「折本──」さて、この後に続く言葉は── (時間の無駄使い)
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本編&折本かおり編
01


「折本──」

 

 俺は、人気(ひとけ)の無い静かな廊下に二人、折本と佇んでいた。

 放課後。夕陽射す刻。

 よくあるシチュエーションだ。

 ……しかし、よく受けてくれたと思う。俺からの願いなど、無視されて終わりなのに。

 

 そして、伝えるべき事を伝える。

 

 どうなるかは、火を見るより明らかだと言うのに。それでも伝える。それが、使命であるかのように。

 別段、誰かに強制された訳ではない。俺が自らの意思で行うだけだ。

 

 そして──

 

「──好きです。付き合って、下さい」

 

 そう言った。

 ただし、それを言ったのは俺ではなく、折本だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「────────────

「──────…………

「………────

「………は?」

 

 もの凄く間抜けな声を出してしまった。

 それまでの雰囲気はどこへやら。跡形もない。全然別の、本来、この場にはそぐわない筈の雰囲気が出来上がってしまった。

 更に折本は、

 

「比企谷が私を呼んだのも、そうするためでしょ?」

 

 と少し顔を赤らめながら言う。──顔が赤いのは夕陽のせいかとも思ったが、そんな中でも分かるくらい赤い顔をしているので、恥ずかしいのか、それともただ照れているだけなのかはともかくとして、言い訳は出来そうに無かった。

 

「折本は、それでいいのか?」

 

 俺は問う。

 違う、こんな筈ではなかった、と。こんな答えは俺は望んでいない、と折本に対して問う。──いや、本当は心の中の俺、理性の俺に対して問い質したのかもしれない。俺がこうなっていい理由(わけ)がない、何かの間違いだ、と。

 だが、折本は、

 

「私がどうとかはいいよ。……そもそも、……私から、コクッたんだし。………比企谷は、どう…なの?」

 

 逆に、聞き返して来た。俺はどうなのかと。自分はその気があると示した上で。

 

「俺は──」

 

 答えようとして、迷った。

 千載一遇のチャンスだから惜しんだ、と言うわけではなく、理性が心とぶつかった。

 

 ──なぜ?

 

 そう思った。

 なぜ、心は理性と逆の反応をする?俺は付き合わないって決めたんじゃないのか?けじめをつけるために折本に告白するんじゃなかったのか?予想外の事があったにせよ、ここが退き場所だろう?それなのになぜ?ここで退けば俺はけじめがついて、折本はこんな底辺の奴に気を取られずにまた上位カーストの集団で仲良く楽しくわいわい出来るんだぞ?俺と付き合えば折本の株も下がりかねないんだぞ?──そこまで理解(わか)っててどうして途惑う?

 

 ──いろんな疑問が頭をよぎる。理性が、必死に心を抑え込む。

 

 ふざけるな、黙っていろ、という風に。

 だが、口から出た言葉は──

 

「──俺は……」

「………お前とは───付き合わない」

 

 …しばらくの時間を要し、なんとか理性が心を抑え切った。……ひどく痛い。精神的に疲れた感じだ。立っているのさえ辛い。

 

「じゃあ……」

 

 そう言って、歩き出す。

 折本の顔は見られなかった。

 だから、折本が泣いていたかは知らない。

 そして、折本を見ないように背を向けた俺は、階段を目指して歩いた。だが──

 

「うそ……でしょ?──比企谷」

 

 折本の、その声に反応してしまう。

 

「なんで、うそだと思ったんだ」

 

 折本に背を向けたままの姿勢で応える。

 

「だって……すごい、苦しそうな顔……してる…から」

 

 ──それこそ嘘だと思った。折本が粘っているだけだと。

 そんな事はあり得ないと、一番最初に放棄した可能性だと分かっていながら──。

 

 そんな俺に構わず、折本は続ける。

 

「………なんで、……泣いてるの?」

 

 ──!?

 

 折本に言われて、始めて視界がぼやけている事に気付く。

 

「そんな、苦しそうで……泣いてて……。ホントの気持ち、言ってよ──」

 

 そう言った折本に、俺が振り向くと、

 彼女は、泣いていた。

 恐らく、その涙は俺の為に流しているのだろう。

 いつもの明るく活発なクラスの中心人物といった感じの折本からは、想像もつかない。

 その初めて見る折本に、心を覆っている理性が揺らぐ。

 ──心を覆い、そして固まった理性という名の殻に、ひびが入る。

 

「比企谷が何を考えてるのかは知らないけど……それでも……本当の事を言ってないのは分かるよ……」

 

 静かに涙を流しながらそう言う折本。

 

「比企谷の事をね、二年になってから少し考えてみたんだ……」

「比企谷って、いつも一人でいるじゃん?……別にそれが悪いとかじゃなくて、どうしてなのかなって、思った」

「でね、一年の時に席が隣になったから聞いたのを思い出したんだ。『一人ってどう?』って」

「そしたら、『別に』って言ってた。……最初は額面通り何とも思ってないのかと思ってた。でも──」

「──さっきみたいにたまに見る比企谷の顔は辛そうだったから……。そこで初めて『違う、そうじゃなかったんだ』って思ったの」

 

 それは誤解だ──

 

「『誤解でも、解は解。もうすでに解けているならどうしようもない』。比企谷、いじめられてた時にこう言ったよね」

「でも、本当はどうにかしたかったんじゃないの?」

「『解は解けてないならどうにか出来る』」

 

「言い直すとこうなるんだよ?…それって、暗に助けて、って言ってるのと同じじゃないの?それなのに私は──」

 

 そこまで聞いて、俺は再び折本に背を向ける。

 ──これ以上聞いていたら、決心が揺らいでしまう。

 恐らく、俺の何かがそう判断したから。

 

「……例えそうだとしても、……誤解は誤解だ。途中の計算も、そこに行き着く道でしかない。道は二つあっても、分かれ道はないんだ。最初っから間違えてたんだよ、俺は」

 

 そう。俺の道は間違ってる。

 誤解なんてのは、『間違った道を進んだ』…それを外から観測された結果だ。

 そして、引き返してもそこにあるのはただの道。

 なぜなら戻るのも間違った選択だから。

 それが俺の理論だ。

 この話を、一年の時に席が隣だった折本と何度かした事があるが、もう正確なことは覚えていない。

 

「そんな間違ってる奴に正しい奴が一緒に居たってしょうがないだろ……」

 

 再び心を理性で覆い、傷付かないようにそう言う。

 

「なん……で………」

「……………」

 

 すすり泣く音が聞こえる。誰の為なのかは分かっていても考えない。

 それでも折本は──

 

「私は、比企谷の…事、ちゃんと好き……だよ?」

 

 ──自分の意思を伝えてくる。

 

「二年になっても一人で……そのくせ他人にはやたらと親切なのも知ってる……。そんな比企谷が好き……」

「やめろ……」

 

 ──やめてくれ。

 

 俺が、付き合っていい奴じゃないんだ。

 

「もし……私の事を考えてるなら、それこそやめてよ……」

 

 そう言う折本。だが実際、それはどうしようもない。

 

「……お前が、俺とそう言う関係になれば、周りが──」

「それをやめてって言ってるんでしょ!!?」

 

 いきなり、怒声が校舎に響いた。

 夕暮れ時とはいえ、校舎内にはまだ人は残っている。

 そんな事はおそらく承知の上でなのだろう。

 

「いつもいつも他人ばかり優先して!!たまに意見言うかと思えば他人の意見をみんなに合う形に合わせたり!!自分は!?」

 

 折本は──怒っていた。

 いや、そりゃあ怒鳴るくらいだから怒ってるだろう、といった感じだが、違う。『俺の為に』怒ってくれているのだ。

 

「自分が周りより価値が無いと思う!?自惚れるな!!自分で価値を低くしたんでしょ!!?だったら自分でその価値を上げろ!!」

 

 むちゃくちゃな事を言っているのは分かる。それでも、俺の理性で塗り固められた心には、──響いた。

 

「──ごめん。……ありがとう」

 

 俺がそう言うと、折本は怒って疲れていたのか泣き疲れたのか、少し息が荒かったが、それが収まると、

 

「じゃあさ……」

 

 と、切り出した。

 

「じゃあさ、直ぐに価値を上げるのが無理なのは流石に分かるから、最初は休日だけでいいから、ね?」

 

 休日だけでいいから付き合おうよ──

 ──それが、俺と折本の関係だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そして現在、俺は折本とは違う高校、総武高校に通っている。

 初日から車に撥ねられるなど散々だったが、それでもまあ自分なりに青春は楽しんでいると思う。

 成績もそこそこをキープ(理数系は別だ)してるし、強制加入させられた奉仕部でもまあ……楽しくやっている。

 

 さて、そこで話は急展開し、どうして折本と俺の話をしたのか、という事なのだが。

 ──俺が現在、自分の状態を把握出来ていないのである。

 まあ、後ほど詳しく語るとして、まずはどうしてそうなったのか、そこらから話していこう。



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02

今回はオリキャラが出てきますが、主要キャラではないのでタグにはいれてません。

ー追記ー
現在作品の再構成を行っており、終了時点での結果によりオリキャラが主要キャラとして入る可能性がありますので、確定次第タグをつけます。


 話は、数日前に戻る。

 その日も平常運転の奉仕部に、珍しく客がきたのだ。

 

「失礼……し…ます」

 

 部室におどおどしながら入って来た依頼人は、やたらと顔が赤く、足取りが少しふらついている。

 割りと華奢な感じの細めの身体だが、ジャージを見るに運動部のものだった。部活を抜けて来たのかそれとも熱で休んだのか。そんな感じだった。

 

「あなた、大丈夫なの?」

 

 依頼を聞く前に雪ノ下が椅子を出しながらそう問う。俺からみても少し危険な気がするが、本人がここまで来られているなら症状はそこまで重くはないのだろう。

 

「あ、はい……。それより、今日は依頼で来たんですけど……」

「ええ。平塚先生に紹介されたのでしょう?」

「いえ、違うんです。……その、比企谷君に、依頼があって……」

 

 そこで、急に俺の名前が出された事に驚きつつ、雪ノ下に流し目をすると、雪ノ下は、(ついでに由比ヶ浜も、)俺を睨んでいた。

 

「いや、お前らな……。えっと……初対面…でいいんだよな?」

 

 俺が依頼人に聞くと、依頼人は首を振る。

 

「文化祭の時に一緒でした」

 

 どうやら、この女生徒は文化祭実行委員会だったらしい。

 

 文化祭実行委員会──。

 つまり、この女生徒はあの事件も知っている訳だ。何も知らずに悪口を言ってくる奴らではなく、相模のあの進行やその他もろもろを少しは知ってて悪口を言ってくる奴らだ。

 まあ、俺は実害は被ってないので特に気にしてはいないが、しかしそんな奴が一体俺に何のようだ?

 

「──えっと……その、雪ノ下さん?……と、由比ヶ浜さん。少しの間でいいから時間くれないかな?」

「それは構わないけれど、それは私達じゃなくてそこの彼に言うべきでしょう?私達じゃなくて彼への依頼なのだから」

 

 お前はどんだけ俺と別枠に入りたいんだよ……。

 

「そんなに私達を強調しなくてもいいぞ。あと、そこの彼って、この部屋に彼は俺しかいねぇよ。どこもなにもねぇよ」

「まぁまぁ、二人とも……。依頼依頼」

 

 いつもの、俺と雪ノ下の恒例の流れになったところで由比ヶ浜が止めに入る。

 

「えっと、確か津久井さんだったよね。隣のクラスの。……私とゆきのんは出てればいいのかな?」

 

 そのまま由比ヶ浜が司会を務める。──当の指名された本人がここまでの会話で全く状況を把握出来ていないんだが……。

 

「……つまり?……俺がその、えっと……「津久井さんだよ、ヒッキー」津久井さんと残って、由比ヶ浜は雪ノ下と出る、と」

 

 俺は、依頼人──津久井というらしい──に確認する。

 すると、その津久井さんは「はい……」と小さい声で頷く。

 その顔はまだ赤く、本当は熱があるんじゃないかと思うのだが、俺に害がなければ特に気にも留めはしない。それは当人が決めることで、俺が決めることではない。

 

「こんな男と二人きりで大丈夫なの?……もし何かされそうになったら大声で叫びなさい。学校に来られなくしてあげるわ」

「おい。……雪ノ下、俺の自己保身能力と理性の高さを舐めるなよ?」

 

 以前、平塚先生が自己保身がどうとか言っていたのを思い出す。

 

「そうでもないでしょう?自己保身能力の方に関して言えば。常識がズレているのだから」

「俺をそんなキチガイみたいに言うな」

 

 だいたい、常識がズレてる奴が普通の高校に通えるかっての。……まあ、実際一部の常識はズレてるけど、それは──そこに関しては雪ノ下も同じだからとやかく言われはしないと思うが。

 ていうか理性の方は納得しちゃってるのか。……俺、なんかしたっけ?

 ──ということで、俺は津久井と二人で奉仕部部室に残る事になり、その間二人は由比ヶ浜の勉強会を開く事になった。……それが分かった瞬間の由比ヶ浜のあの絶望に満ちた顔はきっと忘れない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「それで?依頼はなんなんだ?」

 

 単刀直入に聞く。

 

 名前すら知らない、クラスも違うこの女生徒は『俺に』依頼がある、と言った。

 

 はたして脅されるのか暴力を振るわれるのか。

 大体、見知らぬ他人からの俺に対する用件なんぞ決まっている。──あの文化祭がいい例だ。別の部署の仕事まで押し付けられ、しかも俺が断ればイラついた顔で一度は持って帰るものの、再び戻って来て何食わぬ顔で机に叩きつけるように置いて行く。……ようするに俺に拒否権は無かった。

 そして、ついに彼女が口を開いた。

 

「……えっと、……その、わ…わたし、と………」

 

 そこまで言うと彼女は一度下を向いた。そして、すぐ視線を戻し、再び俺の方を見てから今度は席を立つ。そして──

 

「──わたしと、つ…つ、付き…合って、くれま…せん…か?」

 

 

 

 ──恐らく、彼女なりに頑張って言ったのだろう。

 

 眼には涙が溜まり、身体は小刻みに震えている。その両腕は胸の中心で合わさり左の手で右の手を包むようにして握られている。

 それまで足取りが少しふらついていたのも恐らくは緊張だろうし、顔が赤かった理由も、──まあ、こうなってしまえば分かる。

 

 分かるのだが──。……しかし残念な事にそれが理解出来るほどに俺の脳はこういった方向への耐性がないので──

 ──驚いて、そこで思考が固まってしまった。

 

 ただし、俺はそこに微かに、デジャヴを感じていた───。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 すぐに思考は回復したが、回復した時点でどう応えるべきかで迷った。

 ──いや、答えは決まっているのだが、俺自身の状況を俺自身が良く理解できていないのだ。

 さっき感じたデジャヴ──。

 あれが原因である。

 津久井には失礼だが、さっきの告白で俺は中学時代を思い出してしまったのだ。

 そう──折本かおり、である。

 彼女とは当時──というか高校入学後だいたい今年の夏前まで辺りは恋人の関係だったのだが、その後は折本の方に予定が入ったり俺が奉仕部で林間学校に行ったり他にもあったりとしばしば予定が噛み合わない事があって、疎遠になっているのだ。

 

 ──そして、現在では完璧に会っていない。

 

 疎遠というか縁が切れている。──風に流された、という感じだ。時間が経ったのと、しっかりとした関係じゃなかったのが仇になった。……その辺に関しては俺が全面的に悪いのだが。

 ──つまり、まとめてしまえば『今現在俺には彼女いるの?いないの?』問題が発生しているのだ。

 津久井は頑張って俺に言ってくれたので、俺も誠意をもって対応したいのだが、下手すると『彼女居るのに……』って事になりかねない。

 俺が言われるのはいいけど、最悪それが飛び火する可能性を考えると今とれる最善は──

 

「津久井…さん、告白は、嬉しかった。……でも、俺が返事をする前に、聞いて欲しい話がある──」

「え…っ……」

 

 彼女は胸に手を置いたままで驚いたような顔をする。

 

「──恐らく、俺と津久井さんの俺のイメージは、ズレてる。……この話を聞いて、本当に付き合いたいと思わなかったら、…部室を出て行ってくれていい」

 

 津久井はその涙を流し、まだ眼に少し涙が溜まったその顔をびっくりさせながら、取り敢えず俺が促す通りに席についた。

 そして、俺は語り始めた。

 ──折本かおりの事を。……折本との、最初の本格的な接触であるあの放課後の件を。

 告白されたのに別の女の事を話している事には少なからず罪悪感を抱くが、俺の本当の事を話すのに適したネタがあるのが折本との事だし、告白された後でもこういう話を出来てしまう俺に軽蔑するならその時点で彼女は俺に理想を抱いていただけなので誰も後悔せずに済む。……告白した後悔は残るかもしれないが。

 最初は驚き、謎が浮かんでいた津久井の顔は、次第に変わっていったが、それは軽蔑の眼ではなく、『ああ、やっぱり』という感じの顔だった。

 

「──こんな感じだ。……部室を出たければ出てくれ」

 

 俺は、津久井にあの件を全て話した。今の俺と折本の関係も。包み隠さず赤裸々に。

 だが──

 

「……知ってる。……私の想像と、特に変わってない」

 

 ──そう言った。

 ……つまり、彼女は俺のそんな部分が分かっていて告白してきたのか……。

 勇気を出して告白して、そして相手がこんな曖昧な状態じゃあ釣り合いがとれそうにもない。

 俺にとって他人ほどどうでもいい事はないが、しかし俺の為に何かしてくれたり今のように好意をちゃんと示してくれたり、なんて言うんだろうか──俺に対して軽蔑や侮蔑ではない、『何か』をもって接してくれた奴に対しては、返事もちゃんとするようにしている。そうしないと失礼な気がするから。

 何だかんだで由比ヶ浜や雪ノ下は俺にとってそうなのかもしれない。

 だが、そういった奴に俺が慣れていないから……いや、そもそもの対人関係自体に慣れていないから、俺から関係を壊してしまう事もある。

 

 あの時──由比ヶ浜を遠ざけた時のように……

 

 今は由比ヶ浜の件、──そして折本の件を教訓に、そうならないように気をつけている。

 だから──

 

「──ありがとう、津久井。……でも、さっき言った通りだ。俺は俺の状態が分からない。そこをはっきりさせて、俺が俺を分かったら、……津久井に応える」

 

 最悪なのは分かっている。──最善と言っておきながら、最悪な手なのは分かっている。本気で告白してきたのを、分からない、と言って返したのだから。

 だが、津久井はそれでもいいと言ってくれた。

 津久井は、高一の時に俺と同じクラスだったらしいのだが、残念な事に俺は覚えていなかった。……なぜ文化祭実行委員と答えた時に答えなかったのかは謎だが。

 

「うん。じゃあ───待ってる」

 

 涙は既にもうなかったが、眼が腫れてしまっていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 津久井が帰った数分後、雪ノ下と一緒に、八十歳を超えた人のオーラ(枯れた感じ)を出している由比ヶ浜?が帰ってきた。

 

「……………それは?」

 

 俺は、念のために雪ノ下の後ろにいる茶髪が誰なのか確認すると……

 

「由比ヶ浜さんよ」

 

 ──どう教えても伝わらないのだけれど……。

 と、盛大な溜め息をつきながら言う雪ノ下の顔をみれば、疲れの色が浮かんでいた。

 

「ご苦労さん……」

 

 マジでお疲れっぽい。教える方も、教わる方も。由比ヶ浜はさっきからなんか小さな声でなんかの数式をひたすらぶつぶつ言ってるし……。

 

「ところで──」

 

 疲れた表情を幾らか戻した雪ノ下は、俺に話を振ってきた。

 

「ところで、あなたの方は何だったの?」

 

 どうやら、俺の方を気にしているらしいが、──まあ当然話せるはずもないので、

 

「気にすんな」

 

 と言ってはぐらかした。

 実際、当事者以外が口を出す問題ではないだろう。

 そして、その日の部活は、そこで終了した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 校舎を出ると、冬の風が身体を冷やしにかかる。

 身震いしてマフラーを巻き直すと、自転車置き場へと急ぐ。

 家に帰って、中学時代のクラスの連絡網を調べれば出てくる筈なのだ。──折本の名が。

 俺は折本の携帯の番号など知らないので、連絡網からしか掛けられない。

 だから、少し急いでいた。

 いつもよりは少し速い速度で漕ぎ続け、そして着いた。

 玄関を開けて、一度自室まで行き、着替える。そしてリビングに戻って来て、連絡網の入っているファイルを漁る。

 

 ──が、

 

「………ない…だと?」

 

 連絡網は、入っていなかった──

 これでは嘘をついた事になってしまう……。

 

 ──しかし、俺と折本はこの少し後、意外なところで再会を果たす事になる……。




今回を含め、あと数話は出来上がり次第、その日の18:00に投稿、または過ぎていたら翌日の同時刻に投稿していきます。

その後は毎週火曜日(もし早く出来た場合は土曜日にも)の18:00に投稿する予定です。


ー追記ー

文の『去年』と書いてあったところを『今年』に修正しました。時系列を確認した結果です。


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03

「あれ?比企谷じゃん」

「折……も、と」

 

 ──俺は、予想外のところで折本と鉢合わせる事になった。

 

 現在、三年生への進学を前にしている俺たち……いや、俺は、一色いろはからの依頼を受けてクリスマス会の会議が行われているコミュニティーセンターへと足を運んでいた。

 そして、センターに入る前に忘れ物をした事に気付いた一色が俺の制止を振り切って一人学校へと戻り、それをセンターの入り口で待っていたら──、

 ──折本と遭遇した。

 彼女と会うのは、恐らく半年振りだろう。最後に会ったのは確か林間学校の少し後だ。

 久しぶりに見たからか、なんとなく分かるのだが、少し背が伸びたように感じる。

 

「比企谷ー!」

 

 俺の事を呼びながら数メートルの距離を手を振りつつ小走りでかけてくる。

 

 ──正直に言うと、複雑な気分だ。

 もちろん、嬉しいのは嬉しい。俺の事を真面目に考えていてくれた奴だ。

 だが、嬉しいのと同じくらいに、恐い。……以前の折本と同じ──変わってないのか。という不安。

 ……俺の事を分かってくれていただけあって、裏切られた時に心に対する打撃が凄そうだ。

 そんな事を思いつつ、折本に接する。

 

「よ、よう……」

「ぷっ!…ちょ、何それっ……くくっ……」

 

 ──さして変わっていない様だ。

 変わってない事が分かれば、取り敢えずホッとできる。

 久しぶりの会話に少し途惑ったが、なかなか楽しめそうだ。

 

「いやー、久しぶりだね。……一年くらい?」

「おい冗談だろ……」

「うん、冗談。……ふふっ、やっぱ比企谷は比企谷だわ」

「…そりゃそうだろうな」

 

 今の会話のどこから面白い要素を見つけ出したのかは知らないが、相変わらず、である。

 俺と休日に会っていた時もこんな感じだった。

 折本の振りに俺が応えて、そして笑う。

 いつも通りの流れだ。

 笑うといっても馬鹿にするような『嗤い』ではないし、折本の笑っている顔は俺も好きだから、別に嫌に思った事はない。

 高校に入って互いに成長し、そして会わなくなって、また久しぶりに会った俺たちは、互いに成長しただのなんだのと言う話をする。

 ──だが、ここであの話を持ち出すのは違う気がして、結局言い出せないまま、俺は折本と別れた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後、戻って来た一色と合流して、二回目の参加となる今回に臨んだのだが……

 

「じゃあ、今日もこの間のディスカッションの続きからだね」

「やっぱカスタマーサイドで考えないと!」

「うんうん……」

 

 ──初っ端から会話が意識高過ぎんだろ……。

 何が『うんうん』だ。

 こっち(総武高)側誰一人として動いてねぇぞ……。

 

「………おい、流石にそろそろ次に進めてかねぇと時間なくなるぞ……」

 

 このままだとずるずるいって何も決まらなさそうなので司会である玉縄に声をかけると、玉縄は、

 

「そうだね、急いだ方がいいのかもしれない……」

 

 どうやら賛成してくれたようだ。

 

「……だったらそうしてくれ」

「違うよ、そうじゃない」

 

 俺がいい加減面倒になっているので投げやりに言っていると、さっき賛成したばかりの玉縄から反論が来た。

 

「確かに、急いだ方がいいのかもしれない。でも、意見が()終わってないのに急ぐのはアウトだ」

「……そのアウトは使い方間違ってるだろ…。別に無意味な訳じゃねぇし。……ってか一色」

 

 恐らくセンスが無いと言いたかった玉縄の指摘をして、そのまま一色へと話を振る。

 

「なんですか?」

「これ、合同(、、)イベントなんだよな?」

 

 ──そうですよ?それが?

 一色はそう答えた。

 だが、これではまるで合同ではない。海浜総合主催のイベントに参加(、、)するようなものだ。

 恐らく一色は分かっているのだろうが、言い出せないのだろう。立場が立場だし、相手も相手だ。

 しかし、立場上俺が主導でやるのもマズい。

 俺はあくまで一色の手伝いなのだから。

 ──どうする?

 最善は一色が玉縄と一緒にイベントを盛り上げて成功させる事だろう。

 だが、それは土台無理な話だ。玉縄があんなだし、そもそも海浜総合の奴ら全体としてそんな雰囲気がある。折本は参加してねぇし。

 

 ──となると次はなんだ?

 俺がすべき事は一色の手伝いとイベントの成功への助力。余裕があればもう一つの件も片付けておきたい。

 優先的には一色の手伝いだ。

 なら──

 

「──先輩、聞いてますか?……先輩?」

「うおっ!?」

「きゃっ!?……もー、急に動かないで下さいよ」

 

 ……どうやら、考えに没頭し過ぎて周りの音が聞こえてなかったらしい。

 気付けば一色を残して他全員はいなくなっていた。

 

「……先輩、行きますよ。…ってか明かり消すんで早く出て下さい」

「へいへい……」

 

 俺は流すように返事をしつつ、マフラーを巻き直して、一色を待って外へ出る。

 

「さっみ……」

「寒いですね~」

 

 すぐさまポケットに手を突っ込むと、ポケット内で震えるものが指にぶつかる。

 取り出して見ると、どうやら滅多に鳴らない俺のスマホに着信があったようだ。

 送信者は──、

 ──折本かおり。

 

「交換したの数時間前だぞ……」

 

 結局、言い出せないままに終わってしまった一色を待っている間の折本との会話時に、折本が急に言ってきたので、流れで交換する事になったメアドと電話番号を、早速使ってきていた。

 俺は画面を軽く操作しながら一色に、

 

「悪い、電話だ。先帰っててくれ」

 

 と言うと、そのまま一色から離れ、スマホを耳へと持っていく。

 

「もしもし……」

『あ、比企谷?』

「おう。……どうした?」

『いや、なんか解散する時に話しかけたんだけど反応してくんないから……。もしかして怒ってた?』

 

 どうやら、俺がどうすべきが考えていた時に話しかけてくれていたらしい。全く気付かなかった。

 

「別に怒ってた訳じゃない」

『じゃあなにしてたの?私の事脳内であれやこれやしてたの?』

「するか!!……お前、それもし本当だったら俺は真剣な顔で妄想してた末期症状の奴になっちまうんだが?」

『いいんじゃない?それも。比企谷が自分を自分らしく思える自分で居られれば』

 

 自分を自分らしく思える自分、か──。

 

「自分らしさ、ね。……お前、いい事言ってんのにその前の振りで全部台無しになってるからな?」

『分かってるって。……ってか結局、何を考えてたの?』

 

 話が逸れ始めたところで、再び話を戻してくる折本。

 

『──また、碌でもない事を考えてる訳じゃ……ない、よね?』

 

 そこで、一気に声が変わる。

 おふざけ混じりだった声が、途端に静かに、そして少し暗くなる。

 

「ああ……」

『ホントに?……自己犠牲とか、ウケないから』

「…………ああ」

 

 ──折本に、嘘をつく事になってしまった。

 本当は、会わなくなってすぐ後の文化祭で、盛大にやらかしているというのに。

 

「自己犠牲はしないように気をつけるよ……」

『《気をつける》じゃなくて《しない》。絶対に。……守ってよ?』

「分かった……」

『なら、よし!』

「おい、まだ俺の話してねぇだろ」

『そうだったね』

 

 口調と声色が元に戻り、雰囲気が明るくなる。

 ──やっぱり、折本には明るい雰囲気が似合う。

 そして俺は、考えていた事と一旦の結論を折本に言った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『なるほどねー。……まあ確かに司会がアレじゃね……』

「ああ。一色もマズいのは分かってんだろうけどな……」

 

 玉縄がなぜか司会確定していたし、俺が入って最初の時は本当に会議か疑った。

 

『それさ、私も手伝おうか?』

 

 と、ここで折本から提案があった。

 

『大丈夫、策はあるよ。比企谷は合わせてくれれば……』

 

 ──というわけで、折本主導で玉縄をどうにかする作戦が決まった。

 

 そして、次の会議。

 いつも通りに座る出席者。海浜総合の一部では既にあれやこれやを軽く話し合っている奴らもいる。

 それらを見回した玉縄は、

 

「じゃあ、今日もディ「ちょっといいかな?玉縄君」……折本さん、どうしたんだい?」

 

 玉縄のいつもの開始の合図に割り込むように折本がそう言い放つと、

 

「いい加減、次に進めようよ」

 

 ストレートに、そう言った。だが──、

 

「うーん、でもまだ出てない意見があるかもしれないじゃないか。僕は、そう言った意見を──」

「おい、玉縄」

 

 今度は俺が玉縄の言葉を遮る。

 

「司会できないなら降りろよ、そこ」

 

 少し強めの口調で言う。

 

「だいたい、こう言う場合で『意見が全部確実に出切る』なんてあると思ってんのか。考えれば幾らでも浮かぶぞ、そんなん」

「終わりの無いものの終わりを探すんなら他所でやれ」

 

 ──この言葉こそが、折本の作戦の芯だった。




何かわからない事がありましたら感想でお聞き下さい。また、感想にはいろんな事が書いてあるので、裏情報とまではいかなくても、感想にしか書いてない情報もあるので、感想も見て行って下さい。

また、今回の流れで分かるように、一部ストーリーが改変されています。ご了承下さい。


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04

投稿が少し遅れました。

今回を最後に定期更新に入る予定ですが、作者の身が現在不安定すぎて、突然前触れなく投稿しなくなる可能性がある事をご了承下さい。

※消えるのは作者が面倒になった訳ではなく、外的要因の可能性のみです。作者的にはこのまま続けていきたいので。


 ──結局、俺達はそれぞれで枠を設けてイベントをやる事になった。

 

 折本の案の最終的な形はこれだったらしく、それぞれでやりたい事をやり、それの客入りを競うもの。

 

 その案の形だけを折本が軽く提案し、内容などを俺が補正する形で付け加える事で、双方に出来るだけ溝が残らないようにした。(折本がそう言っていただけだから本当にそうなったのかは知らんが、向こう側は折本がどうにかするらしい)

 

 俺は、その案を聞いてから『それでいいのか?』と思っていた。そしたら今以上に《合同》イベントじゃなくなるんじゃないかと危惧した。

 

 ──が、

 

『二校がそれぞれ作ったものを出して一つのイベントにするんだからいいんじゃない?』

 

 という折本に丸め込まれた形で、この案が通った。

 

 その後はそれぞれの高校が自由なペースで作業を行っているが、毎週水曜だけは二校とも参加している。

 

 

 

 そして、それぞれで作業を開始して四日目──

 

 

「──会長、これはどうする?」

 

「えーと、じゃあ小学生が手が空いてるっぽいんで、小学生に任せちゃって下さい」

 

 一色も、ちゃんと指揮系統の中心としてしっかり働いている。

 

 俺にも確認しにくる事があるが、回数もめっきり減ったし、本当に確認ぐらいしかしてこなくなったので、恐らく自信がついたのだろう。

 

 後輩という事もあってか、副会長含めここに来ている生徒会役員その他全員が上級生だから少しやり辛そうにしていた一色も、逆にそんな事を気にして欲しくなかったその他役員も、現在はスムーズに動いていて全体的に纏まりを感じる。

 

 やはり一色は仕事も出来る方らしく、吹っ切れてからはサクサクと進んでいった。

 

 

「先輩、何やってるんですか。先輩にも仕事があるんですからお願いしますー」

 

 

 ──こんな風に俺をこき使うようになる程一色は成長した。……もともと?そんなわけな……いよな?

 

 

 ちなみに、俺の仕事は海浜総合側との連絡である。

 

 毎週水曜にあるこの会議に、一色の補助として俺が行き、共通の確認やらなんやらをする。

 

 別々で行うったって一つのイベントの中で別々に行うだけであってイベント自体が異なる訳じゃない。だから、いろいろと全体的に動かないといけないところも出てくる。

 

 そういったものを行う会議だけは、現在も行われていて、出席者は計五名。

 

 総武高校側が一色と俺。そして海浜総合側が玉縄と副会長、そして折本だ。

 

 基本的には折本を除いた四人での会議で、折本は書記をやっている。……なんでも、海浜総合側から呼びかけて始まったから、書記とかそういうのも海浜総合側が行う、という事らしい。

 

「すいません、遅れましたー」

 

 一色が少し間延びした声でそう言いながらドアを開け、会議室に入る。

 

 俺も後から続いて入り、所定の位置に座ると、折本が手を振って来た。

 

「比企谷ー、遅いって」

 

「悪い。……ちょっと指示出しに手間取ってな」

 

 と、そんな会話をしながらも折本は手を振り続けている。

 

 その折本の顔を見て、意図を察した。

 

 

 ──手を振り返せ。と言っているのだ。

 

 付き合っていた時の経験から、俺はもう諦めつつ折本に手を振ると、隣から「ムー……」とかいう唸り声が聞こえた。何?新大陸でも発見した?

 

「先輩は、ああいうのが好みなんですかね?」

 

 

 その問いには、返事はしなかった──

 

 

 

 * * *

 

 

 

「──じゃあ、これで会議は終了だね。僕達は戻って伝えてくるよ」

 

 玉縄はそう言うと、副会長と一緒に部屋を出て行く。

 

 今日の会議では、大きな動きはなかったものの、一部が変更になり、それに合わせる為にどうするかも少し話した。後はこれを各陣営に持って帰って話し合うだけだ。

 

 俺達は現在折本の記録用紙のコピー待ちである。

 

「先輩、ああいう折本さんみたいなのが好きなんですね?」

 

「……………」

 

 既に四度目の質問だ。俺は無視を決め込んでいる。……なんか一色さんの目が怖いです。

 

「……もしかして、昔になんかあったりしたんですか?」

 

 ──下手したら現在進行形だ。

 

 めちゃくちゃ地雷である。

 

 そもそも一色の気になるセンサーに引っかかってしまったのが運の尽きか。

 

「ほーい、比企谷、一色ちゃん、印刷終わったよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「サンキューな、折本」

 

「良いって。……てか、それより久しぶりに比企谷とカフェ行きたいんだけど、どう?」

 

 

「「……………え?」」

 

 

 俺と一色の驚いた声が重なる。

 

 一色は俺と折本を交互に見ながら「えっ?えっ?」と繰り返している。

 

 ……まあ、確かにこいつの前では俺はただの面倒なぼっちだったからな。驚くのも無理は無い。

 

「……ああ、分かった。スタバでいいか?」

 

「オッケー!じゃ、仕事終わったら来て!」

 

 そう言いながら折本は元気にかけていく。……寒くないんだろうか。よく風邪引かないよな──

 

 

 ──と思ってから、一年前に折本を看病したことを思い出して顔が赤くなったが、必死に隠した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そしてその後の一色の猛攻を掻い潜り、現在はチャリでスタバを目指して移動中。

 

 冬の風が身体に当たり寒い。手先なんかは凍ってるんじゃなかろうか。寒くてそんなの確認する気にもならない。……と言っても、実は今日はこの時期にしては暖かい方なのだが、その前三日間程が二ヶ月くらい前の気温だったため、急激に冷えてこうなっている。

 

 息を白くさせながらもチャリを漕ぎ、目的地を目指すと、目的地に着く前に、

 

「あれ、比企谷」

 

「折本。……スタバに居るんじゃなかったのか」

 

 折本と会ってしまった。

 

 

 せっかくなのでこのまま一緒に行く事になり、そして現在はチャリを降りて折本と同じく歩いている。

 

「いやー、本当に久しぶりだね、比企谷と一緒に歩くの」

 

「ああ。……って言うか、そもそも長話自体が久しぶりな気もするが」

 

「そうだったね。私も比企谷とメアドとか交換してなかったから連絡取れなかったし……」

 

「今はあるだろ……」

 

 俺は、なんとなくそう言った。折本と確実に付き合っていた高一の頃にメアドを交換しなかった為、つい最近になってからになってしまったその番号は、登録名が某スパムメールの差出人の人そっくりなのだが、そこら辺はもう……なんだろうか、『こういう系の女子の一般』として俺の脳内にインプットされてしまった為、特に深く考える事はしなかった。どうしようが本人の自由だしな。

 

「しっかし寒いねー」

 

「それ、口にするなよ。余計に寒く感じるから」

 

「じゃあさ、比企谷が温めてよ」

 

「は!?」

 

 突然、何を言い出したかと思えばいきなり『温めてくれ』とくるとは。

 

 

 ──だが、むしろ俺はその理由に驚く事になった。

 

 

「だって、比企谷は私の恋人でしょ?(・・・・・・・・・・・・)。当然、その義務があるじゃん?」

 

 

 突然の激白に思わず顔をまじまじと見てしまう。

 やや怒りのようなものをにじませたその目線は、鋭く俺を貫いていた。

 

「…それなのに一色ちゃんと…あんなくっついて一緒にさ……」

 

 折本様、ご立腹。

 そこで俺は驚くと同時に、ようやく折本の反応に合点がいった。

 ──どうやら俺は、まだ折本と恋人だったらしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 折本の衝撃証言からまもなく。スタバに到着した俺たちは、取り敢えず各々適当に頼んで、現在それを待っている。

 

「何?なんでそんなに驚いてんの?」

 

 折本が心底分からない、と言った感じで質問してくる。

 

「……いや、会わなくなってから特になんもなかったからフられたのかとずっと思ってた」

 

「えー。……それは私のセリフなんだけど。……比企谷全然連絡ないし、会いに行ってもいないし」

 

「えっ?」

 

「やっぱり知らなかったんだ。私、何回か総武高に行ったんだよ?」

 

「マジで?」

 

「うん。マジ。……でも、自分の学校が終わってからだったし、比企谷帰っちゃったかなーなんて思ってたんだけど、家に行こうか迷ってるうちに二ヶ月近く過ぎちゃって気まずくなってやめちゃったんだ……」

 

 ……おいおい、冗談だろ。

 

 その頃の俺は既に奉仕部に入部(はい)った後だから折本の考えとは逆で、早く帰ったのではなく、部活で遅くまで残っていたのだ。

 

 こうなったのを助長する事になったのも、俺達の関係に理由があるのだが──

 

 

「──それにほら、私達って休日しか会わなかったし、あの頃はこうなるなんて考えてなかったから、比企谷の部活終わる時間が分からないし……」

 

 ──まあ、時間が分からなければいつまで待つのかも分からないから会えなくなるのも、当然なんだけどさ。

 

 

 折本はそう言った。

 

 ──しかしそうなると、俺は折本の彼氏な訳だ。

 

 あの依頼の方もどうにかしないといけなかったんだが、どうやら事態はちょっとややこしい方へ進んでいるらしい。

 

 

 ……実を言えば俺は最初、あの場で津久井を振るつもりだった。

 

 ──名前すら知らない奴にいきなり告白されて、それでどうしろと?って感じで。

 

 

 だけど、そう出来なかった。そうしなかった。

 

 

 ──津久井の真剣さが。

 

 ──津久井の本音が。

 

 恐らくそうさせなかったのだろう。

 

 

 そして、俺も俺で整理が出来ていなかった。

 

 

 ──折本との関係の真否は?

 

 ──俺は自分をどうしたい?

 

 だから、俺はあの場で本当の俺を見せて、本人の気持ちを確認した。……調べるようで失礼なのは知っているが、不安だった。

 

 結果論的には本気で告白してくれていたから、俺も本気で応えることにした。

 

 

 でも、それ以前にまず自分が把握出来てないんじゃ話にならないから猶予を貰った訳なんだが──

 

 

 ──そこまで考えて、昨日津久井と一緒にデパートに行った事を思い出した。




タグに《オリキャラ》を追加しました。

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05

今回は前話の一日前の話になります。

津久井さんメインですが、この作品としてのメインは折本ですので、安心して下さい。(要望が多ければ、八折が終わった後で出します)

ここでキャラの設定を書くとネタバレが怖いので、先にキャラ設定見たい人は後書きへ。


 デパートに行ったのは、昨日の放課後だった。

 

 昨日は生徒会からの召集もかからなかったし、奉仕部は奉仕部で現在俺に関しては自由参加的になっているのもあってか行く気にもなれなかったので、久しぶりに早く帰ろうと思っていたのだが──

 

 

「比企谷君!待って比企谷君!」

 

 

 誰かに呼ばれた為振り向くと、そこには津久井がいた。

 

「おお、津久井か。…どした?」

 

「き、今日…その……暇?」

 

「ああ。……ってか、津久井は部活なんじゃねぇのか?」

 

「うっ……。ま、まあそうなんだけど…。……比企谷君、返事にはまだ時間……かかりそう…なの?」

 

「………ああ。なんだかんだで聞けなくてな……。その、悪「良かった……」……え?」

 

 いきなり、津久井がわけの分からん事を言いだした。

 

 本人にとっては返事を保留されているのだがら出来るだけ早く答えを聞きたい筈なのに。

 

 今、目の前にいる女子は少しホッとしている。

 

「なんで……先延ばしされると、良かった事になんだよ……」

 

 少し怪訝な顔をしてしまう。

 

 

 本当は演技だったのでは──

 

 

 そんな予感が頭をよぎる。──が、

 

 

「由比ヶ浜さんに比企谷君の事を少し聞いたんだけど、そしたら不安になっちゃって……」

 

「由比ヶ浜?」

 

 なんでここで由比ヶ浜の名前が出てくるのか分からんが、取り敢えずはそのまま話を聞く。

 

「うん。……それでね?比企谷君はあの時(・・・)私の事忘れてたっぽいし、なんならアタックして…みようかなー………なん…て」

 

 言葉は最後に向かうに連れて勢いがなくなっていったが、言いたい事は分かった。

 

「え…えっとね?……だから…その……私の事を理解してもらわないといけないかな、って思ったから……」

 

 ──やっぱりだった。

 

「……目的は分かったけど…。……俺、その前に津久井のフルネームすら知らないんだけど……」

 

「えっ!?………あっ!」

 

 どうやら言われて初めて気付いたらしい。……めぐり先輩に通じるもの──というか、どこか抜けているような感じは見ていて(なご)む。

 

「えっと……私は津久井(つくい)一奈(かずな)って言います。………………あ、……あなたが……好きです…」

 

「お、おう。……俺は比企谷八幡だ。………よろしく」

 

 

 ──なんともたどたどしい自己紹介だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後はだいぶ話してしまったので割愛させて頂くが、大まかな話の方向としては、デパートに行く事になった。ウィンドゥショッピングをする、という事らしい。目的はさっきの通りだ。

 

 ちなみに、全部割愛した話が幾つかあるのだがその中から部活関係だけ。話さなければ、聞いてもらわねばならない。

 

 本人曰く、運動部に所属しているのは本当にただ運動のためだけで、特に何かを極めたいとか、そういう事ではないらしい。適度な運動、という事だろう。ちなみにテニス部に入っているらしく、女子テニス部内には、男子テニス部の戸塚が女子と同等の可愛さがどうとかで戸塚に張り合おうとする奴もいる事も教えてくれた。無駄な事を。戸塚は至上だ。並べる筈などないのだ。

 

 

「──あ、ここですね。行きましょう、比企谷君」

 

 と、脳内で戸塚を褒めていたら何時の間にかデパートまで来ていた俺達は、持ってきたチャリを自転車置き場に置いて中に入った。

 

 

 デパートの自動ドアを潜ると、さも当然というような喧騒に身体が包まれる。

 

 俺の知らないような店ばっかりで、書店ですら聞いた事のないような名前があった。

 

「えっと……」

 

 地図の前で少し悩むようなそぶりをしている津久井は、何かを見つけたらしく、「あった!」と言うと、その黒髪を跳ねさせるように俺に振り向く。

 

「比企谷君は、何か見たいところ…ある?」

 

「んや、特にはねーよ。津久井の行きたいところで問題ない」

 

「ありがとう……。それじゃ、行こう?」

 

 結局どこに行くか告られていないのだが、忘れているのだろうか。

 

 津久井と知り合って──と言うかいきなり告白されて、その後会うのは今日が二回目、計三回目になるのだが、そんな少ない時間でも、取り敢えず分かった事はそれなりにある。

 

 

 華奢な身体の割りに運動が出来て、

 

 この高校にいるだけあってか勉強面も問題無い。

 

 容姿もいい方ではないだろうか。

 

 雪ノ下ほど才色兼備ではないものの、なんだろうか、俺の周りにはいないような独特の──大人しめな雰囲気がある。一番近いのはめぐり先輩だが。

 

 これも割愛した話の中にあったが、友達もそれなりにいて、派手ではなく、《地味まではいかないけど目立たない》、くらいの集団らしい。要するに普通の集団だ。

 

 性格もおとなしい方だし、話を聞く限りではアウトドア派というよりはアウトドアよりのインドア派だ。

 

 

 その細めの身体付きから、病弱なのかと思っていたら津久井に図星をさされ、弁解を受けた。病気には強い方らしい。

 

 

 ──と、そうこうしている内に、津久井がある店の前で立ち止まった。

 

 

「このお店です」

 

 津久井が止まったのは、どうやら洋服屋のようだ。

 

「服を買いにきたのか?」

 

「買いに来た、って言うよりは見に来た、ですね」

 

 津久井はそう言って何故か俺の事をじーっと見てから小声で何かを呟きつつ入って行ったので、後に続く。

 

「………ここ、女性ものしかないのか」

 

「すいません……。どうしても早めに確認したくて……。せっかく来たし、って思っちゃって……」

 

「あ、いや、別に良いけどさ」

 

 そんな会話をしながらも、津久井は服を選んで行っている。気になるものは鏡で確認したりして手にとっていた。

 

 そして、ある程度見て回ると「少し…待っていてもらえますか?」と言われたので肯定し、津久井を待っていると、俺の耳が話し声をひろった。

 

「──でさー、ちょーヤバくない!?」

 

「ヤバい!ちょーヤバい!それホント!?折本(・・)さんが付き合──」

 

 だが、その会話は喧騒に呑まれてすぐに聞こえなくなってしまう。

 

 

(今の奴ら、折本の話をしてたのか?)

 

 

 ここは店の中。話し声が聞こえてきたのは通路からなので、一瞬だけしか確認出来なかったが、その確認したその服装は、青い制服──つまり、海浜総合のものだった。

 

 

(なんで折本の話が……)

 

 

 と考えに浸っていると、後ろから肩を軽く叩かれた。何かと思って見てみると、そこには──

 

 

「どう……かな」

 

 

 照れて顔が赤くなっているが、恐らくさっき選んだであろう服を着た津久井が立っていた。

 

 女性の服なんてものはその人のイメージを決める、みたいな話を聞いた事があるが、俺と津久井の場合は今の今まで学校での接触だけだった──つまり、私服を見たことがなかったから、その他の情報から津久井のイメージを作り上げて、そして大方合っていると思っていたのだが──

 

 

 ──現在目の前にいる女子は、その想像とは全く別のイメージの服を着ていた。

 

 なんだろうか、津久井のイメージはちょっと臆病で真面目な感じだったのだが、服は一色に近い感じだ。

 

「……私の私服はだいたいこんな感じなんですけど……似合ってる?」

 

「お、おう。……よく似合ってると思うぞ」

 

 しどろもどろになりながら答えてしまった。

 

「良かった……」

 

 津久井は心底安心したようだった。

 

 そして、俺と津久井で服がどうこうと少し喋った後、津久井が「少し待っててもらっていい?」と聞いてきたのでOKサインを出すと、再び試着室の方へと向かう。着替えてくるのだろう。

 

 しばらく待っていると、シャーッというカーテンを開ける音と共に津久井が出てきた。

 

「ごめんなさい、遅くなっちゃって」

 

「いや、気にすんなよ」

 

「ありがとうございます。……ちょっと会計行ってくるね」

 

「……………買うのか………」

 

 俺の返答は津久井には届いてなかっただろう。聞く前にレジへと向かっていたから。

 

 取り敢えず俺はする事がないので店の入り口で待つ事にした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「じゃあな」

 

「はい。比企谷君も気をつけて」

 

 そう言ってそれぞれ別れる。

 

 ──津久井の狙い通り、初めて見る津久井のいろんな事を知れた。

 

「明日…は水曜日だから………玉縄とまた会議かよ……」

 

 ちょっと憂鬱な気分になる。

 

 

 

 ──だが、この時の俺は明日起こる事など、予想もしていなかった。




キャラ設定
津久井一奈(つくいかずな)

黒目で黒髪ショートヘアの至って普通な女の子。女子テニス部所属で、交友関係もそれなりに広いが、知名度が高い訳ではない。スタイル的には相模。丁寧口調と普通の口調が混ざった言い方をする。八幡と知り合ったのは一年生の時。その後文化祭で再び会い、あの事件へ。相模が責められていない事に疑問を抱いて問題の結論を出した。その後から八幡に惹かれている。

(アニメでは二年ですが、津久井の名前は出てきます)


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06

早く終わったので早速予備日である土曜日に更新します。
この話から数話の間少し折本から離れますが、ストーリー上そうなってしまっているので、もう少しお待ち下さい。出来るだけ早めに戻します。


 * * *

 

 

 

「さみぃ………」

 

 朝。完全防寒装備をして自転車に跨がり、キコキコと音を鳴らしながら漕ぐ。流石に十二月だけあって、それ相応の寒さが俺の身体を蝕む。

 

 今日は木曜日だから、今日と明日さえ乗り切れば土日が待っている。──それが分かっていても気分が上がる事は無い。それ程に寒い朝だ。

 

 しばらく漕ぎ続けていると、見慣れた建物が視界に入る。

 

 その建物を認識し、それに向かって漕ぎ続けて行く。

 

 近くなるに連れて増えていく俺と同じような格好をした総武高生達は、いつものように喋りながら歩いたり、あるいは自転車を走らせながら話したりと、こんな寒い日でもいつもと変わらない毎日を送っている。

 

 俺もその中の一人──とは、少し言い難い。

 

 

 なぜなら、それは今朝の自室に遡る──

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ヴヴヴヴヴッ

 

 携帯がその時刻になった事を知らせる目覚まし用のバイブを起動させる。

 

 それによって起きている俺は、今日もいつもと同じように目を覚ました訳だが──

 

 

「6:46?……なんでだ?」

 

 

 いつもより十五分程早い時間だ。普段はこの時刻に携帯が鳴る事はない。だが、実際問題として携帯は小刻みに震えている。

 

 少し疑問に思ったが、取り敢えず携帯を布団に入ったままの姿勢で取り、確認すると──

 

 

 《着信一件》

 

 

 成る程。どうやら俺が目を覚ましたこのバイブは、設定した目覚ましではなく、どうやら着信を知らせるバイブだったらしい。──こんな時間に送ってくる奴も大概だが、それで起きてしまう俺も大概だった。

 

 とにかく起きてしまったし、着信も確認してしまったのでそのメールの中身を確認する。

 

 

 《subject:おはようっ!

  text:おはよう比企谷。昨日は楽しかったよ。恋人の話の時の比企谷がめっちゃ驚いててちょっとウケたw》

 

 

 ……朝からそんな事を知らせるために送ってきたのかよ……。

 

 内容のNASAにびっくりした。

 

 俺は、適当に返事を考えて送信しつつ、布団から出ようとしたのだが布団の魔力が予想外に強く、炬燵といい勝負をしそうなほどの強さを持っている布団と十分ほど格闘する羽目になった。

 

 

 その後自力で布団に打ち勝ち、冷え切った世界に身を投じた俺は、すぐさまあったまるべく、一階に出来るだけ速いスピードでおりて、炬燵を目指した。

 

 炬燵に着き、布団をめくって中に足を突っ込むと、中から「ン゛ニ゛ャッ」という断末魔のような悲鳴が聞こえたと思ったら、直後、俺の足に激痛が走った。──悲鳴こそあげなかったものの、しばらく悶絶した。

 

 結果としては俺がカマクラを追い出し、カマクラはソファの座布団に落ち着いた。なかなかに引き際の分かる奴である。ちなみに炬燵だが、親が朝軽く使った程度だったようで、想像ほど暖かくなかった。チクショウ。

 

 そのままいつもの時間まで過ごし、俺が朝飯を用意している間に起きて来た小町と一緒に朝食を食べて、そして学校に登校するために家を出て、寒さの中自転車を漕いでいた訳だが──

 

 

 ──そこで、偶然にも津久井と会った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あれ?比企谷君?」

 

「ん?……津久井か」

 

 学校と我が家の間の丁度半ば位の距離まで来て、信号待ちをしていたら、後ろから声をかけられたので振り返ると、そこには最近話すことが多くなった津久井がいた。

 

「比企谷君も家こっちの方なんですか?」

 

「ああ。中学の頃は学区の端の方だったからな。どっちかって言うと多分隣の中学のが近いんじゃねぇか?」

 

 実家は、俺や折本の通っていた学校の学区の本当に端の方だったので、入学後数ヶ月は学区を恨んでいた覚えがある。ちなみに、比企谷家からそれなりに近い折本の家は比企谷家よりは学校に近かったものの、やはり遠いことに変わりはなかった。

 

 そんな事を話しつつ、学校へ向かう。

 

 部活の話になった時に津久井がテニス部と言うところから体育が今日ある事を思い出して、このクソ寒い中で外に出てやるという事実を思い出してしまった俺は更に気を滅入らせた。

 

 

 

 学校が近くなって来て人が増えてくると、俺と違って友達のいる津久井はその友達を見つけたらしく、俺から離れて行った。

 

 なのでいつも通り一人で校門をくぐり自転車小屋に向かい、そして校舎に入るという流れをこなす。

 

「はあ……」

 

 特に意味もなく吐いた溜め息は白く、冬である事をこれでもかというほど知らせてくる。

 

 靴を履き替えて階段を登ると、階段の壁に付いている掲示板の貼り紙に目が行く。

 

(呼びかけか……)

 

 その貼り紙には、クリスマスイベントの紹介みたいな内容が書いてあった。これを作ったのは生徒会なのだろうが、なかなかの完成度だった。

 

 その掲示板を過ぎ、自分の学年の廊下に辿り着くと、そのまま止まらずに教室に入る。

 

「おお……」

 

 教室には暖房が入っていたらしく、それまでの寒さと、この教室の暖かさによる温度差に少し驚いて、尚且つ暖かい事に感動して小さく声を出してしまう。

 

 教室ではいつものようにトップカーストの連中がワイワイやっているのを中心に、いろんなところで少人数がグループになって騒いでいる。

 

 それをうっとおしく思いつつも、気にしないようにして机に突っ伏す。朝の教室ではこれが一番だ。もちろん、イヤホンは装着済みである。

 

 そしてその状態でしばらく過ごしていると、誰かに肩を叩かれた。

 

 イヤホンを片耳とって振り向くと、そこにいたのは満面の笑みによって周囲が明るく照らされていて眩しいほど輝いている戸塚がいた。レンブラント光ヤバい。

 

「おはよっ、八幡」

 

 ……ヤバい、浄化されそう。いや、アンデットじゃないけど。

 

「戸塚、毎朝味噌し……なんでも無い」

 

 あっぶねえ。

 

 危うく戸塚に告白して瞬殺されるところだったわ。

 

 戸塚は本当にヤバいと思う。何がってそりゃ全てが。性別なんか戸塚だし、神ってるならぬ戸塚ってる。……若干ごろが悪いな。

 

 

 ──という普通の日課を過ごしていると、暴力教師が教室に入って来た。

 

「席につけー、出欠とるぞ」

 

 やる気なさげでそう言った平塚先生は、順番通りに生徒の名前を言っていく。

 

 全員呼び終わったところで、連絡事項に入った。

 

「今日は、変則日課で現国が潰れる事になる。ちょっと私に用が入ってな。かわりに、進んでないらしい体育を入れておいた。隣と合同らしいぞ」

 

 

 ──全員、絶句。

 

 

 そんな勝手が通るのか……。とか思ったが、あの人ならなんとか通してしまう気がしてきた。その年齢にものを言わせて……

 

 ──ゾワッ

 

 

 これ以上考えるのはやめよう。うん。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 二時間目にあった現国が潰れて体育になったため、一時間目が終わった現在、着替えている。

 

 こんな寒さで外でやるとかアホかと思ったが、テニスらしいので、戸塚を見られるからよしとした。

 

「八幡、早く行こ?」

 

「おう」

 

 戸塚に誘われ、既に着替え終わっていた俺は、特に待つ奴もいないのでそのまま戸塚と外に出た。

 

「寒いね……」

 

「ああ……」

 

 やっぱり寒かった。

 

 その後、続々と後から出てくるうちのクラスと、隣のクラスの連中が揃うと、それぞれのクラスで個別に準備運動をした後、先生のところに集合した訳なのだが──

 

 

「今日は、折角だし男女混合のクラス混合で──そうだな、テニスやるか。よし、好きな奴らで四人グループ組めー」

 

 

 ──貴方は、そんなに俺を殺したいのだろうか。ぼっちに四人集められる訳がな──

 

「八幡、一緒にやろ?」

「ヒッキー!」

「比企谷君、一緒にやってもいい…かな?」

 

 

 四人集まった。

 

 十秒かからなかった。

 

 

「………お、おう。いいぞ」

 

 ──と言うわけで、俺、戸塚、由比ヶ浜、津久井の四人でテニスをする事が決まった。

 

 

「チーム分けどうしよっか」

 

 由比ヶ浜のその声で、四人が唸る。

 

「うーん、僕と津久井さんはテニス部だから、分かれた方がいいよね」

 

「うん。となると……由比ヶ浜さんは戸塚君と私のどっちがいいの?」

 

「えーと、彩ちゃんのがいいかな」

 

「おいおい、そしたら俺と戸塚で組めなくなっちゃうだろ……」

 

「あはは……」

 

 

 ……………

 ………

 …

 

 結局、チーム分けは男女混合チームという事とテニス部を分けるという事で、戸塚&由比ヶ浜VS津久井&俺となった。……由比ヶ浜が羨ましい。

 

 そして、先生にチームを報告してコートを借りる。

 

 そのコートは何の因果か、あの日──三浦と対戦したコートと同じ場所だった。

 

 

 

「八幡っ!」

 

「おうっ!」

 

「えいっ!」

 

「戸塚君!」

 

 

 ボールは規則正しく俺たち四人の中を回っていた。今回はあくまで授業だし、試合ではないからテニス部二人が手加減してくれているのは目に見えているが。

 

「はいっ!」

 

 戸塚が返したボールが逆サイドにいる俺のところにくる。そしてボールを見て構え直し、ラケットを握り直す。

 

 ネットを越えたボールは少し軌道を右にカーブさせながらこっちに向かって来ているが、このまま行けば俺の予測地点に到達する。

 

 ワンバウンドして、ボールの軌道が更に変わる。

 

「……………」

 

 それを一瞬で修正して、もう握り直しながら後ろに振りかぶった。

 

 

 ──パコーンッ!

