蒼穹の彼方へ (クレナイ)
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 今から十年ほど前に世界に向けてセンセーショナルな登場で注目を集めた存在がある。それの名前は「インフィニット・ストラトス」。通称「IS(アイエス)」と呼ばれるものだ。

 それを開発したのは当時中学生といわれる少女、「篠ノ之(しのの)(たばね)」だった。彼女が生み出した最初のISである「白騎士」。それが始めて登場したのは世界十数カ国の軍事システムに何者かがハッキングによってミサイル発進システムを暴走させられ日本に向けて二千発以上のミサイルが放たれたのだ。

 それらが日本に着弾することはなかった。

 それは普通から見れば奇跡でしかない。それを可能にしたのがISであり、「白騎士」であった。ほとんどのミサイルは日本本土に向かうよりも前に海に着水したようであるがそれ以外のミサイルはまさに日本に着弾する予定だった。

 ほとんど迎撃は間に合わない。その日、日本が終了するはずだった。

 しかしそれを「白騎士」が覆したのだ。たった一本の刀剣だけで凄まじいスピードでそのミサイルが着弾するよりも前に全て切り捨てて見せたのだ。

それだけではない。当然未確認であるために「白騎士」を捕獲するために上位の国家から送られてきた軍の戦闘機や戦艦を次々と落としていったのだ。その中で死者は奇跡ともいえるのか、それとも「白騎士」に殺す気はなかったのかゼロだった。

 それから世界各国に対して篠ノ之束が生み出した四百六十七個のISのコアが送られたのだ。

 その時から当然のように各国はその時の現代兵器をも凌駕する力を見せ付けたISの研究に躍起になり始めた。各国の思惑は、いずれ来るかもしれない大きな戦争の軍事力のために強力なISを生み出すということだった。

 しかし数は僅かな数しかなく、一国に多くて三つまでというくらいだった。そのためにISのコアを解析する事ができればいくらでも絶大な力を得ることができると考えた。しかしそれを解析することはその時の技術では不可能だったのだ。それは十年ほど経った今でもまったく進展は見せていない。

 そのために国際連合のように発足した世界IS協会はISの生みの親である「篠ノ之束」を重要人物として捕捉するように世界各国に通達したのだった。

 

 

 一台のバイクが道路を疾走する。

 季節は春であるがまだ少し肌寒い。上着に黒いジャンパーのようなものを羽織り、ジーパン姿の青年がそのバイクのまたがり道を走る。

 海沿いに位置するここは彼にとっては故郷である。

 小学校に入学してすぐに父に半ば拉致される形で世界に飛び出していった冒険家だ。そのためにほとんど義務教育などを治めることなく国を飛び出してしまっていた。普通ならとんでもないことであるが、これまでも何とかなってきた。当然最低限のことは父と回る現地の国において言葉を覚えるのと同時進行で勉強したものだ。

 故郷を離れてから様々な国を回り、いくつもの有名どころに足を運んできた。時には危険なこともあったが、何とか助かるなどということも経験した。

 大きなトラックとすれ違う。

 今彼が向かっているのは昔色々とお世話になったとある定食屋だ。母親が出産してすぐに亡くなってしまい、あまり子育てなどを知らない父親はそれをひとりでしなければいけなくなった。そんな時に同い年の子がいたということで、一緒にお世話してもらったこともあったという関係だ。

 日本を父親と共に飛び出してからは、ほとんど音沙汰なしだったために少し戻るのには気が引ける。

 だがやはり一度戻っておいた方が良いかと思っていた。

 基本的にこの辺りは都会であるためにビルなどの建物が多く立ち並んでいる。何しろやや離れた海の方には世界各地から集まってくるIS学園というIS操縦者を育成するための学校もあるのだから。

 しばらくの間そのような風景が続く。

 十字路を曲がり、さらに進んでいくと都会らしさが徐々に少なくなっていく。周りには住宅が並んでおり、昔とはあまり変わっていない様子だ。

 そんな住宅の並ぶ途中に一軒の定食屋が見えてきた。

 五反田食堂――扉のところにも掛札で「準備中」とあった。バイクを脇の方に駐輪し、ヘルメットを外す。

 少年は様々な冒険をしてきたために十六歳という若さであるがやや大人びた顔付きをしていた。彼が日本人だと証明するように、黒い髪、黒い瞳だ。ヘルメットをバイクに置き、運転キーを外してポケットに突っ込む。二台の方においておいたリュックを背負い食堂の扉の前に立つ。

 扉はスライド式であるからくぼみに指を引っ掛け、ゆっくりとそれを横に動かした。木製であることと、ガラス窓があるためにガラガラという懐かしい音を立てて開く。

 中を見ると昔と少しも代わらない店内があった。

 調理場の方で誰かが後ろ向きで何やらごそごそとやっている様子が見える。

「あーっ、お客さんですか? すいませんが、開店までもう少し時間がありますのでお待ちください」

 準備をしている店員のひとりがそう申しわけなさそうに言ってきた。

「あ、いえいえ」

 少年は掌を顔の前で違いますと言うように横に振りながら言う。

「無事帰還の挨拶をしに来ました」

「えっ?」

 店員からすればよく分からないことを言う。

 どういう意味だというような表情を浮かべながら、やや長い赤髪の少年がこちらに向き直る。そして店内に入っていた黒髪の少年を見て、唖然とした様子を顔に浮かべる。

「ちょっと、お兄? さっき誰か来たって――」

 少年と同じ赤い髪をした少女が店の横にある母屋と繋がるところからひょっこりと顔を出した。まだ開店まで少し時間が早いということで顔を出したようだが、彼女も固まっている兄にあたる少年と同様に、その中に入っていた少年を見て言葉を呑み込む。

「や、久しぶり」

 何年も会っていなかった相手であるが、できるだけ親しげに、笑みを浮かべ、手を上げて声をかける。

「う、嘘だろっ!? おい、いつ戻ってきたんだよ!」

「え、えぇ!?」

 驚きすぎだろうと思うくらいの反応を見せる二人。少年は震える手を伸ばし、こちらに指を向けて。少女は思わず手で口元を覆っている。それぞれ驚いたという反応を向けられた少年は、むしろ驚いてくれて満足だというように笑みを浮かべ、手を頭の後ろで組む。

「なんだ? 弾だけじゃなく蘭までも大声出しやがって――お前!?」

 奥の方から現れた二人の祖父と思われる人物。そろそろ準備も終わっただろうと思い、調理場のほうに向かうつもりだったのだが、突然二人の叫ぶ声が聞こえてきたので一体何事かと思い、慌てて来たのだ。

 そこにいはまだ開店時間前だというのにお客と思われる少年がいた。

 だがその少年の顔を見た瞬間思わず笑みを浮かべていた。

 調理場と目の前にいる孫二人よりも先に彼の方に向かう。

 彼がこちらに向かってくるということで一瞬きょとんとした表情を浮かべた少年であるが、すぐに笑みを深め、軽く会釈する。

「お久しぶりです、おやっさ――」

「ああ、久しぶり、だな!」

 そう少年が言うのを遮るようにして彼――五反田厳の拳骨がその少年の脳天に落ちていたのだ。ガツンという石をかなづちで叩いたような音が聞こえた。思わずそれを見ていた二人は痛そうだというように表情を顰める。

 当然拳骨を受けた少年も頭を抱えて蹲る。だがそんな少年の首根っこを掴んで立ち上がらせ、脇に抱えてさらに拳でぐりぐりとこめかみを抉る。

 痛いと悲鳴を上げるように言う少年。

だが良く見ると悪さをした息子を叱る父親のような絵図がそこにあった。

「一体いつ帰ってきやがった、馬鹿者め」

「イツツツ、相変わらずの馬鹿力ですね」

 まだ懲りていないのかと呆れたように少年のことを見る。だがまったく変わっていないようで何よりだという安心がその表情に出ていた。

 抉られたこめかみを押さえながら立ち上がる少年。目じりには僅かに涙が浮かんでいる。それだけの強さでやったのだ、男性はまったく気にした様子もなく、さもそうされて当然だという様子だ。それを理解しているために拳骨を受けた少年も何も言うことはしない。黙って立ち上がり、ジーンズについた汚れを落とし、もう一度前に立つ男性を見る。鋭い視線を向けてくる男性であるが、少年はまったく臆することなくニカッと笑いながら言うのだ――。

「ただいま、おやっさん!」

 と、まるで子どものように。

 そんな笑顔を見ると、これ以上怒るに怒れない。

「ふっ!」

 孫たちと同じ赤い単発の頭を掻きながら小さく笑みを浮かべる。

 そしてようやく戻ってきた子どもを温かく迎えるように言うのだ。

「おう、よく来たな!」

 二カッと笑い、少年はその言葉に答えるのだった。

 

 

 夜の開店時間を迎えた五反田食堂。主に昼と夜が一番込む食堂であるために、サラリーマンたちが帰宅し始めるこの時間帯から店員たちの忙しさは一気に上昇する。赤髪の短髪の男性と長髪の少年が調理場で忙しそうに調理器具を動かして料理を作っている。接客の方では彼らと同じように赤い髪の女性と少女が忙しなく動き次々と店内に入ってくるお客たちの注文を受けていた。

「十八番様に野菜炒め定食と生姜焼き定食!」

「あいよ、すぐに作ってやらぁ!」

 大きな声で注文を読み上げると料理を作っている男性――五反田厳――が気合の入った声でそれを受け、調理に入る。

 その横で盛り付けをしていた少年――五反田弾――が料理をお盆に乗せ、調理場の横にスタンバイしている少年にそれを渡す。

「六番様と十番様によろしく!」

「任せて!」

 パーカー付きの上着とジーンズ姿、その上から「笑顔」と大きく書かれたエプロンを着ている少年――真堂修介――が元気よく言い、それを持ってそれぞれの席へと料理を運ぶ。

 各席に座っているサラリーマンたちはビールや日本酒を飲みながら、つまみを片手に話に花を咲かせていた。それが経営の良し悪しであったり、上司や部下に対する愚痴であったりだ。修介からすればよく分からない言葉がたくさんあり、大変なのだなぁと思うくらいだ。

「お待ちどうさまー。ご注文のお品、お持ちしました!」

 元気良く声をかけながら料理を置く。

 お客のサラリーマンたちは見慣れない少年だなあという視線を向ける。

 それに気づいた修介は、

「あ、俺日雇いのアルバイターの真堂修介と言います!」

 と、言う。

 そして胸ポケットから取り出した名刺入れから一枚の名詞を取り出し、サラリーマンに手渡す。

 そこには「笑顔を求め、旅をする者、真堂修介」と書かれていた。彼らからすれば理解できないことであろうが、修介にとってはとても大切なことだった。

 そうしていると別の席の方からお客の声が聞こえた。

「店員さーん? 生ビールおかわりお願いできる?」

「あ、はーい。ちょっと修くん、今手が離せないからお願いできる?」

 調理場の方でまた多くの料理をお盆に乗せている女性――五反田蓮――の声が聞こえてきた。この店の自称看板娘である彼女。久しぶりに会った時には思いっきり抱きしめられ、危うく窒息死するところだったのを思い出し、苦笑いを浮かべる。年齢にそぐわぬ若さであるからまだまだ娘の五反田蘭と一緒に二枚看板は固いだろうと思う。

