紅く偉大な私が世界 (へっくすん165e83)
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紅く偉大な私が世界
手紙やら、卒業やら、出会いやら


どうも、初めまして。そしてお久しぶりでございます。へっくすん165e83です。
無性に書きたくなったので、取りあえず書いてみました。私の世界は硬く冷たいの続編のような過去編のような、スピンオフのような話です。ちなみに私自身滅茶苦茶時間がないので、前作のような更新速度は維持できません。ご了承ください。
誤字脱字等がありましたらご報告を頂けると幸いです。


 時間というものが相対的なものだということは今の世の中に浸透しつつある常識の一つだ。

 だが少し時間を遡るだけでその常識は常識ではなくなり、事実とは全く異なることが常識であったりする。

 少なくとも昔の常識では時間は絶対的なものであり、早くなったり遅くなったりはしないものと考えられていた。

 このように常識というものは年々形を変え、より正しい事実へと移り変わってゆく。

 それは文明が発達している証拠であると言える。

 だが、文明が発達することによりその逆の現象も起こることがある。

 もっとも、そんな事象は極少数だ。

 その極少数の一つが超常現象の類だ。

 時代が進むにつれて超能力者は否定されるようになり、吸血鬼や人狼など化け物の話も聞かなくなる。

 世の中の常識が『いる』から『いるかもしれない』に変わり、ついには『そんなものはいない』となった。

 そう、今の世の中では『不思議』なことは徹底的に否定され、ほぼ全ての人間が科学という宗教を信仰している。

 だがそんな人間たちは知らない。

 今の生活を築いている科学も大元を辿れば『よくわからない力』であることを。

 そしてその力を解明することが不可能であることを。

 

 

 

 

 

 ロンドンの上空を一羽のフクロウが飛んでいる。

 フクロウが飛んでいるだけで珍しい光景ではあるのだが、そのフクロウはクチバシに一通の手紙を咥えていた。

 一見するとフクロウがどこかのポストから手紙を引き抜き遊んでいるように見えるが、実はそうではない。

 信じられないことに、このフクロウは自らの意思で手紙を運んでいた。

 勿論普通のフクロウにそんな知能はない。

 少なくとも人間界のフクロウには同じ芸当は不可能だろう。

 だが、魔法界で生まれたフクロウが魔法使いに飼われていたらその限りではない。

 そう、今この手紙を運んでいるフクロウは魔法使いが遣わせた伝書フクロウだった。

 伝書フクロウはまっすぐロンドンの街を抜け、森の中に入っていく。

 いや、そもそもこのような森がロンドンにはあっただろうか。

 そう思わずにはいられないほど、その森には人の気配がなかった。

 獣ですら踏み入ることを躊躇するその森を本能に逆らいながら伝書フクロウは飛ぶ。

 そして次の瞬間、魂を吸いとられたかのように突然、伝書フクロウは地面に落ちた。

 

「よっと、今夜の夜食ゲット。……ん?」

 

 落ちたフクロウに一人の少女が近づいてくる。

 その少女はフクロウの足を掴み自らの目の前まで持ち上げた。

 

「あっちゃー……、伝書フクロウだったか。まあ殺しちゃったものはしょうがないし」

 

 そこそこの長身に紅い髪……赤毛とは違い真っ赤に染まったその髪は普通とは言い難い。

 ロンドンの街に似つかわしくない緑のチャイナ服を着て、その上からフリル付きのエプロンをしていた。

 彼女の名前は紅美鈴。

 彼女は人間ではなく、俗にいう妖の類である。

 

「えっと、お嬢様に手紙か。こんな辺鄙なところにいるのに、変なところで社交的なんですから」

 

 美鈴はフクロウの死骸を片手に引き下げたまま来た道を戻っていく。

 日はとうに暮れており周囲はかなり暗いが、人間ではない彼女にはあまり関係ないようだ。

 いや、彼女にとっては昼よりもこれぐらいの暗闇のほうがよく見えるのかもしれない。

 美鈴は慣れた足取りで森を進み、その奥にひっそりと建つ洋館へと入っていった。

 その洋館はあまり大きいとは言えないが、手入れが行き届いており庭もきちんと整備されている。

 洋館の主はこの洋館のことを『紅魔館』と、そう呼んでいた。

 美鈴にとってその辺のことははっきり言わずともどうでもよいことなのだが、それを自分の主に言うつもりはない。

 

「レミリアお嬢様、お手紙ですよ?」

 

 美鈴は紅魔館の一室、当主の書斎の扉をノックする。

 ノックだけして返事を待たずに中に入った。

 

「……美鈴、コミュニケーションというものは一方通行なものではないのよ?」

 

 書斎では一人の少女が机に向かっていた。

 背丈は低く、どこからどう見ても年端のいかない少女にしか見えない。

 そんな見た目には釣り合わないような言葉が次々と少女の口から発せられる。

 

「部屋に入る前のノックは四回。そして、私が許可を出したら「失礼します」と返事をして静かにドアを開ける。前に教えたでしょう?」

 

 彼女の名前はレミリア・スカーレット。

 この紅魔館の当主にして、数百年を生きる吸血鬼である。

 その証拠と言わんばかりに背中にはコウモリのような黒く大きな羽が生えており、時折レミリアの動きに合わせてピクリと動いていた。

 

「勿論覚えてますよ。はい、手紙」

 

 美鈴は便箋の封を破り中身の手紙を取り出してレミリアに手渡す。

 そのあまりにも非常識な行動に、レミリアはため息をつくしかなかった。

 

「今度から便箋ごと渡しなさい」

 

「ほら、爆発物や呪いが仕掛けられているかもしれないですし」

 

「そうだとしても手に取った瞬間わかるから貴方が危険を冒すことはないわ」

 

 レミリアは忠誠心があるのかないのか分からない従者に頭を抱えながらも受け取った手紙に目を通す。美鈴も一緒になって手紙をのぞき込んだ。

 

「何か書いてありました?」

 

「何も書いてなかったら、これを送った誰かさんは余程の間抜けね」

 

 レミリアは手紙を美鈴に手渡す。

 特別重要な手紙でもなかったのだろう。

 美鈴は手紙を上から下まで読み、怪訝な表情を浮かべた。

 

「えっと……ラブレター?」

 

 手紙の主はアルバス・ダンブルドア。

 手紙の内容を信じるならホグワーツの学生だということだ。

 

「そのホグワーツの学生さんがお嬢様に何の用なんです?」

 

「それを説明するのが面倒だから手紙を渡したのだけれど……。そうね、簡単に説明するとすれば、私と交流を持ちたいみたい」

 

「じゃあやっぱりラブレター?」

 

「ファンレターに近いかしら。まあ本当の目的としては有名人の知り合いを作っておきたいといったところでしょうけど」

 

 レミリア・スカーレットは占い師である。

 表の世界で名が売れているわけではないが、魔法使いの世界、魔法界では占いを齧ったことのあるものなら知らない者はいない有名人だ。

 その友好関係は広く、種族を問わず知り合いが多いことでも有名である。

 そして予言の的中率はかなり高く、その中でも死に関する占い、予言はずば抜けて的中率が高いと評判だった。

 

「でも死の予言の的中率が高いのってお嬢様が直接殺しに行ってるからですよね?」

 

「まあ、吸血鬼は血を吸わないと死んでしまうし。事前に死を予言しておいたほうが相手がビビるのよ。恐怖に歪んだ顔というのは最高の肴なの」

 

 死の予言をし、相手を恐怖させ、狩る。

 これがレミリアの吸血鬼としての基本的な狩猟スタイルであった。

 もっとも、無差別に血を貪ることもできるのだがそれでは獣と変わりない。

 レミリアは自らのことを人間よりも高貴な生き物だと考えているし、実際周囲からもそう思われている。

 

「さて、返事を書かないとね」

 

 レミリアは机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出すと羽ペンにインクを浸け、羊皮紙の上を滑らせる。

 美鈴はその様子を興味深そうに見ていた。

 

「返事書くんですね。一応」

 

「少し面白いことを考えたのよ」

 

 そう言うレミリアの顔には薄く笑みが浮かんでいた。

 レミリアはサラサラと返事を書き終えると便箋に入れ、自分の体の一部をコウモリに変えて手紙を持たせる。

 伝書フクロウならぬ伝書コウモリだった。

 手紙を持ったコウモリはバタバタと羽を動かし窓から外に出ていく。

 それを見届けてから美鈴は部屋の窓を閉めた。

 

「さて、返事が楽しみね」

 

 

 

 

 

 

『お手紙ありがとう。貴方のような若い人間が占いに興味をもってくれるというのは嬉しいものね。そこで特別に、貴方に対して予言を一つ授けることにするわ。これは貴方の……いや、将来の魔法界に関わってくるものだからしかと胸に刻みなさい。「アルバス・パージバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは一九九七年の六月に死ぬ」良かったわね。普段私の占いで寿命に関することが出る時は、大抵一年程度先のことが多いんだけど、百年ほど猶予があるわよ』

 

 ホグワーツの大広間でアルバス・ダンブルドアは一人手紙を広げて固まっていた。

 アルバスの横の席ではエルファイアス・ドージが夢中になってカボチャパイに齧りついている。

 

「ん? どうしたの、アルバス。早く食べないと昼の授業に間に合わないぞ」

 

「あ、いや。何でもないんだ、何でも。ところでドージ、レミリア・スカーレットって知ってるか?」

 

 ドージは聞きなれない名前にカボチャパイを頬張りながら首を傾げる。

 すると向かいの席についていたグリフィンドール生の少女が唐突に会話に参加してきた。

 

「予言者レミリア・スカーレットでしょ? 占い学の教科書に載ってる人よね」

 

「それじゃあ、僕が知らないのも無理はないな。僕占い学取ってないし」

 

 ドージが肩を竦めて食事に戻る。

 少女は少しでもアルバスと親交を持ちたいのかさらに話を振った。

 

「生ける伝説、死の予言者。なんでも死の予言に関しては一度も外したことがないらしいわ」

 

「一度も?」

 

「記録上はね。普通どんなに優秀な予言者でも的中率は二割、酷いと全く当たらないってこともあるのに」

 

「へえ、だから教科書に載ってるのか」

 

 ドージがいかにものんきな調子で答えた。

 

「ふぅん」

 

 アルバスは興味なさげに相槌を打つが、本心はそうではない。

 彼としては今すぐホグワーツの図書室にすっ飛んでいきたいと思っていた。

 アルバス自身予言など当たらないものだと思っているし、実際にこのレミリアの予言を信じたわけではない。

 だが彼の性格上、不確定で不明瞭な事柄は少しでもなくしておきたいのだ。

 

「予言者……ね」

 

 アルバスはそうポツリとつぶやき、パンを手に取った。

 

 

 

 

 

 紅魔館の書斎にノックの音が響き渡る。

 四回軽快に奏でられたそれを聞き、レミリアは従者へ入室の許可を出した。

 

「またお手紙です。えっと、アルバス・ダンブルドアって書かれてますね。一か月前に手紙を送ってきた例のホグワーツ生みたいですけど……」

 

 美鈴は差出人を確認しながら便箋ごと手紙をレミリアに渡す。

 レミリアは慣れた手つきで封蝋を破り、中身を改めた。

 

「ふむ。だいぶ動揺しているみたいね。返事がきたのも遅かったし」

 

 レミリアはケラケラと笑いながら手紙を美鈴に見せる。

 手紙には遠回しにだが、予言が間違い、もしくはタチの悪い冗談ではないのかといったことが書かれていた。

 

「多分あの後散々私について調べたんでしょうね。そして調べた結果、予言が当たる可能性が高いとわかったから私に手紙を寄越した」

 

「でも百年以上先の話ですよ? どんだけ業突く張りなんですか、この少年」

 

「一般にはもう青年と言ってもいい歳だけどね。それに魔法界じゃ百歳以上の高齢者は普通にいるわ。ニコラス・フラメルっていう生きる化石もいるしね」

 

 ニコラス・フラメルとは賢者の石の錬成に成功した錬金術師である。

 賢者の石とは卑金属を黄金に変える触媒として使えたり、不老不死の薬である命の水を作る原料になる物質である。

 この時代、ニコラス・フラメル以外にこの石を錬成できる者はいない。

 

「ああ、フラメルですか。たまに会ってますよね?」

 

 美鈴の言うようにレミリアは何度かニコラスと会ったことがあった。

 賢者の石の錬成に成功したということもあり、ニコラスはあまり人間を信用しなくなったのだが、吸血鬼であるレミリアなら話は別だ。

 吸血鬼は賢者の石などなくとも、老化で死ぬことはない。

 

「実際には徐々に老化してるんだけどね。ただ、人間と比べるとゆっくりなだけで」

 

 レミリアの言葉に、美鈴はうんうんと頷く。

 確かに美鈴の目の前にいるレミリアの身長は高くはない。

 背中に生えている羽さえなければ十歳の人間の少女だと騙れる程度には若かった。

 

「四百年でこれですもんね」

 

「これは失礼でしょ? 訂正なさい。あ、いや訂正しなくてもいいけど、これはやめなさい」

 

「じゃあお小さい?」

 

 その返事を聞き、レミリアは小さくため息をついた。

 レミリア自身、背が小さいことを気にしているわけではない。

 成長が遅いだけで成長していないわけではないからだ。

 ただ、背が低いと不便であるとは思っているが。

 

「なんにしても、この小僧……アルバス・ダンブルドアには返事を書かないことにするわ。そのほうが勝手に勘違いして面白いことになりそうだし」

 

 レミリアはそう言うと手紙を机の引き出しに仕舞い込む。

 そしてその引き出しに鍵をかけ、椅子から立ち上がった。

 

「フランの様子を見てくるわ。最近何かに夢中になっているみたいで、少し心配なの。私が地下に行っている間、館の留守は任せたわよ」

 

「あ、はい」

 

 美鈴が生返事を返したと同時にレミリアが部屋から消える。

 それは魔法使いが使う姿現しのようにも見えるが、本質的には違うものだ。

 

「……フランドールお嬢様、彼女が出す狂気さえどうにかなれば森にも動物が住み着くんだけどなぁ。今のままじゃ肉が捕れないし。いや、ロンドンで肉を捕ろうとするのが間違いか」

 

 美鈴は小さいため息を一つつくと書斎に鍵をかけキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 一八九九年、ホグワーツ卒業式。

 アルバス・ダンブルドアは多くの記者とカメラに囲まれていた。

 当時、まだカメラというものは開発されたばかりで、カメラがあるというだけで生徒が集まってくるのだが、今回ばかりはそうではない。

 何せ、『ホグワーツ始まって以来の秀才』と名高い、アルバス・ダンブルドアがついにホグワーツを卒業したのだ。

 学校という檻から解き放たれた若き天才が、今後どのような道を進んでいくのか。

 それはホグワーツの生徒だけでなく、一般の魔法使いからも興味が持たれていた。

 

「ホグワーツ卒業、おめでとうございます! 今後の進路は?」

 

「日刊預言者新聞です! ひとことお願いします!」

 

「ホグワーツ首席卒業おめでとうございます! 魔法省に就職するのではという噂ですが!!」

 

 記者たちが次々にアルバスに質問を飛ばす。

 アルバスはもう慣れっこであるのか、にこやかな笑みでドージの肩を掴み引き寄せた。

 

「卒業後は少しの間旅行に出ようと思っています。親友のドージを連れて。就職はそのあとですね」

 

 アルバスのにこやかな笑みに対し、ドージの顔はガチガチに緊張している。

 そんな様子を多くのカメラが捉えていた。

 

「すみません! 今年の首席の卒業生の写真を撮りたいんですが、よろしいですか?」

 

 一人の記者がカメラを構える。

 そして少し固まったあと、おずおずとアルバスに問いかけた。

 

「あの、もう一人の首席って誰でしたっけ?」

 

 その問いに多くの記者が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 そういえば、アルバスの印象が強すぎてもう一人の首席の顔はおろか名前すら把握していないと。

 

「もう一人の首席、ですよね。今年の女子の首席はパチュリー・ノーレッジですよ。ほら、あそこにいる」

 

 アルバスはホグワーツの門の近くを指さす。そこには卒業証書を敷物代わりに尻の下に敷き、塀に腰かけている女性がいた。

 

「おーい、パチュリー。首席で写真を撮るんだとよ。こっちにこいよ」

 

 アルバスがそう言って手を振るが、パチュリーは面倒くさそうに視線を向けただけだった。

 

「あんまりこういうの好きそうじゃないもんね」

 

 ドージがおずおずとアルバスに言う。

 それならばとアルバスはパチュリーのほうへと近づいて行った。

 

「あまりこういう機会もないだろう? いいじゃないか」

 

 アルバスのまっすぐな視線に、パチュリーは目を逸らし軽くため息をついた。

 そしてダルそうに塀から降り、傍らに置いてあった首席の表彰状を手に取る。

 その様子を見て、アルバスも横に並び表彰状を掲げた。

 

「では撮ります! 三、二、一!」

 

 その日の日刊預言者新聞の夕刊には、にこやかな笑みを浮かべるアルバスと、いかにもダルそうな表情を浮かべるパチュリーのツーショットが掲載された。

 だが、記事の内容の殆どがアルバスに関するもので、パチュリーに関する記事自体は無いに等しいのだが。

 

 

 

 

 

「あ、死んじゃった。まあいいか」

 

 

 

 

 アルバスとドージの卒業旅行前夜、アルバスの母ケンドラが、娘のアリアナに殺される。

 アルバスは残された兄弟の面倒を見るために、旅行を中止、ゴドリックの谷に留まった。

 ケンドラの死に、フランドール・スカーレットが絡んでいたことを知る人間は、アリアナ以外いない。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 パチュリー・ノーレッジは後悔していた。

 ホグワーツを卒業したのはいいものの、働く気はなく、嫁に行く気もない。

 取りあえず流行に従って卒業旅行に出たのはいいものの、特に行く当てもなく、ただ独りでイギリスを彷徨う毎日。

 もっとも、その旅の途中で見聞きしたものは確実に知識として頭の中に入っているのだが。

 

「……えっと、ロンドンよね。ここ」

 

 パチュリーがそう呟くのも無理はない。

 パチュリーが今いるこの森は、パチュリーが今まで暮らしてきた世界とは空気が違う。

 肌で感じるこの雰囲気を言葉で表現することなど、ある意味では無意味なのだが、あえて言葉にすれば『人間に限界まで空気を詰め込み、膨れ上がった腹部に刀剣の先端を突きつけている』ような、今にも爆発しそうなそんな雰囲気だった。

 ホグワーツではこのような空気を味わったことはない。

 普通の人間ならその空気だけで絶命しそうな、そんな空間にパチュリーは踏み込む。

 危険だということは理解しているし、その行動に意味がないこともわかっている。

 だがパチュリーは自らの経験にない、新しい知識を求めて奥へ奥へと進んでいった。

 三十分ほど歩いただろうか。

 パチュリーはついにその森の終着点へとたどり着いた。

 いや、終着点という言い方は、本来森に対しては適切ではない。

 だがこの時パチュリーが思った感覚をそのまま言葉に直すなら、終着点という言葉が一番適切だった。

 

「こんな森の奥に洋館……いや、徒歩三十分程度なら奥でもないのかしら」

 

 目の前にそびえる洋館を見上げながらパチュリーは呟く。

 普段の彼女なら例え相手がいたとしても思ったことを口に出すことはない。

 無意識に思考が口から洩れているところを見るに、パチュリーは少しばかり動揺しているようだった。

 その洋館はこんなところに建っているわりには綺麗で、庭も手入れが行き届いている。

 空からは日の光が差し込んでおり、もしこの館を写真で見たとしたらなんら違和感を抱くことをないだろう。

 だが、パチュリーには全く違うものが見えていた。

 洋館の壁は血に染まり、庭には臓物がまき散らされている。

 もっとも、そう見えてしまっただけで実際のところは違う。

 壁の色は元々赤いだけであるし、臓物に見えたものは真っ赤な花を咲かせた薔薇の植木だった。

 

「えっと、どちらさん?」

 

 唐突に背後から声を掛けられ、パチュリーは恐る恐る振り返る。

 そこにはパチュリーより少し背の高い女性がチャイナ服にエプロンという異様な恰好で立っていた。

 だが、驚くべきはその服装ではない。

 パチュリーほどの魔法使いが、背後に立たれるまでその存在に気が付かない。

 それこそが異常なのだ。

 

「貴方、ここの館の人?」

 

 パチュリーは出来るだけ平静を装い、その女性に問う。

 その女性は軽く首を傾げた後、パチュリーを指さして大声をあげた。

 

「あ! ホグワーツ首席のパチュリー・ノーレッジだ!」

 

 大声を上げた女性、紅美鈴はパチュリーの手を握り上下にブンブンと振る。

 強制的に握手を済ませたのち、美鈴は半ば強引にパチュリーを館の中へ引きずり込んだ。

 元々パチュリーは気が強いほうではない。

 学校でもどちらかと言えば周囲に流されるタイプではあるし、それが嫌で毎日のように図書室に籠っていたと言っても過言ではないほどだ。

 そんな日常を送っていたため、ホグワーツにある書籍は禁書の棚のモノまで読みつくし、自分が考えた魔法の論文をこっそり本棚に追加したりしていた。

 アルバスが論文を学会に提出している時、パチュリーは書いた論文を人目のつかないところに隠していたということになる。

 その辺りが表に出たがるアルバスと、出たがらないパチュリーの大きな違いだと言えるだろう。

 美鈴はパチュリーを引きずっていき、客間に通す。

 そしてそそくさと部屋を出ていった。

 この状況にパチュリーは困惑を隠しきれない。

 いくらホグワーツ首席、アルバス以上の知識を携え、他の誰よりも知識に貪欲だといえ、歳はまだ十代後半。

 学生時代に大きな冒険をしたこともなく、命の危機を体験したわけでもなく、戦いもなく、争いもなく。

 危険に対する経験の無さ故に、パチュリーはただただ縮こまることしかできなかった。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 部屋の扉が再び開き、美鈴がティーセットを持って入ってくる。

 その様子から察するに、先ほどからまだ数分しか経っていないようだ。

 美鈴は慣れた手つきで紅茶をティーカップに注ぎ、パチュリーの前に置く。

 そしてもう一つのティーカップにも紅茶を注ぎ、自分の口へと運んだ。

 

「どうぞ、冷めないうちに」

 

  毒など入っていないと言わんばかりにグイッと紅茶を飲む美鈴。

 その様子を見て、パチュリーはティーカップに手を伸ばした。

 

「いやはや少し強引でしたかね。なにせこの館に人間の客なんて、久々で。おっと、自己紹介がまだでしたね。私の名前は紅美鈴。この館、紅魔館で一応使用人として働いています」

 

 傍から見たら和やかなお茶会に見えなくもないが、皮膚の表面を溶かすような空気、気配が消えたわけではない。

 館に入ったからこそわかったことだが、この何とも言えない嫌な気配はこの館の下から発せられているようだ。

 もっとも、その気配を発しているのは地下にいるフランドール・スカーレットなのだが、パチュリーは知る由もない。

 

「パチュリー・ノーレッジよ。その口ぶりだと私のことは知っているみたいだけど」

 

「いえ、実はそんなに知りません」

 

「……」

 

 そう言われるとパチュリーとしては反応が出来なくなる。

 パチュリー自身社交的ではないし、美鈴も人との付き合いが得意なわけではない。

 暫く二人は何も話さず、静かに紅茶を飲んだ。

 ティーカップが空になる頃になってようやく、美鈴が思い出したかのようにパチュリーに聞く。

 

「そういえば、パチュリーさんはどうして紅魔館に? もしかしてお嬢様に用事とかでした?」

 

 その美鈴の言葉を聞き、パチュリーは先ほどから疑問に思っていたことを質問した。

 

「この森に迷い込んでしまったのだけど、こんなところに住んでいる貴方の主人は一体どなたなのかしら」

 

「迷い込んだ……え? 冗談ですよね?」

 

 確かに、迷い込んだというのはパチュリーの嘘だ。

 こんな森に迷い込むのは不可能というものである。

 意図して踏み込まなければ、本能的に避けて通ってしまう。

 

「……まあ、冗談ですけど」

 

「ですよね。うん。で、何の用で?」

 

 パチュリーは顔に出さないようにしながら考え込む。

 美鈴の顔をチラリと見て答えた。

 

「まあ、ここに住んでいるならわかると思うけど、この森は普通じゃないわ。この館を中心にして何とも言えない邪気のようなものが広がっている。それに興味を惹かれてここまで来たのよ」

 

「ああ、はいはい。そういうことですか。なるほど、なるほど」

 

 美鈴は酷く気楽に頷き、にこやかな笑みを浮かべる。

 その表情は野良猫に困っている主婦みたいに、何とも言えないモノだった。

 

「私としても困ってるんですよね。この狂気のせいで館の周囲に動物が寄り付かないですし。留守にもできないし」

 

 うんうんと頷きながらしゃべり続ける美鈴の言葉に、パチュリーは少々違和感を覚えた。

 邪気ではなくて狂気、そして何も関係ないように聞こえる『留守にもできない』という言葉。

 パチュリー・ノーレッジはパズルが好きだ。

 今のこの状況に全く関係ないような情報のように聞こえるかもしれないが、実は大いに関係あるのだ。

 今ある情報を組み立て、分解し、結合し、変化させ、昇華させ、消化させる。

 まあこれに関しては問題をとつけたほうがいいかもしれないが。

 なんにしてもパチュリーは美鈴の少ない言葉から感じた違和感からあらゆる可能性を推理し、一番可能性が高いと思われる仮説を基に話を合わせた。

 

「従者としては大変よね。ここのお嬢様も苦労しているのかしら」

 

 邪気ではなくて狂気ということは物質や現象、地質などの、所謂『物』ではない。

 そして狂気という言い方。

 獣や化物にはそう言った言い方をしない。

 狂気という言葉は基本的には人間に使う言葉だ。

 『留守』にできないという言葉からその狂気を持っている人物は一人では生活できないことが伺える。

 そして少し前の『お嬢様に用事とかでした?』という言葉。

 自然にそのような言葉が出てきたということは、そのお嬢様自身は狂気の持ち主ではない。

 用事を作るような人間が狂気の持ち主で一人で生活できないとは思えないからだ。

 パチュリーとしてはこの後美鈴が見せることであろう『え? なんでそんなことまで知ってるの?』という表情を少し楽しみにしていたのだが、美鈴が見せたのは困惑とはかけ離れた表情だった。

 

「──、……」

 

 まさかの無表情である。

 先ほどの笑みは何処へやら。

 美鈴は表情筋が死んだような顔でパチュリーの顔を覗き見る。

 パチュリーは一瞬開心術を掛けられていると思い警戒したが、そういうわけでもないようだ。

 

「もう一度お聞きします。お嬢様に用事ですか?」

 

 美鈴が無表情のままパチュリーに質問した。

 パチュリーは一度目を瞑ると、少し思考を巡らせてから素直に頭を下げた。

 

「ごめんなさい。少し失礼だったわ。憶測と推測だけのあてずっぽうよ。私は今日初めてここに来たし、貴方のお嬢様のことも全く知らないし、貴方の言うところの狂気に興味があっただけで、それの原因にはそこまで興味はないわ」

 

 それを聞いて美鈴の顔に表情が戻る。

 そして今度はニヤケ面になった。

 

「……ぷっ、普段あれだけ偉そうにしている癖に、若い人には知名度皆無ね」

 

 ふふ、ふふふと不敵に美鈴は笑う。

 そして満足そうにパチュリーに聞いた。

 

「ここに住んでいるのはレミリア・スカーレット嬢ですよ。ほら、占いで有名な」

 

「では、あの吸血鬼の。有名な予言者よね」

 

「なんだ、知ってるんじゃないですか。つまんないなーもう」

 

 美鈴はそう言って少し表情を曇らせるが、パチュリーには納得できることがあった。

 客室に通されたはいいものの、館の当主が出てこないのはそういうことなのだ。

 吸血鬼は夜行性である。

 故に、真昼間の今、この時間は棺桶の中であろう。

 もっとも棺桶というのはパチュリーの勝手な偏見で、レミリア自身はちゃんとベッドで寝ているのだが。

 

「そういうきとなら時間が時間だし、ここの当主さんには会えそうにないわね。あ、そうだ。外に漏れる狂気だけなら何とかなるかも知れないわ」

 

 パチュリーはここに来た理由を何かしら作るためにそんな話を切り出す。

 この狂気の中ここまで来て、何もせずに帰るというのは、少し勿体ないと感じたからだ。

 

「え? そんなことができるんですか? それをすれば森にも動物が寄り付きますかね?」

 

「動物? すぐには無理でしょうけど、少し時間が経てば集まってくるはずよ」

 

「是非ともお願いします! 是非是非!」

 

 美鈴は身を乗り出してパチュリーの手を握った。

 そしてそのままブンブンと握った手を上下に振る。

 

「えっと……手を放して貰わないと魔法が使えないわ」

 

「ああ、すみません」

 

 パチュリーに指摘され、ようやく美鈴は握っていた手を放す。

 両手が自由になったところで、パチュリーはローブに手を差し込み、杖を取り出した。

 

「狂気の発信源を明確にしたいのだけれど、見取り図のようなものはあるかしら」

 

「うーん、ないですね」

 

「そう、じゃあ取りあえず応急的に大雑把に結界を張ってみましょうか」

 

 パチュリーは探知の魔法を発動させ、その人物がいるであろう大体の位置を特定する。

 そして杖を振るい、結界を張り巡らせた。

 数秒のタイムラグの後ぷっつりと狂気が消え去る。

 

「まあ、成功ね」

 

 おお、と美鈴はぐるりと周囲を見渡す。

 そして、一瞬無表情になったあと、その顔に一筋の汗が流れた。

 

「あ、やばいかも」

 

 美鈴は咄嗟に椅子から立ち上がり机を横倒しにしてその陰に隠れる。

 パチュリーは何が何だか分からず、杖を持ったまま椅子の上から動けない。

 次の瞬間、客室の壁が爆発した。

 パチュリーは咄嗟に魔法で防壁を張り、爆風と破片をやり過ごす。

 そして身に着けたあらゆる探知魔法を発動させ爆発の正体を探った。

 

「巨大な魔力を検出。術ではなく、魔力の塊のようだけ……ど……」

 

 ゆっくりと土煙が晴れていく。

 パチュリーは穴の開いた壁の向こう側に小さい人影を確認した。

 

「フランの気配が消えた。原因は貴様か?」

 

 フリルのついたドレスに青い髪。

 背はあまり高くはないが背中には大きな羽が生えており、手には赤く輝く槍のような物を構えていた。

 今この瞬間、パチュリー・ノーレッジは人生初の生命の危機に瀕していた。

 

「あ、あの。私はただ──」

 

「原因は貴様かと、私は聞いたつもりだが?」

 

 パチュリーはレミリアの顔を見据える。

 そして一度深呼吸した後、魔法使いの命でもある杖を地面の上に置いた。

 

「私よ。狂気が外に漏れないようにしたのは。でも私が行ったのはそれだけ。貴方の言うところの『フラン』には何もしていないわ」

 

「美鈴、こいつは?」

 

 レミリアはパチュリーに槍を突きつけながら美鈴に質問する。

 美鈴は机の影から少しだけ顔を出すと囁き声でレミリアに伝えた。

 

「パチュリー・ノーレッジです」

 

「ああ、あの首席の。目立ってないほうね。取りあえず今すぐ結界を解きなさい」

 

 レミリアは自分の服に付いた砂埃を払う。

 それを見て、美鈴は倒した机を元に戻した。

 パチュリーも空気が変わったと判断し、杖を拾い結界を解く。

 その後、壊れた壁とティーカップを修復した。

 臓物を自分で引きずり出し、代わりに火のついたダイナマイトをお腹に詰め縫い合わせたような狂気が再び周囲に満ち始める。

 そんな中、本日二回目のお茶会が開かれた。

 まあ、先ほどのをお茶会に数えたらという話になるが。

 

「先ほどは取り乱して悪かったわ。でも狂気はこのままでいいのよ。この狂気は、『地下にフランがいる』確かな証拠なのだから。ああ、フランというのは私の妹よ。フランドール・スカーレット」

 

 レミリアは美鈴が用意した紅茶を飲む。

 パチュリーもそれに倣ってティーカップを口に運んだ。

 

「過保護なのね」

 

「当然よ。だってたった一人の家族なのだから」

 

 確かにレミリアの言う通り、狂気がそこにあるということはそれを発している人物がそこにいるということである。

 レミリアはそれを頼りに妹の監視を行っていたのだった。

 

「まあ、折角来たのだし、ゆっくりしていくといいわ。見たところ首席というだけあってそこそこ優秀なようだし。もし貴方さえ良ければだけど、この紅魔館で雇ってもいいぐらいよ」

 

「それは遠慮させてもらうわ。私に使用人は向いていないと思うし」

 

 図書館でもあれば別だけど、とパチュリーは続けた。

 

「図書館? 本が好きなの?」

 

 その単語に何故かレミリアが食いつく。

 そして何かを思い出したかのように手を合わせた。

 

「ならちょうどいいわ。この紅魔館の地下は図書館になっているのよ」

 

「え、そうだったんですか」

 

 そう答えたのは美鈴だ。

 どうやらそこに住んでいる住民でさえ知らないような施設だったようだ。

 

「パチュリー・ノーレッジ。あなた、そこで図書館の司書をやりなさい」

 

 パチュリーはいきなりの提案に少し困惑する。

 だが、逆に言えば少し困惑しただけだった。

 よくよく考えれば、悪くない提案かもしれないとパチュリーは考えていた。

 別にほかにやりたいことがあるわけでもないし、就職する気もない。

 それに吸血鬼が保有する図書館だ。

 見たことのない本があるかもしれない。

 

「そうね。図書館を自由にしてよくて、自由に研究が出来て、尚且つ私を養ってくれるなら、司書を引き受けるわ」

 

「あら、じゃあ決定ね」

 

「え?」

 

 パチュリーとしては半分冗談だったのだが、レミリアはすんなり了承した。

 

「これからよろしく。パチュリー・ノーレッジ」

 

 そう言い残すとレミリアは大きく欠伸をし、部屋を出ていく。

 パチュリーはそんなレミリアの後ろ姿を黙って見送るしかなかった。




ダンブルドアがレミリアに手紙を送る

レミリアがダンブルドアに嘘の死の予言をする

ダンブルドア、パチュリー卒業

ケンドラがアリアナに殺害される(この時のアリアナにはフランが乗り移っている)

ダンブルドアがゴドリックの谷に戻る

パチュリーがロンドンの森に踏み入る

パチュリーとレミリアが出会う

パチュリーが紅魔館地下図書館の司書になる←今ここ

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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。


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捨虫やら、戦争やら、失敗やら

駆け足のように思える過去編ですが、これぐらいのペースで書かないと終わらないので勘弁してください。流石に百年分全部書くのは無理です。
誤字脱字があると思いますので、ご指摘いただけたら修正いたします。


 紅魔館に新しい住民が増えてから早一か月。レミリアはパチュリーの優秀さに素直に驚いていた。首席だということは聞いていたが、これはそのようなレベルではない。ホグワーツの教員、いや、魔法界の何処を探してもこれ以上の魔女はいないのではないかと思えるほど彼女の知識は深く、そして魔法の腕も相当なものだった。

 埃の積もっていた図書館はものの数秒で綺麗になり、一か月近くで随分と蔵書も増えた。更に言えば増えた蔵書に合わせて図書館その物も大きくなっている。また図書館のあちこちで羽ペンがひとりでに動き複雑な計算を繰り返す。そしてパチュリー自身もその羽ペンの一部のように白紙の本に文字を書き込んでいた。

 

「精が出るわね。パチュリー」

 

 レミリアが扉を開けて図書館に入ってくる。ちなみに、現在の時刻は午後の九時。レミリアは今さっき美鈴に起こされたところであった。レミリアは夜の日課を済ますために図書館に入ってきたのである。

 夜の日課とは何か。フランドールの様子を見に行くことだ。そしてフランドールの自室は地下にある。厳密には図書館の奥にある一室がフランドールの自室になっているのだった。

 

「これぐらいは普通よ、レミリア嬢。ホグワーツにある必要の部屋で毎日のようにやっていたわ」

 

「そう」

 

「ええ」

 

 二人が交わす会話と言ったら、一日のうちにこれだけである。このあとレミリアはフランドールの様子を確認し、自分の書斎へと帰っていく。パチュリーはパチュリーで一人魔法の研究に没頭するのだ。

 日が変わるような時間になるとパチュリーは図書館の灯りを消して寝室へと戻る。そして日が出るような時間になると起きて図書館の灯りをつけ、研究を始めるのだった。

 

 

 そんな生活が数年続いた。

 

 レミリアとパチュリー、美鈴の周囲が動かずとも、魔法界の情勢は動く。

 パチュリー卒業から数か月、アルバス・ダンブルドアはゲラート・グリンデルバルドと親友になり、その後アリアナの死をもって決裂する。

 ダンブルドアはその後ホグワーツに就職。変身術の教員を務める。

 グリンデルバルドは着々と手下を増やし、魔法界転覆の準備を淡々と進めていた。

 

 一九三八年、レミリアとパチュリーが出会ってから約四十年。もうすっかりおばさんと言えるような見かけになったパチュリーが唐突に呟いた。

 

「そろそろこれも不便になってきたわね」

 

 パチュリーは皺が増えた自分の体を見回す。そして一冊の本を取り出した。それはパチュリーが準備した魔導書の一種で、中には膨大な魔力が込められている。パチュリーは慣れた手つきでページを捲ると、魔法を発動させ、その魔導書を一本のナイフへと変えた。

 

「あら、何か始めるの?」

 

 レミリアが何時ものように図書館に入ってくる。レミリア自身、パチュリーの行う魔法の実験を楽しみにしている節があった。退屈な生活の中、良い刺激になるのだという。

 

「ああ、レミィ。この体も不便になってきたから、捨てようと思って」

 

 パチュリーはそう言ってレミリアにナイフを見せる。レミリアはそのナイフとパチュリーの顔を交互に見た。

 

「パチェ、そのナイフはなに? あなたがそんな武骨なものを持っているのも珍しいわね」

 

「魔法具よ」

 

 パチュリーはそのナイフをなんの躊躇いもなく自分の心臓へと突き刺す。傷口からは真っ赤な血液が溢れだし、図書館の床を濡らす。パチュリーは一瞬苦しそうに呻くと、やがて動かなくなった。

 

「あれ? 自殺?」

 

「違うわ」

 

 突然後ろから声を掛けられ、レミリアは咄嗟に振り返る。そこには出会った時よりもさらに若い姿のパチュリー・ノーレッジが立っていた。

 身長はレミリアとあまり変わらない。

 

「見た目を貴方に合わせてみたのだけれど、どうかしら。体を作り直したから眠らなくてもいいし、食事を取る必要もなくなったのよ」

 

 パチュリーは新しい体を見せるようにクルリと回る。その姿を見て、レミリアは静かにほほ笑んだ。

 

「貴方と出会って暫く経つけど、ようやくこっち側の存在になったわね。人間をやめて本当の魔女、化け物になった」

 

「あら、違うわ。レミィ」

 

 パチュリーは不敵に笑った。

 

「私は生まれた時から、周りとは違った。周囲の魔法使いは魔法使いという名の人間。けれど、私には自分のことが人間だとは思えなかった。私は魔法使いという化け物なんだという意識が常に付きまとった」

 

 パチュリーは老いた死体を抱き上げると、魔法の炎で死体を焼く。それはさながらパチュリー・ノーレッジという魔法使いの葬式のようであった。もっとも、西洋で火葬はメジャーではないが。

 

「お疲れ、私」

 

 パチュリーは両手を組むと静かに祈りを捧げる。レミリアもそれに倣い静かに祈った。

 

 パチュリーが新たな体を手に入れたその年、トム・リドルがホグワーツに入学した。

 そこから更に数年、魔法界はグリンデルバルドによって一時的な戦争状態に陥る。

 だがそれも一九四五年、トム・リドルがホグワーツを卒業するのと同時期に決着がついた。

 ダンブルドアがグリンデルバルドを倒し、ニワトコの杖を手に入れる。

 

 

 

 そして一九四六年、紅魔館にトム・リドルが訪れていた。

 リドルは紅魔館にある客室で美鈴の淹れた紅茶を味わう。リドル自身紅茶の味には煩いほうだが、十分満足できる味だった。

 

「素晴らしい味ですね。茶葉、淹れ方ともにとても良い」

 

 リドルはにっこりと美鈴に微笑む。美鈴は愛想笑いを返した後、そのままの表情で返事をした。

 

「お嬢様は紅茶の味にだけは煩いんです」

 

 このように紅魔館に普通の人間を招待できているのはひとえにパチュリーのおかげである。一時的に検知不可能な結界を地下室に張り、フランドールの狂気と膨大な魔力を誇る図書館を隠す。

 

「すみません、こんな夜分遅くに。そちらの主人の生活習慣に合わせたつもりだったのですが」

 

「ああいえ、今日は単純に寝坊ですよ。何時もは夜の九時には起きてます。先ほど起こしましたので、今頃慌ててドレスに袖を通している頃でしょうね」

 

 今日、リドルはボージン・アンド・バークスという魔法具店の店員として紅魔館に来ていた。リドルの主な仕事は各地を飛び回り曰く付きな魔法具や呪いを持った道具を集めることだ。占い学の権威というレミリアなら、何か珍しい魔法具を持っているだろうとリドルは推測し、リドルの方から声を掛けたのである。

 十分ほど客室で待っていると、ゆったりとした動作でレミリアが現れた。それは見方によっては優雅にも見えるが、今回に限ってはただ眠たく、フラフラとしているだけである。

 

「少し待たせてしまったわね。で、私に何の用なのかしら」

 

 レミリアは美鈴の淹れた紅茶が入ったティーカップを持つとゆっくりと口に近づける。リドルはそんなレミリアの動作を注意深く観察しながら話を切り出した。

 

「手紙に書かせていただいたように、本日はボージン・アンド・バークスという魔法具店の使いとして参りました。ボージン・アンド・バークスでは珍しい魔法具や曰く付きの道具を多数取り扱っており——」

 

「訪問販売?」

 

「いえ、その逆でございます」

 

 ようやく目が覚めてきたのかレミリアはティーカップをソーサーに戻す。そして不敵にほほ笑んだ。

 

「ようはうちに転がってるガラクタを引き取りにきたと」

 

「どんなものにもそれなりに価値があるものですよ」

 

 まあ珍しい魔法具はともかく、曰く付きのものは沢山あるんだけど、とレミリアは続ける。レミリアが手を振るうとその曰く付きの道具が部屋に飛んで……こなかった。

 

「来ないですね」

 

 美鈴がぽつりと呟くが、そんな彼女をレミリアは冷たい目で見た。

 

「貴方が取ってくるのよ」

 

「あ、そういうことですね。では取ってきます」

 

 美鈴はレミリアのジェスチャーの真意を知り、部屋を出ていこうとする。だが部屋を出る寸前にレミリアに止められた。

 

「やっぱりいいわ。普通に怖いし。私が適当に取ってくるから美鈴はリドルの相手をしていて」

 

 レミリアは椅子から立ち上がると客室を出ていく。そしてその数秒後、レミリアが客室の扉を開けて帰ってきた。手には小さなナイフが握られている。

 

「酷いですね。そんなに信用無いですか? 私」

 

 美鈴はそう言って頬を膨らませる。レミリア自身美鈴を信用していないわけではなかった。いや、信用していないどころか、この紅魔館のメンバーの中では一番信用しているほどである。

 

「信用はしているわ。それと同時に貴方の冗談癖も信用しているのよ」

 

 レミリアは無造作にナイフを机の上に置く。リドルはローブから白い手袋を取り出し嵌めると、慎重な手つきでそのナイフを手に取った。

 

「これはまた、随分な魔力が込められていますね」

 

 リドルは丁寧にそのナイフを観察するが、強い魔力以外の何かを見つけることができない。

 

「ふふ、困り顔って感じね。実を言えばそのナイフ、特に曰く付きなわけではないわ。そのナイフは私のスローイングナイフのうちの1本ね。」

 

 レミリアはリドルからナイフを受け取ると指の間でくるくると回す。そのあと人差し指の腹でナイフの柄尻を弾いた。ナイフはそのまま真っすぐ飛んでいき、窓枠の間に刺さる。リドルは椅子から立ち上がり窓枠に刺さったナイフを抜きにかかる。窓枠に傷がついていたら魔法で直そうとリドルは思っていたが、ナイフは窓枠の間にぴったりと収まっており窓枠自体には全く傷をつけていなかった。

 

「お見事です。ちなみにこのスローイングナイフ、お使いになられてどれぐらい経ちますか?」

 

「そうね、それは五十年ぐらいかしら」

 

 リドルは手帳を取り出し何かを書き始める。その後ナイフと手帳を見比べ、査定結果をレミリアに述べた。

 

「三百ガリオンで買い取らせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 その査定結果に美鈴は素直に驚く。レミリアはそれで当たり前といった顔をしていた。

 

「こんなただのナイフにそんな価値があるんですか?」

 

 美鈴はリドルの持っているナイフを指さして聞く。リドルは軽く微笑むと説明に入った。

 

「まず、このナイフそのものに価値があります。ナイフに使われている鋼は今では珍しいヒヒイロカネが使われています。ヒヒイロカネは硬度に優れ、尚且つ錆にも強い金属です。それに、柄には黒柿が使われており、黒柿そのものも銘木中の銘木と言われています。そして長年使われたことによる柄の自然な研磨。さらに込められた魔力の質、量。これほどのナイフは何処を探しても見つからないでしょう」

 

「ええ……でも」

 

 美鈴はふと思い出す。レミリアの書斎にはそれと全く同じナイフが百本ほど雑に詰められている箱があることを。レミリアにとってはこのナイフも、数あるスローイングナイフのうちの一本でしかない。

 

「ええ、そのナイフは持って行っていいわ」

 

「ではこれを」

 

 リドルは小切手を切ろうと鞄を漁る。レミリアはそんなリドルの行動を制止させた。

 

「お金は要らないわ。その代り、貴方の話を聞かせて頂戴な」

 

「僕の話? ですか」

 

 リドルは少し首をかしげる。リドル自身その容姿から女性に惚れられることは多い。だが、レミリアのそれはそのどれとも違うとリドルは判断した。何かこの話し合いには別の目的があるのではないかと。

 

「三百ガリオンに釣り合うだけの話ができると、私は判断したわ。ホグワーツを首席で卒業した貴方が魔法具店の下働きっていうのも気になるし。貴方、世界征服とかに興味ない?」

 

 世界征服と聞いて、リドルはピクリと反応する。今この時点でリドルは、世界征服こそ考えていないものの、魔法界を掌握し、優れた魔法使いだけの世界を作ろうと考えていた。リドルは咄嗟に表情を取り繕い、レミリアの問いに答える。

 

「そんな……ははは、まさか。この職についたのも伝統と由緒ある魔法具の探索に興味があったからで……」

 

「そう、私は興味があるけどね。世界征服」

 

 レミリアはリドルの目をまっすぐと見る。リドルは開心術を警戒し咄嗟に心を閉ざす。だが、レミリアにとってそんなことは無意味だった。

 

「一九八一年のハロウィーンに気を付けなさい。貴方はそこで自分の運命を左右する事件を起こすわ」

 

 レミリアは空になったティーカップをソーサーに被せ、ティーカップの底を指で二回叩く。そしてティーカップを指で弾き表に返した。

 

「ラッキーアイテムは日記帳よ。もっとも、肌身離さず持っていると意味がないけどね。」

 

 日記帳という単語を聞いてリドルは戦慄する。リドルはこのとき既に日記帳を分霊箱にしていた。この重なりは偶然ではないと、リドルは直観的に察する。

 

「貴方は一体……」

 

「占い師」

 

 レミリアはにっこりと笑うとホグワーツでの生活をリドルに質問し始める。結局リドルはこの後数時間、名状しがたい、薄気味悪い雰囲気を感じながらもレミリアの問いに当り障りのない程度で答えるしかなかった。

 

 

 

 

 今日、ボージン・アンド・バークスから手紙が届いた。その手紙に書かれていた内容を簡潔に記すなら、紅魔館にある珍しい魔法具を買い取らせてほしいというものだった。私は取りあえずOKと返事を出し、来客に向けて準備を始める。まずはパチェに頼んでフランの部屋周辺に結界を張ってもらう。流石に一般人にフランの狂気は強すぎる。私自身がフランの居場所を感じ取れなくなるのは少し不安だが、その辺はパチェが様子を見ててくれるだろう。店の使いが来るのは夜の十時。私はその二時間前に起床した。

 

「美鈴、紅茶」

 

 私は眠たい目を擦りながら美鈴の淹れた紅茶を飲む。吸血鬼にカフェインが効くのかは分からないが、気分的に眠気覚ましにはなるのだ。

 

「うぅ~、眠い」

 

「無理するからですよ? いつもは九時なのに」

 

 美鈴がティーセットを片付けながら心配そうに聞いてくる。眠いのには変わりないが私は強気に言い返した。

 

「たった一時間じゃない。ほら、客室の準備をしてきなさい」

 

 私は美鈴を部屋から追い出すと、机の引き出しを開け、一本のナイフを取り出した。これは私が普段ナイフ投げの練習をするときに使用しているものだ。私はそのナイフに力を籠め、多くの魔力を吸わせる。即席ではあるが、少しは価値あるものになっただろう。取りあえずナイフは机の上に置き、私は数か月前の日刊預言者新聞を広げた。そこには今年のホグワーツ首席が載っている。首席の名はトム・リドル。今日、店の使いで来る青年だ。

 

「首席である生徒が何故ボージン・アンド・バークスなんかに? これは少し調べないといけないわね」

 

 記事を放り出し、机の上に置いてある水晶玉を手に取る。水晶に魔力を流し込み、まだ見ぬリドルの運勢を占った。

 

「強く死相が出てるわね。そして何か野望を抱えている。野望、野望ねぇ。……ん? トム・リドル、リドル……何処かで聞いた名だわ。」

 

 私は椅子から飛び降り本棚にある引き出しを開ける。そこには今までに送られてきた手紙がギッシリと詰まっていた。その手紙の送り主を一つ一つ確かめ、リドルの名を探した。

 

「こんなことなら整理しておけば良かったわ。アルファベット順とかに……あ、これね」

 

 三十分ほど棚を漁り、私は一通の便箋を取り出す。そこには確かにトム・リドルの名があった。

 

「ああ、思い出した。トム・リドル。確かマグルの富豪の息子だったわね。確かリドル自身もマグルだったはずだけど……ああ、その息子か。」

 

 時間の流れは早いものだ。そういえばもうパチェと知り合って随分経つのか。全然実感が沸かない。今でこそパチェは私の親友だが、当初は便利な魔女という認識でしかなった。

 

「ということはリドルはマグル生まれか、混血ということになる。優秀な魔法使いは全員純血というわけでもないのね。吸血鬼は血が濃いほうが優秀だけど」

 

 私は先ほど放り投げた日刊預言者新聞を手に取る。そして気になる記事を見つけた。リドルについて書かれたものだが、そこにはリドルの友人関係に関して書かれていた。

 

「でも、中の良い友人は純血だらけ。それも、純血であることを誇りに思っているタイプの家系ばかりね。所属寮はスリザリン。野望……野望、ね」

 

 散々散らかした部屋の真ん中でリドルに関する情報を整理していく。そして私は一つの結論にたどり着いた。

 

「まあいつものようにイメージだけの抽象論で煙に巻きましょう。占いなんてそんなにあてにならないし」

 

 私は部屋にある置時計を確認する。今の時刻は夜の十時十分。完全に遅刻だった。

 

「片付けてから行きたいけど……まあいいか」

 

 私は新聞を床に放り捨てると、リドルの待つ客室へと足を向けた。

 

 

 

 

 この出来事から二十年後、トム・リドルはヴォルデモート卿として力を付け始める。魔法界は闇の時代へ突入しようとしていた。

 混乱していく魔法界だったが、この事件を全く別の感性で捉える吸血鬼が一人。そう、レミリア・スカーレットである。

 

 一九六七年、レミリアは紅魔館の地下図書館に来ていた。いや、そこはもう図書館という規模ではない。美鈴曰く『大図書館』だそうだ。レミリアは慣れた足取りで棚と棚の間を抜け、パチュリーのもとを目指す。パチュリーはいつもと変わらず設置された椅子に座り魔法の研究を行っている。

 

「引っ越そう! と思うのだけれど」

 

「なんで今テンション上がったの?」

 

 パチュリーは本から顔を上げずに呆れ声でそう言った。レミリアはそんなパチュリーの態度を無視して続ける。

 

「私が思うに、この世界はだんだんと住みにくくなっているのよね。ほら、貴方が子供だった時と比較してみなさいよ。目を見張る速度で科学が発展し、妖怪や魔法使いといった存在の居場所が少なくなってきている。次第に場所が無くなり、最後には追い出されるでしょうね」

 

「弱気ね」

 

 そうかしら、とレミリアは首を傾げた。

 

「なんにしても、フランには安息の地が必要だわ。だから引っ越すの。手を貸してくださる?」

 

 パチュリーは本から視線を外し、レミリアを見る。レミリアは目を輝かせてパチュリーを見ていた。

 

「貴方、妹が絡むと途端に後先考えなくなるわね。まあいいんだけど。それで、引っ越すってどこへ? そういう話を私のところに持ってくるということはある程度の候補地は絞れているんでしょう?」

 

 その言葉に、レミリアは得意げな顔をした。

 

「勿論。日本に妖怪の集まる土地があると聞いたわ。そこに移住しましょう。あわよくばその土地の支配権を奪いとって暮らしやすいようにしてもいいわね」

 

「ああ、私もその噂は聞いたことがあるわ。でも、たぶんそれ無理よ。あそこは私が生まれる前に結界で閉ざされたと聞いているし」

 

「え? マジで?」

 

 レミリアは困った顔をしながら頭を掻く。

 

「それに、フランドールはあの部屋から出ないのでしょう? 私も、この図書館を手放す気はないわ。せっかく数十年かけて育ててきたのに」

 

「じゃあ紅魔館ごと移動したらいいじゃないですか」

 

 いきなり後ろから声を掛けられて、レミリアとパチュリーは内心少し驚く。そこには箒を片手に持っている美鈴の姿があった。美鈴が本気で気配を消すと、レミリアはおろかパチュリーですらその存在に気が付くことができない。魔法や科学では測れない、武人としての技量がそこにはあった。

 

「紅魔館ごと移動する?」

 

 美鈴のそんな提案を、レミリアがおうむ返しにする。

 

「ええ、紅魔館ごと違う土地にピュピュンって。お二人ならそう難しいことでもないんでしょう?」

 

 その言葉を聞いてパチュリーは内心頭を抱える。確かに、建物そのものをただ移動させるだけならそこまで難しい話ではない。だが、レミリアが移住しようとしている土地は結界の中だ。調べてみないと何とも言えないことではあるが、その結界を超えるには多大な魔力が必要になってくるだろう。

 

「いや、悪くないアイディアかもしれないわね。それならフランも移動しなくて済むし、大図書館ごと移動できる。パチェ、なんとかしなさいよ」

 

「いや、普通に無理だけど」

 

「なんで? 貴方魔法使いでしょ?」

 

 それを言われるとキツイと、パチュリーは内心思う。だが、この親友の期待を裏切るわけにもいかない。

 

「……一年時間を頂戴。術式を開発してみるわ」

 

 その言葉を聞いて、レミリアは目を輝かせる。パチュリーはYESと答えてしまったことに若干の後悔を抱きつつも何とか方法を探るために本を開いた。

 

 

 

 それから三年後。

 パチュリーは紅魔館の地下にある大図書館で一人、転移魔法の仕上げに取り掛かっていた。レミリアに伝えた期限はとうに過ぎており、レミリア自身もパチュリーに頼んだことを忘れているぐらいだ。

 

「やはりネックになるのは発動条件だけど、流石レミィね。運がいいわ」

 

 パチュリーは机に広げている新聞を読みながら呟いた。そこにはマグル生まれの不審死が掲載されている。

 

「これは火種。何もしていなくとも大きな戦争が起きそうね」

 

 パチュリーは術式の書かれた書類をまとめるとレミリアの書斎の前に姿現しする。そしてドアを三回ノックした。

 

「……どうぞ?」

 

 書斎の中から何故か疑問形で返事が来る。パチュリーはそんな返事を気にも留めず書斎に入っていった。

 

「あらパチェ。貴方が図書館を出るなんて珍しいわね」

 

 レミリアは少し目を丸くしながらも、そう答える。パチュリーはレミリアの机に書類を並べた。レミリア自身三年前のそんなやりとりを軽く忘れていたため、パチュリーのそんな行動に首を傾げることになる。

 

「これはなに?」

 

「転移魔法の発動条件」

 

 転移魔法、その単語を聞き、ようやくレミリアは思い出した。素早く書類に目を通し、条件を把握していく。

 

「パチェ、これ……。少し条件が厳しくない?」

 

 書類に書かれていた条件を簡単に纏めると、このような内容だった。まず第一に大きな戦争が起きること。第二に、戦争の首謀者、指導者の死亡が両陣営に見られること。第三に多数の死者が出ること。

 

「あら、そうでもないわよ。貴方も噂ぐらいは聞いているでしょう? 最近、闇の魔法使いが組織的に動いていることを」

 

「例のあの人、だっけ? まだ勢力的には小さいけどね。あと十年。それぐらいは掛かるわ」

 

 この条件に合う規模の戦争を起こすにはね、とレミリアは続ける。

 

「なんにしても、準備はしておくべきよ。レミィ」

 

 パチュリーは念を押すように人差し指を立てる。

 

「術を発動させるのに三年は掛かるわ。これがどういうことだか分かるかしら。戦況を見極め、いつ、どのタイミングで大きな戦いが起きるのかということをしっかり予想していないといけない」

 

 レミリアは顎に手を当てて考える。そしてポンと手のひらを打った。

 

「為せば成る」

 

 結局レミリア自身、この時はあまり本気で移住を考えているわけではなかったということだ。これからの情勢を監視し、都合よく利用できそうなら利用する。

 

「それに、いくら私でもその規模の戦争を意図的に作り上げることはできないしね。話に聞いたところによれば、ヴォルデモート卿は頭が切れるようだし。下手に手を出すとこちらがやられる可能性もある」

 

「それは少し弱気じゃないかしら」

 

 パチュリーはそういうが、レミリアは黙って首を振るう。

 

「私は魔力を使うことはできても、高度な魔法を使うことはできない。技術の高い魔法使いとの戦闘になったら、私はパチュリーのガソリンタンクぐらいにしかなれないのよ」

 

 吸血鬼は弱点が多い。相手がパワープレイに徹してくれればレミリアが遅れを取ることはないが、流水や太陽光などの弱点を絡めた魔法を使われたらなすすべがないのだ。

 

「それに、パチュリーも一対千の戦争はしたくないでしょう? かといってこちらの存在に気が付かれずに内政干渉するには手札が足りないし。美鈴、パチュリーを双方の陣営に紛れ込ませて誘導するのもいいんだけど、それをやると紅魔館が私とフランだけになってしまうわ。」

 

 つまり今の状況では静観するしかないのである。

 

「……せっかく三年かけて作ったのに」

 

 パチュリーはつまらなそうにそう呟くと、レミリアの書斎を出ていく。レミリアは大きくため息をついた。

 

「……私の能力を使えば、ある程度は干渉できるかもしれないけど。私のはあまり強い力じゃないし」

 

 レミリアはパチュリーが残した術式の書類を眺めるように見る。条件がきつすぎる上に準備に時間が掛かりすぎる。だが、この機会を逃したら次いつ戦争が起きるかもわからない。

 

「しばらくは新聞とにらめっこかしらね」

 

 レミリアは書類を机の引き出しに入れると、フランドールに会いに行くために書斎を出た。

 一九七〇年のことである。

 

 

 

 一九七一年、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター、ホグワーツ入学。

 ジェームズがホグワーツで青春のひと時を過ごしている頃、リドルは自らの陣営を拡大。勢力を強めていく。それに合わせこの時ホグワーツの校長であったダンブルドアも対抗組織の準備を進めていく。

 一九七八年、ジェームス達の卒業を待って不死鳥の騎士団結成。魔法界は本格的に戦争へと突入していった。

 

 

「レミィ、これは貴方の仕業なのかしら」

 

 大図書館で新聞を読みながらパチュリーがレミリアに問う。レミリアはパチュリーが読んでいる新聞を覗き込んだ。そこには死喰い人と闇祓いの戦闘が各地で起こっていることについて書かれていた。

 

「違うわよ。ここ数年はただ見てただけ。でもこれだけ情勢が動けば、ある程度の干渉はできる。それに、ダンブルドアが不死鳥の騎士団という対死喰い人組織を結成したらしいわ。魔法省対死喰い人というよりかは、不死鳥の騎士団対死喰い人っていう感じになりそうね。ほら、魔法省は腰が引けてるし」

 

 レミリアは数年前にパチュリーが持ってきた術式の書類を机の上に置く。

 

「パチェ、術の準備よ。今から丁度三年後、大きな戦争を起こし、術を発動させるわ」

 

 レミリアは能力を発動させ、自らの運命を少し弄る。本格的に干渉するには直接術を掛けないとならないが、現状、それは難しいだろう。

 何せ両陣営に接点が全くない。ダンブルドアやリドルは知らない仲ではないが、あくまで只の知り合いだ。

 

 だが、この時レミリアは知らない。この戦いは予想もしない結末を迎えることを。

 

 

 

 一九八〇年、ハリー・ポッター誕生。

 一九八一年、ハロウィーン。ヴォルデモート卿がゴドリックの谷にあるポッター家を襲撃。この戦いでジェームズ・ポッター、リリー・ポッターが命を落とした。リリーが死の間際にハリーに掛けた護りの呪文によってヴォルデモート卿の掛けた死の呪文が跳ね返り、術者自身に直撃。魔法界を混乱させていた戦争は一時的に幕を閉じた。

 

 一九八一年、十月三十一日。レミリアは書斎で愕然とした表情をしていた。

 

「ヴォルデモート卿が、死んだ? なんで? 病気?」

 

 レミリアの目の前にはパチュリーが立っており、その表情は酷く死んでいる。

 

「一歳の赤子に負けたそうよ。はぁ、ここ二年の努力が水の泡に」

 

 パチュリーは疲れたように書斎にある椅子に座る。

 

「考えられる可能性はいくつかあるわ。まず一つ、ジェームズ、またはリリーと相討ちになり、赤子だけが残された。その二に、赤子がスーパーパワーの持ち主で、純粋にヴォルデモート卿に打ち勝った。その三に、リリー、またはジェームズが死の間際赤子に呪文を掛け、その呪文がヴォルデモート卿を殺した」

 

 パチュリーは淡々とそう説明する。レミリアは苦笑いを浮かべるとどっかりと椅子に腰かけた。

 

「もう何でもいいわ。はは、美鈴に八つ当たりしてこようかしら。……そういえば美鈴の姿が見えないわね。この時間になると決まってちょっかいを掛けてくるんだけど」

 

 パチュリーは手を振るい呪文を発動させる。紅魔館内の生命反応を確かめ、つまらなさそうに目を閉じた。

 

「美鈴ならキッチンにいるわ。人間の反応もあったから今日の食事の下ごしらえかしらね」

 

 レミリアは心底どうでもよさそうに机に突っ伏し、項垂れる。レミリアが計画していた紅魔館の引越は失敗に終わった。だがこの時、着実にレミリアの運命は変わりつつある。美鈴と共にある人間の反応。紅魔館に吹く新しい風だった。




紅魔館の図書館改造計画

ダンブルドアとグリンデルバルドが出会う

アリアナ・ダンブルドア死亡

ダンブルドアがホグワーツの変身術の教師に就任する

パチュリー、人間をやめる

トム・リドル、ホグワーツ入学

トム・リドル、ホグワーツ卒業。ホグワーツにて闇の魔術に対する防衛術の教師職を志望するが、採用されず、ボージン・アンド・バークスに就職

ダンブルドアがグリンデルバルドを破る

トム・リドル、紅魔館を訪問

リドルがヴォルデモート卿として力を付け始める

レミリアが紅魔館引っ越しを思いつく

転移魔法の術式完成

ジェームズら入学

ジェームズら卒業

不死鳥の騎士団結成

転移の術式の準備を始める。

ジェームズ、リリーが死亡。ヴォルデモート卿がハリーに敗れる

転移の術式が崩壊、計画が失敗に終わる

美鈴がアレを拾ってくる←今ここ


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赤子やら、迷子やら、時間やら

咲夜ちゃん編スタート。回を増すごとにグロく、エグくなっていくと思いますがご容赦ください。あ、大丈夫です。初めはほのぼのです。
誤字脱字等がありましたらご報告いただけると助かります。


 ロンドンにある森の中にひっそりと建つ洋館。人の気配はなく、おどろおどろしい雰囲気に包まれている。周囲には蝙蝠が飛び、夜な夜な赤子の鳴き声が微かに聞こえるという。それだけ聞くとただの怪談話なのだが、当事者にとっては他人事ではなかった。

 そう、現在、紅魔館には赤子がいた。それも人間の赤子である。

 

「あー、もうよしよし。坊や良い子だねんねしろ!」

 

 紅魔館の一室に座っているその赤子は美鈴の顔を見ながら大泣きしている。赤子の年齢は推定一歳。首はとうに座っており、少しずつなら歩くこともできる。髪の毛は透き通るような白。

 

「もう赤ん坊ってどうしたらいいんだろう。手間はかかるし煩いし。可愛いんだけどなぁ」

 

 美鈴は赤子のわきの下に手を差し込み、宙に放り投げる。そのまま足をもってぐるぐると回した。赤子は急激な運動に目を回し、ぱたりと気絶する。

 

「あ、静かになった。死んだかな? ん~、やっぱり独学じゃ無理かな……」

 

「そりゃそうでしょ」

 

 後ろから声を掛けられ、美鈴はビクリと肩を震わせる。恐る恐る後ろを振り向くと、そこには館の主人であるレミリア・スカーレットが立っていた。

 

「それは食材?」

 

 レミリアは冷ややかな視線を美鈴と赤子に向ける。美鈴は額に冷や汗を流しながらもにこやかに言い切った。

 

「ぶ、部下! 部下ですよ。これから教育して紅魔館の家事をやらせようかと」

 

「……気絶してるみたいだけど」

 

 レミリアは床に横たわっている赤子を見下ろす。美鈴は焦ったように赤子を拾い上げるとそのまま腕を掴んで吊り下げた。そんな様子を見てレミリアはため息をつく。

 

「そんな持ち方したら肩が外れるわよ。さっさとパチュリーのところへ行って赤子の育て方が載っている本を探してもらいなさい。それまで取りあえず見ておいてあげるわ」

 

 レミリアは美鈴から赤子を奪い取ると両手で丁寧に優しく抱く。美鈴はレミリアの急かすような視線に負け、逃げるように大図書館へと走っていった。

 

「全く、こんなのどこで拾ってきたのかしら。貴方もアレに拾われるなんて運がないわね」

 

 赤子はレミリアの腕の中で静かに目を覚ます。暫くレミリアの顔をじっと見つめると、何かを求めるように手を伸ばした。

 

「そうだ。名前がいるわね。美鈴自身まだ考えてなかったみたいだし……というかアレに付けさせるととてつもないものに決まりそうだだから……私が名付け親になってあげましょう」

 

 レミリアは優しい手つきで赤子の頭を撫でる。

 

「……サクヤ、それに月……十六夜、咲夜。ええ、そうね。十六夜咲夜がいいわ」

 

「えぇ~……」

 

 レミリアが赤子に名前をつけたのと同時に美鈴とパチュリーが部屋に入ってくる。不満そうな声をあげたのはパチュリーだった。

 

「なに? パチェ。不満?」

 

「いや、なんで日本人っぽい名前なのよ」

 

「一応美鈴に合わせたつもりなんだけどね」

 

「私中国生まれなんですが」

 

 レミリアは腕に赤子を抱いたままパチュリーに反論する。これでも一応美鈴のことを考えているのだった。

 

「ところで美鈴、これどうしたの? こんなの何処から拾ってきたのよ」

 

 レミリアは赤子を机の上に乗せる。美鈴は少々困った顔をすると苦笑いしながら話し始めた。

 

「いやぁ、実は先日ロンドンへ買い出しに行ったんですけどね。偶然殺人現場に出くわしまして。そのとき既にこの子の親は殺されてまして、私は取りあえずその殺人犯を殺してこの赤子を持って帰ってきたわけです」

 

 支離滅裂な美鈴の説明だったが、レミリアは何とか状況を把握した。つまりはこの赤子は孤児で、それを美鈴が拾ってきたということだろう。

 

「証拠は残さなかったでしょうね?」

 

「大丈夫ですよぉ。親が死んでますし、そのうち行方不明からの失踪扱いになりますって」

 

「他の親族は?」

 

「そこらへんは知りません。何せ急な出来事だったんで」

 

 ということは探せば他に親族が見つかるかもしれないということである。だがそれも面倒だとレミリアは思った。レミリアは赤子の頭に手を乗せ、術を発動させる。レミリアの能力は本来人間に対して使うものの為、最大効率でレミリアは赤子の運命を読み取ることができた。

 

「親族を探す必要はないわ。殺人犯に殺されて母親は死亡、父親は元々死んでいる。母方の親族はいるけどこの赤子の存在は知らない。父親のほうは……謎ね」

 

「謎?」

 

 パチュリーが聞き返した。

 

「ええ、他に親族はいないし、ぽっと現れてぽっと消えた。人間であることには違いないけど……。まあ、男なんてそんなもんよ。というわけで、これをここで育てても何の問題もないわ」

 

「なー」

 

 レミリアが胸を張ると同時に赤子が返事をする。それは言葉にこそなってなかったが、何かしらを肯定しているようには聞こえた。

 パチュリーは美鈴に子育ての本を押し付けると魔法で赤子を綺麗にする。何せ血や泥で汚れていたからだ。

 

「まあこれぐらいの歳だったら滅茶苦茶手がかかるというわけでもないでしょう。じゃああとは頑張ってね」

 

 パチュリーは面倒くさそうに手を振り、大図書館に戻っていく。

 それを尻目にレミリアが言った。

 

「美鈴、子育て用に一つ部屋を貸し与えるわ。自由に使いなさい。余計なことはせず、その本に書いてあることだけを実践するのよ?」

 

「大丈夫ですよ、たぶん」

 

 美鈴は先ほど覚えた赤子の抱き方を実践しつつ、部屋を出ていく。

 

「……たくましい子に育ちそうね」

 

 そんな美鈴を見ながらレミリアはため息を一つつくと、書斎に戻っていった。

 

 

 

 こうして十六夜咲夜は紅魔館の一員となった。彼女が以前どこで、どのように暮らしていたかは誰も知らない。

 

 

 

「めーり! めーり!」

 

 おぼつかない足取りで咲夜は美鈴を追いかける。

 

「うへへ……」

 

 それをニヨニヨ顔で見守る美鈴。

 

「いやぁもう歩けるとは、咲夜ちゃんは天才ですなぁ」

 

「平均的よ」

 

 パチュリーが冷ややかに答えた。

 現在美鈴と咲夜は大図書館で歩く練習を行っていた。何故大図書館かというと。

 

「あああぁぁあああぁぁぁぁ」

 

 次の瞬間、ぱたりと咲夜が転び、泣き始める。額をぶつけたのか小さいたんこぶが出来ていた。

 

「あらあら」

 

 美鈴は咲夜を慌てて抱き上げるとパチュリーのもとへと持っていく。パチュリーは面倒くさそうに咲夜に治癒魔法をかけた。何故大図書館なのか。そう、転んで怪我をしてもすぐにパチュリーが治療できるからだ。

 

「ほーら、もう痛くなーい」

 

「ぱちー、あーと」

 

「凄いですよ! パチュリー様にお礼を言いました! やっぱり咲夜ちゃんは天才ですね!」

 

「平均的よ。この歳の子が喃語を話すのは」

 

 そんなことよりも、パチュリーは気になることがあった。咲夜の体内に強い魔力を感じる。これは初めて咲夜に触ったときには感じなかったものだ。もしかしたら咲夜はレミリアの強い魔力に中てられて魔力を持ち始めたのかも知れない。それにだ。

 

「私が気になるのは、紅魔館の中でも一番妹様の狂気が強い場所で、そんな平然と笑っていられることなんだけどね。人間として一番大切な何かが抜け落ちてるような気がするわ」

 

「そうですかね? 狂気がどうのっていうのは、なんというか感覚じゃないですか」

 

「めーり! めーり! おぜうーきた!」

 

 咲夜は美鈴の髪を引っ張って図書館の入り口の方を指さす。だが、そこには誰もいなかった。美鈴が扉の方を向いて三秒後、レミリアが扉を開けて入ってくる。咲夜はレミリアの方に手を伸ばすと小さく手を振る。レミリアも笑顔で手を振りそれに答えた。

 

「凄いわパチェ! 今私のことを呼んだわよ。やっぱり咲夜は天才ね!」

 

「……レミィ、頼むから美鈴と同じところには立たないで。この歳の子供では平均的よ」

 

「でも、れみーじゃなくておぜうーなんですね。お嬢様から来てるんでしょうか」

 

 美鈴が咲夜を地面に降ろすと、咲夜はとてとてとレミリアの方に歩いていく。そしてレミリアの元までたどり着くとぽてっと倒れこんだ。

 

「おっと」

 

 レミリアはすんでのところで咲夜を抱き上げる。

 

「美鈴と一緒にいる時間が多いから、美鈴がレミィを呼ぶ呼び方を覚えたんでしょうね」

 

「なるほどですね! それなら納得です。ね? おぜうさま?」

 

「貴方まで咲夜に合わせなくてもいいのよ? 今まで通りお嬢様と呼びなさい」

 

「わかりました。おぜうさま?」

 

 レミリアの額に青筋が入る。そんなレミリアを見て美鈴はケラケラと笑った。

 

「もうほんと咲夜ちゃんは可愛いな~、ねーお・ぜ・う・さ・ま?」

 

 レミリアの右ストレートが美鈴の鳩尾に刺さる。美鈴はそのままの勢いで後ろに吹き飛び、馬鹿みたいに頑丈な本棚に激突した。その瞬間、美鈴は決意する。もう一生おぜうさま呼びで呼んでやると。

 美鈴がそんな無駄な決意をしているとはつゆ知らずに咲夜は美鈴を見て笑う。レミリアは咲夜の目を手で隠した。

 

「見ちゃダメよ。馬鹿が移るわ」

 

「おぜうさま、カルシウム、が、足りて、な……い」

 

 美鈴が這うようにこちらに戻ってくる。そんな美鈴を咲夜は笑いながら見ていた。

 

 

 

 一九八三年、十六夜咲夜、三歳。

 

「めいりん! めいりん!」

 

 紅魔館の廊下をバタバタと走り、咲夜は美鈴に突撃する。美鈴は器用にそれを受け流すと軽く抱き上げた。

 

「にわにね、ちょうちょがいたの。ほら!」

 

 咲夜は手を広げて手の中にある蝶を見せる。もっとも、その蝶は既に死んでいたが。

 

「あら綺麗。でももう死んでるからその辺に捨ててきなさい」

 

「はーい」

 

 咲夜はまたバタバタと廊下を走り何処かに消えていく。咲夜はもうすっかり普通に走れるようになっていた。唯一のネックは階段だろうか。登りは大丈夫なのだが、降ることが苦手らしい。まあ、四肢の長さがないので仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 美鈴は咲夜の後をこっそりと追い、見守る。咲夜はそのまま庭に出ていくと蝶を庭に捨てた。

 

「あ、おじょうさま。おはようございます」

 

 咲夜はくるりと振り返るとぺこりと頭を下げる。だが、そこには誰もいない。美鈴は頭に疑問符を浮かべたが、次の瞬間少々驚くことになる。咲夜が頭を下げた三秒後、レミリアがふらりと咲夜の前を横切ったからだ。

 

「……頭がいい、じゃ説明つかないよな。未来予知? それともお嬢様の気配を感じ取っているとか?」

 

 レミリアは頭を下げている咲夜に気が付くと微笑みながら話しかけた。

 

「あら咲夜、おはよう。でも少しタイミングがずれている気がするわ。もうあと三秒、私が見えたときに挨拶すればいいのよ?」

 

「あ、おじょうさま。おはようございます」

 

「え? ええ、おはよう、咲夜。今日も元気なようで安心したわ。ところで、あそこで見ている美鈴を呼んできてくれる?」

 

「はい!」

 

 咲夜はバタバタと走るとまっすぐ木陰に隠れている美鈴の方に走り、腕を引っ張る。

 

「めいりん、めいりん。おじょうさまがよんでるよ」

 

「あ、はいはい。今行きますよ。……ちゃんと隠れてたんだけどな。咲夜ちゃんとはかくれんぼできないらしい」

 

 美鈴は笑いながらもレミリアに近づいていく。

 

「貴方、咲夜にどういう教育しているのよ」

 

「いや、流石の私でも虚空に挨拶しろとは教育してませんよ。何かズレてますよね。言葉通りに」

 

 レミリアは咲夜の頭に手を当てる。そして何か納得したように頷いた。

 

「時間がズレてるわね。三秒ほど。直しておくわ」

 

 レミリアは手のひらに力を籠め、体内時間を直していく。美鈴はその光景を不思議そうに見ていた。

 

「いやぁ、体内時計ってズレるんですねー。初めて知りました」

 

「いや、普通ありえないんだけどね。後ろ向きにズレることは稀に良くあるんだけど、前にズレるのは初めて見たわ」

 

「いや、意味不明ですから」

 

 治療の終わった咲夜を美鈴が抱き上げる。

 

「強い魔力に中てられたのが原因かしら。まあこれに関しては慣れてもらうしかないんだけど」

 

 レミリアは咲夜に手を振ると書斎のある方へと戻っていく。美鈴は咲夜を抱きながらキッチンへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 一九八五年。十六夜咲夜、五歳。

 ロンドンの街を道に迷った咲夜がフラフラと歩く。今の時間は夜中の二時。普通に考えて五歳の少女が独り出歩く時間ではなかった。紅魔館の庭で遊んでいた咲夜だったが、蝶につられて庭から出てしまい、そのまま森を抜けて街の方まで出てきてしまったのだ。もっとも、美鈴と共に何度か街には来たことがある。だが道までは把握していなかった。

 

「ここ、どこだろう」

 

 きょろきょろと周囲を見渡しながら住宅街を歩いていく。同じような街並みが続き、それが余計に咲夜を迷わせた。

 

「お嬢様に怒られる……たいへんだー」

 

 咲夜は頭を抱えながら住宅街を抜け、公園へと足を踏み入れる。そして設置されていたブランコに腰かけると大きなため息を一つついた。

 

「ロンドンの街で迷子とか……フフ。スーパーマーケットは二十四時間営業だけど、道を聞いてもまず紅魔館の位置が分からないし。お金がないから地図も買えないし。困ったわ……」

 

 キィ……キィ……とブランコの金具が軋む音が公園内に響く。ふと何かの気配を感じ、咲夜は公園の遊具の方向を見た。

 

「何かいる。犬かな?」

 

 咲夜はブランコから飛び降りると遊具の方へと歩いていく。そして遊具の中を確認した。

 

「女の子?」

 

 遊具の中では咲夜とさほど歳の変わらない女の子が蹲っており、寝息を立てている。咲夜は遊具の中に潜り込むと、女の子の頭をぺちぺちと叩いた。

 

「もう夜の二時ですよ? 寝坊助さんですね」

 

 この少女は眠そうに目を擦るとゆっくりと起き上がる。そして咲夜のことを確認し首を傾げた。

 

「誰?」

 

「咲夜。私は咲夜」

 

「……そう。貴方も家出?」

 

「ううん、迷子」

 

「そっか」

 

 目が覚めたのか、少女は立ち上がると遊具から出て大きく伸びをする。咲夜はそんな少女に尋ねた。

 

「家出って、何かあったの?」

 

 少女は少し表情を暗くすると、公園にあるベンチに座って話し始めた。

 

「ママとね、喧嘩したの。ママ、さいこんするんだって」

 

 さいこんとは何だったか咲夜は少し考えたが、すぐにそれがどういう意味かを思い出した。

 

「新しいお父さんがくるってこと?」

 

「違うわ。パパを裏切るってこと。……パパは二年前に病気で死んじゃって」

 

 そう言って少女は顔を伏せる。咲夜は幼いなりにその言葉の意味を考えた。

 

「そう……、貴方は再婚が許せないのね。でも、お母さんにはお母さんの人生があるのよ?」

 

「そうよ。そんなことはわかってる。だから家出したの」

 

「でも、ご飯とかは?」

 

「まだ食べてないわ。家出したのは今日なの」

 

 咲夜はふと考える。このまま、私と歳の変わらない少女が独りで生きていくのは難しいだろう。かといって、この少女が家に帰るとも思えない。そして、私が帰るとお嬢様に怒られる。そこから導き出された答えは1つだった。

 

「いいこと思いついた。貴方の問題も私の問題も、そのお母さんの問題も全部解決できる方法があるわ」

 

「……? そんなことができるの?」

 

 少女は首を傾げる。咲夜は自信満々に胸を張った。

 

「大丈夫。後ろを向いて目を瞑って?」

 

 咲夜の言葉を聞いて少女は後ろを向く。咲夜は少女が確かに目を瞑っていることを確かめると後ろから静かに抱きつき——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——その柔らかい首にナイフを突き立てた。

