六道の神殺し (リセット)
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設定資料の一部

この設定は今後変更される可能性あり。また原作のネタバレも含む為、嫌な方はブラウザバックをお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元々メモを書いていた程度なのでかなり走り書きです。また独自解釈も入っているのはご容赦のほどを。あと設定資料とはいったけどかなり短いです。今後増ふやしていく予定。また細かい設定は途中で変更される恐れあり。

 

<草薙護堂(憑依)>

この作品の主人公。テンプレ神様転生オリ主。転生前は原作知識を持っていたのだが、カンピオーネ世界真の黒幕こと運命によって記憶の大半と力の一部を転生直前に修正力で消される。

転生前はまだまともな性格だったのだが、中途半端に記憶が残っていたのと草薙一族特有の教育によりおかしな人格を形成した。惚れっぽく男性だろうが女性だろうが気に入った相手に入れ込みすぎる。

いわゆる転生特典でNARUTOに出てくる術や力を使える様にしてもらうが、運命の干渉で一部消滅。本来なら全て揃って一つの力なのに一部とはいえ欠けた為、力が変質。カンピオーネ世界の法則で編みなおされ、NARUTOの権能とでもいうべき代物に。

その為普通なら存在しないデメリットや逆にメリットが生じ、チャクラも尾獣チャクラなどを持っていたが全て呪力に統一された。

 

<運命>

カンピオーネ世界の黒幕。歴史は正しく紡がれるべきな思考で動いている。その為神殺しのような世界の法則に逆らう存在を許せない。そんな運命にとって現在最大のイレギュラーが護堂である。本来ならこの世界に存在しない魂、ありえない力。そんなものを持ち込ませたくはなかったのだが、全能ではない運命には拒めない。ならばとせめてもの抵抗で護堂に干渉しその存在を修正力で消そうとするが、外の法則に守られている護堂を完全に消す事が出来ず記憶と力の一部しか消せなかった。最後の抵抗で消す直前に見た転生者の記憶からこの先イレギュラー(神殺し)になりうる存在、すなわち草薙護堂に転生させる事で少しでもイレギュラーを減らそうと頑張った。護堂の肉体で生まれたのは大体こいつのせい。

 

<消えた力と変質した力>

消された力には有用なものが多い。天之御中を初めとするカグヤの持っていた力はほとんどない。とうぜん終焉求道玉などもない。

変質が顕著なのが六道仙人モード。護堂の変化する六道仙人モードはNARUTO作中の六道化とは根本的に別物(あれは尾獣チャクラ全て揃ってなれるので)。この作品の六道化は体を頑強にし、本気の力に耐えられるようにするだけ。

ようするに護堂は別にこれにならなくても求道玉や輪廻写輪眼を出したり、怪力を発揮し広範囲を感知などが出来る。ただ通常状態ではそれだけの術を使うと肉体が崩壊するので体が頑強になるこの状態にならないと使わないだけだったり。仙人モードもやはり別物。この状態は一言で表すと劣化六道仙人モード。本当の意味での仙人モードではないなど色々とややこしくなっている。

また六道仙人モードは作中でも消耗制限で強制解除されると書いたが、この六道化そのものも結構な負担がかかる。そのせいで変化できる時間はあまり長くない。仙人モードのほうは変化しても特に負担はない。なので雑魚敵相手だと仙人モードのほうが便利。

更に便利な事に六道仙人モードが強制解除されると、自動で仙人モードが発動する安全装置つき。護堂の仙人モードは隈取がなく黒目の部分が十時になるだけ。六道仙人モードは十時目に白髪になる。仙人モードと六道仙人モードに見た目の変化はあまりない。

ただ六道のほうがより頑強になる。

 

<術自体のメリット・デメリット>

・イザナギ:普通なら使うと完全に失明するのだがこれは珍しくメリットが生じた術で、72時間で使用前の目が見える状態に戻る。戻るようになった理由はこの術の元になっている万物創造を護堂が使えるため。それでもデメリットが完全になくなるわけではなく一時的に光を失う。

・輪廻写輪眼:瞳術を詰め込みすぎたせいで馬鹿みたいに負担が大きくなった。六道化せずに使うと仙人モードでも10秒程度で失明する。失明すると治るのに数時間は必要。そのかわりに壁の向こうを透視しながら天照などなかなか酷い事が出来る。

・神威:物体のすり抜けが不可能になっている。また呪力耐性が高い相手だと異空間に転送するのが難しい。ただし相手が転送に同意して呪力を高めなければ使用可能。

・八門遁甲:死門を使うと死ぬのがきちんと再現されているため、使えるのは驚門まで。

・求道玉:護堂が六道時によく使う漆黒の球体。自由自在に形を変え攻撃にも防御にも使える便利な代物。操作可能距離が長く、視界内であればどこからでも操作可能。

・飛雷神:マーキングしていればどこからでも転移可能。ただし耐性の高い相手には直接マーキング不可。

 

<ヒロイン>

最初の想定では祐理一人だけがヒロインだった。ただそうするとこの護堂が神様を始めて倒すのが斉天大聖まで無理なストーリー展開になった為没に。

 

<リリアナ・アテナ>

今作でアンチヘイトタグをつけた最大の理由。とても扱いが悪いです。この先とても不遇な扱いを受けます。具体的に言えばアテナは9巻まで出番がありません。その出番もあっけなく終わります。リリアナに至っては二章が最後の出番です。タクシー代わりにされて杭打ちの土木工事を手伝っただけで終わりです。この先出る事はありません。仮に出たとしても14巻の神獣退治の端役です。それ以外に彼女に出番はないです。

 

<イタリア旅行>

今作ではイタリア旅行(4巻)はないです。原作の護堂がイタリア旅行を画策したのはエリカとの婚前旅行に連れて行かれそうになってそれを避けるためだったので。憑依護堂はむしろ祐理とエリカに結婚しようと言い出すレベル。夏休みは普通にイタリア以外を旅行してバカンスを楽しんで終わります。イタリアは護堂が何度も行っているので飽きて行きたがらない。そしてイタリア旅行がないためリリアナフラグが立ちません。これにより原作沿いではあるが原作よりもメンバーが減る事に。またイタリアにいってもゴルゴネイオンを護堂が完全に封印しているので、それと呼応したヘライオンが沈静化して呪力を蓄えなくなったのでペルセウスの出番は完全に消滅した。

 

<清秋院 恵那>

5巻の話は原作とは異なる展開になります。原作どおりの話にしてエリカが死に掛けるのはこの護堂の逆鱗に触れる行為なので、恵那が護堂に殺害されてしまう。ついでに八つ当たりで古老を皆殺しにして清秋院に九尾と共に抗議(物理)をする可能性大。原作キャラ(それもヒロイン)殺しは悪手にもほどがあるけれど、護堂の性格を設定した段階でこの展開を避けて通れない。なので話を変えた。

 

<神話解体>

ないです。原則としてこの作品では憑依護堂以外はオリジナルキャラは使いません。それをすると何の二次創作なのか分からなくなるのと、護堂が原作と違って相手の来歴が不明でもどうとでもなるので。

 



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一章 六道(原作1巻)
プロローグ


初投稿


 その電話は、学校で護堂が帰り支度をしているときにかかってきた。ディスプレイに表示された通知不可能の文字を見て、不審に思う。通知不可能。これが表示されるのは、主に海外からの電話だ。それだけに電話の主が誰なのか、判別つかない。電話に出るか少しばかり考え、結局でることにする。

 

 

「やっと出たわね護堂。この私をこんなにまたせるなんて、ずいぶんと礼儀知らずなんだから。まあいいわ、あなたがのんびりやなのは分かっていたことだし」

 

 

 開口一番とは思えない言葉である。しかしこの口調から、誰からの電話なのか察する。この電話の主―エリカ・ブランデッリは非常に我侭な女である。この女は、間違いなく世界の中心で輝いているのは、己だと思っているタイプだ。ゆえに、言葉が少しばかり、いや、聞く人によっては非常に不快に聞こえるものが多い。まあ、性根自体は悪い奴ではないのだが。それがわかっているので、護堂のほうも特に怒ることなく、返答する。

 

 

「あのな、エリカ。通知番号が分からん時は、基本的に俺は電話に出ない。今度からはメールにしてくれ。それなら差出人でエリカだとすぐ分かる」

「もう、無粋な事を言うのね。メールだと護堂の声を聞けないじゃない。あなたのことが愛しくて、声が聞きたいと思うのがおかしなことかしら。護堂のほうもそうでしょうし、いいでしょ? 」

「あのな、エリカ。俺が覚えてる限りでは、前に会ってからそんなにたってないと思うのだが、どうだろうか? 」

「私がそれで我慢できると思ってるのかしら? 」

「うん、聞いた俺が馬鹿だった。しかし急に電話してくるなんて、どうしたんだよ?またなにか厄介な揉め事…神様や魔王関連でなにかあったのか? 」

「察しがいいわね、護堂。ええ、その通りよ、またまつろわぬ神に関することで、護堂にひとつお願いがあるのよ」

 

 

 その言葉に護堂の、放課後を向かえ明日から休みだわーい、と言う気持ちが急降下していく。だがそれもしょうがない。神が絡む事態は、いつだって世界の危機に直結するぐらい大事になるのだから。

 

 

「…はあ、やっぱり神様関係か。なんで毎度の事ながら、こんなにぽんぽん世界の危機になるんだ。人類全体が呪われてても納得するぞ。しかし、なんで俺なんだ? ドニの奴はどうしたんだよ。あいつなら神の相手が出来るなら、尻尾を振って喜んで飛び込んでくるだろ? 」

「あのね護堂、サルバトーレ卿なら、貴方が山ごと吹き飛ばした時の怪我の療養中よ。そしてサルバトーレ卿が動けない今、私が頼める相手が貴方しか……曲がりなりにも魔王である護堂しかいないのよ。他の神殺しの方々に頼むと、おそらくイタリアが地上から消滅することになるわ」

 

 

 さらりとエリカはとんでもないことを言う。一個人を捕まえてひとつの国が消えるなどと、本来であれば、酒の席のつまみになるのが関の山だ。しかし、イタリアの、いや、全世界のある事情から表にはでない者達がこの発言を聞けば、こう言うだろう。

 

 

 だよね、と。

 

 

「……分かった。分かったよ。前に命がけの戦いをしてからまだ一月程度だってのに。…でだ、俺はなにしたらいいんだ?」

「さすが話が早いわね。マイペースなのが欠点ではあるけど、その察しのよさはとても好きよ。…とりあえずイタリアまで来てもらえるかしら、そこで詳しいことは話すわ」

「了解。俺がこの間渡したお守りあるか?捨てたりしてないよな? 」

「いま手元にあるわ。このお守りがどうしたのかしら?……護堂? 」

 

 

 プツン。いきなり通話が切れた。そしてエリカの後ろに突如人の気配が現れる。驚愕にエリカの顔が歪む。エリカは魔術世界で、齢16にして大騎士の称号を授かるほどの天才である。これは10年に一度レベルの神童だ。そのエリカが、近くに寄られるまで気づかなかったのだ。胸のうちの感情を押し殺し彼女の愛刀、魔剣クオレ・ディ・レオーネを手元に呼び出し気配の主に向けて振り向きざまに剣を突きつける。剣を突きつけられた人物は暢気そうにあくびをしながら、エリカの剣を指先でつかみながらこう言い放った。

 

 

「どうしたんだよエリカ、俺またなんか悪いことしたか? 」

 

 

 さきほどまでエリカが話していた相手、数千キロかなたにいるはずの草薙護堂がそこにいた。

 

 

 

 

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「ねえ、護堂。貴方は私のことをあれこれ言うけれど、あなたも根本から治さないといけない悪癖がたくさんあるわ。おかしなことを口にしたり、重要なことを相手をおどろかしたいなんて理由からだまっていたりね! 」

 

 

じとっとした目つきでエリカは護堂を見下ろしながら言う。そしてこの言葉をたたきつけられた護堂は床に正座させられているのに反抗する。

 

 

「まあな、確かにエリカの言うことも俺は分かるよ。しかしだ、俺はただエリカの驚いた顔が見たくてな」

 

 

後悔や反省の態度をまったく感じさせない口調と暢気さで、悪びれもなく頭の悪いことを言い放つ。このマイペースに生きる点こそ、草薙護堂のおかしさの真骨頂だと言える。

 

 

「……はあ。このひとはどうしてこんなにあれなのかしら? しかし驚いたわ護堂。あなた長距離転移まで使えたのね! 」

 

 

 振り回したつもりが振り回されている。護堂の厄介な特徴に対して、頭が痛くなってくるのを自覚するエリカだが、同時にいまこの床で反省(形だけだが)の正座をしている男の子が、当然のごとく神秘の秘奥を体言することに畏怖の感情を抱く。今、エリカが口にした長距離転移、これは魔術のなかでも最高峰に位置する代物である。エリカは、もしスポーツの選手ならオリンピックで金メダル確実と称されるほどの天才だ。そんな彼女でも空間転移は使えない。いや、おそらく彼女を超える地や天を極めた魔女や、彼女が信頼してやまない欧州最高の騎士パオロ・ブランデッリですら使えないだろう。そんな秘術を息をするように行う、それも数千キロも!しかし、それも護堂であるならば当然かと納得する。なにせこの少年は、自分が愛する上にこの世に7人しかいない、最強の称号を持つのだから。

 

 

「長距離転移?ああ、飛雷神のことか。いや、なんか驚いてくれたのは目的通りで、嬉しいんだけど、これそんなに便利な術じゃないぞ。移動したいところにマーキングしとかないと飛べないし」

「マーキング? もしかしてこのお守りって」

「そ。それに俺のチャクラ、エリカたちは呪力っていうんだっけ?をこめてあるからここに転移できたたけだよ」

 

 

 まるで使い勝手が悪いかのような物言いだが、それでも日本からイタリアまで転移できるだけでとんでもないのだが。まあ、この人のおかしさは、今に始まったことじゃないかと無理矢理に納得する。色々と言いたいことはあるが今は

 

 

「もう怒ってないから、正座をくずしてもいいわよ。それよりも護堂。愛する二人がこうしてひさしぶりにあったのだから、なにをするかなんていわなくても分かるわよね?」

 

 

 先ほどまでの態度はどこへやら。正座を崩した護堂の胸に甘い言葉とともに飛び込む。護堂は平均的な同年代の男子に比べ、はるかに力が強いがそれでもそこそこの大きさの女の子が胸に飛び込んできてふらつかないほどではない。また、正座を崩した直後で体勢が悪かったのもあるだろう。あっさりと後ろに倒れこむ。

 

 

「こういうのも俺は悪くないとは思うけど、今はほかにすることがあるんだろう? 」

 

 

 そういいながらあっさりと上にいたエリカを押しのけ立ち上がる。押しのけられたのが不満なのか、エリカが口を尖らせている。そのエリカの頭を、また今度なと軽くなでる。それだけであきらかな不満顔が、少し緩む。

 

 

「ふん、こんなので終わらすつもりはないのだけれど、今回はあなたの顔をたてて引いてあげるわ」

 

 

 不満さとは無縁の声で答えるのだった。

 

 

 



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1話 ~会談~

 ついてきてほしいところがある。エリカに『頼み』とはなんなのか。

そう尋ねた護堂に対しての、どこかに電話しながらの、エリカの返答である。そしてエリカに共に車で移動することになったのだが、

 

 

「エリカ、本当にこの車は大丈夫なのか! さっきから、エンジンの唸り方がおかしいぞ!サスがついてないのか!尻が痛くなってきた! 」

 

 

普段はマイペース気味で、暢気な返答が多い護堂にしては、切羽詰った口調である。だがしかたない。さきほどエリカの御付のアリアンナと言う人を紹介された。エリカが雇うにしては、普通に見えるなと護堂は少し失礼な感想を抱く。なにせエリカの行動の方針、その大前提には『面白いかどうか』がある。そんなエリカも、たまにはまともな判断をするのだなと、自分の行動を棚上げして感心したほどだ。だが違った。考えるべきだったのだ。エリカがわざわざ直属にする以上、何かしらのおかしな要素があることを。まさか、こんなに車の運転が乱暴だなんて!

 

 

「くそ、俺は降りるぞ。どう考えても、自分で飛んでいくほうが安心だし、安全だ。一般道で出すには、明らかにこの速度はおかしい。………ちょっと待て。今隣を車が逆走していったぞ!…ああ違う、こっちが逆走してるのか! 」

「あら護堂、どう考えてもこの速さで飛び降りるほうが危険だと思うけれど…まあ、貴方の場合はたぶん飛び降りても大丈夫でしょうね。でも逃がさないわ! 」

 

 

ドアを開けようとした護堂の腕を、ガシリとエリカが掴む。その手からエリカの心の声が、己のチャクラー呪力を通して伝わってくるのを、護堂は感じる。

 

 

あなたがいないと、もしなにかあったとき誰が私を守るのかしら?それに、場所を知らないでしょ?

 

 

こんなときに自分の力が少しばかり恨めしくなる。心が通じ合うのは、こんなときでなくてもいいだろうに!

 

 

「大丈夫だエリカ、お前の魔術は強い。俺がいなくてもなんとかなる。場所はエリカの呪力を追えばいける……そうだ、だったら一緒に行こう!それなら、仮に神獣がエリカを襲ってきても大丈夫だ。うん、そうしよう」

 

 

 確かに仮にエリカが神獣に恨みを買っていて、襲われたとしても護堂なら1分以内に片をつけれる。最強のボディーガードだ。さらに護堂の飛行能力は、魔女が使う飛翔術より速い。快適なフライトになるだろう。だとしても面白さ第一のエリカが、こんなに狼狽している護堂を手放すわけないのだが。

 

 

「却下よ。そもそもあなた、大型車が追突しても須佐能乎で守りきれるじゃない。むしろ、この車と追突した相手を心配するべきね」

 

 

 冷徹な言葉と共に、護堂の提案は切り捨てられる。大丈夫と分かっていても怖いものがあるのを、全く理解してくれないエリカの姿勢に(本当は違うが)、とうとう護堂のほうが折れる。

 

 

(諦めよう。俺にはきっと相手と、分かり合う力がないんだ。俺は……無力だ! )

 

 

 絶望が護堂の心を埋め尽くしていく。きっと出荷される牛に心があれば、こんな感情を抱くのだろうと、自分の世界に沈んで逝くのであった。

 

 

 

 

 

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 絶望の時間が終わり、たどり着いたのはとある姫君が使っていた館を改装したというホテルだった。車から降りると同時に、自身の足で大地に立つ感触を、護堂は堪能する。内臓が口まで上がってくるような感覚が消えていく。やっぱ大地が一番! 。そう少し涙を流す護堂の耳に今、おかしな会話が聞こえてきた。

 

 

「私たちは行って来るわ。アンナはここで待っていてもらえるかしら。帰りもお願いするわ」

「分かりました、エリカ様。では会合が終わるまで、こちらで待機しておきます」

 

 

 なにを会話しているのかイタリア語がさっぱりな護堂には分からないが推測するに、帰りもあの車に乗るのだろう。そこまで考え護堂は決断する。用件だけ聞いたら、さっさと飛雷神で日本に帰ろう。そう決意するのだった。

 

 

 

 

 

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 ホテルの中に入りカウンターによらずに、エリカは早足に突き進む。その後ろを青い顔をした護堂が、黙々と何も聞かずについていく。そして一室の前でエリカが立ち止まる。

 

 

「護堂、わたしがよぶまで待機していてもらえるかしら。本来、あなたの身分ならVIPルームで待っていてもらうのがいいのだけれど。ただ、今回はそうもいかないの」

 

 

 エリカにしてはもうしわけなさそうな口調で告げてくる。別に護堂としてもVIPルームなぞどうでもいいので、構わないのだが、そうもいかないと言うのが気になる。

 

 

「別にいいぞ。ただ、そうもいかないってのはなんでだ?また、なにかしらの政治的な理由か? 」

「いいえ、違うわ。単純にあなたが来るのが早すぎたのよ。本来ならこの会合は、護堂が来てから開かれる予定だったの。でも護堂が来た以上、予定通りに開く意味がなくなったわ。そういう意味では政治的な理由になるわね」

「本当なら部屋を取っておいて、俺はそこに待機する予定だった。なのに、その張本人は空間を飛び越えて、一日かかる予定が、わずか10秒に短縮されたせいで、計画が全部狂ったのか。そうか、だから重要な事を言わないって怒ったわけか、納得」

 

 

 そう告げるとエリカは何も言わず、ただ目で、もっと反省しなさい、と訴えると部屋の中にはいっていった。そして一人残された護堂は、ポケットからスマホを取り出し、電子書籍アプリを立ち上げるのだった。

 

 

 

 

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 30分ほど経っただろうか。充電を忘れていたため、バッテリーの残量が切れかけのスマホを眺めながら、雷遁は直流なのか交流なのか、そして発電機の変わりになれるのか考えていた、護堂の元に部屋に入ってくれとエリカからメールが送られてきた。ちなみに入る際に、普通とは違う方法で入ってくれとの要望があったので、エリカが持っているお守りを目印に、部屋の中に飛ぶ。そんな明らかに、異常な方法で部屋にいきなり出現した人物にエリカを除く3人の人影が驚く。

 

 

「始めまして、草薙護堂といいます。以後お見知りおきください」

 

 

 エリカと同じ魔術師なら、日本語が通じるだろうと考え名を名乗る。

そう自己紹介する護堂にいたずらを成功させた子供のような笑顔でエリカが答える。

 

 

「お越しいただき真にありがとうございます、草薙王よ。あなたの第一の騎士エリカ・ブランデッリの願いを叶えてくれたことに感謝します」

 

 

 部屋に入る前までの軽さがうそのようなかしこまった物言いである。だが無理もない。いまこの部屋にはエリカと同等の大騎士に魔術結社の総帥が2人いるのだ。そんなところで、護堂と談笑じみたことをすれば、護堂自身が軽く見られることになる。エリカの考えを理解しているので、特に護堂のほうもエリカの口調に突っ込みを入れない。護堂としては多少低く見られても、別にかまわないのだが。そんな中、驚きから覚めたのか部屋の中にいた人たちが、護堂に対して日本語で自己紹介をするのだった。

 

 

 

 

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 全員がお互いの名前や立場を確認できたところで今回、なぜ神殺しの魔王である護堂がここに呼ばれたのか説明される。

 

 神殺しの魔王、現代ではカンピオーネとも呼ばれる人類最強の王者である。かれらはその名の通り神を殺し、神々が持っていた異能の力―権能と呼ばれる―を奪い取り常人、いや魔術師であろうと起こせぬほどの奇跡を手足のごとく扱うことが出来る。

 

 また、魔王となるまえの人間であったころに、本来であれば人間ごときに神を殺すことができない、この当たり前の常識を打ち破り、神に勝つ偉業を成し遂げた彼らは、魔術世界において王族のごとき敬意と畏怖を払われる。そんな神殺しが唯一、しなければならない義務がある。かつて成し遂げたように、この世に降臨し災厄と破壊をもたらす神々を殺すことだ。

 

 そんな魔王の一人である護堂しかできない神様がらみのことと聞いていただけに、これは正直護堂としても、予想外であった。

 

 

「まさか、エリカと戦うことになるなんてな。てか、あの人たち疑り深いにもほどがあるだろ」

 

 

 ため息をつきながら、疲れたサラリーマンのような声でつぶやく。

 

 

「あら、そうかしら。あれぐらいでないと権謀術数うずまく世界ではやっていけないわよ。まあ、護堂には政治的なしがらみなんて、無縁のことだから関係がないでしょうけど」

 

 

 あのあと自己紹介をし、エリカから告げられたのは、この人たちに護堂の力を見せてほしいとのことだった。

本来なら、神がらみの問題は欧州では、護堂と同じカンピオーネの一人であるサルバトーレ・ドニのところに、話が行く。

 

 だがドニは、一月前の護堂との死闘での怪我が癒えてない為、神と戦うかもしれない案件に関らせるわけにはいかなかったのである。そこで、エリカは今回7人目の魔王である護堂に、頼むつもりであった。

しかし、それに待ったをかけたのがあの部屋にいた、総帥たちである。

 

 いくら療養中とはいえ、盟主であるドニに話を通さず、外国のカンピオーネに助力を請うなどあってはならない。また、護堂自身カンピオーネになって半年もたっていない。そんな経験の浅い魔王で信用できるのだろうか。これが総帥たちのだした結論だ。ならば実力が確かならだいじょうぶなのですね。エリカがこう言い放ったらしい。そして護堂が飛雷神で早く日本に帰りたいんだけど、と思っている間に、エリカと模擬戦をして力を示し、総帥たちを納得させるという流れになったのである。

 

 

「でもな、エリカ。別にこんなことしなくても俺がいいから話な、あんらたうまい話をしってるんだろ。だせよ、ほらはやくよってやったら誰もさからえないんだろう」

 

 

 どう聞いてもチンピラのようなやり方だが、事実これをされると魔術師はだれも護堂に逆らえない。護堂に逆らえるのは、同格の魔王か神話の中の住人だけなのだから。

 

 

「そうね、一番手っ取り早い方法ではあるわね。でもね、護堂、この模擬戦はわたしにとっても重要なのよ。私は前々から思ってたのよ。護堂と一度戦ってみたい。その力を直に確かめたいって。確かに私は護堂の戦いを、近くで見てきたわ。それでも見るのと、実際にやるのは全く違うわ! 」

 

 

 どこか夢見る少女のような面持ちで護堂の肩によりそいながら、語りかけてくるのである。

 

 

「戦いに対しても情熱を注ぐ。エリカらしいとはいえ、物騒だな。俺のように平和主義者の思考にはわからん」

 

 

 神殺しの魔王としては異端の言葉をつぶやく。そして、そんな矛盾した言葉を見逃すほど、エリカは甘くない。

 

 

「平和主義って思考じゃないでしょ護堂は。むしろ戦争はなくならない、人類が生きてる限りな! って力強く主張してたじゃない」

 

 

 その言葉に対して護堂も力強く言い返す。

 

 

「だからこそさ。叶わない願いだからこそ、主義主張になり理想としてあり続けてくれる」

 

 

 草薙護堂16歳、彼は行動は別にして平和(になったらいいな)主義者である。だから今も彼は祈る。

世界の平和を。

自身の尻に、振動とエンジンの唸りを感じながら。

 




次回戦闘。でもさすがにエリカ相手に六道仙術は使わない。ローマが消える。


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2話 ~模擬戦~

前回、六道の力は使わないと言ったな。あれは嘘だ。


護堂が尻の痛みに耐えながらたどり着いたのはオアシスだった。

いや、実際にはオアシスなどではないのだが、先ほどまで地獄にいた護堂には

地面があるだけでそこは天国に変わる。護堂がたどりついた天国。

そこはガルガーノ国立公園という場所だ。護堂自身は初めて来たが、自然が多い。

そしてここなら、護堂の力を存分に発揮出来るだろうとのことだ。最初は、コロッセオ近くのパラティーノの丘と言う場所で、模擬戦を行う予定だったらしいが、エリカがこちらにしたらしい。

エリカ曰く

 

 

護堂があんな場所で力を振るったら世界遺産が滅ぶ

 

 

との事。

エリカの発言を聞いた総帥たちは、その提案を聞き入れ、こちらで戦うことになったのだ。

護堂としてはいささか、納得がいかない。いくらなんでも、世界遺産を粉砕するようなまねはしない。

確かに自分も山の一つや二つは破砕するかもしれないが、さすがに貴重な物を壊す気はない。

もしそんなやつがいるとすれば、そいつは後先を考えず、その場の思考で生きるタイプだ。

そう考えている護堂の視線の先で、エリカが後から来た総帥たちを迎えている。

その中から一人、前に進み出る。

 

 

「ふむ、本当に私などが立会人でかまわないのかね、『紅き悪魔』殿?」

 

 

そう疑問を投げかけたのは、『紫の騎士』と名乗った人物だ。

その疑問に対し、エリカも明朗に返答する。

 

 

「私などとはご冗談を。『紫の騎士』の活躍はこのエリカ・ブランデッリも聞き及んでおります。だからこそ、今回の立会人をおねがいしたのです」

 

 

こう返されては、立会人を断るわけにもいかない。了解したと『紫の騎士』も気持ちのいい返事を返す。

ところで、この『紅い悪魔』や『紫の騎士』という呼び方だが、これは魔術結社が代々受け継いできた名前である。

この称号を預かることは、非常に名誉なことらしい。そして護堂の認識では、市川團十郎みたいなものかとなっている。

護堂もいつかは二つ名を名乗ろうと、画策している。そしてその名前候補もすでに考えているのだ。

 

 

閑話休題

 

 

この場にいては戦闘の余波に巻き込まれるかもしれない、距離をとったほうがよろしいかと。

『紫の騎士』のこの勧めに従い、二人の総帥はこの場から姿を消す。

それと同時にエリカと護堂も距離をとる。

 

 

「エリカ、ルールはさっき言ったとおりだ。どちらかが降参したら戦闘終了。明らかにこれ以上の戦闘行為が不可能かもしれない場合は一旦中止、レフェリーの判断で決着。あとはなんでもあり、これでいいな」

 

 

さきほど車の中で交わした約束を、改めて口にする。これにより審判役を勤める『紫の騎士』もある程度判断しやすくなる。

それに対してエリカのほうも首を縦に振る。

 

 

「ではお互い準備は良いですね、………始め!」

 

 

エリカと護堂。二人の模擬戦の口火が切られた。

 

 

 

 

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先に動いたのは当然エリカだった。

 

 

「鋼の獅子と、その祖たる獅子心王よ。-騎士エリカ・ブランデッリの誓いを聞け」

 

 

エリカが呪文を唱えだす。それにあわせてエリカの呪力が高まっていく。エリカが言霊により自らの呪力を操作しているのだ。

 

 

「我は猛き角笛の継承者、黒き武人の裔たれば、我が心折れぬ限り、我が剣も決して折れず。獅子心王よ、闘争の精髄を今こそ我が手に顕わし給えー!」

 

 

その言葉が終わると同時、エリカの手に剣が現れる。つい数時間前に護堂に突きつけた剣だ。

 

 

「さあ、いくわよ。クオレ・ディ・レオーネ!」

 

 

エリカが剣を構え、護堂に接近する。その動きは、とてもではないが人のそれではない。

恐らく剣道の有段者でも、このエリカの動きには対応できまい。それほどに速い踏み込みだ。

だがそれに相対するは、世界に現在7人しかいない真正の怪物の一人。人の形をしているだけの何か。

当然護堂もその動きに対応し

 

 

「待てエリカ。いきなり心臓狙いで突きは危ないだろ!…ッ。あっぶね。今のがあたったら首が飛ぶぞ。エリカ、なんでもありとは言ったが

殺す気の一撃までOKといってないぞ」

 

 

情けないことを言っていた。その声に観戦していた誰かが、こけそうになる。だが仕方ない。護堂の近接戦闘能力は素の状態だと、エリカと同等なのだ。その同等の相手が武装していて、自分は徒手空拳。

誰でも、弱音の一つくらい吐きたくなる。

だが、そんな願いをエリカが受け入れるわけもなく

 

 

「護堂、勝負に待てはないわ。それになんでもありに同意したでしょう。今更そんなこと

を言っても遅いわよ!」

 

 

聞く耳持たぬ。そんな感情を声に乗せ、エリカは護堂を攻め立てる。それでも護堂は閃光の如く、繰り出されるエリカの斬撃を必死に避ける。避けきれないと感じた時には、近くの石を拾い数秒だけもつ、盾代わりにする。

そんな状態が少しの間続く。護堂も石を使い反撃する。その石を迎撃するためにエリカの意識がそれたところで、エリカの懐に飛び込んでいるのだが、すぐにエリカに突き飛ばされ距離を取られている。

 

 

そして、そんな状況がいつまでも続くわけがない。ついにエリカの剣が護堂の右腕を裂く。鮮血が散る。

 

 

「…ッ!」

 

 

護堂の顔が痛むに歪む。痛みに護堂の意識が奪われる。その隙を逃さず、胴を狙い突きが放たれる。

刺さった。明らかに致命傷の一撃。護堂の口から血が漏れる。

エリカが剣を引き抜こうとする。その前に護堂は剣を握り、エリカに対して前蹴りを放つ。

剣を護堂の腹に残し、その蹴りを避けるために後ろにバックステップでエリカが下がっていく。

どうみても勝敗はついた。草薙護堂は腹に剣を刺され、血を吐いている。たいして、エリカ・ブランデッリは無傷。

そう判断し、やはり魔王とは言っても半人前かと『紫の騎士』は失望する。最初に会ったときに、部屋に空間転移で来たのには驚いたが、その腕前が実戦に伴わないのでは話にならない。背に腹は変えられないが、かの狼王をイタリアに招かなければならないのか。

そのことを考えながら、この模擬戦を終了させようとしたときにエリカが護堂に対して、明らかに怒りのこもった声で話しかける。

 

 

「どうしたの護堂、いつもの動きとは全く違うけど。まさか、私相手に手加減しているんじゃないでしょうね。それなら、私に対する侮辱よ、その行為は。本気を出せとは言わないけど、少しは真面目にやりなさい!」

 

 

そう言葉を叩きつけられた護堂は腹の剣を抜く。そして血が大量に傷口から湧き出る。

この量では普通なら大量出血によって、この少年は死ぬ。この戦いを見守る全員が同じ感想を抱く。

だが、そうはならなかった。

 

 

護堂の腕と腹の傷が煙を立てながら、塞がっていく。たったの5秒程度で、死ぬほどの重症が完治する。

異常なまでの自己治癒能力。護堂が持つ能力のひとつだ。そしてその光景を見て、エリカが笑う。

分かっていたのだ。護堂はこの程度では死なない。なにせ、サルバトーレ卿に上半身と下半身に分断され、

内臓が零れ落ちても生きていたのだから。そして護堂が力を見せたがらないのなら、出させるまで!

 

 

エリカの元に、護堂が足元に投げ捨てた剣が空を飛び、戻る。

そして朗々と呪文を唱えるのだ。

 

 

「鋼の獅子に指名を授ける。引き裂き、穿て、噛み砕け!打倒せよ、殲滅せよ、勝利せよ!

我は汝にこの戦場を委ねる」

 

 

そう言い終わると、エリカは護堂に向かって剣を投げつける。その剣が護堂の元にたどり着く前に変化する。

膨張し、巨大な金属の塊になったのだ。しかもそれで終わらない。金属の塊は徐々に形を変えていき、

ついには銀の獅子へと変貌する。そして、魔術で生み出された獅子だ。彫像とはわけが違う。

その銀の獅子が本物のように動き出し護堂に襲い掛かる。

ダンプカーサイズの獅子と170半ば程度の少年。本来であれば、絶望的な戦力差の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

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護堂は獅子に襲われながらも、自分の世界に耽っていた。この模擬戦はエリカは自分にとって、重要な物だといったが護堂にとっても、重要な場である。生まれたときから自身に備わっていた、異能の力と前世の記憶の一部。

 

前世のことはほとんど思い出せないが、なにかがあって自分はこの異能の力を授けられた。どうして、授けられたのか分からないが、このことは恐らく何年生きても分かることはないだろうと思っている。

 

重要なのはこの力が本来なら自分のものではない事だ。もし自身に前世の記憶が少しでもなければ特別性に浸り、今とは全く違う性格になっていただろう。しかしそうはならなかった。

 

そして護堂は、この力とは別に自分で獲得した力を欲した。なにせ、どうして備わっているのか、分からないものだ。ある日いきなり使えなくなってもおかしくない。当然あるものが、ある日消える恐怖。それを感じた幼い護堂は、もし喪失したとしても、代わりになるようにと己の体を鍛えた。

 

だが異能の力を全く使わないわけではない。なにせ元が強大な力だ。もし、暴発でもしたら東京が消える。それを念頭に、異能の力の制御の練習も始める。そうして、護堂は自らの力の制御と体を鍛えるのに、これまでの人生の大半を費やしてきた。そうして培った力を護堂自身も、試してみたかったのだ。

 

異能の力を使えば、神が相手でも戦うことが出来る。これは、経験上知っている。ならそれとは別。自分で鍛えた力が、どれくらいの相手までなら通じるのか。それを、確かめたいと思う心が護堂の中にあった。そしてエリカならその相手にぴったりだ。自分が知る中でもとびっきりの天才。相手としては十分。エリカには言わなかったが、それくらい護堂にとっても絶好の機会だったのだ。

 

結果は腕を切られ、腹を刺されたが。この結果に、護堂は内心落ち込む。自分の本来の弱さに。特別な力がなければ、自分はこの程度だと。それでも、この戦いを降参はしない。それはエリカを裏切る行為だ。車の中での会話、そのときの、護堂との試合に本当にうれしそうな顔をみせたエリカ。あの笑顔を裏切る真似はしたくない。

 

だから、己で鍛えた体で戦うのはここまで。ここからは、異能の力を使う。そしてこの力を総称し、護堂はこう呼ぶ。

 

 

六道仙術と。

 

 

 

 

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銀の獅子に吹き飛ばされた護堂の体が、木に叩きつけられる。それを見た『紫の騎士』がさすがに止めようとする。いくら自然治癒力が高くても、あの質量にすでに何十発も殴られているのだ。

すでに護堂の服は原型をとどめていない。しかし止めようとする騎士に対して、エリカが目で訴える。

 

 

まだよ。

 

 

「しかし、『紅い悪魔』殿。もう草薙王は死に体だ。反撃しない相手をこれ以上嬲るのをみるのは、騎士道に反する。あなたが止めても、私はあの獅子を止めるぞ!」

 

 

そう宣言し、今まさにとどめの一撃を加えんとする銀の獅子に対して魔術を行使しようとする。だが間に合わない。無慈悲にも獅子の前腕は立ちあがりもしない、草薙護堂に振り下ろされる。

 

轟音。その光景にさすがの大騎士も目を逸らす。あの腕の下がどのようになっているのか、想像するだけで目をつぶりたくなる。

そして、エリカに抗議しようと口を開いたところで

 

 

 

 

呪力が爆発した。

 

 

 

 

あの獅子の腕の下から、桁違いの呪力が噴出しているのだ。その莫大な量に大騎士の心臓が止まりそうになる。そしてそんな騎士の前でゆっくりと、銀の獅子が上に浮いていく。

違う。浮いているのではない。何かに持ち上げられているのだ。だれが持ち上げたのか。そんなものは決まっている。

 

草薙護堂だ。草薙護堂が数十トンある獅子を軽々と持ち上げているのだ。

その護堂自身にも先ほどまでとは全く違う変化が起きている。ぼろぼろになっていたはずの服、それが黒のズボンと黒のTシャツによくにた服に変化している。

そしてその上に白いコートのような物を羽織っている。『紫の騎士』は日本の文化に疎いため、分からないが、それは羽織と呼ばれる代物だ。その羽織には、背中に勾玉模様が九つ描かれている。そして、黒髪のはずの護堂のそれが、白色に変色している。そして注視すれば気づいただろう。護堂の日本人らしい黒目、それが紫色に変色し波紋模様が広がり、その波紋を顕わしている黒の線上に、勾玉に良く似た模様ー巴と呼ばれる紋様が等間隔で三つずつ配置されているのに。

 

 

その姿を見るだけで、大騎士の体の震えが止まらない。

 

 

(…な、なんなんだあれは?あれが、先ほどまで『紅き悪魔』の獅子に弄ばれていた少年なのか?こ、こんな、こんな呪力が存在していいのか?あきらかに神殺しの魔王を超えている!

いや、違う。神殺しの魔王どころではない。これは、まつろわぬ神すら上回っているのでは!)

 

 

恐ろしい想像が大騎士の脳内を駆け巡る。そして、震える体を止めようとしている騎士の視線の先で、護堂が動く。持ち上げていた獅子の体を上空に投げる。軽やかな動きだ。

しかし、投げられた獅子のほうはたまったものじゃない。その軽やかさからは、想像できないほどの速さで上空千m近くまで飛んでいったのだ。そして獅子を投げた結果、護堂の手が空く。

 

その護堂の手に呪力が集中していく。集まった呪力は、護堂の手のひらの上で高密度に圧縮されていく。圧縮された結果、目に見えるほどの呪力の球が完成する。大きさはサッカーボール程度の大きさだ。しかし、それに込められた呪力は尋常じゃない。あれを作るだけで、エリカがあと100人集まって命を振り絞ってようやくできるかどうか。そんな術を簡単に行う。

 

その球ー護堂は螺旋丸と呼んでいる。その螺旋丸を、空中にいる獅子に向かって護堂は投擲する。音を軽々と超え、飛んでいった螺旋丸は獅子に着弾。一気に圧縮された呪力が開放される。

呪力の渦とでもいうべきか。それに飲まれた獅子は抵抗すら許されず、その身を削られ消えていった。

 

 

 

 

 

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簡単にエリカの魔術を粉砕した、護堂がエリカと大騎士のほうを向く。その行為に、騎士の心臓が死神に掴まれた様に萎縮する。今目の前にいるのは、まぎれもなく王だ。先ほど、半人前などと評した自分を殴り飛ばしたい。

その一応人の形をしているだけの、怪物が口を開く。なにをしゃべるのか。エリカに対する恨みか。止めなかった騎士に対する神罰か。そう畏怖の念を抱いている騎士と、何も言わないエリカに対して

 

 

 

 

「すまん、エリカ。確かあの剣って大事なものなんだよな?俺それを粉々にしちまったけど、大丈夫だろうか?許してくれるよな、な!」

 

 

 

 

エリカに対する謝罪であった。そしてエリカを含む全員が威圧感と、それにそぐわない気の抜ける謝罪に、こけそうになるのだった。



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3話 ~決着~

 模擬戦とはいえ、戦闘中に謝罪をする。その行為のちぐはぐさにエリカの戦意が抜けそうになる。『紫の騎士』も今ので落ち着いたのか、先ほどまでの震えが止まっている。騎士が今も、すまない、本当にすまないと謝っている護堂に疑わしい目を向ける。そして、エリカに向かってその疑問を投げる。

 

 

「紅き悪魔殿、ひとつ聞きたいのだが。あれは、草薙王は素でやっているのかね?それとも、こちらが萎縮しているのを見て我々の緊張を解くために、わざとやっているのい?」

 

 

 その疑問に、エリカの頭が痛くなってくる。やる気がないように見えた動きをしていたと思ったら、六道仙人モードを出してきたので、ついに真面目にやる気になったのかと思った心を返してほしい。エリカはなんとか、眉間を揉み解し騎士に対して、答えを返す。

 

 

「護堂のあれは天然よ。絶対に治らない不治の病みたいなものね。どんなことをしても、驚かないつもりだったのだけれど、さすがにあれはないわね」

 

 

 エリカが騎士の前だというのに、草薙王と言う呼び方をやめる。どだい、護堂に威厳を醸し出せというのが無茶だったかと、考えを改める。なんにしろ今は、護堂に壊された剣を直すのが先かと手を前にかざす。そのエリカの手に、空から塵が集まってくる。集まった塵は形を変え、護堂が粉々にしたはずの剣に形になる。

 

 

「安心しなさい、この剣は私が生きている限りは、仮に溶かしても元に戻るわ!だから、いいかげんその謝罪を止めなさい。それと模擬戦の続きをやるわよ!」

 

 

 そう護堂に呼びかけると、謝るのをやめ明らかにほっとした顔をする。その光景に、頭痛が強まるのを感じる。その頭痛を振り払うように何度か、首を振り剣を構えなおす。それにあわせて、胸を下ろす動作をしていた護堂も構えを取る。とたんに、あの威圧感が戻ってくる。視線だけで、後ろに飛ばされそうなほどだ。先ほどまで、弛緩していた騎士は急激に増した緊張感に、足が無意識に後ろに下がっている。無理もないかとエリカは思う。なにせ、今の護堂は持てる力を、十全に発揮できる状態だ。すなわち、神を殺し、同格であるサルバトーレ卿を半死半生に追い込んだ力を、完全に使える様になっている。前に護堂から聞いた話が、エリカの脳内に再生される。

 

 

 

 

 

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「六道仙人モード?」

 

 

 エリカが不思議そうに、護堂の言葉に相槌を打つ。その相槌に対し、ああそうさと護堂は返答する。

 

 

「エリカも知ってるように俺の力は、正直俺自身、どこに底があるのか分からないくらいに、危険な代物だ。そんでもってそれは、おれ自身を蝕むくらいに強い」

 

 

 それはエリカにも分かる。実際、もともと持っている力が大きいゆえに、生まれながらにして体が病弱になり、満足に外も出歩けないほど、呪力に体が悲鳴を上げる事例が欧州の魔術界でも確認されている。人間の脆弱な体では、己の物なのに耐えれないのだ。そこまで考え、護堂が何を言おうとしているのかを察する。

 

 

「つまり、護堂はこう言いたいわけね。護堂自身の体は常人と変わらない。その体で全力を出そうとすると、肉体が崩壊するかも知れない。それを防ぎあなたの身を守る為の方法が、六道仙人モードだと」

「その通り、このモードになれば普段の体じゃ使えないほどのチャクラ、…呪力を最大限に引っ張りだせるようになる。それ以外にもエリカは見た事もあるし、分かるだろうけど、権能に匹敵する不思議な術が多く使えるようになる」

 

 

 この説明で、前々から護堂に対して抱いていた疑問が氷解する。普段の護堂は、正直に述べるとそれほど凄くない。確かに術の腕前は怪物の領域にある上に、体術の腕前もエリカに匹敵するほどだ。だが、それで神に挑めるほどではない。エリカ以上の達人はいくらでもいるし、術にしても護堂と比べることができる人間は片手で数えるほどだが存在する。

 

 自己治癒能力や呪術耐性の高さなどは、人外の域なのだが、それ以外は総合して人類最高峰程度に、普段の護堂は収まっている。どうして普段の護堂は、あの最強状態の時に使っている六道仙術や瞳術を使わないのか、不思議だったのだ。なんのことはない、通常の護堂では、使うことが出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

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 今の護堂は正直に言うと、エリカでは絶対に勝てない。あの六道仙人モードは、ただ護堂の体を呪力に耐えれるように、作り変えるだけに留まらない。あの状態になった護堂は、まず呪力や攻撃を察知する感知能力が増大する。

 

 数百キロ先の呪力を感知し、誰の呪力なのか判断できるほどだ。また、あの眼が厄介な代物である。まず眼をあわせてはいけない。眼を見るだけで、護堂は相手に幻を見せる。この幻を見せる過程で、相手の精神に干渉する。この原理を応用し、幻をみせた相手を自分の思い通りに操る人形に変えることも出来る。この幻術には、カンピオーネクラスの呪力耐性がないと、抗うことすらできない。

 

 このほかにも、相手の魂を抜く、呪力を吸収する、視線の先に黒い炎を発生させる、異空間に視界内の物体を飛ばす、記憶を読む、ブラックホールを発生させるなど、明らかに眼が関係ないだろうと言いたくなる能力のオンパレードである。

 

 そのうえ眼である以上、視ることにも長けている。本来呪力は眼に見えない。護堂がやったように、極限まで圧縮すればいけるかもしれないが、普通は視ることが出来ない。その呪力を視覚情報として、護堂は捉える。そのせいで護堂は呪力から、おおよそどんな術や権能なのか判断できる。そして、未来視に匹敵するほどの見切りまで備える。

 

 攻撃感知とこの見切りをあわせることで、護堂は神速を捉え、軍神や武神が相手でも引けを取らない体術を披露する。

 

 そして、何よりも呪力が最大限に発揮できることで、普段の護堂では使うことのできない仙術が開放されるのだ。はっきり言おう、この生物をこの世に生み出した奴は何を考えているのだと。パワーバランスという言葉を知らないのか。そうエリカは改めて護堂の戦力分析をして、思わず汚い言葉を使ってしまう。弱点でもないかと分析したのだが、特に見当たらないのが腹が立つ。だが構わないだろう。こんな子供の考えたような、出鱈目超常怪物と今まさに試合をしているのだから。

 

 

 

 

 

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 エリカは、最初のように踏み込もうとはしない。踏み込んだところでそのまま捕まえられて、締め落とされるだけだ。エリカは、切り札である『ゴルゴタの言霊』を使うか考がる、が、使っても意味がないとこの思考を切り捨てる。護堂は陰陽遁により権能と体術以外通用しない。そのうえ、あの呪力量だ。エリカの魔術など、紙吹雪の様に散らされるだけだろう。さて、こうなるとエリカからは仕掛けられない。エリカから仕掛けないことに気づいたのか。護堂が今度は、先に動く。軽いジョブ。そして大気が弾けた。

 

 

 弾けた大気はエリカの横を通過、森の一角を吹き飛ばす。それにエリカは全く反応できなかった。当たり前だ。今のに反応できるのは、カンピオーネか神々、そして技量だけは

それらに並べる聖騎士くらいだ。

 

 さすがに、エリカの腰が抜けそうになる。いくらなんでも、実力差がありすぎる。今エリカの横を通った死神、あれですら護堂の拳に大気が押されたに過ぎない。もし、あの拳が直撃すればどんな防御魔術を使っても、防げない。その腰が引けた状態のエリカに護堂が降参を促す。

 

 

「エリカ、もういいだろう。やっぱりお前はすごいよ、俺にこの状態を出させたんだから。だから、止めよう。これ以上戦って、エリカを死なせるようなことになったら俺は嫌だ。エリカとしてはもっとやりたいんだろうけど、頼む。降参してくれ。もし、エリカが降参しないなら、心情を曲げてでも俺が降参してこの勝負を止めるぞ!」

 

 

 護堂の降参を促すにしては、悲痛な叫び。護堂は本気でこの勝負を終わらすつもりだ。確かに、どちらも現状は無傷。しかし、ここから本格的な戦闘が始まれば、いくら護堂が手加減をしてもエリカを傷つけないようにするのは難しい。護堂はエリカを悲しませたくはないが、それ以上に傷付けたくない。自分の目的も達成し、エリカとの力を示せという約束をこれで果たせただろう。それでもエリカは動かない。どうするのか、悩んでいるのだ。そのエリカの元に、護堂が近づいていく。

 

 

「護堂?それ以上近づくなら、戦闘続行と見るわよ!」

 

 

 それでも、護堂は止まらない。そんな護堂に対して、エリカは言葉通りに剣を振るう。護堂の首に当たる。だがそれだけ。肉に食い込みすらしない。そしてエリカの体を護堂が抱き寄せる。だが、それは攻撃のためではない。むしろ、恋人に対するような抱擁。

 

 

「…ちょ、ちょっと、護堂。今は戦っているのよ!情熱的な抱擁も私としては構わないけれど、今することじゃないでしょ」

 

 

 そう言いながら護堂から離れようとして、体を動かしたさいに護堂の顔が間近まで近づく。そして、エリカと護堂の眼が合う。エリカが気づいたときには遅かった。ひどい睡魔が襲ってくる。エリカの体から力が抜けていく。

 

 

「…ご、ごどう。ひ…きょ…うよ。こ……さな………て…こ……めの…………ふ…………………き」

 

 

 そこまで言ったところでエリカは夢の中に落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

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 エリカが眠ったことで、この模擬戦も終了した。眠るエリカを、地面に落ちないようにお姫様抱っこをした護堂の元に姿を消していた総帥と、護堂の気迫に押され、退避していた騎士が集まってくる。

 

 

「紅き悪魔殿はどうされたのですか?まさか、こ、殺したのですか!」

 

 

 騎士が護堂を糾弾する。護堂はエリカの胸が上下しているのをみれば、寝ているだけだと分かるだろうに騎士に向かってジト目を向ける。今の護堂の眼ー輪廻写輪眼に、そんな目を向けられた騎士はまた護堂から離れる。そして、総帥たちが怯えながら護堂に対して勝利の賞賛を送る。

 

 

「あなたの権能、確かに拝見させていただきました。まさか、これほどとは」

「それほどの呪力を保有しているとは思いもしませんでした。また、その顕身の力、ほんの一端とはいえ空恐ろしいものを感じましたよ」

 

 

 護堂としては、そんな言葉は要らないので今回どうして自分を呼んだのか教えてほしい。そしてアンナさんに預けるか、自分の手で腕に眠る姫を早くベットに運びたいのだ。

 

 

「おお、そうでしたな。今回、草薙王にはこの神具を預けたかったのです」

 

 

 そういいながら、総帥が魔術でトランクを呼び出す。その中から、一枚の黒いメダルが姿を現す。

 

 

「こちらは、ゴルゴネイオンと言います。いまから2月ほど前に、ある海岸に打ち上げられたのです。そして、この神具を狙っているまつろわぬ神がいることを霊視により知ることが出来たのです。我々の手にあっても、神からは守ることはできますまい。しかし、これほどの力をもつ御身であられるならきっと大丈夫でしょう」

 

 

 総帥の手から護堂にメダルが手渡される。メダルを持っている間は、エリカを空中に浮かす。そして、メダルを視た護堂はぽつりと呟く。

 

 

「ゴルゴン、メデューサか。かなり古い代物だな。これは、蛇か。蛇の力を蓄えているんだな。……なるほど、もしこれが神の手に渡ればその神は地母神に戻れるわけか。となると、こうするのが一番だな」

 

 

 輪廻写輪眼の力で、メダルを解析した護堂は呪力を練り上げる。護堂の手の中にある黒いメダル。そのメダルがその黒色よりもなお黒い、奇妙な紋様に覆われていく。ついにはメダル全体が完全に塗りつぶされる。

 

 

「な、なにをされたのです!まさか、メダルを使って何か良からぬことをするおつもりですか!」

 

 

 まさか、この王も実は神との戦いに楽しみを見出したり、混乱を引き起こすカンピオーネらしい魔王なのか。そう思う総帥たちだが

 

 

「いえ、この神具を六道仙術で封印しただけですよ。ただ、即席の封印なんであまり長くはもたないですけどね」

 

 

 護堂は総帥たちを安心させるために、なにをしたのか説明する。そして、漆黒に染まったメダルは、護堂の右眼に吸い込まれたのだ。

 

 

「更に万全を期すために、神威空間に転送しました。もう大丈夫ですよ、たとえ神でも異空間に封印された神具には手をだせません。それどころかメダルがもうどこにあるかも、

 分からないでしょうね」

 

 

 なんでもないようにさらりと言う。いま行われた偉業に流石の総帥たちも護堂が何をいっているのか、最初理解できなかった。だが、徐々に護堂の言葉の意味を分かり、この日最大の驚きを得る。今言ったことが本当なら、草薙護堂は破壊の力だけでなく、封印術のようなものを、しかも神具を封じれるほどの強力な権能を行使できると言うことになる。そしてその力は、現在あらゆる魔術結社が欲する物だ。魔術結社が行う仕事の中に、神具や魔本などの処理がある。しかし、物によっては最高位の魔術師が何日も係り、それでも処理できるか分からないものがある。

 

 そして、ゴルゴネイオンはその処理できない物であった。それを、わずか一分足らずで封印する。事ここに至り、なぜエリカ・ブランデッリが草薙護堂こそが今回、最も向いていると推薦したのか知ったのだ。戦闘力としてではなく、その特殊性こそを頼りにしたのだと。

 

 さきほど、総帥たちは最大の驚きを得たが、彼らは知らない。護堂がまだまだ奇跡を見せることを。護堂が森に向け手を突き出す。その行為にまた、何かするのかと関心が集まる。

 

 護堂が手を向けたのはさきほど己の拳の余波で吹き飛んだ木々たち。その木々たちが元の形に戻っていくのだ。この行為もわすが数秒で終わる。

 

 

「今のは一体全体、何をされたのですか」

 

 

 驚くのも疲れたのか、能面のような顔で、誰かが護堂に聞く。そして、聞かれた以上護堂も答えるのだ。

 

 

「木遁と陽遁の力を使い、残っている木に生命力を与え戻しました。根っこからえぐれた所には木を生やしたんです」

 

 

 総帥たちは驚くのではなく、乾いた笑いを漏らす。そして彼らは、ひとつの判断を下す。

 

 

「おお、もういい時間ですね。私は、娘との食事があるのでこれにて失礼」

「そういえば書類がたまっていたな。帰って片付けなくては」

「ああ、今から家に帰っては深夜帰りになるな。はは、妻に怒られるな」

 

 

 今しがた見た数々の奇跡。自らの中で処理できないなら、見なかった事にしよう。そして、それぞれ草薙護堂に別れの挨拶をし、この場を離れるのだった。そして眠るエリカと共に残された護堂はひとり寂しく呟く。

 

 

「そんな怖がらなくてもいいと思うんだけどな。確かに、俺の力は自分でも怖いほどだけどさ。だからって、あんなにさっさと帰らなくてもいいだろうに」

 

 

 相変わらずピントがずれていた。

 

 

 

 

 