 食堂に来るサラリーマンたちには人気が高く、蘭の方もお客に話し相手に捕まっている様子を見る限り、今は動けそうになかった。こちらの緯線に気付いたようで、両手をあわせて謝ってきた。気にしないでと伝えるために親指を立てるサムズアップを見せ、

「それじゃあ、仕事あるんで。失礼します! あ、はい生ビール追加ですね? それじゃあ、この空になったジョッキは片付けさせてもらいますね」

 両手一杯のビールが入っていたジョッキを持って調理場の方に戻る。新しいジョッキを取り出して機械を器用に操作しながらビールを入れていく。そしてまた両手一杯にジョッキを持って、先ほどのテーブルへと戻る。

「お待たせしました、生ビールのおかわりです!」

 笑顔で持ってきたビールジョッキを置いた。

 

 

 そもそもこうなった経緯は修介が夜の開店まで後少しとなった時に来店したことから始まった。

 十年近くも戻ってこなかったために心配をかけたということで厳からは強烈な拳骨を貰い、もうひとりの母親である蓮には熱い抱擁を受けた。

「まったく今の今までどこに行ってやがった?」

 調理場で具材を刻みながら厳が尋ねてきた。

 まったく戻ってこなかったために心配させたということで、無償でアルバイトをしろと手渡されたエプロンを付けながら修介は、

「そうですね……世界中を回ってました」

「相変わらずだよな、お前」

「だって、俺だもん」

 さもありなんとそう答える修介。

 そんな彼を見て、相変わらず変わっていないと呆れ半分、安心半分の色を顔に浮かべる弾がからかうように言う。それを聞いて当然というようにサムズアップ。

 それを見て皆は笑みを浮かべる。

 ある者にとっては血の繋がりのない孫であり、息子でもある。ある者にとっては血の繋がりのない兄弟であり、兄妹である。生きていると確認できる判断材料は、送られてくる旅先で取った写真が修介から送られてきたものだということだけだった。

今日戻ってくるということもまったく連絡を受けていなかったために嬉しさと同時に驚きもあった。

「なら今度また旅先でのお話聞かせてくれますか?」

 同じく五反田食堂と書かれたエプロンを着ながら、蘭が期待の視線を向けて言ってくる。

時々写真と共に送られてくる手紙を彼女たちはいつも楽しみにしていた。旅先で何があったのか、何を見て、どう感じたのかが事細かく書かれているからだ。もちろん楽しいものばかりではなかった。中には紛争地帯にまで足を伸ばしている時もあり、逆に説教の手紙を送ろうかとも考えた時もあった。だが特定の場所に留まることをしない修介にその手紙が届くのはいつになるか分からない。もしかすると永遠に届かないかもしれないということもあり、それは断念せざるを得なかったのだ。そんなわけで、今まで心配させた分もあるということもあり、絶対に話をさせると蘭は意気込んでいた。

「もちろんだよ、蘭ちゃん」

 修介にとっては最初からそのつもりだった。土産無しで戻ってくるなんてことはできない。そう言えばと思い出し野党に、カウンター席に置いておいたリュックサックの中から何かを取り出し、それを蘭の手に置いた。

 なんだろうかと思い、蘭はその手に中にあるものに視線を向ける。厳と弾も調理場の方からそれを覗き込む。そこにあったのは奇妙な姿をした人形だった。とても芸術的とはいえない、そんなものだ。傍から見れば酷い作りのものだ。

「これ……なんですか?」

 流石に困惑を隠せない。

 対照的にそれを手渡した修介は楽しそうだ。

「ほら蘭ちゃんって受験生でしょ? どこの航行を受けるか分からないけど、合格祈願で買ってきたんだよ。個々に来る前に立寄った国の成功祈願の置物なんだってさ」

「そ、そうなんですか……」

 それを手の中で転がしながら、蘭は苦笑いを浮かべる。それでも自分の成功を願ってくれている修介の純粋な気持ちは強く伝わって来た。

「ありがとうございます、飾らせてもらいますね」

「そうしてくれると嬉しいな」

 そんな純粋な思いに答えるには、やはり笑顔でしかなかった。蘭の笑顔とお礼に、修介も嬉しそうにそう言うのだ。

 するとガラガラと食堂のドアが空く音が聞こえて来た。時計を見るとすっかり夜の開店時間が過ぎているのに気付く。中に入ってくる仕事帰りのサラリーマンやOLたちが席につくのを見て慌てて動き出す修介たち。

「おら、お客さん待たせんじゃねえぞ!」

「はい、いらっしゃいませ!」

 厳の声に弾かれるように動き始める。早速注文が入ったようで、お客が大きく手を上げて、店員を呼ぶ声が聞こえる。看板娘である母・蓮と娘・蘭が注文用紙とペンを持ってそれぞれのテーブルへと向かっていく。修介も大きめのお盆の上に、水を入れたコップとおしぼりを乗せて各テーブルへと向かった。

「ご注文のあるお客様は声をかけてくださいね!」

 心配をかけてしまった分は挽回しなければいけない。決してこれだけでは無理だろうが、それでも――。

 

 通りには多くの会社帰りのサラリーマンやOLの姿が見える。道路を途切れなく自動車が走っていく。青空だった空が茜色になり、そして今はまるで闇が齎されたかのように漆黒に染まった夜空が広がっている。キラキラと付きと共に儚い瞬きを店いる星は見るものによっては僅かな希望のように見える。

 そんな住宅や大きな建物が密集しているこの通りにある電柱に背を持たれかけている女性の姿がひとり見えた。

 フワリとしたロングヘアーを持つ、美人の女性だ。彼女の容姿から日本人ではない、外国人であるのがすぐに分かる。彼女の容姿に見とれている男性や、外国人だということで珍しそうだという視線を向ける女性の通行人がいる。

 穏やかそうな雰囲気を纏っている彼女であるが、内心では苛立ちが爆発しそうだった。それは自身に向けられる矢のような視線が鬱陶しかったからだ。命令がなかったら虐殺してもおかしくない。それだけ雰囲気とは真逆の性格だったのだ。

 彼女がここに来てもう何時間も立っている。適当に時間を潰す予定だったが、すっかり行く場所もなくなってしまい、予定ポイントに早めに来ていたのだ。今は仲間から、彼女にとっては愛する者からの連絡を待っていた。

 彼女がここに来てからどれだけの時間がたっただろうか。そろそろ来てもいいだろうと思っていた時に、タイミングよく彼女のポケットには言っていた通信機に連絡が入った。それを取り出して通話状態にする。そして。

「まったく待ちくたびれ――」

『ごめんなさいね、オータム。向こうの進行が渋滞で遅れていたそうなのよ』

「チッ! 最後まで言わせろよ」

 言葉をさえぎられたことに対して舌打ちを零す。その美しい容姿を持つ彼女からは想像もできないことだった。大人しかった彼女の様子が一瞬にして獰猛な肉食動物のように一変していたのだ。通行人には決して分からない仮面の下に隠している本当の彼女の顔が見え隠れしていた。

「で?」

 電話先の相手である彼女に対して何を言っても軽く交わされてしまうということを彼女は誰よりも知っているのでそれ以上のことは言わなかった。肉食動物とはいっても、彼女はまるで手懐けられているそれだった。通信先の相手がクスリと笑ったのが聞こえる。

『ポイント事体の変更はないわ、あと五分もすればポイントを通過するはずよ』

「了解。で、ところでよ――暴れてもいいのかよ?」

 そう言いながらオータムと呼ばれる女性はひらひらと通信機を持っていない方の手をぶらつかせながら言う。その指には何かが嵌められていた。

 彼女の指に嵌められている指輪のようなもの。それは傍から見ても絶対にISだとは分かるはずもなかった。しかしそれは紛れもなく彼女の専用機となっているもので、彼女の背もたれにしている電柱の街頭の光がその指輪に降り注ぎ、それが鈍い光を反射していた。その光は今から獲物を捕らえようと狙っている肉食動物の眼光そのものだった。

 通信先の女性はしばらく沈黙する。

 あまり大事にはしたくはないのだろうと思う。

 だがこんな長い時間待たせられて身体を動かしたいとうずうずしていたのだ。彼女の求めているのは倒壊していく建物、その下で逃げ惑う蟻のような人間たち。阿鼻叫喚は彼女にとってはどんな名曲にも勝る美しい音色なのだ。

 ああ、今すぐにでも蹂躙したい――そんな身体の疼きを感じる。そしてようやく通信先から彼女の声が聞こえてきた。

『人的被害は最小限にね、オータム』

「へっ! それ以外ならいくらやってもいいんだろう?」

 思わず歓喜で舌なめずりをする。

 すると通信先からそんな彼女に釘を刺すかのように、さらに言葉が聞こえてきた。

『それでも近くにはIS学園があることを忘れないで』

 今から任務を始めるオータムに対して心配するように言う。

 そんな彼女の言葉に内心嬉しさを感じつつ、オータムは

「私を誰だと思ってやがる」

 ニヤリと得意げに笑みを浮かべる彼女。向こうにいる女性も同じように笑みを浮かべたのだろうというのがオータムには見えていなくても分かっていた。

『そうね、あなたなら大丈夫そうね。でも……もしものことがあったら、控えさせているあの子を向かわせるわよ』

「っ!?」

 不意に聞こえてきた通信先の彼女の言葉で、今まであった歓喜や身体の疼きというものが一瞬にして霧散した。今まで笑み浮かべていた彼女はまるで頭から冷水を掛けられたように固まったものへと一変していた。

 口は半開きになり、途中まで言葉が出掛かっているが、それが出てこないという状態だ。ワナワナと唇が震えている。

 それだけじゃない。

 苛立ちのような、怒りのようなものを彼女は抱き始めていた。それが歯ぎしりをするほどに歯を強く噛むという行動に現れていた。何とか抑えているのがやっとの状態だ。

『それじゃあ、健闘を祈るわ』

 送通信先の女性が最後の言葉を残し、通信が切れる。

 盛大なため息を零し、通信機を握り締めていた手を下ろす。ポケットに仕舞い込み、身体を起こす。

 折角の楽しみがただの一言で不愉快なものに変わってしまった。できれば聞きたくはなかった。ぽっと出で幹部にのし上がってきたひとりの少女、彼女をオータムは気に入らなかった。実力はある、だが彼女の態度が気に入らなかった。彼女よりも長く幹部にいる自分をまるで自分よりも下の者のように見下してくるからだ。

 いいぜ……お前の手なんて借りなくても、このオータム様の実力に掛かればこんな任務。楽勝なんだよ――!