 

「貴方が死ねば独りで生きていく苦労は無くなるし、貴方のお母さんは子供がいなくなって何の問題なく再婚できるし、私はお嬢様にお土産ができる」

 

 少女の顔は恐怖に歪んだが、口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。いや、言葉が出てこないのではない。血が喉に詰まって声が出ないのだ。一瞬で血に染まる公園。咲夜は少女からナイフを抜き取ると足を持って引きずり始めた。少女は力なく手足をバタつかせるが、次第に動かなくなる。

 

「さて、あとは持って帰るだけなんだけど、ここどこかな。せめて森にさえ入れたら帰れるのに……って、これ重い」

 

 ズルズルと引きずっているせいか、地面には赤い筋がペンキのように残っていく。だがそんなことも気にせず咲夜はロンドンの街を歩いた。

 そのまま二時間ほど彷徨い歩いただろうか。あと数時間で日が昇る。流石に拙いと咲夜が思い始めたその時、不意に声を掛けられた。

 

「き、君! それは一体……」

 

 咲夜は声のした方向を振り向く。そこには黒い服に特徴的な帽子を被った男性が立っていた。そう、警察官である。

 咲夜は直観的に拙いと感じ、少女を持ったまま走り出す。

 

「ま、待つんだ!」

 

 逃げる咲夜を警察官は当たり前のように追った。

 この時、咲夜の年齢は五歳。足は長くなく、身体能力もそこまで高くはない。次第に追いつかれ、あっという間に捕まってしまう。

 

「一体何があったらこんなことに。……本部、本部、応答願います。死体を持った少女を保護。歳は五から六歳程、白い髪に黒のワンピース、死体も同じような歳で黒髪に黄色のジャケットを着ています。……ええ、はい。了解しました。はい、はい、ありがとうございます」

 

 無線での通信が終わると警察官は改めて咲夜の方を見る。

 

「君、親御さんは? その少女は一体なに? どうしてこんな時間に外に?」

 

 この質問ができた警察官はかなり勇気があると言えるだろう。いくら相手が少女だと言え、普通なら手に持っている死体を気にしてまともに話しかけることができない。

 だが、それは警察官の事情だ。咲夜はこの状況を危機的なものだと感じていた。先ほどの無線の意味も理解している。じきに応援がくるだろうということも。私が捕まったらどうなってしまうのだろう。きっとお嬢様に怒られる程度じゃすまない。きっと見捨てられ、私は野垂れ死ぬのだろうと。

 

「だめ、いや! それはダメ!!」

 

 次の瞬間、咲夜の頭の中に懐中時計がストンと落ちる。言い得て妙だが、実際咲夜はそう感じた。咲夜は本能的にそれの使い方を理解する。目を閉じ、少し意識を集中させた後、静かに目を開けた。

 咲夜の目の前には警察官がいる。だが、その警察官が動くことはなかった。咲夜はそれを確認すると少女の死体を引きずりながら歩き始める。

 

 この時初めて、咲夜は時間を止めた。危機に陥って、人間は成長する。咲夜が紅魔館に戻ったのは、時間を止めてから二時間が経過したときだった。咲夜は紅魔館の門が見えた瞬間、力尽きるように時間停止を解除する。

 

「つ、ついた」

 

 力が抜けたのか、咲夜はその場に座り込んでしまった。

 

「おっかえり、咲夜ちゃん。今日は遠出してたのね」

 

 咲夜が力なく顔をあげると、そこには美鈴が立っていた。美鈴は血で汚れた咲夜の顔をハンカチで拭うと、咲夜の持っている死体を持ち上げる。

 

「また随分なものを引きずってきたわね。これは咲夜ちゃんが仕留めたのかな? だとしたら凄いですよ。五歳児とは思えません」

 

 今までずっと引きずってきたためか、将来が期待できるほどには整っていた少女の顔面はズタボロになっており、血と泥が混ざり合い何とも言えない配色になっている。美鈴はその死体を肩に担ぎあげると反対の手で咲夜を抱き上げた。

 

「まずはお風呂にしましょうか。そのあとに朝ご飯を食べて今日は寝ましょう。今日の夜、この死体で一緒に料理を作って、おぜうさまに配膳しにいきましょうね」

 

 美鈴はにっこりと咲夜に微笑みかける。そんな笑顔に安心したのか、咲夜も美鈴の顔を見て笑った。

 十六夜咲夜、五歳。これが初めての殺人だった。

 

 

 

 

 時間は戻って深夜二時。

 初めに咲夜の不在に気が付いたのは美鈴だった。美鈴は一通り紅魔館内を見て回り、咲夜の姿がどこにもないことを確認すると今度は声を出して探し始める。

 

「咲夜ちゃーん? 咲夜ちゃん? さくやちゃーん!」

 

 そのまま暫く探し回るが、返事はなかった。つい先ほどまでおふざけ半分で探していた美鈴だったが、本格的に焦りだす。

 

「こりゃ、屋敷の外かなぁ……でも私が外に出ていくと紅魔館の仕事が回らないし」

 

「仕事が回らない? 何かあったの?」

 

 美鈴がいつになく真剣に悩んでいると、レミリアが廊下の反対側から歩いてきた。普段は半分舐めた態度で話しかける美鈴だが、この時ばかりは真剣な形相でレミリアに話しかける。

 

「お嬢様、咲夜ちゃん知りません? 先ほどから探しているんですけど、どこにもいなくて」

 

 レミリアは館内に意識を集中させ、気配を探る。そして何かに気が付いたのかまっすぐ大図書館に向けて歩き出した。

 

「あ、大図書館にいました? 場所さえわかればもう大丈夫ですよ?」

 

 美鈴はレミリアに付いて歩く。美鈴の楽観的な考えをレミリアは、否定した。

 

「何処にもいない。少なくとも紅魔館とその周辺の森にはいないわ」

 

「え? じゃあどこに……」

 

「それを確認しに行くのよ。捜索系の魔法なら私よりパチェの方が得意だわ」

 

 レミリアは大股で廊下を歩き、そのまま大図書館に入っていく。もっとも、大股で歩いても足が短い為そこまでの速度は出ないが。

 

「パチェ! 咲夜がいないわ」

 

 パチュリーはそれを聞いて魔導書を開く。どうやらあの短い言葉で何をして欲しいか理解できたらしい。パチュリーの座っている机の上にロンドンの地図が浮かび上がり、そこに赤い点が表示された。

 

「そんなに遠くには行っていないようね。住宅街のはずれにある公園にいるみたいよ」

 

 パチュリーは地図を表示させながら、読書に戻る。

 美鈴はその地図を見て場所を確認すると、大図書館を出ていこうとした。

 

「待ちなさい美鈴。暫くこのまま様子を見ることにするわ」

 

 レミリアは椅子に座り、地図をじっと見つめる。その様子に美鈴は不可解な顔をした。

 

「今すぐ迎えに行ったほうがいいのでは? この辺にはまだ行ったことがないと思うので、多分咲夜ちゃんは道に迷ってそこに辿り着いたんだと思うんですけど」

 

「そうじゃないわ。迎えになんて何時でも行ける。今は迷子になっているという経験のほうが重要よ。失敗がなければ何も学ばない。それに歩いて迎えに行ってもそこに着く前に移動しちゃうでしょ?」

 

 パチュリーは本を閉じると、着ているローブをマグルの服装に変化させる。先ほどのレミリアの言葉から、迎えに行くとしたら姿現しで自分が行かされると判断したのだろう。

 

「あ、誰かと接触したみたいですよ? 違う点の近くにいます。これは一緒にベンチに座ったのかな?」

 

 パチュリーが地図に触れると公園の様子が映し出される。それを見る限りだと、咲夜はあまり歳の変わらない少女と何かを話しているようだ。

 

「パチェ、音声は?」

 

「映像映すだけでも滅茶苦茶苦労したんだから音声ぐらい我慢しなさい」

 

「要するに、まだ開発できてないってことね」

 

 図星だったのか、パチュリーはムスっと表情を固くする。

 

「あ、動きがありましたよ」

 

 何かを思いついたのか、咲夜は少女を立たせ後ろを向かせる。そしてその少女に後ろから抱きつき、ナイフで首を刺した。

 

「凄いですよ。こんなこと教えてないのにちゃんと急所を狙いました」

 

「警戒されてないと容易に狩れていいわね」

 

「これ、後始末するのは私よね……」

 

 美鈴とレミリアは感心し、パチュリーはため息をつく。映像の中の咲夜は少女の足首を掴むと、それを引きずりながら公園を出ていった。

 

「ちょっと出るわ。公園の血を消失させてくる」

 

 一言そう言い、パチュリーは音もなく消えた。地図を見ると公園内にマグルの服装をしたパチュリーが現れている。パチュリーは公園に残った血を残らず消失させると、そのまま血の跡を辿って、それを消失させながら歩き出す。レミリアと美鈴はその様子を大図書館で見ていた。

 

「なんというか、はらはらしますよね」

 

「私としては、パチェが不憫で仕方がないわ。あの様子だと、散々血の跡を付けながら彷徨い歩きそうだし」

 

「流石にそこまで面倒くさいことはしないわよ」

 

 レミリアは先ほどパチュリーが座っていた椅子を見る。そこには先ほどと全く変わらない様子でパチュリーが座っていた。

 

「五十メートルで自動的に消えるように魔法を掛けてきたわ。五十メートルもあれば気が付かれることはないでしょう。」

 

「マグルに気が付かれる可能性は?」

 

「それも細工済み」

 

 抜かりはないとパチュリーは続ける。まあ、パチュリーが言うなら大丈夫だろうとレミリアも美鈴も思った。パチュリーは既に読書に戻っている。

 

「この、全く方向性のない歩き方を見るに、完全に道に迷ってるわね」

 

 咲夜は一度通った道を歩いたり、先ほどとは全く違う方角へ歩いたりと脈略がない。レミリアと美鈴はじっと咲夜の行方を見守った。

 

 観察を始めて2時間が経ち、日が昇る前に迎えに行こうかとレミリアが思い始めた頃、ようやく状況が動き出した。この場合、悪い方向にだが。

 

「パチェ。この印って……」

 

 レミリアが咲夜に接近してきている点を指さす。パチュリーはその点をちらりと見ると、読んでいた本を閉じた。

 

「警官よ。流石に拙いから迎えに行ってくる」

 

 パチュリーが現場の様子を映す。そこでは警察官が困り顔の咲夜に話しかけていた。次の瞬間、咲夜が走り出す。だが死体を引きずって大人とのかけっこに勝てるわけがない。咲夜はすぐに追いつかれてしまう。

 

「応援が来る前に警官の記憶を消してくるわね」

 

 パチュリーが現場に姿現ししようとした瞬間、咲夜が何処かに消える。その様子を見て、パチュリーは動きを止めた。

 

「パチェ、咲夜が消えたわ」

 

 パチュリーは不可解な顔をしながらも警察官のもとに姿現しをし、警察官の記憶を操作する。その後すぐに大図書館に帰ってきた。

 

「魔法を使った痕跡がない。姿現しなどの移動系の魔法ではないわ。もっとこう、根本的に違う……あ、咲夜が帰ってきたわよ」

 

 パチュリーは地図を変化させ紅魔館周辺を表示させる。確かに咲夜は紅魔館の門の前にいた。

 

「迎えに行ってきますね」

 

 美鈴は走って大図書館を出ていく。パチュリーは先ほど起こったことが理解できないといった表情をしていた。

 

「私が掛けた消失呪文の痕跡はある。ということはAからBに瞬間移動したわけじゃない。AからBには歩いて移動したということ。……高速移動?」

 

「時間を止めた。とか?」

 

「ありえないわ。時間を止めたとして、人間はその中で生きていることができない。というか止まった時間を人間は認識することができないはず。周囲の空気や光すら動きを止めるということは、コンクリートに生き埋めになっていることと同じなのだから」

 

「もし時間を止めたのだとしたら、本人はそれを認識しているはずよね。咲夜本人にゆっくり聞けばいいわ。パチェ、もしかしたら咲夜は思いがけない才能を秘めているのかもしれない」

 

 レミリアは目を輝かせながらも大あくびをすると、自室に戻っていく。パチュリーは一人黙々と先ほどの現象について調べ始めた。

 

 

 

 その日の夜。私は眠たい目を擦りながらも、なんとかベッドから出る。寝間着からドレスに着替え、机に座ると昨日全くできなかった書類仕事を片付け始めた。昨日、咲夜の様子を見ながらやってもよかったのだが、心配でそれどころではなかったのだ。

 しばらく書類と格闘していると、不意に部屋のドアがノックされる。このノックの強さからして、ドアの向こうにいるのは咲夜だろう。

 

「夕食をお持ちしました」

 

 うん、この声は咲夜だ。私が許可を出すと咲夜がカートを押して入ってくる。その後ろには美鈴の姿もあった。

 

「今日の夕食は人間のローストのサンドイッチとポタージュです」

 

 咲夜が手を伸ばして料理を並べていく。正直可愛い。後ろでニヤニヤ顔をしている美鈴はウザいが。

 

「ありがとう、咲夜。美鈴、今日の予定」

 

「ぱーどぅん?」

 

 今すぐそこにいる無礼者の首を捩じ切ってしまいたいが、咲夜の手前それをするのも上品ではない。私はサンドイッチを手に取ると、一口食べた。

 

「あら、美味しいじゃない。咲夜が作ったの?」

 

「はい!」

 

 元気な返事が私のもとに戻ってきた。これは多分昨日咲夜が仕留めた人間の肉だろう。

 

「で、美鈴。二度目はないわよ。今日の予定は?」

 

「特にないです」

 

「よろしい」

 

 そう、今日は特に来客の予定も講演の予定も入ってなかったはずだ。この後咲夜を連れて大図書館に向かおう。パチェに咲夜の能力を調べて貰わないといけない。

 私は夕食を取り終わると後片付けを美鈴に任せ、咲夜の手を引いて大図書館に向かう。その時美鈴にガンを飛ばされたような気がしたが、多分私の気のせいだろう。

 

「図書館にむかうのですか?」

 

 咲夜が私の顔を見上げて聞いてくる。可愛い。

 

「そう。昨日のことでちょっとね」

 

 その言葉を聞いて咲夜がピクリと反応する。そして不安そうな表情になった。

 

「心配しなくても大丈夫よ。説教するわけじゃないから」

 

 大図書館に入るとパチェが忙しそうに何かの準備を進めている。その様子を見て咲夜は更に泣きそうな表情になった。

 

「パチェ、それは?」

 

「それの準備」

 

 パチェは咲夜の手を引くと魔法陣の中心に連れていく。咲夜はその中心でカタカタと震えていた。

 

「あ、大丈夫よ。少し調べるだけだから」

 

 パチェはそういうが、この状況じゃ何かあると勘ぐるのも仕方がない話だろう。パチェが魔法を発動させると咲夜の体が光に包まれる。パチェはそこに手をかざし、何かを感じ取っていた。

 

「あの、えっと……これはなんですか?」

 

 咲夜は光っている自分を見て困惑している。調べ終わったのかパチェは魔法を解除し、結果を本に書き記した。

 

「体内に強い霊力を持っているわ。魔法の痕跡が検知できなかったのはそういうことね」

 

 この世界には多くの力がある。身近なものを構成している電磁力に加え、重力、魔力、霊力、妖力、気力……などなど。私の場合、妖力と魔力は扱うことができる。

 

「咲夜、昨日貴方が使った術だけど、再現性はある?」

 

「再現性?」

 

 まだ難しい単語は分からないのか、パチェの言葉に咲夜は首を傾げる。

 

「もう一度使えるかということよ」

 

 私が説明すると咲夜は合点がいったと言わんばかりに頷いた。咲夜は目を瞑るとその場から消える。いや、消えたわけではない。咲夜はいつの間にか私の後ろへ移動していた。

 

「咲夜、それは一体どういう術……いや、能力なのかしら」

 

 多分パチェは既にある程度の予想はついているのだろう。確認するように咲夜に問う。咲夜はどう説明すればいいかといった顔をしていたが、やがて口を開いた。

 

「時間を止めているんだと思います」

 

 それを聞いてパチェは頷く。

 

「まあ、これを説明するにはそれしかないわよね。咲夜、一つ忠告しておくわ。時間を止めるというその能力、使い方を間違えると酷いことになる。それどころか、術の定義をはっきりさせておかないと術者自身が死に至る可能性もある」

 

 パチェは本棚から一冊の本を取り出す。本の題名は『時間と空間』。

 

「昔から多くの魔法使いが時間に関する魔法を研究してきた。勿論成功例もあるけど、失敗例の方が多いわ。術を掛けた本人が行方不明になったり、バラバラになって発見されたり。凍死していたりドロドロに溶けていたり」

 

 パチェが言っている成功例とは、逆転時計のことだろう。

 

「時間と空間に関する勉強が済むまで、その能力を使ってはダメ。最悪死に至るわ」

 

 パチェは咲夜の前に本の山を積み上げる。それを見て咲夜は表情を引き攣らせた。

 

「それと同時に私が霊力の制御の仕方を教えるわ。レミィや美鈴では霊力は扱えないし」

 

「えっと……」

 

 咲夜が助けを求めるように私を見る。だが、こればかりはしっかりやってもらわないといけない。

 

「ここで学習したことは、必ず貴方の人生に役立つわ。しっかり勉強するのよ」

 

 咲夜は諦めたように本を手に取る。だが読み始めたら思いのほか面白かったのか、夢中になって読み始めた。

 

「分からないことがあったらパチェに聞くのよ?」

 

「はぁい」

 

 咲夜は本のページを捲りながら答えた。取りあえずここはパチェに任せ、私は書斎に戻ることにする。いや、その前にフランの様子を確認しておこう。私は咲夜に手を振って別れると、図書館奥にあるフランの部屋に向かった。




咲夜拾われる

マクゴナガル結婚

ビル・ウィーズリーホグワーツ入学

クラウチ・ジュニア、アズカバン脱獄

咲夜三歳

チャーリー、トンクスホグワーツ入学(え!? 二人って同い年!?)

咲夜五歳、初めての殺人を犯し、能力に目覚める←今ここ


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買い出しやら、抗争やら、会食やら

まだまだ続く咲夜ちゃん回。今回はずっと六歳です。
誤字脱字等御座いましたらご報告いただけると嬉しいです。


 一九八六年。十六夜咲夜六歳。

 咲夜は美鈴と共に闇市場に来ていた。ここは人間が運営している市場ではなく、化け物が中心になって運営している。故に取引されるモノも多種多様だった。勿論、人間の社会では違法なものばかりだが。

 

「そういえば、ついにおぜうさまから能力を使う許可が下りたんですよね?」

 

 美鈴は咲夜の手を引きながら闇市場を歩く。咲夜をここに連れてきたのは今日が初めてではない。流石に一人でここに来させるわけには行かないが、社会勉強は重要である。

 

「はい。ここ一年ずっと勉強漬けだった甲斐がありました」

 

 咲夜はこの一年、何十、何百冊という本を読了したため、随分語彙力が上がっていた。美鈴は思う。ああ、やっぱり咲夜ちゃんは天才だと。

 

「今日はどういった食材を買うんです?」

 

 咲夜は今月の献立表を確認する。レミリアは血は自分で飲みに行くが、食事自体は従者に任せているのだ。

 

「そうねぇ……取りあえず肉のストックが少ないから、それは買わないといけないかな? あとは東方由来の調味料が少々、あと紅茶も欲しいですね」

 

 それを聞いて咲夜は周囲の店を見回す。そしてお目当ての肉を売っている屋台を見つけた。

 

「安心安全! 完全養殖の人間です! 血抜きし解体したもの、まだ生きているもの、色々ございますよ!」

 

「人狼のおじさん、太もも肉三人分とタンを三百グラムください」

 

 咲夜が店主である人狼に話しかけると、人狼は微笑みながら接客した。

 

「お、レミリアのとこの嬢ちゃんかい。美鈴ちゃんも久しぶりだねぇ」

 

「最近は咲夜ちゃんの練習もかねて自分たちで捕ってたからね」

 

「へえ、その歳でハンティングかい。立派なもんだ! へい、これ注文の奴ね。合計で四百ポンド!」

 

 咲夜は鞄を開くと二十ポンド札の束を取り出し、二十枚数えて店主に渡す。

 

「へい丁度ね! 少し重たいけど大丈夫かい?」

 

 咲夜は店主から肉を受け取ると新調したばかりの鞄に入れる。六歳が持つと少々大きく見えるが、普通のサイズの革製のアタッシュケースだ。入れている肉の方が一回りも二回りも大きいが、何の問題もなく入っていった。

 

「へぇ、便利なモノ持ってるね。じゃあ、これはおまけだ!」

 

「わぁ! ありがとう!」

 

 店主は太ももをもう一本咲夜に手渡す。咲夜はそれを受け取ると満面の笑みでお礼を言った。

 

「いやぁ、どうもねおっちゃん。またよろしく~」

 

 美鈴はブンブンと手を振ると咲夜を連れて屋台を後にする。

 

「やっぱり咲夜ちゃんがいるといいねぇ。みんなデレデレでおまけしてくれる。やっぱり人間の子供は珍しいのかな?」

 

 もっとも、この市場に全く人間の客がいないわけではない。それどころか人間が出している屋台もあるぐらいだ。

 

「みんな優しいですよね」

 

 咲夜は献立とにらめっこしながら次の屋台へ向かう。そこは色々な茶葉を扱っている屋台だ。

 

「ふむ、紅魔館の。今日はどういった?」

 

 ここの店主は人間だ。全身を黒い服で包み、顔にはマスクを嵌めている。美鈴は品揃えを一通り確認すると、百グラムずつ色々な種類を頼んでいく。

 

「基本はこれでいいから……今日は何か変わり種はある?」

 

 美鈴が店主に聞くと、店主は棚の下から真っ赤な紅茶缶を取り出した。

 

「人間の血だけを栄養に育った茶葉を使用している」

 

「味は?」

 

「鉄臭い」

 

「じゃあそれ一缶。他には?」

 

 店主は黒い紅茶缶を棚の下から取り出す。

 

「肥料に人肉を」

 

「味は?」

 

「普通」

 

 まあ曰くがあるからいいかと、美鈴はそれも一缶購入した。

 

「おじちゃんお代は?」

 

 黒ずくめで仮面の男をなんの臆面もなくおじちゃんと呼ぶ咲夜。店主は何も気にせず受け答えした。

 

「六十ポンド」

 

 咲夜は鞄から札束を取り出すと3枚店主に渡した。

 

「確かに」

 

 咲夜は店主から茶葉を受け取ると鞄に仕舞い込む。咲夜は店主に手を振ると、美鈴を連れて屋台を後にした。

 

「あとは香辛料ですね、美鈴さん」

 

 咲夜は慣れた足取りで目的の屋台に向かう。美鈴はその様子を後ろから微笑みながら追った。

 

「店主さん、こんにちは」

 

「お、咲夜ちゃんかい。美鈴さんもどうも」

 

 店主の吸血鬼が二人に微笑みかける。吸血鬼に人が良いという言葉が合うのかどうかは分からないが、何はともあれ、ここの店主は人が良い。

 

「お嬢は元気かい?」

 

「はい、今日もお嬢様は元気です」

 

 咲夜からそれを聞いて吸血鬼の店主はうんうんと頷く。

 

「やっぱり元気が一番だ。で、今日は何をご所望かな?」

 

 咲夜は献立を引っ張り出し、使う調味料を確認する。

 

「えっと、鷹の爪と、ハバネロと、デスソースと——」

 

「待って咲夜ちゃん、献立見せて」

 

 店主は献立表を受け取ると、手を加え始める。そして美鈴の方をジトっとした目で見た。

 

「美鈴さん? 冗談でデスソースは厳しいですよ? お嬢はそんなに辛いもの平気じゃないんですから」

 

「いやぁ、これでおぜうさまが死んだらデスソースを吸血鬼殺しって呼ぼうかなって」

 

「デスソースってなんですか?」

 

 咲夜がそう聞くと店主が棚から小さな瓶を取り出す。

 

「指出して?」

 

 そして咲夜の細い人差し指に一滴垂らした。咲夜は何の躊躇いなくそれを口にする。

 

「んー、なんか生臭い……」

 

「あれ!?」

 

 いいリアクションを期待していた店主は拍子抜けするようにデスソースの表示を見る。

 

「私も試してみていいですか?」

 

 美鈴もデスソースを指に垂らし、それをぺろりと舐めた。

 

「あー、確かにタバスコと比べると生臭い感じはありますね。でもあんまり辛くない」

 

 店主はおかしいなと首を傾げ、自分の指にデスソースを垂らして、それを舐めた。途端に悶絶し始める。

 

「痛ッ!! なにこれ痛い! え!? 全然辛いじゃん!!」

 

 それを見て咲夜と美鈴はケラケラと笑う。仕掛けは簡単だ。咲夜は舐めとる前に時間を止め、デスソースをハンカチで拭っていたのである。美鈴は普通に舐めたが、もともと辛いものが平気なだけだ。

 

「ナツメグとシナモン、あとワサビと山椒」

 

 悪戯も済んだところで美鈴が本来の目的の調味料を頼む。店主は角砂糖を口に放り込んで調味料を用意した。

 

「はい、えっと……六ポンドね」

 

 咲夜は財布から二ポンド硬貨を三枚取り出すと店主に渡す。

 

「はい、確かに」

 

 店主は涙目で微笑みながら二人に手を振る。咲夜も手を振って応えた。これで取りあえず今日の買い出しは終わりだろう。美鈴は咲夜の手を引いて闇市場を出る。そしてロンドンの街でタクシーを捉まえた。

 

「嬢さん方、どちらまで?」

 

「ここの……ここまでお願いします」

 

 美鈴は地図を指さし、運転手に目的地を伝える。運転手はその場所を二度三度確認すると、車を発進させた。

 

「さて、帰ったら夕食の下ごしらえを始めますか。私は今日買ったモモをハムにするから、咲夜ちゃんはスープの出汁を取って」

 

「わかりました。一本はバラして、その骨で取ろうと思います」

 

 運転手はその会話を微笑ましいものとして聞いているが、まさかそこで語られているモモが豚ではなく人のモノだとは思ってもみないだろう。

 咲夜と美鈴もその辺はわきまえており、不審に思われる単語は使わなかった。暫くロンドンの街を走り、美鈴と咲夜は指定した場所で降りる。美鈴が料金を払うとタクシーは走り去っていった。

 

「さて、ここからは徒歩だ」

 

 美鈴は大きく伸びをすると森に入っていく。咲夜もそのあとを追った。森の中を三十分ほど歩いただろうか。不意に人の気配がして咲夜と美鈴は息を潜めた。美鈴は注意深く周囲を見回し、その気配の主を確認する。そこにはカメラを持った人間の男性が立っていた。

 

「あれ? 迷子の人ですか?」

 

 美鈴は男性に近づきながら声を掛ける。男性は美鈴の声に少々驚いたようだったが、女性だと分かると困り顔で笑った。

 

「ははは、鳥を撮りに来たんですけどね。夢中になって随分と奥に入り込んでしまったようで」

 

 パチュリーが紅魔館周辺に結界を張っており、森に入ってきても紅魔館までたどり着くことはない。フランドールも狂気も結界の内部だけで、周囲には影響を及ぼしていなかった。

 

「町の方向はわかります?」

 

「それがさっぱり」

 

 男性は肩を竦めた。美鈴は地図を取り出し、丁寧に道を教えていく。男性は美鈴にお礼を言うと森を進んでいった。

 

「仕留めないんです?」

 

 男性が見えなくなった後で咲夜が美鈴に聞く。美鈴は紅魔館に向けて歩きながら咲夜に説明を始めた。

 

「さっきの人間、カメラを持ってたでしょ? そして鳥を撮りに来たって言っていた。更に言えば指に結婚指輪をしていたんですよ。家族にこの森に行くことを伝えているかもしれない。そんな人間が行方不明になったら、家族はこの森で行方不明になったと思い、警察に通報する」

 

 もっとも、警察が森を捜索しても紅魔館が見つかることはないし、これぐらいの案件ならレミリアの権力で揉み消すことができる。

 

「なんとかなるけど、食材を捕るだけにそれは面倒じゃないですか。というわけで、厄介になりそうな人間には手を出さないのが無難なんです」

 

「なるほど。気を付けますね」

 

 咲夜は納得したように歩き出す。もう紅魔館までさほど距離もなかった。

 

 

 

 

 

 

 深夜一時。ロンドンの街は静けさに満ちており、道には殆ど人がいない。だが、人が全くいないわけでもなかった。何かの用事で帰宅が遅くなったのか、二十代そこそこの女性が住宅街を歩いていた。普段からこのぐらいの時間帯に出歩くのか、怯えた様子はない。今日も何事もなく家に帰れると、女性は信じていた。次の瞬間、何者かが女性の腕を掴み路地裏に引っ張り込む。

 

「な、誰か————ッ!!」

 

 女性は叫ぼうとするが、口を押えられて声が出せない。女性はこの時初めてこのような時間に外を一人で歩いていたことを後悔した。

 

「なぁ……スケベしようや……」

 

 後ろから聞こえた男性の声に女性は肩を震わせる。女性は必死に抵抗しようとしたが、恐怖に体が竦んで全く動けなかった。女性はそのままズルズルと引きずられていき、車に乗せられそうになる。いや、乗せられた。女性は閉まっていくドアをただ見つめることしかできない。そうこうしているうちにドアは閉まり切り、車は発進した。だが、その車の中に女性の姿はない。

 

「——ッ!? どこ行きやがった!?」

 

 誘拐を企てた男性が驚くのも無理はない。何せ先ほどまでその女性に直に触れ、腕を持って拘束していたのだから。その男性からしたら女性がいきなり消えたことになる。

 

「おいどうした? って、いねえじゃねえか!!」

 

 運転席に座っていた共犯の男性も異常に気が付き車を停める。その後、数分狐につままれた表情で固まった後、夢でも見ていたと考え直し一度アジトに戻った。

 その後、二人は誘拐、殺人の罪で逮捕された。二人は容疑を否定、女性の死体は未だ見つかっていない。

 

 

 

「貴方も災難でしたね。こんな時間に外を出歩くから……」

 

 女性は混乱していた。先ほどまで自分は誘拐されそうになり、車に連れ込まれたではないかと。だが今目の前に広がっている光景は車内ではない。先ほどまでいた路地裏だった。女性は夢でも見ていたのかと思ったが、手首にくっきりとついた握られた痕を見て、夢ではないと気が付く。ようやく周囲を見る余裕ができたのか、女性は先ほど声がした方向を見た。

 

「え?」

 

 そこには小学校に入ったばかりぐらいの歳に見える少女が可愛らしいメイド服を着て立っていた。そう、十六夜咲夜である。

 

「えっと、君は一体……」

 

 目の前にいる咲夜に女性は戸惑いを隠せない。こんな時間に出歩く小学生がいるはずがない。そういう先入観があるからか、女性にはそこにいる咲夜が人間には見えなかった。

 

「君が助けてくれたの? えっと……さっきのあれから」

 

 その言葉に咲夜はピクリと反応する。確かにこの女性を先ほどの誘拐犯から助けたのは咲夜だ。だが、咲夜からしても、女性のほうからその言葉が出てくるとは思っていなかった。

 

「なんでそう思うんです? 変なこと言ってるって自分でも思っていますよね?」

 

 咲夜は微笑みながら女性に近づく。女性は一歩後ずさりした。

 

「まあ、当たってるんですけどね。私が貴方を助けなければ、どこかに売り飛ばされていたかもです」

 

「貴方は……天使? 神の遣いとか?」

 

 現実離れした話と、咲夜の普通じゃない容姿に女性は錯乱しているようだった。咲夜は女性のそんな言葉を聞いて静かに頷いた。

 

「残念、悪魔の遣いでした」

 

 次の瞬間咲夜は女性に向けてナイフを投擲する。投げられたナイフは頸動脈に突き刺さった。

 

「え? あ」

 

 女性は何か言おうとしたが、気道に血が溢れ声が出ない。咲夜は返り血が付かないように気を付けながら女性の眉間にナイフを突き立てる。その一撃が致命傷になり、女性は即死した。

 

「えっと、これでいいかな。あとは……」

 

 咲夜は捕れたての肉の時間を止めると凍傷にならないように気を付けながら鞄の中に仕舞い込む。そして血だまりを踏まないように気を付けながら現場を後にした。

 

 

 

 

 咲夜が紅魔館に来てから五年。咲夜は随分と紅魔館に慣れたように思う。五歳の頃に能力に目覚め、ここ一年はずっとその能力を磨いていた。時間を止めるというその能力を咲夜が存分に私の為に使えば、天下を取るのも夢じゃないだろう。

 それとは別に、咲夜には殺人鬼の才能があるように思う。小さい頃から美鈴や私を見本に成長してきたためか、人間を殺すということに何の躊躇も抱いていない。罪の意識を感じることなく、ただ私や自分の利害の為だけに人を殺せる。それは一種の才能だった。既に自分の歳の数、いや、それの数倍は殺しているだろう。そして今日、その数を大きく増やすことになる。

 

「準備は出来ているかしら」

 

 咲夜は私の部屋で何時ものメイド服から少し特殊なメイド服に着替えていた。長袖にタイツ、手袋をし、肌を完全に隠している。そして身に着けている服全てに高度な盾の呪文が掛けてあった。

 

「パチェが厳重に盾の呪文を掛けたと言っていたから銃弾程度じゃ傷もつかないわ。あとこれ」

 

 私は咲夜の顔に仮面を被せる。これで無防備なところは存在しなくなった。美鈴はビシッとしたスーツを着込んで、手にはトンプソンを持っている。そして何故かサングラスをしていた。

 

「なんでトンプソン? なんでサングラス?」

 

「いや、ただの雰囲気づくりですよ」

 

 そう、私たちは今から敵対勢力のマフィアを壊滅させに行くところだ。俗にいう抗争というやつだが、まあまず戦いにもならないだろう。人間しかいない組織と武力抗争して負けるようじゃ吸血鬼失格だ。それに今回は秘密兵器もある。

 

「咲夜、何故あなたを連れていくのか、理由はわかるかしら」

 

「私が時間を止められるからですか?」

 

 咲夜が服の着心地を確かめながら私の問いに答えた。

 

「違うわ。はっきり言って、今日潰しに行く組織程度なら美鈴だけで十分。今日は貴方の戦闘訓練をしに行くのよ。今まで貴方は一方的な殺ししかしてなかった。相手が殺意を持ってこちらを殺しに来るという状況に遭遇したことがない。はっきり言って、戦う意思を持った人間は強い。吸血鬼ハンターが吸血鬼を狩れるのは、明確な殺意を持って、殺すための準備をしているから」

 

 まあ、私ほど血が濃く、経験豊富な吸血鬼なら、たとえ吸血鬼ハンターであろうと遅れを取ることはないが。

 

「あれ? じゃあなんでおぜうさまも行く準備してるんです? 私だけで十分なら私と咲夜ちゃんだけで十分じゃ……」

 

「貴方と2人きりにすると変な癖が付きそうだし。体術は上等なんだけどね。それに、咲夜の戦いの基本は投げナイフ。投げナイフなら私の方が上手いわ。それに、貴方の戦い方は妖怪としての怪力ありきでしょ?」

 

 美鈴が扱う体術は達人のそれと比べても遜色ない代物ではある。だがその戦い方を咲夜がそっくりそのまま真似しても物理的な破壊力に欠ける。美鈴のように拳一つでコンクリートを粉々にできるなら別だが。

 

「なら拳銃持たせたらいいじゃないですか。咲夜ちゃんに」

 

「反動がきついわ。その点ナイフは自分で投げるから反動はないし、それに音もしない」

 

 まあ、投げナイフにも弱点はある。いや、弱点しかないともいえる。まず飛距離がない。咲夜の腕では五メートル程しか届かないだろう。あと連射速度が遅い。咲夜の小さい手では一度に一本しか投げられない。それに咲夜はまだ利き腕の左手でしかまともに的に当たらない。

 

「あれ? サブマシンガンでも持たせるべき?」

 

 いや、流石にそれは瀟洒に欠ける。いや、瀟洒は欠けるものなのかはわからないが。

 

「なんにしても今日は一緒に行くわ。潰しに行くのに大将がいないのは締まらないでしょう?」

 

「そうですかね? あ、そういえばなんですけど、今日潰しに行く組織って何やらかしたんです? おぜうさまが直接殲滅しに行くって相当ですよね?」

 

「ああ、知り合いの政治家がなんかやらかしちゃったみたいでね。マフィアに目を付けられてしまったのよ」

 

「なにやってんですかその政治家。ていうかよくそんな面倒くさいこと引き受けましたね」

 

「まあね」

 

 もっとも、それは建前だ。本当の目的はそのマフィアが壊滅することによって空く縄張りにある。私が資金を提供しているマフィアにそっくりそのままその縄張りを明け渡すのだ。そのマフィアが大きくなれば、それはそれで都合がいい。それに、その政治家というのがそこそこ権力を持っている政治家なのだ。ここで恩を売っておくのも悪くはない。

 

「じゃあ向かいましょうか。都合よく私の知り合いのマフィアのボスが車を出してくれるそうよ。本当に何故か都合よくね」

 

 私は咲夜と美鈴を連れて紅魔館の外の出る。そしてそのまま2人を連れて森を抜けた。

 

「おぜうさま、この森邪魔じゃないですか? 道路引けばいいのに」

 

「紅魔館まで直線の? それこそ邪魔だわ」

 

 今の時間は午後十一時。空を飛んで森を越えてもいいのだが、見つかって面倒なことになっても面倒だ。何とでもなることだが、面倒なものは面倒なのである。

 森を抜けて暫く歩くと黒塗りのセダンが指定された位置に停まっていた。私は何のためらいもなくそのセダンに乗り込む。後部座席に咲夜と私、助手席には美鈴。そして運転席には知り合いのマフィアの使い走り。

 

「出せ」

 

 私が指示を出すと使い走りは何も言わずに車を発進させる。多分マフィアのボスから私たちの容姿は聞いていたんだろう。普通に考えたら突っ込みどころ満載だ。女三人にそのうち二人は幼女。車に乗った瞬間追い出されても仕方がない。

 いや、使い走りは半信半疑のように見えた。十秒に一度ミラーをチラ見し、私と咲夜を見ている。その仕草に気が付いたのか、咲夜は鞄からトンプソンを取り出し、美鈴に渡す。美鈴は弾倉に弾が入っていることを確認すると、弾倉を叩き込んだ。

 

「お嬢様、何処までやりますか?」

 

 咲夜の声が仮面を通して聞こえてくる。

 

「そうね、手当たり次第に殺しなさい」

 

 それを聞いて、使い走りの顔が引き締まった。どうやらボスから聞いた通りだと思い直したようだ。

 

「建物の前に私たちを落としたらすぐにその場を離れなさい。一時間後に迎えに来てくれればいいわ」

 

「了解」

 

 咲夜は鞄から小ぶりのスローイングナイフを取り出すと、服のポケットに入れていく。戦闘準備は整っているようだった。

 暫くロンドンの街を走り、私たちは目的の建物の前に着く。使い走りは指示通り私たちを落とすとすぐさまその場を去った。

 

「さて、まずは建物内に入らないとね。ねぇ、そこにいる如何にも警備してますよって人。中に入れて貰ってもいいかしら?」

 

 私は建物の外に立っている黒服に声を掛ける。黒服は私の容姿を見て一瞬動きが止まったが、美鈴がトンプソンを持っているのを見てすぐさま銃を構えた。

 

「何者だ?」

 

 黒服は美鈴に銃を向けながらそう叫ぶ。美鈴はブンブンとトンプソンを振り回していた。

 

「何者? そうね……死神、かしら」

 

 私は武器を何も持たずに黒服に近づく。黒服は拳銃の銃口を私へと向け直す。私はそんなことはお構いなしに黒服に近づいた。

 

「動くな。これ以上こちらに来たら殺すぞ!!」

 

 殺す。面白い冗談だ。私は銃口が眉間に当たるまで近づき、銃口を咥える。そしてそのまま銃身を嚙み千切った。

 

「うわ、汚い。おぜうさま流石にそれはひくわぁ」

 

 そう呟く美鈴に向けて拳銃の破片を吐き出す。勢いのついた拳銃の破片は美鈴の眉間に見事命中した。

 

「邪魔するわよ」

 

 拳銃を噛み切られた黒服は唖然とした表情で突っ立っている。私たちはその横を抜け建物内に入った。建物内には如何にも自分たちはマフィアですと言わんばかりの服装の男が何人もいた。美鈴はトンプソンを掲げると特に狙いもつけずに弾をばら撒く。爆音と共に建物のあちこちが壊れるが、銃弾は殆ど人には当たらなかった。まあ開戦のゴング代わりにはなっただろう。

 

「咲夜、私から離れるんじゃないわよ」

 

「わかりました」

 

 銃声を聞きつけて四方のドアから黒服が出てくる。咲夜は最も近い黒服に向けてナイフを投げた。そのナイフは吸い込まれるように喉に突き刺さり、黒服を絶命させる。

 美鈴は美鈴で拳銃の弾を素手で受け流し、物理的に殴り殺している。

 私は近くに落ちている死体の首をもぎ取ると近くで拳銃を構えている黒服の頭部を狙って投げつけた。ぶつかった頭部同士は互いにスイカのように弾け飛び、床を血で染める。

 咲夜の方を確認すると器用に銃弾を避け、的確にナイフを当てていた。あれを見る限り、咲夜にはかなりの戦闘センスがあるらしい。ものの五分で今いるフロアは死体で溢れかえる。私は咲夜と美鈴を連れてエレベータに乗り込んだ。

 

「あれ? エレベータ使うんです?」

 

「ええ、これなら勝手に入ってくるし」

 

 一つ上に上がるごとにエレベータは止まり、ドアが開く。当然のようにドアの前には黒服が数人待ち構えていた。ドアが開くと同時に咲夜がナイフを投げる。連射力に欠けるので一度に全て殺すことはできないが、射ち漏らした人間は美鈴がきっちり仕留めていた。

 エレベータは次第に上へ上へと上がっていき、ついに最上階へと到達する。私の調べでは、そこにこの組織のボスがいるはずだ。私たちはエレベータを降りると階段を進み、一番奥にある部屋のドアを蹴り破った。

 

「はぁい。遊びにきたわよ?」

 

 部屋の中には二人の人間がいた。一人は椅子に座り書類に目を通している。もう一人はその横に立って紅茶を淹れていた。

 

「ボス、お客様が見えたようです」

 

 秘書にも従者にも見える女が冷たい声で言った。ボスと呼ばれた男はこちらをチラリと見ると、書類を机に置いた。

 

「これはこれはスカーレット嬢。こんなむさ苦しいところに何の御用です?」

 

 男は眼鏡を外すと静かにそれを畳み机の上に置く。そして女の淹れた紅茶を一口飲んだ。

 

「ちょっと野暮用でね。貴方の組織潰れてくれないかしら」

 

「ほう、服に付いた血痕はそういうことですか。では下の階には私の部下が死体となって転がっているんでしょうな」

 

 男はティーカップをソーサーに戻すと椅子から立ち上がる。そしてスーツの上を脱ぎ、ネクタイを外した。

 

「では、私が戦わないと、部下に示しがつかないではないですか」

 

 男はまっすぐ私を見据えて、拳を握る。その眼には確かな意志が宿っていた。私は咲夜と美鈴を下がらせて、男に合わせて拳を握る。

 

「ボス——」

 

「下がっていなさい」

 

 男はゆっくりとこちらに歩いてくる。そして私の目の前まで来るとドカッと床に座った。

 

「何のまね?」

 

 床に座った男に私は尋ねる。男は私を見据えたまま静かに答えた。

 

「例え部下を殺した敵であっても、私は女を殴ることができない。故に、君が一方的に私を殴ると良い。私が死んだら貴方の勝ち、生きていたら私の勝ちだ」

 

「なら遠慮なく」

 

 私は力任せに拳を上から下へと振り下ろした。その衝撃で男は血と肉片に変わる。

 

「ボス!?」

 

 女は血だまりに駆け寄り、蹲って泣き始める。美鈴と咲夜はそれを黙って見ていた。

 

「帰るわよ。美鈴、咲夜」

 

 私は2人に声を掛けると部屋の出口へと歩き出す。私が蹴り破った部屋のドアを踏んだ瞬間、鈍い音が聞こえた。私はその音の正体が気になり、振り返る。そこには美鈴と咲夜が立っており、部屋には血だまりが残されていた。

 

「……咲夜、さっきの女は?」

 

 何が起こったのか大体の予想はつくが、一応私は咲夜に聞く。咲夜は仮面をした顔を斜めに傾けると不思議そうな声を出した。

 

「え? 殺して鞄の中に仕舞いましたが」

 

 ……もう何も言うまい。逞しい子に育って嬉しいような悲しいような。なんにしても、そのうち食卓に先ほどの女が出てくることだろう。今度こそ2人を連れて部屋を出て、廊下を歩きエレベータに乗り込む。1階に降り建物から出るとことには先ほどの使い走りが車を停めて待っていた。

 

「まだ1時間には時間があったと思うんだけど」

 

 車に乗り込みながら使い走りに言う。使い走りは時計が十分進んでいたと真面目な顔をして冗談を言った。

 

「そうだ、貴方のところのお偉いさんに伝えておきなさい。『場所は空けた』と」

 

「了解」

 

 車は暫く走り、先ほどとは違う場所に停まる。私たちはそこで車を降りると徒歩で紅魔館へと帰った。

 

 

 

 

 

「咲夜、出かけるわよ」

 

 抗争から一か月ほど経った頃。レミリアは夜起きると服を着替える。そして咲夜に余所行きの洋服を着せ、一緒に出掛ける準備をした。今日はあの時車を出してくれたマフィアのボスと会食だ。ディナーの時間に合わせ、今日レミリアは少し早く起きている。

 

「咲夜と二人なら森を抜けなくても大丈夫そうね」

 

 レミリアは窓の外を確認し、今日が新月であることを確認すると咲夜を後ろから抱える。そして森の上スレスレを飛んだ。

 

「すみませんお嬢様。私も霊力を使った飛行を練習しているのですが、なかなか上手くいかなくて」

 

「まあ、難しいわよね。普通は何か道具の補助を得て飛ぶわけだし」

 

 森を抜ける寸前に地面に降り立ち、最後は徒歩で森を出る。道に出たら暫く歩き、適当なところでタクシーを拾った。

 

「この時間なら普通に拾えて便利ね」

 

 二人はタクシーに乗り込むと運転手にホテルの場所を教える。イタリア料理の店だ。

 

「夜の九時にホテルのラウンジに集合ですよね?」

 

 黒いワンピースを着た咲夜が少しレミリアの方を見上げながら待ち合わせの時間を聞いた。レミリアは軽く頷くと一通の手紙を咲夜に渡す。そこには今日の会食の場所と時間が書かれていた。それとは別に、当日は娘と一緒に来る旨も書かれている。

 

「あの、もしかして今日私がメイド服じゃないのって……」

 

「ええ、貴方にはその娘さんの相手をしてもらおうと思ってね。確か十歳ぐらいの娘だったはずだわ」

 

 これが娘ではなく奥さんだったらレミリアは一人で会食に臨んだことだろう。美鈴を一緒に連れて行ってもいいが、レミリアと美鈴が二人きりになると謎の化学反応が起き、ほぼ間違いなく問題が起きる。

 

「マナーは教えているし、問題ないわよね?」

 

「はい、心得ております」

 

 咲夜は小さく頷くと、手紙をレミリアに返した。二人を乗せたタクシーは既に暗くなったロンドンの街を走っていく。二十分ほど道を走り、タクシーは目的地のホテルへと到着した。咲夜がお金を払うとタクシーはそのままタクシー乗り場へと入っていく。そこで次の客を待つつもりなのだろう。そういえばと、咲夜はレミリアの方を見る。咲夜はレミリアのシルエットに違和感を覚えた。数秒そのまま悩み、違和感の正体を発見した。そう、今のレミリアには羽がない。いや、見間違いだ。咲夜が注意深く背中を見ると、いつもと同じ大きさの、同じ形をした羽がちゃんと生えていた。

 

「ん? ……あれ?」

 

 咲夜は目を擦りながらレミリアの羽を見る。咲夜のそんな様子を見てレミリアはクスクスと笑った。

 

「写真を撮られると厄介だし、意識して見ないと見えないようになっているのよ。一種の幻惑のようなものね。まあ、魔族や妖怪には通用しないんだけど。あると思えばちゃんと見えるでしょう?」

 

 確かに、咲夜にはレミリアの羽が見えている。タクシーの運転手には見えていなかったようだ。二人はホテルのエントランスに入ると、案内に従ってラウンジへと移動する。そこには既にマフィアのボスとその娘がソファーに座って待っていた。

 

「待たせたかしら?」

 

 レミリアは慣れた様子でボスに話しかける。ボスもレミリアの姿を確認し、ソファーから立ち上がった。

 

「いえ、私どもも今来たところですよ。では移動しましょう」

 

 咲夜は軽く周囲を見回し、周辺にいる人間を確認する。視線を追った感じでは、マフィアの構成員と思われる護衛は全くいなかった。どうやら向こうはお忍びでこの会食に臨んでいるようである。四人はエレベータに乗り込むと、最上階へと移動した。

 

「実は今日はお忍びでね。このことは黙っていてください」

 

 ボスがレミリアにそういう。レミリアは軽く微笑むと咲夜の肩を抱いた。

 

「私もその方が都合がいいわ。今日は咲夜もいるし」

 

 まったく理由になっていないがボスはそれで納得したようだ。レミリアはこのようにその場の雰囲気で誤魔化すことが上手い。伊達に五百年近く生きてはいないということだ。

 四人はレストランで受付を済ませると、窓際のテーブル席へと案内される。ボスの娘はそこからの景色に目を輝かせていた。

 

「ここから見える夜景が私は好きでね。人間が作り出した星空と言えるだろう」

 

 咲夜も窓の外を見るが、現在高いところにいるんだな以上の感想は浮かばなかった。

 

「星空ねぇ。私には人の魂を燃えている光に見えるわ。星空はもっとこう、ね?」

 

 レミリアのふわっとした説明に、取りあえずボスは相槌を打つ。そして対面するように四人掛けのテーブルに腰掛けた。

 

「そういえば、最近この町は変わったと思わない? なんというか、全体的に静かになったというか、ネズミを見なくなったというか」

 

「そうですね。私としても気分がいい。ところで、最近新しい事務所を作ることになりました。丁度空き物件が見つかって。ほんの二十か所ほど」

 

「景気がいいわね。人手不足が心配だわ」

 

「ご心配に及ばずとも、新しく人を入れたので大丈夫ですよ」

 

 レミリアとボスが話をしていると、前菜が運ばれてくる。

 

「ところで、例の会社の株がまた上がったとか聞いたわ」

 

「ええ、資金運用自体はうまくいっています。ご祝儀として取っておいてほしい」

 

 ボスはレミリアに茶色の封筒を渡す。中には二十万ポンドの小切手が入っていた。

 

「あらどうも、上手く行っているようで何よりだわ」

 

 レミリアとボスは一通りの仕事のやり取りを終わらせる。話は簡単だ。レミリアが壊滅させたマフィアの縄張りをそのままこのマフィアが使う。場所を空けた手間賃とレミリアがマフィアに投資した資金を運用して得た利益の少しをボスがレミリアに支払う。先ほどの二十万ポンドがそれだった。

 そうしているうちに一つ目のメイン料理が運ばれてきた。パスタだ。レミリアはフォークを使って器用にパスタを絡ませると口に運ぶ。咲夜も少し慣れないようだが、綺麗にパスタを食べることができていた。ボスの娘はフォークとスプーンを使って可愛らしくクルクルやっている。

 

「そういえば、お子さんは十歳ぐらいだったかしら。来年から中等教育ね」

 

 いきなり話を振られてびっくりしたのか、娘はピクリと反応する。ボスはそんな仕草を見て少し笑った。

 

「ええ、頭の出来はいいらしく、そこそこ名のある女子校に通えることに」

 

「あら、そうなの」

 

 娘は恥ずかしそうに、もじ、もじ、としている。

 

「そちらのお嬢さんも随分賢そうだ」

 

「まだ六歳になったところよ」

 

「それはそれは、うちのと同い年ぐらいだと思ってましたよ。では今は小学校に?」

 

「いえ、学校には行かせていないわ。今はこんな格好で呑気にパスタ食べているけど、一応使用人だし」

 

「気を使わせてしまったかな?」

 

「使わなかったと言えば嘘になるけど、何事も経験よ。ね、咲夜」

 

 レミリアは咲夜の頭を撫でる。咲夜はあっけらかんとした顔で言い切った。

 

「この前のも経験ですか?」

 

 テーブルの空気が一瞬凍った。もっとも、固まったのはレミリアとボスだけだが。娘は何の話か分からないのか、パスタをクルクルしている。咲夜も不思議そうな顔をしながらパスタを食べた。

 

「……スカーレット嬢」

 

「言わないで。まあ私の従者だし、それに何事も経験よ」

 

 場の空気を変えるように二つ目のメイン料理が運ばれてくる。その後空気も回復し、良い雰囲気のまま会食は続いた。

 




咲夜、時間停止の能力解禁

マフィアとの抗争、対人戦闘の練習を始める


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グリムやら、予言やら、入学案内やら

ぼちぼち原作一巻ぐらいの時代に入っていきます。レミリア頑張れ超頑張れ。
誤字等ありましたらご報告していただけると助かります。


 一九八七年。十六夜咲夜七歳。

 咲夜は紅魔館の庭で犬を座らせていた。紅魔館の新しいペットだ。もっとも、犬と言ってもブラックドックだが。違う言い方をすればグリム、黒妖犬とも言う。

 グリムというのは不吉の象徴と言われ、厳格には生物というより亡霊や妖精の一種である。見たものは不幸に見舞われるという話だが、今のところ咲夜は不幸を感じていない。

 グリムは咲夜の指示でおすわりの体勢を取っていたがそわそわと建物の中を窺っている。

 

「妹様の狂気が気になるの? 確かに、私も妹様の笑い声は苦手だわ。肖像画で見る限りでは可愛らしい容姿のお方みたいだけど」

 

 咲夜はフランドールが苦手だった。狂気自体は何も問題ないが、たまに地下深くから聞こえてくる笑い声が、不気味に咲夜の背中を撫でるのだ。

 

「よし、食べていいよ」

 

 咲夜が許可を出すとグリムは目の前に置かれた人の骨を咥える。なんというか、可愛らしかった。何故紅魔館にグリムがいるのか。理由は簡単だ。レミリアが飼いたいと言ったからである。紅魔館ではレミリアの気まぐれでペットを飼い始めることがあるのだが、その殆どが飼われ始めて一週間程で衰弱死していた。

 そう思えばこのグリムは飼われ始めて二週間が過ぎている。随分と保っていると言えるだろう。咲夜は骨を食んでいるグリムの頭をワシャワシャと撫でる。グリムは怯えたように目を瞑った。

 

「おっはー咲夜ちゃん。朝遅くにご苦労さまです」

 

 紅魔館の扉を開けて美鈴が庭に出てくる。美鈴はしゃがみ込むとグリムに抱きつき滅茶苦茶に撫でまくった。

 

「おー、よしよしよしよし。ええこやええこや」

 

 グリムは面倒臭そうに美鈴に体重を載せる。美鈴はしばらくグリムを撫でると満足したように立ち上がる。

 

「随分弱ってきたみたいだね。今ぐらいが限界かな?」

 

 それを聞いて咲夜は表情を暗くする。基本的にペットの世話は咲夜の仕事だ。今まで幾つかの種類の動物を飼ってきたが、そのどれもが短命ということもあって、咲夜自身、自信を無くしている。

 

「まあ仕方のないことだとは思うけどね。妹様の狂気が濃すぎるから。おぜうさまは建物の中で飼いたいみたいだけど……まあ無理だろうね」

 

 美鈴はグリムを抱き上げると建物の方に歩き出す。途端にグリムは震えだし、美鈴の腕の中から逃げ出した。

 

「う~ん、多分おぜうさまは妹様にアニマルセラピーを試したいんだろうね」

 

 咲夜はグリムに近づくと、優しく撫でる。グリムは暫く震えていたが、次第に落ち着いてきたようだった。

 

 それから一週間後、グリムは衰弱死した。紅魔館で飼われたペットにしては長生きしたほうだと言えるだろう。

 

 

 

 

 一九八七年、十六夜咲夜七歳。

 美鈴は咲夜を連れてロンドンの街を歩いていた。今の時刻は午前十一時。太陽は高く昇っており、ぽかぽかと暖かい陽気だった。

 

「さて、雑貨屋さんは何処だったかな。咲夜ちゃんは覚えてる?」

 

 美鈴はいつものチャイナ服ではなく、カジュアルな洋服を着ている。髪も紅ではなく茶色く染めていた。咲夜も可愛らしいワンピースを着て、帽子を被っている。そう、二人は変装をしていた。

 

「確かこの先の路地を曲がったところにお洒落な雑貨屋がありましたよ。この前この辺に来たときにチラッと見えたんです」

 

「それってこの前狩りに出たときの話?」

 

 咲夜は月に一度人間を狩るために街に出る。もっとも、一度狩りをした場所では暫く狩りはしないが。

 

「あ、お洒落なカフェがありますよ。ちょっと寄って行きません? ほら、このケーキとか美味しそう」

 

「時間は……大丈夫ですね。いいですよ」

 

 美鈴の誘いに咲夜が乗り、二人は喫茶店へと入っていく。

 

「コーヒーセットを二つください。ケーキはチーズケーキを」

 

 テーブルにつくと咲夜が手早く注文をした。

 

「コーヒーはブレンドのものになってしまいますがよろしいでしょうか」

 

「ええ、構いません」

 

 店員は注文を聞き終わるとカウンターの方に駆けていった。昼が近いこともあり、忙しいのだろう

 

「咲夜ちゃんはこういう場所でドリンク頼むとき、毎回コーヒーだよね。なんで?」

 

「いえ、紅茶は自分で淹れたほうが美味しいので。コーヒーは普段飲まないじゃないですか」

 

「まあ、その心境はわからなくもないけどね」

 

 コーヒーが運ばれてくると、咲夜はまず何も淹れず一口飲む。その後角砂糖を三つ入れた。美鈴はそのままブラックで飲んでいる。

 

「美鈴さんはそのまま飲みますよね。苦くないんです?」

 

「え? 咲夜ちゃんは麦茶に砂糖入れる?」

 

 それを聞いて咲夜は少し眉を顰めた。

 

「いや、入れないですけど。そもそもあまり飲まないです。麦茶」

 

「それと同じよ」

 

 いや、その理屈はおかしいと咲夜は思ったが、突っ込んだら負けだと本能的に察した。

 

「なんにしても、あんまり苦くもないしね。小さい頃は舌が敏感なんですって。あ、このケーキ美味しい」

 

 それを聞いて咲夜もチーズケーキを一口食べる。途端に顔が綻んだ。

 

「おいしいです」

 

「うん、素直でよろしい」

 

「すみません、相席よろしいでしょうか」

 

 急に声を掛けられて、咲夜はフォークを咥えたまま振り返る。そこには先程の店員と親子に見える二人組が立っていた。美鈴は店を見渡すが、確かに満席だ。いつの間にか結構混んできてきたようだ。

 

「ええ、構いませんよ」

 

 咲夜が快く許可を出す。親子は軽く会釈をすると空いている椅子に座った。

 

「紅茶とサンドイッチのセットをください」

 

 親子が注文してからすぐにサンドイッチが運ばれてくる。どうもお昼時にこのセットを頼む客は多いようだった。

 

「お二人は買い物ですか?」

 

 美鈴が親子に話し掛ける。母親と思われる女性は清潔感があり、とても美人だ。娘のほうは栗色の少しボサっとした髪型で、少し歯が出ている。顔立ちはいいのだが見た目で少し損をしていると言える。と言ってもまだ小さいので、自分磨きはこれからなのだろう。

 

「ええ。娘の服を買いに来たんです。この子ったらあまりお洒落をしないから」

 

 娘は夢中になってサンドイッチに齧り付いている。そんな様子をみて美鈴は微笑ましげに苦笑した。

 

「まあ私も人のこと言えるほどお洒落しないですけどね」

 

 咲夜は置物のように小さくなり、静かにコーヒーを飲んでいる。人見知りというわけではないのだが、こういう場面で気の利いたことを言うのは苦手だった。

 

「私たちは雑貨を買いに来たんですよ。結構お洒落な店が多いですよね。この辺。と言っても初めて来たんですが」

 

 咲夜はパクリとケーキを食べるが、それを娘はじっと見ている。咲夜としてはとても食べにくかった。

 

「娘に歯の矯正を勧めているんですけど、怖いみたいで。こういうのは若いうちのほうがいいんですが」

 

「え? でもそういうのって結構お金掛かるんじゃ?」

 

「私の家は夫婦揃って歯科医なんです。なので私としても矯正させたくて」

 

 美鈴と母親はどんどん会話に夢中になっていく。残された咲夜と娘は互いに少しモジモジしながら、会話のきっかけを探していた。

 

「うちのが喧しくてごめんなさい。ああいう性格なの」

 

 最初に口を開いたのは咲夜だった。美鈴をダシに使い話の糸口を作る。

 

「いえ、ママが楽しそうで何よりよ。貴方の髪、綺麗ね。素敵だわ。私のはボサボサだし」

 

「色が薄いと色々大変なのよ?」

 

「そうなの? 貴方、今いくつ?」

 

 娘が咲夜に歳を聞く。咲夜は一瞬嘘をつこうかとも思ったが、そもそも自分の出生が不明だったことを思い出し、推定の歳を告げた。

 

「七歳よ」

 

「うそ、もっと年上に見えた。私と同い年なのね。ほら、同じ歳の子って少し馬鹿っぽい子が多いから」

 

 馬鹿っぽい子が多いとその少女は言うが、咲夜からしたらそれを言っている娘も馬鹿っぽく見える。

 

「そう、私はあまり同じ歳の人間と話すことがないから」

 

「そうなの? 学校は?」

 

「行ってない」

 

 それを聞いて娘は目を丸くする。彼女からしたら学校に通うことは常識で、そうではない人などこの世には存在しないと思っていたのだろう。

 

「なんで通わないの?」

 

「必要ないし、時間もないし」

 

「勉強は?」

 

「そこそこ」

 

「ふ〜ん、へんなの」

 

 娘は鞄から一冊の本を取り出し、読み始める。それは中等教育用の科学書だった。

 

「アインシュタインって素晴らしいと思うわ。彼の考えたそうたいせいりろんは発想が凄い」

 

 咲夜はその娘の仕草から察する。多分あれは内容を半分も理解できていないだろう。背伸びしているのが見え見えだった。咲夜自身、時間に関係する相対性理論は学習済みだ。彼の見つけた方程式は確かに素晴らしく、今までの考え方を覆すものだった。

 

「そうね。時間と空間の関係を科学的に示したことは素晴らしいことだわ」

 

 咲夜は紅茶を飲み干すとテーブルに硬貨を置く。そして娘に手を振ると美鈴に合図し喫茶店を後にした。

 

「いやぁ、予想以上に美味しかったですね。今度は咲夜ちゃんが作ったチーズケーキが食べたーいな」

 

 美鈴は後ろから咲夜に抱きつき、そのまま抱き上げる。咲夜は少し恥ずかしそうにジタバタしたが、やがて脱出することを諦め美鈴の腕に体を預けた。

 

「何か嫌なことがあった?」

 

 美鈴が何かを察したように咲夜の顔を覗き込む。咲夜はムスッとした顔で顔を背けた。

 

「この……可愛いなぁもう! ほら、雑貨屋さん行くよ?」

 

 美鈴は咲夜を降ろし、雑貨屋に向かう。咲夜はその後ろをついていった。雑貨屋には大小様々な小物が並べられてあり、それを見て咲夜は目を輝かせる。

 

「今日は食器を見に来たんですよね」

 

「そうそう、おぜうさまのティーカップを見にね。何かいいのある?」

 

 咲夜は手元にある白いティーカップを手に取る。シンプルで咲夜好みのデザインだが、派手好きのレミリアには合わないだろう。

 

「これではシンプルすぎますし……これなんてどうでしょう」

 

 咲夜は金で縁取られ、綺麗な柄が書き込まれている。派手すぎず、地味すぎず、バランスは取れているように思える。

 

「じゃあ取りあえずそれは一セット確保かな」

 

 その後二人は一時間ほどティーセットを吟味し、最終的に四セット購入する。美鈴が大きな袋を四つ持ち、雑貨屋を後にした。咲夜と美鈴は少し歩いて路地裏へと入っていく。そこで咲夜の鞄にティーセットを詰め込んだ。

 

「流石に一般人の前でその不思議鞄の中に入れるわけにはいかないからね」

 

 一般人の前で鞄から物を出し入れすることはあるが、それは鞄に入っていてもおかしくない大きさの物だけだ。鞄の体積以上のものが出てきたら、手品どころの話ではない。ティーセットを仕舞い込み、路地から大通りへと戻る。美鈴は屋台でお菓子を買うと、咲夜に一つ渡した。

 

「そういえばさ、さっき喫茶店で会った親子。今からでも遅くないから殺しにいかない?」

 

 お菓子を齧りながら美鈴があっけらかんと言う。

 

「咲夜ちゃん結構あの女の子にむかついていたでしょ? お母さんのほうも適度にウザくてね。まあ悪い人ではないんだけど」

 

 咲夜はお菓子を食むと美鈴の顔を見る。美鈴の顔は面白いぐらいにいつも通りだった。

 

「……殺、いや、今日はやめときましょう。そんな気分でもないですし、直接接触しちゃってますし」

 

「ああ、まあ面倒にはなるかもねぇ。でもたまには気分で殺すのもいいと思うよ」

 

 それを聞いて咲夜は考え込む。

 

「いや、なんか違いますよ。それは違います」

 

 少し考えて、咲夜は美鈴の提案を断った。

 

「上手く表現できないんですけど、なんか違うんですよね」

 

「違う?」

 

「はい」

 

 美鈴は咲夜のそんな様子に首を傾げた。そして思い出す。咲夜が人間であることを。

 

「本質的なところで何か違うのかね。まあ咲夜ちゃんがいいならいいや。紅魔館に肉のストックはまだあるし」

 

 十六夜咲夜は気まぐれで人を殺すことはない。十六夜咲夜は自分の為に人を殺すことはない。その行いは限りなく黒だが、十六夜咲夜に罪の意識はない。

 二人はバスに乗り込むと紅魔館の近くまで移動し、森を抜けて紅魔館へと帰った。

 

 

 

 

 机の上には講演会の依頼の書類が置かれている。月に一度ほどのペースで私は占い学の講習会を開いており、魔法界には少なからず私の占いのファンがいる。

 私は書類に書かれている日付と自分のスケジュールを照らし合わせ、予定が空いていることを確認すると机の中から羊皮紙を取り出した。

 

「ダイアゴン横丁か、なんにしても時間を私に合わせて夜にしてあるのは助かるわ」

 

 もっとも、半分は雰囲気作りの為だろう。こういったことは暗い部屋で蝋燭の灯りのほうが雰囲気が出る。

 私は羊皮紙に承諾した旨を記載すると軽く丸め紐と封蝋で止める。そして体の一部をコウモリに変化させ、そのコウモリの足に羊皮紙を括り付けた。

 

「さて、私も出かけますか」

 

 私は部屋着から外出用のローブに着替えると荷物を纏める。荷物と言っても簡単な通行証だけで、大きな荷物があるわけではなかった。

 書斎から出て階段を降り、大図書館へと移動する。基本的に魔法界へと移動する時は大図書館にある暖炉を使うことにしている。そのほうが便利だし、なにより向こうの流儀に合っている。

 

「暖炉を使うんだっけ」

 

 大図書館に入るとパチェが本を読みながら私に声を掛けてきた。パチェには昨日のうちに話をしてある。

 

「ええ、煙突飛行粉はこれよね?」

 

 私は煙突飛行粉をひと掴み暖炉に投げ、色の変わった炎の中に入る。炎が私の肌を撫でるが熱くはなかった。

 

「魔法省」

 

 私は行き先をいい、煙突の中に落ちていく。煙突は基本上に伸びているので落ちるという表現は適切ではないかもしれないが、体で感じる感覚はそれだった。

 暫く煙突の中を煙とともに移動し、やがて私は魔法省にある暖炉に出る。今の時間が時間なため、魔法省には殆ど人はいなかった。

 私は通行証代わりになる札を服に付け、エレベータに乗り込む。今いるアトリウムは地下八階にある。私が用事があるのは地下九階の神秘部だ。

 エレベータを降り暗い廊下を抜け神秘部の扉を開ける。そこには扉が並んでおり、私を中心にして何度か回った。

 

「えっと、この傷の具合からして……ここよね」

 

 私は記憶を頼りに扉を開ける。そこには大小様々な時計が並べられていた。

 

「これはこれはスカーレット嬢。予言の間に御用ですかな」

 

 無言人のボードが水晶玉を抱えながら私に挨拶してきた。

 

「ああ、予言の管理と補充よ。勝手に作業するから特に気にしなくてもいいわ」

 

 私はボードに軽く手を振ると予言の間の中に入っていく。この予言の間には私の予言も多く収められている。私は自分の予言が収められている棚まで行くと、新しい予言を棚に置いていく。そしてふと気になって後ろの棚の予言に手を伸ばした。

 

「これ、トレローニーの予言よね。あの子ホグワーツの教員になったって喜んでいたけど、予言の間に予言が置かれるほどの予言をする子だったかしら」

 

 私は置かれている予言に手を伸ばす。管理者の資格を持っている為、関係ない予言でもある程度は見れるようにはなっているが、この予言は想像以上に強い守りが掛けてあった。

 

「しかもこんなにしっかり保護されているし」

 

 私は裏技を使うことにした。手に取ろうとするから駄目なのだ。私は棚に置いてある水晶玉に手をかざし、特殊な呪文を唱える。すると予言の内容が私の頭の中に流れ込んできた。

 

「何よこれ」

 

 どうせくだらない内容なのだろうと予想を立てていただけに、私はトレローニーの予言を読んで眉を顰める。それはヴォルデモートに関する予言だった。予言がなされたのは今から七年前。内容は……

 

「ヴォルデモートの宿敵の生誕、それにヴォルデモートが印をつける? 一方が生きている限り、もう一方は生きられない……占いに興味があるだけの女の子だと思っていたけど、いやぁ、カッサンドラの玄孫侮れないわ。状況から見て、ヴォルデモートはこの予言のことを知った。そして宿敵が力をつける前に、つまりハリー・ポッターが子供のうちに始末しようとしたんだわ」

 

 つまり、戦争は唐突に終わったのではない。終わるべくして終わったのだ。だがそれではおかしな事がある。

 

「でも、それならヴォルデモート側の勝利で終わっていないとおかしい。ヴォルデモートの知らない力を持つという予言がなされているということは、ヴォルデモートはそれを警戒したはず。なのにヴォルデモートは負けた。……ヴォルデモートは予言の内容を中途半端にしか知らなかった? ジェームズ、リリーと殺し、完全に敵はいなくなったと油断しハリーに攻撃し、返り討ちにあった。ハリーにリリーの護りの呪文が効いていたとしたら……ヴォルデモートの知らない力、ね」

 

 護りの呪文をリリーの『愛』だと解釈するなら、確かにそれはヴォルデモートの知らない力だろう。ヴォルデモートは出生と同時に母を無くしている。それからはずっと孤児院に住んでいたはずだ。

 

「まあ、なんにしても終わった話よね。ヴォルデモートは死に、ハリーが生き残った。それでこの話はお終い」

 

 私は思考をやめると予言の間を後にする。そうだ、ボードにちょっかいを掛けに行こう。彼は突くとなかなか面白い反応を示すのだ。

 私は時計の置かれた部屋を通り、脳みその世話をしているボードを後ろから突く。頭から脳みそを被ったボードを笑う頃にはすっかり先程のことなど忘れていた。

 

 

 

 こうして紅魔館の時間は進んでいく。レミリアが計画した移転計画など誰もが忘れ、いつも通りの時間を刻んでいく。美鈴は庭の花に水をやり、咲夜はレミリアのために紅茶を淹れる。パチュリーは大図書館で研究、レミリアは——

 

 一度は諦めたことだが、ひょんな事がきっかけでレミリアの移住計画は再度動き出す。

 

 一九九一年、紅魔館に一通の手紙が届いた。

 

 

 

 

 今考えることではないが、この数年で咲夜は随分成長したように思う。十歳になる頃に美鈴からメイド長を継ぎ、今では館中の管理を一人で行っている。それ以外には紅魔館の増築、いや、増築というよりかは拡張と言った方が正しいか。時間を操る能力を空間操作に活用し、紅魔館内の空間を拡張、部屋数を増やしたり玄関や廊下を大きくしたりしている。

 私は随分と長くなった廊下を気ままに歩く。窓から庭の方を見ると美鈴が片手に梟を吊るして館の方へと歩いてきていた。

 

「……おかしいわね。嫌な予感がしないわ」

 

「おぜうさま~、おぜうさま~、お手紙が届きましたよ」

 

 ……あの呼び方は何とかならないのだろうか。もとはと言えば咲夜がまだ赤子の頃に私のことを『おぜうー』と呼んだのが始まりだったか。咲夜が私のことを『おぜうさま』と呼ぶのは構わない。何か可愛いし。だが、美鈴が私のことをああ呼ぶのは無性にむかつく。

 

「美鈴、うるさい。手紙なら私の部屋の机の上にでも置いておけばいいでしょう」

 

「だって緊急の手紙だったらどうするんです? 怒られるの私ですよね? おぜうさま、結構簡単にご飯抜きって仰いますけど、夕飯ならともかく朝飯抜きってのは結構堪えるんですよ? 空腹だと寝付けないですからねぇ……」

 

 美鈴は持っている手紙を私に渡す。私はその便箋に見覚えがあった。これはホグワーツの便箋だ。私は手紙を裏返し封蝋を確認した。そこにはホグワーツ魔法魔術学校のマークが入っている。おかしい。ホグワーツ職員から手紙が送られてくる場合、その職員の名前が入っているからだ。だがこの手紙にはそれがない。

 

「なら咲夜に渡しておけばいいでしょう。あの子ももう十一歳よ」

 

 そう、咲夜は今年で十一歳ぐらいのはずだ。詳しい出生が分からないため、大体でしか分からないが。十一歳、イギリスの中等教育が始まる年齢である。

 

「ホント咲夜ちゃん優秀ですよね。もうすっかりメイドとしての仕事もおぜうさまの側近としての仕事も板についてきましたし」

 

 美鈴はこれぐらいと手で咲夜の身長を表す。その高さが実際より少し大きく、そして私の身長より少し高い。私は美鈴を殴り飛ばそうと拳を握ったが流石に理不尽だと思いぐっと堪えた。いや、美鈴の今日の朝食をなしにしよう。忘れなかったらだが。私は便箋の封蝋を破り、中の手紙を取り出した。

 

「ふ~ん、へー、なになに……」

 

『ホグワーツ魔法魔術学校 校長 アルバス・ダンブルドア

マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会長

 

親愛なる十六夜殿

 

 このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。 

 

敬具

 

副校長 ミネルバ・マクゴナガル』

 

 私は手紙の内容を確認して唖然としてしまった。ホグワーツから手紙という時点で察しはしていたが、まさか本当に咲夜の入学案内だとは。いや、不思議なことが多数ある。何故ホグワーツが咲夜の存在を知っているのかだ。別に咲夜のことを隠していたわけではないが、咲夜は殆ど魔法界と関わっていない。

 私はチラリと美鈴の方を見る。美鈴はまだそこで梟をぶら下げたまま立っていた。

 

「美鈴、いつまでそこにいるの? 仕事に戻りなさいよ」

 

「どんな内容だったんです?」

 

 美鈴が手紙を覗き込んでくる。流石にむかついたので皮肉を飛ばすことにした。

 

「『門番』が『主人』に対して馴れ馴れしいと思わないの?」

 

 そう、咲夜がメイド長になってから美鈴は館の門番をしている。普通に考えたら降格もいいところだ。私は少し鬱憤を晴らすことができたのでトドメを刺すことにした。

 

「……まあこの内容は少なからず貴方にも関係ある話だし、教えてあげるわ。いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

 

「いい知らせから」

 

 美鈴はウザいぐらい間髪入れずにそう言う。その分かりやすい性格に少々呆れつつも、いい知らせの方を話した。

 

「まず一つ。咲夜が学校に通うことになったわ」

 

 それを聞いて美鈴は目を見開いた。

 

「それと、貴方がメイド長に復職するってのも一応いい知らせかもね」

 

「おお! 咲夜ちゃん学校に通うんですね。で、私がメイド長に復職するってことは……」

 

 美鈴はどうやら咲夜が通う学校の正体がわかったのだろう。そう、ホグワーツは全寮制だ。つまり、咲夜がこの館からいなくなるということである。あれ、なんか寂しい。

 

「察しがいいわね。咲夜、いるかしら?」

 

 私が呼ぶと咲夜が私の後ろに現れる。本当によくできたメイドに育ったものだ。私は咲夜の方に振り返るが、若干目線が上がる。その事実に美鈴に対してうっすらと殺意を覚えたが、何とか堪えて咲夜に手紙を手渡した。

 

「貴方宛てよ。その手紙」

 

 咲夜は不思議そうな顔で手紙を受け取る。確かに咲夜宛ての手紙というのは初めてのことだった。

 

「私に手紙……ですか? 珍しいですね」

 

 咲夜は既に私が封を切った便箋から手紙を取り出し、私にも見えるように広げる。そして中身を読み終わったのか首を傾げた。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校? 聞いたことのない学校です。ですが私はここのメイドなので学校には……」

 

 咲夜はそう言って遠慮がちに手紙を私に返そうとする。私は少し焦りながら咲夜に言った。

 

「いえ、行きなさい。咲夜。この学校への入学は貴方が生まれた時から決まっていた運命だわ」

 

 咄嗟にそう言ったが、私だって咲夜のホグワーツ入学を驚いているのだ。ホグワーツと言えば、パチェの母校である。そこで学ぶことで咲夜の能力をもっと強化することができるかもしれない。単純に魔法が使えると便利になるというのもあるが。

 

「あのぉ……おぜうさま? 申し訳ありません。いえホントマジですんません」

 

 ……私は声が聞こえた方向を見る。そこには顔を青くしている門番の姿があった。正直心底鬱陶しい。咲夜も美鈴が持っている梟の死骸を見つけたようだった。

 

「うちに伝書梟ってありましたっけ?」

 

 私は大きくため息をつくと咲夜の肩を抱く。

 

「取り敢えず美鈴はご飯抜きね。さあ咲夜、向こうの部屋でゆっくり入学に関して話しましょう?」

 

 もうなんか面倒くさいので適当に美鈴に罰則を与え、私は咲夜の背中を押して近くの空き部屋に入った。

 

「確かに咲夜は頭もいいし、学校で学ぶことは少ないかもね。でも、ホグワーツは普通の学校ではないわ。魔法学校よ」

 

「魔法学校?」

 

 咲夜は手紙に書かれた内容を読み返す。

 

「そう、まあ簡単に言えば魔法を習うのよ」

 

「魔法……」

 

「そう、魔法」

 

「わかりました。私入学します」

 

「ただ、全寮制なのよね」

 

「入学できません」

 

「いや、屋敷の仕事は美鈴に任せるから大丈夫。安心して入学しなさい」

 

「入学します」

 

 ……本当に理解しているのだろうか。ただ私の言葉に頷いているだけのようにも思える。

 

「……はぁ、取りあえず、入学するのね。入学金とかは心配しなくてもいいわ。貴方の場合受け取ってない給金が滅茶苦茶あるし。取りあえずパチェにでも相談してみなさい。多分色々と世話を見てくれるはずだわ」

 

「では失礼致します」

 

 咲夜は私に一礼するとその場から消える。どうやら大図書館へと移動したようだ。私は小さくため息をつくと部屋を出る。そこには美鈴が片手に梟を吊り下げて固まっていた。どうやら先ほどから動いていないようだ。

 

「美鈴、いつまで固まって……死んでる!?」

 

「死んで死んでない」

 

 次の瞬間美鈴の時間が動き出した。美鈴は梟を持ち上げると私の方に差し出してくる。

 

「食べます?」

 

「じゃあ遠慮なく貰っておくわ」

 

 私は美鈴から梟の死骸を受け取った。そして手の中で一瞬で燃やし灰にする。

 

「え? なんで燃やしたんですか?」

 

「これで貴方の朝食は消えたわ」

 

「あぁ!! そうじゃん!」

 

 美鈴はがっくりと肩を落としトボトボと廊下を歩いていく。その背中に哀愁を感じるが、いい気味だ。

 私は咲夜の入学準備のために書斎に戻る。そしてホグワーツ入学に必要な書類をでっち上げた。次の瞬間、私の机の上に炎が上がる。そして一通の手紙が炎の中から現れた。パチェが大図書館からこちらに送ったのだろう。私は封蝋を破り中の手紙を確認する。そこには咲夜がホグワーツに入学するという旨が書かれていた。

 

「なんというか仕事が早いわね。しかもご丁寧に私が確認できるように私に送ってくるし」

 

 私は手紙を新しい便箋に入れなおすと封蝋をする。私は体の一部を蝙蝠に変化させると手紙を持たせた。

 

 

 

 

 

 ホグワーツの大広間に一匹の蝙蝠が入り込む。授業自体はまだ始まっていないが、ホグワーツに住み込んでいる職員は毎食ここで食事を取っていた。ダンブルドアとて例外ではない。蝙蝠はダンブルドアの前まで移動すると足に持っていた手紙をダンブルドアに渡す。ダンブルドアはその蝙蝠に見覚えがあった。いや、忘れるわけがない。自分の死の予言を運んできた蝙蝠を忘れるわけがなかった。

 

「これは、レミリア嬢の……」

 

 ダンブルドアは封蝋を破り中に入っている手紙を確認する。

 

「マクゴナガル先生。ちょっとよろしいか」

 

 そして中の手紙を数度読み返すとマクゴナガルのところへと手紙を持って行った。

 

「これなんじゃが、心当たりはあるかのう?」

 

 マクゴナガルはダンブルドアから手紙を受け取ると中を確認する。そして眉を顰めた。

 

「レミリア・スカーレット、ですか。確か有名な予言者で吸血鬼だと聞いています。何故彼女が十六夜咲夜の入学の返事を……」

 

「そう、わしもそれが不思議なのじゃよ。魔法省のデータでは十六夜咲夜は孤児院に通っているはずじゃ。そんな彼女が何故吸血鬼の館なぞに」

 

 ダンブルドアは首を傾げる。十年ほど前、魔法界は闇に包まれていたため孤児というのはあまり珍しい話でもない。彼女もそういった子供の一人だと思っていた。そのうちマクゴナガルか誰かホグワーツの職員が彼女のもとを訪問し、ホグワーツの説明をするはずだったのだ。

 

「マクゴナガル先生、十六夜咲夜についての情報を集めて欲しい。魔法省のデータはどうも当てにならないようじゃの」

 

 ダンブルドアは手紙を仕舞い込むと自分の席へと戻る。そこには既に蝙蝠の姿はなかった。

 

 

 マクゴナガルが調べて分かったことだが、魔法省のデータはいつの間にか何者かに書き換えられていたらしい。元の名前は十六夜咲夜ではないし、孤児院にも住んでいない。だが、元の名前が何だったのか、母親と父親が誰なのか、元々どこに住んでいたのかなど、全くの詳細が不明だった。マクゴナガルが調べて分かったことと言えば、何も情報がないということだけである。だが、ダンブルドアからしたら、何も分からないという情報が何よりの情報だった。




紅魔館でグリムを飼い始める

グリム死亡

美鈴と買い出し(一体あの親子は誰グレンジャーなんだ!?)