 

 

 

 ドサッ──




テニスの球を打った時の擬音が分からない……。激しい感じのやつです。


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07

「……………」

 

 目が覚めると、知らない天井が視界に入り、そしてその周りには黄色いカーテンが見える。

 

「いって……」

 

 顎に手を触れてみると、まだ痛みがあった。

 

 さっきの体育の時間。

 

 あの時に、ミラクルショットをボクシングのアッパー的に顎にくらったのだ。

 

 戸塚からの返球をある程度コースを予測して立っていた俺は、由比ヶ浜に返す為に狙いをつけて構えていたのだが、そこに運悪くミラクルショットがやって来た。

 

 

 隣のコートで、全員隣のクラスで組まれた四人組がプレイしていたのだが、ネットから見て俺と同じ側にいた奴の返球を、どう返したのかは知らないが返球したらいい感じにこっちに来て、

 

 最初にコートとコートの間でワンバウンド。

 

 次に空中の戸塚のボールに当たって軌道変更。

 

 そしてぶつかられた戸塚のボールが推進力を得る形で進み、俺の顎へと吸い込まれた。

 

 

 ガードするも間に合うわけもなく、無意識下にあった顎に直撃した事もあって、俺はコートに撃沈した。由比ヶ浜の叫び声と、隣で声をかけていた津久井の声、周りのざわつく声を最後に、俺は気を失った。

 

 

 ベッドから降りてカーテンを開けると、そこには戸塚達三人がいた。

 

「あ、八幡!大丈夫?」

 

「ああ」

 

「その、ごめ「戸塚が悪い訳じゃねぇよ。偶然だ偶然」……うん」

 

「何か、して欲しい事とかありますか?」

 

「……スマホ取って来てもらってもいいか?前から四列目、右から二列目の席んところのバッグの一番外側に入ってるから」

 

 俺がそう言うと、津久井は保健室を出て行った。これで一応折本には連絡できる。

 

 保健室の先生がどこにいるのか知らないが、取り敢えずスマホを取りに行ってくれた津久井を除いた三人で肩を降ろす。

 

「ヒッキーが急に倒れるんだもん。結構焦った」

 

「お、由比ヶ浜は焦るって字は使えるのか」

 

「ヒッキー私の事バカにし過ぎだし!」

 

「まあ気にすんな。ちょっと目が回ってるが問題無い」

 

 俺は無事な事を二人に伝えると、時計を確認する。

 

 ……その時計は、既に三時間目の時刻をさしていた。

 

「……………サボるか」

 

 ──と言うわけで、安静にする事を名目に俺は三時間目をサボった。ちなみに、津久井が取ってきてくれたスマホなのだが、さっき確認したように三時間目が既に始まっており、先生に事情を説明してその他にもいろいろ……と、面倒な事になったらしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後四時間目の授業には参加し、昼休みになって平塚先生に呼び出されて事情聴取を受け、そして午後の授業を終えて放課後。

 

 一色にも俺の怪我の情報が届いていたらしく、副会長から休んでいいとの報告を受けて、久しぶりに奉仕部へと向かう。

 

 廊下の寒さとは別に、人のいない廊下の静けさが虚無感を生み出し、いろんな意味での寒さを感じる。

 

 俺の歩く音だけが響き渡る廊下から外を見れば運動部がグラウンドで練習しているのが見え、“そこ”と“ここ”の温度差を感じて更に冷え込む。

 

 そんな冷え切った廊下を一人歩いていると、上履きが廊下を叩く音以外の音が混ざり始める。

 

 最初は弱く。

 

 そして近づくに連れて強く。

 

 楽しげな話し声がその部屋から漏れ出していた。

 

 

 その事に何故か安堵しつつ、久しぶりに握るドアに手をかけ、引いた。

 

「うっす……」

 

「あ、ヒッキー!今日は来たんだ」

 

「久しぶりね」

 

 ほぼ必要最低限レベルの会話を済ませると、イスを引っ張り出して来て定位置に着く。

 

 ──コトッ

 

「貴方も、災難だったみたいね」

 

 そんな事を言いながら雪ノ下が紅茶を淹れたティーカップを近くに置く。

 

 恐らく俺の話は由比ヶ浜から聞いたのだろう。

 

 その紅茶の温かさに触れて、少し心が落ち着く。

 

「まあ、今回は運が無かっただけだからな。……ある意味当然の報いかもしれないが」

 

 津久井の依頼の件も、結局こんな事があったから──いや、それは言い訳に過ぎないか。言おうと思えば朝の段階で言えたはずだ。

 

 

 ──俺は、間違った人間だと自覚している。

 

 だから、正しく在ろうとする。

 

 それの何が悪いと言うのだろうか。

 

 

 ──だが実際に雪ノ下や由比ヶ浜、更には折本にまで心配をかけたのも、その正しく在ろうとする行為だ。

 

 

 正しく在るな、という話では無い。

 

 方法を変えろ、という話なのだ。

 

 

 だが、俺は変えなかった。相模の件も。その後の件も。

 

 変に言えば、今回の件はそれに対する報いなのだろう。

 

「……それは、どういう事かしら?」

 

 雪ノ下も何かを嗅ぎ取ったらしい。

 

「気にすんな。間違った人間に対する罰って話だ」

 

 そう言って俺は少し冷めてしまった紅茶に手を付けた。

 

 

 俺を見る雪ノ下の目が、僅かに曇った事には気づかなかった。

 

 

 ──ヴヴヴヴヴヴッ

 

 バイブ音が身体を伝って響き、携帯に手を伸ばす。

 

 画面を見れば折本の名前。電話が着たようだ。

 

 席に座ったままでスマホを操作し、耳に持っていく。

 

「どうした、折本」

 

『あ、比企谷?ごめん、返信遅くなっちゃって。大丈夫?』

 

「ああ。俺は平気……では無いがまあ大丈夫だ」

 

『顎に受けたんだっけ?……運無さ過ぎでしょ……。今日はたまたま総武もウチもセンターに来てるんだけどさ、比企谷は来てないってさっき一色ちゃんから教えられて』

 

「今日は海浜も来てんのか。玉縄の相手も大変そうだな」

 

『それは他の人がやってる』

 

 どうやら折本はその役目からは逃げられたらしい。

 

『まあ、元気ならいいや。……無理しないでね?』

 

「ああ……」

 

『それじゃっ…「ちょっと待ってくれ、折本」……どしたん?比企谷』

 

「お前に話しておきたい事があってな。俺も本人の意図が掴めないんだがお前に伝えてくれ、って頼まれたんだよ。……今日、そっちが終わったら一昨日(おととい)のスタバに来てくれないか?」

 

『ん、分かった。じゃーね』

 

 そして、通話を切った。

 

「ッ…………」

 

 通話を切ると、それまで感じてなかった視線を感じ、少し身震いする。

 

「……ヒッキー、誰から?」

 

 由比ヶ浜が探るような雰囲気を出しながら聞いてくる。

 

 そう言えば、こいつらと折本は接点がなかった、と言う事を思い出す。

 

 ……もしかしたら入学式の日以降の入院の時に会ってるかも知れないけど。

 

「折本からだよ。……あー、まあ、アレだ。クリスマスイベントの海浜側の奴」

 

「……………」

 

 一色の時もそうだったが、何故誤魔化したのだろうか。津久井の時は話せたのに。

 

 

 ──俺は折本の彼氏で、

 

 

 ──折本は俺の彼女だ。

 

 

 まだそれ以上は無いし、勿論それ以下も無い。

 

 そんな簡単な事なのに、どうして誤魔化す必要があるのか。自分自身が理解できていない。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 ──キーンコーンカーンコーン……

 

 

 部活動終了時刻を知らせるそのチャイムが鳴る。

 

 ──チャイムが鳴り響いているこの部屋は、何故か俺と雪ノ下を表しているように聞こえた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 すっかり日も落ちて暗くなっている道を一昨日のスタバへ向けて自転車で進む。

 

 最短コースからは外れるが途中で一色達のところに顔を出すか迷ったが、やめた。

 

 ──行ったらヤバい。

 

 本能がそう告げていた。

 

 

 あそこにいる俺に関係するヤバい奴らは一色と玉縄の会長達、……あとは可能性として折本だろうか。

 

 考えていたらちょっとゾワッとした。

 

 

 スタバの敷地内にある駐輪場に自転車を()め、店内に入る。

 

 折本を探すがいないようなので適当に空いてる席をとって座り、注文を頼む。

 

 注文が終わると、折本に連絡を入れた。こんなところで待つのは出来れば御免蒙りたいので、連絡して出来るだけ早く来てもらうのと、普通に着いた、という事を知らせる為だ。

 

 

 ほどなくして折本から返信が来て、こちらに向かっている途中だという。

 

 俺は肯定の意を示す返事を折本に出して、運ばれて来たコーヒーに手を付けた。

 

 

 

 それから数分後、折本が店内に入って来た。

 

「えっと…比企谷は……」

 

「折本、ここだ」

 

 俺がそう言うと、折本も寄ってくる。

 

「遅くなっちゃった?」

 

「そこまでじゃないから気にすんな」

 

 

 そっか、と折本は言って、

 

 

 ──俺の隣に座った。

 

 

「…………こういう場合って普通は向かいに座るんじゃねぇの?」

 

「寒いし、比企谷あったかいし、互いにあったまれるし」

 

 口調があーしさん風になっているのは気のせいですね。

 

 

 ──まあ、何はともあれ俺は本題に入ることにした。

 

「……折本………大事な話がある」

 

 この話は、大事な話であり、──俺の最低な話でもある。

 

 当然折本は額に謎を浮かべているが、気にせずそのまま続けた。

 

「この間──つっても一週間以上前なんだが、告白された」

 

「え………」

 

 折本の顔がみるみる蒼白になっていく。

 

「それでな、その時は互いに恋人なのかあやふやだった時期だった」

 

「だから、受けちゃった、の?」

 

 ──え?

 

「ち、ちょっと待て!どうしてそうなった!?」

 

「………だから、恋人かどうかわかってなかっ…た、から、グスッ………その、…告白してきた…人の、う……け、ちゃった、んで…しょ?……」

 

 気づけば、折本が泣いていた。

 

「お、おい」

 

 掛ける言葉が見つからず、手が虚空を切る。

 

 

 そして──

 

 

 ──俺は、折本を抱きしめた。

 

 

「安心しろ、俺の彼女はお前だ、折本。……それに、俺には二股なんか出来る甲斐性(かいしょう)はねぇよ」

 

 

 めちゃくちゃ恥ずかしいが、折本を安心させる為なら、と割り切って言う。

 

 それが功を奏したのか、折本は泣き止んでくれた。

 

「誤解されるような事言って悪かった。だけど、そいつの為にも俺の為にも話は聞いてくれ」

 

 

 ──俺はそう言って、津久井本人から頼まれた事を話した。

 

 



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08

どうも、驚いた方もいるかと思いますが連投一投目です。
普通に読んでいる方には関係ないと思うので大丈夫です。
最新話ボタンから飛んで来た人、紛らわしいことしてすみません。


 * * *

 

 

 

「………俺が文化祭実行委員だった事はお前に言ったっけか?」

 

 俺は、最初にそう振った。

 

 俺と津久井の話をするにおいては外せない話になるからだ。

 

 一年の頃同じクラスとはいえ俺は覚えていないし、文実も同様に覚えていない俺は、結局のところ記憶上の初対面になったあの奉仕部での接触以降の話をすればいいと思っていたのだが、津久井本人から好きになった理由も話してくれ、と頼まれたのだ。……それを俺に話せた津久井も津久井だが、俺は俺で公開処刑かと思った。

 

 とにかく、そんな訳で文化祭の話をしないといけないのだが、その話をするに当たっても問題がある。

 

 ──相模の件だ。

 

 あの件の解決方法を見抜いたのは雪ノ下と葉山だけだと思っていたのだが、津久井もそうだったらしく、そこから俺の事を考え始めたらしい。

 

 

 だが、その解決方法は折本に何度も何度も注意されていたものだった。

 

 

 ──その助け方は自分の価値を下げる

 

 ──その解決方法は自分を傷つける

 

 

 そんな風に折本は俺に言っていた。あの中学の頃の告白の時に俺を叱ってくれた時と同じ事を何度も言われた。

 

『価値が無いから私と付き合えないって言うならそんな事はしないで』

 

 そう言っていた。

 

 

 ──だが、それを分かっていても、俺はあの方法をとった。

 

 他の方法を知らなかった訳じゃない。でも俺はあの方法をとってしまった。

 

 理由は簡単だ。

 

 

 それを正しいと判断したから──

 

 

 つまりそういう事だ。

 

 あの時は時間がなかったし、俺に託された事、そして何より周りと自分を天秤にかけて、周りを選択してしまった事が理由だと分かっている。

 

 俺はまた、自分の価値を周囲より低いと判断したのだ。

 

 

 それを、折本に謝らなければならない。

 

 

 折本は誰より俺の事を理解しようとしてくれていて、その為なら周りの事すら少し疎かにしてしまう。

 

 そして中学の頃は、俺の事を理解した上で周りに馴染む最適な状況を作ってくれようとしていた。

 

 そこまでしてくれていた折本に、俺は背くような事をしてしまったわけだ。……苦労を無に返すような事を。

 

 

 それを謝ってから、津久井の話をする事にした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……その文実でな、……また、やっちまったんだ。………スマン」

 

 そう言って隣にいる折本に謝る。だが折本は──

 

「……はぁ」

 

 と溜め息を付いた。そして、

 

「あのさ比企谷、その件なら私もう知ってるから」

 

 と言った。

 

 折本から聞いた話によると、その話は既に海浜総合にも届いていたらしい。名前までは来ていなかったそうだが。

 

「やっぱり比企谷だったんだ。……比企谷がそういう解決方法を取るのはもう知ってるし私はそれを治せ、とは言わないけど、やっぱり彼氏が被害にあうのは辛いって…」

 

 そう言った折本に再度謝ると、今度は折本から振って来た。

 

「それで?その文化祭が何なの?」

 

「あ、ああ。……その文化祭の俺の行動を、本当の意味で理解した奴の中に、告白して来た奴がいたんだ」

 

 そして、俺は津久井から聞いた話をそのまま折本に伝えた。

 

 相模が責められなかった事を怪しんだ事。

 

 考えていくうちに俺の行動にあたった事。

 

 そして、その行動に惹かれた事を話した。

 

 

「──どうして惹かれたんだ、って聞いたら『普通の人じゃ出来ない事をやれるからです。……褒められるべき事で、そして褒められてはならない事ですけど……』って言ってた。要するに折本と同じように自己犠牲はよくない、って奴だ」

 

「当たり前じゃん。……でもそっか、ついに比企谷に告白する人が出てきちゃったかぁ……」

 

 

 折本はうーん、と唸っている。そして、

 

「比企谷はさ、津久井さんの気持ちに本当の気持ちを返したいんだよね?」

 

「ああ。俺に対してあんな風に接してくれたのは折本以外で初めてかもな」

 

「……だったら、今度三人で遊びにいかない?」

 

 

 それは、とんでもない提案だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「三人で遊びに行かない?」

 

「………いやいやいや。……なんで?」

 

 意味が分からん。

 

 そもそも、俺は津久井の話をした時に折本からなんか悪い事言われるかと構えていたのだが、それすらなかった。

 

 だが折本は津久井の事を許した訳ではないだろう。

 

 俺も二股だけは絶対にするつもりはない。

 

 そうなると、何故遊びに行くなんて結論が出てくるのか分からない。それに津久井も折本に会いたいとは限らないだろう。

 

「……遊びに行くかどうかは置いとくとしても、津久井が折本に会いたいと思ってるかまでは分からんぞ」

 

「んー、どうだろ。……でもまぁ、会いたくなかったら『私の事を話して』なんて言わないんじゃない?」

 

「……なるほどなぁ」

 

 

 ──というわけで、彼氏&彼女&彼女が居る彼氏を好きな女子という三人で遊びに行く事が、津久井の確認のみ残して確定した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 翌日、いつものように寒い中をえっちらおっちらと自転車で学校まで登校して教室に入る。

 

 暖房の効いたこの部屋に居座りたいが、その考えを振り払って廊下に出る。

 

 廊下は底冷えしていてとても寒かったが、それを我慢して隣のE組に向かう。

 

 扉から津久井を探して、見つけたので扉を引く。

 

 

「津久井、ちょっといいか」

 

 

 俺が呼びかけると、本を読んでいたらしい津久井は顔を上げて、自分を呼んだ人を探す。直ぐに俺の事は見つけられたらしい。

 

「えっ?比企谷君?…どうかしたんですか?」

 

 そう言いながらこっちに来る津久井。

 

 周りは、俺に好奇の視線を向けていたがあまり気にしないようだ。……一色は津久井を見習うべきだな。互いに互いの事知らないけど。

 

「どうしました?」

 

 俺の前にきてもう一度質問してくる。流石にちょっと視線が痛いので場所を移動して話をする事にした。

 

「お前に言われた通り、折本には話したんだがな。……その事を話す前に、まず俺と折本の関係について話していいか?」

 

 俺が急にその事を切り出すと、予想していなかったのであろう津久井は、ビクッと震えた後、

 

「………今は、……もう少し…夢を、みていたいんです……」

 

 津久井はそう言って否定した。

 

「………おかしいな、覚悟してた……はず、何ですけど──」

 

 震えながらそう言う。

 

 無理もない。俺がいきなり言い出してしまったのが悪いんだから。

 

「ま、待ってくれ!……折本の話も聞いて欲しい」

 

 そうは言ったものの、やはりどう説明しようが折本との関係を説明しないと出来ない気がしたので、一部だけ伝える事にした。

 

「……折本は、お前と話がしたいんだとさ。……だから、三人で遊びに行かないか?」

 

「へゅっ……?」

 

 俺のいきなりの提案に、津久井が謎の声を出す。一色の『ふぇっ?』に当たるんだろうか。

 

 と、そんなどうでもいい事は置いといて、津久井の返事を待っていると、

 

「……分かりました。行きます」

 

 と言う肯定の返事が貰えた。

 

 

 

 その後、日程を聞いてきた津久井に対して折本に確認する為にメールを送ったら、津久井が嫉妬?して津久井ともメアドと電話番号を交換する事になった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 更に日は進み、いよいよクリスマスムードも本格的に街を覆いはじめて来た週の休日、朝十時から俺は駅前に来ていた。

 

 折本曰く本日の顔合わせデートの集合場所だ。

 

 ちなみに俺はデートだとは思っていなかった。

 

 どちらかと言うと顔合わせの方が目的であり、それを折本がデートだと捉えているだけだと。

 

 

 しばらく待つと遠くからいかにもな服装でこっちに走ってくる折本が視界に入る。

 

「ごめーん!お待たせっ……」

 

「おう、待ったぞ。寒いのに待たせんな」

 

「……比企谷らしいなぁ……」

 

 そんな会話を自然とする。

 

 ここまでは一連の流れのようなものだ。

 

 ──と、そこで更に声をかけられる。

 

「遅れてしまってすみません。おはようございます、比企谷君。……えっと、そちらが折本さん?」

 

「あ、うん。……今日はよろしくね、津久井さん!」

 

「あ、はい。よろしくお願いします、折本さん」

 

 どうやら、最初の接触は上手くいったようだ。これが上手くいかなかったら気まずい雰囲気になってただろうからな……。余裕で死ねる自信がある。

 

 そういう点では折本は失敗しなさそうだけどな。

 

 折本に限らず、由比ヶ浜なんかもそうだろうが、ああいう誰とでもすぐに仲良くなれる奴は本当、才能な気がする。俺が一人でいるからそう思うのかもしれないが。

 

 

 ちなみに、折本の服装はイメージ通りというか、ゆるふわ系でまとめているみたいだ。津久井の方は驚いた事にこの間のデパートで服屋に入った時に買ったものだった。

 

「それじゃ、揃ったし行こっか」

 

 折本のその声に俺と津久井がそれぞれ短く応える。

 

 

 何はともあれ、俺たちの顔合わせ会がスタートした。



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09

今回は二話連投したため、最新話からここへ来た人は更新は一話前にお戻り下さい。


「……えっとさ………」

 

「どした、折本」

 

 さっきまで元気だった折本が静かになっていた。

 

 そして、いきなりの爆弾を投下したのだった──

 

 

「……えっとさ、……どこ行く?」

 

 

「「………………」」

 

「………えっ?……折本さんが先導してくれるんじゃないんですか?」

 

 俺より復帰の早かった津久井が折本に質問する。

 

 そのことに関しては俺も津久井に全面同意だった。

 

 駅で会ったときから折本が主導な雰囲気だったので折本について来たのだが、その肝心の折本が何も考えてないとは……

 

「い、いやー、ごめんね?」

 

 

 ……謝られたって困るのだが…。

 

 

「行きたいとことか、ないのか?」

 

「私は無いなー。津久井さんは?」

 

 折本に助け舟をだすと、それを折本が津久井に振る。

 

 だが津久井も特に無いようで、いよいよ参って来た。

 

「二人とも無いのかよ……」

 

 

 呆れている俺に、二人は揃って俺をジトっ…と見た後、同時に溜め息を付いた。

 

「「比企谷(君)の行きたいところは無いの?(無いんですか?)」」

 

「………俺の行きたいとこ?……家か本屋だな」

 

「……相変わらずだね、比企谷は」

 

 俺の返答に、折本は呆れたように手のひらを上に向けて肩を落とす。

 

 

 そんな折本の反応を見ていた津久井が──

 

「……私も、いつかそんな風に『相変わらず』なんて言える関係になりたいです」

 

 ──と言った。

 

 

 場の雰囲気が重くなってしまったが、そこは折本。自前のコミュニケーション能力で持ち直していた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 結局俺の案が採用されて本屋に行くことが決まった。

 

 駅から電車に乗り一駅、更にバスで少し行ったところにあるこの辺では比較的大きい本屋に足を運ぶ。

 

「……久しぶりだな。ここに来るのも」

 

 自動ドアがスライドしてから中に入ると、そこには本屋独特の雰囲気が広がっている。

 

「内装、変わったみたいだね」

 

 折本が後から俺に続いて入って来てそう言う。確かに、記憶の中のそれと今目の前にある景色は違っていた。

 

 津久井もすぐ後から入って来て、全員揃ったところで、

 

「……で、何見るんだ?俺は取り敢えず参考書とか見る予定だけど」

 

「私は特に無いから比企谷に着いてくよ」

 

「私も、そろそろ参考書に手を出そうと思ってたので、一緒に行きましょう」

 

 というわけで、本屋の中でも固まって動くことになった。……ラノベは今度だな……。

 

 

 

 

 参考書のコーナーで二、三冊選んだ俺は会計を通すと、まだ選んでいる二人のところへ行く。

 

「悪い、遅れた」

 

「いえ、私達はまだ選んですらないので大丈夫ですよ」

 

 ちなみに、もう数学を捨てている俺は、国語と社会の参考書を買った。津久井もある程度は決まっているようで既にその腕には一冊の本が抱えられていた。

 

「……迷う」

 

 折本はまだ決めかねているようで、唸りながら本棚の前で固まっている。

 

「……まだやってたのか」

 

 実は、俺が会計に行く前から折本はずっとこの行動をしていたのだ。

 

 

 ──そんな時だった。

 

「ねぇ、あの人って……」

 

「やっぱり?ってか隣にいるの折本さんじゃん」

 

 突然聞こえてきた会話に、本を選ぶことに集中していた折本を除いて俺と津久井が反応する。

 

「やっぱあの噂本当だったんだ!」

 

 沢山いる人の隙間から俺たちの事を発見したらしいそいつらは、先日同様、どこの奴かまでは分からないが女子二人組だった。こっちまで会話は聞こえてはいるが極小音で、ところどころ聞こえないがそれでも折本ともう一人が誰をさしているのかはわかった。

 

 そして──

 

 

 ──目が合った。

 

 その瞬間、「……………」って感じに相手が黙る。

 

 

 やっぱりだ。

 

 あの時──津久井とデパートに行ったときに海浜総合の奴が言っていたのと同じ内容だろう。折本も言っていた事から間違いは無い。──相模の件だ。

 

 ある意味思惑通りではあるが、それの火の粉が折本に飛んでいるのはマズい。

 

 

 だがその場では特に何もなく、相手の女子二人組は離れて行った。

 

 

「……………」

 

 俺は、女子二人組が歩いて行った方を見続けていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後折本も無事に選び終わり、カウンターを津久井と一緒に通してそして現在は折本の提案により映画に来ていた。

 

 ──こいつ、今日の目的忘れて無いだろうか。

 

 今日の目的はあくまで津久井の事を俺が理解する事にあり、折本がいるのは顔合わせも兼ねているからだ。

 

 折本と居るのが嫌なわけじゃない。

 

 こいつがはしゃぎ過ぎなのだ。俺ら三人の中で一番はしゃいでいる。……て行っても趣味がサイクリングだからこの中で一番外出多いのも折本だけどな。

 

 館内に入り、取り敢えず津久井がチケットを買い、折本と俺でポップコーンやらなんやらを買うことにした。

 

 

 列に並んでいると、折本が話しかけてくる。

 

「津久井さんの事は分かった?」

 

「………いや、あんまりだな」

 

「……アプローチ変えないとダメかな……」

 

 悩むようにそう言う折本。

 

 

 俺は、不安になってつい聞いてしまった。

 

「折本は、俺を津久井と付き合わせたい…のか?」

 

 俺のその質問に、折本が驚いた顔をする。

 

「そんな訳ないじゃん!……だから、私がしてるのは自己満足の為なの」

 

「自己満足?……俺と津久井を会わせる事が?」

 

「違う違う。それはあくまで過程なの。……本当の目的は津久井さんの事を理解してもらう事。その上で比企谷に選んでもらうの。もちろん、津久井さんの気持ちもあるし、比企谷の気持ちもあるよ。……津久井さんが途中で引いたり、比企谷が津久井さんを選ぶ可能性もある。でもね、そうしないと私は納得出来ない。だって津久井さん──」

 

 

「──比企谷の事、私と同じくらい好きなのが分かるから」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──私と同じくらい好き。

 

 つまり、折本が俺の事を好きなくらい津久井も俺の事が好き、だと言っているのだ。

 

 津久井からは真剣さを感じていたし、誠意も感じていた。もちろん、自分で言うのもなんだが好意も感じていた。

 

 折本とは恋人なだけあって互いに好きなのは知っている。

 

 

 ──だから、知っているだけあって容易に想像がついた。

 

 

「私ね、比企谷が選んだ事に、納得──はしないかもしれないし、同意──も出来ないかもしれないし、……と、とにかく比企谷が好きだけど、比企谷には一度リセットして考えて欲しいんだ」

 

「……何で、リセットして欲しいんだ?」

 

「津久井さんの為、っていうのも入ってはいるけど、どっちかって言うと私達の為なの」

 

「俺達の?」

 

「うん。……“『私が彼女』って言った”から今の私達の関係があるのは分かるでしょ?……でも、だったら最初からやり直したい。……そんな適当な理由で付き合ってるのはいやだから……」

 

 折本は気にかかっていたのだ。この関係に。

 

 告白して、それが受理された中学の時のような効力はほとんど無い。──言ってしまえば形だけのこの関係に。

 

 それが嫌だった。

 

 それだったら告白し直してもう一度やり直そう、と折本は考えたのだろう。

 

 

 ──だが、それは言えなくなってしまった。

 

 

 津久井が俺に告白してきて、状況が変わってしまったのだ。

 

 今俺をフったらもう一度告白する前に何処かに行ってしまう可能性が出てきてしまった。

 

 もちろん俺はそんな事はしないし、折本にも伝えた。

 

 そして現在、俺の言葉が折本に伝わって、やり直したいという折本の気持ちが出てきた結果──

 

「……じゃあ、別れよう比企谷。……これで……振り出し──だね」

 

 

 泣きそうな顔でそう言われて、胸と喉が詰まる。

 

 呼吸がし辛い。……こんな事を日常的にやっていたのかと驚く。

 

 だが、どんなに辛くても折本と俺自身の為だと分かっているから何も言えない。──折本も同じ状況にいるのだ。

 

 

 そして、溢れそうだった水滴を拭ったあと、折本が言った。

 

 

 

「──私と、付き合って下さい」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 映画の開演時間になって中に入ったのが既に一時間前。

 

 現在は俺を真ん中に三人で映画を見ている最中。

 

 津久井にこそばれなかったものの、俺は映画に集中出来ないでいた。

 

 それはそうだろう。

 

 恋人から振られ、すぐ後に再び付き合って欲しいと言われた。

 

 その上、答えを出すのはお預けを食らってしまったのだ。

 

『“今の私”と付き合いたいか、じっくり考えてから、ね?』

 

 要するに今の折本と津久井と、対等な関係に近い状態の二人から選べと言っているのだ。

 

 

 折本は贔屓(ひいき)されるのが嫌なのだろう。

 

 今回の問題は早めに自分達で解決しなかった俺と折本が悪い。

 

 そうすれば、一番最初の段階で防げたのかもしれない。『彼女が居て、その人の事が好きだから』と。

 

 実際は疎遠になって居たわけだし、そんな状態で言ってもどの口が、ってなるだけだ。

 

 だから原因は俺達なのだ。

 

 

 ──これは、ある意味一つの試練なんだろうか。

 

 

 

 俺は映画を観ながらそんな事を思った。




この展開を読者様の何人が思いついたのでしょう。

作者は書きながら『お気に入り減るだろうな……。低評価くるな……』と思っていましたが、折本の事を好きな作者としてはここは話の都合上必須なので変えずに上げました。

作者と同調してくれる折本派の人が何人いるか分かりませんが、この先の展開を楽しみながら気長に待っていただければこれ以上の至福は無いです。


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10

05話の後書きに、津久井さんの絵を投稿しました。


 * * *

 

 

 

 ──折本から『別れよう』と言われて、俺はどんな顔をしていただろうか。

 

 その瞬間の折本のように、ゆがんでいただろうか。それとも、普段通りだっただろうか。……いや、流石に普段通りではなかったはずだ。心臓を握りしめられるような痛みを味わったのだから。

 

 では、果たしてどちらに対して、顔をゆがませたのだろうか。

 

 ──痛みか

 

 ──気持ちか

 

 

 似ているようで、全く異なるこの二つのどちらが理由で俺は顔をゆがませたのか。それとも別な事が理由だったのか。

 

 折本にフられた事に対して、反論が無かった訳では無い。言わなかったのではなく、言えなかったのだ。

 

 折本の事を好きで、そして折本も俺の事が好きで、そこに津久井も入ってきた。

 

 

 いつもいつも他人を優先し、自分を卑下して見る俺。

 

 中学二年の時、ひたすらに俺の事を理解しようと努力し続けていた折本。

 

 文化祭実行委員会で、俺の行動の理由を理解し、それでも周りに言わずに俺の意思を尊重した津久井。

 

 

 この件があってから、俺と折本の中で関係は変わっていった。

 

 恋人から、ただの男子女子へと。

 

 ただ、この件がなければ折本との関係もはっきりさせていなかった可能性もある。

 

 だから、これは試練なのだ。

 

 

 俺は、折本が好きだ。これは自信を持って言える。

 

 だけど、これだけでは折本が納得しない。折本は津久井の事もよく知って欲しいと俺に言う。それが自分の為であり、津久井の為だから。

 

 俺は、折本のその意見自体には賛成だ。

 

 確かに、津久井の事をフれるほど俺はよく津久井を知らないし、そんな簡単に分かるものでもないだろう。

 

 

 ──だが、津久井からみたら、これは施しになるのではないのか。

 

 

 津久井は優しい。

 

 これは、俺が知っている数少ない津久井の情報だ。

 

 でも、だからこそ津久井は遠慮してしまうのではないか。

 

 

 恐らく、津久井はもう勘付いているだろう。俺が折本と付き合っている事には。

 

 ──だが、そんな俺達が、自己整理の為に別れた上に、その理由の中に一部とはいえ自分が関係していると分かれば、津久井は絶対に遠慮してしまう。

 

 

 それを、どうするか俺は決めかねていた。

 

 どうするのが正解なのか。……いや、この際間違っていてもいい。

 

 目的は、俺が二人を理解する事。それだけだ。

 

 

 ──俺は映画を観ながらそんな事を考えていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 映画を観終え、映画館を出て、次の目的地へと歩いて向かう。

 

 折本と津久井が先行し、その数歩後ろから俺が付いていく形でいくつかの信号を渡った。

 

 俺にしか分からないかも知れない程度の陰のある笑顔で、努めて楽しそうに話している折本と津久井は、それだけ見れば仲の良い友達のようだ。…すると俺は必然的にストーカーになるのだが。まぁ荷物持ち程度の役目は果たしているので完全に害悪ではない点だけは主張しておこう。──今回の目的からすれば、それでは駄目なのだが。

 

 

 俺は、折本に対して少なからず迷惑をかけている。

 

 折本に告白する前からそうだった。

 

 

 俺は、折本と中学で知り合い、そして告白するまでの二年間で折本の事を好きになった。

 

 折本みたいにずっと見ていた訳じゃない。もちろん、一目惚れなわけも無い。

 

 

 ただ、折本の魅力に惹かれたのだ。

 

 

 いつも活発に動いていて、クラスの中心にいて、運動も勉強もそれなりにできて。

 

 最初にできた折本に対するイメージはこんなだった。

 

 だけど、やっぱりどんな興味のない奴でも一緒にいれば少なからず情報は入ってくるわけで。

 

 

 ──それは、興味のない折本の事だったが、確かに興味深いものだった。

 

 

 当時、俺の中学では有名な奴といえばこいつ、みたいな奴が一人いたのだ。

 

 それが、バスケット部エースにしてキャプテン、更にとあるクラスの学級委員長まで務めている片瀬(かたせ)俊一郎(しゅんいちろう)だった。……今でいう葉山だと思ってくれて構わないだろう。

 

 ルックス最高。バスケもエース級。更に学級委員長で成績も良好。教職員からの期待も厚い。

 

 我が校のみならず、他校からも黄色い声援がくるような奴だった。

 

 

 ──そして、中一の夏、事件が起こった。

 

 

 そんな女子を総なめにしているようなイケメンが、当時人気のあった折本に告白したのだ。

 

 その噂が流れた時、俺は『ほーん……』くらいにしか思っていなかった。その時の俺にとっては本当にどうでも良かったのだ。折本とは同じクラスなだけで接点などなかったし、強いていうなら噂の所為でクラスがうるさくなって迷惑だ、ぐらいにしか思っていなかった。

 

 ところが──

 

 

『ごめんなさい。……あなたのような人とは付き合うつもりはありません──』

 

 彼女は、そう言ったのだ。

 

 

 俺はこの時、職員室に提出物を出しに行った帰りだった。

 

 そして更にこう続ける。

 

『──確かに、いい人です。……でも“それだけ”です。……私は、そんな人とは付き合うつもりはありません』

 

 

 ──そう言った彼女は、片瀬をその場に残して帰って行った。

 

 

 俺はこの時から、徐々に折本を意識していくようになったのだ。

 

 

 ──折本は、恐らく俺と同じ“なにか”を求めているのだ、と。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんな事があってから、折本の周囲は変化した。

 

 アンチ折本派と折本派だ。そして俺はそもそも折本の周囲に入っていない。

 

 そんな事はどうでもいいが、気になっている事はあった。

 

 折本があの日言った『あなたのような人』。言い換えるならば、同じ時に言っていた『そんな人』。

 

 それが、どんな人を指すのかが気になっていた。

 

 

 あなたのような、のあなたが誰を指すのかは、当然片瀬の事だろう。

 

 つまり、片瀬のような人とは付き合うつもりはない、という事なのだが、それがどれをさしているのか全く分からない。

 

 流石に、いい面の事ではないだろうから悪い面の事だろう、というのは想像がつくのだが、そこから先に話が進まないのだ。──片瀬の悪い面なんか、俺が知っている筈もなかったのである。

 

 

 ──だが、答えは直ぐに出た。

 

 

 折本に告白したのを聞いた日から、わずか一週間後。

 

 

 ──今度は別の女子に告白したのだ。

 

 

 この件で、俺はようやく理解したのだ。

 

『片瀬の告白には、形しかない』と。折本はそれを嫌ったのだと。直ぐに繋がった。

 

 

 それを知って、更に折本の事を意識し始めていた俺は、この頃になってようやく折本との初接触をする事になる。ここは俺があまり話したくないので割愛させて頂くが、簡単にいうと、俺へのイジメが始まった頃であり、折本が俺の事を意識し始めた時期……らしい。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 俺はその後、進級して二年になったあと、三年に上がる準備が始まる冬に、折本に告白した。……と言っても、目的はけじめをつける為だったが。

 

 その時の俺は折本が俺の事を観察していたなどいざ知らずその行動に至った訳だが、互いに互いを意識していた事もあり、その結果成功する事になる。(この時は後日、折本から呼び出されたデートの時に告白し直したが、土日だけ、というのは変わらなかった)

 

 

 これが、俺と折本の初接触前から付き合うまでの流れだが、津久井の場合は、折本より数段上から始まる事になる。……津久井が俺に気持ちを明かしているからだ。

 

 

 

 津久井は、俺と折本が抱えていた問題に整理をつけるきっかけをくれた。もちろんそれは副産物であり、津久井の目的は俺との交際にある。──それを、真剣に望んでいる。

 

 だが、俺は下手には動けない。だから自分の周りを整理して答えを出そうとした。

 

 

 それが、この間今日の顔合わせ会に津久井を誘った時の事。

 

 

 だがそれを津久井は拒否した──。つまり答えは分かっているのだろう。

 

 

 ──そして、あの時が伝える最後のチャンスになってしまった。

 

 

 ──俺が折本と別れてしまったから。

 

 

 確かにけじめをつけて最初からやり直す事には納得したが、これではあまりにも津久井に残酷だ。

 

 

 なぜなら、彼女がいなくなった隙を狙え、と言っているようなものだからだ。

 

 もしかしたら違う──俺が雪ノ下にしたように幻想を抱いているだけなのかもしれないが、津久井はそう言われて動けるような奴じゃない。

 

 つまり、今の俺たちの状況を伝えるのは、津久井にとっては終わりを意味してしまう可能性があるのだ。

 

 “私の所為でお二人が別れるなんてあって良い訳がないんです……。だったら、私が引きます”

 

 こんな感じだろうか。津久井はそういう奴だ。──俺と同じ、自分より他人を優先してしまう。

 

 

 だが、こうなってしまっては別れた意味がない。……全くない訳ではないが、何かしらの溝は出来るだろう。絶対に埋まらない、どこからも確認出来ない不可視の溝が。不可視でありながら、確かに存在する溝が。

 

 

 ──だったら、どうすればいい。

 

 

 どうすれば──

 

 

 

 そこまで考えて、ふと視線を上げた直後だった。

 

 交差点まであと少し、信号が赤なことから待つことになるのは明白だった。そこへ──

 

 ──俺たちの前方の道路から、ダンプカーが突っ込んで来た。

 

 

「折本!津久井!」

 

 

 ──頭で考えている暇さえ、なかった。

 

 

 

 二人を引っ張り、振り回すようにして端っこに飛ばし、ダンプカーの車線から外す。

 

 

 ──直後

 

 

 

 ──全身を貫く火傷するような痛み。

 

 ──普段では到底見られない道路の真上の信号に並ぶ高さの視線。

 

 ──視界の隅々まで広がる赤。紅。緋。

 

 

 

 

 その瞬間、全てを悟った。




これってグロ系のタグつけた方がいいんでしょうか。だいぶオブラートに包んで『何が』とは言及していないんですが。


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11

今回、始めて八幡以外の視点を採用しました。慣れてないですので甘く見て下さい。


「比企谷!?」

「比企谷君っ!!?」

 

 起こりうる事態を想定し、咄嗟に動き出した俺は、急な動きでついてこられていない足を無理矢理動かしながら同時に、並んで立つ彼女達の腕をそれぞれ取り、たまたま自動ドアが空いていた店に向かって思いっきり引っ張る。

 

 気を配っている暇すらなかった。

 

 折本達が向いていた方向とは違う方向から、反対車線を突っ込んでくるダンプカーが見えたのだ。

 

 ──ダンプカーを確認してから動いた時には、既に交差点に進入を開始していた。

 

 そんな状況で、気を使っている暇などある筈もなく、下手したら怪我をさせてしまうかもしれないが、命を落とすよりはマシと考え──

 

 

 ──気付けば俺を軸に振り回すようにして二人を引っ張り、近くの店に無理矢理入れようとしていた。

 

 どこでもいいから引こうとして、一瞬もない時間で考えながら動く。

 

(くそったれ!一番近いのはひじか手だ。どっちのがいい!?……いやダメだ!驚いて手を握られたりしたら放す時に遅れかねない!つまり、手を絶対に掴まれない場所!手首か!!)

 

 当然、二人は状況が飲み込めていない。

 

 だが構わずに俺は実行した。

 

 

 閉まりかけの自動ドアの方に振り回したあと、流れるように突き飛ばす。

 

 

 ──その直後だった。

 

 

 歩道を掠めるように走って来たダンプカーは、歩道に建っていた信号をなぎ倒しながらこっちに来て、俺にぶつかった。

 

 

 大きな衝撃の後、斜めに弧を描くように吹き飛ばされる。

 

 視界は赤く、何もかもが判別出来なかった。

 

 

 その次に、再び衝撃が来る。どうやら地面にぶつかったようだ。腕が振り回されて叩きつけられたような格好になったことで一瞬だが腕に激痛が奔る。

 

 ──そして、身体を焼き切るような痛みの中で、俺の耳は叫び声と一緒に、二人の声も聞いていた。判別出来た。

 

「ぁ…………ぁ……ぁっ……ぁぁっ…ああ………あああああっ……あああああああああっっっっっっつつつっ!!!????」

 

「ひ………き…がや……君………?……比企谷君!!!?比企谷君!!比企谷君!!!??」

 

 ──折本の叫び声と津久井の俺を呼ぶ声。

 

 

 なぜかこの二つの声だけは、沢山の声の中で判別出来た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

 一瞬の出来事だった。

 

 映画が終わり、次にどこに行くかを隣を歩く津久井さんと話してした時だった。

 

 ──比企谷と別れた事で頭がいっぱいになってしまって、少し上の空になってしまっていたのもあるだろう。

 

 

 信号待ちをしていた私達に、危機がすぐそこまで迫っているなど、考えもしなかった。

 

 

 そして──

 

 

 ──グンッ!

 

 

 急に腕を引かれ、バランスを崩しそうになる。

 

 それをなんとか堪えていると、次は突き飛ばされた。

 

 

 その、直後だった──

 

 

 ──ガンッ!ドッ!

 

 鉄が折れるような音が聴こえ、次いで前の音と比べると小さい音で何かにぶつかる音。

 

 態勢が崩れていたが気にせずに振り返ると──

 

 

 ──比企谷が空中にいた。

 

 

 

 そして、私の頭はこれ以上考える事をやめ、私は叫び出した。

 

 あまりにも非現実的過ぎた。

 

 

 背中から着地し、バウンドした比企谷に駆け寄るのが精一杯だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後、警察や消防が来てその場は慌ただしい空気に包まれていた。

 

 比企谷は救急車に乗せられて病院に搬送された。救急隊員の人の話を聞いた限りでは学校から担任の先生も同時で同じ病院に向かっているらしい。

 

 

 一方私と津久井さんは、事情聴取を受けた。

 

 ただ、私は勿論話せる状態じゃないし、津久井さんもそれは変わらなかった。しかも、話せる事はほとんどない。

 

『比企谷が私達を庇って事故にあった』

 

 それだけだ。

 

 ダンプカーの軌道も、比企谷の行動も見ていなかった。

 

 これ程に自分を恨んだ事は恐らく自分史上初のことだ。

 

 でも、自傷とかは絶対にしない。比企谷の行動から意味すらとったらそれは無駄なものになってしまう。だから、自暴自棄にだけはならないように自分を保った。それこそ全力で。

 

 

 それでも悪い考えは振り払えなくて──

 

 

 

 どうしてこうなっちゃったの?私がいたから?それとも私達が周りに注意を向けてなかったから?比企谷が助けてくれなかったら?なんで比企谷はこんな事したの?また、自分を犠牲にしたの?どうして?身体はって命まで危険に晒して───どうして?

