東方不死人 (三つ目)
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幻想の世界の遭難者
一人幻想へと迷い迷う


多くの地獄を味わった。多くの修羅場も味わった。現実では考えられない場所にも行った。

 

そんな俺でも理不尽と感じる事だってある

 

どうしてこうなった?

 

俺は俺に自問自答してみる、が。

 

結果的にそれが無意味だとすぐに考え付いてしまった

 

だって事の発端すら俺には到底理解の範疇を大きく超えていて、今の状況は・・・とてつもない例外が重なった結果の例外みたいなものなのだから

 

今までだってこういったことが数多くあった、経験値でいったらアクシデントや厄介事の対処などは、既にかなりのレベルだという自負もあった

 

 

 

でも、それが今日崩れ去った。

 

 

 

実際の所、それは過信でしかなく、まだまだ俺の知らないことが山の様にある

 

それがどんな理不尽なことであっても、俺はそれを受け入れなければいけないようだ

 

郷に入れば郷に従え、とは言うが

 

でも、それでも、俺は言いたい・・・

 

 

 

「どうしてこうなった!!」

 

 

 

まさか、この年で迷子、なんてものになるとは思いもしなかった

 

見も知らない森林を歩き続けて既に10分は経過したか?

 

どうにも、時間の感覚が狂っているようにも感じる

 

もしかしたら10分も歩いてないかもしれないし、1時間歩き続けてるのかもしれない

 

平衡感覚は問題ないが、妙な気配も感じる

 

ココは本当にどこなのだろう?

 

そう考えながら歩き続け、彼はつい先ほどの事を思い出す―――

 

 

 

    

 

「おい藤井!聞いてるのか!!」

 

「聞こえてるよ、毎度毎度声が大きすぎるぞ」

 

 

 

そう俺達は確か呪力での通信で会話をしていた

 

この声の主、ハズラット・ハーンが急に俺の元に連絡を入れてきたからだ

 

俺はその時、聖地に居た為なのだが・・・それは置いといて

 

 

 

「東京がおかしい、というか世界がまたおかしくなってきてる!」

 

 

 

そう言われて、俺は日付を確認した

 

2017年4月1日、ちまたではエイプリルフールという奴だ

 

「おい、ハーン。嘘でも言って良い事と悪い事があるぜ」

 

俺は笑いながら言ったが

 

「馬鹿野郎!俺がそんな冗談を言う奴だと思うか!?」

 

相手の声が、演技ではないと証明していた

 

「ちょっと待て、本当ならちゃんと説明しろ!」

 

 

 

どういうことだ?サンハーラは既に阻止して、全てを元に戻したというのに

 

ヤドリギも止めたし、パリに来たベナレスだって月に帰ったというのに・・・

 

一体何が?

 

 

 

「いいから来い!来れば分かる!」

 

そう言われ、俺は出来るだけの準備をして、直ぐに崑崙へと向かった

 

聖地から、この世へ、戻るために

 

いつも使用している崑崙の陣に立ち、自分の指を篭手に収納してある刃物で少し斬る

 

俺の血が崑崙に滴り落ちて崑崙は作動した

 

いつも通り、ここまではいつもの通りだった

 

だが戻った筈の『この世』は、何かおかしかった

 

 

 

「ここは?」

 

 

 

いつもの場所ではない、間違ってなければこれで中国に戻れるはずだったのに、目の前に広がるのは見たこともない森の中だった

 

「これがハーンの言ってた事、なのか?」

 

もしくはその一部、地脈の精に狂いが生じているのか?

 

色々考えてみたものの、原因究明なんて出来るはずもない

 

仕方なく探査がてら歩き続けていた彼だったが、何も手がかりを得られず、木陰で休んでいた

 

「本当にここはどこなんだ・・・」

 

見たことの無い森、というか木。こんな種類の木を彼は見たことが無かった

 

それは多い、という意味ではない

 

世界各地を渡り歩いた彼ですら、見たことの無い木で溢れかえっている

 

その時、急に現れた少女に彼は眼を奪われた

 

 

 

「なんだ?妖怪か?」

 

「そんなの見なくても判るでしょう」

 

 

 

あまりにも急な出来事で困惑してしまった・・・、今まで人間どころか、動物の気配すら感じなかったのに

 

いつの間にか二人の少女がそこに居て、彼を見つめていた。

 

一人は白黒のモノトーンの服、というよりローブを纏った少女だった

 

トンガリ帽子を被り、その姿は西洋の魔女を彷彿とさせる服装だ、

 

そしてもう一人は白と青のワンピースを基調として、青のリボンを巻きつけている

 

どちらも可愛らしい少女だ

 

 

 

「それにしても凄い重装備だな、何かあったら私のところに来いよ!安くしとくぜ!」

 

「え・・・っと、君は?」

 

彼が話しかけてきた少女に名前を尋ねると、違う少女がそれに答えた

 

「彼女は霧雨魔理沙よ、私はアリス・マーガトロイド。あなたはどうしてこんな所に?」

 

「・・・お恥ずかしい話ですが、迷子になってしまって・・・」

 

タハハと彼は照れ隠しの笑いを見せながら自己紹介をした

 

「俺は藤井、藤井 八雲」

 

彼、八雲が名乗った瞬間、二人の少女の顔色が少し変わった

 

「八雲・・・?」

 

アリスの眉がピクリと反応する

 

「・・・まぁ、そういう名前なんだろ?」

 

魔理沙の方は心当たりでもあるのか、アリスの考えを否定して見せたが

 

なにやら、名前に思うところがあるのか、八雲はその事が気になった

 

「俺の名前、そんな変かな」

 

「変じゃないわ、でもあまり名乗らない方が身のためかもよ、外来人なら尚更ね」

 

「外来人って・・・?」

 

聞きなれないワード、なにやら嫌な予感が八雲に駆け巡る

 

もしかして、もしかしたら・・・ここは・・・

 

新たに思い当たった嫌な予感を八雲は尋ねる事にした

 

 

 

「それに、ここはどこなんだ・・・?」

 

 

 

見渡す限りの木の壁のような森

 

見たことも無い植物に、見たことの無い風景

 

そして今まで感じたことの無い妙な気配と空気

 

 

 

「ここは幻想郷よ、忘れられたモノが来る終末の楽園」

 

 

 

それを聞いた八雲は嫌な予感から、確信と混乱へと変わった

 

 

 

「え、ちょ、待ってくれ、ここは地球じゃないのか!?」

 

 

 

「違うぜ、なんだ?地球って」

 

 

 

どうやら崑崙は聖地から『この世』ではなく『幻想郷』というまったく別の世界にアクセスしていたみたいだ

 

しかも、その崑崙も既に場所が変わっていて、元に戻ることが出来ない

 

八方塞りの八雲に、魔理沙は満面の笑みで提案してきた

 

 

 

「外来人なら仕方ない、この私が幻想郷を案内してやるぜ!」

 

 

 

タダじゃないけどな!と魔理沙は続けていたが、八雲の耳には届いていなかった。




好きな作品を混ぜてみようという試みから

3×3EYESの八雲で東方プロジェクトの幻想入りを書いて見ようと思いました

文才はないのでどこまで面白く書けるか判りませんが

生暖かい眼で見てくれると幸いです

ちなみにこちらの八雲は最新話の八雲をベースにしています

これからちょいちょいと不定期の更新と成ると思いますが

よろしくお願いしますm(_ _)m


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魔法の森の住人

霧雨家ーリビングー

 

 

 

所変わって魔理沙の家へと家主の魔利沙とアリスと八雲の三人は向かった

 

そこで八雲は二人の少女に今までの経緯を包み隠さず、全て真実を説明した

 

自分の事、そして自分の居た世界の事、大事な仲間の事

 

 

 

「ふーん」

 

 

 

その全ての説明を終えて、終始黙っていたアリスがクスクスと笑いながら口を開いた

 

 

 

「不死身で、妙な術まで使えるなんて、それに八雲って名前・・・貴方本当に何者なの?」

 

「何者と言われても困る、俺は俺だからな」

 

「なんか哲学的だぜ」

 

 

 

などと三人は会話を脱線させながら進め続けた

 

 

 

「とりあえず、俺は地球に帰らないと・・・!」

 

 

 

帰らないと、そう言ってみたものの、帰る手段なんか到底わかるはずもない

 

その虚勢で突き上げた握りこぶしが哀愁さえ漂わせている

 

 

 

「帰るといっても、アテはあるの?」

 

 

 

アリスに突っ込まれたおかげで、その握りこぶしを引っ込める事ができた

 

 

 

「無いなぁ・・・」

 

「ならまずは知ろうとするまえに、識るべきじゃないかしら?」

 

 

 

アリスのその言葉の意味が判らない八雲はアリスを見つめた

 

 

 

「貴方は別世界の妖怪なんだし、貴方はこの世界の事を識るべきよ、じゃないと帰り道を見つける前に本当に死ぬわよ」

 

 

 

死ぬ、という不穏な言葉に八雲は複雑な思いが交差して笑ってしまった

 

八雲はアリスにまるっきり信用されていなかった、まずはそれの苦笑い。

 

体から出ている精を見たのか、感じたのか、それを彼女は妖気と呼び、八雲の事を妖怪と呼んだ

 

不死身というのも言葉のアヤで、『死なない』ではなく『死にずらい』と解釈したのだろう

 

別にそれならそれで構わない、八雲自身もそれに固執している訳でもない

 

辛辣な言葉でも、どっちかというと八雲はそれが少しだけ新鮮で嬉しかった、その笑み

 

地球に居たら絶対に言われることの無い言葉、されることの無い心配

 

しいて言えば、『心の死』をパイは悲しんでいたか・・・

 

地球で八雲にされる心配は存在の死ではなく、その体を封印されることなのだから

 

 

 

『本当に死ぬわよ』

 

 

 

きっとアリスは優しい人物なのだろう

 

初対面の人に対して、相手を案じての注意というのはなかなか出来ないものだ、最後にその関心の笑い

 

 

 

「それなら問題ない、言っただろう?俺は不死身だって」

 

「ならもう好きにすればいいわ、死んでから恨み言なんて言わないでね」

 

 

 

やっぱり信用されてない、というか八雲の言葉は信じてもらえていない

 

真面目な話に区切りが付き、今度は魔理沙が口を開いた

 

 

 

「幻想郷で生活、ってほどじゃないにしても『弾幕ごっこ』くらいは出来た方がいいぜ」

 

「弾幕・・・ごっこ?」

 

 

 

ごっこ、と付くからには遊びなのだろうけど、その内容が見えてこない

 

 

 

「簡単に説明すると、相手に弾を当てれば勝ち、もしくは相手のスペルカードの制限時間まで避け切れば勝ちって簡単なルールだぜ」

 

「なんだ、やけに簡単なルールだな」

 

 

 

さらっと返した八雲に溜息をついてアリスは呆れたような仕草を見せる

 

 

 

「何言ってるの、弾幕はブレインよ、簡単そうに聞こえるけど奥は深い。相手の逃げる方向を予想して、予知して、追い立てなければ当たらないわよ」

 

それに反論する魔理沙

 

「いいや!弾幕はパワーだぜ!チョコチョコ逃げるなら全部まとめて吹き飛ばせばいいのさ!」

 

 

 

二人の言ってる事はアベコベだが、八雲はそれを自分なりに解釈していた

 

 

 

「それぞれの得意分野で攻めるのが定石って事か・・・」

 

 

 

という事は、魔理沙は知能的な攻撃に弱く、アリスは圧倒的な火力差に弱いと聞こえなくもないが

 

実際の所はそうでもなかったりする

 

 

 

「ってことで、やろうぜ!八雲!」

 

「おいおい、やるってまさか・・・」

 

「妖怪なんだし出せるだろう?弾幕くらい」

 

 

 

それは一体どこの世界の妖怪だろう?

 

と考えるだけ無駄だと八雲も理解し始めた

 

きっとこれがこの幻想郷での日常的なもので、当たり前なのだろうと、考え至った

 

 

 

「まぁ、出せなくもない・・・のか?」

 

「よし、じゃあ外に行こうぜ!」

 

 

 

快活に笑う魔理沙に八雲は待ったをかけた

 

 

 

「いや、やる意味が判らないって」

 

「意味ならあるぜ!それは私がやってみたいからだ!」

 

 

 

その回答に八雲は頭を抱えた

 

どうにもこうにも、魔理沙という少女はかなりのマイウェイな性格のようだ

 

 

 

「違うわよ魔理沙、こういう意味は持つ物ではなくて持たせる物よ」

 

「何だよ、どういう意味だ?」

 

「魔理沙の方が上級者なのは当たり前なんだし、意味にも報酬にもハンデがあったほうが楽しめるでしょう?」

 

「何だよ、難しい事を・・・具体的に言えって」

 

「簡単な事よ、藤井さんに戦いたくなる様な意欲を沸かせればいいのよ、例えば藤井さんが勝てば、魔理沙がずっと黙っている『帰れる手がかりを持つ人物』の話をする・・・とかね。仮に藤井さんが負けてもペナルティ無しのお試し期間ってことでどうかしら?」

 

 

 

それを聞いて八雲は口を大きく開けた

 

 

 

「な・・・黙ってた・・・!?」

 

「ちょっとアリス!なんで―――――」

 

 

 

といい掛けて、途中で魔理沙は黙った

 

八雲にジロリと見つめられているのを察したから、と言うまでもない

 

 

 

「あまり乗り気はしないけど、そういう事ならいいだろう」

 

「よ、よし!それなら外に行こうぜ!」

 

「私もいくわよ、面白そうだし」

 

 

 

呆れ顔の八雲と、焦り顔の魔理沙と、真顔のアリスは、揃って魔理沙の家を出て行った

 

 

 

 

 

   霧雨家ー上空ー

 

 

 

 

 

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

「なんだ?どうしたんだよ!」

 

「まさか、藤井さん・・・貴方」

 

飛べないの?とアリスに言いわれた、とても、とても意外そうに

 

「妖怪なんだし、外来人でも空くらい飛べると思ったけれど」

 

まるで挑発するようにクスクスと笑うアリスにちょっと苛立ちながら八雲も

 

 

 

「平然と飛んでる方が俺からしたら意外なだけだ」

 

 

 

獣魔を召還する

 

意外なだけ、そのニュアンスをアリスはすぐに察した

 

 

 

「藤井八雲の名において命じる!出でよ!假肢蠱(チィアチークウ)!」

 

 

 

そう呼ぶと、八雲の近くに、まるでカマキリのような鎌を持った獣魔が呼び出される

 

 

 

「へぇ」

 

「なんだ、ありゃ・・・」

 

 

 

その獣魔は八雲の肩に飛び乗り、みるみる変態していく

 

まるでそれは蝙蝠の翼の様に姿形を変え、八雲はその背中に生えた羽を器用に羽ばたかせた

 

 

 

「よっ・・・と、やっぱうまく飛べないな」

 

 

 

体の延長、新しい腕が2本生えたような違和感があるが、動かせないことも無い

 

バサバサと羽ばたきながら、八雲も空を飛んだ

 

 

 

「よし、これでなんとかなるな」

 

 

 

とはいえ高速で飛ぶことは出来ない

 

無理やり浮くほど羽ばたいているだけなので、魔理沙やアリスの様に自在に飛ぶという事は出来そうもない

 

むしろ假肢蠱(チィアチークウ)の羽は落下の速度を利用した滑空、モモンガのような飛び方が正しい使い方だったりもするが

 

さっきのアリスの様子を見て、なんとか飛んでいる所を見せたくなった八雲だった

 

 

 

「よしって・・・そんな飛行で弾を『避けれる』と思うの?」

 

「多分大丈夫だ、『当たらなければいい』んだろ?」

 

 

 

あまりにもぎこちなく飛ぶ八雲に見かねてアリスは心配したのだが

 

あっけらかんとしている八雲を見て、呆れかえっていた

 

八雲の意思返しになんとも言えない鬱憤を抱えたアリスには今度は気が付かなかった

 

八雲と交わした、言葉の微妙な違いに

 

 

 

「あっそ、怪我しても自己責任でお願いね」

 

「大丈夫だって、怪我程度なら問題ないさ」

 

「もういいわ、勝手に落ちれば」

 

 

 

アリスは知らない、知ろうともしない

 

例えどんな相手であっても、外来人とは深く交流しないアリスにとっては八雲は少し珍しい程度の存在だった

 

アリスは識らない、識ろうと努力もしない

 

彼が、藤井八雲は只の外来人という括りでは片付かない事を

 

 

 

「それじゃ行くぜ!」

 

「良し、来い!」

 

 

 

霧雨家上空にて、八雲の始めての弾幕戦の火蓋が切って落とされた




次回!弾幕戦!


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弾幕初心、戦闘熟練

『一体コレはどういう事なの・・・?どうして私が、いえ・・・私達がこんな・・・』


その先もアリスは考えたが、思考することすら憚られた

あってはならない、というよりもあろうはずがない

魔理沙とのタッグはアリスにとってベストな相性と言いきれる

お互いの呼吸も揃いやすく、力の波長を合わせるには申し分などあるはずもない

にもかかわらず、なのにもかかわらず


『どうして効かないの!!』


そう、まるで効果がない。

どう試行錯誤しても『当てる』事ができない。

通常、弾幕戦とは相手の弾を避ける事が最重要視されている

いかに避け、いかに攻撃を継続するかに重きを置く

しかし、今まさに対峙している相手はまるっきり違う発想を持っていた


『大丈夫とは、そういう事なの・・・!?』


焦りが弾幕を大きく歪める、それはアリスも重々承知している

しかし湧き上がる感情を抑えきる事は出来ない

でもこの相手には、歪みなど関係ない

むしろ最大の問題は別にある


『不死身とは、そういう意味なの・・・!?』


アリスと魔理沙の前に見たことも無い虫の化物がただ悠然と存在していた


「ほらほら、どうした!」

 

「うわ!っとお!」

 

 

 

魔理沙の手から放たれる星型の弾が八雲に襲い掛かる

 

それをなんとかギリギリのところで回避し続けている八雲もなかなかのセンスを持っているようだ

 

「くそ!なんて量だ!」

 

一発一発の破壊力はたいした事は無い、むしろ当たった所で怪我もしないだろう

 

でもこれは戦いではなく、ゲームだ

 

『当たれば負け』というゲーム、そこに不死性など何の意味も無い

 

まさに質よりも量、そんな攻撃が有効なのは誰が見ても明白だろう

 

だが逆に捕らえれば『当たらなければ勝ち』という事だ

 

ならば八雲の答えは決まっている

 

耐えて耐えて耐え続け、相手が降参するまでこの状況に耐えるまで

 

それが八雲にとっての最良の勝利の形だ

 

 

 

でもそれも、もう既に危うい

 

 

 

假肢蠱(チィアチークウ)の羽では、そのうち避けきれなくなる

 

最初のうちは手加減してくれていた魔理沙も、八雲の健闘にだんだんと攻撃方法を変えてきている

 

八雲の動きが段々と魔理沙に捉えられて来ている、ようは八雲の動きに対応してきているという事に他ならない

 

それではぎこちない飛行しか出来ない八雲に勝ち目など到底無かった

 

 

 

「初心者にしてはなかなかやるな、でもコレで終わりだぜ!」

 

 

 

魔理沙は一枚のカードをスカートの中から取り出し

 

 

 

――――宣告

 

 

 

「スターダスト・レヴァリエ!」

 

 

 

次の瞬間、複数の魔方陣が魔理沙の周辺を囲うように現れ廻り出す

 

その魔方陣からは赤や青や黄、様々な色の星が射出され、空間に固定された

 

そして八雲のほうにも、水色と紫色の『星の帯』とでも例えるような弾の列が出来上がり固定される

 

 

 

『まずいぞ、帯状だとすり抜けるスペースが足りない!』

 

 

 

そしてその帯が移動を始める、魔理沙を中心にクルクルと、グルグルと

 

魔方陣と帯がせわしなく移動する、まるでそれは流れ星の様にキラキラと輝いていた

 

 

 

「そこだ!」

 

 

 

魔理沙が八雲を指差すと、今度は魔方陣が八雲に向かって突撃してきた

 

数多の星を避けながら、魔方陣もなんとか八雲は避けてみせる

 

 

 

が・・・

 

 

 

「なに!」

 

 

 

その魔方陣の後から、まるで流星群の様に星達が真っ直ぐ八雲の周辺に目掛けて飛来する

 

そして左右から来る星の帯の波状攻撃に

 

 

 

「くっ!!」

 

 

 

八雲はついに被弾した。

 

 

 

その一部始終を見ていたアリスは鼻で笑っていた

 

 

 

「ほらね、言ったとおりでしょう?そんな飛行で避けれるはずないじゃない」

 

「今のは・・・?それにあのカードはなんだったんだ」

 

「スペルカードの事?あれはただのカードよ、別に特別な効果はないわ、ようはあれが魔理沙の実力って事よ」

 

 

 

なるほどね、と八雲は納得する

 

 

 

「質問なんだけどさ、相手の攻撃ってのは消してもいいのか?」

 

「原則ではダメよ、でもあまりその原則も守られて無いわね、私もたまに相殺目的で弾を出すし」

 

「オッケー、ならもう一つ質問だ。俺は色んな獣魔を操れるって説明したけどさ」

 

「えぇ、してたわね」

 

「ならその獣魔が被弾した場合、それは俺の被弾になるのか?」

 

「いいえ、それは被弾とカウントされない、あくまで生身の貴方に当たったときだけカウントされるわ」

 

 

 

それを聞き、八雲の口角が上がった

 

 

 

「よし、なら次は勝つさ」

 

「何言ってるの?さっきの貴方は避けるだけで精一杯で、一度も攻撃してないじゃない」

 

「大丈夫だって」

 

 

 

一体何が大丈夫なのか、アリスは判らなかったが

 

その八雲の異様な自信が少し気になった

 

 

 

「何か策でもあるの?」

 

「ある、って言い切ってみたいけど、どうかな?もしかしたらルール違反かも・・・」

 

 

 

ハッキリしない八雲をよそに、アリスは静観を崩さなかった

 

そして魔理沙もまだ元気一杯で飛び回っている

 

 

 

「どうした!もう降参か?」

 

「まさか、勝負はこれからだ!」

 

 

 

この状況で八雲の勝ちになるはずない

 

勝たねばならない、地球に帰るために、その手がかかりを知る人物に会う為に

 

 

 

「藤井八雲の名において命ずる―――出でよ!!」

 

 

 

本当の勝負はこれから

 

 

 

ルールを聞いた所で何も変わるはずが無い

 

普通ならそうだ、普通なら、そうであって普通なのだから

 

しかし八雲自身が普通ではないイレギュラーの場合、状況が変わってくる

 

そしてそのルールが実は八雲に大きく味方しているとアリスはまだ知る由もない

 

 

 

被甲(ピージャー)!!」

 

 

 

そう―――宣告。

 

 

 

その瞬間、見たことも無い虫が現れ、まるでその虫自体が鎧の様に八雲を覆った

 

そして一直線に魔理沙目掛けて突進した

 

 

 

「突撃!?何考えてんだ!!」

 

 

 

魔理沙はその突進に合わせ、収束させたレーザーを当てて迎撃しようと試みる

 

しかし、レーザーがまるで水鉄砲の様に表面の装甲に弾かれる

 

 

 

「なんだって!?」

 

「グオオオオォォォ!!!」

 

 

 

まるで効果がない、レーザーの傷すら見当たらない、歯が立たないとはまさにこの事だろう

 

だが、その突進自体は魔理沙からすれば粗末なもので、避ける事はとても容易い直線的な軌道

 

本来なら、敵の攻撃が避けやすいという事は、一方的に相手を攻撃し、簡単に倒せるという意味にもなる

 

 

 

でもこれは簡単に倒せないスペルという矛盾が外で静観していたアリスを困惑させる

 

 

 

『避ける必要なんて無かったのね、魔理沙の攻撃の全てを受けきるつもりだ』

 

 

 

避けるとはまったく逆の発想

 

というよりも、幻想郷にそのような使い手がいなかっただけの話で

 

そんなスペルなど、誰も考えなかっただけの話でしかない

 

強固な獣魔の鎧による防壁により魔理沙の攻撃の全てを無力化させる、それはまさに鉄壁のバリアのようなもの

 

 

 

 

 

『相手を倒すよりも、相手の術を倒すことに専念している!!』

 

 

 

魔理沙もその鎧のスペルを破るために、様々な術や武器を使用し始めた

 

しかしそのどれもが決定打にならないどころか、攻撃と認識されていないように虫の鎧が全てを弾く。

 

 

 

それがどういう意味か、アリスにも、もちろん魔理沙にも判っている

 

これが普通の人間だったり、妖怪だったり、神だったら特になんの意味も無い

 

むしろ相手に賞賛を贈るべき状況だろう

 

でも、アリスも、魔理沙も、魔法使いなのだ

 

己の術の敗北は、己の研究の敗北

 

今までの研究の全ての否定に繋がる

 

己の研究とは、己の命と同価値に相当する

 

その研究の為だけに、魔道を巡り、魔力を高め、魔法を磨き、新たな力を得るために命を尽くして努力し

 

・・・場合によっては、人間という枠すらも捨てなければならない。

 

そんな覚悟の上で得た研究の成果が、命の結晶とも呼ぶに相応しい結果が、今まさに無という結末に蹂躙されようとしている

 

ただ弾幕に敗れるのであればいい、でもコレは違う

 

術の完成度で敗れるのではなく、術の意味が意味を成さないで敗れるのは駄目だ

 

絶対にあってはならない、相手がそれを知っての行動か、知らずの行動なのかは重要ではない

 

ただその結末は、魔法使いにとってこれ以上無い屈辱

 

そしてその屈辱を、目の前にいる魔法使いは味わおうとしている

 

苦戦している人物が大切な友人なら、それを助けるのは自然な行動なのだろう

 

 

 

「行きなさい!上海人形!」

 

 

 

真っ赤なレーザーが人形から放出され、被甲の装甲を焼き斬ろうと襲うも

 

その表面が焦げるどころか、やはり傷一つ与えられていなかった

 

 

 

「アリス!?」

 

「苦戦してるみたいだし、手伝ってあげる」

 

 

 

「全力でいくわよ、魔理沙!!」

 

「モチロン!そのつもりだぜ!!」

 

 

 

二人の魔力が更に強く、練り上げられた



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魔少女達との攻防

八雲が鎧獣魔を召還してから、既に5分は経過している

スペルカードルールに則って弾幕ごっこをするのなら、スペルの最大持続時間は100秒を超えてはならないという規定がある

だが肝心のその相手が、弾幕の『だ』の字も知らないズブの素人であれば、黙って見逃してあげるのも上級者の務めなのかもしれない


といえば聞こえはいい


実際は違った、魔理沙もアリスも制限の事などどうでもよくなっていた

魔理沙は探究心で、アリスは意地で、この虫のような鎧と戦い続けている


『こりゃ凄いぜ!八雲の術は幻想郷にないものだ。倒してみたいぜ、倒して後で扱い方を教わりたいぜ!!』

『外来人相手に私と魔理沙の二人がかり、どれだけ攻撃しようと鎧は無傷・・・なんて術なの!?でも、絶対に倒すわ!!素人相手に負けてらんないのよ!』


互いの思考はズレてても、収束する先は同じ

どちらも八雲を降したい、と考えている

そこにルール違反での敗北と勝利では意味が無い、魔利沙もアリスもソレは望むところではない

目の前の相手を降したい、自身の魔法の完成度を証明したい

ただそれだけの為に、今は戦っていた


鎧獣魔の特徴、それは驚異的な防御力にある

 

どの様な攻撃でも弾き、いかなる攻撃をも防ぎきる、まさに鉄壁と呼べる防御力

 

その防御力は圧倒的な硬さによって支えられている

 

甲はダイヤモンドの様に硬く、いかなるダメージでもものともしない

 

斬撃はもちろん、レーザーといった熱攻撃、魔理沙の扱う魔法のミサイルのような爆発にも耐えられる

 

まさに圧倒的で、鉄壁な護りの獣魔

 

 

 

だがそれには重大な欠点がある事を、アリスは気が付いた

 

 

 

まず一つ、鎧獣魔の重量

 

それだけの防御力を発揮する鎧獣魔を装備している八雲は、装備する前と比べたら断然に遅くなっている

 

そして背中に生えている羽では既に自重を支えきれていないようだ

 

その証拠に、さっきとは攻撃法がまるで違っている

 

更に、遅ければ遅い分、それを命中させる事は困難になってくる

 

特に魔理沙もアリスも弾幕戦ではかなりの手誰だ、今の八雲程度の攻撃速度では万が一でも当たる事はない

 

 

 

そして二つ、攻撃の単調化

 

防御力を過信してるのか定かではないが

 

その防御に頼りすぎていて、攻撃はハッキリいってお粗末なものだ

 

毎度その鎧は地面からバッタの様な跳躍で魔理沙とアリスの元へと突っ込んで爪を振り回す

 

避けられれば地面に落ちて、また跳躍

 

ずっとその繰り返し、それを避けるなんてあまりのも簡単だ

 

 

敵の攻撃を安易に避けられ、一方的に攻撃できる

 

本来であれば楽勝ムードが出ようものだが・・・

 

二人は肝心のその鎧に傷一つ付けられない

 

しかし、それももう攻略法をアリスは考え付いていた

 

 

 

まずは中身の問題

 

八雲があれを装備して、八雲が操作しているのなら

 

その中身にまで響くような衝撃を与えればいい

 

衝撃でなくとも、冷気や火炎の様な中身へ間接的にダメージを与えるタイプの魔法であれば

 

中の八雲へダイレクトにダメージが届く

 

 

 

そしてもう一つ

 

 

 

「魔理沙、いい考えが浮かんだわ」

 

「いい考えって、あの化物鎧を倒せるのか?」

 

「えぇ、次に飛んできたら―――返り討ちにするわ」

 

「よし、乗ったぜ!その考え!」

 

 

 

ノリノリの魔理沙だったが、アリスのその作戦を聞くうちにどんどん雲行きが怪しくなる・・・

 

 

 

「いや、それ本気か?死ぬぜ?私が」

 

「大丈夫よ、私は死なないわ」

 

「それじゃダメだろーがっ!」

 

「ほら、もう喋ってる暇は無いわ、次の跳躍が来る!」

 

 

 

アリスの視線の先、それはまた飛来して来た蝙蝠の羽を生やした虫の鎧

 

一直線に魔理沙へと突撃してきていた

 

 

 

「くっそー!やればいいんだろ!」

 

 

 

それは空元気なのか、本気で言ってるのかは判らない

 

でも魔理沙の覚悟も決まったようだ

 

 

 

アリスの作戦、それは・・・

 

 

 

「突撃よ!!」

 

「えぇい!女は度胸だ!!」

 

 

 

アリスを乗せて、鎧獣魔被甲(ピージャー)に対して一直線に突撃する事だった

 

だがそれは勿論ただの突撃という訳ではない

 

 

 

「行きなさい!呪いの藁人形!」

 

 

 

アリスが一つの人形に意思を与え、魔理沙の箒の先端に張り付け、固定する

 

本来は他人を呪う為の人形、胸には大きな釘が打ち込まれている物だ

 

その釘はアリスの特別製、アリスが作り出し、アリスが差し込んだもの、故にアリスの魔力影響を受けやすく、アリスの魔力で思い通りに強化も出来る

 

アリスのありったけの魔力を注ぎ込み、強化された釘は、今は被甲へ向けられている

 

 

 

「貫けえええぇぇ!!」

 

 

 

硬いものには、とある弱点が存在する

 

それは一点集中型の衝撃力

 

アリスは被甲が超高硬度の鎧と見当を付けた

 

硬ければ硬いほど、その耐久力は上がる

 

一見無敵に見えるその硬さも、衝撃には勝てない

 

ただのガラスを曲げる力だけで割ろうとするならば、それは意外に難しい

 

だが衝撃で砕こうとするなら、道具さえ揃えば誰にでも出来る

 

 

 

魔理沙の突撃力に、藁人形の巨大な魔力釘

 

その一点集中型の衝撃力に賭けてみたのだ

 

 

 

対して、一直線に跳躍した被甲は軌道を変える事は出来ない

 

假肢蠱の効力で生えている羽は、どちらかというと着地補助用で備えられたもの

 

空中で方向転換出来るほど、有効なものでもない

 

 

 

となれば、二人の衝突は避けられない

 

 

 

「ガアアアアアァァァ!!!」

 

 

 

まるで知能の無い妖怪の様に被甲は吼え

 

 

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

それを迎え撃つように、魔理沙も吼えた

 

そして、藁人形の釘は

 

 

 

被甲の胸に、突き刺ささり、甲に亀裂が走る

 

 

 

「やったぜ!!」

 

 

 

してやったり顔な魔理沙はスカートの中に潜ませていた八卦炉を取り出す

 

それにありったけの魔力を注ぎ込み、魔力を熱へと変換させていく

 

そして熱はどんどん上がり、今度は爆発的なエネルギーに変換されていく

 

 

 

「こいつでトドメだ!!」

 

 

 

それはパワーを主張する魔理沙の必殺の一撃

 

 

 

―――恋符

 

 

 

「マスタアアァァ!!スパァァァーーーーーク!!!」

 

 

 

とてつもない熱の暴走

 

それを直に浴びて、助かるはずも無い

 

被甲であれば防げるだろうが、それも正常な状態であればの話

 

今は胸に釘が深く刺さり、その周囲に亀裂もある

 

胸に刺さってた釘は熱で溶け、その隙間から被甲を中身から焼いていった

 

 

 

「ギャアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

虫のような鎧は、断末魔の悲鳴を上げていた

 

熱に耐え切れず、脆い関節の内側から火柱が上がる

 

 

 

「やばい!やりすぎたか?」

 

「不死身って言ってたし、コレくらい大丈夫でしょ」

 

焦る魔利沙にアリスは冷や水をかけるように冷静だった

 

 

 

『本当にやりすぎたかしら?でも自業自得よ・・・魔法使いの魔法を舐めた、貴方のね』

 

 

 

と、心の中で呟いていたアリス

 

勝利を確信していた

 

目の前に、熱に悶える鎧の獣魔があったのだから

 

 

 

しかし・・・

 

 

 

 

 

「藤井八雲の名において命ずる!」

 

 

 

 

 

その鎧の中に、八雲の姿は無かった

 

 

 

「なっ!?」

 

「えっ!?」

 

 

 

二人の少女が同時に振り向いた

 

その声のする方へ

 

 

 

「出でよ!(最小の威力で)雷蛇(レイシヲ)!!」

 

 

 

それは拡散させ、網の様に張り巡らされた電気の渦

 

攻撃力はかなり薄くなっている

 

当たっても、少し痺れる程度にまで弱められた雷蛇がまず魔理沙を捕らえた

 

 

 

「いっつ!」

 

 

 

アリスはその攻撃に気が付き、咄嗟に魔理沙の箒から飛び離れたが、箒の先端に取り付けられていた藁人形の糸で誘導された電気がアリスをも襲った

 

 

 

「くっ・・・!」

 

 

 

完全に不意を突かれ、二人同時に感電したせいで、どっちかが助けるという行動もとれず

 

やられた二人はただ呆然と目の前の男を見つめていた

 

 

 

「これで、一対一の同点だな」

 

 

 

糸目の男はニコリと笑っていた

 

 

 

「いいえ・・・一対二で私達の負けよ」

 

「私とアリスが同時に当たったからな、タッグだとそういうルールになるんだぜ」

 

「そうなの、か?」

 

 

 

いまいちルールが把握できていない八雲はあっけらかんとしていた

 

 

 

「凄いぜ!八雲!これでも私は結構本気でやったんだぜ!」

 

「凄いのは二人の方だ、まさか被甲をあんな形で倒すなんてな、俺には真似出来ない」

 

 

 

互いの健闘を称えて、ほほえましい感じになったところで魔理沙は切り出した

 

 

 

「さてと・・・教えるだけじゃ便利屋が廃るぜ、だから八雲の帰る手段を知ってるかもしれない奴の所まで案内してやるぜ」

 

 

 

快活に笑う魔理沙

 

 

 

「だからさ、行く途中で八雲の・・・その・・・あれだ」

 

「獣魔術、でしょう」

 

「そう、その術を教えて欲しいんだ!」

 

 

 

教えて欲しい、と言われて獣魔術は教えられるものではないのだが

 

魔理沙は自分が扱えるものだと信じているようだ

 

 

 

「悔しいけれど、負けは負け。でもそれとは別に私も興味が沸いてきたわ・・・藤井さんにじゃなくて、その術にね」

 

 

 

まるで小悪魔の様に笑うアリス

 

 

 

「勘弁してよ・・・」

 

 

 

妙に懐かれてしまったと感じた八雲は一人ゴチていた

 

 

 

「そういや魔理沙、一つ聞きたいんだけど」

 

「んあ?なんだ?」

 

「どうしてその人物の事を黙ってたんだ?」

 

「あー・・・それはだな・・・・」

 

 

 

「んー」やら「えー」やら、ぼそぼそと誤魔化そうとする魔理沙にアリスが割って入った

 

 

 

「その情報で何かを得ようとしたのよ、例えば藤井さんの何かと交換、とかね」

 

「・・・なるほど」

 

「いいじゃないか!過ぎたことを悔いてもお腹は膨れないってな!それより早く行こうぜ!」

 

 

 

それから三人は雑談しながら飛び立っていった

 

この幻想郷を支える巫女の元へ・・・



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楽園の賢者と巫女

空を飛び続け、約15分程度
八雲は速く飛ぶことが出来ないため。魔理沙の箒の端を掴んで引っ張っていって貰っている状態だ
その間ずっと魔理沙は八雲の術の事を熱心に聞いていた
獣魔術は術者本人の妖気―――精と呼ばれる生命力を喰い、『召還』ではなく『生成』されるもの
獣魔術はその名前を呼ぶだけで即座に生成される、かなり便利で強力な術だが
獣魔術は術者本人の生命力を大きく奪い取ってしまうため、普通の人間が獣魔を寄生させる事すら困難、ましてや生成など行えば即座に生命力が食い尽くされてしまう
「って事は、人間の私には扱えない術ってことか」
「うん・・・まぁ、そうなるかな」
魔理沙の無念を肯定して見せた八雲だったが、実は方法が絶対に無いこともない
本当は可能だ、只の人間である所の魔理沙が思い通りに獣魔を生成、使役する方法は存在する

『でもコレを言ったら、大変な事になりそうだ』

という事で、ここは物理的に不可能、という形で終わらせた方が自分の為であると判断した八雲は黙ることにしたのだった
魔理沙は酷く落胆の色を見せていて、可哀想とも八雲は感じていたが、それだけは言えなかった
「見えてきたわよ」
先行していたアリスが山の一角に指をさす
確かに、そこには誰かが住んでいると証明する人工物が見当たった
境内と俗界の境界を示す真っ赤な鳥居があり、社殿まで参道が通じている。手水舎は無いようだが、本殿には立派な鈴に賽銭箱まで備えられている
「ここは、神社か・・・!?」
そう、これではまるで日本の神社と同じだと八雲は感じ取っていた


「到着っと・・・あれ?霊夢はいないのか」

 

フワリと綺麗に着地した魔理沙は辺りをキョロキョロと見回したが、誰もいないようだ

 

続いて八雲も羽を器用に使い着地する

 

「その人物ってのは、留守なのか?」

 

着地と同時に假肢蠱を解除し、羽は綺麗に消え去った

 

「そうみたいだな、普段は寝てるか、掃除してるか、お茶飲んでるか、飢えてるかの、どれかなんだけど」

 

最後の一つは結構悲痛なものがあるのだが

 

「飢えるって、なんだよそれ」

 

八雲はそれがただの冗談にしか聞こえなかった

 

「霊夢が神社に居ないっておかしいわね、なにかあったのかしら」

 

先についていたアリスは神社の中まで見回し探ってみるも、神社の中には人一人居ない状態だ

 

三人はとりあえずその人物が来るまで待とうかと思い出した矢先の事

 

誰もいないのに声だけが聞こえてきた

 

 

 

「”なにかあった”ですって?」

 

 

 

そのアリスの独り言に、確かな返答をしてきた

 

 

 

「大アリよ、本当にめんどくさい」

 

ふてくされている霊夢が、空間の隙間から飛び出してきた

 

その隙間の奥からは八雲も見たことの無い奇妙な亜空間が出来上がっていた

 

無数の眼を内包した、奇妙な違和感しか感じない空間

 

その空間から飛び出したのが、紅白の巫女装束を纏った少女だった

 

黒髪に黒目・・・それに神社に巫女、世界が違えど、ここは本当に日本のどこかではないのかと錯覚もしそうだ

 

そしてその隙間からもう一人の少女が顔をのぞかせた

 

白いフレアの帽子に紫を基調とした上半身・・・の服しか見えない

 

下半身の部分はその亜空間に吸い込まれているように仕舞われていた

 

「貴方が最近幻想郷に来た妖怪ね」

 

まるで値踏みをするように、紫色の少女は八雲を舐めるように見ていた

 

「どこぞの誰かなんて知りもしないけれど、不法侵入してきたのですから、それだけの覚悟はおありでしょうね」

 

「不法侵入・・・!?」

 

その不穏な言葉に、八雲は思わず復唱してしまった

 

「幻想になっていない妖怪が結界の干渉を受けずに幻想郷に入れた原理って何よ。紫の能力でコッチに来た訳でも無いならどうやって来れた訳よ。あぁー!ほんとめんどくさいわ!」

 

今度は巫女装束の少女がやや怒り気味で八雲に詰め寄る

 

「で?あんたの名前は?」

 

「藤井八雲だ」

 

「八雲・・・八雲?ねぇ紫、コイツはアンタの身内なの?」

 

「いいえ、幻想郷に不法侵入するような下賎な妖怪の身内なんているはずがないでしょう」

 

以前の月の事は棚に上げて話す紫に別に誰も干渉はしない

 

霊夢と紫は二人でなにやら危ない話をしているのは誰が見ても分かった

 

だから八雲はその二人に割って入った

 

「ちょっと待ってくれ、俺が何か悪い事したのか?」

 

それを聞いた巫女装束の少女は八雲を睨みつけて言い放つ

 

「ええ、したわ」

 

「したわね」

 

それに同意する紫

 

「したのか?」

 

状況が飲み込めない魔理沙

 

「したって言うなら、したんじゃない?」

 

無関心のアリス

 

 

 

「貴方のせいで幻想郷のバランスが崩れるかもしれない、もしも結界に『穴』があるのだとすれば、その修復と修繕を火急に行う必要と義務がある・・・でも今確認してきたら結界に何も異常が無いのよ」

 

「となれば、アンタの能力か、誰かの能力でここまで来た、と考えるのが妥当なわけよ」

 

「貴方の能力であれば問題は無いわ、それを悪用しないのであれば幻想郷は全てを受け入れるでしょう」

 

「でももし赤の他人の能力であれば、さっさと誰の能力か吐いちゃいなさい、でないとアンタみたいなのが勝手に幻想郷に入ってくる事になるし、それが一番面倒なのよ!」

 

「その者の名を明かせない、となれば」

 

「言いたくないってなら、仕方ないわ」

 

 

 

「「アナタを倒して黒幕も倒す」」

 

 

 

あー、なんか・・・懐かしいな

 

そう八雲は感じていた

 

この空気、この状況、相手に何も言わせない圧力、きっと何か強い『しきたり』の様なものが彼女達を守ってきたのだろう

 

そのしきたりを、無意識にでも犯してここまで来た八雲は、彼女達からしてみれば蒼天の霹靂なのだろう

 

凄く懐かしい、そして凄く似ている

 

 

 

『球城アマラ』

 

 

 

その中に住んでいた市民に、そして始めて会ったキール達に

 

今の霊夢と紫が被って見えた

 

「もうどっちでもいい、面倒だわ」

 

そしてその後の状況も

 

「やっぱそうなるか!」

 

八雲は霊夢の投げた針をバックステップで避け、霊夢を見た

 

「へぇ、今のを避ける」

 

その言葉が戦線布告として、八雲に突き刺さった

 

昔のキール達・・・も、そうだった

 

不穏分子、不法侵入者に対して絶対の拒否を示していた

 

「弾幕ごっこ・・・って奴か?」

 

にしてはどうも引っかかる

 

魔理沙は確か、これはルールのある遊びという形で伝えていた

 

現に相手を焼いてしまったりする威力の問題はあれど

 

あれは殺傷を狙っての攻撃ではなかった、あくまでゲーム上の広範囲爆撃みたいなもの

 

でも霊夢の放った針は、八雲の眼を確実に狙っていた

 

これは非殺傷に違反するのではないだろうか

 

「弾幕ごっこじゃないわ、これは退治よ、私がアンタにするのはただの妖怪退治、遊びじゃないわ」

 

なるほど、と納得する

 

そりゃそうだ

 

厄介者相手に、ご丁寧にお茶が出るはずも無い

 

あるのは拒絶、ただそれだけ

 

だったら話は簡単で、八雲がこの幻想郷を出ればいいだけの話なのだ

 

それは八雲も願っても無い事なのだが

 

しかし肝心の帰り道が判らない

 

なのでこの巫女に会いに来たというのに、怒り、罵られるだけ

 

球城アマラの時は、八雲の意志で球城アマラに潜伏していたが

 

今回は出て行きたいのに、出る方法が分からない

 

「俺の話を!聞いてくれ!」

 

八雲は喋りながら器用に霊夢の放つ針を避け続けていた

 

『この針に触るだけでもまずいな・・・なんらかの仕掛けがしてある』

 

導師ではないのでその術式までは不明だが、八雲にも針に仕掛けがある事は見ただけで分かる

 

「話って?アンタがここに来た方法を喋る気にでもなったのかしら」

 

「あぁ、喋るからその針の攻撃を止めてくれ!俺は争う気なんてない!」

 

「・・・」

 

その言葉を、霊夢は

 

「・・・アンタ、随分余裕じゃない?」

 

逆に、挑発と受け取っていた

 

「この私に、本気で戦って勝てると思うの?」

 

「ちょっと待ってくれ、俺は最初から戦いで勝つ気なんてない!」

 

もちろん、タダで負ける気もないのだが

 

だがその言葉が、八雲の戦闘を避けたい意思を伝える言葉が

 

霊夢には逆効果でしかなかった

 

『勝つ気はない』は裏を返せば『その気になれば勝てる』

 

故に『お前は俺より弱い』となる。

 

仮にその言葉が霊夢の勝てると思っているのか?という返答であっても、霊夢には八雲の余裕がどうにも癇に障る

 

「上等よ、私に喧嘩を売った事を後悔するといいわ!」

 

「ちょ!勘弁してくれよ!」

 

更に大量の針を霊夢は放ち始めた

 

 

 

どうしてこうなった?