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 その後、土遁を使用し土を整え、エリカを抱っこし、主人を待っていたアンナのところに、護堂は戻った。その際六道仙人モードから通常状態に戻っていなかったせいで、彼女が酷く怯えた為解除。そしてなんとか、涙目になっているアンナを言葉が分からないなりに宥めエリカを預け、そんな彼女から逃げるように、護堂は飛雷神で日本に帰るのであった。



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4話 ~媛巫女~

アテナ「蛇の呪力が…消えた…?」


東京タワーの近くに、神社や仏閣が多い地域がある。その中のひとつ、七雄神社で一人の巫女が身支度を整えていた。

少女の名前は万里谷祐理と言う。祐理はいつも通りに、自らの茶色がかった、黒髪を櫛で梳く。その櫛が突如折れた。

 

 

「不吉だわ。なにか良くないことが起きる前兆でなければいいのだけれど」

 

 

非科学的な感想だが、彼女はこの出来事になにかを感じていた。その何かは、分からない。

それでも、祐理の直感は嵐の到来を予感していた。

 

 

 

 

 

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身支度を整えた祐理は、拝殿に向かう。その途中、見知った人たちに出会い挨拶をする。挨拶をされた大人たちは、祐理に向かい、丁寧にお辞儀をする。

10代の少女にするには、馬鹿丁寧な挨拶。だがそれも仕方ない。祭神を除けば、彼女がこの神社で最も格が高いのだ。そんな祐理に声が掛けられる。

 

 

「やあ媛巫女、お初にお眼にかかります。少しお時間をいただけますかね?」

 

 

胡散臭さを感じるしゃべり方と軽薄さ。そのどこか道化じみた人物は、祐理に近づいてくる。その足からは、玉砂利の上なのに音もしない。

ただものではない。

 

 

「…あなたは?」

「や、これは失敬。申し遅れましたが、私、甘粕と申します。以後お見知りおきを」

 

 

名乗りながら、名刺を祐理に渡す。その名刺に書かれた肩書きに、不審を祐理は不審を覚える。

 

 

「正史編纂委員会の方が、どのような御用があるのですか?」

 

 

祐理は、目の前の20代後半の男性に質問する。一体、日本呪術界を統括する組織が祐理になんの用なのか。

 

 

「実はですね、この国始まって以来の大災厄の種、とても困った問題が最近上層部の頭を痛くしているんですよ。

そこで、媛巫女の力をお力を借りたいと思い、ぶしつけにも訪問させていただきました。お許しください」

「…私ごときにお手伝い出来る事など、そうないと思いますが」

「またご謙遜を。世界有数の霊視能力の保持者、そんなあなただからこそ、我々は今回助力を求めに来たのです」

 

 

この青年ー甘粕冬馬が称賛するように、祐理の霊視の力は絶大だ。霊視ーこの技術はアカシャの記憶、いわゆるアカシックレコードに干渉する。

それによりこの世の過去、未来、現在に存在する情報を知ることが出来る。ただ、万能の力ではない。並みの霊視では、目的の情報にアクセスすることが出来ない。そのため本来は霊視をもつ人物を掻き集め、人海戦術で行う必要がある。しかし、祐理は違う。彼女は単独で、望む事象を知る。

現在、委員会で浮上している最優先事項。それを解決するためには、この霊視が必要になる。

 

 

「あなたには媛巫女として、委員会に協力する義務があります。おわかりですね?話を聞いていただきますよ」

「……わかりました。では、私に何をしろと?」

「…我々も賢人議会のレポートで知ることができたんですがね、どうもこの国にカンピオーネが生まれた可能性があるのですよ。そして、その少年が本当に羅刹の君なのか、真偽を確認していただきたいのです」

 

 

カンピオーネ。羅刹の君。この言葉は祐理にとある魔王を連想させる。現存する最古の魔王、最強の怪物。爛々と輝くエメラルドの瞳。

そして祐理にとって、いや世界中の魔術師の恐怖そのもの。その連想を断ち切るように、甘粕の言葉は続く。

 

 

「あなたにお願いする理由が分かりましたね。あなたは幼い頃に、デヤンスタール・ヴォバンにあっている。あなたなら、本物かどうかの鑑定が出来るはずです」

「…信じられません。人間が王になるためには、神を殺める必要があるはずです。そんな奇跡を起こせる人物が日本にいたなんて!」

「同感です。だからこそ、私たちもその少年、草薙護堂が本物だとは思わなかった。しかし、こうしてレポートがある以上、確かめる必要があります」

 

 

本当に草薙護堂が神殺しなら正史編纂委員会は、彼との付き合いをどうするのか考える必要がある。そのためにも、まずは本物なのか確かめなければならない。

 

 

「その草薙護堂と言う方について、詳しく教えてください。私たち同様、なにかしらの呪術を学んだ方なのですか?それとも、武術を修めておられるとか?」

 

 

魔王がらみである以上、本気で取り掛かる必要がある。祐理にとってカンピオーネは、まつろわぬ神と変わらない。それでも、誰かがやらなければこの国の、ひいては民が苦しむことになる。ならば、例えトラウマに関することでもやらなければならない。

 

 

「呪術や武術に関しては、素人のはずなんですよ。彼の家は、そういった物に関ることはない家系ですからね。ただね、どうも奇妙なんですよ」

 

 

そう言いながら、紙の塊を祐理に差し出してくる。

 

 

「それは、賢人議会のレポートと草薙護堂に関する情報を印刷したものです。それを読んでいただければ分かるのですが、レポートに書いてあることと、委員会で調べた情報が食い違うんです」

 

 

祐理は資料を斜め読みだが、一通り目を通す。そして、情報のあまりの食い違いに困惑する。

委員会が調査した限りでは、草薙護堂はどこにでもいる平凡な少年だ。特にスポーツなどもしていなく、学校の成績の方も平均的。他人と違うところは、体力テストの結果が平均値を上回っているくらいだ。

それにしたって人間を逸脱しているわけではない。

 

しかし、賢人議会のレポートは違う。草薙護堂をこう評していた。

 

 

 

 

 

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草薙護堂はメルカルト及びウルスラグナを滅ぼし、カンピオーネへとなられた。しかし、現在彼が持つ権能、これらは依然謎に包まれている。

確かに草薙護堂は、権能と思わしき能力を行使する。だが、それらは先ほど述べた二柱の性質と異なる。このことから、草薙護堂の振るう能力は権能ではなく魔術に近いものだと伺える。

以上の理由から草薙護堂は元々、天仙級の術者だと推測する。そのため、彼と関りを持つ者は彼を魔王に成り立ての半人前と侮ってはならない。

彼は奇跡を持って神を殺したのではなく、勝つべくして神に勝ったのだから。

 

 

 

 

 

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「媛巫女が困惑されるのも、無理ありませんね。調査結果ではこの少年は白です。なのに、術の腕前は人類を凌駕していると記されている。しかし、そんな人間はいません。生まれるわけがないからです。その為、私の上司は一つ仮説をたてたんですよ」

 

 

わざわざ指を立てながら、説明する。その仮説に祐理も興味を引かれる。

 

 

「…どのような仮説なのでしょうか?」

「そうですね、…ところで媛巫女は神隠しをご存知でしょうか?」

 

 

話題が変わる。なぜ話題を変えたのか、祐理には分からないが、神隠しぐらいは知っている。

 

 

「…甘粕さんがおっしゃりたいのは、世間一般の意味での神隠しではなく、6年前から続いている事件のことですね」

 

 

神隠し。人がなんの前触れも無く失踪することを、神の仕業と考える概念だ。だが、6年前からこの言葉は日本の呪術師の間で、全く違う意味を持つ。

神獣の神隠し。草薙護堂の存在が発覚する前に、委員会を悩ませていた事件の名前である。言葉通り、神獣がこつぜんと姿を消すのである。

神獣は自然発生する。そして、この獣はただの獣とはわけが違う。もし、熊や猪のように人里に下りると、災害の如き被害が生じる。その為、委員会は神獣の発生を確認すると、すぐに討伐隊を編成する。そして、いざ討伐隊が出撃しようとすると、その神獣が子猫や子犬に思えるほどの巨大な呪力が、観測されたのだ。

 

 

そして、出撃した隊が現場に着くと、その呪力の主も神獣もいなくなっていたのだ。そして委員会は、まつろわぬ神が降臨し、神獣と共に姿を消したのだと思っていた。

だが不思議な事に、神獣が消えただけでそれ以降特に何もなかったのである。それらの事情から、神獣の報告は間違いで、神と思わしき反応も観測手の勘違いで終わったのだ、

その時は。しかし、終わってなどいなかった。また神獣の出現報告が委員会に届けられる。それに呼応して同じように神と思わしき呪力反応が捉えられる。そして、また姿を消す。

それがこの6年間、数件起きた。

 

日本にはまつろわぬ神がいる。それを、委員会の古老と呼ばれる者たちに相談などもしたが沈黙。かくして神は間違いなくいるのに、神獣をどこかに連れ去るだけでそれ以外は何もしない。

そんな奇妙な事件がこの国では起こっている。

 

 

「神獣の神隠し。連れ去った神がどのような意図で、この行為を行っているのかわからないために、この事件が危険なのか、そうでないのか誰も判断できず、問題そのものが宙に浮いている状態にあるんですよ。ただ、この事件の真相をもしかすると明かすことが出来るかもしれない。うちの上司はそういっていましたね」

「いえね、簡単は話し何ですよ。まつろわぬ神が降臨しているなら、この国は大災害に襲われているはずです。しかし、そうはなっていません。なので考え方を、変えたのです。連れ去ったのは神ではなく羅刹の君だと。そしてそれを行ったのは、どの魔王様方なのか?けれど、どう考えても現存する魔王の誰かが動けば、その情報を隠すことは出来ません。ならば誰なのか?答えは簡単です。当時すでに魔王となっていた草薙護堂が行ったのだと。それなら、ウルスラグナ神やメルカルト神の特徴と一致しない、権能を行使できても不思議ではないんですよね」

「ありえません!この調査書を読む限りでは、草薙護堂は私と同じ16歳のはずです!もしそれが本当なら彼は10歳、いいえそれより以前に神を殺めたことになります!」

 

 

祐理は悲鳴のような声を上げる。それもしかたない。下手をすれば、齢一桁の子供が神を殺したと言うことになるのだから。

 

 

「ええ、私としてもこんな仮説は笑い飛ばしたいんですよ。しかし、もし真実なら草薙護堂は、すでにこのレポートに載っている二柱以外にも、神から権能を簒奪しているベテランとなります。しかも、メルカルト神を倒すまでは、誰もそんな存在がいることを知らせなかったほど。そのうえ何の意図があるのか分かりませんが、神獣を連れ去っている。もしかするとすでに滅ぼしているのかもしれないし、まだ手元に残しているかもしれない。そして、今回これが真実なのかを、媛巫女には確かめていただきたいのです。私としても心苦しいんですよ?なにせこの少年、なにもかもが出鱈目な怪人物なんですから。無論、危険を伴う可能性もあります。それでも引き受けていただきますね?」

 

 

祐理に対して、最初に会ったときの軽薄さを捨てて、甘粕が問う。その問いに、最初のようにすぐには頷きを返せない。甘粕冬馬が説明したように、全てが謎に包まれた怪人物。カンピオーネであるなら、危険なのは間違いないだろう。

祐理は悩む。どうするのか。引き受けるのか、引き受けないのか。熟考のすえ、答えを出す。

 

 

「引き受けさせて頂きます。私にしか出来ないと言うなら、やるしかありません」

 

 

媛巫女としての責任を果たす。今、祐理の顔に浮かんでいるのはそれだけ。そんな祐理に対して、甘粕は唯一安心できる材料を提供する。

 

 

「ありがとうございます。それともうひとつ、あなたに頼んだ理由があるのです。こっちは完全に偶然だったんですがね……」

 

 

甘粕から渡された最後の情報。それに祐理も驚く。この怪人物と自身の間に、そんな縁があったなんてと。

 

 

 

 

 

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祐理は帰宅後、家族に今日あったことを伝える。それを聞いた、家族は思い思いの反応をする。

母は、もしかするともうこの家に娘が帰ってこないかも知れないことに涙を流す。

父は、己の無力さを嘆く。自身のちっぽけな手では、脅威から娘を守ることもできないのかと。

妹はまた神殺しが姉を苦しめるのかと憤る。この優しい姉が、どうしてそんな理不尽に付き合わなければならないのかと。

食卓が落ち込む。なにせ、今夜が家族全員が揃って食事を出来る最後の機会になるのかもしれないのだ。

祐理としても自身の感情を持て余す。

 

そんな、落ち込んでいた家族に妹ー万里谷ひかりが写真を撮ろうと持ちかける。家族で撮れる最後かもしれない写真。その中では、全員が無理に笑っている。祐理は、家族にこんな顔をさせたくなどなかった。

それでも祐理は、武蔵野を守護する媛巫女。この国を暴虐の化身から守る義務があるのだ。

 

 

 

 

 

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さて、このようにして正史編纂委員会からは警戒され、万里谷一家を恐怖のどん底に叩き込んだ怪人物こと、草薙護堂。彼が今、何をしているかというと

 

 

「で、お兄ちゃんは結局どこにいってたの?説明できる、できない、どっち?」

 

 

床に正座され、問い詰められていた。

護堂がイタリアから帰った時には、すでに日本は朝方。家族にこっそりとばれないように家に入ったのだが、そこには妹ー草薙静花が待ち構えていた。

 

 

「どこに行っていたか、か。実に難しいな、その質問は。形而学上の真理にふれるほどの質問だ。そもそも、人はどこに向かい、なにをなすのか?その辺り静花はどう思う?」

「…ふうん、結局説明できないんだ。それで、そんな誤魔化しが通用すると思ってるの?やっぱり、あれかな。お兄ちゃんにも、草薙一族の悪癖が出始めたのかな。こっそり、女の人と遊んだりしてるんでしょ」

「そりゃ、お前俺もいい年頃だぜ。そういった相手の一人ぐらいはいるさ。ただ、遊んでたわけじゃないぞ。世界の危機を救いに行ってたんだ」

「やっぱりいたんだ!どこのだれなの!お兄ちゃんの行動しだいでは、またご近所さんから草薙さんの家はお盛んねなんて、恥ずかしいこといわれるんだよ!後高校生にもなって、世界の危機とか妄想をいうのは止めて」

 

 

こうして、妹に問い詰められながら草薙護堂は思う。

いいから眠らせてくれ。ただそれだけを願うのだった。




この作品の力関係

護堂≧神≧魔王>>>越えられない壁>>>それ以外


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5話 ~初邂逅~

静花の説教を、あの手この手で何とか誤魔化した護堂は、己の部屋に戻り一睡。

そのまま夕方まで眠り、起床した護堂は部屋の片付けやトレーニング、ソーシャルゲーム等をして土曜日を過ごした。

明けて翌朝日曜日、少しばかり寝坊した護堂の元に、階段を誰かが駆け上がってくる音が届く。この家でそんな上がり方をするのは、一人しかいない。

音の主は護堂の部屋の前で立ち止まる。そして勢い良く、扉が開かれる。

 

 

「おはよう、お兄ちゃん。起きてたんだ。なら都合が良いかな。…ちょっと、そこに座りなさい」

 

 

静花が指差す。そこはどう見ても床の上。寝起きで頭の回らない護堂は、朝から突撃してきた妹が、何を言っているのか分からない。

 

 

「おはよう静花。えっと、座るって床にかな?また正座しなきゃいけないのかな?」

「うん、ちょっとお兄ちゃんに訊くことがあるからね。昨日みたいに誤魔化さないで、正直に答えなさいよ。-お兄ちゃんと万里谷先輩は何時の間に仲良くなったの?」

 

 

すごすごと正座した護堂に、意味不明な質問をぶつけてきた。

 

 

「万里谷先輩?万里谷か、どこかで聞いたな。先輩って事は静花の年上か。いや、俺の知り合いにはいないな、そんな人」

「本当なの、それ?ーじゃあ、追求は後回しね」

 

 

流石に身に覚えのないことで追求しないでほしい。護堂は正直そう提言したい。だが、ここで下手なことを言うと、昨日以上に厄介になる。

なので、現状は黙っている。

 

 

「ねえ、お兄ちゃんのいる高等部で一番の美人って誰か知ってる?」

「知らんな、それは。俺も入ってまだ二月程だ。そういうのは中等部でずっといる、静花のほうが詳しいんじゃないのか?」

「まあね。でね、うちの学校で誰が一番美人かなんて、競争するまでもないことなの。どうせ万里谷祐理さんになるんだから」

「…ああ、どうりで聞いたことがあるわけだ。うちのクラスの奴らが何度か口にしていたな。それで、その万里谷さんとやらがどうしたんだよ?」

「じゃ、本題に入るね。さっきね、その万里谷さんから電話がかかってきたの。急な頼みで申し訳ないんだけど、お兄ちゃんと会いたいって。………それで、お兄ちゃんはどうやって万里谷さん

を誑かしたの?」

「……ははあ、分かったぞ。静花がなんで俺に正座させたのか。俺がその万里谷さんとやらを、手篭めにしたと思ってるんだろう。だが残念だな、そんな人はしらないんだから」

「じゃあどうしてお兄ちゃんに会いたいなんて、電話がかかってくるの!?おかしいでしょ!」

「…それを言われると確かになあ。そもそもその人は、なんでうちの電話番号を知っているんだ?」

「…万里谷さんはあたしの茶道部の先輩だからだよ。…………本当に知らないの?学校でもかなりの有名人だよ。旧華族のお家柄で、お別れの挨拶で『皆様ごきげんよう』なんて、

でてくるぐらいのお嬢様なんだもん」

「…本当になんでその子は、会ったこともないのに呼び出したんだ。俺が知らないだけで、向こうはこっちの事を知っている?しかし、どこで縁が出来たんだ?そもそも、なぜ会いたいんだ?

俺に会わなきゃいけない?……なあ、静花その万里谷さんは、他にも何か言ってなかったか?」

「…ん~、あ、そうだ、最後にお兄ちゃんの事を一つ質問されたんだけど。……小学生ぐらいの頃に、お兄ちゃんになにかおかしなことがなかったか、聞かれたんだけど?これ、何のこと?」

 

 

小学生の頃になにかなかったか。そう考え、護堂に一つ思い当たることがある。そして、なぜそのことを万里谷は知っているのか。万里谷祐理がどうして護堂に会いたいのか、なんとなく察するのであった。

 

 

 

 

 

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あの後、静花に開放された護堂は祐理の指定した待ち合わせ場所ー七雄神社に向かっていた。家を出る時に、祐理一人で護堂と会わせるのを不安がった静花があたしもついていくと宣言。

 

しかし、祐理の目的が護堂の考えている通りなら、静花を巻き込むわけにいかない。その為同行したがる彼女を説き伏せるのに酷く苦労した。ともあれようやく護堂は目的地である神社に着いた。

鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れる。そんな護堂を一人の巫女が出迎えた。

 

 

「よくいらしてくださいました、草薙護堂様。御身を急にお呼び立てした無礼、お許しくださいませ」

 

 

巫女ー万里谷祐理はそう挨拶し、護堂を真正面から視る。護堂がカンピオーネか、そうでないかを確かめるために。そして霊視を信じるなら、護堂は白。草薙護堂はカンピオーネではない。

彼は神殺しではなかった。しかし、祐理の心のざわつきは治まらない。

 

祐理の直感が護堂の中に眠る、権能とは違う何かを感じ取っているからだ。祐理はその何かを捉えようと、精神感応の触手を伸ばす。触れた。そう思ったときには、祐理の意識は奈落の底に落ちていった。

 

 

 

 

 

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祐理が意識を取り戻す。そして辺りを見回す。広い。いつの間にか彼女は暗い世界にいた。どこまでも白い床だけが広がっている。ここはどこ?そう口にしようとして気づく。声が出ない。

なぜこんな場所にいるのかを探るために、彼女は意識を落とす前に何をしようとしていたか思い出そうとする。

 

 

(…確か、草薙様の精神に触れようとしてそれで…)

 

 

そうだと思い出す。草薙護堂の中の力、それを探ろうとしたら祐理の意識が護堂の中に引きずりこまれたのだ。だとすると

 

 

(ここは草薙様の精神世界?)

 

 

そうとしか考えられない。それと同時に祐理は護堂がカンピオーネでなくとも、得体の知れない怪人物であることを思い出す。ならば何かしらの術で祐理の精神を自身の中に招いたのだろうか。

 

ともあれ、ここからどうするべきか。祐理は今の状況に不安を覚えないわけではないが、カンピオーネでないのならまだ何とかなると考える。

なんにしろここで立ち止まっていても、状況は好転しない。この世界の中から脱出するためにも、まずは行動するべきだと歩き出す。

 

 

 

 

 

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体感時間で30分ほど歩いただろうか。ここではあまり疲れないことに祐理は感謝していた。祐理は自身の体力に自信がない。1キロも走ったらへばるほどだ。その為疲労がたまらないことは、祐理にとって唯一の救いとなっていた。

 

更に10分ほどたったか。人影が見えた。二人いる。一人はこの世界の中でも更に黒い人影、もう一人は床の色より白い人影。黒の人影の前に、白い人影が跪く。そして、白は両手の手のひらを上に向け、頭よりも高い位置に持っていく。

 

黒はその手に、己の手のひらを重ねる。数秒たっただろうか。黒が手を離し、煙の様に消える。白のほうにも変化が起きる。膨張したのだ。驚きに固まっている祐理の前で、その膨張は続いていく。ついには山の如き大きさになる。大巨人となった白の人影に尾が生える。

 

その数、実に10本。そしてのっべらぼうのようだった顔に眼が現れる。一つ目だ。その眼は血のように赤く、波紋が広がり波紋上に巴が浮かんでいる。その眼が下に向く。じっと一点を捉える。祐理だ。祐理を視ているのだ。彼女を指先一つで潰せそうな巨人に視られていることに、ついに祐理が恐怖を覚える。

 

巨人が祐理に手を伸ばす。逃げようとしたがあっけなく捕まえられた。手のひらに乗せられた祐理は、巨人の顔の前まで持っていかれる。巨大な紅き眼が祐理の視界一杯に広がる。

 

その眼の輝きに意識が呑まれそうになる。頭を振り、視界から外そうとするのだが、祐理の意識に反して視線はその眼に向けられる。飲まれていく。呑まれていく。祐理の意識がこの精神世界より深いところに落ちそうになる。その刹那

 

 

「万里谷さん、起きるんだ。そのままだと戻れなくなる!糞、許してくれよ」

 

 

そんな声が聞こえたかと思うと、祐理の頬に衝撃が走る。その衝撃が祐理をこの世界から浮上させていった。

 

 

 

 

 

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誰かに抱きかかえられている。そして頬が痛い。そう思いながら、祐理は眼を開ける。視界に男の子の顔が入る。草薙護堂だ。草薙護堂が祐理の体を抱きかかえているのだ。同年代の子に、そんな行為をされていることに恥ずかしさを覚え、すぐに離れようとする。

だが、体に力が入らない。

 

 

「無理して動かないほうがいい。君は俺を霊視か、それに準ずる能力で視ようとしたんだろ?そのせいで、精神トラップに引っかかったんだ。起こすのがもう少し遅れていたら、君は廃人になっていた。その前にこちら側に戻せてよかったよ」

 

 

安堵する声でそう述べる。だが、祐理としては聞き捨てならない。この少年が言うことが本当なら、もう少しで精神が死ぬところだったのだ。

震える声で護堂に問う。

 

 

「お、御身は、御身は一体何なのですか?」

「…とりあえず休めるところにいこう。今の君は神経が参っている状態だ。しばらく横にならないと、体が麻痺したままになる」

 

 

 

 

 

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社務所に移動し、護堂は祐理の体を畳の上で横にさせる。祐理としては恥ずかしかったが、体に力が入らない以上どうしようもない。そんな祐理の腹の上に、護堂が手を載せる。

 

 

「草薙様、なにをするおつもりですか?」

 

 

弱弱しく祐理が問う。護堂は何も言わない。怪人物かつ初対面の少年の前だ。とたんに恐ろしくなる。今この少年になにをされても、体が動かない以上抵抗すら出来ないのだから。

 

ある種の覚悟を決める祐理。そんな彼女の前で、護堂の手が緑色に光る。祐理の体がじんわりと暖かくなっていく。祐理も気づく。この少年の治癒術が、彼女の体の異常を治しているのだ。

 

数分が経過した。護堂が手を離す。

 

 

「もう動けるよ。あとは時間が経てば体力のほうも戻るはずだ」

 

 

そう言われ、手足を動かす。いつもより力が入らないが、先ほどまでの全く動かないほどではない。体を起こし、護堂のほうに向き直る。

 

 

「さっき、万里谷さんは俺に何なのですかって聞いたね?そして、さっきまでの異常な事態にそれほど驚いていない、ってことはやっぱり君は、この国の魔術師って事でいいのかな?」

「はい、その認識に間違いはございません。私はこの武蔵野を守護する巫女の一人で、ささやかですが呪術の心得もございます」

「…万里谷さんの方も俺に聞きたいことがたくさんあるだろ。答えることの出来る質問なら、返答するよ」

「…分かりました。では、率直にお尋ねします。御身は神殺しなのですか?」

「そうだよ、って言いたいけど、俺が神殺しだって思ってないんだろ?顔にはっきりと書いてあるよ。その理由聞いてもいいかな」

「草薙様も先ほどおっしゃられていたように、私には霊眼があります。その力で私はカンピオーネなのか読み解けるのです。そして草薙様は、カンピオーネではありません。しかし、それとは別に御身の中に力を

感じるのです」

「それで疑問に思った君は、より注視しようとして俺の精神世界に囚われたのか」

 

 

護堂は、さてどうしたものかとごちる。どうもこの少女の力は、護堂の真実に気づいているようだ。今のところはエリカしか知らないことを。このことを話すのは、極力止めるようエリカからも口止めされている。

しかし

 

 

「…………………」

 

 

祐理は護堂の方を、探るように見ている。たださすがに今度は、霊視で見ようとはしないようだ。そんな姿をみて、まあいいかと思い直す。あくまで極力だ。事情があればエリカも許してくれるだろう。

 

 

「…今から言うことは、誰にも言わない。それを約束してもらえるなら、俺の中の力やどうして、俺がカンピオーネだって分からないのかを説明するよ」

 

 

その言葉に対して、祐理は首を縦に振る。

 

 

「分かった、話すよ。この話しを聞いてどう判断するかは万里谷さんに任せる。まず、俺には万里谷さんが気づいたように、巨大な呪力がある。ここまではいいね。この呪力は俺が生まれた時から、元々あったものなんだ。

そして、この呪力は神様たちの神力より大きい。そして、俺はこの呪力を用いてイタリアで神様を斃したんだ。万里谷さんも魔術師なら知っていると思うけど、神を斃した人間はその神が持っている権能を簒奪することが出来る。その際に、体が戦闘用の肉体に

作り直されるんだ。これは神殺しの母、パンドラが使う神を贄にして行われる魔王転生の儀式によって成される。そしてこの時にね、俺の呪力は他の神殺したちが魔術や権能の干渉を防ぐように、この術式を無効化したんだ。ようするにね、俺は神を斃せる魔王なんだけど、権能の簒奪は出来ないことが分かったんだよ。多分そのせいで、万里谷さんも俺が神殺しだって分からなかったんじゃないかな」

 

 

そう言い切る。そんな話しを聞いた祐理は、信じられないという顔で護堂を見ていた。その顔があの時の神様たちの顔と重なる。

 

 

 

 

 

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ここでなにがあったのだろうか。地面は巨大なクレータが、数多く出来ている。森は焼失し、遺跡は大地ごと掘り返され残ってすらいない。

そんな爆心地のような場所に人影がある。しかし、ここにいる人間は一人だけ。それ以外は、この世ならざる者たち。

 

そんな、人外達が今起こった出来事が信じられなかった。その中の1柱ーパンドラが彼女でも見たことがない現象に困惑していた。

つい先ほど、ある少年が神を殺めたのだ。新たなる神殺し誕生を祝福するため、わざわざ彼女は現世に来た。だと言うのに、この新たな息子は『簒奪の円環』の干渉を攻撃として弾いたのだ。

 

そんな忌まわしき女神があたふたしている光景に、軍神は腹を抱えて笑っている。今斃されたばかりの神王は、ざまあみろと言った顔をしている。

そして、この微妙な空気を作り出す原因になった護堂は、申し訳なさそうにパンドラに話しかけるのだった。

 

 

 

 

 

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そんな光景を護堂は、脳裏に思い出す。

 

 

「そ、そんなことはありえません!生まれながらにして神を超えた呪力を、その身に宿すなんて。嘘をおっしゃらないでください」

「そう言うと思ってたよ。でも、これが真実なんだ。カンピオーネであって、カンピオーネではない。神殺しだけど、神殺しではない。そんな過去になかった唯一の例外に、俺はなったんだよ」

 

 

祐理にはやはり信じられない。しかし、この少年が言うことが本当なら、なぜ調査とレポートに食い違いがあったのか、つじつまがあうのだ。それを確かめるために、もう一つ質問をする。

 

 

「……草薙様は、神獣をご存知でしょうか?数年前から、この国で神獣が姿を消す事件が発生しています。そのことに心当たりはないでしょうか?」

「あー、静花にも聞いた奴か。うん、あの呪力の大きい鹿とか馬とか蜘蛛だろ?それやってたのは俺だ。力の制御にやっと慣れ始めてた頃で、試験運用の為の相手として捕まえてたんだ」

「ッ!!!」

 

 

決定的だ。この少年は、正史編纂委員会の外部には漏れていない、神獣の姿まで知っている。ならば言っていることは、嘘ではない。

 

 

「…分かりました、草薙様のお言葉、信用させていただきます。ところで連れ去った神獣は、どうされたのですか?」

「処理したよ。あんな力の塊が町や都市に入ったらどんなことが起きるのか、子供の頃の俺でもすぐに分かったからね」

「では、草薙様、最後の質問に…」

 

 

そう続けようとした祐理の前に、護堂が手を突き出す。

 

 

「万里谷さん、さっきからずっと言おうと思ってたんだけど、その草薙様って言い方どうにかならない?もう少し砕けた口調になってくれると、助かるんだけど」

「申し訳ございません、私の口の利きように至らぬところが…」

「それを止めよう万里谷さん。ここからは敬語はなし、様付けも禁止。普段友達に話すような口調でいいんだよ。俺も万里谷さんのこと万里谷って呼ぶから」

「そんな!?困ります。神殺しの方とは私如きでは身分が違いますし、男性を呼び捨てなど出来ません!」

「ふうん、じゃあ神殺しとして命じる。敬称を禁ずる」

「……はぁ、では、その、草薙ーーーーさん」

「草薙さんに、後一つだけ問います。あなたは、神を殺す前から、神殺しに匹敵する実力を兼ね備えていたのですよね。そして今、名実共に羅刹の君へとなられました。そんなあなたは、これから何をなしていくのですか?」

 

 

これは極めて重要だ。草薙護堂は権能を簒奪出来ていないが、実際には神殺し。過去にはこの国を神獣から守ったらしいが、今現在の彼の真意を問いただす必要がある。なにせ、どんか人物であろうと神殺しは神殺し。

トラブルメーカーには変わらないのだから。

 

 

「何をするのかって言われたら、今までと変わらないぞ。普通に学校行って、家に帰って、神獣やまつろわぬ神が現れたらそれらと戦う。今までもこれからも、特には変わらないな」

「変わらないってそんな」

「ほら、俺は結局神様って奴と戦って、それで何かが変わったわけじゃないからね。それと提案があるんだけど。この国で神様が現れたさいに、正史編纂委員会だっけ?前にイタリアで日本の魔術結社はそれだけしかないって聞いたんだけど、その委員会の力を借りることが多分だけど、たくさんある。万里谷もその委員会の構成員なんだよな。その際に、委員会に話しを通す時の窓口に、なってもらえないだろうか?」

「私がですか!」

「うん、俺がこの国で知っている魔術師は万里谷だけだから」

 

 

祐理に悩む余地はない。彼が神殺しである以上、正史編纂委員会や媛巫女は嫌でも関らなければならない。そして、今までの会話からも分かるが、彼の性格は穏やかだ。また、あの精神トラップとやらに祐理は捕まえられたが、それは彼の内面を覗こうとした彼女が悪い。それも、すぐに解除し治療も施した。彼女の知る魔王とは似ても似つかない。そんな人物なら、多少は信用出来るだろう。

 

 

「…その提案を受けさせていただきます。これからよろしくお願いします、草薙さん」

 

 

こうして、日本呪術界と後に彼の能力から『六道仙人』と呼ばれるようになる魔王の初邂逅は無事に終わったのだった。




カンピオーネ世界のルールに従った結果、カンピオーネの2次創作なのに権能が使えないオリ主人公誕生

魔王殲滅?なにそれ美味しいの?


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6話 ~転校生~

あれ、可笑しいな。万里谷とのあれこれやエリカの転校を書くだけでなぜこんな文字数になるんだ?


草薙護堂は学校では、地味な生徒であった。勉強の成績は普通。体育では手を抜いている為、体つきは良いのにそれほどスポーツが得意だとは思われていない。

なぜ手を抜かなければならないのか。それは彼が普段しているトレーニングにある。彼は無人島に飛雷神で移動し、そこで六道仙人モードになり、神威空間と言う彼だけが入れる異空間で訓練している。

 

 

彼がする修行方法は簡単だ。実体のある分身を作り、その分身と組み手をする。しかも一組ではなく、複数の組を作ってだ。そして、ここからが重要なのだがこの分身には一つ特徴がある。分身が得た経験値が、本体の護堂に還元されるのだ。

 

 

すなわち、人の何十倍もの効率で訓練できる。そんな反則同然の練習を続けていた為か、本気で走ったりすると通常状態でも呪力強化なしで100mを10秒台で走れるほどの身体能力になった。その為手を抜かないと、部活動もしていない護堂では、色々と怪しまれる。

 

 

そんな理由から護堂のクラスの立ち居地は、少し体を鍛えている1生徒として認識されていた。しかし、つい最近あることから護堂の名前は校内で有名になった。そのあることとは一人の女子生徒が関係していた。

 

 

「草薙さんはこちらにおられますか?お昼のほうをご一緒に頂こうと思って、来たのですが…」

 

 

 お昼休みになったので、食事にしようとしていた護堂の元に女子生徒ー万里谷祐理が尋ねてくる。この少女の存在こそが、護堂の名を校内に広めた。なにせ、彼女はこの学校一の美少女かつお嬢様。また、男子生徒と彼女が積極的に関係を持つことがなく、浮ついた噂もなかったほどである。そんな彼女がある日を境に、男子生徒と一緒にいるところを目撃されるようになった。

 

 

 スキャンダルである。しかも会うだけではなく、今日の様にお昼まで一緒に食べる。護堂のクラスメイト達が興味を持たないわけがない。ある質問を護堂はされた。その質問に対して護堂は適当に答えようとしたのだが、同じような質問をされた祐理が先にこう答えてしまった。

 

 

「私が草薙さんと一緒にいるのは、彼が私にとって重要な人だからです」

 

 

 無論祐理は神殺しとしての護堂を指して、重要だと言ったのだ。しかし、それを聞いたクラスメイト達はそんな事情を知らないので、言葉の意味をこう捉えてしまった。

 

 

万里谷祐理は草薙護堂と付き合っていると。

 

 

 この噂は瞬く間に拡散される。家に帰った護堂が静花に詰問されたほどだ。なんとか護堂は、静花の勘違いだけでも正したが、それで噂が消えるわけではない。かくして、護堂は女子にすら人気のある美少女の心を奪い取った男として、悪い意味で校内一有名になったのだった。

 

 

 

 

 

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教室で食事をするには、不躾な視線が多すぎる。その為祐理と護堂は屋上に移動し、昼食をとるようにしている。

 

 

「すみません、草薙さん。わたしが不用意な返答をしたせいで、草薙さんに迷惑をかけてしまって…」

「…万里谷は悪くないよ。むしろこちらこそ悪い。俺なんかと付き合ってるなんて言われても迷惑だろ」

「い、いえ、迷惑というわけではありません。ただ、やはり草薙さんと付き合っていると言われて、混乱することが多いのは事実です」

 

 

 混乱するほどかと護堂は落ち込む。自分が祖父と違って女性に好かれにくいのは分かっていたが、祐理程の美少女にはっきり言われるとやはり傷つく。なにせ学生時代には10股の伝説をもつ祖父とは違い、今のところ護堂の好意に応えてくれたのはエリカぐらいなのだから。

 

 

 そんな凹む護堂を見て、自分は草薙さんを落ち込ませるような事を言ってしまったのかと祐理は気づく。そして、思うのだ。草薙護堂はカンピオーネとしては、彼女の知る魔王とはやはり全く違うことに。

 

 

 もしこの状況に陥っている魔王が護堂ではなく、他の魔王であれば権能を駆使して、自らに対し無礼を働く民衆を決して許さないだろう。少なくとも彼女の知る魔王ーヴォバン侯爵であれば彼の持つ権能を使い、戯れ程度の感覚で魂を縛り、塩の彫像に変え、狼たちの狩りの獲物にし、必死に逃げる人を何百頭もの狼が追いかけ絶望の文字に心が支配されたところで食い散らかすことだろう。

 

 

翻ってみれば、護堂のあり方はその辺りの只人と対して変わらない。むしろ穏やかとすら言える。今祐理の目の前でしているように、しょんぼりしている姿をみると彼は普通の学生で、神を殺せるような人には見えない。

 

 

 だが、真実は違う。彼はいざ戦いとなれば、人々の矢面に立ち災厄をもたらすまつろわぬ神を滅ぼす戦士。権能を簒奪していなくとも、神を殺す力を持つ人類最強の魔王なのだから。

 

 

 

 

 

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 落ち込んでいた護堂だが、いつまでも沈んでいては昼休憩が終わってしまう。気を持ち直し惣菜パンにかぶりつく。そして前から少し気になっていたことを、祐理に質問する。

 

 

「そういえば万里谷さんは、俺の事を委員会の方にどんな風に報告したんだ?」

「…委員会では現在草薙さんは、小学生の頃に神殺しを成し遂げたことになっています。そして、なぜ神を殺したのかが分からなかったのは、幽世で戦った為と報告しました」

「幽世?ああ、アストラル界の事か。たしか、この世ではない場所だっけ?」

「はい、幽世は生と不死の境界、あの世とこの世のはざまです。そこであれば、草薙さんが神殺しを成し遂げていても分からなかったのは、不思議ではないので」

「そっか、ありがとう万里谷。俺の真実を話さず、委員会の方に報告してくれて」

「い、いえ、その、草薙さんと誰にも話さないと、約束しましたので…」

 

 

徐々に祐理の声が小さくなっていく。そんな彼女を見て、あんな荒唐無稽な話しを信用してくれたことに感謝する。そして、口約束なのに守ってくれる律儀な彼女なら、仲良くなって損はないと護堂は確信する。

 

 

「万里谷、少し時間良いかな?」

「はい、何でしょうか?」

「もう一度俺の事を、君の眼で見てくれないか?」

 

 

そう言われ、もう見ているのに何のことなのだろうと、祐理は不審に思った。そして気づく。彼が言っているのは、生身の目ではなく霊視で見てくれと言っているのだと。

だが護堂を霊眼で視たらどうなるのかを知っている祐理は、その言葉に頷くことは出来ない。

 

 

「草薙さん、それはあなたのお願いでも出来ません。あなたを霊視でみたら、またあの世界に囚われます。そうなったら今度こそ、私は死ぬかもしれません」

「大丈夫、今の万里谷なら、精神トラップは発動しない。…安心して」

 

 

護堂は微笑みながら、祐理に語りかけてくる。その顔を見て、本当に大丈夫なのかを考える。

 

 

「…草薙さんを信用します。ですが、もしまた囚われたら助けてくださいね」

 

 

そう伝えると祐理は、護堂を視る。前回と同じように精神感応で護堂の精神に触れる。そのとたん、彼女の意識がまた落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

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祐理の意識はまた精神世界にいた。ただ、今度は前回と違う。あの暗い世界ではない。祐理が今いる場所。花畑だ。空に太陽が輝き、多種多様な花に囲まれている。そんな彼女の前に一箇所だけ花が生えていない広場がある。その広場には、白い丸テーブルと椅子が2つ置かれ、日除け代わりなのか傘が立ててある。その椅子の片方には誰かが座っている。その人物が祐理を手招きする。

 

 

(草薙さんのうそつき!またこの世界にいるじゃないですか!)

 

 

これが精神トラップならあの手招きしている人物が、自分を殺すのだろうか。そう考え逃げるか検討する。無駄だ。どうせあの巨人のように、簡単に祐理を捕まえることが出来るのだろう。そう悩んでいた祐理の元に座っていた人物が立ち上がり、近づいてくる。

近づくにつれ、その人の顔がはっきりとする。

 

 

(く、草薙さん!)

 

 

服が学生服ではないし髪の色も違う、また奇妙な眼になっているが、間違いなく草薙護堂だ。祐理に近づいた護堂は話しかけてきた。

 

 

「すまない万里谷、怖い思いをさせて。あっちで少し茶でも飲もう」

 

 

そう言いながら祐理の手を取り、広場の机までエスコートするのだった。

 

 

 

 

 

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「きちんと説明せずに、こっちに招いたから、最初またトラップだと思ってびっくりしただろ」

 

 

護堂がどこからか、カップとポットを取り出しながら祐理に語りかけてくる。

 

 

「万里谷は紅茶かコーヒーどっちがいい?なんなら、ほうじ茶もあるけど」

 

 

そう聞いてくるが、祐理はこの世界では喋れないのだ。それをなんとか伝えないと。

 

 

「草薙さん、私は…!」

 

 

喋れる。でも、なぜ。この間は悲鳴を上げることさえ、出来なかったのに。

 

 

「あー、そうか。トラップの方だと喋れないから驚いてるのか。まずそこから説明するか。まずこの間万里谷が捕まった奴なんだけど、あれは俺の許可なく内面を探ろうとすると、勝手に発動する。そして、引きずりこんだ者の精神を破壊して、二度とそういったことを出来なくする偽者の精神世界なんだ。それに対してこっちは本物の俺の中。俺が許可する限りは喋る事だって出来る。それで万里谷を招いて、お茶でもしようかなと考えたんだ」

「…そうだったのですね。しかし、どうして草薙さんは私をこの世界に招いたのですか?現実の世界でもお茶は出来ると思うのですが?」

 

 

そう疑問を呈する。護堂自身が、霊視で干渉した祐理を招いたのなら危険はないのだろう。だが、今祐理が言ったように現実の方で護堂の言うお茶会をしても良かったはずだ。

 

 

「ああ、万里谷の言うとおりだよ。ただね、俺が万里谷を招待したかったんだ。もう昼休みの時間もあまりなかったらからね。こっちでは時間も空間も質量も俺の思いのままだから。…俺は万里谷に委員会との窓口を頼んだ。

そうである以上、俺は多分万里谷と長い時間付き合っていくことになる。だから、まあ、親睦を深める為にね」

 

 

最後の言葉辺りは自身がなさそうに喋る。そんな彼を見て、祐理は少しおかしくなる。親睦もなにも護堂は神殺しの魔王だ。彼が祐理に窓口を頼む以上拒むことは出来ない。だと言うのに、まるで友達のように仲を深めようと言うのだ。

 

そんな魔王らしからぬ律儀さに、心の片隅のどこかにあった、祐理自身気づいていなかった護堂への警戒心が解けていく。

 

 

「もちろん、万里谷が俺なんかとお茶なんて嫌っていうなら、すぐに現実に戻ろう。……何も言わないって事は、やっぱり嫌か。分かった、現実に戻ろう」

 

 

そう呟く護堂をあわてて祐理が止める。

 

 

「いえ、草薙さん。私などでよければお付き合いさせていただきます」

 

 

祐理はまだ気づいていない。元々彼女は、男性との交友関係などがない。そんな彼女が、護堂に対してだけは気を許し始めていることに、己自身気づいていなかった。

 

 

 

 

 

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祐理を己の中に招いた翌日、護堂の教室は少しざわついていた。なんでも、今日転校生がこのクラスに編入するらしい。そのおかげで、今日に限っては護堂の方になにかしらの視線を向けるものはいない。是幸いとばかりに机にうつぶせになって、護堂は寝ていた。

チャイムが鳴る。護堂も起きる。そして教師が入ってくる。

 

 

「席に着け。知ってると思うが今日からこのクラスに転校生が来る。外国からの留学生だ。お前ら失礼なことをするんじゃないぞ」

 

 

教師が転校生とやらを教室に入るように促す。その入ってきた転校生をみてだれかが、きれい、などと呟いた。男子は転校生が女子で、しかもモデルでも出来そうな美しさにうおお!などとテンションがあがっている。

 

そして護堂は心が無になっていた。赤みのある流れる金髪、日本人では到底叶わないメリハリのある体つき。そして、護堂がとても見覚えのある顔。それらが護堂を色即是空に至らせる。その少女は黒板に向かわず、まっすぐに護堂のところに向かう。

そして護堂にしだれかかる。その行動に、誰かが息を呑む。

 

 

「チャオ、護堂。久しぶりね。護堂の方は元気にしてた?」

「や、やあエリカ。俺は元気だったよ。エリカの方はメールしても返事がないから、心配してたよ」

「あらそう、心配してたのに会いに来てくれないなんて酷い人ね。護堂の愛なら日本からイタリアまですぐのはずなのに」

「お、俺のほうもい、色々あったからな。はははははは」

「ええ、私もちょっと色々あったわ。護堂が私を言葉でだまして近づいて、無理矢理昏睡させたことに心が傷ついたりしたのを治したりね。あんなことをしなくても護堂なら、私をめちゃくちゃに出来たのに」

 

 

(だました!無理矢理昏睡!心が傷つく!めちゃくちゃにする!)

 

 

クラス一同の心が一つになる。そして、それらの言葉は思春期真っ只の彼らに一つの連想をさせる。その連想故に、全員が護堂を性犯罪者でも見るような目になる。その視線を受けて護堂の心がますます虚無に近づく。

そんな目を向けている中の誰かが、エリカに問う。

 

 

「あ、あの、あなたは、その虫けらの知り合いなんですか?」

「虫けら?それって護堂の事?…あのね、私の未来の旦那をそういう風にいうのはやめてちょうだい」

 

 

その言葉に今度こそ全員の殺意が一気に高まる。旦那ということはつまり、この転校生は護堂の嫁、あるいは妻。

 

「つまりこいつ結婚相手がいるのに万里谷さんと付き合ってたって事か?」

「万里谷さん可愛そう」

「いや、この転校生もだよ。さっきの言葉はどう聞いたって…」

 

 

なぜか勝手にクラスのボルテージが上がっていく。そんなひどい連想ゲームを聞きながら、不思議そうな顔をしているエリカ。更に高まるクラスの殺意。

 

それらをバックに護堂はただ思う。やっぱり神様殺したりしたら罰が下るんだなと。

こうしてあっさり数日間で、護堂はクラスの地味な存在からみんなの中で、虫けらのごみ屑へとジョブチェンジしたのだった。




よし原作一巻分終わり。次はやっとこさ書きたかったヴォバン侯爵戦だ


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二章 大災害(原作2巻)
7話 ~淡い思い~


この話が一番難産になるとは。


その謁見は、ブカレストにある高層ホテルのスイートルームで行われていた。

謁見される者の名はサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン、通称ヴォバン侯爵と言う。ヴォバン侯爵は、見た目は老教授と言ってもいい出で立ちだ。しかしながら、その体からは

老いを感じさせないほどの、生命力が溢れて見える。理由は簡単、ヴォバン侯爵が神殺しの魔王だからだ。

 

そんな彼の前に銀髪の少女が跪いている。彼女の名はリリアナ・クラニチャール。ミラノは青銅黒十時において、若くして大騎士の称号を預かる魔術師だ。

若き騎士にヴォバンは話しかける。

 

 

「…君がクラニチャールの孫娘か。ああ、挨拶は結構。私は短気な性分でね。さっそく本題に入らせて貰おう。

君をわざわざミラノから呼び寄せた理由についてだ。4年前の儀式を覚えているかね?そう、君たちに協力してもらって行った、まつろわぬ神を招来する儀式だ。あれをもう一度

行おうと思うのだよ」

 

 

その言葉に、リリアナがまじまじと侯爵の顔を見る。彼女とてあの儀式は覚えている。数多の魔女の素養を持つ者の未来を奪った大呪術。そんな儀式をなぜ、もう一度

行うのか。一瞬だけ疑問に思い、すぐに気づく。

神殺しが神を招来する以上、することなど決まっている。戦う為だ。

 

 

「あのときは、サルバトーレめにしてやられた。獲物を横取りし、あろう事か先に手を付ける痴れ者がいるとは予想していなかったからな」

 

 

エメラルドの瞳を揺らし、つまらなさげにヴォバンが呟く。

 

 

「クラニチャールよ、君は4年前の儀式にも参加していただろう。あの時最も優れた巫力を見せたのは誰か、覚えているかね。あの時の失敗で私は学んだよ、役にもたたん有象無象

より特別な才ある者を使う方が確実だったとな」

 

 

あろう事かこの魔王は、数十人の巫女を使い潰しておきながら彼女らの事を失敗作だと言う。そんな言葉に、リリアナは叛意を抱くのだが実行には移さない。叛意を翻した所で

権能によって魂を縛られ、永遠に隷属を強いられるだけだからだ。そもそも、神殺しは何をしても許されるのだから。

 

 

「確か東洋人だったか?あの娘の名を覚えてないかね?」

 

 

無論リリアナは覚えている。だが、答えるべきか否か。正直に答えれば、あの少女の未来は無くなる。最悪、彼女ほどの才能であればヴォバンの従僕の一員にされるだろう。

 

そうなれば、死ぬことすら許されない。だがここでリリアナが嘘をついても、他のものから聞き出すだろう。なればこそ、他の者に心苦しい選択をさせるわけにはいかない。

持ち前の正義感に任せて、リリアナは決意する。

 

 

「名はマリヤ。日本の東京の出身だと申しておりました。ー僭越ながら、私にお命じいただければ、御前に連れ出して見せます」

「その申し出は結構。私がこの足で、日本に往こう。ふむ、そうなると海を越えるのは久しぶりとなるな。供の者がいたほうが便利か。ではせっかくだ、君にその役を命じよう。異論は?」

 

 

反論など出来るわけがない。リリアナにはその命を受諾するしかないのだから。だがその前に

 

 

「一つよろしいでしょうか?日本には候の同胞たるお方がいらっしゃいます。先にお話しを通された方が良いかと思うのですが?」

 

 

日本のカンピオーネ、草薙護堂。今だ権能の全貌が不明な、新しき魔王。彼女のライバルである紅き騎士が仕える少年。そんな彼に話を通しておかないと、面倒になるのではと

思い、進言したのだがヴォバンは鼻で笑い、この進言を退けた。

 

 

「不要だ。話をしたいのであれば、そやつのほうから参ればよい」

 

 

暇を持て余した魔王の来日。これが、草薙護堂を巻き込み大災害に発展するのを、この時はまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

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大災害を引き起こす片割れこと草薙護堂。彼は妙な息苦しさを覚え、眠りから覚めていた。薄く目を開ける。少し暗い。そして何か妙に柔らかい物が己にしがみついている。そう思った護堂は目を全て開ける。

 

そんな彼の視界に赤みがかった金色が写る。その色から、彼は誰が自分にしがみついているのか分かった。エリカだ。なぜかエリカが護堂にしがみついている。それもよく見れば裸だ。

 

彼女を見て、護堂の中を疑問が埋め尽くす。なぜエリカと一緒に寝ているのだろう。そう思い部屋を見回してみる。自分の部屋ではない。エリカの家のリビングだ。そして自分が今寝ている場所はソファーのようだ。

 

そこまで考えたところで、護堂はなぜ自分がエリカの家で寝ていたのかを思い出す。昨日エリカにカンフー映画の鑑賞に誘われたのだ。そして、リビングで鑑賞会が始まったのだが、エリカがやっぱり映画はカンフースターがいないと始まらないとと呟いたのが始まりだった。

 

そんな呟きを聞いた護堂は否と返す。カンフーも良いが、やはりハリウッド。そこからは言葉の応酬。では白黒つけようとなぜかエリカと共にレンタルビデオにダッシュ。そこで何本も借り、デスロードがスタート。二人して感想合戦に突入した。

 

途中でアリアンナが止めようとしたのだが、妙なところで張り合う二人は聞く耳を持たない。そのまま深夜までひたすら見続けた。そこまで思い返したところでどうやら寝落ちしたようだと護堂は結論づける。

 

そして護堂の息苦しさの原因はエリカのようだ。すでに6月も終わりで、梅雨に入っている。そんな時期に抱きつかれたら、常人と変わらない肉体の護堂では暑さを覚える。しかも寝落ちしている以上、シャワーすら浴びていない。そのせいか護堂の服は妙に湿っている。

 

 

(……エリカの奴め、途中で暑くなって無意識に服を脱いだな)

 

 

そして人が上に乗りながら、服を脱いでいるのに気づかない自身の迂闊さに叱責を入れたくなる。ともあれどうしたものか。普通であれば、モデル級の美少女が裸で乗っている状況にどきまぎするのかもしれないしれない。だが、今護堂が考えているのはひたすら暑い、これだけだ。

 

無理矢理引き剥がすか、飛雷神で転移抜けをしても良いのだがそれをしてエリカをこの時間に起こすのも忍びない。そんな考えをしながらどうしようかと、動いていたのがまずかったのだろうか。エリカがもぞもぞと動き出す。そして目を覚ました。

目の覚めたエリカは呆けたような顔で護堂を見る。

 

 

「…おはようエリカ、まだ寝ていて良い時間なんだぞ。エリカの好きな二度寝ができるぞ、やったな!」

「………護堂が、どうして私の下にいるの?あれ、そもそも私たちどうしたんのかしら?ジャッキーの顔を最後に記憶がないのだけど…」

「寝落ちしたんだよ、俺たちは。そしてそこまで意識が覚醒してるなら、どいてくれないか?さすがに湿った服が、気持ち悪くなってきた」

「ん~、のいてあげるから、おはようのキス…」

「後でしてやるから、のいてくれ。本当に暑いんだ。そのままのかないなら、飛雷神を使うまでだ」

 

 

エリカの寝起き特有の妙に甘える声を、護堂はばっさりと切り捨てる。エリカの事は好ましいのだが、今はシャワーを浴びたい。そんな気持ちが声に出ていたのか、エリカの無邪気な笑顔が消え不服そうな顔になる。

 

 

「だって、護堂はいつも後でって意地悪するじゃない。結局してくれないし」

「…月が落ちてきたらするかな」

「じゃ、今すぐ落として頂戴」

「出来るけどしないぞ。月なんか落としたらユーラシア大陸辺りが割れるわ」

 

 

そんな風に揉めてたのがいけなかった。リビングの扉が開かれる。

 

 

「お二人とも、朝になりましたのでそろそろ鑑賞を止めないと、学校に遅れま…」

 

 

入ってきたアリアンナがそう言いかけて止まる。彼女の目に映るのは、抱きついている裸のエリカと護堂。それを目にした彼女は

 

 

「………………………………」

 

 

 無言だった。そして彼女なりに空気を読んだのか、すぐに部屋から出て行く。それを見て、アンナさんの評価がまた下がったんだろうなと護堂は思うのだった。あとどうでもいい余談だが、彼女日本語が話せるらしい。

 

エリカから護堂を困らせる為に、口止めされていた。このことを聞いた護堂は、イタリアでのジェスチャーで頑張って宥めた苦労が全て無駄だったことを知り、頭を抱えたのは言うまでもない。

 

その後結局エリカがのかないので、護堂は飛雷神を使い帰宅。また帰りが遅いんだね、大変そうだねと妹に嫌味を言われたりもしたが、その程度で応える護堂ではない。シャワーを浴び、着替えた護堂は学校に向かうのだった。

 

 

 

 

 

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エリカが転校してきた日、護堂の評価は地の底に堕ちた。流石にとある推測は誤解にすぎないことをエリカが解いたが、旦那発言に関しては彼女は撤回する気がない。要するに二股疑惑は晴れなかったのだ。

 

そうこうしてる内に、昼に祐理が護堂を尋ねて来た。そんな祐理とエリカを連れて、護堂は屋上に向かい、まずエリカにどうして日本に来たのかを問うた。その問いに簡潔に彼女は述べた。

 

 

「私は護堂の第一の騎士よ。それなのに何時までもイタリアにいるのもね。それに護堂も寂しかったでしょ、これでいつでも一緒よ」

 

 

この答えになってない答えに、祐理が反応した。この人は誰なのですか?その質問に護堂が答えようとする前に、エリカが答える。聞いてないのかしら、護堂の愛人よ。

そんな答えを聞いた祐理は護堂にどういうことか尋ねる。

 

 

「…草薙さん、この方が仰られていることは本当なのでしょうか?」

「…エリカが言っていることは本当だな。まあ、愛人って表現はあれだけど」

「見損ないましたよ、草薙さん!私はあなたの事を誠実な方だと思っていました。ですが違ったようです、外国から自分の膝元に呼びつけるような真似をするなんて!」

「……それなんだけどな、実の所エリカが日本に来た理由が分からないんだ。さっきの説明だと要領を得ないし。まあエリカの事だから、本当に会いたいなんて理由でも驚かないがな」

「…………本当に草薙さんが招いたわけではないのですね?」

 

 

護堂は首を縦に振る。その動作に祐理も信用することにする。この一週間で護堂がこんなことで嘘をつく人ではないのを知っているからだ。護堂はエリカが来た理由に関しては今更問うても意味がないかと思い直し、エリカと祐理にお互いの自己紹介を勧めた。

 

お互いに自己紹介を終わらした所で、護堂はブルーシートをどこからともなく取り出し地面に引く。

 

 

「さて、親睦を深めるのに良い行為は何だと思う?それはな、一緒に飯を食うことだ」

 

 

そう提案する。この提案に対しエリカはいいわよと快諾。彼女としても、正史編纂委員会とのパイプを作っておくことは有意義だからだ。だが祐理はエリカのようにすぐには返答できなかった。

 

祐理とて恋愛ごとがどのようなものなのか、少なからず理解している。そんな所に根本的には部外者に過ぎない自分が、参加していいのだろうか。やはり断ろう。そう思い、口を開く。

 

 

「分かりました。私もご一緒させていただきます」

 

 

なぜか考えたこととは全く違うことを、祐理は口にしていた。分からなかった。そう分からなかったのだ。なぜ全く違う返答をしたのかも。護堂がエリカを愛人だと認めたときにほんの少し、心のどこかが痛んだことにも。この時の祐理には気づくことが出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

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学校に着いた護堂はいつも通りに授業を受けていた。そんな護堂の隣の席は空いている。その席をチラリと見て、護堂はため息をつく。

 

 

(エリカの奴本当に二度寝したんだな。あいつ今日は何時に来るんだろう?)