 姿もないものに対して挑戦状を叩きつけるように、オータムは人混みの中へと消えていった




 はじめましての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 作者のクレナイでございます。
 今作品は現在執筆中のクロスオーバー作品の合間を縫って執筆しました、中編作品です。
 楽しんでいただけたならば幸いに思います。
 今作品は中編で全3話構成です。ISの本編の方には入りませんが、楽しんでいただけるように頑張りたいと思います。どうぞ楽しんでいってくださいね。
 それでは、また次回!!

 初投稿 8月6日


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 第2話です。
 次回から戦闘に入りますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
 それでは、どうぞ!!


 闇に染まる夜空が地上を見下ろしている。

 僅かな希望の如き星が警戒を伝えるように瞬いている。

 そんな僅かな警告を人間は気づくはずもない。月明かりを浴びている一台の運搬用の大型トラックもまた然りだった。トラックに乗っている男性二人。日本政府のISからの仕事を承っている者たちだ。彼らが今運搬しているのは秘密裏に開発されていた新型のISだった。

 もちろんそれだけではなく、純国産の第二世代ISである打鉄もまた数台乗せられていた。これらは全て海沿いにあるIS学園に運ばれる予定だった。

 最新機の運搬を任せられている男性二人、ひとりはやや年をとっている男性で、隣の助手席に座っているのはまだ若い男性だ。

「いや、責任重大っすね……」

「まあな。俺ももう何年も運搬行をしているが、まさかISのようなものを運ぶことになるとはな」

 夢にも思わなかったと楽しそうに運転している。

 それに最近は各国でISが何者かによって強奪されるという事件が相次いでいた。相次いで盗難に会っているのは何れも最新機であった。

 そのために打鉄というそれらに比べると前世代のISを積み込んでいるというカモフラージュをすることで盗難に遭うことを防ごうとしていた。

「終わったら一杯行きたい気分だな」

「ですね、そうしますか」

 終わった後のご褒美が楽しみだとさらに笑みを深める男性。

 緊張が顔に出ていた若い男性の表情も少しだけ柔らかくなる。

 角を曲がったところで赤信号になる。ブレーキをかけ、信号が変わるまでの間に運転している男性はポケットからタバコを取り出し、口に咥える。吸うかと隣にいる男性にタバコを一本向けるが、彼は非喫煙者であるようでそれを断る。そうかと呟き、男性はライターで火を付けようとする。

 だが何度やっても火が出てこない。

 よく見るとすでにオイルが空になっていた。小さく舌打ちをし、それをポケットに入れる。まだ信号は変わらない。仕方ないとトラックに備え付けられているシガーライターを取ろうと手を伸ばす。

「あ、青信号になりましたよ」

「あ、おう。ちょっと待って、くれよっと」

 後ろに車の姿はなかったのでゆっくりと火を付ける。ドア側にあるスイッチを押して窓を開ける。

 そしてゆっくりと煙を吸い込みながら、アクセルを踏む。ゆっくりと車が走り出す。

 外に向かって大きく息をはくと白い煙が流れ、そして消えていった。

「それにしても最新機を何で秘密裏に作ったんだろうな」

「やっぱり他国に負けないためでしょうか。一応発祥の地は日本ですが、今じゃ他国が技術力で台頭していますからね。実力としてもやっぱり引退は痛かったですよね、織斑千冬」

「ああ、ブリュンヒルデか……確か二回目の世界大会で突然決勝を放棄してそのまま引退と……まだ若いんだろ? まあ、色々あったんだろうけどな」

 俺たち男には分からんことだろうなとため息をつきながら呟く。

 ISという存在が現れてから世界の風潮というものは大きく変わった。

 確かに世界は過去の歴史にも男尊女卑というものがあった。

 しかし人間という存在はそんな間違いを長い時代を経て改善してきた。

 だがそれが現れたことによって再び世界は誤った方向へと進み始めていた。

 ISが女性にしか扱うことができないという完全な欠陥品であるために風潮が男女平等であったものから女尊男卑という過去の誤った歴史を繰り返す状態になっていた。

 一番酷い時など、一日に痴漢で補導される男性というのは何百にも及んでいた。女性の発言が絶対というものがあったためにそのような犯罪に走る者たちもいたのだ。それ以上のものもいくらでもあったが、そのような以上ともいえることはいつからか鎮火してきていた。

 なぜならそれが酷く信頼というものを失わせるものだったからだ。

 そのようなことがあってか今は少しずつ落ち着いてきた感はあるが、あらゆる面で女性優遇策があるのは否めない。

 当時は開発者である篠ノ之束が日本人だということで日本がそれの技術を独占していた。

 しかしそれに対して危機感を募らせたために現在はアラスカ条約という世界IS協会を中心として、ISを保有している各国が調印している世界条約によってISを軍事に使用することを基本的に禁じ、スポーツという枠にはめることでそれを利用した世界規模の戦争を未然に防いでいる。さらにそれによってISの技術というのを開示、共有することが義務付けされていた。 だがそんな条約は紙にも等しいもので、軍事に利用しようとしている国というのはごまんとあった。さらに技術の隠蔽などいくらでもできた。

「まあISのことを知っても俺たちには関係のないことだな」

「そうっすよね。スポーツ観戦程度にしか考えてませんから」

 そんな風に二人が話していると突然に上の方からガタンという重いものがぶつかった音が聞こえてきた。さらに小さく揺れを感じた。最初は走っている途中なので多少の揺れはあるだろうという程度だったのだが上からの音がまったく止まらないのだ。

 いよいよ不審に思う。

 上に何かが乗ったのだろうかとありえないことを二人は考える。そう考えると何か不気味に感じる。この辺りは曰くつきの場所だっただろうか、とふと口から零してしまう。それはないのでは、と助手席の男性は少しだけ声を震わせて言う。

 さっさと引渡しの場所に向かいたいと思っていた。それでも距離はまだまだありそうだ。肝心の海がまだ目視できない。二人の不安が最高潮に達しようとしたとき、今までにない大きな衝撃がトラックを襲ったのだ。あまりの衝撃の大きさに完全に方向性を失ってしまったトラック。何とかハンドルを操作して車体を立て直そうとするも、徐々にセンターラインを大きく超えそうになる。前方からも車が何台か走ってきている。後ろの車も前のトラックが大きく運転を乱しているのに戸惑っているのが分かる。

 そして完全にトラックは斜線をはみ出し、反対車線に飛び出した。慌てて走ってきていた反対車線の車が急ブレーキをかける。その車の目の前をトラックは突っ切って、その斜線側にあった建物に道に突っ込んだのだ。

 パニックはそれだけに終わらない。トラックが反対側に突っ込んだことにまるで引っ張られるようにしてその後方から走っていた車が次々と玉突き事故を起こした。反対車線でも同様なことが起き、辺りは悲惨な状況になっていた。

 

 

 その近くには五反田食堂もあり、一体何が起きたのかと入り口のドアが開かれ、お客たちが野次馬のように飛び出していた。その中に店員である弾と今日戻っていた修介の姿もあった。

「おい、なんだよこれ……」

 車が原形を留めていない。弾のただそれだけの言葉が目の前に広がる惨状を物語っていた。修介もその目の前の光景を見ることしかできず、唇が震え、言葉が出てこなかった。

 遠くの方からパトカーの音が響いてきた。誰かが110番したのだろう。

「おい何してる! 急いで避難するぞ!」

 中から厳の叫ぶ声が聞こえる。車が横転したりするなど、近くでは電柱が何本も倒れており、火花が散っているのが見える。近くでは小さな火災も起きており、その近くには動かなくなった車もある。それに引火すれば大爆発は必至だろう。

 だがあんな状態の車に乗っていた人はどうなってしまっただろうか。生きていても意識はあるだろうか。あったとしても脱出できただろうか。

 お客としてきていた者たちも厳たちの誘導で避難を始める。すっかり酔っ払ってしまっている人に対してはお互いに肩を貸し合っている。

「お兄も修介さんも早く!」

「いつまで突っ立ってるの? 早く避難するわよ! あと自力で歩けそうにないお客さんに肩を貸してあげなさい!」

 呆然と立ち尽くしている弾と修介に対してすでに店の外に出ていた二人の声が向けられる。

 分かった、と弾かれるように弾は向きを変え避難を始めている家族の元に向かう。

 修介も数歩進むも、そこで足を止めてしまう。そしてゆっくりと道路の方に視線を向ける。今もパトカーが到着している様子はない。このままだと助かるかもしれない人が助からないかもしれない。まるで何かに引っ張られているようにその場に引き止められていた。

「何やってるんだよ、修介! 早く手伝えよ!」

 後ろを振り向いてそこに突っ立っている修介に少しだけ苛立ちを込めた声で弾が言う。ハッとして慌ててそこに向かおうとする。

 だがやはり数歩歩いたところで止まってしまう。そしてもう一度振り返ってしまう。

 ここでどうするべきなのか。今時分にとって最も最善の選択とは一体何なのか。

 俺は――。

「弾、ごめん!」

「えっ!? あ、おい!」

 突然踵を返し、道路の方へと走っていく修介。突然謝罪を言われてもどう答えて良いのか分からない弾は走っていく親友を止めるために叫ぶ。だがその制止の声を無視して修介は自ら危険地帯である場所に飛び込んでいった。

「あの馬鹿、爆発する危険性だってあるんだぞ!」

「どうしたの、お兄!?」

「あの馬鹿が事故のあったところに向かって走っていったんだよ!」

「えぇ!?」

 一体どうしたのかと振り向いた蘭が尋ねる。苛立ちを隠せない弾が叫ぶように答える。それを聞いた蘭は当然と驚きの声を上げ、前を歩いていた二人は困惑した表情を浮かべ、お互いに視線を見合わせる。

「何やってんだよ、あの馬鹿!」

 そう呟いた瞬間、事故現場の方向で大きな爆発が起きた。

 

 

 

 修介は走っていた。目の前に広がる惨状に心を痛めながら、一台一台車の中を除きこみ、人がいたなら声をかけていた。フロントガラスが大きく我、ガラスの破片で額を切って血を流したまま気を失っている男性の姿を発見した。車のドアは完全に変形してしまい、引っ張ってもまったくビクともしない。

「どうすれば……」

 反対側に周り、同じように引っ張る。だが同様に変形してしまっているためか、まったく開く様子もない。このままだとまずい、そう思った修介は、助走をとって地面を思いっきり蹴り、走りだす。そして高く跳躍し、窓ガラスに向かって蹴りを入れた。窓ガラスを突き破るようにして車内に侵入する。掌をガラスで少し切るが、今はその傷みで動向言っている暇はない。急いでシートベルトが締まったままの状態から介抱するため、スイッチを押す。シートベルトは何とか外すことができた。気を失っている男性を救出するために入ってきた方向に引きずり出すようにして引っ張る。車内からなら何とかなるかもしれないと、思いっきりドアを蹴る。一度目は失敗、二度目は少しだけ動いたのが感じられた。ならばと思い、息を吸って集中し、思いっきり三度目の蹴りをドアに叩き込んだ。ドアがそのまま蹴り飛ばされ、道路に転がる。これなら余裕で外に出られると、少しだけ痛む足を無視して男性を外に出す。

