大人一夏の教師生活 (ユータボウ)
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特別編① 大人簪の教師生活

 お待たせしました、大人かんちゃんでございます。もうなんか別キャラじゃね?って感じが否めませんが、原作より5~6歳上なので「変わったな~」くらいのつもりでご覧ください
 当然ですが性格改変&独自設定注意です。ついでに改行も多いので、読みにくいと思った方は閲覧設定を弄ってください


 「見つけた……!」

 

 暗雲の下で押し寄せる無人機の群れを退け、私は漸く漆黒のIS『黒騎士・災禍』の前に立った。薙刀型近接武装、泡沫を握る手に力が入り、また胸の奥からドロドロとしたどす黒い感情が次々と湧き出してくる。

 

 

 

 亡国機業(ファントム・タスク)最強のIS、黒騎士・災禍。

 

 その操縦者、織斑マドカ。

 

 沢山の人が死んだ。IS学園の生徒も、先生も、知らない人も、友達も。

 

 そして──幼馴染みを、恩師を、仲間を、お姉ちゃんを……失った。

 

 目の前の、彼女達のせいで。

 

 

 

 「……貴様は、更識の妹か」

 

 ポツリと黒騎士を駆る織斑マドカが呟く。聞きたくない。お前が、その声で話すな。あの人と──織斑先生と同じ声で。

 

 「……だったら?」

 

 「いや……何者であろうとも私の前に立つなら斬るだけだ。来るがいい。殺したいのだろう?姉さんと……そしてお前の姉を殺した、この私を」

 

 「っ!?ぁあああああああああああ!!!」

 

 その一言で、私の中の何かが切れた。第五世代機『練鉄』両肩部及び腕部の展開装甲を荷電粒子砲に切り替え、溢れ出す衝動のままに撃ちまくる。箒やシャル達からは深追いだけはするなと言われているけれど、どうやらそれは守れそうになかった。こいつだけは、このISだけは、絶対に私が……!

 

 「壊れろッ!壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろォ!!」

 

 「ふん、そんな攻撃が効くものか」

 

 放たれた白い閃光は、しかし黒騎士の一刀の下に呆気なく斬り捨てられる。淡く輝く刀身──単一仕様能力(ワンオブ・アビリティー)の零落白夜だ。ありとあらゆるエネルギーを無効にして消し去るその力は、対象がISの武装であっても例外なく消滅させることが出来る。

 

 私はこの零落白夜の恐ろしさは身に染みて理解している。恩師と、そして最愛の人が扱う最強の力だ、知らない訳がない。模擬戦で攻撃を受けて敗北した回数は数えきれないし、故にあの刃に当たった瞬間に敗北が決定することも分かっていた。

 

 でも、それでも、逃げる訳にはいかない。

 

 「それなら!」

 

 ガコン、と練鉄の後ろに浮かんでいた八基の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が開き、その中から数えるのも面倒になる程の誘導ミサイルの弾頭が覗く。24×8の合計192発、それら全てが独立稼動型というデタラメなそれは練鉄最大の武装、豪火だ。本来ならば仲間との連携において真価を発揮するものではあるが、この場にいるのは私一人のみ。しかし──

 

 「轟け、豪火!」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 

 192発のミサイルが一斉に火を吹き360度、上下左右の全ての方向から対象を塵も残さずバラバラにせんと襲い掛かる。勿論、黒騎士はそれらを避ける。だが、避けても避けても豪火のミサイルは何度も旋回し、黒騎士へと降り注いだ。当然の話だ、あれらのミサイルは()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……ちっ」

 

 「はぁあああああああ!」

 

 まだだ。私は握り締めた泡沫を構え、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)で以て一気に接近し、荷電粒子砲でミサイルを迎撃していた黒騎士へ斬り掛かった。ギィン、ギィンと音を立てて泡沫は防がれるが、しかし迎撃が止まったことで無数のミサイルが次々に押し寄せる。

 

 「面倒な……!」

 

 「っ……!」

 

 だが敵も流石というべきか。私の攻撃を防ぎつつ、そしてミサイルにも隙なく対応してみせた。認めたくはないが織斑先生、そしてお姉ちゃんレベルの実力者であることは疑いようもない事実みたいだ。それでも、私は動じない。泡沫が防がれる、ミサイルも避けられる。だが、それがどうした?

 

 

 

 一夏ならミサイルを振り切った。

 

 箒なら攻撃自体意味がなかった。

 

 セシリアならビットで、鈴なら衝撃砲で、シャルなら高速切替(ラピッド・スイッチ)で、それぞれミサイルを撃ち落とした。

 

 ラウラなら停止結界で全てを止めて見せた

 

 そしてお姉ちゃんなら──

 

 

 

 「あぁあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 だから、こんなことで私は諦めない!諦めて堪るもんか!正義のヒーローは悪を必ず倒すのだ!そして何より──私はあの人の妹だ!学園最強の……お姉ちゃんの妹なんだ!絶対に、負けたりなんてしない!

 

 

 

 グッと鍔迫り合う泡沫に力が込められる。目にも止まらぬ斬撃の応酬が、ここに始まった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「……夢」

 

 目を開けばそこには黒騎士の姿はなく、見馴れた天井があるだけだった。どうやら昔の夢を見ていたらしい。しかもよりによって私が死んだ、あの日の夢だ。どうせならもっと幸せな夢を見させてくれても良かろうに。これから一日が、しかも特に大切な日が始まろうというのに……憂鬱だ。

 

 「……はぁ」

 

 まだ穿たれた感触の残る胸に手を当てつつ溜め息をつき、ゆっくりとベッドより身を起こしてやや重い足取りで洗面所まで向かう。まだ少し眠い、けど惰眠を貪る訳にはいかない。バシャバシャと顔を洗って鬱陶しく纏まり付く眠気を払い、ふと頭を上げれば鏡に写るやや呆けた自分と目があった。

 

 やや垂れた赤紫色の瞳に内側へ向いた空色の癖毛。お姉ちゃんと仲直りするまで好きではなかった瞳と髪だが、今となってはこの二つは私の誇りだ。そう考えれば少しだけ嬉しくなる。

 

 腰の辺りまで伸びた髪を丁寧に解かし、寝間着を脱ぎ捨てていつも着ている黒のスーツに袖を通す。あらためて確認してみると、学生時代に比べれば身長も伸びたしスタイルも随分と良くなったと思う。流石にお姉ちゃんを筆頭にした他の子達には勝てないけれど。特に箒の胸、あれは最早暴力だ。

 

 そんな懐かしい記憶に浸りながらも着々と準備を整え、最後に眼鏡を掛ければ準備完了だ。さぁ……行こう。

 

 

 

 今日はIS学園入学式。この日から……全てが始まる。

 

 大丈夫だ、もうあんな悲劇は起こさせない。きっとそのために、私がいるのだから。

 

 

 

 

 「(私が──皆を守るんだ)」

 

 憧れたヒーローのような決意を胸に、私は空腹を満たすべくIS学園教員寮から食堂へと歩を進めた。カッコ悪いとか、そういうのは言わないでほしい。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 コツコツと階段を上がっていく音が響く。それ以外は静寂に包まれていて、まるでこの世界で動いているのが私一人だけのようだ。まぁ案外今のは間違ってないような気もする。周りに人がいるのに時々感じる孤独感は、恐らくこの世界で私にしか理解出来ないだろう。

 

 誰もいない廊下を歩いていくと、段々と生徒達の声が聞こえ始めてくる。キャイキャイと騒がしい、少女達の声だ。この声の原因は多分()なんだろうなぁと思いつつも、しかし歩くスピードを落とさずに私は一年一組の教室を通り過ぎる。私の居場所は、ここじゃない。そのまま二組、三組も同じように通り過ぎ、そして辿り着いたのがこの四組だ。

 

 ……正直、私をここの担任に任命した理事長からは悪意しか感じられない。全くあの人は何を考えているのか、思わず溜め息が溢れるが決まったものは仕方がない。一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと一歩を踏み出して扉の前に立った。

 

 そして、自動で扉が横へスライドし──

 

 「(……懐かしいな)」

 

 席に着いている生徒達を見た瞬間に、遥か奥深くで眠っていた記憶が凄まじい勢いで蘇ってくる。あれは誰で、あの子はあそこで、なんてことが唐突に分かるようになった。そんな中でも何より嬉しいことが──()()()()()()、ということだろう。まだ戦争なんて起こってないんだから当然のことなのだけど……それでも、嬉しいものは嬉しい。

 

 先にHRを始めてくれていた副担任の先生にお礼を言ってから、あらためて皆に名乗る。思いっきり偽名なんだけど、そこは正直に名乗る訳にもいかないからと割り切った。この名前で過ごすこと既に三年、随分と馴れたものである。

 

 それに、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 チラリと確認した最後尾の窓際の席、そこには私と同じ髪と目をした女の子が座っていた。どこか思い詰めたような瞳をして、一人落ち着かないとばかりにそわそわしている。そんな彼女の心境が、私には手に取るように分かった。

 

 ──こんなことをしている暇なんてない。

 

 ──一秒でも早く、専用機を完成させなくちゃ。

 

 きっと、そんなことを考えているに違いない。しかし今あらためて考えてみると、よくもまぁ途中で開発の中止された専用機を独力で完成させようなんて無茶をするものである。昔の機体データもなく、そして誰にも頼らない、本当に一人っきりの独力でだ。そこにはあの子なりの意地やらプライドやらがあるのだろうが、いくらなんでも流石にそれは無理があるだろうに。仮にISを本当に一から作れる人がいるとするならば、それは生みの親である篠ノ之博士を除いて存在すまい。

 

 脱線しかけたがとりあえず今は自分の役割を──教師としての仕事を果たそう。私が現れたことで止まってしまっていた自己紹介を再開させれば、偶然にも次に自己紹介をするのはあの子のようだった。彼女が席から立ち上がる時、ふわりとセミロングの髪が揺れた。そんな姿が、自分と重なる。

 

 

 

 ……いや、違うな。

 

 あの子はあの子で、私は私だ。

 

 あの子は更識簪。そして私は、■■■■なんだ。

 

 

 

 「では次、更識さん」

 

 「……更識簪。宜しくお願いします」

 

 短く一言、たったそれだけで彼女はさっと席に座ってしまった。そのあまりの短さに教室内がなんとも言えない空気に包まれる。しかしきっとこの中で一番頭を抱えたくなったのは、恐らく他でもない私自身に違いない。

 

 覚悟はしていた。過去にいるということは当然かつての自分に出会うこともある。それ故にまだ未熟な己の一面を見る可能性もあるだろうということも。

 

 いや、でも、それにしてもだ。

 

 自己紹介すらまともに出来ないって……

 

 「(これはなかなか……キツいかな)」

 

 皆だったらどんな反応をするだろう?皆の昔なんてあまり知らないし覚えてないけど一夏や箒、それに鈴とシャルなら笑って許容しそうだ。あの四人はとても優しかったし。

 

 ただセシリアやラウラは厳しそうだな。うろ覚えの聞いた話だと確かセシリアは女尊男卑思想──未来では死語と化した言葉だけど──を持っていたらしいし、ラウラは織斑先生を心酔していて力が全てだと思っていたらしい。そんなかつての自分を二人が見たら……うん、考えるだけでも恐ろしい。

 

 お姉ちゃんはきっと未熟な自分をこてんぱんに叩きのめすのだろう。それでその後に物凄く厳しい指導を与えそうだ。学園最強がこの程度でどうするのかしら、とか、そんな実力じゃ皆を守れないわよ、とかプライドを散々刺激して。そんな姿が容易に想像出来てしまった。やはり姉妹だからだろうか?

 

 閑話休題

 

 再びずれていく意識をもう一度切り替え、今度こそ自己紹介をしっかり進めさせた。今の私はここの担任だ、今やるべきことを見失ってはならない。

 

 自己紹介終了後は普通に授業だ。IS学園は入学式を行った日からでも通常の授業が始まり、更に土曜日にも午前中は授業がある。IS関連についてはとにかく学ぶべきことが多く、強引にでも授業をしなければ卒業までに間に合わないからだ。

 

 私は教科書片手にさっと生徒達を一瞥し、頭の中に一人の恩師を浮かべる。あの人の授業は本当に素晴らしかった。教鞭を振るう立場になった今だからこそ理解出来る。あの人は──真耶さんは、やっぱり凄い人なんだなって。

 

 「それでは、授業を始めます」

 

 私も、あの人のようにやれているだろうか。そんな考えを胸に仕舞い、私は授業を始めた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「──今日一日お疲れ様。寮に戻ってしっかり休むように。では解散」

 

 その一言に生徒達はわいわいと一斉にお喋りを始める。担任としての仕事を終えた私も少しだけ肩の力を抜き、用がないなら早く帰りなさいとだけ告げてから教室を後にした。やはり先生という仕事は楽じゃない。しかも受け持つのがこの一年四組なのだから尚更だ。なんだか、妙に神経を使ってしまう。

 

 ふぅと一息つきながら廊下を歩いていると、当たり前だが一組の前を通過する。そこには放課後になっても未だに多くの生徒達が集まっており、彼女達の視線の先には一人の男子生徒が一人、参考書や教科書を相手にうんうんと唸っていた。そんな彼を見た瞬間、胸の奥が酷く痛んだ。

 

 「(……一夏)」

 

 

 

 彼の名前は、織斑一夏。

 

 殻に閉じ籠っていた私を救い出し、お姉ちゃんとのわだかまりも取り去ってくれたヒーロー。

 

 カッコ良くて、

 

 素敵で、

 

 愛しくて、

 

 誰よりも優しくて、

 

 本当に……本当に大好きだった人。

 

 

 

 「(でも……彼は……)」

 

 彼は、私の知る一夏ではない。そして、彼もまた私を知らない。私にとっての織斑一夏は未来に残してきたあの人だけだ。彼ではない。彼ではないと、分かっているのに──どうしてこんなに悲しくて、辛いのだろう?

 

 張り裂けそうな胸の前でぎゅっと手を握り、名残惜しさを振り払うように足を動かした。私にとって幸運だったのはこの教室にあの子が──布仏本音がいなかったことだろう。彼女と一夏、私の瞳にこの二人が同時に映っていたなら、きっと私は……

 

 

 

 ──簪

 

 ──かんちゃん

 

 

 

 「(逢いたいよ……一夏……本音……お姉ちゃん)」

 

 底知れない孤独感に苛まれながらも、それでも私は前に進んだ。

 

 こんな思いを、もう誰もしないで済むように。

 

 皆が笑って過ごしていけるように。

 

 左手の薬指で輝く指輪──待機形態の練鉄をそっと撫で、まだ見ぬ脅威を滅ぼす覚悟を強く固める。正義のヒーローは必ず悪を倒すのだ。今度こそ……今度こそ、私は勝つ。亡国機業に、そしてマドカに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、そういえばまだ私の名前を言ってなかったかな。

 

 私の名前は──白咲華織(しらさきかおり)

 

 IS学園一年四組の担任教師。そして第五世代機、練鉄の操縦者です。

 

 更識簪なんて言われてたけど……それはもう、昔の話だ。

 




 はい。精一杯考えた結果、こんな風になりました。かんちゃんの名前ですが、『さらしき』のアナグラム=しらさき+一夏、簪、刀奈の『か』=華+織斑の織、という感じです

 マドカの言った姉さん=千冬、お前の姉=刀奈です。分かりにくくてすみません

 簡単な紹介

 白咲華織 旧名更識簪。専用機は『練鉄』。腰の辺りまで伸びた空色の髪に内側へ向いた癖毛が特徴。眼鏡を掛けているがヘッドギアは外されている。刀奈と一夏、そして本音を筆頭とした仲間達を大切に思っており(特に刀奈の妹であることには大きな誇りがある)、そんな人達を失う原因となった亡国機業を絶対に滅ぼすことを誓っている
 口数はあまり多い方ではないが自分の意見や考えは理論的にしっかりと述べるタイプ(そうでなくては個性の強い他のヒロインに一夏を取られてしまうから)。淡々としているように思われがちだが結構な寂しがりで、時々未来のことを思い出しては涙を流す

 続きは未定です。また記念で特別編を書くことはあるかもしれませんが、かんちゃん以外のヒロインで書く可能性が高いですのでご了承ください


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本編
1話 アインという教師


 どうも。ボチボチ書いてたら量が増えてきたので投稿します

 この作品は作者の考えたオリジナル未来から一夏が逆行する話です。名字で呼ぶのは現代の人達、名前や愛称で呼ぶのは基本的に未来の人達だと思ってください



「さて、まず感想を聞きましょうか?」

 

 目の前に座る壮年の男、轡木十蔵IS学園理事長はティーカップに注がれた紅茶を嗜みながらそう問いた。一般生徒や教師からは用務員として「学園内の良心」と呼ばれ親しまれている彼だが、その実相当な切れ者である油断ならない相手だ。尤も、別に俺は彼と敵対している訳でもなく、今もただの世間話をしているだけなのでそこまで警戒する必要はない。テーブルに置かれたお茶請けのクッキーを一つかじり、紅茶を一口。うん、どちらも自作ながらよく出来ている。

 

 「感想ってなんの感想です?日本語は省かずに話さないと伝わりませんよ」

 

 「これは失礼。では……織斑一夏君のクラスの副担任となり、今日一日過ごした感想を聞かせてください」

 

 にこりと笑う轡木十蔵IS学園理事長──もとい十蔵さん。やっぱりアンタの仕業かい。おかしいと思ったわ、一年一組担任織斑千冬、副担任山田真耶&俺って、どう考えたって悪意しか感じないっての。俺は一つ溜め息をついた。

 

 「ん……まぁ大変でしたよ。授業は別にいいんですけど織斑先生や織斑目当ての生徒がキャイキャイ騒ぐわ騒ぐわ……」

 

 「多分その中にはあなたも含まれていると思いますが」

 

 「でしょうね」

 

 俺は思わず苦笑する。確かに織斑千冬は世界最強のブリュンヒルデで引退した今でも多くのファンが存在し、その弟の織斑一夏は世界でたった()()しか存在しないISを動かせる男だ。そんな二人がこの学園に存在するのだから、一般生徒からすれば一目お目に掛かりたいと思うことはごく当たり前のことだろう。

 

 などと他人事のように言っているが、俺だってISを動かせる男の片割れだ。教師という立場上、織斑に比べれば寄ってくる生徒の数はまだましだが、年度の始めはいつも苦労するのだ。ぶっちゃけるともう馴れてたが。何年俺が異性だらけの場所にいたと思っているんだ。

 

 「織斑一夏君の様子はどうでしたか?馴れない環境は大変でしょうね、きっと」

 

 「あー……まぁそんなもんじゃないですかね。()()()()()()()()

 

 脳裏に浮かぶのは机に突っ伏し、うんうん唸る織斑の姿だ。授業はまるで理解出来ず、また周りは異性の生徒しかいない。一日目から参ってしまうのも仕方ないだろう。贔屓だと言われない程度にフォローしてやった方がいいかもしれないな。織斑先生は身内には厳しいし。

 

 「あと聞きましたよ。彼、セシリア・オルコットさんとクラス代表を賭けた試合をすることになったとか」

 

 「知ってるならわざわざ聞く必要ありませんよね?」

 

 「まぁいいじゃないですか。それにあなたも巻き込まれたんでしょう?」

 

 「いやいや、知ってるならわざわざ聞く必要ありませんよね?確かに巻き込まれましたけど」

 

 そう、あれは今日の三時間目、クラス代表を決めることになった際の出来事。他薦によりクラス代表に推薦された織斑と自薦したセシリア・オルコットによるクラス代表決定戦が行われることになったのだが、何故かそこに俺も巻き込まれてしまったのである。言い出しっぺのオルコット曰く、「ISを動かせるかなんだか知りませんが私より弱い人に教わることなどありませんわ!」とのこと。プライドの高い彼女らしい言葉だ。

 

 「ははっ、それで一体どうするつもりです?」

 

 「決まってるでしょう、倒しますよ。教師は舐められたら終わりですから」

 

 口に出したのはオルコットだが、内心では俺のことを怪しく思っている生徒は少なくないだろう。ここで一つ実力を見せつけてやるのも悪くない……って、よくよく考えれば去年も同じようなことを言ってたな。「今年も新入生をボコったぜ☆」なんて三年生の整備科の子達に話せば爆笑されそうだ。

 

 「()()を使ってはいけませんよ。分かっているとは思いますが」

 

 「当たり前でしょう」

 

 はっはっはっ、と笑う十蔵さんだが一瞬だけ目がマジだった。その視線は俺の左手の中指にある指輪に向けられている。ていうか、どんだけ俺を大人げない奴だと思っているんだこの人は。セシリアならともかく、オルコットなら十秒ともたないだろうけど。

 

 「んじゃ、そろそろ仕事に戻りますわ」

 

 「おや、もう行ってしまうのですか」

 

 「校内放送でいきなり呼び出されたと思ったら雑談に付き合わされる身にもなってください。こちとらそこまで暇じゃねえんですよ」

 

 軽口を叩きなから自分で飲んだティーカップを片付ける。一般の教師なら特別な理由でもない限り来ることはない理事長室だが、特殊な事情持ちで来ることの多い俺には第二の私室みたいなものだ。大体の物ならどこに片付けたらいいのか分かる。

 

 「そうですか、ではお仕事頑張ってください──()()()()()

 

 「はい、失礼します」

 

 最後に俺は頭を下げ、この理事長室を出ていった

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 「む」

 

 「おや」

 

 「あ、アイン先生。呼び出しがありましたけどどうされたんですか?」

 

 理事長室から出て職員室に向かっていると二人の女性に出会(でくわ)した。一人は幼い顔つきで眼鏡を掛けた緑髪の女性、もう一人は肉食獣のような鋭い瞳とオーラを纏う黒髪の女性だ。名前をそれぞれ山田真耶先生、織斑千冬先生という。ちなみに「む」と言ったのが織斑先生で、問い掛けてきたのが山田先生だ。

 

 「いえいえ、特に大したことじゃありませんよ。二人は教室ですか?」

 

 「えっと教室じゃなくて織む「あぁ。織斑の奴に寮の鍵を渡さなくてはならなくてな」……先輩」

 

 山田先生を遮って織斑先生がそう答えるが俺は知ってるぜ、肝心の鍵は山田先生が持っているということをな。だって()に渡してくれたのは山田先生だったし。そう考えた瞬間にギロリと睨まれた。相変わらず勘が鋭い。というか山田先生の扱いが雑だなアンタ。

 

 せっかくなので俺も二人のお供として一緒についていく。職員室に戻ってやる仕事も急ぐようなものじゃないし、個人的にもこっちに付き合った方が面白いのだ。で、手始めに教室に向かえば案の定、織斑は一人教科書相手に睨めっこをしていた。周りは当然女子生徒の群れ、あれじゃろくに集中も出来てないだろう。

 

 「あ、織斑君。まだ教室にいたんですね」

 

 「あ、はい」

 

 とてとてと音が聞こえてきそうな足取りで彼の近くに移動する山田先生。相変わらずこの人は一々が可愛らしいな。本当に二十歳越えてんのか?ていうか、隙あらば睨むの止めてくれませんかね、織斑先生。

 

 「寮の部屋が決まったのでその鍵を渡しにきました」

 

 そう言って彼に渡された鍵は1025室のものだ。相方は篠ノ之箒。確かこの時は家から通うもんだと思っていたんだったかな。如何せん、昔の記憶も曖昧になっていてよく覚えてない。

 

 「えっと……前に一週間は家から通学って聞いてたんですけど……」

 

 「はい。でも織斑君は事情が事情なので……」

 

 山田先生は織斑にだけ聞こえるように耳打ちをする。が、やはりまだ十五歳の少年である彼は異性に近付かれることに馴れていないのか、少し離れていても分かるくらいに顔を赤くしていた。まぁ大きいもんな、彼女の胸。箒の胸もかなり大きくなっていたがやはり真耶さんには勝てなかった。

 

 「あの、でも俺、荷物とか全然用意出来てないんですけど」

 

 「それは私が手配しておいた。携帯の充電器と着替えがあれば十分だろう」

 

 必要最低限じゃねえか、と突っ込んだ俺は悪くない。織斑も苦笑いを浮かべているが、あれは「何か言いたいことはあるけど言ったら理不尽な目に遭うから言わないでおこう」という顔だ。俺には分かる。

 

 その後織斑は晩飯の時間帯やら部屋での注意を聞き、大浴場が使えないことにショックを受けていた。残念ながら彼は男、流石に女子と同じ風呂には入ることは出来ない。シャルが来るまで我慢するんだな。いつだったかは忘れたけど。

 

 「う~……マジかよぉ……」

 

 「まぁ元気出せ。別にずっと入るなって言われた訳じゃない。俺からも掛け合ってみるさ」

 

 去っていく二人の先生を見送ってからグロッキーな状態の織斑に声を掛ける。かつての自分に声を掛けるというのはなんとも不思議な感じだ。少しだけ緊張する。

 

 「あ、ありがとうございます。えっと……」

 

 「アインだ。たった三文字、覚えやすいだろ?学園に二人しかいない男同士だ、ボチボチやってこうぜ」

 

 俺は先生だけどな、と最後に付け足すのも忘れない。敬意を払えとは言わないし話し掛けるなとも言わない。ただ馴れ馴れしく友達のように接されるのは少し困るのだ。その辺の立場の違いというものも一応伝えておく。彼は聡明な男だ、その辺りはキチンと弁えてくれるだろう。

 

 

 

 物語はこうして始まる。

 

 アイン()という異分子(イレギュラー)を乗せて。

 

 

 

 「頑張れよ織斑一夏()。ヒーローになるのは楽じゃねえぞ?」

 

 独り廊下を歩きながら、俺はポツリと呟いた。

 

 




 付け足し的な何か

 アイン 身長180超の21歳。色素が抜けて灰色になった長髪と顔面の左半分についた火傷の痕、そしてそれを隠すために付けた眼帯が特徴。その正体は織斑一夏だが、変わりすぎて千冬にも気付かれない。逆行して辿り着いたのは原作開始の三年前で、ごたごたを終えて教師を始めたのは一年後。千冬と同期である。超強い

 箒(未来) おっ○いも更に成長したが山田先生には及ばなかった

 セシリア(未来) 一夏や他のヒロインと互角に戦う。超強い

 シャルロット(未来) 初登場は男装してた子。あざとい

 山田先生(未来) 大きい、どこがとは言わないが大きい

 詳しいことは後々に追加していくのでお楽しみに



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2話 男の過去と今

 突然だが俺が織斑一夏だった頃の話をしよう。

 

 俺がまだ織斑一夏で、そしてIS学園の二年生たった頃、テロ組織亡国機業(ファントム・タスク)が本格的に動き始めた。それまでにも何度か刃を交えたこともある俺達だったが、それはあくまで学園内での話。IS学園というある意味での牢獄に縛られていた俺達は、学園の外で奴等が引き起こした惨状をただ見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 世界各地の主要都市に対して行われた無人機による同時襲撃。

 

 数万人を越える犠牲者を出したこの事件を切っ掛けに、戦争の火蓋は唐突に切って落とされた。

 

 

 

 ISという兵器に対し国家という存在はあまりに無力だった。僅か半月の間に世界から七割以上の国が国としての機能を失い、消滅した。それからも亡国機業の圧倒的物量の前に抵抗を続けていた大国も一つ、また一つと壊滅していく。

 

 そんな中でも数多の代表候補生を有するIS学園は、決して小さくない被害を出しながらも生き残っていた。生徒と教師が一丸となってなんとか乗り切ろうと動き始め、また俺を含めた専用機持ちは戦力として特に重宝されて、学園を襲い来る亡国機業の尖兵達と戦い続けた

 

 このような事態にISの発明者、篠ノ之束は従来の機体の性能を遥かに越える()()()()()を開発、IS学園にて抵抗を続ける俺や仲間達へ与えた。

 

 第五世代機。

 

 そのコンセプトは『兵器としての完成形』。

 

 『白式・零』

 

 『紅飛沫(べにしぶき)

 

 『血涙(ブラッド・ティアーズ)

 

 『神龍(シェンロン)

 

 『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅤ』

 

 『黒き死(シュヴァルツェア・トート)

 

 『錬鉄』

 

 『虐殺の処女(メイデン・オブ・マサカ)

 

 その力はまさに圧倒的。それまで苦戦していた無人機を難なく撃破した俺達は、一年の時を経て亡国機業への反撃へと転ずる。

 

 

 

 

 質と物量の戦争

 

 

 

 第五世代機を受け取った人物の一人である俺は専用機『白式・零』を操り、数多くの敵を斬り伏せた。実際に人も手に掛けた。そしてその過程で左腕を失って義手となり、左目に攻撃を受けて火傷を負い義眼となった。傷を癒すためにナノマシンや薬物を過剰に取り込み、結果体が内側から変化し髪の毛の色素も抜けた。戦いを重ねる毎に、俺は全うな人間から離れていった。

 

 でも構わなかった。それで皆を守れるならこの身がどうなろうとも。そんな思いとは逆に、俺は戦いが長引くに連れて大切な存在を失っていく。

 

 

 

 大切な親友を。

 

 共に生きようと約束した恋人達を。

 

 様々なことを教えてくれた恩師達を。

 

 そして、最愛の肉親を。

 

 

 

 全てを失った俺は、それでも一人足掻き続けた。箒が、セシリアが、鈴が、シャルが、ラウラが、簪が、刀奈が、のほほんさんが、虚さんが、真耶さんが、千冬姉が、俺に生きてくれと願ったから。とっくに滅び去った学園に一人俺は残り、無人機の群れを相手に剣を振るって戦った。

 

 

 

 そして最後に立ちはだかったのは漆黒のISを纏う少女、マドカ。

 

 千冬姉と同じ剣を持ち、千冬姉と同じ顔をした、千冬姉の仇の少女。

 

 

 

 俺は彼女に一騎討ちを挑み、そして敗北した。一振りの刃にこの胸を貫かれ、冷たく暗い海へと墜ちていった。己の無力さを嘆く余裕などなく、ただ極寒の奔流に翻弄されて藻屑となる……その筈だったのだ。

 

 気付けば俺はIS学園のベッドの上で、ここがあの時から六年も前だと知った。初めは訳がわからず混乱した。しかし時間が経つに連れてあの悲劇を防げるかもしれないということに気が付くと、不思議な程に頭が冴えていった。

 

 俺の知る皆はこの世界にはいない。

 

 しかしそれでも、戦争のない平和な未来を作れるのなら。

 

 俺は十蔵さんに頭を下げて必死で頼み込み、名前を捨ててIS学園で教師として生きる道を選んだ。ごたごたはたくさんあったがそれもやり過ごし、織斑一夏ではなくただのアインとして、来るべき日のために今も牙を研ぎ続けている。自分以外の未来を守る、それだけのために。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 職員室にはキーボードを叩く音が響いている。他の先生達は既に仕事を終えた夜の九時頃、織斑先生だけが一人パソコンと向き合っていた。俺はそんな彼女に後ろからゆっくりと近付き、マウスの傍らにブラックコーヒーの入ったカップを置く。そこで漸く俺に気が付いたのか、織斑先生ははっとして俺を見上げた。

 

 「あんまり無理すると体壊しますよ?まだ若いんですから」

 

 「随分年寄りらしいことを言うな。お前は私より年下だろう」

 

 口ではそう言う彼女だがその表情を少しだけ綻んでおり、手はコーヒーのカップへと伸びていた。それを見届けてから俺もまた自分のコーヒーを一口啜り、デスクにあったイスへ腰を掛けた。その際にチラリと織斑先生のパソコンを覗き見るのも忘れない。

 

 「政府からですか?」

 

 「あぁ。『織斑一夏の動向等を逐一報告しろ』などとふざけたことを抜かしていてな、ここまで苛立ったのも久しぶりだよ」

 

 「奴等は人を苛立たせる才能でもあるんじゃないですかね」

 

 「全くだな」

 

 ちょっとした冗談を言ってみるが全然笑えない。IS学園ってのは一つの独立した機関であって、日本を含むあらゆる国からの干渉も受けないという決まりがある。半ば有名無実化している決まりではあるものの、これを掲げればこのような政府からの指示であっても聞いてやる義理はない。まぁ、だからといって実際にこういう類いのものが届くと腹が立たない訳がないのだが。

 

 織斑先生は他にも色んな組織からメッセージが届いていると言って、少しだけそれらを見させてくれた。日本以外の政府からの情報提供を求めるもの、女性権利団体から織斑一夏の即刻退学を求めるもの、ついでに俺もクビを求めるものもある。男がISを動かしていい筈がないとか……何言ってんだこの馬鹿共は。一通り目を通した後でそれらを全て消去すると、なんだか気分がスッキリした。

 

 「ちっ、どいつもこいつも……私の弟を一体なんだと……」

 

 「弟さん、大切なんですね」

 

 それは俺にとっても、また織斑先生にとっても分かりきっている質問だった。知っているとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことくらい。俺が知らない筈がなかった。

 

 「……あぁ、私にとって一夏は唯一の家族だからな」

 

 織斑先生はそう言って少し気恥ずかしそうに目を逸らした。その仕草が千冬姉と全く変わりがなくて、ついつい笑みを浮かべてしまった。そしてキッと睨み付けてくる視線が怖い。おっかねえなぁ全く。

 

 「ははっ、そろそろ時間ですね。明日も普通に授業がありますしこの辺にしときましょう?」

 

 「そうだな」

 

 残ったコーヒーをグイッと飲み干し、手早く片付けて戸締まりを行う。俺達二人は一年生の学生寮の寮監だ、故に戻る方向も同じである。誰もいない寮までの静かな道を、二人並んでゆっくりと歩いていく。時折気紛れに吹く夜風に、織斑先生は少しだけ震えていた。

 

 「……まだ寒いな」

 

 「四月の頭ですからねえ。夜はまだ冷えますよ。今日は暖かくして寝ないといけませんね」

 

 「分かっている。全く、一々細かいところまで口を出すところは(一夏)そっくりだな」

 

 だって一夏ですから、とは言わない。俺の姉は今から二年後に失った千冬姉ただ一人で、目の前にいるのは織斑千冬というアイン()とは無縁の女性なのだから。ただ、世話好きというかおせっかいというか、このなんにでも首を突っ込みたくなる性格だけは治せそうにない。馬鹿は死んでも治らないというやつだ。

 

 「だったら言われないようにしっかりしてください。手始めに部屋の掃除とかから」

 

 「ぐっ……!」

 

 週一で彼女の部屋の掃除に行ってる俺としては、ぜひとも早く掃除をマスターしてほしいところである。どんなに綺麗に片付けようとも一週間で元の惨状に戻ってしまうのは、流石に掃除する身としても勘弁願いたいのだ。

 

 「か、勝手に掃除しに来るのはお前だろう!」

 

 「あ、なんすかその言い草は。ていうか二週間放置してたら異臭放ち出すんですけど先生の部屋。隣人としては流石に見逃せないかな~って。いけませんよ、今時家事の一つも出来ないなんて。結婚とか……先生がする気あるならですけど、どうするんで」

 

 結婚、この言葉を口に出した瞬間にガシッと頭を掴まれた。台詞が途中で途切れる。ブリュンヒルデ必殺アイアンクロー。万力も裸足で逃げ出す程のパワーで相手の頭を握り潰す。相手は死ぬ。

 

 「痛だだだだだだだだだだだ!?!?ストップ!ストォップ!」

 

 「貴様が余計なことを言うからだ、この馬鹿者め」

 

 ふ~……危ねえ……マジで頭割れるかと思った。俺みたいにナノマシンやら薬やらで体弄ってない筈なのに、一体どこからこんなパワーが生まれるのやら。恐ろしいぜ全く。

 

 と、こんな感じで歩いているとすぐに一年生の学生寮に到着した。校舎からこの寮までの距離はおよそ五十メートル、全力で走れば五秒と掛からない程の近さだ。俺達は隣り合う二つの寮長室の前まで一緒に歩き、そしてそこで別れた。

 

 「お休みなさい、織斑先生」

 

 「あぁ、お休み」

 

 いつの間にか恒例となっていた、「お休み」の一言と共に。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 部屋に帰ってきた私はまず初めに明かりをつける。真っ暗だった部屋に光が生まれ、そして隅々までを照らしていく。着替えや空の空き缶、つまみのごみがあちこちに散らばるこの部屋は、確かに成人の女性がしていいものではない。一夏やアイン以外には見せられないな。

 

 私は最初、アインという男が気に入らなかった。性別に関してはそこまで気にしていなかったが、妙に馴れ馴れしいというか……奴の纏う()()()()()()()()()()というか……ともかく同期であっても私はあいつが好きではなかったのだ。