 

 

エリカは必ずと言っていいほど、遅刻してくる。酷い時には昼を回ることすらある。そんな彼女を護堂が迎えに行くこともあるのだが、あれだけ意識があるなら大丈夫だろうと高を括っていたのだ。どうやら駄目だったらしいが。

 

護堂がそんな考えをしているうちに授業が終わり、昼休憩がやって来る。護堂はクラスメイトに捕まる前にさっさと教室を出る。今の護堂が教室にいると、どこからか視線を感じるのだ。なにせ護堂の現在の評価は二股の屑野郎。

 

しかも粉をかけている相手はどちらも美少女。男子にとっては面白くないし、女子にとっても女の敵。その為居心地が悪いので、休憩時間は教室の外に出ていることが多い。最も昼休憩に関しては目的地があるので心持楽なのだが。

 

護堂が目的地に到着する。屋上だ。そこに護堂を待っていたのか、万里谷が屋上に来たばかりの護堂に近づいてくる。

 

 

「お待ちしていました草薙さん、…今日はエリカさんはいないんですか?」

「ああ、エリカの奴は遅刻だ。全くしょうがない奴だよ、何の為に学校があるんだと思ってるんだか」

 

 

そう言う護堂の顔は言葉の割には優しい表情だ。祐理は疑問に思う。なぜか最近こんな護堂の顔を見るだけで胸が締め付けられるのだ。その理由が分からない故の疑問。

祐理がそんな疑問を抱いていることにも気づかず、いつも通りに護堂はブルーシートを取り出し、地面に敷く。

 

 

「セッティング完了。さ、昼食にしようぜ万里谷」

 

 

そんな護堂の声に思考を断ち切り、祐理は護堂と共にシートの上に座るのだった。

 

 

 

 

 

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「しかしあれだな、今日は助かったろ。いつもエリカと俺に万里谷は怒らなきゃいけないんだから」

「そう思っているのであれば、少しは自重してください。確かにエリカさんと草薙さんは恋仲にあるのかもしれませんが、ここは学校です。公序良俗を守り、節度のある付き合いをしてください」

 

 

祐理の言葉に面目ないと護堂が謝る。祐理が怒るもの無理はない。エリカと祐理のスキンシップはエリカからのアプローチが大半とはいえ、学生のそれにしてはかなり甘ったるい。見ている者、特に男子は敵意を抱かずにはいられないほどだ。

 

そんな二人にたいして祐理はいつも立ち向かっている。しかし、二人は特に応えない。暖簾に腕押し。ぬかに釘。そんな言葉ばかりが連想される。

なので今日は祐理も護堂に対して口を酸っぱくしなくて良いので、確かに普段に比べて精神的に楽だ。

 

 

「そういえばあいつが転校してきてから、もう一月か。その間に特に何も万里谷に対して、頼むことがなかったのは良かったよ」

「…そうですね、草薙さんが私に頼みごとなどするとなると、間違いなく神絡みのものですし」

「ただな、今後万里谷を通して委員会に頼みをするのは間違いないんだ。そこでだ、前から言ってたように連絡が取れるよう万里谷も携帯電話を買おう」

「…やはりその話が出てくるのですね。ですが草薙さん、前にも言いましたが、私はその手の機械が苦手で持とうと思えないのです」

 

 

彼女の自己申告は嘘ではない。電話に出ることぐらいは出来るのだが、メールを打つことが出来ないほどの機械音痴なのだ。そのせいか祐理には必要に思えず、今まで欲しいと思えなかったのだ。

ただ、護堂としては連絡をすぐに取れるように持っていて欲しい。そして今日は買おうと言うだけで終わらす気はなかった。

 

 

「じゃあさ万里谷、今度一緒にショップに行ってみないか?そこで使い方なんかを学んでみるのはどうだろう。もしそれでも分からなかったら、俺が教えるし」

「い、一緒にですか?その、申し出はうれしいのですが、一緒に行くと言うことは休日にですよね?休日であれば草薙さんにも、予定があると思うのですが?」

「…確かにエリカ辺りがあれこれ言うだろうな。ただ、やっぱり祐理と連絡をとるにしても必要になるしいいだろう。エリカの方には俺の方から説明しておくしな」

 

 

祐理は考える。ここまで言われて断るのも苦しい。それに護堂と二人で休日に出かける。なぜかそれが妙に嬉しいのだ。祐理の心は訴えかけてくる。行くべきだと。

ならば直感に従おう。

 

 

「…では今度の休日に付き合ってもらえますか、草薙さん」

 

 

花も恥らうような笑顔で祐理は返答するのだった。

 

 

 

 

 

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「やあ祐理さん、見つかってよかった、探していたんですよ。お願いですから携帯電話を持ってください。仕事での緊急の連絡を取る時に困るんですから」

 

 

放課後になり、最寄り駅に向かっていた祐理はいきなり呼びかけられた。祐理が呼びかけられた方に振り返るとくたびれた背広姿の青年ー甘粕冬馬が立っていた。

 

 

「…甘粕さんも草薙さんと同じことを言われるのですね。ですが、そのことでしたら大丈夫です。草薙さんとご一緒に一度お店の方に行こうと、約束しましたので。ところで、今日は何のご用件なんでしょうか?」

「いえね、その草薙護堂と祐理さんのその後がどうなっているのか、聴こうと思いましてね。祐理さんと来たら最初の報告以外に、委員会の方に来てくださらないので。私どもとしましても心配していたんですよ」

「す、すみません!その、報告義務があるのに連絡を取ることをしないで」

「いえいえ、まああなたもこういったことになれていないでしょうし、構いませんよ。それよりも草薙護堂と一緒に、ですか。どうやら心配の方は杞憂だったみたいですね。祐理さんはかなり彼に好かれているようで」

「好かれているだなんてそんな!ただ草薙さんはあなた方委員会との窓口として、私を重宝しているだけです。それ以外で草薙さんに好まれるような要素は私にはありませんし…」

 

 

そこまで言った所で、祐理が急に下を向いて俯く。祐理は草薙護堂に自分が好まれるとは思っていない。彼女は自分の口うるささを自覚している。そのせいか友達も少ないのだ。そもそも護堂にはすでにエリカがいる。

その思考がまた祐理の心臓を締め付ける。そんな祐理に不審を覚えたのか心配そうに甘粕が話しかける。

 

 

「どうされたんですか祐理さん?急に胸を押さえて。もしかして何か病気でも?」

「い、いえ、大丈夫です。病気などではありません。心配をかけて申し訳ありません」

 

 

だがどうなのだろうと祐理は考える。この胸の痛みは甘粕の言うとおり、何かの病気なのだろうか。もしかすると祐理よりも人生経験の長い甘粕であれば何か分かるかもしれないと思い、祐理は相談する。

 

 

「…甘粕さん、その相談があるのですが少しお時間よろしいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ。元々祐理さんと話をする為に来ているんですから」

「ありがとうございます。それで、相談の内容なんですが甘粕さんが先ほど病気だと疑ったことについてなんです」

「続きをどうぞ」

「最近草薙さんの事を考えるだけで胸が痛むんです。ほかにもエリカさんと草薙さんがいちゃついてるのをみると、心がどうもモヤモヤしたり…」

「…………ほう」

「ただ、その原因が私にはわからなくて。もしかすると草薙さんの精神に作用する力が関っているのかもしれないとは思ったのですが、そのような呪力の気配も感じないのでずっと不思議だったのです。

甘粕さんなら何か分からないでしょうか?」

「……………………私にもちょっと分からないですね。そもそも、件の草薙護堂に関しては私自身それほど知りませんので」

「そう、ですよね。すみません甘粕さん、急にこのような事を相談されて困りますよね」

「いえいえ、草薙護堂との関係になにか問題が生じる可能性もありますしね。私などでよければ今後相談に乗りますよ?」

「そこまでしてもらうわけにはいきません。甘粕さんにもお仕事があるでしょうし、こんな事で呼び出されても迷惑でしょう?」

 

 

祐理はそう言って甘粕の申し出を断る。そこからは相談ではなく、護堂の日常の様子やエリカとの破廉恥な行為などを事細かに甘粕に報告していくのだった。報告が終わった所で、甘粕と別れ祐理は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

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祐理の言葉を聞いた甘粕は、すぐに彼の上司の元に行き、祐理から聞いた事を報告していた。

 

 

「…甘粕さん、一応あなたの意見を伺っておこうかな?」

「意見もなにもないですよ。あれは完全に恋する乙女ですよ。何がきっかけでそうなったのかは分かりませんがね」

「甘粕さんの報告を聞く限りでは僕も同意見だよ。まさかあの祐理が誰かに恋心を抱くなんて思いもしなかったけどね」

 

 

そう返答したのは甘粕の上司ー正史編纂委員会・東京分室室長、沙耶ノ宮馨だった。馨は一見すると、美少年にしか見えない。しかしながら性別は彼ではなく彼女。そう彼女はなぜか男装癖がある美少女である。

そんな馨は甘粕の報告を受け、開口一番甘粕に祐理の現在の印象を聞いたのだ。

 

 

「ただね、その恋心は成就しないでしょうけど。エリカ・ブランデッリ、彼女が草薙護堂の隣を占領していますからね。祐理さんには可愛そうですけど、初恋は何時だって実らないものと相場が決まっていますからね」

「それはどうかな、甘粕さん。一緒に出かけようなんて言う位だ、草薙さんも少なからず祐理のことを思っているんじゃないかな。そもそも、草薙さんは神殺しの魔王。彼が受け入れるなら、何人でも女性を侍らすことが出来るはずだよ」

「…同性の彼女が何人もいる人は言うことが違いますね。そのもてっぷりが羨ましいですよ」

 

 

そんな馨のある意味畜生な発言に呆れた反応を甘粕は返す。確かに馨の言ったとおり草薙護堂は神殺しの魔王、何人たりとも彼を真の意味で縛ることは出来ないのだから。

 

 

 

 

 

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祐理が抱いている感情に対して、ある程度感想を述べた所で馨と甘粕は打ち切る。祐理の恋心はどうした所で護堂と祐理の問題だからだ。またそれ以上に考えなければならない問題が彼らには多くあった。

 

 

「祐理さんの報告を聞く限りでは草薙護堂は、かなり大らかな性格なのは間違いないみたいですね。最も神殺しを成し遂げる方が根本的にまともな性格だとは思いませんが」

「まあね、ただ草薙さんのその性格のせいで割りと面倒なことになっているのは、甘粕さんも知っているだろう」

「そりゃあもう、そのせいで最近はあちこち出かける羽目になっていますからね!」

 

 

今現在彼らを悩ませている問題、その原因はもちろん草薙護堂だ。草薙護堂は魔王であるそれも10歳の時には神を滅ぼしていた、そう祐理が証言したことで正史編纂委員会は上に下への大騒ぎとなった。この国始まって以来の神殺し。海外の魔術結社では破壊と混沌の象徴とまで言われる彼ら。

 

そんな存在が昔から日本にいたのだ。最初の内は委員会もどんな要求を護堂がしてくるのか警戒していた。しかし、その警戒もすぐに解かれた。彼は彼の宣言通り、祐理以外とは接触しなかったのだ。

 

そもそも彼は以前にこの国を神獣から守っている。そして人々に対して横暴に権能を振るわない性格。それらの事実が委員会の老人の欲に火をつけた。護堂を利用し、自らの権力を増そうとしたのだ。そんな彼らが護堂に首輪を付けるための方法として、護堂の身内や彼の愛人であるエリカによからぬ事をするのを阻止する為に、甘粕や馨は日々駆けずり回っている。

 

 

「どうしてお偉方というのは、あんなに権力を欲しがるんですかね?現状でも不満のない生活を送っているでしょうに」

「一応僕もそのお偉方なんだけどね。まあ、仕方のない部分もあるとは思うよ?草薙さんは日本人、それなのに恩恵を一番受けているのはエリカさん。頭の固い方たちにはどうしても受け入れられないさ」

「確かエリカさんを日本から追い出せでしたっけ?そんなことをしたら赤銅黒十時に喧嘩を売るのに等しい行為ですし、なによりも草薙護堂と下手を打てば敵対関係になりますよ。…私としてはあの年頃の少年から、恋人を引き剥がしたりしたらどうなるかなんて

嫌でも分かると思うんですけどね」

「彼らも草薙さんが怒り狂う可能性があるのは考えているさ。ただ、仮にそれで草薙さんと争うことになってもどうにかなると思ってるんだ」

 

 

結局の所、日本の呪術界はカンピオーネの恐ろしさを理解していなかった。なにせこの国で生まれた神殺しは護堂が初めてだ。その為、エリカの所属する赤銅黒十時のように彼らとどのように接すればよいのか、ノウハウがないのだ。そこに加えて、護堂の基本的に

大らかな性格。それらが、重鎮たちの目を曇らせる。護堂は所詮人間の延長線上で、数に頼めば圧殺できると思いこんでいるのだ。

 

 

「せめて草薙さんの力がどれぐらいなのか、分かればいいんだけど。祐理も権能の事は精神干渉以外は何も聞いていないようだし。他の権能が分かれば草薙さんと敵対関係になるのが、どれほどまずいのか彼らでも理解できるだろうから」

「……それこそ神様辺りでも降臨してくれませんかね。そうなればあの少年も戦うでしょうし、その光景をビデオにでも撮ってお偉方の所にでも送りつければいいですしね」

「…それ本気で言ってるのかい甘粕さん?」

「まさか、ただの冗談ですよ。神様なんかが降臨してカンピオーネと戦えば、どんな被害がでるかなんて海外での例を出さなくても推測できますしね」

「そんな簡単な事が理解できない人たちも多いんだけどね。…ともあれ今は甘粕さんにも頑張ってもらわないと。この国の未来の為にもね」

 

 

こんなことを話している馨と甘粕ですら真の意味で草薙護堂を理解できているわけではない。ただ欧州での事例から事前に対策をしているだけだ。そして彼らはすぐに不謹慎な冗談が実現することを知らない。

口は災いの元。そんな至言の意味をたっぷりと思い知るのだった。

 



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8話 ~最古と最新~

いつの間にかお気に入りがめっちゃ増えてる。評価者も増えてる。感想も増えてる。何があったし?


祐理と休日に出かける約束をした翌日、夢の中にいた護堂が飛び起きる。そして何かを探すように首を振り、辺りを見回す。

 

 

(何だ、今の感じ?大きな呪力を感じたが)

 

 

護堂の普段は無意識下にある呪力感知に、大きな反応があった。その反応が間違いではないかを確認する為に、目を瞑り意識を集中する。

 

 

(やっぱりだ、この町に巨大な力の持ち主がいる)

 

 

まつろわぬ神程ではない。しかし、明らかに魔術師の呪力量を遥かに逸脱している。そしてこの大きさに、護堂は覚えがあった。

 

 

(ドニの奴に近い。あいつこの町に来てるのか?)

 

 

ドニだとすると何の為にこの町に来ているのか。いや、ドニ以外の神殺しかもしれない。

もし本当に神殺しなら、何の為に日本に来ているのか確認する必要がある。そんな思考が護堂の今日の行動を決める。

 

 

(エリカに連絡をしておくべきか?)

 

 

一瞬そう考えたが、この時間ならエリカや万里谷も寝ているだろうと思い止める。そもそも護堂の勘違いの可能性もあるのだ。まずは、この呪力を感じる場所を探しどうするかを判断しよう。

そう考え、念の為にいくつかの札をポケットに入れた護堂は、まだ太陽が上りきっていない時間に家を後にするのだった。

 

 

 

 

 

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家を出てから既に数時間、日も昇りきり本来なら学校に向かっている頃に、護堂はようやく呪力の反応を最も強く感じる場所にたどり着いていた。

そこは日本人なら一度は聞いたことがあるほど有名なホテルだ。御三家に数えられるホテル、この中から禍々しい力を護堂は感じている。その凶悪さはドニの呪力とは似ても似つかない。そして護堂はこの段階で気づいていた。

 

ここからは生者の反応がたった2つしか感じないことに。だが臆する護堂ではない。躊躇いもなくホテルの中に入っていく。

 

ホテルに入った護堂を迎えたのは、あまりにも活気のないロビーと人の形をした白い塊達であった。その人塊に近づく。少し触れる。手に感じるのはざらざらした感触。

 

 

(…これは石か?…いや、違うな。これは…塩?)

 

 

護堂が触った人型の白い結晶。それは塩の塊だった。それらが護堂が前にエリカから聞いた、とある魔王の権能を思い出させる。

 

そんな護堂の後ろに不意に人の気配が現れる。護堂の背後を取った人影はボロボロの西洋甲冑を着込んでいた。甲冑を着た騎士が背を向けたままの護堂に向かってその手に持っていた大剣ークレイモアを上段から振り下ろす。

 

だがクレイモアが護堂の頭にたどり着くことはなかった。騎士が振り下ろした瞬間に振り返った護堂が、紫電を纏った手刀でクレイモアを半ばから切断したからだ。そこで護堂は止まらない。騎士に向かって肩口からぶつかる。

 

シェルダータックルを喰らった騎士は壁まで吹き飛び、皹を入れた後地面に落ちピクリとも動かなくなった。

しかし甲冑の騎士を倒したのに護堂は警戒を解いていない。

 

なぜ警戒を解いていないのか答えはすぐに分かった。先ほどの騎士のように次々と何もない場所から人影が湧き出しているのだ。その人影たちは各々が違う格好をしていた。

 

甲冑の騎士もいれば絵本の魔女のような帽子とコートを着た少女、フードを顔が隠れるまで被った腰の曲がった者、中には軍服を着た青年までいる。だが彼らには一つの共通点があった。全員着ている服がボロボロなのだ。人によっては服からチラリと見える足や腕から骨が見えている。

 

そんな彼らが護堂を取り囲む。その数実に二十。それだけの人数が武器を持ち護堂に向かって殺到してくる。その光景を見て、護堂はいきなり襲われた事に対しての怒りではなく憐憫を覚えていた。

 

 

(この人たち、恐らく穢土転生に近い権能で魂を縛られて操られている。惨い事を)

 

 

護堂が憐憫を覚えたのは、彼らが自ら護堂を攻撃していないのがすぐに分かったからだ。護堂の使える術の中に死者を蘇らせ、彼らの思考・思想に関らず己の駒にする術がある。それと似たことが、この死者達に施されているのがこの現象に近しいことを護堂が

出来るがゆえに嫌でも理解させる。しかしこの感情は、護堂の反撃の手を緩めない。動けないようにすることこそが、望まぬ行為を強制させられている彼らに対する救いになるからだ。

 

護堂に一番最初にたどり着いたのは先ほど壁に叩きつけられた騎士と同じような格好をした2m近い大柄な騎士。それを見て取るや、護堂はポケットから1枚の札を取り出す。その札が煙を上げ3尺ほどの大太刀に変わる。

 

その大太刀で突き出された槍を弾く。弾かれ体勢の崩れた騎士に接近。がら空きになった胴に向かって横に一閃。しかし騎士もさるもの、すぐさま槍を戻し防御する。だがその程度で防げる護堂の攻撃ではない。止められたと見るや、護堂の太刀にクレイモアを切断した時と同じ紫電が宿る。槍ごと騎士の体を分断。

 

 

(まず一人!)

 

 

騎士を二つに分けた護堂はそのまま太刀を床に突き刺す。床に突き刺さった太刀から辺りの地面に向かって、雷が撒き散らされる。雷撃がナイフを持ち近づいていた軍服の青年とレイピアのような細身の剣を持っていた少女、そしてエリカのようなケープを身に纏った男性を瞬時に沸騰させる。

 

 

(これで四!)

 

 

護堂は全く止まらない。太刀は地面に残し、天井に向かって跳躍、そのまま蜘蛛の様に足だけで天井に張りつく。その護堂を追って四人ほど天井近くまで跳躍し、剣と槍で刺し貫こうとする。その脅威に対して護堂も防御をする。紫電が今度は護堂の体全体を覆う。

 

纏った雷が護堂の体に武器が触れる前に消滅させる。またこの雷の鎧は防御に使えるだけではない。護堂の姿が消え、追ってきた四人がいきなり空中で爆散する。もちろんやったのは護堂だ。この鎧を纏った護堂は神経伝達速度が上昇する。その速度は音を越える。

そのせいで消えたように余人の目には映るのだ。更に地面にいた数人が同じように爆散。

 

 

(後六!)

 

 

そんな速度で動く護堂が見えているのか、弓矢を撃たれる。しかし当たる前に鎧が阻む。その矢を射た妙齢の女性に護堂の手から黒い雷が放たれた。雷を避けれるわけもなく、あっさりと黒こげになる。

 

 

(残り五!)

 

 

残っていた魔女の格好をした少女や腰の曲がったフード達は、一心不乱になにかを唱える。呪文だ。呪文が唱え終わると同時、雷を放ち動きの止まった護堂に炎や人に触れるだけで脳味噌を腐らせる霧などが飛んでいく。

 

だが雷の鎧に当たる前に掻き消える。この結果は当たり前だ、護堂の呪力耐性は物によっては権能すら完全に防ぐ。たかだか人間の魔術如きが通るわけがない。

護堂はすぐさま手を地面に付ける。途端魔女達の地面が隆起し、棘状になる。それらに串刺しにされ、全員が動きを止めるのだった。

 

 

 

 

 

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瞬く間に二十人の襲撃者を葬った護堂。だがその顔には何の喜びもない。あるのは虚しさだけ。その思いもすぐに消し護堂はエレベーターに乗り、上階を目指す。

 

 

(…生物を塩の塊に変える『ソドムの瞳』、死者を己の元に縛りつけ使役する『死せる従僕の檻』、か。この上にいる奴の呪力が禍々しいわけだ。エリカから聞いた事が本当なら最悪の相手だ。ここにエリカたちを呼ぶわけにはいかないな)

 

 

そうこうしている内に目的の階に到着する。待ち伏せがないか警戒し降りる。ゆっくりと歩いて行く。そして

 

 

(ここだな、鬼が出るか蛇が出るか。ええい、ままよ!)

 

 

扉を開く。そこに銀髪の少女とスーツ姿の老人が待っていた。

 

 

 

 

 

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「我が下僕達を簡単に壊滅させたか。その上なにやら胡乱な術を使ったようだな」

「…すまないな手癖が悪くて。急に襲撃されたもんだから手加減できなかった」

「かまわんよ、あの程度の輩ならいくらでもいる。それよりもだ少年、君の名を聞いておこうか。いやなに、君は私の名を知っているのかも知れないが、私は君の名を知らないものでね。名乗り給え」

「……草薙護堂だ。ついこの間カンピオーネなんて呼ばれるようになった。そういうあんたはヴォバン侯爵でいいんだよな?」

「やはり私の名を知っていたか。そして君がクラニチャールの言っていたこの国の王だな。ずいぶんと若いな」

「あんたと違って戦歴の浅い身なんでな。…ここに座っても?」

 

 

そう尋ねた護堂に対して鷹揚に頷く。それを受けた護堂はヴォバンの対面に座る。座った護堂はヴォバンに率直に尋ねる。

 

 

「ヴォバンさん、単刀直入に尋ねます。日本に何の用で?」

「ああ、君の所領に無断で入り込んだことは詫びよう。なに、ただの探し物さ」

「探し物?」

「私は今とある儀式の為に一人の巫女を探していてね。その少女がこの国にいるのだよ」

「…その儀式とやらについては特に何も聞かないよ、ろくでもなさそうだし。それよりもたった一人の女の子を、ね。それってまさか無理矢理捕えるなんて言わないよな?」

「彼女が私の要請を拒むのであれば、それもやむをえないな。ところで少年、君はその巫女を知らないだろうか。名を万里谷祐理というのだが」

 

 

この言葉にほんのわずかに護堂の眉が動く。そしてヴォバンはそれを見逃さない。

 

 

「その反応、知っているようだな。どこにいるのか教えてもらえるな」

「…教えるとでも思うか?それよりさ、一つ良いかな。さっき儀式に関しては何も聞かないって言ったけど、訂正させてもらう。その儀式とやらは何をするんだ?」

「君が喋らない以上、私に応じる義務はないな」

 

 

そう言ってヴォバンがここに来て口をつぐむ。

そんな中護堂の質問に答えたのは、先ほどからヴォバンと護堂のやり取りをただ聞くだけだった銀髪の少女だった。

 

 

「お初にお目にかかります、草薙護堂よ。僭越ながら私の方から説明させて頂きます」

「君は?」

「リリアナ・クラニチャールと申します。お見知りおき下さい。…先ほど候の仰られた儀式なのですが、まつろわぬ神を招来する為の物です」

「…神をこの世に降臨させるのか。…………クラニチャールさん、それほどの術となると術者に相当の負担がかかると思うんだけど、危険はないのかな?」

「…御身の憂慮通りです。恐らく儀式後には万里谷祐理の命はないものかと」

「……そっか、ありがとう」

 

 

護堂への質問に答え終わったところで、リリアナはヴォバンに対して頭を下げる。そんなリリアナにヴォバンは今日中に巫女を探し出せば、命は助けると言い探索に向かわせた。

 

 

「全くクラニチャールめ、出過ぎた真似をするわ」

「…俺としては助かったけどな。そして彼女の話で決心したよ。死ぬかもしれないのに万里谷の身柄を差し出すなんて真似は俺には出来ない。大人しく諦めて帰ってくれないか?」

「それは無理だな、少年。…ところでその娘は君の何なのだね?家族か妻か、それとも愛人か?先ほどからの君の反応はずいぶんと入れ込んでいるように見えるのだが」

 

 

この言葉に護堂は友達だと即答しようとした。しかし、と考える。本当にそれだけなのだろうか。先ほど万里谷の命が亡くなると聞いたとき、何故か護堂はそれだけは絶対にさせないと思ったのだ。そして護堂の脳裏によぎるのは万里谷との記憶。

初めて会った時護堂のトラップで彼女に怖い思いをさせてしまった。あれは焦ったなと感想を零す。そして次に思い出すのは己の精神世界に招いた時の事。まさか本当に申し出を受けてくれるとは思っていなかったのだ。それだけにあれは楽しかった。

 

次に思い出すのはエリカとのあれこれで怒る彼女。これは本当に申し訳ない。そこからも様々は記憶が溢れる。体育で疲れたのか妙に青い顔をしていた万里谷。ふとした拍子にみせるきれいな表情。そして最後に出てきたのは昨日のとびっきりの笑顔。

そこまで考えた所で、とある結論が護堂の中で出る。その結論に護堂自身困惑する。その困惑が思わず口に出る。

 

 

「…まさかこんな思いが俺の中にあったとは。俺も草薙一族ってことかね。…エリカのやつは怒るだろうし、万里谷も軽蔑するか呆れるか…」

「さっきから何をぶつぶつ言っているのだ」

「ああ、いや、万里谷が俺にとって何なのかだったな。あんたのおかげで俺の中でも答えが出たよ。…………絶対に守りたいって思うくらいに愛しい子だ!」

 

 

力強く宣言する。そして口に強く出したことで、己の中の気持ちもはっきりとした形になる。妙な清清しさを覚えるくらいだ。

 

 

「そういうわけでだ、やっぱり帰ってくれないか。もしあんたがそれでも万里谷を強引に攫うなら、俺は全力で邪魔をするぞ」

「…それは私と争うということかね?まだ二柱しか屠っていない身で、このヴォバンと本当に戦うというのかね?そうなれば、君はこのヴォバンの生涯の敵として人生をおくることになる。

いや、明日の朝日を拝む事もできないかもしれない。それでも、私に挑むかね?」

 

 

先ほどまでの知的な老教授のような雰囲気が消える。現れたのは獰猛な獣の如き気配。その変わり身に護堂も驚く。

 

 

「…それがあんたの本性か。噂どおりの暴君ってわけだ。…確かに俺は戦闘経験があんたに比べたら少ないさ、ただ性能なら負けていないぞ」

「…良かろう、私が巫女を手に入れるにはまず貴様を屠らねばならぬようだ。貴様を殺した後、その魂を縛り挑んだことを後悔させてやろう」

 

 

その言葉を最後にお互いが立ち上がり、距離をとる。先に動いたのは意外なことにもヴォバンであった。ヴォバンが手をかざす。その動きに合わせるように部屋中の窓が割れる。その割れた窓から台風の如き風が流れ込んでくる。

 

流れ込んだ大気がヴォバンの眼前に凝縮。大気が歪み護堂の方からだとヴォバンがぐんにゃりと曲がって見えるほどだ。

 

 

「景気の一発だ、これで死ぬなよ小僧。それでは興ざめだからな」

 

 

そんな言葉と共に護堂に向かって、風の玉が打ち出されたのだった。

 

 

 

 

 

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「あの小僧め、逃げたか」

 

 

そう呟くヴォバンの眼前に穴の開いた床がある。ヴォバンの大気弾によるものではない。護堂が破壊した後だ。ヴォバンの権能に蹂躙される前に下の階に逃げたのだろう。

 

 

「…まあよい、ゆるりと追い狩り尽くしてやろう」

 

 

狼の如き犬歯を覗かせ笑う。ヴォバンにとって獲物は活きがいいほど良い。逃げるならば追いかけるまで。そう思いヴォバンも自信の攻撃で吹き飛んだ壁から部屋を出るのだった。

 

 

 

 

 

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ヴォバンの権能を避けるために床を粉砕し、下の部屋に逃げた護堂はすぐに行動に移る。護堂はこんな都会の真ん中で神殺しと全力で戦う気はない。己の術だけでも間違いなく東京が壊滅する。そこにヴォバンの権能が加わればなおさら酷いことになる。

 

 

(奴に俺を追わせてあの場所に誘導するしかない。頼むから俺を追わず、万里谷を先に探すのは止めてくれよ)

 

 

下の部屋の扉を床の時と同じ要領で粉砕した護堂は、廊下に出て疾走する。そんな護堂の背後から気配が複数現れる。そちらを振り返りもせずにエレベーターホールまで走り抜ける。エレベーターの止まっている階は護堂が上がる為に使ったせいか上の階。

降りてくるのを待っている暇はない。

 

護堂が手をエレベーターの扉に向かい振る。その動きに合わせて真空の刃がほとばしる。真空の刃を叩きつけられた扉は、豆腐の如く簡単に切断される。そうして壊れた扉からエレベーターシャフトに身を投げる。そんな護堂をヴォバンの従僕達が追いかけてくる。

 

そんな彼らに向かって、護堂の口から火が吹き出された。吹き出された火はシャフト内を溶鉱炉に変える。落ちるに任せる彼らにそれを避けれるわけもなく、重力によって自らその劫火に中に身をくべる結果となった。

 

護堂はその結果を見ることなく、シャフト途中の扉を入った時と同じ様に切断。シャフト内から下階の廊下に出る。そんな護堂の視線の先、廊下を巨大な狼達が護堂に向かって走ってくる。護堂がいきなり手を合わせる。その動きを真似るように廊下の壁が動く。

簡易なプレス機となった壁は容易く狼たちを押し潰した。護堂が手を開く動作にあわせ、閉じていた壁が元に戻る。

 

狼のいなくなった廊下を抜けようとする。だがそれを防ぐように別の狼達が曲がり角から駆けてくる。更にエレベーターホールの方からも次々と死体が降りてくる。挟み撃ち。護堂はすぐそばの部屋の扉をもぎ取る。そのまま部屋に侵入し、窓に向かって走る。その勢いのまま窓を突き破り、外に飛び出る。

 

そんな護堂と同じように次々と窓ガラスを割り、人影が飛び出てくる。降り注ぐガラスの破片。それらを避けるようにホテルの壁を蹴り、すぐそばのビルの屋上まで護堂は一気に移動。

護堂はそんな自分を追いかけてくるか振り返り確認する。百人以上の集団がいた。

 

 

(多いなおい。まああれだけ、追っ手を差し向けるってことはそれだけ俺を殺すのに本気ってことか。好都合だ)

 

 

きちんと追跡してくれていることを確認した護堂は携帯を取り出し、ビルの屋上から屋上に飛び移りながらある人物に電話をかけるのだった。

 

 

 

 

 

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いつも通り遅刻し、登校途中のエリカの携帯が震える。表示された名前は草薙護堂。すぐにエリカは電話に出る。

 

 

「どうしたの護堂、今日は迎えに来てくれないなんて。それともモーニングコールで済ますつもりだったのかしら。本来ならこんな電話で許してあげる気はないのだけど、一回くらいは許してあげるわ」

「おはようエリカ、悪い、今あんまり世間話をする余裕がなくてな。狼と死体の軍団に追われてるところなんだ」

「ちょっと待ちなさい護堂、あなた今なんて言った?狼と死体ですって」

 

 

まだ余り頭の回っていないエリカに、いきなり言葉のフックが突き刺さる。いきなり何をいっているのだこの男は!モーニングコールにしてはあんまりな内容にエリカが携帯を落としそうになる。

 

 

「ああ、ちょっと日本に来てたヴォバン侯爵と揉めてな。それで今どこにいる?万里谷を通して委員会に伝えたいことがあるんだ」

「…なんでそんなことになっているのかは後で聞かせてもらうわよ。それよりも伝言の内容は何かしら?」

 

 

護堂から伝言を聞いたエリカは思わずため息が出そうになる。

 

 

「…そんなところを戦いの場所にするということは本気でやるつもりね。正史編纂委員会も大変ね、業務内容に地図の書き換えが追加されるのだから」

「この近くで俺とあの爺さんがやりあっても大丈夫そうなのが、そこぐらいしか思いつかなくてな。悪いとは思うが、東京で全力全開を出すよりはましだろ」

 

 

確かに護堂のいうとおりではあるが。ともあれ伝言役をやるのはかまわないが、ただ使い走りをするのは性に合わない。

 

 

「ところで護堂、あなた言いつけを守った臣下に対して王として、どんな褒美をくれるのかしら?」

「今までの後でを全部だ」

 

 

大盤振る舞いな返答にエリカは満足する。ならば後は護堂の伝言を伝えるのみ。護堂との通話を終えたエリカは魔術で運動能力を底上げし、すぐに学校に向かうのだった。

 

 

 

 

 

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学校に着いたエリカは祐理を呼び出し、護堂からの言葉を伝えた。祐理は最初は戸惑っていたが、エリカのそんなに時間がないと言う叱責でなんとか表面上は平静を取り戻す。祐理とエリカは学校を早退し、すぐに祐理を連れてエリカは正史

編纂委員会の東京赤坂分室に向かった。

いきなり少女二人に訪問された甘粕はそんな彼女達から伝えられた言葉に

 

 

「………………………はい?」

 

 

としか返事が出来なかった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、祐理さんにエリカさん。どうして侯爵様が東京を訪れていて、しかも草薙護堂と戦争状態になっているんですかね!」

「私に聞かれても困るわ。護堂の方も大分余裕がなかったのか、詳しい内容は話さなかったもの。それよりも今話した場所をすぐに封鎖しなさい。護堂と候がそこにたどり着く前に避難勧告を出さないと、とんでもないことになるわよ」

「…やはり信じられませんよ。その伝言を聞いたのはエリカさんだけですよね?なら、あなたが嘘をついている可能性もありますよね」

「…いえ甘粕さん、エリカさんは嘘をついていません。私の直感もすぐそばに未曾有の大災害が迫っていると訴えてきます」

 

 

祐理の言葉に甘粕がうんざりしたような顔になる。確かに昨日草薙護堂の力が確認できたらとは言ったが、こんなに早く実現しなくてもいいではないか。だが祐理の、世界最高峰の霊視能力者の直感。無視するにはこの業界では大きすぎる。

 

すぐに上司である沙耶ノ宮馨に連絡を取り、避難勧告や周辺地域の封鎖が可能かどうかを確認する。結果は是。

 

正史編纂委員会は自衛隊や警察にも協力要請を出し、とある湖周辺の住民の避難やレジャー等で来ていた観光客の安全の確保、及びその湖につながる全道路を封鎖を呪術も使い急ピッチで行った。

 

護堂がヴォバンとの戦いに選んだ場所。それは茨城県南東部から千葉県北東部に広がる日本で二番目の広さを誇る関東最大の湖、霞ヶ浦であった。




戦闘描写難しい、そして原作最新刊の魔王たちの切り札や原作護堂さんの強化で魔王や神の強さ見直さなきゃいけないのがつらい。やつら惑星間戦闘もできるのかよ。やっぱ魔王たちもチートだった


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9話 ~激突~

霞ヶ浦及びその周辺地域の封鎖が完了した頃に、護堂は湖のすぐそばのゴルフ場ー霞台カントリークラブに到着していた。

そのゴルフ場の中心で立ち止まる。数分待っただろうか、その護堂に追いつくようにヴォバンの軍団が現れる。

 

もはや何人いるのか数えれないほどの、人の群れ。それに負けないほどいる馬並のサイズの狼達。

その集団の先頭に彼らを従える長がいた。無論ヴォバン侯爵である。

 

 

「逃走はここまでか小僧。であるならばその首を差し出すが良い。そうするなら痛みもなく葬ってやろう!」

「…それ本気で言ってないだろ。むしろ、もっとあがけって面しやがって。余裕綽々かこの野郎」

 

 

お互いに軽口を叩く。護堂としてはその提案に乗った振りをして近づき、心臓でも一突きしたいが神殺しの直感を誤魔化せるとは思っていない。

まあ逃げた振りをするのはここらで止めても良いだろう。ここに来るまでに道路が封鎖されているのは確認している。

 

 

(ありがとうエリカ、それに万里谷、後委員会の人達)

 

 

自分の無茶な頼みを何とかしてくれた二人への感謝、そして親愛の念。それらを胸に護堂は目の前の魔王を睨む。この最古の王はこちらを格下に見ている。そうやって慢心している内に決着をつけたいのだが、通常状態で神殺しの相手をしたくない。

 

そうなると六道モードになるしかない。しかし六道の力を使えばあちらは慢心を間違いなく捨てるだろう。そうなると戦況がどう推移するかが読めない為出来れば使いたくはなかったのだが、仕方がない。

 

 

「…爺さん、あんたさっき俺にこう言ったよな。たかが二柱からしか権能を奪っていないって。本当にそれだけなのか、自分の目で確かめてみろよ」

「何だと?」

 

 

護堂の奇妙な呟きにヴォバンが胡乱な目を向けてくる。そんな視線の先で変化が起きた。護堂の呪力が急激に増大したのだ。呪力が増大しただけではない、見た目にも変化が起きる。服が変わり、その上に羽織を纏う。髪が変色し、奇妙な眼になる。背中にはソフトボールサイズの漆黒の球体が九つ、円を描くように浮遊している。

 

そんな変身を遂げた護堂に、ヴォバンの顔が今日初めて険しくなる。信じがたいことにこの老王が格下に見ていた相手に、本気の戦闘体勢に入ったのだ。ヴォバンの獣の如き本能が警告を発する。

この小僧は狩られるだけの獲物ではない、隙を見せれば狩人を殺す狼だと。

そんな本気になったヴォバンとその後ろに控えている軍団に対し、護堂は六道の術を行使するのだった。

 

 

 

 

 

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あの後甘粕は馨から護堂とヴォバンの戦闘の撮影を命じられていた。この際に給料以上は働きたくないとぼやいたが、上司命令に逆らえるわけもなく現在車で霞ヶ浦に向かっている所だ。その甘粕の車にエリカと祐理は便乗していた。エリカは護堂の元に馳せ参じる為に。祐理は護堂の真意を問いただす為に。

 

 

「急に空が曇ってきましたね。魔王様方のどちらかが天候でも操作しているんですかね?」

「自然現象でないのなら、恐らく候のほうね。…護堂の方も似たようなことを出来るでしょうけど」

 

 

車内の空気が重い。その重さを払う為に甘粕は口を開いたのだが、エリカが一言返しただけで快活な彼女としては珍しくそこで話が止まる。そしてまた車内の空気が重くなる。なぜ車内の空気が重いのか。その原因はエリカの隣に座っている祐理だ。彼女は先ほどから俯いたまま顔を上げようともしないのだ。

そんな祐理の態度に業を燃やしたエリカが話しかける。

 

 

「いい加減に顔を上げなさい祐理。そんな風にしていても事態は好転しないわよ」

「…エリカさんはずいぶんと落ち着いているんですね。草薙さんが何の意図があってヴォバン侯爵と戦っているかも確かでないのに」

「確かに祐理の言うとおりではあるわね。けれど護堂が自ら争うとなるとよほどの何かがあったのでしょうね。…恐らく候が日本で何かをしようとして、それを防ぐ為に戦闘になったと考えるのが妥当よ」

「…草薙さんが亡くなられるとは考えてはいないのですね」

「ええ、そうね。護堂が負けるとは一切思ってないわよ」

「…どうしてそう楽観的に物事を考えることが出来るのですか。確かに草薙さんは幼い頃から神獣を滅ぼせるほどの強さを持っていたのかもしれません。ですが侯爵は数百年もの間欧州の頂点に立ち続けた魔王です。いくら

草薙さんが強くとも敵う訳がありません」

 

 

そう言ってまた俯いてしまう。エリカも祐理の言っていることが分からないわけではない。エリカも護堂の六道仙術の真価を知らなければ、同じような事を思っていただろう。だがこの仮定は無意味だ。エリカは護堂がどれだけ出鱈目な怪物なのかを間近で見てきた。

例え敵がヴォバン侯爵であろうとも勝つ。エリカはそう信じているだけだ。

 

 

そんな会話を最後に数分走っただろうか。甘粕が急ブレーキを踏む。そんな荒い運転をした甘粕に対し、文句の一つでも言おうとして気づく。道路に少女が立っているのだ。そしてエリカはその少女を知っていた。

 

 

「あれはリリィ?あの娘も日本に来ていたのね」

「お知り合いで?」

「昔なじみよ。ただリリィがわざわざ私の所に来るのは考えられないから、こんな所にいるのは何か別の理由があるのでしょうけど」

 

 

甘粕の疑問に答えると、エリカは車から降りて彼女がリリィと呼んだ少女ーリリアナ・クラニチャールの元に歩いていく。

 

 

「久しぶりねリリィ!あなたが日本に来ていたなんて知らなかったわ」

「友人でもないのになれなれしく呼ぶな、エリカ・ブランデッリ。あなたにそんな口を利かれる筋合いはない」

「もう、久しぶりの出会いなのにつれないわね。淑女たるもの心の声は抑えるものよ。…ところでどうしてリリィはこんな道の真ん中で立っていたのかしら?」

「だからリリィと呼ぶな。後私が何をしようと、あなたには関係がないだろうが」

 

 

そう吐き捨てるリリアナの視線はエリカではなく後方、甘粕達が乗る車に向けられている。そしてエリカを無視して車の方に近づこうとする。しかしエリカがそれを許さない。リリアナの前に立ちふさがり邪魔をする。

 

 

「退けエリカ、私は騎士として主の命を遂行する義務がある。邪魔をするなら切り捨てるぞ」

「ふうん、主の命令ね。ヴォバン侯爵が日本に来てる以上、誰かしら供がいるとは思っていたけど。あなたが連れてこられたのね」

「だとしたら何だ。あなたが日本の魔王の側近になったのは知っているが、それで侯爵の邪魔が出来るわけではないぞ。今の私は勅命を奉じた身だ。故に退けエリカ、邪魔立ては許さん」

「…そういえばリリィの視線はさっきから祐理達の方に向けられていたわね。そうなると候の目的は祐理ってとこかしら。どうして祐理が候に狙われるのか教えてもらえる?」

 

 

リリアナはなぜそれがと驚いた顔をしている。その顔を見て、リリィは昔から腹芸が出来なかったものねとエリカは微笑ましい物を見る目をリリアナに向ける。それと同時に得心が行く。リリアナの反応を見る限りエリカの推測は当たっているのだろう。

 

そして祐理が狙われたなら護堂がヴォバンと争う理由には十分になり得る。護堂の性格を良く知っているエリカはあの男はと苦笑が出そうになる。

 

 

「リリィ、あなた本当に昔から嘘をつくのが下手ね。そんな露骨に顔に出したら駄目よ。それに今祐理を連れて行っても意味がないわね。あなたの主は現在護堂と交戦中だから」

 

 

その言葉に今度は、は?とでもいいたげな顔をする。どうやら護堂とヴォバンが争っているのを知らなかったらしい。そんなリリアナに対してエリカは取引を持ちかける。

 

 

「ところでリリィ、折り入って話があるのだけど…」

「結構だ、あなたの話は何時だってろくでもないものばかりだ」

「そんな事言わずに。どうせあなたの事だから、祐理を連れて行くのに納得しているわけではないでしょう?それならこちらに与してもいいはずよ」

「…私に裏切れと言うのか。馬鹿を言うな、確かに彼の王のやり口は私の流儀にあわん。だからと言ってはいそうですかと鞍替えできるか。そもそもなぜ私を草薙護堂の陣営に引き入れようとする?」

「そうね、一つはここでリリィと争っても私に利がない。二つに車で移動するより、リリィの飛翔術の方が速いのよ」

「あなたは人の極めた術をタクシーか何かと勘違いしているのか!」

 

 

話にならんとばかりに憤慨するリリアナ。それを見てやっぱりリリィは面白いわねと内心ほくそ笑むエリカ。二人の力関係が良く分かるやり取りであった。とはいえエリカとしてもここでリリアナをこれ以上いじっているほど暇ではない。なので早々に切り札を使う。

 

 

「ところでリリィ、今小説のストーリーを唐突に思いついたのだけど聞いてもらえるかしら?」

「は?急に何を言って…」

「こほん…………『あの人なんて大嫌い。でもどうしてかしら、あの人の顔を考えるだけで胸がこんなにも高鳴るなんて。これはもしかして……ううん、そんなわけがないわ。そうこれはただの気の迷いよ、きっとそうよ。だってこんなにもカルロを思うだけで

憎らしいのだから』」

「…………………………………………ガハッ!!」

 

 

エリカが唐突に良く分からない三文芝居を始める。そしてリリアナは固有名詞が出たあたりで急に胸を押さえる。その顔に浮かぶのは驚愕か絶望か。彼女の冷や汗が止まらない。そんなリリアナを無視してエリカの朗読は続く。

 

 

「『全くあの女め、いつもいつも人の揚げ足を取りやがって。…でもどうしてかな、浮かぶのはあいつの笑顔ばかり。おかしいな、変なものでも食ったかな。まあいいや、明日会ったらまた文句をカルメンに言わなきゃな』、どうかしらリリィ、あなたならこのセリフにどれくらいの点数をつけるのかしら?満点よね」

「な、なぜあなたがそれを知っている?」

「そうね、世の中には需要があれば供給があるのよ。…ところでリリィはこの情報に対してどのくらいの対価を払えるのかしら?」

「そ、それが漏れる前にあなたの口を永久に封じればいい!」

 

 

そんな短慮な発想にエリカがにやりと笑う。護堂がいればリリアナに対して同情と共にある言葉を贈っただろう。

 

 

諦めろリリアナさん、紅い悪魔からは逃げられないと。

 

 

「分かってないわねリリィ。私が亡くなるとあるノートのコピーが、世界中に作者の名前と一緒に流布される手配が整っているのよ。まさか今日役立つとは思わなかったわ」

 

 

その言葉にリリアナが頭を抱えて蹲る。そんな彼女の変わりに涙を流すように曇り空から雨が降り始めた。エリカはこれで護堂の元まで、現状最速の足を手に入れた。

後はリリアナの回復を待つのみ。

 

 

(護堂、祐理はあなたが敗北すると思っているわ。それどころか今回の一件を聞けば、ほとんどの魔術師があなたの敗北を疑わないでしょうね。でもここにあなたが必ず勝つと信じている騎士がいる。だから勝ちなさい護堂、私に恥をかかせたくないでしょ)

 

 

そんなある意味彼女らしい激励に応えるように、エリカの向かっていた方角から轟音と地響きが届くのであった。

 

 

 

 

 

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エリカに届いた轟音の正体は無論護堂の行使した術である。使った術の名は天蓋新星。効果は単純、巨大隕石を落とす。字面にすれば一言ですむが、そんなものを使われた方はたまったものではない。天を覆う程の隕石が、高速でヴォバンの軍団の上に落ちたのだ。

 

所詮ヴォバンの軍団は元人間やエリカクラスの騎士ならわけもなく散らせる狼達、このような荒業に対して抗えるわけもなく、一部の転移魔術を使える者以外はレンガを叩きつけられた蟻の如く潰された。転移魔術で逃れた者も護堂の呪力探知を誤魔化せず、宙に浮いた隕石の破片もとい槍に全身を貫かれ消滅していく。だが肝心の相手を護堂はまだ見つけていなかった。

 

 

(あの爺さんどこに行った?反応がないけれど…)

 

 

護堂はこんな牽制程度の隕石で神殺しをどうこう出来るとは思っていない。その事実をイタリアの剣馬鹿のせいで嫌というほどに思い知った。やつらを行動不能にするには、この数十倍をもってくる必要がある。その思考故に反応がないのが死んだからだとは違うと断言できる。ではどこに?更に呪力を探る。大きな反応。場所は護堂の右後方!

 

その方向に対して振り向きざまに拳を放つ。なにかが護堂の拳と接触。掌だ、ただし人のものではない。護堂を襲ってきたのは人型の狼だった。そして呪力から目の前の狼が誰なのかすぐに察する。

 

 

「爺さんあんた狼男になれるのか。…それに芸達者だな。配下の魔女に自らを転移させて俺の隙を窺うなんてな」

「貴様こそなかなかに面白い手札を持っているではないか。まさか一撃で我が従僕達が葬られるとは思ってもいなかったわ!」

 

 

護堂とヴォバンが距離を取る。護堂から距離を離したヴォバンの呪力が高まる。その呪力の行き先は先ほどから雨を降らし始めた雲。それが何を意味するかをメルカルトとの戦いで学んでいた護堂は、咄嗟に背中の球体ー求道玉を頭上に移動させる。移動した求道球はソフトボール程度のサイズだ。

 

それが質量を無視して変形、人を包み込めるほどの布状になる。即席の傘だ。そしてこの傘が防ぐのは雨ではない。ヴォバンの呪力を受けた雲は帯電する。

 

 

轟。轟。轟。轟。

 

 

大気を引き裂き雷が降り注ぐ。それも一発ではない。雨に負けないほどの量が護堂目掛けて落ちてくる。常人であれば触れるだけで蒸発する雷撃。それを護堂の求道玉は全て防ぐ。一撃たりとも通さない。かつてウルスラグナの擬似太陽からのフレアをも防いだ、護堂の防御手段の中でも最硬レベルの防御。たかが雷の百程度防げないわけがない。

 

それを見たヴォバンが雷とは別、今度は大気を操り風の刃や暴風雨の壁などを繰り出してくる。それらも別の求道玉を使い防ぐ。

 

 

「チッ!」

 

 

ヴォバンは悟る。この小僧の防御は生半可な攻撃では崩せないと。これを突き崩す為には特大の雷撃を放つ必要がある。ヴォバンが呪力を底上げする為に、ほんの一瞬だけ雷の雨が止む。僅かな隙。そのタイミングを狙っていた護堂が動く。羽織の袖口から手に札の巻かれたクナイが滑り落ちる。

 

ヴォバンの狼面に向かって投擲。これを獣の如き反応速度で顔を振り避ける。ヴォバンの顔に嘲笑が浮かぶ。甘いなと。その嘲笑を受けた護堂もにやりと笑う。あんたがなと。

 

ヴォバンの避けたクナイに巻かれた札。その札に描かれていたのは飛雷神のマーキング。避けられたばかりのクナイに向かって護堂の身が転移する。位置はヴォバンの肩の上。気づいても時既に遅し。転移した護堂の手には中心に白く輝く玉の入った透明な箱がある。

それを人狼に向けて放射。掌サイズの箱は肥大化し、ヴォバンの身を飲み込むのだった。

 

 

 

 

 

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護堂の放った透明な箱。これは護堂の使う術の中でも極悪な代物。名を塵遁・原界剥離の術。触れた物体を強度に関係なく問答無用で分子に分解する術だ。そんな文字通りの一撃必殺を受けたヴォバンは無論、消滅しなかった。ほんの少し毛が削れた程度。それ以外にはなんの負傷もない。この結果にやっぱりこの程度の効果しかないかと納得する。

 

なぜヴォバンに塵遁があまり効果がないのかは理由がある。護堂程でなくとも神や神殺しには人間や神獣とは比べ物にならないほどの高い呪力耐性がある。これが今回ヴォバンの命を救った。護堂がかつて転生の儀を弾いたように、ヴォバンもまた神殺しがデフォルトで保有する耐性値で塵遁を弾いたのだ。

 

そしてこの呪力耐性故に護堂の使う幻術によるハメ技や、異空間転送を使った脱出不能の檻といった本来なら問答無用の理不尽戦術のほとんどが産廃技になる。

 

 

(まあ、このことはあのアホやウルスラグナ達のせいで分かってたことだしいいや。結局この手合いに対して一番有効なのは、体術と超火力技!)

 

 

結局の所、対神・魔王戦は体術で動きを止め、そこに高密圧縮をした螺旋手裏剣でも叩き込む方が効果的。護堂の踏み込みが己の塵遁に巻き込まれないように離れていた距離を零にする。踏み込むと同時に顎狙いのアッパー。それをクナイを避けたときと同様に身を捻り交わす。交わしただけではない、その動きを止めず護堂から距離を取ろうとする、が護堂の眼はその動きを既に先読みしている。

 

ヴォバンが距離を取る為足に力を入れるよりも速く、彼が逃げようとした場所に到達している。絶対に逃がさない。その意思を込めて人狼の腹に対して前蹴り。ウルスラグナの駱駝に匹敵する素早さと重さで放たれるそれ。そんな蹴りがあろう事か避けられる。

 

 

(何!)

 

 

確実に捉えたはずの打撃。それを避けた。この結果にヴォバン侯爵の体術に対する評価が、護堂の中で軍神レベルまで一気に上げられる。決して甘く見ていたわけではないが、格闘もこなせる爺さんだとは思っていなかったのだ。

 

だが驚きを得たのは護堂だけではない。ヴォバンもまた護堂の腕前に対して高い評価を付けていた。

 

 

(クッ!!この小僧、中国のあやつと同等レベルの格闘術の使い手か!)

