優しい希望 (すかーれっとしゅーと)
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第1話 イエローカンガルーポー

読んでいただけると、とても嬉しいです。


 俺・佐々木 (ゆう)30歳。

この都市の南側の埋め立て地にある、有名企業の工場に勤める普通のサラリーマン。

親に頼らず、1人暮らし。それにもかなり慣れてきた。

給料も困らない程度にはもらい、趣味関係も広く浅く、それなりに楽しんでいる。

友人関係には、そんなに困ることはないが、女性関係は日照り勝ち。

最近は、彼女なんて面倒なだけだろう、そんな免罪符を掲げて生きている。

 

 平日は朝から路面電車に乗って通勤し、仲間と仕事をして、帰りは飲みに行く。

休日は趣味に勤しみ、何もなくとも平凡で平和な日常生活。

そんな生活について、俺には不服はなかった。

仕事も趣味も人間関係も順調。このまま定年まで働いて、老いていく。

結婚?そんなものはお互いにお金と気を使うだけで、碌なものではないと聞いている。

 

 それならば、特に考えなくてもいいだろう、そう思っていた。

 

 

 

★★★

 

 

 

 3月28日日曜日。

周囲のあちらこちらで桃色が目につく季節。

仕事は休み。休日出勤はたまにあるものの、基本的には土日休みとなっている。

そんな俺に1通の封書が届いた。送り主は父親…親父の名前になっている。

 

 俺の両親は同じ県内に住むものの、少し離れている。

この時代、封書なんて送らなくたって、電話やメールでいいのに。

そう思いながら俺は座り込み、封を切る。

封筒の中には3枚の手紙が入っていた。

 

 

 

1枚目・・・親父からの手紙

2枚目・・・誰からなのかわからない手紙

3枚目・・・婚姻届?そして何項目かは記載されている。

 

 

 

 婚姻届。なぜそんなものが……。

結婚。一瞬でそんな言葉が頭を駆け巡る。だが、何も聞いていない。

混乱しそうな自分自身を奮い立たせて、そんな思考を遮断する。

まずは手紙を読もう。

 

 

 

 1枚目。親父からの手紙。

最初は実家の近況とか、結婚はまだだろうとか、当たり障りのない文章が続く。

中盤辺りから、お前もそろそろ身を固めろとかそんな話になり、本題に。

俺には言ってなかったが、許嫁(いいなずけ)がいると。

親父の従兄の娘に当たるらしい。黙っていてすまなかったとも。

そして、相手さんは乗り気なので、まあがんばれ、と他人事のように書いて締められていた。

 

 

 

 婚姻届が同封されていたこともあり、予想はしてたが……。

それにしても、いきなりすぎる。

親父の従兄の娘ということは、俺にとっては、また従姉妹に当たることになるのか。

そんな会ったこともないような()を紹介されても困る。

「まあがんばれ」とは、いったいどうなんだろうか。息子の結婚相手だぞ。

この1枚目を読むだけで、頭が痛くなる。

実家に電話しようか。いやいや、全部読んでからでも遅くない。

全貌を把握してから抗議した方が、展望は明るいだろう。

 

 

 

 気を取り直して。2枚目の手紙を取り出す。

親父の従兄、俺の許嫁の父親、相田(あいだ)(とおる)さんが書いたもののようだ。

あいだ?とおる?一瞬、聞き覚えがあるような気がした。

とはいえ、どちらも珍しい名前ではない。仕事関係で耳にしたのだろうと、思い直す。

いきなり冒頭で「久しぶり、元気してるか」から入って来た。

そして「娘とあんなに仲良くしていたから安心して任せることができる」とも。

娘の名前は「相田(あいだ)(のぞみ)」。

年は16歳。高校生だが安心してほしい、こちらの学校に編入してるから、と。

近々訪ねてくるだろうから、よろしくとも書いてあった。

その後は、いかにいい娘か、俺にべた惚れなのかが綴られていた。

 

 

 

 引き続き、3枚目、婚姻届を見る。

左側一番上の欄の「夫になるひと」のところは空欄。

隣の「妻になる人」のところには「相田 希」と記名されていた。

住所や本籍の記入箇所は、俺の書くところは空欄。

相手側の欄には、どちらも記入済である。希さん、東京のひとなんだね。

父母の記名欄にはどちらにも記入されていた。

その他は下まで未記入。

書類の右側にある、「証人」の欄には、「佐々木 知之(ともゆき)」、「相田 徹」の両父親の名前が。

親切に印鑑まで押してある。

 

 

 

 全部の書類を読み終わり、俺はため息を吐く。

相田 希、16歳。高校生かよ。

先方とは会ったことがあるらしい。いつ会ったのかまで、書いておいて欲しかった。

「あんなに仲良くしてた」とか、希さん本人とも会っているみたいだ。

 

 こちらの学校に編入。学校名は「鈴峯女学園(すずがみねじょがくえん)」。

地元では有名なお嬢様学校である。小・中・高一貫校で、別世界の雰囲気を持つ。

そんな学校にいつ、編入試験を受けたのだろうか。

それよりも、そこに通うことができる、それ自体が相田家の格を感じ取ってしまう。

そんなお嬢様が俺にべた惚れ……それは、考えないようにしよう。

本人から聞いているわけではない、親の言うことである。

親は結婚させたいが、子供は違う……よくある話である。今の俺の状況もそれに当たるし。

 

「近々訪ねてくる」……挨拶くらいはした方がいいのだろうか。

完全無視は、後々怖い。というか、面倒くさい。親が乗り気なので尚更である。

16歳ということは、相手もそこまで乗り気でない可能性もある。

相手さんが嫌と言ってくれると、こちらは助かる。その方針で行こう。

その前に親父に抗議だ。そう思い、スマホを取り出す。

 

ピンポーン ピンポーン

 

 その瞬間、呼び鈴が鳴る。

新聞屋か、公共放送か、はたまた宗教か。

1人暮らしのアパートの訪問者は碌なものがいない。無視に限る。

 

ピンポーン ピンポーン ピンポーン

 

 なおも鳴り続ける。しつこいなぁ……無視だ、無視。

無視を決め込んでいると、30秒くらいで止んだ。

今回のは、根性入れすぎだろう……俺はそう思いながら安堵する。

すると、

 

「ユウ兄様《にいさま》、いるのはわかっています。出てこないと、叫び続けますわよ」

そんな女性の、物騒な言葉が聞こえる。

 

 ユウ兄様?俺のことをそう呼ぶのは1人しか該当しない。

「兄様」と呼ばれることが恥ずかしかったので、印象に残っている。

 

 昔の記憶が甦ってくる。何年か前に会った小学生。

確か、「ノンちゃん」と自分のことを言っていたような気がする。

そうか、その「ノンちゃん」がなぜか俺を訪問。

知らないひとではないという確信が持てたので、玄関に向かう。

 

「……本当に留守なのかしら……どうしましょう……」

そんな呟く声が聞こえてくる。

 

「ここで合ってますわよね、違ってたら恥ずかしいですわ……」

不安になっているらしい。

 

「違っていたら、佐々木の叔父様に文句を言いましょう」

独り言が多いな。それだけ不安ということなのか。

 

「やっと結婚できる年齢になって、ユウ兄様の所に行く手筈を整えたのに、失敗は許されないですわ」

 

……ん?結婚できる年齢?何のことだろうか……。

とりあえず、彼女が叫び始める前にドアを開けるか。

ドアノブを回す。

 

カチャ

 

 そこには、黒髪ロングの小さな女の子が立っていた。

彼女は少し驚いている。ドアが開くとは思わなかったからだろうか、はたまた別の要因か。

白いスカートに茶色のカーディガンを羽織っている。

彼女の隣には腰よりも高い、大きなキャリーバックが鎮座していた。

俺の方も言葉が出ない。

ザ・お嬢様がそこにいた。雰囲気というか、これをオーラと言うのだろうか。

30歳独身、女性関係日照り続きの男には、強烈すぎる。

 

「お久しぶりです、ユウ兄様」

彼女はニコッとして言葉を続けた。

 

「相田 希です。よろしくお願いします」

 

俺は、挨拶をしてくる「許嫁」に向けて、声を発することができなかった。




次の話は明日15時に投稿します。


【イエローカンガルーポー】

ハエモドルム科アニゴザントス属の黄色のカンガルーポー(学名:Anigozanthos flavidus)は、別名オーストラリアン・スオードリリー、アニゴザンサス、アニゴザントスと呼ばれている。

細い毛に覆われた先が6つに裂けた筒状の花を咲かせ、その形が「カンガルーの前足」に似ている事から、それが日本での名前の由来になっている。
※カンガルーの指の数は、前足が5本、後足は4本。

和風にも洋風にも使用しやすい花で、花束のアレンジメントから生け花の花材まで多岐に渡っている。

花屋では、南半球からの輸入が多いせいか、秋に見ることができるようだ。


開花時期:3月~6月
花の色:黄色、黄緑色
原産地:オーストラリア


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第2話 クジャクソウ

読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
父親からの手紙。許嫁?そして本人登場。


 俺は目の前の様子を見て、声を出せないでいた。

 

 自分の前に立っている、この小柄の女性が相田(あいだ) (のぞみ)だと名乗っている。

先程、親父からの手紙を確認して、俺に許嫁がいることを知った。

それだけでも、驚きに値するのに、時間を置かずに本人の登場だ。

偶然にしては、上手く行き過ぎている。

 

「……ユウ兄様(にいさま)?」

目の前に存在している「許嫁」は、不思議そうに問いかけてきた。

そういえば、ドアを開けてから、言葉を発していなかったな。

 

「……ノン……、いや、希さん、いらっしゃい」

動揺を隠しながら、当たり障りのない挨拶をする。

 

 俺のことを「ユウ兄様」と、呼んでくるのは1人だけ。

知らないひとではない、ということが確認できたから安心だ、と自分自身に言い聞かせる。

ただ、「ノンちゃん」と呼ぶのは気が引けたので、「希さん」と呼ぶ。

 

「フフフ。私はノンちゃんですわ……」

 

 俺が動揺していることを察知しているのか、いないのか。

ニコッと笑って、彼女はそのように答えた。

下からのぞき込んでくる。こちらの慌てぶりを楽しんでいるのか。

この言動で彼女が、俺のことを「ユウ兄様」と呼ぶ、「ノンちゃん」だと確信した。

許嫁である「相田希」は、確かに過去に会ったことのある人物だということを理解する。

 

「まあ、あがって」

このまま玄関口で、話をしているのもどうかと思い、家の中へ促す。

 

「おじゃましますわ」

そう言って、彼女は家に入ってくる……はずだった。

 

「……重いですわ……」

 

 彼女の隣に鎮座していた、キャリーバックを持ち運ぼうとして、苦労している姿があった。

自分で持って来たはずだよな。なぜ、持てないのか。

しきりにこちらを見る。持って欲しいのかもしれない。

 

「希さん、自分で持ってきたはずだよね?」

俺は、純粋に疑問を持ったので、彼女に問いかける。

 

人様(ひとさま)の家に土足で入るなんて、信じられませんわ」

そんなことを言ってくる。これだけでは、意味がわからない。

 

「キャリーバッグのコロって、土足でありませんこと?」

どうやら、コロを使って部屋まで引いていくと、家の中が汚れると思ったらしい。

 

「気にしなくてもいいのに」

そうつぶやきながら、彼女のキャリーバッグを片手で持ち上げる。

そこそこ重いな。女性には提げるのは無理かもしれない。何が入っているのだろうか。

 

「ありがとうございます」

彼女はお礼を言ってくる。頭の動きに合わせて、長い髪も揺れている。

家に入ったことを確認し、ドアを閉めた。

 

 

 

★★★

 

 

 

 相田希との出会いは、8年前の夏。俺が22歳のとき。

祖父の葬式があったときに、彼女は両親と一緒に参列していた。

当時の彼女は8歳の小学生。子供にとっては、葬式という行事は、退屈だったらしい。

大人たちが忙しい中、俺自身だけが暇そうにしていたように見えたために、寄って来た。

こちらも特にやることがなかったので、彼女の相手をすることにした。

 

 親たちも忙しかったため、子守には丁度よかったらしく、なし崩し的に世話を頼まれた。

通夜と葬式が終わった後も、一族の会合、食事会などが開催されたため、帰ることは許されず。

葬式としては少し長い、1週間ほどを一緒に過ごすことになった。

その1週間の間、彼女はずっと俺と離れなかった。

 

 彼女の両親に聞いた話だが、普段は仕事が忙しくて、あまり構って上げられないらしい。

小学生を1人で留守番させるわけにはいかないので、お手伝いさんを雇ってはいるとのこと。

しかし、毎日来てくれるわけではないので、そこまで懐いてはいないんだそうだ。

そんな中、常に一緒にいてくれる存在の登場で、彼女はとても嬉しそうにしているらしい。

俺と離れているときも「ユウ兄様は?」と言ってくるんだと、笑顔で話ししてくれた。

 

 2人で過ごしているとき。

通っている小学校の話や友人の話、先生の話、授業の話などを聞いた。

彼女は話をする。俺はそれを聞いているだけ。それなりに楽しかった。

他には、ゲームをやった。トランプなどのカードゲームもだが、TVゲームもした。

ゲームをしているときは、2人だけではなかった気がする。

 

……というか、妹の(うみ)がいたはずなんだが、なぜ記憶に残っていないんだろう。

ずっと2人で過ごしていた気がする。

あの頃の彼女は、自分のことを「ノンちゃん」と呼んでいたので、こちらもそう呼んでいた。

なぜ俺のことを「ユウ兄様」と呼び始めたのかは、わからない。

いつの間にか、そう呼ばれていた。ちなみに海からは「兄さん」と呼ばれている。

 

 

 

 1週間経って、帰途に着くとき、お別れがやってきた。

彼女には大泣きされた。「ユウ兄様、行っちゃヤダ」とも言われた。

周りの大人たちは薄情で、その様子を笑顔で見守るだけ。

そんな中、彼女は聞いてきた。

 

「ユウ兄様と一緒にいたければ、どうすればいいの?」

 

すると、周りの無責任な大人が言った。

 

「結婚すれば、ずっと一緒にいることができるよ」

 

 本当に無責任だ。

声をした方向に目を向けると、(とおる)叔父さん、なんと彼女の父親だ。

 

「お父様、それは本当なの?」

「ああ、本当だ。結婚したから、父さんは母さんと一緒にいる」

 

 あのう、親父さん、いいんですか、その答えは。

父親のその言葉を聞いて、彼女は、泣き止んで、目をこする。

2つの目を俺に向けて、真剣な表情でこう言い放った。

 

「ユウ兄様、ノンちゃんと結婚してください!」

 

 俺は戸惑う。

確かに彼女はかわいい。身長130cm、チョロチョロしている。

いなくなると寂しいという気持ちはある。

 

 世の中には、「ロリ」とか「ペド」とかいう人種がいることも知っている。

今までは、そんな人種を「ありえない」という目で見ていた。

しかし、この小学生と1週間過ごしていて、どうやら毒されてしまったらしい。

彼女の父親に目で訴える。いいんですか、これは、と。

 

「今を過ぎたら忘れるだろう。すまんが、ここは頼む」

耳元でそう囁かれた。まあ、そうだろうな、彼女の中で忘れていくだろう。

 

「ユウ兄様、どうか、どうか、お願いします!」

目の前で少女が、俺に向けて懇願している。

 

 仕方ない。俺はため息をつく。

今だけだ。期待するなよ、どうせ忘れてしまうのだ。

そう、自分自身に言い聞かせる。

 

「おう、わかった」

そう、軽く答えた。少し照れくさかった。

それを聞いて、彼女の表情が一気に明るくなった。

 

「一緒に帰れるの?」

 

 そんな質問を飛ばしてくる。それはどうだろう。

俺が答えに詰まっていると、彼女の父親が彼女の前にしゃがみ込み、代わりに答えてくれる。

 

「希、結婚するにはな、花嫁修業がいるんだ。だから一緒には帰れないんだよ」

「一緒に帰れないの?」

「ああ、だが、立派なお嫁さんになったら、一緒にいることができるぞ」

「立派なお嫁さん?」

お嫁さんという言葉を聞いて、彼女は首を傾げる。

 

「一緒にいることができたら、ずっと遊ぶことも、話をすることもできるぞ」

「ホント?」

「ああ、お嫁さんはいいぞー」

 

叔父さんはそう言うと、しゃがんだまま、俺の方に目線を上げて、同意を求めてくる。

 

「優君、お嫁さんはいいよな?」

いやあ、無茶ぶりでしょう、大丈夫か?

 

 叔父さんの顔が真剣だ。ここは、話を合わせるしかないのか。

俺はその場にしゃがみこんで、彼女の目線と合わす。

右手の平を彼女の頭に乗せて、言い聞かす。

 

「はい、そうですね。ノンちゃんが立派なお嫁さんになるのを待ってるから」

「うん、待っててね、ユウ兄様」

彼女はそう言うと、俺に抱き着いてきた。

 

 

 

 そんな顛末があった8年前の夏。

徹叔父さんの策略が上手くいったのか、お互い帰途に着くことができた。

帰り着くまでは、頭がぼーっとしていた気がする。

相手は子供とはいえ、逆プロポーズをされたのだ。人生初の体験。

 

「兄さん、どうするの、あれは。私は認めない!」

帰りの道すがら、両親が茶化してくる中、妹がただ1人、憤慨していたことを思い出す。

 

 

 

★★★

 

 

 

 現在。小学生だった女の子と対峙している。

彼女は8年前のことを覚えていたのだろうか。

もしくは、うまい具合に縁談に持っていった叔父の策略なのだろうか。

思い返すと、俺の方もいろいろ責任がありそうだな。

確かにあのとき、戸惑いがあったとはいえ、嬉しかったのも事実なのだ。

 

 とりあえず、彼女の話を聞くか。

8年前のプロポーズを覚えているのかどうか。

許嫁のことについて知っているのかどうか。

 

 俺は、思いを巡らせながら、彼女を部屋に通し、適当なところに座らせた。




次の話は明日15時に投稿します。


【クジャクソウ(孔雀草・孔雀アスター)】

キク科シオン属のクジャクソウ(孔雀草)(学名:aster pilosus)は、別名クジャクアスター(孔雀アスター)、シュッコンアスター(宿根アスター) と呼ばれている。

ひと枝に野菊のような花が連なって咲き、孔雀が羽根を広げたように見えるため、その名がつけられるようになった。

アスターとは、ギリシャ語の「Aster(星)」から、1つ1つの花を星と見立てた草姿を表したもの。
シロクジャクとユウセンギクなどの交配によって生まれた園芸種が多数作られ、総称して「孔雀アスター」と呼ぶようになった。

また、フレンチマリーゴールドなども「孔雀草」と呼ばれるが、別種。


開花時期:8月~11月。
花の色:ピンク色、白色、紫色
原産地:北アメリカ


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第3話 イソトマ

読んでくださいまして、ありがとうございます。

【これまでのあらすじ】
優の家に希が訪れたよ。家に招き入れる。


 俺の住んでいるアパート。

 

 中国地方有数の大都市・広島市、その繁華街に近いところに位置している。

路面電車やバスでの移動で、JRへのアクセスも便利である。

 

 そんなアパートの部屋割りは1DK。

玄関から入ると、左側に浴室とトイレがある。

少し進むと、キッチンを含めた6畳間の部屋が広がる。

引き戸の奥には、6畳の洋室がある。

玄関から見ると、奥にキッチンの部屋、さらに奥に洋室。

一番奥の窓を開ければ、ベランダにつながる。

 

 洋室には、収納が2つ。

引き出しのある、クローゼットを兼ねたものと、布団などが入るようなもの。

そのおかげで、俺の家には洋服ダンスが必要なかった。

収納の引き出しに服や下着を入れて、ホームセンターで購入したカラーボックスで物を整理している。

ベッドを置いていないため、そこまでコチャゴチャしていないように見える。

 

 

 

★★★

 

 

 

 希さんを部屋に招き入れる。

大きなキャリーバッグは、キッチン付近に置く。

洋室に入らず、彼女が佇んでいる。

 

「あ、ごめん。布団を片付けるよ」

 

 彼女を待たせて、布団や枕を収納に片付ける。

収納を閉めて、彼女の方向に向き直る。

 

 彼女は、手に何かを持って、神妙な顔つきで見つめている。

ああ、俺が先程まで読んでいた、手紙と婚姻届だろうか。

そういえば、床に放置したままだった。気づいて拾い上げたのだろう。

確かめる手間が、省けたかもしれない。聞きづらかったんだよな。

 

「とりあえず、座って」

 

 俺が声をかけると、彼女は、手紙から目を離さず、その場に座る。

読み終わるまで、待つことにしよう。

 

 その間にテーブルを組み立てて、冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスを用意する。

グラスに麦茶を注ぎ、テーブルを挟んだ彼女の真向かいに座る。

まだ、手紙を読んでいるようだ。

 

 

 

 そんな彼女を観察する。

 

 肩口よりも長い黒い髪。

顔は美人に見える中にも、年齢さながらの可愛さが隠れているように感じられる。

なで肩で、身長も低いので、座った姿は、チョコンという擬音で表したい気分になる。

長袖のカーディガンの袖から出ている指は細く、爪も綺麗だ。

胸は……。

言わない方が親切なのかもしれない。

 

 

 

 彼女をじっくりと観察していると、視線に気づいた。

手紙を読み終わったらしい。

 

「ユウ兄様って、おっぱい大きい方が好きなひと、なのでしょうか?」

 

 そんな一言を発してくる。

いやー確かに胸を見ていたけどさ、いきなりそこですか。

 

「い、いやーそんなことは……」

「あのう、エロそうな目線が気になりました」

「そ、そんなことは、ないよ」

久しぶりの会話らしい会話がこれなのか。ため息が出る。

 

「まあ、いいですわ。ユウ兄様に大きくしてもらいますから」

「そ、それは不味くないかい」

 

「えーっ!ですが、私とユウ兄様って、結婚しますし、私は構いません」

「いや、俺が構うよ」

 

……というか、ここで「結婚」発言かよ。びっくりだわ。

 

 それよりも、なんてマセタ16歳なんだ。

揉んでもらって、胸が大きくなるという説を知ってらっしゃる。

それとも、最近の高校生は進んでいるのか。うーむ。話を変えよう。

 

「ところで、東京はいつ出たの」

「はい、今朝出ました。新幹線であっという間でした」

 

「こっちの高校に行くと、手紙にあったけど」

「はい、来月6日が編入式になっていますね」

 

「編入式?入学式ではないの?」

「はい、ウチの学園との交換留学生として、鈴峯(すずがみね)に編入になりました」

 

 

 

 彼女からの説明をまとめると、こうなる。

 

 彼女の通う武蔵野(むさしの)女子学園(じょしがくえん)と、家の近くにある鈴峯(すずがみね)女学園(じょがくえん)は、姉妹校であり、様々な交流があるとのこと。

お互いの各学年の成績優秀者のうちの希望者は、交換留学生として選ばれるのだそうだ。

交換留学生は、基本的に全寮制。

さらに両学校の生徒の模範として、生徒会に所属することになる。

 

 

 

「そうか、では、今日から鈴峯の寮に入るってことか」

あんな大きなキャリーバッグにも納得できる。

 

「いいえ、寮には入りません」

「えっ!じゃあ、どうするつもりなんだ?」

 

 俺がそう返すと、彼女はにこやかな笑顔をしてこう言い放った。

 

「ここにお世話になるつもりですわ。よろしくお願いします、ユウ兄様」

おいおい、それはどうなんだ。まだ未成年だし、親の許可は……。

 

「お父様の許可も取れてますし、学校にも許可をもらいました」

そう言って彼女は、どや顔をした。かわいい。それは今はどうでもいい。

 

「いや、未婚の未成年の女の子と、成年男性が一緒に住むのは、いろいろ不味いだろう」

そうだ、世間的にも、俺の耐久値的にも、いろいろ不味い。

 

 希さんのことは、別に嫌いではない。むしろ好きな部類に入る。

8年前からよくぞ、こんな美人に育ったと、心の中でガッツポーズをしている俺がいる。

こんな彼女が、彼女さえいいと言ってくれれば、結婚することにも迷いはない。

ただ、久しぶりに会ったばかりで、上手く行くのかが不透明。

 

「問題ないでしょう。夫婦になりますから」

希さんは、そう言いながら婚姻届を見せる。

 

「えっ!希さんは了承済だったの?」

「はい、ここの私の名前の箇所、私が書きました」

 

 彼女はニコニコしている。堂々としすぎて困る。マジなのか。

俺の背中がぞくぞくしてきた。冷や汗ってこんな場面でも、かくものなのだろうか。

 

「……結婚相手が、俺でいいの?」

相手が「夫婦になる」と言っているのに、この質問である。我ながら情けない。

 

「私は、ユウ兄様が、良いのです。8年間、頑張りました」

「頑張る?何を?」

「花嫁修業。ユウ兄様のお嫁さんになるために」

 

 そう言うと、彼女はそっぽを向いた。照れているらしい。

確かに高校生にもなって、「お嫁さん」という言葉は、恥ずかしかったようだ。

あー、これはこれは。8年前の約束がそのまま生きている。

いろいろ理由をつけて断るのも、格好悪いかもしれない。

 

「そうか、わかったよ、ウチに住んでもいいよ」

 

 何回目かのため息を吐く。仕事は休みなのに、一気に疲れが出た。

 

「フフフ。ありがとうございます」

「だけど!結婚は、しない!」

 

 そうだ。久しぶりに会ったので、お互いのことをよくわかっていないはずなのだ。

8年の歳月が流れていることもあるし、一緒にいたのは、あの1週間だけ。

性格の不一致とか、お互い譲れない部分があると思うのだが。

 

「ユウ兄様、私のこと、嫌いになったのですか?」

急転直下に表情が暗くなっている。極端だろう。

 

「いや、嫌いだったら、一緒には住まないと思うけど」

「でも、結婚はしないって……」

 

「まだ、な。まだ」

「まだ、ですか。では、いつになったら結婚してくれますか?」

 

「ま……、機を見て……」

「機を見てって、いつになるのでしょうか?」

 

 ねえ、ねえと、俺の目の前に近寄って、目を合わせようとしてくる彼女。

俺は一生懸命、目を合わせないように、逃げる。逃げる。逃げる。

 

「ふーんだ。いつか、ぜーーーったいに、認めてもらいますから」

 

 ほっぺを膨らませて、思い切り抗議の姿勢を見せている彼女。

俺は、その様子を見て、笑い出してしまった。

 

「・・・笑うことないでしょう?ユウ兄様なんて、きらーい」

「嫌いなんだー」

「いいえ、ユウ兄様は大好きですわ。でも、嫌いですわ」

 

 意味が分からない。でも、とても楽しい。

自分を好いてくれる女性といると、こんなに楽しいものなのか。

久しく忘れていた感情だった。

 

 

 

 高校生の彼女。いや、そんなことを飛び越した同棲生活になるんだろうな。

もしかしたら、高校生の嫁になるのか。少なくとも彼女はその気だろう。

しかも、親公認の許嫁。俺の気分次第でどうにでも進んでしまう、この危うさ。

果たして、俺自身を律することができるだろうか。

 

 目の前の彼女は、俺の葛藤を知ってか知らずか、無防備な姿を晒している。

ここに住めるのかどうかという、最大の案件が解決したからだろうか。

安心して寝転がっている。くつろいでくれるのは、嬉しいけれども。

いや、だからー、スカートの裾から、血色のいい膝が顔を出しているのですが、目の毒です。

 

「スカートの裾、見えてるぞ」

そう言って、スカートの裾を引っ張る。

 

「欲情しましたー?」

 

 寝転がったまま、こちらを向いて、ニヤリとしている。

かわいい。今すぐ飛びつきたい。でも、それは許されない。

 

「するかー!」

「残念ですわ」

 

 彼女の方を見ると、スカートの裾を波打つように動かしている。挑発なのか、それは。

ちらちらと、膝のその先の「スカートの中身」が見えそうで、……見えない。

目の保養にはなるので、眺めてはいた。それくらいは許されると、俺は信じている。

 

 

 

★★★

 

 

 

 苦悩な日々が始まってしまったらしい。

決して、女性経験がないわけではない。

 

 希さんが16歳でなければ、高校生でなければ、未成年でなければ、そこまで悩まないだろう。

俺は、この青い果実を前に、どれだけ我慢できるのだろうか。

彼女の挑発が続いている。この無邪気さは、高校生で16歳だからなのかもしれない。

 

 それを他所に、2人で過ごすためには、足りないものがある。

買い物に行く必要があることに気づき、俺は、財布を覗き込み、考え込んでいた。

 




次の話は、明日15時に投稿します。


【イソトマ】

キキョウ科イソトマ属のイソトマ(学名:Isotoma axillaris)は、別名をローレンティア と呼ばれている。

小さな星形の花を、株いっぱいに咲かせる。
ギザギザの葉は、夏にすがすがしい印象を残すが、その茎葉から出る白い液体には、アルカロイド系の毒が含まれ、目に入ると失明の恐れもあるほど強力。

本来は多年草だが、耐寒性がさほど強くないので、日本では冬に枯れる一年草扱い。


開花時期は5月~7月
花色は、白、ピンク、紫、青
原産地:地中海沿岸、アフリカ、オーストラリア、アメリカ


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第4話 ストック

読んでくださいまして、ありがとうございます。

【これまでのあらすじ】
優と希が一緒に暮らすことになったよ。
嬉しいか、ロリコンめ。うらやましい。


 3月28日日曜日。俺に「許嫁」がいることを知った。

 

 いることを知っただけなら、そこまで生活は変わらない。

「許嫁が存在する」と知ったその日に、本人が押しかけて来た。

 

 押しかけてくるならまだいい。

一定の距離を取っていろいろ考えて、対処することができる。

 

 さらに、一緒に住むと、そう宣言された。激動である。

 

 16歳の、未成年の、高校生。しかもかわいい。容姿については、文句はない。

今の時点で、彼女に対して恋愛感情があるのかは、わからない。

30代に足を掛けた者からしてみれば、高校生くらいの少女は恋愛対象というより、庇護対象。

こんな娘や妹が欲しいなぁ、そう思ってしまう。

 

 

 

 親の決めた許嫁が、突然訪れる。

恋愛ゲー、ギャルゲーで、よくあるパターンである。

しかし、現実にこの身に起こると、経済的、生理的、物理的に様々な齟齬が生じる。

悠々自適の1人暮らしが、もう1人の個を気にかける生活に変化する。

それだけを取っても、十分面倒である。

 

 賢い諸兄の方々からすると、断ればいいじゃないか、そう思うだろう。

押しかけてくる者って、ただただ、迷惑なだけだ、と。

しかし、その選択肢は、なぜか思い浮かばなかった。

 

なぜだろうか。

 

 自分を問答無用で好いてくれている、そんな状況のせいなのかもしれない。

なんだかんだ言っても、自分のことを好きでいてくれる存在は、貴重で嬉しいものだ。

性格については、これから解ってくることだろうが、容姿については、かなり()い。

一緒に話をしていても、精神的苦痛はない。

 

 むしろ、なぜ俺は、この()に好かれ続けているのだろう、そう疑問に思ってしまうほどだ。

 

 逆に、婚姻届を完成させて、既成事実をつくってしまえよ、そう思う方々もいるだろう。

本人も親も結婚について、反対していない。

親に至っては、なぜか娘を押し付けている感、すらある。

これに関しては、俺と彼女、両方の親の思惑や理由がありそうである。

だが、それが何であるのかは、現時点では全くわからない。

 

 幼妻《おさなづま》を娶って、同意を得ず、快楽を貪る。まるでゲームのように。

嫌だと悲鳴を上げられても、「俺が好きなんだろう?」と、押さえつけて身体関係を持つ。

そんな鬼畜、極悪非道とされることも、この現状ならば、できたのかもしれない。

 

 それでも俺は、彼女に襲い掛かることもなく、そんな関係になろうとも思わなかった。

彼女からの挑発に、現時点では相当、まいってはいるけれども。

 

 また、彼女の望んだ「結婚」に踏み込むこともなかった。

成人してもいない彼女が、考えなしに行動しているように見えてしまったからなのだろうか。

それとも、突発的に結婚して、近い将来、俺に対して幻滅されることが怖かったからなのだろうか。

俺としては、もう少し時間が欲しかったのかもしれない。

自分だけではなく、相手の人生をも左右する「結婚」という選択。

 

 いろいろ考えた結果、勢いだけでは、踏み込めなかった。

 

 俺は、思った以上に「常識人」だったのだろうか。

あるいは「ヘタレ」だったのだろうか。

もしくは、「未成年略取」の犯罪が怖かったからだろうか。

ただ、「少女の望むこと」に流されているだけなのだろうか。

 

 その実《じつ》はわからない。

 

「相田 希」という人間を知って、より良い「未来」を見極めるため。

そんな「模範解答」のような「理由」を言い訳にして、対処することにしたらしい。

「したらしい」

……自分自身のことのはずなのに、まるで他人事。

笑いが出てくる。「ヘタレ」説が高そうだな。

 

 

 

★★★

 

 

 

 冷静に自己分析をすると、そんな感じではあるのだが、時間は待ってくれない。

今日から、2人で生活していくことが、決まった。

ただ、現状、この家に有る物だけでは、足りないはずだ。

とりあえず、何が有って、何が足りないのかを、把握しておきたい。

 

「希さん、キャリーバッグの中には、何が入っているんだ?」

寝転がって、スカートの裾をつかんで、波のように動かして遊んでいる、彼女に聞いてみる。

 

「あ、その前に」

思いついたようにそう言うと、体を起こして座り込み、俺に向き直る。

 

「『(のぞみ)さん』って呼び方、他人みたいですわ」

不服そうに呟く。俺の目を見つめてくる。

 

「『ノゾミ』って、呼び捨てで、お願いしたいですわ」

「えっ」

「他人みたいということもありますが、ユウ兄様には、『ノゾミ』と呼んで欲しいですわ」

 

あーなるほど。うーん、ならば。

 

「では、俺も『ユウ兄様(にいさま)』ではなく、『ユウ』と呼んでもらおうかな」

様付けは、あまり慣れてないんだよな・・・いい機会だから言ってみた。

 

「ユウ兄様は、ユウ兄様ですわ・・・呼び捨ては恥ずかしいですわ・・・」

 

 そう小さな声で呟いている。俺に顔が見えないよう、反対方向を向いている。

顔は真っ赤に染まっているようだ。かわいいので、少し意地悪してみよう。

 

「ノゾミー!……試しに俺のこと、呼んでくれるかな?」

「!」

 

 ビクンッと、彼女の体が弾んた。

いきなりの呼び捨てに対して、心の準備が追い付かなかったらしい。

 

「ほら、ほら、ノゾミー。呼んでみてくれよー」

「……ユ……ウ……?」

 

「あれー?聞こえないなー」

「ユウ……」

「もう1度!」

 

 そんなやり取りを続ける。面白いなー、かわいいなあ。癖になりそう。

何回も繰り返す。

 

「ユウー!……もう、知らないですわ!恥ずかしいですわ、意地悪!」

 

 彼女が怒ってしまった。そっぽを向く。

立ち上がって、俺から離れようとする。

しかし、残念ながらこの部屋は6畳の洋室。逃げ場がない。

そんな彼女を、ニヤニヤしながら見つめる。

おっと、本題を忘れそうになったので、話を元に戻す。

 

「……ノゾミ。家からは何を持って来たんだ?」

彼女にそう質問して、キッチン横の大きなキャリーバックを指さす。

 

「いろいろ入ってますわ。取り出した方が早いですわ」

そう言って、キャリーバッグを取りに行こうとする。

 

 俺は、彼女を制して、取りに行ってくる。

思ったよりも重い。いったい何が入っているんだろうか、この中に。

キャリーバッグを開ける。中には、ぎっしり隙間なく入っているのが見えた。

 

「あーっ!」

ノゾミが叫んだ。

「見ないでください、恥ずかしいですわ」

 

 そう言って、キャリーバッグと俺の間に体を滑り込ませる。

ノゾミさん、俺の胡坐の上に座っているのだが、そこは恥ずかしくないのか。

俺の脚の上に存在する、ぬくもりと2つの量感。

後ろから抱きしめたら、どんな反応を示すのか。やってみたい、でも、今回はやめておこう。

 

 急な彼女の行動にそんなことを考えていたが、肩口から観察していて納得した。

様々な色の下着が見えた。恥ずかしがるのは無理はないな。

ただ、今の時点では、収納するところがない。

結局、俺の目の前に晒す未来が待っていたのだが、なるべく見ないように努力する。

 

 キャリーバッグの中には、様々なものが入っていた。

下着の他、春から夏にかけての普段着、パジャマ、キャミソール、靴下などの衣服。

筆記用具、学校の教科書やノート、コミックやラノベの書籍類。

コスメ関係や洗髪関係のボトルや軟膏類、学生カバンやセカンドバッグ。

そして、ノートPC。

 

「よくこれだけの物が入ったなー」

 

 いろんな意味で関心していた。そして、外に出したものを観察する。

書籍類は、カラーボックスを整理したところに入るだろう。

コスメ関係のものは、浴室の洗面台にでも置けば、なんとかなりそうだ。

ノゾミに話すと、同意してくれた。

 

「クローゼットは要りそうだな……」

 

 ここに有るものは、春夏もの。1年で1番、衣服の嵩の張らない。

女の子だし、洋服は増えていくだろう。これは購入しなくては。

 

「えっ、悪いですわ、わざわざ買ってくださるなんて」

「まあ、遠慮するなよ。ある程度なら、出せるから」

 

 ノゾミがすまなそうな表情をするが、これは社会人としてのプライドである。

一緒に住むと決めた以上は、必要ならば、購入していくことに迷いはない。

……と、いうより、俺の服の方が少ないんだよな……。

引き出しのある棚を購入して、俺の衣服を移動させる方がいいのかもしれない。

あとは……勉強机か。今出しているテーブルでいいのだろうか。

 

「勉強するところだけど、このテーブルでも大丈夫?」

彼女に声をかける。

 

「もーんだーいないですわ。パソコンもそこに置くつもりですわ」

そう言いながら、ノートPCをセットしている。

丁度よかったので、無線LANのパスワードを教えておく。

 

「では、ここの引き出しに入っているものを出すから、下着とか入れていってー」

俺はそう指示だしながら、収納の引き出しから、自分の衣服を出していく。

 

「それから、あの付近にコミックとか置いていいから」

 

 ノゾミは俺の指示に従い、キャリーバッグから出したものを片付けていく。

小ぶりのブラジャーや、かわいいフリフリ付きのパンツなども、無事に引き出しに収納されていった。

その代わりに、俺の下着やTシャツが床に並んでいくのだが。

もう、1つの引き出しにまとまらないか?

なんとか押し込むことに成功した。

 

 

 

 全部の作業をやり終えて、部屋が片付いたときには、すっかり日が暮れていた。




次の話は、明日15時に投稿します。

【ストック】

アブラナ科マッティオラ属のストック(学名:Matthiola incana)は、日本ではアラセイトウ(紫羅欄花) と言った名前が付いている。

甘い香りが好まれ、切り花として広く栽培されている。
本来、毎年花を咲かせる多年草だが、日本では、秋にタネを蒔いて、春に花を楽しみ、その後枯れる「秋蒔き一年草」として扱うのが一般的。

草姿から枝分かれしにくい「無分枝系」と、よく枝分かれする「分枝系」、葉の姿から「有毛系」、「照葉系」というように分けられるなど、園芸品種が豊富で、姿や用途から、様々な分類の仕方がされている。
一重咲きと八重咲きがあり、基本的に八重咲きはタネができない。


開花期:早春~春
花の色:赤色、ピンク色、黄色、オレンジ色、青色、紫赤色、白色
原産地:南ヨーロッパ


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第5話 ダイヤモンドリリー

読んでいただいて、ありがとうございます。

誤字を訂正しました。(2/12)


【ここまでのあらすじ】
キャリーバッグの中身を確認して、同棲生活の準備が終わったよ。


 ノゾミと一緒に住むための、本や衣類の移動や整理。

ついでに簡単な拭き掃除などもやっていたため、思った以上に時間が経過したらしい。

ベランダから覗く外の風景は、すっかり夜の帳が下りていた。

 

 

 

「ノゾミ」

彼女の声をかける。その問いかけに、顔をこちらに向けてくれている。

 

「夕飯、どうする?外にでも、食べに行くか?」

作業をしていた疲れで、これから支度をしようという気になれない。

外食を提案する。

 

「ごはんなら、作りますわ」

笑顔でそう答えてくる。彼女の手元には、いつの間にかエプロンがある。

 

「冷蔵庫を確認してもいいでしょうか?」

作る気満々らしい。

 

 俺が頷くと、キッチンに移動し、冷蔵庫を開ける音がした。

 

 俺も一応、自炊はしている。ただ、1人暮らしであるため、使うアイテムは少ない。

調味料は最低限、揃えている。卵や豚肉は残っていた気がする。

キャベツやニンジンなどの野菜は、余ってないかもしれない。

 

 そう思いながら、俺もキッチンに移動する。

冷蔵庫を開けて、中身を確認している彼女が目に映る。

 

「あと、こんなものもあるが、どう?」

 

 俺はそう言いながら、冷蔵庫近くの棚にある、パスタや袋ラーメン、缶詰などを指さす。

その方向には、炊飯器や電子レンジもあった。

彼女はチラッと指をさした方向を見てから、冷凍庫を開ける。

中には、豚肉や鶏肉、ミンチなどが入っている。

 

「……ない、ですわ……」

そう呟いている。彼女は何を作るつもりでいるのだろうか。

 

「……冷凍食品が……ない、ですわ……」

ん?冷凍食品?確かにないな。買ったことすらない。

 

「冷凍食品。電子レンジで温めるだけで、鍋に入れて茹でるだけの便利なものが……」

後ろから、見ていてもわかるくらいの落ち込み具合だ。

 

「冷凍食品がないなんて、私のできることがないですわ」

 

 何を言ってるんだ、この()は。

冷凍食品がないと料理ができない。意味がわからない。

いくつか確認のために質問を投げてみる。

 

「料理の経験はあるよな?」

「はい、ありますわ」

先程の哀愁を持った表情を変えて、自信もって答えてくる。

 

「どんなものを作ろうと思ったんだ?」

「コロッケや春巻き、唐揚げ、シュウマイ、グリンピースとかミックスベジタブル、ですわ」

 

 ああ、ダメかもしれない。

グリンピースやミックスベジタブルとか、料理ではない。

他のものは、作れると素晴らしいのだが、間違いなく温めるだけのものを言っているのだろう。

狼狽しそうになる。料理は期待できそうにない。

そう思いながらも、質問を続ける。

 

「家では、料理を作ったことはある?」

「はい、大谷さんの隣で手伝いしましたわ」

 

「大谷さん?」

「お父様とお母様が仕事で家にいないので、代わりに家事をやってくれていた方、ですわ」

 

「手伝いって何をしていたんだ?」

「グリンピースを取り出したり、いんげんを出したり、鍋に入れてましたわ」

 

うーん、頭が痛くなってきた。もう少し聞いてみるか。

 

「ちなみに、学校で家庭科とかあるよな?」

「ありますわ。小夜(さよ)の料理は完璧ですわ」

 

小夜(さよ)?誰なんだ、それは」

「私の同級生ですわ。彼女が料理を作って、私が盛り付けをしますわ」

 

 盛り付けですか。それは料理じゃないよ、大切だけど。

 

「小夜や皆さまから『希様の盛り付けは、ホレボレします』と、褒めていただいてますわ」

「希様」と来ましたか。普通に考えても、同級生からの呼称としておかしい。

 

 もしかしてと思い、俺は、キッチンの下部分にある、収納のドアを開ける。

一般的に万能包丁と呼ばれているものを取り出す。

 

「これを使ったことはある?」

「それくらいありますわ、バカにしないで欲しいですわ」

 

「そうか」

そう言って俺は、冷蔵庫近くにあった袋から、玉ねぎを取り出す。

 

「ノゾミ。これをみじん切りにしてもらえるか」

「みじん切り?」

 

「ああ、よろしく頼む」

そう言って俺は、洋室に戻る。

 

 

 

 キッチンの反対方向を向いて座り込んで、ため息をつく。

今までの受け答えを聞いた限りでは、ノゾミの料理は期待できそうにない。

ただ、包丁は使ったことがあると言うので、やらせてはみたが、期待薄だろうな。

 

 俺はスマホを取り出した。実家に電話する。

 

「はい、佐々木ですが」

「優だけど」

 

「優。元気しとる?」

程なくして、電話はつながった。母親が出た。

 

「うん。……親父、いるか?」

しばらくして、親父が出て来る。

 

「おお、優。電話遅かったのう」

遅かった、ということはどういうことなのだそうか。

 

「手紙と希ちゃんが来て、びっくりしたんじゃないのか」

 

 そう続けながら、電話の向こうで笑い声がする。

一発目で怒ろうかとは思っていたものの、笑い声を聞いたせいか、気を削がれる。

 

「いやー親父。笑いごとじゃないって。驚いたんだからよ」

「ハハハ。まあ、そこまでびっくりしてくれたんじゃあ、日付を合わせた甲斐があったわ」

 

「手紙を読み終わってからすぐ、ノゾミが訪ねてきたんだぜ。びっくりもするわ」

「おおう、儂の予想をはるかに超える奇跡的な出来事だな」

親父にとっても、予想外の出来事だったらしい。

 

 

 

 許嫁の計画は、(とおる)叔父さんと、かなり昔から計画していたらしい。

ノゾミを含めた相田家が乗り気だったこと、親父も母さんも、特には反対意見がなかったこと、それに加えて、俺から女の姿が見えないこともあり、機会を伺っていたとのこと。

 

 そして、ノゾミが16歳になり、広島の学校へ編入することが決まったということで、実行に移された。

親父は、ノゾミが来広(らいこう)する日を、事前に聞いていたらしい。

それを受けて、宅配サービスで、手紙をその日付の朝一番に届くように画策したとのことである。

手紙を読んですぐ、諸々の事情を聞くために、俺から電話がかかってくるものだと思っていたみたいだ。

それが、夕方になっても、電話がかかってこない。

無事に手紙を読んでくれているのか、ノゾミと会うことができているのか、とても心配していたんだと、責めるような言葉が聞こえる。

 

 そんなこと言われても困る、本当に。俺自身には知らされていなかったのだから。

 

 俺が用事で、1日家を空けていた場合はどうするつもりだったのだ、と聞いてみると、宅配サービスの受取メールが来ない場合のみ、(とおる)叔父さんを通じて、ノゾミに連絡が行く手筈にしていたそうだ。

 

 家族みんなグルだったのか。

 

 そう聞いてみれば、予想した通り、妹の(うみ)にだけは、知らせていなかったらしい。

うん、この計画においては、正解だったかもしれない。海は猛反対しただろうからな。

 

 

 

「で、どうだった、希ちゃんは」

「……どうって」

「結婚するんだろう。お前の給料だと、ひと1人、養えるだろうが」

 

間違ってはいない。

 

 

 今の会社に勤続年数5年。

全国、いや世界有数企業の下請け企業において、それなりの地位には、いる。

俺の下には、100人近くの部下がいる。当分、物作りの作業には入っていない。

主にデスクワーク、トラブルの対策や他下請け企業や全体との緩衝役。

日々、そんな仕事をしている。

最近だって、海外から来たゲストを相手に、工場内を案内して回った。

 

 

「結婚はまだ、しない」

親父は無言だ。次の言葉を待っているようだ。

 

「とりあえず、一緒に暮らすことにはした」

「そうか」

 

 親父は一言だけ漏らすと、無音になった。こちらの言葉を待っているのか。

 

「親父、質問していいか?」

「ああ」

 

「ノゾミや徹叔父さんたち相田家って、何者(なにもの)?」

「何者と、なぜ、思う」

鈴峯女学園(がみね)に通うって、余程のお金持ちでないと難しくないか?」

 

 沈黙が続く。俺も相手の出方を見るために黙る。

親父が諭すような言葉で、沈黙を破る。

 

「優。アイダコーポレイションという会社は、知っているか?」

聞いたことが有るような、無いような。わからない。

 

「儂も何を扱っているかは知らないが、東証1部に上場している企業だ」

 

「相田」を冠している企業名。唾を飲み込む。

 

「その会社の社長が徹だ」

 

 東証1部に上場。有名企業の仲間入りをすでにしているということだよな。

徹叔父さんがそこの社長。ということは、ノゾミって社長令嬢!

頭が冷える。

そんな俺の様子に構わず、親父はさらに冷却する燃料をくべてくれた。

 

「希ちゃんは、その徹の1人娘。徹がこの婚姻を推すということは、……お前も、わかるじゃろう」

 

 

 

★★★

 

 

 

一言二言話をして、通話を終える。

 

「がっつくなよ」

そう言われたが、そんな気は削がれている。

 

 キッチンの方へ振り向く。

玉ねぎの皮むきに悪戦苦闘をしている、社長令嬢が見える。

 

 この()を嫁に迎える……。

すなわち、アイダコーポレイションの次期社長になるということ。

俺自身だけでは抱えきれない、すさまじい将来。そして決断。

 

 心底、16歳の若妻の魅力に結婚を即決しなくてよかったと、胸を撫で下ろすのであった。




次の話は、明日15時に投稿します。


【ダイヤモンドリリー(ネリネ)】

ヒガンバナ科ネリネ属のダイヤモンドリリー(学名:Nerine sarniensis)は、日本ではネリネと呼んだ方が一般的。

従来、花姿がヒガンバナに似ていることもあり、日本では人気がなかった。
が、欧米では、宝石のようにキラキラ輝く花姿から「ダイヤモンドリリー」として親しまれていることもあり、最近は日本でも、切り花や鉢植えとして注目されるようになった。

開花期間が長く、1ヶ月くらい花を楽しむことができ、切り花やアレンジメントとしても花もちが良く、重宝されている。


開花時期:10月~12月。
花色:白色、オレンジ色、ピンク色、赤色。
原産地:北アフリカ


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第6話 カリブラコア

いつも読んでいただき、ありがとうございます。


【ここまでのあらすじ】
希は社長令嬢。料理ができないかもしれない。


 ノゾミはキッチンで作業中。

俺が頼んだ「玉ねぎのみじん切り」をしている。

 

 父親との通話が終わり、キッチンの方向に目を向けた。

そこには、こちらを向いて困った顔をして佇んでいる彼女の姿が。

表情から、俺に助けを求めているのは、明白だった。

左手には、黄緑色の玉ねぎを持っている。

 

「ユウー……」

「どうした?」

 

「玉ねぎの皮がむけないですわ……」

なんですとー!

 

「ツルツルして、どこから皮をむけばいいか、わからないですわ……」

 

 あきらかに表情が沈んでいる。先ほどの自信はどこ行った。

彼女の手元の玉ねぎを観察する。

頭はとんがっている。茶色い乾いた薄皮は、すでにむいているようだ。

下には根っこ部分が付いたまま。

 

「……皮はむけてるよな」

俺は彼女から玉ねぎを受け取り、包丁で上下部分を真っ直ぐに落とす。

 

「ほえー」

彼女は、その様子を左側から覗き込んでいる。

 

 俺は彼女に、包丁を手渡そうとする。しかし、彼女は受け取らない。

仕方がないので、作業を続ける。

玉ねぎを半分に切る。5ミリ幅くらいに切り込みを入れる。

切り込みの直角に包丁を当てて、切り刻む。

包丁の刃先を左手で固定して、柄を上下に動かし、より細かく刻んでいく。

刻み終わったものをボウルに移す。

 

「目が、目が痛いですわ……」

振り向くと、目をこすって悶絶している彼女が見えた。

 

 玉ねぎはあと半分ある。

再度包丁の柄を持って、彼女に手渡す。

彼女は包丁を受け取り、玉ねぎに向かった。

縦に切る。4分の1になる。それをさらに切る。

順調に小さくは、なっている。

みじん切りというより、くし切りになるのか。

手元はぎこちないが、形にはなっている。

包丁は使えるようだ。

 

 俺は後ろから様子を見ながら、胸を撫で下ろす。

先程の「冷凍食品」発言を聞いて、包丁は使ったことがないのではないかと疑っていたからだ。

ある程度小さく切ってからは、俺がしたように、包丁の刃先を押さえつけて、柄を器用に上下させて切り刻んでいる。

 

「さっきはなぜ、とまどっていたのかい?」

ここまで包丁を使うことができるなら、手伝う必要はなかったように思う。

 

「玉ねぎの上と下を切ることを忘れていたのですわ」

マジですか。切らなくても、半分にしてしまえば、作業を進めることができると思うのだが。

 

「何か、作業が抜けている気がしたのですわ……」

彼女は、ボウルにみじん切りした玉ねぎを移しながら、言葉を続ける。

 

「みじん切りは、機械を使ってやっていましたので、その方法は初めてでしたわ……」

だから横で、食いつくように観察していたのか。

 

「では、玉ねぎのみじん切りを使う、ノゾミの作れる料理は?」

そんな質問をしてみる。

「冷凍食品命」みたいな発言をしていたので、期待はしていなかった。

 

「焼き飯ですわ」

まっとうな答えが返ってきたので、驚く。

 

「作れるのかい?」

思わず、そんな失礼な質問をしてしまう。

 

「もちろんですわ」

予想外に、しっかりした答えが返ってきた。

 

「だったら、作ってくれるかい?」

「ユウのためなら、喜んでつくりますわ」

 

 そう言って彼女は、冷蔵庫と冷凍庫、キッチン棚の中身を確認する。

 

 先程の「冷凍食品がないと料理ができない」発言は何だったのか。

ご飯は炊飯器の中にあることを伝えると、彼女は、テキパキと料理を進めていった。

 

 

 

★★★

 

 

 

 テーブルの上に料理が並んでいる。

 

 焼き飯。

冷凍庫に入っていた鶏のむね肉と、先程の玉ねぎ、冷蔵庫に入っていたニンジンが入っている。

一般的に目にするものが、間違いなくそこにあった。

普段、機械を使っているという、みじん切りをするときの動きは、見ていてハラハラした。

しかし、他の包丁を使う作業や、鍋に入れる順番などは、安心して見守ることができた。

 

 それに加えて、ノゾミはサラダも作ったようだ。

キャベツをちぎったものの上に、ゆで卵の輪切りが乗っている。

さらに、マヨネーズに酢を混ぜて作られた、ドレッシングが別皿に用意されていた。

サラダに、お好みでかけるということなのだろう。

飲み物は、冷蔵庫にあった麦茶をコップに注いで用意してあった。

 

 

 

 テーブルを挟んで、向かい合うように座り込み、食事を始める。

焼き飯をスプーンですくい、口の中に放り込む。

さらに、サラダにドレッシングをかけて、かぶりつく。

 

「お口に合いますでしょうか?」

ノゾミが不安そうに聞いてくる。

 

「美味しいよ、驚いた」

 

 どちらも文句なく美味しい。

それを見た彼女は、安心したのか、笑顔を浮かべる。

 

「あと、トマトがあったら彩りが……キャベツではなく、レタス、が欲しかったですわ……」

そんな独り言が聞こえてくる。

 

「彩りなんて、いいだろう」

「いいえ!彩りは大切ですわ」

 

 独り言に対して、軽い気持ちで返すと、強く否定される。

2つの瞳で睨まれる。穴が開きそうな、そんな気分になる。

しかし、悪い気はしない。美人の睨んでいる顔は、ご褒美に近い。

 

「豊かな食卓、盛り付け、そして、彩り。それは気持ちを明るくしますわ!」

 

 言い切られた。そういえば、「盛り付けは得意」と、言っていたような気がする。

地雷を踏んでしまったのか。これは気を付けないと。

 

「それにしても、美味しいな」

 

 俺がそう言えば、先程の強い睨みが解除されて、ニヤニヤし始める。

先程の睨んだ顔もいいが、こちらのニヤニヤして、ふやけてる笑顔もまた、ご褒美である。

 

「褒められると、嬉しいですわ」

 

 ここまできて、ふと疑問に思う。

 

「そういえば、『冷凍食品がないと、できることがない』と言っていたけど、なぜ?」

 

 そう。焼き飯やサラダが用意できて、盛り付けもできる。

彼女はなぜ、そんなことを言ったのか。ものすごく不思議である。

 

「……えっ?そんなこと、言ったかしら?」

そう言っているノゾミは、目線を合わせてこない。

 

「ユウの気のせい、ですわ……」

 

そうか、気のせいか。気のせい……んなわけないだろう。

 

「そんなわけないだ……」

「気のせいですわ」

 

「いや、でも」

「気のせい、ですわ」

 

「えっ?……でもさ」

「ユウ兄様(にいさま)の気のせい、で・す・わ!」

 

 わざわざ「ユウ兄様」呼びして強引に押し通そうとしている。

そして、睨まれる。その睨み顔、俺には通用しない。ご褒美なのだ。

 

 

 これは、答えそうにないな。

会話を止めて、食事に集中する。食事を平らげる。

 

「で、冷凍食品は、良いものなのかい?」

時間を空けて、違う方向から切り込んでみる。

 

「良いものですわ」

彼女は、サラダを食べながら答えてくる。

 

「毎度の食事や弁当で楽ができますわ」

そうだよな、間違っていない。

 

「冷凍食品があれば、料理ができることを隠せますわ」

ん?何をおっしゃってるのかなーノゾミさん。

 

「料理ができないと思われましたら、私、料理しなくて済みますわ」

ほほう。これ以上聞いていてもいいのだろうか。それでも彼女は続ける。

 

「料理って、いろいろ面倒ですわ。私ではなく、ユウ兄様が毎日やってくれると、楽ですわ……」

 

 彼女は、悪いことを考えているような顔をしている。

考えているような、ではないな、間違いなく考えているな。

 

「ほほう。料理をしたくないと……。ふーん、そうかー」

 

 今、俺は意地悪な表情をしているだろう。

彼女の方は、口に右手を当てて、慌てた表情を浮かべている。

 

「まあ、俺としては、どちらでもいいけどね」

「え?あ?あのう……」

 

「学生は忙しいだろうから、いいよ」

「……」

「焼き飯美味しかったし、俺としては毎日食べれたら、嬉しかったけど、残念だなー」

 

 未練たらたらだな、俺。自分でもどうかと思う。

でもさ、彼女が隠れて策を練っているようで、少し気に入らなかったのだから、仕方ない。

少しいじけたふりをした。これくらいは許されてもいいのではないだろうか。

 

「……ユウ……」

 

 ノゾミは、沈んだ声で俺の名前を呼ぶ。落ち込んでいるのか。

先程の慌てた様子ではない。目線は下を向いている。

自分の悪だくみを知られてしまって、気まずいのかもしれない。自業自得だと思うが。

 

「お金を頂戴。生活費の管理、私がする」

 

 彼女はいきなり、そんなことを言い出した。

目を見開いた俺に、目線を合わせて、ニコリと笑った。




次の話は、明日15時に投稿します。


【カリブラコア】

ナス科カリブラコア属のカリブラコア(学名:Calibrachoa)は、別名ミリオンベルと呼ばれている。

漏斗状の小輪花(ペチュニアを小さくした感じ)を、長期間咲かせる。
1990年に、ペチュニア(ツクバネアサガオ)属から分割してできたことから、歴史は浅いものの、短期間のうちに品種改良が進んでいる。

ペチュニアに比べて、多年草としての性質が強く、さい芽で小苗を作って、冬越しさせれば何年でも楽しめるが、次第にウイルスに侵されて症状が出てくるので、一年草として扱った方が良いかもしれない。

別名の「ミリオンベル」は、サントリーフラワーズの登録商標名「ミリオンベル・シリーズ」から来ている。
当時、園芸化されていなかったカリブラコア属の原種を、数種交配させて改良、容易に育成可能な園芸品種として生み出し、1990年に発表されている。


開花時期:4月~11月
花色:ピンク色、青色、黄色、白色、オレンジ色、茶色、赤色、紫色、複色
原産地:南アメリカ


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第7話 ハイブリッドスターチス

毎度読んでくださって、ありがとうございます。


【ここまでのあらすじ】
希さん、実は料理ができたよ。


「お金を頂戴。生活費の管理、私がする」

 

 ノゾミの何の脈略のない提案に、俺は驚いていた。

確か、料理をする、したくないとか、そんな話だったような気がする。

その話がなぜ、「生活費の管理」の話になるのだろうか。

 

「えっ?いきなり、何の話?」

「あー、はい。私に毎日、料理してほしいってことだよね?」

 

「まあ、俺の希望はそうだな」

「だったら、私。買い物に行くことになるよね?」

 

「ああ」

「買い物でお金が必要。だから、お金ちょーだい!」

 

 ああ、そういうことか。しかし、生活費の管理をしてもらうのはちょっと悩む。

 

「買い物のお金を、渡すだけでいいのでは?」

「えー、でも、私、学生だから、銀行とか行くことができるよ?」

 

 うーん、確かに仕事していると、定時に終わらない限りは、銀行や役所とかに行けないことは、多い。

ただ、16歳の学生に何十万かの管理を任せるのも……。

そして、彼女に生活費を管理するということは、俺自身が自由に使えるお金が無くなることを意味する。

 

「俺の自由に使えるお金が無くなるから、やはり無理」

「えーっ!結婚したら、どうせ私が管理することになるんだから!いいじゃん!」

 

いいじゃん、だと……?

ちょっとまて。(のぞみ)お嬢様、語尾が別人なんですが……。

 

「おい、お嬢様、語尾が変わっているぞ」

気になったので、話を()手切(たぎ)って指摘する。

 

「あー。気づいちゃった?」

言葉を無くしている俺に、衝撃の事実を告げる。

 

「お嬢様言葉って、難しいよねー、ムズムズして、もう、無理」

えーっ!今までの言葉遣いは、演技だったのか。

 

「やっぱり、この普段通りの言葉がいいよね、ね、ユウ(にい)?」

 

 うわー、この豹変ぶりにびっくり。どうするんだ、これ。

ついでに年上に使うはずの丁寧語まで、何処かに行っている。

 

「そうか…、これが()、なのか……」

「うん。友達の前ではこんな感じ。親とか親戚の前では、『お嬢様』してるかなー」

 

「そうデスカ」

「ユウ兄は、『お嬢様』の方が、よかった?」

 

 うーん、お嬢様よりも、今の言葉使いの方が違和感はない。

本人がこちらを「素」と言うなら、断る理由はない。

 

「正直、今の方がいいかな」

「ありがとう」

 

 ノゾミはそう言って、俺の後ろから腕を回してくる。

背中に2つの膨らみをわずかに感じることができる。わずかに、だが。

 

「いや、その、密着は困るのだが」

「私は、気にしないよー。ユウ兄、大好きー!」

 

 そう言って、なおも密着してくる。

 

「なんだったら、今日、エッチしてもいいよ?」

 

 肩口から顔を出し、頬を寄せてくる。

なんてことを言ってくるのか、この()は。ならば。

 

「本当か?じゃあ、頂こうかな」

 

 彼女の片腕をつかんで彼女の方へ向く。そして、彼女の背中に両腕を回した。

彼女の両腕も俺の背中に回っているようだ。

俺と彼女、至近距離で顔を合わせることになった。

 

「え?……えっ……?」

 

 驚いている。でもまだ笑顔だ。この顔は、俺を信じ切っている。

 

 さらに俺は、彼女を押し倒した。

俺の身体を彼女の両脚の間に存在させて、起き上がれないようにする。

彼女のスカートがめくれて、中身が見えているが、今は気にしない。

背中に回っていた、彼女の両腕を強引に外し、床に押し付ける。

カーディガンがはだけて、白いブラウス越しに、小さな2つの膨らみが、存在を主張している。

俺は、躊躇なく、膨らみの間にあるボタンを2つ、外す。

その隙間から、肌色と薄い桃色の下着が見えていた。

ブラウスと桃色の隙間から、彼女の小さな膨らみに右手の平を這わす。

じっとりとした、体温と湿り気を感じた。

 

「男と2人きりのときに、そんなこと言うと、我慢できなくなる。襲うぞ!」

 

 俺はそう叫びながら、右手の平を動かす。

柔らかい部分と、その突起部分を弄ぶ。

「襲うぞ」と言いながら、すでに襲っている自分に狼狽してしまう。

ここまですれば、さすがに恐怖を覚えるだろう。

独身男の部屋で、2人きり。

そんなときに「エッチしてもいいよ」なんて、言わなくなるはず……。

そう思ったのだが……。

 

 彼女の顔を見る。頬が赤く染まっている。

心なしか、息が荒くなっているように見えてきた。

 

「ユウ兄になら、……私、……襲われてもいいよ……」

 

声が震えている。

それは、恐怖からだろうか。

彼女の表情を見ると、そうではないとすぐにわかってしまう。

微笑んで俺を見つめてくる。

彼女は、1番上のブラウスのボタンを自分で外す。

さらに身体を浮かして、左手を背中に回す。

俺の右手の甲への拘束が緩んだ。動かしやすくなる。

 

「……私、……初めてだから……」

 

 俺は、唾を飲み込んだ。

照れて恥ずかしそうにしている彼女は、次第に呼吸が乱れきた。

表情、動作、息づかい。全てにおいて、色っぽい。

 

「……優しくしてね……」

 

 彼女は、力強く目を瞑った。

緊張からか、身体全体に力が入っているように見える。

いいよ、と言いながら、頑張って自分を、奮い立たせているようだ。

 

 目の前にいる彼女は、16歳の少女(こども)。大人の女性(おんな)になる直前の、青い果実。

それでも、俺を迎え入れるため、微笑んで、そして緊張しながら、自分を保とうとしている。

俺は、そんな少女(ノゾミ)の様子を見て、悪いことをしているかのような気分になった。

そんな俺の気持ちに構うことなく、ノゾミは、右手で、仕事をしていない俺の左手を持つ。

彼女のもう片方の胸をさするよう、誘導してくる。

俺の両手の指さきに、柔らかい感触に混じり、豆つぶみたいなものが、容赦なくぶつかってくることになった。

 

 あーダメだ。俺を信用しきっている。緊張はしているが、嫌がってはいない。

目を瞑った彼女の顔は、綺麗だった。そして、女性《おんな》を見た。

 

 このまま流されるように、(むさぼ)りたい。しかし、そのつもりはなかったはずだ。

お互いのことをよく知った上で、納得した状態で……。

そう、自分の中で結論を出したばかりではないか。

自分自身に言い聞かせる。この状態で身体の関係になったらダメだ、と。

右手の感触は名残惜しいが、そっと離す。

彼女の拘束を解く。目を見開いて、驚いている。

 

「あーあ、してくれないんだー意気地なし」

 

 そういう意味ではないのだが。いろいろ早すぎるんだよ。

仰向けで、ブラウスから下着や肌色の膨らみが見え、脚を開いたままの彼女を見つめていると、変な気分になりそうなので、背中を向ける。

 

「……エッチを体験したかったんだよね……」

 

俺の背中に向けて、彼女は呟いてくる。

 

「私は、ユウ兄としか、エッチしたくないから……」

 

 起き上がったようだ。

様々な音がする。ブラウスを脱ぎ、外したブラジャーを付け直しているのだろうか。

 

「ユウ兄が相手してくれないと、私……体験できないんだよね……」

 

音が止んだ後、俺の背中を指で突っついてくる。

 

「みんな、エッチはいいものだって言うから、したかったのに。ユウ兄の意地悪、意気地なし!」

 

 そう言って、俺の背中をポカポカ叩いてくる。

この生き物、かわいいんだけど。どうしよう、これ。

 

「なあ、ノゾミお嬢様よ」

「何よ!」

「……エッチは、ゴム買ってからな」

 

 そう、エッチをするときは、コンドームを用意しないと。

とりあえず、これを理由にすることにする。

 

「えーっ!私、ユウ兄と結婚するから、デキても問題ないよ……」

「そういう問題じゃあ、ないから」

 

 俺は大きく息を吐いた。あ、そうだ。

 

「じゃあ、そうだな……。……もう少し大きくなったら、相手してやるよ」

「大きくなったらって、何のこと?」

「……柔らかかった、けどな……」

 

 うん。小さいけど、良いものだった。惜しいことをした。

それを聞いたノゾミは、胸を隠すように腕を組む。

 

「おバカー!ユウ兄なんて、だいキライ!」

 

 真っ赤になってそう叫んでくる。

睨んでくるが、その表情は俺にとって、ご褒美だ。

 

「はいはい。わかってますよー」

 

 宥めながら、食べ終わった皿や箸、スプーンをキッチンに持っていく。

水道の蛇口をひねり、スポンジに洗剤を含ませ、洗い始める。

 

「ねえ」

作業をしている俺に、声をかけてくる。

 

「生活費の管理、私がしてもいいでしょう?」

結局、この話に戻ってきたか。さっきの出来事で忘れてなかったか……。畜生。

 

「……いいでしょう?ダメな理由、無いよね?」

「俺の自由に使えるお金がなくなる」

「言ってくれれば、出すよー、もちろん」

 

 本当か?疑わしい。世のお父様方は、奥様に財布を握られて、苦労していると聞く。

ここは、絶対に折れるわけにいかぬ。

 

「私の方法が気に入らなかったら、止めるなり、襲うなり、追い出すなりしてくれれば、いいから。ねーえ!」

 

 そこまで言われると、なあ。

襲ったり、追い出したりするつもりは無いが。

仕方ないな。

 

「任せるよ。大金だから、しっかり管理してくれよ」

「ありがとう、ユウ兄!」

 

 俺は、皿洗いを終わらせて、彼女の前に通帳を差し出す。

彼女は通帳を見る。一瞬驚いたようだが、にやけている。

 

「家計簿、つけないと、ね」

「つけたこと、あるんだな」

「うん。任せなさい。完璧につけるよ」

 

……心配だ。主に俺の小遣いが。判断を誤ったかもしれない。

 

 

 

 生活費の管理を任せるということで、様々なことを話し合った。

家賃や駐車場代、光熱費そして食費や衣料費など。

 

 その中で、携帯電話代の話になった。

ノゾミによると、彼女の携帯電話代を含む通信費は、俺が負担することになるらしい。

(とおる)叔父さんにそう言われたとのこと。勝手に決めてくれるな、そう思う。

 

 学費は、というと、こっちは彼女の実家が払っていくという話。

学校にはすでに、結婚した新居から通う、ということになっているという。

子供ができて妊娠したときのフォローもバッチリ。前例があるらしい。

すごいな、お嬢様学校。それとも徹叔父さんがおかしいのかもしれない。

ん?ということは……。

少し嫌な予感がしたので、聞いてみた。

 

「……ノゾミ。もしかして、学校では『佐々木 (のぞみ)』ってことはないよな?」

 

 ここまで「結婚」に対していろいろ手を回してくれている学校である。

可能性として、考えられる。そもそも「新居」から通学という形ならば……。

そして、彼女は笑顔を浮かべて、予想通りの言葉を告げるのであった。

 

「うん。私、この春から『佐々木 希』だよー」

 

 そうかー。

俺は、すでに所帯持ち、そして、配偶者付きらしい。

本日何回目かわからない、ため息をつくのであった。




次の投稿は、明日15時です。


【ハイブリットスターチス(ハイブリッドリモニウム)】

イソマツ科イソマツ属のハイブリッドスターチス(学名:Limonium Hybrid)は、ハイブリッドリモニウムとも呼ばれる。

1985年辺りから、スターチス・カスピアと、スターチス・ラテフォリアを交雑させて作られた。

カスミソウのように、細い花茎にたくさんの小花をつける。
そのため、歴史は浅いが、洋花志向により、需要が著しく伸び、現在では、カスミソウと並んで、添え花の主要品目と位置づけされている。

花もちがよく、アレンジメントや花束、テーブルフラワーなどの花材としても人気で、ドライフラワーとしても楽しめる。


開花時期:5~10月
花の色:紫色、桃色、白色、青紫色など
原産地:日本


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第8話 アカザ

読んでいただいて、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
ユウは生活費を握られたよ。陥落寸前だよ。


シャーーーーー

 

 浴室から、シャワーの音がする。

今、ノゾミが入っているのだ。

初めての共同作業「未遂」で、汗をかいたらしい。

入りたいと、彼女に言われて、湯船にお湯を張った。

20時すぎ。彼女が出た後に、俺も入ろう。そんな時間である。

 

 

 

 俺は、洋室で座り込んでいた。

洋室とキッチンの間の引き戸は閉められている。

浴室が狭いため、キッチンが必然的に更衣場所になるからだ。

暇なので、テレビを見ている。

……が、テレビの内容は目にも耳にも入っていない。

ノゾミとの「これから」について、いろいろ考えていた。

そのくせ、シャワーの音に耳をすましているという矛盾。

どれだけ、彼女のことを気にしているのか。

そんな自分に呆れてしまう。

 

 

★★★

 

 

……俺は、ノゾミを、襲ってしまった……。

小さな膨らみを、直に触ってしまった。

揉んで、擦って、(もてあそ)んだ。

16歳の、高校生の、未成年の少女のそれを。

脅すだけ、怖がらすだけのつもりが、勢い余って……。

 

 

 

 ノゾミは、襲っていいと、言っていた。

エッチをしてもいい、そう思っているようだ。

誰彼構わずということではなく、俺限定だというところには、胸を撫で下ろしているが。

 

 しかし、彼女は、まだ少女(こども)である。

興味本位にエッチを体験したい、そんな感じに見える。

それは、俺が相手であっても、違う気がする。

もう少し、お互いのことを理解した上で、そんな関係になるべきだ、そう思っている。

未遂とはいえ、手を出してしまった後では、説得力なるものは欠如しているのだが。

 

 そして、身体の関係を持ってしまうと、妊娠の可能性を直視する必要がある。

学校のバックアップが完璧であっても、万が一、妊娠してしまった場合、苦労するのは、ノゾミである。

16歳という若さで、お腹を大きくしたときの世間の目は、必ずしも歓迎するものばかりではないはずだ。

コンドームを使えば大丈夫だろう。だが、完璧に防げるというわけではない。

ならば、子供ができなければ、問題ないのか。

 

 

 

違うな。

 

問題のすげ替えだ。

 

俺が覚悟を持てるかどうかの問題だろう。

 

 

 

 ノゾミと2人で暮らしていく。彼女は学生だ。稼ぎはない。

生活に掛かるお金は全て、俺が稼いでくることになる。

今の会社での仕事の稼ぎであれば、全く問題はない。

彼女がどれだけ、彼女自身のために浪費するのかは、未知数だが、後で考えればいいこと。

ある程度ならば、何とかなる。貯金もある。

 

 この際、彼女と結婚すると、アイダコーポレイションの次期社長候補になる、ということは考えない。

直接言われたわけではないからな。

 

ノゾミと家族になる。それについては、何の問題はない。

 

 子供が生まれた場合。

それについても、同僚のことを考えれば、多少の節約は必要だろうが、大丈夫だろう。

 

 

……意外とネックとなる事柄がないな……。

 

 彼女が俺のことを「()い」と思っていて、俺も彼女のことを「悪くない」と思い始めている……。

どちらの両親も、俺たちの結婚には賛成。

彼女の学校には、報告済で、ココから通うことも許可が下り、苗字も「佐々木」になっている……。

 

これは、結婚してもいいのか……?

 

 

 

 俺は、封筒から婚姻届を取り出す。

俺の書くところだけが白紙。ボールペンを取り出す。

自分の名前と生年月日、住所、新居と本籍地を埋める。

……しかし、そこまで埋めた後、封筒に納めた。

 

 婚姻届の提出。

書いたものの、踏ん切りがつかない。

既知の仲とは言っても、久しぶりに会った女性との結婚。

それを、今日、たった1日だけで判断してしまうのは、非常に危うい。

出会って1日で結婚。

お見合いや、電撃婚でも、ここまで早い結婚は聞いたことが無い。

 

……会社の上司や同僚に相談してみるか……。

 

 

 

 今は、ノゾミの「色気」に、どう対応するか。これが問題だ。

先程の「共同作業未遂」。

自分の理性が、抗うことなく簡単に崩壊してしまうことがよくわかった。

とはいえ、子供が生まれないようにすればいいのか。

 

その行為に及ばなければ、問題ない。

 

 彼女が卒業するまでは、子供がデキてしまうのは、いろいろ良くないだろう。

大学に行きたいなら、さらに延長するか。

彼女が学生を卒業するまで、身体の関係を持たない。

文句を言われるだろうが、後々の面倒ごとを考えると、止むを得ない。

「その行為に及ばない」ということを考えれば、さっきのことは、問題にすらならない。

 

 1人で勝手に納得する。

そうか、絡んで来たら、迎え撃とう。そして、イジメつくそう。

 

 俺は、自分勝手にそんな決意を固めた。

ノソミ、ごめんな、迫って来ても、鋼の心で無になるよ。

 

 

★★★

 

 

浴室で鳴っていた、シャワーの音が止む。

 

「ユウ(にい)ーー!」

ノゾミが呼んでいる。

 

「バスタオル、あるー?」

 

 持って行ってなかったのか?