 

 

 

 グルグル回り続ける終わりのない自問自答。

 

 答えが出ていたものも混ざっているのにそれすら思い出せない。

 

 混乱──。

 

 

 自分の事を消したい。自分さえいなければ。……あのダンプカーさえいなければ。

 

 

 

 結局なにも整理出来ないまま、私は津久井さんと一緒に警察の方が用意してくれた椅子に黙って座り続けていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──総武高校サイド(平塚先生)──

 

 クリスマスもいよいよ近づき、リア充どもを締め上げたくなる季節になった事でイラつき始めていた普段通りの私は、一色が持って来たクリスマスイベントの内容を書いた紙に目を通していた。

 

 クリスマスまでの日程と今までの生徒会の仕事の頻度を考えて、イベント前にコミュニティセンターへ行くのはあと二、三回程度だろう。ただ、もしかしたらもう行かないのかもしれない。一色からの報告を聞いた感じでは、既に仕事のほぼ全部が終わっているらしいので、あとは最終調整的なことがある、くらいなのだそうだ。

 

 十二月で十分に寒いが、それでも学校への勤務を怠るわけにはいかないので今日も今日で学校に来ている訳だが──

 

 

 ──いつものように静かで、カタカタとキーボードを叩く音の響いていた職員室に掛かって来た一本の電話で、その空気は消滅する事になる。

 

 

 プルルルルルッ、プルルルルルッ

 

 職員室備え付けの電話数台の内の一台が着信アピールをする。

 

 それを近くにいた女の先生がとったあと、変化は起こった。

 

「生徒が事故に遭いました!!現在病院に向かってるそうです!!!」

 

 怒鳴る──というより悲鳴混じりの声で職員室全体に知らせる。

 

 突然の事に電話をとった本人含め、ざわつき、慌てふためいた。

 

 そして、その生徒の名前に再び驚く事になった。

 

 

「──2年F組、29番、比企谷八幡」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後、私は大急ぎで比企谷家に連絡をいれた。他の人もざわついていたがそれの比ではない。

 

 そして電話が終わり次第、現在救急車が向かってるという病院へ向けて直行する。担任が私で、生活指導も兼ねている為、私が行くことに反対した先生はいなかったが、校長がついて来た。

 

 焦る心を抑え込み、アクセルを踏む足に入った力を抜く。

 

(状況が全くわからない。比企谷の傷の具合も。……とにかく今は安全に向かうことを優先して──)

 

 救急隊員は具体的な事は話してくれなかった。恐らくは情報の拡散を恐れたのだろうか。なにせ電話を受け取ったのはなんの関係もない教師だった。しかもそこで通話を切ってしまったのだ。だからいまいち状況が把握出来ずにいた。

 

 

 そんな中でも出来るだけ早く動き出せたとは思うが、

 

 

 目的地に近づくにつれて大きくなる不安に、気付かずにはいられなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷家サイド(比企谷小町)──

 

「んじゃあ、ちょっくら行ってくるわ」

 

「お兄ちゃん、それってデート?デート?」

 

「大事な事だから二回言ったのか?でも残念だったな、違うぞ」

 

 今朝、お兄ちゃんはそう言って玄関の扉を開けて出て行った。

 

 いつもと変わらない捻くれた性格を全面に押し出し、アホ毛をぴょんぴょんさせながら、我が兄であるところの比企谷八幡は出て行った。

 

 ──だが当然、この時の小町はあんな事になるなんて、想像すらしていなかった。

 

 

 お兄ちゃんが朝出て行ってから、小町はダラダラと午前中を過ごしていた。テレビを見たり、カマクラと遊んだり、勉強も少しした。お兄ちゃんの部屋に入ってお兄ちゃんのベッドに寝転んでお兄ちゃんの本を読んだり。

 

 

 ──そして、そんな時に一本の電話が掛かってきた。

 

 

 その電話には小町は出なかった。お兄ちゃんの部屋で寝転んでいたし、小町が行こうとする前に着信音が切れたことから下のリビングにいたママが取ったんだろう。──その程度にしか考えてなかった。

 

 

 そして──

 

「………こま…ち……こまち……小町!!!!」

 

 ママが私の名前を何度も呼ぶ。その声には絶望の色が滲み出ている。

 

 

 “何かあったのだろうか”。

 

 

 それしか──その程度しか、小町は考えていなかった。それでも急いで()りる。

 

 

 

 

 

 

 そこで最初に目に飛び込んできたのは、受話器を持って電話の前で泣き崩れている自分の母親だった。

 

 




このSSに全く関係のない事なんですが、読者の皆さんは【あの夏で待ってる】っていうアニメ、知ってますか?この間久しぶりに見たんですが、そのアニメのSSがほとんどなくてビックリしました。結構マイナーなんですかね?いい話なので、是非見て下さい。


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12

知らない人がいる可能性があるのでもう一度だけ。05話に津久井さんの絵を上げました。上手くはないし、豆腐メンタルなので、badコメは心の内にしまっておいて頂けると嬉しいです。goodコメなら歓迎します。

津久井一奈 全身着色ver.↓
※白黒です。相変わらずテニスコートは確認しづらいです。光量を上げることをオススメします。

【挿絵表示】



 * * *

 

 

 

 ──比企谷家サイド(比企谷小町)──

 

「お、お母さん!?」

 

 予想外のママの状態に慌てる。

 

 泣き崩れている自分の母親に駆け寄ると、その母親から漏れた信じ難い一言が小町の背筋を凍らせる。

 

「はちま…ん………事故に……──」

 

 それ以降は聞こえなかった。

 

 不穏なワードが聞こえた気がするが、確証がない。

 

 でも、

 

 まさか、

 

 あのお兄ちゃんが、

 

 あの兄が事故に遭っているとは、この時点ではまだ分かっていなかった。

 

 

 

 そしてその十五分後、パパが帰って来た時、小町はこの母親と同じ道を辿る。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 全身が焼けるように熱い。

 

 視界は白く、何も見えていない。目を開いているかすら分からなかった。その場合はこれは視界ではないのだが。

 

 そのまま周りの悲鳴を耳に受けながらどうしようもなく路上に横たわっていると不意に身体が動かされる。

 

 だが、ここで俺の意識は落ちてしまった──らしい。その後のことは何も覚えていない。

 

 意識を落とす直前、サイレンが聞こえたから恐らくは救急隊員だろう、というのを痛む頭で考えていた。

 

 

 最後に覚えていたのは、折本に対して、津久井に対して、ひたすらに謝っていたことだった。

 

 

 ごめん───。

 

 

 

 それから俺は救急車で病院に運ばれて、怪我の度合いを調べたらしいのだが、見た目ほど酷くなかった事が告げられた。誰にも言ってないが、折本と津久井を助ける為に振り回して重心がダンプカーの軌道と同じ方にズレたタイミングでぶつかったから衝撃が柔らかくなったのか?とか思っていたりするのだが、それは大分後の話になる。

 

 

 とにかく今は痛みが軽くなるから、という理由で意識が朦朧とする事を必死に願っていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからの流れは、ものすごく早かった(らしい)。

 

 病院に運ばれてその後手術を受け、俺は病室で目を覚ましたのだが、病室に来ていた小町に泣きつかれたのだ。

 

 ちなみに、俺の状態は、

 

 両脚、両腕、肋骨の骨折と、腕からの出血、右足靭帯を伸ばしたくらいらしい。一番大きいのは肋骨の骨折だが、不幸中の幸いというかなんというか、キレイに折れていたらしく後遺症が残る事はないそうだ。よく腰が折れなかったな、と思った。また、吹っ飛ばされて地面にぶつかった時、身体と地面の間に腕が入っていて、頭を打つ事だけは防ぐことができた。

 

 という事で病室から動けず、食事も出来ず、排泄すらままならない俺は、むしろあの瞬間のがマシだったと思うような恥辱に耐える事になる。……排泄はマジかんべん……。

 

 

 そして、当然というか、俺が事故ったのがクリスマスイベントまであと少しの時だったのでイベントに参加する事も出来ず、入院してから二週間後の一月もとっくにスタートした頃一色から報告を受けた。イベントは成功に終わった、という事を伝えられた。

 

 

 

 事故を起こしたダンプカーの運転手は、徹夜明けで昼の十一時頃に酒を飲んでいたらしく、居眠りと飲酒の二つの状態が重なっていたらしい。こちらも不幸中の幸いだったのは車線が曲がらなかった事だ。直線で突っ込んできたからこそ、二人を逃がす事が出来た。ちなみに、電柱を倒した時にハッとして起きたらしく、俺にぶつかる直前──というかぶつかった瞬間と言ってもいいようなタイミングでブレーキを踏んだらしい。俺が立っていた辺りからブレーキ痕があったとのことだ。

 

 ──が、まあ、当然間に合う筈などなく、信号をなぎ倒し、俺を跳ね飛ばし、数台のクルマのボンネット脇をゴツゴツと擦って凹ませ、しまいには休業中だった店に突っ込んで止まったらしい。即刻逮捕される事になった。

 

 そんな話を聞いたり、そのダンプカーの運転手の会社の偉い人が俺が寝ている間に来て色々してったりと、起きたばっかの俺には多過ぎる情報が俺に訪れることになる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 時間は戻って、事故の日から三日が経ち、俺は病室で目を覚ました。

 

 全身ギプスで、ベッドの上からは一ミリも動けそうにない。しかも今回は両腕も塞がっているため漫画も読めない。果たしてどうしたものか──と考えていると、白衣を着た人とナースさんが入って来た。

 

「今回は大変だったね。女の子を二人も守ったそうじゃないか」

 

 最初にそう言った白衣の医者は、近くの椅子を持って来てベッドの横に座る。

 

「あの…俺の症状は?」

 

「基本は打撲・骨折・裂傷だね。ただ、単にショック性なのか、それとも打ちどころのせいなのか、とにかく君が気を失ったのは出血多量とかじゃないから安心していいよ。ついでに言うと、出血は左腕からの出血と地面で擦ったんだろうけど、右腕全体、わき腹の一部から。後は、本の少し瞼を切ってただけだ」

 

 なにがだけ、なのかは知らないが、医者の分量でだけ、なら問題無いのだろう。…この事故の程度と比較しての「だけ」でないことは祈りたいが。軽くなった要因の一つには、救急車に早く乗せられたらしいことがあるだろう。ありがたいことだ。

 

 安心してね、と、消毒その他も完璧に(おこな)ったとのことを最後に付け足される。

 

 

 ──そういう訳でいろんな偶然が重なり、俺は骨折が完治するまでの間病院で過ごすことになった。

 

 

 ……にしても病状が軽すぎないかとも思ったが、気にしない事にした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

 私達は、目の前のあり得ない光景──信じたくない光景をどうにも出来ないまま、関係者、という事で病院に行った。もちろん、ただの関係者なので比企谷の状態を教えてもらうのには、先に教えてもらっていたらしい比企谷のお父さんお母さんから了承を得られた後だった。

 

 

 ──だけど、その時の小町ちゃんのあの顔は恐らく一生忘れられないだろう。

 

『あなたが……あなた達さえ居なければ!!!!!………お兄ちゃんが……怪我する事……なかっ…た……』

 

 その時は比企谷の両親はお医者さんから説明を受けていて親が居なかったからか、溢れてしまったのだろう。中学生にはその気持ちを抑える事は難しかったのだ。泣きながらそう言う小町ちゃんのその言葉は、流石にキツかった。

 

 でも、何も言えないのも事実だったのだ。比企谷は私と津久井さんを庇った。──庇ってしまったのだから。

 

 だから、どんなに辛くても我慢するしかなかった。

 

 

 それでも、比企谷の両親は優しく接してくれた。

 

 怪我は無いか、どこか痛むところは無いのかなど、私達二人の事を心配してくれていた。

 

 流石大人だ、と思った。

 

 

 そして、私と津久井さんも説明を受けた。

 

 

 外見と比べて中身はそうでもない、と医者から言われたが、それで落ち着けるような心境ではなかった。

 

 

 そして、説明を受け終わると、病院に着た直後に連絡した私の親が到着する。更に数分後、見知らぬ夫婦が来た。恐らくは津久井さんの両親だろう。

 

 

 私はどうすればいいのか迷ったが、お父さんに「今日は帰りなさい」と言われて、帰る事にした。病院を出る前に、比企谷さんに「お見舞いは毎日来ます。……来させて下さい」というと、了承を得られたので、ほんの少しだけホッとして私は暗い気持ちのまま帰路についた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 翌々日からの学校は、全部休んだ。

 

 比企谷さんから連絡を受けたらしい父が、最初に私と一緒に比企谷の病室に行った。

 

「今回は、うちの娘を守って頂いたそうで、ありがとう。何か出来る事があれば何でも言っていい。私も出来る限り手伝おう」

 

 お父さんはそう言った。謝らなかったのは、その前に比企谷に私が謝ろうとして断られたからだ。「──俺が望んでやった事だから気にすんな。第一、今回は謝るようなことは俺も折本もしてないだろ」──と比企谷は言っていた。

 

 そして、私は比企谷の世話を自分からするようになった。

 

 途中から──と言っても二日目からだが、津久井さんも同じらしく、面会時間のギリギリまでいつも私と津久井さんで比企谷の事を世話した。

 

 そんな形で一ヶ月が過ぎた。

 

 時々、病室に行くと一色ちゃんや知らないポニーテールの白みがかった青い髪色の女子生徒、小学生の女の子なんかが来ていたりした。

 

 

 そんな日が続いたある日の事だった。

 

 

 

 いつものように病室の扉を叩いてから開く。

 

「比企谷ー、来たよ」

 

「おう、入ってくれ」

 

 あれから時間が経ったこともそうだが、比企谷に暗い顔とか、無理した笑顔をするのはやめろ、と言われて出来るだけ自然体に戻ろうと努力した私は、ある程度もと通りに喋れるようになった。

 

「これ、今日の分」

 

 そう言いながら私が比企谷に出したのは新聞だった。

 

 この部屋にはテレビが無く、情報が得られないから外がどうなっているのか分からないのだそうだ。今回の事件は、一応本人への取材は頑なに断ったおかげで比企谷本人へは特に何もなかったが、その代わり比企谷以外への──比企谷家、津久井家、折本家、学校への取材が殺到しているらしい。私は学校休んでるから知らないけど、津久井さんの話だと総武高の方だと校門前とその周辺に先生を巡らせているらしい。

 

「大したことは書かれてないんだな……しまってくれ」

 

 腕が使えないから比企谷が読んでいる間はずっと私が新聞を持っている。いつも最初の欄だけ見て、出来るだけ早く終わらせようとしているのはバレバレなのだが、言うとややこしくなるのは分かっていた。

 

 

 そこまでの一連の流れが終わった時だった。

 

 

 

「いつまでそんなところに寝ているつもりかしら、比企谷君」

 

 

 声に驚き振り返ると、黒髪のロングの女子と茶髪で団子に結んだ女子が病室の入り口に立っていた──。




今年最後の投稿は大晦日の日です。
読者の皆様、こんな特に特徴も無いどこにでもあるような駄文を今まで読んで頂きありがとうございました。来年度もこの話が終結するまでの間、よろしくお願いします。


それと、比企谷君の病状については、軽すぎるだろ……。と思っても目を瞑っておいて下さい。主人公補正とでも思っていてくれれば。逆に、これくらいが妥当とか、ちょっと重いとかありましたら、感想で書いて下さい。なにぶん想像なもので…。



──最後に──

今までの比企谷君のセリフの中で、一番良かった、と思うセリフ等ありましたら教えて下さい。

私は匿名投稿ですから、自分のアカウントの活動報告を使うわけにもいかないので友人のアカウントの活動報告を借りてアンケートを取ろうと思います。下記のURLをコピペして頂いて、そこにお願いします。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=136462&uid=138410


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13

今年最後の日に今年最後の投稿です。
今回は大晦日スペシャル版という事で、通常の二倍の長さです。
※ただどこで切るべきか迷った挙句書き続けてたらたまたま二倍の長さになったところで切りが良くなっただけです。

はたして雪ノ下のお説教タイムはあるんでしょうか!?


 * * *

 

 

 

 ──奉仕部サイド(雪ノ下雪乃)──

 

 その報告を受けたのは、私達の学校で事件が噂になり始めた頃だった。──誰が、という情報はあまりなかった。何人かの名前が上がっていたので、正確な特定は出来ていないのかもしれない。

 

 そして、噂になり始めた頃ということはつまり、事件の後だ。更に言うなら、冬休みに入る時期が近かった事もあって、噂になっていたのは年明けだったから、恐らく事件の二、三週間後だろう。

 

 

 最近来なくなっていた彼は、ここ数週間──丁度噂が流れ始める直前辺りから、生徒会にも顔を出していないらしい。

 

 どこで何をやっているのか分からず、一度クリスマスイベントの会場であるコミュニティセンターにも行ったが、その中にはいなかったし、一色さんを問い質してもはぐらかされるだけで、頑なに口を割ろうとはしなかった。小町さんにも聞いてみたが何も答えずに電話を切られた。

 

 

 そんなある日の事だ。

 

 

 いつものように──最近は特に冷えが厳しくなって、雪も降る回数が増えてきていた。そんな、窓の外を見れば銀世界が広がる平日の放課後──部室の鍵を取りに行った私は、そこで平塚先生から妙なことを言われた。

 

「──雪ノ下、今日はいつもより早めに切り上げて職員室に由比ヶ浜と来るように」

 

 平塚先生はそう言って私に鍵を渡すと煙草に火をつけながら職員室を出て行った。

 

 

 なぜ、今話さないのだろうか。

 

 

 そんな事を考えつつ、残された私も職員室を後にして奉仕部へと向かった。

 

 

 そして、カツカツと鳴る靴音を耳に聞きながら、一人で廊下を歩き、いつもの場所へ着く。

 

 するとそこには、意外なことに由比ヶ浜さんが既にいた。

 

「やっはろー、ゆきのん」

 

「もう来ていたのね。……三浦さんはどうしたの?」

 

「あー、うん、ちょっとね……」

 

 明らかに表情が鈍る。何かあったのは明白だが、それを問うべきではないのだろう。恐らくは、その時に彼女から話してくれる筈だ。

 

 取り敢えず鍵を開けて部室に入らない事にはどうしようもない。私もこんな冷え切った廊下にいつまでも立っているつもりはないので、預かった鍵を取り出してそれを鍵穴に差し込み、回す。──彼がいる事を願って。

 

 

 

 だが、当然のようにそこには何もない。私が鍵を持っているのだから当たり前だが、それでも黙らざるをえなかった。

 

 見えない程度に肩を落とし溜め息をつく。

 

 自分でも何でこんな事をしているのか分からない。

 

 

 ──その問いに答えは出ず、ただ静かに、時間だけが確実な(とう)をもって過ぎていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 奉仕部部室に入り、少し前にこの部屋に置かれたストーブの電源を入れる。

 

「やー、寒いね」

 

 由比ヶ浜さんはそんな事を言いながら私と自分の分の椅子を出して来てテーブルのところに置く。

 

 私はそれに「そうね……」とだけ返すと、お湯をポットから出して紅茶を淹れた。

 

 

 ──その時だった。

 

 

「ねぇ……ゆきのん」

 

 不意に、由比ヶ浜さんが私の名前を呼ぶ。何かと思って淹れていたポットとカップから手を離して振り返ると、由比ヶ浜さんは暗い顔をしている。

 

 そのまま、数刻。

 

 

「──なにか、あるんじゃなかったの?」

 

 

 なかなか話し始めない由比ヶ浜さんを催促するように私は問いかける。

 

 由比ヶ浜さんはそれを受けてか顔を一瞬上げたが、また元に戻す。その顔は暗く下を向いている。まるで彼女らしくなかった。

 

 そして──言葉を紡ぎ出した。

 

 

 しかし、それはあまりにも──あまりにも、無警戒だった、無防備だった──予測していなかった私には、衝撃が大き過ぎた。

 

 

 

「ヒッキー、車に撥ねられたかも、って。優美子が」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「────────────────」

 

 声が、出なかった。

 

 声の無い叫び声だった。

 

 たった一言で、冷静だった今までの全てが崩れ去っていった。

 

 

 ──それはあまりにも大き過ぎる衝撃で。

 

 

 ──それを受け入れる程の器なんかなく。

 

 

 ──そして、あまりにもいきなりだった。

 

 

 

 最初に分かったのは、足が震えている事だった。

 

 次いで、いろいろなものが込み上げてくる。

 

 

 怒り、悲しみ、疎外感、絶望。──そして僅かに、その言葉が嘘であるようにと願う、希望。

 

 

 込み上げてくるものを冷静に判断出来る筈もなく、それらになされるがままになる。自分を堪えるので精一杯だった。

 

 

「………それはつまり、あの噂の事を言っているのかしら?」

 

 やっとのことで微かに希望のある可能性に掛けられる道筋を攻める。

 

「……そうだと思う」

 

 それに対して、由比ヶ浜さんは静かに暗く肯定する。

 

「………それが三浦さんの勘違い……もしくは、適当なことを言っている、というのは?」

 

「分かんない…けど、優美子はそんな事は、しないと思う」

 

「ッ…………!」

 

 その瞬間、再び衝撃が奔る。

 

 恐れていた事が現実になってしまった時の痛み。

 

 

 そして──

 

「…………平塚先生のところへ行きましょう」

 

「え?…ぶ、部活は?」

 

「そんなのしてる場合じゃないでしょう!!?…………ぁ」

 

 ついカッとなってしまった。私らしくもない。どうやら相当参っているらしい。

 

「……とにかく、行きましょう。先ずはそれからよ」

 

「うん……」

 

 そして私は、私にとって地獄への道のりを開くことになる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 平塚先生のところに行くため職員室に向かったのだが、そこには居なかったため、現在は居そうなところに目星をつけて捜している。

 

「平塚先生、居ないね」

 

 由比ヶ浜さんが声を上げる。私も、これは少しキツかった。

 

 ただでさえ寒い廊下なのに、冬で日が落ちるのが早まっていて、既に日は無い。それが拍車をかけてより冷やしている。

 

 ふと、数時間前を思い出した。

 

 平塚先生は、少し前に切り上げて来い、と言っていなかったか。

 

 

「ふふっ……」

 

 この場にはそぐわない嗤い声が漏れてしまう。由比ヶ浜さんが私を見て怪訝な表情を浮かべるが、私も私で溜め息をつきたくなってしまう。

 

 “こんな簡単なことすら頭から抜け落ちる程、私は焦っていたのか”──と。

 

 

 そして、私は由比ヶ浜さんに職員室に行くように言って、私もそれについて行った。

 

 

 

 職員室に着くと、平塚先生は電話をしている最中だった。

 

 邪魔するわけにもいかず、他の先生の邪魔にならないところに二人で立って先生を待つ。この時間が、私には途轍もなく焦れったく感じられた。

 

 そして、電話の終わった平塚先生がこっちに来て、間髪入れずに、

 

「ここじゃなんだ。生徒指導室で話した方がいいだろう」

 

 と言って、私と由比ヶ浜さんを連れて生徒指導室に向かう。

 

「その様子だと、もう既に知っているんだろう?どこから聞いたんだ?」

 

 移動中のその質問に、私は由比ヶ浜さんを見ると、由比ヶ浜さんが小さい声で、

 

「……優美子から」

 

 と答える。

 

 それを受けると、平塚先生も小声で「三浦か……」と言った。それ以降、会話は無かった。

 

 

 生徒指導室に着きそれぞれが座ると、由比ヶ浜さんが早速切り出す。

 

「あ、あの、ヒッキーが撥ねられたって……」

 

 後に向かってだんだんと小さくなって勢いのなくなっていくその声に、平塚先生は短く、はっきりと答える。

 

「本当だ」

 

「ッ…………!」

 

 また、胸に痛みが奔る。

 

 だが、聞かなくてはならないことが、二つあった。

 

「……私達への、伝達が遅れていたのは…」

 

「それは君なら分かるだろう、雪ノ下。──君たちは部外者だからな。……この件に全く関係は無い。それでも、一応本人と、家族から了解を得られたから話している。つまり、これは秘密だ」

 

 

 ──部外者。

 

 

 この言葉に、これ以上苦しめられたことはないだろう。

 

 由比ヶ浜さんが反論しようとするのを片手で制して、もう一つ、私は質問した。

 

「事故に遭った、理由は何ですか……」

 

 ──だが、この質問に対する平塚先生の答えは意外なものであり、また到底受け入れられそうにないものだった。

 

「言えないな。比企谷本人から止められている」

 

 ──!!

 

 

「……つまり、私達に知られるとまずいことがある、と?」

 

「それもノーコメントだ」

 

「ッ…………!」

 

 平塚先生は決して表情を変えなかったが、その奥にはどんなものが潜んでいたのか。だが、今の表情から何も読み取れない。

 

「病院と病室だけは教えても問題無いらしいから、一応伝えておく。……雪ノ下、それから由比ヶ浜も、辛いだろうが、これを乗り越えなければ、意味はないぞ」

 

 平塚先生はそう言うと、私達をおいて先に生徒指導室を出た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 病室に入って来たのは、意外な奴らだった。

 

「──雪ノ下に、……由比ヶ浜、か」

 

「いつまでそこで寝ているのかしら?」

 

 その視線には明らかな怒り。なぜ、なんてものは考えなくても分かる。

 

「………ふん。入院して寝ているだけじゃなく、女子に世話までさせているとは、いい度胸ねクズ谷君」

 

 毒舌をばらまき続ける雪ノ下に、俺が反論しようとした、その時だった。

 

「──黙って」

 

 俺の横から、ものすごく低く、そして寒い声が聞こえる。

 

 驚きつつ見ると、そこには折本が。

 

 雪ノ下は一瞬驚いたように折本に目線を向けると、

 

「あら、あなたこそ黙ったらどうかしら。あなたがそこのクズとどういう関係なのかは知らないけれど、奉仕部に支障をきたしていた以上、奉仕部部長である私には彼にそのことを質問する権利くらいあるわ。むしろあなたこそなんなの?」

 

「黙って。誰だか知らないけど──あなたが比企谷とどういう関係なのか知らないけど、“あなたはこの件に関係ないでしょ”?『部外者』なんだから、知ったような口してこの件の事を言わないで」

 

 折本のその反論に、雪ノ下が喉をつまらせる。

 

 それを見たからか、それとも口を挟む隙が無かっただけなのか、由比ヶ浜が声を上げた。

 

「ヒッキーは、大丈夫なの?」

 

「ん?……あぁ、結構あちこち骨折してるが、後遺症とかはないらしいから、治れば復帰出来るぞ」

 

「そうなんだ。よかった……」

 

 普通に俺の心配をしてくれていたらしい由比ヶ浜に、俺も対応する。

 

 コンコン──

 

 と、そのタイミングで、更に人が来たようだ。

 

「──比企谷君、入りますよ」

 

 そして俺の返事を聞いてから入ってきたのは、津久井だった。

 

「えっ?」

 

 由比ヶ浜が驚いたような声を上げる。

 

 どうやら由比ヶ浜には、何で津久井がいるのか分からないらしい。折本の場合は互いに面識がないからそうならなくても、由比ヶ浜と津久井は互いに面識があるから、こうなったのだろう。

 

「何で、津久井さんがここにいるの?」

 

 由比ヶ浜が言う。

 

 だが、それは実に答え辛い質問だった。

 

 

 ふと、あれ?と思った。

 

(確か、由比ヶ浜は俺が授業で気絶した時、俺を含め津久井達と一緒に班を組んだ筈だ。由比ヶ浜ならその時気づきそうなもんだが……)

 

 と思ってから、自分で納得してしまった。津久井がテニス部だったからだ。

 

(由比ヶ浜の中では、あのメンバーだと俺と津久井より戸塚と津久井の方が繋がりとして自然なのか)

 

 そう。

 

 戸塚は男子テニス部。津久井は女子テニス部で、それぞれ面識があり、しかもそれを目の前で見ていた(ダブルスのチーム編成の時)由比ヶ浜にとって、俺と繋げて考えることは難しかったのかもしれない。

 

 

 ──話を戻してつなげれば、

 

 ここに津久井がいる理由を、由比ヶ浜は知らないし、俺と津久井の関係も由比ヶ浜は知らないのだ。

 

 

「えっと……」

 

 津久井がどう説明したらいいものかと迷っていると、折本がとんでもないことを言い出した。

 

「私と津久井さんは比企谷の未来の嫁候補だから」

 

 

 ──その瞬間、この部屋にいる全員。……発言者である折本すら固まった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後、なんだか分からない間に雪ノ下達は帰って行き、また三人の空間が出来上がる。

 

 病院の人にお願いしたらしく、車椅子が手配されて一応動けるようになった俺は、最近は特に昼ごはんが楽しみになっている。

 

 別に身体内部の臓器が壊れたわけではなく、ただ単に骨折しただけの俺は、折本と津久井が交互に作ってくる弁当を木陰で食べるのが、唯一の楽しみになっていた。

 

 今日も今日とて来てくれたナースさんに車椅子に乗せられ、折本と津久井に運ばれて外までやって来た俺は、風が少し吹く中、いつもの場所を陣取った。

 

「寒いねー」

「比企谷君は寒くはないですか?」

「俺は大丈夫だ」

「津久井さん、そっち広げて」

「分かりました」

 

 そんな会話が横行する。

 

 俺はそんな中何もせずにただ座っているだけなのだが、彼女達はレジャーシートをせっせと広げていた。

 

「はい、用意終わり。比企谷君、折本さん、少し待ってて下さい。今お弁当出しますから」

 

 そう言いながらもどんどん手を動かし、三人分のお弁当をそこに広げていく津久井。まだ蓋は閉じてあるものの、いい匂いが既に鼻腔をついていた。

 

 ──しかしまあ、する事がないというのも考えもので、モルモットってこんな気分なんだろうかと考えたりもする。

 

 俺がそんなモルモット気分になっていると、横から箸とともにお弁当の定番・卵焼きが差し出される。

 

「はい、比企谷君どうぞ」

 

「ん…………」

 

 差し出された卵焼きを食べる。最近になってようやく慣れてきて、二人から出されるものの殆んどを躊躇なしに食べられるようになった。

 

 味も二人とも文句なく上手い。

 

 なので、俺は差し出されるおかずやご飯をひたすらに食べ続けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 話は変わるが、俺が事故に遭ってから目を覚ますまで、二日かかっていて、事故に遭って病院に運ばれた当日から数えて三日目に目が覚めたのだが、その時現場には最初、小町、折本、津久井の三人がいた。そして、よくは覚えていないのだが、その三人の誰かがナースコールをして、三人とも医者と入れ替えで出て行ったのだが、その時部屋の外から聞こえてきた小町達の会話が今も頭に残っている。

 

 

 その会話は、小町が謝るところからスタートした。

 

 

 

『この間は二人に失礼なこと言ってすみません』

 

 恐らくこんな感じだった気がする。

 

『き、気にしなくていいですよ』

 

 津久井の声が聞こえ、そこでしばらくの沈黙。

 

 だが、この沈黙を破ったのも、小町だった。

 

『自分の事ばっかり考えてて、お二人の事を考えてませんでした。……それに──』

 

 そこで小町は一度切って、言い直した。

 

『それに、お兄ちゃんが選んだんだ、って事も頭から抜けてて……。不束者の兄ですが、これからもよろしくお願いします』

 

 ──なぜか、妹に不束者呼ばわりされてしまった。

 

 

 

 

 という事が、目覚めて直ぐにあったのだ。折本に聞いてみたのだがはぐらかされてしまったので、それ以降特に聞いてはいない。

 

 そして、それ以来(というか俺が目覚めたからだが)、津久井と折本には世話を焼かれている。

 

 

 そんな入院生活の中で、今日、奉仕部メンバーが初めて来た。相変わらずの雪ノ下と、珍しくなんだか状況が呑み込めていない由比ヶ浜。

 

 特に変わりはないみたいだ。

 

 

「──ところで、折本」

 

 ここで更に話題を変えさせて頂こう。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いや、さっきの話なんだが……」

 

「さっき?何かあったっけ?」

 

「私に話を振られたって……。何かあったの?」

 

 俺が折本に話を振ると、折本が津久井に振り、更に津久井が俺に返してきた。

 

「──えっと、……いや、病室で折本が『嫁候補』が云々って言ってたのを──「コホン。ところで比企谷」……」

 

 言い途中だった俺に被せるように折本が言う。それでも誤魔化しきれていなかったらしく、津久井も折本本人も顔が赤い。

 

 そして、話題を変えるように邪魔してしまった以上どうにかしないといけなくなってしまった折本は、バックから黄色い缶を出して車椅子の俺の膝の上に置いた。

 

「こ、これ、比企谷しゅきだったよね?」

 

「……………」

 

「忘れて……っ」

 

 動揺して下を噛んだらしい。顔が更に赤くなっていき、ついには耳まで赤くなる。そして、恥ずかしかったのか両手で顔を覆って下を向いてしまった。

 

 だがまあ、マッ缶を買ってきてくれたのは素直に嬉しい。そろそろ飲みたくなってくる頃ではあったのだ。ある程度周りも自分も落ち着いたから、一息つく意味も兼ねて。

 

「サンキュな、折本」

 

 お礼だけでも言っておく。今は両手が使えないから飲めないが、その時はまた迷惑をかけてしまう。

 

 そんな訳で、俺の入院生活も一ヶ月近くなり、お世話され続ける生活が続いていた。平和で、何もない、でも満足できる生活が。

 

 

 ──しかし、それは俺の意思によって終わりを告げる。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 入院生活が長いと殆んどの事に飽きるもので、大抵の事は直ぐにやってしまい、新しくやる事がなくなる。

 そんな時に、一番最初にある程度治った左腕のギプスがとれたので、そこそこの事が出来るようになり出来る事の選択幅が増えてしばらくは飽きないかな?なんて思い始めた入院生活一ヶ月と半月。

 

 俺は、もう一つ別の思いに囚われていた。

 

 

 年越し前、津久井に対して俺と折本が別れた事を言わない、と決めた事に対してだ。

 

 津久井も折本も俺の事をずッと世話してくれていて、流石に申し訳ないので少し前からそれぞれ学校に通いだしている。

 

 折本は俺と付き合っていた頃──正確には中学の頃の様に色々と助けてくれている。津久井と比べて『一緒にいる時間』というアドバンテージを持っている折本は、ある程度俺の言動を知っているところがあって、俺が言おうとする前に目的のものを用意してくれたりとなかなかに気が合う。

 

 一方、津久井もこの一ヶ月である程度は俺を理解出来たらしく、折本ほどとはいかないまでもだんだん俺とのシンクロ率が増えてきた。

 

 かくいう俺も、この一ヶ月間何もしていなかった訳じゃない。

 

 必死に、津久井を、折本の事を理解しようと努めていた。

 

 何もする事がない上、時間が有り余っているためその位しかやることがなかった。

 

 その結果二人のいろんな面が見えたのだ。

 

 

 津久井の優しいところ。友達を大切にしている事が分かるその言動。明るいけど決して目立ちはしない、いい意味で普通な性格。少しおっちょこちょいなところ。

 

 折本の正義感。物事を正確に見抜く事の出来る力。周りを巻き込む明るい笑顔。見かけや言動によらず案外真面目なところ。

 

 

 そして何より、二人とも俺を好きでいてくれる、その気持ち。

 

 

 そんな二人の多彩な面を捉える事ができた。

 

 

 でも、だからこそ俺は津久井に別れた事を告げようと思った。

 

 ちゃんと話して、そしてその上で、という事だ。……今の津久井なら、というのが一番の理由ではあるが。

 

 

 だから──

 

「津久井、話があるんだが、いいか?」

 

 二月に入り、寒さが一層増してくる。ここ最近は雪が降り続き、窓から見える家々の全ての屋根は白くなっていた。

 

「なんですか?比企谷君」

 

「折本も、聞いてくれ」

 

「どうしたの?」

 

 二人がそれぞれ俺のベットの両側に集まる。

 

「津久井、俺は──いや、俺と折本は────」




今年も今日でおしまいです。
この投稿が18:00、つまり午後6:00ですから、その六時間後には日付が変わって新年になっている訳です。

今年の十一月八日に最初の投稿をしてもう一ヶ月。そろそろ二ヶ月目です。

そんな短期間でも読者の皆様からは沢山の応援コメントや意見コメント、評価、更には沢山のお気に入りを貰いました。それを励みにして今までずっと頑張ってきました。

今年はここで終わりますが、来年も私の身に何か起こったりしなければ今までと同じく同じ曜日、同じ時間帯に投稿していく予定です。この後は予定通りいけばあと一山、もしかしたら二山ある予定ですが、明日以降の新年度もよろしくお願いします。


尚、一月の第一週、及び第二週は休みを取らせて頂きます。お正月で色々忙しいので、勝手ですがすみません。


なので、少し早いですがこの場で

『あけましておめでとうございます』

と言わせて頂きます。まだ明けてませんが。



これからも寒い日が続くと思うので、体調管理にはお気をつけてお過ごし下さい。
短い間ありがとうございました。来年度もよろしくお願いします。


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14

あけましておめでとうございます。時間の無駄使いです。今年もよろしくお願いします。
一月の半ばになってしまいましたが、新年度最初の投稿なので言わせてもらいました。
またこれから頑張っていくつもりです。最近は特にUA数VS合計文字数が接戦になっているので結構ドキドキしてたりします。

今年度も一日ごとに増えていくお気に入りの数や皆さんから頂く感想、評価などを励みに頑張っていくのでよろしくお願いします。


 * * *

 

 

 

 ──津久井サイド──

 

 比企谷君が事故に遭ってから約一ヶ月半。

 

 私と折本さんとで一所懸命に比企谷君の看病を行った。

 

 と言っても、できる事は少なかったけれど。……でも、だからこそ、その数少ないできる事に全力を注いだ。

 

 

 折本さんと交代でお弁当を作って一緒に食べたり、

 

 ノートをできる限り正確に綺麗に纏めて、更に比企谷君が解らないところがあれば応えたり、

 

 新聞を折本さんと二人で担当して持って来たり、

 

 

 代表的なのはそのくらいだけだけれど、いろんな事をした。

 

 最近は少し前に左腕のギプスが外れた事もあってか比企谷君自身ができる事も増えて、今は左手で右手と同じように文字を書く練習をしている。

 

 

 

 

 ──そんな中で、私は最近不思議に思う事がある。

 

 

 

 

 それ自体はもっと前──それこそ比企谷君の入院当初からあった事なのだけれど、でも、それにしてはおかしいと思った。

 

 

 ──比企谷君と折本さんの空気感が。

 

 

 

 

 確かに、折本さんは付き合っていた──もしかしたら今も付き合っているのかもしれないけれど。とにかく、その時の経験からなのだろう。比企谷君の事を良く理解していて、“今比企谷君に何が必要か”とかそういった事にいち早く気付いて行動出来るほどに比企谷君を理解している。

 

 会話をすれば二人とも楽しそうにするし、笑いが溢れることもある。その辺りを見れば本当に仲のいい──お似合いなカップルにしか見えない。

 

 

 けれど、それとは別に感じる事があった。

 

 

 時々、本当にたまに、どこかよそよそしくなる時がある。

 

 表面上は特に変化はないけれど、どこか少し雰囲気が違う時が、比企谷君の入院当初からずっとある。

 

 

 

 

 ──最初は、私と同じように、罪悪感から来ているのかと思っていた。

 

 

 

 

 

 幾ら拭っても、取り繕っても、消せない──消えない罪悪感。

 

 それは『後悔』とは少し違う、……でも本質的には似ているもの。

 

 違うのは、悔やんでいる訳ではない──いや、寧ろ悔やんではいけないところ。

 

 

 

 悔やんでしまったら、それこそ比企谷君に向ける顔がなくなってしまう。

 

 

 

 怪我を負わせてしまった張本人なのだから、それは仕方のないことではあるけれど、

 

 でもそれでは怪我を負わせた挙句逃げる事になってしまう。

 

 

 責任を取らず、向き合わず、“怪我を負わせた”という結果を残し、逃げ去る。

 

 

 だから、悔やんではいけない。

 

 

 そもそもそんな事は私も、折本さんも、そして比企谷君も、比企谷君や私や折本さんの家族達も、望んではいない。

 

 幾ら比企谷君が気にするなと言ってくれたところでどうしようもない。──そんな罪悪感から来ているのだと、ずっと思っていたけれど。

 

 

 でも、それだと説明がつかない事が幾つかある。

 

 

 まず、折本さんは比企谷君の“気にするな”という言葉を最大限尊重している事。

 

 そして、罪悪感だけでは、比企谷君までもがよそよそしくなる理由がない事。

 

 

 折本さんの方は言葉通り。そして、比企谷君の方も言葉通りではあるけれど、やっぱり説明がつかない。

 

 

 

 比企谷君にも、私達に対する罪悪感がある事は、実は既に比企谷君の口から聞いている。

 

 私達にあるのが『怪我を負わせてしまった責任』だとしたら、比企谷君は『自らの行動で心配をかけさせてしまった責任』だと自分で言っていた。

 

 勿論、それは否定したけれど、同じように比企谷君も『なら、お前らの“負わせてしまった”ってのも違うだろ。俺が自らやった事なんだから』と言って否定してきた。

 

 

 

 でも、それだけでは足りない──何かが根本的に違うのだ。

 

 

 

 

 ──けれど、その“何か”が何なのか、私には分からなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 意を決して、津久井に告げる。

 

「津久井、俺は──いや、俺と折本は────」

 

 だが、その俺の言葉を遮る様に、コンコンという音のあと、響き渡る引き戸を引く音。

 

 

「比企谷、今、大丈夫かね?」

 

 そう言いながら入って来たのは、我らが総武高校最強の神であられるところのアラサー独s……うら若き国語教師の平塚先生だった。

 

「……平塚先生。…どうしたんすか」

 

「どうしたも何もないさ。私はただ生徒のお見舞いに来ただけだよ。……女子二人に世話を焼かれて、『願望が叶った』みたいな顔をしてる比企谷のその顔を殴りたいがな……。それは後にしよう」

 

「やめてはくれないんですね……」

 

 やめるわけがないだろう。と楽しげに、さも当然の様に言い切った平塚先生は、椅子を持って来てベッドの横に置くとそこに座る。

 

「調子はどうかね」

 

「俺はまぁ、問題無いです」

 

 外れた左腕のギプスのお陰で漫画やらラノベやらを自由に読めるようになったので、最近は退屈もしていない。勉強の方も津久井が持って来てくれる授業で使ったプリントや、同じく津久井が持って来てくれる特製のプリント(津久井が各教科の先生に頼み込んで作ってもらったらしい)のお陰で、そこそこ出来ていた。

 

「そうか……。君たちは大丈夫かね?」

 

 俺への確認が終わると、今度は折本と津久井にも同じように確認を取る。

 

「私は大丈夫です」

「私もです」

 

 それぞれ同じように応えたのを確認すると、再び俺に向き直って、

 

「──この件で身に染みて分かったろう。……君の事を心配しているのは何も家族だけじゃない。当事者である彼女達以外にも、由比ヶ浜や雪ノ下だって君を心配しているんだ。……まぁ、既に雪ノ下とは一悶着あったみたいだがな」

 

 そこまで言うと、平塚先生は椅子から立ち、窓辺に移動して外の雪の積もった白銀の世界を見下ろしながら言葉を繋げる。

 

「……雪ノ下は確かに利口で優秀な生徒だが、彼女の場合は陽乃のように他人に気持ちを伝えるのが下手だからな。恐らくは今までずっと、本人の性格やその優秀さが仇となってしまっていたのだろうが……。まぁ、彼女なりに君を心配していたのは察してやってくれ」

 

「……………」

 

「彼女は、以前言った通り優秀過ぎたのが原因で大きな枷を背負う事になってしまった。……しかもあの性格だ。その枷を『上手くやり過ごそう』──もう少し言えば『外そう』なんて考えに至る前に、正面から叩き割るという方向に行動が向いてしまった」

 

「……だから、世界を変えるなんてぶっ飛んだ方向に結論が向いてしまうんだ。……その意味では、君と彼女は似ている」

 

 

 ──間違った人間、という意味でな。

 

 

「……まぁ、この世に完璧な人間なんて存在しないから、そう言った意味では全員が全員、間違った人間なのだよ。……君や私のような人間が、自分や他人の事を『間違っている』と判断するからそういう風に『間違った』人間なんてものが出てくる」

 

「人間の誰もが複数の面を持っているように、ようは“ものの捉え方”次第なのさ。──だから比企谷」

 

 

「──周りからの君への評価を『勘違い』などと自分の裁量で判断するな。……寧ろその場合間違っているのは──勘違いしているのは君だ」

 

 

 平塚先生は、そう言ってこっちに振り向く。

 

「……まぁ、お説教じみてしまったが要するに、君の意見や考えを他人の意見や考えにまで押し付けるな、ということさ」

 

 そこまでと打って変わって軽快な口調でそう言い放つと、部屋の入り口の方に向かってカツカツと床を鳴らしながら歩いて行き、

 

「……さっきのはついでた。…君が元気そうで本当に良かった。彼女達にも礼を言っておくといい」

 

 最後にそう言い放って、部屋を出て行った。

 

「………………」

 

 ──格好よ過ぎでしょ。何で貰い手が現れないのか納得できないレベル。

 

 

 まぁ冗談はそのくらいにして。

 

 

 確かに、その通りだった。

 

 

 

 ──俺が雪ノ下に理想を押し付けた様に。

 

 ──俺が由比ヶ浜に親切を押し付けた様に。

 

 ──俺が葉山に正義感を押し付けた様に。

 

 

 

 俺は何度もそうやって他人に押し付けて来た。

 

 もしかしたら、相模にだって何かを押し付けたのかもしれない。

 

 でも、そうやって他人に気持ちを押し付けた時、俺は何かしら間違っていた。

 

 

 だから、今回もそうなのかもしれない。

 

 

 ──折本に言い訳を求め。

 

 ──津久井に優しさを求めた。

 

 

 それだって立派な押し付けだ。

 

 

 だから、俺は整理しなくちゃいけない。──間違えない様に。傷付けない様に。

 

「……津久井、聞いてくれ」

 

「……俺はこれから、今まで隠してた事を言おうと思う。……隠してたのは俺の判断だし、それについては弁明はする気は無い。……でも、聞いてくれ」

 

 俺はそう前置きして、話し始めた。

 

 

 俺と折本が付き合っていた事。

 

 そしてあの日、別れた事も。……その理由も。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……………」

 

 俺が話し終えると、津久井も、折本も黙っていた。

 

 折本はどこか少し気まずそうにし、津久井は考えを纏めている、と言った感じだった。

 

 

 しばらくの、沈黙。

 

 

 俺から話しかけるような事はせず、そのままの状況に身を投げる。

 

 折本も沈黙を肯定し、その場でじっと津久井を見ていた。

 

 

 そして、津久井は──

 

 

「比企谷君」

 

 それまでの静寂を打ち破るかのように静かに放たれた一言。そして、それに続くように言葉が紡ぎ出された。

 

「──私は、あなたの事が好きです。自分より他人を優先させてしまう、あなたが好きです。そんな風に人を助ける事が出来る、あなたが好きです────」

 

 

 ──紡ぎ出されたその言葉は、予想もしていなかった言葉だった。




少々切りが悪いかもしれません。ごめんなさい。

今回は、それぞれの考え方の違いを表に出したつもりです。(一番現れているのは津久井さんのところですね)

それでは、来週又は土曜日に。(それまで何も起きない事を願っています)


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15

完成しました。(短めですが)


 * * *

 

 

 

 ──津久井サイド──

 

「比企谷君」

 

「──私は、あなたの事が好きです。自分より他人を優先させてしまう、あなたが好きです。そんな風に人を助ける事が出来る、あなたが好きです────」

 

 比企谷の話を聞いてから少しして、私は言葉を紡ぎ出していた。

 

 もう一度、しっかり自分の気持ちを伝える為に。

 

 自分の気持ちを認めて。

 

 比企谷君の事を認めて。

 

 私自身もそれを認めて。

 

 

 いろんな事を再確認しながら、気持ちを明確にしていく。

 

 

 ──私は、比企谷君が好き。

 

 

 恋人に成りたい訳じゃない。──勿論、恋人に成りたくない訳じゃないけれど、そうじゃない。

 

 恋人に成るのが目的じゃない。結ばれるのが──結婚するのが目的じゃない。私は───

 

 

 比企谷君に好きになって欲しいのだ。

 

 

 私の事を。

 

 だから、気持ちを伝える。自分の気持ちを明確にし、比企谷君に気付いてもらって、そして意識してもらう為に。

 

「……人を好きになるのがどういう気持ちか、比企谷君なら分かると思います。その人の事を考えるとドキドキして、苦しくもなる。自分がその人にどんなイメージを持たれているのか気になってしまう。──でも、それ以上に」

 

「──その人に、幸せでいて欲しいと思うんです」

 

「……その人が怪我をすれば当然心配です。……しかもその理由に私が入っていれば尚の事」

 

 私は言葉を紡ぎ続ける。

 

 

 彼はいつか、自分は『間違った人間』と言っていた。

 

 何がどう間違っているのかは分からないけれど、しかしそれでも私は彼が間違った人間だと思った事はない。

 

 人を助ける事が出来るのは、その人の痛みを理解する事が出来る人だから。

 

 

 人の痛みを理解して、手を差し出せる。

 

 

 これ以上に正しい行動も無いとは思うけれど、──でも、同時に間違ってもいるのだ。彼が言うには。

 

 “そういうやり方”しか出来ない俺は間違っている。

 

 

 でも、私はそれこそ間違っていると思った。

 

 

 やり方は間違っているのかもしれないけれど、やらない人間よりは正しい。

 

 

 だから──

 

「──比企谷君が私に教えてくれなかったのは、私の事を考えての事なんだから、許すも何もありませんよ。……結局、教えて貰えたんですし、それで実際私はまだ比企谷君が好きで──大好きで、ここにいるんですから」

 

 私は頬を赤く染めながらそう言った。

 

 

「………すまん。ありがとう……」

 

「津久井さん……」

 

 私のその言葉に二人がそれぞれ反応する。

 

 

 

 ──しかし本当に、二人が付き合っていたのを聞いた時は全てが無くなっていく様な感覚に襲われた。

 

 今まで積み上げて来たものが土台から崩れていく様な感覚。

 

 でも、どこかでそれでも良いと思っている自分もいた。

 

 

 ──比企谷君と一緒にいられるのなら。

 

 

 そう考える自分に、私はホッとした。──そして同時に、何故と思った。

 

 比企谷君と付き合いたいのは事実で、

 

 でも、付き合えなくてもいいと思っている自分がいて、

 

 しかもその事にホッとした自分がいる。

 

 

 それを、しばらく考えて──

 

 

「ふふっ……」

 

 自分の素直さに──比企谷君への気持ちの強さに笑いが漏れた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 俺が津久井に全てを話し、そして許しを乞うてから数日。

 

 右腕のギプスが外れ、遂に両腕が自由になった。

 

 

 その時は折本と津久井、そして小町、更には由比ヶ浜と平塚先生も見に来て、軽いパーティの様な状況になった。──雪ノ下には由比ヶ浜が声を掛けたそうだが、雪ノ下は断ったらしい。

 

 

 そして(とき)は過ぎ去り、更に数ヶ月後──。

 

 

「比企谷、進級おめでとう。……嬉しい事に今年から同じクラスだ」

 

 

 ──俺は三年生に進級した。

 

 小町も無事合格が決まり、現在は少しダラけているが、それでも気は抜かずに勉強を続けている。

 

 

 そして、俺は俺で病院生活に終わりが見え始めていた。

 

 先に完治した両腕。そして、後を追うようにその一ヶ月半後に肋骨、右脚が完治する。

 

 残った左脚ももう少しでギプスが外れるらしく、最近は松葉杖で移動出来るようになった。

 

 移動が可能になった事で、リハビリも始まった。

 

 小町も受験が終わった事で余裕が出来たのか、以前にも増して病院に顔を出すようになり、俺と小町のシスコン(ブラコン)会話を折本と津久井に聞かれて呆れられる回数も増えて来た。

 

 そんなある日の事──。

 

 

「小町ちゃん、そっちお願い」

 

「あいあいさー!…一奈さんそこお願いします!」

 

「うん」

 

 小町、折本、津久井の三人は、一月・二月の寒さを凌ぎ切った芝生の上にレジャーシートを広げていく。

 

 因みに俺は手伝おうとしたら三人に揃って同時に、

 

「「「大丈夫」」」

 

 と言われてしまい、その傍らで松葉杖と右脚の三点で棒立ちしている。

 

 

 現在は三月の後半、もう四月まであと幾日かだ。

 

 しかし四月に近いとは言えまだまだ寒いが、ここには『信頼』という温かみを持った関係があった。

 

 

 俺はこの三ヶ月間、二人に世話をされ続け、家族や先生に迷惑を掛け続けた。

 

 そしてそれと同時に、三ヶ月間も折本と──津久井と一緒だった事で、互いに互いを信頼出来る関係が出来上がっていた。

 

 

 ──互いに互いを理解し合い、信頼を寄せる。

 

 

 高校入学時には折本や小町としか結べなかったこの関係に、──それでもどこか構えざるを得なかったこの関係に、津久井が入り、そして気付かせてくれた事でようやく俺は本当に人を信頼する事を知った。

 

 津久井のお陰であり、そしてそれを俺に示してくれた折本のお陰であり、ずっと俺を見守り続けてくれて、時々サポートしてくれた小町のお陰だ。

 

 だから──

 

 

「……ありがとう」

 

 

 俺は、ボソッと呟く様にそう言った。

 

 

 ──が、三人には聞かれてしまった様で、互い顔を見合わせあった後、

 

「……どうしたの?比企谷」

 

 と明るい笑顔で折本に言われ、

 

「……比企谷君にお礼を言われる様な事はしてませんよ」

 

 と微笑みながら津久井に言われ、

 

「……もう。…どうしたの?お兄ちゃん。急に『ありがとう』なんて、らしくないよ?」

 

 と少し驚き気味の小町に言われた。

 

 

 そして、数秒の沈黙の後、漏れ出す笑い声。

 

 

 ──本当に、こんな風に笑い合えて、良かった。

 

 

 

 俺は心からそう思った。

 

 

 

 * * *

 

 

「お兄ちゃん、はいコレ。リハビリお疲れ様」

 

 小町はそう言いながらマッ缶を俺に渡す。

 

 広げたレジャーシートは地面の冷たさをそのまま俺達に伝える様に冷えているが、同じ場所に座り続けているだけあって座っているところだけは暖かい。

 

「比企谷、あーん」

 

 小町からマッ缶を受け取って直ぐの俺に、今度は折本が(折本特製の)イワシの甘露煮を差し出してくる。

 

「……いや、食えるから……」

 

 今はもう両腕が完治している為、普通に食べる事が出来るのだが、たまにこうやって俺に食べさせようとしてくる。……そして、折本がこれをしたと言う事は──

 

「むー、折本さんズルいです。お兄ちゃん、小町のも食べてー」

 

 後を追うように小町も差し出して来て──

 

「……比企谷君。あーん、して?」

 

 それを追うが如く津久井まで差し出して来た。

 

 ……まぁ、全員料理上手いし、味も美味いから食べるんだけど。

 

 

 そんな訳で、俺はリハビリをしながら、(材木座曰く、)リア充な生活を送っていた。……以前平塚先生にこの場を見られて平塚先生が泣きながら帰って行った時は流石に気まずさでどうにかなりそうだった。

 

 ──誰か、早くもらってあげて!




本当に申し訳御座いません。

この一週間、書かずにアニメを見てました…。(ガブリールドロップアウト・小林さん家のメイドラゴン)

19:25、完成しました。



今回で入院編はおしまいです。軽くネタバレですが、次回からは最終回へ向けてのラストスパートです。


今回は本当に、申し訳御座いませんでした。



閑話休題。

お気に入りして頂いているパンドラ大先輩さんからイラストを預かりまして、以下そのイラストです。(俺ガイル関係無いです)


シリカ

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玉藻前

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16

風邪引きました…。

インフルではないんですが、38.9度ありました。

今はもう治ってますが、熱にうなされながら書いたので変な事を書いてるかもしれません。


 * * *

 

 

 

「忘れ物は無いな?八幡」

 

「ああ……」

 

 

 四月のとある木曜日。俺は退院当日を迎えていた。

 

 最後に残った左脚も無事完治し、その後のリハビリも終えてようやく長かった入院生活に幕が降りる。

 

 現在病室には親父が来ていて、俺も少ない荷物を纏めて行くのを手伝う。

 

 小町もこっちに来たかったらしいのだが、親父が学校に行けと言ったらしく、それに従った形で学校に行っている。

 

 小町は既に総武高へ入学し、まだ日は浅いが通い始めていた。──そして今日も学校に行っている為、ここにはいない。

 

 ──が、折本と津久井は学校を休んでこっちに来ていた。

 

「こっちは全部終わりました」

 

 折本の口調が少しおかしいのは恐らくは親父が居るからだろう。

 

 

「んじゃ行くか……」

 

 俺はそう言いながら戸を引くと、扉を開けた目の前には主治医──小田原先生がいた。

 

「お、もう用意は出来たのかな?」

 

「はい。……お世話になりました」

 

「プリンス君も大変だねぇ。……因みにプリンス君は入院中にウチのナースのメアドを幾つゲットしたんだい?」

 

 ……………。

 

 

 ──実は、俺が入院してから半月後くらいから、俺は仇名をつけられていた。

 

 それが“プリンス”なのだが、小田原先生だけじゃなく他のナースからもプリンスと呼ばれた時は流石に恥ずかしくなった。

 

「……四つです」

 

 しかもあろう事かそのナースさん達が明るくノリが良い為、『メアド教えてー?』だの『これ登録よろしくねっ!』だの言って紙を置いていったり直接言って来たりとあって、

 

 三崎(みさき)陽子(ようこ)

 逗子(ずし)小春(こはる)

 二宮(にのみや)涼子(りょうこ)

 (たちばな)湖優理(こゆり)

 

 という名前が新しく追加されていたりする。……まぁ、使う機会は無いと思うが。

 

「モテモテだねぇ。君達がしっかり捕まえておかないとね」

 

 小田原先生は折本と津久井の方を見ながらそう言うと、入口まで行こうか、と言って歩き出す。

 

 折本と津久井は耳まで赤くなっていたが、気にしない事にした。

 

 

 入口まで途中ですれ違ったナース(三崎さん)からは「あ、プリンス君!…メールよろしくねっ!」と言われたがどうすればいいのやら…。さっぱり分からん。

 

 そして俺がナースから話しかけられると折本が少しムッとして、津久井はツンツンと背中──と言うか脇腹を人差し指でつついてくるのだが、ちょっと萌えるから止めて欲しい。

 

 

「……………」

 

 俺の病室は三階。そこからナースステーションの前を通り、エレベーターを使って一階まで降りる。

 

「……しかし君は……」

 

 エレベーターのボタンを押し、他の階からエレベーターが到着するのを待つ間、先生が唐突に口を開ける。

 

「──いや、君だからこそなのかもしれんな。……ウチのナース達は君の事をプリンスと呼んで気兼ねなく明るく接してはいるけどね」

 

 その仇名を広めた──というか俺に付けたのは先生ですがね。

 

「君のあの時のその行動は、正直良いものでは無い」

 

「……確か、平塚と言ったかな?……あの先生が言うには、君はリスク・リターンについてはなかなかの感性の持ち主だそうじゃないか」

 

「それがどうして、明らかにハイリスクローリターン……というかほぼリターンは無いね。……まぁ、とにかくなんでそんな事をする結果になったのかは、僕は君じゃないから分からないけど」

 

「……君がリスク・リターンだけで物事を考える人間じゃないのは今回の行動で意図せずして示された。と言っても、恐らくその事に気付くのは一握りの限られた人だけだろうがね。大半は女子を守った事自体に目を向ける筈だ」

 

「まぁ、そもそもリスク・リターンだけで動く人間なんていないと思うけどね。……というか既にそれは人間じゃない。感情を捨てているに近いからね。──でも君はそうじゃない」

 

「君は平塚さんの話によれば自分以外には基本興味を示さないみたいだね。その“興味を示す示さない”の境界線がどこにあるのかは知らないけど。──ここで一つ質問だ」

 

「君の事は平塚さんやあの茶髪のお団子ちゃんにいろいろ訊いて今回の件に繋がりそうなところ以外にもある程度は情報を持っている。そして僕は職業柄、他人を理解する事が得意なんだけど──と、そんな事はいい。……質問に戻ろうか」

 

「君が今までそうやって自分を圧し殺して助けて来た人達の中に、君が興味を示さない人間は何人いるのかな?」

 

 

「……………」

 

 

「……答えられないのか、答えないのか。……まぁ、それはどっちでもいいよ。とにかく、君は答えなかった。これが結果だ。──他人を助けるくせに、自分を助ける事に関しては目をつむっている。……これが、結果だよ」

 

「……まぁそんな訳で、君がハイリスクローリターンな事をしたのが悪い事だ、とは言わないけどこれから言うのは似たような事だ」

 

 そう前置きした先生は、俺に背を向けたままで話し始める。

 

「君は彼女達を守るために行動した。……そうしなければ彼女達が君の様になっていたかもしれないし、ぶつかる覚悟が出来ていた君とは違ってもっとひどかったかもしれない」

 

「そして僕は、その行動自体にはケチをつける気はない。と言うかむしろ褒めても良いくらいだ。……僕が言いたいのはその後さ」

 

「君からこの事件の話を聞いた時、ふと引っかかる事があった」

 

「──君は、彼女達を助けたくせに、自分を助けるのを諦めたんじゃないか、とね」

 

「入院中に何度か君に訊いたね」

 

 ──“君は、あの時どうしたかったんだい?”