レミリアがトレローニーの予言を見つけ、戦争が終わった理由を知る。

咲夜に入学案内が届く(予想外)

咲夜がパチュリーと買い物に行く(私の世界は硬く冷たい一話)

ホグワーツに咲夜が入学するという手紙が届く(紅魔館から送られてくるのは予想外)

マクゴナガルが咲夜について調べ始めるが、結局魔法省にある情報が全部嘘だったことしか分からなかった。


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杖やら、入学やら、資本家やら

べ、別にsteamのウィンターセールで積みゲーが増えてそれを消費するために執筆時間割いてゲームしてるわけじゃ、な、ないんだからねっ。ただ前作を読み直しているだけなんだからぁ!!

この作品では一ポンド五百円で計算しています。一応当時のレートを頼りに計算していますが、そもそも当時の物価が分からないのであくまで適当にしか計算していません。ご容赦ください。ご参考程度に。

誤字などありましたらご報告していただけると助かります。


 机の上には税金関係の書類が溜まっている。その横には土地の申請書、さらにその横にはダンブルドアからの手紙。もうどれから手を付けていいか分からない。まあ、優先順位が高いのはダンブルドアからの手紙だろう。私は他の書類を引き出しの中に仕舞うと、便箋の封蝋を破った。

 

「さて、大方咲夜関係の内容だとは思うけど」

 

 手紙を慎重に取り出し、机の上に広げる。まあ、手紙の内容は私の予想通りだった。咲夜が入学するということを了承したということと、入学するまでの詳しい日程や学校生活の詳細。あとは社交辞令だ。

 

「やっぱり寮よね。帰ってくるのはクリスマスと夏休みだけか。寂しくなるわ」

 

 取りあえずこの手紙に返事は不要だろう。私は手紙を引き出しに仕舞うと税金関係の書類を取り出す。紅魔館自体はイギリスに認知されていないため、税金は関わってこない。だが、マグルの街に持っている土地や建物などは普通に税金が掛かってくるし、向こうで持っている仕事の所得税は払わないといけない。

 

「少し手を広げすぎたかなぁ……んー、面倒くさい。でもこういうのを咲夜に任せるのもなんだし、美鈴には絶対無理だし。パチェは忙しそうだし。外で事務員でも雇う? いや、外部で雇うのはちょっと面倒か」

 

 そういえば数日前、パチェと咲夜の二人でダイアゴン横丁に買い出しに行ってきたんだったか。それの請求書もこちらに来ていたはずである。それぐらいパチェ自身が払ってくれればいいのに。まあ、ガリオン金貨なら余っているが。

 

「あ、でもそんなに大きな出費でもないわね。制服と杖だけ。……杖ねぇ」

 

 まあ、何にしても私からしたらはした金だが。そういえば昨日咲夜に給金がどうのといった話をしたが、私は咲夜に一度も給料を支払ったことがない。そもそも咲夜の仕事は、私が指示していることではなく、咲夜が美鈴の真似事を続けた結果、あの場所に落ち着いただけである。そろそろ正式な形で雇ってもいいかと思っていた矢先のホグワーツ入学だ。

 

「まあ、ホグワーツの入学支度金を咲夜の給金から出すってのは流石に冗談だけどね。……あ、美鈴に出させるってのはありかな? いや、それだと美鈴が咲夜の保護者ということに……やっぱり私が出そう。というか咲夜に関するお金は全部私が出そう」

 

 私は無駄な決心をすると手元の書類に目を落とす。あ、税金関係の書類、全然進めてなかった。

 

「あぁ……もうやってられん。休憩しよ。さくやー。お茶」

 

 次の瞬間書斎の扉がノックされた。叩く強さからして咲夜だろう。

 

「お嬢様、紅茶がはいりました」

 

「入っていいわよ」

 

 別に私の呟きを聞きつけて紅茶を持ってきたわけではない。いつもこれぐらいの時間にティータイムがあるだけだ。咲夜は私の許可が下りると扉を開けてティーセットを持ってくる。

 

「それで、九月の頭に入学だったかしら。もうあと数日じゃない。準備は済ませたの?」

 

 咲夜は慣れた手つきでティーカップに紅茶を注ぎ、私の前に出した。

 

「ええ、数日前に。思った以上にパチュリー様が教材を持っていらして、結局新しく買い足したのは制服と杖ぐらいです」

 

 確かにパチェならいくらでも教材は持っているだろう。教科書や大鍋、魔法薬学で使う薬草などだ。それにしても杖か。

 

「杖? ピリカピリララポポリナペペルトみたいな?」

 

 私は軽く冗談を飛ばす。咲夜も笑いながら冗談で返してきた。私は咲夜の淹れた紅茶を一口味わう。美味しいが、まだ美鈴のほうが紅茶を淹れるのは上手だろう。咲夜は何を思ったのかいそいそとポケットの中を探り、杖を取り出す。そしてそれを私に差し出してきた。

 

「これを振るうと魔法が使えるらしいんですけど、私にはさっぱりで」

 

 その仕草は新しく買ってもらった玩具を自慢するようで、何とも微笑ましい。私は咲夜から杖を受け取るとクルクルと指の先で回す。杖は赤く、ほんのりと吸血馬の魔力を有している。何とも私らしい杖だった。なんというか、このままでは少しおかしなことになる。杖というのは使用者に忠誠を誓うものだが、私に仕える咲夜が私っぽい杖を支配する。それはなんだか……いや上手く言葉にできないが、何か違う。

 そこで私はこの杖に対して能力を行使することにした。

 

「私の分身のような杖ね。いい趣味しているわ。貴方の入学祝いに、少し能力を掛けてあげる」

 

 まだ一度も魔法を行使していないこともあり、この杖の忠誠心は曖昧だ。その曖昧な忠誠心を私に固定する。これで私がこの杖を使って戦いに負けない限り、杖の忠誠が移ることがない。そしてそんな状況は絶対に来ないため、杖の忠誠心が敵に移ることは絶対ない。魔法界の杖の弱点を完全に消した。私ってやっぱり天才かもしれない。

 

「はい、終わったわ」

 

 私は杖を咲夜に返す。咲夜が不思議そうな顔をしていたので一応説明しておくことにした。

 

「これはパチェからの受け売りなんだけど、魔法使いが使う杖っていうのは使用者に忠誠心を抱くそうよ。その忠誠心っていうのは決闘などで杖を奪われると相手に移ってしまうものなのだけれど、この杖はどれだけ決闘を繰り返しても忠誠心は貴方から移らないわ」

 

「それはまた……一体どうしてなのでしょう?」

 

「答えは簡単。電話の親機子機みたいなものね。私は今この杖に私に忠誠を尽くすように命令を掛けた。その杖を、貴方に渡すわ。貴方が私に対する忠誠心を失わない限り、私に忠誠を誓ったこの杖は貴方を仲間と認知していつも以上の力を貴方に与えてくれるでしょう。主は独りで十分。貴方が主になる必要はないわ」

 

 咲夜はその説明を聞いて大体理解できたみたいだ。

 

「つまり、この杖は私の従者ではなく、同僚であり友であると……そういうことですね」

 

「まあそういうことね。杖自体は私に忠誠を尽くしているから、私がこの杖を使って決闘でもしない限り、忠誠心が他の誰かに移ることはないってわけ」

 

 咲夜はいそいそとメイド服の胸ポケットに杖を仕舞っている。なんだろう。手つきが可愛い。忠誠云々の話もそうだが、実を言えば杖の忠誠心を私に移したのには他にも理由もある。咲夜にとって杖というのは馴染みのないものだろう。さらに言えば咲夜は杖を使わなくても飛行や、ある程度の物体操作、それに時間操作の術が使える。

 

「紅茶おかわり」

 

 このように私に忠誠を誓わせ、それを貸し出すような形で杖を渡せば、馴染みのないものでも大切にできるだろう。魔法使いにとって杖は命だ。大切にしてもらわなければならない。

 

「なんにしても、咲夜がホグワーツねぇ。少し楽しみでもあるし、心配でもある」

 

「そう、ですかね。……楽しみ、ですか?」

 

 私は咲夜の淹れた紅茶を一口味わう。

 

「そう、楽しみ。多分思っている以上に学ぶことが多いと思うわ。魔法の勉強だけじゃなく、他の事もね」

 

 まあ、楽しみでもあるのだが、心配だという気持ちが大きい。勉強については何も問題ないだろう。だが、問題は生活面だ。咲夜は今まで人間を食材程度の認識でしか見ていない。もっとも、無駄な殺しをしているわけではないが、今までに殺した人間の数は両手で足りないどころの話ではない。そんな咲夜を人間しかいない空間に放り込むのだ。ホグワーツで殺人を犯さないといいのだが。咲夜に道徳を説くつもりはないが、流石に人を殺すと退学になるだろう。

 

「人間しかいない学校で上手くやっていけるのでしょうか。私はそれが一番心配です」

 

 やはり咲夜もそのことが心配なようだった。年相応な悩みに聞こえなくもないが、咲夜の場合事情が違いすぎる。

 

「まあ、大丈夫よ。楽しんできなさいな。もう下がっていいわよ」

 

 咲夜はティーセットを片付けると私に一礼して書斎を出ていった。私は先ほどの書類を取り出し、机の上に広げる。だが、私の頭は全く違うことを思考していた。

 

「咲夜は自分の私利私欲で人を殺さないし。まあ大丈夫でしょう。……いや、私の為にはいくらでも殺すから、そう言った状況にならないことを願うばかりだわ。流石にホグワーツでの殺人は隠蔽しきれないし。……パチェならもしかしたらいけるかしら」

 

「無理よ」

 

 間髪入れずにパチェの声が書斎に響く。大図書館とこの書斎は通信用の魔法具で繋がっている。どうやらいつの間にか魔法具が作動していたみたいだ。

 

「状況にもよるけど、学校みたいな閉ざされた空間での殺人は隠しきれないわ。容疑を他の生徒に被せることはできるけど」

 

「そう、なら大量殺人でも犯さない限りは何の問題もないわね」

 

 私は軽く伸びをすると、万年筆を手に取り書類に手を付け始める。

 

「それ、私が処理する前提よね。嫌よ面倒くさい」

 

「えぇ~……頑張ってよ」

 

「嫌。そもそもホグワーツに干渉するって結構難しいのよ? それに私の居場所がバレる可能性もあるし」

 

「隠れる必要ないと思うんだけどねぇ。そもそもホグワーツ卒業と同時にここに隠れているでしょ。当時もあまり話題に上がって無かったし。何をそんなに警戒しているのよ」

 

 そう、パチェはずっと紅魔館の大図書館に籠っている。本人曰く姿を隠しているようだが、パチェのことを探している者がいるようには思えない。

 

「……噂が独り歩きしているのよ。ホグワーツに幾つか著書を残してあるし、多分そこからだとは思うけど」

 

「何年前の話よ、それ。それにそれを書いたのも学生の頃でしょ?」

 

「……ひそかに出版もしてるし」

 

 それを聞いて私は小さくため息をついた。

 

「何してるのよ。隠居はどうしたの?」

 

「してるわ。だからあまりホグワーツには行きたくないの」

 

 パチェにはフランの監視をしてもらっているが、これではどちらが引き篭もりか分からない。まあ私からしたらその方が都合はいいのだが。

 

「なんにしても、隠蔽しきれない事件が起きたらそれまでよ。諦めなさいな。失うのは世間体ぐらいでしょ?」

 

「まあ吸血鬼に世間体もなにもないんだけどね。咲夜も紅魔館から離れることはないだろうし。……ないよね?」

 

 私の心配そうな声に、パチェが呆れたようなため息をついた。

 

「心配なら咲夜に魅了でも掛けることね。術で縛れば離れることもないでしょ?」

 

「なんか嫌。それに美鈴に負けた気がするし」

 

「面倒くさいわね」

 

 プツ、と魔法具が静かになる。どうやら向こうで切ったようだ。勝手に繋げておいてそれはないんじゃなかろうか。私は大きなため息とともに心配事を頭の隅に追いやり、書類仕事に専念した。

 

 

 

 

 

 ついに咲夜がホグワーツに行く日がやってきた。

 私は机の上に溜まっている書類を片付け軽く伸びをする。まだ眠くなる時間ではないが、既に太陽は出ている。なんというか、直射日光を浴びていなくとも朝は調子が出ない。出ているのに出ないというのはなんというか、面白いな。いや、出ているから出ないと言えば少しは違和感が少なくなるか。

 まあ今はそんなことはどうでもいい。書斎を出て廊下を歩き、階段を下る。そして大図書館の扉を開けた。

 

「あら、お揃いで」

 

 大図書館の暖炉の周りには既にパチェ、咲夜、その他の姿がある。咲夜は普段のメイド服ではなく、目立たない少し地味な洋服を着ていた。あれは確か人間を狩りに行くときの服装だ。咲夜は私の視線に気が付いたのか少し恥ずかしそうに身体を捻った。

 

「やっぱりこれが一番目立たないと思いまして。どうせ学校では制服なので」

 

「まあ、確かにね。制服には列車の中で着替えたらいいわ。まあ、着ていってもいいんだけど」

 

 パチェが暖炉を見ながらそう言う。確かに今日はマグルの街を歩くわけではないから制服でも大丈夫だろう。

 

「もう少しお洒落したほうが良かったでしょうか」

 

「あまりこだわる必要はないわ。少なくともメイド服やチャイナ服よりかは全然ね」

 

 私はチラリと美鈴の方を見る。今日も変わらず美鈴の服装はチャイナ服だった。

 

「というかそれ何よ。チャイナ服? なんでロンドンに建つ洋館でチャイナ服?」

 

「なにおう! チャイナ服なめんなよ!」

 

 美鈴がわざとらしく両手を挙げて怒る。そんな様子を見て咲夜がクスリと笑った。

 

「美鈴さんチャイナ服の上からメイドエプロンつけますもんね」

 

「おぜうさまに言われたくないですよ。ドアノブカバーみたいな帽子被りやがって!」

 

「いや、私は何時もあれ被ってるわけじゃないから。何時も被ってるのはどちらかというとパチェよね」

 

「まさかこの状況で私に飛び火するとは思わなかったわ。なんにしても、そろそろ時間よ。咲夜」

 

 それを聞いて咲夜はズボンのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。咲夜はあの懐中時計を愛用している。能力を解禁したときに私が送ったものだが、大切にしてくれているようだ。

 

「本当だ。そろそろ出ないと拙いですね」

 

 咲夜が名残惜しそうに呟く。

 

「咲夜ちゃん! 頑張って! 寂しかったら手紙送っていいからね」

 

「ふくろうは貴方が撃ち落としたでしょうに」

 

「おぜうさま~、そんな昔のことを掘り返さなくても……」

 

「いや、昔でも何でもないから。つい先日のことでしょ」

 

「私は過去を振り返らない妖怪なんです」

 

「あら、首の筋肉が死んでるのね」

 

 私と美鈴はいつもの調子で言い争いを始める。すると唐突に咲夜が私の方へと向き直った。

 

「では、行ってまいります。御不自由をお掛けしますが、どうかお許しください」

 

 咲夜は深々とお辞儀をする。咲夜のそれを聞いて私と美鈴とパチェは顔を見合わせた。そしてニヤリと笑いほぼ同時に咲夜の頭を三方向から叩く。咲夜は不思議そうに顔を上げた。

 

「うぬぼれ過ぎですよ、咲夜ちゃん。メイド長としての私の実力、よく知っているでしょう?」

 

 美鈴がドヤ顔で言う。美鈴に言い負けるわけにはいかない。私も何かいいことを言わないと。

 

「咲夜、大きく成長してらっしゃい」

 

 うん、これだ。これでいい。なんだか保護者っぽい。少なくとも美鈴のよりかは保護者っぽいだろう。

 

「分からないことがあったら手紙を頂戴。魔法に関しては魔法界の中でも私が一番だと自負しているぐらいだしね」

 

 ……まさかの頼れるお姉さんアピールをするパチェ。なんというか、正直少し負けたような気がする。いや、そんなところで争ってどうするのだ。咲夜はそんな私たちを見てもう一度頭を下げると、煙突飛行粉を暖炉の中に放り投げる。そして炎の色が変わった暖炉の中に入っていった。

 

「九と四分の三番線ッ!!」

 

 咲夜が元気よく叫ぶと同時に炎に包まれ、暖炉の中から消える。どうやら無事に煙突飛行できたようである。

 

「ねえ、パチェ」

 

 私は気になっていたことをパチェに聞くことにした。

 

「この時間の九と四分の三番線って滅茶苦茶混雑してるわよね」

 

「ええ、そうね」

 

「煙突飛行なんかで行って大丈夫なの?」

 

「……運が悪いと着いた瞬間に上から人が落ちてくるわ」

 

 ……咲夜の幸運を祈るばかりである。

 

 

 

 

 咲夜がホグワーツに行ってから一週間が経った。今のところホグワーツから手紙は来ていない。問題となるような行動は取っていないようだ。咲夜は果たしてどの寮に決まったのか。性格からしてハッフルパフとグリフィンドールはないだろう。あと残るはレイブンクローとスリザリンだが、咲夜の場合はスリザリンだろうか。レイブンクローという可能性を捨てきれるだけでもないが。

 

「パチェはレイブンクローよね」

 

 私は横で本を読んでいるパチェに話しかけた。パチェは私のベッドの上で横になりながら本を読んでいる。

 

「そうよ。あの時は只の子供だったし」

 

「咲夜は何処になるかしらね」

 

 パチェは本を顔を上に乗せると少し考える。

 

「……スリザリンじゃないかしら」

 

 やっぱりパチェも私と同じ結論に達したようだった。私は机から離れるとパチェの横に寝転がる。

 

「ていうかほぼ消去法よね」

 

「……あの子の本質がわからないわ。ていうかなんでレミィの部屋で寝転がっているのかしら。私」

 

 パチェがゴロンと寝返りを打つ。私もパチェがいる方向へ寝返りを打った。私の手がパチェのお腹に乗るが、パチェは気にしていないようだ。

 

「咲夜がいないからでしょ? ほら、なんか寂しいし」

 

「フランの監視はいいのレミィ」

 

「あ、それいいわね」

 

 私はパチェを抱き上げると部屋を出る。そのまま廊下を飛び階段を下り、下り、下り、フランの部屋の扉をノックした。

 

「入るわよー」

 

「いいわよー」

 

「いいんだ」

 

 フランの許可を得ることができたため、私とパチェはフランの部屋へと入る。フランは何時ものように机で絵を描いていた。

 

「あら、お姉さまにパチュリー。何しに来たの?」

 

 私とパチェはフランのベッドに横になる。そんな私たちをフランが怪訝な顔で見た。

 

「……いや本当に何しに来たのよ」

 

「だらけに?」

 

「私は本を読んでいるだけだけどね」

 

 私はパチェのお腹を枕にして寝る。パチェは私の頭を本立てにして本を読み始めた。

 

「仕事しなさいよ」

 

「いつもはしてるわ。それに今日もさっきまでは仕事してたし」

 

 フランはペンを置くと私たちの方へと浮遊してくる。そして私のお腹を枕にしてベッドに寝転がった。フランの枝のような羽がパチェの首筋に当たる。パチェは寝苦しそうに寝返りを打った。パチェのお腹の位置が変わり私の頭はベッドの上に落ちる。

 

「……ぅ、ん…………。すぅ……」

 

 フランは私のお腹の上で寝息を立て始める。パチェもいつの間にか寝息を立てていた。

 

「いや貴方眠る必要ないでしょ」

 

「貴方だって食べる必要のないものを食べるじゃない」

 

 もうなんかどうでもいいや。私はクッションを手繰り寄せるとそれに頭を乗せる。寝た妹と寝たふりした友人と同じ部屋で寝るのも悪くないだろう。私は目を瞑ると疲れに身を任せてそのまま寝た。

 

 

 

 

 一九九一年十月。私はロンドンに建つ高層ビルの最上階にいた。机を挟んで向かいの席には知り合いの資本家が座っている。

 

「いいビルね。この辺の建物の中じゃ一番高いんじゃない?」

 

「それはどっちの意味だ?」

 

 資本家は足を組み替えて私を見る。彼女とは古い付き合いだ。まあ、主に金の貸し借りの関係だが。

 

「両方よ。メートル的にもポンド的にもね。ほら、うちは古めかしいし」

 

「古い建物は好きだ。是非ともお呼ばれしたいね」

 

 資本家は葉巻を取り出すと吸い口を作り火をつける。それを見て私もパイプを取り出した。

 

「「ふぅ」」

 

「いや、お呼ばれっていうけど、普通に無理よ。まだ貴方を殺したくないし。逆に貴方の家に行ってみたいわ」

 

「無理だ。私はまだお前を殺したくない」

 

「「ふぅ」」

 

 資本家は葉巻を咥えこむと懐から封筒を取り出す。資本家はその封筒から一通の手紙を取り出した。

 

「なんだかわかるか? 思った以上に意味不明なことが書かれていてな。紙自体も上質紙じゃない。いつの時代だと思うような羊皮紙だ」

 

 私は羊皮紙を受け取り、中に書かれている内容に目を通す。そこにはグリンゴッツと提携しないかということが書かれていた。まあ要するにグリンゴッツにお金を預けないかということだ。

 

「グリンゴッツ魔法銀行。聞いたことのない銀行だ。レミリア、貴様なら何か知っているかと思ってな」

 

「まあ名前からして胡散臭いわよね。魔法銀行なんて」

 

「いや、気になっているのはそこではない。ロンドンにはいくつか魔術結社があるしな。私もそういうものと繋がりがないわけではない。だが、こういうことに関してはレミリアのほうが詳しいと思ってな」

 

 ふむ、と私は腕を組んで考える。資本家は私の正体を知っているわけではない。だが、そう言った話をしていないわけでもない。

 

「グリンゴッツは結構大きな銀行よ。私も口座を持っていないわけではないわ。ただよくわからないのはどうしてグリンゴッツがこっちの世界の資本家に手紙を出したのかということね」

 

「こっちの世界とはどういうことだ? 貴様まで狂ったか?」

 

 私は資本家の目を見る。

 

「まあそろそろ教えてもいいかもね。手を伸ばしてみて」

 

「ん? こうか」

 

 資本家は私に言われた通りに右手をまっすぐ私の方へと伸ばす。私はその手を誘導し、私の羽に触らせた。資本家は不思議そうな顔をして二度三度私の羽に触れると弾かれるように椅子から立ち上がり私から距離を取った。

 

「なんだそれはッ!?」

 

 どうやらようやく私の背中についている羽を認識したようだった。化け物でも見るかのような目で資本家は私を見る。いや、実際私は化け物か。

 

「何って、羽だけど。私吸血鬼だし」

 

「……おい、ハロウィーンにはまだ早いぞ」

 

 資本家は私のことを睨みつけながら椅子に座りなおす。そして火の消えかかった葉巻を少し吸った。

 

「……マジか」

 

「結構マジよ。多分だけど、イギリスの首相と魔法大臣は繋がっているわ」

 

「魔法大臣?」

 

「ああ、そこからね」

 

 私は小一時間かけて魔法界のことを説明していく。資本家は始めは動揺していたみたいだが説明を終える頃には何時もの調子に戻っていた。

 

「なるほど、魔法界にある銀行か」

 

「というよりかは貸金庫に近いかしら。セキュリティは万全よ。それに向こうの通貨はポンドじゃなくてガリオン。セキュリティを突破してまでポンド札を盗もうとする奴なんていないわ」

 

 それを聞いて資本家は怪訝な顔をする。

 

「セキュリティは万全なのに二言目には突破してまでって……それは突破されることが前提の言い方じゃないのか?」

 

「……実をいうと今年の夏に一度突破されているわ。その時は既に金庫が空だったから何も盗まれなかったんだけどね」

 

「随分間抜けな強盗だな」

 

 いや、問題はそこではない。

 

「だが、被害がその金庫一つだったことが奇妙だ。もしそいつが金銭目的の強盗だったのであれば複数の金庫を狙ったはず」

 

 そう、問題は強盗が一つの金庫だけを狙ったことである。

 

「グリンゴッツのゴブリンの話では、中に入っていたものは何なのかを詮索しない方がいいとのことよ。つまり、金庫の中には何か特別な『一つ』のものが入っていた。または一種類ね。金銭や宝石ではないことは確かだけど」

 

「まあ巨大な桁の素数を金庫に入れて保管している会社もあると聞く」

 

「特に魔法界では特殊な魔法具も多い。多分今回盗まれそうになったのはそういう部類のものだと思うわ」

 

 資本家は紫煙を燻らせると軽く吐き出す。私も火が消えない程度にパイプを吹かした。暫く資本家も私も黙り込みそのことについて考え込む。三分ほど経過したところで資本家が顔を上げた。

 

「待て待て、今はそんな話どうでもいいだろうが。そのグリンゴッツとやらがこちらの基準で見て安全ならそれでいい」

 

「安全よ。マグルの銀行に比べたらね。でも近代化は進んでないから預けるものを持って行かないといけないけど」

 

「ということは現金で二十万ポンドが限界か。プラチナの塊なら六十万ポンドはいけるか」

 

 資本家はチラリと私を見る。あれは何かを値踏みしている目だ。

 

「おい、確か吸血鬼」

 

「なんで確かを付けるのよ。確かに吸血鬼よ」

 

「吸血鬼ということは人外だよな。何キロ持てる?」

 

 資本家のそんな問いに私は疑問符を浮かべる。

 

「え?」

 

「だから、何キロまでなら運べるかと聞いているんだ」

 

 そこまで聞いて私は資本家の狙いを理解した。

 

「おい、私を荷馬車代わりに使う気かこのアマ。嫌よ、絶対に運ばないわ」

 

「ぷっ」

 

 私がそっぽを向いた瞬間、資本家が噴き出す。

 

「吸血鬼なんて所詮そんなもんだよな。いやいや、すまん。ふふ、無駄に期待した私が馬鹿だったよ」

 

 …………。

 

「それは私に対する挑戦状だと受け取った。六千万だ」

 

「六千万? おい、プラチナを六千万ポンドも用意したら五トンはあるぞ」

 

「それが優雅に運べる限界サイズよ。それ以上大きくなると担がないといけなくなるし」

 

 ぷぷ、無理だ。五トンもプラチナの塊を用意できるわけがない。私はこの意地の張り合いに勝ったのだ。

 

「用意できるのなら、グリンゴッツの金庫まで運んであげるわ。そんな量のプラチナが用意できるのならね」

 

 資本家は黙って何かを考えている。多分言い訳を考えているのであろう。

 

「一か月だ。確かグリンゴッツはロンドンにあるんだったな。取りあえず十トントラックで近くまでは運んでやる。一か月後にまたこのビルに来てくれ。ついでにダイアゴン横丁の案内をしてくれると助かる」

 

 資本家はそういうと葉巻の灰を灰皿に落とす。そして何処かへ電話をかけ始めた。資本家の口からはプラチナや納期や六千万ポンドという単語が零れ落ちている。

 

「……。あれー?」

 

 どうやら完全に墓穴を掘ったようだ。でも実質問題片手で十トンまでなら余裕だ。こうなったら一か月後に資本家の度肝を抜いてやろう。私は内心ほくそ笑むとパイプを咥える。そしてゆっくりと紫煙を燻らせた。

 

 

 

 ついに来た約束の日。私は再び資本家のビルへと来ていた。私としては夜がいいのだが、グリンゴッツの営業時間を考えるとそうも言ってられない。なので今日は美鈴を日傘持ちとして連れてきている。美鈴は一応スーツ姿だ。

 

「待っていたぞレミリア。今日はよろしく頼む。あ、まあグリンゴッツの件は無理にとは言わないがな」

 

 資本家はロビーのソファーに座りながらニヤニヤとこちらを見ていた。美鈴はそんな資本家を物理的に上から見下ろしている。

 

「おぜうさま、これは?」

 

「これはとは失礼だな君」

 

「あれは一応私の知人よ」

 

 資本家はジロリとこちらを睨む。私は負けじと睨み返した。資本家は挨拶は済んだと言わんばかりに立ち上がる。そのまま私たち二人を外に案内した。

 

「美鈴、羽が焦げてる。日傘ぐらい真っすぐ差しなさいよ」

 

「ちょっとぐらい大丈夫ですよ」

 

 資本家は路上に停まっている十トントラックの荷台の扉を開ける。そこには手持ちの旅行鞄ぐらいの大きさのプラチナが二つ、『完全な長方形』を保って置かれていた。その長方形に持ち手のようなものはない。

 

「ねえ、持ち手は?」

 

「あ? んなもんねえよ」

 

 なるほど、さっきの笑みはそういうことだったようだ。五トンものプラチナを用意させた私に対するささやかな嫌がらせということだろう。

 

「ふ、まあ初めから期待していないさ。グリンゴッツにはコレクションの腕時計をいくつか預けることにしよう」

 

 資本家はケラケラ笑いながら私の肩を叩く。そんな資本家を美鈴が呆れた様子で見ていた。

 

「全く分かってないな君は。おぜうさまがこれぐらいでプライドを投げ出すわけがない」

 

 そう、この程度本当に『ささやかな嫌がらせ』でしかない。私はプラチナの上面に手を当てると、そのまま指を塊にめり込ませた。そのまま手を握りこんでいき、取っ手のような形にする。そしてそのまま持ち上げた。

 

「……見かけ以上に重たいわね。流石にこのまま運ぶと目立って仕方がないんだけど。何かケースみたいなのないの?」

 

 資本家はポカンとした顔でこちらを見ている。美鈴はその顔を見てケラケラと笑っていた。

 

「おぜうさま、一つ持ちましょうか?」

 

「鬼か貴様」

 

 美鈴のそんな提案に、私より早く資本家が突っ込む。

 

「一つだと物理的に運べないだろう。やじろべえのように両手に一つずつ持たないとバランスが取れない。お前、それを分かって言ってるだろう」

 

 美鈴は私が持っているプラチナの塊を片手で持ち上げようとする。持ち上げようとしたら美鈴の体がプラチナを支点にして持ち上がった。

 

「まあ、そうなるな」

 

「おぜうさま、コレの立ち直りが早すぎて少し引きます。本当に一か月前まで一般的なマグルだったんですか?」

 

「だからコレはやめろ」

 

「じゃあ姉御」

 

 確かに、資本家は順応性が高い。逆にその順応性がなければ私との付き合いは無かったかもしれない。

 

「貴様には負けたよ。正直吸血鬼というものを侮っていた。まさかここまでとは。今日はよろしく頼む」

 

 資本家はぺこりと私に頭を下げる。それを見て美鈴も私に頭を下げた。

 

「ゴチになります!!」

 

 私は手に持っているプラチナの塊で美鈴を殴る。美鈴はその衝撃で吹き飛びトラックの荷台を飛び出して車道に転がった。そして牽引車に轢かれる。

 

「おい、あれ轢かれたが大丈夫か?」

 

 美鈴はそのまま三十メートルほど転がると、スクリと立ち上がる。そしてニヤケ面でトラックに戻ってきた。

 

「マグルに迷惑かけちゃダァメじゃないですぅかぁ。お・ぜ・う・さ・ま?」

 

 私は美鈴の足にプラチナを落とした。鈍い音がしてプラチナが落下する。

 

「うわ危な!?」

 

 美鈴は咄嗟に足を引くと私から距離を取る。次の瞬間爆発音がした。トラックが大きく揺れ、少し傾く。私はプラチナから手を放し臨戦態勢を取る。美鈴も素早く私の前へと移動し、荷台の扉の方を油断なく睨んだ。

 

「手榴弾? いや、音からしてもっと単純な……」

 

 美鈴はぽつりと呟くが、資本家が呆れた顔をして手を振った。

 

「いや、お前がそんな重たいものをいきなり落としたからトラックのタイヤがパンクしたんだ馬鹿。ちょっと遠いが徒歩で行くぞアホ。この脳筋が」

 

 資本家が黒い布を二枚、私に向けて投げた。私はその布で二つのプラチナの塊を包み、プラチナ特有の銀色を隠した。

 

「パンクするようなタイヤを履いてるこのトラックが悪いわ。なんで履帯じゃないのよ」

 

「やっぱりアホか。頭を下げた私が馬鹿だった。ほらさっさと案内しろ」

 

 資本家もどついてやろうかと思ったが、流石にそれをすると死んでしまう。それにさっきは強がったがタイヤをパンクさせたのは完全に私の不注意だ。ここはぐっと堪えてプラチナを持ち上げる。そしてそのままトラックを降りた。




咲夜の杖の忠誠をレミリアに固定する

咲夜、ホグワーツ入学

レミリアが資本家と会合。グリンゴッツのことが話題に上がる。

無茶ぶり合戦の結果、プラチナのレートが凄いことに。

レミィの宅急便&魔法界ガイド←今ここ


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グリンゴッツやら、賢者の石やら、再始動やら

ハリポタの新作を見よう見ようと思って中々見れない今日この頃。呪い子のも買ってないし……やばいなぁ。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると幸いです。


 ズ、ズ、と小さく足音が鳴る。私なりにかなり抑えているつもりではいるのだが、それでも鈍い音は隠せなかった。それもそのはずである。私の今の重量は約五トン。ちなみに、その約の部分に私の元の体重は含まれている。

 

「さて、まずは漏れ鍋に行くわよ。あそこがダイアゴン横丁の入り口になってるわ」

 

 私は今両手にプラチナの塊を提げている。その重量は両手合わせて五トン。約六千万ポンドの塊だった。私の横には日傘を持っている美鈴、私を挟んで反対側に美鈴とあまり背の変わらない二十代そこそこの女性、私の知人の資本家がいる。

 

「漏れ鍋?」

 

「っていう名前のパブよ。……ここね」

 

 この通り自体かなり賑やかなので私の異様な足音に気が付く人間はいない。ついでに言えば、今私の目の前にある薄汚れたパブ、漏れ鍋に気が付く人間もいなかった。

 

「こんなところにこんな店があったんだな。この通りは何度か来たことがあるが……」

 

「マグルが気が付かないように簡単な魔法が掛けてあるのよ。まあ、注意深く見れば気が付くんだけどね。私の羽みたいに」

 

 私たちは漏れ鍋の中に入り、そのまま中庭へと抜ける。

 

「おい、行き止まりだぞ」

 

「お前は扉を見て壁があると言うのかしら」

 

 プラチナの塊を同時に降ろし、両手をフリーにする。そして人差し指で目の前にあるレンガの壁を三回叩いた。そのレンガを始点にしてレンガが横へ横へと避けていき、最終的に大きなアーチ状の入り口ができあがる。

 

「なるほどな。間違えてパブに入ってきた一般人が魔法界に入らないようにしているわけか」

 

「そういうこと。さて……と、ダイアゴン横丁にようこそ」

 

 私はプラチナを持ち直すと石畳の通りへと出る。資本家は物珍しそうにあちこち見回していた。

 

「あまり挙動不審だと変な目で見られますよ、姉御。ただでさえスーツ姿で浮いてるんですから。ここじゃローブが一般的ですからねぇ」

 

 確かに今の資本家と美鈴の服装は少々浮いていると言えるだろう。まあ美鈴の場合いつものチャイナ服の方が浮いているが。

 

「取りあえずグリンゴッツね。グリンゴッツはダイアゴン横丁の中でも一二を争うほど大きな建物だからわかりやすいと思うわよ」

 

 ダイアゴン横丁を暫く歩くと白い大きな建物が見えてくる。あそこがグリンゴッツ魔法銀行だ。磨き上げられた青銅の観音開きの扉の両脇には小奇麗な制服を着たゴブリンが立っている。

 

「お荷物をお持ちします」

 

 ゴブリンはペコリと頭を下げて私に近寄ってくるが、資本家が制止する。

 

「いや、やめとけ」

 

 確かに、ゴブリンにこの重さは厳しいだろう。私たちは大理石のホールを抜け、カウンターにいるゴブリンに話しかけた。

 

「金庫を借りに来たんだけど」

 

「新規でのご契約ですかな?」

 

 ゴブリンはカウンターの下から書類を取り出すと必要事項を記載していく。そしてポンと判子を押した。

 

「ご案内致します。荷物をお預かりしましょうか?」

 

「それよりトロッコの心配をしておいた方がいいわよ。最大積載重量は?」

 

「ガリオン金貨を満載しても正常に走行できます」

 

 それなら大丈夫だろう。ガリオン金貨は金で出来ている。トロッコに満載したときの重量は五トンどころではないだろう。私はプラチナをトロッコに載せるとゴブリン含め四人で乗り込んだ。

 

「では発進します。トロッコから落下した場合助けることはできません」

 

 トロッコは勝手に線路を進み、登ったり降ったりを繰り返す。進み始めたら舵取りの必要はないので、私はゴブリンに話しかけた。

 

「そういえばこのグリンゴッツに侵入した輩がいたという話を聞いたんだけど、何を盗まれそうになったの?」

 

「機密にてお答えできません」

 

「金庫の中に入っていたものは?」

 

「極秘事項につきお答えできません」

 

「それにしても危機一髪よね。まさにタッチの差だわ」

 

 さて、どう出る?

 

「ええ、運良く金庫が空になっていてよかったです」

 

 私の問いを否定しなかったところをみると、金庫の中に入っていたものはそう多くない。前に予想を付けたように簡単に運び出せるもののようだ。

 

「六七四番金庫です」

 

 どうやらここが資本家に貸し与えられた金庫のようだった。ゴブリンは手慣れた様子で金庫の鍵を開け、扉を開けた。

 私はプラチナを持ち上げると金庫の中に降ろす。

 

「預け入れるものはこれだけでいいの? 貴方、他にも色々と持ってきていたみたいだけど」

 

 トラックの中で時計がどうのと言っていたことを思い出す。資本家は鞄から腕時計を十ほど取り出した。

 

「一つ六十万ポンドは下らない時計だ。レミリアがプラチナを運べなかった場合これだけでも預けておこうと思ってな。これだけでも六百万ポンドにはなる」

 

 資本家は時計をプラチナを包んでいた布で包むと金庫の中に入れた。この金庫の中だけで国が動くほどの資産が入っていることになる。資本家が金庫から出るのを確認し、ゴブリンが金庫に鍵をかけた。そしてその鍵を資本家に手渡す。

 

「こちらが金庫の鍵になります。大切に保管してください」

 

「ああ」

 

 資本家は鍵を受け取ると無造作にポケットに突っ込んだ。まあ、彼女からしたら六千万ポンド程度はした金なのだろう。さて、野暮用は済んだ。ここから先はダイアゴン横丁観光と洒落込もう。

 

 

 

 

 

 一九九一年、十二月。クリスマスパーティも終わり紅魔館では新年を迎える準備に入っている。まあ、準備と言っても何か行事をするわけではないが。私の後ろではパチェがベッドに腰かけて本を読んでいた。

 

「それにしてもびっくりよね。結局クリスマスまでの間に一回も手紙を寄越さなかったわよ」

 

 パチェが皮肉交じりにそう言った。確かに咲夜は一度も紅魔館に手紙を出していない。逆に言えば、ホグワーツからも一度も手紙は来なかった。何の問題もなく学校生活を送れたということだろう。

 

「無事に学校に行けているだけで満足よ。私はね」

 

 次の瞬間、部屋の扉がノックされる。その瞬間パチェはベッドから立ち上がり机を挟んで私の向かい側に座り直す。私も服装を正してきっちり座り直した。

 

「お嬢様、紅茶が入りました」

 

 やはり、私とパチェの予想通り扉をノックしたのは咲夜だった。私が許可を出すと咲夜はカートを押して部屋に入ってくる。そして慣れた手つきで紅茶の用意を始めた。

 

「それで、ホグワーツでの生活はどうなの? 咲夜」

 

 平静を装ったつもりだが、どうやら完全に隠しきれてはなかったようだ。パチェは私を呆れたように見ていた。咲夜はティーカップに紅茶を注ぎながら答える。

 

「そこそこ楽しませてもらっております」

 

 楽しんでいる、か。それは何よりだ。私は気になっていることを咲夜に聞いた。

 

「友達は出来た?」

 

 もし人間の友達が出来ているようなら、私としても安心なのだが……咲夜の表情を見る限りどうやら私の期待は外れたようだった。

 

「いえ、やはり人間の子供とは少し合わないみたいで」

 

 まあ、仕方のないことだろう。そもそも私は咲夜を人間として育てていない。十六夜咲夜は人間の体を持った化け物だ。咲夜はそんな私の問いなど気にも留めずに私とパチェに紅茶を出すとポケットの中を探った。

 

「そうだ、お嬢様方に見てもらいたいものが」

 

 そして懐中時計の裏蓋を開け、手の平に乗る程度の大きさの石を取り出した。物理的にあの大きさの物が懐中時計の中に入るとは思えないが、咲夜の場合その程度のささやかな物理的常識は通用しない。

 

「これなのですが……。ホグワーツの校長が城内で大切に守っていたものです。少し悪戯心が働いて持ってきてしまったのですが、危険なものでしょうか」

 

 咲夜が渡してきた石は深い赤色で、うっすらと透き通っている。私は石を透かして覗き見た。うん、わからん。咲夜の話が本当ならダンブルドアがホグワーツ内に隠していたものらしいが。

 

「年季は入っているようだけど……。パチェは何かわかる?」

 

 私はパチェに向かって石を放り投げる。パチェは石をキャッチせず、空中で静止させると手をかざして魔力を込めた。

 

「ふむ、これは賢者の石ね」

 

 パチェは興味なさげに賢者の石を机の上に転がす。パチェが興味を無くすのも無理はないだろう。パチェにとって賢者の石はそう珍しいものでもない。

 

「あまり価値はないものですか?」

 

「いえ、そうではないわ。特に魔法界ではね。賢者の石は卑金属を黄金に変え、ただの水を命の水に変える。これ1つあれば巨万の富と永遠の命が手に入る」

 

 確かに賢者の石は貴重な物で、その用途は多種多様だ。パチェも燃料タンク代わりに賢者の石を使ったりしている。咲夜はパチェの説明を聞いて目を見開き賢者の石を見つめた。パチェはそんな咲夜をみてため息をつく。

 

「でも、この程度の魔法具を有り難がるなんて、魔法界も地に落ちたものね。」

 

 パチェはポケットに手を入れるとカラフルな賢者の石をいくつか机の上に転がす。きちんと整形されたそれは宝石のようでもあった。

 

「パチュリー様、これは?」

 

 咲夜はその一つを手に取り眺めている。パチェは淡々と続ける。

 

「全部賢者の石。私が調合したものよ」

 

 咲夜は表情を固めたまま石を机の上に戻した。パチェは続ける。

 

「魔法界では魔法を生活を楽にするものとして使っている。それでは技術は大きく進歩しないわ。魔法使いとは知識を求める生き物なのよ。巨万の富や永遠の命は副産物でしかない。この程度で満足してそこで進化を止めてしまったら、一生本当の意味での魔法使いにはなれないわね」

 

 流石にそこまでストイックだとドン引きだが、その精神が彼女をここまで昇華させたのだとしたら、その考え方で合っているのだろう。

 

「パチェらしいわ。まあ、そういうことよ咲夜。石は自由にしなさい。あそこまでストイックになれとは言わないけど、魔法使いとは知識を求める種族よ」

 

 咲夜はそこまで聞くと納得したように石を懐中時計に戻した。私は不意に疑問に思い咲夜に聞いた。

 

「貴方、学業のほうはどうなの?」

 

 咲夜は驚くほど分かりやすくギクリとする。咲夜が居なかったここ数か月、私の生活態度も悪くなっていたが、咲夜も同じように腑抜けていたようだ。私としては別にそれでもいいのだが、パチェとしては許せなかったらしい。

 

「咲夜、問題を出すわ。スペシアリス・レベリオとはどのような効果のある呪文? 時間を止めて教科書を取りに行くんじゃないわよ」

 

 咲夜は面白いぐらい考え込み、考え込み、考え込み。……いや、あれはダメな時の顔だ。完全に目が泳いでいる。

 

「……。えーっと」

 

 そんな咲夜の様子にパチェは大きくため息をついた。咲夜は決して馬鹿ではない。勉強をすればするだけ吸収し、人一倍覚えるのも早い。

 

「やっぱり、時間を止めてズルをしながら授業を受けているのね。レミィ、少し咲夜を借りるわよ」

 

「いつまで借りる気? パチェ」

 

「クリスマス休暇が終わるまでかしら? 取り敢えず休み中に詰め込めるだけ詰め込むわ」

 

 それを聞いて咲夜の表情が変わる。隠しているつもりらしいが、全然隠せていなかった。そう、咲夜は勉強は得意だが、嫌いなのだった。咲夜は何かを期待するような目で私の様子を窺っている。確かに、私が咲夜に「紅魔館の仕事に専念しろ」と言ったらパチェとの勉強の話はなかったことになるだろう。大方それを期待しているようだが、ここは期待を裏切ることにする。

 

「ええ、私も自分の従者が馬鹿のままでは困るもの。限界まで詰め込みなさい」

 

 私がそういうと今度こそ咲夜の顔から表情が消える。いや、そこまで嫌か勉強。

 

「咲夜、授業や試験で時間を止めて成績を伸ばすことは別に禁止しないわ。自分の優位に働くと思ったら能力はどんどん使いなさい。そのほうが能力の練習にもなるしね。でも、それと勉強しないのは別問題よ」

 

 私は咲夜を説得するために言葉を続ける。

 

「瀟洒なメイドたるもの全ての知識に通じている必要があるわ。折角魔法学校に通うことになったんですもの。学年主席を狙えるぐらいでなきゃ。取り敢えず、仕事は美鈴にでも任せてクリスマス休暇は勉強をしなさい。もっとも、学校に帰ってからもだけどね。これは命令よ」

 

 と、このように命令として勉強することを指示しておけば少しはやる気も出るだろう。咲夜は手早く私とパチェが飲み終わったティーカップを片付けると深々とお辞儀をする。

 

「かしこまりました。お嬢様」

 

 咲夜は頭を上げるとカートを押して部屋を出ていく。そして急に咲夜の気配が消えた。普段通りの動きだが、今の流れでこれは少々不自然だ。多分あの動きは……いや、まず間違いない。

 

「あ! パチェ!? 多分咲夜逃げたわよ! 追いなさい!」

 

 それを聞いてパチェはガタッと椅子から立ち上がる。

 

「え!? そんなとこだけ幼稚なんだから! レミィ、場所の見当はつく?」

 

「地下には行かないと思うし多分屋上よ! 使い魔も貸すから徹底的に探しなさい! っていうか貴方探知の魔法使えるでしょう?」

 

 パチェは目を瞑り咲夜の魔力を感じ取る。

 

「だめよ。何故か館中に気配を感じるわ。多分滅茶苦茶に時間停止を乱用してる」

 

 私は体から数十匹の蝙蝠を出す。その蝙蝠は扉から出ていき紅魔館中に散っていった。

 

「いたわ。屋上よ。しかも何故か二人いるわ。あ、いや大図書館にもいる。そこまでの労力を費やすぐらいだったら勉強したほうが楽でしょうに」

 

 次の瞬間パチェの姿が消える。私が見つけたうちの一つを捕まえにいったようだ。三秒も経たないうちにパチェが部屋に戻ってくる。

 

「なるほどね。なんで気配が増え続けているのかようやくわかったわ。これ、妖精メイドよ」

 

 パチェに連れてこられた咲夜はポカンとしながら部屋を見回している。そして私の姿を見つけるとペコリと頭を下げた。

 

「おじょうさま、おはようございます」

 

「おはよう。咲夜見なかった?」

 

 咲夜の姿をした妖精メイドはまたもやポカンとすると、ああ、と手を打った。

 

「見ましたよ? えっと、私にポンと触って消えました」

 

 パチェが妖精メイドの頭に触れるとポンという軽い音がして妖精メイドの姿が元に戻る。

 

「これは魔法?」

 

「……どちらかというと霊力を用いた術ね。持続性もなければ応用性もない。本当にただ短期間対象を咲夜だけに変身させるだけの術だと思うわ」

 

 そうしている間にも紅魔館にいる妖精メイドの半分が咲夜になっている。だがこの程度ただの目くらましにしかならないだろう。何せ捜索をするのはパチェなのだ。

 

「まあ時間の問題ね」

 

 私は少し安心するとプレイングカードを取り出す。そしてパチェの連れてきた妖精メイドを机に座らせるとカードを配った。

 

 

 

 二時間後、私はカードを手で隠しならがちらりと確認する。そして机をグルリと囲んで座っている妖精メイド九人の表情を確認した。まだ場のカードが開かれていないので何とも言えないが、今の時点でいい手が入っている妖精メイドも居そうだ。

 

「って、ポーカーやってる場合じゃないわよ。パチェ、咲夜一人探すのにいつまでかかってるの?」

 

 今現在私の部屋には二十人の妖精メイドがいる。そのうち九人は私とポーカーをしており、あとの十一人はベッドの近くでままごとをしていた。パチェは口元に手を当てて考え込む。

 

「おかしいわね。虱潰しに探したとしてもこれだけ捕まえたら一人ぐらい当たりそうなのに。……まさか」

 

 パチェはポーカーをしている机の上に手をかざすとロンドンの地図を表示させる。そしてその地図を暫く眺めると机をバンと叩いた。その衝撃で場に伏せられたコミュニティカードが一気にひっくり返った。あ、私ストレートだ。

 

「咲夜は今ロンドン駅にいるわ。まさか館の外まで逃げているとは……どんだけ勉強したくないのよ」

 

 パチェは魔法で服を目立たないものに変えるとその場からいなくなる。私は軽く伸びをすると妖精メイドからカードを回収し、妖精メイドを部屋の外に追いやった。

 

「「「「おじゃましましたー」」」」

 

 ぺこりとお辞儀をし、ゾロゾロと部屋を出ていく。なんというか、慕ってくれるのはいい。仕事ができないのが玉に瑕だが。

 

「さて、静かになったことだし」

 

 私はベッドに横になり考える。賢者の石など珍しいものでも何でもないし、それを咲夜がもっていることに関しても何とも思っていない。最悪咲夜が賢者の石を使用してもいいと思っているぐらいだ。まあ咲夜のことだから私の許可なく使うことはないだろうが。

 

「問題は、賢者の石がホグワーツにあるということだわ」

 

 咲夜はダンブルドアが隠していた石を持ってきたと言っていた。だが流石に校長室に忍び込んで金庫を漁るようなことはしないだろう。それでは悪戯心どころじゃない。ただの泥棒だ。何か仕掛けのようなものがあり、出来心で咲夜はそれを突破した。そしてその奥に置いてあった賢者の石を持って帰ってきたという事だろう。

 

「……少し咲夜に話を聞く必要がありそうね」

 

 私はベッドから跳ね起きると椅子に座りなおす。次の瞬間咲夜の首根っこを掴んだパチェが部屋に現れた。

 

「レミィ、それじゃあ咲夜を借りてくわ」

 

「その前に」

 

 私が呼び止めるとパチェと咲夜が振り返る。

 

「咲夜、賢者の石を手に入れた時の状況を簡単に説明しなさい」

 

 咲夜はきょとんとすると、私の方に向き直る。

 

「えっと、四階の右側の廊下にケルベロスが居まして、その足元に隠し扉が。それの下に植物っぽいのがありまして、そのあとは鍵の鳥、巨大チェス、トロール、論理パズル、それを抜けた奥に賢者の石は置いてありました」

 

「え?」

 

 私はついつい咲夜に聞き返してしまう。

 

「だからあの、入学してすぐの歓迎会で今年いっぱい四階の右側の廊下には立ち入るなと校長先生が言っていたのですが、夜中に侵入しまして。そしたらそこにはケルベロスが」

 

 うん、そこまではわかる。まあ警備としては心許ないが。

 

「そのあと植物っぽいものに着地しまして」

 

「ちょっと待って、植物っぽいものって?」

 

 私が聞き返すと、パチェが咲夜の頭に手を当てた。

 

「ああ、これは悪魔の罠ね。触れたものを捕まえ、絞め殺すわ」

 

 咲夜の記憶を覗き見たのだろう。パチェがその植物っぽいものについて解説した。なるほど悪魔の罠か。賢者の石を守るために配置してあるにしては弱点が多い植物だ。悪魔の罠は火に弱い。そして魔法使いからしたら炎を出すことは特別難しいことでもない。

 

「で、植物を抜けると鍵の鳥が」

 

「ストップ、私が突っ込みたいのはそこからよ。まず鍵の鳥ってなによ」

 

「えっと、こう……古めかしい鍵に虫の羽のようなものが生えてまして、それが何百匹も部屋を飛んでいる感じです。多分そのうちの一つが先に進む鍵なのだと思います。私はピッキングして入ったので実際に鍵の鳥を探してはないんですが」

 

「で、そのあとはチェスだっけ」

 

「はい。その時は時間を止めていたので素通りすることができました。もしかしたら普通に通れば妨害があるのかもしれません」

 

 ふむ、詳しい話を聞けば、そこまでふざけた仕掛けでもないのか。トロールはそのまま妨害になるし、論理パズルも解かなければ先に進めない仕組みなのだろう。

 

「最後に一つ聞くわ。ダンブルドアは確かに『今年いっぱい』と言ったのね」

 

 咲夜は少し顔を伏せ、確信を持った顔で言った。

 

「はい、確かに言いました」

 

 私はそれを聞き軽く微笑む。

 

「パチェ、もう持ってっていいわよ」

 

 それを聞いて咲夜の表情が再び死ぬ。パチェは咲夜の首根っこを掴みなおすとズルズルと廊下を引きずり部屋を出ていった。

 

「さて」

 

 私は椅子に座りなおし、情報を整理する。今年いっぱいということは、賢者の石は今年の夏にホグワーツに来たということになる。じゃあそれ以前は何処に? 決まっている。グリンゴッツだ。ダンブルドアはタッチの差でグリンゴッツから賢者の石を回収し、自分の目の届くホグワーツへと移動させた。

 つまり賢者の石を狙っているものがいるということである。もっとも賢者の石を狙う者は後を絶たないだろう。だがダンブルドア自らが警戒し、石を自ら隠すとなるとその対象は限られてくる。

 

「まさか……リドルは生きている?」

 

 少し発想が飛躍しているが、ありえない話ではない。リドル、ヴォルデモートの死体は出ていないし、肉体が無くとも生きる方法はある。もしリドルが生きていたとしたら。

 

「手札が足りない……いや、咲夜ならもしかしたら。でもそもそもリドルが生きている保証はない。確かめないと」

 

 もし生きているとしたら、私の計画はまだ死んでいない。時間はかかるが、まだまだ実行可能だ。私は万年筆を取り出すと大きな羊皮紙に計画の修正プランを書き始める。

 

「前回の反省を生かして各陣営に手駒を紛れさせておきたい。でもパチェは動かせないし……美鈴? いや論外。でも今回は咲夜がいる。咲夜の時間停止を活用すれば三重スパイも可能かな?」

 

 咲夜の時間停止を活用すればある程度の時間の都合はつく。最悪逆転時計を使わせればアリバイ作りも容易だろう。咲夜の性質からして、もしかしたら咲夜同士で戦うこともできるかも。

 

「ヴォルデモートが死んだことによって不死鳥の騎士団は一度解散した。再結成されることがあるとしたらダンブルドアが招集をかけるはず。だとしたら咲夜はダンブルドアの近くに配置した方がいい。適度に咲夜の実力を見せ、あとはヴォルデモートと敵対する動機。正義の心。この辺を示せば団員になれるかしらね」

 

 次に闇の陣営側だ。はっきり言って死喰い人になることは難しいことではない。いや、そもそも死喰い人は殆ど機能していないか。元々死喰い人だった者はアズカバンに収監されたり無罪を勝ち取ったりして今現在は死喰い人でないことが多い。

 

「ここは逆にヴォルデモートの復活を手伝うほうがいいかしら。いや、それだと付きっ切りになってしまう。そもそもヴォルデモートが今どんな状況かもわからないし」

 

 クリスマス休暇が終わり、咲夜がホグワーツに行ったらパチェに相談しよう。

 

 

 

 

 一九九二年になり、クリスマス休暇も終わり、咲夜は今日の朝にホグワーツに帰っていった。私も簡単に見送りをしたが、流石にキングズ・クロス駅まで送っていくわけにもいかない。少し悔しいが、その役割は美鈴に任せた。私はベッドの上に置いてある魔法具に話しかける。この魔法具は大図書館へと通じる、所謂通信機のようなものである。

 

「パチェ、少し相談したいことがあるのだけど。書斎に来れる?」

 

「めんど——」

 

「来れる?」

 

「……真剣な話? さらに面倒くさいわね。…………待ってて」

 

 あんもう、こういうところは本当に可愛いなこいつ。パチェとは長い付き合いだが、私はパチェのこういう素直なところが大好きだ。私は部屋を出ると書斎へと移動する。そこには既にパチェが椅子に座って待っていた。

 

「遅いわ。自分で呼んどいて」

 

 パチェは私にジトっとした目で見る。

 

「ごめんなさい。少し寝てたわ。うん、三秒ぐらい」

 

 私は軽口で返し、パチェの対面へと座る。そして早速話を切り出した。

 

「咲夜が持っていた賢者の石。あれどう思う? 何故ホグワーツに、それもあんな中途半端な形で保管されていたのか」

 

「しかも今年限定でね。私も咲夜の話を聞いてから考えていたわ。まるで何かを誘い出しているかのようだわ」

 

 どうやらパチェも私と同じことを考えていたらしい。多分私が言おうとしていることも分かっているだろう。だが、一応前提を確認した方がいい。

 

「リドルが生きているかもしれない。パチェ、貴方もそう思っているんじゃない?」

 

「話が飛びすぎよ。……でも、咲夜の話を聞いて、私もその可能性があると思い始めたわ」

 

 私は窓を開けると庭仕事をしている美鈴を見つける。

 

「めーいりーん!! こうちゃぁああ!」

 

「りょーかいでぇえええす!」

 

 私が叫ぶと美鈴が手を振りながら笑顔で返す。多分二十分後ぐらいに紅茶を持ってくるだろう。私は窓を閉め、椅子に座りなおそうとした。

 

「おーぜーうーさーまー! 茶菓子はクッキーでいいですかぁああ?」

 

「うるさい! なんでもいいからさっさと持ってこい!」

 

 私はそう叫ぶと椅子に座りなおす。外からは微かに「えぇ………」と困惑する声が聞こえてきた。

 

「さて、まずは私の考えを話すわ。何か気になることがあればその都度口を挟んでもいい」

 

 私は咲夜のクリスマス休暇の間に書いた羊皮紙を広げる。

 

「リドルは実は生きていた。だが生きていると言っても実体があるかないかぐらいのふわふわしたもので、ほぼ瀕死と言っていい。当然よね。ハリーに敗れてから今まで全くの音沙汰がないということは、そこまで弱っていたということ。リドルは復活するために賢者の石を求めた。始めにグリンゴッツにある賢者の石を狙ったが、その石はタッチの差でダンブルドアが回収してしまう。次にリドルはその回収された石を狙うはず。ダンブルドアとしては完全に石を隠してしまうこともできたでしょうね。だがそれをしなかった。何故なら、ダンブルドア自身もリドルが生きているのか確かめたかったから。ダンブルドアはわざと賢者の石の隠し場所を分かりやすくし、石を狙う者を見定めようとしている」

 

「不思議なことがあるわ。私の知るダンブルドアは最後の最後で詰めを見誤るような魔法使いじゃない。間違っても賢者の石を奪われるような隠し方はしないはず。咲夜が賢者の石を持ってこれてしまうあたり詰めが甘すぎるわ」

 

「パチェが言うならそうなんでしょうね。多分ダンブルドアが作った罠はまだ完璧ではなかった。作成途中だったのよ。これは私の予想でしかないけど、今頃は完成しているでしょうね。あとで咲夜に聞いた話では偽物を置いてきているそうよ。もしダンブルドアがその偽物に気が付かなかったら今頃その偽物が完全に盗まれない方法で保管されているはず」

 

 パチェはそれを聞いて俯き考え込む。

 

「そうね。私もアレは何者かを誘い出す罠だと思うわ。そして何故誘い出すのか。ダンブルドアは賢者の石を狙っている者の正体を知りたい。推測を加えて考えるならダンブルドアは賢者の石を狙っているのがヴォルデモート卿であるのかを知りたい。リドルが生きているのかを知りたいということね」

 

「そう、この予想が正しければリドルは、ヴォルデモートは生きているということになる。もう一度戦争が起きるかも。紅魔館を転移させることも、もしかしたら可能かもしれない」

 

 次の瞬間、廊下の方から美鈴の声が聞こえてきた。

 

「トントントントン! おぜうさまートントントントン! 紅茶が入りましたっすよ」

 

「……え? なにそのノリ。正直引くんだけど。取りあえず中に入りなさい」

 

 美鈴は扉を開けて書斎の中に入ってくる。そして曲芸じみた動きでティーカップに紅茶を注いだ。

 

「咲夜ちゃんが学校に行ったからもう取り繕う必要ないですし。……はぁ」

 

 美鈴は急に意気消沈し、懐から湯飲みを取り出すと残った紅茶を注ぎ飲み始める。そして私たちが座っている机の一角に座った。

 

「……無駄に紅茶が美味しいのがむかつくわね。さて、話を戻すわよ」

 

 私は美鈴の淹れた紅茶を一口飲むと、ソーサーに戻す。

 

「前回、私の計画は失敗した。敗因はわかっているわ。単純に情報不足と、あまりにも干渉しなさ過ぎた。もう少し戦況を左右できる位置にいないといけなかった」

 

「まあ、無理もないわ。前回は手駒があまりにも少なかった。……今もそんなに変わらないけど。なんにしても動けるのが実質美鈴ぐらいだったじゃない。まあその美鈴が居なくなると館の家事をする者がいなくなるから無理だけど」

 

「ああ、あの時私に仕事が回ってこなかったのってそういう理由だったんですね」

 

「今回は咲夜がいる。それもダンブルドアのとても近くにね。咲夜が学校で問題を起こせばダンブルドアは動かざるを得ない。ダンブルドアと咲夜の距離を可能な限り近づけておかないといけないわ。印象を付けておかないといけない。問題は死喰い人の方ね」

 

 私はクッキーを一つ食べる。これもムカつくぐらい美味しかった。

 

「あ、それなら多分大丈夫ですよ。咲夜ちゃんマルフォイと仲がいいみたいでした」

 

 それを聞いてパチェの表情が変わった。

 

「マルフォイってあの死喰い人の? 今はホグワーツの理事もやっていたかしら。そういえば聞き損ねていたけどそれを聞く限り咲夜はスリザリンに入ったのね」

 

 私は合点が言ったように手を打つ。パチェは私のそんな予想を否定した。

 

「いえ、咲夜はグリフィンドールに入ったわ」

 

「は?」

 

 えっと、どうやら聞き間違えたようだ。

 

「ははは、そんなわけないじゃない。咲夜がグリフィンドール? ハッフルパフ以上に信じられないわ。スリザリンの間違いでしょ?」

 

「いえ、グリフィンドールよ。咲夜の口から直接聞いたわ」

 

 私はそれを聞いて紅茶を零しそうになる。まさか一番ありえないと思っていた寮に入るとは。

 

「あ、それにマルフォイと仲がいいってのも確かな情報ですよ。今日会ってきましたし。ルシウス・マルフォイに」

 

「やっぱり本質はスリザリンなのねぇ」

 

「あ、でもマグルっぽい匂いがする女の子とも仲がよさそうでしたよ。それは帰ってきたときに会ったんですけどね。確かハマイオニー・グレンジャーって名乗ってました」

 

「穢れた血? まあ人間の場合もう血の濃い魔法使いなんて残ってないでしょうけど」

 

 パチェが咲夜に話していたように、だんだんと魔法使いの質は落ちてきている。

 

「レミィ、魔法使いの場合、あまり血の濃さは関係ないわ。実際純血とマグル生まれに明確な差はない。強いて違いを挙げるとすれば、環境の差よ」

 

 確かに、生まれた時から魔法界という環境で生活していれば、魔法の勉強にすんなり入ることができる。

 

「なんにしてもマルフォイ家との繋がりは大切にしていきたいわね。ルシウス・マルフォイは死喰い人の中でも中心に近い位置にいた。マルフォイの近くにいたら何か兆候を読み取れるかもしれない」

 

 私はクッキーに手を伸ばす。いつの間にか皿の上に盛られたクッキーは残り少なくなっていた。

 

「これムカつくぐらい美味しいわね。なんか変な物混ぜてない?」

 

「失礼ですね。珍しく普通に焼いたクッキーですよ。あ、最後の一枚もらい」

 

 美鈴が最後の一枚を取る前にクッキーが皿の上から消える。いつの間にかクッキーはパチェの手に持たれていた。

 

「……おいしい。咲夜のことだからサポートさえしっかりしたら両陣営の中に潜り込むことぐらいは容易にやってのけるわ。この一週間勉強を見たけど、あの子は天才よ。学習する速度が凄まじいわ」

 

 パチェは紅茶を飲み干すとソーサーに戻す。私も紅茶を飲み干しソーサーに被せた。ティーカップの底を二回叩き指で弾いて元の状態に戻す。そして軽くティーカップを傾け中に浮かんだ模様を見た。

 

「ふむ、そうね。まずまずかしら。……、そうか」

 

 私は模様を見て思い出すことがあった。それは百年前、私が悪戯心で行った死の予言である。

 

「事が全て順調に進んだら、一九九七年に戦争は決着する。まさかこんなところで自らが立てたフラグを回収することになるとは思わなかったわ」

 

 もしダンブルドアが私の予言を信じているとしたら、ダンブルドアはヴォルデモートとの決着を一九九七年までにつけようとするはず。もしそのタイミングに合わせて戦争を操ることが出来たら、ダンブルドアとヴォルデモート、両者の死というのは容易に実現させることができるかもしれない。

 

「これも運命かしらね」

 

 私はクツクツと笑うと天井を仰ぎ見る。今はまず情報を集めることだ。だが、私の計画は確かに再始動したと言っていいだろう。




レミリアが資本家にダイアゴン横丁を案内する

咲夜が賢者の石を回収する

クリスマス休暇

ダンブルドアがみぞの鏡を隠し部屋に設置し、その中に偽物の賢者の石を隠す。

レミリアが紅魔館移転計画を再始動する←今ここ


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死んだふりやら、ドラゴンやら、鏡やら

なんか予想以上に長くなりそうで、やばいです。来年度になったら絶対書けないので今年度中に終わらせたいのですが……。
誤字脱字がありましたらご報告していただけると助かります。


 一九九二年、一月。私はニコラス・フラメルを訪ねていた。日は既に落ちており、外はすっかり暗い。ニコラスの家はそう大きくないが、決して貧相ではなかった。基本的にこの家にはフラメル夫妻しかいないためテーブルも大きくない。だが、私一人が混ざる分には何も問題なかった。

 

「いきなり訪ねて悪かったわね。それもこんな時間に」

 

 ニコラスとペレネレは既に夕食を取り終わった後のようで丁度食後の紅茶の時間だったようだ。ニコラスの妻のペレネレが紅茶を用意している。

 

「就寝するにはまだ早い時間じゃて、全然構わんよ。わしもペレネレも歓迎しとる。のうペレネレ」

 

「ええ、素敵なお客様ですわ。紅茶をどうぞ」

 

 私はお礼を言うと紅茶を一口味わう。……これは美味しい。美鈴に並ぶ、いやこれは美鈴以上だろう。

 

「美味しいわね。うちの従者以上だわ。流石、洗練されているわね」

 

「褒めても何も出ないですよ。もう六百年以上毎日淹れ続けてますので」

 

 ああ、それはそうだ。私は素直にこの人間夫妻を慕っている。私よりも長生きしている人間は私の知る限りこの夫妻の他にはいない。そしてこの夫妻も私のことを慕ってくれているようである。まあ、それもそうだろう。この二人からしても私以上付き合いの長い知人はいないだろう。

 

「それにしても、十年ぶりぐらいかのう。元気にしておったか?」

 

「それはこっちのセリフよ。貴方の場合賢者の石で生きながらえているんだから。……そう、今日はその賢者の石に関することで話があるの」

 

 私がそういうとニコラスの目の色が変わる。ニコラスの賢者の石に対する警戒心は物凄い強い。もっとも、警戒心が強くなければここまで長生きすることはできなかっただろうが。

 

「そう怖い顔しないで。私が賢者の石に興味がないことは貴方も知っているでしょう? 私は貴方の心配をしているつもりよ。これでも」

 

 ニコラスの目つきが少し柔らかくなる。ニコラスは小さくため息をつくと紅茶を一口飲んだ。

 

「耳が早いのう、レミリア。おぬしはいつもそうじゃ。確かに、今賢者の石は狙われておる。じゃが、何も問題はないのじゃ」

 

「ダンブルドアが守っているから?」

 

 ニコラスは驚いたような顔をする。

 

「事情通ですって顔をしておるの。果たして今回の騒動、何処まで把握しておるのか。これはわしから何か話さん方がよさそうじゃな。一体何を聞きたい。レミリアよ」

 

 私はティーカップをソーサーに戻す。そして軽く微笑んだ。

 

「私も別に貴方から根掘り葉掘り聞くつもりでここに来たわけじゃないのよ。貴方を心配しているからこそ、今日ここにいるわけで。……単刀直入に聞くわ。賢者の石を狙っているのは誰? グリンゴッツから石を移動させたということは、少なくともグリンゴッツに侵入することぐらいならやりかねないと思ったからなんでしょ? そして今もダンブルドアが直々に石の警備に当たっている」

 

「……。おぬし自身、もうある程度の予想は立ってそうじゃの。それを先に聞いてもよいか?」

 

「ヴォルデモート」

 

 ニコラスは静かに目を瞑る。そのまま動かなくなった。

 

「……いや都合が悪くなったら死んだふりするのやめなさい。普通にビビるから。それにこのタイミングで使ったら肯定しているようなものよ」

 

 死体ニコラスがピクリと動く。そのままゆっくり起き上がると、椅子から立ち上がった。次の瞬間、ニコラスとペレネレが床に倒れ伏す。そのまま動かなくなった。

 

「いや、二人して何やってるのよ。怪しさ二倍で肯定さ二倍よ。……肯定さ二倍って何よ? ペレネレも乗らなくていいから」

 

 死体フラメル夫妻はピクリと動く。そのままゆっくり立ち上がり、何事もなかったかのように机に座り紅茶を飲んだ。

 

「大きくなったのう、レミリア。昔はあんなに小さかったのに」

 

「いや、話すり替えんな。どんだけ誤魔化すの下手なのよ。もう完全に肯定してるじゃない」

 

 次の瞬間ニコラスがティーカップを地面に叩きつけた。

 

「うるさい!」

 

「いやそれもどういう誤魔化し方よ。ティーカップ粉々じゃない。下手くそか! よくそれで六百六十年以上も生きてこれたわね」

 

「……嘘じゃ」

 

「いや何が?」

 

 ペレネレはティーカップに修復の魔法をかけると机の上に置きなおす。ニコラスはようやく真面目な顔になった。

 

「実をいうとダンブルドアに口止めされてての。これ以上はわしの口からは言えん」

 

 なるほど、言えないからこそのあの態度だったというわけだ。これ以上聞くのは無粋だろう。

 

「やはり生きていたのね。……まあダンブルドアが守っているなら、何も問題ないんでしょうけど」

 

「ああ、何も問題はない。あの若者の実力はわしも認めるところじゃ」

 

「ふ、ダンブルドアを若者扱いするのも、貴方ぐらいね」

 

 私は軽く笑うと紅茶を飲み干す。ここからは堅苦しい話は無しだ。

 

「最近どう? 見ている限りだと変わりないようだけど」

 

 私は普通の話題をニコラスに振る。この後小一時間、私はニコラスとの会話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

「ということでまだ確証はないけど、ヴォルデモートは生きている可能性が高いわ。真に裏付けを取るためにはもう少し時間が掛かるけど」

 

 紅魔館の地下にある大図書館、私はそこでパチェと向き合っていた。パチェは読んでいた本を閉じると私を見る。

 

「知り合いに当事者がいると楽ね」

 

「パチェ、友達いないもんね」

 

 パチェは一度閉じた本を開きなおすと、何事もなかったかのように読み始める。

 

「ごめん、拗ねないでよ。パチェは私の親友よ。だから拗ねないで」

 

「友達じゃないんでしょ?」

 

「うわ面倒くさ。ごめんごめん、拗ねないでパチュリー・ノーレッジさん」

 

 私は後ろから抱きつくとぴょんぴょん跳ねる。パチェは支えきれないといった感じで机に伏せた。

 

「……パチェって呼んでよ」

 

「ああもうこいつ可愛いなもう。パチェパチェパチェ!」

 

 わっしゃわっしゃと私はパチェの頭を撫でる。パチェは恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「ヴォルデモートの現在地を探るにはまだ情報が足りてないわね。少なくとも私の探知魔法じゃ場所が分からなかった。何か特別な結界の中にいるのか。それとも探知に引っかからないほど弱っているのか。ダンブルドアもそれを知りたくて手元に賢者の石を置いているんでしょうね」

 

 私はパチェから離れると向かい側に座りなおす。

 

「レミィとしてはヴォルデモートが復活したほうが都合がいいわけよね。だったら賢者の石を咲夜が持っていたら都合が悪いんじゃない?」

 

「咲夜からヴォルデモートに賢者の石を流せって? 少しリスクが高いわ。結果的にヴォルデモートに賢者の石が渡るような状況になれば一番いいんだけど、状況が読めない今、安全第一で行きましょう。咲夜のことだから賢者の石の重要性に気が付けば自然と元あった場所に返すはず」

 

「無理よ」

 

 パチェはすっと顔を上げた。

 

「貴方が言ったんじゃない。多分今頃賢者の石の守りは完璧になってるって。もしダンブルドアが咲夜の作った偽物に気が付いていなかったら今頃その偽物が完璧に守られているはず。休みの間に一度偽物を作った術を再現してもらったわ。完成度はほぼ完璧、私でも調べてみるまでは分からないほどの完成度よ。あの子は変身術の天才ね」

 

 パチェの話では霊力を用いた変身術は難度が高いらしい。それでもある程度の術は使えた。もっと使い勝手の良い魔力で同じことを行ったら簡単にできるに決まっている。

 

「あれは磨けばさらに伸びる。この一週間のうちにも咲夜の変身術はかなり上達したわ。双子の呪文も教えたし」

 

「かかった呪文ごと物をコピーする呪文だったかしら。確かに使い勝手はよさそうね」

 

「ええ、本来はそういう魔法ね。使い方によっては分裂させ続けることもできるけど」

 

 パチェは近くにある本に手をかざすと、その本は物凄い速度で分裂を始める。

 

「なんかキモイわね」

 

「まあね。使用者が最初に込めた魔力が尽きるまで、増え続けるわ。もっとも、増えるのに条件を加えたりすることもできる。触れたら増えるとかね」

 

 パチェが手を振るうと増えた本は一気に消えた。

 

「まあ何が言いたいかというと、今年いっぱい、賢者の石は咲夜が所持することになるかもということよ。元の場所には戻せないし。もしヴォルデモートの手に賢者の石が渡ることがあるとすれば、咲夜から渡ることしかありえない」

 

「……やっぱり拙いかしらね。このあとどう転ぶか予想が付かない。パチェはこの後どうなると思う? ヴォルデモートが生きていて、賢者の石を狙っているとして」

 

 私は椅子にどっかりともたれ掛かる。私の問いにパチェは即答した。

 

「そうね、多分ヴォルデモートはホグワーツの近くに潜伏している。いや、もうすでに中にいるかも。もしヴォルデモートが賢者の石までたどり着いたとしても咲夜の作った偽物に気が付かず盗んで逃げるでしょうね」

 

「なら一番いいのは、咲夜がこうなることを想定して石をすり替えたとダンブルドアに印象付けることかしら。……少し占ってみますか。なんかほっといても上手く行きそうな気はするけど」

 

 私は目を瞑ると能力を発動させる。咲夜がこの場にいれば精度が上がるのだが、それも無理な話だ。静かに咲夜のことを思い、意識を集中させる。暫くすると、ぼんやりと情景が浮かんできた。

 

「これは……卵ね。この大男はハグリッドかしら」

 

「ハグリッドって、ホグワーツの森の番人の?」

 

「ええ、カードで賭けをしているわ。多分ホッグズ・ヘッドね。ハグリッドが勝ったみたい。フードを被った男から卵のようなものを受け取ってるわ。大きさはガチョウよりも大きい」

 

 私が情景を口に出した瞬間、ぐるりと目の前が回り情景が変わる。

 

「森……うん、超森ね。で、なんか黒いフードの奴がユニコーンの血を飲んでるわ。うわぁ……あれはえぐい。吸血鬼の私から見てもキモイ」

 

 また情景が変わった。

 

「そうそう、これが見たかったのよ。咲夜がターバンの男に賢者の石を渡しているわ。……え? ダメじゃん」

 

 ダメじゃん。渡しちゃ。

 

「え? どういうことよ。レミィ」

 

 パチェが軽く身を乗り出す。私は先ほど一瞬だけ見えた情景をパチェに説明した。

 

「なんかこう……鏡の前でね。咲夜がターバンの男に賢者の石を笑顔で手渡していたのよ。メッチャいい笑顔で」

 

「なんで笑顔で?」

 

「なんでか笑顔で」

 

 私とパチェは二人して黙り込む。そして顔を見合わせた。

 

「見えちゃったものは仕方がないわ。この件に関しては結果が出てから判断しましょう。最悪修正可能よ。問題は先に見えた二つね。何か意味があると思うんだけど」

 

「初めのは卵って言っていたかしら。どんな卵?」

 

 私は先ほど見た卵の特徴をパチェに伝える。パチェは本棚から何冊か本を取り出すと、私の記憶と全く同じのイラストを発見した。

 

「これね。ノルウェー・リッジバック。ドラゴンよ」

 

「じゃあハグリッドは賭けに勝ってドラゴンの卵を貰ったのね。でも確かドラゴンってワーロック法で飼育は違反になったわよね。研究で野生のドラゴンを扱っている魔法使いはいるけど」

 

 もし違法でなかったら私も庭で飼っているところだ。だが、ホグワーツの土地の中でドラゴンを飼えるとは思えない。早々に手放すことになるだろう。

 

「ということはホグワーツでドラゴンが大暴れって展開は期待できないわよね。ドラゴンを何処かにやる段階で問題が起きるとか?」

 

「いや、そもそもドラゴンの卵を持っているという時点で滅茶苦茶あのフードの男が怪しいわ。ハグリッドはどういった状況で賭けになったのかしらね」

 

「私はあの男に関してはあまり詳しくないけど、ダンブルドアからの信頼も厚い誠実な男だったと記憶しているわ。多分話の流れでって奴だとは思うわ。少しでも考える時間があれば、ダンブルドアを裏切るようなそんな真似しないはずだもの」

 

 もっとも、私はホグワーツの事情には明るくない。

 

「誠実な男だというのは認めるわ。でもアレはやらかす時はやらかす輩よ。ホグワーツを退学させられているし、杖も没収されている」

 

 パチェは人差し指を立ててそう言った。

 

「詳しいわね」

 