 

 そんな私の気持ちとは裏腹に、アインは教師としては一流だった。誰よりも早く多くの仕事をこなし、授業は分かりやすく時々生徒を笑顔にしてみせて、操縦技術も整備技術もまた他の教師よりもずっと優れていた。お目付け役としてあいつと行動することが多かった私は、あいつが如何に優れた人物であるかを盛大に思い知らされた。にも関わらず、あの男は周りから称賛された時はいつもこう言うのだ──俺なんてまだまだですよ、と。

 

 アインは世間一般の男とは違う、それが私達IS学園教師の共通認識だった。誰が相手であろうとも態度を変えず、傲ることもへつらうこともしない。男なんて、と言っていた者も次第に少なくなっていき、そして誰もが奴のことを認めていった。

 

 私──織斑千冬もまた、そんな中の一人に含まれるだろう。

 

 しかしそんな誰もが認めるアインだが、私達があいつについて知っていることは驚くほど少ない。そもそもあいつ自身が話したがらないのだ。

 

 ドイツ語の『1』を表す、まるで記号のような名前。

 

 偽名なのか、そういう存在として生み出されたのかは分からない。だからといって知ろうとも思わない。あいつが話したがらないことを無理にでも聞くような、無粋な真似もしたくないのだ。我々教師にとって、アインの過去を聞かないことは暗黙の了解だった。

 

 熱いシャワーを浴びてから寝間着に着替え、押し入れから厚めの毛布を取り出す。冬に使っていた物だから押し入れの手前にあり、取り出すことは容易だった。グシャグシャになっていたベッドの掛け布団を伸ばし、毛布をその上から掛ける。明かりを消してからそこに潜り込めば、湯冷めし始めていた肌が段々と温もりに包まれてきた。同時に、心地よい睡魔もだ。

 

 今夜は寒さに震えず、気持ちよく眠ることが出来そうだ。

 

 灰の長髪を持つ眼帯の優しい男が一瞬頭を過り、そして私は眠りに落ちていった。

 




 第五世代機はオリジナルです。名前が物騒なのは本物の兵器だから

 アイン 旧名織斑一夏。やたらスペックの高い主人公。専用機『白式・零』は待機形態の指輪として身に付けている。未来ではヒロイン全員+αを嫁にしたハーレム王。マモレナカッタ……

 千冬(未来) 誰よりも強く、厳しく、そして優しかった人。マドカに敗北して命を落とした

 マドカ(未来) ラスボス


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3話 試合う準備

 「──という訳でISは宇宙での作業を想定して作られており、操縦者の体を特殊なシールドバリアーが包んでいる。また生命補助を行う機能も搭載されており、ISは操縦者の体を常に安定した状態に保つ。これには──」

 

 教科書に書かれている内容を確認のためにすらすらと音読する。今俺は現在進行形で授業を行っており、教室の一番前からは授業を受ける生徒達の様子が一望できる。ノートにメモをする者、重要だと伝えたところにラインを入れるもの、教科書をぼんやりと眺める者、そして──授業について来れずに焦りまくる者。皆様々だ。

 

 「あの、先生。それって大丈夫なんですか?なんだか体を弄られてるみたいで……」

 

 控えめに手を上げて一人の生徒が発言する。まぁ少し不安になる気持ちは分からんでもない。実際に動かしてみたらそうでもないんだが、小難しい理論と共に文字にされると理解するのは大変なのだ。

 

 「ん~……別にそこまで難しく考える必要はないぞ。ISの機能ってのは眼鏡やコンタクトレンズみたいなものだと思えばいい。確かにあれは使えば遠くがよく見えたりするようになるが、でもそれは目を弄くったりしてるかな?」

 

 「えっと……してないです」

 

 「そうだろ?それとISの機能も似たようなもんなんだよ。操縦者の体温、心拍数、脈拍数を保ったり、他にも色んな機能がISには詰まってる。でもそれらは操縦者をサポートするためであって悪影響を与えるものじゃないんだ。色々喋ったけど質問の答えは、大丈夫だから安心しろ、だな。納得してくれたかな?」

  

 「はっ、はい!ありがとうございます!」

 

 質問をした生徒を納得させると俺は再び授業を再開する。教室内がざわついているような気もするが、この年頃の女の子達はとにかくお喋りが大好きなのだ。注意はしておくが多分静まらないんだろうな……

 

 「あと少しで終わるからもうちょっと頑張れ!今から大事なこと言うからな、聞き逃して織斑先生に怒られても先生は知らんぞ!」

 

 織斑先生の名前を出した途端にピタッと教室が静かになる。まだ学校生活二日目なんだがもう訓練されてるのか君達は……後ろに同席している本人も呆れ返ってんぞ。驚きのあまり固まった俺だが、一度咳払いをして気持ちを切り替える。

 

 「え~、それじゃ再開するぞ。実はISにはそれぞれコアの中に意識があり、コアの方も操縦者の癖やら特性を理解しようとするんだ。つまりISは乗れば乗るほど、そして一緒にいればいるほどお互いに理解し合っていき、最終的には機体の性能なんかにも現れてくる。ということだからISは道具としてじゃなく、大切なパートナーとして扱ってやるように!特にオルコット、お前は専用機持ちだから大切にしてやれよ!」

 

 「と、当然ですわ!」

 

 専用機を持たない一般の生徒だと実感しづらいかもしれないが、専用機持ちだとこのコアの理解というものは、その動きや機能にはっきりと現れてくるのである。

 

 因みに俺の場合だと状況に応じて、スラスターやら荷電粒子砲やらシールドやらの様々な役割を果たす展開装甲が、いつの間にかスラスターにしかならなくなっていた。その分出力がえげつないことになっていたが。と、まぁこんな具合に操縦者の癖を見抜いてコアがISを変えることがあるのだ。

 

 「先生!それって彼氏彼女みたいなものですか!」

 

 「ん~……恋愛関係には発展しないから親友とか相棒とかの方がいいぞ。先生も流石にISは恋人!なんて言う人は見たことがないからな」

 

 一気に賑やかになる教室だが、ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。女子特有のやたら甘い雰囲気に酔ったのか、織斑は最前列で机に突っ伏している。でもこればっかりは馴れろとしか言えないんだよなぁ。内心で彼を案じながら他の二人の先生と教室を後にした。

 

 「やっぱり流石ですね~アイン先生は。私もあんな風に上手く出来たらいいんですけど……」

 

 山田先生が不意にそんなことを呟く。今更なんだが俺ってこの人より教師生活は長いんだよなぁ。未来の恩師が今は後輩っていうのは、なんだか変な感じだ。

 

 俺の授業スタイルだがモデルとなっているのは、やはり未来における真耶さんの授業だ。あの人の授業は本当に上手かった。教師という教える側になった今だからこそ理解出来る、あれに比べたら俺など足下にも及ばない。

 

 「いえ、俺なんて大したもんじゃありません。山田先生の授業こそ分かりやすいと思いますけどね。男の俺じゃ、女の子達の気持ちはよく分からないんで」 

 

 「その割には生徒達の扱いは上手いな、アイン先生は」

 

 「……上手いですか?」

 

 「「上手いぞ(です)」」

 

 マジかよ。っていうか織斑先生が言うと誉められてんのか皮肉で言われてんのか区別がつかねえや。少しだけモヤモヤした気持ちを抱えながら、俺は次の授業の準備のために二人と並んで職員室へと足を運んだ。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「聞いたわよ?イギリスの代表候補生と試合することになったんですってね」

 

 「十蔵さんといい君といい、皆本当にその話題が好きだな。そんな気になることか?」

 

 「ええ♪」

 

 時は流れて放課後。生徒会室にある一番豪華な机に座った赤目の生徒、更識楯無はニコニコと笑顔を浮かべた。その張り付けたような心のこもっていない笑顔が、はっきり言って俺はあまり好きではない。その裏で何かしらの良からぬことを考えているのが目に見えているからだ。それが単に俺をからかうものなのか、想像もつかないような陰謀なのか、見極める術を俺は持ち合わせていない。

 

 「ただでさえ少ないあなたの戦闘データが採れるんだもの、気にならない訳がないわ」

 

 「毎回それを聞く度に思うんだが、これの稼働データってのは一体どこで役立ってんのかねえ?」

 

 「ひ・み・つ♪」

 

 バッと『秘密』と書かれた扇子が開かれる。彼女のことだからこれ以上聞いても無駄だろう。大人しく引き下がった俺は淹れたばかりの紅茶を更識のところへ置いた。そこへお茶請けを用意するまでが一連の動きとなる。

 

 「どうぞ」

 

 「ありがと……ん~いい香り!虚ちゃんと同じくらい上手ね。あなた本当に先生なの?執事とかじゃなくて?」

 

 残念だがただの教師だよ。セシリアのお願いで紅茶の入れ方やマナーなんかは完璧になったし、執事の真似事もやったことはあるが、それも全部昔の話だ。

 

 「んじゃ、俺行くから」

 

 「どこに?」

 

 整備室、とだけ短く答えて俺は部屋を出る。ついでに仕事しとけよと釘を刺すのも忘れない。いつも布仏姉に怒られてるにも関わらず懲りねえんだから……全く困ったもんだ。

 

 その後俺は通いなれた整備室へとやって来た。ここに来た理由は数日後の対オルコット戦で俺が使用する訓練機の調整だ。今日になって漸く、一機のISを試合用に調整してもいいという許可が出たのである。ちなみに最適化(パーソナライズ)は禁止とのこと。

 

 整備室にあった端末をちょこちょこっと操作し、アリーナの倉庫に眠っていた一機のISをここに運ばせる。IS学園に配備されているISは二種類あり、俺が選んだのは『ラファール・リヴァイヴ』の方だ。『打鉄』を選ばなかった理由は防御が必要ないから。当たらなければどうということはないのである。

 

 「~♪」

 

 目の前にやって来たネイビーの翼を持つフランス製の第二世代機、それを鼻歌混じりにどんどん弄っていく。こういう整備や調整関連の技術は簪より教えられたものであり、それが上達したのは皮肉にも亡国機業とのドンパチ中にISをひたすら触っていたからだ。白式・零なんかの第五世代機に比べればラファールはまだ作りが単純でいい。ついでにカスタマイズの遣り甲斐もある。

 

 まず最初に手をつけるのはスラスター系だ。操作性と安全性を犠牲にして出力を限界まで上げてやる。邪魔なシールドも全て撤去し、とにかくスピードだけを求めて調整をしていく。駆動系が悲鳴を上げているような気がするがあえて無視する。ついでに関節部分も千切れてしまうかもしれないがこれも無視。終わった後の修理が大変そうだなぁ……

 

 次に選ぶのは武装。俺の最も得意とする戦い方は超至近距離での高速戦闘だ。故に中距離戦闘用のアサルトライフルは外し、ハンドガンを二つ拡張領域に放り込む。そして攻撃の要となるブレードには、刀身が少し短めのショートソードを二本チョイスした。ぶっちゃけこれだけでも十分なのだがラファールの拡張領域は流石に広い。余裕がありそうなので牽制用としてサブマシンガンを入れておこう。

 

 

 

 後はもう少しだけ手を加えて……完成。

 

 名付けて『ラファール・リヴァイヴ(Ver.アイン)』だ。

 

 

 

 ……なんつーか、シャルが見たら怒りそうなことになってしまったな。ラファールの利点である安定性とか使いやすさを全部潰してる。いやでも彼女だって使ってた機体は名前こそラファールと付いていたが、あれは()()()()()()()()()()()()()()I()S()と言うのが一番しっくりくる。多分許してくれるだろう、多分。とりあえずこのラファールのコアには謝った。

 

 一応完成したこいつ(ラファール)は試合当日まで倉庫に戻しておこう。間違って生徒達が使わないように貸し出し禁止に設定しておくのも忘れない。こんな機体を生徒に使わせられるかってんだ。一通りの作業を終えた俺は程よい達成感を味わいながら整備室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば途中から誰か見ていたが十中八九更識の妹だろう。『打鉄弍式』、だったかな。織斑が出てきたことで開発が中止になった専用機を組み立てていたんだろう。

 

 まぁ彼女を救うのは俺じゃなく、織斑一夏(ヒーロー)の仕事だ。俺が首を突っ込むのは野暮ってもんだろうよ。勿論助けでも求められたら話は別だがな。

 




 アイン 旧名織斑一夏。教師としての山田先生をかなり尊敬しており、授業スタイルも彼女のものを真似たもの。生徒会の顧問を務める。ヒロイン達には一夏と幸せになって欲しいという思いがあり、彼女達と関わるのはあくまで教師としてと決めている

 セシリア(未来) アインに執事の真似事をさせていた。貴族であるが故に紅茶や礼儀作法に厳しい

 シャルロット(未来) 専用機は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムV』。ラファールと名前に付いているがラファールらしい要素はほとんどない

 簪(未来) アインにISの整備技術やその他の技術系を教えた張本人。お姉ちゃんとアインが同じくらい好き

 山田先生(未来) 教師としてのアインの目標。またIS操縦技術もずば抜けて高く、アイン以外の生徒達からも憧れられていた


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4話 血塗れの刃は錆び付かず

 長ったらしい説明つきの戦闘回です。疾走感が足りねえ……



 あれから時は流れ、とうとうオルコットとの試合の日がやって来た。試合の行われる第三アリーナのピット、そこには俺を含めて三人の人間がいる。俺、織斑、そして篠ノ之だ。服装は篠ノ之が制服で俺と織斑がISスーツ。ちなみに織斑と篠ノ之の二人はさっきから痴話喧嘩を繰り広げており、このピットでギャンギャンと騒ぎまくっている。

 

 それにしてもこの頃の篠ノ之は素直じゃないねえ。織斑の奴が死ぬほど鈍感だってことくらい分かってるだろうに。はっきりと言葉にしないとこいつには伝わらんぞ?これが箒だったら……口じゃなくて体に問うて来るんだろうなぁ。『ふふっ、こっちの一夏はもうこんなに大きくなっているぞ?』とか、多分こんな感じ。いやね、あんな美人に迫られて我慢出来る男がいるもんかよ。少なくとも俺は無理だった。

 

 「お、織斑君織斑君!!」

 

 混沌としたピットに駆け込んで来たのは俺の中で学園一の良心、山田先生だ。今にも転びそうな足取りは見ていて凄く危なっかしい。あ、揺れる大きな胸は眼福でした。

 

 「山田先生、落ち着いてください。深呼吸しましょう、はい」

 

 「はぁ……はいぃ……す~は~……す~」

 

 織斑の言葉に素直に従う先生。そんな彼を後ろから篠ノ之が射殺すような目で見ていた。怖いよ。

 

 「はい、そこでストップ」

 

 「うっ……!」

 

 織斑の言葉に以下略。とりあえず教師で遊んだ罰として織斑の頭には拳を落としておく。そして全く同じタイミングで織斑先生の出席簿もまた落とされた。ゴンとパァンが混じった、なんとも言えない音がピットに木霊する。

 

 「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

 「今のは流石に見過ごせないぞ、織斑」

 

 「千冬姉……!アイン先生……!」

 

 試合が始まる前からボロボロになる織斑。だがそこまで心は痛まない。だって自業自得だし。

 

 「それで山田先生、織斑のISは届いたんですか?」

 

 話が進みそうもないので俺は未だに息を整えている山田先生に声を掛ける。すると彼女はこくこくと大きく頷いた。

 

 「は、はい!来ました、織斑君の専用機が!」

 

 専用機、その言葉に織斑の表情が強張る。何せ467しか存在しないISの一機だ、その価値は到底計り知れない。データ収集用とはいえ専用機を渡されるということがどういうことなのか、そのくらいは理解しているようだった。感心感心。

 

 ゴォン、と重い音を立ててピットの搬入口が開き、その奥にある織斑のISを露にしていく。穢れなき純白の装甲──今はまだくすんでいるが──を持つ第三世代機、『白式』のお披露目だ。その近くには俺が弄ったラファールも準備されている。

 

 「それじゃ、先に俺から行かせてもらいます。その間に織斑の一次移行(ファースト・シフト)の用意をしておいた方がいいかと」

 

 俺が一夏だった時は一次移行も終わっていない状態でいきなり出撃したが、今は俺というもう一人戦う人物が存在するため、彼にはそれを行う余裕がある。俺の場合は訳が分からずに自滅したけれど、織斑はそうならないことを切に祈った。

 

 未だに呆けている織斑の横を通ってラファールの元へ向かい、そのボディに軽く触れて乗り込む。システム、オールクリア。異常はなし。分かっていたことだがやっぱり専用機に比べれば若干動きにタイムラグが生まれるな。俺が思考してから動き出すまで……誤差0.3秒ってところか。戦場なら致命的な数字だがここはただの競技場だ、そこまで気にすることでもないだろうと割り切った。

 

 「アイン先生……」

 

 「本当に動かせたんですね……」

 

 カタパルトに向かって歩いていると織斑と篠ノ之が交互に呟いたのが聞こえる。そういえば一年生の前で実際に俺がISを使うのは初めてだった。その隣では腕を組んで仁王立ちする織斑先生と、ラファールを見て困惑する山田先生の姿が。余計な装甲とか全部取っ払ってるからなぁ……ラファールの使い手としては驚きを隠せないんだろう。

 

 「よし……じゃあ行きます」

 

 「あぁ、我々教師の実力を見せてやれ」

 

 「が、頑張ってくださいね!」

 

 後ろから先生二人の激励を受け、俺はアリーナへと飛び立った。アリーナには既に、セシリア・オルコットが待っている。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「……織斑先生、アイン先生は強いのですか」

 

 アインが飛び立つ姿を見届けた少女、篠ノ之箒は思わず千冬にそう問うた。千冬は彼女とは目も合わそうとせず、いつものように淡々と答える。

 

 「愚問だな篠ノ之。彼は教鞭を振るう立場の人間だ、弱い訳がなかろう」

 

 「しかし相手は専用機を持った代表候補生です!同じく専用機のある一夏ならともかく、訓練機のアイン先生では機体の性能に差がありすぎるのでは?」

 

 勝てる訳がない、箒は遠回りな言い方だが確かにそう言った。しかし千冬は表情を変えずに彼女の言い分を鼻で笑う。

 

 「ふん、そう思うなら見ておくがいい。一夏、お前は早く白式に乗れ。()()()()()()()()()()()()()()初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を終わらせるぞ、急げ」

 

 「え……は、はいっ!」

 

 突然の指示に困惑するも一夏はすぐに白式へと乗り込んだ。ガシャガシャと装甲が彼の体を包み、一次移行(ファースト・シフト)を行うために膨大な情報が処理され始める。完了までの時間はおよそ三十分だ。

 

 白式が処理を始めるのとほとんど同時に、ピットに設置されたモニターがアリーナの様子を映し出す。既にセシリア、アインの両名は指定の位置に待機しており、開始の時をじっと待っている。セシリアの顔は険しいものとなっており、対するアインは完璧な無表情だ。

 

 そして数秒後──始まりを告げる合図がアリーナに響いた。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「来ましたわね」

 

 「あぁ。待たせてすまない」

 

 ラファールを操り空を駆ける。オルコットは既に専用機『ブルー・ティアーズ』の大型ライフル、スターライトmkⅢを展開しており、観客の生徒達は試合が始まることを今か今かと待っていた。俺もまた一気に上昇し、彼女と同じ高さまで移動する。

 

 「あら、まさかその訓練機でこの私に挑むつもりですの?イギリスの代表候補生たる、このセシリア・オルコットに」

 

 「訓練機だからって油断しない方がいいぞ。来るなら全力で来い」

 

 俺の態度が気に食わないのか、オルコットはキッとこちらを睨んだ。駄目だぜ、淑女がそんな顔をしたら。淑女たる者如何なる時でも優雅に強く、そして高貴なる者に伴う義務(ノブレス・オブリージュ)を忘れてはならないと。セシリアはいつも言っていた。

 

 試合開始まであと僅か、俺は静かに意識を戦闘のそれに切り替える。武装は──まだ出さない、わざわざ始まる前から手札を晒す必要はないからだ。

 

 「……いいでしょう、あなたが私に教鞭を振るうに相応しい教師であるか、見極めて差し上げますわ!」

 

 瞬間、試合開始の合図が響き、それとほとんど同時にオルコットのライフルが放たれた。エネルギー武装の速度は総じて速いのが特徴、しかしその程度は恐るるに足らずだ。必要最低限の動きで以て弾丸を完璧に避けてみせる。立て続けにやって来る砲撃も同じだ。

 

 ──0.3秒のラグがあるなら、その分先に動き出せばいい。

 

 機動力に特化したラファールは白式・零には遠く及ばないものの、それでも結構なスピードを出せている。故に、()()()()()()()()()を避けるくらい実に容易いことだ。

 

 更に俺は未来において本物の戦争を経験している。一発被弾すればそれが死に繋がる世界で、攻撃を避ける技術を伸ばさずにどうして生きられようか。

 

 「くっ……!なんですのそのスピードは!?」

 

 「どうした、これで終わりか?」

 

 「言いましたわね、いいでしょう!行きなさいティアーズ!」

 

 その台詞を皮切りにブルー・ティアーズの非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が次々に動き出す。ブルー・ティアーズの切り札、ビットだ。合計四基のそれらは俺を取り囲むように展開され、一斉に攻撃を始める。前後左右に加えて上下からも、ありとあらゆる方向からレーザーの嵐が俺を襲う。

 

 ──だが、()()()()()

 

 ラファールに少しだけ無理な動きを強いて放たれた砲撃を悉くかわしていく。小刻みにスラスターを点火、関節部の捻り、PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を操作して自由落下さえも動きに混ぜる。端から見れば俺は今、実に変態的な動きをしていることだろう。

 

 そんな具合で攻撃を全て回避されて焦り始めたのか、だんだんとビットの動きが単純になってくる。そこを決して見逃さず、俺は素早く両手にショートソードをコール、ビットの軌道を予想してそれらを投擲した。二基のビットはまるで自ら当たりに来たかのように予想した所にやって来て、ガッ!と音を立ててショートソードがその砲口に突き刺さる。

 

 「そんなっ!?」

 

 ありえないと言わんばかりに叫ぶオルコット。まだだ。俺はすぐに投擲したばかりのショートソードの持ち手を掴むと、突き刺さった今にも爆発しそうなビットを別の二基へと全力で叩き付けた。一気に四基分のビットが大爆発を起こし、ラファールのシールドエネルギーが大きく減少する。それでも、これでビットは全て破壊した。凄まじい爆炎の中から現れる異形のラファール、まるでホラーだな。

 

 「わ、私のティアーズが……!」

 

 予想外の事態にオルコットは呆然とする。訓練機ごときにティアーズがやられる筈が、とでも言いたそうだ。彼女には残念だが相手が悪かった。ブルー・ティアーズのレーザーも、ビットによる攻撃も、未来のセシリア・オルコットを知る俺には通用しない。

 

 

 

 ──合計三十二基のビットを自在に操り、

 

 ──かつ、それら全てでのBT偏光制御射撃(フレキシブル)を可能にし、

 

 ──そして自身はブレード片手に接近戦を挑んでくる。

 

 

 

 そんな本気で目を疑いたくなるようなことを涼しい顔でやってのける彼女と一緒にいたのだ、いくら速くとも真っ直ぐにしか飛ばないレーザー程度に当たるものか。

 

 スターライトmkⅢから放たれる砲撃をかわしながらオルコットへの接近を始める。ブレードの届く範囲に入れば俺の間合いだ。拡張領域(バススロット)からサブマシンガンを取り出してばらまくように撃ちまくる。ダメージを与えることが目的ではない、オルコットにこちらを狙撃させる余裕を与えないことが狙いだ。

 

 そして生まれる一瞬の隙、迷わず俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行って、一気に距離を詰めた。それを見たオルコットが不敵に笑う。

 

 「残念ですが、ティアーズのビットは六基ありましてよ!」

 

 ガコン、とオルコットの腰辺りに取り付けられたミサイルタイプのビットがこちらを捉える。俺と彼女の間にはもう十数メートルしかなく、しかも俺は瞬時加速中で直進しか出来ない。これが当たれば俺のシールドエネルギーは確実に尽きるだろう。それを分かっているのか、オルコットもしてやったりと笑みを浮かべた。

 

 ──しかし、あくまで()()()()の話だが

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)という技術がある。武装の展開に掛かる時間を極限まで短縮する高度な技術であり、俺の知っている中ではシャルが最も得意としていたものだ。一見すると地味な技術のように思えるが、これは言わばじゃんけんの後出しのようなものであり、相手の動きを見てから自分の武装を決めることが出来るのだ。ちょうど、今の状況のように。

 

 俺は両手のショートソードを高速切替でハンドガンに変更、こちらを捉えたビットの砲口目掛けて引き金を引いた。放たれた弾丸は発射されたばかりのミサイルを撃ち抜き、ビットを巻き込んで爆発を起こす。そしてそれは当然、ビットを直接取り付けていたオルコットにも衝撃は及んだ。結果、爆風に煽られたオルコットは俺を目の前にして決定的な隙を晒した。

 

 「ひっ……!?」

 

 「遅い!」

 

 再び高速切替でハンドガンをショートソードにチェンジ、スターライトmkⅢごとブルー・ティアーズを斬り裂いた。しかしまだオルコットのシールドエネルギーは残っている。スラスターを噴かして素早くターンし、もう一度オルコットへと斬り掛かった。

 

 誰もがその攻撃が通り、オルコットが敗北することを悟っただろう。だが俺には彼女の瞳が見えていた、驚愕に染まりながらもまだ勝負を諦めていない、気高き戦士のそれを。

 

 

 

 「インターセプター!」

 

 

 

 ギィン!と音を立ててブレード同士がぶつかる。ブルー・ティアーズに装備された唯一の近接武装、インターセプター。直接声に出してコールするという代表候補生にはあるまじき行為をしてでも、自らのプライドを傷付けてでも、彼女は最後まで足掻くことを選んだのだ。それがどれだけ惨めでも、かっこ悪くても、セシリア・オルコットは諦めるような真似はしなかった。

 

 

 

 ──例えビットが全て尽きようとも、エネルギーが僅かでも、この身がある限り私は諦めませんわ。

 

 ──このセシリア・オルコットを侮らないことですわね。窮鼠猫を噛む、油断していればその首貰い受けますわよ?

 

 ──さようなら、一夏さん。愛していますわ、あなたのことを。

 

 

 

 「見事だ、代表候補生」

 

 「……あっ」

 

 二本のブレードが織り成す無数の斬撃が、オルコットのシールドエネルギーを全て削った。

 




 アイン 旧名織斑一夏。完璧主義者であり、全く使えなかった銃火器の類いを逆行してからは死ぬ気でマスターした。高速切替に掛かる時間はおよそ0.15秒、シャルロット(15歳)より僅かに速い(という設定)

 箒(未来) アインと恋人関係になってからは性格が一気に丸くなった大和撫子。コンプレックスだった大きなおっ○いは立派な武器にジョブチェンジしている

 セシリア(未来) 専用機は『血涙(ブラッド・ティアーズ)』。合計三十二基のビットでフレキシブルを行いながら接近戦を挑むイギリス最強のIS乗り。また貴族としても完璧な存在であったが、諦めの悪さも人並み以上に持ち合わせていた

 シャルロット(未来) アインの知る限り、高速切替を最も速く使いこなす操縦者。掛かる時間は0.08秒と最早呆れるしかない速さ


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5話 終わりと独白と始まり

 遅れました、申し訳ありません。FGOで魔神柱を狩りまくってました

 とりあえず年明けるまでにもう1話くらい更新したいです


 「大丈夫か、オルコット」

 

 「は……はい」

 

 試合終了後、シールドエネルギーが全損してブルー・ティアーズを維持出来なくなったオルコットを抱えて、俺は織斑達がいる方とは反対のピットに彼女を運んでいた。ちなみに体勢はお姫様抱っこ、やる方もやられる方も少し恥ずかしいがそれを除けばおんぶの次くらいに安定する運び方だ。

 

 「よっ……と、到着」

 

 「あ、ありがとうございます……あれ……?」

 

 ゆっくりとピットへ着地してオルコットを下ろす。ただ彼女は足に力が入らないのか、妙にふらついていて危なっかしい。慌ててISから降りて支えてやり、そしてちょうど腰を掛けれそうな場所があったのでそこに座らせる。

 

 「す、すみません、アイン先生」

 

 「いや。それよりも大丈夫か?体の具合が悪いとか、痛むところがあるとか、そういうのは?」

 

 「いえ……ありませんわ」

 

 良かった、俺は胸を撫で下ろした。教師が生徒に怪我をさせるなんてあってはならないことだからな。

 

 しかしこれはやりすぎたかもしれない。オルコットのブルー・ティアーズは大半の武装が破壊されており、今日中に試合をもう一度行うことは出来ないだろう。今すぐにでも連絡を取れればいいのだが、生憎今の俺はISスーツ一枚で連絡を取る手段を持って──いや、ISを使えば可能だな。俺はオルコットに一声掛けてからすぐにラファールに乗り込み、コア・ネットワークを利用した通信を開く。繋ぐ相手は織斑の白式だ。

 

 『あー、あー、こちらアイン。織斑、聞こえるか?』

 

 聞こえたら返事を、そう言いかけた俺は気付いてしまった。もしかしたら織斑は通信のやり方を知らないんじゃね、ということに。というかもしかしたらではない、間違いなく使えないわ。

 

 しかしこれ以外に向こうと連絡を取る手段はない。オルコットからも目を離せないし、織斑が聞こえているものと信じて通信を続ける。

 

 『……すまない、返事はしなくていいから今から言うことを織斑先生に伝えてほしい。オルコットの機体の損傷が激しく今日中に試合を行うことは困難です、織斑とオルコットの試合は後日に行いましょう、とな。頼むぞ』

 

 切実に祈りながら通信を終える。きちんと繋がってたから届いてはいるんだろうけど……不安だ。とりあえずラファールからは降りてオルコットの傍へ移動する。さっきから彼女は俯きっぱなしでなかなか顔を上げようせず、その様子は見ていてだんだんと不安になってくる。本当に大丈夫だよな……

 

 「オルコット、一先ず試合はこれで終わりになりそうだ。今日はもう部屋に戻ってしっかり休むといい。もし辛いのなら、俺でよければその辺まで付き添うが……」

 

 「……いえ、一人で大丈夫ですわ」

 

 ポツリと返事をしてなんとも重い足取りでピットから出ていこうとするオルコット。俺はそんな彼女を呼び止めることはせず、ただその背中に向けて口を開いた。

 

 「オルコット、最後の一撃はよく防いだな。流石代表候補生だ。いい試合だったぞ」

 

 「……っ」

 

 一瞬だけ足が止まるがそれでも彼女は振り返らずに、逃げるようにしてピットから出ていく。その数秒後、アリーナに山田先生の放送が響き渡った。内容は今日の試合は終了し、織斑とオルコットの試合は後日に行うというもの。つまり、俺が織斑先生に伝えた内容がほとんどそのまま放送されたのだ。

 

 俺はラファールに乗り込み、ラファールの状態を確認する。直接受けたダメージこそビットの爆発だけだが、案の定駆動系の損傷が酷く、回路の一部が焼き切れかかっていた。結構滅茶苦茶な使い方したしこんなもんか。

 

 その後、これ以上の負担を与えないように細心の注意を払いながら、俺は元のピットに向かって飛び立った。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 「……」

 

 サーッと流れるシャワーが少女、セシリア・オルコットの体を伝う。アインとの試合を終えた彼女は現在、更衣室に備えられたシャワールームにて戦いで火照った体を冷ましていた。しかし、火照る体は先程から一向に静まる気配がない。

 

 セシリア・オルコットは敗北した。言い訳のしようもない完敗だ。相手が男だからと軽んじ、そして訓練機だからと油断した。その結果がこれだ。そんな自分がどうしようもなく嫌になり、胸の奥が締め付けられるような痛みに襲われる。しかしそんな時に頭に浮かぶのは、何故か自分を倒した相手のことだった。

 

 「アイン……先生……」

 

 燃え尽きた灰のような長髪に、左目に付けられた黒の眼帯から隠しきれずに覗く火傷の痕。装甲が限界まで減らされたラファールを駆り、圧倒的な操縦技術で自らを撃破した一人の男だ。

 

 セシリアの父は弱い男だった。常に周りの顔色を伺い頭を下げる、そんな頼りない大人だ。彼女の母親が対称的なまでに素晴らしい人だったこともあり、幼いセシリアの目には父がこの上なく情けなく見えた。

 

 ──将来、父のような情けない男性とは結婚しない。

 

 いつの間かセシリアにはそんな思いが芽生えていた。そしてその芽は彼女の成長と共に大きくなり、男という生き物は父のように情けない存在である、というものに変わった。女尊男卑的思想を持つ彼女の根底には、こういった幼い頃の経験が関係していたのだ。

 

 「(でも……あの人は……)」

 

 セシリアは思い出す。ラファールを操りビットの攻撃を避けていたアインを。両手にブレードを携え爆炎より飛び出したアインを。そして──まるで吸い込まれてしまいそうな、真っ黒な右の瞳を。

 

 男など弱い生き物だ。

 

 男など情けない存在だ。

 

 しかしアインの目は強かった。代表候補生、専用機持ちというセシリアを前にしても全く怯まず、どこまでも真っ直ぐな意志を宿した眼差し。今まで一度も見たことのないその強い瞳、そして言葉や態度の節々から溢れる優しさに、彼女はどうしようもなく惹き付けられた。

 

 「(知りたい……あの方のことを……もっと……もっともっと……)」

 

 火照る体は、まだ当分静まりそうになかった。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 織斑とオルコットの試合は翌日に行われることがその後の職員会議で決定した。そして翌日、俺は現在オルコット側のピットで待機していた。織斑の方には織斑先生と山田先生がついており、オルコットもまた一年一組の生徒であるため、副担任である俺がつくことになったのだ。

 

 「調子はどうだ、オルコット」

 

 「問題ありませんわ。勿論、ティアーズの方も」

 

 「それは良かった」

 

 微笑むオルコットに俺はそう返事する。どういう風の吹きまわしか、昨日の試合以来やけに彼女の態度が柔らかくなったような気がするな。具体的には刺々しい雰囲気が丸くなっていたり、俺を見る目が睨むようなそれからやや熱いものに変わっていたり。

 

 

 

 それに妙な既視感(デジャヴ)を感じるのは気のせいであってほしい。いやだって俺先生だし……生徒と教師が()()()()()()って、流石にまずいだろ。

 

 

 

 そんなことを考えている間にも、試合開始時間はどんどん近付いてくる。カタパルトまで移動したオルコットはブルー・ティアーズを展開、脚部をしっかりと固定した。そして飛び出す前に、こちらへ振り向く。

 

 「行ってきますわね、アイン先生」

 

 

 

 その姿が、二年後の彼女(セシリア)と重なった

 

 

 

 「……あぁ、頑張ってこい」

 

 ガコン、と音を立ててカタパルトが動き出し、そのままブルー・ティアーズを射出する。それと同時にアリーナの様子がモニターに映し出された。向こう側のピットからもちょうど今、一次移行(ファースト・シフト)済みの真っ白なISを纏った織斑が姿を現す。だが、まだその操作に馴れていないのかその動きはなかなかに危なっかしくて、見ている俺の方が不安を煽られた。

 

 『悪い、待たせたか?』

 

 漸く位置についた織斑が申し訳なさそうに訊ねる。それにオルコットは微笑と共に答えた。

 

 『いいえ。それがあなたの専用機なのですね、織斑さん』

 

 『あぁ、白式って言うんだ』

 

 いい名だろ、と笑ってみせる織斑。代表候補生を前にしているというのに彼は怖じ気づいた様子はない、むしろ戦うことを楽しみにしているようにも見えた。あのやる気は一体どっから湧いてきてるんだろうなぁ……

 

 『初心者のあなたには申し訳ありませんが手は抜きませんわよ。このセシリア・オルコット、代表候補生として全力であなたを倒しますわ!』

 

 『おう。でもな、俺だって強くならなくちゃいけないんだ。誰よりも強くなって千冬姉を、家族を守ってみせる!』

 

 ──守ってみせる、ね。

 

 俺は織斑の言葉にふっと笑みを溢す。随分と懐かしい言葉を聞いたものだ。

 

 俺には家族(千冬姉)を守ることは出来なかった。俺の未熟が千冬姉を殺したのだ。マドカとの戦いに、死地へと赴くあの人を、俺は止めることが出来なかった。

 

 でもあいつなら──織斑なら、きっと……

 

 皆が見守る中で開始を告げるブザーが鳴り響き、二人の若きIS乗りがぶつかった。

 




 セシリアはチョロイン可愛い。ちなみにこの後、一夏にも惚れた模様。アインも一夏も大体同じだからね、しょうがないね

 アイン 旧名織斑一夏。知らず知らずのうちに惚れられていた。恋愛経験者のため、人からの好意にはなかなか鋭い。セシリアとの試合後、ラファールを元に戻す作業に追われて若干寝不足

 セシリア(未来) 御淑やかでスタイルも抜群、ついでに金髪碧眼で強い。ヒロイン属性の塊みたいな人

 千冬(未来) アインの姉。世界最強のIS乗り


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6話 二人の会談

 26日に日間ランキングにインしたと思って、気付けばお気に入り数が3倍以上に増えてて思わず手が震えた。評価して下さった方々、お気に入り登録して下さった方々、ありがとうございます

 ランキングの ちからって すげー!