 

 

 

それは八雲がこの世界に来たときの、最初の思慮

 

それを今、魔理沙とアリスも経験していた

 

突然、外来人だけでなく、普通の妖怪にだってそうだ

 

最初から喧嘩腰の霊夢を、二人は今まで見たことは無い

 

にもかかわらず、二人は霊夢を止めるという選択肢を持ち合わせていない

 

「よく判らないけど、面白そうだし観戦しようぜ」

 

「そうね、藤井さんの実力も分かりそうだし」

 

二人は完全に蚊帳の外、となれば決まっている

 

「おーい!八雲ー!!がんばれよー!!」

 

「せめて一発くらいは当てなさいよ」

 

ただの観戦者となっていた、これに酒でもあれば言う事無しだ

 

 

 

「応援なんていらないから!この人を止めてくれぇー!!」

 

「余所見なんていい度胸じゃない!!」

 

 

 

假肢蠱(チィアチークウ)を解除してしまった事が大きく裏目に出てしまった

 

今の八雲には羽は生えていない、空を飛ぶことなんて出来るはずがない

 

仮に假肢蠱(チィアチークウ)を生成したとしても、羽に変体するほどの時間を目の前の巫女が与えるはずがない

 

巫女は空に浮き上がり、八雲を一方的に攻め続けていた

 

なら再び、被甲(ピージャー)を生成し、時間稼ぎに使うというのも手の一つだが

 

 

 

―――廃線

 

 

 

「ぶらり廃駅下車の旅」

 

 

 

紫の少女が八雲の近くに隙間の空間をこじ開ける

 

「なっ・・・!!」

 

その空間から、ボロボロになった電車が吐き出され、八雲めがけて突進してきている

 

 

 

「藤井八雲の名において命ずる!出でよ土爪(トウチャオ)!!」

 

 

 

向かってくる電車めがけて、三本爪の獣魔がまるで電車を紙細工の様に

 

・・・いや、それはまるで魚の三枚卸の様に、電車を縦に四等分にして見せた

 

四等分になった電車は慣性にまかせて、そのまま地面をえぐりながら八雲を避けてスライドしていった

 

 

 

「なるほどね、それが異界の術というわけ」

 

「それでも私達を二人相手に、どこまで持ちこたえられるでしょうね」

 

 

 

今度は霊夢の紫のタッグが、お遊びではなく八雲を退治するために武器を持っていた

 

この前の様な状況であれば、被甲は大きな効力を発揮できるが。真剣勝負の一対二では被甲単体の効力は薄い

 

被甲を纏うという選択もこの場では相応しくない・・・強固な守りを固めては、霊夢を説得できるはずも無い

 

それ以前に、霊夢の武器には妙な気を感じる

 

下手な獣魔の生成は精を無駄に消耗するだけだろう

 

 

 

「こいつは・・・ヤクイな」

 

 

 

独り言を呟く八雲、それは霊夢に集まる謎の力を見て、ついもれてしまった言葉だった

 

 

 

「どこまで?変な事を言わないで」

 

 

 

霊夢の周りに陰陽球が現れ、それは異様な輝きを放っている

 

 

 

「次で終わりよ」

 

 

 

神技「八方龍殺陣」

 

 

 

宣告も無しに、霊夢は術を起動した

 

起動と同時に、八雲の周りにはお札の結界が出来上がっていた

 

そして竜の燐の様な弾が弾丸の様に八雲に飛来する

 

「ぐっ!」

 

思わず八雲の口から嗚咽が漏れる

 

それは非殺傷と遠くかけ離れている攻撃、八雲を再起不能、もしくは殺傷するほどの力が込められていた

 

その燐は八雲の腹部を何度も貫き、左腕を吹き飛ばし、頭部をかばった右腕も皮一枚で繋がっている状態だ

 

口から大量の血を吐き零し、力なく八雲は膝を地面に付けた

 

 

 

一瞬で起きた惨状に、観戦していた二人も慌てていた

 

 

 

「おいおい・・・本気でやりすぎじゃないか・・・?」

 

「危ないわ!あのままじゃ本当に死ぬわよ!」

 

 

 

魔理沙とアリスは八雲を助けようと考えるも、行動できないでいた

 

その霊夢の怒りを体現したかのような、烈火の如く降り注ぐ燐の弾に当たれば重症は避けられない

 

そんな攻撃が、今も継続しているのだから

 

 

 

弾丸の雨のような攻撃に晒されつつも、八雲は左肩を霊夢に向けて差し出した

 

八雲には見えていた、今の霊夢の状態が

 

 

 

動けていない

 

 

 

力のほとんどを放出に当てているためか、それとも今の八雲の悲惨な状況を見てか

 

大きく動かず、八雲の行動に関心を示していない

 

 

 

誰がどうみても八雲は満身創痍、死にかけの命乞いにしかそれは見えなかった

 

だがしかし、八雲が口にした言葉は

 

 

 

「俺じゃ助けられない!横の紫の君が彼女を守れ!」

 

 

 

自分ではなく、相手の心配だった

 

彼女を止める方法はある、これを行えば下手すれば彼女を殺してしまうかもしれない・・・

 

しかし、このまま竜の燐に当たり続ければ、八雲も無事では済まなくなってしまう

 

口から、腕から、腹から、足から

 

あらゆる場所から出血し、あちこちの肉体を欠損している・・・そんな八雲に残された武器は

 

 

 

――――あまりにも多かった

 

 

 

短距離転移(フラッシュムーブ)!!」

 

 

 

そう八雲が宣言した瞬間、八雲の姿が消えた

 

誰もが見逃した・・・のではない

 

実際に消えた、まるで神隠しの様に

 

 

 

そしてその転移先は

 

 

 

「藤井八雲の名において命ずる!!出でよ!!」

 

 

 

八雲が居た位置からみて、霊夢の2メートルほど斜め上

 

 

 

「なんですって!?」

 

 

 

それに驚愕したのは紫だった

 

霊夢は自らが放つ弾のせいで、八雲の姿が見えていなかった

 

そして消えて既にその場に八雲が居ない事すら、まだ気が付いていない

 

 

石絲(シースー)!!」

 

それはまるで鉄砲百合のような姿の獣魔

 

花弁が開き、中の獣の口から黒い糸が吐き出された

 

それは動きのない霊夢を捉えるには、あまりにも簡単だった

 

その黒い糸に当たった瞬間に霊夢も状況を飲み込めた

 

さっきまで下に居たはずの男が、いつの間にかワープして攻撃してきていた

 

だが問題は無い、と霊夢は油断していた

 

黒い糸の攻撃に、なんの痛みも無い、であれば倒れる道理もないと

 

確かに石絲(シースー)の攻撃力だけを見るとゼロに等しい

 

だが石絲(シースー)にあるのは攻撃力ではなく、必殺の特殊効果

 

 

「なに・・・これ・・・」

 

 

 

異変に気が付くも、時既に遅し

 

石絲(シースー)の黒い糸に触れた生命は例外無く石化されていく

 

そして例に漏れず、霊夢の体はどんどん石化していく

 

 

 

「霊夢!!」

 

 

 

慌てて紫が霊夢を抱えたが、既にもう・・・霊夢は石の塊になっていた

 

その術者の八雲は

 

 

 

「大丈夫だ、彼女は生きてる!」

 

 

 

と言い残し、力なく地面に吸い込まれるように落ちていった

 

霊夢の「次で終わり」という言葉は、霊夢の思う形とは異なった状況で決着が付いた。



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崑崙の行方

とんでもないデタラメを見た

私は今までこんな現象を見たことが無い

何が起きているのか、私の理解の範疇を超えていた

本来であれば彼は永遠亭に即座に運ぶほどの重症だった

死んでいてもおかしくはないほどの損傷だった

―――しかし

千切れた左腕がくっつき、取れかけた右腕は再生し
見るに耐えないほど滅茶苦茶になった内臓は、たったの数十秒で元通りになっていて
抉り取られていた肉の全て塞がろうとし、飛び散った血すらも元に戻ろうとしている

こんな現象は見たことが無い。

・・・似たようなものならある

これに近い現象を見た事はある

でもアレは厳密に言えば、人でも、妖怪でもない、特殊な存在

でも藤井さんは妖怪だ・・・

なんてデタラメ。

蓬莱の薬を飲んだ妖怪、だとでも言えばいいのかしら

藤井さんの言っていた、不死身って・・・この事なのね

なら納得がいく、今までの藤井さんの言葉に

それなら合点があう、藤井さんは真実を私達に話してくれていたのね

それを私が私の常識に勝手に照らし合わせて咀嚼し飲み込んだだけ

彼は、藤井さんは、私から見た『非常識の塊』なのだわ

全ての再生を終え、アンデットは私に背中を向けたまま立ち上がった

それはまるで一枚の絵みたいに様になっていて、私は思わず言葉を飲み込んだ

その立ち姿が本当に綺麗で、形容する言葉すら、私は見失った

ただ呆然と見つめていた私に、アンデットは恥ずかしそうに切り出した

「ごめん、タオルとか・・・持ってない?」

情けないアンデットの声で、ようやく私は思考を取り戻していた

「・・・ちょっと待ってなさい」

私はすぐに状況を把握して、神社の中にあったバスタオルの位置を思い出す

情けないわ。

藤井さんは霊夢の攻撃のせいで、洋服のほとんどが洋服の役割を果たせていなかった

ようは色々と丸出しという事、だから私達に見えないように背中を向けていただけ

あぁ、本当に情けない。

そんな姿になってるのに、あんなどうしようもない格好を見たのに

どうして私は―――――言葉を失ったのだろう?

はぁ・・・本当に情けない。

それに私は何と言った?

待ってろと言ったの?心配の言葉じゃなくて?それともその格好に対してのコメントでもなく?その異常な再生の事も聞かないで?

きっと少しでも思考が停止したせいだ、だから正常な言葉の選択を誤った

あーもう、私が情けないわ。

その、思考の停止した理由を考えると、私はそれを否定したくなる

違う、それは違うのよ

そう、これは気が動転しただけ、ありえないデタラメを見せつけられたせいよ


「とんでもないわね」

 

全てを説明を聞いた紫は、八雲を見つめつつもそう呟いた

 

「そう言われましても・・・」

 

とりあえず説明を終えた八雲は正座をしながら紫に語りかけていた

 

肝心の霊夢は一言も八雲の説明には口を挟まず静観していた

 

最小限の力の哭蛹(クーヨン)により石化を解除されたが、負けたことが悔しかったのか不貞腐れながらお茶をすすっている

 

「そうね、なら次は私から説明するわ」

 

紫はゆっくりと、浮かび上がり身振り手振りを加えつつ紫にしては少々オーバー気味な説明を始めた

 

「まず、私と霊夢は貴方が幻想郷に来た時からおかしい気配を感じていた。だから即座に博麗大結界の調査をしていたの、でも大結界に目立った異変も、誤作動も無かった。

 きっとその気配は、この幻想郷と貴方の世界を繋いでしまった崑崙(コンロン)って装置の気配だったのね。それは今もこの幻想郷内のあちらこちらに移動し続けている。ある程度の特定は出来るけれど、詳細な位置や移動のパターンまでは私達では把握できないわ」

 

「貴女達なら俺が元の世界に帰れる方法の手がかりを知ってるかもしれないって事で、ここまで来たんですが」

 

その八雲の言葉を聞いて。紫は呆れたように首を横に振り、扇子を取り出し口を覆う

 

「手がかりなんて何一つ無いわ、私が連れてきたのならば、どの世界から来たのかくらいの把握は出来るけれど・・・勝手に入り込んできた者の詳細な世界なんて知らないわ、それに貴方は一言で言っているけれど一体どれだけの数の『世界』と呼ばれるものがあると思ってるの?数え切れないほどある数多の世界の中から、ピンポイントで貴方の世界だけが見つかるなんて都合のいい話は無いわ。そんな事、森の中に隠された木ではなく、山の中に隠された葉っぱを捜すようなものよ」

 

 

 

それほどまでに困難を極める、ということだろう

 

八雲はそれを聞き肩を落とす

 

「そうか・・・」

 

と八雲は呟いた

 

そんな八雲を見て、今度は巫女が口を開いた

 

「先に言っとくけど、アンタ一人の為に一時的に博麗大結界を解除するなんて事しないわよ。それに解除した所で、アンタの世界に帰れる保証なんて無いわよ、道標も無いんだし」

 

それを聞き、八雲の落胆の色が益々強くなる

 

 

 

「俺は・・・もしかして帰れないのか?」

 

 

 

アマラの時は何か繋がりのような物があれば帰れたりもしたのだが

 

今回はそのケースと大きくかけ離れているようだ

 

「そうね、でも解決策がまったく無い訳では無いわ」

 

賢者がその考えを否定してくれた

 

 

 

「もう一度この幻想郷に出来てしまった崑崙(コンロン)を使えばそのまま貴方の世界に帰れるんじゃないかしら。それで入ってきたのだから、それで出れるのが道理ってものでしょう」

 

「なるほど!」

 

この幻想郷に崑崙が出来てしまったのなら、そのまま帰るルートになりえる

 

「よし!崑崙(コンロン)を探そう!」

 

と立ち上がって見せたが、アリスが八雲のバスタオルのすそを引っ張った

 

「そんな格好で出歩くつもりなの?」

 

バスタオルが落ちそうになり、八雲は慌てて座り込みバスタオルの位置を直した

 

「それに食事もまだでしょう?急げば事を仕損じるわよ」

 

アリスの提案に、八雲以外の一同は賛成とばかりにうなずいていた

 

 

 

ただ一人を除いて

 

 

 

「ちょっと、うちの食料を使うつもりじゃないでしょうね」

 

 

 

貧乏巫女の家計はいつでも火車のようだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫は崑崙(コンロン)の位置を調べなおすと一度帰り

 

残った者は、八雲、魔理沙、アリス、霊夢の4名

 

その人数が満足するほどの食事を作れそうに無いと、八雲は博麗神社の台所を見てそう思った

 

お米の量は問題なさそうだ、醤油や味噌といった調味料もそれなりに残されている

 

足りないものがあるとすれば、おかずになる食材の方か

 

大根の葉っぱの部分、生姜、小麦粉と・・・齧った後の残っている生のニンジン

 

うどんを作ろうか考えたが・・・1から作るとなると、時間がかかりすぎてしまう

 

どうしようかと悩んでいると、台所の隙間から見たことの無い幼女が顔を覗かせていた

 

「なにしてんだ?」

 

その幼女はなんの怖気も無く、八雲に話しかけていた

 

「いや、食材がもう少し欲しいなと思っていたんだ」

 

「料理するのか?何がいいんだ?」

 

「出来れば魚、無ければ鳥肉でもいいかな」

 

「魚はこの辺りじゃ獲れないけど、鳥なら獲れると思うよ」

 

獲る、まるで狩猟民族みたいな話になったと八雲は思う

 

「この辺りに市場みたいなものはないかな?」

 

うーん、と幼女は考え

 

「あるっちゃあるね、けど飛んだって片道30分はかかるよ」

 

「そんな遠いのか」

 

確かに、空を飛んでいたときに見渡したが、民家らしい民家を見なかった

 

という事は、この神社はかなりの偏狭の地にあるという事だ

 

悩む八雲に、幼女は台所に入ってきた

 

その足取りはまるでこの場所を知っているかのように、遠慮が無い

 

そしてその姿を見て、八雲はギョっとした

 

「お、鬼!?」

 

見た目は幼女でも、その頭には立派な角が生えていた

 

「ん?確かに私は鬼だけど、なんでそんなに驚くんだい?」

 

「あ・・・いや、すまない。本物の鬼を見たのは初めてなんだ」

 

別に鬼みたいな妖怪や怪物なら見慣れている、どれも鬼らしい鬼といったところだったが

 

対してこの幼女は、畏ろしいと言うよりも、遥かに可愛らしかった

 

「そうかい。で、お前さんは料理は得意なのかい?」

 

「少しは出来る、くらいかな」

 

謙遜して答えたのを察したのか、目の前の幼女の鬼は、そうかいそうかいと嬉しそうに呟いていた

 

「で、鳥だったら何匹欲しい?」

 

「え?」

 

その声に八雲は困惑した

 

幼女は目の前に居るのに、もう一人、まったく同じ顔をした幼女が入り口に立っていた

 

「数匹程度ならすぐ獲ってくるよ」

 

そして更にもう一人、こんどは先ほどの隙間から顔を見せた

 

台所に備え付けられていた窓からも、同じ顔の幼女が顔を見せている

 

まったく同じ顔が4っつ・・・

 

奇妙というより、どこか怖さすら感じる

 

「私の能力さ、気にしないでいいよ、それで何匹必要だい?」

 

「・・・そうだな、2匹も獲れれば十分かな」

 

「お安い御用さ、その代わり、私の分の料理も作っておくれよ」

 

ふらふらと、酔っ払っているような手つきで八雲の近くの鬼が合図すると

 

周りに居た3匹の同じ顔の鬼は、どこかへと飛んでいった

 

「あぁ、判ったよ、ところで君は?」

 

「私は伊吹 萃香、密と疎を操る程度の鬼の四天王さ」

 

「密と疎?」

 

「そうさ、さっきの私も、私の密を操り作り出した、もう一人の私さ」

 

「・・・なんだそれ」

 

「そして疎を操れば私は何人にも増える、私が百鬼夜行で、百鬼夜行が私みたいなもんさ」

 

分身(アザーセルフ)って奴か・・・凄い能力だ」

 

 

 

能力の説明を聞き感心している八雲を、萃香は興味を示していた

 

 

 

「ところで、お前さんはずいぶんと四角い人間だな、何者なんだい?」

 

「俺は藤井八雲だ、その・・・四角い人間って?」

 

「朽ちず、果てず、お前さんという存在の不変という意味だよ、それに今は妖怪だけど、お前さんは元人間みたいだね、言わなくても判るよ」

 

不変、その意味は八雲にもなんとなく理解できる

 

きっと无の事を、何も言わずにこの幼女は察したようだった

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、博例神社の居間に、霊夢と魔理沙とアリスはちゃぶ台を囲い、お茶を飲んでいた

 

「それで、魔理沙。あの妖怪なんなのよ」

 

「ただの外来人だろう?」

 

しかめっ面の霊夢に、魔理沙は茶々を入れるようにサラっと返した

 

「でも只者ではないわ、あの再生能力に・・・弾幕ごっこでも、私と魔理沙の二人がかりでも初心者の藤井さんには勝てなかったのよ・・・」

 

アリスはその時を思い返したのか、少し悔しそうにしていた

 

「余程のことをしてきた外の妖怪って訳ね」

 

「でも悪い感じはしないぜ」

 

「いや、悪いわよ。結界を無視して幻想郷に入ってきたのよ」

 

「いいや、悪くないぜ、だって結界を無視しようとしたって訳じゃない、入り込もうとして来たんじゃないんだ。迷いこんできてしまったのに、そこまで邪険にすることでもないだろ」

 

「私も魔理沙の意見に同意だわ」

 

「アリスまで?」

 

「そうよ、藤井さんからは邪悪な気配は感じない、むしろ帰路を探す協力をするべきじゃないかしら。幻想郷の秩序を司るなら、迷い込んだ外来人を元の世界に戻す事も巫女の仕事のはず、帰す方法が分からない、で終わっていいの?それで巫女としてのプライドは保たれるのかしら?」

 

霊夢はその意見にグウの根も出ない

 

アリスの言葉が的を得すぎていた

 

「でも・・・結界が」

 

「だから!その崑崙(コンロン)ってのを見つけて、八雲が帰ったら崑崙を封印すれば解決だぜ」

 

「むぅ・・・」

 

それもその通り、結界に異常が見られない以上は崑崙の封印でしか不法侵入を解決する方法は無い

 

幻想郷の外部から結界を抉じ開けて来たのではなく、幻想郷の結界の内部に出来た入り口からの来たのだから

 

結界どうこうの話ではない、その内部に出来上がった入り口を速く封鎖するのが巫女としての勤めであろう事は霊夢も判っている

 

 

 

だがしかし

 

 

 

「でも、私はあの妖怪の事を好きになれそうにないわ!」

 

「別に・・・それはどうでもいいけれど」

 

「仕事はしようぜ」

 

 

 

感情の面で、素直になれない霊夢だった

 

そんな会話をしているうちに、台所に居る八雲がなぜか萃香と一緒になっていて料理を運んできた

 

 

 

「お待たせ。それなり食材があったから、出来る範囲で作ってみたよ」

 

 

 

持ってきた料理はどれも素晴らしい出来となっている

 

立ち上がった綺麗なお米は素晴らしい香りを立て、お味噌汁もカツオ節から出汁をしっかりとっている

 

大根の葉っぱを煮込み、おひたしの様にして醤油とカツオ節が丁度いい塩梅にかけられている

 

そしてメインは鶏肉の南蛮漬け風・・・といった所か、鶏肉に小麦粉をまぶし、油で揚げ

 

それをさっきの出汁と醤油と味醂と砂糖と酒で味を整えたものに漬け込まれていた

 

上には、綺麗に千切りになっている生姜とニンジンが添えられている

 

博麗神社のちゃぶ台の上に、赤と黄と緑で飾られた料理が並んでいた

 

 

 

「おぉ!うまそうだぜ!」

 

「やるじゃない」

 

「こういう料理は久しぶりに作ったから、口に合えばいいけど」

 

 

 

魔理沙とアリスの評価に、照れくさそうに八雲ははにかんだ

 

そして何より大きな反応を見せたのが

 

 

 

「ナニ、これ?肉・・・?お肉なの!?」

 

 

 

この神社の所有者であるところの、貧乏巫女だった

 

驚愕して、料理の目の前で正座をしていた

 

その眼は血走っており、誰も霊夢を注意出来そうに無い

 

 

 

「いやー、たいしたもんだよ、あんな少ない食材でこれだけの彩りを出せるなんて、料理人かなんかなのかい?」

 

「少し勉強してるだけで、俺は料理人なんかじゃないよ」

 

 

 

全員はちゃぶ台を囲み、全員で合唱をして食事を頂く事にした

 

そして真っ先に、霊夢が涙を流しながら鶏肉を噛み締めていた

 

 

 

「おいしい・・・!こんなおいしい食事は久しぶりだわ・・・!!」

 

「そうか、それは良かった」

 

「アンタ、藤井八雲だっけ。アンタ良い人ね!私、アンタの事好きだわ!」

 

 

 

さっきと言ってる事が真逆なのだが、霊夢がおいしそうにご飯を頬ばる姿を見ていた八雲は料理を作って良かったと心から思っていた

 

こんなに美味しそうにご飯を食べてる姿を見ると、どこかパイに重なる部分を感じてしまう

 

何故、そんな事を思うのか?

 

別に霊夢に対して深い意味も感情も無い

 

単純にホームシックになったのであろう

 

帰りたい、ただそれだけの気持ち

 

そんな霊夢を見つめながら微笑む八雲を見て

 

一人の少女が問いかけた

 

 

 

「ところで、崑崙(コンロン)が見つかるまでの間、藤井さんはどうするつもり?」

 

「どうする、と言われてもな・・・」

 

 

 

その崑崙の手がかりが見つかるまで、八雲も自分の足で探すつもりでいたが

 

「いつ見つかるかも分からないなら、住む場所が必要でしょう?」

 

それはその通りだけれど、だからといって誰かの家に押しかけるわけにもいかない

 

「ならココに居ればいいわ」

 

と言い出したのは霊夢だった

 

「アンタがここに居れば紫からの情報もすぐ受け取れるし、願ったりじゃないの?それに、この料理を毎日作ってくれるなら、いつまでも居ていいわよ」

 

「うーん・・・そうだな」

 

と納得しかけた八雲に

 

「私の家の方がいいわ」

 

と、アリスが割って入り

 

「私の家なら人里も博麗神社よりは近いし、簡単な情報蒐集も藤井さん一人で出来るようになる。それと、私ならその洋服の修繕もしてあげられる」

 

と提案してきた、確かに自分の足で探索や情報を得られるのは願っても無い事だけれど

 

「でも、悪いよ。服は自分で何とかするって」

 

未だバスタオル姿の八雲は遠慮していたが

 

「いいのよ、それに私がこの幻想郷で最初に会った住人だし、弾幕ごっこだってやったもの・・・私の方が藤井さんも色々やりやすいんじゃないの?」

 

 

 

どちらの方がやりやすい、という概念は八雲には無いのだが、そこまで言ってくれるなら無理に断るのも悪く思えてくるものだ

 

そこまで計算されているのかは知らないが、普段からそこまで外来人に興味を示さないアリスにしては、妙に口数が多いと魔理沙は思っていた

 

「私だってアリスとは条件は変わらないんだけど」

 

と漏らすも、冷静に考えると魔理沙もそこまで裕福という訳でもない

 

それに八雲の術には興味がある、だが自分の術の開発の邪魔をされても嫌なので、魔理沙としては来て欲しくないというのが本音の部分だ

 

むしろアリスの家に居てくれるなら願っても無い、会いやすく、自分にとっても色々都合もいい

 

「ねぇ?一体アリスはどうしたのよ?」

 

その様子を見ていた霊夢はジト目で魔理沙に耳打ちをする

 

「分からん、あんなアリス見たことも無いぜ」

 

他人に対して深く干渉しない人形遣いにしては、この行動は積極的すぎて二人を困惑させていた

 

本来であれば、きっと我関せずで、後は霊夢か魔理沙に丸投げしていてもおかしくない状況の筈なのに

 

 

 

「断る理由が無いなら決まりね、食事が終わったら私の家に行きましょう、その服もすぐに直してあげる」

 

 

 

なんだかよく判らないことになってきたと、八雲は一人思うのだった




ワイワイと騒がしい博麗の居間を、木の上から見下ろす人物が居た

その手には古いタイプのカメラを持ち、その一団をファインダーに収めていく

「あやー、面白いものが見れたわ」

そして何度もシャッターを切り続ける

「あの巫女に泥を塗った!?脅威の外来人!!見出しはコレで決まりだわ」

あの戦いの一部始終を見たこの人物は、とても嬉しそうに空に飛び立った

スクープだ!スクープだー!と騒ぎまわって号外の新聞をばら撒くまで、それからさほど時間は掛からなかった


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つかの間の休息

アリスの家に着き、少しの時間が経った頃、八雲はリビングで全裸・・・に近い状態だった
「もうそのタオルいらないから、あげるわよ」
と霊夢の心優しい言葉を貰い、一応はそのタオルで隠すべき場所だけは隠せている
肝心の八雲の洋服はアリスが奥にある人形用の裁縫所に持って行き修繕してくれている
だが・・・もしここに、八雲の状況を知らない人物が来ようものなら大変な事になる
八雲はそう考え、細心の注意を外に向け続けていた
「なぁ、アリスさん」
「アリスでいいわよ。で、何かしら?」
「じゃあ、アリス・・・ご両親って何時くらいに戻ってくるんだ?」
「両親はいないわよ」
それを聞いて八雲は、まずいと直感した
「もしかして・・・悪い事聞いちゃったかな」
フフッとアリスは軽く笑い
「親は居るわよ、でもこの家には来ないわ」
「・・・そうか」
今度は違う意味で、まずくなってしまった
一人暮らしの若い女性の家で二人きり、しかも現在八雲はタオル一枚のこの状況
『もしパイが見たら・・・怒る、よなぁ』
きっと聖地に戻っても、この事だけは説明できそうに無い
例え八雲にその気がまったく無かったとしても、だ
仮に、三只眼にそれを知られたら
『殺されるな、確実に』
无だから物理的には死なないのだが、死なないだけで殺せないという事でもない

この状況・・・非常にまずい。

色々な考えを巡らせている八雲に、アリスは奥の裁縫所から声を掛けた
「ねぇ、藤井さん?」
家に着いてから、アリスから会話を始めて切り出した
「なんだい?何かあったの?」
「洋服の方は問題なく直せるわ、それよりお願いがあるんだけれど、聞いてくれる?」
お願い、それにどんな意味があるのか八雲はまだ知らない
先にそれを聞けばいいものを、洋服を直してもらっているお礼のつもりか
はたまた、居候させてもらう後ろめたさか、もしくはその両方か
内容よりも、アリスのお願いを聞いてあげることが重要だと考えた八雲は
「俺に出来る事なら」
と、軽く返事をしてしまった。
「ならいいわよね、タオルを取って立っててくれるかしら」
何がいいのだろう
いや、良くないに決まっている
「いや、あの、それはちょっと!」
そういう事は妙に初心な八雲に
「大丈夫よ、乱暴にはしないわ」
余裕綽々のアリス

本当に、この状況を嫁の二人が見たら、どう思うのだろうか。




「思ったよりも良い体をしてるのね」

アリスは思ったままの感想を述べる

「多少は鍛えてるから、かな」

それに照れくさそうに八雲も真面目に応えていた

「さっきの傷・・・もう全部治ってる」

「言っただろ、俺は不死身だって」

「フフ、そうだったわね」

「俺はどうしたらいい?」

「何もしなくていいわ。私に任せて」

「あぁ・・・でも俺はこういう事したことないから、ちょっと緊張するな」

「リラックスしてればいいのよ」

ゆっくりと八雲の胸に指が這う

恐る恐るといった感じに、ぎこちない指先が八雲の肌に触れていく

その感触に、八雲は身をよじった

「どうしたの?」

「くすぐったいんだけど」

「あら、ごめんなさい。私もこういうのは初めてだから・・・でも、しっかり確かめたいの」

だから任せてくれると助かるわ、とアリスは照れくさそうに呟いた

その声を聞いた八雲も、なんか妙な気持ちになってくる

「いや・・・まぁ、大丈夫だ」

「なら続けるわね」

それから手は八雲の体を確かめる様に、あちこちに触れられていく

本当に不慣れなのだろう、とてもぎこちない動きにくすぐったさを感じるが、それは我慢するしかなさそうだ

そして腹を通り過ぎ、下半身に手が触れそうになった瞬間

「そこは・・・」

「平気よ。初めてだけど、まったく知らないわけじゃないのよ」

まったく怖気無いアリスに対して、照れが出るほうが妙に恥ずかしく思える

だからなのか、何かが吹っ切れた八雲は全てをアリスに任せたと言わんばかりに堂々とすることにした

「分かった、全部任せるよ」

それから手は、八雲の後ろの方まで回され、お尻の辺りまで触ってくる

やがて満足したかのように、太もも、すね、足と、くまなく触れた

 

「よし、もう大丈夫よ」

「ふー・・・やっと終わったか」

 

ずっと八雲に触れていた上海人形は、そのままアリスの元に帰り、姿が見えなくなる

アリスは奥の裁縫所に籠っていて、一度も顔を出す事はなかった

 

「寸法を採るくらい、タオルがあってもいいんじゃ・・・」

「藤井さんの服のほとんどがズタズタだし、ズボンのサイズも測らないといけないんだから、しょうがないでしょ」

直せるといったのは、素材の量の問題で

八雲の体の寸法を知らないのでサイズを測らせて欲しいというのがアリスの願いだった

別に八雲一人でも、測る道具さえあれば出来る事なのだが、それはアリスが頑なに嫌がった

どうも、洋服に関して・・・と言うよりも裁縫全般に拘りがあるようだ

 

・・・それから

 

裁縫所に入ってから、ものの30分程度で裁縫所から出てきたアリスの腕には新品同様の八雲の洋服が掛かっていた

「早いな、もう出来たのか」

「当然よ、ズタズタだったけど、物が残ってるんだから」

受け取った洋服に感心していた八雲だったが

異変に直ぐに気が付いた

よく見てみると元の服にあった土の汚れの全てが綺麗サッパリ無くなっている

そして手で服の感触を確かめるように撫で上げた

「もしかして、これ」

「そうよ、全部作り直したの、男物の服を作ったのも、男性の寸法を採るのも初めてだったから、これでも時間がかかった方よ」

アリスはまるで当たり前の様に凄い事を言っていた

八雲もママから裁縫の初歩くらいは一人でも生きていけるようにと習ってはいる、むしろ初歩しか知らないが、それでも判る

アリスの作業速度は常軌を逸している。

15分程度は八雲のサイズの計測と、素材の準備をしていたから

実質、洋服を作り上げるまでに掛かった時間は、たったの15分

八雲の愛用の篭手も、前の服から取り外し、新しい服に備え付けられていて

持っていた武器や道具類も、どれも元よりも取り出しやすい様に、なおかつ急な動きでも落とさない様に改善されている

短時間とは言え、アリスが丹精込めて作った、持ち合わせている裁縫技術の集大成と呼べる程の洋服だったが

八雲はそこまでは知らず、考えも付かない

「神業だな・・・」

それでも、思わずそう漏らしてしまうほど、素人目でもこの洋服の出来栄えは眼を見張るものがある

「褒めても何もでないわよ」

何もでないと言っているが、既に出ている

この洋服の布、かなり特殊な布を使用しているみたいだ

まるでアリスの精で織り込んだかの様にも見える・・・

地球にも、聖地にも、こんな布は絶対に無い

「布も全部私のお手製だもの、私でなければ作れないわ」

「ホントにいいのか?」

「いいのよ、私がしたかったんだから、気にしないで」

アリスの魔力を帯びた布を使用した洋服に、八雲は袖を通してみた

完全に八雲専用にオーダーメイドされた洋服なので、着心地は言う事無しの花丸を出したい

むしろ前よりもいいかもしれない、運動性も良く、激しく動いても破れる心配もなさそうだ

「なんてお礼をしたらいいか、分からなくなっちゃうな」

「お礼なんていらないわ、下手に感謝されるほうが困りものよ」

「そうか、なら大切に着るよ!」

「そうしてくれると私も作った甲斐があるわ」

アリスは微笑み、八雲も洋服を元通りにしてくれた嬉しさに笑っていた

 

 

「ところで、明日だけど」

急にアリスから切り出された建物の名前に、八雲は首をかしげる

「こうまかん・・・?」

幻想郷の土地の名前すらまったく知らない八雲に、建物の名前を伝えた所で分かるはずがない

「そう、紅魔館。明日に私と藤井さんで行ってみようと思うんだけれど、どうかしら?」

どうかしら?と聞かれても、やはり何も知らない八雲に何かを決定するという行動は取れそうにない

「行くとしても、そこに行ってどうするんだ?」

「その舘の主であるレミリアは『運命』を操れると聞くわ」

「運命を操る・・・?」

そんな能力など聞いたことも無い

もし自分にそんな能力があったなら、とても奇跡的で、とても残酷的な力だと思える

「だから藤井さんの運命を、『少しでも早く崑崙が見つかる』ように操ってもらおうと思うの」

あぁ、なんて良い子だろう、と八雲はまたアリスに感心した

そういう理由があるのなら、断る理由なんて無い

「そんな事が出来るなら、こっちからお願いしたいくらいだ」

「お安い御用よ。そうだわ、藤井さんの寝室を用意しないとね」

そういってアリスは人形部屋になっている部屋の扉を開け、中に消えていった

バタンと扉は閉まり、八雲はアリスに言葉では表せないほどの感謝を送っていた

 

 

 

そしてアリスは人形部屋に来客用の布団を用意していた

たまに魔理沙が使う程度の布団だけれど、無いよりはいいだろうと考え、丁寧にシーツを掛けて、皺を伸ばしていく

伸ばしながら、さっきの言葉を自己分析する

『少しでも早く崑崙が見つかる』

という事は少しでも早く八雲が帰る、という意味であり

少しでも早く帰るべき場所に帰れる様に、という協力の言葉

『別に・・・良い事じゃない、藤井さんは帰りたいんだし』

しかし、実際の所、そんな考えはその言葉を言った時には微塵もなかった・・・。

 

この考えは、人に言える様に考え付いたアリスの後付け。

 

誰かの為に、そう思っての行動を一体自分はどれだけしてきたのだろう?

あまりないかもしれない、それは利害の一致や、たまたまの偶然でそうなった事はある

でも、自ら進み込み、相手に感謝されるような事をするなんて・・・

 

今まであっただろうか?