バスタオルを手に、引き戸を開ける。

そして、キッチンに入る瞬間に、俺はフリーズしそうになった。

 

「ありがとー」

ノゾミは右手を伸ばして、バスタオルを受け取ろうとしている。

 

 浴室の入口前で、生まれたままの姿を晒して。

透き通るような白い肌が、一部温まって赤身を帯びている体躯が、俺の瞳を容赦なく、射貫いてくる。

長い黒髪からは、水滴が下に、肌を伝っていくところも見える。

 

 彼女は、バスタオルを受け取ると、その場で身体の水滴を拭き始めた。

簡単に体の水滴を拭き終わると、髪の毛に取り掛かる。

その作業中は、小さな膨らみやその突起、細い両脚も、その付け根部分も、かわいいヘソ、長い髪の間から見え隠れしている鎖骨すらも……。

余すことなく、隠すことなく。目に飛び込んでくる。

 

 彼女は、俺の目線など、気にしていないように見える。

身体中の水滴を取るため、手を上げて脇を拭いたり、脚を広げて膝内にタオルを移動させたり。

 

 その行動の1つ1つが、俺の決意に呼びかける。

この「青い果実」を余すことなく食しないのか、と。

いいじゃないか、誰も困らない、お前の特権じゃないか、未来の嫁だぞ、とも訴えてくる。

落ちつけ、俺。これは試練なのだ。

試練と感じながら、眼福だと思っている自分もいる。

落ち着かせるため、大きく息を吐く。

 

「ノゾミお嬢様よ……」

「なにー?」

「俺は、余すことなく、見つめてもいいということなんだな?」

 

 そんな許可を、確認を取るような言葉を、彼女に投げつけてみる。

開き直ることにした。楽しもう、この幸福を。

彼女の体躯に対して、嘗め回すように、目線をぶつけていくことにする。

じっとりとねっとりと。

 

 観察を開始する。

足元。

足拭きのために置いていたタオルが敷いてある。

その上に存在している、細い足。可愛い足の指が並ぶ。

かかとは揃っている。体育で使う、「気をつけ」の体制である。

足の甲。血管が浮いて見えるかまでは、ここからは確認することは不可能である。

くるぶしを観察。足首は細いな。

脛の裏の筋肉。無駄な脂肪は無さそう。運動は苦手そうに見える。

膝。風呂上りということで、少々赤みを帯びている。

太腿は……。

 

「……」

 

 ノゾミは、静止していた。

それに気づいた俺は、彼女と目線を合わせる。

風呂で温まって、血色の良くなっていた顔が、さらに赤くなっていく。

バスタオルで、口元を隠している。

 

バタン

 

 浴室の引き戸の音がした。浴室に戻ったようだ。

俺に、余すことなく肌を晒しているという、そんな事実に、ようやく気が付いたらしい。

 

これが本来の反応だよな。

 

 エッチに対して積極的な行動を取る彼女ならば、第2戦目も考えられたので、心の底からホッとする。

俺は、静かに背中を向けて、洋室に戻る。

ゆっくり引き戸を閉めた。

座り込んで、時間を過ごすことにする。

テレビでは、おしゃべりの司会者が、番組を盛り上げていた。

 

 

★★★

 

 

 しばらくして、引き戸が開く。

ゆったりとした上下の寝間着に身を包んだノゾミが洋室に入ってきた。

薄い水色無地、薄手の長袖、長ズボンスタイルである。、

肩にはタオルを掛け、髪の毛で寝間着が濡れないようにしているようだ。

彼女は、テーブルの前に座り込む。

卓上鏡をセットして、ドライヤーを取り出した。

 

ゴーーーーーーー

 

 ドライヤーの音が部屋中に鳴り響く。

俺自身は、髪の渇きを自然に任せることにしているので、音に新鮮さを覚える。

しばらく、長い髪を乾かす。量が多いと時間がかかるものなのか。

当たり前のことに感心している自分に気づき、苦笑する。

自分以外の個が同じ生活圏を活動している。

しかも、自分を好いてくれている、害を成さない存在。

心の仲に温かいものを感じる。

 

 彼女の方に目を向ける。

すでに髪を乾かし終えたのか、片付けに入っていた。

片付け終了後、俺の隣にチョコンと座り込む。

足を抱え込んでいる。いわゆる「体育座り」。

顔は膝上に伏せていた。

 

「……見た?」

顔を伏せたまま、聞いてくる。

 

「……ああ、綺麗だった……」

正直な感想を添えて、肯定する。

 

「……」

体育座りをした状態のまま、両足をバタバタ動かし始める。

 

「……うーーーーー」

 

 小さく、叫んでいるそんなノゾミを、心からかわいいと思う。

ついつい、右腕を伸ばし、彼女の肩を抱いてしまった。

 

「ななななななな……何するのよ!」

 

 彼女は抗議の声を上げる。しかし、逃げようとしない。

にやけてしまう。

今の俺は、どんな顔をしているのだろうか。

決していい顔はしていないだろう。

 

 寝間着の高校生の肩を抱く、どこにでもいる中年。

その中年の表情はにやけている。犯罪だな。

外でこんなことをすると、警察にしょっ引かれるか、独り者に刺されるか。

 

そんなことを考えながら、洋室で2人過ごす。

 

 

 

 

2人の生活初日。次第に夜が更けていく……。




次話は明日の15時に投稿します。


【アカザ】

アカザ科アカザ属のアカザ(藜)(学名:Chenopodium albumvar.centrorubrum)は、別名をレイチといいます。

畑や空き地、道端などによく生えている。一年草。
草丈は1.5mにもなり、茎は秋には、木質化する。
軽くて丈夫でまっすぐであることから、老人の杖として作られたのが「アカザの杖」。

若葉の中心が赤みを帯びているものを「アカザ」、白みの強いものを「シロザ」、青みのものは「アオザ」と呼ぶが、同一種類。
茎の先に、葉のわきから穂状の花序を出し、多数の小花をつけた様子は、まるで串団子。

英国では、ニワトリのえさにするため、 Fat Hen(hen は雌鶏の意)などと呼ばれている。


開花時期:7月~10月
花の色:紫色、赤紫色
原産地:インド、中国


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第9話 モモ Side-N

読んでくださってありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
ハプニング多めの同棲初日。今回は希 目線です。



 力強く抱き寄せられて、右肩に彼の気配を感じる。

優しい笑い声が聞こえてくる。私は、恥ずかしかった。

 

けど……。

 

 

★★★

 

 

 私は、相田(あいだ)……、いえ、佐々木 (のぞみ)。この春から高校2年。

今日、広島市に初めて訪れた。

 

 大好きなユウ兄様(にいさま)に許嫁として、会いに行くことが1番の理由。

それに加えて、一緒に住むことができて、結婚を承諾してもらえたらなお、いいんだけど……。

彼には、私が許嫁だということは、知らせてないと、お父様から聞いた。

私も、最近まで、知らされていなかった……。

鈴峯(すずがみね)への交換留学生に選抜された夜、初めて知った。

 

 学校に入学したときから、広島にある姉妹校への交換留学生になりたい、そんな目標を立てて、がんばっていた。

もちろん、広島にいるユウ兄様に会いに行き、すぐに会える場所で生活するため。

そのために、日々、勉強を頑張った。そこまでは、考えていたんだけど……。

 

会ってからはどうするか、ということまでは、当時、中学生成りたてだった私は、考えていなかった。

 

 今、思い返すと、お父様は、武蔵野女子の受験理由を、知っていたのでしょう……。

私が困らないように、話を通しておいてくれたのかもしれない。

 

 それにしても、ユウ兄様が、このことを知らないって、どういうこと?

……もし、彼女とかいたら、どうするの?

お父様に、詰め寄ってみた。

「あー調べたから大丈夫。まあ、居ても、手は打つから、安心しなさい」

ニコニコしながら、怖いことを言ってた。

 

怖いよ、アイダコーポレイション。黒過ぎる。

 

 連絡無くいきなり訪問しても大丈夫なの?と、聞いてみた。

すると、「彼の行動は、常に把握できてるから」……なーんて、また恐ろしいことを言われた。

それでも、家にいなかったときは、連絡をくれ、と。何とかするって。

 

この「何とかする」という言葉、怖い。

 

 私の周りにも、権力と親の金を使って、身辺調査をすることに余念のない()がいるから、尚更。

だから、つい、言ってしまった。

「私があっちで同居したときは、調べるの()めて下さいね、見つけたら許しませんから」

お父様は、顔を青くして、「そ、そんなことは、元々してないぞ、本当だぞ」と、言い訳してたっけ。

 

今度、小夜(さよ)に頼んで、この周辺を調べてもらおう、そうしよう。

 

 

 

 そんな経緯で、ユウ兄様の住む、広島に行くことになった。

家の最寄りの東松原から、井の頭線と山手線に乗り替えて、品川から新幹線で。

新幹線に乗ったのは、小学校の修学旅行以来かもしれない。

 

 私にとって、初めての独り旅。

切符の買い方など、知らないこと、未経験なことが多くて、不安だった。

けれど、それを乗り越えると、ユウ兄様に会えるので、全く苦にならなかった。、

 

 なんとか彼の家に到着。

ドアの前で、どのようにして声をかけようか、と少し悩んだ。

でも、彼が家に居てくれて、思った以上にあっさり部屋に(はい)ることができて、ホッとした。

ユウ兄様は、私の顔を見て、とても驚いていた。

私は……、広島の叔母様から、毎年、メールで写真をもらっていたから、全く驚きはなかったけど。

 

 そして、今、許嫁で、私の大好きな男性(ひと)と、同居することを許された。

結婚前だから、同棲だよね。生活費の管理は、私がするし、毎日の料理も任された。

 

これって、ほぼ新婚生活?

もう、楽しみで楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

……と、ここに至るまでの経緯はそうなんだけど……。

それに関係なく、私は、少し前の自分自身の大胆な行動で、それどころではなかった。

 

 今思い返しても、不思議。なぜ気づかなかったのだろうか。

茶化した指摘を受けても、自分が裸で対面していることを、気にしなかった。

ついつい、親が仕事でいないときに、大谷さんに助けを呼ぶような形で……。

 

 彼の視線が、満員電車や駅のホームで私に向けられる、卑猥なものに変化して、初めて気づく。

そこで慌てて、お風呂に逃げたけど、とても恥ずかしかった。

なんて大胆な私。

風呂場で、しばらく時間を置いて、彼の前に現れる。

「綺麗だった」という、感想まで頂いた。

あー、立ち直れない……。恥ずかしすぎる……。

 

 

★★★

 

 

 ふと、彼が立ち上がった気配がしたので、私は顔を上げる。

私の頭に、優しく手を乗せて、撫でてくれる彼の姿が映った。

嬉しい。けど、照れくさい。

 

 雑誌で、「彼氏にしてもらって嬉しいことランキング」の上位に、「頭を撫でられること」というものが、入っていたことを、思い出す。

そのときは、良さがわからなかったけど、されて初めて、納得する。

これはいいものだわ……。

同じ異性でも、お父様にされるものと、格段に違う。最近はさせないけど。

ほわ~っていう感じかな。あわわわわわって感じになりそう。

 

 

 

 私の頭をひとしきり撫でると、彼は部屋を出ていく。

お風呂に向かうみたい。部屋で1人になった。

 

 私はスマホを取り出す。SNSの着信が数件あることを示していた。

……そういえば、見てなかったなぁ……。返さないと。

 

お父様からは、4件ほど届いていた。

 

・無事に着いたのかい?

・優君によろしく言っておいてくれ

・連絡、まだかー

 

 ここまでを読んだときまでは、悪いなぁと思ってた。

返さなかった私が悪い。親だから心配するよね。

 

しかし、4件目

 

・もしかして、早くもしっぽりしているのかい?若いなぁ

 

「しっぽり」っていつの時代よ!

しかも、娘に送ってくる文章じゃないよ、それ。

 

 私たちが会ってすぐに、エッチしているって思っているってことじゃない……。

間違ってはないかもしれない。襲われたし、胸触られた。私も嫌ではなかったし……。

そのときのことを思い出すと、また顔に熱を帯びてくる。

 

・今日はいろいろ初体験。痛かった

 

 八つ当たり気味にそんな文章を返信する。

あ、親、親戚には、お嬢様言葉を使用していたのに、普通に返してしまったなぁ。

もういいかな。疲れるし。

 

 意味深に思えるこれを見て、お父様はどう思うかなぁ。

お父様お得意の、ひとを使って監視しているのかも……。

そのときは、小夜を使って、受けて立つけどね。

 

 

★★★

 

 

 今日の「出来事」を思い出す。

初エッチ「未遂」に終わった、夕ご飯を食べた後の出来事。

 

 私が「エッチしてもいいよ」と言ったことにより、ユウ兄様が暴走した。

そのときは、興味本位、話の流れで、そんなことを言ってしまったけど、今となっては、後悔していない。

より、仲良くなれたんじゃないかな、そう思っている。

 

 ユウ兄様の動きは早くて、一瞬だった。

押し倒されて、腕を押さえつけられて、左胸をあっという間に触られて、揉まれた。

身動きができない。されるがままって感じだった。

 

 男のひとってこんなに力が強いんだ、性の吐け口にされるのかな、と一瞬思った。

レディースコミックのように、乱暴されて、ひどいことになるんだろうか、という恐怖。

経験済みの友達の言う「セックスって気持ちいいんだよ」という言葉による興味。

漫画や小説、雑誌などで書かれている「快感」に対する憧れと期待。

経験済みの友達の言っていた「『初めて』は痛くて、気分悪くなる」という言葉を思い出し、怖気づく。

そして、自分の言葉が引き金になったんだ、と後で気づき、少々の後悔。

それに反して、やっと経験できるんだという、学校の友人たちに対する優越感。

 

 そんな複雑な思いや考えを巡らせて自分でも信じられない、あの言葉が出た。

 

「……初めてだから、……優しくして……」

今、思い返すと、恥ずかしい。少女漫画のヒロインみたい。

 

 すでに気持ちが定まってたし、彼の表情が優しく思えた。なぜか恐怖は消えていった。

男のひとは、胸が好きなんだと、友達が前に言っていた。

なので、もう片方の胸にも誘導したんだけど……。

ブラの、背中のホックも外し、もうあとは、お任せするつもりだった。

 

私、彼に犯されるんだ……。初めてを彼の手に……。今まで守ってきてよかった。

 

友達と付き合いでいった合コンでのトラブル。

毎日通う、満員電車においての、痴漢との攻防戦。

電車を降りてから、後ろをつけてきたストーカーのひとたち……。

そこまでを思い出して、目を瞑った。

 

しかし、私の身体から彼の気配が離れていくことを感じた。

 

なぜ?襲うんじゃなかったの?

目を開けると、私を見つめてくる彼の表情。変わらない優しい顔。

あっ、背中を向けた。逃げた?逃げたんだ……。……意気地なし……。

思わず、愚痴みたいなものを彼にぶつけてしまった。

 

彼の「コンドームを用意してないから」という言葉には反論することができた。

私たち、もう結婚するし、子供がデキても、特に問題ないと思っているから。

そんな私も、次の言葉には絶句するしかなかった。

 

「もう少し大きくなったら、相手してやるよ」

 

 私の胸が大きくなったら、セックスしてくれる。

大きくならなかったら……どうしよう……。

 

 胸の大きさは、私にとっての悩みの種。友達にもバカにされている。

ギリギリBカップだと、私は思っているけど、みんなは、納得してくれない。

 

「希様は、容姿端麗、性格もいいし、家柄もいい。勉強もできるのに、胸が小さいのがね……」

 

 周りの仲のいい友達だけになら、言われても落ち込まない。

武蔵野にある「希様親衛隊」の面々にも、公然と伝わっているという、事実に泣けてくる。

小夜《さよ》には、「胸以外が完璧なんだから、いいではないですか」と、言われるけど、ユウ兄様が胸が大きい方が好きだったら、他のことはあまり嬉しくない。

 

 

 そこまで考えて、気分が沈んでくる。

胸を大きくする方法。あとで検索しようか。

今までも、気にはしていたけど、これからは本気で取り組まないと。

ユウ兄様と、私のセックス経験のために。

 

 

★★★

 

 

 ふと目の前のテーブルに乗っている封筒に気づく。

確か、この中には、婚姻届が入っているんだっけ……。

 

近くに転がるボールペン。

 

そういえば、食事が終わって片付けた後、テーブルの上には、何もなかったはず。

 

もしかして……。

 

 封筒から婚姻届けを取り出す。

彼の名前や生年月日、住所、本籍地が記入してある。

 

……ユウ兄様の誕生日は、11月なんだ……。覚えておこう。

 

 記入したのは、さっきだよね。私がお風呂に入っていたときだよね。

彼も、結婚に同意してくれた。そう思っていいよね。

胸に熱いものが、こみ上げてくる。

 

私、ユウ兄様のお嫁さんになれるんだ……。

 

小学生時代のユウ兄様との出会い。

大谷さんに教えてもらった料理の数々。

広島の鈴峯との交流を知ってからの、武蔵野への中学入試。

武蔵野での交換学生に選ばれるための、生徒会活動や成績を落とさないための勉強。

お父様が協力的だったのと、許嫁のことは、予想外だったけど、お母様を説得するのは大変だったな……。

 

 

 そんな出来事が、走馬灯のように思い出される。

涙が出そう。でも、この涙は、彼から直接、言ってもらったときに残しておこう。

 

まだ決定ではないから。頑張って堪える。

 

よし、落ち着いた。

 

 

 

 気を取り直して、残りの着信を確認する。

お父様からの新着があるけれど、放っておこう。

 

残りは、私の大親友の、山崎(やまさき) 小夜(さよ)からのものだった。

 

・希様、周辺に不審なひと、いないです

・こちらも無事に引っ越し終わりました

・早速、優様と……。初体験未遂、残念でしたね

・希様のアノ声、聴きたかった

 

 

 そんな4件のメール。

1件目は業務用メール。そうか……、不審なひといなかったのね。

彼女も鈴峯へ編入ということで、多分、このアパートのどこかの部屋に引っ越ししているはず。

 

……そして、小夜!後ろの2つ、いらないから。

確かに、私たちの身辺警護を頼んでいるけど……、ホントに困った()……。

 

 

★★★

 

 

 小夜の家は、警備会社をしている。

普通のセキュリティー関係の仕事が、大半とのことだけど、要人警護も裏の仕事で請け負っているらしい。

 

 親友ということで、格安で、私とユウ兄様の警護を2つ返事で引き受け、広島まで来てくれている。

私はアイダコーポレイションの社長の1人娘、ユウ兄様はその許嫁で次期社長ということで、早くから広島支店と共同で動いてくれていた。

 

 アイダコーポレイション、お父様が一代で築いた新興会社なので、敵が多いらしい。

そういう意味では、小夜との関係は、雇う、雇われる関係なんだけど、彼女は私の大事な親友。

彼女にとっての私は……。

 

 彼女にとっては、アイダコーポレイション次世代の私たちに取り入って、旨味をもらうための布石なのかもしれない。

お父様が雇っている会社と、彼女の家の会社が、売り上げを争っているとか、聞いた覚えはある。

 

でも、私から見ると、小夜って、ただの「女の子好き」の頼りになる親友なんだよね。

 

★★★

 

 

小夜をあまり待たせるのも悪いので、返信する。

 

 

・無事に同棲はじめました

・ユウ兄様に「胸が大きくなるまでセックスしない」って言われた!

・いい胸の大きくなる方法知らない?

 

 

小夜にそんな文章を送る。まあ、こんなこと、小夜にしか言えないし。

 

すると、すぐ返信が来た。

 

・希様、その美乳がいいんです。優様、許すまじ

 

 本当にこの娘は……。残念すぎる。

その美乳って……。いつ、確認したの?修学旅行?

私は、ため息をついて、スマホの操作を止めた。

 

 

 

 今日、無事に広島のユウ兄様に会えた。そして、同居を許してもらった。

ユウ兄様には、「ユウ」と呼べ、と言われてるけど、未だに恥ずかしくて「ユウ(にい)」としか呼べない。

 

 

 

ああ、これから一大イベント「就寝」がある。

布団、もう1セットあるのかなぁ……。

1セットしかなかったら、ユウ兄と添い寝なのかなぁ……。

そうなると、いいな。

 

あ、お風呂から出たみたい。

 

 心を弾ませて、ニコニコ待つ私。

ユウ兄様と久しぶりに会ってハプニング満載な、今日・3月28日。

 

 

……まだまだ、終わらせたくない。




希さん、お父様の会社を乗っ取るおつもりか!
何も知らない優が不憫ですが。

……今、この時間も、小夜チャン警備中です。
彼女は「希スキー」なので、仕事を苦にしておりません。

次話は明日の15時に投稿します。


【モモ】
バラ科モモ属のモモ(桃)(学名:Amygdalus persica)は、落葉小高木。

春には五弁または多重弁の薄桃色の花を咲かせ、夏には水分が多く甘い球状の果実を実らせる。食用・観賞用として、世界各地で栽培されている。

モモの名称の由来は、たくさん実が成ることから「百(もも)」が果実の名前になったという説や、実が赤いので「燃実(もえみ)」が転じたとする説など、諸説ある。

桃の節句は、本来、上巳(じょうし、じょうみ)の節句と呼ばれ、3月の初めの巳の日という意味があったが、その後、3日に定まり、丁度その時期は桃が咲く時期だったため、そう呼ばれるようになった。
桃には、中国では、不老長寿を与え、邪気を払う神聖な力ががあると信じられていた。
日本でも古くから、鬼や悪魔を退散させる魔除けの力があるとされ、女の子の成長と幸福を願う行事として、広まっていった。

桃の節句といえば雛祭り。
お雛様を飾って、女の子の健康と幸せを祈るのが昔からの習わしとなっている。


開花時期は3月~4月
花色:ピンク色
原産地:中国


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第10話 ハナカイドウ

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
優は、本人の知らないうちに次期社長になっているらしい……


 夕ご飯を食べて、風呂にも入った。

浴室では、いつも見ている風景との変化を感じられ、少々、新鮮だった。

見慣れない、ボディーソープ、シャンプーやリンス、コンディショナーの数々。

それらは、ノゾミが持ち込んできた物である。

彼女のボディーソープなどのの香りが充満していて、落ち着かなかった。

そんな気持ちの高ぶりを、なんとか湯船につかることで落ち着かせて、風呂を出る。

 

 

 

 引き戸を開ける。

部屋には、脚を伸ばして座り込み、スマホを見つめているノゾミが居る。

いつの間にか、長い髪は後ろにまとめて三つ編みにしている。

これもまた、先程までと雰囲気が変わっていた。

昨日までは、なかった光景。

小さくて華奢な、黒髪、後ろは三つ編みの女の子。薄い水色の寝間着が映える。

それに引き換え、俺の方はTシャツにトランクス。

初日くらいは、何かズボンでも履こうかと思ったのだが、気にしないことにした。

 

 俺が部屋に入ってきたことに気づいたのか、ノゾミが顔をこちらに向ける。

俺の姿を見て、顔をしかめる。

 

「どうした?」

「……ユウ兄って、服、気にしないひと、なの?」

「……あまり服を買いに行かないな……」

 

 彼女は、顔をしかめた状態で、動作が止まっている。

何かを思いついたのか、急に笑顔になり、こんなことを提案してくる。

 

「今度、一緒に服、買いに行きましょう……ね」

目が真剣だ。

「うら若き乙女の前で、その格好は有り得ない!反論は聞かない!」

 

言葉の勢いに、俺は辟易する。

 

「今度の日曜日に、買い物行きましょう。決定!」

 

 有無を言わず、来週日曜の予定が決まってしまった。

生活費の管理を決めたときもそうだったが、ノゾミって押しが強いな。

 

……これから先、俺の主張は、通るのだろうか……。

 

 そんな将来への不安が、頭を(もた)げてきたが、今は気にしないことにする。

彼女の方に目を向けると、「デート、デート」……と、ご満悦である。

そうか、デートの約束とも取れるのか。

彼女が笑顔になった理由に納得しつつ、苦笑する。

 

……トランクスだけなのは、さすがにアウトだったか……。

自分自身の見通しの甘さに反省しつつ、寝間着のズボンを出してきて、履いてきた。

ノゾミはチラッとこちらを見て、何も言わずに微笑んでいる。

今はこの格好で良いらしい。

 

「……私の前で、格好悪いユウ兄は、許されない」

 

そんな、言葉が聞こえたような気がしたが、聞かなかったことにしよう。

うん、聞いてないぞ……。

 

 

★★★

 

 

 しばらくの間、お互い、思い思いの時間を過ごしていた。

俺はパソコンの前でネットサーフィン、ノゾミはスマホを弄っている。

 

夜も更けてきた。

 

「そういえば、ノゾミ」

「なあに、ユウ兄」

 

 

……呼ぶと答えてくれるこの関係、いいなぁ……。

初日にして、そんなことを思っている自分に、少し呆れてくる。

ひとのぬくもり、ひととのつながり、ひととの生活……。

自分で思ってた以上に、焦がれていたようだ。

 

 

「そろそろ、寝ようか」

そう言って、収納から布団を出す。

 

 俺の家には、たまに趣味関係の友達が泊まりにくるということもあり、布団は3セットある。

今日みたいに、急遽1人泊まるということになっても、対応可能。

布団を2セット、収納から下ろす。

 

「俺はキッチンで寝るよ」

 

 さすがに、同じ部屋で寝るのは危険だと思う。

俺の精神耐久値が持たない可能性がある。

それに、ノゾミが、1人じゃないと眠れないということもあるかもしれない。

睡眠については、ひとそれぞれ、他人のわからない、変なこだわりがあるものだ。

 

 そう思って、俺が使う布団を担いで、キッチンに移動しようとする。

後ろからTシャツの端をつかまれて、引っ張られる。

引っ張られた方向に振り向く。

 

「一緒に寝ようよー」

「……いいのかい?」

思わず、そんな言葉が口をついて出る。

 

 この時期のキッチンは若干肌寒いし、慣れてないので、無事に眠れるのかどうか、不透明だ。

そんな潜在的な意識がそうさせたのかもしれない。

どうやら、ノゾミが絡むと、決意したことが簡単に覆ってしまうらしい。

そんな俺ってどうなんだろう、と、内心呆れながら、ため息をついた。

 

 

キッチン側を頭にして、敷布団を2枚、隣り合うように敷いた。

少し肌寒いので、掛布団と毛布も一緒だ。ノゾミは、脇で立って様子を見ている。

 

 敷き終わると、布団に入る。

左肩を下にして、横向きに寝転がる。

スイッチが入ったように、目がトロンとしてくる。

明日からは、平日。いつも通り、仕事だ。

早く寝ないと、身体が持たないぞ……。

自分自身に言い聞かせて目を閉じた。

 

 

 

睡眠開始……、のはずだった。

 

 

 

 掛布団が動く。

布団の中に少々の冷気が入ってきているように感じる。

それもすぐに遮断されたようで、元のぬくもりに戻ったようだ。

俺は、再びまどろみに入ろうとする。

 

しかし、それは許されなかった。

 

 右腕を何者かに捕まれ、右脚を2本の何かに挟まれる。

そして、背中には、2つの存在感のある、柔らかなものを感じている。

俺は、自分自身がどのような状態になっているかを、一瞬で理解した。

これは、かわいい許嫁が、布団に入ってきて、絡んできている……と。

右腕をつかんでいた彼女の腕をつかみ、目を瞑ったまま、身体を反転させる。

右側を下にした状態で、彼女と向き合った形になったはずだ。

抱き寄せたなら、さぞ、驚くだろう。

そんなことを思いながら実行に移す。

ノゾミの肩をつかみ、背中に腕を回した。

 

……が、驚いたのは俺の方だった。

 

 俺の手のひらが触れたのは、布の感触ではなく、つるつるした肌の感触。

寝間着どころか、ブラジャーの紐の存在すら、見つけることができない。

肩のぬくもり、肩甲骨と思われる凸凹が、直接左手のひらに伝わってくる。

首筋から肩口、そして背中まで、手のひらを誘導するも、布地の存在を見つけることができなかった。

1つにまとめてあった三つ編みは、前に回しているようだ。

俺は、思わず、唾を飲み込む。

 

……裸?彼女は今、裸なのか……?

 

 これは第2の挑発なのだろうか。

それならば、冷静に「楽しく」迎え撃たないとな。

しかし、挿入活動はしない、そう堅く誓う。

目を瞑って、あえて視界を確保していない。

想像力を精一杯働かす。眠気は、一気に吹き飛んだ。

 

いたずら、開始である。

 

 今の状況確認から入る。冷静に。しかし身体の1部は熱く……。

敵は俺の正面にいる。

肩と背中に布地の存在が確認できなかったため、おそらく上半身は、裸であろう。

と、いうことは、目の前に小ぶりな突起物が存在していることになるが……。

 

そこには、触れずに行く。

 

 抱き寄せた辺りから、お互いの右頬が触れあっている状態になっていた。

鼻先にいい香りが届けられている。彼女の髪の匂いであろうか。

耳には、彼女の息づかいを感じることができる。言葉は発していないようだ。

しかし、緊張している気配を感じる。

 

彼女の意図は、よくわかっていない。

 

美味しく、今度こそ頂いて欲しい、そんな意味なのか。

はたまた、勝手に寝てしまった俺に対する、抗議のつもりなのか。

 

今となっては、どちらでも構わなかった。

ただ、面白そうな「おもちゃ」が目の前にある、それだけである。

 

 

 彼女の背中に当てた、左手のひらを、下半身方向へ動かし、探索を開始する。

五指を滑らすように、乙女の柔肌を移動させていく。

それに合わせて、彼女が身体を震わせるのがわかる。もぞもぞと動いているようだ。

空いている右手を、彼女の腰と敷布団の隙間から通し、背中に回す。

 

彼女が逃げないように。

 

 そして、右手のひらも背中から下半身方向へ、探索に回すが、布地を発見することができなかった。

まさかの全裸なのか。右手の五指を滑らせていく。

腰から臀部へ。

恥ずかしさからなのか、彼女の身体に力が入っていく様子が腕を通して伝わってくる。

そんなことにもかまわず、臀部を撫でまわす。

一方、左手の五指は、内腿へ移動させて、感触を楽しむ。

 

 傍から見ると、30の男が16の少女の肢体を弄んでいるという、最低な光景である。

が、同じ布団内で繰り広げられている、どこから見ても「夫婦の営み」。

まだ「夫婦」ではないが、誰も文句は言えないだろう。

 

 

 

 

 10分近く経ったか、俺は一心不乱にノゾミの身体の探索に勤しんでいた。

首筋、肩口、背中から腰、臀部、腿、内腿、そして足先まで。

軽ろやかに、触れるか触れないかを調整しながら、乙女の柔肌というリンクで、十指を躍動させる。

まるで、ピアノを弾くかの如く、優しく、弾むように。

 

 それでも、あえて、胸と股の付け根には触れなかった。

誰にでも解る、在り来たりに素晴らしいものは、いつでも探索できる。

それよりも、自分にしか見つけることのできない、より素晴らしいものを見つけ出した方が楽しい。

一般的には「焦らし」という手法ではあるのだが、挿入活動をしない今回には、あまり関係がなかった。

 

 

 

 長く身体を触られているからだろうか。

俺の耳には、ノゾミの、尋常ではない息づかいが届けられている。

16歳という、少女の域から脱し切れていないその肢体からも、女性(おんな)を奏でることができるということを、証明しているようにみえた。

 

 荒い息をして、恐らく赤く染まっているであろう彼女の表情を確認したい。

そんな欲望に負けそうになる、が、こちらも我慢。

尚も、左手は彼女の両内腿を、右手は背中から腰を移動させる。

すでにその肌は、湿っぽいものが浮かんでいる。布団の中は、高温多湿になっていた。

彼女がもぞもぞ動く。くすぐったいのだろう。

まだまだ「青い果実」。開発はされてないらしい。

 

 

 

 

 ふと、左手を彼女の頭付近に持ってくる。

頭を撫でる。そこで俺は目を開けた。

目の前には、いきなりの行動変化に、どう反応していいのかわからない、そんな表情の彼女がいた。

 

「……ノゾミお嬢様」

「ハァ、ハァ、ハァ……」

彼女が息を整えるまで待つ。

 

「ハァ、ハァ……何…………?」

そう返事した後も、呼吸は少し早いようだ。

 

「なんで、俺の布団に潜り込んでるの?」

「ハァ、ハァ……えっ?一緒に寝たかったから……」

 

「……で、なんで何も着ていないのかな……?」

「私、いつも裸で寝るの……ん……」

 

そう答えた後、身体をよじらせる。

俺の左手が彼女の耳を触ったからだ。

 

 

ほほう。ポイント発見。

彼女の耳に軽く息を吹きかける。

 

彼女がビクンとなった。

 

よし、今日はこれで良しとするか……。満足満足。

 

 

★★★

 

 

「ノゾミー」

「なあに、ユウ兄」

すでに呼吸を整えたノゾミは、俺の胸の中に抱かれている。

 

「入ってくるのはいけどさ、全裸は勘弁して」

「なんでー?」

 

「さっきみたいに無駄な探求心が起こってしまうから」

「私……、大歓迎なんだけど」

笑顔で答えてくる。

「……まるで、ユウ兄に全身で抱いてもらっているようで……気持ちいいし……」

そこまで言うと、赤くなって俺の胸に顔を埋める。

 

「明日、平日。明日、仕事。OK?」

「……」

 

「俺、寝たいの。寝不足で仕事する、これ命にかかわるから」

「……ごめんなさい」

彼女の声が沈んでいる。理解して反省したらしい。

話し合いの結果、明日からは、寝間着の上部分とショーツを着るということになった。

 

 

「……明日からは、布団1枚しかいらないな……」

「へへへ……」

俺の言葉を聞いて、嬉しそうにしている。

こうして抱きしめていることについては、嫌いではない。

ぬくもりと幸せを感じる。

 

「なあ、ノゾミ」

「ん?」

 

「耳、弱いんだな……フッ!」

彼女の耳に息を吹きかける。

ついでに、耳の内側をペロッと舐める。

「……ヒャッ!」

ビクンと反応した。何度もする。楽しい。

 

「……もう、ユウ兄、きらーい……」

 

そう言ってそっぽを向く。それでも俺の傍から離れるつもりはないようだ。

 

 俺は苦笑する。

どれだけ俺のこと、好きなんだ。そして信用しているんだ……と。

その信用が、今の俺にはまだ重い。悪くはないんだけど、慣れるまで時間かかりそうだ。

 

 

 

 いつの間にか、ノゾミは、俺の胸の中で寝息を立てていた。

よくもまあ、布団に潜り込んだ、顔を出さない状態で眠れるなぁ……。感心する。

男としては、突起物や付け根部分も普通に気になるが……、それは、またの機会に。

彼女の頭を撫でて、今度こそ眠るために目を瞑る。

 

 

 

2人の静かな寝息が空間を支配する。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

……業務完了。私も家に戻りますか……

希様のアノ声、聞けませんでしたが、弱点はわかりました。耳ですか……

私も、試してみますか……

 

 

影も帰途に着く。

 




次の話は明日15時に投稿します。

【ハナカイドウ(カイドウ)】

バラ科リンゴ属のハナカイドウ(花海棠)(学名:Malus halliana)は、別名をスイシカイドウ(垂絲海棠)、ナンキンカイドウ(南京海棠)とも呼ばれる。

樹高4~5mほどに成長する泣くよう小高木で、多くはつぼみが赤く、開花すると薄紅色に変化する。大きな木ならば、桜のような華やかさを演出してくれ、先端から順に花を咲かせていくため、1ヶ月近く、楽しむことができる。

9~10月頃になると、リンゴに似た赤い実を実らせる。

海棠という漢字は、棠が梨を意味し、「海を渡ってきた梨」という意味で名付けられた。長めの花茎を伸ばし、垂れ下がるように花をつけるため、スイシカイドウとも呼ばれる。

開花時期:4月~5月
花の色:ピンク色、白色
原産地:中国


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第11話 カルセオラリア

いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
いろいろあったけど、同棲初日が終わりました。


プルル プルル プルルルルルルル……

 

 

目覚ましの音で、次第に覚醒する。

 

朝か……。

 

 布団の中に自分以外の存在がいることに驚き、掛布団を捲り、中を覗く。

顎の下に存在する頭と、肌色の肩が見える。

 

裸の女性?

 

 そして思い返す。

昨日現れた許嫁のこと、そして一緒に暮らし始めたことを。

 

 彼女が一糸まとわぬ姿であることを思い出し、目線を布団の中から外す。

さあ、今日から平日だ。仕事が待っている。

この堕落しそうな空間から、逃れないと、遅刻する。

 

 

★★★

 

 

現在、5時50分過ぎ。

 

 この1時間後に、ここを出発しないと、間に合わない。

俺の働いている会社は、広島市の南側、広島湾の埋め立て地にある。

家からは、路面電車に乗って終点まで行き、さらにバスに乗り換えて向かう。

 

片道約30分。

 

 世界的に有名な重工業の下請け仕事で、工場にて物を造る仕事。

体力勝負で危険な作業も多いが、やりがいがある、俺はそう思っている。

朝8時から朝礼があるため、作業服に着替える時間などを含めると、意外とゆっくりする時間はない。

ましてや、今の俺は、約100人を束ねている。遅刻は許されない。

 

 

★★★

 

 

 俺の脚に絡んでいる、ノゾミの脚を外す。

そして、俺の肩を枕にしている、彼女の頭を持ち上げて、身体を抜く。

彼女を起こさないように。ゆっくりと。

 

「んーーー?」

 

 しかし、そんな気遣いもむなしく、彼女は目覚めてしまった。

目を擦りながら、こちらに顔を向けてくる。

 

「今、何時ー?」

「6時過ぎかな」

「……まだ早いー、まだ寝るー!」

 

 時間を聞いて、不服そうな顔をしてくる。

それと同時に、俺に抱き着いてくる。思いのほか、腕の力が強い。

布団の中でもがく。彼女はまた眠りについたらしい。

身体に彼女の全体重がかかってきて、少し重い。

布団の中で、若い裸の女性に抱き着かれている。

気分は悪くない。むしろ良い。

 

このまま流されて、仕事を休もうか……。

そんな悪い考えが広がってくる。

 

だが、俺は、知っている。

 

 仕事を休むと、その日にやるべきことが溜まって、次の日以降が大変になることを。

同じ会社の誰かが、ヘルプに入ってくれるから、こちらの仕事は何とかなる。

が、今度は手伝ってくれたひとの仕事が、止まってしまう。

様々なところで、歯車が狂い、少々面倒事になり、多大な迷惑をかける。

迷惑をかけることをわかっていて、どうでもいい理由で仕事をサボわけにはいかない。

 

 

 俺は、絡まっているノゾミの腕を、強引に外した。

完全に二度寝に入ってしまったようで、彼女の抵抗はなかった。

 

「……ふう……」

 

 ため息をつく。少し時間が経ったようだ。

俺は、シャワーを浴びるため、浴室に向かった。

 

 

 

 シャワーを浴びた後は、キッチンに立つ。

俺は、フライパンに卵を落とし、目玉焼きを作り始めた。。

 

ノゾミはまだ起きないだろうから、卵は1つで……。

 

 そう思った矢先、気配を感じたので、振り向く。

無言でこちらを見つめるノゾミの姿が目に入る。

俺がシャワーを浴びている間に、起きてきたらしい。

すでに薄い水色の寝間着を羽織っている。下着を履いているのかどうかまでは、確認できなかった。

 

「……ノゾミもいるかい?」

 

 彼女は軽く頷いた。

それを確認した俺は、自分の目玉焼きを完成させた後、彼女の分を作り始める。

 

「んー、ん!」

 

 彼女は、立ち上がり、両手を上にして、伸びをしているようだ。

寝間着の下からは、かわいいおへそが顔を出す。

その下に淡いピンクの下着を確認できたので、胸を撫で下ろす。

 

 フライパンから、彼女の分の目玉焼きを皿に移す。

その間に、布団を片付けてくれたようだ。

片付いた洋室にテーブルの用意もしてくれている。

俺は、棚からふりかけや漬物なども取り出す。

2つの茶碗にご飯をよそって、テーブルに並べる。

男の1人暮らしになぜ茶碗が2つあるかって?

割れたときの予備にと、買っていたもので間に合わせた。

白ご飯と目玉焼き。何か足りないか……?

冷蔵庫から、インスタントの味噌汁を取り出し、お湯を入れて用意する。

 

「いただきます」

「いただきまーす」

2人でテーブルを囲み、朝食を食べ始めた。

 

「……いつも、こんなに早いの?」

目を擦りながら、聞いてきた。

 

「ああ。仕事は8時からだからな」

朝起きてから出かけるまでのことや、仕事について、簡単に説明する。

 

「うへー……」

 

感心された。眠そうだ。

それでも食事は取るようで、必死に箸を動かしている。

 

「いつもは、何時に起きているんだ?」

「んー?休日はずっと、寝てたかな……」

学生はまだ、春休み。そうなるか。

 

「……わざわざ起きて来なくても、よかったのに……」

彼女は首を横に振る。

「私は、ユウ(にい)と、少しでも長い時間を過ごしたいから」

そう言うと、ニコリと微笑んだ。

 

 

 世の中には、夫が仕事行くために朝早く起きても、妻は布団の中……。

そんな夫婦はざらにいるらしい。

昔の男尊女卑の時代ではないので、それについては、何も思わない。

ただ、仕事から帰ってくるのが夜遅くなってしまったとき。

家に帰ったら、妻は就寝しているだろう。

その場合、朝に顔を合わせていないと、この日の夫婦の会話は無いことになる。

夫婦の会話のない生活が何日か続くと、すれ違いとなっていく。

 

既婚者の同僚から、そのような経緯を聞いていたので、その言葉は、嬉しかった。

 

 

「……そうか……ありがとうな」

俺は、彼女の頭を撫でる。

「えへへへへへ……」

照れている。嬉しそうだ。

今だけかもしれない。それでもいい。

 

「明日から、朝は、私が作っても、いーい?」

そんな提案をしてくる。

「弁当も作るよ?」

朝、弁当、そして夜。全て作りたいらしい。

 

 はて。どうしようか。

作ってくれるのは、正直ありがたい。だけどな……。

彼女への負担が多いように思う。

今は、春休みだからいい。

だけど、学校が再開すると、勉強に生徒会活動に、忙しくなるだろう。

さらに昼は、会社で安い仕出し弁当を頼んである。

安価なわりには、おかずも量もあり、特に不満はなかった。

お代も給料引きであり、負担も感じない。

 

「……弁当は、いいよ」

やんわりと断る。彼女の表情が少し暗くなる。

 

「……冷凍食品の活躍の場が……ない……」

 

 そういえば、冷凍食品好きだったな……。

料理は普通にできるみたいなのに、なぜそこまで冷凍食品にこだわるのだろうか。

 

「朝は……、わざわざ起きてもらうのは、悪いよ」

「頑張って起きるから!味噌汁作るし」

 

彼女は、朝早く起きれるのだろうか。休日はずっと寝ていると言っていたはずなのに。

 

「これから、一緒に寝てるから、ユウ兄が起きると、起きるよ。今日もそう」

 

 事実、今朝は起きて、一緒に食事を取っている。

彼女自身がそう言っているから、いいのかな。

無理だった場合のことも考えておけばいいか。

 

「うん、わかった。じゃあ、頼むわ」

彼女の表情が明るくなった。

 

「味噌汁の具で、嫌いなもの、ある?」

「……いや、特には……」

「よし、明日から、頑張って作るね」

やる気が満ち溢れているようだ。先程までの眠そうな表情は何処に行ったのか。

 

そうだ、いい機会だから……。

「ノゾミ、足らないものがあったら、買ってきてもいいから」

 

テーブルに置いてあった通帳を渡す。

彼女に生活費の管理を任せる、そう約束したからな。

 

「……こ、こんなにー?何を買おう?……あれも、これも買える……」

 

彼女は、通帳を開いて、目を見開き、何かを呟いている。

昨夜も見ていたはずなのだが……。改めて額を見て驚いているようだ。

 

「……ブランドものの洋服がー、カバンや指輪もいいな……」

「貯金用の口座も作れよ」

 

不穏なセリフが聞こえてくるので、釘を刺しておく。

若い女の子だ、少々ブランドものに手を出すのはいい。

だが、大量に無駄遣いされて、すってんてんになったら、目も当てられない。

 

「……うん、それは……当然……大丈夫……だよ?」

目をきょろきょろさせている。大丈夫じゃないのかよ。

念を押しておこう。

 

「頼むよ」

「……はい、大丈夫、デスヨ?」

視線を合わせてくれない。

彼女に生活費の管理を任せたのは、失敗だったかもしれない……。

 

 

そうだ、これも渡しておく必要がある。

鍵を取り出して、テーブルの上に置く。

 

「これがないと、不便だろうから」

「家の鍵?ユウ兄の分は?」

 

「ああ、これは合鍵だから。ノゾミが持っておいて欲しい」

「えっ?あ、ありがとうございます……」

鍵を拾い上げ、見つめる彼女。お礼の言葉も若干震えているようだ。

 

 俺の嫁になることが、小学生の頃からの夢ならば、感慨深いものがあるのかもしれない。

実際はまだ、婚姻届を提出したわけではないので、嫁ではないが、似たようなものだろう。

そう思ってしまうほど、俺もその気になっているらしい。

結婚している、していないにかかわらず、今日から始まる2人の共同生活。

その相方に、合鍵を渡す。スタートにふさわしい。

 

 

 ふと時計を確認すると、そろそろ出る時間だ。

2人で過ごしていると、時間が経つのが、早いように思う。

 

「そろそろ出る時間だな、片付けは頼める?」

 

彼女が首を縦に振るところを確認した。リュックに水筒と作業服を入れる。

リュックを担ぎ、玄関付近まで移動する。

 

「では、行ってくる。帰るのは、夜7時くらいかな」

 

ドアノブをつかんでひねろうとした。

 

「ちょっと、待ってー」

 

 後方から彼女の声と、足音が聞こえた。

振り向く。そんな俺の首に腕を回され、強引に下方向へ引き寄せられた。

唇に柔らかいものが、一瞬だけ触れる。

 

「いってらっしゃいの、キス」

 

 そんな声を聴き、我に返る。彼女の方を見る。

足早に背を向けて、洋室に戻っていったようだ。

照れくさかったのだろう、キッチンと洋室の間にある引き戸まで閉めている。

 

……そういえば、キスはしてなかったなぁ……。

 

 彼女の年齢と、俺への一途な気持ちを考えると、彼女にとっては、ファーストキスで間違いないだろう。

そんなことを考えると、次第に温かい気分になってくる。

 

「行ってくる」

 

そんな一言を残して外に出る。

 

 俺に、16歳の嫁、……いや、まだ同居人だが……家で待ってくれている存在がいる。

今までと違う、何とも言えない気分を胸に、仕事に向かった。




次の話は、明日15時に投稿します。


【カルセオラリア(キンチョクソウ)】

ゴマノハグサ科カルセオラリア属のカルセオラリア(学名:Calceolaria)は、別名キンチャクソウ(巾着草)と呼ばれている。

袋状の花の形がユニークで面白い植物だが、丸い球状のもの、扁平なもの、長い穂になるもの、傘状のもの、枝分かれしてこんも咲くものなど、様々。

多年草または、低木だが、日本では、秋蒔き一年草として扱われる。

カルセオラリアという名前は、ラテン語の「カルセオルス(小さな靴)」から由来すると言われている。


開花時期:3月~5月
花の色:黄色、赤色。
原産地:中、南アメリカ


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【番外編】祝!カープ優勝!そのとき、私の旦那は…… Side-N

この話を上げた時点では、優勝マジックが消えて何日か経ったとき。

今更ながら、この話を上げるのは、「まだカープカープ言ってるのかよ」と思われそうですが、この逸話も合わせてあげます。

本来の時間軸よりも5ヶ月後ですが、こういう視点もたまには。


私、佐々木 希は、夕ご飯の支度をするため、キッチンに立っていた。

 

 ユウ兄は、もう少しで仕事から帰ってくるはず。

今のところ、何の連絡もない。残業2時間以内決定。

終業時間の17時からプラス2時間の19時。

これより遅くなる場合は、メールをする、そう決まっている。

 

 

 

18時。

 

 

バタンと玄関のドアが開く音がする。

 

「ただいまー」

愛する夫の声がした。

 

「おじゃましまーす」

「こんちわー」

 

 私が返す間もなく、男女2人の声が続く。

確か、ユウ兄の同僚の方々だったような……。

 

「あっ!いきなり押しかけて来てすみません」

セミロングの女性が、すまなそうに私に会釈する。

 

佐伯(さえき) 由美(ゆみ)と言います。佐々木部長には、いつもお世話になっています」

佐伯 由美さん、ユウ兄の補佐をしている方と聞いている。

 

「……ご丁寧にどうも。私は佐々木の妻の希と言います。よろしくお願いします」

 

 まだ結婚していないのに、「妻」ということを強調する。

彼の仕事現場で近くにいる女性(ひと)。先制攻撃。睨む。

 

「よ、よろしくお願い……ね……」

 

 私の睨みが効いたのか、彼女が一瞬驚いた顔をする。

その後、口角を上げて、にやけた。頭を撫でられる。

 

「部長ー、奥様1日借りてもいいですか!いや、持って帰っていいですかー?」

「ダメだー、ノゾミは俺のだ。お引き取り願う!」

「えーっ!こんなかわいい()、部長にはもったいないですよー」

 

洋室にいるユウ兄の声がした。それを非難する佐伯さん。

彼が「俺のだ」と主張してくれているところに、胸が熱くなる。

佐伯さんは、文句を言いながら、洋室に入っていった。

 

「お?この()が希ちゃんか……」

私と佐伯さんが声を交わしているところを見て、ユウ兄のもう1人の連れ合いの目線が向く。

 

「優、お前、JK(じぇーけー)に手を出すなんて、犯罪かー!」

そういえば、私、学生服のままだったなぁ。

 

「……犯罪って、お前なぁ……」

ユウ兄が恥ずかしそうにしている。そんな彼は、テレビのリモコンを手に操作中だ。

 

「いつも、女子高生の制服姿を、後ろ姿を眺めてんのか……うらやましいなぁ、おい」

彼は、ノリノリで私の夫を揶揄(からか)っている。

 

「それよりも、今日は、これだろ!早く来い、次郎」

「ハイハイ」

 

ユウ兄に呼ばれて、仕方なく揶揄うのを止めたようだ。

 

「あ、俺は、南方(みなかた) 次郎(じろう)。よろしくな、若妻ちゃん」

 

 手を上げて、ウインクしてくる。

そんな彼の風貌は、短髪。本人は格好良く決めたつもりなんだろうけど、決まらない。

南方 次郎さん。

ユウ兄と同じ年で同期。非常に仲が良く、なんでも相談しているらしい。

 

 洋室に入り、ユウ兄、佐伯さん、次郎さんの3人は、テレビの前に陣取った。

テレビ画面では、赤い帽子を被った、白いユニフォームの男たちが映っている。

帽子の真ん中には白文字のCが映えている。白いユニフォームには赤字の「CARP」。

そう、ここ広島の地元野球チーム、広島東洋カープの試合を観戦しているようだ。

 

「今日は野村かー、相手はジョーダン。打てるかな?」

「ワタシの祐輔(ゆうすけ)なら問題なし、今日も勝つよ!」

「……巨人が負けてくれんと、今日、決まんないからな……」

 

佐伯さん、野村クン好きなのかー、そしてこれって「カープ女子」というヤツだろうか。

 

 次郎さんが言う「巨人が負けないことには決まらない」、そうか、優勝が今日決まるかどうか。

だから、この時間にいい大人が3人、仕事を早く終わらせて、野球観戦をしているのか……。

そういえば、学校でも何人か授業が上の空のひと、多かったような……。

 

生徒だけでなく、先生も。

 

 一部生徒は昼で早退してた。和美なんかは、学校に応援グッズ持ち込んでいたっけ。

25年ぶりのリーグ優勝。前回の優勝は、ユウ兄でさえ、記憶に残っていないらしい。

広島カープファンにとっては、それだけ大変なことなのだろう。

 

 他の球団のファンの私には、わかりようがないのかもしれない。

よく優勝しているし、強くて当たり前とされている球団……。

 

 

今日は9月8日。

 

 

 広島東洋カープの所属するプロ野球セ・リーグ。

今年においては、カープがほぼ1位を守ってきた。

残り試合数が少なくなってきた今、今日の試合にカープが勝って、2位の読売ジャイアンツ(通称:巨人)が負けると、カープの優勝が決まる。

 

 詳しいところはわからないけど、「マジック」という数値が0になると、優勝が決まるとのこと。

数値が変動する条件としては、カープが勝つと1、巨人が負けると1ずつ減っていくらしい。

 

 

 ちなみに、私はジャイアンツのファン。坂本選手を贔屓にしている。

と、いうのは、お父様に着いて行って、大きなパーティーに出席したときのこと。

そのパーティーに坂本選手もなぜか出席していて、顔を合わせる機会があった。

その時の彼のオーラと笑顔に魅せられて、プロ野球に興味を持つようになる。

そこから、東京ドームに野球観戦に行くようになり、オレンジのタオルを回すのも上手くなった。

 

 しかし、ユウ兄の住む広島にもプロ野球チームがあるということに、なぜか気づかなかった。

一緒のリーグで、ジャイアンツとも対戦し、しかも略称が「広島」。

なぜ、気づかないかな。過去の私に文句が言いたい。

 

 今のところ、ユウ兄には、私がジャイアンツファンだということは、伝えていない。

若い選手限定ながら、ジャイアンツ以外の選手も、それなりに知っているということも。

今年は、ヨシノブ新監督で戦ったものの、2位に甘んじている。

そんなジャイアンツが負けたら、この3人は喜ぶ……。複雑だ。周りは皆、敵に見えてくる。

 

 

 

 

 テレビの前では、3人で盛り上がっていた。勝ち越し点が入ったらしい。

そして、さらに点を入れて引き離す。

 

6対1。序盤で大量リード。

 

 3人は、肩を叩きあって、ボルテージは、早くも最高潮。近所迷惑にならないのか。

ふとスマホに着信ランプが灯っていることに気づく。

確認すると、

 

・アパート中、広島の応援で盛り上がっている。心配なし。

・死ね、バカープファン

 

小夜……。

 

 

 

「お?阪神、勝ってるぞ」

「え?マジで、マジなの?」

「……1対0だけどな」

ジャイアンツの途中経過を確認した次郎さんの声に、目を大きくする2人。

 

「ノゾミー、冷蔵庫から缶ビール、お願い」

その途中経過に気を良くしたのか、ユウ兄は、私にお願いしてくる。

 

「え?お前だけずるい、俺のは?」

「ぶちょー、いけずー」

「仕方ないなぁ……。ノゾミ、2人の分も頼む」

 

 2人からのブーイングに、しぶしぶ言い直すユウ兄。

そうなるだろうと思っていた私は、すでに3人分、用意していたりします。

 

 

……これは、このまま、酒の席になるのかな……。

 

 

 夕ご飯は軽くつまめるものにしましょうか。

そして、軽く、ラーメン、かなぁ……。

 

 冷凍庫から、冷凍食品の「枝豆」と「フライドポテト」を取り出す。

素早く解凍、フライドポテトを少量の油で揚げる。

枝豆は、電子レンジで解凍、塩を少量振る。

 

 

 テーブルにこの2品を用意した頃、追い上げられているものの状況の変化はなかった。

3人とも、すでに缶の半分までを飲んでしまったようで、次を催促してくる。

カープが勝ちそうで、ジャイアンツが負けそう。

カープの優勝今日決まる。

それが決定事項のような、そんな雰囲気が漂っている。

 

 

「あ?巨人、チャンスになっとる」

そんな雰囲気を打ち破るような、悲壮感漂う次郎さんの声。

 

「8回表、1アウト1、2塁。代打坂本。ヤバい、抑えてくれ」

坂本さん、代打かぁ……。怪我、大丈夫なんだろうか……。

 

「ピッチャーは?」

「先発の青柳(あおやぎ)がそのまま投げとるよ」

 

今季ジャイアンツからの甲子園初勝利がかかっている1戦。

阪神タイガースも容易には負けられない。

でも、1アウトで坂本さん。これは同点は避けられないかな……。

カープファンの3人にわからないように、気を付けながら、微笑む。

もう優勝の可能性はほぼ無い。これくらいは、許してくれるよね。

 

「いや、違った、藤川(ふじかわ)に代わった」

「藤川か……。うーん」

次郎さんの報告に、ユウ兄は考え込む。

 

「抑えてくれるといいのだが……」

 

テレビ画面では、順調に試合が進んでいく。6対3.3点差まで追い上げられていた。

 

「あーーーーーっ!!」

突然、次郎さんが叫ぶ。

 

「あーあ、今日の胴上げはないわ……」

力なく肩を落とす次郎さん。

 

「同点?」

「逆転。坂本に逆転3ラン打たれた……」

 

「やったー!坂本さん、打ったんだー!」

次郎さんの報告に、思わず叫んでしまった私。

 

「……えっ?ノゾミ?」

「……希ちゃん?」

「……どういうことなの、若妻ちゃん……?」

 

3人に睨まれている。これは、不味い雰囲気だなぁ……。

目をそらし気味にテレビ画面を見ると、大変なことが起きていた。

 

「あっ!菊池選手が!倒れてる!」

3人は一斉にテレビ画面の方に振り向き、無言になった。

 

ベンチに引っ込んだものの、すぐに出てきた菊池選手。大丈夫らしい。

安堵する。

 

 

 

「……で、ノゾミ、さっきはどういうことかな……?」

ユウ兄が迫ってくる。その笑顔が怖い。

 

「……えっ?ナンノコトデショウカ」

「やったー!!って、どういうことかね?」

「次郎さんまで……」

「希ちゃん、もしかしてカープ女子ではないとか?」

 

次郎さんや佐伯さんまで、ガンを飛ばしてくる。ウエーン。

 

 

★★★

 

 

やれやれ、バカープファンに囲まれるとは。

希様、かわいそうに……、自業自得ですね。

 

影はニヤリとする。

 

今年はバカープに譲るが、来年は必ず由伸監督が栄冠を……!

いや、クライマックス、待っておれよ!

 

心の中で叫びながら、影はいつも通りの仕事を遂行する。

無理矢理、赤い帽子を被せられた割には、喜んでいる若妻を眺めながら。




なぜか、坂本逆転3ランのマジック1になった日の出来事。
優勝日を書くと、広島は不夜城になったので、書ききれない……(笑)

東京組は、ジャイアンツファンです。
小夜は、希との観戦に付き合っているうちに染まってしまった。
言動が危ない。

しかしまあ、「バカープファン」
誰が考えたのでしょう。ネーミングセンスがいいね!


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第12話 ヒラヤマユキノシタ

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
いってらっしゃいの初キスにより、送り出される。


アパートを出ると、目の前は大通り。通りの中央には路面電車が走っている。

 

 路面電車が、どんな感じで走っているのか、見たことがないという方に説明するならば、大通りの中央分離帯付近の車線が線路……、と言えば、わかるだろうか。

 

当然、駅……電車の停留所なので電停……も、道路中央付近にあるので、横断歩道を渡る。

 

 

朝7時前。

 

 通勤時間にさしかかろうとしている時間帯ということもあり、それなりにひとは多かった。

俺が乗る電車は、南方面に行く江波(えば)行き。1両電車である。

電停には、西方面に行く、宮島口(みやじまぐち)行きの連結電車が停まっていた。

学生やサラリーマン、スーツ姿の女性など、様々な人たちが乗降している。

 

そういえば、ノゾミの通う鈴峯女学園(がみね)も、この路線の沿線だったな。

 

学校が始まると、この電停でお別れということになるだろう。

こんな衆人環視の場所でも、「いってらっしゃいのキス」は敢行されそうな気がする。

何としても、阻止しなければ。できるだろうか。

 

出掛けに、思いがけず、「いってらっしゃいのキス」に見舞われたこともあり、若干憂鬱になる。

 

 

 

 江波行きの電車がやってきた。少し人が多い。

電車の側面に座席が配置されている。

席に座ると向かい側の席のひとと、通路を挟んで顔を向け合う形になる。

 

空いたスペースを探していると、見知った顔を見つけた。

グレーのスーツ、タイトスカート、栗毛セミロングの女性。

彼女の方は、すでにこちらに気づいているようで、手を振っている。

 

「おはよう」

「おはようございます、部長」

 

その隣が空いていたので、座る。

彼女から、香水だろうか、甘い香りがしてくる。

 

「今日は……、何か良いことでもあったのですか?」

「まあな」

 

俺は、軽く返事をする。

その理由を話すには、少々の勇気が必要だ。

今朝の出来事。

30になった男としては、もう少し気持ちが落ち着いてから話したい、そんな気分だった。

 

 

 

★★★

 

 

 彼女は、佐伯(さえき) 由美(ゆみ)

俺の仕事の補佐をしてくれている。

電話の取次ぎや、資料の整理、予定の確認など、仕事の上で重要なパートナー。

 

 常に顔を合わせているからだろうか。

俺の表情を観察することを、日課にしているらしい。

毎日、頻度が多いときは毎度、観察した結果、気になったことや、直前に起こったことなど、推察を含めた感想を述べてくる。

それがまた、恐ろしいほど的確で、ほぼ間違っていないので、感心してしまう。

ただ、気持ちの奥底を見られているようで、恥ずかしくてしょうがない。

止めて欲しいと、何度かお願いしてみたものの、「部長の気持ちの変化は重要です」と言って、頑として聞き入れてくれなかった。

 

 4歳ほど年下なのだが、ここぞというときは、物怖じせずに、自己主張をしてくる。

そこら辺りは、重宝しているので、何も言わないが。

 

 

★★★

 

 

「……で、何があったのですか?」

 

 予想通り、彼女は理由を聞いてきた。これも毎日のことで驚くことではない。

ないのだが、今日の場合は、理由が理由だからな、どうしようか……。

 

「昨日、カープは勝っていますが……、そんな顔ではありませんね……」

そんな呟きが聞こえてくる。

 

「私のデータによると、朝からこんな顔は、レアケースに思えます」

……確かに、レアもレア、普通は起きないことだったけど……。

佐伯のその呟き、少し怖いです。

 

「あ、表情はそのままで……」

 

 気づけば、スマホをこちらに向けて、撮影してくる彼女の姿が映る。

俺の写真を撮ることに関しては、いつものことなので、驚きはしないが、この電車の中である。

知り合いがいると、面倒だ。

周りを気にするが、このひとの多さだと、知り合いがいるのかすら、気づけない。

 

「おいおい……」

「レアですから。しっかりデータに記録しないと」

 

彼女は気にも留めず、撮った画像を確認している。

 

「……やはり、いつもと違う表情ですね……」

彼女は、1人納得している。どこがどう違うのか、俺にはわからない。

 

「……で、何があったのですか?」

 

 スマホをカバンのポケットに仕舞い込み、再び聞いてくる。

目が輝いているように見える。

 

「……家に知り合いが泊まりに来た」

 

 面倒なのと、照れくささで、若干事実と異なることを言ってみる。

間違っては、いない。

ノゾミは大きな意味で言えば、知り合いだ。

 

「……うーん、ウソですね」

彼女は、俺の目を数秒間見つめた後、そんなことを言ってきた。

 

「……いや、ウソではないよ」

「……普通の、知り合いでは、ないですよね……」

 

 目を瞑り、右手の人差し指をおでこに当てて、考え込んでいる。

お前はどこかの探偵か?カンだけはいいんだよな、佐伯って。

 

「うーん、前に南方《みなかた》さんが泊まったときとは、違うから、男じゃないですね……」

そんなことを呟いている。南方さんとは、俺の同期のことだ。

 

「……私を泊めてくれたときとも、少し違う……」

 

 1度、佐伯を泊めたこともあった。

それは、家《うち》で何人かと飲んだときだった。

彼女は泥酔して寝込んでしまい、仕方ないので泊めた。

布団を並べて寝たが、その夜は何もなかった。

 

「……と、いうことは、女性……、それも想いびとを泊めたんですね」

 

 彼女の中で、結論が出たらしい。

なんという洞察力というか、推理力というか……。

なんの根拠で、そこにたどり着くのか、全くわからない。

 

「……でも、当分、お付き合いされている女性(ひと)、いなかったはず……ですよね……?」

 

 確かに、前の彼女と別れて、1年くらいは経っている。

昨日のことが無ければ、「彼女」と呼んでいい女性(ひと)ができるのはまだ先だっただろう。

しかも「彼女」を飛び越えて、「許嫁」もしくは、「未来の嫁」……。

 

「……でも、ただの想いびとでは、ない気がするのですが」

まだ考え続けているらしい。鋭いな。

 

「部長が、まさか……そんなわけ……うーん……」

 

 そう唸った後、無口になった。考えを巡らせ始めたらしい。、

彼女は、気になる物事を考え始めると、行動が止まってしまう。

特に、俺のことになると、ますます顕著になる。

 

 

 そうこうしているうちに、電車は終点の江波に到着した。

無口になった彼女を促し、電車を降りる。

ここからバスに乗り換えて、会社に向かう。

 

 バスが到着しても、まだ考えを巡らせている彼女。

無言で俺の隣に座っている。

まるで生きる屍のように、ただ存在だけ、している。

この状態になったら、普通に声をかけただけでは、元に戻らない。

 

 

★★★

 

 

 過去にこのような状態になった彼女にイタズラを仕掛けたことがある。

どこまでしたら、正気に戻るのか。

 

手を触る、肩を揉む……。反応なし。

耳に息を吹きかける……、これも反応なし。

 

 仕方ないので、勇気を持って胸を揉んでみた。

決して、揉みたかったからではない、実験だ。

そして、仕事中ではない、セクシャルハラスメントではない。同意はないが。

 

でも、何も反応を見せない。

 

 こうなると、意地になる。男は探求心を持つ生き物だ。

正面に回り、彼女のブラウスのボタンに手を伸ばした……。

 

「えっ?優……部長?」

 

ボタンを2つ外したときに戸惑いを見せる佐伯。

いつも「部長」と呼ぶ彼女が、俺の名前を言いかけるなんて、動揺が見られる。

さすがに怒られるかな……、そう思って謝罪と言い訳をしようかと思っていたら、思いがけない一言を告げられた。

 

「……止めるんですか?ぜひ、……続けて下さい」

 

 そして再び無言状態に戻ろうとする。

先程と違うのは、少し頬を赤く染めているところか。

これは、もう普通の状態に戻ってるだろう……。

 

パチン

 

デコピンをしてやった。

 

「いったーい!」

おでこをさすりながら、批判の目を向けてくる。

 

「おい、気づいてたろ?」

「気づいてましたけどー、デコピンは酷いですー」

口をとがらせて文句を言ってくる。

 

「部長になら、脱がされても文句言いません……」

「いやいや、物凄く動揺してただろうが」

 

「それは……。悔しいけど、否定できません……」

彼女はそう言うと、俯いた。まだ顔は赤い。

 

「どんな地雷だよー、部下の着衣を脱がす、どんな冗談だ」

自分自身の顔が引きつっているのがわかる。

 

「どこで気づいたんだ?」

「はい、胸を揉まれたところ、ですかね……」

そこかよー、気まずいなぁ……。

 

「そうなのか、全然わからなかったよ」

「何も反応しなかったら、続けてくれるかなーと思いまして」

 

「続けたところで……何もないだろうに」

「そんなことないですよ、私のあられのない姿が見られるじゃないですか」

 

俺は大きく息を吐いた。俺にとっては最悪のシナリオだ。

 

「じゃあさ、なぜ、戸惑いの声を出したんだ?」

「私にも羞恥心があったようで、耐えられなかったみたいです」

 

いや、耐えられなくてよかったよ。

あそこで声を上げられなかったら、如何なく、男の探求心を発揮していただろう。

 

「それまでは、俺の反応見て楽しんでいた、ということか?」

「ハイ」

 

いい笑顔である。

その笑顔に怒りがこみ上げてきたので、デコピンの形を作る。

 

「あ……、それは痛いので、やめて下さい」

彼女は泣きそうになりながら、右手でおでこを守っていた。

 

 

★★★

 

 

そんなこともあって、彼女が考え込んで静止したときは、胸を揉む。

……わけにいかないので、耳元でこんな言葉を囁く。

 

「デコピンするぞ」

「……やめてください……」

 

彼女は小さく答えて、右手でおでこを守る。

 

「お、戻ってきたか」

「本当に、デコピンは勘弁してください、トラウマものですよ」

 

まだおでこを守っている。警戒しすぎだろう。

 

バスが工場の門の前に到着する。

 

 

 俺の勤めている会社は、広島市の南岸埋め立て地にある。

歴史に出て来る長崎の出島のように橋で1か所だけつながっていて、そこに門がある。

有名大企業の敷地で、この中では関係会社が軒を連ねている感じだ。

 

 関係会社の1つに勤めている俺は、佐伯と連れ立って、事務所棟に向かう。

事務所棟には、関連会社の事務所の他、ロッカー室、食堂がある。

有名大企業の工場で働いているほとんどのひとが、ここで着替えて工場に向かい、昼休みには食事を取る。

 

 

 

 事務所棟に着いて、彼女と別れた。

それぞれ着替えに入るためである。

別れる寸前まで、何があったのかと聞いてきたが、はぐらかし続けた。

ロッカーで手早く着替える。

 

「今日も由美ちゃんと出勤かー。愛されとるなー」

 

そんな声をかけてくる男がいる。隣のロッカーの南方(みなかた) 次郎(じろう)だ。

 

「愛される、かぁ……」

「どうした?何、黄昏てんの?」

 

「いやー、愛されるっていいよなぁ……」

「まあ、確かに、嫁さんや娘に愛されるのはいいけど、どした?」

 

 俺の様子に、次郎は驚いた顔をしている。

話をしながら着替え終わり、帽子を被る。

全身青の作業服。この工場では、男も女もこの格好と定められている。

ヘルメットを手に、次郎と一緒に工場へ向かう。

 

 いつもの場所でいつも通り、朝礼を行う。進行は佐伯だ。

ラジオ体操第一を行い、今日の連絡事項を皆に伝えるため、朝礼台の上に立つ。

 

「おはようございます」

 

眼前には、我が社の社員、100名余り。視線がこちらに集まってくるのがわかる。

挨拶の後、連絡事項を読み上げていく。

 

「怪我をしたら家族が悲む。今日も手元に注意して、指さし確認で行こう!」

……と、連絡事項の最後を締めくくった後、不用意にも口をついて出てしまった。

 

「……俺にも、守るべき家族ができちゃったのでね」

 

「家族」という言葉に触発されたのかもしれない。

不味いと思ったが、後の祭りだった。社員たちは、騒然としている。

 

「おい、佐々木部長って、独り身だったよな」

「そのはずの部長が、家族ができたっていうことは……」

「最後の独身貴族の牙城が……崩れてしまった……」

「……とうとう、佐伯を孕ませたのか」

「我らのアイドル由美ちゃんが、部長のセクハラに屈したのか」

 

 おいー、一部違うぞー、俺に対する皆の印象って何なんだよ。

本当にコイツらは、と苦笑してしまう。

孕まされたとか、屈したのとか言われている、佐伯自身は、憑き物が取れたかのような、良い笑顔をしている。

俺の表情についての悩みが、解決したことによる笑顔なのだろう。

けれど、それは周りに誤解を生むぞ。確実に。

俺は頭を抱えた。

 

「で、真実は?」

 

そんな俺に、マイクを向けた仕草をして聞いてくる。

次郎だ。そんなことを俺にできるヤツって、コイツしかいない。

 

「……言わなきゃダメか?」

「ああ、永遠の独り身として、工場中から羨望のまなざしを集めているお前の責務だ」

 

マジかよ……。羨望を集めてるのかよ、おかしいだろ。

しかし、有ること無いこと噂されるのも困る。

仕方ないか。

 

「家族ができたというのは、結婚で間違いないな?」

俺は無言でうなずく。確認した次郎は、生温かい目を向けてくる。

先行く者の余裕か。

同じ年で同期のコイツに負けたようで、少し悔しい。

 

「我らが佐々木部長!なーんーと、結婚したようです!」

「「「「おーーーーーー!!!!!」」」」

そんな次郎の声に、社員から叫び声。

そこら辺りの他の会社の面々からも注目されてしまったようだ。

 

「そんな佐々木 優、そのひとに、いくつか質問を投げようと思います!」

「「「「「わーーーーーー!!!!」」」」

 

皆、叫びながら、拍手している。おい、佐伯、お前もか。

 

「では、質問その1」

 

 次郎はノリノリである。朝礼を終えた、他の会社の連中も集まってきた。

よく見たら、工場長など、この工場のお偉方まで寄ってきている。

後で間違いなく、弄られる。

勘弁してほしい。

 

 

★★★

 

 俺への質問タイムという名の、晒しの場。

男女比9:1の、花がないこの工場には、華やいだ話題には乏しい。

結婚についての弁明会が、今こうして始まってしまった。




次の話は、明日15時に投稿します。

【ヒマラヤユキノシタ】

ユキノシタ科ヒマラヤユキノシタ属のヒマラヤユキノシタ(ヒマラヤ雪ノ下)(学名:Bergenia stracheyi)は、別名ベルゲニア、オオイワウチワ(大岩団扇)と呼ばれる。

長い茎の先に固まって、小さくてたくさんのピンクの花を咲かす。
革質で、厚みのある楕円形の大きな葉を、地面に張り付くように広げながら成長し、年月が経つと、根茎を横に伸ばして樹木のような形にもなる。

もともとは、ベルゲニア・ストラケイに付けられた和名だが、現在では、交配種も含め、ベルゲニア属全体がヒラヤマユキノシタと呼ばれ、大型種から小型種まで、様々。


開花時期:2月~4月
花の色:ピンク色
原産地:ヒマラヤ山脈周辺


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第13話 オドントグロッサム

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
結婚するのがバレた!朝礼で盛大発表!になるのか?