 「それでは、織斑君のクラス代表就任を祝って──」

 

 「「「「「「「かんぱ~い!!!」」」」」」」

 

 パンパンパン、とクラッカーの弾ける音が食堂に響く。それを皮切りに生徒達は一斉に盛り付けられた料理へと向かっていった。ワイワイとあちこちから楽しそうな声が生まれ、静かだった空間が一気に騒がしくなる。

 

 現在行われているパーティは分かる通り、一年一組クラス代表の決定を祝うものだ。主役は当然織斑一夏、当の本人はこの場の空気に圧倒されたのか呆然としている。が、すぐ周りに人だかりが生まれて見えなくなった。

 

 今から二週間程前に行われたクラス代表決定戦は、俺が経験したのとほとんど同じ結果に終わった。序盤はオルコットのビットに織斑は翻弄されていたが次第に巻き返し、最後にはあと一歩というところで白式の単一仕様能力(ワンオブ・アビリティー)『零落白夜』のデメリットでエネルギー切れとなってしまったのだ。

 

 試合には負けたものの初心者が代表候補生相手に一歩も引かず、あまつさえ追い詰めてみせた。やはり世界最強のIS乗りの弟、その才能は尋常ではないということだろう。見ていた生徒達、それに戦ったオルコットも同じことを感じたのか、最終的に彼女がクラス代表を辞退し織斑へ譲ることで一連の出来事は終わりを迎えたのである。

 

 いやはや、それにしても凄いもんだ。俺もかつては織斑一夏であった以上、自画自賛のように聞こえるかもしれないが、彼の才能ははっきり言って異常だ。今はまだ未熟だがこれからどのように成長していくのか、教師としては非常に楽しみな逸材である。勿論、彼がいくら強くなろうとも俺は負ける気など全くないが。

 

 「一人で何を黄昏ているのだ、アイン先生」

 

 その一言にふと顔を上げれば、飲み物の入ったコップを片手に持った織斑先生の姿があった。コップの中身は……酒、だろうか。これはあくまで生徒達の集まりなのだから、酒なんてものがある方がおかしいのだが……まさか自分で用意したのか?

 

 「……いえ、少し考え事を。織斑先生こそどうして俺のところに?」

 

 「あまり賑やかなのは落ち着かんのでな。あぁ、隣いいか?」

 

 「どうぞどうぞ。あ、これどうです?パーティってことで焼いてきたんですけど」

 

 「戴こう」

 

 即答した織斑先生は俺の目の前にあったクッキーに手を伸ばす。未来において虚さんに伝授してもらった特製のクッキーだ、味はお墨付きである。案の定、織斑先生はそれを口に入れた途端に表情を綻ばせた。

 

 「……美味いな」

 

 「そりゃ良かった。気に入って頂けたなら何よりです」

 

 俺は小さく笑って紅茶の入ったカップを口に運んだ。彼女から視線を外して生徒達の方を見れば、織斑が見覚えのある二年生に声を掛けられている。あれは新聞部の生徒だ。名前は……黛だったか、一時期しつこいくらいに付け回されていたのは良く覚えている。なるほど、新聞部としては織斑は格好の獲物という訳か。

 

 「……すまないな、()()()

 

 不意に隣からポツリと謝る声が聞こえて俺は動きを止める。いつものような覇気がなく、そして弱々しい声だ。俺は織斑先生の意中を図ることが出来ず、ただ次の言葉を待った。

 

 「一夏のことはお前に任せっきりだ。私はあいつに厳しく当たるだけで、姉らしいことが何一つ出来ていない」

 

 酔いのせいか、口の軽くなった織斑先生から次々と心中が吐露されていく。一夏に失望されていないだろうか、姉として失格ではないのか、等々。コップの中身を煽りながら弱音を溢すという、普段の様子からは考えられないその様子に俺はただ無言で耳を傾けた。この食堂中が賑やかな筈なのに、俺達の周りだけが静かになったかのような錯覚を覚える。

 

 これは恐らく自己嫌悪だ。教師だからという理由で、何よりも大切な存在に誰よりも厳しく接してしまう。織斑のことを想うが故の行動の筈なのに、理不尽とも捉えられかねない振る舞いをしてしまう。そんなことを繰り返す自分に、この人は心底嫌気が差しているのだろう。

 

 

 

 なんというか、相変わらず不器用な人だ。

 

 

 

 「……すまない、妙なことを言ったな。忘れてくれ」

 

 「……それ、考えすぎですよ」

 

 俺の台詞に俯いていた織斑先生が目を丸くして此方を向く。頬の辺りがやや赤く染まっており、漂う酒気から随分と酔っているのが分かる。

 

 「織斑の奴、今日の授業で急停止に失敗して地面に大穴を開けましたよね?それ埋めてる時に言ってました、『こんなんじゃ千冬姉を守れない』って」

 

 「……」

 

 織斑先生は無言のままだ。俺が話し、先生が聞く。いつの間にか、さっきとは反対の構図になっていた。

 

 「『世界一のIS操縦者、その弟が弱くちゃ千冬姉の格好がつきません。だから、俺は強くなりたいんです』、彼はそうも言ってました。話を聞いているだけでも織斑がどれだけ先生を尊敬しているのかが良く分かりましたよ。だから──

 

 

 

 大丈夫です、()()()()の想いは織斑にちゃんと届いていますよ」

 

 

 

 

 アインという教師として、そしてかつて織斑一夏だった者として、最後の一言だけは自信を持って断言出来る。織斑一夏にとって織斑千冬とは姉であり親も同然の存在だ。自分を自分たらしめた大切な人を、どうして疑い失望するようなことが出来ようか。

 

 織斑先生は何も言わなかった。俺の言葉を聞きながら、ただただじっと目を伏せている。そして不意にその肩がぐらっと揺れ……ゆっくりと俺の肩へと下りてきた。

 

 「……すぅ……すぅ」

 

 「……ははっ」

 

 穏やかな寝息に思わず苦笑する。参ったな、この人が潰れるなんて考えてもみなかった。結構酒には強かったんだけどなぁ……このパーティの騒がしくも賑やかな雰囲気に呑まれたということだろうか。

 

 俺は肩の辺りに寄り掛かってすぅすぅと眠る織斑先生を少しだけ眺めた。こうやって彼女が無防備な姿を晒すことなど滅多にない。こうして見るとやはり美人だということをあらためて思い知らされる。いつもの不機嫌そうにも見える表情はすっかり緩みきっており、また酒に酔ったせいで上気した肌がやけに色っぽい。

 

 

 

 ──なんだこの人、超可愛いな。

 

 

 

 一瞬頭に写真でも撮っておこうかという邪な考えが過るが、バレた時に命を取られかねないので断念した。一度死んだ身とはいえ命は惜しい。心の中に今の彼女をしっかりと刻み込み、一度深呼吸をしてから起こさないようにゆっくりと背負う。所謂、おんぶの体勢だ。多分、皆騒ぐんだろうなぁ……

 

 「キャアアアアアアアア!!」

 

 「千冬お姉様ァ!!」

 

 「素敵!素敵だわ!」

 

 「我が生涯に一片の悔いなし」

 

 案の定、パシャ、パシャとあちこちからシャッターを切る音と黄色い叫び声が聞こえる。これだけで如何に織斑先生が慕われているか、尊敬されているかが良く分かるだろう。

 

 「織斑、先生を部屋へ送り届けてくるまでここを空けるからな。すまないが戻るまで皆を宜しく頼む」

 

 「は、はい!」

 

 織斑に声を掛けてから俺は食堂を出る。山田先生がいてくれたら問題なかったんだがなぁ……こんな日に限って体調不良とは運のないことだ。とりあえずオルコットからの視線が特に痛かったがそこはスルーしておく。

 

 食堂から出るとそこは中の熱が嘘のように冷たかった。だんだんと暖かくなってきているとはいえまだ四月の下旬だ、気紛れに吹く風には肌寒さを感じる。尤も、織斑先生を背負う背中は大変暖かいのだが。ていうかこの人体重軽いな。女の子っては皆こうなのか?

 

 「む……ぅん……いちか……」

 

 「あー……はいはい、一夏はここにおりますよ。だから安心してくれ……千冬姉」

 

 「……ん」

 

 ギュッと、後ろから回されていた腕に力が入ったような気がする。全く、一夏()もシスコンなのは認めるがこの人も大概ブラコンだな。まぁ両親のいない家庭だったし、こうなるのも必然だと言えるかもしれない。時折、耳元に掛けられる吐息に驚きながらも俺達は無事に寮監室の前まで辿り着いた。だが、ここで一つ問題が発生する。

 

 「(部屋の鍵、持ってねえや……)」

 

 恐らく織斑先生自身は持っているのだろう。だが当人は現在俺の背中でお休み中だ。鍵を出してと頼んだところで意味はないし、ましてや俺が彼女の体中をまさぐって探すなんてのは論外だ。

 

 「(……しょうがねえか)」

 

 俺は織斑先生を起こさぬよう気を付けながらポケットより自室の鍵を取り出し、目の前の扉とは隣側にある扉へ突き刺す。ガチャッと音がするのを確認してから扉を開け、部屋のベッドへゆっくりと彼女を下ろした。靴やネクタイ、上着を脱がせ、カッターシャツのボタンを幾つか外して寝苦しくならないようにする。

 

 「むぅ……すぅ……」

 

 「こんなもんかな……」

 

 横になった彼女へ布団を被せながら呟く。後は書き置きくらいは残していけば大丈夫だろう。胸ポケットから取り出したメモ帳のページを一つちぎり、さらさらっと一言を書いて机の上に置いた。うん、これでいいか。

 

 最後に俺は織斑先生の寝顔を一瞥した。これが箒とかセシリアとかの恋人関係の女性だったなら、迷わず唇にキスの一つでも落としていくのだが……織斑にあの場を任せている以上、今は早く食堂に戻らなければならない。電気を消せば部屋は暗闇に包まれて静寂が訪れる。

 

 「お休みなさい、千冬さん」

 

 その一言だけを言い残し、俺は部屋を後にした。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「ん……んんっ……!」

 

 カーテンの隙間から射し込む光に織斑千冬は目を覚ます。目覚めて最初に感じた軽い頭痛に微睡んでいた意識が覚醒し、一度大きく背中を伸ばした。

 

 「(ここ、は……)」

 

 軽く辺りを見回せば自分が同僚の部屋で眠っていたことに気が付く。綺麗に整理整頓された、やや殺風景にも見えるこの部屋を彼女は良く知っていた。そしてその部屋で自分が眠っていたということは──

 

 「(少し酒を飲みすぎたか……またあいつに迷惑を掛けたな)」

 

 酔い潰れた千冬がこうしてアインの部屋に運び込まれることは、何も初めてのことではない。むしろ毎度のこととも言えるだろう。

 

 ノロノロとベッドから出た千冬は、机の上に置かれた書き置きに目をやる。こうしてアインが書き置きを残しているのもいつものことだった。さっと内容に目を通した千冬は軽く身嗜みを整え、上着を羽織って部屋を出る

 時刻はまだ早朝の五時前、故にこの一年生学生寮はしんと静まり返っていた。カツカツと階段を上がる音さえも千冬にはやけに大きく感じる。そしてそのまま彼女は屋上へと至り──そこで空を見上げる()を見た。

 

 「おはようございます、織斑先生」

 

 「……あぁ、おはよう」

 

 声を掛けようとしたその寸前、先に向こうの方から声を掛けられたことに千冬は一瞬面を食らう。その男は、アインはそんな千冬を見て、まるで悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑った。その口にはゆらゆらと煙を上げる煙草が咥えられており、いつもとは違った姿を見せている。まだ完全に昇り切らない太陽を背にしたアインの姿に、千冬は思わず見蕩れて足を止めた。

 

 「気分の方はどうです?」

 

 「……問題ない。いつもすまないな、アイン」

 

 「いえいえ、大したことはしてませんよ」

 

 そう言ってアインは煙草の灰を携帯用灰皿に落とした。その拍子に灰の長髪がふわりと揺れる。行動の一々が絵になる男だ、千冬は彼を内心でそう評価した。止まっていた足が動き出し、自然とアインの隣へと並ぶ。海の上に輝く太陽の光が眩しく、思わず光に向かって手を(かざ)した。

 

 「……いい朝だな」

 

 「ええ、全くです」

 

 千冬の言葉にアインは頷く。会話はないがこの静けさが二人には心地良かった。何をする訳でもなく、千冬とアインはただぼんやりと太陽の昇っていく青空を眺め続けた。

 




 アイン 旧名織斑一夏。パーティ終了後は片付けに追われ、最終的に学生寮の屋上で一夜を明かした。煙草は生徒のいないところで嗜む程度

 虚(未来) 刀奈専属のメイドさんであり親友。セシリアと並んでアインに礼儀作法を教えた人物でもある。これによりアインは仕えられる側、仕える側の両名から指導を受けることとなった


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7話 転校生は恋する少女

 あけましておめでとうございます、今年も宜しくお願いします

 という訳で新年一発目の投稿になります。お気に入り数が1000を突破して感謝感激の極みです、これからも是非お付き合いください


 二組に転校生がやって来る。

 

 朝の職員会議で確認されたその事実に俺は一人、なんとも言えない懐かしさを覚えた。その転校生とは現中国の代表候補生であり、より具体的に特徴を上げるのならツインテールに八重歯、得意料理は酢豚でついでに織斑一夏に惚れている小柄な少女だ。

 

 

 

 そんな少女の名前は、凰鈴音(ファン・リンイン)

 

 俺のセカンド幼馴染みにして二年後の未来において第五世代機の一つ『神龍(シェンロン)』を駆った大切な恋人の一人である。

 

 

 

 「やけに嬉しそうだな、アイン先生」

 

 「あれ、そんな風に見えました?」

 

 「口元が上がっていたぞ。転校生とやらがそんなに気になるのか?」

 

 二人並んで教室に向かいながら俺は織斑先生の台詞に苦笑する。確かに転校生が凰鈴音である以上、気にならないと言えば嘘になるだろう。

 

 だが俺の知る鈴と今を生きている鈴は別人だ。面影を見るくらいのことはあるかもしれないが、手を出すような真似をするつもりは毛頭ない。彼女を幸せにするのは織斑一夏であって、(アイン)ではないのだから。

 

 

 

 あと一つ言わせてもらうなら今の鈴──もとい凰より未来の鈴の方が好きだしね、俺。あの慎ましい体つきとか甘えてきた時の可愛らしさとか。それでいて包容力にも富んでたんだから、あれはきっといいお母さんになってたんだろう。つまり何が言いたいかと言うと、鈴にゃん可愛いぜってことだ。

 

 

 

 「なっ……!?何言ってんのよアンタは!」

 

 一年一組の教室を目前にしたちょうどその時、随分と懐かしい怒鳴り声が聞こえてきた。教室の入口からはチラチラとツインテールの人影が覗いている。間違いない、凰だ。確かクラス代表戦へ向けての宣戦布告に来たんだったかな、どうも記憶が曖昧になってきていていけない。というか、一瞬心を読まれたみたいで驚いたぞ。

 

 「おい」

 

 「何よ!」

 

 あっ、と思った時にはもう遅かった。入口を塞ぐように立っていた凰の脳天に織斑先生の出席簿が直撃する。ゴスッという、相変わらず出席簿が出した音とは思えない程重い音が教室及び廊下に木霊した。

 

 「邪魔だ。あと時間を見ろ、もうSHRの時間だぞ」

 

 「ち……千冬さん……」

 

 「織斑先生と呼べ。もう一度食らいたいか?」

 

 その一言に凰は涙目になって頷きながら、脱兎のごとく凄まじい勢いで二組の教室へと逃げていった。織斑との感動の再会だっただろうに……憐れ凰、タイミングが致命的に悪かったな。生徒達皆がポカンと口を開けている中をずんずんと進んでいく織斑先生の背中を眺めながら、俺は内心で凰へ合掌し、その後を追うように教室へと入っていった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 さて、時間は飛んでお昼休みになった訳だが、今日の授業は出席簿が唸るわ、注意の声が響くわの大変なものになった。それもこれも、授業に集中していなかった篠ノ之とオルコットが悪い。突然想い人の幼馴染みを名乗る子が現れて混乱したり苛立ったりする気持ちは分からんでもないが、それでも教師としては授業くらいしっかり受けてほしいもんだ。ほら、ISって宇宙用のマルチフォーム・スーツだけど、見方を変えれば完全に兵器だし。

 

 「お前のせいだ!」

 

 「あなたのせいですわ!」

 

 で、その結果がこれときた。なんという理不尽、織斑は泣いていい。まぁ痴話喧嘩を止めるのは俺の管轄外なので、織斑からの助けてと懇願する視線は敢えて無視する。このくらいの喧嘩であたふたするようではこれからやっていけないぞ、織斑少年。何せ、お前の彼女はどんどん増えるんだからな。

 

 職員室に戻るとそこでは食堂へ行こうとしていた織斑先生を発見、ちょうどいいので同行を申し出て二人で食堂へと向かった。チラリと隣を確認すると先生の表情が僅かに──それこそ、俺と織斑くらいにしか分からないくらいにだが──緩んでいる。

 

 

 

 なんていうかね、卑怯だよそれは。

 

 

 

 「織斑先生、何食べます?奢りますよ」

 

 「ふむ、では日替わりランチで。すまないなアイン先生」

 

 「気にしないでください。んじゃ俺も同じものを」

 

 野口を一人券売機に食べさせて食券二枚につり銭を回収すると、今のやり取りを聞いていた生徒達がきゃいきゃいと騒ぎ始めた。やれ夫婦だの、やれ恋人だの。残念ながら俺と織斑先生はただの同僚だ、そのような関係では断じてない。なので織斑先生、その口では「煩い者ばかりだな」とか言っておきながら、満更でもなさそうなのは勘弁してください。意識しちゃうじゃん俺も。

 

 「はい、日替わりランチ二つ出来たよ~」

 

 「ありがとうございます。織斑先生、出来ましたよ」

 

 「あぁ」

 

 食堂のおばちゃんにお礼を言ってからランチを受け取り、誰も使っていなかったテーブルの一つに腰を下ろす。今日のメニューはご飯に味噌汁、そして焼き魚か。シンプルだがここの料理はなんであれ非常に美味しいことは重々理解している。鼻孔を擽る匂いに空腹感が湧いてきた。

 

 「「戴きます」」

 

 手を合わせてから小さく頭を下げ、そして料理へ箸を伸ばす。うん、美味しい。

 

 「美味いですね、織斑先生」

 

 「そうだな。だが──」

 

 織斑先生は一度言葉を区切り、そして俺の方へとはっきりと微笑んで言った。

 

 

 

 「私はアインの料理の方が好きだな」

 

 「……千冬さん、そりゃ反則ですよ」

 

 

 

 俺は思わず目を逸らした。自分でも顔が赤くなっているのが分かるくらいに熱い。落ち着け俺、クールになるんだ。あぁもう畜生、なんなんだよこの人は。卑怯だ、いきなりあんな笑顔を見せてくれるなんて。完全な不意打ちだった。ていうか、なんで自分で言っておいて恥ずかしくなってんの?真っ赤になりながら上目遣いでチラチラ見ないでくださいよ、可愛すぎるって。

 

 「……すまなかった」

 

 「いえ……なんかすみません」

 

 なんだかとっても気まずくなった俺達はお互いに無言で食事を再開した……が、全くと言っていいレベルで味が分からない。これはあれだ、いつだったかシャルの咥えたクッキーをキスと一緒に口へ捩じ込まれた時と似ている。あの時も凄まじい衝撃のせいで味が全然分からなかったな。

 

 なんにせよここが学園の食堂で、周りに生徒の目があって本当に良かった。ついでにその子達の視線が揃いも揃って騒ぐ織斑達に集中していたのも。テンパって魚の骨がなかなか取れない千冬さんを見て、俺は切実にそう思った。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「ア、アイン先生!助けてください!」

 

 夜、クラス対抗戦(リーグマッチ)についての会議を終えて寮監室に戻ったばかりの俺の元に、織斑が血相を変えてやって来た。首を傾げながらもとりあえず織斑の後についていけば、お互いに言い争っている篠ノ之と凰の姿が。そういえばこんなこともあったかもしれないと思いながらも一応状況を聞いておく。

 

 「織斑、これはどういう状況だ?」

 

 「えっと鈴……じゃない、凰がほう……篠ノ之に部屋を替わってって言いに来て、分からないんですけどそれで口論に」

 

 なるほどね、大体理解した。結論から言わせてもらうなら部屋替えというのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()とか()()()()()()()()()()()()()()()()とかの余程の事態でもない限り、基本的には認められていない。学園側の定めたことは一生徒の我が儘程度では替えられはしないのだ。という訳で残念だが凰には引き下がってもらうしかないな。

 

 「おい二人と「とにかく部屋は替わらない!出ていくのは貴様の方だ!」……二人共~?」

 

 「ところで一夏、約束覚えてる?」

 

 激昂する篠ノ之を清々しいまでにスルーした凰。それは火に油を注ぐも同然だ。無視された篠ノ之は怒りの余り、ベットの横にあった竹刀を手に取り──って、それは流石にまずい。

 

 「ちょ、馬鹿──」

 

 織斑の声とほぼ同時に竹刀の直撃する音が響いた。誰が言ったのか、「あっ……」という声がポツリと溢れる。

 

 「篠ノ之」

 

 俺は()()()()()()()()()()()()()それを握る彼女を見据えた。

 

 「剣道経験の長い君が本気で剣を使えばどうなるか、分からない訳がないよな?」

 

 しかも狙いは完全に頭だったのだから質が悪い。ついでに、と俺は自分の後ろで右腕にISを部分展開した凰へ目をやった。

 

 「今回は正当防衛だから見逃すが、許可されていないISの展開は禁止されている。以後、気を付けるように」

 

 「……アンタが一人目の男ね」

 

 不機嫌そうに俺を睨みながら凰は口を開く。やれやれ、受け止めたのは余計なお世話だったかな。竹刀をやんわりと押し返し、やや痺れの残る()()を適当に振る。生身だったらきっと保健室行き待ったなしだっただろう。恐ろしいことには違いないが、これが箒相手だったなら保健室どころか即天国逝きだったのでまだ優しいものだと思える。

 

 「一年一組副担任、ついでにここの寮長も務めるアインだ。君の言っていた部屋替えは原則禁止だ、残念だが大人しく諦めてくれ」

 

 「ちっ、あっそう」

 

 舌打ちと共に凰はさっと顔を俺から織斑の方へと向ける。おかしいな、凰ってこんなガラの悪い奴だったか?俺の記憶と随分違うぞ。いや、でも『無能なのに口だけ煩い大人は控えめに言って嫌い、というか死ね』って言ってたような気もするし、初対面の大人相手じゃ案外こんな調子なのかもしれない。

 

 「え、え~っと……鈴、約束っていうのは」

 

 なんとなく広がる気まずい空気の中、織斑がばつの悪そうな感じで凰へ問うた。それに反応した彼女は先程の自信あり気な態度から一転して、「あ~……」とか「う~……」とか言いながら縮こまってしまう。

 

 俺は急に逃げ出したくなる衝動に駆られた。このままではあの黒歴史の筆頭とも言える衝撃の場面に立ち会ってしまうからだ。ただこの気まずい空気の中で立ち去るだけの勇気は俺になく、とうとうその時が訪れてしまった。誰か助けて。

 

 「約束ってあれだよな。鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を──」

 

 「そ、そう!それよそれ!」

 

 頼む織斑、思い出せッ!!

 

 

 

 「──奢ってくれる、ってやつだよな」

 

 

 

 彼がそう言い切った瞬間、この部屋の時間が止まった。凰と篠ノ之は唖然として動きを止め、俺はかつての己の鈍感具合に思わず天を仰いだ。

 

 あぁもう馬鹿、俺の大馬鹿野郎。同じ過ちを犯した俺が偉そうなことを言えた義理じゃねえが流石にそりゃねえって……だから今すぐその満足そうに頷くのを止めろ。

 

 「……へ?」

 

 「だから料理の腕が上手くなったら俺に飯をご馳走してくれる、って約束だろ?いやぁ、我ながらよく覚えてたな!」

 

 はははは、と笑う織斑だが、その笑いは涙目になった凰が頬を殴ったことで止まった。殴られた織斑、そして状況をいまいち理解出来ていない篠ノ之はぱちくりと瞬きをする。やがて織斑の首が元の状態に戻っていき──凰と目があってその顔色を変えた。直後に彼女の怒声が部屋中に響き渡る。

 

 「最っ低ッ!女の子との約束を覚えてないなんてありえないわ!犬に噛まれて死ね!この馬鹿一夏!」

 

 私物と思わしきボストンバッグを回収すると、凰は口ごもる織斑を最後に一睨みしてから部屋を飛び出した。床には涙の跡がしっかりと残っており、彼女が泣いていたという紛れもない証拠となっている。そりゃ一世一代の告白の意味を取り違えられていたとなれば、そいつの顔面を殴りたくもなるよな。

 

 今、この場に鈴がいたら俺は全力で彼女に土下座しているところだろう。良かったな織斑、まだ殴られるだけで済んで。俺が他の恋人達に同じことをすれば間違いなく笑顔で去勢されてただろうからな。

 

 「……まずい、怒らせちまった」

 

 当たり前だ、と喉元まで出てきた言葉を呑み込む。考えるのは自由だが発言には気を付けなければならない。

 

 「一夏」

 

 「な、なんだ箒?」

 

 「馬に蹴られて死ね」

 

 「え!?」

 

 「もっとちゃんと思い出してみろ。そんでもってちゃんと考えてみるんだな」

 

 「先生まで!?」

 

 深い溜め息と共に俺は部屋を出た。全く、外見と性格はいいとこまでいってるんだけどなぁ……あの朴念仁が悉くそれらを台無しにしてやがる。勿体ない。それさえなければ完璧……とは言わないが、なかなかの優良物件だろうに。

 

 とにかく疲れた。あと煙草が吸いたい。黒歴史を見せつけられたことへの嫌悪感と疲労感に悩まされながらも、俺は煙草を吸うべく屋上へ続く階段を上っていった。

 

 




 数話前にフラグの立ったっぽいセシリアが空気だって?すまない……出番を作れなくて本当にすまない……

 アイン 旧名織斑一夏。最近の悩みは千冬が時々見せる何気ない仕草が可愛すぎること。煙草の害はナノマシンが排除する為、悪影響を気にせず服用出来る。朴念仁解消の秘訣は恋人達に逆レ○プされることらしい

 箒(未来) ファースト幼馴染み。落ち着いた性格で怒ることは殆どなかったが、その時には必ず専用機を持ってきた。斬撃は本人の技量の高さもあって防ぎ損ねれば普通に死ぬ

 鈴(未来) 専用機は『神龍(シェンロン)』。セカンド幼馴染み。残念ながら体つきはそこまで成長しなかった模様。面倒見がいいお母さん気質で、アイン曰く、「世界で一番エプロン姿の似合う人」

 シャルロット(未来) 咥えたクッキーは必ず舌と一緒に捩じ込む。可愛い


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8話 クラス対抗戦に向けて

 お気に入りが1300を越えました。皆様ありがとうございます


 五月の頭、いつものごとく理事長室に呼び出された俺はカツカツと歩き馴れた廊下を進んでいた。普段なら退屈しのぎは俺以外の誰かでやってくれと文句の一つを言いたいところだが、今回ばかりは俺も十蔵さんに用があるのでこの呼び出しはまさにグッドタイミングと言うべきだろう。

 

 「アインです」

 

 理事長室に辿り着き、二度のノックの後に名乗れば、扉の奥からどうぞと入室の許可が下りる。さて、お邪魔しますよっと

 

 「どうも、十蔵さん」

 

 「こんにちは。さぁ、座ってください。あなたには及びませんが紅茶もありますよ」

 

 ありがたい。俺は頭を下げてから見るからに高級そうなソファーに腰を掛けた。ズブズブと沈んでいくような感触がなんとも心地いい。続いて目の前に置かれた紅茶のカップに手を伸ばすと、その芳醇な香りが鼻孔を擽った。一口含めば……うん、流石だ。

 

 「それで、なんの用でしょうか?」

 

 「今月に行われるクラス対抗戦(リーグマッチ)について、アイン先生に伺いたいことがありましてね」

 

 正確には織斑一夏君にですが、と言って十蔵さんは目を細める。そのただならぬ雰囲気に俺もまた余計なことを考えないよう、一度呼吸を整えてから彼と向き合った。俺もこの人に同じことを言いたいと思ってたところだ、ちょうどいい。

 

 「すばり聞きましょう。このクラス対抗戦、何か起こりますね?」

 

 俺はその言葉にこくりと頷き、織斑一夏として生きていた頃に経験したことを話した。

 

 

 

 俺と鈴の試合中に乱入するISがあったこと。

 

 そのISによってアリーナの遮断シールドのレベルが4程度となり、生徒達の避難やアリーナへの部隊突入が遅れたこと。

 

 箒の無謀な行為によって、彼女が危険に晒されたこと。

 

 乱入したISは倒されるも最後に油断した俺が撃墜されたこと。

 

 そして──そのISが無人機であったこと。

 

 

 

 「……無人機、ですか」

 

 十蔵さんが驚くのも無理はないだろう。俺がいた未来なら無人機など何も珍しい存在ではなかったが、今この世の中では実現の目処すら立っていない代物なのだから。俺は渇いた喉を潤すべく紅茶を啜った。

 

 「俺の経験したことはそれくらいです。ただ、俺というイレギュラーが存在する以上、無人機の送り主がどう動くかは不明です。最悪、一機だけでなく複数体の無人機が送り込まれる可能性もありますね」

 

 「送り主……篠ノ之束ですね」

 

 篠ノ之束。ISを生み出した稀代の大天才であり、また常人には理解不能な思考をしている良くも悪くも天才らしい女性だ。無人機『ゴーレム』の開発だけでなく第四世代機の『紅椿』、未来では『白式・零』を初めとする第五世代機まで作り上げていた。確か最後は戦争によって荒廃した地球を見限り、夢見ていた宇宙へと姿を消した筈だが……まぁ今は関係のない話か。

 

 俺は束さん──もとい篠ノ之博士とは一応面識がある。俺が過去に戻ってきたばかりの頃、突然現れたIS(白式・零の)コア反応を追って彼女は俺のところにやって来たのだ。その際に過去同様、興味を持たれたのは幸か不幸か。いずれにせよ、彼女の狙いに織斑だけでなく俺も含まれる可能性は十分にあるだろう。

 

 「とにかく用心に越したことはありません。我々には生徒を守る義務がありますからね。もしもの事態には──俺も出ます」

 

 その言葉に十蔵さんの視線が俺の左手にある、七色に輝く指輪へと向けられた。本来ならば薬指にあるべきそれは、現在中指の方にはめられている。

 

 

 

 第五世代機、白式・零。その待機形態の結婚指輪である。

 

 

 

 はっきり言ってこれはあまり使いたくないというのが本音だ。第五世代機なんていうオーバーテクノロジーの塊は全ての者の目に止まる。それは無能で欲深い政府の連中であったり、薄汚い女性権利団体であったり、そして倒すべき亡国機業(ファントム・タスク)であったり。面倒事が増えるのは目に見えているし、何より切り札をこんなところで晒すのは愚の骨頂でしかない。

 

 しかしそれでも、この力で誰かを守れるのなら、俺は躊躇わずに再び刃を手に取ろう。誰かの手が汚れるならば、代わりになって汚れよう。この身は一度死した亡者のそれだ、今更何を恐れようか。

 

 「……分かりました。状況次第ではアイン先生も敵機の撃退に当たってください。クラス対抗戦まではまだ時間がありますからね、それまでに打てる対策を考えておきましょう」

 

 「ですね。それと更識にも協力してもらいましょうか。彼女にも生徒会長として働いてもらわないと、ね?」

 

 この学園で教師の次に権力を持っているのは──もしかすると普通の教師より強い──生徒会長の更識だ、話を通せばその手腕を存分に発揮してくれることだろう。彼女は信用出来る。何せ、千冬姉を失ったIS学園で指揮を執っていたのは真耶さんと、そして刀奈だったのだから。

 

 多分意地悪な笑みになるんだろうなぁと思いながら、それでも俺はニヤリと笑った。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「アイン先生!私と一夏さんの訓練に付き合ってくださいまし!」

 

 笑顔のオルコットにそう誘われたのは十蔵さんと話をつけた数日後のことだ。慕ってくれるのはありがたいんだが俺は教師なんだよな。因みに私と一夏さん、というところに篠ノ之が反応したのは言うまでもなかろう。そしてそこから二人の口喧嘩に発展し、織斑先生の出席簿を受けて沈黙するのがお約束の流れだ。

 

 幸いにもその日は会議もなく、また明日の準備や資料の整理といった仕事もある程度終わらせていたので、問題なく三人に付き合うことが出来た。やっぱり出来ることは早い段階から済ませておくに限る。恨めしそうな視線を此方にぶつけながら去っていく織斑先生の背中を見つめながら、俺はあらためてそう思った。後で手伝ってあげよう。

 

 そんな訳で第三アリーナの方へと移動する俺、織斑、オルコット、篠ノ之の四人。篠ノ之に剣道部はどうしたと言いたくなったのは秘密だ。想い人を取られたくないって気持ちは分からんでもないが、それでも入部した以上参加するのが最低限の礼儀ってもんだろうに。ま、この恋する乙女には言っても無駄なことだろう。彼女の頑固さは俺も良く知っていることだしな。

 

 「待っていたわよ一夏!」

 

 アリーナの扉が開いた瞬間、そこからなんと凰が姿を現した。腕を組んだ仁王立ちで不敵な笑みを浮かべている。相変わらず彼女にはこういう姿が様になるなぁと、俺はそんな場違いな感想を抱く。

 

 「き、貴様!何故ここに──」

 

 「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 

 突如現れた恋のライバルに少女二人が吼える。オルコット、一体なんの関係者なのか教えてもらいたいものだな。

 

 「何言ってんの?私は関係者よ。一夏の関係者、全然問題なんてないじゃない」

 

 「ほう?一体どういう関係か教えてもらいたいものだな……!」

 

 「盗人猛々しいとはまさにこのことですわね……!」

 

 挑発的な凰の一言に篠ノ之、そしてオルコットが怒りを露にする。あぁ……帰りたいな。別に訓練に付き合うくらいならなんともないが、こんな不毛な争いに巻き込まれるのは話が違う。でも、だからといって約束を反故にする訳にはいかないし……結局、このなかなか終わらない痴話喧嘩を見届けるしかなさそうだ。これが箒やセシリア、鈴の三人だったらなぁ……

 

 

 

 ──あら一夏。それに箒とセシリアも。これから訓練?一緒に行っていいかしら?

 

 ──勿論だ、鈴がいてくれるなら訓練の質も高まるというもの。構わないか一夏、セシリア?

 

 ──あぁ、大丈夫だぜ。

 

 ──問題ありませんわ。さぁ、皆さん行きましょう。ふふっ、楽しくなりそうですわね。

 

 

 

 うん、実に平和だ。素晴らしい。

 

 「煩いわね!アンタこそクラス対抗戦までに謝る練習をしておきなさいよ!」

 

 「はぁ?なんでだよ馬鹿!」

 

 「馬鹿とは何よ!この朴念仁!間抜け!アホ!」

 

 「くっ……!煩い貧乳!!」

 

 

 

 あっ……お前、なんてことを!