「前の戦争の時に両陣営の主要な人物は調べているしね。調べた上で言うわ。ハグリッドならやりかねない。ホグワーツでドラゴンぐらい平気で飼う男よ」

 

「……わかった。暫くドラゴンという単語に注意して。何かしらの動きがあるかもしれないわ。次にユニコーンだけど、ユニコーンの血には特殊な力があったわよね?」

 

「ええ、ユニコーンの血には延命の効果があるわ。でも副作用として、死に至るわ」

 

「矛盾してない?」

 

 私はふとそう思うが、パチェの話では矛盾はしていないらしい。ユニコーンの血には確かに延命の効果がある。だが同時に死に至る。つまりはユニコーンの血で延命し続けないと死に至るということだ。

 

「延命……賢者の石を使うまでの繋ぎとしては十分ね。つまりよ、パチェ。ヴォルデモートは生きていて、ユニコーンの血を飲まないと生きてられないほど弱っている」

 

「何かに寄生している可能性もあるわ。ていうか、その可能性が高いかも。弱っている割には結構アグレッシブに動いているし。なんにしても、ドラゴンと同時にユニコーンっていう単語にもアンテナを張っておくわ。多分そっちの方が引っかかると思う」

 

 パチェは本を取り出すと何かを書き込む。パチェがペンを置くと同時に本は勝手に閉じ、本棚へと飛んで行った。

 

「じゃあパチェは引き続き情報集めをよろしく。私は私でいろいろ調べておくわ」

 

 私はパチェに手を振ると大図書館を後にする。取りあえず私は書類仕事をしよう。確か資本家から手紙が届いていたはずである。まったく、よく働く女だ。私は書斎に入り、椅子に深く座った。

 

 

 

 

 一九九二年、四月。私が書斎でロシアンマフィアのボスに手紙を書いていると庭の方から美鈴の声が聞こえてきた。

 

「おぜうさまー! おぜうさまー! 伝書梟捕まえました」

 

 下で何かアホなことを言っている気がする。聞こえない。うん、私には聞こえない。

 

「だから梟捕まえたんですって」

 

 次の瞬間には美鈴は書斎の前の廊下にいた。正直鬱陶しい。

 

「梟捕まえ——」

 

「うるさーい!」

 

 ついにドアを蹴破り入ってきた美鈴の腹にボディーブローをかます。美鈴はそのままの勢いで天井に突き刺さると、力尽きたように梟を地面に落とした。真っ白な毛を持った梟は書斎の中をバタバタと飛ぶと、テーブルの上に着地する。そして外に出たさそうに窓をじっと見つめた。

 

「で、誰からの手紙よ」

 

 私は手紙を解こうと梟の足に手を伸ばす。次の瞬間鋭い痛みが私の手を襲った。

 

「……この伝書梟噛んだわよ。手紙を外そうとすると必死に抵抗するし」

 

 机の周りに羽が散り、どんどん部屋が汚れていく。私は何とか手紙を外し、広げた。

 

『ロン、元気かい? 手紙をありがとう。喜んでノルウェー・リッジバックを引き受けるよ。だけどルーマニアまでドラゴンを連れてくるのは簡単じゃない。来週の土曜日の真夜中、ホグワーツの一番高い塔にリッジバックを連れてきてくれ。僕が直接行くことはできないが、僕の友人がホグワーツまでリッジバックを迎えに行くだろう。手練れの彼らなら簡単にドラゴンを運び出せる。暗いうちに運び出せばバレることもないだろう。出来るだけ早く返事をくれ。がんばれよ……。チャーリーより』

 

「なにこれ? 全然私宛てじゃ無いじゃない。ロンって誰よ。チャーリーって本当に誰よ? ……ノルウェー・リッジバック? ……美鈴、なんでこの梟を捕まえたの?」

 

 美鈴は照れくさそうに頭を掻く。

 

「いやぁ……なんか変な予感がしたんですよねぇ。特殊な気ってやつ?」

 

 流石の私もこれには驚いた。偶然にもほどがある。私は手紙の内容を暗記すると畳み、梟の足に括り直す。窓を開けると梟はまっすぐホグワーツの方へと飛んで行った。私は美鈴を書斎から追い出すと、自分も大図書館へと急ぐ。

 

「パチェ、ノルウェー・リッジバックの尻尾を捕まえたわ。完全に関係ない情報が占いで見えたような気がしていたけど、そうではなかったみたいよ」

 

 パチェは読んでいる本を閉じると私の方に軽く視線を向ける。私はパチェの前まで移動した。

 

「今日美鈴が偶然リッジバックに関することが書かれた手紙を運んでいる梟を捕まえたのよ。手紙の内容はね……」

 

 私はパチェに梟が持っていた手紙の内容を伝える。パチェは少し考え込むと顔を上げた。

 

「ということはあの占いは当たったのね。ハグリッドがドラゴンの卵を入手するってやつは。で、手に負えなくなって知り合いを頼ったと。ロンっていうのはホグワーツの生徒かしら。パチェは何かわかる?」

 

「ロンは分からないわ。でもロンに繋がりのあるチャーリーならわかる。チャールズ・ウィーズリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしているチャールズは複数人いるけど、チャールズ・ウィーズリーにはロナルド・ウィーズリーという兄弟がいるわ」

 

「なるほど。ロナルドの愛称はロンだもんね。ウィーズリー……か。確か聖二十八一族のうちの一つだったかしら」

 

「アーサーとモリーの子供よ。ほら、不死鳥の騎士団の」

 

 ああ、思い出した。確か子供が出来たんだったか。

 

「ロナルドは咲夜と同い年のようね。ウィーズリー家は家族揃ってグリフィンドールだから咲夜と同じ寮のはずよ。もしかしたら咲夜もこの件に関わっている可能性もある。咲夜を占った結果見えた光景なんでしょう?」

 

 流石パチェ、とても詳しい。

 

「なんにしても来週の土曜日、ホグワーツに美鈴を送るわ。何か起こるかもしれないし。変装に関してはパチェに任せるわ。来週の土曜日まであと十日。それまでに美鈴に計画を伝えておかないと」

 

「え? なんで美鈴をホグワーツに送るのよ。そこは咲夜に手紙を出したらいいんじゃなくて?」

 

「咲夜がこの件に関わっているとしたらあまりこちらから直接干渉しないほうがいいのよ。」

 

 もっとも、これは絶対のことではない。

 

「私の占いは狂いやすい。特にあの時行った占いは本人がその場にいなかったし、特に狂いやすいの」

 

 なんにしても、何事もなければそれでいいのだ。

 

「それじゃあ私は美鈴を捕まえに行ってくるわ。美鈴が上手くホグワーツに侵入できるように色々よろしく」

 

「結局私任せなのね」

 

 私はパチェに手を振ると美鈴を探しに大図書館を出た。

 

 

 

 

 

 眠い。いや、間違えた。瞼が重い。……いや一緒か。私は大あくびをしながら紅魔館の廊下を歩く。今日は何をするんだったか。いや、考える必要もないか。昨日の朝に干した洗濯物を取り込んで、お嬢様の夕食を作って、フランドールお嬢様にも配膳して、妖精メイドに掃除の指示を出して夜食の準備をして朝食の下ごしらえをして……。

 

「あれ~、生活習慣変わらないなほんと。パチュリー様は食事要らないし。取りあえずお嬢様を起こすか」

 

 私は廊下を何度も曲がり、お嬢様の自室の前に行く。そして扉を四回叩いた。

 

「おーぜーうーさーまー、あーさでーすよー!」

 

 ……起きない。昨日の夜は徹朝をしていたみたいだし、眠たいのだろう。私は静かに扉を開けるとお嬢様の自室に入った。私はそのまま気を殺しながらベッドに近づくが、そこにお嬢様の姿はない。どうやらもう起きたあとだったようだ。

 

「自室にいないとなると書斎かな? まったく、無理をなさって」

 

 それにしても部屋を空けているのに鍵をかけてないとは不用心だ。私は自分の部屋には常に鍵をかけている。私はお嬢様の自室を出ると少し移動し、書斎の扉を叩く。

 

「おーぜうーさまー。朝食はいかがなさいます?」

 

 扉を叩いて暫く経つがお嬢様からの返事はない。私は静かに扉を開けた。きょろきょろと書斎の中を確認するが、お嬢様の姿はない。ここにもいないとなると、一体どこだ? 可能性があるとすれば、キッチンか大図書館かフランドールお嬢様の自室だ。

 

「大図書館かなぁ……ほんとあのお二人は仲がいいんだから。あれ? なにか忘れているような……」

 

 私は急ぎ足で大図書館へと向かう。そこにはお嬢様とパチュリー様が何かの準備を進めていた。

 

「美鈴! 遅い! 土曜日にホグワーツに行ってもらうと言ってあったはずよ」

 

 お嬢様は私の手を掴むと暖炉のある方へと引きずっていく。私はお嬢様に言われて今日であったことを思い出した。

 

「ああ、なんかこうドラゴンがどうとかってやつですよね?」

 

「なんでそんなに曖昧なのよ。ちゃんと作戦覚えているんでしょうね」

 

 私は一週間前にお嬢様に教えられた作戦を思い出す。確かホグワーツに侵入しドラゴンの運搬を確認、その後、ついでに賢者の石が隠されている部屋に魔法具で侵入、ダンブルドアが施した守りを確認し、帰ってくると。

 

「覚えてますよ~、あれですよね? ドラゴンを捕獲するんですよね?」

 

「全然わかってないじゃない。まったく……いい?」

 

 お嬢様は一週間前に私にした説明を繰り返す。私は復習がてらそれを聞いた。

 

「あーはいはいOKOK、全然大丈夫です。それじゃあ出発はもう少し後ですね。じゃあ私はそれまで洗濯物の取り込みでも——」

 

「いや、今すぐ変装して出発するのよ。煙突飛行でホグズミードまで行ってもらうわ。それで深夜の十一時になったらホグワーツ城の一番高い塔に移動するの」

 

 パチュリー様が私に触れると私の服装が魔法使いのローブに変わる。私は懐から手鏡を取り出して確認するが、顔も髪の長さも色も変わっているようだった。身長も十センチほど小さくなっている。

 

「うわ、どちら様?」

 

 お嬢様は私の顔をのぞき込むと怪訝な顔をする。まあ、確かに完全に別人だが。

 

「ホールデンです。メアリー・ホールデン」

 

「よし、名前を聞かれたらそう答えなさい。あと、これが簡易姿現し用の指輪。美鈴用に妖力で動くようになっているわ。魔力じゃないから魔法省に探知されることはない」

 

 私はパチュリー様から指輪を受け取ると、左手の薬指に嵌める。魔法が掛かっているのか妙にしっくりと来た。指輪に妖力を籠め、お嬢様の横に意識を集中させる。するといつの間にか私はお嬢様の横に移動していた。

 

「使い方は大丈夫ね。それは緊急脱出用。余裕があればホグズミードの暖炉を使って帰ってくればいいし、まあ最悪ホグワーツ特急でもいいわ。で、こっちが本命。この指輪は今付けちゃダメよ」

 

 パチュリー様は真っ赤な指輪を私に手渡した。

 

「それは複雑な魔法が掛けてある。要は場所が厳密に指定されているの。それに魔力を籠めると賢者の石が置かれているであろう部屋に出るわ。でも一方通行だから帰りはさっき渡した指輪を使って」

 

 私は受け取った指輪を紐に通すと首から下げる。そして服の下に仕舞い込んだ。

 

「うぃっす、んじゃちょっと行ってきますわ。お土産は期待しておいて」

 

 私は燃え盛る暖炉に入る。あ、普通に熱い。

 

「……熱い。パチュリー様、煙突飛行粉投げて貰っていいです?」

 

 炎の中でも燃えないところを見るに、このローブには特殊な魔法が掛けてあるようだった。流石パチュリー様、細かいところにも手を抜かない。パチュリー様は小さくため息をつくと私の方を見る。すると炎の色が変わった。どうやら暖炉に魔法を掛けてくれたようだ。

 

「三本の箒!」

 

 目的地を叫ぶと私は煙と共に上へと落ちていった。少しの間ぐるぐると飛行を続け、やがて地面に足が付く。少し屈んで暖炉から脱出した。三本の箒はホグズミードにある小洒落たパブだ。時間を潰すには丁度いい。私は慣れた様子でカウンターに座ると女将にウイスキーを注文した。

 

「どうぞごゆっくり」

 

 休日ということもあり三本の箒はそこそこ混んでいる。私はウイスキーのグラスを手に持つと椅子をクルリと回転させテーブル席のある方へと向いた。色々な魔法使いが思い思いの会話に花を咲かせている。なんだかいい雰囲気だ。

 

「そういえば見ない顔ですわね。さっき暖炉から出てきたけど、ホグズミードは初めてです?」

 

 女将が私に話しかけてくる。見かけ通りに気さくな人間のようだ。

 

「実はそうなんですよねぇ」

 

「へえ、そうなの。うるさいでしょう? 平日はもう少し落ち着きがあるんだけどねぇ」

 

 女将は呆れたように微笑む。なんやかんや言って女将はこの喧騒が嫌いじゃないのだろう。

 

「私も好きですよ。こういうの。なんだかポカポカしてていいですよねぇ」

 

「ふふ、そうね」

 

 私はグラスの中身を飲み干すとカウンターに置く。女将はグラスにウイスキーを注いだ。

 

「お、ありがとうございます」

 

 新しく注がれたウイスキーに軽く口を付け、女将の方を見る。女将はカウンターに肘を置き頬杖をついた。

 

「貴方、お仕事は?」

 

「私ですか? 料理人やってます」

 

「へえ、料理人ね。長いの?」

 

「まだまだって感じですね。店を持つのが夢で」

 

「そう。まあこういうのは成り行きよ」

 

「そんな。先輩として何か無いんです?」

 

「人の真似事じゃ上には行けないわ」

 

「小さくでいいんですけどね。こじんまりとした感じで」

 

「こういうパブならまだしもレストランでそれは厳しいと思うわよ」

 

 私は静かにウイスキーを煽る。アルコール自体は強いが、妖怪の私にはあまり関係がない。

 

「まずは何処かに弟子入りですかねぇ。何処かないです?」

 

「ないわねぇ……このへんは余ってるぐらいだし。マグル相手のところなら少しはって感じかしら」

 

「やっぱりそうですよね」

 

「だね」

 

 注文が入り女将は客の方へと歩いていく。そういえば咲夜ちゃんはどうしているだろうか。今日ホグワーツに行くが多分会えないだろう。私は懐から懐中時計を取り出すと時間を確認する。腕時計でもいいのだが水仕事の度に外すのは流石に面倒なのだ。

 

「十時半、まだ早いか」

 

 何か料理でも頼んだ方がいいだろう。そういえば今思い出したが私はまだ夕食を取っていない。私は女将が帰ってきたタイミングを見計らってパスタを頼んだ。

 

「キッチン貸そうか?」

 

「ご冗談を。そういうところ知らない人に触られるのってなんか嫌じゃないですか?」

 

「こだわるわねぇ。確かにそういうの分からなくもないわ。パスタね」

 

 女将はキッチンにオーダーを伝えると私のグラスにウイスキーを注ぐ。

 

「にしてもお姉さん強いね。それ結構度数キツイはずなんだけどね」

 

「ちょっと弱いぐらいですよ?」

 

「アルコールに?」

 

「アルコールが」

 

「はいチーズ」

 

「あ、どうも」

 

 チーズをつまみにしてウイスキーを煽る。暫くするとパスタも出てきた。

 

「んー、美味しいですね。いい腕してる」

 

「お? わかるかしら。ここのキッチンにいるのはホグズミード一の料理人だから」

 

「茹で加減がしっかりしているし、ソースの味付けにも無駄がない。スパイスも丁度いい」

 

 これは思いのほか豪華な夕食になってしまった。まあたまにはこういうのもいいだろう。それにこの時間ならこれぐらいが普通だ。傍から見たらちょっと遅めの夕食に見えることだろう。って、当初の目的を忘れるところだった。私は懐中時計を確認し、丁度いいぐらいの時間だということを確認するとポケットの中に手を突っ込んだ。

 

「…………。はぁ」

 

 うん、ポンド札しか持ってねぇ。マグルの全くいないこの村ではイギリスポンドは使えない。

 

「女将、お手洗い借りますね」

 

「あそこの奥よ」

 

 私はフォークを置くとトイレに直行する。そして店の外に姿現しした。

 

「すまん女将さん。この借りは必ず返します。……お嬢様が。って、さっさと移動しないとバレるな」

 

 私は気配を殺すと暗闇に紛れながらホグワーツを目指す。ホグズミードからホグワーツは比較的近い。私の足なら十分も掛からないだろう。流石にこの時間には人の気配もなく、楽に移動することができる。私は易々とホグワーツの城壁に辿り着いた。

 

「平和ボケしてるなぁ。警備がザル。賢者の石が狙われているっていうのに。というか子供を預かっている場所に敵を誘い込むとか……危機管理能力なさすぎ」

 

 私は窓から見られないように壁を這うようにしながら城の外壁を飛ぶ。確か一番高い塔だったか。私は塔の一つに上ると一番高い塔を見つけそっちに移動した。そのまま下に伸びている階段の近くに移動し、気配を殺す。隠密行動は得意だ。

 暫く待っているとドタバタと二人分の足音が聞こえてくる。どうやら下から登ってきているようだ。そして足音は塔の上まで上がってくると、そこで止まり何か重たい物を下す音が響く。次の瞬間虚空から二人の学生の姿が現れた。

 

「マルフォイが罰則を受けた! 歌でも歌いたい気分よ!」

 

「歌わないでね」

 

 虚空から現れた二人のうち、一人は私も知っている顔だった。確かハーマイオニーだったか。咲夜ちゃんの友達だ。そして見覚えこそないが、私はもう一人のほうも知っている。もう一人はハリー・ポッターだ。あの眼鏡、そして額の傷。間違いない。二人の話を聞いているかぎりだと、マルフォイの坊やが夜間の外出がバレたということで罰則を受けたらしい。

 二人の足元にある大きな木箱からはガタガタと音がしている。二人の会話を聞く限りではそこにドラゴンが入っているようだ。暫く様子を窺っていると空の彼方に箒に乗った四人組の姿が見えた。二人はまだ気が付いていないようだ。数分後四人は塔の上に辿り着く。

 

「やあ、待たせたかな」

 

「いえ、今回はありがとうございます」

 

 四人ともガタイが良くあちこちに火傷の跡がある。

 

「チャーリーから話は聞いている。ちゃっちゃと終わらせよう。長居は危険だ。流石の俺らもこの歳になってマクゴナガルの説教は聞きたくない」

 

 いや、先生に怒られるというレベルを超えていると思うのだが。というか、今回この件には咲夜ちゃんは関わっていないのか……いや、談話室で待っているだけかもしれないが。

 七人がかりでドラゴンを繋ぎ止め、皆で握手する。意外にドラゴンは暴れるものだ。これで赤子だというのだから大したものである。いやぁ、いい汗かいた。

 

「で、君は?」

 

 四人のうちの一人が指摘し、六人全員で私の方を見る。私は皆の視線の先を見た。

 

「いやいやいや、君だよ君。誰だい?」

 

 それを聞いてハリーも驚いた顔をする。

 

「え? 貴方たちのお仲間だとばかり」

 

「俺らは君たちの関係者だとばかり思ってたよ。普通に手伝ってたから」

 

「え? アレですよ。聞いてないんですか? ほらノルウェーにある研究所のほうから手伝いにやってきたんですよ。ウィーズリーさんから連絡を貰いまして。と言っても方向が逆なので私が手伝えるのはここまでですが」

 

 あ、あ、あ……危ねぇぇぇ……。ついつい手伝ってしまったが何とか誤魔化せただろうか。

 

「そうか、助かりました。ノルウェー・リッジバックということでまた連絡を入れるかもですが」

 

 四人は軽く会釈すると箒に跨り夜空に飛び立つ。ハリーとハーマイオニーは心底安心したようにため息をつき、私に向き直った。

 

「えっと、ありがとうございました」

 

 ハーマイオニーが私にも礼を言う。

 

「いえいえ、こういうのは助け合いですから。ハグリッドによろしく。それよりさっさと談話室に戻ったほうがいいよ? マルフォイの二の舞になりたくなかったらね」

 

 二人は苦笑いをしながら階段を駆け下りていく。そして次の瞬間、階段の下から囁くような老人の声が聞こえていた。

 

「さてさてさて、これは困ったことになりましたねぇ」

 

 下からそんな声が聞こえてくる。どうやら教員に捕まったようである。南無。

 

「あれ? これ私のせいか?」

 

 いやいや、そんなことはあるはずがない。なーい、絶対ありえない。取りあえずここに長居するのは得策じゃないだろう。私はパチュリー様から預かった赤色の指輪を嵌めると、そこに妖力を流し込んだ。

 

 

 

 地に足が付き、私は周囲を見回す。パチュリー様の指輪がきちんと機能していたら、この部屋に賢者の石があるはずなのである。だが、この部屋には大きな鏡以外何も置かれてはいなかった。

 

「じゃあこの大きな鏡に何か秘密があるのか。えっと何々……『すつうをみぞののろここのたなあくなはでおかのたなあはしたわ』……えっと、復活の呪文?」

 

 まったく意味が分からない。不意に私は鏡に違和感を覚え、鏡に映っている光景をマジマジと見た。

 

「おお、凄い。これは凄いな」

 

 なんと私の両腕が血で染まっている。手には人間の生首を持ち、足元には無数の死体が転がっていた。子供が怯えている。鏡の中の私は怯える子供を殴りつける。その衝撃で子供のお腹には穴が開き、腸が飛び出した。正直笑える。

 

「そういえば最近派手に暴れてないなぁ。でも流石にホグワーツの生徒を手に掛けるわけには行かないし……またお嬢様に頼んで何処か要らないマフィアでも潰しにいくかな。でもやっぱり殺すなら子供なんだよなぁ。あ、いけないヨダレが」

 

 最近は咲夜ちゃんに付き合って食材を仕入れていたため、無駄な殺しというのをしていない。咲夜ちゃんは殺し方に無駄がないので、面白みに欠けるのだ。この任務が終わったら何処かの孤児院でも襲うか。でもあまり派手に暴れるとお嬢様に怒られそうだしなぁ。鏡の中の私は獰猛に笑うと先ほどあったハリーとハーマイオニーの四肢を千切り、貪り喰っている。なんだかお腹が空いてきた。

 

「結局よくわからん鏡以外には何もないか。まあパチュリー様にはありのままを報告しよう。さて、それじゃあホグズミード村に姿現しを……って、この格好で三本の箒には近づけないよね。今日はこのまま帰ろう」

 

 私は赤い指輪を外すと紅魔館地下の大図書館へと姿現しする。流石パチュリー様の魔法具とあって精度は抜群だった。

 

「パチュリー様、任務完了っすよ」

 

 私はパチュリー様に向かってピシッと手を上げる。パチュリー様は読んでいる本から視線を上げずに答えた。

 

「そう、お疲れ。どうだった?」

 

 私は変装を解くとホグワーツで見たことの一部始終を話した。もっとも、途中で手伝ったことは言ってないが。パチュリー様は私の話を聞くと、何か納得するように手を打った。

 

「なるほどね。美鈴、貴方が見た鏡は『みぞの鏡』よ。その鏡には鏡を覗いている本人の望みが映し出される。貴方がそんな殺戮衝動を持っていることに少しびっくりだけど、これでダンブルドアがどのように石を守ろうとしているかがはっきりしたわ。そして咲夜が石を戻せなくなったということもね。もう自分の仕事に戻っていいわよ」

 

 パチュリー様はそう説明し終わると何処かに話し始める。とにかくよくわからないので取りあえず礼をしておき、私は大図書館を後にした。




レミリアがフラメルを訪ねる

今後の展開を簡単に占う

美鈴が何故かヘドウィグを捕まえる。多分これも運命

まさかの美鈴視点(初)咲夜が関わらなかった事件に少し首を突っ込む

ダンブルドアが施した最後の守りが明らかになる←今ここ


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ケンタウルスやら、帰宅パーティーやら、お誘いやら

雪が全力で私の進行を邪魔します。やめてっ!!
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 一九九二年、五月下旬。日もすっかり落ちており、吸血鬼の私でも問題なく外出ができる時間帯に、私は先日の美鈴に倣ってホグズミード村に来ていた。と言っても今回の用事に賢者の石は関係ない。私の個人的な用事だ。

 私は村を少し歩き、そのままホグワーツの方向へ行く。もっとも、別にホグワーツ城に用事があるわけではないのだ。今日はホグワーツの中にある禁じられた森に用事があり、ここへ来ていた。

 私は翼を広げ大きく羽ばたくと天高く上がり禁じられた森を目指す。紅魔館から空を飛んで直接禁じられた森に入ってもよかったのだが、ロンドンの方は雨模様だったのだ。幸い、この辺は晴れているようである。私は体を無数の蝙蝠に分裂させると、そのまま森に入る。そしてそのままバラバラに別れケンタウルスを探した。

 そう、今日はケンタウルスに会いに来たのだ。暫く森を飛び回ると一人のケンタウルスを発見する。ロナンだ。私は蝙蝠を集めるとロナンの前で元の姿に戻る。

 

「こんばんわロナン。いい夜ね」

 

「今夜は火星が明るい。貴方だったか」

 

 私がロナンと握手を交わすと、ロナンは足を折り姿勢を低くした。

 

「この森は二足歩行では歩きにくい。背中に乗るといい」

 

「あら、ありがとう」

 

 私はロナンの背中に腰かける。ロナンはゆっくりと立ち上がると森を歩き出した。

 

「皆待っています」

 

 ケンタウルスは占いが得意だ。星を見て未来を読んだり、小枝や枯葉を燃やして真理を求めたりする。私は年に一度ほどホグワーツを訪れ、ケンタウルスと会合をしているのだ。

 

「最近何か変わったことはない?」

 

「そうだね、あまりよくはない。この森にも何かが入ってきている。ユニコーンも殺されている」

 

「ユニコーンが?」

 

 そういえば魔法省にユニコーンが被害にあっているという報告書が上がっているとパチェが言っていた。禁じられた森にもユニコーンが生息していたのか。

 

「それは良くないわ。ユニコーンの死は不吉の象徴。少し急ぎましょう」

 

 ロナンは速度を上げ、ケンタウルスが住処にしている場所へと急ぐ。結構上下に振られるが特に問題はなかった。

 

「少し止まります、レミリア・スカーレット。足音が複数聞こえる」

 

「OK、ハグリッドだと拙いし私は少し隠れるわ」

 

 今回、別にダンブルドアの許可を取ってここにきているわけではない。故にホグワーツで働いているハグリッドに姿を見られるのは拙いのだ。まあハグリッド程度どうとでも誤魔化せるが、面倒なことになるのは変わらない。私はロナンの背中から飛び上がると木の枝に座る。この位置なら上手いこと隠れられるだろう。

 

「そこにいるのは誰だ? 姿を現せ」

 

 大きく野太い声が禁じられた森に響く。この声はハグリッドだ。ロナンはその声を聞いてゆっくりと出ていく。

 

「ああ、ロナン。君か。元気かね?」

 

 ハグリッドが歩いてきて、私でも視認できる位置に来る。ハグリッドはロナンに握手を求めた。

 

「こんばんは、ハグリッド。私を撃とうとしたんですか?」

 

 ロナンは握手に応える。ハグリッドは手に石弓を持っていた。

 

「なに、用心にこしたことはない。なんか悪いもんがこの森をうろついているもんでな。ああそうだ。ここの二人はハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーだ。ホグワーツの一年生。お二人さん、こちらはロナンだ。ケンタウルスだよ」

 

 なるほど、あれが噂のハリー・ポッターで、隣が咲夜と仲のいいハーマイオニー・グレンジャーか。二人ともケンタウルスを見るのは初めてなのか、ポカンと口を開けていた。

 

「こんばんは学生さん。学校では沢山勉強しているかね?」

 

「えーと……」

 

 ハリーが口ごもる。

 

「少しは……」

 

 ハーマイオニーはおずおずと答えた。

 

「少し。そう、それは良かった」

 

 何が良かったのかよくわからないが、ロナンはため息をつくと、空を見上げる。

 

「今夜は火星が明るい」

 

「ああ」

 

 ハグリッドもつられて空を見た。

 

「なあ、ロナンよ。怪我をしたユニコーンを見かけんかったか?」

 

 ハグリッドがロナンに問うが、ロナンは答えない。静かに星を眺め再びため息をついた。

 

「何時の時代も罪のない者が真っ先に犠牲になる。昔からずっとそうです。そして今もなお——」

 

「ああ。だがロナン、何か見なかったか? いつもと……こう、違う何かを」

 

 ロナンの的を射ない返事にハグリッドはイラついているようだった。少し声を荒げている。だが、一方のロナンは飄々としたものだ。

 

「今夜は火星が明るい。いつもとは違う明るさだ」

 

「俺が聞きたいのは火星よりもっと身近なことなんだが……そうか、君は奇妙なものは何も見ていないんだな?」

 

 私は遠くからもう一匹のケンタウルスが近づいているのに気が付いた。あの特徴的な黒髪はベインだろう。ベインは私に気が付くと軽くお辞儀をし、話している二人の前へと出る。ハグリッドは咄嗟に石弓を構えたが、ケンタウルスだと分かると安堵のため息をついてそれを下した。

 

「やあベイン。元気かね?」

 

「こんばんはハグリッド。あなたも元気ですか?」

 

 ハグリッドが挨拶し、ベインがそれに答える。ハグリッドはロナンにもした質問をベインに飛ばした。

 

「なあベイン、最近この辺でおかしなものを見んかったか? 実はユニコーンがやられててな。何かしっちょったら教えとくれ」

 

 ベインはロナンのそばまで歩くと、夜空を見上げる。そして静かに言った。

 

「今夜は火星が明るい」

 

「それはもう聞いた。さーて、何か気が付いたらでいいから何かあったら俺に知らせてくれ。頼んだぞ。さあ、俺たちは行こうか」

 

 質問の答えがちゃんと返ってこず、ハグリッドは不機嫌そうだ。ハグリッドとハリーとハーマイオニーの三人はロナン、ベインと別れ森の中へと消えていく。私は三人が見えなくなると、二人の前に飛び降りた。

 

「ハグリッドはもう少し頭が柔らかければ退学になることもなかったでしょうに。答えは出ているわ。火星が明るい。確かに異常よ」

 

 私はロナンの背中に座る。そしてベインを先頭にし歩き出した。

 

「そうだ、忘れてたわ。こんばんわ、ベイン。元気してる?」

 

「元気ですよ。レミリア・スカーレット。何もお変わりないようでないよりです」

 

 ロナンは私を乗せたまま森を歩いていき、十分もしないうちにケンタウルスの住処に辿り着く。そこでは小さな焚き火が行われていた。

 

「皆の者、今帰りました。それと、レミリア・スカーレットが見えています」

 

 私はロナンの背中から降りると焚き火に近づく。そして立ち上る白い煙を見つめた。

 

「ふむ……何かが起こりそうね。それも何か大きなことが」

 

「ええ、我々もそう考えています。レミリア・スカーレット、星を見上げてみなさい」

 

 私はベインにそう言われて空を見上げる。火星が明るいのは変わらないが、確かに他の星の明るさも変である。私はその後もケンタウルスと魔法界の今後について話し合った。二十分ほど経っただろうか、私の耳はうっすらと少年の叫び声を捉えた。

 

「……今子供の悲鳴が聞こえたわね。ロナンとベイン、ちょっと見てきてもらっていい?」

 

 私がそういうとロナンとベインは不思議そうな顔をする。どうやら聞こえていなかったようだ。

 

「子供の悲鳴ですか? 私たちには聞こえなかった」

 

「ええ、でも私には聞こえたの。何かあるとあれだし、行ってきなさいな」

 

 ロナンとベインは顔を見合わせると、私が指差した方向へと歩いていく。私もそのあとを追った。あの声はハリーのものではない。だが、たどり着いた先にいたのはハリー・ポッターだった。私は先ほどのように木に登り、上からそれを観察する。ハリーはケンタウルスであるフィレンツェの上に乗っている。ローブが土で汚れているところを見るに、何者かに襲われはしたようだ。

 

「フィレンツェ! なんということを……人間を背中に乗せるなど、恥ずかしくないのか? 君はただのロバなのか?」

 

 ベインがフィレンツェに向かって怒鳴る。ケンタウルスの価値観は分からないが、人間はダメで吸血鬼はOKらしかった。まあ、吸血鬼は高貴な生き物で、尚且つ優れていて、頭が良くて、気が利いていて……いや、後半は必ずしもそうとは言えないが。

 

「この子が誰だか分かっているのですか? ポッター家の子です。少しでも早くこの森を離れる必要がある」

 

「我々は天に逆らわないと誓った。惑星の動きから、何が起きるか読み取ったはずじゃないかね?」

 

「私はフィレンツェが最善と思うことをしているんだと信じている」

 

 思わぬところからフィレンツェに助け舟が入る。ロナンだ。だがベインは頑なだった。

 

「最善? それが我々となんの関係があるんですか! ケンタウルスは予言されたことだけに関心を持てばいいんです。森の中で彷徨う人間を追いかけてロバのように走り回るのが我々のすることでしょうか」

 

「あのユニコーンを見なかったのですか? なぜ殺されたのか君にはわからないのですか? それとも惑星はその秘密を君には教えていないですか? ベイン、僕はこの森に忍び寄るものに立ち向かうつもりです。そのためには必要とあらば人間とも手を組む」

 

 フィレンツェはそう言い残すとハリーを乗せたまま茂みの中に消えていく。私は二人が見えなくなると、ベインとロナンのそばに飛び降りた。

 

「ロバっていうのはどうなのよ。それはつまり自分たちが馬ではなくロバだって言ってるようなものじゃない?」

 

「人間でも他人を揶揄する時動物に例えるでしょう。馬ではそのまますぎる」

 

 まあ確かに、人間相手に『この猿』というよりも、『この豚』というほうがダメージがでかいというアレだろう。ベインは住処の方向へ向き直り、静かに歩き出す。私はそんなベインの背中によじ登ると静かに声をかけた。

 

「まあフィレンツェの言いたいこともわかるけどね」

 

 ベインはムスっとした表情で私の方を見る。ベイン自身もこのままではいけないことを分かっているようだった。

 

「それにしても、ユニコーンの血を飲んでいるのはヴォルデモートなのかしら。占いの結果を見る分には間違いないんだろうけど、いまいち確証が持てないわね」

 

「ケンタウルスの予言は外れるときには外れます」

 

「あら、私の予言は外れないわ。死に関することはね」

 

 住処に戻ってしばらくすると、フィレンツェが帰ってくる。フィレンツェはベインと軽く睨み合うと、首を振り焚き火の前に屈み込んだ。私はそんなフィレンツェの隣に移動する。

 

「さっき、何かあったの? 私たちは悲鳴が聞こえたからあそこに向かったんだけど」

 

 私が話しかけると、フィレンツェはゆっくりと振り返る。

 

「ハリーが何者かに襲われていた。私が思うに、あれはあの人でしょう」

 

 フィレンツェは興味なさげに空を見上げる。確かに、惑星を見る限りでは魔法界で再度戦争が起きそうな感じがある。フィレンツェは森に起きている異変をどうにかしたいということだろう。

 

「手を貸せたらいいんだけど、如何せんお忍びだしね」

 

 私は焚き火の中に小枝を放り込んだ。薄っすらと蒸気を上げ、次第に黄色く燃えだす。

 

「それには及びません。本来ならばベインの言うことが正しいのです。ケンタウルスは予言に従う。天に抗う行為は本来なら悪行です」

 

 まあ似た者同士ということだろう。私としては、前に見た予言を回収できて満足である。でも今回のこれにも咲夜は関わっていないようだった。まさかハリーを襲った何者かが咲夜ということはないだろうな。今からでもその人物を追ったほうがいいだろうか。いや、ヴォルデモートが生きているであろう痕跡を少しでも入手することができたので、今回はそれでいいだろう。

 私はフェレンツェに腰掛けると、占いのことを話し始めた。

 

 

 

 

 

 一九九二年、七月。ようやく咲夜が帰ってきた。それまでホグワーツから特に手紙が来なかったところを見るに、咲夜は特別大きな問題を起こさなかったようである。私が夜起き、ベッドから這い出ると隣に咲夜が立っている。咲夜は眠い目を擦っている私の服を着替えさせるとテーブルに夕食を並べた。

 

「おはよう咲夜」

 

「おはようございます。お嬢様」

 

 私は大きくあくびをすると咲夜のサンドイッチを一つ手に取る。そしてそれを食べる前に咲夜に聞いた。

 

「そういえば、賢者の石を巡る攻防戦はどうなったの? 確か咲夜が賢者の石を持っていたわよね?」

 

「はい。一度返しにも行ったのですが、偽物がすでにそこにはなく。学年末に石に関する事件が起きました。結果としては石を盗もうとしていたのはホグワーツの教員のクィレル先生で、どうやら頭の後ろにヴォルデモートを寄生させていたようです」

 

「寄生、ね。パチェの予想の通りだわ。で、肝心の石はどうなったの?」

 

「クィレル先生とは賢者の石を隠してある部屋でばったりと会ったのですが、偽物を掴ませてそのまま逃しました」

 

 私はサンドイッチを一口食べる。うん、結構美味しい。

 

「なるほどね。で、ダンブルドアはなんて?」

 

「結果的にヴォルデモートは石を入手できなかったので、満足そうでしたよ」

 

 ヴォルデモートは結局石を手にすることはなかった。つまり今すぐに復活というのはないだろう。となれば戦争はかなり先の話か。まあ私としては咲夜が卒業するのを待ってもいいのだが。

 

「そう、大変だったのね。色々と。とりあえず上出来よ。……そういえば美鈴がパーティーを開くって言っていたわね。しかも今夜。多分今すぐ」

 

「え? お客様ですか? でしたらすぐに準備を致しますが」

 

 私はサンドイッチの欠片を口の中に放り込む。そして用意されている紅茶で喉を潤した。

 

「まあ人が来るって言えば人が来るんだけどね。というかもう来てる」

 

 私は咲夜の顔をまっすぐと見た。

 

「咲夜、貴方の帰宅を祝うパーティーよ」

 

 それを聞いて咲夜は驚いたように目を大きくした。そして途端に申し訳なさそうになる。

 

「そんな、良いのですか? 私なんかの帰宅を祝ってもらって」

 

「いいのよ。こういうのは当人より準備する側のほうが楽しいものだから。そもそも嫌だと思っているんだったらそんな話は出ないわよ」

 

 次の瞬間、私の部屋の扉が開け放たれる。そこには満面の笑みの美鈴が立っていた。

 

「あー、おぜうさまばっかり咲夜ちゃんを独占してずるいですよ! 私にも咲夜ちゃん成分を補給させなさい!」

 

 咲夜成分ってなんだ。美鈴は私の許可なく部屋に入り込むと咲夜に抱きつく。私はサンドイッチの最後の一切れを食べ終わると椅子から立ち上がり、美鈴の後ろへと回り込んだ。そしてそのまま紅い髪を掴み強引に部屋の外へと放り投げる。美鈴は廊下の壁にぶつかり、そこで動きを止めた。

 

「相変わらずおぜうさまは強引なんだから……あ、そうだ咲夜ちゃん。パーティーホールにいらっしゃいな」

 

 美鈴はそう言い残すと私の部屋から出ていく。私は再度咲夜に向き直った。

 

「まあそういうことよ。そういえば、今本物の賢者の石は?」

 

「ああそれなら。ダンブルドア先生が回収しました」

 

 あ、そう。こうなんか、面白い展開を期待したのだが、そういうわけにもいかないということだろう。私はもう少し咲夜から事の詳細を聞き出し、その後下がらせた。私はベッドの脇に置いてある魔法具を掴むと起動させる。

 

「話は聞いていたかしら? 復活はまだ随分と先のことになりそうよ。……パチェ?」

 

 暫く待つが反応がない。私はふと思いついたことがあり、パーティーホールへと急いだ。そこには主賓の咲夜と美鈴、そして無数の妖精メイドに混じってパチェの姿もあった。どうやら美鈴にパーティーの準備を手伝わされていたようだ。パーティーホールには『メイド長帰宅パーティー』という文字とともに飾り付けがしてあり、いつも行うパーティーと比べると随分とチープだ。だがまあ、こちらのほうが暖かみがあるか。

 

「まあ、いいんじゃないかしら。……改めて、おかえりなさい。咲夜」

 

 私は咲夜に向かって微笑む。咲夜も、私に対して微笑んだ。

 

 

 

 

 夏の休暇に入って少し経ったある日、私の部屋の窓に一匹の梟が舞い降りた。私は窓を開け、便箋を受け取る。梟は暫く私の顔を見たあと、また大空へ飛び立っていった。

 

「さて、誰からかしらね」

 

 私は便箋をひっくり返す。そこにはマルフォイと家名が入った封蝋が押してあった。

 マルフォイ家とは魔法界に昔からある純血の家系で魔法省にもそこそこ顔が利く一族である。そして何より現在の当主のルシウスはホグワーツの理事の一人であり、元死喰い人だ。

 私は封蝋を破り中から手紙を取り出す。果たしてマルフォイから手紙など、何用かと思ったが、なんてことはない。ただの買い物のお誘いだった。手紙の内容を要約すると、学校で息子が咲夜の世話になっているというところから始まり、是非とも咲夜を家に招きたいと続き、レミリア嬢も一緒に来てはどうかという内容で終わっている。追伸で、その時に新学期の買い物など如何かと書かれていた。

 私はそれを読み、素直に感心する。勿論、マルフォイにではなく、咲夜にだが。マルフォイのところの息子と知り合いなのは知っていたが、まさか家に呼ばれるほど親しくなっているとは思っても見なかった。なんにしても、この繋がりは武器になる。死喰い人との接点を作っておくのも悪くはないだろう。もっとも、潜入するとしたら私じゃなく咲夜だが。

 

「まあ返事を出すとしたら咲夜の返答を聞いてからね。もしかしたら顔も見たくないって言うかもしれないし。なにより咲夜の中での人間の定義っていうのが曖昧だわ。咲夜自身人間であるはずなのに。これはあまりいい傾向とは言えないわね。……咲夜」

 

 私が呼んだ瞬間、私の右隣に咲夜が現れた。これの仕組みを簡単に説明すると、単純に私が咲夜に信号を送っているだけである。決して咲夜が四六時中私の事を監視しているわけではない。普段私が許可しない時は部屋には入ってはいけない事になっている。例外があるとすれば私が眠っている時だ。

 

「咲夜、手紙が届いているわ。と言っても手紙自体は私宛なんだけどね」

 

 私はマルフォイからの手紙を咲夜に手渡す。咲夜は手紙に目を通すとすぐに私に返した。

 

「ドラコの家にお呼ばれですか」

 

「まあ、今すぐ返事をするってわけでもないから。頭の片隅に留めておきなさい。もう下がっていいわよ」

 

「畏まりました。失礼致します」

 

 咲夜は一礼するとその場から消える。少し素っ気ないように見えるかもしれないが、これでも私も咲夜も暇ではない。あまり拘束しては迷惑だろう。私はマルフォイからの手紙を引き出しの中に仕舞うと、普通の郵便で来た手紙の束を取り出す。もっとも、郵便局の人間が直接紅魔館に手紙を届けに来るわけではない。私自身多くの住所を持っており、手紙が届く場所もまちまちだ。その全ての郵便受けが魔法によって繋がっており、最終的には私の書斎の引き出しの中に転送されるようになっている。

 私は手紙を一つずつ開き、目を通していく。そして返信が必要なものと必要ないものに分け、必要ないものは引き出しに仕舞い込んだ。

 

「さて、と。ん? 珍しい。イギリスの首相から手紙が来てるわね」

 

 最近イギリスの首相は替わった。その首相は知らない仲ではない。首相は首相となる少し前、言ってしまえば政治家として一番大切な時期にマフィアに目をつけられてしまい、かなり危機的状況だったのだ。

 

「あの時助けた政治家が首相になるなんてねぇ。世の中何が起きるか分からないわ」

 

 もっとも、首相は私が吸血鬼であるということを知らない。あの時マフィアを殲滅させたときも姿は見せず、ほぼ手紙でのやり取りだけだった。首相からしたら私は裏の世界を支配しているマフィアか、権力者のように映っているだろう。だが、そうだとしてもこの手紙は異様だ。手紙には魔法界の魔法大臣と接触したということが書かれていた。どうやらその話の真偽を確かめるために私に手紙を出したようだった。

 

「そういえばマグルの首相が替わるたびに魔法大臣が挨拶に来るんだったわね。あいつもその洗礼を受けたと」

 

 これはどう返したものか。首相に魔法界について説明するのは簡単だ。だが、ここで私が魔法界と繋がりがあることを話していいものだろうか。下手をするとここで関係が切れる可能性もある。問題は私の話にどこまでの信憑性があるかだ。

 

「まあはっきりとは書かず、噂を聞いたことがあるって程度に留めておきますか。ハッキリ説明するよりかは信憑性がありそうね」

 

 私はレターセットを取り出し、返事を書き始める。魔法界があるという噂は聞いたことがあるということと、不審な物資の動きが世界各地で観測されていることを書いた。取りあえずこれで納得してもらおう。私は手紙に封蝋をすると切手を貼る。そして体の一部を分裂させ、蝙蝠に手紙を持たせた。私が窓を開けると蝙蝠は飛び立つ。町はずれにあるポストに投函してくれることだろう。

 

「なんにしてもマグルの首相が魔法界に入れ込むのはいいこととは言えないわね」

 

 できれば夢か何かだと思い込んで早々に忘れてくれたほうがいい。魔法界の事情をマグルの世界に持ち込むべきではない。住み分けが大切なのだ。

 

「まあ私の正体は知ってるけど、魔法界の存在は知らないって奴も結構いるんだけどね」

 

 私は残りの手紙の処理に取り掛かる。この分には日付が変わる前には終わるだろう。

 

 

 

 

 起きたら日が昇っていた。カーテンを通して薄っすらと日の光が部屋に差し込んでいる。私はそれを見て本能的に眠たくなるが、二度寝するわけにもいかない。昨日就寝した時間は朝の九時。そして現在の時刻は朝の九時だ。

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

 私が寝返りと打つと、咲夜のエプロンの白が目の前に映る。私はベッドからゆっくり起き上がると咲夜と向きあった。

 

「おはよう咲夜。そういえば時間を止めていたんだったわね」

 

 そう、今日は朝から用事があるため、朝寝る時に咲夜に時間を止めてもらって、止まった時間の中で寝たのだ。そのため実際には一秒たりとも時間は経過していない。

 

「咲夜も寝れた?」

 

「はい、時間を止めている間、私も眠っていました」

 

 私はベッドから起き上がると服を着替える。その間にも咲夜は夕食、いや朝食の準備をしていた。私は手の届かない部分を咲夜に留めてもらい、着替えを完了させる。そして椅子に座り朝食を取り始めた。

 

「咲夜はもう食べたのよね?」

 

 咲夜は紅茶を淹れながら答える。

 

「はい、私は起きた時に頂きました」

 

「そう」

 

 そう、今日はマルフォイとダイアゴン横丁に買い物に行くのだ。本来なら向こうがこちらの時間に合わせるのが筋ってものだが、ダイアゴン横丁にある店は大体昼間しか営業していない。仕方なくこちらが時間を合わせた。私は朝食を取り終わると咲夜を従えて大図書館に向かう。咲夜は何時もの鞄と、私用の少し大きい日傘を持っていた。

 

「そう言えば、本来の目的は買い物だったわね。二年生になって新たに必要な物でも出来たの?」

 

 私の後ろを歩く咲夜に、私は何気なく聞く。

 

「はい。二年生で必要になる教科書は新しいものが多いらしく、大図書館の蔵書にないとパチュリー様が仰っていましたので」

 

 大図書館にもない、か。咲夜はホグワーツから送られてきたのであろう手紙を私に手渡してくる。私はそれを受け取りしげしげと眺めた。

 

「ちょっと見せて……げ、これは酷いわね」

 

 用意しなければならない殆どがギルデロイ・ロックハート著と書かれている。私はロックハートという名前に聞き覚えがあった。確か最近魔法界で売れているアイドルのような存在だったはずだ。数々の偉業を成し遂げているらしいが、詳しいことは知らない。まあ、よくてダンブルドアの劣化版だろう。

 

「……そうね、じゃあパチェへの手土産用も含めて二冊ずつ買いなさい」

 

「かしこまりました。お嬢様はギルデロイ・ロックハートという魔法使いを知っていますか?」

 

 咲夜もロックハートという魔法使いを知らないらしい。まあ咲夜自身、興味ないものにはとことん興味を示さない性格故、仕方がないことだろう。

 

「本を沢山出しているということは、まあ有名ではあるんでしょ」

 

 私は適当に答えると大図書館の扉を開け放つ。珍しいことにパチェの姿は見えなかった。咲夜は自分の服装を正すと、私の服装も正してくれる。私の後ろに回り込み、襟を直している時、咲夜の動きは不意に止まった。

 

「そういえばお嬢様、羽はどのようにすれば良いでしょう?」

 

 どうやら、咲夜は少し勘違いをしているようだ。確かにマグルの世界じゃ私は吸血鬼であるということを隠している。だが、これから向かうのはダイアゴン横丁で、そこには魔法使いしかいない。私が吸血鬼であるということを別に隠さなくてもよいのである。

 

「咲夜、一つ言っておくけど……私の羽は外したり仕舞ったり消したりすることは出来ないわよ? 毟るというなら話は別だけど。それに、私が吸血鬼だってバレたら拙い事情でもあるわけ?」

 

 ふふん、と私は得意げに胸を張る。

 

「むしろ見せつけてやればいいのよ。私は人間のように地を這いずる下等な生き物ではないとね。それにロンドン市街を歩くわけでもないでしょうに」

 

「これは失礼致しました」

 

 私がそういうと咲夜は深く頭を下げて謝罪する。私はそんな咲夜の頭を撫でた。

 

「その様子だと学校でも私の正体を隠しているようね。むしろ誇り、自慢しなさい。私は吸血鬼に仕えるメイドであるとね」

 

 それで咲夜は納得したのか、顔を上げて私の目を見る。いつも思うが、咲夜の目は純粋で、輝いている。

 

「畏まりました。ではそのように振舞います」

 

 そのようなやり取りをしていると、パチェが本棚の影からひょっこり姿を現す。そして咲夜の方を見て小さくため息をついた。

 

「咲夜、それではダメよ。日傘を差しなさい」

 

 それを聞いて咲夜は不思議そうな顔をする。

 

「図書館の中でですか?」

 

「ええそうよ。愛する主をローストチキンにしたくないならね」

 

 日傘まではなんとなく分かるが……え? ローストチキン? 吸血鬼って日光で燃えると美味しくなるの?

 

「パチェ、吸血鬼って焼いたらチキンになるのかしら?」

 

「消し炭になるまで焼いたら区別なんてつかないでしょ」

 

「それはもうローストチキンではないと思いますが」

 

 咲夜はそう言いながらも日傘を広げ、私の横に立つ。パチェは私と咲夜の間に移動すると咲夜の手を掴み、私の肩にも手を置いた。次の瞬間視界が回り、地に足が付いた時にはそこは炎天下の屋外だった。姿現しだ。まだ正午は過ぎていないが、外は十分暑い。咲夜は姿現しのショックから立ち直れていないのか、日傘が真っすぐ差せていなかった。

 

「咲夜、日傘をしっかりと差しなさい。私の羽がローストチキンになりかけてるわ」

 

 私がそういうと咲夜は慌てて日傘の位置を調整する。咲夜は周囲をきょろきょろと見回すと、パチェに聞いた。

 

「パチュリー様、先ほどのが姿現しですか?」

 

「ええそうよ。そのうち教えてあげるわ。帰りは何処かの暖炉を使って頂戴」

 

 パチェは暑いと呟きながら姿現しで紅魔館へと帰っていく。咲夜は感心したようにパチェが消えた場所を眺めていた。

 

「咲夜、行くわよ」

 

 私は目の前にある屋敷へと歩き出す。咲夜もそれに合わせて私についてきた。パチェのことだから、マルフォイ家の目の前に出してくれたはずである。ということは目の前にあるこの屋敷がマルフォイ家の屋敷なのだろう。咲夜は屋敷の玄関を軽く見回すと、ドアノッカーを四回叩く。するとその瞬間、蛇の模様が話し出した。

 

「どなたか?」

 

 咲夜はそれに少し驚いていたようだったが、すぐに平静を取り戻し、返事をする。

 

「レミリア・スカーレット嬢とその従者の十六夜咲夜です」

 

「暫し待たれよ」

 

 蛇の模様はそう言い残すと沈黙する。

 

「蹴り破っていいかしら」

 

 私は少し退屈だったので咲夜にそんな冗談を飛ばしたが、咲夜はそれを聞かなかったことにしたらしい。涼しい顔で扉の前に立っている。そんなやり取りをしているうちに、扉が独りでに開き、白く細い女が戸口から現れる。

 

「今日はお越しくださいましてありがとうございます。旦那から話は伺っておりますわ」

 

「お邪魔するわよ」

 

 その女は私たち二人を先導し、客間のようなところに通す。

 

「自己紹介が遅れました。わたくし、ナルシッサ・マルフォイと申します。ルシウスの妻です。今旦那と息子を呼んできますね」

 

 なんだ、マルフォイの妻か。てっきり使用人かと思ってしまった。ナルシッサは軽く礼をすると客間を出ていく。私は客間にある椅子にどっかりと腰かけた。うん、クッションは悪くない。ナルシッサこだわりの品だろうか。咲夜は相変わらず私の横に佇んでいる。こんな時ぐらい座ればいいと思ったが、まあ好きにさせておこう。

 ナルシッサと入れ替わるようにして屋敷しもべ妖精が紅茶を運んできた。そしていそいそとテーブルに紅茶を並べ、逃げるように部屋を出ていく。べつに取って食いはしないのだが……。

 

「大層な手紙の書き方だったから少し期待していたけど、これでは庶民と変わらないわね」

 

 そんな私の言葉に咲夜は首を傾げた。

 

「十分立派なお屋敷だと思うのですが……」

 

「別に住んでいる家なんてどうでもいいわ」

 

 問題があるとすれば、客にお茶を出すときに、屋敷しもべにもってこさせたという点だろう。屋敷しもべを使うのは別に構わないにしても、もう少し清潔な恰好をさせることはできないのだろうか。今さっき紅茶を運んできた屋敷しもべは、なんというかぼろ雑巾のようなものを着ていた。何とも汚らわしい。もし紅魔館に屋敷しもべ妖精がいたとしたら、私なら立派な執事服を着せる。

 私は出された紅茶を一口飲んだ。……これは何とも言えない。少なくとも、客に出すものではないのは確かだ。私は軽く眉を顰め、カップをソーサーに戻す。

 

「咲夜」

 

 そして一言咲夜の名を呼んだ。

 

「ありがと」

 

 私は紅茶の色がほんのり変わっていることを確認すると、再度紅茶に口を付ける。うん、今度はいつも飲んでいる咲夜の紅茶の味がした。流石私の従者だ。気が利いている。私の考えていることを読み、ティーカップの中身を入れ替えてくれたらしい。

 私は咲夜の淹れた紅茶を飲みながら考える。今日マルフォイの誘いに乗ったのは他でもない。咲夜と死喰い人との接点を作るためだ。マルフォイ家は昔からスリザリンの家系で、ヴォルデモートが脅威を振るっていた時代にも死喰い人の中心人物として活動していた。そして今でも魔法界に大きな発言力を持つ人物である。

 今回の目的はそれだけではない。今日、行く場所はダイアゴン横丁だ。ダイアゴン横丁の隣には夜の闇横丁がある。そこにヴォルデモート、トム・リドルがホグワーツ卒業後に働いていたボージン・アンド・バークスがあるのだ。どうせなら、そこも視察していこう。大体の予定を立て終えると、もう一度ゆっくりと紅茶を飲む。さて、ここからが肝心だ。




レミリアが禁じられた森を訪ねる

ハリーが謎のフードに襲われる

学年末試験

賢者の石を盗みにクィレルが動く

咲夜がクィレルに賢者の石を渡す(偽物)

咲夜帰宅

マルフォイからお誘いの手紙が届く

マルフォイの家に行く←今ここ


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マルフォイ邸やら、ノクターンやら、ダイアゴン横丁やら

最近更新頻度がゆっくりになってきてますが、何の問題もありません。決してMGSVに嵌っているわけではありません。
それとは別に話の進行速度が遅すぎるのではないかと心配しております。来年度までに書き終わらないと最悪エタってしまうので。
誤字脱字等ございましたらご報告していただけると助かります。


 紅茶を飲みながら暫く待っていると、客間にルシウスとその息子が入ってくる。ルシウスは私に握手を求めてきた。

 

「遠くからご足労いただきまして、ありがとうございます。お初にお目に掛かります。ルシウス・マルフォイと申します」

 

 私は椅子から立ち上がるとルシウスの握手に答えた。

 

「レミリア・スカーレットよ。堅苦しいのは無しで行きましょう。社交ダンスでも始まるなら別だけどね。敬語も無しよ。私も敬語で返すの面倒だもの」

 

 まあ本来向こう敬語、こっちタメ口が普通なのだが……これは所謂社交辞令という奴である。

 

「これは癖のようなものでね。では少し崩して話すことにしましょう」

 

 ルシウスの敬語が少し崩れる。どうやら社交辞令とは捉えなかったようだ。舐められているのか? だとしたら上座は譲らん。私はさっさと上座に座る。まあ招待されているのだから当たり前だが。そして咲夜にも私の隣に座るようにと指示を出した。そしてルシウスは私の前、その息子は咲夜の前に座る。

 

「それで今日は何だったかしら。確かダイアゴン横丁に行くんだっけ?」

 

 私は今日の予定を確認するようにルシウスに問う。

 

「ええ、息子の学用品を買いに行くのでね。少々寄り道もしますが。ドラコが是非ともあなた方を誘いたいと」

 

「あら、気を使わなくてもいいのよ? 私じゃなく咲夜を誘いたかったんでしょ?」

 

「そんな、滅相もない」

 

 まあ、今回に関しては本来なら私が咲夜のおまけだ。マルフォイ家と親交があるのは咲夜であって、私ではない。

 

「まあここでグダグダ話していても時間の無駄だし、早速行きましょう」

 

 私がそういうとルシウスは椅子から立ち上がる。私もそれを見て椅子から立ち上がった。

 

「では暖炉に案内しよう。こちらに」

 

 私はルシウスの後について客間を出る。そのまま廊下を少し歩き、玄関ホールにやってきた。ルシウスは暖炉の火に向かって煙突飛行粉を投げ入れると息子に先に行くように指示を出す。息子は慣れた様子で暖炉に入ると『ノクターン横丁』と目的地を口に出した。

 ほう、闇の魔法使いとは知っているが、まさかいきなりノクターン横丁に直行するとは思わなかった。私に対し目的地はダイアゴン横丁であると言っているのにである。私がルシウスの顔を見るとルシウスも怪訝な顔をしていた。どうやら息子が口に出した目的地はルシウスも予想していなかったものらしかった。

 

「私は最後に後を追いますので、お先に」

 

 ルシウスは少し視線を泳がせながらも、私に対して言う。まあ、息子がノクターンに向かってしまったのなら、それに合わせるしかないだろう。私は咲夜と一緒に暖炉に入るとノクターン横丁と地名を口にした。次の瞬間、私の両足が地面から離れる。次々と目の前の景色が変わっていき、最終的に薄暗い雰囲気を纏った横丁に出る。ノクターン横丁だ。いくら薄暗い雰囲気があるといっても、現在の時刻は十時ちょっと前。日の光は差し込んでくる。咲夜はそれに気が付いたのか日傘を差し私の隣に立った。それにしても……。

 

「なんだか面白そうなものが沢山あるわね。咲夜、あの店とか面白そうじゃない?」

 

 まさかボージン・アンド・バークスの目の前に出るなんて。これも運命だろう。

 

「ボージン・アンド・バークスか。私もあそこには用事があります。寄っていきましょう」

 

 後ろからルシウスの声が聞こえてくる。どうやら、全員揃ったようだ。まあそんなことはどうでもいい。私はいち早く店に入ると店内を見回す。なるほど、ここがリドルの働いていた店か。随分と寂れた、埃っぽい店だ。だが、内装に反して、展示してあるものは興味深いものが多い。

 

「咲夜、これなんて可愛らしいわよ。勝手に飛んで行って対象の目を抉り抜き、自らが収まる義眼ですって。こっちには爪を剝がさずにそれと同じような苦痛を与える魔法具もあるわね。このヘンテコな器具は何に使うのかしら?」

 

「それは親指を押し潰す拷問器具です」

 

 私の問いに咲夜が簡潔に答える。

 

「親指を? そんなことしても意味がないじゃない」

 

 親指ぐらい簡単に再生するだろう。そんなもの怪我のうちに入らない。

 

「痛みを与える道具ですので……死に至らせることが目的ではないようです。ですがこの程度いくらでも魔法で代用が効きそうですが……」

 

 咲夜は器具を見ながら首を傾げている。正直可愛い。次の瞬間、私は店の奥から視線を感じた。何者かが私を陰から見ている。流石私だ。どんな場所でも目立っている、と冗談を言っている場合ではない。私はその視線の主に気が付かれないように気を付けながらそっと様子を窺った。

 

「見た目が大切なのですよ。今からこの道具が自分にどのように使われるのか対象に想像させるだけで相応の効果が出る。杖での魔法では結果しか生まれない故……ドラコ、一切触るんじゃないぞ」

 

 ルシウスが何か言っているが、今それどころではない。私を覗いているそいつは……なんとあのハリー・ポッターだった。天井に伸びる煙突を見るに、どうやら何かの間違いでこの店に煙突飛行してきてしまったらしい。まあ、ホグワーツに入りたてのガキ一人程度、何かができるわけでもない。放っておいても大丈夫だろう。

 

「なにかプレゼントを買ってくれるんだと思ったのに」

 

 息子は駄々を捏ねるようにルシウスに言う。だがルシウスは全く取り合わなかった。

 

「競技用の箒を買ってやると言ったんだ」

 

「そんなの、寮の選手に選ばれなきゃ意味ないだろ? ハリー・ポッターなんか、去年ニンバス2000を貰ったんだ。グリフィンドールの寮チームでプレーできるようにダンブルドアから特別許可まで貰った。そんなに上手くもないのに。単に有名だからなんだ……額に傷があるから有名なだけで」

 

 こういう風に拗ねた子供を見るのも久しぶりだ。咲夜は人間が出来すぎていて私に対して文句を言ったり、拗ねた態度を取ったりもしない。

 

「どいつもこいつもハリーがカッコいいって思ってる。額に傷、手に箒の素敵なポッターさ……」

 

「同じことをもう何十回と聞かされた。しかし言っておくが、ハリー・ポッターが好きでないような素振りを見せるのは、なんというか賢明ではないぞ。特に今は多くの者が彼を闇の帝王を消したヒーローとして扱っているのだから」

 

 私はそう話すルシウスをそれとなく観察する。彼の言葉が真意かどうか推し量るためだ。……なるほど、嘘を言っているわけではない。少なくともルシウスはヴォルデモートが死んだものと思っているようだった。少し当てが外れたが、まあいいだろう。

 

「ハリー・ポッターか。確かに有名と言ったら有名ね。でもそれは貴方も同じでなくて?」

 

 仕方がないので息子の方にちょっかいを出すことにした。私が急に話しかけたせいか、ルシウスの息子は面白いぐらいに動揺し、咄嗟に膨れっ面から表情を取り繕う。

 

「マルフォイ家といったら間違いなく純血の血筋とされる聖二十八一族の一つじゃない。まあ貴方の言いたいことも分からなくはないけどね。ハリー・ポッターがヴォルデモートを消し去ったというのは些か無理があるもの。赤ん坊が彼を消し去ったなんて冗談が過ぎるわ」

 

 取りあえずおだて、私は息子の頬に手を触れる。そして吸血鬼の能力の一つである魅了を発動させた。

 

「この世の中、真実とは常に隠されるもの。その真髄を覗いてみたい?」

 

 息子はぼんやりとしながら私に向かって手を伸ばす。よし、もう少しで掛かるだろう。

 

「うちの息子を魅了するのはやめて頂きたい。これは予想でしかないが、多分ドラコの血は美味しくないでしょう」

 

 急にルシウスが私とドラコの間に割って入る。なるほど、まあ馬鹿ではないということか。私の手が息子から離れると、途端に魅了は解け、息子は我に返ったように周囲を見回し始める。

 

「純血は美味しいのよ。B型だと尚のことね。それにこの子臆病そうだし」

 

 そう、私は自分を恐れる人間からしか血を吸わない。食卓に血液がそのまま並ばないのはそういった理由もあるのだ。まあ、紅魔館の冷蔵庫の中にはフラン用の血液パックが入っているが。

 

「あれを買ってくれる?」

 

 急に息子が近くの棚を指さす。そこには萎びた手のようなものがクッションの上に置かれて展示してあった。

 

「『栄光の手』でございますね。蝋燭を差し込んでいただきますと手に持っている者だけにしか見えない灯りが点ります。泥棒、強盗には最高の味方でございまして……お坊ちゃまはお目が高くいらっしゃる!」

 

 店主は嬉しそうにその萎びた手の説明を始めるが、ルシウスは冷たく返した。

 

「ボージン。私の息子は泥棒、強盗よりはましなものになって欲しいが。……ただし息子の成績がこれ以上上がらないようなら、行きつく先は精々そんなところかもしれん」

 

「僕の責任じゃない。先生がみんな贔屓をするんだ。あのハーマイオニー・グレンジャーが――」

 

「私はむしろ魔法の家系でも何でもない小娘に、全科目の試験で負けているお前が恥じ入ってしかるべきだと思うが。十六夜君を見習いたまえ」

 

 ルシウスは咲夜の方を向いた。

 

「総合成績では噂に聞くグレンジャーを抜いて一位だったようじゃないか。魔法族とはそうあるべきだ。流石、スカーレット家に仕える従者は格が違いますな」

 

「私のメイドだもの。当然よ。そのグレンジャーとやらに負けていたら鞭で叩いていたわ」

 

 まあ、もし負けていたとしても鞭で叩くようなことはしないが。今のは咲夜に対して言ったのではない。暗に息子を鞭で叩けと言ったのだ。ルシウスはその意図を察したらしく。店主に何気なく聞く。

 

「ふむ。ボージン、この店に鞭は置いてあるか?」

 

 その言葉を聞いてルシウスの息子は面白いぐらいに顔を青くした。店主は心当たりがあったのか、机の下を探り出した。

 

「どれだけ叩いても皮膚が裂けない鞭というものがありまして……」

 

「冗談だ。私のリストに話を戻そう」

 

 ルシウスはキッパリとそう言うと、ローブから羊皮紙を取り出して店主と話し始める。私はもう一度ハリーの方を窺った。どうやらまだそこを動けずにいるようだった。まあそれもそうだろう。何かやましい現場に居合わせたわけではないが、この状況で外に出れるはずもない。

 

「――決まりだ。レミリア嬢もよろしいですかな?」

 

 どうやら店主と話がついたようだ。ルシウスは私に確認を取る。まあ別に買いたいものがあるわけでもない。それにリドルがどのような店で働いていたのかも知ることができた。取りあえずは満足だった。

 

「ええ、面白いモノも見れたし、次に行きましょう」

 

 私は一番に店の外に出ると辺りを見渡す。ここに来るのは別に初めてというわけでもないが、面白そうなものがいっぱいだった。

 

「ルシウス、少し見たい店があるのだけれど、いいかしら?」

 

「どの店ですかな? レミリア嬢」

 

 私は少し離れた場所にある店を指さす。その店先には黒い何かが檻に入れられて、蠢いていた。

 

「あの店! 大きな檻にまっくろくろすけのようなものが沢山入っているわ。何かしらあれ」

 

 ルシウスは手帳を確認すると、少し申し訳なさそうな顔をする。どうやら彼の用事とやらはまだ終わっていなかったようだ。

 

「そうだ、私は少し私用を済ませてこなくてはなりませんので。ドラコを少し見ておいてはくれませんか?」

 

 先ほどもルシウスはボージン・アンド・バークスで結構な量の魔法具を売っていた。売っていたと言っても商品はまだマルフォイの家の中だろうが。話を薄っすらと聞いていた限りでは、近いうちに店主が取りに伺うらしい。最近魔法省が抜き打ちの立ち入り調査を行っているという噂を聞いたことがあるが、それと関係あるのだろうか。

 

「それじゃあ私たちは向こうの方にいるわ。何処かで待ち合わせをする?」

 

「用事が終わったらこちらから合流しよう。好きに回っていてくれたまえ」

 

 ルシウスはそう言い残すと姿現しでこの場から消える。私は建物の影を伝い檻の前まで移動した。どうやら黒いもじゃもじゃの正体は大きな蜘蛛の群れだったようだ。私は暫くその蜘蛛の群れに気を取られたが、息子がいることを思い出し、ちょっかいを再開した。

 

「先ほども言ったことだけど、ハリー・ポッターは今のところ別に凄くも何ともないわ。大切なものは生まれではなく死ぬまでに何をしでかすかよ」

 

 私の何気ない言葉を深い意味で捉えたのか、息子は目を閉じてじっと考え込む。

 

「わぁあ!」

 

「うわぁあああっ!!」

 

 私はそんな息子の前でいきなり大声を出した。途端に息子は地面にひっくり返り、ジタバタと手足を動かしている。非常に愉快だ。弄りがいがある。

 

「な、なにをするん……ですか!」

 

 息子はとぎれとぎれの敬語でそう言った。そんな様子を見て私は爆笑してしまう。何というか、ここまで小心者だと逆に面白い。咲夜の友達にふさわしいかと問われればそうとは言えないが。

 

「人前で簡単に目を瞑るからよ。人間はね、知覚の八十パーセントを視覚に頼っているらしいわ。外で不用意に目を瞑るべきではないわね。さあ、行きましょうか」

 

 私はもう一度クスリと笑うと、建物の影を移動していく。咲夜と息子もそのあとを追ってきた。

 

 

 

 

 ノクターン横丁での用事も終わり、私たちはダイアゴン横丁に出る。ダイアゴン横丁のほうが日当たりが良いので、灰にならないように気を付けなければならないだろう。一番最初に入ったのは箒が沢山並んだ店だ。箒専門店と言っても地面を掃く箒は置いていない。全てが飛行用の箒だった。私は壁に掛かっている持ち手が湾曲した箒を見上げる。上に乗るにはいい形だが、箒本来の使い方は出来ないだろう。

 

「これじゃあ掃きにくいでしょうに」

 

「お嬢様、ここにある箒は掃除をするための物ではありませんよ?」

 

「高い箒で床を履いたらさらに綺麗になるんじゃないかと思っただけよ。魔法使いが箒で空を飛ぶことぐらい知ってるわ」

 

「それは失礼致しました」

 

 私は壁に掛かった箒の値札を見る。ニンバス2000、二十ガリオンだ。地面を掃く箒としては高いが、競技用としてなら、まあ値段相応と言えるだろう。

 

「でもこれ座席はついていないのよね。足を置く金具はついているのに。痛くないのかしら」

 

 こんな状態で加速したり上昇したりすれば、相当な負担が掛かるはずだ。どことは言わないが。

 

「箒にはクッションの魔法が掛けられており、痛くはありません。その魔法が作られる以前は地獄だったようですが」

 

 咲夜はそう説明するが、その口調はまるで箒に乗ったことがあろうようなものだった。

 

「貴方、箒に乗ったことあるの?」

 

「はい、ホグワーツには箒での飛行訓練が授業に組み込まれています」

 

 それはそれは……なんとも退屈な授業だ。咲夜は箒を使わなくても空を飛ぶことができる。箒を使って空を飛ぶなど、松葉杖をついて歩くようなものだろう。私は咲夜に労いの言葉を掛けようとするが、咲夜は不意にカウンターの方へと振り向く。何かあったのかと私もそちらに意識を向けたが、どうやらルシウスとその息子が言い争いをしているだけのようだった。

 二人の言い争いを簡単に纏めると、息子がルシウスに最新型の箒をスリザリンチーム全員に買えとねだっているようだ。なんともみみっちい話である。確かクィディッチは七人一チームで行われるスポーツであったはずだ。全員分の箒を買っても百四十七ガリオン。ポンドに直して七百三十五ポンドである。はした金ではないか。それとも、あの門構えは伊達なのだろうか。

 

「買ってあげればいいじゃない。貧相な考えはその者の姿形まで貧相に見せるわ。一本たった二十一ガリオンでしょう?」

 

 私の言葉を聞いて、ルシウスは少し考え込む。いや、考える時点で貧乏性とも言えるが。

 

「……ふむ。それではその新型をスリザリンチームに寄贈する形を取ろう。それでいいなドラコ」

 

 ルシウスのそんな言葉を聞いて、息子は満足そうに頷く。だが勘違いしてはいけない。ルシウスは一言も息子にプレゼントするとは言わなかった。つまり寮の選抜チームに選ばれなかったら息子の箒はないということである。取りあえず、そんなところでこの話は決着がついたらしい。だが、そんなやり取りがあったおかげで、私は一つ思いついたことがあった。

 

「二年生からは自分の箒を持って行ってもいいのね……咲夜、紅魔館から愛用の掃除用の箒を持っていく?」

 

 咲夜は結構物を大切にするほうで、物持ちもいい。今持っている鞄もかなり小さい時から使っているものだ。それなのにあまり傷んだ様子がないのは、咲夜がきちんと手入れを行っているからだろう。

 

「いえ、ホグワーツには私よりも優秀な清掃員がいるようです。いつの間にか綺麗になっていますもの」

 

「掃除用の箒じゃ空は飛べないって?」

 

 私は試すように咲夜に冗談を飛ばす。

 

「お嬢様がご命令なさるのなら、掃除用の箒でそこにある最新型を追い抜きましょう」

 

 咲夜はそう言ってクスリと笑った。私もケタケタと笑うと壁に掛かっている中から私のお気に入りの一本を手に取る。オークシャフト79だ。パチェが生まれるより少し前にエリアス・グリムストーンによって製造されたこの箒は、大西洋横断にも用いられた傑作であり、箒の中では有名なほうである。もっとも、製造されてから随分経つので若い人間は知らないことが多いが。

 

「店主、この箒を購入したい。いくらかしら?」

 

「1879年製造のそちらですと、五十ガリオンほどになりますが……博物館に展示してあるほどの年代物ですよ?」

 

 店主は少しオロオロとしながら言った。どうやら、あまり手放したくないようである。もし本当に売りたいのであれば、積極的にこの箒の骨董価値について語るはずだ。

 

「なるほど、希少ということね。ますます気に入った。咲夜、貴方にプレゼントするわ」

 

「そんな、悪いですよ」

 

「箒が?」

 

「いえ、そうではなくてですね……」

 

 あまりお気に召さなかったのだろうか。いや、咲夜のことだ。私があげたものを喜ばないはずがない。たとえガムの包み紙でも後生大事に保管するだろう。今回は、普通に遠慮しているだけのようだ。そんな咲夜の態度が面白くて、私はまた笑ってしまう。私は店主に百ガリオンが詰まった袋を放り投げた。

 

「形だけでも箒は持っておきなさい。例え使わなくとも持っているという事実は残るわ。本当に要らないと思ったらこれで紅魔館の掃除でもすればいいし」

 

「お嬢様からの贈り物でそんなことは……」

 

「でしょうね。なんにしても、貴方なら荷物にはならないでしょう?」

 

 店主はガリオン金貨を数え、私の方を窺い見る。どうやらガリオン金貨が多すぎることを気にしているようだ。私は目で『それでいい』と訴えかけ、店主に箒を渡す。店主は苦笑いを浮かべながら箒を紙袋に入れると、私に手渡した。私はそれを咲夜に差し出す。

 

「ありがとうございます、お嬢様。大切にします」

 

 咲夜はついに諦めたのか、私から箒を受け取り、鞄の中に仕舞った。

 

「本当はその箒で有名なハリー・ポッターにシーカー勝負で勝って欲しいところだけど、同じグリフィンドールだものね。まあ二年生になったお祝いということにしておきなさい」

 

 私がそういうと、咲夜は今一度深々と頭を下げる。一方ルシウスは、注文した箒をホグワーツに届けるようにと店主に言いつけていた。

 取りあえずここでの用事も終わり、私たちは店を後にする。二年生になって新しく必要になった教科書を買うために、次はフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に向かうことになった。

 

「そういえば、さっき別行動してた時、何処に行っていたの?」

 

 私は前を歩くルシウスに問う。ルシウスは特に表情を変えずに答えた。

 

「グリンゴッツに少々。レミリア嬢も用事がありましたかな?」

 

「私はグリンゴッツに金庫を持ってないわ。知り合いの金庫の管理はしてるけど」

 

 そういえば最近資本家と会ってないな。まだ生きているだろうか。まあアレが管理している会社が潰れていないところを見るとまだ生きているのだろう。今年のクリスマスパーティに呼ぶのもいいかもしれない。

 暫くダイアゴン横丁を歩くとフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店が見えてくる。ここの品揃えは魔法界一と言ってもいいだろう。まあ図書館としてはうちが一番だが。いつもは落ち着いた雰囲気を醸し出しているフローリッシュ・アンド・ブロッツだが、今日は見たことないぐらいに込み合っていた。何人もの魔法使いが押し合い圧し合いしながら店に入ろうとしている。店の外では店主が困ったようにオロオロとしていた。何というか、列を作って順番に入ることはできないのだろうか。イギリスは紳士の国だろうに。

 

「あら、魔法使いって種族は随分と勤勉なのね。我先にと本を購入しようとするほどに」

 

 私は軽く皮肉を言いながら店に掛かった垂れ幕を見る。そこにはギルデロイ・ロックハートのサイン会があると書かれていた。

 

「少し買い物の順番を間違えたでしょうか。サイン会が始まる前に来ればよかったですね」

 

 咲夜はサイン会の開始時間を見ながら言う。どうやら今さっき始まったばかりのようである。

 

「お嬢様、少々こちらでお待ちいただけますでしょうか? 必要な買い物だけ済ませてすぐに出てきます」

 

 咲夜はそう言うと、不自然に見えないような位置で器用に消える。そして数分もしないうちに帰ってきた。咲夜はまだ気が付いていないようだったが、私は人ごみの中にハリー・ポッターを見つける。ハリーはギルデロイ・ロックハートと握手をしながらカメラマンに写真を撮られていた。まあ有名同士通じ合うものもあるんだろう。

 よく見れば不死鳥の騎士団のメンバーのアーサー、モリーの他に、その子供と思われる赤毛数人、そして禁じられた森で見た咲夜の友達のハーマイオニー・グレンジャーの姿もあった。近くにいるのは彼女の両親だろうか。私と同様にルシウスの息子もハリーの姿を見つけたのか、ずかずかと近づいていく。どうやら喧嘩を売るようだ。

 

「さぞいい気分だろう、ポッター」

 

 ルシウスの息子はニタニタとした薄ら笑いを浮かべてハリーに話しかける。

 

「有名人のハリー・ポッターはちょっと書店に行くだけで一面大見出しとは」

 

「ほっといてよ。望んでそうなっているわけではないわ!」

 

 ハリーの横にいた赤毛の少女がルシウスの息子に言う。あの赤毛具合からしてウィーズリーの子供だろう。

 

「ポッター、お似合いのガールフレンドじゃないか!」

 

 いや、それは悪口なのだろうか。まあ冷やかしという意味では悪口なのか。次の瞬間、少女より少し大きい赤毛の少年と、ハーマイオニーが本の山を抱えて現れる。

 

「なんだ君か。ハリーがここにいるから驚いたってところか?」

 

 赤毛の少年がルシウスの息子に言う。その眼はまるで養豚場の豚を見るような目だった。

 

「ウィーズリー、君がこの店にいるのを見てそれ以上に驚いたよ。そんなに沢山買い込んで、君の両親はこれから一か月は断食だろうね」

 

 赤毛の少年は手に持っていた本を鍋の中に放り込み、ルシウスの息子に殴りかかろうとする。だが、寸でのところでハリーとハーマイオニーが抑えた。

 

「ロン!」

 

 人ごみの奥からそんな声が聞こえてくる。この声には聞き覚えがあった。これはアーサー・ウィーズリーのものだ。アーサーは息子であろう双子の少年を連れてロンと呼ばれた少年に近づいていく。そうか、アレがチャールズに手紙を出したロナルド・ウィーズリーか。

 

「何をしているんだ? とにかく、この人ごみは少しな……早く外に出よう」

 

「これはこれは……アーサー・ウィーズリー」

 

 アーサーはロンの手を引いて人ごみを出ようとしていたが、そこにルシウスが近づいていく。

 

「お役所はお忙しいらしいですな。あれだけの回数の抜き打ち調査を……残業代は当然払ってもらっているのでしょうな? いや、そうでもないらしい。これを見る限りでは」

 

 ルシウスは赤毛の少女の大鍋に入っている本の中からボロボロの教科書を取り出す。あれは中古だろうか。

 

「咲夜、もしかしてあれが噂のハリー・ポッター?」

 

 確認を取るまでもなくそれがハリーだということを私は知っているが、咲夜の反応を見たくて質問を飛ばす。

 

「眼鏡を掛けた少年がハリー・ポッター、赤毛なのがロン・ウィーズリーです。ああ、よく見たらハーマイオニーの姿もありますね。家族ぐるみで買い物に来たのでしょうか」

 