 

 

ヴォバンは内心舌を巻いていた。今日まで様々な神々や神殺しと戦い続けてきたが、その中でもこの小僧は別格だと。放つ呪力の強大さ、接近戦の手ごわさ、防御の硬さ、先ほどの隕石のような高火力、恐らくまだまだ隠しているであろう手札の多さ、それらにヴォバンの戦意が高ぶる。

 

そもそもヴォバンが日本に来たのは、自らの敵を呼び出すために巫女を使う為だ。それでも己が満足できるほどの神が出てくるとは限らない。所詮暇を持て余した魔王の戯れになるはずだった。だと言うのにまさか、これほどの好敵手がいるとは!その上勝てば神を呼び出すための触媒も手に入る。

 

その思考がヴォバンの、いや神殺しの死すら恐れない戦士の魂に火をつける。いいだろう、もはやこの小僧をたかが半人前の魔王として相手をしない。自らが命を掛けて戦うに値する怪物として葬る。

 

 

そんな風に強敵認定されていることを知らない護堂は避け、交わし続けるヴォバンに対して反撃を許さない連撃を放ち続ける。繰り出される拳や蹴り、一撃一撃が戦艦の主砲を超える重い打撃。人間どころか神獣ですら瞬殺可能なそれらを凌ぐヴォバンもやはり怪物。

 

相手がいくら強くとも勝つからこその埒外。一秒先の死を跳ね除ける。風を操り自らを押し飛ばし数瞬先の生を掴み取る。そうやってヴォバンが凌ぎ続けた結果か、ほんの僅かに護堂の連撃が鈍る。そこを逃さない。護堂の伸びきった腕に対し、噛み付く。今のヴォバンは狼の牙を持つ。

 

ブツリと音を立てて護堂の腕が千切れた。腕が無くなったことで僅かにバランスが崩れる。追撃をするために口の中に残った腕を吐き出そうと、舌で押した時に肉や服とは違う感触が伝わる。まるで粘土。そうヴォバンが思った時には護堂の仕込みは既に完了していた。

 

 

(渇!)

 

 

護堂が念じた瞬間、ヴォバンの口内が破裂した。破裂したのはあらかじめ羽織の袖に貼り付けていた起爆粘土、護堂の呪力を帯びたプラスチック爆弾のような物だ。

 

それが口内で直接起爆。ヴォバンを襲った衝撃は顔が吹き飛んでいても可笑しくないほどの代物。彼が狼に転じていて、なおかつ神殺し特有の頑丈さがなければこれで死んでいた。が死ななくとも動きが完全に止まる。護堂がまだ煙を上げているヴォバンの顔に本気の蹴りを叩き込もうと足に呪力を篭め、攻撃に使わずにその場からすぐに退避する。

 

護堂が飛んだ直後ヴォバンをも巻き込む形で、極大の雷が先ほどまで彼のいた場所に落ちる。だがヴォバンはその雷に呑まれていない。彼が権能で逸らしたからだ。護堂が離れ少しだけとはいえ休息を取れたヴォバンの人狼の肉体が巨大化する。二m半ばから三十m程のサイズに変化する。

 

 

「そんなことまで出来たのかよ。てか何で起爆粘土が口の中で破裂して割と大丈夫そうなんだよ。不死身かあんた?」

「抜かせ小僧!貴様こそ腕がもう生えてるではないか!」

 

 

お互いが相手の頑丈さを称賛する。だがこれ以上は無駄口。心臓の弱い者なら止まりかねない圧力が二人の間に生じる。先に動いたのは護堂だった。再生したばかりの腕を宙に向ける。途端に辺り一帯に変化が起きた。先ほどから降り続けていた雨。それらが空中で停止し一箇所に集まり出したのだ。空中の水だけではない。水溜りや地面に染み込んだ水が逆再生のように浮き上がり集まり始める。集まった水は巨大な水球を作り出す。水球が形を変える。出来上がったのは水龍、それもヴォバンよりも巨大な龍だ。

 

水龍は空中を滑空しヴォバンに襲い掛かる。無論黙って襲われるつもりはない。巨大な狼となったヴォバンの口から雷撃が吐き出され龍を討つ。ばらばらになった龍、しかし元は水。元の形を取り戻し再度襲撃する。

 

 

「ちぃ!無限に再生する代物か。厄介な物をつくるじゃあないか!」

 

 

ヴォバンの言うとおりだ。護堂の水龍の術。一度生み出されたなら完全に消滅するか、周りの水が尽きるまで標的を襲い続ける。そして水は天から雨として供給される。端的に言えばヴォバンが死なない限りこの術は止まらない。だが流石に三百年戦い続けた魔王。

 

この程度の危機、過去に何度も遭遇している。風の檻を作り出し水龍を捕える。檻は徐々に小さくなり中の龍を圧縮する。そして小さくなった龍に向けて雷撃。膨大な熱量が龍を蒸発させた。

 

 

水龍を滅したヴォバンは龍を操る為に足を止めていた護堂に向かって跳躍。体重と重力、そして狼の肉体の膂力を持って踏み潰しにかかる。もう少しで潰されるというところで、すぐそばにあった隕石の破片と護堂の身が入れ替わる。

 

護堂が左眼の力、空間の入れ替えを使ったのだ。ヴォバンが着地。大地が裂け砕ける。近くにいた護堂の体が衝撃波によって木の葉のように舞う。だがそのまま吹き飛ばされることはなかった。護堂は空を飛ぶことが出来る。空中で静止する。静止した直後だった、ヴォバンが巨狼の両手で護堂を挟みこむ。

 

挟まれた護堂の体が軋みを上げる。潰されないように全身に力を篭めているが徐々に狭まりつつある。護堂は怪力の持ち主ではあるが、今のヴォバンとはサイズ差がありすぎる。しかも権能による顕身である以上、見た目以上の膂力があるだろう。このまま抗い続けてもジリ貧だ。

 

護堂が一気に自らの呪力を沸点まで高める。高まった呪力は泡立ち弾け、そして護堂の全身から蒸気が発し始めた。

 

 

「怪力無双だああ!」

「なっ!」

 

 

ヴォバンの驚きの声。彼の掌に伝わるのは焼けた石を生身で握った感触。そして閉じかけていた掌がこじ開けられる。蚊のように潰れるしかなかったはずの護堂が易々とヴォバンの手を跳ね除けたのだ。手を跳ね除けた護堂はすぐに大木のような巨狼の腕にしがみつく。

 

そして、そのままヴォバンを振り回し始めた。振り回されたヴォバンはその勢いのまま湖の真ん中目掛け投げ飛ばされるのだった。空中を配下の魔女の手助けなしでは飛べないヴォバンに抗うすべもなく着水。盛大に水しぶきを上げる。

 

 

「く、馬鹿力め。これほどの剛力を隠していたとは」

 

 

ヴォバンの称賛とも諦観とも取れる呟き。彼の言葉通り護堂は自らの膂力を高めた。沸遁・怪力無双、この術が護堂の四肢に普段以上の怪力を宿らせる。この術を使った状態なら例え敵が力自慢の逸話を持つ神格であっても、問答無用でねじ伏せるほどの力が出せる。

 

そんな護堂がヴォバン目掛けて飛んでくる。飛んでくるだけではない。護堂の体を青紫色のなにかが覆い始める。それは徐々に膨張し、人型を形成。更に形が整えられていく。出来上がったのはヴォバンに負けないサイズの鎧を着た大天狗。護堂のとっておきの一つ、

完成体須佐能乎だ。巨狼と須佐能乎がぶつかり合う。衝撃で彼らの足元の水が全て吹き飛んだ。

 

 

「次から次へと面白い事をする。ここまで私を楽しませてくれるとはな!」

「強がり言いやがって。降参して万里谷を諦める気はないか?それならあんたとこれ以上戦わなくていいんだけどな」

「ふん、まだ1ラウンドが終わった所だ。ここからが本番だろうが!!」

 

 

ヴォバン言う所の1ラウンドが終了。2ラウンド、須佐能乎VS巨狼の怪獣大決戦が幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 

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そんな怪獣大決戦を見守る者達がいた。精神攻撃から復調したリリアナの飛翔術で近くまで来たエリカたちである。

 

 

「……………………」

「……………………」

「いやはや流石魔王様たち。出鱈目ですねえ」

「あの状態の護堂相手に善戦どころか互角の勝負に持ち込む辺り、候もやはり手強いわね」

 

 

エリカと甘粕以外は開いた口が塞がらない。エリカは護堂の暴れっぷりを見慣れているし、甘粕にしてもこうなるのではと思っていたので驚きは少ない。だが祐理とリリアナは別だ。祐理は護堂が強いとは思っていたが、ここまでとは想像していなかった。

 

リリアナは魔王の逸話を幼い頃から叩き込まれていたが、実際に彼らの本気を見たことはなかった。そんな彼女達の目の前で再現される神話の戦争。人の身でなぜ神殺しに挑んではいけないのかを悟らせる。

 

 

「…エリカさんは草薙さんがこれほど強靭な力をお持ちなのを、知っていたから動揺されていなかったのですね」

「そうね、でもそれ以上に騎士が自らが仕える主の勝利を疑うわけないでしょう」

 

 

エリカと祐理が軽いやり取りをしている間にもヴォバンと護堂の戦いは白熱している。地面が揺れ、大気が破裂する音が鳴り響く。そしてそれらを上回る爆発音。たった二人、されど魔王二人。今なお続く争いは周囲の地形を変えていく。ヴォバンが口から放った雷撃を須佐能乎が避け、後方の岸辺まで飛んで行き着弾箇所を蒸発させる。須佐能乎が腰の太刀を抜き振るうだけで湖が二つに割れる。そんな戦いが続いていたが、ついに形成が傾いた。

 

須佐能乎の太刀がヴォバンの体を袈裟切りにした。吹き出る鮮血。それでも倒れないのが神殺しのしぶとさ。飛び退り追撃をかわそうとする。ガクンッと後ろに飛んだヴォバンの体がいきなり空中で停止する。そしてなぜか須佐能乎の突き出した手に引き寄せられる。

 

須佐能乎のもう片方の手から太刀が手放され、代わりに紫電がその手に纏われる。その紫電の手刀ー千鳥が飛んできたヴォバンに向かって突き出される。ヴォバンもとっさに大気を手に集中させ、千鳥と衝突させる。とたん湖の真ん中にエリカたちの目を焼く閃光が出現するのであった。

 

 

 

 

 

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須佐能乎・千鳥とヴォバンの圧縮大気の激突。その結果はヴォバンの片腕の消滅に終わった。須佐能乎の腕もなくなっているが、護堂が呪力を供給すればすぐに元に戻る。はっきり言えば、この時点で護堂の勝利はほとんど決まっている。そのはずなのに護堂の顔は険しい。

 

 

(今ので決めるつもりだったのに片腕だけの犠牲に留めるか。…なるほど、最凶の魔王と呼ばれるだけの事はある)

 

 

確かに護堂がここから丁寧に詰めていけば勝てるであろう。しかし相手は手負いとなったヴォバン侯爵。一手間違えるだけで逆転勝利を決めに来る神殺しの一人だ。どんな隠し球を持っているか分かったものではない。その為、これ以上戦闘を長引かせたくはなかった。

 

 

(やはりドニのときと同じで、超火力で一気に決めるしかないのか。けれども…)

 

 

けれどもである。護堂の最大に近い火力技を使うなら、被害を抑える結界の準備をする必要がある。その為に杭を湖の周囲に打ち込みたいが、今の追い詰められたヴォバンがそんな不審な動きを見逃すわけがない。結界を張る前に死に物狂いで逃げられるだろう。

 

ついでに言うなら準備の間、湖の中に彼を留めておく必要がある。影分身では持たないだろう。輪墓は持続時間が短い上に相手が邪視と顕身を持っている以上、ウルスラグナの時のように潰されかねない。

 

今必要なのは護堂とは独立した戦力、しかもヴォバン侯爵相手に戦えてなおかつ護堂に注意を向ける余裕が無くなるほどの強者。そんな都合の良い存在を一人護堂は知っていた。

 

 

(急に呼び出したら怒るかな、あいつ。昼寝の最中とかだったらどうしよう?)

 

 

怒ったら土下座してでも謝ろう。そう思いながら、犬歯で親指を噛み切る。切れた指から血が流れ始める。須佐能乎を解除した護堂は空中から地面に向けて手を伸ばす。護堂の掌から梵字のよる魔法陣のような物が描かれた。

 

 

「来い、九喇嘛!」

 

 

その叫びと共に護堂の足元に煙が湧く。その煙の中から九つの尾を持つ狐が顕れるのであった。

 

 

 








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10話 ~ゆり~

8000ぐらいで抑えようとしたら20000字いった


 神獣の神隠し。かつて日本で起きていた奇妙な呪的事件。この事件の犯人は祐理に自ら語ったとおり草薙護堂に間違いないのだが、彼は一つ嘘をついている。いや、嘘と言うよりは語った内容が少なかった。当時彼はまだ10歳。いつものように修行の一環として山の中を己の呪力を足に集中し、木の枝の裏に張り付きながら飛び回っていた。

 

 そんなときだ、幼い少年が神獣に出会ったのは。本来なら小さな子供が会ってはならない怪獣。例え大騎士クラスの者でも、数十人がかりで完全な連携を取らなければ死人が出るほどの獣。それが神獣だ。そんな熊より恐ろしい存在に出会った護堂が考えたのは怖いではなかった。

 

 

うわ、でけえ。尾獣かな?それとも口寄せ動物?

 

 

 割と呑気だった。そんな護堂に何の為かは不明だが神獣が襲い掛かった。だが護堂は生粋のパワーファイター。生まれながらにして究極と言える力の持ち主。悲しいかな、当時の護堂ですら既に神獣を超えていた。

 

 六道状態に変化し、神威を使い異空間に神獣を転送。護堂もすぐに神威空間に移動。これが委員会の討伐隊が到着した時には、現場には誰もいなかった真相である。神威空間に移動した護堂は神獣と戦闘。結果は言わずもがな。まだ力に慣れ始めたばかりのひよことはいえ、将来にはまつろわぬ神を滅ぼせるほどの大怪鳥に変化することが約束されている護堂に、神獣が敵う訳もなく1ラウンドKOである。

 

 気絶した神獣を見ながら護堂が考えたのはこれどうしようである。神威空間の中にこんなのを置いときたくはなかった。そんな神獣を見ていた護堂にふと悪い考えが護堂の中に芽生えた。あっけなかったとは言えこの獣は多くの呪力を有している。これを使ってあることが出来るのではないかと考えたのだ。しかも護堂を急に襲う以上明らかに危険だ。

 

 これが護堂ではなく、例えば大人の卓越した騎士であっても死んでいたであろう。つまり大義名分もあるじゃないかとなったのだ。

 

 そしてその考えを実行に移す為に護堂は暇さえあれば日本中を飛び回り、神獣を神威空間に捕まえていった。この時奥秩父の山中で一人の少女と出会い、ある約束をしたのだが護堂自身が完全に忘れている為それはまた別のお話。そして彼が中学を卒業する頃に、目標数の神獣が集まった。捕まえた神獣たちは既に護堂の幻術によって、小動物よりも大人しい存在になっていた。その神獣達から護堂は全ての呪力を引き抜いたのだ。外道の所業である。

 

 自らの存在を支える呪力が抜かれた神獣達は存在を保てずその身を消し、ただ多くの呪力だけが残った。そして護堂はその呪力を一つに纏め、ある術を行使した。陰陽遁・万物創造の術。陰遁の力でその呪力体に形を与え、陽遁の力を持って新たな命を吹き込んだ。

 

 形と名のベースとなったのは己の中にほんの少しだけ残っている、前世の記憶の中のとある獣。ある世界において最強の尾獣と呼ばれた存在。こうして九本の尾を持つ狐、九喇嘛は生み出された。

 

 これらがなぜ神隠しが行われたかの真相である。祐理は護堂が人々を神獣の脅威から守る為に戦ったと思っているが、護堂としては素材集めにひと狩りいこうぜの精神だった。祐理にはとてもではないが聞かせられないような真相には違いないのである。

 

 

 

 

 

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 九喇嘛を呼び出した護堂は頭の上に着地、急に呼び出した事について謝るのであった。

 

 

「すまん九喇嘛、もしかして昼寝中だったりしたか?」

「…呼ばれた以上こんわけにはいかんだろう。それよりどうした親父、ワシを呼んで?」

「ちょっと立て込んでいてな。九喇嘛にあいつの足止めをして欲しいんだ」

 

 

 あいつ、すなわち片腕がなくなり全身から血が吹き出ていてもなおエメラルドの瞳をぎらつかせたヴォバン侯爵である。あれだけの怪我を負って戦意が落ちるどころか、むしろ向上している。狼の歯をむき出しにして嬉しそうに笑っているほどである。

 

 事実ヴォバンはこの状況に陥っても楽しんでいた。彼の脳裏によぎるのは初めて神殺しを成し遂げた時の事、いつ死んでもおかしくないほどの絶望的な戦力差。だからどうした。まだ自分には片腕があり、牙もある。空には雷雲も健在。空から火を落としても良いし、なんなら黒きドラゴンに姿を変えても良い。

 

 まだまだこちらには余力があるのだ。それらを武器にまだまだ戦える。それがゆえの闘志。いつだって神殺しの戦いは逆境の中でこそ輝くのだ。

 

 

「…親父、ワシにあれと戦えと言うわけか」

「…すまん、なんであんなボロボロになってもやる気一杯なのか俺にも分からん」

「まあ別にかまわんが。それよりもだ親父、足止めしろというが、ワシがあれを倒してもいいのだろう?」

「お前ってそんな性格だったか?」

 

 

 なぜか負けそうなことを言い出した。九喇嘛は俺の記憶をベースに作ってるから変な思考ノイズでも混ざったかなと、護堂は首を傾げる。ともあれ九喇嘛が戦ってくれるなら護堂はその間に結界生成の準備が出来る。

 

 

「そうだ九喇嘛、これを持っててくれ」

 

 

 そういって懐から札巻きクナイを一本取り出す。それと同時に今から護堂が何をするのかを作戦と共に伝えておく。その言葉に任せろと言わんばかりに頷きを返してくれる。

 

 

「それじゃ後は任せた九喇嘛。抑えきれないなら撤退も視野にいれるんだぞ」

 

 

 護堂の体が九喇嘛の頭から離れ一気に上昇。その場から離脱する。その動きを視線で追い、嫌な予感にかられたヴォバンはその場から離れようとして

 

 

「ウオラアアアア!」

 

 

 九喇嘛に組み付かれ阻まれる。九喇嘛が並の神獣程度であれば今の消耗したヴォバンでも簡単に吹き飛ばし、どうとでも出来ただろう。しかし九喇嘛は護堂謹製の最強の尾獣、複数の神獣のハイブリッドである。その強さはそこいらの野良の神獣とは訳が違う。

 

 まつろわぬ神が相手でも防戦に徹すれば互角以上に戦える九喇嘛の相手をする羽目になるヴォバン。護堂の目論見どおり今のヴォバンには九喇嘛以外に注意を向ける余裕がなくなるのであった。

 

 

 

 

 

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 九喇嘛から離れた護堂の手には6本の杭が握られている。それを湖の岸に沿って打ち込む為に飛んでいた護堂の呪力探知に、覚えのある反応があった。

 

 

「……これは、エリカに万里谷に、それに…リリアナさんと誰だ?」

 

 

 この四人以外にも点々と呪力を感じるが一番近いのは護堂の知人達。

 

 

(ここにエリカ達がいたら危険だな。俺の術に巻き込まれるかもしれない。離れるように促さないと)

 

 

 結界の下準備をする前にそちらに向かう。たった数秒でエリカたちの元へと到着する。護堂が地に下りた瞬間、彼女らの背に震えが走る。護堂の六道仙人モードは何もしていなくとも強烈な威圧感を伴う。ヴォバン侯爵のような連中には何の効果もないが、それ以外なら視線だけで動けなくなるほど。慣れているエリカですらいまだに一瞬だがびっくりすることがある。その反応に慣れている護堂はすぐに通常状態に戻る。

 

 

「なんでここに来たエリカ。俺やあの爺さんの流れ弾に巻き込まれたらどうするんだ!」

「前に言ったはずよ、私は護堂の右腕として常に傍にいるって。覚えてないのかしら?」

「…言ってたなそういえば。…じゃなくて、まずはここから逃げるんだ。時間がかかるようなら俺の飛雷神で飛ばすし…」

「逃げろ、ねえ。あなた今回は何をするつもりなの?サルバトーレ卿の時みたいに突貫工事でもするのかしら?」

「…矢を使うか、九喇嘛と共鳴尾獣玉をやるつもりだ」

 

 

 矢に共鳴尾獣玉。その破壊力をエリカは知っている。そしてその破壊力ゆえに護堂がそのまま使うとは思わない。

 

 

「そう、あれを使うのね。けれどもそのまま使うわけではないでしょう?もしあれを使ったら周囲一帯が吹き飛ぶものね。…その杭は確か六赤陽陣を張る為の物よね?」

「…そのつもりだが…何を考えてる。まさか手伝うなんて言わないよな?」

「あら、まさかも何もそのつもりよ」

「駄目に決まってるだろ。結界を張っても全ての威力を防げるか分からないんだ。もし少しでも漏れたらそれだけでエリカたちが死ぬ。いいからここから離れるんだ」

 

 

 エリカの考えぐらい護堂にも読める。だかそれを受け入れるわけにはいかない。これは護堂の我侭で始めた喧嘩だ。既に色々な人に迷惑を掛けているが、だからといってこれ以上誰かを巻き込むつもりはない。それゆえにエリカの申し出を承服するわけにはいかない。

 

 しかしエリカの方が護堂の考えを受け入れない。渋い顔をしている護堂に近づき、耳元にそっと囁きかけてくる。

 

 

「ねえ護堂、確かにあなたにとって私のサポートは必要ないのかもしれないわね。正直な話足手纏いにしかならないのは分かっているわ、悔しいけれども。だからこれは私の我侭。私が護堂の役に立ちたいの。護堂ならこの意味が理解できるでしょ?」

 

 

 確かにエリカの言うとおりだ。本気の護堂には只人のサポートなど必要ない。例えそれがエリカほどの天才だとしてもだ。護堂自身に大量の手札がある上に、呪力量は単独で月を生み出せるほど。安定して権能級の高火力を維持し、必要ならそれらを上回る超火力を行使できる。

 

 エリカたちでもサポートできるような今回の杭打ちでも影分身で数を補える。簡単に言えば護堂は神や神殺しと比べても最高と呼ぶにふさわしい性能を持つ。まだまだ経験が乏しい為、今回の戦いのように苦戦を強いられる事が多いがそれでもスペックだけでヴォバン侯爵ほどの相手を追い詰めるほど。

 

 ゆえに護堂は一人で何でもやれる。だから今回のエリカの嘆願を跳ね除けた所で何かしらの支障があるわけでもない。だが

 

 

「………………」

 

 

 妙に苦しそうな顔をする護堂。その手の論法を自分に使うのははっきり言って卑怯だと思った。正しさよりもまずは自分が何をしたいのか。それは今まで生まれてきてから護堂が続けてきた生き方だ。そして護堂がそんな生き方をしてきたのをエリカは知っている。だれよりも深く心で繋がったことがあるがゆえに。だからこそ護堂が断れない言い方をする。

 

 

「…分かった。ただし杭を湖周辺に打ち込んだらすぐにここから離れるんだ。これだけは守ってくれ、いいな」

「了解!…というわけで、リリィに甘粕さん、行くわよ」

「ああ、やっぱりこれ私も手伝う流れだったんですね。なんというか神話の住民Aになった気分ですよ。むしろどんなとんでも技が飛び出すのか楽しみなくらいですね」

「…タクシー代わりに土木工事の手伝い。私の騎士道とはいったい…」

 

 

 エリカが護堂の手から杭を受け取り、なぜか楽しそうな甘粕と不服そうなリリアナを連れて離れていく。そして残ったのは護堂と

 

 

「あれ?」

 

 

先ほどから一言も喋らないどころか身じろぎすらしない祐理だけであった。一見すると完全において行かれた形だがエリカは意地悪でそうしたわけではない。ただ湖が広大な為迅速に動く必要があるので鈍足の祐理が荷物にしかならないので置いて行ったのだ。

 

それに下手に逃げるよりは護堂と共にいるのが一番安全だ。その判断の上でエリカは祐理を残していったのだが、護堂としては気まずい。この戦いは祐理をヴォバン侯爵に渡さない為に護堂が始めた戦争。

 

そんな戦を始めた理由はヴォバンとの会話の中で気づかされた、祐理との日常の中でいつの間にか護堂の中に育まれていたある感情。そんな感情を抱いたままで祐理と二人だけ。護堂もなんと話しかければ良いのか分からない。とはいえここで逡巡していても何も始まらない。

 

九喇嘛がヴォバンを足止めしてくれているがそれも何時までも続くわけではない。呪力を練り高める前に祐理だけでもここから逃がそうと近づこうとしたところで

 

 

「草薙さん、リリアナさんから話は聞きました。どうして今回ヴォバン侯爵が日本に来たのかを全て」

 

 

祐理が口を開く。今回の闘争の渦、その中心にいるとは思えないほどの穏やかな声。その声に護堂の足が止まる。足を止めた護堂に対して祐理の言葉は続く。

 

 

「エリカさんが言っていました。私が狙われたなら草薙さんが侯爵と争いになるのは必然だと。…それらの話を聞いた上であなたに問います。どうしてこのような無茶をされたのですか?」

 

 

祐理の言葉にあるのはただただ疑問。ここに来る前、更に言うならリリアナに話を聞くまでは護堂に怒りの感情を彼女は持っていた。避難勧告を出し、霞ヶ浦の周辺住民何万人に大迷惑をかけた護堂。

 

自分が彼に抱いていた誠実で大人しそうなあり方は幻に過ぎず、所詮は暴虐の化身である羅刹の君なのかと疑ったほどだ。だが護堂が何の為に剣を執ったのか。その理由に自分が関係していると知った時に怒りが疑問に変わった。エリカは護堂の性格ならそうするだろうと言っただけで、彼女も詳しい理由を語らなかった。それゆえに護堂に質問する。なぜなのかと。

 

 

「…そうか、全部聞いたのか。だったら分かるだろう、もし万里谷があの爺さんに連れて行かれたらどうなるのか。あいつの逸話を考えたら万里谷が攫われても委員会は動かないんじゃないのかな?」

「そうですね、私一人差し出すだけで侯爵の持つお力をこの国に向けられるのを防げるなら、正史編纂委員会の方々はそうします。それが最善だからです」

「……自分のことなのにずいぶんと他人ごとみたいに言うんだな。もしかして分かってないのか?神を呼び出す儀式なんて代償なしで出来るものじゃないだろ。そんな儀式の触媒にされたらどうなるのか、本当は分かってないからそんな風に言えるんじゃないのか?」

「いいえ、どうなるのか知っています。その儀式でしたら四年前にも参加していますから。大丈夫なことは経験済みです」

 

 

その言葉にほんのわずかに護堂の目が普段よりも開かれる。今の話は初耳だった。

 

 

「今回が初めてじゃなかったのか。あの爺さんどれだけ神様と戦いたいんだよ。…それでだ。その儀式に参加しても無事だったから今回も大丈夫だと?」

「そうです、これ以上草薙さんが侯爵と争う必要はないんです。今すぐにでも私を引き渡してください」

 

 

わずかに俯きながらの言葉。ほんの少しだけ震える肩。その震えが雨に打たれ、体が冷えた事によるものでないことぐらい護堂にだって分かる。

 

祐理が自己犠牲を良しとする性格な事ぐらい承知だ。そんな彼女が出したであろう結論。恐らく護堂が絶対に賛同出来ない答え。それを否定する為に護堂が祐理に近づき俯いたままの顔の頬を両手で掴み、視線を自分に向けさせる。

 

 

「く、草薙さん?」

「本当にその儀式は大丈夫な物なのか?祐理の体や精神に何も異常はなかったのか?」

「…はい、私には何もありませんでした」

「そうか、私には何もなかったのか。…まるで万里谷以外にも参加者がいたみたいな言い方だな」

 

 

護堂の言葉に祐理があっと気づく。その反応は護堂の言葉を肯定する物。嘘をつくことになれていないがゆえの悪手。

 

 

「どうやら他にも参加者がいたみたいだね。じゃあ、質問を変える。万里谷を除くと何人いたのかな?あと他の子達はどうなったのかな?」

 

 護堂の目が祐理の目と合う。こんな詰問染みたことをしなくても護堂なら幻術を使うことで無理矢理にでも聞きだせる。だがそれをしない。

 

もしここに来てなお彼女が嘘をつくなら、これ以上はなにも聞かず飛雷神でここから無理矢理退避させるだけ。それで祐理との関係が拗れても構わない。護堂にとって重要なのは祐理がこれから先も普段通りの日常を送れること、それだけだ。そんな本気が伝わったのか祐理が観念し、四年前の儀式でなにがあったのか語る。

 

 

四年前ヴォバン侯爵が一つの儀式を行った。まつろわぬ神を招来させる儀式。その儀式の為に三十人弱の巫女が集められた。その中の一人に祐理も混ざっていた。そして儀式が行われ、まつろわぬ神が降臨した。しかしその儀式を行った巫女達はただではすまなかった。

 

儀式に参加した巫女の内二十人近くが発狂。心が壊れたのだ。そんな儀式に祐理はまた参加すると言う。

 

 

「そんな結果でどこが大丈夫なんだ、自殺するようなものじゃないか。万里谷の提案は却下だ」

「ですが…それでは草薙さんが、…草薙さんは確かに侯爵を超える程の実力をお持ちです。今までの戦いを見ていたら分かります。それでも万が一、万が一草薙さんが亡くなられたら…。それにこれ以上お二人が戦えば周辺の被害が更に増えるはずです。ですから…

もう…」

 

 

前回が無事だったから今回も大丈夫。そんな事祐理自身が信じていない。だが彼女にはこれ以外に良い選択が思いつかないのだ。自分ひとりが我慢すれば丸く収まる。それで戦争と呼ぶべき闘争が終わるなら上々のはずだ。それに護堂がこれ以上祐理の為に傷つく必要などない。

 

そんな想いがあるからか、彼女の目からほんのわずかに涙がこぼれる。その涙も雨に混ざりすぐに見えなくなる。だが確かに護堂は見た。少しであろうと彼女は泣いている。もし己一人の事なら祐理の気丈さなら、感情を全て押し殺し見せなかっただろう涙。それでも抑えきれなかった。

 

その涙を見たとき、護堂の体が勝手に動いていた。かつてエリカにもやったこと。彼女の体を引き寄せ抱きかかえる。突然の事に祐理の体が強張る。

 

 

「確かに万里谷のいう事が正解なんだろうな。実際あの爺さん相手に俺は戦えてるけど、俺の方が倒れてた可能性もあったよ。何万って人が俺達のせいで迷惑を被ってるし、当分の間はこの地域一帯は人が住めなくなるだろし」

「なら…」

「ただ俺が嫌なんだ。万里谷を差し出して自分の安寧を得るなんて真似は出来ない。もし自分達の生活と安全の為にさっさと引き渡せなんて言う奴がいたら、そいつの家に真っ先に螺旋手裏剣を撃ち込んでやる」

 

 

 あまりの言い草に抱き抱えられたこととは別に祐理の呼吸が止まる。だが護堂が言った事は嘘ではない。護堂が普段は大人しい為呪術関係者も勘違いをしているが、護堂は別に正義の味方でもなんでもない。むしろその精神は実に人間らしく身勝手で我侭だ。

 

 護堂が大切だと思う人と顔も見た事のない大衆。天秤に載せ、どちらかを選べと言われたら躊躇いもなく護堂は知人を選ぶ。今回のように東京の真ん中で戦端を開くような真似はしないが、さりとて戦わないという選択肢は選ばない。その選択は祐理を諦めるという事。そんなもの最初から考慮外だ。

 

 

「あの爺さんについて行けば良くて廃人、悪ければ万里谷は死ぬ。そんな未来は俺はごめんだ。…万里谷、もう一度だけ聞く。本当にヴォバンの爺さんの元に行くのか?自己犠牲や俺の為なんて言葉じゃなくて、万里谷の…本音が聞きたい」

「…………私は、ッ私は!……」

 

 

ことここに至ってなお、彼女は悩んでいた。護堂は祐理がいなくなるのが嫌だと感情をぶつけてくる。それははっきり言えば悪だ。理屈で考えるならここで祐理がヴォバンの元に行くのが正解。民主主義に則っても多数決でそうなるだろう。だから行きます。そう一言告げるだけ。

 

だが出来なかった。護堂に抱擁され、もっと一緒にいたいと言外に告げられた時に心で思ってしまったのだ。自分もそうだと。その本来なら決して祐理の真面目な性格なら持たなかったであろう感情。それが祐理の理屈に基づいた発言を遮ろうとする。

 

そんな祐理の温かさを腕の中に感じながら、護堂は自分が彼女の事を守りたいと思ったのは間違いではなかったと実感を得ていた。これは身勝手な話ではあるが、もし祐理が自分の安全だけを優先し、護堂に侯爵を倒して欲しいなどと言うタイプであったなら護堂は彼女の為に祐理自身が望んでも力を奮ってなどいない。

 

自分の生命が脅かされているのにそれでも我慢し、地域住民や護堂の為に自らを犠牲にしようとする。護堂が呪力を使わなくとも力を入れるだけで壊れそうな華奢な体に溜め込もうとする。どこまでも心優しく真面目で気丈と言える少女。

 

そんな彼女のあり方が尊く、きれいだと思ったからこそ護堂もいつの間にか惹かれていたのだ。これもまた自分勝手な話だが、あの時ホテルでヴォバンから告げられた名前が祐理ではなく護堂の知らない巫女であったなら、恐らくヴォバンと戦おうとは思わなかっただろう。護堂は名も知らない者の為に命を懸けるほど酔狂ではないのだ。

 

 祐理を通して委員会に侯爵がこれこれこういう名前の少女を狙っていると伝えるくらいだ。その段階で委員会の方から救援要請があれば助けに行くぐらいはするだろう。そして助けに行ったとしても腕が噛み千切られた辺りで護堂自身のやる気がなくなり、降参していた可能性がある。

 

 だが己の大切な人、エリカや静花、一郎や祐理が危機に陥ったなら例え心臓が潰されようと体を二つに裂かれようと護堂は己の持つ力全てを使って助けようとする。もし死んだとするなら己の命を使ってでも、蘇らせる。無論護堂が死ぬ前に彼女らの命を奪った存在を、護堂自身が禁じ手にしている全ての手札を使ってでもこの世から葬り去る。草薙護堂はどこまでもそういった愚者の生き方しかできないのだ。

 

 だからいまだに悩んでいる祐理に言葉をかける。彼女に選べないなら、護堂が選ぶ。護堂の我侭で泣くものがいるなら諦めろ。草薙護堂は例え権能を簒奪できていなくとも、そのあり方はどこまでも魔王なのだから。

 

 

「万里谷、今からとても酷い事を俺は言う。だから俺のせいにしろ。この先誰になにがあってもそれは万里谷のせいじゃない。これは俺が始めた我侭なんだ、他の誰でもない俺が始めた喧嘩だ。……万里谷は自分の意思に関らず俺の物にされた。万里谷はただ無理矢理俺に唆されただけ。俺が自分の手篭めにした少女を他の魔王に奪われようとして、怒りで持ってこれに応えた。これが今回の真実になる」

「…………!!」

 

 

 護堂が何を言いたいのか。その言葉に含まれた感情。祐理が責任を負う必要はない。もし誰かが今回の事を糾弾するなら護堂が全て背負うとどこまでもまっすぐに伝えてくる。その瞬間に祐理の中で感情が弾けた。

 

 

「…草薙さん、…私を、どうして…そこまで…」

 

 

 そんな彼女の言葉にもう護堂は何も言い返さない。ただほんのわずかに腕に力を篭める。これが護堂からの答えだ。なにがあっても手放さない、彼女が拒むその時まで。だから今は雨で冷えた彼女が少しでも温かくなるようにと、その身を強く抱きしめるのであった。

 

 

 

 

 

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 護堂と祐理がお互いに密着しあって既に結構な時間が経っていた。今も九喇嘛とヴォバンの戦いは続いている。九喇嘛あたりがここでこうやって、戦場のラブロマンスが展開されているのを知ればいいから急げよと怒るだろう。護堂も流石にこれ以上は時間がないかと名残惜しいが祐理から離れる。

 

 

「それじゃ万里谷を飛雷神で安全な場所まで飛ばすよ。東京なら結構色々な所にマーキングしてあるから、指定があるならいけるぞ」

「…草薙さん、……いえ、護堂さん。この戦いを私は最後まで見届けます。当事者でありながら安全な場所に避難など出来ません」

 

 

 祐理の目にはもう涙はなかった。ただ決意を瞳に加え、護堂を見る。

 

 

「しかしだな、この戦いはそもそも万里谷を危険に晒さないために始めた事だしな…」

「…それにですね、その、さきほどの護堂さんのお話では私は手篭めにされたのですよね?ですから、これはあなたを好きな少女が慕ったがゆえの願いです。叶えてくれますよね?」

「えっと、それって…」

「い、いえ、これはですね、護堂さんの作り話に便乗したと言いますか、話に現実味を持たせる為のお願いです!」

 

 

 自分が口走った事が急に恥ずかしくなったのか、祐理が慌てふためく。護堂はそんな彼女にまた近づき、今度は頭をなで始めた。

 

 

「とりあえず落ち着こう。言ってる事が支離滅裂になってるぞ」

「…取り乱してしまってすみません。その、こんなふつつかものですが、末永くよろしくお願いいたします」

「うん、……うん?」

 

 

 なぜだろう、彼女の言葉がどうしても嫁入り前のそれに聞こえるのだが。もしかして俺はなにか彼女の開いてはいけない扉でも開いてしまったのだろうかと護堂は悩む。そして考えるのは本当に祐理と結婚した未来図。護堂の想像の中で祐理とエリカが子供の教育方針で喧嘩している姿が浮かぶ。自然になぜか二人と結婚している図が出る辺り、自分は本当にあれな気質だなと我ながら呆れる。

 

 

「…下手に逃げるよりは俺といたほうが安全か。それじゃいくぞ万里谷、途中で怖くなっても降ろさないからな」

「はい、あなたがどこに行こうとお供いたします!」

 

 

 祐理を護堂はまた抱き寄せる。それと同時に六道状態に変化する。六道仙人モードに変化した途端に、祐理の体が今まで以上に強張る。だがそれもすぐに弛緩し、むしろ護堂の体に身を委ねるように預けてくる。

 

 

(本当は俺のこの状態が怖いだろうに無理して。…ああもう可愛いなちくしょう!万里谷は俺を悶え殺すつもりか!)

 

 

 馬鹿な事を心の中で口走っているが、この瞬間に護堂の色々なやる気が恐ろしいほどに上がる。それに合わせて莫大な呪力も荒ぶり始めた。最初は祐理の数千倍程度の呪力しか感じられなかった護堂のそれ。それが数万、数十万と跳ね上がる。

 

 もはや祐理に分かるのは途方もないという事。その呪力を飛翔能力に使い、護堂の体が一気に上昇する。飛び上がる時に、祐理の身を守る事も忘れない。護堂達は雲に突入。それと同時に二人を守るように須佐能乎が展開される。そして雲海を抜け、雲の上に飛び出た。

 

 

「……凄い……」

 

 

 祐理の目に移るのはどこまでも広がる空と白い雲。人類が長い時をかけて目指した場所。魔女達でも届かない神域、神々や魔王だけに許された風景。それに祐理の心が奪われた。祐理が何に感動しているのか六道状態の護堂は呪力を通して感じ取る。その感動に水を差すような事はしない。

 

 どうせ今からやる事はただ一矢をヴォバンに中てる。それだけなのだから、その間は風景観察で楽しむのも悪くないだろう。

 

 

「もう太陽も沈む所か。ずいぶんと長い間俺と爺さんは戦ってたんだな。…この一撃で決めてやる」

 

 

 既に杭が6本とも打ち込まれているのは感じ取っている。エリカたちも大分遠くまで逃げているのも呪力感知で護堂は確認済みだ。この長かった一日にケリをつける、その一念で高めた呪力を一つに集める。集まった呪力がいつの間にか須佐能乎の手に握られていた弓に番えられる。

 

 番えられた呪力が矢の形を取り、雷の性質を与えられた。護堂の攻撃術の中でも最大級の代物、インドラの矢。それを雲の下、ヴォバン侯爵に向ける。それと同時に結界を起動し、ヴォバン侯爵を滅ぼす破滅の矢が解き放たれたのだった。

 

 

 

 

 

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 九喇嘛とヴォバンの体が衝突する。両者のぶつかり合いでもう何度目かも分からないが、大気がはじけ飛ぶ。九喇嘛を殺す為にヴォバンが零距離で口から雷を放つ。九喇嘛に直撃。ヴォバンから吹き飛ばされる形で九喇嘛が引き剥がされる。

 

 しかしすぐに立ち上がり突撃出来るように体勢を整える。その結果に舌打ちを一つヴォバンが零しそうになる。今のヴォバンは弱っている。それでも並の神獣程度なら即死させる雷を放つことは出来る。だというのに目の前の狐は倒れない。それだけ九喇嘛が強固に出来ているのだ。

 

 事実九喇嘛は要塞といってもいいほどの耐性を誇る。例え万全のヴォバンでも殺しきれるかどうか。

 

 けれども攻めあぐねているのはヴォバンだけではない。九喇嘛もこの巨狼を倒すつもりの攻撃を凌がれているのにいささか腹が立っていた。

 

 

(親父が足止めだけでいいというだけの事はあるか。ボロボロになればなるほど戦意が高揚するとはの。厄介な手合いだ)

 

 

 そのままにらみ合いの膠着状態に入る。どちらが先に仕掛けるのか。それを互いに探り、読む合っていたときにそれは起こった。九喇嘛達のはるか上空から急激に呪力が放出され始めたのだ。

 

 

「やっと準備が整ったか。全く遅いんだよ」

「この力は…あの小僧か!?」

 

 

 ヴォバンの気がそちらに少しだけ逸れる。そのヴォバンに向かって九喇嘛が今まで使用を控えるように、護堂から厳命されていた尾獣玉を今日始めて使う。九喇嘛の最大火力を誇る術尾獣玉、その威力は富士山を消滅させるほどだ。

 

 それゆえに護堂の準備が出来るまでは使わなかったのだ。九喇嘛の開いた口に薄紫色の直径十mほどの球体が出来る。それをヴォバンに発射。ヴォバンが自分に飛んでくる玉に気づき、防御するために呪力を高める。高めた力を手に集め尾獣玉を迎撃するためにぶつけた。

 

 

「ぬうううううう!」

 

 

 ヴォバンのうめき声。彼は今全力で九喇嘛の尾獣玉を逸らそうとしている。魔王の本気の抵抗、その執念は少しずづだが尾獣玉を押し返し始めている。あと少し時間をかければこの攻撃を弾き飛ばせるだろう。だがヴォバン侯爵にとって残念な事にこの尾獣玉ですら陽動に過ぎない。

 

 霞ヶ浦を覆うように半透明の赤い壁が出現する。護堂の結界、六赤陽陣だ。それが起動するタイミングで九喇嘛がヴォバンの前から掻き消える。護堂があらかじめ渡していた飛雷神のクナイで結界の外に飛ばしたのだ。そして九喇嘛が消えた直後、それは空から堕ちて来た。

 

 侯爵の風雨雷霆すなわち嵐を操る権能『疾風怒濤』により発生していた雲。そんな空を覆う分厚い雲を散らし、ただまっすぐにヴォバンの滅びが彼目掛けて飛来する。速度はそれほど速くない。だが今の尾獣玉を迎撃するために意識を割いているヴォバンは例えそれに気ついていたとしても、対処の仕様がない。

 

 インドラの矢があっさりと狼の頭を貫通し破砕する。それにより尾獣玉を抑えるのに使っていた力も霧散。そして尾獣玉とインドラの矢が共鳴し、同時にその力を解放。万雷と閃光それと衝撃波と熱を撒き散らし、湖もろともヴォバンの巨狼の肉体を蹂躙し結界内部を尽く破壊しつくすのであった。

 

 

 

 

 

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 インドラの矢を放った護堂は祐理と共に地上に舞い戻り、九喇嘛のいる場所に来ていた。

 

 

「ありがとうな九喇嘛、お前がいなきゃこんな作戦は立てられなかったよ」

「礼なぞいらん、ワシは親父によって生む出された身だ。親孝行の一つぐらいはせんとな」

「…それでも言うさ。本当にありがとな」

 

 

 その言葉にふんとわずかに九喇嘛が鼻を鳴らす。そんな二人のやり取りに不思議そうに祐理が反応する。

 

 

「その、護堂さん。こちらの九尾の狐、九喇嘛さんは護堂さんの神獣になるのでしょうか?」

「うーん、生まれた経緯は俺が関ってるけど別に俺のってわけではないぞ。…その辺りについてはまた今度説明するさ。それよりもすまん万里谷、本当なら空の遊泳をもう少ししても良かったんだが中断させてしまって」

「い、いえこれに関しては護堂さんにあのような事を言っておきながら、空の風景に状況を忘れて見入った私が悪いので謝らないでください」

 

 

 こんなやり取りをいまだに抱き合ったまま祐理と護堂はしていた。そしてこの会話からこの少女は親父の彼女かなにかだろうと九喇嘛は推測する。準備が少し遅れた理由もなんとなく察した。護堂に対して少し冷ややかな視線を送る。それを受けた護堂が九喇嘛に対してすまんと謝罪する。

 

 一応護堂は九喇嘛の創造主にあたるのだが、このやりとりでなんとなくこの主従の関係が掴める。そんなこんなをしている内に九喇嘛の口寄せ時間の限界が来た。

 

 

「それじゃあな親父、ワシはそろそろねぐらに戻る時間だ」

「そうか、もうそんな時間か。…なあ九喇嘛、こっちで暮らさないか?あんな無人島で一人でいてもつまらないだろう。今の俺は何の因果か魔王なんて称号を得たからな、委員会か赤銅黒十時に頼めば何とかなるとは思うんだが」

「その気遣いはいらん。あの島はワシのために親父が作ったものだろう?それにあそこは静かだからな、昼寝をして怠惰に過ごすにはうってつけだ」

 

 

 そんな軽口を最後に九喇嘛が煙と共にその場から姿を消す。後には護堂と祐理だけが残る。

 

 

「ところで護堂さん。これは…どうしましょう…」

 

 

 祐理が言うこれ。その正体は言われなくても分かる。既に解除されているが結界内部にあたる場所、護堂のインドラの矢と九喇嘛の尾獣玉がコラボした元湖。そう元湖なのだ。六赤陽陣で被害を抑えたとはいえその内部はとんでもない有様になっている。有体にいうと何もなかった。

 

 霞ヶ浦の水が全て蒸発した、などという生易しいものではない。文字通り何もかもがなくなっていた。護堂の張った結界の形に大地ごとごっそりと消えているのだ。穴は深くどこまで消えたのか判別すら出来ない。間違いなく縦に千m以上が消し飛んだ。

 

 広さのほうもとんでもない。霞ヶ浦は上から見るとYの形に見えるがその下半分が全てない。まだかすみがうら市を含む上部分は残っているとはいえ事実上霞ヶ浦が、関東平野一の面積を誇る湖が地図から失せた。この結果に祐理から護堂に対して叱ろうとする意思まで消滅させてしまう。

 

 人類では絶対に再現できない災害。まさしく魔王にふさわしい所業だった。

 

 

「ああ、これぐらいなら大丈夫だよ。ちょっと時間はかかるけど、大地を創って水を戻すぐらいならなんとかなるさ。後は俺が隕石を落としたゴルフ場も修復しないとな」

「そうですか、なんとかなるのですね。…なんでしょうこの気持ち、とても複雑な感情を護堂さんに抱いてしまうのは」

 

 

 修復できるから吹き飛ばしてもいいものではないだろうと思うのだが、護堂に理屈を説いても意味がないのは今日のやり取りで十分に祐理は学んだ。それよりも彼女には優先したいことが一つあった。先ほどから護堂にずっと抱かれたままなのに羞恥を覚えたのだ。

 

 

「護堂さん、そろそろ離していただけると嬉しいのですが」

 

 

 そのお願いに護堂もどうしようかと考える。祐理の服はまだ濡れたままで体の冷えも取れたわけではない。そして何よりも大切なことがある。護堂本人がもう少しだけこのままでいたいのだ。

 

 とはいえ祐理は耳まで真っ赤になるほどの恥ずかしさを覚えている。これ以上は我侭が過ぎるかと離れようとして

 

 

「…おかしい。あの爺さんが倒れたならどうして嵐が止んでいないんだ」

 

 

 空を見上げながら護堂が急にぽつりと呟く。護堂が感じたのは強い違和感。この嵐はあの老人が起こしたものだ。雨は止んでいるが依然空は雲に覆われている。その上護堂の矢が開けた穴も少しずつ塞がりつつある。

 

 そして祐理も違和感を感じ始めていた。先ほどまで感じていた羞恥心が拭われるほどの胸のざわつき。なにかがおかしい。それを護堂の伝えようとして矢先に、今まで以上に祐理が強く抱きしめられる。

 

 

「きゃあ!」

 

 

 祐理が短く悲鳴を上げるがそちらを気遣う余裕がない。彼女をしっかりと抱きしめた護堂がその場から全力で離れる。その護堂達を追うように空から火炎弾が降り注いだ。

 

 

 

 

 

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 落ちる。落ちた。ただ空から破壊の炎が逃げる護堂を追いかける。流星の如き劫火に逃げながらも護堂は応戦。求道玉を使い当たりそうなものだけ弾き飛ばす。護堂に対して炎を放つ存在。それは空を悠々と飛ぶ黒き竜であった。黒瑪瑙色の鱗をした巨大な竜。護堂の完成体須佐能乎サイズのドラゴン。それが口から火炎弾を吐きながら追いかけているのだ。

 

 

「古き地母神………冥界へ下りけれども蘇る女神……………彼女もまた地母神として蛇との関りを持ち死を否定する……護堂さん、あのドラゴンの正体は侯爵です。メソポタミアの地母神イナンナから簒奪した権能による復活です!」

「それが万里谷の霊視による啓示って奴か。…てかやっぱりあのドラゴン爺さんだったんだな。呪力の性質からそうじゃないかと思ってたけども。それでイナンナだって?昔家の本で読んだ事があるぞ、確かメソポタミア神話の女神だよな」

「護堂さんの仰るようにかの女神は古代シュメールに起源を持ちます。そんな彼女のエピソードの中でも有名なものは冥界下り、一度死んでも条件付で地上に戻ることが約束されました。ですから…」

「そんな女神を殺して簒奪した権能の力は死んでも蘇る事が出来るってわけか。俺の持つ力も大概だけど、あの爺さんもとんでもない切り札を持ってたわけだ」

 

 

 護堂はすでにあのドラゴンブレスの威力を見切った。これなら求道玉や須佐能乎で十分に防げる。そう判断し、逃げるのを止め足を止める。ヴォバンも口から火を吐くのを止め、上空で停止する。

 

 

「これを使うまで追い込まれるとはな、実に感服したよ。貴様は私が知る限りでも最上級の敵だ」

「体が完全に消し炭になっても大丈夫な奴に何言われても嬉しくねえな。……一度死んでるんだから国に帰れよ」

 

 

 護堂が言っている内容が実に矛盾を孕んでいるが神域にいるものにとって、一度死ぬぐらい珍しくもない。どうせ護堂が何を言った所で聞く耳をヴォバンは持たないだろう。抱えてた祐理を降ろし、護堂も臨戦態勢に入る。そんな護堂の袖口が引っ張られる。

 

 

「どうした万里谷?」

「護堂さんはまだ侯爵と戦われるのですね。…ここまで出鱈目な事をしたのですから、必ず勝ってください。もし負けたりしたら、護堂さんの事を絶対に許しません。ですからこれはですね、その、あなたが勝つためのおまじないのようなものです!」

 

 

 今からすることは祐理では絶対にしなかった事。だからこれは二人の魔王の戦意に当てられた少女の一時の気の迷いのようなものだ。そう自分に言い聞かせ、耐え難い羞恥を振り払い彼女の人生の中でも最も大胆な行動にでる。自分の唇で護堂の唇を塞いだのだ。

 

 

 そしてすぐに離れる。離れた祐理はもはや赤くない所がないのではないかと思うほどに顔や耳を真っ赤に染めながらも、視線だけは外さず護堂のほうをただ見つめている。護堂の方はというと、今の触れ合いで祐理の心に触れた。彼女の唇を通して伝わってきた様々な感情。

 

 だが一つとしてそこには負の物はなかった。その事実に護堂の口がわずかに緩む。多幸感を胸に護堂の体が宙に浮き、ヴォバン目掛けて突撃する。ヴォバン侯爵と草薙護堂の戦争、後に霞ヶ浦の決戦と呼ばれる事になる戦の最後の幕が開けた。

 

 

 

 

 

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 音速超過の速度でヴォバン目掛けて突撃した護堂は呪力を拳に集中。そのままヴォバンの腹に叩き込む。ドラゴンが反応できずに呻きながら空高くまで飛ばされる。

 

 

(やっぱりもうあの爺さんにはほとんど力が残っていない。死からの復活はあいつにとっても負担が大きいんだ。ならこのまま叩き潰すまで!)

 

 

 吹き飛んだヴォバンに向かって螺旋手裏剣を投擲する為に呪力を手に集中させる。今度こそ最後の一撃だと投げようとした瞬間に、護堂の六道仙人モードが解除され螺旋手裏剣が霧散した。

 

 

「あッ」

 

 

 護堂が解除したわけではない。護堂の六道仙人モード、確かにこの状態は最強と呼んでも差し支えないのだが常時維持できるわけではない。負荷がかかり過ぎると強制的に解除されるのだ。解除された結果、普通の仙人モードになってしまい輪廻写輪眼が黒目の部分に十時模様が浮かんでいるだけの目になる。服も髪も元に戻る。

 

 

(しまった!さっきのインドラの矢で一気に消耗しすぎたのか)

 

 

 ここに来て護堂の最大の弱点が露呈した。護堂最大の弱点、すなわち経験不足である。護堂はたしかに強い、生まれたときから神域に至っていた。そう至っていたのだ。そのせいで神様達と戦うまでは苦戦することがなかった。影分身を使い模擬戦をしていたがそれにしても所詮は模擬戦、命がけの戦いではない。

 

 つまり護堂はヴォバン程の強者との戦いにまだまだ慣れていない。結果としてペース配分を完全に間違えた。先の事にしてもインドラの矢を使う必要はなかった。戦意はあっても、ヴォバンは既に死に体であった。そんな相手なのに使ってしまった。

 

 ただ経験不足の護堂は、経験不足であるがゆえに適切な手札の切り方にまだまだ不慣れ。そのせいで今セルフでピンチに陥っていた。

 

 

 護堂の放っていた呪力が急激に落ち込んだのを好気とみたヴォバンが空から降下し、巨大な手で護堂をはたく。六道状態ならその程度の一撃簡単に避けただろう。だが今の護堂はただの仙人モード、通常状態よりはましだが六道状態に比べると遥かに劣る。護堂を襲ったのは全身が砕けそうな衝撃。もし仙人モードまで解除されていたらこれで死んでいたであろう。地面近くまで墜ちる。

 

 

(まずいぞ、どうやってここから勝つ。考えろ、考えろ)

 

 

 仙人モードでも小高い丘を突き崩すぐらいの火力は出せる。だがこれ以上戦いを長引かせれば仙人モードまで解除されかねない。ヴォバンも弱っている以上もしかしたら先に向こうが倒れるかもしれない。だが駄目だった場合、護堂の勝ち筋は完全になくなる。

 

 そうなればもう祐理を守れる人はいなくなる。そんな賭けにでるわけにはいかない。ゆえに護堂は更に考える。今のドラゴン体の侯爵を倒すにはどうすればよいかを。そして一つ思いついた。あの老人を確実に抹消出来る方法。それを実行に移す為には護堂が一度死ぬ必要がある。

 

 ちらりと祐理がいる方向を見る。彼女が祈るように最後の戦いを見守っている。それで決心がついた。

 

 護堂に向かってヴォバンが再度突撃してくる。口を開き噛み砕かんと接近する。それに合わせて護堂が片目だけを輪廻写輪眼に変える。剣山の如き牙に噛み砕かれる直前、輪廻写輪眼の中心に花が咲く。そして噛み潰されヴォバンの口内で火炎に護堂の体が焼き尽くされるのであった。

 

 

 

 

 

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「…そんな…」

 

 

 あたりも暗くなったとはいえ祐理は呪術を学ぶ身だ。闇を見通すぐらいは出来る。そんな彼女の眼に映るのはドラゴンの口の中に消える護堂の姿。端的にいって護堂は死んだ。もしかすると侯爵のように復活できるのかもしれない。しかし待てども何も起きなかった。

その事実に祐理の膝から力が抜ける。

 

 

「強敵といっても最後はあっけないものだ。さて巫女よ一緒に来てもらうぞ」

 

 

 護堂を殺害したヴォバンが祐理の元まで近づき巨大なドラゴンの手で掴み取ろうとしてくる。その魔王に向けられた祐理の目にほんのわずかに生気が戻る。

 

 

「いいえ、まだです。護堂さんは死んでいません。ですから私もあなたの命には従いません」

「ではなぜ奴は現れないのだろうな。巫女よ現実を見ろ、あの小僧は私の手で死んだ。その魂を縛る事が出来なかったのだけは口惜しいがな」

 

 

 ヴォバンはこういうが祐理は信じている。たしかに最初は護堂が死んだと思いへたりこんでしまった。けれども今は違う。彼女の直感が告げているのだ。護堂は必ず勝つと。だからもう彼女は怯えない。たとえ相手が古き魔王、最古のカンピオーネだとしても。

 

 そんな祐理にエメラルドグリーンの瞳をわずかに揺らし、無理矢理攫えば良いかと伸びたドラゴンの手がぼろりと崩れた。

 

 

「何…だと…」

 

 

 手が崩れただけではない。次々とドラゴンの全身が崩壊し粉状になっていく。

 

 

「グッ!ガアアアアアアアアアアアア!?」

 

 

 絶叫。ヴォバンの肉体の崩壊は止まらない。全身を襲い始めた激痛に苦しんでいるヴォバンの腹が切り裂かれ、そこから人影が飛び出してきた。護堂だ。竜の腹からなぜ護堂が出てきたのか。その理由は数分前まで遡る。

 

 

 

 

 

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 ヴォバンに潰される直前、護堂は輪廻写輪眼を使いひとつの幻術を行使した。

 

 イザナギ、護堂の使う幻術の中でも究極の域にあるもの。その正体はおのれにかける究極幻術。発動してから三分間の間だけ自身に身に起きる不都合な出来事を全て幻にし、なかった事に出来る。

 

 確かに護堂は潰されひき肉になり、そのまま焼かれて焼失した。けれども護堂のイザナギは既に発動済み、己が死んだという現実を全て幻という嘘に書き換えた。現実を改変した護堂はそのまま相手の体内に侵入、ヴォバンの腹に落ちた。そう護堂が一つ思いついた方法。

 

 作戦名をつけるなら一寸法師作戦だろう。相手が城砦なら内側から潰せばいい。とてもシンプルな内容だった。腹の中に落ちた護堂は口の中に粘土を入れ、ガムを噛むように何度も咀嚼。それをペッと吐き出す。吐き出された粘土は一つの形を作る。

 

 小さな人形になった粘土。そしてそれが風船が膨れるように膨張し、パンっと音を立てて弾ける。これで護堂の術の準備は整った。相手が風と雷を操るせいで非常に使いにくかった手札。今破裂した人型は一見は何も起きていないように見える。けれども呪力をみる事が出来れば護堂が何をしたのかをすぐに分かるだろう。

 

 後は少し待つだけでいい。それでヴォバンの体内に護堂の放った毒が回る。待っている間に護堂の輪廻写輪眼が出現していた目が閉じられる。イザナギの発動時間が終わったのだ。この幻術は無敵に近いのだが一つ欠点がある。

 

 一度使うと72時間の間目が光を失うのだ。ようするに失明する。どちらにしろ六道にならずに輪廻写輪眼を使った時点で失明は決まっていた。だから片目を使い潰すつもりでイザナギを使ったのだ。護堂は待っている間に外の呪力を探る。どうやら祐理はヴォバンに危害などを加えられたりはしていないらしい。

 

 

「あと少しだけ待っててくれ万里谷。今度こそ本当に終わらせる」

 

 

 祐理がヴォバンに掴まれる寸前にようやく侯爵の全身に毒が回りきった。後はただ念じるのみ!