 

「だけど、君の答えはいつだって『“二人に”助かって欲しかった』だった。……確かに、普通ならこう答えるのが普通なんだけどね。──君の場合はニュアンスが少し違う」

 

「……君は、まるでその後ろに『俺がどうなってもいいから』って言葉が付くような感じだった。しかもそれだって自分の事を後回しにしてるんじゃなく、そもそも考えてすらいないレベルで」

 

「今回は助かったけど、次こんな事があった時、君みたいな人間は人助けを優先しちゃいけない。……自分がどうなってもいいなんて考えてる奴が、他人を助ける資格なんて持ってる訳がない」

 

「理由は君なら分かるね?……そう。言い換えてしまえばそれは、すり替えるだけなんだよ。受ける筈だった被害を自分に。……もっと分かりやすく言おうか」

 

「あんまり良い例えじゃないけど、その人が何らかの外的要因で死ぬとする。それを、直前で君が助けたとしよう。すると、その外的要因は君が受ける事になるね。結果、君は死んでしまう」

 

「つまり君がやっているのはこういう事だよ。しかもこれはまだ良い方だ。──最悪は、助けた君まで巻き込んで二人とも死ぬ、だからね」

 

「君のその行動は悲しむ人を変えるだけなんだよ。……いや、寧ろ増やしている」

 

「……だからもしも、これからも人を助けると言うのなら、それ以前に自分を助けてからだね」

 

 

 “──俺は、間違った人間だと自覚している。

 

 だから、正しく在ろうとする。

 

 それの何が悪いと言うのだろうか”。

 

 

 そう。

 

 俺にとっては人助けは正しい行為で。

 

 だからこそ俺は人助けを(おこな)って来た。

 

 ──正しく在る為に。

 

 だけど、それはあくまで他人が助かる事だけが目的で。

 

 そこには──助けるターゲットの中には、自分など入っている筈もなかった。

 

 

 “誤解なんてのは、道を間違って進んだだけだ”。

 

 “戻ってもそこにあるのはただの道”。

 

 “なぜなら戻るのも間違った選択だから”。

 

 

 ──そして、間違った人間である俺は、正しく在ろうとする為に俺が正しいと思った事をして来た。

 

 誤解を解く事もせず。振り返らず。──つまりは、周りの事など気にせず。

 

 

 なら、何故周りを気にしない奴が、人助けなどと抜かすのだ。あまつさえ、自分すら助けられない(やから)が。

 

「……そこまで悩む事でもないだろう。君が自分を助け、誤解を解けばいい。……正義に力が要る様に、正しいだけじゃ“正しさ”じゃないよ。……あくまで僕の意見だがね」

 

「──じゃあ、ここで二つ目の質問だ。……今度は必ず答えてもらうよ」

 

「今の話を聞いて、それでもまだ人を助けるかい?」

 

 

「………────はい」

 

「……やっぱり、僕の目に狂いは無かったね。……君の中にはちゃんとした“正しさ”がもうあるみたいだ」

 

 そして、到着したエレベーターに乗り、一階のボタンを押す。

 

「……まぁ、何か分からない事があれば大人に相談しなさい。……君より遥かに経験豊富で、何より頼れる大人にね。……僕に相談を持って来てもいい。空いてる日を見て話そう」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「お礼は良いさ。君は僕の患者だ。……それにまた入院されてもね」

 

 苦笑いをしながら、小田原先生はそう言った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──とにかく、そんなこんなで病院の入口に着く。

 

「先生、今までお世話になりました」

 

 親父がそう言い、俺も追いかける様に「ありがとうございました」と言う。

 

「いえいえ、まぁこちらはそれが仕事ですしね。……君も、これからは気を付ける事だね」

 

「もう何回目か覚えちゃいないけど、もう一回言おう。……自分の事も助けるんだ。…あとね──」

 

「人を助ける時は、人に心配を掛けないのがベストだよ──」

 

 

 ──こうして、俺の長かった入院生活は遂に幕を降ろした。




近況報告。

最近ニセコイの二期を見まして、あまりの俺ガイル好きにびっくりしました。
ニセコイでは、メインヒロインの千棘。声優さんが由比ヶ浜でして。それと小野寺小咲ちゃんの妹、春。声優さんはなんと一色です。
そして私は物語もほんの少しかじっているんですが、小咲ちゃんは、千石撫子と同じ声優なんですね。
つまり何が言いたいかと言えば、

ニセコイがそのまま楽しめない。

という事です。
千棘と由比ヶ浜ならまだキャラが似てるので良いんですが、春ちゃんの登場シーンでは一色がちらついてあざとく見えてしまい、小咲ちゃんの登場シーンでは千石撫子がちらつき、明るい千石さんかな?なんて思ってました。

ニセコイ二期のedの『曖昧ヘルツ』を目を閉じて聴いている時の登場キャラが、
由比ヶ浜、千石、マリー、鶫という。……しかも千棘の声優さんが強いので、
由比ヶ浜が聴こえる→つまりは雪ノ下もい居る。
という謎の方程式により雪ノ下の声も聴こえてきて、最終的には俺ガイル2人とニセコイ2人に物語1人という。……あれ、何の歌でしたっけ?

そんな近況報告です。


津久井さんが【東方】の妖夢に似てると言う事を言われたので、新しくカチューシャ付け足したらそれっぽくなりました。

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17

 * * *

 

 

 

 ──平塚先生サイド──

 

 月日は少し遡り、【文理選択の最終決定用紙】提出最終日。

 

「全員、用紙は提出したな!」

 

 クラスの生徒に声をかけると、やる気のない返事が返って来る。

 

 全員分を受け取ると、それを持って私は職員室へと向かった。

 

 

 職員室に着き、用紙を机に置くとそのまま奥へ行き、コーヒーを淹れて戻って来る。

 

「──ふむ。面白い具合に分かれたな」

 

 現在入院中の比企谷からも用紙を預かっているので私の担当生徒の分は全部揃っているわけなのだが──。

 

 

【文系】

 

 比企谷

 由比ヶ浜

 葉山

 相模

 その他……。

 

 

【理系】

 

 三浦

 川崎

 戸塚

 戸部

 海老名

 その他……。

 

 

 という具合に分かれていた。

 

「三浦と葉山が分かれたのは意外だな……」

 

 恐らくは三浦が会心した訳ではないのだろうが。…が、まぁ、こう言うのも勉強にはなるだろう。

 

「平塚先生、そっちはどうなりました?特に葉山の進路」

 

 全員分の集計を終え、二回目の再確認を済ませたところで隣のクラスの秦野先生が私に訊いて来る。

 

「葉山ですか?……文系ですね」

 

 葉山の進路は、実は気にする先生が多い。

 

 そもそも雪ノ下並ではないが期待が集まっている生徒だ。

 

 そして葉山自身が進路を頑なに隠した為結果として注目が集まった、というのがその真相だが。

 

 

 因みに、雪ノ下はと言うと──

 

「雪ノ下は理系です」

 

 まぁ、予想通り理系だった。

 

 陽乃が通った道で、陽乃曰く後を付いて来る様に進路を進めて来たから今回もそうなるのでは、という事だった。

 

 

 

 ──こうして、文理選択が完了した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 俺が登校を開始した時には既に新しいクラスは出来ており、またしても一年の時の様に後からポツンと入る事になってしまった訳なのだが、まぁ、そうなればボッチは確定だ。残り一年間の安寧が約束された。

 

 ──が、

 

「ヒッキー!」

「比企谷君!」

 

 教室に入るなり二人の女子生徒──由比ヶ浜と津久井に話しかけられる。

 

「……おう。今年は津久井も一緒なのか」

 

 去年同様に由比ヶ浜と同じクラスで、そして津久井とも再び同じクラスになった。

 

 ──ここまではまだいい。

 

「……あー、えー、えーとね、ヒッキー……」

 

 急に由比ヶ浜がよそよそしくなり、次の瞬間、俺に水爆級の衝撃波を叩きつけた。

 

「──彩ちゃん、理系行ったよ」

 

 ──ドサッ。

 

 

 俺はいとも簡単に気絶した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 気絶し(かけ)た後、泣き叫びたくなる様な気持ちを必死に抑え、HRに臨む。

 

「今日は初めてクラス全員が揃ったな。……という事で改めて言おう。担任の平塚だ。まぁ、何かあったら訊いてくれればいい」

 

 そう前置きした後、連絡事項を話し始める。

 

「──今日はこれと言って特に無いが、連絡事項はさっき言った通りだ。以上、解散」

 

 案外あっさりと終わった事に安心しつつ、どうするべきか悩む。

 

 ──と、そこへ。

 

「先輩っ!」

 

 教室の扉を音が鳴る勢いで開けてこっちへ来る奴が一人。

 

 着崩した制服。

 

 セミロングの髪。

 

 誰がどう見ても、そこにいるのは一色いろはだった。

 

「…やっと、復活したんですね。おめでとうございます」

 

「お、おう……。……どうした?」

 

 俺の反応が気に食わなかったのか予想外だったのか。見事に肩を落としながらこっちへ来る。

 

「……どうした…って心配したに決まってるじゃないですか。病院に顔出そうにも年末は海浜総合の人達と後片付けがあって、年明けのあの一月末から二月始めしか空いてなかったんですよ。マラソン大会ありましたし」

 

 確かに、一色の言う通りこいつが病室に顔を出したのは一月末から二月始め辺りに集中していた。

 

 そもそも、津久井や折本と比べてこそ頻度は下がるが、思いの外心配性らしく、由比ヶ浜と同等──もしかしたらそれ以上に顔を出していて、それこそ『顔を出そうにも』なんて数ではなく『もう十分に』の域だった。

 

「……(わり)ぃ。仕事押し付けちまったみたいで」

 

「そんな……。寧ろ私が手伝ってもらってたんですし……」

 

 

「「「……………………」」」

 

 

 予想外の受け答え──と言うかいつものあざとさが無くなっている事に違和感しか感じられず、返答をする事すら忘れる。

 

 そして気付けば、クラス中が静まり返っていた。

 

 

 それにしても、マジでこいつ気が狂ったのだろうか?それともあざとさを出す事を忘れる程に心配してくれていたのだろうか?

 

「……だいたい、先輩はいつもそうやって人を助けるのに、いつだって自分を放って置いて。……先輩、聞いてます?」

 

「あ、ああ。……心配かけて悪かったよ」

 

 取り敢えず素直に謝っておく。

 

 心配をかけたのは事実だし、何だろうか、謝っておかないと気に障ると言うか……。……というかこいつからも小田原先生と同じ事を言われるとは思ってなかった。俺の行動って、そんなに分かりやすかったんだろうか?

 

「べっ、別にそんな本気で心配してたとかじゃないですし……」

 

「何だって……?聞こえなかったんだが……」

 

「な、何でもないです!先輩には関係無いですから!……ハッ!さてはそうやって何度も私との会話を重ねて『良く聞き取れないから耳の近くで話してくれ』とか言って物理的に私との距離を近付けるつもりですかごめんなさい私そういう攻めは嫌いじゃないですけど先輩にそれをやられるとちょっと耐え切れずに落ちちゃう自信があるので遠慮しときますごめんなさい!!」

 

 急にボソボソと小さい声で一色が喋り出したので聞き取る事が出来ずに訊き返したのだが、いつもの早口で返されてしまった。……よく聞き取れなかったがとんでもない事言ってなかったか?今。

 

「と、とにかく!女の子助けてヒーロー気取りも良いですけど!自分の身体にも気を使って下さいね!……あと、放課後に奉仕部行くのでよろしくです!」

 

 そう言い残して、誰の返事も聞かずに一色いろはは風の様に教室を出て行った。……取り敢えず、心配しててくれた…のか?

 

「……あはは。いろはちゃん、凄いね」

 

「……一方的にまくし立てた挙句颯爽と帰って行きやがって……。結局何がしたかったんだ?」

 

「一色さんって、比企谷君にはあんな風に接するんだ……」

 

 一色が去った後の教室で、由比ヶ浜が呆れ、俺は何がしたかったのか分からず、そして津久井は新しいものを見た、と言った感じにそれぞれリアクションをとっていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 一時間目の授業がスタートし、クラスが静まりかえる。

 

 換気の為に空いている窓からは冷たい風が吹き下ろし、それが高潮の如く次から次へと吹き付けて来る。

 

 その中には微かに花の匂いが混じり、あと少しで春が来る事を告げていた。

 

 とは言え未だ寒い事は変わらず、朝の寝ぼけた頭を冷やすのに一役買っている。

 

 心配していた勉強の方も、津久井と折本(時々平塚先生)による熱心な指導の成果か、何とかついていける位にはなっていた。

 

 

 そして午前中の授業を終え、昼休み──。

 

 

「行くか…」

 

 小町が用意してくれていた弁当を手に、教室を出る。

 

 快晴の今日なら、“あの場所”はベストコンディションの筈だ。

 

 

 期待に胸を膨らませ、実に新年最初となるあの場所へと向かう。

 

 階段を降り、更に降り、一階へ。

 

 そして外へと──

 

「八幡っ!」

 

(こっ、このエンジェルボイスはっっ!!)

 

「戸塚!!」

 

 

 ──振り向けばそこには、大天使戸塚がいた。

 

 

 それから少し経ち、近くの壁際──。

 

「八幡、大丈夫だったの?」

 

「おう。もう完治したぜ」

 

 俺は、久しぶりのこの邂逅に、叫びたくなるような気持ちを必死に抑え、努めて普通に会話していた。──そうしなければ今頃『お外走って来る!』って言ったあと『はーちゃん大勝利ー!』とか叫びながら敷地周辺を三周していたかもしれない。……ただの変人だったわ。

 

 ──閑話休題。

 

 

「……八幡は、文系なんだね」

 

 そこで戸塚は急に話の方向を変える。

 

「……数学が分からん。俺と数学の関係はまさに水と油だからな。諦めた」

 

 そう。諦めたのだ。諦めてしまったのだ。

 

 数学を諦め、付属する理科をも捨て去ろうとしている。

 

 ──そんな輩が、理系に進める筈が無かった。

 

 恐らく、もうこれ以上悔やむことは無いだろう。戸塚と行けないのなら、俺は引き篭もっても構わない。いやむしろ率先して引き篭もりたい。

 

 

「……八幡には、悪いと思ったんだけどね」

 

「えっ?」

 

 そこで更に戸塚が急に語り出す。

 

「八幡には沢山助けられたし、僕も八幡みたいに恰好良くなれたらって思ってたから、進路の事も八幡に相談しようかなって思ってたんだけど」

 

「何か、僕の進路が八幡の進路選びに変な影響与えないかなって思って。……それで、結局言わなかったんだ」

 

「戸塚……」

 

 戸塚の、俺を思うその気持ちに、不覚にも目頭が熱くなってしまった。

 

「僕もう、そろそろ行くね。八幡、勉強頑張って!」

 

 

 戸塚は、最後まで天使の笑顔だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 戸塚と別れた後、本来の目的地であるところのベストプレイスへと向かう。

 

 と言っても、さっきの場所から目の前の昇降口を出て左に向かって直ぐだが。

 

 ──だが、今日のあの場所には陰謀の影がちらついていた。




今回から新しいスタート(八幡が退院したので)を切るので、雰囲気を変えようと頑張ったら失敗しました……。一緒に書き方にまで影響が出てしまった…。


話を変えて。

既に何件か感想にも寄せられているので、私のSSの書き方について。

メインヒロインを誰にするか決めて話を書いていくわけですが、だからと言ってそのヒロインばかりがスポットを浴びる訳ではありません。分かりやすく言うと、【最終的に二人の話になる】ですね。
私の考えは、例えそのヒロインと主人公が仲良くてもそれ以外の人との関わりが無くなるわけじゃない、というものでして。
ですから、最近折本さんが脚光を浴びていないのも、他のキャラが脚光を浴びているのも、全部ひっくるめて一つの話として読んで頂けると嬉しいです。……と言っても、連載中の今ではそんな事を言っても意味は無いんですが。


もう一回閑話休題。

小町が総武高校へ進学したので、それを記念して学校のクラスメイトAと協力して小町を描いてきました。

中学ver.と総武高ver.です。

元の絵は俺ガイルの漫画(妄言録)の三巻表紙です。(総武高校ver.は中学ver.を元に更に改造)

中学ver.はAが小町を描き写し、私が髪や目の色と服のシワの影、背景を付けました。背景が適当なのは、頭に浮かんだものを何となくで描いたからで、目を瞑って見て下さいね。

総武高ver.は私が一から描きましたが、背景はありません。

尚、光量を最大まで上げてから見る事をオススメします。
全体像(中学ver.)

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顔アップ(中学ver.)

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全体像(総武高ver.)

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顔アップ(総武高ver.)

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最後に二枚重ねて

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18

 * * *

 

 

 

「あ、来た!おーい!お兄ちゃーん!」

 

「何故だ……」

 

 俺の心休まる休息所・ベストプレイスには我が愛する妹である小町が既にいた。

 

 そしてもう一人。

 

「先輩来ましたか?……もう、遅いですよ」

 

 

 俺の後輩で劣化版タイプ別小町な一色いろはまでもが、この日、この場所にいた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「何故だ……」

 

 本日二回目のこの言葉。

 

 しかしそれを言ったのには理由があった。

 

『何?今そっちそんな事になってるの?』

 

「お前のお陰でな……」

 

 電話の相手は折本。……この状況が出来上がるのに一役買ってしまった関係者の一人だったらしい。

 

 大元の原因は一色で、こいつが俺の現状を知りたい、と思ったのが始まりだとか。

 

 そこから、まず津久井に聞き俺と話せる場所を聞き出そうとして失敗。小町へ助けを求めに行き、その小町のアドバイスで折本に連絡を掛け、現在に至るんだそうだ。

 

 

 …確かに小町にはここの事は言ってなかったし、折本とは何度か話したけど、小町に話さなかったのは機会が無かったというより俺みたいな残念な兄がいる事を周りに知らせない為であって、現状の様に集まってしまっては意味がないのだった。

 

『いいなぁ、一色ちゃん』

 

「羨んでねぇでどうにかしてくれ……」

 

『あはは……。……っと、千佳から呼ばれちゃったから、切るね。放課後部活終わったら連絡して!』

 

「えっ?ちょっ、おい!」

 

 プーッ、プーッ、プーッ……

 

 

 言いたい事だけを言い残し、折本は電話を切ってしまった。

 

「……どうすんだこの状況……」

 

 だが、現実とは非常なもので──

 

 

「──それで、いつから仕事に戻れそうですか?」

 

「いや、そもそも俺は生徒会じゃないんだが……」

 

 こいつが俺を心配していたと言うのはどうやら仕事が理由らしい。とっとと復活してさっさと手伝ってくれ、という事だろう。

 

「……確かにそうですけど、でももう先輩って準会員みたいな感じじゃないですかー」

 

「そうさせたのはお前だがな……」

 

 俺の年明け前の生徒会での立ち位置は、一色の言う通り本当に準会員みたいな感じになっていた。

 

 例えば俺が生徒会に用が無い日だと翌日副会長に会えば「昨日は休んだのか?」と訊かれ、書記に会えば生徒会の話を持ちかけられる。…それを話すべき相手は一色なんじゃないかと思ってはいたが、どうやら副会長曰く、俺の生徒会での位置付けは『生徒会の頼れる味方』らしく、一色やその他役員の内情を知っている俺としては微妙に否定しかねるところがあったので、反応に困った。

 

「……まあいいです。取り敢えずご飯食べちゃいましょう」

 

「え?何?お前、ここで食べるつもりなの?」

 

 一色はてっきり話だけして帰るものだと思い込んでいた俺は少し面食らう。こいつだったらクラスの奴らとつるんで教室でワイワイやってた方がお似合いな気もするのだが…。

 

「はい。小町ちゃんと一緒にここで食べるつもりですよ?」

 

「……ふん。小町を引き合いに出したところで──」

「……お兄ちゃん、ダメかな?」

 

「よし、食べようぜ」

 

 チョロかった。めちゃくちゃチョロかった。小林さん家のドラゴン並みにチョロかった。

 

 

 と言う訳で、どう言う訳か小町と一色と一緒にご飯を食べる事になってしまった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──一色いろはサイド──

 

 朝。

 

「ねーねー、この間の女子助けて入院した先輩今日から復帰だって!」

 

 そういながら教室に入って来たその女子は、他のクラスメイトのところへ行きその話を盛り上げる。

 

「やっぱりカッコ良いのかな?」

「行ってみる?」

「でもカッコ良くなくてもいいかも!」

「まあ、守ってもらえそうだよね!」

 

 …………。

 

 あの先輩、容姿に関しては全くカッコ良くない…と言うか目が腐ってるし、そもそもあの文化祭でやらかした張本人じゃなかったっけ?

 

「ねー、いろはも見に行かない?」

 

 そしてその女子は私にも話を振って来る。

 

「うーん……」

 

 正直、迷う。

 

 先輩には(私の所為ではあるけど)生徒会全体がお世話になってるし、それに私は入院中にお見舞いに行ってるから別に年明け初めて会うわけでもなければ、別段会いたい訳でも無い。

 

 なら──

 

「……私はいいかな」

 

 行かない事にしよう。

 

「そっか。そうだよね、いろはは葉山先輩狙ってんだったよね」

 

 ──と、そこで会話を終わらせるチャイムの音。HRが始まる音だ。少し遅れて先生も入って来る。

 

 ……しかし、──そうか。先輩、復帰したんだ……。

 

 事故って聞いた時は本当に驚いた。

 

 あの事故の翌々日。私は事故の事など知らずに、学校で先輩を探していた。クリスマス会の最終調整を生徒会全員と一緒に話しておきたかったから、そこに関係者である先輩も呼ぼうとしたのだ。

 

 そんな時だった──

 

 私と行き違いをしてもう生徒会室に行ったか、はたまた帰ってしまったのかと思い、念の為に生徒会室に引き返した私は、生徒会室に居た平塚先生に連れ出され、そして事故の事を知った。

 

 

 ────

 ──

 

 年明け前・十二月──。

 

「ようやく来たか一色。……ちょっとこっちに」

 

 平塚先生はそう言いながら生徒会室を出て行く。

 

 生徒会室に着いたばかりの私は、訳もわからないまま、平塚先生の後に着いて行った。

 

 ──生徒指導室。

 

 そう書かれた札がある部屋へと入って行く平塚を追い、私も入る。

 

 座りたまえ、と言う先生の言葉に従って、近くにあった椅子に腰掛けた少し後の事だった。

 

「……比企谷だがな、しばらく休みだ」

 

「えっ?」

 

 それまでの静寂を打ち破った第一声は、その言葉だった。

 

「何か、あったんですか?」

 

「あー、まあ、家の事情と言う奴だよ。……必要だから伝えたが、言いふらすなよ?」

 

「は、はぁ……」

 

 私は呆気に取られながら、何も理解出来ないままに頷く。すると平塚先生は仕事に戻っていいと言って、職員室の方へと立ち去って行った。

 

 

 ──だけど、違和感には直ぐに気付いた。

 

 平塚先生が、私に先輩の休みの件を伝えてから十数日後。

 

 イベントも終わり、しつこくつきまとって来るあっち(海浜総合)の会長を捨て、新年を迎えた後には、その違和感は確信に変わっていた。

 

 ──何かが隠されている、と。

 

 

 そして私は、平塚先生を問い質した。すると──

 

「……やはり気付いてしまったか。…ああ。本当は家の事情じゃない。事故に遭って入院していたんだよ、比企谷は」

 

「──この話も、比企谷に許可を取ってからしか出来ない話だから、誰にも話すなよ?……必要のある奴には私からおいおい、そのタイミングをみて伝える」

 

 

 ──こうして私は、事件の全貌を知った。

 

 

 ──

 ────

 

 

 それからは病院へ行き、先輩と顔を合わせていた。

 

 その先輩が、今日復帰した──。

 

(まあ、行かないけどね。……休み中に病院に何回行ったことか…)

 

 そんな事を考えながらHRを聞き流し、そしてチャイムが鳴る。

 

「起立、気を付け」

 

「解散──」

 

 先生が、それを口にした直後だった。

 

 解散の『ん』と同時に教室を出る。

 

 ──気付けば私は、全速力で先輩のいるクラスへと向かっていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 今朝の一色が全力ダッシュをしていたなんて事はいざ知らず、そして話は再び戻って昼休み。

 

 パコーン、パコーン……

 

 向こうの方からテニスの音が聴こえるが、珍しくそこに戸塚の姿はない。

 

「あ、そう言えばお兄ちゃん」

 

 一色の仕事に早く復帰しろ宣言の後、小町が口を開く。

 

「雪乃さんが呼んでたよ?……放課後部室で、って」

 

「……………」

 

「…先輩、雪ノ下先輩を怒らせたんですか?」

 

「……俺は何もしてない」

 

「自覚してないだけ、とかないんですかー?」

 

「いや、ないんですかー、ってな…。大体、自覚してねぇのに分かるかよ」

 

「…そこは開き直らないでよ、お兄ちゃん……」

 

 ──こうして、賑やかな昼休みは過ぎて行った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

「かおりー、ご飯行こう?」

 

「あはは……。……っと、千佳から呼ばれちゃったから、切るね。放課後部活終わったら連絡して!」

 

 私はそう言いながら通話を切ると、千佳へと向き直る。

 

「んじゃ、行こっか」

 

「うん」

 

 という事で学食を目指して教室を出た。

 

 

 移動中…

 

「しっかしねぇ……」

 

 教室を出て直ぐに、私は口を開いていた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、一色ちゃんに比企谷の居場所訊かれたから『○○じゃない?』って答えたんだけどね?」

 

「どうやら小町ちゃん…比企谷の妹ね?……その小町ちゃんと一緒に比企谷とご飯食べてるらしくて……」

 

 私は言いながら肩を落とす。まさか一色ちゃんも比企谷の事が好きだったりするのだろうか…。

 

「一色さんが羨ましい?」

 

「羨まし──って!何言わせるの!……恥ずかしい…っ」

 

「かおりは本当に比企谷君が好きなんだね……。いいなぁ、そうやって好きになれる人がいて」

 

「ち、千佳だってモテるじゃん…」

 

 高校に入ってからの友達である千佳は、割りと人気が高い方で、実は高校に入ってから、私も千佳も何度か告白されている。

 

「うーん…、モテるモテないって言うより、好きになれる人がいるのが羨ましい…のかな。女の子として」

 

「羨ましい?……どういう事?」

 

「ほら、かおりは比企谷君と再会?してから明るくなったって言うか……もともと明るいけど」

 

「やかましい」

 

 私はそう言いながら軽いチョップを千佳に食らわす。

 

「あぅっ。…もー、叩かないでよ。……まあ、話を戻すけど、何かこう…キラキラしてる感じ?」

 

 つまりリア充と言いたいのかな?

 

「…でもまさか比企谷君の為に休むとは思ってなかったけどね」

 

 あのクリスマスの件は、私はずっと秘密にして来たから、休んだ本当の理由を知っているのは先生方だけになるけど、どうやら千佳の頭の中では比企谷が怪我したから私が面倒を見に行った、という事になっているらしい。……ある程度はその通りだけど。

 

 こうして、私と千佳は学食へと向かって行った。




ちょっと文字数を二百文字位オーバーした…。

次回予告!

候補としてはこのまま折本&仲町さんの会話・八幡目線の放課後のどちらかになるかと。

木曜日までで投票とります。無ければ私が適当に。


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19

今回は短いです。かなり。


 学食──。

 

「うわー、久しぶりに来たけどすごいね…」

 

 そこには見渡す限りの人。人。人。

 

 私はずっとお弁当だったので、諸事情でお弁当を持って来られなかった日に──丁度今日の様な日にしか学食には来ない。

 

 そして、そもそもこの海浜総合高校ではその生徒の八割以上が学食をほぼ毎日食べている為、学食は人でごった返していた。

 

「…かおりは何食べるの?」

 

「うーん…、まあ、安いしカレーかな?」

 

 ちなみに、券売機に置いてあるメニューを簡単に記すと、カレー、チャーハン、ラーメン、定食で、その他にも付け合わせやおかずなどがある。カレーを含めその他もそれぞれ何種類かあるので種類全体としては数は多い。

 

「…私は定食にしようかな…」

 

 そう言いながら千佳はA定食を押し、出て来た券を取る。

 

 そのまま流れに乗る様にカウンターの列へと並び、順番を待つ。

 

「……あ、そうだ。…かおり今日放課後空いてる?」

 

「えっ?」

 

「久しぶりにかおりと遊ぼうかなって。…って言うか勉強会なんだけど…」

 

 どうやら千佳は今のうちから勉強をして少しでも成績を上げようとしているらしく、私と二人で勉強会をしないか、と言う提案だった。

 

「……うーんと、ちょっと待ってて」

 

 私はそう言いながらポケットから携帯を取り出し、メールを送る。

 

 《To:小町ちゃん!

 Sub:比企谷に伝えといて!

 Text:比企谷が部活終えて帰って来たら私の家に来るように伝えて!出来れば津久井さんにも!》

 

「誰に送ったの?」

 

「小町ちゃん。…その勉強会さ、比企谷ともう一人呼んでいい?」

 

「えっ?…うん、私は構わないけど……。もう一人って?」

 

「津久井さん。…えっと、分かりやすく言うと比企谷君の事が好きな人?」

 

「……………」

 

「?…どしたの?……急に黙りこくって」

 

「…その津久井さん?…って人さ……、かおりの恋敵(こいがたき)…って事だよね?……なのに仲良いの?」

 

 …まあ、普通はそうだよね。それが普通の反応だと思う。多分だけど私も当事者じゃなかったら同じ反応してるかも。

 

「仲は良いと思うよ。けど…、うーん…。まあ、確かに恋敵って事になるのかも知れないけど、でも恋敵の前に親友?…かな。私も、津久井さんも、…多分比企谷も」

 

 私だけがそう感じているのかは分からないけど、あの二人──津久井さんと比企谷と一緒に居る時に、恋敵だからと思った事は一度もない。それどころかむしろ普通に楽しかった。

 

「恋敵なのに親友なの?…私はそもそも恋敵が居た事ないから分からないんだけど…。恋愛ってそういうものなの…かな?」

 

「……多分私達が珍しいんだと思う」

 

 ──と、そこで順番が来たので食券をカウンターに出す。

 

 それを受け取ったカウンターの人が奥に行き、注文を言いつつ戻って来る。そして私達の次の人の注文券を受け取り、また奥へと戻る。──すると今度はトレイを持ってやってきた。

 

「はいお待ち。カレーとA定食」

 

 私達はそれを受け取った後、適当に空いている席を探してそこに座った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「「いただきます」」

 

 そう言って私はカレーを、千佳は定食をそれぞれ食べ始める。

 

 と言っても席は向かい同士ではなく、隣同士だ。周りも同じ様に話している人ばかりで結構煩いので、向かい合うより隣の方が話しやすいとの判断からである。

 

「……ちょっと訊いてもいい?…嫌な事かもしれないけど」

 

 突然何の脈絡もなく千佳が話題を切り出す。

 

 取り敢えず肯定の意を示すと、千佳は箸を置いて話し始めた。

 

「かおりはさ、比企谷君が誇らしい?」

 

 ──単純な、それだけの言葉。質問。

 

 だけど──だからこそ、奥のある質問。

 

「……かおりは本当に比企谷君が好きで、心配してて、それこそ学校休んでまで看病に行ってた訳だけど、…でもだからこそ、“そこ”が知りたい」

 

「かおりは比企谷君が傷付いてまで人を助ける事をどう思ってるの?──誇れる事?それとも──危険な事?」

 

 ……………。

 

 

 比企谷の、人助け。

 

 自分を傷付け、他人を助ける。

 

 端的に一般論で言えば自傷行為。──それに尾ひれがついたモノ。

 

 確かにその通りではある。

 

 

 ──そして私は、本当の事を言えば比企谷には止めて欲しかった。

 

 確かに誇らしい事ではあるけど──正しい事ではあるけど、比企谷にも無事で居て欲しかった。…自分勝手だけど、そう願わずにはいられなかった。……比企谷が傷つく度に、私の胸も痛んだ。──それでも、決して表に出しはしなかった。

 

 ──比企谷はいつか言っていた。

 

 

 “自分は間違った人間”だと。

 

 

 私が比企谷と一緒に居たいと思い始めたのは、それが最初だった。

 

 最初は恋愛というより使命感に近かったのだ。──そして、比企谷に興味を持って話しているうちに、好きになっていった。

 

 ──でも、好きになっていくに連れて、比企谷の行動の一つ一つを注視していく様になり、そこで気付いた。

 

 比企谷が、今にも壊れそうで危ういことに──。

 

 だから私は、好きというのとは別に、比企谷のそばに居ようと思うようになった。

 

 ──自分が間違っていると言うのなら、私が正しい人間にしよう、と心に誓って。

 

 だから──

 

「誇れるよ。……人を助けられるなんてなかなか出来ないし」

 

「そう…なんだ。……かおりの比企谷君への愛でお腹いっぱいです」

 

「な…っ!?」

 

 

 ──そう。私は比企谷を正しい人間にしようと思った。いや、思っていた。

 

 でも、最近──津久井さんに会ってから考えが変わった。

 

 “アレ”が比企谷なのだ。

 

 だって、もし仮に比企谷があの片瀬みたいに友達を沢山連れて話してたら、それは比企谷じゃない。

 

 ──つまり、比企谷の“人助け”だって同じだ。

 

 人を、他人を手段を選ばずに助けようとしてしまうのが比企谷。

 

 だったら、私は比企谷の人助けを助けられる様になろう。

 

 比企谷が自分を犠牲にしなくて済む様に。少しでも負担を減らせる様に。──そして、比企谷に心配をかけないように。

 

 

 私は新しくそう誓って、千佳と共に学食を出た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 学食を出て、まだ余っている昼休みをどうするかと話しつつ教室へと戻って来た私と千佳。

 

 取り敢えず席に座ろうと私の席へと向かう。

 

「これ、誰のだろ?」

 

 私の机の上には見慣れない鉛筆が。

 

 

 ──と、そこへ。

 

 ヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴッ。

 

 小刻みに動くスマホ。画面を見てみれば、送信者は一色ちゃんだった。

 

 《Sub:ありがとうございました!

 Text:先輩──比企谷先輩とご飯食べました。情報ありがとうございました。楽しかったですよ!》

 

 パキッ…。

 

「か、かおり…?……大丈夫?」

 

「えっ?…あ、うん…。……あっ」

 

 気付けば、拾い上げた鉛筆を片手で折っていた。

 

(確かに一色ちゃんには私が比企谷のこと好きって言ってないけど流石にこれは…。何か夫の浮気を浮気相手から報告されてるみたいな感じになってんだけど……)

 

(まあ、いっか。今日の放課後比企谷と居られるし)

 

 ──という事で、私は早く学校が終わらないかとそわそわしていた。




文字数平均調整の為、いつもより減らしました。

あの鉛筆の登場した意味は基本的には今のところあれだけです。


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20

ちょっとネタ多め?しかも意味が分からない…。


 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 怒涛の昼休みを終え、午後の授業。

 

 残りの二科目は国語と数学なので、数学に関してはもはや寝てしまうから関係ないし、国語は得意だから退屈には思わないので快適に過ごせそうだった。

 

 最近気温も上がって来て、風こそ冷たいものの、その風も春の匂いを運んできている。

 

 そんな、冬と春の境目──若干、春よりだろうか。そんな季節の中で、俺は三学年初日の学校生活を送っていた。

 

 

 ──しかし、授業が始まる前の喧騒というのは、静かにして聴いていると全て同じに聞こえてくる。

 

 あいつらの会話も。あっちでの会話も。そこの奴らの会話も。

 

 全てが同じ会話に聞こえてくるのだ。──つまりは機械の様に。

 

 ただお決まりのフレーズをお決まりのタイミングで、作り上げられた固定観念の中でそれを絶対的偶像の様に崇拝するかの如く、流れに逆らわない様に言う。

 

 もし逆らえばそいつは異教徒扱いされ、そして異端者のレッテルを貼られる。

 

 一度そのレッテルを貼られたら周りを物理的に変えるかそれとも努力して復帰するか、はたまた諦めるか。──覆すのは簡単ではないのだろうが。

 

 がしかし、俺にはそこまでして復帰する事にそれ相応の対価があるとは──意味があるとは思っていない。

 

 

 その点、ぼっちは楽だ。

 

 何故なら同じ異端者でも、初っ端から異教徒だから。

 

 裏切り者ではない。既に別枠。──出会う前から入り混じる事のない壁を作り、それを維持し続ける別種。

 

 ──だが、そんな壁を破ってくる輩が、完璧にいない訳じゃない。

 

 一人はその宗教の宗主から気に入られているアホの子。

 

 一人は俺と同族のぼっち。

 

 一人は宗教の宗主である元彼女。

 

 一人は目立たない事で自由を獲た元文化祭実行委員。

 

 

 その他にも何人かいる。小町だったり、小町だったり、小町だったり、戸塚だったり、戸塚だったり、戸塚だったり。

 

 天然水?木材?……確かにあいつらもそうかもしれない。

 

 でも、俺は──。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 秘技・章変えリセット。──と言うか、ただの描写カット。

 

 という事で午後の授業を終え、放課後。

 

「ヒッキー、部活行こ!」

 

 由比ヶ浜がそう言いながらトテトテとかけて来る。

 

「煩い寄るな暑苦しい」

 

「何で三重苦みたいに言ったし!?」

 

「…いや、似てないと思うが?……お前、…いや、何でもない」

 

「最後まで言ってよ!?」

 

 いや、流石アホの子は違うなと思っただけだから、別に言っても言わなくてもいいんだが。

 

「比企谷君は部活?」

 

 と、そこへ津久井が話しかけて来る。

 

「おう。津久井もか?」

 

 うん、という返事が返って来ると同時に、後ろに背負っていたラケットバック(※そこまで本格的なものではない)を前へと持ってくる。

 

「比企谷君、見て行きますか?女子テニス部」

 

「…俺も部活だっつの……」

 

「冗談ですよ。……それじゃあまた明日に。さようなら、比企谷君、由比ヶ浜さん」

 

 津久井はそう言うと、ドアを出て行った。

 

「…何か津久井さん……」

 

「んぁ?」

 

「いや、何か明るくなったな…って……。…てか、あたし達も部活行かないと!」

 

「ぐぇぅっ!!」

 

 由比ヶ浜が叫ぶと同時、何故か俺の襟を掴み、そのまま引っ張ったせいで一瞬首が締まり、バランスを崩して倒れかける。

 

 それを何とか堪えつつ、由比ヶ浜に引っ張っられて久しぶりの奉仕部部室へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 黒い三連星。

 

 この単語で1stガ○ダ○を連想出来る人はまま居るだろうが、ここでは全く持って関係ない。

 

(字が)黒い三連星(アスタリスク×3)。そう。それが真相。

 

 俺は、この様に物事を考える基準が他とはかけ離れて居る。

 

 ──微妙な導入になってしまったが、言いたいのはつまりそれだ。

 

 

 由比ヶ浜の優しい言葉に何か裏を探そうとしてしまうし、雪ノ下の優しい態度に意味を見出そうとしてしまう。

 

 だから──

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

 ──こんな状況にも、必死に都合のいい解釈を求めていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──少し前、

 

「やっはろー、ゆきのん、小町ちゃん!」

 

 奉仕部に着いた──と言うより引っ張られて来た俺と、引っ張って来た由比ヶ浜はそのまま中に入り、俺にとっては久しぶりな、由比ヶ浜にとっては恐らく日常的な動作を行い、いつもの状態を作る。

 

 ちなみに、小町がいるが奉仕部部員ではない。一色みたいなものだ。…まあ、一色は余計な仕事を持ってくるし、あざといから害ばっかりであんま利が無いが、その点小町は違う。最早利しかない。だからここにいてもいいのだ。

 

 そして、そこで事件が起こった。

 

「…由比ヶ浜さん、小町さん、少しの間、席を外してくれるかしら……」

 

 それまで本を読んでいた雪ノ下からの唐突な一言。

 

 当然俺も、由比ヶ浜も、小町ですら途惑った。──が、

 

 

「…分かった。……終わったら呼んでね、ゆきのん」

 

 

 由比ヶ浜がそう言うと同時、席を立つ。その口調には、これから起こる事が分かっている様な、微かに雪ノ下を心配する気持ちが含まれた、静かな応援の口調だった。

 

 由比ヶ浜が立った事で小町もその流れに乗る様に立ち、由比ヶ浜の後を付けていく。──小町は状況が飲み込めていない様だ。……安心しろ、俺も分かってないから。

 

 スゥー、ハァー、と深呼吸をする雪ノ下。珍しく少し緊張しているみたいだった。

 

 そして──

 

「…ねぇ、比企谷君」

 

「………おう」

 

「……………………」

 

「……どうした?」

 

「………………ご…」

 

 

「…ごめん…なさい。……病院で、怪我をしているあなたに、……“折本”さんに、酷いことを言ってしまって」

 

 ──!?

 

「────な」

 

「だから、……ごめんなさい……」

 

 雪ノ下は、そう言いながら頭を下げている。

 

「お、おい……」

 

 恐らくは俺が入院中、ただ一度だけ来た雪ノ下のあの時の俺に対する──折本に対する態度を言っているのだろう。

 

 あの時、思わぬ反撃を食らって、"あの”雪ノ下がたった一度の反撃で勝利を捨て、去って行ったのも恐らくはそれが分かっていたから。

 

 だから、現実(いま)こうしている。

 

 

 だが──

 

「…気にすんな。……俺も気にしてねぇし」

 

 俺は、そんな事など全く持って気に留めていなかった。

 

 ──と言うかより正確に言えば、あの後に起こった他の事全てが内容が濃すぎるお陰で陰が薄かっただけなのだが。

 

 とにかく、俺が気にしていなかったのは事実だ。

 

「………そう」

 

「ああ。……まあ、この件はこれでお終いだ。…何もなかった。それで良いだろ」

 

「私は!……いえ、…何でもないわ。……あなたが言うのなら、何でもないのね」

 

「…また偉く信用したな……」

 

「か、勘違いしないでくれるかしら」

 

 ──と、顔を赤らめながら言われても困るんだよなぁ…。

 

「……はぁ。……由比ヶ浜さんと小町さんを呼んでくるわ」

 

 雪ノ下はそう言いながら、部室を出て行った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「せんぱーい、いますかー?…って、先輩一人だけですか?」

 

「おう、……また仕事持って来て…」

 

「無いですから!……先輩は私をなんだと思ってるんですかねー……」

 

「あざとい後輩」

 

「余計なの取りましょうよ……」

 

「あざとい」

 

「先輩にとって後輩って余計な要素なんですか!?……ていうか自然に私の全ステータスを批判しましたね!?」

 

 一色は、部室に来るなり用事も告げずに普通にここにいるが、この場に小町が居なくて本当に良かったと思う。…小町の為と言うよりは、俺の為に。

 

 ──と、そこへ小町からメールが着た。

 

 《Sub:お兄ちゃん・津久井さんへ!

 Text:折本さんからお誘いがありました!放課後、二人で折本家に行って来て下さい!…お兄ちゃん、ちゃんと女の子の事送るんだよ?》

 

「……………」

 

「…うわー、小町ちゃん流石ですね…。……って言うか訊きたい事が幾つか」

 

「……………」

 

 ……ヤバい、死ぬかもしれない。

 

 何がヤバいって後ろの一色から放たれるオーラにヤバめの雰囲気が混じってる。

 

 ……こいつ、そう言えば俺と折本との関係知らないんだった。

 

 病院で何度か折本や津久井と鉢合わせてたけど、その時は特に訊かれなかったし──って事は津久井の事も知らないんじゃ…。

 

「……一色、雪ノ下と由比ヶ浜に宜しく頼む」

 

 ──言うと同時、俺は全速でこの場を去った。




到達しないと思っていた20話に遂に辿り着きました!

やっぱり、入院の件が大きかったですね。あとは、その後の各個人の言動。

前々回?くらいまでは、何回も何回も視点を変えてその時の動きを個人別に書いて行った形に近いので、やはりそこで時間を取りました。…時間の無駄遣い──もとい、時間の無駄使いを名乗る私だからでしょうか?

冗談はおいて置き。

今回の補足説明。

前半部分の、宗教に例えたあの部分。宗主というのはグループのトップを指します。

以上、終了。


今回は雪ノ下との決着を着ける回になりました。

後の山場は一つですが、小さいのが少しあります。

このまま行けば40到達前には──下手すれば28くらいで終わりを迎えます。


長い間お世話になりました。そしてこれからも、宜しくお願いします。


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21

 * * *

 

 

 

 一色から逃げるために部室から出た俺は、そこで会いたくない人と出会ってしまった。

 

「あっれー、比企谷君!久しぶりだね!」

 

 ──そこに居たのは、雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「雪ノ下…さん……」

 

「やぁやぁ、凄い久しぶりじゃない。どうしたの?こんな時間に。まだ部活中だよね?」

 

 あくまで明るく振舞っている雪ノ下さんだが、その実、目は完全に別の事を考えていた。

 

 獲物を、品定めする様な…。

 

「…まぁいいや。折角会ったんだし、どこか行かない?」

 

 ニコッと笑ってそう言って来る陽乃さん。

 

 ──と、そこへ。

 

「陽乃!勝手に行くな!…っと、比企谷が居たのか。………。…何故、比企谷がここに居るんだ?」

 

 雪ノ下さんの後ろからカツカツと音を鳴らしながらやって来たのは平塚先生。

 

「…比企谷、今日は時間が無いから、明日の朝私のところに来い。…陽乃、行くぞ」

 

 一難去ってまた一難とは、まさにこの事だろう。平塚先生が雪ノ下さんを連れて行ってくれたのは嬉しいが、要らん置き土産をして行った。──やはりタダでは働かないんだな、人って。

 

(…ってか、部室に行けば一色が居て、かと言って他のとこに居れば雪ノ下さんや平塚先生って…。一難去ってまた一難ってより、前門の虎、後門の狼──いや、狼の群れだよな。……ってか、なら横に逃げ道が──)

 

「お兄ちゃん?」

 

「小町か。由比ヶ浜はどうしたんだ?」

 

「結衣さんなら向こうに居るよ。友達と話してるみたい」

 

(…横まで塞がれた……)

 

「そうか。…ってか、あのメール何だよ。折本がどうこうって……」

 

「小町も詳細はよく分かんないけど、折本さんからの誘いだし行って来なよ!……と言うか今すぐでもOK。結衣さんと雪乃さんには上手く言っておきます!」

 

「…………」

 

 心配だ。

 

 非常に心配だ。

 

 ──こういう時、小町に任せて大丈夫だった試しが一度も無い。

 

 だいたい、小町の目的は分かっている。──理解しているし、俺の頼りなさを考えれば確かにそう言う行動へと腕が向くのも分かる。

 

 けど、それはそれでどうかとも思う。

 

 津久井や折本の様に、俺に好意を向けてくれている奴ならいざ知らず、由比ヶ浜は微妙だし、雪ノ下に至っては完全に無いだろう。

 

 もしかしたら──いや、小町の選出にケチを付けるのも何だが、小町は俺に好意を向けている奴ではなく、俺と一緒に居た奴を選出しているんじゃなかろうか。

 

 それで会いにいけという事は、交友を深めろ、という事だろう。

 

 ……なのに何で俺がヘタレ扱いされにゃならんのだ…。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あれ?八幡。どうしたの?」

 

 取り敢えず津久井を呼びに行こうとして、俺が直接呼ぶのもどうかと思い考えていたら、たまたま近くに居た戸塚から声をかけられた。

 

「おお、戸塚!……あ、いや、実はな──」

 

 小町から受け取ったメールを見せつつ、戸塚に状況を説明すると、

 

「──つまり、津久井さんを呼んで来たらいいのかな?」

 

「いいのか?」

 

「うん、全然いいよ。…八幡の頼みだし」

 

「戸塚……」

 

 ここで六時間程戸塚の天使さ──ひいては戸塚がどれだけ戸塚(てんし)であるかを語りたいが、それはまた後にしよう。何故なら──

 

「ごめんなさい比企谷君。気付かなくて…」

 

 ──戸塚と一緒に、津久井が向こうから来たからだ。

 

「……メール、見たか?」

 

「…うん。折本さんからお誘いがあったみたいですけど……。比企谷君は折本さんの家の場所知ってるんですか?」

 

「何度か行ったことあるから場所は知ってるぞ」

 

 目的はさまざまだったが、あの家には其れなりに行ったことがある。

 

 折本が両親がいない日に、デートしたいとか言って来て(と言うか言って来たその日がたまたま両親不在だった)、デート先で熱出して帰ることになり、折本の看病をしたり(04参照)。自宅デートという事で折本ん家にずっと居たりと、その他にもいろいろある。

 

「……で、津久井は部活は大丈夫なのか?…本当は部活終わってから行くつもりだったんだが小町から行って来いって言われてな……。無理ならいいぞ。待ってるから」

 

「大丈夫ですよ。えっ…と、私は比企谷君に着いて行けばいいんですよね?」

 

「まぁ、そうなるな。…んじゃあ用意出来たら言ってくれ。俺はここに居るから」

 

 はい、と言いつつ駆け足でテニスコートへと向かう津久井を見送ると、スッと視線を横に動かし戸塚を見る。

 

 パコーン、パコーン…

 

 ラケットがボールを打つ音が静かな校庭に響き、夕焼けの空と合間って現実味を薄くさせ、どこか夢現(ゆめうつつ)様な雰囲気になる。

 

 他の部活も活動して居るが、人の声など虫の羽音に等しく、耳には届かない。

 

「…比企谷君、用意終わりましたよ」

 

 すると、そこに突然、近くから人の声が聞こえて来て、急に現実に引き戻される。

 

「うおっと!?…あー、よし。じゃ、じゃあ行くか」

 

 ──そして俺達は、折本家を目指した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 学校を出る前に折本に連絡し、そして現在は折本家への道のりをだどっているところ。

 

 俺も津久井も自転車通学だから、いつもの登校ペースを少し落としたくらいの速さで移動している。

 

 信号で止まり、青信号で再び動き出す。

 

 その動作を何回か繰り返している内に、折本家に着いた。

 

「着いたぞ。…ここが折本ん家だ」

 

 目の前の家は、クリーム色の壁に、緑の屋根の比較的派手な色をしている。

 

「ここが折本さんの…」

 

 取り敢えず自転車を降り、インターホンを鳴らす。──すると、出て来たのは折本ではなく、見ず知らずの女子だった。

 

「えっと…」

 

「あ、比企谷八幡です。…折本…さん、居ますか?」

 

「!…あなたが比企谷君です…か?」

 

「そう…ですけど…。何か?」

 

「あ、いえ、何でも無いです。かおりなら中に居ますから、どうぞ」

 

 ──と、そこで家の中から聞き慣れた声が響いて来た。

 

「千佳ー、誰だったの?…って、比企谷と津久井さんか。…どうぞどうぞ上がって?」

 

 奥から出て来たのは折本だった。既に部屋着に着替えた後らしく、着ていたのは制服ではなかった。

 

「お邪魔します。…親はいないのか?」

 

「まだ仕事から帰って来てないだけだよ。津久井さんも上がってよ」

 

「う、うん。…お邪魔します……」

 

 そして折本の部屋へ行き──

 

「まぁ、みんな知ってると思うけど、折本かおりです」

「…仲町千佳です」

「…ひ、比企谷八幡です」

「…津久井一奈です」

 

 ──自己紹介をして居た。

 

 俺と津久井が仲町さんと初対面だという事で折本が勝手に言い出し、そのまま始まってしまった。

 

「……………」

 

 そう。別に自己紹介自体は(どうでも)いい。──今の問題は、どうして俺が仲町さんから見られ続けているかだ。

 

「……折本、ちょっといいか?」

 

「え?うん…。私はいいけど…」

 

 結局分からず、折本を呼んで確認する事にした。

 

「…あの、仲町さん?から、睨まれてんだけど、何かあったっけか?」

 

「あー……」

 

 俺が折本に訊くと、折本はしまった、という様な顔をする。

 

「まぁ、千佳には私から言っとくよ」

 

「おう。…あ、あともう一つ」

 

「今度は何?」

 

「呼ばれた理由を俺も津久井も説明されてないんだが?」

 

「あ」

 

「……はぁ」

 

 何をするのかは知らないが、前途多難だった。




もしかしたら火曜日間に合わないかもです…。

今回は次回へのフリというか付箋が多めなので分かりづらいかもしれません。申し訳ないです…。

頑張って間に合わせます!