 パトカーの音がようやく近くなった。赤いランプが点滅しているのが何台もやってきた。中から警察服を来た男たちが現れる。修介は助けを求めるために叫ぶ。

「お巡りさん! こっちです!」

 その声に気付いた数人が駆け寄ってくれた。中にいた二人を見つけて、協力してくれる。数人がかりで狭くなっていた車の中から男性を救出するのに成功した。

「ここは危ない、君もすぐにここから避難を――」

 1人の警察官にそう指示されていた時――突然辺りで銃声音が聞こえた。それも一発ではなく、何発もだ。修介とその警察官はその銃声のした方向に視線を向ける。二人の目に映ったのは見紛うこともない存在だった。隣に立っていた警察官の男性の手が震えている。ゆっくりとその手が握りこぶしになり、爪が皮膚に食い込むくらいに握られている。

「IS……スポーツだけに飽き足らず……次は民間人を襲うつもりか?」

 抑えきれない怒りが震える声に現れている。

 何かを運送していただろうトラックは反対車線に飛び出して、その先にあった建物に突っ込んでいる。幸い募集をかけている何もない建物だったために人的被害はなさそうだ。

 しかし、近くには火花を散らしている電柱があるなど危険地帯であることに変わりはない。

「撃て、撃てエエエェェェ!」

 トラック周辺に集まっていた警察官たちが一斉に拳銃を構え、そこにいる奇妙な装備を持ったISに向かって一斉に銃撃を開始する。その機体に乗っているのは確かに女性だ。だが流石に素顔をばらすわけにはいかないためか、何かバイザーのようなものを被っている。口元は隠れていないために丸見えであるが、まるで見下しているかのような笑みを浮かべている。それを見て修介は純粋に嫌悪感を覚えた。奇妙な装備というのは背信部に見えるまるで蜘蛛のような姿に見せている四対八本もの装甲脚だ。その先は鋭く尖っており、まるで相手を串刺しにするためにあるかのように見える。

「効かねえよ、この虫けら共ガア!」

 女性がそう叫ぶように、警察官が撃った銃弾は女性の纏っているISに弾かれる形に終わる。装甲のない部分にも確かに着弾したはずなのに、まるで見えない壁に阻まれるかのようにそこで勢いを失い、道路へと落ちる。現代兵器がまるで鉄くずでしかないというのは確かなのだと分かる。彼女に対して拳銃後時では太刀打ちできないと分かっていても警察官たちは拳銃を向けるのを止めない。そして誰かが放った一発が、女性の顔を隠していたバイザーに命中した。今までまったく動こうとせずに、徒労とも取れる銃撃を繰り返していた警察官たちを馬鹿にするかのように笑い飛ばしていた彼女の笑い声がぴたりと止まる。

 逆にそれが恐ろしかった。何かぴりぴりと肌を刺激する。ぞわりと背中に嫌な感覚が走る。ここにいては駄目だと直感で何となくそう思った。そして。

「テメエら、今何をしやがった?」

 上から押しつぶすような口調だ。思わずたじろぐ警察官たち。だが拳銃の銃口は向けられたままだ。バイザーのアイセンサーと思われる箇所が不気味に赤く染まる。そして背信部にある蜘蛛の足のような装甲脚が不気味にガチャガチャと音を立てるのだ。それがさらに恐怖を増幅させる。

「虫なら虫らしく……さっさと散りやがれよ、コラアアア!」

「う、撃てエエエ!」

 厳重にされているトラックの荷台部分を足場にし、跳躍する。空中に飛んだISに対して慌てて照準を変え、一斉に発砲する。だがスラスターを吹かし、とても人間の反応速度では追いつけない速さで移動し、その鋼鉄の腕でひとり、またひとりと警察官を殴り飛ばしていく。人間とは思えない力で殴られるために骨は簡単に粉砕される。それだけではなく近くにあった事故車に叩きつけられる者たちもいた。悲鳴を上げ、逃げ出す警察官に対しても、背後からその装甲脚で弾き飛ばし、地面に叩きつけたりもする。

 救出作業をしている者たちにも襲いかかる。

わざと車内に入っている者を狙い、車を反転させたりするなどまるで遊んでいるかのようだ。

 彼女の背後に回っていた警察官たちが一斉に発砲する。だが装甲脚に阻まれ、まったくダメージを与えられない。その装甲脚の先が彼らに向けられる。よく見るとそこには銃火器と同じような銃口らしきものが見られた。それを見て逃げろ、と叫ぶ声が聞こえる。だが警察官たちがその場から逃げ出すよりも先にその装甲脚にある銃口から次々と銃弾が放たれた。彼らの足を撃ち抜き、傷を負った者たちはその場に転がる。あまりの痛みに悲鳴を上げる。そんな虫の如く転がっている警察官たちに対して、彼女は口元を限界にまで吊り上げる。そしてゆっくりとどこからともなく取り出したグレネードを構え、近くにあった事故者に向かって引き金を引き、発砲したのだ。全ての光景を見逃さずに見ていた修介の視界が一瞬にして紅蓮に染まり、どこからともなく発生した衝撃にその身体は後方に大きく吹き飛ばされた。

 道路に叩きつけられ、身体に走る痛みに苦悶の声を漏らす。痛みで視界がやや歪むが、しっかりと双眸を開いて目の前に広がる光景を見る。そして大きすぎる衝撃を受け、唖然とした表情のまま固まる。開いた口が塞がらないという状態だ。そこに広がっているのはまさしく地獄だった。周りにいた警察官たちの姿はほとんど見られず、生きていると見られる者たちであっても修介と同じように道路に突っ伏している。炎の中から人間の姿をしたものが現れた。両手を突き出し、まるでゾンビのようにすう歩歩き、うめき声を上げてその場に崩れ落ち、動かなくなった。傷む身体に鞭打って、フラフラと立ち上がる。周りを良く見てみると左右に壁のようなものがあった。そこが建物に突っ込んでしまったトラックだと気付くのに少しだけ時間が掛かった。

 そして背後にあるのが何なのかを理解するのにはさらに時間が掛かった。いくつかのものは衝撃で倒れてしまっているが、ただ1つだけはその足でしっかりと立っていたのだ。その機体の四肢は黒く、胸部の辺りは何色にも染まる白色だった。それは紛れもなく、この惨状を引き起こしたものと同じISだった。ならあの女性がここを襲撃したというのはこのトラックにISが乗せられていたからだというのか。このトラックに何故ISが乗せられているのかの理由は定かではないが、この町にはIS学園があるためにもしかしたらと思う。そんなことを考えていたら突然トラックに大きな衝撃が走った。思わずまた突っ伏してしまいそうになる。

「なんだ、まだ生き残りがいたのかよ」

 後ろから先ほどから聞こえていた女性の声がした。ゆっくりと肩越しから後ろを覗き見る。そこにはこの惨状を引き起こした犯人であるISを起動させた女性がいた。その拳と装甲脚の何本かの先が赤く染まっているのが目に入った。それが人間の血であることをすぐには理解することができなかった。

「なんだよ、その目は。生意気なんだよ、糞餓鬼が!」

 口元を歪め、吐き捨てるような言葉を向けながらその足で修介を蹴り飛ばした。身体が砕けるのではなないかという痛みが走る。先ほど叩きつけられた時に感じたそれよりもはるかに強烈なものだった。口を開けば激痛に叫びそうだ。歯を食いしばって何とか痛みに耐えるようにする。

 必至に立ち上がろうとする。

 逃げなければ、でもどこに?

 死にたくない、でもどうすれば良い?

 何でこうなった、後ろにいる女性がいたから?

 皆は無事なのか、今この状態じゃ分かるはずもない。でもきっと大丈夫だろう。

 ならここから皆の元に戻るにはどうしたら良いか――分からない。

 悶々と頭の中に疑問が浮かんでは消えていく。

「まだ生きてやがる……しぶとい糞餓鬼が!」

 そう吐き捨てるようにいいながら、修介の首を掴み、持ち上げる。

 息ができない苦しさに、意識が飛びそうになる。首を掴んでいる腕に手を添えるが、人間の力でその拘束から抜け出すことなど不可能だった。ギリギリと掴まれた首から骨がきしむ音が聞こえる。息ができず、唇が変色し始める。女性は修介のことをゴミのように投げる。横の壁に叩きつけられた修介は一瞬意識を刈り取られる。もうこのまま眠ってしまった方が楽だったのかもしれない。

 だが修介はすぐに意識を取り戻していた。何かに支えられているかのようにフラフラとしているがまた立ち上がる。その光景を目の当たりにし、女性は――オータムは目を見開く。そしてすぐに苦々しげな表情へと変える。正直そろそろ時間切れが近かった。これ以上時間を掛けるとIS学園の教師団が来てしまう。さっさと最新機と打鉄を回収しなければいけなかった。

 だがそれを邪魔するかのように立ちはだかるひとりの少年――修介がいた。

 対する修介は焦っていた。

 ――死ぬ! 駄目だ、このままじゃ殺される!

 思わず何かにすがるかのように伸ばした手が、近くにあったISに触れた。その瞬間に頭に何かが流れ込んできた。本の一瞬ではあるが、その一瞬で膨大な何かが修介の頭を駆け巡ったのだ。

 そして何か大地のような場所に立つ何者かの姿を見る。何か鎧のようなものを纏っているのが分かった。勇ましくそこにただ立っている何者か。修介を見つめているようだ。

 言葉も何も発しない何者かであるが、何かを伝えてきているのは分かった。

 戦え――。

 その二文字の言葉が頭に浮かんだ。

 そして同時に濁流のようにその機体のデータが頭に流れ込んできた。その機体の攻撃力、防御力、機動力。機体を支えるためにあるシールドエネルギーの総量。そしてこの機体の最も重要なもの――第三・五世代IS、名称不明、基本武装なし、ブラックボックスあり。目の前に画面があるかのようにそれらが映し出されたのだ。耳に聞こえてくる機械音声。

【搭乗者確認、ISの機動を開始】

 眩い光がトラックの荷台に広がる。

 その光景を見ていたオータムも、あまりの眩さに思わず目を瞑ってしまいそうになる。

【システムの確認を開始。PIC及びハイパーセンサーの正常稼動を確認、シールドバリヤーの展開を確認。システムオールグリーン】

「何変なことをしようとしてやがる!」

 そこにいるのは分かっていた。だからオータムは迷いなくそこにいる修介目掛けて装甲脚を叩き込んだ。だが突然その走行客が動かなくなったのだ。確かに身体を貫いた感触もない。光がゆっくりと収まる。

「ば、馬鹿な……」

 光が収まったそこには、彼女にとってありえない光景があった。彼女が修介を殺そうとして放った装甲脚を、紛れもなくその修介によって受け止められていたのだ。普通の人間には不可能なこと、だがそれを可能にするのが一つだけあった。

 それがISだ。

 そう――そこにはオータムが任務として回収しに来た機体のひとつである最新機を起動させた修介の姿があったのだ。

 彼女がありえないと思うのも無理はない。何せISというものは女性にしか扱えないマルチスーツであるからだ。だがそんな彼女の思いを粉砕するかのように目の前にゆっくりと立ち上がる少年とその起動したISがあった。

 ――詳細は不明……まだデータのない、公表されていない新型のIS!