 

 

「渇!!」

 

 

 その言葉と共に護堂が体内から直接散布した毒ー超小型爆弾群C4カルラが一斉に起爆を始め、ドラゴンの肉体を内側から侵食したのであった。

 

 

 

 

 

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 ヴォバンの腹を割き飛び出た護堂は祐理の前に立ちはだかる。邪竜が全身を使い暴れ、呪力を高めて崩壊を防ごうとするが無駄だ。神殺しの耐性といえど体内から起爆されたらどうしようもない。数十秒もがいていたが全身が細胞レベルで破壊され、今度こそ力尽きヴォバンが消滅するのであった。

 

 その結果を見届け護堂もようやく肩の荷が下りたのか地面に座り込む。そんな護堂に立ち上がった祐理が大丈夫ですかと近づいてくる。

 

 

「ちょっと疲れただけだよ、怪我の心配は全然ないさ」

「そうですか。ならなぜ片目を閉じているのですか?」

「これなら大丈夫さ、ちょっと失明しただけだから」

「失明!」

 

 

 心配そうに本当に平気なのですかと問うてくる祐理が護堂としては微笑ましい。三日すれば元に戻るのをどのタイミングでいえば一番驚かせるかと考えていた護堂の前、先ほどまでドラゴンだった塵の山から青黒い光の玉が飛び出てどこかに飛んでいった。

 

 

「嘘だろ、あの爺さんまだ死んでないのか」

 

 

 護堂も逃がさないように術を使おうとはしたのだが、それよりも早く逃げられたせいで追撃が間に合わなかった。流石にあそこまで不死身だとは誰も思わない。念のために最後の気力を振り絞って立ち上がり、周囲の呪力を探査し続ける。それを三十分ほど続け本当にただ逃げただけだと分かり仙人モードから通常状態に戻る。

 

 

「あそこまで疲弊したなら当分は安泰かな?」

「私もなんとなくですけど、大丈夫だと思います」

 

 

 そう護堂の疑問に返してくれる祐理。彼女が太鼓判を押すなら今度こそ今日の闘争は終了した。そうやって力をぬいた護堂の耳にかわいらしいクシャミが聞こえた。

 

 祐理が口元を押さえている。雨で濡れた上に体力が低いのに散々護堂に振り回された為、風邪を引き始めていた。少し寒そうにしている彼女を見て、護堂は初めての試みを行う。

 

 意識を集中させる。そんな護堂の服の上に羽織が現れる。六道仙人モードにならずに羽織だけ出したのだ。その羽織を祐理に着せる。六道の羽織は服としてみた場合、耐寒耐熱に着心地や耐久性が最高の衣服なのだ。羽織を着せる時にまた恥ずかしそうにしていたが特に抵抗もされなかった。そんな祐理を見て護堂は色々と考える。エリカに色々と謝らないといけないし、自分の吹き飛ばした霞ヶ浦の修復を急がないといけない。

 

 戦闘は終わったがまだまだやるべき事が山積みだ。それでも胸にあるのは充実感。羽織を着せた時に目が合った時の彼女の視線、それがとてもきれいだった。それを守ろうと思ったからこそ、自分の我侭を押し通したのだ。だから今はもう少しだけ彼女の笑顔を見続ける。

 

 そんな二人を照らすようにヴォバンが倒れた事で消えつつある雲の切れ間から、月の光が降りてくるのであった。




原作2巻分終了
次回は幕間挟んでから零章(3巻)の内容になるかと思います。


・今回の被害
 霞ヶ浦の消滅及びゴルフ場の粉砕(推定被害額いっぱい兆円。後に修復される)

後感想でナメプ云々あたり今後もきそうなので先に明言しておくと万全状態の神または神殺しが相手の場合指先ひとつでダウンレベルの戦闘はありません。全員が独自の強みを持っているので割りと今回のような戦いが多くなります。期待はずれな内容になるかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。


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幕間Ⅰ
エリカと護堂


 正史編纂委員会発足して以来の最大の呪的大災害、霞ヶ浦の決戦。二人の魔王のぶつかりあいから既に十日が過ぎていた。この間委員会を含む各省庁は大忙しであった。霞ヶ浦の修復が完了するまで、一般人の目から消滅した大地を隠す必要があったのだ。

 

 その間近くの町や市に住む者たちは家に帰れず、難民のような生活をする羽目になった。護堂も流石に自分がやらかした事なので大急ぎで消えた大地を新たに創り、土遁で整えその上に水遁で水を作り出し委員会協力の元土木工事に勤しむ事になった。無論その間は学校を休んだ。出席日数は教師に幻術を使い誤魔化した。護堂が睡眠時間を削り、影分身と六道仙人モードも駆使しての大作業。そのかいあって規模の割には早く作業が終了し、難民キャンプを強いられていた人々もそれぞれの家に帰り日常に戻りつつあった。

 

 しかし、委員会で働いている職員に休む暇などない。今回の大騒動は日本の魔術・呪術関係者全員にカンピオーネと呼ばれる人種が、一体全体どのような存在なのかを知らしめる結果となった。今甘粕やそれ以外のエージェントが記録した映像、それを編集した代物を鑑賞している甘粕と馨も護堂との付き合い方を模索しているのであった。

 

 

「何度みても凄まじいですねえ。この映像で分かるだけでもどれだけの権能を保有しているのやら」

「雷を防ぐ流動体の黒玉と大質量を移動させるほどの空間転移に、ゴルフ場の分析結果では物体を分子レベルに分解する箱だったよね」

「それに加えて撃剣会の師範代クラスの武芸、更に更に腕が数秒で生える回復力に水龍、後は何がありましたかね?」

「巨狼になった御老人を投げ飛ばすほどの怪力に大天狗の生成、これだけでも大概なのに神獣の召喚と雷の矢、そして霞ヶ浦が消滅するほどの権能を抑えることの出来る結界だね」

「後は祐理さんの話ですと死すらなかった事にできる現実改変と、ドラゴンになった侯爵を崩壊させる謎の攻撃ですね。後は飛行能力や顕身に呪力感知など盛りだくさんですね」

 

 

 日本初のカンピオーネの戦闘。これを記録するのは委員会としては当たり前の仕事であった。その当然を行った結果、知りたくもない事実がごまんと出てきたのだ。実態は違うのだが祐理の言から護堂は昔からカンピオーネであると認識されている。

 

 そして映像からの推測。この二つが合わさった結果、護堂はすでに最低でも十以上の神を葬っている、ベテラン中のベテランだと嫌な勘違いをされていた。映像を見る限りでも魔術では再現不可能な物ばかりなのだ。それゆえに権能だと判断するのは業界関係者としては何も間違えていなかった。

 

 委員会にも馨やそれに匹敵する秀才は数人いるが、流石に護堂が生まれたときからそうであったなど理解が及ぶわけなかった。結局の所護堂がバグの塊過ぎたのだ。

 

 

「けれどこの戦闘のおかげで、僕らが抱えていた問題が一気に解決したのだけは僥倖だったかな?」

「今回それだけが唯一の救いなのが良いのやら悪いのやら」

 

 

 甘粕達が記録し編集したこの映像。すでに委員会の重鎮達や有権者に配布済みである。その結果護堂の身内に手を出そうとする者が一人としていなくなった。だれが好き好んで歩く核弾頭に戦争を挑むような真似をしたがるのか。

 

 更に言えばこの決戦がなぜ起きたのかも通達済みだ。内容は護堂が祐理に言い放った言葉そのままである。これに関しては直接護堂に会い、あなたの身内に危害を加えようと画策している人物がいてその芽を潰すのに協力してくれませんかと頼んだ結果だった。そして護堂と直接話しをして、彼が祐理に対して並々ならぬ情熱を持っているのを馨は見抜いていた。

 

 実の所委員会も赤銅黒十時のように愛人を差し出して、護堂との関係を親密にしようと目論んでいたのだ。しかしその必要はもうなくなっていた。既に護堂と祐理はお互いの想いを知っている。有体に言えば委員会が手を出さなくとも、いつのまにか親密な関係が出来上がっていたのだ。

 

 確かに護堂ぐらいの年頃の少年には綺麗どころを揃えて全てあなたのものですとでも言えば、普通なら困惑はしても嫌がりはしないだろう。けれどもだ、護堂は普通と呼ぶには特殊すぎる。もしもこの愛人計画が実行に移されていたなら、委員会と護堂の中は最悪に近い関係、もっというならそれは護堂を挑発するのに等しい行為に他ならない。

 

 護堂は確かにエリカがいるのに祐理にもいつのまにか愛情を持っていた。だがこれはエリカに愛情を持っていないわけではない。そんな環境に護堂の力を目的に甘い蜜を吸おうと群がったとしよう。彼女らは自らの一族と己の栄光の為に護堂に愛の言葉を囁くだろう。なにせ護堂はカンピオーネ、日本で記録されている限りは唯一の神殺しだ。そんな彼に取り入る事が出来れば呪術界で絶大な影響を労せずに手に入れることが出来る。

 

 こんな簡単な事はない。実際候補者を募ったら何十人とエントリーしたくらいだ。しかし中身のない言葉は絶対に護堂に届かない。護堂は相手が自分に心を開いてる時に限るが、触れ合うだけで真意を知ることが出来る。そんな護堂に愛していると言うのに読めない相手が来たとしよう。

 

 とてつもない矛盾、だからこそ本当は護堂にそんな感情を抱いていないのを見抜かれる。更に言うなら護堂は呪力だけでなく悪意も感知する。自分の力だけを利用し、そこに相手への思いやりなど一つもない。そんな相手を護堂が好ましく思う事など万に一つもない。むしろエリカや祐理との仲を邪魔しようとする敵だと認識されかねない。

 

 本当に護堂に愛人を宛がうなら二つの前提を突破する必要がある。一つはその女性に護堂を利用するつもりがなく、むしろエリカのように例えそこが戦場であろうと共に歩み護堂の隣に立つ程の気概がある事。二つに護堂とその女性の間に護堂が断らないほどの強烈な縁がある事。

 

 一つ目ならクリアできる者は何名かいる。武家の出なら主君が前線に立っているのに自分は後ろに下がるのは恥だと、この業界なら教えられている事が多いからだ。だが二つ目、これを超えるのはほぼ不可能に近い。例え一つ目が大丈夫でも、護堂は間違いなくエリカ達を思ってすまないとでも言いながら断るだろう。そんな護堂の心情を突破するには彼との間によほどの縁がいる。護堂は元々イタリアで神殺しを行うまでは神隠しを除き大人しくしていた。

 

 そんな彼との縁など呪術関係者に築きようがない。だから普通は不可能。こんな条件を突破できる都合の良い存在などいるわけがないのだ。だがどんな事にも只人が神に打ち勝つように例外が存在する。この二つの壁を越えれる者、実の所一人だけいる。ただ惜しむらくは彼女は現在山篭りの最中な為、下界との連絡を取っていないのでこの状況をまだ知らないのだ。もし彼女がいつも通りに携帯電話のバッテリーが切れておらず、馨辺りと連絡を取り護堂の事を知ったなら間違いなく彼の元まで飛んでいき、かつての約束を果たしに行くだろう。まあこれはもう少し未来の話だ。

 

 ともあれ委員会の当分の方針は静観である。護堂とは絶対に争ってはならない、これが現在の結論だ。あの力を向けられたなら止める事など出来ない。日本中の戦力を掻き集めて九喇嘛をなんとか押し留める事が出来るくらいか。その為今は必要以上に接触せずに護堂を刺激しないように動く。馨と甘粕、二人を含む職員達は今日も彼のやらかした大災害の事後処理を徹夜で行うのであった。

 

 

 

 

 

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 呪術関係者の長い夜が始まった頃、同じように長い夜に挑むものがいた。護堂である。彼は今ベットの上に胡坐をかいて座っていた。しかしながらそのベットは彼の物ではない。そもそも護堂がいるのは自分の部屋ですらない。彼がいる場所はエリカの寝室であった。

 

 そして護堂は一人でいるわけではない。彼の胡坐の上に少女が座り込んでいた。部屋の主ことエリカ・ブランデッリである。彼女はそこが定位置だといわんばかりにすっぽりと納まっていた。そんなエリカを護堂も彼女の後ろから手を回し、自分の方に引き寄せ抱きしめていた。バックハグである。なぜ彼がこんな事をしているかと言えば、時間を数時間前まで遡る必要がある。

 

 霞ヶ浦の現場作業が完了したのは木曜日の20時頃であった。作業が終わり護堂に出来ることがもう残っていなかったので帰宅。120時間ぶりの睡眠を取った。

 

 そして起きた時にはなぜか時刻は金曜日の夕方。祖父に聞いた所起こそうとはしたのだが反応すらせず、死んだように眠っていたので静花も諦めたのだとか。だがたっぷりと寝た事で疲れも取れたのか護堂の体調は万全に近い状態に戻っていた。そしてすぐにある場所に彼は向かった。エリカのマンションである。

 

 アリアンナに居間まで通され久しぶりにエリカと会った護堂は彼女に祐理との事を伝えた。護堂から話を聞いたエリカは特に驚く事もなかった。護堂が学校に来ない間エリカは祐理と話をしたのだが、祐理の反応からなんとなく察したのだとか。護堂が二人目を作る、これはエリカとしては別に構わない。それは王者の特権だからだ。そもそも祐理はいずれは護堂の陣営に引き込む予定であった。それが多少早まっただけ。だから彼女は別の事を護堂に聞いた。

 

 

「そう、ところでそれを伝えにだけここに来たのかしら?」

 

 

 見透かすような事を言う。確かに護堂がここに来たのはもう一つ目的がある。電話口での約束を守りに来たのだ。護堂が後回しにしてきた彼女とのあれこれ。清算の時間である。そもそもなぜ護堂がエリカとのキスだのその先の男女の営みだのを断るのか。

 

 これには無論理由がある。エリカとのスキンシップで淡白な反応を取る事が多い護堂だが、別にエリカの事が嫌いなわけではない。むしろ彼女のどこが好きなのかを護堂に語らせたら軽く三時間は喋る。愛情を行動で表現したなら、意味もなく東京湾に大好きだの言葉代わりに日本列島を半分にする尾獣玉をぶっ放す。

 

 それぐらい護堂のエリカへの愛情は大きい。よく燃えるような恋愛等と表現されるが、護堂の場合は本当に燃える。しかも本人だけでなく国家規模の大災害に発展する可能性がある。そんな護堂が簡単に首を縦に振らない理由。それはこの気質にこそある。

 

 護堂とエリカ、この組み合わせは最悪に近い。最悪といっても仲が悪いなどではない。相性が良すぎるのだ。基本的に感情が暴走しがちな護堂といつでもバッチ来いのエリカ。この二人がお互いに求め合った時、止められる者がいなくなる。ゆえに自らの気質を理解している護堂は感情に枷を嵌めた。その結果エリカが求めてもそっけなく断ってしまう。護堂の後で、これは意地悪などではなくもし今エリカと行為に耽ると自分を制御できなくなるかも知れないから少し待って欲しいの意味だったりする。そして護堂はこの枷を今日は外すことにした。

 

 エリカの家でそのままアリアンナの料理に舌鼓を打った護堂はさっそく行動に移った。まず風呂に入る事にした。エリカと一緒にである。何をしれっとやっているのだとツッコミを入れたくなるが、護堂は至極大真面目である。もし誰かにこの状況を問い詰められたなら、逆に好きな子とお前は風呂に入りたくのかと問い詰めるまである。

 

 エリカも護堂の方から珍しく積極的になっているのなら断るわけもなく承諾。かくして二人して裸の付き合いである。体を洗いっこして先に髪も洗い終えた護堂は湯船につかり、浴槽の縁にもたれながら何をするでもなく、まだ髪を洗っている最中のエリカの体をぼーと見ていた。

 

 エリカの体はこうやって裸でみるとそのスタイルの良さが良く分かる。護堂が前に聞いた限りではバストサイズ87、先ほどの洗いっこで触ったさいの感触からDかEはあると推測している。それだけの大きさなのに垂れることなく形が整っているのは本人の気質を反映してか。

 

 腹回りにも贅肉などなく体操や陸上選手を思わせるほどすっきりとしている。肌はきめ細かく、白人女性らしい白さは眩しいほどだ。更に本人の顔はモデル雑誌の表紙を飾れるほど。単純な綺麗さならエリカ本人が護堂に自慢するように美少女と呼んでも差し支えない。そんな彼女の裸を見ても特に護堂は目を逸らしたりなどはしなかった。

 

 何も感じていないように見えるが実態は違う。表情が眠そうな顔から変化していない為

分かりづらいが、確実に変化が起きていた。この浴室、もっというならマンション全体が異界化してもおかしくないほどの呪力に満たされつつあった。その呪力の元は護堂。眠そうに目を細めているせいで見えづらいが、黒目が十字になっていた。護堂の感情が高ぶったせいでそれに比例するように、極大にすぎる力の一部が漏れ出したのだ。エリカもそれを感じ取っていたが、特になにも言わない。むしろ自分の体でここまで荒ぶるなら嬉しいものだ。

 

 そんな中何を思ったのか護堂が彼女に手を伸ばし、シャンプーが入らないように目を瞑ったエリカのわき腹をいたずらにつついた。とたんひゃっと声を出し反応する。そんな可愛らしい反応に護堂の頬が僅かに緩む。エリカが僅かに目を開き護堂の事を少し睨む。そんな彼女ににへら笑いを返しながら手を振る護堂。エリカが手についた泡を護堂に向けて投げた。

 

 護堂の顔にクリーンヒット。目に泡が入ったのか湯船の中で悶える。護堂が目の中の泡を出そうと頑張っている間にヘアケアも終えたエリカも湯船につかる。高級マンションとはいえ二人が入るには狭い浴槽。自然と密着しあう。エリカも護堂も特に何も言わない。今あるのは二人だけの空間。そこには言葉など不要であった。こつんと護堂がエリカの額に自分の額をぶつける。そのままキスでもしようかと護堂は考えたが止めた。夜はまだまだ長い。せっかくのお楽しみは後に取っておくべき。今は湯とそれとは別の温もり。これを堪能するつもりだ。

 

 そのまま十分ほど風呂の中でいちゃついた二人は浴室から出てエリカが髪の毛を乾かしたりしている間、彼女のベットの上で護堂はエリカの準備が終わるまで待機。その間に鞄の中から今日は必要になるだろうと持ってきた物を取り出す。極薄君1号を一ダースである。このままいけば恐らく、いや確実に護堂はエリカの初めてを貰う事になる。エリカはいつでも手折られる覚悟。護堂も女性を抱くなど初めてだ。

 

 祖父は護堂の年には何人も付き合いがあったらしいが、あいにくと護堂はエリカと出会うまではそもそも誰かを好きになったこともなかった。友達も修練に明け暮れるせいで少なく、祖父と違い誰かに好意を寄せられることもない。そんな護堂がイタリアで出会い共に駆け抜けた女性、彼が神殺しを成し遂げた理由そのもの。

 

 今夜そんな彼女の純潔を奪う。他でもない護堂だけに許された特権。その事実が嬉しく、今から気持ちを落ち着ける為に富士山にでも登って、空に祝砲代わりに超大玉螺旋手裏剣でも使うかと考えていた時にエリカが部屋に入ってきた。

 

 

「待たせたわね護堂、それは…ふうん、ようやく護堂もその気になったと言う事かしら?」

 

 

 護堂が手に持つ物を見てようやく心が決まったかと声をかけてくる。普段付けているリボンも外し、パジャマ姿な彼女。とてとてとベットに近づきポスンと音を立てて護堂の胡坐の上に座る。護堂も愛しい人がそんな行動に出て何もしないわけがない。

 

 後ろから手を回し、より自分の方に引き寄せる。ここまでが冒頭の流れである。エリカを引き寄せた護堂は最初は何もせずにじっとしていた。部屋は冷房が効いているはずなのに、二人の体温はお互いの熱で上昇していく。護堂がついと鼻をエリカの髪の毛に近づける。

 

 

「同じシャンプーを使ったのにこんなに匂いが違うんだな。なんでだろうな」

 

 

 ぽつりと呟く。なぜこんなに違うのか。これが男女の差なのか、それともあばたのえくぼなのか。どちらでもいいかと結論付ける。膝の上のエリカを自分の方に向きなおさせる。既に護堂の魂には火がついている。例えエリカが抵抗したとしてももう止められない。

 

 彼女がいくら魔術で強化したとしても、護堂の方が圧倒的に出力は上。けれどもこれはそこまで心配しなくてもいい。エリカはなにがあっても護堂を拒むつもりはない。やっと護堂がその気になっているのだ。エリカと手を交え、ゆっくりと彼女の唇に己の物を被せる。

 

 最初は啄むように触れ合う。想いを確かめ合うように軽く口付けを交わしていく。そしてある程度交わしたところで深くより深く求める。舌が絡み合い、唾液がまざり溶け合う。水音を立てて護堂とエリカが貪りあう。キスをしながら護堂がエリカのうなじをゆっくりとなでる。

 

 

「ん…………んう…」

 

 

エリカがこらえ難いのか声を漏らす。その反応が愛しくてうなじをなでる手に呪力を篭める。

 

 

「あッッ!!」

 

 

 びくりと体を震わせてエリカの唇が護堂から離れる。護堂が医療術の応用で神経に触れ、エリカの感度をわずかにだが上げたのだ。うなじだけでなく背中やわき腹も同じように撫で上げる。エリカはそのたびに全身を震わせる。護堂の膝の上でエリカがよがる。

 

 だがエリカは護堂から離れようとはしない。とろんとした目つきで護堂を見上げ、彼の胸板に自分の顔を押し付ける。護堂に自らを預けるように体重をかけてくる。その動きに合わせ、護堂も後ろに倒れた。必然的に護堂が下になり、エリカを全て受け止める形となった。わずかに感じる重み。それを纏めて飲み込むように彼女の体を力強く抱きしめる。

 

 エリカの頭がちょうど護堂の肩上に来る。今度は反撃だと言わんばかりにエリカが護堂の首筋あたりを舐め取る。猫が舐め取るような舌の感触に護堂の中の雄が反応する。

 

 

「やったな、なら今度はこれだ」

 

 

 護堂も同じようにエリカの首筋を舐める。ついでに先ほどと同じように感度も上げる事を忘れない。エリカから力が抜けていく。ぐったりとしたエリカの重みが心地よい。そして止めを刺す。エリカの服の中に手を入れ、背骨部分を上からゆっくりと下までなぞる。

この際に今まで以上の繊細さで呪力を制御。数キロ先の狙撃を命中させるような精度で行われた医療術は過敏にエリカの神経を刺激する。

 

 

「ッッッッッッッッああ!!!」

 

 

 人間は獣に過ぎないと証明するようにエリカが嬌声を上げた。彼女の腕に力が篭められ、護堂の背を砕かんばかりに握り締めて来る。目を瞑り、今まで以上に体を震わせ己の中に湧き上がった快楽に背を曲げる。そして今度こそ完全に力が抜けたのか、護堂の上でハアハアと荒い息遣いで喘いでいた。そんな彼女の余韻が抜けるまで今度は呪力を使わず、落ち着けるように頭をぽんぽんと撫でる。護堂がそれをしばらく続けていたらようやく持ち直したのか、エリカが顔を上げる。彼女の視線と護堂の視線が絡み合う。

 

 エリカを抱いたまま身を起こし、彼女をベットにゆっくりと下ろす。その手つきはガラス細工を扱うよう。そんなエリカに護堂が覆いかぶさる。

 

 

「エリカ、君が欲しい。…良いか?」

「いいえ、私の始めてはあなたと決めたもの。だからね護堂、あなたを私に頂戴」

 

 

 護堂の最後の問いかけにエリカは今更そんなことを聞くなと返す。エリカ・ブランデッリが愛するのはただ一人。

 

 最初はただのうそつきな邪術師だと思った。次に不躾でデリカシーもなく、ろくでなしな最低の男だと感じた。こんな男と一緒になるような奴はいないだろうと見下した。だがそれが興味に変わったのは彼と共に神獣と戦った時。エリカを遥かに超える力で神の化身をあっけなく叩き落とした。そして彼と共に行動し、彼女は神と出会った。エリカは天才だった、それがゆえに自らの力を過信していた。

 

 旧き神王の存在は彼女の誇りや自身をあっけなく打ち砕いた。そんな彼女の横にいた少年はただエリカを気遣っていた。神王の前から逃げた彼女はただ震えるしかなかった。あんなものをどうにか出来ると思っていた自分の浅はかさ、今までの人生で最大の恐怖。それを感じていた時にふと背中に癒しを感じた。

 

 少年がエリカを落ち着けるために術を行使していたのだ。情けのつもりかと確か自分は怒ったはずだ。今思えば淑女とは思えないほどの酷い八つ当たり。ただ少年は自らがそうしたいから行動しただけで、彼は何も悪くないのに非情な女だと思い出しただけで自己嫌悪に陥りそうになる。

 

 そこで見捨ててもいいのに、それでも最後まで見届けると彼は答えた。そう答えたのに彼は逃げたと思い、エリカは失望した。けれど違った、その数時間後神王は滅び世界で最も愚かで偉大な方々に新たな一人が加わった。彼がなぜ人類最大の偉業に挑戦し、そこにどんな意図があったのか。彼を駆り立てたのはたったひとつのやりたい事。イタリアの地で見つけたパンドラの箱の最後に残った希望の様な物。その後の軍神との顛末とシチリア島での彼との日々、そしてサルバトーレ卿とのあれこれと魔王式娘さんをください。

 

 思えば彼と出会ってから一月程度で色々とあったものだ。人生の中でもとびきり濃く、わずか一月なのに本来なら一生をかけても体験できないような日々。彼に恋したのは一体どこであったのだろうか。それを考えるなら恐らくは八つ当たりの時、罵られても動じず傍にいて彼女の恐怖が薄れるまで術を行使した時か。

 

 今までエリカに求愛してきた男性は多くいた。だが彼らは口先だけで、自らが添い遂げたいと思うような男は一人としていなかった。そんな中でどこまでも己を貫きその果てに王へと至った少年。

 

 どれほど強大な力を有していても、神が相手となれば死闘になる。それなのにただ一人の少女への想いを胸に彼は挑んだ。これ以上関らないで日本に帰り、全て忘れて日常に戻る選択肢もあったのに楽であっても己が納得できないなら絶対にそれを選ばない大馬鹿者。

 

 愚者の道を選び、何人に指を指されても道理を蹴っ飛ばして突き進む。そんな少年ー彼女が唯一異性として愛する護堂にこそ自らの処女を捧げる。だから腕を広げ、彼を迎え入れるような形を取った。

 

 

 

 

 

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 両想いなカップル、相手の為なら命を使いかねない恋人達。比翼連理の夜は長い。けれどもこれ以上のデバガメは無粋だろう。ここからは本当に二人の時間、その代わりに一つの話をしよう。今は大変仲睦まじくラブラブといってもいい二人だが、エリカがほんの少し回想したように、当初はあまり仲は良くなかった。

 

 だから今から語るのは彼と彼女の出会いの話。そう出会いだ。これは決してはじまりの物語ではない。草薙護堂にとってはじまりは生まれた時からだ。彼の持ちえた異能を考慮するなら、いつ魔術の世界に関係してもおかしくはない。だからこれは早いか遅いかの違いだ。彼にはいつでも機会があった。

 

 それは例えば学園の中で妹と一緒にいたとあるお嬢様とかもしれない。もしかするとイタリアに旅行した時にサルデーニャではなくナポリに行き、観光の最中に銀髪をポニーテールにした妖精のような少女に会うかもしれない。神獣を集めていたときになぜ少女が一人だけで山奥にいるのかをもっと疑問に持ち、彼女と何度も接触していたら現在の護堂の愛する人は腰まで伸ばした黒髪を持つ少女だったのかもしれない。

 

 しかしながらこれは全てifの歴史。どれだけ仮定を並べようと全て届かぬ妄想の世界。ゆえに今から語るのははじまりの物語ではない。そう、この物語にあえて名を付けるならこう呼ばれるべきだろう、ーーーーーと。



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零章 昔語り
11話 ~神具~


今章は語り手中心、初めての試みだけれどご容赦を。


さて出会いの物語、どこから語ればよいのやら。全てを話せば長くなる。二人だけの場面を抜き出せば話は短くすむだろう。けれどもそれはつまらないか。ならば全てを話す代わりに要約しよう。そもそも草薙護堂がイタリアに赴いた理由。そしてエリカ・ブランデッリがなぜ護堂が赴いた先、イタリアはサルデーニャ島にいたのか。本当ならきちんと護堂と祖父との会話やエリカとその叔父パオロの小粋な会話を挟みたいのだが、これはあくまでも彼と彼女のお話。その他の末節はちょっとばかり省略だ。

 

 では護堂の方から語るとしよう。3月も半ば中学を卒業し、尾獣・九喇嘛を生み出し六道の力もようやく制御出来たと自慢できるレベルに到達した護堂は今までの人生の目標がなくなり、端的に言えばどう生きれば良いのか見失っていた。

 

 護堂は自分が普通に生きれるとは思っていない。この年頃によくある万能感から来る妄想ではない。真実護堂は普通ではない。だからこそ自らに宿ったこの異能とどのように付き合っていくのか。それを改めて考えていた護堂は、買い物から帰った日に家の中から奇妙なチャクラ(この時点では彼は呪力をチャクラと呼んでいた)を感じ取った。その出所は祖父の書斎。

 

 不思議に思った護堂は書斎に入った。呪力の源は書斎にいた祖父の持つ石版。ただいまと告げた護堂は祖父にそれが何なのかを尋ねた。祖父こと一郎曰くその石版はある女性の持ち物が巡り巡って祖父の元に来たのだとか。女性の名はルクレチア・ゾラ、一郎がまだ大学院の学生だった頃の学友らしい。まだ学生だった一郎は友人グループと共に能登にほうに旅行に出かけた。その時に泊まった村で次々と村人が変死した。その村の氏神のたたりだと騒ぎになった。

 

 一郎たちも気が動転し、混乱していた中である女性がふらりと一晩いなくなった。そうルクレチアである。彼女は当時魔女と呼ばれていた。そんな彼女がどこかに行き、朝方帰ってきてからそのたたりがぱったりとおさまった。そしてその村の神社に、今一郎が持つ石版を奉納したのだ。その村が廃村になり奉納されていた石版が何の因果か転がり込んできたのだ。

 

 一郎はこの石版を本当の持ち主であるルクレチアに届ける為、イタリアに旅行するつもりだった。その一郎に護堂はそれを自分が届けても良いかと頼み込んだ。一郎も基本家に引きこもりがちな護堂(影分身を使った偽装だが)がどこかに自分から行きたいというのは珍しく思い、良いよと許可をくれた。祖父から石版を貰った護堂は自分の部屋に帰り、手の中のそれを眺めていた。

 

 一郎はたたりだ魔女だと信じてはいなかったが、護堂は本当にたたりがあったのだろうと推測し、そのルクレチアという人が自分のような異能の持ち主なのではないかと疑っていた。その証拠はこの石版、護堂はこの板から封印術に近い代物を感じるのだ。自分とは別の異能者。その人に会ってみたいと思ったのだ。そしてあわよくばイタリア旅行でなにかやりたいことが見つかったら良いなと、いつもながらの呑気さも発揮し護堂は外国への旅立ちを決意したのであった。

 

 

 次はエリカの方を語ろうか。エリカの所属する赤銅黒十字にその一報が届けられたのは二日前。サルデーニャ島にまつろわぬ神が降臨した。これを受けたエリカは叔父パオロに一つ相談した。この騒ぎを任せて欲しいと頼んだのだ。エリカは自らの力に自信を持っている。けれども彼女は少し焦っていた。つい三ヶ月前の事だ、パオロは赤銅黒十字の総帥に昇りつめた。それと同時に彼は一つの称号を手放した。『紅き悪魔』、赤銅黒十字を代表する騎士に与えられる称号。エリカもこの称号を戴くつもりだが、この称号はその前に別の騎士に受け継がれる可能性が出来たのだ。

 

 エリカは神童とはいえまだまだ若く、実力はあっても実績がない。そんな彼女が称号を手にするためには大きな功績を立てる必要があった。そこにまつろわぬ神の降臨。天恵だった。神たる存在を封じ、鎮める事が出来れば誰も文句を言わなくなる。その為にも、サルデーニャ島に向かうつもりだった。無論パオロは反対した。彼はとある事情からまつろわぬ神がどれほど危険なのかを嫌というほど理解している。そんな場所に結社の頂点に立てる才能を持つ天才児を行かせたくはない。

 

 けれどもエリカは騎士の誓いを立てた。こうなればパオロにも止められない。だから彼はせめて祈った。この難行の中でエリカが信にたる友と恃むにたる仲間を得て、いささか無謀な所のある姪が生還することを。かくしてエリカもサルデーニャへと足を向けるのであった。

 

 パオロが予感したようにエリカ一人であれば間違いなくどこかで野垂れ死に、結社の宝は失われていただろう。死ななくとも彼女の輝きは失われ、二度と華やかさを取り戻す事はなかった。けれども彼の願いは成就する。エリカが島に足を向けた日、日本から護堂を乗せた飛行機が飛び立った。まつろわぬ神、エリカ・ブランデッリ、そして草薙護堂。この先どのような試練が待ち受けているかを神すらも知らぬ。だが三者の道が交差し出会う時、時の歯車は回りだし時間の鼓動は刻まれる。前提はここで終わり、今から幕を開くは彼らの絆。そう、これはただ少女に恋をした少年の、ちょっとだけ規模の大きい初恋の物語である。

 

 

 

 

 

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「ボン・ヴォヤージュ!」

 

 

 サルデーニャ島の州都カリアリに着いた護堂の第一声である。それはフランス語だとか、そもそも旅人が自分で言うものではないなど言いたいことが山ほどでてくるあたり流石である。そう、護堂の気分は高揚していた。異国に一人止める者なし。自由に動き回り、どこを観光してもよい。そんな状況に彼が浮かれないわけがない。ホテルに着いた護堂はさっそく地図とポケット単語帳を片手に町に繰り出した。カリアリはのどかな田舎町だ。そんな明らかに日本とは違う空気や町並みに護堂の感動ゲージが高まっていく。

 

 もう少し高くなったら仙人モードになりかねないが、そこまでは行かなかったのか徐々に落ち着いていく。落ち着いたところで護堂の腹が鳴った。

 

 

「落ち着け俺の腹。ただ腹が減っているだけなんだ」

 

 

 訂正、沈静化などしていなかった。言っている意味が良く分からないが、これはこいつのいつも通りだ。けれども護堂の腹から音がでているのは事実。地図を片手にお店がないかを調べる。そしておもむろに一つの料理店に入った。席に着いた護堂は単語帳を見ながら注文。しばらくしてマルゲリータが運ばれてくる。モッツァレッラとバジリコ、そしてトマトソースのシンプルさ。カッターで八つに分け、一切れを口に運ぶ。

 

 

「こいつはチーズが濃厚だな、それにトマトソースが旨い。時折出てくるバジリコが良い味出してるぜ。こんなのでいいんだよ、こんなので」

 

 

 孤独なグルメを楽しんだ護堂は支払いを済ませ食後の散歩がてら適当にうろつく事にする。そのまま適当にうろちょろしていたらいつの間にか、カリアリ港にまで出ていた。せっかくなのでエメラルドブルーの海をもっと間近で見ようと、護堂が海に向かって歩を進めようとしたときにふと視線を感じた。

 

 護堂が視線の主を探す。視線の主はボロボロの外套を羽織った、漆黒の髪と象牙色の肌をした少年であった。年は護堂と同じぐらいだろうか。だがその少年は護堂とは比べ物にならないくらい綺麗な少年であった。

 

 十人中が十人振り返るだろう美少年。そんな人物がなぜか護堂の方を見ている。その少年も護堂が見られているのに気づいたのかこちらに近づき話しかけてくる。だが護堂にはイタリア語が分からない。それをジェスチャーと日本語で示そうと頑張った所で少年がまたも口を開く。

 

 

「なるほどの、ではおぬしの流儀にあわせて話すとしようかの」

 

 

イタリア語から急に流暢な日本語に切り替わった。そんな少年をまじまじと護堂は見つめる。

 

 

「なに、おぬしに話しかけたのは奇妙な残滓と片鱗がちと気になってのう、…気分を害したなら許せ」

「残滓と片鱗?……もしかして俺の中の力の事を言っているのか?」

 

 

 そう呟き護堂は目の前に少年を探る。そして驚いた、目の前の少年からあの謎の獣達を遥かに凌駕する呪力を感じるのだ。護堂の方から少年に問いかける。

 

 

「なあ、あんたはもしかして俺の中の力が何なのか分かるのか?もし、知っていたら教えて欲しいんだが…」

「なんじゃ、自分の事なのに何も知らぬのか。そうじゃの、おぬしの力じゃが……分からぬ。今の我は記憶を失っていてな、そのせいで名すら思いだせぬのじゃ」

「思い出せないって、記憶喪失って事か?何であんた記憶がないのにそんな呑気そうなんだよ?」

 

 

 そう護堂が見る限りでも急に話しかけてきて、こちらの異能を知っているかのような反応をする変な少年。だというのに記憶がないと言うではないか。しかも記憶がないのに狼狽せず、泰然としている。

 

 

(何なんだこいつ?)

 

 

護堂がこう思っても仕方がない。そして護堂の問いにこれまた奇妙な返答をする。

 

 

「確かに今の我は記憶がない。じゃがの例え記憶がなかろうと最も重要な事は覚えておる。ならばそれで十分じゃろう」

「最も重要な事って何だよ?」

「我が勝利を当然とする事じゃ。勝利は常に我と共に有り、それこそが我が本質。あわゆる闘争、すべもなき強敵であろうと我にかなわぬ。我こそが勝利ゆえにな」

「はあ…」

 

 

 とんでもないことを言い出した。これが普通の少年が言うのならただの大言壮語で片付けて離れるべきなのだろうが、護堂はこの少年にも妙な力が有るのを知っている。それゆえになんとも言えない反応だけしか返せない。そんな反応がおきに召さなかったのか少年がほんのわずかに不機嫌になる。

 

 

「なんじゃお主我の言葉をあまり本気にしておらんようじゃの。ふむ、この少年と少しばかり遊んでみるかの。もしかすれば我を敗北させる事ができるやも知れぬしな」

 

 

 後半は声が小さく聞こえづらいが、何か護堂にとってよからぬ事をたくらんでいる気配がする。そんな少年にどうしたんだよと言う前に少年が一つ提案してきた。

 

 

「どうじゃお主、我と勝負をしてみぬか?少し遊ぼうではないか」

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

「お主の得手は何じゃ?遊戯、武芸、知恵比べなんでも良いぞ。お主の好きなものを選ぶが良い」

 

 

 そう少年が護堂に選択しろと話しかけてくる。なぜ異国に来て初対面の少年と競い合いをしているのだろうと疑問に思うが、どうせ食後の運動がてらに散歩をするほど暇だったのだ。ならば別にいいかと護堂も応える。とはいえ得手は何かといわれると辛い。

 

 護堂が人様に自慢できる物など六道の力程度だ。だが流石に大きな力を感じるとは言え、遊び程度に六道仙術の使用など言語道断。どうしたものかと何度も手を握っては開いてを繰り返す。それを目敏く少年が捉える。

 

 

「ほう、お主の手はかなり鍛えこまれているようじゃの。なるほど、それがお主の得手か、となると困ったのう。流石にそれで我に挑ませるのは不憫すぎるゆえな」

 

 

 その呟きに護堂がむっとする。少年が何を見て不憫と言ったのか。護堂とて男の子だ、まるで最初から勝てないかのような物言いにちょっとばかり対抗心が湧く。

 

 

「まるで絶対に俺が負けるかのように言うんだな。てことはあんたの得手もこれって事か」

 

 

そう言いながら護堂が拳を前に突き出す。護堂の言う所のこれ、すなわち素手を使った組み打ちだ。

 

 

「そうじゃ、流石にそれで挑むのは無茶じゃ。別の物にしておくが良い」

「そうか、だったらなおさらこれで挑むまでだ」

「ふう、誘ったのは我の方とはいえ意固地な子じゃのう。剣や拳で我と競うなどあらゆる勇士がはばかった蛮行だというのに。じゃがお主が本当にそれでいいのなら早速始めようかの」

 

 

 そう言いながら護堂と少年は港を歩き、広場に出た。広場ではサッカーが行われていたので、隅を借り護堂と少年が距離を取る。護堂は影分身以外でこうやって誰かと組み手をするのは初めてだが、自分が弱いとは思っていない。将来ある模擬戦で少しばかり自信をなくすが、それでも体術の技量は自らが培った物。

 

 格闘技の試合などを観戦したりもするが、そこに出場しても勝てるぐらいには身に技がついていると自負している。事実護堂には武芸の才能がないとは言え、影分身による反則修行は彼を達人の域に押し上げ身体能力と合わさって、相手が例え総合格闘技のプロでも殴り倒すことが出来る。ゆえに護堂は自分よりも小柄な少年に本気を出すつもりはなく、最初は軽く拳を打ち込んだ。ひょいと避けられる。

 

 

「どうした少年、相手を気遣って戦うは愚物の思考じゃ。我は闘争と勝利の具現者、お主ていどの拳で傷つき倒れるものではないわ。じゃから本気で打ち込むが良い、戦士の気概を少しだけでも見せてみよ」

「…怪我してもしらないぞ本当に」

 

 

 どうやらこの少年はあの程度の攻撃なら簡単に見切るぐらいの技があるらしい。そう思考を固めて今度はもう少し早く打ち込む。ぺしりと弾かれる。ならばと更に速く重く。これもかわされ、今度は少年から反撃。護堂の腹に軽く手が触れる。恐ろしく重い衝撃。胃の中がひっくり変えり、内臓が掻き回される。

 

 

(こ、こいつ、自分を勝利の化身だなんだと言うだけあるぞ。めちゃくちゃ強い!)

 

 

 少年の動きは羽毛のように軽く動き、されどその一撃が鉄より重い。確実に護堂が今まで見てきた中で別格。護堂よりも遥か上、恐らくだが武の頂に近い場所にいる。それを認識した護堂は今度こそ本気で矢継ぎ早に蹴りを放ちフェイントをいれ、テンプル狙いのフックなどを繰り出していく。それらが次々と逸らされかすりすらしない。少年の方も興が乗ったのか何度も護堂の身を打ち据える。ガードの上からでも護堂の内部に浸透する蹴り、手で弾こうとしても逸らせないほどの豪腕。滅多打ちだ。ついには顎に入れられ、護堂の膝が震える。

 

 けれども倒れはしない。彼が持つ超回復と不死性は罅の入った骨を瞬く間に修復し、傍目には少年の打撃が効いてないように見える。ただ少年の方はそのからくりに気づいていた。目の前の人の子が普通ではないとは思っていたが、まさか豊穣の実りに近い治癒力を持つとは。何度弾かれても護堂は立ち上がり少年に立ち向かっていく。少しばかり楽しくなっていた。

 

 

(まだまだこんなもんじゃない。こいつの涼しい顔を少しでも崩してやる!)

 

 

 実の所簡単に崩す方法はある。護堂の真の力、それを解放すれば体術の腕前は急激に上昇する。そうなれば護堂は人類最高峰の達人へと変化する。けれどもそれは使わない。純粋に今はもう少しだけ楽しみたい。そう思いながら護堂は自分よりも上にいる少年へと何度も突撃を仕掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

「…あんた出鱈目に強いんだな、結局一度も当てられないとはなあ。自信なくすなあ…」

「そう卑下することはなかろう。もう少し鍛錬をし、経験を積めばお主なら一角の勇者になれるわ」

 

 

 時刻は既に夕方。日も傾き街をオレンジ色に染め上げる。あの後護堂は何度も挑戦したが、結局この少年のアルカイックスマイルを崩すことが出来なかった。二人してつれそって今は意味もなく港街を歩いていた。

 

 

「そういやあんたはこの後どうするんだ?記憶喪失みたいだけど、良かったら取り戻せるように手伝うけど」

「その心遣いは不要じゃ。我は自らの力を持って取り戻す。人の子の手を借りるのは性にあわん」

 

 

 他愛のない会話。まだ出会って数時間だというのに、護堂はこの少年に対して友情のようなものを感じていた。それがゆえの提案だったのだが一蹴された。そうかと返しまたお喋りに興じる。二人とも夢中になっていたからか、自分達の前に立ち塞がるように立っていた人影に気づくのが遅れた。

 

 

「ねえそこを行く人たち、突然で申し訳ないけれど少しばかりお尋ねしたい事があるの」

 

 

 イタリア語でいきなり話しかけられた。言葉の内容は分からないが護堂が少年の方から声のほうに目を向ける。そこに少女が立っていた。綺麗な少女であった。身長は160半ば程度だろうか、腰まで伸びた赤みがかった金髪を潮風になびかせる。威風堂々としておりぴんと張った背中ゆえか真っ直ぐに背筋が伸び、張り出された胸から自信のようなものが溢れている。そして何よりもその美貌、まるで手ずから神が創ったと言われても信じられるほどに整っている。覇気と自身が宿ったかのような顔付き。

 

 護堂は親族に妙な手合いが多く、その付き合いから色々な少女と会う機会が多い。そんな護堂が見てきた中でも間違いなく一番と呼べる綺麗さと可愛さを持っている。見惚れるなと言う方がどだい無茶な話だった。

 

 

「この島に顕れた神について知っている事を洗いざらい話しなさい。我が名はエリカ・ブランデッリ。あなたたちに教える義理はないのだけれど、これを持って礼としてあげるわ」

「…なあ、あの子なんて言ってるんだ?分かるなら教えて欲しいんだけど…」

「知っている事があれば吐けと言っておるの。ようするに脅迫じゃな」

「脅迫って何だよ。あんたの知り合いじゃないんだな」

 

 

 護堂と少年は日本語で会話する。そんな二人に無視されたと感じたのか、ほんの僅かに少女の美貌に不機嫌が現れる。そして日本語で今度は話しかけてきた。

 

 

「全ての道はローマに通ず。イタリア語も分からないのにこんなところをうろつくなんて、とんだ無作法ね」

「ああ、君も日本語が分かるのか。それで知っている事ってなんだよ?俺は君の事なんてなにも知らないぞ」

「私の事を知らないなんてとんだ田舎者ね。ならもう一度名乗ってあげるわ、私の名はエリカ・ブランデッリ、ミラノの結社赤銅黒十字の大騎士と言えば分かるかしら。あなた達には聞きたいことがあるの、三日ほど前からこの島で顕現しているまつろわぬ神について教えていただきたいの。…神が目撃された地域では常にあなたの姿が確認されている。偶然ではないわよね?」

 

 

 少女が言っている意味がいまいち読み取れないが、あなたが誰を指しているのか。護堂はちらりと隣を見やる。少女ーエリカの指すあなたは間違いなくこの少年なのだろう。そしてエリカは神と言った。ついでに少年の中から感じる巨大な波動。それらが護堂の中で繋がる。なるほど、確かに神と言われたらこの少年の謎の強さにも説明がつく。うんうんと一人納得する護堂。そんな護堂たちに痺れを切らしたのかエリカが再び口を開く。

 

 

「あら?ここまで待っても黙ったままなんて、強情な人たちね。なら平和的な話はここでおしまい、今からは剣の時間。言葉の通じぬ者に道理を説くなんて、無駄もいいところですものね!」

 

 

そうエリカが宣言し、何事かを呟く。それと同時に彼女の手に忽然と剣が姿を現れる。

 

 

「騎士エリカ・ブランデッリは誓う。汝の忠誠に武勇と騎士道を以て応えん事を!」

 

 

いきなり現れた細身の剣、それを見て護堂も驚く。

 

 

「武器口寄せ?…まいったな、俺以外にも異能者がいるかもしれないって期待して異国に来て見たら、まさか初日で二人も会えるなんて」

 

 

 とはいえ、この少女はどうみても臨戦態勢に入っている。ゆらゆらと剣をゆらし、攻撃の予備動作を取り出したのだ。そんなエリカに色々と護堂も聞きたい事があるので、まずは落ち着こうと話しかけようとして止める。きびすを返し急に走り出す。護堂が向かうのは

海の方。

 

 

「ちょっと待ちなさい、いきなり逃げるなんて何を…」

「ほう、あの少年気づいたのか。全く持って不思議な子じゃな!」

 

 

 いきなり走り出した護堂を追う少年。そんな二人を同じようにエリカも追いかける。だが

 

 

(嘘でしょ、いくらなんでも速過ぎる。私の跳躍術で全く追いつけないなんて!)