 

 

 

 織斑が凰に禁断の一言を言ってしまった瞬間、爆発音と共に部屋全体が衝撃で揺れた。発信地の特殊合金製の壁には直径三十センチ程のクレーターが生まれており、引き起こした凰の右腕にはISが展開されていた。しかし彼女は壁を殴っていない。ならば何がクレーターを生み出したのか、俺はその正体を『甲龍』の衝撃砲だと推測する。

 

 「い……言ったわね!手加減してやろうかと思ったけどやめたわ!全力でアンタを潰してやるんだから!」

 

 そう言って凰が織斑を睨んだ瞬間、彼の肩がビクッと跳ねた。馬鹿野郎が。男が胸のサイズについて言っていいのは褒める時だけだ、断じて悪口として胸を使ってはならない。特に凰が自身の胸をコンプレックスにしてることくらい分かってただろうに……俺は溢れる溜め息を抑えることが出来なかった。パシュン、と凰が出ていって閉まる扉の音がやけに寂しく聞こえる。

 

 「パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ……」

 

 まじまじと壁のクレーターを眺めていたオルコットがポツリと呟いた。織斑は今になって自分の愚かさに気付いたのか、顔を真っ青にして俯いて、そんな彼の様子を篠ノ之が心配そうな顔をして見つめる。そして……

 

 「(……壁の修理代、幾らになるんだろうな)」

 

 そんな中で一人だけ現実的なことを考えていた自分を、なんとなく悲しく思った。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 試合当日、第二アリーナは数多の観客によって埋め尽くされていた。生徒達は皆、試合が始まるのを今か今かと待ちわびており、その熱気は段々と高まってきている。俺はそんな会場の様子を中継室より眺めながら無線を起動させ、外へ出ながら人混みの中にいる筈の更識へと繋いだ。

 

 「アインだ。何か変化はないか?」

 

 『楯無よ。今のところ特に大きな変化はないわね。皆織斑君と凰さんの試合を楽しみにしているみたい』

 

 「世界で二番目の男性IS操縦者と代表候補生の戦いだ、そりゃ楽しみにもなるだろうさ」

 

 それより、と俺は話題を変える。

 

 「避難の手順は問題ないか?今朝俺も確認したが左側のゲート二つはキチンと()()されていたが……」

 

 『それなら大丈夫よ、私もさっき確認したから。あれなら完全に閉じ込められる心配はないわ』

 

 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。これなら生徒達の避難は上手くいきそうだな。チラリとアリーナへと視線を移せば、ちょうど片側のピットから凰が飛び出して来たのが見える。試合開始の時間が刻々と近付いているのだ。

 

 『ていうか無人機なんてにわかには信じ難いんだけど……本当に来るの?』

 

 「来てくれないに越したことはないんだがな。何も起こらないのが一番いい」

 

 しかしそういう訳にはいかないだろう。俺と織斑、二人の男性操縦者が集まるこの舞台を、あの天災が黙って見ているだけとは思えない。十中八九手を出して来るだろう。なんとも頭の痛い話だ。

 

 「とにかくすぐに避難誘導を行えるようにはしておいてくれ。俺からは以上だ。頼りにしてるぞ、生徒会長」

 

 『はいは~い、お任せあれ♪』

 

 ノイズ混じりの声が途切れて通信が終わる。直後にどっと沸く会場、どうやら主役の織斑が登場したようだ。俺は中継室へと入り直し待機していた放送部の生徒に合図を送る。さて、思惑だらけのクラス対抗戦を始めようじゃないか。

 

 

 

 『それでは両者、試合を開始してください!』

 

 

 

 鳴り響くブザーと共に、二機のISが勢い良く飛び出した。

 




 楯無さんはアインが未来から来たことは知ってますが、正体が一夏であるということは知りません
 次回ではアインと白式・零が動きます。お楽しみに

 アイン 旧名織斑一夏。専用機は『白式・零』。機材や設備の被害に頭を悩ませる今日この頃。巨乳も貧乳も守備範囲

 箒(未来)&セシリア(未来)&鈴(未来) 戦友であり親友。とっても仲良し

 刀奈(未来) 生徒会長。亡国機業によって日本が壊滅したことにより暗部も消滅、以来アイン以外にも真名を名乗るようになる。圧倒的なカリスマと実力を持ち、千冬亡き後のIS学園をまとめた


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9話 決断の刻

 すみません、アインの戦闘回は入らなかったので次回になります


 織斑一夏対凰鈴音。

 

 開始から数分、二人の試合はやや凰の方が優勢となっているようだった。

 

 当然と言えば当然だろう。確かに二人はお互いに専用機持ちであると言えども、経験という面においては明らかに凰に軍配が上がる。つい一ヶ月程前からISに乗り始めた織斑と、一年以上前からISに乗っていた凰、その経験値の違いは最早比べるまでもない。

 

 更にもう一つ、織斑を苦しませているものがあるとすれば、それは凰の専用機である甲龍に搭載された衝撃砲と呼ばれる兵器に他ならない。弾数無限、射角無制限、おまけに弾丸そのものが見えないという、こうして特徴を述べてみれば少々卑怯にも思えてくるような代物だ。欠点を強いて挙げるとすれば連射性能に難があるくらいか。しかしそれとて、決して低い訳ではない。

 

 因みに未来の鈴の専用機『神龍(シェンロン)』では、その欠点は綺麗さっぱり解消されている。というか、逆に強みにまで昇華されているくらいだ。ガトリング顔負けの連射力で見えない弾丸の雨が降り注ぐのは驚異の一言に尽きる。しかしまぁ、そんな出鱈目な攻撃をいい笑顔で「やるな!」とか言いながら対応してた俺達も、あらためて考えてみると相当出鱈目だったもんだな。

 

 閑話休題

 

 甲龍と凰の力は強大だ。しかし、織斑とてただやられている訳ではない。見えない衝撃砲にも段々と対処し始めているように思えるし、時折覗く表情からはまだまだ諦観の情は伺えない。むしろ、何か逆転の切り札を持っているようにすら見えた。

 

 いや、実際にあるのだろう。織斑一夏()は知っている、この頃に身に付けた、そしてこれから今に至るまで使い続けているIS機動技術を。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

 凄まじい速度で一直線に移動する、言ってしまえばそれだけの技術。だがしかし、単純であるが故に汎用性は高く、ISバトルにおいては使いどころを誤らなければ一発逆転の切り札となる。織斑の専用機、白式の機動性能は現存するISの中でもトップクラスだ。その白式が瞬時加速を用いればどうなるか、いくら凰が優秀なIS操縦者でも彼の刃をかわすことは簡単なことではないだろう。

 

 そしてちょうど今、織斑が瞬時加速で凰へと迫り──

 

 

 

 アリーナのシールドが砕けて消えた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「……来たか」

 

 ポツリと、俺は目の前のアリーナに突如発生した土煙を見て呟く。招かれざる客の到着だ。すぐさま(ブック)型の端末を操作して遮断シールドのレベルを確認すれば、案の定そこには真っ赤な数字で「4」と表示されていた。それはつまりアリーナ中の自動扉がロックされ、通路には無数の障壁が出現し始めることを意味している。外部からの侵入を阻む為の仕掛けが、逆に生徒達を閉じ込めることとなってしまっているのだ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 「更識、状況は?」

 

 『今、生徒達の誘導を始めたわ。でもこれだけの人数じゃ少し時間が掛かるかも。使えるルートが全然ないのが悔やまれるわね……』

 

 そうは言っても使えるものがあるだけましと考えるべきだ。他のルートも同じようにするには時間も足りなかったし、何より襲撃が別の手口だった場合に対処出来なくなるかもしれなかったのだから。

 

 俺は呆然としている放送部の生徒達をノブの付いたタイプの扉から連れ出し、すぐさま出口に直行出来る通路へと送り届けた。中継室を訪れるであろう篠ノ之の為に用意した道だ、ここを行けばあの子達は問題なくアリーナから脱出出来るだろう。一先ず己の仕事を終えて安堵する。が、すぐに通信端末へ着信が入った。相手は案の定、織斑先生達のいる管制室からだ。

 

 『アイン先生、今中継室か?』

 

 「はい。放送部の生徒はなんとか避難させましたが、どうにも障壁が多すぎて手の出し用がないって感じですね。そっちはどうですか?」

 

 本当は専用機という切り札(ジョーカー)があるのだが、なるべく温存はしておきたいところだ。亡国機業(ファントム・タスク)の目がどこまであるか分からない以上、安易に使うのは得策ではない。学園にいるスパイは三年のダリル・ケイシーだけの筈だが……他にもいる可能性も捨てられないしな。

 

 『残念ながら此方もまるで動けん。今は織斑と凰があのISを足止めしているが……ともかく、現場にいる精鋭達が遮断シールドを解除するのを待つしかないだろう』

 

 落ち着いた調子で話す織斑先生。しかし内心ではかなり苛立っているに違いない。大切な弟を、紛れもない戦場に立たせているのだから。

 

 中継室に戻ってきた俺は空いていた椅子に腰掛け、おもむろに左手を目線の高さまで上げた。キラリと光る七色の指輪──俺の専用機、白式・零の待機形態だ。これを使って飛び立てば、今もあの場所で勇敢に戦っている織斑と凰を助けられるだろう。白式・零は最強のISだ、この時代では勝てるISなぞ存在しない程に。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 「(……違うよなぁ)」

 

 今俺が動けば、それは二人を助けることにはならない。むしろマイナスに働くことだろう。織斑や凰にとってこの戦いは強くなるための糧だ。それを俺が奪えばどうなるか、こんな簡単なことは猿でも分かる。

 

 「織斑先生、大丈夫です」

 

 『……何?』

 

 「織斑は負けませんよ。あいつは──先生の弟ですから」

 

 根拠のない自信は織斑一夏()の専売特許である。大丈夫だと思えば大概のことはなんとかなるものなのだ。実際そうやって来たのだから。まぁ、それでも最後のマドカとの戦いでは結局殺られた訳だが……

 

 織斑先生は何も言わなかった。通信は未だに続いているが静寂しか聞こえず、俺の耳にもアリーナで起こる激しい戦闘の音だけが届いている。やがてふっと一息する声が耳に飛び込み──それはやがて微笑へと変わった。

 

 『そうだな、あいつは負けない。私の生徒が、自慢の弟が、あのような輩にやられるものか。こんな当たり前のことに気付いていなかったとは……私もまだまだ未熟だ』

 

 「落ち着きましたか、織斑先生?」

 

 『あぁ。すまなかったな、アイン先生。いらん心配をさせた』

 

 気にしないでください、そう言おうとした俺の言葉は突如現れた一人の少女によって遮られた。漸くお出でなすったか、まぁ俺としては来てほしくなかったんだけど。息を切らしながら黒髪のポニーテールを揺らす篠ノ之を見ながら、俺は一言断りを入れてから通信を終えた。俺が視界に入った瞬間、彼女の目が見開かれる。

 

 「アイン……先生……」

 

 「何しに来た?俺が言える義理じゃないがここは危険だぞ」

 

 少しだけ目を細めて睨んでやれば、篠ノ之は面白いくらいにその体を震わせた。彼女には知る由もないがこの身は人を手に掛けたこともある鬼のそれだ、まだ乾いた血の色も知らない無垢な少女を脅かすくらいなら、紅茶を淹れることよりも容易い。

 

 しかし彼女は引かない。引く訳にはいかないのだ。今も皆を守るべく戦っている想い人の元へ、その胸に燻る激情を伝える為に。例え、それが自分の身を危険に曝す行為だと分かっていても。

 

 「お願いします、先生……!私は……あいつに、一夏に、言ってやらねばならないことがあるんです!」

 

 「それが己を危険に曝すことだとしてもか?あのISの砲撃は見ただろう、撃たれれば跡形も残らず蒸発するぞ。教師としてそんな真似を許す訳にはいかん」

 

 「それでも!私は……!?」

 

 ビクンと、篠ノ之の体が大きく跳ねた。血の気がその顔から失せていき、目には涙が溜まっていく。ガクガクと脚が震え、整ってきた呼吸も思い出したように荒くなる。

 

 彼女に俺が何をしたのか。ただ少し殺気を当ててやったに過ぎない。危険だ、それでいて何にもならない可能性が高い。彼女がやろうとしていることはそんなものなのである。教師として、見逃せない。

 

 「篠ノ之、最後にもう一度言おう──ここは危険だ、今すぐ避難しろ」

 

 「わ……わた、し……は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わたし、は……私は、それでも!逃げません!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうか」

 

 ……引かない、か。そうかそうか、なるほどなるほど。

 

 

 

 じゃあ──()()()()()()()

 

 

 

 「……分かった」

 

 俺はアリーナに声を届けられるよう、中継室の機材を手早くテキパキと操作する。確かこれが音量で、これが反響具合で……うん、こんなもんかな。マイクチェック出来ないから微調整は出来ないけど、さっきの放送部の子達はこれくらいでやってた筈だ。いやぁ、こういった類いの機材の動かし方を覚えといて良かった。こういうのって意外な場面で役立つもんだよなぁ。

 

 「あ、あの……先生?」

 

 「ん?何してるんだ篠ノ之。そんなとこに立ってたら声が届かないぞ。もっと前に来い」

 

 「え……?いや、だって先生は危険だから避難しろと……」

 

 当てていた気を引っ込めたことでだんだんと落ち着き始めた篠ノ之。青ざめていた顔色はすっかり元に戻り、体の震えも既に止まっていた。そんな彼女が訳が分からないといった様子で尋ねてくる。

 

 「いやまぁ、そりゃ言ったけど。でも篠ノ之も言っただろ?『私は逃げません』って」

 

 「あっ……」

 

 教師として考えればここで篠ノ之をなんとしてでも止めるべきなんだろう。ただ、やっぱり(アイン)という個人としては彼女の想いを尊重してあげたかった。向けられた殺気にも屈せずに貫き通したその想いは、間違いなく強い本物なのだから。

 

 

 

 それに、危険に曝されるというのは別に大した問題ではない。

 

 俺が彼女を守れば、それで解決する。

 

 

 

 「大丈夫だ篠ノ之」

 

 ──大丈夫だ一夏、

 

 「お前は俺が守ってみせる」

 

 ──お前は私が守ってみせる。

 

 「だからお前は、」

 

 ──だからお前は、

 

 「存分にやってやれ」

 

 ──生きてくれ。

 

 

 

 「……は、はいっ!」

 

 今度こそしっかり頷いた篠ノ之が早足で移動し、アリーナを一望出来る位置に辿り着いた。俺もまた彼女の左側で待機し、いつでもISを展開出来るように身構えておく。

 

 チラリとアリーナの方へ目をやると織斑と凰の姿が見えた。無人機から少し距離をとって話し合っているのか、肉眼では詳細までは確認出来ない。そしてそこに──篠ノ之の声が響き渡った。

 

 『一夏ぁ!!男なら……男なら、その程度の敵に勝てなくてなんとする!!』

 

 キーン……と、ハウリングがアリーナ中に尾を引く程の音量。それは織斑や凰だけでなく、無人機の注意すらこの剥き出しの中継室へと集めた。俺は素早く篠ノ之の手を引いて自分の後ろに彼女を下がらせる。

 

 無人機は既に砲撃のチャージを終えていた。一方、織斑達は戸惑いの余りその動きを完全に止めてしまっている。これでは無人機の砲撃がここを撃ち抜く方が早い。咄嗟に判断した俺は左目の眼帯を外し、露になった義眼で以て、無人機の腕部から此方を狙う砲口をギンと睨み付けた。

 

 

 

 ──この目なら、()()()

 

 

 

 無人機から放たれた命を呑み込む光線を、俺の左手に握られたかつての夢の残光が寸分違わず捉え、そして一閃の下にかき消した。

 

 




 アイン 旧名織斑一夏。専用機は『白式・零』。左目は義眼となっており、そこには様々な機能が搭載されている。そのせいか色が大変なことになっており、火傷の痕もあって普段は眼帯で隠されている。因みに眼帯はラウラの形見

 鈴(未来) 専用機は『神龍』。衝撃砲『龍咆・(とどろき)』は威力、連射性を兼ね備えた凶悪な武装。搭載数は4基


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10話 誓いの残光

 更新です。漸くアインのバトルシーンが入った……

 短いけどね!!

 あ、あと後書きや活動報告に書きますが『お気に入り登録数1500記念』?みたいな感じのことを考えてます。まぁ、まだ四捨五入しても1400なんですけど……
 


 果たして()()を纏うのはいつぶりだろうか。二年……いや、ほとんど三年になるだろう。それまでの間、()()は俺の左手でずっと待ち望んでいたに違いない。

 

 己が己の役目を全う出来る、今この瞬間を。

 

 無人機の砲撃を斬り捨てた俺はふぅと息を吐き、チラリと左腕へと視線を向ける。関節部分の肘辺りから下には穢れなき純白の装甲が展開されており、その手には得物であり先程の砲撃を一刀両断して、文字通り消し去った一本の剣が握られていた。白亜の分厚い刀身を有する、まるで鉈のような短めの剣。少なくとも織斑の持つ雪片弐型のような日本刀とはかけ離れたフォルムであるそれは、刃の部分に蒼白の光を帯びて僅かに煌めいている。

 

 「大丈夫か、篠ノ之?」

 

 俺は件の無人機へ織斑が突っ込んでいく姿を見届けてから部分展開を解除し、振り返って篠ノ之の様子を確認する。彼女はペタッと床に座り込みながら呆けており、「えっ……」とか「あっ……」とかの言葉にならない声を溢している。バイタル面に異常は見られないし、ただ目の前で起こったことがまだ信じられないだけか。しかし俺としては織斑を鼓舞するという目的を達した彼女には、早急にこの場から離れてほしいというのが本音だ。ゆっくりと、彼女に手を差し伸べる。

 

 「立てるか?もうここに留まる理由もないし、すぐに離れるぞ」

 

 「は……はぁ……」

 

 おっかなびっくりと言った具合に出された手を握る篠ノ之。少々強引にだが俺は彼女を立ち上がらせ、そのまま早足で中継室から外に出た。ここを進めばアリーナの外へ通じる通路に出られる、とりあえず篠ノ之をそこまで送り届ければ安心出来そうだな。

 

 「あ、あの。アイン先生」

 

 「?どうした」

 

 そんなチラチラ俺の顔を見て。残念だが今は逃げることが最優先だから答えられることは少ないぞ。手を引き足を動かしながら、俺は篠ノ之の問いに耳を傾ける。

 

 「その左目は、一体……?」

 

 「……あ」

 

 ……そういえば眼帯付け直すの忘れてた。動揺で思わず足を止めそうになる。それどころか下手すりゃ躓きそうだ。まずい、見られた。

 

 「……すまない。気持ち悪かったろ?」

 

 片手を篠ノ之と繋いでいるせいで眼帯を付けられず、一先ずはその()()()()()()()()()()()()()()()()左目を瞑って彼女に詫びる。顔面の左半分に残った火傷の痕も相まって、俺の顔は酷く歪で醜く映ったことだろう。それでも彼女は俺の言葉に首を横へ振った。

 

 「いえ……すみません、私こそ聞いてしまって」

 

 ……気を遣わせてしまったか。駄目だな、最後の最後に気を抜くのは。無言でアリーナの通路を行きながら自らを叱咤する。

 

 その後、篠ノ之を無事に避難させた俺は全力疾走で今来た道を駆けた。急がなければ織斑達が危ない。俺が()()を纏った時に教えてくれたのだ。援軍として四機の無人機が、間もなくここに到着するのだと。

 

 アリーナに到着した時には既に彼等の戦いは終わっていた。織斑は凰に抱かれて力なく項垂れており、どうやら俺と同じく無人機と相討ちになったようだ。その近くにはブルー・ティアーズを展開したオルコットの姿もある。倒れた織斑に混乱気味のようだが、あの三人にも早く逃げてもらわなくては。幸いにもこの中継室は先程の砲撃でシールドが破られており、アリーナから脱出出来る唯一の場所となっている。

 

 『凰!オルコット!今すぐ避難しろ!敵の援軍が来るぞ!』

 

 篠ノ之と同様に中継室から叫んで意識のある二人に訴えた瞬間、轟音と共に四機の無人機が新たに現れた。そしてそいつらの狙いは全て、気を失っている織斑へと向けられている。左目で確かめれば敵のチャージが終わるまでは後数秒、あれじゃ織斑を抱えた彼女達がここへ辿り着く前に……!

 

 

 

 だが、数秒もあれば──間に合う!

 

 

 

 「いくぜ、白式……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──うん、行こうイチカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中継室から飛び出した俺をふわりと暖かな光が包み、次の瞬間には純白の鎧や翼となって顕現する。それと同時にスラスターが唸りを上げ、瞬時加速で以て俺をオルコット達の目の前へ運んだ。ゴウッ、と爆発したかのような音が後になって追い付く。そのまま両の掌に納まっていた一対の剣──雪片此岸(ゆきひらしがん)雪片彼岸(ゆきひらひがん)を構えれば、ヴンと音を立ててその刃に蒼白の光が灯った。

 

 

 

 単一仕様能力(ワンオブアビリティー)──零落白夜、発動

 

 

 

 一瞬後、連続した発射音と共に視界の大半が光に覆われる。数多の砲口から放たれた砲撃が合わさって、まるで大きな壁のようになって押し寄せてきた。

 

 だが()()()()。レーザーの密度も、その大きさも。俺がいた戦場に比べれば、何もかもが全く足りていない。その程度で──

 

 「(()()を葬れると思うな!)」

 

 迫り来るレーザーの壁、そこへ二振りの雪片を叩き付ければ、それは嘘のように跡形もなく霧散して消滅した。あらゆるエネルギーを悉く消し去る最強の力、零落白夜。エネルギーを集めて放つ無人機の兵器もその対象の例外ではない。そのデメリットとして発動及び維持にはISのシールドエネルギーを消費するが、第五世代機特有の機能である『シールドエネルギー自動回復機能』がそれを補っている。

 

 「え……何……?」

 

 「ア……アイン先生……?」

 

 「オルコット、今すぐ織斑と凰を連れて中継室から脱出しろ。ここは俺が引き受ける」

 

 何が起こったのか分からないと言わんばかりのオルコットに淡々と言うべきことだけを告げ、再びスラスターを噴かせて無人機達へと向かっていく。俺達にあまり悠長にお喋りしている暇はないし、このIS──白式・零について根掘り葉掘り聞かれるのも勘弁だ。俺のやるべきことは目の前の奴等を倒す、それだけでいい。

 

 ──十一時方向の無人機、チャージ完了したみたい。イチカ、気を付けて

 

 頭の中に響く少女(コア)の声に従い、義眼で砲口の向きや角度からレーザーの射線や範囲を割り出して回避、更に斬り払う。それからも次々と敵の砲撃が俺を襲うが、どれもこの白式・零を捉えることは出来なかった。その圧倒的な機動力はただ動いているだけで無人機達を翻弄する。

 

 戦いを長引かせるつもりなど毛頭ない。全身に搭載されているスラスターと化した展開装甲、そしてメインスラスターを一気に噴かし瞬時加速の更に上、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を用いて一気に接近する。雪片が装甲に触れる寸前に零落白夜を発動させ、そのまま一機の無人機を躊躇いなく切断した。火花を散らして爆発する機体には目もくれず、ただ発生した爆風を瞬時加速に利用して別の無人機へ斬り掛かる。これで二つ……!

 

 ──後ろ、狙われてるわ

 

 「(それが、どうした!)」

 

 ドドドドドッ、と連続でスラスターを点火させてレーザーを振り切る。轟音が耳に響き、視界がぶれ、体が軋むような感覚に襲われて顔をしかめるが、むしろその痛みに俺は懐かしさすら覚えた。怯むな、この程度の痛みなんていつものことだろう。

 

 義眼が敵の僅かな挙動から次の動作を割り出す。俺に接近戦を挑むつもりか、好都合だ。コマのように回転して長い腕を振り回しながら接近してくる無人機。その両腕をすれ違い様に斬り飛ばし、そこから素早くターンして背後からコアを貫いた。残り、一つ……!

 

 動作を停止させガクリと項垂れた無人機を振り払い、残り一機となった敵と相対する。静止したのはほんの一瞬、二本の雪片をぐっと握り締めた俺は無人機目掛けて斬り掛かった。放たれた砲撃を打ち払い、右腕、左腕と順に腕を落とす。

 

 

 

 雪片此岸と雪片彼岸。白式・零にとって()()()武器であり、「大切な人達を守る」というかつての誓いを宿した穢れなき刃。千冬姉が使っていた雪片とも違う正真正銘、一夏()だけの雪片だ。双剣であるが故に手数が多く、零落白夜と合わさることで絶大な攻撃力を誇ることが特徴。未来において数多の敵を倒した俺の相棒である。

 

 

 

 両腕を失い、最早攻撃することすら出来なくなった無人機の装甲を、煌めく斬撃の乱舞がズタズタに斬り裂いた。

  

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 学園を襲撃してきた無人機達は全て倒した。負傷者は現場で戦っていた織斑一人だけであり、その彼も絶対防御のお陰で打撲や全身筋肉痛程度の比較的軽い怪我で済んでいる。生徒達の避難も滞りなく行われ、被害は最小限に抑えられましたとさ。めでたしめでたし。

 

 そう言って終わりたいところだが残念ながらまだ終わりではない。事件の報告書やらの作成や非常時における対応の再検討、各国に提出する書類といった作業がこれから山のように押し寄せてくるのだ。果たして何日この作業に追われることになるのやら。

 

 夜、IS学園地下にあるレベル4の権限を持つ関係者だけが入れる秘密の場所。俺はそこで一つ溜め息を溢しながら、コーヒーの入ったマグカップを二つ運んだ。

 

 「どうぞ、織斑先生」

 

 「あぁ、ありがとう」

 

 差し出したマグカップを受け取った織斑先生はうっすらと微笑みながら口をつける。俺もまた彼女の隣に座り、目の前のディスプレイに出された映像に目をやりながらコーヒーを啜った。苦い、だが同時に目も覚める。

 

 映像では織斑と凰が無人機と戦っている様子が映し出されていた。二対一であるにも関わらずてこずっているのは、やはりコンビネーション不足が原因だろうか。それに零落白夜の使い方にもまだまだ無駄の目立つ。あれではエネルギーの無駄な消費が多かろうに……未熟な己を見せつけられるというのは存外にむず痒いものだ。

 

 やがて映像は変わり、ディスプレイいっぱいに白式・零を纏った俺が映し出された。チラッと隣の織斑先生を横目で見れば、俺の視線に気付かないくらい真剣な表情で映像を見入っている。思いの外ばっちり撮られちゃってるなぁ……

 

 「「……」」

 

 無言で、ただ流れていく俺の戦闘をじっと眺めていく。時間にすればおよそ一分程度、大体の映像がぶれているのは白式・零が速すぎるが故か。俺としては近付いて斬っているたけなのだが、なんというか……よく分からない。ただ無人機が撃破されていくのだけははっきりと映っていた。

 

 それにしても織斑先生は聞いてこないのだろうか。何故俺が専用機を持っているのかとか、何故零落白夜を扱えるのかとか、聞きたいことは色々あるだろうに。いつ詰め寄られるか分からない状況にビクビクしながら、俺はひたすら流れる映像を織斑先輩と眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 『織斑先生、アイン先生』

 

 果たしてどのくらい時間が経ったのだろうか。数えるのも面倒になる回数映像を見ていると、不意にディスプレイに割り込みでウィンドウが開かれ、端末片手の山田先生が映し出される。そんな彼女に織斑先生が許可を出すと、後方の扉が開いて本人が入室してきた。

 

 「解析の結果が出ました。お二人はもう分かっておられるかもしれませんが……」

 

 「聞かせてくれ、山田先生」

 

 「はい、あれは無人機です」

 

 そう言いながら山田先生は手元の端末を操作して解析の結果を表示させる。無人機の構造、およそのスペック、使われていたコアについて等々、やはり五機という数のお陰でかなり詳しい情報も入手出来たらしかった。俺もこういった無人機内部のことはほとんど知らなかっただけに、これ等の情報はかなり興味をそそられる。

 

 「あの……アイン先生」

 

 「……なんですか、山田先生?」

 

 「えっと、その……先生が使われてたISって……なんなのかなって。それに、この無人機のことも知ってらしたみたいですし……」

 

 おずおずと聞いてくる山田先生。やっぱり、聞かれるよな。さて……この時の為に嘘も考えていない訳ではないが、織斑先生がいる以上ほぼ確実に見破られるのは間違いない。第一、俺は嘘が下手くそだからなぁ……どうしたものか。

 

 「アイン」

 

 ビクッと、自分でも肩が跳ねたことが分かった。駄目だ、やっぱり誤魔化すなんて無理だわ。頭の中に浮かんでいたプランを丸投げし、全部話せば楽になるという犯罪者のような結論に至った俺は、観念して懐から()()()を取り出そうとして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「答えたくないのなら、答えなくても構わんぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に動きを止めた。あまりにも予想外のことに頭がフリーズする。え、どうして?なんで?

 今の俺はポカンと口を開けた、相当情けない顔をしているのだろう。織斑先生と山田先生がくすっと笑っている。そこからたっぷり三十秒程掛かっただろうか、漸く絞り出した声は己のものとは思えない程弱々しいものだった。

 

 「え……なんで、です?もっと根掘り葉掘り聞かないんすか?」

 

 「ふっ……経歴不明、火傷に眼帯の顔と色素の抜けた髪をした男が今更何を言うか。お前の秘密など今に始まったことではあるまい。そこまで言うなら聞いてやろうか?アイン先生」

 

 「すみません、勘弁してください」

 

 得意気に答える織斑先生に俺は全力で土下座した。そんな俺を二人から先程よりも大きな笑い声が溢れる。恥ずかしいような、安心したような、なんとも複雑な思いが胸の内を燻った。

 

 でも、とりあえずこの言葉だけは言っておかなくては。

 

 「織斑先生、山田先生、ありがとうございます」

 

 「今更だと言っただろう、気にするな。あぁ、そういえば今日は随分と草臥れたな。腹も減ったし肩も凝った。そうは思わないか、真耶?」

 

 「ふふふっ、そうですね。私もちょっとお腹が減りました」

 

 おおぅ、背中に突き刺さる視線が痛い。土下座中で顔は見えないが、二人が悪い笑みを浮かべている姿は容易に想像出来た。織斑先生はともかく、山田先生も見掛けに寄らずこういった悪ノリには結構喜んで参加してくるんだよなぁ……

 

 「(でも、まぁ──)」

 

 それくらいなら、別にいいか。

 




 とりあえず一巻の内容はここで終わります。次の話は多分閑話かな……?
 前書きで言った『お気に入り登録数1500記念(仮)』なんですが、内容としては「もし一夏(アイン)ではなく、メインヒロインの内一人が逆行していたら」な話にしようと思います。候補は箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪、刀奈(楯無)の七人、選出方法は活動報告でのアンケートで。詳細は活動報告までお願いします

 アイン 旧名織斑一夏。専用機は『白式・零』。IS展開中のみコアの声を聞くことが出来、会話も可能。一夏をよりハイスペックにした存在なので、料理やマッサージはプロ級の腕前になっている


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11話 騒動の前の一時

 更識姉妹人気っすね……(アンケートを見ながら)

 アンケートはお気に入り登録数が1500に届くまで実施中です。一人一票なので、まだやっておられない方は是非活動報告にて投票をお願いします


 それは五月末のことだった。追われていたいつぞやの無人機騒動の後始末も漸く落ち着き始めた、そんな土曜のある日のこと。いつものように出勤して職員室を訪れた俺は、入った瞬間に感じたどんよりとした空気に思わず顔をしかめた。まるで漸く仕事を終えたところにまた新たな厄介事が転がり込んできたかのような、とにかく凄まじく重い空気だった。一体、この職員室に何があったというのか。

 

 「あ……アイン先生……おはようございます」

 

 「おはようございます。あの……どうしたんですか、この空気?ていうか、大丈夫ですか?」

 

 フラフラと覚束ない足取りでやって来た山田先生に俺は尋ねる。今までの疲れが溜まっているのか、その顔色はお世辞にもいいとは言えない。化粧で隠されてはいるものの、目の下にはうっすらと隈も出来ていた。本当に大丈夫か?