 

全てはあの男と会ってから、いや・・・弾幕ごっこをやった後から何かが変わった気がする

 

その証拠に・・・

 

『”少しでも早く”・・・か。どうして”今すぐ”じゃないの?』

 

帰るべき場所に帰りたいと願う者に協力をするなら、それはノータイムで出せるセリフのはず・・・。

その違いの答えは既に得ている、このセリフを言った瞬間にアリスの心が理解してしまった。

理解した瞬間に逃げたくなり、人形部屋に転がり込んだ・・・別に夜まで時間はあるのだから、布団の用意なんて今する必要なんてまったくない、とりあえずの逃げる口実が欲しかっただけの言葉。

 

アリスの本心、後付けではない本当の気持ちはこうだった

もっと彼の術を見てみたいと考える、魔法使いの自分がいる。

もっと彼の事を見てみたいと考える、乙女の自分がいる。

その二人が同時にアリスの心の中に居合わせていた。

だから『今すぐ』ではなく『少しでも早く』といった有耶無耶な猶予期間を設けるような言葉を選択した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・そうか私は――――――――――。

 

 

 

自己分析で考え付いた先は、彼にだけではなく、他の皆にも悟られないようにしなくてはと、堅く心に誓うアリスだった。

 

 




夜の食事はアリスが用意してくれた。
手作りのロールキャベツはとても美味しかった、素直な感想を述べると
お昼を作ってくれたお返しよ、と軽く返された。
食事を終えてから用意してくれたお風呂に入り、それからアリスの敷いてくれた布団に横になっていた八雲。

真っ暗な部屋で天井を見つめつつ、考えを巡らせていた。
どうしてこうなったのだろう?
と何度目になるのか分からない考えをまた募らせる
ハーンの通信からほぼ一日になる、東京は・・・地球は大丈夫なのだろうか?
一体何がおきて崑崙の移動なんて不思議な事態になったのか・・・
地球の大地の精の異常だろうか?
はたまた別の術者による何か・・・
だが地球規模という広大な精の異常をきたす程の術を扱える人物となると限られてくる
限られた中で、そんな大変な事をしそうな人物に心当たりが無い訳ではない

「ベナレス・・・」

今度は一体何を考えているのだろうか
今度はどんな事をしでかそうと言うのか

「今回の件は貸しにしておく、近いウチに帰してもらうがな」

パリでの去り際のベナレスの言葉に嫌な予感を感じつつも、とりあえず八雲は今襲い掛かってきている睡魔に身を委ねる事にした。


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紅魔館の死闘の序曲

なんだアレは?
それが八雲の第一印象だった
アリスの家から飛ぶ事、20分程度
遠くからでも分かるほど眼が眩むほどの真っ赤な建物が視界に入り、眼を疑いながらもドンドン接近していく
どれだけの広さがあるのか、外見では想像も出来ないほど広く、その広い屋敷をぐるりと囲うように塀がある
そしてその塀の一箇所に門と思わしき場所があり、その門にめがけ、アリスと八雲は着地した

それに八雲は妙な違和感を覚えた

『どうして?』

門があり、その門の前には門番らしき女性が立っていた
その女性が八雲達に気が付くと、驚いたような表情を見せた
「アリスさん・・・?」
「久しぶりね、メイリン」
「わざわざ紅魔館に何の用でしょう?」
少々変わった緑のチャイナドレスに身を包む彼女は、門番として当然のセリフを言い出した
アリスはそれを聞き訪問してきた理由を隠さず伝えていた
「貴女の主に会いに来たのよ」
「パチュリー様に、ではなくてですか?」
「そうよ、私はレミリアに会いに来たの、門を開けてくれるかしら」
少し考えたような仕草を見せ、緑チャイナの女性はすぐに道をあけてくれた
「分かりました、ですが――――」
だが、あけられた道はアリス一人分だけで、門番は八雲の前に立ちはだかった
「貴女なら問題はないでしょう、ですがこの男は通せません」
「どうしてかしら、私の友人なんだけど?」
「関係ありません、面識の無い者を通す訳にはいきません」
まるで鏡を見ているようだ、八雲はそう直感していた
彼女の言い分は門番として・・・主に仕える者としてとても正しい、どこの馬の骨かも分からない男に主を差し出すような馬鹿な真似をする門番がいるはずがない

その気持ちは痛いほどよく判る

それは八雲もまったく同じだからだ、パイに知らない男が近寄ろうと言うなら、それは断固阻止するであろう
万が一それが得体の知れない怪物なら、八雲は全身全霊をかけて相手と対峙する覚悟がある
この門番も、その八雲と同じ気持ちなら・・・ここは引き下がるべきだ、と八雲は思う

「アポも無しで急に来たんだから仕方ないさ、俺抜きなら大丈夫なんだろ?ならアリス一人で行ってきてくれないか」
少し考えた素振りを見せるアリス、やがて納得出来ないといった顔つきで
「・・・分かったわ」
と不満げに頷いた。

「では此方へどうぞ、貴方はココで待っていてください」

そう言われ、中華少女とアリスは門の中へと消えていった。
八雲は一人取り残され、ただ二人の後を目で追うだけだった




 

 

紅魔館の大きな扉をくぐり、門番はそこで引き返し、扉の先はメイド長の十六夜咲夜が主であるレミリアの元へとアリスを案内した。

とはいえアリスは紅魔館に初めて来た訳ではない、舘の構図は頭の中に入っているし、レミリアの部屋の場所だって知っている、そんなアリスに道案内は不要なのだが、馬鹿丁寧にこのメイド長はアリスを初めて来る客人の様に案内していた。

 

「これは何の真似?」

 

さすがにそれに痺れを切らしたアリスは咲夜に問い詰める

 

「それは此方のセリフですわ、アレは一体何の真似でしょう?」

 

アレとは言わずもがな、八雲の事だろう・・・と悟るアリスはそっぽを向いた

 

「貴女には関係ないでしょう」

「もちろん、関係ありませんわ。そして私がしている事もアリス様には関係はありませんでしょう」

 

全てはお嬢様の仰せのままに、そう締めくくり、どこか楽しそうにしているメイド長に苛立つも、怒っては負けだと自分に言い聞かせる

今日はそのお嬢様にお願いする立場で来ている以上は、事を荒立てるのは良くないのも分かってる

その先は互い黙ったまま歩き続け、レミリアの居る部屋の扉まで案内された

 

「さ、お嬢様がお待ちです」

 

真紅の立派な扉が、咲夜の手で開かれた

部屋の中はレッドカーぺットがあり、立派な玉座まで繋がっている、まるで王へと謁見する場のようにも見える

玉座には幼い少女の様な吸血鬼が足を組み、アリスを迎えた

その部屋にアリスが入ると扉は閉められ、部屋にはアリスとレミリアだけとなった

 

「どういう意味かしら?」

 

腑に落ちないとアリスは挨拶もせずに、第一声でそれを聞いた

幼い吸血鬼は、その見た目の年齢不相応な邪気を感じる笑顔を見せ、アリスを見つめた

 

「面白そうだと思ったのよ」

 

クっと口の端を引き上げて、三日月のような口で吸血鬼は笑う

 

「違うわ、あのメイドが言っていたけれど、どうして私を貴女が待っていたの?」

「咲夜・・・口を滑らせたのね」

 

それを聴いた瞬間に吸血鬼の笑みは消え、不機嫌そうな表情へと変わる

 

「貴女がココに来る運命と思ったからよ、だから貴女を待っていた・・・とでも言えば満足?」

「なら私がお願いしたい事も既に理解しているかしら」

「大方察しが付くわね。あの男絡みでしょ?貴女から私の所に来るなんてありえないと思っていたけれど、意外だわ」

「ならその意外ついでに彼の願いを聞いてあげて」

「彼の?・・・”私の”じゃなくて?」

 

まるで見透かしたように、レミリアはまた笑い出した

 

「どういう意味かしら?」

 

そしてまたアリスはレミリアに最初と同じ質問を投げかける

 

「そのままの意味よ、他にどんな意味があるって言うのよ」

 

それからお互い沈黙し、視線同士で喧嘩する様に睨みあっていた

 

「別に、ここで弾幕ごっこしてもいいのよ?」

 

沈黙を破り火蓋を切ろうとしたアリスだったが

 

「そんなつもりは無いわ」

 

とレミリアは一蹴する

 

「私からの条件を貴女が飲むのなら、あの男の願いではなくて、貴女の願いなら聞いてあげる、それ以上の譲歩は無い、モチロン断ってもいいわ、その時は私は彼の願いも、貴女の願いも叶えないけどね」

 

少し考えたが、それでいいとアリスも判断したのか

 

「えぇ、構わないわ」

 

それを見たレミリアは、凄く嬉しそうに手を叩いた

その姿はまるで無邪気に喜ぶ子供の様にも見える

 

「噂は本当だったのね」

「噂って・・・?」

「魔法の森の人形遣いが一人の妖怪に惚れ込んでいるって噂よ」

「なっ・・・!!?」

 

そんな噂が既に出回っているのかと思い、アリスは思考を巡らせる

思い当たる節をピックアップしていき、一つの結果に行き当たる

噂をばら撒くのが仕事のような、そんな妖怪が一匹居た

 

「烏天狗の仕業ね・・・」

「ご名答」

 

忌々しそうに呟いたアリスの表情を、楽しそうに見つめているレミリアは手を組んで語りだす

 

「それで、その条件だけど―――――――――」

 

その条件を聞き、アリスは・・・

 

 






所変わって、紅魔館の門
ここではアリスの帰りを待つ八雲と、門番の二人だけが居た
一人で待つだけならいいが、よく知らない人と二人で・・・となると、なにかと気まずい空気になりやすい
その気まずい空気を壊すべく、門番は口を開いた

「あ、あの~・・・」
「なにかな?」
「私は紅美鈴って名前なんですけど、あなたの名前は?」
「あぁ、俺は藤井八雲だ、よろしく」
八雲は無造作に握手を求める様に横に居た美鈴に手を差し伸べた
その手を美鈴は数秒ほど凝視してから握手に応じた
「藤井八雲さんは拳法をやるんですね?」
「どうしてそれを・・・」
疑問に思った八雲は首をかしげた

「手を見れば分かります、拳ダコが出来てるし、足だってかなり鍛えてあるみたいですね」
「美鈴さんだって、かなり鍛えて上げてるみたいだ」

互いに拳法の心得があると判ると美鈴は拳を作って八雲に向けてみた

「時間もありますし、ちょっと手合わせしませんか?」

美鈴の提案に八雲の心が揺れた
地球どころか聖地にも、八雲に手合わせをお願いする人物など、そういなかった
だからこそ、その久々の手合わせの申し出につい応じてしまった。

「俺でよければ」

それを聞いた美鈴はパァっと笑い、ありがとうございますと深くお辞儀をした
八雲もそうだが、美鈴もそうなのだ
拳法での手合わせが出来る人物が幻想郷にはいないのだ
近接戦闘が出来る人物のほとんどは、拳法ではなく、無法の破壊力だけを求めた拳なだけなのだから

「どういうルールでやろうか?」

そう質問するのは八雲の遠慮もあった
男と女という違いもある、互いに拳法を嗜んでいるが女性を殴るのはさすがに八雲も良くは思わない
・・・リンリンさんを除いて

「打撃あり!急所なし!動けなくなるか降参で終わり、という事にしましょう!」

美鈴のその申し出に八雲も躊躇いながらも頷く
寸止めではなく、打撃ありと言ってくる時点で、かなり実践向けの武道家と見受けられる
逆に美鈴も八雲に遠慮してのルールなのだろう、行動不能にする可能性があると判断してなのか、動けなくなったら終わり、というルールを入れた

「よし、それでいこうか」

降参もあり、その条件であれば八雲も別に問題はないと思っていた

「では、やりましょう!」

美鈴がそういった矢先、今までとは比べ物にならないほどの精の流れを八雲は美鈴の内から感じ取った

『・・・こいつは手加減したら不味そうだ』

女性と思って手加減しようと考えていたが、下手をすると本当に負ける可能性がある
精を放出するタイプの魔理沙、アリス、霊夢とは違い
美鈴は精を内に取り込み、それを自身の中で高めて作用させていくタイプの能力者

「いきます!!」

美鈴の発声と共に、美鈴の足に溜め込まれた精が破裂するように作用し、強力な推進力を得る
その勢いをそのままに、右拳の正拳が八雲に放たれる
その踏み込みは今まで八雲と組み手をやった人物の全員を遥かに凌駕したものだった

「くっ!」

予想以上の速度に八雲は避ける事も受け流す事も出来ず、両手でガードする体性を取り、正拳を正面から受け止めた
その正拳には女性とは考えられないほどの威力を秘めていた
ただ早いだけではない、その拳には発勁の作用が込められている
八雲も発勁は知っている
だがこれほど速く繰り出される発勁は初めての事
発と勁だけではなく、そこに速度という破壊力を増幅させる効果まで練りこんだ美鈴の一撃は

男の八雲を軽々と吹き飛ばした

ゆうに10メートルほど吹き飛ばされた八雲は、重心をずらしながら足から着地をした
たったの一合、美鈴が突き、八雲が受けた
それだけの状況なのにも関わらず、美鈴は何か嬉しそうに

「―――思ったよりも・・・やるみたいですね」

と八雲に向かって呟いた。
美鈴の一撃を真正面から対抗したら、八雲の両手の骨が砕けていただろう
衝撃に対抗せず、衝撃に丸々と体を預けて八雲は『吹き飛んだ』のだ
それにより、美鈴の正拳の威力は半減され、八雲の骨は折れる事はなかった
だが肉の方はそうもいかない、八雲の骨と美鈴の拳の間にあった八雲の筋肉は、その衝撃のせいで痛み、先ほどの美鈴の正拳の威力を八雲に伝えてくる

「そっくりそのままお返しするよ、ここまで速い勁は見たことが無い」

思ったままの感想を言った八雲、それを聞いた美鈴は、えへへと照れくさそうな笑顔を見せた
その笑顔を見て、八雲もしっかりとお返しをしようと構えた瞬間

―――上空から放たれた白刃に八雲は襲われた

完全に不意を付かれた形だったので、投げつけられた刃物を右肩、右腕、右足に数本刺さった

「さ、昨夜さん!?」

その状況を見て、美鈴はその刃物を投げた人物に視線を向けた
八雲もその視線を追ってみると
銀髪のメイド服の少女が宙に浮いていた

「人形遣い・・・彼女はもう帰りません、だから貴方もさっさとねぐらへと帰りなさい」

そうメイド少女は八雲に言い放つ
二人の組み手の邪魔をしたという自覚があるのか、ないのか
そんな事は関係ないと、堂々としている風体だ

「帰らないって・・・どういう事だ・・・」
八雲はさっき投げ付けられたナイフを抜きながらメイドを睨む
「彼女はお嬢様の反感を買ってしまいました、ですのでこの舘で幽閉する事となりました」
「・・・ゆ、幽閉!?」
「お嬢様に迫り、それだけでなくお嬢様に脅迫じみた言動まで行った、それ故の幽閉です」

あの冷静さを失わないアリスが?
八雲にはその事がにわかには信じられない
仮にそれが真実だとしたら・・・

「それで・・・アリスはいつ開放されるんだ?」
「される筈がありません、開放されたとしても、お嬢様の食事と玩具としての役割を終えた時でしょうか」
「つまりそれは・・・」
「彼女の命が尽きたら開放しますよ、室内にあっても腐るだけでしょから」

なんて無茶をしたんだ
八雲は心の中で様々な事を考えていた。

俺はレミリアをまだ知らないが、アリスはレミリアの事を知っていたようだ
それならば、幽閉するような人物と配慮しての行動するべきなのに、定石を無視してアリスは俺の為に無茶をした
無理をして、無茶を通そうとして、幽閉された・・・
考えたくは無いが、もしかしたらアリスは幽閉されるかもしれないと考えていたのではないか?

全ては俺のためにした事

その無謀を、無駄に終わらせないために俺が出来る事は・・・

「すまない、美鈴さん・・・組み手はもう出来ない」

八雲は構えていた
戦闘において、八雲の十八番
一番扱いなれている獣魔を呼ぶときの構え
右手をメイドに向け突き出し、左手をその右手の腕に添えた

「藤井八雲の名において命ずる――――」

それを見て、メイドは門番に指示を飛ばす

「美鈴!止めなさい!」

止めろと言われも、様々な事が起き過ぎて頭の中が整理できていない美鈴にはその光景を見ることしか出来なかった

八雲の放った術は、美鈴には到底弾幕とは呼べない代物、直線的なただの弾でしかない。だがその術に視線と心を奪われた

眩く光り輝く龍が目の前の男から出る瞬間を、美鈴はただただ美しいと感じていた


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中国娘は戦いたい

「出でよ!光牙(コアンヤア)!!」

宣言と共に、男の手から光の龍が現れた

肝心の美鈴は呆けてしまっていて、まともに対処できそうも無いが

その光の龍が一直線に咲夜に向かっているので美鈴の方は特に問題にはならない

どちらかというと、咲夜の方の問題

ではあるのだが

弾幕戦を主にしている彼女達に、ただの直線攻撃では当然当たるはずもない

容易く避けられるが、ここは確認しておこうと咲夜は

 

――――時間を止めた。

 

止まった時間の中で昨夜は光牙(コアンヤア)をじっくりと観察していた

『光の術?空中の光を屈折と収束による熱攻撃・・・という訳ではないですわね、宣言と共に召還でもしたのかしら?』

だとすれば相手は召喚師という事になるのか

それとも、光を専属にしている魔法使いで、無から光を生み出したのか

そこまで思案したが、咲夜にその判別は効かない

『ここは美鈴には悪いけれど撤退が正解みたいですわ』

相手の情報が足りなすぎる

ここで挑むのは相手にとって都合が良い可能性だってある

相手が初見殺しの技を持っている事だって十分ありえるのだから

相手の戦力は未知数として扱うべきなのだ

 

なにせ今回の相手は、あの巫女を破った噂の妖怪なのだから・・・

 

ただの光の魔法使いであれば、十分に止められる技量が美鈴にはある

仮に止められなくとも、美鈴相手に無傷で紅魔館へと足を運べるはずは無い

 

それからでも遅くは無い。

 

相手が手負いになってからでも、遅くは無い

相手の戦力を把握してからでも、遅くは無い

 

その牙が・・・お嬢様に届きさえしなければ、遅くは無い

 

そこまで考えて、咲夜は時を――――動かし始めた。

 

八雲の放った光牙(コアンヤア)は咲夜に向けられていた

だが瞬きするよりも速く咲夜は消えた様に移動し、中庭にいた

放たれた光牙(コアンヤア)は空の彼方へと一直線に向かい、すぐに見えなくなった

 

「美鈴、ここは任せます!私は一度引きますわ!」

 

そう言い残し、またメイドはまた消えるように移動して行った

今度はどこに行ったか分からないが、紅魔館のどこかに居るのは間違いないだろう

 

「えぇー・・・任せますって・・・」

 

言いつけられた美鈴は気まずそうに、八雲に向かい合う

八雲も殺傷能力の高い光牙を放ったのは警告のつもりだったのだ、もちろん狙ってはいたが当てるつもりなんて無かったのに、まさか消えるように避けるとは思いもせず少し戸惑っていた

 

「あはは・・・どうしましょう?」

「どうするもこうするも、俺はアリスを迎えに行くさ」

「でも、私は貴方を止めるように言われてしまいました」

「そうみたいだなぁ・・・」

 

既に二人の間の闘争心は薄かった

またもや気まずい空気になった二人

そこで美鈴は気を高め、地面を踏み抜いた

 

「!?」

 

その一撃は地面を穿ち、軽いクレーターみたいな窪みが出来上がる

その衝撃は近くに居た八雲に届き。地震の様に軽く揺れる

 

「私はこのように気を操れます。コレは内気功の一種で硬気功と呼ばれるものです、私なりの応用も多少は含まれて居ますが」

「いいのか?手の内を明かして」

「私も見ましたから、あの光の龍を・・・」

 

これでお互い様です、と美鈴は言った

 

「さぁ、続きと行きましょう」

 

流れるように美鈴の型の動きを見せる

 

「少々邪魔が入りましたが・・・私はまだ続けたいです」

 

久々の近接線での戦いに美鈴は焦がれていた

遠距離戦闘の多い幻想郷では珍しい近接戦闘の相手が目の前に居るのだから、それを止めるなんて出来ない

元々美鈴は遠距離戦、それも弾幕ごっこのルールは苦手なのだ

だから本来の力を発揮すれば他の誰にだって、そう簡単に遅れはとらない

あのレミリアにだって、近接戦闘のみという縛りであれば互角の戦いは出来る自信だってある

 

「そうしたいのは山々だけど、状況が変わった」

 

「そうですね、ですから手合わせではなく・・・お互い真剣勝負で!!」

 

キラキラと輝くような笑顔で美鈴は構えていた

そこには何の邪も無く、それは心の底から覗く美鈴の本心

強い相手と戦える喜び

美鈴はまぎれもなく武道家だった

 

「でも加減は出来ないかもしれない」

「必要ありません」

 

スパっと美鈴は言い切り

八雲も、それで理解した

 

「・・・分かった、行くぞ!」

 

美鈴は八雲が思ってる以上の武道家だと

 

 

美鈴はハンデがあると思っていた

八雲には、さっき咲夜から受けた傷がある

そのナイフの傷を考えると、八雲は本来の力で戦えるはずがない

そう、”勘違い”していた

 

「うそ!?」

 

その傷を無視したかのような踏み込みに、美鈴は驚いた

右脚にも、確実にナイフが刺さっていたのに

まるで傷が無いような踏み込みに、美鈴は思わず声を上げてしまう

左足を軸に飛び上がり、一回転

そしてその遠心力を利用してナイフで刺されたはずの右脚で、八雲は美鈴に回し蹴りを繰り出した

その威力は美鈴が考えていたよりも遥かに重く

今度は美鈴が八雲の予想外の踏み込みに対応できず、真正面から受け止める形となった

 

しっかりと受け止めた・・・ガードしたはずなのに、美鈴の左腕が悲鳴を上げる

 

「やはり思った以上にやります、ね!!」

 

そのお返しと、美鈴は右手で正拳を放ち

それを八雲は左腕の篭手で弾く

 

「そっちもな!」

 

今度は八雲の右ストレートを、美鈴は器用に左足の上段蹴りで合わせ、その軌道を反らした

 

その有様を、美鈴は疑問に思っていた

 

「右足も・・・右腕も・・・傷は痛まないんですか!?」

 

それはそうだ、刺された傷がこんなにも速く治るはずがない

治すような魔法や術を、八雲が使う素振りを見せていない

ならば、傷が残っていてもおかしくはないのに

 

「切傷ならすぐに治るさ、そういう体質なんだ」

 

あえて无の事は伏せる八雲

不死身である事も、今は明かさない方が良いだろうと思い、そこまでは語らない

同じ妖怪でも、こうも違うのかと美鈴は興味をそそられていた

 

「凄いですね!貴方はなんの妖怪なんですか?」

「・・・今は言えないな」

「ならこれが終わったら教えてくださいね」

 

普通に会話しているが、二人の手と足は止まらない

まるで功夫映画の様に、流れるような応酬が行われていた

 

美鈴が放ち、八雲が受ける

八雲が放ち、美鈴が受ける

放ち、受け、反撃

反撃、受け、放つ

ほとんど互角の速度で二人の拳は交じり合っている

 

『まさか、ここまで出来るなんて・・・!』

 

思った以上、どころではない

美鈴の拳は、脚は

全て八雲が受けてしまう、受け流し、威力の殆どは殺されている

さっきのはラッキーパンチだったと、美鈴は焦り始めていた

 

そんな応酬の中、八雲が切り出した

 

「”お嬢様の食事”と言っていたな」

「咲夜さんの話ですね」

「あれはどういう意味だ?」

「血ですよ、お嬢様は吸血鬼なので血が食事になるんです」

「・・・なるほどな」

「あの話が本当なら、今頃アリスさんの血を抜いているでしょうね」

 

それを聴いた瞬間、八雲の速度が上がった

美鈴ですら眼で捉えるのがやっとだった

反応できるはずがない、美鈴がそう思う前に、八雲の拳が美鈴の腹部を捕らえた

 

「ゴホッ!」

 

衝撃は肺にまで届き、肺の中の空気が押し出す

美鈴の体はくの字に折れて、両手で腹部を抱える

その隙を見逃すほど、八雲は甘くは無い

 

「藤井八雲の名において命ずる!出でよ!」

「!!」

 

さっきの召喚術、そう思い美鈴は即座に体勢を立て直した

あの光の龍は正面から当たるわけにはいかない

あれの威力は、まさに必殺と呼べるほどだ

もしも防御し損ねたら、命の危険がある

むしろ防御ではダメだ、回避に専念せねば危ない

 

だが八雲の構えは先ほど見せた構えではなかった

 

手を差し出さず、またもや左足を軸に一回転している

遠心力をそのまま右足に送り込み、再び先ほどの回し蹴りを放った

 

「同じ技で―――ッ!!」

 

発声はフェイントで、本命は回し蹴りによる打撃

しかも的確に顎を狙った一撃

その一撃で美鈴の意識を刈り取ろうという魂胆だと、また美鈴は”勘違い”していた

 

土爪(トウチャオ)!!」

 

その回し蹴りを受けた瞬間、美鈴の体は切り裂かれた

三本爪の獣魔、それを八雲は脚で生成していた

八雲の初めて従えた獣魔が美鈴に襲い掛かる

 

「キャアッ!!」

 

悲鳴をあげ、美鈴は思わず後ろに退き、しゃがみこんだ

何が起きたのか分からない・・・

ただの回し蹴りを受けたら、まるでナイフで全身を切り裂かれたようなダメージを負っている

もちろん、八雲の方でも加減している

本気を出せば鉄すら切り裂く土爪(トウチャオ)を、まさか全力で使う訳にもいかない

 

「すまない、手荒な事をして」

「いいんですよ、言ったでしょう?真剣勝負と」

 

満面の笑みで美鈴は座り込んでいた

まだ美鈴には余力があるように見える、土爪(トウチャオ)のダメージは想定よりも少ないようだが

 

「・・・今回は私の負けですね」

 

美鈴は降参した。

 

どういう事だ?と八雲は首をかしげた

まだ美鈴は余力を残しているのに、なぜ?

もしかしたら加減したとはいえ、考えている以上のダメージを負ったのかと考えて八雲は美鈴に近寄るが

 

「見ないで下さい!!」

 

悲鳴のような拒絶の声に、ビックリして八雲は立ち止まった

美鈴の降参の理由、その答えはすぐに八雲も理解した

 

「あっ!ご、ごめん!!」

 

美鈴のチャイナ服が土爪(トウチャオ)の爪のせいで裂けて、今にも落ちそうになっている

チャイナ服を支えるために、美鈴は立ち上がることが出来ないでいたのだ

それを見てしまった八雲は思わず美鈴に背を向けた

 

「えっと、大丈夫!見えてないから!ほんと!!」

 

なんと声を掛けていいのか分からなくなった八雲はそんな事を口走り、そそくさと舘に向かおうとする

 

「許しませんよ・・・」

 

美鈴は顔を伏せ、震える声で伝えた

 

「もう一度手合わせしてくれるまで許しませんからっ!」

 

恥ずかしさから涙目になりながらも、満面の笑みで心の内を明かす

 

「あぁ、分かったよ。またやろう」

「ですが次は・・・あの・・・」

 

恥ずかしそうに顔をまた伏せる美鈴に申し訳なさそうに

 

「・・・土爪(トウチャオ)は使わないようにする」

 

と八雲は言う

そして同時に心に誓った。

どんなに加減をしても土爪(トウチャオ)は人には使わないようにしよう、と。

 



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本の迷宮に住む隠者

八雲と美鈴が手合わせをする少し前
レミリアとアリスの睨み合いが行われていた

「それで、その条件だけど――――ゲームをしましょう」

レミリアはニンマリと笑いながら、アリスを見据えていた

「・・・ゲーム?」
「そう、ゲーム」

クククとレミリアは笑い続ける

「タダで願いだけを叶えるってのは私としては面白味もないし、ゲームで貴女が勝てば無条件で私は協力するわ」
「もし、そのゲームに私が負けた場合は?」
「貴女の願いも、あの男の願いも、今後一切絶対に協力しないだけ」
「それで、ゲームの内容は?」

肝心の中身を確認したかったが、レミリアはとりあえず落ち着けといったジェスチャーをアリスにして、従者を呼ぶ

「咲夜」

その名を呼んだ瞬間に、アリスとレミリアしかいなかった部屋に、突如メイド長が現れる
扉を開けた気配も無く、まるで瞬間移動でもしたかのようにも見えるが
原理が分かっているアリスは特に驚くことも無く、その様子を眺めていた

「はい、ここに」

そう言うと、咲夜の手には新聞がある
幻想郷にある、お騒がせ新聞の一つでもある『文々。新聞』、その新聞である
その新聞をレミリアは受け取り、広げてアリスに見せた

「実はね、私もあの男には興味があるのよ、霊夢を倒したなんて凄いじゃない」
「・・・」

その新聞の見出しは、八雲が霊夢に勝った事を告げるようなものになっており
二人が対峙していた時の写真と、霊夢が石化している途中の写真が使われている
それも確かに凄い内容だが、それよりもアリスが引っかかった言葉は
『私もあの男には興味があるのよ』
という部分だけだったりもする

「あとこれも・・・なかなか面白いじゃない?」

もう一枚、ペラリとレミリアは新聞をめくりアリスに見せた、その瞬間

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

アリスはビリビリとガラスが振動するほどの大声を張り上げた




アリスは新聞をレミリアからぶんどり、今度はビリビリと新聞を細切れにした

 

『なぜ!?どうして!?』

 

混乱するアリス、それが昨日の写真だと直ぐに理解した

それは、アリスの家で全裸になっている八雲と上海人形の姿が映されていた

 

よく確認しなかったが、上海人形が八雲に触れていた瞬間だったような気がする

 

「そんな趣味があるの?」

レミリアは心底哀れな、それでいて意外そうな顔を造り、アリスを挑発する

 

「違うわよ!!」

 

「あ、そうなの?それでゲームの内容は、こうよ」

と、レミリアは急に話題を元に戻した

 

「紅魔館の全員と、あの男・・・本気で戦ってあの男が勝てば貴女の勝ちよ」

 

レミリアの言っていた興味があるとは、男だからではなくて、霊夢に打ち勝ったその能力の方だったのか、とアリスは納得した。

それは改めなくても誰もが普通はそう考えるものだが、アリスの思考のベクトルは少しずれていた

 

「紅魔館の誰かに藤井さんが敗れれば、私の負けって事ね・・・でもそれには問題があるわ」

「言ってみなさい」

「藤井さんに戦えと言って、本気で戦ってくれるかしら?」

「戦わせるように仕向けるのよ。その為には人形遣いの協力が必須なんだけどね」

「だから私を待っていたのね」

 

さっきの新聞の写真を見たレミリア、八雲と戦ってみたいと言う願望がつのり、どうすれば八雲と自然に戦えるのかを真剣に考えてたどり着いた答え

それが二枚目の新聞、アリスと八雲の関係性

それがどんなものでも構わない、八雲にとってアリス本人が人質として成立するのなら、それを利用すればいい

 

その為の協力と提案

アリスが協力をしなければレミリアの願望は成立しない

ならば、こちらからも協力をする様にし、餌を吊るす

本当はお願いをしたいのはレミリアの方なのだ

お願いだから、あの男と戦えるように仕向けて欲しい

しかしそれは言えない。

彼女の立場とプライドがそれを許さない。

ならばゲームという事にすればいい

ゲームなら、余興になる

余興であれば、舘の主が動いても従者にはなんの影響も与えない。立派な大義名分。

ではアリスに協力させるためにはどうするか?

簡単な事だ、向こうから吊るした餌に食いつき、それを釣るだけ

協力と協力、そして提案と提案

レミリアの提案を断れば、アリスの提案は反故される

という事は、レミリアの提案を、アリスは飲み込むしかない

だからレミリアは待っていた。

向こうから成案を持ちかけるタイミングと、それを上から押さえつける絶好の塩を

それにより、主導権を握り、プライドも保たれる

そしてそれは、成就した。

 

「分かったわ、出来る範囲で協力はする・・・けれど、私からも条件を付けさせてもらうわ」

「なにかしら?」

「藤井さんの能力は私からは絶対に公開しないわ」

「結構よ、どんな能力か知ってからじゃ、興醒めもいい所じゃない」

 

交渉成立。

あとはゲームに勝てば問題は無い。

全ては八雲次第。

 

『いいのかしら、本当に』

 

今更考え直しても、もう遅い

既に目の前の吸血鬼は楽しみで仕方長いといった感じで落ち着きがなくなっている

 

「あの霊夢を倒した男・・・そいつを倒せば霊夢を倒したと同じ事よね・・・!!」

 

レミリアはいつかのリベンジを、本人ではなく八雲で果たそうと考えていた

 

「聞いていたわね?咲夜」

「はい、お嬢様」

「美鈴には伝えなくてもいいけれど、パチェには伝えておいて、後はうまく立ち回るようにしてちょうだい、出来るだけあの男を煽るようにね」

「承知しました」

 

咲夜は一礼をすると、来たときと同じように、音も無く消えた

 

「それで具体的にはどう協力すればいいのかしら」

「そうねぇ、捕らわれのお姫様とか、好き?」

 

好きと聞かれても答えに困るものがある

 

「もうそんな夢見る年でもないわよ」

「じゃあ、幽閉ってことにするわ」

 

レミリアはサラリと凄い事を言い出した

 

「貴女は私に捕まった、助け出さなければ貴女は死ぬ・・・そういう演出でどうかしら」

「どうって、なにがよ」

「あの男が本気を出す演出かどうかに決まってるじゃない」

 

そこまで聞き、アリスは考えた

 

『藤井さんは私の為に・・・本気で戦うのかしら?』

 

その答えはちょっと興味がある

もし八雲が本気を出したらどうなるか

というのはアリスにも未知数だが、見てみたい

 

「さぁね・・・、でも本気を出そうが、出すまいが。アナタでは藤井さんに勝てないわよ、レミリア・スカーレット」

「言ってくれるじゃない、そんな事言われたら・・・もっとヤル気になるわ!」

 

八雲が不死身という事を知っているアリスには、特に何の心配も無い

 

『藤井さんは、藤井さんだから何をされても殺される事は無いでしょうけれど』

 

心配は無い、むしろアリスが心配なのは別の方

 

『私の危機に・・・本気を出してくれるのかしら・・・』

 

アリスはさっきの話を思い出し、捕らわれの姫君と、それを救出する騎士の図を思い浮かべる

もちろん、姫はアリスで、騎士は八雲

 

騎士が悪の吸血鬼を倒し、捕らわれの姫を救い出す

 

まるで絵本みたいな話ではないか

もうそんなものに・・・恋に恋をするなんて無いと自分で思っていた、今まさにその絵本みたいな状況に立たされてアリスの心は揺蕩していた

 

 

 




肝心の八雲は、美鈴を反則的(?)な技で降参させ、紅魔館の真紅の正門を開けた。
そこで八雲は違和感を感じた

ありえるだろうか?
舘の扉を開けたら、すぐに図書館になっていることなんて

それも違和感の一つではあるが

それよりも扉をくぐった瞬間に強烈に感じた違和感があった
まるで違う場所に、強制転移されたような、そんな違和感

八雲が中に入ると勝手に真紅の立派な正門が閉まり、結界が張られた

『待ち伏せか・・・』

薄暗い図書館、その本棚で出来た壁を縫うように探索していく
同時に周囲を警戒する八雲だったが、その警戒は杞憂に終わる

「いらっしゃい」

なんと向こうから声を掛けてきたのだ
恐る恐る、その声の方へと向かってみる
本棚で出来た壁を曲がり、そこで八雲が目にしたのは
円卓を囲い、椅子に腰を掛け、優雅にティーカップを傾けている紫髪の少女だった

「大変な事になってるわね」
「君は・・・?」
「私はパチュリーよ、アナタがアリスを救うための第二関門って所かしら」

まるで他人事の様にパチュリーは椅子に腰を掛けたまま、立ち上がろうとはしない

「正直な所を言うと、こんな事は凄く面倒なのよねー・・・」

八雲から視線を外し、どこか遠くを見るようにパチュリーは呆けていた
その遠くを眺めたまま、更に言葉を続ける

「貴方は魔法使いなの?それとも魔術を使うの?」

その違いが分からない八雲は、答えることが出来ない

「まぁどっちでも関係ないんだけれどね」

ティーカップをそっと円卓に置き、今度は近くにあった本を開いた

「あの光の龍、そして三本爪の生えた虫、あれは何?」

どうやら彼女は門の前で起きた出来事を全て見たかのように知っている

「・・・」

「召喚術かしら?それとも生み出したの?でもあんなに即座に生成なんて出来るものかしら」

獣魔術の事だろう、それを説明する時間も惜しいと思っている八雲には答えようとする意思は見えない
それ以前に、パチュリーは自分で言っていた
彼女が第二関門だと
ならば、最悪戦う可能性もあるのなら手を明かす訳にもいかない
沈黙のスタンスを崩さない八雲にパチュリーは更に続ける

「答えてくれたら私からレミィにアリスを開放するようにお願いも出来るけれど?」
「・・・そのアンタのお願いで、アリスが開放される保証が無い」
「それもそうね」

やけにのらりくらりとする彼女に、八雲も痺れはじめていた

「時間が無い、アンタが第二関門だって言うなら道をあけてくれないか?アリスを助けたらその時は獣魔術の説明をするから」
「あれって獣魔術って言うのね・・・時間の方は大丈夫よ、そんなに焦る必要も無いわ」
「だから、その保障がどこにある」
「無いわね、でも私はレミィを良く知ってるわ、だから判るのよ」

少し溜めて、パチュリーは言い放つ

「レミィは今、凄く楽しそうなんだもの」

そしてクスクスと笑う
八雲にとっては深刻なこの場面で、彼女はとても悠長である
その波長の違いが、次第に八雲の痺れが強まる

「言葉じゃ通してくれそうもないな」
「力ずくでも別にいいのよ。その獣魔術を見せてくれるのなら・・・ね?」

彼女の周囲に火炎の弾が現れる

魔理沙を見習って、たまには本の知識だけじゃなくて、肌で体感するのも面白いものね
とパチュリーは思うも、言葉にはせず
目の前の男が構えるのを、ただ待ちわびた。


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知識と日陰の魔法使い

火炎の弾を出現させ、薄暗かった図書館が急激に明るくなった
それによりハッキリと八雲はパチュリーの姿が見える
とても細い腕に、真っ白な肌、表情もどこか無気力に見える
八雲から見れば、彼女はとても戦うようなコンディションでは無い
それ以前に、戦えるのかどうかすら怪しいものだ
でも、それでも、彼女は八雲に立ち塞がろうとする

「待ってくれ!俺は君と戦いたくない!」

「私だって本当は戦いたくないわ」

「なら、俺を行かせてくれ!」

「それじゃ面白くならないのよ」

「どうして!」

「言ったはずよ、レミィが凄く楽しそうなんだもの、私もそれに便乗したいのよ」

「楽しそう!?アリスを幽閉して、殺そうとしてるのにか!?君はそんな奴の肩を持つのか!?」

それを聞いてパチュリーは首を横に振る
それは否定と、呆れが入り混じった様な、そんな感じだ

「もはや何を言っても無駄・・・のようね」

「・・・」

次の瞬間、二人の戦いの幕開けを告げるように、火炎の弾は弾けた




薄暗い図書館、いつもは静かなこの図書館も、今だけは違った

何かを吹き飛ばしたかのような爆発音

何かが張り裂けたような炸裂音

何かが急激に凍るような凍結音

様々な音が入り混じりすぎていて、それをなんの音と例える事はできない

そんな激しい雑音の中で、力と力がぶつかり合う

 

「出でよ!!雷蛇!!」

 

「金符『シルバードラゴン』」

 

八雲の突き出した腕から、雷で出来た蛇が現れ、パチュリーに襲い掛かる

それを迎え撃つパチュリーは、銀の球体を無数に創り出し、その電気を全て誘導、拡散させた

電力を失った雷蛇はそのまま消失し、今度は銀の球体が集まり、まるで龍を模したような姿を見せる

そのまま銀の龍は八雲に向かって倒れ込む

 

「出でよ!!光牙!!」

 

銀の龍に光の龍が牙を剥く

所詮は球体が集まっただけの造り物みたいな龍、重量は凄まじいが、壊すだけなら問題は無い

 

軽々と銀の龍を倒し、そこで八雲はずっと思っていることを口にした

 

「どういうつもりだ?」

 

その八雲の問いかけに、パチュリーは首をかしげる

 

「どうして攻めて来ない」

 

ここまでパチュリーは一度も攻めていない

今もそうだ、八雲が光牙を放った瞬間、パチュリーは何もしていない

今までパチュリーが行った攻撃は、八雲の獣魔術を相殺するために行われた術のみ

その相殺に使った術が強力なため、その延長線で八雲にまで術が届く

さっきの銀の球体で出来た龍みたいに

それを相殺する為に、八雲は更なる獣魔術を使う

本来であれば八雲は圧倒的に不利な状況なのだ

 

一回の応酬で八雲は2回、パチュリーは1回術を使う

 

おかしいではないか、八雲の方が一手多いのにもかかわらず、八雲が押される事はない

その答えは、パチュリーは2回目の術を使わずにただ見ているのだ

パチュリーが術を使うのはあくまで相殺目的であり、八雲を攻撃しようとしてのものではない

むしろパチュリーは待っているようにも感じた

 

――――早く次の術を見せろ、と。

 

「そんな瑣末事、どうでもいいじゃない」

「時間稼ぎのつもりか?」

 

あるいは八雲の消耗を狙う目的か

 

「違うわ、私は知りたいのよ。私の知らない術を」

「・・・」

 

ただ八雲が攻撃するので、その自己防衛とでも言うつもりなのか

それでその術を見て、覚えようとでも言うのだろうか

 

「だったら道を開けてくれれば後でいくらでも教えてやるって」

「ダメよ、私は今知りたいの。そうしないと今夜は眠れそうにないもの・・・でも拍子抜けね」

「・・・」

「獣魔術ってこの程度なの?少しガッカリだわ」

「・・・言ってくれるぜ」

 

八雲にも分かっている事がある

パチュリーは基本的に後出しなのだ

八雲の獣魔術を見てから、瞬時に迎撃、もしくは相殺に適した術を選択する

故に八雲よりもパチュリーの方が消耗は少ない

火には水、水には木、木には金、金には土、土には日、日には月

能力にはそういった強弱関係が存在し、八雲もそれは多少くらいはハーンから学んでいる

その強弱関係を常に突き、パチュリーは優位に立っている

 

「ならこれでどうだ!」

 

八雲はパチュリーに向かい、またもや獣魔の名を呼ぶ

しかしその名は、攻撃には適さない術であった

 

「出でよ!!闇魚!!」

 

八雲の宣言と同時に、魚の形状をした獣魔が生成される

頭は魚のそれだが、胴体は無く、闇に包まれている

この魚の属性は闇、そう判断したパチュリーは当然の様に相殺の術を発動させる

 

「月符『サイレントセレナ』」

 

それは月の光を吸収し、収縮したその光を矢にして相手に射出する術

闇には光、それは今までのパチュリーからみれば当然の判断と見れる

当たり前の様に、その光の矢は闇魚を容易く串刺しにして、その奥にいる八雲に目掛けて飛んでいく

 

その当然の結果、それを八雲は信頼していた

 

きっとパチュリーならそうするだろうと、信じていた

 

「藤井八雲の名において命ずる!出でよ!!鏡蠱(チンクウ)!!」

 

対光術用獣魔を八雲は呼んでいた

ダニのような獣魔が八雲の右腕に取り付き、パチュリーのサイレントサレナを受け止めた

 

「え!?」

 

その光景を見ていたパチュリーは何が起きたのか、分からなかった

幻想郷でも、相手の攻撃を相殺や、かき消す事はあっても

防御、相手の術を受け止める術者は多くない

 

「これでどうだ!」

 

ましてや反射させる能力者は皆無と言っていい

対光術の獣魔はその光をそのまま相手の術者に反射させた

パチュリーの撃ったサイレントサレナが、そっくりそのままパチュリーに跳ね返っていく

サイレントサレナの属性は光、光の相対関係は闇、闇の魔法で相殺が出来るのであればそうしたい

だが肝心のパチュリーには闇の属性は持ち合わせていない

 

故に、属性魔法ではなく、召喚魔法を選択した。

 

「来なさい!」

 

魔方陣を描き、その魔方陣から一人の少女が出現する

蝙蝠のような羽を生やした悪魔の少女が現れるも

 

「ごめんなさいね」

 

パチュリーは一言謝る

いきなり呼ばれた小悪魔は状況の整理が追いついていなかった

 

「!?!?」

 

呼ばれて1秒にも満たないであろう

小悪魔が見た風景は

自分に謝る主人

そして主人の敵であろう男、それと

 

――――自分に迫り来る、光の矢。

 

回避、防御、相殺、受け止める

そういった判断が出来る猶予すら与えられなかった小悪魔は、そのままサイレントサレナを直に被弾した

 

「~~~~~~~っ!!」

 

悲鳴にならない悲鳴を発し、小悪魔はそのままその場に倒れ消えていった

そう、小悪魔を呼んだ理由はただ一つ、単なるパチュリーの盾

 

様子を見ていた八雲は、その光景を見ていてなんだか申し訳なくなっていた

 

「まさか・・・今のって」

「貴方の真似をしてみたのよ」

 

シレっと言い切ったパチュリーに八雲は背筋が凍る感覚を覚えた

八雲の方は対光術用の獣魔であり、その獣魔は光術を反射させる事が本来の働きである

それに対して、さっきの少女は・・・そういう訳でもないだろう

まだ右手に残っている鏡蠱を見ながら、八雲は次の手を考える

 

八雲が思っている以上に、パチュリーはなかなかの(つわもの)と言える

様々な属性に特化した魔法は、八雲の獣魔術の弱点を的確に突き、八雲の攻撃を阻害してくる

その洞察力は並外れたものがある

 

八雲は考えを改め、思考を変えた

 

この相手はただの少女ではない

様々な術を極めた能力者、と

 

策は、まだある

 

あとはどうするか

 

「獣魔術が知りたいんだったな」

 

「そうね」

 

「なら教えてやるよ」

 

八雲は右手に残していた鏡蠱を

パチュリーに向け

鏡蠱に念じる

 

その瞬間

 

鏡蠱から糸が吐き出された

 

「ふぅん」

 

その糸を、パチュリーは軽々と避けてみせる

どうにもこの世界は『避ける』という事に特化した戦いをする者が多い

だからそれを避けると、八雲は確信していた

 

「このとおり、獣魔術には一つの効果だけじゃない、鏡蠱は光術の反射が主な能力だが、こうして粘着性の糸を吐き出すことも出来る」

 

そう言って、八雲は鏡蠱を右手から切り離した

鏡蠱はそのまま糸を辿り闇へと消えていった

 

「応用も出来るし、機転も利く、君の能力とは違ってね」

 

「言ってくれるじゃない、でも私から見れば欠点を残した術なんて扱いに困るだけ・・・未完成品みたいなものよ」

 

「未完成か、それはちょっと違うな」

 

八雲の篭手がパキリと音を立てて、開く

その中には八雲の親友である導師が仕込んだ、折り紙付きの術式が仕込まれている

 

「成長途中なのさ!俺も含めてな!!」

 

欠点の排除、それは洗礼するにあたり、至極当然の事

 

「出でよ!土爪!!雷蛇!!」

 

獣魔術の同時召喚

下から土爪、上から雷蛇の同時攻撃

それをパチュリーは空に飛び上がり土爪を避ける

上空にいる敵に対して、対抗策の無い土爪はそれだけで無力化されてしまう

だが雷蛇はそうもいかない

上空の敵にでも、雷蛇は放電による攻撃が可能だが

雷蛇の決定的な弱点も、既にパチュリーに見破られている

 

それは実体が無い事だ

 

土爪には実体がある、だから物理的な攻撃による破壊と爪による切り裂き生まれる

だが雷蛇は違う、実体がないので、実態があるものに対しては無力なのだ

 

パチュリーはスペルカードですらない、ただの岩の壁を空中に作り出し、その岩で雷蛇を囲う

 

それだけ、ただそれだけで雷蛇は無力化されてしまう

絶縁されてしまうと、雷蛇は何も出来ない、それを突破出来ない

それはビンに入れたれた水の様に無力だ

どれだけ水が動こうと、ビンが割れる事なんてありえない

実体があれば、その岩を破壊も出来るだろう

ビンの中に、石が入っていれば、何かの衝撃で割れる事だってありえる

仮にそれが土爪であれば、容易く切り裂いたであろう実体のある岩の囲い

 

それが実体が在るか、無いかの、違い

 

実体の無いものは、実体が在るものに、弱い

 

それはパチュリーがずっと八雲にやってきたことだ

強弱関係で常に優位を取るパチュリーに対してスペルアサルトで勝負した時の八雲の勝ち目は薄い

それは八雲も既に承知している

故に、時間稼ぎと目暗ましのつもりで土爪と雷蛇を呼んだ

 

「我が名は藤井八雲、我が名において、かの者を呼ぶ」

 

全てはこの一撃のための時間稼ぎ

最大限の感謝を大地に送り、構えを取る

そして仕込まれた術式が、その効力を高める

かつてハーンがやっていた、当時の八雲の獣魔の能力を最大限にまで発揮させた祈祷の効力を、篭手に仕込んだ術式が代行で行っている

これも、ハーンが八雲の為にと考えた、獣魔術の切り札

 

「我に仇名す者を、その力を持って葬り給え!!」

 

八雲の精が強まっていくのを感じないはずがない

パチュリーも八雲の様子がさっきと違う事は重々承知だ

それでもパチュリーには余裕があった

 

『何をしても無駄、今まで見た獣魔は完全に対処できる』

 

ことごとくの獣魔に対して優勢であるパチュリーの術に

多少高まった程度の力で、そうそうパチュリーが敗れるはずが無い

 

それも十分に承知している

 

「出でよ!光牙!!」

 

それでも八雲は宣言した。同時に八雲の腕から、とてつもない威力の光術が放たれる

触れる者全てを消炭にするほどの威力を秘めた、八雲の文字通りの必殺の一撃は

 

『何かと思えば・・・あの龍ね、対処するまでも無いわ』

 

―――易々と避けられた。

 

「あんな直線的な攻撃で、どうにかなると思ってるの?多少威力が上がったからって・・・」

 

パチュリーは自分で言った言葉で気が付いた

 

何かがおかしい

 

避けれた?