 

 

 今回の騒動一回目のエリカの驚愕。エリカは旧友であるリリアナに比べれば鈍足だ、とはいえ同年代の中では軽功の術の扱いが上手く速い部類に入る。そんな彼女が二人の少年にぐんぐん引き離される。先に走り出した護堂に追いついた少年は彼に一つ問いかける。

 

 

「お主厄介なものが来るのにどうやって気づいたのじゃ?」

「こんなでかいチャクラが近づいていて、気がつかないわけないだろう」

「ほう、呪力そのものを距離が離れておるのに感じ取っておるのか。稀有な能力を持っておる。…それでお主はどうするつもりじゃ?」

「どうするもこうするもあるか。近づいて来てるのが俺の予想通りなら、この町は戦火に包まれる。どうにか出来る力があるのに、見捨てるほど俺は薄情じゃなくてな」

「…なるほどの、我の時には本気ではなかったわけか。ふむ、では少年こうしよう。お主は少しばかり足止めせい、その間に我がどうにかしよう。なに、この手合いは因縁があってな。ではな少年、少しばかりの友諠とはいえ楽しかったわ。汝の道に勝利の加護があらんことを」

 

 

 そう言ったかと思うと、護堂の隣にいた少年の姿が消える。だが護堂も特には驚かない。彼にもその場から消えることの出来る手段ぐらい、いくらでもあるからだ。足を止めず呪力を全身に回し、運動能力を高め更に加速。ついに港にたどり着く。そのまま足を止めず海に跳躍、それと同時に手に持っていた札を大太刀に変える。重力に引かれ、海に落ちていく護堂の足元がいきなり割れた。なんと海から巨大な猪が飛び出してきたのだ。ロケットの如く飛び出した猪めがけ、護堂が太刀を突き刺す。目に突き刺さった。

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 

 この世の全てを薙ぎ払わんと言わんばかりの咆哮。衝撃波に押され護堂が港まで戻される。目を潰された猪は咆哮で港に止まっていた船を粉砕し、上陸。自信の眼前にいる今しがた自らに蛮行を行った、虫けらの如き人間を残った目で睨みつける。上陸した事で猪の全容が露わになる。体長は50mほどであろうか。黒き毛皮に魁偉なほど太く、逞しい胴回り。その胴を支える足回り。何よりも放つ気配がただ巨大な猪とは違う事を語る。これこそ神獣、人類が全力を尽くしてようやく抗える怪物なり。

 

 そんな猪に睨みつけられて護堂は特に表情も変えなかった。彼と猪のサイズ差は人間と蟻ほどの差。今は睨みつけるだけで突進もしてこないが、仮に猪が襲い掛かったら普通の少年なら挽肉に変えられ自らの行いを後悔するだろう。けれども実態は違う。大きさは猪の方が確かに圧倒的に上。けれども内包した力の総力差はどうあがいてもこの猪では護堂には届かない。

 

 そもそも護堂はこの手の獣が神獣と呼ばれることを知らないが、すでに日本で同レベルの存在を片っ端から狩り尽くしている。六年前ならいざ知らず、成長した護堂なら六道になるまでもない。その余裕が護堂の眠そうな顔を支える。先ほどの組み手では体術だけを使ったが、今は仙術も使用している。はっきり言おう、護堂は手を抜いても勝てる。それが分かるのか猪もむやみに攻撃を仕掛けなかった。そんな膠着した両者に赤い影が追いついた。

 

 

「なんてすばっしこい、それに神獣が出てくるのを予測するなんて。あの少年も重要参考人だけれど、どうやらあなたもそうみたいね」

 

 

 エリカであった。護堂もそちらに振り返る。神獣を前に目線から外す。とんでもない大馬鹿者だ。猪もそれを勝機と取ったのか、足を動かし突撃する。突撃してくる神獣にエリカの身が少し膠着する。護堂も足に感じる振動から、猪が動いたのを悟り自分の延長線上にいる少女に害が加わらないように術を行使しようとする。そんな時だ、突風が吹き始めた。最初は少し強い風程度だったが、一気に竜巻と呼べる物へと変貌。その竜巻が猪を空へと誘う。その竜巻の中を黄金の何かが閃き駆けた。剣だ、黄金の剣が竜巻の中を何本も飛び回り竜巻が天然のミキサーになる。

 

 そんな中に呑みこまれた猪は哀れだが、何度もシェイクされバラバラになりついにはその姿を消してしまう。そして猪を塵にした竜巻はゆるやかな風となり霧散した。残されたのは護堂とエリカと猪の咆哮と地鳴りによって破壊された港と船。エリカが護堂に近づき問い詰める。

 

 

「あなたもそうは見えなかったけど、魔術師だったのね。知っている事を話してもらうわ」

「ブランデッリさんだったよね、ちょうど良かった俺も聞きたいことがたくさんあるんだ」

 

 

六道仙人・草薙護堂、赤銅黒十字の大騎士エリカ・ブランデッリ。彼と彼女はまだ出会ったばかり、現在の相思相愛な姿からは想像も出来ない他人ぷり。この旅の最果て、そこに待ち受けるのは何なのか。二人の絆はまだ無いに等しい。けれど安心出来るのはエリカの尊大な口調に護堂が反発心を持っていない事。だから彼らは結ばれた。さて、また一旦閉幕。次に語るはちょいと時間を飛ばそうか。魔術や神だのは私が語ろう。必要なのは護堂とエリカの会話のみ。それ以外はやはり末節に過ぎないからね。

 

 

 

 

 

 




ちょっと端折りぎみになるかと思います。


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12話 ~魔女~

さてさてエリカと護堂の出会いの話、再開といこうか。確か二人が会うまで話したか。ではその続きからだ。エリカと護堂はお互いに情報を交換した。護堂は石版をルクレチアに渡しに来たのだと嘘を交えず話した。それと交換に魔術や神とは何なのかを尋ねた。そして教えられたのは魔術師とまつろわぬ神の真相。

 

彼女曰く、神とは護堂も知っている神話、その登場人物たちに他ならない。彼らは不死の領域と呼ばれる場所からきっかけがあれば飛び出し、この世に降臨する。神話から抜け出した神々はこの世を流浪する内に本来の神格が歪み、正義の神様でも人々に仇名す荒魂へとなる。神々は強大だ、その力は天地を裂き嵐を呼び大津波を起こし、地震を発生させ火山を噴火させる。人類が敵わぬ生きた災害。それがまつろわぬ神だ。

 

 そして魔術師とは絵本の中に出てくるような魔女や、護堂のように通常の人では起こせぬ超常現象を繰る者たち。この時に護堂がチャクラと呼んでいたものは呪力だと教えられた。

 

 かくして護堂は魔術の世界に関わる事になる。生まれついての超越者、けれどもエリカはまだ護堂がそうだとは知らないのであった。

 

 

 

 

 

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「確かこのあたりのはずなんだけどな」

 

 

 地図を見ながらの護堂の発言。それを後ろからイライラしながらエリカが見ていた。その視線を感じ、ちょっとばかり居心地の悪い護堂。けれども彼女の怒りを護堂が咎める理由はない。

 

 猪が撃退された後、エリカは護堂を問い詰めた。あなたはどこの魔術師だと。しかし護堂はそんな単語を知らない身。そこから彼女を落ち着かせ、自分には小さな頃から不思議な力があったのを話した。それと同時に、イタリアに来た理由についても説明した。エリカは勿論信用しなかった。どこの世界に何も習わずに魔術を行使できる存在がいるのだ。嘘をつくなと言うのだ。そして護堂が会いに来た女性はこのイタリアでも最高位の魔女。そしてこの少年が持っていた石板。これまた護堂を嘘つきだと彼女に断定させることになった。護堂が持っていたのは高位の神具、エリカでもそうそうお目にかかれない代物。結果としてエリカの中で護堂はまつろわぬ神を招来させたカルト集団の一人と認識された。

 

 だが護堂にはこの誤解を解く手札がない。なので提案を一つ。護堂と一緒に同行してルクレチアに会えばいいのではと。そうすれば嘘を言っていないことが分かるじゃないかと。エリカも護堂がまつろわぬ神に何かしら絡んでいるだろうと推測していたので、行動を見張れるのは好都合と判断した。結果護堂の一人旅が二人旅となった。その日はもう日も暮れ遅かったので護堂はホテルに泊まり、エリカも別室を借り宿泊した。

 

 翌朝護堂達は電車で移動することにしたのだが、最初はエリカが嫌がった。理由は簡単、時間通りに電車が来ないのだ。そしてエリカは電車のような公共機関など使った事も無いお嬢様。けれども護堂は元々観光がてらに来ているのだ。異国の文化を楽しみたいのにエリカが言うように車での移動などは却下。

 

 そして電車に揺られる事数時間、ルクレチアのいるオリエーナに到着した。時刻は既に昼飯時、エリカはすぐにでもルクレチアの家を探すつもりだったのだが、護堂が腹が減った、腹が減ったとうるさかったのか、エリカが折れた。飯を先にするから静かにしろと怒鳴られたのだ。そして二人してレストランに入りエリカがてきぱきと注文。イタリア語が出来る人間がいると色々と助かるなあと呑気な護堂。その眠そうと言うか、覇気のない面に終始イラつくエリカ。この時点の彼女の護堂への評価は最低に近い。そして昼食を済ませた護堂はルクレチアの家を探し始めたのだが、これが中々見つからない。そして冒頭に戻る。そうこうしているうちにまたもエリカが切れた。

 

 

「ああ、もうじれったいわね!あなたさっきから何度同じ道を行っているの!その地図貸しなさい、私が案内するわ!」

「す、すまん。恩に着る」

「あなたの為にやっているんじゃないわよ!私が早くルクレチア・ゾラに会いたいのよ!」

 

 

護堂から地図を引っ手繰ったエリカは護堂を置いて歩いていく。その後ろ姿には怒気が宿っている。美人が怒ると怖いなとやはり呑気な思考でその後ろに着いていくのであった。

 

 

 

 

 

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 二十分程歩いただろうか、護堂達は町外れの森に近いぽつんと一軒だけ立っている石造りの家の前に来ていた。庭には雑草が生い茂り、外壁には蔦が張っている。魔女の家と言われたらいかにもな建物であった。

 

 

「ここがルクレチアさんの家か…」

 

 

護堂が一人呟いているうちにエリカがインターホンを鳴らす。だが反応が無かった。留守なのだろうかと護堂が首を傾げる内に、玄関の扉が開いた。けれどもそこには誰もおらず。

 

 

「これ入れって事か?木製のドアを自動ドアにするなんて魔術は便利なんだな」

「確かあなた自分の術を六道仙術と呼んでいるのよね。御大層な名前な割りに、こんな初歩の術も出来ないなんて名前負けもいい所ね」

 

 

感想を言ったら、なぜか馬鹿にされた。俺エリカに何かしたかと思いながらも護堂はエリカの後ろを付いていく。玄関を潜り抜けると一匹の黒猫が待ち構えていた。毛並みは美しいのだが、顔が妙にふてぶてしく可愛くない。そんな猫が家の奥へと歩きだす。時々護堂の方に振り返り一鳴きし、また奥に進んでいく。

 

 

「あれ来いってことだよな?魔女の使い魔が猫なんてまたベタな」

 

 

ともあれその猫を追う。案内されたのは薬草の匂いがただよう寝室らしき場所。そこのベットの上に、女性が一人気だるげに横たわっていた。

 

 

「我が家にようこそ、古き友人の縁者よ。君が誰の血縁がすぐに分かったよ、なるほどとても草薙一郎に似ている。私がルクレチア・ゾラだ」

 

 

 そうベットの上の女性が名乗った。ルクレチアは亜麻色の長い髪を持つ若い女性であった。そう若いのだ。草薙一郎と大学院とはいえ同学年のはずなのに、見た目は二十代に見える。だが護堂の中では彼なりに答えを出していた。エリカが言うには、ルクレチアは最高位の魔女なのだとか。最高位がどの程度なのか護堂には不明だが、多分凄いんだろうと小学生並の感想をつけた。そして創造再生のような術で若さを保っているのだろうと、当たらずとも遠からずな結論を出したのだ。

 

 

「ふむ、ところでそちらにいる少女は誰かな?とても日本人には見えないのだが」

「エリカ・ブランデッリ、赤銅黒十字の大騎士です。縁あって彼の連れとなりました」

「パオロ卿の姪御殿か。うわさは何度か耳にしていたよ。それでそんな君がどうして一郎の孫と連れになったのやら」

「シニョーラ、その為にもいくつかご質問させていただいてよろしいでしょうか?」

 

 

 シニョーラ、イタリア語でマダムを意味する。そんな風に丁重に切り出したエリカにルクレチアはにやりと笑いかけた。

 

 

「名前で呼んでくれて構わないぞ。私のような若々しい美女を年寄り扱いは適切ではないだろう」

「ならルクレチア、私の事もエリカでいいわ。単刀直入に聞くわ、この護堂の家は魔術師の家系なの?」

「おかしな事を聞くな、私の知る限りでは草薙一郎の一族は神にも魔術にも無縁のはずだ」

「そう、なら護堂が魔術を使えるのはどうしてなのかしら?」

 

 

 そんなエリカの言葉に何?と言いながら、ルクレチアが護堂の方を見る。

 

 

「えっと、エリカの言ってる事は本当です。俺は自分の術の事を六道仙術と呼称してますが、エリカが言う魔術を使えます」

「…草薙の家は私が知らぬ内に魔術に関るようになったのか?」

「いえ、使えるのは俺だけです。小さな頃から自分の中に、えっと呪力でしたっけ?それを何となく感じていて、こうしたら使えるんじゃないかなっと思って、制御出来る様練習していたら習得しました」

 

 

 その言葉にルクレチアが固まる。護堂が放った言葉、それがどれだけ異常なのかを護堂だけが理解していない。魔術を己のセンスだけで習得する。そんな事は不可能だ。もし出来るなら天才の言葉すら生温い。

 

 

「ルクレチア、本当に護堂は一般の出なのよね?」

「それは間違いない。だがそんな事があり得るのか?私も生きて長いが、初めて聞いた事例だ」

「そう、なら本当に護堂はただ自分の才能だけで魔術を身に着けたのね」

 

 

 その結論に苦い顔をする女性二人。この業界の常識を当然の如く塗り替えないで欲しい。そんな気持ちだった。

 

 

「護堂は本当にまつろわぬ神に関係がなく、ただ偶然あの場にいただけなんて。なんてこと、この私とした事が時間を無駄に浪費してしまうなんて!」

 

 

 気を取り直したエリカが失敗したと言わんばかりに嘆く。護堂が人の事を時間の無駄呼ばわりは止めてくれよと言っているが無視。

 

 

「エリカ嬢はこの島に現れたまつろわぬ神を追っているのか。ならちょうどいい、駄賃代わりに教えてやろう」

「ルクレチア、まさか今回の神が何者なのか知っているの?」

「正確には知らんがな。私が掴んだのはかの神が軍神であろうという程度だ。今から五日程前に私は異様な規模の神力が集結するのを霊視してな。様子を伺いに行ったのだ、そしてそこで二柱の神々が戦っていたよ。一柱はメルカルト、もう一柱は黄金の剣を持った戦士の神だ。この二神はお互いに最後の一撃を加えたよ。その結果戦士の神は砕け散り、メルカルトは稲妻に姿を変えどこかに飛び去ったな」

 

 

 そこまでルクレチアが言ったところで護堂が口を挟んだ。

 

 

「すみませんルクレチアさん、メルカルトってどんな神様なんでしょうか?」

「おお、少年は知らないのか。無理もないか。…少年はバアルを知っているか?」

「昔本で読んだ事があります。確か聖書に登場するベルゼブブの元ネタで、ウガリット神話の天空神ですよね」

「意外と博識だな。その認識であっているよ。メルカルトはそのバアルのこの地方での尊称なのだよ」

「そうなんですか、ありがとうございます」

 

 

 そう言って護堂は何事かを考えるように手を顎に当てて、地面に座り込んでしまった。護堂の質問に答えたルクレチアはエリカとの話に戻る。

 

 

「確か二神が相打ちになった所までは話したな。メルカルトは先も言ったが、稲妻に姿を変えた。そして砕けた軍神はそれぞれの肉片が新たな形をとってな。私が確認できたのは猪に鷲、後馬と山羊だな。それ以外は目視する前に海や空に飛んでいってしまったのだ」

「各地で確認されていた神獣たちは神の化身だったのね。じゃあ今神獣たちを倒している風の神はメルカルトなのかしら?」

「さあ?それは私にも分からんよ。今の私は呪力が空っぽなのでね。おかげで霊視の一つもままならん」

「呪力が空?もしかして神々の戦いから身を守るために使い果たしたの?」

 

 

 そうエリカが問うと、そうなのだよと笑いながらルクレチアが返す。

 

 

「ところでエリカ嬢、一つ聞きたいのだがなぜ神を追っているのだ?まさかと思うがまつろわぬ神を封印するつもりではないよな?」

「そのまさかよ。私は困難を乗り越えて、紅き悪魔の称号を受けるに足る人材であることを証明しなくてはならないの。それとルクレチア、情報をありがとう役に立ったわ」

 

 

 その返答と共にエリカが部屋を出て行こうとする。そのエリカに何事かを考え込んでいた護堂が呼び止める。

 

 

「どこに行くんだよエリカ?」

「どこも何も決まっているでしょう。私がここに来たのはあなたが疑わしかったからよ。それが晴れた以上用はないの。それともあなた少し一緒に行動しただけで、仲間意識が出来たなんて言わないでしょうね?生憎だけど私あなたみたいに鈍くさい人が嫌いなの。…それじゃあねルクレチア、神を封印したらまた来るわ」

 

 

 そんな言葉と共にエリカは部屋を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

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 ルクレチアの家についた時点で護堂の旅の目的は達成された。後は石版をルクレチアに返したなら、もう護堂はこの地ですることはない。それなのにエリカが出て行った後、一人護堂は地面に座ったまま、いつも通りの眠そうな顔で頭を捻っていた。

 

 

「ずいぶんと嫌われたものだな少年、君は彼女に何をしたんだ?」

「多分本当にのろのろしていたのが気にいらなかったんでしょうね。俺はどうも人からみるとマイペース過ぎるらしいので」

「確かにあれほどの暴言を吐き捨てられたのに動じてないあたり大物だな、実に一郎の孫らしい。それに天性の才能だけで魔術を修めるとはな、実に面白い子だよ君は。それよりも何を唸っているのだ?」

「…さっきの話でエリカの奴は言わなかったけれど、あいつは俺が神具を持っていたから、神に関係していると思ってここまでついてきたんです。でもその前はあいつはとある少年を追っていたんだそうです」

「少年?」

「ええ、何でも一人の少年が神獣が出現する先で目撃された。それで重要参考人として話を聞きだすつもりだったらしいんです。そして俺はたまたまその少年に会いました。そこをエリカに目撃されて、その少年から俺に興味が移り今回の同行となったんです」

 

 

 そんな顛末に気の毒になと答えながら、ルクレチアが笑う。だが次に護堂が放った言葉は彼女から笑顔を奪い取った。

 

 

「多分その少年があいつの言っていた風の神です」

「………何?」

 

 

 この少年は何を言っているのだ。

 

 

「少年、なぜそう思ったのだ?」

「俺は少年と会って、少しだけ一緒に遊びました。その時に内面の力を少し探ったら、神獣よりも大きな力を感じたんです。その後俺は神獣が近づいてくるのが分かったので迎撃するために、港の方に向かいました。その時に俺とエリカを襲おうとした猪を竜巻が滅ぼしたんです。竜巻と猪の力が少年の呪力の性質と同じだったのと、ルクレチアさんのお話しから確信出来ました」

「少年、君は呪力の性質を読み取れるのか?それに神獣を迎撃だと?君もエリカ嬢と同じで自信が過剰なタイプなのか?」

「ええ、力を探るのは得意ですけど、でもルクレチアさんも霊視とやらで神様の出現が分かったんですよね?」

「いいか少年、確かに君の考察通り神力が集まるのを予測したが、それは偶然だ。君がやったように性質を読みとるなら普通は相応の準備が必要なのだ、だと言うのにそれが出来る。そんなもの欧州の歴史を読み解いても片手で数える程だ」

 

 

 ここに来てルクレチアの中で護堂が異質な存在となっていた。最初は一郎の孫らしくどこか変わった少年程度の認識であった。なのに目の前の少年は変わった程度で納まらない。

 

 

「あと神獣でしたっけ?あの程度でしたらそこまで苦労しませんよ、もう何匹も日本で葬っていますしね」

「…その話はエリカ嬢にはしたのか?」

「してませんけど、どうかしたんですか?」

 

 

 首を傾げながらの返答。そんな護堂をルクレチアが疑わしい目で見ている。信じられない事にこの少年は嘘を言っていないと、長く生きたがゆえに分かってしまった。だからこそどうしたものかと考える。かつての旧友の孫は今までの話だけでも、明らかに怪物的な才能の持ち主。そんな思考をしているルクレチアに護堂が鞄の中から石板を取り出し渡す。

 

 

「後ルクレチアさん、これをお返ししておきます」

「このタイミングで渡してくるか、つくづくマイペースだな君は!…やはりプロメテウス秘笈だったか、今更こんな物を渡されても困るのだがな」

「困ると言われても、それを渡しに俺は来たんですから大人しく受け取ってください。…それよりもルクレチアさん、一つ聞きたいんですけどいいですか?」

「まだ何かあるのか、一体何を聞きたいんだ?」

「さっき軍神の正体は何者なのか分からないと言いましたよね。俺が確認した少年と風に猪、エリカが知っていた駱駝に羊に牛、そしてルクレチアさんが見た黄金の剣を持つ戦士に後鷲と山羊と馬でしたよね。この要素を持った神様に心当たりはありませんか?」

「…該当する神が一柱だけいるな。しかしだ、君はそれを知ってどうする気だ?」

「俺はこの後エリカの奴を追うつもりです。その前にメルカルトと何の神が戦ったのか、知っていた方がいいと思ったので聞いただけです」

 

 

 護堂の今回の旅行の目標は既に達成されている。石板を返した後、観光がてら何か人生の目標でも探そうかと考えていた。そんな時に出会った神を追う少女。護堂はなぜかは自分でも分からないが、彼女に興味を抱いていた。どうせ後は観光ぐらいしかする事がない。なら彼女について行ってみようと考えたのだ。

 

 これが普通の少年なら神獣に出会った段階で、恐怖を持ち日本に逃げ帰ったかもしれない。けれども護堂にとって神獣なぞただでかいだけの的。それに今この島は神の脅威に脅かされている。そして護堂にはこの騒ぎを解決する力がある。流石にこれを見過ごして、観光に行くつもりは護堂にはなかった。

 

 

「彼女を追うのか。ふむ、どうしたものか。……では少年、神の名を教える代わりに一つ頼まれてくれないか」

「頼み…ですか?」

「エリカ嬢が無茶をしようとしたら止めてやって欲しいのだ。あの子はこのイタリアでも名を馳せる神童でな。そのせいで自分なら神を封印できると考えているようだ。けれどもな、あの子でも神の相手など出来ん。だが少年はどうやら神獣を程度呼ばわり出来る力があるようだからな。この約束を守ってくれるなら君に教えてやろう、どうだ?」

 

 

 その言葉に頷きを返す護堂。それを見て取ったルクレチアはおもむろにある神様の名と逸話を語るのであった。

 

 

 

 

 

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 ルクレチア邸を後にしたエリカは携帯に出た後、車を呼びとある場所に向かっていた。彼女に掛かってきた電話の内容は神獣の出現予想。場所はドルガリ。そこにエリカは向かっていた。車で向かう間、彼女は少し苛立っていた。その苛立ちの相手は護堂。最初は自分よりも速く動き、かなりの術者だと感じたのに蓋を開けば自己流の素人。才能だけで魔術を習得したのは驚異に値するが、所詮は一般の出。そんな少年に彼女の勘違いとはいえ時間を取られた。その上あの覇気のない面。どうにも友好的になれない。必要なら上辺だけでも仲良く出来るのに、護堂にはそんな気になれないのだ。

 

 護堂と会ってエリカに良かったことなど、ルクレチアと知り合いになれたことぐらいだ。まあいい、どうせあの少年とは二度と会うことはない。そう切り捨て、エリカはドルガリに向かう。彼女が街に着く直前、急に空が曇り始めた。この辺りは地中海性気候で乾燥しており、めったに雨など降らない。なのに曇り始めた。それは予兆だとエリカは断じた。恐らくだが神獣が近づいた事で気候が変化したのだろうと。

 

 ドルガリについたエリカは車から降りると、すぐに曇り空を見上げる。街に入る前よりも雲は厚くなっており、いつ雨が振り出してもおかしくない。そして雨が降り、すぐにスコールになる。その雨と同時にそれは来た。強い稲光。腹に響く雷鳴が轟く。嵐だ、スコールどころか嵐が来たのだ。そしてその嵐の中をなにかが悠々と飛翔している。山羊だろうか。距離が離れている為見えにくいが、カリアリに現れた猪に負けないだろうサイズの山羊が自然の摂理を無視して空を飛んでいるのだ。

 

 

クァァアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 

 これまたカリアリの猪に負けないほどの咆哮が響き、その咆哮と共にドルガリの街が暴風と雷に襲われる。街は阿鼻叫喚の地獄絵図を演じた。人々は嘆きを漏らし、降り注ぐ雷が誰かの家を打ち砕く。車が飛ぶほどの暴風が人々を薙ぎ倒す。護堂は神獣を雑魚扱いしているが、本来この獣たちが暴れれば人間になす術など無い。神獣とは地上を闊歩する戦艦のようなもの。ただ震え、そんな脅威が去るのを待つ選択肢しか人は選べない。だがその選択以外を選ぶ少女がいた。

 

 

「来たれ我が剣、クオレ・ディ・レオーネ。獅子の玉座を守護せし刃よ!紅と黒の先達にも請い願わん。願わくば我が身、我が騎士道を守護し給え!」

 

 

 エリカが呪文を唱える。その直後、細身の剣が彼女の手に虚空より現れる。それだけではない、なんとその華奢な身に紅色の下地に黒の縞模様が入ったケープを纏ったのだ。戦闘体勢を整え彼女の身が駆ける。彼女が駆けるのは地面ではない。稲妻に打たれ砕けた塔や石造りの家の屋根などを蹴り飛ばし、半ば飛翔に近い形で山羊に接近する。けれどもこの街には高い建物がない。そのせいでどれだけ近づいても山羊に剣が届かない。舌打ちをエリカが一つ零す。エリカは魔術の天才だが、彼女が最も得意とするのは鉄を操る術。その術では空を飛ぶ事が出来ない。ある程度山羊に近づいた所でエリカが足を止める。

 

 深く息を吸い呼吸を整える。どうしたものかと彼女は考える。あの山羊に攻撃を届かせるにはどうするか。そしてまだ実戦で使ったことのない、こんな時のために習得した奥義を試す事にする。

 

 

「エリ、エリ、レマ・サバクタニ!主よ、何故我を見捨て給う!主よ、真昼に我が呼べど御身は応え給わず。夜もまた沈黙のみ。されど御身は聖なる御方、イスラエルにて諸々の賛歌をうたわれし者なり!」

 

 

エリカの力有る言葉と共に周囲の温度が下がる。

 

 

「我が骨は悉く外れけり。我が心は蝋となり溶けり。御身は我を死の塵の内に捨て給う!狗どもが我を取り囲み、悪を為す者の群れが我を苛む!」

 

 

彼女が謳うのは怒り。ただ自らを救わぬ主への呪い。

 

 

「我が力なる御方よ、我を助け給え、急ぎ給え!剣より我が魂魄を救い給え。獅子の牙より救い給え。野牛の角より救い給え!」

 

 

遠く遠く祈りの賛歌が木霊する。気高き主に届けと響き渡る。

 

 

「我は主の御名を告げ、世界の中心にて御身を讃え、帰依し奉る!」

 

 

 完成した術の名は『主よ、なぜ我を見捨て給う』。かつて神の子が命を落としたゴルゴタの丘。その時の呪いを再現する魔術。絶望の嘆きを宿す言霊。大気が死に、周囲の温度は下がり続ける。常人がこの空気を浴びれば、それだけで命を落とす。そんな不快な空気を感じ取ったのか、じろりと山羊がエリカの方に視線を向ける。その目に宿るのは知性。カリアリに現れた猪は目に怒りを抱いていたが、この山羊はそうではないらしい。そんな山羊にエリカが更に魔術を行使する。

 

 

「クオレ・ディ・レオーネ、汝、神の子と聖霊の慟哭を宿し、ロンギヌスの槍と成れ!」

 

 

 変形の魔術により剣が槍へと変化。その槍に呪詛を吹き込む。かつて神の子を刺殺した聖槍の再現。神の不滅の肉体すら傷つける魔槍が誕生する。その槍を山羊に向け投擲。高速で投げつけられた槍は山羊の腹を抉る。

 

 

クァァアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 

 激痛に獣が絶叫。山羊を傷つけた魔槍はエリカの手に戻る。その手ごたえに確信する。神獣が相手なら自分の力は通用すると。そんなエリカに殺意と共に山羊が雷撃を放つ。エリカは勘に任せてその場から飛ぶ。彼女が先ほどまでいた塔が弾け飛ぶ。そのまま次々と跳躍を続けビルからビルへと飛び移る。彼女が目指すのはドルガリ郊外の山のふもと。彼女は誇り高き大騎士として一つの道を選んだ。山羊を街から引き離し、人々が避難する時間を稼ぐつもり。その判断に従いふもとを目指すのだった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 ドルガリの街から離れたエリカはすでに山のふもと、木々もまばらでほとんどが白い岩肌に囲まれた岩場に到着した。そんな彼女を山羊が追ってくる。

 

 

「…あと15分くらいなら持ちこたえられるわね」

 

 

 自信の体力と呪力を考えての呟き。それ以上は無理だ。15分経ったら、幻惑の術を駆使してここから離脱する。それがエリカの現在取れる最良の策だ。けれどもだ、彼女は一つ忘れていた。ルクレチアが語った神獣はまだ全て姿を見せていない事に。

 

 

「…嘘でしょ」

 

 

 エリカの信じたくないと言わんばかりの一言。彼女は何を信じたくないのか。それは直後に分かった。

 

 

クアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 山羊に似た鳴き声。しかしこの声の主は山羊ではない。その山羊に合流するように彼方から金色の羽を持つ鳳が来たのだ。鷲に良く似た猛禽類。この鳳も山羊と同サイズ、翼長は六十mはあるだろう。

 

 

「神獣が二匹同時になんて…」

 

 

 一匹ならエリカの魔術でも通じた。しかしそれは不意打ちに近い形だからだ。今の山羊は腹を裂かれたことでエリカを敵と認識している。そこに鳳まで加わった。そして二匹はエリカに対して同時に攻撃仕掛けた。山羊は先ほどのように雷撃を、鳳は羽をはためかせ疾風を作りついには竜巻を作り出す。

 

 

「ローマの秩序を維持する為、元老院は全軍指揮権の剥奪を勧告する。獅子の鋼よ、その礎となれ!」

 

 

 呪文を唱えると同時、彼女の持つ剣が銀に輝く十本の鎖となる。その鎖はお互いに結合し、複雑怪奇に絡み合い鎖の檻を作り出す。

 

 

「元老院最終勧告、発令!」

 

 

 その言葉で魔術が完成。エリカが使える中でも最高の守護結界。それを展開した直後であった。その守りを叩き潰さんと衝撃が襲った。次々と雷と烈風が結界を打ち据える。鎖に皹が入る。エリカも負けじと呪力を注ぎ応戦。しかし皹が入るのを防げない。全力で力を振り絞っているのだが、所詮は人間の魔術。ついに螺旋の鎖が砕け散る。吹き飛ばされるエリカ。何度も地面を転がり体中に擦り傷が出来る。

 

 

「…これ以上は無理ね」

 

 

 どうしようもない事実。呪力も切れ体力すら残り僅か。山羊だけならどうにかなったのに、そこに鷲まで加わったのだ。後は死を待つだけ。けれども彼女に嘆きはない。少しとはいえ持ちこたえたことで、町の住人が避難できる時間を伸ばせたはず。騎士としてはそこそこの結果のはずだ。ふうっと息を吐く。そして気力だけを武器に立ち上がる。あいにく死ぬとしてもエリカは倒れたままいるつもりはない。

 

 最後まで赤銅黒十字の大騎士として立ち向かう。それがエリカの誇りだ。そんなエリカの態度が気に入らないのか、山羊が今まで以上の雷を上空に作り出す。あれを受け止める魔術をエリカは持たないし、そもそも魔術を使えるほどの呪力も無い。山羊が雷撃を放つ。そんな雷を少しでも切り裂こうと気合一つで剣を振ろうとしたところで

 

 

「させるかよ!」

 

 

 そんな言葉と共に後ろから何かが飛んできてエリカの上空を通過し、山羊の放った雷を防いだ。飛んできたのは一振りの剣。エリカも見覚えのある形状、大太刀と呼ばれるそれ。昨日ある少年が持っていた物。エリカが後ろに振り替える。そこにルクレチアの家で別れたはずの護堂が立っていた。




この作品の神獣の立ち居地は瓦割りの瓦ぐらいの存在。次回は護堂大暴れ、神獣の命運や如何に


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13話 ~仙人~

文字数が多くなり読みにくかったので分割しました。


「あなたどうしてここにいるの…」

 

 

 呆然としたエリカの呟き。もう会うこともないだろうと思っていた少年。神獣が二体いるのに、相も変わらぬ眠そうな顔。

 

 

「どうしているのかって言われたら、エリカを追って来たんだよ。それよりもボロボロじゃねえか、なんでそんなになってまで頑張ってるんだよ」

「ここで私が引いたら町が壊滅するからよ…それよりも神獣が複数いるのに出てくるなんて何を考えているの。今すぐ逃げなさい!」

 

 

 そう言って護堂を守るように立つエリカ。護堂の事は嫌いだが、さりとて危険に巻き込むつもりはない。それがゆえの行動だった。そんな彼女の横に護堂が歩いてきて隣に立つ。

 

 

「何をしてるの、いいから早く…」

「そんな状態のエリカを置いて逃げたら来た意味がなくなるから駄目だ」

「あいにく私はあなたに心配される筋合いはないの!」

 

 

 そんな彼女を見ながら護堂はため息を一つ。

 

 

(ルクレチアさんが心配するわけだ、本当に無茶する奴だな)

 

 

 そう心中で呟き、眠そうな顔に少しばかり呆れが混じる。

 

 

「何よその顔は、何か言いたいことがあるなら言葉ではっきり伝えたらどう」

「そうだな、じゃあ直接伝えよう。お前もう呪力が残ってないんだろ、それなのに戦おうなんてあほか。下がるんだ」

 

 

 護堂が投げた太刀に手をかざし、磁力で手元に引き寄せる。それを掴み取り神獣達に向ける。護堂の顔が僅かに眠そうな顔から変化する。それは彼があまり普段は見せないある感情の発露。静花や一郎ですら見たことのない表情。その表情にエリカが息を呑む。この少年が眠そうな顔以外出来るのに驚いたのだ。

 

 

「確かに呪力は空ね、けれどそれがどうかしたのかしら。今の私にはまだ闘志があるわ、なら戦えるという事よ!」

「…言ってもさがらないか、本当に無茶と言うか、意地っ張りと言うべきか。…なら共同戦線だ、あっちは二匹、こっちも二人。それなら文句無いだろう」

「あなたみたいな素人の手が増えた所で邪魔なだけよ、少し魔術を齧った程度でどうにかなる相手ではないの!」

 

 

 その言葉に護堂が少し首を傾げる。そして思い至った。カリアリで護堂は猪に不意打ちで手傷を与えたが、彼女が追いついたのは護堂が目を潰した後。その後も護堂は自分が神獣を瞬殺可能な実力を持ち合わせている事を彼女に伝えていない。エリカは護堂が話しかけると不機嫌になるので、必要な情報交換以外の会話があまり無かったのだ。そのせいでエリカは護堂の実力を見誤っていた。

 

 

「あー、なるほどね。まあ、その辺りは大丈夫だろ。後さ、急で悪いんだけど少し手を握るぞ」

「何をするつもりなのかしら?」

 

 

 エリカが訝しむように護堂を見る。護堂が何をするのか怪しんだのだ。けれども神獣達は今はいきなり現れた護堂を警戒して何もしてこないが、いずれは動き出す。その前に無理矢理にエリカの手を取る。

 

 

「ちょっと何を…」

「いいから、すぐに済む」

 

 

 護堂がエリカを見つめながらの返答。その顔に浮かんだ真面目な表情にエリカが珍しく気圧される。そしてすぐに護堂が何をしようとしたのかを理解した。尽きていたはずの彼女の呪力。空の筈の器。それが満たされる。護堂がエリカの性質に合わせて自らの呪力を練り、手を通して渡したのだ。ついでにエリカの傷も治す。

 

 

「護堂、あなたこんな事が出来たのね。けれどこんなに渡したらあなたの呪力がなくなるわよ」

「それなら問題ない、まだまだ余力はある」

 

 

 護堂の言う通りだ。エリカにいくら渡しても護堂の呪力が尽きる事など無い。エリカを己の呪力で満たした護堂は今度こそ本気の敵意を神獣に向ける。それは一つの結果を生む。護堂の黒目が十字へと成ったのだ。流石に護堂もエリカを守りながら神獣を二体同時にするのは少し骨が折れる。なので楽をする為に仙人モードを発動する。六道仙人モードは使わない。神獣相手ならあれを使うまでもないからだ。仙人モードでも護堂の自らを自壊させる程の力、その一端くらいは使えるようになる。

 

 

「えっ…」

 

 

 エリカの驚きは当然だった。先ほどまで自分の実力を過信した少年が無謀にも横槍を入れに来たと思っていたのだ。それが覆された。横から見た護堂の目が形を変えたと思ったら、彼の体からエリカの数百倍以上の呪力が迸ったのだ。その苛烈な力に神獣達が身構える。目の前にいるのが哀れな人間などでは無い事にようやく気づいたのだ。けれどもその判断は少しばかり遅い。こうなる前に逃げるべきだった。既に護堂は神獣を敵とした。ならこの二匹に待つ未来は一つだけ。後は少しでも抵抗して長引かせるか、諦めて首を差し出すか。選べるのはそれだけだ。

 

 

「どっちも宙に浮いてる以上あそこまで行くしかないか。エリカは空中戦は出来るか?」

「…その言い方だと護堂はやれるのね。残念ながら宙を行く魔術は会得していないの」

 

 

 先ほどまでの刺々しさがエリカから消えている。そんな反応にやっと大人しくなったかと心中で呟く護堂。だがエリカは別に護堂に気を許したわけではない。その異常すぎる力の奔流に圧倒されたのだ。それがゆえの大人しさ。

 

 

「そうか、ならメインは俺がやる。まだあいつらに立ち向かうならほとんど出番がなくなるけど、別に構わないな?」

 

 

 素直にこくこくと頷くエリカ。彼女もようやく護堂のあの眠そうな顔が覇気の無さではなく、ある種の余裕から来ていたことに気づいたのだ。エリカの腰にすまんと言いながら護堂が手を回す。何をするのとエリカが文句を言う前に二人が空中を飛ぶ。護堂とエリカ、二人が初めて力を合わせた戦いが始まった。

 

 

 

 

 

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 エリカを連れた護堂は術を行使。途端神獣達の周囲に変化が起きた。先ほどから山羊の手によって降り注いでいた豪雨。それらが冷えて固まり、何十もの氷の板になり取り囲んだのだ。その板の一枚に護堂が降りる。

 

 

「これなら足場代わりになるだろ」

「こんな規模の術をやすやすと使うだなんて。それにこの呪力、もしかしてあなたカンピオーネなの?…護堂自身について後でたっぷりと教えてもらうわよ。…くるわ!」

 

 

 二人が氷の上に降り立つのに合わせ、様子見していた神獣が動いた。山羊が先ほどのように上空の雷雲から雷を解き放った。それは周囲に浮いた氷を砕き、エリカと護堂を襲う。しかし雷は届かない。護堂の体から青紫の何かが放出され、一つの形を取った。骸骨だ。人間の上半身部分だけを模した青紫色の骸骨が二人を覆ったのだ。須佐能乎の簡易発動。それが雷を防ぎ、二人を心臓を守るように外敵の脅威から保護する。お返しだと骸骨の手に呪力で構成された勾玉が現れる。数は三つ。それが呪力の糸で結ばれ数珠状に繋がれた。それを山羊に向けて投げつける。山羊に飛来し撃ち落さんと飛んだ勾玉だが、その横から竜巻が飛んできて阻まれる。鳳が山羊を助けたのだ。

 

 

「二匹もいると面倒くさいな」

 

 

 神獣を相手にしながらの護堂のぼやき。流石に二匹同時は護堂でも難しいのだろうか。そんなわけがない。護堂は仙人モードを使っている。この状態の護堂の最大火力なら今の妨害ごと山羊を滅する。だが護堂はすぐにこの獣どもを潰す気は無かった。護堂本人もなぜなのか分からないが、エリカがボロボロになっているのを見た時にほんの僅かにだが頭にきた。先ほどの護堂の表情、そこにあった感情。それは怒りだ。護堂は滅多に怒る事がない。彼は基本的に呑気で大らかな性格だ。偶然とはいえ自らに宿りし異能の力、これと向き合い過ごした経験と僅かとはいえ前世の記憶があったことでこのような性格が形成された。そんな護堂が珍しく怒りの感情を何かに持った。その感情がこの神獣たちをすぐには殺させない。さんざん甚振ってから潰す。そのような凶暴な作戦を無意識の内に立てたのだ。そう先の面倒との言葉は雷を当てようとした山羊をボロ雑巾に変えたいのに、それを邪魔する鳳が鬱陶しいと発言したに過ぎない。

 

 

「護堂でも流石に二体同時相手は辛い?」

「んー、それは無いけど。…仕方ない、先にあの鳥から叩くか」

「なら私は山羊の相手をするわ」

 

 

 エリカの発言に護堂が難色を示しそうになる。けれど止めた。なぜなら先ほど護堂自信が共同戦線と言ったのだ。それをいきなり止めたら、せっかく態度を軟化させたエリカがまた意地を張るかもしれないからだ。

 

 

(さっさと鳥を倒して合流すれば良いか)

 

 

 考えを纏め、エリカを残し護堂が鳳に飛び掛る。氷の板から飛び出した護堂は一気に鳳に接近。そんな護堂を地に落とさんと巨大な翼を広げ風を起こし、宙にいる護堂を狙い何度も叩きつける。並の人間なら飛ばされ自らを弾丸とし、地面に赤い染みを作るだろう疾風。それに対して護堂は自分も風を操りぶつけ相殺する。ついに鳳に近づいた護堂が顔目掛けて拳を叩き込む。鳳は逃げようとしたのだが、護堂が速過ぎたせいで避ける間もなく顔面を打ち据えられる。

 

 

クアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 絶叫。喉が破れんばかりの悲鳴を上げる。顔を振り護堂を追い払おうとするがその度に何度も顔を殴られる。一方的に護堂は殴り続ける。鳳もすぐに逃げようと体を動かすが、仙人状態の護堂の速力は鳳の速度を上回る。明らかに護堂優勢。だが護堂は何が気に入らないのか少し不満そうな顔になる。護堂が不満に思ったのは鳳は護堂より遅いが、それでも鳳が逃げようとするたびに先回りして動かなければならないのが気に入らなかった。その為護堂は鳳の機動力を先に削ぐことにする。鳳の背中に飛び移ったのだ。

 

 鳳の背に飛び乗った護堂は大太刀に呪力を集中。太刀を核に長大な風の刃を形成する。それを感じ取った鳳は宙で回転し護堂を振り落とそうとする。けれども落ちない。護堂が足に呪力を纏わせる事で張りついているのだ。

 

 護堂が風の刃を振るう。一振り、それで音もなく鳳の片翼が断たれた。羽が片方切り落とされた事で鳳が降下を始める。その鳳に護堂は背から離れる前に更に術を使う。落ちていった鳳は見た目には何も起こっていない。だが地面に衝突した瞬間にその大きさからは想像できないほどの音を轟かせる。護堂が鳳の肉体を重くしたのだ。その結果鳳は今の衝突で羽があっても、もう空を先ほどのように飛ぶだけの力を持っていかれたのかぐったりとしている。だが護堂はまだ攻撃の手を緩めない。

 

 既に動くだけの気力もない鳳、その周囲の地面が隆起し大きな手をいくつも形作る。その手が鳳を絶対に動けないよう拘束していく。拘束された鳳の前が更に隆起、そこから巨大な人影が飛び出た。大仏だ。木で出来た大仏が飛び出してきたのだ。大仏が鳳に圧し掛かる。マウントボジションだ。そんな態勢を取ったらする事など一つだ。大仏が鳳の顔面を殴りつける。更にもう一発。何度も何度も殴りつける。鳳は嫌々をするように体を捩ろうとするが、片翼がなく岩の手に捕まっている今抵抗すら出来ない。大仏が最後の一撃と言わんばかりに振りかぶり拳を打ち下ろす。鳳の顔面が砕ける。それを最後に全身をびくりと痙攣させ鳳が沈黙した。鳳が動かなくなったので護堂も術を解き、岩の手と大仏が地面に帰る。

 

 

「よし、まずは一匹」

 

 

 そう呟き今度はエリカと交戦している山羊に飛んでいく。エリカは氷の板を蹴り付け山羊の回りを飛び回り、雷が当たらないように上手く応戦していた。

 

 

「おお、すげえ。俺も負けてられねえな!」

 

 

 護堂が手に呪力を集中。螺旋丸が作られる。その螺旋丸に護堂がもう片方の手を添え、風の性質を与えると同時に形を球体から変化させる。螺旋丸を中心にその周りを手裏剣の形状を取ったのだ。風遁・螺旋手裏剣だ。それをエリカに当たらないように軌道を考え、山羊目掛けて投げつける。エリカに集中していた山羊は自らに迫る脅威に気づくまもなく、大きな角を螺旋手裏剣に切り落とされた。

 

 角を折られた山羊は自らに攻撃した存在、すなわち護堂の方を見る。山羊に目に映るのは異様な敵意を放つ護堂。山羊は鳳がいないことを不思議に思った。エリカに夢中で何があったのか気づいていないのだ。ちらりと下を見やる。エリカも山羊の攻撃が止まったので飛び回るのを止め、同じように山羊の視線を追う。両者が見たのは頭が砕かれ、片翼のない血みどろになった鳳。それを行ったであろう護堂の方に目をやる。山羊の目に知性以外の何かが宿る。それは恐怖。先ほどまで同じ神から生まれ協力しあっていた鳳が無残な姿にされた。鳳をあんな姿にしたものが敵意を向けてくることに恐怖を覚えたのだ。すぐにその場から離れようとするが、それを護堂が見逃すわけがない。

 

 護堂が地面に指を向ける。地面からまた何かが飛び出してきた。今度は木製の龍だ。それが空に駆け上がり、逃げようとした山羊に蛇のように絡み付き動けなくしてしまう。全身を暴れさせ、雷を放ち振りほどこうともがくが、暴れれば暴れるほどきつく締めあげられる。山羊の体を動けないほどに締め上げた木龍が山羊の首に噛みつく。なんと首筋から木龍が呪力を吸い始めたではないか。呪力を吸われた山羊が木乃伊のように干からび、しわくちゃになった後吐き捨てられた。吐き捨てた場所はもはや死体同然の鳳の上。二体の神獣が重なり合う。

 

 一方的な光景、もはやこれは戦闘ではない。虐殺、そんな単語しか連想されない。そんな光景にエリカが恐ろしいものでも見るかのように護堂に視線を向ける。その視線を受けた護堂が少しばかり悲しい気持ちになる。

 

 

(…なんで俺は今悲しいと思ったんだ?)

 

 

 自分の感情に疑問を持つ護堂。護堂自身はまだこの時点で自分の中の感情に気づいていない。それがゆえの疑問。とはいえこの感情に対して護堂が答えを出すのはもう少し先の話だ。

 

 二匹とももはや動く事も叶わない。これで神獣と護堂の戦いは決した。余りにもあっけない結末。だが護堂はまだ戦い足りない。彼の怒りが収まらないのだ。普段抱かない感情が護堂の戦意をいまだに維持させる。その怒りを武器に護堂が天に手を向ける。彼の手に紫電が纏わりつく。それだけではない、彼の手が向けられた空に変化が起きる。山羊が呼び込んだ積乱雲、その中から何かが顔を出す。雷の龍が雲から顔を出したのだ。その龍の視線の先にあるのは重なり合った神獣たち。積乱雲に干渉した護堂が放つのは麒麟。抵抗する力すら残っていない神獣たちに仙人モードで使える中でも高火力に位置する術を使うつもりなのだ。

 

 東京ドームを焦土にする程の火力。死に体の神獣への追撃に使うには過ぎた代物だ。それを躊躇いもなく護堂が使おうとした時に雲が散り散りになった。雲が吹き飛んだ原因は先ほどまで元気に動いていた鳳が起こしたのによく似た竜巻。竜巻が雲を吹き飛ばし降下して来たのだ。雲が散ったことで護堂の麒麟も消える。その竜巻が狙うのは二匹の神獣。

 

 

「神獣が出るところには少年が必ず目撃される。…やっぱり来たか! 」

 

 

 護堂の視線の先で竜巻に変化が起きる。轟轟と言う唸りが緩やかになり徐々に竜巻の勢いがなくなっていく。その中から一本の巨大な黄金の剣が姿を顕現する。黄金の輝きが動きもしない神獣たちを貫いた。貫かれた神獣が光の粒子になり、剣に吸収される。神獣を刺し貫き吸収した黄金剣が解けて、また竜巻に変化し空に浮かび上がりどこかに飛んでいく。それをただ見送る護堂。神獣が死んだ時点で彼が戦う理由はなくなっている。そして今の竜巻、その正体は護堂が数時間とは言え一緒に遊んだ少年。それを攻撃する気は彼にはなかった。

 

 

 

 

 

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 これで護堂とエリカの出会いの話ようやく前半の終了だ。この後エリカは護堂に多くを尋ねる。彼女が一番聞きたかったのは護堂がカンピオーネなのかどうかだ。けれどもこの時点では護堂は神を殺したことなど一度もない。護堂は逆に尋ねた、カンピオーネとは何なのかを。それで護堂もこの世界には神を殺せる人間がいるのを知る事になる。それを聞いた護堂は自らの力は権能ではなく、エリカに最初に話したように六道仙術である事を教えた。エリカは信じられないと反応したが、護堂が嘘をつく理由が一つもない。それを理由に彼女も無理矢理に納得することにした。

 

 だが護堂はこの時点で一つ嘘を吐いた。自らの力が先ほど見せた仙人モードの出力程度だと話したのだ。なぜ彼がそんな虚言を弄したのか。それはエリカが僅かに垣間見せた怯えの目。それが護堂に真実を話すのを躊躇わせた。仙人モードの力ですらエリカは護堂に恐怖の感情を少しだが向けたのだ。それですら全開ではなく、真の全力、すなわち六道仙人モードに対してエリカがどんな反応をするか。それを考えた護堂は話す気になれなかったのだ。

 

 嘘をついた護堂は真実を話さなかった代わりにルクレチアから聞いた神の名をエリカに伝えた。またこの時にルクレチアからエリカを頼まれた事も彼女に話した。護堂はエリカが怒るかと思っていたのだが、案外大人しくその言葉を聞き入れた。彼女も自分一人ではあの場で死んでいたのは自覚している。そしてエリカは護堂が自分よりも優れているのはその目で見て確かめた。協力者として見れば護堂は破格の力の持ち主だ。ゆえに護堂の協力を断る理由もなく別れたはずの二人は共に行動することになる。

 

 エリカの中では護堂はまだ力を持っているだけの存在。そんな彼女の意識が変わるのは、まつろわぬ神に出会い己の誇りが砕けた後。護堂の決断とその想いを知った時だ。その辺りの話は次に語るとしよう。ではしばしの休息を



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14話 ~まつろわぬ神~

 休息を挟んだところで出会いの話を再開しよう。ドルガリで神獣と遭遇し、それを叩きのめした護堂はエリカと共にサルデーニャ島の西部オリスターノに向かった。この街に来たのはタロスの遺跡に近いからだ。タロスはかつてはフェニキア人とローマ人の手で栄えた街であった。今はさびれ街のほとんどが海に沈み廃墟同然ではあるが。そしてこの街はこの島に顕現した神の片割れ、メルカルトを都市神として信奉していた。神は自分にゆかりの地を好む傾向性にある。自らが守護していた場所であれば、傷ついたメルカルトが聖地として怪我を癒しに来る可能性がある。そんなエリカの考察を指針として二人は一日がかりで移動したのだった。

 

 

 

 

 

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「あいつから分かれた神獣は残すところ馬だけ。それを回収し少年が力を取り戻す前に、メルカルトを偵察し可能ならその場で封印、これがエリカの基本方針でいいんだな? 」

「ええ、まつろわぬ神同士の戦いは地を極めたルクレチアですら、呪力を全部使い切ってようやく見ることが出来るほどの規模で行われるわ。それがもう一度行われたらどんな事になるか想像もつかない。その前に療養中のメルカルトをどうにかするべきよ。それよりもタロスには神がいるのかしら? 」

「それは問題ないだろう。この街の近くから大きな呪力を感じるからな。エリカの考察どおり居心地のいい場所で怪我を治してるんだろ。…しかし流石本場だな、何度食ってもピザが上手い! 」

「今から神に挑むのに食事の感想が出てくる辺り大物なのね護堂は。なぜこんな暢気な人にあれだけの力が宿ったのかしら……それともこんな性格だから扱えるのか」

 

 

 エリカの呆れたような感想。護堂はそれを聞いて仕方ないではないかと心の中で呟く。そう二人は決戦前の腹ごしらえに市内にあるピザ屋に入り、食事を取っていた。腹が減っては戦が出来ぬ、その精神で腹にピザを詰め込んでいく。口にするのはモチモチとして食感のナポリ風ではなく、サクッとした薄い生地で出来たローマ風。それを眠そうな顔で上手い上手いと口にする護堂。エリカが今からすることは彼女が出来る中でも最大の功績になるはずなのに、実は大した事ではないのだろうかと感じる程に今自分の前でピザを食べる少年は落ち着いていた。エリカが変な子ね思っている内に二人とも食べ終わる。

 

 

「私は地元の結社と接触してくるから、しばらく時間を潰していなさい」

「今すぐ行くんじゃないのか? 」

「そうしたいのは山々だけど、ここは彼らの縄張りですもの。動くにも相応の許可がいるのよ」

 

 

 そう言ってエリカが先に店から出て行く。それを見送った護堂も立ち上がり自分の会計を済ませ適当にぶらつく事にする。

 

 

「さて、これからどうしたもんかね」

 

 

 意味のない独り言。歩きながら護堂は色々と思案する。カリアリで遊んだ少年神、同じくカリアリで出会い今は行動を共にしているエリカ、そしてこれから向かう場所にいるまつろわぬ神。数日の間に様々な事を護堂は知った。それと同時に護堂自身の持つ力がエリカやルクレチア達魔術師と比べてもずば抜けて凄まじい物である事も知った。しかしそれらは現在の護堂にとっては些細な問題だ。それよりも昨日からなぜかエリカをいつの間にか視線で追っている自分に驚いていた。

 

 

「なんだろうなこの気持ちは。あいつの為に何かしたいと思うのは何でだ? 」

 

 

 自らに芽生えつつある想い。それを護堂は持て余していた。正体も分からない何か、けれども決して嫌な物ではない。だから何でだろうなと呟きながら散歩する。適当に散歩をしていたら何時の間にか空が橙に染まっていた。その頃になってようやくエリカも護堂に合流する。

 

 

「護堂と私の読みどおりよ、やっぱりタロス遺跡に神が降臨しているみたい。私が斥候として現地に行くからって言ったら、たっぷりと情報を貰えたわ」

「そうか、なら行くとするか」

 

 

 

 

 

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 空から橙色が消え、真の闇が訪れる頃に二人は鬱蒼とした森の中を進んでいた。先導するのは護堂だ、明かりもない森の中を昼間に歩くのと変わらない速度で進む。その後ろを軽快な足取りでエリカがついて行く。護堂が目指すのは力の波動の元、サン・バステン遺跡だ。自らの知覚に任せ迷うことなく大地を踏みしめる。

 

 

「かなり近いな、もうすぐつくぞ」

 

 

 それから数分歩いた頃に遺跡の近くに到達した。森の奥深くまで進んだだろうか、そこら一帯が開けていて、見晴らしの良い広場になっている。その広場の一角に太い幹の大樹が生い茂り、遺跡の一部が崩れたのか石材に覆い隠された空洞がある。護堂はそこの前まで移動し、石を取り除き穴の中を覗き込む。

 

 

「ここだな、この奥から巨大な力を感じ取れる」

「私も呪力を感知する術を使ってみたけどそうみたいね」

 

 

 二人して顔を見合わせ頷きを返しあう。ここでも護堂が先頭で穴の中に降りる。降りた先は地下神殿であった。護堂を追いエリカも降りてくる。

 

 

「エリカは外で待っていてもいいんだぞ。もし封印するとなったら俺一人でも何とかなるだろうし……」

「馬鹿な事を言わないで、私は外で指を咥えて見ている気はないわ。それよりもあなたのほうこそ良いの? ここまで来てなんだけど私に協力しても特に見返りは無いわよ」

「別にいらんよ。ただ俺がそうしたいからそうするだけだしな」

 

 

 護堂の返答にそうっと軽く返しエリカが黙る。護堂も沈黙し先導する。護堂が感じている力は明らかに護堂に迫るほどの強大さ。それを頼りに進んでいく。途中で何度も分かれ道に当たるが迷う事など無い。そして開けた場所に出た。そこにいたのは神、エリカが探し求め護堂が感じていた力の正体、絶対の力の具現ーまつろわぬ神が祭壇に腰掛け鎮座していた。

 

 

 

 

 

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「このような所に何の用だ、死すべき運命の定命の者どもよ」

 

 

 低い遠雷を思わせる腹の底まで響く声。魂まで揺さぶる様な重厚な声であった。地下神殿の奥、石で組まれた通路が途切れ土がむき出しになり地下水が湧き出した水のほとり。その傍らにいる壮年の巨漢の声だ。ぼさぼさの髪と顔の下半分を埋め尽くすほどの豊かな髭を持つ容貌。身長は2mを超えるだろう、その巨体につくのはレスラーを思わせる隆々とした筋肉だ。そんな肉体を覆うのはあの少年が着ていたものによくにたすりきれたマントに皮の胸当て、そして汚いボロ布のような服だ。胸当てには護堂も二回みた黄金の剣が半分ほどの長さになり突き刺さっている。

 

 姿だけを見れば逃げてきた敗残兵と言った装いだ。しかしながらそうではない。彼からはおそろしいほどの威厳が溢れている。

 

 

「何も答えぬか、ではわしの名を知っておるか? それとも名乗らねばならぬか? さあ、述べてみよ! 」

 

 

 笑いながら神が訊ねる。その問いかけに含まれた侮りに護堂が気づく。目の前の神は自らを訪ねてきた人間を試しているのだ。対応を間違えればどうなるか、そう言外に含んで。この神は護堂達の事など気にも止めていない。療養の間の暇つぶし相手が出来た程度にしか感じ取っていない。護堂もこのままでは話にならないとばかりに仙人モードを発動する。護堂の黒目が十字に代わり、纏う雰囲気も強大さを増す。それにほんの僅かに目を細め、興味ありげな反応をする神。

 

「あんたがメルカルトでいいんだよな」

「いかにも! わしをその名で呼ぶ者がまだおるとはな。そしてそれほどの力を死すべき定めでありながら有するか、すまぬな人の子よ試すような真似をして」

 

 

 先ほどまでのどうでもよさげな空気がメルカルトから消え、護堂に対して相応の敬意を払うかのような対応をする。流石にメルカルトも一つの神話で王の座につく天空神。目の前の人の子が只人ではないのを察したのだ。護堂もようやく話ができるかなとなった所で気づいた。先ほどから護堂の後ろにいるエリカが動かないのを気配で読み取る。護堂が後ろに振り返る。そこにいたのはただ震えるだけの少女だった。顔を下に俯けメルカルトの放つ荘厳さに気圧され、怯えるエリカがいた。

 

 

「エリカ! 」

 

 

 護堂が呼びかけるが震える体を止めようとして腕で自分の胸を押さえるだけ。そこで護堂も気づく、エリカは仙人モードの護堂の力でも怯えるような目を向けた。そしてメルカルトの強大さは仙人モードの護堂を上回っている。なら彼女がどんな感情を抱くのか、それに気が回っていなかった。

 

 

(エリカを連れてここから離れるべきか)

 

 

 すぐにエリカの腕を取り来た道を引き返す。ここに神を封印しにきたのに遁走を選んだと言うのにエリカは特に抵抗しない。抵抗の意思も湧かないのだ。念の為に逃げる途中石の壁にクナイを突き刺しておく。逃げた護堂をメルカルトも特に止めようとはしない。彼は今傷を癒すのに忙しいのだ。そこに少し興味を引かれる人の子が来ただけ、それもすぐに忘れ去る程度の邂逅に過ぎない。今は軍神との再戦に備え神力を取り戻す。ごろりと地面に寝そべりメルカルトは休息を取るのであった。

 

 

 

 

 