 操縦者はまったくのど素人。彼女が本気を出すまでもなく、簡単に倒すことができるだろう。

 だが任務はそれをできるだけ傷つけないようにして回収することだった。誤って大破させるなどということをしてしまえば今後の活動に大きくマイナスに影響してしまう。

 打鉄と共に回収するはずだった最優先のそれ。難易度の低い任務だと鷹を括っていたが、まさかこんなイレギュラーが現れるなど考えもしなかった。ISを外すための剥離剤(リムーバー)を一応忍ばせているために最悪の場合使えば良いだろうと思っていた。

 ――そんなこと、ありえないけどナア!

 任務に出る前に通信の女性から預かっていたそれ。執拗に持って行けと言ったために、仕方ないとしぶしぶそれに従ったのだ。彼女の不安は所詮杞憂だと思わせれば良い。

 私服の上から起動させたが、修介の全身を黒い薄いスーツのようなものが包み込んでいた。その上からさらに白い装甲が四肢に装備され、胸部もまた白い装甲が装備された。

 ――これは、IS!? どうして、俺がっ!?

 修介は何が起きたのかすぐには理解が追いつかなかった。何かにすがったというのは分かっていたが、それがまさか今自分が起動させてしまったISだったとは思わなかった。すがっただけならまだましなのだが、まさかこのように女性にしか扱えないISを起動させてしまうとは夢にも思わなかった。

 だが理解が追いつかず、驚いている暇はなかった。目の前にいる同じくISを起動させた女性。修介頭沼に身につけることになっていた全身を包み込むスーツのようなものを彼女も同じように見に的氏、その上からISを起動させていた。闇に溶け込むような黒い装甲。だが背後で燃えているパトカーなどから上がっている炎をバックにしているためかよりいっそう禍々しさをかもし出していた。バイザーをしているためにまったく素性は分からない。だがその体付きや声からして女性であることに間違いはない。

 ――あの人がこんな酷いことを……。

 身体的なダメージが大きいためなのか、それともなれないマルチスーツを身に纏っているためなのか、ややふらついているが、膝を折ることはない。

 修介の頭は何故こんなことをしたのかという目の前にいる彼女に対する疑問で一杯だった。

 一般人の少年が睨みつけてもなんら恐怖は感じない。

 だが修介の胸には睨みつけるだけの理由があった。彼女が大きく暴れるまで、一緒になって救出作業をしていた警察官たちが殺されたから。この町とそこに住む住民たちを救うために叶わないとわかっていながら勇敢に戦った警察官たちが殺されたから。疲れた身体を楽しみで癒すために、食堂に行くのを楽しみにしていた者たちを、そんな彼らをもてなそうと一生懸命だった五反田家のみんなを恐怖に陥れたから。

 ――これ以上、誰かが傷つくのを見たくない! 

 それは純粋なる真堂修介の思い。

 だからそのための力、今だけでも良いから貸して欲しい――そう、答えるはずもないISに対して強く願う。

「こちとら時間が押してるんダヨ! これ以上痛い目に遭いたくなかったら、さっさとそれを渡しやがれクソガキィ!」

「くっ!」

 こちらに向けて八つもの装甲脚にある銃口を向けてきた。

モニターの隅に映し出される危険という文字。修介は頭に流れ込んできたデータの通り足場を利用して飛んだ。

それと同時に彼女が向けていた銃口から、修介がいたところに鉛の弾が撃ち込まれ、その場が蜂の巣のようになる。周りから広がっていた炎がゆっくりと時間を掛けてトラックに向かって伸びていた。建物に突っ込んでいたトラックからは少しずつであるがガソリンがもれており、小さな水溜りを形成していた。そのガソリンに炎が引火し、そして次の瞬間、その場にいたオータムを巻き込み、トラックは大爆発した。




 はじめての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 作者のクレナイです。
 三部構成の第二部でした。
 今回の黒幕はやはり原作でも敵組織としてあった亡国機業でした。正直私は途中で原作が打ち切りになってしまったので亡国機業の存在意義がどんなものなのか分からないんですよね。
 これ以外にもこんな設定のISは面白いんじゃないかって考えたものではマブラヴなどのように地球外生命体などに国を滅ぼされ、亡国せざるを得なかった者たちの集まりなどというものです。
 原作者はどんな敵組織として書こうとしていたのでしょうか。
 それはさておき。
 この作品の主人公はオリ主である修介です。原作主人公である一夏はというと、この作品ではISは使えないという設定でいます。つまり藍越学園に無事に受験しに行くことが出来たというわけです。
 原作入りは今のところは考えていません。
 この中編作品が楽しかったと言っていただけると考慮しますが……(苦笑)、
 このように中編やエンディングだけの短編を時々挟むつもりでいます。みなさまに楽しんでいただけると幸いです。
 それでは「蒼穹の彼方へ」は明日の最新話を持って最終回です。修介とオータムの激しい戦闘を楽しんでいただけると嬉しいです。
 最後にこの作品を読んでくださったみなさまに、最大限の感謝を。
 それでは、また次回!!

 初投稿 8月7日


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 いよいよ完結!


 慌てて飛び出した修介。

 うまく空中を飛んでいることはできなかったが、通常の何倍もの跳躍力を見せ、トラックの荷台を突き破って外に飛び出していた。

 道路に着地したと同時に、彼の背後にあったトラックが、中に犯人である彼女を残したまま大爆発したのだ。激突した拍子にもれていたガソリンに周りから迫っていた炎が引火したのだと分かる。

 もう一度修介は自分が起動させてしまったISをまじまじと見つめる。

 黒いぴっちりとしたスーツは、特殊スーツとして知られているISスーツだと分かる。また聞きであるが、銃弾にも耐える事ができるくらいの耐久性を持っているとか。それくらいではないと高速移動をしている間に身体にかかる重力に耐え切れないだろう。

 最強の兵器と呼ばれているISを使えるというのには驚きを隠せないが、これで少しは戦えるということもあり、必要以上に取り乱したりはしなかった。

 回りからは逃げ惑う人々の悲鳴が未だに聞こえている。

 その中には老人やまだ幼い子どもの姿もある。

 突然トラックのあったところから再び爆発するような轟音が聞こえた。そちらに視線を向けると、炎の中から黒い装甲のISがゆっくりとまるで地獄から這い上がってきたもののように現れた。

 いくらISだからとはいえ、あの炎と爆発をまともにくらえばただではすまないだろうと思っていた。だが彼女の様子を見る限り、あまりダメージはないように見える。だがところどころ爆発によって装甲に傷があった。

「テンメエ……」

 地の底から聞こえてくるような声だ。表情は分からないが、ゆっくりとこちらに向かって歩み寄ってくる女性は怒りくるっているのが痛いほどのこの場の雰囲気で分かった。

 父親と共に様々な場所に旅に出かけてきた。その場所には戦場になっている国も何箇所か含まれていた。そこでは彼女が放っているように、相手を殺すという凄まじいほどの殺気が辺りの場を支配していたのを覚えている。その当時は嫌な雰囲気だということくらいしか分からなかったが、成長した今だからこそ分かる。

 あの場には悲しみと絶望に染まった顔しか持たない者たちが大勢いたように、きっとこのままではこの地に住む者たちの顔もあの時の彼らと同じようなものに変わってしまう。

 絶対にさせない――!

 どこからともなく光が集まり、女性のその手には一丁のアサルトライフルが握られた。あれがISの特徴の一つである量子変換というものだろう。

「よくも私のISに傷を付けやがったナ! 絶対に、ブッコロス!」

【警告】

 そのような二文字が突然現れる。

 修介はそれを見るや否や、その場から横に飛びのく。

 空を飛べるというISの特徴の一つをまったく理解していないし、使えないという完全なる素人の動きだ。

 だがその場を動かなかったら今頃彼女の手にあるアサルトライフルから放たれた鉛弾を受けていたことになる。

 修介の立っていた場所に銃弾が降りかかる。コンクリートでできている道路に銃弾が突き刺さり、爆発する。めくれ上がったコンクリートが細かくなり、雨となって降り注いできた。

「逃げんなよ、糞餓鬼イイイィ!」

 右腕を突き出すようにしてアサルトライフルの銃口を修介に対して向け、右手で戸惑いもなく、怒りの声を上げながら彼女は引き金を引く。無数の銃弾が、途切れることなく豪雨のように修介に襲いかかる。スラスターを吹かし、走り回って逃げ惑う。逃げる周りにある乗り捨てられた自動車や、近くにある建物の窓ガラスなどに命中し、被害を拡大させていく。

「何か武器、武器はないの!?」

 無手の状態である修介には遠距離から攻撃できる銃火器を持つ彼女に対して攻撃を与えられる機会はまったくといって良いほどなかった。猪の如く突っ込んでいけば、飛んで火にいる夏の虫というように、格好の的にされてしまう。ただでさえ動かしたのはこれが初めてであり、不慣れであるために操作がうまくいかない状態なのだ。とにかく何とかし泣ければ彼女は修介を殺さない限りはこの場からは引かないだろう。だからといって自分から死に行くようなことはしない。修介だってまだまだ死にたくはないのだから。

 銃撃を止めずにこちらに向かって近づいてくる女性。相変わらず無数の銃弾が修介に襲いかかる。その銃弾が次々と装甲に命中し、爆発する。小さな衝撃が途切れることなく身体を襲う。モニターに映し出されているエネルギーのような数値が細かく削られていくのが分かる。このまま受け続ければいずれ接近されて一気にやられてしまう。修介は隠れるようにして止まっていた自動車の後ろに回り、こちらに向かって歩いてくる女性に向かってその車を思いっきり押し始めたのだ。

 オータムは銃口を向けていた修介が自動車の陰に隠れたのに対し、無駄だというように自動車の窓ガラスを粉砕戦としてライフルの引き金を引き続ける。何十発も一瞬の内に消費されていくが、構わない。自分に対して直接的ではなくとも傷を付けた相手を殺さなければ、ISと共に傷つけられた彼女のプライドが許さない。

 突然に修介を守るようにして立ちふさがっていた自動車がこちらに向かって徐々に加速しながら近づいてきた。一瞬何が起きているのか、いぶかしむが、後ろに見える白いISを纏った姿が見えたために無駄な攻撃をくり出してきたのだと分かる。わざとらしくアサルトライフルを量子変換し、両手から武器を消す。そして次の瞬間彼女にぶつかってきた自動車を真正面から受け止めた。向こうの方からうなるような声とスラスターが吹いている音が聞こえる。だがまったく痛くも痒くもない。

 こちらが踏ん張るだけで自動車はピクリとも動かなくなる。向こうはスラスターが全開のようであるが、それだけこちらとの性能が違うのだろうか、とオータムは自分に課せられた任務に対して疑問を抱き始める。

 ――欠陥品か? 最新機だと聞いていたが、飛んだ嘘っぱちか、それとも使っている操縦者が問題か……。ちっ! 歯ごたえのある奴だともっと良かったんだが、ナア!