 

避けやすい攻撃でいいの?

 

あんな避けやすい攻撃に、今出せる最大の力を使っていいの?

 

いいはずが無い!

 

考えなければ

 

そんな愚行を行うほど、目の前の相手は優しくない

 

意味があるはずなのだ

 

さっきの爪は・・・何も出来るはずが無い

私が飛んでいる限り、爪の攻撃は意味を成さない

 

さっきの蛇は・・・何も出来るはずが無い

岩で隙間無く閉じ込めた、仮にその岩を破壊するならあれ程の威力は必要ない

 

ではなんだ?

 

何か、重要な何かを見落としている

 

そこまで瞬時に考えた

考えた結果、一つの答えがパチュリーの脳裏によぎる

 

そうだ、『アレ』を忘れていた

 

悪寒が、パチュリーを包み込む

 

とっさに振り向いたパチュリーが目にしたものは

とてもじゃないが、どうしようもない現実だった

 

まるで散弾銃の様に分散した光牙が、今度はパチュリーの背後から迫ってきていた

隙間無く壁の様に張り巡らされた光術は、一発一発がどれもかなりの威力になっている

 

『分散させても威力が落ちきらないようにする為に・・・!!』

 

当たれば確実に相手を殺すほどの威力の術をあえて八雲が使った理由はパチュリーの考えた通り

通常の光牙の分散ではたいした威力にはなりえないが

最大限にまで威力を引き上げた光牙の分散では、分散した一つでも十分な威力になる

 

「避けるのが得意なら、避けられないようにすればいい。正攻法がダメなら、策を用意すればいい」

 

ただの分散でも効果が薄い、ならば相手の虚を突く

 

ではどうやって、その虚を突くのか?

 

絶対に来ないと思っている位置からの攻撃であれば、誰しも隙を見せる

それはパチュリーも例外ではない、あのベナレスだってそうだ

 

ではどうやって、予測外の位置から攻撃をするのか?

 

その為に、呼んでいた獣魔を消さずに放した

 

―――鏡蠱

 

パチュリーの背後に移動し、壁に張り付かせていた

八雲はそれを狙っていたのだ

予想通りパチュリーは簡単に光牙を避け、その奥に居た鏡蠱に光牙が当たる

当然反射するのだが、鏡蠱の反射は完全な反射ではない

ある程度の威力であれば術者に跳ね返せるが

許容を超えた威力の場合、八雲にも予想できない方向に反射してしまう事がある

 

もしくは―――術自体を支えきれなくなり、反射できなくなる

 

そうなれば起こりえるのは、光術が崩壊しプラズマ放電を発して周囲を破壊するか

滅茶苦茶な方向に撒き散らされるように、反射してしまう

八雲はあえて、後者になる様に光牙に仕込んでおいた

 

「くぅ!!」

 

パチュリーは即座に防御の方陣を作り出した

闇の魔法があれば、この状況でも打破できたかもしれない

しかし、その資質が彼女には無い

だから先ほどのサイレントサレナに対して、魔法で対処しなかった

ここで小悪魔を呼んだとしても意味が無い

一本の光術なら小悪魔にでも対処は出来るかもしれない

だが・・・拡散された光術では、対処のしようが無い

方陣だって、確実に防げる保証も無い

 

「もし未完成だったとしても・・・お互いで補えばいい!」

 

それが獣魔術の本領でもある

パチュリーは身をもって、それを体感した・・・。






あとがき

ちょっと今回はオリジナルの要素も入ってしまっていますが
でもまぁ、本編でも後々出てきてもおかしくはないかな?程度のものだと勝手に思っています。

その点につきましては、ご了承下さい(汗


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決意という呪い

必死だった、それは書いて字の如く
必ず死ぬ、そんな場面

余力を残す余裕なんて無い、全力で防がなければ死ぬ

ありったけの魔力を振り絞り、法陣を展開する

そして最初の光術が法陣に触れる

「っ!!!」

気を抜けば容易に法陣が破壊されてしまう
更に魔力を注ぎ込むも、第二波、第三波の光術が襲い掛かる

『支えきれない!!!』

一部の光術が、法陣を突破してパチュリーに襲い掛かった

ほんの僅かな光術が軽く肩を掠めただけで、パチュリーの肩は焼けたように爛れる

『信じられない!一体どれだけ圧縮した妖力なの!!』

軽減してこの威力、もし真正面から当たりでもしたら・・・骨すら残さず灰になるだろう

『このままでは崩される・・・っ!!』

耐えきれないと判断したパチュリーは防御方法を切り替えた
元々張っていた法陣を放棄し、支えていた光術をプラズマに変え、方向を操り、それを逸らした

しかしまだ光術の余波が来る

法陣を手に集中させ、全身を覆っていた物よりも遥かに密度の高い法陣を両手に作り出す
しかし護れているのは両手だけ、身体は完全に無防備に近い状態

『面白い!全て防いでみせるわ!!』

今のパチュリーに、いつものクールな様相は無く
次々と迫り来る光術に挑んでいったのだった




「・・・・・・・・・」

 

もう声も出ない・・・

 

酷くボロボロ・・・服も、魔力も・・・身体も・・・

 

完全に防ぐつもりだったけれど、やっぱ無理だったみたい・・・

何発かは掠ったり、弾き損ねて余波に当たってしまった・・・

 

いつ振りかしら・・・私が相殺でも、避けるのでもなく、防御の法陣を使ったのは・・・

いつ振りかしら・・・私がこんな痛手を負わされるなんて・・・

いつ振りかしら・・・私がこんなにも熱くなるなんて・・・

 

ほとんどの魔力をさっきの攻防で使い切ってしまった・・・

 

思い返すだけで、鳥肌が立つ刹那の時

拡散された一本の光術ですら、当たりどころが悪ければ死んでもおかしくなかった・・・

そんな異常の妖力の術を、よくもまぁ行使できたものね・・・

 

怪物・・・としか言えない。私よりもあちらの方が遥かに消耗しているはずなのに

それでも私と互角か・・・いいえ、それ以上・・・彼はまだそれでも少しの余力を残している

まるで魔力の泉の様ね・・・

無尽蔵の魔力、尽きる事のない溢れる魔力の源泉、永久機関とも呼べる至高の力

 

知りたい

 

その源は一体なんなのだろう?

 

どうしてあれほどの妖力を引き出して、まだ立っていられるの?

 

男だから、なんて言い訳は通用しないわ

魔力量に性別は関係ない・・・それは妖力量も一緒・・・

 

どうしても知りたい

 

あの術の真髄まで・・・

私はその片鱗に触れただけに違いないのだから

 

もっと、もっと、もっと、もっと・・・

 

でも、もう、おしまいね

 

今はもう、立っているだけでも・・・精一杯・・・

 

「楽しかった・・・」

 

久々だったわ、この私が裏をかかれるなんて

油断していた証拠ね、本来ならあれくらい・・・

 

いいえ、それは結果論だわ

例えあの攻撃を完全に防げていたとして、私に余力があったとしても・・・きっと次の手が来る

それを防いでも、更に次が来る・・・

経験が違う、遊びではなく、真剣勝負の実戦経験の違い

 

そして悪あがきとは違う、本当の意味の足掻き

効率だけを求めた結果で言えば、私よりも彼の方がよっぽど効率的

 

私は相手との属性相性効率で使用する手札を相手に合わせて選択していた

彼は今持っている手札で最大の戦果という効率を得るように選択をした

 

そこに生まれた差だ、その差が、この結果

 

とりあえず、私はここまで・・・

 

あとはあの二人次第だけど、どうなるかしら?

彼がこの程度なら・・・多分あの二人でも大丈夫でしょうけれど、気になるわ・・・

彼がその経験値を生かして死中の活を見出せるか否か、それだけが気になる・・・けれど・・・

 

・・・もう体が動かない・・・

 

体がもう・・・支えきれない・・・

魔力の使いすぎ・・・のようね・・・寒くて仕方が無い・・・

それに酷い怪我・・・私の法陣はそんなに脆くはないのに・・・容易く壊された・・・

 

凄く、だるい・・・もう指一本ですら・・・動かない・・・

 

「出でよ!导息(タオシー)!!」

 

え・・・?

何を、しているの・・・?

 

「今治す!安心しろ!」

 

・・・どういう事・・・?

 

あぁ・・・なんて顔・・・

 

どうして、悲しそうなの・・・?

 

私・・・一体・・・どうなってるの・・・?

 

赤くて、温くて、でも何も感じない・・・

 

でも、酷く・・・寒いわ・・・




导息を使い、八雲はパチュリーを癒す
それほどまでに、パチュリーのダメージは深刻なものだった

『頼む、目を開けろ!!』

心の中で叫ぶ八雲
既にパチュリーは完全に意識を失なわれていた
光牙のダメージでここまでの負傷を追うとは思っていなかった
きっと何かしらの術である程度まではダメージを抑えると、八雲はパチュリーを過信していた
しかし彼女の防壁は、光牙の散開した余波が紙切れの様に破ってしまった

『こうなる予測すら出来なかったのか、俺は・・・!』

今まで、八雲が全力で術を使ったことは無い
それは八雲の術が攻撃に特化しすぎているからだ
そしてもう一つ、少女を傷つけるというのは、八雲も良しとはしない
けれど、この世界の少女達は少し違っていた
まるで戦いを遊戯の様に楽しみ、それに熟練していた

八雲とは違う、八雲は殺し合いの中で磨かれたものだ

故に八雲には大きなハンデが最初から課せられていた
八雲の術は遊びではなく、殺しの技といっても過言ではないのだから
当然手加減をしなくてはならない、最大限に手加減をした状態からが八雲のスタートとなる

今回のパチュリーに対してはその手加減が無かった
むしろ、八雲の方も加減をしている場合じゃないと判断した結果なのだが
それでも、自分の力で少女を怪我させてしまった後悔は拭えるものではなかった

ここで消耗の激しい导息を使い続けるデメリットは大きい

まだあのメイドと、この舘の主が残ってる
他にも確認していないだけで、まだ居るかもしれない
その事を考えても、ここで力を使い切るわけには行かない

その考えはあっても、八雲は导息を使い続ける

その甲斐があってか・・・パチュリーはゆっくりと目を開けた

「・・・私は・・・」

上体を起こそうとするパチュリーを、とっさに八雲は止めた
「動かないほうがいい、かなり失血してる」
その通りだった、力を込めようとしても入らない
酷い貧血状態で思考も鈍く、上手く回転しないで居るパチュリーはただ呆然と天井を見つめながら
それでも現状を確認しようと、体のあちこちを確かめた

負った筈の怪我が全て治っている
それどころか、体のだるさまで段々と消えていっている
きっと八雲が呼んでいる獣魔術の効力なのだろう

とパチュリーはすぐさま考察する

考察した瞬間に真紅の扉の方向から轟音が聞こえた

「だ、大丈夫ですか!!パチュリーさん!!」

それは美鈴が扉を破壊した音だった
扉に見事な回し蹴りを決めたシルエットが八雲の眼にも留まる

その美鈴の横には、先ほどの小悪魔が付いていた
どうやら彼女が呼んで来たみたいだ

「・・・大丈夫よ・・・多分」

その言葉を聞き、ようやっと八雲も导息を解除した
精を消耗し、かなりの疲労が襲い掛かってきたが、それでも彼女の無事に満足していた
彼女を傷つけた事
それが後悔となり八雲にのしかかる
確かに彼女は八雲に立ちはだかった
でもそれは乗り越えるべきもので、彼女を打倒するべきものではない

矛盾しているようでも、八雲の気持ちは整理できなかった

整理できないまま、八雲は先の扉に向かってフラフラと歩く

体力は美鈴に削られ、精はパチュリーによって持っていかれた

時間があれば、再生も容易だが
今はその時間が惜しい

アリスは無事なのか?

それが気がかりだった

「パチュリーさんを頼む。美鈴さん」

「ちょっと!八雲さん!!待ってくださいよ!!」

フラフラの八雲をみて、パチュリーをお姫様抱っこした状態の美鈴が声を掛ける

「そんな状態で行くんですか!?」

「あぁ、大丈夫だ。早くアリスを見つけないと・・・」

切羽詰っている八雲に対して、美鈴はとても落ち着いていた

冷静に考えれば、レミリアがアリスに何かをするとは思えない
もしその二人が交戦するつもりであれば、紅魔館が破壊される規模の戦闘になるはず
でもそれが無い、となると・・・アリスは無抵抗でレミリアの意思に従ったことになる

どうして?

もしかしたら試しているのだろうか、この男を

門の前にいた美鈴には屋敷の中の会話まで知らない、二人のその思惑が分からない

当然八雲は美鈴以上に状況がつかめない
幽閉される理由も、そんな相手に無理をしたアリスにも
でも、それでも八雲は進もうとする
そんな姿に、美鈴は思わず零す

「どうして・・・そこまで?」

「決まってるだろ」

八雲は次の扉に辿りつき、手を掛けた

「俺はもう、アリスを仲間だと思ってるからだ」

その瞬間、土爪が扉を切り裂き
扉だけでなく壁まで、一瞬のうちにバラバラにした
瓦礫と化した扉が崩れるのも見つめながら、美鈴はどこか異質なものを八雲から感じた

『あれは・・・?一体・・・』

八雲の背後に居る何かを美鈴は観ていた
八雲が弱った事により出てきた何かなのか、それとも何かが憑いたのか
まるで八雲の身体から湧き出る様に、それは益々浮き彫りになる

『幽霊・・・霊体・・・にも見えるけど少し違う、あれは何?』

さっき手合わせしたときには確実に無かったソレは
何やら怒っている様にも、呆れている様にも見える
様々な複雑な思いの矛先は・・・八雲だ
八雲本人に、何やら強い思いを向けているのは間違いない

それを伝えるか、否か・・・悩む美鈴を尻目に

八雲は更に先へと進んだ


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夜に仕える者

切り裂いた扉の先に、待っていたのはさっきのメイドだった
なんとなくそれを八雲は予測していた
だが予測できなかった部分もある

それは怖ろしく長い廊下

ありえないほど伸びた廊下に無数の扉
外観からでが考えられないその空間に踏み込み、また違和感を覚えた

「なるほど、この違和感は君の能力か」
「お分かりになりますか」
「嫌でも分かる、こんな芸当されればな」

空間湾曲の能力、ありもしない空間を作り出し、それをあたかも在る様に使える
もちろん空間を縮めたり、伸ばしたり、変幻自在という訳だ
それが彼女の能力の一つ
八雲が進めば進んだ分の廊下が更に伸び、その分扉が増える仕掛けのようだ

「先に言っておきますが、私を放って置いて探索されるのは止めたほうが宜しいかと」

メイドが無数のナイフをまるで扇子の様に広げて八雲に見せる

「なら俺も言っておく、俺はもうレミリア以外とは戦う気がない・・・」

先ほどのパチュリーとやり取りを思い出してしまうと、どうしても踏ん切りがつかない
八雲が本当に相手にしないといけないのは、この館の主である、レミリアのみ

おぼつかない足取りで進む八雲はどう見ても満身創痍に見える

「レミリアお嬢様の元へと向かうのであれば、私も排除行動を取らざるをえません」

咲夜が警告しても、八雲は止まらない

「アリスを開放するなら、俺だって無益な戦いはしたくない」
「開放する権利など、私にはありません」
「それならどいてくれないか、君の主に言うさ」
「・・・出来ません」
「そう言うと思ってたよ」

溜息を吐き出し、八雲は更に歩みを進める
どんどんと、廊下の距離は伸び、咲夜との距離が縮まっていく

「止まりなさい・・・!」

彼はもう戦えないのではないだろうか
そんな思いが、咲夜のナイフを留めていた

「君の思いは分かる、俺が君でもきっと同じ事をするだろう。だから遠慮はいらない」

八雲は自分と三只眼、パイの事がよぎる
美鈴と同じく、主を護る者
その主に危害を加えると言うのだから、止めるのは当然だ
だが八雲にも進む理由がある
付き合いの長い短いは関係ない
自分の事を想ってくれた仲間を裏切るような真似を、八雲には出来ない

「どうした・・・来ないのか?」
「その前に、お聞きしたい事があります」
「・・・なんだい?」
「どうしてパチュリー様の治療を行ったのでしょうか?」
「見ていたのか」
「概ねは」
「・・・俺が怪我をさせたからだよ、だから治しただけだ」

なるほど、と咲夜は頷いていた

「それでは、いかせて頂きます」

「あぁ・・・来い」




 

 

昨夜が攻撃を開始して、3分程度しか経っていない

たった3分間、それだけでも咲夜の心を蝕むには十分な時間だった

 

咲夜の心は何度も折れかけた

 

折れかけそうになる度に、レミリアの忠誠心を思い、奮い立つ

それを何度も繰り返し、咲夜はなんとか八雲の前に立っていた

 

「・・・」

 

ヨロヨロと、無数のナイフが刺さった八雲を見据える

見ていられない、そう思う咲夜は顔を背けたくなる

でも、それは許されない。

敵・・・と思っている相手に顔を背けるなど、してはいけない事だから

 

「もういいでしょう?降参すれば私はもう何も致しません」

 

「・・・ならレミリアお嬢様に会わせてくれるのか?」

 

それも出来ない相談なのだ、だから咲夜は苦しんている

また一歩進む八雲に、咲夜は一歩下がりナイフを投げる

それを八雲は避けようとしない

当たり前の様に前へと進み、ナイフを受け入れる

 

「ぐっ・・・」

 

悲痛な八雲の痛みを訴える声に、咲夜の心が痛む

 

「どうして攻撃しないんですか!!」

 

八雲が攻撃してくれれば、咲夜の心も少しは晴れる

正当防衛という既成事実が生まれ、それを拠り所に出来る

敵に攻撃するのは仕方のない事なのだと思える

しかし、八雲はこの3分間、ただ前へと歩いていただけだった

歩き、ナイフを身体で受け止めていた

今の咲夜は自身の心と戦っていた

レミリアへの忠誠心だけを拠り所にして、八雲を止めようとする

 

「もう十分でしょう?引き返しては頂けませんか?」

「・・・」

 

降参を促す言葉には、八雲は何も言わない、何も聞こえていない様に更に歩みを進める

それにあわせて咲夜もナイフを投げる

そしてそれが当たり前の様に八雲に刺さる

ここまで、咲夜のナイフは一本も外れていない

全て八雲の身体に刺さっている

 

弾幕ごっことはまったくの逆パターン

 

既にこれは当てる戦いではなく、互いに耐える戦いになっていた

 

痛みで八雲の心が折れ、降参するか

良心で咲夜の心が折れ、諦めるか

 

そして咲夜には別の恐怖もある

 

『あれだけ刺さってまだ動けるの・・・?』

 

八雲の不気味さ、そして八雲を殺してしまうのではないかという恐怖が咲夜に押し寄せ始めた

無数のナイフが刺さった妖怪が絶命せずに歩いているのだ、怖くないはずが無い

そして次のナイフで八雲が死ぬかもしれないという恐れ、さすがに急所を避けているとはいえ・・・これだけ刺されば絶命しても不思議ではない

 

「止めましょう!もう止めましょうよ!」

 

「・・・」

 

それでも八雲は止まらない、すかさず新しいナイフを咲夜は取り出すが

 

投げられない

 

まるでナイフが手に張り付いた様な感覚すらある

 

心が、もう投げるべきではない、と・・・そう訴えかける

だが忠誠心はそうではない、投げろと命じてくる

その板挟みが、咲夜の心を磨耗する

 

「そこまでする理由があるんですか!?」

 

「なら俺にも聞かせてくれ、どうしてお嬢様を護ってるんだ?」

 

「それは・・・」

 

「君がそのお嬢様を護りたいと想っている気持ちと、俺がアリスを助けたいという気持ち、そこに大きな違いはないと思うよ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

それは違う、お嬢様にとってこれは遊びの一環だ

その遊戯の為に、ここまでの事をしなければならないのかと思うと・・・胸が痛む

お嬢様への忠誠心に揺るぎは無い

 

けれど・・・無抵抗の者へここまでする必要もあるのだろうか?

 

彼から悪性のものは何も感じない

仮に彼がお嬢様に何かするつもりなら、私も全力でそれを阻止するだろうけれど

逆なのだ、何かをしているのはお嬢様の方・・・

ならば行かせても、いいのではないか・・・

 

「通してくれ」

 

考えていた、この遊びに意味があるのかと

考えすぎていて、気が付けば、既に彼は手を伸ばせば届く距離まで近づいていた

それでも彼は私に攻撃する気配すら見せない

 

「君まで怪我をさせたくないんだ・・・頼む」

 

酷い怪我・・・私が彼を傷つけてしまった

一体何本のナイフを投げただろうか・・・

刺さるたびに、よろめき、踏ん張り、また前へと進む

ずっとそれを機械のように繰り返していた彼は・・・一体何を思っていただろうか

 

――――・・・一体、私は何をしているんだ?

 

「どうしてですか!?どうして!!」

 

戦ってくれれば、こんな思いはしなかったかもしれない

戦って、勝っても負けても、こんな気持ちにはならなかったかもしれない

私は、私は・・・私は――――

 

「出来れば戦いたくない、それだけだよ」

 

 

 

 

あぁ・・・私はお嬢様の為に命を捨てる覚悟はある、けれど・・・心までは捨てきれないようだ

 

 

 

 

一方的な蹂躙、それをして私は私を切り刻んでいた

彼は真剣で・・・それでいて真面目だ

 

私は美鈴の様に、強靭な肉体は持っていない

 

私はパチュリー様の様に、色んな魔法が使えたりなんかしない

 

私は、お嬢様の様に・・・強くない

 

「君は、人間だろう・・・?」

「えぇ、その通りです」

「なら尚更、俺は戦いたくない、そうだな・・・でも」

 

彼は、はにかんだように笑う

こんな私に向けて

 

「弾幕ごっこで遊ぼうって事なら、歓迎するよ」

 

私は何をしていたんだろう

私は一体、何からお嬢様を護ろうとしたのだろう

何もかもが馬鹿馬鹿しくなってしまった

全てが愚かしく感じてしまった

 

真剣な彼と、遊戯と思っている私では、覚悟の重さが圧倒的に違う

 

最初は彼の力量を測ろうと、軽い気持ちだった

けれど、今はその自分を戒めたい

こんなにも真剣な相手に、私は何をしていたのだろう

 

「参りました、藤井様。私の負けです」

 

その言葉に八雲は首をかしげた

 

「負け・・・?」

 

「このような気持ちで藤井様に手を出してしまった事を、深くお詫び致します」

 

「意味が判らないって、それに勝ちとか負けとか、そういうのじゃないだろ」

 

「え?」

 

「君は君の想いを遂げようとして、俺を止めていたんだろう?」

 

「・・・それは・・・」

 

「確かに、俺がアリスを助けたら俺の勝ちに思えるかもしれないけど、でもそれが君の負けにならないだろ?」

 

「・・・」

 

「君の負けは、レミリアお嬢様が倒された時・・・違うかな?」

 

「違いません、仰る通りです」

 

「なら君は誰にも負けてない」

 

あぁ、この人は・・・本当に・・・

 

「ふふ・・・久々です、藤井様の様な方にお会いしたのは」

 

こんな人に私はナイフを向けていたのか

 

「ですが私はお嬢様に仕える者」

 

そうだ、私はまだ負けていない

 

「もしもお嬢様に危害を加えるなら、その時は私が全力でお相手いたします」

 

私がナイフを向ける相手は、彼ではない

まだ・・・彼に向けるべきではなかったんだわ

彼がお嬢様に仇なした時に、私の力を振るえばよかったんだ

それなら私はまだ戦える

どんな事があっても、私は戦うと決めている

 

だからそれは、今ではない

 

「ですが、この迷宮を解除する訳では御座いません」

 

せめてもの嫌がらせをと思い、私はこう提案した

 

「この先の扉は一つしか有りません、ですが私の能力で無限に増やし続けています」

 

どんな顔をするだろう、彼は一体どうするつもりだろう

絶対にお嬢様の元へは行けない迷宮を作り出している

 

「それでも、行きますか?」

 

「当たり前だ、行くに決まっている」

 

決まっている、そう言い切った彼の顔は素敵だ

別に惚れたわけでもなんでもないけれど、でもこれだけ想われているとはアリス様も幸せ者ですわ

 

「最小限に・・・出でよ、哭蛹(クーヨン)!」

 

球体の獣魔を召喚したと想うと、瞬く間に私の世界は崩壊した

私の術が、小さな粒の様になって剥がされていく

 

「何を!」

 

ゆっくりと、確実に、そして強制的に私の術が解除されている

無限に作り出されていた廊下は全て元に戻り

最初から何事も無かったかのように、私の術は消え去り、お嬢様の元へと繋がる扉が現れていた

 

「まったく、なんて人でしょう」

 

冷や汗が流れていくのが分かる

こんな術まであるのなら、パチュリー様の時にだって使えばよかったものを

 

「君も来るか?」

 

その一言は、私への挑戦状と思えた

私を呼ぶ理由など無いだろうに、彼は私を連れて行こうとする

きっとこれから先のお嬢様との事を考えれば、私を連れて行くのはデメリットでしかない

 

ここから先が、お嬢様と彼との戦いになるのだろう

ここから先が、本気の彼の戦いになる

そして・・・ここから先が、私の本当の戦いの場

 

その時、対峙しなければならない

私と藤井様が戦わないといけない

 

それを知っていて、彼は私を呼んでいる

 

ここで足踏みをすれば笑われてしまう

 

「当然、行きますわ」

 

私の覚悟に、私は笑われてしまう

だから私は、彼に付いていく

もしもお嬢様にその牙が届くのなら

 

命を捨ててでも、止めて見せよう



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運命

 

重い扉が開かれた

その扉に手を掛けているのは、八雲であった

その後ろに、控えるように咲夜が申し訳なさそうに立っている

そしてその扉の先に、この館の主が鎮座している

どうみても幼い少女の様に見えるが、どうやら見た目通りではないみたいだ

背中からは漆黒の羽を生やし、八重歯は牙の様に尖り

クっと唇を引き上げて笑う様は、どう見ても子供のそれではない

 

「案外早かったのね」

 

まるで八雲を試していたかのような開口一番に八雲も目を更に細める

 

「アリスはどこだ?」

「・・・せっかちね、そんなんじゃモテないわよ」

「貴女に好かれようとは思っていない、アリスを帰してくれるなら別だけど」

「何を言ってるの?メインディッシュも食べさせずに帰すなんて、そんな事は主として許せないわ」

 

八雲は体に刺さっているナイフを引き抜きつつ会話を進めていく

 

その姿を後ろから見ていた咲夜は顔を伏せた

 

八雲は微塵にも感じさせないが、かなりの激痛のはずだ

癒着してしまった皮膚がナイフから剥がれる音が咲夜とレミリアの耳に入る

メリメリと耳障りな音を聞きながら、レミリアは笑みを崩さずに八雲に問う

 

「そんなボロボロでどうするつもり?」

「そうでもないさ」

 

その瞬間、八雲の傷口が急激に塞がり始めた

 

「そんな・・・」

 

その光景に、咲夜は口を手で覆う

流れた血が急速に八雲の体に集まっていく

そして集めきると即座に傷は何事も無かったように消えた

その現象をレミリアは観察していた、興味深そうにその光景を見つめている

 

「鋭利な傷なら、塞がるのも早いんでね」

「随分強力なリジェネーションのようね、今まで隠していたの?」

「隠していたわけじゃない、ただ薄めていただけだ」

「あらそうなの?どうして?」

「彼女を相手に、この力を使うのは反則だと思ったからだ」

 

そういって八雲は後ろに居る咲夜に親指を向けて示す

 

「だが、貴女は違うようだ・・・人じゃない」

「人が相手なら、人と同等になって戦かおうと言うの?それは酷い驕りよ」

「・・・」

「力は使ってこそ価値がある、力は示す為にあるの、圧倒的なまでの力の差を見せ付けて、初めて愉悦を得られるものよ」

「それこそ驕りだ」

「判ってないわね、そうしないと頭の悪い連中はハエみたいに集るのよ、弱者の分際で弁えもせず下克上を成せるのではないかと、ね」

 

レミリアのその言葉を聞き、八雲は溜息を吐いた

 

「その言葉には納得できないが・・・貴女がそうなら、それでいい。だがアリスは関係ないだろう」

「そうね、なくも・・・ない訳でもないけど」

「ならアリスを開放しろ」

「それは出来ないわ、どうしても開放して欲しいなら私を倒すことね」

 

レミリアのその言葉を聞いて、咲夜はピクリと反応した

 

「弾幕ごっこってやつじゃ駄目なのか?」

 

八雲のその言葉に、レミリアは目を研いだ

 

「馬鹿にしているの?アナタの弾幕なんて目を閉じても避けられる自信があるわ」

「・・・」

「アナタの選ぶ道は一つしかない、私と戦う事よ」

「どうしてもやるつもりか」

「そうよ、アナタはそういう『運命』なのだから」

 

運命、それを得に来たと言うのに

アリスの安否は判らない

望まない戦いを強いられる

これが俺の運命か、と皮肉に八雲は思う

 

「・・・その前に聞きたいことがある」

「なにかしら?」

「どうしてそんなに戦いたいんだ」

「決まっているわ、どっちが上なのか・・・証明する為によ!」

 

くだらない、と言いかけて八雲はその言葉を飲み込んだ

レミリアの表情が、笑みから真剣なものに変わっていたから

 

「分かった、俺が勝てば・・・アリスを返してもらうぞ」

「勝てば・・・?。舐めるな再生者(リジェネーター)!私は純血の夜の者。ただの妖怪に勝てる要素があると思う?」

「やってみなくちゃ判らないな」

 

そう言い切った瞬間、レミリアは跳躍した

何の予備動作も無しに、飛ぶのではなく、跳びたった

そのまま八雲の脇を通り抜けると同時に、八雲の左腕から熱い感覚が伝わる

燃えた訳ではない、何か鋭利な何かが通り抜けた摩擦熱の様な感覚

一瞬の出来事で把握しきれていない八雲は、その熱の感覚を目で追う・・・

 

左肘から先が―――無くなっていた

 

「やってみる?一体なにをするつもり?」

 

レミリアはまた不適に笑い始めた

その右腕には、八雲の左腕を掴んでいる

 

『速いっ・・・!』

 

痛みも無く、レミリアは八雲の腕を両断していた

遅れて、八雲のの肘から、そしてレミリアの掴んでいる腕から出血し、痛みを自覚しはじめた

 

「出でよ!雷蛇!!」

 

動きが捉えられないのであれば、広範囲攻撃で挑むも

 

「なにそれ」

 

つまらなそうに、レミリアは雷蛇の電撃の網ですら容易く避け、またもや跳躍をして飛び込んでくる

 

「出でよ!土爪!!」

 

八雲はそれを近距離獣魔で迎え撃つが

レミリアは体を捻り、爪と爪の隙間を縫った

 

「当たると思ってるの?」

 

まるで曲芸染みたレミリアの動きに、八雲は付いて行けない

勢いをそのままに、レミリアは八雲の胸に左手を突き刺した

鋭い痛みに、八雲も膝を突いた

 

「・・・ここまでとは」

 

それが八雲の感想だった

見た目は幼くも、その実力は思った以上

 

「これでも再生出来るかしら?」

 

胸から引き抜かれたレミリアの左手の中には、八雲の心臓が握られていた

ドクンと収縮する度に、心臓から血が吹き出す

右手には八雲の左腕、左手には八雲の心臓を持った吸血鬼は、不敵に笑っている

容赦無いレミリアの攻撃に八雲もどうして良いか判らずにいた

 

「・・・」

 

倒れない八雲を見て、レミリアは嬉しそうに笑う

 

「もしかして、再生者(リジェネーター)ではなくて不死者(アンデット)なのかしら?」

 

まるでオモチャを与えられた子供の様に笑うので、八雲も困惑してしまう

 

不死者(アンデット)なら面倒ね」

「面倒で悪かったな」

 

軽口を返してみるも、レミリアには全然響かない

眉一つ動かさず、右足で足刀を繰り出した

 

「でも、これで終わりね」

 

膝を突いたままの八雲では避けられなかった

その足刀は的確に八雲の顎を捉え、その衝撃と遠心力で脳を揺すられた

 

「相手が不死者(アンデット)なら、意識を刈り取ればいいだけだもの」

 

フワリと、意識が遠のく感じがした

 

『ま・・・まずい・・・!』

 

そう思っても既に手遅れだった

流石の(ウー)でも、最大の弱点である意識障害の攻撃をガードもせずに受けてしまってはひとたまりも無い

 

 

 

そのまま派手な音を立て―――八雲は意識を失い、倒れた。

 

 

 

「あっけないわね、この程度なの?」

 

レミリアは倒れた八雲を見下ろし

もう興味も失せたと言いたげな表情で、両手に持っていた心臓と左腕をうつ伏せに倒れた八雲の背中に放り投げた

 

「咲夜、紅茶を淹れて来て」

 

倒れた八雲に背を向け、従者に命令をする

いつもならすぐにでも返事をする従者が、今は返事をしなかった

それが気になり、レミリアは咲夜を見ると、咲夜は何かを呆然と見つめている

視線はレミリア・・・ではなく

 

「・・・お嬢様」

「なぁに?」

 

 

 

「後ろを!!」

 

 

レミリアの後ろに立っていた人物に送られていた

従者が叫び、その主も後ろを見る

 

 

「・・・”愚か者”が」

 

 

まるで幽鬼の様に、八雲は立ち上がっていた

顔は伏せられ、その表情は伺えないが、声で判る

 

その声には、呆れが込められている

 

「この程度の事で敗れるなど、(ウー)失格じゃな」

 

独り言を呟く八雲を見て、レミリアはさっきとは違い、なんとも言えない威圧感を感じた

 

「へぇ、まだ立てるの?」

 

「まったく、侮られたものじゃ」

 

八雲はその顔を上げた

さっきまで開いているのか閉じているのか判らなかったが、今はその眼がはっきりと見えるくらいに開かれている

 

「儂の方から逆に問いたい、この程度で倒せると思っておったのか?」

 

「減らず口を・・・!」

 

「おぬしでは儂には勝てぬ、天地がひっくり返ってもそれは叶わぬ」

 

そう八雲は言った

 

「いいわ、次は全力で殺して、バラバラにして血の一滴まで啜ってあげる」

 

「実力差も判らぬほど愚かでもあるまい、やめておけ」

 

そんな二人のやり取りを後ろで見ている咲夜は異変に気が付いている

 

 

『アレは・・・誰?』

 

 

咲夜は、さっきまでの八雲とは全然違う雰囲気に得体の知れない恐怖を感じていた




夢幻の如く、儂がその話を聞いた時の感想はそれだけしかなかった

忘れられし者の楽園

そんな世界があると聞いた事がある

じゃが、それを信じていなかった。

考えられるだろうか?

人も、鬼も、妖魔も、妖怪も、神も、幽霊も、妖精も、精霊も

ありとあらゆる、闇の者と呼ばれた者達

その、なにもかもが共存し、共生している世界

にわかには信じられぬ

まさに幻想的で、理想的で・・・非現実的じゃ

全ては遠き理想郷、想いの果ての夢幻

儚く散った思いが募り、語られた全てから忘却された世界

在りはしない幻の世界、そうあってほしいという夢の願望

その集大成が、その御伽噺だと思っておった

それがその世界の正体だと考えておったが

どうやら少し違っておったようじゃな

その世界を観覧しまった、その世界を体感してしまった

夢を、幻を、理想を、幻想を、そして新たな希望も

体感すると判る、常識に縛られていたのは、むしろ儂のほうであった

最早、枯れたつもりでおったが・・・

もしもその世界が・・・儂の夢も叶えてくれると言うのなら、それは至極愉快ではないか

ならば、やるしかあるまい

与えきれなかった心残りを

今一度、あの愚か者に与えよう

その空洞の様に抜けた、そして自ら縛った頭を今一度、無限に広げられる様に


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幼い吸血鬼

凄まじい光景を目にした
平和な幻想郷では想像も出来ない、スプラッタなもの
ソレをしろと言われて、吸血鬼である私にも出来ない事はない
だけれど、あんな風には出来ない

あの男は自分の心臓を鷲づかみにして、胸に空いた空洞の中に無理矢理心臓を押し込んだ、まるで買い物袋に野菜でも詰め込むかの様に、冷たく、無表情

そして切り離された左腕を右手で拾い、再生させるのかと思ったが、ただ持っているだけで付けようとしない

あの男には痛覚と言うものが無いのか?