「なんというか、家族ぐるみで犬猿の仲なのね。息子たちに代わって父親が喧嘩を始めたわよ」

 

「話に聞く限りでは、どうもそのようで」

 

 ルシウスは一歩アーサーに近づくと、ねちっこい声で言う。

 

「役所が満足に給料も支払わないのでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐がないですねぇ?」

 

 アーサーは魔法省のマグル製品不正使用取締局局長だ。その立場を利用して、闇の魔術を用いた魔法具がないか抜き打ち調査を行っているということであろう。今日ルシウスがボージン・アンド・バークスに魔法具を売りに来ていたのはそういう理由であると推測できる。

 

「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだが」

 

「さようですな」

 

 ルシウスはチラリと先ほどハーマイオニーの近くにいた夫婦を見る。服装や態度を見る限りでは、あの夫婦はマグルのようだ。

 

「ウィーズリー、こんな連中と付き合っているようでは、君の家族も落ちるところまで落ちたようだな」

 

 次の瞬間、アーサーがルシウスに飛びかかった。よし来た! 第二次魔法界大戦だ。元死喰い人対元不死鳥の騎士団員。一対一のタイマン勝負だ。二人は押し合い圧し合いしながら壁にぶつかる。杖を使わないのは、あまりことを大きくしたくないからだろう。私はそんな醜い戦いを手を叩きながら観戦した。

 次第に滅茶苦茶になっていく店に店主は顔を青ざめ、二人を止めようと割って入るがどうも力不足のようだ。最終的に、何処からともなく現れたハグリッドが二人を引き離す。ハグリッドの巨体なら、人間の男二人ぐらい引き離すのは夕飯前だろう。

 ルシウスは手に持っていた教科書を赤毛の少女の鍋に投げ入れ、店の中に入っていく。その時、投げ入れた本が二冊に見えたのは私の錯覚だろうか。

 事態が収束して、ようやく周囲を見回す余裕が出来たのだろう。ハーマイオニーが咲夜を見つけ、こちらに近寄ってくる。そして驚いたような顔をしながら咲夜に話しかけた。

 

「咲夜! 久しぶり。ホグワーツ以来ね。えっと……今日はメイド服なのね」

 

 ハーマイオニーは咲夜のメイド服を観察する。そこらのコスプレ用の安物ではない。美鈴お手製の一級品だ。美鈴をあまり褒めたくはないが、無駄に仕事はできる。

 

「ええ、今日はお嬢様の付き人としてここにいるから」

 

「お嬢様、ということは――」

 

 ハーマイオニーは私の方を見ると、そのまま固まってしまう。私はハーマイオニーの頬を指で突いた。

 

「咲夜、彼女固まってしまったわよ?」

 

 ハーマイオニーはハッと我に返ると無理やり笑顔を作り、私にお辞儀をする。

 

「は、初めまして。ハーマイオニー・グレンジャーと申します」

 

 ほう、私を敬う人間は嫌いじゃない。やっぱり吸血鬼はこうでなければ。

 

「スカーレット家の当主であり夜の支配者であるレミリア・スカーレットよ。咲夜から話は聞いているわ」

 

 私はわざと仰々しく自己紹介をする。ハーマイオニーは私の姿を見て、すぐに吸血鬼であると悟ったようである。

 

「咲夜、貴方が仕えているお嬢様ってもしかして……」

 

「そう、私は吸血鬼よ」

 

 私は本物である証明と言わんばかりに羽をバタつかせる。そんな私たちの様子に気が付いたのかハリーとロンもこちらに近づいてきた。

 

「咲夜! 君も買い出しかい?」

 

 ロンが元気よく咲夜に話しかける。

 

「咲夜、久しぶりだね」

 

 ハリーはこちらを少し警戒しながら咲夜に挨拶した。まあ警戒するのが普通だろう。ハリーはさっき私とルシウスが仲良く談笑していたのを見ていたのだから。まあ、向こうから来ないのならこっちから歩み寄ろう。私はハリーに対し微笑みながらゆっくりと距離を詰める。ハリーは警戒するように少し後ろに下がった。ならば更に前進するだけだ。私はそのまま接近していき、ついには鼻がぶつかりそうになるほどの距離まで近づく。

 その時、私はハリーに対し妙な感覚を覚えた。何か違和感があるのだ。普通の人間とは違う何か。私は生き残った男の子の象徴でもあるハリーの額の傷跡に手を触れる。この傷に違和感を感じる。この違和感はなんだろうか。私が能力を行使して違和感の正体を探ろうとした途端、ハリーが痛そうに呻きだした。その痛がり方は尋常ではない。まるで今まさに傷跡をナイフで抉られているかのような、そんな痛がり方だった。

 

「咲夜、ハリーが辛そう。止めてあげて」

 

 ハーマイオニーが咲夜に叫ぶが、咲夜は肩を竦めるだけだ。もう少し、もう少しで何かが掴めそうなのだが。私は暫くそのまま傷を調べ、違和感の正体を探る。ああ、なるほど。そういうことか。何か違和感があると思ったら、この少年、体の中に二つの魂を持っているのだ。一つはハリー自身の魂。そしてもう一つは人の命というにはあまりにも小さいが、私もよく知る気配を持った魂だった。そう、リドルの物だ。

 私はハリーから手を放す。ハリーはその場に倒れこむと、肩で息をし、かなり辛そうにしている。ロンの手を借りてなんとか起き上がった。そして私に抗議交じりの視線を送ってくる。

 

「その傷は貴方とヴォルデモートとの繋がりなのね。今のように傷が痛むようなことがあったら気をつけなさい。『Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein. 』貴方が闇に落ちないことを期待しているわ」

 

 どうしてそんなことになっているかは分からないが、ともかくハリーが何故ヴォルデモートに勝てたのか、一つのヒントを得たような気がした。ハリーは私が適当に言ったニーチェの言葉に頭を悩ませている。別に、ニーチェの格言に特別意味が込められているわけではない。ようはそれっぽいことを言って煙に巻きたかっただけだ。

 私はハリーの横を通り過ぎると後ろ手で手を振る。咲夜も私の動きにぴったりとついてきた。

 

「じゃあ三人とも、ホグワーツ特急で」

 

 咲夜は三人に一声かけ、今度こそ前を向く。私は丁度書店を出てきたルシウス達と合流した。

 

「買い物は終わったかしら?」

 

「私どもは。レミリア嬢も大丈夫ですかな?」

 

「ええ、そもそも私は何かを買いに来たわけではないし」

 

 私は咲夜に視線を飛ばす。咲夜は小さく頷いた。

 

「咲夜も大丈夫だそうよ」

 

「そうですか。では帰ろう」

 

 ルシウスは近くにある店に入ると店主に暖炉の使用許可を求める。店主は快く暖炉を貸してくれた。

 

「ドラコ、先に行くが良い」

 

 ルシウスはそう言って息子の背中を押す。息子は煙突飛行粉を暖炉に放り込むとマルフォイ邸と言い、消えていった。

 続いて私と咲夜も暖炉の中に入る。

 

「マルフォイ邸!」

 

 私がハッキリした口調で目的地を言った瞬間、両足が地面から離れる。次の瞬間には先ほどのルシウスの家の暖炉に出ていた。私は暖炉から出ると大きく羽をバタつかせる。私が視線を暖炉に戻した瞬間、ルシウスが煙突飛行で飛ばされてきた。

 

「今日はそこそこ楽しませてもらったわ」

 

 私はルシウスの手を握ると上下に振る。

 

「また誘わせてください。そういえば、帰りはどのように?」

 

「煙突飛行で帰るわ。暖炉を借りてもいいかしら」

 

 私は先ほど通ってきた暖炉を指さす。ルシウスはその暖炉を見て快く頷いた。

 

「ええ、自由にお使いください」

 

 ルシウスがそう答えたので私と咲夜は暖炉の中に入る。

 

「紅魔館」

 

 私がそう言うと地面から足が離れ煙突の中に吸い込まれる。そのままかなりの距離を煙突飛行し、滅茶苦茶に迂回しながら最終的に紅魔館の暖炉の中に降り立った。

 

「あら、お帰り」

 

 パチェが私に向かって軽く手を振っている。私もパチェに軽く手を振りながら、パチェの向かい側に座った。

 

「で、どうだった?」

 

「まあ、ぼちぼちよ。成果がないわけでもないし、かといって大きな成果があったわけでもない」

 

「どっちよ」

 

 私はパチェに向かって手を伸ばす。パチェはその手を握り返した。そうすることで、私とパチェは今日あった出来事を共有する。

 

「ほんと、特に成果ないわね。ていうか、早く咲夜を解放してあげなさい」

 

 私が咲夜のいる方を見ると、咲夜は暖炉の前で直立不動の状態を維持している。私は咲夜に下がっていいと伝えるとパチェに向き直った。

 

「まあ今回は様子見って意味合いも強いし。あの様子を見る限りではハリー・ポッターとも仲がいいみたいだった」

 

「そうね」

 

「このぶんなら三重スパイも十分できそうな感じがするわ」

 

「そうかもね」

 

「もう、構ってよー」

 

 私はべたーんと机に伏せる。パチェは私の両手を掴むと上下に振った。

 

「分かり切ったことを議論しても意味がないでしょ?」

 

 まあ、それももっともだ。私は椅子から立ち上がるとパチェに手を振る。まだ書類仕事も残っているし、書斎に戻ることにしよう。私はそのまま大図書館を後にした。

 




マルフォイ親子と買い物

ハリーと接触←今ここ


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秘密の部屋やら、バジリスクやら、日記帳やら

少し駆け足気味な秘密の部屋編。まあレミリア自身あまり動いていないので勘弁してください。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 咲夜がホグワーツに出発する日。私は玄関ホールで咲夜の姿を発見した。どうやら、今まさに紅魔館を出るところだったようだ。

 

「咲夜、ホグワーツに向かう前に一言二言言っておくことがあるわ。」

 

 私は急いで声を掛け、咲夜を呼び止める。咲夜は見送りがあると思っていなかったのか少々驚いていた。まあ伝えることがあるのは本当だが。咲夜には目立ってもらわないといけない。それこそハリー・ポッター以上にだ。ダンブルドアに気に入られ、不死鳥の騎士団員になれるように。

 

「命令を下すわ。ホグワーツで『好き放題』やりなさい。別に悪いことをしなさいと言っているわけではないわよ。貴方の思った通りの行動をそのまま実行に移しなさいということ。あれをやったら私に迷惑がかかるとか常識としてあれをやってはいけないとかそんな些細な問題を気にするのは吸血鬼の従者にはふさわしくないわ。必要だと感じたら人を殺しても構わない。必要だと感じたら人を助けても構わない。」

 

 まあ、去年の咲夜の行動を見る限りでは、こう言ってもそこまでアレな行動は取らないだろう。咲夜は理由なく何か問題を起こすことはない。

 

「ようは何が言いたいかというとだけどね、良くも悪くも人の視線を引き付けるような行動をしろということよ。貴方の好き勝手にね。」

 

 私としても、咲夜にはもう少しのびのびと学校生活を送ってほしいとも思っている。私はドヤ顔でセリフを言い切ったが、咲夜のあの顔を見るに、あまり意味を理解していないだろう。まあ言葉通りに受け取ってくれたらそれでいい。

 

「運命が私に囁いているわ。秘密の部屋が開かれると。さあ行きなさい。私の可愛い従者。」

 

「行ってまいります。お嬢様。」

 

 咲夜は私に対し深々とお辞儀をすると、そっと玄関の扉を開け、紅魔館を出ていった。

 

「……寂しくなるわね。」

 

 私は一人ぽつりと呟くと、書斎に上がった。

 

 

 

 

 

 ハロウィーンが過ぎ少し経ったある日、私の元に一通の手紙が届いた。手紙の送り主はルシウスだ。ホグワーツの便箋を使っているところを見るに、ホグワーツの理事という立場で手紙を出してきたらしい。私は机の上で封蝋を破り、手紙を取り出す。そこにはホグワーツで生徒が何者かに襲われたということが書かれていた。

 まあ、それだけなら私に手紙を送ってきた意味が分からないが、本題はそこではない。ルシウスとしてはこれをダンブルドアの無能が生み出した結果ということにしたいらしい。手紙を読み込むと、随所に秘密の部屋という言葉が出てくる。秘密の部屋……パチェなら何か知っているだろうか。私は机の隅に置いてあった魔法具に魔力を籠め、大図書館と繋げた。

 

「パチェ、秘密の部屋って知ってる?」

 

『なによ唐突に……、まあ知ってるけど。』

 

 流石はパチェ、知識人だ。引きこもりのくせに。

 

『……。秘密の部屋って言うのは大昔、サラザール・スリザリンが生きていた頃に作られたホグワーツの隠し部屋よ。ホグワーツ創設者の話は知ってるわよね? 四人の創設者のうちの一人、スリザリンがグリフィンドールと喧嘩し、ホグワーツを出ていった際に作られた部屋で、スリザリンの後継者しか開けることができないと言われているわ。』

 

「して、その実態は? どうせ学生の頃に調査してるんでしょ?」

 

『知らないわ。』

 

 ……え?

 

「ごめん、聞こえなかったわ。今なんて?」

 

『だから、知らないわ。興味ないもの。それに、中にはスリザリンの怪物がいるって話だし。そんな危ない部屋に好き好んで入る人なんていないでしょ。』

 

 まあ、それはもっともなのだが。だがそれでは話が終わってしまう。

 

「じゃあそのスリザリンの怪物については何か知らない? 今年のホグワーツで生徒が一人襲われたそうなのよ。その秘密の部屋の怪物ってやつに。」

 

『ちょっと待って。それって秘密の部屋が開かれたってこと?』

 

 私がそう言った途端にパチェが食いついた。

 

「ええ、しかも五十年ぶりだって。結構なあいだ開いてなかったのね。その怪物とやらは餓死しないのかしら。」

 

『いや、そんなポコポコ開くものでもないから。少なくとも、私が卒業するまで秘密の部屋は一度も開かれていないわ。多分その五十年前というのが初めて秘密の部屋が開かれた時で、今回が二回目。』

 

「五十年……同一人物が開けた可能性もあるわね。一回目に秘密の部屋が開かれた時の情報とかない?」

 

 一番初めに開けた人物が分かれば、今回の犯人の目星もつくかもしれない。五分ほど時間が経ち、パチェの返答がきた。

 

『当時の新聞を調べる限りでは、一度目に秘密の部屋を開いたのはハグリッドね。もっとも、実際に名前が書かれているわけじゃないけど。年代とハグリッドの年齢、それにハグリッドが退学した時期を考慮するとそれが一番自然よ。その時は女子生徒が一人死んだみたい。』

 

 またハグリッドか。本当に話題に事欠かない男である。ホグワーツのネタ要員の一人だ。もちろん、ネタ要員筆頭はダンブルドアだが。

 

『レミィ、勘違いしてはダメよ。これはあくまで『表向き』はそうなっているという話で。私の予想では、一回目に秘密の部屋を開けたのはハグリッドじゃなくてリドルよ。』

 

「それまたどうして? まあそっちの方が自然ではあるけど。」

 

 確かにのちにヴォルデモートとなるリドルなら、秘密の部屋ぐらい開けるだろう。むしろ開けないほうが違和感が残るぐらいだ。

 

『ハグリッドが部屋を開けたってことを突き止めたのはリドルなのよ。リドルはそれでホグワーツから特別功労賞を貰っているわ。もっとも、これは表には出てこない情報だけど。』

 

「じゃあなんでそんなこと知ってるのよ。」

 

『魔法省の古いデータベースにあったわ。なんにしても、リドルは将来闇の帝王なんて呼ばれて、しかもスリザリンで、しかもパーセルマウスで、しかも秘密の部屋を開けた生徒を捕まえた。状況証拠だけで真っ黒よ。』

 

 ふむ、ならば今回、もしかしたらヴォルデモートが絡んでいる可能性もあるわけだ。

 

『まあ、五十年前に部屋を開けたのがリドルなら今部屋を開けたのはヴォルデモートね。そういえばレミィ。貴方ハリー・ポッターの中にヴォルデモートの魂のかけらを感じたらしいじゃない。案外ハリーが開けたのかもしれないわよ。』

 

「なんというか、一番ありえなさそうでありえそうね。」

 

『今回も一人生徒が死んだってことよね。五十年前は閉校一歩手前だったみたいだし。被害が広がるようなら閉校もあるかもね。そしたら咲夜が帰ってくることになるけど……。』

 

「いや、今回はまだ誰も死んでいないわ。猫が一匹と、生徒が一人石になっただけよ。」

 

 私がそう伝えると本のページを捲るような音が聞こえてくる。

 

『なるほど、秘密の部屋にいるっていう怪物はバジリスクね。バジリスクの目を見たものは死に至るわ。』

 

「でも、今回は石になっただけよ?」

 

『間接的に目を見ると死には至らないけど、身体が石になるの。』

 

「今回石になったという情報で、化け物が絞れたわけね。バジリスク……巨大な蛇、ね。確かにスリザリンの怪物にはぴったりだわ。」

 

 取りあえずルシウスには当たり障りのない返事をしておこう。私はパチェにお礼を言うと魔法具を切る。そして手紙の返信を書き始めた。

 

 

 

 

 

 1992年、12月。私はクリスマスパーティーの準備を進めながら、同時に戦争を起こす準備も進めていた。私が今目を付けているのはシリウス・ブラックだ。ブラックはポッター家を裏切り、大量殺人を行ったとしてアズカバンに入れられている。私が気になるのはブラックがどういう立場にあるかだ。まず一つ考えられる可能性としては、ブラックは元々死喰い人で、スパイとして不死鳥の騎士団に潜伏していた。二つ目に元々は不死鳥の騎士団員だったが、途中で裏切り死喰い人になった。三つ目に元々死喰い人で、冤罪を掛けられアズカバンに入れられた。

 この中で一番可能性があるのは二つ目の奴だ。ブラック家は代々スリザリンの家系だが、シリウス・ブラックはグリフィンドールに入った。それに小さい頃からジェームズとは親友である。元々死喰い人だったという可能性は少ないだろう。ジェームズとの間に何かが起こり、仲違い。色々あって死喰い人に……一番考えられるとしても違和感は残る。

 まあ何にしても本人に直接聞くのが一番早いだろう。今年の冬、咲夜がホグワーツから帰ってきたらアズカバンに向かってもらおう。咲夜の時間停止能力を駆使すれば、アズカバンから囚人を一人脱獄させるなど容易いことだ。

 私がそんな感じで頭を働かせていると、扉の隙間から紫色の煙が部屋の中に漏れて入ってきた。私はそれを見た瞬間に息を止め、地下に急ぐ。廊下には煙が充満しており、煙の流れを見る限りでは地下から漏れているようである。私は妖精メイドが倒れ伏している廊下を急ぎ足で移動し、大図書館に踏み入る。そこには粉々になった机と、床に倒れ伏しているパチェの姿があった。私は急いでパチェを抱え起こす。パチェはゆっくり起き上がると粉々になった机を修復した。

 

「あ、息をしても大丈夫よ。このガスは人間には猛毒だけど、他の生物にはまったくの無害だから。」

 

「そうなの? でも廊下で妖精メイドが倒れ伏してたわよ?」

 

 私はここまでの道中を思い出す。紫の煙で視界は悪かったが、流石に床に倒れている妖精メイドは見えた。パチェは眉を顰めると大図書館を出ていく。そして妖精メイドを一人大図書館に引っ張ってきた。

 

「寝てるわ。これは予想でしかないけど、煙が見えて息を止めていたら止めすぎて気を失った。こんなところでしょうね。」

 

「なんでもいいわ。さっさとこの煙をどうにかしなさい。というか、どうしてこうなったのよ。」

 

 私がそう言うとパチェは恥ずかしそうに両手で顔を隠す。そして消え入りそうな声で言った。

 

「……いした。」

 

「え?」

 

「魔法薬の調合で失敗したの。まさか失敗するとは思ってなかったからまだ心臓がバクバクいってるわ。」

 

「珍しいわね。パチェがそういうので失敗するなんて。で、さっさと煙を消しなさいよ。」

 

「無理よ。」

 

 ……え? ダメだな。最近耳が遠くなった気がする。

 

「無理ってことはないでしょうよ。貴方はパチェなのよ? というか、人間にとって猛毒ならクリスマスパーティーどころか咲夜もホグワーツから帰ってこれないじゃない。」

 

「そうなのよねぇ……これは少しでも吸い込むと即死するし……抜け切るまで一か月は掛かるかしら。」

 

 一か月。完全にクリスマスパーティーは中止だ。そして、咲夜も帰ってこれない。

 

「ほんとに消すことができないの?」

 

「紅魔館中の空気を一気に消失させたらいけるかもしれないけど、外圧でぺしゃんこになる可能性があるわ。それに本当はあまり外に漏らしたくないし。煙が毒性を失うまでが一か月なのよ。万が一森の外に漏れて付近の人間が大量に死んだりしたら……まああまり困りはしないんだけど、でもなんか、ね?」

 

 後半ぼんやりとした表現が多かったが、要約すると自分の失敗で被害が出ると失敗の規模が大きくなるから自分の面子の為にもこれ以上被害を大きくしたくない。そういう意味だろう。

 

「なんにしても、クリスマスパーティー中止のお知らせは私が出しておくから、パチェは咲夜に連絡しておきなさい。クリスマスは帰ってきたらダメだって。」

 

 そういえば、他に咲夜に伝えることがあったんだった。

 

「あとそれと、守護霊の魔法を練習しておくように伝えておいて。」

 

「パトローナス? なにかやらせる気なの?」

 

 流石パチェ、なかなかに鋭い。

 

「アズカバンに潜入させようと思って。ほら、シリウス・ブラックっているじゃない? アレを脱獄させようと思っているのよ。本当ならクリスマスに帰ってきたときに行ってこさせようと思っていたんだけど。こんなだし……。というわけで来年の夏に行かせることにしたわ。咲夜のことだから多分今のままでも問題ないでしょうけど、時間があるなら一応念のためね。」

 

「そう、わかったわ。」

 

「そういえば、パチェは大丈夫なの? この煙吸って。」

 

 私はさっきから気になっていたことをパチェに聞く。

 

「私はほら、耐性があるから。ゴホゴホッ。」

 

 パチェは苦しそうに咳き込んだ。耐性があるにしても毒は毒なのだろう。忘れがちだが、パチェは一応喘息持ちだ。一度体を捨てた時にだいぶマシにはなったみたいだが。私はパチェに軽く手を振ると、書斎に戻った。

 

 

 

 

 1993年、四月。またルシウスから手紙が届いた。私は書斎の机の上で封蝋を破り、中身を改める。手紙にはスリザリンの怪物にやられた被害者が増えたということと、そのことがきっかけでハグリッドがアズカバンに、ダンブルドアが停職させられることになったという内容が書かれていた。

 ハグリッドがアズカバンに入れられるのはなんとなくわかる。前回秘密の部屋を開けたのは表向きにはハグリッドということになっている。今回もハグリッドが開けたという証拠は何もないが、一応入れとけって感じだろう。

 だが、ダンブルドアが停職というのは意味が分からなかった。理事の間で話し合い、決まったことだとルシウスの手紙には書いてあるが、ルシウスのことだ。マルフォイ家の権力を使って他の理事を黙らせたに決まっている。ルシウスにとってはダンブルドアを引きずり下ろすまたとない機会なのだろう。

 まあ、ダンブルドアがホグワーツに居ながら、被害を食い止められていないところを見ると、実行犯は相当なやり手だ。……まさかとは思うが、秘密の部屋を開けたのは咲夜ではないだろうな。流石にそんなことはしないと思いたいが、目立てと言ったのは私だ。咲夜は教養はあるが常識はない。何かのきっかけで秘密の部屋のことを知り、興味本位で開けた可能性もある。去年、賢者の石を盗んだのも興味本位でだし。

 

「一度こちらから手紙を出すべきだろうか。いやでも流石に過保護過ぎるかしら。」

 

 だが不思議なことがある。ホグワーツでは石になった人間こそいるものの、死んだ人間は一人もいないのだ。全員が全員間接的にバジリスクを見たのだとしたら、相当幸運とも言える。もしこれが偶然ではなく、仕組まれたことだとしたら……相手の意図はなんだろう。

 あまり大きな被害を出したくはないが、問題は起こしたい。もし故意にやっているのだとしたらそういう意図が見て取れる。なんというか、本当に咲夜が実行犯じゃないだろうな。でもバジリスクは蛇だ。咲夜は蛇語は話せなかったはずなので、操っているとしたら服従の呪文を使ってだろう。いやいや、なんで咲夜が秘密の部屋を開けたことが前提になっているんだ。

 

「そもそも咲夜はグリフィンドール生じゃない。スリザリンじゃないわ。……いや、何で咲夜グリフィンドールに入ったのかしら。」

 

 咲夜は別に勇気があるわけじゃない。どちらかと言えば小心者で、慎重派だ。大きな賭けはせず、地道な積み重ねで確実な勝利を狙う。身に着けている便利な能力でゴリ押すことも多い。読書は好きだが勉強は好きではなく、秀才派ではなく天才派だ。言ってしまえば狡猾で、普段は隠しているが、美鈴が持っている残虐性をしっかりと引き継いでいる。というか美鈴も美鈴だ。

 美鈴は今でこそ、その残虐性を隠しているが、私が出会った当初は完全に人喰い妖怪だった。見境なく人を殺し、適当に食い散らかす。まあ下等な妖怪ほどそう言った本能に左右されやすいが、美鈴のそれは完全にそれ以上だった。私が保護して従者として使ってなかったら今頃その筋のプロに殺されているところだろう。

 

「まあ、一番初めに美鈴に会ったときは、まさにそんな感じだったわけだけど。」

 

 あれは何年前だったか、パチェと会う少し前である。私は妖怪退治の依頼を受けたのだ。その対象が美鈴だったのだ。美鈴自身中国の妖怪だが、何かの拍子にイギリスに来てしまったらしい。私が会った頃には英語を普通に話せていたので、結構な間イギリスに潜伏していたみたいだ。まああの頃はイギリスと中国、当時でいう清は貿易関係にあった。その貿易船に紛れていたのだろう。いや、アヘン戦争の時か? なんにしても、その時美鈴を討伐せずに、私の従者にしたのである。

 

「っていうか何考えてるのよ私。滅茶苦茶思考が脱線したわね。」

 

 そう、咲夜は性格だけを見れば完全にスリザリンだ。というかグリフィンドール要素がなさすぎる。スリザリンの継承者だと言われても全く違和感がない。

 私は机の引き出しからレターセットを取り出し、ルシウスに対して返事を書き始める。取りあえず今回も当たり障りのない程度に留めておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 1993年五月末。ホグワーツから手紙が届いた。私は便箋を裏返し、ホグワーツの誰から手紙が届いたのかということを確認する。てっきりルシウスからだと思ったが、手紙の送り主はダンブルドアだった。私は封蝋を破り手紙を取り出す。

 

「えっと、なになに……。」

 

 手紙の内容を簡単に纏めると、咲夜にホグワーツ特別功労賞を授与したというものだった。だが、手紙には肝心の授与理由が書いていない。まあでも、特別功労賞を授与したということは、何かしらの良いことをしたということだろう。特別功労賞とは別に、ホグワーツで起きていた事件が解決したことも書かれていた。まあダンブルドアから手紙が来るということは、ダンブルドアはホグワーツの校長に復職できたということだろう。

 

「咲夜に特別功労賞……ね。なんというか、杞憂だったわ。」

 

 私はパチェにこのことを連絡するとダンブルドアに向けて簡単に返事を書く。詳細は咲夜が帰ってきたときにでも聞けばいいだろう。

 

 

 

 

 

 1993年七月。ついに咲夜が帰ってきた。クリスマスに帰ってこなかったため実に十か月ぶりである。私は早速自室に咲夜を呼んだ。咲夜は慣れた手つきで紅茶を淹れるとティーカップに紅茶を注ぐ。咲夜に聞きたいことは山のようにあるが、まずは紅茶を飲もう。

 

「あら、少し腕が上がったんじゃない? ホグワーツで練習したの?」

 

 私は咲夜のいる方に振り返る。咲夜は照れくさそうに笑っていた。

 

「そうそう、咲夜。ホグワーツで友達は出来た?」

 

 秘密の部屋という本題に触れるのはもう少し後だ。まずは恒例の質問からすることにした。去年のように人間の友達は難しいという答えが返ってくるかと思ったが、そうではないらしい。咲夜はいそいそと一冊の日記帳のような物を取り出す。かなり古い物らしく、表紙はボロボロだ。咲夜はにっこり笑うとその日記帳を紹介した。

 

「はい。トム・リドルさんです。」

 

「ぶほぉっ……!」

 

 予想外の答えに私は紅茶を噴出してしまう。だが次の瞬間には噴出した紅茶は消え去り、元通りに戻っていた。流石咲夜、仕事が早すぎる。って、そうじゃなくて。つまり今咲夜が手に持っている日記帳はリドルの物ということだろうか。

 

「え? マジ!? トムの日記!? ちょっと見せなさい!」

 

 私は手に持っていたティーカップを放り投げると咲夜から日記帳を受け取る。そしてパラパラとページを捲った。

 

「白紙……透明インクね! パチェ! パチェ! ちょっと来なさい!!」

 

 中身を見えなくしているということは、何か恥ずかしいことが書いてあるということである。闇の帝王と呼ばれた男の恥ずかしい話。非常に気になる。私は魔法具を起動させると込み上げてくる笑いを堪えながらパチェを呼んだ。

 

『うるさいわね……どうしたってのよ。』

 

「トムの……トム・リドルの日記帳を手に入れたわ。しかも学生の頃の。」

 

 学生の頃の物と判断したのにはあまり大きな理由はない。ただリドル自身リドルという名前をあまり気に入っていなかった為、ホグワーツとボージン・アンド・バークスにいた頃以外ではヴォルデモートという名を使っていた。

 

『え!? どこで!? なんにしてもすぐに行くわ走っていくわ!』

 

 そう言うが早いかバタバタと廊下を駆けてくる音が聞こえてくる。姿現ししたらいいものを……完全に舞い上がっている。パチェはノックもせずに部屋のドアを開けると私の近くに駆け寄ってきた。

 

「これ、透明インクかしら。真っ白なの。相当見られたくなかったんでしょうね。」

 

 私はパチェに日記帳を手渡す。パチェは私から日記帳を受け取るとページを捲った。

 

「なんにしても中身を読むことが出来れば何でもいいわ。どんな面白いことが書いてあるか気になるし。」

 

 パチェは日記帳に手をかざすと呪文を掛け始める。すると日記帳に文字が浮かび上がってきた。

 

『やめてください。この日記帳には僕の記憶が詰まっているだけです。』

 

 これはどういうことだろうか。まるで日記帳が喋っているようである。パチェはその文字を読んでがっかりしたように肩を落とした。

 

「つまりどういうことなの? これはトムの恥ずかしい日記帳なのでしょう?」

 

 訳が分からず私はパチェに聞く。パチェは私の向かい側の椅子に座ると日記帳を机の上に置いた。

 

「恥ずかしいことが書かれていることは決定事項なのね……これは確かにリドルの日記帳らしいわ。でもリドルときたら自分の記憶をそのまま日記帳に宿したみたいなの。つまり当時の生意気なガキがこの日記帳に宿っているだけよ。」

 

 つまりは、リドルの秘密が書かれているわけではない。人格がそのまま日記帳に詰まっているだけであるということだろう。

 

「な~んだ。つまらん。」

 

 私は椅子に座りなおすと日記帳をつつく。どうやらパチェはこの日記帳に手を加えるつもりらしい。何やらぶつぶつと呪文を呟き日記帳を新品同様な状態にした。

 

「仕上げにこれ。」

 

 パチェは仕上げにと、賢者の石を表紙に埋め込んだ。次の瞬間、咲夜の隣に若い頃のトム・リドルが現れる。

 

「はぁい。トム。といっても、学生だった頃のトムと出会うのは初めてかしら。」

 

 私は片手を上げてリドルに挨拶する。それを見て咲夜は驚いたようだった。

 

「お嬢様はトム・リドルのことをご存じなのですか?」

 

 もちろん知っている。まあこの場合のご存知っていうのは会ったことがあるのかという意味だろうが。

 

「ホグワーツを卒業した後、ボージン・アンド・バークスで働いているときに少し仲良くなったらしい。もっとも、売り手と買い手という関係を出なかったですが。」

 

 私の代わりにリドルが咲夜に答える。え? なんか仲良くない? リドルと咲夜。そういえば咲夜は日記帳のことを友達だといって紹介した。つまりはそういうことなのだろう。リドルは私を見た後、パチェの方を向く。

 

「それにしても、ここにいたのですね。パチュリー・ノーレッジ。噂に聞くように、凄まじい技術と魔力だ。貴方がここに姿を現したということは、僕はもうこの館の外には出れないということでしょうか。」

 

 そういえばパチェはここに隠居しているんだった。只の日記帳と思ってついパチェを呼んでしまったが、失敗だっただろうか。私はパチェの表情を窺うが、パチェは飄々としていた。まあリドルの言う通り、この館から外に出さなければいい話である。それにリドルをここに置くメリットもある。ヴォルデモートとダンブルドアの戦争を操作するにあたり、本人が仲間にいるのは都合がいい。本人が居ればヴォルデモートの行動を読みやすくなる。

 

「貴方なら喋らないと思っていたし、強くは言ってなかったから気が付いていなかったかも知れないけど、実は私はここに匿われているのよ。この紅魔館にね。」

 

 パチェが自分のことを咲夜に説明していた。そういえば咲夜にはパチェのことは説明していなかったか。私は咲夜に説明しようと口を開きかけたが、その前にリドルがパチェの説明を始めた。

 

「パチュリー・ノーレッジさえ自分の陣営に引き込むことが出来れば、それだけで魔法界を掌握することが出来る。それほどの技術と力を持っているのです。彼女は。先ほど無造作に取り出した宝石1つとってもそうだ。今僕の媒介になっている宝石は『賢者の石』と呼ばれる錬金術の最終形です。この日記帳に関しても僕が掛けた魔法を欠片も傷つけずに修復してみせた。既に使う魔法の次元が違う。」

 

「そういうこと。咲夜、ということでパチェがうちにいることは内緒だから。わかったわね?」

 

 何か喋らないと空気になってしまうと感じたため、咲夜に念を押す。咲夜は完全に目を白黒させていたが、やがて諦めたように笑顔になった。

 

「かしこまりました。お嬢様。」

 

 あ、この顔は知っている。何も理解していない顔だ。取りあえず返事しとけといった適当さすら感じる。咲夜の悪い癖だ。取りあえず咲夜から日記帳を預かり、咲夜を一度下がらせる。そして私とパチェ、そしてリドルの三人で向かい合った。

 

「あ、そうだレミィ。一つ有益なことが分かったわよ。」

 

「へぇ、どんな?」

 

 パチェは日記帳を見ながら不敵な笑みを浮かべる。それを見てリドルは不思議そうな顔をした。

 

「それは僕も気になりますね。一体何が分かったんですか?」

 

「自覚がないのかしら。まあ弱点に『ここが弱点です』って書かないものね。……この日記帳、分霊箱よ。」

 

 分霊箱という単語を聞いて、リドルがピクリと反応する。だが私には分霊箱という言葉は分からなかった。

 

「分霊箱って?」

 

 私が質問をするとリドルが答えてくれた。

 

「自分の魂を引き裂き、物体に封じ込める魔法です。分霊箱を作っておけば、例え死の呪文を食らったとしても死にません。肉体を完全に消滅させても、分霊箱側の魂が残っているため復活することができる。」

 

「そう、ヴォルデモートは十一年前、肉体が滅びた。普通ならここで死んでいるところだけど、分霊箱を作っていたから生き残れたのよ。そうじゃなかったら完全に死んでいたでしょうね。」

 

 つまりこの日記帳には少なからずリドルの命が入っているということである。これを壊さない限り、ヴォルデモートは死ぬことがない。

 

「まあ何にしても今決めるべきは貴方の処遇よ、リドル。ここで暮らすか、今すぐ死ぬか。選びなさいな。」

 

 選択肢など与えない。私はリドルを紅魔館で雇うことに決めた。リドル自身パチェ並みに成長に期待が持てるし、何より咲夜の友達だ。暫くパチェの元で修行させれば、十分使える従者になるだろう。それに、どうせ戦争になれば殺すしかないのだ。人材としては申し分ないので、それまで有効活用させていただこう。

 

「そうですね、死にたくはないので暫くここにいることにしましょう。何より、伝説の魔女であるパチュリー・ノーレッジの扱う魔法を近くで見てみたい。」

 

「パチェってほんとに人気よね。ホグワーツ出てからずっと引きこもりやってたのに、なんでそんな噂が立ってるのよ。」

 

「噂は独り歩きするものよ。まあその噂以上には魔法を扱えると自負しているけど。じゃあリドルは暫く私の助手を務めなさい。でもそうすると咲夜の友達を横取りする形になっちゃうわね。……そうだ。」

 

 パチェは日記帳を手に取ると、呪文を掛ける。……見た目は変わっていないようだが、何か変わったのだろうか。

 

「これで今出てきているリドルの実体から日記帳がいくら離れても大丈夫よ。だから本体である日記帳を咲夜が持ち歩いてもリドルの実体自体は大図書館に居れるってわけ。レミィ、日記帳を咲夜に返しておいて。」

 

 パチェは椅子から立ち上がるとリドルの手を引いて家を出ていく。私は自室に一人残された。

 

「なんにしても、面白いぐらい情報が集まるわね。咲夜。」

 

「はい。ここに。」

 

 私が呼んだ瞬間、私の隣に咲夜が現れる。私は咲夜を向かい側に座らせた。

 

「一応事の顛末を聞いておこうと思って。どういった経緯でこの日記帳を手に入れたの?」

 

 私は机の上に置いてある日記帳を咲夜の方に差し出す。咲夜はそれを手に取って軽く撫でた。

 

「去年の夏にホグワーツ特急の中でジニーがこの日記を持っているのに気が付いたんです。あ、ジニーというのは――」

 

「ウィーズリーの一番下ね。そういえばルシウスがジニーの鍋の中に何かを投げ入れているのを去年見たわ。元々はルシウスの持ち物だったということかしら。」

 

「ああそれで。マルフォイ氏、ホグワーツの理事を追われたそうです。」

 

 咲夜からの突然の報告に私は少し驚く。ということは、今回ホグワーツで起きていた事件の黒幕はルシウスだったということか。家にあったら危ない物をウィーズリーに押し付け、あわよくばジニーの件を元にウィーズリーを失脚させる。まあ狙いはそんなところだろう。

 

「それでですね、会話の中でリドルという名前が出た時にジニーが異様な反応をしたので、おかしいなと思い日記帳を調べたらリドルが返事をしたわけです。その時ヴォルデモートという名前がトム・マールヴォロ・リドルのアナグラムだということに気が付きまして。」

 

「へえ、それは初めて知ったわ。アナグラムを用いて名前を付けるなんてリドルも可愛いところあるわね。で、そのあとどうしたの? ジニーから日記帳を奪ったとか?」

 

「いえ、何もしませんでした。特に興味もなかったですし。あ、でも学生時代のヴォルデモート卿には少し興味があったので、また日を改めて話をする機会を作るという約束はしましたが。」

 

 なるほど、咲夜は秘密の部屋を開いていない。咲夜の話から推測するに、ジニーがリドルに操られて部屋を開いたのだろう。

 

「その後、軽く被害者が出まして。リドルは最終的にジニーを生贄に復活しようとしたんですが、ハリーにやられてしまいました。」

 

「でも、日記帳は無事よ?」

 

「日記帳を壊される寸前に時間を止めてすり替えを。それをしたせいでリドルに時間停止の能力がバレてしまいましたが。」

 

「ああ、それで持って帰ってきたのね。で、結局秘密の部屋の怪物の正体は?」

 

「バジリスクでしたよ。それもハリーにあっけなく倒されてしまいましたが。」

 

 なるほど、その話を聞く限り、ハリー・ポッターもそこそこやるらしい。バジリスクといったら大人の魔法使いでも対処することの出来ない、所謂化け物だ。なにせ直接姿を見ることができないため、まともに戦うことすらままならない。

 

「取りあえず、この日記帳は咲夜に返すわ。今まで通り中に書き込めば返事がくるはず。リドルの実体のほうは今頃大図書館でしょうね。会いに行って来たら?」

 

 咲夜は机の上に置いてある日記帳を大事そうに抱えるとパタパタと図書館の方へ駆けていく。まあ近い年代の友達が出来たということがうれしいのだろう。ハリーたちとも仲がいいように見えるが、真に分かり合えることはない。その点リドルと咲夜は本質も似ているし、能力を知っているという気楽さもある。紅魔館でリドルが働きだしたら更に咲夜にとって気を許せる存在になるだろう。それに……。

 

「あわよくば、闇の陣営側の干渉をリドルに任せることが出来たら……咲夜の負担も減るわね。あとはリドルが私に忠誠を誓えるかということだけど。まあ本人次第か。」

 

 今の自尊心の塊のようなヴォルデモートならまだしも、まだ人を尊敬する心を持っていた若いリドルなら可能性はある。特にここにはパチェがいる。私に忠誠を誓うことは無くても、パチェに忠誠を誓うことはあるだろう。あとはリドルが未だに魔法界征服の野望を持っているかというところだが、それもあまり心配していない。私の計画が完璧に遂行されれば、魔法界の体制は変わる。

 

「これからね。まずはブラックから手を付けますか。」

 

 私は引き出しを開けると、シリウス・ブラックに関する資料を取り出した。




咲夜ホグワーツに出発

咲夜、リドルに出会う

秘密の部屋が開かれる

被害者続出

レミリアがルシウスから事件に関する手紙を貰う

ダンブルドア停職、ハグリッドアズカバン

事件解決、ロックハートは聖マンゴへ

咲夜、特別功労賞を貰う

ドビー、フリーになる。ルシウスが理事を追われる

咲夜がリドルを持ち帰る←今ここ


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討伐やら、刑務所やら、美鈴やら

唐突に始まる美鈴編。あ、大丈夫です。今回一話で取りあえず終わり、次回からはアズカバンの囚人編に行きます。
べ、別に感想で読みたいって意見があったから書いたわけじゃないんだからね! ただこの辺で書いとかないと自分の中で設定を忘れると思っただけなんだから!
誤字脱字等御座いましたらご報告して頂けると助かります。


 1890年――

 

「あっけないものね。所詮は血の薄い下等な吸血鬼か。」

 

 紅魔館の中でも比較的小さい一室。ベッドと小さい机、クローゼットだけが置かれたその部屋にレミリアは一人佇んでいた。もっとも、人影だけを数えるならその限りではないのだが。部屋に置かれたベッドには一人の女性が横たわっている。その女性の身体には至る所に包帯が巻かれていた。既に息は無く、只の肉塊と化している。

 レミリアは優しく死体に手を触れる。死体はレミリアの触れたところを火種に青い炎を上げて燃え上がり、やがて真っ白な灰になった。

 

「さあ、行きなさい。」

 

 レミリアが翼を羽ばたかせると灰は一か所に纏まり、窓から外へと出ていく。そのまま自然の風に吹かれ散り散りに消えていった。

 レミリアは窓を閉め部屋を出ると、扉に施錠する。そのまま部屋を後にした。

 

 

 

 

 1800年代に入ってから、スカーレット家は勢力を落とし、次第に従者の数も減っていった。原因は産業革命による近代化によるもので、古い思想の持主だった当時のスカーレット家の当主はそれについていけなかったのだ。

 レミリアが当主になってから、スカーレット家は変わった。今までの古い思想を捨て、様々な会社に投資し、そこで得た利益でスカーレット家は少し以前の力を取り戻した。だが、取り戻したと思っていた力は以前の物とはまったくの別物だったのだ。化け物の世界での権力ではなく、人間社会での権力を手に入れてしまったのである。

 それの何が問題かと言えば、人間社会で成功を収めているため、資金には困らなくなった。自由に使える手駒もイギリス中にいる。だが、肝心な館で働ける人材はいなかったのだ。普通の人間ではフランドールの狂気に耐えられず、とても館で従者などできない。故に従者として雇うには人間でない者を探すしかないのだ。探すしかないのだが、そう簡単に従者など見つかるものでもない。特に紅魔館にはフランドールがいる。信用出来るものしか従者として置けないのだ。

 そして1890年、紅魔館最後の従者が事故によって命を引き取った。元人間の吸血鬼で、吸血鬼の血が薄く、力もあまり持っていない。故に、事故による傷が原因でそのまま息絶えたのだった。彼女は力こそないものの、従者としては有能で、紅魔館の家事を一人で回していた。だが、今はいつの間にか屋敷に住み着いていた妖精を除けば紅魔館にはレミリアとフランドールの二人しかいない。

 

 

 

 

 

 1891年。王室から手紙が届いた。私はその手紙を二度見すると、慎重に便箋を開ける。私の父が当主だった頃は王室とも交流があったと聞いていたが、まさか私に手紙が来るとは……。私は便箋から手紙を取り出すと、隅々まで目を通した。

 

「……化け物の討伐依頼? そういえば父はそういう仕事をしてたんだっけ。もうそういうことはしてないんだけど。でも王室から直接お願いされては断るわけにもいかないし。」

 

 これを機に、裏の世界で名を広めるものいいかもしれない。流石に父の真似をしようとは思わないが、取りあえずこの依頼は受けることにしよう。スカーレット家はだいぶ力を取り戻したと言っても、全盛期とは程遠い。王室と繋がりを作っておくのも悪くはないだろう。私は懐中時計を取り出して現在の時間を確かめる。二十時半、日が昇るまでには十分時間があるようだった。

 私は手紙を持ったまま地下に降り、フランの部屋に入る。基本的に紅魔館の掃除はフランの部屋と私の部屋以外行っていない。面倒くさいというのもあるが、そもそも時間がない。

 

「フラン、少しの間出かけるけど、大丈夫?」

 

「どんくらい?」

 

「んー……二日?」

 

「行ってらっしゃい。」

 

 フランは面倒くさそうに手を振る。そもそも吸血鬼のような妖怪にとって食事とは嗜好品でしかない。本来は血液さえ吸っていれば死ぬことはない。そしてその血液も、毎日摂取しなければならないものでもないのだ。二日や三日、いや例え一か月留守にしてもフランが餓死する心配はない。

 それに本来なら私がフランを守る必要すらない。フランは、私よりも強い。吸血鬼としての能力は鍛えている分私のほうが強いが、フランには能力がある。例えイギリス全軍が紅魔館に侵攻したとしてもフランを殺すことは出来ない。それ故に父はフランを隠した。その凶悪な能力を使わなくてもいいように。母はフランの能力を抑止力として活用する手立てを整えていたらしいが、結局そんな機会はなかった。

 私はフランに手を振り返すともう一度自室に戻る。そして動きやすい服に着替え、ジャケットに無数のナイフを仕込んだ。あまり紅魔館を空けるわけには行かない。王室には事後報告でいいだろう。私は窓を開け放つと夜空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 とある刑務所、ここが依頼にあった場所だ。手紙の内容が正しければ、ここに化け物がいるらしい。私は門番に軽く会釈をすると門をくぐる。取りあえず所長に挨拶をし、事情を聞かなければ。

 

「ちょちょちょちょっと君! ここは一般人立ち入り禁止だよ。」

 

 不意に声を掛けられ、私は後ろを振り返る。そこには先ほどの門番が慌てた様子で立っていた。

 

「遊ぶなら町の方で遊びなさい。この辺は治安が悪いからね。」

 

 門番は私をひょいと抱き上げると門の外へと降ろす。私は唖然としたまま立ち竦むしかなかった。

 

「いやいやいや君! 所長から何か聞いてない?」

 

 私は持ち場に戻ろうとする門番を慌てて引き留める。

 

「化け物討伐の依頼を受けて来たレミリア・スカーレットよ。依頼書もここにある。」

 

 私は懐から王室の印が書かれた便箋を取り出す。門番はその便箋と私を交互に見ると、首を傾げた。

 

「確かにあの化け物には手を焼いているけど……退治の依頼? ということは、もしかして君が国が寄越した討伐隊?」

 

「私一人で『隊』なのか? 何にしても、そういうことよ。さっさとそこを通しなさい。」

 

「はっ!」

 

 門番は私に敬礼すると持ち場に戻っていく。私は今度こそ刑務所の建物の中に入った。建物の中に入ると何人もの刑務官が私を取り囲む。また子供扱いされるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。全員が私に向けて槍を構えている。

 

「門番はどうした!? 貴様あの娘の仲間だな!」

 

 刑務官の一人が叫ぶ。全く意味が分からない。私は向けられている槍の一つを掴むと、穂を握る。鉄で作られた穂は私の手のひらを切り裂くことは出来ず、指の形に潰れた。

 

「ひぃ! やっぱり! 総員かかれっ!!」

 

 四方八方から刑務官の槍が飛んでくる。先ほど穂の素材は確認済みだ。銀でなければ問題ない。私はその槍を甘んじて受けた。全身を鉄の槍が貫く。まあこの程度怪我のうちに入らない。私は全身に槍を受けたまま、正面にいる刑務官に話しかける。

 

「こんばんわ刑務官諸君。所長を呼んできてくれないかしら。王室から化け物討伐の依頼を受けてレミリア・スカーレットが来たと伝えなさい。」

 

 私は全身を刺されたままポケットから手紙を取り出し、正面にいる刑務官に差し出す。その刑務官は悲鳴を上げながら更に槍を深く私に突き刺した。はぁ、人間とは脆いものである。身体も、精神も。まあ、極たまに化け物のような精神力を持った人間もいるが。これでは埒が明かない。私は全身に刺さった槍を振り払い所長室に向かって歩き出す。頭をライフルで撃たれ、槍で刺されたが、その程度の攻撃意味がない。

 

「所長! お逃げください!」

 

「いや、逃げんな! 少しは私の話を聞けぇ!!」

 

 流石に所長に逃げられては面倒だ。ここにただ服を汚しに来ただけになってしまう。まあ、自らの血液で汚れているだけならあまり問題ではない。全部蝙蝠に変えてまた吸収すればいいだけだ。私は所長室のドアノブに手を掛ける。どうやら鍵が掛かっているようだ。扉をノックし、そのままこじ開けた。

 

「何者か?」

 

 そう、人間にはたまにこういう者がいる。力に屈せず、鋼のような精神を持っているものだ。外であれだけの騒ぎが起きていたというのに、ここの所長ときたら呑気に紅茶を飲んでいたようだった。

 

「所長! お逃げください! あの女の仲間が攻めてきました!!」

 

 この刑務官もなかなかの勇気の持ち主だが、完全に間抜けだ。私はその女を知らないし、逆にその女を殺しに来たクチである。

 

「ほう、被害は?」

 

 所長はソーサーにティーカップを戻すと刑務官に聞く。刑務官は私に槍を突き刺しながら叫んだ。

 

「幸いけが人はいません! ですが手に負えません!」

 

「なるほど。では貴様等は無抵抗な相手に一方的に槍を突き刺したと。」

 

 所長はこちらに向けて歩いてくる。私は刺さっている槍を引き抜くと、穴の開いた服を魔力で修復させ、血を蝙蝠に変え体の中に戻した。

 

「討伐依頼を受けてここに来たレミリア・スカーレットよ。最近の刑務所の歓迎っていうのは熱烈ね。」

 

 私は所長に向かって右手を差し出す。所長も右手を出し、握手に応えた。

 

「部下の非礼を詫びる。私はこの刑務所で所長を務めているものだ。」

 

「そうね、貴方に対して同じことをしていいなら快く許そうじゃない。全身に刺突、頭部に銃撃、それも数十回ね。」

 

 私は握手をしながら所長の眉間を指さす。所長は一瞬眉を顰めたが、すぐに先ほどと同じ表情になった。そして握手をしていた右手を腰のホルスターへと持っていき、リボルバーを抜く。

 

「使いなさい。ただし、討伐依頼だけはこなしてくれたまえ。」

 

 そう言って私にリボルバーを差し出した。それを見て先ほどまで私に槍を突き刺していた刑務官がたじろぐ。私は所長からリボルバーを受け取ると所長の眉間に突きつけた。

 

「ばぁん!」

 

 私は銃を撃つ真似事をすると、所長にリボルバーを返す。所長は慣れた手つきでリボルバーをホルスターに戻した。

 

「寛大な処置、感謝する。」

 

「私にとっては子供がじゃれてきたようなものだったし、別に気にしていないわ。もっとも、気にしていたとしたら今頃貴方以外の職員はいなくなっていたことでしょうけどね。」

 

 私は所長室に置かれているソファーに我が物顔で腰掛ける。所長は部屋の入口にいた刑務官を退室させると私の向かい側に座り込んだ。

 

「それで、詳しく事情を聞いてもいいかしら? 何せ手紙には詳しいことは何も書かれていなかったから。」

 

「一週間ほど前か。この刑務所に収監された囚人がいた。名を紅美鈴という。奴は収監されてから三日ほどは大人しくしていたが、いきなり豹変し囚人を殺し始めた。刑務官が取り押さえに掛かったが、全くの無意味、抵抗することさえ出来ずに殺された。数少ない男性刑務官でも全く歯が立たず、全滅。奴は数日で囚人を殺し切り、今は牢屋の在る棟に潜伏している。いや、潜伏など生易しいものではないな。完全に我が物顔で占拠していると言っていいだろう。」

 

 なるほど、大体の事情はわかった。というか、世界規模で見れば良くある話だ。人間の街に妖怪が迷い込み、人を殺し食らう。

 

「なるほど、確かに北の方から死臭が漂ってきているわね。それじゃ、殺してくる。職員に手を出さないように伝えなさい。というか、全員退避させた方がいいわ。」

 

私はソファーから立ち上がると所長室を出る。出た瞬間にまた撃たれたので急いで所長室に入り直した。

 

「窓から出るわ。終わるまでに説明しておきなさい。」

 

「ああ、すまん。説明しておこう。」

 

 私は撃たれた箇所を修復させると窓を開け、外に出る。夜空には雲一つなく、満月が浮かんでいた。

 

「あら、絶好の狩り日和だわ。方向は……あっちね。」

 

 地面に降り、刑務所の中を歩き出す。建物の外に血痕がないということは、化け物は外には出ていないということだろう。名前は美鈴とか言ったか。音からして中国人だろう。私はそいつが占拠している建物の中に入る。中は中々面白いことになっていた。人が沢山転がっている。それもかなり奇妙な形で死んでいた。普通化け物に殺された人間の死体というものは、原形を留めていないことが多い。首が捩じ切れたり上半身と下半身がさよならしていたりと。だが、ここに転がっている殆どの死体は五体満足だ。そのうちの一つを持ち上げてみるが首や足が曲がらない方向へ曲がった。

 

「折れてる。……関節技? 化け物らしくないわね。」

 

 化け物と騒ぎ立てているが、本当は強いだけの人間なんじゃないか? 私は死体を捨てると建物の奥へと踏み込んだ。次第に死体の数も増えていき、牢屋が立ち並ぶ廊下まで来ると完全に死体で足の踏み場が無くなる。というか、こんなにこの刑務所に囚人が入っていたのか。流石に詰め込み過ぎじゃないか? この分だと一つの牢屋に十人以上入っていたようだ。

 よく見れば、ここに転がっている死体は全てイギリス人ではない。どうやら密入国した者を取りあえず詰め込んでおく刑務所のようだ。まあ、もうここに密入国者はいないが。いや、一人いるか。私の目の前に。

 

「なんで男と女でこんなに違うんでしょうかね。ほら、考えてみてくださいよ。牛とか豚は雄と雌に肉質の違いなんてないじゃないですか。皆等しく美味しい。まあ年齢によって肉が硬くなったりはしますが。老いた牛なんて靴の底以下ですよ。あ、話がそれましたかね。性別によってここまで肉質が変わってくると恐怖すら覚えます。そう思えば、ここは天国のような場所です。お肉食べ放題、暴れ放題。ただ残念なのが、異国人しかいないことでしょうか。あ、私も異国人ですね。なんというか異国人は貧相な体型の人が多いんですよ。それに比べイギリス人は肥えています。あ、労働者は除きますよ? あれは異国人より痩せてるので論外です。なんで同じ国民であんなに貧富の差が出るんですかね。その点貴方は裕福そうでいいですねー、上等な服に綺麗な髪、煤汚れ一つない肌、透明なままの爪。いやぁ、羨ましい限りです。私にもそのお零れを分けてくださいな。取りあえず人間でもどうです? あ、お茶が欲しいですね。生憎持ち合わせがなくて……ほらここに入るときに全部取り上げられてしまったんです。折角中国で作られた美味しい紅茶の茶葉があったのに。あ、もしかしたらまだ詰所のどこかに保管されてますかね? あれ? 食べないんです? 羽が生えてるってことは悪魔か吸血鬼の類ですよね? だったら同族さんじゃないですか。あ、もしかして私のこと人間だと思ってます? やだなぁ、こんな美人捕まえて人間だなんて失礼しちゃいますよ。こんなナリでもちゃんとした妖怪ですよ。そりゃ角とか羽とかわかりやすい特徴はありませんが……私犬歯も発達していないし。ほら、こうやって人間を殺し、食べているのが何よりの証拠です。って、人の話聞いてます? あ、もしかして眠たいんですか? もう深夜ですからねぇ、お子さんは寝る時間です。あ、でも吸血鬼の貴方なら今が昼のようなものじゃないですか。寝ちゃダメですよ。あ、それともお腹空いてます? ここにあるのはギリギリまで生かしてあったので新鮮ですよ? ほら、まだ血の色も変わってない。……何とか言ってくださいよ。一人で喋っている私が馬鹿みたいじゃないですか? あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の名前は紅美鈴。名前の通り中国の妖怪です。なんか道を歩いていたら捕まっちゃいまして。身分を証明するものもなくあれよあれよという間にこんなところに。まあ、私にとっては都合よかったんですが。ほら、普通に街にいる人間を襲うとあっという間に化け物退治のプロがくるじゃないですか。私自身あまり力の強い妖怪じゃないのでそんなのが来たら瞬殺ですよ瞬殺。いやぁラッキーだったなぁ。まさか吸血鬼様が仲間になってくれるなんて。え? 手付金寄越せ? 意外に図々しいですね。じゃあここにある死体の三分の一を食べてもいいですよ? もう、業突く張りなんですから。……なんとか言ってくださいよ。独りで喋ってる私が馬鹿みたいじゃないですか。って、これ二回目ですよ? 馬鹿な私でも流石にそれぐらいは覚えています。あ、覚えていると言ったら私が中国にいた時の話ですけど――」

 

「はあ、なんというか、期待通りというか、期待外れというか。何とも言えないやつに出会っちゃったわね。」

 

 私は目の前に転がる死体の一つを蹴飛ばす。その死体はまっすぐ美鈴の方へと飛んで行った。

 

「うわ危なっ!」

 

 飛んできた死体を美鈴は両腕を使い弾き飛ばす。いや、あれは弾き飛ばしたのではない。あれは完全に『受け流して』いた。

 

「うわ危ないですね、もう少しで直撃するところだったじゃないですか!!」

 

「自己紹介がまだだったわね。私の名前はレミリア・スカーレット。王室の命を受けて貴様を殺しに来た。」

 

 美鈴は私の自己紹介を受けて、ゆっくり立ち上がる。へらへらと笑いながら、その手に持っていた人間の腕を投げ捨てた。

 

「あらら、本当に化け物退治のプロがやってきてしまうとは。何とも運がないですね私。ってか吸血鬼なのに人間の味方をするんです?」

 

「いえ、人間の味方をするつもりはないわ。ただ、あまり世間を賑わす化け物は退治しておくに限る。それに王室から依頼されちゃったしね。付き合いもあるし……だからまあ、取りあえず死になさい。下等生物。」

 

 懐からナイフを取り出し投擲する。音速に近い速度で空気を切り裂くそれはまっすぐ美鈴の眉間へと向かった。あれにはかなりの魔力が込めてある一発当たれば頭が消し飛ぶだろう。

 

「よっと。」

 

 だが、美鈴は投げられたナイフの柄を掴み、眉間に刺さるギリギリで止めた。

 

「吸血鬼半端ないっすね。そして容赦もない。うわ、引くぐらい魔力こめてある。こんなん当たったら死にますよ!?」

 

「気に入らないな。お前のそのニヤケ面が気に入らない。わかってる?」

 

「何をです?」

 

 美鈴はナイフを捨てると私の方に向かって拳を突き出す。

 

「わかってるって、何がですか? あ、もしかして私を殺す気ですか? ってさっきからそう言ってますよね。残念ですけど、私はそう簡単には死にません。私だって殺されたくないので抵抗ぐらいしますよ。そりゃね。」

 

 私は美鈴のそんな態度を見て完全に攻めあぐねていた。こいつ、まるで計り知れない。小物臭がすると思えば、長年生きてきた大妖怪のようでもある。力がないようにもあるようにも見える。本当にまるで手の内が読めなかった。どうやら相当戦いなれているようだ。ここは一気に決めるしかないだろう。私は足に力を込めると一気に美鈴との距離を詰める。この距離なら私の射程範囲内だ。そう思い拳を振り上げたが、私は頬に違和感を覚えた。

 

「はい一発入った。」

 

 美鈴の拳が私の顎を突いていた。美鈴はケラケラ笑いながら後ろに飛び一度距離を取る。

 

「頑丈すぎですって。普通の人間なら今ので一発K.O.なのに。顎打っても気絶しないとか化け物ですか? あ、化け物か。」

 

「なるほど、まあ私と貴方じゃリーチが違うものね。」

 

 そう、先ほど私は自分の間合いまで踏み込んだ。だが単純に考えれば、私が手の届く間合いまで踏み込むとなると相手もこちらに手が届くということである。それも先にだ。

 

「貴方、相当戦い慣れてるわね。それも妖怪の戦い方じゃない。それじゃあまるで人間が使う武道みたいじゃない。」

 

「武術を扱う程度の能力?」

 

 美鈴は拳を腰の位置で構えると、油断なく私を見る。困った、出来れば全力は出したくないのだが。グングニルを出すと一瞬で敷地ごと吹き飛んでしまう。それではあまりにも被害が大きすぎる。出来れば素早く体術で仕留めてしまいたい。

 

「面白いわ。体術には私も自信があるの。ナイフなんて小細工は使わず、素手で相手をしてあげる。」

 

 私は軽く拳を握る。握り固めてしまうと初動が遅れてしまうからだ。そして自分の羽を体に巻き付けた。広い空間では飛行を使った三次元の戦闘ができるが、この狭い空間ではかえって邪魔になるだけだからである。

 

「ていうか、私としては今すぐ逃げたいんですけど。勝ち目薄そうですし!」

 

 言うが早いか素早い踏み込みで美鈴は一瞬で私との距離を詰める。間合いの取り方が上手すぎる。綺麗にこちらのリーチのギリギリ外に陣取り蹴りを放ってきた。私は飛んできた突きのような蹴りを片手で受け止める。速度はあるが力はない。この程度なら多少食らっても致命傷にはなり得ないだろう。それに今私は相手の利き足を握った形だ。このまま壁に叩き投げ――

 

「その首貰った!」

 

 私は殺気を感じ咄嗟に足を放り投げ距離を取る。次の瞬間には先ほど私の首があったところに美鈴の足があった。こいつ、私の掴んだ足を軸にして蹴りを打ってきたのか。

 

「そんな技、一体何処で覚えたのかしら。」

 

「人間から少し。これでも結構人付き合いは得意な方です。」

 

 私は開けた間合いを詰め、小さく屈みこみ美鈴の懐に入り込む。人間から術を教わったということは、自分と同じぐらいの体格の相手しか想定していないはずである。私のような身長で怪力といった相手は相手にしたことがないはずだ。私は地面から掬い上げるように渾身のボディーブローを放つが、美鈴は上に飛び上がりそれを避けた。私は着地したところを狙うため距離を詰める。だが美鈴は天井に手を突くと更に後方へと飛んだ。これでは着地の瞬間に攻撃というのは少し間に合わない。ならばもう一度懐に潜り込むだけだ。

 私は着地した瞬間を狙ってもう一度美鈴と距離を詰めるが、懐に入り込むことは出来なかった。美鈴の顔が私の顔と同じ位置にあるのだ。まるで獣のように低い姿勢での構え。

 

「簡単には間合いに入れない。そう言いたげね。」

 

「実際入れたくないですし。こちとら一撃貰ったら死にますから。」

 

 そう宣言しているということは易々と間合いには入れてくれないだろう。私は美鈴が放ってきた拳を受け止める。速度はあるが、やはり一撃必殺ほどの力はない。私はその掴んだ腕を基点に一気に間合いを詰めようとするが、次の瞬間、何故か私は天井を見ていた。この浮遊感、もしかして、今投げられてる? 私は瞬時に今の状況を確認すると、地面に手を突き、力任せに立ち上がる。あのまま地面に叩きつけられていたら即、蹴りを打ち込まれていたところだろう。力がないと言っても急所を狙われると拙い。

 

「おかしいわね。何処も掴まれていないはずだけど……いや、むしろ私が掴んでいたはず。」

 

「はい、掴んでましたよね? 掴んでいるということは固定しているということ。繋がっているならこちらが掴んでいるのと変わりません。どぅーゆーあんだぁぁすたぁああぁん?」

 

 言い方が非常にイラつくが技術としては凄まじいものだ。説明するのは簡単だが、実際に実行するのは不可能に近い。体術を少し齧った程度ではない。一生をかけて修行した人間でも、ここまでのレベルに到達する者は稀だろう。

 

「ていうか手加減してますよね? もしかしてあまり建物を壊したくないとか。そうだとしたらありがたい限りですよ。全火力で攻撃されたら私なんて一瞬で蒸発しちゃいます。」

 

「謙虚なのか只のアホなのか。」

 

 なんにしても、面倒くさい。こっちからの攻撃はまず届かないと思っていいだろう。奴は私の気配を読んでいる節がある。そして相手の攻撃を受けてもこちらの攻撃は届かない。仮に攻撃を掴んだとしてもそこを基点に更に強力な攻撃が飛んでくる。だとしたらもう取るべき作戦は一つしかない。

 私は全力で相手との距離を詰める。私が相手の間合いに入る寸前に美鈴は拳を打ち込んできた。このままでは私の攻撃が当たる前に奴の攻撃が当たる。……でも、だからどうした。

 

「何ッ!?」

 

 私は飛んできた拳に頭突きをかますと更に一歩踏み込む。ここまでくればもう射程圏内だ。腹に大穴開けてやる。私は魔力を拳に込め、全力で拳を振り抜いた。美鈴はそのまま後方へと吹き飛び、壁を突き破って建物の外へ転がっていく。この機を逃すわけには行かない。私は美鈴を追って外に飛び出した。

 

「あいたたた……凄い威力。もう内臓滅茶苦茶な気分ですよ。」

 

 追撃できたら良かったのだが、既に立ち上がっている。中々にタフだ。へらへらと笑いながらお腹をさすっている。あの様子を見るにあまりダメージを与えられていないようだ。私は体に巻いていた羽を広げると大空に飛び上がる。外なら私の機動力を思う存分発揮できるため、このような雑魚妖怪瞬殺だ。まずは奴の表情から歪めてやる。私は上空から一気に下降すると美鈴の頭部に向けて踵を振り下ろす。美鈴は咄嗟にそれを横へ受け流すとその力を利用して私を地面へと投げた。

 

「無駄よ。」

 

 私はそのまま地面に叩きつけられるが、この程度の攻撃なら攻撃のうちに入らない。私は力任せに地面を叩きつけた。叩きつけたところから地面が割れ、足場が崩れる。これで美鈴は踏み込むことができない。武道というのは土台が大切だ。それを崩すことによって攻撃を鈍らせることができる。

 

「死ねッ! クソが!!」

 

 私は足場を崩した手で美鈴の足を掴み、地面に叩きつける。そのまま手を放すことなく上空へ飛び上がると、美鈴を下にして一気に急降下し、そのまま私ごと地面に激突した。技で競ったところで勝てるわけもない。だったらこちらも長所を生かすだけである。筋力、耐久力、再生力は桁違いに私の方が高い。地面に叩きつけたことでようやくまともなダメージが入ったのか、美鈴は口から血を吐いた。

 

「ちくしょう……やりやがったな……。」

 

 ようやく、美鈴から笑みが消えた。苦しそうな表情でこちらを睨みつけている。

 

「ようやくいい表情になったわ。」

 

 美鈴は組み伏せられている状態から蛇のように抜け出すと私の右腕に纏わりつく。関節技がくると警戒し、私は利き腕に力を込め、関節を固定させた。次の瞬間、私の顔に美鈴のつま先が突き刺さる。

 

「言ってなかったかしら。」

 

 私はつま先が顔に突き刺さったまま、美鈴に話しかけた。

 

「吸血鬼っていうのは体を分解できるのよ。」

 

 私は体を無数の蝙蝠に分解し、美鈴に纏わりつく。そして拘束する形で元の体に戻った。

 

「チッ……化け物かよ。物理的攻撃は効かないってことですか。」

 

 美鈴は諦めたように力を抜く。私はそんな美鈴の首を正面から掴んだ。

 

「動くなよ。少しでも動いたら首を引きちぎり、そのまま消滅させるわ。」

 

 美鈴は手足を投げ出したまま首に全体重を預けている。

 

「私には殴る蹴る以外の才能はありません。」

 

 次の瞬間、美鈴の蹴りが私の鳩尾へと飛んでくる。無駄な抵抗だ。私は美鈴の首を握りつぶす為に力を込めた。だが、おかしい。全力で力を込めているのに、指は全く首に食い込まなかった。それどころか、私の手がボトリと溶け落ちる。

 

「まずっ――ッ!!」

 

 美鈴の拘束が解ける。それに私の腕を溶かした術の詳細も不明だ。美鈴の拳が私の鳩尾を捉えた。重たい一撃が来る――

 

「それ故に、それを徹底的に磨くしか、生き残る道はなかった。人間に頭を下げ術を磨き、鍛錬に修練を重ね――」

 

 私の皮膚を溶かしながら、美鈴の拳が私の体を貫通した。

 

「――ついに私は自分の中に流れる力に気が付いた。」

 

 肉体が物理的に破壊されたわけではない。完全にぐちゃぐちゃに溶かされているため溜め込んだ魔力で修復し、一旦距離を取る。そしてすぐにまた距離を詰めた。

 

「なら見せてみろ! 貴様の限界という奴を!!」

 

 私は渾身の力で右手の拳を振りかざす。美鈴も同じく右手で私の頭を狙っていた。リーチの差で先に美鈴の拳が私の頭を貫く。私はお構いなしに拳を振り抜いた。頭が溶けた為、視覚では確認できないが、確かに私の拳は美鈴の顎を打った。

 

 

 

 三秒のタイムラグの後、私の頭部が回復する。それと共に私の視界も戻った。目の前には、美鈴が倒れ伏している。どうやら弱点は人間と同じだったようだ。

 

「は、反則ですよ……吸血鬼の回復力は……。殺せよ。私は殺した。本能の赴くままに。だから……殺して……お願いだから。」

 

 美鈴は力なく自分の顔に右手を持っていき、口に指を掛ける。そして無理やり上に釣り上げた。

 

「私は……弱い。だから……こうやって、へらへら笑って……自分、より、弱いものを…………。だから、私も。自分より強いものに――」

 

「そうね、貴様は弱いわ。どうしようもなく弱い。だから、強い者の言うことは聞くものよ。紅美鈴……か、いい名前じゃない。うちにぴったりだわ。」

 

 私は地面に転がっている美鈴を肩に担ぐ。

 

「貴方、家で働きなさい。丁度従者が居なくて困っていたのよ。」

 

 私は首をひねり美鈴の顔を見る。美鈴は情けなく苦笑した。

 

「そんなのズルいですよ……敗戦国みたいじゃないですか。」

 

「中国はイギリスに負けたんでしょ? 勝者の言うことぐらい聞きなさい。」

 

 私は美鈴を担いだまま夜空へ飛び立つ。王室には対象を無力化したと伝えておこう。あの刑務所の所長も取りあえずこいつが居なくなれば問題ないはずだ。

 

「ところで吸血鬼さん、なんてお呼びすれば?」

 

「そうね。敬意を持ってお嬢様と呼びなさい。美鈴。」

 

「……はいはい、お嬢様。」

 

 私は美鈴の中に、私に対する忠誠心を感じた。すぐには使い物にならないだろうが、時間なら沢山ある。

 

「これからよろしくね。美鈴。」

 

 

 これが、私と美鈴の出会いだった。




スカーレット家
産業革命によって一度力を落としたが、レミリアの代で持ち直す。

刑務所
あえて詳しい描写はしませんでしたが、女子刑務所です。

所長や刑務官
女子刑務所ということでこの辺も全部女性です。

美鈴
欲望のままに人を食らう妖怪。弱肉強食がモットー。

美鈴お持ち帰り
持って帰ったあとで軽く後悔。なんでこんな奴拾ったんだろう。でも仕事の覚えはよかった。


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脱獄やら、許可証やら、接触やら

今回、これを書き終わってびっくりしたことがあります。
おぜう、紅魔館から全く動いてねぇ!!
この作品書く前から危惧していたことではありますが、あまりにも話に動きがないですね。基本的にこの作品のレミリアは策を巡らせるだけなので仕方がないと言えば仕方がないのですが……次回からもう少し他のキャラの視点も織り交ぜていけたらなと思っています。
……あ、でも前作もアズカバンの囚人編は咲夜ちゃんがおいたんの世話をするだけで終わったか。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1993年八月。新しく仲間になったリドルも、随分と紅魔館での生活に慣れてきたようだ。淡々とパチェの助手をこなし、空いた時間に研究をする。パチェにリドルの評価を聞いてみたが、やはり優秀なようだ。この様子なら警戒こそする必要はあるが、計画の一部に組み込んでも大丈夫だろう。取りあえず、去年のクリスマスにやり残したことを咲夜に実行してもらおう。そう、アズカバンに侵入し、シリウス・ブラックを脱獄させる。その後はそのまま野放しにし、様子を窺うのだ。ヴォルデモートに接触したらそれはそれでいいし、そのまま行方をくらませても別に問題はない。

 私は書斎でアズカバンに関する資料に目を通す。アズカバンというのは北海の中心に位置する監獄で、主に魔法界で法を犯した魔法使いや魔法生物が収監される。アズカバンの看守は吸魂鬼が務めているのだが、これがまた厄介な生物なのだ。吸魂鬼は人間の幸福を吸いとり、気力を奪う。監獄にいる囚人は常に吸魂鬼に生気を吸われている。そのため脱獄する気も起きないのだそうだ。海という間接的な壁、魔法による術的な壁、吸魂鬼という精神的な壁。アズカバンには三重の壁がある。咲夜がアズカバンに侵入し、シリウス・ブラックを脱獄させるには、この壁を突破しないといけない。

 

「失礼します、お嬢様。紅茶が入りました。」

 

「入っていいわよ。」

 

 私は懐中時計を取り出し時間を確認する。確かにそろそろお茶の時間だった。私は机の上の資料を仕舞い、机の上を空ける。咲夜はそこに紅茶を並べた。

 

「一か月で随分馴染んだわね。」

 

「そうですね……やっぱり一度挫折したから……ですかね、やっぱり。」

 

「そうね、やっぱり一度挫折したからよね。やっぱり、やっぱり。」

 

 リドルの話題を振り、咲夜がそれに答える。咲夜の話では、リドルはハリー・ポッターに敗北したらしい。その敗北がなければここまですんなり紅魔館には馴染まなかっただろう。

 

「もうすっかりパチュリー様の助手が板についてきたみたいです。パチュリー様のことを先生と呼んで慕っていますよ。」

 

「まあ、パチェは先生っぽいから。あ、そうだ。シリウス・ブラック助けに行きなさい。」

 

「そうシリウス・ブラックを……って、えっと、シリウス・ブラックって、あのシリウス・ブラックですか?」

 

 いきなりの私の命令に、咲夜は目を白黒させる。

 

「はい……畏まりました。」

 

 きょとんとした表情のまま、咲夜は返事をした。命令を承諾した以上、咲夜はやり切るだろうが、あまりにもふわっとした返事をしたので少々心配になる。

 

「多分単独では厳しいでしょうからパチェを頼りなさいな。便利な魔法具を沢山持っているはずよ。で、話は戻るけど、リドルとの関係はどうなの? 咲夜が友達って言い切るぐらいだから相当仲がいいんでしょ?」

 

「通じ合うところがあるというか……似ているところがありまして。気が合うんですよね。」

 

「でしょうね。私から見ても似た者同士だもの。ただリドルの方が勤勉のようだけど。咲夜は少し自分の能力に頼り過ぎよ。リドルを見習いなさい。」

 

「……。」

 

「返事。」

 

「はい、お嬢様。」

 

 まったく、真面目なようで真面目でない。どうしてここまで勉強が嫌いなのだろうか。もっとも、勉強するときはするので頭が悪いわけではないのだが、探求心に欠けるというか、魔法使いには向いていない性格ともいえるだろう。

 私は飲み干したティーカップをソーサーに被せると、指で底を三回叩き、指で弾いて表向きに戻す。そしてハンドルを持ち中を覗き込んだ。

 

「まあ、リドルとは今まで通り仲良くやりなさいな。友達にしか相談できない事とかもあるでしょうし。もう下がっていいわよ。」

 

 咲夜はテキパキとティーセットを片付けると、私に一礼し書斎を去っていく。咲夜がちゃんと命令通りブラックを助け出せるかが少し心配だが、パチェが付いているからまあ大丈夫だろう。クリスマスから数か月、守護霊の呪文も使えるようになっているはずだ。

 

「そもそもフランの狂気が大丈夫なんだから、吸魂鬼の邪気なんてへっちゃらよね。」

 

 なんの自慢にもならないが、フランの狂気は相当なものである。咲夜は赤子の頃からそんな狂気に包まれて育ってきたのだ。今更吸魂鬼など……大丈夫、だよね?