 

 「だ、大丈夫です……けど、あの、これを見てください。私も今朝知ったことなんですけど……」

 

 そう言って山田先生が手元のファイルから取り出したのは二枚のプリントだ。確かこれは各国からやって来る転校生の詳細が記されたものだったと記憶している。重い空気の原因はこれかと首を傾げながらも、俺はそのプリントを受け取って目を通し──

 

 

 

 「……マジですか」

 

 

 

 思わず天を仰いだ。あぁ、うん、なるほど。そりゃこんな空気にもなる訳だよ。単なる厄介事ってレベルじゃないぞこれは……

 

 はぁと溜め息を溢しつつもプリントの方に目を戻す。そこに添付された写真に写っているのは、一人が金髪にアメジストの瞳をした少女。そしてもう一人が俺と同じ眼帯を付ける銀髪の少女だった。二人にどこか幼い印象を受けるのは、俺が二年後の彼女達を知るが故だろう。

 

 シャルロット・デュノア

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 未来における俺の大切な恋人達。そして、俺の弱さが彼女達を……

 

 俺はふるふると首を横に振る。駄目だな、いつまでも終わったことを悔やんでいては。そんなことを彼女達は望む筈がない。感傷に浸るのは止め、俺はあらためて目の前のプリントに向き合う。

 

 一見するとプリントに不自然な点は見当たらない。強いて言うなら転校時点ではシャルが男装しているせいで、名前が『シャルル・デュノア』となっており、ついでにわざわざ『性別 : 男』と目立つように記されていることくらいだろうか。まぁ、()()()()()()()()()()()()

 

 「ど、どうしましょう……三人目の男の人なんて……」

 

 「……仕事が増えますね、また」

 

 仕事が増える、それは働く大人からすれば真っ先にお断りしたいことの一つだ。まず転校生が来たということで寮の部屋割りに変更が入る。これはまだ優しい方だ。手間ではあるが言ってしまえばそれだけで済む。

 

 面倒なのは各国への対応だ。三人目の男性操縦者が見つかり、それがIS学園に入学するとなれば、当たり前だがその情報を求めて学園に電話やら文書やらが殺到する。『IS学園はあらゆる国からの干渉を受けない』という決まりがあるため、それ等の悉くを拒否することは簡単だが、それに対して一々返事をしなければならないのが大変なのだ。昼夜問わず絶え間なく鳴り響く電話の音、しつこく食い下がってくる政府の連中、訳の分からないことを喚く女性権利団体の女共、どれもこれもが我々教師のストレスを溜め、睡眠時間を容赦なく削ってくる。

 

 「こりゃ、また徹夜ですかね……」

 

 「「「「「……はぁ」」」」」

 

 その言葉に対して部屋中から吐き出される溜め息。ただでさえ最近まで無人機騒動のことで忙しかったというのに……サービス残業確定だ。恨むぞ、シャルに男装を命じたデュノアの社長め。いや、シャルをここに送ったのはナイスだけど。

 

 「おはようございます……む、なんだこの空気は」

 

 「あぁ、織斑先生。実は──」

 

 ちょうどいいタイミングでやって来た織斑先生。俺は彼女に事情を説明し、数分後にはまたも溜め息が溢れることとなった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「だぁあああ!!」

 

 真っ正面から振り下ろされる織斑の剣、雪片弐型。気迫だけは大したものだがそれ以外は赤点だな。千冬姉のような全てを斬り伏せる強さもなければ、マドカのような純粋な殺意もない。ただただ振っているという、それだけだ。

 

 俺はそれを訓練機、打鉄の標準装備である近接ブレード、葵で以て受け流し、隙を晒した織斑の横っ腹に蹴りを決め込む。直後に後ろから響く独特の音に合わせてシールドを向ければ、その部分にオルコットのビットによるレーザーが命中、そこに凰の衝撃砲も加わって大変なこととなった。まぁ全部防ぐか避けるんだけど。

 

 「くっ、畜生!」

 

 「甘い織斑。ほら、そこはオルコットの射線上だぞ?」

 

 え、と俺の言葉に一瞬呆ける織斑。しかし次の瞬間には後方より放たれたオルコットの攻撃を背中に受け、驚きと共に墜ちていった。周りを見ずにただ突っ込むからそうなるんだぞ~。近くから「一夏さん!?」とオルコットの戸惑うような声も聞こえるが一切無視。凰がバシバシ撃ってくる衝撃砲を斬り捨て、アサルトライフルで牽制しながら彼女に接近する。

 

 「ちょっ、ちょっと!?なんで龍咆が見切られるのよ!?」

 

 「さて、どうしてだろな?」

 

 軽口を叩きつつも凰と近接戦を繰り広げる。別に龍咆は弾自体が見えなくとも発射音はする訳であり、それから一直線に飛んでくると分かっていれば避けることは難しくない。そして、避けることが難しくないということはそのまま斬り伏せることも同じなのである。少なくとも鈴の龍咆・轟に比べればこんなのは可愛いもんだぜ。

 

 「ふっ!」

 

 「きゃあ!?」

 

 動揺で雑になった刃を往なして隙を作り、装甲のない剥き出しの部分を斬り裂いて凰を倒す。うん、やっぱり装甲がないと駄目だわ。絶対防御があるから安心なんて考えは未来で戦っていた無人機達には通用しなかった。どいつもこいつも絶対防御無効化装置なんて物を搭載して、マジで殺意に満ちた連中だったからなぁ……

 

 さて、とりあえずこれで残ったのはオルコット一人になった。訓練の成果か、今では三基までならビットを操作しながら自身も動けるようになっているが、残念なことにそのビットは今や二基しか残っていない。キュインキュインと独特の音を発しながら迫り来るライフルにビット、それをかわし、防ぎ、斬り払いながら一気に接近戦へと持ち込む。別にオルコットが苦手だから接近したんじゃない、俺が得意だからだ。

 

 「はっ!」

 

 「負けませんわ!」

 

 オルコットのショートソード、インターセプターと俺の葵が、ギチギチと音を立ててつばぜり合う。一々名前を呼ばなくとも出せるようになったか、流石だな。だが──

 

 「振りが大振りすぎる、ショートソードの小回りを生かせ」

 

 「は……はい……」

 

 得物を弾き飛ばされ、喉元に刃の真っ先を突き付けられたオルコットは観念したように呟いた。これで全員無力化、訓練終わりっと。ゆっくりと着地するとそこに織斑と凰が寄ってきた。俺にまるでダメージを与えられないのが不服なのか、なんとなく納得いかないという表情をしている。

 

 時は進んで現在は放課後、俺は織斑を初めとする専用機持ちの訓練に付き合っていた。本当ならば客席から見てるだけだったが、こうして運良く訓練機を借りることが出来たこともあり、『強くなりたい』という三人の要望に答えて実戦を行ったのである。結果は……まぁ、見ての通りだが

 

 「よ~し、反省会すんぞ~」

 

 俺は打鉄の戦闘ログを表示し、そこから気になった点を幾つか上げる。強くなりたいと言ったのは向こうだしな、修正点ははっきりと言った方が良さそうだ。

 

 「分かってるとは思うがまずコンビネーションが皆無だったな。専用機三体が訓練機に負けたのがその証拠だ。倒してやろうって気持ちが高まるのは分かるが、だからって自分勝手に動けば逆にそれは仲間の動きを制限してしまう」

 

 特に織斑、と俺が指摘すれば彼はばつの悪そうな表情を浮かべた。オルコットのフレンドリーファイアで沈んだせいか、その辺の自覚はあるみたいだな。

 

 「白式の武器がその刀一本だけだから、どうしても接近戦を仕掛けなければならないのは分かる。でもな、白式をこういう多対一で生かすなら一撃離脱がベストなんだよ。零落白夜ってのは一撃必殺の力だろ?周りの仲間に隙を作ってもらってそこを突く、これが一番だ。これなら燃費の悪さもある程度は気にせずに済むしな」

 

 「な、なるほど……」

 

 一応尤もらしいことを言ったつもりだが、最終的には多対一でも一対多でも関係なく速攻で敵を倒すという、脳筋丸出しのスタイルに落ち着くのは秘密だ。文字通り先手必勝という訳である。

 

 「次は個別だな。凰からいくぞ」

 

 「え~、別に反省点なんてなかったんじゃないの?」

 

 いやいや、なかったらわざわざ言わねえっての。流れるログに目を通しながら内心でぼやく。

 

 「そうだな……やっぱり凰は不慮の事態に弱い。自分の実力に自信があるのは結構だが、それが破られた時には動きが極端に鈍くなりがちだ」

 

 衝撃砲が通用しなかった時とかな、と。その一言に彼女はうっと言葉を詰まらせた。それと、焦れたらすぐに衝撃砲を連発するのも止めた方がいいな。焦れる時ってのはイコールで攻めきれていない時のことだ。そこで無闇に攻撃したところで効果は薄いだろうし、今回のような集団戦では迷惑以外のなんでもない。

 

 「次、オルコット」

 

 「は、はい!」

 

 オルコットは……多対一に馴れていないせいか、ビットの使い方に勿体無さを感じるな。前衛との連携が噛み合えばかなり化けるに違いないだけに、惜しい。セシリアがどれだけ上手かったのか、こうしているとあらためて思い知らされるな……

 

 「後はショートソードだ。オルコット、君は織斑の振り方を真似ているな?」

 

 「え、ええ。そうですけど……」

 

 「残念だがそれは止めた方がいい」

 

 オルコットのインターセプターは一撃の威力より手数を優先した、どちらかと言えば俺の雪片に近い剣である。小回りの利く剣を刀と同じように振ることは明らかに無駄だ。某狩りゲーで例えるなら、片手剣で大剣や太刀のモーションをしているような感じか。せっかくの長所を潰すのは流石に頂けない。

 

 「さ、ラストは織斑だ」

 

 「お、お願いします」

 

 やや緊張した面持ちで答えるかつての俺。さて……果たして何から指摘すべきか。やっぱりなぁ、言い出したらキリがないんだよなぁ。昔の自分だし、もっとこうするんだよって部分が有りすぎる。だがそれはあまりにも酷だ。とりあえず──

 

 「動きが馬鹿正直すぎるな」

 

 「うぐっ……!」

 

 「いいか織斑、ISバトルってのは言ってしまえばルールなんぞないようなもんなんだ。そんな場であんな分かりやすい動きをすれば間違いなく読まれるぞ。俺でなくてもな」

 

 ついでに、と俺は一言追加する。

 

 「零落白夜、あれを常に展開させるのはシールドエネルギーの無駄だから止めろ。極端な話、あれを使うのは敵に当たる一瞬だけでいい。流石にまだそれは難しいだろうけど、せめて攻撃の時だけとか使うタイミングを自分で決めておいた方が賢明だな」

 

 一通り言うべきことを言い終えた俺は、ふぅと一息ついて三人の様子を確認する。納得いかないと頬を膨らます者、真摯に指摘を受け止める者、困惑して顔を引きつらせる者、反応は様々だった。

 

 まぁ、強くなりたいのなら少しずつでもいいから直していってもらいたいもんだな。未来の彼等と比べた結果出てきたアドバイスなのだ、強ち間違ったものではない筈だろう。俺はむむむと唸る三人に苦笑を溢した。

 




 ……まるで話が進んでない。という訳で頑張って次話を書きます

 アイン 旧名織斑一夏。自分の仕事以外のことにも手を出している為、結構オーバーワーク気味。休むこともままならない殺伐とした戦争時代を経験している為か、徹夜には滅法強い

 シャルロット(未来) アインの恋人の一人。なんとなく三つ編みをしてそうと考えた瞬間デジャヴを感じた。原因は多分Fateシリーズのジャンヌ・ダルク

 ラウラ(未来) アインの恋人の一人。身長150センチのクーデレ。その眼帯はアインへと受け継がれている


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12話 初めまして、愛しい人

 原作にないオリジナルの話は作るのが難しい……しかもあんまり面白くないかもしれないという

 例の『お気に入り登録数1500記念』なんですが、お陰さまで無事に達成出来そうです。なので、逆行話の主人公を決めるアンケートは今日の日付が変わるまで、つまり1/17(火)の0時で締め切ります。まだアンケートに投票しておられない方は是非、お願い致します

 因みに現在の優勢は更識姉妹です。同一で一位があった場合には、それぞれを主人公に同じような話を二つ書きます。だってまとめちゃったら孤独感が薄れるじゃろ?


 シャル達が転校してくるという知らせが届いて、今日で二週間が経過する。この二週間はもう、とにかく忙しかった。通常の授業に加えて、職員室に鳴り響く電話の呼び出し音に積み重なる文書の山。その一つ一つにきっちり対応しなければならなかったこの二週間は、我々教師には地獄という言葉が見事に当てはまる程の時間だった。どのくらい凄まじかったかというと、織斑先生ですらデスクワーク中にうとうとし始めるくらいには大変だった。出来ることならもう二度と経験したくない。

 

 そんな地獄の二週間を乗り越え、現在俺が何をしているのかというと──

 

 「~♪」

 

 自分の寮長室でちょっとした夕食の用意をしていた。別にふざけている訳でも過労で頭がおかしくなった訳でもない。これにはキチンとした理由があるのだ。

 

 これからこのIS学園にやって来る『三人目の男性操縦者』と『ドイツの代表候補生』の二人をもてなすという理由が。

 

 低い音を立てて動くオーブン二台を横目に、俺は既に使い終えたまな板やフライパンを片付けていく。テキパキ効率良く、そして丁寧に。大変ではあるが俺は料理が好きだ。それは人の笑顔を見るのが好きだ、とも言い換えられるかもしれない。勿論、作るということ自体が楽しいということもあるけれど。

 

 そんな作業を続けること十数分、現時点で出来る洗い物を全て済まして休んでいたちょうどその時、ガチャリと部屋の扉が開く音が耳に飛び込んだ。どうやら織斑先生が戻ってきたらしい。いい頃合いだ。

 

 「お疲れ様です、織斑先生。もうほとんど準備出来てるんで適当に座っといてください」

 

 「あぁ分かった。デュノア、ラウラ、挨拶をしろ。彼がお前達の副担任を務める男だ」

 

 そんな先生の言葉に続くようにして、後ろから二つの人影が姿を現す。一人は金髪にアメジストの瞳をした少女──いや、男装をしている今は少年と言おうか。もう一人は銀の長髪に眼帯が特徴の小柄な少女だ。そんな二人の姿に俺は、ほんの僅かにだが失った恋人達の面影を見た。

 

 「(シャル……ラウラ……)」

 

 大切な二人の笑顔が脳裏に浮かんでは消えていく。だがそれも一瞬だ。俺は素早く意識を切り替えるといつものように軽く笑みを浮かべて二人へ手を差し出した。彼女達は俺を知らない、ならばこう言うべきだろう。

 

 「()()()()()。一年一組の副担任とここの寮長を務めるアインだ。世界初の男性操縦者なんて言われてるがただのしがない教師さ。宜しく」

 

 「えっと……シャルル・デュノアです。宜しくお願いしらしいす」

 

 「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 おずおずと言った具合に手を出すデュノアと握手し、織斑先生にやれと言われたボーデヴィッヒとも同じように握手を交わした。うん、そうだ。これでいい。

 

 その後先生を含めた三人をテーブルに着かせ、俺は止まった一台目のオーブンから器に入った熱々のグラタン四つを引っ張り出した。マカロニと幾つかの具材で作ったそれはシンプルながら、焦げ目の付いたチーズの非常にいい匂いが漂っている。この出来具合なら味の方も大丈夫そうだな。

 

 グラタンの出来に満足しながら二台目のオーブンも開き、中からこんがりと焼き上がったフラムクーヘンを取り出す。それを食べやすい大きさにカットし、大皿に移してやれば完成だ。これも問題なさそうだとこれまでの経験から判断する。ベーコンと玉ねぎがしっかり焼けていて美味しそうだ。

 

 「お待たせ」

 

 流石に一人では一度に全ては運べないので、小さなキッチンとテーブルの間を数回往復して料理を運ぶ。元々一人、二人用の部屋だけにこうして四人も入ればかなり窮屈だな。しかし現在は八時過ぎで寮の食堂も閉まっており、広々とした空間が使えないのだから仕方がない。料理が食卓に運び込まれる度に三人からちょっとした声が上がった。

 

 「……アイン、お前はシェフか?」

 

 「いやいや、ただのしがない教師ですけど。料理学校も通ってなければ調理師免許もありませんよ」

 

 とりあえず作った料理はそれが全てなので、「食べ始めてもいいですよ」と三人にゴーサインを出し、その間に俺は手早くエプロンと髪を括っていたゴムを外す。ファサッと灰の髪が揺れ、手梳でそれを整えながら畳んだエプロンを仕舞う。

 

 免許の類いはないが少々、というかかなり味に煩い恋人達がいたのは確かだ。随分と舌の肥えた子達だったので満足させられる料理を作れるまでは苦労したものである。お陰で和、中華、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア料理くらいには料理のバリエーションが出来てしまった。でも一番得意なのは普通の家庭料理なんだよなぁ。そんなことをぼやきつつ出来る片付けを終えて戻って来た頃には──大半の料理が既に終わっていた。早いよ。

 

 「アイン、もうないのか?」

 

 「ふぅ……凄く美味しかったです……」

 

 「うむ、悪くない味だった」

 

 三人が口々に述べる感想を聞く限りでは料理は存外に好評だったようだ。そして、個人的にボーデヴィッヒから評価をもらえたのは大きい。なんとなくこの頃の彼女には食に無頓着なイメージがあるからな、気に入ってくれたなら何よりである。そんな中で一つ言わせてもらうとするなら織斑先生、人の冷蔵庫から勝手にビール持ってきて飲むのはちょっとどうなんですか?

 

 「教え子の前ですよ、織斑先生」

 

 「何、今は休日の夜だ。問題はあるまい」

 

 そういう問題かなぁ。先生の言葉に首を傾げつつも俺は席に着いて食事を始める。フラムクーヘンが完売したから俺の飯はグラタンだけだ。三人が満足してくれたならそれでいいんだが……後でもう一品作ろう。流石にこれだけでは腹が減る。心の中でこっそりと呟き、俺はまだ熱いグラタンを頬張った。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「あの~……アイン、先生?」

 

 後ろから聞こえるデュノアの声に俺は首だけを向けた。夕食は既に終わっており、織斑先生とボーデヴィッヒはいなくなっているので、この寮長室にいるのは俺とデュノアの二人だけだ。明日よりそれぞれの部屋に入る二人だが、今日だけはそれぞれの寮長室で過ごすこととなっている。一応男扱いのデュノアは俺と、そしてボーデヴィッヒは織斑先生とだ。因みに先生の寮長室は掃除済みなので問題はない……筈である。

 

 「洗い物、手伝いますよ」

 

 「気持ちだけ受け取っとくよ。悪いがキッチンが狭くてな」

 

 俺はやんわりと彼女の好意を断って洗い物を続ける。寮長室は生徒達の部屋とほとんど同じ作りであり、そのためキッチンは入り口からすぐのところにある小さなスペースにしかない。一人で作業をこなす分には十分な大きさだが二人──それも片方が男ならば逆にやりずらくなってしまうのだ。

 

 「あの、アイン先生」

 

 「なんだ?」

 

 「もう一人の男性操縦者……織斑君って、どんな人なんですか?」

 

 ふむ、織斑ね。どんな奴かと聞かれると……ん~……

 

 「真っ直ぐな奴だな」

 

 「真っ直ぐ……ですか?」

 

 おう、と俺はクエスチョンマークを浮かべるデュノアに返事する。その頬は自然と上がっていた。

 

 「困っている者は見捨てない。悪い奴はやっつける。仲間は絶対に守る。そんな漫画やアニメのヒーローみたいなことを本気で信じて、そしてやってのけるような男だよ。身の丈に合わないことにまで突っ込もうとする癖と朴念仁な部分を除けば……まぁ、いい奴だとは思うな」

 

 「よ、良くご存知なんですね……」

 

 「教師ですから」

 

 洗い物を終えてタオルで手を拭きながら軽くドヤ顔をするとデュノアはくすくすと笑った。実際は自分のことだから多少は詳しいって事情もあったりする訳だが……それは言ったところで意味のないことだ。俺も昔は織斑だったんだよね~、なんて誰が信じるんだ……

 

 「デュノア、良かったら先にシャワーを使ってくれ。俺は少し外に出てくる」

 

 「あ、はい」

 

 どうしてか無性に煙草が恋しくなったので、シャワーをデュノアに譲っていつものごとく屋上へと歩を進めた。俺がいると彼女も入りにくいだろうしちょうど良かろう。ゆらゆらと揺れるライターの焔を眺めながら、俺はゆっくりと煙草に火をつけ屋上を囲うフェンスへ背を預けた。

 

 明日からはデュノアとボーデヴィッヒの二人が一組に加わる。その後はISの実習が行われ、織斑がデュノアの正体を知って、オルコットと凰がボーデヴィッヒに敗れ、学年別トーナメントが開かれ、ボーデヴィッヒがVTシステムを使って、最後は織斑に助けられてハッピーエンド。もううっすらとしか思い出せない朧気な記憶だが、ここから二週間くらいはこんな具合に動く筈だ。

 

 さてここで一つ、俺はこれからどう動くべきだ?

 

 対処すべき事柄なら間違いなく学年別トーナメントのVTシステムだろう。学年別トーナメントは生徒だけでなく政府の関係者や企業の者も集まるイベントだ。要人の避難及び事態の収拾、我々教師がやるべきことはこの二つとなるか……

 

 一応デュノアの件もあるっちゃあるが、あれはもうスケールが大きすぎて一教師の俺がどうこう出来る問題じゃないので却下する。フランスって国が絡んでることなんだ、俺ごときに一体何が出来ると言うのか。全く……現実というものはなかなかに厳しいもんだな。

 

 俺がなんとかするから大丈夫だ、なんてカッコいい台詞を堂々と言えたかつての自分が羨ましい。己の限界と現実を知った今では口が裂けても言えそうにない台詞だ。戦争で肝心のデュノア社がぶっ潰れてうやむやになったことだが、何事もなければ昔の俺はどうするつもりだったんだろうか?我ながら謎である。

 

 「(ん……まぁ、それにしても──)」

 

 結構変わってたんだな、あの二人って。なんていうか、シャルって俺の中では三つ編みのイメージがかなり強いせいで、今のデュノアは少し物足りないような感じがしてしまう。後は胸とか。まぁこれは男装中だから仕方がないんだが。 

 

 ラウラは……その……あれだ、うん。人の持つ可能性って凄い、としか言いようがない。どうやったら今のスレンダーなボディから胸だけがたわわに成長するというのか。いつの間にか大きくなっていた胸を見て鈴が発狂していたのはいい思い出である。別に俺は大きくとも小さくとも大歓迎なんだがな。

 

 そう言えば髪型も違っていた。ボーデヴィッヒはいつでも単なるストレートだが、ラウラは普段ツーサイドアップで戦闘時には髪を一つ括りにしていたのだ。やはり髪型は人の印象を随分と変えるなぁと、すっかり長くなった自分の髪を弄りつつ苦笑する。

 

 「(……戻るか)」

 

 灰皿に灰を落として口臭消しのガムを口へ放り込み、最後に空を見上げてから屋上を後にする。俺が部屋を出てからそろそろ二十分が経つし、風呂ならともかくシャワーだけならばそろそろ終わっている筈だ。うっかり風呂上がりの彼女とばったり、なんてかつてのようにならないことだけを祈りながら、俺は寮の階段を一人トントンと下っていった。

 




 作者「ラウラの髪型どうしよっかな~。ストレートのままでもいいけど、ツインテールも可愛いし……」

 作者「ん、ツーサイドアップ?なんだこれは……」

 作者「ロングとツインテの魅力が二つ……だと……!?」

 はい、そんな訳でラウラはツーサイドアップです。戦闘時にはシンプルに一つ括り、異論は認める

 ……実はフライングして書き始めようとしてたのに、アンケートが予想以上の接戦で話がまだ書けてないんじゃ。必ず書きますが遅れることはご了承ください

 アイン 旧名織斑一夏。一番の得意料理は肉じゃがだがそれ以外にもかなり沢山の料理をそつなくこなせる、一家に一人は欲しい逸材。曰く、なんでも出来る正義の味方は期間限定らしい

 シャル(未来) スタイルの良さと三つ編みがトレードマークのフランス少女。家庭的でとても優しいが怒らせると怖い。極太パイルバンカーで後ろからズドン

 ラウラ(未来) 身長150センチ、ツーサイドアップの妖精。バストはシャル(原作)くらいの大きさだが体が小さいため大きく見える。食いしん坊


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13話 金銀の加入

 例のアンケートですが、一位は簪ちゃんでございます。参加してくださった皆様、本当にありがとうございました

 という訳なので、現在『もしアインではなくヒロインの誰かが逆行していたら Ver.簪』執筆中です


 翌日、HRを終えた俺は朝っぱらから織斑、そしてデュノアと共に廊下を全力でダッシュしていた。いや、違うな。俺が織斑とデュノアの全力疾走に合わせて走っている、と行った方が正しいか。いずれにせよ、普通は走ってはいけない廊下を結構なスピードで走っていることに変わりはなかった。バタバタと三人分の足音が響く。

 

 一体どうして俺達は廊下を走っているのか、それは今日からISの実習が始まるからである。男という本来ならば存在しない筈の俺達は、着替えのためにわざわざアリーナの更衣室にまで移動しなければならないのだ。本当はゆっくりと出来ればいいのだが、授業開始時間がいつもと変わらないのだからボサッともしてられない。故の全力疾走という訳だった。

 

 因みに朝のHRはほとんど俺の記憶通りに進んだ。デュノアの登場で教室が沸き、ボーデヴィッヒが織斑を殴ろうとして──俺が止めた。どんな理由があれども初対面の相手にビンタを食らわすのはおかしい。故に俺は彼女を止めたのだ。その際にギロリと睨まれたが怖くもなんともない、可愛いものである。何せ、もっと恐ろしいのを受けたことがあるからな。

 

 「あっ!転校生発見!」

 

 「しかも織斑君と一緒よ!手も繋いでる!」

 

 そんな慌てて走る俺達の前に無数の生徒達が立ち塞がる。あれは三組と四組の生徒か。なるほど、彼女達は新しい男性操縦者の情報収集に駆り出された尖兵という訳だ。掴まれば最後、ありとあらゆる情報を搾り取られて授業に遅刻する。なんとも傍迷惑な話だ。

 

 「くそっ、ならここは──」

 

 「織斑、任せろ」

 

 ルートを変更しようとする織斑を呼び止め、俺は二人の前に出た。当然、目の前には目を輝かせて此方を見ている生徒達が。さて、少しは教師らしいところを見せようじゃないか。

 

 「お前達、こんなとこで油売ってないでさっさと戻れ。授業に遅れるぞ?」

 

 ドスッと、正論の刃が突き刺さる。そりゃそうだ、俺達が授業に遅れるかもしれないという瀬戸際にいるのに、同じく授業がある彼女達が遅れない訳がないだろう。ガックリと肩を落として戻っていく生徒達の後ろ姿を見送って俺達は再び更衣室目指して走り始めた。

 

 「せ、先生、ありがとうございます」

 

 「気にしなさんな。当たり前のことしただけだって」

 

 ははは、と俺と織斑は笑い合う。そんな流れについてこれていないのがもう一人、デュノアだ。こてんと首を傾げる様子はどう見ても男がする動作じゃなかろうに……

 

 「えっと……なんで皆は騒いでたの?」

 

 「「そりゃ男が俺達だけだからだろ」」

 

 ハモる。流石昔の俺、息ピッタリだ。そんなに嬉しい訳じゃないけど。

 

 「え……?」

 

 「いや。だってISを動かせる男って俺達しかいないじゃないか」

 

 「ついでに学園の生徒達の大半は女子校育ちのお嬢様だからな、単に男って生き物が珍しいんだろう。動物園で珍しい動物を見に来るのと同じだ」

 

 俺達二人の言葉にデュノアははっとなって頷いた。駄目だねやっぱ。わざわざ変装までしてここにいるというのに危機感が足りなさすぎる。バレたらどうなるか、彼女は分かっているのだろうか。それともどうにかなると楽観視しているか。なんにせよ、これじゃ近いうちにボロが出てアウトだ。

 

 そんなことを考えつつも織斑とデュノアが軽く自己紹介をして仲良くなる様子を眺め、その後漸く更衣室へと辿り着いた。パシュという圧縮空気が抜けて扉が開く音が妙に心地いい。さて肝心の時間は……結構ギリギリか。織斑もそれに気付いたようで、慌てて制服とシャツを脱ぎ捨てる。そしてそれに驚いたように叫ぶのが……デュノアだ。

 

 「わぁっ!?」

 

 「……あれ、なんでシャルルは着替えないんだ?早く着替えないと遅れるぞ?うちの担任は時間に厳しい人だから──」

 

 「う、うん……着替える、着替えるよ。でも、その、あっち向いてて……ね?」

 

 ……マジで本当に大丈夫かこの子。ていうか織斑、お前も少しは怪しむくらいしろよ。絶対、不思議な奴だなぁ、くらいにしか思ってないだろお前。そんなんだから女の子達の好意に気付かず朴念仁呼ばわりされるんだ。あぁ、むず痒い。

 

 「……うぇ、先生もシャルルも着替えるの超早いなぁ。着替える時に引っ掛かったりしないのか?」

 

 「引、引っ掛かったり?」

 

 腰までISスーツを通した織斑が俺とデュノアを見てポツリと呟く。確かに彼の気持ちは分かる。すっごく分かる。ただな織斑、例え同性でもセクハラって適応させるんだぜ?

 

 「ほら、馬鹿言ってないで急げ。本当に洒落にならんぞ」

 

 俺は織斑とデュノアを急かし更衣室を出てグラウンドへ走った。織斑先生怒りの出席簿の巻き添えを食らうのはごめんだ。因みにこの後、織斑とデュノアが家庭の話で互いに地雷を踏み合ったり、遅れかけたことを怪しんだオルコットと凰の二人が出席簿の餌食となったりするのだが、そこは割愛させてもらおう。

 

 

 

     △▽△▽ 

 

 

 

 さて、いよいよISの実習が始まったのだが、手始めに戦闘の実演としてオルコットと凰が山田先生に完敗した。全く……何がアイン先生じゃないから大丈夫、だ。馬鹿者め。完全に翻弄された挙げ句に最後はグレネードで同時に終了とは、それでいいのか代表候補生よ。

 

 「さて、これでIS学園教師の実力が理解出来ただろう。以後は今まで以上に敬意を持つように」

 

 織斑先生のそんな言葉が晴天の下に響き渡る。さて、これからが本番だ。生徒達全員の意識が切り替わっていくのが分かる。

 

 「専用機持ちは……五人か。では専用機持ちをリーダーに一班八人となって実習を行う。さぁ、分かれろ」

 

 「あ、出席番号順で一人ずつグループに入るように!男子のとこへ集まるのは禁止だからな!」

 

 ピタッと。織斑先生のゴーサインと共に駆け出そうとしていた生徒達の動きが止まる。うん、まぁこうなるよな。予想通りすぎる行動に苦笑していると、隣の織斑先生が眉間に指を当てて深い溜め息をついた。苛立ったような呆れたような、そんな表情をしている。

 

 「はぁ……アイン先生の言う通り出席番号順にグループに入れ!行動は迅速に!遅れた者はグラウンド周りを百周させるぞ!」

 

 なんと恐ろしいペナルティ。しかし辺り一帯に木霊した鬼教官の一声は浮わついた彼女達には効果抜群のようで、ほんの数分のうちに五つの班が形成された。早いな君達。いや、教える側としてはありがたいけど。

 

 「それでは各班のリーダーさんは訓練機を取りに来てください。打鉄が三機、ラファール・リヴァイヴが二機です。一班一機の早い者勝ちですよ~」

 

 ラファールに乗ったままの山田先生がふっと微笑む。今の彼女からはいつものどこか危なっかしい雰囲気はすっかり消え去っており、むしろ軽く胸を張るその姿からは頼もしさすら覚える程だった。

 

 いやぁそれにしても大きい。素晴らしいな。別に小さいのも好きだけど大きいのもまたいい。眼福眼ぷ──

 

 「ふん!」

 

 「ごふっ!?」

 

 油断していた鳩尾に織斑先生の鉄拳が突き刺さり、体がくの字に折れ曲がった。ナノマシンやら薬やらの影響で常人に比べればかなり頑丈になっている俺の体だが、世界最強のブリュンヒルデが繰り出す一撃を受ければただでは済まない。あまりの激痛に思わずその場に膝をついて腹部を押さえる。

 

 「お……織斑先生……!」

 

 「む、どうした?まだ足りないのか?いかんぞアイン先生、生徒の前であんなだらしない顔を晒しては。思わず手が先に出てしまった」

 

 ポキッ、ゴキッと拳を鳴らし極低温の視線で此方を見下す織斑先生。確かに全面的に悪いのは俺なので何も言い返せないのだが、出来ることならもう少しだけ優しくしてほしかったなぁ……なんて。だからごめんなさいごめんなさい二発目は結構ですいやホントマジで勘弁してください。

 

 「ふん……分かったならさっさと仕事に戻れ」

 

 「イエス、マム」

 

 ラウラ直伝のやたらキレッキレな敬礼をしてから意識を切り替える。さて、もう大半のグループでは実習が始まっているみたいだな。各人、指示の出し方に特徴が出ていてなかなかに面白い。織斑はおっかなびっくり、オルコットは理路整然と、凰は感覚頼りで、そしてデュノアは懇切丁寧に、と言った具合だ。残るはボーデヴィッヒだが……うん、ありゃ駄目だ。フォロー入ろう。

 

 「ボーデヴィッヒ」

 

 「……なんだ」

 

 声を掛ければ無機質な紅の瞳が俺を捉えた。不機嫌丸出しだなおい。

 

 「実習の指揮を執るのはリーダーたる君の役割だろう?何故役割を果たさない?」

 

 視線を移せば訓練機は用意したものの次に何をすべきか分からなくなっている生徒達の姿が目に入る。まだ数える程しかISを動かしてないせいで勝手がまだ分からないんだろう。本来ならばそこで専用機持ちからの指示なりフォローなりが入る筈なのだが、この兎さんときたらそれを放棄してただただ突っ立っているだけなのだ。この班だけが他と比べて明らかに遅れている以上、流石に黙って見ている訳にはいかない。

 

 「ふん、こんな連中にはISを教える必要もない。教える価値すらない。ただそれだけの話だ」 

 

 「……ISをファッション程度にしか思っていないような生徒達には、か?」

 

 ボーデヴィッヒにしか聞こえないように呟いた言葉に彼女はこくりと頷く。そういえばこの頃のボーデヴィッヒはこんなキャラだったかなぁ。必要がないだの価値がないだの……馬鹿馬鹿しい。思わず溜め息が溢れた。

 

 「ボーデヴィッヒ、価値がどうだとかなんてのは関係ない。そしてそれを決めるのもお前じゃない。言われている筈だぞ、専用機持ちをリーダーに実習を行うと。他でもない織斑先生に、だ」

 

 「っ……」

 

 織斑先生の名前を出した途端に大人しくなったボーデヴィッヒは一度舌打ちをすると、不機嫌オーラを撒き散らしながら生徒達の方へ向かっていった。不貞腐れちゃってさぁ……世話の焼ける子だよ本当に。これがあのラウラになるかもしれないんだから人間ってのはどうなるか分からない。もう一度だけ溜め息をついてから、俺は彼女のサポートをすべく歩を進めた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「疲れた……」

 

 「疲れた~」

 

 放課後、生徒会室に呼び出された俺は布仏姉の用意してくれた紅茶で本日の疲れを癒していた。全く、問題児のフォローも楽じゃない。因みに隣でぐだっているのは布仏妹で、お姉ちゃんの方からしっかりしなさいと怒られている。そんな性格は正反対とも言える二人だが、端から見ていても分かるくらいにはとても仲がいい姉妹だ。少なくとも、そこの机に縛り付けられて書類を片付けている生徒会長姉妹とは比べ物にならない。

 

 「う~ん……虚ちゃ~ん……もう許して~」

 

 「いけませんよ会長。まだ各部活動からの申請が残っているではありませんか」

 

 「も~!どこもかしこも、予算なんてそう簡単に増やせないわよ~!」

 

 むが~っと怒りを露にする我らが生徒会長、更識。チラチラと此方を見ても無駄だぞ。悪いが手伝おうとすると布仏姉から怒られるんだよな……俺が。という訳なので俺は威厳もへったくれもない非常に残念な更識の様子を適当に眺めながら、お茶請けのスコーンを布仏妹と共にもしゃもしゃと頬張って寛いだ。うん、美味しいぜ。

 

 「アイン先生助けて~。可愛い教え子が困ってるわよ~……」

 

 「手出しは無用ですよ、先生。さぁ頑張りましょう」

 

 憐れ更識。だがしかしそれが生徒会長の役割なんだし諦めてくれ。頑張れ~、と気の抜けるのほほんとした声で応援する布仏妹を横目に、俺はまだ半分程紅茶の残ったカップに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 「あ~……終わったぁ……」

 

 「お疲れさん、更識」

 

 「お疲れ様です会長」

 

 「かいちょ~お疲れ様~」 

 

 がくりと机に突っ伏した更識に労いの言葉が掛けられる。あれからもう一時間くらいは経っただろうか、よくもまぁあれだけの書類を捌ききれたものである。なんだかんだ言いつつも手際はいいんだよなぁ。流石生徒会長で暗部のトップ、と言うべきか。ともあれ、これで漸くだな。

 

 「で、更識。肝心の俺をここへ呼んだ理由は?」

 

 「あ~……それはあれよあれ、転校生について~」

 

 「……デュノアだな?」

 

 その言葉に更識はこくりと頷いた。近くにあった紅茶を豪快にも一気飲みして喉を潤す。

 

 「ふぅ……先生は多分気付いてるだろうけどデュノア君は女の子よ。狙いは十中八九織斑君、ただその目的の詳細を私達も全部把握出来てる訳じゃないの」

 

 「だから捕まえずに泳がせてるのか。で、俺の役目はなんだ?出来るったって精々監視くらいだぞ」

 

 「十分よ。それにこの件は織斑先生や山田先生にも伝えてあるし、放課後には私だって動けるわ。許可を貰って織斑君の部屋にも幾つか仕掛けを用意してあるから……余程のことがない限り大丈夫な筈ね」

 

 わぉ、錚々(そうそう)たる面々だな。世界最強に学園最強、そこに学園トップクラスの操縦者と未来人?ときた。なんかもう、デュノアに同情すら覚えるレベルだ。一応俺の記憶が確かなら特に何も起こらなかったと思うが、事が事だけに用心するに越したことはない。

 

 ということは、だ。俺の役目はデュノアの監視にボーデヴィッヒのフォローの二つになるのか。はっはっはっ、ここに普通の仕事も追加なのだから間違いなく過労だ。まぁしかし俺に出来ることなんてこれくらいしかないし、気合い入れてやってやりましょうかねえ

 

 「せんせ~頑張れ~」

 

 「布仏妹よ、クラスメイトなんだから君も協力しなさいな」

 

 相変わらずのほほんとした彼女の頬っぺたを俺は苦笑しながら指で突っついた。

 




 次回からラウラお世話編の始まり始まり。クラスで孤立してる子をこの世話焼きが見逃す訳がない。サクサク進んでいけたらいいなぁ

 アイン 旧名織斑一夏。実は生徒会の顧問。なんだかんだぼやきつつも仕事は楽しんでいたりするので嫌いじゃない

 ラウラ(未来) アインの恋人の一人。軍属で力に拘っていた過去があることから、誰よりも正真正銘の兵器である第五世代機の扱いには注意深かった。刀奈には及ばないが高いカリスマの持ち主で、学園の生徒達からは慕われていた


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14話 孤高の黒兎

 デュノアとボーデヴィッヒが転校してきて今日で五日が経つ。更識に言われた通りデュノアのことは可能な範囲で監視しているが、今のところ怪しい動きをしている素振りはない。むしろ織斑の方から寄っていっている気もするが、そこは同じ男でしかも同年代、今まで男子生徒一人でやってきた彼には漸く出来た男友達という訳だ。一緒にいたがるのも無理はないだろう。まぁ、特に大きな問題はない。

 問題はボーデヴィッヒの方だった。転校してきたあの日以来、彼女は誰にも構わず一人っきりなのだ。一応俺だって何回か声を掛けてみたりもしたのだが、彼女は常に近寄るなってオーラ全開なので正直キツい。これじゃ一般の生徒が近付かないのも当たり前だろう。結局、全く何も出来ないままただただ時間だけが過ぎていった。

 

 「……どうしよ」

 

 第三アリーナの管制室、そこで俺はくるくるとそこらにあったボールペンを回しつつぼやく。もう少し上手くいくものだと思っていただけに、失敗すると次の手がなかなか浮かばない。まさかあそこまで徹底的に拒絶されるとは……なんとかなるだろうと楽観的に考えていた数日前の自分が恨めしい。と、まぁそんな感じで頭を悩ませていた時だった。

 

 「……あいつら」

 