いや、無い筈はない
痛みで顔を強張らせている所を私は見ている

そんな思惑の中で、あの男は私に問いかけてきた

「おぬし、名を聞いておらぬな」

「あら、私から名乗るの?レディに対して失礼じゃないかしら」

「それは失敬、だが儂は別に名乗る者でもない、しいて言うなら”八雲の影”とでも言うべきか」

影、あの優男の裏とでも言うべきなのかしら
でも確かに、影と名乗るだけはある

さっきから私に当てられているプレッシャーは並のものではない

妖精程度なら、それだけで怖気付いて逃走する
人間程度なら、それだけで死を覚悟するだろう
妖怪程度なら、それだけで戦意を失い頭を垂れるだろう

だが、私は違う
わたしは夜の者であり王だ
ナイトウォーカーの中でも上位種であり、その純血である私に、この程度のプレッシャーで逃げるわけが無い
むしろ丁度いいだろう、さっきのでは楽しめない

あんな加減をされた戦いでは、私の力は証明できない!

「私の名はレミリア・スカーレット」

その名前を聞き、八雲は首を捻る

「レミリア・・・知らん名だ、じゃがスカーレットか、なるほど」

何が『なるほど』なのか、聞いてみたいが聞くのも野暮というものか
それに、そんな与太話を気にしていては王は務まらない

「あの者の子か、そうじゃな、確か生まれていれば500歳前後、といった所か・・・まだまだ幼いのう、儂から見れば稚児と変わらん」

この男の言う『幼い』は、私の見た目や、私の考え方の話ではない事くらい判る
私の内の力を感じ取って『幼い』と、この男は言ったのだ

許せない

許せる筈が無い

許していい訳が無い

「その言葉、万死に値するわ」

私の言葉を聞き、あの男は馬鹿みたいに笑った
いや、馬鹿にされたのだ、この私が

「万の死か、与えられればいいのう」

まるで他人事の様に言い放ち
不死者はまた馬鹿みたいに笑う


・・・もう絶対に許してあげないんだから!!!




 

先に仕掛けたのは、八雲だった

 

「出でよ!」

 

手を前に突き出した姿は、レミリアに何かの術を宛がおうとしてるのは確実と言える

レミリアはその一瞬を逃さぬようにと、眼を凝らし、何が出るのか確かめようとした

 

「走鱗!」

 

しかし、飛んできたのは何の変哲も無い、ただの獣とも思える獣魔

雷を発する事も無く、異様な威力という訳でもない

むしろ、攻撃用ではないとさえ思える

 

その形状から察するに、おそらく移動用ではないかとレミリアは察しを付ける

 

であれば、今のは

 

「フェイント?」

 

突っ込んできた走鱗に気を取られてすぎる訳にも行かない

すぐに視線を八雲へと戻す

 

「出でよ!光牙!」

 

『やはり、今のはフェイントか!』

 

そう思い、構える・・・が、光牙はレミリアの予測とは違う方向に飛んでいった

 

光牙の目指す先は天井

 

光牙が貫いた天井の真下に、レミリアは立っていた

天井が崩れ、いくつもの瓦礫がレミリアに目掛けて降り注ぐ

 

「こんな子供騙しで!!」

 

瓦礫を避け、避けるのに困難な瓦礫は破壊して場所を移動する

そして警戒し、敵である八雲を探す

 

「・・・いない!?」

 

左右を見渡すが、八雲の姿は無い

即座に後ろを振り向いても、八雲はいなかった

逃げの一手、にしては大掛かり過ぎている

そもそも、逃げるための目暗ましならフェイントを入れる必要が無い

 

となれば、答えは

 

「出でよ!」

 

奇襲戦法。

相手の視線を一時的に誘導出来れば良い、それは何でも構わない

光術でも、降り注ぐ瓦礫でも

それに注視させ、自身は相手の視野の外へと向かい、相手の懐に飛び込む

そこで必殺の一撃を叩き込む

 

八雲は天井を伝ってレミリアに急降下していた

 

もちろん八雲が単独で天井を這う事は出来はしない

最初に呼んだ走鱗を手元に戻し、それに乗り、天井を蜘蛛の様に這うようにレミリアの真上へと移動し、落下した

 

だが

 

「甘いわね!」

 

またもレミリアは跳ぶ、レミリアの速度は自由落下している八雲よりも断然に速い

即座に間合いを開けたレミリアは今度こそ八雲を視界に捉える

これで何が来ても対応が出来ると、そう考えた

 

しかし、レミリアは八雲の姿を見て、違和感を感じた

 

『左腕が、再生していない!?』

 

あれだけの再生能力を持ちながら、心臓はすぐに治したのに、まだ左腕が再生していない・・・再生出来なかったのか、それとも再生させる必要が無かったのか

ふたつの理由を模索したが、すぐにレミリアはその答えを得た

 

トンと、レミリアの背中に何かが当たった

 

八雲は真正面に捉えているのに、背中から何かが当たるなど考えられない

レミリアはすぐにその背中に当たった正体を確認した

 

『左腕が・・・!!』

 

左腕が宙に浮き、レミリアの背中に手を当てていた

 

「操演」

 

八雲が唱える

 

「土爪!」

 

「っく!!」

 

切り離されている左腕から、鋭利な爪の獣魔が現れ、切り裂いてくる

零距離の土爪を避ける手段などない

だが、レミリアは瞬時に判断してその手から離れていた

あと一瞬、判断が遅れていればレミリアの体はバラバラになっていただろう

 

そんな刹那の防戦

八雲はそのまま地面に着地して、レミリアを見据える

 

「これが経験の違い、年季の違いというやつじゃな」

 

レミリアは今の土爪で傷を負っていた

 

「これでさっきのような動きは出来まい」

 

背中の羽までは、守れなかった

土爪の傷跡が、羽に残されている

 

「・・・舐めるな!!」

 

怒りを露にして、レミリアはその手に槍を作り出す

怖ろしいほど練りこまれた精を槍から感じ取り、八雲はにやけた

 

「グングニル!!」

 

レミリアはその槍の名を呼び、八雲に投げつけた

レミリアの移動よりも倍以上迅く、その槍は八雲の頭部を目掛けて突き進んだ

 

「なんじゃそれは?」

 

全力で放たれたグングニルの投擲は

容易く、あっさりと、避けられた

曲がる事もせず、真っ直ぐに進んだ槍の後を、まるでつまらないものでも見る目で八雲は追った

 

「狙った者を必ず貫くと言われる神の槍の模倣。速度は申し分ないが、当てるのであれば工夫が足りぬわ」

 

全力のグングニルを容易く避けた八雲を見て、レミリアは生唾を飲んだ

強い。

そうレミリアは実感した。

まだ数回のやり取りしかないが、この男は間違いなく強い

弾幕ごっこではどうなるか判らないが、実践においては格段に強い

 

「流石ね、私のグングニルを避けたのは霊夢と貴方くらいよ」

 

正確には、グングニルを使用したのは霊夢と八雲しかいない

だが、彼女のプライドもあってか、その様に言ってしまう

それを聞いた八雲は、首をかしげていた

 

「・・・霊夢?」

 

「あの巫女よ」

 

「巫女?・・・知らんな」

 

八雲は顎に手を当て、何かを考える素振りまで見せていた

知らないはずが無い、知っていなければおかしい

だが、今の彼は影と言っていた、ならば記憶も別なのかもしれない

と無理矢理な解釈をして、レミリアは飲み込んだ

 

今はそれを考える時ではない、さて・・・次だ

 

レミリアの周りには幾つもの魔方陣が展開される

弾幕ごっこでは使用しないほどの妖力を魔方陣に注ぎ込む

 

「ほう・・・幼いが、そこそこ出来るようじゃな」

 

にもかかわらず、この男からは『そこそこ』といった評価しか得られなかった

ニタリと笑う八雲を見ていると苛立ちが倍増する

 

「この!!馬鹿にして!!」

 

その魔方陣から一斉に妖力を放出する

 

スペル名なんて存在しない

 

ただ闇雲の、相手を倒すだけに練り上げた力

魅せるためではない、倒すための攻撃

 

「短距離転移」

 

その攻撃が届く前に、八雲は消え

レミリアの背後から現れていた

背後の気配を感じ取り、魔方陣への妖力供給を絶つ

 

「出でよ、石絲」

 

またレミリアの見たことの無い獣魔を呼び出す

花弁が開き、中の獣の口から黒い糸が吐き出される

 

「くっ!!」

 

即座に回避行動を取るも、その黒い糸はレミリアの右手にあたってしまった

 

レミリアはすぐに考えた、この攻撃は何かと

その答えもすぐに得た

糸が当たった所から、急激に石化し始めている

 

『これが・・・霊夢を石化させた術ね!』

 

まるで反射のようにレミリアは自分の右手を、なんの迷いも無く左腕の手刀で切り落とす

 

落ちた右腕は完全に石に変わり果て、傷口からは石化する予兆は見えない

この対処で正解だったと、レミリアは安堵する

だが、戦況を考えると安堵は出来ない

相手はまだまだ未知数、それにかなりの余裕がある

まだ見ていない技だってあるはずだ

それに対して、こっちは大技を使っても掠り傷すら負わせられず

あまつさえ、右腕を失って再生する予兆が無い

あの石化が解除されない限り、右腕の再生は絶望的といえる

 

「右腕を諦めたか、それでどうする?」

 

「何がよ」

 

「まだやるのか?」

 

白旗を揚げろと言うのか

この私に、降参しろと言うのか

 

「頭に乗るな!!たたが右腕くらい・・・無くても戦える!!」

 

「良い覇気じゃ、だが威勢だけでは勝てぬぞ」

 

はたから見て、明白だった

遊ばれている、そう思えるほどの実力差を嫌でも感じてしまう

いくらでもタイミングはあった筈なのだ

いくらでも、レミリアの首を撥ねる事だって出来たはずなのに

八雲はそれをせず、まるで教えるかのように、レミリアの体制が立て直せるまで待っている

 

残された左腕を使い、両足を使い

離れては光弾を打ち出し、時にはスペルカードの原型になった技までも扱う

 

もはやレミリアの部屋はただの瓦礫の山と化し、最初に座っていた玉座もバラバラに砕け散っていた

そんな中で、二人の攻撃の余波を避けつつ、咲夜はレミリアに訴えかける

 

「お嬢様!もう――――」

 

「うるさい!!!」

 

咲夜が止めようと声を掛けても、主はもはや制御不能だった

 

「出でよ、闇魚」

 

今度は胴体が闇に包まれている魚の獣魔が呼び出される

その闇の中には光は無い

ミスティアと同様の能力と捕らえ、レミリアは自ら闇魚の中へと飛び込んだ

 

『暗闇は逆に好都合だわ!』

 

相手からどう見えるかは判らないが、でもそれを逆手に取ろうと考えていた

吸血鬼の様な夜の妖怪は暗闇に強い、明るい場所よりも、闇夜の方が見通しが利きやすい

そう思って飛び込んだのは良い、が

 

『何よ・・・これは』

 

これはただの闇ではなかった

覆われた瞬間に、一切周りの気配が読めなくなった

それどころか、その闇のせいで自分の体くらいしかまともに確認出来ない

 

『気配が読めない!あの男の妖気すら感じない!』

 

全てから遮断された箱庭に閉じ込められたレミリアは、辺りを見渡す

ただの闇、黒に塗りつぶされたのではないかと錯覚するほどの闇がレミリアを包む

夜目が利くはずの吸血鬼が、何も見えない暗闇に身動き一つ出来なくなっていた

 

「自ら踏み込んだ割にはうろたえておるな」

 

八雲の声が響く、まるでドームの中に居るように声が反響して、正確な位置を割り出せない

 

「見えなくても関係ないわ・・・」

 

レミリアは身を屈めた

 

「全て吹き飛ばせばいいのよ!!」

 

レミリアのスペルカードである「不夜城レッド」それをより実践向きにしたものが

 

紅魔「スカーレットデビル」

 

しかしそれもスペルカード、弾幕ごっこのゲームの範囲の内の技

 

原型の技は存在する

 

あまりの威力で使用する事すら封印していた、彼女の大技

 

「吹き飛んで後悔するといい!!」

 

それを発動させた

 

紅く、赤く、朱い

彼女の内にある妖力が異常なまでの膨張を引き起こし、己の部屋ごと吹き飛ばさんとしていた

 

 

 





所変わって、紅魔館の門。そこには美鈴とパチュリーが居た
美鈴は何をするわけでもなく、ただ門の前に立っている
パチュリーは失われた体力を取り戻すために、門の横の芝生で寝そべっていた

「すいません、パチュリー様」
「・・・なにが?」
「屋敷の中が使えればベッドもあるんでしょうけど」
「いいのよ、今はこれも気に入ってるわ」

そういってパチュリーは芝生の上で寝返りを打つ
服は既に血や泥で汚れているので、もう多少の汚れなど気にしていない様だ

「光の龍・・・また屋敷を突き破ったわね」
「お嬢様の槍も突き抜けていきましたね」

ボーっと空を眺めながら美鈴とパチュリー零していた

「修繕が大変そうですね・・・」

もう後のことを考えている美鈴は帽子の上から頭を掻いた

「どっちが勝つと思う?」
「そんなの判りませんよ」

パチュリーからしてみれば、それは純粋な疑問でしかない
ある意味、実験のようなもの
どういう事が起きるのか、どんな変化が起きるのか
勝ちか負けか、白か黒か
純粋にその程度の考えのもの

美鈴はそうではなく、純粋な武道での勝敗を想定していた
実力だけではなく運もある
ラッキーパンチが当たってそのままノックアウト。なんて事だって十分ありえるのだ
だから、実力差が極端に浮き彫りにならない限りは絶対の勝利というものはない
だから『絶対』と言う文字は、絶対に無い

そして二人は後のことを考えていた

・・・それは片付け。

とても平和的で、楽観的の、そして平和的な未来を考えていた
最終的にはお互いに仲良くなって、今夜は酒でも飲むのかな?考えていた

凄まじい轟音を聞くまでは

それは全てを吹き飛ばすような勢いの赤い妖力の放出だった
指向性は無く、出鱈目に周辺をなぎ倒すような、そんな勢いの大技
その技を放ったのが誰か、二人はすぐに理解する
理解して、思考する

どうしてあのような技を使用したのか

そして二人は同じ答えを得て、異なった思いを抱いた

パチュリーは焦っていた
スペルカードのルールを大きく越えたその威力は、幻想郷にきてから一度も使用したことは無いだろう
それを扱わないといけない相手、それほどの苦戦を彼に強いられている
助けなければ・・・レミリアを
レミリアに何かがある前に

美鈴は焦がれていた
やはり彼はかなりの実力を持っていたのだ
あれ程の威力の技を使ったという事は、あの大技を当てても大丈夫という確信があったのだろう
もしくは、大技を使わなければ打破できない何かがあったのか
前者なら影ながら見守るべきだろう、それほど興味がある内容でもない
しかし後者なら・・・混ざりたい
レミリアの決着が付く前に

敗者復活戦、そんなものは弾幕ごっこには無い
しかしこれは、弾幕ごっこではない、戦いと言う実践だ
ならば、前に負けていたとしても、もう一度前に立って戦う事だって

あり、だろう

「行きましょう!!」
「・・・もちろんよ」


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紅い魔の館

手応えはあった。
これならあの瞬間移動でも回避なんて出来るはずが無い
防御も尚更だ、そんな易々と防げるほど甘い技ではない
なにせ私の全力なのだから、消し飛んでいて当然よ
本当にアンデットなら再生できるだろうけれど、それ相応の時間が掛かるはず

これで私の勝ち

その余韻に浸るように、私は床に座り込んだ
全身に酷い倦怠感が押し寄せてきている
妖力を使いすぎたみたい
疲れきった体に鞭を撃ち、首を動かして辺りを見渡すと、私の部屋はとても開放的になっていた
一面の壁、その全て無くなっていた
咲夜が能力を使って、この部屋の面積を一時的に広げてくれたおかげで屋敷の全てを吹き飛ばす結果にならなかったのは良しとしよう
私の技で巻き上がった埃が、まるで雨の様に重力のせいでパラパラと床に落ちてくる
全身でその埃を被ってしまっているけれど、それでも構わなかった
今はただ勝利の余韻に浸りたかった



浸りたかった



夢から覚め、現実に引き戻されたかのように
その余韻も、一気に消し飛んだ

あの男の姿を見るまでは

「勝負アリ、と言った所じゃな」

「・・・」

余裕綽々といった感じであの男は晴れた埃の中で腕を組み、立っていた
何も言えない、言葉が見つからなかった

「威力も範囲も申し分ない」

当たり前だ、私の誇る最大の力を出し切った一撃
それを目の当たりにしたのだから、この男の評価も当然

「じゃが、溜めと予備動作が長すぎる。あれでは大技を使うので備えて下さいと言っておるようなものじゃ」

と思いたかった

「それに消耗が大きすぎる、傲慢さだけで戦うからこうなる。必ず倒せる・・・とな、倒しきれなかったことを考えておらん」

傷・・・どころか、掠り傷一つすら付いてない
四つの小さな獣魔からなにやら障壁の様な物が出ている
私の技は、あんな小物で防げるほど柔な技ではない!!


・・・いや、そうじゃない


あれで防げるほど、私の術が甘かったという事か
しかし、あの障壁は全てを防ぐ程の強度があるのだろうか

残念だ、心の底からそう思う

「・・・良い顔付きになった、次があれば楽しめそうじゃ」

力を蓄えるために、ほんの少しでもいい・・・
私だって再生能力がある、時間があれば失った妖力も復元できる

だがそれは、あってはならない
今すぐにでも刈れる敵の首がある場面で
その敵が、待ってくれと言われて首を刈らない者はどれだけいるだろうか?

そんな奴は、出来損ないの三途の死神くらいなものだ

例え相手は遊びだと思っても、私は本気だ

そんな甘えは許されない




「お嬢様、もう―――」




咲夜がいつの間にか私の前に立っていた
さっきまで姿が無かったことを考えると、きっと時間を止めて移動していたんだ

咲夜は私の前に立っていた

でも私の方には向いていなかった

咲夜の背中を、私は見つめていた

「もう、お仕舞いでしょうか」

「ほう・・・」

咲夜の言葉を聞いて、あの男は手を顎に当て右頬を引き上げる

「お嬢様はまだ負けていません」

何を言っているのか判らない、私にはもう・・・この男を相手に戦える程の妖力なんて残されていない
あれが全力で、全身全霊
全てを出し切った、正真正銘の本気の一撃

もう次なんて無い

「紅魔館は、まだ負けてません!!」

咲夜はナイフを取り出し、前の男に向かい合う

どうするつもりなの、そんなナイフで倒せるような相手じゃないわ

「ここからは私がお相手致します、アンデット!!」

「よかろう、掛かって来るが良い」




咲夜の右手にはナイフが握られ、左手には懐中時計が握られている

 

「私は十六夜咲夜と申します」

「知っておる、影ながら見ていたのでな」

 

「では、知っていますね?」

 

咲夜は懐中時計を開く

中の針は動いていない、それを見た者は誰もが壊れていると思うだろう

ただの飾り、アンティークだと思うだろう

 

誰でもそうだ、誰でも

 

だがその懐中時計こそが、彼女の必殺を可能にする

 

「ここが私の戦場です」

 

まるで自分に言い聞かせるように、咲夜は囁く

 

「加減はしませんのでご容赦を」

 

そう、咲夜が言い終わると同時に・・・八雲の胸にはナイフが差し込まれていた

一体何が起きたのか、八雲の理解が追いつかない

 

何の予兆もなくナイフが現れ、いつの間にか刺さっていた

刺された感触などは無く、刺さった感触だけがダイレクトに来た

そんな能力などあるはずが無い

八雲は目を凝らし、何か変化は無いかを凝視する

 

「見ていても無駄ですよ、絶対に私のナイフは避けられません」

 

また、言い終わると同時に、八雲の胸に二本目のナイフが刺さる

咲夜はほとんど動いていない、しかしその手のナイフが最初と比べ、二本減っている

 

ただそれだけの情報でしかないが

 

相手が悪かった

 

「なるほど、時間・・・か」

 

呟くような八雲の一言が咲夜に突き刺さる

 

『・・・気が付くのが速すぎる』

 

冷や汗が伝って、地面に落ちる

 

「同じかどうかは知らんが、似たような力を知っておる」

 

似た力、それだけでは判別は難しい

どんな能力かまで判るはずはない

だが、時間だけは違う

 

 

八雲は考察する

 

仮に、炎の能力者が居たとする

発火するほど熱を上げて炎を出しているのか、それとも炎そのものを無から生み出しているのか

それをどちらか判別しろと言われても見ただけでは不可能なのだが

 

時間は違う

 

時間は重複したものが存在しない

代わりは無いので加工するしかない

 

加速、停止、延長、跳躍、停滞

 

精々、この5つ

 

咲夜に動いた様子は無い

どんなに速く動こうとも、見落とすなんてありえない

もし万が一、八雲でも捉えられないほどの高速、となると今度は風や衝撃波が生まれてくる

その副産物が無い以上、咲夜の加速はまず無い

 

ありえるのは残りの4つ

 

停止、言わずもがな、咲夜以外の全ての時間を止め、咲夜だけが動ける世界を作り出す

 

延長、簡単な例をあげるなら、1秒を300秒に伸ばす能力、こちらの1秒は、あちらの300秒となる

 

跳躍、出来事の過程を飛ばし、その結果だけを得る事が出来る、『ナイフを刺しに行く』という過程を飛ばし『ナイフを刺した』という結果のみを得られる能力

 

停滞、八雲の時間だけを止めてしまう能力、その間・・・全ての者は自由に動ける

 

この中のどれかになる、どれも戦闘において反則級の破格の性能

とは言え、コレダ!とピンポイントで当てる必要も無い

どれであろうとあまり大差はない

大差がないというのは、対処法という意味だ

時間を操れると言うメリットはとても大きい

操れる者は世界を支配できると言っても過言ではないのだ

それほどまで、操れない者との差が存在する

 

「惜しい、実に惜しい」

 

「何がでしょうか?」

 

潤沢の内容物がありながら、その器はあまりにも浅い

湯水の様に溢れて来る才覚を、拾いきれず漏らし続けている

そして漏れ続けている事に気が付いていない

 

故に出た惜しいという言葉

 

相手に命というものがあるのなら、まさに必殺だっただろう

動けない者の心臓にナイフを差し込むだけで事はあっけないほど簡単に終わる

常に相手は無抵抗なのだから、そこに争いは生まれない

まさに王者の力、覇者の力、絶対の勝者になるべく存在している力

 

それを持ち合わせていない八雲には、ただ咲夜の思うままにナイフで刺されていくしかない

 

それほどまでに八雲と咲夜には差がある、余裕で咲夜の必殺は完了する

 

だが万が一、心臓を刺しても倒れない敵が現れたら

時を操っても無意味な相手が現れたら

その差は価値を失くす、怖ろしいほどのアドバンテージは失われる

 

仮に八雲が時を操れるのならば、ベナレスなど相手にならないであろう

それほどのアドバンテージだというのに

 

「もっと己の力の優位性を認識するべきじゃな」

「優位性?」

「誰にも真似の出来ない悪魔の様な力を持ちながら、使い道はとてもお粗末じゃ」

「・・・」

「想定外を考え、思考を広げる所から始めると良い。想定外を潰せば、お主に敵う者は一人もおらん」

 

アドバイスとも取れる八雲の言葉に、咲夜はさっきとは違うやりづらさを感じる

肝心の八雲は、胸に刺さった二本のナイフを引き抜き、そのナイフを自らの腕に差し込む

まさかの自傷行為に、咲夜はあっけにとられていた

血が滴り落ちるほど深く差し込まれたナイフをまた抜き取り、咲夜の方へと投げ渡す

乾いた金属音が、落下と同時に響き渡る

 

「だが、儂には無意味じゃ、お主のジョーカーは既に死んでおる」

 

そのナイフを咲夜は拾い、構える

 

『お嬢様に危害を加えるとは思えない、しかしながら・・・お嬢様の敗北は、紅魔館の敗北』

 

八雲の言葉を、咲夜は思い出す

まるで心臓を射抜かれたような言葉だった・・・

 

「私はお嬢様のメイドであり、お嬢様の忠臣である自負があります。どれだけ白旗を揚げよと進言されても、退く訳には参りません」

 

「そうか」

 

「私は死んでも、貴方をここで止めて見せます」

 

どう足掻いても、八雲は咲夜の世界を突破する事は出来ない

咲夜が八雲に致命傷を与えられないのと同様に

逆に八雲も咲夜に致命傷を与える事も出来ない

互いに平行線、勝敗の無い泥仕合になることは目に見えていた

どれだけ八雲が攻撃しようとも、咲夜は時を操り全てを避ける

どれだけ咲夜が攻撃しようとも、八雲が倒れる事はない

 

これでは意味が無い

 

『さて・・・どうしたものかのう』

 

思案する八雲

 

しいて弱点を上げるとするならば、それは咲夜自身に強大な力が無いという事だ

もし八雲を行動不能にするほどの術を咲夜が持っていたとしたら、勝負は既に決まっていただろう

しかし、その『想定外』を考えていなかった

 

ナイフを刺しても怯まず、止まらず、死なない相手

 

それを想定しろと言うほうも無茶だが、対策くらいは考えるべきだったのだ

せめて封印や足止め等の力は持っておくべきだ

 

そして三本目のナイフが八雲に刺さる

 

「・・・流石に、慣れんわ」

 

いきなり襲い掛かる痛覚に戸惑うも、八雲はまた冷静に観察をする

 

『さっきまで滴っていた血の量が増えておらん』

 

自ら刺した傷を確認する

三本目のナイフが刺さる前と、刺さった後

その間で出血の量が増えていない

 

となれば、跳躍の筋も無くなった

 

もし『跳躍』であれば、時間を飛ばすという事になる

咲夜がもし跳躍の能力者であれば、能力を使うという事は咲夜以外の時間が飛ばされるという事になる

であれば飛ばされた時間。八雲が認識していない時間も出血しているはずなのだ

飛ばされた分の八雲が認識していない出血、それが無い

ならば、跳躍して結果のみを得ている訳ではないようだ

 

そして座り込んだレミリアを見る

彼女はさっきからあの姿勢のまま動いていない、もしも八雲だけが止まっていたなら、彼女は動けるはずなのだから何かしらのアクションがあっても良い

となれば、『停滞』でもない

そして、同じ理由で『延長』の線も無くなった

 

停滞と延長は、時を操るだけでなく、時間を作り出せるという特性がある

 

空白の時間を使い、いくらでも休憩が出来る、という事になる

 

もしその二つのどちらかなら、咲夜はレミリアの回復の為に時を操る事も出来る、何かしらのアクションというのはコレの事だ

八雲の時を操り、レミリアに空白の時間を与えるだけでいい、それだけでレミリアは復活してまた戦えるようになるだろう

 

しかし、それをせず、咲夜は八雲に挑んだ

 

『しなかった』ではなく『出来なかった』なら、どうなるだろうか?

 

時を操れば、八雲だけでなく、レミリアも巻き込んでしまう

指向性など無く、無差別に巻き込む、時間の能力

 

となれば答えは一つ

 

「停止か、お主は時を止めておるな?」

 

ピクリと咲夜が動いた

 

「どうして、それを」

 

「なぁに、簡単な理詰めを行ったまでじゃよ」

 

「・・・判ったとしても意味は在りません」

 

「さて、それは―――」

 

どうかな?と八雲が言おうとした瞬間、近くで精の爆発したような感覚を察知した

実際には爆発などしていない

 

ただ内に、精を溜め込み、それを内部で爆発させ、反動として利用する

 

そんなイメージ。

 

慌てて八雲は後ろに下がった

 

その瞬間、流星でも降って来たかと錯覚するくらいの衝撃波を浴びた

一瞬ではあるが平衡感覚を失い、八雲はよろける

 

何かが斜め上から八雲目掛けて降って来た、と言うしかない

それが術ではないのは明らかだった

 

壁を突き破り、降って来た

 

「お主は・・・」

 

激しい埃を撒き散らし、流星が凛と立ち上がる・・・その流星の正体は

 

「少し気が早いかもしれませんが、リベンジマッチと行きますよ!」

 

紅魔館の門番である、美鈴

あの衝撃波をただの飛び蹴りで作り出したのかと思うと、末恐ろしいものがある

 

「・・・」

 

その後ろには、紅魔館の魔法使いであるパチュリーまで居る

 

「勢揃いじゃな」

 

八雲の前に、美鈴、パチュリー、咲夜の三人が立ちはだかる

 

後ろのレミリアを、護る様に

 

『みんな、どうして・・・』

 

その光景に、レミリアですら戸惑っていた

 

『勝てるはずが無い、純粋な戦闘では勝ち目は無いわ・・・分かってるでしょう?』

 

心で呟く、それを口に出せるはずが無い

紅魔館の主である彼女の矜持が、それを口にする事を許さない

 

しかし、既にレミリアの心にはヒビが入ってしまった

 

八雲の幻影が、レミリアの影を縛る

 

さっきより、体力も妖力も回復してきている

そろそろ軽く動くくらいなら出来そうなものだが

 

立ち上がれない

 

立ち上がっても、八雲を打破出来ないのではないか?

 

その思惑が、レミリアの影を強く縛りあげていた

 

 

 






真っ暗な地下の部屋に、轟音と地響きが響いた
暗闇の中、彼女は目を覚ます
そして考えた
咲夜の結界のおかげで、この部屋には音が届かないようになっている
そして不要な揺れも起こさないように設計されても居る

にもかかわらず、振動と轟音が部屋中に響いた

先ほど美鈴が地面を穿ったものだが、彼女はそこまで知りえない

何かが外で起きている
だが、咲夜の結界がある以上、自由気ままに外に出ることも出来ない
前と比べれば、ある程度の自由は貰える様になったので満足はしている
これ以上のワガママは言えないと、自分自身に言い聞かせ納得していた

「・・・」

時計を見る、普通の人間では時計の針など見えないくらい暗くとも、彼女の眼にはハッキリと見えていた

大体、午後5時くらい

それを確認して、そろそろ起きておこうとベッドから離れようとした時に、再び振動と轟音が部屋中に響く

なんなのだろうか?
何が起きてるのだろうか?

興味が沸いてくるも、外に出るには咲夜の結界を解除する必要がある

ふと彼女は自身を封じている扉へと目を向ける

どうせ出れないのだろうと思っていたのだが、その考えは外れていた

「あれ・・・?」

扉が、少しだけ開いていた

衝撃により壊れてしまったようだが、少しおかしい

咲夜がこの部屋に掛けた特別製の結界までもが壊れている

だからこの酷い轟音と振動が部屋に届いたのだと納得して

彼女は扉に手をかける

さっきまで冷めていた感情が起伏する

冷え切っていた心は、期待感で温まる

これで行ける、この音を確かめられる

扉をゆっくりと手で押し開け、彼女は慎重な足取りですぐ近くにある階段を登っていく
おっかなびっくり登っていく階段はどこか楽しくて、彼女は立ち止まる事などしなかった

尚も響く轟音を目指して



彼女を封印していた結界を解いたのは、精食粒と呼ばれるものだった
最強のごくつぶしは、またもや余計なものまで喰っていた


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自信喪失

「はああああぁぁぁぁ!!」

彼女の豪快な気合と共に、またもや内に溜めた精を爆発させる

渾身の一撃が八雲に向かって放たれる

彼女は既に手加減と言うものをしていない
全身全霊の精を全て攻撃にのみ注ぎ込んでいる
当たれば必殺。二の手は無い

だがそれは武術の領域ではなかった

彼女は、美鈴は、防御を完全に無視していた
行ったら行ったきり、避けられれば反撃かカウンターで即死すらある捨て身に近い攻撃
精を全て攻撃にまわしている、獣魔術でなくとも簡単なスペルどころか、ただの打撃ですら当たり所次第では大打撃になりえる

この状況を見逃すほど、八雲は甘くは無い

しかし、そんな美鈴を刺す事が出来ないでいた

『しない』ではなく、『出来ない』のだ

美鈴の突進に近い飛び蹴りを避わすと同時に反撃を加えようとすると
咲夜がそのタイミングを見逃さず、反撃を加える前に八雲本人だけではなく、進行方向をも塞ぐようにナイフが飛び交ってくる

ナイフは別に脅威では無い、刺さったとしても致命傷は無く、ダメージを負う程度だろう
所詮はすぐにでも再生できる程度の傷だが、それをあえて避けていた
余計なダメージを極力抑えるように、八雲は立ち回っている

そんな事をしていると、美鈴がまた精を溜め込み、再度突っ込んでくる

美鈴を迎撃しようと構え、術を扱おうとすると

今度はパチュリーの眼が光る
八雲の術の全てを扱わせんと言わんばかりに、彼女は八雲に向かい魔法を宛がう
何か獣魔術を使う素振りを見せると、様々な術で即座にそれを潰しにかかる
パチュリーの攻撃を防ぐ手段が無い為、ここは多少被弾しようとも、仕方無しに八雲は美鈴の迎撃を諦め、回避に専念する
今はパチュリーの術よりも優先度が高いのは美鈴だ
目前にまで迫っている美鈴を対処しなくてはならない、最悪でも彼女の攻撃だけは何とかしなければいけない

彼女の一撃は、必殺なのだから。

とても良い組み合わせだと八雲は感心した

前衛は機動力と破壊力に優れているが、防衛力は皆無と言って良い
しかしそれを後衛がカバーしている、前衛の動きを完全に把握していなければ『こう』はいかない
そして、中衛の動きも良い、敵の動きに先回りをして塞き止める、そして前衛が攻めやすい場を作り出す

だがこれはコンビネーションではない
連携ではなく、カバーリングとスタントプレイだ

美鈴は突貫をしているだけで、後ろの二人のことを何も考慮していない
前衛は後ろの支援のタイミングを読んでこそ、その機動力を存分に発揮でき、なおかつ強打を与える事が出来る

咲夜は支援に意識し続けているようだが、前に立つ美鈴に神経を使いすぎている
共に立っているパチュリーの事を考えていない、ただ美鈴にナイフが当たらないように遠慮している

パチュリーはこちらの動きに敏感であり、美鈴と咲夜の支援内容も申し分ない
だが圧倒的に体力が足りていない、もう息切れしている。そして一番場を見れている者なのに、ただ奔走する前衛と後衛を纏める事を出来ずにいた

まだまだ荒削り。

三対一なのだ、常に必殺を狙わずとも良い、追いたて、追いかけ、追い詰め、主要な場面で決めればそれでいい、当たれば勝ちというのは心に慢心を生む、相手が何も出来ず逃げるているだけと思い込んでいる内は特に扱いやすい

これでいい、後はどうにでもしておこう

あの莫迦者が目を覚ました時、その時が本番じゃ


美鈴、咲夜、パチュリー、この三人の中で危ういのはパチュリーだ

戦闘においての感性は申し分ない、それに支援という点において彼女の能力は十二分に発揮されている

しかし、体力が圧倒的に足りていない

飛び回り、跳ね回る美鈴と比べて、パチュリーの動きは無と言って良い

魔法を扱うのに精一杯というほどではないが、どの魔法を扱うかという事を思考しつづけている

 

そして最適の魔法を、絶好のタイミングで叩き込む

 

彼女が機能し続ければ、戦いの流れを常に掴めるであろう

 

彼女がこの場を纏め上げている、でなければ既に美鈴は倒れ、咲夜は孤立していた

重要人物なのだ、この場において、彼女の能力はとても有能

 

にも拘らず

 

何度目になるであろうか、パチュリーが炎の壁を八雲と美鈴の間に作り出し、八雲の眼をくらませる

その壁を割るように、美鈴の突貫に近い攻撃が八雲に飛び掛る

それを回避する同時に、またもやナイフが幾重にも飛来する

 

美鈴にかけられている、この支援を彼女は受けられない

 

咲夜にもある程度の機動力があり、さらには時間停止まで備えている

彼女を捕らえる事は、雲を掴むより難しい

 

加えて、美鈴に掛けられた支援も強力無比、あれを突破するには多少の被害も覚悟せねばならない

 

その二人に比べ、パチュリーは・・・

 

八雲は腕を突き出し、印を取る

観察していたパチュリーはその違いに即座に気が付く

 

『獣魔術ではない?』

 

印を必要としない獣魔術とは違い、指で象っている

意味があるとするならば、警戒しなければいけない

 

人差し指を伸ばし、中指と薬指を折りたたみ、小指を伸ばし、親指は中指と薬指の間に支えるように添えられている

 

无は、主の危機に反応し無限の力を得る

それは闇の怪物であれば、誰でも知っている脅威の象徴でもある

三只眼に手を出してはいけない、さすれば无が己を殺しに来る

無限の命、無限の精、無限の体力、そのどれもを備えた怪物が生まれる

しかしそれは无でなければ体感する事はない

だがもしも、无でない者が、无の再生能力の片鱗だけでも得る事があるなら、思うであろう

 

『無限の力を得た』と

 

八雲の中の人物も、同じ感想を述べるであろう

 

『自身の絶世期とは比べ物にならぬ精を感じる』

 

――――と。

 

呪蛇縛(スペルスネークバインド)!」

 

八雲は宣言した瞬間、八雲の手から無数の蛇が現れた

その術は相手を捕らえ、身動きを封じる術ではあるが、多少の攻撃力も加えられている

とはいえ本来であれば直接的な攻撃の術ではないため、それ程多くの蛇を出す事はない

多くて6匹がいい所だろう、それで捕らえられないならば、それ以上出しても効果は薄い

それは良く理解しているにもかかわらず、彼はありったけの蛇を呼んだ

 

ゾブリと、異様な音を立てて蛇が溢れ出す

 

その数、およそ50匹

 

精の無駄使い、本来であればそう思うだろう

だが、湧き上がる无の精を感じ取り、このくらいなら即座に再生すると確信していた

美鈴は問題ないだろう、この程度の術であれば容易く拳や蹴りで蛇を撃退出来る

咲夜も同様、時間を止めて軽々と避けていくだろう

だが、彼女はどうするだろうか?