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22

 * * *

 

 

 

 ──仲町千佳サイド──

 

「かおりー!帰ろう!」

 

 六時限目が終わり、HRが終わり、そして放課後。

 

 かおりに声をかけつつ自分も用意を済ませる。

 

「うん。…あー、ちょっと待ってて。先生にプリント出して来る」

 

「私も行くよ」

 

 という事でかおりと一緒に職員室へ──

 

「失礼しまーす…」

 

 かおりが職員室に入って行き、プリントを渡して戻って来るまで、私は職員室前の廊下で待っていた。

 

「…比企谷君…か」

 

 私はまだ比企谷君とは会った事がないし、かおりの話を聞いている限りでは良い人見たい。

 

 かおり曰く、外見はアレで、しかも良い事をしてもやってないだの副産物だの言ってるし、自分を傷つける事を厭わない人だから、最初はちょっとアレかもしれない…らしい。……アレって何だろう…。

 

 でも、優しくて気が利くし、人助けの出来る人だとか。…人助けの噂は聞いたけどね。

 

「失礼しましたー」

 

「あ、来た」

 

「よっし!…じゃあ帰ろっか…ってそうだった。勉強会するんじゃん」

 

「…どこでやる?」

 

「…んじゃ私の家来てよ。そこで勉強会しよ?」

 

「分かった。…久しぶりだね、かおりの部屋行くの」

 

「あー、確かに。…てか、多分最後に呼んだのが千佳じゃないかな…」

 

 ──という事で、折本家。

 

「ただいまー…」

「お邪魔します……」

 

 家に上がり、かおりの部屋へ行く。両親は仕事で居ないらしく、私とかおりの二人だけだった。

 

 後から来ると言う比企谷君と津久井さんを待つ間、早速私は勉強を始めていた。

 

「千佳は真面目だね…」

 

「かおりもやろうよ……」

 

「私は比企谷達が来てからでいいって。…うーん……」

 

「どうしたの?」

 

 気付けばかおりが唸っていて、何かを思い出そうとしているようだった。

 

「いや、ここに比企谷を呼ぶのも久しぶりだなぁ…って、ね」

 

「そうなんだ…。…あ、かおりと比企谷君の“ここでの”エピソードとか無いの?」

 

 ──思えば、これが始まりだった。

 

 私が、ここで余計な事を言わなければブラックコーヒーなど必要なかったのだ。

 

 だけど、この時の私はこの後物凄い爆弾が来るなんて思ってなかったし、考えてすらなかったし、それこそどんな話が聞けるか少しワクワクしていた。……結果は…何と言うか、ね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

「…うーん、私と比企谷の思い出って言うと……」

 

 ここに比企谷を呼んだ回数は、まだ恐らく両手でギリギリ数えられる筈だ。

 

 だから、ほとんどの事なら鮮明に思い出せる。

 

 でも、その中で私が千佳に話すとしたら──

 

「…えっと、私が一年の時に比企谷とデートしてた時の事だったんだけどね?」

 

 そうして、私は話し始めた。

 

 

 ────

 ──

 

 一年前・とある休日──。

 

「ごめん比企谷、お待たせ!」

 

 その日も寒く、私も比企谷も上から下まで防寒装備で駅前を待ち合わせに集合していた。

 

「…おう。…お前は本当元気な」

 

「私が元気なんじゃなくて、比企谷が元気ないんじゃないの?」

 

「…まぁ、一理あるか」

 

「あるんだ……。…クシュッ……」

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「へへ。…大丈夫だよ。鼻がムズっとしただけだから」

 

 ──実は、この日の私には、本当は予定が無かった。

 

 お母さんは今日からママ友で旅行という事で土日どっちも居ないらしく、私は家でゆったりくつろいで居ようと思っていたんだけど──

 

「かおり、急に仕事が入ったから行って来る。外出は構わないが鍵と火はちゃんと確認しろよ?…それじゃあ」

 

 ──と言って急にお父さんが家を出て行ったのが今朝の事。

 

 家に一人残された私は、その後比企谷に連絡を取り、そして現在に至る。

 

「…まぁ、良いなら良いけどよ。……んで?今日はどこ行くんだ?」

 

「今日?今日は──」

 

 ──クラッ

 

 と、そこで突然バランスを崩す。何とか踏みとどまって耐えたものの、比企谷にはバッチリ見られてしまった。

 

「…折本、悪ぃ」

 

「え……」

 

 比企谷が、私に謝ったと思ったら次の瞬間には、顔が目の前にあった。

 

 そして少し後から、ひたいに冷んやりと冷えた手が触れる。…反対側の手は、自分のひたいに添えられていた。

 

「……………」

「……………」

 

 互いに、少しの無言。

 

 だが、それを破ったのは意外にも比企谷だった。

 

「…帰るぞ」

 

「え…っ……」

 

「当たり前だろ。…折本、お前熱あんだろ」

 

「…うっ……」

 

「……そんな状態で倒れられても困る。…大体、今は冬で風邪引きやすいんだし」

 

 確かに、それは比企谷の言う通りだった。

 

 このままじゃいつ倒れるかも分からない。しかも倒れたら比企谷にも迷惑がかかる。……だけど、…それでも、私は比企谷と一緒に居たかった。

 

「……やだ。……今日はデートだもん」

 

「…いや、だもんって…。……はぁ、じゃあお前ん家でな?」

 

「……へ?」

 

「…あー、でも親御さん居るか。……まぁ、その方が確実か」

 

「え?……クシュンッ……比企谷?」

 

 私は、熱でぼーっとする頭をフル回転させて考えていたが、“ただの自宅デート”という事実に辿り着いたのは事後だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……っても、歩かせる訳にはいかねぇし…。…しゃあねぇ。折本、背中乗れ」

 

 ──比企谷は、意外な事に、介護方面にも献身的だった。

 

「う、うん…。…お邪魔、します」

 

 私は、しゃがんで待ってくれている比企谷の背中にちょこんと乗り、しがみついた。

 

「ん…しょっと。…お前、ちゃんと飯食ってんのか?何か軽いんだが」

 

「ちゃんと食べてるよ。…って言うか、それじゃあ何?ちゃんと食べてる私はもっと重いと思ったと?」

 

「い、いや…。そんな事は一言も言ってねぇ…」

 

 …そんなしどろもどろで言われても説得力がまるで無いんだけど……。

 

 

 ──そんな事を話しつつ歩いて、そして折本家へ。

 

 

「…親、居るんだろ?看病して貰えよ」

 

「あー……。……比企谷、ごめん。……今日、両親居ない…」

 

「……………」

「……………」

 

 ──再び沈黙。

 

 ……でも私は、ここに来るまであえてこれを言わなかったのだ。

 

「……ねぇ、比企谷──」

 

「──あたしの看病、してくんない?…そ、その、デートの代わりに……ね?」

 

「……は?」

 

 これを思い付いたのは、比企谷の背中でゆっさゆっさと揺れながら家に向かって歩いている途中だった。

 

 風邪の時にある特有の孤独感。

 

 それが嫌だったのだ。

 

 

 ──だから、いつも家で一人で居ても平気なのに、今日は比企谷を呼んだ。体調が悪いのを我慢して、会いに行ってまで。

 

 だからこそ、比企谷と離れたくなかったのだ。

 

「……比企谷は、それでもいい?」

 

「…………………はぁ…」

 

 沈黙の後、僅かな溜め息。そして──

 

「分かったよ。…面倒みてやる」

 

 ──こうして、比企谷による看病が始まった。




今回も短めです。
この回想は次回に続きます。
因みに、平均文字数3500台を目指しています。


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23

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 ある日、折本から急に電話がかかって来て、そして訳もわからぬまま駅前に着いたら、後から来た折本は風邪を引いていた。

 

 ──と言う前置きがあり、そして現在。

 

 折本をおんぶして家まで送り、折本に玄関を開けてもらって中へ入る。

 

「……んせっ、と…。…取り敢えずは着替えて寝とけ。俺はタオルとか用意するから」

 

 折本をおんぶしたままベッドまでどうにかこうにか運び寝かせた後、今度は濡れタオルを作りに行く。──某熱冷ましのシートくらい在るだろって言ったら無いって即答されたしな。因みに、こんな具合で。

 

「…なぁ折本、熱冷ま──」

「無いよ」

「──シート…」

 

 ──と言う訳でタオルを言われた場所へ取りに行き、何度か来た事で、ある程度勝手知ったるこの家のキッチンへと向かい、冬の冷たい水道水をタオルと一緒にボウルに入れて再び折本の部屋へ。

 

「……入るぞ、折本」

 

「うん…。コホッ」

 

 声をかけてからドアを開けて中に入ると、パジャマに着替えた折本が。

 

 取り敢えずボウルに入れて持って来た中の水を、こぼす恐れのない様に絶対にぶつからないようなところにボウルを置いてから、その上でタオルの水を絞り、折本の方へと移動する。

 

 折本が寝ているベッドの横まで行きそこに座ってから、タオルをひたいに置く為に折本の髪をはらった。その時に触れたひたいは、少し熱くなっていた。

 

「熱上がったか?」

 

「あはは…。安心したら、ね」

 

 そんな会話をしつつも折本のひたいにタオルを置く。

 

「ひゃっ!?……タオル冷たい…」

 

「冷たい方が良いだろ。…ってか冬の水道水だぞ。冷たくて当たり前だろ」

 

 俺はそう言って立ち上がり、ついでに折本に布団を掛け直す。

 

 すると折本が、

 

「………どこか行くの?」

 

 と、消えそうな声でそう呟いた。

 

「…大丈夫だよ。…昼飯まだだろ?お粥作ってやるから。それまでは寝てろ。……あー、それとも寝るまで隣に居た方がいいのか?」

 

「!……うん。…比企谷が、よければ」

 

 明らかに見て取れる程の喜びを表情で示した折本は、俺に向かって手招きをする。どうやらこっちへ来い、という事らしい。

 

「俺に気を配る必要はねぇよ。…気にすんな。お前病人なんだから、お前優先でいいよ」

 

「うん…。…じゃあ、お願い」

 

「おう」

 

 ──そうして、折本のベッドの真横で折本が寝付くのを待っていると、不意に折本が、

 

「…何か面白い話してよ」

 

 と言って来た。どうやら無言が気まずかったらしい。流石に俺に面白い話を提供させるのは誰がどう見たって(誰も見てはくれないが)爆弾でしかないので、代わりのモノを用意して、どうにかやり過ごす。

 

「………ムチャ振りは辞めろ…。…手くらいは握ってやるから」

 

 そう言って折本に手を差し出すと、折本は指を絡ませて来た。

 

「ふふっ…。……ありがとね、………八幡」

 

 ──!

 

「んなっ!?……ちょ──」

 

「な、何でもない!…お、お休み…っ!」

 

 自分が口にした事が恥ずかしかったのか、折本は布団を頭まで被り、完璧に潜り込んでしまった。……それでも手は握ったままだったが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 どうやら折本は他人の手を握ったまま寝られる奇才の持ち主らしく、しかもなかなかに指を剥がすのが大変というオプションまでついていた。

 

 普通に腕を引こうとしたら、つられて引っ張られた折本の腕がベッドの外に出て来たのだが、寒かったらしく、俺の腕ごと布団の中に引きずり込まれた。

 

 起きてるのかと思ったがそう言うわけではなかったし、その上恋人つなぎなので、仕方なく指を一本ずつ剥がしていったのだが──

 

 人差し指。

 中指。

 薬指。

 小──

 

 ──ギュッ。

 

 小指から最後の親指へ移行する前に、小指の途中で握り直される。

 

「……………」

 

(まぁ、そんな事もあるか…)

 

 と言う事で、再チャレンジ。

 

 人差し指。

 中指。

 薬指。

 小指。

 親──

 

 ──ギュッ。

 

(……おしいっ!?…いや、何でこんなハイテンション何だよ…)

 

「も、もう一度…」

 

 人差し指。

 中──

 

 ──ギュッ。

 

「早っ!?」

 

 思わず声に出してしまった。

 

 その後もしばらく折本の指と格闘し、五分が過ぎた頃…。

 

「………よ、よし……」

 

 俺は、謎の達成感を感じていた。

 

 何はともあれ、両手が久方ぶりに自由になったので、立ち上がり部屋を出る。

 

「……変えとくか」

 

 ──その前に、折本のひたいのタオルを再び水にくぐらせ、絞って、ひたいに戻す。

 

 そして今度こそ部屋を出て、お粥を作りにキッチンへと向かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──四十分後。

 

「…入るぞー」

 

 お粥と淹れたてのお茶を乗せたトレイを持ち、逆の手でドアを開けながら折本の部屋へ入る。

 

 それを一度折本の机に乗せ、折本を起こしにかかる。

 

「折本、起きろー」

 

 あんまり触る訳にもいかないので軽くゆさゆさと肩を揺する。

 

 一分。二分。三分。

 

「ん、んんっ……」

 

 揺らし続けて三分ちょっと。

 

 折本がようやく薄目を開け始めた。

 

「起きたか。…昼飯用意したから食べろ。お茶もあ…る!?」

 

「比企谷が居るぅ……」

 

 ──何が起きたか分からない人のために説明すると、折本に状況を説明してる最中、不意に折本が俺を抱き締めながら布団に引きずり込もうとした。…というか引きずり込まれた。

 

「お、おい!…折本、起きろっつの!」

 

 暗い布団の中で、かろうじて息は出来るものの、下手に暴れたらラブコメイベント真っしぐらな為に動くのもままならない。

 

 だから俺がこの場で出来る事は寝ぼけて居る折本を起こす事なのだが。

 

「折本、起きろって!」

 

「んにゃぁ…。…………んぁ…っ?」

 

「……………」

「……………」

 

 ──折本、覚醒。というか起床。

 

「………おはよ…う。…比企谷」

 

「ん。…おはよう、折本。…離してくれるか?」

 

「……………」

「……………」

 

 ──互いに顔が触れそうな位置での沈黙。

 

 折本の方は覚醒と同時に俺の顔が目の前にあった事を認識した筈なのだが、固まっている。

 

 そして──

 

「きゃぁぁっ!?…ひひひ、比企谷!!?何で私の布団に入ってんの!!?」

 

 ──有らぬ誤解を受けた。

 

「……いや、お前に引きずり込まれたんだが…」

 

 そしてこの後、説明に追われた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後、すっかり冷めてしまったお茶は俺が貰い、折本がお粥を食べている間にお茶を淹れ直した。

 

 昼飯の後で体温計で熱を測ると、朝よりは引いていたが、それでもまだ微熱程度の熱が残っていたので、眠れないと言う折本にはそのままベッドで横になってもらっていた。

 

「……ねぇ、比企谷」

 

「…どした」

 

「比企谷はさ、明日予定ある?」

 

「いや、ねーけど」

 

「なら、さ……」

 

 ──プルルルルルルルッ!プルルルルルルルッ!

 

「……電話…だね」

 

「……電話…だな」

 

「わ、私出て来るね?…もう立てるから」

 

 折本はそう言いながら布団を出て、リビングへと向かう。

 

 俺はその間、再び折本が戻って来るまで特に何もせず、部屋の中で静かに待っていた。

 

 

 ──しばらくして。

 

 ガチャッと言うドアを開ける音と共に現れた折本は、何のリアクションも取らず、ただただ俺の方へと真っ直ぐ歩いて来て──

 

 俺に、抱き付いて来た。

 

「…………」

 

「………お、おい…?…折…本」

 

 状況を把握出来ないまま、なされるがままになっていると、折本が抱き付いたままの姿勢で、急に話し始めた。

 

「…さっきの電話ね?お父さんからだったんだけど、お父さん、…仕事で遠出しないといけないらしくて、火曜日まで帰って来ないんだって」

 

「お、おう…」

 

「……でさ?…今日、お母さんも居ないしさ。………比企谷、泊まって行ってよ」

 

「なっ──!?」

 

「…認めるまで離さないから……」

 

 ──折本の看病は、だんだんと怪しい方向へと向かい始めていた。




予想外に回想が長くなってしまいました…。
本当なら今回で回想が全て終了し、現在の話に戻っている筈だったんですが、書き続けてたらうっかりやってしまいました…。

そして驚く事に、今回の登場キャラが、

八幡・折本・折本父(名前のみ)・折本母(名前のみ)だけという。恐らく最初の方の津久井さんと比企谷のショッピングデート?以来の登場キャラの少なさ。

回想はこのまま次回へと続きますが、次回の投稿日である火曜日何ですが、日曜日と月曜日に大きな用事がありまして、書き終わっていない可能性があるため、もしかしたら投稿出来ないかも知れません。
因みに、今回が書き終わったのは土曜日朝ですから、私の執筆スピードとその他を考慮するとキツいですね…。

読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご理解の程よろしくお願い致します。


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24

何とか間に合いました…。


 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

「…認めるまで離さないから……」

 

 私は、比企谷に抱き付いたままでそう言った。

 

 ──恐らく、熱でもないとこんなに甘えられないから。……だったら、この際甘えてしまおう。

 

「…ダメ……かな」

 

「………っ!?」

 

 少し上目遣い気味に比企谷を見つめる。キスとかもしてみたいけど今は風邪引いてるから我慢。

 

 ──って、……え?

 

 “キス”とかもしてみたいけど……?

 

「う、うわっ!?…わ、私何考えて──」

 

「お、おい、折本?急にどうした」

 

 ──今度は、口に出してしまった。

 

「えっ?……~っ!?…な、何でもない!」

 

 パニクりまくり。mostパニック。

 

 どうやら熱で正常な思考が出来ないみたいだった。普段なら言わないようなこと言ってるし…。

 

 ミスを取り繕おうとしてミスをすると言う、悪循環にはまっていた。

 

 

 それからしばらくして…

 

「あ、改めて。……今日、泊まって行かない?」

 

「………いやいやいや、ダメだろ」

 

「…どうして?」

 

「どうしてって、そりゃあ……」

 

「…じゃあ比企谷は、病人を中途半端に診て、それで一人残して帰っちゃうの?…しかも自分の彼女なのに……」

 

「いや、だから…」

 

「……私は、比企谷が居てくれると安心出来るから、…その、居て…欲しい、な」

 

 …………。

 

 …メッチャ恥ずかしい。

 

 ど、どうしよ!?恥ずかしくて死ねる!…いやだって、──待って、落ち着こう。

 

 今は冷静に比企谷の返事を待って、それからにしよう。

 

「……確認取ってみる。…それでOKだったらな……」

 

 比企谷はそう言って少し溜め息を漏らしつつも携帯から電話をかける。

 

 少しして誰かが出たらしく、会話が始まる。

 

 それを黙ってジッと見てると、比企谷が私を見ながら布団の方を指差す。──布団に入ってろ。という事だろう。

 

 おとなしくそれに従い、掛け布団をめくってモゾモゾと中に入る。

 

 ──そして更に少し後。

 

「──教えねぇっつの!…じゃあな、切るぞ」

 

「電話終わったの?」

 

「ああ。…まぁ、その…なんだ。……いいってよ」

 

「ほ、本当に!?…コホッ!」

 

 喜びのあまり、自分が風邪を引いている事も忘れて声を上げてしまう。

 

「……元気じゃねぇか。…取り敢えずまだ咳は出るんだし、熱もあるんだから寝とけって。……その間に俺は着替えとか家に取りに帰るわ」

 

「そのまま…」

 

「帰らねぇよ…。また戻って来る。それに、明日は日曜日だ。朝を除けば特に予定は無いしな」

 

 朝に何があるのか訊こうと思ったけど、比企谷がヤバい目してたから訊かなかったのはここだけの秘密。

 

「お母さんはいつ帰って来るんだ?」

 

「(お、お義母さん!?)…明日の夕方頃には帰って来るんだって」

 

「そうか…。じゃあ、今日は本当に誰も居ないんだな」

 

「…うん。…だから、比企谷が居てくれて助かる」

 

「……そりゃどうも。…しっかしどうすっかな──」

 

 

 こうして、比企谷による看病は、比企谷のお泊りが決定したことで期間が延長された。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷小町サイド──

 

 ──お兄ちゃんの様子がおかしい。

 

 もともと友達のいないお兄ちゃんだから、中一の頃はそうそう休日に外出する事なんかなかった。

 

 …でも、中二も終わり、そろそろ中三になると言うその時期から、急に休日の外出が増えた。

 

 それも今思えばおかしいけど、慣れと言うものは怖いもので、今は不思議には思っていない。…と言うか割と当たり前になっていて、逆にお兄ちゃんが家に居ると、お母さん辺りが、「あら、居たの?」なんて言い出す。──休日の我が家からお兄ちゃんの居場所が消えた瞬間だった。

 

 それはさておき。

 

 さっきも言ったけど、“あの”お兄ちゃんが──友達の“居ない”(※断定)お兄ちゃんが十数分前、【お泊り】と言う無縁な単語を電話口に放ったのだ。

 

 ──気にならない訳がなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

 比企谷が帰ってから、そろそろ三十分が経とうとしていた。

 

(…比企谷……)

 

 少し、遅い。

 

 私も比企谷も今日の集合場所だった駅前には徒歩で来たから、私の家から比企谷の家まで歩かないといけないのは分かる。

 

 でも、徒歩でも十分強も歩けば着く筈だ。往復しても三十分は経たない。…それとも、荷造りに時間を掛けて居るのだろうか。男子がどうかは分からないけど、女子は荷造りに時間が掛かる。……それならまぁ、分からなくはない。

 

「比企谷……」

 

 溜め息気味に比企谷を呼ぶ。

 

 さっきまではとても楽しかった。本当に、時間を忘れて、自分の体調まで忘れるくらいに。

 

 でも、楽しかったからこそ、今は静かなのが虚しい。

 

 いつも家で一人で居るのとは、違った感覚だった。

 

 

 ──結局、比企谷が帰って来たのは、出発してから四十分後の事だった。しかも、自転車で来たと言う。

 

「…遅いよ、比企谷。……本当に帰っちゃったかと思っちゃったじゃん…」

 

「……すまん。…実は小町を振り払うのに手間取ってな……」

 

 比企谷曰く、友達が居ない事が家族の周知の事実である比企谷が急にお泊りとか言い出したから、妹が根掘り葉掘り聞き出そうとしたんだとか。…遂に比企谷は口を割らなかったらしいけど。

 

「…その、悪ぃな、遅くなっちまって」

 

「まぁ、それなら仕方ないよ。…それに、戻って来てくれたんだし」

 

「……おう」

 

「…で?いつまで部屋の入り口で突っ立ってんの?」

 

「いや、俺はどこで寝泊まりするのかと、根本的な疑問に行き当たってな。…因みにあらかじめ言ってお──」

 

「ここに決まってるじゃん。…それ以外にどこがあるの?」

 

「バッ!……な!…お前──」

 

 私は、掛け布団をめくってその下を指す。

 

 つまりそこは、私のベッドの中だった。

 

 ここじゃないと比企谷を泊めた意味が無い。

 

 “寂しいから泊めたのに、離れていたら意味が無いじゃん”

 

 私は、一応正論を言ったつもりだった。

 

 

 ──結局、比企谷は最後の悪あがきとして私との交渉に挑むも、比企谷は惨敗(理由:可愛いは正義…らしい)し、私が押し切ってしまった。

 

 比企谷が思いの外押しに弱いのを知ってからの私は、ここぞというところで押す様になった。

 

 ──そんなこんなでその後、比企谷が夜ご飯を作ってそれを二人食べ、私は看病されつつ、私の匂いが沢山ついた布団に比企谷を包み、眠──れる訳がなかった。

 

 

 夜中…

 

「比企谷、起きてる?」

 

「……ああ」

 

「…そっか」

 

 私に背を向けては居るものの、バッチリ目の開いているらしい比企谷に話しかける。

 

「お前は早く寝ろって。病人なんだから」

 

 比企谷は(私もだけど)、緊張でどうにかなりそうだったので、早めに会話を切り上げようと必死だった。

 

「あはは…。実は、結構緊張してて…」

 

「……俺、出るぞ?」

 

「わー!わー!…ごめんって!……じゃあ、比企谷の胸貸して…。…そうすれば、多分落ち着けるから、寝られると思う……」

 

「……………ほれ」

 

 私がそう言うと比企谷はモゾモゾと動いて私に向き直ってくれる。

 

「…ありがと」

 

 言いながら私は、比企谷の胸板に顔を埋めた。

 

 ──直後、想像通りの安心感。

 

 

 …その日、私は久しぶりに熟睡し、翌日気持ちのいい朝を迎える事が出来た。──朝起きたら比企谷が私に抱き付いてたのは驚いたけど。…でも、比企谷もよく眠れたみたいで良かった。

 

 因みに風邪はほとんど治っていたので、私は比企谷に「愛の力かな?」なんて言いながら日曜日を過ごした。

 

 ──

 ────

 

「──って事があってね?…って、千佳?」

 

 比企谷が家に泊まった時の事を話した私は、千佳の事など気にかけずに話していたらしい。

 

「……………」

 

 何時の間にか、千佳は真っ赤になって目をグルグルと回していた。

 

「千佳ー、起きてって」

 

「……は…っ!?」

 

「あ、起きた。…大丈夫?」

 

「え?あー、……えっと、…コーヒー、淹れていいかな。ブラック…」

 

 千佳は起きると同時に、また赤くなっていく。

 

「…別にいいけど…。千佳ブラック飲めるの?」

 

「今なら…飲めるよ」

 

 私には訳が分からないけど、取り敢えずそれで復活出来るならそれでいいんだろう。

 

「早く比企谷と津久井さん来ないかなー…」

 

 少し話が逸れるが、最近の比企谷は押しに対し耐性が出来たらしく、あんまり靡かなくなった。

 

 ──こうして、気付かない内に犠牲者を一人出した私の過去の話は、終幕を迎えた。




ようやく終わった…。
実は今回も終わってませんでした。
ただ、次回に伸ばすには短いので、カットカットカットで短くまとめまし…た?
おかしなところや分からないところはどんどん訊いて下さい。
……本当は、二話前の勉強会がメインの話のはずだったんですけどね。


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25

 * * *

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 折本が仲町さんにそんな話をしていた事などいざ知らず、折本の部屋に通された俺と津久井は、折本の机の横を荷物置き場にして、それぞれ座る。

 

 そして自己紹介を終え、現在。

 

「…じゃあ、全員揃ったところで、比企谷と津久井さんには話してなかったから今ここで話しちゃうね。…えっと、今日は勉強会をするって事で、私と千佳だけだったところを、比企谷と津久井さんを呼んで四人でする事にしました。……い、以上!」

 

 言葉の切り上げ方が分からなかったのか、空気感に呑まれたのか、どちらにしても折本にしては珍しい事だが、まぁ、その、何だ。…その切り上げ方は無理があるぞ。

 

「…っても、俺は国語しか出来ねぇぞ?」

 

「んじゃ比企谷は国語担当か。…うーん、私も国語の方が得意なんだけどなー……。…あとは、社会?」

 

「津久井は?」

 

「私は、…そうですね、理数系はそれなりに出来ます。だから、私は理科か数学ですね」

 

「…となると、千佳が英語なんだけど……」

 

「かおり……」

 

「…うん、分かってる。…じゃあ私そんなに高くないけど英語もやるよ」

 

 折本と仲町さんの間で何があったかは想像に任せるとして、どうやら俺が国語担当、折本が社会と英語担当、津久井は理数系担当という事で決まったらしい。

 

「…あ、比企谷君は総武高でどの位なの?国語の成績」

 

「……最高三位だな。因みに数学は最下位取ったぞ」

 

「…また両極端だね。しかも最下位なんだ……。…私も人の事言えないけど…」

 

「俺が三位の方には着目なしですかそうですか」

 

「ひ、比企谷君って、教えるのは上手なの?」

 

「…どうだろうな。まあでも、教え慣れてはいるぞ」

 

 いつもいつも小町に教えてるからな。

 

「──ただ、教え慣れてるだけで、それを教える相手は居ないけどな」

 

 小町以外という注釈を省いたため、意味がわからなかったらしい津久井と仲町さんは、首を傾げていた。…因みに折本は何故か腕を組んで首を縦に振っていた。

 

「んじゃ、始めようか」

 

「おう」

「はい」

「うん」

 

 という事で勉強会が始まった。

 

 と言っても俺と津久井は総武高、折本と仲町さんは海浜総合で、それぞれ高校が違うため出ている範囲も若干異なっているが、そこは互いに融通を効かせた。

 

「…かおり、ここ分かる?」

「ん?どこ?……えーっと…?」

 

「比企谷君、ここ分かりますか?」

「おう。…ここは──が──だから、──だ」

「あ、本当だ。ありがとう」

「代わりっちゃあアレだが理科教えてくれるか?…数学を捨てた関係で計算がまるで分からん」

 

「比企谷君って数学捨てたの?」

「おう。出来ないものをやっても意味ないからな。【千里の道も諦めろ】だ」

「そ、そうなんだ…」

「千佳、まともに相手しないの。…比企谷も理数系頑張りなって」

「いいんだよ俺は。私立文系志望なんだから」

 

「……………」

「……………」

 

「どうした?折本。…それに津久井も」

 

 俺、何か変な事言ったか?

 

 ただ私立文系志望って言っただけな気はするが…。

 

「ひ、比企谷君は私立文系なんだ。…でも、理数系頑張れば国立もまだ大丈夫だと思うよ?…それにほら、私立って物凄いお金かかるみたいだし……」

 

「津久井?」

 

「…私も国語に力入れようかな……」

 

「…どうしたの?かおりがそんな事言うなんて……。いつもは勉強あんましなくても、なんて言ってるのに…」

 

「へ?…んんっ。…は、話ばっかしてないで勉強どんどんやろう?千佳は特に」

 

 ──こうして、割と真面目に勉強会は進んでいった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 俺は初めて参加した勉強会だったが、時間は思ったよりも早く過ぎたようで、四月の空も既に陽は落ち、紺が一面を覆い尽くそうとしていた。

 

「そろそろ終わりにしよっか」

 

「そうだな。…遅くなっちまってもアレだし」

 

 という事でこの時点で解散にはなったのだが…。

 

「──じゃあ行こうぜ、津久井。仲町さん」

 

 二人にそう言いつつ、俺も身支度を済ませる。

 

「お願いします、比企谷君」

「よろしくね」

 

 ──何故こうなったのかは、数分前に着た小町からのメールだ。

 

 女の子を全員送ってから帰って来いという内容の、脅迫めいたメールが俺の携帯に届いたのだ。人質──と言うか、守らなかった時の対価は由比ヶ浜お手製のホールケーキだそうだ。…質量が質量なだけに死ぬぞ。マジで。

 

 …とまあそんな事があり、折本家を出発。

 

「…仲町さんは後でも大丈夫か?」

 

「うん。…津久井さんは家どこなの?」

 

「私の家はここからだとちょっと時間かかりますね。…多分、駅までの直線上にあるとは思うけど」

 

「なら、丁度いいな。…仲町さん、確か駅まで行くんだよな?」

 

「うん」

 

 どうやら仲町さんは駅から電車で一駅行かないと行けないらしいので、その途中にあるというのは有難かった。

 

 

 ──それから十分弱。

 

「あ、私の家です」

 

 津久井は、不意に一つの家を指差してそう言った。

 

「あれが津久井の家か」

 

「結構大きいんですね」

 

 住宅地の中のとある一軒家。

 

 特になんの変哲もない、白い壁にレンガの色をした屋根の家だった。

 

「ありがとうございました」

 

 津久井はそう言い、玄関先に立つ。どうやら見送ってくれるようだ。

 

「じゃあな」

「さようなら」

 

 それぞれが別れの挨拶をして、そして今度は駅へと向かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──仲町千佳サイド──

 

 かおりの家を出て、真っ直ぐ駅に向かいつつ津久井さんの家に行き、そこで津久井さんと別れた直後。

 

 私は、横を歩く比企谷君の事を考えていた。

 

 ──かおりの好きな人。

 

 ──かおりと付き合っていた人。

 

 ──そして、津久井さんが好きな人。

 

 私が彼に対して持っているはっきりとした情報はこの位。

 

 

 …そして、今日の勉強会。

 

 

 私は勉強をしながら、ふと思う事があった。

 

 ──もしかしたら、あの三人は落ち着いてしまっているのではないか。…あの状況に。

 

 そんな疑問。

 

 

 かおりは比企谷君が好きで、

 そして比企谷君もかおりが好きで、

 

 でも、かおりはそれだけじゃ足りないと言った(らしい)。

 

 ──津久井さんも、かおりと同じ位比企谷が好きだから。

 

 

 詰まるところ、ここが問題の根底だと思う。

 

 恐らくかおりの事だから、不安になってしまったのだ。

 

 “比企谷君を好きな人が私以外にもいる”と言う事実から、逃げようとした。

 

 かおりから訊いた話だと、比企谷君は全然有名じゃない──ぼっちという事もあってかクラスの人ですら知らないレベルで知名度が無いらしい。

 

 目立ったとしても悪目立ち。

 

 全然、考えていなかったのだ。

 

 “自分みたいな人が他にもいる可能性”を。

 

 だから、比企谷君と会えなくなってからも、最初の内しか会いには行かなかった。

 

 

 ──無意識の内に安心していたから。

 

 

 そしてその考えは、付き合っていた頃の、相思相愛振りも災いして余計に安心させる材料となった。

 

 ──だけど、

 

 

 高校二年時・文化祭。

 

 比企谷君は、私達の高校にも悪評が流れて来るような事をした。

 

 かおりに話を訊いた今だから、あの時どことなくかおりか落ち込んで、そして無理して笑っていた事の理由が分かる。

 

 ──だけど、その行動の意味を正確に見抜いた人が居た。

 

 それが、津久井さんだった。

 

 

 それからしばらくして、クリスマスイベント。

 

 久し振りに比企谷君と出会い、会話が弾んだ。

 

 多分かおりは、またここでも安堵したのだろう。

 

 彼女が他に出来た訳じゃない事に。

 

 

 そして、その後直ぐに何かがあった。

 

 かおりからは何も訊いてないけど恐らく津久井さんの事を訊いたんだと思う。

 

 

 ──それが、今までかおりを安心させてきた全てを、根底からひっくり返した。

 

 

 そして、かおりは咄嗟に逃げようとした。

 

 “比企谷君と恋人同士”である事を確認する事で。

 

 

 ──だけど、それは長くは続かなかった。

 

 贔屓されてると感じた。

 自分が本当に比企谷君に選ばれるべきなのか不安になった。

 

 

 ──だから、恋人同士と言うその関係を消し去った。

 

 

 

 …かおりから訊いた話だと、こう言う流れらしいけど、今現在、それは停滞している。

 

 しかもあろう事か、その関係に落ち着こうとまでしていた。

 

 

「……………………」

 

 私は少し考えて、気付いた時には口に出していた。

 

「────」




過去の話を読み返して頂ければ分かりやすいかもしれません。


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26

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

「…送ってくれてありがとね、比企谷君」

 

「気にすんな」

 

 駅まで着き、そんな会話が自然と漏れる。

 

「じゃあ──」

「あー、それなんだがな…」

 

 仲町さんの言葉を遮る様に言い始める。

 

「…実は、妹からのお達しでな。…その、家まで送ってけってよ。んで、送んねぇと俺が死ぬんだわ。…だから、その、悪いが付き合ってくんねぇか?」

 

 そう言いながら、スマホで受信した小町からのメールを仲町さんに見せる。

 

「…そ、そうなんだ。大変だね…。…まぁ、私は別にいいよ?」

 

「助かる」

 

「ううん。助かるのはこっちだよ。…痴漢とかに遭う可能性とか、ない訳じゃないもんね」

 

 どうやら仲町さんは理解が早いらしい。俺があんまり説明をしてないのに状況を察してくれた。

 

「それじゃあ行こうか。…お金大丈夫?」

 

「ああ。往復で八駅分位ならあるからな」

 

 そんなやり取りをしつつも、同じ駅まで買う。

 

「仲町さん、定期じゃないのか?…学生なら定期使った方が安いだろ」

 

「あはは…。…実は今日定期を家に置いて来ちゃって…」

 

 先週も一回やっちゃったんだよねー、と付け足しで説明を入れる。

 

 

 そしてそのまま、ホームで電車を待って居ると、不意に仲町さんが、

 

「…そう言えば、さっき言った事だけどね?…比企谷君はどうなの?」

 

 ──さっき言った事?

 

「ほら、津久井さんの家に行って、その後直ぐに…」

 

「ああ…。…“アレ”か」

 

「うん。…比企谷君は、本当に──」

 

 と、そのタイミングで向かい側に電車が入る。

 

「──────」

「──────」

「──────」

 

 そして直ぐにこっちにも電車が来た。

 

「……そっか。…うん、分かった。…じゃあ、比企谷君はもう…」

 

「……………」

 

「…取り敢えず電車乗っちゃおうか」

 

「…………ああ」

 

 そんな短いやり取り。

 

 でも、中に込められた意味はそんな少ないものではなく、もっと多く、そしていろんなもの。

 

「──比企谷君がこれからどうするか。それを決めるのは比企谷君だよ?…だから、私は何も言えないし、何も言わない。結果がかおりを傷付けるとしても」

 

「……………」

 

「…私の考えだけど、もう十分に理解したんじゃない?」

 

「…そうかもな」

 

 こうして、俺は仲町さんを家まで送り、その後帰路に着いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──仲町さんは、俺にとある質問をした。

 

 それは俺にとって衝撃的なものだったし、納得出来るものでもあった。

 

 

 …俺は、一歩を──たった一歩を踏み出せなかったのだ。

 

 

 まだ折本や津久井をそこまで理解していないと、言い訳を言い続ける事でそれを正当化しながら。

 

 いや、最初は言い訳じゃなく本心だった。

 

 だけど、そのうちにそれに落ち着こうと、無意識に思っていたのだろう。

 

 

 ──あの入院の件。

 

 学校を休んでまで俺の看病をし、先生と協力してまで授業の代わりにとプリントを用意してくれて。

 

 …そこまでしてくれる彼女達は、俺にとっては本当に太陽だった。

 

 

 持ち前の明るさとその陽気な性格で、あの状況でも笑顔を見せてくれていた折本。

 

 何か出来る事は無いかと常に俺の事を考えてくれて、献身的に、一生懸命に看病してくれた津久井。

 

 

 この二人に、俺は何度も救われた。

 

 なら、俺も何らかの形でそれを返すべきだろう。…いや、これも言い訳か。

 

 

 ──何に理由を求めるでもなく、ただ俺が考えぬいて決めた事を。

 

 

 つまりはそれが本当にすべき事で、“結果として”それが彼女達への恩返しにもなる。

 

 なら、そうすべきだ。

 

 

 ──だから、俺は早速メールを打った。

 

 《To:折本・津久井

 Sub:話がある

 Text:二人に話がある。今週の土曜日を開けておいてくれ。場所はカラオケでいいか?そこで《返事》をしようと思う》

 

 あえて、何の返事かは書かなかった。

 

 停滞し、落ち着こうとしているこの状況下でさえ、二人にそこまで言う必要は無いと思ったから。

 

 

 ──そして、俺は送信ボタンを押した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 今週の土曜日まで後三日ばかりの、あのメールを送信した今日。

 

 家に帰ると、早速小町に迎えられた。

 

「お兄ちゃん」

 

「おう、お兄ちゃんだ。…悪いが疲れてるんで寝かせて──」

 

「ひゃっはろー、比企谷君♪」

 

「……………」

 

「あー、ひっどーい。比企谷君無視したー」

 

 

 …何故か玄関には、我が妹と共に大魔王がご降臨していた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「…それで?何の用ですか?雪ノ下さん…。…確か昼間も学校に居ましたよね?」

 

「うん。それであの後奉仕部寄って、いろはちゃんに訊いたら『先輩?帰っちゃいましたよ…』って言ってたから遊びに来た!」

 

「………あの、俺──」

 

「…ところで、最近周りが忙しくない?」

 

「…は?」

 

「あんまり奉仕部を開けちゃダメだよ。三人揃って奉仕部だもん。…それとも、他の女の子に手を出す方が比企谷君的には楽しいのかな?」

 

「…な、何を言って……」

 

「何って、そりゃあ比企谷君の最近だよ?…確か、折本さんと津久井さんだっけ?…その二人とよく一緒に居るじゃない」

 

「もー、浮気はダメだぞ!…比企谷君は、雪乃ちゃんの夫になるんだからね?…分かってる?」

 

「本気でもないのにそんな事…。それに雪ノ下も望んでませんよ」

 

「……本当に、そう思ってる?」

 

「え…?」

 

「私は、割りと本気だよ?雪乃ちゃんには親に縛られずに自由に生きて欲しいと思ってるし、比企谷君にはそれが出来ると思ってる」

 

「だから、私は結構真面目に考えてるんだけどなー」

 

「……………」

 

 口調こそ軽いものの、雪ノ下さんの目は本物だった。

 

 ──この人は、本気でそう言っているのかも知れない…。

 

 そう思わせるに十分な説得力が、その目にはあった。

 

 

 だけど──

 

「すいませんが、無理です」

 

「え?」

 

 俺にだって、ようやく心に決めた人が出来たんだ。

 

 悩んで、

 考えて、

 それこそ、他人にいろんなヒントを貰いながら。

 

「…俺は、その人に告白しようと考えています。…これも、あなたと同じ様に本当の想いです。──だから、どんなに言われても、それだけは譲れません」

 

 ──だから、俺も雪ノ下さんの目を見てしっかりと言う。

 

 俺の想いを伝えるために。

 

「……そっ…か。………あーあ、比企谷君なら雪乃ちゃんのプリンスになれると思ったのになー」

 

 久しぶりに聞いたプリンスと言う単語にピクッと反応してしまうが、恐らく雪ノ下さんは知らないはずなので、そのまま雪ノ下さんの反応を待つ。

 

「……因みに、本当にその人が好き?…今まで勘違いを繰り返して来て、他人の気持ちも自分の気持ちも全部勘違いって言って来た君が、本当に好きな人?」

 

「…はい」

 

「そ。…なら文句ないや。…ありがとね、話だけでも聞いてくれて」

 

「その位はしないと後が怖いですからね…」

 

 ──と、家の玄関でそんな会話をした後、雪ノ下さんは、何時の間に呼んだのか、あの黒い車で帰って行った。

 

 

「…………ねぇ、お兄ちゃん?」

 

「うおっ!?……こ、小町、まだ居たのか」

 

 

 ──どうやら、今日の俺はとことん災難に見舞われるようだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 小町の猛攻を掻い潜り、夜ご飯と風呂を済ませると既に時間は十一時。

 

 久しぶりの登校で身体が疲れたので、自室に入って倒れ込む様にベッドに横たわり、そのまま直ぐに寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 ──決心はついた。

 

 後は、今週土曜日を待とう。




皆さんが気付いて居たかは分かりませんが、実は26の今日と、17の今日って同じ日なんです。
つまり、17〜26にわたって、同じ日に起きた事(途中に途轍もなく大きな回想を含む)を書いていた訳なんですが、その事実に、私は25の作成中まで気付かなかったです。


そして、なんの前触れもなく今回の話が最終話の1〜2話前になりました。
実は、本来はもう少し延びる筈でしたが、前回からの仲町さんの動きに関係がありまして、
本当の流れは

勉強会→奉仕部での日常

へと続き、その中で材木座が出て来て今回になる予定だったんですが、仲町さんを書いていたら結果的に材木座の出番が無くなり、今回が恐らく最終話前話かなと思います。


今まで感想や評価、お気に入り等の支援。更には誤字脱字報告等を報告して下さった皆々様。お世話になりました。

今後は、少し時間を開けた後に再び書き始めようかと考えています。
それに当たり、Tzestheyarnehさんに協力をこぎつけたので、活動報告の【自由欄】に、①津久井ルート ②折本のアフター ③その他 で記入してください。尚、その他は内容もお願いします。投票形式で、3/25 23:59まで有効投票とします。一人一票でお願いします。


最後に。

私、時間の無駄使いと、お金の無駄使いの二人で協力してSSを書く事になりました。
それに当たり、無駄使い戦線と名乗って活動して行くつもりです。
どちらのSSも無駄使い戦線で検索すればヒットするので、よければ見てください。

もしかすると、オリキャラの交換何かもあるかもしれませんので、その時は報告します。


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27

予告通り最終話です。今までありがとうございました。


 * * *

 

 

 

 ──土曜日。

 

 その後の話し合いで現地に直接集合になった俺は、日が傾く中、時間より三十分早くカラオケに着き、先に中に入って二人を待っていた。

 

 普段なら何もしないと長く感じる三十分も、今日ばかりはそうは行かず、直ぐに経ってしまった。

 

「……遅いな」

 

 時間を過ぎ、五分を経過したところで俺は二人に場所を書いたメールを送りつつ、到着を待った。──が、

 

 ──ガチャッ。

 

「…ごめん、比企谷。お待たせ」

「こんにちは、比企谷君。遅れてごめんなさい」

 

 送信した直後に、二人は同時に着いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからしばらく沈黙が続き、どんどん時間が進んで行く。

 

 このカラオケはそんなに人気店じゃないからフリーで取っても追い出される事はまず無い。だから時間には余裕があるのだが──

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

 いつまでも続く沈黙。

 

 俺の人生など一部に過ぎないのではないかと言う程長く感じる、そんな沈黙は、津久井の一言によって、打ち破られた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「…比企谷君──好きです……」

 

 カラオケボックスは、(しん)としていた。

 

 時折聞こえて来ていた隣の部屋の声も、今は届いていない。

 

 代わりに、煩い程に心臓の鼓動が鳴り響く。それを中心として、呼吸音など、自分の音がひたすらに響く。

 

 俺と対面して居る津久井の後ろには折本が座って居て、こちらを見ている。

 

 その眼には明らかな不安の色が見て取れた。眼だけでなく、顔色にも同じ様な雰囲気があった。

 

 

「──ごめん。…俺は、津久井とは…付き合えない」

 

 

 俺がそう言った瞬間、津久井の眼には涙が溜まった。

 

「……おかしいな…。…覚悟、…決めて来た…筈なんですけど………」

 

 津久井が言い出すのと、溜まった涙が静かに頬を伝って落ちて行くのはほぼ同時だった。

 

 俺はそれを眺めるしかない。

 

 ──今ここで、津久井の為に何かすれば、津久井が苦しむだけだ。だから、何もしない。何も出来ない。

 

「…幾つか、…教えて、下さい…」

 

 津久井が、静かに、止め処(とめど)なく流れ続ける涙を拭って俺に言う。肯定を示すと、もう一度涙を拭ってから、俺に言い始めた。

 

「…さっきのは、…比企谷君の…“本心”…なん…ですね?」

 

 ──ああ。

 

「…素直に、私の事は考えずに、教えて下さい。……私の事は、嫌い…です……か?」

 

 ──いや。

 

 

 津久井は、その二つだけを質問すると、黙った。

 

「……………」

「……………」

 

 しばらくの、沈黙。そして──

 

「…分かりました。……最後に一つ…良いですか?…これ…からも、“友達”として、一緒に居て下さい…」

 

 そう言った津久井は、泣きながら、涙を流れ続けながら、笑って居た。──だけど、その津久井の笑顔には、曇りが見られた。

 

 明らかに──明らかに、無理をして笑顔を作っているのが分かる。

 

「…津久井が、…それで良いなら…な…」

 

 俺は重い口を開いて、しかし噛み締める様に、そう言った。

 

 そんな俺に、津久井は──

 

「はい…っ。…うっ……うぅっ……」

 

 堪えても流れ続ける涙を拭う事もせずに、嬉しそうに、そして、苦しそうとも悔しそうとも取れる様に頷く。

 

 そしてドアの方に歩いて行き、

 

「…折本さん、比企谷君、…応援…してますよ」

 

 と、笑顔で──精一杯の澄んだ笑顔で、俺と折本に言うと、部屋を出て行った。──その直後、俺と折本の携帯が同時に鳴り響く。

 

 《Sub:折本さん、比企谷君へ

 Text:部屋を出たら教えて下さい。私達がどんな関係になっても、友達で居続けましょう》

 

「……………」

「……………」

 

 少しの沈黙の後、先に口を開いたのは、折本だった。

 

「…津久井さんって、強いよね…。私じゃ太刀打ち出来ないよ…」

 

 その言葉は素直な感想なのか、それとも俺に対する牽制なのか。

 

 だから俺は、思わず口に出してしまった。

 

「──折本」

 

 自分が口を開いたと言う事実を認識するのに、ほぼ無いに等しいラグを感じつつも、踏ん切りが付いたとばかりに続きを言う。

 

「改めて言わせて──いや、これが“初めて”…か」

 

 そこで一度区切り、そして口にした。

 

「──好きだ。他の誰よりも、お前のことが」

 

 まるで中学の時の“あの日”の様に、恐らくこれまで何千何万と使い古されたであろう言葉にどれだけの意味を込めたかは、求めない。“好きだ”と言う、一つの意味しかないのだから。

 

 でも返事は、言い終わるが早いか言い始めるのが早いか。つまり即答だった。

 

「うんっ!!」

 

 満面の笑み。──俺の見たかった笑顔が、そこにはあった。

 

 そして、ゆっくりと俺に近付く折本は、目の前まで来て立ち止まると、俺の片方の手を取り自分の胸へと運んで行く。

 

「お、おい!?」

 

 俺が途惑うのも気にせず、遂に俺の手は折本の胸へと着地する。

 

 すると今度は、その状態のまま抱き締められた。その際、少し頭を下に押された事で、さっき置いた手がある位置に顔が持っていかれたので、直ぐに手を外す。

 

 ──トクン、トクン、トクン…

 

「心臓の音、聞こえる?」

 

 折本が俺に確認を取る。

 

「…さっきまでね、不安で胸が張り裂けそうだった。──津久井さんと付き合っちゃうんじゃないかって、私は選ばれないんじゃないかって…。でもね──」

 

「──今は、嬉しさで胸がいっぱいなの。…まだドキドキしてる。…でも、嫌いじゃない。──比企谷が好きだって、実感出来るから」

 

 折本はそう言った。

 

 ──その時、俺の髪に、雫が落ちて来た。

 

「…あはは、嬉し涙まで出て来ちゃった…」

 

 俺は、折本のその言葉を聞くと、一度折本から身体を離し、そして間髪入れずに抱き締めて──

 

 

「折本──」

 

 

 そして、その続きを言った。

 

 

「──好きだ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後外に出て、折本が津久井に連絡を入れて津久井と合流し、帰路に着く。その途中で津久井が、

 

「比企谷君…折本さんも泣かせたんですね…」

 

 と言って、そして冗談混じりに、

 

「…二人も女の子を泣かせたバツとして今度私達に何か奢って下さい」

 

 と言ったのに折本が同調し、この日の晩ご飯は俺が持った。津久井は本当にするとは思って居なかったらしく、返すと言って来たが断って、二人をそれぞれ津久井→折本の順番で家に送る。それも俺が言い出した事で、学校に近いここからではさして方向は変わらないから、と言う理由だった。

 

「──じゃあまた月曜日、学校で会いましょう」

 

 津久井はそう言うと家に入って行く。

 

 それを見送り、今度は折本の家を目指す。

 

「今日、家に親居ないんだけど、来る?…ってか、泊まる?」

 

「いや、まだ付き合った“当日”だぜ、俺ら」

 

 そんな事を話しながら、折本も無事家に送り届けた。

 

 街灯のほとんど無い道から上を見上げると、星が輝いていた。──俺達の先は明るい。と思いつつも、何故か《明日は寒くなりそう》なんてどうでもいい事を考えていた。

 

 

 ~fin~




今回をもって、本編終了です。

後は、しばらく後にはなるかと思いますが需要があれば津久井さんver.と、更には本編の後日談を書こうかなと思っています。

本当に今まで、ありがとうございました。



以下、同日23:00更新。

皆さんがお気付きになったかは分かりませんが、タイトル回収をしていました。
それと、平均文字数が、特に考えた訳でもないのに、目標の3500ピッタリに収まっていたのには驚きました。

次話を更新したら見れなくなるので、確認する人は今のうちにどうぞ。


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アフターストーリー①(AS①)折本かおり編[奉仕部の章]
01(28)


後書きにお知らせが。
まだ終わってないので、随時更新します。

-追記-
21:41、完成しました。


 * * *

 

 

 

 冬の寒さは完全に抜け、草木の芽生えを感じる春を過ぎ、長い梅雨を乗り切ると、そこに待って居るのは灼熱の季節。

 

「あぁ~、…動きたくねぇ……」

 

 この日もそれは例外ではなく、今日の気温は二十九度。

 

 まだ夏が始まったばかりだから、このくらいの気温でも体感的にはもう少し上に感じる。

 

「はいそこ、そんな事言ってる暇あったら動いて。…小町だって暑いんだから…」

 

「…あいよ……」

 

 比企谷家・庭。

 

 そこで現在行われているのは、BBQの用意。

 

 なぜ急にBBQかと言うと、事の発端は数週間前に遡る。

 

 

 ────

 ──

 

「比企谷ー、おーい」

 

「おう」

 

 駅付近のカフェで俺を見つけた折本は、手を振ってこっちに小走りでかけて来る。

 

 梅雨も終わったんだか終わってないんだか微妙なこの時期に、何故俺が折本とカフェに集合しているのかというと、…まぁ、端的に言ってデートだ。

 

 俺もあの日から遂にリア充の仲間入りを果たした為、これからもこういう事がしばしばあるかも知れない。

 

 もともと高一の時もこんな事があったが、やはり間に空いていた穴や、その穴の中にあった沢山の出来事のせいだろうか、高一の時とは一段違った感覚だ。

 

「あ、そう言えばさ」

 

「ん?」

 

 いつだかの様に俺の隣に座った折本は、俺とは反対側の肘をテーブルにつき、俺の方を見ながら急に話を始める。

 

「最近私の家に来てばっかで全然比企谷ん家行ってないから、たまには比企谷ん家行きたいんだけど、どう?」

 

「俺ん家?…来てもいいが何もねぇぞ?」

 

「いいの。私が行きたいんだし、何もなくたって比企谷の部屋なんだから」

 

「お、おう。…そうか」

 

 今の会話を聞いてリア充死ねよと思ったそこの材木座。俺も非リア時代は同じこと思ってたかもな。…だか、俺は今やリア充だ。悪いな、材木座。…いや、悪くはないか。

 

 ──という事で俺ん家に行くことになったのだが…。

 

「あれ?かおり!…と比企谷君?」

 

「千佳!?…何でこんなとこに?」

 

 そこには、久しぶりに見る仲町さんの姿が。どうやら、俺たちより先にこのカフェに居た様で、その手に持っている勘定の紙からして会計に行くところなんだろう。

 

「私は普通にカフェに寄っただけ。二人は…デート中?」

 

「…そっ、それは…その…」

「べ、べちゅに…グッ…」

 

 折本、俺ともにパニック状態。

 

 自分たちではデートだのなんだのって言うのは大丈夫なのに他人から言われると急に恥ずかしくなって…。おい、そこの材木座、スマホのカメラこっちに向けるな。叩き割るぞ。

 

「あははっ、照れてる照れてる」

 

「っ……ぅぅ~っ」

 

 デートという単語が出てきた瞬間に顔を真っ赤にした折本は、仲町さんにその赤くなった顔を見られない様に下を向きながら答えたものの、照れてるというどうしようもないところを突かれ、さらに恥ずかしそうにその顔を耳まで赤くする。

 

 …しかし、仲町さんがこういう風にからかったりする人だとは思わなかった。

 

 決して悪い意味ではないのだが、何だろうか…もっとちゃんとした人だと思っていたから、少し驚いた。…まぁ、これも俺が仲町さんに理想を押し付けていたという事なんだろうか。…いや、違うか。相手をよく理解してない内に作るイメージ──第一印象のせいだな。うん。

 

「…照れてるかおりも久しぶりに見たなぁ…」

 

「ち、千佳ぁ…」

 

 もうやめてと言わんばかりに赤い顔で仲町さんを止めにかかる折本。

 

「ごめんごめん。…っと、私そろそろ行かなきゃ。二人の邪魔するのもなんだしね。…比企谷君と楽しい時間過ごせると良いね」

 

 仲町さんは最後にそう言って、カウンターへと向かって行った。

 

「…大丈夫か?」

 

「……うん」

 

 仲町さんが行き、そして店を出た後で折本に訊く。未だにその顔は赤く、小さく唸っていた。

 

「…しかし、意外だわ」

 

「…何が?」

 

「いや、仲町さんがあんな人だった事が?」

 

「あんなって…からかった事?」

 

「ああ。…なんかそういう事しないイメージだったから」

 

「まぁ、あんまりないよ。極々たまにだけ。しかも──」

 

 

 …と、そんなやり取りをしている内に時間は過ぎて行き、気付けば真昼。

 

 

「…そう言えば、結局比企谷ん家って行っていいの?」

 

 なんか解決してた気もするが、取り敢えず折本のその質問によって話は最初に戻る。

 

「ん?あぁ、来てもいいぞ?」

 