 突如アリーナに響いた二発の轟音と何かがぶつかったような金属音。眼帯を外して音の方向へ義眼をやれば、そこには件のボーデヴィッヒと専用機持ち四人+篠ノ之が何やら険悪な雰囲気を漂わせて睨み合っていた。確かボーデヴィッヒは先程まではいなかった筈……ということは突如現れた彼女が織斑を狙ってリボルバーカノンを発砲、それをデュノアが手にしているアサルトカノンで防いだといったところか。ほどいた眼帯を付け直しながら溜め息を一つ、俺はアナウンス用のマイクへと手を伸ばした。

 

 『あー、あー、そこの専用機持ち!クラス、学年、出席番号を言え!それと模擬戦なら双方の合意の下に指定された模擬戦用のスペースを使ってやるように!それ以外の場所で人に向けて武器を使用することは禁止されている!』

 

 スピーカーでアリーナ中に響く俺の声は当然ボーデヴィッヒの耳にも入る。クラスも学年も出席番号も分かっているが、これは言わなければならないことなのだ。

 

 で、肝心のボーデヴィッヒだがどうやら二度も邪魔されて興が削がれたようで、大人しくアリーナゲートの方へと去っていった。さて……とりあえず今アリーナを任されている身としてお説教に行きましょうかね。椅子から飛び上がるようにして立ち上がった俺はすぐさまダッシュし、アリーナから立ち去ろうとしていたボーデヴィッヒの背中に追い付いた。やっぱりあの銀髪は目立つな、すぐに見つけられたぞ。

 

 「ボーデヴィッヒ」

 

 「……」

 

 「……てい!」

 

 「ふぎゃ!?」

 

 ゴスッと小さな頭に拳骨を落とした。全力でやれば割りと洒落にならないので手加減はしたがそれても結構痛い筈だ。案の定、ボーデヴィッヒは殴られた部分を押さえて悶絶し、復活した後はキッと此方を睨んできた。少し涙目なのはご愛嬌か。

 

 「き、貴様!何をする!?」

 

 「此方の台詞だ馬鹿野郎。せっかく口頭だけの注意で済ませてやろうかと思ったのに無視までして……そうなったら手が出るのは当たり前だろ。文句があるなら自分の行いを振り返ってみればいい。アリーナの利用規則を破ったのはお前だからな」

 

 その一言に彼女はうっと言葉を詰まらせる。どうやら自分が規則やらなんやらを破ったという自覚はあるようだ。まぁ、自覚があるだけでは意味はないのだが。

 

 「いいかボーデヴィッヒ、お前がレールカノンを放った近くには全く関係ない生徒達が多くいた。万が一にも彼女達が怪我をした時、お前はどうする気だった?」

 

 俺はさっきのアリーナの状況を思い出す。そこにいた生徒達の多くは訓練機を纏ってはいたが、ISスーツだけで立っていた者もいた。小口径の弾丸くらいなら防ぐことの出来るISスーツだが、ISの攻撃に対しては無力に等しい。もし、ボーデヴィッヒの放った砲撃が彼女達を巻き込んでいたらどうなるか、そんなことは想像するに難くなかった。

 

 「……ISをファッションか何かと勘違いしている連中など、そのくらいの目に遭わなければ考えを改めまい」

 

 「だがそれは怪我をさせていい理由にはならない。自分の思い通りにならない者はどうなっても構わないなんて、お前の考えはテロリストと同じだよ」

 

 苦々しく呟いたボーデヴィッヒにそう返せば、悔しそうに拳を握って歯を食い縛る。誇り高き軍人である自分が忌むべきテロリストと同じだと言われたのだ、当然の反応だろう。しかしそんな行いをしたのは他でもない、彼女自身なのである。

 

 「ボーデヴィッヒ、お前は織斑先生の教え子なんだろう?あの人を尊敬するお前なら分かる筈だ。規定や規則を蔑ろにし、むやみやたらに力を振るうような行いを、あの人が認めると思うか?」

 

 「っ……!」

 

 舌打ちと共にキッと紅の瞳が俺を睨む。しかし何も言い返さないのはそれが事実だと分かっているからだろう。やがてボーデヴィッヒは何も言わずにくるりと踵を返し、銀の髪を翻してアリーナから出ていった。そんな彼女の小さな背中を、俺はただ見送る。

 

 別に俺は彼女に織斑へ当たることを止めろとは言わない。力に固執し、織斑先生を心酔するボーデヴィッヒの考えを改めさせることはほぼ不可能だ。未来から戻ってきた俺は彼女についてあれこれ知っているが、基本的に俺と彼女は赤の他人、故に何を言おうとも彼女はきっと聞く耳を持たないだろう。喧嘩し合って、ぶつかり合って、そして最後は織斑に助けてもらえばいい。

 

 だが──例えば近いうちに敗北して怪我をするオルコットや凰のような──ボーデヴィッヒの事情に全く関係ない生徒達が巻き込まれることだけは容認出来ない。これは一人の教師として、一人の大人としての考えだ。俺が彼女に拘るのはこのためである。後は……やっぱり自分の受け持つ生徒には笑っていてほしいというくらいか。

 

 「(……とりあえず、戻るか)」

 

 懐に仕舞ってある煙草へ手を伸ばしたくなる気持ちを抑えつつ、俺は来た道を引き返した。現在は仕事の真っ最中でありそれを忘れてはならない。今日は土曜で明日は休みだし、織斑先生を飲みに誘えば頷いてくれるだろうか、そんなことを考えながら俺はボチボチと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 因みにその夜、織斑の部屋に『仕掛け』をしていた更識からデュノアの男装が織斑にバレたという連絡が飛んできて、俺と織斑先生は揃いも揃って頭を抱えることになる。一週間も経たずにバレるって本当どうなってんだよおい。ついでにこれで二人の部屋が変わることも決定したので、後日山田先生の顔から一切の感情が消えることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 あれから更に数日後。相変わらず三人目の男性操縦者──デュノアの情報を寄越せとしつこい各国からの問い合わせに、我々教師陣もいい加減にしろよと苛立つこの頃、俺はクラス代表である織斑と共に課題用と授業用のプリントを運んでいた。学ぶべきことの多いIS学園では当然課題も多く、このように一人で運ぶには苦労する程の量がある。そんな訳で織斑にこうして手伝ってもらっているのだが、案の定彼はこの量を見た瞬間、盛大にその表情を強張らせていた。うん、まぁそうなるよな普通。

 

 「はぁ……アイン先生、これ本当に全部課題なんですか?」

 

 「ん……あぁ、一部授業用のも入ってるけど大半はな。言っとくとそれの提出先って織斑先生と俺だから、期限守れなかったら大変なことになるぞ?」

 

 その一言に織斑の顔からさっと血の気が引いたような気がする。一応フォローとして分からないところは聞きに来れば教えると言ってやれば、少しだけその顔色が良くなった。難しいかどうかは置いておいて量は多いからとりあえずコツコツやっていくことが大切だ、とも言っておく。

 

 「そういえば織斑、デュノアとは上手くやれてるか?」

 

 「え……あ、は、はい。やっぱり男同士ですから……ははは……」

 

 滅茶苦茶動揺してるな織斑。声が若干震えてるぞ。これでもうデュノアの男装はバレてると伝えれば、果たして彼はどんな反応をするんだろうか。

 

 彼女は悪くないと庇うか、

 

 俺が守ると啖呵を切るか。

 

 ……どっちもありそうな反応だな。まぁ、そんなことをするつもりなんて更々ないんだけど。俺はニッと笑って一言だけ返事をした。

 

 そんな軽い談笑を交えながら階段を上がって教室へと向かう俺達。そんな我々の耳に突然聞き覚えのある声が飛び込んだ。チラリと声のした方を伺えば、そこには織斑先生に必死の形相で訴えるボーデヴィッヒの姿が。どうやらここで教師をしている彼女をドイツに戻るように説得しているようだ。俺達は黙ったまま足を止め、その行く末を見守る。

 

 「お願いします教官、ドイツへお戻りください!あなたの力はこんな場所では半分も生かされません!どうか──」

 

 

 

 「少し黙れ、小娘」

 

 

 

 たった一言。しかし一瞬、ビリビリと大気が震えたかのような錯覚を覚える。彼女の纏っていた雰囲気が変わったのだ。IS学園に勤める一教師のものから、世界最強のブリュンヒルデのそれに。その迫力は凄まじく、二人からそれなりに距離があるにも関わらず、隣にいる織斑の肩がビクッと跳ねた程だ。

 

 「たかが十五年生きたくらいでもう選ばれた人間気取りか?囀ずるなよボーデヴィッヒ、お前に私の道を決める権利などない」

 

 「わ……私は……」

 

 織斑先生の覇気をまともに受けたボーデヴィッヒ。その声は恐怖によって震えていた。パクパクと口を開けるも言葉がなかなか出て来ない。あの様子から判断するに、相当怯えてるようだ。まぁ、相手が相手だし無理もないか……

 

 「……さて、そろそろ授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」

 

 ふっと先生のオーラが緩む。どうやら威圧するブリュンヒルデモードは終了みたいだな。ほっと隣の織斑から安堵するような溜め息が聞こえる。

 

 説得が無駄だと分かったのか、ボーデヴィッヒはそのまま何も言わずに教室の方へと去っていった。そして織斑先生の視線が此方へと向き──

 

 「盗み聞きとは感心出来んな、男衆」

 

 ニヤリと頬が上がる。ありゃりゃ、やっぱりバレてたか。両手が塞がっているので手を上げることは出来ないが、お手上げと言わんばかりに肩を竦めて織斑と共に姿を現した。

 

 「盗み聞きするつもりはなかったんですがねえ……それに出ていける空気でもなかったものですから、しょうがなくですよ」

 

 「いや盗み聞きって、なんでそうなるんだよ千冬ね──」

 

 スパーンといい音がした。一応それなりに距離があった筈なんだけどねえ……ま、あんまり織斑先生に常識は通用しないから驚くことでもないか。

 

 「失礼な奴め。私も人間だぞ?」

 

 「ですよね。失礼しました」

 

 振り下ろされる出席簿を甘んじて受け入れる。両手塞がっているから防ぎたくとも防げないんだよね、うん。久しぶりに食らったがこれはなかなか痛い。

 

 「プリントは私が預かろう。お前はさっさと教室に戻るといい。廊下は走るな、とは言わん。バレないように走れ」

 

 ひょいと織斑からプリントの山を奪い取って優しく微笑む織斑先生。そんな彼女に織斑はなんとなく何か言いたげだったが、すぐに頷いて教室へと走っていった。美しき姉弟愛って奴かね。なんだか……随分と懐かしい。

 

 「何を呆けている?私達も行くぞ」

 

 「……はい、織斑先生」

 

 急かされるままに俺は彼女の後を追った。その背中を千冬姉と呼べないことにほんの少しの痛みを感じながら。

 



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15話 学年別トーナメントに向けて

 少々遅くなりました。申し訳ありません



 「……どう見る、アイン」

 

 「どうもこうも、やっぱりまだ連携に綻びがありますね。あれじゃ恐らく、ボーデヴィッヒは倒せません」

 

 第三アリーナ管制室、映し出されているアリーナの様子を眺めながら、俺は織斑先生の声にそう返事をした。彼女も同じ考えだったのか、一度こくりと頷くとすぐにモニターへと視線を戻す。

 

 現在このアリーナではオルコットと凰、そしてボーデヴィッヒの三人による模擬戦が行われている。本来ならばアリーナ一つを丸々開けて模擬戦をやらせることなんて滅多にないのだが、今回はアリーナの利用者が少ないといった幾つかの条件が満たされたことで、俺が交渉した結果、特別に監督役の織斑先生より許可が下りたのである。

 

 正直に言って俺としてはとてもありがたいことだ。俺と織斑先生という審判役がいるキチンとした模擬戦である以上、ボーデヴィッヒも過剰な攻撃を二人に加えるなんてことにはならない筈。俺の記憶では確か、ここで敗北した二人は後に控える学年別トーナメントへの参加が出来なくなっていたからな。こうして場を整えてくれた織斑先生には感謝しなくてはならない。

 

 「ふむ、ワイヤーブレードで凰を捕らえたか。そしてそれを──」

 

 「あ、オルコットにぶつけましたね。残りのシールドエネルギーは……凰が86、オルコットが129ですか。これはちょっとまずいですかね」

 

 「対するラウラは267……まだ余裕がありそうだな」

 

 モニターの端に表示されたエネルギー残量を見た俺達は口々に己の考えを述べる。いくらボーデヴィッヒの技量が高かろうと、流石に二人掛かりならば倒すことも可能だろうに。やはりまだまだ未熟で改善の余地ありである。

 

 それにしても……オルコットと凰、そしてボーデヴィッヒの模擬戦か。これがセシリアと鈴、そしてラウラという未来での三人による戦いだったら大変なことになるんだろうな。俺はふとそんな考えを頭に浮かべた。

 

 

 

 個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)は基本。

 

 BT偏光制御射撃(フレキシブル)が当然のように扱われ、そして見えない衝撃砲が嵐のごとく放たれる。

 

 そしてそれを流れるように捌き、不敵な笑みを浮かべるラウラ。その回りには停止結界で止められた三十二基のビットが。

 

 

 

 ……うわ怖っ、俺の恋人怖っ。今の三人の模擬戦を見ていれば、如何に未来の三人が恐ろしいことをしていたのかがよく分かった。目の前の光景なんて可愛いものである。人のことを言えた義理じゃないがこれは酷いな。

 

 特にラウラの停止結界、あれは反則だ。なんで試合開始と同時に捕まって動けなくなるんだよ、鬼か。刀奈の開幕清き熱情(クリア・パッション)や箒の常時絢爛舞踏(けんらんぶとう)発動も大概だが、停止結界も同じくらい酷いものである。何せ、接近戦しか出来ない俺には相性が悪すぎるのだから。

 

 相性が悪すぎると言えばシャルや簪も悪いな。合計192発のミサイルは全て簪のマニュアル操作なので基本的に避け難いし、一発でも食らえば怯んでいる隙に後続が来るから当たれば終わりだ。避けるには全力で振り切るしかない。シャルの高速切替(ラピッド・スイッチ)は最早説明するまでもないだろう。ブレードがいつの間にかショットガンになっていた時は血の気が引くし、何より連射するより装填済みの銃に切り替えて撃つ方が早いってのがそもそもおかしい。パイルバンカーを連射するとかどんな悪夢だよ。

 

 と、まぁそんな過去の理不尽な仕打ちに一人黄昏ていると、どうやら模擬戦を終わり間際まで進んだらしい。オルコットが至近距離でミサイルを爆発させてダメージを負わせるも倒しきれず、迫るワイヤーブレードに二人は絡め取られて動きを封じられてしまう。そこへプラズマ手刀による連続攻撃を受け……とうとうシールドエネルギーが尽きた。喧しいブザーの音がアリーナに響いて試合終了を告げる。

 

 『そこまでだ。ブルー・ティアーズ、甲龍共にシールドエンプティ。よってボーデヴィッヒの勝利とする』

 

 直後に木霊する織斑先生の声。それを聞いたボーデヴィッヒは何かを喋った後、すぐにピットの方へと戻っていった。彼女の性格からするに期待外れだとか、この程度かとか、そんな感じなんだろうな。残されたオルコットと凰は悔しそうに表情を歪ませており、合流した織斑とデュノアもどう声を掛けるべきか迷っているようだ。

 

 「ふむ、やはり単純な実力ではボーデヴィッヒに軍配が上がるか」

 

 「みたいですね。強いですよ彼女、少なくとも一年生のこの時期であれだけの実力を持っていたのは、精々去年の更識くらいじゃありませんか?」

 

 まぁ実際には去年の更識の方が強いんだろうけど。手元にあったインスタントのコーヒーを一口啜ると、まだ残った熱がほんのりと口の中に広がった。それと同時にブラック特有の苦味もだ。少しだけ頭が冴えたような気がする。

 

 「確かに。だがあいつは強さと攻撃力をイコールで見ている。あれではこの先の学年別トーナメントは勝ち抜けまい」

 

 「しかも今年は先月の無人機騒動の関係でタッグマッチになりましたからねえ……性格的に彼女はペアと協力する気はなさそうですし、連携の上手いペア相手だときっとキツいでしょう」

 

 そこまで言って俺はふと動きを止めた。そういえば今回の模擬戦でオルコットと凰の二人が負傷していないということは、当然彼女達も学年別トーナメントに参加するだろう。しかも今年はタッグマッチ、つまり二人一組だ。織斑に惚れている二人がこの機会を見逃すような真似をする訳がない。となると──

 

 「(もしかして、織斑がデュノア以外と組むかもしれない……?)」

 

 そんな考えが頭を過るが、俺はすぐに首を横に振る。あいつが、あの織斑が迫ってくる二人を相手にして素直にどちらかを選ぶだろうか。間違いなくデュノアに助けを求め、そしてその流れで彼女とペアを組むに違いない。織斑一夏とは、そういう男なのだ。

 

 ……あぁ、そういえば学年別トーナメントで優勝すれば織斑と付き合える、なんて噂もあったっけ。しかしあの朴念神のことだ、どうせ言われたところで「おう、買い物に付き合うくらいならお安いご用だぜ」とか言うんだろうけど。一体何をどう勘違いしたらそうなるのか教えてくれよ、昔の俺。

 

 ま、そんなことは置いておいて──

 

 「楽しみですね、織斑先生」

 

 「あぁ」

 

 生徒達が集まり始めたアリーナを眺めながら、俺達はふっと笑ってそれぞれの持ち場へ戻った。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

 六月も残り僅かとなり学年別トーナメントが近付くIS学園アリーナでは、先月の五月半ばに行われたクラス対抗戦の時と同じく改修作業が行われていた。同時に学園に配備された訓練機と武装の整備もである。

 

 クラス対抗戦と学年別トーナメント、この二つの行事の違いを挙げるとすればやはり参加する人数だろう。何しろ前者が各クラスの代表のみで行われるのに対し、後者は二年時より分かれる整備科を除いた全生徒が参加するのだ。その数は約二百八十、勿論棄権する者もいるだろうがそれでも二百人は軽く越える一大行事なのである。

 

 それだけの人数がISバトルを行うのだ、必然的に使われる訓練機の数も多くなるし、使われるということはしっかり整備をして万全の状態に仕上げておかなければならない。試合中に不備のせいで事故が起きましたなんてことは、絶対にあってはならないことなのだから。

 

 「ちょっとこのラファール、スラスターがおかしいわよ!急いで直して!」

 

 「駆動系の一部に動作の遅れ有り……誰か少し手を貸してくれない?」

 

 「レンチ足りないわ!後ボルトも、どんどん持ってきて!」

 

 「高周波カッターって誰か使ってる?終わったら回して~!」

 

 そんな訳で現在、この第二整備室では整備科の教師や生徒で構成されたチームの一つが、何十とある訓練機の一機ずつを入念にチェックしていた。全員が真剣そのものであり、期限までに間に合わせようと必死になって動いている。恐らく、他の整備室でも同じようになっている筈だ。

 

 そしてその中には整備の腕が立つということで、整備科担当ではない俺の姿もあった。複数の空中投影ディスプレイに映し出されるデータに目を通しながら、カタカタとメカニカル・キーボードを叩いて修正と調整をしていく。簪ならこの三倍は速く、そして正確に処理していけるんだろうが、生憎俺にはそこまで出来る技術はない。それでも可能な限りスピードを上げ、かつミスのないようにする。

 

 「ラファール二十二番機、二十三番機、打鉄十八番機!動作、機能、及び武装に問題ありませんでした!」

 

 「ありがとう!大丈夫なISは指定された倉庫に運んですぐ次のを用意して!時間は限られてるわよ皆!」

 

 「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」

 

 どうやらアリーナの方へ実際にISの動作テストを行っていたメンバーが戻ってきたようだ。バタバタと整備室内が一層慌ただしくなる。しかしこの整備室には危険な工具や機材が大量にあり、躓き転んで怪我をしたなんてことだけにはならないよう切実に祈りつつ、俺は意識を目の前のディスプレイへと戻した。とりあえず、今は頑張らなくちゃな……

 

 

 

 

 

 

 「~♪~~……ん?」

 

 その夜、万事に備えて専用機の整備をしようと再び整備室を訪れた俺だったが、そこにいた意外な先客に少々驚かされることになる。いや、よく考えてみれば今の時期に整備室を使おうとする子は、彼女以外にはきっと存在するまい。つまり今、この片付けを終えてなお散らかった整備室で俺と彼女──更識簪が出会うのは必然とも言っていいだろう。

 

 更識簪。未来における俺の大切な恋人の一人で、空のようなセミロングの髪にISのヘッドギアに似た装飾、そして紅の瞳に掛けられた眼鏡が特徴の少女だ。因みに好きなものは勧善懲悪のヒーローもの。俺もかつてはよく彼女に付き合って一緒に眺めたものである。

 

 「……」

 

 そんな彼女は現在、白い装甲をしたISの前で空中投影ディスプレイと睨めっこをしており、此方に気付いた様子はない。今の俺からは見えないが恐らくあれは彼女の専用機、打鉄弐式のデータなのだろう。確かまだ未完成なんだよな、倉持技研が途中で投げ出したせいで。

 

 「更識」

 

 「ひっ……!?」

 

 ビクッと彼女の肩が跳ねる。そんなに驚かなくてもいいじゃないかと思うが、よく考えたら俺と彼女は初対面だったな。それに俺って男だし……突然知らない異性に話し掛けられる、なるほど、これは驚くなという方が無理か。俺は軽く頭を下げた。

 

 「あぁ……すまない、少し俺もここを使わせてもらってもいいだろうか?」

 

 「え……えっと……ど、どうぞ」

 

 助かる。俺は小さな声で答えてくれた更識に礼を言うと、部屋の片隅に移動して白式・零を展開させた。いくらここには更識しかいないとはいえ、この機体は無闇に晒していいものではない。やることをやってさっさと終わらせてしまおう。目の前に鎮座する純白のISの装甲に触れれば、キィンと音がした後に懐かしい少女(コア)の声が響いた。

 

 ──久しぶり、イチカ。前月以来だね

 

 ──あぁ。どこか具合の悪いところはないか?直すから遠慮なく言ってくれ

 

 ──ん~……ある程度は自分で直せるからそんなにないんだけど。でも、スラスター周りとか駆動系はいつも通りしっかり見ておいて欲しいかな?

 

 ──分かった、任せてくれ

 

 ふぅと軽く息をついて白式・零から手を離し、すぐに準備に取り掛かる。一応彼女との付き合いも長いお陰か、こういった整備調整は馴れたものである。白式・零の方から直す部分を教えてくれるというのも大きい。テキパキと手際良く、それでいて丁寧に。ハイパーセンサーやシールドバリアー、PICといった機能の類いにも万が一がないよう、複数のディスプレイに出されたデータをしっかりと確認していく。

 

 「(システム系や駆動系に異常はない。スラスター出力、安定。問題はなし……と。関節部分、装甲部分も共にいけそうだ。なら、もう大丈夫かな。これをこうして……終わりっと)」

 

 最後に全てが正常であることを見届けてから、空中投影ディスプレイとキーボードを閉じ、待機形態の結婚指輪となった白式・零を元の位置へと戻した。上からの照明に照らされたそれは、光を反射してキラリと七色の輝きを放つ。綺麗だ、柄にもなく俺はそう思ってふっと表情を綻ばせた。

 

 が、しかし今日は結構長い間ISに携わってたせいか、いつも以上に疲れが溜まってしまったようだ。頭と、そして目が痛い。チラリと更識の様子を伺ってみれば、真剣な面持ちのままカタカタとキーボードを叩いている。どうやらまだやる気があるようだった。

 

 出来れば早く部屋に戻ってゆっくりしたいところだが、流石に女の子を一人残して俺だけ帰る訳にはいかない。壁に掛けられた時計から、現在は八時を少し過ぎたところ。まぁ後小一時間くらいなら大丈夫かと考えた、ちょうどその時だった。

 

 

 

 グゥ~……

 

 

 

 「「……」」

 

 二人しかいない整備室に可愛らしい腹の虫が鳴く音が響いた。勿論、発生源は俺ではない。ちゃんと夕飯は済ませてきた。ということは必然的に音の主はあそこで顔を真っ赤にして俯き、「あぅ……」とか呟きながらチラチラと此方の様子を伺っている少女ということになる。うん、凄まじく気まずい。

 

 「……更識、夕飯食べてないのか?」

 

 その言葉に彼女は小さく首を縦に振る。なんというか……思わず溜め息が出た。IS作りにのめり込む気持ちは分かるがそれでも食事くらいは摂らないのか?案外自分に無頓着なんだな、この子。

 

 「……どうするんだ?もう寮の食堂は閉まってる時間だぞ?購買だって八時までだからもう使えない」

 

 「え……と……うぅ……」

 

 「……はぁ」

 

 二回目の溜め息。俺は素早く冷蔵庫の中身を思い出し、簡単に作れそうな料理に検討をつけた。麺を茹でればうどんが出来るし、増やしたワカメとミョウガ、それにキュウリで酢の物もいけるか。後、必要なら卵焼きとか。結構食材が減ってきたしまた買い出しに行かないとな……って、違う違う。話が逸れた。

 

 「簡単なもので良かったら作るし寮長室に来るか?別にただのお節介だから断ってくれても構わないけど……」

 

 「え?え、えぇ……」

 

 まぁお腹を空かしている女の子を放置出来る程俺も非情な男ではない。尤も、それに更識が乗ってくるかは分からないのだけど。何せ彼女にとって俺は初対面の怪しい男であり、そんな者から部屋に来ないかと誘われているのだ。十中八九断られるのがオチなのたが……

 

 グゥ~……

 

 「あぅぅ……じゃ、じゃあ……お、お願い、します……」

 

 

 

 

 

 

 この後、パクパクと料理を頬張る彼女を見てほっこりしたり、ISや特撮ヒーローの話で盛り上がったり、その結果少しだけ彼女と仲良くなれたり、翌日になって姉の方の更識から親の仇を見るような目で睨まれたりするのだが、それはまた別の話である。

 




 アイン 旧名織斑一夏。専用機は『白式・零』。忘れがちだが灰の長髪に眼帯、そして火傷痕と端から見れば完全な不審者。特撮ヒーローの中でも変身する仮面のライダーが好みである。推しは○ウガと○騎

 箒(未来) 専用機は『紅飛沫』。単一仕様能力(ワンオブ・アビリティー)の絢爛舞踏を常に発動出来るため、基本的にシールドエネルギーが減らない。理不尽その一

 セシリア(未来) 専用機は『血涙(ブラッド・ティアーズ)』。三十二基のビットでフレキシブルを決めながら大型レーザーライフル片手に、隙あらば接近戦を仕掛けるとんでもない人。理不尽その二

 鈴(未来) 専用機は『神龍(シェンロン)』。計四基の衝撃砲はガトリング並みの連射力を誇り、かつ弾は無制限。撃ちっぱなしが基本で怯んだ相手を接近戦で叩きのめす。理不尽その三

 シャル(未来) 専用機は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅤ』。高速切替を生かして無限の武器を使いこなす。必殺技は連続パイルバンカー(パイルバンカー①→装填済みのパイルバンカー②→装填済みのパイルバンカー③→……)。タイムラグがほとんどなく、リアル釘パ○チとなる。理不尽その四

 ラウラ(未来) 専用機は『黒き死(シュヴァルツェア・トート)』。一対一、または一対二くらいなら停止結界で動きを止められるためほぼ無敵。相手は動けないままワイヤーブレードに斬り刻まれる。理不尽その五

 簪(未来) 専用機は『練鉄』。合計192発のミサイルをマニュアルで操作するため、回避は限りなく難しい。ミサイルを操作しながらでも本人は動けるため、ミサイルに気を取られていると負ける。理不尽その六

 刀奈(未来) 専用機は『虐殺の処女(メイデン・オブ・マサカ)』。清き熱情、沈む床(セックヴァベック)を使いこなす、ラウラと似たタイプ。基本的に動けないまま爆殺される。理不尽その七


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16話 ヴァルキリー・トレース・システム(上)

 お待たせしました、16話になります。この話なんですが少し切りどころが難しかったので『上』『下』の2話構成となっております。ついでにいつもよりも長いです

 今作も皆様のお陰でお気に入り登録数2000が見えて参りました。そんなわけでまた何かしらの特別編でも書けたらいいなぁと思ってます。活動報告の方にアイデアを募集致しますので、「こんなのが見たいなぁ」と思うことがあれば是非お願い致します

 長くなりましたが、本編をどうぞ


 学年別トーナメント当日、IS学園はとんでもない慌ただしさに包まれていた。教師だけでなく生徒の手を借りてまで行われる雑務や会場の整理、そして来賓の誘導。そんな中、俺は一年生の試合がされるアリーナの整備室で、出場しない整備科の子達と共に最後となる訓練機の確認をしている。世界初の男性IS操縦者ということで表に出れば騒ぎになるのは明らか、故にこうした外からの人目につかない所で役目を果たすように言われたのだ。しかし今日までに皆で時間を掛けて丁寧にやったお陰か、今のところ深刻な問題は起こっていない。そのため、室内の空気も随分と緩いものになっていた。

 

 「お疲れ様です、アイン先生」

 

 「ん、布仏か」

 

 点検を終えて休んでいると、学生用の作業着を着込んだ布仏が隣にやって来た。ニコリと微笑むその姿からはいつも生徒会室で纏っているようなお堅い雰囲気は感じられず、むしろ妹のように接しやすさすら覚えるくらいである。そんな彼女に少しだけ驚いた俺は、誤魔化すようにペットボトルのお茶を煽った。

 

 「何も起こらなければいいですね、今回は」

 

 「あぁ、そうだな。そうなればいいんだが……」

 

 小さく呟いたその含みのある言葉に布仏は眉を潜める。更識や十蔵さん同様、彼女も俺が未来から来たということを知る数少ない人物だ。更識が二年生のトーナメントに出場する関係で不在の今、腹心である彼女には話しておいた方がいいかもしれない。

 

 「布仏、VTシステムって知ってるか?」

 

 「……はい。ヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソ部門受賞者の戦闘方法をデータ化し、それを再現、実行するシステムです。搭乗者に能力以上の動きを要求するため肉体に莫大な負荷が掛かり、最悪命に関わるという危険性から開発は禁止された代物だと記憶していますが……」

 

 「……それが、ボーデヴィッヒのISに搭載されている」

 

 彼女以外の誰にも聞こえないよう小声でそう告げた瞬間、布仏の表情が強張る。が、すぐにいつもの様子に戻って恐る恐るといった具合に口を開いた。

 

 「……事実ですか?」

 

 「確証はないが可能性は高い。どこまで俺の記憶通りに進むかは分からないが、このままいけばボーデヴィッヒは一回戦で織斑達と当たって敗北し、そしてVTシステムが起動させる」

 

 尤も『シュヴァルツェア・レーゲン』を確認した訳ではないので、可能性は限りなく高いというだけなのたが。何も起きなければそれで良し、しかし何かあれば真っ先に動かなくてはならないのは、この整備室で待機している俺に他ならないのである。故に──

 

 「布仏、この試合に限らず俺が出ていくような事態になった時は皆の指揮を任せたい。後、適当な訓練機を一機ピットへ運んでおいてほしい。頼めるか?」

 

 「はい、分かりました」 

 

 助かる、と。俺はしっかりと頷いた布仏に礼を言った。そんな俺に彼女は気にしないでくださいとばかりに微笑む。なんというか、彼女にはいつまで経っても頭が上がらないらしい。そんな気遣いがとてもありがたく、釣られて笑みを作った、ちょうどその時だった。

 

 「あ、出たよ~!トーナメントの試合順!」

 

 整備室内に響く声に皆の視線がモニターへと集まる。俺もまた同じようにゆっくりと顔を上げ──

 

 

 

 「(やっぱり、そうなるんだな)」

 

 

 

 記憶通りの第一試合に、今度は深く溜め息をついた。隣から布仏のやはり、とでも言いたげな視線を感じる。そして直後に通信の入る懐の端末、掛けてきているのは確認しなくとも分かる。間違いなく織斑先生だ。何事かと生徒達が此方に振り向くのを横目に取り出した端末を耳に当てると、直後に聞き馴れた彼女の声が飛び込んできた。

 

 『私だ、今トーナメントの試合順が開示されたが確認したか?』

 

 「はい。しかし一試合目からいきなり織斑達ですか……全く、こんな偶然ってあるもんなんですね」

 

 少しわざとらしく驚いて見せるがこれは紛れもない俺の本心である。一般の生徒達がくじで作った筈の表である筈なのに、何か仕組まれているのではと思わずにはいられない。あるいは、これが決められた運命だとでもいうのだろうか。

 

 『驚いているのはお前だけではないさ。今何人か他の先生方といるが言うことは皆同じらしい』

 

 どこか楽しそうな織斑先生の声から、ふと俺の頭にニヤリと笑う彼女の姿が浮かんだ。やはり弟の晴れ舞台となると嬉しいものなのだろうか?そう考えるとなかなかどうして微笑ましい。まぁ織斑先生は身内ネタを言われることが嫌いなので黙っておくが。

 

 『そうだ、アイン先生はどちらのペアが勝つと思う?』

 

 「……織斑達、ですかね」

 

 あまり間を置かずにさっと答える。因みに今の答えはこれから起こるであろうことを知っているが故のものではない。ただの一教師アインとしての答えだ。そして織斑先生はそれに満足したのか、ふむと楽しげな調子を変えずに唸った。今頃アリーナの管制室でこくこくと頷いているに違いない。

 

 『なるほどな、了解した。ではまた何かあれば連絡する』

 

 「分かりました、失礼します」

 

 通信を終えた端末を仕舞いながら俺はふっと微笑む。わざわざ今のことを聞きに連絡を寄越したとすれば、恐らく他の先生方とどちらが勝つかで勝負でもしているんだろう。此方は大人が俺しかいないからそういうことが出来るのが少しだけ羨ましい。

 

 視線をモニターへと戻せばちょうど織斑達のペアが姿を現したところだった。試合開始は間もなくだろう。そんな時、近くにいた一人の生徒が俺に向かってこう問うた。

 

 「先生、なんで織斑君達が勝つと思うんですか?」

 

 うんうんと、周りにいた他の子達も同意するように頷く。なるほど、なら教師らしく一つ説明でもしようか。俺は一度こほんとわざとらしく咳払いをした。

 

 「じゃあまず全員のISを見てみようか。この段階でどちらが有利だと思う?」

 

 「えっと……専用機持ち同士の織斑君達です」

 

 「そうだ。専用機持ち同士のペア対専用機と訓練機のペア、この時点で単純に戦力として差がある。訓練機の篠ノ之には可哀想だが最初に墜ちるとすれば彼女だろうな」

 

 これが経験を積んだ二年生、三年生ともなれば訓練機でも専用機に勝ったり接戦を繰り広げたりするのだが、これから行われるのはまだ経験の浅い一年生の試合だ。余程のことがない限り訓練機に乗る生徒が専用機持ちを倒すことは出来ないだろう。搭乗時間が機体の動きに比例するISにとって、これはある意味で仕方のない問題なのである。

 

 「で、でもアイン先生、ボーデヴィッヒさんって凄く強いんですよね?確か、イギリスと中国の代表候補生を同時に相手して勝ったって……」

 

 「あぁ、彼女は強い。今の一年生の中じゃ一番かもしれないくらいには」

 

 でも、と俺は言葉を切った。

 

 「ここで重要になってくるのが織斑とデュノアの相性だ」

 

 「相性……ですか……?」

 

 ピッと人差し指を立てた俺に皆は首を傾げるが、そんな中で布仏だけは分かったような顔をしている。流石三年生首席で更識の従者と言うべきか。

 

 「あくまでこれは俺の考えなんだけど、一撃必殺の技を持ってる織斑とオールラウンダーで多彩な手数が武器のデュノアの相性はかなりいい。それこそ、さっき言ってた二人とは比べ物にならないくらいにな。ついでに彼等は仲がいいからコンビネーションも問題ない。だから流石のボーデヴィッヒでも織斑達二人を相手するのはキツいんじゃないかと思ったんだ」

 

 何せデュノアには織斑に足りない部分の大半があると言っても過言ではない程だ。そして彼女の決定打不足は織斑の零落白夜で補える。お互いに欠点をいい感じに埋め合っていて非常にバランスがいい。俺としてはあんまり相手にしたくない部類のペアだな。

 

 

 

 ……ん、一番相手にしたくない二人組?箒とラウラ、それか箒と刀奈は絶対無理だ。絢爛舞踏でシールドエネルギーは回復されるわ、停止結界や沈む床(セックヴァベック)で動けないところを一方的に攻撃されるわ、下手すれば何も出来ずに封殺されてしまうのである。うわ、思い出しただけで寒気が……やっぱり拘束系は反則だと思います。理不尽反対。

 

 

 

 「ま、最後に一つ言っておくとな──」

 

 ──タッグマッチで協力しないペアが勝ち残れる訳ないだろう?