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 護堂に連れられて地下神殿を出たエリカはぺたりと地面に座り込む。膝を抱きその中に顔を埋め、ただ震えるしか出来ないエリカ。さっきまでは気力を振り絞り何とかメルカルトの前で立つことが出来た。しかしそれも尽きた。もう彼女にあるのは恐怖だけ。本当の神を前にしたら人間など首を垂れ、ただ脅威が過ぎ去るのを待つしかないと実感させられた。前に立つだけで逆らう気力が根こそぎ削られる。聖書にすら名を残す強大な神王。あんなのをどうにか出来ると思っていた自分の浅慮を呪う。叔父の言う通りだった、エリカには早かったのだ。いや早いのではない、そもそもどうにも出来ないのだ。だからこそ叔父は止めたのに、その憂慮すらも自らの才能任せで踏みにじった。それらのどうしようもない事実に顔を上げる力も出てこない。

 

 それを見て護堂の胸が締め付けられる。護堂はエリカのそんな姿など見たくなかった。だから彼は考える、今自分が出来る事を。感情に任せ動く。エリカの背に手を当て治癒術を使う。別にエリカは外傷を負ったわけではない、だからこれは何の意味もない。けれどエリカがただ潰れそうになっているのを黙って指を銜えて見ているつもりなどなかった。

 

 

「…何のつもり」

 

 

 ようやくエリカが俯く以外の反応を取る。彼女の声に含まれるのは怒り。だが護堂にはそれが嬉しかった。恐怖を塗りつぶせるほどの感情を持ってくれたのが嬉しかったのだ。

 

 

「少しでも気が紛れたらと思ってな」

「余計な事をしないで」

 

 

 取りつくしまもない。けれど護堂は一向に離れようとしない。それにイラつくエリカ。自分はこんなに震えているのにこの少年がこちらを気遣うぐらいの余裕があるのがどうも許せない。

 

 

「情けをかけられるつもりはないの。離れてちょうだい」

「……怯えてる女の子をそのままにするほど薄情じゃなくてな」

 

 

 自分は怖くないからな。今のエリカの精神状態には護堂の言葉がそんな風にしか聞こえない。だから気がついたら背中に手を回し護堂の手を振り払っていた。

 

 

「エリカ? 少しは元気がで…」

「馬鹿にしないで! あなた何のつもりなの、私が怯えてる? 当たり前でしょ! あんなのと対面したのよ、もしメルカルトの機嫌が悪ければ死んでいたのよ私達。あなたは確かに強いのかもしれないわ、でも無理よ。あんな強大は力を放つ相手を封印なんて無茶だったのよ。それが護堂には分からないんでしょ、分からないわよね! だってあんな風にメルカルトに馴れ馴れしく話しかけるくらいなんだから! 」

 

 

 エリカの言っていることに間違いは無い。護堂とエリカのメルカルトに対する認識には大きな差がある。エリカは対峙しただけで口も開けないほどの恐怖に襲われた。護堂の方はと言うと特にそんな事もない。確かに荘厳さや威厳は感じたがそれだけだ。エリカには仙人モードしか見せていないが、護堂の全力はそんなものでは収まらない。今エリカが死んでいたと口にしたが本当に襲われていたのならエリカをその場から逃がし、護堂は六道仙人モードを解き放っていた。結局の所人類にとってはまつろわぬ神は跪き、祈りを届かせる対象でしかない。けれども護堂にとっては違う。だからこそ今のやり取りのようにすれ違いが生まれる。

 

 護堂を振り払ったエリカは自分が何をしたいのか見失う。エリカの心に到来するのは虚しさ。本能はパオロの下に帰れと訴えてくる。理性は騎士の誓いはどうするのだと囁きかけてくる。そして背中に先ほどまで感じていた温かさ。それを振り払えてせいせいした。だが同時にそのせいで怒りが消え、先ほどまで感じていた恐怖がぶり返す。ここまで言ったのだ、護堂も日本に帰るだろう。その後どうしようか、理性と本能のどちらを選ぶべきか。そうエリカが考えていた時にまた背中に温もりが到来する。

 

 

「エリカ、お前の言うとおりだよ。俺にはエリカがどれだけ怖かったのかなんてわからない」

「そうでしょうね、ならこの手を離してくれるわよね? 同情なんてごめんよ」

「でもさ、それでも一つだけ確かな事がある。お前が泣いてるってことだ」

 

 

 そう言ったかと思うとエリカの背から手を離し、エリカの前に回る。前に回られた事でエリカと護堂が顔を突き合わす。

 

 

「やっぱりな。さっき振り払われた時に雫が少し飛ぶのが見えたんだ」

「泣いてなんかいないわよ」

「別に俺がどう思われようとかまわないけどな、こんな時まで意地を張らなくたっていいだろ。どうせ俺なんて旅のゆきずりなんだから」

 

 

 エリカは何なのよと心の中で呟く。泣いてなどいない。少し目から水が出ただけだ。護堂はただひたすらにこちらを気遣うような事ばかりしてくる。エリカが本気で怒り、普通の少年なら勝手にしろとでも言いそうな事を言っても全く気にも止めようとしない。本当になんなのだろうこの男の子はと思う。ならば勝手にしろと好きにさせる事にする。今度はエリカの頭に手を載せ何かしらの術を使う。無遠慮に髪を触られた事でまた護堂を罵る。それを受けた護堂はやっぱりまずいかと言って頭から手を離す。ただエリカは普段と違う自分に違和感を持っていなかった。普段のエリカなら髪を許可もなく触られたなら剣を抜き斬りつけるのに、今は罵るだけでそれ以上なにもしないのだ。ほんのわずかな時間で護堂に対する感情が変わりつつあるのにエリカ自信が気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 少し時間が経っただろうか。エリカも顔を俯かせるような真似はもうしない。目に涙もなく、いつもの彼女へと戻っていた。

 

 

「エリカもようやく立ち直ったみたいだな、安心したよ」

「立ち直るも何も私は落ち込んでなんかいないわ、さっきまでのはあれよ、ただ石畳の遺跡が珍しいから見ていただけよ。……何よその笑いは腹立たしいわね」

 

 

 エリカがあまりにも下手糞な言い訳をするものだから、つい顔が綻ぶ護堂。そのように護堂が笑うのでぷいっと少し頬を赤く染め顔を背けるエリカ。

 

 

「だからあなたの行動で何かが変わったわけじゃないわ、そこを勘違いしないで。……まあ、あなたなりに何かをしようとしたのは評価してあげるわ」

 

 

 出会ったときのようなあいも変わらぬ上から目線にそうでなくちゃエリカらしくないなと護堂がぽつりと漏らす。その言葉に妙に照れくさげに上から目線ではないわよと拗ねた様に返答するエリカ。二人の間に奇妙な空気が流れ出す。その空気に耐えられなかったのかエリカが話題を変える。

 

 

「それよりも護堂はこれからどうするの? 」

「そうだな、ここまで関った以上この騒動を最後まで見届けるつもりだよ。今からまたメルカルトの下に戻ってどうにかできないか色々と試してみるさ」

 

 

 そう返した護堂が森の外へといきなり顔を振り向ける。その反応の仕方がカリアリの時の行動に良く似ていたので、エリカも護堂が何に感づいたのか悟る。

 

 

「もしかして神獣が近くに来ているの? 」

「それだけじゃない、あいつも来てるみたいだ。なら先にあっちに行くか。俺は行くけどエリカはどうする、ついてくるならもう一度神様と会うことになる。怖いならここで待っていても……」

 

 

 その言葉に鼻を鳴らしエリカが返答する。

 

 

「私は不屈の闘志の持ち主なの、一度くらい挫折を味わうのが主役の定めよ。でもここから立ち上がって勝利を掴むのがエンターテイメントの定番よ」

 

 

 分かるような分からないようなエリカの返しに苦笑しながら護堂がエリカを抱え上げる。

 

 

「……これはどういう意図があるのかしら? 」

「エリカよりも俺の方が速いからな、急いで行くならこれが一番だ。不躾なのは許してくれ、女の子と接した事があまりないんだ」

「確かにあなた人との距離感を取るのが下手ね、まるで小さな子供がそのまま大きくなったみたい。あなたの将来のパートナーは私みたいに芯がないととても苦労するでしょうね、気の毒なこと」

 

 

 愚にもつかない話をしながら護堂が駆ける。仙人モードでの疾走は音の壁を突き破る。パンっと乾いた破裂音を鳴らしながら遺跡まで来るのに一時間はかかった森を数十秒で走り抜ける。森を抜けた二人の目に映るのは倒れ伏し体のいたるところに黄金の剣が突き刺さった巨大な白馬。その白馬に手を当てて掌から神獣の力を吸収している少年がいた。

 

 護堂たちの目の前で最後の力を取り戻した少年が二人に気づき軽く手を上げてくる。いや二人ではない、彼が見ているのは護堂だけ。少年は視界の中にエリカを捉えているが注意を向ける事すらしない。向ける必要が無いのだ。仙人状態の護堂はまつろわぬ神でも興味を引かれるほどの存在感を持つが、その傍らにいる只人などどれほどの天才でも塵芥だ。

 

 

「久しぶりじゃの少年、元気そうじゃの」

「あんたの方は全部の神獣を取り戻して絶好調みたいだな、カリアリの時とは比べ物にならないほどの力を感じるよ、東方の軍神ウルスラグナ! 」

 

 

 護堂の前にいる少年はカリアリで遭遇した時とは雰囲気が全く違う。今の少年は非人間的な存在にしか思えない。なによりもあのメルカルトに良く似た神々しさを醸し出しているのだ。港の時はまだ半分程度しか神力を取り戻していなかった為そこまでではなかった。だが完全に力が戻った今は違う。護堂の推測どおり彼もまたまつろわぬ神だったのだ。

 

 

「その口ぶり、どうやら我の素性を読み解いたようじゃの善き哉善き哉。しかしメルカルト王め、このような場所に潜んでいたとはの。ふふふ、奴と決着をつけたいが我もまだ己を取戻したばかり、少し休息を取るべきかの」

「一つ聞いときたいんだけどさ、何であんたメルカルトと戦ったんだ? 」

「痴れ事を申すな、我は闘争と勝利こそを本質とする軍神よ。ゆえに念じたのよ。我にふさわしき敵を与えよ、闘争の場を設けよと。その甲斐あってかこの島で眠っていたメルカルト王が蘇ったのよ。あやつは我にとっても大敵じゃ、まことによき戦になったわ」

「今回の事はあんたが元凶だったのか……」

 

 

 少年が今言った事が本当ならこの少年ーウルスラグナこそがこの島で起きた騒動の黒幕になる。護堂もさてどうするべきかと思案する。

 

 

「畏れながら申し上げます。御身は正道を歩む民衆の守護神であらせられます。かような道ではなく本道にお戻りくださいませ」

 

 

 エリカが訴えでた。流石にメルカルトと遭遇したことで神の威厳になれつつあるのか、先ほどのような無様な格好を晒さない。その懇願でようやく護堂以外にウルスラグナが目をやる。

 

 

「本来の我なら叶えてやりたい願いじゃが、今の我はまつろわぬ身。正義の守護者としての側面も確かに我そのものであった。じゃが今の我は闘争神としての側面が色濃く出ておる。ゆえに聞けぬ相談じゃな魔女よ」

「なるほどな、港町であったあんたは自信家ではあったが、今みたいに見下すような視線で俺達をみるようなやつじゃなかったよ。それが現世に降臨した事で生じる歪みって奴か」

 

 

 護堂は実感として知る。目の前にいるのはカリアリでの少年とは別人だと。あの時は力が完全ではなかったせいでまつろわぬ神としての歪みが少なく、本来のウルスラグナの相が出ていた。人を愛し、民草に寵愛を与える神ですら残忍で凶暴な存在へと成り下がる。祀られない神の果ての姿に護堂は少し残念な顔になる。護堂が友情を感じた少年とは二度と会えないことに寂しい気持ちになったのだ。神を前にしてもそうなるのは護堂の本質が感情の面にあるがゆえに。

 

 護堂の仙人モードに興味深げな目をやっていたウルスラグナであったが、それよりも優先することがある。

 

 

「さて小僧よ、主には相応の実力があるようだがそれで我を止められると思うな。我はかの神王との決着をつけなければならないのでな」

 

 

 その宣言と共に剛毅な笑みを浮かべたウルスラグナが二人から視線を外し、森の奥を睨みつけ力強い足取りで踏み入ろうとする。けれども森に入る事は出来なかった。ウルスラグナを阻むように次から次へと地面から木が生え道を塞いだのだ。煩わしげに少年神が手を振る。

 

 

「我は最強にして、全ての勝利を掴むもの。全ての障碍を打ち砕くもの! 我は輝ける霊妙な駿馬となりて、不死の太陽、すなわち我の主の光輪を疾く運ぼう! 」

 

 

 少年神の呟きと共に空に変化が起きた。護堂もエリカもそちらに目をやる。そこに太陽があった。すでに太陽は沈み、暗闇が支配していたはずの空。そのはずなのに辺りを曙光が照らし出す。

 

 

「なんだあれ……擬似太陽、か? 」

「ウルスラグナの白馬の化身よ。神話では太陽神の乗り物が馬や馬車になることがよくあるの、ウルスラグナにもその逸話があるわ。あなたの言うように偽者の太陽を作り出したのよ! 」

 

 

 護堂もとんでもない規模で行われた奇跡に唖然とする。擬似とはいえ太陽を運ぶなど彼でも出来ない。護堂に出来ることは月サイズの惑星を作るのが限度。流石に太陽は無理だ。これが神の権能かと驚愕する。それと同時にウルスラグナが何をしようとしているのか感づく。すぐにエリカを再度抱え、その場から全力で離脱する。護堂が離れて数秒後に擬似太陽から陽光と共に炎の槍が森に突き刺さる。爆炎が舞う。森を舐め取らんと炎の舌が森を呑み込む。その光景は遠く離れた護堂達からも視認出来た。太陽が生み出した火炎とはどれほどの熱を持つのか想像もつかない。だというのに

 

 

「メルカルト王も、結界を張りおったな。我も化身を取り戻したばかりで力が戻っておらぬとは言え強固じゃの」

 

 

 ウルスラグナが苦笑する。太陽の欠片が落ちたのに森はわずかに葉等が焦げただけで無傷に近い状態で残っていた。

 

 

「しばし我も休息を取り、化身を体に馴染ませるべきか。旧き王よ、我は力を蓄えしだいここに戻りお主の砦を切り裂こう。それまで首を洗って待っているが良い! 」

 

 

 ウルスラグナの体が解け風になる。最後に哄笑を残しその場から少年神は姿を晦ますのだった。それを遠くから見ていた護堂とエリカ。エリカは神に気を取られていたせいで気づかない。護堂の眠たげに細められている目、その目にある決意が宿るのを。誰も気づくことは無かったのだった。



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15話 ~決意~

 サン・バステン遺跡がある森から離れた無人の荒野。時刻は既に零時すぎ。その荒野でエリカと護堂は街に戻らずに焚き火を囲み野営していた。時折ぱちぱちと火が爆ぜる音がするだけで静かなものだ。エリカは何をするでもなく火を眺めるだけ。護堂は神の力を目撃した事で呪力は護堂の方が大きくとも、決して侮ってはならないと認識を改めた。そして太陽の欠片を見た時に出した結論を、どのタイミングでエリカに打ち明けるのかを見計らう。

 

 

「神様たちの事だけど、どうしたもんかねえ」

「止めるしかない手立てはないわよ。手負いでもあれだけの権能を持つ神々が戦えば、この島は海の底に間違いなく沈むわ」

 

 

 メルカルトの結界が無ければ広大な森を焼き払えるだけの力を有したウルスラグナ。そもそも彼の力の一部ですらこの島の都市をやすやすと破壊するのだ。その少年神と相打ちに持ち込める旧き神王。両者がまた激突すればどれだけの被害が生じるか。短い時間で終われば問題ないだろうが、生憎ウルスラグナとメルカルトは互角。戦いが長引くだろう。神々は人間がどうなろうと構わない思考で動く。全てが終わった後には、草木も生えない不毛の大地だけがこの島に残されるだろう。エリカはそれを見過ごすつもりはない。最初は功名心に逸り神を追っていたが、今は騎士としての誇りにかけても戦うつもりだ。初めて神に会ったときはパニックに陥ったがあの姿をこれ以上護堂に晒す気もない。格好の悪い所をこの少年に見せたくないのだ。

 

 

「とはいえ私やこの島の魔術師が総力を結集して命をかけても大した事が出来るとは思えないし、現状この島で神を足止めできそうなのは護堂ぐらい……。だから時間稼ぎをするわ」

「時間稼ぎ? 何か援軍の当てがあるのか? 」

「その通りよ、実はすでにこの島の魔術師達がサルバトーレ卿に連絡済みらしいの。卿が到着するのは遅くとも二日後、それまであなたと私で神を食い止めればいいのよ」

「確か前に話してくれた神を降して、彼らが持つ権能を簒奪した六人の中の一人だったよな?」

「ええ、サルバトーレ・ドニ様。イタリアに君臨する最強の剣士。あらゆるものを切り裂く魔剣の権能と鋼の肉体を持つカンピオーネよ」

 

 

 カンピオーネ、奇跡に奇跡を重ね神を殺め、至高の力を奪い取り人界の魔王として崇拝と畏敬を捧げられる戦士。その一人がこの島に向かっている聞いて護堂も安心する。今からエリカに切り出す話に信憑性を持たせるのに利用出来るからだ。エリカはあれほど神に恐怖を抱いたのに、今護堂と共に時間稼ぎをするなどと言い出した。護堂一人に任せて手柄だけ横取りしても良いのにだ。だからこそ護堂は今から彼女にある話をする。

 

 

「そうか、そんな人が来るなら俺も安心できるよ」

「あら、あなたでもこれから神の足止めをするとなると怖いのかしら」

「怖いわけじゃないさ。ただ俺はもう日本に帰るから、後の事を任せれる人が来るなら大丈夫だと思ってね」

 

 

 その瞬間のエリカの表情を護堂は忘れないだろう。まるで見捨てられた猫を思わせる顔を。信じられないとでもいいたげに動いた唇を護堂はきっと忘れてはならないのだろう。エリカにこんな表情を向けられたくは無かった。エリカの涙を見たときに、護堂は自分の中でもやもやしていた感情をなんと呼ぶのか答えを出した。だからこそエリカには自分に正の感情を感じられる笑顔等を見せて欲しかった。護堂が見たかったのは彼女のこんな様相ではない。ここで冗談だよとでも言えばからかわないでと拗ねた顔で許してくれるだろうかと護堂は思案する。だがそれでは駄目だ、護堂が今からすることにはエリカと行動を別にする必要がある。

 

 

「……護堂、急に何を言ってるの……分かったわ、冗談ね。あなた話も下手なのね、少しも面白くないわよ」

「冗談なんかじゃないさ、俺はもう日本に帰るつもりだよ。何が悲しくて神様同士の化け物バトルにこれ以上付き合う必要があるのか考えてな。流石にあれと戦うのに見返りの一つもないのはごめんだと思ったんだ。命懸けになるのに何もなしで関るのは馬鹿のやる事だよ」

「どうして急にそんな風に心変わりしたのか聞いてもいいかしら」

 

 

 エリカの声が低くなり護堂を睨みつける。その視線に泣きそうになりながらも護堂は精一杯皮肉げな顔をして返答する。

 

 

「エリカには最後まで見届けるなんて格好つけたけどな、ウルスラグナの力を見たら俺も怖くなったんだよ。ほら、理由としては十分だろ。それともまさか戦えなんてお優しく誇り高い騎士であられるエリカ様が強要するわけないよな」

 

 

 護堂の馬鹿にしたような言い方に今度こそ本気の怒りを篭めて睨みつけるエリカ。それを受けた護堂は流石に言い方がまずかったかと後悔する。けれど視線をすぐに逸らすエリカ。

 

 

「そうね、そういえばあなたにとってこの騒動は異国の狂騒に過ぎなかったわね。ならさっさと日本に帰ったらどう。護堂がそんな臆病者だとは思わなかったわ! 」

「そうさせてもらうさ。お前こそ気をつけろよ、その程度の力で神に挑んでも犬死にするだけだからな。いいか、何があっても神に挑むなんて馬鹿な真似をするなよ」

 

 

 吐き捨てるようにエリカに言葉を叩きつけ、護堂がその場から立ち上がり街に向かって歩き出す。エリカは護堂の方を見ようともしない。ただ一人残される少女。後ろに振り返った護堂の視界に寂しそうな姿が映し出される。とたん彼の胸が締め付けられる。やはり薬で眠らせるか、幻術にかける方法を取れば良かったかと思い直すが今の気持ちでエリカに仙術を使いたくは無かった。後ろ髪を引かれる思いを断ち、護堂はエリカから見えない所まで離れた所で体を周囲の風景と同化させ姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 

 あれから数時間後、エリカが寝静まったのを確認した護堂は飛雷神を使う。転移する場所は地下神殿に逃走のさいに刺しておいたクナイ。メルカルトが結界を張ったのならそれを空間転移で全てすり抜ければ良い。そこまで考えて用意しておいたわけではないが、思いのほか役に立った。地下神殿の通路に転移した護堂はクナイを引き抜き玉座を目指す。ゆっくりと歩きながら彼はぶつぶつと独り言を呟く。

 

 

 

「まだ会って数日なのに俺は何してるのかね、別にエリカに言ったように日本に帰っても誰も何も言わないのに」

 

 

 文句なのかそうでないのか判別がつかない事を口にする。その足は止まらず、ただ動き続ける。

 

 

「ただ何でだろうな、やっぱりあれかね、エリカが泣く姿を見たから情が移ったのか、それとも最初からあいつに好意を持っていたからあの時側にいたいと思ったのか。分からん、爺ちゃんにもっと恋だの愛だの聞けば良かった」

 

 

 護堂の一族は遊び人が多い。複数人を同時に孕ませて、どうしようもなくなり外国に逃げた猛者もいるくらいだ。そんな中護堂は一族の中でも大人しく、親類以外では女っ気もなく祖母などは安心していたくらいだ。けれども護堂は別に大人しいわけではない。普段から呑気に眠たそうな顔をしており、あまり覇気がないためそう見えるだけ。裏では神獣を狩り殺し、女っ気がないのも修練で忙しく普通の学生がやる様な事にかまける暇がなかっただけ。それも一段落し、余裕が出来たからこそのイタリア旅行。そんな旅行中に出会った綺麗な少女、そのうえ気高く誇り高い。自分が死ぬかもしれないのに騎士のプライドを優先し、無茶をする乙女。

 

 護堂はどうもそんな彼女に惚れたようだ。何の事はない、護堂がエリカの尊大な口調に反発心を持たなかったのは惚れていたからだ。惚れた女の言葉なら、暴言だろうと護堂にとっては至言なり。だから彼は今もメルカルトの元に向かう。

 

 

「でも仕方ないよな、俺がそうしたいって思ったんだから」

 

 

 エリカの言を信じるなら、光明神を主に持つウルスラグナは太陽が昇ってから動くだろうとの事。彼女もそれに合わせて動くつもりだ。けれどもエリカは人間だ、神の争いに首を突っ込めば待っているのは悲惨な最期。護堂でも神獣の時のようにあっさりと下し、守る事など出来ない。エリカは聡明だ、そんな結末ぐらい理解している。けれども騎士の誓いを立てた彼女は恐怖を押し殺しそれでも来るだろう。だからこそ日本に帰ると嘘をついてまで護堂は一人で神の元に向かう。

 

 エリカが死ぬ。冗談も休み休み言え。そんな糞食らえな未来はゴミ箱行きだ。彼女が死ぬ運命にあるのなら、そんな運命はくたばれ。運命がエリカを殺すなら、護堂は彼女の味方だ。世界の理如きが俺の邪魔をするな、道理を説くなら常人にやっていろ。

 

 そんな思いを胸に護堂自身はメルカルトの元に向かう。護堂がやろうとしている事。それは人類には許されない選択肢。かつてエリカは護堂にまつろわぬ神を相手に人類が取れる手段は三つしかないと語った。一つは数時間前のエリカのように恐怖に震え、許しを請い隷属する。一つはルクレチアがかつて日本でやったように弱い神格なら封印する。そして最後の一つ、実現不可能な選択。すなわち神をこの世から抹消する。だがこれは机上の空論だ。確かに今はこの世界には六人も神を殺し魔王の称号を得た偉大な人物達がいる。しかし彼、あるいは彼女らは奇跡を持って神に打ち勝つことが出来た。九死に一生どころではない。百万回挑んでようやくその可能性を拾えるかどうかなのだ。たった一つの勝利への道筋、それを見つけ出し行うからこそ神殺しは地上の覇者として君臨出来る。そんな奇跡を当然のように掴める者など世界を探しても、いや歴史を紐解いても極僅かだ。だからこそ神殺しは人類最大の偉業に他ならない。

 

 そして護堂にはそんな勝利への道筋を見つけ出す戦術眼などない。本来なら護堂は神殺しを成し遂げれるような人物ではない。それでも彼には一つだけ武器がある。この世に生誕した時からその身に宿りし究極の力、六道仙術。これを使えば護堂は神殺しにも負けない人類最強と呼ぶにふさわしい力を持つ戦士になれる。だから彼が選ぶのは最後の一つ、すなわち神を滅ぼす。神殺し以外で護堂だけに許された特権。成功するかどうかなど分からない。メルカルトは擬似太陽を生み出す存在と引き分けるほどの強者だ。それでもやる。ここで護堂が引けばエリカは護堂がいなくともサルバトーレ・ドニが到着するまで時間を稼ぐ為に神に挑むだろう。それでは駄目なのだ。護堂が望む未来には彼女がいなければならない。そしてエリカが生きる未来を得る為にはまつろわぬ神が邪魔だ。だから護堂は今から彼らの片割れを殺しに行く。大衆の事など知った事ではない、もしこの島の人間が全員死んだとしても根本的には護堂には無縁の話だ。だがその中には祖父のかつての友人と護堂が好きだと思った子がいる。

 

 ならば戦う理由には十分だ。なに、古来より男が戦う理由など何時だって単純だ。女の子を守るため、あるいは取り返すために数多の英雄達が難行に挑んできたのだ。その一人になりに行くだけ。だからぶつくさ言いながらも護堂の顔に悲壮は決意はない。あるのは一人の少女への想い。一目惚れだった。正直に言おう、護堂は彼女が欲しい。エリカともっと語らいたい、触れ合いたい、倒れそうなら支えたい、挫けそうなら慰めたい、その心を自分に向けてほしい。それらの想いが護堂の戦意を掻き立てる。いつもの眠そうな顔が消え、獰猛な肉食獣を思わせる顔つきになる。護堂の本当の本質が現れる。いつもの暢気さも確かに彼の在りかたの一つだ。だが護堂はとても我侭だ、本当にしたいことがあるなら足を止める事などしない。自分がやりたいようにするだけ、それこそが彼の本当の在り方だ。その顔のまま歩き続ける。

 

 ついにたどり着いた。数時間前に訪れた神殿の奥。そこに胸に刺さっていた剣が抜けたメルカルトがあの時と同じように玉座に座り待ち構えていた。

 

 

「先ほどの人の子か、戻ってくるとは何の用だ? 」

「少しやる事があってさ、あなたに会いに来たんだ。起きてたんなら好都合だよ、流石に寝ている所を起こすのは悪いからさ」

「ふん、それほどの戦意を携えて誰かが訪ねてくれば嫌でも目が覚めるわ。しかしあの軍神ではなく貴様が来るとはな、一応名を聞いておこうか人の子よ」

「草薙護堂だ、でも覚えても意味無いだろう。あんたは今から死ぬんだから」

 

 

 護堂の発言にメルカルトの体から立ち上るプレッシャーが急激に増す。身の程を弁えぬ大言壮語に怒りの裁きを下すのだろうか。違う、神王は嫌な予感にかられ戦闘が何時始まってもいいように神力を高めたのだ。高めた理由は単純、護堂から空間を軋ませるほどの呪力が感じ取れたからだ。護堂に変化が起きる。髪から一本ずつ色が抜け始めたのだ。徐々に髪全体が白くなっていく。ついに全ての髪の毛が真っ白になる。十字目になっていた目が紫に変色し、中心から波紋が広がる。顕現するのは巴模様。そして服が変化し、六道の羽織を纏う。護堂から神王に劣らぬ威圧感が放たれる。六道仙人モード、護堂の持つ力それを全て使う為の顕身。

 

 

 六道の力を全開にした護堂は開戦にふさわしい宣戦布告を考える。エリカが言うには護堂のやることは偉大らしい。それに似合う言葉がないか数秒考え思いつく。

 

 

「六道仙人草薙護堂、推して参る。御身を墜とし奉る! 」

 

 心せよ神王よ、汝に挑む者死すべき運命を持つ人の子ならず。その運命こそが最大の敵と断じた異訪者。覚悟せよ神々よ、今新たな敵が産声を上げる。

 

 草薙護堂一世一代の大告白。告白の名を神殺し。彼は最も愚かな理由で神に挑む。ただ旅の途中で出会った少女、知り合ってまだ三日程度。けれども彼は惚れっぽい。特にエリカのような少女を放ってなどおけない。だから彼は挑むのだ。六道仙人・草薙護堂、彼の挑戦が幕を開ける。

 




次回メルカルト戦。しかし今になって思えばゆりも分けるべきだったか。自分で読んでも長くてつらい


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16話 ~挑戦~

 地下神殿が地面ごと吹き飛び直径一キロの円状に粉々に砕け散る。護堂が輪廻写輪眼の力の一つ、天道の神羅天征で発生させた斥力でメルカルトごと穿り返したのだ。もうもうと舞う粉塵の中から飛び出すメルカルト。同じように土煙の中から白き影が飛び出す。六道の力を全開放した護堂だ。いまや神すら上回る呪力を解き放ち、音を遥か後ろに置き去りにして飛行。水蒸気爆発を起こしながらメルカルトを追いかける。

 

 メルカルトの手から護堂を打ち落とすために稲妻が閃く。それを変態機動で避ける護堂。護堂の飛行速度でも秒速数百キロから光の三分の一の速度で飛んでくる稲妻など避ける事は出来ないはずなのに、辛うじてではあるが避けてしまう。まるで来る場所が分かっているかのように移動し続ける。真実護堂には来る場所がある程度読める。その理由は護堂の感知能力にある。護堂は呪力だけでなく回りの気配や自らに迫る危険な存在を事前に知覚できる。その力を全開で扱えるのは六道仙人モードの時だけ。六道状態以外で使えば精神の方が先に参るほどの情報を得るのだ。

 

 護堂はトンボのようにいきなり直角に曲がったりと航空機では不可能なルートを使用し、徐々に距離を縮める。ある程度近づいたところで、護堂の眼がメルカルトを捉えた。それと同時に視線の先が空間事捻じ曲がる。

 

 神威による異空間転送を使った一撃必殺。それをメルカルトに使ったのだ。これで終われ、そう念じた護堂の予想を裏切るように空間の捻れがいきなり消えた。

 

 

(何! 神威が無効化された! )

 

 

 護堂は輪廻写輪眼で今なにが起きたのかしっかりと確認できた。護堂の神威をメルカルトの体から立ち昇った神力が弾いたのだ。神の持つ呪力耐性が護堂の神威の干渉力を上回ったのだ。その結果にしばし気を取られる護堂。そんな彼の頭上でいつの間にか空を覆っていた雷雲が光り輝く。稲光だ。雷雲が光ったなら起きる事など一つだけ。

 

 大気が引き裂かれ悲鳴を上げる。彼方まで響く轟音が空から地面へと落ちる。自然に発生することなどない大柱の如き雷が護堂へと波濤の如く流れ込んだのだ。気が散っていた護堂の回避が僅かに鈍る。直撃、人に雷が落ちた音とは思えない爆音。火薬庫に火をつけたような爆発音と共に、空中に浮いていた護堂が一直線に地面に墜落する。そこに二発目が落とされる。先ほどの雷も大概な大きさだったが、今地面に打ち込まれたのはそれすら上回る代物だ。

 

 護堂がいた場所を中心に森の木々が切り裂かれたように真っ二つになり、着弾の衝撃波で浮いた側から、電熱によって中の水分が蒸発し、火がつき燃え始める。更に言うならそれは外側の木々だ。本当の中心部はより悲惨な事になっている。火がつくのではなく一瞬で炭化し炭になった。地面はどろどろに熔けて溶岩の様になっている。山羊の降らした稲妻等と比べ物にすらならない。所詮護堂が降した山羊は神獣、メルカルトやウルスラグナが使う手駒の一つに過ぎない。その力には雲泥の差がある。普通ならこれで護堂も地面と同じく溶解するか、木のように骨まで炭化し元の形が分からない黒こげの塊になるのがオチだ。けれどもこれで終わるような護堂では、六道仙術ではない。

 

 

「あの小僧めまだ生きておるか。わしにあれだけの大口を叩く以上、相応の実力があるだろうとは疑っておったがやりおるわ、フハハハハハハハハ! 」

 

 

 稲妻と同等の音を持つメルカルトの嗤い声。神王の口ぶり通り護堂は死んでなどいない。赤い地面の中心に漆黒の球体が鎮座している。それが解け中から羽織が少し焦げつき、手などに軽く火傷を負った護堂が姿を現す。墜落時にとっさに求道玉を生成し、それで自分を取り囲むように形態を変化させ防御したのだ。不思議なのは一撃目は護堂を確実に捉えたのに、服が焦げ付き軽い火傷程度の被害で済んでいることか。しかしこれはそう可笑しな事でもなかった。

 

 先ほどメルカルトは護堂の神威を無効化したが、それと同じように護堂も自らの呪力耐性で稲妻の威力を大幅に減衰させたのだ。火傷で爛れた皮膚も目に見える速さで元に戻っていく。服も護堂の呪力で編まれた物、すぐに再生する。大自然の脅威すらものともしない不死性であった。

 

 

(力の総量が多いと術や権能の効果が薄くなったり、無効化できるのか。まさか神威が通じないなんてな……てことは他にも通らない手札があるかも知れないってことか。厄介だな、戦いながらどれが大丈夫で、どれが駄目なのか確かめながらあいつの防御を抜ける攻撃をしなきゃならないのか。…まあいい、やってやるさ、その為に挑戦しているんだからな)

 

 

 護堂が心の中でぶつくさ言っている間にも戦いは続く。メルカルトが呼び出した雲。それが地上目掛けて降下を始めたのだ。内部に雷と風の刃がたっぷりと詰め込まれた現代兵器も真っ青なそれ。一人の人間を殺す為だけに雲の爆弾が投下される。森に急降下した後、爆炎の変わりに雷が広がり、鋼鉄を両断する神の息吹がそれに付随する。森ごと護堂を蹂躙せんと嵐の軍団が殺到した。空からその光景を見ていたメルカルトは、少し満足げな表情を浮かべる。闘争とはすなわち征服だ、強きものが弱きものを淘汰する。それこそ自然の摂理に他ならない。例えそれが強大な力を持っていても神王に挑んだのは所詮は人間。それなりの対応はしてやるが、さりとてオリエントを支配した己と同等などと思い上がるなら報いを受けさせる。要塞のような防御手段を持っているなら削り取るまでだ。

 

 しかしそれは叶わない。森を包みように広がっていた雲が一点に向かって集中し始めたのだ。メルカルトはそのような操作を行っていない。彼の制御を振り切り排水口に飲まれる水のように、徐々に雲がその体積を減らしていく。ついには完全に消え去ってしまった。では雲はどうして消えたのか、雲が集まっていた場所は無論護堂。彼は輪廻写輪眼の力を使った。餓鬼道の封術吸印、その効果は固体を除き液体や気体などの流動体または呪力そのものを吸収し自らの呪力へと還元する。これを使って雷雲を消滅させたのだ。神王が唸っている間に護堂も術の準備をする。

 

 求道玉を棒状に変形させいまだにグツグツと煮えたぎっている赤い地面に刺す。突き刺した求道玉を通して溶岩に命を与える。生命力を与えられた溶岩から次々と何かが飛び出してくる。鳥だ。溶岩で作られたカラスによく似た鳥たちが何百羽と空を舞い始めたではないか。溶岩全てがカラスへと変化しつくす。鳥たちが狙うのは空中にいるメルカルト。護堂の指揮を受けたカラスが一斉に襲い掛かる。

 

 

「珍妙な真似をしよるわ。千変万化のあやつでもそこまで多彩な大道芸をこなさぬぞ! 」

 

 

 飛行し襲い掛かる鳥たちを迎撃するメルカルト。彼がそちらに掛かりきりの間に護堂は別の術の用意をする。雲の爆弾によって、禿山になってしまった森。そこに樹齢数千年はあるだろう大樹が生える。数は三。その樹の頂点に葉ではなく蕾がつく。蕾が急成長し花が咲く。護堂が用意したのは樹の砲台と花の砲塔。砲塔である以上弾が装填される。装填されたのは赤黒く濁った直径二十mサイズの砲丸。護堂の尾獣玉だ。

 

 

(俺の手でサルデーニャ島が吹き飛んだら元も子もない。威力と範囲を絞って精確に当てる)

 

 

 護堂は今もカラスを迎撃している最中のメルカルトに花砲を向ける。

 

 

「全砲門開け、……放てええええ! 」

 

 

 別に叫ばなくても良いのだが、その方が気分が乗るのか護堂の呪力が更に高まる。そんな呪力を乗せられて撃ち出された砲弾は核弾頭に匹敵する。威力を抑えて撃つとはいえ、全力で使えば北海道ぐらいの面積が荒廃した大地と化す護堂の尾獣玉。それが三発。空高くに打ち上げられ一斉に爆発する。カラス達とメルカルトを巻き込む巨大な花火が空に咲くのであった。

 

 

 

 

 

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 護堂が去った後、夜明けまで仮眠を取るつもりでいたエリカだが、そんな彼女を寝させるものかと言わんばかりの轟音と地響きが強制的に覚醒させる。寝起きの悪いエリカだが今回は一気に目が覚める。

 

 

「ちょっと何なの、一体なにがあったのよ! 」

 

 

 寝起き特有のぼやける目を擦り、周囲を確認するエリカ。そして今の地震の正体が何なのか理解できた。彼女から遠く離れた遺跡のある森。その場所の上空に嵐が到来しているのだ。これだけ離れているのに、それでもエリカの網膜にこびりつくほどの雷光が煌き稲妻が落ちる。今度は地面が陥没したのではないかと感じる程の破裂音。数十キロ先まで届くほどの音量。大気が引き裂かれ、慟哭を鳴らす。

 

 

「まさかウルスラグナとメルカルトの戦いがもう始まったの! まさか予想よりも早く始まるなんて。仕方ないわね、急ぐわよ護堂、……護堂? 」

 

 

 何時の間にか彼の名を呼んでいた自分に驚くエリカ。人類最高峰に近い実力を持つ癖に臆病風に吹かれて逃げ出した少年の名を、いつの間にか当然のように口にしていた。あんな奴の事をまるで仲間のように扱うものかと頭を振り、最後までエリカの脳裏に苔のように張り付いていた護堂の顔を払う。気を取り直しすぐに身支度を整えサン・バステン遺跡に向かう。走っている最中に空に何かが打ち出されるのが見えた。エリカが何だろうと訝しむもすぐにそれの正体が判明した。強烈な閃光と共に破裂したのだ。エリカのいるところまで衝撃波が振り撒かれる。そのせいで彼女の軽い体が僅かに浮き上がった。錬鉄の魔術で鎖を作り地面と同化させ、飛ばされないように必死で繋ぎ止める。数秒して爆風も収まった。地面に降りたエリカの膝が折れそうになる。彼女が今見た光景は出鱈目そのものだ。あんな力が当然のように扱われている所に、乗り込もうとする身を本能が押し留めようとする。それを意地だけでねじ伏せる。根性論なぞ本当はエリカの好みではないが、この数日の間は選り好みしている余裕も無かった。気圧されるな前を向け足を止めるな。そう必死で己に言い聞かせる。数時間前のような屈辱は二度と御免だ。

 

 森へ。遺跡のある場所へ。ただ彼女は向かう。その間にも戦いは続いているのか大地が揺れ、大気が炸裂する。近づいた事で戦っている者の姿が鮮明になる。闇を見通す魔術と遠視の魔術を組み合わせ目を凝らす。空を白い誰かが飛び回る。何かから逃げるようにジグザグに飛行して時折手に持った黒い棒を振る。恐らくエリカの目に映らないほどの速度の何かを打ち返しているのだ。そして

 

 

「どうしてあなたがそこにいるのよ…………護堂……」

 

 

 魔術を使っているがゆえに、白い人影が誰なのか見て取れた。白髪になっている上に着ている服が全く違うが、あれは護堂だと否が応にも理解させられる。最初はウルスラグナだと勝手に判断していた。かの軍神は千変万化の権能の持ち主。十の姿を取り、あらゆる戦場で勝利を掴む常勝不敗の神格。それが違う姿になっていたと思っていたのだ。けれども違った、あそこで戦っているのは逃げ帰ったはずの彼。その光景に流石のエリカも何がどうなっているのか理解できない。恐怖や畏れではなく困惑と疑問が、死に向かうはずの彼女の足を止めるのであった。

 

 

 

 

 

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 尾獣玉を放った花砲が萎れ散る。樹も反動で幹の半ばから裂け折れた。尾獣玉は強力なのだが、強力過ぎて撃つたびに一々発射装置を造る必要がある。生身で使うと六道仙人モードでも負担が重すぎて手が砕ける。須佐能乎で代用しようにも完全体でないと尾獣玉を維持できない上、完全体と尾獣玉クラスの術の併用は消耗が著しく激しいので護堂としても避けたいのだ。しかし使うのが面倒な分威力自体はお墨付き、現にメルカルトが呼び込み創り出していた嵐が大爆発で消滅した。けれども護堂の視線は空ではなく違う所に向けられている。護堂が睨み付けるのは無傷で地に降りてきたメルカルトだった。

 

 

(メルカルトは稲妻になって、どこかに飛び去っただったか。糞、ルクレチアさんの話から今の回避方法を検討しておくんだった……)

 

 

 メルカルトも戦士としての経験から尾獣玉の威力を考察し、共鳴爆破から全力で逃げた。流石の神王もあれに巻き込まれたら、死なないにしても行動が著しく制限されるほどの重症を負っていた可能性が高い。だからこそ雷化による緊急回避で尾獣玉から逃れたのだ。

 

 

(けれど今のでメルカルトの呪力、神様だから神力か?力が大幅に落ちているな。……なるほど、あれは消耗が激しいんだな。あいつの力の総量から考えても連発は出来ないはず、それにそこまでして尾獣玉を避けたってことは今のはメルカルトにとっても脅威だったんだ。いける、俺の力は神様相手でも通じる! )

 

 

 ここまでのやり取りで六道仙術は神様に十分通じると手ごたえを感じる護堂。ならば後は畳み掛けるだけ。メルカルトの周囲の地面がぼこりと膨れ上がる。顕現するのは鳳を拘束したのに良く似た土の腕、ただし大きさが全く違う。高層ビルと遜色の無い極太の腕が拳を握り、メルカルトを潰さんと神王目掛けて鉄拳を打ち下ろす。

 

 

「こやつを相手にするには素手では不利か。ならば我が武具の出番よな、追いて駆ける者、我が牙たる一対の武具よ、来たれ!ヤグルシよ、アイムールよ、我が敵を打ち砕き薙ぎ払え! 」

 

 

 メルカルトの眼前の虚空が歪み、そこから二本の棍棒が回転しながら飛び出してきた。棍棒は護堂の土遁を薙ぎ倒し、勢いを落とすことなく彼目掛けて獲物を狙う隼のように飛来する。護堂もギリギリで反応し求道玉を変化させた棒で打ち払う。

 

 

「ちょっと待て、何だよ今のスピードは。輪廻写輪眼でも追いきれないなんて冗談だろ! 」

 

 

 魔法の棍棒ヤグルシとアイムール。かつて技術神コシャル・ハシスがメルカルトに贈った武具だ。これを用いてメルカルトは竜王ヤムを玉座から引き離し撲殺した。すなわちこの棍棒だけで一柱の神を殺す事が出来るのだ。そんな武具が常識の範疇で収まるわけが無い。ヤグルシもアイムールも稲妻と同等の速度を出す事が可能なのだ。もし護堂が感知能力を限界まで引き上げていなかったら、今のは確実に直撃していた。

 

 そして魔法の棍棒は一度弾き返されたくらいで止まらない。弾き飛ばされたヤグルシが燕のように弧を描き、旋風を伴って護堂の元に戻って来る。アイムールは蓄えた稲妻を放電し、一直線に飛び込んでくる。護堂も先よりは余裕を持って対処しようとする。しかし、それは出来なかった。速度自体には対応出来たのだが、振り払おうと漆黒の棒を叩き着けた護堂の体が、バットに叩かれたボールのように宙に打ち出されたのだ。棍棒が当たった求道棒にも皹が入る。なおかつ、普段の体では耐えられない程の膂力を護堂は発揮しているのに、それでも一回接触しただけで腕が僅かに痺れる。

 

 

「最初に打ち返した時より威力が強くなってやがる……そうか、あの棍棒は雷と風を纏うことでより破壊力が増すのか、面倒なもんを出しやがって」

 

 

 護堂のぼやきに付け加えるなら最初の一撃は土塊を壊した時に若干ながら、勢いが落ちていた。それのおかげで護堂も簡単に弾き返せたのだ。だが今は違う。ヤグルシとアイム―ルはかつて竜を打ち殺した時の力を再現しながら襲い掛かる。

 

 護堂は猟犬さながらに襲い掛かる神王の牙を求道玉を使い凌ぎ続ける。しかしメルカルトの猛攻はこれで終わらない。先ほどの意趣返しのつもりなのか、魔法の棍棒に護堂が意識を割かざるを得ない状況を作り、その間にまた嵐を創り雲から雷を落としまくる。

 

 護堂も怒涛の攻めを良く凌ぐ。体を伏せ棍棒をやり過ごし、求道玉で雷撃を防ぎメルカルトの隙を探る。探るのだが見つけられないのか、舌打ちを一つする。護堂は正直この状況をどう打開するか考えあぐね弱っていた。隙が無いなら術を使い、無理矢理にでも作ればいいのだが現状ではそれが出来ないのだ。なぜかと言えば護堂の使う六道仙術の弱点が超がつくほどの高速戦闘のせいで露呈したからだ。

 

 護堂が誰からか授かった、あるいは貰った六道仙術は全能に近い万能と呼んでも問題のない術だ。エリカは魔術の延長線上で考えているが、その本質は神や神殺しの使う権能のほうがよほど近い。護堂は仙術を使う事で万物をこの世に産み出し、万象に干渉することで土や水を操作したり出来る。この他にも生命を癒し霊体そのものを封印したりとその効果は多岐に渡る。しかし様々な事が出来る代わりに一つ欠点がある。それは発動させるまでの時間の長さと制御の難しさ。権能クラスの術を行使するなら、相応の時間をかけ呪力を練り上げ意識を集中し、術が完成するまでの間暴れそうになる呪力の手綱を握ってやらなければならない。一度完成させるかあるいは事前に準備をしておいたなら、そこまで神経を使わなくとも良いのだが、その場で一から発動するなら時間が必要になる。とどのつまり、今のように1秒未満で数キロの距離を詰められるような攻撃をされると、体術か求道玉のようなあらかじめ出しておいた術でしか対応出来ないのだ。

 

 それに付け加えるならこの戦いこそが、護堂にとって初めてのまともな戦闘になる。そのせいで例え術が使えなくともどうにか出来るような経験など護堂には皆無。この戦いが始まる前に神相手に啖呵を切った護堂だが、そのツケを景気良く払う羽目になっていた。

 

 次々と攻め立てられていた護堂だが、ついに皹の入っていた求道玉が砕け散る。それで護堂も隙をこのまま探しても、追い込まれるだけと判断し、無い知恵を絞って出した賭けを実行する。残っている求道玉を一つだけ手元に残し、それ以外はメルカルトに向かって一直線に等間隔で並ぶように飛ばす。求道玉が減った事で防御力が低下し、稲妻等が護堂の体に直撃するようになる。須佐能乎は使わない。今からする事に須佐能乎を使っても意味がないからだ。そもそも須佐能乎はこのような高速戦闘に向いていない。展開しても滅多打ちにされてすぐに剥がされるだけ。だから護堂は六道状態の頑丈さと自らの呪力耐性に全てを任せる。ヤグルシとアイムールの打撃だけは手元に残した求道玉で対応する。稲妻が身を焼く激痛に顔をしかめながらも、歯を食い縛って耐える護堂。

 

 

(輪暮辺りで凌ぎたいがインターバルと持続時間の短さを考えると、まだ使いたくない。こうなったら根性だけで何とかしてやる! )

 

 

 そして耐えている間に求道玉の配置が終わった。それらに対して護堂は左眼を向ける。次の瞬間玉と護堂の位置が入れ替わる。輪廻写輪眼の力の一つ天手力を使ったのだ。そして一回では止まらない。次々と同じ事を繰り返していく。天手力の射程の短さを求道玉を使う事で補ったのだ。

 

 急激に接近してきた護堂にメルカルトも目を剥く。接近した護堂が振るうのは棒状の求道玉。本気で打ち込まれる打撃は隕石の衝突を思わせる衝撃を生み出す。メルカルトも腕でガードしたのだが堪えきれずに後ずさる。

 

 

「ほう、格闘戦か。おぬしが武具を持つなら、わしも無手では都合が悪いの。ヤグルシとアイムールよ、我が手に来れ! 」

 

 

 メルカルトの呼び声に応え、すぐに神王の手に棍棒が持たれる。それだけではない、いきなりメルカルトの肉体が巨大化し、背丈が15m近くまで伸びたのだ。せっかく護堂が素手のメルカルトに対して格闘戦を仕掛けたのに、それが無に帰した。けれども、苦労して距離を詰めた以上後ろに引くわけにもいかない。そのまま白兵戦を続行する。護堂の求道玉が棒の形から、鳳にも使用した風の太刀にも良く似た長大な形態に変化する。護堂が繰り出すのは斬撃の雨だ。常人の目では最早何をしているのかも分からない。しかしながら神王は確実に防ぎきる。

 

 メルカルトはヘラクレスとも同一視される神様だ。その武芸は軍神や武神に一歩も引けを取らない。護堂の愚直ながらも確実に骨まで断たんと、意思の込められた一撃必殺の豪刀を全て捌き切る。お返しに棍棒を交差させた一撃をお見舞いする。護堂が空に放り出された。

 

 

「ちくしょう、接近戦まで得意なのかよ!しかも距離が離された以上またあれが来るのか……」

「くくく、軍神との戦いも血湧き肉踊る物であったが、貴様との戦も悪くない物だ。ふぬあああ! 」

 

 

 メルカルトが直接神力を籠めたヤグルシとアイムールを同時に投げる。護堂も空を駆け巡り神速で飛び回る棍棒達をボールのように打ち返し明後日の方向に飛ばす。二者の争いはより過熱していくのであった。

 

 

 

 

 

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 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。周辺は二人の争いの余波で絨毯爆撃にでもあったかのような有様になっている。地面には護堂の求道玉によって潰されたイナゴの残骸が大量に散っており、虫嫌いが見れば吐くかもしれない光景が広がっている。それだけの被害を出す戦いを、いまだ行っているメルカルトは護堂相手に神力を大量に使い疲弊していた。一方、護堂の方も求道玉のほとんどを消耗し、最初は九つあったそれも残す所後二つまで減っていた。その二つを使い自らを包み込む。

 

 

「術を使おうにもあの棍棒が邪魔すぎるな。六道仙人モードを維持出来るのもあと僅かだろうし、どう攻略したものか。……こうなったら求道玉を最大限に広げて、その中で螺旋手裏剣でも生成するか? …………駄目だな、そこまで薄くしたら一撃で叩き割られる。それに雷化もどうにかしないと、ただ投げた所で尾獣玉の時みたいに回避されるだけ。棍棒と回避、これさえどうにか出来ればあいつを間違いなく降せるのに、何も思いつかない自分に腹が立つなあ」

 

 

 頭を抱えながらああでもないこうでもないと打開策を考える。護堂が独り言で言ったようにヤグルシとアイムール、そして雷化による瞬間移動じみた回避をどうにかさえすれば、護堂の手札ならここからでも勝利を捥ぎ取れる。だからこそ護堂は求道玉が外から何度も叩かれ、皹が徐々に広がっていてもそちらに意識を向けず思索に耽る。

 

 

「回避に関しては輪墓で拘束して、4人がかりで邪魔すれば恐らく妨げるはず。それよりも厄介なのはやっぱりあの棍棒だな。あれを拘束しようにも速過ぎる。どうにか二本同時に一か所に纏めれたら良いんだが鳥みたいに飛びやがるしな、ああもう面倒くさい」

 

 

 心の中だけで思案するよりもやりやすいのか、口で考えを呟きながら護堂なりに纏めていく。そして

 

 

「……まてよ、鳥か。そういや鳥を捕まえる時は基本銃で撃つよりも、罠を仕掛けておく方が効率がいいんだっけか。罠、……トラップ、…………トリモチ…そうかあの棍棒は棍棒である以上、俺に近づかなきゃ攻撃出来ないんだ、それならどうにかなるぞ! 」

 

 

 最初からこれをやっておきゃ良かったと、自分の思い付いた戦法に満足げな顔をする護堂。思い付いたなら後は実践するだけ。呪力を練り始めた護堂の目の前に砂の塊が顕れ人によく似た形を取り出した。その人型に護堂は更に呪力を注ぎ込むのであった。

 

 

 

 

 

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 メルカルトの瀑布染みた嵐とヤグルシとアイム―ルの乱舞が、ついに護堂の求道玉を全て破壊する。砕かれた直後に、勢いよく飛び出した護堂が空高くに舞い上がっていく。その後ろを追い掛ける棍棒たち。棍棒の速さは護堂の上をいく。二振りの牙がすぐに追いつき当たる直前に護堂がようやく完全体須佐能乎を展開する。

 

 しかし須佐能乎では神速で移動する棍棒に対応出来ない。足や腕、胴体が次々と打ち据えられ呪力で形作られた肉体が削られていく。更に上空からお馴染みの雷と大気の奔流も押し寄せてくる。前門の虎と後門の狼に挟まれた護堂だが、須佐能乎がどれだけ破壊されても彼には届かない。

 

 須佐能乎が6割近く壊された所で雲の中に護堂が突入する。護堂がなぜそのような事をしたのか推察したメルカルトが嘲笑を浮かべる。

 

 

「雲の中に移動してワシの目を掻い潜るつもりかもしれぬが無駄よ。その雲はわしが呼び創りだした物、すなわちわしそのものだ。今も手に取るように貴様がどこにいるのか知覚できるわ、痴れ者が! 」

 

 

 雲の中でも護堂を確実に捕捉しているのか、ヤグルシとアイムールが須佐能乎を完全に壊しに行く。更に雲の中で四方八方から嵐に襲われ、再生させる間も無く須佐能乎が体積を減らしていく。それでも護堂は止まらない。更に上へと昇っていく。ついにメルカルトの雲を突き抜ける。それと同時に須佐能乎が完全に消滅する。

 

 そして護堂は勝つ為に術を行使する。自信を追って来た棍棒二振りに向かって手を向ける。使うのは護堂の術の中でも数少ない出の速い術、輪廻写輪眼の天道だ。だがヤグルシとアイムールの衝突力を神羅天征で弾き返すのは難しい。だから護堂は斥力で弾き飛ばすのではなく、その反対引力を発生させる万象天引で自らに引き寄せたのだ。

 

 無論そんな事をすればどうなるかなど一目瞭然。引き寄せた事で更に速度を増した棍棒が、護堂を勢い良く挟み潰してしまう。その行動を雲を目として観察していたメルカルトが、なぜそんな事をしたのか不審がる。その疑問に答えるように潰された護堂がにやりと哂ったのだ。その直後ばさりと音を立てて、護堂の身が解け砂になった。そして砂が護堂を挟み込んでいた事で、完全に停止していた二振りの棍棒を拘束し、鎖状に形を流動させる。拘束しただけでは、棍棒もすぐに砂の鎖を破壊して振り切っただろう。しかし、それは不可能だ。鎖の表面を護堂の封印術が刻まれた呪印がびっしりと覆ってしまったのだ。これによってメルカルトから遠く離れた所で彼の猟犬が捕まり、身動き一つも出来なくなった。すぐに雲から嵐を解き放ち鎖を破壊しようとするメルカルトだが、その前に一つの疑問を解消しようとする。先ほどまでのあやつが砂の偽者なら本物はどこへ、と。その疑問に本物の護堂はすぐに応じてくれた。

 