「では、質問その1」

 

 同僚、南方(みなかた) 次郎(じろう)の、張りの良い大声が聞こえる。

朝礼台の上。目の前には会社の仲間がいる。その数、100人余り。

ほぼ全員がこちらに注目し、興味津々だ。

誰もが皆、仕事のときと違った、輝いた表情を浮かべている。

 

なぜ、こんなことになっているのだろうか。

 

そうか、朝礼でポロッと余計な事を呟いたからか……。

このままでは、全て聞かれてしまいそうだ。

 

しかし。

 

「……ちょっと待って、次郎」

「ん?なんだ?」

 

 周りに聞こえないような声で止める。

ノリノリなところを中断させられた彼は、とても怪訝そうだ。

 

「今のこの時間は、少し不味い」

「……あー、そうだな……」

 

時計を指した俺の言葉に、仕方なく賛同する次郎。

ここで時間をかけると、午前中の仕事量に影響が出る。

 

「……あー、あー」

 

まるでマイクのテストのように叫び出す彼。

 

「まことに残念でありますが、時間がありません」

「「「「えーーーっ!」」」」

 

 皆が叫ぶ。

おい、次郎、お前「えーーっ!って叫ぶでない。

 

「つきましては、お昼休みにて、嫁アピールをするということなので、許したって下さいな」

「「「「「おーーーーっ!!」」」」」

 

 次郎がとんでもないことを宣言した。

それを聞いた社員全員でどよめく。

マジかー、聞いてないぞ。

次郎が、ウインクして、サムズアップしてくる。

しかし、格好は決まらない。

 

「では、今日の安全唱和。今日の当番、お願いします」

 

 いつの間にか、朝礼台の横に移動していた佐伯が、司会進行を再開する。

それを聞いて、慌てて朝礼台から下りる。

入れ代わりに、若い男性社員が上って、安全唱和を始める。

 

「ご安全に!」

「「「「「ご安全に!!!」」」」」

「一(いち)、・・・・・・・・」

何項目か安全に関する文章を読み上げる。

その後は、自分の作業についての、安全指差呼称だ。

 

「今日は、穴あけ作業があるので、手元に注意して作業します」

 

男性は人差し指で中空を指す。

 

「では、確認お願いします。手元よーし!」

「「「「「手元、よーし!」」」」」

 

「今日も安全作業で、頑張ろう!」

「「「「「オウ!!!」」」」」

「ご安全に!」

 

そして解散していく社員たち。

 

 

 ★★★

 

 

 俺の会社の朝礼では、皆が整列した後、初めにラジオ体操で、身体をほぐす。

これは仕事内容が、身体を使った作業であるため、固まって動けないと危険だからである。

眠気を覚ますと共に、真面目にやれば、肩こりなど軽い血行障害とは無縁となる。

さすが、国が研究して、学校教育に取り入れた体操。

三十路になって身体が錆びついてきているように感じることが増えてきた。

それをほぐして、動くようにしているので、本当にラジオ体操の凄さを実感する。

 

 ラジオ体操が終わると、部長である俺から、本日の予定や連絡事項を伝達する。

工場に来る来客や、役所による点検、通勤における注意など、多岐に渡る。

 

その後は、各部署からの注意事項の伝達に移る。

「この工具は動きが悪いので注意してください」というもの。

または、「この作業区域は、非常にゴミが多いので、清掃(せいそう)を徹底してください」など。

 

この工場では、穴あけ作業やリベット作業などが多い。

そのため、どうしても切りクズなどのゴミが多くなる。

多いからと言って、散乱しているままで放置しておくと、不衛生に見られてしまう。

造っている部品にゴミが入り込み、品質が落ちる可能性が出て来る。

また、他の会社から見て、整理整頓ができない部署というレッテルを貼られたりする。

工場内ではあるものの、他の会社との競合、仕事の取り合いは、日常茶飯事だ。

そのときに、悪く思われるようなレッテルは、非常に不利に働くのだ。

 

 各部署からの伝達が終わると、当番の人間が、皆の前で安全唱和をする。

五か条くらいの、決められている文章を唱和した後、その日、自分自身の作業に関する安全確認をする。

これにも何種類かのテンプレがあるのだが、本人がその場で決める。

声が小さくて、全体によく聞こえないという場合、やり直しを求めることもあるが、人前に出て声を出すという行為に慣れてないのだろう、仕方ないのかもしれない。

 

以上が、毎日している朝礼の、おおまかな流れである。

 

 毎朝8時から、朝礼をして、各部署に散り、仕事に入る。

8時のチャイムで朝礼が始まり、12時のチャイムで昼休みに入る。

13時のチャイムで昼休みが終わり、17時のチャイムで仕事が終わる。

まるで学校。規則正しい生活をするには、工場勤務が1番だと、思っている。

 

 

★★★

 

 

俺は、佐伯を伴って事務所棟に向かって歩いていた。

 

「結婚なんて。本当に驚きましたよー」

ころころ笑いながら話しかけてくる。

 

「私ごときが、表情から心理を読めないはずですね、朝、奥様と何かあったのでしょうか」

おそらく彼女は、にんまりとしているだろう。あえて顔は見ずにひたすら歩く。

 

「……で、どんな女性(ひと)なんですか?」

「それは、ワシも聞きたいな、佐々木クン」

質問を聞き流していると、男性の野太い声に遮断された。

 

「あ、工場長、おはようございます」

 

 予想外の渡辺(わたなべ) 直行(なおゆき)工場長の登場に、慌てて挨拶を交わす。

彼は、何人かの部下を連れて、どこかに移動中のようだ。

俺の隣で、佐伯も工場長に挨拶をしている。

 

「結婚、したんだって?さっき聞こえてたよ」

 

 やはり、先程の朝礼での騒ぎを聞いていたらしい。

俺を弄りに……、いや、わざわざ声をかけるために、こちらに来たようだ。

わざわざ寄らなくても……。

 

「おめでとう。結婚式はいつなんだ?」

野太い、そして落ち着いた言葉で、それでいて興味深々な雰囲気をまとって聞いてくる。

 

「あ、いえ。まだ入籍はしてません。一緒には住んでますが」

「そうか、そうかー、よかったじゃないか」

 

彼は、白い歯を見せて笑いかけてくる。褐色の肌に白い歯が映える。

 

「で、相手は、君より若いんだろう?確か、年上には興味なかったはずだ」

確かに。工場長にバーに連れて行ってもらったときに、そんなことを話した気がする。

 

「何歳、下なんだ?」

 

 ニコニコしている。工場長の奥さん、確か10歳くらい離れていたよな……。

その隣で、彼の部下たちも、佐伯も静かに俺の答えを待っている。

目が輝いていて、怖いぞ、お前ら。

1番偉い工場長が、矢継ぎ早に質問をしているから、遠慮して黙っているのだろうとは思うけど。

 

これは、ウソを言うわけには、いかないかなぁ。

 

「……14歳、ですかね……」

その答えを聞いて、一同押し黙る。佐伯も目を見開いている。

 

「……佐々木クン、君、今、何歳だったっけ?」

停止した状態からいち早く復活した工場長に、改めて年齢(とし)を聞かれる。

 

「30ですが……」

「えっ!!相手は16?マジか!」

 

ガシッと両肩を捕まれる。

 

「おい、佐々木クン。16って言えば、ウチの(かおり)と同じ年齢(とし)じゃないか!」

 

普段から落ち着いている雰囲気を持つ工場長の言葉が早い。

「香」とは、3人いる娘のうち、一番下の子の名前である。

 

「お前が、香と結婚?それは許せん!」

 

 地が出てる。「佐々木クン」から「お前」に、変化した。

お酒の席で、そんな工場長の姿を見ているので、驚きはしない。

が、工場内では、相手のことを「〇〇クン」、自分自身のことを「ワシ」で統一している。

工場長の、この慌てぶりは貴重だ。

 

「渡辺工場長、落ち着いてください。娘さんと結婚するわけでは、ありません!」

「ああ、すまん。取り乱した……」

 

俺の問いかけに、自分を取り戻した工場長は、俺の両肩を解放する。

 

「それにしても」

彼は、大きく息を吐く。落ち着かせるためらしい。

 

「いやー、びっくりした。なんてうらやましい……」

「……奥様と娘さんに言いますよ……」

「うあ?それは勘弁してくれ……」

 

工場長の不穏な言葉に、部下の女性が苦言を呈する。

恐妻家なのか、怯んでいる。

 

「しかし、娘の年代の()が嫁か……。いろいろ大変そうだな」

「そうですかね?ノゾミは、料理も上手い、()女性()ですよ」

「ほほう、奥さんの名前はノゾミというのか、良い名前だな」

 

 あっ、また、言わなくてもいいことをしゃべってしまった。

どうやら、ノゾミのことが絡むと、口が軽くなるらしい。

ほら、俺の後ろで佐伯がにやけている。これは10時の休憩辺りに、話のネタにされそうだ。

 

「まあ、結婚式の日程が決まったら、連絡してくれ。喜んで出席するから」

 

そう言い残して去っていく、工場長一行。

ただ祝福してくれたのだろうか。呆然と彼らの後姿を眺めていた。

 

 

 

 

「へえ、ノゾミさんですか。あ、年下で高校生だから、ノゾミちゃん、ですね」

 

歩き始めると、再び、話しかけてくる。楽しそうだ。

 

「部長、ロリコンだったんですねー。学生服萌えーとか、制服フェチとか」

 

いや、それは違うから。声を大にして否定したい。

 

「年増の私が迫っても、私の胸を揉んできたとしても、全く(なび)かないはずだわ……」

 

いやいや、20代も後半に向かう年齢になったとはいえ、佐伯は26歳。

まだ「年増」は早いだろうに。

 

「16かぁ……。肌も弾力があって、張りも艶もあるんだろうなぁ……」

「確かに、張りはあったなぁ」

 

おっと、佐伯の独りごとに、ついつい口を挟んでしまった。

彼女のしゃべりが止まる。2人の歩く足音だけが響く。

 

「あのう、部長」

しばらくして、佐伯が質問してくる。

 

「私の胸と、ノゾミちゃんの胸、どちらがよかったですか?」

 

これ、どう答えても地雷だろう。ノゾミの胸に決まっている。

そもそも、佐伯の胸を揉んだときは、感触についてまで、考えていなかった。

無言を貫くことにする。

 

「では、質問変えます」

その雰囲気を察してくれたのかもしれない。

 

「もう、ノゾミちゃんとは、いたしたのですか?」

「いたすって?」

 

これは、意地悪な返しか。

 

「抱いたのですか?」

「うーん、ノーコメント」

 

 

 

 

 そう答えたころには、事務所棟に到着した。

そこからお互い仕事に入る。

書類整理や、得意先との連絡など、それなりに忙しかったため、彼女からの質問は無くなった。

 

だが。

 

 完全に忘れていた。女性が、というより佐伯が、噂好きだということを。

10時の休憩に、佐伯を中心とした女性社員発祥で、妙な噂が立つことになる。

 

 

「佐々木部長の結婚相手は高校生。いつもサワサワしてエッチし放題」

 

 

工場長の部下からの情報も手伝って、昼休みには、ウチの社員だけでなく、工場全体にまで広まっていた。

しかし、俺は、そんな状況を全く知る由もなかった……。




次の話は、明日の15時に投稿します。


【オドントグロッサム】

ラン科オドントグロッサム属のオドントグロッサム(学名:Odontoglossum)は、日本では、スイセイラン(彗星蘭) とも呼ばれる。

アンデス山脈の高地によく見られ、およそ140種分布するランの仲間。
樹木や岩に根を張りつかせて生えていることが多い。

花が大きく五弁、模様と色彩が多彩なため、観賞価値が高いとされている。

冷涼な気候を好むため、日本では育てにくいと言われていたが、最近は交配が進み、比較的育てやすい園芸品種も見られるようになった。

名前はギリシア語の「オドント(歯)」と「グロッサ(舌)」に由来し、中央の花びら(唇弁)の基部にギザギザした突起がある姿からつけられたようだ。


開花時期:11月~5月
花の色:黄色、白色、緑色、紫色、ピンク色、褐色など
原産地:中央、南アメリカ高地


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第14話 フジ Side-N

いつも読んでくれてありがとうございます。
感想とか、本当に励みになります。ありがとうございます。

今回は優が仕事に行ってからすぐの希サイドです。


バタン

 

 ドアが閉まり、ユウ(にい)様は出て行った。

朝7時前。

今までの私にとっては、そろそろ起きようか、でもまだ寝ていたい、そんな時間。

 

 

 実家にいるときの朝の動き。

7時に起きて、半までに着替えを済ませて、朝食。

8時には西武新宿線で、田無駅まで行く。

そこから徒歩で学校に向かって、8時半前に到着。

 

今日のように、特に用事が無い日は、昼辺りまでベッドの中でゴロゴロしている。

 

 

 

 そんな生活をしてきたので、6時前の起床となると、少々眠かった。

起きた当初は「無理だ……これ」と思った。

ユウ兄様の家に押しかけたのは、早まったかも。そう一瞬、考えてしまった。

 

それくらい、布団の中は天国……。

 

 けれど、なぜかユウ兄様の笑顔を見ると起きれたんだよね……。不思議。

布団の中で、彼に絡んだ手を外されて、気配が離れていったとき、寂しく感じた。

キッチンで料理している彼の姿を見たとき、朝食は2人で食べたい、そう思えた。

 

 これから先、2人で暮らしていく。なのに、朝は別々というのは寂しいじゃない?

実家では、親があまり家に帰ってこなかったから、尚更、家族の時間を大切にしたい。

 

 

……でも、彼は、出て行った。私を残して……。

 

 

 仕方ないじゃない、仕事なんだもの。

自分自身に言い聞かせる。

今、家で独り。親がいないときに居てくれた、大谷さんもいない。

正真正銘独りきり。寂しい。

 

 

 

そうだ、ユウ兄様のことを考えよう。

 

 昨日……そういえば、身体中を彼の手が巡っていったなぁ……。

とても安心したし、ユウ兄様に包まれている気がした。

何も身に着けず、彼の布団に入り込むのは、とても緊張した。

普段から裸で寝ることは多い。

でも、昨日は私だけじゃない、ユウ兄もいる。

結局、最低限の下着は着けて寝るということになった。

本当に、ドン引きされなくてよかった。

 

 正直あの夜、ユウ兄様がどんな表情をしていたのかは、見ていない。

ずっと彼の胸元に顔を押し付けられていた。そんな気がする。

間違いない、彼も私を抱き寄せていた。

迷惑に思われていない、そう思う。今夜も何か考えようかしら。

 

 

 

 おっと、このまま思いにふけるわけにはいかない。

テーブルの上にある、貯金通帳を目にする。生活費を託されたのだった。

お腹を減らして帰ってくるユウ兄様のために、夕ご飯を作らないと。

できれば明日の朝ごはんも、そのうち、お昼のための弁当も作りたい。

前に読んだ雑誌に「男のハートをつかむには、胃袋から」と書いてあった

「希が作ってくれる料理、これがないと俺は死んでしまう」

そう言わせたい。

 

今の私、色気や気遣いでは、周りのユウ兄様を狙っているであろう、大人の女性に対抗できない。

料理の腕しか、まともな勝負ができないから。

 

 

現在の私の立ち位置。全く安定していない。

 

 昨日、ユウ兄様の元へ押しかけ、そして同居を始めた。

そこまでは、私自身が驚くほどに、順調に事が進んだ。

 

でも、現時点では、婚約したわけでも、身体が結ばれたわけでもない。

 

今日、ユウ兄様が帰ってきて、

「やっぱり、出て行ってくれないか?」

……と、言われて、追い出される可能性も十分あるわけで……。

 

 追い出されなくても、身体を弄ばれるだけ弄ばれて、そのままポイっと捨てられることまである。

今思い返せば、若い女性が、1人暮らしの男性の住処に押しかける……。

ものすごく危険だった。今、冷静に考えると、本当にそう思う。

昨日の時点では「そのまま捨てられてもいい」という気持ちもあったけど、それは嫌だ。

 

だけど、内心では、ユウ兄様がそんなことをするわけがない、そう信じることができる。

 

昨日、私が迫っても、抱いてくれなかった。

 

 あのときは、「なんで?私のこと、嫌いなのかな」そう思った。

でも、ユウ兄様と接する時間が長くなるほど、大事に扱ってくれていることが、わかってきた。

しかし、これはあくまでも、私から見た感想なので、正直どうなのか、確信が持てない。

 

 そう思っていた中、彼は、昨日約束した通り、通帳を預けてくれた。

額を見たら7桁あった。

しかも左端が7。700万である。この額、いち高校生に任せる額ではないよ……。

 

それでも、彼は、私に託してくれた。

 

 もしかしたら、ユウ兄様にとって、はした金なのかもしれない。

それでも、私は「生活を共にするひととして託された」と受け止めることができて、嬉しかった。

そして。「一緒に住んでもいいんだね」と、安心した。

 

 

 

ブブブブブブ……

 

 

 

スマホに着信。SNSにメールがきたようだ。小夜《さよ》からか。

 

 

・昨日会ったばかりの学生に大金を託すなんて、世間知らずのいいひとすぎる。バカ?

・希様、顔が緩みすぎです

・9時頃、訪ねます

 

 

 

ユウ兄様のこと「バカ」って、アンタねー!

 

……確かに、ユウ兄様が家に帰ってきたときに、私が居なかったら持ち逃げしたと、思うかもしれない。

でも、私、そんなことしないから。ユウ兄様の奥さんなんだから!キャー!

 

 

 

ブブブブブブブ……

 

 

 

・はしゃぎすぎです。アホですか

・そんな希様のお姿、ご褒美です

 

 

 

 

 

 さあ、何をしようか。

とりあえず、寝間着から長袖のカットソーとワイドパンツに着替える。

家の中は、動きやすいのが一番だよね。

 

 ベランダを見る。全自動洗濯機がある。

Tシャツや洋服を干すためのハンガーや、洗濯ばさみの付いたピンチハンガーなども吊り下がっている。

窓際には、プラスチック製のかごがあり、ユウ兄様の下着やTシャツ、作業服が入っていた。

 

作業服……。上下とも汚れがひどい。

 

 上下とも持って、浴室へ向かう。バケツに作業服を押し込み、洗剤とお湯を入れる。

汚れを擦りたかったけど、ブラシは無いようだ。今度買ってこようかな。

予め、つけ洗いしておくだけでも、汚れ落ちは違うはず。

これは、1、2時間経ってから、洗濯機でまとめて洗おう。

 

浴室とトイレ。

 

男性の独り暮らしってこんなものなんだろうか。

カビは生えていないものの、少々汚れが溜まっている。

お風呂用洗剤もトイレ用洗剤もあるので、掃除しておこうか。

 

 

 

 しばらくの間、浴室とトイレの掃除に没頭した。

掃除って、何も考えず、無になれるから、大好き。

今度、いつも使っていた洗剤を、ネットで取り寄せよう。

綺麗になってたら、ユウ兄様、驚くかな。驚いた顔が目に浮かぶ。

 

 

 

 掃除が一段落した頃、スマホの時計を見ると、8時前。

8時から仕事だとか言っていたなぁ……。

そういえば、どんな仕事内容か、ほとんど聞いていない。

何処にあるかとか、聞いてみよう……スマホを手に取って、重要なことに気づく。

 

 

……ユウ兄様と、アドレスの交換してない……。

 

 

 何ということなのだろう。そんな初歩的なことを今まで忘れていたなんて。

友達同士、仲良くなったら、間違いなくアドレス教え合うはずなのに。

そんなに仲良くしたくない相手とでも、忘れていなかったはず。

なのに、なのに、ユウ兄様相手に、交換していないなんて……。

 

 

 

……昨日の私が、どれだけ舞い上がっていたのか、今、実感したよ……。

 

 

 

 

そんなときだった。

 

 

 

ガチャガチャガチャ……

 

 

 

 玄関から音がした。鍵を回している?

確か、ユウ兄様が出て行った後、鍵を閉め忘れてたなぁ……。

強盗?泥棒?混乱しそうになる。

でも、泥棒だったら、空いているドアに、わざわざ鍵を開けようとしないだろう。

そう、思い返す。意外と冷静だな、私。

いざとなったら、小夜が駆けつけてくる、はず。

彼女は、今この時でも、私を、この部屋を監視しているだろうし。

 

 

……ということは、この鍵を開けようとしているひとは、誰なんだろうか。

 

 

 

「えっ?何で?鍵開いてたの?」

 

 そんな、相手の驚いている声が聞こえてくる。女性のようだ。

あれ?この声の感じ、聞いたことあるような……。

 

 

 

バタン

 

 

 

勢いよくドアが開く。

 

 

「兄さん、風邪なん?大丈夫?」

 

 そう叫んだ女性が勢いよく走り込んできた。

浴室の出口付近にいた私には、気づいていないらしい。

 

「……あれ?」

 

 洋室まで押しかけて来たその女性は、辺りを見渡して、首を傾げている。

腰辺りまでの長い黒髪がとても綺麗。手間をかけて、大事にしているのがよくわかる。

同じように長い黒髪を持っている身として、すでにこの女性に親近感を持っていた。

 

「兄さんは?」

こちらに振り向いて聞いてくる。

 

「……仕事、です……」

「そう……」

 

 彼女は軽く答えると、座り込んだ。胡坐をかいている。

見た目では、そんなことをしないように見えるのにな……。

そして、こちらに顔を向けてくる。

 

「で、アンタ、兄貴の新しい彼女?」

 

 顔が整っている彼女に、睨まれる。

さっきまで「兄さん」て言っていたのに、「兄貴」に代わっている。

これは、間違いない。私の知っているひとだ……。

 

「兄貴が仕事に出て行ってるのに、家にのうのうと居るってことは」

彼女の目がさらに鋭くなったように感じる。

 

「同棲でも始めたのか?それはようござんした!まずは、おめでとさん」

ここで、言葉を区切り、私の様子を観察しているようだ。

 

「でもな、兄貴は簡単に人を信用しねーんだ……えっ?」

 

テーブルに視線を移した彼女は、突然黙り込む。

 

「どうされたのですか?」

不審に思ったので、聞き返してみる。

 

「いや、この通帳、兄貴のだよな?」

「はい」

 

「どうやって、手に入れたんだ?」

「普通に託されました」

「マジで?あの兄貴が?信じられん」

 

……私には、その言葉遣いが信じられない。

普通にしていれば、おしとやかな美人なのに……。

 

「そうか……、あの兄貴がね……」

「そんなに驚くことなのですか?」

「ああ、びっくりした」

 

 そう言うと、彼女は話し始めた。

ユウ兄は、今までにも何人か、女性と同棲していたことがあったらしい。

しかし、財布の紐だけは、相手任せにせず、自分で管理していたのだそうだ。

通帳にいたって言えば、彼女……ユウ兄様の妹である(うみ)(ねえ)様ですら、見せてくれたこともないようだ。

普段は、といえば、会社にも持っていくほどの用心深さ。

海姉様からすれば、異常だと、笑いながら話してくれた。

 

「で、アンタ、名前は?」

そんなユウ兄のあらましを話した後、ようやく彼女は、そんなことを言ってくる。

 

「佐々木 (のぞみ)、と言います。よろしくお願いします、海姉様」

 

やっとすっきりした。

相手に自分の名前を認識させるのに、ここまで時間を要することになるとは。

 

「……えっ?あの希?東京の?」

彼女は、驚愕している。目を見開いている。

 

「ハイ」

「……えっ?なんで?先週はいなかったよな?」

 

「昨日、ここに来ました」

「急過ぎない?何でそんなことに……」

 

彼女が、半分混乱気味なので、ゆっくりと昨日からの顛末を話した。

 

「マジ、親父死ね!」

聞き終わった後、海姉様は叫んだ。苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

「……で、海姉様は、なぜ、この時間にこの家にいらしたのですか?」

一番疑問に思っていたことを、ようやく聞ける。

 

「……えっ?いや?……なんでもないよ、希……」

「そんなことないですよね?」

 

「……マジ勘弁して、希……」

「……海姉様、不法侵入ですよ」

「そこまで言ってくる?参ったなぁ」

 

 兄妹(きょうだい)で、鍵もちゃんと持っているので、不法侵入ではないとは思うけど。

海姉様がなぜ、平日の朝方にユウ兄様の家に来るのか、その理由を知りたい欲望が勝ってしまった。

ごめんね、海姉様。

 

彼女は観念したのか、ボツボツと話し出す。

私は、彼女の隣に座り込んだ。

 

「私はな、兄さんが大好き、なんだよ」

「そうなんですか」

「兄妹なのに、変だろう?でも、仕方ないんだ」

 

彼女はため息をつく。そして、キッとこちらに視線を向ける。

 

「……兄さんの彼女に対してだって、嫉妬心一杯で、いつも嫌がらせしてた」

「……」

「今まで通りだったら、希に対してだって、嫌がらせしてたと思う」

 

こちらに向けていた視線を天井に向けた。

 

「でもさ、通帳を預けるほど、信頼しているところを見せられるとね……」

言葉を区切り、私を見つめてくる。

 

「私は、兄さんの幸せを壊す権利なんて、ない」

彼女は微笑んだ。

 

「で・も・さ!」

彼女の両手が私の両耳を持つ。

 

「佐々木を名乗るのは、早くね?」

両耳が引っ張られる。痛い。

 

「早いよね?昨日からだよね?彼女だよね?同棲だよね?結婚してないじゃんかー!」

引っ張る手に容赦がない。痛いので、止めて欲しい。

 

「たまに母さんが送ってくる写真で知ってたけどさー、こんなかわいくなるの、反則だろー」

 

え?褒めてるの?嫉妬なの?どっち?

 

「私もさー、希に負けないように、同じように黒髪ロングにしてきたけど、無理だー」

「えっ?海姉様の黒髪、とても手入れされていて、美しいと思うのですが」

「美しい?私は、美人と言われるより、かわいいと言われたい!」

 

 海姉様の身長は私より高い。

小夜くらいだから、165くらいはあるのではないだろうか。

かわいいの範疇に納めるのは、少し難しいと思う。

 

「だってさ、兄さんの彼女って、皆、かわいいんだからさー」

 

そうか、ユウ兄の好みなのか……。

……となると、私も十分ユウ兄の好みの範疇。

伸びなかった身長にお礼を言わないといけない。

 

「あー、でもよかった。兄さんの相手が希で」

「なんでですか?」

 

「私、かわいい女の子、大好きなんだよねー!」

「……えっ?」

 

まさかまさか……。

 

「今まで、兄さんのかわいい彼女に意地悪してきたけど、本当は」

彼女は私の背中に回り込んでくる。

 

「こうやって、楽しみたかったんだよねー」

後ろから両胸をガシっと捕まれた。

海姉様、あなたもですか。

 

 仕方がないので、私は行動に移る。

右胸に添えられた彼女の右腕を両手で掴む。

身体を反転させて、その勢いで、右腕を捻った。

最終的に彼女を身体全体で押さえつける形になった。

 

「……痛い!痛い!……勘弁してくれよ……、ごめん、希!もうしないから」

「全く……、勘弁してくださいね、私を辱めることができるのは、ユウ兄だけ、なのですから」

「ハイハイ、お熱いこって」

 

 

 

 時計を見ると9時。

そろそろ小夜が来る時間だけど、突然の来客に予定を変更したらしい。

この光景でも、目に焼き付けているのだろうか。

小夜みたいな女性(ひと)、2人もいらない。

海姉様もかー、勘弁してほしい。

 

そこからは、海姉様と懐かしい話で盛り上がった。

昼には、大学の講義があるって帰っていったけど、目的はいったい、何だったのだろうか。

結局、聞けずじまいだった。

 

 

★★★

 

 

まさか、優様の妹、海様がこんな感じだったとは驚きです。同業ですね。

彼女の周りに、かわいい女の子が溢れているのは、こんな理由だったのですか……。

その女の子たちを紹介してほしいです……、いやいや、私は希様一筋、うらぎったらダメです。

ぜひ、お近づきになりたい、そして、一緒に希様攻略へ……ゲヘヘ

おっと、下品な笑い声がでてしまいましたね。

さて、海様もお帰りになられましたし、希様のところに顔を出しに行きますか……。

 

 

影の夢もまた、一歩前進……したようだ。




海姉「待って!私は兄さんが好きすぎるだけで、普通に男も好きだから。一緒にしないで!」
小夜「いや、アナタのこころに直接聞いてみるのです、私と狩りに、レッツ・ゴー!」

ここまで来てもまだ登場しない小夜ちゃん。
いつか、海姉と絡ませたい。しかし、この話は18禁ではありません。


次の話は、明日15時に更新します。


【フジ】

マメ科フジ属のフジ(藤)(学名:Wisteria floribunda)は、つる性落葉高木。
蝶のような形をした小花を房状にぶら下げるように咲く。

たくさんの種類が存在し、主に「ノダフジ系」と「ヤマフジ系」の2つの系統に分けられる。
ノダフジ系は、花房が長く、つるが右巻き、ヤマフジ系は、花房が短く、つるが左巻きなのが特徴で、単にフジというと、ノダフジを指すのが一般的。

強い日当たりを好むため、棚仕立て(要するに藤棚)にして上からぶら下がる花を観賞するのが一般的だが、フェンスやアーチに這わせることも可能。

日本では古くから親しまれ、万葉集にも多数登場する。
フジを女性に例え、これらを近くに植える習慣もあったようだ。

他のマメ科植物同様、夜間は葉をすぼめる。


開花時期:4月~5月
花の色:紫色、藤色、ピンク色、青色
原産地:日本


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第15話 アネモネ

いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
会社で優が結婚したと話題に。


昼休み。

食堂に集まって、業者が持って来た弁当を食べる。

 

 食堂と言えば、普通は「食事を出してくれる店」という意味である。

しかし、この工場では、「食事を取る部屋」として使われる。

工場と契約した業者が、昼までに、注文した弁当を配達してくれている。

ご飯と日替わりのおかず、合わせて400円と安価である。

ノゾミにわざわざ作ってもらわなくても、十分。栄養も考えてある。

彼女は作りたそうにしていたけど、学生の間は、頼むつもりはない。

俺は、そう思っているのだが……。

 

★★★

 

 

「優。例の発表会は12時半からで。よろしく!」

テーブルの向かいから、声がかかる。

 

「ホントにやるのか?」

「ああ、やらないと、ここに()る連中は、納得せんだろうて」

 

 向かいに座って食事を取る、南方(みなかた) 次郎(じろう)から、そんな言葉が返ってくる。

彼の箸には、奥さん手製の唐揚げがつままれていた。

食堂は、結構な人数が集まりつつある。

ここに居る人、皆、俺の話を聞くために集まっている、そう思いたくないのだが。

 

「それに、俺の知らん()に、結構、噂、広まっちまったしよ」

「……そうなのか?」

「ああ。お前、工場長と話しとったらしいな。そりゃあ、広まるだろうよ」

 

彼はそこまで言うと、箸でつまんでた唐揚げを、口の中に運んだ。

 

「……だよな……失敗したな……」

「いやー、由美がお前の傍におる時点で、無理じゃろうな」

 

落ち込む俺に、そんな慰めにもならないことを、おっしゃる。

 

「あー!ひどいですよ、次郎さん。私、そんなおしゃべりじゃ、ありません」

 

 俺の隣で食事を取っている佐伯から、非難の声が上がる。

俺、次郎、佐伯。毎日この3人で飯を食う。

昼食時くらい、直属の上司から離れて過ごせばいいと思うのだが、彼女の入社時からこの形である。

 

「でもよー、由美。お前、10時休憩のとき、おしゃべりな叔母様方と話しとったろ?」

「ハイ、情報は、新鮮なうちに。これは大事です!」

 

臆することなく、はきはきと答えてくる彼女。反省とか後悔という文字はないらしい。

 

「……やはり、佐伯が近くにいると、俺のプライバシーはないのか……」

げっそりする。ため息が出る。次郎の同情的な表情が目に映る。

 

「部長には、ファンが多いんです。諦めて下さい」

 

 笑顔でそんなこと言われてもなぁ……。

しかも、そのファン層は、圧倒的に年配者である。男女問わず。

 

「それに、今回に関しては、工場長グループが原因です。私でも、ここまで早く広めることは無理です」

 

 そう言うと、彼女は勢いよく、弁当の卵焼きに箸を突き刺す。

よほど悔しかったのだろうか、卵焼きに八つ当たりをしているようにも見える。

ちなみに「工場長グループ」とは、朝に会った工場長の取り巻きのことである。

 

「それはしゃーないわ。工場長グループは、仕事中もいろんな部署に顔出すからなぁ」

そう食べながら、次郎が答えてくる。佐伯の表情は、暗いままだが。

 

「……行った先々で、新鮮な話題を提供したら、まあ、そうなるよな……」

 

 ますます後悔の念に駆られる。

その工場長も取り巻きも、揃ってこの食堂に居る。

取り巻きたちは工場長から離れて各々、仲のいい面子と食事を取っているみたいだが。

 

「……ところで、佐々木はん」

「なんだい、南方はんよ」

 

「あの噂、本当でっか?」

突然、次郎が、エセ関西弁で聞いてくる。

 

「……高校生の若妻相手に、毎晩、ヒイヒイ言わせとるって、ホントかいの?」

ヒイヒイ言わせとるって……、ちゃうわい!言わせたいけど。

 

「……んな事実、ないわ!」

「……で、真相は……」

「まだ、ヤッてもおらんわ!」

 

その答えに、次郎は目を見開く。

 

「マジか?もったいない。よく、理性を保てるのう」

「あのー、次郎さん、お触りはされてるそうですよー」

 

 隣からボソッと、声がした。

佐伯、鬼か。ここでそんなことを呟くなんて。

 

「私よりも、数倍、肌の弾力がいいそうです」

「……優?やはり、由美にも手は出していたのか……」

 

 なぜ、そっちの方向に話が……。

佐伯、無言で頷いて、肯定するのはやめろ!

 

「まあ、お前。結婚するんなら、そこは決着つけといた方がええで」

 

 そう諭される。彼の表情が優しい。

隣を見ると、「えへへ……」とご満悦である。

こうやって身に覚えのない事実は作られるのか……。

恐ろしや「ウワサ発信機兼製造機」。

 

「いや……、佐伯とはそんなことはなくてだな……」

「ええ、優しくしてくれました……」

 

しどろもどろになりながらも否定するが、佐伯が肯定してくるので、意味がなさそうだ。

 

「そうかー、近くに()るのに、知らんかったわ……。少しショックやで」

 

 確かに事実ならばショックだろう。

俺が彼に打ち明けてなかったことになるからな。

会社の同僚とはいえ、ほぼ一緒にいて、話もよくするし、よく遊びに行く。

そんなに仲がいいのに、2人が仲のいい女性と関係を持っていることを黙っている。

彼は既婚者だし、黙っている理由がない。

 

「……で、今は?まさか二股中なんか?」

次郎が面倒くさそうに聞いてくる。

 

「……奥様ができたということで、私は」

両手で目を擦り、涙を拭いているポーズを取る彼女。

 

「佐々木部長を、きっぱり卒業します!」

そう叫んで、自分の両頬を両人さし指で押さえてニコッとした。

 

「……やっぱ、お前の1人妄想かよ!」

 

そんな彼女の右肩を強く押して突っ込みを入れる次郎。

よろける佐伯。

 

「……エヘヘヘヘ……」

 

 にやけてる。

しかし、俺には泣いているように見えた。

いつも元気なように見える彼女だが、たまに人知れず落ち込んでいることがある。

彼女自身は、周りに知られないようにあまり表情に出さない。

けれど、付き合いが長いので、俺には隠しきれていない。

 

「佐伯。卒業なんて、哀しいこと言うなよ……」

思わず、声かけてしまう。

「お前は、俺にとって、かわいい妹みたいな者《もん》なんだからな」

 

 言い終わった後、しまった、と思う。

そのまま放っておけば、面倒なことを回避できたことに気づいたからだ。

しかし、時すでに遅し。俺にわかる範囲だが、彼女の表情がぱあっと明るくなっていく。

 

「……(うみ)ちゃんよりも、大事?」

 

また答えに困るようなことを聞いてくる。

 

「……ああ、同じくらいかな……」

「……お前、懲りないなー」

 

隣にいる次郎は呆れ顔。

 

「女性は、完全に振ってあげた方が、親切なのによ……」

「いえ、次郎さん。私は妹、海ちゃんと同じってことなので、振られてません!」

 

ニコニコしながら、言い返している佐伯。

 

「おい、お前。海ちゃんに知られたら、血の雨降るんじゃないのか?」

 

彼女に聞こえない声で、俺に聞いてくる。

 

「……知られなければ、いいんじゃないの?」

「なんて、楽観的な」

 

次郎に呆れれれた。知られた時は、知られた時さ。

 

 

そんな俺たちが会話している周りでは……

 

「やはり、由美ちゃんは佐々木部長に喰われてたのかー、グスン」

「佐々木部長って、鬼畜だな」

「由美ちゃんとお付き合いするには、佐々木部長という、超えなくてはならない壁がいるのか」

「部長の妹ちゃんも、結構かわいいのぜ、俺はそっち狙い!」

「佐々木クン、年貢の納め時、だな。ワシと一緒。大変だぞー、これから」

 

 

 皆、好きな事言ってるな……って、最後のは、工場長かよ。

彼は結婚前、同僚を喰い漁っていたらしい。って、一緒にすんな。

付き合ってた女性《ひと》は、いないから。

今現在、ノゾミ一筋だから。

佐伯の言ってることは、……まあ、未遂だから。

 

 

パン パン

 

 

 次郎が手を叩く。

喧噪がウソのように静まっていく。

そうか、12時半になったか。

どうやら、俺の「結婚発表会」が始まるらしい。

もういいだろう?佐伯と工場長の取り巻きによって、概要は伝わっているのだから。

 

「皆さま、お待たせしました」

 

次郎が、いつの間に用意したのか、台の上に上がって話し始める。

 

「佐々木部長の、結婚発表会を、始めます」

 

高らかに宣言する。拍手喝采。期待されているようだ。

これは、心を決めるか。

 

「佐々木部長、挨拶」

驚く。いつの間にか、マイクを手に、進行している佐伯がいた。

 

「部長、台の上に、お願いします」

 

先程までがウソのように、澄んだ、機械のような声。

この工場に関わる、全会社員の集まる朝礼のときの、司会進行モードになったらしい。

そんな声に促されて、台上に上がる。

次郎からマイクを渡される。

 

「おい、これ、俺だけでしゃべるのか?」

「ああ」

 

 そう言うと、台から離れていく。

1人語りは、話しにくいのだが……。

 

 周りを見渡す。

これ、まさか、全員、俺の話を聞くために集まってるのか?ウソだろ?

全部で300人はいそうである。

 

 佐伯が目を輝かせている。もしかして、身内目線なのか。

兄の結婚報告とかでも思っているのだろうか。

工場長と目が合う。早くしろ、そう目で訴えられた気がした。そしてニヤリと微笑んでくる。

その他、既知の各会社の要人連中。目が合うと、笑顔で親指を下に向けられた……。

 

……知っている顔、知らない顔、様々な会社のひとが集まっている。

 

 

大きく息を吐く。意を決して始めてしまおう。

 

「皆さま、お忙しい中、(わたくし)の個人的な発表のために、お集まり頂き、ありがとうございます」

会社の朝礼よりも、静かである。関心を持ちすぎだろう。

 

「私、佐々木 優は、結婚することになりました」

 

こうして、俺のため「らしい」結婚発表会なるものが、始まったのだった。




次の話は、明日15時に投稿します。


【アネモネ】

キンポウゲ科イチリンソウ属のアネモネ(学名:Anemone coronaria)は、多年草。
日本ではボタンイチゲ(牡丹一華)、ハナイチゲ(花一華)、ベニバナオキナグサ(紅花翁草)といった名前でも呼ばれる。

語源はギリシャ語の「アネモス(風)」から付けられたとされる。
種を風によって運ばせることから、風通しのいいところを好むから、風の多く吹く時期に咲くから、と様々な由来があるようだ。

春先に花が咲くが、一重のものから八重咲きのもの、花色も多彩、草丈も切り花用の高いものから矮性種まで、現在では様々な種類がある。


開花時期:3月~5月
花の色:ピンク色、青色、赤色、白色など
原産地:地中海沿岸


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第16話 ダッチアイリス

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
結婚発表会、始まる。


【追記】(1/11)
ノゾミのリボンの色と表記を諸事情により、変えました


(わたくし)、佐々木 優は、結婚することになりました」

 

 俺は、台上から挨拶をする。

300人くらい集まっている。「結婚発表会」が始まった。

拍手と指笛が鳴る。鳴り止むまで、しばし待つ。

 

「新しくできた家族を守るため、一層、仕事に励んでいきますので、どうか、ご協力、よろしくお願いします」

 

 お辞儀をする。再度、拍手が鳴り始めた。

これでいいだろう。

そう判断して、台から下りる。

 

「あっ、部長、下りないで下さい。質問をしますので」

佐伯からマイク越しに注意される。寄ってきた次郎に背中を押されて、台上に戻された。

マジかー、どんな質問が飛ぶのか怖い。

 

「予め、各所から、質問する内容を集めておきました。ご協力ありがとうございました」

短時間でそこまでやってたのか……。本当に恐ろしいな。

 

「部長、確認です。どんな質問でも答えてくれますよ、ね?」

彼女が離れたところから睨んでくる。半分脅し……。

 

「ちなみに、NGな質問は、部長の側近である(わたくし)が、除いています。ご安心下さい」

 

お前が質問内容選んでいる時点で、安心できるか!

心の中で叫ぶ。

除いた質問を、2人きりのときに聞いてくるはず。本当にいい性格している。

 

「では、始めます」

食堂中が静まり返る。なんという集中力だ、おかしくないかー?

 

「奥様の名前と年齢、学校名を教えて下さい」

なんという晒し。普通、学校名を聞かないと思うのだが……。

 

相田(あいだ) (のぞみ)、16歳、4月から鈴峯(すずがみね)女学園(じょがくえん)に通う予定だ」

鈴峯(がみね)ですか……、部長、すごいですね……ハア」

 

 相手は16歳の高校生……噂通りだったせいか、皆、口々に叫んでいる。

しかも、鈴峯女学園は市内有数のお嬢様学校。気持ちはわかる。

佐伯、マイク越しに呟いて、ため息をするのはやめろ。

 

 

「やはり16なのか、部長、犯罪でしょー」

鈴峯(がみね)で、編入?それって、特級だよー、凄い、佐々木部長の奥様」

「16の少女を、部長の毒牙にって、許せねー!」

「女子高生の柔肌、張りのある肌、透き通る肌、さすが佐々木部長、お仲間だな」

「あそこの制服ってかわいいよねー、憧れだったよー」

「ウチの(かおり)と一緒の学校じゃないかー!」

 

 

 特級って何なんだろう?帰ったらノゾミに聞いてみよう。

おい、一部危ないのがいるぞ、頼むから高校生に痴漢なんかするなよ……。

そこの工場長、ウチの娘と一緒と叫ぶな。

 

「出会ってからどれくらい経ってますか?」

 

えーっと、これ、どう答えようか……。

 

「出会ったのは8年前。で、昨日、再会しました」

「「「「「昨日ーーーーー!!!!」」」」」

 

一斉に叫ばれた。周りから見ると、かなり異常な状態である。

 

「……8年前ってことはー、部長は、20代、奥様、小学生……。若紫(わかむらさき)計画・完結……?」

 

 おい、佐伯、マイクで呟くでない、そして「若紫計画・完結」って止めてくれ。

まるで、8年間準備していたみたいじゃないか。

……確かに、ノゾミは綿密に計画を立てていたようだが、俺は違う。

 

 ちなみに「若紫」と、いうのは、源氏物語で登場する若紫である。

主人公の光源氏が、初恋した藤壺の面影をもつ、幼い若紫の後見人となり、その後結婚する。

そんな「ロリコン」の代表格と一緒にはされたくない。

 

「マジかー、部長、犯罪だろー」

「シスター○リン○セス・マスター佐々木」

「おまわりさん、こっちです」

「いたいけな小学生を、あの部長はー!」

「8年前に出会って、昨日再会って、なんてドラマチックなのー!」

「佐々木ー!許さん!」

 

 

 ドラマチックって、実際あると、戸惑うから。俺も昨日は驚いた。

8年前だからな!そのときはまだ部長ではない!

お巡りさんは、少し困るかもしれない……。

工場長?いや、アンタも連れ合いと10離れてるだろうが!

 

 

「昨日再会したのに、なぜいきなり結婚になるんですか?早すぎません?」

疑問に思ったらしい。佐伯が素の声でマイク越しに質問してくる。

 

「ん?許嫁。で、どちらの親もノゾミも乗り気なので。俺も良いと思ってるし」

 

 昨日、散々悩んだことは、置いておく。

そしてすでに結婚する気でいる自分に少々呆れる。

周りに流され過ぎなのか?

でもさ、ノゾミってかわいいし、性格も悪くないから、断る理由が無くなってしまった。

 

 

「い・い・な・ず・け。甘美な響き」

「エロゲ、設定」

「どこかの貴族か、異世界か」

「やっぱり、結婚するなら、生活能力のある年上だよねー、奥様、若くして勝ち組だよー」

「許嫁を盾に嫌がる女子高生を……借金のかたに娶って……」

「うらやましいぞー!佐々木!」

 

 

しまった。自分でもびっくりするくらい、さらっと答えてしまった……。

 

 周りでは「許嫁」という言葉に反応して、騒ぎまくっている。

まあ、エロゲ設定は認めるわ。あんなこと普通は有り得ない。

工場長……。キャラ崩壊してませんか。ああ、こっちが素でしたね。

 

 

「奥様は鈴峯(すずがみね)女学園(じょがくえん)……ってことは、部長って玉の輿?」

マイク越しの質問。

おい、佐伯。それ絶対今考えたろ。

そんな質問なら、個人的に聞けよ。

 

「……」

「ねえ、部長!答えて!」

「「「「「答えて!」」」」

 

黙っていると、佐伯に再度聞かれた。皆もノリノリだなぁ……。

この雰囲気、無視できない……。

 

「……そうかもしれないな……」

つい、つぶやいてしまう。

 

「そうらしいぞ」

耳ざとく聞いていた次郎が、皆に伝えてしまった。

わぁーーーーっと、盛り上がる食堂。

 

「……と、時間がないので、独自に入手した奥様のデータを発表いたします」

 

そんな佐伯の言葉に、一段と盛り上がっていく。

……えっ?独自に入手って何?どういうことなんだ?

 

「なお、このデータを発表することに関しましては、奥様からの許可は、取ってあるとのことです」

 

まさかの、ノゾミ了承済み。頭が痛くなってきた。

 

 

「相田 希さん、平成12年3月3日生まれ、16歳、東京都出身」

俺の嫁のプライベートデータが読み進められていく。

 

「部長と希さんは、又従姉妹、はとこの関係になります」

佐伯の澄んだ声で紹介されていく。

 

「身長145cm、体重やスリーサイズは、発表しません」

 

 そんな言葉に、男性社員からブーイングが飛ぶ。

お前ら、(ひと)の嫁を何と思ってやがる。

と、いうか、データ公表しすぎだろう……。誕生日は知らなかった。

まあ、バストは……。そんな自虐的な(やつ)ではないだろう。

 

「昨年度までは、武蔵野(むさしの)女子学園(じょしがくえん)に在籍、今年度からは、鈴峯(すずがみね)女学園(じょがくえん)に編入されました」

 

 今度は主に女性社員から感嘆の声が上がった。

先程の「特級」といい、俺が知らないだけで、凄いことなのかもしれない。

 

「で、そんな奥様は、アイダコーポレイションの社長令嬢、1人娘であられます」

「「「「わーーーーーっ!!!!」」」」

 

 社員たちは騒いでいる。「社長令嬢」という言葉に憧れを持ったようだ

しかし、俺は気づいてしまった。

工場長と一部他会社の要人たちが、何とも言えない表情をしていることに。

 

「参考までに」

コホン、軽く咳払いをして、佐伯が発表した。いや違う、爆弾を落とした。

 

「アイダコーポレイション、東証1部上場、売り上げ1.5兆円、純利益645億円の会社であります」

 

食堂中がシーンと静かになった。兆とか億とか、そんなお金の単位の登場に驚いたのか。

正直、俺自身もびっくりしている。アイダコーポレイション、恐るべし。

 

「……以上で、データ発表を終わります」

 

佐伯の澄んだ声が響く。

静まっていた空間が、少しずつ普段通りに戻っていく。

 

 

 

やっと終わったか……。

 

「最後に、皆さま、お近くのテレビ画像に、注目願います」

 

ん?何が始まるのか?

 

 この食堂には、6つのテレビが設置されている。

昼休みの後半には、NHKのドラマが始まり、年配の方々が鑑賞されているところを目にする。

今は、そのドラマの始まる12時45分。

プツッと音を鳴らして、全テレビのスイッチが入る。

 

「皆さま、こんにちは、佐々木 優の嫁の、希です」

 

 吹き出しそうになった。テレビ画面には、今朝、見送ってくれた女性の姿が映っている。

服装は、鈴峯《がみね》の制服。襟首にある、エンジ色のリボンが目立つ。

背景は、俺も良く知る部屋……洋室の壁である。アニメ関係のタペストリーが目立っている。

床に座り込んで撮影しているらしい。って、これ、生放送?

 

「昨日、ユウ(にい)のお嫁さんになりました」

 

周りから「ユウ兄ってなんだー」「兄さん呼びかよー」とかそんな声が上がっている。

 

(わたくし)の夫、佐々木 優を、これからもよろしくお願いします」

軽く頭を下げる。

 

「……希様、まだ時間があります。もう少し、何かないですか?」

 

画面の外から、俺も聞いたことのない女性の声が。

「希様」と呼んでいるので、友達……だよなぁ……。

 

「ぅえっ!?……何話せばいいのよー」

 

画面の外の友達に不平を言っている。今までの丁寧な言葉遣いが台無しである。

宥められて、ようやく話し始めた。

 

「今夜は、餃子だよー餡を作って皮巻いて、たくさん作るからねー」

 

そう言いながら、餃子を包む真似をする。

餃子作れるのか。

あの冷凍食品好きのことだ、本当に手作りなのかは、少々怪しいが……。

 

「……ユウ(にい)、早く帰って来てね、待ってるよー」

画面の中の彼女は、手を振ってくる。

 

「あっ、そうだ」

何かを思い出したようだ。手を振るのを止めた。

 

「ユウ兄、結婚発表会をしてるって聞いたけど、プロポーズ、まだなのー?」

 

周りの騒めきが大きくなったように感じる。

 

「ユウ兄も、結婚する覚悟を、決めてくれたみたいなので、おとなしく、待ってまーす」

 

 そんな「爆弾発言」をした後、画面が暗くなる。

プツッという音を残して、テレビのスイッチが切れた。

 

「佐々木部長による、結婚発表会を、終わります。ご安全にー」

 

 佐伯の締めの言葉により、発表会は終了した。

それに気づかず、唖然としていた。

……圧倒的サプライズに対して。

思考を手放していた。

しかし、周りから向けられる視線と騒めきに、我に返る。

 

 

「佐々木部長……、あんなかわいい()に……許さん!」

鈴峯(がみね)で女子高生で、社長令嬢に黒髪ロング……、佐々木、死すべし!」

「プロポーズしてないのー?してあげてよー」

「……ここまで自慢しなくても……リア充、死ね!」

「あんなかわいい()、不幸にしたら許さんけんね!」

「ああ、ウチの(かおり)も結婚したら、ああなるのだろうか……結婚は許さんがな!」

 

 

 あーあ、皆から、殺気しか感じることができないのだが……。

そもそも、俺は「自慢」する気はなかった、と言っても、最早、信じてもらえないだろう。

参ったなぁ……、昼休みが終わったら仕事なのだが、やる気が起きない。

 

「まあ、大変だな……」

次郎が肩を叩いてくる。

 

「部長、プロポーズしてないのは……さすがに擁護できないです」

佐伯、お前に聞きたいことが、たくさんあるんだけど……。

 

「部長、社長になるんだったら、ワタクシめも、秘書として付いていきますよ」

 

確かに、佐伯が一緒にいてくれると、助かるのだが……飛躍し過ぎ。

俺は黙って、彼女のおでこにデコピンをお見舞いするのであった。

 

★★★

 

 

 和やかな昼休み。

ここの工場関係者は、鮮烈な話題と娯楽を糧に、昼からも働く。

様々な意見や、愚痴を言っても大丈夫な雰囲気を持つ、佐々木 優は皆から愛されていた。

本人は実感していないが。

 

「みっしょん・こんぷりーと」

 

影は呟く。

 

・さぷらいず、せいこう、なり

 

SNSにてメールを送る。

ほどなくして、返信が来る。

 

・希様もご満悦です。引き続き従事するように

 

そんな私も、工場員、昼から仕事、しますかー。

仮初だけど。

他の工場員と、変わらない姿をした彼女は、いや、一緒に集まっていた5人と共に、工場に入っていく。

 

 

★★★

 

 

昼休み終了のチャイムが鳴った。

昼からの仕事が、今から始まる。

 





【ダッチアイリス】

アヤメ科アヤメ属のダッチアイリス(学名:Iris × hollandica)は、別名オランダアヤメ(阿蘭陀菖蒲)とも呼ばれる多年草。

「ダッチ」はオランダのこと。「アイリス」は、アヤメ(菖蒲)、カキツバタ、ハナショウブ(花菖蒲)が属する「アヤメ属」のラテン語名。ギリシャ語の「アイリス(虹)」が語源。

19世紀後半からオランダで、スパニッシュアイリスを中心に複雑な種間交配を繰り返されて作出された、球根タイプのアイリスのため、球根アイリスとは、だいたいこの種を指す。(アヤメやカキツバタは、種子から育つ)

アヤメやハナショウブは、湿地で咲いているイメージですが、こちらは球根が傷むので、日照がよく、風通しの良い場所を好む。


開花時期:4月~5月
花の色:青色、紫色、黄色、オレンジ色、白色など
原産地:ヨーロッパ南部


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第17話 ケマンソウ

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
発表会でテレビに映っていた希。


 昼休み終了のチャイムが鳴る。

事務室に戻り、佐伯と共に、デスクワークを始める。

室内は、紙を(めく)る音と、キーボードを叩く音に、支配される。

 

★★★

 

 

 ウチの会社の本社は名古屋。社長は本社にいる。

広島においては、俺がトップなのだ。

そんなこともあり、他関係企業との書類や、決済書類などの承認印を押していくのも、立派な仕事となっている。

 

 佐伯の仕事は、そんな俺の補佐。

書類の整理の他、電話番や予定の調整など、細々とした雑用をしてくれている。

就業時間のほとんどを、俺の傍で過ごしている。

そんなこともあって、彼女は、俺の「恋人」や「愛人」に勘違いされることが多い。

……と、同時に、彼女を落とすには、俺が最大の障壁だとも言われている。

 

 

 彼女……佐伯 由美は、俺が部長に昇格した2年前に、入社してきた。

現場希望だったため、工場での作業部署に配属された。

当時、男性ばかりだったウチの会社には、新入女性社員は、刺激が大きすぎたらしい。

彼女にちょっかいを出す、若い社員が続出し、現場を任せている次郎から、密かに相談を受けた。

工場に紅一点。皆が気にし過ぎて仕事が捗らない、と。

 

どうやら、女性初起用が、ウチの会社には、悪い方向に働いてしまったらしい。

 

 次郎と考えた末、俺の近くに置くことにした。

工場と仕事場を離し、他社員との接触が少なくなるように試みる。

彼女自身も、前職が事務関係だったため、今思えば、良い話になった。

 

ただし。

 

「私、佐々木部長とつきあってるんだよー」

 

 俺を信頼した彼女は、当時、対応に苦慮していた男たちを一掃するため、言ってまわった。

それにより、彼女の男関係の問題については、解決の兆しが見えた。

しかし、今度は俺の方が大変だった。

新入社員を喰ってしまう鬼畜部長と、指を差された。

工場長にもウチの社長にも叱責された。そのたびに、説明して回った。

そして、彼女がいる、ということで、合コンに誘われなくなった。

ただ、俺が表に出ている分、彼女を守れたということも事実。

 

彼女にちょっかいを出す輩は、見る見るうちに減っていった。

 

 事務所勤務になってからは、俺や次郎と行動を共にすることが多くなったことも要因かもしれない。

俺から離れているのは、10時と15時の休憩時間くらいだろうか。

通勤時間まで、合わせてくる徹底ぶり。

彼女をそうさせている理由は、俺にもわからない。

 

 一度、飲み会の席で聞いてみたことがある。

「部長が良い人だからですよー」と、上手くはぐらかされた。

嫌われているよりはいいので、それ以上は追及しなかったけど。

 

 

★★★

 

 

「なあ、佐伯」

「なんでしょうか、部長」

 

 書類の整理が片付いて、一息入れた時に話しかけてみる。

佐伯は、給湯室からコーヒーを用意している。

 

「ノゾミのデータとか、生放送とか、どうやって用意したんだ?」

 

 ずっと、不思議に思ってたんだよな。

短時間で彼女1人でできることではない。

 

「ああ、あれはですねー」

 

 彼女が説明してくれた。

 

 10時の休憩のときに、女性社員から声を掛けられて、メモを受け取った。

そのメモには、俺の嫁のデータと、画像を送るから上手く合わせて欲しいという文章が、記載されていた。

その社員に詳しいことを聞くと、説明してくれたものの、よくわからなかった。

最悪、画像が届かなくても、ノゾミについてのデータを発表するだけで、盛り上がるだろう。

そう判断した彼女は、その話に乗ることにした。

 

 昼休みになって、彼女は動き出す。知り合いの社員6人に、話をする。

佐伯が合図をすると、食堂にある全てのテレビのチャンネルを変えてもらうためだ。

使用するチャンネルは、そんな特別なものではなかった。

 

全体放送をするときに、いつも使用するチャンネル。

 

 それもあって、彼らへの説明も簡単に終わった。

佐伯を含めたこの社員7人は、それぞれの会社の側近クラス。

全体集会の司会進行は、彼ら7人を中心に行われる。

テレビの操作くらいでは、誰も不思議に思わないし、咎めない。

むしろ、噂好きの7人。嬉々として行動したのではないだろうか。

 

「でも、本当に映るとは、思っていませんでした」

 

 彼女は、画像が映って、本当に驚いたようだ。

普通であれば、何の映像を、どんな理由で流すのか、解って放送する。

だが、今回は、中継内容も、手段も解っていなかったので、本当に映るのか、疑っていたらしい。

 

「今、部長、『生放送』と言ってましたが、本当ですか?」

2つのコーヒーのカップを、デスク上に置きながら、質問してくる。

 

「ああ、撮影場所はウチの部屋だったし、ノゾミ自身、時間の尺を使えてなかったからな」

 

 予め撮っているものであれば、素のノゾミを出すわけがない。

多分だけど、公の場では「お嬢様:希」を出していくだろうから。

確証はないけど、そんな気がする。

 

「そうなんですか!へぇー」

 

 彼女は、感心している。

俺もあの「生放送」には驚いた。

家に、そんな機材はない。

ノゾミがどうやって用意したのか。

声だけ入っていた、彼女の友達が、持って来たのかもしれない。

 

「ところで……、あの()が、希ちゃん、なんですか?」

「ああ」

 

鈴峯(がみね)の制服着て、もの凄くかわいかったですが」

「……そうだな」

 

「……どこから(さら)ってきたんですか!」

「いやいや、許嫁だから」

 

 彼女は、若干興奮気味だ。

映像でノゾミが、どんな()か、見てしまったからかもしれない。

それだけ、あの映像はインパクトがあっただろう。

上司の奥さんがかわいい高校生。

俺でも、その上司が近くに居れば、いろいろ質問したくなる。

 

「希ちゃんって、かわいい?」

急にそんな質問してくる。

 

「ああ、かわいいなぁ」

「誰にもあげたくないくらい?」

 

質問の意図が解らない。

 

「そうだな」

俺の答えを聞いて、ふいに立ち上がる。

 

「部長、メロメロなんですね」

 

そう呟くと、窓際に向かい、外を眺めている。

 

「あーあ、私、本格的に失恋したなぁ……」

 

 俺に聞こえないように呟いているようだが、ここは部屋に2人きり。

他に妨げる音がないので、聞こえてくる。

 

「悔しい。ずっと、優さんを見続けていたのは、希さんではなく、私なのに」

 

 俺に聞こえていることに、気づいていないのだろうか。

独り言のような、愚痴みたいなものが聞こえてくる。

彼女も気づいているのか、いないのか、「部長」が「優さん」に変化している。

彼女の中での俺は、「優さん」だということは、すでに知っているので、気にはしない。

 

聞こえていないフリをするべきだろう。

 

「でも、あんなかわいいと、私、憎めないよ……、どうしよう……」

 

 背中が寂しそうだ。

涙を流してはいないだろうが、心の中では、泣いているのかもしれない。

後ろから抱きしめてあげたい。だが、俺にはその資格はない。

 

「部長の、1番になりたかったんだけどなぁ……」

突然振り返った佐伯は、俺に向けてそんなことを言ってくる。

 

「仕事では、1番、信頼してるから」

 

 口をついて、そんな言葉が出ていた。

言い過ぎではない。仕事では俺の補佐なので、1番の信頼を置いているのは事実だ。

 

「……そんなの、わかってます……」

いじけているようだ。俺に向けてなのか、彼女自身に向けてなのか。

イスに座り、心を落ち着かせるように、コーヒーに口を付けた。

 

 

 

話が一息ついたので、疑問に思っていたことを聞いてみる。

 

「そういえば、メモを持って来た社員って、誰?」

 

そう。

なぜ、俺のプライバシーとも言える、ノゾミのデータを持って来れたのか。

 

「ああ、それは……」

 

トントン

 

「……失礼、しまーす」

 

 佐伯が俺の質問に答えようとしたときに、ノックする音が鳴り、女性が入ってきた。

青の上下の作業着、黄色のヘルメット着用。ノゾミと同じくらい小柄である。

 

「ああ、この()です」

「えっ?榎本(えのもと)が?」

 

「わ、わたし、ですか?」

いきなり「この()です」と言われて、榎本は戸惑っている。

 

 この女性社員は、榎本 あかり。確か、22歳だったかな。

ウチの会社に今年初めに入ってきた。

作業で必要な、消耗品の補充を担当する部署に配属されている。

髪形はツインテールだったと思うが、ヘルメットの中に収納されているようだ。

 

「で、榎本。佐伯にメモを渡した、というのは、本当か?」

……と、聞いた後、いきなり聞くのは、どうなのだろう。

そう思い直し、質問を代えた。

 

「ごめん、榎本。何の用事でここに来たんだ?」

「はい、用紙が……、足りなく、なったので……、原紙を、取りに……、来ました」

俺の権幕に半ばビクビクしながら、質問に答える。

 

 工場では、薬品や塗料など危険物を扱うことが多い。

それらを薬物庫から出すときに、申請をするため、書類が必要となる。

その書類の原紙が、工場に無かったのだろう。

 

「……佐伯、用意してやれ」

 

 佐伯は、帳簿を取り出して、探し始める。

何枚か捲った後、見つけ出し、コピーし始める。

コピーし終わった後、榎本に渡す。

A4用紙を4つに分けて使う類のものだった。

カッターナイフと敷板、そしてスケールを取り出す。

 

「榎本、これを使いなさい」

「ありがとう、ございます……」

 

 空いているデスクに座るように促し、そこで作業をしてもらう。

デスクに座った彼女は、ヘルメットを脱いだ。

前髪は乱雑だったが、2本の細いツインテールが垂れる。

その作業の合間に質問に答えてもらおうか。

 

「……で、メモを何処で手に入れたんだ?」

「……すみません!」

 

榎本は作業を止めて、直立不動。顔を見ると、泣きそうである。

 

「いや、別に怒っているわけでは、ないんだけどな……」

「すみません、でした!」

 

 そう叫んで、お辞儀をする。、

会話にならない。どうしようか、これ。

佐伯に顔を向ける。助けてほしいのだが……。

俺の気持ちを汲んだ佐伯は、スッと、榎本の隣に移動する。

 

「あかりちゃん、こんなことで、クビにはならないから、安心して」

佐伯は、彼女の頭を撫で始める。撫でながら言葉を続ける。

 

「私としては、楽しかったからいいんだけど」

榎本は、頭を撫でられて少し落ち着いてきたようだ。

 

「部長から見ると、プライバシーが漏れたことになるんだよね……」

静かに、諭すように言葉を選んで話していく。

 

「で、榎本 あかり。どうやって手に入れたの?」

「あわわ、あわわ」

 

佐伯って、俺のことが絡むと、凄みがでてくるんだよな……。

凄みが出ているのに、頭は撫で続けている。

かわいそうに、榎本は青ざめている。

 

「部長のプライバシーの入手ルート、私も教えてほしいくらいですね……」

佐伯は微笑む。怖い。俺から見ても恐ろしい。

 

「それは……、言えま、せん……」

「……えっ?」

 

「……言えません……」

 

 青ざめながら、ビクビクしながら、榎本はそう言い切った。

そんな彼女を、訝しげに見ながら、佐伯は離れていく。

諦めたようだ。

うーん、怪しい。けど、何か知っていそうだ。

 

「俺からも質問いいかな」

「ハイ」

 

「ノゾミに何か指示をもらっているのかな?」

佐伯をチラチラ見ながら、答えに悩んでいる。

 

「ここでは、答えにくい?」

助け舟を出す。彼女はわずかに首を縦に振る。

 

……そうか、佐伯には聞かれたくないことなんだな……。

 

 俺は、小さい白紙に連絡事項を書く。

そして、裏向きにして榎本の手元にその紙を置く。

彼女は、一瞬こちらを見て、コピーした紙に混ぜた。

 

「そうか、そうか。答えにくいなら、仕方ないね」

俺は、白々しくそんな言葉を吐く。

 

「えっ?ですが……」

「本人が言いたくないって、言ってるのだから、仕方がないじゃないか」

 

「……部長がそうおっしゃるなら、いいのですが……」

驚いた佐伯を、なんとか宥める。強引だったかな。

 

「……では、わたしは、これで」

作業が終わったのだろう、榎本が立ち上がる。

 

「部長、ありがとうございました」

 

お辞儀をして、事務室から出ていく。

その後ろ姿を見て、大きく息を吐く。

 

 榎本とノゾミ。何か関係があるはずだ。

今の時点では、どんな関係かわからない。

 

……場合によっては、俺の近くに配置転換かな……。

 

そんな考えを巡らせながら、佐伯の用意していたコーヒーを、喉に流し込むのであった。




次の話は、明日15時に投稿します。

【ケマンソウ(タイツリソウ)】

ケシ科コマクサ属のケマンソウ(華鬘草)(学名:Dicentra spectabilis)は、別名タイツリソウ(鯛釣草)とも呼ばれる宿根多年草。

花茎を弓状に長く伸ばし、10数輪を行儀よくぶら下げて咲かす。
ぷっくりハート型に膨らんだ外側の花びらと、その下方から突き出るように伸びる内側の花びらで構成され、非常に特異な花の形をしている。

寒さに強い宿根草で、暑さにはやや弱く、強い日差しの当たらない場所で生息している。夏は暑さで葉を枯らし、休眠して超えることが多いようだ。

名前の由来は、垂れ下がった花が、仏殿の装飾具の華鬘(ケマン)に似ていることからつけられているが、他国では心臓に見えるようで、「血を流す心臓」(英語名)、「涙を流す心臓」(ドイツ語名)、「ジャネットの心臓」(フランス語名)とも呼ばれている。
ちなみに別名の「タイツリソウ(鯛釣草)は、長くしなるような花茎を釣り竿に、ぶら下がる花を鯛に見立てて、名付けられたもの。


開花時期:4月~6月
花の色:ピンク色、白色
原産地:中国


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第18話 チオノドクサ

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
あかりちゃんは何かを知っているらしい。


 榎本を見送った後、しばらくは、デスクワークを続けた。

16時から会議が開催されるので、少し早めに、佐伯を連れて事務室を出る。

 

 

 

 会議の時間まで、工場内を巡回する。

2人ともヘルメット姿だ。

本日も平和だ。特に大きな問題は起こっていないらしい。

社員の皆は、一生懸命、与えられた仕事に満身している。

「おめでとうございます」と声を掛けられることはあったが、長く話す者はいなかった。

 

 

 

 巡回が終わった後は、他の会社との定例会議。

参加者は、渡辺工場長他、この工場に入っている7社の代表とその側近。

会議室内ということもあり、工場内では被っていたヘルメットを、外している。

工場全体の方針の確認と注意事項、各会社からの状況報告を行う。

 

会議はつつがなく進んだ。

 

しかし、そのまま終わることはなかった。

 

「ところで、佐々木クン、皆が気になっているから、議題にあげさせてもらうよ」

 

 工場長が断りを入れてくる。

周りを見渡すと、皆頷いている。これは断れないか。

俺の様子を見て、工場長は頷くと、始める。

 

「佐々木クン、ご成婚、おめでとう」

 

 工場長の言葉を皮切りに、一斉に拍手が起こる。

彼には、結婚はまだだと、伝えていたので、あえて「成婚」と言ったようだ。

 

「……で、お相手の希さんは、アイダコーポレイションの相田社長の1人娘だとか」

拍手が鳴り止んだタイミングで、確認してくる。

 

「希さんとは又従姉妹の関係と聞いたが、相田社長とは、最近、会っているのかね?」

 

 睨んでくる。褐色の肌も手伝ってか、目がギョロッとしたように見える。

他の参加者たちも、音を立てずに、俺の動向を注目しているようだ。

 

「いえ、相田社長とは、会ってもいませんし、電話すらしておりません」

会ったのは、それこそ8年前だ。その頃はこの会社にすら入っていない。

 

「そうか……」

工場長は大きく息を吐く。

 

「いやね、我が社もお世話になってるのでね、アイダコーポレイションには」

「ウチもですね」

「ああ、ウチもだな」

 

 何人かが工場長に同意する。

アイダコーポレイションって、何の仕事をしているのだろうか。

 

「えっ、どのようなつながりがあるのでしょうか?」

「佐々木クンはピンと来ないと思うが、人材派遣関係でお世話になっている」

工場長他、佐伯以外の皆、真剣な表情をしている。

 

「山下人材サービスの他にも、西日本証券、東京相田建設など、結構多岐に渡る」

「今上げた会社は皆、アイダコーポレイションの子会社だからね……」

 

 凄いなぁ、徹叔父さん。

 

 工場長の話によると、意外とアイダコーポレイション、随所に関係があるようだ。

派遣の他、工場を増築するときや、お金の工面など、大小問わず関わっているらしい。

 

 それなのに、俺が知らなかったのは、ウチの会社が、お世話になっていないからだ。

本社が名古屋にあるということもあり、人材、金融、建築関係は、名古屋系企業の伝手で片付けている。

その伝手で、アイダコーポレイション関係にぶつからなかったのは、偶然だろうけど。

 

「まあ、アイダコーポレイションという会社は、それだけ大きい会社なんだよ」

工場長の言葉に皆が頷ている。そこまでとは、知らなかった。

 

「そんな会社の次期社長になるんだ、どうか我が社をよろしくー!」

「「「ウチもよろしくー!」」」

 

 皆に拍手される。笑顔で肩を叩いてくる工場長。

まだ決定ではないんだけどな……。

そんなことを思いながら、苦笑する。

 

「……ただ、俺も戸惑うばかりなんですよ」

拍手が鳴り止んだ辺りから、話し始める。

 

「昨日、全てが始まった感じなので」

皆、話を聞いてくれるみたいだ。会議は終わったはずなのに誰も帰らない。

 

「アイダコーポレイションからは、何もないので、本当のところはわからないですし」

部屋の中が若干ざわつく。

 

「まあ、佐々木クン。何か決まったら報告頼む」

そんな工場長の一言で、本日の会議はお開きとなった。

 

 

 

「佐々木さん、君は相田社長も認められた許嫁、これは間違いないのか?」

 

 H(エイチ).S(エス).D(デー)内藤(ないとう)部長が声をかけてくる。

少し背が低く、小柄。鼻の下に少し髭を蓄えている。

H.S.Dもウチを同じく、この工場に入っている企業だ。

 

 俺が部長に昇進する前から、会社を跨いでお世話になっているひとでもある。

年下の俺相手でも「さん付け」をしてくるので、丁寧で面倒見の良いイメージがある。

多分、他社だからそんな扱いなのだろうけど。

 

「はい。ノゾミがそんなことも言ってましたし、送られてきた婚姻届にも名前と認め印がありました」

 

 内藤部長は、顎に手を当てて考え込んでいる。

しばし()を置いて、真剣な顔で質問を続けてきた。

 

「相田社長とは、そのことについて、話をしたのか?」

「まだ、ですね……」

 

「一度、相田社長本人と、電話でもいいから、話をしておいた方がいいかもしれない」

そんな彼の言葉に続けるように声がかかった。

 

「次期社長じゃない可能性がある」

 

 割って入ってきたのは、内藤部長の補佐である、狭山(さやま) 輝美(てるみ)

ノゾミ以上に身長が低く、細身。キツネ目のポニーテール女性である。

相変わらず、俺に向けてはぶっきらぼうな言葉である。

隣りでは、内藤部長が苦笑している。

 

 狭山とは、違う会社ではあるのだが、同期入社。

工場の道具や設備を扱うために、会社に入ってしばらくは、初心者講習みたいなものがある。

そのときに、席が隣り同士になったり、ペアで行動することもあったため、既知の仲になった。

年齢は確か、佐伯と同じくらいだったように思う。

けど、俺に対しては、いつも塩対応である。

 

「アイダコーポレイションが実力主義であるならば、佐々木 優は認められるわけがない」

 

 相変わらず、感情のこもっていない声だ。

そしてコイツは、俺のことをいつも、フルネームで呼ぶ。

これは昔から変わらない。

 

「……まあ、そういうことだから、一度、相田社長と話をしておいた方がいいってこと」

内藤部長が言葉を続ける。

 

「だから、調子に乗るなよ、佐々木 優」

 

 なぜ、こいつはいつも偉そうなんだろうか。

佐伯によると、俺の前だけ、こんな態度を取っているらしい。

ますます、謎が深まる。

 

「まあまあ、テルちゃん、こっちに行こう……」

「だけどさあ……」

 

佐伯が輝美を連れて行く。まだ不服を言っているようだ。

 

「まあ、テルがあんなのは、佐々木さんの前だけだから、気にしないで」

 

内藤部長が輝美をフォローしている。

俺もそれはわかっているので、問題はない。

 

「とにかく、彼女の言う通りなので、確認は取っておいた方がいいと思うよ」

「ありがとうございます」

 

「日取が決まったら、連絡よろしくー」

 

そう言うと、彼は、会議室から出て行った。

 

 

「佐々木」

 

 次にこちらに向かってきたのは、崎山(さきやま)塗装(とそう)の崎山社長だ。

崎山塗装もこの工場に入っている企業の1つ。

白髪が混じる、眼鏡がおしゃれなひとである。今日は赤いフレーム。

家には200以上の眼鏡を保持し、会社にも10持ち込んでいるという。

 

「おめでとう、大出世だなぁ」

 

がっちり握手をしてくる。ごつごつした職人の手のひらを実感する。

 

「いやあ、まだ、相田社長に、確認してませんので」

「それは置いておいても、めでたいよ、おめでとう」

 

ニコニコしている。

 

「ありがとうございます」

不意に握手した手に力を入れられた。痛い。

 

「でもなぁ、社長職はな……、できれば、ならない方がいいぞー」

にこーっというより、にたぁーって顔に代わる。

 

「こんな小さな会社の社長でも大変なのになぁ、大きな会社の社長なんて」

 

 しみじみ言わないで欲しい。

実感がこもっている分、不安になる。

 

「社員も多くて管理大変だし、相手する会社も海千山千。つぶれるなよー」

 

そこまで言うと、握手した手を離す。

 

「まあ、大変だと思うが、正式に決まったら、言ってくれ。アドバイスくらいはするよ」

「そのときは、頼りにします」

 

「だめだ、その答えは」

 

どういうことだろうか……。

 

「そこは『頼りにします』ではなく、『参考にします』だ、あくまでもな」

「……そうなんですか?」

 

「ああ、頼りにするなんて言われると、相手が畏まる。社長になると、周りに重みを感じさせるからな」

「そういうものなんですね……」

 

「まあ、あくまでも俺の考えというだけだ。佐々木自身がどう思うかは知らん」

そこまで言うと、俺に背中を向ける。

 

「俺は、畏まることはないがな」

そんな言葉を残して、会議室を出て行った。

 

 他の代表者たちとも、軽く会話をする。

祝福する者が多かった。羨ましいと言うひとも。

 

確かに、ここに集まっているひとは、それぞれの会社の代表。

隠れた本心はわからないが、表面上は無難にまとめるだろう。

 

波風を立てないように。

 

そんな中で、いろいろ言ってくれた内藤部長と崎山社長には感謝したい。

 

 

 

 そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。

17時、業務終了の合図である。

 

それを皮切りに、残っていた面子は、次々と会議室から出ていく。

 

 俺も事務室に帰るために、佐伯を呼びに行く。

そこには佐伯と一緒に輝美が居た。

 

「あっ、部長ー」

俺に気づいた佐伯は、寄ってくる。

 

「佐々木 優」

輝美は何か言いたそうだ。

 

「あの嫁は、反則だろう、絶対反則だー!」

珍しく感情を露にしている。

 

「小さくて、若くて、髪も綺麗で、お前には、もったいない」

まあ、俺もそう思う。

 

「私に、あの()を、くれ!」

まさか、女性から、その言葉を聞くとは思わなかった。

 

「やらないから」

一応、言っておく。

 

「むむむむ……」

唸っている。こういうところはかわいいんだけどな、輝美も。

 

「由美ー!佐々木 優が意地悪を言うー」

佐伯に抱き着いて、文句を言っている。

 

「ハイハイ、今日は一緒にご飯食べに行こうね」

頭を撫でながら、宥めている。

 

「部長、そういうことなので、今日は、定時であがります」

彼女は輝美と一緒に、食事に行くようだ。

 

「ああ、わかった」

 

 今日は特に用事はないので、問題ないだろう。

ウチの会社では、「定時であがる」とは、17時で仕事を終えて帰ることを意味する。

 

佐伯と輝美で連れ立って会議室の出口に向かう。

ドアを開けたところで、佐伯が振り返る。

 

「そういえば、部長」

ん?何か用か?

「あかりちゃんとこれから会うんですよね」

「何のことかな?」

 

「何かわかったら、私にも教えて下さいよ」

「え?いや、会わないから」

 

「まあ、そういうことにしておきます。若いからって、手を出さないでくださいね」

 

 彼女は去っていく。

俺も彼女たちを見送った後、会議室を後にする。

 

……なぜ、わかったのだろうか……?

 

あかりちゃん……榎本あかりには、17時半に事務室に来るように伝えている。

 

俺って、そんなにもわかりやすいのだろうか……。

 

 少し落ち込みながら、事務室に帰る道を行く。

榎本 あかり、何を話してくれるのだろうか。楽しみだ。




次の話は、明日15時に投稿します。


【チオノドクサ(ユキゲユリ)】

ヒヤシンス(キジカクシ)科チオノドクサ属のチオノドクサ(学名:Chionodoxa)は、別名ユキゲユリ(雪解百合)とも呼ばれる多年草。

名前の由来は、ギリシャ語の「チオン(雪)と「ドクサ(輝き)」から来ている。
また、別名の「雪解百合」は、雪解けの頃に咲いていたときに見つけられたためつけられたもの。
古い分類では「ヒヤシンス科」が認められておらず、「ユリ科」とされることもあるので、ユリの仲間として扱うのも、間違ってはいない。

草丈15cm前後と小型で、1本の花茎から多くはないが、数個の星形のかわいらしい花を咲かせる。

暑さに弱く、数年夏を越すと、絶えてしまうことが多いが、寒冷地では、球根がよく増えて繁殖し、毎年花を咲かせ続ける。
また、タネを作るために体力消費し過ぎて、球根に栄養が行かずに弱って絶えることもあるようなので、花が終わったら小まめに積んでいくことが延命させる秘訣。


開花時期:2月~4月
花の色:白色、ピンク色、青色
原産地:クレタ島、キプロス、トルコ


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第19話 ローダンセ Side-A

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
勤務時間が終了。楽しい残業時間?

その前にある女性側の視点です。


 最近は、少し暖かくなった。

新しく住み始めた、この都市での生活にも、慣れてきた。

自分でも、様にはなってきたと、勘違いするくらいに慣れた作業着姿。

最初は、頭が重くてやりきれなかった、ヘルメット。

今は、被っていないと不安になるから、不思議である。

 

 

★★★

 

 

「中山、さん。これは、この、カゴに、入れたら、いい、でしょうか」

「お願いね」

「わかり、ました」

 

 各所に配布する部品や、消耗品などを分配する。

棚に置いてあるカゴに、番号を確認しながら、納めていく。

配属された当初は、この単純作業に辟易していたが、これにも慣れてきた。

 

 

 ここは「部品庫」。

製品を加工していく過程で必要になる部品、もしくは材料を保管する場所である。

この工場には毎日、全国各地から、部品や材料が届く。

取り扱っている部品数、およそ数百万種。

その数多くの届いた部品、材料を、工場各所に滞りなく届けるために、この部署は存在する。

番号で管理され、機械で読み取って、分配されていく。

危険な作業はなく、力仕事もない。

毎日、繰返しの単純作業。

注意散漫にならない限りは、流れ作業で進む、簡単なお仕事……。

 

 

17時のチャイムが鳴る。仕事が終わった合図だ。

 

 いつもなら、同僚とともに、更衣室で着替えて帰路につく。

が、今日は、佐々木部長と約束がある。

 

約束の時間は17時半。

 

 私は、ふうっと、ため息を吐いた。

すでに他の同僚は、部署の待機室から退出し、1人になっていた。

 

「……正直、面倒……」

 

 誰もいないことを確認してつぶやく。

早く家に帰って「この仕事」から解放されたい。

 

 

 佐々木 優、そして、相田 希。

クライアントからマークするように言われている人物である。

 

今回、佐々木 優と1対1で会うことは、クライアントの希望……なのだろうか。

 

今日の昼休みに関わった、相田 希の自己紹介生中継。

準備時間が少なくて、佐々木 優の秘書に伝える以外の方法がなかった……。

 

 本来は、何日かかけて、綿密に計画を立ててから実行するもの。

少なくとも、即日実行するものではない。

クライアントは焦ったのか?