 

 ニヤリと笑う俺の言葉に、聞いていた生徒達は皆納得したように頷いた。そして、ちょうどそのタイミングで試合開始を告げるブザーが鳴り響く。一回戦の始まりだ。俺を含めた全員の視線がアリーナを映すモニターへと集まる。

 

 「(さて……どうなるか……)」

 

 開幕早々に斬り込んだ織斑の姿を眺めながら、俺は一人心の中でポツリと呟いた。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 あれから試合は概ね俺の予測した通りに進行していった。篠ノ之が墜ちたことによって二対一となった戦況だが、ボーデヴィッヒはプラズマ手刀、ワイヤーブレード、レールカノン、そして停止結界といった様々な武器を使いこなす圧倒的な強さを見せ、織斑とデュノアの二人を攻め立てる。

 

 しかしそんな彼女も徐々にだが二人のコンビネーションに翻弄され、そのシールドエネルギーを減らしていく。そして接戦の末、とうとう織斑がデュノアの銃を借りて撃つという予想外の攻撃にボーデヴィッヒは気を取られ──その隙にデュノアの切り札、灰色の鱗殻(グレー・スケール)が剥き出しの腹部に突き刺さった。第二世代機の装備としては最高クラスの威力を誇るそれは、リボルバー機構が可能とした連続打撃によって絶対防御を発動させ、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーを容赦なく削り取る。生徒、教師、来賓、試合を見ていた者全員が織斑達の勝利を確信した、そんな時だった

 

 『ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』

 

 スピーカーから響く音が割れる程の絶叫。同時にボーデヴィッヒのISからバチバチと火花が散って()()()()()()()()。そんな明らかにおかしな様子に誰もが唖然とする中、すぐに行動を起こすことが出来たのはある程度をことを想定していた俺と、そして布仏だけだった。

 

 「すまない布仏、後は任せるぞ」

 

 「はい。御武運を、アイン先生」

 

 短く言葉を交わしてから整備室を後にし、最寄りのピットに向かって走る。その途中、懐に仕舞っておいた端末に通信が入り、焦りの色が滲む織斑先生の声が聞こえた。

 

 『私だ。アイン先生、今どこにいる?』

 

 「ちょうどピットに向かってますね。布仏が手伝ってくれたお陰ですぐに出られますよ」

 

 『よし、ならお前は一足先にアリーナに突入し織斑達の安全を確保、その後可能ならボーデヴィッヒの暴走を止めろ。まだ分からんがあれは恐らくVTシステム……しかも私のデータだ、放置すれば最悪の事態になりかねん』 

 

 確かにその通りだ。いくらデータとはいえあれの原型は世界最強の織斑先生、その危険性は先月の無人機とは比べ物にならない。俺がいた未来ではV()T()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、世界中にいる数多くのIS乗りが成す術なく敗北したと聞いている。

 

 

 

 しかし所詮はデータ、その挙動は本人のそれとは似ても似つかぬお粗末な出来であり、一度でも織斑先生本人と刃を交えた者ならば対処は容易だ。

 

 

 

 『……すまない。援軍もすぐに送る。頼んだぞ、アイン先生』

 

 心苦しげな織斑先生の声。このアリーナを仕切る指揮官だけに迂闊には動けないのだろう。大切な弟が自分のデータに襲われる様子を見ていることしか出来ない、姉としてこれ以上辛いことはあるまい。

 

 なら、俺に出来ることは一つ。彼女の代わりに動くだけだ。

 

 「任せてください織斑先生。あんな偽者には負けませんから」

 

 そうして辿り着いたピットには注文通り、整備済みの訓練機である打鉄が隅っこに鎮座していた。俺はそれに黒のスーツ姿のまま触れて装甲を纏い、カタパルトを使ってアリーナへと飛び出した。ISスーツでない分挙動に誤差が生まれるがそんなものを気にしている余裕はない。誤差があるならそれを考慮して早く動く、それだけだ。

 

 飛び出した俺はすぐさま初期装備として乗せられていたアサルトライフル、焔備をコール。()()()()()()()()()()()()()黒い泥のような物で構成されたIS──『暮桜』へと撃ち放った。弾丸自体は素早くバックステップされたことで避けられたものの、なんとか得物である雪片を振り下ろされかけていた織斑は助けられたようだ。そのことにまずは胸を撫で下ろし、ゆっくりと彼の近くに降り立つ。

 

 「あ……アイン……先生……!」

 

 「織斑、大丈夫──かっ!」

 

 ギィン、と甲高い金属音を立てて暮桜の雪片と打鉄のシールドがぶつかり合う。この野郎、話の途中で斬り掛かるとかなんて奴だ。近くに織斑が、そして他にも篠ノ之やデュノアがいる以上、下手に動くのは危険か。

 

 「くそっ!ふざけやがってこの偽者野郎!ぶっ飛ばしてやる!」

 

 「一夏、無茶をするな!危険だ!」

 

 「そうだよ一夏!落ち着いてって!」

 

 「ちっ、三人とも下がれ!巻き込まれるぞ!」

 

 声を張り上げながら左目の眼帯を剥ぎ取り、武器を焔備から近接ブレードの葵に切り替えて暮桜の斬撃を全て受け止めた。凄まじい速度で振るわれるその一撃一撃はまさに必殺、並大抵のIS乗りでは五秒と耐えることは出来ないだろう。

 

 だが未来において壮絶な戦争を経験し、更に人間離れした恋人達との訓練を積み重ね、そして織斑千冬という人間を誰よりも見てきたこの身からすれば、その一撃はあまりに遅く、そして軽い。義眼を用いているとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のがその証拠だ。

 

 「甘い……」

 

 ハイパーセンサーで織斑達が十分に離れたことを確認してから行ったフェイント、仕組まれた動きしか出来ないプログラムはそれにまんまと引っ掛かった。そこに生まれるのは一秒にも満たない僅かな隙、しかし研ぎ澄まされた一閃を叩き込むには十分すぎる隙だ。カチャリと装甲に包まれた手に握られた葵が音を立てる。

 

 「(──斬る)」

 

 雲曜のごとき速さ、とはいかないまでもそれなりの速さを誇る一太刀が、まるで豆腐を裂くようにあっさりと雪片の刃を斬り飛ばす。立て続けに放たれる蹴り。それを食らった暮桜は轟音と共にアリーナの壁際へと吹き飛んでいった。が、足に残る感触はやけに軽い。どうやら蹴りと同じ方向に飛ぶことで受けた衝撃を軽減したらしい。なかなかに器用な奴だ。残りのエネルギーも少ない筈だが……あの分じゃまだ動けそうか。しかし奴の唯一の武器である雪片は刀身を落とされている。纏う泥でもう一度作り直すことも出来るだろうが、それでもこれで少しは時間が稼げる。アリーナ中に木霊する避難誘導のアナウンスを聞き流しながら素早く後退し、織斑達の元へと移動した。

 

 「頭は冷えたか、織斑?」

 

 「……少しは」

 

 先程までの怒りはすっかり落ち着いてぐったりと項垂れる織斑に、それを心配そうに見つめる篠ノ之とデュノア。尊敬する姉の技を無機質なデータに真似されたのだ、彼の怒りは至極当然と言えよう。ただ、流石に生身であの暮桜に挑もうとしたのは無謀以外の何物でもないが……

 

 「アイン先生、あれは一体なんなんですか……?ボーデヴィッヒはどうなったんですか……?」

 

 「ヴァルキリー・トレース・システム。詳しく話してる暇はないんだが、とりあえず操縦者をモンド・グロッソにおける部門受賞者(ヴァルキリー)の劣化品にする代物だと思えばいい。あれはちょうど織斑先生のデータが元になってるタイプだな。ボーデヴィッヒは……あの泥の内側だろう。早くしないと身体に掛かる負担で取り返しがつかなくなる」

 

 篠ノ之の問いに俺は視線を壁際に吹き飛ばした暮桜から離さずに答える。ゆっくりと起き上がって言葉ですらない咆哮を上げるそれは、最早人ではなく獣と言った方がしっくりくるのではないだろうか。あんなのでも振るわれる剣撃は織斑先生のそれなのだから、織斑からすれば腹立たしいことこの上あるまい。案の定、彼はふらつく足取りでだがゆっくりと立ち上がり、何かを決意したような目を此方に向けた。

 

 「アイン先生……俺に、あいつをやらせてください!あいつは俺が、織斑一夏がやらなくちゃいけないんです!」

 

 「白式もない状態でか?馬鹿を言うなよ織斑。ISのないお前に何が出来る?本当に死ぬぞ」

 

 ぐっと言葉を詰まらせる織斑。自分が何もしなくともこの状況は解決する、むざむざ命を危険に晒すような真似はしなくてもいい、そんな理屈は彼も分かってるんだろう。ただやはりそれでも剣を取ろうとするのは、単に怒りを中心として渦巻く激情故か。

 

 一つ溜め息をつきながらも、俺は暮桜を見張ることを止めない。案の定、奴は短くなった雪片に全身の泥を集めるようにして修復しており、それが終わり次第此方へ向かって来そうだった。俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して身体から余計な力を抜く。

 

 「っ……それでも、俺は……!」

 

 「エネルギーがないなら、他から持ってくればいいんです」

 

 そう言ったのはオレンジ色のラファールを纏うデュノアだ。曰く、普通のISには不可能だがデュノアのラファールならエネルギーを全て白式に移すことが出来、全身とはいかないまでも一部なら展開することが可能とのこと。確かにそれからあの暮桜とも戦うことは出来る。だが展開出来るのは武器などの一部のみ、それ以外は生身なのだ。受ければ即死な上、恐らくまともに回避することすらままならないだろう。

 

 「──それでもやるのか、織斑」

 

 「……やります!絶対に、俺があいつを!」

 

 危険を承知で織斑は力強く頷いた。そして視線の先には既に雪片の修復を終えて臨戦態勢に入った暮桜の姿が。そりゃ、あっちは待ってはくれないよな。閉じていた左目を開きつつ、右手に握られた葵の真っ先を奴に向ける。

 

 「なら、時間稼ぎくらいはさせてもらうさ。少し付き合ってもらうぞ、VTシステム」

 

 最後に後ろで集まる三人を一瞥し、俺は迫り来る暮桜へと向かってスラスターを噴かした。

 




 原作じゃ相手からの攻撃や動作に反応して迎撃するだけだったVTシステムですが、今作では普通に攻撃してきます。せっかくのプログラムなのに相手の動作に依存する迎撃タイプってどうなんですかね?個人的には暴走系の方がしっくりくるような気がしました

 『下』の方は明日投稿させていただきます。VS暮桜、そしてその後くらいまでいきます


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16話 ヴァルキリー・トレース・システム(下)

 予告通り、『下』の投稿になります。この次の話で2巻を終われたらいいなぁ……というか、多分終わらせます

 この話は最後まで三人称で進みます。端から見たアインを書きたかったからなんですが……文字数が増えましたね。当たり前ですが


 「三回目だ」

 

 アインの放った神速の一閃により、暮桜の刃がズバッと音を立てて斬り飛ばされた。唯一の武器である雪片の刀身を根元から失った暮桜だが、そんなことは関係ないとばかりに()()()()()()()()再度、打鉄を操るアイン目掛けて得物を振るう。唸りを上げつつ速度で迫るそれは、並みのIS乗りならば避けることも出来ないだろう。そして当然そこには相応のパワーが宿っており、まともに当たったが最後、大半のエネルギーを削り取られて敗北するのは必至だ。

 

 しかし、目の前の男はその『並み』には収まらない。

 

 「遅い」

 

 半歩。たった半歩右に体を動かしたそれだけで、アインは暮桜の斬撃をかわす。無駄を極限まで排除したその動きはいくら世界最強のデータとはいえ、プログラム程度では到底捉えることは出来なかった。

 

 アインはまるで能面のように一切の感情を消し去った表情のまま、近接ブレードの葵をアサルトライフルの焔備に切り替え(スイッチ)、暮桜へと躊躇いなくトリガーを引いた。パパパン、パパパンと三発ずつリズミカルに撃ち出される弾丸、しかしそれらは全て目標に届くことはない。ある弾丸は避けられ、そしてまたある弾丸は暮桜の雪片によって弾かれ、切断される。

 

 しかしアインは動じない。彼の狙いはこの黒い暮桜を倒すことではなく、あくまで時間稼ぎなのだ。先程から何度も本体を狙わずに雪片ばかりを斬っていた理由がここにある。彼は仕切り直しとばかりに焔備を撃ちながら後退し、ふぅと一度大きく息を吐いた。

 

 「……凄い」

 

 そう呟いたのは誰だったか。アインと黒い暮桜が戦い始めてまだ僅かに一分程しか経過していないにも関わらず、それを見ていた一夏、シャルル、箒の三人はまるで一分よりも遥かに長い時間が流れたように思えていた。それほどまでに二機が繰り広げる攻防は激しい。

 

 「何者だよ……あの人……」

 

 一夏が思わず溢すのも無理はない。彼自身認めたくはないことだが、あの暮桜の動きは紛れもない世界最強()のそれだ。本物には劣るだろうがパワー、速度、技術の全てが極めて高いレベルでまとまっている。これまで彼女の背中を追い続けてきた一夏ですら、あれの振るう刃を完全に見切ることは出来なかった。

 

 それをアインは涼しい顔でやってのける。ISスーツを使わず、最も得意とする得物(双剣)でもなく、専用機でもない打鉄で、少なからず動きにラグが出る状態である筈なのに。彼は暮桜の雪片を防ぎ、かわし、捌き、そして攻撃に転じるのだ。その一連の流れに無駄が一切ないことは素人目にも明らかだった。一夏は自身でも気付かぬ内に拳を強く握り締める。

 

 

 

 そしてこれは一夏が知る由もないことだが、未来においてアインは数えるのも億劫になる程のVTシステム搭載型無人機を撃墜しており、プログラムの特徴を初めとするありとあらゆる動作を()()()()()()()()()()()()()()。それこそ、一瞬生まれる構えや挙動から次にどんな攻撃が、どこ目掛けて来るのかということさえも。

 

 加えて視界から入ってきた情報を高速で処理することが可能な義眼、そして未来の箒や千冬本人といった刀を扱う者との訓練で積み重なり、マドカとの決戦で真価を発揮した対刀の戦闘経験に技術、これらの要素が全て合わさった結果、今の状況が生まれているのである。時間稼ぎという狙いから過度に攻め立てることこそないものの、仮に彼が専用機を駆って全力を出していたならば、目前の暮桜などほんの数秒で倒されていたに違いない。それほど力の差は歴然だった。

 

 

 

 「一夏、終わったよ。これで白式にエネルギーは全部行き渡った筈」

 

 「……あぁ。サンキューな、シャルル」

 

 エネルギーを全て白式に譲渡したことでシャルルの纏っていたラファールが光の粒子となって消滅する。逆にエネルギーを得た白式は再構成を開始し、数秒の後には右腕に純白の装甲と雪片弐型が現れた。それ以外の部分は展開されていない、つまりこれが今の限界ということだった。

 

 「……やはりこれだけしか無理か」

 

 「剣さえあれば大丈夫だ」

 

 不安そうに呟く箒に一夏はニッと笑って見せる。その不意討ちに彼女は思わず頬を赤らめるが、すぐにぶんぶんと顔を横に振って正気に戻った。今は惚けている場合ではない、自分を厳しく律した箒は真剣な面持ちで一夏を見つめる。

 

 「一夏……死ぬなよ」

 

 「あぁ、心配なんていらない。信じて待っててくれ。あんな偽者なんかに負けるもんかよ」

 

 攻撃が当たれば即死、そんな状態にも関わらず一夏の表情には曇りの一片もなかった。チラリと視線をシャルルに向ければこくりと頷く姿が映る。言葉はない。けれどそれだけで一夏には十分だった。すぅと大きく息を吸い込で昂る気持ちを落ち着かせる。

 

 ──俺ならいける。

 

 ──俺ならやれる。

 

 暗示を掛けるように内心で唱える一夏。そして覚悟を決めた彼の元へ、見計らったかのように暮桜を蹴っ飛ばしたアインが戻ってきた。その左目は閉じられており、特徴的な灰の長髪がゆらりと揺れる。

 

 「準備は整ったのか?織斑」

 

 「はい、いけます!」

 

 その言葉に呼応するように一夏の握る雪片弐型が刀身を開く。そこから形成されるのはあらゆるエネルギー系を消滅させる必殺の刃──零落白夜。元の大きさの二倍近くまで伸びた蒼白の光だが、一夏はそれを抑えるようにそっと柄に手を添え、目を閉じた。

 

 ──一撃、それで全てを終わらせる。

 

 ──もっと小さく、もっと速く、もっと鋭く、

 

 ──極限まで研ぎ澄ませ。

 

 頭の中に思い浮かべるのはかつて握った本物の真剣。鈍色に煌めき、確かな重さを孕んだ存在だ。徐々に高まる集中が頂きに達した瞬間、雪片弐型がヴンと音を立てて刀身を変えていく。今までのような力を垂れ流していただけのものではない。ただ()()、それだけのために洗練された刃へと。箒が、シャルルが、アインが、そして管制室にて真耶と千冬が、固唾を飲んで事の行く末を見守る。

 

 「さぁいくぜ、偽者野郎」

 

 思い描いた通りの──日本刀の形となった雪片弐型を腰の辺りに添え、所謂居合いの構えをとった一夏。その先にはアインの攻撃を受けてあちこちから紫電を散らしながらも、偽りの雪片を手にした黒い暮桜が存在する。負けるものかと強い意志をその目に宿した一夏は一歩ずつ、ゆっくりと暮桜へと近付いていき──

 

 「■■■■■■■■!!!!」

 

 「っ!」

 

 先に動いたのは暮桜の方だ。獣のごとき咆哮と共に雪片が一夏目掛けて振り下ろされた。速く、そして鋭い袈裟斬りが装甲のない剥き出しの左肩へと迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そう来ると思ってた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想通りの一撃にニヤリと笑う一夏。腰から蒼白の光で形成された刃を抜き放ち、完璧なタイミングで雪片を斬り裂いた。ISのエネルギーによって生まれた泥で構成されているそれは、エネルギーを消滅させるという零落白夜の力によって跡形もなく消え失せる。

 

 得物を失い、晒された圧倒的な隙。彼はそこを当然見逃さない。

 

 「はぁああああああああああ!!」

 

 雪片弐型を頭上に構え、そして一閃。煌めく刀身が脳天から股下にかけて暮桜を断ち斬った。バチバチと裂かれた後に火花が走り、そこから暮桜が真っ二つに割れる──寸前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「あ……」

 

 避けられない。一夏はすぐに悟った。同時に当たれば即死だということも。箒が、シャルルが、真耶が彼の名前を叫ぶ。しかし動けない。彼はたった今最後の一振りを繰り出したばかりで、そして白式のエネルギーも底をついてしまったのだから。

 

 ──ごめん、千冬姉。

 

 最後の最後で気を抜いたことを後悔しながら。そして自分を信じてくれていたであろう姉に謝りながら、一夏はゆっくりと目を閉じ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……危機一髪ってところか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガキィンと耳障りな金属音に目を開ければ、暮桜の右腕を左手で受け止める打鉄の姿があった。衝撃で生まれた風に色素の抜けかけた灰の長髪が靡き、また左手の装甲が軋む。その様子に一夏は地面に座り込んだまま、現れた男の名を震える声で呼ぶ。

 

 「アイン、先生……」

 

 その男は──アインはふっと不敵な笑みを浮かべ、左手にまとわりついた黒い泥を払った。最後の一撃を彼によって防がれた暮桜はとうとう人の形を維持することが出来なくなり、ドロドロと溶けるようにして虚空へと消えていく。その内側から少女、ラウラ・ボーデヴィッヒを吐き出しながら。

 

 「あっ……」

 

 「……」

 

 囚われていた泥から解放され、力なく倒れ込もうとしていた彼女を一夏は優しく抱き止めた。左目を隠していた眼帯はいつの間にか外れており、そこからは黄金色の輝きを放つ瞳が覗いている。酷く弱々しい眼差しだ。が、それが見えたのもほんの一瞬、ラウラはすぐに目を閉じて眠るように意識をなくした。

 

 「……ま、ぶっ飛ばすのは勘弁してやるよ」

 

 「そうしてやれ。悪気があった訳じゃなさそうだしな」

 

 自身の腕に抱かれて眠るラウラに一夏はポツリと呟く。そんな彼の姿にアインは苦笑し、馴れた手付きで眼帯を結んだ。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 どこまでも続く、終わりのない闇の中、

 

 彼女は──ラウラ・ボーデヴィッヒはそこでふわふわと漂っていた。

 

 敗北した。憧れていた恩師の力が、世界最強の力があった筈なのに。

 

 ──何故だ?

 

 ラウラは思う。虚ろな瞳でぼんやりと闇を眺めながら。

 

 ──何故、あの男はああも強い?

 

 いや、そもそも『強さ』とはなんなのだろうか?

 

 『強さ』とは即ち『力』。相手よりも力を持つ者が勝者であり、また絶対である。力なき者に価値などなく、故に弱者や敗者も同じ。これまで彼女の中にあった認識がこれである。

 

 しかし彼女は出会った。そして理解した。

 

 数多にある『強さ』というものに対する答え、その中の一つを。

 

 ──『強さ』ってのは心の在処。己の拠り所。自分がどう在りたいかを常に思うことなんじゃないかと、俺は思ってる。

 

 不意に一筋の光が差した。同時に一人の少年の声が響く。それはラウラにとって聞き覚えがあり、そして忘れられない男の声だ。

 

 憧れていた恩師の弟であり、

 

 憎悪し、嫉妬した男。

 

 ──そう……なのか……?

 

 ──そうさ。自分がどうしたいかも分からないような奴は、強いとか弱いとかそういう以前に歩き方を……どこへ向かうか、どうやって向かうかを知らないもんだ。

 

 ラウラの問いに少年は得意気に答えた。その言葉は空っぽだった彼女の心へ次々と染み込んでいく。その胸に暖かな何かが灯ろうとする。

 

 ──つまり、やりたいことはやったもん勝ちってことだな。つまらない遠慮とか我慢とかそういうのは置いといて、自分がやりたいことをやりたいようにやる。人生ってのは、そういうものなんじゃないのか?

 

 ──ではお前は……何故強い?何故強くあろうとするのだ……?

 

 ──……強くなんかねえよ。俺は、全く強くなんかない。

 

 少年は断言した。しかしラウラには分からない。己を倒すだけの力がありながら、何故この男は強くないと言えるのだろうか。そんな疑問が頭を過る。

 

 ──でも、もし俺が強いっていうなら。きっとそれは……

 

 ──それは……?

 

 ──強くなりたい、強く在りたいと願うから強いんだ。

 

 真剣な口調で語られたその言葉をラウラは反芻した。少年の台詞は終わらない。

 

 ──俺はさ、本当に強くなれたらやってみたいことがあるんだ。

 

 ──やってみたいこと……?

 

 ──誰かを守ってみたい。今まで守られてばかりだった俺が、俺の全部を使って、ただ誰かのためだけに戦いたいんだ。

 

 あぁ、まるでそれはあの人のようではないか。誰よりも強く、気高く、あのようになれたらと切望した人の背中がラウラの脳裏に浮かぶ。

 

 ──それがお前の……

 

 ──あぁ。だから、お前も俺が守ってやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 再び少年は──織斑一夏は断言する。その言葉にラウラはいつの日にか交わした恩師との会話を思い出した。その時の恩師は嬉しそうで、それでいて照れくさそうで、いつもの彼女とは随分と違っていたことからよく覚えていたのだ。

 

 『もしあいつに会うようなことがあれば心を強く持つことだ。どうしてか、あいつは妙に女心というものを刺激する。気を抜けばすぐに惚れてしまうかもしれんな』

 

 当時は分からなかったその意味、しかしラウラはたった今はっきりと理解した。そして胸の奥で心臓が早鐘を打つ感覚を覚えながら、思う。

 

 なるほど、確かにこれは──惚れてしまうかもしれない。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「ん……ぁ……」

 

 「お目覚めか、ボーデヴィッヒ?」

 

 天井から降り注ぐ淡い光にラウラは目を開けた。彼女が横たわるベッドの隣で椅子に腰掛けていたスーツ姿の男──アインはそれに気付くと、右手に握られていた果物ナイフの動きを止めて優しく微笑む。反対の手には途中まで皮の剥かれたリンゴがあり、彼は一旦それらを用意してあった皿の上に置く。

 

 「ここは……?」

 

 「学園の医療室だ。あ、あんまり無理に動くなよ。命に別状はないが掛かった負担で体が悲鳴を上げてる。今日くらいは大人しくしとかないとな」

 

 その言葉に体を起こそうとしていたラウラは動きを止め、そしてゆっくりとベッドに再び背を預けた。それでも顔だけはと首を動かしてアインの方を向く。眼帯が外されていることで露になった左目が彼へと向けられる。

 

 「一体……何があったんですか……?」

 

 「VTシステム、あれが君のISに搭載されていた。本来なら搭載どころか研究、開発すら禁止されてる筈のものなんだが……今頃、学園側からドイツ側に問い合わせでも入れてるくらいだろう。何せ、最悪の場合死人が出てたかもしれない事態だったからな」

 

 まぁどうせ向こうも知らぬ存ぜぬの一点張りなんだろうけど、と。アインは果物ナイフとリンゴを手に取りながら苦笑する。皮を剥き、実をカットしていく動作にはまるで淀みがなく、随分と手慣れている様子であることが伺える。ラウラは思わずそれに見蕩れ、ついじっと彼を見つめた。

 

 「……あんまり見られると恥ずかしいかな?」

 

 「あっ……す、すみません」

 

 「はは……まぁいいさ。ほら、食堂から分けてもらったリンゴだから味はお墨付きだ。良かったら召し上がれ」

 

 そう言ってアインが差し出したリンゴは、全て可愛らしく兎の形に切られていた。今朝の朝食以降、何も口にしていなかったラウラはゆっくりとそれに手を伸ばし、小さな口でパクリと頬張った。シャリシャリとした食感と共に蜜の甘みが口に広がる。

 

 美味しい、と。

 

 彼女はほぼ無意識の内に呟いていた。その一言にアインは表情を綻ばせ、すっと椅子から立ち上がった。

 

 「じゃ、目も覚ましたことだし俺は行くよ。じきに織斑先生も来るだろうし、俺も現場に居合わせた人間として上から呼ばれてたからな」

 

 ポケットから取り出したハンカチで軽く手を拭きながら出口へと歩を進めるアイン。しかしその足はすぐに止まることとなった。彼のことをラウラが呼び止めたからである。紅と金のオッドアイがその背中を捉える。

 

 「先生……あなたはどうして強いのですか?」

 

 彼女は見ていたのだ。VTシステムに呑み込まれ朧気となっていた意識の中、目の前の男が暮桜となった己と対等に渡り合い、あまつさえ圧倒していたあの場面を。

 

 VTシステムを倒した一夏からは答えを得た。ならばこの男はどうなのか?そんなラウラの視線を一身に受けるアインは「難しい質問だな……」とぼやき、静かに溜め息をつく。そして──

 

 

 

 「守りたいものがあるから。それだけだよ」

 

 

 

 短く、しかしそれは確かな想いの込められた言葉だった。呆然となるラウラにアインはふっと笑い、少しだけ気恥ずかしそうな顔を作る。

 

 「しかしまぁ、そもそも『強さ』っていうのがかなり曖昧なものだからな、何を以て強いと言えるのかも必然的に曖昧になる。俺の知る限り、『強さ』のことを『己の矜持を守ること』と言った人もいれば『決めたことを曲げないこと』と言った人もいたよ」

 

 そう話す彼の様子は()()()()()()()()()()()()()が、ラウラがそれに気付くことはなかった。彼女の頭はある一つのことでいっぱいとなっていたからだ。

 

 それは、アインにとって『強さ』とは何かということ。ラウラはすぐさまそれを問うた。ボロボロの体を起こし、聞き逃してなるものかと耳を傾ける。そんな彼女に驚き無理をするなと諭すアインだが、話すまで横にならないという確固たる意志を受けた彼はやがて口を開き、そして言った。

 

 

 

 『強さ』とは自分がどう在りたいか、どうなりたいかを常に考え、そこへ向かって進むこと。

 

 即ち、心の在処。己の拠り所であると。

 

 

 

 「俺は皆を守りたいと思った。自分の全部を使って、ただ誰かを守って、そして救いたいと。だからそうなれるように必死で足掻いて、自分が自分じゃなくなるくらいにもがき続けて……結果が今の俺だ。力なんてのは途中でくっついてきた副産物みたいなもんだよ」

 

 参考になったかな?そう言ってニヤリと笑みを浮かべるアインの姿が、何故かラウラには一夏と重なって見えていた。容姿も、年齢も、何もかもが全く違う筈なのに。戸惑うラウラだが、しかし彼女は直感的に心のどこかで確信に近い何かを見つけていた。

 

 アイン(この男)一夏(あいつ)は、同じであると。

 

 「さて、もういいか?満足してくれたなら俺は行くけど」

 

 「……では、最後にもう一つだけ」

 

 ベッドに背を預けながらラウラはすぅと息を吸う。高鳴る鼓動をゆっくりと落ち着かせ、そして顔を上げた。

 

 「()()()()は、どこで?」

 

 彼女が見間違える訳がない。多少造型に違いこそあれど、あの眼帯はドイツ軍の特殊部隊、黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊員にのみ着用することを許された物である。断じて、IS学園に勤める一教師程度が入手出来るような代物ではない。何故アインがそのような物を持っており、そして身に付けているのか。黒兎隊の隊長として今更ながら疑問を抱いたラウラは、その真っ直ぐな瞳で以て彼へと問い掛けた。

 

 アインはその瞳に一瞬面食らったような顔をしたが、すぐさまそれを緩めて左目を隠す黒の眼帯を優しくなぞった。それはまるで割れ物を扱うかのような手つきであり、如何に彼がこの眼帯を大切にしているかが分かるだろう。そして、その口から溢れた一言はラウラを驚愕させるに十分な衝撃を持っていた。

 

 「形見なんだ、大切な人の」

 

 「……は?」

 

 形見。つまり、これは故人の遺した物であるとアインは言うが、ラウラは有り得ないと断言出来た。これまで黒兎隊において殉職者がいたなどという話を、彼女は聞いたことがなかったのだから。しかし同様に、彼が嘘をついているようにも思えなかった。懐かしむような、慈しむようなその姿にラウラはますます混乱する。

 

 「一体……誰が……」

 

 「さてな。悪いが今は俺から教える気はないよ。もしかしたらいつか分かる日が来るかもしれないが」

 

 最後にそう言い残し、アインはそれじゃあと軽く手を振って部屋を出ていった。扉の閉まる音と共に静寂が訪れる。

 

 結局、あの男は何者なのだろうか。ラウラはそれとなく思考を張り巡らせるが、ろくな考えが全く出なかったためにすぐに止めた。謎こそ多いが彼も一夏と同じ答えを持つ者、即ち今の空っぽのラウラにとって見習うべき対象だ。知らないことに分からないことはこれから知っていけばいい。

 

 「心の在処……己の拠り所……か」

 

 ポツリと独り言を呟くとラウラは僅かに表情を和らげ、まだ残っている兎のリンゴへと手を伸ばした。

 




 一つ心残りがあるとすれば、眼帯の辺りをもっと掘り下げたかった

 初期の案じゃ一夏とラウラの相互意識干渉(クロッシング・アクセス)にアインも巻き込まれ、その結果二人に正体がバレるってのがやりたかったんですけど……設定的に無理のあるごり押しな展開なので没になりましたね

 相互意識干渉のところを原作から引っ張ってきたのは後にあるアインの『強さ』と比較して、一夏とアインは結局あんまり変わってないんだよってことが書きたかったんです。難しくてだいぶ時間掛かりましたけど……

 とりあえずこれでこの16話はおしまいです、ありがとうございました。次回もお楽しみに


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17話 湯煙と理性と

 お待たせしました、更新します。前回からたくさんのお気に入り登録があり、皆様に今作を読んで頂けたことを深く感謝致します

 しかしまぁ、お気に入り登録数が15話時点と16話の上下を投稿し終えた現在とを比べると予想よりも遥かに大きく増えまして……16話(上)で触れましたお気に入り登録数2000突破の特別編がまだ決まってすらいません

 つきましては、活動報告にある「アイデアボックス」にて、特別編の内容を3/6(月)の0時まで募集致します。宜しければどうぞ

 長くなりましたが本編です。今回で二巻も終わりです



 「くぅ~……!疲れた……!」

 

 今日の騒動についての事情聴取を終えて解放された俺は、周りに誰もいないことを確認してからぐっと大きく伸びをした。およそ一時間くらいだろうか、質問の受け答えくらいは問題なかったのだが固い椅子に座りっぱなしというのはどうにも疲れる。なんにせよ時間も時間だ、今日はもう疲れたしさっさと部屋で夕食を済ませて眠ってしまおう。

 

 「あ、お疲れ様ですアイン先生」

 

 寮へ向かって歩き出そうとした俺の耳に飛び込む声、くるりと振り返れば山田先生がパタパタと此方へ向かって小走りで近付いてきた。もしかして俺をわざわざ追い掛けてきたのだろうか。だとするとなんとなく申し訳ない気持ちになる。

 

 「お疲れ様です山田先生。何かありましたか?」

 

 「えっと……一つお伝えし忘れたことがありまして。今日から男子の大浴場使用が解禁なんです」

 

 おお、と俺は思わず声を上げた。なんという朗報、この知らせだけでも今日一日頑張った甲斐があるというものだ。思わず頬が緩みそうになるのを必死で抑える。思い出してみれば今日は大浴場のボイラー点検をする日で、元々生徒達が利用出来ない日だったか。男の俺には無縁の話と思って忘れかけていたが……いやはや、実にありがたい配慮である。

 

 「ですのでそれを織斑君に伝えていただければ……あ、アイン先生も宜しければ利用してくださいね。此方が鍵になってます。はい、どうぞ」

 

 「分かりました、ありがとうございます」

 

 「いえいえ、今日は本当にお疲れ様でした」

 

 受け取った鍵をポケットに仕舞うと俺は山田先生に頭を下げ、彼女の笑顔に見送られながらその場を後にした。そのまま寮へと向かうのだがその足取りはやけに軽い。どうやら俺は自分でも思っていた以上に風呂というものが楽しみらしかった。

 

 そういえば最後に湯船に入ったのは何ヵ月前だったか、少なくともはっきりしないくらい前であることは確かである。なるほど、これなら楽しみになるのも当然かもしれない。まるで子供みたいだ。校舎から寮までの百メートルもない道で、俺は一人そんなことを思った。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 IS学園の大浴場はとにかく広い。どのくらい広いかというと思わず、もう少し小さくてもいいんじゃないかと貧乏臭い考えを抱いてしまうぐらいには広い。何百人といる生徒達が利用するのだから広くない訳がないのだが、なんにせよこんな広い浴場を二人で使えるなんていうのは、贅沢この上ないことだった。

 

 

 

 そう。()()()、である。

 

 

 

 「ところで織斑先生……なんでいらっしゃるんですか?」

 

 「おかしなことを聞くなアイン、ここに来る理由など風呂に入るからに決まってるだろう?」

 

 隣で得意気な笑みを浮かべる織斑先生に俺はがっくりと肩を落とした。おかしいな。今日この浴場は男子専用で、俺以外の男子である織斑も少し前にデュノアと一緒に入らせたから、もう浴場を使えるのは俺だけだぜヒャッハーと意気込んでやって来た筈なのに……一体どうしてこうなった?