「うん、じゃあ今から行こ?」

 

 ──という事で、俺は折本と自分の家に帰る事になった。

 

 …まぁ、展開から分かる通り、この後家で事件が起きるのだが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「たでーま…。入ってくれ」

 

「うん。…お邪魔しまーす」

 

 昼になって上がった気温と、まだ昼飯を食べてないせいで何かしらの食べ物をせがんでいる俺の腹の虫に板挟みされながらも帰宅を果たす。

 

 昼飯に関しては帰る途中で買うかどうかの話になったのだが、家で作ろうという結果になり、現在に至った。

 

「およ?お兄ちゃん…とかおりさん!いらっしゃい」

 

「あ、小町ちゃん。お邪魔するよー?」

 

 玄関の空いた音が気になったんだろう我が妹が、階段から降りて来て、俺と折本を出迎える。

 

「小町、昼飯あるか?」

 

「お昼ご飯?…まぁ、あるにはあるよ?」

 

 ちょっと暗い小町の反応に、流石に気になって追求に出る。

 

「…何かあったのか?」

 

「…実は、塩加減間違っちゃってさ。…仕方ないから全部の材料を塩加減に合わせて足したら大変な量に……。あ、味は大丈夫。小町も食べたし」

 

 結果的に話をまとめれば、途轍もない量の料理が出来上がってしまい、昼飯だけでは終わらない量らしいから、夜飯も同じメニューになると言う事だった。…ミスってもリカバリーをとって普通に戻せるのが由比ヶ浜とは違うところだ。そもそもマズイのは置いといて。

 

「んじゃまぁ、俺らはそれ食うわ。折本もそれでいいか?」

 

「うん。私はいいよ?」

 

 という事で、不幸中の幸いと言うか何と言うか。俺は妹の昼飯にありつけることとなった。

 

 

 ──そんな事があり、飯を食べ終え、そして俺の部屋へ。

 

「…久しぶりだなぁ、比企谷の部屋」

 

「ざっと二週間半くらいか?」

 

「そうだね。…って……」

 

 急に折本が俺の机の前で足を止め、固まる。

 

「…どうした?」

 

「……もしかして、つい最近雪ノ下さんと由比ヶ浜さん呼んだ?」

 

「雪ノ下と由比ヶ浜?…いや、呼んでな──いや、小町が確か呼んでたな」

 

「小町ちゃんが?」

 

「あぁ。…俺はその日、本屋に行ってて、そのついででちょっと遠出して来たんだが…、そん時だったはずだ」

 

「……てことは小町ちゃんか…。うーん」

 

 俺の話を聞いて納得した素振りを見せるものの、そもそも何でこんな話になってるのか理解していない俺は首を傾げつつも、取り敢えずベッドに腰を下ろす。

 

「…そう言えば小町にもまだ言ってなかったな」

 

「?…何を?」

 

「いや、俺と折本が付き合ってること。…まだ言ってなかったなーと思って」

 

「それでよくバレないね?」

 

「まぁ、俺ん家に来てるのは頻度的にはダントツでお前だけどたまに由比ヶ浜とか雪ノ下とか津久井も来てるしな。その辺で迷ってんじゃねぇの?」

 

「……………」

「……比企谷、…正座」

 

 ──この時の折本の目には、光が全くと言っていいほど無かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「比企谷。…比企谷は、私が好きなんだよね?」

 

「お、おう。…当たり前だろ」

 

「で、それなのに他の女の子(ひと)を部屋に入れるんだ。…って言うのは、私は別に怒ってないからいいんだ?流石に彼女って言ったってそこまで彼氏を束縛出来る権利があるわけじゃないしね?」

 

 その口振りからして、どうやら折本が怒ってないのは本当のようだった。

 

 だが、だとしたら何に──。

 

「…まぁ確かに比企谷はかっこいいし、それが分かる人には分かるんだけどさ」

 

「…何か、不安になっちゃうよ。…いつか比企谷が他の娘に盗られちゃうんじゃないかって」

 

「そ、そんな訳ねぇだろ!…俺は折本だけが好きだし、他の奴は…友達…みてぇなもんなんだから」

 

 俺の中では彼女って言うより友達って言う方が恥ずかしいのでそこが少し口ごもってしまったが、折本にはそれが別の意味で伝わったらしく、

 

「…はっきりとは、言わないんだ……」

 

「ち、違っ…」

 

「…やっぱり…独占欲強いのかな、私」

 

 そう言う折本の目尻には、水の粒があった。

 

「お、折本…」

 

「うっ…ぐすっ……」

 

 ついに泣き出してしまった折本にどうする事もできない俺。

 

「…折本──俺は、やっぱりお前が好きだ」

 

「……だから、…だから──」

 

 

「んっ!?」

 

 俺は、折本の事を好きだと言うのを、行動で示す事にした。

 

「んっ…ん………っ…」

 

「んんっ…ん……ぷはっ…比企谷…っ」

 

 少し長い、“キス”。

 

 ──それは、俺が本当に好きな人にしかしないもの。

 

 そして、それは折本も知っている。

 

 

「…これで、分かったか?」

 

「……うん。…ごめん…ね?」

 

 そう。ここまでは良かったんだ。ここ、まではな。

 

 だけど──

 

 

「…………お、…お兄…ちゃん?」

 

「………え?」

「………は?」

 

 ──小町に、見られていた。

 




次回からこのSSの投稿時間を三時間遅らせて、18:00だったところを21:00(夜九時)にずらします。

理由は、今回の投稿が遅れた事とも関わりがありますが、今まで通っていたところと、現在のところの家との距離の差が凄くて、通うのにだいたい片道で五十分の差で、往復二時間近い差があり、家に帰ってくるのが六時超えるのもざらなので、遅らせます。
尚、今回遅れたのも同じ理由です。すみません。

それともう一つ。
Twitter始めました。アカウントは下記にて。
津久井晴太
(@Tsukui_Haruta)


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02(29)

後書きにてお知らせ、第二弾。
因みに、悪いお知らせです。


「お、お兄…ちゃん」

 

 横から聞こえたその声に、口を離しただけの──向かい合って、抱き合ったままの状態で固まる折本と俺。

 

 そりゃそうだろう。

 

 考えても見て欲しい。──恋人とキスをしてるところを見られたのだ。しかも小町は俺が折本と付き合ってるとは知らない。

 

 …いやマジで、一体どんな羞恥──周知プレイだよ。

 

「……よ、よう…小町」

 

「……………はっ!?…こ、小町は一体今何を…」

 

 どうやら、あまりに状況が飛び過ぎていて、小町の方も小町の方で色々と大変そうだ。

 

 ここに小町がいるのは俺の為にも折本の為にも小町の心臓の為にも良くない。良い事なんか無かったんだ。

 

「こ、小町?悪いがちょっと忘れ物をしててな?…折本と一緒に取って()なくちゃなんだわ。だから急いで行って来るわ。…行くぞ?折本」

 

「そ、そうだね。…ごめんね、小町ちゃ」

 

 ガシッ

 

 折本が言い終わる前に、小町が折本の服を掴む。

 

「ねぇ、折本さん。…今の、なんですか?……あー、そっかぁ、小町の目がおかしかっただけか。そりゃそうですよね。ゴミぃちゃんがキスなんて出来る人居る訳無いですしねー。幾らあれだけ一緒に居た折本さんにだって流石に無理ですよね。だってゴミぃちゃんだし、折本さんもされたら嫌ですよね。てことはやっぱり小町の目がおかしかったんだ。ちょっと眼科行ってこよーかな。あ、でもお兄ちゃんと折本さん二人だけ残して行くのもなんかなーだし、どうしようかな?あ、だったらお兄ちゃんと──」

 

「………こ、小町?」

 

 急に小町の目から光彩が消え、黒一色になった後で突然早口に捲し立てる。

 

 マジでスクールデ○ズのあのシーン。

 

 いや、待て。小町は純情(ピュア)だったはずだ。一体いつからこんな風にヤンデレになって…

 

「──って言う冗談はさて置き、…流石に、そのー、配慮をして頂けると…」

 

「すいませんでした!」

「ごめんなさい…」

 

 急に消えた光彩がフッと小町の目に戻り、それと同時に顔が赤らむ。

 

 マジで恥ずかしくて死にそうだが、まぁこれで小町に伝えるのも楽にはなったかもしれない。

 

「……で?お兄ちゃんは折本さんを選んだの?」

 

「…まぁ、見ての通り、俺と折本は付き合ってる」

 

「そうなんだ…。…結衣さんと雪乃さんにもまだ言ってないんでしょ?ちゃんと伝えてケジメつけなよ?」

 

「ああ。…そうだな。そうするよ」

 

「その時は私にも声かけてよ。…恐らく私も居た方が確実だし」

 

「助かる。…折本には助けてもらってばっかだな」

 

「そんな事ないって。私だって比企谷に何度も助けてもらったし」

 

「……お兄ちゃん、折本さんの事名前で呼ばないの?…折本さんも?」

 

「ああ、いや、それは…な」

 

「……ね?」

 

 突然の小町からの質問に、俺も折本も曖昧に答える。

 

「…何かあったの?」

 

「……まぁ…ね」

 

「…ふーむ、これは近いうちに祝いを開かなければいけない…。あ、お兄ちゃんはどっか行ってていいよ。小町ちょっと折本さんに色々訊かないといけないから」

 

「さらっと俺の居場所奪うのやめてくんない?ねぇ。…泣くよ?お兄ちゃん泣くよ?」

 

「ウザい、煩い、ボケナス、八幡」

 

「俺の名前は悪口の一種なのかよ…。ってか──」

 

 ──

 ────

 

 

 …という事があったのだ。

 

 だから今現在、俺の家の庭では、BBQの用意が着々と進んでいた。

 

 あのダンプカーの事故の件から、うちと折本家、津久井家は家族ぐるみでの付き合いが何回かあり、互いの親も、それこそ最初は謝りに謝りで「いえいえ」を何回も──というか永遠に言ってんじゃねぇのと思うくらいに三家族の親がそれぞれ言っていたのだが、うちの親の適当さの前には勝てなかった折本家の両親と津久井家の両親が折れる形で決着がついた。

 

 故に、何度か折本家、津久井家の両親から誘われて家に行ったり、その逆があったりと、俺たち三人の交流も深まっている。

 

 なかでも折本に関してはあの告白の日から俺自身が家に呼んだり呼ばれたりと、恋人らしい事もしてなくはない。まぁ、もちろん普通に二人で出かけたりもするし、寧ろそっちのが多いが。

 

 まぁそんな訳で、今現在うちの庭では『俺に彼女が出来たあり得ない奇跡』を祝おうという事でBBQの用意が進んでいた。

 

 因みに、出席者は俺と折本と小町は勿論の事、うちの両親、折本家の両親に、更に津久井まで来ていた。──津久井はあの日、本当に割り切りを付けたらしく、何も無かったかのように、というのは流石に無理があったが、それでも前と変わらずに接してくれて、あの日の言葉の通り“友達”として接してくれていた。…津久井がどんな気持ちで俺に接しているのかは分からないが。

 

 なので、うちの庭には現在八人が集まっていた。

 

「あ、比企谷さん、それは私が」

「いえ、大丈夫ですよ。…そっちの皿をとっていただけますか?」

「はい。これですか?」

「有難うございます」

 

「比企谷ー、ジュースどこー?」

「折本の今立ってるところの右の冷蔵庫の中な。その中にマッ缶も入ってるから一本とってくれるか?」

「比企谷君、この野菜はここに置いておけばいいかな?」

「おう。サンキューな」

 

 こんな調子で進んで行くBBQの用意。

 

 空高く登っている陽は遮蔽物が無い事で俺たちに容赦なく熱を叩きつけてくる。

 

 気温は少し前から三十を超え、何人かは首にタオルを巻いて時々垂れる汗を拭いていた。

 

 

「用意も出来たし、そろそろ始めようか」

 

 こうして、いよいよBBQが始まった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 大人はビールで盛り上がり、俺たちは俺たちで駄弁りながら肉を食べる。

 

 小町と俺とで肉を継ぎつつ食べていると、津久井が半ば無理矢理手伝って来て、それを見た折本も競う様にとって、一時的に肉の数が大変になったり、ビールで盛り上がって調子乗ったうちの親が少しはしゃいで大変な事になったりといろいろあったが、それでも楽しい時間になった。

 

「あー、比企谷君比企谷君、今日はかおりを泊めるから面倒見てやってくれないか?」

 

「えっ!?」

「ちょっ!?お父さん!!?」

「比企谷君!?」

 

「ははは、大丈夫だよ。かおりは君のことが好きだし、何かあっても問題無いさ」

 

「いや…あの、折本さん?」

 

「お、お父さんちょっと黙ってて!…比企谷、気にしなくて良いから!お父さん酔ってるだけだから!」

 

「お、おう」

 

「折本さん泊まるんですか?私も泊り──」

 

「泊まらないから!あと津久井さんもダメ!」

 

「お兄ちゃん、二股は良く無いよ…」

 

「してねぇ!…津久井もからかうのはやめてくれ…」

 

「ふふっ…。ごめんね?」

 

 ──こうして賑やかな時間は過ぎ去って行った。




まずは、長い間空いたことを謝っておこうとおもいますが、これからのお知らせの内容を見て反省してないと思うかもしれないので、取り敢えず前置きを。

すみませんでしたぁっ!_| ̄|○


さて、お知らせに入りますが、

謝った直後ではありますが、私、時間の無駄使いはこの作品の投稿に関して、長期の休みにはいることに決めました。端的に言ってエタります。

理由は、書いてて楽しく無いのと、アイデアが無いからです。

今まで有難うございました。復帰したらよろしくお願いします。

尚、オリジナルSSにチャレンジしようと思っているので、もし無駄使い戦線で検索して引っかかったら見てみてください。


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03(30)

皆さんお久しぶりです。実に一話投稿から一年が経ちまして、再びこの時期になっての投稿開始です。

今回の投稿開始は、本編のASを書く予定で、取り敢えず一端のところIFについては置いておきます。

休みの間の一年間、思いの外に閲覧数が伸びていて本当に感謝の一言でした。


 その後陽は傾き、三十度を超えていた気温も今は下がったのだろう。やや涼しくなり、過ごしやすいくらいにまで戻っていた。

 かなり量のあった肉も、BBQに使ったセットも今はどちらも庭に無く、微かにその余韻を感じるのみになっていた。

 

「はぁ……」

 

 一階にある大開口から30センチばかり伸びている縁側に腰をおろして溜め息を吐く。やはり虚無感というのは拭えないもので、こうして何もせずにいると余計に感じやすい。

 あの後折本家、津久井ともに帰って行き、比企谷家にはいつもの静けさが戻っている。

 おふくろは相変わらずの社畜なのか四時過ぎから出勤し、オヤジは久し振りに機嫌が良いのか部屋の中で小町とカマクラと遊んでいる。

 ──折本と付き合う事になってからしばらく経った今、この一連の騒動を振り返ると、やはり津久井の存在は大きいと思った。

 

 ──津久井が居なかったら、もしかしたら俺と折本はあのまま何もせずに関係を取り戻せなくなっていたかも知れない。

 ──津久井が居なかったら、今の俺の様な幸せな気持ちは、味わえなかったかも知れない。

 

 そう考えると、いつか俺が例えた『試練』というのは強ち間違いではなかったのだと思う。

 折本のどこに惹かれ、そして折本が俺のどこに惹かれたのかを『認知』し、そして初めて『認識』するにまでなった、そのきっかけだ。

 だがまぁ、それは結果の話であって、恐らく津久井としてはこんな結果は望んでいなかった筈だ──というより、津久井も津久井で折本と同じくらい俺のことが好きであるならば、折本と同じ様に扱われたかった筈なのだ。

 

「………………」

 

 津久井は、あの後しばらくしてから俺にある事を打ち明けてくれた。

 自分は好きな人と『付き合いたい訳じゃない』と。

 

 世の中に沢山ある『概念』というのは、とある事象に対して、『名前』をつける事で『意味』を付属させる。

 これに当てはめるならば、なるほど確かに、津久井の言う通りなのかも知れない。

 

 ──付き合う、つまり、恋人になるというのは、『名前』なのだ。

 本当に必要なのはその『事象』の方であって、それ自体に意味を──社会的『認知』を得るために『名前』が必要なだけなのだ。

 

 ──だから津久井は、俺と付き合う事は求めない事にしたらしい。

 『事象』がどうあれ、『認知』は必要ないから。

 

 津久井が俺の事を好きでいてくれる事実は変わらないし、それは折本ですら認めるところだ。これについては三人の中においてはもう話す言葉すら見当たらない。

 だが、世間一般で言えば折本と津久井は恋敵であって、その結果として折本は『彼女』になる──『認知』を得ることに成功した。逆に言えば、津久井は『認知』を得ることに失敗したのだ。

 それを分けたのは俺だが、だからこそ彼女は『認知』は要らないといった。

 

 ──引くべきところで引き、弁えるべきところは弁える。

 時々発する折本とは対称的なまでの臆病さは、こういうところにおいて良い意味で起こるようだ。

 

「彼女……か…」

 

 俺が今更津久井に靡く訳では無いが、津久井には津久井の魅力があるのだろう。──あの時俺の事を理解出来た様に、真実を見抜く力を、彼女は持っている気がする。

 折本は折本で、背負い込みがちなところはあるが、なんだろうか…途轍もない程に堅くて、脆い精神を持っている。笑顔という──明るさという堅い殻の中に、かよわさを持つ、一人の女の子。

 その明るさについ甘えがちになってしまうが、それはあまり良いことではないだろう。…無理してまで笑顔をつくれるのが、彼女なのだから。

 

(……果たして、これで良かったんだろうか…。いや、違うな。良かったのは良かったんだ。あの時あの場所で例え俺が津久井を選んだとしても、きっとこうはならなかっただろうし…)

 

「お兄ちゃん、何してるの?」

 

「ん?おう、少し日向ぼっこをだな」

 

「もう夕方だよ?…もしかして感傷にでも浸ってた?」

 

「……まぁ、そんなとこだ」

 

 そう、あの時俺が津久井を選んだとしても、こうなる事は無かったと今なら言い切れる。

 津久井があの時諦めていた訳では無いが、恐らく津久井はそれを知っていただろう。

 ──俺が折本を選ぶという事を。

 

 それを知っていた──と言うよりあの時点では津久井からしたらただの予想でしか無いが、彼女はあの時『そういう決断』をしていたように見えた。

 あの時の『覚悟を決めてきた』とはそういう事だろう。

 …予想に予想を重ねた不確かなものではあるが、だから俺はあの時津久井を選んでいたとしても、こうはなっていないと判断したのだ。──とはいえそもそも『選ぶ』という言葉自体、おかしいのだが。

 より正確に言うのなら、『選ぶ』ではなく『選ばない』。

 

 きっと『恋』とはそういうものなのだろう。

 理性では語れない、何か別の力がはたらいているようにも思えるもの。

 『心』がそうであるように何かはっきりとしないものなのだ。

 だが『認知』を得るためには──概念化する為には何かしらの言葉が必要になる。名前であり、動作であり、相手に伝える以上は言葉もしくはそれに代えうる何かしらを使い伝達する他ない。

 『概念化』した名前を持つ事象は、一見はっきりと見えるがその実は名前がついただけのヤドカリだ。『名前』というヤドに見を包んで伝え辛いという弱点を克服しただけで本体は何も変化していない。

 

 ──だから恋もきっとそうなのだ。

 その人と会って、長い年月を掛けて互いを理解していく。──その中にポッと現れるのが、恋なのだ。

 だから大事なのは『理由』もそうだが、それではなく『道のり』。

 互いを想い合う『経験』こそ重要なものだろう。

 

 折本や津久井とも、いくつもの経験を越えて、そして今がある。

 

 ──それがあったからこそ、津久井は知ってしまったのだ。

 

 いつか俺は由比ヶ浜に対して「優しい女の子は嫌いだ」と言った。

 優しい嘘があるなら、優しくない真実もある。

 だから優しい女の子は、どこか不自然なのだ。無理をするのだ。…優しいが故の、甘さ(うそ)をつくのだ。

 

 津久井だって例外ではない。──彼女はその内向きな性格も相まって、自分に対して嘘をついただけで、無理をしている事には変わりないのだから。

 …それを知っていながら、結局俺は津久井に手を差し伸べられなかった。

 その最後の救済を、出来なかった。

 

 だが、俺にも出来ないことは分かっていた。

 それは津久井自身の問題だ。俺は手を差し伸べられない。──差し伸べてしまったら、全てが崩れてしまう。

 

 結局のところ、そうして全てを悟った津久井は、俺に気持ちの表明と、俺の気持ちの確認だけをして、身を引いた。それが彼女がいつか言った、『好きな人に幸せになって欲しい』事に繋がるのだと、そう教えてくれた。

 

「…悩み事?」

 

「いや、考え事だ。気にするな。それに──」

 

 そう。それに俺は今、幸せだ。…悩み事なんか、さらさらない。

 

 「あ、そう言えば昨日雪乃さんから小町にメール着てさ、『明日部活に来てくれないかしら』だってさ」

「………………………」

 

 そうだったな。俺にはまだ、大きな爆弾が一つ残っていた。──奉仕部という、決着をつけなければいけない相手が……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 半年前とは一転して肘が見える生徒が八割を占めるようになった総武高の生徒の中でも、残り二割は未だ長袖な訳で、それは雪ノ下雪乃にしてもそうらしい。

 

「……………」

「……………」

 

 学校に着き、駐輪場に自転車を止めて昇降口まで戻って来た時、俺は偶然にも雪ノ下と遭遇した。

 

「…お、………おは…よう」

 

「あ、あぁ……」

 

 掛ける言葉が無いと言った感じの雪ノ下はそれでも言葉を捻り出し、紡ぎ上げる。

 その顔は何か言いたげにしているもののそれを口にする事は無い…というのが分かるほど悪い顔色をしていた。

 

「その…大丈…うっ…」

 

「お、おい…」

「来ないで!……私は『大丈夫』だから…それ以上、来ないで」

 

「………………」

 

 明らかに、おかしかった。

 突然えずいてしゃがんだ雪ノ下は、近寄った俺を拒絶して、明らかにおかしいその呼吸を何とか落ち着けようとしていた。

 

「…はぁ…はぁ……はぁ…」

 

 必死に息を整えようとしている雪ノ下に、周囲から好奇の視線が集まる。──そして、そこへ…

 

「…やっぱりダメなんじゃない。…雪乃ちゃん」

 

「…っ!?」

 

 気付けば後ろには陽乃さんが居た。俺と視線が合うと、軽く片手を振って直ぐに雪ノ下に視線を戻す。

 

「もうダメだよ、雪乃ちゃん。…これ以上は」

 

「…大丈夫よ」

 

「現に大丈夫じゃないでしょ?…ほら、今日は帰るわよ」

 

「で、でも…」

 

「お母さんも居るの。従いなさい」

 

「あ、あの…雪ノ下さん?」

 

「ん?…あぁ、ゴメンね。……雪乃ちゃん、ちょっと無理し過ぎで過敏になっちゃってるんだよ。詳しいことはガハマちゃんにでも聞いてね?」

 

「え、あ…はい……」

 

 ──何があったのか、いまいち理解できないが、その答えはどうやら由比ヶ浜が持っているらしい。

 

 何か嫌な予感がするが、その正体が何なのか、この時の俺はまだ、事が予想外に大きくなっていることなど、知る由もなかった…。




 これからの予定ではありますが、取り敢えず毎週水曜日を主投稿日、サブとして日曜日を取ることにしました。一応年末まで行けば今年最後の日がサブ日に当たる計算ですが、果たしてASだけでそこまで辿り着けるのか…。
 取り敢えずこれからも皆さんの応援とご閲覧、お待ちしております。


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04(31)

 何が起こっているのか分からぬまま、取り敢えず教室へ向かう。

 学校へ登校し始めてからしばらく経つが、確かに俺はその間奉仕部には通っていなかった。

 同じクラスの由比ヶ浜とは普通に話しかけられたら応える…と言った感じで、特に問題は無かったと言えるだろう。──が、

 

(…雪ノ下……あれは何だったんだ…?)

 

 …今思えば、雪ノ下とは会っていなかった気がする。

 そんな事が、通常の学校生活において、あるだろうか。

 二ヶ月近くもの間、全く会わないなんて事、偶然にしては出来すぎている。一体いつからこうなって居たのか。それすら分からない。

 

 ガラララッ…。

 

「あ、比企谷君。おはようございます」

「おーっす、ヒッキー!」

 

「ん…?…………あ、あぁ……」

 

 教室へ入るなり声を掛けてくるいつも通りの二人。

 …由比ヶ浜は、今までどんな気持ちで俺に接して居たのだろうか。

 『あの件』の後から奉仕部へは一切通っていない。

 由比ヶ浜から、雪ノ下に時間をくれ…と言われていたのもあるが、それ以前にこちらもこちらで行けるような状況では無かった。折本と津久井の、自分自身への割り切りと、互いへの割り切りに時間を要したからだ。

 その後俺の方は割とすぐ片付き、折本と津久井は現状のように仲良くなれた。『分かり合える仲間』になれたのだ。

 

「…ヒッキー、どした?」

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない──。……あー、いや」

 

「?…何かあるの?」

 

「由比ヶ浜、今日の放課後に時間くれるか…。ちょっと話がしたい。…場所はスタバにしてくれ」

 

「えっ!?…ひ、ヒッキー…と?」

 

「他に誰が居るんだよ……」

 

「わ、分かった…。何か分からないけど重要そうだし…」

 

「………何か、……あったんですね?」

「まぁ…な。今は詳しく言えないが………」

 

 まだ何も、──何も知らない。

 津久井に隠す必要があったから、言わなかったんじゃない。純粋に全く知らないのだ。

 

 ──だからそれを知る為に、俺は放課後を待った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 放課後早々、由比ヶ浜と一緒に以前に折本と行ったスタバに向かう。

 夏の暑さ…とまではいかないが、日に日に確実に、気温は上がってきていた。

 この総武高において衣替えというのは、二週間程度の期間を設けられていて、その中においては夏服冬服が混在する。

 だからこの通り由比ヶ浜は夏服だし、俺は冬服だった。

 これが七月初旬までには全員が夏服になるのだが、逆に言えば六月中旬までは冬服でいなければならない訳で、これに対して不満を漏らす生徒は相当数居た。俺の立ち位置を利用して一色に提言してもいいかもしれない。

 

 学校を出て、方角的にコミュニティーセンターの方向へ向かい、途中から逸れる。

 最後の交差点を曲がると、目の前にあるスタバに自転車を止めて入店する。

 

「優美子たち以外と来たの久し振りだー…」

 

「お前らいつも一緒でよくそんなに話すことがあるよな。何?どこかの情報メディアにでもなるの?」

 

「いや、意味分かんないし…。それにあのくらい普通じゃん?」

 

「いや知らねぇよ…」

 

「あー…ごめん、ヒッキー。……って、折本さん?とは話してないの!?」

 

「…………………」

 

「……うわー…」

 

「おい何だその『あんだけしてもらってたのに…』みたいな顔は」

 

 店に着いて適当な注文をし、しばらく取り留めもない特に意味のない話をする。

 ここまで由比ヶ浜と本格的に話をしたのは、もしかしたら年明け以降初なのかもしれない。イベントが多すぎて記憶が定かでは無いのだが…。

 

「──大体俺はいつも一人…だ。最近は小町とか、一色とか、折本、それに津久井とか、あとは戸塚とか戸塚とかから声かけられるから一人で居る時間は減ったかも知れんがな」

 

「ヒッキーがヒッキーの癖に順調にぼっちから脱出に向かってる……」

 

「うるせぇ」

 

「あはは…。……あ、そう言えば今日、何でわざわざスタバにしてまで私呼んだの?」

 

 呆れ笑いの由比ヶ浜は、恐らくいつもの話をつなげるスキルが発動しただけなのだろうが、本題に触れてきた。

 その質問に対しての俺の表情の変化を感じ取ったのか、不思議そうな顔をした後に、少し表情を落とす。

 

「…………その……な………。……雪ノ下に…ついて何だが…」

 

「っ………!……あは…は、…珍しいね、ヒッキーが他人の事心配するなん……て。………ちょっと変……かも」

 

「………教えてくれるか?……頼む」

 

「………………………」

 

 俺のその言葉に、由比ヶ浜は更に表情を落とす。

 この反応を見る限りは、どうやら教えてくれる気は無いようだ。

 

「……今朝、久し振りに雪ノ下と会ってな、そしたら…その、なんだ。……おかしかったんだよ…。しかも、陽乃さんまで一緒に居た。…何かあったんだろ?」

 

 ──俺はこの時、気付くべきだったのだ。

 由比ヶ浜が、その華奢な身体を小さく震わせていた事に…。

 

「何かあった?………何かあったって言ったよね、ヒッキー」

 

「あ、あぁ……」

 

「……ごめん。今日はもう帰るね」

 

「は?…ちょ、おい由比ヶ浜!」

「…来ないで」

 

「っ………!」

 

 暗く、重い瞳を最後に残して、彼女は俺に釘を刺した。

 

 後になって考えてみれば、彼女が怒ったのも当たり前の事だったのだ。

 『何かあった』などと無神経な質問を、平然と…ではなかったにしろ、口にしたのだから。──そう、『何か』ないわけが無いのだ。雪ノ下が、ああなる事など、今でも記憶を、目を疑うのだから。

 それが分かっていたのに質問したのは、──まぁどうせ後から取ってつけたような言い訳にしか成りはしないが──『確証』が欲しかったのだろう。

 危機感が、欲しかったのだ。

 俺が何かしてしまったのでは、という『憶測』を『確証』に変えて、問題に取り組みたかっただけだ。

 何故か?そんなの簡単だ。

 

 

 ──俺を、俺が犠牲にできるように、だ。

 

 

 今までの色んな事件に関して言えば、俺がその中心であると仮定し、それに合わせるように動く事が殆どだった。…鶴見留美の時のような例外を除けば。

 この時はそこまで考えていたわけじゃないが、どっちにせよ俺は聞いたところでこの道を辿っていただろう。

 

 つまるところ、俺が問題の中心であれば、『いつも通り』に物事を解決できると、無意識に高をくくっていたのだ。

 こうなってしまってはもう、俺が独自に動くには少々力が足らないので、また別の方法を取るしか無いのだが…。

 

 

 取り敢えず、この時の俺は何が起きたのか、何をしでかしたのかに気付かないまま、結局帰路に着いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「たでーま…」

 

 家の扉を開け、一応、と言わんばかりの声を出す。家の中は静寂と暗闇に包まれ、この季節によって暖められた生暖かい空気が、雰囲気を高めていた。

 玄関から上がり、ポーチと玄関入口の灯りを点け、廊下もついでに点ける。

 蛍光灯に電流が流れる時になる小さな音が幽かに聴こえ、物凄い空虚に襲われながら二階へと上がる。

 ドアを開けたところで、荷物を机の脇へ放り、そのままベッドに倒れ込み、長い長い溜め息をつく。

 

「………………………」

 

 時折吹く風に窓がカタカタと音を鳴らし、長くなってきた陽は住宅に遮られながらも掠めるように入ってきていた。どうやら、一階の大開口にはカーテンがかかっていたようだ。でなければこの時期に窓からの陽が無いなど有り得はしない。

 

 結局、由比ヶ浜は何に怒ったのか、雪ノ下はどうしてああなってしまったのか。全く分からなかった。俺が何かしたのは恐らく間違い無いだろう。雪ノ下との接触など、恐らく入院中の『あの時』以来の筈だ。

 

 あれから約半年。

 その間に雪ノ下との接触をした事は、もう無いと言ってもいい。

 接触が無いのに、俺が何かした。

 この矛盾──そう、俺はここから解けていなかった。

 この矛盾が、矛盾でなくなった時、初めて問題に取り組める…ような気がするのだが、残念ながら現実はそうではなかった。

 そもそも、雪ノ下のあの反応だけでは、何が問題なのかさえ推察できない。

 もともと雪ノ下は一人で抱え込みがちだし、その性格がある以上は、あんな反応くらいいくらでもするだろう。

 だが、陽乃さんの言っていた『過敏』になっている理由が、そして、何に反応して居たのか。それも分からなかった。

 

(小田原先生にでも、聞いてみるか)

 

 きっとあの人なら、頼るには丁度いいだろう。

 平塚先生では陽乃さんに近すぎる。が、あの人はそうではないし、雪ノ下の事も知っている。俺が見ていないところの彼女も知っている筈だ。…まぁ、そういう意味では一番由比ヶ浜が最適だし、津久井でも折本でも、どちらともに少なからず知ってはいるのだろうが。

 

 

 俺はそれだけ決めると、そのまま寝てしまった。



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05(32)

「…ぃちゃん…お兄ちゃん」

 

 幽かに聞こえた声で目を覚ますと、俺の顔を上から覗き込んでいる小町が見えた。

 寝る前には消えていた筈の電気も点いているし、どうやらまだ夜のようだ。

 

「……ん…小町か…」

 

「やっと起きた…ご飯だよ、お兄ちゃん」

 

「あいよ…くぅあっ〜〜っ!」

 

 伸びをして布団から出て、立とうとしたその瞬間、小町が肩に手を置く。訳が分からずベッドに座るかたちになり、そのまま小町を見る。

 

「…どした」と、その顔を見ながら聞くと、その顔は段々と笑顔では無くなっていった。

 

「…雪乃さんの事、結衣さんから聞いたよ。……だから、今のお兄ちゃんの立場は知ってる。…でもね、お兄ちゃん。これはお兄ちゃんが解決しないと、奉仕部が奉仕部じゃなくなっちゃうよ…。──だから、お兄ちゃん」

 

 ──小町も手伝うからさ、一緒に頑張ろ?

 

 そう言って小町は俺から後ろにトッ、トッ、と僅かに下がり、いつも通りの笑顔に戻る。

 

「そいじゃ、まずはご飯だー!」

 

「お、おう…。──そうだな…飯だ」

 

 寝起きではっきりしない思考回路に、何やら重要な事を聞いた気がしたのだが、結局のところ総てを思い出す事は出来なかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その後小町特製の夜ご飯を食べ、そのまま風呂に入る。

 ドッと襲ってくる疲れとともに、吐き出すような長い溜め息。だが、溜め息をつこうが何をしようが、頭の中にあるのは雪ノ下の事だった。

 

 オドオドとして、まるで何かに怯えるかのような今朝の雪ノ下の姿は、以前のそれとは完全に別物になっていた。

 それに、気になるのは何も雪ノ下だけではない。

 

 ──陽乃さんも然り。

 ──由比ヶ浜も然り。

 ──そして、葉山も然り。

 

 アイツは…葉山は、表にこそ出して居ないが、確実に雪ノ下の事自体は知っている筈だ。

 陽乃さんは今朝、雪ノ下の母親までもが絡んでいるような発言をしていた。葉山家ならば──いや、そこまで言わずとも、葉山ならば、知っていてもおかしくはない。由比ヶ浜のが余程外様な筈だし、陽乃さんから聞いていても何の不思議もない。

 由比ヶ浜も…そして葉山もそうだが、そうなると俺に対しての接触が今まで通りなのが謎なのだ。いやまぁ、由比ヶ浜に関しては、一部以前との相違点はあるのだが。

 俺が復帰した後、奉仕部に一度も行っていないにも関わらず、由比ヶ浜は誘って来ないし、何かある度に引き合いに出してきていた葉山もそこに関して沈黙を貫いていた。更に言えば、平塚先生からすら、お呼び出しがかからなかったのだ。

 

「お兄ちゃん?どしたの?」

 

「…なぁ、小町」

 

「何?」

 

「……俺は…どうするべき何だろうな」

 

「………お兄ちゃんはどうなりたいの?」

 

「…それは──出来れば、『元通りに』なりたい」

 

「じゃあ、何が足らないの?」

「……それが分かってたら、苦労はしてねぇよ…」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下と俺。

 この三人で、初めて奉仕部なのだ。

 つまり、元通りになるには、俺と二人の溝を元通りに直さなくてはいけない──これは分かっている。

 …でも、その方法が分からないのだ。

 

 雪ノ下はそれどころじゃなさそうだし、由比ヶ浜には拒絶された。

 更に言うなら、いつもなら俺に何かしら手助けしてくれていた様な気がする平塚先生からも、何もないという事は自分等で解決しろという事だろう。

 あとは、本当に外堀から埋めていくしか無い──が、俺ではその外堀を埋める事は出来ない。

 

 取り付く島がない、とよく言うが、本当にそんな感じだ。可能性があるならば、陽乃さん。だけど、あの人は正直何がしたいのか掴めないのがいつもの事だ。今日だって、まるでああなってしまうのが目に見えていたかの様な発言をしていたし、どこまで把握してるのか、まるで分からない。

 小町も知ってる風だが、この様子では平塚先生と同じく教えてくれなさそうだ。

 

「…はぁ。……じゃあ、小町からお兄ちゃんにヒントを上げます。──何も難しい事じゃ無いんだけどね。…まずは、お兄ちゃんが元気でいる事です!元気があれば何でも出来る…訳じゃないけど、リフレッシュしたりすると、何かいい案も出るもんだよ?それにほら、今のお兄ちゃんには、折本さんが居るでしょ?頼るのも大事だよ?」

 

「……それ、実質ノーヒントだからな……。…それと、この件と折本は関係ないだろ」

「はいそこ!…あのねお兄ちゃん、関係ないから切り捨てるっていうのは、ちょっと短絡的過ぎるよ?どっかでお兄ちゃんが知らない繋がりだってあるのかも知れないし」

 

「…確かに」

 

「ね?だから先ずは、相談出来る人にじゃんじゃん相談して、それからだよ」

 

 小町はそう言うと、自作の晩御飯に再び箸をつける。

 俺も倣って、箸をすすめていった。

 

「まぁ本当に詰まってどうしようもなくなってたら小町も手を貸してあげるからさ。お兄ちゃんは一回当たって砕けないとね」

 

「満面の笑みで恐ろしい事を言うな…」

 

 どうやら、小町曰く出来る事はまだまだあるようだ。

 ならば、せめてやってみよう。

 

 ──まだ、俺にやれる事があるのなら、嘗ての『友達』と呼べたかも知れない関係に戻れると言うのなら、努力してもいいだろうと、そう思うのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──雪ノ下陽乃サイド──

 

 ──同日・朝。

 

 コンコン…。

 

 いつも通り、朝五時半頃に目を覚ましていた私は、大学の講義の予習を軽く行い、ラジオ体操の様な健康体操を一セット終わらせると、読書に耽っていた。

 

「?…どうぞ」

 

 …ガチャ……。

 

「あら、おはよう雪乃ちゃん。今日は早いのね。元気…って訳じゃ無さそうだけど」

 

「…ふん。放っておいてもらって結構よ」

 

「そう。…まぁ、それだけ悪態つけるなら大丈夫かな?」

 

「…それより姉さん」

 

「何?」

 

「──学校に、行こうと思うのだけれど」

 

「……え?──いや、ごめんね、今お姉ちゃんの聞き間違いじゃ無ければ、学校に行くって聞こえたんだけど」

 

「聞き間違いじゃないわ。そう言ったのよ」

 

「…大丈夫……なの?」

 

 普通なら、有り得ない会話。

 だけど、悲しい事にこの雪ノ下雪乃という私の妹に当て嵌めて言えば、それは『成立してしまう』。

 それは、彼女が普通ではないから。普通で無くなってしまったから。

 故に彼女には…彼女に関して言えば『成立してしまう』。

 

 実は、冬休みのあの件以来、雪乃ちゃんは学校を休みがちになっていき、今に至っては完全に不登校になっている。

 こうなった原因には、比企谷君の『例の件』が関わっているのだけど、どちらかと言えば主的な要因は寧ろ彼女自身にある。

 後で聞いた話だから私も全てを知っている訳ではないけれど、どうやら比企谷君のお見舞いに行った時に一悶着あったらしいのだ。…それを悔やみ、性格の堅さが相まって、内部崩壊──というか、軽い精神崩壊の様な症状になっていた。

 当然あの母に隠しておける筈もなく、極力穏便に済ませられるように静ちゃんに掛け合って波立たせない様に事態自体は解消した。

 今ではそれこそ元通り…に近い状況になってはいるけれど、安心は出来ない状況には変わりが無い。だからこそ彼女は今私と一緒に実家に居るのだから。

 

「………大丈夫かどうかは…分からないわ。実際に『会って』みないと」

 

「………………………」

 

「…お願い、あの母を説得するのを手伝って頂戴」

 

「相変わらずの高圧的な態度は変わらないね、雪乃ちゃんは」

 

「っ………!…うっ…うぇっ…ゴホッ!ゴホッ!」

 

「あ…っ…。──ごめんね、雪乃ちゃん」

 

「…大丈夫よ。……そう、『私は大丈夫』なの」

 

 この通り、何かあの時に関係する様な事があるだけで、えずいてしまう。

 正直言って、まだ学校に行くには早いのは明らかに分かっていた。

 だけど、そろそろ何か変化があっても、いいのかも知れない。

 

 どうやら、彼の方は彼の方で、以前の重大な件が完全に片付き、落ち着くまでに少し時間が掛かっているらしいから。

 それならば、まだ平気だろう。こちらに意識が傾いていないのなら、幾ばくかの救いようはある。

 

 その間に、雪乃ちゃんを少しでも慣らせられれば、それだけでも随分違うだろう。

 

 ──だから私は、珍しく純粋に妹を応援して、母親の説得に協力した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「──だからお願い。私を学校に行かせて頂戴」

 

 雪乃ちゃんはそう言って真剣に母親を見る。当の本人は少し困った様な、何かしっくりとこない顔をしている。

 

「私は、貴女を心配しているのよ?…貴女があんなになってしまうのが、もう耐えられないの。だからこそ、貴女には別の環境を用意して──」

 

「…待ちなさい。…いいえ、ちょっと待って下さい」

 

 私が、口を挟もうとした瞬間だった。

 ウチの中では母親に絶対服従だった雪乃ちゃんが、殆ど初めてと言っていい反論に出ていた。当然、あの人は当惑している。

 

「…私は、問題から逃げるつもりはありません。…それに、これは私の問題です。だから、…お願いします」

 

「…………私からもお願いするわ」

 

「姉さん…」

 

「……陽乃まで…」

 

「貴女は雪乃ちゃんが『ああなる』のを見たくないだけなんでしょう?なら見なければいい。…娘を直視出来ないなら、しなくていい。雪乃ちゃんはしっかりと前を向いてるよ。…後ろを見てるのは貴女」

 

「……黙りなさい」

 

「黙らない。幾ら貴女とは言え、流石にこれじゃ雪乃ちゃんが可愛そうだからね」

「姉さん………」

 

 たまには、姉らしい事をするのも良いだろう。…まぁ、この後を想像するのはちょっと怖いけどね。

 

 

 ──こうして、物語は今朝(学校)へ続いていく。




今頭の中にプロットがあるのですが、断りを今のうちに入れておきますと、しばらく折本出てこないかもです。

折本SSだよね?というツッコミが来る前に言っておきます。

これからの話は、雪ノ下を中心に回る予定なので。




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06(33)

完成したらここにかきます。

-追記-

21:30完成しました。


 * * *

 

 

 

 ──雪ノ下陽乃サイド──

 

「…ほら、行くわよ雪乃ちゃん」

 

 彼に先に行かせ、校舎内に入ったのを確認してから声をかける。

 やっぱり…というのが今の感想だった。

 今まで何度か比企谷家にはお邪魔している雪乃ちゃんだけど、彼とは一度も会っては居ない…筈だ。比企谷君の妹──小町ちゃんには、全てではないにしろ概要は話してあるし、こちらから情報を送って遭わない様に仕向けている。

 三年生になってからは雪乃ちゃんも実家暮らしだし、使用人もついてるから、情報自体の統制は簡単に取れる。

 それに、あの母親は原因を知ってはいる為、基本的に比企谷家には足が向かない様に、きっとあの人本人から使用人たちに命が出ているだろう。それを踏まえれば、寧ろ私は何もしなくても良いくらいだけど、念には念を入れておくに越したことはない。事実、既に数回、比企谷家に足を運んでいるのだし。

 

「…お嬢様、こちらは……」

 

「…ん?あぁ、良いよほっといて。取り敢えず車までだけ開けてくれれば」

 

 周りに集まっている野次を気にしたって今ある状況は変わらない。

 

「………………………」

 

「……はぁ」

 

 しかし雪乃ちゃんも、相も変わらずというか何というか、受け流すのが下手なのは変わらないのね。

 

 ……昔からそうだった。

 何か一つに対して自分が正確()っていると信じて疑わない。──質が悪いのは、それで実際に正解だったことだ。

 だから今回も、曲げられなかった。

 

 ──言い合いになった時。

 ──自分を追い込んだ時。

 

 膝を曲げずに着地すればどうなるのかくらい、想像に難くないだろう。

 彼女がしているのは、相手の弱いところを突き、着地する相手の方を柔らかくしているのと同じだ。

 そんな危険な事を、彼女は今までやり続けて来たのだ。しかもそれが出来るが故に、それ以外の方法を探る事もせずに。

 

 雪乃ちゃんは弱い。

 それを知っているからこそ、私も私なりのやり方で、手助けはしてきたつもりだ。

 『敵』になり、その膝を挫く事。

 比企谷君にはたらきかけて、彼が私の代わりをするように仕向けたり。

 

 結果から言えば、失敗──と言うより、間に合わなかった、の方が正しいのか。

 着実に、比企谷君と知り合ってからは、その剛直な性格も、段々と柔らかくなってきていた。

 彼も扱いやすかったし、何より由比ヶ浜ちゃんというカンフル剤…クッションがあったからこそ、私も全力で折りにかかれた。…とは言え、完全に他人に預けるのも性分ではないから、少し手加減はしたけれど。

 

 そうやって少しずつ改善してきた…と思っていたら、予想外の出来事が起こってしまった。

 これに関しては特に比企谷君が悪いわけでもないし、寧ろ『ここから』は私の方に責任…と言うのも変だけど、そう言ったものがある。

 折本って言ったかな…あの娘の情報を掴むのがあと少し早ければ、少しは違っていただろうし、欲を言えば完全に予想外だったもう一人──津久井一奈の情報についても、知っておきたかった。

 

 あの頃の私は、珍しく比企谷君を操るのに固執していて、それで対応が少し遅れたのだ。

 だから、後手後手に回ることになってしまい、雪乃ちゃんに『覚悟させておく』事が出来なかった。

 せめてもの、と思って比企谷君に直接話を訊きに行ったけど、それも時既に遅し。殆ど無駄な徒労に終わった。

 結局のところ、私は雪乃ちゃんを救う事は出来なかった。

 私の、悪いクセだ。

 私は母みたいに面と向かって堂々と相手を切るような事はあまりしない。寧ろ、他人を使って間接的に動かす方が得意だ。

 それを行う為には、癖や扱い方を知っていなければならない。──今回は、それに時間をかけ過ぎたのだ。

 

「…ごめんね、雪乃ちゃん……」

 

 

 私はそう呟くと、車に乗った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 雪ノ下の件があってから、初めての休日。

 俺は久し振りに、あの病院へ来ていた。

 

 久し振りに見る見慣れた入り口を通り過ぎ、受付の付近の椅子に座る。

 取り敢えず適当に時間を潰さなければと思いつつ、持ってきた文庫本を開いて読み始める。──と、

 

「おや、もう来ていたかい。久し振りだね、プリンス君」

 

「…………」

 

「いやいや、君から呼び出しておいて何の反応も無しかい?」

 

「何の反応も無い…と言うより唖然としてるのが正しいんですが…」

 

「まぁまぁ、久し振りに会ったんだ。この位の振りには応えてくれよ」

 

「…高校生相手に何を要求してるんてすか…」

 

 T字の廊下から出てきたのは、俺の元・担当医、小田原先生。

 実にあれ以来の邂逅である。

 

「それで?何の様があるんだい?」

 

「あ、えっと、時間は大丈夫なんですか?」

 

「君はそんな事気にしなくていいよ。んで?」

 

「ちょっと…気になってる奴が居まして…」

 

 ──それを、相談しに来ました。

 

「…少しは、成長したのかな?」

 

「……何の話ですか?」

 

「まぁいい。…そうだな、空いている個室があったような気がしなくもないから、そこへ行こうか。…こんな場所で出来るような話でも無いんだろう?」

 

「……はい」

 

「なら、行こうか」

 

 それだけ言うと、先生はもと来た方へと帰っていく。

 どこへ行くかは知らないが、とにかく話さなければならないので、俺も後ろに従った。

 

 しばらく移動すると、先生がある部屋の扉を開いて、そのまま中に入ったので、俺もその部屋へ入る。

 

「…この部屋なら良いだろう。廊下の端に近いから、そんなに人も来ないしね」

 

「……はぁ」

 

「取り敢えず、そこの椅子にでも腰掛けなよ。それと、お茶だ。自販機ので悪いけどね」

 

「ありがとうございます…」

 

 小田原先生が、手に持っていた小さなバッグからお茶を二本取り出し、片方を放る。

 それをキャッチして、椅子に座ると、何の前置きも無しに本題に入った。

 

「…雪ノ下雪乃…えっと、あの黒髪でロングの奴、覚えてますか?」

 

「…雪ノ下?……雪ノ下って、議員の雪ノ下かい?」

「はい。…その、娘です。……実は、ここしばらく、そいつとは会ってなかったんですけど、今朝会ったら急にえずき始めて……」

 

 こうして、俺は雪ノ下の事、そして由比ヶ浜の事を話した。少なからず驚いた顔をしていたが、時々見せた頷くような仕草に、俺は少し期待を寄せた。

 雪ノ下も由比ヶ浜もよく覚えていると、先生は言っていたから、この人ならば解決策くらいは見出だせるだろう。

 由比ヶ浜が怒った理由も知らなければ、雪ノ下が俺を避けているのもわからなかった。一つ分かっているのは、今回の雪ノ下のそれは、徹底しているという事のみだ。何しろ、今までとは明らかに遭遇頻度が違うのだから。

 あの日以降、由比ヶ浜もどこか余所余所しくなっているし、それに影響されたのか、津久井も少し落ち込んでいる。

 だから、俺の為にも、奉仕部が奉仕部でいられるためにも、そして、折本の為にも、この問題は解決しないといけないのだ。

 

 

 だが──、

 

「………君は、とことん面倒臭い状況を作り上げるね」

 

「えっ…?」

 

「…正直、もうこうなってしまっては君一人では無理だよ。…恐らく、もう一人、別な方向からアプローチしないと、まず『解決』は無理だ。…そして、君流に言ってしまえば、確か『解決』は駄目でも『解消』は出来た…みたいな事を言っていた、と平塚さんから聞いたけど、この場合は、『解消』では問題は変わらないよ。『解決』しない限りは、この問題は残り続ける」

「──もう少しはっきりと言ってしまえば、君の力では、…君の以前のそのスタンスでやる気ならば、もう無理な問題だ」

 

 ──俺は、しばらく先生の言った事が理解出来なかった。

 

 『解消』出来ない問題。俺には『解決』出来ない問題。はっきり言って『無理な』問題。

 

 それが、ひたすらに頭に残り続けた。




以前にもやってましたね。すみません。

21:30。更新完了しました。


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07(34)

すみません。荒野行動やり過ぎで全然書いてないです…。


 * * *

 

 

 

「…今の…俺では、無理…?」

 

「あぁ、そうだ。…君の、『誰かを犠牲にする』スタンスでは、この問題はまず解決出来ない。解決するには最低でも『当事者』、欲を言えば、『関係者』が無事でいない限りは『解決』は勿論、『解消』すら不可能だ」

 

 何の躊躇も無く、ゆっくりと先生は俺にそう言った。

 

 俺では無理。

 

 この言葉の意味を、正しく理解するのに少し時間が掛かる程度には、俺は衝撃を受けていた。

 喉まで出かけた反論も、結局は出せずじまい。

 

 ──誰も犠牲になってない、などとそんな言い訳、この人の前では言い訳にすらなり得ない、ただの喚き事(わめきごと)だ。

 

「…君は、何か勘違いをしていないかい?──何でも出来ると…もしくは、自分がやらなくてはいけない、と」

 

「…………かも、知れないです。…でも実際に、これは俺の問題ですよ」

 

「君の問題に他人が介入してはいけないと、誰が決めたんだい?──まさかとは思うけど、君自身だ…何て面白い事を言おうとしてる訳じゃあないだろ?」

 

「………………」

 

 言おうとしていた事を止められ、のどに詰まる。

 

「気付かないのか。…余程切羽詰まっているのか、それとも単に気付いてない…いや、君に関してはそれはあり得ないか。君程に対人関係に敏感な子も居ないからね」

 

「……まぁいい。気付いてないからどう、という訳でもないし、彼女たちの成果と受け取っておこうか。──さてと、話を戻すけどね」

 

「……答えから言えば、君のそれは間違いだよ。というか、既に君自身が君自身に反して居るんだけどね。僕がさっき言ったのは、他人の介入を阻止しておきながら僕に助けを求めに来た事への矛盾なんだけど」

 

「あっ……」

 

「本気で気付いてなかったのか…。って事は、君の問題が君『だけの』問題ではないことには納得してくれたかな?……君が片付けなくちゃいけないのは確かだけどね、何も周りの意見までも閉ざさなくてもいいんじゃないかな?それとも、周りの言葉に影響される程弱い決心なのかい?だから自信がないと?」

 

「…それは…いいえ」

 

「なら、まずは意見を聞くことだよ。君ひとりで考えていればそりゃいつかは詰るだろうさ。スパコンなんかでも、並列に繋げて解析率を上げたりするだろう?」

 

「それにね、君はもう一つ間違えている事があるよ。君は『元に戻りたい』んだろ?なら、考える事の優先順位は『原因』より『どうしたら戻れるか』の方が上だよ」

 

「──君が考えるべきは、これからの事であって、その過程で『振り返る』事が必要になるんだ。だからまずは、その大元を考えてから、それを実行して、その時に生まれてきた障害を取り除けばいいさ。それに、そのくらいなら君のもともと言っていた事にも当たらないし、折本さんたちにも相談できるんじゃないかな?」

 

 ──こうして、俺は新たなヒントを…いや、違うな。

 

 忘れていた事を、……折本に言われていた事を、先生に思い出させてもらって、また新たに、舵を切ろうとしていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──由比ヶ浜結衣サイド──

 

 ゆきのんが変になったのは、ヒッキーがあの病院に入院した時からだった。

 最初は、私が掛ける言葉に適当に反応して応える程度。それが段々と応えなくなり、何回かヒッキーの名前を出した時には、物凄く辛そうな表情をするようになっていた。

 

 そんなゆきのんも、ある日から突然奉仕部に来なくなった。平塚先生に訊けば、体調不良で…という事だったけど、実際のところは分からないし、その時から奉仕部としてあの部屋に行く事も無くなってしまった。

 

 でも、私はそんなのイヤだったし、ゆきのんのことも心配だったから、先生に一応訊いて、ゆきのんの家に何度か足を運んだ。

 

 最初のうち何度かは門前払いされて、その内に今度は陽乃さんが出て来るようになった。そして陽乃さんの許可で、私は久し振りにゆきのんと会うことが出来た。

──けど、

 

 そこに居たのは、別人だった。

 

 もともと細かった身体は更に細く、顔色も蒼白い。更には部屋の薄暗さも相まって、不気味さを醸し出していた。そのインパクトは、声が出て来なくってその場に座り込んでしまったほどだった。

 

 ゆきのんと陽乃さんに心配されたけど、それ以上に、少し時間が経って落ち着いた事でゆきのんに会えた事の感動とか嬉しさが込み上げてきて、思わず抱き付いてしまった。

 

 それからは少しずつ、ゆっくりとではあるけど、ゆきのんと会える機会も増えていって、笑顔も漏れるようにはなっていた。──今思えば、それと同時に、ヒッキーの話題や奉仕部の話題については、一回も話してなかった気がする。何かを怖がる(きらう)ように、避けていたような、そんな気がする。

 

 そしてこの間、ゆきのんはどうやら登校して来たらしく、その際に、ヒッキーと鉢合わせてしまったらしい。

 私は陽乃さんからしか聞いてないから、よく分からないけれど、ゆきのんが結局帰ったのはその日の内に平塚先生から聞いた。

 

 ヒッキーには情報はいっていなかったらしく、私に放課後、あのスタバでゆきのんの質問をしてきた時は、正直驚いた。──私が、ゆきのんの話を他人にすること自体が久し振りだったし、何より、ヒッキーと久し振りに本格的に話が出来たこと…それと同時に、少し遅いと思ったのと、何故今なのか、不思議に思っていた。

 

 軽い世間話をして、久し振りにヒッキーと本格的に会話をする事に愉しみを覚えていた私は、何の気なく、その場の流れで本題は何だったのかと、問うた。

 

 そこで初めて、私はヒッキーがゆきのんの事を心配していた事を知ったのだ。

 心配しているのだろうか、と何度か思考を巡らせはしたけど、ヒッキーはヒッキーで怪我をしていたし、あの二人──津久井さんと、…えっと……折本さん、の二人と、何かしらのいざこざがあった、と言うのを陽乃さんから聞いていたから、私たちの事は後なんだな…という感想と共に見過ごしていた。だから、心配して行動に出す程だとは、考えもしていなかった。

 

 ──でも、それに嬉しさを感じたのも、柄の間。

 

 ヒッキーはその話題に入るなり、『何かあったのか』と単調な疑問を、何の素振りもなく振り掛けてきた。

 

 原因くらいには気付いてもいいだろうと、そして、ゆきのんにも悪いところがあるとはいえ、その悪びれない態度に、なのだろう。気付いたら私は、席を立っていた。それ以来、ヒッキーとは同じクラスではあるけれど、話をしていない。

 

 そして──

 

「………………」

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 ショッピングモールにて、今に至る。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 先生に相談した同日、その後の話。偶然ではあるが、折本からの招集があり、ショッピングモールにて折本に合流したところ、何となく予想出来ていたが、既に津久井がそこに居た。

 

「おはようございます、比企谷君」

 

「あぁ、おはよう。…ところで、折本はどした?」

 

「えっと…ト、…まだ見てないですね」

 

「と?…まぁいいか。待ってりゃ来るだろ」

 

 ──そこへ、噂をすれば何とやら。

 茶色掛かったボブを揺らして、モールの中から現れたのは、今は俺の彼女となった女子、折本かおり。

 

「おーっす!…いやぁ、ごめんね!撒くのに手間取っちゃって」

 

「撒くって…もしかしてアイツか?えっと……しめ縄?」

 

「惜しい。…でもま、人自体はそいつであってるよ」

 

「…折本さんも大変ですね」

 

「あはは…大変と言うよりダルいけどね。それと比企谷はゴルゴ13みたいな顔しない」

 

 こんな風に遅れて登場した折本を含め、三人が合流し、そして目的を聞いた後──つまりは、モール内へと歩を進めて、階を上がったその時だった。

 

 ──エスカレーター乗り場から出て、左に進んだその時、向こう側から、茶色い団子を付けて歩いてくる一人の女子を、先頭に居た津久井が見つける。…その後に居た俺が、そして、『彼女』が、俺たちに気付いたのが、同時だった。

 

「………………」

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 これは、中々にマズいのではないだろうか。

 

 折本は事情を知らないし、由比ヶ浜とも先日以来特に話をしていないから、それなりに不穏な空気が流れていない訳じゃない。津久井は同じクラスだから、知っては居るのだろうが。

 

「……えっ…と、何………してる…の?」

 

 先に沈黙を破ったのは、由比ヶ浜。

 津久井に目配せをして、何とか折本が暴走しないように止めてくれるよう頼み、由比ヶ浜に直る。

 

「…普通に買い物と、…ちょっと二人に頼み事をな」

 

「あはは……。……そう…なんだ」

 

 明らかに笑顔が乾いている。無理をして笑っているのが、何をしなくても伝わってきた。

 

「……ねぇ、ヒッキーはさ、……私たちの事、どう思ってるのかな…」

 

 ──突然、由比ヶ浜はゆっくりと、そう口にした。



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08(35)

お久しぶりです。

取り敢えず言い訳を先にさせて頂くと、二十五日から新しい仕事を初めまして、気疲れがあったのと、荒野行動やり過ぎて全く時間が取れてない&書く気になれないという状況でした。

それでも、今日が今年最後と言う事で、真・デッドラインと題して(聞いたこと?…無いです)何とか書き上げました。

ちょっと状況がごちゃごちゃし過ぎているので、状況の整理をした感じ(私しか分からない)になります。


 * * *

 

 

 

「………どう…って」

 

 エスカレーターの乗り場から少しずれた防火扉の正面で向かい合うようにして立つ由比ヶ浜と俺たち。

 

「…そのままの意味だよ……。……今のヒッキーにとって…さ──」

 

 

 

 

「───『奉仕部』は必要なの…かな」

 

 

 

 

 ──っ!?