 

 

 生中継は成功したものの、佐々木 優に報告が行ってしまった。

不審に思われたのか、勤務時間外に呼び出しということになってしまった。

 

 何か言い訳を考えるしかない。

早速クライアントに報告し、相談した。

しかし、「上手く立ち回って。お願い!」そんなメールが返ってきた。

 

いやいやいや。

 

無理でしょ。完全に疑われているでしょうが。

ここからどうすれば……。

 

 

★★★

 

 

私のクライアント……、山崎(やまさき) 小夜(さよ)。16歳。

 

 全国有数の警備会社、ヤマサキ綜合警備の1人娘。

この会社、普通の警備関係の仕事以外に、身元調査や組織潜入にまで手を出している。

ただ、その仕事を社員にやらせるわけにはいかない。

万が一見つかったときに、会社に直接しわ寄せがくるからだ。

そのため、部外者に頼んでいる。

 

私のように。

 

 私は、つい1年前までは、東京にいた。

東京のあるプロダクションの所属。一応、女優を目指していた。

ただ、容姿は人並みで背は低い。ダンスも人並みにしか踊れない。

そのため、大きな仕事は回って来ず、毎日、エキストラばかりしていた。

年は26歳。見た目は若造りだが、いろいろ後がない……。

 

 そんな中、代表に呼び出された。

そのときは、契約打ち切りを覚悟した。

が、代表の口から、思ってもいない言葉が飛び出すことになる。

 

「榎本。お前にしかできない仕事があるが、やるか?」

 

 その時はびっくりしたものだ。

私にしかできない仕事って。

この世に、そんなものがあるのか……と。

 

2つ返事で引き受けることにした。

 

 

そして、クライアントとの顔合わせ。

 

 そこに来たのは、学生服を着込んだ少女とスーツ姿の男性。

男性は、シルバーのアタッシュケースを2つ持っている。

 

 代表が手を擦り合わせながら、少女に向かってペコペコしている。

男性が少女に言われて、アタッシュケースを開ける。

中には諭吉さんがギッシリ詰まっていた。

 

「その女性を派遣してもらえるなら、これくらい出します」

少女はそんなことを言っている。

 

「もちろん、派遣します」

代表もホクホク顔だ。不意に肩を叩かれる。

 

「山崎 小夜様だ。おい、榎本、挨拶しろ」

 

 不意に話を向けられて慌てる。

詳しく聞いていなかったが、この少女が雇い主のようだ。

 

「……はい。榎本 あかりと申します。よろしくお願いします」

軽く頭を下げた。

 

「あかりちゃんか……。山崎 小夜です。今後よろしく」

 

 見た目学生と思われる少女に、「ちゃん付」された……。

雇い主側からとはいえ、年上に向けてのその言葉。

ショックは大きかった。

 

「小夜様。榎本様は26歳です。年相応の対応をなされて下さい」

少女は、スーツの男に注意された。

 

「いーじゃん、相馬。彼女、見た目若いしー」

今までの言葉遣いが、ウソのように、砕けた返しをする彼女。

 

「あーわかった、わかった」

相馬と呼ばれた男に言われ、面倒くさそうに言い直す。

 

「榎本ちゃん、よろしくねー」

言い直せていない。わざとなのか。こっちが素なのかもしれない……。

 

「で、仕事内容だけどー」

 

 少女は、気にせずに説明を始めた。

相馬さんも代表も黙っている。

すでに、話はついているのだろう。

 

「榎本ちゃんにはー、潜入捜査をやってもらいまーす」

 

 えっ?何それ?私の頭が追い付かない。

そんな私に構わず次々と話していく彼女。

主な内容はこんな感じである。

 

・広島市に住居を移す

・22歳の大卒女性になって、ある会社に潜入してもらう

・その会社の部長を徹底マークする

 

 なぜ、22歳になる必要があるのか……。

質問すると、少女は後ろに回り込んできた。

肩口まで伸びていた私の髪を2つに分ける。

ツインテールにされた。

この年を考えると、かなり恥ずかしい。

 

「ね、どこから見ても、大学生のおねーさん」

 

少女が満足感一杯の顔をして、そんなことを言ってきた。

代表は、私の姿を見て、驚愕している。

対して相馬さんは、表情を変えずに手鏡を渡してくれた。

誰?私なんだけど、別人がそこにいた。

これは確かに、大学生だわ……。

 

心の整理がつかない私。

そんな私に構わず、彼女からの説明が続く。

 

 この仕事は1年更新であること、潜り込むための準備はすでに済んでいることなど、様々な事を聞かされた。

報酬は、目が飛び出そうなくらいのものだったので、不満はない。

その割には、拘束はされない。不思議な仕事だ。

 

1つだけ気になる事柄があった。

 

・いずれ、山崎 小夜と一緒に住むこと

 

 雇い主、お客様と一緒に住む。

山崎 小夜は、有名会社社長の1人娘。

近くに置くということは、護衛や身の回りの世話をすることになるのだろうか。

護身術や家事手伝い、メイド、執事、秘書……。

私はどの技術、知識とも、縁がない。

 

 それについて彼女に聞いたが、「問題ない」との声。

いつから一緒に住み始めるのかは、まだ決まっていない、とも言われた。

 

 とりあえず、代表は納得済みのようなので、了承する。

すると相馬さんが、数枚の書類を取り出し、近くの机に広げる。

 

「榎本様、書類を確認の上、サインをお願いします」

 

 イスを後ろに下げて、誘導してくる。

座ると、ペンを渡してきた。

彼の手際の良さが、余計に緊張感を呼び立てる。

 

「先程まで話をしていたことを、書類に示しています。質問があれば、遠慮なくお聞き下さい」

 

 凛とした声が響く。

そんな彼は、私の一歩左後ろに立ち、見守っているようだ。

 

 20枚近くある契約書。

独特の緊張感に負けないよう、奮い立てながら確かめていく。

大体は、先程話していた通りの内容だった。

 

1部を除いて。

 

 私がその文章を読み終わり、頭を上げると、気配を感じる。

学生服の少女の顔が、私のすぐ横に存在した。

 

「……その条文については、相馬にも内緒なの」

私の耳元で囁く。

 

「何も言わずに、サインしてくれると、嬉しいな……」

相馬さんの様子を伺うため、後ろを振り向こうとして、止められた。

 

「……大丈夫。相馬には、私が確認している様にしか見えないから」

相馬さんの視界を、この少女は、私との間に立つことにより、塞いでいるらしい。

 

「……いいんですか?」

「うん。アナタがいいの」

 

 この少女に、どこを気に入られたのだろうか……。

考えても答えが出なかった。

雇い主の彼女が良いと言っているのだ。

私はペンを動かす。

 

「……しかと、サインを頂きました」

相馬さんは、書類をまとめて、確認している。

 

「これで、榎本との契約、完了だな」

代表も嬉しそうに声を上げている。

 

「榎本、がんばってこいよー」

「……はい……」

 

 私は、煙に包まれた気分でいた。こんな都合のいい契約ってあるのだろうか。

何か裏がありそうだが、思いつかない以上、断る理由はなかった。

 

「では、小夜様。私はお車を回してきます」

 

 書類を束ね、片付けた相馬は、颯爽と歩いて出て行った。

代表もアタッシュケースを手に、部屋を出て行ったらしい。

少女と2人きりになっていた。

 

「よろしくね、あかりお姉ちゃん」

そう言うと抱き着いてきた。

 

「ハイ、山崎様……」

戸惑いながらも答えると、ブスッとした少女の顔。

 

「なんで様付、苗字なのー!ブー!ブー!」

 

 私の座っているイスの脚を蹴ってくる。

軽く。何回も。まるで、じゃれているかのように。

 

「私はアナタの妹なのよー!妹に苗字呼びはないでしょー!」

……契約書は、本当なのか……。

 

「わかりました、小夜ちゃん」

「……むー、まあいいよ、お姉ちゃん。許してあげる」

 

そう言って、にこやかな表情をして、部屋を出て行った。

 

 

★★★

 

 

そして、昨日。

 

「アナタのかわいい妹、いざ、参上!」

 

 そんな声を上げ、私の住居に転がり込んできた、山崎 小夜。もとい、小夜ちゃん。

「私の住居」と言っても、実際は彼女に用意されたものなので、正しくは彼女の住居。

 

 ある会社の部長、佐々木 優の監視について4か月。

監視とは名ばかりで、実際私のやっていることは、ただの工場勤務。

 

 昨日聞いた話によると、小夜ちゃんの親友が相田 希で、その娘の許嫁が佐々木 優なのだそうだ。

 

私を雇った理由って、親友の監視なのだろうか。

 

その答えは少し違うようだ。

彼女いわく、親友が焦がれる相手の素性が気になったらしい。

他に理由を聞こうとするが、顔を赤くして答えてくれなかった。

誤魔化すつもりなのか、抱きついてくる。

 

彼女にとっては、会った日以来の「姉成分吸収」なんだとか。

わけがわからない。

 

でも、そんな彼女は、非常にかわいい。

私も独りっ子だから、妹の存在は新鮮だ。

契約だしね。快く受け入れよう。

 

 

 

★★★

 

 

甲は、山崎 小夜(以下、小夜と呼ぶ)の姉になり、小夜を妹扱いすること。

ただし、定められた任務中は、小夜の言うことを聞くこと。

 

 

そんな文章を思い出し、私は笑う。

 

 小夜ちゃん。

姉は妹の言うことを、何でも聞いてしまうものなんだよ。

特に年の離れた姉妹はね……。

 

 ツインテールも拙い言葉遣いも、全部演技。

妹の要望を受け入れた形。何の意味があるのかなんて、聞いてはいない。

 

友人にとても仲の良い姉妹がいた。

姉が言うには、普段生意気な妹でも、何だかんだ言って、かわいい、と。

何でも言うことを聞いてしまいたくなるくらい、破壊力抜群なんだそうな。

ならば、姉を演じるなら、その姉妹を目標にしますか。

まだ会って間もない「妹」を想い、にやける。

 

さて、あきらかに妹の失態のようなので、お姉ちゃんが、言い訳してきますか。

 

何とか言い訳となる考えをまとめた私は、事務室に向かうのだった。




次回は、明日12時にクリスマス特別篇を投稿します。
なろう連載と連動、同じ時間に上げる予定です。


【ローダンセ】

キク科ローダンセ属のローダンセ(学名:Rhodanthe manglesii)は、別名ヒロハノハナカンザシ(広葉花簪)、ヒメカイザクラ(姫貝桜)とも呼ばれる一年草。

茎は細かく枝分かれして、草丈は50cmほどに生長する。
ピンクや白に見える花びらに見える部分は、総苞片と呼ばれるガクで、花の本体は真ん中の黄色や薄紅色の部分に管状花という、管のような花が密集している。
タネには綿毛が生えていて、タンポポのように風に飛ばされて運ばれていく。

近縁種の「ハナカンザシ(花簪)」よりも広い葉をつけることから「広葉花簪」、総苞片の感触が薄い貝殻のような感触から、「姫貝桜」「姫貝細工(ヒメガイザイク)」とも名付けられた。
本来、姫貝と呼ばれる「イガイ」や「カラスガイ」などとは関係ないようだ。

開花時期:3月~6月
花色はピンク色、白色
原産地:オーストラリア


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【番外編】ある特別な日の昼休み Side-K

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

本日はクリスマス・イヴ。
皆さま、今夜の予定はお決まりでしょうか。
ワタクシは、仕事。多分、何処かを車で走っています。

今回は、舞台から7か月後のある女性目線の話です。(つまり、今日この日の話)
Nは希、Aはあかり、では、Kは?


「あー!なんで、今日みたいな日に、学校で勉強しなくちゃいけないのよ!」

 

 希が叫んでいる。私もそう思う。

けれど、ウチの高校の2年生は、この試練を越えないと、冬休みが来ない。

 

 ここ鈴峯女学園(すずがみねじょがくえん)では、21日から、冬期補習が始まっている。

来年、大学受験を控える2年生に、参加が義務づけられている、我が校伝統のイベントだ。

今日で最終日を迎えた。

一応、昨日は祭日なので、免除されては、いる。

しかし、今日は土曜とはいえ、平日なので、補習は続く。

そして、さらに、週が明けて26日から3日間、勉強合宿。

狙ったように勉強詰めだ。

我が校では、それを乗り越えて、ようやく冬休みとなる。

まあ、それは嵐の前の静けさで……。

冬休みが明けると、通称「3年生0学期」に突入する。

まだ今は、考えないようにしよう……。

 

 午前の部が終わり、昼休みの時間。

(のぞみ)小夜(小夜)と私の3人で、昼食を取っている。

希と私は小さい弁当箱、小夜は総菜パン2つを、机に広げていた。

 

「希様、あと2コマで終わりです。ガンバ!」

 

 小夜が両手を軽く握り、胸前に持っていくポーズをして、励ましている。

長いツインの髪が背中でヒョコヒョコしていて、微笑ましい。

そんな姿を見て、希は少し、げんなりしている。

それもそうだ。

 

これから2コマ140分……。

「コマ」とは、授業のことだが、通常1コマ50分のところを、補習では70分になっている。

気が滅入るのも、わからなくはない。正直、私も帰りたい。

この2人は、講習と合宿、受けなくてもいいのではないかと思うんだけど……。

希と小夜、今月中旬に行われた期末考査の成績は良かった。学年1位と3位。

それでも、受講している2人を見て、ため息をつく。

 

(かおり)、ため息をついてどうしたの?」

「かおりん、恋の悩みですか?」

 

 2人とも私を心配してか、声をかけてくる。

希は、普通に心配してくれているようだが、小夜、アンタは……。

私にイロコイの類が無いことを知っていて、そんなフリをするんだから……。

 

「いや、何でもないよー」

 

 そんな2人に苦笑しながら、軽く返事をする。

私の今の成績と、志望大学のレベルとの開きがね……。

これがため息の理由だったりする。

 

 希は……、父親が社長で、素敵な旦那様がいて、正直勉強しなくても、生活や進路に支障がない。

小夜も社長令嬢だけど……、話を聞くかぎりでは、すでに会社の社員を顎で使っているみたいだし……。

進学の道を選ばなくても、十分、社会的地位が保証されている。

 

それに加えて、2人とも特級の上位組なのだ。

 

 特級とは、成績上位の生徒だけを集めた、進学に特化したクラスのこと。

ちなみに私も特級の一員だが、中の下、なんとか授業についていってるレベル。

 

「今日はクリスマス・イヴだけど、2人の学校終わった後の予定は?」

 

 本日、世間では12月24日のクリスマス・イヴ。

しかも、今年は土曜日ということもあり、街全体で盛り上がっている。

23、24、25と、土曜を挟んだ3連休と見られていることも、拍車をかけていた。

大学受験まで約1年に迫った私たちにも、イヴについて、話をする権利くらいはあるはずだ。

まあ……、私には、一緒に過ごすような、彼なんていないけど。

 

「私は、ユウ兄と、ディナーに行く予定だよ」

 

 希は、非常に嬉しそうに、微笑んだ。

「ユウ兄」とは、彼女の許嫁(フィアンセ)のことだ。

彼女の苗字は「佐々木」。

これ、実は許嫁の苗字なのだそうだ。本当は「相田」らしい。

まだ、籍は入れていないらしい。

けれど、希は、学校では、結婚後に変わる、この苗字を名乗っている。

本人が言うには、早くユウ兄色に染まりたいから……って、ごちそうさま。

 

 この2人は、高2になった春に、東京の武蔵野女子(むさしのじょし)から編入してきた。

鈴峯(がみね)武蔵野(むさしの)は、成績優秀者の交換留学を行っている。

 

この2人は、その制度を使って、ウチに来た。

 

 希がウチに来た最大の理由は、許嫁と一緒に暮らすため、らしい。

そのために成績トップを目指し、実現させるのだから、呆れを通り越して、凄い。

小夜は、武蔵野時代からの親友らしいので、その理由を当然知っていたようだ。

なので、彼女自身もいつか、鈴峯に、という気持ちは持っていたようだ。

希と一緒に通学したいという理由で、成績上位をキープし続けるのだから……。

これもまた、凄いことだと思う。

 

私は、そこら辺りの事情を、小夜から聞いた。

 

 この、許嫁と同棲しているという事実も、一部の友人しか知らない。

本人は隠しているつもりはないようだけど、小夜がかなり頑張って、情報の漏洩を防いでいる。

私も協力を頼まれたけど、当事者が幸せであるなら、漏れてもいいと思うんだけどなぁ……。

小夜にとっては、そうでもないらしい。

まあ、希は社長令嬢だもの、何か理由があるのでしょう。

 

「佐々木ちゃん、彼とディナーに行くんだー」

「いいな、いいな、どこに行く予定なのー?」

 

 希の話を聞いて、陽菜(ひな)結衣(ゆい)が話に入ってくる。

さらに何人かの女の子たちが、集まってきた。

他人のコイバナは、私たちも含めた女子高生にとって、最大のスパイシーなのだ。

 

 女子高であるこの学校には、当然、同年代の異性はいない。

若い男の先生と、隠れて付き合ってる子を、何人か知っているけど、それはごく稀なこと。

ほとんどの子が、彼を作るには、外で確保する必要がある。

外で確保、いわゆる他校との合コンに参加して、そこで出会う方法だ。

 

 しかし、合コンなどで出会う高校生男子は、子供っぽくてつまらない。

なので、その上の年代、大学生を狙う子が多い。

その理由は、年上だと安心して甘えられるから。

そして、バイトして、お金を持っている。さらに1人暮らし、車持ちなら、夢が広がる。

同年代男子にはない、気持ちの余裕と経済力、そして、行動範囲の広さ。

さらに、未知へのトビラへと(いざな)ってくれそうな危機感。

(おお)にして、その危なさに惹かれていく友人たちは多い。

その結果、本当に身の危険を体験したひとも、多いようだ。

けれど、未知の誘惑には勝てなかったりするのだ。

 

 それに比べて、希の彼氏は、その遥か上を行く「社会人」で31歳。

私たち学生には手が届かない、気持ちの余裕と経済力、そして安心感を持っている。

知らないことを教えてくれつつ、未知のトビラも開いてくれる。

しかも、広島市有数の工場で働いているという、将来も安定性バッチリ。

私のパパと同じ工場で働いているということには、びっくりしたけど。

これは、私しか知らないことだけど、工場長のパパが知っていて、関連会社の部長らしい。

希の彼が優秀だということは、社会経験のない私でも、なんとなくわかった。

 

 そんな立場を持つ彼である。

親が決めた許嫁で、親族でもある希に対して、悲しませるようなことをするわけがない。

彼女への接し方が、お嬢様を扱うようでいて、粗雑な時は乱暴に。

その乱暴さ加減も、本当の危険とは、一線引いているのだ。

本当に彼女である希のことを想っていて、配慮しているように思う。

あくまでも、希本人から聞いた話からの推測でしかないが。

 

 そういうこともあり、30代の大人の彼と希が、どのように付き合っているのか、興味深々。

クラスの皆は、希の「のろけ話」を、毎回楽しみにしている。

恋愛に悩んでいたり、経験を知りたいと思っている少女たちには、憧れのように映っていた。

世の男性たちには、希の彼のような、配慮をしてほしいと、彼女たちは望んでいる。

 

 まあ、小夜によると、希フィルターで、事実に脚色が多いということだけど。

実際は、そんな良いもんではないですよ、と。

しかし、聞いている者にとって、そんなことは、関係なかった。

話している希自身が、本当に嬉しそうに話すので。

 

今日も、希の言葉に皆、喰いついてくる。

 

「ユウ兄は、『銀河(ぎんが)』とか言ってたような気がする……」

 

「『銀河』って何だろう?」

「……『銀河』!?」

「えっ!『銀河』って何かわかるの?」

 

「『銀河』って、船で行くディナーだよ、この前、テレビで紹介されてた」

「……それって、凄いの?」

「……ほら、これ見て」

 

「うわー、宮島の鳥居とか見るの?すごーい!」

「わーっ!これって、マリーナホップの観覧車だよね!きれい!」

 

 スマホで詳細を調べた子までいて、それを見て皆で盛り上がる。

話の中心になっている希は、皆の反応を見て、少し引いている。

 

 そんな彼女も「銀河」が何のことなのか、よくわかっていないようだ。

ただ、楽しみにしていたいようで、わざとスマホの画面を見ないようにしている。

皆の話を聞かないようにするため、両手で耳を塞いでるのがまた、健気だ。

 

「さすがに、今日は予約一杯だね」

「クリスマス仕様になっているようだから、当然だよね」

 

「いいなぁ、のぞみっち、さすが、大人の彼を持つと違うなぁ……」

「アンタは、幼馴染の彼がいるでしょうに」

「健太は、ここまでできないから。いいなあ」

 

 皆、口々に思い思いのことを言っている。

そんな彼女たちを、少し離れたところで、小夜と一緒に見守る。

 

「かおりん」

小夜が私のそばに寄り添って囁く。

 

「私も、『銀河』、予約しました」

小夜、アンタもか。

 

「いつ?」

「今日」

 

 まあ、クリスマスイヴにディナーを、誰かと取りたいと思うのは普通か……。

偶然、希と重なったのだろう。

ここで皆に言わず、私にだけこっそり教えてくる彼女が、可愛く見えてくる。

でも、今教えてくれるのは、なぜなのだろう……。

 

「えっ!小夜も誰かと……、あれっ?彼氏いたっけ?」

「……誰が男なんかとー」

 

 軽く返すと、睨んで歯ぎしりされた。

どれだけ男、嫌いなんだ、怖いです、小夜さん……。

……となると、誰と行くのだろうか。

 

「……1人で行くの?」

「……さすがに、1人で行くことは、しないです」

 

「……そうだよね」

「お姉ちゃんと、行きます」

 

 なるほどね。姉と行くのか。

小夜にしては珍しく、ふにゃーっていう音が似合いそうな顔をしている。

お姉さんと一緒に行くときのことを、思い浮かべているようだ。

 

「それは、よかったね」

「ハイ、これで余すことなく、観察できます」

 

「えっ?」

「……何でもありません」

 

 小夜は、微笑みを返してくる。

そんな会話を交わし終えた頃には、希が皆から解放される。

他の子たちは、籍に戻り、新たな話題で盛り上がっているようだ。

陽菜と結衣は、希の周囲に張り付いていた。

私と小夜は、再び彼女の元へ近づいていく。

 

「香と小夜ー、私をおいて逃げるの、ひどいよー」

「優様についての、のろけ話なんて、聞きたくありません」

「佐々木ちゃんの話は、楽しいからしゃあないなー」

「のぞみっちの話はためになるし」

 

 小夜の言いたいことは、わからなくはない。

私も彼女も、毎日、希から彼氏の話を聞いている。

彼とあれをやった、これをやった、してもらった、してあげた、等々。

たまに、夜の運動のことまで、赤裸々に話し出すこともあるので、困ったもの。

まあ、結衣は、幼馴染の彼がいるから、真面目に参考にしているようだが。

 

 希がそれで幸せなら、いいのだけど、こちらへの影響が半端ない。

こちらは、彼氏がいない独り身、当てられて、なんとかなってしまいそう。

希の彼氏のレベルが高すぎて、自分の彼氏に求める妥協点が、高くなっている気もしている。

今は募集中だけど、そんな彼なんて、早々見つかるわけがない。

 

「独り身の気持ちを考えて。ねえ、小夜」

「いえ、私も独り身の気持ちは、分からないですね」

「えっ!さよっちって、誰かいたっけ?」

 

小夜に同意を求めた私は、見事に裏切られた。

なんで?小夜の裏切り者ー!

 

「私はお姉ちゃんと一緒ですから、クリぼっちでは、ありませんし」

「ああ、さよっちは、女の子大好きだからいいんだね!」

 

結衣は何かに納得したようだ。

 

「……私は、クリぼっちだけど、人間観察が楽しいから気にしてないし」

 

陽菜は、別の楽しみ方を覚えたようだ。強いなぁ……。

 

クリぼっち……。

ウチだって、パパとママ、詩織姉にあかね姉と一緒に……。

ああ、でも、詩織姉もあかね姉もデートって言っていたかも……。

家族と一緒って感じだなぁ……ハァ、クリスマスデートかぁ……。

 

「今年は、もう間に合わないけど、来年こそはー!」

「うんうん、香なら、きっといい彼氏(ひと)、見つかるよ」

「まあ、がんばれ」

「かおりっちに幸あれ!」

「かおりん、来年は受験です、諦めなさい」

 

陽菜と結衣、希に応援され、小夜には、夢のないことを言われた。

……というか、小夜、そこに現実ぶっこんでくるんじゃない!

 

「まあ、昼からの補習、オワラセナイト」

「希ー、少し涙目になってる……?」

「……うん、今日、本当は昼からデートしたかったよう」

「のぞみっち、彼氏持ちの我々は、まだマシなのだよ、頑張ろう」

 

嘆く希の頭を撫でてあげる。

結衣が希を慰めているが、彼氏いない組~1名除く~は、若干のダメージ。

 

「希様、鈴峯(がみね)は、毎年イヴの日は、補習と分かっていたはずですが」

「私は、知らなかった!」

 

「相談してくださいましたら、提案しましたのに」

 

 小夜は何か案があったようだ。

でも私にはわかっている。この子は、多分事前に話しても、提案してこないだろう、と。

間違いなく、今の希の反応を見て、楽しんでいるはず。

 

「どんな提案?」

「優様との子供を作れば……妊娠休暇で今日、休みだったかと」

「山崎ちゃん、それ、シャレになんないよー」

 

 ああ、それは確かに、事前の準備がないと無理だね……。

私は、一瞬だけ感心した。希も「ああ、そうか」と、納得している。

 

「……でも、ユウ兄、エッチしてくれないし、それは無理……」

「なら、仕方ないですね、補習がんばるしかありません」

 

「……うん、わかったよ、私、がんばるよ……」

 

キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン

 

 予鈴が鳴った。あと5分で、補習が再開する。

生徒たちの机の上に、教科書や筆記用具が現れ出す。

小夜や陽菜、結衣も自分の席に戻っていく。

先程までの、緩やかな空気が、緊迫感のある空気に変化していくことを感じた。

クリスマスイヴであっても、学生は勉強が性分なのは間違いない。

それは放課後の楽しみにして、私たち生徒は、補習に挑むしかないのだ。

 

 希も渋々、自分の席に帰っていく。

成績の良い彼女でも、勉強は嫌なものなのか。

そんな彼女をの様子を観察しながら、私は、人知れずにやけてしまうのであった。




優「2人で初めてのイヴだから。喜んでくれると嬉しい」
希「夜景がキレイ!料理も盛り付けがサイコー!ユウ兄、ありがとう、大好き!」

~少し離れた席~

小夜「ムッ、優様、希様の前でいい格好してから……ムカつく!」
あかり「小夜様、私たちは私たちで、お楽しみになられた方が、良いように存じます」
小夜「ムー、わかったよう、あかりお姉ちゃん……」
あかり「フフフ」

……小夜の希警護という名の趣味は、ここでも滞りなく……

……と、いうことで、春から希の友達になる予定の、渡辺 香目線の物語でした。
※香は、優の勤める工場の工場長・渡辺 直行の末娘です。

初めて、希の学生生活を書くことになりましたが、元になっている学校がまだ冬休みに入っていないようなので、このような話にしてみました。ただ、その学校の行事予定を検索できず、推測で書いています。
本当はどうなのか、わかりません。
と、同時に、小夜ちゃんの実態も今回初めて書いたわけですが、いかがだったでしょうか。

「銀河」とは、「広島ベイクルーズ銀河」のこと。
広島港を出発して、ひろしまベイブリッジ(海田大橋)下を通り折り返し、広島市南岸を通った後、厳島神社(宮島)大鳥居付近を折り返し、広島港に戻るコースを進む船の中で食事(ランチ/ディナー)を楽しみます。
瀬戸内海の海鮮や牡蠣などを使ったフレンチを、生演奏を楽しみながら食す、という豪華クルージングです。

まあ、ワタクシは連れて行ったことはないです。ハイ。
1食に1人15000円かけようというひとの気持ちがわからないです。
だから、庶民なんですなー
凄いなぁ、優。

とりあえず、皆さま幸福でありますように。メリークリスマス!


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第20話 シダレザクラ

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
優とあかりが会合する。あかりは上手くごまかせるのか?


 事務室へ続く階段を上る。

更衣室で着替えを済ませ、帰路に着く工場員達とすれ違っていく。

 

「「「「お疲れ様です」」」」

「おう、お疲れ」

 

 声に気づき頭を上げると、ウチの社員の顔。

互いに挨拶を交わして、すれ違っていく。

階段を上りきり、事務室に入る。

佐伯が帰宅した今、この部屋には俺1人しかいない。

 

 

ふう

 

 

不意にため息が出る。 今日はいろいろなことがあった。

 

 

 思えば、俺自身がポロッとこぼした言葉が始まりだったのかもしれない。

そこから、様々なことが起こるとは、予想できるはずもない。

 

急遽企画された、昼休みでの「婚約発表会」。

思っていた以上に、たくさんのひとが集まった。

ノゾミの年齢や、人となりが発表されて、大好評。

さらに、彼女自身が映る生放送まであり、俺自身も驚きの展開。

 

漠然と思い浮かべていた、俺の嫁の姿が露見して、尚更、皆が喜ぶ結果となった。

嫁が女子高校生、地元有数のお嬢様学校である鈴峯女学園在学、社長令嬢、人並み以上の容姿。

提供する話題としては、最上級だったのであろう。

 

実際、アイツは可愛いからな。

 

 加えて、許嫁の俺は、アイダコーポレイション次期社長になると、期待されることとなった。

期待してくれるのは嬉しいが、本当のところは分からない。

これについては、近いうちに、(とおる)叔父さんに話を聞かないといけないだろう。

 

次期社長になってくれとか、懇願されるのだろうか。

 

 普通に考えると、いきなりの社長抜擢は、有り得ない。

俺には、その会社での仕事経験がない。

経験豊富な社員の誰かが、任せるのが筋だろう。

もし、次期社長になってくれと言われたら、断ろう。

決意を込めて頷く。

断ると、「娘を返せ」とか、言われたりするのだろうか。

言われたら困るなぁ。ノゾミの顔を思い浮かべながら苦笑する。

 

自分自身が変だ。

 

 昨日の今日で、そんな気持ちになっている。

まだ1日と少ししか、一緒に過ごしていないのに、「困る」だなんて。

ノゾミに毒されてるな……。

そんな自分自身にムカついたので、今夜、彼女にイタズラすることを決意した。

 

 

 

トントン

「失礼、します。榎本、です」

 

 

 ドアを叩く音とともに、か細い女性の声がしたような気がした。

物思いに耽っていた俺は、反応が遅れたため、気づけなかった。

 

トントン

「佐々木、部長、榎本です……。いない、の、ですか……?」

 

 

 再びドアを叩く音とか細い声がする。

今回は気付くことができた。

その声は、震えている。

 

「おう、榎本か。入っていいぞ」

 

 俺は慌てて答える。

カチャッと音がしてドアが開き、榎本 あかりが入ってくる。

 

 青い作業着、靴は黒の安全靴、背は俺の肩より低く、ノゾミくらい。

なで肩で、華奢な身体つき。

ヘルメットは、右手に抱えているため、トレードマークのツインテールを、認めることができる。

頭の側頭部に、結び目があるタイプのツインテール。

ヘルメットに格納されて、蒸れていたのか、ベタッとしている。

そんな中、胸辺りまで垂れ下がる両テールは、ヒョコヒョコ自由を満喫していた。

ヘルメットの中に、どのように格納されていたのか、不思議に思うくらいの髪量だ。

小顔で、目はクリッとしている。動物に例えると、リス、だろうか。

全体に醸し出す小動物感が、非常にかわいらしく感じる。

 

 

「佐々木、部長、遅れて、すみません……」

 

 いつも以上に、ビクビクしているようだ。

時計を見る。思いに耽ったせいで、そこまで時間が経っていたのか?

17時30分。そこまで時間が経っていないことにホッとする。

そして、約束の時間通り。彼女に否はないはずだが……。

そう思いながら、視線を時計から彼女に戻す。

彼女の身体がビクッとする。

俺の一挙手一倒足を、集中して見ている彼女は、ものすごく緊張しているようだ。

 

「まあ、そこに座って」

 

 そんな彼女に微笑みながら、着席を促す。

そこには、長机、その両脇にソファチェアが2つずつ鎮座していた。

彼女は、おどおどしながら、ソファチェアに腰かける。

それを確認して、炊事場に行き、紅茶を用意……、あー、佐伯が片付けている。

仕方がない。

 

「榎本、缶コーヒーでいいか?」

「……え?あ?……ハイ……」

 

 彼女の答えを、聞くか聞かないかのタイミングで、事務室を出る。

階段で下りて、事務所棟の脇にある自動販売機で、ホットの缶コーヒーを2本購入する。

素早く階段を上がり、事務室に戻った。

 

「はい、お待たせ」

「……ハイ……」

 

 2本のうちの1本を彼女の目の前に置く。

そして俺自身は、彼女の向かい側に座り、缶コーヒーを開けた。

 

シュコッ

 

いい音がする。少し飲み干す。

 

 俺の様子を彼女は、ただ眺めているだけ。

リラックスして欲しいんだけどなぁ……。

右手で「どうぞ」とジェスチャーをする。

彼女は、オドオドしながらも、缶コーヒーに手を伸ばす。

 

「熱っ!」

缶が熱かったようだ。手を込めている引っ込めている。

今までおっとりした様子だった彼女に、似つかわしくない反応。

 

「……ぶちょー、私、熱いのダメなんですー」

言葉まで流暢になっている。

 

「えっ?」

「……あ……」

 

 驚いて聞き返す。

一瞬だけ、彼女の目が開かれた気がした。

そして、その空間だけ、時間が止まっているようにも見えた。

が、次の瞬間、普通のサイズに戻り、口元は笑みをたたえている。

 

「……コホン!」

唐突に、軽く咳払い。

 

「部長、私、熱い、の、ダメ、なんです……」

 

なんと彼女は、普段の口調で言い直した。

 

いやいやいや。なぜ、言い直す?

 

誤魔化すつもりだったよな?

誤魔化すつもりでしたよね、榎本さん?

 

吹き出しそうになるところを堪えて、彼女を見つめる。

俺の視線から逃げるかのように、俯いている。

 

「今のは、素、なのか?」

「……」

 

「まあ、榎本の事情は知らないが……」

黙り込んでいる彼女に向けて、言葉を続ける。

 

「俺は、そっちの方がいいかな」

 

言った後に、しまったーと、思った。

 

 勝手な持論を話してしまったことに。

素じゃないかもしれない。

何か、誰にも話せない事情が、あるのかもしれない。

そもそも、彼女側にしてみれば、「構うんじゃない!」、そんな事案だ。

仕事に支障がないのなら、上司が口を挟むのは、おかしい。

とはいえ、ビクビクして言葉が遅い彼女に、思うところがあるのは事実だ。

そんな彼女が、先程のように、流暢に話ができるなら、ぜひお願いしたいところである。

恐る恐る、彼女の反応を観察する。

 

 彼女は一瞬、目を見開いた。そしてすぐに瞑った。

その間に、ツインテールを結んでいた輪ゴムを取っていく。

そして、2つを1つにまとめて結ぶ。

これは、ポニーテールだな。

リアルに馬のしっぽと思うくらいの髪量だ。

 

「いやー、ぶちょーにそれを言われてもー」

 

 髪形の変わった榎本は、今までがウソに思うくらいに、流暢な言葉を発していた。

流暢になったが、敬う心まで、無くなってしまったようだが。

 

「おい、榎本。一応、俺、上司なんだけど」

「あ、すみませーん」

 

 言葉で誤っているが、笑顔。何も反省の色がない。

とりあえず、緊張はなくなったようなので、疑問に思ったことを質問する。

 

「髪形を変えると、言葉遣いも変化するのか?」

「そうだよー、ぶちょーは嫌だったー?」

 

 お互い、イスに座っている状態なのだが、わざわざ下から覗き込んでくる。

作業着の胸元から谷間が……は、中に来ているTシャツに阻まれて見えなかった。

そもそも、谷間ができるほどの、大きなものは存在していなかった。

下から覗き込まれるのは、嫌ではないし、むしろ好ましい。

 

「確かに、俺はこっちの方が助かるが」

「……助かるが?」

 

「お前、仕事場でもこの言葉遣いは、いろいろ不味いだろうよ」

「……そうかなー」

 

「そうだよ、これじゃあ、友人同士の関係だからな」

「……友人でいいじゃん」

 

「いやー、俺、上司なんだけど……」

「ぶちょー、堅いこと、言わない、言わない」

 

 ニコニコしている榎本 あかり。

ここまで変化するか、普通はしないぞ……。

ため息が出る。

仕方ない、出番だ秘密兵器。

彼女のおでこに両指をセットする。

 

ペコッ

 

デコピンが発射された。

 

「いったーい!」

おでこを右手で抑えて、机に伏せる彼女。

 

「いきなり、デコピンするなんてー、信じられないー!」

「すまんな。言うことを聞かない悪い部下には、こうすることにしている」

 

「えーっ!鬼!悪魔!優のバカ!」

 

おいおい、コイツ、どさくさに紛れて「優」と呼びやがった。

もう1度、秘密兵器発射するか?

まあ、悶絶しているから、許してやるか。

そのまま話を続けよう。

 

「で、本題に入りたいんだけど、いいか?」

「グスッ……いいけど……」

 

おでこを擦りながら、同意してくる。

 

「昼の生放送の情報って、どこから得たんだ?」

「……うーん、私、わかんなーい」

 

 榎本は、首を横に振りながら答える。

おでこの痛みは気にならなくなったようだ。

口調が戻っている。

言葉を伸ばしてくるため、真面目に答えているように聞こえないという、弊害が起きている。

 

「えっ?わかんないって、お前が持って来たんだよな?」

「持って来たのは私だよ。でも、わかんない」

 

情報を持って来たのは認めた。でもわからないって……。

 

「おいおい、それはないだろう……」

彼女を睨みつける。しかし、彼女の表情に負の感情が浮かんでこなかった。

 

「なあ、榎本」

「2人のときは、『あかりん』って呼んで欲しいなー」

 

 いやいやいや、「あかりん」って呼ばないから。

呼ばないぞ、絶対。ツイテのときなら……と考えてしまったのは、秘密である。

 

「榎本、ノゾミの情報は何処から手に入れた?」

「『あかりん』だもーん」

 

マジかー

 

「じゃあ、あかりん、ノゾミの情報は何処から手に入れた?」

「わからないー」

 

「おいおい、『あかりん』と呼んだら答えてくれるのではなかったのか?」

「言ってないよー、私はそんな軽い女じゃないからー」

 

 軽い女って……。俺にはノゾミがいるから、女は間に合ってるよ。

これは、質問に全く取り合ってくれないな……。

 

「これは、もしかして、聞いても教えてくれないってこと?」

「ハイ、正解でーす、ぶちょー」

 

 ああ、ただの無駄時間だったか。

帰ってノゾミに聞いた方が、分かるかもしれない。

 

「そうかー、じゃあ、この会議は終わり」

「えーっ!もう終わりー?早くない?」

 

「早くない。何もないなら、俺は帰る」

「あー、愛しのノゾミちゃんが待ってるって、かー」

 

 よくわかってるじゃないか。

そうだ、ノゾミが、餃子作って待っているはず。

 

「餃子の他に、シュウマイもあるようですよー」

 

 なぜコイツが、さも当然のように、答えることができるのだろうか。

本当にシュウマイがあったら、どうしてくれよう。

その場合は、榎本 あかりが、何らかの方法で、情報を得ていることになる。

 

「じゃあ、解散だ、解散」

「もう、ぶちょーのいけずー」

 

 そう言いながら、事務室を出る。

榎本も俺の後を付いてくる。

男子更衣室と女子更衣室は隣同士なので、当然のことなんだろうけど。

ようやく家に帰ることができる。長かった今日の業務は終了。

 

……しかし、家にはノゾミがいる。

身体や気持ちは癒されるが、休まるかどうかは、未知数だよな……。

 

本日、何度目かのため息をついて、着替えを始めたのであった。




次の話は、明日15時に投稿します。


【シダレザクラ】

バラ科サクラ属のシダレザクラ(枝垂れ桜)(学名:Cerasus spachiana f. spachiana)は、イトザクラ(糸桜)とも呼ばれている。

枝が垂れている桜の総称で、エドヒガンの変種が多く様々な品種がある。
寿命が長く、古い建物のそばにしっかりと根付き、立派な老木になっているものもよく見かける。

長い枝を垂れ下げ、その先端にたくさんの花をつける。
淡いピンク色をした一重の花を咲かせるものが多いが、八重咲きのもの(ヤエベニシダレ)、白い花を咲かせるもの(キヨスミシダレ)、淡い紅色の花を咲かせるもの(ベニシダレ)など、花の形態も色も多数ある。

イトザクラと呼ばれるのは、糸を垂らしたような花姿から。

なぜ他の桜と違い、枝が垂れるのかについてだが、ある研究グループがこのような見解を示している。

どんな植物も枝が伸びると重力によって下に垂れそうになるが、普通の植物には、それに打ち勝つだけの復元する力があり、上に向かって伸び続ける。
しかし、シダレザクラは、その力が弱く、垂れてしまう。
人間が支え木などをして育てていかないと、大きくならない。

支え木をせず、垂れたままだと、地面に枝が付き、様々な病気を誘発してしまう。
そのため、人間の手助けナシでは、大きくなれない。

開花時期:4月
花色:ピンク色、白色
原産地:日本、韓国


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第21話 サワギキョウ

いつも読んでいただき、ありがとうございます。
お気に入り登録と評価が増えて、非常に喜んでおります。

これからも、よろしくお願いします。

【ここまでのあらすじ】
あかりと話したものの、収穫、ナシ。


 着替えを終わらせて、事務所棟を出る。

ここからバス停まで、数分間、歩く必要がある。

最初は、面倒に思っていたこの道のりも、5年も通うと慣れるもので、今では何とも思わない。

 

 

 ゆっくり歩を進めていると、キューッと音がした。

自転車のブレーキ音。

自転車が減速し、俺の左隣に来ると、停止する。

飛び降りて、自転車を押して歩き出す。

そのまま、俺に並んで歩くようだ。

 

「ぶちょー、なんで、待っていてくれないんですか?」

 

 頭の後ろの馬のしっぽが、左右に勢いよく揺れている。

ハイネックセーターとパンツ姿。

寒いのか、首元にストールを巻いている。

 

「折角、仲良くなったんですから、一緒に帰りましょうよー」

 

榎本か。

仲良くなったって言うけど、それはどうだろう。

俺は、彼女にとっての上司。

接点が増えただけで、仲良くしているつもりはない。

 

「なあ、榎本」

「榎本じゃないですー、あかりんですー」

 

……まだ続くのか、その呼び名。

参ったなぁ……外でその名前で呼ぶのは、勘弁してほしいのだが……。

 

「すまん。あかりん」

「なんですかー、ぶちょー」

 

「豹変しすぎじゃないか?」

「そうですかねー」

 

 態度を嗜めても、気にする様子のない彼女。

普段は、モジモジしている感のあった彼女が、ここまで変化した。

 

 個人的な好みで考えると、こちらの方がいい。

何より、ハキハキしている。

俺のせっかちな性格のせいかもしれないが、好意的に見ることができる。

 

 しかし、「丁寧語、何それ」の言葉遣い。

そこまでではないが、何となく、全体的に言動が、軽い感じがする。

俺以外の、他社も含めた上司にも、この態度だと、普段の仕事に、支障がありそうだ。

ため息が出る。

 

 なぜ、彼女の性格というか、様子が変化したのか、振り返ってみる。

最初に会ったときは、普通だった。

しかし、事務所で話をしている途中で、明らかに言動が変化した。

 

……そういえば、髪形を変えたなぁ……

 

1つの疑念が持ち上がる。

まさか。

そんなことがあるのか。

 

「お前って、髪形を変えると、性格も変わるのか?」

 

 普通に考えると、有り得ない。

もしかしたら、本人すら、知らないことなのかもしれない。

けれど、彼女とつきあっていく上では、知っておいた方がいいかもしれない。

そう思った俺は、そんな質問をしてみた。

 

「ブーブー、『お前』って言わないで下さいよー」

 

 下から睨んでくる。いや、お前、俺の部下だしさー。

なるべく「あかりん」って呼びたくないんだよ、わかってくれよー。

 

「で、あかりん。どうなんだ?」

「うん、変わるよー」

 

 当然のように返ってきた。その表情はにこやかだ。

変わるのかー。そこは驚きだわ。

あまりにも当然のように言われたので、スルーしそうになったわ。

 

これって、人間として可能なことなのか?

 

たくさんの訓練積むと、できるようになるものなのだろうか。

でも、そのために訓練する……その意味がわからない。

様々な疑問符が、頭の中を駆け巡る。

 

そこからは、彼女から説明を受けた。

 

 髪形を変えることがスイッチとなり、性格が変わるということ。

ある程度気を付けていれば、変化に抗うことができるらしい。

でも、少しでも気を抜くと、その性格になってしまうようで、難儀である。

 

なぜ、そんなことになったのか、聞いてはみたが、答えてはくれなかった。

 

 彼女が言うには、ツインテールにしているときが、1番ブレがない。

そういうこともあり、仕事中は、ツインテールにしているようだ。

彼女自身も、全部の髪形をしたことがないので、全てはわかっていないらしい。

 

 そうこう話しているうちに、バス停に到着した。

まだバスは来ていないようだ。

残業終わりの時間でもない、中途半端な時間。

当分、来そうにない。

 

時間があるので、本当に変化するのか、確かめたくなった。

 

「ならば、髪形変えてもらっていいか?」

「うん、いいよー」

 

 今まで押してきた自転車を停めて、俺と向かい合う。

周囲には俺たちの他、誰もいない。

 

 彼女は、慣れた手つきで、ポニーテールをまとめたゴムを外す。

解放された長い髪を、手櫛で簡単に整える。

2つに分けて、両耳より下でゴムで束ねた。

1分もかけていないだろう。

ツインテールが完成した。

 

「できましたの……」

 

 ゆったりとした声。

彼女は、お腹の前に軽く両手を組んでいる。

 

「佐々木様、これでよろしくって?」

 

 ん?まともそうに見えるのだが……「よろしくって」とは。

少し大人しそうだが、工場でいるときほど、オドオドしていない。

むしろ、言葉に力があるような印象を受ける。

 

「榎本、この性格でいけば、いいんじゃないのか?」

 

そんな俺の声に、首を横に振って答える。

 

「いくらか、問題がありますの」

ゆっくりとした口調で、続ける。

 

「この髪形でございますと、ヘルメットに入ってくれませんの……」

 

 確かに。ヘルメットを被ったとき、結び目はヘルメットの下。

当然、結び目より下の髪を隠すことができず、工場では違反対象となる。

 

「佐々木様」

 

 そう言って、俺を見つめる。

目の力だけで、なぜか、プレッシャーを感じる。

俺の名を、あえて呼ぶことで、注目を向ける手法なのか。

 

「皆さまをお呼びいたすときに、『様付』になってしまいますの」

 

 そこまで話すと、彼女は、少し視線を下に向ける。

若干俯いた感じも、両手をお腹の前で軽く組んでいる格好と相まって様になっている。

……ドレスではなく、パンツルックなのが、残念なくらいに。

 

 様付かー。よく聞くと、先程から俺のことを「佐々木様」と呼んでいる。

そして、ノゾミも驚くくらいの「お嬢様言葉」がふんだんに使われている。

これを工場で使われると……、相手の方が恐縮してしまう。

そして、お嬢様のイメージで、仕事を任せることが難しそうに感じてしまう。

 

「あー、確かに、これでは日常に支障がでそうだな……」

「恐れ入ります……」

 

 彼女が頭を下げてくる。

微笑んでこちらを見つめている。

 

先程のフランクな性格と正反対の雰囲気。

厳かなオーラすら感じる。

見ている感じだと、面白そうなんだけどな。

これを毎日されると、周りが苦痛かもしれない。

 

「では、榎本。別の髪形にできるか?」

「さようでございますか。少しお待ちになって?」

 

「さようでございます」

ついつい言葉が移ってしまった。

 

 まるで目の前の女性が、真正のお嬢様のように思えた。

演じているようにも、見えないこともないが、言葉に引っ掛かりがない。

不自然さが全くないのだ。

いったい、彼女の思考回路は、どうなっているのだろうか。

 

 俺が考え込んでいる間に、彼女の「模様替え」は進む。

2つに分けていたゴムを取り、再度手櫛で整えている。

髪をひとまとめにして、彼女の右側頭部に結び目を持ってくる。

右側サイドテールか。

ポニーテールと違ったものが出てくるのか、これ?

あー、でも、ツインテールの結ぶ位置の違いでも変化があったんだ、愚問だな。

 

「佐々木部長、お待たせ、なのー!」

 

また、なぜそんなキャラが生まれるのかよ……。

でもまあ、「なのー」と付く以外は、日常に支障がなさそうなんだけど……。

 

「これは、いいんじゃないのか?」

 

 同じように聞いてみた。

しかし、彼女は、またも首を横に振る。

 

「……年齢的に苦しい語尾、なの……」

 

 天真爛漫キャラが宿っているのか、笑顔だ。

しかし、その中でも哀し気な表情が浮かんでいる。

 

 彼女は22歳。

「なのです」キャラならともかく、「なのー!」と叫ぶのは、ひとによっては引くだろうなぁ……。

まあ、この俺自身、本当に「なのー」と叫ぶひとに、初めて遭遇したのだが。

 

 

 あと考えられる髪形は……。

三つ編み、お団子、ショートカット、パーマ、ボブ……。

これは、佐伯がいるときに、いろいろチャレンジした方がいいかもしれない……。

 

個人的には、下結びのツインテールのキャラがいいのだが。

ただ、それをするためには、髪がヘルメットに入るようにしないと……。

 

「……と、いう感じだな!どう、楽しめただろう?」

 

ん?口調が違う。

……ということは、また髪形が変わったのか……。

彼女をまじまじと眺める。変わったところはない。

……ん?結び目がない?そうか、普通のロングヘアか。

 

「何も髪を弄ってなかったら、こんな感じ、ということか」

「おう、緊張さえしてなけりゃな!」

 

 男勝りな口調だな。

……いや、俺、上司なんだが、少しは緊張しろよー。

とはいえ、この口調なら、問題ないのではないだろうか。

 

「これでいいんじゃないのか?」

 

この言葉3度目。

しかし、これにも彼女は首を横に振る。

 

「ウチの妹がね、この口調を許してくれないんだよ……」

そうか。それはまた、難儀なことで。

 

「佐々木殿は、お気に入りはあっただろうか……?」

 

 殿ってなんだよ、殿って。

これはダメかもしれない。相手が畏まる。

彼女から目線を外し、本日遭遇した彼女「たち」を思い出す。

 

 

何もなし:男勝り、殿付

ツインテール:モジモジキャラ

ツインテール下結び:お嬢様キャラ、様付

ポニーテール:伸ばし言葉、少し軽い

サイドテール(右):なのー

 

 

 うーん、どれも一長一短だな……。

個人的に無難で推したいのは、「お嬢様キャラ」なんだけどな……。

 

「ツインテール下結び、これで行くか?」

 

 モジモジしているよりは、マシだろうと思うんだよな。

他のキャラは、俺以外の社員とトラブルになるかもしれない。

考えすぎなのかもしれないし、個人的趣向が入っているのかもしれないが……。

 

 彼女から答えがないので、目線を戻すと、彼女は変身途中だった。

手櫛を軽くして、2つに髪を分け、コムで結ぶ。

 

「佐々木様、これでよろしくて?」

 

お嬢様の口調に戻った。

 

「ちょっといいか?」

「よろしくてよ」

 

 彼女の答えを聞いて、彼女の後ろに回る。

両側のツインテールの結び目付近をつかむ。

そんな俺の行動に驚いたのか、彼女の身体が少し震える。

緊張感を持っているようだが、さすがはお嬢様、取り乱さない。

されるがままになっている。

結び目付近を彼女の後頭部付近に付けるような形に折り返す。

うん、これならヘルメットの中に納めることができそうだ。

ツインテールを解放する。

 

「佐々木様!」

 

 解放されたことがわかったのだろう、俺の正面に向き直り、非難の声を上げる。

顔が少し赤い。お嬢様キャラだからなのだろうか。

 

「佐々木様。このようなことは、二度と、なさらないでくださる?」

「次からは、気を付けます」

 

うーん、ついつい丁寧に返してしまうな。

 

「ありがとう存じます」

 

憤慨しているのか、照れているのか、表情はわかりにくい。

が、口調はゆっくりしっかりとしていた。

 

「榎本。ツインテールはヘルメットに入りそうだぞ」

「さようでございますの?」

 

彼女の中ではピンと来ていないようだ。

俺は言葉を続ける。

 

「ああ、先程、髪をつかんだのは、それを確かめるためだったのだが……」

 

 それを聞いて、彼女は両ツインテールをつかんで、自分自身の後頭部に誘導する。

俺の言ったことを理解したようで、満足そうだ。

 

「恐れ入ります」

 

ツインテールを解放した後、軽く頭を下げてくる。

そうこうしているうちに、ようやくバスが来た。

 

「榎本。バスが来たから、帰るわ」

財布からICカードを取り出す。

 

「今日はありがとな」

彼女に見つめられる。

 

「明日からはその調子でよろしく」

「よろしくてよ」

一瞬、とまどいの表情が現れたように見えたが、そんな答えが返ってきた。

 

「ごきげんよう」

 

 彼女はそう言うと、自転車に乗って去っていった。

自転車に乗るお嬢様。アクティブだなぁ……。

あ、お嬢様ってわけではないのか。

ないのか?本当はどうなんだろうか……。

 

 バスに乗り込む。

路面電車の電停までの、短い移動だ。

席に座り、考え込む。

 

 結局、なぜ榎本が、ノゾミのデータを知っていたのか、聞けなかったなぁ……。

それよりも、榎本の特殊な性格が解ってしまったという、ね。

 

悪い娘ではないんだが、謎が多い。

 

 これは、俺の周辺に配属した方が、いいのだろうか……。

佐伯に続いて、榎本までも、周辺に置いたら、また変な噂が立つだろうなぁ……。

それよりも先に、佐伯を説得する必要があるかな。

榎本を配属するための理由を、見つけてこないと。

今度、本社に電話してみるか……。

 

 

 考えを巡らせながら、電車に乗り換える。

もうすぐで、ノゾミの待つ我が家へ着く。




次の話は、明日15時に投稿します。


【サワギキョウ】

キキョウ科ミゾカクシ属のサワギキョウ(沢桔梗)(学名:Lobelia sessilifolia)は、別名宿根ロベリアとも呼ばれる多年草。

すらりと伸びた茎に、さわやかな青紫色の花が長い穂になって咲く。
花びらは上下2唇に分かれ、上唇は鳥の翼のように2裂し下唇は3裂する。
名前に「キキョウ」とついているが、花色が似ているため。花姿は全く異なる。

宿根ロベリアは、「ベニバナサワギキョウ」の交配種で、こちらは青や紫以外に赤、ピンク、白などがある。

麻酔などの効能をもつ薬草として利用された例もあるが、危険が多いようである。


開花時期:8月~9月
花色:紫色、青色、赤色、ピンク色、白色
原産地:日本、韓国、中国


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第22話 イワレンゲ

読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
ようやく我が家に帰れるようだ。


 路面電車を降りて、信号が変わるまで待つ。

広島にある路面電車は、道路の中央付近を走っている。

そのため、横断歩道を渡らないと、歩道にたどり着けないのだ。

 

 横断歩道の信号が、青になった。

ゆっくりと歩き始める。

家の近くにある、ケーキ屋を見つめる。

家で待っているであろう人物を思い、ケーキを買って帰ることにした。

イチゴのショートケーキとモンブラン。

大概の女性は、甘いものが大好きだ。

ケーキが嫌い、ということはないだろう。

嫌いだったら……、仕方がないので、俺1人で食べよう。

 

 

 階段を上り、家のドアの前まで来た。

先週までとは、違う雰囲気を感じる。

家には、俺の帰りを待ってくれている存在がいる。

そう思うだけで、心の奥底が熱くなる。

そして、そんな気分になっている自分自身に苦笑する。

 

まだ初日だぞ、と。

 

 ノゾミと暮らし始めて、初めての帰宅。

昨日の出来事から、護らなくてはならない存在ができた。

このドアの向こうで、待ってくれているはず。

 

ドアノブをつかむ。回す。引く。

 

ガタン

 

抵抗を感じる。

 

あれ?なぜ、鍵がかかってるんだ?

 

 一瞬考えて、1つの結論にたどり着く。

女性が住居で1人でいる場合は、防犯上、鍵をかけるということに。

さらに、鍵が壊されて開いたときに、最後の門番となるドアチェーン。

そこまでしていても、おかしくはないはずだ。

 

彼女に、1人暮らしの経験はない。

 

 しかし、親が不在のときが、多かっただろうから、自ずから防犯意識は、身についていると思われる。

ましてや、彼女は東京出身。

ここ広島より都会の分、常識的な対処なんだろう。

 

むしろ、鍵がかかっていない方が、非常識なのだ。

 

俺は、思い直して、鍵を開ける。

 

カチャリ

 

ドアノブを引く。

 

 ここで、チェーンが引っかかって……ということはなかった。

あれ?なぜ、チェーンをしてないのだろうか?

都会育ちの彼女なら、当然しているものだと思ったのだが……。

 

「ただいまー」

 

 家の中に人がいるなら、言うべきだろう。

久しく言う場面のなかったその言葉を、少しの勇気を持って叫ぶ。

高揚する気持ちを抑えながら。

 

……しかし、返答がなかった。

 

あれ?ノゾミは?

 

 家の中を見渡す。電灯は、消えていた。

キッチン台の上は、きれいに片付いている。

キッチン周りや洋室も、掃除をしてくれているようだった。

洋室の真ん中にあるテーブル。

その上には、彼女のノートPCが置いてある。

ベランダを覗くと、洗濯物が干してある。

かなり汚れていた作業着も、綺麗な青が映えるほどになっていた。

 

ノゾミは、何処に行ったのだろうか?

 

 電話をして連絡を取ることを思いつく。

が、携帯番号などのアドレスの交換を、していなかったことに気づいた。

 

うーん、連絡手段がない……。

 

 そういえば、ノゾミに何時に帰るか、伝えてなかったなぁ……。

16歳の高校生だ。友人と遊びにでも、行ったのかもしれない。

でも、餃子を作って待ってる、と言ってたよな……。

あれは、ウソだったのか、それともただの思いつきだったのか。

そもそも、俺が何時に帰ってくるのか、知らないのでは、無理な話だな。

 

 

 それはそれとして。

買ってきたケーキを、冷蔵庫に入れよう。

そう思って冷蔵庫を開けると、餃子の皮の入った袋と、ボウルが目に入ってきた。

ボウルには、ミンチ肉と緑色っぽいものが入っていた。

ラップを外し、匂いを嗅いでみる。

緑色の物は、匂いからニラとわかった。

他にショウガとかも、入っているようだ。

これは、餃子の餡だな。

 

餃子の皮と餡が、用意されている……。

 

 思っていたより、本格的なものを作るつもりだったようだ。

冷凍や、焼くだけで済むものを、用意しているだろうと予想していたので、驚いた。

 

今は時間がある。

 

 そして、ノゾミが帰ってきたら、すぐに食べることができるようにしたい……。

それならば、この餃子の材料を、調理する直前の姿に、してしまうべきだろう。

俺は、ケーキを中に入れると、皮と中身を取り出した。

 

 

 キッチン台の上に、餃子の皮と、餡の入ったボウルを置く。

円形の皮を取り出し、餡をスプーンですくい、皮の真ん中に落とす。

皮のへりに水分を付けて、餡を落とさないよう、へりとへりを折り合わせる。

時間をかけて1つずつ、ひだを作りながら、少しずつ進めていく。

 

餃子の皮の包み方。

 

 知識としてはあるものの、滅多にすることがない。

インターネットで検索しつつ、確認しながらの作業になった。

普段は、焼くだけで済むものを購入しているため、皮を包むことまではしないのだ。

そういうこともあり、1つ目はかなり歪なものが完成した。

皮が破けなければいいだろう。

そう思い、引き続き包んでいく。

 

 餃子の皮・25枚入り。

餡の量を考えると、半分くらい使うことになりそうだ。

5つくらい作って気づく。平皿の上に置くと、引っ付いて取れない……。

無理に持ち上げると、皮が破けそうだ。

インターネットでは、クッキングペーパーを敷けばいいと書いてある。

しかし、そんなもの、今、無いのだが、どうしようか……。

 

パタパタパタパタ……

 

思案していると、家の外で音がした。

走る足音。そしてドアの鍵を開けようとしている。

 

「あれ?えっ?なんで開いてるの?マジでぇ……」

 

聞いたことのある、女性のつぶやきが聞こえてきた。

 

バタン

 

 ドアが開く音がすると、勢いよく家の中に入ってきた。

黒髪ロングでミニマムな、家の中で待っているはずの女性。

紺色のロングキャミワンピース。

下にベージュのフカフカ感のあるTシャツを着用している。

手には、袋を持っていた。

 

「あっ!ユウ兄、おかえりなさい……」

「ああ、ただいま。ノゾミこそ、おかえり」

 

俺の姿を認めると、その場にへたり込む。

 

「どうした……?」

 

 彼女に声をかけるものの、うつむいている。

手を洗い、タオルで水気を拭き取る。

彼女の元へ駆け寄り、同じ目線になるように、しゃがみ込む。

落ち込んでいる様子の、彼女の頭を撫でる。

 

「うううううううううう……」

 

ノゾミは、唸っている。

なぜなのだろうか。

 

「どうしたー?」

「……ユウ兄が帰ってきたところを、お出迎えしたかったのに……」

 

なぜ、彼女がへたりこんでいるのか。

そんな可愛い理由だった。

 

「……そうか……」

「……うん……」

 

 落ち着いてきたようだ。

俺は、ホッとするとともに、そんな彼女を見つめる。

なんて可愛いんだ。

緩やかな空気が流れる。

が、ノゾミは台所の上を見て、目を見開く。

クワッという擬音語が、当てはまりそうだ。

 

「ユウ兄!」

「ど、どうした?」

 

突然叫ばれてびっくりする。

彼女は立ち上がり、俺を見下ろしてきた。

 

「ユウ兄!餃子包んでしまったの?」

「ああ」

「もう!信じられない!」

 

彼女は、なぜか怒っている。

そうか、一緒に作りたかったのかな。

 

「もうー、ユウ兄!餃子は、クッキングペーパーの上に並べないといけないのにー!」

「……えー」

「ほらぁ、やっぱり……。お皿にくっついて、皮が破けてしまうじゃない……」

 

 お皿に並べた餃子を持ち上げて、不服を言ってくる。

全く予想が外れた。

俺の嫁は、思った以上に現実的だった。

 

「でもさ、クッキングペーパーなんて、無いけど……」

 

 そんな俺の言葉に頷きながら、袋から何かを取り出す。

クッキングペーパー。

ああ、これが欲しかったんだよ。

 

「買い忘れたことに気づいて、スーパーに買いに行ってたんだー」

「だから、俺が帰ったときに居なかったのか……」

「……えっ?」

 

なぜか驚かれた。そうじゃないのか?

気になったので、聞き返す。

 

「えっ?違うのか?」

「……買った後、小夜の家でゆっくりしてた……」

 

そうか、友達の家に行っていたのか……。

なぜか、悪いことをしたように、ノゾミはシュンとしているけど……。

 

「まあ、いいんじゃないか」

「いいの?」

 

「ああ、学生だしさ、友達と遊びたいだろー?」

「あー、でも、私、ご飯作るって言ったし……」

 

俺の言葉に少し思案顔になって、静かに呟いてくる。

自分自身で言い出した手前、バツが悪いのかもしれない。

 

「そこは、無理するなよ」

「うん」

 

沈んでいた表情が、輝きを取り戻す。

 

「まあ、連絡は欲しいから、後でアドレスを交換しておこう」

「そうそう、アドレス交換、し忘れてたよねー!うけるーー」

 

 そう言うと、コロコロ笑い出す。

ようやく笑顔になったな。

顔合わせてから、ずっと沈んでいたから、気になっていたんだよ。

 

ノゾミは、新しい平皿を取り出し、クッキングペーパーを広げる。

俺の包んだ餃子を、クッキングペーパー上に移し、隣にいる俺に振り向く。

 

「ユウ兄、下手くそー」

「仕方がないだろ、慣れてないんだから」

 

「これなんか、ひだとひだの間隔、空きすぎー」

「うるさいなー」

 

俺の包んだ餃子を見て、散々な批評をしてくる。

皿から移す際に、引っ付いて破れてしまったものもあり、悲惨な状態だ。

 

「ノゾミ、お前はちゃんと作れるって言うのか?」

 

俺が不服を漏らすと、サムズアップをしてきた。

どれだけ自信あるんだよ、ならば、見てやろうか。

 

 

 彼女は、エプロンをして、キッチン台に立つ。

餃子の皮を持つと、餡を入れ、サササーッとあっという間に包んでいく。

8個作ったところで、餡が無くなった。

俺の包んだ5個と、ノゾミの包んだ8個。合わせて13個。

 

 

 今日の夕飯は、ご飯と餃子……と思っていたら、彼女はまだ、何かを作るらしい。

冷蔵庫から野菜を、冷凍庫から豚肉を取り出した。

豚肉を電子レンジで短時間で解凍して、少量を切って冷凍室に戻す。

キャベツも少し切って冷蔵庫に戻し、もやしはザルに上げて軽く水洗いをする。

フライパンに油ひいて、豚肉、もやし、キャベツと入れていく。

野菜炒めだな。

軽く塩、コショウをふって、あっという間に完成したようだ。

 

「ユウ兄」

「なんだ」

 

「ご飯、よそってくれますか?」

「おう」

 

 ノゾミは、隣で観察していた俺に、指示を出してくる。

茶碗を2つ取り出して、炊飯器に向かう。

炊飯器は、すでに保温を示している。

炊き上がっているようだ。

 

 ご飯をよそっている横では、じゅわーっという音がしている。

ノゾミは、もう1つのフライパンに、餃子を並べて、焼き上げていた。

その間に、野菜炒めの盛り付けを済ましている。

盛りつけた皿を受け取り、テーブルに持っていく。

餃子は最終段階のようだ。

ノゾミは、餡の入っていたボウルや、餃子を置いていた平皿などを洗っていく。

手際がいいなぁ。感心していた。

 

「あーーーーっ!しまったーーーー!」

 

不意にノゾミが叫ぶ。

そしてこちらを向く。絶望感一杯の表情だ。

 

「ラー油、買い忘れた、あと、みりんも」

 

みりんか。

確かに餃子のつけダレは、醤油と酢、みりんを入れて作る。

お好みでラー油かごま油を入れる形である。

 

「ポン酢ならあるぞ」

 

苦肉の策だが、ここは代用となりそうなポン酢を勧める。

過去に皆で集まって鍋をしたときに購入したものが残っていた。

 

「ラー油……」

 

そうか、辛い方がいいのか。

でも、無いものは仕方ないよ、ノゾミさん。

 

 

そんなこともありながら、無事に盛り付けまで終わった。

餃子は、俺が8個、ノゾミは5個。

 

「破けたのは、俺のせいだから、交換しないか?」

「いいえ。ユウ兄が作ったものだから、いいのです、譲りません」

 

 いい笑顔で断られた。

よく見ると、俺の皿には、同じ形のひだの、ノゾミが包んだきれいな餃子が、盛り付けられていた。

それに比べて、彼女の皿には、一部、見るも無残な俺作成の餃子だったものが何個か存在している。

 

いいのかなぁ……。

そう思って見つめていると、睨まれた。

 

 ご飯に餃子、そして野菜炒め。

昨日の夜の時点で、薄々感じていたが、確信してもいいだろう。

ウチの嫁さんは、高校生ながら、主婦顔負けの料理の腕を持っているようだ。

 

本当に、俺には、もったいない。

 

「しかしまあ、手際が良すぎる、すごいな」

 

そんな俺の言葉に、彼女の瞳が大きく見開かれる。

ニコッとして、頭を右に傾け、右手でピースサインをしてくるのであった。




次の話は、次の日の15時に投稿します。

【イワレンゲ】

ベンケイソウ科イワレンゲ属のイワレンゲ(岩蓮華)(学名:Orostachys iwarenge Orostachys)は、別名ホトケノツメ(仏爪)とも呼ばれる。

岩場に生え、葉姿がレンゲやハスの花に似ていることから名がついた。
多年草植物であるが、開花結実すると、その株は枯死する。cw

外国産の多肉観葉植物が少なかった頃には、盛んに栽培され、特に明治年間には、多数の園芸品種が作出された。

葉は全体に多肉で、蓮華状に重なってつき、粉白を帯びた淡緑色をしている。
大きなもので径10cmになるロゼット(タンポポなどが冬越しのときに地面一杯に広がっている様のような状態)を作る。葉はやや扁平の形をしており、4~6cm程度の長楕円状のへら型をしている。
花序は、密な円錐状でロゼットの中央の軸の上方につく。
白色で小さな花を、花序の下の方から咲かせる。

開花時期:9月~11月
花の色:白色
原産地:日本


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第23話 テンドロビウム

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
夕飯を希が作りました。


 ノゾミと向かい合って食事をする。

彼女の皿には、俺の包んだ餃子のようなものがある。

皮が裂けているので、ただの肉団子……。

それに比べて、俺の皿には、彼女の作った餃子が並ぶ。

破けもなく、程よくキツネ色をしている。

箸で掴み、口に運ぶ。コゲの固さは程良い。

ニラとショウガの香りが、口の中に広がる。

 

「これって、ニラとショウガ以外で、何が入ってるんだ?」

「にんにくとキャベツ、かな」

 

 餃子といえば、にんにく。

やはり、入っていたのか……。

しかし、にんにくの味は、ほとんど主張していない。

 

「美味しいよ」

 

 彼女は、目を細めた。

野菜炒めも塩コショウが効いている。

 

「よかった。これからもユウ兄のために、料理作るね」

 

 俺は頷いた。

これから先、ノゾミが夕飯を作ってくれることになるようだ。

非常にありがたい。

しかも、料理は美味しい。願ったり叶ったりだ。

 

今までの食生活を思い浮かべる。

 

 近くにコンビニが多いため、どうしてもコンビニ食が多くなる。

決して身体に良いとは思えない。

スーパーマーケットが何店かあるが、こちらでも買い物するのは、弁当やカップラーメンが主だ。

焼いて味付けだけで済む肉はともかく、野菜や魚は、1人暮らしで調理するには、量が多すぎる。

そして、仕事から帰った後は、疲れた身体を引きづって、料理するのは辛い。

それよりも、すでに出来ているコンビニ弁当。

お金のことを考えなければ、楽な方に行くのは、残念ながら抗えなかった。

 

それが、昨日から一緒に住んでいる彼女のおかげで、改善する。

 

ふと、思い浮かべる。

 

 

 

 

会社から帰ると、家には明かりが。

ドアを開ける。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、今日もご苦労様、あ・な・た」

 

俺が脱いだスーツを、ノゾミがハンガーにかける。

 

「ご飯にします?お風呂にします?それとも、わ・た・し?」

 

「ワタシ一択で!」

 

 

 

 

「……ユウ兄?『ワタシイッタク』って、何のこと?」

 

俺の正面に座っているノゾミが、首を傾げている。

 

 どうやら、思い浮かべながら、声に出してしまったようだ。

少し気恥ずかしい。そもそも、スーツ着てないだろう……。

そして、「ワタシ一択」って、どれだけ飢えてるんだ、俺は。

 

「いやー、何でもない」

 

 と、答えたものの、この妄想、彼女に言ってみた方が、面白いかもしれない。

恥ずかしがって、真っ赤になってくれるのでは、ないだろうか。

そんな下心を持ちつつ、実行に移す。

 

「いやな、俺が会社から帰ってくるよな」

「うん」

 

 箸で野菜炒めを食べながら、頷いてくれる。

話を聞いてくれるようだ。

 

「それでな、ノゾミが、こんなことを言ってくれたら、いいなーって思い浮かんだ」

「私が?何を言って欲しいの?」

 

 食事をしているときって、なぜここまで無防備なんだろうか。

彼女は、俺の話を聞きながら、箸を進めている。

 

「ノゾミがな、『ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?』ってね」

「……えっ……」

 

 彼女の箸が止まる。

食事の最中で向かい合っているため、逃げることができなかったようだ。

何とも言えない顔をしている。

 

「……ユウ兄、それ、キモイから……」

 

 静かにそう言うと、残っていた餃子を口に運び、食事を終わらせる。

食器を持って立ち上がり、キッチンに向かった。

無情にも水道の蛇口から水が出る音と皿が擦れる音だけが、二人の時間を支配する。

 

あれ?俺、不味いことを言ったかな?

 

 でも、これって、謝るにしても、どうすればいいのだろうか。

残った餃子を食べ終わり、考え込む。

 

「ユウ兄、残ったお皿、持っていくから」

 

 ノゾミは、俺の様子を気にせずに、キッチンに戻っていった。

それからしばらく、水が流れる音と、皿を洗う音しか聞こえてこない。

 

俺はどんな態度を取ればいいのか、考えるため、立ち上がり、窓の方へ歩く。

カーテンを少し開けて、立ったまま、窓の外を眺めた。

心を落ち着かせるために。

 

キュッキュッ

 

 蛇口を閉める音がした。

しばらくして、後ろから抱き着かれる。

 

「ユウ兄!」

 

 とっさのことで声が出ない。

ノゾミは、そんな俺に気にせず、明るい声でこんな問いをしてきた。

 

「食事にする?お風呂にする?」

 

 俺は息を飲む。と同時に、衝撃を受けた。

彼女が体当たりしてくる。

さらに、腕で、俺の身体を締め付ける。

背中に、2か所の柔らかいものを確認できた。

 

「……それとも、わ・た・し?」

 

 まさか、先程の話の通りに、聞いてくれるとは、思わなかった。

「キモイ」と言って、立ち上がったのは、照れ隠しだったようだ。

しかし、ここで「ワタシ」と答えてしまうのは、そのままセックス一直線だ。

さすがに、昨日自分で決めたことを、ここで反故にするのは……。

 

「……お風呂、だな」

 

そう答えた後、人知れずニヤリと笑う。

食事は終わってしまった。お風呂しかない。

 

「……」

 

 時間が止まったように思えた。

先程まで、勢いよく動いていた彼女も止まっている。

ただ、強く締め付けられたままである。

 

「……もう!信じられない!」

 

後ろから拗ねた声がする。

 

「……ここはー『わたしで!』って答えるところじゃないのー?」

 

 まあ、そうなんだけどさ、それはそれで、面白くないじゃないか。

俺は振り向いて、ノゾミと視線を交わす。

少しの間、お互い見つめ合っていた。

 

「……わかった。お風呂でいいよ、お風呂で」

 

 意を決した彼女は、キッチンの方に引き返していく。

お風呂にお湯を入れに行くようだ。

 

 俺は、彼女の行動の意味を確認できたので、満足していた。

先程の「キモイ」発言は、彼女の照れから生まれたと、結論づけることができたからだ。

いい気分になったので、その場に座り込んだ。

この気持ちを独り、噛みしめるために。

 

「ユウ兄、お風呂、先に入るよねー!」

「ああ」

 

 キッチンから彼女が戻ってくる。

俺の方をチラッと見て、ニコッと笑う。

意味がわからず、笑い返す。

 

 彼女は、俺の前に回り込み、俺の膝の上にお尻を乗せてくる。

俺の胸を背もたれに、まるでイスに座るように、座る。

彼女の頭が丁度俺の鼻先付近に存在し、彼女自身の香りがしてきた。

彼女に腕を回すわけもいかず、両腕を体の左右に力なく垂らす。

 

 次の瞬間、両手のひらを、ノゾミの両手により拘束された。

彼女は、彼女自身の前に俺の両手のひらを誘導すると、彼女の双丘に固定する。

俺としては、何とか逃げたかったが、俺の手の甲には彼女の手が添えられている。

 

「お、おい」

 

嬉しさ半分、戸惑い半分で、一応、非難の声を上げておく。

「自分からそこに置いたわけではないんだよ」そんな思いを込めて。

 

「ねーえ!」

 

ノゾミは、両手に力を込める。

 

「ユウ兄、命令です。私の胸を、揉んで、く・だ・さ・い・な!」

 

 力を込めた両手を動かしてくる。

その動きで、俺の手も動くことになる。

が、指に力を入れてないため、触れてはいるが、柔らかくは感じない。

 

「ユウ兄が、私の胸を、愛情持って、揉んでくれると、大きくなる……はず」

 

 俺に向けて言ったのか、独り言なのか。

判断はつかないが、彼女は呟いている。

 

「ああ、忘れてた」

 

 不意に、彼女は、叫んだ。

何かを忘れていたことを思い出したようだ。

 

 まずは、俺の両手を解放する。

特に力を入れていなかったため、彼女の膝の上に落下する。

その後、俺の胸と彼女の背中の間に右腕を回すと、背中の真ん中で何かをしたようだ。

そして、襟首から腕を入れて、満足そうにする。

再度、俺の両手をつかみ、彼女の双丘の上にセットした。

 

「ユウ兄、どう?」

 

 そんなことを言いながら、俺の手を動かす。

先程と変わらないだろう……と思って油断していると、そんなことはなかった。

俺の手のひらに、わずかな感触だが、固い何かがぶつかってくる。

それに、少し柔らかい。

そこで俺は、ようやく気付いた。彼女は、自分でブラジャーを外したのだ。

ただ、今回はワンピースを着ているため、ブラ自体を上にずらしただけではあるが。

 

「……うーん、中にTシャツ着てるから、いまいち……かな……」

 

 彼女は、そう呟いて、立ち上がった。

お風呂のお湯を見に行くようだ。

彼女自身は、残念に思っていそうだが、俺にとっては、助かった。

これ以上、触れていると、理性が飛ぶ。

 

「ユウ兄、お風呂、どうぞー!」

 

 ノゾミがそう叫んでいるので、風呂に入る準備を整える。

具体的には、下着と寝間着を、引き出しから取り出した。

浴室の入口には、バスタオルが用意されている。

 

バスタオルを1枚持込む。

 

 トビラを閉め、便器の隣にある棚に、バスタオルと衣類を置く。

ウチの浴室はトイレと一緒になっている。

服を脱ぎ、湯船につかる。

 

ふう

 

 湯船につかると、力が抜けた。

今日も仕事を頑張った。そして、いろいろなことがあった……。

そういえば、ノゾミに、生放送について聞かないとな。

両手で顔にお湯をかけて、洗う。

 

ハア

 

幸せだ。

 

 家に帰ると、待っていてくれるひとがいる。

そして、俺のために「ご飯を作るよ」、そう言ってくれるひとがいる。

時間の合間に、俺自身を気にかけてくれるひとがいる。

先程のように、相手の気持ちがわからなくて、対応に苦慮することもある。

他人相手ならば、最悪、嫌われてもいいと思って決断を下す。

でも、ノゾミ相手だと……、まずは穏便に済ませたい、そんな気持ちが先に来る。

やはり、嫌われたくないからなぁ……。

 

今日、1日の出来事を思い返す。

そう、俺はこのとき、完全にのんびりしていた。

お風呂においては、間違っていないと思う。

 

バタン

 

入口で音がした。

その方向に振り向く。

 

「……ユウ兄、一緒に入ろ!」

 

そこには、右腕で胸の中心部を隠した、ノゾミの姿があった。




次の話は、30日15時に投稿します。


【デンドロビウム(テンドロビューム)】

ラン科セッコク属のデンドロビウム(学名:Dendrobium)は、セッコク属に分類される植物の総称で、学名仮名呼びで、テンドロビウムとも、デンドロビュームとも呼ばれる。
ギリシャ語の「テンドロ(木)」と「ビウム(生ずる)」に由来し、野生のものは、主として樹上に着生する。
通常、「テンドロビウム」と呼ばれるものは、園芸種の洋ランとして栽培されているものに限られるが、原種も含められて呼ばれることも多い。

現在、日本での品種改良が、世界トップレベルを誇るラン。
ノビルという原種を元に、交雑育種が行われたため、ノビル系とも呼ばれている。
近年は日本原種のセッコクとも交雑が進み、小型のものも増えつつある。

多肉で棒状の茎を数本、直立に伸ばし、節々に花芽をつけて開花する。
花はランの花として、比較的特徴の少ない形で、特に目立った特徴はない。

東南アジアを中心に世界各地に分布していて、原種が1000以上あると言われている多年草。
その色や形、特徴も多岐にわたり、鉢植えで育てることのできるものもあれば、1~2mと長いものもある。

開花時期:2月~5月
花の色:赤色、黄色、白色、オレンジ色
原産地:熱帯アジア中心、ネパール、ニュージーランド、日本


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第24話 マルメロ

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
希が優の入ってる浴室に入ってきた。


「ユウ兄、一緒に入ろ!」

 

そこには、何も身に着けていないノゾミの姿があった。

しっかりと両胸の突起部分は、右腕でガードしている。

が、下半身は、何も隠されていない。

 

 俺は、視線を元に戻す。浴室入口と反対方向の壁を見つめた。

自分自身を落ち着かせるためだ。

 

 なぜ、彼女は、風呂に入ってきたのだろうか。

昨日、風呂で鉢合わせしたときは、あんなに恥ずかしがっていたはずなのだが。

何かの冗談なのか……?