 

「心配するだけ損しそう。まあでも、これで咲夜がどこまで使えるかが確かになるわ。もしこの程度でしくじるようなら咲夜は使えない駒ということになる。使い捨てるならまだしも、咲夜は大切な従者だからそれは出来ないし。」

 

 今回のこれで咲夜がしくじるようなことがあれば、咲夜には従者としての仕事に専念してもらうことにしよう。その場合ホグワーツを退学することになるだろうが、計画の為には仕方がない。咲夜が紅魔館に居れば美鈴を思う存分動かせるというものだ。生意気な従者だが、あれはあれで非常に優秀なやつである。自由に動かせるとなれば相当な働きを期待できるだろう。まあ、失敗したらの話だが。ヴォルデモートが生きていると確信した時から既に一年以上。未だ、ヴォルデモートが復活する気配は無かった。

 

 

 

 

 

 

 咲夜に命令を出してから数日。書類仕事をしていると書斎の扉がノックされた。ノックの強さと間隔から察するに、咲夜だろう。

 

「入っていいわよ。」

 

 私が許可を出すと咲夜は静かに扉を開け、部屋の中に入ってくる。そして扉の前で姿勢を正した。

 

「シリウス・ブラックは無事脱獄しました。今頃はロンドンで1人困惑しているでしょう。」

 

 私はその報告を聞いて内心ほくそ笑んだ。やはり咲夜は使える子だ。パチェの助力があったと言え、単身でアズカバンへの侵入を成功させ、もっとも監視が厳重な牢からシリウス・ブラックを脱獄させた。私は机の上に置いてあるチェス盤にオセロの駒を載せる。少々滑稽な絵面だが、状況を比喩するにはこれがピッタリだ。

 

「彼は一体どちら側なのか、これではっきりすると思うわ。白なのか、黒なのか。」

 

「というのは……。」

 

「興味があるのよ。チェス盤の上にオセロの石が立てた状態で置かれていたら困るじゃない? 彼の犯した罪は一見黒だわ。でもだからといって黒に交ぜてしまってもよいのかしら。黒に交ざらないのだとしたら白には交ざるのか。それとも、初めから白なのか。白であって黒と交ざり合うのかしら。」

 

 私はオセロの駒を持つと親指で軽く上に弾く。オセロの駒は空中で数回回転し、チェス盤にストンと落ちた。表は白だ。私の占いではシリウス・ブラックは白と出た。私は指でオセロの駒をずらす。オセロの下のチェス盤の色も白。

 

「楽しみじゃない? というわけで、今年も報告を期待しているわね。下がっていいわよ。」

 

 咲夜は一瞬不可解な顔をすると、深く礼をして部屋を出ていく。この夏は新聞とにらめっこすることになるだろう。私はチェス盤を片付け、代わりに書類の束を取り出す。そしてボチボチ仕事を始めた。

 

 

 

 

 

 

「調子はどう? リドル。」

 

 紅魔館の地下に広がる無駄に大きな図書館。四方八方に規則正しく並んだ本棚にはこれでもかというほど本が詰められている。私は空いたスペースに置かれている机で本を読んでいるリドルに話しかけた。

 

「その質問が体調のことを聞いているのでしたら、何も問題ありませんよ。」

 

「分かってるくせに。」

 

 私が聞いているのはそんな分かり切ったことではない。ここに慣れてきたのかということを聞いているのだ。リドルは読んでいる本を閉じると机の上に置く。そして真っすぐ私の方を見た。

 

「そちらこそ、わかっているんではないですか? それぐらいのことは。」

 

「まあね。馴染んできているとは感じるわ。この前のアズカバンの件、貴方も手伝ったんでしょ?」

 

 咲夜がパチェに助力を求めたとしたら、その助手であるリドルも少なからず手伝っているはずだ。リドルは私の言葉に頷いた。

 

「ええ、まったく先生の技術には驚かされます。姿現しは基本的な魔法ではありますが、失敗するリスクを孕む難しい魔法です。それを魔法具だけで自由に使えるようにしてしまうとは……。」

 

「あら、私としてはそんなに凄いこととは思えないけどね。まあ姿現しができない私が言えたことではないけど。でも、マグルの世界じゃ当たり前じゃない?」

 

 マグルの世界では多くの者がコンピュータを持っている。私は小難しいことは苦手なので手を出していないが、あれは難しい計算を馬鹿でも行えるようにしたものだ。使用する者はボタンを押すだけでも、コンピュータの中では複雑な計算がなされている。パチェが咲夜に渡した魔法具も、言うなればそういう物だろう。

 

「もっとも、パチェにそんなこと言ったら怒られそうだけどね。パチェにとってあの魔法具の数々は只の副産物でしかないだろうし。パチェからしたらあんなものワインを絞った後に残ったブドウの搾りカスのようなものよ。」

 

「先生の目的は何なんでしょうか。何か目的があって研究を続けているんじゃないんです?」

 

「私も直接本人から聞いたわけではないから、これはあくまで私の予想でしかないけど……パチェは好奇心の塊よ。知りたいから研究する。知ったら次の研究をする。多分、この世の真理に辿り着くまで続けるでしょうね。辿り着いたあとは……。」

 

 パチェが研究をやめる時、それは魔女としての死を意味する。探求心を失った研究者は、死んでいるも同然だ。

 

「まあ、何にしても。パチェの下で働くならそう言った考えで働いたほうがいいわよ。貴方も魔法使いの端くれならね。」

 

「そんなこと、言われなくてもわかってますよ。パチュリー・ノーレッジという大魔法使いを前にして、小さいことを考える魔法使いなどいません。彼女は噂通りの魔法使いです。」

 

「貴方が向上心の塊のような魔法使いで助かったわ。」

 

 もっとも、判断を下すにはまだ早い。目の前にいるこいつは仮にもヴォルデモートなのだ。学生の頃の記憶だとはいえ、それでも油断ならない。学生の頃に分霊箱を作ってしまうほどの奴だ。吸血鬼というものは忠誠心というものを敏感に感じ取ることができる。真に確信が持てるまでは監視を怠らないようにしよう。

 

「そういえば、咲夜は今年から三年生ですね。三年生といったらホグズミード村に行くことができるようになりますが、誰が許可証にサインしたんです?」

 

 私が考え事をしていると、リドルが興味深いことを呟く。

 

「許可証? 何よそれ。」

 

「ホグズミード村に行くための許可証ですよ。保護者のサインがいるんです。咲夜からまだ話を聞いていませんか?」

 

 保護者のサイン。それは初耳だった。ならば咲夜の楽しい学校生活の為にも、サインをしてこなければならないだろう。今日のお茶の時間にでも咲夜に持ってこさせよう。

 

「なら、私がサインするしかないわね。何せ私は咲夜の保護者だから!」

 

「なら急いだほうがいいんじゃない?」

 

 私がそう宣言したのと同時に後ろからパチェの声が聞こえてくる。パチェは私の隣に座ると、机の上に紅魔館の廊下の様子を映しだした。

 

「さっきまで美鈴が今日の献立を決めるために図書室にいたのよ。さっきのリドルの話を聞いてあっという間にいなくなってしまったわ。」

 

「え?」

 

 私はガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。確かに映像の中の美鈴はまっすぐ咲夜の自室目指して走っていた。

 

「そうはさせないわ!」

 

 大丈夫、美鈴と私では速度に大きな差がある。今から追えば十分間に合うはずだ。私は羽に力を込めると一気に加速し、大図書館を飛び出した。美鈴に先を越されるわけには行かない。咲夜の保護者は私。これはもはや自明の理だ。複雑に曲がりくねる廊下を縫うように飛び抜け、咲夜の部屋に飛び込んだ。

 部屋の中には唖然とした様子で紙を持っている咲夜がいた。駆け込んできた私に驚いているようである。いや、今は取りあえず咲夜の持っている許可証だ。私は固まっている咲夜から許可証を奪うように取ると、署名欄を確認した。

 

「あぁああ!!」

 

 署名欄には嫌に丁寧な文字で『紅美鈴』と書かれている。私は万年筆で無理やり美鈴の名前に重なるように署名すると美鈴の後を追った。

 

「待ちなさーい!」

 

「はっはっは! 咲夜ちゃんの保護者は私だ!」

 

 美鈴は笑いながら廊下を駆ける。私は懐からナイフを取り出すと、全力で投擲した。

 

「そんな直線的な攻撃あたりませんて。」

 

 美鈴は投げられたナイフを半身になって躱すと、へらへら笑いながら窓から飛び出す。私は窓枠を掴み、上半身がせり出すような形で美鈴に怒鳴った。

 

「明日の夕飯抜きッ!!」

 

「殺生なぁ~。」

 

 美鈴はそんな呟きと共に森の中に姿を消した。まったく、逃げ足だけは速い。私は小さくため息をつくと大図書館へと戻る。そして先ほど座っていた椅子に座りなおした。

 

「はぁ。見事に先を越されたわ。まさか大図書館の中にいたとは。」

 

「まあ、美鈴は気配を消すことに関してはプロフェッショナルだから。」

 

私はぐったりと机の上に伏せる。にしてもホグズミードか。思えばホグワーツというのは刑務所かの如く娯楽がない。売店や遊ぶ場所がないのはまだしも、それに加え外出許可さえ出ないのだ。全寮制の学校でもここまで厳しいのは珍しいと言えるだろう。

 

「そういえばパチェ、リドル。ホグワーツでの生活って飽きが来ないの? 基本的に娯楽と呼べるものがないじゃない。」

 

 私はぐでっと両手を前に投げ出す。私の問いにパチェとリドルは顔を見合わせると、同時に同じ答えを返した。

 

「「ずっと図書館に籠ってた。」」

 

「あー、はいはい。貴方たちに聞いた私が馬鹿だったわ。」

 

「娯楽がないわけではないですよ? ……ほら、クィディッチとか。」

 

「年に数回じゃない。」

 

「一応ホグズミード行きがあるわ。」

 

「それも三年生からでしょ? それにそれも年に数回だし。……はぁ、マグルの世界なら児童虐待だって言われてもおかしくないわね。」

 

 まあ魔法界なので、何かこう夢中になれるような暇つぶしがあるのかもしれないが。……薬とか。

 

「そんなことないですよ。」

 

「そんなことないわ。」

 

「その自信はどこから来るのよ。」

 

 なんにしてもまた今度咲夜にも聞いてみよう。勉強があまり好きじゃない咲夜なら違う答えが返ってくるかもしれない。

 

「ところでパチェ。シリウス・ブラックのその後はどう? 消息は掴めてる?」

 

 これ以上この二人にホグワーツのことを聞いても仕方がないので今度はブラックの話題を振る。これでもパチェは優秀な魔法使いだ。ブラックの所在ぐらいは掴んでいるだろう。

 

「プリベット通りにいるわ。ハリー・ポッターが住んでいる近くね。果たして命を狙っているのか、護りに行っているのか。そこまではわからないわ。」

 

 プリベット通り。ということはロンドンからはあまり離れていないということだろうか。

 

「レミィ、それとは別にシリウス・ブラックに関することで興味深いことが分かったわ。彼は動物もどきよ。」

 

 動物もどきという言葉にリドルがピクリと反応した。動物もどきとは、完全な動物に変身することができる魔法使いのことである。そのものが化けられる動物は決まっており、選ぶことも変えることもできない。また、動物もどきになった魔法使いは魔法省に届け出ないといけない決まりになっている。

 

「動物もどき……シリウス・ブラックが? 魔法省のデータベースには登録しているの?」

 

「していないでしょうね。無許可の動物もどきだと思うわ。ほら、これ。」

 

 パチェは机の上にプリベット通りの様子を映しだす。そこには確かに大きな黒い犬が伏せていた。

 

「これがシリウス・ブラックよ。これなら逃亡も簡単でしょうね。まあ私みたいに便利な地図を持っていたら別だけど。」

 

 確かにパチェの使う魔法は反則級だ。世界中の何処にいても探知することができる。例外があるとすれば、高度な魔法で、例えるならば死の秘宝の一つとして挙げられるような透明マントのようなもので隠れるか、完全に別世界に逃げ込むかだ。どうやら動物に化けた程度ではパチェの目は誤魔化せないらしい。

 

「ハリー・ポッターと接触を図ろうとしているのは確かのようですね。でないとこんな場所に用事などないでしょう。」

 

 リドルの言う通りだ。ブラックがどちら側だとしてもハリーに接触しようとしているのは確かだ。でも、それだとおかしなことになる。ここまで近くまで接近しており、尚且つ姿を隠してもいるのに、なぜブラックはハリーに接触しないのだろう。

 

「なぜダンブルドアがハリーをダーズリーに預けておくのか。私なりに少し調べたわ。やっぱり守りの呪文がダーズリーの家に掛かっているみたいね。この魔法はハリーが成人するまで切れることはない。つまり、ダーズリーの家に居たら誰も手出しができないということよ。」

 

「そういえばダーズリーのところのペチュニアはリリーの姉妹だったわね。リリーの護りの呪文がペチュニアに受け継がれたってこと?」

 

「そういうことよ。ああ、あとこれ。」

 

 パチェは机の上で手を振るう。すると新聞紙が一枚現れた。魔法界の物かと思ったが、よくよく見るとマグルの世界のものである。見出しは『大量殺人犯、シリウス・ブラック脱走』と書かれている。内容は市民への注意喚起だった。

 

「魔法界では既にニュースになっていたけど、ついにマグルの世界でも騒がれ始めたわ。多分魔法大臣がイギリスの首相に伝えたんだと思う。首相から何か聞いていない?」

 

 私は簡単に記憶を探る。そういえば、首相から手紙が届いていたような気がした。だとしたら私の机の引き出しの中だろう。

 

「……届いてるかも。」

 

 パチェがまた手を振るう。すると空中に魔法陣が展開され、私宛の手紙がそこからバサバサと落ちてきた。

 

「まったく、プライバシーも何もあったもんじゃないわね。」

 

「ポストの管理を私に任せたのは誰だったかしら。」

 

 お約束のやり取りをしつつ、私は手紙の山の中から首相の名前を探す。流石に首相レベルとなると便箋も良いものを使っている為、見つけるのに苦労はしなかった。

 

「えっと何々……うん、確かにシリウス・ブラックに関することが書かれているわ。ようは情報が欲しいみたいね。」

 

「ほう、マグルの世界の大臣と繋がりがあるのですか。凄いですね。」

 

「これでも昔は王室との付き合いもあったのよ? まあ、首相と知り合いなのは完全に偶然の産物だけど。」

 

 私はパチェに首相からの手紙を渡す。パチェは手紙にさっと目を通すと机の上に置いた。

 

「で、どこまで情報を与えるの? 多分もう大体のことは魔法大臣から聞いていると思うけど。」

 

「そうね。取りあえず魔法界で語られている程度に留めておくわ。多分魔法大臣もそんな話をしたんだろうし。多分首相も魔法大臣から聞いた話の確証が欲しいんでしょうね。関係がなさそうな二人から同じような話があれば少しは信用できる。」

 

 いつの間にか机の上にあった手紙の山が無くなっている。私は首相からの手紙をポケットにしまうと、椅子から立ち上がった。

 

「そろそろ書斎に戻るわ。パチェは引き続きブラックの監視をお願いね。」

 

「何か動きがあったら伝えるわ。」

 

 私はパチェの返事を聞き、大図書館を後にする。取りあえず、新学期が始まるまでは動きはないだろう。私はそう予想しつつ、書斎へと戻った。

 

 

 

 

 

 

「……あれ? なんかこの体勢デジャヴを感じるわ。」

 

 私は図書館の机の上に伏せながらそう呟く。何故図書館で机に伏せているか。理由はシリウス・ブラックにある。

 少し前、咲夜が大図書館から紅魔館を出発した。そう、ホグワーツの授業が始まるのである。それに合わせ、ブラックもハリーを追うように動き出す。私は今日朝明かししながらそれを監視しにきたのだ。現に今ブラックはロンドンの、キングズ・クロスにいる。様子を見る限りでは、ホグワーツ特急に忍び込むつもりなのだろう。

 

「咲夜ちゃん送ってきましたー。あれ? おぜうさままだ起きてるんです?」

 

 暖炉が一瞬大きな炎を上げたと思うと、中から美鈴が出てくる。美鈴は咲夜の見送りに行っていたのだ。

 

「ぱっちゃん! 咲夜ちゃん行っちゃいましたー! この寂しさは何で埋めたらいいの!?」

 

 出てきた瞬間に美鈴がパチェに抱きつき、噓泣きを始める。パチェは面倒くさそうに美鈴の頭を分厚い魔導書で叩いた。次の瞬間、美鈴が何かに投げられるように吹き飛ぶ。そんな様子をリドルは呆れた顔で見ていた。

 

「そうだ美鈴。九と四分の三番線で大きな黒い犬を見なかったかしら。」

 

「犬ですか? いえ、居ませんでしたけど……あと数分で列車が出ますね。」

 

 美鈴が懐中時計で時間を確認する。私は机の上に表示されている駅の様子を見た。

 

「近くにいることはわかってるんだけど、まだ列車に乗り込んでないみたいね。あ、美鈴は洗濯物干しに行っていいわよ。」

 

「えぇ、私も混ぜてくださいよ。そんな邪険にしなくても……。」

 

「咲夜が学校に行ったんだから貴方が家事をするのは当たり前じゃない。」

 

 美鈴は面倒くさそうに頭を掻くと大図書館を出ていく。私は地図の端に黒い犬の姿をしたブラックを発見した。

 

「いた。どうやらギリギリに列車の貨物室に乗り込むつもりだったのね。」

 

「まあ出来るだけ人に見られないようにしないといけないしね。犬はホグワーツに持っていけるペットのリストに入っていないし。」

 

 実験が一段落したのか、パチェが私の向かい側に座った。そして同じように駅の様子をのぞき込む。

 

「ブラック……やはり少し分からないわね。レミィ、二週間前のこと覚えてる?」

 

「ええ、ブラックがハリーに接触したときのことよね。ハリーがおばさんを膨らましてそのまま家出。その時に一度接触している。しているけど、特に何かアクションがあったわけでもないし。」

 

「そして今回のこれも。なんというか虎視眈々と狙っているようにも見えるし、ただハリーの様子を見守っているようにも見える。」

 

「なんにしても、列車の中で接触するということはなさそうね。このまま眺めていても仕方がないし、私は部屋に戻ることにするわ。何か動きがあったら報告して頂戴。」

 

 私はパチェに手を振ると、大図書館を後にする。そして自分の部屋に戻りベッドに潜り込んだ。流石にこの時間は……眠い。

 

 

 

 

 

 

 1993年、十月。

 ハロウィーンの昼、私はノックの音で目を覚ました。眠たい目を擦りながら私は時計を確認する。現在の時刻は真昼の三時。こんな真昼に部屋をノックする奴の気が知れないが、それだけ一大事ということなのだろうか。

 

「もう、誰よこんな時間に……。美鈴?」

 

「いえ、リドルです。こんな時間に申し訳ありません。咲夜から緊急のメッセージが届きましたのでお伝えに参りました。」

 

 なんと、部屋をノックしたのはリドルだった。つまり咲夜が日記帳を通じてこちらに連絡を取ってきたということだろう。

 

「とても今人に会える恰好じゃないからそのままで言いなさい。」

 

 私は今寝間着姿で、もしかしたら髪の毛も跳ねているかもしれないような恰好である。とてもリドルの前に顔を出せるような状態ではない。少々やりにくいが扉越しにやり取りさせてもらおう。

 

「はい。つい先ほどシリウス・ブラックと接触したとのことです。」

 

「そう、咲夜とブラックがねぇ。現在地は?」

 

「ホグズミード村から少し離れた叫びの屋敷内です。」

 

 パチェの調べではブラックはホグワーツ特急を降りたあとはホグズミードに潜伏していた。拠点にしていたのは叫びの屋敷だったはずだ。ということは咲夜のほうからブラックに接触したということだろうか。いや、もし接触する気があったのなら、事前に連絡を入れてくるはずである。ということは偶然、ばったりと会ったのであろう。

 

「まずは話を聞きなさい。ブラックがどちら側か確かめるのよ。」

 

 ばったり会ったのだとしたら、咲夜は結構無防備を晒しているのではないだろうか。私はリドルに咲夜への伝言を伝えると、寝間着から部屋着へと着替える。そして鏡の前で髪形をセットした。よし、取りあえずこれで大丈夫だろう。

 

「リドル、大図書館に向かうわよ。何かあるかもわからないし、いつでもバックアップできるようにしておかないとね。ついてきなさい。」

 

「はい、お嬢様。」

 

 私はリドルを引き連れて紅魔館の廊下を歩く。窓から日の光が若干差し込んでいるので、少し気を付けないといけないだろう。

 

「咲夜からの伝言です。ブラックは自分は無実だと言っています。現在ホグワーツ近くに潜伏していますが、ハリーを殺す為ではなく救うためにここまで来たのだと。」

 

「なるほど、ということは白で白、真っ白ということかしらね。つまらないわ。」

 

「白で白? どういう意味です?」

 

 リドルが私に聞き返す。

 

「そのまま咲夜に送りなさい。」

 

 リドルは一瞬不思議そうな顔をしたが、やがてまた咲夜からの伝言を言い始める。

 

「まだ完全に白だと決まったわけではないかと……。だそうです。でも様子から察するに、白だと判断するに足りる何か証拠をブラックは提示したんでしょうね。」

 

「でしょうね。でなければ既に戦闘が始まっていてもおかしくないし。」

 

 暫く歩くと大図書館に到着する。私はパチェの前に移動すると椅子に座った。

 

「パチェ。咲夜がブラックと接触したわ。映像出せる?」

 

「咲夜がブラックと? ……少し待ちなさい。場所は?」

 

「叫びの屋敷。」

 

 パチェは何かを書き込んでいた本を机の隅に押しのけると机の上に手をかざす。すると小汚い木造の部屋が映し出された。そこにはホグワーツの制服姿の咲夜と、一匹の猫、そしてボロボロの服を着たこれまたボロボロのブラックがいる。そこで咲夜はクッキーと紅茶を、ブラックはパンと水を食べていた。

 

「なんで食事しているのかしら。」

 

「お腹でも空いたんじゃない? パチェ、音声出ないの?」

 

「この前も言ったじゃない。無理よ。映像出せているだけで奇跡に近いんだから……。」

 

「進歩無いわねぇ……。」

 

 私の言葉にパチェはムスっと顔を伏せる。何とも可愛らしい。

 

「そもそも先生、これは一体どういった魔法なのですか?」

 

 リドルがパチェに聞く。確かにそれは気になるところだ。パチェは顔を上げるとまっすぐ上を指さした。

 

「天から地上を監視する目があるのよ。マグルが打ち上げた人工衛星っていう星なんだけどね。その星の目を盗んでいるの。もっとも、普通に盗むだけじゃ雲や建物に阻まれてここまでは見えないわ。だからその目の方にも細工をね。マッドアイって知っているかしら。」

 

「闇祓いのムーディですよね。今は片目を失って魔法の義眼を付けているんでしたっけ。」

 

「ええ、それと同じ魔法を人工衛星の目に掛けてある。もっとも、それの使い方が分からないマグルからしたら、何の変哲もないカメラだけど。ようは上空から透視しているのよ。」

 

 なるほど、人工衛星か。確かに、昔はこのような便利な魔法は使っていなかった。科学の進歩に合わせて魔法も進化しているということだろう。

 

「だから見ることは出来ても音は拾えないってわけ。OK? レミィ。」

 

「ええ、大体わかったわ。つまりは新しい技術を導入する気ゼロってことね。」

 

「違うわよ!」

 

 パチェは拗ねたように顔を赤くする。リドルはそんなパチェの様子を珍しいものを見る目で見ていた。

 

「お、また咲夜から伝言が届きました。申し訳ございません。実は今、ホグワーツの制服を着て素顔でブラックの前にいるのです。ブラックから「なぜ私を助けた」のかと聞かれているのですが、どう答えればよいでしょうか。」

 

「うん、確かに何も隠せていないわね。完全に偶然、それも時間を止める猶予さえないほどの状況で出会ったということかしら。パチェはどう思う?」

 

「そうね。多分犬の状態のブラックに会ったんでしょうね。普通の犬だと思って近づいたらブラックだった。ブラックの方も咲夜の匂いを覚えていたんでしょ。咲夜が来た時に脱獄を手助けした者だということに気が付き、変身を解いた。咲夜としても不意打ちだったでしょうね。」

 

 パチェは匂いでバレたという話をしているが、それだと少しおかしな話になってくる。

 

「あれ? もしかしてブラックを助けに行ったとき、変装していったの? そんなことしなくてもよかったのに。むしろガンガン顔見せていった方が都合がいいぐらいよ。」

 

「あらそうなの? 気を使い過ぎたかしらね。一応死喰い人の恰好をさせて行ったんだけど。」

 

「ブラックが白か黒か分からない状況でよくそんな服装させたわね。」

 

「いや、咲夜がそうしたいって言ってたから……。」

 

「まあ何でもいいわ。リドル、今から私が言う言葉をそっくりそのまま咲夜に送りなさい。」

 

 私は椅子から立ち上がると大きく胸を張る。

 

「その様子だともしかして助けた時は変装していったの? 別にそこまで気を張らなくてもいいわよ。言ってやりなさい! 我が偉大なる主人、レミリア・スカーレットがそう望んだからよ! って!!」

 

 私は最後まで言い切ると満足げに椅子に座りなおす。リドルは苦笑いを浮かべていたが、ちゃんと一字一句咲夜に伝えたようだ。

 

「こんな時間に元気いいわね貴方。」

 

 パチェが冷ややかな視線をこちらに向けてくる。確かに、眠たくないわけがない。今は真昼間なのだ。今すぐにでも机の上で寝たいぐらいである。

 

「なんにしても、咲夜とブラックが接触することになるとは思わなかったわ。でも、結果オーライ。もしブラックが黒だった場合は問題になっていたけど、白ということはダンブルドアの味方ってことよね。ブラックを上手く利用して咲夜を不死鳥の騎士団にねじ込めないかしら。」

 

「あら、死喰い人のほうはもういいの?」

 

「そっちも大事よ。でもそっちはマルフォイの方から攻めるつもりだし。まあブラックが黒だった場合はブラック方面からも接触したでしょうけど。まずはブラックの容疑を晴らすところからかしらね。取りあえずこれでブラックには咲夜という理解者が出来た。このあとどう発展するかはまだ見えないけど、悪い方向には向かわないはずよ。」

 

 私は大きな欠伸を一つすると椅子から立ち上がる。映像の中の咲夜が消えたためだ。取りあえず、今日はこれ以上動きはないだろう。

 

「それじゃあ何かあったら連絡しなさい。私はもう一度寝るわ。」

 

 私はパチェに手を振ると大図書館を後にした。




リドルが仲間になる

咲夜がシリウスを脱獄させる

許可証騒動(美鈴のご飯一回休み)

ハリーがマージを風船に変える

ハリーが犬姿のシリウスと出会う

咲夜がホグワーツに行く

シリウスもホグワーツ特急に乗り込み、その後ホグズミードに潜伏

咲夜とシリウスが接触←今ここ


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狙撃手やら、兄妹やら、妹やら

急に始まる資本家の話。完全に無駄話なので軽く飛ばしちゃってもいいです。ただ少しレミィの活躍シーンを書きたかっただけなんで。
誤字脱字が御座いましたらご報告していただけると助かります。


1993年十二月。私はスーツ姿の美鈴を連れて資本家のビルに来ていた。私はテーブルの上に置かれた紅茶を一口飲む。そして勝ち誇るように軽く笑った。

 

「何がおかしい?」

 

「いえ、うちの従者が淹れた紅茶の方が美味しいから。」

 

「従者というと、横に立っているそいつか? 生憎、私は珈琲派だ。紅茶には左程拘っていない。」

 

 貴様に合わせているのだと言わんばかりに資本家は紅茶に口をつける。だが、この紅茶はヴィンテージだ。拘っていないものがヴィンテージものの茶葉など取り寄せるか。

 

「そう、じゃあ今度来た時にはその拘りの珈琲を頂こうかしら。」

 

「ああ。パイント単位でミルクを用意しておいてやろう。ついでにシロップと角砂糖もな。」

 

「あら、それが貴方拘りの飲み方ってわけ? 意外とお子様なのね。」

 

「会って早々に口喧嘩するのやめません?」

 

 私の横に立っている美鈴が苦笑いを浮かべながらそう言った。まあ、挨拶のようなものだ。私の正体を吸血鬼だと知っているマグルで、ここまで私に大きな口を叩くやつも珍しい。

 

「……。今日は急に呼び出してすまなかったな。」

 

「一週間前に手紙を送ってきたくせによく言う。ところで、私に何の用かしら。」

 

 資本家はティーセットを隅に追いやると机の上に写真を並べる。私は写真の一枚を手に取った。

 

「これは?」

 

「全部私の部下だ。いや、元部下というのが正しいか。一人目が殺されたのが今年の八月。二人目がその二日後。三人目が更に三日後だ。」

 

「それがどうかしたの? 貴方の部下が殺されたのと私に何か関係が?」

 

「私はお前が犯人なんじゃないかと睨んでいる。」

 

 資本家は私の目を見ながらそう言った。途端に美鈴の目つきが変わる。私は右手を上げて美鈴を抑えると、資本家の言葉を待った。

 

「冗談だ。」

 

「でしょうね。冗談じゃなかったらとんだ自殺志願者よ。で、犯人の目星はついているの?」

 

 資本家はもう一枚机の上に写真を出す。その写真は私もよく知る人物だ。

 

「シリウス・ブラック。刑務所から脱獄したという殺人鬼だ。奴が脱獄した時期と部下が殺された時期がピッタリ重なる。今のところ一番怪しいのが奴だ。」

 

「証拠らしい証拠はあるの?」

 

「証拠らしい証拠がないからこそだ。だからこうして魔法使いであるブラックを疑っている。」

 

「あら、彼が魔法使いであることは知っているのね。」

 

「これでも日刊預言者新聞を購読している。」

 

「あ、そう。」

 

 ということはブラックに関してそこそこの知識は持っているということだろう。ブラックを普通のマグルの殺人鬼だと思って疑っているのだと思ったが……。まあ確かに全く証拠がない事件現場を見たら魔法使いの仕業だと思うだろう。

 

「こちらの世界でも報道しているということは、シリウス・ブラックという男は相当やばいやつなのだろう? 魔法界に詳しい貴様なら、何か知っているかと思ってな。」

 

 さて、どうしたものか。咲夜の調べでブラックは白だということが分かっている。ポッター家を裏切ったのはピーター・ペティグリューで、ブラックは罪を被せられただけだ。そのペティグリューの居場所も、既にパチェが掴んでいた。ペティグリューが生きているというだけで、ブラックの無罪を証明するには十分だろう。だが、今のところ魔法界ではブラックは殺人鬼ということになっている。ブラックの無罪を知っているのは私と紅魔館にいる面々だけだ。

 

「証拠がないというのは証拠となり得るものが全く無い。そう判断していいのかしら。」

 

「ああ、その通りだ。」

 

「三人の死因は?」

 

「頸動脈を切られていた。解剖医によれば、並の刃物じゃここまで鋭く切れないらしい。」

 

「まあ確かに、魔法なら実現不可能じゃないでしょうね。でも、そうじゃない可能性もある。美鈴。」

 

 美鈴は少し離れた机に置いてあるペーパーナイフを手に取る。そして手元にあった金属製のペーパーウェイトを宙に放り投げるとペーパーナイフを振り下ろした。空気を切り裂く音がして、ペーパーウェイトが二つに割れて地面に落ちる。美鈴はそれを拾うと一つを私に、もう一つを資本家に手渡した。

 

「断面を見てみなさい。研磨したように綺麗でしょう? 技術があればこのように刃の付いていないペーパーナイフで金属を切り裂くことができるわ。」

 

「妖怪が馬鹿力を用いて引き裂いたようにしか見えんな。少なくとも人間業じゃない。」

 

 まあ、確かに人間業ではないが。

 

「まあ確かに金属を切り裂くのは人間には難しいでしょうね。でも、切れ味のあるナイフで斬るものが柔らかい人間の首だったらなら。人間でも十分可能なはずよ。」

 

「では、貴様の考えでは犯人はブラックではないと?」

 

「そもそも貴方とブラックは何の関係もないじゃない。偶然貴方の部下がピンポイントで襲われたとでも? そもそも、事件が起こったのは今年の夏でしょう? もう冬よ。どうして今更私に相談しているの?」

 

 資本家は私の顔をじっと見つめる。そして諦めたようにため息をついた。

 

「普通の人間の線はもう十分調べた。数か月調べて全く足跡が発見できなかったから、こうしてブラックを疑っているのだ。」

 

「苦労しているわね。」

 

「苦労しているのは私ではなくお抱えの探偵だがね。……少し前にその探偵に泣きつかれてしまってな。何の証拠もない。これ以上調べようがないと。そこで、魔法族が犯人ではないかと思いついた。」

 

 なるほど。所謂消去法というやつなのだろう。

 

「残念だけど、犯人はシリウス・ブラックじゃないと思うわよ。ここだけの話、ブラックは殺人鬼ではないし。彼は冤罪でアズカバンに収監されていた。」

 

「ふん、残念なものか。やはり貴様に話を聞いて正解だった。これでまた一つ犯人を絞ることができる。」

 

 冗談とは言いつつ、最初に私を疑ったのも実は本心だったのだろう。こいつは私が犯人である可能性も考えていた。私の反応を見て、違うと判断したようだが。

 次の瞬間、私の目の前にある机が血で汚れた。私は急いで目の前にいる資本家に飛びつく。そして机を跳ね上げ遮蔽物にした。

 

「資本家、無事?」

 

 資本家は一瞬何が起こったか分からないといった顔をしていたが、やがて顔を真っ青にする。私は手鏡を取り出すと窓の外を確認した。

 

「狙撃ね。まったく殺気を感じ取れなかったわ。かなりの手練れか……。」

 

「チッ。すまんレミリア。貴様の部下を巻き込んでしまったな。」

 

 私は机の影から美鈴の様子を見る。後頭部を撃たれたらしく、頭の位置に血だまりを作っている。血だまりに沈む美鈴はピクリとも動かなかった。

 

「美鈴、そのまま動くなよ。」

 

 私は倒れている美鈴に命令を下す。美鈴は身体を動かさず返事をした。

 

「はーい。」

 

 頭を撃たれて動いていては美鈴が化け物であるということが狙撃手にバレてしまう。その場合美鈴の判断は正しいと言えるだろう。

 

「資本家、窓ガラスを防弾に張り替えたほうがいいわよ。」

 

「全部防弾だ。それを貫いたということは対物用の大口径のものだろう。」

 

「銃声がしなかったけど? そんな大型のライフルにサイレンサーってつくのかしら。」

 

「あるにはある。だが、それでも結構な音がするはずだ。」

 

 私は手鏡でもう一度窓の外を見る。既に狙撃手の姿はなかった。

 

「窓のない部屋は?」

 

「この奥だ。部下はどうする?」

 

 私は資本家の手首と、美鈴の足首を掴むと隣の部屋へと走る。ドアを開ける時間も惜しんで、突き破るように部屋へと転がり込んだ。次の瞬間、扉の近くに着弾音が聞こえる。どうやら狙撃位置を変えただけのようだ。だが、取りあえずこの部屋なら狙撃されることはないだろう。

 

「あーあ、せっかくのスーツが台無しですよぉ。」

 

 美鈴が血のべったりついたスーツの上着を脱ぎ捨てる。シャツも血まみれだったが、流石にそれを脱ぐわけにはいかない。汚れた服を脱いだというよりかは、動きやすいように脱いだと言ったほうが正しいだろう。

 

「すまない。あとで新しいのを送ろう。とにかく今はあの狙撃手だ。」

 

「心当たりは?」

 

「ありすぎるな。」

 

「部下殺しと繋がりがあると思う?」

 

 資本家は部屋の壁にもたれかかる。この部屋には窓はないが、それと同時に机も椅子もなかった。元々物置として設計してあるのだろう。

 

「どうだろう。部下殺しは初めから部下を狙った犯行だった。だが今回のこれは完全に私を狙っている。……いや、もしかしたら貴様を殺しに来たという可能性もあるな。」

 

「外と連絡取れる? というか、こんなことがあったのに誰も駆けつけないじゃない。貴方嫌われてるのね。」

 

「まだ撃たれてから一分と経ってない。そのうち来るだろう。来るだろうが、この部屋に来るには先ほどの部屋を通らなければならない。……つまりだ。」

 

 次の瞬間、先ほど私たちがいた部屋に資本家の部下が入ってくる。

 

「来るなっ!!」

 

 だが入った時点で手遅れだ。既に部下の頭は木っ端微塵に弾け飛んでいた。

 

「チッ……騒ぎを聞きつけて警察が来るまでここで粘るしかないか。おいレミリア。カウンタースナイプできるか?」

 

「今粘るしかないっていったじゃない貴方。……出来なくはないけど、いいの?」

 

 私が確認を取ると、資本家は眉を顰める。

 

「何がだ?」

 

「狙撃手を殺してしまっていいのかと聞いているのよ。」

 

「構わん。」

 

「あっそう。何か壊れても弁償しないからね。」

 

 私は頭を掻きながら先ほどいた部屋へと戻る。相変わらず殺気も無しに鉛玉が飛んでくるが、飛んでくると分かっていれば掴み取ることなど容易い。私は飛んできた鉛玉を左手で掴み取ると、右手でナイフを投擲した。鉛玉が飛んできた方向から狙撃位置はわかっている。あとは速度と精度だ。私が投げたナイフは音速を超えた速度で飛んでいき、狙撃手の頭を吹き飛ばす。ここからでは小さくしか見えないが、確かに死んだだろう。

 

「流石私。ドンピシャね。」

 

 私は隣の部屋にいる二人に向かって手招きをする。資本家は全速力で私の後ろを駆け抜けると、反対側の扉へ消えていった。

 

「何処まで行くのよ。」

 

「二人目がいるかもしれないだろうが。なんにしても、このまま下へ降りるぞ。」

 

 用心なことだ。まあ資本家は普通の人間なので、簡単に死んでしまう。用心が過ぎるというわけでもないか。私は肩を竦めると美鈴を連れて資本家の後ろをついていった。

 

「取りあえず先ほどいた狙撃手は仕留めておいたわ。あとで回収しておきなさい。」

 

「そんなもの警察に任せておけばいいだろう。別に私はやましいことは何もしていない。これは普通に殺人未遂だ。それにしても、本当に貴様は規格外だな。」

 

 階段を降り、一階のロビーに入る。そこで資本家の部下達に囲まれた。

 

「ご無事ですか!?」

 

「警察には通報したか?」

 

「いえ、確認を取ってからのほうがよろしいかと思いまして。」

 

「すでに通行人が通報しているはずだ。当事者が通報しないのは不審がられる。今からでも通報しておけ。それと車を回せ。レミリア嬢を護送するのだ。それでいいなレミリア。」

 

 資本家の指示で部下がバタバタと動き出す。私は資本家に連れられて建物の地下へと降りた。

 

「また手紙を送る。今回狙撃手を殺したことによって何か進展があるかもしれないしな。」

 

「ならクリスマスパーティーに招待するわ。また招待状を送るわね。」

 

 地下には黒塗りのセダンが何台も並んでいた。そう言えば紅魔館には自動車がない。美鈴のスーツ代として一台貰っていこうかと思ったが、そもそも紅魔館まで自動車で移動するのは不可能だった。私と美鈴は資本家の部下と共に自動車に乗り込む。

 

「じゃあまた今度。」

 

「ああ、またな。」

 

 バタバタと別れることになってしまったが、まあ仕方がないだろう。私は運転席に乗り込んだ資本家の部下の女に道を指示すると先ほど資本家からされた話を頭の中で整理する。資本家はブラックを疑っていたみたいだが、その可能性はゼロに等しいだろう。

 まったく関係ないことに巻き込まれたものだ。まあ、資本家自体このような世界で生きていることもあり、このようなことは慣れっこだろう。かく言う私もこのようなことは日常茶飯事だが。資本家と違い殺しも行っている分、襲撃される頻度も多い。まあ、人間が私を殺せるとは思えないが。

 

「そういえばおぜうさま、咲夜ちゃんが殺したっていう可能性はないんです? あれぐらいの時期って咲夜ちゃんこっちにいましたよね?」

 

「咲夜が人を殺す場合は死体を回収するわ。解剖医が解剖したってことは死体はその場にあったんでしょ。あいつも結構手広くやってるから。……部下。部下よね。ちょっと貴方。」

 

 私は車を運転している黒服に話しかける。

 

「はい、なんでしょうか。」

 

「殺された部下ってあいつの会社ではどういう立場の人間? 下働きじゃないわよね。」

 

「はい。全員が幹部クラスです。」

 

「空いた席を埋めるために最近幹部に上がった者はいる?」

 

「それは……はい、三人います。」

 

 被害者の数と同じ。まあ空席が三つ出来たのだから当たり前ではあるが。

 

「今回部屋に駆けつけて撃たれたのは? あれは下っ端?」

 

「いえ、幹部です。」

 

「これはわかる範囲でいいんだけど、その幹部さん。誰かに声を掛けられて上に行かなかった?」

 

 私の質問に、資本家の部下は黙り込む。どうやら心当たりがあるようだった。

 

「その声を掛けた誰かさんって、空席を埋めるために上がってきた幹部じゃない?」

 

「このことはボスには既に?」

 

「いえ、言ってないわ。でも、気を付けたほうがいいわよ。こんな方法で上がってきたことがバレると、色々と拙いでしょう?」

 

 美鈴は会話の意味が分からずポカンとした表情をしていたが、やがて意味が分かったのか車内の空気を全く読まずに言葉を漏らした。

 

「なるほど。撃たれた幹部さんに上に行くように進言したのが貴方なんですね!」

 

「そんなわけないじゃないですか。」

 

「そんなわけないでしょ。美鈴、貴方少し黙りなさい。」

 

 もっとも、そんなわけあるんだが。実行犯は別にいるとしても、その実行犯に指示を出したのはここにいる部下だろう。半分当てずっぽうな推理で、当たるかどうかも分からず質問を飛ばしたが、案外当たるものである。

 

「とにかく、私たちはこの件にこれ以上は介入しないわ。関係ない組織の内部抗争に巻き込まれてたまるものですか。指示した場所で降ろしなさい。」

 

「それは出来ません。」

 

 私の言葉を半ば遮るようにして部下が冷たく言う。美鈴がピクリと反応したので、私は美鈴の太ももに手を置き、まだ動くなと合図した。私たちを乗せた車は当初のルートを外れ人の少ない工場地帯へと入っていく。今の時刻は深夜の二時。この時間、工場地帯はもぬけの殻だ。

 

「見逃してやると言っているのに、聞き分けのない馬鹿は嫌いよ。私たちを殺したら、あっという間にバレてしまうじゃない。」

 

「それも、もうどうでもいいことです。幹部の椅子など、もうどうでもいい。あの人がいないのなら。」

 

「……そういうこと。偶然なんてそうそう起こり得ないわよね。」

 

 先ほどこの部下に質問を飛ばしたとき、私は別にこいつが黒幕だとは思っていなかった。こいつが黒幕だと分かったときは内心びっくりしていたほどである。偶然というのは恐ろしいものだと。だが、乗り合わせたのは偶然でも運命でも何でもなかった。この部下は自分の意思でこの車に乗り込んだのである。私を殺すために。

 

「私が先ほど殺した狙撃手、貴方のボーイフレンドってわけね。敵討ちのつもり?」

 

 部下は静かに首を横に振る。そして人気が完全になくなったところで車を停めた。

 

「兄です。ですがこうなってはもう……」

 

 部下は慣れた手つきでグローブボックスから拳銃を取り出す。そしてそれを真っすぐ私へと向けた。

 

「それで私を撃つの? 眉間を?」

 

「ええ、敵討ちを。」

 

「そう。貴方のボスから聞いたってことよね?」

 

「そうですね。貴方が狙撃手を殺したと。」

 

 部下は悲しそうな笑みを私に向ける。そんな部下の言葉を聞いて、私は小さくため息をついた。

 

「撃ちなさい。」

 

「では遠慮なく。」

 

 車内に乾いた破裂音が響き渡り、私の服が血で汚れる。金属でコーティングされた鉛玉は私の額の皮膚を貫くと、頭蓋骨で動きを止めた。拳銃では、吸血鬼の骨を貫くことは出来ない。だが、部下は完全に私が死んだものと勘違いしているようだった。

 

「巻き込んでしまってすみません。ですが、目撃者は殺さなくては。」

 

 部下は次に美鈴に銃口を突きつける。美鈴は私と部下と拳銃を見た後、自分の服に目を落とした。

 

「あー、まあいいですよ。もうどうせ汚れていますし。」

 

 二回目の銃声が車内に響く。美鈴の頭から漏れた血は更に美鈴のシャツを赤く染めた。部下はクツクツと狂ったように笑うと、拳銃を取り落とす。どうやら、本格的におかしくなっていたようだった。普通に考えたらわかるはずである。普通、武器も何も無しにカウンタースナイプなどできるわけがないと。

 

「そう、普通わかるはずなんだけどねぇ。」

 

「――ッ!?」

 

 私はため息をつきながら体を起こす。美鈴もニヤニヤしながらハンカチで私の顔に垂れた血を拭いた。

 

「冷静に考えたら、私たちが人間じゃないことぐらいわかりそうだけど。服がこんなに汚れてしまったわ。主に美鈴の血で。これも貴方のボスに弁償させないとね。」

 

 私は部下が取り落とした拳銃を拾い上げると、部下の眉間に突きつける。部下は化け物でも見るかのような目で私を見ていた。

 

「一発は一発よね。」

 

 私は何の躊躇いもなく引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 クリスマスまで残すところ数日となった。紅魔館では急ピッチでクリスマスパーティーの準備が行われている。去年できなかった分、今年は去年の予算も次ぎこんで盛大にやることが決まっているが、咲夜が居ない為準備には時間が掛かる。

 特に面倒なのが料理だ。咲夜が準備を行えば調理した物の時間を止め、出来立てを振舞うことができる。だが美鈴が行う場合、温かいまま保管する為にキッチンにパチェが出向き、片っ端から出来上がった料理に魔法を掛けていかなければならないのだ。

 これの何が問題かというと、美鈴とパチェという準備要員がキッチンで固定されてしまうところだ。そうなると動けるものは私しかいなくなる。一昨年のクリスマスは本当に忙しかった。

 だが、その点今年は少しは楽だと言えるだろう。何せ今年からは便利な日記帳、トム・リドルがいる。彼は今パーティー用の三角帽を被りパーティーホールのセッティングを進めている。もっとも、かなり嫌そうな表情をしていたが。

 主催者の私はというと、パーティーの招待こそするが、準備自体は何も行っていない。その招待という奴がまた大変なのである。とある事情でパーティー自体は紅魔館で行われるが、人間や妖怪に直接紅魔館の場所を教え、来てもらうわけにもいかない。

 ポートキーを用いて飛んできてもらうというのも一つの手なのだが、ポートキーを使用する場合、いちいち魔法省に許可を取らなければならないのだ。無断で使用することもできるが、パーティーの参加者の多さからして魔法省にバレないわけがない。

 故に、パーティー会場はロンドンにある、とある建物の一室ということになっている。ここは私が所有している建物で、地下には大きな駐車場があり、大きな部屋がいくつもあるのだ。その部屋の入り口を、パーティーホールの入り口に同期させる。そうすることによってパーティーの参加者は気づくことすらなく紅魔館に足を踏み入れることができるのだ。勿論、フランの狂気は対策済みである。

 そういえば、クリスマスパーティーには資本家も呼んでいるのであった。少し前にあった狙撃事件。狙撃手と部下の兄妹関係がDNA鑑定で証明され、狙撃手の素性も割れた。狙撃手は元軍人で、かなり腕の立つ斥候兵だったらしい。軍を辞めてからは陰から妹の様子を見守っていたようだ。

 その妹が資本家の組織で中々出世できないと知るや組織の幹部を抹殺。妹に幹部の席が回ってくるまで殺し続けた。その頃は妹の方も兄の犯行だとは知らなかったようである。事件から数か月、妹は兄に真相を教えられた。資本家にこのことを言おうかとも思ったが、兄を前科者にしたくなかった妹はこのことを隠し続ける。

 だがそんな中、同僚が事件の真相に辿り着きそうになってしまい、今回のこれを計画。資本家の元にその同僚を誘き出して殺害し、兄はそのまま行方をくらます手筈だった。資本家を殺す気はなかったので、初めの一発は美鈴に向けて放たれたのである。

 だが、ここで兄妹にとって予想外の事件が起きる。そう、私が狙撃手に反撃し、兄を殺してしまったことだ。目的であった同僚の殺害こそ達成したものの、狙撃手の素性を調べられたらあっという間に妹のもとまで辿り着いてしまう。それでは同僚を殺した意味もない。

 やけになった妹は私の護送に志願し、私と美鈴の殺害を試みた。だが、結果は言わずもがな。私を殺すなら、核爆弾でも持ってこいと言ったところだろう。

 これが今回、資本家の組織で起こった一連の事件の真相だ。さてこんな話誰から聞いたんだと突っ込みが入りそうだが、勿論本人から聞いたに決まっている。

 あの時私は部下の耳元で引き金を引き、衝撃波と銃声で気絶させ、そのまま紅魔館に持って帰ったのだ。そこからはフランの狂気に晒しながら拷問と尋問を繰り返し、真相を聞き出したということである。私は尋問の時の音声を録音したテープを資本家に送り付け、事情を説明。資本家はすんなり納得してくれた。部下は拷問の怪我で死ぬ前に狂気に中てられ狂い死んだので数日後の私の朝食になった。

 そういえば、資本家から荷物が届いていたな。どうせ碌なものではないだろうが、開けないのもそれはそれで後が面倒だ。私は机の上に小包を置くと、封を解く。中身はスーツのようだった。そう言えば新しいのを送ると言っていたか。美鈴には勿体ないぐらいの上等なものだ。サイズを直して私が着てやろうかと思ったぐらいだが、あまりにもサイズが違い過ぎたので諦めた。

 あ、そうそうクリスマスパーティーだ。なんにしてもあと数日で咲夜が帰ってくるので、最終的な調整はそれからということになるだろう。私はスーツを包み直すとベッドの上に放り投げる。そして溜まり気味になっている書類に手を付け始めた。

 

 

 

 

 

 今現在、私の目の前には缶詰が十三個積まれている。こうして積んで眺めると結構な量があるように見えるが、実際に日で割ってみると一日に一つ以下。満足に食べるにはこれの三倍は必要だろう。だが、贅沢を言っていられない。これが無ければ私はクリスマス休暇が明けるまでネズミだけで腹を満たさなければならなくなる。

 

「にしても十六夜咲夜。彼女は一体何者なんだ……。」

 

 今年の夏、アズカバンにいた私の前に突然現れた仮面の女。体型と指の細さから女であることはわかったのだが、それ以外の全てが謎な存在。不思議な術を使って私を脱獄させ、そのまま行方をくらませた。彼女と再会したのはそれから数か月も経った後だ。仲間にした猫に連れられてきた少女。私はその少女の手の形と匂いに覚えがあったのだ。背丈も私を助けに来た者と左程変わりない。

 私は意を決して少女に正体を明かした。結果としては、その少女は私を脱獄させた者と同一人物だった。それから彼女は毎日のように叫びの屋敷に通い、私の世話をしてくれている。この缶詰も彼女が置いていったものだ。

 

「世話を焼いてくれるのには助かっているが、全く素性が知れない。それに彼女の主人だというレミリア・スカーレット。彼女の指示で咲夜は私を脱獄させたという話だったが、それこそ謎だ。」

 

 私の知り合いにスカーレットという名を持つ者はいない。赤の他人が理由もなしに私を脱獄させるはずもないのだ。世間では私は悪名高い殺人鬼。仲間内からも裏切者だと思われているだろう。だとすると、私に接触してきた理由はなんだ?

 

「……咲夜は私が無実であることを知っている。知っているということは、私が殺人鬼であるということを利用しようとして近づいてきたわけではないということだ。」

 

 ……悩んでいても仕方がない。なんにしても警戒するに越したことはないだろう。私は一つ目の缶詰に手を付けた。

 

 

 

 

 

 クリスマスパーティーの前日、咲夜が紅魔館に帰ってきた。私は以前から思っていたことを実行に移すために咲夜を自分の部屋に呼び出す。咲夜が紅魔館に来てから十二年と少し。そろそろ、私の妹に会わせるべきだろう。今までは咲夜を極力フランから遠ざけてきた。それは咲夜が人間だからではない。咲夜の実力では、あっという間にフランに殺されてしまうと思ったからである。実際にフランは過去に数人使用人を殺している。そしてそのどれもが弱い妖怪や化物の類だった。今の咲夜の実力なら、あっけなく殺されて終わりということはないだろう。それに私に仕えるにあたって、フランの問題は避けて通れない。

 部屋の外に咲夜の気配が現れた。どうやらパチェに言われて私のもとへ来たようである。

 

「咲夜ね。入りなさい。」

 

 咲夜が扉をノックする前に、私は咲夜に呼びかけた。咲夜は静かに扉を開けると私の部屋へと入ってくる。

 

「ただいま戻りました。お嬢様。」

 

「お帰り。ついてきなさい。大事なことよ。」

 

 私は咲夜の横を通り過ぎると部屋を出る。咲夜も私の後ろをついてきた。まっすぐと廊下を進み、階段を下りる。昔はフランの部屋は大図書館の中にあったが、今は少し離れた場所に移してある。私は図書館を通り過ぎ、フランのいる部屋へと続く廊下に入った。

 

「お嬢様、こちらの方向は……。」

 

 どうやら咲夜も察したようだった。この廊下の先からは時折フランの狂ったような笑い声が聞こえてくる。普段は冷静な妹だが、たまに発作のように手が付けられなくなる時がある。狂ったように笑い、ベッドの上をのたうち回る。発作を起こしている時は、私でも手が付けられない。強靭な生命力を持った吸血鬼であろうが、百年を生きる魔女だろうが、問答無用で壊しにかかってくるのだ。

 

「咲夜、貴方もここに来てから少し経つわ。……フランに貴方を紹介しようと思う。」

 

 もっとも、咲夜はフランのことを知っているし、フランも咲夜のことを知っているだろう。美鈴は結構なおしゃべりだ。フランとも仲が良く、よく一緒におしゃべりをしているらしい。私は扉の前で止まると、咲夜の顔を見た。表情こそいつも通りだが、明らかに目に恐れが現れている。

 

「フランが手を握ろうとしたら、時間を止めて移動しなさい。少しでも遅れたら死ぬわよ。」

 

 私は咲夜に向けて右手をまっすぐと伸ばし、軽く握った。

 

「フランは手を握るだけで貴方を殺すことができる。そしてそれをあの子は躊躇わないわ。」

 

「承知しました。」

 

 本当に承知しているのだろうか。フランは自発的に地下室にいるが、それとは別に理由がある。元々は、私の父がフランを地下室に軟禁したのだ。その理由は単純で、フランの危険性を危惧したからである。

 物質というものはそこを壊せば全体が壊れてしまうような『目』を持っている。フランはその目を手のひらに移動させることができるのだ。距離や強度は関係ない。どんなものでも、フランが手を握れば壊れてしまう。その能力はあまりにも破壊的で、驚異的なものだった。一国の軍隊どころではない。フランがその気になれば、この地球ですら二つに割れてしまうだろう。

 私の母はフランの力を抑止力として使用することも考えていたらしいが、制御できるようなものではない。制御できていたら、フランは当の昔に地下室から出てきていることだろう。

 父がフランを地下に閉じ込めてからというもの、フランは自発的にも外に出てこなくなった。父が亡くなってからは地下室の鍵を外し、自由に出入りが出来る状態にはなっているが、フランは出てこようとしない。私としても、閉じ込めておきながら今更引っ張り出すことなんてできなかった。

 私はフランの部屋の扉を三回ノックする。

 

「フラン、入るわよ。」

 

 返事はない。私は鍵の掛かっていない扉に手を掛けると、部屋の中に入った。部屋の中にはいつも通りな様子のフランが、片手に熊の人形を持って床に座っている。フランは咲夜の方を見ながら目をぱちくりさせると、まっすぐ手を伸ばし、握りしめた。

 次の瞬間、右隣にいた咲夜が左隣へと現れる。時間を止めて移動したのだろう。

 

「ん? あれ?」

 

「やめなさいフラン。咲夜。」

 

 これはフランの挨拶のようなものだ。フランは会話ではなく、相手を壊すことによって相手を知ろうとする。咲夜は私に声を掛けられて、一歩前に出た。

 

「お初にお目に掛かります。フランドールお嬢様。十六夜咲夜と申します。」

 

「貴方は壊れないのね。お姉さまや美鈴、パチュリーと同じだわ。」

 

 フランは満足そうに咲夜に微笑んだ。どうやら咲夜を気に入ったようだ。

 

「最近紅魔館に入ったメイドよ。咲夜、これからはフランの世話も貴方の仕事の一つになるわ。」

 

「畏まりました。これからよろしくお願い致します。フランドールお嬢様。」

 

「……そう、咲夜……ね。」

 

 咲夜はぺこりと頭を下げる。それを見てフランは立ち上がると静かに手を握った。私は一瞬咲夜が死んだと思ったが、杞憂だったようだ。咲夜はフランの後ろにいる。

 

「あら。」

 

「おやめください。」

 

 咲夜を声を追うようにフランは後ろを振り返る。だが振り返るころには咲夜はまた私の右隣にいた。それを見てフランはクスリと笑うと、ベッドに腰掛けた。

 

「あれ? やっぱり貴方も普通じゃないのね。お姉さまもこんな隠し玉を持っているなら早く見せてくれたらよかったのに。」

 

「貴方の気に慣らしていたのよ。フラン、仲良くしなさいね。……咲夜、行くわよ。」

 

 私はフランに手を振ると、咲夜の肩を叩いて共に部屋を出る。部屋を出た瞬間、咲夜の頬に一筋の汗が滴った。

 

「はぁ……はぁ……。」

 

 咲夜の足は震え、今にもその場に崩れ落ちそうになっている。どうやら少し刺激が強すぎたようだ。それはそうだ。咲夜は初めてフランにあの距離まで接近したのである。今、咲夜を震わせているのは純粋な恐怖。死という名の絶望だ。

 

「あの子がフランドール・スカーレット。私の実の妹よ。見て分かったでしょう? あの子の部屋には鍵もなければ封印もしていない。あの子は自らの意思であそこにいるのよ。あの部屋から外に出ようとしないの。」

 

 私は静かに廊下を歩き出す。

 

「あんな子だけど、可愛い妹なのよ。私のたった一人の家族なの。」

 

「お嬢様……。」

 

 母が死に、父が死に、最後に残ったのは私とフランだけだ。私には外という世界があり、色々な関係を築いているが、フランにはここしかない。あの小さな部屋が、フランの世界なのだ。

 

「休暇中だけでも、仲良くしてあげて頂戴。フランのことをよろしく頼むわ。」

 

 私は咲夜の方を向いて精一杯の笑顔を作る。上手く笑えているだろうか。咲夜には、あの子の世界の一部になって貰いたい。私は心からそう思った。

 

「勿論ですとも、お嬢様。お嬢様にとっての大切な方は、私にとっても大切な方です。何が有ろうとも、命を賭してお守り致します。」

 

 私はその答えを聞いて満足げに頷いた。さあ、儀式は終わりだ。楽しい話に入ろう。

 

「さて咲夜、クリスマスよ! 悪魔がクリスマスを祝うのはおかしいかもしれないけど、その矛盾がいいじゃない。去年はパチェの毒ガス騒ぎで中止になっちゃったし、盛大に行うわ。人も妖怪もわんさか呼ぶわよ!」

 

「盛大にやりましょう。お嬢様。」

 

 日本の神話によれば、引きこもりを部屋から出すにはその部屋の前でパーティーをすればいいらしい。クリスマスパーティーに釣られて、フランが少しでも部屋から出れば儲けものだ。私と咲夜は来た道を戻りながらパーティーの準備に関して話し合った。




咲夜とブラックが接触

ホグワーツにブラックが潜入

ハリーの箒が真っ二つ

資本家のビルで撃たれる

咲夜がファイアーボルトを購入、ハリーに送る

フランに咲夜を紹介する←今ここ


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主催やら、衰弱やら、忠誠やら

さて、どんどんレミリアの計画が進んでいきます(話は殆ど進みません。やばいなぁ。これ本当に四月までに終わるかなぁ……)
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1993年、クリスマスパーティー当日。パーティーホールには少しずつ人が入っていた。パーティーホールには魔法が掛けてあり、ホール自体は紅魔館の中にあるのだが、ホールの出入り口全てがロンドンの町中にある建物に繋がっている。来場者はその建物から中に入る仕組みになっているのだ。その建物の入り口には雇われたマグルが立っており、招待状の確認と案内をしている。もっとも、案内をしているマグルは紅魔館の存在すら知らないが。

 パーティーホールの中では服従の呪文が掛けられた妖精メイドが給仕についている。妖精メイドを操っているのはリドルとパチェだ。もっとも、強制的に操っているわけではなく、妖精メイドの承諾を得て術を掛けている。服従の呪文は中毒性の無いヘロインみたいなものなので、掛けられるだけで快感を得ることが出来るのだ。何も考えず仕事が出来て、同時に快感を得ることが出来る。妖精メイドからしたら願ったり叶ったりなのだろう。

 私は懐から懐中時計を取り出して今の時刻を確認する。あと一時間もしないうちにパーティーの開催時間だ。私は少し高いところに登って周囲を確認する。今回パーティーに誘ったのは主にマグルのお偉いさんやお金持ち、政治家などだ。人外や魔法族も混ざってはいるが、極少数だ。それにマグルの常識のある者しか呼んでいない。そうでなければ確実に死人が出るだろう。流石に私が主催のパーティーでそれは避けたい。

 

「よう。期待通りの古風さで安心したぞ。」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。声のした方向に振り返ると、そこには資本家が立っていた。何というか、いつもと変わらないふてぶてしさである。まあ、いつもと違い今回はあっちが客だ。多少の大きな態度は許そう。

 

「そういえば、美鈴にはスーツを送っていたけど、私には何か無いの? 私も貴方の部下に撃たれて服が血で汚れたんだけど。眉間よ、眉間。」

 

「アホか。貴様の部下のアレは完全にこちらの失態だ。それに、回避不可能な一撃だったしな。だが、貴様が眉間を撃たれたのは、貴様が無抵抗だったからだ。車内で撃たれたってことは向かい合っていたんだろうが。かっこつけて怪我をして、服が汚れたから代わりを寄越せだと? 笑わせるな。」

 

「相変わらずで安心したわ。あ、そうだ。裏切者の生首がまだ冷蔵庫の中に残っているんだけど、持って帰る? 今なら上等な入れ物を付けるわよ。」

 

「そんなものを手土産として持って帰ったところで死んだ私の部下は戻ってこない。そちらで適当に処理しておけ。」

 

 ふうん、案外仲間思いな一面があるんだ。冷徹非道な金稼ぎマシーンと認識していたが、少し考えを改める必要がありそうだった。

 

「そういえば、会場にいる客。貴様の招待客にしてはまともそうなやつばかりじゃないか。」

 

「私を何だと思ってるのよ。」

 

「吸血鬼だろう? 見たところ明らかに人間じゃないのはいないように見える。」

 

「殆ど人間よ。それも、魔法界とは全く関係のないね。あそこにいるのは大手自動車ディーラーの会長。あそこにいるのは有名な不動産屋の社長ね。」

 

 資本家の知り合いも、探せば何処かにいるだろう。まあ、イギリスだけではない。私と友好関係がある世界中の人間が今日は集まる。

 

「貴様に私以外のまともな知り合いがいたことに驚きを隠せないよ、私は。」

 

「え? 私的にはお前はまともじゃない知り合い筆頭なんだけど。」

 

「私の何処が変なんだ? このさいだから言ってみろ。」

 

「う~ん、存在?」

 

「違いない。」

 

 私と資本家は二人してケラケラと笑う。取りあえず、資本家のビルに生首を配達しよう。冷蔵便で。私は資本家と別れると、咲夜を探し歩き始める。ホールには人が増えてきており、給仕の妖精メイドもパタパタと動き始めた。

 

「お探しですか? お嬢様。」

 

 私が探していることを察したのか、私の前に咲夜が姿を現す。流石にマグルが多いので大っぴらげに時間停止を使うことができない為、瞬間移動のような現れ方はしない。

 

「そろそろ時間よね。人の入用はどう?」

 

「受付で聞いてきますね。」

 

 そう言うと、咲夜はホールの外へと駆けていく。そして三分としないうちに帰ってきた。

 

「大体八割ほどです。始まってからもう少し増えるかと。」

 

「そう、案外集まったわね。そろそろ始めるわよ。準備なさい。」

 

「畏まりました。」

 

 咲夜は私に軽く頭を下げると、壇上横にある司会者席へと移動する。そしてマイクの電源を入れた。

 

「本日はクリスマスパーティーにご参加頂き、誠にありがとうございます。主催のレミリア・スカーレット嬢による挨拶が御座います。」

 

 咲夜の声を聞いて、参加者の殆どが壇上に注目する。私は壇上に上がると、マイクを手に取った。

 

「今日は私が主催するパーティーに来てくれてありがとう。……以上よ。あまり長々と挨拶しても疲れるだけだしね。このパーティーの目的は主に社交よ。素敵な話が聞けることを願っているわ。」

 

 私はマイクを置いて優雅にお辞儀をする。割れんばかりとはいかないが、決して小さくない拍手がホールに響いた。さて、ここからは自由だ。私が壇上から降りると参加者の何人かが挨拶しに私の前に来る。私は握手をして二言三言近況を報告しあった。

 

「やあ、どうも。初めましてでしょうか。スカーレット嬢。」

 

 私は声のした方へと振り返る。そこにはイギリスの首相が立っていた。いつぞやマフィアから助けたあの政治家である。そういえば顔を合わせるのはこれが初めてだったか。

 

「これはこれは。招待に応じてくれて嬉しいわ。」

 

「いやなに。何度も相談に乗ってもらっている礼もかねてだよ。それにしてもこんな綺麗なお嬢さんだったとは。お目に掛かれて光栄だ。」

 

 普通驚くところだと思うのだが、魔法界と関わり始めて少し頭がおかしくなったのだろうか。それとも真正のロリコンなのかもしれない。まあ、私の知り合いにロリコンは多いので、別にそれで軽蔑したりはしないが。

 

「ええ、こちらこそ。まさか貴方がイギリスの首相にまで登り詰めるとはね。これからも変わらぬお付き合いを。」

 

 一瞬、ここでこいつを魅了に掛けておこうかという考えが頭をよぎった。こいつを自由に操ることが出来たら、イギリスを支配することが出来る。……いや、こいつにそこまでの権力はないか。私は首相と握手を交わした。

 

「ところで、シリウス・ブラックのことなのだが……。魔法省からはあれからなんの連絡もない。それこそ夏に訪問してきたことが嘘だったかのようにだ。何か知らんかね?」

 

「魔法省も適当にしか仕事してないのね……奴なら北の方に潜伏中よ。少し前に魔法界の新聞に載っていたわ。まあ、奴に関しては余り警戒する必要もないけどね。」

 

「というと?」

 

「奴は狂ってはいるけど頭がいい。ここまで大々的に追われている状況で、証拠を残すようなことはしないということよ。魔法界でならいざ知らず、警察の目の届くところで殺人なんか起こさないでしょう。それに、貴方としてはこっちの世界に被害がなかったら魔法界のことなんてどうでもいいんでしょ?」

 

 首相は困ったように苦笑いすると、頭を掻く。どうやら図星のようだった。

 

「彼らはイギリス魔法界と言うが、私としてはどうも同じ国のようには思えんのだ。むしろ他国に国が侵略されているようでね……。あまり向こうでの出来事をこちらに持ち込まないで欲しい。」

 

「まあ、こちらと向こうは相容れないからねぇ。魔法使いという人種は魔法を使えない人間を完全に見下しているし。あ、それはこちらも変わらないか。貴方としても魔法使いを気の狂った変人程度にしか考えていないでしょう?」

 

「流石にそこまでは…………考えていないとも。」

 

 どうやら、そのように考えているようだった。

 

「まあ、魔法が便利過ぎて進化することを忘れた人種だから。甘ったれた人間が多いのよ。」

 

「それはこちらも同じことが言えそうですがな。」

 

「そうかもね。」

 

 私は首相に軽く手を振るとその場を離れる。テーブルの方へ行き、少し料理をつまんだ。

 

「ワインをどうぞ。」

 

 いつの間にか横にいた咲夜が私にワインを手渡してくる。いつも思うが、気が利きすぎではないか? これはパーフェクトメイド長の称号を与えてもいいレベルである。まあ、うちにそんな役職は無いが。

 

「あら、ありがとう。中の様子はどう?」

 

「てんてこ舞いですわ。リドルなんか今にも死にそうな顔してましたよ。」

 

 確かリドルが妖精メイドの大半を操っているはずである。妖精には考える頭がない。故に、難しいことをやらせるためにはリドルが考えて指示を出さなければならないのだ。聖徳太子もびっくりな曲芸である。

 

「料理のほうは? 食材のストックは大丈夫?」

 

「ストックは大丈夫なのですが、そろそろ作り置き分が無くなりますね。ボチボチ作り足しにキッチンに行ってきます。」

 

「そう、中のことは任せるわよ。」

 

 咲夜は一礼すると扉の奥へと消えていく。だが三秒もしないうちに料理が載ったカートを押しながら戻ってきた。表情は笑顔だが、化粧が若干濃くなっている。どうやら咲夜の中では相当な時間が流れたようだ。一体止まった時間の中で何時間キッチンに籠っていたのか少し気になるが、聞くだけ野暮というものだろう。

 私はワイン片手にパーティーホールを徘徊し、その場その場で思い思いの会話を繰り広げる。面白い話も沢山聞くことが出来た。

 

 

 

 

 

 1994年、一月。クリスマスも年越しも終わり、紅魔館は落ち着きを取り戻していた。ついでに言えば、咲夜の能力もこの休み中にパワーアップしたらしい。クリスマスに酷使しすぎたせいで限界を超えて覚醒したのかと思ったが、話を聞く限りそうではないようだ。どうやら自分の能力を枠に当てはめて考えすぎていたようで、以前はかなり能力を制限したような状態だったようだ。何とも勿体ない話である。

 パチェに聞いた話ではパワーアップしたことによって、咲夜の能力は文字通り最強になったらしい。今までの制限が消えたことによって、咲夜は私であろうと瞬殺することが出来る。つくづく私の従者であって良かったと思った。

 そんな咲夜は今ホグワーツの制服を着て私の前に立っている。今からホグワーツに向けて出発するところだ。フランには既に挨拶を済ませているらしい。私は玄関で首にマフラーを巻き付ける咲夜の様子を眺めていた。

 

「咲夜ちゃんもう少しあったかくした方がいいよ? ほら、手袋。」

 

 美鈴が咲夜に毛糸の手袋を手渡している。だが、咲夜はそれを丁重に断った。

 

「気持ちだけ受け取っておきますね。毛糸の手袋ではナイフが投げられませんので。杖を取り落とす危険性もありますし。」

 

「でも寒くない?」

 

「私としては美鈴の恰好のほうが寒そうに見えるわよ?」

 

 私は二人の会話に口を挟む。美鈴は何時ものチャイナ服こそ着てないものの、ジーンズにセーターと十分寒そうな恰好だった。

 

「私はほら、馬鹿だから風邪引かないんですよ。でも咲夜ちゃんは所謂天才でしょ? 体調崩しそうじゃないですか。」

 

「……確かに。」

 

「いやお嬢様、大丈夫ですから。例え体調を崩したとしてもマダム・ポンフリーが三秒で治してくれますわ。」

 

 まあ、冗談はこのくらいにしておこう。私は咲夜の頭を撫でる。何というか、ここ数年で背もすっかり抜かれてしまった。こうして頭を撫でられなくなる日もそう遠くないだろう。咲夜はむず痒そうに目を細める。その愛くるしい仕草に思わず抱きしめたくなるが、それは流石にこちらが恥ずかしい。

 

「行ってらっしゃい、咲夜。」

 

「行って参ります。お嬢様。」

 

 私が手を放すと咲夜は深く頭を下げる。次帰ってくるのは夏になるのか。それまで少し寂しくなるだろう。私が手を振ると咲夜と美鈴は玄関から出ていった。私は小さくため息をつくと大図書館の方へと降りる。こういう時はパチェに泣きつくに限る。限るのだが……そういえば今の図書館にはリドルがいるんだった。私は本を読んでいるパチェの後ろに移動すると、そのまま抱き上げた。

 

「レミィ、読みにくいわ。降ろして。」

 

 何か言っているが、取りあえず無視だ。私はパチェを肩に乗せるとフランの部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「何かが結界を越えたわ。」

 

 1994年三月。私が書斎で仕事をしていると、いきなりパチェの声が聞こえてくる。まあ、パチェが唐突に話しかけてくることなどいつものことなのだが。にしても結界というのは、紅魔館を包んでいる結界のことだろうか。

 

「壊されたってこと? だとしたら一大事だけど。」

 

 だが、パチェの声色からしてあまり焦りは感じない。あら珍しいとでも言わんばかりにパチェは落ち着いていた。

 

「もともと紅魔館周辺に張られている結界は物理的なものじゃないから。認識を阻害する結界よ。それに、特殊な魔法が掛けてあって、自分の利益のために紅魔館を探そうとしている者以外は普通に通してしまうし。」

 

「それこそどうしてよ?」

 

 パチェなら完全で完璧な結界を張ることも可能だと思う。だが、パチェの話を聞く限りでは、そのような結界を張れない明確な理由があるらしかった。

 

「梟が入ってこれないでしょ?」

 

「あー、なるほどね。で、今回結界を越えたのは人間?」

 

「ええ、門の前で倒れているからそのうち美鈴が見つけるでしょう。」

 

「倒れてるの?」

 

 私は窓を開けて門の方を見る。確かに門から左程離れていない位置に人影が見えた。あの位置ならパチェの言う通り、そのうち美鈴が見つけるだろう。それに、気配がかなり弱い。どうやら死にかけているようだった。

 

「紅魔館に害をなせるほど力を残していないわ。放っておいて大丈夫よ。」

 

 私は窓を閉めると椅子に座りなおす。なんにしても、このようなことは初めてだ。少し結界の在り方を見直させるべきだろう。

 

「パチェ。もう少し結界を強化しておきなさい。ここには貴方やフランもいるのよ。」

 

「ええ、そうするつもりよ。」

 

 プツリという音と共に魔法具は沈黙する。どうやら、パチェも結界を越えた者にあまり興味がないようだった。私は先ほどまで取り組んでいた書類仕事を再開した。

 

 十分ほど経っただろうか。廊下をバタバタと走る音が聞こえてくる。この足音は美鈴だ。というか、紅魔館に廊下をこのように走るやつは美鈴しかいない。太ももから下を切り落としてやろうかとも思ったが、多分腕で同じ速度で走るだけなのでやめた。

 

「おぜうさまー! 庭で人間捕まえました! 飼っていいですか?」

 

 予想の斜め上の提案に、私は椅子から落ちそうになる。次の瞬間、書斎のドアが勢いよく開き、美鈴が入ってきた。

 

「飼っていいですか!?」

 

「飼うって……ペットてこと? というか貴方ノックぐらいしなさいよ。そして質問の答えだけど、ダメよ。」

 

「やだなぁ。ペットじゃなくて家畜ですよ。食べるところがないぐらいガリガリなので、太らせてから食べようかと。ほら、昔話で似たような話があるじゃないですか。ヘンゼルとなんちゃらほいみたいな。」

 

 確かにヘンゼルとグレーテルはそんな感じの話だ。だが美鈴は一番大切な話の落ちを忘れているようである。

 

「それだと貴方最後に暖炉に叩き込まれるわよ。……まあ、責任もって管理するなら別にいいわよ。ただし、家畜なら家畜なりに残飯食べさせるとかして食費を抑えなさいね。それと、美味しく育てること。」

 

「やったー、じゃあ早速拾ってきますね!」

 

 美鈴は手を叩いて喜ぶと窓を開けて庭に飛び降りた。なんというか、パチェほどではなくとも、リドル程度の落ち着きは持ってほしいところである。かといって真面目な態度が取れないのかと言われれば、必ずしもそうではない。そういう態度が必要な場面では、いくらでも真面目になれるのが美鈴である。だからこそ困っているのだ。

 窓の外を見ると美鈴が男を乱暴に担ぎあげていた。どうやら館の中へ持っていくようだが、フランの狂気は大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫なはずがない。グリムでさえ一か月持たなかったのだ。それも外で飼育してである。これは太らせるどころか何か食べさせる前に死亡するだろう。

 私は美鈴のことを頭の隅に追いやり、書類に集中する。今進めているのは私が所有している土地を売却するための書類だ。紅魔館を別の世界に移転するとなると、外に資金を持っていても仕方がない。適当に叩き売りしてしまえばいいのだが、それだと足が付く可能性がある。紅魔館を移転させる計画は、咲夜にも話していないほどの秘密だ。そんなことで悟られるわけには行かない。

 

「レミィ、ちょっと大図書館に来て。面倒なことになったわ。」

 

 またもやパチェの声が魔法具から聞こえてくる。それにしても面倒なことになったとは、なんのことだろう。

 

「今度はどうしたのよ。」

 

「美鈴が拾ってきた人間。一昨年、頭の後ろにヴォルデモートを寄生させていたクィリナス・クィレルよ。ほら、ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の教師をしていた。」

 

 クィレル、確かにその名前には聞き覚えがあった。なんにしても、偶然迷い込んだ人間がそのような曰く付きの人間とは、これも運命なのだろうか。私は書類を軽く片付けると大図書館へと急いだ。

 

「待ってたわ。」

 

 私が大図書館に入るとパチェがこちらに声を掛けてくる。パチェの前には先ほどの男が横たわっており、その横には美鈴もいる。

 

「待ってたって言われてもねぇ。かなり弱っているけど、どういう状態?」

 

「衰弱もあるけど、強力な呪いが掛かっているわ。これはユニコーンの血によるものね。そういえばヴォルデモートを匿っていた時にそれを生き永らえさせるために飲んでいたんだったわね。解除する?」

 

「取りあえず解きなさい。こいつには色々話を聞きたいし。あわよくば、計画に組み込めるかもしれない。」

 

「これをですか? 私の食料……。」

 

 美鈴がクィレルを指さして呟いた。というか私の食料って……。自分で食べるために太らせるつもりだったのか。

 

「これでも貴重な資料よ。喋れるぐらいまで回復させて、真実薬で洗いざらい情報を吐いてもらうわ。ここに迷い込むぐらいだもの。そのまま殺してしまっても何の問題もないはずよ。」

 

 パチェは本棚から一冊の魔導書を取り寄せるとページを捲り、複雑な呪文を唱える。

 

「取りあえず、ユニコーンの血の呪いは解けたわ。あとは衰弱した体を元に戻せば終わり。」

 

 パチェはポケットから賢者の石を取り出すと何処からともなく取り出した水瓶の中に放り込む。そしてその水瓶に何度か魔法を掛け、特殊な魔法薬にした。

 

「薬を作っても飲めなきゃ意味ないでしょ。」

 

「関係ないわ。」

 

 次の瞬間、水瓶の中の液体が消え去った。

 

「飲めないんだったら直接胃の中に送り付けるだけよ。」

 

「お、クィレルではないですか。これは一体どうしたのです?」

 

 ある程度の処置が終わると同時に、リドルが本棚の影から姿を現す。どうやら、かなり遠くの本棚にいたらしく、今騒動に気が付いたようだった。

 

「馬鹿が拾ってきたのよ。事情は今から聞くところ。」

 

 クィレルの意識が戻る前に、パチェが目隠しを施す。これは念のためだ。美鈴はクィレルを持ち上げると椅子に座らせ、縛り付ける。私たちはそれを四方から囲んだ。既にクィレルの顔色はかなり良くなっている。そろそろ刺激を与えたら目が覚めそうだった。

 

「起きろこら。」

 

 美鈴がクィレルの禿げ頭をバシバシ叩く。四発目が入る前にクィレルがうめき声を上げて首を持ち上げた。

 

「私は……。」

 

「気が付いたようね。クィリナス・クィレル。私の質問に答えなさい。」

 

「……分かった。」

 

 どうやら先ほどの魔法薬に真実薬が含まれていたようだ。私は念のために突拍子もない質問を飛ばす。

 

「好きな食べ物は?」

 

「ホットドッグ。」

 

 随分とフランクな答えが返ってきた。なんにしても、ここまで突拍子もない問いに一瞬の間もなく答えたところをみると、完全に真実薬が効いているようだ。私はパチェと頷き合うと、本題に入った。

 

「1992年、お前は賢者の石を持ってホグワーツを去った。そのあとのことを話しなさい。」

 

「私は……私は屋敷しもべ妖精の力を借りて、あの場を離れた。ダンブルドアが迫っていたからだ。私は姿現しを繰り返し、アルバニアへ逃亡した。私は石を持って我が主と隠れ家へと向かった。賢者の石が偽物であると気が付いたのはその時だ。我が主は怒り狂い、私を罰した。我が主は私に失望し、ユニコーンで呪われた私の体を捨て、消えた。」

 

「アルバニア……予想通りね。」

 

 パチェがぽつりと呟くが、本当に予想できていたのだろうか。疑わしいところである。パチェは素面で見栄を張るから厄介だ。私は質問を続ける。

 

「そのあと、お前はどうしたの?」

 

「私は呪われた体で彷徨った。行く当てもなく流されるままに彷徨い。やがて、力尽きた。」

 

 まあ、これは予想通りだ。

 

「何故賢者の石は偽物だったの?」

 

 一見おかしな質問だが、これには先ほどの質問以上の意味がある。誰が賢者の石をすり替えたと思っているのか。その人物によってクィレルの処遇が変わる。

 

「ダンブルドアがすり替えたのだ。偽物を城に隠し、本物は自ら携帯していたのだろう。」

 

 私はもう一度パチェと顔を見合わせた。つまりこいつは咲夜が賢者の石をすり替えたことを知らない。

 

「貴方に賢者の石を手渡した少女。彼女についてはどう思っている?」

 

「彼女は今頃アズカバンに収容されているだろう。良くてホグワーツを退学といったところか。何せ我が主、ヴォルデモート卿の復活を手助けしたのだからな。」

 

 どうやらクィレルは、咲夜のことを死喰い人か何かと勘違いしているようだった。だが、咲夜を仲間だと思っていることは利用できる。それに、ヴォルデモートに首ったけなところも簡単な錯乱呪文を使うことで十分利用できそうだった。

 

「何故ヴォルデモートに従うのかしら。貴方はマグル学の教員だったはずだけど。」

 

「私は子供の頃から力に憧れていた。だが、小さい頃から私は他人の力を借りないと力を得ることは叶わなかった。力しか取り柄のないトロールを操ったり、力がないことを隠すためにマグル学の教員になったりした。だが、私は旅行中に力に出会った。圧倒的な力だ。これを取り込み、操ることが出来たら、私は人生の高みに立つことが出来ると考えたのだ。」

 

「ヴォルデモートを、取り込む?」

 

「そうだ。奴は希薄な存在だった。復活させ、取り入れば誰も私に逆らえなくなる。」

 

 なるほど、こいつは純粋に力に惹かれ、そして欲している。これなら操り、手駒にすることも出来るだろう。私はゆっくりクィレルに近づいていく。ここからは私の出番だ。私は右手でクィレルの首に触れると、肌の上を滑らし頬へ持っていく。そして静かに包み込んだ。

 

「力に溺れ、捨てられた男よ。貴方はあの程度で満足できたの? あんな死にぞこないを寄生させても、手に入るのは虚しさだけ。それはよくわかったでしょう? それより、もっと良いものが欲しくない? もっと甘美で、計り知れない力が。並の人間には辿り着くことさえ出来ない魔法が。ねぇ、クィレル……」

 

 私は左手で目隠しを取る。クィレルは眩しそうに何度か瞬きすると、真っすぐ私を見た。

 

「私に仕えなさい。クィリナス・クィレル。この偉大な吸血鬼であるレミリア・スカーレットにね。」

 

 吸血鬼が扱える能力の一つに魅了というものがある。これは文字通り、対象を魅了し、自由に操る能力だ。並の人間なら、無条件で私に忠誠を誓わせることが出来る。精神力が強いと掛けることができないが、それでも条件を整え、相手が弱っていれば十分可能なのだ。

 クィレルは恍惚とした目で私に手を伸ばした後、電源を切るように気絶する。次目覚めた時には、私の下僕になっていることだろう。私はクィレルの拘束を解くと楽な体勢にしてやる。そして軽く息をつき、机に座った。

 

「パチェ、美鈴、リドル。取りあえず緊急会議よ。咲夜が居ないことが残念だけど、今回に限っては好都合ね。」

 

 私が呼びかけると、他の三人も机に付く。真っ先に口を開いたのはリドルだった。

 