 

「今のヒッキーに、奉仕部は必要あるかな?…ヒッキーが、言葉には出さなかったけど、ずっと欲しがってた『居場所』は手に入ったし、『理解者』も出来たんだよね?……だったら、ヒッキーにとってさ、奉仕部はどんな場所なのかな…」

 

「…それは……」

 

 俺に取って、奉仕部が必要かどうか?

 

 …そう言われてみて、今頃になって今更な事実に気が付いた。──何故、俺はここまで、奉仕部に固執するのかという、単純な疑問を。

 

 対人関係に関して、俺ほどにドライな奴は居ない(但し彼女はいる)と、勝手に高をくくっていたが、言われてみれば確かに、何故奉仕部の二人に固執するのか、考えたことすらなかった。

 

 ──助けてくれて、慰めてくれたから?

 

 ──俺を理解しようとしてくれたから?

 

 そんなハズはない。助けてくれた人に対しては常に勘違いを起こさないようにして行動してきた俺だ。今回に限って例外など、都合が良過ぎる。更に言えば、理解しようとしてくれたという意味ならば、小町と折本が居る以上、俺の性格では考えられない。

 

 でも確かに、というか現に、俺は由比ヶ浜と雪ノ下──この二人に固執している。…付け加えて言うならば、今では折本と津久井もだ。

 

 この四人にのみ、固執している。…まぁ、折本に関しては、俺が好きだった、という理由もあるのだろうが、それを入れたとしても──というかそれがあるからこそ、尚更理解出来ない。

 

 この四人にのみ通じる共通点があるとしたら…。もし、その共通点が分かるのであれば──

 

 

 ──恐らく、

 

 

 

 

 

 ──その気持ちを打ち明ければ、

 

 

 

 

 

 ──きっと、正しい道が、見えるのかも知れない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の歩いている、この間違った道に、新たな意味を付け加えることで──、

 

 この道が、正しい道になるのかも──知れない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──雪ノ下陽乃サイド──

 

 結局、雪乃ちゃんが学校を休んでから、私は情報収集に努めるようになった。

 因みに、あの日鉢合わせたのは、たまたまではなく、雪乃ちゃんがそう望んだから、わざとあのタイミングにした。…結果は今の通りではあるけれど。

 

 そしてどうやら、比企谷君は、情報収集に失敗したようだった。

 由比ヶ浜ちゃんを怒らせてしまったらしく、そこで収集を終えてしまったらしい。

 私としては出来るだけ早く復帰して欲しいから、バレないように手は回すけれど。

 

 ──でも確かに、戦局が難しいのは、確かだった。

 

 

 

 雪乃ちゃんは、この間の登校から事実上の軟禁生活。

 

 由比ヶ浜ちゃんは、恐らく比企谷君に戻って来て欲しいと思っては居るものの、雪乃ちゃんを傷付けた事への無自覚さから、雪乃ちゃんを守るほうを優先している。

 

 比企谷君においては、そもそも原因しか──下手をすれば、その原因すら分かっていないだろう。

 

 

 

 この盤面で、寧ろ比企谷君に自覚を持って行動しろ、と言う方が無理だ。『病人』という殻を予期せずして被っていた彼は、その社会的認識からなる強固過ぎる殻と、周りの人間が常識人過ぎた事で、誰もその殻を破るような事をしなかった。しなかったからこそ、彼自身には情報が入らなかった。──だから、今こんな面倒臭い状況になっている。

 

 私が少し動いて、由比ヶ浜ちゃんを説得して、その間に静ちゃんに比企谷君を任せるのが一番確実ではあるけれど、こういう場合の静ちゃんは動かし辛いから、そこだけ心配ではある。

 

 何をするにも、何処かしらに不都合がある。

 

 ただ、すべての大元である最初の原因は雪乃ちゃんにあるし、今の状況だって、言ってしまえば雪乃ちゃんが勝手に気に病んで勝手にそうなっただけだから、つまりは雪乃ちゃんが元通りに成りさえすれば、半分以上は解決したと言ってもいい。それ以降は寧ろ奉仕部としての問題だから、私が手を貸すのはそこまでだという意味では雪乃ちゃんが復帰した時点で仕事はお終いなんだけど。

 

 だから、まず目標としては、雪乃ちゃんをどうにかして元に戻す事。それと、由比ヶ浜ちゃんへのアプローチを取って、雪乃ちゃんと比企谷君を元通りにする繋になってもらう事。

 問題材料としては、折本ちゃんと津久井ちゃん。そして、比企谷君自身。特に、比企谷君の動き方によっては、下手をすればすべてが水泡に帰す。だから、出来れば統制を取っておきたいけど、それはちょっと無理そうだし…。まぁ、こちらで逐一合わせるとしよう。向こう側についてる医者も中々に切れ者っぽいし、比企谷君はそっちに任せてもいいかな。

 

 …まぁ、まとめたところで結局詰まり気味なのは否めないけど。

 

 雪乃ちゃんを説得しようにもあのレベルでは本人にどうにかしてもらうしかないから、もう既に私が出来る事は少しずつ氷山を溶かしていく様な事のみ。後は時間による解決も出来なくは無いだろうけど、既にその時間とやらも一年無い。──彼女達が総武校生で居られる時間は、もう半年と少し分位しか無いのだ。

 

 この問題が卒業までに解決しなければ、ほぼ確実に比企谷君は奉仕部(二人)の前から消えるだろう。彼がそれを望んでいようがいまいが。

 

 だから、この問題は在学中に何とかして片付けさせないと、そのまま終わってしまう。それはつまり問題の『消滅』──『解消』を意味する。比企谷君が居なくなった後で、比企谷君を考える事を諦めれば、雪乃ちゃんも元になるだろうし、比企谷君にとっては、それ自体に特に何の影響もない。影響があるとするならば、あの彼に、仲間意識がある場合のみだ。

 

「……本当に、何でこんな面倒臭い事を…」

 

 思わず溜め息と、そんな捨て台詞を吐いて、私は雪乃ちゃんのところへ向かった。彼女を…いや──奉仕部を元に戻す為の、新しい一歩を、踏み出す為に。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 とある扉の前で止まってから、ノックをして、中から聞こえて来た声を合図に目的の部屋へと入る。

 

「…おはよ、雪乃ちゃん」

 

「姉さん……。…何の用?」

 

「またそれ?『いつも通り』だね、雪乃ちゃんは」

 

「うっ…」

 

「またそうやってえずくんだ。『大丈夫じゃなかった』比企谷君と、『大丈夫だった』雪乃ちゃんを比べて。──ホントに気難しい性格してるよね、雪乃ちゃんは」

 

「……用が無いなら──」

「──無いわけがないでしょう!?いい加減にしなさい!…………私だってね、…いい加減に我慢の限界なのよ……」

 

 私の突然の激に、当惑した顔を見せる雪乃ちゃん。

 

 でも、私も本当にそろそろ限界だった。

 

 毎日毎日気の弱った別人の様な妹の姿を見て、何とかして救おうとは思うけど、とても何とかなる状況では無いし、いっその事すべてを投げ出したいと、何度も思った。

 

 比企谷君も頑張っては居るけれど、原因すら知らないのが私の探りで確定したし、そもそも事態に気付くのが遅いというところが、私の擦り減った精神を苛立たせた。

 

 更には『あの人』の過保護のせいで雪乃ちゃん自身の行動が制限されていて、計画が思うように進まなかったり、津久井ちゃんの存在や比企谷君についてる元主治医の存在、その他あらゆる人間関係や事情、それらが複雑に絡み合って、『ゆるく絡まっているのに糸が多過ぎて(ほど)けない』この状況に、苛立ちを隠せないで居た。

 

 ──だから、

 

「雪乃ちゃんはいつまでその被害者面を続けてるの!?比企谷君はもう完治して退院してるし、貴女は今は『大丈夫じゃない』。どっちに揃えたって貴女と比企谷君はもう対等でしょう!?」

 

 ──こういう、意味のない余計な事を、言ってしまうのだった。




去年の最終日が土曜日。今年は日曜日。つまり何が言いたいかと言えば、今年は休日に始まり、休日に終わる年でした。

去年のこの日にも投稿しましたが、どうやら私には年末年始に忙しくなる&書く気が失せる呪いが掛かっているようで、去年(というか今年一月)は二週ほどお休みを頂きました。──が、来年は不明ということで。日によって書いたり書かなかったりなので。

取り敢えず、年明け後は木曜日と月曜日に投稿日を変えまして、木曜日がメインになります。時間は変わらず定時九時です。

今後ともによろしくお願いします。




p.s.


いつの間にかお気に入り999人と、沢山のお気に入りをして頂きました。このSSを読んで折本が好きになったと言ってくれた方までいて、本当に感謝の至りです。ありがとうございます。


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09(36)

 お久しぶりです(二連続)。

 今現在無駄使い戦線で調べて頂ければ分かる事ですが、最近暫く艦これを書いていまして、それと同時に相変わらずというかなんというか。書く気が起こりませぬ(ここ重要)。

 よって、(いつもですが)不定期で行きます。



 そしてここから今回の説明。

 去年末から再びこの話を書き始めるに当たって、前に書いた事を思い出す為にASのみを読んで書き始めた訳ですが、今書いている奉仕部編の雪ノ下と比企谷の騒動についてなんですが、どうやら本編の方で簡易的にではあるものの解決していたらしく、その事実に気付いたのが今回の執筆直前で、慌ててその他を確認して、色々と修正しながら、今回の話を書きました。

 これに関係するASの話が既に五話くらいある為、一部を消して書き直すのは現実的では無いと判断し、今までの話を変えずに馴染ませる方向にシフトしました。

 無理矢理なので違和感があるかもですが、もしあればご報告下さい。この一話程度ならば変更は出来るので。


 * * *

 

 

 

 ──雪ノ下雪乃サイド──

 

 …私は、一体どうしてしまったのだろうか。

 

 比企谷君とは、簡単な折り合いを付けた筈ではなかったのか。──奉仕部のあの部屋で、互いに納得したのではなかったか。

 

 ──何故、私は姉さんにここまで言わせても尚、こんな状態になっているのだろう。

 

 比企谷君と折り合いを付け、解決した。──筈だったのだ。

 

 比企谷君はそういう人なのだ、という形で納得した筈だ。それなのに…いや、その後からか。私が『狂い始めた』のは。

 

 最初は、比企谷君の事を考えていると、どうしようもなく落ち込んだ。…それが段々と、悪化していって、遂には今に至るまでになってしまった。

 

 もしかしたら、その『折り合い』が原因なのではと、最近思っている。より正確には、『折り合い』によって生まれた『解決』が、原因なのでは、と。

 

 あの時、私と比企谷君の間にあった溝を不自然な形で『解決』したからこそ、私は次の問題──時系列的に言えば、前の問題に気が付いてしまったのだ。

 

 

 ──私が、彼を傷付けたという事実に。

 

 

 これに気付いてしまったからこそ、私は『壊れて』しまった。

 

 そこまで分かっていながら、何も出来ない私に、私は心底苛ついている。

 

 …この間だって、彼に伝えようとしたのだ。……それ以前に、身体が受け付けてくれなかったから、駄目になってしまったけれど。

 

 しかもそれ以降、あの母親が私を外に出さないように手を回しているし、由比ヶ浜さんに連絡を取ろうにも、彼の話題を切り出せずに終わってしまうのがいつもだった。

 

 ──ここまで分かっていて、…この現状が理解できていて、それでも尚動くことが出来ない。

 

 

 端的に言ってしまえば、怖いのだ。

 

 彼に拒絶される事が。

 

 

 奉仕部でのあの時、結局のところ彼は考えを変えてくれはしなかった。…私が折れて、それにより辿り着いた決着。

 

 彼が折れなかったというのは、言い換えれば折れた私とは違うという事。──相違えたという事だ。

 

 そんな違えた(たがえた)相手に拒絶される事が、どうしようもなく最上に怖いのだ。

 

 …彼に、私がそこまで固執する理由も、彼がそこまで魅力的な人間でない事も知っては居るが、それでも尚、私は今動けていない。

 

 ………失敗とは、恐らくはこういう事だ。

 

 折本さんに口論で『敗れ』、恐らくは想いですらも『敗れ』た。そして、大事なものを『失った』。

 

 失ったそれを、友達と呼べるのかという若干の疑問を抱きはするが、他人ではないのは確かだ。…そう、他人ではないのだ。由比ヶ浜さんも然り。姉さんだって、他人ではない。──いつか彼と話した、『周りには他人しか居ない』という事について、彼がどう捉えたかは知らないけれど、少なくとも彼を含め奉仕部付近の人間は全員、赤の他人とは言えないだろう。

 

 そうして失ったものを取り繕うため、行動して、結果としては埋める事に成功した。──埋めたそれを示すならば恐らくは、『言動』という概念だろう。

 

 今までの私の一挙一動をもって、その溝を埋めた。…が、その埋めたものの中にもまた、溝があったのだ。

 

「…ごめん……なさい」

 

 何に対して?──そんなの、彼に対してに決まっている。…そして、今さっき、目の前で激を飛ばしたこの私の姉に対しての意味でもあるけれど。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「…ごめん……なさい」

 

 私がそう言うと、姉は喉を詰まらせたように短く息を吸い、同時に苦い顔をする。

 

「……比企谷君を傷付けて、それを理由に自己嫌悪に浸ってたのは…分かってるわ……。いつの間にか忘れてしまっていたけれども」

 

「…なら、何で動かないのよ。雪乃ちゃんはいつも一人で解決してきたよね。今回も同じじゃない」

 

「…………違うわ。私は一度だって一人で解決した事なんてないのよ。貴女に甘え、比企谷君に煽られて、由比ヶ浜さんに助けられてきただけだもの。でも今回は、その比企谷君が相手だし、私の自己満足に由比ヶ浜さんを巻き込む訳にもいかないもの」

 

「自己満足って、分かってはいるんだね。……どう?満足いくまで自分を嫌悪し続けた気分は」

 

「……………」

 

「貴女に取って言えば、彼との関係を元に戻したい。でも、嫌悪し続けた自分の身体が、意思に関係なく関係なく拒絶するようにまでなっていて、寧ろそっちの方に囚われているのでしょう?──自己満足でそんなにしておいて、再び自己満足の為に今度は周りまで巻き込んでる」

 

「っ……!」

 

「羨ましいよね。どの面下げてるのか知らないけれど、被害者面して、閉じこもってれば周りが守ってくれるんだもの。…まぁでも、守られ過ぎて、出られなくなった挙句コンタクト手段まで失ってるし。それに彼は彼で大迷走してるし」

 

「コンタクト手段はまだ失って無いわ」

 

「残念。私が無意味にそんな事を言ったとでも思ったのかな?──由比ヶ浜ちゃんは勿論、首を突っ込みたがる隼人までもが比企谷君と決別しちゃいました。…これに関しては手は出してないけどね」

 

「なっ…!?」

 

「やっぱり知らなかったんだね。…でも、事実だよ。彼の側に残っているのは、津久井ちゃんと折本ちゃん、後はいろはちゃんって言ったような気がするあの子と、小町ちゃんだけど、小町ちゃんには私がパイプ通してあるから、事実上いろはちゃんだけでしょ?」

 

 ──姉が淡々と説明していくのを聞きながら、私は焦っていた。

 

 刻を置くば置くほど、状況が悪化している。

 

 このままでは、本当に奉仕部が瓦解し兼ねない。…その上、学校へ行っていないこちらとしては、受験期である今、勉強を休む訳にはいかず、行動を極端に制限されている事も重なり、動くことが出来ない。

 

 ──八方塞がりに輪を掛けて、詰みに詰んでいた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──由比ヶ浜サイド──

 

 今目の前に居るこの人は、一体どう答えるだろうか。

 

 奉仕部としての活動は、去年末を最後にほぼ無い。ここのところ五週間位は、全く無かった。

 

 本来なら部活は既に終わっているこの時期。

 

 だから、私の言う部活というのも、正確には部活ではなく、『集まり』という点で指したものだけど、それでもやっぱり変わらず、全く無かった。

 

「俺は…、俺には……、────奉仕部は必要ない」

 

「ちょっ、比企谷!?」

「比企谷君!?」

「…………………………………………………………………は?」

 

 ──それでも、この答えだけは信じていたけれど、

 

 この一言で、私の期待は完璧に打ち砕かれた。

 

 …目の前のこの、マイナス方向に飛び抜けている事を踏まえてどこにでも居ない人は、今確かに、否定した。

 

 私と彼が繋がっていられる、唯一の架け橋を落としたのだ。

 

 それはつまり、私と…そしてゆきのんと関わりたくないという意思表示。問答無用に言い訳の余地なく否定されていた。

 

「…そっか。……分かった」

 

 私はそれだけ言うと、その場を走り去った。

 ヒッキーの横を通り過ぎる時、一瞬折本さんと目が合う。

 歪んだ視界ではよく確認できなかったけれど、微かに途惑いの表情を浮かべていたようだった。

 

 とにかく今は、ここに居たくなかった。

 必死で走って、とにかく逃げた。

 

 認めたくない気持ちと、認めたからこその行動。

 

 矛盾している私自身に気付かない私ではなかったけど、今走っているこの足を止めることを、結局モールを出るまでは出来なかった。

 

 

 ──私は、どこで間違えたのかな。

 

 

 そればかりを考えていた。

 

 ゆきのんと友達で居たかった。

 そして、ヒッキーとも。

 

 それでも今、現状としてこうなってしまった。

 

 少し前から知ってはいたけど、私があのスタバでヒッキーを避けて以来、ゆきのんと話をする事はあっても、ヒッキーと話す事は殆んど無くなっていた。

 

 学校でヒッキーと会えば、それこそ挨拶はするものの、それ以外に会話は無かった。ヒッキーは何か言いたそうにしていたような気もしなくは無いけど、もうそれ以前の問題になってしまった。

 

 …ゆきのんも、こんな感じだったのかな。

 

 『あの時』のゆきのんも意地を張ってこうなってしまった。

 

 ──でも、ゆきのんは私と違って、ちゃんと仲直りしていた。…ヒッキーに拒絶させるまでには、至ってなかった。

 

「……何で…なんだろうなぁ……」

 

 暑い陽射しの中、蒼い空を見上げる視界は歪んでいて、小さく浮かぶ雲の形は、判断出来なかった。



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10(37)

艦これ書いてる間にYouTubeでSSを見てフッと書きたくなったので。


 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 由比ヶ浜が去った後、少し先にあったフードコートに入り、その一角に落ち着く。

 

「………」

「………」

「………」

 

 何も頼まないのも、という事でクレープを頼んだのが既に十数分前。

 しかし、そこから一切の会話は無かった。

 ずっと、沈黙が続くのみである。

 

 奉仕部が今の俺に対して、どんな意味を持つかなど、答えが出る筈もない。

 だから、敢えて視点を絞ったのだ。

 ──俺が望んで居たものを、基準にして。

 何時の頃からかは、はっきりとしないが、奉仕部として活動して来た半年強。

 その間に俺が彼女たちに看過されて来たのは事実だ。それ以前の俺とはまるで違っているのだろう。そう言う変化は当人は気付きにくいものだから、傍目から見る必要がありはするが。

 そして、確実に言えるのは、その変化した俺が望んで居たのは、『友情』ではない事。情けを必要としなければならない関係を求めていた訳ではい。

 何も持っていない子供が、何かしらを欲しがるのと、恐らく何ら変わりはしないだろう。

 

 どうせ俺は、それ以前に折本に毒されていたのだろうから。

 他人と付き合うという事は、自分を押し付け、他人から押し付けられる事なのだと、分かっては居るのだ。

 だが、同時にそれを拒絶し続けて居るのも事実だ。

 事実、俺は折本に対して、一度だけ押し付けて、付き合った気になろうとして、それで後は拒絶しようとした。

 そして、それが叶わなかった事がもたらしたのは、『慣れ』だった。

 押し付けを押し付けと感じるのは、『慣れ』という精神の対応する許容速度を超えて変化が生じた場合か、許容範囲内においてある程度変化した後で過去を振り返る際のどちらかだろうと思う。

 

 俺の場合、それは前者であり、前者があったからこそ後者であった。

 それを、奉仕部に求め始めたのは、恐らく折本と俺の関係が風化しようとしていた、丁度一年くらい前の、あの夏。

 俺はその時、俺自身の変化量に驚いたのだ。

 折本と疎遠になる事で、折本に依存仕掛けて居た事を知ると同時に、それに気付けば否が応にも気付く別の事実にも気付いた。

 そして、折本から離れた事によって出来た穴を埋める為に、奉仕部へと身を寄せて行ったのだろう。

 

 俺からしたら、心の容量を数値化するならば、ずっと一定だったに違いない。

 折本を失うと同時に奉仕部を得て、今度は逆に、折本を得て奉仕部を捨てる事になった。

 

 本来なら、捨てずに増える筈だった。

 別に、何人と信頼に足る関係を築こうが、悪い訳じゃない。

 それだけ押し付け、押し付けられると言うだけだ。

 ただ、それは勿論、自分が変わるのと同義であって、そして恐らくは人間的に必要な事である筈なのだ。だから、それを行う事自体は非常に正しい。

 

 だが、奉仕部では、それはほぼ無理なのだ。

 

 由比ヶ浜に、雪ノ下に依存した俺は、それ自体が俺に反している事実と、それを求める俺との間に挟まれる事になった。

 折本との『恋人』と言う名詞を借りた関係と、奉仕部との関係。

 何故か俺はこれを並列に置いて考えていたが、良く考えれば、求めていたものがそもそも違うのだから、それはおかしいのだ。

 奉仕部のそれは、『友情』であり、折本のそれは『理解』なのだ。

 

 ──結局、俺は最後の最後まで、奉仕部をヤドカリ程度にしか想って居なかったのだ。

 由比ヶ浜から訊かれたその瞬間、それに気付いたからこそ、俺は由比ヶ浜を拒絶した。

 

 そう考えると、途端に俺は寒気に襲われた。

 

 …俺は、雪ノ下をどう思ったのか。

 折本に似たような、想いを押し付けはしなかったか、と今更ながら唐突に思った。

 だとしたら、それこそ本当に俺は、奉仕部の事を何とも思って居なかった事になる、完璧な立証材になる。

 

 ──外界から身を護る、殻。

 

 世間の荒波に呑まれても、生き残れる様に、それこそ出来るだけ丈夫な殻がいいだろう。

 だがそれは、学校という閉塞空間に置いては、殆ど運によって決まる。…更に言えば、強い者は殻自信になる運命を持つと同時に、殻の中身を統制する役割を持つ羽目になる。

 

 ──雪ノ下と、由比ヶ浜。

 

 彼女らはきっと、俺にとってして見れば殻であったのだろう。

 

 名声の高い雪ノ下。そして、トップカーストの一員であり、そもそもの人気の高い由比ヶ浜。

 外面を見れば、これだけ完璧な人選も無いだろう。更に、俺に対しては『優しい』ときた。まさに殻には最適である。

 だから、俺はきっと無意識に頼ったのだ。言い方に気を付ければ防衛本能に従ったとも言える。

 

「…………」

 

 ──そんな自分に、嫌気が差して仕方が無い。

 どうせこんなのは、適当な理由を付けて納得する為の言い訳だ。しかもさっき俺自身で結論を出したばかりだ。要は言い方次第で、どうとでもなるのだ。

 

 ──結局俺は、この堂々巡りから抜け出す事は出来なかった。

 

 

 

 *──*──*

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

「……………」

 

 さっきから黙って居る比企谷を、ジッと見つめる。

 恐らくその頭の中では、やたらと難しい事を考えて居るのだろう。

 部外者の私からして見れば、究極の結論を言ってしまえば、比企谷が気持ちを打ち明ければ、それで終わるのだ。

 気持ちを打ち明ける、と言うのは、乃ち『信頼している』証。

 今の雪ノ下さんたちは、恐らくこの『信頼』が欲しいのだろう。私も一時期──比企谷に告白する少し前は──そうだった。

 信頼されて居るかの確認が取れないから、きっとこうなっているのだ。

 でも、それを実行に移せるかは、また別の問題。

 比企谷によれば雪ノ下さんはコンタクト不可能らしいし、由比ヶ浜ちゃんはついさっき、比企谷が終止符を打ってしまった。

 そこを、どうにか突破しないといけないのだ。

 

 …あれ?…でもこれ、意外と簡単なんじゃ…。

 

「……………」

 

 頭の中で、軽くシミュレーションを立てる。

 比企谷と合わせるなら、恐らくは由比ヶ浜ちゃんより雪ノ下さんの方が効果は高い筈。逆に会えるか会えないかで言えば、雪ノ下さんの方が会い辛い。

 ……でもこれは、正直私が好きなやり方じゃないし、比企谷にも無理をさせる。

 

「…ねぇ、比企谷……」

 

 …でも、だからこそ。

 

「……本当に比企谷は元に戻りたいの?」

「…………あぁ…」

「…なら、私がどうにかしようか?」

「えっ…?」

「…折本が?」

「うん。…比企谷に足らない物は、私が埋めるよ。……私は比企谷の役に立てればいいし、それよりなりより、早く元通りになってもらいたいからね」

「……でも、どうやるんですか?折本さん」

「…比企谷は、もう分かってるんじゃない?現状を抜きにして、何が足らないか」

「……俺自身の…気持ち、か?」

「やっぱり、ちゃんと分かってるじゃん…」

「そんなの、ただの押し付けだ」

「……それ、ダウトでしょ。…それこそ押し付けてるもんね」

「……………………」

「…そっか、『自分の気持ちを押し付けられてる』って考えを『押し付けて』る事になるんですね?」

「うん。津久井さんの言う通り。……結局は堂々巡りの問題だから、何処かしらで折り合いを付けないといけない。…でもね、そもそも違うんだよ」

「──問題なのは、押し付けるかどうかじゃなくて、自分の気持ちがどうか。…比企谷は、中学の頃のアレ、覚えてないの?」

「…………」

「…分かってるんだね。……それじゃあ、私が手伝うからさ、一緒に頑張ろうよ。…ね?」

「…あ、あぁ……。…すまん」

 

 恐らく、理解は出来ても、全ては飲み込めて無いと思う。

 でも、その方が良いのかな。…私のプラン通りにやるなら、気付かれちゃうとお終いだから──。

 …でも、比企谷にその後何て言おう…。

 ……まぁその前に、作戦を成功させようか。その後で何かあれば、その都度どうにかしよう。



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11(38)

 お久しぶりです。
 もう既に前の話を何時に書いたか覚えておりませんが、未だにこんな駄作を読んで下さる読者様がいる事に驚くとともに衝動に駆られまして、急ぎ書き上げました。
 最低でもあと一話は休まずに書きますので、どうかお付き合い下さい。


 ──折本かおりサイド──

 

 暗い雰囲気の中比企谷と別れ、一人帰路に着く。

 何だかんだあっても──と、言うよりは何が起ころうとも。

 恐らく私は比企谷の事をどこかで考えているのだろう。彼自身であれ、周辺であれ。

 多分考えている理由は分かる。

 ──彼を、未知なる彼を知りたいのだ。

 他人に個人情報を開示したがらない性格故に、最早少ないとしか言い様の無い人間関係故に、新しい一面を見れる機会は少なく、情報も入って来ない。

 であればこそ、達成した時、それは比企谷へ私が向ける愛情と相まって比企谷へ降り注ぐだろう。…意外とあれで可愛いところがある彼だ。恐らく我慢出来まい。……主に私が。

 

 そんな彼を見る為にも、つまりは『自分の為』にも、この問題は早く解決したい。

 

「──だから、協力して貰えないかな。…ね?」

 

 正直、この男に舟を出して貰う事になるとは、思っても居なかった。

 でも、成り行きは成り行き。行き着いてしまったのなら仕方ない。

 

『…いいよ。……そうだね、それは…いいかも知れない。だけど、彼に見つかったら、君が疑われかねないかな?』

 

 耳元から聞こえて来る声に、短く溜め息を吐き、応答する。

 

「協力してくれるんだね。…それじゃあ、お願い」

 

 それだけを言うと、向こうからは『あぁ、分かったよ』と。それを聞くと同時、通話を切る。

 本当に癪だ。

 よもやこんな事になろうとは。

 

 (…でも、気掛かりなのはやっぱり、雪ノ下さんのお姉さん…。……何で何もしてこないの?)

 

 比企谷から散々聞かされたから、警戒していたけど、警戒し過ぎなだけなのだろうか。…それとも、今回の件に首を突っ込むつもりが無いのか。

 どちらにせよ、接点が少ない以上は、信憑性の低い推測しか出来ない。

 今必要なのは、問題の解決へ向けて動く事。

 雪ノ下さんのお姉さんが邪魔するなら退()ければいいし、協力してくれるならしてもらおう。比企谷や私に迷惑が掛からないようなら。

 

「…向こうは雨…か」

 

 高層マンションの方角の空を見ながら、そう呟いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

「お前これ知ってっかー?」

「お?…あぁ、それか。それがどうしたんだよ?」

 

 昼休み。

 午前の四限を終えれば、その解放感に浸れる昼休みなるものがあるのだから、それに浸るなと言うのは無理があろう。寒い冬、目の前には炬燵があるのに、入ってはならないと言われる様なものだ。

 だがまぁ、何も暖まるのに炬燵しか無い訳でもない。布団(よし)、暖房(よし)。人それぞれだろう。

 故に、昼休みの楽しみ方にも色々──人それぞれある訳だ。

 

 例によって俺は一般諸氏とはズレているので、勿論その楽しみ方もズレている。

 最近は折本やら津久井やら、人と居る事もあったが、俺自身は他人と居る事に慣れている訳では無い。彼女たちについては、俺に対して害では無いと確認出来たが故に、…なのだと思っている。折本に対して抱いた感情を恋愛と呼ぶのかはともかく、それによって得たものは『居場所』と『安心』であり、それはきっと、大多数が無意識に他人に対して求めているものなのだろう。だから自分を嘘に包み、他人と『思い出』を共有して、安心に浸ろうとしているのだ。

 そして、それを得るには主に二つの方法がある。

 一つは、それを他の誰かと共有する事。これは誰でも出来る。…最悪俺でも出来なくは無いだろう。『思い出』や『経験』を駆使して、馬の合いそうな奴を見繕い、話し掛ければ、八割方成功と見て良いだろう。

 もう一つは、自分で場を作る事である。安心出来る居場所を作ってしまえば、探す必要など無いのだ。言い方にもよるが、俺はこのタイプである。一人が安心出来る場所なら、一人になる状況を作ればいい。多人数がそうなら、それを作ればいい。…つまりは、葉山もこのタイプである。

 

「やぁ…久しぶりだね」

 

 机で寝ていたその時だった。

 葉山の事を思い出してしまったのが運の突きか。

 しかもいきなり肩に手を置くとか。仲良く見えちゃうから止めろよ。

 

「……葉山。…何の様だ…?」

「何の…とは心外だな、比企谷。僕が君に話し掛けるのは、君が『それ』について君なりの意見を出した後のタイミングだよ。だから来た」

「まるで俺の事を見透かしてるかのような言い回しだな」

「…実際、その通りだと思うよ。…最近の君に関しては」

「……最近の…だと?」

「…取り敢えず、本題へ行こうか。…率直に言おう。……今の君は、君らしくない。必要以上に理屈に囚われていて、正直言って何の魅力もない」

 

 俺の問いかけを無視した葉山は、クラス内であるにも関わらず、とても──それこそ、表現の仕様がない程に酷く──冷たく言い放った。

 あの外見最強の葉山が、自らを崩したのだ。

 

「…君も、結衣が俺たちと一緒に行動してるのは知ってるだろ。嫌でも分かるんだよ、何かあったのは。…それに、葉山家(うち)は雪ノ下家との距離も近い。……君が知らない事も知ってるんだ。……彼女が春休み前から学校を休んでいる事もな」

「……………今、…何言(なんつ)った……」

 

 葉山が淡々と語る言葉の、その一部に思わず目を見開いて反応する。

 

「……雪ノ下が休みだと…?」

「…君はそれすら知らなかったのか」

 

 何だ?何を言っている?休み?それも、春休み前から?

 

「……ここでは場所が悪い。…移そうか」

 

 そう言ってチャイムと同時に教室を出いく葉山の後ろを、俺は警戒しつつ着いていった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──葉山隼人サイド──

 

 昼休み終了のチャイムに構わず教室を出た俺と、迷わず着いてきた比企谷とで、現在二人きりで屋上に居る。

 ここまで怒ったのはいつ以来の事か、記憶が怪しいから分からない。

 

「…それで、どういう事なんだ」

 

 互いに互いは見ていないから、今背中に居る比企谷が何をしているかは知らないが、来て少しもしないうちに切り出して来た。

 

「精神病、らしい。鬱のようなものだと解釈してくれればいい、と陽乃さんから聞かされたよ」

「君の言いたい事も理解出来る。…どうしてあの、とね。でもそれは逆だよ。寧ろ彼女だから、だ」

「僕も最初は疑ったさ…まさか、とね。だけど残念な事にあの時の陽乃さんは真剣だったし、雪ノ下家から態々電話が葉山家(うち)に通ってる事を見ても、嘘じゃないと思うよ」

 

「……それで、雪ノ下はどこに居るんだ…?」

 

 …まるで、赤子の様な弱さを感じる声だな、比企谷。何をそんなに怖がってるんだ?

 

「…君は、奉仕部を棄てたんだろう?なら、『そんな事』を知る必要無いんじゃないのか?」

「……………」

 

 言われて黙るのか…。…君が望んだモノは、……俺程度で壊せる、そんな容易いモノだったのか?…それとも君は、本当に心から『あの場所』を棄ててしまったのか…?だとしたら──。

 

「…どうしてだ…?…どうして、君は『そんな事』を気にする?……奉仕部は君の場所じゃないと判断したのは君自身だろう?…何故……、いや、それ以前に、君はどうして奉仕部を…。やっぱり…」

 

 言いかけて、迷う。

 この先を言えば、確実に比企谷は俺に何かしらのリアクションを取るだろう。だから、出来るなら、やるべきだ。…だが、同時にそれは、彼と俺の繋がりをも断ち切りかねない、危険なモノだ。

 ほぼ確実に彼は認めないだろうが、俺自身が認め、そして平塚先生にも言われた事だ。

 『俺と彼は似ている』。

 似ているが故に、彼がどうしたいのか、どうするのかある程度分かる。…しかし同時、それは分かった気になっているだけでもある。俺は彼ではないし、何より優柔不断な俺にはあそこまで頑なに貫く覚悟はない。

 

「…もう、用は無いか、葉山」

「…言っておくが、陽乃さんは無理だと思うぞ、比企谷」

「な………どういう事だ?…そもそも何でここであの人が出て来る…?」

「分かっているだろう?…どういう事だ、と訊いておいて分からない、なんて事は無いと思うけど」

「……………」

 

 驚いたのを抑えたのが丸分かりだぞ、比企谷。…本当にらしくないな……。

 彼と雪ノ下(彼女)の間に今架かる橋は、恐らく俺と陽乃さんだけだ。だから当然、俺でないなら陽乃さんの方へ行くしか道は無い。

 故に比企谷は──。

 

「……お前、結局何が言いたい…」

 

 ──こうして、停滞する事を選ぶと、容易に想像出来た。




 次話も、なるだけ早く書き上げて投稿する予定です。
 不定期で、挙げ句の果に作品を忘れかけていた始末ですが、暖かな目で見守って下さい。


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12(39)

 ──葉山隼人サイド──

 

「…お前、結局何が言いたい…」

 

 背中に掛けられたその声に、ようやく振り返ると、ゆっくりとこちらへ歩いて来る、何処か怒りのこもった様な目をした比企谷が視界の中央へと据えられる。

 いつもの様に、首が若干前に出て、それで居てダラんと下げられた様に見える腕にも、違いは無い。ただ、その瞳のみが、僅かな力を伝えていた。

 

「……ごめん…」

 

 最初に、一言。

 どうやら僕は結局、彼と対峙しなければ気が済まない様だ。

 

「…何で謝る…」

「……いや、…そうだな。独り言だ、忘れてくれ」

「……………」

「何が言いたいか、だったな」

「簡潔に言おうか。──奉仕部に戻れ、比企谷。…それで、全ては丸く収まる」

 

 自分を叱咤する様に、彼に対して感情を露に言う。

 

「…随分なお節介だな、葉山隼人。……由比ヶ浜から聞いてないのか?俺は奉仕部を捨てたんだ。…今気になってんのは、俺のせいで雪ノ下が──」

「黙れよ、比企谷」

 

 気付いた時には、目一杯引き切った腕を一直線に振り抜くところだった。

 

「ぐっは──」

 

 左肩を狙った一撃が当たり、比企谷が鈍い声を出して倒れる。

 

「…自分の怒りが抑えられないなんて、初めてだよ」

 

 そう言いつつ、倒れた比企谷を見下ろす。

 だが、俺の期待とは裏腹に、痛みを抑えてこちらを見た比企谷の表情は、作られた怒りだった。

 

「────」

 

 こちらを見るその目を見て、俺は驚きを隠せなかった。

 しまった、と思ったが、もう既に遅い。彼に言い訳を与えてしまった事実に変わりはないのだから。

 

「………チッ…」

 

 自分に対して、途轍もない怒りが巻き起こる。

 これでは、比企谷に対して罪を認めさせる事になってしまう。…有りもしない、架空の罪を。

 

「比企谷…、君はどこまで…っ!」

 

 放つ先を失った怒りが、どんどん溜まっていく。

 だが俺は、どうしてもそれ以上動けなかった。

 動く事は出来なかったが、それは俺に間を与える結果となり、幾分落ち着きを取り戻す事が出来た。

 

「……もう一度言う、比企谷。…奉仕部に戻れ。…不都合があるなら俺が除く。……だから、頼む。戻ってくれ……」

 

 俺のその言葉を、彼はどう取ったのだろうか。

 唇を噛み締めて居た事に気付いたのは、彼が去った後だったから、彼が受けた印象は、俺の想像とは乖離しているかも知れない。…だがそれでも、例え俺の希望的観測であったとしても、俺は、彼が応じてくれたのだと、信じて疑わなかった。

 

「──……俺に利があればな…」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

 そんな事があったなんて事はいざ知らず、それから数日経ったとある日の事。

 時刻は、あと少しで10時30分になろうかというところ。

 空調の効いた涼しい店内から外を見ると、こちらへ歩いて来る男女を視界に認める。

 …彼女が、恐らくはあの雪ノ下さんの、姉なのだろう。

 少しもしないうちに男の方が私に気付いて控え目に手を上げる。女の方は何か鋭い目をもってこっちを見ていた。

 

 その二人が店内に入って来て、そのまま歩いて私の向かいに座る。

 

「ごめんね。ちょっと遅くなっちゃって」

「大丈夫よ。まだ時間前だし」

 

 そう言う彼とは逆に、彼女の方は、私と、その隣に座る津久井さんを静かに見つめていた。静かに、深く重い眼差しを、照らす陽射しに逆らう様に。

 思わずたじろぎ掛けるが、相手は雪ノ下家の人間。それに、噂はかねがね耳にしている。自分の事でありながら恐らくでしかないのが何とも説得力に掛けるが、妹である彼女と対峙した時よりも更に警戒を強めていた様に思う。気を張っていなければ一気に食い物にされてしまいそうだった。

 それは恐らく津久井さんも一緒だった様だ。

 だが、その内向きなおどおどした性格に時折見せる(しん)の強さは、ここでも遺憾なく発揮されていた様で、まるで怒りの籠もっていない睨む如き視線を、彼女

──雪ノ下陽乃へとしっかりと向けていた。

 

「紹介は…一応しておこうか。陽乃さん、こっちが折本かおりさん。…今の彼の恋人に当たる人だ。それで──」

「葉山君。…それは、ワザとですか…?」

「………その気は無かった、…すまない。言い直そう。…彼女が彼の恋人だ」

「知ってるわ。……そして、そっちの貴女が、津久井一奈さん、ね」

「はい。…貴女が、雪ノ下陽乃さん…雪ノ下さんのお姉さん、であってますよね」

 

 各々が、警戒丸出しで…いや、雪ノ下さんに関しては敵意に近いものを向けながら、自己紹介を済ませていく。

 視界の端に写ったカウンターの中の店員が、こちらの様子を伺っている素振りを見せたが、それもそうだろう。このテーブルに乗っているものは何も無い。当然、店側からしたら迷惑極まりない。その上、少なくとも部外者が口を挟める雰囲気では無いし、何より「雪ノ下」というブランドも居るとなれば、気にならない訳も無い。

 

「……それで?今日の目的は?」

 

 睨む様な眼差しのまま、雪ノ下さんが重い口を開く。

 それに対して、私はひと呼吸してから答えた。

 

「奉仕部を再建させます。…その為には、雪ノ下さんと比企谷の仲を元通りにする事が必要条件です。…その点についての雪ノ下さん側のアプローチを二人に頼みたくて呼びました」

 

 少し畏まった口調になったのは、この雰囲気と、目の前に座る彼曰く「魔王」のせいである。

 

「ふーん、…奉仕部を、ね………。…それ、する意味あるかな?」

 

 僅かに上げた顔には薄い嘲笑(えみ)を貼り付けて、一点を突かんとばかりに睨む目線に、背筋を通るものがあったが、表に出さない様に必死に抗い、堪える。

 

「貴女が奉仕部を再建する事に何の意味があるの?…しかも、貴女にとって本題はそこよね?…ワザとなのかは良いとしてさ。…それに、こっちに利益はあるの?貴女には比企谷君が居る。だから頑張るのは分かる。こっちは誰の為になればいいのかな?……まさか、雪乃ちゃん、何て面白い答えは無いと思うんだけど」

「────」

 

 一瞬の絶句。

 まさかたった一つの言葉だけで全てを理解されるとは、こっちの予想以上だった。

 本題を隠したのは事実だし、それを見破られるまでは簡単に想像が付いていた。──しかし、その先まで…私の私欲の混じった目的まで見破られていたとは、想像してなかった。

 

「…そう、ですね…。確かに、雪ノ下さんの為『だけ』じゃないです」

「そうだよね。じゃないとおかしいもん。…それで?『貴女の為』に動く事にどんな利点があるのかな?」

「……奉仕部を再建するには、あの三人が元に戻る…いや、信用出来る関係にならないと、いけないと思うんです」

「そうだね…。それは確かに、間違ってないと思うよ。……今の比企谷君は、『貴女と出逢って』からあの二人を信じ切ってない様に見える。……それがどうかしたの?」

「私の目的は、比企谷に『比企谷らしく』なってもらう事です。…らしくある為に、あの二人との関係にプラスな変化が無い限りは比企谷は、少なくとも彼女たちを忘れるまでは『らしく』なれないと思います。……あの二人は……、…悔しいですけど、比企谷にとっては、それ程に大きな存在だと思いますから」

「……………」

 

 私の話を聴いて黙った雪ノ下さんは、深く考え込む様な仕草を見せる。

 

「そして恐らく雪ノ下さんも、別の形で『らしく』なる事を望んで居る。…違います?」

「……一応、そう思った理由も、訊いていい?」

 

 そこへ畳み掛ける様に質問を投げると、確証を求めんとばかりに質問で返された。

 

「一番の理由は、比企谷自身の話の仕方。…そして、葉山君からの、情報提供です」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「隼人の?」

 

 たったそれだけを口にした雪ノ下さんに対して、その隣の葉山君が明らかに怪訝な反応を示す。

 そして、紹介を終えて以来閉じていたその口を開いた。

 

「…冬のクリパのときの事か?」

「うん。…あの時の葉山君の言葉。それを変に思ってたら、比企谷の話で筋が見えたの」

 

 無事に合同パーティーを終えた後だった。

 あの後すぐに、私は比企谷のところへ向かって、適当な話でもして帰ろうと思っていた。

 そんな私が比企谷のもとへ着いたとき、比企谷は葉山君と話をしていたが、構わず声を掛けて、話に割り込んだ。もとからそんな所で遠慮する様な私ではない。比企谷もそれを分かったのか、何かあったか?と直ぐに迎えてくれていた。

 その話がどんな話だったかは聞かなかったけど、私が話に入ったとき、丁度葉山君の口から雪ノ下さんの話が出た。アイツとはそんなんじゃねぇ、と語る比企谷に苦笑した葉山君が、陽乃さんも君の事を気にかけてるみたいだし、と、唐突に言ったのだ。

 何の話?と比企谷に訊いたら、後で、と誤魔化されてしまったが、後でその話を比企谷に訊いたら、ちゃんと答えてくれた。

 

「その答えが、陽乃さんが比企谷に元に戻って欲しい、と思ってるって考えた理由です」

「……まったく、隼人も、余計な事をしてくれたね。…それじゃ雪乃ちゃんなんかあげられないぞ?」

「こんな人前でそんなキラーパスを寄越さないで下さい…」

 

 ここへ来て初めて大きな溜め息とともに笑顔を見せた雪ノ下さんは、葉山君をイジると、近くを通った店員を呼び止めて適当な注文をする。

 どうやら、まだ話し合いは続きそうだ。



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13(40)

後書きにて章編集の変更を告知します。


 ──雪ノ下陽乃サイド──

 

 期待半分、退屈凌ぎ半分で参加した話し合いは、予想以上に私の興味を引いて、その結果少し長引いた。

 彼女が彼に選ばれたと言うのも、彼の性格を考えれば納得出来るかも知れない。

 彼女は、飽くまでも個人だった。

 無理に二人になろうとせず、近い距離に居る個人として存在しようとしているのが、その口調から理解出来た。

 互いに依存するより、と言った雰囲気だ。信頼のおける、と言うより寧ろ、気の休まると言った方がよりそれらしいのだろう。今まで一つの例外もなく一人で何事をも熟して来たであろう彼の、休憩出来る場所。それが彼女の立ち位置だ。頼る事が先にあって、そうして二人になるのでは無く、気の休まる場所だから、頼る事が出来る(、、、、、)。それが雪乃ちゃんやガハマちゃんとの大きな違いだろう。

 でも恐らくそれは、現状での話。当初は違った筈だ。彼を、そこまで親しくならずに理解するのは不可能に等しい。私ですら彼を掴み切れて居ないのだから。…まぁ最も、私の場合は掴む以前に面白さで判断してしまうから、ベクトルが違うんだけど。

 

「…今日、あの人の予定は?」

「はっ、…午後から、旦那様の参加なさる会食に同席される予定で、本日はそのままお帰りにはなりません」

「……そう。分かった」

 

 運転手に訪ねた返答と、私の予定を重ね合わせる。

 大学の講義を無視すれば、今日と、三日後のどちらかで『作戦』を決行出来る。問題なのは彼女が比企谷君を説得出来るか、その一点のみ。そこが失敗してしまえばそもそも私は動く事すら出来ない上に、最悪は彼女との間に彼が溝を作ってしまう可能性すらある。そうなれば問答無用で、私は恐らくその原因として彼と永遠に離れる事を余儀なくされるだろう。

 …正直、私も彼に依存しているのかもと思った事はある。彼に彼女が居ると知った時、探りを入れて消しかけようと思ったのはそういう事なのだろう。

 でもそれは、形になる事は無かった。

 それも理由は分かってる。雪乃ちゃんやガハマちゃんが居たからだ。

 私の想いは、あの二人を目にした事で、表面化する前に恐らく諦める形で霧散してしまったのだろう。今残っているのは、単純に楽しいという、それ一つ。

 だから、私は私の楽しみを減らさない為にと言う、私にとって嘘偽りの無い理由で、『奉仕部の再建』を実現させる。

 私が直接アプローチを掛けるのは構わない。彼を楽しみの一つとして扱う以上、それなりの理解の仕方があって、無論それが出来なければ彼を弄べない。だから、私も私なりに彼の事はそこそこ理解してるつもりだ。先に言った通り、掴み切れてないのも、また事実ではあるけど。

 

 でも、私には今回やる事がある。

 それは私にしか出来ない事で、失敗する可能性は無い訳ではないけど、彼女の行う比企谷君の説得同様、成功しなければ作戦は決行に移せない。

 だから、作戦を決行する為には、私も、彼女も失敗出来ないのだ。

 彼女の方はこの際任せるとして、私は私で取り組まないといけない。

 私が単純に失敗する要因になるとすると、やはり『あの人』だろう。この間から警戒され続けてるし、雪乃ちゃん自体が今、本家の中に監禁されてる様な状況だから、どうしてもあの人とかち合う事は避けられない。

 

「…彼女の方を待つしかない、かな…」

 

 私が雪乃ちゃんに接近出来る日は限られている。その上、警戒されているとなれば、回数も精々が一回から二、三回が良いところ。だったら、条件の揃うのを待つしかない。

 あとは、条件が揃うまでに準備を進めるだけだ。

 

「……………」

「ねぇ、隼人」

「…何ですか?」

「もしかしたら、隼人にも動いて貰うかも知れないから」

 

 隣からの返答は無い。でも、驚いた様子は無く、寧ろ理解していた風だった。

 

「…葉山様、そろそろ到着いたします」

「あら、もう時間か…」

 

 運転手の声に、溜め息気味に反応する。隼人は乾いた愛想笑いを漏らし、それに答えていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

「はぁぁあっ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「…うん。…多分」

「あはは……」

 

 話し合いが終わって、解散となった後。

 私と津久井さんは、別のカフェに居た。

 雪ノ下さんと向き合っていた緊張から解放され、安堵から溜め息が漏れる。

 話し合いの結果は、一先ず成功、と言った手応えだった。協力を取り付けると言う最大の目的を達成しこそすれ、『その』目的は見破られてしまった。

 相手に腹を見せる形で戦ったのは、流石に不味かったかも知れない。…何となくだけど、比企谷や葉山君を見て、弱みを掴ませたら刺されそうな気がしてたんだけど……。ま、まぁ、外れて良かったね、ってところかな。

 

「……ところで折本さん」

「んー…?…何?」

「…その、…えっ、と……比企谷君とは、…上手くいってるんですか?」

「えっ…!?」

 

 ──!