 

 しかし、(ノゾミ)は待ってくれない。

ヒタヒタヒタと音が近づいてくる。彼女の足音だろう。

 

そして、俺の入る湯船の隣で、足音が止まった。

 

 あえてその方向に顔を向けないが、気配を感じ取ることは、できる。

シャワーの蛇口に、彼女の細くて白い手が、伸びていく様子が見えた。

少しでも首を右に向ければ、彼女の肢体が見えるはずなのだが、なんとか我慢する。

それでも、緊張感と想像力のせいなのか、俺の身体のある部分が熱くなっていく。

 

彼女は、蛇口をひねり、お湯を浴びているようだ。

 

浴室には、シャワーの音だけが響く。

俺もノゾミも無言だった。

 

「ノゾミ」

 

沈黙が怖くて、なんとか声を出す。

しかし、返答がない。

 

 聞こえなかったのか、あえて無視したのか。

シャワーの音だけが、ただ、続く。

彼女はそこにいるはずなのだが、動きがない。

そばにいるはずなのに、お互い無音……。

その状態に、空間に、耐えることができなくなったからだろうか。

それとも、横にいる至福(ノゾミ)に、手を出したくなったからだろうか。

 

自分でも、理由はよくわからない。

俺は不意に、右方向に首を動かしてしまった。

 

そこには、芸術作品があった。

 

 シャワーから出た水滴たちは、まず、綺麗な黒髪に到達する。

そこから、端正な顔立ちの瞼、鼻から頬、首筋まで流れ下りる。

華奢な肩や鎖骨を通り、細くて白い両腕を巡り、慎まやかだが美しい双丘で遊ぶ。

お腹やへその辺りを横に見ながら、小ぶりなお尻の曲線を滑っていく。

最後に引き締まった脚を通り、細い足首を伝って、床に到達する。

 

さらに全身は、ワックスをかけたばかりの車のボンネットのように、水滴が弾いているのだ。

 

俺は息を飲んだ。口の中が乾いたように思えた。

そんな俺に気づいたのか、ノゾミはゆっくりと目を開けてこちらを覗いた。

 

「やっと、こっちを見てくれた……」

 

 そして、ニコッと微笑んだ。

それは、まるで聖母のように。

少女(こども)のはずなのに、大人の女性のように見えた。

 

俺は、視線を逸らすことなく、彼女を見つめ続ける。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女はシャワーを止めた。

そして、湯船の淵に足を掛けた。

さすがに気づき、阻もうとするが、間に合わない。

白く透き通った芸術作品が、俺の両脚の間に沈んできた。

 

「お、おい、2人入るには、狭いんだけど……」

 

 ウチの湯船は、大人が1人で体育座りで座って、ようやくゆっくりできるくらいの大きさである。

両足を開いて、間の部分に空間ができ、もう1人、入れなくもないが、狭い。

身体と身体が触れ合い、男女が2人で入ると、なかなか体勢が危険なのだ。

顔を向けるのは、恥ずかしかったからなのか、俺には背中を預けて座っている。

 

「……足が、伸ばせない……」

「そりゃ、そうだ」

 

「うーん」

 

 彼女は、無理矢理足を伸ばそうとした。

そのため、彼女の身体を押し付けられる形になる。

主に前半身で、彼女の身体の柔らかさを体感した。

それと共に、反動で彼女のお尻が、俺のお腹部分を駆け上がる。

当然、その途中には、大事な部分もあり、しっかりおこぼれを頂戴していた。

 

そして、反動でお尻が来た道を戻ってくる。

 

 再度、大事な部分を通る。

彼女の両脚は、全体の力を抜いているため、俺の両脚に当たって開き気味だ。

開口部も開いているだろう。

おこぼれを頂戴し、女体の柔らかさも体感している。

硬度OK、侵入角度OK、反動速度OK……。

準備万端。獲物を捕らえられないわけがない。

狙いを定めて、向かってくる獲物にズブッと……。

 

「……あっ!」

 

……反動速度が足りなかったらしい。

一瞬、刺さった感じはした。が、勢いが足りなかったため、入口に突入せず、跳ねた。

速度以外にも、潤滑油が無いこと、開口部が若干閉じたことも、敗因になるのかもしれない。

 

「おっと」

「……えっ?」

 

慌てて俺は、彼女の両脇を抱えて持ち上げる。

 

なんとか、俺の理性が勝ったようだ。

 

……というのは、ここで、彼女の腰を両手で支える選択をしていたら、どうなっていただろうか。

彼女の重みで、その腰は、ゆっくりと下に下りていくはず。

そのまま、彼らの任務は、遂行できていたはずだ。

 

彼女の悲鳴とともに。

 

とっさの出来事でノゾミは、驚いて声を上げ、こちらに振り向き、固まっていた。

しかし、一瞬で何があったか理解したのだろう。

 

「……惜しかったなぁ……」

 

そんなことを呟く。当然、俺の耳にも届いていた。

 

「なあ、ノゾミお嬢様」

「……?なんでございましょう、ユウ兄様《にいさま》」

 

わざと「お嬢様」とつけて呼ぶと、彼女も「兄様」と返してくる。

 

「こんな形で、初体験してしまうのは、良くないだろう?」

「いいえ、ユウ兄が相手だから、問題ないよ」

 

先っぽは入ったのでは……それについては、思考の片隅に置いておく。

それを指摘すると、なし崩し的に、男女の営みが始まりかねない。

 

「そうか……問題ない……か」

 

そう呟くと、俺のいたずら心がムクッと起き上がってくる。

 

 風呂に乱入してくるという事案、湯船の中で密着、さらにその相手は、愛しい女性(ひと)

その女性(ひと)は若い少女(かじつ)で、男を知らない、何も描かれていないキャンパス……。

 

しかし、俺の心の中だけの事情で、その果実(からだ)を頂くことは避けたい……。

 

「ならば、ノゾミお嬢様に、素晴らしい時間を授けよう……」

「わーい」

 

 俺のいわば「宣言」を、彼女は軽く返す。

多分、彼女は、俺が今から、何を実行しようとしているか、予想だにしていないだろう。

俺は左手を、彼女の身体の左脇方面に伸ばす。目標は、左側にある丘だ。

一方、右手は、彼女の両脚の付け根に向かっている。

 

……挿入は我慢した。しかし、俺の一部分は、まだ元気で熱を持っている。

仕方ない、彼女には、彼らの慰み物になってもらおう……

 

俺は、勝手に自己解決して、彼女の城を攻めていった……。

 

 

★★★

 

 

1時間後、俺たちはキッチンにいた……。

 

2人とも裸である。

そして周囲は、水が飛び散ったかのように、濡れている。

 

ノゾミは、壁にすがり、座り込んでいる。目が虚ろだ。

何をするのも、力が入らないのか、動いてくれない。

仕方ないので、湯船からお姫様だっこをして、ここまで連れて来た。

彼女は決して、湯に当たったわけではない。

 

原因は、俺のイタズラにある。

 

俺は、丁寧に、バスタオルで、ノゾミの身体につく水滴を拭き取る。

 

イジメすぎた……

 

少し後悔した。

まあ、女性の喜びを、立て続けに3回味わわせたら、そうなるか……。

先程までは、少し痙攣していた。今は、少し落ち着いているようだ。

それでも、呼吸が少し早い。肩で息をしている。

 

しかし、まあ……

 

俺は、この1時間のノゾミの様子を思い出していた。

 

最初の30分間は、余裕があったようだ。

にこやかに会話ができるくらいには。

じゃれ合いのような感じだったように思う。

 

最近は、雑誌や友人からそれとなく情報が入る。

頭でわかっているうちは、軽く考えていたのかもしれない。

 

しかし、それ以降は、余裕がなくなり、次第に顔を歪めてくる。

 

 彼女の身体に何かスイッチが入ってしまったようだ。

……確かに、「自分が」どんなことになってしまうのかまでは、雑誌や他人では、表現できないからな。

情報がないから、若干、不安にも、なったのではないだろうか。

 

 雑誌の体験談でよく目にする「自分が自分ではないような感覚」。

そんな感覚は、普段の生活で味わうことは、ほぼない。

かくゆう俺も、そのようなことは、経験したことがない。

男の場合、熱くなるのは、ごく一部分。

身体の制御が効かなくなることは、ほぼないに等しいのだ。

専用の道具を使えば、女性と同じように、身体全体で感じることはできると、聞いたことがある。

が、それを利用したことはない。利用する予定もない。

 

 この辺りから、ノゾミの息が荒くなり、微かな声を発し始めた。

浴室だから、小さくてもよく響く。

さらに続けていくと……。

 

 

 

……彼女の身体は、間違いなく、少女(こども)から女性(おとな)になっていった……

 

 

 

 その時の様子を、思い浮かべながら、自分自身についた水滴も、落としていく。

落とし終わって、彼女の方に視線を向けても、状況の変化が乏しい。

相変わらず、肩で息をして、裸で座り込んだまま。

両腕は、小ぶりな胸を隠さず、ダランと下げたままである。

しかし、虚ろだった目は、瞼が下がり、通常状態に戻りつつあることを示していた。

 

 俺は、トランクスを履くと、そのまま洋室に向かい、布団を敷いた。

キッチンに戻ると、彼女の姿がない。

その代わり、浴室のトビラが閉まり、中からシャワーの音がする。

風呂に入り直すようだ。

 

とりあえず、平常に戻った彼女を見て安心しつつ、俺は寝間着に着替える。

青と白のストライプのものだが、これしかないので仕方がない。

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 再度、風呂から上がったノゾミは、俺の目の前で水滴を拭き取っている。

白く透き通った肌を、余すことなく目に焼き付けることができた。

彼女の中では、恥ずかしさが消えてしまったのかもしれない。

あ、目が合った。

彼女は一瞬動きを止め、浴室内に去っていく。

思わず苦笑してしまった。

 

 

 昨日と同じように、髪にドライヤーをかけている。

上半身には、大きいサイズのTシャツを着ている。

胸の突起物らしき角が見えるので、Tシャツの下には、何もつけていないようだ。

Tシャツから、白くて細い両脚が伸びているが、下着を履いているかどうかまでは、確認できていない。

ドライヤーを済ませ、髪をひとまとめにした後、3つに分ける。

緩く三つ編みをするようだ。

 

 俺は座り込んで、そんな彼女を見つめていた。

暇ではあったが、スマホを弄る気にもなれなかった。

一番興味をそそるものが、目の前に存在する。

それ以外の理由は見つからなかった。

 

「……ユウ兄」

 

 三つ編みを編み終わり、近づいてきたノゾミに声を掛けられる。

いったい最初にどんな言葉にを発してくるのか。

あんなことをした俺に。

息を飲んだ。

 

「……」

 

 彼女は、黙り込む。

何とも言えない表情をしていた。

言葉にするのも、ためらっているのかもしれない。

俺自身も、何とも言えない表情をしているのかもしれない。

勢いでイタズラを敢行したが、やり過ぎたことに関しては、反省しなければなるまい。

 

「……あれって、何?」

「……何って……えっ?」

 

予想外の言葉に、思わず聞き返してしまう。

 

「ユウ兄、あの動作や行動とか、どうするのか、説明して」

「……えっ?」

 

どうするのか説明してって言われても……なぁ。

参った、これ、説明しなくてはダメなのか?

 

「どうしても説明して欲しい?」

「うん」

 

「ノゾミ、お前の恥ずかしい表情とか行動とかも再現することになるけど、いいのか?」

「うん、私、自分がどうなったのか、あまり覚えてないから」

 

「覚えてないのか?」

「うん。だから、どんな様子だったのか、教えて」

 

覚えてないのか……。

しかも、その様子を教えて、そんなリクエストをするなんて、驚きだわ。

 

「ねえ、ユウ兄、お願い」

 

仕方ないか。教えてしんぜよう。

 

 

 俺による、大巨編が始まった。しかし、それは約30分で終了することになる。

ノゾミが身体を使って説明してくれっていうものだから……。

 

結果、彼女が4回目の喜びを感じ、痙攣を起こすことになった。

 

 身体が、冷めてるだろうと思っていたら、そんなことはなく、到達点まで異様に早かった。

同じような行動を示したため、彼女の潜在意識が、勝手に盛り上がってしまったらしい。

そこで続行不可能となり、全体の説明があやふやになった。

 

よせばいいのに……。

動けなくなった彼女を、布団の中に押し込み、その隣に俺も入る。

 

……そういえば、ショートケーキとモンブラン…。

冷蔵庫に入れていることを、完全に忘れていた。

仕方がない、明日の朝に食べるか……。

 

 

 

そんな感じで、夜が更けていくのであった……。




【マルメロ(マルメレイロ)】

バラ科マルメロ属のマルメロ(学名:Cydonia oblonga)は、うすピンクの花が咲く落葉小高木である。
「カリン」や「セイヨウカリン」などとも呼ばれるが、別の植物。

樹高は1.5mほどに生長し、枝には、表面を細やかな毛で覆った楕円形の葉を、互い違いに生やしていく。

5cmほどの白やピンクの花を咲かし、結実すると、カリンや洋梨に似た黄色い実をつける。果実は芳香があるが、強い酸味があり、固い繊維質と石細胞のため、生食には向かない。一般的には、果実酒やゼリー、砂糖漬け、ジャムなどに加工される。

カリンとの違いは、実の皮に細かい産毛があり、硬いこと。

マーマレードは、「マルメロの砂糖漬け」という意味で、語源にもなっている。


開花時期:5月
花の色:白色、ピンク色
原産地:中央アジア


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登場人物紹介

24話まで来たので、ここまでの登場人物紹介を投稿します。

これからもよろしくお願いします。


これまでの登場人物紹介です。

 

★佐々木 優 (ササキ ユウ)30歳

主人公。

広島市南部にある世界有数企業(サンビツ重工業)の下請け会社で働いている。

広島支社における部長であり、部下は100人近くいる。

1人暮らしをしていたが、降ってわいた「許嫁」の話から様々なことにまきこまれていく。

 

 

★相田 希 (アイダ ノゾミ)16歳

メインヒロイン。

許嫁として優の家に押しかけて来た女子高校生。

東京の武蔵野女子学園から広島の鈴峯女学園に編入するため訪れた。

容姿は黒髪ロングで背が低く、美人。胸の大きさ以外はパーフェクト。

さらに日本有数企業「アイダコーポレイション」の社長令嬢。

本人は自覚していないが、優の悩みの種。

 

 

<優の職場関係者>

 

★佐伯 由美 (サエキ ユミ)26歳

主人公:優の部下であり、秘書的仕事をしている。

優のことを慕っており、彼女の生活は、ほぼ優を中心に動いている。

1つのことを考え出すと、他のことが目に入らなくなり、思考が止まる。

工場内でウワサの起点を受け持つあたり、友人関係は良好なようだ。

 

★南方 次郎 (ミナカタ ジロウ)30歳

主人公の同僚で同期で同じ年。

その分、部長である主人公に近しい仲であり、昼も一緒に食べている。

既婚者であり、娘が1人。嫁手製の弁当を常に持参している。

 

 

★榎本 あかり (エノモト アカリ)26歳

工場の管理課に所属する新入社員。

その実は、主人公の会社に潜り込んでいる契約アクトレス。

会社内では22歳。雇い主の好みでツインテールにしていた。

主人公に目を付けられて、髪形を弄られて、お嬢様キャラに。

家では、手のかかる雇い主という名の「妹」が待っている。

頑張れ、お姉ちゃん!

なお、なぜ髪形を変えると、性格やたたずまいが変化するのかは、謎である。

 

 

★狭山 輝美 (サヤマ テルミ)26歳

主人公の会社違いの同期。H.S.D所属。

年齢差関係なく、主人公とはため口、フルネームで呼ぶ。

細身でキツネ目なので冷たそうな印象だが、可愛いものが好き。

主人公以外の会社での評価は、「妹のように目が離せない」とされている。

 

 

★渡辺 直行 (ワタナベ ナオユキ) サンビツ重工業 広島工場長

 

★内藤 (ナイトウ) H.S.D 広島支社 部長

 

★崎山 (サキヤマ) 崎山塗装 社長

 

 

<希の関係者>

 

★山崎 小夜 (ヤマサキ サヨ)16歳

希と一緒に武蔵野女子から鈴峯女学園に編入した高校生。

「ヤマサキ綜合警備」社長の1人娘。

希に警護を頼まれた後、実家の会社をふんだんに動かしている。

広島に編入が決まる直前から、広島支社を完全傘下におき、陣頭指揮を取る。

主人公のことを調べるためにあかりを雇った。

が、現在はあかりを姉として慕い、妹として楽しんでいる。

 

 

★相田 徹 (アイダ トオル)

希の父。

アイダコーポレイション 社長。

今回の許嫁の話の発起人。

娘の心境を思いながら見守っている良き親。

なのだが、一言多いため、娘には邪見に扱われているかわいそうなひと。

 

 

★大谷さん

両親が仕事で忙しいため、希の子守をするために雇われていた家政婦。

優と結婚すると決めた希に、花嫁修業として様々なことを教えた。

 

 

★渡辺 香(ワタナベ カオリ) 16歳

優の勤める会社が入る工場の工場長の三人いる娘の末っ子。

希と小夜の通う鈴峯女学園に通う高校2年生。

 

 

<優の家族>

 

★佐々木 海 (ササキ ウミ)21歳

優の妹。大学3年生。

お兄ちゃんっ子で優のことが大好き。でも優の前ではツンツンしている。

かわいい女の子も大好き。

優の過去の彼女をイジメてから別れさせて、囲っていったというウワサすらある。

大学や私生活でも、女性にもてるようだ。

 

 



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第25話 シャクヤク Side-N

いつも読んで下さり、ありがとうございます。
12月28日、予約投稿をミスしてしまい、多大な迷惑をおかけしました。

前の話より前にこの話は読んでも意味がわからないだろうということで、取り下げさせていただきました。

【これまでのあらすじ】
優がやりすぎました。



……温かい?

 

 目を開ける。天井が見えた。しかし、薄暗い。

オレンジの豆灯が、何とか周囲の様子を映し出していた。

隣からは、愛する男性(ひと)の、心地よさそうな寝息が聞こえてくる。

 

……そうか、とうとう、ユウ兄様と結ばれたんだ……。

 

そのときの記憶はない。

でも、身体に少々違和感がある。アソコに何か入っている感覚……。

 

いや、何かが違う気がする。

落ち着いて、記憶をたどっていく。

……

……

……

どうやら、彼の話を聞きながら、意識を失っていたらしい。

そして、身体の違和感は、彼にいろいろ触られて、おかしくなっている後遺症のようだ。

期待していたことではなかったため、ため息をつく。

 

まだ初体験、していないのかぁ……

 

 現状がわかって落ち着いてくると、あることに気づいた。

パンツが湿っている。触ってみると、ヌルッとしていた。

風呂でいろいろあったときに、誘導されて触ったものと似た感触。

 

 そういえば、ユウ兄様(にいさま)に「私がどんな様子だったか教えて」と頼んだような気がする。

何が起こったのか、よくわからなかったと、彼には言ったけど、意識自体はあった。

朦朧としていて、何がどうなったのか、詳しくは、わからなかったのだ。

 

ただ、次第に、何とも言えない感覚になっていったことは事実。

私自身では、抑えきれない感情と欲望、衝動……。

 

湧きだしてくる「彼が好き」という感情。「もっとして」という欲望。

くすぐったいという感覚と、似て非なる、勝手に身体が動いてしまう制御不能に陥る衝動。

加えて、「発散」するために、私は大声で叫んでいた。

 

 昔、友人宅で皆が集まって鑑賞した、大人の営みのビデオでの、女性の叫び声。

それを見たときは、まさか私がそんな声を発するだなんて、思ってもいなかった。

この女性(ひと)は、他の人に聞かれて、恥ずかしくないんだろうか……、そんな感想を抱いていた。

なのに、彼女たちと同じように、叫んでいた。

 

この家がマンションの1室で、全体まで聞こえそうで。

今思い返すと、とても恥ずかしいのに、あのときは、抑えきれなかった。

 

 さらに、何か出ちゃいそうな感覚になったので、必死に我慢する……。

湯船の中とはいえ、おしっこを漏らすのは、嫌。それも彼の目の前で。

その感覚を、彼に言うわけにもいかないので、踏ん張っていたけど、無理だった。

 

放出したと思った瞬間に、頭の中が真っ白になった……。

 

 私が私自身の身体を制御できない。

こんな初めて体感した感覚は、とても気持ちが悪かった。

それもあって、意識が明るい中で、知りたかったんだけど……。

 

今度は、気を失ってしまったようだ。

 

結局、わからずじまい。少し悔しい。

 

 とりあえず、このまま放っておくと、良くない。

事後にしっかり洗い落としておかないと、猛烈なかゆみに襲われるらしい。

友人の何人かから、経験談として聞いている。

雑誌によると、強力な酸性のため、肌がかぶれるのだそうだ。

 

……私も、ようやく彼女たちと並ぶような経験ができたんだ……

 

少し嬉しくなるものの、でも違う、そう思い直す。

 

まだ、エッチはしていない。

 

 惜しいところはあった。

お尻に触れた、あの長くて固いものがそうなんだろう。

あれが、私を突き刺せば、晴れて初体験なんだけどなぁ……。

ユウ兄様のいけず……。

彼を責めながらも、そのことを思い返すと、心根が温かくなる。

 

いけない、これは、繰り返してしまう……。

 

 そんな気持ちを断ち切るように、私は行動を起こした。

彼が起きないよう、細心の注意をして、布団の中から脱出する。

フラフラしそうなところを、グッと堪えて、浴室に向かった。

 

 湯船には、お湯が入っていなかった。

仕方ないので、シャワーの蛇口をひねる。

程よい温水に身体全体を晒す。気持ちいい。

どうやら、少し汗をかいていたようだ。

本日3度目のお風呂。自分でも呆れてしまう。

ボディーソープを身体中に付けて、入念に洗うつもりでいた。

 

……あっ、髪、どうしよう……

 

 髪は三つ編みのまま。このままでは濡れてしまう……。

ユウ兄様が寝ている横で、ドライヤーを使うわけにはいかない。

仕方がないので、胸より上を洗うことを断念する。

 

……まあ、私の胸、小さいから、胸の下が蒸れることはないよね……。

 

 自分で思ったことだけど、少し哀しくなった。

気を取り直して、下半身を中心に入念に洗っていく。

 

特にある部分を入念に。でも激しく。

 

 激しく洗わないと、またスイッチが入ってしまうようで。

この浴室は、私が「初めて」を体験したところ。

どうしても「気持ちよかった」記憶が甦り、夢想しそうになる。

自然と私自身の「身体の心根」と対決している気分になる。

 

……自分でやってしまえば?気持ちよくなりたいんでしょ?

……いやよ、ユウ兄様に触られるからこそ、意味があるんだから

……気持ちいいに種類などないよ、1人でできるなら、気楽でしょ?

……でも、2人がいいの!ユウ兄様の前の方が

……ほほう、見られている方が興奮するとおっしゃるか。完全に痴女ですね

……痴女じゃないもん

……

……

……私、痴女なのかな……

 

【痴女 (ちじょ)】

みだらないたずらを男性相手にする女性のこと

自ら腰や尻を振って男を誘惑する女性のこと

猥褻行為を好む女性を指す俗語

……

……

……私、そんなに、はしたなくない……

 

ユウ兄様に見られてなくても、できるから。

そう結論づけて、右手で軽く触ってみる。

 

「……っ?」

 

……あ、ヤバイ。

 

 自分を制御できずに、声が出そうになる……。

大声を上げて、ユウ兄様を起こすわけにいかない。

そう思い、瞬時に左手の指を自分の口に突っ込む。

それでも、ユウ兄様にどう触られていたかを思い出してしまった。

 

「……っ!」

 

指が止まらない。

身体の奥底が熱くなってくることを感じる

 

……ダメ

……これ、癖になる……

……そして、これこそ『痴女』なのでは……

 

 少し冷静になり、指を離す。

物哀しさを感じるが、仕方ない。これは自分をダメにする……。

引き続き、身体を洗い続ける。

シャワーで泡を落とし、バスタオルで水滴を拭き取っていく。

 

拭き取りながら、先程の自分がやっていたことを振り返る。

 

……ああ、あれが、皆の言っていた……

 

確かに、1人で寂しいときにすると、心は満たされるかも。

ただ、私の場合は、少し違う気がする。

すぐそばに愛しい彼がいて、寂しくはない……はず。

 

……「はず」って何だろう……

 

今の状態で「寂しい」ってことはないと思うんだけど……。

その理由は、よくわからない。

わからないことは、考えても仕方ないので、考えることを止めた。

 

浴室出口付近で脱ぎ散らかした寝間着と下着をかき集める。

 

……どれだけ、面倒だったんだろうね……

 

 自分自身のことなのだが、苦笑してしまう。

そして、湿ったパンツ……これは、履けない……。

新しいパンツを取り出すため、布団の横を通る。

が、眠っているユウ兄様を見つめていると、こんなことを思い出す。

 

……そのまま、抱きしめて、ユウ兄様を感じたい……

 

 なぜそう思ったのか、わからない。

けど、そのまま布団の中に潜り込むことにした。

ユウ兄様は、横に向いて寝ている。

私の正面に、彼の胸がある形となっている。

彼の身体と敷布団の間に、何とか左腕を潜り込ませ、背中に腕を回すことに成功する。

両脚を彼の両脚と絡ませ、完全に密着する。

私の目の前には、彼の首、のどぼとけ付近が見えている。

とはいえ、ここは布団の中、薄暗く、うっすらとしか見えていない。

 

寝返りをするためなのか、彼が動いた。

彼の両腕が、私の背中に回り、抱き寄せてくる。

 

……私はもう、寂しくない。満足です……

 

彼の体温で保たれている、程よい温かさ。

無意識とはいえ、彼に力強く抱きしめられて、安心して眠りにつけそう……

 

「ヒャッ」

 

 不意に耳に生暖かい風が当たる。

さらに、耳に虫が這っているような感覚が走る。

何が起こったのかわからず、混乱する。

それに関わらず、身体の中心から熱いものが溢れるような気分になっていた。

どこまで敏感になってるの、私の身体!

 

「ノゾミお嬢様」

 

 頭の上から声がかかる。この声を聞いて、私は落ち着きを取り戻す。

少し怒ってるのかな?低い声だ。決して優しくはない。

 

「下着は履けと、そんな約束、したはずだが」

「……そうだったかな?」

 

少しとぼけてみる。今から外に出て、着替えを取りに行くのが面倒……。

 

「別々に寝るか?」

「えーっ!」

 

「……俺は、疲れている。裸で誘惑されても、困る」

「……私は困らない……よ」

 

「俺が困る。ホント、今日あれだけ……、何でもない」

「……ん?」

「……とりあえず、聞き分けが悪い女は嫌いだ」

 

そこまで言うと彼は、寝返りをして、私に背中を向けた。

その後、一言……。

 

「あと……、自分で慰めるのはいいが、ほどほどにな」

「な、ななななな、聞こえてたの?」

「……さあな」

 

 規則正しい寝息が聞こえる。

試しに、背中に胸を押し付けてみる。無反応だった。

 

……聞き分けの悪い女は嫌い……。

 

 嫌われるのは嫌なので、仕方なく布団から出て、下着を取り出す。

パンツを履く前に、触ってみる。ダメだ、さっきので既に濡れている。

 

……どれだけ、私の身体は変化してしまったのだろう……。

 

 ティッシュペーパーで軽く拭き取り、改めてパンツを履く。

ついでに寝間着も着て、再度布団に潜っていく。

彼の背中の後ろでは、寂しいので、わざわざ彼の正面に周ることにした。

狭いけど、仕方がない。彼の背中に腕を回し、寝る体制を整える。

彼の腕が背中に周る。

 

今度は起きてくることもなく、しっかり抱きしめてくれるユウ兄様。

しかし、私は、気分が高揚して眠気が来ない。どうしよう。




もう1話、希目線の物語、続きます。

【シャクヤク】

ボタン科ボタン属のシャクヤク(芍薬)(学名:Paeonia lactiflora)は、別名をエビスグサ(夷草)、カオヨグサ(貌佳草)と呼ばれている多年草。

ボタンと並んで、高貴な美しさを漂わせ、豪華でエレガントな花を咲かせる。
ボタンとシャクヤクは、同属で非常に似てるが、ボタンは樹木で、冬も枝が残るのに対し、シャクヤクは草で冬は地上部は枯れて、地中の根や芽で冬越しをする面で、区別をすることができる。

日本のシャクヤクは、一重咲きが中心で、特にオシベが大きく発達して盛り上がり花の中央部を飾るものが多く、全般にすっきりした花容である。他にも八重咲き、翁咲き。冠咲き、手毬咲きなど多々種類がある。

シャクヤクの根は、消炎・鎮痛・抗菌・止血・抗痙攣作用がある生薬として使われ、「赤芍 (せきしゃく)」「白芍 (びゃくしゃく)」と呼ばれて重宝されている。
また、漢名の「芍薬」の「芍」は味が良いという意味。

開花時期:5月~6月
花の色:赤色、ピンク色、白色、黄色、オレンジ色、青色、紫色
原産地:中国、モンゴル


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第26話 ニシキギ Side-N

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
今回も希視点の物語です。関連は16話になるかと。


ユウ兄様に抱きしめられているものの、一向に眠気が来ない。

不意に昼の出来事を思い返す。

 

 

★★★

 

 

 (うみ)姉様(ねえさま)が帰ったのは、11時半くらいだったと思う。

時間空かずして、黒いショルダーカバンを提げた小夜が、やって来た。

海姉様の訪問に気づいた彼女は、帰って行くのを虎視眈々と待っていたようだ。

どうやって、そこら辺りを探っていたのかは、あえて聞かないようにしている。

私の警護関係で、必要なツールでも使っているのだろうと、勝手に納得することにしていた。

 

「生・希様エキス、吸収!……グエ!」

 

 ドアを開けて迎えた瞬間に抱きついて来た彼女の頭に、チョップをお見舞いする。

これは、小夜と会うとき、いつも決まってしている事だ。

小夜自身も、私に阻まれることをわかってやっていることなので、気にしてない。

 

「……痛いです」

「ごめんごめん」

 

 私は小夜の頭を擦る。痛そうだが、ご満悦のようだ。

私と小夜が待ち合わせして、顔を合わせたときに小夜が抱き着いてきて、私が制止する。

制止という名の制裁をした後、小夜を慰める。

ここまでが、私と小夜、2人で決めている「挨拶」なのだ。

……決めている……少し語弊がある。決まってしまったと言った方がいいかも。

 

 

 

 中等部2年クラス替えで初めて会ったとき。

小夜は、いきなり私に突進してきたのだ。

当然、その様子に危険を感じた私は、彼女に突きをくらわすことになった。

今思えば、初対面の子に突きはないわーと思うけど、そのときは必死だった。

私の突きを左肩に食らい、倒れ込む彼女。大声を出して泣き出す。

 

「……ごめんなさい、痛くして、ごめんなさい」

 

危険を感じたとはいえ、彼女は私と同じ背くらいの、ツインテールの女の子。

私は思わず、謝りながら彼女の頭を撫でて、宥める。

 

「……グスッ……痛かった。けど、許す……」

 

ぐずりながらも、小夜は許してくれた。

そんな彼女が、とてもかわいく思ってきた。

突きをしてしまった罪悪感も、そのときはあったのかもしれない。

新学期、クラス替えなので、友達作りは先手必勝!

 

「私は、相田 希。友達になってくれたら、嬉しいな」

「私の名前、山崎 小夜。友達になる」

 

 このときは、偶然彼女が突っ込んできたところに、私が勘違いして撃退してしまったものだと思っていた。

けれど、次の日もその次の日も、同じように突進してくる。

1度だけ、撃退することを止めたとき、彼女に抱きしめられた。

 

「相田さん、物足りない……」

「えっ?」

「攻撃されて、痛くして、ヨシヨシしてもらうまでが、いい」

「……」

 

 ここで、撃退されることも、彼女が望んでいるということに気づく。

おかしいでしょ、絶対変だよね。

始めのうちは、疑問に思っていた私だったが、結局、彼女の要望に応えていくことになっていった。

結果、武蔵野女子での、朝の風物詩と言われるまでになっていくのだが、それはまた別の話。

 

 

「で、小夜。そのカバンには、何が入っているの?」

 

 彼女が提げてきた黒いカバンが気になる。

小夜はニコニコしている。この顔は、何か企んでいるに決まっている。

洋室の床に座り込み、カバンの口を開ける。

中から出したのは、長い棒みたいなケースと弁当箱くらいの大きさのケース3つ。

どれも黒く、皮っぽい感じがする。

 

「じゃーん」

 

小夜がワザとらしく擬音をつけて、ケースから取り出す。

それはビデオカメラだった。長いケースからは三脚を取り出している。

 

「これを何に使うの?」

 

カメラ。

撮影ならスマホで事足りる。

映像でも、ある程度ならスマホでいい。

 

「希様のあられの無い姿を撮って、優様にプレゼントします」

 

いや、彼女はウソを言っている。

私のあられの無い姿を撮った後、彼女自身で所持するはず、絶対に。

カメラを取り上げ、私の背中の後ろに隠す。

 

「小夜、貴女は、ユウ兄様にプレゼントせずに、自分で持つだろうから」

「……バレましたか」

「長く付き合ってるとわかるよ」

 

彼女は残念そうに項垂れる。

しかし、彼女が本当にしたいことが違っているということもわかっていた。

 

「……で、本当は、何をしようと思ったの?」

カメラを彼女に返しながら聞いてみる。

 

「はい、優様の会社で希様の映像を流すと、面白いかと思いまして」

「具体的には」

 

「優様の会社には、彼を狙っている女狐が多いです」

「そうなの?まあ、ユウ兄様は格好いいから」

 

「容姿よりも、彼は、基本的に『天然たらし』なので、質が悪いのです」

 

そこまで言い切ると、小夜はメモ帳を取り出す。

何枚か捲り、読み始める。

 

「現状で1番近い佐伯(さえき) 由美(ゆみ)、彼女は危険人物です。同期入社で佐伯と同じ年の狭山(さやま) 輝美(てるみ)、その他……」

 

彼女の話というか、報告が続く。

佐伯さん、狭山さんの他、10人くらいの名前が上がった。

ただ、佐伯さんが相当リードしているため、ユウ兄様に言い寄っている女性(ひと)は現状いないようだ。

一時期は佐伯さんと付き合っているという噂があったようだが、事実は違うらしい。

 

「そんなにいるんだ……」

 

 ため息が出る。そんな彼女たちに私が割って入った。

彼女たちから見て、私はどう映るのだろう。

 

10代の小娘、親のコネで割り込んだ泥棒猫……。

 

……とはいえ、彼女たちは、ユウ兄様と、正式に付き合っているわけではない。

少なくとも、彼女たちの誰かを好きであるならば、婚約届に名前を記入しないはずだ。

私との結婚に二の足を踏んでいるのも、見た感じだと、私が未成年だから、ということなのだから。

 

「……そんな彼女たちに知らしめなければなりません」

「……ユウ兄様が、私の物だと、お知らせする……そういうこと?」

 

「ハイ」

「やりすぎじゃないかな?」

 

「そんなことはないです。希様のお姿を見せつければ、完膚なきまでに叩き潰せるでしょう」

「それを、やりすぎというんだけどな……」

 

 とはいえ、彼が会社内で、そこまでモテるのなら、やらないという選択肢はない。

小夜は、三脚を伸ばし、カメラをセットしている。

カメラにコードを何本かつけて、いつの間にか取り出していた機械に接続していた。

 

「その機械は?」

「記憶媒体兼、無線送受信機です。これがあると、遠くへ映像を飛ばせます」

 

意味がわからない。

 

「希様、ちょっとノートPC、お借りしますね」

 

返事を聞かずに操作を始める。パスワード、なんで貴女、知ってるのよ。

起動して、少しマウスで操作した後、コードを取り出し、先程の送受信機と接続する。

 

「よし。こちらの準備は完了しました」

 

 小夜はご満悦だ。私は、ノートPCを覗き込む。

そこには、青い服を着た集団が、机に座っているところが映っている。

遠くから映しているからなのか、詳細の判別は難しい。

それでも、音声は聞く事ができるようだ。

 

「こ、これは何処?」

「優様の会社の食堂ですね」

 

そう説明すると、考え込むようにして画像を見つめている。

 

「ほら、あの真ん中の辺りにいるのが、優様だと思われます」

 

確かに、あの髪形、横顔は、ユウ兄様だ。

隣に、彼と仲良さそうに話している女性を見つける。

 

「あの女性が、佐伯 由美です。噂が出るのもうなずけますね」

少し寂しい気分になる。今、この時間は私の傍にいなくて、彼女の傍にいる……。

 

……でも、残念。彼は、8年前から、私のものよ……

そんな気持ちで、彼女を睨みつけた。

 

「そして、希様。12時半から、この食堂で、優様の『結婚発表会』があるようです」

「えっ?そうなの?」

 

 結婚発表会。結婚。相手は多分、私だ。

ここで、私以外の誰かと結婚なんてことは、考えたくない。

会社で発表するという意味。

「俺は結婚します」と言っているようなものというのは、社会人でなくてもわかる。

 

「ああ、小夜はその様子を私に見せてくれるために、こんなこと……」

「いいえ、それだけではありません」

 

彼女は即座に否定した。相変わらずニコニコしている。

それだけではない?そういうことだろう……。

 

ピンポーン

 

家のチャイムが鳴る。

 

「佐々木様、お届ものです」

 

 外から男性の声が聞こえる。

知らない男……。本当に配達員かどうか、確かめる術がない。

ここは、居留守を使うべき、そう判断する。

 

「希様、待っていたものが届いたようです。彼は普通の配達員ですから、心配いりません」

「そ、そうなの……?」

「ハイ、私の部下が、彼の素性を確かめています。この辺りを担当している配達員、妻帯者です」

 

 妻帯者かどうかまで、どうやって調べているのだろう。

というか、連れ合いがいない場合、「彼氏なし」「彼女なし」とか言うのだろうか。

いろんな意味で、恐ろしい。

 

待たせるのも悪いので、ドアを開けて、荷物を受け取る。

中には、学校の制服が入っていた。

 

「希様、制服に着替えて下さい」

「えっ?なんで?」

 

「制服姿で撮影しますので」

「撮影って、何?」

 

「発表会で生放送します。皆の前で自己紹介するのですから、正装で迎えるのは当然です」

 

発表会?先程、小夜が説明してくれた、ユウ兄様の「結婚発表会」のことなのは、わかるけど……。

生放送なんて、聞いてない。

 

「早くしないと、時間が来てしまいます」

「時間?」

「ハイ。45分に映像切り替える予定です」

 

 時計を見ると、12時30分。PCの画像では、佐伯さんの司会が始まっていた。

(わたくし)、佐々木 優は、結婚することになりました」

そんなユウ兄様の声も聞こえる。拍手の音がする。

そんな彼は、照れくさそうにしながら、台から下りようとしている。

が、佐伯さんのアナウンスにより、止められていた。

 

「奥様の名前と、年齢、学校名を教えて下さい」

「相田 希、16歳、4月から鈴峯女学園に通う予定だ」

 

 佐伯さんの質問に、しっかりと答えるユウ兄様。

彼の言葉に「相田 希」という名前を聞いて、安心する。

この「結婚発表会」は、ユウ兄が私と結婚することを報告するための会だと確信したからだ。

 

PCの前から離れて、服を脱ぎ始める。時間はあまりない。

先程来たばかりの箱から制服を取り出し、紺のスカートとブラウスを着用する。

ブラウスの襟に黄色のリボンネクタイを通し、上から紺のブレザーを羽織る。

3つの大きなボタンを閉めて、着替え完了。

そして、三つ編みを解き、簡単にブラッシングをする。

 

「希様、よく似合っています」

 

似合っていますって言うけど、そんなに変わらないって。

そう思いながらも、誉められるのはまんざらでもない。

 

「さあ、希様、ここに座ってもらえますか」

 

私を壁の前に座らせて、彼女はカメラの操作を始める。

左右が眩しいと思ったら、いつの間にか簡易型ライトが設置されていた。

 

「ふう、なんとか間に合いました」

小夜はご満悦である。45分まであと3分。本当にギリギリだった。

 

「希様、時間までゆっくりしていてもいいですよ」

 

そんなことを言ってくるけど、残り時間ないんだけどなぁ……。

とりあえず、PC画面を眺める。

 

「そんな奥様は、アイダコーポレイションの社長令嬢、1人娘であられます」

「「「「わーーーーーっ」」」」

 

 佐伯さんが私のことを紹介して、周りが沸いている。

何か、不思議な光景だ。

アイダコーポレイションの紹介まであり、食堂が異様な雰囲気になっている。

 

……私、ここで生放送するの……?

 

離れてはいるものの、このたくさんのひとの前で発表するなんて。

胸がドキドキしている。

 

「希様、スタンバイ、お願いしまーす」

 

小夜がのっている。今更止めることなんて、不可能だろう。

 

「3、2、1、ハイ」

「最後に、皆さま、お近くのテレビ画像に、注目願います」

 

小夜のカウントダウンと、画像の佐伯さんの指示がシンクロする。

小夜の頭の上に、いつの間にか「ON AIR」のランプが。

いつそんなもの作ったの、本当に貴女ときたら……。

笑ってしまう。おかげでリラックスできた。

 

「皆さま、こんにちは」

 

カメラのレンズをしっかり見つめる。

 

「佐々木 優の嫁の、希です」

 

かまないように、落ち着いて、言葉を続ける。

 

「昨日、ユウ兄のお嫁さんになりました」

 

ユウ兄のお嫁さん……

いざ、言葉にすると、感慨深いものがある。

涙が出そうだよ、8年間、長かったなぁ……。

 

(わたくし)の夫、佐々木 優を、これからもよろしくお願いします」

レンズの向こうには、ユウ兄様の仲間たちがいる。

そう思うと、自然に軽く頭を下げていた。

 

「……希様、まだ時間があります。もう少し、何かないですか?」

「ぅえっ!?……何話せばいいのよー」

 

終わった気分だったので、小夜の突っ込みに慌ててしまった。

折角、上手く締めたと思ったのに。

少し考えて、ユウ兄様に伝えたいことにしてみた。

 

「今夜は、餃子だよー餡を作って皮巻いて、たくさん作るからねー」

 

そう言いながら、餃子を包む真似をする。

これで、映像的にも伝わったはず。

……小夜、そんな生暖かい目で見ないでくれる?

 

「……ユウ兄にい、早く帰って来てね、待ってるよー」

これは、ユウ兄様も見ているはず。自然と手を振っていた。

 

「あっ、そうだ」

不意に疑問に思ったので、聞いてみよう。

 

「ユウ兄、結婚発表会をしてるって聞いたけど、プロポーズ、まだなのー?」

 

小夜が驚き、おでこに手を当てている。俗にいう、頭を抱えているポーズ。

えっ?私、何かやらかした?気にせずに言葉をつなげた。

 

「ユウ兄も、結婚する覚悟を、決めてくれたみたいなので、おとなしく、待ってまーす」

 

言い終わった瞬間、「ON AIR」のランプが消えた。

生放送終了らしい。

 

PCの画面では、皆で文句を言っているようで、思わず笑ってしまった。

それと同時に、こちらの映像が届いていたこともわかり、一仕事終えた気分になる。

 

「……優様、ご愁傷様……」

小夜が呟いたようだけど、気にしない、聞かなかったことにしよう。

 

 

★★★

 

 

「フフフ」

 

 思い出し笑いが、ついつい出てしまった。

あの後、ユウ兄様は大変だったのだろうか。

今度、聞いてみようかな。

 

「それにしても、今日も、お疲れ様」

私は、彼の寝顔を見つめながら、1人、呟く。

 

「早く、プロポーズ、してくださいね」

 

いろいろあった、佐々木家の夜が更ける……。

 




【ニシキギ】
ニシキギ科ニシキギ属のニシキギ(錦木)(学名:Euonymus alatus)は別名ヤハズニシキギ(矢筈錦木)、カミソリノキ(剃刀の木)と呼ばれる落葉低木。

その名をのごとく「錦」を思わす秋の紅葉の美しさが最大の魅力の樹木。
カエデ、スズランノキと並び、世界三大紅葉樹ともいわれている。
カエデと比べて、落葉が少し早く鑑賞期間が短いところが難点。

枝に「翼 (よく)」と呼ばれるコルク質の羽が付くのが特徴で、弓矢の羽(矢筈(やはず)に例えて「ヤハズニシキギ」という別名がついた。

淡緑色の小さな花を咲かせますが、5mm程度で葉の下に隠れるように存在するため、目立たない。
秋になると、赤い果実が熟す。

開花時期:4月~6月
花の色:黄色、緑色
原産地:日本、朝鮮、中国


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第27話 ゼラニウム

いつも読んで下さり、ありがとうございます。


ここから、通常投稿になります。
「小説家になろう」に追いつきました。

【ここまでのあらすじ】
同棲生活3日目に突入。

【追記】(1/20)
客→顧客、未成年略取→未成年者略取 に変更しました。


 広島市の南にあるサンビツ重工業。

その工場棟の近くに事務所棟がある。

そこには、サンビツ重工業に関係する会社の事務室が入っているのだ。

 

 

 事務所棟の3階にある事務室では、キーボードを叩く音が響く。

俺の斜め前の机に座った佐伯が、モニターに向かっている。

彼女は、次の社内会議で使用する書類の作成をしている。

先程、頼んだのだ。

 

 俺は、デスクに座り、決済書の束に目を通していた。

様々な書類に目を通し、印を押す。

 

 広島において、社員を束ねる立場になっているので、工場での作業は、ほとんどしない。

部長になった今は、身体を使うよりも、デスク仕事が多くなったように思う。

今やっているような提出書類のチェックと、時間や作業を調整をするための、他社との話し合い。

社内会議で使用する資料の内容や構成を考えたり、行事をつつがなく進行するための下準備。

部下への叱咤激励と、起こってしまった事案の後始末など、頭を使い、精神をすり減らす仕事が主だ。

 

 理不尽なことも、部下のため、会社のため、他社に謝って歩くのも、大事な仕事である。

その相手が、いつも定例会議で会う各社の代表の方々なら、精神的に楽なのだが……。

お互い様ということもあるし、立場をわかってくれているので、形式的なもので終わるからだ。

だが、製品を購入している顧客を相手にする場合になると、事情が変わってくる。

 

 

……本日午後に会う、ソーイング社のお偉いさんは、またネチネチ言ってくるだろうな……。

 

わかってはいるものの、毎回、会うまでが憂鬱だ。

 

 

株式会社ソーイング

 

アメリカの大手企業である。

この工場の製作している製品は、ソーイング社の商品の1部品にすぎない。

日本はおろか、世界中で、たくさんの部品が作られている。

その部品が、航空機や船で、アメリカの工場に集められ、プラモデルのように組み立てられる。

そのように組み立てられた製品が、個として売り出されるのだ。

そんなこともあり、部品には、様々な基準や規格があり、その範囲に収まるように義務付けられている。

基準や規格通りに作られているため、同じように組み立てられ、同じような製品ができていくのだ。

これを決めておかないと、組み立てるときに齟齬が生じ、製品とならない。、

 

 そんなソーイング社が定めている基準に、「部品に付くキズの数」なども定められている。

全体的に手作業が多いため、作業の工程でキズが生まれてしまうのだ。

ある程度作業に慣れていくと、そんなキズは減っていくのだが、経験するしかない。

 

キズの多さ。そこをいつも責められるんだよな……。

 

 他社が同じような作業をして、キズが少なかったという事実があるので、反論できない。

いかにキズが付かないか、皆で作業方法を工夫して、改善していくしかないのだ。

仕方がないので、嵐が通り過ぎることを待つと同時に、部下たち、頼むよ……と期待するしかない。

 

 

……大下、また機械壊したのかよ……

……山田、始末書何枚目だろうか……

……中根班……ああ、まだ作業を再開できないなぁ……

 

 

 様々な部下の、様々な失態……。

彼らの始末書を見て、印を押していくのも仕事。

状況を思い浮かべるだけで、憂鬱になってくる。

 

 

ふう

 

 

一息つくか……。

 

「佐伯、休憩しよう」

 

作業中の佐伯に声をかける。

彼女も頷く。そして立ち上がり、喫茶室に向かう。

 

「部長はコーヒーでいいですか」

「ああ」

 

休憩のときくらいは、仕事以外のことを考えよう……。

 

 

……仕事以外のこと……

 

今朝の様子……

 

 

★★★

 

 

 

トトトトトト……

 

 

 鼻にくすぐってくる匂いで、意識が回復する。

耳に、軽やかな音が入ってきている。

これは、何かを刻んでいるのだろうか。

 

そういえば、隣にあるはずの温もりがない。

 

……寝坊したのか?

 

まだ、目覚ましは鳴っていないはずだ。

しかし、隣りで寝ているはずのノゾミがいない……。

 

ヤバい!

 

慌てて目を開けて、時計を確認する。

5時45分を表示していた。

 

ああ、まだそんな時間か……。

 

だよなー、時間に起きれなくても、ノゾミがいるから、起こしてくれるはず。

なぜ、ここまで慌てたのだろう……ひとり苦笑いをする。

 

さあ、起きようか。

 

 これは、味噌汁の匂いだな。

そうか、ノゾミは早起きして、朝ご飯を作ってくれているのか……。

昨日の朝、「早いー」と眠そうにしていた彼女が、頑張ってくれていることに心が熱くなる。

他の誰でもない、俺のために。

なぜ起きることができているかも疑問だが……。

朝弱そうなイメージなのに。

 

洋室とキッチンの間の戸は閉められている。

眠っている俺に気を使っているのだろう。

 

少し戸を開けて、キッチンの様子を覗き見る。

寝間着にエプロンをして、料理をしている彼女がいた。

あれから、寝間着に着替えてくれたのだろう。

 

……下着姿でキッチンに立たれると困るが、それも見てみたいと思ったのは秘密だ。

 

足元から見ているため、気づかれていない。

この角度から見ると、彼女の身体にも、メリハリがあることが分かる。

 

……普段、残念そうに見える胸も、山に見えるんだなぁ……神秘だ……

 

若干、失礼で邪なことを考えていると、彼女と目が合った。

 

「……おはよう」

 

先手必勝と、先に挨拶の言葉を発する。

なぜ「先手必勝」と思ったのか。

心にやましいことを、考えていたからかもしれない。

 

「おはよう、ユウ兄」

 

そんな俺の動揺を知ってか知らずか、笑顔で返してくる。

すぐ視線を鍋に戻し、かき混ぜているようだ。

 

「……起きているから、びっくりした」

「フフフ、凄いでしょう」

「ああ、凄いよ」

 

率直な感想を述べると、鼻で笑われた。

誉めると、嬉しそうにしている。

 

「昨日の『まだ早いーまだ寝るー』って言っていた誰かさんは何処にいったのかな?」

「……そんなノゾミさんは、知らないデスヨ……」

 

少し物マネをして茶化すと、とぼけられた。

語尾がカタコトだ。

口をとがらせている、その顔も可愛い。

 

「ユウ兄、そろそろできるから、布団を片付けて」

 

言われて布団を片付ける。

テーブルを出し、キッチンから料理を運び入れる。

 

同棲生活3日目の朝。

そのわりに、ずいぶんと夫婦感出ている気がするのは、気のせいだろうか。

 

 ご飯と味噌汁、それに目玉焼き。

昨日と変わらないラインナップだが、味噌汁は昨日と違ってインスタントではない。

先程、刻んでいたネギと油揚げ、ワカメや豆腐の入った、本格的なものである。

そういえば、東京って、赤味噌だろうか、白味噌だろうか。

目の前の味噌汁の色からして、赤味噌ではなさそうだが。

 

「味噌なんだけど、知っているメーカーがなかったので、ます○みそ?それを買ったよ」

「ああ、それは、地元のメーカーだ」

 

ます○みそ。

プロ野球チーム・広島東洋カープのOBがCMにでていたこともある老舗みそ。

「母さんの味、ます○みそ」というフレーズで、県民に広く親しまれている。

 

 手作り味噌汁。

自分のために作ってくれたものというだけで、気分が違う。

妻が家事をして、旦那が外に仕事に行く。

古い考えだというひともいるだろうが、単純に嬉しい。

……まだ、夫婦ではないが。

 

「……何時に起きたんだ?」

「5時くらいかなー、だから少し眠い」

 

「目覚まし?」

「念じたら、起きれたよ」

 

それは凄いなぁ。俺にはできないだろう。

しかし、毎日は期待しない方がいいかもしれない。

 

「そういえば、ケーキを昨日、買って来たことを忘れていたのだが」

「……うん。冷蔵庫を見た時に、見つけたー」

 

昨日出し忘れた、ケーキの話題をする。

知っているようだが、今、食卓に上がってないのはなぜなのだろう……。

 

「朝は少し重いから、夜食べようかなって思って」

 

……冷蔵庫に入っているから、大丈夫だろうか。

一応、生ものだ。ケーキ屋のケーキだから、保存料入っていないだろうし。

 

「夜までは持たないだろうから、友達と食べてもいいよ」

「わかった、ありがとう、ユウ兄」

 

そんな感じで和やかに食事の時間が過ぎた。

 

 

 

 食事の後、俺は浴室に向かった。

朝起きて、シャワーを浴びることを日課にしている。

眠い目を覚ますためには、最適だからだ。

今朝は、起床後すぐ朝飯ができていたので、後回しにしていた。

 

 

シャーーーーーー

 

 

 若干温めのお湯が気持ちいい。

ベタベタになっている寝汗を洗い流し、すっきりする。

今日は、ノゾミが朝食を作ってくれたため、時間に余裕がある。

 

確か、まだ6時半になってないはずだ。

 

湯船を見る。

今は水が入っていない。

 

そういえば、昨夜は、ノゾミと2人でいろいろなことをしたなぁ……。

こんな狭い湯船でも、なんとかは入れるものなのか。

 

そして、彼女の心境の変化を考えてしまう。

同棲初日は、裸を見られて浴室に逃げ帰った彼女。

それが、昨日は俺が入っている浴室に裸で乱入するという、大胆な行動を取った。

何があったのだろう。俺には、わからない。

初日の夜と2日目の夜の間に起こったことを思い浮かべる。

 

 

……裸で、俺の布団に乱入してくる

……いってらっしゃいのキス

……結婚発表会で自己紹介

……手作り餃子を一緒に食べる

 

 

……うーん、わからない。

女性とは、こういうものなのだろうか。

それとも、最近の学生は、思い切りがいいということなのだろうか。

ただ単に、ノゾミ自身に踏ん切りがついた、そういうことなのだろうか。

 

 

キュッキュ

 

 

シャワーの蛇口を閉めた。

バスタオルで身体に付いた水滴を拭き取る。

 

とりあえず、それについては、考えないようにしよう。

彼女が嫌がっているなら、考える必要があるが、そんな様子はない。

むしろ「早く種付けしてくれ」は言い過ぎだが、「事実関係が欲しい」感がある。

やることなすこと可愛いが、迫られている格好だ。

彼女からすると、相手は俺、と決まっているから、あとはまな板の鯉。

……違うな、調理してくれることを待っているから、少し意味が違うな。

 

……もう、既成事実を作ってもいいのでは……。

 

そんな考えが、頭をもたげてくる。

本人もその親も、学校すらも許可している。

 

残っているのは、法律と俺の理性や覚悟……だけ。

 

 

法律の壁・「未成年者略取」

 

【略取】

暴行、脅迫その他強制的手段を用いて、相手方をその意思に反して、従前の生活環境から離脱させ、自己又は、第三者の支配下に置くことを言う。

 

未成年だと、「その意思」は保護者のものとされる。

幼い知識や認識だと、正確な判断ができないだろうということだ。

 

 

 

 今のところ、ノゾミの保護者である、徹叔父さんが認めてくれているから、略取にはならないだろう。

ただ、何らかの理由で、それが覆された場合、未成年略取となり、俺は逮捕される。

本人の希望で連れて行ったものの、親の許可がなかったために、逮捕されるということもあるらしい。

まあ、俺の場合、「略取ではない」と、証明することが、すでに難しい状態なのだが。

 

・彼女は、従前の生活環境(東京)から離れている

 

犯罪一歩手前だな。

徹叔父さんの胸三寸である。

 

そう考えると、手を出しても、出さなくても一緒かもしれないな。

 

ノゾミは、自分の意思でここに来た。

しかし、徹叔父さんが否を唱えると、世間的には、俺が呼んだことになる……。

すでに「略取」しているのか……。

 

しかし、婚姻届を提出してしまえば、その懸念も消え去る。

日本の法律では、結婚すると、二十歳未満でも、成人として認められるからだ。

成人になると、「その意思」は本人の意思となる。

 

ノゾミの意思は……、考えるまでもないが……。

 

これは、俺自身のためにも、早く婚姻届を提出した方がいいのでは……。

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

「部長、険しい表情してますね」

 

佐伯に指摘される。

 

「……未成年略取」

 

彼女は、ぼそっと呟いた。

 

「朝、会ったときと同じ顔していますから、何を考えているのか、すぐわかります」

 

そんなことを言いながら、コーヒーの入ったカップを俺の前に置く。

 

「早く行動を起せばいいんですよ、希さんも待ってるみたいですし」

 

彼女と通勤の電車で顔を合わせたとき、思い切り心配された。

仕事で悩んでいるときよりも、険しい表情になっていたみたいだ。

……犯罪と仕事の悩みでは、比べるまでもないか……。

 

仕方なく、話してみたのだが、

「早くプロポーズして、婚約届を提出したら、簡単に解決します」

そう言ってのけた。

 

確かにそうなのだが、まだ踏ん切りがつかない。

自ら気持ちを切り替えるため、コーヒーを半分まで、一気に飲みほした。

 

「……まあ、幸せそうで、何よりです」

 

彼女も自分のカップに口をつけている。

こちらは、紅茶のようだ。

 

ため息をつく。

 

 

今日は今のところ、平和に過ごせている。

会社内では、特に大きな出来事は起こっていないようだ。

 

……あとは、午後のソーイング社の苦情を聞いて、謝るだけか……。

 

そこだけが、憂鬱なんだよな……。

今度は、別の悩みに頭を悩ませるのであった。




【ゼラニウム】

フウロソウ科ペラルゴニウム属のゼラニウム(学名:Pelargonium)は、日本ではテンジクアオイ(天竺葵) と呼ばれている多年草。

花は一重咲きから八重咲きまであり、星形やカップ状の小花がボール状に多数集まって長い花茎の先端に付く。やや多肉質の茎を持ち、感想には強い反面、過失には弱い性質を持っている。

温度が適していれば、1年中開花するため、非常に育てやすく、初心者向き。

ゼラニウムの名の由来は、ギリシア語の「ゼラノス(鶴)から来ている。
種の形を鶴のくちばしに見立てたからと言われています。

最初に分類されていた「ゼラニウム属」は、「ベルゴニウム属」と「ゼラニウム属」に分かれ、ゼラニウムはベルゴニウム属に分かれた方を指す。

開花時期:4月~11月
花の色:ピンク色、白色、赤色、オレンジ色、紫色
原産地:南アフリカ


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第28話 キョウチクトウ

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
同棲3日目。おだやかな午前中。

【追記】(1/28)
英文にしてみました。


昼になる少し前。

 

プルルルルルル……

 

ガチャ

 

「はい、エヌ・ツー・ダブリュ株式会社です」

 

 

 電話が鳴る。

即座に佐伯が受話器を取り、応対する。

今更ながら、ウチの会社は「NWW」と書いて「エヌ・ツー・ダブリュ」と読む。

ダブリュを2つで「ツーダブリュ」って、普通は読めないと思う。

 

 

岩本(いわもと)代表。お疲れ様です、……ハイ、……ハイ、いえーそんなことはないですよ、残念ながら」

佐伯が嬉しそうに対応している。これは苦笑しているのか。

 

「部長ですか、いますよー」

 

電話の相手は、我が社の代表のようだ。

机の上の電話を取るために、身構える。

 

「そういえば、代表。佐々木部長から、大きなニュースがあるんですよ」

 

……佐伯、そんなフリはいらないんだが……。

 

「えっ?何か知りたい?……それは、直接部長に聞いてくださいよー」

 

代表にせがまれたらしい。

佐伯は、嬉しそうに対応している。

 

 

★★★

 

 

 岩本(いわもと) (さとし)、ウチの会社の代表である。

40歳と、他社の社長に比べると若い。

が、奇抜な思い付きとやると決めた時の勢いに定評があるひとだ。

 

 彼との出会いは、入社して1年したときだった。

サンビツ重工業が、名古屋で新プロジェクトを立ち上げることになった。

プロジェクトを立ち上げるときは、普段よりもたくさんの人員が必要になる。

全てが初めて行う作業ということもあるが、予想外の事案に対応できるようにするためだ。

名古屋にいる人員だけでは足りないため、広島からも送り込むこととなった。

当時は新人だった俺も、名古屋に向かうことになった。

 

 彼は、そのプロジェクトで、ウチの会社におけるリーダーをしていた。

当時の社長の息子ということで、とっつきにくいかと思えば、そんなことはなかった。

彼の笑顔と統率力、そして人の良さにより、俺を含めた彼の部下は、かなり助けられることになる。

残業が山ほどあり、悩んだり、うんざりすることもあった。

が、彼が環境を整えてくれたおかげで、楽しく作業を進めることができた。

 

 名古屋に来て約1年半後、無事にプロジェクトが軌道に乗り、俺は広島に帰ることになった。

現在もそのときの部署メンバーが揃うと、当時の話で盛り上がる。

名古屋出張は、この仕事のやりがいを教えてくれた。

名古屋での過酷な経験が、新たな考えややり方の基礎になっているのは、間違いない。

広島に帰ってきてからの俺の働きぶりを、上が見て判断したのか、今の地位に引き上げられた。

直接聞いたわけではないが、彼の推薦が大きく動いたようだ。

 

 俺が帰った後の彼は、順調に昇進していき、昨年10月に親の後を継いで、代表になった。

いろいろあったようだが、持ち前の性格で乗り越えていったようだ。

 

 そんな彼は、普段、名古屋にいるが、何ヶ月かに1度、こちらに来る。

そのときは、決まって飲みに行くことにしている。

あれから3年経って、2人ともひとの上に立つ存在になった。

俺もよく相談に乗ってもらい、アドバイスを受ける。

逆に彼からも、一種の弱みを聞いたりと、そのときはほぼ無礼講となっている。

そのため、愚痴の言い合いに発展することもあるが、今でも気軽に言い合える仲だ。

そんな俺たちを、側近2人が温かい目で見守っているのだが、そのときは気にしない。

 

そんな感じで、今も変わらない付き合いをしているのであった。

 

 

★★★

 

 

「少々、お待ちください」

 

佐伯は、受話器の話口を手で塞ぎ、こちらを見ている。

 

「部長、1番です」

「わかった」

 

自分の机の電話の受話器を取り、1番のボタンを押す。

 

「ご無沙汰してます、岩本代表」

「おい、『代表』ってつけると、他人行儀だから、やめてくれ」

 

「では、お久しぶり、岩本」

「おい、呼び捨てかよ」

 

「では、『お岩さん』」

「おいおい」

 

 代表にこんな口の利き方はどうなのか、そう思う方もいるだろう。

俺と(いわ)さんの間では、最初に交わされる約束事みたいなものとして確立している。

そんな軽い言葉のやり取りはすぐ終わり、今回の件についての話に入る。

 

「ところで、ソーイングはどう言ってきている?」

「はい、この昼に会う予定ですが、かなり渋いことを言われそうですね……」

 

 佐伯とのやり取りで、本当は俺に関するニュースを真っ先に聞きたいということはわかっている。

けど、先に本題を話して終わらせた後に、ゆっくり雑談をしたい……そういうひとである。

 

「そうか……」

「はい」

 

 広島支社のこと、サンビツのこと、他社のこと、安全や薬品、部品についてなど。

広島と名古屋で情報交換を行っていく。

 

「とりあえず、現状は以上ですかね」

「そうか、新年度は、気を引き締めてがんばってくれ」

 

「はい」

「……そうだ!伝え忘れてた!」

 

岩さんが何かを思い出したようだ。

 

「お前、マイクのこと、覚えているか?」

 

 

 マイク。確か、名前はマイケル・スミスという。

彼は、ソーイング社の日本の担当部署所属で、名古屋出張のときに出会った。

岩さんと仕事のことで話し合いをすることが多く、俺もたまにお世話になった。

飲み会のときも、彼と面識のある俺が隣に配置されることも多く、様々な個人的な話をしている。

 

アメリカの方々は、家族ぐるみでの付き合いを望むひとが多い。

 

彼もその例にもれず、休日には、岩さんの奥さんや子供を呼ぶことが多かった。

俺は独り者なので、そんな岩さんの家族のついでによく呼ばれていた。

 

 

「ああ、懐かしいな」

 

彼との思い出は、楽しい時間が多い、

唯一、名古屋を去るときに残念と思うことが、彼と彼の家族と会えなくなることというくらいに。

 

「ところで、マイクに娘が居たのは、覚えているか?」

 

 すぐにクリスと呼ばれていた金髪の女の子を思い出す。

毎度、俺の膝に座ってご満悦のようだった。

「ユウハ、私ノナンダカラ。ココハ絶対ニ譲ラナイ」

そんな主張をして、彼女の兄や姉に揶揄われていたのを思い出す。

おっと、姉のジョディもいたな。

 

「クリスとジョディ、だね」

 

 

遠い日々を思い出す。

 

 

 ある時、クリスが、日本語を教えてくれと、せがんできたこともあった。

親の方針もあり、彼女は普通の小学校に通っていたのだが、わかり合いたい女の子ができたらしい。

当時の彼女は、言葉に不安があったせいか、クラスでもあまりしゃべらなかったようだ。

発音に何か変なところがないかと、俺に何度も聞いてきた。

どうやら、その子に発音が悪いことによる誤解を受けたくない、そう思っていたようだ。

そのことを聞いて、とりあえず簡単な挨拶と、「それは何?」という言葉を覚えてもらった。

その子と話がしたいなら、自分から向かっていく方がいいとも、アドバイスもしてみた。

間違えても、相手も一生懸命聞いてくれるだろうから、心配するな、とも慰めた。

 

そんな俺の言うことを、不安な表情をして頷いていたが、ここは小学生というところだろうか。

素直に実行したようだ。

 

結局は、その子が彼女の努力に気づき、歩み寄ってくれて、仲良くなったみたいだ。

そのことを俺に伝えるときに、興奮を隠せず、勢い余って、俺の胸に飛び込み、抱き着いてくるという形になった。

少女は少女で、その行為が恥ずかしかったようだ。顔を赤くして気まずそうにしていた。

しかし、それはそれで、微笑ましく思ったことを覚えている。

その後は、その子が彼女に日本語を教えてくれることになり、発音も次第に上手くなっていった。

 

「ああ、お前に懐いていたクリスティーナだがな、広島に行くらしいぞ」

「えっ?」

 

「ああ、マイクから直接聞いたからな、本当の話だ」

「……なんでそんな話に……」

 

「ユウと遊びたいってよ、本当になんでこんな奴がこんなにモテるんだよ」

 

 クリスと最後に会ったのは、2年半前。名古屋駅のホームだった。

マイクの家族総出で見送りに来てくれて、涙が出そうなところを懸命に堪えていたことを思い出す。

俺を明るく見送ってくれる親兄姉《おやきょうだい》と違い、彼女は1人、俯いていた。

そして「イツカ、会イニ行クカラ、待ッテテネ」と、静かに呟く声を耳にした。

俺は確か「ああ、いつでも待ってるよ」と返した気がする。

 

それが、今回、俺に会いに来る……と。

 

……あれ?身近に似たような経緯で会いに来た女の子がいたような……

 

「マイクも『ユウがいるなら安心だな』と言っていたから、よく見ておいてやれよ」

「……えっ?こちらに会いに来るだけ、だよな?」

 

「……それは、直接本人から聞けよ」

 

岩さんが笑っているのが、電話口からでもわかる。

 

「しかし、お前は、本当に女たらし、だよなー」

「そんなつもりは、ないんだけどな」

 

「いや、そんなことはないだろう?」

 

本当にそんなつもりは無いはずなのだが、無いと信じたいのだが……。

 

「佐伯だろー、H.S.Dのテルもそうだろう、そしてクリスティーナもそうだな」

「狭山やクリスは違うと思うのだが」

 

思いもよらない名前が出て来たので、慌てて否定する。

佐伯に関しては、好かれていることをひしひしと感じるので、触れないことにする。

 

「いや、俺の見た感じだと、テルも相当だぞ」

ちなみに、狭山も俺と一緒に名古屋に行ったメンバーだ。なので、岩さんとも面識がある。

 

「まあ、それはいいとして」

先程まで、笑っていた岩さんの雰囲気が変わったような気がした。

 

「佐々木よー、まだ佐伯ちゃんを手籠めにしないのかよ」

 

手籠めって。

とはいえ、これはいつもの「さわり」の部分だ。

今回は、クリスの話があったから、大きく遠回りをした形になった。

 

「ダメだよー、あんなにお前のことを好いてくれる女性、そんなにいないんだからさー」

「……そうなんですが、ね」

 

先程の話で出て来た狭山やクリスは「あんなに好いてくれている」に入っていないらしい。

 

「まあ、いいや。そのうち面白くなることを期待してるわ」

「……」

「さて、佐伯ちゃんが言ってた『ニュース』」ってなんだ?」

 

 とうとう質問されてしまった。

直前が「佐伯と結ばれろ」という話だ。

この「ニュース」を言ったら、どんな感じになるのだろうか。

自分のことながら、少し楽しみである。

 

「……聞きたいか?」

電話の向こうで「聞きたいオーラ」がしているようで、焦らしてみる。

 

「おい、そんなもったいぶるようなことなのか?」

予想通りの反応が返ってきた。

 

「私、佐々木ですが、結婚することになりました」

 

 本当は同棲なのだが、ノゾミと過ごして3日目。

判断は早いが、彼女とは、やっていけるという確信を持っている。

婚約、その先の結婚までを見据えてもいいだろう。

そんな決意とともに、直属の上司にあたる岩さんには、「結婚する」ことを告げることにした。

 

「おお、そうか……おめでとう」

 

……思ったよりも普通に祝福された。

 

「そうか……、佐伯ちゃんとかー、そうかー、佐伯ちゃんもひとが悪いね、自分で言えばいいのに」

 

ああ、佐伯と結婚すると勘違いしているのか……。

 

「いやー、とうとう……。付き合っている期間を通り過ぎて、結婚か」

 

岩さんの感慨深そうな呟きが続く。

 

「……急に結婚ってことは……、そうか、佐々木、避妊に失敗したのか、悪いヤツだな」

 

 おーい、佐伯、このひとに突っ込んでくれー……って、これは電話口だった。

彼女には、聞こえていない。

それに彼女なら、便乗してますます話が変な方向に行きそうだ。

そんな彼女は、こちらにたまに気を配りながら、キーボードを叩いている。

 

「……岩さん」

「なんだ、女の敵」

 

その呼称、やめてください。

 

「佐伯じゃないですから」

「そうなのか」

 

少し彼のトーンが落ちた。

 

「なら……テルか」

「狭山でもない」

 

岩さんの知らないひとだよ……。

 

「じゃあ、誰なんだよ。もったいぶらずに早く教えろよ」

 

しびれを切らしたようだ。

 

「岩さんの知らないひとですよ」

「ほほう、いつの間に」

 

「俺に、許嫁が居たようで、その娘と結婚します」

 

沈黙が流れる。

岩さんの頭の中では、いろいろ聞きたいことが、せめぎ合っているのだろう。

 

「……そうか」

 

しばらくして、岩さんはそう呟いた。

 

「とりあえず、よかったな」

「ハイ」

「いろいろ聞きたいところだが、今は時間がないようだ」

 

 

 とりあえず、質問は自重してくれるようだ。

少し安心する。岩さん相手に隠し通す自信がない。

詳しいことを知ったら、彼はどんな反応を示すのだろうか。

 

……彼の娘さんと同じくらいの嫁と聞いて。

 

ある意味、工場長みたいな反応になるのだろうか。

少しぞっとする。彼が来るときは、心の準備をしておくことにしよう。

 

 

「結婚式は?」

「まだです。婚約する段階なので」

 

「そうか。今度、そっちに行くわー、そのときに紹介してくれ」

「わかりました」

 

そこまで言うと、電話口の岩さんは、深くため息をついた。

 

「……クリスティーナに気をつけろよ……じゃあ、また」

 

 

 

ガチャ

プー プー プー プー

 

 

唐突に電話が終わった。

クリスに気をつけろって……、どういう意味だろうか?

 

 

 

★★★

 

 

 

広島駅南口周辺。

 

3人の男女が、ホテルのロビーから出て来た。

男は黒いスーツを着ている。がたいが良く、50歳くらいに見られる。

明るいグレー系の色の服装の女性は、小脇にバインダーを抱えていた。

そして明るい色彩の、少し露出の多い服装をした少女が、跳ねるようにはしゃいでる。

少女は、彼女が持つには少し大きいキャリーバックを引いている。

 

「とうとう、私は、ユウの住むヒロシマにやって来たのだー!」

 

 少女は、唐突に日本語で叫ぶ。

2年半前と違う、流暢な発音で、周りの日本人が驚いている。

彼らは、先程新幹線で広島に到着した。

迎えにくるはずの車をホテルのロビーで待っていたのだ。

 

 

「Hey, Annie! Deal with her somehow.」

(おい、アニー、アイツをなんとかしろ)

 

男は部下であろうアニーと呼ばれた女性に、注意を促す。

ここは、3人ともアメリカ人、英語である。

 

「Miss.Smith.The feeling that you frolic is understood, but please make it quiet now.」

(Miss.スミス、はしゃぐのはわかりますが、ここからはおとなしくしてください)

 

「Ok Annie. I'm sorry, Mr. Anderson」

(はい、アニー。ごめんなさい、Mr.アンダーソン)

 

注意されて、軽く舌を出して謝る少女。

 

「It isn't permitted to press such shrew's baby-sitting.」

(スミスめ。こんなじゃじゃ馬の子守を押し付けやがって)

 

「Slightly, the endurance until she's seen to Mr. SASAKI.」

(まあまあ、Mr.ササキに送り届けるまでの辛抱ですよ)

 

「Shit!」

(くそったれ!)

 

 

 アンダーソンは、ブツブツ文句を言っている。

ただ、彼は優しい。少女に聞こえないように最大限注意しているからだ。

優の知らないところで、恨まれているようだが、それは仕方がないのかもしれない。

 

そんな彼らの前に、1台の車が停まった。

3人は車に乗る。

 

車は、駅前大橋を通り、紙屋町方面に姿を消した。




【キョウチクトウ】

キョウチクトウ科キョウチクトウ属のキョウチクトウ(夾竹桃)(学名:Nerium indicum)は、別名半年紅、ミフクラギ(目膨木)と呼ばれる。

葉は濃緑色で光沢があり、長さは10~30cmになる。標高は3~4mで、夏になると枝の先端に4cm前後の花をたくさん咲かせる。
花は付け根が筒状で先端が分かれて花びらとなる。花びらは左右非対称でひねりの効いた船のスクリューのような形をしている。

葉、茎、根、花、種子など、全てが有毒。生木を燃やしたときに出る煙も有毒で、死に至る症状として、心臓麻痺などが挙げられる。

大気汚染などによく耐えて、防音効果も期待できるため、工場や車の往来が激しい幹線道路の緑化に利用される。大気汚染や悪環境に耐えることができるというより、有害物質を取り入れない仕組みができているということが理由のようだ。

開花時期:7~10月
花の色:、白色、紅色
原産地:インド


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第29話 シロタエギク

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
昼からソーイング社の方と会う予定。


13時半。

 

 事務所棟の前で俺たちは、待機していた。

サンビツ重工業渡辺工場長、H.S.Dの内藤部長、崎山塗装の崎山社長など、関係各社の重鎮の顔も見える。

それぞれの側近や補佐、を含めてその数は20人くらいになっている。

年に何回か、名古屋にいるソーイング社日本統括部長が、広島工場の視察に訪れる。

到着する時間になったので、彼らを出迎えるため、待っている。

 

 ロバート・ニコラス・アンダーソン日本統括部長。

俺は名古屋時代から知っているのだが、あの頃は、顔を知る程度だった。

なにせ、彼は10年前から名古屋にいて、すでに今の地位にいたのだ。

他地区からの応援社員と日本統括部長。普通なら接点はない。

全体朝礼で、たまに参加する彼の顔を見るくらいだろうか。

ただ、仲良くしていたマイクの直属の上司だったため、偶然、接する機会が生まれた。

岩さんと俺がいる現場に、アンダーソン部長とマイク他数人が現場視察に来たときである。

 

その時のことを思い出す。

 

 作業している俺の後方で、岩さんと統括部長が話しているようだ。

現場責任者の岩さんが対応するのは、普通のことである。

すでに顔合わせは終わっている様で、作業内容の説明をしている。

ふと、統括部長はこんなことを言い始めた。

 

 

「Mike.I heard that Chris's favorite was here. Are you here?」

(そういえば、マイク、クリスのお気に入りがこの部署にいると聞いたが?)

 

「Oh......Are you interested?」

(ああ……、気になるのか?)

 

「Proper!......Where is he?」

(当たり前だろう、……で、どいつなんだ?)

 

「HAHAHAHAHAHAHA.......」

(ハハハハハハハハ……)

 

「Hey.Mike.Don't laugh.」

(おい、マイク、笑うな)

 

「Mr.IWAMOTO.Please tell him YUU.」

(岩本さん、統括部長にユウを教えてやってくれ)

 

「The man working there is YUU.」

(あの作業をしている男です)

 

「Oh!What name is he?」

(ほほう、彼の名前は)

 

「His name is called YUU-SASAKI.」

(佐々木 優といいます)

 

「He's Chris's ......」

(彼がクリスの、……)

 

「Did he do somehow?」

(佐々木がどういたしましたか?)