「もしよろしければ僕が咲夜との中継役になりますが。」

 

「言ったでしょう。好都合だと。咲夜には出来る限り情報を伏せておきたい。能力がパワーアップして情報が漏れなくなったという話は聞いているけど、相手はあのダンブルドアよ。何があるか分からないわ。それに、私はあの子のありのままの行動を気に入っているの。咲夜には自由に動いてもらいたいのよ。」

 

 それに、この話し合いは咲夜抜きで行わなければ意味がない。

 

「あの子は意外と頑固だから。」

 

「レミィ、本題に入りなさいな。」

 

 パチェがじとっとした目で注意してくる。確かに少し子煩悩ぽかったかもしれない。私は小さく咳ばらいをすると、本題に入った。

 

「私の計画にクィレルを組み込もうと思うのだけれど、どうかしら。以前までの計画では咲夜が両陣営に潜入し、情勢を操作するというものだったわ。これは咲夜の能力なら問題なく行えることだと思ったからよ。でも、咲夜よりも死喰い人に近しいものがここにいる。そう、クィレルよ。クィレルなら咲夜より自然に、長時間、さらにヴォルデモートが復活していない今から潜入すれば、組織の上部に食い込めるはず。」

 

「つまり、咲夜の代わりにクィレルを使うということよね。信用しても大丈夫なの?」

 

 パチェがクィレルを指さして聞く。どうやらリドルと美鈴も同じことを考えているようだった。まあ確かに、今日ここに来たばかりのクィレルを信用しろというほうが難しい話だろう。

 

「勿論、暫く様子を見るわ。でもね、吸血鬼というのは忠誠心というものに敏感なの。それに今さっきクィレルに魅了を掛けたし。」

 

「潜入がバレて真実薬を使われる可能性があるのではないでしょうか。」

 

「それはパチェの役割よ。真実薬の解毒剤ぐらい簡単に調合できるでしょ?」

 

「まあ出来るけど……。」

 

 パチェに掛かれば真実薬の解毒剤の調合など造作もないことだろう。それに他にも便利な魔法具を沢山持っているはずだ。

 

「はいはい! 質問質問! そもそもこれ使えるの? 一回咲夜ちゃんに出し抜かれた雑魚でしょ?」

 

 美鈴が言うことも一理ある。それに、例え咲夜がいなくとも賢者の石を盗み出すことは叶わなかっただろう。

 

「並の魔法使い程度の働きは出来そうだけど、多くは期待できないわね。その辺はパチェとリドルで支えて頂戴。何にしても、クィレルが闇の陣営をコントロールできる立場につくことが出来たらかなり戦況を操りやすくなる。今送り込めばそれが可能なのよ。それに、下手に咲夜が両陣営に手を出すより、仕事の効率は上がるはずよ。」

 

 咲夜が死喰い人になる場合、学校に行っていない間、一部の時間しか死喰い人として活動することができない。それに比べ別にここの従者でも何でもないクィレルなら、時間に縛られず活動を行うことが出来る。

 

「まあ、クィレルを仲間にすること自体は特に構わないわ。それっぽいのがもういるし。でも、クィレルは一度ヴォルデモートに見捨てられているわ。そんなやつをもう一度仲間にするかしら。」

 

「その辺はクィレルに頑張ってもらいましょう。何か手土産を持たせるのもありかもしれないわね。」

 

「ヴォルデモートは開心術の使い手です。何か対策をしないとこちらの情報が漏れてしまいますね。」

 

「その辺はパチェが。」

 

「面倒くさいところ完全に私に丸投げじゃないの。」

 

 それは仕方のないことだ。私には難しい魔法は使えない。というかそれぐらいしか取り柄がないのだから頑張ってほしいところだ。

 

「信頼してるのよ。」

 

 私はパチェににっこり微笑む。パチェは恥ずかしそうに顔を伏せた。ちょろい。このちょろさを利用されないように、パチェはしっかり紅魔館で守らなければ。

 

「なんにしても、このまま様子を見て、使えそうなら使うという方針でいいわね。」

 

「いいわよ。」

 

「OKです。」

 

「大丈夫です。」

 

 全員の同意が得られたところで、取りあえずこの緊急会議は解散になった。パチェはクィレルに呪文を掛け、汚れた服装を完璧に綺麗にする。いつの間にか瘦せ細っていた体も元に戻っていた。どうやら魔法薬が完全に効いてきたようだ。

 

「美鈴、クィレルを客室にぶち込んでおきなさい。杖は取りあげておくこと。」

 

「ところで私の食料は?」

 

 美鈴がクィレルを肩に担ぎながら言った。そんなもの、無いに決まっているだろう。

 

「そうね、また新しいの捕まえてきなさいな。」

 

「はーい。」

 

 美鈴はクィレルを担いだ状態で大図書館を出ていく。そういえば、全く気にしてなかったが、フランの狂気は大丈夫なのだろうか。真実薬での尋問の際には結界は張っていなかった。それは今もである。クィレルは今現在、フランの狂気に晒されている状態だ。

 

「パチェ、狂気のほうはどうなっているの? なんだか大丈夫そうな感じがするけど。」

 

「頭の後ろにヴォルデモートを寄生させていたような男よ。近づきすぎなければ大きな影響はないでしょうね。少なくとも、私の学生時代よりかは肝が据わっていると思うし。」

 

 それならば安心なのだが、せっかく手に入れた手駒が一週間の消費期限付きだったとしたら使い物にならない。フランの狂気が大丈夫か。そこも見極めなければならないだろう。取りあえず一段落はしたので、仕事に戻ることにする。私はパチェに手を振ると、リドルの横を通って大図書館を後にした。




クリスマスパーティー

咲夜がフランから三重スパイの話を聞く

咲夜の能力強化

咲夜、ホグワーツに出発

クィレル、紅魔館に迷い込む

クィレル、仲間になる←今ここ


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下僕やら、処理やら、事務所やら

段々と文章力が落ちているような気がします。脳みそ溶かすようなことはしていないはずなのですが……初期の頃目指していた半分以上セリフの文章スタイルにしたらもう少し話が進むかもしれません(というか、本当ならセリフだけでやりたかったレベルです。)まあ、しないですけど。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 体が軽い。一番初めに感じたのはそれだった。今までの鉛でもぶら下げているのかと思うような感覚は完全に消え去り、宙に浮いているようでもある。次に感じたのは空腹だった。空腹は感じるが、そのせいで体が動きそうもないということはなく、体は健康そのままに、胃の中身だけを消し去ったような感覚だった。そういえばマグルの世界では胃洗浄という治療がある。それもこのような感覚なのだろうか。そこまで考えて、私の意識は覚醒した。

 ゆっくりと目を開けると、視線だけを動かして周囲を確認する。どうやらここは何処かの建物の一室のようだ。何処かホテルの一室のようでもある。周囲に誰もいないことがわかると、音を立てないように起き上がり、自分の体を確認した。やつれていた身体が元に戻っている。呪われて死にかけていたはずなのだが、そのような感覚は一切しなかった。

 

「体が軽い……。それにしてもここは一体……。」

 

 部屋の中にはベッドと小さな机が一つ。窓は無く、扉が一つ付いているだけだった。私は立ち上がり、ローブの中に手を伸ばす。杖を取り出そうとしたのだが、手を伸ばした先に杖は無かった。

 

「杖は無い。ということは魔法に頼ることは出来ないということか。」

 

 私はローブの袖を引っ張り手に被せると、ドアノブに触れる。どうやら鍵は掛かっていないようだ。バネの軽い抵抗があるだけでドアノブはすんなりと回る。私は少しだけ扉を開けると、ライターの鏡面を用いて廊下に誰かいないか確認する。取りあえず、右方向には誰もいないようだ。問題は蝶番が付いている左側だが、これはもう足音で判断するしかないだろう。私は一度扉を閉めると、扉に耳を当て、注意深く音を確認した。

 チリチリと何かが燃える音がする。これは廊下を照らしている蝋燭が燃える音だろうか。それ以外には特に音は無い。周囲には誰もいないだろう。私は今度こそ扉を開け、部屋の外に出た。

 途端に全身から汗が噴き出す。部屋から外はまるで地獄の底のような空気だ。まるでガソリンに浸かったタイヤを首に掛け、ライターを近づけられているかのような、そんな感覚。ヴォルデモート卿が寄生していたときよりも、その精神的な嫌悪感は強い。だが、気分が悪いだけでそれでどうにかなるわけでもない。

 誰もいない廊下を壁を伝いながら移動していく。それにしても複雑な廊下だ。曲がり角に差し掛かるたびにその先に人がいないかを確認する。十分ほど歩いただろうか。メイド服を着た少女が連れ立って歩いているのを見つけた。背中に羽が生えているところを見るに、亜人の一種だろうか。恰好だけを見れば、ここの使用人のようだが。どうにも遊んでいるようにしか見えない。手には箒を持っているが、箒の柄でチャンバラをして遊んでいた。

 さて、どうしたものか。あのように何の拘束もなく部屋に寝かされていたということは、捕まっていたわけではないということだろう。倒れていたところを何者かに拾われたというのが一番考えられる可能性か。そして亜人を使用人として雇っているところを見るに、この建物の所有者は魔法界の住民だ。魔法界の住民なら私の体をどうにかした説明も一応つけることが出来る。もっとも、私はユニコーンの呪いを説く方法を知らないし、そんな方法が見つかったという話も聞いたことがないが。なんにしても、今は情報だ。意を決して角を曲がり、メイドに話しかけた。

 

「すまない。少し話を聞いてもいいだろうか。」

 

 メイドたちは私の方を見ると、首を傾げる。英語は分からないか……もしかしたら英語圏ではないのかもしれない。私がフランス語で話しかけようとした瞬間、メイドの一人が口を開いた。

 

「おきゃくさまですか?」

 

 どうやら知能レベルは低いらしい。

 

「どうやらそのようだね。君たちの主人に会いたいのだが、案内を頼めないだろうか。」

 

「あんない? あんないだって。」

 

「あんないか。あんないだよね。」

 

「そうね。案内が必要だわ。どうやら意識が混濁していたようだし。ついてきなさい。この館の主の元へ案内するわ。」

 

 私は目の前に広がる光景を見て唖然とする。先ほどまで私は長い廊下を歩いていたはずだ。だが、今目の前に広がっているのは一番初めにいた部屋だった。後ろには先ほどまで寝ていたベッドがある。私はこの部屋から一歩も出ていなかったのではないか。それどころか先ほど起き上がったばかりで、今まで見ていたのは白昼夢だったのではないか。そう思わずにはいられないような感覚だ。

 そして、目の前には十歳前後の少女が立っている。その少女は何処までも冷たい目で私をじっと見ていた。そして不意に視線を外すと、扉の方に振り返り、ゆっくりと歩き出した。少女はドアノブに手を掛けると、何かを思い出したかのように、こちらに振り返る。

 

「そうだ。自己紹介を忘れていたわね。私の名前はパチュリー・ノーレッジ。この館にある図書館の司書兼、専属の魔法使いよ。」

 

 パチュリー・ノーレッジ。その名前には聞き覚えがあった。ホグワーツを首席で卒業した後、姿をくらませた魔女。学生時代に多くの論文を書き上げ、それを何処に発表するでもなく、ホグワーツの図書室に紛れ込ませた。残した論文は今までの魔法の常識を覆すような内容で、今尚研究されているほどだ。まさかまだ生きているとは思わなかった。この少女が本当にパチュリー・ノーレッジだったら、という前提付きだが。

 少女は扉を開けると廊下に出る。私もそれについて部屋から出た。途端に、先ほどと同じように得体の知れない気持ち悪さが全身を襲う。やはり、この建物には何かがある。

 

「信じられないと言った顔ね。クィリナス・クィレル。まあ、今はそれでもいいでしょう。あ、そうそう。ユニコーンの呪いは解いておいたわ。体も可能な限り元に戻しておいたわよ。」

 

 確かに、このような芸当は並の魔法使いにはできないだろう。聖マンゴにいる癒者にも難しいことだ。確かに噂のノーレッジなら可能かもしれない。だが、それとこれとは別だ。目の前にいる少女が何者かまでは分からない。だがもしこの少女がパチュリー・ノーレッジなのだとしたら、今から会う人物には一層の注意をしなければならない。あのパチュリー・ノーレッジを司書として館に置いているような人物だ。それだけで得体が知れない。

 少女の後に付いて廊下を歩く。廊下の造りは記憶にある通りだった。ということは、アレは夢などではないということだろうか。だとしたら、あの現象はなんだ? 姿現しとも違う。特殊な魔法ということだろうか。

 

「ここから先は一人で行きなさい。」

 

 十五分ほど歩いただろうか。少女のペースで歩いていたためそこまでの距離ではないが、それでも建物としては広い。そんな中、少女は突然立ち止まり、扉を指し示した。どうやらこの扉の先に、ここの館の主がいるようである。私は扉を一度見た後、少女に視線を戻す。だが、そこには既に誰もいなかった。元からそこに居なかったかのように何の痕跡もない。

 どうやら覚悟を決めるしかないようである。私は扉の前に立ち、数回ノックした。

 

「入りなさい。」

 

 扉の奥からは落ち着いた女性の声が聞こえてくる。声色を聞く限り、声の主はかなり若そうだ。だが、子供が発した声には聞こえない。何処までも惹きこまれるような声だった。ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開く。

 

 

 

 

 そこには力があった。

 

 

 

 

 

「クィレルが起きたわ。準備をして頂戴。」

 

 クィレルを拾ってから三日。書斎で仕事をしているとパチェから連絡が入った。随分と昏睡していたようだが、ようやく目覚めたか。

 

「分かったわ。客間でいいわね?」

 

「ええ、誘導よろしく。」

 

 私は書類を机の引き出しの中に入れると、見てくれのいい服に着替える。あの状態では、尋問した時のことなど覚えていないだろう。だが、がっちり魅了には掛かっているはずだ。私をひと目見た瞬間にひれ伏すに決まっている。準備を整え、客間へと移動した。

 客間に置いてあるソファーに腰掛けると机の上にクィレルの様子が映し出される。クィレルはマグルのスパイ映画さながらの動きをしながら紅魔館の廊下を進んでいた。マグル学の教師だったということで、マグルの文化に詳しいとは思っていたが、魔法を使わずここまでできるとは思わなかった。その後クィレルはパチェに捕まり、部屋に戻される。そこからはパチェに連れられて廊下を歩き始めた。パチェのペースならここに来るまでに十分は掛かるだろう。それまで暇になってしまった。これならもう少し部屋でゆっくりしてからここに来ればよかったかもしれない。

 結局二人がここに着いたのは、部屋を出てから十五分後だった。パチェは部屋の外で姿を消したらしく、既に気配はない。ノックが響いた。ついに来たか。

 

「入りなさい。」

 

 私が入室の許可を出すと扉がゆっくりと開き、クィレルが入ってくる。次の瞬間、クィレルの目が見開かれた。まるで神を崇めるかのような目で、クィレルは私をぼんやりと見つめると、その場に跪く。私はソファーから立ち上がるとクィレルの前へと移動した。

 

「あ、貴方様の名前をお聞かせください……。」

 

 頭を下げたまま震える声でクィレルは言う。

 

「偉大なスカーレット家の当主にして、最強の吸血鬼。レミリア・スカーレットよ。」

 

「スカーレット……様、私を、わたくしめを……。」

 

 前回掛けた魅了はバッチリ効いていたようだ。私はクィレルの顎を持ち、上を向かせる。いや、強制的に私を見させた。

 

「お前を……なに?」

 

「私を、貴方様の下僕にしてください……。」

 

 よし、言質を取った。私はクィレルに右手の甲を差し出す。クィレルは差し出された手を優しく掴むと、静かにキスをした。よし、契約成立である。こいつは今から私の下僕だ。まあ、仕事の出来具合によっては待遇をよくするかも知れないが。

 

「悪魔の住む館へようこそ。クィリナス・クィレル。私の友人と従者を紹介するわ。付いてきなさい。」

 

 私はクィレルを立ち上がらせると共に部屋を出て、大図書館を目指す。少し歩いたおかげでクィレルは少し冷静さを取り戻したようだ。魅了というものは掛けた瞬間こそ身動きが取れないほどの拘束力があるが、時間と共に薄れ、最終的には私への忠誠と敬愛だけが残る。

 

「スカーレット様。お尋ねしたいことがございます。」

 

「何かしら。クィレル。あとお嬢様でいいわよ。」

 

「畏まりました。お嬢様の名前を聞いたことがございます。魔法界一の占い師だとか。」

 

「あら、専門外なのによく知っていたわね。ええ、そうよ。もっとも、私の手に掛かれば運命を見るだけではなく、操ることも出来るけど。」

 

 階段を下り、廊下を歩いて更に階段を下る。その先にあるのが紅魔館地下大図書館だ。私は両開きの扉を開き図書館の中に入る。そこにはパチェ、リドルの他に美鈴の姿もあった。どうやらパチェが呼んできたようだ。

 

「紹介するわ。新しく紅魔館の仲間になったクィリナス・クィレルよ。」

 

 クィレルは深くお辞儀をする。

 

「はいはいはい! 私、紅美鈴って言います。よろしくねー、ひじょ……クィレル!」

 

 美鈴が脱臼するんじゃないかと思うような速度で手を上げ、挨拶した。というかそのまま脱臼すればよかったのに。それに今絶対クィレルのことを非常食って言いそうになったな。美鈴はクィレルの前に右手を差し出す。クィレルはそれを握り返した。

 

「こいつは私の従者よ。従者同士仲良くやりなさい。」

 

 美鈴は握手したまま手を上下にブンブンと振ったのち、満足したのか一歩後ろに下がる。それを見て、今度はパチェが一歩前に出た。

 

「さっき自己紹介したけど、一応もう一度しておくわ。ここの司書をやっているパチュリー・ノーレッジよ。困ったことがあったら私に言いなさい。」

 

 自己紹介するだけして、パチェは後ろに下がる。クィレルは本当に彼女がパチュリー・ノーレッジなのか半信半疑のようだったので、補足しておくことにした。

 

「彼女がかの有名なパチュリー・ノーレッジその人よ。百年ぐらい前にここに来て、今では私の一番の親友よ。」

 

 それを聞いてクィレルはもう一度深くお辞儀をする。パチェは私に親友と言われて少し頬を赤くしていた。最後にリドルが前に出る。そういえばリドルはなんと名乗るのだろうか。

 

「トム・リドルです。僕の片割れが世話になったようですね。これからもよろしくお願いします。」

 

 Wow! まさかのドストレートだった。クィレルは事情が呑み込めないようで、目を白黒させている。これについても補足が必要だろう。いや、いっそのこと全てを説明してしまったほうが早いか。どうせ使い物にならなかったら殺すのだ。情報漏洩の心配はないだろう。私が説明をしようとした瞬間、パチェが口を開く。どうやら私と同じことを考えていたようだった。

 

「まあ座りなさい。その辺のことも含めて、説明してあげるわ。」

 

 パチェは置いてある机を指さしてクィレルに言った。

 

「あ、じゃあ私紅茶淹れてきますね。先始めててください。」

 

 美鈴はすたこらさっさと大図書館を出ていく。私は肩を竦めると、椅子に座った。パチェは私の横に座り、向かい側にクィレルとリドルが座る。全員が座ったところでパチェが話し始めた。

 私たちの計画、咲夜のこと、何故リドルがここにいるのか、クィレルに託したい仕事などなど。数時間は話しただろうか。もっとも、賢者の石をすり替えたのが咲夜だということは隠したが。

 

「……ヴォルデモート卿を殺し、ダンブルドアを殺す。戦争を起こし、この館を移転させる。確かに、今の情勢とこの人材なら、十分可能でしょう。なんにしても、私はお嬢様に従うだけです。ここには忠義を尽くす相手が少なくとも三人いる。私にできることがあれば何なりとお申しつけください。」

 

 話を全て聞き終わると、クィレルは改めて頭を下げる。どうやらクィレルはリドルも忠義を尽くす相手だと認識したようだ。まあ当然か。以前まで仕えていた男の片割れだ。

 

「そうね。それじゃあまずは閉心術の練習をしなさい。パチェとリドルが教師としてつくわ。弱ったヴォルデモートの行う開心術なんてたかが知れているけど、修行しておいて損はないはずよ。うちのリドルの開心術を拒めるようになったら、ヴォルデモートに接触してもらうわ。閉心術の修行と同時にヴォルデモートを復活させる魔法をパチェから習いなさい。もっとも、復活させるのは時期を見てということになるけど。」

 

 パチェとリドルが教師に付けば、一か月もしないうちに閉心術の達人になることが出来るだろう。ヴォルデモートの力が戻ったら破られる可能性もあるが、その場合はまた何か対策を考えればいい。

 

「パチェとリドルは咲夜のバックアップもよろしくね。まあ咲夜は優秀だし、今現在何かトラブルに巻き込まれているわけではないから特に問題ないとは思うけど、念のためよ。美鈴は家事に専念すること。」

 

「なんか私だけ地味じゃないですか?」

 

「貴方は紅魔館の秘密兵器なんだから、温存しておかないとね。」

 

「絶対うそだ~。」

 

 美鈴はふてくされたように頬を膨らまして机に突っ伏した。まあ、秘密兵器というのは嘘だが、温存しておきたいのは本当である。咲夜が紅魔館に居ない今、紅魔館の家事ができるのは美鈴だけという理由もあるが、いざという時咄嗟に外に出せる手駒が欲しい。パチェやリドルは便利ではあるのだが、如何せん表に出すことができない。私の横について表を歩ける人材というのは貴重なのだ。

 

「それじゃあ、私は部屋に戻るわ。」

 

 私は椅子から立ち上がると大図書館を後にする。さて、問題はクィレルがどれだけの時間で成果を出すかだ。もし三か月経っても良い成果が得られないようだったら、美鈴の夜食になってもらおう。逆に、私の予想より早く成果が出たら……今後の活躍にも期待が持てるかもしれない。

 私は書斎に戻ると先ほどまでやっていた仕事に手を付け始めた。

 

 

 

 

 

 

 1994年四月。危険生物処理委員会から手紙が来た。危険生物処理委員会とは、その名の通り魔法界で傷害事件を起こした魔法生物や、危険と判断されている魔法生物が街に現れた場合などに、その魔法生物の処理を担当する委員会である。

 何故そんなところから手紙が来るのかと言えば、私はその委員会にコネがあるからだ。過去に紅魔館で飼われていたペットの半分は、この危険生物処理委員会から格安で引き取ったものである。曰く付きの魔法生物を一匹あたり大体百ガリオン前後で譲ってくれるのだ。処理しなければならない魔法生物を何故譲ってくれるのか。理由は簡単だ。紅魔館に来たところでフランの狂気によって一週間も持たない。フランのことは言っていないが、引き取った魔法生物が一週間と経たずに死んでいるという事実を向こうは知っている。結果的には変わらないことを委員会は理解しているのだ。

 私は封蝋を破り手紙を取り出す。手紙の中身は社交辞令から始まり、新たに処理が決まりそうな魔法生物の詳細とその写真が入っている。

 

「えっと何々……エルンペントにキメラ、グリンデロー……あんまり可愛くないわね。……ん? これとかいいじゃない。」

 

 写真に写る半分鳥のような半分馬のような生き物。ヒッポグリフだ。以前から飼いたいと思っていた魔法生物の一つで、誇り高く頭もいい。私は先ほどの手紙を読み返し、ヒッポグリフの詳細を探した。

 

「あった、これね……元はホグワーツにいて、生徒に怪我を負わせたから処理されそうになっていると。あら、その怪我した生徒ってマルフォイのとこのじゃない。委員会の事情聴取はまだみたいだけど、あそこはマルフォイと仲がいいし、まず処理されるでしょうね。それに弁護するのはハグリッドだし。……お、四月二十日にロンドンまで来るじゃない。これは見に行くしかないわね。」

 

 私はヒッポグリフの写真を机の上に残すと、残りを便箋に仕舞い直し引き出しの中に入れる。そして写真の裏に『四月二十日、危険生物処理委員会事務所』とメモ書きした。これは来週が楽しみである。是非とも美鈴を連れて見に行こう。流石に当日引き取ることは叶わないだろうが、品定めをすることは出来る。それにもしかしたら面白いモノが見れるかも知れない。私は少しワクワクしながら他の手紙に手を付けた。

 

 

 

 

 

 1994年、四月二十日。私は美鈴を連れてロンドンの町中を歩いていた。勿論、美鈴はスーツ姿だし、私もマグルの世界で目立たない程度の洋服だ。幸い、天気はどんよりとした曇りで、日傘は必要ない。まあ、用心として一応美鈴に持たせてはいるが。日光よりも雨の方を心配した方がいいような天気である。

 

「にしてもペット候補を見に行くってだけでお出かけっていうのも珍しくないですか? いつもはぱっさんに転送して貰ってるでしょ?」

 

「ぱっさんはやめなさい。……そうね、今回のこれはそれほど気に入っているということよ。」

 

 私はポケットからヒッポグリフの写真を取り出す。美鈴はその写真をマジマジと眺めると、首を傾げた。

 

「グリフォンにしか見えないですよ。グリフォンならこの前飼ってたじゃないですか。」

 

「あのつがいのグリフォンでしょ? あれは気が狂って共食いを始めたじゃない。正直笑えたけど、一晩と持たなかったわ。でもこれなら一週間ぐらいなら持ちそうじゃない?」

 

「離れたところに動物園でも作ればいいのに、なんで敷地の中で飼うかな……。」

 

 美鈴は面倒くさそうに頭を掻く。まあ、美鈴の言うことももっともだ。死なせたくないなら、少し館から離れたところで飼えばいいのである。だが、それをしないそれ相応の理由というものがあるのだ。

 

「私は紅魔館を賑やかにしたいのよ。だから邪魔なだけの妖精も追い出していないでしょう?」

 

「あの勝手に住み着いたっていうアレですか? 私が来る前から居て、今でも増えたり減ったりしてますけど、あれって結局なんなんです?」

 

「紅魔館の従者が少なくなると同時に住み着き始めてね。初めの頃は他の従者が叩き出していたんだけど、そのうち叩き出す従者がいなくなって、あとは住み放題。折角だからメイド服を着せて働かせることにしたわ。まあ仕事しないけど。」

 

 これもフランを外におびき寄せる作戦のうちの一つなのだが、今のところ上手く行っていない。というかあの妹はなんで外に出ないのだろうか。やはり周囲の環境を変えなければ、フランが変わることもないだろう。そのためにもさっさと紅魔館を移転させて、周辺を征服し、吸血鬼が住みやすい国を作らなければ。

 まあ何にしても、今はヒッポグリフである。さっさと処分判決を出し、こちらに引き渡してもらわなければ。ハグリッドに勝訴などさせてたまるものか。委員会の事務所でマルフォイに釘を刺しておいた方がいいだろう。

 路地裏を進み、何度か扉をくぐり、何回か曲がりくねった先に危険生物処理委員会の事務所はある。私が中に入ると、委員会の役員の老人たちが出迎えてくれた。委員会を構成する魔法使いの平均年齢はかなり高い。若い魔法使いはあまりこのようなことには興味がないのだろう。私は委員長と握手を交わすと傍聴席に座った。ここからはあまり目立たないようにしておかなければならない。まあ、マルフォイに釘は差しておかなければならないが。

 

「事務所とはいうものの、なんだか裁判が始まるみたいですね。」

 

 美鈴はスーツのボタンを開けると、私の横に座り込む。……座高でもここまで差が出るか。いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

「まあ、実質裁判のようなものよ。対象になった魔法生物が危険かどうか、今から裁判を行うの。っと、噂をすれば。」

 

 部屋の入口の方にルシウスの姿を捉える。私が手を振ると、ルシウスも気が付いたらしくこちらに寄ってきた。

 

「これはこれは、スカーレット嬢。こんなところでお会いするとは。ヒッポグリフの裁判を見に来たので?」

 

「ええ、そうよ。ルシウス、絶対に勝ちなさい。何としてもヒッポグリフに処理判決を出させるのよ。」

 

 それを聞いてルシウスは不思議そうな顔をする。

 

「勿論そのつもりですが……。」

 

 どうやらどうして私がここにいるのか分からないらしい。まあそうだろう。普通に考えたら、全く関係ない私がここにいるのは不自然だ。そしてルシウスは、私がよく魔法生物を引き取っているという事実を知らないらしい。まあ今日は余計なことは考えず裁判に専念して貰おう。下手にこちらの事情を話すと、裁判の結果が変わる可能性もある。

 

「あ、来たわね。」

 

 私は入り口を指さす。そこにはヒッポグリフの手綱を持ったハグリッドが入ってきていた。ハグリッドは毛のモコモコした茶色の背広に黄色と橙色のネクタイをしている。彼なりのオシャレなのだとは思うのだが、センスがないにもほどがあった。

 ルシウスは裁判の準備をするために私から離れていく。ハグリッドは集中しているのか緊張しているのか、私の存在には全く気が付いていないようだった。まあ、ハグリッドとは面識はないので、見られたところでどうという話でもないのだが。

 

「へぇ、こうやって実物を見ると、結構綺麗な生き物ですね。」

 

 美鈴が私にだけ聞こえるほどの小声で話しかけてくる。確かに、ヒッポグリフの中でも、この個体はかなり毛並みがいい。

 

「そうじゃなかったらわざわざこんな狭苦しいところに朝から来ないわ。」

 

 テキパキと書類を準備するルシウスを見ながら私も小声で言い返した。ハグリッドはというものの、そわそわとした表情でヒッポグリフを宥めている。特に何か準備をするような素振りは無いが、本当に勝つ気はあるのだろうか。

 ハグリッドが入ってきて十分もしないうちに裁判が始まる。まあ初めから結果は目に見えていたが、ハグリッドは私の予想を大きく上回る男だった。裁判中にメモを落とすは魔法生物が無罪になった事例の日付を忘れるは本当に準備をしてきたのか疑問に思うような有様だ。結果は言わずもがな。ルシウスの勝訴である。ハグリッドはヒッポグリフが処理されると聞いて、絶望に打ちひしがれた顔をしていた。正直笑えるが、ここで大声で笑うと目立ってしまう。なんにしてもこれであのヒッポグリフは私のものだ。

 

「ま、待ってくだせえ! せめて、せめて処刑日までホグワーツで過ごさせてやることは出来ねえですか!? 後生ですので……。」

 

 ハグリッドは縋るように危険生物処理委員会の委員長に訴えかける。委員長は確かめるように私に目配せをしてきた。まあどうせ受け取れるのは処刑日が過ぎてからなのだ。私は委員長に向かって小さく頷く。

 

「ヒッポグリフを連れて帰るのを許可する。処刑日は追って伝える。以上解散。」

 

 ハグリッドは啜り泣きながらヒッポグリフの手綱を引き、事務所から出ていった。これであのヒッポグリフは私のものになったも同然である。

 私と美鈴が帰り支度をしていると、委員長とルシウスがこちらに近づいてきた。どうやら早速取引の話をしに来たようだ。

 

「委員長から聞きました。あのヒッポグリフを引き取るようで。」

 

 ルシウスがご機嫌な様子で私に話しかけてくる。

 

「ええ、なんだか面白そうな生物じゃない。あれは私が買い取ることに決めたわ。委員長、二百でどう?」

 

 私は通常の倍の値段を提示する。委員長は一瞬驚いたような顔をし、最終的にはニヤケ面になった。

 

「よいのですか?」

 

「私がいいって言ってるんだからいいに決まってるじゃない。それとも、二百じゃ不服?」

 

「滅相も御座いません。あのヒッポグリフを二百ガリオンでお譲り致します。」

 

 私はその答えに満足し、傍聴席から立ち上がる。美鈴もそれに合わせて立ち上がった。

 

「じゃあ処刑日が決まったら手紙を寄越しなさい。人を送るから。」

 

 私はそう言い残すと美鈴と共に危険生物処理委員会の事務所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 危険生物処理委員会の事務所で行われた裁判から一週間。また危険生物処理委員会から手紙が届いた。処刑日の通知だろうと半ば予想を付け、手紙を取り出す。だが、そこに書かれていた内容は私の期待を裏切るものだった。なんと、ハグリッドが裁判の結果にいちゃもんを付けたらしい。ようは控訴したということだ。危険生物処理委員会は正式な組織ということもあって、控訴されたらちゃんと裁判をやり直さなければならない。つまりヒッポグリフがここに来る日が伸びたということである。

 

「ハグリッドにそんな知恵はないはず。誰かが加担しているわね。ダンブルドア……だったら既に無罪放免になっているはずだし、詰めが甘いから学生かしら。なんにしても小賢しいったらありゃしないわ。委員会も無能なのかしら。」

 

 私はヒッポグリフに二百ガリオン出すと言ったのだ。ヒッポグリフにそれほどの価値があるから倍の金額を提示したのではない。確実に私の元へ持ってこいという意思表示だ。これは圧力を掛けて絶対に敗訴させなければならないだろう。私は羊皮紙にその旨を書きなぐると、体の一部を蝙蝠に変え、その蝙蝠の足に羊皮紙を括りつける。そして窓から外に飛ばした。まったく、人間はこれだから困りものである。

 私は立ち上がったついでに他の用事も済ませようと、書斎を出て大図書館を目指した。クィレルを拾ってから既に一か月が経過しているが、成果の方はどうだろうか。閉心術というのは高度な技術なので、会得するにはそれなりの歳月が掛かる。だが、教えているのがパチェとリドルだ。リドルはその道のエキスパートであるし、パチェはそのリドルをも凌駕する開心術、閉心術を扱える。これで成果が出ていなかったらクィレルは相当な無能ということになるが……。

 

「で、その辺どうなのよ? ……って、何やってるの?」

 

 私は図書館の扉を開けると同時にそう言うが、中では何やら珍妙なことが行われていた。図書館の床には大きな魔法陣が描かれており、その周囲に炭素や水などの材料っぽいものが並べられている。パチェは魔法陣の横で呪文を詠唱し、リドルは魔法陣の模様に手を加え続け、そしてクィレルは材料の継ぎ足しを行っていた。

 

「えっと……パチェ?」

 

 返事がないので、ついつい聞き直してしまうが、パチェはこちらをジロリと睨んだだけだった。その視線の意味するところは、今大事なところだから話しかけるな、だろう。私は肩を竦めると空間を作るために押しやられた椅子の一つに座り、その儀式のようなことを見学する。

 パチェの詠唱と共に魔法陣は光り輝き、並べられた材料が独りでに動き出す。それは互いに混じりあい、形を作っていった。そして最終的に出来上がったもの。それは人体だ。二十代そこそこの人間の体が、魔法陣の上に横たわっている。どうやら、先ほどからこれを作っていたようである。

 

「終わった?」

 

「終わったわ。待たせてしまってごめんなさいね。レミィ。」

 

 パチェはふぅと一息つくと、私の横に座った。リドルは出来上がった人間の体を観察している。クィレルは余った材料と魔法陣の片付けを行っていた。私は人間を指さし、パチェに聞く。

 

「あれはなに? 生きてはいないようだけど。」

 

「人間の身体よ。もっとも、魂は入っていないわ。人体錬成の本を読んだから試してみたくなったのよ。」

 

 パチェは手に持っている本を私に手渡してくる。その本には『サルでも解る人体錬成』と題が書かれていた。

 

「こんな本何処で見つけてきたのよ……って、それより。クィレルの修行はどうなったの? もうリドルの開心術を防げるようになった?」

 

 パチェとリドルとクィレルは顔を見合わせる。というか、この三人仲いいな。互いに頷き合うとパチェが口を開いた。

 

「リドルの開心術を完璧に防げるようになったのは一週間前よ。ほら、美鈴と一緒に出かけてたときね。あの夜に報告しようとしたんだけど、レミィその日はそのまま眠っちゃったじゃない。それで報告が遅れたのよ。今は取りあえず他の修行がてら私の助手のリドルの助手をやってるわ。」

 

「なんでもっと早く連絡しないのよ。」

 

「逆にもっと早く連絡してたら何か行動を起こしたの?」

 

 パチェにそう言われて、私は言い返すことが出来なかった。閉心術の修行が早く終わったらパチェやリドルの手伝いをさせるつもりだったからだ。クィレルをヴォルデモートに接触させる時期は既に占いで決めてある。今年の夏だ。それまでに時間は沢山ある。パチェは私の思惑を呼んだうえでクィレルに助手をさせていたのだろう。

 

「まあいいわ。クィレルには今年の夏にヴォルデモートに接触してもらうから。そのつもりでいなさい。パチェとリドルはそれまでにクィレルの魔法の腕をそこそこ使えるレベルまで上げておくこと。」

 

「ああ、そのことなんだけどねレミィ。クィレルは今のままでも十分秀才よ。忘れられがちだけど、これでもクィレルは単身でグリンゴッツへの侵入を成功させているぐらいだしね。金庫破りの腕はピカイチよ。」

 

「それぐらいは知っているわ。私は夏までにクィレルを少なくとも学生の頃のリドルに並ぶぐらいの腕にしろと言っているのよ。それぐらいじゃないと、間接的に組織を動かすなんてことは出来ないわ。」

 

「咲夜にはそれが出来ると?」

 

 リドルが確かめるように言う。私は不敵に笑うと、大きく頷き答えを返した。

 

「当たり前じゃない。もともとは両方を咲夜に任せるつもりだったんだし。それじゃあクィレル、精々夏までに腕を磨きなさい。」

 

 私がそう言うとクィレルは深々とお辞儀をする。リドルは小さく肩を竦めた。まあパチェの実験に付き合っていたら嫌でも技術が身に付くだろう。夏まで扱き使われるといい。私は書類が出しっぱなしなのを思い出し、書斎へと戻る。そして先ほど放り出した仕事を再開させた。




クィレル拾われる

クィレルがレミリアに忠誠を誓う

レミリアのもとに危険生物処理委員会から手紙が届く

グリフィンドール対レイブンクロー戦(クィディッチ)

ブラックがホグワーツの男子寮に潜入。咲夜に頭を抱えさせる。

バックビークの裁判。ハグリッド敗訴

ハグリッドが控訴 レミリアが半ギレる←今ここ


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処刑人やら、鎌やら、騙し合いやら

次回辺りから炎のゴブレットに入っていくと思いますが、構成が複雑すぎて色々死ねます(死にました)
前作書いてる時は誤魔化してたところとか描写しないといけないので……。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1994年五月。危険生物処理委員会からまた手紙が届いた。私が圧力をかけただけあって、今度は本気で殺しにかかるそうだ。ホグワーツで裁判を行い、その場でこちらに引き渡すという。もう判決は決まっているようなものだ。

 私はその答えに取りあえず満足したが、何やら不審なことも書かれている。一応形式上はホグワーツでヒッポグリフを処刑することになっているのだが、それを魔法大臣が見に来るというのだ。それは色々と困ったことになる。魔法生物の譲渡は非公式に行われているもので、中には取引することが違法である魔法生物もいる。ヒッポグリフもそのうちの一つだ。

 そんな現場を魔法省のお偉いさんに見られるわけには行かない。流れが悪いとヒッポグリフはその場で本当に処刑されてしまうだろう。一体何を考えているんだ委員会の連中は。なんにしてもこのままじゃ拙いのでこちらで手を打つことにする。処刑がほぼ決まっているのなら、処刑人が同行するはずである。確か委員会の処刑人はマクネアだったはずだ。確か元死喰い人である。それの代わりに処刑人として美鈴を送り込もう。美鈴はあんな態度を取っているが頭が悪いわけではない。口八丁でその場を切り抜けて無事ヒッポグリフを紅魔館に持って帰ってくるはずである。

 私は処刑人をこちらで用意するという旨を羊皮紙に書き、蝙蝠に縛り付ける。そして窓からその蝙蝠を放つと、庭仕事をしている美鈴に話しかけた。

 

「美鈴、ちょっといいかしら。」

 

「なんですか? おぜうさま。」

 

 美鈴はスコップを壁に立てかけるとタオルで汗を拭いて窓際に近づいてくる。なんというか、その様子だけ見ると田舎の農家のように見えるので少し笑える。

 

「一昨年みたいにホグワーツに行ってきて欲しいんだけど。お願い出来る?」

 

「分かりました。また詳しい話を聞きに伺いますね。」

 

 美鈴はこちらに向けて親指をビシッと立てると、庭仕事に戻っていった。いや、なんだあの返事の仕方は。アレならまだ敬礼のほうが良かった。どちらにしてもふざけていることには変わりないが。私は窓を閉めると仕事に戻る。多分美鈴がここに来るのはあと一時間以上後だろう。それまでは仕事を進めなくては。

 

 

 

 

 

 1994年六月六日。私はお嬢様のご命令で委員会の老人と共にホグズミードに来ていた。勿論、ひと目見て私だと分からないように軽く変装はしている。赤い髪を黒く染め、全身黒一色の服を着て、ダメ押しに真っ黒のローブに目元までかかるフードだ。そして、背中には草刈り用のどでかい鎌を背負っている。これで何処からどう見ても死神にしか見えないだろう。更に、パチュリー様お手製の魔法薬で顔を変え、なんと妖怪臭さまで消しているという。

 

「確か三本の箒で待ち合わせですよね。」

 

「ああ、そこでファッジ大臣と合流する。にしても、その恰好はなんじゃね。まるで死神のようではないか。」

 

 老人は私の服装を見ると皺枯れた声で言った。老人には私は紅魔館に雇われたフリーの処刑人だということを伝えている。

 

「仕事着ですよ。そんなことよりも、到着しましたね。」

 

 私と老人は三本の箒の中に入った。平日ということもあり店の中にはあまり人はいない。まあまだ昼も過ぎていない時間だ。こんな時間から混んでいたら私は魔法使いという生き物を軽蔑する。私たちは入り口から見やすい位置にあるテーブルに座ると、度数のあまり高くない酒を頼む。こんな時間からのお酒はご老体には答えるかと思ったが、どうやら身体だけは頑丈なようだった。

 こんな服装の私にも物怖じせずに話しかけてくるところを見るに、なかなか肝が据わった人物のようだ。二十分ほど老人と世間話をした頃だろうか、入り口からファッジ大臣が現れた。私はポケットから腕時計を取り出して時間を確認する。今からホグワーツに向かえば十分時間には間に合うだろう。

 

「やあやあ委員長さん、お変わりはありませんかな?」

 

「相変わらずじゃよ。ファッジ。」

 

 あ、こいつ委員長だったのか。だめだ、老いた人間というのは全部同じに見えてしまう。額に番号でも振っておいてくれないだろうか。大臣と委員長は握手の後軽く抱擁を交わす。その後ファッジは私の方に振り向いた。

 

「そちらの方は? 処刑人にはマクネアが来るものだと思っていたが。」

 

「私は雇われの処刑人ですよ。」

 

 私はフードを被ったまま不敵に笑い軽く礼をする。大臣はその様子に苦笑いを浮かべると、一歩後ずさった。老人には効かなかったが、上手いこと怯えさせることが出来たようだ。私はケラケラ笑うとフードを取る。大臣は私が女性だと分かるとホッとため息をつき、その後笑顔になった。

 

「はっはっは、あまりからかわないでくれるかね。これでも心臓は弱いほうなんだ。あまり脅かさせると止まってしまう。」

 

「魔法大臣ともあろう方が何を。では、参りましょうか。」

 

 私たちは三人でホグワーツを目指す。基本的には委員長と大臣が前を歩き、私は後ろからついていく感じだ。完全に老人の魂を刈り取ろうとしている死神にしか見えないが、まあ仕方がないだろう。というか、そう見えるように後ろを歩いているというのもあるし。前を歩く二人は世間話をしている。私はその後ろで今回やることを整理していた。

 といっても今回やることは簡単だ。ヒッポグリフを人目の付かないところまで持って行ってパチュリー様お手製の魔法具で紅魔館に飛ばすだけである。ただそのヒッポグリフを人目に付かないところまで持っていくというのが至難の業なだけだ。きっとダンブルドアも来るだろうし、そういう目を欺かないといけない。

 暫く歩くとホグワーツの城門が見えてくる。その周りには吸魂鬼が飛んでおり、厳重な監視体制を引いていた。なるほど、パチュリー様が私の匂いを消した理由が分かった。万一に備え、吸魂鬼に気が付かれないようにするためだろう。

 大臣は吸魂鬼に簡単に事情を説明すると、城門を開けて中に入る。私もそれについて中に入った。吸魂鬼の横を通り過ぎるときやたらと見られたが、まあバレてはいないだろう。校庭を通り正面玄関の階段を上る。階段の一番上に来ると、大臣が不意に振り返った。

 

「委員長さん。ほれ、なんだか懐かしくないですかな。ここからの眺めは。学生だった頃を思い出す。それに今日はいい天気だ。」

 

「そうじゃな。ここから見える景色は変わらん。」

 

 私も振り返り校庭を眺める。こうしてみると、ホグワーツの庭より紅魔館の庭のほうが立派だ。そして、紅魔館の庭を管理しているのは私である。流石私。そのうち庭師として独り立ちしてもいいかも知れない。……勿論冗談だが。

 校庭を見ていた大臣が何かに気が付いたのか、驚いたような顔をする。視線の先を目で追うと、そこにはハリー、ロン、ハーマイオニーの姿があった。残念ながら咲夜ちゃんの姿はない。別行動をしているということだろうか。

 

「やあやあハリー! 試験を受けて来たのかね? そろそろ試験も全部終わりかな?」

 

 大臣は陽気にハリーに話しかける。

 

「はい。」

 

 ハリーは遠慮がちにそう答えた。他の二人はというと、さらに遠慮がちに一歩後ろに下がり、ハリーと大臣の会話を見守っている。まあ普通に考えて魔法大臣と気軽に話せる学生など限られてくるだろう。

 

「いい天気だ。それなのに……はぁ。」

 

 大臣は湖の方を見ながら小さくため息をつく。

 

「今日は少しうれしくないお役目で来たんだがね。危険生物処理委員会が私に狂暴なヒッポグリフの処刑に立ち会って欲しいというんだ。といっても、ブラック事件の状況を調べるついでだが。」

 

「もう控訴裁判は終わったということですか?」

 

 後ろの方にいたロンが思わずと言った感じで大臣に聞く。

 

「いやいや、今日の午後の予定だがね。」

 

「それだったら処刑に立ち会う必要なんか全然なくなるかもしれないじゃないですか! ヒッポグリフは自由になるかも知れない。」

 

「それは困るけどね。」

 

 私はついついロンに反論してしまう。ロンは私の方を見た後ビクッと震え、一歩後ずさった。

 

「もし無罪放免になったら、私は何に鎌を振り下ろせばいいのかな。」

 

 フードを深く被ったまま、私はロンに近づく。あと少しで手が届きそうになる距離まで来たところで、大臣が割って入った。

 

「まあまあ。仕事が無くなっても給料はでる。違うかな?」

 

「冗談ですよ。」

 

 私はにこやかに笑うとロンの頭をポンポンと撫で、後ろに戻る。本当に殺されると思ったのか、ハーマイオニーは顔を真っ青にしてロンの腕を引っ張り城の中に入っていった。ハリーは慌てて大臣に礼をするとその後を追う。

 

「やれやれ、じゃて。ファッジ、二時じゃったかな?」

 

 委員長の言葉を聞いて、私は懐中時計を取り出す。あと三十分ほどで裁判の時間だ。私たちは城の中に入り指定された教室を目指した。動く階段を上り、静かに廊下を歩く。今は何処の教室も試験中だ。邪魔をしてはいけない。先ほどまで喋っていた二人も、廊下を歩くときは何も喋らず静かに歩いていた。

 暫く歩くと目的の教室に到着する。その教室の中は小さな法廷のようになっていた。既にハグリッドやダンブルドアの姿がある。

 

「やあ、ダンブルドア。」

 

「おお、コーネリウス。待っておったよ。」

 

 大臣とダンブルドアは軽く握手をする。

 

「それに委員長殿も、わざわざホグワーツまですまんの。」

 

 ダンブルドアは委員長と握手を交わしたあと、私の方を見る。私はフードで顔を隠しながら、小さく礼をした。

 

「わしはてっきりマクネアがくるものじゃと思っておったのじゃが……代理の方かね?」

 

「まあ、そんなとこです。」

 

 私は適当に返事をし、後ろの方の席に座る。ダンブルドアと長話をすると素性がバレる可能性がある。ここに来る前に散々パチュリー様から言われたことだった。私としてはそこまで神経質にならなくてもいいとは思うのだが、そういうわけにもいかないらしい。

 暫くすると裁判が始まる。前回の反省を踏まえてか、ハグリッドは少しはマシな証拠や、過去に起きた事例などを用いてヒッポグリフ(名前はバックビークというらしい)が無実であるという訴えをした。だがここでいくらまともな証言をしてもヒッポグリフの処刑は変わらない。最終的にはダンブルドアもヒッポグリフの無罪を訴えかけたが、委員長は頑なだった。ハグリッドはマルフォイから圧力が掛かっているものだと思い込んでいるようだが、本当はもっとヤバいところからの圧力が掛かっている。そして、ダンブルドアはそれを察しているようだった。

 裁判の結果はハグリッドの敗訴。予定通りヒッポグリフは処刑されることが決まった。あとはどうやってヒッポグリフを持って帰るかだ。処刑は日没に行われるらしいので、まだ少し時間がある。私は少しホグワーツの中をうろつこうかとも思ったが、ダンブルドアが許可しないだろう。私は取りあえず、他の面子がどのように動くかを見守る。ハグリッドは泣きながら教室を出ていき、ダンブルドアは大臣とシリウス・ブラックについての話し合いをしている。委員長に至っては教室の中で居眠りを始めていた。そのまま永眠しそうな様子なので少し心配だが、まあ大丈夫だろう。委員長に倣って私も少し眠ろう。私は小さく欠伸をすると、鎌を肩に立てかけてうたたねをを始めた。

 

 

 

 

 

 

 不意に人の気配がして私は目をぱっちりと開ける。そこにはダンブルドアが少し驚いたような顔をして立っていた。

 

「起こそうかと思ったんじゃがのう。鋭いお嬢さんだ。ほれ、仕事の時間じゃ。」

 

 ダンブルドアにそう言われて、私は窓の外を見る。確かに、日はかなり傾いていた。あと数十分もしないうちに日が暮れる。私は軽く体を伸ばすと鎌を持ち立ち上がる。委員長は既に起きていたらしく、やれやれといった顔で私を見ていた。

 

「さあ、ハグリッドの小屋に向かおう。ヒッポグリフはそこじゃ。」

 

 ダンブルドアを先頭にして、私たちは移動を始めた。ダンブルドアの後に大臣、その後ろに委員長、しんがりに私だ。私は少し離れたところから三人の会話を聞く。ブラックのことを話したり、マグルのお菓子の話をしたりと、いかにもな世間話をしながら城を出て、森の方に進んでいく。

 そこには物置小屋のような小屋が立っており、周囲にいくつもの人間の匂いがしていた。小屋の中に四人、少し離れた木陰に二人。小屋の中にいる四人のうち三人は慌てた様子で小屋の裏口から出ていったようだ。姿は見えないが、草が踏まれている様子は見える。この匂いと気配はハリーたちだろうか。でもおかしい。同じような匂いが木陰の方からもするのだ。というか木陰に隠れている二人は一体なんの目的で隠れているんだ?

 私は術を発動させ、周囲の人間の気配を探る。私の見立て通り小屋を離れていく三人はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人で間違いなかった。ハグリッドと仲がいいという話は咲夜ちゃんから聞いているので、おかしな点はなにもない。

 奇妙なのは木陰にいる二人だ。私の勘違いじゃ無ければ、木陰にいる二人はハリーとハーマイオニーだ。でも、それが本当ならおかしなことになる。今この場にハリーとハーマイオニーが二人いることになるからだ。魔法使いは分身できるのだろうか。

 ダンブルドアが小屋の扉を叩くと、涙声のハグリッドが私たちを出迎える。私としてはもう少し木陰の二人の気を探りたかったが、ダンブルドアたちは小屋の中に入っていってしまった。私も後に続かなければならないだろう。

 

「あーハグリッド……我々は、死刑執行の正式な通知を読み上げねばならん。それから、君と処刑人が書類にサインする。」

 

 大臣が気の毒そうにハグリッドに話しかけた。私は窓から外の様子を窺う。ヒッポグリフは縄で繋がれており、その奥の木陰にハリーとハーマイオニーの姿があった。二人はあれで隠れているつもりなのだろうが、体のあちこちが見えている。頭隠して尻隠さずとはこのことだろう。

 

「危険生物処理委員会はヒッポグリフが六月六日の日没時に処刑されるべしと決定した。死刑は斬首とし、委員会の任命する処刑人、メリー・ギルウェルによって執行され、アルバス・ダンブルドア、コーネリウス・ファッジを証人とす。ハグリッド、ここに署名を。」

 

 メリーというのは私の偽名だ。私はハグリッドと共に書類に署名し、いよいよ処刑というところまで来た。私は委員長と顔を見合わせる。

 

「では、サクッと処刑してきますので、皆さんはここでお待ちください。」

 

 どうやら外にいた二人はヒッポグリフを助けようとしていたみたいなのだが、私がしょっちゅう窓の外を見ていたため、完全に機会を失っていた。

 

「いや、俺はあいつと一緒にいたい。処刑の瞬間、あいつを独りぼっちにしたくねえ。」

 

 私が一人外に出ようとすると、ハグリッドがそんなことを言う。いや、私としてはそれは非常に困るのだが……。

 

「だいぶショッキングなことになると思うので、ここに居てくださいよ。首を刎ねた瞬間に殴りかかられでもしたらたまったものじゃない。」

 

 私は肩を竦め、外に出る。そしてヒッポグリフを結び付けている手綱を柵から解くと、手綱を引いて森の中に入った。そう、隠れている二人がいる森にである。

 この角度から森に入れば、二人は逃げることができない。その場を後にしようとすれば、それはそれで見つかってしまうからだ。

 

「あ、えっと……。」

 

 姿を見られたハリーはどうしていいか分からないと言った表情で目を泳がせている。ハーマイオニーもまさかこちらに来るとは思っていなかったのか、今にも腰を抜かしそうな様子だった。

 

「ほら、どいたどいた。今からこれを処刑しないといけないんだからさ。ていうか、ダンブルドアもザルよね。証人なんだったら普通ついてくるでしょうに。」

 

 私は半分見なかったふりをしてヒッポグリフを森の奥の方へと引っ張っていく。そこに慌てた様子のハリーとハーマイオニーがやってきた。

 

「あの! そのヒッポグリフはバックビークじゃなくて……。」

 

「そうです。人違い? 馬違いなんです。だからその子を放してあげてください!」

 

 二人してあまりにも分かりきった嘘をつく。ハリーはともかく、ハーマイオニーは頭が良いと聞いていたのだが。

 

「え? でも手綱にバックビークって書いてあるし……ああ、君たちはあれだね。ハグリッドの友達ですね。このヒッポグリフを助けに来たと。」

 

 私は鎌をクルリと一回転させる。その仕草にハリーとハーマイオニーはビクリと反応した。私はそれを見てケラケラと笑う。

 

「大丈夫よ。このヒッポグリフは殺さないわ。あまり声を大きくしては言えないけど、とある富豪がこのヒッポグリフを気に入っちゃってね。このヒッポグリフはその富豪に売られることになっているわ。これ、内緒よ? バレたら法律違反で捕まっちゃうしねー。」

 

「富豪? それに売るって……もしかして強引に処刑する方向に持って行ったのは……。」

 

「そう、その富豪から圧力がかかったから。」

 

 その時、私はズボンのポケットに違和感を覚える。ポケットに手を突っ込むと、中に一枚の羊皮紙が入っていた。そこにはお嬢様の筆跡で文章が書かれている。

 

『ヒッポグリフをハリーに渡しなさい。シリウス・ブラックがそのヒッポグリフによって逃亡する未来が見えたわ。少し惜しいけど、これも運命よ。』

 

 どうやら、パチュリー様あたりが私の行動を監視していたらしい。それにしても未来が見えたって……予言者か何かですか? あ、占い師か。

 私はため息をつくと、手に持っている手綱をハリーに手渡す。ハリーはきょとんとした様子で私の顔と手綱を交互に見ていた。

 

「えっと、あの……。」

 

 状況が呑み込めないと言った様子で、ハリーが私の顔を見る。ハーマイオニーもどうしていいか分からず目を白黒させていた。

 

「気が変わったわ。そのヒッポグリフは君たちにあげよう。上手に使いなさい。じゃ、そういうことで。」

 

 私は踵を返すと、まっすぐハグリッドの小屋を目指す。その道中で手に持っていた鎌を真っ二つにへし折った。私が森を抜けると、ハグリッド、ダンブルドア、委員長の三人が出迎えてくれる。ハグリッドは血の付いていない真っ二つになった鎌を見て、わけが分からないといった顔をしていた。

 

「ギルウェルさん、どうしたのじゃ、その鎌は。」

 

 委員長がワザとらしく私に聞いてくる。私は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

 

「いやぁ、逃げられちゃいました。やっぱり危険な生物ですな。逃げる時に私の鎌をこの通り……真っ二つですよ。」

 

 私はダンブルドアの前に鎌を投げ捨てる。ダンブルドアは一瞬にして鎌を元通り修復してみせた。

 

「ビーキーが? 逃げた?」

 

 ハグリッドは私の報告に目を大きく見開くと、オンオンと大声で泣き始める。

 

「よかった、可愛いビーキー、いなくなっちまうなんて!」

 

「ちっともよくないですよ。もう少しで私の顔面が血だらけになるところだったんですから。」

 

 私はわざとらしく頬を膨らませると、ダンブルドアが修復した鎌を担ぎ直す。ハグリッドは私に何度も謝ったが、あれには絶対申し訳ないという気持ちは含まれていない。少し変則的にはなってしまったが、取りあえず私の任務はこれで終了だ。

 私たちは泣いているハグリッドを置いて、四人で歩き出す。事情を知らない大臣がしきりに私の心配をしてきたが、怪我はないと伝えると少し落ち着いたようだった。大臣は委員長と共に歩きながら判決に間違いはなかったと話している。残された私とダンブルドアはその様子を少し離れた場所から眺めていた。

 

「にしても、とんだ茶番じゃの。」

 

 私の横を歩くダンブルドアが、私にしか聞こえないほどの小声で言った。

 

「なんのことですかね。」

 

「委員会にも困ったものじゃて。小銭稼ぎのつもりなんじゃろうが、綱渡りもいいとこじゃよ。」

 

 なるほど、全部お見通しということか。私は笑いながら鎌をくるりと回した。

 

「いいじゃないですか、無駄な命を奪わなくて済むんですから。それに、それがなかったらヒッポグリフは本当に処刑されてましたよ?」

 

「そうじゃな。ところで一つ気になることがあるんじゃがのう。」

 

 ダンブルドアは立ち止まると、私の方を向く。私はフードで目元を隠しながらも、ダンブルドアと向き合った。

 

「どうしてヒッポグリフをハリーたちに渡したんじゃ? あのヒッポグリフはレミリア・スカーレットに売られるものだと聞いておったんじゃが。」

 

 どうやら本当に全部お見通しらしい。そんなところまで知っているとは思わなった。まさか、私の正体がバレているという可能性はないだろうな。個人的にはそれが一番困るのだが。私はフードを取ると、満面の笑みを浮かべた。

 

「言ったじゃないですか、私。無駄な命を奪わなくて済むって。あの館に送られた魔法生物は一週間と経たないうちに衰弱死すると言われてますから。だから私は処刑人として潜り込んでヒッポグリフを助けたんです。」

 

「君は一体どこの所属じゃ?」

 

「殺す者がいるのなら、救う者がいてもおかしくないですよね? ようはそういう組織の者ですよ。」

 

 私はフードを被りなおし、歩き始める。

 

「フードは被らん方がよい。優しい笑顔が台無しじゃぞ?」

 

 ダンブルドアは笑いながら私に話しかける。私はフードを被ったまま振り向き、笑顔で答えた。

 

「だから隠してるんですよ。ほら、こうやって死神みたいな服装で顔を隠していれば、極悪人にしか見えないでしょ?」

 

「そうじゃな。」

 

 私はダンブルドアと笑い合い、共にホグワーツ城を目指す。ふぅ、なんとか口八丁で乗り切ることができただろうか。取りあえずこれで私の任務は終了だ。私は城につくと一足先に帰る旨を伝え、ホグワーツを後にする。少し眠たいが、帰ったらまず洗濯物を取り込まなければならないだろう。そのあと夕食の準備をして……いや、その前に着替えか。私は溜まった仕事に大きなため息をつくと、ホグズミードへの帰路についた。

 

 

 

 

 

「……なんとかなったわね。」

 

 私は図書館の机に映る光景を見ながら小さくため息をついた。パチェもやれやれといった顔でそれを見ている。

 

「なんにしても、いきなり計画を変更しないで欲しいわ。離れたところに数ミリの誤差なく物を届けるのって普通に難しいのよ?」

 

 パチェが私に文句を言ってくるが、今回ばかりは甘んじて受け入れる。美鈴がヒッポグリフを連れてハリーと接触した時、不意にブラックがヒッポグリフに乗ってホグワーツ城から飛び立つ光景が見えたのだ。だが、よくよく考えたらそれは当たり前のことと言えるだろう。

 

「あの場にハリーとハーマイオニーが二人いたでしょう? きっと逆転時計か何かで未来から戻ってきたんでしょうね。過去を変えるために。そして私が見たヒッポグリフに乗ったブラック。もしこの予言が正しいとしたら、二人はブラックにヒッポグリフを渡したということになる。そしてホグワーツ城からブラックが飛び立つということは、ブラックは一度捕まったということ。全部足すと?」

 

 私の質問に、パチェは面倒くさそうに答えた。

 

「ハリーたちはブラックと接触し、無実であるということを知る。その後ブラックは捕まり、城に監禁。ブラックを助けるために、ハリーたちは過去へと戻った。ヒッポグリフを美鈴から受け取ったハリーたちはブラックに再度接触。ブラックを助け出しヒッポグリフを与え、逃がした。こんなところかしら?」

 

「まあ、まだ起こってないけどね。私が見た時は夜だったし、それまでにひと悶着あるということでしょう。ブラックが関わっているとしたら必然的に咲夜も関わっていることだろうし、報告は咲夜が帰ってきてからゆっくり聞くわ。取りあえず、もう眠いし。少し仮眠を取るわね。」

 

 私は大きく欠伸するとパチェに手を振り大図書館を後にした。




美鈴がヒッポグリフを引き取りに行く

トレローニーが予言する(ペティグリューに関して)

レミリアが運命を感じ取り、ヒッポグリフをハリーに与える

第一次叫びの屋敷大戦(ブラック、咲夜VSハリー、ロン、ハーマイオニー)

おいたん、ハリーに嫌われかけて本気でへこむ

誤解が解ける

ルーピンオオカミになる。おいたん頑張る

スネイプと咲夜の間に暗黙の了解が生まれる

吸魂鬼によって気絶したブラック御一行をスネイプと咲夜が捕える

ファッジに事情説明「そうなんです大臣」

美鈴から受け取ったヒッポグリフを使い時を掛けるハリーがブラックを助ける

大体ここ


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アルバニアやら、宿屋やら、チケットやら

――――――ッ!!!
自分は全く悪くないのに理不尽に謝らないといけなくなることってありますよね。社会の辛さを噛みしめる今日この頃です。辛いので寝ます。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1994年、七月。今日は咲夜がホグワーツから帰ってくる日だ。あれからブラックが捕まったという報道は無いので、私の見た通りに、ブラックは逃走したのだろう。私は咲夜の帰ってくる時間に合わせてかなり早めに起きると、服を着替える。多分そろそろ図書館に着いた頃だろう。美鈴が迎えに行っているはずなので、皆が大図書館に揃うことになる。良い機会なので少し今後の計画について話しておいた方がいいだろう。

 階段を下り、廊下を曲がり、大図書館の中に入る。どうやら私の見立て通り既に咲夜は帰ってきたようで、今は新入りのクィレルと話をしているところだった。

 

「だが、ヴォルデモート卿が居なくなった今、それは必要ない。吸血鬼に仕える身でありながらニンニクの匂いを振りまくなんて滑稽もいいところだ。」

 

「まあ嫌いなだけであって弱点ではないのだけどね。」

 

 私はクィレルの言葉に軽く反論すると、咲夜の方に向き直る。

 

「ただいま戻りました。お嬢様。」

 

 咲夜は私に向かって丁寧にお辞儀をした。少し背が伸びただろうか。全体的にしっかりとした顔立ちになってきているような気がする。

 

「ええ、早速井戸端会議をしましょう! パチェ、黒板。」

 

 私はパチェに黒板を出させると、その前にある椅子に座る。パチェは面倒くさそうに黒板の前に立った。

 

「さて、まずは報告を聞こうかしら。咲夜、シリウス・ブラックはどうなった?」

 

 咲夜はホグワーツで起こったことを説明し始める。どうやら私が見た通り、ブラックはヒッポグリフによって逃亡したらしい。咲夜の話を聞く限りでは、あの後結構な騒動があったようだ。

 

「このことを知っているのは誰と誰?」

 

「何人かの生徒とダンブルドア先生は信じています。ファッジ大臣などの耳にも入ったようですが、生徒のたわごとだと思われているでしょう。」

 

「咲夜とブラックの関係は?」

 

「良好なものだと自負しております。ダンブルドア先生と一時期敵対するような関係になりましたが、最終的には和解を。」

 

「なるほどね……。」

 

 咲夜の話を簡単にまとめると、ハリーたちはブラックが無罪であるということを知り、ロンのネズミが本当の裏切者のペティグリューだったということを知る。その後なんやかんやあってブラックは捕まったが、逆転時計で過去に戻ったハリーたちに助け出されたと。私の予想通りじゃないか。

 今度はクィレルに質問を飛ばす。

 

「クィレル、今現在ヴォルデモート卿が何処にいるかわかるかしら?」

 

 アルバニアの森にいる可能性が高いが、あくまで可能性が高いだけだ。

 

「別れてから二年経っているので、何とも……。ですがヴォルデモート卿は自らにゆかりのある土地にいると思われる。」

 

「それは何故?」

 

 私がクィレルに聞き返すと、クィレルの代わりにリドルがその質問に答えた。

 

「ああ、僕ならそうするだろう。大人になりさらに誇り高くなった僕なら尚更だ。」

 

「ふむ……。」

 

 私はパチェが黒板にまとめた情報を見ながら、今後の策を考える。と言っても、この分なら大きく修正を加える必要もないだろう。

 

「よし。咲夜はダンブルドアにつきなさい。クィレルはヴォルデモートね。パチェとリドルは引き続き紅魔館。美鈴は知らないわ。」

 

 軽く冗談を飛ばすと、美鈴が私に泣きついてくる。私は美鈴の頭を叩いて、無理やり引きはがした。

 

「冗談よ。貴方がいなくなると紅茶を淹れる使用人がいなくなるでしょ?」

 

 さて、咲夜に今後の方針を伝えたところで、今日のところは解散にしよう。

 

「クィレルはこれからヴォルデモート卿の追跡と元死喰い人への接触。咲夜は私の指示ではなく、自分の意思でダンブルドア側についているという意思表示をしておきなさい。以上解散!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいお嬢様。話が飛躍しすぎていてついて行けません。」

 

 私が踵を返し大図書館を去ろうとすると、咲夜に呼び止められる。咲夜がこのようなことを言うとは珍しい。確かに少し説明を省いたが、そこまで飛躍していただろうか。

 

「そうね、今まで通りハリー・ポッターやダンブルドアと仲良しこよししてればいいのよ。初めは三重スパイとして両陣営を駆けまわってもらう予定だったけど、クィレルがいればその必要もないわ。クィレルが死喰い人に戻って向こうの情報をこっちに入れてくれるみたいだし。」

 

「お嬢様は一体何をしようとしているのですか? それによって今後の私の判断も変わってくるものかと……。」

 

 お、ついに咲夜のほうからこの質問が来たか。今まで意図的に伝えていなかったが……。さて、どう伝えたものだろうか。取りあえず、言葉巧みに言い包めることにした。

 

「そうね。一つ言えることは魔力が必要なの。とてつもなく大きなね。後は生贄。これも大量にいるわ。……あと、行動しにくいなら助言をあげる。」

 

 私は咲夜に一歩近づく。

 

「こっちの利益や不利益を考えずに自由にやりなさい。基本的には死喰い人は敵だと判断してダンブルドアの味方をしていればいいわ。今重要なのは、ヴォルデモートを復活させることと、ダンブルドアとヴォルデモートの陣営が衝突すること。」

 

 咲夜は私の言葉を聞いて、少し考え込む。そして結論に辿り着いたのかぽつりと呟いた。

 

「お嬢様は戦争を望まれているということでしょうか。」

 

 惜しい。私が目指すはその先だ。戦争は、あくまでそこに至るための過程でしかない。

 

「結果が大事だけど、過程も楽しまなくちゃね。生きた駒でチェスができるのですもの。」

 

 私はケタケタと笑いながら大図書館を後にした。まあ、精々混乱するといいだろう。咲夜には自分の力で考えて行動してもらいたい。咲夜に足りないのは経験値だ。この経験で咲夜がまた一つ成長できたらと、期待をしておこう。逆に言えば、クィレルにはしつこいぐらい指示を出す予定だ。ヴォルデモートを復活させるというのは並の人間に出来ることではない。紅魔館の粋を集めて情報操作と隠蔽に取り組まなくては。

 

「これから忙しくなりそうね。まず手を付けるべきはクィレルのほうからかしら。今頃パチェが全力でヴォルデモートの行方を追っているでしょうし。見つけたらそのままクィレルを送り込むでしょうね。」

 

 私は書斎に戻ると、新品の羊皮紙を一枚取り出す。

 

「そういえば、咲夜はペティグリューを逃がしたと言っていたわね。あれはどうなるかしら。そのまま行方をくらませるか、それとも……なんにしても、何か起こりそうだわ。」

 

 羊皮紙に今後の計画を書き記す。それを机の上に置いて眺めると、大きく伸びをした。

 

 

 

 

 

 

 咲夜が帰ってきた次の日の晩。パチェから連絡があった。どうやらヴォルデモートの所在が掴めたらしい。ヴォルデモートは今のところアルバニアの森に一人で潜伏しているということだった。

 

「了解。今そちらに向かうわ。」

 

 私は書斎を出て大図書館に移動する。そこには準備を進めているパチェ、リドル、クィレルの三人の姿があった。図書館の床には大きな魔法陣が一つ。多分クィレルをアルバニアまで飛ばすためのものだろう。アルバニアまで二千キロほどの距離がある。普通に姿現しするには少し遠い距離だ。

 

「さて、おさらいしておくわよ。クィレル、貴方はヴォルデモートに見捨てられたあと自分のふがいなさに失望し、必死で魔法の修行をした。そして、自分でも満足のいく魔法の腕を身に着けることが出来た為、ヴォルデモートの元に戻ってきた。」

 

「心得ております。」

 

 このような設定なら、すんなりヴォルデモートの元に戻ることが出来るだろう。

 

「ヴォルデモートと接触したらアルバニアを離れてイギリスを目指しなさい。」

 

「イギリスにリドル家の館がある。僕の父が住んでいたところだ。多分僕ならそこに潜伏するだろう。」

 

「畏まりました。」

 

 クィレルは私とリドルに恭しく一礼すると、魔法陣の真ん中に立つ。

 

「じゃあ飛ばすわね。ヴォルデモートに感知されたくないからこれから先私たちの接触はほぼ無いと思いなさい。」

 

 パチェは魔法陣に手をかざし、魔力を込め始める。次の瞬間クィレルの姿が消えた。どうやら無事転送できたようだ。

 

「ふう、成功ね。多分イギリスに入る頃には連絡が来ると思うわ。」

 

 パチェはストンと椅子に座る。私もその向かい側に腰掛けた。

 

「クィレルをどの辺に飛ばしたの? 流石にヴォルデモートの真ん前じゃないわよね?」

 

「アルバニアの首都のティラナよ。ヴォルデモートがいる森からかなり離れているけど、悟られないようにするには距離を取らないとね。多分順調にいけば明日には接触できるでしょう。」

 

「アルバニアと言えばつい最近政権が移って鎖国状態が解除されたけど、急速に民主化が進んでいるんだっけ。ヴォルデモートがアルバニアに渡ったのは鎖国状態の頃だったかしら。」

 

 アルバニアという国は結構滅茶苦茶な運命を背負っているが、ヴォルデモートは何故アルバニアに向かったのだろうか。何か思い入れがあるのか、それとも他国の干渉が少ない鎖国状態の国に逃げ込んだのか。

 

「そういえばクィレルが最初にヴォルデモートとアルバニアで出会ったとき、アルバニアはまだ鎖国状態じゃない。なんだかアルバニアって人気ね。魔法使いにとって、何か特別な場所だったりするの?」

 

「そんなことは無いと思うけど……。」

 

 まあ何にしても、ヴォルデモートがそこにいることはわかっているのだ。私は大きく伸びをすると魔法陣の片づけをしているリドルを観察した。

 

「あれもどうにかしないとねぇ。」

 

 私につられてパチェもリドルを見る。ヴォルデモートを殺すにはリドルを殺さないといけない。リドルを殺さないといけないということは咲夜の友達を殺さないといけないということだ。どうしようもなくなれば、殺すのもやむなしだが、出来れば生きたまま残しておきたいというのが本音だ。

 

「まあ、その方法は空いた時間にでもリドルに調べさせるわ。彼もまだ死にたくはないでしょうし。」

 

「取りあえず、クィレルから何か連絡があったら報告して頂戴な。私は書斎に戻るわね。」

 

 私は椅子から立ち上がるとパチェに手を振り大図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 アルバニア……なんというか懐かしいものだ。数年前にここに旅行に来た時に、私はヴォルデモートと出会った。そこから紆余曲折あり、お嬢様のもとに辿り着いたことを思うと、運命を感じざるを得ない。

 私は首都のティラナに降り立つと姿現しを用いてヴォルデモートが潜伏している森の近くの町へと移動する。今日はこの辺で宿を取り、明日捜索を開始しよう。私は街を少し歩くと、目についた宿屋に入った。受付で金を払い、二階へと上がる。そして借りた部屋に入ろうとしたその時、私は一人の女性と鉢合わせた。

 

「あ、あなたまさかクィリナス・クィレル? どうしてこんなところに……。」

 

 私は逃げられる前にその女性の腕を掴み、杖を突きつける。その女性には見覚えがあった。バーサ・ジョーキンズ。魔法省の職員だ。まさかこんなところに魔法省の職員がいるとは……。なんにしてもこいつの記憶は消さなければならないだろう。

 

「いや、どうせ記憶を消すなら、その前に可能な限り情報を引き出すか。手土産になるような情報があるかもしれないしな。」

 

「や、やめ……。」

 

 ジョーキンズに杖を突きつけたまま、貸し与えられた部屋に入る。そこにジョーキンズを投げ転がし、石化呪文を掛けた。

 

「ペトリフィカス・トタルス、石になれ。少しそこで大人しくしていろ。」

 

 私は部屋に防音呪文を掛け、周囲に音が漏れないようにする。あとは他に宿泊客がいないかだ。もしマグルがいるようなら今晩はゆっくりと眠ってもらおう。私は扉を一つずつ開け、中に誰もいないかを確認していく。そのうちの一つの部屋がジョーキンズのものだったらしく、大きな旅行鞄が置かれていた。旅行鞄は乱雑に開けられ、中に入っていたお菓子の袋にネズミが顔を突っ込んでいる。

 

「ん?」

 

 私の記憶にあるジョーキンズは決して几帳面な性格ではないが、流石に鞄を開ける時、ひっくり返すレベルで乱雑に開けるような者ではなかったはずだ。そしてお菓子の袋に頭を突っ込んでいるネズミ。ネズミは私の姿に気がついたのか、こちらを見て固まっていた。

 私はネズミにも石化呪文を掛け、尻尾をつまみ持ち上げる。まさかとは思ったが、このネズミ、指が一本欠けている。こんなところでこいつに会うとは思わなかった。

 

「おい、そのまま聞け。ピーター・ペティグリュー。私だ。クィリナス・クィレルだ。」

 

 私はペティグリューをつまみながらジョーキンズのいる部屋へと戻る。扉に複雑な施錠魔法を掛け、部屋を完全な密室にする。さらに姿現しが出来ないように部屋の周囲に魔法を掛け、念には念を入れ、ジョーキンズを備え付けの椅子に縛り付けた。最後にジョーキンズのローブから杖を抜き取り、地面に捨てる。

 

「さて、それじゃあ順番に話を聞こうか。と言ってもペティグリュー、お前はそこまで怯える必要はない。今石化を解こう。」

 

 ペティグリューに杖を向け、石化呪文を解除する。ペティグリューは動けるようになるとすぐさま人間の姿に戻りジョーキンズの杖を拾った。

 

「ま、まさかこんなところでお前に会うなんて……お、お前もあの人を探しに来たのか?」

 

「あ?」

 

「すみません、調子に乗りました。貴方もあの人を探しに来たのですか?」

 

 ペティグリューをひと睨みすると急に丁寧な口調になる。もともと気の弱い性格だとは聞いていたが、ここまでとは。

 

「ああそうだ。その途中でジョーキンズを見つけたのでな。今から尋問するところだ。私とお前の目的は同じなはずだな? だとしたら邪魔をするなよ。」

 

「し、しないですよ!」

 

 ペティグリューはびくびくしながら一歩後ろに下がる。私はジョーキンズの口の中に真実薬を垂らすと石化呪文を解除した。

 

「ジョーキンズ。お前に質問したいことが多々ある。正直に答えるんだ。」

 

「わかった。」

 

 ジョーキンズはぼんやりとした顔で答える。どうやら真実薬はちゃんと効いているようである。私はその後ジョーキンズに様々な質問をし、時には開心術なども用いてジョーキンズが持っている情報を隅々まで聞きつくした。朝まで尋問し続けた結果、かなり有益な情報を得ることに成功する。

 まず一つ目に、三大魔法学校対抗試合が百年ぶりに行われるということ。二つ目に今年アラスター・ムーディがホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の教師になるということ。そして三つ目に、バーテミウス・クラウチ・ジュニアがアズカバンから脱獄しており、今現在はクラウチ家に軟禁されているということ。

 最後の三つ目に関しては忘却呪文で忘れていたようだが、そこはパチュリー様の真実薬に助けられた。どうやら忘却呪文で忘れた記憶ですら鮮明に話させてしまうらしい。まったく末恐ろしいお人だ。

 

「さて、こんなものだろう。オブリビエイト、忘れよ。ステューピファイ、失神せよ。」

 

 ジョーキンズに忘却呪文を掛け、記憶を改ざんした後、失神呪文で眠らせる。次に目が覚める頃には今晩のこと全てを忘れているだろう。

 

「ペティグリュー、ジョーキンズの杖を元あった場所に戻しておけ。杖ならまた新しいものをやる。」

 

 ペティグリューは言われた通り杖をジョーキンズのローブの中に戻す。私はそれを見て、予備の杖をペティグリューに手渡した。

 

「夜が明けた。私はこの後あの人に接触するが、お前はどうする? 一緒に来るか?」

 

「えっと……うん。私も一緒に行きます。」

 

 思わぬところで仲間が増えたが、まあいいだろう。私は部屋に掛けた呪文を全て解除すると、ペティグリューの手首を掴む。そしてヴォルデモートが潜伏しているであろう森に姿現しした。

 

 

 

 

 

 

「紅茶が入りました。お嬢様。」

 

 クィレルを送り出してそろそろ一週間になるだろうか。無事に接触できていたらそろそろイギリスに入ってきてもいい頃である。私は何時もの紅茶の時間に、咲夜の淹れた紅茶を飲む。そろそろ、何か動きがないか確認したほうがいいだろう。

 そういえばマルフォイのところから手紙が届いていた。流石にクィレルと直接関係があるとは思えないが、まわりまわって関係してくるかも知れない。早めに確認しておいた方がいいだろう。私はポケットから手紙を取り出し、封蝋を破る。中には手紙と三枚の紙切れが入っていた。

どうやら紙切れのほうはクィディッチワールドカップのチケットのようである。私は折られた手紙を開いて読んだ。内容を簡潔にまとめると日頃の感謝を込めてささやかなプレゼントを贈る。まあそんなところだ。だがそれで紙切れを送ってこられても困るのだが。紅魔館にクィディッチに興味のある者はいない。

 

「咲夜、便箋。」

 

 次の瞬間、私の目の前にレターセットと万年筆が現れる。まあでも、せっかくの貰い物なので向こうに行く前に一度見に行ってみるものいいだろう。私は手紙に簡単なお礼と、ワールドカップを見に行くという旨を書く。そしてチケットの一枚を咲夜に手渡した。

 

「マルフォイのところからプレゼントが届いたわ。」

 

 咲夜は私からチケットを受け取ると、チケットの内容を読む。

 

「これは……クィディッチの試合のチケットですか?」

 

「そう、ブルガリア対アイルランドの。最上階貴賓席ですって。それも三枚。」

 

 咲夜はチケットを見ながらポカンとしている。やはり咲夜はクィディッチにはあまり興味がないようだ。

 

「せっかくの貰い物だし、行こうと思うんだけど、勿論ついてくるわよね。」

 

「勿論です、お嬢様。もう一枚のチケットはいかがいたしましょう?」

 

「美鈴に渡しなさい。多分そういうことよ。」

 

 美鈴を連れていくのは少し癪だが、他に誘う相手もいない。パチェは咲夜以上にクィディッチに興味がないだろうし、リドル……いや、クィディッチをやっていたという話は聞かない。資本家……論外だ。それに、美鈴はマルフォイ家と面識があったか。

 咲夜はチケットを裏返し、少し眉を顰める。その表情が気になって私も裏を見たが、そこには三日後にワールドカップが開催される旨が書かれていた。私は封蝋の刻印を見る。どうやらマルフォイが手紙を出したのは一週間も前のことらしい。

 

「多分フクロウが事故にあったのね。封蝋の刻印は一週間も前だし。」

 

 私は返事を書き終えると便箋の中に入れ、封蝋をする。その後、封筒に切手を貼る。身体の一部を分裂させ蝙蝠に変えると、手紙を足に掴ませ窓から外に飛ばした。

 

「近くのポスト何処だったかしら。」

 

「あ、普通に郵便で送るんですね。」

 

 まあ、別に郵便で送る意味はない。今回ばかりは只の気まぐれだった。

 

「美鈴みたいに捕まえて食べちゃう人がいるかも知れないでしょう?」

 

 私は適当な言い訳をすると、紅茶を飲み干す。

 

「さて、試合は三日後ね。マルフォイのところとは会場で会うだろうし……どうやって会場まで行きましょうか。」

 

 パチェに送迎を頼むのが一番早いだろうか。咲夜に時間を止めさせて飛んでいくのもありかも知れない。色々と方法を考えていると、咲夜がシンプルな指輪を手渡してきた。これはパチェの魔法具だったか。たしか姿現しを簡単に行えるようにするものである。

 

「パチュリー様の魔法具なのですけど、これで姿現しが出来るみたいです。」

 

「貴方、まだ姿現しできないのね。」

 

 咲夜のことだから既にパチェから習っているものだと思っていたが、そんなことはなかったようだ。

 

「できればホグワーツに行くまでには覚えておいた方がいいわ。あそこでは姿現し出来ないけど、便利ではあるからね。」

 

「畏まりました。それでは私は美鈴さんにクィディッチの試合の件をお伝えしてきますね。」

 

 咲夜は指輪を付けると、バチンという音と共にその場からいなくなる。私はマルフォイからの手紙を机の引き出しにしまうと、大きく伸びをした。

 

 

 

 

 

 

 リトル・ハングルトンに荒れ果てた洋館が一つある。その洋館には昔リドル家が住んでいた。そう、ヴォルデモートの父親の家系である。私たちは今その洋館を拠点にしていた。ペティグリューと合流したあの後、私たちは森の中でヴォルデモートに出会い、再び仲間にしてもらった。ヴォルデモート自身戻ってきた私たちを怪しんでいたようだが、背に腹は代えられないというやつだろう。

 私たちが簡単な処置をしたおかげでヴォルデモートは少し力を取り戻してきた。取りあえずの肉体として赤子のようなものに魂を定着させているが、それはその場しのぎに過ぎない。このままではとてもじゃないが復活したとは言えないだろう。

 そのためにも新しい体がいる。私はパチュリー様から教わった肉体の錬成の仕方を知っているのだが、ヴォルデモート自身が何か肉体を復活させる術を知っているようだったので、そちらを行うことになった。わざわざこちらからパチュリー様の知識を世に出すこともないだろう。使わないなら使わないでいいのである。

 ヴォルデモートが知っていた魔法はかなり古いもので、肉体の復活のために色々と準備物があるらしい。まず最初に下僕の肉。これはまあそこら辺にいるペティグリューの腕を切り落とせばいいだろう。次にヴォルデモートの父親の一部。これも墓を暴くことで簡単に手に入る。一番のネックは敵の血。つまりはハリー・ポッターの血液だ。ヴォルデモートの肉体を復活させるにあたり、ハリーの血液は絶対に必要な物らしい。

 だが、ハリーはダンブルドアが施した保護の魔法で厳重に守られている。私としてもパチュリー様の力を借りない限り接触することすら難しいだろう。だとしたらどうするか。力は弱っても頭の良さは変わらないらしく、ヴォルデモートは私が手土産に持ってきた情報を巧みに組み合わせてある作戦を計画した。

 計画を簡単に纏めるとこうだ。まずクラウチ家に軟禁されているクラウチジュニアに接触し、仲間に引き入れる。その後、クラウチをムーディに化けさせ、ホグワーツに潜入させる。そして、ハリーを無理やり三大魔法学校対抗試合に出させ、無理やり優勝させる。最後に、優勝杯をポートキーにしておき、ハリーをヴォルデモートの父が眠る墓まで飛ばしてくる。それがヴォルデモートが考えた計画だった。

 どこまでも穴だらけで、不確定要素の多い作戦だが、本当にこんな計画で大丈夫だろうか。馬鹿と天才は紙一重だとは言うが……。なんにしても、今の私はヴォルデモートの下僕。作戦に従うだけである。クィディッチワールドカップが終わると同時にクラウチに接触し、計画を始動させる。それまでは、静かに潜伏しておくのがいいだろう。

 私は偵察のためにワールドカップの会場に行くことになっているが、これは私が考えた言い訳に過ぎない。本当の目的は偵察などではなく、お嬢様に手紙を出すためだ。イギリスに入って早数日、まだ連絡をとることが出来ていない。この機会に一方的にはなってしまうが、現状を報告しておこう。

 今現在、この洋館には私の他に、ヴォルデモートとペティグリュー。それに大蛇のナギニ。さらにはバーサ・ジョーキンズがいる。ジョーキンズに関しては、一度は逃がしたが、ヴォルデモートの命令で再び捕まえ直したのだ。ヴォルデモートが言うには、忘却術は無理やり解くことが出来てしまう。もしジョーキンズが魔法省に戻った後に記憶が戻ったら、それだけで計画が破綻してしまうからだ。今現在はヴォルデモートの服従の呪文によって操られている。操られているが、そろそろこいつも邪魔になってきた。ここを離れる時には殺していくことになるだろう。

 




咲夜帰宅

クィレルと咲夜が再会

クィレル、アルバニアに飛ぶ

ジョーキンズにばったり会い、尋問。ついでにワームテール

レミリアのところにクィディッチのチケットが届く←今ここ


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観戦やら、観客やら、勝敗やら

圧倒的クィディッチ回。と言いつつクィディッチの描写が無いという。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 遅い。何というか、滅茶苦茶遅い。それとバランスが悪い。やばい、これはやばい。意味わからない。私の目の前には青い空と白い雲が広がっている。そして私の股の下には箒があった。私は今箒で空を飛んでいる。本当に意味が分からないし、欠伸が出るほど速度が出ない。いや、えっと……なんだこれ? なんだこれ!?