ニヤリと八雲の口元が綻んでいた

 

パチュリーは魔法を選択して使用するが、数が多すぎる

多勢に無勢、あらゆる方向から迫る蛇に翻弄されるも必死に避けていたが

 

 

ついに捕まった

 

右足に絡まりついた蛇を凍結させ、砕きながら振りほどく

だが、そんな事をしているうちに次々と蛇が押し寄せる

 

右腕に絡まりつき、左足にも絡まる

残された左腕を使い、右腕の蛇を破壊しようとしたが

その魔法が発動する前に、左腕も蛇に捕らえられた

 

「パチュリー様!」

 

咲夜がなんとかしようと時を止める

 

時を止めた

 

時を止めている

 

時を止めたはずだ

 

ありえるはずが無い、ありえてはならない

 

 

「意外、であろう?」

 

 

心を覗かれたような、そんな感覚を咲夜は覚えた

 

 

「何度も観た、流石に『憶える』わ」

 

『なんと言ったの?憶えた?憶えたと言ったの?』

 

停止している時、美鈴、パチュリー、レミリア、あの蛇の全てが停止している

だが、八雲は動いていた

 

 

「お主には加減はせん、その力は厄介じゃ」

 

 

動けるはずが無い、動いていいはずがない

にもかかわらず、八雲はレミリアと同様に跳躍し、一瞬のうちに咲夜に飛び蹴りを浴びせた

 

「かはっ!」

 

肺の中の空気が押し出され、咲夜は吹き飛び、壁に叩きつけられる

 

叩きつけられると同時に時間停止は解除され、蛇が集まりパチュリーを締め上げた

 

「パチュリー様!!さ、咲夜さん!?」

 

瞬く間に変わった状況に困惑している美鈴だが、八雲は待たない

 

「出でよ!被甲!」

 

鎧獣魔を八雲は呼んだ

それは自身を守るためではなく、自動操作で扱うのでもない

 

被甲がパチュリーを覆っていく

 

「なによ、これ!」

 

身動きの取れないパチュリーはその状況を見ている事しか出来ない

やがてパチュリーは被甲に覆われ、その無類の防御力を得る

 

しかし、動かない

 

動かせない

 

被甲が動こうとしない

 

それは、鎧で作られた牢獄のような物

パチュリーはその鎧に封じられた

 

「パチュリー様!!」

 

その鎧に、美鈴が近づいた瞬間

被甲が動いた。

その鋭利な爪を、美鈴に向けて振るう

間一髪でそれを避け、美鈴は被甲との間合いを開ける

 

「ガアアアアアア!!!」

 

その姿はまるで威嚇だった

しかしそれだけで、そこから被甲は動こうとしない

動く鎧に捕らわれたパチュリー、美鈴であれば外部から破壊できようものだが

もし鎧を破壊した時、中に居るパチュリーがどうなるか、それが判らない為に不用意に攻撃など出来ない

内側からの破壊も絶望的だ

内側から魔法で破壊しようものなら全てのダメージがパチュリーに跳ね返る

被甲の能力ではないが、こんな狭い空間で魔法を使えばどうなるか、誰が見ても明らかだ

 

「これで一人目」

 

残りは拳法使いと時間停止の能力者

 

美鈴は踵を返し、捕らわれたパチュリーは一時置いておき、八雲へと向かい合う

美鈴が近づかない限り、被甲は動かない

であれば、相手をする必要も無い

今は、八雲との一騎打ちを視野に入れる

 

「よくもパチュリー様を!!」

 

「いや待て、まるであの紫の少女を傷つけた様な言い方をするでない」

 

「問答無用!!」

 

怒りが込められている口調だが、その声色はそうでもない

むしろ楽しんでいるようにも聞こえる

 

先ほどとは違い、拳法だけではない様だ

三人一組ではなくなった事もあるのか、美鈴は弾幕を使い始める

 

七色に輝くその弾幕は八雲を魅了した

しかし、その密度にも、威力にもパチュリーには及ばない

 

「他愛ない」

 

八雲はどこからか剣を呼び出した

曲線が多く、片手で振るう事は難しいであろうと思われる大剣だが、八雲はその大きさを感じさせないほど易々と片手で振るい弾幕を切り裂いた

その弾幕の奥から、またもや美鈴が仕掛けてきていた

 

先ほどのパチュリーの真似事でしかないが、なかなか理に適っていた

 

近距離タイプの特性上、接近しなければ話にならない

かといって何も無しに突撃しては、迎撃してくださいと言っている様なものだ

それを先ほどのパチュリーから学んだのであろう

彼女なりに考え、学んだようだ

 

ならばもう思うところは無い

 

新たな課題を見つけるまでは十分だ、何もこちらから課題を与える事は無い

 

八雲は剣を投げ捨て、美鈴の拳を掌で受け止める

 

周囲に衝撃波が走るほどの威力であったが、美鈴も八雲も均衡し、その姿勢から崩れない

 

「出でよ!雷蛇!」

 

そして零距離の雷蛇を呼ぶ、八雲を中心として、その周囲に電撃を撒き散らす

当然八雲にもダメージがあるが、美鈴に確実に通せるダメージでもある

 

突然の痺れに、美鈴は怯んでいた

 

同じダメージ量であれば、无の方が再生能力が高い分、有利となる

 

「・・・っ!」

 

美鈴は僅かに声を漏らし、その雷撃に耐えた

しかし、防御面に精をあまり注ぎ込んでいなかったのが仇となり、美鈴に帰ってくる

まさか、自爆覚悟での電撃攻撃など予想していなかった

 

无ならではの戦法と言って良い

 

八雲の中の者も、生身の肉体であったときはこんな戦法は選択しない

そして八雲はゆっくりと美鈴が止められる速度で拳を放つ

痺れている美鈴に、当然それは受け止められるが、問題は無い

 

「雷蛇!」

 

二度目の電撃攻撃

今度は触れている拳から直接電撃を流し込む

その衝撃に真上を剥いた美鈴の口から、比喩ではなく本当に湯気が立ち上っていた

 

「悪いが、お主と拳法で争う気は毛頭無い」

 

美鈴はその口を閉じ、歯を食いしばる

反り返った上半身を急速に元に戻し、またもや右の正拳を繰り出す

 

それを軽々と八雲は避けた、その正拳には先ほどのような鋭さは無い、まるで最後の力を振り絞った後のような、そんな力の無い正拳

 

八雲は美鈴の額に、軽くコツンと手の甲を当てた

 

「・・・」

 

美鈴はもう動けなかった

いや、動かなかった

まるで電池が切れた様に、動かない

 

「飽きれたものじゃ・・・、精を防御に使わず電撃を耐えるとは、その耐久力があるなら次は攻撃だけではなく防御に重点を置いてみるとよい、お主であれば門だけでなくお主の守りを突破できる者は少なかろう」

 

倒れそうな美鈴を八雲は抱え、近くに寝かせる

 

「次があれば、また教えてやろう」

 

さてと、と八雲は残りの一人を見据える

王手をかけるための、最後の砦

 

十六夜咲夜

 

彼女が一番面倒だ

八雲は彼女の停止した世界を『突破できない』

もう一度言うが、八雲には時を操る能力は無い、そして中に居る者にも扱えない

しかし、『対処法』はある

その恐怖心を煽り、彼女が怯えれば、それがそのまま勝機になる

 

その肝心の咲夜は、やっと壁から這い出し、襲い掛かってくるダメージに顔を歪めつつ、先に居る八雲を見つめ、状況確認をする

 

あっという間に、美鈴も、パチュリーも、まるで赤子の手を捻るかのごとく倒された

 

「一体・・・どうやって・・・」

 

「言ったじゃろ、憶えたとな」

 

一歩、八雲が咲夜に近づく

それだけで、咲夜には異質な恐怖を感じ

 

――――時を止めた。

 

その止まった世界で、本来なら動けるのは咲夜だけの筈なのだ

 

しかし、八雲は止まらなかった

 

また一歩、もう一歩、歩みを進める

 

それが咲夜には恐怖でしかなかった

 

死んでも止める、彼女は確かに八雲に言っていたが、それはどこか自分のアドバンテージに依存していた

それが崩れたとき、どうしていいのか分からない

ただ、止まった時の中を歩んでくる八雲を見つめる事しかできなかった




ナイフは既に死んでいる
何度も刺した
何度も、何度も、何度も、刺した感触がまだ手の中に生々しく残っているくらいには刺した
それでも、彼にはなんの意味も成さなかった

だから時を止め、私はどうにかしようとした

どうにか、どうにか?どうにかしようって、何?

「それこそがお主の考慮しなかった想定外の世界」

彼は止められない、止まらない

なら、私に何が出来るのだろうか

ナイフも効かない、弾幕すら有効でない相手に、どう戦えばいいのだろうか

「お主ではもう勝てぬ、諦めよ」

諦める、諦め・・・

それでいい筈がない

諦めるとは捨てる事だ

一体何を捨てるのか、そんなのは決まりきっている

それはレミリアお嬢様を・・・じゃない

私自身の存在意義を捨てる事だ

それだけは捨てる訳には行かない


捨てたくない!!


「じゃが、何も出来ん、無力なものじゃ」

その通りだ、私に彼を止める術はない

「お主は強靭無比な力を持っておるのに、腐らせている」

そう、それを痛感している

「足りぬものはもう分かった、ようじゃな」

既に手は何も残されていない

「・・・・・・」

歯を食いしばり、考える、何でもいい、何か無いか・・・
考えても、残された手札では何も出来ない事を痛感する
せめて自爆技でもあれば、少しは清々しただろうか

「いいや、お主は良くやった、今回は相手が悪かっただけじゃよ」

「・・・」

「それに、何も出来ないのと、何もしないのでは大きく違う」

「・・・」

いいや、同じだ、結果は何も変わらない

「そんな事はない、確かに結果は同じでも、その道程は違う」

思考まで読むのか、本当に化物のようですね

「別に思考など読めんよ」

彼は呆れたように首を横に振っていた

「今まで何もしていなかっただけ、故にこの結果なのじゃ」

「・・・」

「これからは異なった結果になるじゃろう、お主の意思で『しない』をまずは『出来ない』に変えてみよ」

そんな意志の力で、まるで悟りの妖怪染みた事や、私の時間の中にまで入ってくるのか・・・
ふざけた話、酷いくらいに理不尽・・・

「まぁ・・・ぼちぼち頃合かのう」

八雲は言った、時を動かしてみよ、と

最早止めている意味も理由も無くなった



私は、時を動かした



その瞬間、目の前に居たはずの彼は消え、別の場所から現れた

いや、違う

あの場所は、私が時を止めた時に彼が居たはずの場所

どういうことだ?

「ようやっとお目覚めか」

お目覚め・・・?私は・・・一体何を・・・

「幻術を仕込ませて貰った、お主が時を止めれば、その瞬間発動するようにな」

幻術・・・?あれが?
初めて、本物の幻術を体感した
大抵は幻を見せるモノである筈の幻術
所詮は子供騙しに近い術でしかないはずなのに
先程、時間を止めた時、幻は私を攻撃してきた
そのダメージも、しっかりと未だに残っている
霞の様な幻ではなく、質量を持った幻とでも言うのか
それがとんでもない上級魔術なのだというのは、素人の私にでも判る

格が違いすぎている

ナイフも効かない、時間停止も惑わされた

状況を確認するために、私は辺りを見回した

パチュリー様は、鎧の化物に捕らわれたまま未だ身動きが出来てない

美鈴は完全に床に倒れこみ、意識を失っている

お嬢様の戦意も、喪失されたまま

私は、全ての手札を剥がされ丸裸

これ以上、私達は戦えない

そう思った時

「なに・・・これ・・・」

聞き憶えのある声が聞こえた
その声の主の方へと、私は咄嗟に首を動かしていた

「・・・フランドール様、いけません!」

「咲・・・夜・・・?お姉様も、みんな一体どうしたの・・・?」

不安そうに、廃墟にも近い部屋を見渡すフランドール様の眼に、あの男が留まる

「あなた・・・ナニ?」

ただその一言に、フランドール様の怒りを感じる
戦慄が走る、それ以上の悪寒も感じる、このままではダメだ、止めなくてはいけない!

「ナニ、か。いきなり出てきて凄い事を言うものじゃ」

私は叫んでしまった

「逃げて下さい!」

この言葉は、一体誰に向けられて言ったものなのか、自分でも判らなかった
フランドール様に向けられたのか、それとも藤井様に向けたものか
もしくはそれ以外の全員に向けたのか

それとも、私自身に言っていたのか

判らないけれど、ハッキリしている事がある

「お姉様に、みんなに、何をしたの?」

「見て判るじゃろう」

「あ、そう・・・」

静かにフランドール様の手が上がる

「・・・しんじゃえ」

確かに聞こえた狂気の声、私はただ呆然と見守る事しか出来なかった


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覚醒

『・・・き・・・』

・・・

『お・・・・・・・・や・・・も』

・・・なんだ、俺は一体・・・

『いい加減起きよ、八雲』

暗い意識の中、俺はだんだんと意識が覚醒していくのが判った
この感覚、久しぶりだ

『なにを寝惚けておる』

寝惚ける・・・?あぁ、そうだ
確か、あの少女にやられたのか、俺は

『それ所ではないぞ、いい加減覚醒せい』

凄く懐かしい声が聞こえる
昔、俺を何度も助けてくれて、教えてくれた、俺の教師とも呼べる存在

貴方は・・・

『その話は後じゃ、意識を戻せ、良い物が観れるぞ』

良い物、か・・・
まだ鈍い頭を少しずつ回転させ、それを考えてみる
だが、何か嫌な予感がする

この人が言う、良い物とは大概こちらの意外な事ばかりしてきたような・・・

『えぇい面倒な奴じゃ』

視界が少しずつ開けていく感じだ
だんだんと光を認識出来るようになってくる

そこで確認した光景を観て、俺は何を言えばいいのか分からなくなった

館のほとんどは崩壊していて、まるで瓦礫の山と化している

そして、呆然として虚ろな吸血鬼と

気絶して倒れている門番の人

通路であったメイドさんも、何やら慌てた様子だが戦意を失っているようにも見える

被甲が呼び出されているみたいだけど、中に誰か居るようだ
この面子を見ると、中に居るのは、紫色の魔法使いだろうか

そして、誰だこの子は
虹色の宝石のようなもので彩られた羽を激しく揺らし、こちらを凄い形相で睨んでいる

そして俺は、体が痺れてまったく動けない
声すら出せない・・・
だが、俺の体の全てが、痺れて動けないはずなのに、勝手に動いている

この感覚、俺は憶えている
この感覚を、俺は知っている

「出でよ、土爪!」

呼び出したその獣魔を感じ、俺は仰天した

ちょっと待て!そんな精を使った獣魔なんか出したら!!

『黙って見てろ!』

土爪は虹色の羽を持つ少女に目掛けて突っ込む

「アハッ!!」

彼女の異様に伸びた爪が、土爪の爪と交差する
その瞬間、土爪が宙に舞った

そして彼女が右手を突き出し、その手を握ると

「ギィ!」

土爪の断末魔が聞こえる
一瞬のうちに土爪は木っ端微塵になり砕け散る

なんなんだ、あの力は・・・

『破壊の力、理から外れた力じゃよ』

破壊・・・
かの破壊神を相手にはしたが、こんな風な直接的な破壊は無かった
例え不死身でも、あんな風に砕かれてしまったら一溜りも無い

『ならば諦めるか?逃走できるなら脱兎の如く逃げるのか?それでいつまで逃げ切れる?そんな状況であの御方を護り抜けるのか?』

・・・
多くの質問だが、その内容は一つ

そしてその答えも一つだけ
その戦いは逃げられない、例え紙屑の様に倒されるだけでも俺は立ちはだかるだろう

『ならばこの場はお主の良い訓練所となるだろう』

まさか、この状況で代われって言うのか!?

『そのまさか、じゃよ。儂はもう疲れた』

ちょっと待ってくれ!俺は貴方に話したい事が山ほど――――――



『後で聞いてやる、この場を納められればな』


感覚が体に引き戻される

まるでスイッチで切り替えたかのように、即座に切り替わる

 

そして体の調子を最優先で確認する

やはりあの人は凄い

ここには俺が相手をしたほとんど全員揃っていている、恐らく全員を一斉に相手にでもしたのだろう

そして倒れた者もいれば、戦意を失った者もいる

そんな乱戦で、体の再生をしっかりと行い、なおかつ精もある程度は回復するように立ち回っていた

きっと最初から俺と交代するつもりだったのだろう、最高の調子で俺に引き継ぐために

 

体の方は問題ないが、状況の方は最悪の形で引き継がれたみたいだが・・・

 

「お姉様達の仇討ちよ!!」

 

「・・・っ!」

 

仇もなにも、俺はなにもやっちゃいない・・・なんて言い訳が通用するはずは無い

俺の意思でやってなかったとしても、俺の体がしでかした事なのだから

 

しかし・・・何をしたのかすら記憶もしてないんだけど

 

「・・・やるしかないのか!?」

 

彼女のさっきの破壊の力を見ている

あれは怖ろしい能力だ、もしもあれに当たる事があれば

 

俺はきっと負けるだろう

 

本来であれば、考慮にも値しない

さっさと白旗を揚げて、事情を説明すれば、この少女の怒りも収まる可能性もある

 

だが、さっきの言葉が俺の頭に過ぎる

 

 

『ならば諦めるか?逃走できるなら脱兎の如く逃げるのか?それでいつまで逃げ切れる?そんな状況であの御方を護り抜けるのか?』

 

 

逃げの一手、それだけで護れるほど全てが甘くはない・・・そんな事は判っている

だけど何があっても護り抜くと誓っている

これがその訓練だと言うのなら、甘んじて受けよう

 

・・・甘んじて受けるけど、終わったらタダじゃおかないからな!!

 

「出でよ!闇魚!!」

 

掌から闇魚が出現し、それを観たフランはまるで子供の様に喜んでいる

 

「凄い!まるで動物園みたい!!」

 

魚を見て動物園と言う表現もどうかと思うが、彼女から見れば大差はないのだろう

彼女の眼には、闇魚は魚介類ではなく、一種の妖怪にしか見えていない

 

そしてコレが応用術

 

「埋め尽くせ!!」

 

闇魚の膨張

本来であれば、精の無駄使いでしかないが、彼女に対してこちらの的を絞らせるわけには行かない

さっきの土爪を破壊した力がヒントになった

恐らくこちらを視認して発揮するタイプの力だろう

視認されれば容赦なく彼女は俺の破壊を行う、そうすればもう戦闘どころじゃなくなる

ならば、それが出来ないぐらいの囮を用意するか、もしくはその視界を奪えば良いだけだ

 

彼女の周囲を、巨大な闇魚が泳ぎ回る

 

何も視認させない闇の壁

それを八雲とフランの間に立ちはだかる

 

しかし闇の壁は、彼女には何の役にもたたなかった

 

「邪魔」

 

期待していた闇魚の壁をギロリとにらみつけ少女が手を握ると一瞬のうちに闇魚は破壊され

赤く輝く瞳が、俺を闇の奥から睨みつける

 

破壊の能力。

それを目の当たりにして、冷や汗が流れる

反則的だ・・・コレはあってはいけない力。あの人が理から外れた力と呼ぶのも頷ける

 

「お姉様に、みんなに、一体何をしたの!?」

 

八雲は何もしていないのだが、それを説明する手段が無い八雲には、黙るしかない

自分じゃない誰かが勝手に自分の体を・・・なんて言い訳にしてもならない

 

「・・・」

 

「何も言わないの?それとも言えないの?」

 

言えない、が正しい

意識を失っている最中の事を説明しろと言うほうが無理なんだから

何も言わない俺を観察すると、少女は首をかしげた

 

「ん?なんなの?不思議」

 

「不思議って、何が」

 

「私の能力・・・の応用なんだけどね。〝目”が見えたり判ったりするんだけど、アナタの〝目”がさっきと全然違うの」

 

「目・・・?」

 

「壊れやすい目、節目みたいなものだよ。それを集約すればどんなモノでも簡単に壊せるのよ。人でも、妖怪でも」

 

例え話にしては怖い事を言う

異能の能力というのは、得た者に与える影響と言うものがある

それは自身だけでなく、その周りの環境でも大きく左右されてしまう

万能感を得て、優越感に浸り、道を踏み外してきた者達を・・・俺は嫌でも多く見ていた。

だからこそ判る

今、目の前にいる少女もその一例にすぎない

能力に溺れている訳ではないが

能力に振り回されている

それを支えるものが、支えてくれる助けが、きっと彼女には無かったのだろう

染まりたくて染まった訳ではない

 

さながらそれは、狂奔する狂気

 

コントロールなんか出来るはず無い

 

「本当に何でも壊せるのよ、幽霊でも、魂でも、命でも・・・!!」

 

『しまった!』

 

自身の選択ミスに内心で舌打ちするも、既に遅い

少しでも会話をして彼女の狂気を抑えられればと思っていたが、どうやら逆効果だったようだ

彼女はその右手を突き出し、俺へと目掛けた

確殺の間、必殺の瞬間が確かに在った

 

しかしその手を、彼女は握る事をしなかった

 

「・・・え?・・・なに?なんなの!?」

 

俺以上に、彼女の方が動揺していた

 

「なんなの!?イヤ!!そんなの!!」

 

途切れ途切れの彼女の絶叫とも捕らえられる声に、俺は少し気になったがチャンスであることは間違いない

即座に彼女から離れようと、ほぼ半壊している屋敷の通路を探し、廊下へと転がり込むように、俺は一時撤退する事にした

 

 

 

 







彼女は間違いなく、八雲を壊そうとした
彼女の能力はモノの目を掌に集約し、それを握り潰すだけで対象を破壊するという狂気の力
その対象は有機物だけでなく無機物にも、魂と言う形の無いモノですら有効という規格外の能力

彼女の狂気、その能力の影響で植えつけられた狂気に任せた行動が彼女の大きな失策に繋がった
八雲の破壊だけであれば、彼女は何を感じるまでもなく軽々と勝利出来たはずだった
八雲の足、腕、そして頭を砕け散るように破壊するだけなら、彼女の能力で易々と出来る
だが、彼女の狂気が、その狙いを狭めてしまった

―――狙うは唯一

八雲の魂、八雲の〝命”

それを掌に集約するだけでいい

あとは握り潰し、破壊するだけの簡単な動作で・・・八雲を壊せる

あっけなく、藤井八雲は死んでいたはずだった

だが、何も無かった
伽藍の洞・・・まるで無限の闇を覗き込んだ感覚に捉えられた
八雲の体の中に、八雲の命というものが存在していなかった
アンデットというものはフランも知っている
キョンシーやゾンビやグール、そういったものがアンデットに属するのだがそれはある種、単純な行動だけをインプットされた機械みたいなものだ
なら、そのインプットされた呪いが、その種の命に近い存在になる
それを絶てば、アンデットであろうとも命を破壊できるのだ
行動原理を失い、起源を失った死者は、ただ動かなくなる

動く死体が動かなくなる、それはただの死体に戻るという事であり、アンデットとしての死に繋がる

だが、八雲にはそのインプットされた呪いすらなかった

命を持たず、呪いを持たず、しかし動いている

そんなデタラメに矛盾した存在をフランは知らなかった




「なにアレ・・・怖いよ・・・」

こんなに怯えているフランを見るのは初めてかもしれない
今のフランからは、狂気が薄れていた
それを大きく上回る恐怖が、全てを上書きする

「・・・フラン?」
「・・・お姉様・・・今の、ナニ?何だったの?」

『今の』そう形容されているのは、あの男の事だろう
私よりも過敏な能力を持っているが故に狂気に染まった、我が妹
それ故に幽閉しなければならなかった、我が妹
それは私以外の屋敷の者を護るために行わなければいけなかった、私の枷

そして我が妹の運命

「何が見えたの?」

怯える妹に、私は優しく問いかけた

「何も見えないの・・・怖い、アレは凄く・・・怖いよ」

「何が怖いの?」

「何も無いの・・・破壊できるモノが・・・中に何も入って無いの!!」

何も無い、それにどんな意味があるのか今の私には推し量る事は出来ない
ただ今は、怯える我が妹の頭を撫でてやる事にした

「もう大丈夫よ、私が居るわ」
「・・・お姉様」

少し、落ち着いたのが判る
それだけで、私も安心出来る
まだこの子は平気だと、大丈夫なのだと

私が安心出来る

「咲夜」
「はい、ここに」
「あの男は、どこへ行った?」
「あちらの廊下から、ですが逃げた訳ではないようです」

「そう」

ただそれだけを残して、私はその先へと、進んだ

「お嬢様!」

呼びかける我が従者、でもそれは私を止める物ではないとその声色から判る

「ご武運を」

「誰に言ってるのかしら?」

敗北する恐怖
誰が上で下か、それを認めたくない消失感に苛まれていた
それがさっきまでの私だった

でも今は違う

妹を怯えさせてくれたお礼は、きっちりと私の手で付けさせてもらうわ





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決着

やっぱり来たか・・・と、あの男の声が廊下に響く、あの男は逃げも隠れもしなかった
堂々と私達の館の廊下の真ん中に立っている
まるで私を待っていたみたいだ

「あの中で動けるのは君か、もしくはさっきの子だけだろうとは思っていた」
「あの子はフランドール、私の妹よ」
「い、妹!?」
「そう、酷くも愚かな・・・私の妹」

その愚かとは、レミリアの事か、妹の事か、それともその両方か
レミリアの表情からそれは推し量れないが、何か深い事柄があるのは間違いなさそうだと、八雲は察する

「もうこんな戦いは無意味だ」
「私には意味があるのよ」

レミリアは深く溜息を吐き捨て、呟くように言葉を紡いだ

「私は過去、とある人間に負けた・・・その時の屈辱を、私は片時も忘れはしなかったわ」
「プライドか?そんなものの為に」
「そんなもの・・・?」

レミリアは歯を食いしばる
異様に発達している吸血鬼の証、その八重歯がレミリアの口から覗いていた

「誇りを取り戻す事が、そんなに悪い事かしら」
「良い悪いじゃない、俺は無意味だと思うだけだ」
「それは貴方の勝手な認識でしょう、それを私に押し付けないで」
「押し付けているのはソッチの方だ」

八雲はただ静かに、レミリアに問う

「俺に何を重ねてる?」

レミリアは何も言わなかった

「それでアリスを巻き込んで、利用したのか」

流石に見透かされた様だ
随分と鋭い妖怪だと、レミリアは少しだけ感心した

「俺に重ねた誰かを倒して、そんな方法で君の誇りは取り戻せるのか?」
「・・・」
「そんな方法で保たれるほど安い誇りなのか?」

「・・・そんな訳が無いじゃないっ!」

「だったらもう止めるんだ、これ以上はもう」

意味が無い、その言葉にレミリアは頷けなかった

「まるで強者のセリフね、弱者の気持ちも知らないで、よくも軽々とそんな事が言える」
「君は十分強いじゃないか、少なくとも俺は一度負けてる」
「手加減されて勝っても、逆に侮辱だわ・・・馬鹿にしないで」
「・・・」
「〝今のまま"では勝てないのはもう分かってるの」

静かに、レミリアは語りだした

「私ね、少し後悔していた・・・貴方の影はまさに鬼神の様だった、あっという間に私だけでなく、私の従者達は軽々と手玉に取られてしまった。それを観たら手を出すべきじゃなかったのかもしれないって、ちょっと後悔した・・・。でもね、やっぱり私の選択は正しかった」

石化され、再生できなくなった右手が本来あった部分をレミリアは目で追う
そして残されている左腕を動かし、何かを確認する

「何が正しかったって言うんだ」

「やはり越えなければならないのよ、有象無象を、強きもの全てを私は越えなければいけない、そうしなければ私は〝家族”を護れないじゃない」

レミリアの精が爆発的に高まる
右腕を除き、既に彼女は完全なまでに再生を終えている
吸血鬼の不死性が彼女の力を元通りに復元していた

「紅魔館に居る者は全て私の〝家族”よ。妖精一匹であろうと、私を主としている以上、私は彼女達を護る義務がある!!それが王というものよ!!貴方を超えて、私はやっと王だと胸を張れる!!」

一体彼女の誇りとは何だったのか、八雲にもなんとなく理解は出来た
でも
それでも
家族を守るために、己の自信と誇りを取り戻す
それはただの勘違いだと・・・八雲は悟っている


「負けたままじゃ、いずれ滅ぼされる!!」

「それが、君の戦う本当の理由か?」

レミリアは少しだけ考え、八雲を睨み付ける

「答えるわけ無いじゃない」

その形相は、さすが夜の者と言うべきだろう
威圧感も、生半可なものではない

「・・・分かった、やろう」

八雲もその意思に折れた
しかしレミリアに言いくるめられた訳ではない
一度思い知らせるべきだと判断した
彼女の想うその考えの足りない物を正さなければならない、身をもって証明するためにも手を抜くなんて器用な真似は、藤井八雲には出来ない

「本気で」

パキっと八雲の篭手が開く
様々な術式が仕込まれた、ハーンの特別製の篭手が起動する

「いいわ、望む所よ」

対するレミリアも、左腕を水平に振るうと爪が異様に伸びた
先程のフランと同様、レミリアにも吸血鬼の基礎と呼べる武装は己が肉体に宿っている

「君となら、アンフェアじゃない」
「そうじゃないとフェアじゃないわ」

そろそろ、時刻は夜になる
彼女の本領
レミリアの世界
黒く塗られ始めた空は、レミリアには強大な味方となる
しかし、レミリアの目の前にいる化物は未だ本領ではない
さっきの勝利は、あくまで偶然でしかない
ここからが本来のレミリアの闘争になる

だがそれは藤井八雲にも同じ事が言えた
ごっこ遊びと称される、弾幕では本来の八雲の力は引き出されることは無いだろう
命のやり取り、それが八雲の置かれた世界
それだけが、藤井八雲に許された世界
藤井八雲が自ら身を投じた世界
そして、何かを護る戦いこそが、八雲の闘争を呼び起こす






 

 

 

 

ありとあらゆる攻撃は意味を成さず、さながら子供扱いといった所だろう

 

「ハァッ!」

 

気合の掛け声と共に、レミリアは残された腕を使い、八雲に斬りかかる

 

精・盾(エナジーシールド)!」

 

対する八雲は、六角形のバリアを周りに展開させる、そして八雲のバリアとレミリアの爪が幾度と無く交差する

レミリアの爪は、何度ぶつかろうとも八雲のバリアの破壊には及ばない

どれだけ繰り出しても、全てが無意味という結果に結実していた

 

爆発(エクスプロージョン)!」

 

そして逆に、八雲の攻撃を、レミリアは受けきれなかった

どんな些細な攻撃でも、レミリアにはダメージとして残る

今も精の爆発の衝撃を残された左腕だけで凌ぐ

指は爆発のダメージで本来なら曲がらない方向に捻じ曲がり、五指の全ての骨が砕けていた

 

「ッ!!」

 

しかし怯まない

レミリアはまるで関係ないと言わんばかりに、その腕を振るう

八雲もそのレミリアの様子に気が付いていた

既に、その爪は役には立たず、ただの掌を利用した打撃攻撃と変わっていた

 

本来の弾幕ごっこであれば、ここで戦いは終わっていただろう

 

 

しかし、二人は止まらなかった

 

腕だけでは駄目だと判断したレミリアは足刀を八雲に浴びせようと、一度距離を取り、まるで射出された投擲兵器の如く速度で八雲を肉薄する

だが、軽々と障壁がレミリアの足刀を弾いていく、その蹴りも八雲には届かなかった

本気の状態での八雲が相手では、どれだけ速く動こうともレミリアの動きは捕らえられてしまう

軽く弾かれ、そのお返しと言わんばかりに獣魔を呼び出す

 

呼び出されたのは三本爪の獣魔

 

先程は簡単に避ける事ができたが、さっきと今とではその爪の速度も段違いであった

相手を負かす戦法ではない、相手を倒す戦法へと切り替えた八雲に、レミリアの眼にはもはや隙らしい隙は見て取る事はできなかった

 

腹部を三本爪に切り裂かれ、激痛でレミリアの動きが止まる

口からも大量の血液が逆流し、傷口からも大量の血液が滴り落ち続ける

 

「どうした?もう降参か?」

 

眼前の怪物のような妖怪には、小手先の技術など意味を成さない

遊びであれば勝機があった相手かもしれない

魔理沙よろしく、ごっご遊びの範疇であればレミリアでも八雲を倒す手段があるかもしれない

 

だが実践と遊びは大きく違う

 

予想はしていた、惨敗する未来の予見

さっきはその恐怖も在った

だが、今は違う

 

レミリアの世界

夜の世界

それがレミリアの身体を支えている

 

フランの怖がっていた顔

美鈴の倒れる姿、パチュリーの封印、咲夜の無力化

どれも、レミリアの背中を押すには十分な理由がある

 

それだけで、レミリアの精神は奮い上がる

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

絶叫とも取れる掛け声と共に、何度目かの突撃を八雲に仕掛ける

そして潰れた左手を再度八雲に向ける、その激痛を伴う決死の攻撃も無常にも八雲の作り出した盾が容易に弾いていく

 

「私は・・・私はッ・・・!!」

 

それでも、レミリアは盾を突き破り、八雲を捉えることを諦めない

 

「―――負けてらんないのよ!!」

 

「なっ!」

 

その光景は八雲も目を疑った

吸血鬼の本物の再生を、八雲は初めて垣間見た

 

レミリアの砕けた指は瞬時に再生し、その爪は先程と同様の切れ味を取り戻し

切り裂いたはずの腹部は、既に跡形も無く復元し、その爪を八雲に突き立てようとした

 

しかし、それだけの事

 

レミリアの爪は、八雲の盾を貫通出来ない、先程何度もその盾により防がれていた

当然今も軽々と弾かれている

だが、盾に接触出来ているという事は、八雲との距離は限りなく近いという事でもある

 

レミリアには一つ、八雲の影から課題を与えられていた

『狙った者を必ず貫くと言われる神の槍の模倣。速度は申し分ないが、当てるのであれば工夫が足りぬわ』

あの時はただ槍の速度だけで八雲に当てようとしたが、その軌道と投擲のタイミングを読まれて軽々と避けられてしまった

ならばその工夫こそ、レミリアへの課題

そして考え付いた、影からの課題への回答

 

「避けられるものなら避けてみなさい!」

 

失われていた筈の右腕の部分に、どこからか現れたコウモリ達が集まり、右腕を即座に復元させた

それはまるで假肢蠱(チィアチークウ)の様に。いや、それ以上の速度でレミリアの腕を象る

復活してフリーになっている右腕へ、急速に妖気を送り込み、その妖気を限界まで編み込み、とある槍を模倣する、それは神々の王が携えた究極の武具、狙ったモノを必ず貫いたという逸話を持つ神槍

その槍の名を、レミリアは口にした

 

「グングニル!!」

 

紅く輝く槍を眼前にして八雲は何が起きたのか判らなかった

事が起きたのはほんの一瞬

目の前のレミリアが槍を作り出し、投擲したと思った瞬間

 

その槍はレミリアの手元からだけでなく、八雲の視界からも消えていた

 

同時に、八雲の作り出した盾も貫通、破壊された

 

軌道が読めたとしても、投擲のタイミングが測られたとしても

どれほど先読みしていたとしても避ける事の出来ない

 

〝回避不可能の絶対距離”

 

レミリアはそれを考え、その絶対の間合いまで詰めていたのだ

今までのレミリアであれば、こんな戦い方は選択しなかっただろう

八雲の影との戦いで得た経験値が、八雲に牙を剥く

 

「がはっ」

 

そして投擲されたグングニルは狙い違わず八雲の心臓を捉え、突き破る

それだけでなく、極限の速度から生み出された衝撃波が心臓を突き破った後から八雲を襲い、まるで紙くずの様に体を吹き飛ばし壁に衝突させた

更には衝突した壁すらも破壊して、八雲の体を中庭へと弾き出されていった

 

その光景を目の当たりにしても、レミリアはまだ勝利を確信できなかった

 

『あれくらいで倒れるはずが無い・・・!』

 

レミリアは自分で作り出した壁の穴を通り抜け、中庭へと飛び出した

そして吹き飛んだ八雲を即座に見つけ出す

中庭の花壇の中に突っ込んだ様だ、その花壇の土と花がクッション代わりとなってしまっていた

 

まだ相手は健在だ

 

渾身のグングニルでも、まだ足りない

並みの妖怪であれば、再起不能か、一撃で殺せる自信はあった

八雲の心臓がある部分に大きな風穴を開けた、本来であれば必殺の技なのだが、相手が悪い・・・八雲相手に必殺という文字は存在しない、レミリアもそれを既に理解している。

レミリアが勝利するには、藤井八雲を屈服させるしか方法は無い

絶対に勝てないという諦めを、植えつけるしかない

 

「いってぇ・・・、なんて威力だ」

 

胸の真ん中から少し外れた部分、そこが完全な空洞になっていた

肺の片方も潰されている、冷静に外傷を分析しながら、八雲は体を動かそうとしたが、上半身を起こすだけでも痛みが八雲にのしかかる

 

痛みをこらえ、倒れていた八雲が体を起こすと同時に、レミリアは館から飛び出しフワリと八雲の前に着地する

 

「どうしたの?もう降参かしら?」

 

さっきの意思返しと言わんばかりに、勝ち誇ったような顔でレミリアは八雲を見下ろす

 

「いいから、さっさと来ればいい。今がチャンスじゃないか」

 

そんなレミリアを前にしても、飄々と八雲は両手を広げ『やれやれだ』といったジェスチャーまでしていた

 

「チャンス?そんなものどこにもないわよ」

「・・・」

「貴方のその妖気の昂ぶりに、気が付かないと思ってるの?」

「・・・はは、見抜かれてたか」

 

自傷気味に笑いながら上半身だけ起こして座り込んでいる八雲は、はたから見れば圧倒的に不利な状況にも見えなくない

だが手負いだとしても、不利な体制でも八雲が所有する手札は多い

この体制からでも、いくらでも相手を打倒する手段はある事を、レミリアは理解していた

 

獣魔術、スペルアサルト、転移

 

どれもがレミリアには脅威でしかない、一手違えば、次に地を舐めるのは自身になるかもしれない

レミリアの仕留める大振りを待っていて、そのカウンターを狙っている可能性も十分にある

まだ勝てた訳ではない、ならば確信も、油断も、全て排除するべき思考

現に八雲は闘う気で居る

まだ八雲からほどばしる妖気に衰えなど微塵も無い

グングニルが胸を、心臓を貫いたというのに

 

「もう一度貫いてあげるわ」

 

そう言い、レミリアはまた手に妖気を集中させる

 

対する八雲もやっと立ち上がる、すぐに立ち上がれないでいたのは痛みもあるが、自分の体のバランスが狂っていた事もある

いきなり自分の胸に巨大な風穴が出来れば、誰でも平衡感覚を失うだろう

だがそれも再生と時間経過で感覚を掴める

未だにアンバランスな平衡感覚と失血で足元がフラつくが、目の前の状況を打破するために八雲は立ち上がる

 

「家族を護る為、俺に重ねた人物を倒して、それで満足か」

「・・・満足なんて無いわ、安息があるだけよ」

「君一人で成す安息に、他の皆はどう思うだろうな」

「何が言いたいのよ」

「そんなものは只の自己満足だって言いたいのさ」

 

紅い風が吹き荒れる

レミリアの放つ妖気が、先ほど放ったグングニルの時よりも遥かに高密度なものとなる

 

「私は館の主であり、紅魔の王よ!王が民を護る事の何が悪い!」

「だから良い悪いじゃないんだよ、そんなのは矜持を盾にした理屈だ」

「理屈があって当然よ、私は家族を守る為に誰にも負けない!負けられない!!負けたままではいられない!!」

「君は護る側の事しか考えていない、護られる側の事を考えた事はあるのか?」

「・・・なによそれ」

「この館に居る全員は、君に護られたいと思っているって、本気でそう考えてるのか?」

「意味が判らないわ」

「君はその理屈で行動している、だけどそれは彼女達の事を無視しているだけだ」

「無視・・・?そんな訳がないじゃない!貴方に私の想いの何が判るというの!」

「分からず屋め!」

 

会話をしながらも、レミリアの妖気の収束は止まらない

 

更に紅く、更に濃く、更に輝く、神の槍が彼女の手の中に完成していた

 

「次は頭を狙うわ、そうすればもう無駄口も叩けないでしょう?」

 

「もう躊躇いはない、まだ続けたいなら・・・俺は全力で君を倒す!」

 

互いに、それ以上会話は無かった

 

レミリアは右腕に槍を持ち、体を捻り、限界まで引き絞る

 

八雲は手をレミリアへと向け、構えを取る

 

「グン――――――」

 

「出でよ―――――」

 

そして互いに、相手へと放つ

 

「――――グニル!!!」

 

「――――全ての獣魔!!」

 

互いに、意地の一撃を

 

 

 

 








レミリアの放つグングニルは、狙い違わず八雲へと向かった
その速度は幻想郷最速のあの烏天狗すらも大きく上回る
八雲の放つ全ての獣魔も、かつてアマラが委任され、使用したものとは大きく違っていた
それぞれが、それぞれとして、個が集まり、群れとなる
ただ集約された力の結晶ではなく、個が能力を使いあう

まず先行したのは被甲

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

咆哮と共に、その槍を両腕で掴み、それ以上進行させまいと食い止める

その瞬間、槍と被甲の間に衝撃波が発生した
到底止められる物でもない
その槍を掴み、食い止めるだけで被甲の装甲はヒビは入り、今すぐにでも砕けてしまうほどである。
だが被甲の破壊を阻止するように导息が被甲の背後から破壊された箇所を即座に修復していく。
そして遅れながらも四天精聖奉還が展開し、被甲にバリアシールドを展開する

―――それでもグングニルは止まらない

狙った獲物を必ず貫く神槍の、模倣。

模倣であれど、本物に及ばない通りは無い

狙いは八雲、ただ一つ

その結果を、その運命を果たすべく、槍の進行は止まらない

少し、また少し、槍がその三匹を圧倒していく

次第にグングニルは四天精聖奉還の障壁を押し始める、バリアシールドでは支え切れなくなった衝撃波が被甲を襲う

被甲の装甲にまた一つ、もう一つ、ヒビが増え始める

もはや导息の修復だけでは間に合わない、それを上回る威力でグングニルが被甲に迫る、この三匹では破壊されるのも時間の問題と言えた

『何故・・・どうしてなの!!』

だが・・・レミリアは焦燥感を隠せなかった、放った槍は八雲を貫けない・・・それどころかグングニルの進行が次第に、確実に弱まっていく
上回っていたはずだった、あとは互いの注ぎ込む力の優劣が勝敗を分けるはずだったのに

確実に、少しづつ・・・

レミリアの放った全身全霊のグングニルが押し返され始めていた

『どういう事なの!?私の方が・・・妖力の差では勝っているのに!!』

八雲の獣魔の中で、一番危険な存在を・・・レミリアはまだ知らなかった
もしその獣魔が本領を発揮すれば、世界をも滅ぼす可能性を秘めた、最弱で最凶の獣魔

「ホェェエエエエエエエッ!!」

―――哭蛹。

究極のごくつぶし。
どんな攻撃ですら弾き返す、最強の防御を誇る四天精聖奉還のバリアシールドに対して、グングニルの衝撃波が通った理由でもある
ある意味それは諸刃の剣、もし失敗すればグングニルの前に四天精聖奉還のバリアシールドから先に消滅していた可能性だってある

哭蛹はそのどちらも喰べていたのだ
グングニルの妖気と、四天精聖奉還のバリアシールドを

どちらも弱まれば、共倒れになるのは明白だった
共倒れになれば、八雲に軍配が上がる
それで倒せるのは四天精聖奉還のみであり、その後ろに控える被甲と导息にまで、グングニルの刃は及ばない

「うぁぁぁああああああああああああああ!!」

レミリアも、残された妖力を、夜の力で再生している分まで、全てを槍に送り込む

グングニルはその推進力を取り戻しつつある

またもやレミリアの槍が三匹を破壊する勢いを取り戻し始めた



『いける!このまま押し切れる!!』



徐々に、四天精聖奉還のバリアシールドの効力が薄れていく・・・

対するレミリアの槍は、レミリアの妖気にリンクし、その決意に応じるように更に威力を上げていく。
哭蛹に喰われる速度よりも、レミリアの注ぐ妖力が上回っている結果である
レミリアの槍は八雲の獣魔を凌駕した、後はあのバリアシールドもろとも鎧獣魔が吹き飛ぶのを待つだけ

だが・・・八雲が呼び出したのは

――――〝全ての獣魔”

「!!!」

レミリアはそれを見た瞬間、息を呑んだ
槍を止めているのは、あくまで防御系に特化した獣魔のみ
獣魔には攻撃に特化した種も多く存在している

白銀に輝く光龍がレミリアを睨んでいた

―――それも、二匹。

目が合った刹那、真っ直ぐに光龍はレミリアに襲い掛かる

思わずレミリアは両手を突き出し、龍の頭を掴み、光の龍に拮抗する
とてもじゃないが、防御に回すほどの妖力の余裕などない
肉体の再生と、吸血鬼という種の力で、二匹の光の龍を止めていた

