 もっとも、今はそこで今後の打ち合わせをしているビスケットと千冬にとっては好都合であったが。

 

「三日月と昭弘の二人は、明日のISの実習に合わせる形で此処に来ます。その際に、タービンズからのデータ取りを頼まれた試作品も幾つか搬入しますので、そのリストと同行者はこのデータを参照してください」

 

 口を動かしつつ、お互いにタブレットを操作し、データのやり取りを行う。

 淀みなく確認事項をチェックしていく二人の姿は、その場が旅館であることが違和感であるほどに真剣なものであった。

 そして、それから十分もしないうちに確認事項の全てのチェックが終わる。

 

(大したものだ)

 

 タブレットのデータを再度保存しながら、目の前で肩にかけたタオルで汗を拭うビスケットを千冬は内心で称賛する。

 元々、鉄華団のメンバーの中でも彼が裏方の事務作業を得意とし、普段から勤勉な姿勢を見せている事を千冬は真耶から聞いていた。

 しかし、実際に仕事の話をしてみて、千冬はその評価が言葉以上のものであると結論付ける。

 どちらかと言えば、こういった事務作業の苦手な千冬であったが、その彼女が不足も無く、むしろ自分が見落としそうな部分の補足まで添えてデータを作成していたのだから。

 これは元々ビスケットが、学のない小さな子供にも現代戦で通用するだけの知識や情報のやり取りについて、分かり易く説明していた経験の賜物であった。

 もっとも、真耶から普段の千冬がこういった仕事を苦手にしていることを聞いていたビスケットの事前準備も大きな要因であったりするが。

 

「えっと……それじゃあ、僕はこれで行きますね」

 

「ああ。真耶も妹さんたちも待っているだろう。早く行ってあげなさい」

 

 自分の横に置いておいた帽子をかぶり直しながら、ビスケットはそう切り出す。

 その一言で、自身が思考の海に浸りそうになっていたことを自覚させられた千冬は、ハッとしつつもキチンと返事を言葉にする。

 一度会釈してから、旅館の玄関に向かうビスケット。その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、旅館の出入り口で“上着を脱いでから”外に出る彼を千冬は見送った。

 

「……自身の教え子を信用するのは当たり前ではあるが、怖いことに変わりはないな」

 

 ビスケットが上着を脱ぐと、その下はタンクトップとなっており、彼の首の付け根にある阿頼耶識のピアスが当然のように丸見えになっている。

 以前であれば学園の生徒には隠していた阿頼耶識。しかし、それは前回のタッグトーナメントの騒動の際に隠す意味が無くなっていた。

 VTシステムとの戦闘の際、多くの損傷を負った三日月。その時に多くの生徒が気付いたのだ。これまで装甲によって隠れていた三日月とバルバトスを繋ぐ阿頼耶識のケーブルを。

 そして、下手に隠すよりも事情を説明した方がいいと思った学園側と鉄華団の人間は、変な噂が流れる前に早々に阿頼耶識システムについてぶっちゃけた。

 口頭とテキストデータを参照しつつ、ホームルームで説明された直後、どの学年、どのクラスも教室内はお通夜のように静かになっていた。

 そして、当事者である三日月と昭弘の居る一組もそれは同様である。

 そんな中、その静粛を破ったのは、一人の生徒の言葉であった。

 

「ミカミカとアッキーは痛かったり、苦しかったりしない?」

 

 どこか間の抜けたような声音であるが、その芯に真剣さを含ませた言葉が教室内の全員が聞き取ることができた。

 

「……痛いのは最初だけで今は別になんともない」

 

「ああ。これがあって不都合な事は特にないな」

 

 簡潔に何でもないように答えた二人に、それを聞いた生徒――――本音は心配そうにしていた表情を破顔させ、安心したような笑顔を浮かべた。

 彼女はその場に居る全員が触れ辛い話題に対し、一番気掛かりな部分を訪ねることで、これからの彼らに対するしこりが起こらないように率先して動いたのだ。それが意図しての事かどうかは、当人にしか分からない事ではあったが。

 そして、それは事情を最初から知っている大人である教師には務まらない役であり、同じ同年代である彼女だからこそその効果は覿面であった。

 本当であれば、ホームルーム中に席を立った彼女を叱らなければならない千冬であったが、この時ばかりは内心で感謝しつつも席に戻るように口頭注意のみに止めた。

 

「……最近は生徒に助けられてばかりだな」

 

 旅館の一角で千冬はごちる。

 以前であれば、その事を情けないと思いつつ自己嫌悪に陥っていたかもしれない。だが、今の千冬には自身の周りに居てくれる人間がどれだけ恵まれているのかを噛み締め、その事に感謝するだけの心の余裕があった。

 

「散歩にでも行くか……」

 

 やけに座り心地の良いソファーに名残惜しさを感じつつも、千冬はタブレットなどの余計な私物を片付けるために、自身の部屋へ向かうのであった。

 特殊な教育機関の実に学校らしいイベントが進む中、とある島ではある実験が行われていた。

 その実験はISの危険性を再確認し、その性能の限界を測るためのものであった。

 そして、その実験をモニターする場所では、オペレーターや研究者、更には軍服を着た将校までがその場には居た。

 