 

「......there isn't everything.」

(……いや、何でもない)

 

 

 俺の後ろで、そんな会話をしていたように、うっすらと記憶している。

やたらと、「SASAKI」とか「YUU」とか言われていたので、気になった。

しかし、作業に集中する必要があったため、それ以降の会話は、聞き取れていない。

 

 そんな出会いと言えるかどうかわからないくらいの接触だった。

そのため、俺についての面識は、ほぼないに等しいだろう、そう思っていたのだが……。

 

 しかし、昇進して彼と対面する立場になったとき。

「おう、Mr.ササキ、名古屋ぶりだな」と、笑顔で握手してきた。

さらに「クリスは元気だぞ、俺はいつでも会えるからな、うらやましいか」と、自慢された。

彼に覚えられていることに絶句したことを覚えている。

名古屋出張から帰り、いきなりの昇進打診、さらに短期間の引継ぎの上、部長になってこの対談。

余裕のなかった俺は、そんな世間話も返せなかった。

当然、彼は、俺のそんな境遇を知っていた。

彼としては、硬くなっている俺を和ませるためにそんな話題を振ったようだ。

交渉デビューを果たしたばかりの若者に親近感を持たせて、有利に進める……。

交渉の常套手段だ。

 

 この対談は基本的に英語で交わされる。

作業内容や設計指示書などが、全て英語表記のため、この方が都合がいいからだ。

さらに、この会議の内容は、遠くソーイング本社にも流れている。

普段慣れない英語でのやり取りになるため、この会議の間だけは、アメリカにいる感覚となる。

 

 彼の老獪な戦術と話術、完全英語使用のアウエイ感。

俺にとっては、衝撃的なことが多すぎて、対応しきれなかった。

……そういうところもあり、彼の成すがままの交渉内容になってしまった。

最低限、こちらの意見は多少組み入れられているものの、ソーイング側の要求を押し付けられた形だ。

そのことについて、名古屋にいる上司に呆れられ、苦い経験となった。

 

 そんな衝撃的な出来事から、今回で6回目の対談。

初回の対談がトラウマになっているのだろう、話が始まるまでは、今でも緊張する。

それでも、始まってしまうと落ち着きを取り戻せるようになっていた。

 

 話が始まると平常心を取り戻せるのは、佐伯がいるというところが大きいだろう。

1回目、2回目の対談は、俺1人で臨んでいた。

同行を許されなかったというよりも、周りにそんな人材がいなかったというのが理由である。

結構、現場の人間が聞くと、憤慨しそうな話も出るため、人選が難しいのだ。

3回目以降は彼女が同行するようになった。それにより、交渉はよりスムーズとなった。

 

 相手は統括部長と補佐以下多数。こちらは佐伯と2人。

「味方がいる」という安心感だけでなく、彼女の才能にも助けられている。

元々事務作業の経験があり、英語も話せる彼女は、空気を読みながら俺を補佐してくれる。

俺の表情マニアでもある彼女は、メンタルまで読み取れるので、適切なフォローができるようだ。

 

 そんなアンダーソン部長との対談だが、他社にとっても苦々しいことのようだ。

彼らから見ると、統括部長に顔を覚えてもらっていること自体が、羨ましいらしい。

 

 そうは言うが、そこまで長く世間話をしているわけではない。

主にジョディとクリスを中心とした、マイクの家族関係の話が多い。

自慢したいのか、情報として話してくれているのか、彼の意図が読めない。

しかし、お世話になった家族の近況は知りたいところなので、話には乗っている。

補佐に止められているところを見ると、元来は話好きなのだろう。

遠く広島で堅苦しい対談の中で、プライベートの話が通じる俺の存在。

一瞬の清涼剤として、休憩として、世間話をしているのかもしれない。

 

うーん、話は楽しいのだが、彼は統括部長。

仕事の話では結構シビアなので、全く面識がない方が交渉しやすいのだが……。

 

 

 俺の気持ちはどうであれ、周りから見ると、統括部長と仲がいいことになっていた。

そのこともあり、何か不味いことがあった場合、フォローができるように、工場長の隣で待機している。

その役割も、本当は断りたい。

が、実際は顔を合わせると、お互い笑顔になり、普通以上に話が弾むので、複雑な心境だ。

 

 黒い車2台、遠くに見える。

どうやら、あの車にアンダーソン統括部長一行が乗っているようだ。

周囲の会話が途絶える。

ピンと空気が張りつめているようだ。

俺も心なしか、硬い表情をしていたようだ。

 

「部長、希さんが見てますよ」

 

 そんな俺に柔らかい声がかかる。

3回目以降、俺を助けてくれている、優秀な側近の声だ。

そんな彼女は、俺の斜め後ろで待機中だ。

その冗談のおかげで、頬が緩む。

 

「ありがとう」

 

 彼女にだけわかるくらいの声で、感謝を述べる。、

視線を感じたので、そちらに目を向けると、ニヤッとした褐色の顔。

工場長、アンタも余裕でてきたなぁ……。

しかし。

ノゾミの場合、本当に見ている可能性があるんだよな、と苦笑する。

「……私の前で、格好悪いユウ兄は、許されない」そんな言葉がリフレインする。

はあ、ノゾミのために、頑張るかー。

 

 

車が到着した。

 

運転手が後ろのトビラを開ける。

まず、女性が出て来た。

おでこの上で分けられた、肩に触れるか触れないかくらいのダークブラウンの髪が印象的だ。

明るいグレーのジャケットと膝丈スカートで決めている。

ジャケットの下には白のインナー。首元にはチェーンネックレスが主張していた。

アンナ・カタリナ・ジェームス日本統括部長補佐、彼女と目が合う。

彼女が、表情を崩した気がした。口元が笑っている。

理由はわからないが、しかめっ面されるよりは、幾分かマシなので、気にしないこととする。

 

そんな彼女に続いて、背が高く、恰幅のいい男性が車から降りてくる。

スーツに赤いネクタイ。角刈りで若干白髪が混じり始めている金髪をしている。

目が細く、無口のように見えるため、威圧感がある。

 

後続の車からもグレーのスーツの男性3人と女性1人が降りた。

アンダーソン日本統括部長率いる広島工場視察団は6人。

 

 

「Welcome, Anderson integration chief director.」

(ようこそ、アンダーソン統括部長)

 

「It's met, thank you.」

(出迎え、ご苦労)

 

 

アンダーソン部長と渡辺工場長が、がっちりと握手を交わす。

お互いニコニコしている。腹の内は考えたくもないが。

そして、アンダーソン部長は、俺の前に来た。

握手をする。

 

……痛い……

 

思い切り握られた。これは意図的、なのか?

部長と目が合う。睨まれた……。

 

「......It isn't permitted, Mr.SASAKI.」

(ササキ、覚悟しろ)

 

 一言呟いて、彼は隣に移っていった。

ん?俺、何か悪いことをしたのか……?

時間にして5秒も経っていないが、他社と比べて、一番長く握手していたように思えた。

 

引き続き、ジェームス補佐以下5人とも握手をしていく。

女性2人には、軽く睨まれた気がしたのは、なぜなのだろうか。

 

 全関係会社の代表が視察団全員と挨拶を終えた後、工場視察に入る。

彼らも合わせて30人ともなると、本当に大きな集団だ。

視察ルートはあらかじめ決まっている。

社員たちにもその情報が入っており、視察時間帯は、心して作業するように言ってある。

と、いうのは、顧客の視察である。変なミスを見せるわけにはいかない。

 

 アンダーソン部長や、ジェームス補佐は、様々な質問を投げてくる。

主に渡辺工場長が相手をしているのだが、各社の代表も自分たちの区分に入ると、説明をすることになっている。

視察ルートが決まっているので、皆、心の準備ができていた。

そんなとき、アンダーソン統括部長が、工場長に提案をしてきた。

 

 

「I'd like to inspect the project which has started from 1 year before.」

(1年前から始まったプロジェクトを視察したい)

 

「……Can I hear a reason?」

(……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか)

 

「Various things have occurred in Nagoya.I'd like to consult.」

(名古屋でいろいろあってね、参考にしたいんだ)

 

「Such reason is all right.」

(……そういうことでしたら)

 

 

 工場長は一瞬ためらうが、理由を聞くと、断れない。

それ以上に驚いたのが、俺と佐伯だ。

そのプロジェクトの担当は、ウチの会社だ。

そして、その場所に行くには、ウチの会社の区域を全て通ることになる。

この管轄部長様に、ウチの会社の全てを晒すことになる。

普段から規則や規律など、気を付けているのだが、咄嗟に何が起こるかわからない。

今回の視察ルートに面しているのは、1部署だけ。

その部署は、いつも以上に気を付けているだろう。

だが、その他の部署は、ルートにかかっていないため、気は緩んでいる可能性がある。

 

「……佐々木クン、問題ないな」

「……はい」

 

渡辺工場長、断るな、ということですよね……。

そして、このときすでに佐伯の姿はなかった。

話の雰囲気から、他の部署に伝えにいったようだ。

 

……これで、何とかなるか……。

 

その後は、本当に地獄のようだった。

統括部長が様々なことを質問してくる。

さらに、目的の部署では、リーダーに質問攻め。

……問題になりそうなこともなく、無事に過ぎていった。

佐伯のファインプレーだな。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

視察が終わった後、アンダーソン統括部長との個別対談が始まる。

ウチの会社は3番目だ。

 

「佐伯、助かったよ」

 

優秀な部下を褒めたたえる。

今回はいろいろヤバかった。

 

「いいえ、我が社の危機でしたから、当然の措置です」

 

そう答えつつ、頬を紅潮させつつ、ホッとしているようだ。

 

そうなのだ、危機だった。

 

ソーイング社との間には、「こんな形で作業するように」という決まり事がある。

ただ、人間は賢いもので、効率良く作業をするにはどうすればいいか、常に考える。

そして、結果に問題がなければ、考え付いた効率の良い作業をするようになっていく。

しかし、結果に問題がないかどうかなんて、実際にはわからない。

年数が経って、問題が発生することも多々あるからだ。

変更したい旨を報告し、何も問題ないことを確認して、正規の作業方法といして変更する必要があるのだ。

ただ、時間と手間がかかるので、余程の変更ではない限り、報告を上げることはない。

我々上の人間も、そこら辺りは黙認しているのが現状だ。

作業する側から見れば、結果が同じ物が製作できるならいいでしょう、そんな感覚である。

 

しかし、今回の視察団は顧客側なので、作業する側の事情なんて考慮しない。

ただ、決められた通り作業手順、方法で製作していることを是としている。

顧客側としては、それも契約の一部だので、当然だ。

詳しい作業手順は、作業手順書を見ないとわからないだろう。

ただ、少しでも怪しいと思われる事柄があると、虱潰しに監査することになる。

彼らは、それが仕事なのだ。見つけてしまったら、探すしかない。

それによって、約束事と逸脱していると判断されると、この会社には、仕事を任せられない、そんな結論に陥る。

この工場は、この仕事をするためにある。

さらにウチの会社を含め、協力会社は、この仕事をするだけのために存在している。

仕事を任せられなければ、仕事がなくなる。

仕事がなくなると、会社の運営ができなくなる。

 

そういうこともあり、ウチの会社にとって、危機だったのだ。

 

「部長、我々の番です、行きましょう」

 

 考え事をしていると、佐伯に促された。

先に個別対談していたであろう、他社の代表とすれ違う。

表情はあまり良くない。統括部長に何か、言われたのだろうか。

とはいえ、この対談、元々笑顔満面で帰ることができるものではない。

気にしないことにしよう。

 

 工場内にある会議室に2人で向かう。

心臓が高鳴る。

この雰囲気や緊張感には、未だに慣れない。

統括部長とは先程話をしただろうが、そう言い聞かせても、怖気づきそうになる。

個別対談。

曲がりなりにも顧客、いわゆる雇い主との話し合い。

広島支社100人の社員のこれからを背負う感じがしてくる。

彼らの将来がかかっている。

常にそう思っているはずなのだが、こういう対談の席ではより重く感じてしまう。

俺の一挙手一投足によっては、彼らの将来を潰しかねないのだ。

 

 

「部長」

 

不意に俺の左手を捕まれた。

そして、引っ張られるような形になり、俺は歩みを止める。

 

「……希ちゃん、ここは私の領分だから……」

 

そんな小さな呟きが聞こえた気がする。

彼女が俺の左手を両手で覆っているため、向かい合う形となった。

顔を上げると、穏やかな表情をしたの佐伯の姿があった。

 

「部長、大丈夫です。私がいます」

 

彼女は、俺の左手を両手で柔らかく包み込む。

穏やかな表情をしているが、目は真っ直ぐ俺を射貫いている。

 

「大丈夫です、アナタはどんな困難があっても、今まで通り対処できます」

 

俺は、彼女から目を離すことができなかった。

それだけ彼女の表情が真剣で、隙が無かった。

彼女が言い切ったことを思い返す。

だよな、今までの無理くりな事象でも対処してきた。

それを考えると、どんなことでも対処できるような気がしてくる。

 

「佐々木 優、アナタはもっと大きな舞台に立つかもしれない」

 

挟まれている左手がより圧迫された。

力を込められたようだ。

 

「統括部長なんて目じゃないくらいの交渉もあるはず」

 

彼女の目が閉じられる。

 

「……アイダコーポレイションの社長を目指すのですから、こんな対談くらい余裕ですよ」

 

 そう言い切ると、目を開けた。

ようやく、彼女の目による束縛から解放された気がした。

そうか、そうだよな。

ノゾミと結婚するということは、アイダコーポレイション次期社長になる可能性は高い。

そうなると、世界の海千山千を相手にすることとなる。

それを考えたら、こんなほぼ身内との対談なんて楽なものだ……。

思わず、笑ってしまった。

 

「おい、まだ決まってないから」

「私にとっては、人生の既定路線になったので、なってもらわないと困ります」

 

 彼女も微笑んでいる。

「人生の既定路線」って……、なんて仰々しい。

どこまで本気なのか、その表情ではわからないが、期待はされているようだ。

何であれ、気分が楽になったのは確かだ。

 

「ああ、気が楽になった。ありがとう、佐伯」

「いえいえ、補佐としては当然のことです」

 

しかし、そんなに不安そうな表情をしていたかな……。

 

「私は、仕事では1番ですから、希ちゃんには、負けられません」

「……えっ?」

 

「部長、『仕事では1番信頼してる』って言ってましたよね?」

「……言ったなぁ……」

「でしたら、職場においては、私は部長の『嫁』ということになります」

 

おい、ここでそんなことを言うか?

気持ちは嬉しいけど、ノゾミが聞いたらどう思うだろう。

今は学生だからいいが、社会に出ると……。

 

反論する言葉が見つからないまま、目的の場所にたどり着いた。

 

気持ちを切り替える。

ソーイング社との対談。

さあ、統括部長、何でも来いや!

 

そんな心持で、ドアをノックした。




【シロタエギク】

キク科キオン属のシロタエギク(白妙菊)(学名:Senecio cineraria DC.)は、別名ダスティーミラーと呼ばれている多年草。

草丈は10~60cmに生長し、小さな黄色い花を咲かせる。
羽のように切れ込みの入った葉や茎にフェルトのような産毛が生え、全体が白銀色をしているため、寄せ植えの背景によく使われる。
寒さに強く、霜に当たっても枯れないため、冬の花壇に欠かせない存在。
夏の暑さにも負けないため、数年で大きな株に生長するようだ。

名前の由来は株全体が白いため。
別名も「ホコリまみれの粉屋」という意味で、全体に粉を吹いたような草姿に由来する。


開花時期:6月~8月
花の色:黄色
原産地:地中海沿岸


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第30話 キブシ Side-N

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
対談直前、由美の「嫁」発言。優は……。の前に、希視点のお話です。


3月30日、お昼過ぎ。

私は小夜と路面電車に乗っていた。

2人とも赤いリボンタイをつけて、学校の制服を着こんでいる。

 

「希様、タクシーとかハイヤーでもよかったのでは……」

「一度、どんなルートで通学するのか、体験しておきたかったから」

「……ルートも何も、1本道ですし……」

 

小夜は、不服そうだ。

本当は、無駄なお金を使いたくなかったから。

ユウ兄様から預けられたお金をこんなところで使うのもね……。

通勤通学の時間から外れていても、それなりにひとが乗っていた。

ひと混みが苦手な彼女は、なるべく避けたかったのかな。

 

「……さすが、路面電車が元気に走っている街、と言われるだけあります」

 

……と、思っていたけれど、この電車に乗ることができて、まんざらでもないみたい。

過去に他所で走っていた車両が、未だに現役で走っていることがどんなにすごいことなのか……。

そんな、よくわからないことを、力説された。

 

私たちは、新学期から通うことになる、鈴峯女学園に向かっていた。

事前に必要な手続きをするため、ということなんだけれど、詳しい話は聞かされていない。

 

 ユウ兄様と住んでいる場所は、交通の便が良い。

電車の駅まで、徒歩で数分、さらに学校最寄り駅を通る便も通っている。

さらに、JRの駅や、広島市の中心部に行くのにも、非常に便利な場所。

……偶然だけど、この立地の良さは、ユウ兄様に感謝しないとね。

 

 途中まで道路の中央を走っていた電車も、普通の電車と同じ風景となった。

小夜が「西広島から普通の鉄道になるのですよ」とか言っていたけど、聞き流す。

さらに

「JRとひろでんは、宮島口まで並走しているのです」

「あっ、JR西日本広島管区でしか見れない貴重な車両です」とか……。

そんなこと、私に言われても、全然わからないから。

 

そうこうしていると、学校の最寄り駅に着いた。

家から約30分かかった。

 

 

ピッピー

 

「……すみません、お客様、そのカードは使えないんですよ」

 

ICカードを使って降りようとすると、エラー音が鳴った。

出口に立っている車掌さんがすまなさそうにしている。

 

……あれ?JRでは使えたよね……?

 

そうか、この電車は広島電鉄という私鉄だった……。

今回初めて乗ったので、気がつかなかった。

 

「すみません、後ろの方を先に……」

 

車掌さんにそう言われて、先を譲る。

私の後ろにいた小夜は……、普通にピッと鳴らせて、降りて行った。

 

あれっ?彼女、いつの間に……。

 

「市内からですか?」

「しない?」

「……乗った駅の名前は……」

「ああ、確か、土橋(どばし)です」

「190円になります」

 

……100円玉2枚、90円なんて……。

 

 両替までお願いしてしまい、本当にすまない気持ちになった。

先に降りた小夜が、こちらを見てニヤニヤしている。

電車から降りて、彼女に向かってつかつか歩く。

 

「希様ー、広島の交通機関に乗るには、このカードが便利ですよー」

「……」

「広島に来た、その日のうちに、定期を作りました」

 

 そう言うと、緑色のカードを見せてくれる。

そのカードは私の持っているものと違い、ペンギンがいない。

その代わりに、電車やバス、船やロープウェイの絵が描いてあった。

そして印字で「山崎 小夜」と書かれていた。

 

「チョップ!」

「いたーい、酷いよ、希様……」

 

私の攻撃を受けた小夜は、頭を擦りながら、文句を言ってくる。

 

「……ムカついたから」

 

知っているなら、教えてくれれば、いいのに。

 

「……あっ、優様も使っているはずです、電車通勤ですから」

「そう?」

 

「はい、なので、優様と買いに行けば、いいと思います」

「ああ、それはいい考えかも」

 

「私はそう思って、あえて言わなかったのです」

 

本当なの?彼女は目を逸らしている。

今思いついたんだね……。深くは追及しないけど……。

 

 駅を出て、横断歩道を渡る。スマホのナビによると、校門までは距離があるみたいだ。

体育館が見えているけれど、柵越しに配置されている樹木で敷地内への視界は遮られている。

ダンダンダンという音がするので、バスケットボール部が活動しているらしい。

次第に校舎と思われる建物が見えてきた。

確か、敷地を半周した、駅から結構遠い場所に正門があったはず。

毎日の通学で、鈴峯女学園の生徒たちの健脚は、鍛えられているようだ。

とはいえ、武蔵野女子も最寄り駅から正門まで、同じくらい離れていたように思う。

代々、生徒は、これにより、日々鍛えられているのではないかな……。

歩いて通学する生徒は、たくましく。ハイヤー通学のひとは、お嬢様らしく儚く。

 

「でも、希様は、いつも歩いていますが、お嬢様らしく儚く見えると評判です」

「……」

「足は細くて白いし、身体つき華奢ですし、誰もが羨ましがってます」

 

……東京にいたときにハイヤー通学でなかった理由……。

車よりも電車の方が早く、遅くまで家のベッドで寝ていられるから。

そのうちユウ兄様のところに行くつもりだったので、ハイヤーに慣れたくなかった。

この2つかな……。小夜には、話していないけれど。

 

そんなことを小夜と話しながら歩き、ようやく校門の前に到着する。

 

「ここが、鈴峯女学園……」

 

 校門の側面には「鈴峯女学園」と大きく彫ってある。

幅100mくらいの道路が一直線に校舎入口までつながっている、およそ500mくらいありそう。

その両脇には、綺麗に刈られた芝生が存在している。

芝生には、桜が整列し、道路と平行して一定間隔で並んで植わっていた。

桜は校舎の前と、校門の両脇にもある。今の時期は、満開に近かった。

その風景は、きっと、この春入学してくる生徒たちの印象に残るだろう。

 

感慨深い。

 

ユウ兄様と結婚するため、この学校に編入することを目標に頑張ってきた。

彼と出会ってから8年。その年月が走馬灯のように思い出される。

中学受験、大谷さんによる家事・料理指導、お母様の説得、ユウ兄様との再会……。

 

「ああ、長かったな……」

 

思わずつぶやく。やりきった感で思わず涙が……。

ユウ兄様と結婚するための私の計画が、ここ鈴峯で最終章を迎える……。

 

「どーーーーん!」

 

小夜がぶつかってきた。その反動でよろめく。そして、吹っ飛ぶ。

 

「ひとが感傷に浸っているのに、何するのよ?」

中学からずっと一緒にいる彼女は、この気持ちはわかっているはず。

 

「まだ優様を完全に攻略していないのですから、感傷に浸るのは、まだ早いです」

 

 そうだった。鈴峯に通って、ユウ兄様と一緒に暮らすことがゴールではなかった。

これから、彼に認められて、結婚して、いい家庭を持つまでを考えないと。

夫婦の共同生活……ユウ兄様は、子供は何人欲しいかな……。

 

「希様、ぼーっとしていないで、早く行きましょう」

彼女の急かす声で我に返る。

 

 校門の脇にあった守衛室にて、受付をすることにした。

初めて来たことを告げると、守衛さんは親切に説明してくれた。

生徒手帳を見せることで入場可能になるということ。

車で来るときは、座席から見えるよう提示すれば、確認できるということらしい。

御付きの運転手と車があるなら、登録することにより、出入りが自由になるようだ。

 

……武蔵野女子と同じ……かな?

 

説明を一通り聞いた後、「武蔵野女子からの編入です」と伝えると、生徒手帳の掲示を求められた。

確認すると、守衛さんは、受話器を取り、どこかに連絡し始めた。

 

「はい、相田 希と山崎 小夜です。はい、どちらも高2です……えっ?ああ聞いてみます」

 

守衛さんは、怪訝そうな顔をして、受話器から外す。

 

「相田さん」

「は、はい」

 

「アナタの名前が確認できないようなんですが……間違いないですよね?」

「ええ」

 

おかしいな、なぜ確認できないのだろう……。

 

「守衛さん、『佐々木 希』で聞いてもらえないでしょうか」

 

小夜がピンときたようで、口を出してきた。

そうか、学校側はすでに、準備をしてくれているのだった……。

 

「……佐々木 希だそうです、はい、ああ、そうなんですね。お伝えしておきます」

守衛さんも相手方も納得したようで、受話器を置く。

「問題ありませんでした。今から案内が迎えに来ますので、少々お待ちください」

 

学校関係者がここまで来るみたい。

何処に何があるのかわからないので、それは非常に助かる。

 

守衛室の前で待っていると、1台の黒いハイヤーが乗り付けた。

何だろう……。

後部のドアが開いて、1人の女性が現れた。

ポニーテールの金髪女子である。服装は少し派手で、この場所では違和感を感じる。

 

「こんにちは」

「「こんにちは」」

 

流暢な日本語で挨拶をされたので、思わず返してしまった。

 

「すいませーん、中学校はどこですか」

 

彼女は、守衛さんに質問をしている。

彼は、金髪外国女性の登場に、戸惑いを隠せていなかった。

しかし、日本語を話せるとわかって、安堵したようだ。

 

「中等部に何か御用ですか?」

「……ちゅうとうぶ?ごよう?えっ?」

 

この子、「中等部」「御用」の意味がわかってないのかな?

英語は、お父様の仕事の関係上、教え込まれていたので、何とか話すことができる。

そう思い、彼女の横に入り、話に加わる。

 

「You're asking him what business there is in a junior high school.」

(彼は、あなたが中学校に何の用事があるのか、聞いてるよ)

 

「Oh.....私、来月から、この中学校に通います」

「……お調べしますので、お名前を教えてもらえませんか」

「おなまえ……?」

 

名前に「お」がついて、丁寧になったことで、また混乱しているようだ。

 

「What is your name?」

(あなたの名前は?)

 

「クリスティーナ・スミスと言います」

「スミスさんですね」

 

私が手助けをすることで、守衛さんも彼女の名前がわかったようだ。

入場受付用紙に必要事項を記入するよう、促す。

彼は、再度受話器を取って、何処かへ連絡をし始めた。

 

「とても助かりました。ありがとうございます」

 

記入が終わったスミスさんは、私に向けて、丁寧にお辞儀をする。

それに合わせて、長いポニーテールが跳ねていた。

 

「どうも、初めての経験で、テンパってしまいまして」

 

彼女は、苦笑した。

外国の方が「テンパる」という言葉を知っていることに驚く。

 

「日本語が上手ですが、日本は長いのですか?」

小夜も不思議に思ったようで、私が疑問に思ったことを聞いてくれた。

 

「……日本に来て、6年になります」

「今は何歳ですか?」

 

「12歳です」

「なるほどー、小学1年から日本にいれば、それは上手くなりますね」

 

小夜が感心している。

 

 そうかー12歳かー。

……ということは、来月中学生になるってことか。

なのに、小夜と背の高さは同じくらい。私より若干高い。

そして、身体つきは華奢なのに、胸は……私より大きい。

 

……まだ小学生の、この子に背も胸の大きさも負けてる……

外国のひとだからなの?そうだよね、あちらの子供たちの成長が早いだけだよね……。

……ねえ、小夜さん……肩を叩いてこないでよー。

そんな「ハイハイ、そうですね、いつも通りですね」なんて、表情しないでよ……落ち込むから。

 

「来月から通うってことは、スミスさんも、編入組なのでしょうか?」

「はい、そうです」

「入学式より早くここに来たということは、寮に入るの?」

 

私と小夜は、彼女に興味が出て来たので、質問を重ねた。

 

 ここ鈴峯女学園は、高等部、中等部、初等部がある。

それぞれ、高校、中学校、小学校にあたる。

次の部に移るには、簡単な試験があるものの、基本エスカレーター式となる。

編入枠は少なく、編入試験でいい成績を修め合格するか、家柄試験、いわゆるコネで入るか……。

私たちの場合は、一種の例外で、交換留学生となっているけど、編入として扱われる。

 

同じようにこの学校に編入して通い始めると聞いて、さらに身近に感じてくる。

ここ鈴峯女学園には、家から通学できない生徒のために敷地内に寮がある。

中等部の生徒から入ることができたはずだ。

 

「いえ、寮には入らないです」

「……えっ?では、元々近所に住んでいるってこと?」

「家は名古屋です。知り合いの家に住まわせてもらおうかと、思ってます」

 

 そうか、この子もこの街で住み始めることになるんだね……。

今の私の境遇に似ている。

私は、ユウ兄様がいるこの街に来て、この学校に通い出す。

この子も、知り合いの住むこの街に来て、この学校に通い出す。

出会ったのは、運命かもしれない。仲良くなりたいな……。

 

「私のことは、『クリス』と呼んでください、お姉様」

 

 あー、「お姉様」って呼ばれたよー、それだけで、可愛く感じてしまう。

私に向けてなのか、小夜に向けてなのか、この際どちらでもいい。

……彼女は中学生だから、可愛く感じるのは当たり前なのだけれど、このあどけない表情が、たまらない。

そういえば、自己紹介をしないと。向こうの名前を聞いているのに、忘れていた。

 

「私の名前は、佐々木 希といいます。私もこの学校に来月から通い始める高校2年だよ」

「私は山崎 小夜といいます。高校2年ですね」

 

 ここでも「佐々木」と言っちゃった。

学校でも「佐々木 希」で登録されているみたいだから、いいよね。

隣りで小夜の視線が痛い。まだでしょう、と。

……早くユウ兄様に頼んで、名実ともに「佐々木 希」にしてもらわないと……。

 

「……えっ!ササキ?」

 

目の前のクリスが、驚いている。

 

「……どうしたの?」

「私のお世話になる予定のひとも『ササキ』です」

 

……驚くことではない。ササキの姓は多いだろうから。

 

それにしても、凄い偶然。

……まあ、私はまだ、佐々木になっていないのだけれど。

何か見えない縁があるのかもしれない。

そう感じた私は、軽い気持ちで聞いてみた。

彼女のお世話になる予定の家の場所を。

 

「クリス、そのササキさん、どこにお住まいなのかな?」

「……希様、広島の土地勘ないですよね。なのに、なぜそんな質問を……」

「もー、小夜、そんなこと言わないでよ……恥ずかしいじゃない……」

 

 まだ広島に来て3日しか経っていないから当然、地名を知っているわけがない。

それこそ、広島駅と家の最寄りの土橋(どばし)駅、そしてここ鈴峯くらいしか……。

小夜の苦言に、顔が熱くなっていくことを感じる。

 

「……ひろしまし、なかく、つちはしまち……って読むですかね……」

 

クリスは自信なさそうに読み上げて、小夜に書かれているであろう紙を見せている。

そうか、「つちはしまち」。

「ひろしましなかく」は、「広島市中区」だろうから、私の家に近いはず。

 

「……」

「何かありますか、小夜お姉様……」

 

その紙を見て、小夜が固まっている。

そんな様子を心配そうに眺めるクリス。

 

「……バカ、ホントにおバカな優様……」

 

……えっ??なんでそこでユウ兄様の名前が出るの?

 

「……希様」

 

小夜の声が低い。雰囲気が怖いんだけど……。

 

「私たちが住んでいるところの住所は?」

 

えっ?えっ?それは覚えているけどー

 

「広島県」

「……続けて」

 

「広島市」

「……それから?」

 

「中区」

「……それで?」

 

「どばしちょう」

「うん。で、クリスの行きたい町は?」

「つちはしまち……だよね?」

 

……で、それが何?

 

小夜が、あきれた顔をしている。

クリスは、何が起こったのかわからないと言う顔をしている。

 

「……そして、クリスがお世話になる予定のササキさんの名前が……これよ!」

 

先程の紙を渡される。

 

 

 

「えーーーーーーーーっ!!」

 

……数秒後、私の叫び声が、周囲に響き渡ることになった……。




※注釈
土橋町(どばしちょう):正しくは「どはしちょう」と読みます。
広電で土橋(どばし)駅と言われているので、広島市民でも濁らないことを知っているのはごく少数。
基本的に「どばし」で通じます、むしろ「どはし」と言ったら変な顔されそうです。


【キブシ】

キブシ科キブシ属のキブシ(木五倍子)(学名:Stachyurus praecox)は別名キフジ、マメブシ(豆五倍子)とよばれている雌雄異株の落葉低木。

冬に長い枝先に細い紐状の花芽ができ、春の早い時期に釣鐘状の小花を葡萄のように枝から垂れ提げて咲かせる。
直立するというより、明るい方向に枝を伸ばして垂れ下がるイメージ。
横に長く広がる細い枝に花穂がたくさん付き、上の方から咲き始める。
雄株は雌株より花が多く、果実は雌株にしか結ばない。

キブシの花は、早春の山菜でもあり、天ぷらにして食べることができる。
ただし、受粉した雌花は、固くなるので注意が必要。

果実は径7~12mmになる卵形、もしくは球形で、緑色から熟すと黄褐色になる。
果実に含まれるタンニンが黒色染料の五倍子(ぶし)の代用になるということから「木五倍子(きぶし)と呼ばれるようになった。

学名はギリシャ語の「stacyus(穂)+oura(尾)」による造語に「praecox(早咲きの)が付いた形。

開花時期:3月~5月
花の色:雄花・薄桃色、淡黄色、雌花・やや緑色
原産地:日本


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【番外編】my Valentine.

いつも読んで下さり、あrがとうございます。

今回は「バレンタインデー」ということで、そんな話を。

【追記】
修正しました。(2/14)


 今日は会社の皆と宴会をしている。

いつも通り、次郎が言い出して、佐伯が公募する形だ。

 

 この2人が企画する飲み会には、必ず呼ばれることになっている。

そのため、社員の皆も俺がいることをわかっていて参加する。

 

 普通に考えると、部長である俺の参加は煙たがられて、参加人数が絞られるはずなのだが、なぜか多い。

最近では、別会社の方々も見るようになった。

そのため、社員にとっては、別会社との交流の場として、重宝されているようだ。

 

 今回の参加人数は34人。

忘年会でも新年会でもないのに、大所帯だ。

それでいて、女性参加者は9人。

佐伯が呼びかけたのが、大きいのだろう。

他の会社から6人も参加している。

彼女は、工場で働く女性たちに顔が広いのだ。

 

 今回の会場は、美味しい海鮮を出してくれる居酒屋。

30人以上が入ることのできる大部屋に通された。

長机2つを囲んで、思い思いの面子で談笑している。

俺は、当然のように奥に追いやられている。

左隣には、これも当たり前のように、佐伯が座っていた。

彼女が一番奥になる。上座って何だろう……。

次郎は幹事なので、部屋の入口付近に陣取っている。

 

 店員が各自の飲み物の注文に来た。

佐伯が慣れた手筈で皆の希望をまとめていく。

俺は……生ビール。

 

しばらくして、瓶ビールが運ばれてくる。

 

「優さーん、お注ぎします」

 

 ここでも専売特許かのごとく、佐伯が注いでくる。

ちなみに、「部長」と呼ばないのは、俺が頼んだことだ。

飲み会の席にまで、役職を持ち込みたくない。

そもそも、俺よりこの仕事を長く携わっている先輩方はたくさんいる。

そういうこともあり、「優さん」か「佐々木さん」と部下には、呼んでもらっている。

……「優さん」と呼ぶのは、一部しかいないが。

 

「佐々木 優、注げ!」

 

 ぞんざいな言葉で、視線を向けなくても誰が発したのかが、わかる。

他社のH.S.Dの狭山(さやま) 輝美(てるみ)だろう。

彼女は他社だが、俺と同期ということ、佐伯と仲がいいことで、常に参加している。

俺に向けての言葉遣いが常に強気な彼女だが、毎度俺の向かいに陣取っている。

一度佐伯に理由を聞いてみたが、苦笑された。

どうやら、こんな態度を取るのは、俺の前だけらしい。

 

……その言葉遣いさえなければ、かわいいのに……。

 

「あ、伊藤くん、注ごうか」

 

俺は、佐伯の向かい、狭山の隣にいる伊藤(いとう) 浩二(こうじ)に瓶ビールを傾ける。

 

「佐々木さーん、テルを揶揄(からか)うために、俺を使わないでもらえますか?」

「まあまあ、そう言わずに……」

 

 恰幅のいい、スポーツ刈りの青年は、グラスを持って受け取る。

この伊藤という男、実は狭山が好きなのだ。

今回も無事、狭山の隣を確保して、ご満悦だ。

 

「コージ先輩、邪魔しないで下さいよ……」

 

 そんなむくれた、それにしてはかわいいつぶやきが聞こえる。

俺の前以外では、こんなかわいい態度を見せるらしい。

 

「佐々木くん、アタシにも、お願いしまーす」

 

 佐伯の反対側の隣から、参戦者が。

藤原(ふじわら) (さや)

彼女も他社所属で、佐伯つながりで知り合った。

俺より年上で、長く働いていて、すでに結婚している。

 

「お、サーヤ、今日はどれだけ飲むよ?」

「次は、日本酒、いきますか、佐々木くん」

「いーねー」

 

……何か忘れている気が……。

正面を見ると、プルプル震えているキツネ目の女性がいた。

 

「……佐々木 優!忘れてんじゃねー!」

「すまん、すまん」

 

俺は笑いながら、彼女のグラスにビールを注ぐ。

 

そして俺の右斜め前、サーヤの向かいには、ツインテールの女性が。

 

「……注ぐよ」

 

サーヤが彼女に声をかける。

 

「……はい、お願い、します」

たどたどしい言葉で答えて、グラスを傾けてくる。

 

「アナタ、見ない子ね、名前は?」

「……榎本、です……」

 

……そうか、この()、ウチの新入社員の榎本 あかりか。

普段の作業服にヘルメット姿ではないので、誰かわかっていなかった……。

1月に入って来たばかりの彼女が、よくこの飲み会に参加する気になったなぁ……。

 

「……ウチの女性社員は、強制参加ですから」

 

不思議に思っていた俺に、佐伯が怖いことを呟く。

 

「優さんのことを、良く知ることが、女性社員の規則ですので」

……おい、やめろよ。それってパワハラにつながるぞ。

 

 ちなみに女性社員は3人いるが、あと1人は次郎の隣にいる。

周囲の仲間と談笑しているようだ。

 

「みなさーん、飲み物は行きわたりましたかー」

 

 幹事でもある次郎が、立ち上がり、皆に呼びかける。

各所に瓶ビールが行きわたっている。

 

「では、行きわたっているようなので、乾杯の音頭を取らせていただきます」

 

皆で高々とグラスを掲げる。

 

「乾杯!」

「「「「「カンパーーーイ!!!」」」」

 

 周囲の皆と、グラスをぶつける。

机の上には、すでに刺身や焼き物など並んでいる。

思い思いのタイミングで箸を伸ばし、舌鼓を打つ。

 

 

「プハーーーー」

ビールの次に頼んだ熱燗を飲み干し、満足げな顔をしているサーヤ。

 

 

「……由美ちゃん、渡さないの?」

 

サーヤは、俺越しに佐伯を見つめる。

何の話だそうか。

 

「……そうではないのですが……」

佐伯の歯切れが悪い。

 

「そう、じゃあ、アタシが先に動いてもいいかな」

「どうぞ」

 

 話がまとまったらしい。

サーヤは、足元に置いていたバッグから何かを取り出す。

包装された四角い箱……。

 

「佐々木くん、少し早いけど、バレンタインのチョコ」

「……ありがとうございます」

 

 そういえば、今日は2月13日。バレンタインの前日。

明日は日曜のため、会社で会う女性たちにとっては、今日渡す必要があるようだ。

 

「……サーヤさん、俺にはー?」

「アンタ、アタシみたいな年増の人妻にもらって嬉しいの?」

「……年増なんて、そんな……」

「ほら、隣で睨んでいるひとにもらえばいいじゃない」

 

伊藤がチョコ欲しいアピールをするも、無碍なく断られている。

……というより、狭山に華麗なパスを送ったようだ。

 

「テル、俺にチョコレートをくれるの?」

「……知らない……」

「ねえ、ねえ」

 

……この2人は放っておこう。

俺もサーヤに注がれた日本酒を飲み干す。

 

 サーヤが俺にチョコを渡したことを皮切りに、各所でチョコ配りの儀式が始まった。

本日、女性の参加人数が多かったのは、そんな理由があったようだ。

ウチの工場は、基本的に土日が休みだ。

今年の2月14日は日曜日。さらに前日は土曜日。

2日前に渡すのは、早すぎるし、月曜日に渡すのは、遅すぎる。

 

……ということは、今回の飲み会の発案者は、佐伯……。

 

「佐々木部長、あげます」

「佐々木さん、これ」

「ありがとう」

 

 他の女性からも、包装された袋を手渡される。

男性たちは、それぞれ義理とはいえ、嬉しそうだ。

中には、本命っぽいやり取りをしているところもあるが。

目の前の2人のように。

 

「……コージ先輩のために、手作りしたわけでは、ないんですから!」

 

……狭山、そんないかにもなセリフを言うひと、初めて見たぞ。

伊藤は気にせずに受け取っている。

そして、いつの間にか、俺の前にも箱が。

 

「……佐々木 優!くれてやる!」

「……おう、もらっておくよ、ありがとう」

 

箱が伊藤にあげたものよりも大きい。

……おい、睨むな伊藤……。

これは、同期からの贈り物だ。恋愛感情なんてない。

 

 そんな中、佐伯は静かにカクテルを飲んでいる。

彼女もチョコを用意しているはずなのだが……。

今のところ、そんな雰囲気は微塵もない。

 

「おい、優。由美ちゃんからもらったか?」

 

幹事の仕事から解放されたのか、次郎がやって来た。

 

「お疲れ様、今日も幹事、ありがとな」

「こっちこそ、お前が()ると、集まりがええけえな」

 

カチン

 

グラスとお猪口がぶつかり、鈍い音が響く。

 

カチン

 

「次郎さん、お疲れ様です」

「南方くん、お疲れー」

「由美ちゃん、サーヤ、とうも」

 

続いて、佐伯とサーヤの歓待を受けることになったようだ。

 

「おお、榎本ちゃんもお疲れ」

「……はい、お疲れ、です……」

 

 次郎の声に、照れた顔で反応する榎本。

この娘はこの娘で、周りの男たちからの猛攻にタジタジになっていた。

先月入りたての、22歳の大卒女性社員という好物件。

さらに、部署が違うこともあり、男たちは、彼女とお近づきになりたくて、必死なのだ。

 

「……なあ、優」

「ん?」

「榎本ちゃん、飲み過ぎんように、よう見とけよ」

「えっ?」

「他のヤツの相手、したくないけえって、無言で飲みよるけえ」

「そうだな……」

 

 そんな話をしている間にも、周辺の男たちの誘いを無視して、飲んでいる。

近くの瓶ビールで手酌する……。

そして、無言で飲む。これは、ヤバい気がする。

同じことを思ったのか、次郎は、佐伯に声をかける。

 

「由美ちゃん、榎本ちゃんを回収してこい」

「……どうしたのですか?」

「どうも彼女は、他のヤツらの相手に疲れてるみたいやから、避難させようと思ってな」

「ああ、そういうことですか」

 

彼女は全てを理解したようだ。

榎本の傍に向かう。

 

「あかりちゃん、席移ろうか」

「……えっ?大丈夫、です、よ?」

「いや、大丈夫っぽくないから」

 

 佐伯はそこまで言うと、周りの男たちにキッと睨みを効かせる。

渋々従ったようだ。半分無理矢理だが。

佐伯が榎本を連れて戻ってくる。

 

「あかりちゃん、回収してきました」

「ご苦労、由美ちゃん」

 

 机の端席、いわゆる誕生日席に佐伯が座る。

伊藤と榎本が向かい合う形だ。

この頃には、サーヤは話をするために席を移動しているので、俺の右隣には、次郎が座っている。

……ちなみに、俺と榎本の向かいの2人は……、伊藤が狭山の頭を撫でて、宥めている。

何があったのか、知りたい気分になるが、そんな空間にも入りたくはない。

 

「榎本……、飲みすぎじゃわ」

「そ、そう、ですか……ね……」

「まあ、これでも飲め」

 

俺は、冗談で日本酒の入ったお猪口を彼女の前に置いた。

 

「……いただき、ます……」

 

彼女は、躊躇なく、グイっと飲み干す。

次郎と佐伯は、俺と彼女の行動が予想外過ぎて、言葉が出なかったようだ。

 

「……ぶちょー、もう一杯、欲しいですー」

 

言葉が砕けている。先程までのもじもじ感がない。

注いでやろうとすると、手を止められた。

 

「……お前、榎本ちゃんを潰す気か」

「そうですよ、潰したいなら、私にしてください」

「ぶちょー。私が先に潰れますので、後はよろしくですー」

 

……おい、佐伯。お前、酒に強いだろうが……。

そして、榎本。俺からふんだくって、手酌するでない。

どんだけ、好きなんだ……。

何という豹変の仕方だろうか。

酒に酔っているのだろうが、明らかにいつもと雰囲気が違う。

 

もしかして、こちらに引き入れたのは、失敗だったのか。

今更、返すわけにもいかず、後の祭りだった。

 

 

 

★★★

 

 

 

 

そうこうしているうちに、お開きの時間になり、1次会が終わった。

そして今は、こじゃれた居酒屋に場所を変えている。

 

そして、この場に居るのは、俺と佐伯、そして榎本だ。

他の大多数の面子は、そのままカラオケに向かったようだ。

 

「ぶちょー、私はこのままじゃ、いけないとおもうんですよー」

 

 榎本は、ずっと日本酒を飲み続け、しゃべり続けている。

完全に(たが)が外れてしまった状態だ。

俺と佐伯は、おでんをつつきながら、話を聞いている。

……本当は、部長という手前、このままでいいのか、と思うところもある。

ただ、22歳の若者の主張を、面白おかしく合いの手を打つのも楽しいものだ。

 

 佐伯も同じ意見らしく、静かに相手をしている。

が、先程から、何の理由かはわからないが、そわそわしているようだ。

毎日、顔を合わせて仕事をしているので、少々の異変や気持ちの変化は、目ざとくわかってしまう。

 

 何の理由かわからないが、おおよその予想は付いている。

おそらくバレンタイン関係だろう。

先程の1次会で、他の女性たちからチョコレートをもらった。

一番最初に渡しに来るであろう、佐伯が動かない。

この時点で、すでにおかしいのだ。

 

そして、今。

榎本はいるけど、酒のトリコになっている。完全に酔っているので、邪魔にならない。

間違いない、この瞬間をねらっている……。

 

「日付、跨ぎましたね」

 

佐伯がボソッと呟く。

やはり、そう来たか。

 

 飲み会の席では、まだ13日。バレンタインデーではない。

しかし、14日は日曜日。

そこで彼女は、本日の1番最初に、チョコレートを手渡そうと思いついたようだ。

普通に考えたら、日曜の朝に連絡を取って、渡せばいいだろう。

しかし、彼女が危惧していたのは……、俺の妹の存在。

家族であるため、夜に家で待っていても不審に思わない。

……あの海《うみ》のことだから、可能性は高い。

 

「ぶちょー、ハッピーバレンタインですー」

 

 カバンからチョコレートを取り出そうとしていた、佐伯の動きが止まった。

まさか、そっちから来るなんて、予想すらしてないよ……。

しっかりとした声のした方に、視線を向ける。

満面の笑みを浮かべた、榎本の姿があった。

手には、包装した可愛い箱を持っている。

 

「……榎本……」

 

佐伯が、榎本を睨み、低い声で名前を呼ぶ。

 

「あ、これ、私からではないです。知り合いに頼まれたんですよー」

「……だからって……私の邪魔しなくてもいいじゃない!」

「頼まれたからには、劇的な状況で渡したいじゃないですかー」

 

榎本に邪魔されて、佐伯は怒り心頭だ。

そんなことを気にせず、言葉を続ける。

 

「ぶちょー、手紙を読んであげて下さい」

 

 相手にされていないことを知って、佐伯は押し黙る。

このイベントにおいては、敗者となってしまったことを理解したのだろう。

 

「優さん、読んであげたら?……っていうか、私にも見せて貰えます、よね?」

 

 ああ、怒っている。丁寧な言葉が崩れている。

榎本に目を向けると、「どうぞどうぞ」のジェスチャーをしてきた。

 

 リボン部分に挟まっていた、カードを取り出す。

2つ折りになっていたので、広げた。

3人でカードに書かれた文字を読む。

 

 

 

あなたに、このチョコレートを贈ります。

Happy Valentine's Day!

You're my Valentine.

近いうちに、お会いできることを

楽しみにしています。

N.A

 

 

英語?

ハッピーバレンタイン、は分かる。

あなたは、私の「バレンタイン」……?

……そして、このイニシャルは……。

 

「榎本」

「はい」

「N.Aって、誰なのかい?」

「教えられません」

「……榎本 あかり?」

「……佐伯さん、睨まれても、教えられないですー」

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

私は、ため息をついていた。

 

 あの「N.A」の正体がわかってしまったからだ。

あかりから渡されたメモを見て。

彼女に「この子が『N.A』?」と確認すると、頷くことにより、肯定された。

 

……希ちゃんに、1ヶ月前に敗北していたのか……。

 

 もっと上手くやっていたら……とか、思わない。

すでに、優さんの心の中、奥深くに入り込んだ希ちゃんは、排除できないだろう。

タイムオーバーだ。

 

仕方がないので、次の手を考えよう。

優さんのために、優さんのことを考えることを、生きがいとしてしまった自分のために。

 

ああ、せつない、そして、胸が苦しいよ……。

 

 

Happy Valentine's Day!

(ハッピー バレンタイン!)

You're my Valentine.

(貴方は私の特別なひと)




最初の飲み会の話いらないじゃんって言われそうですが……。
昨年の2月14日は日曜だったため、こんな舞台設定をする必要がありました。

まあ、工場らしく伊藤くんとサーヤを出しましたが、本編でもそのうち出てきてくれるだろう。
あかりについては、忘れていたわけではないので、彼女もそのうち出てきます。

さあ、これから本編、書くぞー!


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第31話 マリーゴールド  Side-N

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
優の家に同居する予定という、金髪少女が現れた。


私は、もう1度その書かれた名前を読み返した。

 

佐々木 優

 

「……ささき ゆう……」

「はい、ユウの家にお世話になるつもりです」

 

クリスは、嬉しそうにしている。

 

「私は、ユウと会うため、鈴峯に通うことにしました」

 

間違いない、クリスがお世話になるひとって、ユウ兄様……。

……しかし、ユウ兄様からこのことを一言も聞いていないのだけど……。

 

「どうしましたか?」

 

 叫び声を上げた私と、頭を抱えている小夜を見て、クリスは首を傾げている。

どう答えようか……。

とりあえず、ユウ兄様にメールを送ってみることにした。

 

 

・クリスって子、ウチに住むの?

 

 

 これでいいのかな?私自身、よくわかっていない。

ユウ兄様は、メールを読んでくれるだろうか。

そして、すぐに返事をくれるだろうか。

 

もし、ユウ兄様がこのことを知っていて、私に黙っていたとしたら……。

 

そんなことはないと信じたい。

信じたいけど、信じ切れない……。

 

 もし、彼女と一緒に住むことになったら……。

ユウ兄様と2人きりで居る時間がなくなる。

私と彼女は学生。

生活時間が重なるから、ユウ兄様と顔を合わせるときは、常に彼女が傍にいることになる。

彼女が遊びに行って、外泊でもしない限り、ずっと3人だ。

せっかく、昨日、ユウ兄と密接な関係になれたのに。

彼女がいると、そんな至福な時間を作れなくなる……。

 

そんなの、嫌。

 

 もしかして、ユウ兄様は、私より彼女の方を、好きになるかも……。

彼は、私の胸が小さいから、エッチはしないと言った。

私より、胸が大きいクリスとなら、エッチをしちゃうかもしれない。

そして、用ナシになった私は、家を追い出されちゃうことに……?

 

せっかく、ユウ兄様と一緒に住むことになったのに。

 

……ユウ兄様は私の物だ。彼女の物ではない。

彼女にユウ兄様を譲るなんて……そんなの、嫌。絶対、嫌。

 

「……そんなの、絶対、嫌!」

 

 気付けば、叫んでいた。

思わず、クリスに背を向けてしまう。

視界から消える寸前の彼女の顔は、少し困惑しているように見えた。

 

 

「希様」

 

 誰かが私の名前を呼んでいる。

そんなこと、どうでもいいよ。邪魔しないでよ……。

私は、胸が小さいから、ユウ兄様に嫌われる。

ユウ兄様は、胸の大きいクリスの方が良いんだ……。

良いに決まってる。

 

ああ、涙がこぼれてくる。この2日間は幸せだったよ……。

 

「希様」

 

後ろからガシッと抱き着かれ、胸を揉まれる。

……私の胸は、こんな小さな手のひらにも簡単に覆われるくらいしかない……。

……それに比べて、彼女の胸はー

……って、

 

「チョップ!」

「いてっ」

 

 私は振り向いて、小夜のおでこにチョップをお見舞いした。

彼女は悲鳴を上げて、頭を擦っている。

 

「こんなときに、何してくるのよー!」

「希様、まずは、この小娘に事情を聞くのが、先ではないですか」

 

 小夜、確かにそうだけど……。

そして、クリスが「小娘」と言われて、驚いているじゃない……。

確かに、そうね。この泥棒猫に聞いてから、そこからだね。

 

「小夜、ごめん。私、考えすぎていた」

 

小夜はため息をついた。腕組みをしている。

 

「そもそも、この件は、優様が一番悪いのです」

「……えっ、そうとは、決まってないような……」

「いいえ、小娘を(たぶら)かせました。すでに1つ目の罪を犯しています」

「……」

「そして、希様を泣かしました、私の希様を……」

 

アナタの物になった覚えはないし、むしろユウ兄様の物なんだけど……。

 

「よって、佐々木 優、死罪、決定!」

 

ズバーンッ……と、人さし指をクリスに向けて、ポーズを決める。

……死罪って……。

小夜のあらゆる伝手を使えば、可能になりそうで、普通に怖い。

 

「ユウ、死罪、決定!」

小夜の格好をクリスが真似している。

 

「いや、小娘、ここの角度はもう少しつけて」

「こうですか」

「そうそう、アナタは、見込みが有ります」

 

ああ、何か気分を削がれた……。

 

 おかげで少し気分が治まってくる。

身体の成長が早くても、この子はなんだかんだいっても小学生。

そんな子が、エッチとか身体の関係とか、考えるわけがない。

深呼吸を2回する。……ふう、落ち着いた。

 

「クリス」

 

小夜との話が終わったようなので、声をかける。

振り向いた勢いで金色の馬のしっぽが跳ねる。

 

「事情が変わったので、改めて、自己紹介をするね」

 

 うん、先程までの憤りはない。

ここは、落ち着いて、ゆっくりと、堂々と。

この子相手に、そこまでする必要はないのかもしれない。

それでも、いつか、ユウ兄を好きだという女性(ひと)と対峙するときのために……。

ここでも、少し早いけど「妻」という言葉を使おう。

 

「My name is Nozomi SASAKI. A wife of Yuu SASAKI.」

(私は佐々木 希といいます。佐々木 優の妻です)

 

手っ取り早いので、英語で話す。

 

「Are you serious?」

(ウソでしょう?)

 

 さすがに、驚いたようだ。そして、表情が暗くなる。

やはり、彼女もユウ兄様のことを好きだったようだ。

……ユウ兄様、モテるのね……。

 

「When was a wedding ceremony held?」

(結婚式は、いつ挙げたのでしょうか?)

 

そんなことを聞いてくる。

……悔しいけど、結婚はまだだから……ああ、ウソがバレる……。

「フィアンセ」と言えばよかったかもしれない。

 

「……a wedding ceremony isn't held.I'm still engaged.」

(結婚式は挙げてません。まだ、婚約中です)

 

 本当の意味で「妻」と言えないことが、こんなにも悔しいなんて。

どんなに頑張っても、言い張っても「婚約者」でしかない、この現実。

結婚という、確定的なものになってない以上、他のライバルに隙を見せてしまう……。

 

「Yes, it was good.」

(ああ、よかった)

 

彼女は、私の予想通り、笑顔になった。

だよね、ユウ兄様が、私の物になっていないことがわかったからだよね……。

 

「I thought it wasn't invited to a wedding of YUU.」

(ユウの結婚式に呼ばれなかったのかと、思いました)

 

そう言うと、胸を撫で下ろしている。

あれ?この子は、ユウ兄様と結婚したかったわけでは、ないのかな……。

 

「......Did you want to attend a wedding?」

(……結婚式に出席したかったの?)

 

「Yes」

(はい)

 

いまいち、心が晴れない私に、彼女は曇りのない笑顔を向けてくる。

 

「He had been kind.So I'd like to celebrate his rejoicings together.」

(だって、お世話になったユウのお祝い事は、一緒にお祝いしたいじゃないですか)

 

そう言うと、微笑む。

その笑顔が、私の心を貫いた。

懐疑心を持っていた自分自身が、醜く思えるくらいに。

 

……ため息が出る。

 

 少なくとも、ユウ兄様のことを純粋に好きだということがわかった。

その「好き」という気持ちが、少なくとも今の時点では、「良く思っている」程度だということも。

……ただ、その気持ちが成長して「愛してる」「結婚したい」になるかどうかは、わからない。

ましてや、ユウ兄様自身が、彼女のことをそのような存在に思うことなんて……有り得ない。

私ですら、彼にそう思われる存在になっているのかどうか、とても不安なのに。

「状況で周りを固めていっているだけ」と言われたら、反論できないし。

 

……実際、そうだから。

 

まあ、彼女の場合は、私よりも年下なので、さらに難しいかもしれない。

 

「……2人とも、話はまだ続きそうですか?」

 

声に振り向くと、少し離れたところで、小夜と知らない女性がこちらを向いていた。

守衛の方が言っていた、迎えのひとが、来たらしい。

 

「待たせてすみません」

 

そう答えると、女性は軽く会釈してくれた。

……あれ?あの女のひと、見たことあるように見えるけど……。

気のせいかな。

 

「希お姉様」

 

クリスに別れを告げようと対面すると、声をかけられる。

先程と違い、少し浮かない表情をしているように見えるのは、気のせいだろうか。

 

「ん?どうしたの、クリス」

 

この少女を不安にさせてはいけない……。

そう思った私は、出来得る限りの笑顔を作って対応した。

 

「希お姉様は、ユウと一緒に住んでいるのでしょうか?」

「まあ……、住んでいるけど……」

「……私が押しかけると、迷惑になるのでは……」

 

そこまで言葉を運ぶと、彼女の表情が、より一層、曇っている。

 

正直に言うと、迷惑だ。

ユウ兄様と2人だけの時間が失われる。

クリスも一緒に暮らすようになれば、昨夜のようなことは、出来なくなる。

……もじかしたら、イチャイチャするのも、難しくなるかもしれない。

そして、クリスの気持ちが変わったら、私の敵になる。

すでに、私にない強力な武器を備えているのだ。

それで攻められると、ユウ兄様はひとたまりもない。

 

「……私は……」

 

 口から漏れそうになった、断りの言葉を止める。

普通に考えると、いきなり名古屋から飛び込んできた彼女の存在は、疎ましい。

排除したい。断りたい。来るなと言いたい。

ユウ兄様に言って名古屋に帰ってもらいたい。

 

しかし……。

 

 私も、彼女と同じように、ユウ兄様の家に押しかけてきた。

「断られたらどうしよう」

「ユウ兄様が思っていたようなひとじゃなかったらどうしよう」

受け入れられるまでは、そんな不安と対峙してきた。

その思いに駆られる度に、「そんなことはない」「大丈夫」と気持ちを奮い立たせてきた。

きっと、彼女もそうなのではないだろうか。

……そんな、私と同じ気持ちを体験しているこの子に、そんな言葉なんて……。

 

「そんなことはないけど……とりあえず、ユウ兄に聞いてみないと」

 

 そんな曖昧な言葉を吐く。

自分の判断ではなく、ユウ兄様に丸投げしている答え。

ユウ兄が良いと言えば、暮らしてもいい、ダメと言えば、暮らせない。

……私が思っていることを、悟られない方法。

 

良い考えだ……。ああ、なんて卑怯なんだろう……。

 

 しかし、欠陥に気づいてしまう。

ユウ兄様が、一緒に住むことをすでに了承、もしくは望んでいることを、彼女に言いきかされている、または伝わっている場合、そんな足掻きが意味をなさなくなることに。

 

「…………ユウ、一緒に住んでもいいって、言ってくれますかね……?」

「……えっ?ユウ兄様に知らせているんじゃないの?」

「いいえ、ユウの連絡先、知りません」

 

 どういうこと?

この子、ユウ兄様に連絡せずに、連絡先を知らずにここに来たってこと?

ああ、よく考えたら私も、同じかな。連絡先は知らなかった。

 

「ご両親は、一緒に住むことを、知っているの?」

「いいえ、知りません。親には、寮に入るって言ってます」

「えーーーーーっ!」

「……私、ユウと暮らしたかったから、入寮申し込みしてません」

 

 言い切った彼女は、胸を張った。

ああ、ユウ兄様が前以て知っている線が消えた……。

そして、行動力がある……というより、後先考えないアホの子がここに居た……。

 

 一見、私と同じように見える。

けれど、私の場合、ユウ兄様に受け入れられなかった場合のことも考えていた。

小夜の部屋に住むとか、学校近隣で新たに部屋を借りるとか。

……しかし、これは、親や友達の協力があるからこそできること、私は、そう思っている。

 

「そういえば、クリス」

気になることが1つ。

 

「アナタ、車に乗せて来てもらっているけれど、どこかのお嬢様とかなの?」

 

 彼女は、ハイヤーに乗って来たのだ。

しかも、今こうして待ってもらっている。

外国ではどうなのか、よくわからないけど、主賓扱いではないと、こうはいかない。

 

「ん?お嬢様では、ないと思います」

「では、なんでこのハイヤーに乗ることに?」

「ロバートとアニーのついでに、連れて来てもらいました」

「そのロバートとアニーは、今どこに居るの?」

「今は、サンビツってところに行ってます。ショウダンをするとか言ってました」

 

サンビツ……聞いたことがあるような……。

 

「希様、サンビツとは、優様が勤めている工場のことですよ」

 

 なかなか話が終わらない私に業を煮やして、小夜が寄って来たようだ。

学校関係者と思われる、女性も一緒に居る。

 

「お取込み中のようで」

女性は申し訳なさそうに、軽く頭を下げる。

 

「いいえ、私の方こそ。佐々木 希です。はじめまして」

 

……私の方こそ、お待たせして、すみません。

そんな気持ちで、こちらも軽く会釈した。

 

「私は、久保(くぼ) (はるか)です」

 

 肩まで伸びた髪先が、内側へカールしている。

前髪はパッツンとまではいかないが、綺麗に切りそろえてある。

制服に黄色のリボンタイを着けているということは、3年生。

私や小夜より、一学年上になる。

 

「鈴峯女学園 高等部 生徒会長を、やってます」

 

 ああ、鈴峯の生徒会長……。

まさか今日、お会いできるとは、思っていなかった。

さらに、生徒会長直々に迎えに来てくれるとは。

 

「……実は、『はじめまして』では、ありませんよ、希……いえ、ノン」

 

 そう言うと、彼女は、意味ありげに微笑み、軽く私を抱擁する。

……えっ?私のことを「ノン」と呼ぶ……えっ?

私は少々混乱する。誰だったかな……。思い出せない。

そんな私の思考とは関係なく、彼女と接している箇所から情報が入ってくる。

温かくて、柔らかい。時間がゆったりと流れているようだ。

……この感じ、どこかで覚えがある気がするのだけど、思い出せない……。

 

……しばらくして、抱擁が解かれ、2つに分かれる。

 

「思い出せないようですね。とっても昔だから、無理もありません」

 

風が吹く。

とても心地いい。桜の花びらが数枚、風に舞い、彼女の雰囲気を演出する。

 

「そこの金髪の方」

クリスの方に視線を向ける。

 

「この春からウチの中学に通い始めるみたいですね、中等部の生徒会長も呼んでおきますね」

「は、はい……ありがとうございます」

 

雰囲気に気圧されたのか、クリスが怖気づいている。

 

「ノン、いえ、相田さん……違うわね……フフフ」

 

久保生徒会長は、私の呼び名を言い直している。

そんなところもなんか楽しそうに見える。

 

「今は、佐々木さん……ですか……」

彼女にマジマジと見つめられている。

 

「……ふーん、ノンは夢を叶えたんですね……よかったよかった」

 

 やっぱり、過去にこの生徒会長と面識があるみたいだ。

私がユウ兄様と結婚したがっていたことを知っている……!

もっと言えば、私が結婚したかった男性が「佐々木」の名を持つということを知っている。

でも……なぜ、知っているのだろう……。

 

「手続きなどの書類は、生徒会室にありますので、今から向かいます」

彼女はそう言うと、背中を向けて歩き始めた。

 

「佐々木さん、山崎さん、スミスさん、ご同行、願います」




【マリーゴールド】

キク科コウオウソウ属のマリーゴールド(学名:Tagetes)は、別名サンショウギク(山椒菊)、センジュギク(千寿菊)、マンジュギク(万寿菊)と呼ばれる一年草。

茎は高さ30〜120cm、葉は濃い黄緑色、羽状複葉が対に生え、特有の臭気があるものが多い。4〜10月にかけて、継続的に新たな蕾が発生し、直径2~5cmぐらいの丸い小ぶりの花が咲く。咲いた花は1~2週間で萎れ、自然落下(または指で摘花)するが、1株の複数の茎に発生している蕾が次々に開花し、4~10月まで花を楽しめる。

学名のタゲテス(Tagetes)は、美の女神タゲスに由来し、花の美しさを形容したものと思われる。マリーゴールドは「聖母マリアの黄金」の意味。

マリーゴールドの名前は元々、キク科でも別属の植物「キンセンカ」に対する呼び名だったが、現在ではポットマリーゴールドのことだけを、「キンセンカ」と呼ぶ。
マリーゴールドとキンセンカやカレンデュラとの違いは、マリーゴールドは観賞用、キンセンカとカレンデュラはハーブという分類となるが、一般的には混同されていることが多い。

マリーゴールドの種類として、「アフリカン」「フレンチ」「メキシカン」とあるが、どれもメキシコ原産である。


開花時期:6月~10月
花の色:黄色、オレンジ、赤色、白色、クリーム色
原産地:メキシコ


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第32話 ワスレナグサ Side-H

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
生徒会長登場。今回は彼女の視点です。


「会長、桜が綺麗に咲きました」

「そうね、今年も新入生を無事迎える準備が整ったようですね」

 

 凛ちゃんが窓を開けながら、声をかけてきました。

入学式の準備や確認作業が最後の詰めに入っているため、生徒会の皆は、忙しくしています。

学校は春休みに入っていますが、我々生徒会の面子は通常通り登校しています。

会長の私、書記の垣根(かきね) (りん)ちゃん、会計の坂本(さかもと) (あおい)ちゃん。

さらにこの部屋にいない3人を加えて、生徒会の所属は6人となっています。

3人のうちの1人目は、今日も各所との取次ぎに動いてくれています、宮本(みやもと) 明日香(あすか)さん。

2人目は、松本(まつもと)美咲(みさき)さん。

そして、最後の1人は、副会長の城ケ崎(じょうがさき) 未来(みらい)……みくちゃん……。

 

2人は、今頃東京にいることでしょう。

 

 美咲さんは、1年前に編入してきたひとで、今回、武蔵野女子に戻っていきました。

みくちゃんは、武蔵野女子に編入するために、向かっていきました。

生徒会としては、優秀な編入組の美咲さんが抜けるのは、正直、痛いです。

しかし、彼女が入ってきたときからわかっていたこと。仕方がないことです。

私としては、長年付き合いのある、みくちゃんが離れた方が、不安にです。

 

プルルルルルル……

ガチャ

 

「ハイ、生徒会高等部です……あ、編入予定者の名前確認ですね、少々お待ちください」

 

 電話が鳴り、凛ちゃんが受けます。

編入予定者という名前を聞いて、思考を切り替えます。

 

 みくちゃんが抜けたけれど、その代わりに、武蔵野からも、こちらに来るひとがいます。

今回は鈴峯からは5人、武蔵野からは3人。

武蔵野女子は東京にあるため、立地上、就職活動、大学受験に有利になります。

そんなこともあって、毎年、編入試験の競争が激しくなります。

最大枠は5人。その枠に50人近くが挑むため、非常に狭き門となっています。

 

 武蔵野からウチに来る枠も、5人なのですが、希望者のみなので、どうしても少なくなります。

どうしても、東京に比べると広島市といえども小都市なので、都落ち感があります。

そのため、こちらに来るひとは、変わった事情を持った人が多いです。

さらに1年経つと、戻っていくひとも多い。

今回は、武蔵野からは1人、鈴峯からは4人全員が戻っていきます。

今、こちらに来て定着してくれている「変わり者」は、中高合わせて2人しかいません。

そのうちの1人が、ここで静かに作業している葵ちゃんだったりするわけですが。

 

「お待たせしました、ハイ、……相田 希と山崎 小夜……ですね……」

 

えっ……?相田 希……。

その名前を聞いて、思わず作業を止めてしまいました。

今回の編入予定者の名簿を見せてもらいましたが、そんな名前はなかったはずです。

 

「……あのう、『相田 希』さんの名前が、確認できませんが……」

 

凛ちゃんが申し訳なさそうに答えている。

……そうですよ、記憶違いでなければ、あの大企業のお嬢様が、広島にまで来るはずがない……。

 

「……ああ、『佐々木 希』ですか、……その名前ならあります」

 

佐々木 希……。

 

「別紙資料に書いてありますね、ハイ、向かわせます、ご連絡、ありがとうございました」

 

守衛室からの電話を終えた凛ちゃんの隣に移動して、その別紙資料を手に取ります。

 

 

武蔵野女子学園 生徒No.158247 佐々木 希

配偶者:佐々木 優と婚約するため、生徒手帳に記載している「相田 希」から変更

 

3月9日 名前変更申請   3月15日 学園長承認

3月9日 妊娠優遇措置申請 3月15日 学園長承認

 

備考:

申請者 相田 徹 本人との関係:父

佐々木 優の自宅からの通学のため、申請者の希望により変更

 

 

……確かに、相田 希本人で間違いないですね。

備考欄の名前が、アイダコーポレイション社長の名前であることで、確信を持てました。

 

久しぶりですね、相田 希さん……いえ、ノン。

 

 

 

 昔のことを思い出します。私が小学生だった頃です。

東京のホテルで、親睦会がよく開催されていました。

主催が有名企業だったせいか、多くの有名企業の関係者が参加しました。

形の上では、「親睦を深める」ということが主でしたので、家族同伴の参加が推奨されたようです。

 

 私も電気量販店の会長であるおじい様に連れられて、お父様とお母様とお兄様と参加しました。

大人たちは、それぞれの家族を紹介し合い、話に花を咲かせています。

一流のシェフの料理が並べられ、一流の演奏家たちが、音楽を奏でる……。

 

……しかし、このような場所って、子供には退屈なものです。

同じように退屈している、他の子供たちと集まって、遊ぶようになっていきました。

そこで出会ったのが、相田 希ちゃん。

年が1つしか違わなかったのもありまして、2人は意気投合しました。

知り合ってからは、同じような親睦会では、お互いを探すようになります。

そして、お互い、自分の周辺の話をし合って、楽しみます。

いつしか、私のことを「はーちゃん」希ちゃんのことを「ノン」と呼ぶまでになりました。

 

ある時、

 

「私、ユウ兄様と結婚するために、いろいろ勉強することにしたの」

 

そんなことを言ってくるノンがいました。

当時小学生の私に、「結婚」については、綺麗な花嫁さんになって、苗字が変わることしか知りませんでした。

 

「ノン、花嫁さんになるのですか?」

「ううん、花嫁さんになるには、もっと勉強して、お手伝いしてからだよ」

「へー、、その『ユウ兄様』ってひと、どんな方なのですか?」

「えーっと、優しいし、何でも言うこと聞いてくれるし、楽しいの」

 

そう言い切った彼女は、とてもにやけていたことを覚えています。

「ユウ兄様」の名前が「ササキ ユウ」だということも教えてもらいました。

 

「でしたら、ゆくゆくは『ササキ ノゾミ」になるのですね」

「何でなの?」

「花嫁さんは、結婚しましたら、旦那さんの苗字に変わりますから」

「そうかー、『ササキ ノゾミ』になるのかー」

 

彼女は、「そうかー『ササキ ノゾミ』かー」とずっと繰り返しています。

余程嬉しかったのでしょうか。

 

「はーちゃん、結婚式には、とくとうせきで呼ぶね」

 

 そんな約束まで、してくれました。仲良しな2人。

どちらも大会社の関係者の娘で、何でも話してしまう間柄。

しかし、そんな雰囲気が一変してしまう質問を、私は、してしまったのです。

 

「ユウ兄様って、年上なのでしょうか?中学生ですか?」

「ううん、大人のお兄さん」

 

 大人の男のひとと聞いて、複雑な気持ちになりました。

私たちの親や家族が、日本有数の会社の関係者であるため、優しくしてくれる大人は少なくありません。

純粋に私たちに優しくしているのではなく、その後ろの影を見ていることも、知っています。

そんな透けた卑しい心が読み取れてしまうため、周辺の大人には、良い感情を持っていませんでした。

 

「ノン、騙されています。そのひとが優しいわけがないです」

「……えっ?ユウ兄様は違うよ!」

「いえ、その『ユウ兄様』も同じです。悪いことを考えて優しくしてくれていたのです」

「絶対違うからー!ユウ兄様は、良いひとなんだからー!」

 

 少女2人の言い合いは、激しくなっていきました。

そのときの私は、騙されているノンの気持ちを正すために必死でした。

でも、彼女は、泣きながら『ユウ兄様』のことを庇います。

私は、いつもは賛同してくれる彼女が、聞き入れてくれないため、意固地になってしまいました。

 

「もう、ノンなんて嫌い。絶交です」

そう言って、控室に向けて走っていきました。

 

「え、えーっ!はーちゃーん!いやーっっっ!!うわーん!」

そんな声が後ろでしていたように思いますが、振り返りませんでした。

 

……その後のことは、あまり覚えていません。

控室のソファーで伏せって、泣いていたのかもしれません。

 

ただ、一場面だけ、覚えています。

様子を見で、控室に戻って来てくれたのか、当時高校生のお兄様が言った言葉。

 

「もし、俺のことを『悪いひと』だと言われたら、遥はどう思う?」

「……えっ……スン、スン……いや……だど……思う……」

「多分、ノゾミちゃんもそんな気持ちだったんだと思うよ」

「……えっ?そうなの?」

「ああ」

「なら、私……ノンに謝らないといけません」

「そうだね」

 

 兄の返事を聞く前に、控室を飛び出し、会場へ向かいました。

……けれど、ノンの姿はおろか、ノンのお父様やお母様の姿も消えていました。

今思えば、泣き叫ぶノンを連れて、控室に戻っていたのかもしれません。

 

……次に会ったときに、ノンに謝ろう……。

 

 しかし、これから先、彼女に出会うことはありませんでした。

私まで参加が可能な親睦会が、年で数えるほどしかないこと。

さらに広島の私の親族、東京のノンの家族が一緒に参加する機会が少ないこと。

私は、小学6年生くらいから、習い事と部活が忙しくなり、参加できなくなってしまいました。

 

……そのうち、その気持ちも薄れ、探すことも忘れていきました。

 

 

 

 

そんな忘れかけていた、苦い思い出。

 

……「佐々木」に名前を変更、さらに「妊娠優遇措置」……。

間違いない、相田 希、いいえ、ノンは夢を果たしたのですね……。

 

「会長、佐々木さんと山崎さんを迎えにいくひと、誰にします?」

 

電話対応をしていた凛ちゃんが聞いてきました。

 

ノンに会いたい。会いたい以上に謝りたいという気持ちがあります。

そして一番最初におめでとうと声をかけたい……。

 

……視線を感じます。

 

 先程まで作業していた葵ちゃんは、私の方を向いて、見つめています。

普段は自己主張して来ない彼女からの、無言の主張……。

彼女は、武蔵野からの編入組です。

もしかしたら、ノンか山崎さんを知っているのかもしれません。

 

「葵ーっ!アンタまだ残っているでしょー!」

 

 凛ちゃんが、そんな葵ちゃんに文句を言っています。

彼女たちは、葵ちゃんが編入してきた2年前からの付き合いで、気心知れた仲なのでしょう。

凛ちゃんを見つめて、そして不服そうな顔をしています。

 

「……生徒会に入ってもらうんだから、会長に行ってもらおうって、言ったじゃない」

「……お菓子」

「はいはい、分かったから。お菓子、奢るからー」

 

 その声を聞いて、納得したようです。葵ちゃんは、作業に戻りました。

もしかしたら、お菓子を奢ってもらうために、わざと駄々をこねたのかもしれません。

 

「……ということで、会長。お願いしてもいいですか?」

「わかりました。いってきます」

 

 生徒会室のトビラを閉めます。

心が逸ります。久しぶりにノンに会える。

そして、謝ることができる。

 

 しかし……ノンは許してくれるでしょうか。

遠くで、ブラスバンド部の演奏が聞こえてきます。

勇ましい曲……。心が奮い立ちます。

 

 校舎の出口から、様子を見ます。

守衛室付近に1人の女性と、1人の少女、黒い乗用車が見えます。

……よく見ると、もう1人……、金髪の少女も入れて3人います。

 

少女が2人、話をしているみたいです。

邪魔にならないように、少し離れた場所で2人を見守っている女性に、声をかけました。

 

「生徒会からのお迎えに上がりました」

「わざわざすみません」

 

その女性は、頭を下げてきました。

知っている顔の面影がないので、多分、山崎さんでしょう。

 

「鈴峯女学園 高等部 生徒会長の久保 遥です」

「私は、山崎 小夜といいます。お迎えありがとうございます」

「こちらこそ、遠いところから、ありがとうございます」

 

ここでこの挨拶は変な気はしますけど、仕方がありません。

武蔵野女子からの編入希望者は、年々減少の傾向がありますので。

 

「あそこにいるのが、佐々木 希とクリスティーナ・スミスです」

「スミスさんの名前は、お伺いしておりませんが……」

「ああ、彼女は中等部に入学するようです」

「武蔵野女子からの編入ですか?」

「いいえ、彼女は名古屋から来たと言ってましたので、おそらく純粋入学です」

 

……中等部入学者ですか……。名前から外国のひとのようです。

守衛さんに確認すると、山崎さんのおっしゃる通りでした。

彼女は、容姿から目立ちます。これはぜひ、生徒会に欲しい人材です。

 

スマホを取り出します。

……脇坂(わきさか)……脇坂……と。

 

「はい、遥さん、いきなりの電話、何の用事でしょうか?」

 

電話が、脇坂(わきさか)心春(こはる)に繋がりました。

彼女は、中等部の生徒会長です。

 

「今すぐ、高等部生徒会室に来れますか?」

「行けますが、どうしたんですか?」

「まあ、来てのお楽しみということで」

「……わかりました、行きます」

 

疑問符をたくさんつけた、少し戸惑っている彼女の様子が思い浮かびます。

それでも了承してくれたので、電話を切りました。

 

「2人とも……、話はまだ続きそうですか?」

 

山崎さんの声に、2人がこちらを向いた。

 

「待たせてすみません」

 

 金髪ではない方の少女が頭を下げて来たので、こちらも軽く会釈をします。

こちらが、ノンですね。幼い頃の面影が少しあります。

……背が伸びていないことには驚きました。

容姿から、少女と思ってごめんなさい。

 

 しかし、金髪の少女が、彼女に声をかけて来たため、再度2人だけの話が始まりました。

これは、長くなりそうですね。

でも、私にとっては、久しぶりに見るノンの姿を、眺めることができましたので、至福の時間です。

 

隣にいる山崎さんが、業を煮やしたのか、ノンの方へ歩き出しました。

1人残されるのもイヤなので、私も彼女の後をついていきます。

 

「希様、サンビツとは、優様が勤めている工場のことですよ」

 

 会話に上手く入ったようです。ノンとスミスさんがこちらを向きました。

「希様」と呼ぶ彼女は、ノンの身の回りの世話や護衛をする仕事でも、しているのでしょうか。

さすが、世界有数企業・アイダコーポレイションの社長令嬢。

お嬢様と学校に一緒に通ってガードする。どこかの少女漫画みたいです。

 

「お取込み中のようで」

 

心の中で「私のためにすみません」と付け加えて、頭を下げます。

よくよく考えると、私のためではないのですが、なぜかそう思ってしまいました。

 

「いいえ、私の方こそ。佐々木 希です。はじめまして」

 

 彼女が、私と向き合っています。

まずは自己紹介。そういえば、私の名前、彼女は知っているのでしょうか。

子供のときは、「はーちゃん」としか、教えてなかった気がします。

 

「私は、久保 遥です」

心臓がドキドキしています。ノン、私がわかりますか?