「く、くそおっ!」

 強引に押していくオータム。飛行戦を主とするはずのISであるが、完全な白兵戦と化していた。だがそれでもオータムは構わない。自分が気に入らないと思ったものを葬ることができればそれで良いと思っていた。

 苦悶の声を上げながら、必死に耐える修介。全開と思われるところまでスラスターを吹かせるが、まったく押し返すことができない。

 ――な、なんでっ!? どうして押し返せないんだ!?

 焦る修介のモニターに映し出される奇妙な数字の羅列。

【攻撃力・2、防御力・2、機動力・2、探知力・2】

 それが一体何を意味するのか。高いのか、はたまた低いのかも分からない。スラスターを吹かすのにもエネルギーが消費される。

「アハハハハハハ! そのままブッ潰れろオオオォォォ!」

 逆に勢いを付けたまま、後方にある建物に向かって修介ごと車を突っ込ませた。入り口にあるガラスを砕き、その建物の中へと放り投げるように突っ込ませる。入り口に入ってすぐの受付カウンターを巻き込んでそこにあった壁を突き抜けたところで停止した。

 肩で大きく息をする。いつものことなら、これくらいで息が上がるはずもない。いつも以上に頭に血が上っていたからだろうか、余計なところで体力を消耗してしまっていたようだ。

 ――クソッ! これも全て、あの糞餓鬼のせいだ……!

 チラリと見る肩部の装甲にただひとつだけ何かに切られたような傷が付けられていた。あの時の爆発で飛び散った何か鋭いものが装甲に当たって傷を付けたのだ。

 手に入れたばかりの彼女の専用機。それにいきなり傷を付けられるとは、それも鍛えられたIS操縦者にではなく、偶然その場に居合わせてしまっただけの不運な少年によって。これだけでは怒り心頭の彼女の気は収まらない、傷つけられたプライドの代償は大きすぎた。さすがに任務ということもあってISを大破させるわけにはいかないために適当に恐怖を植えつけるように痛めつけてから剥離剤を使い、ISを強制解除させてから一気に止めを刺そうと考えていた。

 重いものをどかすように、下敷きになっていた修介は自身を押し潰すようにしてあった自動車を横に投げ捨てながら立ち上がる。白い装甲はところどころ傷がついていて、さらに汚れが目立って見える。身体をある程度の衝撃から保護するためのISスーツであるが装甲と同じようにところどころ切り裂かれており、そこから赤い血が流れていた。

「漸くか……もうしばらく付き合ってもらうぜ? 私を怒らせた代償、大きいゼエ!」

「く、来るっ!」

 今度は接近戦を仕掛けるべく、オータムはスラスターを全開にして接近する。背信部にある八本もの装甲脚を不気味に鳴らしながら突き出す構えを取る。それを見て修介は逃げる場所もないために迎え撃つ他になかった。恐怖が身体を支配する。だがこれ以上誰かが悲しむのを見たくない。その元凶たる彼女に対して、拳を引き絞り、構える。

 その瞳はただ恐怖に揺れるひとりの少年のもの。だが確かに揺れる瞳の奥には戦う覚悟の炎が灯っていた。

「まずは一撃、くらえええエェ!」

「こ、このおおお!」

 鋭い槍の如き突きがその一本の装甲脚から放たれた。風を切るような軌道を描いて真っ直ぐに修介の胸部の装甲目掛けて突き出される。それに対して構えられていた右拳を迎え撃つように突き出した。

次の瞬間右手が金色に光った。

 光る拳が突き出された一本の装甲脚と真正面からぶつかり。それを破壊した。

「こ、これは――うわあああっ!?」

 だが突き出されたオータムの攻撃に押されて修介は再び奥の大きな穴のあいた壁の向こうへと弾き飛ばされる。

 ありえない――!?

 その言葉が彼女の思考を埋め尽くす。

 一体何が起きたのか、彼女は一瞬理解が追いつかなかった。確かに一本の装甲脚で十分だと判断し、攻撃を放った。それに対して無謀にも修介は拳を放つことで対抗してきた。内心鼻で笑ってやった。無駄な抵抗だ、と。

 だがそんな無駄な抵抗をすることで彼女が修介のことを痛めつける時間がそれだけ長く取れるということだ。彼女にとって、その行動は好都合だった。

 だが誤算はその攻撃を相打ちになったことだ。修介を広報に弾き飛ばすことができたので、今の攻撃を打ち合いはオータムの勝利だった。

 だが彼女にとってはそんなことよりも、装甲脚を破壊されたということが問題であり、信じられないことだった。弾き飛ばされた修介も瓦礫に埋もれた状態から、瓦礫を両側に崩れさせながら立ち上がる。自身の右拳を興味深そうに見つめている。

「テメエ……一体何をしやがっタア!」

 怒声の中に、僅かであるが困惑が込められている。

「な、何って……殴っただけですけど」

「な、殴っただけって……この私を馬鹿にしてるのか、アァ!?」

 オータムから向けられた、脅すような問いに対して素直に答えてしまう。だが修介の答え方が悪かったのか、逆にオータムをさらに逆上させる結果となる。

 修介としては単純に殴っただけだったのでそれ以外に答えようはない。

 あの時金色に光ったのは一体何故か。今意識してみても同じような現象は起きない。

「くそ、あんなのマグレだ、マグレに決まってやがる!」

 ただの拳をまともに受けるなど、いつもの自分であればありえないことだ、とオータムは思う。

 再び殺気が高まったのを感じ取る。ぴりぴりと肌を鋭い針で刺すような痛みが感じられる。

 修介は無意識の内に拳を構え、半身になる。旅を続けている合間、父親から教わっていた護身術だ。身の危険に晒される場所も当然あったので、一応と言うことで教わっていたのが今活きていた。

 だが修介にとっては絶望的な状況だ。

失った一本の装甲脚を除く七本ものそれがこちらに向けられる。その先には銃口が見え、さらに両手にはアサルトライフルとグレネードが握られている。超火力を前に、拳だけの修介が太刀打ちできる確率は万に一つもなかった。

「今度こそ二度と立ち上がれないようにしてやる……死ねエエエ!」

 一斉にオータムが構えた銃火器が火を噴いた。一撃必殺のグレネードが着弾し、紅蓮の炎を巻き起こらせる。無数の鉛の弾丸は周りのものを次々と蹂躙していく。壁という壁には銃疵が刻み込まれ、周りはまるで嵐が過ぎ去ったかのような状態になる。修介自身はISに搭載されているシールドバリアーというものによって傷らしい傷はつけられていないが、装甲は掠めたり、着弾したりする弾丸によって彫刻刀で削れられるかのように徐々に削られていき、シールドエネルギーもまた同様に消費させられていっていた。

 ――どうすれば、一体どうすれば良いんだ!?

 どこに逃げようと、オータムの攻撃から逃げることができない。地面に転がるようにして攻撃を掻い潜る修介。あまりに惨めな姿であるが、今恥を感じている暇はない。外に飛び出した修介は少しでも反撃の隙を、と探りを入れながら道路に乗り捨てられている自動車を盾にして攻撃をいなしていく。グレネードが撃ち込まれると、自動車がまるでひとつの爆弾と化して、大炎上すると共に修介のことを数メートルも吹き飛ばす。紅蓮の炎が辺りを更なる地獄へと変え、周りでは次々と自動車が爆発し、帰ってきた時に見た光景とはまったく違う地獄絵図と化す。

 高々と打ち上げられた修介はそのまま道路に叩きつけられる。いくらシールドバリアーがあるとはいえ、今の衝撃を全て和らげることはできなかった。起き上がろうにも身体全身が鉛のように感じられ、起き上がることすらままならない。叩きつけられた時の激痛で一瞬意識が刈り取られたような気がした。うっすらと明けられた瞳に炎が明かりとなって周りを照らしだされ、そこにある光景が残酷にも映し出される。

 火災が発生しており、空からは火の粉が舞い降りる。

 最初に戦闘が起きたところから相当移動していたようで、少しはなれたところには逃げている人たちの姿も見える。パニック状態のためか、周りには向こう同様に乗り捨てられた自動車があったり、すでに火達磨と化している自動車の姿もあった。

 建物にも火が回っている。

 内部でも火災が発生しているようでメラメラとした炎が窓ガラスの奥に見える。そして爆発したかのような音を発生させて、窓ガラスが粉々に砕け散り、まるで火炎放射器を放ったかのように窓ガラスのあったところから火が噴出した。

 まるで光り輝く雨粒のように、空に舞い上がり、それらが鋭い牙を立てているとも知らずに人々は見上げ、見惚れる。月の光を浴びたそれらはまさに美しく光を放っていた。

 だが次の瞬間には人々に襲いかかる刃と化して降り注いだ。

 さらに人々のパニックを煽る

 そんな中、修介の視線はある一点に向けられていた。

 そこには一台の自動車があり、内部から炎が上がり、火達磨になっている。その近くに倒れ付したひとりの女性がいた。抱きしめるようにして、彼女の腕の中にはまだ幼い女の子がいた。その女の子は大事そうに動物のぬいぐるみを似抱きしめている。女性は倒れ伏したまま動かない。動かない彼女に対して、その少女はどうしたのだろうかという意味を表すかのようにその小さな手で彼女の頬に何度も叩いている。

 それでも目を覚まさない。

 そして次の瞬間――彼女たちの近くにあったその自動車が大爆発を起こした。炎上していた自動車は内部から木っ端微塵に吹き飛ぶ。爆風が炎を飲み込み、熱風となって辺りを蹂躙する。すさまじいそれが辺りの建物の窓ガラスを叩き割って行く。断続的に聞こえる窓ガラスの砕けて行く音。離れているこの場所まで細かな破片が飛んできて、降り注ぐ。熱風が竜巻のように膨れ上がり、空に舞い上がる。倒れていた女性と少女を無慈悲にも飲み込み、一瞬にして火達磨へと買えて行く。その時に聞こえてきた短き苦痛に夜なく声。少女が熱によって自らの身体が焼かれる痛みに悲鳴を上げる声だった。 戦場に何度も足を運んだ修介は同じような悲痛な叫びを何度見聞いていた。それが耳の奥に再び蘇るような気がした。炎の中から黒い空洞となった双眸がこちらに向いたような気がした。

 助けて――そんな風に涙を浮かべた顔で言われたような感じがした。しかし手を伸ばしてももうどうすることもできない。舞い上がる炎。その上空から何からゆっくりと落ちてきた。ボトリと道路に転がるそれ。あの時少女が大事そうに抱きしめていた動物の人形だった。

 一部が焼けてしまい、中にある綿が剥き出しになっている。それに手を伸ばす――が、突如として発生した爆発の余波を受け、再びフワリと舞い上がり、炎の中へと落ちていった。

 手を伸ばした状態のまま、修介は項垂れる。何もできない自分が悔しく、歯噛みする。

 突如として身体に電流が流れ、激痛が走る。

 ISを起動させた時からなくなっていた痛みがまた突然ぶり返して来た。

 地面を踏みしめる音と、機械が鳴らす独特の音が聞こえて来る。

 その後者の音はまるで身に纏う西洋の騎士甲冑が揺れ動く音にも告示していた。身体を守る意味も兼ねているそれであるから似ているのは当然か。

 何とか立ち上がろうとした修介はそこで初めて違和感に気付いた。

 ――ISが、ない、だって……?