「今回の実験……ISの軍事装備の性能実験など、よく委員会は許可を下ろしたものだ」

 

「委員会は安全性よりも、自身たちが保有する力を我々にアピールするほうが重要なのでしょう」

 

 今回の実験に招待された軍人と政治家が言葉を交わす。

 その会話の中で、彼らは意図して「女性」と「男性」という単語を口走らないようにしていた。

 

「現場に出さないオブジェの発表に、大層なことだ」

 

「委員会はそれだけ鉄華団の動きを意識しているということでしょう」

 

「たった二機……いや、三機のISを男が使っているだけで、そこまで過剰に反応するとはな。奴らは軍人である我らよりも暇らしい」

 

 ISの台頭により、政治家や軍人の上層部の女性の割合が多くなっていた。そして、そういった人々の多くが男性を軽視する傾向にあり、軍内の男性が有利になるパイロットや兵士といった分野の規模を小さくしようとする、所謂軍縮を推し進めている。

 彼らはそれだけISという力に酔っているのだが、そもそも『ISの軍事利用の禁止』という世界共通の認識すら軽視しているのは、性別以前に人としての倫理観すら崩れてきているといっても過言ではない。

 

「この実験でポジティブな結果が出れば、いよいよ奴らは兵器を手放すように言ってくるだろうな」

 

「そこまでの阿呆は居ないと思いたいな」

 

「奴らは国ではなく、性別で人を区別……差別しようとしている人種だ。今更我らを人扱いなどするものか」

 

 投げやりな言葉を返す軍人から殺気が漏れ、政治家は底冷えするような寒気を覚える。兵器などなくとも、死の予感を体感できることを、この日初めてその政治家は体感することとなった。

 皮肉な事に、鉄華団の活躍は良くも悪くも様々な方面に波紋を広げ、刺激し、多くの団体や組織を刺激する結果となった。

 以前ラウラが義父である上官から言われた通り、世界は確実にその姿を変えていっている。

 そして、その変革は“起こそうとする者たち”よりも“それを利用しようとする者たち”の方が狡猾で、更にその波紋を大きくしていく。

 

「実験を開始します」

 

「搭乗者、機体ともにステータス正常値を維持」

 

「加速を開始。各部の負荷は規定値以内」

 

 オペレーターの発声と、その室内に設置されたモニター類が様々な情報を、その室内を満たしていく。

 それらは特に異常を伝えることも無く、決められたスケジュールをただ淡々とこなしていっていることを示している。

 それをどこか興味なさそうに見ている観客である一同。そこでその内の一人は気付く。

 薄暗くて気付き辛かったが、モニターの光が照らしだす観客たちが全員“男”で

あることに。

 

「サテライトと周囲警戒機から入電!大型の質量がこちらに向かって高速接近中!」

 

 その報告に、観客の軍属の人々は一瞬で意識を切り替えた。

 

「報告をもっと具体的に。接近するアンノウンの進行方向にあるのは何だ?」

 

 自身の部下ではないため、報告に自身が求めるものが無いことに苛立ちつつも、次に来る情報を待つ。

 

「進行方向には実験中のシルバリオ・ゴスペルと此処が直線状にあります!」

 

「っ!実験機に退避指示!此処に居る人員は即座に退避勧告。死にたくなければ今すぐに此処から離れろ!」

 

 普通であれば越権行為であるが、それで人員と国の資産が守れるのであれば後でいくらでも罰を受けるつもりで、その将校は声を張り上げる。

 

「待ってください!シルバリオ・ゴスペルに異常発生!通信途絶、更に機体出力が上がっていきます!」

 

 その報告が聞こえてくると同時に、モニターに映し出されるドローンからの映像に皆の目が釘付けになる。

 そこには頭を抱え苦しむような様子の後、突然糸の切れた人形のようにダランと手足を脱力させる銀色の機体が映し出されていた。

 

「トラブル?このタイミングで?」

 

「アンノウンがゴスペルに接触します!」

 

 その報告が告げられた瞬間、海から大きな柱が上がる。

 白く、大きく、一瞬で上空にまで巻き上げられた海水の柱はしかし、その根元から放たれた桃色の光の柱によりかき消される。

 

「なんだ?」

 

 呆然とする一同を代表するように誰かが呟く。だが、その疑問に対する回答を持ち合わせるものは誰もいない。

 そして、そんな中でも状況は進んでいく。

 突然出現したその光は、どこまでも天に伸びていくと思いきや、徐々にその柱が傾いていっているのだ。

 その先には、先ほどから微動だにしない銀色の機体が未だに佇んでいる。

 

「!!総員、衝撃に備え――」

 

 その光景の意味を察した瞬間、将校は叫ぶ。

 だが、それを言い切る前に轟音と熱がその施設を半壊し、幾人の命を飲み込むこととなる。

 

 

 世界のどこかで、誰かがその光景を笑った。

 

 

 

 

 





ということで、次回は一回学園側の状況を挟んでから、戦闘方面に移行すると思います。
色々と、リアルの方が忙しく、更新頻度が大分落ちているのですが、少しづつでも上げていくのでよろしくお願いします。


…………ぶっちゃけ、仕事のし過ぎで腰をヤリました。骨が歪んでました。
来年もよろしくお願いします。


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