 突然の爆弾投下どーん!って感じに、いやもうそれはそれは『ところで』過ぎる爆弾を投下して来た津久井さん。何も飲んでないのにむせてしまった。…彼女も比企谷を好きだった(と言うより恐らく今でも好きなんだろうけど)手前、やはり気になるのかも知れない。それが何で今出て来たのかは、まぁ多分ここのところずっと奉仕部と比企谷の話をしてて、それに携わって来たからだろう。

 

「だ、だから、…その、どう…なのかな、って」

「ど、どうって、…そりゃあ上手く──」

 

 …ん??

 今言おうとして気付いたけど、果たして上手くいってる、って言えるのかな…?

 奉仕部の騒動でそれどころじゃないのは分かるけど、確かに最近顔見れば『奉仕部』で…。恋人らしい事何もしてない?いやでもそもそもがアイツだし、期待するのは酷だし、何より頼りない…。

 …でも元はと言えば奉仕部との事が邪魔してる訳だから、それを確かめる為にも先ずは障害を片付けないと…。

 

「……実を言えば、どうか分かんない…かな。…そもそもが比企谷だし。『アイツにとっての良い事』=『皆にとっての良い事』になる確率ってそんなに高くない気しない?」

「ふふっ…、それは確かに…分かるかも知れません。比企谷君ですし」

「そーなんだよねぇ…。………津久井さんの前で言うのもどうかと思ったんだけどさ、やっぱり言いたいし、津久井さんなら理解出来ると思うから言っちゃうけど」

 

 そこまで言って、ひと呼吸おく。

 

「…比企谷の恋愛感とか、私と比企谷の関係って恐らく、一般のそれとはかなりかけ離れてるじゃない?」

「だと…思いますよ?……と言うか、それで言うなら私と折本さんの関係もなかなか凄いと思いますけど…」

「…まぁ、それもそうなんだけど……。こう、恐らく比企谷の求めてるものって、『彼女』ってステータスじゃなくて、単純に『居場所』な気がするの。…でも、それは『空間』じゃない。そう言う居場所が欲しいんじゃないんだと思う」

「……何となく、言おうとしてる事は理解出来ます。…比企谷の求めるもの、それは『理解者』とも少し違った、…敢えて言うなら、『本音で語らえる場所』…って言う感じですかね…?」

 

 …流石だ。

 彼女の私が言うのも何だけど、比企谷を良く理解してる。

 津久井さんもまた、比企谷の本質を見抜いた一人だ。それに気付く過程を私は知らない。けど、気付けるだけの観察眼と、寧ろこっちは付き合いが出来てからの事だろうけど、比企谷に似た思考を持っている。私とは違ったタイプだ。

 そしてだからこそ、理解に正確さが垣間見える。

 同族理解の要領で、自分に置き換える様にして求めるものを割り出せるのは、かなり強みだろう。

 私の場合、そうは行かないから、少し羨ましくもある。…そもそも私が比企谷思考とか、それはどう考えても無理がある。別人じゃん。

 私が比企谷を理解出来たのは、努力したからだ。興味を持って、理解に努めたからだ。だから理解出来る様になったし、彼の数少ない理解者だと、(張る相手は居ないけど)胸を張れた。

 まぁ、今現在の事実を言ってしまうと、私も着々と比企谷に侵食されつつある。ふとした時に、以前の私ならと思う事が、中学時代と比べて格段に多くなっているのが良い証拠だ。彼色に染まる、と言うのももしかしたら悪くないのかも知れない。

 

「…でも、折本さんは──いや、そうじゃないですね。先ずは彼の事…ですよね?」

「──っ。何でもお見通しかぁ…」

「何でもじゃありません。…彼だけですよ」

 

 どうやら本当に彼について、彼女に隠し事は出来ないみたいだ。

 それが嬉しくもあり、そして結構悔しい。

 まぁでも、ここのところ三人で出かける事が多かったし、仕方ないっちゃそうなのかも知れない。

 

「取り敢えず、比企谷を説得しよっか」

「そうですね。…私も手伝います。いえ、手伝わせて下さい」

「ううん、こっちからお願いするよ。よろしくね?」

「はいっ!」

 

 …もし説得出来なければ、最悪は事後承諾の形で彼を騙す事になってしまう。それは避けたい。…でも正直、彼を説得出来る自信も、あまり無かった。




 どうも、おひ(ry
 さて、前書きの件ですが、今までの構成「本編」「AS」「IF」の三つから、ASを「AS①」と「AS②」の二つに分け、「本編」「AS①」「AS②」「IF」の四つに分けようと思ってます。

 理由としては、一言で言ってしまえば私のミスです。
 そもそも今書いている部分と言うのは、本編で既に解決している比企谷君と雪ノ下さんの仲直りについての部分を、(作者が勘違いして無理やり別の原因を作って)仲が直る前の状態に戻して書き直しているだけです。

 また、気付くのが遅かったのと、それを基軸に書いて行く予定だった事で、話が膨らんだ後に気付く羽目になり、モチベのダウンに繋がり、そして現在に至ります。
 これでは仮にも「折本アフター」とは言えないので、「本編」から直結で読めるよう、新たなアフターを書くことにしました。
 とは言え、(駄文ではありますが)今までの部分も無駄にはしたくないので、(一応頑張ってはみますが)今書いている部分を読まずに本編から飛べる様に書きつつ、その人物相関図に関しては今現在のものの続きとする事で、今現在のアフターを経由しても読める様にするつもりです。

 そして、ここから話が戻りますが、ASの分け方についてです。
 現在の(仮称)「奉仕部再編」編を「AS①」として、それが片付き、障害の無くなった後の折本との話を「AS②」とします。

 恐らくこのまま行くと、AS全体の話数が本編を超えるという事態になりかねませんが、そこはご了承下さい。


 これからも温かい目で見守って頂けますよう、よろしくお願いします。


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14(41)

アレだけ休んでて、昨日久しぶりに投稿した挙げ句今日も投稿と、本当に不定期極まりない作者です。
今回からAS①、ようやく収束方向へと転じます。


 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

「もう秋になっちゃったね…」

「…そうね。……季節の巡りは、早いわ」

 

 総武校校舎内、とある馴染みのある一室。由比ヶ浜の独り言の様なそれに、雪ノ下が応える。

 対して俺は、広げていた参考書から、視線を窓の外の紅葉している木々に移すだけである。

 

「…でも、少し癒やされます。…今までの足取りを、想う事も出来ますから」

「…………詩人だな」

「ええっ…!?」

「…ど、どう言う事?ゆきのん」

「…そうね、そこの国語学年一位さんにでも訊いてみたらどうかしら?」

「お前それまだ根に持ってたのか…。…てか素直に津久井に訊けよ…」

 

 それまで筆の走る音しか無かったところが、皆、糸が切れた様に会話が始まる。

 その様子を眺めて、これはもう駄目だなと思ったと同時、たまたま雪ノ下と目が合う。

 目配せをすると、彼女は頷いて、席を立った。

 

「少し休憩にしましょうか。由比ヶ浜さん、津久井さん、紅茶、飲むかしら?」

「うん!もらうー」

「私も、お願いします」

 

 俺の分は、果たして『確認済み』と取られたのか『眼中に無い』という暗示か。

 どちらでもいいはいいが、流石に凹むかも分からん。

 

「………………」

「…あれ?どっか行くの?ヒッキー」

「いや…。…窓開けていいか?」

 

 黙って席を立ち、教室の窓の方へ歩く。

 許可を取って窓を開けると、暖まっていた部屋を冷さんとばかりの外気が一気に入って来る。

 そこから下を見れば、グラウンドと、そこで活動する各種部活。…もう既に引退試合の終わったサッカー部をチラッと一瞥すると、恐らく新部長なのだろう。檄を飛ばしている最中だった。年度が変わり、同時に一色が抜けた。そこから少しして、三年の引退のかかった試合。そこは勝ち進んだらしいが、その次の試合で、長年のライバル校に惜敗し、葉山や戸部を擁したサッカー部三年は引退となった。そんな経緯から分かる通り、今のサッカー部に知り合いは居ない。だから特別見たところで何が面白いと言う訳でも無いが、何となく秋と紅葉を見てからそれを思うと、どうしても枯れ行く様にしか見えず、そう言う気持ちにさせるのには、十二分な力を持っていた。

 びゅうっ、と一陣の強い風が吹き、伸びた前髪がやっとかかっていた右目を閉じる。

 視線を上げ、高く広い空を見れば、僅かばかり薄く広がる、水彩の白の様な雲々。

 女心と秋の空、という有名なことわざがあるが、男心と秋の空、何て物もある。違いと言えば、女心の方が意味が多い事くらい。そもそも女心の方のもとの意味は男心と同じく、相手を思う気持ちが秋の空同様に変わりやすい様を表している。だから、性別くらいの差しかない訳だが。話を戻すと、俺の心は、果たして秋空の様に揺れているだろうか。…折本に対し、一喜一憂し、彼女らしく扱えているだろうか。

 奉仕部の問題が解けたのも、彼女の功労のお陰と言って過言でない。

 だから、それが引っかかっていた。

 そもそも彼女は俺に、俺らしく、と一言言っていた。俺はそれの意味するところを、背伸びするなという風に取った訳だが、果たしてそれが何もしない事に繋がるかと言えばそうではない。

 未だに恋人が恋人になる理由は分からないし、折本の事が好きなくせに、愛を考えればそれを否定出来てしまう。しかしそれは俺が俺であるが故であり、証拠だ、と彼女は言ってくれた。

 

「はぁ……」

 

 溜め息一つ、過去の今までに向けて。

 下を向く様に振り返りつつ後ろ手で窓を閉める。

 そうして顔を上げると、そこには三つの顔が並んでいた。

 

「うおっ…」

「……今のは仮にも乙女の顔に向けてする反応じゃないわよ?比企谷君」

「い、いや、ビックリしたんだよ。…ってか、三人揃って何だ」

「えへへ…何だと思う?」

「比企谷君が当ててみて下さい」

 

 ピッタリと三人横並びして、俺とは教室と同じ床タイル二枚分くらいの距離を開けて、そこに立つ。

 もう十月も半ば。そんな中途半端な時期に、何かする様な事があっただろうか。

 しばらく考え込む。が、一向に分からない。

 

「…降参だ。さっぱり分からん」

「ヒントは、今年やってない事、だよ、ヒッキー!」

「はぁ…?」

 

 どうやら、飽くまでも俺に答えさせる方針らしい。

 また長考タイム。とは言え、降参した時点で真面目に考える気は失せていたので、軽くしか考えなかったが。

 早めに切り上げて何か言われるのも怠かったので、少し時間をおいてから。

 

「…やっぱり分からん。正解は?」

 

 肩をすくめながらそう言った。

 

「…まぁ、そうよね。……比企谷君、遅くなってしまったけれど、……その、誕生日、おめでとう」

「おめでと!ヒッキー!」

「私からも、おめでとうございます。…とは言っても、私と比企谷君は折本さんと一緒に三人で祝っちゃいましたけど…」

 

 た ん じ ょ う び 。

 

「そういやそんなのあったな…」

「ちょっ、ヒッキー!?」

「自分の生誕くらいは祝うべきじゃないかしら…」

 

 今年はもう受験だし、それまでは受験勉強しつつ奉仕部とのいざこざを解決と、忙しくて構って無かったし、折本たちに祝われた後も余り変わらずで、すっかり抜けていた。

 

「津久井と折本が祝ってくれたのは、夏休み中だったよな」

「そうですね。…確か予備校帰りだったんですよね?比企谷君」

「あぁ…。…拉致されたかと思ったぞ」

 

 予備校帰りの俺は、津田沼から帰る途中、駅の改札を出た時点で、後ろから人混みの中を誰かに捕まり、状況を整理しようとしてる内に気付けばとある店の中だったと言う、ある種恐怖体験の様な事を体験したのだ。因みに、連れ去ろうとしたのはたまたま暇だったうちの親だった。帽子かぶってサングラスしてたから、完全に不審者の様相だったが。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あれは、奉仕部との仲を修復しようと、折本が各方面に奔走していた(らしい)八月の頭。

 家で勉強していたところに呼び出しがかかり、久しぶりだった事も手伝って、気晴らしにという事でそこへ向かった。

 待っていたのは折本と津久井。最近この二人で居る事が何となく多い気がするが、それは後になって俺の為だったと知った。

 

「あ、来た来た。比企谷ー、よっす」

「よう、津久井も」

「おはようございます」

 

 軽い挨拶。何時もならこの後すぐ移動するので、てっきりそうなのかと思って訊くと、折本は首を横に振って否定した。

 

 ──そして、当時の俺に、超弩級の爆弾を投下したのだ。

 

「…比企谷さ、奉仕部の事、まだ諦めてない…?」

「ッッ…!!」

「…答え辛いのは分かってる。…でも答えて。比企谷が戻る気が無いなら、それでいい。…それを引き摺らないで、振り切れるなら、それでもいいよ。……でも、そうじゃなくて、何かを抱えたまま引き摺るなら、教えて」

「…私からもお願いします。…比企谷君には急になっちゃいましたけど、…私と折本さんでそうした方がいいって、決めたんです」

 

 津久井はそう言いつつ、一度目を閉じて、その後一層はっきりと俺を見る。

 

「………比企谷君は今、迷ってます。……それは、『そういう気持ち』がまだあるから何じゃないですか…?」

「──っ…」

 

 正論だと、素直に思った。

 迷うのは、その気持ちを捨て切れてないから。その通りだ。だから迷って、そしてそのまま忘れようと、どこかで必死になっていた。

 

「…何で今なんだ?」

「……私は、比企谷に笑顔になってもらいたい。…それは、分かってくれる?」

「…あぁ」

 

 折本が問うたのは、俺が笑顔では無いという、事実。

 それが分かるからこそ、頷くしかなかった。

 

「…それでね、ここからは勝手な事なんだけど、そろそろ比企谷誕生日じゃん」

「あっ……あ、あぁ、そうだったな。…それが?」

「…いや、だから、…その、誕生日は笑ってて欲しいな、って」

 

 そういう事らしい。

 俺の為に。誕生日を笑って過ごせる様に、余計なお節介と言われかねない事を、恐らく今まで周到に準備して来ての今なのだろう。…どんな事をしていたのかは、全く想像がつかないが、俺の人間関係を鑑みるに、碌でもない以上、相当苦労した筈だ。

 そこまで悟って、俺は肩肘を下ろした。

 

「………戻れるなら、……許されるなら、戻りたい。…それが、本音だ(、、、)

 

 俺は、俺が初めて信頼を許した他人に、それを伝える。

 それを見た二人は、少し笑って、そして互いに顔を見合わせた後、頷いて、

 

「分かった」

「分かりました」

 

 と、短く一言言い放った顔は、まだまだ暑い夏の爽やかな陽射しの中に透けて、とても輝いて見えた。

 



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15(42)

毎年恒例、大晦日更新です。…今回上手く切れなくて。…年末なのに凄い中途半端感。


 そんな事があって、その翌日だった。

 勉強に集中しなければならない時期なのは重々承知しているが、あんな事があっては集中出来る筈もない。

 だから、折本を呼んだのだ。

 何をするつもりなのか、俺は何をすればいいのか。…生憎な事に、俺程度の人付き合いではこういった場合、経験値が物の見事に足らず、力不足も甚だしい。その点折本ならば得意分野だ。適材適所。使えるところから使っていけばいい。

 そういう訳で、昨日に引き続いて折本と顔を合わせていた。

 

「…本当なんだな?」

「間違いないよ。それは私が確認してるし、何より『向こう』から言ってきた事だもん」

 

 折本曰く、陽乃さんから言われたらしいのたが、にわかには信じ難かった。

 『俺のせい』で雪ノ下がそうなっていると、そう言うのだから。…だがその上で、俺が傷付けた…何かした訳ではないとも言う。無自覚に傷付けた訳でないとしたら、一体何なのか、俺には到底分かりそうになかったが、折本は一瞬躊躇うかの様な素振りをしてから、結局それについても放った。

 

「…比企谷が入院してた時さ、雪ノ下さんが来て、私と口論になったの、覚えてる?」

「…あぁー、あったな。…それが、どう関係するんだ?」

「………比企谷、あの時入院してたじゃん」

「…?……あぁ」

「…それをさ、世間一般はケガ人とか病人って言うんだよ。…勿論、雪ノ下さんも」

「…まぁ、だろうな…」

 

 話の要領を得ないが、何かしらの含みを持たせたがって居るのは理解出来る話し方を続ける折本。

 …そして、遂にその結果が、その口から伝達された。

 

「病人ってさ、言い換えれば『弱者』でしょ?……そんな弱者にさ、病室入るなり罵声浴びせた…って、それ、ただの嫌な奴じゃん?…少なくとも、病人でなくてもそう取れるのに、よりにもよって、『弱者』の『弱み』を態と潰す様な言い方してさ」

 

 どこか遠くを見る様に、少し目線を俺から外してそう言う折本。

 後は察してくれ、と言う意思が、さっきから暗に伝わって来ているのでこれ以上の追求は避ける事にした方がいいだろう。言わんとする事も分かった。…要は、元々俺と雪ノ下の問題でありながら、今となっては雪ノ下に免罪符を与えて、雪ノ下自身の気持ちを晴らさない限り、つまりは雪ノ下自身が何かしない限り、解けないのだ。

 俺にどうにか出来るのは、恐らくその免罪符を与えてやる事のみ。だがそれが、最大効率化されたベストチョイスである事に疑いの余地は無い。雪ノ下を説得出来ればの話ではあるが。

 

「…やる事は分かった。……だけど、雪ノ下はもう無理なんじゃないのか。『俺と居る』だけで拒否反応起こすレベルなら…」

「何も比企谷が直接会わなくても、雪ノ下さんが考えを改めてくれればそれで良いんだし…。……比企谷は気にしてないんでしょ?あの件については」

「あぁ…。…ってか、気にしてたとしても、そこまでになるか?普通…」

「…比企谷と雪ノ下さんの関係が普通じゃなかったんじゃないの?」

 

 言いながら、見事なジト目とともに脇腹をゲシゲシと突っ付く折本。

 意味するところを咄嗟に悟って、そして否定して。現状を鑑みて、再度半信半疑ながらに肯定する、という流れが頭の中で終わった頃には、俺は口を開いていた。

 

「…雪ノ下に伝えてくれないか。『俺は気にしてない。…お前が悪くなかった何て事は言わないが、少なくともそこまで深刻に考えなくていい』って」

 

 俺がそう折本に向けて言うと、折本は何とも複雑そうな顔をした後に、まぁいっか、と一言漏らしてから、その伝言を了承してくれた。──ただし、少し納得のいかない様な顔をしてはいたが。…ちょっとその…何だろう、いかにも嫉妬してますみたいな反応されると、いつものサバサバした感じとのギャップで……。実際の彼女相手に不覚にもとかどうなの、って気もするけど、不覚にも萌えました。

 

 …とまぁ、そんな惚気はいいとして、俺が出来る事は今のところもうない…筈だ。もちろんそれは折本の言葉を信じるならの話ではあるが、今回は大人しくそれに従う事にしよう。…自分で探したら、やる事は見付かるかも知れないが、対象があの雪ノ下だし、何より今は俺の何の行動がどう影響するか分からない。ならせめて危険は冒さない方がいいと、俺の勘が告げていた。…そもそも俺は、未だに雪ノ下がそんな理由で引き籠っているという事すら完全には信じていない──信じる事が出来ずにいるのだ。仮にこれ以上俺が原因で雪ノ下を苦しめる事になったら、関係の修復はおろか、関わり合いそのものが切れかねない。

 

 そこまで考えて、ふとした疑問が頭に浮かんだ。

 それだけは避けたいと、そう思った俺が居た事実を、…恐らく、これまで無意識に避けてきた考えを、明確に意識した。そしてそれと同時に、あの場所が…奉仕部がどれだけ俺にとって価値のあった場所だったのかを、そして、モールでの由比ヶ浜とのやり取りの真の意味を、今更になって理解した。

 

「っ……!」

「…比企谷?…大丈夫?」

 

 果てしない絶望感と悲壮感の海に、何の覚悟も無しに放り込まれた様な。そういう類の重い衝撃が俺を支配する。

 それは、俺が今まで折本という名の殻に蹲る様にして避けていたもので、その衝撃はあの時の事故にも勝るとも劣らないだろう。

 俺が雪ノ下に背負わせた、由比ヶ浜に期待した結果の、大きな反動。

 『俺は気にしていない』などと、よく言ったものだ。

 俺が今やるべき事。──それは十中八九、俺自身を理解する事だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──折本かおりサイド──

 

 二日立て続けに比企谷と話をして、現状の方針を固める。

 先ずは目的。これは、大きなところで言えば、奉仕部を元に戻す…つまり、比企谷とあの二人を「友達」と呼べる関係に近いものに持っていく事。小さいことろで言えば、雪ノ下さんとの関係回復だろう。

 その一歩の為に、色々遠回りをして、比企谷をせっついて。ようやくその一歩目を踏み出す事が出来る舞台が整った。

 

 本来なら、比企谷が直接雪ノ下さんに伝えるのが何よりの形。しかし、学校に姿を見せず、そのまま夏休みに入ってしまってはどうしようもない。何より、比企谷に対して心が拒絶してしまっているのだから、まさに取り付く島もなかった。

 そこについては今更どうこう言ったって遅い。もうなってしまっているのだから。

 

 だから、今回は私が代理をする。

 

 彼の為?そりゃあそう。…まぁ、全部が全部、彼の為じゃないけど。…私の勘が間違ってなければ、雪ノ下さんも監視する必要が無きにしも非ずな気がする。

 …そりゃ、彼氏がモテるのは良い事だと思うよ?雪ノ下さんみたいな超絶美人にモテる程の、ってのは自慢になりますよ。えぇ。…ただ、浮気は別。それは別の話。

 勿論、比企谷を縛るつもりは無い。

 比企谷がその人の事を本気で好きで、私に愛想を尽かして居るなら、それは私の努力が足らなかった証拠。

 だけど、私の事が好きだけど、可愛いから、何て理由で手を出すのは外道。…と言うか女の敵だ。許すまじ。

 そもそも、現にもう津久井さんって言う最大の強敵が近くに居るのに、これ以上強敵を増やすと本当に私が転覆しかねない。…と、思ってはみるものの、そこで一旦ストップ。これ以上増えたところで、個々人と比企谷の関係で見て、私が比企谷を一番愛せていれば良いのでは…?…ふむ。確かにそうかも。…よし、何か希望が見えた。

 

「うわー…広い」

 

 住む世界が違うとは、こういう事だろう。まさにアニメの様な、鉄格子の大きな門。奥には石畳の道も見える。洋風で、落ち着いた雰囲気のある、お屋敷だった。

 緊張する指を何とか抑えて、門横にあるインターホンを押す。…まぁこう言う場合、アニメでは使用人が出るのが普通だ。

 

『はーい。あら、折本ちゃんじゃない。…例の件、もう纏まったの?』

「!?…ゆ、雪ノ下さん」

『あ、あーごめんね。今、門を開けさせるから。…二分ほど待って?』

「え?…あ、はい」

 

 そう言って切れる通話。言われて気付いたけど、守衛さんって居ないのかな。

 …と、思ってる内に、それはそれは見事な、まさに黒服、と言った感じの使用人が現れ、何かを弄ると、ひとりでに門が開き始める。

 そうして私は、色々と違う世界観に気圧されつつも、目的を果たす為に、雪ノ下家へと足を踏み入れた。



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16(43)

お久しぶりです。
ホントにお久しぶりです。
長らくお待たせ(待ってた人が居るかは別)しました。
書き上がったんで、投稿します。
もう言い訳はしません。単純に書いてなかっただけです。はい。これからも気まぐれで投稿します。えぇ…。
…まぁここまで膨れ上がった作品ですから、作者自体、終わらせる事が望みの一つ、みたいな所あるので、終わらせはします。…今のままで、津久井編まで書けるかは、怪しいですが…。少なくともこのASは終わらせます。


 開いた門から、執事(?)に先導される形で歩いて行く。

 今更になって、隣に立っている大きなビルの壁面に『雪ノ下建設』の文字があった事に気付き、本当にお金持ちなんだな、と、有り体な感想を浮かべた。

 都会の中だという事を一瞬忘れてしまう様な、人工林を両側に備えた、最早『道』と称するに値する敷地を歩き、遂にその建物の前に着く。

 

「あ、来たね。いらっしゃい、折本ちゃん。…ご苦労さま、下がっていいよ」

「はっ。では」

 

 去り際までまさにイメージそのままな黒服の人は、そのまま私の後方へ消えて行く。恐らく門まで戻るのだろう。

 数秒としない内に雪ノ下さんに手招きされ、私はその戸を潜る。

 静寂とした雰囲気に覆われた大きな空間に放り出され、思わず息を呑んだ。

 

「こっちだよ」

「あ、はい」

 

 面接にでも行く様な気持ちで、雪ノ下さんに先導される間中ずっと、言うべき事を脳内で反芻する。

 比企谷が気にしてないという事。

 そして、比企谷は元の関係に戻る事を望んでいる事。

 

 これだけ言えば、取り敢えずの私のミッションは終わる。

 だからせめて、と、ずっとその演習をしていると、雪ノ下さんが足を止めた。

 

「この部屋が雪乃ちゃんの部屋…なんだけど、ちょっと待っててくれるかな」

「え、あ、はい…」

「そんなに待たせないから」

 

 そう言い、目の前のドアをノックして、返事を待たずにその中へと消えて行く雪ノ下さん。

 『やぁ、雪乃ちゃん』と言う声が聞こえた頃には、ドアが閉まり、それ以降は何も聴こえない。ドアの目の前にいるのに、音が漏れない様になっているのは、恐らく開いた隙間から見えた大きなコンポと、バイオリンか何かの入っているらしいケースが置いてあった事を見ると、どうやらその辺に理由がありそうだ。

 その後、無音の空間に気圧されつつも、そのまま待つ。こういう時は時間が長く感じられるから、左腕の時計を見ても、一分経ってない、なんて事を数回していた。

 そして──。

 

「お待たせ、折本ちゃん。どうぞ」

 

 ドアを開けて現れた雪ノ下さんが、私を手招く。それに従う様にして、私は決戦の場所へと足を踏み入れた。

 

「いらっしゃい、折本さん。…歓迎するわ」

「う、うん…。ありがとう、雪ノ下さん。…ぇ、と、お邪魔させてもらうね」

「そんなに堅苦しくしなくても良いわ。…あと、姉さんは出てって頂戴」

「……ん。…まぁ、今日は可愛い妹の言う事を聞いてあげよう」

 

 雪ノ下さんから、明らかに好意とは取れない視線を向けられつつも、そう言い残して、ヒラヒラと手を振りながら部屋から出て行った。

 

「…姉が迷惑をかけなかったかしら」

「い、いや、そんな事ないけど…」

「そう、…なら、良かったわ」

 

 あの時、あれ程にまで言って、一時は言い負かしたとさえ感じた相手なのに、全然対等である気がしない。…いや、それもこれも気負いのせいなんだろうけど、まるで別人を相手にしている様だった。

 …ただ、それはどうやら、私の気負いのせいだけでもないように思えた。……本当に別人の様に見えるのだ。あれ程綺麗だと憧れた美貌こそ保っているものの、髪のツヤも記憶の中のそれとは違うし、服から伸びている腕も、脚も、どちらも以前に増して細く、折れてしまいそうな程だった。…記憶のそれを美化していないとも言えないが、それには留まらない、それだけでは説明のつかない雰囲気の変化が、彼女にはあった。

 そんな、彼女の変化に狼狽えている私をおいて、彼女は部屋の奥の方へと歩いていく。そんな彼女を──それもおかしい話だけど──子供の心配をするかの様な気持ちで、部屋に入って以来一歩も踏み出してない事を思い出しながら、見守っていた。歩き方にこそ気品ある雰囲気は見えるが、やはりその後ろ姿には、何か喪失感を思わせる暗い表情が見て取れた。

 

「折本さんも、こっちに来たらどうかしら」

「え、…あ、うん」

 

 まだ緊張の取れない身体をぎこちないながらも動かして、彼女のもとへ向かう。

 丁度私の立っていたドアの前からは仕切り一枚隔てて見えない位置に、丸テーブルと、椅子が三脚。その一つ…雪ノ下さんの真向かいの位置になる椅子に座る。

 私が座る事を了解したと、雪ノ下さんはテーブルに着くのと同時に紅茶を出してくれた。

 

「有り合わせでごめんなさい。新しい物を淹れている時間が無かったものだから。…姉さんに出した物と一緒になってしまうのだけれど」

「き、気にしないでいいよ。急にお邪魔したのはこっちなんだし」

「そう言ってもらえると助かるわね。………それで、…やっぱり、…比企谷君の…話かしら…?」

「!……うん。そうだよ」

 

 まさか彼女の口から出るとは思って無かった事もあり、少し驚いたが、すぐに気を引き締め直す。以前比企谷に聞いた症状よりは、幾らか回復している様だ。

 

「先ず、雪ノ下さん…貴女に、……ううん、奉仕部に。……ごめんなさい。私のわがままで、関係を壊しちゃって。…だから、また奉仕部が奉仕部として集まれる様に、協力させて欲しいの。…それが、比企谷の願いでもあるから…」

 

 そう言った私は、座ったまま軽く会釈をする様に、頭を下げた。

 そして、雪ノ下さんの応対は、以外とも、当然とも取れるものだった。

 

「…ダメよ、折本さん。……貴女がここで謝るという事は、今の比企谷君との関係を後悔しているとも取られかねないわ。…私にはもうその資格は無いのだから、私が悩む必要は無いけれど、それでも由比ヶ浜さんは違うわ。…だから、奉仕部に対して謝るという行為は、由比ヶ浜さんが居る以上、してはいけないのよ」

 

 言いながら、雪ノ下さんの目線は私から逸れていった。どこを見るでもなく。ただ、私から逸しただけの様に感じたのが、私の心に、何かを植え付けた。

 

「……比企谷からの言葉を伝えようと思ったんだけど、その前に一つ…良いかな」

「…何かしら」

「…凄い今更な事だけど、確認したいの。……雪ノ下さんは…比企谷の事が、好きなの?」

 

「それ…は…」

「答えて。…お願い」

 

 少し、圧をかける。今の彼女に、以前の様な気品から来る威圧感は全く無い。…それも手伝って、私は予定より早く、そして深く、核心に迫った。

 

「聞いて、それで私が雪ノ下さんに比企谷を渡す訳でもないし、そういう意味では、雪ノ下さんにとってみれば意味の無い…ううん、寧ろ悪意のある質問に思えるかも知れないけど、…私が確認したいのは、雪ノ下さん…貴女が、彼から逃げてるんじゃないか、って事」

「……………」

「…もし、雪ノ下さんが、比企谷の事が好きなら、あの時怒った理由も、…まぁ、分かるよ。……でも、それは間違いだったと、自分で気付いてしまった。…だから、貴女はそんな自分が許せなかった」

 

 今、私が言っているのは、比企谷、小町ちゃん、それに、雪ノ下さん(姉)に聞いた雪ノ下さんの人柄から想像した、デタラメを口にしているだけ。…理由は明白。それもこれも、やっぱりその口コミからだけど、彼女は間違っている事に対して、徹底的に正そうとする性格らしい。…そして、挑発に乗りやすい、と、姉直々に教えてもらったのをそのまま信じて、雪ノ下さんが間違ったと、わざと適当を言って、それで真実を引き出そうと言う…少しリスキーな賭けだった。…これも、本来ならしなくていい事ではある。本来の目的は、比企谷の意志を伝える事。ただそれのみなのだから。

 

 ──しかし、どうやら今日の私は冴えているようだった。

 

「…そう……なのかも、知れないわね」

「────え?」

 

 私から言っておきながら、認められて素っ頓狂な声を上げてしまう。カッコよさの欠片も無い。

 だけど、そんな私には構わず、雪ノ下さんは続けた。

 

「…確かに…そうかも知れないわ。…あの時──いえ、今もだけれど、彼が私のものになった事は、一度も無いわ。…それなのに、あそこで貴女が近くに居たのを見ただけで、勝手に盗られたと勘違いしたのは…そうね。私が、彼を──」

 

「──好きだっ…た、から…なのね…」

 

 置いてあった彼女の紅茶に、波紋がたった。

 私は、何もしないまま、しばらくその紅茶を見ていた。

 

 彼女の顔は、見られなかった。…見ては、いけない気がした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それから、何時間話しただろう。

 詳細については、誰にも言うなと、この世の物とは思えない程の冷気を纏って笑顔で言われたので、黙って頷いた。…あえて言うなら、目的は達成した、という所だろう。やはり彼女は認識していなかったのだ。自分の気持ちを。そしてそれは、正しく言えば、認知していながら、無意識下に止めようとしていたのだ。だから、それに気付くまいとしていた自分と、既に行動して結果として現れていたその現実との狭間に挟まれ、身動きが取れなくなり、やがて窮屈に感じた彼女は動けなくなった理由を探してしまったのだろう。そうして気付いた後には、その性格故の自責の嵐が待っていた…と、言う流れか。…想像するに、だけどね。決して聞いた訳じゃないけどね。うん。…うん。

 

 取り敢えず、仕事の一つを終えた私は、比企谷に一本の連絡を入れた。

 

《To :比企谷八幡

 Sub:雪ノ下さんからの伝言だよ

 Text:雪ノ下さんに伝えたら一言あったから、行ってあげて?『夏休み明け、奉仕部に来て頂戴』ってさ》

 

 送信出来た事を確認して、目線を切る。昼というにはやや遅い時間だが、この天気ならこれからどこかに行くのも悪くないかも知れない。勉強…?受験生…?………まぁほら、根詰めても、って事で。




久しぶりに書いたんで、キャラの感じが変わってたり、以前の所との矛盾が生じてる可能性があります。…が、矛盾については、ご指摘を。キャラの感じ…は、直せるかな。まぁ、頑張ってみますので、こんなふうに変わった、等あれば。あ、尚、今の方が良ければそれはそれで。良い悪いの判断基準は…まぁ、原作から乖離せず且つ、この作品の雰囲気にあってるかどうかで。


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IFルート① 津久井一奈編
01


津久井ルート一話目です。
ただし津久井さんは出て来ません。

本編との違いは、折本と比企谷は、【過去に付き合っていた】と言う設定でやって行きます。それと、津久井さんの告白はまだ、と言う事で。

03からの分岐です。


 十二月某日。

 

「そこはロジカルシンキングで論理的思考の元に考え出した結論を皆で出し合って、それをカスタマーサイドに立ってお客さん目線で見た時に──」

 

 何やら呪文を唱えている玉縄と、以下数名の海浜総合勢。

 

 それに対して総武高校側は特に何もしていない。それはそれで問題ではあるが。

 

「…すいません、そろそろ時間なんですけど……」

 

「!…あ、はい!…じゃ、じゃあ残り時間も無いので今日はここまでにしましょう」

 

 そのタイミングでセンターの職員が声を掛けて来て、これを逃さんとばかりに一色が声を出す。

 

「……そうだね。…じゃあ、この続きは次回にしようか」

 

 中断された事が気に食わないのが明らかに顔に出ている玉縄は、それでもしばらくすると、やり切ったと言いたそうな顔をしていた。

 

 ──多分、本人の中では、自分の言い分が周りに共有され、納得を得られているとでも解釈されているのだろう。

 

 それもそのはずだ。──この会議には、否定が無いのだから。

 

 

 ──だから、このままではダメだ。

 

 どこかで、誰かが流れを変えなければ──

 

 

 こうして、俺が初参加したクリスマスイベントの会議はわけも分からぬままに終了した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「せんぱ~い!」

 

「…何だ、一色か」

 

「むー……。何だとは何ですかね」

 

 帰りの荷物を纏め、ささっと帰宅しようと思ったら、一色に捕まった。

 

 こいつに捕まるとしばらく愚痴を聴かされ続けるから今は捕まりたくはなかったんだが…。

 

「…ところで先輩」

 

「…何だよ」

 

海浜総合(向こう)の一人が何か先輩の事をずっと見てたんですけど、知り合いですか?」

 

「…知り合い?…いや、居ないと思うが」

 

「……ほら、あの人ですよ」

 

 一色が指差した先には、──確かに、知り合いがいた。

 

 ──折本かおり。

 

 中学時代、俺が告白した相手であり、そして高校一年まで付き合っていた奴でもある。

 

 その後、ちょっとしたいざこざがあり、現在は“親友”である。…と言っても、今はしばらく会ってないから話してないが。

 

 因みに、他の人達で俺と折本の関係を表すと【涼宮ハルヒの憂鬱】に出て来たキョンと佐々木みたいな感じだ。まぁ、俺はキョンではないし、折本と佐々木は性別以外全く被ってるところがないが。

 

「……………」

 

 まぁ、向こうも気付いてないみたいだし、とっとと帰るとするか。

 

「じゃあな、いっし──」

「あれ?比企谷?」

 

 帰ろうとしたら、折本に捕まった。

 

「おう、折本か」

 

「比企谷も来てたんだ。全然気づかなかった…」

 

「まぁ、今回が初めてだけどな」

 

「…ちょっと背伸びた?」

 

「お前は縮んだか?」

 

「…比企谷が大っきくなったんだよ」

 

「つまり折本は伸びてないのか」

 

「まあでも女子はこんなもんでしょ」

 

「知らねーよ。…んな比較出来るほど女子なんて見てねぇし」

 

 ──と、久しぶりに折本との会話に熱中していると、横から声がかかった。

 

「…あ、あの、先輩?…誰ですか?この人」

 

 一色は、折本を指差しつつ俺に訊いてくる。

 

「指差すなよ…。こいつは──」

 

「私?私は折本かおり。…えっと、比企谷の親友」

 

「…………えっ!!?」

 

「おい待て一色。今の間とその後驚いた理由を説明しろ」

 

「…だ、だって、あれ程友達居ないって豪語してた先輩が……」

 

「嘘は言ってないだろ…」

 

 そう。嘘は言ってない。居ないのは友達であって、親友じゃない。

 

「…むー。納得いきません!…先輩、それから折本さん?もこの後時間ありますか?」

 

「俺はこの後…」

「私はあるよ?」

 

「それじゃ、行きましょう!」

 

 俺の意見は無視ですか…。それ訊いた意味無いよね?しかもどこへ行くかすら言われてないんだが…。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 一色に引っ張り出され、歩きだと言う折本と一色に合わせ、俺は自分の自転車を押しつつ向かった先は、サイゼだった。

 

 中に入り、微妙に暖房の効いた空気を浴びながら案内された席に着く。

 

 一色が座り、その次に俺がその向かいへ座る。すると、当然のように折本が横に来る。

 

「……………」

 

「…なんだよ」

 

「…今先輩、物凄くスムーズに折本さんの分の席を開けてましたよね。折本さんがそっちに行くとは限らないのに」

 

「いや、限るだろ」

「うん。限るよね」

 

 何故か不機嫌な一色からの質問に、俺と折本がサラッと応えると、一色から出る黒いオーラの量が増えた。

 

「な、ん、で、限るんですかね」

 

「なんでって…いつも通りだよね?比企谷」

 

「まぁ、いつも通りっつってもしばらく前の事だけどな」

 

 俺と折本が疎遠になる前、よく二人でこうしてファミレスに来たりなんかはした。

 

 その時、殆んどの場合で折本は俺の隣に座っていた。

 

 最初は疑問に思ったし違和感もあったが、慣れてくると特に何の問題も無く感じる様になり、結局そのまま変えずに、隣り合って座り続けている。

 

 だから、一色が違和感を覚えるのも分かるは分かるんだが…。

 

「ってか、今回は別に普通だろ。俺の向かいに一色が居るんだから、折本がどっちに座っても問題無い──」

「ありますよ!」

 

「…え?」

 

「問題ありますよ!…でも、私が言ってるのはそう言う事じゃなくて──」

 

「──どうしてそんな肩が触れ合う様な位置で座ってるんですか!って事を言ったんです!」

 

 そう言う一色の声は、それなりに大きな声だった。

 

 だんだん一色がヒートアップして、声が大きくなって来たところで、取り敢えず一回宥めるかと思っていたら、横から折本が、

 

「一色ちゃん、一回落ち着こう?ここファミレスだから」

 

 どうやら折本も同じ事を考えていたらしい。…この状況だったら誰しもが考える事ではあるだろうが。

 

「…もういいです。…はぁ。…取り敢えず何か頼みましょう」

 

「一色は決まったのか?」

「一色ちゃんは決まってる?」

 

「…は?」

 

 何か頼もうと言った一色に、今度は同時に同じ事を訊いてしまう。

 

「…メニュー見ないんですか?」

 

「俺は頼むもの決まってるしな」

 

「私もね」

 

「……………。…因みに、何を頼むんですか?」

 

「「ミラノ風ドリア」」

 

「…私もそれでいいです」

 

 一色は、そう言いながら諦め混じりの溜め息を付きつつ、呼び出しボタンを押した。

 

 

 ──ドリアが届いて、それぞれ食べ始める。

 

 ここ最近はサイゼに行けて居なかったので、久しぶりに食べる事になったドリアの味は、相変わらずの美味さだった。

 

 これと対極を為すのは、恐らく由比ヶ浜の手料理くらいだろう。

 

 ──まぁ、それはいいんだが。

 

「なぁ、一色。そろそろやめてくれないか」

 

 さっきからずっと、こいつは俺のスネを定期的に蹴り続けていた。

 

「……………」

 

 俺が一色に言っている間も、一色はもくもくと食べながら蹴り続けていた。

 

 仕方なく、俺も(さっきからやってるけど、)避ける為に左右に足を動かしつつ食べていると、折本が──

 

「比企谷、口にドリア付いてるよ」

 

 とか言いながら俺の顔へ手を延ばし、ヒョイっと取ってそのまま食べた。

 

「…サンキューな、折もっ!?」

 

「ひっ、比企谷!?」

 

 折本に礼を言おうとしたら、最大の攻撃が俺のスネを襲った。

 

「………ふん!」

 

「……一色…この…やろう」

 

 痛みで泣くのを我慢しつつドリアを食べ終え、その日は結局一色が何をしたかったのか分からぬままに、解散した。

 

 

 ──そして明日、俺は人生最大の転機を迎える事になるのだが、この時の俺はまだ知る由も無い。




久しぶりに書いたら何やってるか分からないものが出来上がってしまった…。
それと、また風邪を引きました。

取り敢えず一話投稿しましたが、全然その先が決まってないので、しばらくは更新遅いかもです。
今まで通り、火曜日メイン・土曜日サブで更新して行く予定です。


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02

遅くなってしまい申し訳ありません。詳細は後書きに。


 * * *

 

 

 

 ──一色いろはサイド──

 

 先輩が今日、クリスマスイベントの会議に初参加するという事で、何となく私は浮かれていた。

 

 まだ先輩に好きとかそんな感情は抱いてないし、恐らくこの先もないと思う。

 

 でもまぁ、なかなかに代わりが効かない人ではあるから、手元に置いておきたい気もする。

 

 HR担任の解散の声に合わせ、直ぐに教室を出る。

 

 仕事がある時に友達から遊びの話を持ってこられたら、いろんな意味でたまったもんじゃないし、下手をすればあの先輩の事だから逃げられるかもしれない。

 

 だから私は、少し急ぎ足で二年生の教室がある階の廊下へと向かった。

 

 

 廊下へ着くと、空いていた窓から入って来た冬の冷たい風が私を出迎える。

 

 身震いしながらもその窓を閉め、廊下の目立たないところに立っていると、十秒しない内に先輩が出て来た。

 

「せんぱーい!」

 

 私が声を掛けると、明らかに表情を曇らせながら気付かないフリをして歩き続ける先輩。

 

 そして、私の横を通り過ぎ──させない。

 

 ガシッと腕を掴んで、グイッと引っ張った。

 

「うおっ!?」

 

 急に引っ張られた事で態勢を崩した先輩が私にもたれかかる様に崩れて来る。

 

「きゃっ!?…何ですか先輩私が引っ張ったのを言い訳にして女子の身体に触れようって作戦ですかやめて下さい正直キモイですってか何でそんなにきれいに胸のところに顔を突っ込んで──っ!?」

 

 いつも通り私が早口でまくし立てて居ると、顔を上げた先輩と目が合った。

 

 ──鼻と鼻が触れそうな、でも絶対に触れない微妙な距離。

 

「わ、悪ぃ!」

 

 状況を察した先輩が飛び退く様に後ろへ下がる。

 

「あ、いえ…。…って言うか今日の件、忘れてないですよね?」

 

 取り敢えず仕事の話題を出して誤魔化すと、先輩も便乗して来た。

 

「あ、ああ。…忘れてないぞ」

 

「そ、そうですか。…それじゃあ行きましょう」

 

 ──という事で、何かを犠牲にしながらも先輩を捕まえ、昇降口へと向かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 一旦昇降口で先輩と別れ、そしてすぐ合流する。

 

「コミュニティーセンターの場所は分かりますか?」

 

「ああ。大体の場所だが」

 

 私は通学にバスを使っているので、バスでコミュニティーセンターまで行くのだが、先輩は自転車があるという事で、自転車で行く事になった。

 

「先輩、逃げないで下さいよ?」

 

「分かってるよ。…はぁ」

 

「溜め息を付くと幸せが一つ逃げるらしいですよ?」

 

「そうさせてんのはお前だけどな。…んじゃ、取り敢えず先に向かうわ」

 

「はい。後から行きますね」

 

 という事で再び先輩と別れ、現地で合流する事にした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 会場に着いて当たりを見渡すと、入り口の前に先輩は立っていた。

 

「お、来たか」

 

「遅くなりました」

 

「バスだししゃーねぇだろ。取り敢えず中入っていい?寒い…」

 

 そう言う先輩は、本当に寒そうにしてたので殆んど二つ返事で反射的にどうぞと答え、二人して中に入る。

 

「…ってか、寒かったのに何で外で待ってたんですか?」

 

「…お前から見える位置に居ないと帰ったって疑惑付けられそうだったから」

 

 むっ。

 

 …でも、確かに否定は出来ないかも…。

 

 

 そのまま少し歩いて、とある一つのドアの前で止まる。

 

「そこか?」

 

「まぁ、…そうなんですけど。…覚悟、しといた方がいいですよ?」

 

 私は、それだけ言うと混乱する先輩を置いて先に入る。

 

「こんにちは~」

 

 笑顔を作って、それからいつもの、先輩に言わせればあざといと言う声で、あいさつをする。

 

「やぁ、いろはちゃん!」

 

 すると、海浜総合(むこう)の生徒会長が、すぐに反応を返して来た。

 

「少し遅れちゃいました~?」

 

「まだ開始時間まではあるさ。それに僕たちは有意義でユーズィフルネスな会議を行う必要があるからね」

 

「……はぁ」

 

 結局、今日もこの調子だ。

 

 この間も、──と言うか一番最初の会議から、この生徒会長はこんな調子で何言ってるのか分からない言葉を言っている。

 

 しかも、このままだといろんな意味で時間が無い。

 

 それは分かっている。

 

 でも、動けないでいた。

 

「せーんぱいっ!」

「うおっ!?」

 

 相手するのも面倒になり、取り敢えず先輩に逃げる。逃げるが勝ちだ。

 

「…ど、どした」

 

「えーっと、この後の事なんですけど──っ!?」

 

 ──ゾクッ。

 

 先輩の腕に身体を絡める様に抱きついていると、急に冷たい視線を感じる。

 

「お、おい、一色?」

 

「えっ?…あー、な、何でもないです」

 

 先輩から離れて当たりを見回すも、視線の送り主は見当たらなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 そして、事件が起こったのは会議終了後、逃げ帰ろうとする先輩を引き止めた直後の事だった。

 

「あれ?比企谷?」

 

「おう、折本か」

 

 ──見ず知らずのカワイイ系の女子が先輩に話しかけたのだ。

 

 これを事件と言わずしてなんと言う。

 

 しかも先輩は先輩でどこか楽しそうにその女子と会話してるし…。…じゃなくて!

 

「…あ、あの、先輩?…誰ですか?この人…」

 

 思わず指をさして訊いてしまった。

 

 でも、それくらいに衝撃的だった。

 

 だって、雪ノ下先輩や由比ヶ浜先輩と話している時も、独特の雰囲気があって、先輩も無意識なんだろうけど、その雰囲気に落ち着いていたんだと思う。

 

 だから、奉仕部での先輩は、普段の学校生活での先輩よりは自分をさらけ出している。

 

 でも、この人との会話は、なんて言うんだろうか。…互いに隠してない感じ──隠す必要もない、みたいな雰囲気があるし、先輩は本当に楽しそうにしている。…それこそ奉仕部以上に。

 

 

 ──だけど、返って来た返答は、もっと私を驚かせるものだった。

 

「私?私は折本かおり。…えっと、比企谷の親友」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「──────は?」

 

 思わず、いつもの可愛い私を貼り付けることすら忘れ、地の──しかも大分低い声で、え?何言ってんの感全開で言ってしまった。

 

 その証拠に、私達に話しかけようとしていた玉なんとかの顔は百面相し、身体は固まっているのに顔だけ表情が変わるという奇妙な図が出来ていた。……いや、冗談抜きに気持ち悪いんでどっか行って下さい。

 

 だって、あれほど何回も何回も何回も友達が居ないって言い続けて来た──豪語していた先輩に、あろうことか親友と名乗る人…しかも女子が居たのに、驚かないわけがない。

 

「先輩友達居ないってあんなに言ってたじゃないですか!?何ですか親友って!?…しかもそれが女子とか聞いてないです!!」

 

「嘘は言ってないだろ……」

 

 ……それはアレですか?先輩。

 

 親友であって友達じゃないからとか言うどうしようもないいい訳じゃないですよね?

 

「……お二人はこのあと時間ありますか?」

 

「まぁ、あるけど…」

「お俺はこの後──」

 

「じゃあ時間ください!納得できません!」

 

 ──という事で、私は先輩と折本さんと一緒に、別の場所へ移動することにした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──その後なんやかんやがあって先輩と折本さんが本当に親友だと言うのを行動から示された私は、終始呆気に取られたまま、結局解散した。

 

 先輩も、折本さんも、何も言ってないのに何かを差し出したり、逆に回収したり。とにかく言葉が必要ない関係だということを、嫌というほど理解させられた。

 

 あんな人が居たのに今まで友達はいないと言い張っていた先輩が本当に謎だけど、恥ずかしかったんだろうと勝手に結論づけてその疑問は忘れることにした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ──比企谷八幡サイド──

 

 そんな事があった日の翌日。

 

 今日も平日なのでいつも通りの道をいつもの時間帯に通り、そして学校へと着く。

 

 どんな時間に学校に着いたところで俺に話しかけて来る奴はかろうじて由比ヶ浜くらいなので、基本どの時間に行っても問題ない。

 

 それは朝に限った事ではなく、由比ヶ浜と一色というイレギュラーさえ除けば、基本俺は一人だ。

 

 だから、今日も、いつも通り一人で過ごし、そして放課後にまで辿り着いた。

 

「起立、礼」「ありがとうございました」

 

 特になんの変哲もない最終時限を終えると、三浦たちと話している由比ヶ浜を置いて一人で奉仕部へと向かう。──とは言ったものの、いつも一人で奉仕部へ行くからいつもと変わらないと言えばその通りだ。

 

 特別棟と教室棟をつなぐ渡り廊下を越え、階段を上がり、奉仕部に着く。

 

「……うっす」

 

「あら?比企谷君にしては早いじゃない。どうかしたの?教室に居場所が無かったとか?」

 

「居場所が無いのはいつもだ。今日は寄り道しなかったし一色にも捕まらなかっただけだ」

 

「まぁ、そんな事はどうでもいいのだけれど、由比ヶ浜さんは?」

 

「三浦たちと一緒に居たぞ」

 

 そこまでの簡単なやり取りを終えると、いつもの様に椅子を持って来て座る。

 

 パラッ…パラッ…

 

 本をめくる音だけが部室に鳴り続け、一切の会話すらない。

 

「やっは…ろー…」

 

「あら、由比ヶ浜さん」

 

「相変わらず遅いな、お前」

 

 静かだった雰囲気に呑まれたのだろう。しりすぼみのやっはろーを放ちながら遅れて入って来た奉仕部部員その二(俺の扱いは備品だから奉仕部備品その一らしいぞ?)は、いつもの位置に椅子を持って来て座る。

 

 その後はいつも通り、雪ノ下が由比ヶ浜の雑談に付き合わされるという構図が、しばらく続いていた。

 

 ──彼女が来るまでは。

 

 

 コンコンと言う音が鳴り響き、由比ヶ浜にじゃれつかれていた雪ノ下が、

 

「どうぞ」

 

 と応える。

 

 するとドアがガラガラガラとゆっくり引かれ、奉仕部に久しぶりの依頼者がやって来た。




この間のいろはすの誕生日。
あの日に私もいろはす短編を一話、三十分弱で書き上げた即興で考えたものを投稿させて頂きました。
そして、そのSSを見た方は分かると思うんですが、私自身が三月に卒業し、四月に入学し、新しく環境が変わり…といろいろとありまして、俺ガイルのみならずその他アニメから離れ気味でして、正直執筆に身が入りません。
その為、どんどん更新速度が遅くなっていく可能性があります。
また、以前に前、後書きに書いた様に、作者の身は相変わらず不安定ですから、いつ更新が止まるかも分かりません。

ですので、本編を読んで下さってオリキャラのルートが欲しいと言って下さった皆様には申し訳ありませんが、先に本編のAS(アフターストーリー)を書かせて頂きます。

六月頃までには何とか俺ガイルを執筆できる状態に戻すので、それまでの支援、よろしくお願いします。


因みに、いろはすのSSも無駄使い戦線で検索すれば当たります。
身が入らないのに書いたので稚文も稚文で極まっています。


もう一つお知らせ。

こちらもまた最近進んでいませんが、冴えカノのSSを手始めに書こうと思っています。
と言うか正確に言えば、卒業直後から書き始めて、入学しても書き終わらず、環境が変わって書けなくなってしまい、現在に至ります。

アニメ全般から離れているので、それを引き戻す材料くらいにはなると思っています。投稿したらこっちで報告します。


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