 メルカルトの頭上、すぐ側の空間が捻れそこから護堂が飛び出す。その手に巨大な螺旋丸を手にしながらだ。護堂が今回やったことは単純だ、自らの砂分身を囮にしてメルカルトと戦わせる。その間に本体の護堂は神威空間に逃げ、そこで呪力を思いっきり練り上げ時間を十分にかけて螺旋丸を作成。そして砂分身をヤグルシとアイムールに追いかけさせ、メルカルトから距離を離させる。離れたら棍棒を分身に引き寄せ、あらかじめ仕込んでおいた封印術を起動させて戻って来れなくする。そうすれば必ずメルカルトは少しの間だけだが、注意がそれるはず。そこに螺旋丸を携えた護堂が、神威空間から不意打ちで攻撃する。それが護堂の考えた戦法だ。

 

 だがメルカルトには雷化がある。神の体がバチリと稲妻を放電し始めた。けれども護堂も一度見た以上、そう易々と逃がすつもりは無い。護堂の輪廻写輪眼が見開かれる。それはいきなりだった。メルカルトの四肢に何かが絡みついたのだ。

 

 

「何! これは……まさかわしの力を吸い取っておるのか!? 」

 

 

 メルカルトの四肢にしがみついた五感では感じ取れない誰か。それは位相のずれた世界にいる護堂の影達。彼らがメルカルトを捕まえ、皮膚から直接神力を吸い取っているのだ。雷化の神力も奪い取られる。

 

 

「喰らいやがれえええええええええ!! 」

 

 

 護堂の超大玉螺旋丸がメルカルトに勢い良くぶつかる。じりじりとだが押し込んでいく。しかし

 

 

「ぬ、ぬううああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 」

 

 

 神も負けてはいない。吸い取られる以上の神力を、命を燃やして生成し螺旋丸を拒絶する。護堂も負けじと呪力を上げて神を潰しに掛かる。メルカルトと護堂の押し合いは今は拮抗しているが、いずれは力の総量が勝っている護堂に傾くだろう。だがそれだけの時間が護堂の方に残っていない。六道仙人モードが解けかけているのだ。なおかつ、メルカルトを動けなくしている輪墓も持続時間が短く、後十五秒もすれば解除されてしまう。その前に決着をつける為に護堂は螺旋丸を押している利き腕に対して、もう片方の手を気合のと共に勢い良く叩き付ける。

 

 

「死ねええええええええ!!!!!!!! 」

 

 

 世界中に届きそうな大音声が響く。護堂もこれほどの汚い言葉を大声を出すのは初めてだ。しかし護堂にとっては汚かろうと気合は入った。今日一番の出力を叩き出す。メルカルトの決死の防御を貫通し、螺旋丸が捻じ込まれる。圧縮してもなお巨大な呪力の塊がその力を解放し、極大の渦を成形。メルカルトと護堂を中に取り込み、地面に天をも貫けそうなドリルで掘った様なクレーターが出来上がるのであった。

 

 




エリカへの酷評が原作と大体同じなのは偶然だろうか。(原作護堂にすらケチとかやさしくないとかついてくんなとかエゴイストとか意地汚いとか評価される)

後今作のメルカルトはぶっちゃけ原作より強いです。理由はウルスラグナが健在の為、弱体化していないから。てか原作護堂より優秀な智慧の剣を持つウルスラグナ相手に相打ちに持ち込めるメルカルトは強すぎると思う。


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17話 ~神殺し~

前回の告白螺旋丸は作者の都合が出すぎ唐突過ぎたのであのセリフは変更しております。また感想欄で誤字報告をしてくださるのは嬉しいのですが、誤字報告機能でしていただけるともっと嬉しいです。


「……生きてるのか俺、……っうッ、動くだけで痛いな」

 

 

 自らの螺旋丸の余波をもろに喰らった護堂は少しの間意識を失っていたようだ。彼が目を覚ました場所はクレーターの縁辺り。どうやらそこまで飛ばされたようだと護堂も判断する。

 

 流石に自分の攻撃で死ぬ事はなかったが、相応の怪我を護堂は負った。螺旋丸を気合で押し込み、瞬間的にだが六道状態でも絶好調の時ぐらいにしか出せない力を弾き出した。そのせいで威力が強くなりすぎて、護堂も逃げられなかったのだ。

 

 そして限界を超えたせいで六道化も解除され、当分は仙人モードまでしかなれないだろう。しかし護堂の不死性は普段から発揮されているもの。全身に隈なくついていた傷もすぐに塞がっていく。体が修復されたところで立ち上がる。目を向けるのはクレーターの底。2m程度のサイズに縮んだ、いまだ健在のメルカルト。

 

 

「俺と一緒で神様は簡単に死なないんだな、びっくりしたよ」

 

 

 顔を顰めるだけでそれ以上のリアクションを返そうともしない。そんな無駄な事に割けるだけの余力が残されていないのだ。そんな神王に護堂も最後の一撃代わりに塵遁を使おうと呪力を練ろうとする。

 

 メルカルトといえども、これほど弱った状態で何かしらの術を使われたら防ぐことなど出来ない。だから最後の神力を使い稲妻になり、護堂の術が完成する前に接近する。六道化していない護堂の感知能力ではその速度に反応しきれない。腹に爪先がねじ込まれ、胃の中のものが逆流しそうになる。苦悶の表情を浮かべ背を曲げた護堂は抱え上げられ、勢いよく地面に落とされる。衝撃に肺の中の空気が全て吐き出された。

 

 そんな状態の護堂にメルカルトが馬乗りになる。今の雷化でメルカルトは神力を使い切った。そんな神が最後の武器とするのは勿論肉体だ。神の体は脆弱な地上の生き物とはわけが違う。ならばこそ、この戦いに勝つ為には接近戦こそが神の唯一の勝ち筋だ。撤退すればよいのではと考えるのは人の思考、まつろわぬ神を神たらしめるのはなによりも自我、すなわちプライドだ。ゆえに退かない。例え強大でも、いや敵が強いからこそ逃げない。神とはえてしてそんなものなのだ。

 

 殴る。突く。穿つ。肉を打つ湿った音が鳴る。護堂の顔面の骨に皹が入り、顔が痣だらけになっていく。歯が砕け折れ、口の中でチャリチャリと歯どうしがぶつかる音が響く。護堂も殴り殺されるつもりなどない。口の中の血を水遁で針状に変形。歯と共に勢い良く打ち出す。メルカルトが首を振り避ける。だがそれで体勢は崩れた。護堂が力任せに体の上から落とす。再びマウントを取られないように距離を離そうとするが、メルカルトもこの機会を逃せば敗北が決定する。絶対に離すまいと護堂にタックルを仕掛ける。そこにカウンター気味に蹴りを放つ。今度は避けれなかった。護堂の上段蹴りがメルカルトのこめかみにクリーンヒット。ぐらつく神王の体。

 

 

(第六景門・開! )

 

 

 護堂の皮膚が真赤に染まる。ここで一気に畳み掛ける気だ。護堂の拳に呪力が集中。高速の連打を繰り出す。摩擦熱により拳が焔に包まれる。本来は拳の衝撃波と炎弾で複数の敵を応撃するのに使うのが最も効率が良いのだが、今は直接叩き込んでいく。護堂の蹴りで脳震盪を起こしているメルカルトが対応する事など不可能、全身を滅多打ちにされていく。最初の一発が入ってから吹き飛ぶまでに何十、何百と積み重なる拳の豪雨、一撃一撃が大気を鳴らす爆裂拳。神の肉体とは言え打ち据えられる側から骨が砕け、熱により皮膚が爛れ焼け付く。

 

 

「ハッッ! 」

 

 

 最後に腹に拳がめり込む。メルカルトの体が穴の中心まで飛んでいく。それでも動こうとするまつろわぬ神。あらぬ方向に曲がった腕と足で立ち上がろうとする。上げた顔に張り付いた鬼気迫る表情に僅かに護堂が気圧される。

 

 

「…………本当にすげえな、あれだけやってもまだ立ち上がるのか。……なるほどね、これがまつろわぬ神様か。だったら、これで最後だ! 」

(体持ってくれよ、第七驚門・開! )

 

 

 護堂の体から青い蒸気が膨れ漏れる。拍手を一つ打ち大気を圧縮。それを両手を使って正拳で打ち出す。護堂の仙人モードと驚門による桁違いの膂力から繰り出された正拳による大気砲が虎の形を取り、今度こそメルカルトを行動不能にするのだった。

 

 

 

 

 

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 護堂が仙人モードを維持したまま、メルカルトに近づいていく。驚門まで使った影響で膝が僅かに笑っているが、拳で叩き震えを止める。神はまだ生きているが、もう立ち上がる事もしない。首を動かし護堂に目を向けてくる。

 

 

「このわしが人の子に敗れるか。ふん、このような結末になるとはな、つまらぬものだ」

「そんな状態になっても上から目線なのは少し尊敬するよ。神様は意地っ張りだな」

 

 

 勝敗は決した。神王は倒れ、護堂はまだ神獣程度なら軽く滅する余力を残している。もはや神が消えるまで少ししか、時間も無い。両者の間にあるのはどこかあっさりとした言葉の応酬。敗者と勝者のやり取りなどその程度だ。メルカルトと護堂の間に縁など存在していなかったのだから。だから両者に言葉をかけるのはどちらにも相応の繋がりのある彼だけだ。

 

 

「情けない姿じゃのメルカルト、とは言わぬよ。素晴らしい戦じゃったわ」

 

 

 風が渦巻き護堂の髪を僅かに揺らす。微風が止んだ時には護堂のすぐそばにウルスラグナが佇んでいた。軍神が掛けてくるのは称賛の言葉、少年は本気で今の戦いを褒め称えていた。

 

 

「ぬかせ軍神、貴様の言葉などどのような内容であろうと何の価値もないわ」

 

 

 ウルスラグナの言葉が気にいらないのか、つまらなさげに吐き捨てるメルカルト。護堂としてもこのタイミングでウルスラグナが参入してきた理由を問う。

 

 

「……てっきりメルカルトとの闘いに乱入してくると思ってたんだが、見てただけなんだな」

「うむ、メルカルトめは我の強敵と見定めていたものじゃと言うのに、横取りされたのは如何せん残念じゃがの。だからと言って一対一の争いに介入するほど無粋ではないつもりじゃ」

「じゃあ、あんたとメルカルトの戦いに横槍を入れた俺は、かなりつまらない男ってことだな」

 

 

 じゃのうと言って足元の石を蹴りながらクツクツと嗤うウルスラグナ。そのやり取りを見ながら息をゆっくり吸い、吐きだし呆れたため息をつくメルカルト。敗北した以上神王も言い訳などするつもりはない。とはいえ相打った軍神と自らを降した人の領域を逸脱した人間。死闘を繰り広げた者達が自らを無視して話込んでいるのはいささか不服だ。

 

 そして何よりも面白くないのは己が人に敗れた以上、あの儀式が行われる事だ。それに思い至っていないのか、草薙護堂とやらとウルスラグナは話をしている。ひょっとしてだが、この軍神物忘れが激しいのではと内心小馬鹿にする。けれども、それもすぐに消え去る。残るのは諦念のみ。

 

 

「全てを与え、育ませる魔女め。貴様が直接出向くとはな、うっとうしい女神が」

「ずいぶんなご挨拶ですね、メルカルト様。私は全ての神殺しの母、であるならば新たな息子の誕生を直接祝福するのは当然の理ですわ」

 

 

 甲高いソプラノであった。だと言うのに耳に響く事のない甘く可憐で不思議な声色。結局今回の騒動の原因9割方おまえのせいじゃねえかそのせいでこんなに服がボロボロだよどうしてくれんだ、じゃから関わるんなと言うたじゃろうにお主かなり愚か者じゃのうとやりとりしていたウルスラグナと護堂がその声と突如出現した気配に喧嘩するのを止め、声の主にふりかえる。

 メルカルトの傍らに一人の少女が立っていた。淡い桃色の髪をツインテールに結び、顔に微笑を張りつけた女の子だ。容姿は一言でいえば整い過ぎている。あまりにも精工に形作られたお人形と紹介されても信じてしまいそうな容貌、非人間的な細工物。何よりもおかしいのは中学生ぐらいにしか見えないのに彼女からは女性らしさを感じる事だ。胸の膨らみも小さく、背丈も護堂の胸辺りまで。それでも女だと意識してしまいそうになるのは彼女が女神だからに他ならない。護堂もこのタイミングで顕れた女神の正体を推察し、名を口にする。

 

 

「えっと、あなたは……パンドラさんですか? 」

「ええ、そうよゴドー。あなたとメルカルト様の大戦を不死の領域から観戦させてもらったわ。色んな子を見てきたけど、純粋に強さだけで打ち勝ったのはあなたが初めてよ、やったわね! 後ゴドーが私を呼ぶときはパンドラさんなんて他人行儀に呼ばずに、お母さんかママでいいわよ! 」

 

 

 妙にハイテンションな女神にこんな神様もいるんだなあと、メルカルトやウルスラグナとは全く違う在りかたに多少戸惑う護堂。戸惑っているうちに事態は進んでいく。

 

 

「さあ皆様、この子に祝福と憎悪を与えて頂戴! 7人目の神殺しーーーー最も若く人類史において最大の怪物に、神殺しになる事が決定付けられていた超越者に聖なる言霊を捧げて頂戴!! 」

「草薙護堂よ、わしを弑逆した以上負けることは許さん。何よりもそこな軍神に決して敗北するな! 」

「では我も祝福の言葉を贈ろうとするかの、……お主は輝かしい勝利をその手に掴み取った。我らの新たな敵よ、お主の次なる敵は我よ。汝は強い、ゆえにお主の傷が癒えた暁には我は挑戦者として挑もうではないか! 」

 

 

 メルカルトは勝者としての義務を果たせと言う。ウルスラグナは護堂こそが求める強敵に他ならないと嬉しそうに笑う。そしてパンドラは

 

 

「あれ?あれれ?どうして?だって、こんな、ありえないわ。どうしてゴドーにメルカルト様の神力が流れ込んでいないの! 」

 

 

 妙に焦っていた。その反応に二柱と一人がん?と首を傾げる。確かにパンドラの言葉通り、神殺し生誕の暗黒祭が行われているなら、メルカルトから護堂に神力が流れ込みカンピオーネに生まれ変われさせるはずなのにそれが一切起きないのだ。

 

 

「あのー、パンドラさん。確か人が神を殺すと権能を奪う事が出来るんですよね。でもメルカルトに力が残っていないなら、俺に権能が宿らないのは普通なのでは? 」

「ううん、それはありえないの。メルカルト様の神核が欠けていたりしたならまだしも、ゴドーと戦った時には完全な状態だったのだから。事実簒奪の円環は回っているのにどうして……」

 

 

 ありえない事態に困惑気味な女神。この後の出来事は語るまでもない。この時点からでは未来の事になるが祐理に護堂が語ったように、護堂の内包する呪力が巨大過ぎたせいで神殺し転生の儀式を無効化してしまっていたのだ。その真実にウルスラグナがいの一番にたどり着き、笑いのツボに入ったのか腹を抱えた。メルカルトは忌まわしい魔女があたふたしている光景に満足げな表情を浮かべ、ほどなくして消えた。パンドラも護堂に例え神殺しになれなくても、あなたは私の息子よ!などと誤魔化しながら不死の領域に帰ってしまった。

 

 

「先ほども述べたがメルカルトは我の探し求めた強者じゃった。それをお主が奪った以上、我は主に神罰を降さねばならん」

「だったら今すぐやってみるか?俺はまだまだ余力を残しているぞ」

 

 

 パンドラもいなくなり、元遺跡に残った護堂とウルスラグナがお互いに敵意を放つ。六道にはなれなくともいまだ護堂は仙人モード、勝つのは無理でも死に物狂いで抗い逃げに徹すればなんとかなるぐらいには力も残っている。

 

 

「安心せい、今のお主とやりあうつもりはないわ」

「……そりゃまた、なんでだ? 」

「うむ、良くぞ聞いた。実の所のう、我は敗北とやらを知ってみたいのじゃ。あまたの戦場で数々の勝利を拾ってきたが、そのせいで負けた事がなくての。じゃから一度くらいはそんな経験をしてみたいのよ。そんな折にこの島で眠っていた神王と戦えたのは僥倖じゃった。メルカルトとの決着をつける事が出来たかったのは残念ではあるが、あやつに勝利したお主なら我と相手として不足はない。じゃが今は明らかに消耗しておる。ゆえに我は主の体力が戻るまで戦わぬつもりじゃ! 」

「つまり喧嘩するなら六道仙人モードの俺とやりたいって事か。バトルマニアめ」

 

 

 神の澄んだ瞳と人間の十字目が交差する。もはや護堂とウルスラグナとの戦闘は避けれない。最もメルカルトを滅ぼすと決めた時点でこうなる可能性は十分に考慮していた。それでも避けれるなら避けたかったが、ここまでウルスラグナの興味を惹いた時点でそれは不可能だ。これで軍神と護堂の縁は確実な物になった。にらみ合いも十数秒で終わり、互いに目を逸らす。ウルスラグナが風と成り、この場から立ち去っていく。本当に護堂の体力や呪力が戻るのを待つつもりなのだろう。感知能力でウルスラグナが遠くまで離れたのを確認した護堂は、この場所に小さな呪力が近づいて来るのを知覚する。その存在に対して僅かな微笑を取ったかと思うと、いつもの眠そうな顔つきになった護堂はゆっくりと目を閉じて、その場に倒れ伏すのであった。

 

 

 

 

 

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 護堂が捉えた小さな呪力。その正体はエリカだ。混乱から覚めたエリカは遺跡を目指そうとしたのだが、メルカルトが倒れるまで残っていた嵐の影響で物理的に近づけなかったのだ。嵐も収まり障害が無くなった今エリカを妨げる物はない。全速力で最後に巨大な呪力が感じ取れた場所を目指す。

 

 足の筋繊維が断裂仕掛けるほどに力を籠めて前に体を蹴りだす。そのおかげか常人なら一時間はかかる道のりを五分程度で走破する。到達したのは巨大なクレーター、そのクレーターの中心部辺りに人が横になっている。ウルスラグナが立ち去った直後に倒れた護堂だ。

 

 

「護堂! 」

 

 

 エリカが駆け寄る。まさか死んだのかと心配になったからだ。けれどもその心配は無用であった。護堂はただぐっすりと寝ているだけなのだから。ウルスラグナがいる間は気を張っていたので自覚していなかったが、体力お化けの護堂も六道化が解除されるまで維持したのは久しぶりな上、消耗の激しい景門からの驚門を使う連続技を使用したことで一気に疲労が溜まったのだ。傍まで寄ったことで、エリカも護堂が眠りこけているだけなのに気づき安堵の息を漏らす。

 

 

「あなた本当は、これだけの被害を出せるだけの力を隠していたのね。とんでもない人ね! 」

 

 

 護堂とメルカルトの戦いによって森は跡形もなくなり、遺跡も護堂の初撃でこの世から消し飛んだ。この場に残留する呪力だけでも、エリカが一生かけても生み出せない。桁が文字通り違う者たちの戦の規模など想像も出来ない。

 

 

「それにあなたが生き残っている以上、神を殺めたのね。…………まさかカンピオーネの誕生に居合わせてしまうなんて、思いもしなかったわ……」

 

 

 護堂の側により屈みこみながら、震える声で呟く。今はこんこんと眠り、エリカに至近で顔を覗かれても反応すらしない新たな王。こんな無防備な姿を晒している少年が、先ほどまで神と死闘を繰り広げたとは到底誰も信じないだろう。

 

 その姿を見て、エリカは少しばかり逡巡した後護堂の頭を持ち上げ、自分の膝の上に乗せる。流石にこれ以上カンピオーネを硬い地面の上で寝かすのも悪いと思ったからだ。それに護堂は今日のMVP、神を斃した最大の功労者だ。これぐらいの褒美や見返りの一つくらいはあっても良いだろう。

 

 

「それにしても、一体どうして護堂はメルカルト様と戦ったのかしら? 確かにあれだけの凄い力を隠し持っていたのなら、勝算は十分にあったんでしょうけれど」

 

 

 眠っているあなたに聞いても答えれないのに何を聞いているのかしらねと、護堂が神殺しに挑んだ理由そのものがおかしそうに笑う。

 

 エリカは一つ考える。この少年はどんな魔王になるのだろうと。カンピオーネになる前から人知を超えた領域に踏み込んでいた別格の怪物。神話の中の住人を殺せる護堂。ヴォバン侯爵のような暴君になるだろうか、それともスミスのような正義よりの神殺しだろうか。なんとなくだが今までとたいして変わらないように思えるのだ。膝の上で何が嬉しいのか、眠りながらも目尻の下がったにやけ面を見ていたらそうとしか考えられない。

 

 高揚感に任せ、護堂の頭を撫でながら思考を纏めていく。護堂が起きたら聞きたい事は山ほどある。どんな質問をしてやろうかしらと、意地悪な顔をするエリカ。

 

 

「だから早く起きなさい。私は鈍くさくて遅い人を待つのは苦手なのよ。待たせたりしたら承知しないんだから」

 

 

 六道の王は初恋の人の膝で死闘の疲れを癒すため眠り続ける。空は黒から青に染まり、長かった夜も明けようとしている。しかしながら、彼の戦いはまだ始まったばかり。権能は手に入らなかったが、護堂が神を殺せるのは事実。であるならば、彼の闘争は終わらない。この世にはきっかけさえあればまつろわぬ神が出現する。彼らが振り撒く災厄の被害者の中には、もしかしたら護堂の知人や友人が含まれるかもしれない。その可能性があり、なおかつ護堂にはそれを事前に防げるのが証明された。であるならば神が顕れたなら今回のように護堂は首を突っ込んで行き、最終的には神を滅ぼすだろう。この後にはウルスラグナとの闘いも迫っている。しかし今は休んでもいいだろう。後頭部に感じる柔らかさに眠りながらも、護堂は満足げな寝息を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 これで二人の出会いの物語は終了だ。この後に待っているのは護堂と軍神の決戦の物語。次はこれを語ろうと思うのだが残念、時間のようだ。何の時間かって?忘れちゃいけない、このお話は密事を詳細に語るわけにもいかないから、その代わりとしての物語だ。つまり護堂とエリカの求め合いもようやく終わったと言う事だ。なので私としても少々残念だが、この辺りでしばしお別れだ。私の語りは拙く、枝葉末節を省いたものだから少々皆様を混乱させてしまったかもしれない。唯一つ言えるのは、今現在の護堂とエリカには確かな絆があること、これだけは間違いない。なので今度は現在に時間を戻し、今の二人の話をしよう。

 

 私は次の回想までしばし休息を取るとしよう。ではまた会う日までさようなら。

 




<輪墓>
最大使用可能時間1分。再使用には影の数×1時間必要。1体使えば一時間、最大数
である4体なら4時間必須。

<護堂の形態による強さの差>
通常護堂:NARUTO原作58巻付近の仙人ナルト。仙人護堂:輪廻マダラor仙人柱間。
六道護堂:六道マダラや青年ナルト・サスケ。


これで原作3巻の内容は終了。

ウルスラグナ戦及びドニ戦は11巻の内容なので当分先の話となります。幕間を二つ書いてから三章の予定。ようするにやっと恵那回です。

ここからは今回7000字強と短かったのでおまけ。もしもNARUTOの能力が完全な状態で残っていた場合のメルカルト戦をちょっとだけ書きました。






 大気を引き裂いた稲妻は真直ぐ護堂に向かう。しかしながらそれが当たることはない。
避けたわけでも、防いだわけでもない。護堂の体を稲妻がすり抜けたのだ。その結果に
眼を向くメルカルト。今のが見間違いではないかを確かめるために、続けざまに雷を解き放つがすべて護堂の体を通り抜けていく。

 その結果をつまらなさそうに見る護堂。こうなるのが分かっていたとでも言いたげな顔を神王に取る。もういいやとばかりに多重影分身を発動、護堂の数が千人ほどまで増殖する。しかしここで終わりではない。護堂たち全員が完全体須佐能乎を発動し、須佐能乎の軍団が攻撃態勢を整えていく。ものの10秒で世界を数回滅ぼしてもお釣りがでる、最強の軍隊が地上に舞い降りた。

 そんな光景にメルカルトが棍棒を下す。ただ察したのだ、これはどうしようもない事に。諦め闘いを放棄した神王が須佐能乎達の放った尾獣玉螺旋手裏剣の雨に飲まれて消えるまで五秒となかったのだった。





<完全版六道護堂の倒し方>
①求道玉と須佐能乎を破壊できる攻撃が使えること。
②無限イザナギを攻略できる概念系能力を有する。
③すり抜けを無効化できる攻撃手段が必須。
④六道の消耗制限もないので、無期限に打たれるインドラの矢や真・尾獣玉螺旋手裏剣を防げる事。

 とこんな糞ゲーと化し裏ボス性能になる。



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幕間Ⅱ
エリカと護堂Ⅱ


 エリカと一夜を共にした護堂。彼は陽光の眩しさに目を覚ます。いつもと違う枕の感触に違和感を覚えたのか不思議そうな顔をする。ふと人の気配を感じた護堂が天井から隣に目をやる。そこにエリカが寝ていた。

 

 

「……そうか、あの後帰るにも遅かったから一緒に寝たんだったな」

 

 

 護堂の独り言。頭がまだ上手く働いていないのか口にする事で状況を把握する。そのまま数分いつも以上に眠そうな顔でエリカを見た後、唐突に彼女の頭に手を伸ばす。芸術品でも触るかのような手つきでエリカの頭を撫でる護堂。彼女が眠りから覚めない様ゆっくりと手を動かし続ける。いつもの少しツリ目の勝気そうな顔でもなく、護堂やアリアンナのような身近な人に向ける顔でもない、ただ穏やかに眠り嬉しそうな顔のエリカを見ていたら護堂は撫でたくなったのだ。護堂はエリカが起きないよう細心の注意を払っていたが、頭頂部への刺激を感じたのかエリカが僅かに何事かを口から漏らす。

 

 

「ん……護堂……」

 

 

 寝言だ。エリカは自分の頭を撫でる行為など護堂か唯一の家族であるパオロぐらいにしか許さない。なおかつ最近は護堂ばかりなので、その感触を思い出し無意識に護堂の名を呼んだのだ。だが名を呼ばれた護堂は一瞬膠着し、エリカの頭から手を放し自分の枕に顔を埋める。

 

 

(……今のはずるいぞエリカ。まさか寝言で名前を呼ばれるだけでこれほど嬉しくなるとは)

 

 

 元から護堂のエリカへの想いは身を焦がすほどの代物であったが、一晩肌を重ねた事で強化されたようだ。手を離さずにあれ以上撫でていたら、抑えがきかずに昨日の続きに移行していた。護堂の脳裏によぎるのは昨日の晩の事。彼の腕の中であられもない姿を晒しながらも、身を預け委ねたエリカ。これ以上思い出したら本当に駄目だとより強く押し付け呼吸を止めて頭を冷やす護堂。酸欠寸前まで追い込んだ事で、沸騰しかけていた頭が冷静になったのか枕から顔を上げる。

 

 

(筋トレしてシャワーでも浴びるか)

 

 

 のそりとベットから出て下着と服を身につけトレーニングに最適な部屋を目指す。その途中で洗濯籠を抱えたアリアンナに出会う。

 

 

「おはようございますアリアンナさん、どこか部屋を少し借りても構いませんか?」

「護堂さんおはようございます。お部屋ですか?何に使われるのかは知りませんが、どうぞどうぞ」

 

 

 朗らかに笑いながら護堂に挨拶を返してくれるエリカ御付きのアリアンナ。しかし彼女の頬が少しばかり赤いのはなぜだろうか。

 

 

「ありがとうございます。それよりもアリアンナさん、先ほどから妙に顔が赤いようですけど体調でも悪いんですか?」

「ああこれはですね、体調が悪いのではなく護堂さんを見たら、昨日家中に響き渡っていたエリカ様の御声を思い出しただけですので、気になさらないでください」

 

 

 護堂の顔が無表情になる。そういえば遮音結界を張るのを忘れていたなと反省する。

 

 

「あー、そのですね、アンナさん。単刀直入に聞きます、うるさかったですか? 」

「はい、それはもう。私エリカ様が何を仰られているのか判別出来ないほどの嬌声に、ずっとドキドキしていたんですよ……」

「すみません、本当にすみませんでした。今後同じことが無いように猛省します」

「今後気をつけて下さるなら大丈夫ですよ。エリカ様の声も内容は分からなくても、幸せに満ちたものでしたし。……ただ不思議なのはエリカ様は初めてのはずですよね。それなのに痛がったりしなかったのでしょうか?」

「アンナさん中々答え辛い事を聞きますね。……確かに最初は痛がってましたけど、途中から俺が六道仙術を使いまくったのでそのあたりは、ね」

 

 

 六道仙術をどんな風に使ったのかは、言いたくないのか声が曇る。最上級の能力の使い方としては、最低に過ぎる手法なので言い淀むのも無理はないが。その話はさておいて、もう一つアリアンナに頼みごとをする。

 

 

「それとですね、後で洗濯機を使ってもいいですか?…………その、言いにくいんですけど、俺とエリカのあれな行為でかなりシーツが汚れたので」

「それでしたら後で私の方で洗っておきますよ」

「いえ、流石にそこまで頼むのも悪いですよ」

「護堂さん、私の仕事が何なのかお忘れですか? 」

 

 

 メイドでしたねと観念したように言う護堂。ではお言葉に甘えさせて頂きますと伝え10畳ぐらいの空き部屋を借り、加重岩の術で体重を増加してから腕立てや上体起こしなどを行い汗が滝のように溢れ出す。1時間ほどかけてじっくりと体を痛めつける。筋が痛むほどの負荷により筋繊維が断裂するが、超再生によってすぐに元に戻る。普通なら二日はかかる筋増加が数秒で済むあたり、相も変らぬ反則ぶりであった。汗を流すためにシャワーを浴びた後リビングで電子書籍に目を通す。

 

 読み終わったところで時計を見やる。現在時刻は9時前。今日の予定を考えると、そろそろエリカを起こした方がいいかと立ち上がり、寝室に向かう。もしかしたら起きているかなと淡い期待を胸に扉を開ける。広がった光景は案の定期待を裏切る。エリカは護堂が最後に見た時の姿勢のまま、静かに寝ていた。

 

 

 エリカを起こす前にカーテンを開けて日光を部屋に取り込む。本日は快晴、デートには最高の日だ。

 

 

「もう朝だぞ、起きるんだ。起きないと折角の晴れなのに時間が勿体ないぞ」

 

 

 そう言いながらエリカを揺さぶり目を覚まさせる。ゆっくりとエリカの目が開かれる。

 

 

「お願い後5分だけ寝かせてちょうだい」

「エリカの場合その5分が1時間になるだろ」

「嫌なの起きたくないの眠いの」

 

 

 やなのと言いながらなおも愚図るエリカ。身内限定ではあるが眠い時には妙な甘え癖のあるエリカだが、今日は何時にも増して酷い。

 

 

「寝た時間が時間だからもう少し安眠を貪りたいのも理解は出来るけれど、だからと言って惰眠を貪るのは淑女としてはどうなんだよ」

「淑女にも必要以上の睡眠を取るぐらいは許されてるわよ。……ん~、起きてあげるからおはようのキスを頂戴」

(おかしいな、朝起きた直後は天使にしか見えなかったのに、今はただの我侭な子にしか見えんぞ)

 

 

 若干ながら護堂の顔が微笑から苦笑に変わっていく。とはいえ、エリカが眠い原因の8割方は護堂サイドにある以上あまり強く言うわけにもいかない。普段ならおはようのキスなどと言おうものならばっさりと切り捨てるが今日の護堂、すなわち枷を外した今の状態ならその程度のおねだりぐらいすぐに叶える。エリカの体を軽く起こし身を屈めて軽く口付けをする。1秒にも満たない触れ合いだがそれで満足したのか、エリカがにこりと笑いかけてくる。

 

 それを見ただけで、今日ぐらいは思いっきり甘えられても構わないかと苦笑からいつもの眠たげな顔に戻る護堂。彼としても有象無象ならまだしも、エリカぐらい近しい女性に頼られたり甘えられたりするのは悪くないのだ。

 

 

「まずは服をと言いたいんだが、とりあえず色々とベタベタだろうしシャワーでも浴びたらどうだ? 」

「うにゅう」

「それはオッケーて事か? あとどこから出したんだよ今の声」

 

 

 護堂が抱え上げエリカを風呂場まで連れて行く。ここ最近女性をこうするのが増えたなあと自らの行動を振り返り、恵まれてるのかねと呟くのであった。

 

 

 

 

 

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 エリカがシャワーを浴び、下着を持ってくるのを忘れていた為部屋に護堂が取りに行く。ついでにシーツを剥がし、染みになっている部分だけを水遁を使用して液体に戻し抜き取る。一家に一台欲しくなる万能性である。

 

 洗いやすくしたシーツを風呂場まで持っていく。ちょうどシャワーを浴び終えた所なのか、あがって来たばかりのエリカと鉢合わせをする。改めておはようと答えた護堂にエリカも挨拶を返し、二人でリビングまで移動する。

 

 リビングではアリアンナが朝食を用意してくれていたのか、ふんわりと良い匂いが護堂の鼻に届く。トレーニングをしたのに何も口にしていなかったので、そこそこ腹が空いていた護堂はごちそうになりますとご相伴にあずかる。ただしこの際に絶対にスープには口をつけない。アリアンナの家事スキルはメイドだけあり非常に高いのだが、なぜか煮込み系の料理はまずいを超えた何かへと変貌するのだ。それを身を持って知っている二人は、視界内からスープを外し他の料理を思い思いに食べていく。アリアンナが悲しげな顔をしているが、だからと言って口にするわけにはいかない。彼女の煮込み料理ほど評価に困る物もないのだ。しょっぱい苦い辛い等色々な味が一斉に口内で展開される料理はけっして食事とは言わないだろう。スープを除いて全て平らげた護堂は皿洗いを少し手伝う。

 

 先に食べ終わり、ソファーでのんびりとしていたエリカの元に向かう。仕事は全てアリアンナに任せている辺り駄目な主であった。けれどもメイドと主の関係を思えばそうおかしな事ではないが。護堂の方も手伝ったのは彼の善意故なのでエリカに同じ事をするのは強要しない。

 

 エリカの隣に座り、ちらりと隣を見やる。エリカはのんびりしていた。具体的には船を漕いでいた。護堂が思わず手刀を頭のてっぺんに落とす。とたんふぎゃと声を上げて飛び起きるエリカ。

 

 

「いきなり何をするのよ! 少し寝ていただけじゃない」

「見ていたらついな。……手加減はしたんだが痛かったか? 」

「叔父様との訓練で、もっときついのをお見舞いされた事があるから平気よ。けれどそこそこ痛いのは事実なのよ?ただでさえあなた大柄で力が強いんだから」

「大柄って言っても俺ぐらいの身長ならそんなに珍しくないだろ。実際高木なんかは俺よりもでかいんだし……」

「高木……ああ、護堂の後ろに座っているあの男の子ね。確かに彼なんかはあなたよりも大きいけれど、筋量ならあなたの方が上回っているでしょう。……それに昨日抱きついた事で気づいたのだけれど、あなた3月の時より身長が伸びてない? 」

「多分伸びてるな。実はな、服のサイズが合わなくなってきてるんだ。エリカと出会った頃が175ぐらいだったけれど、今は180ぐらいあるんじゃないかな?体重もさっき量ったら88もあったからな」

「4ヶ月で5センチも伸びたのね。それに88ってずいぶんと重たいわよ? 見た限りでは脂肪が付いたようにも見えないし、筋肉だけでそれだけ重たいのね。護堂なら別にそこまで筋トレをしなくても、六道仙人モードにでもなって呪力を身体強化に回せば、このマンションを持ち上げるぐらいの膂力が出せるのに随分と無駄な事をするわね」

 

 

 護堂のトレーニングの成果に若干のあきれ顔を見せるエリカ。彼女の反応も仕方がない。年齢や人種を考慮するなら護堂は体格ががっしりとしているが、いくら体を鍛えた所で特に意味がないからだ。普通の人間なら体格が大きいのは色々な面で有利には違いないのだが、護堂やエリカの場合呪力を使う事で身体能力が生物の限界を超えてしまう。それなのに必要以上に筋肉をつける護堂の行為は無駄そのものなのだ。尤も護堂の体が平均を遥かに超えてでかいのは影分身修行のせいなのだが。

 

 

「うーん、確かに意味がないと言えば意味がないんだよな。ただトレーニング自体は習慣化してるし、今更止めるのもな」

 

 

 エリカとしてはもう少し護堂が細いほうが良いのだが、肥満と言うわけではないので構わないかと諦める。護堂に叩かれて眠気が少しは飛んだのだが、無くなったわけではない。隣に座った護堂の膝に頭を乗せ横になる。その行動にまた手刀を落とそうと護堂が構えたが、少しばかり考え叩くのではなく膝上の猫でも撫でるようにエリカの頭を撫で始める。その行為に心地よさそうに目を細めるエリカ。彼女はよく自分の事を獅子に例えるが、獅子もやはり猫科の動物に過ぎないのだと感じる光景であった。

 

 

 

 

 

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 30分ほどソファーでのんびり休憩をとった二人は身支度を整え、お台場まで遊びに来ていた。今日の目的は夏休みに海などに行く予定なのだが、その為の水着調達だ。ただ買い物をして、はい終わり、なのもつまらないので目一杯遊ぶつもりだが。なおここまでの移動手段はエリカが公共機関を好まないのと時間が勿体無いので、国際展示場付近に刻んでいたマーキングを使用し転移。そこから夢の大橋を渡った。

 

 

「なあエリカ、一つ提案があるんだがいいか? 」

「何かしら? 」

「手を繋ぐだけにしないか。これ意外と歩きにくいんだが」

 

 

 護堂が言う所のこれ、すなわち腕組みである。お台場についてすぐにエリカの方から護堂の腕にしがみついたのだ。護堂も最初はノリノリだったのだが歩幅の違いに苦戦していた。身長が伸びた影響が如実に出ているのだ。

 

 

「駄目よ。手を繋ぐだけだとあなたを感じ取れないもの。それに辛いって言ってもそこまでじゃないでしょう? 」

「まあ、我慢出来る程度ではあるし、こう、胸が当たって役得ではあるが、な」

 

 

 諦めて腕組みのまま歩く二人。時折視線を感じるのはエリカに対してだろう。一目を惹く美貌に服の上からでも分かる肢体。今時外国人程度ならそう珍しくも無いのだろうが、やはり美少女それもとびっきりのと言うのは相応に目立つ。しかも相方は同じ外国人ではなく日本人。護堂の方にも自然と注目が集まるのだ。

 

 護堂単独だとこんなに視線を集めたことなどないので、むうと少し唸る。エリカも見られているのに気づいてはいるのだろうが、元々自分の容姿に絶対の自信をもつ彼女がそれらに頓着などしない。結果護堂だけがなんだかなあと思うのだ。

 

 

「ところで護堂、今日のプランをきちんと聞いてはいなかったけれど、まずはどこに向かうのかしら?」

「そうだな、この辺りで買い物となるとダイバーシティ辺りだな。あそこならエリカの御眼鏡にもかなう水着が手に入るだろうな」

「そう、それにしてもこの辺りはかなり賑やかなのね」

「あれ、エリカはまだお台場に来た事がなかったのか? 」

「あのね、私は日本に来てまだ一月程度なのよ。流石にそんな短い期間で東京の地理を把握して、フィールドワーク染みた事をするのは難しいわよ」

「そういやそうか。エリカが日本語を日本人より上手く喋っているせいで、その辺りの事をすっかり失念してたな」

「言語を覚えて話すくらいそんなに難しい事じゃないわよ。私達魔術師は幼い頃から、独特の語学を学ぶから大体の国の言葉を難なく喋れるわよ」

 

 

 日本語しか理解できない護堂には羨ましい話だ。尤も最近はそれらを克服する為に影分身を使って、英語とイタリア語から学んではいるのだが。特に意味の無い会話をしながら、二人は最初の目的地であるダイバーシティを目指すのであった。

 

 

 

 

 

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 ダイバーシティ東京。東京都江東区青海に存在する複合商業施設である。東京に行ったことが無い人でも、等身大ガンダムがある場所と言えば通じるだろうか。そこに着いた護堂達だが、現在は分かれて行動していた。分かれた理由は護堂が一緒だと水着を購入しても、驚かす事が出来ないから。ようするにサプライズである。護堂もエリカがどんな物を着るのか今から知ってもつまらないので賛成し、一人で別の店舗に入りエリカの水着を検討していた。

 

 なぜ別のを検討するかと言えば、単純にエリカに護堂好みの物を着用して貰いたいからだ。サプライズも楽しみだが、男の欲望もしっかり発揮するあたりが護堂が護堂である所以でもある。やたらと真剣な顔つきでこれはどうだろうあれはどうだろうと様々な水着を手に想像の中のエリカに着せていく。彼が想像するのは本物に迫る贋作。昨日さんざん堪能した事でエリカのスタイル等を、ほぼ完璧に把握したがゆえの神業だ。

 

 そんな折に視線を感じた護堂が周囲を見渡す。彼に集まるのは不審人物を見る目。女性用の水着を手になにやら吟味し、時折にやりと笑う体格の良い男の子。どう贔屓目に見ても怪しさ満点である。護堂も今の自分を客観視し、俺なら通報するなと結論を出す。

 

 

(てかその答え一番駄目じゃねえか! なんだよ通報って。……しかしまずいぞ、この監視の中でこれ以上選ぶのは胃に少し悪いな。何か手立てを考えないと)

 

 

 神々や神殺しとの戦いで鍛えられた戦術眼が、現在の状況を打破する為の方法を模索する。一番手っ取り早いのは売り場から離れるなのだが、そんな事をしたら男の夢が儚くも崩れ去ってしまう。ゆえに却下だ。ではどうするのか?決まっている、どんな状況であろうと圧倒的汎用性を誇るのが六道仙術だ。売り場の棚の影に隠れ、誰も見ていない事を確認し、一つの術を使うのであった。

 

 

 

 

 

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「遅いわね」

 

 

 既に買い物を終えたエリカが一人ベンチで座っていた。待ち合わせの時間はとっくに過ぎているのだが、一向に護堂が戻ってこないのだ。手持ち無沙汰に誰かを待つ暇そうな美少女。この手のシチュエーションならナンパ等をされてもおかしくはないが、流石に外国人に話しかける勇気のある猛者もいないのか至って平和なものだ。けれどもそれでエリカの暇が解消されるわけでもない。普通の女子高生ならスマホでも弄って時間を潰せば良いのだろうが、生憎とエリカは携帯を実用性だけで所有している為、それで護堂の様に遊ぶなどの発想が無いのだ。

 

 

「すまん、待たせた。いやー、最近の水着って色々とあるんだな」

 

 

 エリカの前にいつの間にか誰かが立っていた。全く気配がしなかった事に驚き顔を上げる。そこにいたのはエリカに負けず劣らずの容姿を持つ少女であった。年は恐らくエリカと同じくらいだろう。肩辺りまで伸びているセミロングの黒い髪、シャツにデニムのシンプルなファッション。エリカが初めて会う少女だ。日本に来て以来、自らの地盤を固める為に結構な呪術師と出会っているが、その中にこのような子はいなかったはずだ。そんな少女にいきなり話しかけられた事に少しばかり警戒心が湧き上がるが、それもすぐに霧散する。

 

 こんな子に会うのは初めてのはずなのに、なぜか妙な既視感があるのだ。既視感の正体は雰囲気。いつも見ているとある少年を思わせる眠たげな顔。だからエリカもついその名を口にする。

 

 

「もしかしてだけど、……あなた護堂? 」

「そうだけど、どうかしたのか? ……ああ、この姿の事か。実はさっきまでエリカにプレゼントしたい水着を検討してたんだが、男一人だと怪しまれてな。だから発想を逆転させたんだ。男じゃなくて女の子が見ていてもおかしくないだろうって。うん? どうしたんだよ、そんな頭を抱えて」

「いえ、あなたのこう、なんと言うか常人とはおかしな方向に飛んでいく思考回路を甘く見ていたというべきか、それともこれこそ護堂らしいと評価するべきなのか悩んでいるだけよ」

 

 

 確かに女の子が吟味していてもおかしくはないが、だからと言って変化の術を使う必要はないだろうと割りと本気でエリカは呆れているのだ。その光景にエリカも大変なんだなと、原因そのものが他人事のように心配するのであった。

 

 

 

 

 

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 あの後エリカに一目につかない所で毎度おなじみの、正座説教をされた護堂はすぐに変化の術を解いた。買い物も終わり、目的自体は達成したので当初の予定通りエリカと共に護堂は思いっきり遊び倒した。ジョイポリスや台場怪奇学校等デートをするなら楽しめる場所がかなりあるのがお台場の良い所だ。二人とも物心ついたときには魔術を学び仙術を制御する訓練などに勤しみ毎日だったので、その手のレジャー施設で遊んだ事もなく最初は手探り感があったが、途中からはかっても分かり大いに楽しんだのだ。そして

 

 

「ふいー、流石に疲れたな」

「そうかしら? 私はまだまだいけるわよ。なんならもう一度バッティングセンターで、どちらがホームランを多く打てるか勝負でもする? 」

「それは止めておこうぜ。俺らがバカスカ打ちまくるせいで、ホームランの的が粉々になったんだからな」

「あれは護堂が途中でむきになって、仙人モードになったのが悪いんじゃない。まるで私のせいみたいに言われるのはいささか不服ね」

 

 

 既に日も暮れ逢魔が時が訪れる。最後に二人が寄ったのはお台場海浜公園のすぐ側、トミンタワー台場最上部の縁に腰掛け夜景を眺めていた。常人なら絶対に選ばないような危険な所だが、だからこそ護堂にとっては誰にも邪魔されずにエリカと二人だけでいる事の出来る場所だ。自然にエリカの肩に手を回し、自分の方に引き寄せる護堂。エリカも逆らわずに彼の胸板に自分の頭を預ける。幸せな時間であった。幸福そのものをゆっくりと護堂は噛みしめる。イタリアに行く前は自分にこんな穏やかな時が訪れるとは思いもしなかった。

 

 

「ねえ護堂、一つ聞いてもいいかしら」

 

 

 小さな問いかけ。だからこそ護堂の耳にはっきりと届く。

 

 

「なんだよ、聞きたいことって」

「改めてね、私の事をどう思っているかを聞かせて欲しいの」

「どうって言われてもな、普通に好きだとしか答えられないんだが。…………急にそんな事を聞くってことは、何かしらの心の変化がエリカにあるってことだよな。……万里谷との事か? 」

 

 

 エリカは何も答えない。答えないからこそ、それが正解なのだと否応なしに理解させられる。

 

 

「やっぱり怒ってるのか? 」

「怒ってはいないわよ。昨日も言ったけれど、私は心の広い女なの。あなたが意外と浮気性で、すぐに他の女に目移りする人でも愛し続けるくらいにね」

 

 

 護堂としては何も言い返せない。と言うよりもエリカにここまで言わせる気質に、ほとほと自らの事ながらあきれ果てる。それらの想いを誤魔化すようにエリカの手に手を重ねて強く握り締める。

 

 

「下手糞な誤魔化し方ね。この辺り女性の扱いは護堂もまだまだと言った所かしら。ただ、このまま誤魔化されるのも少し嫌ね。二人目が祐理なら信用出来る相手だけれど、ふむ。……そうだ、良いことを思いついたわ」

「……その笑顔を浮かべている時の、エリカの言葉はあまり聞きたくないなあ」

「良いから黙って聞きなさい。昨日の事で護堂が私の事をとても愛しているのは分かったけれど、それとは別にして欲しい事があるの。それをしてくれるなら祐理との事を、第一夫人として許可してあげるわ」

「なぜ恋人だの愛人だのを飛び越えて夫人まで進んでいるんだとか、疑問に思うんだが今はおいておくよ。それでだ、して欲しい事って何なんだ? 」

「あの時の告白の言葉をもう一度言って」

 

 

 告白と考えて護堂も記憶を掘り起こす。エリカが何をして欲しいのかたどり着いた護堂は慌てふためく。

 

 

「まさかあれか、俺がガルダ湖からエリカに引き上げられた直後の奴じゃないよな?」

「私が今護堂に囁いてほしいのはまさにそれよ」

「ちょっと待ってくれ、流石にあれは俺でももう一度するのは恥ずかしいわ。あんなの死にかけで頭が茹ってたから言えたんであって、素で喋るのは無理だ! 」

「だからして欲しいのよ。それとも本当は私の事が嫌いで祐理に乗り換えたい? 」

 

 

 流石にこれは虐めすぎかしらねエリカが自分の行動に苦笑する。けれどもどうにも嫉妬心が抑えられないのだ。心の狭い女ではないと自負しているが、かといって自分を一番に見てほしいのは女心として間違ってはいないはず。

 

 それを聞いた護堂がエリカから目を背ける。あれっとエリカは思う。護堂がこの手の仕草をするときは何かを考えている時だ。今の言葉には護堂が思考リソースを割くぐらいの意味があったのだろうか。数秒だけ沈黙し、考え事も纏まったのか護堂が動く。

 

 隣に座っていたエリカを護堂が持ち上げたかと思うと、自分の膝に向かい合う形でエリカを座らせたのだ。

 

 

「俺がエリカを嫌いになんかなるもんか。もし嫌いになるなら、俺はメルカルトやウルスラグナ、そしてあの剣馬鹿と争ってなんかいない」

 

 

 いつものどこか間抜けさが感じられる表情ではなく、偶にしか出てこない護堂の真剣な顔。そのギャップに慣れたと思っていたが、それでもエリカの鼓動が一瞬強く脈打つ。

 

 護堂の血筋である草薙一族は代々遊び人が多い。特に女遊びに関しては天下一品だ。何よりも厄介なことに、そんな問題行動を支えるぐらいの容姿を持った男が多いのだ。そして護堂もこの例に漏れない。彼の祖父である一郎は若いころは美丈夫として近所でも通ったほどだ。そんな傑物の血を護堂はそれなりに引き継いでいる。本人は特殊すぎる環境で育ったせいで自分の容姿を並程度に捉えているが、それは一族基準で並だ。それがいきなりまともな表情を取るのだ。

 

 これずるくないかしらとエリカは疑問に思う。今も情熱の国生まれのエリカですら気恥ずかしいセリフを臆面もなく言い放つ。護堂は好きだと思ったら結構こちらに分かりやすく好意を示す行動を取る。たぶん祐理もこの辺の性格と彼なりではあるが誠実な行動にやられたんでしょうねと推測するエリカ。

 

 

「あの時と同じ告白をするならこうやってエリカにも同じ行動を取って貰うぞ、そっちの方がやりやすいからな」

 

 

 何度か息を吸い吐いてはを繰り返し呼吸を整える。そしてあの時と同じか、それよりも感情の籠った声で想いを護堂がエリカに伝える。

 

 

「エリカ・ブランデッリ、俺はお前の事が…………君の事が好きだ。多分初めて会った時からそうだった」

 

 

 護堂がエリカの手を握る。そこからも伝わるように呪力を乗せる。

 

 

「なんで好きかって言われたら、単純な答えだよ。一目惚れだ。……ありきたりでつまならい返答だろ」

「そうね、サルバトーレ卿と争った理由がそれだなんて、呆れて何も言えないくらいよ。でも悪くはないわね」

 

 

 エリカも告白された時と同じ答えを返す。

 

 

「悪くないってことは、多少はエリカの方も俺の事を想ってくれていたのかな?」

「悪くないって言い方こそ悪かったわね。ねえ護堂、もしあなたが本当に私の事を唯一無二の異性として意識しているなら、私ね…………あなたになら全部あげてもいいぐらいには考えていたのよ」

 

 

 エリカの顔が護堂の至近まで近づく。ガルダ湖の時は心肺停止状態から復帰した直後だったから、今みたいに落ち着いてエリカの美貌を眺めれなかったなと過去を懐かしむ。

 

 

「そこまで想ってくれてたなんて知らなかったよ。てっきり嫌われているぐらいには思っていたんだけどな」

「確かにあなたに比べたら、分かりやすく好意を示してはいなかったわね。けれど本気で嫌っていたなら、あなたの為に結社を抜けるなんて真似していないわよ」

「それもそうか」

 

 

 人の心が読めるくせに存外鈍い自分に護堂が苦笑を漏らす。

 

 

「その好意に甘える形になるけど、はっきり言うよ。俺はエリカと一緒にいたい、叶うならいつまでも。…………ようするにだな、付き合って欲しい」

「ふふ、あなたの方から告白してくれるなんて思ってもいなかったわ。……今後ともよろしくおねがいするわ、魔王陛下様」

 

 

 どこか茶目っ気のある言葉で護堂の想いに答えるエリカ。彼の言葉に比べればいささか真面目さが少ないものの、表情には照れがあるのか僅かに頬に赤みが差している。

 

 

「これを改めてやるのは少し恥ずかしいわね」

「だから言ったじゃねえか、恥かしいって。しかもあの時と同じ事をするなら、この後俺がエリカのファーストキスを奪うってことだろ」

「ならそれも再現しましょうか」

「えッ!」

「エッっじゃないわよ。別にキスの一つや二つ今更でしょう。昨夜に至ってはあんな事までしたんだから」

 

 

 確かに言われてみれば今更ではあるが。なので護堂も気持ちを切り替える。それこそ初めてエリカとキスをした時と同じぐらいの感情で挑む。

 

 

「んーーふ、んぅ……」

 

 

 エリカの漏らす喘ぎ声に護堂の思考が真っ白に染まっていく。粘膜同士がぶつかる湿った音が聞こえる。密着している事でエリカの胸が擦れる感触に護堂の護堂が力強く反応する。164cmと日本人女性の平均よりは高いが、それでも護堂と比べるなら小柄な体に手を回し、後頭部に手を当て何度も何度もキスをする。

 

 数分続いたそれも終わりを向える。互いの荒い息が更に陶酔感を生み出す。

 

 

「今日もあれをやるのかしら」

 

 

 恍惚とした表情でエリカが問う。護堂の腕の中で熱を放ちながらスイッチが入ったのか、妙に色気を醸し出している。そんな姿に表情を変えないが、実際にはドキリとしながら強く抱きしめる。護堂の目に映るのは赤みがかった金髪。トミンタワーの屋上から見える夜景などよりも、彼にとっては魅力的な存在。それが今は自らの側にいてくれることに感謝しながら、エリカの問いに答えるのであった。




次話は祐理と護堂


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お詫び

連載中ではなく未完とした時点で察した方もいるかもしれませんが、待っていた方には申し訳ないことなのですが六道の神殺しは今後書くことはございません。

 なぜそうなったかと言うと最終巻を読み、設定的に色々と破綻してしまったからです。

 特にまずいのが簒奪の円環回りの設定です。まさか権能ではなく神具だとは想像していなかったのです。このせいでオリ護堂が簒奪の円環の干渉を弾けるのはおかしいのでは?と疑問に思ってしまい、自分の中でオリ護堂の設定に納得がいかなくなりました。なので一旦筆は置きたいと思います。

 付け加えるなら活動報告でも書きましたが、仕事の方が激務化してきており執筆作業の方に集中できず一年近く書く事も出来ないような状況になってきているので、ますますこちらに取り掛かれないのも理由の一つです。

 

 では現在のプロットでは物語がどうなっていたかと言うと

 

①恵那との再会。約束をしたのは影分身の護堂で記憶の引継ぎが上手く出来ていなかった為、護堂は思い出せず。それを理由に色々と修羅場るが最終的に和解。

②護堂、斉天大聖と戦うも大聖の肉体がひかりなので本気で攻撃出来ず隙をつかれ敗退。恵那、エリカともに紆余曲折の上で人柱力に。大聖再戦時には従属神の相手を二人がする。最終的に威装須佐能乎で大聖達を撃退。

③ランスロット戦でイサナギキャンセル会得。死門を発動しても、その死自体を無かった事にすることでイザナギが使える時はいつでも死門を使えるように。

 

 とこんな感じでした。

 

 ここから太子様との闘い等もあったのですが、やはり護堂が魔王になっていないのが最終巻の内容的にあれかな~と自分で疑問に思うので、待っておられた方には申し訳ないのですがここに未完とさせて頂きます。

 

 ただ、それで書くのを辞めるわけではございません。いつになるかは分かりませんが、仕事がひと段落して落ち着きしだい最終巻の内容を踏まえた設定を練り直したうえで、神様転生なしのオリ魔王物を書きたいとは思っています。

 

 最後になりますが神様を殺す作品に神様転生のオリ主をねじ込んだ挙句、原作主人公の意識を消滅させる等という暴挙に出た当作品をそれでも読んでくださり、誠にありがとうございます。 

 お気に入り登録されてくださった1000人以上の皆様、ならびに63人の評価者の皆様、本当にありがとうございました。

 中には一言コメントにオリ主とヒロインが恋愛脳で気持ち悪いや、最強ものを名乗りながら無双しないなら書くななどの厳しい意見もありましたが励みになりました。

 

 本当に色々とありがとうございました。



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