レミリアの体が悲鳴をあげる

触るだけでも被害の出る光術、まして吸血鬼に対して光の属性は毒にもなりえる

昼なら耐え切れなかったであろう、だが今は月がレミリアを護っている

指の骨が砕けるたびに、即座に再生を行い、人外の力で二匹の光龍を食い止める

互いに退かないレミリアと光龍・・・その場を、次は爪の獣魔が介入してきた

またもや二匹。

三本爪と二本爪の獣魔が連携してレミリアに迫り

その刃は軽々とレミリアの両腕を切り落とす

斬り落とされた両腕が地面に落ちる前に、塞き止めていた光龍がレミリアの体の内側を交差するように通過した



「そ・・・んな・・・」


あっけなく、その瞬間は訪れた

この瞬間、八雲と紅魔館の戦いは―――終わりへと向かう





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家族の形

過ぎた力は己を滅ぼす。

それはいつの時でもそうだった

能力が己を滅ぼすのではなく、能力を恐れた者に滅ぼされるのだ

そしてその能力者の精神がおかしければ・・・尚の事

私の妹は、身に余る能力を得てしまった

そして、その能力に翻弄されていた

妹に与えられた世界は、どれも儚さを感じさせないほど脆く、今にも崩れ・・・壊れそうな世界だけだった

だからこそ、私は実の妹を幽閉しなければならなかった

隠匿する為に

その様な異能者は居なかった事にする為に

易々と、軽々と、飄々と、何も最初から無かった様に、私は妹を空気にしてしまった

だけど隠匿する事が、妹には救いになる

幽閉こそが、彼女の助けになる事だってある

例え、それに不自由を感じていたとしても・・・滅ぼされては何も残らない、何の想いも、残らない。

フランはそれをよく理解してくれた・・・でなければ黙って400年以上という時を過ごさなかったはず・・・

そして、そんな異能者を匿う一族として、私の周りの者までも同罪にされない為にも、同じ事が言えた

・・・吸血鬼は、そうした闇に滅んだ血統なのだから

これは、私の妹にだけではなく・・・私にも課せられた枷なのだ・・・

見つかってはいけない、隠さなければいけない

故に私は強くなければならない

誰にも弱みを見せず、誰にも解れを見せず

有象無象を黙らせなければならない、言い寄る者を、異を唱える者を、一人残らず黙らせる

だからこそ、私に敗北という二文字はない

私が敗北した時が、私の家族の綻びを意味しているのだから





 

 

 

「わ・・・たし・・・は・・・」

 

レミリアに、もう残された力は無かった

闇夜の加護があったとしても、光にあてられてしまってはどうしようもなかった

ナイトウォーカーの欠点、致命傷とも言える大きな弱点

土爪達の斬撃に問題は無い、あの程度であれば再生は容易だろう

 

だが、両肩を貫いた光牙達の傷はそうはいかない

 

再生が異様に遅い、これは今夜中の再生は容易ではないようだ

そう思うレミリアの前に、八雲が立ちすくむ

 

「・・・」

 

何も言わず、ただ様子を見ていた

二人の間に、少しだけ静寂があった

レミリアは苦悶の表情を浮かべ

八雲はどこか悲しげな表情で、倒れているレミリアを見下ろしていた

 

 

 

 

 

「負けて・・・ない・・・まだ・・・私は・・・」

 

少しは喋れる程度まで回復したが、それでも息苦しそうにレミリアは言葉を紡ぐ

それを聞いて、八雲は手をかざした

その姿は、あの光の龍を呼ぶ時に構える姿であった

 

「まだ続けるのか?レミリア・スカーレット」

 

認めたくない運命が実現してしまった

予想していた未来が、レミリアの心を斬り裂く

 

「・・・」

 

何も言えない、それでも何かを言おうとしたが、言葉を見失った

確かな想いだけを残して、言葉を失った

 

やはり自分では護れないのかと、落胆する

 

起き上がろうとレミリアは体に力を入れるが、両肩を吹き飛ばされてはそれも叶わない

かろうじて首だけは動くのを確認して、少し離れた位置に立つ八雲を見た

 

「封印するなり、焼いて灰にするなり・・・好きにしなさいよ・・・・・・」

 

レミリアのその言葉を聞いても、八雲は眉一つ動かさなかった

ただ、レミリアを見つめているだけだった

そんな八雲をレミリアは鼻で笑っていた

 

「・・・甘いのね・・・私の事・・・怒ってるんじゃないの・・・?」

 

怒り、それもある

だが今はそれ以上に、八雲には別の感情もあった

それをどう伝えようかと八雲が考えた瞬間

 

 

 

 

レミリアと八雲の間に、十字架が舞い降りてきた。

 

 

 

 

「・・・ッ!」

 

その十字架を見て息を飲み、レミリアの表情は動揺を露にした

 

「フラン・・・」

 

十字架は、フランドールだった

フランドールが両手を広げ、八雲に向かい合うように、そして姉を護るように、館から飛び、二人の間に降り立った

 

「話は聞いちゃった、咲夜が話してくれた」

 

申し訳なさそうなフランドールの声に、レミリアはただ溜息を漏らす

そしてフランドールは八雲に向かい合う

 

「お姉様を許してあげて」

 

「・・・」

 

それに対して八雲は何も言わなかった

ただの言葉では足りないと考えたフランドールは更に、付け足した

 

「私の事を好きにしていいから、お姉様は許してあげて」

 

「フランッ・・・ダメよッ!!」

 

「いいの、私が」

 

「フラン!!」

 

そんな姉妹のやり取りの最中、咲夜も現れた

時を止めて来たのだろう、急にフランの横に現れ、八雲に向かい合う

 

「フランドールお嬢様で足りなければ、私の命も好きにして頂いて構いません」

 

「咲夜まで・・・」

 

「私も居るわよ、レミィ」

 

「パチェ・・・」

 

「一応私も復活しましたよ」

 

「美鈴・・・」

 

先ほどの獣魔術の行使により、パチュリーの被甲は消滅したようだ

美鈴も既に動けるくらいには回復している

その様子を見て、レミリアは立ち上がろうとする

 

「まだ続けるのかと・・・言ったわね」

 

両腕が失われているので、再生した羽をはばたかせ宙に飛び上がり、地面に足を付いた

そして八雲を睨みつけながら吐き出すように声を紡ぐ

 

「続けるわ・・・!」

 

決死の様子に、八雲は首を横に振る

 

「まだ、無視をするのか?」

 

ようやっと、八雲が口を開いた

 

「ここにいる皆が君を護りたいと思ってるんだぞ、判ってるのかレミリア」

 

「・・・」

 

「家族を護りたいと想う気持ちは、君だけのものじゃない」

 

レミリアは何も言わなかった

 

「互いが互いを護るのが家族だろ。王だから民を護らないといけないとか、負けられないなんて理屈は元から間違ってるんだ、王が民に護られる事だってあるだろ」

 

「・・・」

 

「一人でなんでもかんでも背負って、ずっと家族の気持ちを無視し続けるのか」

 

「・・・」

 

「強くても、弱くても、どっちでも良いじゃないか、何かあったら一緒に協力して乗り越えて行けばいい」

 

「・・・まるで強者のセリフね」

 

「強くないさ、俺だって一人の力じゃない。多くの仲間が俺に力をくれたんだ」

 

ハーンの術式、マドゥライの教え、アマラの戦術

様々な経験を積んだ

それで仲間を失ったりもした

けれど、それで終わりじゃない

その得た経験を生かし、次に繋いできた

八雲は、そういった絆と想いをずっと繋いできた

 

「君は孤高すぎるんだよ」

 

「・・・」

 

「気高くあろうとするより、君はもっと家族に寄り添ったほうが良い」

 

気高さ、気概、誇り

吸血鬼として生まれ、吸血鬼として生きてきたレミリアには、どれもが当然で、当たり前の様に感じていた

 

孤高であろうとした

強くあるために

家族を守るために

だけれど、それは表面的なもので

レミリアが心の奥底で求めていたものは、ソレとは違っていたのかもしれない

 

「・・・」

 

それを今、見透かされ、自分でも薄々感じていた想いを見抜かれた

あろうことか、こんな会って間もない妖怪に

 

「・・・」

 

もう力だけでなく、心で負けを認めてしまった

どう足掻いても、勝てる要素が微塵も無い

 

やはり自分はまだ幼かった

 

幼すぎて見落としていたんだ

 

己の事を、そして妹の事、家族の事を

 

「咲夜・・・」

 

「はい、なんでしょうか。レミリアお嬢様」

 

「私の事は大丈夫よ、彼をアリスの元へ案内してあげて頂戴・・・丁重にね・・・」

 

「畏まりました」

 

 

 

 

 

ここまでアリスは何もしなかった

それがゲームのルールという事もあるが、それだけじゃない

何もしなかったというよりは、何も出来なかったと言う方が正しいのかもしれない

何重にも張り巡らされた結界がアリスの全てを隠匿している

フランドールに扱われた結界。それと同等の結界の中でアリスは待っていた。

 

ゲーム、遊びの結果を

 

それともう一つ

 

「遅いわね、藤井さん」

 

一応部屋に時計があるので時間を確認する事は出来る

アリスがこの部屋に入ってから、かなりの時間が過ぎている

あつらえられていたティーポットは既に空になり

何をする訳でもなく、何か暇を潰せる訳でもなく、何か出来る訳でもなく

 

ただひたすら待っていた

 

結果はもう判っているけれど、その結果報告を待ちわびた

 

 

 

そして今、待ちに待った運命の時が訪れた

 

 

 

外的要因で結界が消失した

誰かが解術したのだろう

やっとか、といった感じでアリスが椅子から立ち上がると部屋の扉が動く

 

本来、扉の動きと言うのは『開く』という表現が正しい使い方だろう

だが、この時は違った

『開いた』と表現するよりは、自然に『倒れた』と表現するほうが正しい

 

バタリと、それはまるで支えていた糸が切れた人形の様に、扉は力なく倒れ込んだ

 

「えっ・・・」

 

その扉の先に見える風景は、この扉に入る前とは大きく違っていて思わず驚愕の声が漏れる

まるで地震で倒壊したのか、それとも落雷にでも合い崩壊したのか、もしくは竜巻で破壊されたのか

立派だった紅魔館の面影すらない

扉の先には、ただの紅い瓦礫の山があるだけだった

 

「アリス!・・・無事だったか」

 

想像からかけ離れた風景の中、見知った一人の男がアリスに声を掛けた

その姿を認めて、尚も聞かずにはいられなかった

 

「藤井さん・・・まさかこれ」

 

八雲の後ろ、その背景にある瓦礫の方を指差し、アリスは絶句していた

 

「ちょっとやり過ぎた」

 

申し訳なさそうにしいている八雲だったが、この状況をどうしたものかとアリスも考えざるを得なかった

八雲が勝利する事はアリスにとって予想通りだったと言える

しかし、ここまでの被害が出るなんて思いもしなかった

 

そしてそれ以上に

 

「その服・・・」

 

昨日、アリスが八雲の為に作った洋服は見る影もなかった

服の殆どが八雲の血と土で汚れ、ボロボロになっている

 

「ごめん、大切に着るって約束したのに」

「大丈夫よ」

 

アリスは指に魔力を集中して、八雲の服の破れや傷をなぞっていく

 

「この生地は私の魔力で編んだものよ」

 

破けた服の部分を指でなぞると、ほつれから糸が飛び出し、糸同士が絡み合う

 

「私の魔力で直す事も容易いわ」

 

まるで服が、糸が意思を持ったかのように動き、即座に修復していく

汚れも同様に、八雲の血で染まった部分でさえ、元の色を徐々に取り戻していった

 

しかし、そんな事も些細な事の様に思えるほど、酷い風景が目の前にあり、アリスはそっちのほうに目が釘付けになっていた

 

『もしかしなくても・・・これは藤井さんとレミリアが争った跡・・・なのよね』

 

弾幕ごっこという枠を取り除いた場合

紅魔館の面子は強豪揃いと言えるだろう

組織の力もそうだが、それだけではなく、個の能力もとても高い

 

アリスから見れば、美鈴、パチュリーはまだ対処法もあるだろう、だが咲夜、レミリア、フランドールにおいては単独で攻略出来るかどうか怪しい部分である

スペルカードのルールという枠組みでなら何とでも出来るが、実践となると生半可では勝利する事すら不可能だ。

しかし、この男はそれすらも曲げて見せた

難しいと思う事を、やってのけた

勿論、八雲の勝利はアリスにとっては予想通りではあったが

だけどそれは、己の不死性を利用した戦法だと思っていた

死合なのだから、死ななければ絶対に負ける事はないという簡単なものでしかなかった

 

だけれど、これは

 

屋敷のほとんどが倒壊するような現状までは想像できていなかった

 

レミリアの心を折ったのではなく

 

レミリアに対して、ごっこ遊びではなく純粋な戦闘で勝利した

 

それだけでも凄い事だ

並みの妖怪では勝つことすら危うい吸血鬼を、それも月が見えるこの場で、打倒して勝利を収める事の難しさ

自身が戦闘したと想定して、その戦況を想像するだけでも嫌気が刺す

何せ相手は不死身と言われる妖怪の一つ、吸血鬼なのだから

 

不死身には不死身

目には目をといったところだ

そしてこの惨状を見て、アリスは目を伏せる

 

「・・・ごめんなさい」

 

ぽつりと、アリスは八雲に謝っていた

 

「私のせいで・・・」

 

しおらしくなってしまったアリスの様子を見て、八雲はアリスの頭に掌を乗せた

 

「何か理由があったんだろ?」

 

「・・・えぇ」

 

「なら、謝らなくていいじゃないか」

 

「でも!・・・でも・・・」

 

「気にするなって」

 

クシャリと、八雲がアリスの頭を撫でる

それだけで、何かを言おうとしたか吹き飛んでしまったアリスは、ただ俯いていた

うしろめたさと、申し訳なさが混ざり、なんと言えばいいのか判らなくなった

本心など、言えるはずがない

想いだけは沈黙するしかない

 

「・・・あ、ありがとう」

 

「あぁ」

 

ただそれだけの会話に、なぜ勇気が必要なのか

どうして、この人はこんなに笑っているのか

アリスは本当によく判らなくなった

 

だが、そんな空気をぶち壊す様に、冷や水を掛ける様に

 

「あらぁ?何々?どうしたのかしら?」

 

レミリアが八雲の後ろから現れ、妙にニヤけた顔でアリスに言葉を投げかけた

 

「ッ!なんでもないわ・・・よ・・・」

 

感情を隠そうと、声を荒げたアリスだったが、最後の方は間の抜けた声になってしまった

それもそうだ、レミリアの両腕は光牙に貫かれ、未だに再生できる兆しはないのだから

 

「その腕!」

 

「やられたわ」

 

ただ、簡単にまとめてレミリアは平然と言ったが、普通はそんな簡単な内容でもない

どちらかと言えばかなりの大事なのだが、再生能力の高い妖怪にとってはまるでトカゲの尻尾が切れた程度の内容に過ぎない

時間が経てば再生出来る

自身のことを良く理解しているが故に、それ程の動揺も無いのだった

 

だが、それ以上に驚愕な部分がアリスにはあった

 

レミリアの両腕が無くなっている事以上に

 

レミリアが両腕を失う要因を、八雲が作り出せた事に驚愕していた

 

あの烏天狗ほどではないが、レミリアもかなりの移動速度を誇る

それを捕らえ、そしてレミリアに大きな打撃を与えた

確かに、スペルカードのルールに則っていたら、これは盛大な違反行為ではあるのだが、それをお互い無視し、容認して戦った結果がこの有様という訳だ

 

『ひょっとしたら・・・藤井さんは、私の想像を遥かに超えているのかもしれない』

 

まだアリスは八雲の全力で行われる戦闘を目にしてはいない

だが、この惨状を見れば、そしてレミリアの様子を見れば、それは嫌でも察する事が出来てしまう

 

アリスが様々な思考を張り巡らせている中で、今度は吸血鬼の従者がどこからともなく現れ、新しい紅茶を持ってきていた

 

「良い教訓になったわ、それに大切なものも見つけられたわ、その感謝の印として今宵は紅魔館に泊まっていきなさい」

 

レミリアが咲夜に目配せをすると

 

瞬時に図書館にあった円卓をアリスの居た部屋に持ち込み、人数分のカップを用意した

 

「いや、そんな・・・」

 

と遠慮する八雲をギロリとレミリアは睨みつける

 

「不服、かしら?」

 

妙に不服という言葉を強調したレミリアの言葉に、八雲は逃げ口上すら思い浮かばなかった

それにしても、さっきまで死ぬ気で戦っていた相手を家に泊めるとは、どんな神経なんだろうと八雲は半ば呆れながらもその言葉に甘える事にした

 

 




その後、美鈴を除いた全員で、先の戦いの談義が行われていた

パチュリーは八雲の使用していた基本原理とその起動条件、そして獣魔術を熱心に聞き込んでいた

フランは八雲の命の在り処と不思議な感覚を持つ妖怪の言葉を聞き入っていた

レミリアはそんな八雲との会話を聞き、茶々を入れていた

咲夜はもう八雲と対峙するのは御免だと一言残し、全員の世話係りと、館の清掃を妖精たちに言い伝える

美鈴が居ない理由は、簡単なものだ

館が倒壊している部分の瓦礫を館の外に運び出していた、ようは肉体労働である


アリスは、その会話にただただ耳を傾けているだけだった

「つまり、獣魔術は寄生させて使役させるものなのね、寄生と言うよりは共生の方が正しいのかしら?」

「力を借りている、という意味では共生なのかもしれないかな」

「あの瞬間移動はどうやってるの?」

「それについては説明が難しいな・・・これは俺の友人が作った術式だからなぁ」

頭をポリポリと掻く八雲にパチュリーの瞳が輝いていた

「叶うのなら、その友人に逢ってみたいわ、そんな術を作り出せるアイディアを私なりに応用できれば・・・私の魔法を更に高められるもの」

確かに、と八雲は心の中で頷いた
パチュリーの性格とハーンの性格は合いそうな部分がある
ハーンの術式との融合が出来るのならば、それはとてつもない力になる
しかしながら、それを想像した八雲の内心はそこまで穏やかではない

『新しい魔法が出来たから試し打ちさせて欲しいの』

と、気軽にお願いしてくるパチュリーを想像してしまったからだ

考えても怖ろしい
もしも短距離転移を憶え、ベナレス同様に自在に扱えてしまったら
あの超重量の銀の龍を転移させかねない
それだけじゃない、彼女ならハーンが考えていた術や魔法そのものの転移を成功させ、文字通りの全方位の攻撃が可能になるかもしれない

そうなった時、八雲は勝利出来るのだろうか?

それを3秒考えて思考を放棄した

結果はすぐに出た

・・・絶対に勝てそうにない。



そして会話は、八雲の影の話に変わった

「ねぇ、アレは一体なんだったの?まるで鬼神の如くだったわ」

レミリアが半ば反則だと言いたげな表情で聞いていた
その言葉に咲夜の眉もピクリと反応した

「アレは・・・あの人は・・・」

コネリー、本名はベム・マドゥライという
八雲の師であり、一度ベナレスに勝利した実績を持つ、八雲の知りうる限り最強の魔道士だ
とりあえず、全てを説明しても彼女たちは理解出来ないだろうと思い
八雲なりに噛み砕いた説明をしていた。

「へぇ、師匠がいたの」

「まぁ、ね。もう亡くなってしまったけど」

「ん?亡くなったって、どういう事よ」

前のめりになるレミリアに

「意識だけを俺に移植していたんだ、マウスって術で自在に呼び出せたんだけど、もう壊れて・・・あれ?」

まさかと、八雲は思う
マウスと同様の効果を得ていた瞬間があった
戦いの中で、八雲はコネリーの存在を確かに感じ取っていた

「マウス!!」

起動した瞬間、それは壊れた術ではなく、完全なマウスが八雲の手に形成されていた

「どうして、壊れた筈なのに」

不思議がる八雲に、今度はアリスが声を掛けた

「きっと幻想郷のせいじゃないかしら」

「この世界の・・・?」

「えぇ、壊れても、忘れ去られた幻想であればコッチに来れる可能性もあるわ」

「でもどうして」

「その、マウス・・・だっけ?藤井さんの世界では藤井さん以外は忘れてるんじゃないかしら、それにそういった術や概念は元の形に戻る可能性もあるし、壊れた術ではなく、忘れられた術としてコッチに来たって事ね」

「・・・なるほどな」

この世界に来た瞬間に、壊れた術ではなく、忘れ去られた術として認識されているとは
なんだかちょっと悲しい部分もあるが、それについては言及しても仕方がない

それに起動させた瞬間に、マウスの術や思考を引き出せるのも、八雲には大きなアドバンテージになる所もある

しかし、そのマウスには八雲にしか分からない違和感があった

『コネリーさん』

呼びかけても、そのマウスの中にコネリーの意識はなかった
ただの無、術式だけ預けられ、コネリーの意識だけ綺麗さっぱり消えていたのだった

しかし、便利なものだと八雲は考えていた

『壊れた術でも、こっちの世界では再現されるのか』

のん気に

酷くのん気に

愚か者と嘆き、悲しまれるほどのん気に、うすぼんやりとそう考えていた

そして、その異常性にすぐに思い当たる最悪のケースを思い浮かぶ

「ちょっと待ってくれ!!!」

八雲は座っていた椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がった
数秒前の自分を殴り飛ばしたいほどの衝撃を八雲は受けていた

「ちょ、え?なんなのよ」

急な怒鳴り声に、アリスとフランは驚き
レミリアとパチュリーは冷静に、次の言葉を待つような素振りを見せていた

「壊れた術が元の形に戻るだって!?」

「そうだけど、なんなのよ」

ツーッと嫌な汗が八雲の頬を伝う

「なぁ・・・みんな」

深刻そうな声で八雲は呟く

「この世界で、呪術や付術に特化してて、なおかつ医術に精通している人はいないか?」

ここまで言い切り、八雲は自分で何を無茶な事を言っているんだろうと一人ゴチた
それもそうだ、医術に精通しているなら、人を陥れる呪術など習得するはずもないのだ
逆もそうだ、付術に特化させているのなら、医術など必要としない、己の術で治療できてしまうからだ。

落胆し、頭を抱えた八雲を他所に、レミリアは呟いた

「居るわよ」

「居るわね」

それに同調するパチュリー

「居たっけ・・・?」

フランは?マークが3つくらい出てるような表情をしている

「へ・・・?居る?」

「あー、あの人ね」

アリスも心当たりがある様な反応を示す。

「連れて行ってくれ!今すぐに!!」

アリスの左右の肩を両手で掴み、八雲は焦った表情で懇願するが

「それは無理、この時間じゃ怪我人以外に会う方法はないわ」

レミリアが八雲の言葉を刺し止める

「そんな悠長事言ってる場合じゃないんだ!」

「焦って相手の機嫌でも損ねたら、私以上に厄介かもよ?それでも押しかけるつもり?それで嫌われたら何もしてくれないかも」

そこまで言われると、八雲も何も言えなくなる
どんな人柄の人物かも分からない以上、下手に動き、何もしてもらえないというのは最悪の結果だ

「んじゃ、明日にでも出発すればいいじゃない」

レミリアは嬉しそうに口を歪ませて笑っていた



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竹林の医者

 

 

 

夜が明け、八雲とアリスは紅魔館を後にしていた

 

「とりあえず、医者に会ったら報告に来なさい」

 

とレミリアから言われ、ほかの全員も何も言及はせずに八雲達を見送っていた

 

ほとんど瓦礫と化している紅魔館を見ながら、八雲は考えていた

 

『もし問題が無ければ、戻って紅魔館の復旧作業を手伝おう』

 

そんな考えを浮かべていた

 

それからどれほど飛んだだろうか、かなりの時間を飛行して人里と呼ばれる上空に差し掛かった頃

 

「見えてきたわ」

 

先導してくれていたアリスが指を指していた

その先は、まるで密林の様に生い茂っている竹林

 

その竹林上部は、まるで竹が意思でも持っているかのようにざわめき、揺れ動いている

さながらそれは天然の竹槍で出来た針の山とでも呼べばいいのだろうか

とてもじゃないが上空からその竹林に降り立つというのは出来そうになかった

 

しかし、その竹薮の中に一箇所だけ空洞になっている部分を発見した

 

アリスもその空洞を指差し

 

「あそこよ」

 

天然の竹槍をかいくぐり、八雲達はその空洞に舞い降りて行った

 

八雲も使用していた追鱗(ジュイリン)から降り、その空洞の中にある建物の前に立ち、言葉を漏らす

 

「なんだここは」

 

その一言は、別に建物に対して出た言葉ではなかった

しかし、それでも思わずそんな感想が口から漏れてしまった

魔法の森でも感じたが、この竹林も嫌な感じは拭えない

 

「ここは迷いの竹林っていわれてる場所の中よ、一度迷えば出ることは出来ないわ」

 

「え!?」

 

驚く八雲に、アリスは微笑みながら付け足す

 

「それは普通の人間の話よ、空を飛べるなら空を目指せば脱出は容易いわ」

 

「な・・・なるほど」

 

「それに、この竹林には案内人がいるから大丈夫なのよ、運が良ければ助けてくれるわ」

 

「運が悪かったらどうなるんだ?」

 

んーっと少し考え、アリスは一言

 

「聞かないほうがいいわ」

 

その一言に全てが集約されていた

八雲も何となく感じる事は出来る、妙な気配がこちらの動きを見張っているようにも感じる

まるで猛禽類が獲物を狙う、そんな空気を感じなくも無いが

それがどこから、それが誰から、というのは明確には判らない

なにやら妙な力が働いているのか、第六感と言われる感覚を鈍らせる術にも似ている

 

様々な思考を巡らすも、特に意味は無いと割り切り、八雲は正面の建物へと向かい合った

 

「それで、ここが病院なのか?」

 

と聞きたくなるもの仕方が無い、外見だけ見ればそれは普通の家だ

少し古い作りの日本家屋と言っても差し支えは無いだろう

 

「えぇ、そうよ。ここが永遠亭、幻想郷の病院よ」

 

アリスはそう言いながら、扉に手を掛けようとした瞬間

扉が勝手に開いた。

自動ドアという訳ではなく、内側から丁度開けた人物がいた様だ

 

「おや?」

 

八雲の眼に飛び込んできたこの少女、姿はまるで日本の女子高生そのものの様な服装をしている

ブレザーに、綺麗に折り目の入ったやや短めのスカート

ただ、日本の女子高生と大きく違う部分もあった

 

「アリスさんじゃないですか」

 

頭の上にある、兎の耳をヒョコヒョコと動かし、ブレザー少女は軽くお辞儀をしていた

 

「こんにちわ」

 

「兎・・・?」

 

八雲はその姿を思わず凝視してしまった

コスプレにしか思えないその容姿は、八雲を困惑させるには十分だった

 

「貴方は・・・最近来た外来人ですね、話は聞いてしますよ」

 

「話だって?」

 

「えぇ、軽く有名人ですよ、なにせ博麗の巫女に一矢報いた・・・とでも言うんですかね」

 

「えっと、誰からそれを?」

 

特に電力や通信技術の無いこの世界で、そんな速く情報を伝達させる方法があるのかと疑問に思ったが

 

「えぇ、新聞に大々と出ていましたから、嫌でも目に留まりますよ」

 

新聞というワードが出た瞬間、八雲はなるほどと納得した

古来から、何かの情報を拡散する方法として、情報を書いた物を広めると言う手段は正しい

 

だが何故だろうか

どうしてそんな物を記事にする必要があったのだろう?

 

博麗の巫女を倒した、という事実はかなり重い物なのだが

八雲にはそこまで思慮は及ばない

 

そして、新聞というワードが鍵となり

 

アリスの顔色は変わった

 

「藤井さん、申し訳ないのだけれど、ここから先は一人でも大丈夫かしら?」

 

急な提案に、八雲はアリスの様子を伺った

 

「もちろん、診察が終わって帰る頃には戻れるようにするけれど、・・・良いかしら?」

 

有無を言わさない空気に、八雲は一歩下がる

 

「大丈夫だとは思う、けど急にどうしたんだ?」

 

不思議がる八雲に、アリスの眼が蒼く輝く

そして懸糸を手繰り、傀儡を操りだした

 

「ちょっと、野暮用を思い出したの」

 

「・・・」

 

何も言えない

アリスは人形を巧みに操り、まるで生きてるかのように人形が振舞っている

 

まさに人形と戯れる美少女・・・といった風に見えなくも無い

 

しかし、アリスは人形遣いだ

八雲は昔、人形遣いと戦っているから知っている

人形遣いの武装は、人形そのものだ

故に、八雲には武器の具合を確認している戦士、という形でしか今のアリスを見る事はできない

 

「少し、ほんの少しだけ・・・山の方へ行って来るわ」

 

何をしにいくのか、なんて聞くだけ意味が無い

武器、武装の確認をした戦士が向かう場所と言えば、戦場と相場で決まっている

 

「一人で大丈夫なのか?」

 

「えぇ、今度は大丈夫よ」

 

「分かった、気をつけて行って来てくれ」

 

八雲はそんなアリスを引き止めることはせずに、ただ見送る事にした

本来であれば、紅魔館の一件もあるので引き止めるべきなのだろうが

アリスは、野暮用と言っていたし、特に悲壮感が在る訳でもない

勝算というよりも、戦闘にすらならない可能性もある

一応、万が一の確認として、人形の調子を確かめただけかもしれないのだから

 

そんな八雲の言葉に、アリスはニコリと微笑み

 

「ありがとう、今度は必ず帰ってくるわ」

 

そう伝えると、あっと言う間に飛び上がり、アリスは雲の中へと消えていった

 

「えーっと、アリスさんが行っちゃったって事は、貴方が?」

 

患者なのか、という意味だろうか

すぐに八雲もそれに返事をした

 

「そうなんだ、出来れば診察して貰いたい」

 

うーん、と兎の彼女は右手を顎に宛がい

 

「どこをどうみても健康体に見えるんですけれど」

 

「なんと説明すればいいのかな・・・」

 

言葉を捜している最中に、建物から一人の女性が出てきた

長い銀髪で、赤と青の看護服を纏い、女性にしては長身な身体をしている

 

「禍々しい魔人でも来たのかと思ったけれど、そんな事も無いようね」

 

「師匠」

 

師匠と呼ばれた彼女は、ニコリと笑い、通ってきた扉を大きく開けた

 

「入りなさい、急ぎなのでしょう?」

 

「はい、助かります」

 

この看護婦の女性と、そしてウサ耳の彼女とも自己紹介も交わさず、八雲はそのまま扉を潜って行った

けれど、医者と患者という部分では、特段意識することも無いと無視していた

 

むしろ八雲にとって重要なのは、その医者が本当に八雲が望むほどの能力者か、という事だった

 

 

屋敷の中は凄くさっぱりとした印象を受けた

余計な物は少なく、必要なものだけを取り入れている

そして、案内されて通っている廊下も歪み一つ無い桧作りの廊下だ、こちらの世界の大工の腕の良さを感じる

廊下を歩きながら覗かせている部屋の畳も、庭の造りも、まさにこの屋敷は概観だけでなく、中身までも日本家屋と言っても申し分無い造りだ

 

そんな廊下を歩き、廊下の一番奥の部屋の扉が開かれると

 

その中は診療所となっていた

 

八雲も良く知る、病院の診察室だ

 

「なんとなく察してるけれど、とりあえず問診させてもらうわ」

 

そして部屋にある一番大きな机に看護服の彼女が腰を降ろしたのを見て、八雲は首をかしげた

 

「貴方は・・・看護婦さんじゃないんですか?」

 

「いいえ、ここの医者は私よ」

 

まさかの女医だった

 

しかし何故看護服なのだろうか?

 

と気になったが、もはやそこを質問する意味も無いかと八雲は考えるのを止めた

 

「俺にとある呪いに近い術が掛けられている可能性があります」

 

呪いという言葉に、女医は僅かに眉を寄せた

 

「まるでその術の検討が付いてるかの物言いね」

 

「いや、正確には『かもしれない』程度なんです。その術が復活しているかどうか・・・それを調べてもらいたいのですが」

 

女医はカルテを取り出し、その空欄を埋めるように筆を走らせる

そして、一言

 

「脳、ね」

 

と八雲に告げた。

 

その一言に、八雲は確信した

 

この女医の腕は、間違いなく八雲の望んでいた人物だと

 

――――そして・・・

 

 

「やはり・・・復活していますか」

 

それが分かるという事は、昔壊れたはずの術が、放棄されたはずの術が

蘇ってしまった事を確信するには十分だった

 

「そうね、とても強靭な力を感じるわ」

 

尚も女医は筆を走らせる

 

「解呪は出来そうですか?」

 

切羽詰る声で八雲がすがる様に発した言葉も

 

「難しいわね」

 

の一言で片付けられてしまった

 

難しい、その言葉の重さに八雲は溜息を吐き、肩を落とした

 

この術が復活してしまっているという事は、もしかしたらあの男がちょっかいを出す可能性もゼロでは無くなった

八雲の脳に術を埋め込んだ張本人

ベナレスが干渉してくる可能性もゼロではない

最悪の事態を想像しながら、今後の対策を考えている間も、八雲を他所に女医の筆はずっと走り続け

 

そして、ピタリと止まった

 

「それじゃ、触診したいから、そこに横になってくれるかしら?」

 

そう言い、腰くらいの高さの簡易ベッドを指差す

 

「え?」

 

呆けてしまった八雲に、女医はフフと小さく笑っていた

 

「まるでこの世の終わり。みたいな顔をしているわね」

 

「本当に終わってしまう可能性もあるんです・・・それだけは避けなければ」

 

「なら尚更ね、早く横になって」

 

「ですが、解呪は無理なのでは?」

 

その八雲の一言に、女医の眼が光る

何を言っているんだ、この阿呆はとも言いたげな瞳だ

 

「私は『難しい』と言っただけで、『無理』とは言っていないわ」

 

はっきりと言われた力強いその女医の言葉に、八雲は深く頭を下げた

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、あの妖怪人間。何で来たのさ」

ぴこぴこと耳を動かしながら、白い兎は青い兎に問いかけた

しかし、その答えを持ち合わせていない青い兎は、ただ首を傾げるだけしか出来なかった

「私にそんな事聞かれても知らないわよ、向こうから来たんだから」

なるほどねーと白い兎は何をする訳でもなく、ぼんやりと座っているだけだった

そんな白い兎を見た青い兎はボヤいた

 

「あのね、掃除の邪魔なんだけど」

「私は昼寝の邪魔をされてるんだけど」

 

青い兎に悪びれる事も無く、白い兎はのほほんとしているようだ

 

今にも喧嘩が始まりそうなくらいにお互い睨みあった所で、それは第三者に止められた

 

「まったく、何をしているの?」

 

「姫様!」

 

いつの間にやら、二人の死角からまるで人形の様に整った女性が現れていた

青い兎は慌てて掃除を再開しようとしたが、どうやらそれが正解ではなかった

 

「もしかして何も感じていないのかしら」

 

「あの・・・感じる、とは?」

 

「う~んと・・・」

 

白い兎も、青い兎も、どっちも何も感じ取っている様子は無い

むしろ、なんの話なのか、まったく見当が付いていなかった

 

「魔人が来ているでしょう?」

 

さっき訪れた男が魔人と形容されるほど強大な力を感じられなかった青い兎は、別の何かを考慮するも特に思い当たる事は何も無い

 

「もうよろしい、何も判らないなら永琳の元へお向かいなさい!」

 

訳も分からず姫様から怒られ、青い兎は涙目で診察室へと足を運び

苛立っている姫様からのとばっちりは御免だと、白兎もいつの間にか姿をくらませていた

 

渋々ながらも、青い兎は診療室の前まで向かい、いつも入室するとおりにノックを三回

 

・・・

 

いつもなら返事が返ってくるのだが、扉の向こうからの応答は無かった

仕方が無いので、青い兎はそのままドアノブに手をかける

 

「失礼します、師匠」

 

いつも通りの入室の挨拶を済ませ、室内状況を確認する

いつも通りなら、笑顔の師匠がデスクに腰を掛けている筈なのだが

どうやら様子がおかしかった

 

「・・・」

「・・・」

 

師匠と男はお互い渋い顔を浮かべている

 

あんな顔をしている師匠を、青い兎は見たことが無い

師匠と呼ばれた女性は男に注射を施している様子だった

そして師匠の視線もその注射器に注がれている

なので、青い兎も思わずその注射器に目を通す

 

「な、何をしているんですか!!」

 

その注射器の中身は空だったのだ

何も薬を入れてないサラな物、という事ではなく

確かに注射器の中にはしっかりとした内容物は入っている

 

空気と言う名の内容物が

 

もしも万が一、そんなものを注射すればどうなるか、そんな事は青い兎でも知っている

慌てて大声を出してしまった青い兎を師匠と呼ばれた女性がジロっと睨み

 

「黙ってなさい」

 

と、かなり低い声で言い放つ

思わず叫んでしまったが、ここは診療室

大声をあげていい場所ではない

 

「あっ・・・ハイ」

 

自分のした失態を即座に反省し、状況が読めない青い兎は黙って見守る事にした

 

師匠は黙ってその針を抜き取り、注射器を診察用のトレーに戻し

 

「なるほど」

 

と小声を漏らしていた

 

「だから言ったでしょう、採血は出来ないんですよ」

 

この男の発言に、青い兎は首をかしげる

採血が出来ない、そんな妖怪が居るのだろうか?