 

「鈴峯女学園 高等部 生徒会長を、やっています」

 

 そんな気持ちを誤魔化すように、今の立場を紹介します。

私、「はーちゃん」ですよ。

しかし、彼女の表情は、変わりません。

寂しいような、でもホッとしている自分もいます。

そもそも、「はーちゃん」との思い出すら覚えていないのかもしれません。

 

「……実は、『はじめまして』では、ありませんよ」

 

表情の変わらないノンに悔しかったのか、無意識に言葉が出てしまいました。

 

「希……いえ、ノン」

 

『ノン』……その言葉を出してしまうと、溢れる気持ちが抑えきれなくなった。

「あのときはごめんね」「佐々木になれたね」「おめでとう」

様々な言葉を贈りたいと思うと、彼女を抱きしめていました。

温かくて、柔らかい。時間がゆったりと流れているようです。

 

……昔は、寂しがっていたノンを、抱きしめてあやしていましたね……。

 

 当時、ノンの親は忙しく挨拶回りをしていたようで、連れて来たノンに構う時間がありませんでした。

普段も仕事で家に居なかったようなので、久しぶりに会えて甘えたいノンは、よく駄々をこねました。

そんなとき、私がノンと仲が良かったことを知っていたご両親は、私のところに連れて来ます。

「はーちゃんと遊んでもらえ」と。

駄々をこねて、泣いているノンをあやすのは、私の仕事。

私の方が1つ上のお姉さんですもの。当然です。

そして、私の顔を見ると、ノンは、先程の駄々っ子ぶりがウソのように、笑顔を浮かべました。

 

……妹成分・充電、完了!

 

 気が済んだ私は、彼女を解放する。

解き放たれた彼女は、呆然としていました。

それでも、私は思い出してもらえていないみたいです。

 

「思い出せないようですね」

 

勤めて冷静に言葉を紡ぎました。

「私、はーちゃんです、思い出して下さい」そんな心の声を封印して。

 

「とっても昔だから、無理もありません」

絞り出すように、自分自身を納得させるように、言葉を続けた。

 

「そこの金髪の方」

 

スミスさんがビクッとしています。

ごめんなさい、私にいつもの余裕がないみたいです。

 

「この春からウチの中学に通い始めるみたいですね、中等部の生徒会長も呼んでおきますね」

「は、はい……ありがとうございます」

 

彼女が完全に委縮してしまいました。

仕方がないですね……コハルにフォローを頼みましょう……。

 

気を取り直して、ノンの顔を見る。

本当にこんなかわいい子に育ってから……はーちゃん嬉しいよ……。

 

「ノン、いえ、相田さん」

 

私は、はーちゃんではありません。少なくとも今は、生徒会長です。

きちんと名前を呼ばなくては。

 

「……違いますね……フフフ、今は、佐々木さん……ですか……」

少し驚いている彼女をじーっと見つめる。

 

「……ふーん、ノンは夢を叶えたのですね……よかったよかった……」

 

 彼女の目が、見開いています。

何で私がそれを知っているのか、という顔をしていますね。

何ででしょうね……。

 

そんな彼女の様子に満足した私は、本来の用事を済ませることにしました。

 

「手続きなどの書類は、生徒会室にありますので、今から向かいます」

彼女らに背を向けて、ゆっくりと歩き出します。

 

「佐々木さん、山崎さん、スミスさん、ご同行願います」

 




【ワスレナグサ】

ムラサキ科ワスレナグサ属のワスレナグサ(学名:Myosotis scorpioides)は、別名ミオソチス、ミオソティスと呼ばれる多年草だが、夏の暑さに弱く、寒冷地を除き花後に枯れるため、日本では一年草として扱われる。

草丈は15~50cm、葉は長楕円形で交互に付く。
葉から茎まで軟毛に覆われており、そんな葉の様子がネズミの耳に似ているということから、学名や属名のMyosotis(ミオソチス)は、つけられている。
※ギリシャ語で「ハツカネズミ(myos)」+「耳(otis)」
また、scorpioidesは、「サソリ尾のような」という意味があり、花が咲くまでは、サソリの尾のように茎が丸まっている。

6~9mm径の小さい5弁の花を咲かせ、真ん中に黄色や白の目が入る。

本来の名前は「forget-me-not」。和名はこれの和訳。
ドナウ川の岸に咲くこの花を恋人ベルタに贈ろうとして、誤って川に落ちて死んでしまった騎士ルドルフの物語から来ている。その後、ベルタはその言葉を忘れず、この花を一生髪に飾り続けた。

開花時期:3月~5月
花の色:青色、紫色、ピンク色、白色、黄色
原産地:ヨーロッパ


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【番外編】私の誕生日 Side-N

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

今回は特別版です。
急遽思い付きで書いたので、短めです。


「今日は、ノゾミの誕生日だから、今夜はどこかで食事をしよう」

今朝、玄関で、唐突にそんなことを言い出したユウ兄様。

 

「ぅえっ!誕生日なら、家で豪勢な食事でいいのに!クリスもいるんだから!」

 

 そう、私は、約1年間過ごした、今の家族が気に入っている。

許嫁のユウ兄様、1年前、急遽一緒に住むことになった中1のクリスティーナ……。

3人で外食となると、それなりにお金が掛かる。

いくらユウ兄様の給料が多いとはいえ、私とクリスの食費、娯楽費を出してもらっている手前、余計な出費は遠慮したい。

……私が料理すれば、節約できるし、そこまで味が変わらないと、勝手に自負している。

……確かに、クリスマスイヴの「銀河」は美味しかったけど、ね……。

 

「あ、私は、小夜姉様のところで待っているから、お二人さん、ごゆっくりー」

 

 中学生のくせして、今夜の食事を早くも脱退する旨を伝えてくるクリス。

彼女は、私たちと一緒に暮らし始めたせいか、空気を読むスキルを上げてきている。

 

……何も準備せずに、ここ広島に来たときと、違う子みたい。

 

「……と、いうことで、ノゾミ。今夜は外食、な」

そう言い放つと、彼は出勤していった。

 

「……ノゾミ姉様、幸せ者ですね……」

 

 後ろでは、クリスがニヤニヤしながら、眺めている。

彼女には、毎日、いってらっしゃいのキスを見せつけているので、いつもの光景。

中学生には、毒だけど、この時間しか、いちゃいちゃできないから、仕方がないんだよね。

 

 

 

 

 

……とはいえ、2人での外食は、クリスマスイヴぶり。

私の誕生日のために、誘ってくれたのだから、嬉しいに決まっていた。

受験生向けになり、厳しさを増した授業内容も、苦にならない。

生徒会長の仕事も難なくこなす。

今夜が楽しみすぎて、仕方がないのだ。

 

「今日の希様は、調子良すぎです」

小夜は呆れかえっている。

 

「私の補佐が要らないみたい……」

副会長見習いの中学生、心春(こはる)も、遠くから見守るだけ。

 

「……本当に、希ちゃんは、愛しの旦那様補正かかると、万能なのにー」

 

 何でいつも本気出してくれないのよ……そんな顔をしている、(りん)

その横で、ニコニコして見守ってくれている(あおい)

 

「旦那様と同棲し始めて、1年なんだろ?そろそろ来るんじゃね?」

期待を持たせるようなことを言ってくる明日香(あすか)

 

……そ、そうかな……?

 

あえて考えないようにしていた懸案。

……今のままでも、十分幸せだよ。本当だよ……。

 

 

ブブブブブ

 

 

机に置いていた私のスマホが震える。

 

 

・本日18時、広島中央郵便局前で待ち合わせ、しよう

 

 

ユウ兄様から、メールが入った。

中央郵便局?どこにあるんだろう?

 

「小夜、『広島中央郵便局』ってどうやって行けばいいかな?」

 

交通については、小夜に聞くに限る。

広島滞在期間は、私と同じなんだけど、この子は鉄道とバスに詳しい。

 

「土橋からですと、3号線の『宇品(うじな)二丁目』行きに乗って、市役グムーッ」

「いや、希、『中電前(ちゅうでんまえ)』で降りるといいよ」

 

小夜の口を塞いで、明日香が被せてくる。

 

「グムーッ、グムーッ」

 

 不服そうな顔をして、暴れている。

そんな彼女の耳元で、明日香が何かを囁くと、彼女は暴れるのをやめた。

 

「中電前で下りるといいの?」

「ああ」

「……はい」

 

2人は頷く。

 

 

 そんなこともあり、私は、路面電車に乗って、中電前駅で降りた。

すると、そこには、リュックを背負った、通勤帰りのユウ兄様がいた。

 

「あれ?中央郵便局じゃなかったの?」

「いやーお節介2人組を介して、ノゾミがこの電停で降りると連絡あってな」

 

彼は気まずそうに、頭をかいている。

 

「とりあえず、歩こうか」

 

 そう言うと、私の手を取って、歩き出す。

普段、手をつないで歩くことが少ないため、少し照れる。

彼は、そんな私に気づいているのかどうか、わからない。

 

 横断歩道を渡り、歩道を歩く。

少し早足なのか。彼は、手を引っ張って、ズンズン進む。

中央郵便局を過ぎて、茶色い建物の前を通る。

 

中区役所

 

茶色い建物の前で、ユウ兄様は、歩みを止めた。

 

私と向き合う。

無言の時間が長く感じる。

 

「……待たせてごめんな」

 

そう呟くと、封筒を取り出した。

そこからは、見覚えのある、書類が……。

 

「もう1年経ってしまったから、今度はノゾミ、君が最後の著名をして欲しい」

 

 

……人生最高の誕生日になった。

 

 

 

 

プルルルルルルルルル……

 

目覚ましが鳴る。

 

ああ、夢か。

 

今日は、ユウ兄様と初めて過ごす私の誕生日。

こんな夢を見てしまうと、少し期待してしまう。

 

正夢にならないかなぁ……。

 




希さんの誕生日が3月3日なので、書いてみました。
いつもと違い、2000文字行ってません。

今進んでいる話のネタバレ的なところもありますが、まあ仕方ないです。
あくまで、夢の話のため、この通りにはならない・・・・・はず。

ちなみに明日香は、希に「市役所」という言葉を聞かせたくなかった模様。
せっかく旦那がサプライズをしかけようと思っているだろうに、と気を使ったようです。
お節介2人組は、小夜とクリスのことです。
小夜からクリスに連絡し、クリスから優に連絡した模様。
皆から愛されています。


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第33話 イチハツ Side-N

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
クリスがウチに住むかも!それは置いておいて、生徒会室へ。


 久保生徒会長が校舎に向けて歩き始める。

彼女の後についていけば、生徒会室まで迷わず行くことができるようだ。

 

その前に。

 

「小夜」

「なんでしょうか、希様」

 

「ハイヤーの運転手と話つけておいて」

「わかりました」

 

「私の名前で契約してもいいから」

「そこは、我が社の名前でやります。護衛の関係で経費が出ますので」

 

そこまで話すと、彼女はきびすを返し、ハイヤーに向かう。

……経費が出るって……小夜、私の護衛業務をどこまで大きい仕事にしているんだろう……。

 

 校舎の方に視線を向ければ、生徒会長とクリスがこちらを見て唖然としていた。

私と小夜の友達らしからぬ会話を聞いて、驚いたみたい。

 

「彼女は、後で追いつくと思いますから、行きましょう」

気にせず、引き続き案内するように促し、生徒会長の横に並んだ。

 

「ノン……ああ、失礼しました。……佐々木さんと山崎さんの関係って……」

 

 彼女は、小夜が戻るのを見て、立ち止まっていた。

しかし、私が気にしていない様子を感じ取ったのか、引き続き歩き始めている。

 

「小夜との関係は……、中学時代からの友達です」

「友達、なのですか……お嬢様と従者かと思いました」

 

……えっ?そう見えるの?

 

 ああ、ハイヤーの確保とか、小夜にお願いしたからかな……。

確かに、そう見えるかも。

本当は、私が話をつけることなんだけど、あの子、自分でやりたがるから……。

小夜も社長令嬢なのに、私の世話をするのが好きってことだから、本当に不思議。

彼女は「希様が大好きだから」って言うけど、それだけじゃない気はしてる。

 

「……でも、なぜ私のことを『お嬢様』と思ったのでしょう?」

「それは、貴女がアイダコーポレイションのご令嬢ということを知っているからです」

 

「えっ?」

「学校側の資料を閲覧できますから」

 

 そうか、学校は、私が「相田 希」ということを知っている。

ユウ兄様との同居にも将来の妊娠についても、寛容なこの学校。

学校側の資料に書いてないはずがない。

……いろんな意味で、「要注意人物」なのだから。

 

「……とはいえ、安心してください。資料には、親の名前しか記載されてませんから」

「……そうなんですか」

「相田 徹……この名前を知らない関係者は、いないですよ」

 

「関係者」って、何?

学校関係者、業界関係者、ネット関係者、投資関係者、株式関係者……。

 

「関係者って……?」

「……私も、貴女とほぼ一緒の立場……と、言ったらわかりますか?」

「……?」

 

彼女は、話を続ける。

 

「私の祖父は、『セディオン』という会社で会長をしてます」

 

 セディオン……家電の量販店だ。

東京秋葉原の店舗に、友達と連れ立ってドライヤーを買いに行ったことがあった。

そうか、業界関係者ってことね。

生徒会長の家族の企業のトップをしているから、自ずから詳しくなるのか……。

 

……って、そんなことはないよ?私、そこまで知らないんだけどな……。

 

 私の場合は、お父様の紹介される場合が多いから、そのときは困らない。

さらに、両親に連れられて行った食事会のときは、相手から名乗ってくれるし。

まだ学生ということで、そこまで大人のひとの顔は覚えないんだよね……。

学校の生徒で業界関係者の子供の場合、昔は覚えていた。

けれど、小夜と出会ってからは、彼女が教えてくれるため、そこまで覚えていない。

今回も、私がクリスと話し込んでいなければ、生徒会長の人となりを耳打ちしてくれただろう。

 

「私は、財界の食事会にて、貴女と会ったことがありましたので、再会の抱擁を」

 

 私の方を向いて、笑いかけてくる。

さっきも「はじめましてではありませんよ」とか言ってたよね……。

私、本当に彼女に失礼なことをしているのかもしれない・

 

「……すみません、いつお会いしたのか、覚えてなくて」

 

 本当はこういう時、話を合わせる必要があるのだろう。

でも、生徒会で長い付き合いとなる彼女相手に、やり過ごせる自信がなかった。

 

「……本当に小さい頃でしたので、お気になさらぬように」

「ありがとうございます」

 

 彼女が優しいひとで、本当によかった。

しかし、彼女は、佐々木に名前が変わることが「夢」で、それが叶ったということを知っている。

……と、いうことは、ユウ兄様に出会った後に、何らかの形で、話しているということになる。

 

うーん。

 

 そして、彼女は私に「財界の食事会」で出会ったと言っている。

小学生時代に、よく出席したことは覚えているのだけど……。

各企業の大人たちには、たくさんの子供たちを紹介されていたから、全部を覚えていない。

アイダコーポレイションの令嬢である私と仲良くなってもらおうと、殺到していたから。

その子供たちも、いい子ばかりではない。

大人が思うほど、子供は社会に従順ではないんだよね。

親の意に反し、私をイジメてくる男の子も多かった。

なので、私は、何人かの顔馴染みの女友達と、一緒にいることが多かった。

 

 活発で、行動起こすときは率先して、私たちを先導したマキちゃん。

一番年下で、普段は大人しいけど、変なところで頑固なハルちゃん。

年下の私たちを、いつも見守ってくれていた物知りななーちゃん。

 

……基本的に、しっかり者のなーちゃんのところに集まることが多かった。

なので、両親も、私を彼女のところに預けていた。

 

 でも、なーちゃんとは、原因は何か忘れたけど、怒らせてしまって、そこから会っていない。

たまに会う、マキちゃんやハルちゃんから、彼女の様子は聞いていた。

彼女も私も、お互いに会いたいと思いながら、時は過ぎ、中学生に進級した。

……それからは、各自忙しくて、食事会に出席できなくなり、会う機会がなくなった。

 

……3人とも元気にしてるかな……。

 

この3人以外に、ユウ兄様のこと、話をしていないと思うのだけど……。

なぜ、生徒会長が知っているのだろう。

 

 久保 遥と名乗っていた。

まず「ハルちゃん」が候補に上がるけど、彼女は年下。

マキちゃんとなーちゃんと呼ぶ要素が、「くぼ」「はるか」のどちらにもない。

……3人の本名も、どんな企業の関係者かも、知らないのは、致命的。

私自身、聞かれるのが嫌だったし、彼女たちもそう思うだろうから、聞かなかった。

3人とも私と同じ気持ちだったみたいで、聞いてこなかった。

ああ、名前だけでも、聞いておけばよかったよ……。

 

「希様、話をつけてきました」

 

 小夜の報告により、考えるのを止める。

3人とまた会いたい気持ちはあるけど、手がかりがあまりにも少ない。

それよりも、今から出会うであろう生徒会メンバーと、どんな付き合いをするかの方が大事。

引き続き、生徒会長の後を歩きながら、小夜の報告を聞く。

クリスも気になっているようで、近くに寄ってくる。

 

「ありがとう。で、あのハイヤーの詳細は?」

「本来は、ソーイングという会社に頼まれていたとのことです」

 

 小夜が運転手から聞いたことをまとめると、こうなる。

ソーイングという会社の依頼で、広島駅からサンビツ重工業までを往復するのが、本来の仕事だった。

往路12時半から13時半、そして復路16時から17時という時間設定。

13時半から16時までは、自由なのだが、トランクにはソーイングの方々の荷物が乗っている。

そのため、この車以外は、サンビツ重工業周辺で待機している。

そして、この車の今現在の依頼主は、ロバート・ニコラス・アンダーソン。

ソーイングの日本統括部長にあたるひとで、個人的に追加依頼をしたようだ。

13時半から16時まで、16時にはサンビツ重工業に戻ってくることを約束させられたようだ。

 

この追加依頼、間違いなく、クリスのためでしょうね。

アンダーソンさんとクリスの関係までは、聞いてないみたい。

 

 それを聞いて、小夜は運転手にクリスと私を、サンビツ重工業まで送る依頼をした。

アンダーソンさんは、クリスが鈴峯女学園で降車すると思っているようだ。

しかし、クリスは、鈴峯女学園の後、私とユウ兄様が住む土橋で、降りるつもりだったらしい。

さらに、彼女は、そのことを誰にも伝えていないため、ここに齟齬が生まれている。

ちなみに、ハイヤー会社側のお客様情報を引き出せたのは、小夜がヤマサキ綜合警備の令嬢であるため。

運転手を通じて会社に連絡してもらい、社長に快く協力してもらったみたい。

……この子、何をしているのだろうか……少し怖い。

 

「小夜、ソーイングってどんな会社なの?」

「はい、アメリカの企業で、主に航空機を製造しています」

 

「航空機?」

「はい、空港にたくさんある、ジェット機製作の代表的な企業です」

 

……うーん、そこの日本統括部長か……。

小夜のやり方は、時にトラブルを生むことがある。

今回の場合、彼のクリスに対する心意気を無にしそうなので、出来るだけ穏便に対処したい。

外国有名企業の部長で、ユウ兄様の関係しているサンビツ重工業と繋がっているなら、特に。

直接話してもいいのだけれど、骨が折れそう……。

そういえば、その統括部長が気にしているクリスって、何者なんだろう?

 

「クリス、アンダーソン日本統括部長とは、どんな関係なの?」

「……『日本統括部長』の意味はわからないですが、ロバートは、パパの友人です」

 

「クリスのパパの働いている会社の名前は、わかる?」

「……確か、ソーイングって言ってました……」

 

 ニコニコしながら答えてくれた。

クリスにとっては、優しいオジさんって感じなのだろうか。

……ということは、アンダーソンさんとクリスの父親は、同じソーイングの社員。

あと1つ、何かが繋がれば……。

 

「そういえば、クリスって、ユウ兄とどこで知り合ったの?」

「パパが家に連れて来てくれて、一緒に遊んでくれました」

 

 クリスの父親は、ユウ兄様とも面識があるようだ。

外国の方が、他人を家に連れてくるなんて、心を許してないと、有り得ないということを、お父様から聞いたことがある。

……これは、何とかなるかもしれない。

 

「クリス、貴女のパパにメールできますか?」

「……多分、大丈夫だと思います」

 

「要件は……そうね、『ササキ ユウの妻が話をしたいと言ってます』でお願い」

「わかりました」

 

 本当は、直接電話をしたいところなんだけど、今の時間は仕事中。

同僚が、「日本統括部長」という役職ということは、クリスの父親もそれなりの大物の可能性が高い。

本来なら、彼付きの秘書に連絡して、アポを取らなければならない案件だろう。

でも、クリスが、そんな事情を知っていると思えないし、秘書の番号を知らないに違いない。

 

 メールならば、手が空いたときに見ることができる。

ましてや、今日は愛娘の引っ越し初日。父親なら連絡を待っている……はず。

ユウ兄様が広島に居ることは、知っているだろうから、彼の名前に喰いつくだろう。

更に「妻」という言葉を使うことにより、「結婚したの?」と思わせる。

本当は婚約者だけど、インパクトがある方が絶対いい。

 

「送りました」

 

 屈託のない笑顔で、報告してくれた。

後は、返信を待つだけ。

……ついでに、クリスの処遇についても話しておきましょうか。

彼女の頭に父親の雷が落ちるのは、決定事項になってしまうけど、仕方がないよね。

 

「希様、心配のし過ぎかと思いますが」

「そうかなー」

 

「優様は、その統括部長とも既知のはずですよ」

「……なら、尚更、迷惑かけられないじゃないのよ」

 

 小夜が控えめに発言してくる。

言いたいことはわかるし、「大きなカード」を使えば、簡単だ。

私の父に連絡入れて、アイダコーポレイションの伝手で事を治める。

クリスがお世話になる予定のユウ兄様は、実質次期社長が内定している。

 

……少なくとも、現社長のお父様は、そのつもりだ。

 

 社長権限で、ユウ兄様を「外部取締役」に就任させたみたいだ。

本人の知らないところで。

報酬は「私」ってところなのだろうか。詳しいことは知らない。

……ユウ兄様にはまだ、このことを伝えるつもりはないけど。

……アイダコーポレイションの取締役がーって、事が大きくなりすぎるので、近々で治めたい。

 

一番楽なのは、クリスの父親が、アンダーソン部長に連絡入れて、事情を説明してくれることなんだけどなぁ……。

 

そこまで上手くいくかどうかは、ユウ兄様の信頼度次第かもしれない。

……ユウ兄様が、会社のどのポジションにいるのかは、わからないし。

 

ああ、ユウ兄様からの返信もないし、相談すらできないよ……。

 

 

いろいろ考えている間にも、階段を上り、廊下を歩いていく生徒会長の後をついていく。

彼女は、廊下の突き当りのドアの前で立ち止まった。

 

「佐々木さん、山崎さん、スミスさん、ここが生徒会室です」

 

大きな引き戸が印象的。

 

視聴覚室

 

……あれ?突き当りの部屋ではないの?

 

「……視聴覚室?」

「ああ、その隣の準備室を生徒会室にしています」

 

生徒会は「視聴覚準備室」を改良して使っているみたいだ。

当然ながら、視聴覚室より小さい。

 

「大きい会議は、視聴覚室で開催することが多く、その関係でここが生徒会室になったようです」

 

 親切にあらましを説明してくれた。

生徒総会をするにあたり、必要なものをいちいち持っていくよりは……と、いうことなのだろう。

それを考えた生徒会長は、ずいぶん面倒くさがり屋なんだろうけど、実現してしまうのは、凄い。

さらに、1代で戻ることなく、そのまま続くと言うのも、驚いてしまう。

過去の生徒会室が相当遠かったのか、はたまた部屋が無くなったのか……。

 

 そんな生徒会の歴史を馳せる。……って、どうでもいいことかも。

今の生徒会室は、この場所。以上。

歴史を感じさせる風貌をしていたから、ついつい考え込んでしまった……。

 

そんな私に関係なく、生徒会長は、トビラを開ける。

 

「みんなー、新しい副会長、連れて来たよー!」

 

……えっ?副会長って?……聞いてないんだけど……。




【イチハツ】

アヤメ科アヤメ属のイチハツ(一八・一初)(学名:Iris tectorum)は、別名をトビオクサ(鳶尾草)と呼ばれている多年草。

葉の横幅が広く、根際から生え、艶の無い剣状の形をしている。
茎先に花径10cmくらいの青紫色の花をつけ、花の付け根部分から白い鶏冠状の突起があるのが特徴である。

乾燥に強く、火災、大風を防ぐと信じられていたため、かやぶき屋根の頂上部に植えられていた。実際は、屋根を締め付ける意味があったようだ。学名の「tectorum」は「屋根の」という意味。

日本のアヤメ類の中で、一番先に咲くので、「一初」と呼ばれているが、ジャーマンアイリスやダッチアイリスと同じような開花時期だったりする。

開花時期:4月~5月
花の色:青紫色、白色
原産地:中国


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【番外編】胸に輝くネックレス

ホワイトデーなので、書いてみました。
今回も少し短めです。
舞台はバレンタイン特別篇のその後、です。


 最近、ちゃんとホワイトデーでお返ししている男はいるのだろうか。

この時期になると、悩みに悩んでしまう。

 

 ここ何年か、会社で会う女性たちプラス妹からもらうバレンタインのチョコレート。

毎年、同じ物だと、呆れられるだろうから、何を返すか非常に悩む。

今年は、バレンタインが日曜だったため、少ない。

 

佐伯にサーヤ、海に、そして榎本。

 

……新入社員の榎本からもらうとは、思わなかった。

しかも、N.Aさん?誰かから頼まれた、と言っていた。

4人分……いや、5人か……。

N.Aさんのチョコだったにしても、渡しに来てくれた榎本にも返すのが筋だろう。

 

 サーヤは、結婚しているし、完全付き合いの範疇だから、日本酒でいいか……。

アイツ、飲み会でもすぐに日本酒に行くし。

ということで、ネットで調べていると、いいものが目に入った。

Ruri Munemasa (ルリムネマサ)

青くて細い瓶が印象的である。ワイン感覚で飲める、か。

これにしよう。

 

 佐伯は、どうしようかね……。

本人は「義理」とか「お世話になってますから」とか言ってるけど、そこはかとなく本命感がある。

今回もらったチョコレートも、海に言わせれば、本命級。

でもな……、どうしても佐伯と付き合うとかいう感じに思えない。

海と一緒で、「妹感覚」なんだよな……。

とりあえず、ネットでいろいろ見ていると、入浴剤……、これにしよう。

 

バスカップケーキ?

これ、ケーキなのか?それとも入浴剤?

「バス」カップケーキだから、入浴剤なのか……。

理解するのに、結構かかってしまった。

 

 これは、佐伯と海に、これでいいのではないだろうか。

2人とも女性の独り暮らしだから、シャワーで終わらせているかもしれないが。

飾っているだけでも、香りがいいはずだ。

3つのバスカップが入っているセット。

ネットにて購入することにした。

 

 あとは、榎本とN.Aさんか……。

榎本の好みがいまいちわからない。

……とはいえ、あまり高価すぎると、恐縮してしまうだろう。

何て言っても、彼女は、橋渡しをしただけ。

 

……近所のケーキ屋で売っている、焼き菓子のトッピングにしよう。

クレープみたいな皮に、長い焼き菓子が花束状に飾ってあり、真ん中にクマの人形があしらってある。

見かけたとき、男の俺でも、可愛いと思ってしまったほどだ。

値段も1000円くらいなので、問題ないだろう。

 

 あとは、N.Aさんか……。

海の見立てによれば、完全な本命チョコのようだ。

……有名店の、限定何人とかいう代物だったらしい。

彼女に見せたとき、「……何で、兄貴がそれを持っているの?」……と、きたものだ。

 

 他の4人と違い、全くどんなひとなのかわからない。

分かっているのは、イニシャルだけ。

ネットで調べると、イオン岡山でイニシャルジュエリー……。

はっきり言って、一文字2000円、カラーキュービックを加えると、さらに値が張る。

うーん、誰かわからないのに、そんなものを贈るのか……。

 

……とはいえ、約1万円。贈られたものを考えると……。

 

バレンタインのとき贈られたカードを思い出す。

 

 

 

あなたに、このチョコレートを贈ります。

Happy Valentine's Day!

You're my Valentine.

近いうちに、お会いできることを

楽しみにしています。

N.A

 

 

近いうちに会うかもしれない。

それなら、礼儀を尽くすべきかもしれない。

 

 そう思った俺は、新幹線でイオン岡山に向かい、イニシャルジュエリーを購入。

当然、「N」と「A」だ。さらにエメラルドグリーンのカラーキュービックもつけた。

なぜって、現地で見て、綺麗だったからだ。

チェーンは、ネックレスにしよう。気に入らなかったら、腕輪仕様にしてくれるだろう。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

3月14日は月曜だった。

佐伯には朝の通勤途中のバス停前で、サーヤには、昼休みにそれぞれ渡した。

サーヤには「仕事に集中できないじゃないのー」と不平を言われたが、気にしない。

海は、会社から帰ったら家で待っているだろう。

 

榎本には、先週の金曜にN.Aさん宛のお返しを託した。

彼女も「これなら、14日、に、届きます」と言っていた。

榎本自身にも渡すと、もの凄く恐縮されたが、無理矢理手渡した。

 

そんなホワイトデー。

難儀な風習だ。

 




サーヤは同僚の藤原 彩、海は妹の佐々木 海です。

ルリ・マサムネもバスカップケーキも調べると出てきますので、ぜひ。
第34話も誠意執筆中です。
よろしくお願いします。


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第34話 フウセンカズラ Side-N

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
副生徒会長とか、何のこと?


 広島市西区井口(いのくち)にある鈴峯女学園。

第3校舎3階奥、視聴覚室の隣にある生徒会室前。

廊下の窓からは、クリーム色をした隣の校舎が見える。

眼下には、樹木とベンチが設置されている。

中庭があるみたいだ。

 

 私と小夜、そしてクリスは、久保生徒会長の案内で、この部屋にたどり着いた。

廊下から見るこの部屋の風貌は、歴史を感じさせる。

だけど、その部屋の名前は、「視聴覚準備室」。

……せめて、部屋の名前、変えておこうよ……。

小さいことだけど、そう思ってしまう。

 

 

「みんなー、新しい副会長、連れて来たよー!」

 

 そんな中、生徒会長が、トビラを開けて、そう叫んだ。

……えーっ!そんなの聞いてないんだけど……。

反論しようと思ったけど、それを許してくれなかった。

私と小夜に体当たりして、抱き着いてきた少女がいたから。

 

「小夜ちゃん……、希様、待ってた……」

 

……栗色の髪をしたミディアムヘアの少女、坂本(さかもと) (あおい)

毛先が内向きカールしていて、唇ぷっくり。

容姿は、男受けしそうな、小悪魔少女だ。

ただ、必要なこと以外は、言葉を発しないので、人を選ぶ性格をしている。

私たちより1つ下で、1年前から鈴峯に編入していた。

 

「葵、元気してた?」

「葵、久しぶりです」

「はい、葵は、元気……」

 

 私にもぶつかってきたはずなのに、葵は、小夜と2人で抱き合っている。

実際、彼女は小夜の幼馴染で、付き合いが長い。

さらに「小夜大好き」なので、彼女の瞳には、小夜しか映っていないみたい。

小夜も小夜で、葵の「けしからん肉塊」が好きなので、久しぶりに堪能しているようだ。

 

葵の中では、小夜は絶対君主。

 

小夜が私に仕えているような態度を取っていても、それは変わらない。

あくまでも葵にとっては、小夜が全て。

 

……1年前から、ここに編入していたのだって、小夜から頼んだこと。

 

 私が、ここに編入するつもりだったことと、関係があるはず。

今ならわかるんだけど、当時は思いつきもしなかった。

「葵は、頭がいいからすごいな」とくらいにしか、思っていなかったから。

今思えば、広島に縁もゆかりもない彼女が、急に編入したいとか言い始めること自体、無理がある。

……一応、私は小夜の親友であるため、彼女にしては、気にかけてくれてはいる。

小夜がその場に居なくて、私が居る場合は、こちらに優先権が移るようだ。

 

「貴女が、佐々木 希さん、ですか」

抱き合って再会を喜んでいる2人を微笑ましく眺めていると、1人の少女が話しかけて来た。

 

「私は、垣根(かきね) (りん)と言います。よろしくお願いします」

「佐々木 希です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 垣根さんは、私より背が小さく、小柄で可愛い女の子。

前髪は今流行のパッツンヘア。

肩まである髪も軽くウェーブが入って、まるでお人形さんみたい。

私より小柄な子ってめったにいないから、思わず抱きしめたくなる。

制服のリボンが、葵と一緒の白。新一年生のようだ。

 

武蔵野女子と鈴峯は、リボンの色によって学年を見分けることができるようになっている。

久保生徒会長の学年のリボンは黄色、私や小夜の学年は赤色、葵や垣根さんの学年は白色。

色は、卒業するまで固定される。

 

「佐々木さんのことは、葵にたくさん聞いてます」

「……」

「……葵は、山崎さんとべったりしたいから、私に任すって言ってました」

「……はあ、あの子らしいね……」

「学校について、何か疑問に思ったことがありましたら、私にお聞きください」

「ありがとうございます」

 

 葵ー、私も貴女と久しぶりに会うんだよね……この差は何?

わかってたけど、釈然としない。

彼女から見れば、小夜以外の他人に対する、最上級の特別待遇なんでしょうけど。

……まあいいや、私は垣根さんに癒されるから。

 

「たくさん聞いてる」って、どこまでのことを、彼女に話しているのかな、あの子。

……後で聞き出す……ああ、葵から聞くよりも、彼女から聞いた方が早いかも。

あの子、小夜の前以外では、必要なこと以外、話してくれないから……。

 

……垣根さんの口調は分かりやすく、テキパキしている。

彼女は、風貌に似合わずしっかり者のようだ。

 

「垣根さん」

「……ああ、佐々木さん、『凛』と呼び捨てでいいですよ」

「……では、私も名前で呼んでもらえると嬉しいかな……」

 

お互い笑顔で談笑する。

 

 

 

パンパン

 

 

 

「……仲良く談笑してくれていることについては、いいけど」

久保生徒会長が手を叩いて、皆の談笑を止める。

 

「……葵ー、凛ー、佐々木さんと山崎さんに書類を書いてもらってー」

そう指示を出すと、生徒会長は、奥の机に腰かける。

 

「では、希さん、山崎さん、スミスさん、こちらへ」

「……こちらへ……」

 

 凛ちゃんは、私たちをイスに座らせる。

……葵ちゃんは、相変わらず必要な言葉しか話さない。

そして、紙を配られる。編入確認書と書いてあった。

 

「これに記入をお願いします」

「……わ、私はー?」

 

「ああ、スミスさんは、もう少し待ってて。中等部の生徒会長が用紙を持って来るから」

「はい、わかりました」

 

クリスには、別の用紙が用意されるらしい。

引き続き、凛ちゃんから、説明を受ける。

 

「住所と連絡先、保護者の勤務先と連絡先が間違っていないか、確認願います」

 

編入確認書。

 

 すでに何項目かには、印字されていた。

私の名前と生徒番号、親の名前と住所、連絡先、勤務先の名前と電話番号。

寮に住むなら、それだけで良いみたいなんだけど……。

私も小夜も寮ではないので、それに加えて、記入する必要がある。

新居に住むなら、住所を記入することになるけど、私は下宿扱い。

小夜はどうなるんだろう……。

下宿の場合は、下宿先の責任者の名前と住所、連絡先、勤務先の名前の記入が必要。

 

私の場合は、ユウ兄の名前と住所、連絡先、勤務先の名前とその電話番号の記入となる。

 

佐々木 優……

広島市中区土橋……

……そういえば、勤務先の正確な名前や住所、よくわかってないなぁ……。

 

「希様、私とほぼ一緒なので、写すといいですよ」

書き終えた小夜が見せてくれる。

 

「そういえば……、優様のお勤め先は、サンビツではなく、エヌ・ツー・ダブリュ、ですので」

「……うぇっ!そうなの?」

 

「はい、あくまでもサンビツの工場内で働いている、協力会社ですので」

「えー……」

 

早く言ってよぅ……。

「サンビツ」と記入する前でよかった。

小夜の記入した用紙を参考にする。

 

榎本 あかり

広島市中区土橋……

エヌ・ツー・ダブリュ(株)

広島市中区江波沖町……

 

 榎本 あかりちゃんは、小夜の同居人。

私にとってのユウ兄様みたいに、小夜にとっての保護者となる。

親戚ということで、ひとりっ子の小夜にとっては、姉のような存在とか。

住んでいるところも、偶然にも同じマンションで、小夜と私にとっては、助かっている。

昨日、初めて会ったけど、お嬢様のようなひとだった。

小夜と同じように、何処かの会社の社長令嬢なのかもしれない。

 

……えっ?エヌ・ツー・ダブリュ?

 

さっき小夜が言ってたユウ兄様の勤務先も、エヌ・ツー・ダブリュだったよね……。

あかりちゃんって、ユウ兄様と同じ会社で勤務してるんだね……。

 

だからかぁ……。

昨日、あかりちゃんが帰ってきたときに「希様、そろそろ帰った方がいいですよ」と言ったのね……。

 

最後に、記載事項に間違いがないことを保証するため、自分の名前を書いて……。

 

いろいろ思うところはあったけれど、無事記入し終わった。

 

 凛が、記入内容を確認している。

記入事項に指を這わせている。

彼女は相当しっかり者なのかもしれない。

さらに作業が早い。

確認がおわったのか、立会人の所に「垣根 凛」と記入した。

 

 小夜の用紙には、葵が対応している。

先程の行動がウソのように、真面目に対応している。

オンとオフがしっかりしていないと、小夜が嫌がるから、当然か……。

 

2人は、記入後、久保生徒会長に提出、彼女が最終確認をして、印を押した。

 

「これで、編入手続きは終わったわけですが」

 

生徒会長が部屋中を見回す。

そして、私と小夜の近くまで、寄ってきた。

 

「お2人にお願いがあります」

「何でしょうか」

「佐々木さん、山崎さん、生徒会に入ってもらえないでしょうか?」

 

笑顔を保ちながら、それでいて真剣な表情で、見つめてくる。

 

「……私は、希様次第です。希様が入るなら、私も入ります」

 

小夜が判断を私に委ねてくる。

それは、卑怯じゃない?ああ、ニコッと笑ってるよ、この子……。

 

「では、佐々木さん、いかがでしょうか」

「……生徒会には、元々入るつもりでいたから、いいですよ」

 

 生徒会長の表情が柔らかくなった。

1番の核心だったのかもしれない。私の返事で安堵したようだ。

生徒会に入ることは、武蔵野女子でも生徒会をしていたので、気にしていない。

ユウ兄様にも、すでに伝えているので、時間的制約もない。

 

……できれば、18時には、家に帰って夕飯を作りたいけど……。

 

「で、久保さん、お聞きしてもよろしいですか?」

「はい、何なりと」

「……先程から言っている『副生徒会長』って、何でしょうか?」

 

生徒会室に入るときに、彼女が言った「副生徒会長」。

あきらかに、小夜ではなく、私を見て言っていた気がする。

 

「……ああ、あれね……コホン」

ワザとらしい咳払いをして、私と向き合う。

 

「佐々木さん、副生徒会長、してくれませんか?」

「……」

「私と一緒に、この鈴峯女学園を作っていきませんか?」

 

 うわー、このひと、しれっと頼んできた……。

そして、この逆らうことができない、この「目力バッチリ」の笑顔……。

遠い昔、私たち3人が絶対服従だった、なーちゃんの笑顔を彷彿してるよ……。

昔から、この系統の笑顔には、弱いなー、私。

 

……自分でも、なぜだかわからないが、断る気力を失ってしまう。

近い将来、この笑顔を持つセールスマンに、高い壺や布団とか、買わされるかも……。

 

そんな不安がよぎる。

 

 そんなときは「主人と相談してみます」そう返そう、そうしよう。

……とはいえ、なーちゃんの言うことを聞いていれば、いい方向に行ったのも事実。

経験則で自分の知り得ないところで、流されているのかもしれない。

 

「……副会長って、勝手に決めていいものなのでしょうか?」

 

 武蔵野女子では、生徒会の役職は、信任投票で決めていた。

1年生のとき、私は生徒会長有力候補だった。

中等部で生徒会長だったこともあり、みんなは、引き受けてもらえると思っていたみたい。

でも、私は鈴峯に編入したかったので、会計をやっていた子に擦り付けて来た。

 

……私が推薦して、応援演説もすることを告げると、ため息をついていたけど……。

……ごめんね、裕子(ゆうこ)、あのときは悪かったって……。

 

今、彼女は、武蔵野女子の生徒会長1年目をこなしている。

 

私の見る目は確か……、確か過ぎた。

 

 なんてったって、「希様送別会」を生徒会予算で開催するという離れ業をやってのけたのだから。

いくらなんでも、個人の会を「公イベント」に伸し上げるって無理あるでしょうに。

しかも、卒業式が終わってすぐとか。私ならしないわー。

 

「……選挙があるけど、貴女なら、相手候補も逃げ出すでしょう」

「……それは、わかりません……よ」

 

私の答えに、彼女は微笑んでいる。

 

「貴女の人となりと家を知ると、恐れ慄くまであります」

「……隠すことは?」

「……苗字が、佐々木に代わっているから、可能かもしれませんが……期待できません」

 

……そうか、ここは広島。

全国、いや世界有名企業の社長令嬢ってだけで、尻込みされるかもしれない。

生徒会長は、一度机に戻り、1枚の封書を持って戻って来た。

 

「それに、今朝、こんなものが届きましたが……読みますか?」

 

 彼女が見せてくれた封書は、大変見慣れたものだった。

武蔵野女子中等部時代に、よくお目にかかった、郵送用封筒。

「鈴峯女学園 高等部 久保 遥様」と、宛先が書いてあった。

送り主は……、「武蔵野女子学園 高等部 橋本(はしもと) 裕子(ゆうこ)」とある。

 

……ここにきて、生徒会長・裕子からの手紙。

 

 嫌な予感しかしない。

隣りに寄って来た小夜も、苦笑いをしている。

一緒にいる葵は、裕子と同級生なので、無言なりにも、何か思うところがあるのかもしれない。

私の送別会を、学校行事にしてしまうほどの子だ。

このタイミングで、久保生徒会長宛の手紙……内容がすでに想像できる。

 

 久保生徒会長が封を開け、まず読み始める。

しばらくすると、軽く吹き出す。

そして、手紙を見せてくれる。

 

 最初は、軽い挨拶だった。

今回編入する「佐々木 希」が、いかに凄い人物か、紹介されていく。

紹介というより、企画のプレゼンテーションをするような文が並んでいた。

「佐々木 希」の中等部生徒会長時代に起きた出来事や、それをどう乗り切ったのか、簡単に書いてある。

さらに、裕子自身も、佐々木 希の企みにより、生徒会長をやるしかなかったこと。

圧倒的な選挙戦を繰り広げて、相手候補を篭絡して、今では自分の右腕に仕立て上げてくれて助かっていること。

 

裕子……最後の方は、私を上げるのか、下げるのかわからないことになってる……。

締めの言葉で「このひと、絶対に会長向きなので、後継者にオススメです」って……。

 

「……希さん、書いてあることは、本当ですか?」

「ん?作り話……かな……」

「希様、ウソ、だめ」

 

いつの間にか人数分のカップを用意して、紅茶を入れながら、凛が質問してくる。

誤魔化そうとするも、私の所業を知っている葵が、許してくれなかった。

 

普通に考えると、実現不可能でしょうよ。

中等部時代の私は、というか、小夜は、かなり無茶してたからね……。

 

「橋本さんは、就任当初から、貴女のことを持ち上げてましたから」

久保生徒会長が、私の知り得ないことを言ってくる。

 

「いつも手紙で『希様なら』『希様のように』とか、書いてあるのだから、どんなひとかと……」

「会長、希さんの名前を聞いても、そんなこと一言も言ってませんでしたが」

「『佐々木 希』と『相田 希』と『希様』が私の中で繋がらなかっただけ」

 

 久保生徒会長は、そこまで言うと、苦笑する。

そして、少しの時間、目を瞑り、口を閉ざす。

彼女の中で、何かを思い巡らせているようだ。

そんな様子を、私、小夜、凛、葵、そしてクリスまでが見守っている。

この空気を壊してはならない、誰もが察知したようだ。

 

しばしの沈黙の後、彼女は目を開ける。

 

「……橋本さんの推薦もあるようですし、佐々木さん、ぜひお願いします」

「はい、わかりました……」

 

私は、自然とそんな答えを、口にしていた。




【フウセンカズラ】

ムクロジ科フウセンカズラ属のフウセンカズラ(風船蔓)(学名:Cardiospermum halicacabum)は、別名バルーンバイン、ハートシードと呼ばれるつる性の一年草。

夏に緑がかった白色の5mmくらいの小さな花を咲かせ、その後、径3cmほどの紙風船のような袋状の果実をつける。果実の内側はホオズキのように空洞で、茶色く熟すと、黒地に白いハート模様の入った丸いタネが3つ生る。

巻きひげをもち、夏にフェンスなどに絡みつきながら繁茂するため、日除けの緑のカーテンとして重宝される。花よりも果実の鑑賞用に育てられることが多い。

開花時期:7月~9月
花の色:白色
原産地:熱帯・亜熱帯のアフリカ、アジア


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第35話 パイナップル Side-N

久しぶりの投稿になります。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
希が鈴峯女学園 高等部 生徒会副会長に内定しました。


 私は、副会長を引き受けることになってしまった。

まんまと久保生徒会長と裕子にはめられた形。

 

……裕子、今度会ったときは、ケーキでも奢ってもらうからね……

 

 そんなことを思うしか、私に抵抗手段はなかった。

 

ため息をつく。

 

 先程用意された、紅茶に口をつける。

ダージリンかな。美味しい。

凛、お茶も美味しく入れることができるとは、彼女は、何でも完璧なのか……。

 

 

 

仕方ない。これからの予定を考えよう。

 

「……副会長に立候補するということになるんだろうけど、何をすればいいの?」

「4月22日の金曜日に投票があります。選挙期間は1週間前の15日からですね」

 

私の隣にいつの間にか陣取った凛が、淡々と説明する。

副会長以下の役職は、在校期間は問われないこと、編入すぐでも立候補できること、最低限生徒会長の推薦は受けるが、基本的に誰でも推薦は取れるので大差がないことなど。

……ほぼ、武蔵野女子学園と同じ要項だった。

 

「15日までに必要事項を記載した、立候補受付書を生徒会に提出することになります」

「では、今、書こうかな……」

 

「希さん、まだ新学年のクラスが決まってないので、それは無理です」

「そうか……残念」

「でも、私は、希さんがそこまでやる気になってくれて、嬉しいです」

 

 彼女は喜んでいるけど、回避できないことなら早い方がいいと思っただけなんだよね……。

決して、副会長に関して、やる気があるわけではないんだけど。

 

「……希様、当選、確定……」

葵は葵で、そんなことを言ってくる。

 

……まだ、わからないから。

有力な対立候補がいるかもしれない。むしろ、いて欲しい。

 

「……小夜ちゃん、裏工作、完璧……」

……そこの姉妹、ブイサインをするんじゃない……。

 

「入学式と始業式で、何か目立つようなことをすればいいでしょうか……」

 

 小夜は「希様がするなら」とか言いながら、すでに乗り気のようだ。

私に何をさせるつもりなの?少し発言が怖い。

 

「……うん、これでノンが私の後継に……私の受験シーズン安泰ですね……」

 

 久保生徒会長は、自分の机でゆっくり紅茶を啜っている。

後継って何?振り向くと、微笑みを返された。

 

 

 

 

トントン

 

 

 

 

そんな中、生徒会室のトビラをノックする音が響く。

 

「どうぞ」

 

久保生徒会長の声で入って来たのは、2人の女の子。

 

 1人は2つ結びで、頭の左右から長いしっぽが勢いよく跳ねている。

もう1人は、両頬をやっと覆うくらいの短い髪をしていてボーイッシュな雰囲気だ。

 

どちらも緑のカーデガンにグレーのスカート。

 

 この出で立ちで、彼女たちが中等部の人間だということがわかる。

ちなみに、凛と葵も3月までは中等部所属なので、一応同じ服装をしている。

ただ、中等部生徒会は、秋に引退しているため、こちらを手伝っているみたいだ。

……彼女たちの首には、水色のリボンが光っているので、新三年生のようだ。

 

「遥さん、来てのお楽しみって……何?」

「……我々もいろいろ忙しいのですから、勘弁頂きたい」

 

 片方の子は、両しっぽをぴょこぴょこさせて、満面笑顔だ。

もし、犬のしっぽが付いているなら、ブンブン振っているかのように。

対して、ボーイッシュな子は、いたって冷静だ。

むしろ呼ばれて迷惑しているようだ。

 

心春(こはる)(まい)、この子の編入手続きをして欲しいのよ」

 

久保生徒会長は、クリスを指し示す。

ようやく自分の話になったと思ったクリスは、軽く頭を下げた。

 

「……あーっ!外人さんだー!」

犬の子は、クリスに向かってダッシュ。

 

「こらっ!心春っ!……」

 

 ボーイッシュの子は、声では止めようとするものの、そこから続かない。

どうやら、金髪の子を見るのが、珍しいようだ。

「コハル」と呼んでいるところから、こちらが舞、クリスの目の前まで来て、じーっと見つめている方が、心春という子になるのかな……。

 

「……スミス・クリスティーナと言います。よろしくお願いします」

「……しゃべった!」

 

クリスの流暢な日本語による挨拶に、心春は歓声を上げている。

 

「スミスさん、日本語上手いですね」

「クリスは、小学1年から日本にいるから、問題ないみたいですよ」

 

感心している凛に、これまた近くに移動してきた小夜が説明する。

 

「編入手続き?なぜ今、なんだ?」

「ええ、スミスさん、4月から中等部に通い始めるみたいだから」

 

「……生徒会につなぎとめておこうってことか……」

「……目立つ子は、早めに唾、つけておきたいでしょう?」

「……アンタってひとは……」

 

 久保生徒会長と舞が、何やら話をしている。

話の内容がきな臭い。

とはいえ、広告塔として、目立つ子を取り込むという考えは、嫌いではないかな。

 

「中等部の子たちも来たので、改めて自己紹介をお願いしましょうかね」

久保生徒会長が、周囲を見回した後、私と小夜を見据えて、そんなことを言ってくる。

 

「おい、遥。自己紹介って、何のためにやるんだ?」

 

 舞が、不思議そうな顔をしている。

彼女たちは、私が副会長になることを知らないので、当然の反応だろうね。

 

「ああ、この2人、今日から編入して来たんだけど、ウチに入ってくれるから、ね」

久保生徒会長は、2人に、私と小夜を紹介する。

 

「佐々木 希です。よろしくね」

「山崎 小夜。よろしく」

 

 初対面とはいえ、同じ学校の後輩。

私は軽く会釈し、小夜はぶっきらぼうに挨拶をする。

 

脇坂(わきさか) 心春(こはる)だよ。みんなのココロに春を呼ぶ、コハルちゃんだよ!」

 

 犬の子は、相手が年上で初対面でも、丁寧語関係なしの自己紹介だった。

……小夜が少し気に障ったかのような表情をしている。

私に対していつも丁寧語で接してくる彼女は、人一倍上下関係に厳しい。

友人に接するかのような言葉を発する心春に対して、「希様の前で、中学風情が生意気」とか思っているみたいだ。

 

私は気にしないんだけどね……、この子、かわいいじゃない。

 

「……佐々木(ささき)(まい)、……です。佐々木先輩、山崎先輩、よろしく……お願いします」

 

 ボーイッシュの子は、先程の口調を変えて、丁寧に応対してきた。

本当は「佐々木 舞だ」「よろしく頼む」と言うところを、気を付けているらしい。

 

ん……?佐々木?ユウ兄様と苗字が一緒だけど、親戚とかかな……?

 

「ほーら、心春!先輩に失礼だろう……すみません、コイツ、いつもこんな口調なので……」

「……えー、なんで?舞、離してよー!」

 

 心春の頭を下げさせて、取り繕うとする舞に、その意味も解っていない心春。

どうやら、舞は、小夜の様子を察知して、何とか雰囲気を良くしようと努力しているみたいだ。

……心春がかき回して、舞がフォローに回る……そんな2人の関係を垣間見ることができた。

 

 

小夜の気分を逸らすために、話題を変えてあげようか……。

ユウ兄様の親戚かどうかも気になるし。

 

「佐々木さん?」

「……何……でしょうか……」

 

声をかけると、少し驚かれた。

「私は特に失礼なことをした覚えがないのに、なぜ?」って顔をしている。

 

「同じ『佐々木』では、紛らわしいので、下の名前で呼んでもいい?私に対しても呼んでいいから」

「私は構いませんが……いいのでしょうか?」

 

「良いも悪いも、私は『ノゾミ』と呼ばれた方が落ち着くから」

「ああ、そういう……。「佐々木」はクラスでも何人かいることが多いから、自然と下の名前で呼ばれることに慣れますよね。わかりました、希先輩」

 

 

……私、佐々木になって3日だから、少し違うかも……。

それに、今まで周りにそこまで「相田」も「佐々木」もいなかったからなぁ……。

勝手にユウ兄様の親戚かもと思ってたけど、「相田」姓が被るときと同じみたい。

むしろ、慣れるほど多いという舞の周辺の「佐々木」姓に驚くよ。

 

「舞と区別するため、みんなも私を、『佐々木』以外の名前で呼んでくれると助かります」

……久保生徒会長と、心春以外は、すでに「ノゾミ」呼びだったりするんだけど、気にしない。

 

「……で、心春と舞。ノンに、副生徒会長になってもらうことにした」

「……えっ?うそー!編入したばかりで、いきなりは無理だよー!」

「こらっ!心春!……でも、希先輩には悪いけど、私もそう思う……」

 

 舞は、私をチラッと見て、申し訳なさそうにしている。

心春の言葉は、砕けすぎてるけど、言ってることは、真っ当だ。

 

現に、私自身もそう思っている。

 

 武蔵野女子では、ある程度顔が知れ渡っているけど、ここでは新顔だ。

そんな否定的な2人に対して、久保生徒会長は、いい笑顔をしている。

まるで予想通りの反応で、それを変化させることを決めつけているみたいに。

 

……それはそうとして、久保生徒会長は「ノン」呼びにすることにしたんだね……。

呼ばれていたことはあったから、違和感はないけど、思い切り間を詰められた感じだよ……。

 

「ウチの生徒会選挙において、家柄が結構影響することは、2人ともわかっているでしょう?」

「まあ、そうだな……心春も、こんなどうしようもないヤツだが、結構なお嬢だし」

 

「……まーいー、私が会長になれたのは、私自身の資質!」

「……世界に羽ばたくレジ袋製造会社のお嬢がそれを言ってもな……」

 

「……いや、堂々と誇れないー、レジ袋なんて、さ……地味すぎて」

「希先輩、山崎先輩ー。コイツの親の会社、日本のレジ袋生産、一、二を争っているんです」

 

 

……レジ袋製造業……。

確か、日本では3社しか生き残っていないので、「一・二を争う」と言われても微妙かも。

とはいえ、その3社で日本のレジ袋の供給を担っているのだから、凄いことには違いない。

 

「……で、遥。それと希先輩が、どう関係あるんだ?」

「……希ちゃん、どこかのお嬢様なの?……ゥデッ!痛いです、山崎じぇんぱい……」

 

とうとう小夜のげんこつが飛んできたようだ。心春は頭を擦っている。

 

「……なんとノンは、『アイダコーポレイション』のご令嬢なんだよねー」

 

 久保生徒会長は、まるで自分のことかのように、言い放つ。

これを、世に言う「ドヤ顔」というヤツなのではないだろうか。

 

「……またまたー、遥さん。そんな誰でもわかるようなウソ、つかないでくださいよー」

 

 心春ちゃんが、笑顔で反論する。

先程、小夜に殴られて悶絶していたはずだけど、回復は早いようだ。

 

「アイダコーポレイションの社長は相田 徹ですよー、苗字が『相田』じゃないじゃないですかー」

 

 一女子中学生からお父様の名前が出て来ることに一瞬驚く。

……でも、ニュースや新聞を見ていたら、それなりに出て来る名前でもあるので、そんなものなのかも。

 

「相田 希って、あの『伝説の生徒会長』じゃないか。そんなひとが、こんなところまで来るわけが……」

舞は、私と久保生徒会長を交互に見ながら、混乱している。

 

 

……「伝説の生徒会長」って、いったい何のことかな?

 

 

「希さん、アナタが中等部生徒会長をしていた時代に編入してきた生徒が、新聞部と結託して物語を作ったようで……、鈴峯女学園中等部では、有名な話になっているのですよ」

 

私の表情を読み取ったのか、的確に説明してくる凛。

この子、小夜と違う面で優秀すぎるんだけど……。

 

「私も会長も編入書類を見るまで、『佐々木 希』が『相田 希』とは気づいてませんでした。彼女たちが失礼すぎることを言ってますが、許してもらえますか?」

 

 後輩たちのために小声で平謝りしてくる。

……それは、良いのだけど、どんな物語になってるのだろうか……。

すごく気になる。

 

「まあ、この用紙を見ていただければ、真実かどうか、わかりますよ」

 

 久保生徒会長は、机の上に1枚の用紙を置く。

心春と舞は、静かに注目している。

私も気になるので、彼女たちの後ろから覗く。

 

 

 

 

武蔵野女子学園 生徒No.158247 佐々木 希

配偶者:佐々木 優と婚約するため、生徒手帳に記載している「相田 希」から変更

 

3月9日 名前変更申請   3月15日 学園長承認

3月9日 妊娠優遇措置申請 3月15日 学園長承認

 

備考:

申請者 相田 徹 本人との関係:父

佐々木 優の自宅からの通学のため、申請者の希望により変更

 

 

 

 

 それは、私の名前変更と妊娠優遇措置の許可証明だった。

確かにこれなら、私が「相田 希」であること、父が相田 徹であることを証明できる。

学園長の印も押されていて、偽物とは言い難いものだった。

 

「……えーっ?マジで伝説の会長、ノゾミなのー?」

心春は、振り向いて私と目が合うなり、そう叫んだ。

 

「……ってことは、鬼の執行者、サヨは……痛い痛い、痛いからー」

小夜は、すでに心春にアイアンクローを決めていた。

 

「……ちなみにもう1人『仏のユッコ』は、現・武蔵野女子学園高等部生徒会長のことです」

すかさず、凛が補足を入れてくれる。

 

「……私に、ユッコさんの代わり、勤まりますかね……」

 

おずおずと、自己主張少なげにつぶやく少女。

……凛、そこでいきなりぶっこむの止めて。

本当に止めて、ね……。

 

 

誰が伝えたかわからないけど、私は「伝説の生徒会長」ということらしい。

 

逆らう者は許さない、壁になるヤツはなぎ倒す「鬼の執行者・サヨ」

財政管理はお手の物、経費というアメとムチを使い操作する「仏のユッコ」

その2人が絶対君主と崇め、2人以上の能力を持つ「会長・ノゾミ」

 

この3人が生徒会に所属して、様々な出来事や無理難題を解決していく。

 

そんな痛快物語「武蔵野生徒会・中等部編」は、ここでは知らないひとがいないくらい有名なのだそうだ。

本来なら、作り物として冗談半分で伝わるところなのだけど……。

部活動でのつながりや編入者、さらに教師から伝わる話から、どうやら限りなく真実らしいということに気づき始める。

 

そんなこともあり、ますます人気となったようだ。

 

 

「そうかー、ノゾミとサヨがいるなら、当選確実、だね!」

 

 小夜から解放されて、確信を持って叫ぶ心春。

むしろ、有名な「鬼の執行者・サヨ」にいたぶられてご満悦のようだ。

 

 

 

そんな中、

 

「……佐々木 優……ユウ兄ちゃんが婚約……?えっ?ウソー」

私は、そんな舞のつぶやきを、聞き漏らすことは、できなかった……。




【パイナップル】

パイナップル科アナナス属のパイナップル(学名:Ananas comosus)は別名をパインアップル、パインナップル、和名は鳳梨(ほうり)と呼ばれる常緑多年草。
果実だけをパイナップルと呼び、植物としてはアナナスと呼ぶこともある。

細長く、しっかりした堅さの葉っぱが放射状に伸びる。
葉っぱの先端はトゲのように鋭くなっており、フチにもノコギリのようなギザギザを要する。株の中央から太い花茎を伸ばして、その先端に紫色を帯びた小さな花をまとめて咲かせる。

1コに見えるパイナップルの実は、およそ100~200の小さな花が残した果実の集合体で、このような形態を「集合果」と呼ぶ。
私たちが普段食べている黄色い果肉の部分は、花の土台となっている「花床」と呼ばれる部分が肥大して、多量の汁を含むようになったものである。

実を収穫後、根茎から再び芽を出し、これが成長すると先端部に結実する。
しかしながら、収穫ごとに実が小さくなっていくため、株を3年以上用いることは少ない。

多くの市販品を生産している農園では、同一個体のクローンである同一品種ばかりを植えるため、自家不和合性によって受精がほとんど起こらず、果実内に種子ができない。

それでも、時々他の農地の他品種の花粉がハチなどによって運ばれるなどの原因で受精が起きていることもあり、皮として剥いた部分と食用になる果肉の境界部分に褐色の胡麻粒のような種子が小数見られることがある。
これを土にまけば発芽するが、開花して果実をつけるに至るまで何年もかかる。

そのため、増殖させるときは、葉の付け根の腋芽が発達した吸芽を苗として用いる。
果実ができた後に生える冠芽を使った挿し木の方法もあるが、吸芽よりも開花まで時間がかかるため、経済栽培では使われていない。

パイナップルは、パインとアップルをくっつけた言葉で「松ぼっくりに似たリンゴ」という意味。
パインはマツ(松)のことで、アップルは「価値のある美味しい果実」を表しており、リンゴそのものを指しているわけではない。


開花時期:不定期
花の色:薄紫色
原産地:熱帯アメリカ


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第36話 ムラサキツユクサ

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
優は会社で顧客と会談中

追記(6/12)
ジェームス統括部長補佐の愛称を「アンナ」から「アニー」に訂正。
第28話と整合性を持たせるため。



俺は、自分の席に座り、大きく息を吐く。

 

今日、起こった出来事を、軽く思い出す。

 

 

 

★★★

 

 

アンダーソン日本統括部長との会談。

 

 普段使い慣れていない英語でのやり取りだったこともあり、より気を遣う。

終始フレンドリーに接してくれているのはわかっているのだが、顔が強張っている。

初めての頃よりも、幾分か慣れたはずなのに、そんな気分は皆無だった。

 

そんな会談が終わりを迎えた時。

 

「I'll present surprise to you.」

(君にサプライズがある)

 

 アンダーソン統括部長がそんなことを言って来た。

彼の横に控えるジェームス部長補佐は、気味が悪いくらいニコニコしている。

 

 会社同士の話を終えた直後にこの雰囲気。

それまでのシビアな空気は、一瞬で消え去ったのは助かるが、非常に居心地が悪かった。

何の事かと質問してみたものの、

 

「It's understood soon.」

(そのうちわかる)

「When I speak, gets angry, so you can't speak. I'm sorry.」

(話すと、怒られるので、話せません。すみません)

 

 アンダーソン統括部長は、ぶっきらぼうに、ジェームス部長補佐は、笑みをたたえていた。

さらに詳しくいろいろ尋ねたかったが、本来は仕事のことを話す会談の場。

無言の圧力で聞けなかったと同時に、時間が経てばわかるということなので、諦めた。

 

会談が終わると、他の会社の重鎮たちと共に、近くの会議室で待機することになる。

各社との会談内容のすり合わせと、全社の会談が終了した後、速やかに行動に移すためだ。

 

その待機時間中も、先程のサプライズについて、何のことかと思い巡らす。

 

俺にとってのサプライズ……しかもソーイング社関連で……?

 

 ジェームズ部長補佐が微笑んでいたので、悪い案件ではないということだけは、わかる。

それでも、詳細がわからないということは、気持ちが悪い。

俺個人のことなのか、会社を巻き込むことなのか……。

 

 

 その間、佐伯は……といえば、他の会社の方々とすり合わせ作業をしていた。

彼女とは、会談を終えてから、一言も会話をしていない。

俺が考え込んでいるところを見て、落ち着くまで放っておいてくれるようだ。

彼女のことだ、ある程度のことは答えられるだろうし、間違った判断はしないだろう。

したところで、俺が謝ればいい話。問題はない。

 

彼女が時間を作ってくれるのなら、それに甘えよう。

……サプライズの心当たりが、全く思いつかないが。

 

 

 

 

全部の会社との会談が終わり、ソーイング社ご一行が帰る時間となった。

 

 事務室棟の前の道路に3台のハイヤーが並んでいる。

ハイヤーの運転手が後部座席のドアを開けると、乗り込んでいく。

我々サンビツ重工業側は、その様子を近くで見守る。

アンダーソン統括部長も座席に乗り込むかと思えば、車内を覗き込む。

一瞬、驚いた顔をしたように見えた。

立ち止まり、ドアを持っている運転手と会話を始める。

流暢な英語で会話が進んでいる。

 

「Mr.SASAKI」

(佐々木さん)

 

 声をかけられた方向に振り向くと、ダークブラウンの髪が印象的な女性の笑顔があった。

2つ分けにしたその髪は、肩の辺りまで伸びている。

明るいグレーのジャケット、膝丈までのタイトスカート。

肩が触れそうなくらい接近しているため、香水の甘い香りが鼻をくすぐる。

 

アンナ・カタリナ・ジェームス日本統括部長補佐。

 

佐伯は、いきなり隣に来た彼女を見て、目を見開いている。

ただ、彼女はまだいい方で、その他のサンビツ関係者は、少し空間を空けていた。

 

「It's about surprise……」

(サプライズについて、ですが……)

 

 彼女の小さい唇から、先程の件について言葉が漏れる。

佐伯より少し背が高いくらい、胸は同じくらい……。

そして思った以上に彼女の表情は柔らかい。

もっとキツイ顔をしているものと思っていた。

 

会談という独特な雰囲気に、支配されていないからなのか、冷静に彼女を観察することができる。

彼女の着けている甘い香水の香りが、そう思わせているのかもしれない。

 

「Won't you go to drink this evening?」

(今晩、飲みに連れて行ってくれませんか?)

 

「……へ?」

 

ジェームス部長補佐は、佐伯の方を向いて、彼女の両手をがっしり掴んでいる。

いきなり話を向けられた佐伯は、絶句している。

 

一瞬でも俺が誘われていると勘違いしてしまったことを恥ずかしく思う。

……いや、俺は間違ってないぞ……彼女は意図的にやっていたはずだ。

 

「……ああ、ミスターササキへの、サプライズはー、『さきおくり』になったからー」

 

呆然として、彼女を眺める俺には、そんな言葉を贈ってくる。

……えっ?日本語で話しちゃってるよ、それがすでにサプライズだよ……

 

「……あのう、ジェームス部長補佐、日本語で話せるのですか?」

「ユミー、『ジェームス』では、なく、『アニー』と、よんでくださいなー」

 

「……えっ?ユミーって、私のこと……」

「はい、わたしはユミーを、LOVE、ですよー」

 

 先程までの「統括部長補佐」はどこにいったのか。

そこには、20代後半の、ただの若い日本語の拙い女性がいた。

その豹変に俺や佐伯が驚くくらいなので、他の面子は、ただ黙っている。

どんな反応を示せばいいのか、答えがでないからだろうか。

 

考えて欲しい。

普段厳しい性格の女性教師が、いきなり甘えてきたら、戸惑うだろう。

「ギャップ萌え」という言葉もあるが、仕事の現場でそれをされると、対応に困る。

 

「SASAKI」

(佐々木)

 

気付けば、車に乗ったはずのアンダーソン日本統括部長が隣りに存在していた。

 

「Surprise is a postponement.」

(サプライズは先送りだ)

「ハア……」

 

サプライズについては、今の状況に比べれば、どうでもよくなっていた。

むしろ、この女性の豹変が、サプライズといえば、そうなんだが。

 

「I'd like to ask, is it no problem?」

(頼みたいことがあるのだが、問題あるかね?)

 

得意先のお偉いさんにそんなこと言われて、一介のサラリーマンに断る術なんてないですよ……。

 

ジェームス統括部長補佐の言動と関係あるんですね……。

嫌な予感しかしないが、とりあえず話を聞くことになった。

 

 

アンダーソン日本統括部長によると、こんな顛末である。

 

 

前回の視察から帰った直後くらいの時期。

 

 ジェームス統括部長補佐……アニーが、広島にも支部を置くべきだと、訴えて来た。

広島工場とも密に連絡を取り合い、より柔軟に対応するためだ。

しかし、本音は、彼女が広島の街と、佐伯に興味を持ったことが要因という。

 

……なぜ、佐伯……。

 

 彼女の周りには、同年代の女性は少ないらしい。

有名企業の肩書を背負ってしまうと、物怖じして近寄ってこなくなったようだ。

自己主張のはっきりしているアメリカでも、若干その傾向があるという。

 

ましてや、彼女は日本出向組。さらに誰も寄ってこない。

 

 本当は、同年代の同僚や友人に甘えたい性格なのに、それが許されない「大企業の肩書」。

近くにいる同僚は、若くして出世した彼女を、大なり小なり妬ましく思っていた。

そんな彼らに心から甘えると、一気に食い物にされる。

そう思い、常に気を張った状態で過ごしていく。

 

 彼女の入社以来、非凡な能力を見出し、上へ引き上げていった統括部長。

彼は、彼女の悩みを知っていたのだが、特定の部下だけを甘えさせるわけにもいかなかった。

さらに、50が近い男性に20代の女性が甘える……外からは、不貞な関係にしか見えない。

彼女自身も、彼に迷惑をかけると思い、甘える素振りは見せなかったようだ。

 

 そんな中、彼女は、サンビツとの会談で、佐伯と出会う。

詳しい経緯は彼女が離さないため、知らないらしいが、非常に気に入ったようだ。

彼女の行きついた結論が、「佐伯と近しい友達になる」ということだったという。

そのために、わざわざ広島支部立ち上げの必要性を本社に訴えたということだから、頭が下がる。

 

「……So I ask for her assistance.」

(……だから、彼女の補佐を頼む)

 

そこまで言うと、アンダーソン日本統括部長は、軽く頭を下げて来た。

……えっ?会社違うし、顧客様だからウチで補佐するのは、いろいろ問題あるのでは……

そう思い、近くの渡辺工場長に目で訴える。

 

「佐々木くん、先方の希望なので、そのように頼む」

「えっ?他の会社の方々に不平があると思いますが……」

 

 言葉を返すと、肩を組まれる。

アンダーソン統括部長に、聞こえないくらいの小声で、つぶやかれる。

 

「……佐々木クン、こんな面倒以外の何物でもないことを、他がやりたがるとでも?」

「……」

 

「……ジェームス部長補佐なんて、扱いに間違えたら、会社が、いや、工場が1つ飛んじまう」

「……そんなことを我が社の責任でやれというのですか?」

 

「先方の希望、ですしー」

 

「ですしー」って、褐色のオジンが言ってもムカつくだけ。

……ああ、この男、殴りたい……。

 

「あの有名企業の次期社長内定の佐々木クンなら、難なくこなせるでしょう……ねっ」

 

ねっ……じゃねえし。

心の中でつぶやきながら、女性2人の様子を眺める。

 

 

 

 

「ユミー、わたしね、ジャパンについて、たくさんべんきょうしたよー」

「……そうなんですか」

 

「今日、にほんしゅとかしょーちゅー?あと、『だっさい』がのみたいー」

「……『獺祭(だっさい)』?なんでそんなお酒を知ってるんですか……」

 

 

 

 

 

 統括部長補佐……もう「アニー」でいいや……の心内では、飲みに行くことが決定しているようだ。

そもそもなぜ、彼女は「獺祭」の存在を知っているのだろうか……。

アニーの方が年上のはずなのに、佐伯に甘えている。

彼女の豹変に戸惑っているのか、佐伯の言葉が堅い。

 

獺祭(だっさい)」とは、広島県のお隣、山口県の酒造会社の作っている清酒である。

過去に日本の総理大臣がアメリカの大統領に贈ったお酒として、名を知ることにはなったが……。

蔵元がこだわって造ったお酒の様で、広島においてはファンが多い。

 

……とはいえ、広島県で考えると、西条(さいじょう)が酒処である。

そちらの名前が出てきていないのは、彼女の周りの影響なのだろうか。

 

「まあ、予想通り、他から異論はなかったから、よろしくー」

 

工場長との話に戻る。

もう、他社に話を通し済みかぁ……。

 

「当然、岩本代表も了承していると、聞いた」

 

岩さんも?先程の電話では、何も言ってなかったのに……。

彼のことだ、「面白そう」ということで、二つ返事だったのだろう。

 

「……Please trust us, Anderson integration chief director」

(……我が社にお任せください、アンダーソン日本統括部長)

 

俺の答えに満足したのか、1つ頷いた。

 

「Annie」

(アニー)

彼は、佐伯とじゃれ合っているアンナを呼ぶ。

 

 

「 A request might materialize.」

(希望が叶ってよかったな)

「Everything is done thanks to a chief director. Thank you very much.」

(全て部長のおかげです。ありがとうございました)

「Everything is your exploit. Don't worry about it.」

(お前の手柄だよ。気にするな)

 

 

 

 統括部長は、向かい合った彼女の頭を撫でている。

彼女の気持ちよさそうな表情と、彼の優しい表情を見ていると、和やかな気分になる。

まるで、父親が娘を愛でているかのように。

入社からずっと見て来たと聞いたから、感慨も一入なのだろう。

 

「It was under care so far.」

(今までお世話になりました)

「When worries can also be done now, I hope that you consult. That there is so far, it doesn't change.」

(これからも何か悩みがあるなら、相談してくればいい。それは今までと変わらない)

 

そこまで言うと、彼は背中を向けた。

 

「It's a farewell, go out vigorously..」

(お別れだ。元気でな)

 

 アニーからは言葉がない。静かにうつむいている。

いつの間にか、佐伯が寄り添い、アニーは彼女に身体を預けた。

仲が良いどころか、互いの人間性をそこまで知らないはずなのに、彼女たちの間で何があったのだろうか。

 

 

「But……」

(しかし……)

 

不意に、彼の口から言葉が漏れたとこを、俺は聞き逃さなかった。

 

「Why is a shrew coming near?」

(俺にはなぜ、じゃじゃ馬ばかり寄ってくるんだ?)

 

 そんなことをつぶやきながら、前を通り過ぎていく。

照れくさいのか、早々とハイヤーの中に乗り込んでしまった。

そんな様子に工場長と、苦笑いをしてしまう。

 

 

「a shrew」とは、アニーのことを差すのだろう。

……ということは、今の彼女が限りなく素に近いのかもしれない。

言葉では迷惑そうにしているが、まんざらでもないということが、雰囲気で感じ取れた。

 

 無理難題を言って来た部下を、上手く希望に沿うように補佐した。

彼女の希望が叶えば、自分の下を旅立つ。

彼の仕事の進行にも、その影響が出ることは否めない。

それでも実行した彼に、「部下に優しいできる男」の姿が見えた。

しかし、彼の容姿からは、そんな便宜を図る「優しさ」は見えない。

「強面」「がっしり」「背が高い」さらに役職からも威圧感を感じてしまうひとは多いだろう。

 

 現に、俺と佐伯、工場長以外の関係者は、遠くから見守っているだけである。

それを非難するつもりはないし、できる立場でもない。

相変わらず彼を「苦手」としていることは、隠せない事実。

だが、彼の「部下に対する優しさ」を垣間見ることができて、少し親近感が湧いた。

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

今日は、そんな思ってもいなかった「サプライズ」が発生した。

 

ソーイング社広島支部の立ち上げ、統括部長補佐であったアニーの常駐開始。

アンダーソン日本統括部長ご一行は、彼女を残して、帰途に着いた。

 

 彼らを見送った俺たちは、事務室に戻り、今後について話をした。

アニーの机は、佐伯の向かいに決定した。

さすがに顧客の偉いひとにそれは、と意見をしたが、受け入れてくれなかった。

それに加えて、この事務室内では、俺のことを「ぶちょー」と呼ぶと言い始めた。

自分のことは、「アニー」で良いと。

せっかく既知の佐伯や俺と同じ職場になったのに、特別扱いはやめて欲しいそうだ。

 

……いろいろ思うことはあるが、最低限の礼節は持って接することにした。

 

 

今、この事務室では、俺1人しかいない。

 

 先程、17時になったので、2人とも出て行った。

佐伯とアニーは、彼女の希望通り、今夜飲みに行くらしい。

2人だけでなく、テルや他の秘書、補佐の女性たちも一緒に行くようだ。

 

 これで、アンナも佐伯の強力なネットワークの一環を担うことになるのか……。

サンビツ、大丈夫かな……根本から浸食されなければいいが……。

 

 

 

アニーの役職は「日本統括部 広島支部長」となるようだ。

 

 一応は、「日本統括部 部長補佐」から出世した形になる。

渡辺工場長の話によると、広島支部もそのうち拡大していく予定だという。

それなら、アニーの補佐に誰か置いていけ、と思うのだが……。

 

もしかして、佐伯を狙っている?