 先ほどまで自身が身に纏っていた白い装甲のIS。だがその下から着ていた黒いインナースーツすらもまるで幻だったかのように消えていたのだ。今修介が着ているのはISを起動させる前に着ていた私服だ。それでもオータムに殴られ、蹴られたためにボロボロになったり、汚れたりしている。

 どういうことなのか――修介の頭に困惑が広がる。

 膝をつく形で後ろから来たオータムに視線を向ける。バイザーで素顔が見えないが美しい女性だとは分かる。だがその仮面の下には恐ろしい肉食動物のような獰猛な顔があるのだろうとも分かっていた。

「手こずらせやがって……まあ、私としてはそっちの方が楽しくて良いんだケドナ」

 彼女は右手にある光る球体のようなものを弄びながら、そう言う。いつの魔に持っていたのだろうか。そしてその球体は一体何なのだろうか。

「楽しい……? あなたは楽しいから、こんなことをしたんですか……?」

 彼女の口から聞かされたその言葉。修介からすれば信じられないものだった。

 自分が楽しめるから人々を傷つける――戦場を見てきた修介だからそれが酷く、決して許せるものではなかった。痛みを忘れるほどの何かが身体を駆け巡る。手を膝において、ゆっくりと立ち上がる。

 オータムは修介の言葉を聞き、当然だというように口元を歪めるほどに笑みを作った。正面にいる修介はそれを見て、さらに眉間に皴を増やす。

 そんなことをしてもただの一般人の少年に変わりはない。怒りの瞳はむしろオータムにとってはその瞳を恐怖に染め上げることが何よりも楽しみだった。強がっていた者たちを最後は命乞いをさせるまでに痛めつける。その間に聞こえて来るどんな名曲にも勝るその者の悲鳴を聞きたかった。

 ――いいぞ、良い目ダア!

「それ以外の何があるってンダヨ? それにだな、この世界でどれだけの人間が目的を持って生きていると思ってんだ? どいつもこいつもただ惰性に生きている……そんなヤツラがこの世界に必要か? 必要ネエナ、だから掃除してやってんだよ、この私――オータム様がヨ!」

「――っ!」

 次の瞬間背信部にある七本の装甲脚にある銃口から無数の銃弾が放たれた。道路を穿ち、人々は悲鳴を上げて我先にと逃げ惑う。そこにもはや規律などというものは存在せず、邪魔をする者を傷つけても助かろうとする、そんな生物特有の生存本能が表に出ているのが見て取れた。オータムは逃げ惑う人々にわざと当たらないようにしている。まるで動物鑑賞をしているかのようにその様子を見ている。

 やめろ――そう叫びながら拳を構え、無謀にも生身で彼女に殴りかかりに走る。だが長い装甲脚の一本に薙ぎ払われ、横に乗り捨てられていた自動車に激突する。

 自動車喉にめり込むほどの衝撃が身体に走る。肺から強制的に空気を吐き出させられる。地面に手をつき、膝をついて頭を垂れる。激しく咳き込み、荒い呼吸で酸素を取り込もうとする。

「ああ、クソ……時間切れかよ!」

 向こうに立つオータムがはき捨てるように言う。

彼女の専用ISである「アラクネ」のモニターに帰還するようにとのランプが点滅していた。たった数分であるが、彼女がこなしてきた任務の中では長引かせてしまった部類に入る。もう少し楽しみたかったというのもあるが、IS学園の教師団に来られてしまうとまた面倒なことになりかねないと思う。仕方ないと逃げ惑う人々に向けていた銃口をしまい、修介の方に向き直る。

「まあいい、当初の目的のISは手に入ったんだ……あとは私のプライドに傷を付けてくれたお前を殺すだけだ、いい声で鳴いてくれよナア!」

 突きつけられる一本の鋭い装甲脚。それが柔らかい肉体に突き刺されば簡単に貫通させることができるだろう。そこから引きちぎることも、さらに数を増やして蜂の巣にすることだってできる。明確な死というものを突きつけられる。ここで死んでしまうことで彼女には用はなくなり、立ち去る以外の選択肢はない。

 だがそうしてしまえばオータムたちの組織がさらに世界に対して何かしらの被害を齎すかもしれない。そうすればもっと多くの人々が悲しみに涙し、苦しみに嘆くことになる。そんな人たちの顔を、変えてあげるにはどうしたら良いのか。

 笑顔でいる人は幸せを感じている。だから修介はいつも出会う人をどうしたら笑顔にできるか考えていた。時には下らないことで相手を笑わせることだってした。その人が笑うのを見るのが、修介は好きだったからだ。

 誰かの笑顔を守りたい。誰かが泣く顔を見たくない。

 ならばどうすれば良い――頭の中に響くあの時の声。そして脳裏に浮かぶあの戦士の姿。

『――戦え』

 あの時と同じ声が響く。まるで手を伸ばせと言っているようにも感じられた。

 頭を上げ、視線を向ける。その先にあるのはオータムの掌に納められている光を放っている球体だ。あれが先ほどまで修介が起動させていたISなのだろうと分かる。どんな手を使って奪ったのかは分からないが、もう一度取り返さないといけない。

『――求めよ、その力を』

 ――みんなの笑顔を、守れるだけの力が……欲しい!

 その瞬間球体が淡い光を放つ。それに気づかないオータムは装甲脚を槍の如く突き出す。

 やられる――そう思った修介は咄嗟に腕で身体を庇うようにした。その腕に突き立てられる装甲脚。だがそれが腕を貫くことはなかった。

「な、なに……?」

 突きつけられた装甲脚を受け止めるようにして、そこには修介の身体を守るように現れたISの腕部の装甲があった。しかし先ほどのものとはまったく違っていた。黒いインナースーツのようなものは相変わらずであるが、その上からまとわれる装甲の色が先ほどの白色からまるで青空を表すような深い青色へと変わっていたのだ。胸部、腕部、脚部は深い青色に、肩部はインナースーツと同じような黒色に染まった装甲が纏われていた。

 そして再び息を噴き返したように現れるモニター。機体の総合的なポテンシェルが軒並み上昇しているのが分かる。これなら先ほどは敵わなかった彼女に対して、少しでも対抗できると思った。

 呆けているオータムの隙を突き、突き出されていた装甲脚を握り締めると思いっきり引っ張る。勢い良く修介の下に引き寄せられるオータム。左拳を引き絞り、引き寄せられた彼女の腹部目掛けて拳を放った。

「が、はあ……っ!?」

 身体に直接叩き込まれたような衝撃が彼女の身体を走る。

 モニターに映されているシールドエネルギーの消費量を見て、思わず目を見開く。

 ――ただ殴っただけでこんなに削られた!? ありえネエ……!

 バリアシールドを突き破って直接装甲にダメージを与えてきた修介。やはりその拳は金色に輝いていた。あれがそのISの能力なのだろうかと思う。オータムはそれと同じ能力を持つISの存在を知っている。だがあれは単一能力によるもの。ならば目の前のISも同じような能力を持つのだろうかと考える。確かあれは自身のISのエネルギーを消費して相手にダメージを与えるものだったはず。ならば向こうは素人、勝手に自滅してくれるだろうーーそう思っていた。

「オラアアアァ!」

「っ!?」

 予想通り取ったところか。

 オータムに向かって真正面に拳を構え、殴りかかってきた。あまりにも予想通り過ぎたために一瞬動きが遅れた。金縛りのようなものだ。だが相手は素人、隙にはならない――とオータムは装甲脚を大きく広げ、その切っ先を修介へと向けた。

 同時に拳と装甲脚が放たれる。先ほどと同じように先端同士がぶつかり合い、装甲脚は途中から真っ二つに折られてしまう。だが折られたのはたったの一本に過ぎない。残っていた六本もの装甲脚が、修介のISに対して突き刺さるようにして襲いかかる。

「が、ぐがっ!?」

 鋭い槍の如き連撃が修介のISに襲いかかる。

 モニターに映し出されている残りのシールドエネルギーが削られた。まだ残量は気にすることはない。拳が金色に輝く攻撃によってエネルギーが減るということはないようだ。だがシュウスケが一撃を与えても、オータムからはその倍の数の攻撃が放たれる。それに彼女はわざと接近戦をしているようにしか見えない。彼女には先ほど使用していたアサルトライフルやグレネードといった遠距離から攻撃の可能である武器が装備されている。それらを使用されれば、者の数秒で修介はやられてしまう。

 連撃を受けて、後方に弾かれた修介。近くにあった建物に背中をめり込ませる。

「オラアアアァ! よそ見してるんじゃあ……ネエゾォ!」

 動けないと見た修介に対してオータムが笑みを浮かべ、その五本に減った装甲脚を構えて、再び突き出してきた。

 警告するようにアラートが鳴り響く。

 寸でのところで壁を使い、横にずれることでその攻撃をやり過ごすことに成功する。回避されたことに対して小さく舌打ちをしてオータムがこちらに睨みつけるように顔を向けてきた。彼女の放った攻撃は、全て修介が先ほどまで埋まっていた壁に突き刺さった状態であった。

 一瞬だけ彼女の動きが止まる。

 それはめったにないチャンスだった。

 普通ならここで止まってしまうだろうが、修介はその身体に巻きつくようにしてある鎖を破壊するかのように地面を蹴り、オータムに向かって接近する。こちらに迫る姿を見て驚きを表しているのが見える。

 思いっきり蹴りを放つ。

 当然簡単には当たらない。

 だが彼女の機体の装甲に当たらない代わりにめり込んでいた装甲脚の数本を半ばから蹴り折った。

 乾いた音が響く。

 折られた装甲脚はそのまま壁にめり込んだままだ。たじろぐように後退するオータム。その表情は見えないが、バイザーの裏では驚愕の表情を見せていた。

 ――ありえネェ……ありえネェ!