正確には居ない事はない、だがそれは雲の妖怪や、唐傘のような、肉の体を持たない者からはどうやっても採血は不可能なのだが

 

この男は違う

 

肉体がある、生きているのだから血は流れているはずなのだ

ならば、不可能なはずは無いのだが

 

「そのようね」

 

と師匠もなぜか納得している

 

少し考えた様子を見せた師匠は、立ち上がって薬棚を開き、その薬棚の奥に手を入れる

 

「申し訳ないけれど、その術の根源はかなり根が深いようね」

 

「・・・」

 

その診察結果を、男は黙って聞いている

 

「曖昧な事は言いたくないから、ハッキリと言うわね。さっきは難しいといったけれど、この術は掛けた本人でしか解呪出来ない仕組みになっているわ」

 

「そうですか・・・」

 

「解呪が無理になってしまったけれど、対策がない訳ではないわ」

 

そう言って、師匠は棚の奥から小さなビンを取り出し、八雲に手渡した

 

「其れを飲んでいるうちはその術の効力も弱まるはずよ、副作用がない訳ではないけれど・・・でも、貴方なら問題は無いでしょう」

 

「十分です、助かります」

 

「今は準備が無いからそれくらいしか出来ないけれど、次に通院してもらう時はその呪いに結界を施せるようにしておくわ、結界で遮断をすれば一時的だけれど解決にはなるはずよ」

 

「ありがとうございます、先生」

 

先生といわれた師匠は、ニコリと優しく笑い

 

「永琳でいいわ、貴方からそんな堅苦しく呼ばれたら肩が凝りそうよ」

 

永琳のその提案に、八雲は畏れながら頷いた

 

「わかりました、永琳さん」

 

「一週間後にまた来なさい、それまでに準備をしておくから」

 

八雲はビンを大切に仕舞うと、ゆっくりと立ち上がり、一度お辞儀をしてから診察所を後にした

 

音も無く、静かに扉が閉められたのを永琳は確認して、その数秒後に

 

「ふぅ・・・」

 

と溜息を漏らした

 

「珍しいですね、師匠が溜息なんて。そんな厄介な患者だったんですか?」

 

「そうね、少し難しいけれど・・・何とかするわ」

 

何とかする、そんな不確定な発言をするのは師匠らしくないと思いながらも、さっきのやり取りを思い出す

 

「そういえば、さっきの注射は一体なんだったんですか・・・?」

 

「採血をしようとしたのよ、けれど出来なかった」

 

「出来ない、ですか」

 

それがどういう意味なのか理解できないで居ると、永琳は静かに先ほどの注射器を手に取った

 

「一時的に血を抜くことは出来たのよ、でも抜いた矢先に・・・血が針を伝って体内に戻っていくのよ」

 

そんな馬鹿な話があるだろうか

しかし、そんな冗談を言う人物ではない事は重々承知しているので、この話も事実なのだろうと考え状況を想像する

 

・・・

 

なんとも気味が悪い

 

「まるで血に意識が在るかのようですね」

 

「いいえ、あれはどちらかと言うと無意識の産物ね。無意識に発動してしまっている能力のせい、とでも言うべきかしら」

 

「・・・血を自在に操る程度の能力ですか?」

 

「違うわ、強いて定めるとすれば、彼の能力は『自己蘇生』と『自己不変』を内包している程度の能力、って所かしら」

 

永琳は俯き、なにやら思い返すかのように呟く

 

「まさに不死の魔人ね」

 

不死、そう言われて思い当たる人物は多数居る

当の本人も不死なのに何を言っているのだろうかと青い兎は再度首をかしげ、質問をぶつける

 

「ですが師匠、それって蓬莱人と何か違いが違いがあるんですか?」

 

「そうね・・・首を撥ねても、心臓を潰しても、死に至る薬品を服用しても、お互いに滅びる事は無い

 そういう意味では違いなど無いでしょう、けれど根源的な部分は正反対なのよ」

 

「根源的な部分?」

 

「蓬莱人の根源は彼の『自己不変』をより強力にした物、死という変化すらも拒否する『絶対不変』

 故に年も取らず、不死身のようにも見える、けれどね・・・」

 

「けれど?」

 

「私や姫様には命がある、しっかりと体の中にね

 だから『生き返る』のではなく『変わらない』というのが一番正しい、変われないだけ。死という変化を受け入れず、肉体の損傷を受け入れず。全てを拒み、元に戻るのよ

 でも彼は違う、私たちは生きているけれど、彼は既に死んでいるの」

 

「はい?」

 

「正確には既に死んでいるのと変わらない、とでも言うべきかしら・・・彼は生きながら死んでいる」

 

「それって矛盾してませんか?」

 

「してないわ、だって彼の魂はまだ生きているのだから」

 

「・・・へ?」

 

「その体は殺せば死ぬ、首を撥ねれば当然死ぬし、心臓を潰したら当たり前の様に死ぬ、

 薬品なんか飲んだら大変な事になるわね・・・でも彼は生き返る、まるでそれが自然現象の様に生き返ってしまう

 何度死のうとも、輪廻転生なんてまるっきり無視して起き上がる、それこそソンビの様に」

 

「なんかそう聞くと怖いですね」

 

「そうね、私達は死という変化を受け入れない存在だけれど、彼は幾度も死を受け入れ、そのうえで生き返る

 私達を『蓬莱人』とカテゴライズするのなら、彼は差し詰め『不死人』って所かしら

 類似しているように見えても、まったくの別物よ」

 

「・・・」

 

「判ったでしょう?死を受け入れないという意味と、死して生き返るという意味は全然違うのよ」

 

ここまで語り、永琳はカルテをファイルに仕舞い、椅子に深く腰を掛けた

 

「違うと言われましても、あんまりパッとしないですね・・・私から見ればどっちも不死身ですよ」

 

「そうね・・・決定的な違いを挙げると、『絶対不変』を無視して、命に強制的な死を与える、そんな術があれば

 私や姫様も容易く死ぬでしょうね、もちろん生き返ることは絶対に無いわ」

 

「そんな、死ぬなんて言わないで下さいよ」

 

「ただの例え話よ・・・でも彼は違う、そんな狂気の術ですら意味を剥奪されてしまう。

 何度死んでも当たり前の様に生き返る、死という事柄が彼にはただの通過点でしかないのよ、まさに無限コンテニューといった所ね

 体は死んでも、魂までは死なない、そしてその魂は既に彼の器の中に無い・・・故に彼は既に死んでいるの、生きているのに」

 

ボソリと、医者である彼女が独り言の様に、最後の言葉を紡いだ

 

「・・・となれば誰が彼の魂を預かり持ってるのでしょうね?」

 

 

 

 

八雲は来た廊下をそのまま帰っていた

そこまで複雑な作りではないので一度通れば憶える事は容易いだろう

しかし、来た時とは違った事があった

 

「あの、なんでしょうか」

 

八雲の帰り道を阻むかのように、一人の少女が立っていた

仁王立ちしていた、という風にも見える

 

「何をしに幻想郷に来たのでしょう?」

 

その少女は、着物を着飾り、まるで一昔前の日本のお姫様の様な風体だった

 

「何をしにって言われても・・・」

 

幻想郷に来た八雲に、これといって幻想郷に来た目的も、来る理由もない

むしろ幻想郷に崑崙を通じて漂流するまで、その存在すら知らなかったのだから

 

「・・・魔人」

 

ボソリと言われた言葉を、八雲は聞き逃さなかった

それは玄関先でも言われていた

 

『禍々しい魔人でも来たのかと思ったけれど、そんな事も無いようね』

 

看護婦さん。いや、あの女医さんも言っていた言葉だった

何かの例えなのかと流していたが、こうも言われると流石の八雲も違和感を感じた

 

「魔人?」

 

反芻した八雲に、お姫様は長い髪を翻し、何も言わずに奥の部屋へと立ち去っていった

妙な違和感を感じたまま、八雲は確認する術を失ってしまったので、仕方なく出口へと向かう

そして出口に手を掛け、扉を開ける

開けた瞬間、八雲は一人の少女と目が合った

 

「待たせちゃったかな?」

 

少女は少しはにかむと、目を伏せた

 

「いいえ、私も今戻って来た所だから」

 

気にしないでと言いたげな感じで、少女はフワリと浮かび上がる

 

「話は道中で聞くから、とりあえず紅魔館に戻りましょう」

 

話と言うのはいわずもがな、診察結果の事だろう

 

その言葉を聞き、八雲も追鱗を呼び出し、アリスの後を追いかける様に飛び上がった。

 

 

 

 








一方、妖怪の山

「あややや・・・酷い目にあいましたねぇ」

そこにはボロボロの服を纏った一人の烏天狗がヘバっていた

「・・・」

その横には白狼天狗が何も言わずに、そんな烏天狗を見下ろしていた

「・・・助けてくれても良かったんですけど?」

「自業自得ではありませんか」

「あや?あやや?それは酷い責任転嫁ですねぇ、私は貴女が面白い物を見つけたというから急行して、それを皆に伝える義務を遂行しただけなのに」

義務など微塵もないのだが、どちらかと言えば義務を果たしたのは白狼天狗の方である

「面白い物?私は新しい外来人が、博麗の巫女の逆鱗に触れているとお話しただけですが」

それを聞いて、烏天狗はペンを取り出し、サラサラと胸に仕舞っていたノートへなにやら書き込み始める

「それが面白い物でないなら、一体全体なんなのか?」

「・・・」

「私にはサッパリですねぇ」

サラサラを書き込みながら、ボロボロの服で、烏天狗は笑っていた

「あの外来人からはスクープの匂いしかしませんよ!」

クスクスと笑う烏天狗に悪びれた様子はない

何も懲りずに、更なるペンを走らせるのだった


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紅魔館の復旧 その1

あれから一週間という時間が過ぎた。

八雲は脳に埋め込まれている術に結界を施す為に永遠亭へと向かっていた。

紅魔館の復旧は順調に進み、ほとんどはもう終わっていると言っても過言でもない
壁の復旧も、たいした労力を必要とはしなかった
壁さえしっかりと完成すれば、あとは咲夜の能力でいくらでも引き伸ばし、大きくする事が可能だからだ
八雲はあの病院の一件の後から、毎日アリスの家から紅魔館に足を運び、瓦礫処理から外壁作成、それに塗装と様々な作業を手伝った。

それが一番大変だったかと聞かれると、そうだ!と八雲は答えないだろう
それくらい、八雲にとって紅魔館での一週間は大変なものになった



 

 

初日の殆どは瓦礫運びがメインとなり特にこれといって変わった事はなかったが

 

問題は二日目から起きた

 

「手合わせをしましょう!」

 

あの中国娘、紅美鈴が満面の笑みで八雲ににじり寄る

 

「待ってくれ、まだ瓦礫の処理が終わってないだろう」

 

「大丈夫です!こう見えても私は色んな事を考えています!」

 

一体何が大丈夫なのか?何を考えたのか?等ツッコミ所は満載だったが、彼女が自信満々にその胸を突き出すので、八雲は溜息を漏らしながら美鈴の考えを引き出した

 

「私が瓦礫を八雲さんに投げますので、それを八雲さんは体術か獣魔術で破壊する!」

 

「それのどこが手合わせなんだ?」

 

「それを交互に行います!どちらかが壊せなかったり、瓦礫の直撃を受けたほうの負けです!」

 

なるほど、簡単なゲームを行いつつ、瓦礫処理も出来て、手合わせ・・・という名の近接訓練も出来ると

一応の納得をした八雲だったが、効率を考えたらそれは仮にも良いとは言えないだろう

どうしたものかと考えている八雲の足元に、コトリと妖精メイドが瓦礫の一部を置いた

小さな瓦礫しか運べない妖精メイド達は、その話を聞きつけて瓦礫を八雲と美鈴の近くに集めだしたのだった

 

「ちょっと待ってくれ、なぜ集めてきた?」

 

「お!丁度いいですね、コレとか!」

 

笑顔で瓦礫を拾う美鈴に、八雲は待てといったジェスチャーを送る

 

「ちょっと待ってくれ、何でやる気満々なんだ?」

 

「いきますよ、先攻は私です!」

 

そう言う前に、美鈴は既に振りかぶっていた

まるでプロ野球選手のピッチャーの様な綺麗なフォームで

 

「ちょ、ま――――」

 

待ってくれ、という前に、美鈴は既に瓦礫を八雲に向けて放って居た

剛速球で迫り来る瓦礫を、八雲は反射的に右腕の篭手の裏拳で砕いてしまった

 

「流石ですね!次は八雲さんの番です!」

 

いつでも来い!と言わんばかりに美鈴は大股を開き、八雲が瓦礫を投げるのを待ちわびていた

 

まぁ、余興も必要か。

 

そんな言い訳を頭の中で並べて、八雲は第一球を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

外でそんな事が行われている中、レミリアは日の光を浴びないように、最優先で完成させた自室に籠っていた

そのレミリアを世話するのがメイド長の仕事と言っても差し支えない。

本来であればレミリアは既に寝ている時間なのだが、どうやら最近は昼夜逆転・・・ではなく夜昼逆転しつつある生活を送っている

 

「お嬢様、瓦礫の搬出はほぼ終わり、本日中に壁の下地と、室内の清掃を完了させます」

 

一礼をしながら咲夜は報告を済ませる

 

「そう、思ったより時間がかかったのね」

 

そんな咲夜を眠たそうな流し目で見つめ、紅茶を啜る

従者を責める言葉に何一つ言い訳も漏らさず

 

「申し訳御座いません」

 

垂れた頭を上げることもなく、謝罪をしていた

 

「まぁいいわ、仕方のない話しだし、それよりも作業の方はお願いね」

 

「心得ております、お嬢様」

 

「それよりも気が付いた?咲夜」

 

気が付いたか?と問われ、ようやっと咲夜は顔を上げた

何の話だろうか?何か粗相をしてしまったのかと思考を巡らせるが、咲夜には把握できない

 

「・・・何の事でしょうか?」

 

頭からハテナマークでも出そうな顔つきでレミリアに尋ねると

 

「さっきから凄い力の衝突を感じるのだけど」

 

「力?」

 

レミリアは壁を指差した、いや違う、正確には方向を指差したのだ

その壁の向こう側、それは正門方面にあたる位置になる

少しだけ、咲夜はそちらの気配を探ってみると、確かに何か妙な気配を感じることは出来る

 

「これは、まさか」

 

咲夜がその気配を感じ取った瞬間

 

物凄い轟音が響き渡った。

 

 

 

 

「んぎぎぎぎ・・・!!」

 

美鈴は自身に込められる力の全てを込めて、岩を持ち上げていた

美鈴の身長の三倍以上の大きさのある岩を、まるでウェイトリフティングの選手の様に支えていた

 

「やるな・・・!」

 

八雲もそれを見て冷や汗を流す

やはり、純粋な力比べでは八雲は美鈴には勝てそうには無い

その鬼神にも迫りそうな気迫を感じ、八雲も構える

 

美鈴はその体制のまま、気を練り上げる。

右腕に重きを置き、腰、右足へと気を送り込む

そして溜め込んだ気を一気に爆発させた

 

「これで!どうですかぁ!!」

 

その特大の岩を、八雲目掛けて放り投げたのだ

砲丸投げみたいな放物線ではない、一直線に低い弾道で飛んできた

 

これほどの威力ともなると、八雲では到底受けきれない

その岩は全速力で突っ込んで来るトレーラーみたいなものだ

 

「出でよ!光牙!!」

 

なので破壊を選択するしかない。

一直線に光牙は岩へと向かって行き、衝突と同時に岩は粉々に飛散した

光牙はそれ以上の破壊は行わず、即座に消す

 

「はぁ・・・はぁ・・・これでも駄目ですか・・・」

 

肩で息をする美鈴に、八雲はお返しと言わんばかりに、美鈴が投げたよりもさらに大きな岩に左手を当てる

 

「マウス!」

 

そして右手でマウスを呼び出す

マウスが復活している八雲には、この術の復活も意味する

 

「操演!」

 

音声入力で八雲が言うと同時に、岩がまるで無重力空間にあるかの様にフワリと浮かび上がった

浮かび上がって全容が見えた岩は、美鈴が先程投げた物よりも一回りも大きい。

 

それに対抗するために、美鈴は気を練り上げる

 

右腕に全身全霊を込める

 

二の手はない、一撃必殺を持つ美鈴が岩に対峙する

 

「いけ!」

 

八雲が合図を送ると同時に、岩は先程美鈴が投げた速度と同等の速さで迫っていった

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!」

 

気合の掛け声と共に、美鈴の気が爆発した

渾身の右の正拳が岩の中心を捉えた

本来ではありえないやりとりなのだが、美鈴は一歩も動く事はなく、『殴った岩を粉砕』して見せたのだ

 

「幻想郷の妖怪は凄いな・・・今のも素手で壊すのか」

 

そんな荒業をしたのにも関わらず、美鈴はまるで怪我をしていないのは硬気功のおかげだろう、

全身を鋼の様に硬くして岩を殴っているのだ

そして、先程の『殴った岩を粉砕』という意味

その拳には、さらに発剄の要領までも正拳の衝撃の後に織り交ぜたのだ

正拳で岩の速度をゼロにしてから、即時に発剄により砕く

そんなデタラメな芸当を今の一瞬でしてみせた美鈴は、満足気に拳を元に戻し、構えを取る

 

美鈴の構えは、さすが武道をやっているだけあってとても素晴らしかった

 

それを眺めていた観客である所の妖精メイド達がワイワイと盛り上がる中で

 

「なにを・・・しているのかしら?」

 

とても冷たい声が響いた

決して声を張ったわけではない、しかしその声はなぜか歓声よりも大きく聞こえた

声の主は十六夜咲夜で間違いないと目星を付けることは出来たが

しかしその声の主を探す事は出来ず、八雲はただ冷や汗が頬を伝うのを自覚した

 

この感覚はアレに似ている

 

ハーンに猛烈に怒っていた時の葉子の冷たい声だ。

 

「仕事を放棄して、遊んでいるのかしら?」

 

「・・・いいえ!これは・・・そのぉ・・・」

 

美鈴は何か都合の良い言い訳を探すも、何も出てこず

一緒になっていた八雲に助けを求める様に視線を送るが、肝心の八雲も何も言えないでいた

 

「瓦礫ではなく、庭石を砕くなんて何を考えているの」

 

そうだった、美鈴と八雲は瓦礫を投げ合って壊しあうというゲームをしていたはずなのだが

周辺に存在する瓦礫ではお互いに決定打にならず、近くにあった岩を使い始めたのだった

 

思ったよりも楽しくなってしまい、悪ノリがすぎたと思っても既に遅かった

 

「覚悟、出来てるわよね?」

 

言い終わると同時に、無数のナイフが飛び交う地獄へと八雲と美鈴は落とされた

 

 

 

三日目

 

瓦礫の運搬、粉砕による処理が大体完了し、外壁のほとんども妖精達の手によって完了しつつある

とは言え、妖精なのでどうしても自由な者も出てきてしまうのだが、それはご愛嬌と言うものなのだろうか、誰も何も咎める事は無い

 

そして肝心の八雲は図書館内部に呼び出されていた

 

そこはまさに本の壁、本の要塞とも呼ぶべき内臓量を誇る

 

「凄い量だな・・・」

 

その要塞を見上げ、思わず八雲は溜息を漏らす

それもそうだろう、一生を掛けてでなければこの量はとてもじゃないが全てを網羅するなど、不可能だろう

 

そんな図書館の中に円卓があり、魔法で灯されているであろうランタンを明かりとして、この要塞の中で一人の少女が本を読んでいた

 

「よく来たわね」

 

ただそれだけ伝えると、少女の向かいの椅子が勝手に動く

そこに座れという意味だろうと察し、八雲は円卓に就く

 

「私なりに、獣魔術を調べさせてもらったわ」

 

と言い、読んでいた書物を八雲に差し出す

タイトルだとか著者が誰だとか、そういった情報は一切無い

何の皮かすらもよく判らない、なめし皮のカバーに覆われた本を開くと、八雲はその細い目を見開いた

 

「これは・・・」

 

「そう、術そのものは精霊術や錬金術と違ってマイナーすぎて、流石の私もその術の生い立ち、構築式までは調べる事は叶わなかった」

 

「・・・」

 

「しかし、術者を見つける事は出来た」

 

そう、八雲が開いたページには確かに獣魔術者の写真があった

それに丁寧に補足まで書き込まれている

 

『その体に多くの術を寄生して操る能力者』

 

「・・・その先も読んでくれる?」

 

『その寄生には大きな代償を負う事になる、場合によりその命を犠牲にして使用する者もいる、しかしとある条件により常時使用可能になる』

 

「・・・」

 

『潤沢な生命力を所有する存在であれば単一の獣魔は使用可能、と表現されるがそれでは足りない。無限の精を有した”无”こそがその術者足りえるだろう』

 

そして、その説明の下に二枚の写真がある

 

エル・マドゥライ

 

そしてもう一枚、顔は影で隠れているがその存在感は計り知れない、写真からでも感じるほどの異様な威圧感を放つ大男

 

その写真に釘付けになっている八雲に、パチュリーは補足として説明した

 

「その写真は念写と呼ばれるものよ、ちゃんとした写真とは違うわ。だからその分はっきりとした情報は皆無と言っていい。その女性と男性が誰なのか、どんな獣魔術があるとか、そういった情報は皆無なのよ」

 

「だから、俺が呼ばれたと・・・」

 

「そうよ、約束したでしょう?」

 

獣魔術を見せてくれるって、とまるで小悪魔のような微笑みが八雲に向けられた

確かにそういった約束をした・・・ような憶えがある

仕方ないかと、八雲は一つだけ溜息を吐き出してから周りを見渡し

 

「ここでは狭いから、外に行こうか」

 

「その必要はないわ」

 

パチュリーが人差し指をヒョイヒョイ動かすと、その瞬間に結界が現れる

 

「私にだって、この程度の結界術なら使えるわ」

 

そういって現れたのは六角形の結界

八雲とパチュリーを中心に現れたそれは、八雲は見たことの無いものだった

虹色に輝く結界は、八雲を圧倒させた

 

「凄いな」

 

純粋に感じた感想を漏らしただけだったか、パチュリーは『無』と言った表情だ

 

「この程度の結界術は大した事はない、少し訓練すれば誰だって出来るわ」

 

誰だって出来る、というのは一体誰を指しているのだろう?

 

「私の結界は絶対と呼べる性能ではないから、破壊力の高い獣魔術はある程度手加減してもらえると助かるわ」

 

確かにな、と八雲は結界の強度を確認してから獣魔を呼び出す

 

「――――いでよ」

 

八雲はそれからパチュリーに多くの獣魔を見せた

特性に主性能から副性能、それに八雲が所持していない獣魔術も口頭でパチュリーに教えていった

そしてそれを吸収するようにパチュリーは黙ったまま八雲の言葉に耳を傾け続けていた

 

そして、八雲の獣魔術の中でも特にパチュリーが興味を示していたのは

 

「気持ちが悪いけど、これは凄いわ」

 

鏡蠱と闇魚だった

 

「光属性の無効化ではなく反射、攻防一体の術と言うのはなかなか見られるものじゃないわ」

 

「だけれど限界はある、さっき説明した鏡亀ならば完全に返せる光術でも、コイツじゃ返せない場合もある」

 

「けれど、代わりに粘着性の糸が出せるわけね」

 

「そういう事だね」

 

飲み込みの早い生徒に、八雲はニコリと笑う

 

「それに闇の魚、この気配遮断はありえないわ。視界を奪うだけではなく相手の気配すら完全に感じられない程と言うのはありえない事よ」

 

「確かに、使い勝手はいいな」

 

「けれど、速度は遅いのね」

 

ツンツンと闇魚の頭をパチュリーは突いていた

 

「だが、捕まえればコッチのものさ」

 

「・・・どうやって誘導するか、そして罠を仕掛けるか。それが決まれば勝敗を分けてしまう程の性能があるのね・・・獣魔術は厄介だわ」

 

まじまじと獣魔術と、その研究をじっくり重ねていくパチュリーに八雲はなにやら自分の内側を見られているような謎の気まずさを感じてきてしまい、呼び出していた闇魚を消してしまった

 

「あっ・・・」

 

名残惜しそうに、パチュリーは闇魚のいた空間を少し眺めた後

 

「ねぇ」

 

と、少し深刻そうな顔付きでパチュリーは八雲の顔を見つめた

 

「お願いがあるんだけど、いいかしら?」

 

どうも嫌な予感を感じつつ、八雲はそのお願いをまず聞く事にした。

 

 

そして、パチュリーが向かったのは紅魔館の門

・・・美鈴の居る場所だ

 

「あら?八雲さんにパチュリー様、お出かけですか?」

 

まぁ、それはそうだろう。

話を聞く限り、パチュリーは日中のほとんどを図書館で過ごすようなので、外に出る時は基本外出しかない

 

だが今回はそうでもなかった

 

「違うわ、少し体を動かそうと思ってね」

 

体を動かす、どうも凄く濁らせたワードに美鈴は嫌な予感を感じる

別に体を動かす程度なら室内でも出来るのだ、そのぐらいの空間であれば咲夜の空間湾曲で作り出す事は出来る

 

では、何故外に出てきたのか

 

「勝負よ、美鈴」

 

それを聞き、八雲はどうしたものか?と考える

 

「弾幕ごっこでは私に勝つ目はありませんよ・・・」

 

近距離型の美鈴と遠距離のパチュリーでは特性が大きく違う

近距離型の課題は、どうやって接近するかに尽きるのだが、手の内を全て知られているパチュリーに美鈴が有効打を当てる方法が存在しないのだ

しかし、それはゲームに乗っ取ったものだと、パチュリーも承知している

ルール上、美鈴よりもパチュリーの方が有利というだけであって、実践では大きく変わる

戦闘において、理論的ではないが有効なものも存在する

 

――――『捨て身』

 

防御を度外視した場合、美鈴でもパチュリーの魔法の壁を突破する可能性も大いにありえる

一度、美鈴の繰り出した捨て身の攻撃をパチュリーは見ている

そんな猛攻に晒された場合、勝つか否か。

パチュリーはそれが少し気がかりだった

 

「違うわ、勝負は実戦形式。当たったら負けではなく、降参したら負け、でも致死性の攻撃は禁止よ」

 

それを聞き、美鈴の口角が上がる

 

「では、いくら耐え忍んでも構わないと?」

 

「全てに耐えられたら私の負けよ、その時は降参するわ。もちろん攻撃してきても構わないわ」

 

「ですが・・・」

 

「もし怪我をしたら私の付き人が治してくれるから遠慮はいらない」

 

付き人、そうしてパチュリーが指差したのは八雲だった

 

八雲には治癒獣魔が居るため、多少の怪我は問題にならない

 

その治癒性能は美鈴も承知済みだ

 

「判りました、そういうことでしたら受けて立ちますよ!!」

 

まさか美鈴がOKを出すとは思わなかった八雲は天を仰いだ

 

今日はいい天気だ。

 

まさかとは思うが、今日は雨が降らない事を願おう

 

昨日みたいな、ナイフの雨は御免だと、眩しい日差しの中に溜息を吐き出した。

 

 

 

そうして始まった勝負

それを眺めていた八雲も少し考える部分はあった

 

体術では美鈴が負ける事はないだろう、接近戦に持ち込んだ時点で勝負は決すると言っても過言ではない

 

しかしスペルアサルトでは大きく変わる、潤沢な種類の魔法と呼ばれる能力で、美鈴の接近をパチュリーは許さない

 

八雲の転移の様な能力でない限り、パチュリーに接近戦を挑みに向かうのは無謀であろう、十中八九、魔法による迎撃をお見舞いされる

 

しかし、相手が防御に特化した場合、どうなるだろうか?

 

そして更に付け加えるなら、パチュリーは禁止事項に飛行の禁止を付け加えた

 

高速移動が出来ないパチュリーにとってこれは大きな足枷となるのだが、美鈴へのハンデ・・・ではない事は重々に八雲は認知している

 

試したいのだろう

 

「では、ルールはさっきの通り、どちらかのオーバーアタックや危険とみなしたら俺が止めるから、そのつもりで」

 

八雲が二人の間に入り、そして宣誓

 

「はじめ!」

 

先制したのはパチュリーだった

 

両手から火球を作り出し、それを複数個美鈴にむけて放った

もちろん、弾幕ごっこであれば禁止級の威力だが

 

「ふんっ!」

 

軽々と美鈴はそれを拳で粉砕して見せた

 

熱くないわけはない、しかし接触しているのがほんの一瞬であれば熱はそれほど感じない

 

一瞬で拳を叩き込み、熱を感じる前に拳を引き戻している

 

その拳圧だけで、魔法で作られた火球は爆ぜてしまう

 

「・・・」

 

トテトテと後退していくパチュリーに向かい、美鈴は足に気を集中させる

 

そして、あっさりと、さらりと、あっけなく勝負は決した

 

「これで魔法は使えませんよ」

 

飛び込んできた美鈴の迎撃用に更に放ったパチュリーの火球を軽々と拳と足で叩き落し、かなりあった二人の距離は一瞬で縮んだ

下がっていたパチュリーだったが、逃げ切れずに右腕を美鈴に掴まれた

 

近距離すぎる

 

八雲はそう思うが、特に焦る様子もなく行く末を見守る事にした

 

近距離すぎるというのは、魔法の有効射程の話だ

 

火炎魔法だろうが、冷却魔法だろうが、これでは美鈴を攻撃すればダメージがまるまるパチュリーにも及んでしまう

 

故に魔法は使えない

 

・・・と思ったのだろう。

 

少し考えれば判っていたであろう、少なくとも外から見ていた八雲は、今のパチュリーの腕を掴むなんて行為はしないだろう

 

明らかに誘われている、近距離戦が苦手なパチュリーがそんな愚を犯すはずがない。

 

少なくとも最初に弾かれた火球を見て、その敵が突撃体制でいる事を理解した上で、パチュリーが再度火球を迎撃目的で使用するだろうか?

 

そんな筈がない、パチュリーがそんな悪手を選ぶ戦士ではない

 

「捕まえたつもりでしょう?」

 

パチュリーは笑っていた

 

美鈴が遠慮して攻撃できないでいるのも、彼女にはお見通しだったのだろうか?

 

ボソボソと、パチュリーは呟いていた

 

それを聞き漏らさなかった美鈴は顔色を変えた

 

『これは・・・!!』

 

危険を察知した美鈴は、即座に手を離し・・・一気に10メートルほど後ろに跳躍した

 

「流石ね」

 

着地して、美鈴はパチュリーを観察した、こんな魔法は見たことがない

 

いや、こんな魔法を作り出す彼女ではない

 

「初見でこれを避けるのは無理だと思っていたわ」

 

ふふふと笑う彼女の両手は、最初の火球の熱を思い起こすほど

 

 

 

―――――熱く炎の龍が燃え盛り、美鈴を睨みつけていた。

 

 

 

 



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紅魔館の復旧 その2

『私の聞き間違いでなければ、きっとあれは・・・』

美鈴は目の前の状況を上手く飲み込むことが出来ない

「どうしたの?」

対するパチュリーは余裕綽々に美鈴に歩み寄る

近距離を得意としない彼女が、こんな大胆な行動に出ることが、美鈴には奇妙でたまらない

だがそれ以前に、その両腕に燃え盛っている炎の龍も気になった

『あれは魔法・・・ではない』

チラリと美鈴は八雲の方へと視線を送ると、一瞬だけ目が合ったが、すぐさまその視線を他所へと向ける

なるほど、と何か把握した美鈴は構え直す

パチュリーは接近戦を得意としない、その考えを覆す必要があるようだ

どうみてこの術は接近戦用に特化されている術だ

迫り来るパチュリーを見据え、構えを取る

・・・

・・・・・・

後三歩、歩くだけでお互いに手が届きそうな距離までパチュリーは歩み寄り、首をかしげる

「さっきの勢いがないわね」

そういわれ、一つ息を吐き出し美鈴は目を見開く

「それはそうですよ、そんな術を見せられれば慎重にもなります」

「嘘が下手ね」

そうだった、例え近接の術を纏おうとも、それがイコールで体術の向上とはならない
腕に纏うタイプの術であれば近距離戦を挑まざるを得ない
策に溺れるパチュリーではない、もし迂闊に手を出せば、手痛い反撃が繰り出されるかもしれない
しかし美鈴に焦りはない、パチュリーの攻撃に合わせて美鈴はカウンターを決めれば良いだけなのだから

しかし、手が届かない距離からその燃え盛る腕を、美鈴に突き出した

「!!」

パチュリー何かを呟いた、と思った瞬間

信じられないほどの爆炎が上がった

さっきの火球とは違い、広域に広がるその熱は美鈴の肌を焼き始めた

「くぅ!」

とっさに身を屈め、また距離を取る

そして三回転して、服の裾に引火していた火を消した

今の爆発も、さっきの腕の火龍も、どちらも魔力を感じられない

妖力、と言うよりは〝気"に近い

感じ取った情報を手繰れば、状況を解析する必要も無い
これに近い力、いや・・・同等の力を知っている

「・・・獣魔術・・・」

呟いた美鈴にパチュリーは嬉しそうに笑う

「やっぱり気が付いたわね。そうよ、この火龍もさっきの爆発も獣魔術よ」

まだ見ていなかった獣魔術、知らない術だ

獣魔術の性能を美鈴は身をもって体感した一人でもある

故に、迂闊に接近を許し、接近が出来なくなった、そして反撃を恐れた

生唾を飲み込み、少し焼けた裾をパンパンと叩き整える

「面白い!」

その眼に宿る闘志は冷める所か逆に熱を増す

対するパチュリーは静かに、冷静に、冷たく、相手を見据え

「藤井八雲の名において、パチュリー・ノーレッジが命ずるわ、来なさい―――ヘルフレイム!!」

獣魔術を放った





 

 

 

 

またもやとてつもない爆炎を呼び起こし、美鈴を追い立てる

 

あまりにも凄い爆音だったため、流石に紅魔館の中でもちょっとした騒動になっていた

 

妖精メイド達は作業どころではなく音に怯え始め、隠れてしまってる者も数名出てきていた

 

「またですか・・・」

 

昨日の一件で懲りただろうと思っていたが、まさか連日で騒ぎを起こすとは思いもしなかった

呆れた声で、メイド長。十六夜咲夜は注意するために外に出た

 

外に出たのはいいが

 

注意しようと、吊り上げていた瞳はみるみるうちに下がっていく

とある人物にそれを止められた

 

「やめなさい」

 

「お嬢様!?」

 

外に出たすぐの所で、日傘を差したレミリアが立っていたのだった

 

「咲夜、そんな事をする暇があるのなら、今すぐにココにテーブルとお茶を持ってきなさい」

 

そんな事、で館の主に片付けられてしまっては咲夜も何も言えず、ただ言われるがままにするしかない

 

「承知致しました、お嬢様・・・宜しいのですか?」

 

「良いに決まってるわ」

 

「・・・では、すぐに準備してまいりますので、あちらでお休みください」

 

と、指し示した所には少し大きめのテーブルにパラソルが差し込まれて居る物だ

さっきまで無かったのだが、咲夜が時を止めて用意したようだ

 

レミリアは一言、ありがとうと咲夜に伝えると、更に付け加えた

 

「二人分ね」

 

 

 

 

 

 

爆炎の熱が引き、爆煙が晴れてきた

その中で、美鈴は腕を十字にして、顔を守っていた

 

「っつう・・・」

 

あの爆炎の直撃を受けて、美鈴はそれでも立っていた

 

その光景すら、パチュリーは当然と言った感じで、特別驚きもしない

 

「消えなさい、サラマンダーアーム」

 

宣言、その瞬間パチュリーの腕を覆っていた炎の龍は消滅し、元のパチュリーの腕に戻る

 

その腕をそのまま地面に叩きつけ宣言

 

「来なさい!グランドクロー!」

 

そう、パチュリーが飛行禁止にした理由は、これだ

 

宣言した瞬間、二本爪の獣魔が現れ、一直線に美鈴に向かっていった

 

地面を抉りながら突き進む二本爪が美鈴と交差した瞬間

 

「見切ったぁ!」

 

その爪の一本を、まるで真剣白刃取りの様に、両手で受け止めると言う荒業を成功させていた

 

一歩間違えればまたもやチャイナ服が無事では済まなかっただろう

 

白刃取りを成功させた美鈴はそのまま爪を地面から引っこ抜き

 

「うりゃぁぁあ!!」

 

パチュリーに投げ返した

 

宙を舞ったグランドクローが地面に落ちる瞬間、美鈴はパチュリーの構えが視界に入った

 

急激に何かが冷えていく

 

見たことがある、あの構えは知っている

 

パチュリーは腕を一直線に伸ばし、美鈴へと向けていた

 

『あれは、まさか』

 

「来なさい!ライトニングドラゴン!」

 

宣言共に現れたのは、美鈴も目にした事がある獣魔

 

光牙に瓜二つな獣魔が現れた

 

「やばっ!」

 

獣魔を相手に向かって投げつけるという、見た目重視の行動は裏目に出てしまった

 

そんな大技を使ってしまえば、隙が出来るのは当たり前だった

 

・・・しかし、ライトニングドラゴンは美鈴の脇へと反れて行き、地面を抉り抜いた

 

とてつもない衝撃波を浴びながら、美鈴はライトニングドラゴンの影響で飛び散った地面から身を守った

 

何が起きたのか判らないでいた美鈴だったが、状況は即座に把握できた、パチュリーと美鈴の間に鏡蠱を腕に纏わせた八雲が入り込んでいた

 

「当たったら無事じゃ済まないぞ」

 

「・・・ごめんなさい、少し熱くなってしまったみたい」

 

どうやらさっきの光の龍は、八雲の虫が反らしてくれたみたいだ

 

素直に謝るパチュリーと怒る八雲を、美鈴はキョトンと見るしか出来なかった

 

一体どうやったのだろう?

 

まるで八雲が瞬間移動でもしたかのようにパチュリーと美鈴の間に現れたので、言葉を失った

 

「でも、面白い事を思いついたの、もう少しいいでしょ?」

 

上目使いで女性から見つめられ、八雲はどうしていいのか分からなくなってしまった

 

何故か八雲も照れながら

 

「・・・次やったら終わりにするからな」

 

と伝え、パチュリーの細い腕を放した

 

「ええ、もちろんよ」

 

ニコリと満面の笑みで、パチュリーはまた美鈴に向かい合う

 

「美鈴、コレが私の最後の攻撃よ、これを防いだら貴女の勝ちでいいわ」

 

そう言われてしまったら、美鈴としてはそれを打破してみたくなる

 

「・・・判りました!受けて立ちます!」

 

パチュリーは右手を突き出し宣言する

 

「来なさい!サラマンダーアーム!」

 

今度は右腕だけに炎の龍が現れる、そして

 

「火土符!ラーヴァクロムレク!」

 

――――宣言。

 

現れた燃えた岩をそのまま地面へと突き刺し、更に宣言

 

「藤井八雲の名においてパチュリー・ノーレッジが命ずるわ!来なさい!グランドクロー!!」

 

それは八雲も見たことの無い光景だった

 

獣魔術に、付与効果を与えたのだ

 

そしてグランドクローは炎を纏い地面を焦がし、抉りながら突き進む

 

更にはサラマンダーアームの炎すらもその二本爪に付いていき炎を撒き散らした

 

本来であれば光に弱い土爪の亜種を、土で覆い、炎による光を遮断し、熱によるダメージを無効化し、そのまま土爪としての性能も殺さず使用して見せた

 

「!!!」

 

対する美鈴は燃え盛る爪を白刃取りする訳にもいかず、とりあえず前方に飛び上がり、爪の遥か上を跳躍だけで避けた

 

・・・しかし

 

「甘いわ!」

 

パチュリーが何か信号を送ると、グランドクローに付いていた燃える土が爆ぜた

 

「くっ!」

 

まるでそれは炸裂虫(チァリェチョン)という、エル・マドゥライの使用した獣魔術の様だ

 

八雲の説明だけで、パチュリーは獣魔術に近い事を魔法で再現して見せたのだ

 

しかし例え燃えている土が飛来しようと、美鈴の拳は揺るがない

 

器用に服の裾と掴み、それをぐるりと何周も回して、向かい来る土を全て弾き返す

 

しかし、その度に服に引火しては、振り回し鎮火する

 

まるで回し受身の要領だ

 

そして着地する直前だった

 

「!!」

 

パチュリーが目の前まで駆け寄っていたのだ

 

振るった裾が仇となり、パチュリーが近づいてきている事に気がつかなかった

 

火炎の龍を腕に纏わせて

 

「やぁぁあああ!」

 

掛け声と共に、パチュリーが渾身の右ストレートを振るった

 

もちろん、受けるのは容易だ

 

美鈴から見れば見切れない速度ではない、しかし着地により体制は崩れており、パチュリーの両腕にはあの炎の龍がいる

 

受ければ火傷は免れない、更にはどんな副効果があるかも判らない

 

しかし迷う時間は無い、そんな刹那の時間

 

『勝負アリだ』

 

間に、八雲が入ろうとした

 

パチュリーの右ストレートを、素手で受け止める為に、間に入った

 

・・・

 

・・・入ったのだが、視界が急に切り替わった

 

まるで強制転移されたかのような感覚、そう、されたような感覚であり転移魔法ではない

 

移動させられた、まるで瞬間移動の様に

 

「なんだ、これは・・・!?」

 

そしてなぜか八雲の向かいにはレミリアが椅子に座り、ティーカップを仰いでいた

 

「駄目よ、この程度で邪魔なんかしちゃ」

 

「何を言ってるんだ、これ以上は」

 

今まさに、パチュリーの拳が美鈴の腕を掠めた

 

「藤井様、問題はありません」

 

八雲の後ろにはメイド長、咲夜が居た。きっと彼女が時間を止め八雲をココまで運んだのだろう

 

あっけらかんとした感じで、レミリアは二人が戦っているのを眺めていたようだ

 

「この程度はじゃれ合いみたいなものよ、それに見てみなさい」

 

もう一度ティーカップを煽り、静かにカップを皿に置きながら、一つ吐息を漏らし

 

「二人はあんなに楽しそうにしているじゃない」

 

と、他人事の様に微笑んでいた

 

「貴方のお茶も用意させたから、ゆっくりと鑑賞でもしたらどうかしら?」

 

 

 

 

美鈴は慌ててパチュリーの拳をいなして行く

 

サラマンダーアームに覆われた両手を受け止める訳には行かない

 

「くっ・・・!」

 

皮膚の焼ける感覚が両手の掌から伝達されてくる

 

いなし、崩れた体制のまま距離を取ろうとするも、パチュリーはその差を開くことはしない

 

美鈴が下がる分、パチュリーは魔法で強化した脚力で前進して差を埋める

 

いつものパチュリーであれば、この様な戦法は選択しないだろう

 

しかし相手がパチュリーの術により近接戦闘を避けるのであれば、話が変わってくる

 

何度もサラマンダーアームを振るい、美鈴は直撃を避けるためにいなし、軌道を反らす

 

 

その度に、美鈴の腕は焼けていく・・・

 

 

美鈴の方が圧倒的に使用する手札は少なかった

 

向かい合うパチュリーの様々な術に比べれば、美鈴のスペル数はパチュリーの総数の4割にも満たない

 

それでは総力戦となれば手の内を全て剥がされるまで、そう時間は掛からない

 

あっという間に勝敗は決するであろう。

 

――――弾幕ごっこであれば。

 

確かに、美鈴の方が圧倒的に使用する手札は少ない、しかしそれがイコールで不利とはなりえない

 

「・・・」

 

パチュリ-は息を呑む

 

自らの術の熱気に当てられたわけではない、なのだが汗が頬を伝っていく

 

どうにも違和感が拭えない、攻め込んでいるはずのパチュリーが感じた違和感

 

あまりにも美鈴が防戦一方である事だ、パチュリーの目算ではそろそろ美鈴が反撃を出してきてもおかしくは無いと考える、パチュリーは己の体術のレベルの低さを理解している

 

美鈴は多くのスペルを所持していない、魔法使いの視点から見ればあまりにも手数不足、応用性に欠ける、それは工夫が足りないと言えなくもない。

 

状況に応じ、変幻自在な手段を多く所持する魔法使いからの風景ではそう見えるだろう

 

故に、反撃する手段が無いのではないかと錯覚してしまっていた

 

「はっ・・・はっ・・・はっ・・・!!」

 

焼けた掌の痛みを堪え、短く、速く、美鈴は呼吸を整える。

 

体制を万全にするために

 

体内の気を膨らませるために

 

呼吸法と言うのは重要な役割を果たす

 

彼女は・・・美鈴は多くのスペルを必要としなかった

 

作る必要が無かった。後に作る必要も無かった。

 

研ぎ澄まされた業を放つ者

 

かの者に、多くは要らず

 

「奥義―――」

 

まずい、と相対した者が直感するが既に遅い

 

放つ前から既に完了した業、酷なまでに完結された技を防ぐ手段は存在しない

 

仮に理解された所で、それを崩す手段すら無い、もう既に完結してしまっているのだから。

 

――――故に必殺。二の手は有らず。

 

「彩光蓮華掌!!」

 

スペルカードではない、そのスペルの原型を宣言する

 

パチュリーは何が起きたのか理解できなかった

 

判るのは、一瞬で視界から消えた彼女と、何かを仕掛けられると思いつつも何も出来なかった自分

 

吹き抜けた風がパチュリーの髪をなびかせた

 

「パチュリー様」

 

静かに、笑みを浮かべ美鈴はたたずむ、グっと握られたその手には布が握られていた

 

「・・・っ!」

 

その布の正体に気が付いた瞬間、何をされたのかようやく理解した

 

美鈴の手には、白と紫のボーダーの生地がある

 

そして、パチュリーの胸の中央の部分、その付近の服の生地が綺麗に無くなっていた

 

「ははっ・・・これは参ったわ」

 

自傷気味に笑うパチュリーは、両手を上に挙げた。

 

 

 

 

「もう終わっちゃったの?」

 

レミリアがふわりと優しく微笑みながら、館へと向かうパチュリーに声を掛けた

 

「あんな技を見せられたら、お手上げよ」

 

あんな技とは、もちろん彩光蓮華掌の事だ

 

八雲の目にも今の技の恐ろしさに息を呑んだ・・・

 

「今のは、なんなんだ」

 

「アレが本来の美鈴の拳法、って所かしら」

 

美鈴の拳はパチュリーの胸の部分の布を綺麗に切り抜いた、もちろんこの業の狙いは服ではない

 

元来であれば、必殺の一撃になっていたであろう業

 

――――もしも彼女がそのつもりなら、心臓を一瞬で持って行っただろう

 

八雲の眼ならば見切れないものでもない、しかし業が完成してしまってからでは難しい

 

アレは一種の完結された技だ

 

完成ではなく、完結

 

放つ前から結果が完結されているという矛盾を生み出している

 

仮に防ごうとしても、心臓を狙った技がそう易々と止まりはしない、心臓を穿つという完結した結果を変えようが無い

 

それほどまでに洗礼させた業だった。

 

「良い勉強になったわ」

 

色々と考えていた八雲にパチュリーは手を差し出した

 

「獣魔術をお返しするわ、本当にありがとう」

 

八雲は目線を落とし、その手を取ろうとしたが―――取れなかった。

 

「いや!その!」

 

「ん、どうしたの?」

 

パチュリーも、それを見ていたレミリアも、常に廻りに気を配っている咲夜も、どうして八雲が手を取らないのか理解が及ばなかった

 

彼女達はどうにも、女性社会に馴染み過ぎている

 

八雲が目線を落とした瞬間に、思わず空を見上げた事の理由を理解するのに数秒を要した

 

「なるほど、そういう事」

 

と、片目を伏せて漏らしたのはレミリアで、その言葉を聞いてようやっとパチュリーも露になった胸・・・と言っても谷間だけだが、覗いている事を把握した

 

「・・・そういうリアクションをされる方が返って恥ずかしいわね」

 

「ごめん!」

 

「いいわ、別に見られたからって何かが変わるわけでもないもの」

 

気まずそうに八雲はパチュリーの手を取り、獣魔術の返還を行った。

 

 

 

 

 



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