 

 英語も堪能で、事務作業も難なくこなす、商談も会談にも頼りになる……。

ウチとしては、いなくては困る存在だ。

いや、会社が要らないと言っても、俺にとっては大切なパートナー。

ヘッドハンティングさせるわけには、いかない。

 

 まあ、本人が行きたいのであれば……仕方ないか……。

……いや、アイツは優秀だから、手放したくはない。

 

 とりあえず、仕事量が増えるだろうから、アイツを異動させるか……。

アンナ関係でソーイング関連の仕事が増えることが予想される。

佐伯を補佐する形で、所属してもらおう。

 

 今の性格なら、英語が話せるかどうかくらいしか問題がないだろう。

むしろ、お嬢様より、おバカな方がいいだろうか……。

 

 

 

 

 

今日はいろいろあって疲れた。

俺も帰ろう、愛する女性の待つ家へ。

 

……そして、今夜もイジメつくすぞ、覚悟しろよ、ノゾミ。

 




【ムラサキツユクサ】

ツユクサ科ムラサキツユクサ属のムラサキツユクサ(紫露草)(学名:Tradescantia)は、別名をインクバナ(インク花)、スパイダーウォート、トラデスカンティアと呼ばれる多年草。

草丈は50cm前後で、たくさんの茎が直立する種と這って伸びる種がある。
葉っぱは長さ30cm前後でシュッと細長く、外に向かって垂れ下がる。
2cmほどの小さな花には、3枚の花びらがあり、花の中央にある雄しべの鮮やかな黄色が、花色との美しいコントラストを作り出す。
花は、早朝に開き、夕方になるとしぼむ。ただ、毎日次々と花を咲かせるので、長期間観賞して楽しむことができる。

属名の学名「Tradescantia(トラデスカンティア)」は、イギリスの植物採集家ジョ
ン・トラデスカントの名前から。
日本で見る「トランディスカンティア」は葉が美しく観葉植物として扱う種を差し、ムラサキツユクサと区別しているが、同じ仲間である。
和名の「紫露草(ムラサキツユクサ)」は、同じツユクサ科で青い花を咲かせるツユクサに対して、この植物が紫色の花を咲かせることから。「ツユクサ」は朝咲いた花が昼しぼむことが朝露を連想させることから「露草」、「着き草」がら転じて「ツユクサ」になった説など多数ある。
英語では「Spiderwort(クモの草)」と呼ばれる。ツユクサには別名が与えられている。


開花時期:5月~10月
花の色:ピンク色、白色、紫色
原産地:北アメリカ


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第37話 フリージア

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
優さん、ようやく帰路につく。


サンビツ重工業の正門前のバス停で、バスを待つ。

 

 自分のスマホを取り出す。

ウチの会社では、個人のスマホや携帯電話の使用は、禁止されている。

それらに付与されている撮影機能で、工場内のものを撮影することを防ぐためだ。

部長という、社員を束ねる立場になってからは、工場の正門を出てからスマホを取り出すことが日課になっている。

 

日中に来たメールを確認する。

……ん?ノゾミからのメール……?

 

 

 

 

Sub:(怒)

From:ノゾミ

 

・クリスって子、ウチに住むの?

 

 

 

 

 

 

 

・何の事?今から帰ります

 

 

 

そう思わず、返信する。

本当に心当たりがないのだ。

 

 

……クリス……?

 

「クリス」と聞くと、まず思い浮かぶのは、名古屋のマイクの金髪娘……。

それ以外には思いつかないが、小学生の彼女が、ここ広島にいるわけがない。

 

 

 差出人を確認する。ノゾミで間違いない。

それよりもサブジェクトの欄が……怖いんだが。

少なくとも、ノゾミ「さん」が怒るほどの案件、ということか……。

 

 

「クリス」という人物が「ウチに住む」となると……。

ノゾミといちゃいちゃできなくなるではないか……。

 

 

そうか、ノゾミはその点に怒っているのかもしれない。

ああ、かわいいなぁ……。

 

 でも、本当にわからない。

仕方がないので、ノゾミからの返信を待つ。

 

 

……返信は来ない。

 

 

 昼くらいのメールだったので、今は気付いていないのだろう。

とりあえず、彼女と顔を合わせれば、何の事かわかるはず。

 

……もしかしたら、まだ怒っているのかもしれない。

 

俺に心当たりがないから、誤解が解ければ、怒りをおさめてくれるだろう。

 

 

バスが来た。

ICカードを取り出し、機械にかざす。

空いている座席に腰下ろした。

 

 

 乗り換えの電車も待つこともなく、ベストのタイミングで来た。

舟入通りを北上していく。

帰宅ラッシュなのか、周りの車線には、車がぎっしり並んでいる。

 

佐伯とアニーを中心とした女性たちは、30分前にここを通ったはず。

どこで歓迎会を開くのだろうか。

 

流川(ながれかわ)かな?紙屋町(かみやちょう)かな?それとも八丁堀(はっちょうぼり)

 

今までだったら、混ざっていたかもしれない。

佐伯も誘ってくれただろう。

 

でも、今の俺は、愛する女性が家で待っている身。

彼女がいるから帰るのではなく、俺が彼女に会いたいから帰る。

 

 

 

 いつもの土橋駅に降り立つ。

乗り換え駅ということで、それなりにひとは多い。

宮島口行きの連結車が止まっていたからなのか、一緒に降りた何人かは、素早く横断歩道を渡った。

 

特に急ぐこともない俺は、ゆっくり渡る。

そんなとき、ポケットの中で振動……。

 

……表示されているのは、マイクル・スミスの文字。

 

マイクから電話?しかもこちらに?

 

……と、いうのは、俺は常に自分のスマホと、会社に渡されている携帯電話を持っている。

工場内では使用が禁止されているスマホや携帯電話だが、連絡手段としては、必要なのだ。

そこで、各部署リーダーより上の管理関係者は、工場から携帯電話を与えられている。

 

 

 マイクの立場は、ソーイング社の日本統括部 設計課 課長。

設計はより重要なポジションなので、アンダーソン統括部長の1つ下くらいの偉いひとという認識。

そんな彼が俺に用事があるときは、必ず会社の電話にかけてくる。

彼曰く、「仕事の話は、会社の電話にかけるのは当然」らしい。

そう言いながらも、仕事の話以外の話も、ついでにしているのだが、「それはそれ」なのだそうだ。

 

 

 そんな彼とは、名古屋で家族ぐるみの関係を持った。

そのため、プライベートのときは、当然個人の電話でやり取りすることになる。

 

 

……名古屋時代以来の、着信……。

 

 

「Hello, Mike.It is unusual to call here 」

(もしもし、マイク。こっちに電話してくるのは、珍しいね)

「Congratulations, congratulations.」

(おめでとう、おめでとう)

 

電話の向こうでは、マイクが興奮気味だ。

こちらの話が聞こえているのか、疑問である。

 

「I did not know that you got married. I am sorry I did not celebrate.」

(君が結婚したなんて、知らなかったよ。祝ってあげなくて申し訳ない)

 

ん……?結婚した?

俺はまだ結婚はしていないが……。

岩さんから聞いたのか?

でも、彼には「結婚式はまだ」と言っているから、外部組織のマイクには、話が行っていないはずなんだけど。

 

「Mike, calm down. I have not married yet.」

(マイク、落ち着け。俺はまだ、結婚していない)

「really? Then, it may be my misunderstanding.」

(本当か?ならば、私の勘違いなのかもしれない)

 

少し落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……But with an email from Chris, there is a message that your wife wants to talk to me……」

(……だが、クリスからのメールで、君の妻が俺と話がしたいっていうことを聞いてな……)

 

ん?クリスからのメール?

 

俺の妻……?

 

「俺の妻」に該当する人物は、1人しかいない。

厳密に言えば、妻ではないが、言われても問題がない関係。

そして、その該当者から「クリスって子、ウチに住むの?」というメールがあったことは確認済……。

 

「Where is Chris right now?」

(クリスは、今、何処にいるんだ?)

「Chris is now in Hiroshima.」

(今は広島にいる)

 

クリスは広島に来ている。面白いようにパーツが繋がっていく。

 

「She is going to go to Suzumine girls' school in Hiroshima next month.」

(広島の鈴峯女学園に、来月から通うことになったからな)

 

クリスが鈴峯に通うことになるのか……。

そして、今日、ノゾミは鈴峯に行っているはずだ。

 

「I see……. I understood everything.」

(そういうことか……。納得がいった)

「YUU, explain to me if you know.」

(ユウ、わかっているなら、説明してくれないか)

 

 彼がそわそわしている様子が、電話口から伝わってくる。

娘のクリスに関わる事だからだろうか。

それとも、俺の妻に関することだからだろうか。

 

「……It's a simple story.」

(……簡単な話だ)

 

なるべく簡単に、誤解を与えないようにシンプルに、を心掛ける。

 

「fiancé living with me met with Suzumine girls' school. It's just that.」

(同居している婚約者とクリスが、鈴峯女学園で出会った。ただ、それだけのことだ)

「That's right, your fiance is a teacher.」

(そうか、君の婚約者は教師なんだな)

 

一瞬の間があった後、嬉しそうな声が聞こえる。

彼なりに、少ない情報を上手く結びつけたようだ。

 

「Will you tell her that my daughter will take care of her?」

(婚約者に、娘がお世話になりますと、言っておいてくれないか)

 

彼は、少し勘違いしている。俺の婚約者は、教師ではない。

これを訂正しておくべきかどうか……。

 

「……Sorry, she is not a teacher.」

(すまない。彼女は先生ではないんだ)

 

それを聞いて、電話の向こうが静かになった。

 

「That's right, your fiancee is not what you decide.」

(そうか、婚約者は、君が決めることではないからな)

 

……ん?確かに親が勝手に決めていて、俺は知らなかったが……。

 

「For example, if I become a 13 year old child and marry her and have a sexual relationship,……」

(例え、13歳の子供を娶ることになり、彼女と結婚して性的な関係を持とうとも……)

 

……13歳の子供……?

 

「……I am relieved not to despise you as my best friend.」

(私は親友として、君を軽蔑しないから安心してくれ)

 

さらに彼は続けた。

 

「But, she seems to be sexed when she is young, it seems that the pelvis is distorted, so it may be better to wait until growing a bit more.」

(でも、幼いうちにセックスすると、骨盤が歪むらしいから、もう少し成長するまで、待った方がいいかもしれない)

 

こら、マイク。勘違いもほどほどにせーよ!

そんな鬼畜じゃあ、ないわい!

 

「……Mike, what kind of person is my fiancee thinking?」

(……マイク、俺の婚約者をどんな感じに想像してる?)

「Is she a classmate like Chris? Otherwise, Chris will never see her……」

(クリスと同級生だろう?そうじゃないと、出会うことがないと……)

 

 彼の言いたいことは、わかる。

学校の教師以外で、13歳のクリスが出会う可能性を考えれば、「クリスの同級生」という結論になる。

「先生ではない」と、中途半端な答えをした俺が悪いのだろうか。

 

「My fiance is a 16 year old high school student.」

(俺の婚約者は、16歳の高校生だ)

「I see, she is a high school student.」

(そうかー、高校生だったのか……)

 

電話の向こうで、安堵のため息が聞こえる。

 

「My best friend was not devil but relieved. marriage with a high school student may well be demonic…… 」

(親友が鬼畜ではなくて、ホッとした……あっ、高校生と結婚も十分に鬼畜かもしれないな……)

「……Hmm, I'm a bad man marrying a child.」

(……ふん、ふんっ、俺は子供と結婚する悪い男だよ……」

 

「Even so, why does elementary school student meet high school student?」

(そうだとしても、なぜ小学生が高校生と出会うことになったのだ?)

 

俺の自虐的な言葉を拾うこともなく、言葉を繋げるマイク。

 

「I think that Suzumen Gakuen is because elementary school, junior high school, and high school are together.」

(鈴峯女学園は、小中高一貫校だから、だと思う)

「Is that so.Junior high school and high school are together.」

(そうだったのか。鈴峯女学園って、中学と高校が一緒なんだな)

 

「Did not you know?」

(知らなかったのかよ?)

「Oh, I did not know.I said that Chris wants to go.」

(ああ、知らなかった。クリスが通いたいと選んだ学校だからな)

 

 娘が通いたいと言って来たから、希望を叶える……。

良い親のように見える発言だが、学校のことを知らないのは、ダメだろう。

しかも、彼らが住んでいる名古屋から、相当離れている。

さらに、クリスはまだ、小学生だ。

いくら子供の自我や主張を尊重するお国柄とはいえ、家族から離れて暮らすのは、どうなんだろうか。

 

「Where there is a school, Hiroshima where YUU lives, so think that there is no problem.」

(学校があるところも、ユウが住んでいる広島だから、問題ないかと思ってね)

 

 俺と広島市を買いかぶりすぎだ。

今回、たまたま近くにある鈴峯女学園だったからいいものの……。

広島市もそれなりに広い。

クリスのことだから、出来る限り助けには行きたい。

けれど、いつも助けることができるわけがない。

不可能なものは、不可能だ。

 

「The only thing I was worried about was that Chris loved you too much, but it is safe to live with a fiancé.」

(唯一心配だったのが、クリスがユウを好き過ぎるところだったけど、婚約者と同棲していることですし、安心ですね)

「……What do you mean?」

(……どういうことだ?)

 

なぜ、ノゾミと同棲していることが、安心につながるのだろうか?

 

「I would like to ask you for my daughter.」

(娘のことを、どうか頼む)

 

いつにない、真面目な声。

 

「……and I'd like you to ask Chris' hope as much as possible.」

(そして、クリスの希望は、できるだけ聞いてあげて欲しい)

 

その後、沈黙が続く。

彼は、俺の答えを待っているようだ。

 

 そこで黙られると、困る。

クリスは、俺にとっても大事なのだから。

親友の娘というだけで、十分な理由だ。

彼女が家族と離れたここ広島で、苦難に出会ったときに、手を差し伸べないなんて、考えられない。

 

「all right. Leave it to me.」

(わかった。俺に任せろ)

 

俺の考えられる答えは、1つしかなかった。

それを聞いて安堵したのか、軽く「I beg to you.」と言葉と共に、話が終わった。

 

 

俺の耳に、街の喧噪が戻ってきた。

 

ノゾミからの返信は、未だにない。

 

・クリスって子、ウチに住むの?

 

メールの文章が、頭の中で繰り返される。

この文面から、クリスは俺と住みたがっているのだろうか。

 

 

 

ノゾミとの信頼関係

マイクとの信頼関係

クリスとの信頼関係

 

 

 

優先すべきは、ノゾミなんだけど……。

それにより、クリスを放浪させるのは、ちょっとなぁ……。

 

いろいろ考えながら、家のドアノブをひねる。

抵抗なくドアを引くことができた。

 

「ただいまー」

 

家の中に入ろうと歩を歩めようとしたが、家の中から勢いよくふっ飛ばされた。

その反動で、ドアノブを離すことになる。

 

バタンと音を立ててドアは閉まった。

 

何が起きたのか。

 

 俺の身体の前面に、かすかなぬくもりと柔らかさの存在を確認できている。

思い切り、締め付けられる俺の身体。

鼻先にくすぐる香り……。

 

……でも、俺は、この髪の毛の香りを知っている。

少し汗の匂いと混じっているが、昨日も出会っている香り。

 

「ただいま、ノゾミ」

 

俺は、軽く彼女の頭を撫でることにした。

 




【フリージア】

アヤメ科フリージア属のフリージア(学名:Freesia refracta)は、半耐寒性球根植物の種のひとつ。または、フリージア属の総称。

別名として、菖蒲と水仙双方に似ていることから「菖蒲水仙(アヤメスイセン、ショウブスイセン)」、花の色から「浅黄水仙(アサギスイセン)」、甘い香りから「香雪蘭(コウセツラン)」、その他「コアヤメズイセン」などと呼ばれている。

先が尖った剣状の葉を数枚出して、葉の間から花茎を長く伸ばす。花茎は上の方では水平に伸び、10輪前後のやや丸みのある、可愛らしくてよい香りのする花を穂状に咲かせる。
初夏には葉が黄色く、枯れて夏の間は球根の状態で休眠する。
草丈は本来50cm程度に収まるが、切り花向きに改良された品種は1m近くまで伸びる。

名前は、発見した南アフリカで植物採集をしていたデンマークの植物学者エクロンが、親友のドイツ人の医師フレーゼに献名したところからつけられた。


開花時期:3月~4月
花の色:黄色、赤色、白色、紫色
原産地:南アフリカ


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第38話 オオキバナカタバミ

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
家に帰り着いた優は、希に抱きつかれた。


 家のドアの前。

俺は、ノゾミに抱きつかれていた。

 

 なぜ、ドアを開けた瞬間に、身体ごとふっ飛ばされる事態になったのか。

原因はわからないが、目の前にある愛しき女性の頭を、撫でてみることにする。

 

「ただいま、ノゾミ」

 

 家に帰り、待っている家族に出会うと、必ず声を掛ける言葉。

反射的に彼女の背中に腕を回しているという誤魔化せない事実に気づき、照れくさくなる。

 

「……おかえり……」

 

俺の胸に顔を埋めているからなのか、少しくぐもった声がした。

 

「……待ってたよ、ユウ兄……」

 

 そんな彼女の顔を、上から覗き込んでいると、少し角度を上げた彼女の目線とぶつかる。

見つめ合う。見つめ合う。

照れて瞬時に目を逸らすかな、そう思ったのだが、宛てが外れた。

 

 

「で、ユウ兄」

 

 しばし、見つめ合った後、ノゾミは俺から少し離れる。

ただ、右手で俺の左腕を掴んでいた。

 

「……どこか、ファミレスでも行きたいな」

 

ニコリと笑顔。

 

「なので、鍵、頂戴」

 

 そう言われて、抵抗なく家の鍵を渡してしまった。

空いている左手で鍵を閉めている。

あまりにも自然な成り行きに、言葉を失くす。

 

「……今日は、2人でゆっくり、お話、したいことが、ありますし」

「……えっ?2人で話すなら、家の中でも……」

 

「2人でゆっくり、お話、したいこと、ありますし」

「うん?だから、家の中の方が、落ち着いて話ができるような……」

 

 2人で暮らしているのだから、ゆっくり話をするなら、家の中の方が良いのでは……?

そう思い反論する。

そんな彼女は、顔を逸らし、エレベーター方面を見て呟く。

 

「……今日は、いろいろあって、そんな気分になったの」

 

右腕が強く引っ張られる。

「いろいろあって」の言葉に、クリスのことだろうかと、察してしまう。

 

「……ああ、クリスのことは……」

「……ね、それはいいから、行こ?」

 

 言葉を被せて、左側から腕を組んでくるノゾミ。

一瞬、目がきつくなったように見えたのは、気のせいだろうか。

今は、戻っている。

いや、目と口元が笑っていない。

 

 

 この土橋界隈、ファミレスに行くには、少し歩く必要がある。

一番近いところは、本通にある店になるんだけど……。

俺の左腕を身体の近くに引き寄せて、腕を組んでいるが、彼女は、何も話さない。

彼女と再会して3日目。

常に話をしてくるイメージがあったので、このように黙っていられるのは、居心地が悪い。

そんな彼女を伴った移動時間は、なるべく短縮したい。

 

 

……静かに話ができるところならば、何処でもいいのでは……。

 

 

 そう思った俺は、ケーキ屋を過ぎた角を曲がったところにある、店に入ることにした。

少しアメリカナイズされた感じの、ビール専門店である。

店頭は、ロッグハウス調に飾られており、外の席でも飲むことができる。

店内には、カウンター席とボックス席があり、緩い音楽が流れている。

メニュー案内も、英語で書かれてあり、雰囲気を醸し出している。

ここでは、本場であるドイツのメーカーやバドワイザーを始め、いろいろな場所のビールが飲める。

 

 その店に歩を進めると、ノゾミが目で訴えてくる。

「ここに行くの?」そんな感じだ。

軽く頷くと、驚きながらも反対はしてこなかった。

 

時間が早いせいか、平日だからなのか、店の中は閑散としていた。

 

「お客様、お連れの方は未成年、ですよね?」

「……?ああ、そうだが」

 

「未成年の方には、ソフトドリンクのみの提供となりますが、よろしいですか」

「ああ」

 

……なぜ、店員がいきなり寄って来て、注意を促してくるのだろう……。

そう思って、隣のノゾミを見る。

 

……ああ、そうか、これは……

 

 ノゾミは、鈴峯女学園の制服を着ていた。

県内有数の女子高の制服を着ていれば、そりゃあ声かけてくるよなぁ……。

もう少し遅い時間になれば、警察に通報まであるかもしれない。

通報対象は、俺だろうけど。

 

 隣のノゾミはといえば、このような雰囲気の店に入ったのは、初めてなのだろう。

先程同様に無口だが、表情が柔らかくなっている。

本当は俺にいろいろ尋ねたいようだが、本題を話するまでは、我慢しているようだ。

そんな態度を貫くことにより、抗議をしているつもりなのだろう。

何についての「抗議」なのか。

「クリスの同居」についてなんだろうと、想像はできる。

が、現状を把握しきれていないため、俺にとっては、降って湧いた厄災にしか思えない。

 

……しかし、そんな姿も、残念ながら、俺には可愛く映るため、楽しんでいるが。

 

 今のノゾミの表情を観察する。

もう、興味があることが多すぎて、という感じである。

無口であることしか、態度を貫けていない。

 

 ボックス席に案内されて、向かいで座る。

イスはソファータイプで、机も低めだ。

どこかのキャバクラのようで、ウイスキーが飲みたくなる。

しかし、この店はビールが売りだ。

 

「……ノゾミ、ビールを頼んでいいか?」

 

 これから、真面目な話をすることになるのは、わかっている。

けど、この店に来たら、やはり飲みたくなってしまった。

あきらかにチョイスミス。少し反省ものかもしれない。

 

「いいよ」

 

 店に入って、最初の会話がこれである。

彼女の表情は、普通に柔らかくなっていたので、少し安心する。

でも、クリスについての話を聞かないといけない……。

 

「……大人って、悩み事があるときには、お酒飲んで吹き飛ばすの?」

「……まあ、そうなるのか……」

「……あっ!ノンアルコールがある……私もそんな気分だから、飲んでいい?」

 

 今までの雰囲気は何処へやら。

完全に「新たな興味」に心が動いているようだ。

しかし、未成年はノンアルを飲んでいいのか……?

 

結論から言うと、ダメらしい。

 

 店員によれば、法律では禁止されていないのだが、メーカーが推奨していない。

20歳以上に向けて作ったもののため、未成年に悪い影響が出るかもしれないとのこと。

各販売店にも、「未成年に飲ませないように」とお達しが来ているようだ。

店としても、安心して出せないので、すみませんということだった。

 

その代わりとして店がオススメしてきたのが……

 

「……少しバニラの味がする……?」

 

 茶色い麦茶のように見える炭酸飲料だった。

「マグクリームソーダ」というらしい。

各国のビールだけではなく、ソフトドリンクも取り揃えているようだ。

 

 他には、ノゾミも軽く食べることができるものとして、レーズンチーズクラッカーを頼んだ。

クラッカーにチーズをつけて食べる、とてもシンプルなメニューだが、ここのチーズクリームが濃厚で、癖になるくらい美味しいのだ。

 

「……美味しい」

予想通り、彼女も満足してくれたようだ。

 

「これ、私にも作ることができるかも……どの種類のチーズクリームを使っているのかな……」

早くも、料理して再現することを考えているようだ。

 

 楽しそうなノゾミ。

俺は黙って見守っている。

本当は、1つ1つのノゾミの言葉に、反応していきたい。

楽しい会話がしたい。

けれど、話さないといけないことがあるので、黙って機会を伺う。

 

「ユウ兄、ビール、飲まないの?」

そんな俺の雰囲気に気づいたのか、ノゾミは笑顔で声をかけてきた。

 

「ああ、飲む前に、話を聞いておこうかと思って、な」

「……ああ、そうだったね……」

 

静かに答えると、彼女はようやく思い出したようで、気まずそうな顔をした。

 

……完全に忘れていたのか、忘れていたかったのか……

 

彼女は、マグクリームソーダを一口飲んで、淡々と話し始めた。

 

「今日、鈴峯に行く、ということは、言ってたよね」

「ああ」

「電車に乗って、小夜の説明聞きながら、最寄り駅まで行ったの」

 

……ん?そこから話始めるのか、長くなりそうだなぁ……。

 

 次郎から聞いていた「妻の話は要領悪くて長い」というのは、こういうことだったのか。

いきなりクリスのことを聞かれるのでは、そう思っていたので、拍子抜けした。

ただ、次郎はこうも言っていた。

 

「でもな、優。そんな長い、女性の話を切っちゃいけないんだわ」

「何でだよ?面倒だし、時間の無駄じゃないか」

 

「まあ、俺ら男から見るとそうなんじゃけど、女からすると、大切な時間なんじゃと」

「……そうなのか……」

 

「ああ。あとな、解決方法を提案するのも、アウトじゃで」

「……マジか」

 

「例えばな、『○○さんが、新しい靴買ったみたい。いいよね』と言って来たとする」

「……ああ」

 

「ここで『お前も靴買いたいんなら、買えばいいじゃん』は間違い」

「そうじゃないのか?」

 

「まあ、最終的にそうなるかもしれんが、まずは『そうか、そんなによかったんか』と答える」

「……へえー」

 

「とりあえず、女性の話には、共感すること。男は結論を急ぎ過ぎる生き物やから、難しいが」

「……それ、お前が考えたんじゃ、ないよな?」

 

「ああ、どこかの先生の受け売りじゃ、でもおかげで変な争いは減った」

「……そうか」

 

「……お前、今彼女いなかったな……由美ちゃんで試してみろよ」

 

 そんな会話を思い出していた。

ただ、佐伯に試してみたが、上手くいったのか、よくわからなかった。

彼女の場合、常に俺のことを中心に考えているから、こちらが聞きに徹していることに気づいてしまう。

さらに、仕事の関係上、結論から話してくれるので、その方法の必要性がなかったのだ。

 

 

「ハイヤーから降りてきた少女が、クリスという子でね、胸が私より大きいの」

「……そうなんだ」

 

「……オッパイが、私より大きいんだよ?」

「……そうなんだね」

 

 ノゾミの話にクリスが出てきたところで、予期せずに入って来た情報に、何とか冷静に保つ。

……そうかー、クリスって小学生なのに、育っているのか……。

ノゾミさん、「私より大きい」を繰り返さないでいただけませんか……?

 

「……ユウ兄?」

「ん?なんだ?」

「……一緒に住むクリスの胸が大きいことは、気にならないの?」

 

 ああ、予想外に、話が一気に進んでしまった。

ノゾミが「一緒に住むクリス」と言ってしまっている。

胸のことが焦点になっているため、彼女自身は気付いていないようだが。

 

「ノゾミお嬢様」

「……何?ユウ兄様」

「ちょっとこっちへ座ろうか」

 

 俺の隣をバンバンとたたく。

座っているソファーは、2人座っても十分余裕がある。

 

「……えっ……でも……話は途中で……」

 

 彼女も、真面目な話の間は、俺の隣に座ることを躊躇していたようだ。

まあ、気持ちは分かる。俺もそんな状態から話ができるとは、思えないから。

 

「いいから、いいから……ね。話でも重要なことなんだよ」

 

 重要なことではある。それは間違っていない。

仕方なしにおずおずと……ではなく、嬉しそうな顔して、右隣に移動してきた。

 

「……キャッ!」

 

 そんな彼女の肩を強引に寄せる。

ブラウスの第2ボタンを外し、彼女の左胸に右手を滑り込ませた。

ブラジャー越しに、小ぶりな胸を鷲掴みする。

これはブラの当て布の柔らかさなのか、ノゾミのオッパイの柔らかさなのか……。

 

「……何、するの……?」

「ノゾミお嬢様は、まだわかってないようだから」

 

「何を?」

「俺は、『ノゾミのもの』しか興味はない。美乳なんだよ、綺麗なんだよ」

 

 肩を寄せているため、2人の距離は0cm。

ささやくような声で、話し合う。

傍から見ると、通報ものだが、店員は見て見ぬふりをしてくれているようだ。

 

「……まあ、お楽しみは後で……ということで」

「……本当かな……今夜から、お邪魔少女がいるけど……」

 

そんなつぶやきが聞こえているが、聞こえなかったフリをする。

 

 右手を撤退させる。が、ブラウスから外に出たところで、拘束される。

どうやら、肩を寄せた密着状態は、継続して欲しいようだ。

腕を肩に回してるのは、少々苦しいので、腰に回すことで許してもらう。

 

「ノゾミお嬢様、さっきから『クリスがウチに住むこと』前提で話してないか?」

「………えっ?」

 

「『一緒に住むクリス』とか『お邪魔少女』とか自然に言っている気がするのだが」

「……ああ……そうね……」

 

本人は気付いてなかったらしい。沈んだ表情でそれを理解した。

 

「ノゾミは、俺と2人で暮らすより、クリス含めた3人の方が……ごめん、良いわけないよな……」

 

 途中でキッと睨まれたので、彼女の本心はよくわかった。

それでも、その状況を飲まざるを得ない現状があることを理解して、我慢してくれていることも。

彼女の年齢なら、駄々こねたり、文句を言ってもいいはずなのだが。

それだけ、突然の出来事なのだから。

 

「俺、今のクリスの現状について、よくわかっていないんだ」

 

彼女はキョトンとしている。

ある程度の成り行きは、知っているものと思っていたらしい。

 

「クリスのメールを見たマイク、まあこいつはクリスの父親なんだが、彼からの電話でしか」

「……クリスのお父様は、何と言っていたの?」

 

聞き返すと、マグクリームソーダを一口飲む。

 

「広島の鈴峯女学園に通うことになったことと、彼女が困っていたら助けてやってね、くらいか」

「……一緒に住まわせてやってくれ、とかでは、ないの?」

 

「さすがにその場合は、もっと早くに連絡あるだろう」

「……だよね」

 

会話が途切れる。そして、ノゾミはソファーに背を預けた。

第2ボタンまで外れたブラウスの隙間から、薄水色のものが見える。

 

「……ああ、どう考えても、クリスが一緒に住むことになっちゃうね……」

「……そうなのか?」

 

こちらに顔を向けて、頷く。

 

「あの子、初めからユウ兄にお世話になるつもりで、鈴峯行きを決めてるの」

「……」

 

「今日だって、私に出会わなかったら、住所だけで訪ねて来てたみたい」

 

首をソファーに乗せているまま、上を向く。

 

「……3日前の私、みたいに……ね……」

 

 その言葉に、ノゾミが訪ねてきた場面を思い出す。

それが今夜また、再現されるかもしれなかったのか……。

 

「私の場合は、受け入れてもらえなかったときのことも、考えていたのだけど……」

彼女は、フフッて笑った。

 

「あの子、何も考えてないの。親には『寮に入る』って言っているみたいだから」

「……マジか」

 

「うん、本当におバカな子……」

 

 眼が優しい。

そうか、自分と同じことをしようとしたクリスに、情が移ってしまったんだな……。

クリスの同居に我を通して反対しない理由も、何となくわかってしまった。

 

……クリス……昔からお転婆だとは思っていたけど、それはダメだわ……。

俺に会いたくて来てくれたのは、嬉しいけど、このようにノゾミに迷惑をかけている。

ウチに住むことになれば、マイクが謝罪してくるだろうから、親にも迷惑をかけることになる。

 

……これは、よく言って聞かせないと……。

 

 

「……で、寮に入れるなら、よかったのだけど……満室らしくて」

寮についても、学校に聞いてくれていたようだ。

 

八方ふさがり。

同居を断るのは簡単だが、クリスの今夜の居場所が無い。

 

 小学生が1人でホテルに泊まるとか、ネットカフェで……は、ダメだろう。

長期的に考えれば、ホテルやネットカフェは論外、1人暮らしも危険すぎる。

名古屋に帰ってもらうか?

……この新学期ギリギリで、他校に編入は、難しいだろう。

 

「ああ、確かに現状は、他に手がないな……」

 

 「現状は」と付けたのは、今日付で赴任してきたアニーの存在を思い出したからだ。

マイクと同僚でもある彼女なら、クリスとも認識があるのではないか、と。

そんな彼女は、そのうち何処かを借りて住む、という話をしていた。

とはいえ、外国人で子供連れだと、住居を探すときに、めっぽうハードルが上がるだろう。

そもそも、アニーが子供を苦手にしている可能性もある。

 

明日にでも、聞いてみるか……。

 

 

「……仕方ない、とりあえずクリスは、ウチで預かろう」

 

隣でノゾミが頷く。

 

 

……今夜から、場所を選ばないといけないのか……。

 

 

ブラウスの隙間から覗く薄水色のものをチラチラ眺めながら、ため息をついた。

 




【オオキバナカタバミ】

カタバミ科カタバミ属のオオキバナカタバミ(大黄花片喰)(学名:Oxalls pes-caprae(Oxalls pes-caprae))は、別名オキザリス・セルヌア、オキザリス・ペスカプラエとも呼ばれる多年草。

大型種で草丈は15~30cm程度になる。
葉が地面から生える根生葉で、1枚の葉が3つの小さな葉に別れた形である3出複葉。小葉の表面には紫褐色の斑点が見られる。
3~4cmの花を咲かせ、陽が射すと開き、曇ると閉じる。

和名のオオキバナカタバミは、黄色い大きな花を咲かせるカタバミということから。

フヨウカタバミ、ハナカタバミ、ムラサキカタバミと共に、明治時代に観賞用として持ち込まれたが、野生化しているものも多い。


開花時期:4月~9月
花の色:黄色
原産地:南アフリカ


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第39話 クフェア

いつも読んで下さり、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
クリスの同居が確定した。


 家の近くのビール専門店。

ボックス席にて、俺とノゾミは身体を密着させて座っている。

 

 話し合いの肝部分が終わったため、我慢していたビールを流し込む。

美味しい。

仕事終わりのすきっ腹にビールは、格別だ。

 

クリスは、ウチで預かることが決定してしまった。

 

 

「……すまないな、ノゾミ」

「……えっ?なんでユウ兄が謝るの?」

 

俺の言葉に、彼女は、一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかい笑顔に戻った。

 

「……仕方ないよ、放っておくわけにいかないし」

 

 彼女の言うことは間違っていない。

でも、俺の心の中では、善意と悪意が渦巻いている。

 

クリスを放っておくのはダメだろうという世間体を理由にする善意の心

ノゾミとの時間を奪うクリスなんて放っておけという、本能を元にした悪意の心

 

 それなのに、自分より年下の、彼女の方が落ち着いているように見える。

先程、睨んできたところから、思う所はあるみたいだが。

 

「ノゾミ、本当はクリスの同居について、どう思ってる?」

思い切って彼女の本心を探ってみることにした。

 

「……今、それを聞くー?」

 

少し顔が歪んでいる。

それを見ただけでも、彼女の心中は、複雑だということは見て取れた。

 

「……聞きたいの?」

 

マグクリームソーダを一口飲み、可愛く言葉を返された。

「聞きたいの?」と言われて、そこまで聞きたいかといえば、そうでもなかったりする。

「あの子と暮らしたくない」とか言って駄々を捏ねられるよりは、はるかにマシだ。

 

それなのに。

 

心を乱している自分に対して、すでに腑に落ちている感じのする彼女の様子。

そんな彼女の達観した感じが、自分の中で気に入らなかったのかもしれない。

 

「……そうね……今から1度だけ本音を言うから、受け止めて、ね」

 

そんな俺の気持ちを察したのか、そんなことを言ってきた。

「聞きたい?」と聞いてくるひとほど、話を聞いて欲しいというのは、通例のようだ。

 

「私だって、ユウ兄と2人だけの時間が少なくなるから、本当は嫌」

彼女は両手を俺の首に回してきた。

 

「……せっかく昨日、ユウ兄といい感じになったのに……ホント邪魔、あの子」

そこまで言うと、俺を下から睨んでくる。

 

「ユウ兄、あの子の胸の誘惑に負けたら、許さないから!」

 

 回していた手で、軽く俺の首を絞めてきた。

じゃれている様に、軽く。

彼女の親指が、のどぼとけ付近を通過する。

 

「……負けない、というか、クリスは小学生だから、大丈夫だって!」

「……成長したら、大丈夫じゃないってこと?」

 

「……よく考えろよ!親が親友だから、手を出したら面倒くさいことこの上ない」

「……面倒くさくなかったら、手を出すの?」

 

「……いや、そんなことはない。クリスに対して、そんな気分になったことは、ない」

「それは、昔のことだよね?今は違うんじゃないの?」

 

 ああ、この女性は、普段おくびにも出さないはずの嫉妬心を、披露していらっしゃる。

そして、この状態になった彼女は、非常に面倒くさいということを、今、知ってしまった。

普段がしっかりしている分、箍が外れると、愚痴が山のように出てくるようだ。

 

「……そういえば、クリスって、今、何処にいるんだ?」

 

彼女の愚痴が少なくなってから、気になっていたことを質問してみる。

 

今は20時を回っている。

何処かに預けているなら、迎えに行かなければいけないだろう。

 

ノゾミは、自分のスマホを取り出し、操作し始める。

 

「もしもし、舞ー、お待たせー」

 

 何処かに電話をしているようだ。マイという子が相手らしい。

……クリスが相手じゃないのか……。

もしかしたら、マイという子に預けていたのかもしれない。

 

「……うん……うん、そう。セブンの向かいにあるその店にいるから。よろしくね」

 

 耳からスマホを離し、軽く操作をした。

通話は終わったようだ。

 

「今すぐ来るって」

「そうか……って、ちょっと待てい!ココに来るのか?」

「そうよ」

 

 軽く頷かれた。

ここは、ビール専門店で大人の集う店なのだが……小学生1人で来るには、危険すぎる。

この土橋周辺は、飲み屋が多い。

暗いところはないが、子供1人で行動するには、看過できない事柄が多すぎる。

ましてや、クリスは広島に来たばかり。土地勘がないはず。

さらに、金髪で目立つ風貌、今回存分に発揮した危機管理能力のなさ……。

 

不安要素満載だ。

……そのわりに、隣の女性に慌てている様子が見受けられない。

 

「……迎えに行かないと」

 

そう言って立ち上がったとき

 

 

「……お客様、この時間に学生2名のご来店は、ちょっと……」

そんな女性店員の、戸惑った声が聞こえる。

 

「……中に連れがいるはすなので、問題ない」

 

そんな凛とした女性の声が聞こえる。

 

そちらの方へ目を向ける。

店員と話をしている女性は、緑のカーデガンにグレーのスカートを身に着けていた。

 

……ああ、鈴峯中学の制服、か……。

 

 その彼女も異質なのだが、その隣にはもっと目立つ存在が……。

この時期ではまだ見ない、少し派手目のキャミソールを着た、金髪少女……。

頭の後ろでは、可愛くテールがピャコピョコしていた。

 

……すぐわかった。あれがクリスか。

 

 背はノゾミと同じくらいで、胸の隆起は遠目にわかるほど。

2年前は、ただのガキんちょだったのになぁ……。

歳月を経て、少し女性らしくなったのだろう。

 

「……なあ、ノゾミ」

隣の女性に声をかける。

 

「……来るには、早すぎないか?どこに預けていたんだ?」

 

先程連絡して、もう店を訪れている。

もしかして、預けていたマイちゃんの家は、ここ近辺なのだろうか。

 

「舞とクリスは、部屋で待機してもらってましたから」

「部屋って?」

「はい、私とユウ兄の家の部屋で、待っていてもらいました」

 

 どうやら、クリスと連れてきているマイという子は、ウチで待機してくれていたらしい。

……だから、俺が帰って来たとき、頑なに外食に行こうと言っていたのか……。

当事者の前では、話しにくいこともいくつかあったからな……。

 

 

「……ああ、すまない、俺の関係者だ」

「あっ!ユウー」

 

 女性店員に事情を説明するために声をかける。

それに気づいたクリスが、横から抱き着いてきた。

クリスを連れて来てくれた女子中学生は、こちらに軽く会釈をしている。

こちらからも軽く返す。

女性店員に、一瞬怪訝そうな顔をされたが、それを気にしたら負けだ。

 

「お客様、来店時にも言いましたが、未成年の方には、ソフトドリンクしか提供できませんので」

 

いつの間にいたのか、男性店員に説明を受ける。

その間に、席にいたノゾミを見つけたのか、2人ともそちらに向かっていった。

 

「ああ、それは分かっている」

「……今のお2人にも、先程のようなことをされた場合は、遠慮なく声をかけさせていただきますので」

 

「……ん?」

「今のお2人は中学生でしょう。じゃれ合うくらいなら、よろしいのですが、さすがに年齢が低すぎます。店の雰囲気を考慮していただきたいかと」

 

「……はい、ご迷惑をおかけします」

思わずそう答えてしまった。

 

「先程のようなこと」って……確実に気づかれている……。

クリス、さらに、今日初めて会ったあの子に、何かしようなんて、考えてもない。

 

……しかし、周りからすれば、そう見えるのだろうか……。

親子に見えないのか?

……ああ、そうか。親子で先程のようなことをしていると、そっちの方が問題だな……。

 

 

ボックス席に戻ると、彼女たちがソファーに座って待っていた。

ノゾミの向かいにクリス、その隣に女子中学生。

 

……なぜか、初対面の女子中学生と向かい合わせ。

 

彼女はそのまま帰るのだろう……そう思っていた。

でも、何食わぬ顔で、普通に座っている。

 

今は20時半前。

塾通いの子らが、ギリギリうろついていて許される時間だが……。

 

「……帰る時間は、大丈夫かい?」

 

 ソファーに座り、初対面の女子中学生に声をかけた。

両頬まで垂れ下がった髪に、真面目そうな表情に好感が持てる。

雰囲気から、しっかりしてそうな感じを受けた。

 

「……いえ、大丈夫です……」

「そうか、何時まで大丈夫なんだ?後で車で家まで送るから」

 

ノゾミとクリスに付き合って、この時間まで家に帰れずにいたのだろう。

親切心に提案してみる。

 

「あっ、いえ、私は、学校の寮住まいなので、気にしないでください」

「……それでも、学校まで遠いだろう……」

 

「それに……」

 

俺の隣にいるノゾミを見て、微笑む。

 

「……今夜は、希先輩の家に泊まるつもりですので」

「そうですよー、おとまりパーティーです!」

 

初めて聞いた事柄に、クリスが肯定するように乗せてくる。

隣を睨むと、ノゾミは必死に首を振っていた。

彼女は知らなかったらしい。

……と、いうことは、この女子中学生が勝手に決めたのか……。

 

安全の観点からも、彼女を今から1人で帰らすことは、難しい。

ノゾミの家に泊まる方が、安全だろう。

しかし、ノゾミの家はすなわち、俺の家でもある。

女子中学生が、30の男の家に外泊……良いはずがない。

さらに、寝室は1部屋なので、雑魚寝になる……。

 

「……大体、知らない女の子を、泊めるわけいかんだろう、しかも俺の家に」

「……だったら、知ってれば、問題ない」

「……知ってれば……って」

「つーか、完全に私を忘れちゃったのかよ、ユウ兄ちゃん」

 

いつの間にか、「です・ます」口調が無くなっている。

「完全に私を忘れちゃったのかよ」って……、えっ、どういうこと……?

 

「私、佐々木 舞。芳香(よしか)姉さんの一番下の妹だよ」

 

 

 

佐々木(ささき) 芳香(よしか)

 

その名前を聞いて、ガツンと頭を殴られた気がした。

この5年間、必死に忘れようとして、ようやく気にならなくなったはずなのに……。

 

 

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 佐々木 芳香は、同じ高校に通う1つ上の先輩だった。

髪がキレイで、大人の雰囲気を漂わせている憧れの存在。

学校内でも彼女のファンは、多かった。

俺もその中の1人だったが、学年が違い、接点がないこともあり、遠くから眺めていればそれでよかった。

 

 だが、そんな彼女が他校の男たちに絡まれている現場に出くわす。

モテる女には、トラブルはつきもの。

彼女なりに対処するはずだと、傍観していたのだが、どうも様子がおかしい。

 

彼女が断っても、男たちはまとわり続ける。

ついには手を引かれて、どこかに連れて行かれそうになっていた。

 

そうなると、いくら接点が無くても、助けずにはいられない。

遠い存在とはいえ、同じ高校の憧れの先輩である。

放っておくのは、外聞も悪いが、後味も悪い。

1対6だったが、何とか彼女の手を引いて逃げ切り、事なきを得た。

最初は、俺を不審に思っていたようだが、同じ高校の後輩とわかって安心したようだ。

 

「助けてくれなくても、どうにかしたのに」

「いやいや、連れて行かれそうになってただろ」

 

「連れて行かれても、アイツらの言うことなんか、聞いてあげるつもりなかった」

「いやいや、あの手の輩は、アンタに伺いなんか、立てるわけないじゃん」

 

「そうなの?」

「そうだよ、アンタを羽交い絞めにして、あとは頂くのみだろ」

 

「……頂く?」

「愛し合う男女が行うことを、半強制的にさせられるってこと」

 

「……それくらい、知ってる……」

「そうか、おモテになる佐々木先輩は、すでに処女を散らしてらしたか」

 

「……そんなこと……」

「もしかして、大勢の男に、ハメられたかったのか。これはお邪魔しちゃったかな」

 

ここまで言った瞬間、右頬に痛みを生じた。

 

「……んなわけ、ないじゃない!」

 

 彼女は大声で叫ぶと、俺に気にせず、走ってどこかに行ってしまった。

当時は、なぜ頬を叩かれたのか、わからず呆然としていた。

今思えば、相当傷つくような暴言を吐いている。

「大勢の男にハメられたかったのか」は失言だろう。

俺は、この日、憧れの先輩に嫌われる存在になってしまった。

 

……なってしまったはずなんだけど……

 

 出会いが強烈だったからなのか、向こうから声をかけてくるようになる。

最初は意味もわからなかったし、何か裏があるのかとも疑っていた。

ただ、そんなこともなく、憧れの先輩に話しかけられているという嬉しさから気にしなくなっていく。

次第に接点も増えて、休みの日には一緒に遊びに行くようになっていった。

俺としては、また不貞な輩に絡まれたら大変だろうから……と、用心棒気取りで。

 

しかし、それが長く続くと、男女の仲って変わるもの。

 

 俺から見れば、絶対裏切ってはいけない存在、彼女から見ると、絶対裏切らない存在と、なっていく。

お互い「好きだ」と告白することはなかったものの、身体の関係を持つようになっていった。

 

……そう、初めての女性経験の相手は、芳香なのだ。

 

 そんな付き合っているようで、付き合っていないけど、お互い近くにいる状況は、結構長く続いた。

彼女の家にも、よく行くようになり、家族とも打ち解けていった。

周りからは

 

「結婚秒読みだな」

「芳香をよろしく」

「ユウ兄ちゃんが私のお兄ちゃんになるんだね」

 

そんな声が飛ぶようになってきた。

だが、彼女との関係は、男女交際の域に、入ることは無かった……。

 

今から5年前、25の時。

 

「優をそろそろ自由にしてあげないとね」

そんな宣言とともに、別れを切り出された。

 

「私、アメリカに行きたいの。でも優は仕事決まったばかりだから、ついてこれないね」

 

決まった仕事を放ってでもついて行きたい、とも、お前のことが好きだ、とも、言った。

それでも、その言葉は、響かなかったようだ。

 

「私、ユウを男として愛したこと、ないし」

 

その言葉に、衝撃を受けた。

家族からも高校の同級生、芳香の同級生からも

 

「結婚秒読みでしょう、絶対大丈夫」

「まだ付き合ってないって有り得ない」

「もう芳香先輩、優の言葉を待ってるって」

「芳香も『優と一緒にいると楽しい』って言ってたよ」

 

……そんな言葉をもらっていたので、結婚するとしたら、彼女しかいないと思っていた。

「男として愛したことがない」

今までの関係を、全否定されたようで、目の前が真っ暗になる。

 

「もう、連絡してこないで。またね、優」

 

 そして、一方的な遮断。

そう言い放つと、俺のことを振り返ることなく去っていった。

 

 事実、次の日から、全く連絡が取れなくなった。

彼女との関係は、完全に終わった……。

 

 しかし、現状は思った以上に深刻なことになっていた。

それは、芳香の妹、彩香(あやか)からの電話で知る事となる。

姉の行方がわからず、連絡が取れない……。

 

 俺に別れを告げたその日に、「ちょっと東京まで行ってくる」と言って出かけたそうだ。

彼女は、たまに旅行に行っていたので、誰も異変にきづくことはなかった。

3日が経って、たまたま姉に用事があった彩香が電話をかけた。

 

……携帯電話の契約が解除されていた。

 

 最初は何かの間違いじゃないか、と、電話をかけ続けたらしい。

しかし、無常に流れる、契約解除の旨を伝えるアナウンス……。

メールを送っても、アドレス不明で返送されてきたようだ。

 

 彩香は、1番に俺に電話してきたみたいだった。

当時高校2年の彼女にとって、親しい姉の突然の失踪……。

その姉と一番近しい存在としての俺が、何か知っているのでは、と思ったようだ。

 

 しかし、彼女の期待に応えることは、無理だった。

こちらも、意味も解らず別れを切り出された身だ。

そのことを告げると、電話の向こうですすり泣く声が聞こえた。

……俺は、ただただ、その時間を、静かに付き合うことしかできなかった。

 

結局、彼女の行方を知るひとは、いなかった。

 

芳香と付き合うことがなくなった俺は、彼女の家族とも次第に疎遠になっていった。

衝撃の結末を、早く忘れたかったところもあったのかもしれない。

 

 それでも、彩香とは、連絡を取っていた。

俺が突然大切なひとを失くしたのと同じで、彼女も最愛の姉を失くしたのだ。

たまに無性に寂しくなることがあるらしく、夜中にかかってくる。

 

 それも時が経つにつれ、頻度が減ってきた。

たまに話をする兄妹みたいな関係になっている。

 

 最近は、彩香と電話をしていても、芳香の話は出てこない。

お互い無意識のうちに避けているのかもしれない。

 

そんな彼女は、大学で勉強するため、神戸で頑張っている。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

芳香の妹の舞……

……彩香の妹と言われれば、そこまでショックを受けなかったかもしれない。

 

この子が……全然気づかなかった。

 

佐々木家は、三姉妹だった。

5年前では、芳香26歳、彩香16歳、舞9歳。

 

そもそも、俺が芳香と出会った頃に、舞は生まれたはず。

彼女の遊び相手をすることも、それなりにあった気もする。

 

 

この子の認識だと、俺は「本当の兄」にあたるのかもしれない……。

 

「見ないうちに、大きくなったなぁ、舞」

思わず、目の前の女性の頭を撫でてしまう。

 

「ユウ兄様」

そんな俺の行為を嗜める声が、隣から聞こえる。

 

「舞とどんな関係なのか、ヨシカさんって誰なのか、教えてもらえないでしょうか?」

 

隣に目を向けると、口元は笑みを浮かべているが、眼が笑っていない、ノゾミの姿があった。

 




【クフェア】

ミソハギ科タバコソウ属のクフェア(学名:Cuphea)は別名ハナヤナギ(花柳)、ベニチョウジ (紅丁字)、タバコソウ(煙草草)とも呼ばれる熱帯植物。

本来は、250種あるクフェア種を指すため、花の色も様々、草であったり低木であったり、多年草もあれば一年草もあるなど、多種多様であるが、一般的にはにメキシコハナヤナギが広く出回っているため、そのことを指す場合が多い。

日本では夏に開花するものが多く、低めの生け垣や小型の鉢物、花壇植えなどで楽しまれている。
6枚の花びらを持つものもあれば、筒状の花が特徴のものもある。花の色も形も様々。

クフェアの名前の由来は、ギリシャ語のkyphos(曲がる)からで、ガクが微妙に曲がっていることから、とされている。


開花時期:8月~10月
花の色:白色、紫色、
原産地:中央アメリカ


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第40話 サルビア

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

【ここまでのあらすじ】
優さんの過去に、希さんが不穏な雰囲気。


「舞とどんな関係なのか、ヨシカさんって誰なのか、教えてもらえないでしょうか?」

 

 ノゾミが、俺と舞を交互に見ながら、尋ねてきた。

口元は若干笑みを浮かべているものの、眼差しは真剣だ。

 

「ユウー、わたし、これたべていーい?」

 

 黙り込んでいる3人に比べて、クリスは自由だ。

お腹がすいたのか、メニューの写真を見せてくる。

ナポリタンが食べたいようだ。

 

「ああ」

 

俺は頷いて、店員を呼ぶ。

 

「ノゾミも舞も、何か食べたいもの選ぶといいよ」

「……えっ?でも……」

 

2人にメニューを見せて促すが、舞は遠慮している。

 

「おいおい、俺に遠慮は無用だろ?昔は気にもしてなかったじゃないか」

「……昔って……あの頃は、芳香姉さんが……」

 

「まあ……アイツは無遠慮だったからな、お前もそうかと」

「……さすがに、ない」

 

「見守っていた側から言うと、アイツに似なくて、本当によかったわ」

「……彩姉はそんなことない」

「アイツは、唯一の常識人だったからな、姉に苦労させられていたし」

 

 そこまで会話して、隣の気配を感じた気がしたので、そちらを向く。

そこには、心底悲しそうな表情をしたノゾミがいた。

 

「……どうした?」

「私、ユウ兄との思い出、ほとんどないんだなーって……」

 

彼女は、静かに呟いていく。

 

「舞とユウ兄の話を聞いていて、そういえば私、共通して話ができること、ないなーって……」

 

ソファーの背もたれに身体を預けて、項垂れている。

 

「ユウ兄と、今まで過ごした時間は……あまりにも少ないし……」

 

 言われてみると、そうかもしれない。

8年前の1週間とこの3日しか、一緒に過ごしていない。

芳香を通じて、約9年の付き合いのある、舞と比べると、心もとない日数だ。

 

「そう思うと、舞との関係を聞くのも、おこがましいかなと、思ってしまうんだよね……」

 

 チラッと、正面の舞を見れば、クリスと一緒にメニューを眺めていた。

俺らの雰囲気とか察知していたはすなのに、我関せずを通している。

軽く爆弾を放り込んだ責任は、取ってくれないらしい。

そんなところは、姉に似ているかもしれない。

芳香を少し思い出して、軽く息を吐く。

 

「ノゾミ」

 

 俺の言葉に、顔だけを向ける。

非常に落胆している表情をしていた。

涙を流していないのは、最後の意地なのかもしれない。

背中はソファーに埋もれたままだ。

 

「……芳香は、俺の昔の彼女だ。舞とは、そのときからの付き合いだ」

 

そこから、芳香と舞とのあらましを話した。

 

芳香とは、高校時代からの付き合いだということ

それから5年前まで、芳香の家族とも家族同然の付き合いがあったこと

最後は、芳香が勝手に失踪したことにより、別れてしまったこと

 

 舞は、そんな俺を見て、驚いている。

まさか、全て話すとは思ってなかったからだろう。

……と、同時に、当時の彼女では、理解不能だった事柄もあったようで、必死に聞き耳を立てている。

 

ノゾミは……。

静かに俺の話を聞いていてくれた。

相槌を打つわけでもなく、質問してくるわけでもなく。

 

正直、自分の好きな人の過去の女の話なんて、聞きたくないだろうと思う。

俺だって、もしノゾミが、過去の男性遍歴を話始めたら、嫌悪を示すだろう。

仲のいい、男友達の話ですら、いい気分はしない。

 

「……そうなんだ……」

 

 ひと通り俺の話を聞いて、ノゾミはそう呟いた。

語尾が明るい。安堵している雰囲気もある。

 

「……芳香ってひと、損、しましたね……人生最大な損を」

 

独り言なのか、俺たちに聞かせているのか。

淡々と呟く。

 

「そのまま、ユウ兄と連絡を続けていれば、来るべき挫折も、何とかなっただろうに」

 

16歳の少女のはずなのに、言葉1つ1つに妙な凄みがある。

有名企業令嬢って、そういうものなんだろうか。

 

「ユウ兄」

「……な、なんだ?」

 

彼女の凄みに飲まれてしまっているのか、思わずどもってしまう。

 

「ユウ兄は、今でも佐々木 芳香のことは、大切……なの?」

「……」

 

 今、一番大切に想っている女性からの、この質問は困る。

そうかといって、芳香は付き合いが長いので、簡単に切り捨てることができない。

そこは、俺の弱さなのかもしれないが、普通の友人よりは、あきらかに大切な存在だ。

 

「質問を代えます」

 

俺が答えづらいと判断したのか、質問を代えるようだ。

 

「私……と、佐々木 芳香、……どちらが大切……なの?」

 

表情は笑みをたたえているのだが、言葉がたどたどしい。

彼女自身も、俺の答えが怖いようだ。

……というか、

 

「テイッ!」

いつもは佐伯にお見舞いするデコピンを、16歳少女の額に炸裂させる。

 

「……!……いったーい!ユウ兄、何するのよ?」

「そんな、答えが分かっている問題を、不安そうに聞いてくるからだ」

 

「……えっ?」

「その当時ならともかく、5年も傍にいない女なんて、お前と勝負になるのか?」

 

「……ユウ兄の気持ち次第だろうし……」

「……ノゾミ。お前、自分の魅力に、もう少し自信持ってもいいと思うぞ」

「……えっ?ユウ兄……?」

 

コイツは、全然わかっていない。

 

 8年前は、芳香がいたから、ノゾミの存在すら全く気にもしなかった。

結婚の約束も、大人たちの汚い口約束で、その場の口裏合わせ。

本気にしたひとも少なかったはずだ。それは、徹叔父さんも含めて。

そもそも、葬式でたまたま出会った遠縁の少女を、思い続ける方が、異常だ。

なので、俺にとって、ノゾミとの関係は、一昨日に顔合わせたところが出発点と言っていい。

様々な事柄に流されて、同居することとなったが……。

 

それが……。

 

3日で、「嫁」と名乗られても、違和感を感じない状況まで上り詰めた。

マイクに「お前の嫁から連絡があった」と言われても、「ああ、ノゾミか」と納得する自分がいる。

 

 俺って、こんなにロリコンだったのか……と、愕然とするくらいに。

最初はノゾミが学生のうちは、手を出さないようにしよう、そう思っていた。

それが、たった2日にして、その決意がゆらぎつつある。

意思の強さに自信を無くすくらいに。

 

……もし、クリスが同居していなかったら……。

 

今夜にも、攻め込んでいただろう。ノゾミの叫び声と共に。

そして、1年もしないうちに、パパになっていたかもしれない。

 

……それだけ、俺が、ノゾミの虜になっていることを、彼女は知らない。

 

 

 

 俺は、照れ隠しにビールを飲み干した。

舞やクリスの前で、そして。こんな店の真ん中で、愛を叫びたくない。

それこそ、店員や他の客から、変な目で見られかねない。

 

 

 

 

 

 

 

 話が落ち着いてきた頃、頼んだ料理が運ばれてきた。

ノゾミはポテトグラタン、舞はカルボナーラ、クリスはナポリタンを頼んだようだ。

あくまでもビール専門店だからなのか、つまみ以外は主食級しかない。

俺の前には、唐揚げとコロッケなど何種かのつまみが並んだ。

 

「希先輩、芳香姉さんは強敵だけど、彩姉の方がもっとヤバい」

 

ここで話が終わると思っていたら、この中坊がブッ混んできやがった。

ノゾミもそんな話を振られると、聞かない選択肢はないらしく、興味深々だ。

 

「アヤ姉って?」

「私と芳香姉の間の、彩香姉さんだよ」

 

「そのひとが、何でヤバいの?」

「まず、芳香姉と違って、彩姉は常識人。普通の感覚を持ってる」

 

「……普通の感覚でなかった芳香さんがどんなだったのか、非常に興味が引かれるんだけど……」

「そして、彩姉は、芳香姉失踪後、ユウ兄ちゃんにずっと励まされていた」

 

「……舞。そこのところを、くわしく」

「芳香姉や私とは、5年前から連絡取っていないから、そこまでの関係なんだけど、彩姉はね……」

 

「……ほほう、関係持続中、ということ、なのね!」

 

 チラチラと俺を睨む目が、怖い。

彩香とは、関係ってほどの間柄ではないのだが……。

慕ってはくれているのだが、恋愛関係ということにはなっていない。

相談事に乗ったり、愚痴を聞いてやったり、そんなことはあったが、そんなものだ。

 

「……ところで、希先輩は、ユウ兄ちゃんと、どうやって出会ったんだ?」

 

 今度は、俺とノゾミの出会いについて、聞きたくくなったようだ。

俺と彩香の話が、変な方向に行かなくて安心する。

彼女が妹である舞に、何処まで話しているかが、不透明だからだ。

芳香の話は過去のことだが、彩香とは、今もメールを交換する仲だ。

あらぬ疑いを持たれると、弁解するのが苦しい。

 

「ユウー」

 

 そんなことを考えていると、俺の左側から柔らかいものが当たって来た。

目の前に綺麗な金色の髪の毛が映る。

俺の左腕を抱きしめている金髪少女の姿が確認できた。

……左腕に当たってるクリスのモノに意識してしまう。

……と、同時に、キャミソールの肩紐が仕事を放棄しているため、視覚的にも危険。

 

「……クリス、久しぶりだな」

「うん、わたし、ユウにあいに、きた」

 

 もの凄くいい笑顔だ。2年前とそんなに変わらない。

だが、身体つきは変化したようだ。

胸がこの年にしては、殺人的だ。

慌ててキャミソールの肩紐を戻す。

本人は、その様子を見ても、キョトンとしている。

……危険な身体つきになっていっていることを、早く自覚して欲しい……。

 

 先程まで、話の雰囲気を察して、遠慮していたようだ。

ようやく終わったから、自分の番だと、俺に懐いてくる。

嬉しいのだが、クリスに対しては、1つ言わなくてはいけないことがある。

 

「Chris. Where did you say to stay at Mike in enrolling in Suzugamine girls schooi?」

(クリス。鈴峯女学園に通うとして、マイクにどこに泊まると言ったのかな?)

 

「……I told my father that I would stay at YUU 's house……」

(……ユウの家にお世話になると、言いました……)

 

 しれーっとそんな返事をしてくる。

ノゾミから報告を受けていることに加え、マイクから何も言ってきていない。

確実にウソだとわかる。

 

「As reported by Nozomi, you should say to Mike when you stay at the student dorm ……is that true?」

(ノゾミから聞いたけど、マイクには、学生寮に泊まる、と言ったらしいが……それは本当か?)

 

クリスの顔から笑顔が消えた。

小さな肩が震えている。

 

「It seems to be true. Then, you have something to do.」

(間違いないみたいだな。ならば、してもらわないといけないことがある)

 

俺はスマホを取り出し、マイクの電話番号を探し出す。

 

 

「If you want to live at my house, get your father 's permission. That is the minimum requirement.」

(もしウチに住みたいなら、父親の許可を取れ。それが最低限の条件だ)

 

 呼び出し状態にしたスマホを、クリスに渡す。

そして、席に戻って話するように促す。

彼女は、泣きそうな顔をしながら、スマホを耳に当てた。

 

「 Dad……」

(パパ……)

 

 小さな声で、少し涙声なので、良く聞こえない。

聞こえなくてもいい。クリスが素直に父親から許可をもらうことが、目的なのだから。

マイクの性格上、戸惑いはするだろうけど、許可を出すだろう。

 

「……少し、スパルタすぎない?」

 

様子を見ていたノゾミが、俺に声をかけてくる。

 

「……私だったら、無理だーっ、許可が取れるわけないよーって、電話すらできないかも」

「徹叔父さんって、そんなに厳しいひとなのか?」

 

そんなことを聞くと、ニコニコしている。

 

「んーとね、お父様の場合は、私に関することに、特に厳しいって感じかな」

 

 なるほど、娘を持つ父親の、共通認識ってところなんだろうけど……。

俺の下にかわいい娘を送り込むのだから、にわかには、信じがたい。

 

「アメリカの教育方針で、子供に全部自分のことをさせるというところがあるから、それに倣っただけだよ」

「……と、いうことは、佐々木家の父親として、立派に判断したってこと、になるねー」

 

……ん?父親?クリスは俺の娘ではないが……。

 

「私にとっては妹でもいいけど、ユウ兄にとっては、娘かなって」

 

 確かに、俺とクリスの年は、離れすぎてる。

親のマイクの同僚だから、父親と同等扱いだと思う。

そういうこともあって、今もクリスは素直に俺に従って、今、電話をしている。

 

「私がクリスのお姉さんになると、ユウ兄は私にとって親になってしまうから。それは、嫌」

 

 俺には思いつかない、こだわりを持つようだ。

……半ば、養っている手前、年齢的にも、ノゾミは「娘」という存在にも近いのだが……。

それを知られると、不機嫌になるのは、考えるまでもなくわかるため、言わないようにする。

 

「だから、私は、母親として、クリスと接していくの」

 

俺からしたら、そんなことは気にしなくてもいいのに、と思うのだが……。

わざわざ今、体験しなくったって、自分の子供ができると存分に大変だろうし……。

 

 クリスの声が聞こえてくるようになった。

無事に許可を取れて、笑顔になったのだろう。

その隣りで、ノゾミも話しかけている。

 

 

 

俺とノゾミとクリス。

 

 

 

 

即席家族が、今夜から始まるようだ。

……今夜は、小姑1人いるみたいだけど。




【サルビア(・スプレンデス)】

シソ科アキギリ属のサルビア・スプレンデンス(学名:Salvia splendens)は別名ヒゴロモソウ(緋衣草) とも呼ばれる多年草。
日本では、冬が越せないため、春まき一年草として扱われている。

『サルビア』と言うと、園芸では、サルビア・スプレンデンスのことを指すことが多いが、広いくくりで、『シソ科サルビア属』の植物すべてを指すこともあり、その総数は500種以上あるとも言われている。
ハーブとして知られるセージ(薬用サルビア)もその仲間に入る。

花色は緋色で先端の開いた筒形、段状にたくさん付く。花茎の基部には花びらを包むような緋色のがくがある。
花びら自体は咲いたあと1日ほどで落ちてしまうが、がくは長い間、鮮やかな色がそのまま残る。

鮮やかな緋色の花が有名だが、紫や白、サーモンピンクのものや、ユニークなものには、花が白と赤のツートンカラーになるものもある。

「スプレンデス」は、「光り輝く」、「素晴らしい」の意味。


開花時期:5月~11月
花の色:赤色、白色、紫色、ピンク色
原産地:アメリカ、メキシコ、ブラジル


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登場人物 紹介(40話時点)

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、これまで出てきた人物をまとめてみました。
私の頭の中を整理するため、でもあります。

工場を中心とした「優サイド」
学校を中心とした「希サイド」に分けております。



40話までの登場人物を、軽く説明してみました。

 

 

 

 

佐々木 優 (ささき・ゆう)30歳

 

主人公。広島市中区土橋に住む独身男性。

江波のサンビツ重工業の関連会社、エム・ツー・ダブリュ 広島支社管轄部長。

最近、許嫁が押しかけて来て、さらに同僚の娘が増えて、3人暮らしになった。

直属の部下の「嫁宣言」、ソーイング社広島支部の補佐、過去の女性問題発覚……

心が休まるのは、いつの日になるのか。

 

 

 

相田 希 (あいだ・のぞみ)16歳

 

メインヒロイン。鈴峯女学園 高等部2年、高等部生徒会 所属。

アイダコーポレイションの社長令嬢。

8年間想い続けた彼との同棲生活が始まり、気分上々。

早く彼に心身ともに捧げて、結婚生活を送ります!

……しかし、思いのほか彼の周りに女性が多くて、戸惑っている。

学校でも生徒会副会長に推薦され、忙しくなりそうだ。

 

 

 

クリスティーナ・スミス 12歳

 

鈴峯女学園 中等部1年、鈴峯女学園 中等部生徒会 所属

ソーイング社のマイクル・スミスの娘で、優が名古屋に出張しているときに出会った。

優と遊びたい、この気持ちだけで鈴峯女学園の編入試験を受けて合格。

一度思いつくと、他を気にしない、猪突猛進楽天家。

生まれはアメリカだが、日本の公立小学校に通っていたせいか、日本語に不自由はしていない。

ただ、日本語でひとに話しかけるのは、苦手のようだ。

 

 

 

 

 

<優サイド>

 

 

 

 

佐伯 由美 (さえき・ゆみ)26歳

 

サンビツ重工業 広島工場 組立部組立課 配属

エム・ツー・ダブリュ 広島管轄部 部長補佐。

優直属の部下。2年前の出来事から優に片思い中。

工場内では、「佐々木部長の愛人」ポジに落ち着いていたので、敵ナシだった。

しかし、突然の許嫁登場、結婚発表で、戸惑いつつ、仕事上の嫁(パートナー)を狙う。

尚、佐々木部長の表情コレクションは、1年半で6GBに上る。

広島東洋カープが好きで、ノムスケに熱を上げているようだ。

 

 

アンナ・カタリナ・ジェームス 29歳

 

通称:アニー。ソーイング社 日本統括部 広島支部長。

ソーイング社においては、アンダーソン日本統括部長の補佐として働く優秀な女性。

同年代や先輩から疎まれることも多く、甘えたがりの彼女自身の悩みでもあった。

甘えたい対象の佐伯に会いたいがためだけに、広島支部まで立ち上げて、異動。

……優にささげるつもりだった佐伯の操が……風前の灯……かもしれない。

 

 

榎本 あかり(えのもと・あかり)22歳(26歳)

 

サンビツ重工業 広島工場 組立部部品課 配属 

エム・ツー・ダブリュ社員・広島管轄部 組立課

髪形を変えることにより、性格も変化する特異な能力を持っている。

大卒の新入社員ではなく、本当は希の親友、山崎小夜が潜り込ませた女優の卵。

優の身辺確認が主な雇用理由だったが、今は「小夜の姉」としての「仕事」が主になった。

仮の姉妹として、小夜と楽しく暮らしている。

4月から佐々木部長補佐・佐伯 由美の補佐として配属予定。

 

 

南方 次郎 (みながた・じろう)30歳

 

サンビツ重工業 広島工場 組立部組立課 配属 

エム・ツー・ダブリュ社員・広島管轄部 組立課 課長

優の同期で、名古屋時代を含めた付き合いがあるため、お互いに気の置けない仲。

妻と娘の三人暮らしで愛妻家。いつも愛妻弁当を携えている。

 

※よく考えると、常時出て来る登場キャラは主人公と彼以外、全員女性である。

 

 

 

狭山 輝美 (さやま・てるみ)26歳

 

サンビツ重工業 広島工場 組立部組立課 配属

H.S.D (エイチ・エス・デー)組立部 部長補佐

優と同期入社で、名古屋出張からの長い付き合い。

佐伯とは、同い年なので、仲が良い。優だけに素直になれない可愛いヤツ。

ただ、優が男性として好き……というわけではなく、伊藤 浩二と半分彼氏彼女状態。

 

 

岩本 聡 (いわもと・さとし)40歳

 

エム・ツー・ダブリュ 代表

優とは、名古屋出張の時に直属の上司として出会う。

優の部長昇進も彼の推薦の結果。半年前に親から代表を引き継ぐ。

通称・岩さん。広島に来たときは、優、佐伯、宮内の4人で飲み歩くのは定番。

 

 

マイクル・スミス

 

ソーイング社日本統括部 設計課 課長

優とは、名古屋出張のときに同部署に配属し、家族ぐるみの付き合いになった。

家族は妻と、ジョディ、クリスの2人の娘がいる。

 

 

 

渡辺 直行 (わたなべ・なおゆき)サンビツ重工業 広島工場 工場長

内藤 (ないとう)関連会社・H.S.D(エイチ・エス・デー)組立部 部長

崎山 (さきやま)関連会社・崎山塗装 社長

 

伊藤 浩二 (いとう・こうじ)エム・ツー・ダブリュ 組立課社員

藤原 彩 (ふじわら・さや)通称:サーヤ。他社所属。優より年上。

宮内 千尋 (みやうち・ちひろ)エム・ツー・ダブリュ社長秘書。26歳。

 

ロバート・ニコラス・アンダーソン ソーイング社日本統括部 部長

 

 

 

佐々木 海 (ささき・うみ)20歳

 

優の妹。広島市内の大学に通う大学2年生。

兄の前以外では、サバサバしていて、女性に人気が高い。

兄の彼女をイジメて、自分に惚れさせて奪うことも多数。

彼女の周りには、何人かの「彼女」がいるようだ。

本人は、男性に興味がないわけではないらしい。

上方補正した兄以上の男性を求めているため、ハードルが高く、彼氏がいない。

 

 

 

 

佐々木 芳香 (ささき・よしか)当時26歳、現在31歳

 

優の1つ上の先輩。初めての彼女にして、初体験相手。

高校2年のときに出会い、5年前まで家族ぐるみの付き合いをしていた。

5年前に彼女の気まぐれで失踪。アメリカでよろしくやっているらしい。

周りのことを考えない性格で、自己都合主義を貫く。

 

 

 

佐々木 彩香 (ささき・あやか)当時16歳、現在21歳

 

佐々木姉妹の2番目、芳香の妹。

姉の無茶ぶりの、一番の被害を被った苦労のひと。

それでも姉とは「仲が良かった」と言える菩薩の心を持つ。

そんな姉と連絡が取れなくて、真っ先に優を頼った。

芳香失踪後も、お互い励ましながら、メールのやり取りが続き、今に至る。

優は「大切な妹の1人」という認識だが、彩香としては「頼りになる男性」。

……彼女の一番精神が弱ってたときに寄り添っていたから、当然である。

希が登場してなかったら、由美よりも近しい存在になっていたかもしれない。

 

 

 

 

 

<希 サイド>

 

 

山崎 小夜 (やまさき・さよ)16歳

 

鈴峯女学園 高等部2年、高等部生徒会 所属

希の同級生。ヤマサキ綜合警備 社長令嬢。

希と身辺警護の契約をして、広島支社を令嬢権限で牛耳っている。

希に心酔していて、勝手に使用人のように動く。

様々なことに博識で、カメラにも機材にも電車にも詳しい。

榎本あかりとは個人契約で、優の監視及び、自身の身辺管理をお願いしている。

未だに優と直接会っていないが、小夜にとっても理想の男性になってしまったため、避けている。

そのため、優の希に対する行動は、ダブル嫉妬として日々彼女を悩ませているようだ。

 

 

久保 遥 (くぼ・はるか)17歳

 

鈴峯女学園 高等部3年 高等部生徒会 会長

希は初対面と思っているが、小学生時代に仲の良かった「はーちゃん」

記憶が薄れて「なーちゃん」と思われているため、結びつかないようだ。

実家は、広島に本社を置く家電量販店・セディオンを経営している。

 

 

垣根 凛 (かきね・りん)15歳

 

鈴峯女学園 高等部1年 高等部生徒会 経理

希の傍について、生徒会について説明して、補佐をする。

周りをよく観察して動いているため、遥より優秀な次々期会長候補。

伝説の生徒会長:ノゾミのやり方を勉強する気、満々である。

 

 

 

坂本 葵 (さかもと・あおい)15歳

 

鈴峯女学園 高等部1年 高等部生徒会 書記

山崎小夜の従妹。2年前に武蔵野女子から編入した。

小夜至上主義で、彼女の言うことは絶対。その場合、他人の言うことは聞かなくなる。

基本は、おっとりした性格で、甘いものが大好物である。

 

 

 

マキちゃん・ハルちゃん・なーちゃん

 

希が小学生時代に食事会で仲良くしていた3人の女の子。

マキちゃんは同級、ハルちゃんは1つ年下、なーちゃんは、年上。

本当は「はーちゃん」なのだが、希が間違って記憶しているようだ。

 

 

宮本 明日香 (みやもと・あすか)鈴峯女学園 高等部3年 高等部生徒会 所属

松本 美咲 (まつもと・みさき)高等部3年 武蔵野女子学園 編入

城ケ崎 未来 (じょうがさき・みらい)高等部3年 武蔵野女子学園 編入

 

 

渡辺 香 (わたなべ・かおり)

鈴峯女学園高等部2年で希と同じクラス。

渡辺工場長の末娘。上の姉が詩織、下の姉があかね。

 

山本 陽菜 (やまもと・ひな)鈴峯女学園高等部2年

宮澤 結衣 (みやざわ・ゆい)鈴峯女学園高等部2年。健太という彼氏アリ

 

※この3人に希と小夜を加えた5人が、普段の仲良しグループ

 

 

 

 

橋本 裕子 (はしもと・ゆうこ)15歳

 

武蔵野女子学園 高等部 1年 高等部生徒会 会長

希の広島行きの最大の犠牲者。

当時、中等部所属にもかかわらず、高等部の生徒会選挙に担ぎ出された哀れな子。

一時期、中等部の生徒会長との2足の草鞋を履いていた。

「伝説の生徒会」の頭脳だが、希に対してだけは、ポンコツ化するらしい。

 

 

 

脇坂 心春 (わきさか・こはる)14歳

 

鈴峯女学園 中等部3年 中等部生徒会 会長。

全国有数の買い物袋製造会社「脇坂製袋加工」の社長令嬢。

「みんなのココロに春を呼ぶ、コハルちゃんだよ!」は自己紹介のテンプレ。

好奇心旺盛で、いろいろ取り組んでいるところが評価されている。

その実は、安請負いを舞が調整して、やり遂げるという……。

 

 

佐々木 舞 (ささき・まい) 14歳

 

鈴峯女学園 中等部3年 中等部生徒会 副会長

佐々木姉妹の末っ子。心春の管理人。

姉の失踪については、当時9歳だったため、よく知らない。

後日、彩香に聞いて知るものの、そこまでこだわりもなかった。

優については、「優しいお兄ちゃん」としか思っていない。

が、普段の口調は、無意識に当時の彼を参考にしている。

 




これからも、「優しい希望」をよろしくお願いします。


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