 こちらに向かって先ほどと変わらない瞳を向けてくる修介。普通なら涙と鼻水を流し、小便を漏らして命乞いをしていてもおかしくない状況だ。それなのに目の前の彼はオータムに向かって立ち向かってきていた。相手を恐怖させ、そして悲鳴と苦痛の叫びを聞くのが彼女にとっては最高の楽しみだった。それなのに今の相手はそれを聞かせてくれない。

 気に食わない――恐怖を移していない、その瞳が。

 気に食わない――恐怖を表していない、その顔が。

 気に食わない――恐怖を見せず、悲鳴を上げずに自分に立ち向かってくる 目の前の少年が。

「気にくわねんだヨォ! この、糞餓鬼ガァ!」

 一気に頭が沸騰したような熱さを感じた。目が血走る。ただ目の前にいる修介を血祭りに上げることだけを考えていた。残っていた僅か三本の装甲脚を我武者羅に放つ。

 回避することは難しい。だからといって迎撃するにも修介の腕では一本が限界である。

 ――どうすれば……。

 そう思考を巡らせる。そしてふと目に入ったオータムの操縦している機体の折られた装甲脚を見る。それを使えないだろうかと思い、迫る攻撃に対して無我夢中でそれを掴むと同時に扱ったことのない剣で受け止めるように構えた。

 金属同士がぶつかり合う音が耳に響く。

「な、なにぃ……!?」

 オータムの驚愕の声が零れた。修介はゆっくりと下げていた視線を上げる。そこには剣をクロスさせる形で構え、オータムの装甲脚を受け止める二振りの両刃の剣が自身の手に収められていたのだ。

 先ほどは槍のような形のものであったものであったが、何か血管のような黒い線がそれに浮かび上がっており、それ自体が生きているかのように感じられる。まるで細胞分裂して大きくなったように、それは棒ではなく、紛れもない両刃の剣となっていた。

 切ることも突くことも可能である武器だ。修介はそれを握る手に力を込め、地面を強く蹴ることでオータムを押し返す。たたらを踏むように後退したオータムを追撃する形で接近する。慌てて装甲脚を向けてきた。それに対してISに搭載されているサポートシステムのようなものの助けもあり、タイミングよく右手に握られている剣を振り上げた。それが淡く金色に輝くと、向かってきた装甲脚を先ほど同様に半ばから切り裂いた。

 切り飛ばされた装甲脚が宙を舞い、ゆっくりと重力に従って地面に落ちてきてその場に突き刺さる。

 双方の動きが一瞬だけ止まる。

 そしてその停止はすぐさま時が流れ出すように解除される。

 修介が左手にある剣の切っ先をオータムに向けて突き出す。彼女が先ほどまでやっていたようにお返しのつもりで向ける。それを半身になることで回避し、そのまま前進して修介に接近する。装甲脚を失った以上、彼女には接近戦で戦う手段は拳だけであった。普通なら一旦後退し、距離をとってから重火器を取り出して、それを使って応戦すればもっと効率的に倒せる。だが彼女は効率よりも戦いで感じる快感を重視するためにその選択を選ばなかった。

 拳を構え、修介の顔面目掛けて拳を振り下ろす。

 修介の顔面を中心としたところから衝撃が身体を襲う。鈍器で殴られたような衝撃が多少緩和されているが、相当の衝撃が修介の脳を揺さぶる。

 視界がチカチカと瞬くような変な感覚に、一瞬陥った。身体が密着するような状態。距離を取るつもりはなく、仰け反りかけていたところから、地面を踏みしめ、体勢を正して剣を振る。

 斜めにオータムのIS――アラクネを切り裂く。

 彼女の身体自体に剣は届かなかったが、アラクネのその黒い装甲に対して一線の大きな傷を負わせる。そう洸の表面に展開されているはずのバリアシールドを無効化するかのように、その手に握られた剣は淡く輝いている。追撃の左手の件を再び突き出すように構え、腕を伸ばす。槍のごとく突き出されたそれをオータムは無駄だというようにその刀身を掴み、下から蹴り上げるようにして修介の腕からそれを弾き飛ばした。

 上空に投げ飛ばされたそれをオータムはスラスターを吹かし、上空に飛んでそれをキャッチする。そのまま勢いをつけて振りかぶったその剣を振り下ろしてきた。

 マズイ――!

 咄嗟に剣を横に構えることでその攻撃を受け止める。若干膝を折ることでその衝撃を受け止めようとする。勢いも合わさったその攻撃に、道路に踏ん張っていた足がめり込んだ。ぎょっとそれを見たのが隙となる。空中でスラスターを操作したオータムが回し蹴りの要領で修介の側頭部を蹴り飛ばす。

 再び脳が揺さぶられる。

 頭が回るような感覚だ。

 道路の上を滑るようにして走る。足を踏ん張ることでブレーキをかける。ようやく止まり、ホッと一息をつこうとした――が、すぐにハッとして視線を上げると上空に飛んでいたオータムがこちらに向かってアサルトライフルを構えていた。無数の銃弾の雨が降り注ぐ。

 その場から離れることで初撃を回避する。しかし彼女の攻撃はそれだけに終わらない。執拗に追い掛け回すように銃口をこちらに向け、確実に誤差をなくしていく。先ほどよりも機動力などが高まっているためにオータムも少し苦戦しているようであるが、それもすぐに無くなるだろう。

 アサルトライフルのほかに、グレネードを構えた彼女。その重厚はちょうど修介が立ち止まったところに向けられていた。周りで燃えている数台のパトカー。回避してもグレネードを撃ち込まれてそれらが大爆発するだろう。そうすればこのあたりの被害はさらに広まる。

 どうすれば――。

 ゴンッ――背中に当たる硬いもの、パトカーに背中を触れさせていた。

真っ直ぐに銃口が向けられている。どうすれば良いのか――足を一歩横に動かす。するとつま先で何かを蹴った音がした。それを見ると警察官が使っていたと思われる一丁の拳銃だった。一瞬オータムの方を見て、それを取るために飛びつく修介。

「逃がすかヨォ!」

「これでっ!」

 拳銃を拾う修介。それを右手に構え、左手で添えるように構える。細長い槍状のものが剣となったように、その拳銃にも黒い血管のようなものが張り巡らされ、銃身が伸び、全体的にISに合わせるように大きくなる。さらにそれは弓矢のように長く上下に反りのあるものを生み出す。蒼穹を舞う獲物を穿つという意味だろうか、それは一丁の拳銃から、銃型のボウガンへと変わっていたのだ。

 照準を合わせ、トリガーを引く。空気を切り裂くような爆発的な加速を見せながら放たれた一発の弾丸が螺旋を描くようにしてオータムのグレネードから放たれた銃弾に向かって行き――交錯し、双方に着弾した。

 二人は自身のISに着弾した弾丸を凝視する。

 オータムはそのまま後方に吹き飛ばされ、姿を消す。 

 そして修介は爆発した時に発生した衝撃をまともに受け。背後にあったパトカーに激突する。その時爆発によってパトカーから漏れていたガソリンに引火し、立て続けに爆発が起きるのに巻き込まれてしまった。

 ISの絶対防御が発動する。断続的な爆発によってシールドエネルギーが削られ、そのままISが解除され、道路に投げ出される。

 大型ビルから叩きつけられたような衝撃が身体を貫く。

 口から声のような呻き声が漏れる。体中の骨という骨が砕け、筋という筋がブツ切れになってしまったかのようで、指一本動かすことができない。

さらに痛みすら徐々に感覚を失ってきていたためか、感じることはなかった。

 狭まる視界に燃え盛る炎が映る。炎の向こうにいるだろうオータムがこちらに来る様子はない。どこからか無数のスラスター音が聞こえてくる。次々と何かが道路に降り立つ音が聞こえてきた。さらに周りの惨状に対して何か言葉を発しているのが聞こえる。ほとんど聞こえる声色は女性のものだ。

 動きたいが、まったく身体に感覚がない。

 修介は完全に感覚を失うとともに、意識を闇の底へと落した。

 

 

 闇色に染まる空に転々と瞬いている星が見える。

 月明かりがそんな空を飛んでいる一機のISに対してスポットライトを浴びせていた。

 青を基調としたISを纏っている女性の脇には黒いISスーツを着てぐったりとしているオータムの姿があった。その手には光を失った掌サイズの球体がある。

「飛んだ失態だな」

「……チッ!」

 淡々とした女性の言葉に、ただ顔を逸らして舌打ちを零すだけのオータム。気に食わないが、今回は彼女の言う通り、とんだ失態を犯してしまった。

 改修するはずであった最新機と日本産の第二世代のISである打鉄の予定数を回収することができなかったのだ。すでに彼女のことを抱えている女性に回収してきたたったひとつの打鉄のコアを手渡していた。

 彼女の犯した失態とはそれだけではなく、彼女を抱えている女性の纏っているIS――イギリス産第三世代の最新機であるサイレント・ゼルフィスと同様にアメリカから奪ったオータムの纏っていたIS――アラクネを使用不可にしてしまったこともあった。

 あの時の攻撃がバリアシールドを貫通し、直接ISコアに対して何かしらの干渉を行ってきたのだ。そのおかげで完全にコアは活動を止めてしまい、たった四百七十六個しかない貴重なISコアのひとつを、さらに彼女たちの組織が保有している数少ないISコアをひとつ失ってしまったことになる。

 それの責任は重大だった。

 それにその攻撃を受けた後、彼女は大きく吹き飛ばされてしまい、それと同時にISも強制解除されてしまったために、助けが来なかったら今頃道路に叩きつけられて、最悪即死していただろう。生きていたとしても重要参考人として拘束されていたと思う。

「私が行かなかったらお前はIS学園の教師どもに捕まっていたぞ?」

「……へっ、そりゃどうかナァ?」

「まあいい、そうしておいてやる」

 女性の嫌味ったらしい問いに対してオータムは平静を保つようにして答える。

 それ以上からかうようなことは言わず、あっさりと話を切る。彼女にしては珍しいと思いながらも、どうでもいいというようにすぐにオータムは気にするのを止めた。

 それからすぐに考えるのは自分に対して一歩も引かずに戦いを挑んできた一般人の少年、修介のことだった。修介のと先頭を思い出す度に煮え滾るような思いが溢れてきた。油断があったと言われればそれを否定することはできない。油断しなければ負けることなどなかったからだ。

 しかしそれは言い訳にしかならず、そうだと分かっているからこそ唇から血が出るくらい強く噛むのだ。

「見てロヨ……次は必ず、お前をブッコロス……」

 徐々に遠ざかっていく方向に対して憎悪を込めた視線で睨みつける。

そこには海上に浮かんでいる人口の島の上にあるIS学園があった――。

 

END




 はじめての方は、はじめまして。
 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 作者のクレナイです。
 今回の第3話を持って『蒼穹の彼方へ』を完結させたいと思います。
 この作品は以前読んでいたISとたまたま最燃焼した仮面ライダークウガやFate/Zeroの要素を組み合わせて執筆しました。
 あまりオリ主最強という要素はまったくなく、勝利してもボロボロだというようなそんなギリギリの戦闘描写を意識して書いたつもりでしたが、どうでしたでしょうか?
 この作品では一夏はISを作動させないので、オリ主がそのISを持ってIS学園で様々な戦いに身を投じて生きます。いきなり単一能力的なものを発動させてしまったのは失敗だったかな……などとも反省しています。
 今作品を読んで、何か一言二言でもありましたらご感想に書いていただけると嬉しいです。
 今後も長編を中心に、このように中編や短編を投稿していくつもりであります。
 みなさまに楽しんでいただける作品を執筆できるように精進して行きたいと思っています。
 最後にこの作品を読んでくださったみなさまに、最大限の感謝を。
 それでは!!

 初投稿 8月8日


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