 

 俺は先生に気付かれぬようにチラリと彼女の方へ目をやった。すらりと伸びた手足に染み一つない肌はまるで宝石のように美しい。そしてタオルの巻かれた上からでも分かる抜群のプロポーション。別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、正直、これを意識するなという方が無理な相談である。いやホント、せっかく疲れを癒そうと思ったのにこれでは新しい疲れが溜まりそうだ。畜生、湯煙仕事しろ。

 

 「さ、さて、まずは体でも洗うか……」

 

 「はぁ……了解です」

 

 そんな俺などまるで構わず、織斑先生はスタスタと歩いていってしまう。そんな態度に意識してるのは俺だけなのかなぁと溜め息をつくが、顔を上げれば彼女の耳元が遠目にも分かるくらい赤くなっているのが目に映った。まだ湯船にも浸かっていないし……どうやら恥ずかしいのはお互い様らしい。だったらなんで来たんだという話になるのだが……まぁ、それを今尋ねるのは野暮というものだろう。こういうのは場の雰囲気や空気を読まなければいけないのだ。とにかく、自分だけではないと分かれば少しは気が楽になるというものである。本当に少しだけだけど。

 

 「よ、よし座れ。背中を流してやる」

 

 「あの……別にいいっすよ?そんな無理しなくても……」

 

 「べ……別に無理などしていない!ほら、早く座れ!それとも……わ、私では不満か!」

 

 「……じゃ、お願いしますよっと」

 

 真っ赤な顔のまま早口で一気に捲し立てる織斑先生。そんな彼女をなんだか昔の箒みたいだなぁと思いながらも、言われるがまま俺は腰掛けへと腰を下ろして一度湯を被った。なるべく俯いて、彼女を視界に入れないようにしなければ。全く、さっきまでの余裕は一体どこへ消えてしまったというのか……いや、俺だって恥ずかしいけども。

 

 しかし理由はどうであれ、背中を流してくれるというのなら断る理由はない。他人の好意は素直に受け取るべきものであり、またそれが美人の誘いなら尚更だ。俺も一端の男、男とはいつの時代も美人には弱いものなのである。精神的にも、物理的にも。

 

 「で、ではいくぞ……!」

 

 そんな怖々とした声と共に始まる彼女は泡立ったネットを手に取り、俺の背中をおっかなびっくり洗い始めた。個人的にはもう少し力を入れてくれても問題ないのだが……うん、これは存外に気持ちがいい。やはり人からこういう風にしてもらうのは本当にいいものだなぁ。

 

 「ど、どうだアイン?」

 

 「あ~……上手い、上手いですよ織斑先生。なんか申し訳なくなるくらい気持ちいいです……」

 

 「そ……そうか。うむ、ならいい」

 

 率直な感想を述べるとなんとなく先生の声の調子が良くなった気がする。目の前の鏡が曇っているせいで後ろの彼女は見えないのだが、その表情を僅かに緩ませているであろうことは容易に想像出来た。それに先程まで覚束なかった手つきも馴れてきたのか、ゴシゴシと力が込められてきてかなりいい感じだ。

 

 「ところで織斑先生」

 

 「どうした?」

 

 「いえ、水を差すようで申し訳ないんですが、一体どういった風の吹き回しで?勿論、背中を流してもらえるのは気持ちいいしありがたいんですが……」

 

 お互いに落ち着いてきた頃合いを見計らって、俺は気になっていたことを織斑先生に尋ねた。当たり前だが彼女はこんなことをするような女性ではない。ではどうしてこうなったのか、気にならない訳がないのである。

 

 そんな問いにピタリと俺の背を洗っていた手が止まった。そして聞こえ出すゴニョゴニョとした声。今の状況を再認識してまた顔を赤くでもしているのだろうか?なんとまぁ、初々しいというか……可愛らしい反応である。

 

 「あの、先生?」

 

 「いや……その……これはだな……礼のつもりなんだ……」

 

 れい、と俺は思わず聞き返した。()()とはやっぱり、お礼の()()なのだろうか?俺は何か織斑先生に感謝されるようなことをしたかなぁと首を傾げるが、その答えはすぐに彼女の口から語られることとなった。

 

 「お前には弟と、そして教え子を助けてもらったからな。お前がVTシステムを止めていなければ二人は……いや、二人だけでなく篠ノ之にデュノア、他にももっと大勢の者達が被害を受けていたかもしれない」

 

 「……実際に止めたのは、織斑ですけど」

 

 「確かに最後は一夏だ。だがお前がいなければそうはいかなかった。お前があの暮桜を追い詰めていたからこそ、一夏が倒すことが出来たんだと私は思っている。だから……これはその礼なんだ」

 

 ありがとう。織斑先生はそう言うが、俺個人としては俺がいようがいまいが結末に変わりはなかったんじゃないかと思う。実際、織斑一夏()は一人でVTシステムを撃破出来たのだから。俺がやったことと言えば、倒せる筈の暮桜をあえて倒さず、あろうことか織斑に戦わせたこと。つまり、彼をみすみす危険に晒しただけなのだ。これでは感謝されるどころか、批難されたっておかしくない。

 

 「俺はてっきりふざけるなって言われるのかと思いましたよ。よくも弟を危険な目に、とか」

 

 「誰がそんなことを言うものか。あれは一夏の我が儘で、お前はそれに付き合っただけだろう」

 

 ヘラヘラと笑う自分の言葉を織斑先生はばっさりと斬り捨てた。此方としては責められることを覚悟してただけに、その一言で済まされたことが随分と呆気なく感じる。本当にそれでいいのだろうか?

 

 「……そんなもんですか?」

 

 「あぁ。終わり良ければ全て良し、結果として一夏はお前が守ったお陰で怪我はなかった。それに一夏もこの結果に納得しているんだろう?なら、私からは何も言うことはないさ」

 

 彼女は最後にふっと笑い、そして流すぞと一声掛けた後にシャワーで泡だらけの背中を流し始めた。シャワーから走るちょうどいい温度の湯が泡をどんどん落としていき、また背中を湯が伝う感覚が非常に心地いい。

 

 それに対して俺の心はまだはっきりしないままだった。果たしてどう動くことが最善だったのか、もっともっと良い終わり方が出来たのではないか、流れる湯の温度を感じつつもぼんやりとそんなことを考えるが、正しい答えなど出る訳もない。結局、考えすぎる前に思考を打ち切らざるを得なかった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「あぁ~……」

 

 「ふぅ~……」

 

 体を洗い終えてから湯船に肩まで浸かった俺達はゆっくりと脱力し、大きく息をついた。やはり風呂は最高だ。全身から伝わるこの温かい感覚は部屋に備え付けてあるシャワーでは到底味わえぬものであり、更に久々ということも相まって底知れない幸福感が俺を包んでいく。まるで溜まっていた疲れが全てなくなっていくような、とにかく素晴らしいの一言に尽きる。

 

 「やっぱり風呂はいいですね~……生き返る~……」

 

 「あぁ……全く……その通りだ……」

 

 それから暫しの間、俺達は無言でこの入浴を楽しんだ。しかしこうしていると次にやって来るのは睡魔だ。押し寄せる甘い微睡みは抗い難く、ついこの身を委ねたくなる。まぁその先に待っているのは溺死一択なので絶対に寝たりしないが。

 

 「……なぁアイン、一つ聞きたいことがある」

 

 「ん、なんです?」

 

 「……お前には、好きな人でもいるのか?」

 

 突如隣の織斑先生から飛び出したその言葉に不安定だった意識が一気に覚醒する。質問と言われて僅かに身構えたのだが、これは完全に予想外の問い掛けだ。全く意図が読めない。真っ白になった頭が戻るまでたっぷり十秒もの時間を有した。

 

 「別に深い意味はない。別に深い意味はないが、お前という奴は女だらけの学園にいるというのに浮わついた話の一つもないからな、想い続けている相手でもいるのかと思っただけだ」

 

 それに、と彼女は一旦言葉を区切る。その細い指が俺の顔へと迫り、ちょうど向かい合うようになる方へと動かされた。その際にそっと眼帯のないことで晒された火傷の痕を撫でられ、体がビクッと跳ねる。

 

 「こうして私といるというのに、お前はまるで動じんではないか。プロポーションには自信があるのだが、こうも無反応だと結構ショックだぞ?」

 

 「いや……その……」

 

 実際は無反応なんじゃなくて、意識しないようにしてただけなんです。そんなことよりとりあえず、今まで意識して視界から外していた部分まで見えてしまうので、すぐにでもこの見つめ合いの体勢を変更したいのだが……織斑先生の両手がガッチリと俺の顔を押さえているためにそれも無理そうだ。いやほんと、まるでびくともしないんですけどこの人の力どうなってんの?それに真っ赤になって恥ずかしいなら離してくれませんか?

 

 いかん、思考回路が滅茶苦茶で全然まとまらない。ついでに顔から火が出そうなくらい熱い。落ち着け、今までにこんなことは何度もあっただろう。だから落ち着くんだ俺……!あぁでも上気した頬とかうなじとか胸元の谷間とか、もう全部色っぽすぎて理性がぁ……!

 

 「お、織斑先生……」

 

 「千冬と呼べ、馬鹿者が」

 

 「あ、はい」

 

 ガリガリと削れていく理性を感じながら左目を瞑る瞼へ更に力を入れ、唯一開いている右目を全力で逸らす。落ち着いていこうと自分に言い聞かせ、一度大きく深呼吸をする。

 

 「で、どうなのだ?いるのか、いないのか?」

 

 「え……と、まぁ、()()とだけ言わせてもらいます」

 

 「過去形か、振られたのか?」

 

 「亡くなったんですよ、ちょっと……色々ありまして」

 

 未来で起きた戦争で、なんてとても言える訳がない。こんなぼかした言い方になるのも仕方がないだろう。そして案の定、織斑先生──もとい千冬さんははっと目を見開くとすぐに俯いてしまった。頬に添えられていた手も離れる。

 

 「……すまない、無神経だった」

 

 「いえ、大丈夫です。もう終わったことですから、何もかも」

 

 「……だが、今のお前は悲しそうだぞ」

 

 ……俺が悲しそう、ね。一応笑っているつもりなんだが端から見ればそんな風に映っているのか。こればかりは流石に自分でも分からないからどうしようもないな。俺は一旦表情を崩し、そしてもう一度あらためて笑みを浮かべる。

 

 「まぁ悲しくないことはないんですが……いつまでも引き摺ってたらきっと怒られると思うんです。亡くなったことには整理もついてますし……だから、大丈夫です。多分」

 

 恐らくだが一度箒達のことを考え始めると一生終わらないだろう。あの時ああしておけばとか、あそこであれをしなければとか、後悔という名の底無し沼にズブズブと沈んでいくのは火を見るより明らかだ。そんなことはきっと彼女達も望んでいない筈。

 

 故に、俺がすべきことは過去を振り返らずに今を生きることだけだ。

 

 「……強いな、お前は」

 

 「半分考えるのを止めてるだけです。そんな大したものじゃありません」

 

 小さく溢した千冬さんの頭へと手を伸ばし、その頭をゆっくりと撫でる。抵抗はない。

 

 「それに今は寂しくなんかないですよ?千冬さんや、皆がいてくれますから」

 

 「っ……!」

 

 その言葉で赤い顔が更に真っ赤になった千冬さんはすぐに手を振り払ってそっぽを向いてしまった。声を掛けても返事はない。流石に今のはくさい台詞だっただろうか?しかし言ってしまったものはどうしようもなく、結局俺は風呂を上がるまでの時間をブツブツと何かを呟く千冬さんを眺めて過ごすのだった。

 




 シャルルがシャルロットと判明したり一夏がラウラの嫁になる辺りは、アインがいてもあんまり流れが変わらないのでカット。ただ、専用機持ちが教室で専用機出したり箒が日本刀出したりして一夏が狙われる場面はアインが止めました。ギャグなら許されるけど普通に考えたら流石にあれはアカン

 今回は千冬とお風呂でイチャイチャ(?)回。女体とか未来でハーレム築いてたアインには見馴れたものなので、今回みたいなハプニング自体には驚きこそするものの適応はめっちゃ早いです。それこそ、深呼吸したら大丈夫になるくらいには

 次は特別編になると思います。3巻の内容はその後ですね。さて、例の天災をどう動かそうかな……?


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18話 休日

更新が遅れまして申し訳ありません。特別編が想像以上に進まないので先に本編を更新します。


 はっきり言って、俺は篠ノ之束という人が苦手だ。

 

 いつも浮かべている貼り付けたような笑顔。

 

 全てを見透かしたかのような言動。

 

 人間という生物は自分が理解出来ない存在を嫌う。ならば俺があの人のことを心のどこかで恐れているのは、あの人が何を考えているのか、何をやろうとしているのかが全く理解出来ないからだろう。こう考えているのは多分俺だけではあるまい。大部分の人間は俺と同じで、それこそ親友だった千冬姉や妹である箒すら、あの人を完璧には理解しきれなかったに違いない。

 

 

 

 女尊男卑の世の中になっても、どうでもいいと一蹴した。

 

 犯罪組織の亡国機業(ファントム・タスク)と接触し、マドカに専用機の黒騎士を与えた。

 

 俺達の専用機を改造し、第五世代機を作り上げた。

 

 千冬姉が死んでも、箒が死んでも、悲しそうな顔をしただけで一滴の涙も流さなかった。

 

 

 

 彼女には恩がある。それも莫大な恩だ。白式という専用機を作ってもらったこともあれば、それを白式・零へと改造してもらったこともある。左目と左腕を失った際にはどこからかやって来てわざわざ義眼と義手を渡してくれた。勿論、今挙げたもの以外にもあるのだが、流石に全てを挙げようとすればきりがない。つまり、それほどまでに俺はあの人の世話になっているということだ。

 

 

 だがしかし、それでも、

 

 結局俺は昔から今に至るまで、あの人のことが全然分からないままなのだ。

 

 何故どうでもいいと一蹴したのか?

 

 何故亡国機業と接触したのか?

 

 何故第五世代機を作り上げたのか?

 

 

 

 何故──涙を流さなかったのか?

 

 

 

 

 だから俺は、何度だって言おう。

 

 

 俺はあの人が──篠ノ之束が苦手だ。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 窓の隙間から射し込む日光が眩しい。パチリと目を覚ました俺はまず一番に欠伸をするのだが、その際に何やら腹の辺りに違和感を感じた。少し重くてそれでいて温かく、懐かしさすら覚える感覚だ。俺はこの感覚をよく知っている。あぁ、よく知っているとも。心地のいい微睡みが瞬時に消え去り、額から冷や汗が流れる。それを寝間着の袖で拭うと布団の端をゆっくりと剥がしていき──

 

 「すぅ……すぅ……」

 

 そこで気持ち良さそうに眠る銀髪の兎に思わず溜め息をついた。布団を僅かに剥いだことで少し寒くなったのか、彼女は一度身震いするとさっきよりも強い力で俺にくっついてくる。もう七月に入っているのに寒いも何もあるまいと思うかもしれないが、まぁ全裸ならばその気持ちも分からなくはない。

 

 そう、全裸だ。

 

 生まれたての姿で、素っ裸で、すっぽんぽんなのだ。今の体勢からは背中辺りしか見えていないのが不幸中の幸いか。

 

 「はぁぁぁ……」

 

 とにかく頭が痛い。目覚めた直後から頭痛に悩まされるとは、どうやら今日はあまりついてない日のようだ。せっかくのお出掛け日和だと言うのに。占いでも見てみれば天秤座は堂々の最下位を飾っているに違いない。と、まぁいつまでも現実逃避していても仕方なく、俺は幸せそうな顔をして俺にしがみつく兎さん──ラウラ・ボーデヴィッヒの頬っぺたをツンツンと二度指で突っついた。うむ、柔らかい。

 

 「ん……んん……?」

 

 「Guten Morgen(いい朝だな)、ボーデヴィッヒ。とりあえず顔洗いたいから離れてくれるか?」

 

 「ん……Guten Morgen(おはようございます)Vater(お父さん)

 

 誰がお父さんだ。俺はほにゃりと寝惚けた笑みを浮かべるボーデヴィッヒを見て内心で呟く。そりゃ何事もなかったら俺だってお父さんになってたんだろうが、少なくとも今はこんな大きな娘を持った覚えはない。再度溜め息をついてから強引に体を起こし、腰にボーデヴィッヒをしがみつかせたまま洗面所へと足を運ぶ。冷たい水で不快だった汗を流すのはとても気持ちが良かった。タオルで顔を拭い、そそくさと眼帯を付ける。

 

 「それでボーデヴィッヒ、なんで俺の部屋に来た?」

 

 「なんだ。来てはいけなかったのか?」

 

 顔から水を滴らせながらきょとんとした表情を浮かべるボーデヴィッヒ。無論、全裸で。俺は布団のシーツを引き剥がすとそれをタオルと一緒に投げつけ、スタスタと今度はキッチンの方へと移動した。本当ならもう少しゆっくりしていたかったが、思わぬ事態に意識が完全に覚醒してしまったのだから仕方がない。済ませることはさっさと済ましてしまおう。

 

 「いいか悪いかの二択なら後者だよ。で、俺のとこに来た理由は?ついでに着替えてくれると助かるんだが」

 

 「うむ、実はだな──」

 

 つらつらと彼女の口から語られる言葉を聞きながら朝食の準備を進める。学園の食堂が開くまでまだ一時間程掛かるし、そろそろ使わなければいけない食材が冷蔵庫にたくさん眠っているのだ。料理の腕を落とさないためにも、今日は自分で朝食を作ることにする。

 

 「──と、いうことなのだ」

 

 「……えっと、つまり数日前に織斑のところにも同じように潜り込んだが、思っていたよりも結果が良くなかった。だから同じ男である俺のところにも潜り込んでみて、反応を確かめると同時に一体何が駄目なのか聞いてみよう、と……」

 

 「あぁ、要約するとそうなるな」

 

 それでどうだった、と。その辺に畳まれていた私物と思われる制服や下着に手を伸ばしながら、何故か期待に満ちた眼差しで此方を見つめるボーデヴィッヒ。だが、個人的には駄目なのは全部だとしか言いようがない。というか誰だ、彼女にそんなことをするように教えたのは……って、クラリッサさんしかいないじゃん。此方に向けてドヤ顔でピースをしてくるあの人の姿が頭に浮かぶ。アンタ上官になんてこと教えてんだ。

 

 「どうだったとか、もうそういう以前の問題だろ。ていうか、お前と織斑の超個人的な問題に俺を巻き込まれても困るんだが……」

 

 「むむむ、やはりおかしい。クラリッサの情報通りにならないではないか」

 

 「俺としてはその情報とやらを信じないことを勧めるよ」

 

 別にクラリッサさんが悪いという訳ではない。人格や能力といった面から見れば、あの人は間違いなく優秀な部類に含まれるだろう。そうでなければ、軍において大尉という階級を与えられる筈がない。ただ、彼女の持つ知識が致命的に片寄っているだけなのだ。

 

 その後も夫婦とは何をすべき仲なのかとか、男というのは何をされたら喜ぶものなのかといった話をしながら、俺とボーデヴィッヒはそのまま朝食を共にした。ベーコンエッグにトースト、そしてコーヒーというよくあるメニューではあったが、味の方もそれなりで存外に満足のいく出来だったと言わせてもらおう。そして片付けをこなし、部屋から出ていく彼女を見送った後は家事の時間である。掃除に洗濯、その他諸々を効率良くテキパキと終わらせる。最早、習慣と化した動きだなぁと我ながら感心する程だった。

 

 「さて、と……」

 

 部屋の隅に掃除機を片付けながらほっと息をつく。これでやるべきことは済んだだろう。

 

 ここからはお出掛けの時間だ。俺と織斑先生、そして山田先生の三人でである。誤解のないように言わせてもらうが、これはデートではない。

 

 デートではないのだ。

 

 さて、お出掛けをするにおいて服装というのは非常に重要だ。特に今回は織斑先生と山田先生がいるため、適当な格好をしていくなど言語道断である。俺だって女性にはカッコよく見られたいし、何よりも俺がダサいせいで二人に嫌な思いをさせたくない。部屋の隅に鎮座しているクローゼットを開き、ハンガーに掛けられた服を一つずつチェックしていく。天気予報によると今日は一日中晴れる予定らしい、ならばそれに合わせた過ごしやすい格好の方が良さそうだ。

 

 そして数十分に及ぶ吟味の結果、トップスに白のカットソーとネイビーのジャケット。ボトムスにアンクルパンツという定番の組み合わせで行くことに決定した。下手に冒険するよりは安全策を選ぶ方が賢明だ。最後にハンチング帽を頭に乗せ、鏡の前で幾つかのポーズを取る。うん、多分悪くない。眼帯と火傷の痕さえなければもっと良かったかもしれないな。それに姿見がないので全身像をキチンと確かめられないのが少々残念である。なんにせよ、これで俺の準備は整った。後は……

 

 「……まだ一時間もあるのか」

 

 想定外の早起きが原因で生まれたこの暇をどう潰すかだろう。ポケットから取り出した携帯端末でニュースを確認しつつ、コーヒーを再度淹れるべくキッチンへと向かった。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「おはようございます。織斑先生、山田先生」

 

 「あぁ、おはよう」

 

 「おはようございますアイン先生」

 

 太陽が燦々と煌めく空の下、約束の時間ぴったりに待ち合わせ場所へ現れた二人に俺はペコリと頭を下げる。山田先生はいつものゆったりとしたワンピース姿、そして織斑先生は普段に比べるとややカジュアルなサマースーツ姿だった。なんというか、二人があまりにもいつもと同じ格好でいるところを見ると、俺一人だけ気合いを入れすぎているような気がしてならない。浮いていないかなと心配する俺だが、ふと山田先生が何やら此方をじっと見ていることに気が付いた。

 

 「わぁ~……!私、アイン先生の私服って久しぶりに見たような気がします。いつもスーツ姿ですからなんだか新鮮ですね~……」

 

 「えっと……まぁ、俺だってまだ二十一ですし。そりゃお洒落の一つや二つくらいしますよ」

 

 似合ってますか、と。そう尋ねると彼女は笑顔でこくりと頷いてくれた。それを見てほっと胸を撫で下ろす。杞憂であってくれて助かった。一方の織斑先生だが、一人頭を抱えてボソボソと何かを呟いている。途切れ途切れに聞こえる単語から察するに、さっき俺が言った『お洒落くらいする』という発言がクリティカルヒットしたらしい。

 

 そういえばこの人がスーツとジャージと寝間着以外の服を着ているところを見たことがないような気がする。まさか私服の類いを一着も持っていないなんてことはあるまいと思うかもしれないが、この人に限ってはそのまさかがあり得るのだから笑えない。だって織斑先生、飲み会とか慰安旅行とかの時も基本スーツ姿だったし。なんにせよ、このままでは彼女が可哀想で仕方がないな。

 

 「二十四……今年で二十四なのに……」

 

 「あ、あの織斑先生?良かったら今日は水着買った後で服とか見ませんか?あの辺って結構そういう店なんかも充実してますし、ね?」

 

 「……うん」

 

 俺の提案に俯いたまま弱々しく首を縦に振る織斑先生はまるで小動物のようだ。俺の上着の裾を小さく握っているところとか特に。そんならしくない仕草に俺と山田先生は思わず笑みを浮かべた。

 

 「さて、じゃあ行きましょうか」

 

 その一言を合図に俺達は動き始める。目的地は学園からモノレールに乗ること十数分。本土の大型ショッピングモール、レゾナンスだ。

 



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19話 ショッピングタイム

【朗報】次回から臨海学校

いやぁ長かったなぁ。最近は戦闘描写が書けてないから福音戦が書きたくて書きたくて仕方ない。頑張れ俺。


 駅前ショッピングモール、レゾナンス。

 

 『ここでなければ市内のどこにもない』とまで言われるこのショッピングモールは、とにかく様々な種類の店が所狭しと並んでいるのが特徴だ。衣服やアクセサリーを扱っている店もあれば食事を提供するレストランもあり、更には雑貨屋からドラッグストアなどの店もある。なるほど、流石はここら一帯で一番大きなショッピングモールだ。これだけ大きければ気を抜いた途端に迷子になってしまうかもしれない。

 

 「あっ、あそこが水着のコーナーみたいですね」

 

 三人で並んで歩いていると山田先生が一つの店を指差した。どうやらもう目的地に到着したらしい。水着を着けたマネキンが所々に立ち並んでいるのが見えた。こういう店に来るのも随分と久しぶりだ、最後に行ったのは果たしていつの頃だっただろうか。もしかすると俺が一夏だった頃にまで遡るかもしれない。ぼんやりとしている朧気な記憶を一人辿りつつ、男性用の水着コーナーへと足を向ける。

 

 「アイン、この水着なんてどうだ?お前には似合うと思うが?」

 

 そう言って千冬さん──織斑先生と呼んでいたら、「プライベートなのだから普通に呼べ」と怒られてしまった──が選んだのは、水泳選手が着ていそうなピチピチの競泳水着だ。しかも布面積がかなり少なくて際どい。こんなものを俺が着て一体誰が得するというのだろうか。これを着ていく臨海学校には当然生徒達の目もある、下手をすればセクハラで訴えられるレベルだぞ。現に山田先生は既に顔が真っ赤になっている。

 

 「お、織斑先生……流石にこれは……ちょっと……」

 

 「あの……千冬さん、もっと普通の水着にしません?ほら、あそこにあるネイビーのとか」

 

 「なんだアイン。私の選んだ水着が着れないと言うのか?」

 

 ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべる千冬さん。しかし彼女はやがてふっと一息ついた後に、「冗談だ」と言ってもう一度笑った。なんとも心臓に悪い冗談だ、思わず安堵の溜め息が溢れる。

 

 「しかしこれが駄目だとすると……ふむ、これならどうだ?お前の髪の色と良く合うんじゃないか?」

 

 そんな言葉と共に差し出されたのはシンプルでグレーの水着だ。丈の長さもそれなりにあるチェックのそれは本当に普通というか、無難という言葉が良く似合う代物である。少なくとも先程の際どいタイプよりは此方の方が遥かにいい。

 

 「じゃあ……これにします。ありがとうございますね、千冬さん」

 

 「そ、即決なんですね。あ、別に悪いって言ってる訳じゃないんですよ!ただ他にもありますけどいいんですか?」

 

 「構いませんよ。せっかく千冬さんが選んでくれたんですから、断って他のにするなんて馬鹿な真似はしませんって」

 

 千冬さんが選んでくれた水着を片手に俺はレジの方へと向かう。これで自分のものは確保出来たし次は女性陣かなぁ、と。並びながらズボンの上からポケットの財布を確かめていたそんな時、一人の見知らぬ女性が俺に向かって買い物籠を突き付けてきた。そしてこんなことを言い始める。

 

 「アンタ並んでるんでしょう?ならついでにこれも買っておきなさい」

 

 あぁ……と俺は全てを察した。どうやらこの女性はIS登場に伴って生まれた世間の風潮、女尊男卑に染まった人であるらしい。女尊男卑か、俺からすれば随分と懐かしい響きの言葉だ。未来ではもう完全に死語と化していて耳にすることもなかったからなぁ。あんな状況では男女なんて関係なく協力しなければならず、自然と女尊男卑なんて風潮は廃れていったのだ。とにかく、目の前の女性のような存在と出会うのは、俺にとってかなり久しぶりのこととなる訳である。今だって周りには偏見を持たない立派な先生方しかいないし。

 

 「ちょっと、聞いてるの!?」

 

 「まぁ……聞いてますけどお断りしますよ。自分の買い物くらい自分でやってください。お金くらいあるんでしょう?まさか財布がないのにこんなところに来た訳ありませんよね」

 

 「はぁ、何言ってるのよ?男なら黙って私達に従ってたらいいんだから、つべこべ言わずにさっさと買いなさいって!」

 

 金切り声を上げ始めた女性に思わず溜め息をつく。さて、ここから一体どうしたものか。この手の輩には正論が通じないから鎮めるのがなかなかに難しい。どれだけ話をしても男なら黙って従いなさいの一点張りだろう。一応物理的に解決することも出来ないことはないが、そんなことをするのは流石にまずい。となれば、だ。

 

 「すみません、警備員の方を呼んでもらってもいいですか?」

 

 大人しく然るべき立場の人に頼る、これに尽きる。レジ打ちをしていた店員が頼んだ瞬間に動き出してくれたことから、こういうことは頻繁にあることなんだろうなぁと少し悲しくなった。やはり女尊男卑は早くなくなるべき風潮だな。こういう目に遭うとあらためて思い知らされる。

 

 「災難でしたね、お客様」

 

 「ええ、全くです。ああいう問題はよく起こるんですか?」

 

 「……そうですね。我々としてもいい迷惑ですよ。当事者だけでなく他の方まで不快にさせてしまいますから」

 

 屈強な男性警備員二人に連れていかれる女性を見送ってから再度レジに並べば、先程通報してくれた店員の人から苦笑と共に同情の言葉を受け取った。どうやら店側の人も大変らしい。軽く一言二言交わしてから会計を済ませ、次は千冬さん達でも探そうかと辺りを見回した、ちょうどその時だった。

 

 「……何やってんだあいつら」

 

 見覚えのある金髪ロールとツインテールという二人組の後ろ姿に、なんだか頭痛がしてきたような気がする。いや、普通に二人の後ろ姿を見たくらいならばこんな風にはならないのだが、彼女達はコソコソと柱の陰に隠れながら小声で言い合いをしているのである。あれは尾行でもしてるつもりなのだろうか?バレバレの上に端から見ると完全に怪しい二人組だ。更に彼女達が相当な美人であることも残念さに拍車を掛けている。もうなんか、教え子のあんな姿は見たくなかったなぁ……

 

 しかしいつまでも現実逃避していたって仕方がない。怪しい二人組──オルコットと凰に気付かれないように気配を消し、一歩一歩足音を立てずに近付いていく。そして十分に近付いたところで──ポンと二人の肩を叩いた。ビクリと、面白いようにその肩が跳ねる。

 

 「ひゃあ!?」

 

 「だ、誰──って、ア、アイン先生!?」

 

 「おう。とりあえず端から見るとまるっきり不審者だから、コソコソ隠れるのはやめような?」

 

 それに、と俺は一旦言葉を区切って視線を別の方へと向ける。つられるようにオルコットと凰もそちらを向いて──その先にいた呆れ顔をしている織斑とやや俯き気味のデュノア、そして溜め息をつく千冬さんと驚いたような山田先生と目が合った。打ち合わせた訳でもないのにこれらの面子が揃うとは、世界とは存外に狭いものらしい。

 

 「セシリア……鈴……何やってんだ?」

 

 「か、買い物よ。男子には秘密のね……」

 

 「そ、そうですわ。わざわざ聞かなくとも察してください」

 

 織斑の問いにオルコットと凰の二人が目を泳がせながら答えるが、そんな態度では嘘ですと言ってるようなものだ。なんとも微妙な空気が俺達の間に流れる。

 

 「……はぁ。とりあえずさっさと買い物を済ませて退散するぞ。こんなところで騒いでいては他の客の迷惑になる」

 

 「あっ……ではオルコットさんに凰さん、それにデュノアさんも。良かったら一緒に行きませんか?私、まだ見て回りたいものがあるのんですよ~」

 

 そんな言葉と共に山田先生はオルコット達三人を連れて奥の方へ消えていってしまった。なるほど、これはきっと織斑姉弟に対する彼女なりの配慮なのだろう。姉弟水入らずの時間を、と。つまりはそういうことなんだろう。しきりにアイコンタクトも送られてきたことだし、俺もそれに乗って少々姿を消した方が良さそうだ。そんな空気を読んでその場から立ち去ろうとした俺だが、どういう訳か踵を返した瞬間に肩を何者かにがっちりと掴まれてしまった。おかしいな、捕まる要素なんてなくない?

 

 「全く、山田先生は余計な気を遣う。そうは思わないか?アイン」

 

 「いや、別に余計だとは思いませんけど。ていうか、なんで俺は捕まってるんです?一応空気を読んだつもりなんですが……」

 

 「何、ただ聞きたいことがあるだけだ。答えたならすぐに解放してやる」

 

 そう言いながら千冬さんは専用のハンガーに掛けられた二着のビギニを見せてきた。片方は黒、もう片方は白のそれらは、どちらも肌の露出具合はかなり高そうである。特に黒い方は胸元の部分がメッシュ状にクロスしていて非常にセクシー……そう、セクシーだ。

 

 「さて、正直に答えてもらおう。お前はどっちの水着がいいと思う?」

 

 「黒ですね、はい」

 

 「ふむ、理由は?」

 

 「白と黒なら黒の方が千冬さんには似合うと思いまして。後は……単純に俺の好みですかね」

 

 正直にと言われたので正直に答える。勿論、織斑が近くにいるので小声でではあるが。というか千冬さん、よく弟が近くにいる状況で男に水着を選ばせるような真似をしたな。答える此方の方がドキドキしたぞ。万が一、織斑に聞こえていたらどうなっていたことか。ほら、織斑一夏()って割りと結構なシスコンだから織斑千冬(千冬姉)に何かあったら絶対キレるし。

 

 「なるほど……黒が好みか……ご苦労、もう行っていいぞ。何かあれば連絡する」

 

 「了解です。では」

 

 ニヤリと笑う千冬さんに軽く頭を下げて今度こそ踵を返す。レゾナンスは大きいから適当に見て回るだけでも退屈はしないだろう。明確な目的地を決めないまま、俺は水着コーナーから抜け出した。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 誰もいない喫煙コーナーでベンチに腰掛け、一服しながら少しばかり考え事に頭を使う。数日後に始まる臨海学校、そこでも大きなトラブルが俺達を待っている。詳しいことはもう思い出せばしないが、それでもはっきりと覚えている出来事が一つだけあるのだ。そしてそれを辿れば、徐々にだが曇っていた記憶が鮮明さを取り戻していく。

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走。

 

 第四世代機、紅椿の登場。

 

 そして──篠ノ之束の来襲。

 

 僅か二泊三日の間にこれだけの騒ぎが詰まっているとは、もう驚くを通り越して呆れるレベルだ。俺達って何かする度にトラブルに見舞われるな。本当に頼むからじっとしててくれ、後始末するのは俺達教師なんだから。溜め息と共に煙を吐き出し、トントンと灰皿に灰を落とす。

 

 福音に関しては俺が動けるか否かが大きく関わってくるだろう。俺と白式・零が出れば、かつて苦戦したあの機体であろうとも確実に圧倒することが出来る。ただ、果たしてそう自由に俺が動けるものだろうか。学園の許可がなくては専用機は使えないし、何よりあの天災が俺の行動を許す筈がない。何せ、()()()()()()椿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最悪、俺を脅してでも止めにくるだろう。全く頭の痛い話だ。天を仰ごうと顔を上げたところで──

 

 「意外ね、煙草なんて吸わないと思っていたのだけれど」

 

 突然掛けられた声にゾクリと悪寒が走る。目の前にいたのは一人の女性だった。一目で高級そうと分かるドレスを纏う、金髪で長身の女性。見間違える筈がない、この女性は……この女は……

 

 「あら、そんな顔が出来るということは既に私のことは知っているようね。一人目の男性IS操縦者さん?」

 

 「……俺になんの用だ?スコール・ミューゼル」

 

 沸々と沸き上がる激情にそっと蓋をしてスコール・ミューゼルへと尋ねる。亡国機業(ファントム・タスク)との接触はまだ先だと決め付けていたせいで少し動揺しているが、一度落ち着いてしまえばなんということはない。念のためISの展開はいつでも出来るようにしておくが、どうやら向こうはこの場で此方と事を構える気はなさそうだ。少なくとも、今は。

 

 「そんなに警戒しなくてもいいじゃない。本当に偶然、あなたを見つけたからこうやってわざわざ会いに来たのよ」

 

 「悪いがそう簡単に信じる訳にはいかないな。それで、一体俺になんの用だ?ただ挨拶をしに来たなんて訳じゃないだろ」

 

 「そうね。率直に言うと……勧誘、かしら。あなた、亡国機業に入る気はない?この馬鹿げた世界を変えるために……」

 

 はっと俺はスコール・ミューゼルの言葉を鼻で笑った。ベンチからすっと立ち上がって彼女を見下す。

 

 「俺が亡国機業にだと?論外だな。例え天地がひっくり返るようなことがあっても、俺はお前達だけには従わねえって決めてんだよ」

 

 「随分な物言いね。あなたにそこまで恨まれるような真似をした覚えはないんだけど」

 

 そう言ってスコール・ミューゼルはわざとらしく肩を竦めて見せる。そりゃ覚えなんてないだろうよ、俺がお前達を恨む理由はこれから起こるんだからな。尤も、それをもう一度起こさせる気なんて全くないが。

 

 「まぁいいわ、最初から上手くいくなんて思ってなかったことだし。また会いましょう、その時には返事が変わっていることを願うわ」

 

 「ならその時はアンタの最後だろうよ。覚えておけ、俺がいる限りお前達の好きにはさせない」

 

 スコール・ミューゼルが最後に見せたのは不敵な笑みだった。人混みに紛れていく彼女の後ろ姿を見て俺はあらためて思う、絶対に皆を守らなくてはと。それがきっと一度死んだ俺に与えられた義務であり、そして存在する理由なのだろうから。

 

 「(頼りにしてるぜ……相棒)」

 

 左手の中指にはめられた白式をそっと撫でる。するとそれに呼応するように、指輪がキラリと一度輝いたような気がした。

 



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