 

「ハッ……あぁ……なんだこれ。」

 

 どうやら夢だったようだ。なんにしても、本当に変な夢だった。相当へんてこりんで退屈な夢だったので、予知夢じゃないことを祈ろう。私は毛布から這い出ると床の上に落ちる。やばい、毛布が絡まって上手く立てない。毛布を引きちぎって無理やり立ち上がることも出来るが、それをすると咲夜に変な目で見られてしまう。

 

「うー、立てない。たてない!」

 

 立てない。うん、これは立てない。立てないなら仕方がないな。私が立ち上がるのを諦めた次の瞬間、部屋のドアがノックされた。

 

「お嬢様、起きてますか?」

 

 咲夜だ。私は自分でも引くほどの速度で絡まった毛布を解くとベッドの上に放り投げる。そして音も立てることなく部屋に置かれた椅子に座った。

 

「起きているわ。部屋に入ってもいいわよ。」

 

「失礼します。」

 

 咲夜は静かに扉を開けると、私に向かって一礼する。完璧にメイド服を着こなしているところを見ると、どうやら咲夜の準備は済んでいるようだ。私は咲夜に手伝ってもらって寝間着から外出用のドレスに着替える。ドレスを着てから、今日がクィディッチのワールドカップの開催日であることに気が付いた。

 

「準備が整いました。お嬢様、出発致しましょう。」

 

 咲夜は窓の外を確認し、太陽が既に沈んでいることを確認する。ワールドカップの試合時間が夜でよかった。咲夜がいれば昼でも日光を気にしなくてもいいが、それでも動きに制限が掛かる。やっぱり自由に動けたほうが気楽だ。

 

「ええ、まずはうちの門番を拾わないとね。咲夜。」

 

 私が合図をすると、咲夜が時間を止める。私は手元の机を何回か叩き、時間が止まっていることを確認すると窓を開けて外に飛び出した。どうやら既に美鈴は準備を終えていたらしく、資本家から貰ったスーツを着ていた。

 

「マヌケ面して固まっているわね。顔に落書きでもしてやろうかしら。」

 

 私が油性マジックを取り出す前に咲夜が美鈴の時間を動かしてしまう。美鈴は周囲を軽く確認したあと、咲夜の方を向いた。

 

「お、じゃあ行きますか。咲夜ちゃんはいつも通りのメイド服なんだね。おぜうさまは……ノーコメントで。」

 

「なんでよ。貴方だって何よその恰好。マグルの街に行くわけじゃないのよ?」

 

「ほら、折角の貰い物だし着ないと勿体ないじゃないですか。」

 

 いや、その理屈はおかしい。それは貧乏人の発想だ。損得の関係ないところで損得勘定をする者を、世間では馬鹿という。

 

「ではお嬢様、右手にお掴まりください。美鈴さんは左手に。」

 

「やった! 咲夜ちゃんと手を繋いで歩けるなんて!」

 

「飛ぶのよ。空間を。」

 

 私は咲夜の右手を左手で掴む。美鈴は飛びつくように咲夜の左手を腕ごと抱いた。次の瞬間、無理やりパイプの中に詰め込まれるような感覚が全身を襲う。この感覚さえなければ、私も姿現しを習おうと思うのだが……地球の裏側まで本気を出せば三秒で行ける私からしたら不便なだけだ。

 まあ、流石にそんな速度を出すと衝撃波で地殻が剥がれ、溶岩が噴き出し、一瞬のうちに大気が無くなる。勿論私も只では済まない。空気抵抗で手足が千切れ飛び、髪の毛が霧散し、全裸で肉ダルマになりながら地球の重力圏を脱し、そのまま宇宙の彼方まで永遠と旅行することになるだろう。いや、永遠はないか。地球から離れた瞬間、地球の影に隠れていた太陽が顔を出しそのまま消滅するだろう。

 そんなことを考えていたら地面に足が付く。目の前に森が広がっているが、会場は何処だろうか。周囲を見回すと、後ろに大きな建造物があった。

 

「相当大きな競技場ね。何処から入るのかしら。」

 

「上から入った方がわかりやすいですよ! 多分屋根はついていないタイプの競技場です。」

 

 美鈴が我先にと飛び上がる。そして壁の上まで行くと、両手で大きな丸を作った。どうやら上から入れるようだ。

 

「行くわよ咲夜。」

 

 私は羽を羽ばたかせると一気に壁の上まで上昇する。そこには溢れんばかりの人間がいた。というか、魔法使いってこんなにいたのか。ここにいる人間を全て殺せば魔法使いが絶滅するんじゃないかと思うレベルである。

 

「おお……。」

 

 咲夜が感嘆の声をあげていた。そういえば咲夜をこのようなスポーツの大会に連れてきたことはなかったか。ここまで人が集まった場所を見るのは初めてなのだろう。

 

「思った以上にでかいっすね。で、私たちの席は何処です?」

 

 美鈴が壁の上に立ちキョロキョロと周囲を見渡す。私も客席を一通り見回した。誘ってきたということは、ルシウスらも来ているということだろう。何処だか分からない貴賓席を探すよりも顔を知っているマルフォイ一家を探す方が楽だ。私は向かい側の見やすそうな席に座っているルシウスを発見した。

 

「美鈴、咲夜。多分あそこよ。マルフォイ家を見つけたわ。」

 

「ああ、前に会った青白い魔法使いの親子ですね。今回チケットをくれたのはあの家族ですよね。マルフォイ家っていうんですか?」

 

 何をすっとぼけているんだこの門番は。今年も一回会ってるはずである。もし忘れているのだとしたら相当な阿呆だ。こういうのは突っ込んだら負けなのだろう。私はルシウスのいる席まで飛ぶ。貴賓席はなんというか、私が知っている人物ばかりだった。まず目につくのが魔法大臣のファッジにブルガリアの魔法大臣、魔法省のルード・バグマン。さらにはウィーズリー家にマルフォイ家がわらわらといった感じだ。見かけない屋敷しもべ妖精もいるがまあ無視しよう。私は空いている席に腰かける。美鈴と咲夜は私を挟み込むように両隣に座った。

 

「え~……咲夜ちゃんそこは私の隣に座ろうよ……。」

 

「両端を固めるのは基本でしょうに。私を一番端にしてどうするのよ。」

 

 冗談とはわかっているが、もし咲夜が美鈴の隣に座るとなると、私、美鈴、咲夜の順で座ることになる。そしたら私の横に咲夜が来ないじゃないか。

 

「時間停止を解除しますが、よろしいでしょうか。」

 

 馬鹿なことを考えていると、横にいる咲夜が確認を取ってくる。私は軽く周囲を見回し、大丈夫なことを確認した。

 

「ええ、大丈夫よ。試合はすぐに始まるんでしょう?」

 

 私がそう言うと、咲夜は懐中時計で時間を確認する。私や美鈴が持っている普通の時計は、時間を止めた時にズレが生じ、正確な時間を示さなくなるが、咲夜の懐中時計は別だ。咲夜の能力に合わせて針の進む速度が緩急する懐中時計で、時間を止めた場合、時計の針も止まる。

 

「はい、あと数分で始まると思われます。」

 

 咲夜は懐中時計を左ポケットに仕舞い直すと時間停止を解除した。次の瞬間、固まっていた観客が一斉に動き出し、会場内が歓声で満ちる。

 

「凄い盛り上がりね。」

 

 これは来た甲斐があったかもしれない。私が観客を観察していると、魔法大臣のファッジがこちらに近づいてきた。だが、ファッジは私と面識はないはずである。取りあえず挨拶しに来たのかと思ったら、どうやらそうではないらしい。ファッジ大臣は私の横にいる咲夜に話しかけた。

 

「やあやあ、十六夜君。暫くぶりだね。ええっと……お隣のレディー達は何方かな?」

 

「私がお仕えしているレミリア・スカーレットお嬢様です。そしてその隣にいるのが――」

 

「お初にお目に掛かります、コーネリウス・ファッジ閣下。わたくし、紅美鈴と申します。お嬢様に仕える使用人の一人です。」

 

 美鈴は立ち上がると、ファッジに対して恭しく礼をする。普段からこれぐらい真面目に出来ないのだろうか。

 

「いやはや、硬くならなくて結構。私はコーネリウス・ファッジ。魔法省の大臣をしている。」

 

 ファッジは私に向き直ると右手を差し出してくる。私は席を立ち、手を握り返した。

 

「レミリア・スカーレットよ。娯楽の場なんだし、無礼講は基本よね?」

 

「ああ、その通りだとも。今日は楽しんでいってくれ。」

 

 ファッジはにっこりと微笑むとブルガリアの大臣の隣へと戻っていく。入れ替わるようにルシウスが私のほうへと近づいてきた。

 

「ルシウス、今日はチケットをありがとう。楽しませてもらうわ。」

 

「なに、息子のドラコが学校でスカーレット嬢の使用人に世話になっていると聞いたもので。ほんの気持ちですよ。」

 

「気前のいい男は好きよ。私。」

 

 私はルシウスと軽く握手を交わす。その後、ルシウスは咲夜の方を向いた。

 

「ミス・十六夜。学校ではドラコが世話になっているな。よかったらこれからも良くしてやってくれ。」

 

 咲夜はいかにもな作り笑いでルシウスに微笑む。

 

「はい、こちらこそよろしくお願い致します。」

 

 ルシウスは今度は美鈴の方へと向いた。

 

「君は……あの時のチャイナ服のレディーだね。」

 

 それを聞いて私は吹き出しそうになる。まさかこっちも忘れているとは思わなかった。だから今年の春に会ってるだろうに。

 

「今日は随分と雰囲気が違うな。それとも、これが何時もの君なのかな?」

 

「今日はお嬢様のお付きとして来ていますので。いつもはチャイナ服ですよ。」

 

 私たち全員と挨拶を交わすとルシウスは席へと戻っていく。入れ替わるように、今度はアーサーとハリー、ロン、ハーマイオニーの三人組がこちらへと近づいてきた。どうやらハリーたちから話を聞いているらしく、アーサーは真っ先に私に対し挨拶をしてくる。

 

「お初にお目に掛かります。レミリア・スカーレット嬢。私はアーサー・ウィーズリー。魔法省マグル製品不正使用取締局の局長です。」

 

 いや、そんな肩書き語られても。まあこいつのことはよく知っている。こんなナリと貧相な顔だが、これでもそこそこの実力者だ。元不死鳥の騎士団員でもある。

 

「ご丁寧にどうも。レミリア・スカーレットよ。知っていると思うけど、こっちのが咲夜でこっちのが美鈴。よろしくね。」

 

 私は差し出された手をがっちりと握る。堅苦しい挨拶は終わったと判断したのか、ハリーが咲夜に話しかけた。

 

「咲夜、久しぶり。夏休みはどう?」

 

「ええ、充実しているわ。他のみんなは?」

 

 私はそっと隣に座る咲夜の肩に手を置いた。咲夜は一旦会話を切り、こちらに振り向く。

 

「ハリーたちの近くの席に行っていいわよ、咲夜。今日は美鈴もいるしね。」

 

「ですがお嬢様……私は今日お嬢様のお付きとして――」

 

 別に私は親切心でこのような提案をしているわけではない。咲夜とウィーズリー家の親交を深めるために言っているのだ。私は咲夜の身体を少し引き寄せると、耳元で小さく囁く。

 

「不死鳥の騎士団。」

 

 咲夜は隣の馬鹿と違って頭がいい。この一言で私の言いたいことを察したのか、席から立ち上がった。

 

「わかりました。では私は向こうの席でハリーたちと観戦したいと思います。」

 

 私は咲夜の言葉に軽く頷くと、美鈴の肩に手を置いて立ち上がる。

 

「美鈴、マルフォイの近くの席に移動するわよ。」

 

「分かりました。」

 

 咲夜がハリーたちのほうに行くなら、バランスを考えて私たちはルシウスのところに行ったほうがいいだろう。一応チケットを貰った仲だ。社交辞令として、これぐらいはしておかないと。私は美鈴を連れ立って貴賓席を歩く。その途中で違和感を覚えた。

 

「美鈴、感じる?」

 

 私は移動中に小声で美鈴に話しかける。美鈴は小さく頷いた。

 

「屋敷しもべ妖精の隣、何か居ます。」

 

 どうやら、違和感の正体を既に掴んでいるようだった。こういう気配を読むことに関しては、私より美鈴のほうが優れていると言えるだろう。私は不自然にならないように一瞬だけ屋敷しもべ妖精のいる方向を見る。うん、何かがいるのは確実だろう。透明マントを被っているのだろうか。姿を視認することは出来ない。

 

「警戒を怠るな。」

 

「御意。」

 

 私は美鈴に軽く注意を促すと、ルシウスの近くの席へと座った。咲夜は咲夜で盛り上がっているみたいだし、こちらはこちらの話題で盛り上がろう。

 

「そういえば長く生きてはいるけど、クィディッチの試合を見に来るのは初めてね。ルシウスはこういうの好きなの?」

 

「いえ、私もそこまで詳しいわけでは。息子が好きなんだ。これでもホグワーツでスリザリン寮チームのシーカーを務めている。」

 

 そう言ってルシウスはドラコの肩を叩く。

 

「シーカーっていうのはどういうポジションだったかしら。」

 

 私が聞くと、ドラコが懇切丁寧にクィディッチのルールを説明し始める。まあ試合が始まるまでの時間潰しにはなるだろう。私はドラコの説明を話半分に聞きつつ屋敷しもべ妖精の隣にいる人物の正体を探る。取りあえず、私の知り合いではないことは確かだろう。

 

「ルシウス、あの屋敷しもべ妖精だけど……。」

 

 あの屋敷しもべ妖精について何か知っているかもと思い、ルシウスにそれとなく聞いてみる。ルシウスは屋敷しもべ妖精をチラリと見ると、ああ、と声を漏らした。

 

「あれはクラウチのところの屋敷しもべ妖精ですよ。様子を見る限りでは、席を取っているようですが。」

 

「クラウチ? バーテミウス・クラウチ? 魔法法執行部の部長だったかしら。」

 

「いえ、今は国際魔法協力部の部長です。」

 

 ああ、そういえばそうだった。クラウチはヴォルデモートが全盛期だった頃に少し強引なやり方で死喰い人に対抗した魔法省役員だ。強引なというのは、十分な証拠もなく疑わしき者は容赦なくアズカバンに放り込むというものである。また、闇祓いに死喰い人を殺害する権利を与えるといったこともしている。強引なところに目を瞑れば優秀な部長だったのだが、息子のバーテミウス・クラウチ・ジュニアが死喰い人として逮捕されたことが原因で失脚し、今の地位に落ちたそうな。

 まあ今大切なのはクラウチの素性ではない。あそこに座っている人物が誰かということである。普通に考えて、まっとうな人物でないことは確かだろう。まずクラウチ本人である可能性は無い。クラウチ自身あまりふざけるような性格ではないというのもあるが、ここで姿を隠す必要はない。姿を隠す必要があるもの……クラウチ・ジュニア? いや、その可能性はないと言えるだろう。クラウチ・ジュニアはアズカバンで獄死している。流石に死人がここにいるというのは考え過ぎだろう。だとしたら本当に誰だ?

 

「お、始まるみたいですよ。」

 

 美鈴に声を掛けられて我に返る。まあクラウチの知人なのだとしたらそこまで変な奴ではないだろう。目の前ではいつの間にか来ていたバグマンが魔法大臣に許可を取っている。

 

「ルード、君さえよければいつでもいい。」

 

 バグマンは自分の喉に拡声呪文を掛けると、席から身を乗り出した。

 

「レディース&ジェントルメン……ようこそ! 第四二二回クィディッチワールドカップ決勝戦に!」

 

 簡単な前置きの後、バグマンの紹介でブルガリアチームのマスコットが出てくる。ブルガリアのマスコットはヴィーラだった。ヴィーラとは亜人の一種で、綺麗な女性の容姿をしている魔法生物だ。ヴィーラが登場した瞬間に観客席にいる男性の目の色が変わった。ヴィーラは容姿の他に、吸血鬼の使うような魅了の力を常に発してる。それ故に男性は未婚既婚関係なくヴィーラに惹かれるのだ。

 

「なんというか、ヴィーラよりも観客席の方が面白いことになっているわよ。」

 

 皆が少しでもヴィーラの気を惹こうと様々な方法で目立とうとしている。マッスルポーズを取るもの、髪を撫でつける者、観客席から飛び降りる者。

 

「そうですか? ヴィーラってだけで目を引いてますが、普通にダンスのレベル高いですよ?」

 

 美鈴は手を叩いてヴィーラの踊りに歓声を送っている。会場にいる女性陣で、純粋にヴィーラの踊りを楽しんでいるのは美鈴だけかもしれない。確実にこいつが一番楽しんでいるという確証があった。

 ヴィーラが引っ込むと今度はアイルランドチームのマスコットが出てくる。アイルランドのマスコットはレプラコーンだった。レプラコーンはアイルランドのチームカラーのランプを持ちながら遊覧飛行し、最終的に金貨の雨を降らす。これ頭に当たると普通に痛いと思うのだが……。私に金貨が到達する前に、咲夜が日傘を持って私の横に現れた。まったく出来るメイドである。

 

「あら、傘が壊れそうな勢いね。」

 

 美鈴は地面に落ちている金貨を一枚手に取ると、匂いを嗅いだ。

 

「なんだ。チョコじゃないのか。」

 

 確かにお菓子の中には金貨の見た目をしたチョコなどもあるが、流石に食品を降らすことはしないだろう。この金貨だって偽物だ。つまりアイルランドチームは使えもしない金属片を大量に会場内に降らせたということである。なんて度し難い。このような場じゃなかったら皆殺しにしているところだ。

 まあでも、見世物としては面白い。観客席にいる愚かな人間たちは、少しでも金貨を集めようと必死になって地面に這いつくばっていた。人間は地を這うことしか能のない生き物とはよく言うが、魔法で空が飛べる魔法使いも例外ではないようだ。

 

「人間って愚かね。目先の欲に囚われて。」

 

 金貨の雨が止むと咲夜はハリーたちの方へと戻っていく。マスコットの紹介が終わると、次はチームメンバーの紹介だ。バグマンの実況のもと、次々に選手が競技場の中に入ってくる。選手一人ひとりに歓声が送られるが、その中でも一際喝采を浴びている選手がいる。ビクトール・クラムという選手だ。ブルガリアのシーカーで、ドラコが言うには世界で一番と言われているクィディッチ選手らしい。確かに他の選手と比べると動きに切れがあるし、反射神経もいい。

 競技場に選手が集まると審判のような男が木箱と箒を持って競技場の中心に出てくる。審判は箱の中からブラッジャーと呼ばれる鉄の暴れ玉を二つ空に放ち、金色に光るスニッチを解放した。スニッチは蠅が止まりそうな速度で競技場内を移動している。……え? あれを捕まえたら百五十点も入るの?

 最後に審判が取り出したのがクアッフルと呼ばれる革づくりのボールだ。選手はアレをゴールポストに入れることで点を取りあうらしい。

 

「それでは……試あぁああい! 開始ッ!!」

 

 バグマンの掛け声と共にクアッフルが投げられ、試合が始まった。各チームのチェイサーがクアッフルを取り合いながら競技場内を縦横無尽に飛び回る。シーカーはスニッチを探してキョロキョロとしていたが、あんな目立つ遅いものを見つけられないとは余程の近眼なんだろう。スニッチが芝生色で、地面スレスレをゆっくり移動しているなら見つけにくいかも知れない。だが、スニッチは金色で、かなり目立つ飛び方をしている。

 

「美鈴は追えてるわよね?」

 

「スニッチですか? アイルランドのゴールポスト付近に居ますよね?」

 

 やっぱり見えているのが普通だ。もしかしたら両チームのシーカーもスニッチを見つけているかも知れない。見つけた上で無視しているのだ。試合を見にこれだけの人間が集まったのである。数秒で終わらせてしまっては興ざめもいいとこだ。そう思うとシーカーという役職は気苦労も多いだろう。花形でエースポジションではあるが、私はごめんだ。私がやるとしたらビーターが面白そうである。

 試合はアイルランドが優位に進み、既に百点以上の差がついている。どうやらアイルランドはチェイサーが強いチームらしい。ここまで一方的な試合運びになると、これはこれで面白くなってくる。私としてはやはり地元チームであるアイルランドを応援したいところだ。だが、まだ油断はできない。スニッチを捕まえたら百五十点入るのだ。つまり今の点差では一発逆転の可能性が十分あるということである。

 この点差になってもスニッチを取らないあたりを見るに、もしかしたらクラムは本当にスニッチを発見できていないのかも知れない。結局クラムがスニッチを取ったのはアイルランドに百六十点差を付けられた後だった。スニッチは取ったが、ブルガリアの負けである。ドラコが言うにはこのような決着の付き方は非常に珍しいらしい。いやでもこのような決着が珍しいのなら、チェイサーやクアッフル、キーパーなんて要らないと思うのだが。初めから全員でスニッチを探せばいいのに。まあそれも野暮というものだろう。

 

「今日は楽しかったわ。ありがとう。」

 

 私は席から立つとルシウスに微笑む。ルシウスも立ち上がり、私に軽く礼をした。

 

「いえいえ、こちらこそ。本日はお忙しい中誘いを受けて頂きありがとうございます。今日はもう帰られるので?」

 

「ええ、試合は終わったし。どちらのチームを応援していたというわけでもないから、表彰式に盛り上がることも出来ないしね。」

 

「そうですか。では道中お気をつけて。また手紙を送ります。ここでは話せない話もありますので。」

 

 ルシウスはそう言ってチラリと魔法大臣を見る。魔法省役員の前では出来ない話ということだろう。ルシウスは自分の体を壁にしながら、私に一通の手紙を差し出した。

 

「あら、それは楽しみね。」

 

 私は手紙を受け取るとポケットに仕舞う。ルシウスに手を振ってから咲夜と合流し、貴賓席を後にした。

 

「咲夜。」

 

 建物の死角に入ったところで咲夜に合図を送る。

 

「御意。」

 

 咲夜は私の意図を汲み取り、時間を停止させた。

 

「いやぁ、結構激しいスポーツなんですね。」

 

 美鈴があちこちキョロキョロとしながらそんなことを呟く。

 

「と言ってもあの速度だけどね。そこまで速いというわけでもないでしょうに。」

 

 地球が私の速さだとするとクィディッチの速度なんて角砂糖ぐらいだ。私は親指と人差し指でその大きさを表した。

 

「さて、マルフォイのところから面白い情報を仕入れたわ。咲夜、紅魔館に戻るわよ。」

 

 私は咲夜に右手を差し出す。それを見て美鈴も咲夜に右手を差し出した。咲夜は差し出された手を握ると指輪に魔力を込めていく。次の瞬間、私たちは紅魔館の私の部屋に姿現しした。

 

「んー。やっぱ便利ですね。これ。」

 

 美鈴は部屋の窓を開けると、庭の方に飛び降りる。私は軽く伸びをすると部屋着へと着替えた。さて、取りあえずルシウスが如何にもな感じで私に渡してきた手紙を読もう。私は机に座ると咲夜に声を掛ける。

 

「今日はもう仕事に戻っていいわよ。館にまともに家事の指揮が執れる者がいなかったわけだし、仕事が溜まっているでしょう?」

 

 私は便箋から手紙を取り出し、机の上に広げる。咲夜は私に一礼すると、部屋を出ていった。

 

「えっと何々……三大魔法学校対抗試合……へぇ、暫くやってなかったけど、今年行うんだ。でもあれ確か危ないから中止になった大会だったような。安全対策とかいろいろ大変そうね。」

 

 三大魔法学校対抗試合とは、イギリスの魔法学校ホグワーツ、ブルガリアのダームストラング、フランスの魔法学校ボーバトンの三校がそれぞれ代表を出し、様々な競技で競わせて優勝者を決めるという交流試合である。

 

「パチェはこのこと知っていたのかしら。まあ知ってるはずよね。魔法省の動きは常に監視しているはずだし。」

 

 まあ私の計画とは関係ないと思ったのだろう。だが、これはある意味チャンスだ。咲夜がこの大会で優勝すれば、とても目立つ。ダンブルドアに有能アピールも出来るだろう。それに咲夜なら学生同士で争う大会で負けるはずがない。まあ、私の咲夜は優秀だし? 可愛いし。この件に関しては私やパチェから手出しはしないでおこう。咲夜の素の実力を試してみたいというのもある。

 

「さて……ん? ふくろうだ。」

 

 私は窓の外でジタバタしている梟を見つける。窓を開け中に入れてやると梟は机の上に手紙を落とし、全速力で窓から飛び出していった。そんなにここにいるのが嫌か。まあフランの狂気を我慢してよくここまで来たというべきか。私は手紙を裏返し差出人を確認する。どうやらクィレルからの手紙のようだ。そろそろイギリスに入ってきている頃だとは思っていたが、無事にヴォルデモートとは接触できたのだろうか。

 

「ふむふむ……なんか怖いぐらい順調に物事が進んでいるみたいね。ペティグリューも合流して……クラウチ・ジュニア? あれ生きてたのか。ということは今日屋敷しもべ妖精の横に座っていた奴、本当にクラウチ・ジュニアだった可能性が出てきたってことね。」

 

 そのうちクラウチ・ジュニアと接触し、仲間に引き入れるらしい。三大魔法学校対抗試合を利用してハリーを誘き出し、ヴォルデモートを復活させるらしい。クラウチ・ジュニアをマッドアイ・ムーディに化けさせホグワーツに潜入させるみたいだが、流石にアレに化けさせるというのはクラウチ・ジュニアがあまりにも可哀そうだろう。マッドアイと言えば闇祓い一の変人である。変な挙動に変な口調。おまけに顔まで変だ。

 

「というかハリーを優勝させることが前提の計画を立てるなんて、ヴォルデモートもバカね。計画性のかけらもないわ。なんだかとことん挫折させてやりたいわ。」

 

 つまり咲夜が対抗試合で優勝すればヴォルデモートが少し恥ずかしいことになるということか。といってもあまり徹底的にやりすぎてもヴォルデモートが復活しなくなる。その辺の加減はクィレルとパチェに取ってもらおう。取りあえず、咲夜にはこのことは知らせずに少し泳がせてみよう。下手に教えて死喰い人側の都合を考えた動きを取り、ダンブルドアに不審がられたりしたら元も子もない。取りあえず対抗試合のことは明日咲夜に伝えよう。

 

「なんだか今年は楽しくなりそうね。」

 

 私は大きく伸びをすると、仕事をするために書斎に移動した。




クィディッチワールドカップ観戦

紅魔館にクィレルから手紙が届く←今ここ

ワールドカップ会場で死喰い人が暴れ、マグルが死ぬ。

闇の印が打ち上げられる(クラウチ・ジュニアによって)


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試合やら、手帳やら、選抜やら

非衛伝を呼んで「これは真似できねぇ……」と戦慄していた今日この頃。鈴奈庵の五巻六巻がまだ手に入っていないので、また今度アニメイト行ってきます。
本を読んでいたこともあり、今回少し難産気味ですが、いつものごとくあまり話は進んでいないのでつまらないと思ったら適当に読み飛ばして頂けたらなと思います。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 仕事をしていると毎回思うことがある。こういう仕事って全部パチェの魔法で自動化できるのではないかと。だが、その話をパチェにすると毎回言われることがある。貴方の仕事の半分は手紙のやり取りじゃないかと。そう言われて毎回思うことがある。あとの半分を自動化したいのだと。その話をすると毎回言われることがある。今まで私が自動化した仕事の件数を覚えているかと。そう言われて毎回思うことがある。本当に申し訳ねぇ……。

 そんなことを考えていたらお茶の時間になった。仕事の進行具合は……この際置いておこう。私は机の上を片付けると書斎から自分の部屋へと移動した。部屋に置いてある机の上に日刊預言者新聞が置かれている。朝起きた時にはなかったものなので、パチェが送ってきたということだろう。パチェがわざわざ私の部屋に送ってきたということは、それ相応の記事が載っているということだろうか。

 私は椅子に座って新聞の一面を読む。うん、そういうことだった。新聞の一面にはクィディッチワールドカップで暴動騒ぎが起きたという記事が載っている。記事によれば死喰い人っぽい人間が暴れまわり、マグルの一家を殺したらしいのだ。最終的には闇の印が打ち上げられ、実行犯は全員逃亡。魔法省は犯人を一人も捕らえることが出来なかったとか。

 確かこの場にクィレルもいたな。昨日のクィレルからの手紙はワールドカップの会場から飛ばしたものらしいし。

 

「お茶が入りました。お嬢様。」

 

 そんなことを考えていたら部屋の扉がノックされる。咲夜だ。

 

「入っていいわよ。」

 

「失礼致します。」

 

 咲夜はカートを押しながら部屋の中に入ってくる。そしてテキパキと紅茶と茶菓子を机の上に並べた。

 

「あのあと少し事件があったようね。ごたごたに巻き込まれる前に帰ってきて正解だったわ。」

 

 私は先ほどまで読んでいた新聞を咲夜に渡す。咲夜は興味深そうに記事を読んでいる。

 

「死喰い人よ。でも闇の印が空に出た途端に逃げていったようね。」

 

「闇の印……確かヴォルデモート卿の印でしたっけ。印を見て逃げていくということは信念を持って行動しているわけではないのですよね? なのにマグルの家族を殺したということは……。」

 

 咲夜は机の上に新聞を置く。私は咲夜の淹れた紅茶を一口飲んだ。うん、いつもと変わらず美味しい。

 

「クィレルを放った途端にこれ。本当に仕事が早いわ。多分マグルを殺したのはクィレルよ。」

 

 確信があるような雰囲気を出して咲夜に言ったが、本当に確信があるわけではない。ただ、あの場にいた死喰い人でそのようなことをやりそうなのがクィレルしかいないというだけだ。咲夜は何かを考えるように顔を伏せている。

 

「そういえばお嬢様は生贄がいると言ってましたが……どのぐらい戦死者が出ればいいのですか?」

 

 そういえばとはいうが、また随分と話が飛んだな。確かに私が行おうとしている紅魔館の移転計画には生贄がいる。というよりかは大量の死者を出すことによってこの世とあの世の境界をこじ開け、その隙間を通って紅魔館を移転させるのだ。つまり下限はあっても上限は無い。

 

「多ければ多いほどいいけど、量より質よ。取りあえずダンブルドアとヴォルデモートには死んでもらうわ。……リドルを何とかしないとヴォルデモートは死なないけどね。」

 

 できればリドルの件を今年中に何とかしたいとは思っている。思ってはいるが、少し難しいだろう。まあパチェのことだ。何かしら対策を考えるだろう。これは決して丸投げしているのではない。親友を信頼しているのだ。

 

「そうだ咲夜。これはマルフォイから聞いた話なんだけどね。約百年ぶりに三大魔法学校対抗試合が行われるそうよ。それもホグワーツで。」

 

 私は紅茶を飲み干すとソーサーに逆さに被せ、人差し指で弾く。そして軽くカップの底を指でなぞった。

 

「三大魔法学校対抗試合……とは一体どのようなイベントなのでしょうか。」

 

 どうやら咲夜は対抗試合については何も知らないらしい。

 

「ホグワーツの他に有名な魔法学校が二つあってね。ボーバトンとダームストラング。それぞれの学校から一人ずつ代表選手を出して競わせるのよ。目的としては若い魔法使いの国際交流の場を設ける為といったところかしら。でも競技が少々危険で夥しい数の死者が出たから最近は行っていなかったみたい。」

 

 カップの側面を指で弾き、表を向かせる。さてさて、今日の占いは……と。なるほど、トロフィーか。

 

「咲夜。私この試合の優勝トロフィーを部屋に飾りたいと思うのだけど。ちょっと取ってきてくれないかしら。」

 

 私は咲夜の顔を見る。咲夜はにっこりと笑うと静かに頭を下げた。

 

「かしこまりました、お嬢様。必ずや優勝トロフィーを持って帰ります。」

 

「ヴォルデモートもまだ復活していないわけだし、暫くはこの試合に専念しなさい。」

 

「御意。」

 

 これで咲夜は何が何でも優勝を目指そうとするだろう。ハリーを優勝させようと躍起になる死喰い人。自力で優勝を狙いに行く咲夜。さて、どちらが優勝することになるだろうか。今から楽しみである。

 

 

 

 

 

 咲夜がホグワーツに行ったその日の夜。私は大図書館の机の上で突っ伏していた。その行為に何か意味があるわけではない。ただやりたいからしているだけだ。リドルからの冷たい目線が少し痛いが、それは無視することにする。

 

「そういえばお嬢様、咲夜に対抗試合で優勝してくるようにとの命令を出したとか。こんな時に遊ばせておいていいんです?」

 

 リドルが本の整理をしながら私に話しかけてきた。どうやら咲夜から対抗試合の話を聞いたようである。

 

「別に遊ばせるつもりはないわ。これも作戦よ。まあ咲夜ならお遊び感覚で優勝できるとは思うけどね。」

 

「能力が反則的ですから。それは当たり前のことです。」

 

 まあ、リドルの言う通りだ。咲夜の能力は持っているだけで最強と呼んでもいいぐらいのものだ。それ故にそこが弱点になったりもするのだが。

 

「あら、咲夜を三大魔法学校対抗試合に出すの?」

 

 遠くの本棚に魔法を掛け直していたパチェがこちらへ戻ってくる。そして私の隣に腰かけた。

 

「ええ、優勝カップを私の部屋に飾ろうと思って。というかパチェ、対抗試合が行われるって知ってたでしょ? どうして教えないのよ。」

 

 私は机に伏せながらパチェの方を見る。パチェは小さくため息をつくと興味なさげに椅子にもたれ掛かった。

 

「報告するまでもなく知ってると思ってたからよ。あんなに魔法省が動いていたじゃない。」

 

「普通に知らなかったわ。これからは何か大きな動きがあったら私に報告すること。」

 

「面倒くさいわ。それに、咲夜は対抗試合には出れないわよ。」

 

 パチェは手に持っていた本を開き、読み始める。って、え? 今パチェがおかしなことを言ったような気がしたのだが。

 

「咲夜が対抗試合に出られないってどういうこと?」

 

「今年行われる三大魔法学校対抗試合には年齢制限があるのよ。十七歳以上じゃないと立候補すら出来ないわ。」

 

「なんですって! 聞いてないわよ!」

 

 私は勢いよく立ち上がり机を叩く。パチェは耳を覆いながら呟いた。

 

「いや言ってないし……ていうか、そんな曖昧な情報しか持たずによく咲夜に優勝してこいなんて言ったわね。今頃咲夜困惑してるわよ。」

 

 いや、少し待て。死喰い人が優勝させようとしているハリーは咲夜と同い年のはずだ。もしかしたら何か抜け道があるのかも知れない。

 

「まあ咲夜なら何とかするでしょ。対抗試合で優勝しないと拙いわけではないから、参加できなかったらそれはそれってことで。」

 

「そもそもなんでそんな命令出したのよ。」

 

「少しでも目立たせるためよ。ダンブルドアに咲夜がどれだけ有能かを見せつけてやるのよ。もしこれでクィレルたちがヴォルデモートを復活させれば不死鳥の騎士団が再結成されるだろうし。その時咲夜が立候補して、即採用される程度には咲夜の実力を認めて貰わないとね。」

 

 杞憂だと思うんだけどねぇ……とパチェは本を読みながら呟く。まあ確かに、咲夜の能力をダンブルドアに明かせば簡単に不死鳥の騎士団員になることが出来るだろう。だが、私が思うにそれでは弱いと思うのだ。

 

「野心を持っていた頃のダンブルドアならいざ知らず、今のあいつは教育者よ。自分の都合で生徒を戦争に巻き込むような真似はしないような気がするのよね。何かひと押し、咲夜が戦争に参加する明確な動機が必要よ。」

 

「明確な理由ね。まあ確かになんかよくわからないけど不死鳥の騎士団に参加して死喰い人ぶっ潰しますなんて言っても参加させてくれないわよね。咲夜が死喰い人と敵対する明確な理由……死喰い人に命を狙われるとか?」

 

 そうそう、そんな感じだ。

 

「クィレルの話では、対抗試合の最後の競技は優勝カップを一番初めに触った選手が優勝みたいだし、クィレルたちはその優勝カップをポートキーに変えてハリーを連れ出す魂胆みたいよ。ハリーよりも先に咲夜がポートキーに触れれば、咲夜が連れて行かれることになる。そうなれば何かしらの動機が生まれる事件が起きそうじゃない?」

 

 我ながら天才かも知れない。こういうのを先見性というのだろうか。

 

「何をニヤニヤしてるのよ。なんにしてもそれ咲夜が対抗試合に参加できなかったら意味ないじゃないのよ。」

 

 あ、そうだった。私は椅子に座りなおすと机に突っ伏せる。まあ、なるようになる。もし代表選手に選ばれることが出来たら素直に褒めてあげよう。

 

「そういえば私の方にはクィレルから連絡があったけど、パチェの方には何かあった?」

 

「特にないわね。手紙が来たんですって?」

 

 私はパチェにクィレルから届いた手紙を渡す。

 

「ワールドカップの会場にいたそうよ。今頃はクラウチの家にいると思うけど。」

 

「バーテミウス・クラウチ? 魔法省の?」

 

 パチェはクィレルからの手紙を流し読む。そして一言心底どうでもよさそうにへぇっと呟いた。

 

「ちょっとこの作戦無理があるんじゃない? ていうかスパイとして送り込まれたクラウチ・ジュニアがかわいそうね。一年もあんな変人のふりをしないといけないなんて。」

 

 どうやらパチェは私と同意見なようだった。

 

「ヴォルデモートも無茶な作戦を立てるわね。」

 

「そうね……ん? 『も』ってもしかして私のこと指してる?」

 

 私はパチェの言い方に違和感を覚える。パチェは当たりまえといった顔で頷いた。

 

「引っ越しの為だけに戦争を利用しようって作戦を無茶苦茶っていうのよ。」

 

 まあ、パチェの言うことも一理ある。一理ある……が、そこを譲るわけには行かない。一回失敗しているだけに、次失敗するわけにはいかないのだ。

 

「私は無茶苦茶な作戦だとは思っていないわ。私はパチェを信用しているもの。パチェからしたらなんてことないでしょ?」

 

 パチェは驚いたような顔をして私の顔を見る。だが、すぐにジトっとした目になった。

 

「流石に何回も騙されないわよ。いつもそう言って全部私に丸投げするじゃない。私は魔法使いであって便利屋ではないのよ?」

 

「何が違うのよ?」

 

「何もかもが違うのよ。」

 

 違うなら仕方がない。少しは自分で動くことにしよう。私は無駄に決意を固めた。

 

「対抗試合について何かわかっていることはある?」

 

「そうね。競技内容と日程は大体決まっているわ。選手が選ばれるのがハロウィーンの夜ね。」

 

 三大魔法学校対抗試合の選手は炎のゴブレットで選ばれる。炎のゴブレットとは青い炎が燃え盛る木彫りのゴブレットで、各校から代表者を一人選出するように魔法が掛けられているのだ。私が知っている対抗試合では年齢制限などなかった為、年齢差が出ることもあった。まあ年齢差が出ると言ってもゴブレットは競技をするのに最もふさわしいものを選ぶため、実力差が出ることは少ないのだが。

 

「ゴブレットの中に名前を入れさえすれば確実に咲夜が選ばれると思うんだけどねぇ……。年齢制限って具体的にどんな処理を施すのかしら。パチェは何か知ってる?」

 

「その件に関してはダンブルドア任せらしいから詳しい話は魔法省には入ってきてないわ。口頭でバグマンとかが聞いてるかも知れないけど、書類には残ってないわね。」

 

 ダンブルドアが担当すると聞くと途端に不正をするのが難しいような気がしてくるから困る。だがもしこれで咲夜がダンブルドアを出し抜き代表選手になれたら、私の思惑通りに事が進むというものだ。咲夜には頑張ってもらおう。

 

「なんにしても咲夜が代表選手になれるかどうかはハロウィーンまで分からないわけだし、取りあえずそれまではクィレルの援助をしましょうか。何か連絡手段が欲しいわね。それもヴォルデモートに悟られないようなね。」

 

「方法はいくらでもあるけど、一度ここに戻ってこさせないと厳しいわよ。前に美鈴にやったような直接羊皮紙を送り付けるやつ。あれ結構面倒くさいし、失敗すると皮膚にめり込むし。一番いいのはリドルの日記のような方法ね。こちらが書いた情報をリアルタイムで向こうに伝えられるような。」

 

 まあそれに関しては考えておくわ。とパチェは再び読書に戻る。私としてはまだ少し話したいことがあるので、何の躊躇もなく会話を続けた。

 

「例の人工衛星を使った監視方法でクィレルの様子を探れない?」

 

「出来なくはないけど、多分ヴォルデモートにバレるわよ。流石にこちらの正体や術の詳細は分からないでしょうけど、勘のいい奴だと視線を感じることがあるみたい。周囲に人が満ちている状況ならともかく、隠れ家でペティグリューとクィレル、ヴォルデモートの三人だけって状態だとしたら確実に違和感に気が付くでしょうね。ほら、例えばだけど……。」

 

 パチェが机の上に真上から見た私たちの様子を映しだす。確かに神から監視されているような、漠然とした違和感を感じる。リドルは感じないようだが、それは多分肉体が無いからだろう。

 

「確かに少し違和感があるわね。ほんと進歩しないんだからうちのパチェさんは。」

 

 私は大きく肩を竦めてため息をつく。何か反論があると思い待ち構えていたが、パチェはそのまま読書に戻ってしまった。なんだか今日はつれない。これはこちらから甘えに行く必要があるかも知れない。私は椅子から立ち上がると後ろからパチェに覆いかぶさる。パチェは筋力があるわけではないので、そのまま机の上で潰れた。

 

「重い……。」

 

「そうね。思いよ。なんだか今日はやけに冷たいじゃない。」

 

 リドルが気を利かせて遠くの本棚の整理に向かった。まったく、出来た弟子をパチェは持っている。私はパチェの髪に顔を埋めた。

 

「あなた……咲夜がホグワーツに行くと毎回こうよね。いい加減慣れなさいよ。」

 

「なによ、パチェは寂しくないっていうの?」

 

「そりゃ寂しいけど……だったらなんで学校に通わせたの? ホグワーツの入学も断ればよかったじゃない。」

 

 まあ、パチェの言うことももっともだ。教育ならパチェの指導だけで十分である。わざわざ全寮制の学校に通わせることもない。

 

「そりゃ道徳的な観点から通わせた方が咲夜の為になると思ったから。」

 

「吸血鬼が道徳を語るっていうのは、少し滑稽なような気もするけどね。」

 

「別に悪魔じゃないんだから、吸血鬼が道徳を語ってもいいでしょうに。」

 

 私はパチェを捕まえたまま椅子ごと地面に倒れる。バタンという音と共に背中に衝撃がきたが、私からすれば痛くも痒くもない。

 

「私はね。最悪移転なんてできなくてもいいかな、って思っているの。勿論、新しい環境に移動できるならそれに越したことはないけど……。でも、計画の為に私の大切なものを捨てる気はないわ。」

 

「なんの話よ。……貴方の言う大切なものっていうのは何処までのことなのかしら?」

 

「フランに、パチェに、美鈴に、咲夜に……リドルとクィレルはどっちでもいいけど。私にとっては家族のようなものよ。誰も欠けさせない。みんな揃って新たな土地に行きましょう。」

 

「自分勝手ね。大切なものを守るためなら他人は犠牲になっていいって?」

 

 パチェがからかうような笑みを向けてきた。

 

「だって他人は他人だもの。私の印象が悪くならない程度なら犠牲になっても構わないわ。」

 

 私は立ち上がり、床に転がっているパチェを見下ろす。

 

「今回の計画だってそう。本当だったらアホみたいに目立って殺して暴れたいぐらい。でも、それをやるとフランが危険に晒される可能性が出てくるでしょう?」

 

「シスコン?」

 

「何とでもいいなさいな。」

 

 私はパチェを抱きかかえると椅子に座らせた。パチェは手に持っていた本を開くと、元あったページを探してページを捲り始める。

 

「なんにしても寂しいのはわかったから、妹様にでも構ってもらいなさい。私はこう見えても忙しいのよ。」

 

 ふむ、やっぱりつれない。私は小さくため息をつくと右手をぶらぶらと振った。

 

「いや、今日はもういいわ。仕事に戻る。また何かあったら連絡して頂戴。」

 

 私はパチェに手を振ると、大図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 咲夜がホグワーツに行ってから一週間が経った頃、ベッドで眠っていた私の耳元で、パチェの声が聞こえた。何かを大声で伝えているようだが、意識がぼんやりとしているため中々内容が頭に入ってこない。

 

「んあー、もっかい……。」

 

 私は朦朧とする意識の中、パチェに問いかける。というか今何時だと思っているんだ。部屋の窓からはカーテン越しに薄明かりが入ってきている。この明るさ加減からして、日が沈んでいるどころかまだ昇っている最中なのではないかと思えるほどだ。

 

「だから、クィレルが帰ってきたって言っているのよ。三十分しか紅魔館に滞在出来ないみたいだから、強制的に大図書館に飛ばすわね。」

 

 一瞬無重力になったかと思えば、いつの間にか私は部屋着を着た状態で椅子に座っていた。先ほどまで寝間着姿だったと思うのだが、パチェが配慮してくれたのだろうか。ついでにこの眠気もどうにかしてほしいのだが……私は大きく欠伸をすると、周囲を見回しパチェの姿を探した。

 

「なんだ、目の前にいるじゃないの。はぁいクィレル。……調子はどう?」

 

 見回すまでもなく、パチェとクィレルはそこにいた。クィレルは私の前に立っており、その横にパチェが座っている。そしてこれも今気が付いたことだが、リドルが私の隣に腰かけていた。

 

「今のところは全てが順調に進んでおります。ワールドカップが終わった後、クラウチ邸を襲撃。クラウチ・ジュニアを仲間に加え、クラウチ・シニアを操り人形にしました。その後クラウチ・ジュニアと共にマッドアイを襲撃。クラウチ・ジュニアをマッドアイに変身させ、マッドアイ自体は服従の呪文を掛けてトランクに詰め込み、クラウチ・ジュニアに同行させました。今現在私はヴォルデモートとワームテールと共にクラウチ邸に潜伏中です。」

 

「私は体調を聞いたつもりだったんだけど……まあいいわ。その様子なら元気そうね。貴方には少し過酷な任務を与えていたから心配だったのよ。で、パチェ。連絡手段は整ったの?」

 

 私は目をしょぼしょぼさせながらパチェを見る。パチェは一冊の手帳を取り出したあと、クィレルの頭を指さした。

 

「クィレルの意識をそのまま手帳に反映させる魔法を掛けたわ。つまりリドルの日記の逆バージョン。リドルの場合日記が本体で、実体自体が端末だけと、これの場合クィレルが本体で、手帳が端末ね。」

 

 私は手帳を手に取ると、試しにクィレルには見えないようにしながら文字を書く。

 

『例えばこんな風に? クィレル、右手を上げなさい。』

 

 私がそう書きこんだ瞬間、クィレルの右手が上がった。そして手帳にはクィレルの意識が書き込まれていく。

 

『私がそちらに伝えようとしたことがその手帳に現れるようです。』

 

 どうやら思っていること全てが手帳に現れるわけではないらしい。その辺はリドルの日記と同じく融通が利くようだ。

 

「でもこれって私は常に手帳とにらめっこしていないといけなくなるんじゃない? それにクィレルの脳みそにかなりの負荷がかかりそうだけど。」

 

「何かが書き込まれたら音がするようになってるわ。それと負荷のことだけど、確かに掛かるっちゃ掛かるわね。だから長時間の使用は禁止。自由に連絡が取れるようになるまでの繋ぎと考えて頂戴。」

 

「自由に連絡が取れるようになるのかしら?」

 

「自由に連絡が取れるようにするのよ。レミィ、貴方がね。」

 

 つまりそうなるように作戦を立てろということだろう。まあ、クィレルが自由に動けるようになったほうが都合がいいのは確かである。今の状況だとクィレルは常にヴォルデモートに監視されているも同然だ。それにこんな時間に起こされることもない。

 

「わかった。何か考えておくわ。でも暫くは無理よ。とにかくヴォルデモートを復活させないことにはね。現状死喰い人はヴォルデモートを含めて四人。最終的にはこの何百倍の人員が必要になる。ある程度死喰い人が増えたら時間も出来るでしょう。」

 

 私はぼさっとしている髪を人差し指に巻き付ける。

 

「そういえば、現状はどうなっているのよ。クラウチ・ジュニアはホグワーツに居るとして、クラウチ邸で三人暮らししてるわけでしょう?」

 

「クラウチ・シニアが帰ってきますので実質四人ですが。基本的にはクラウチ・シニアに服従の呪文を掛けつつ、ヴォルデモートの世話をしています。現在のヴォルデモートは肉体を持っているだけの希薄な存在なので。魔法を使うことは出来るようですが、一人で自由に動くことは出来ない状態で、生活の殆どを私たちに依存していると言ってもいいような状態です。」

 

 弱っているのは確かなようだ。まあクィレルに寄生していた時と比べたら少しはマシになっているようだが、それでも力が戻っていないのには変わりない。

 

「そうね、取りあえずクィレルは全力でヴォルデモート復活に尽力しなさい。ハリーを優勝させて連れ出す作戦を立てているって言っていたけど、それの成功率はどうなの? 私としては作戦が大掛かりな割には不確定要素が多いような気がするのだけど。」

 

 私の問いかけにクィレルは考え込む。

 

「クラウチ・ジュニアは自信があるようでしたが……ヴォルデモート自身はそこまで当てにしていないのかもしれません。どちらかと言えばクラウチ・ジュニアを試しているような印象を受けます。」

 

「あら、レミィと同じね。」

 

 確かに私も半分試すような気持で咲夜に優勝して来いと言った。間接的にはなるが、これは咲夜対クラウチ・ジュニアの構図が出来上がったかも知れない。私は図書館に備え付けられている時計を見る。そろそろ三十分だ。

 

「なんにしてもクィレル。咲夜も対抗試合の優勝を目指しているわ。もしかしたらハリーを連れ出す計画がそのままおじゃんになる可能性もあるってことを覚えておいて。」

 

「そろそろ時間よ。クィレル。」

 

 パチェが懐中時計を見ながら促す。クィレルはローブを羽織りなおすと暖炉の方へ歩いて行った。

 

「では、そろそろクラウチ邸へ戻ろうと思います。十六夜君の件は承知しました。そのような動きがあることを計算に入れながら行動することにしましょう。」

 

 クィレルは煙突飛行粉を暖炉に放り投げると、暖炉の中に入る。そしてノクターン横丁と言うと同時に炎の中に消えていった。どうやら複雑な経路でクラウチ邸に戻るらしい。

 

「クィレルも大変そうね……なんにしても…………これで、連絡が取れるようになった……わ。ねむ……。パチェ、今日はここで寝てもいい?」

 

 私は机の上に横になろうとする。パチェは頭を抱えながら私の手に触れた。次の瞬間、私は部屋着から寝間着になっており、場所も大図書館から自室のベッドの上に移動している。まったくもって便利な魔法だ。

 

「ありが……。」

 

 私は睡魔に誘われるままに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 平和というのは戦争をするまでの間でしかないとは誰が言った言葉だったか。何にしてもそんなことを言われてしまうほど人間は戦争ばかりしているということである。戦争とは進化の歴史であり、進化とは戦争なのだ。と、話がそれたが、何にしても今は平和だ。

 今は平和だというのは、今は平和の話だという意味ではない。魔法界は今のところ平和だという意味だ。ホグワーツの新学期が始まって早二か月。ハロウィーンも終わって十一月に入った。そろそろクリスマスパーティーの準備を始めないといけない時期だろう。

 

「そういえばハロウィーンの夜に対抗試合の選手が決まるって話だったわね。咲夜は選手になれたのかしら。」

 

 私はもしやと思い窓の外を確認する。するとそこには足だけで窓枠に掴まっている梟の姿があった。何というか、今にも死にそうである。私は梟から手紙をもぎ取ると、梟を楽にしてやる。どうやら私の予想通り手紙はホグワーツからだった。このタイミングでホグワーツから手紙が来るということは咲夜は代表選手になれたのだろう。……いや、もしかしたら無理やり代表選手になろうとしてなにか問題を起こし、退学処分になったとか? そうでなくとも何か問題を起こし、手紙が送られてきた可能性はある。

 私は窓を閉めると手紙を持ったまま椅子に座る。なんにしても中を改めればわかることだ。私は意を決して手紙を広げる。手紙には咲夜がホグワーツ代表に選ばれたということと、簡単な祝辞が書かれていた。どうやら杞憂だったようだ。それと共に、他の代表選手の名前も書かれている。

 

「何々……ボーバトン代表がフラー・デラクール。ダームストラング代表がビクトール・クラム。あら、クラムってあのクィディッチの選手の? で、ホグワーツ代表が十六夜咲夜とハリー・ポッター。……ん?」

 

 何故かホグワーツ代表の咲夜の名前の横に、ハリー・ポッターの名前が書かれている。これは一体どういうことだろうか。どちらか決まっていないということなのか、どちらも代表選手なのか。まさかタッグを組んで競技に挑むってことではないだろうな。足手まといにもほどがある。

 

「なんにしても、無事に代表選手になれたってことか。これはパチェに詳しい話を聞いたほうがいいかもね。」

 

 私はホグワーツから届いた手紙を持ったまま大図書館へと移動する。図書館ではパチェとリドルの二人がせわしなく仕事をしていた。珍しくパチェも動き回っている。なんだか声が掛けにくい雰囲気だ。私は中央に置いてある机に座ると、手紙を上に置く。そしてそのまま声を掛けて貰えるまでじっと待った。

 十分ほど経っただろうか。ついにパチェが私の前に立ちはだかる。いや、立ちはだかるという表現はおかしいか、怪訝な顔をして向かい側の椅子に座ったというのが正しい。パチェは机の上に置いてある手紙を手に取ると、軽く目を通した。

 

「へぇ、取りあえず第一関門はクリアってとこかしら。咲夜もクラウチ・ジュニアもよくやるわ。」

 

 それだけ言ってパチェは本棚の方へ飛んで行ってしまう。え? 本当にこれだけ? 流石に冷たすぎるのではなかろうか。私は親友のそんな態度にガックリしつつもパチェの様子を観察する。何をそんなに慌ただしく動いているのだろうか。何やら魔法陣を出したり呪文を詠唱したり、とても忙しそうだ。

 

「ねえ、さっきから何をしているの?」

 

 私がパチェに話しかけるが、返事が来る様子はない。これは本格的に集中しているな。邪魔しては悪いし、今日はもう書斎に戻ることにしよう。私は小さくため息をつくと、手紙をポケットに仕舞って椅子から立ち上がる。また今度何をしていたか聞くことにしよう。こうなったパチェを止めるのは私でも無理だ。

 私は大図書館から書斎へと移動し、ホグワーツからの手紙を引き出しに仕舞う。にしても、ホグワーツから代表選手が二人というのはどういうことなのだろう。考えられる可能性としては、ハリーがホグワーツの代表選手に選ばれ、そこに無理やり咲夜が参加したというパターンの他に、咲夜がインチキしてホグワーツの代表になったが、クラウチ・ジュニアの策でハリーが割り込んできたというのも考えられる。どちらも十四歳ということで、まともな方法で選ばれたわけではないだろう。

 なんにしてもこのような選抜結果では、他二校の校長が黙っていないはずだ。絶対何らかの抗議をしているだろう。表向きの目的は交流だが、この対抗試合は学校の格付けという意味合いもある。どの学校も自分の学校からでた代表選手を優勝させたくて仕方がないわけだ。

 

「もしあまりにもアレな方法で選手に選ばれたとしたら、咲夜をいじめる生徒とかも出てくるかも知れないわね。少し心配だわ。その生徒が。」

 

 一人二人なら咲夜が適当に制裁して終わりだろう。だが咲夜に悪い印象を抱く生徒が少人数ではなかったら。何百人単位で咲夜を敵視する人間が現れたら、流石の咲夜でも手出しが出来なくなるだろう。いじめられて病むような性格ではないと分かってはいるが、本当に少し心配だ。

 ホグワーツからの手紙によれば、第一の課題が行われるのは十一月二十四日。三週間後だ。美鈴を連れて変装した状態で見に行くのもありかも知れない。とにかく、代表選手に選ばれたということで新聞に載ることもあるだろう。これからは少し注意して新聞を読むことにしよう。私は大きく伸びをすると仕事に取り掛かった。




レミリアが咲夜に三大魔法学校対抗試合で優勝して来いと命令する

クラウチ・ジュニアのもとにヴォルデモートと愉快な仲間たち(ネズミとハゲ)が来る

マッドアイ襲撃、クラウチ・ジュニアがマッドアイに変装し、ホグワーツに潜入する

咲夜がホグワーツに向かう

クィレルか紅魔館に戻ってくる

咲夜が代表選手に選ばれる←今ここ


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情報戦やら、列車やら、第一の課題やら

コンビニに千円で置いてあったからついつい『よくわかる! 陸上自衛隊』のDVDを買ってしまった今日この頃です。え? なんでそんなの買ったかって? 副音声目当てだよ!
え? 発売は2013年? 気にするな!
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1994年十一月中旬。朝起きたら机の上に新聞が一部置いてあった。どうやらパチェが送ってきたもののようだ。私は寝間着から部屋着に着替えると、椅子に座って新聞を広げる。なるほど、パチェがこの新聞を送ってきた理由が分かった。日刊預言者新聞の一面に咲夜とハリーの写真がでかでかと掲載されている。見出しはこうだ。

 

『ホグワーツの英雄はどちらか! 伝説の少年ハリー・ポッター対天才少女十六夜咲夜』

 

 記事を読む限りでは、咲夜はホグワーツ生全員の投票用紙を自分の名前が書かれたものにすり替え、必然的に代表に選ばれたらしい。今年はダンブルドアがゴブレットの周辺に年齢線を引いたらしいが、咲夜は上手いこと抜け穴を見つけたということだろう。

 咲夜はあえてインチキしたのを公表することによって自分をダークヒーローに見せようとしている節がある。逆にハリーは全く身に覚えがないのか、新聞にもどうしてこうなったのか分からないといったことが書かれていた。

 

「なるほどね……ハリーを嘘つきに仕立て上げることで咲夜をダークヒーローチックにしている。新聞の記事も偏向報道って感じだし。日刊預言者新聞は咲夜側についたと見ていいでしょう。とばっちりで大会に参加することになって、尚且つ嘘つき呼ばわりされているハリーが少し不憫だけど、まあハリーにはクラウチ・ジュニアが付いているし。」

 

 記事の殆どが咲夜とハリーに関することで、他の代表選手のことは数行しか書いていない。そして咲夜はやんちゃな天才少女と書かれているのに対し、ハリーに関しては汚い、せこい、臭い、嘘つきなどといったことが書かれていた。

 

「……本当にハリーは散々ね。読んでて悲しくなるぐらい批判しか書いてないし。……それに比べて咲夜は世渡り上手というか、なんというか……。」

 

 暫く新聞を読んでいると部屋のドアがノックされる。

 

「夕食ですよー、起きてますか?」

 

「入りなさい。」

 

 私が許可を出すと美鈴が太ももの上に料理を乗せた状態でドアを開けて入ってきた。どうやら両手に料理を持ってきたらしい。片手を開けるために持ち上げた太ももに料理を乗せるとはなんとも器用な奴だ。

 

「あ、新聞に咲夜ちゃん載ってるじゃないですか。」

 

 美鈴は手早く料理を机の上に並べると私が読んでいた新聞をひったくる。こいつが失礼なのはいつものことなので諦めて料理を食べ始めた。

 

「ほっほー、流石咲夜ちゃん。日刊預言者新聞もいい仕事しますな。てかこれ完全に他の二人おまけですよね。」

 

「まあ普通ならハリー対クラムって構図で煽るでしょうね。知名度的に。」

 

 私は目玉焼きをナイフで切り分け、口に運ぶ。うん、ムカつくが美味しい。流石に咲夜のように焼きたてを直接持ってくるようなことは出来ないが、その分味付けを工夫して食べやすくしてある。まったく、何時もの性格からは想像できないほど器用だ。

 

「咲夜ちゃんがピックアップされているところを見るに、咲夜ちゃんとこの記者のスキーターとの間に何かやり取りがあったっぽいですよね。」

 

「そうね……スキーターと言えば偏見に満ちたゴシップ誌のような記事を書くことで有名だけど、咲夜はそれを上手く利用したみたいね。」

 

 ほんと、何処までも人間らしい戦い方だわ。と、これは口に出しては言わなかった。咲夜が行っているのはいわば情報戦だ。試合は既に始まっているということだろう。

 

「えげつねぇ……課題が始まる前からこれだと、課題が始まったらもっと酷いことになりそうですね。」

 

「そうね、もっと面白いことになりそうね。十一月の二十四日にホグワーツで第一の課題があるみたいだけど、勿論お供するわよね?」

 

 私が提案すると美鈴が目を輝かす。

 

「行きます行きます! ていうかついてくるなと言われても行きますよ! 久々に咲夜ちゃんにも会いたいし。」

 

「いや、変装していくから。咲夜には気が付かれないようにね。集中しているところを邪魔しちゃ悪いし。咲夜って見栄っ張りだから何かヘマをやらかす可能性が出てくるわ。」

 

「気にしすぎだと思うんですがねぇ……なんにしても、行くときはちゃんと声を掛けてくださいよ?」

 

 美鈴は新聞を畳んで机の上に置くと、空になった皿を片付け、一杯の紅茶を淹れる。

 

「私だって日傘要員が欲しいし……競技は昼だから、ちゃんと生活習慣を崩しておきなさいね。眠たいとかほざいたら置いてくから。」

 

「それはおぜうさまのほうが気にした方が……。」

 

「私は慣れてるもの、時間をずらすの。眠たくなるのはわかってるし。」

 

 私の肉体はまだ幼い。夜に生きる生物ということもあり、昼間はかなり眠たいのだ。これは私の年齢からして仕方のないことである。本来私ほど血が濃い吸血鬼は、生まれてから千五百年は経たないと大人としては認められない。というか大人の体にならないのだ。今の体は人間でいうところの五歳から八歳に相当する年齢だ。

 もっとも、純粋に成長速度が百分の一というわけではない。無防備な赤子の頃の成長速度は人間と同じだ。加速度的というと意味が全く逆になってしまうが、生まれた瞬間から急速に歳を取る速度が緩やかになり、生まれてから十年、人間でいうところの三歳ほどの見た目になる頃には成長速度が安定してくる。

 ただ一つ救いがあるとすれば、頭脳だけは普通に成長する点だろう。何百年と生きればそれ相応に精神年齢が付いてくる。

 

「あー、おぜうさまってまだガキですもんね。」

 

 精神年齢は五百歳に近い。だからこのような煽りにも反応しない。ああ、全然むかつかないし、気にも留めない。だって大人だから。

 

「やーい、チービチービ。」

 

「美鈴、主人になんて口の聞き方かしら。」

 

 私は慎重にティーカップのハンドルを持ち、一口飲む。うん、なんでだろう。こんなに紅茶は美味しいのに、なぜか血の味しかしない。なんでだろうなぁ……なんでこいつはこうもこうなのだろう。これがこうだから私もこうなのだ。

 次の瞬間、ティーカップのカップの部分がハンドルから離れ、地面へと落下する。あとは粉々になったティーカップと零れた紅茶の処理を美鈴にやらせるだけだ。手を使わせずに口だけで処理させるのもいいかも知れない。三十センチ、二十センチ……あと十センチ。

 

「おっとっと。カップが悪くなってたのかも知れないですね。お怪我はありませんか?」

 

 残り一センチというところで美鈴がカップをキャッチしていた。美鈴からは完全な死角になっていたはずだが、机の下に潜り込んでまでカップを受け止めるとは……まったく呆れたやつだ。

 

「ないわ。一度手を放れた紅茶を飲む気もしないからさっさと下げなさい。」

 

 美鈴はハンドルのとれたカップをソーサーごと片付けると盆の上に置く。そんな美鈴に取れたハンドルを手渡すと、美鈴はハンドルの断面に接着剤を塗ってカップに付けた。

 

「いや、直すなよ。みみっちい。」

 

「いや、私が個人的に使う用ですよ。流石に直したやつを出しませんて。」

 

「その精神がみみっちいと言っているのよ。それぐらい予算をおろして買いなさい。」

 

「それこそなんか卑しいので遠慮しておきます。」

 

 ……こういうところだけは常識的なのが非常にむかつく。なんでこんなのを雇い入れてしまったかなぁ……、手放すに手放せないではないか。

 

「はぁ、取りあえず下がりなさい。」

 

「失礼しまーす。」

 

 美鈴はニヘラと笑うと盆を持って部屋を出ていく。私もそろそろ仕事をしなければならないだろう。私は部屋を出ると書斎へと移動する。新聞を引き出しに仕舞い込み、溜め込み気味の手紙の処理を行うことにした。

 

 

 

 

 

 

 十一月二十四日早朝。いつもならば朝食を食べている時間帯だ。日が出たからと言ってすぐに寝るわけではない。そんな生活は文化的とは言えないからだ。人間であろうと日が沈んだらすぐに就寝するわけではあるまい。人間の生活習慣そのままに時間を十二時間きっかりズラしたのが私の生活習慣だ。人間が夜の七時に夕食を取るとしたら、吸血鬼は朝の七時に朝食、人間でいうところの夕食を取る。

 

「失礼します。お嬢様。咲夜から伝言を預かって参りました。」

 

 ノックの音がした後、リドルの声が聞こえてくる。このタイミングでの咲夜からの伝言、十中八九今日行われる第一の課題絡みだろう。

 

「入りなさい。」

 

 私が許可を出すとリドルは静かに扉を開け、私に一礼してから部屋に入ってくる。

 

「本日の第一の課題にて、時間停止の能力を使う為、許可を頂きたいとのことです。」

 

「はぁ、貴方も貴方だけど、咲夜も咲夜ねぇ……。律儀というかなんというか。派手にやりなさい。ダンブルドアには隠していてもそのうちバレるだろうし。」

 

「ではそのようにお伝えします。」

 

 リドルはまた一礼すると早々に私の部屋を出ていく。……ふむ、何とも出来た従者だ。一つ残念な点をあげるとすればアレは私の従者ではなく、パチェの助手だということだろう。リドルが出ていくのと同時に美鈴が部屋に入ってくる。美鈴はいかにも上機嫌な様子で私の手を取った。

 

「まずは大図書館ですかね? 変装しなくちゃいけませんし。さあ早くしないと間に合わなくなりますよ?」

 

「あー、はいはい。今行きますよ。そうね、まずは大図書館に向かいましょうか。」

 

 大きな欠伸を一つして、美鈴と共に廊下を歩く。美鈴は余程興奮しているのか、いつも以上に上機嫌で私に話しかけてくる。はっきりいってかなりウザいが、今日ばかりは大目に見よう。

 

「第一の課題は何なんでしょうね? おぜうさまは何か知ってますか?」

 

「さぁ……聞いてないわねぇ。多分パチェは知ってるんでしょうけど。聞くつもりもないわ。魔法省が伏せているということは、バレたら面白みが無くなるということだろうし。だから、パチェに詮索しないように。」

 

「もっちろんですよ。でも、予想をするとしたら、おぜうさまはなんだと思いますか?」

 

「そうねぇ。第一の課題ということもあって、いきなり高度な魔法や準備が必要な課題は出ないでしょうね。咄嗟の機転や奇策、発想力があれば切り抜けられるような課題だとは思うわよ。」

 

 そう、例えるなら、物語の主人公なら難なく切り抜けることが出来るだろう。かの有名なハリー・ポッターとか、世界的に有名なクィディッチ選手のビクトール・クラムとか、主人公にぴったりだ。咲夜は……お世辞にも主人公とは言い難い。どちらかと言えば物語の黒幕タイプだろう。

 

「じゃあ咲夜ちゃんなら何の問題もなく切り抜けますね。」

 

「そうねぇ……咲夜は主人公タイプではないけど、頭はいいからねぇ。能力を使う許可も出したし、無様を晒すようなことは無いと思うわ。というか、あまりに散々な結果だったら暇を出そうかしら。」

 

「そしたら私も休暇を貰って、一緒に魔法界を旅しようかな。」

 

「そしたら紅魔館の従者がいなくなるじゃない。冗談じゃないわ。」

 

 廊下を曲がって、大図書館に続く階段を下りる。階段だと足の長さに関係なく速度が一定になるので、美鈴の歩幅を気にせず歩くことができるのだ。美鈴の足の長さはかなりのもので、私とは比べものにならないぐらい長い。その分歩幅も大きく、平坦な道を歩く場合、どうしても美鈴はかなりのローペースで歩くことになる。

 

「えー、楽しそうなんですけどね。咲夜ちゃんとの二人旅。魔法界って面白そうですし。」

 

「面白いかも知れないけど、そんな暇はないわね。旅行ぐらいならできるかも知れないけど……これでも忙しいのよ?」

 

「はあ、まあ家事しかしない私には分からないです。」

 

 かなり長い階段を下り、私たちは大図書館へと入る。大図書館では、パチェとリドルがチェスをしていた。個人的に滅茶苦茶気になる対局だが、じっくりと見ている暇はないだろう。私たちはホグワーツに向かわないといけないのだ。

 

「あら、どっちが優勢?」

 

 それでも社交辞令的に戦況を聞かざるを得ないだろう。パチェはイラついたように頭を取ったポーンで叩きながらジトッとした目でこちらを見る。その態度だけで今どちらが優勢なのかよくわかった。なるほど、戦術ゲームならパチェよりもリドルの方が上か。これは少し注意しておいた方がいいだろう。

 

「とにかく今日は咲夜の第一の課題の日よ。変装していくから力を貸しなさいな。」

 

「待った。」

 

 パチェが鋭く言い放った。何か気に障るようなことを言っただろうか。

 

「……二手、二手戻しなさい。」

 

「何回目ですか? あと、二手でいいんです?」

 

「……四手。」

 

 あ、なんだ。チェスの話か。リドルは両手を使って取った駒と動かした駒を戻していく。そして私の方をチラリと見た。

 

「先にあちらの用事を済ませて来たらどうです? 多分日が沈むまで決着つきませんよこれ。」

 

 確かに今のように負けそうになる度に場面を戻しては勝負など決まらないだろう。パチェは不機嫌そうに立ち上がると私と美鈴の肩を力任せに叩く。次の瞬間には私とパチェの服装は勿論、顔と髪形すら変わっていた。

 

「はい終わり。」

 

 パチェは仕事は終わったと言わんばかりにリドルの前に戻り、腕を組んで次の手を考え始める。なるほど、余裕がなくなるとこのようになるのか。可愛いな。

 

「ナイトでルークを取っておきなさい。戦況をひっくり返すとしたらそこからよ。」

 

 今度はリドルがこちらに鋭い視線を向けてくる。やはり、その戦術の要はそこか。私はクツクツと笑うと図書館にある暖炉の中に煙突飛行粉を放り投げる。私は美鈴を煙突に突っ込むとパチェに向かって親指を立てた。

 

「ご武運を。九と四分の三番線!」

 

 私も暖炉に滑り込み、地名を叫ぶ。いつもは込み合っている九と四分の三番線だが、今日なら問題なく着地することが出来るだろう。煙と共に上へと落ちていき、数秒間煙突の中を文字通り移動する。次の瞬間には、地面に足がついていた。

 

「ふう、ここにくるのも久しぶりね。」

 

 私はホームをクルリと見回す。ホグワーツの生徒の姿は見えないが、人が全くいないわけではない。三大魔法学校対抗試合とは魔法界挙げての一大イベントだ。流石にワールドカップほどではないが、観客は大勢来る。まあ殆どの魔法使いは成人しているので姿現しを使ったり、そうでなくとも煙突飛行を利用したりしてホグワーツに行くだろう。だが、一部のホグワーツのOBは学生の頃を懐古しホグワーツ特急を利用する魔法使いもいる。ここにいるのはそんな人間たちだ。

 

「私は年に何回か来ますけどね。でもなんで今日はホグワーツ特急なんです? 煙突飛行でも、それこそ飛んで行ってもいいじゃないですか。」

 

「乗って見たかったの。ほら、蒸気機関車って絶滅危惧種じゃない。昔はよく走っていたけど、今じゃ殆ど電車だし。」

 

 私はホームに佇んでいる機関車に近づいていく。

 

「私の生まれた時代にはこのような機械は無かった。産業革命って偉大よね。産業革命がなかったらスカーレット家が力を失うこともなかった。一資本家、一占い師どころの地位じゃなかったはずなのに……。父も母もまだ生きていたかもしれない。」

 

「何黄昏てんですか。ほらさっさと乗りますよ?」

 

「……。」

 

 まあ今する話ではなかっただろう。私は頭を何度か掻くと、美鈴の後を追ってコンパートメントの中に入った。今日は込み合うことはないので誰かと相席になることはないだろう。

 

「案外狭いんすね。そういえば、この列車っていつ頃ホグワーツに到着するんです?」

 

「そうね。今日は乗客も少ないし、昼前には着くと思うわ。新学期の時とか乗客満載の時は余り速度を出さないから夜に着くって話を聞くけど。」

 

 そもそも、今日は対抗試合を見に行く観客のために運行されている。間に合わないということはないだろう。

 

「まあいつもは生徒の送迎目的でしか走らせてないから。今日は特別運行と聞いたわ。それもあって今日は列車で移動することにしたんだし。」

 

 美鈴はコンパートメントのカーテンをしっかり閉めると列車の進行方向とは逆になるように座る。私はその対面に腰掛けた。

 

「あ、そうなんですね。採算が合わないとかですか?」

 

「まあそういうことよ。利用客がいないし、距離が無駄に長いしね。」

 

「結構ありますもんねぇ……。」

 

 私は今の時間を確認する。どうやらあと五分で列車が発進するようだ。いつもは十一時に出発するホグワーツ特急だが、今日は競技の時間の関係上八時にホームを出る。

 

「そういえばなんですけど、切符はどうするんです? 既に手に入れているとかですか?」

 

「いえ、持ってないわ。車掌が来たら購入すればいいでしょ。もし来なかったら座席に切符代を置いておけば文句は言われないだろうし。」

 

 私はポケットから一冊の手帳と万年筆を取り出す。ホグワーツまでの暇つぶしに向こうの現状を確認しておこう。

 

「なんというか、結構適当ですよね。そういうの。」

 

「そうかも知れないわね。」

 

『クィレル、そちらの現状はどう?』

 

「というか咲夜ちゃんは何時も切符はどうしてるんでしょう?」

 

『私も密偵としてホグワーツに潜入する予定です』

 

「ホグワーツで配られるみたいね。切符代は学費から出てるんでしょう。」

 

『あら、奇遇ね。私たちも今ホグワーツに向かっているところよ。』

 

『そうでしたか。合流致しますか?』

 

「へぇ、やっぱその方が便利ですよね。」

 

『一応こっちも変装しているけど、万が一を考えてやめておいた方がいいと思うわ。』

 

「というか学校側の義務という奴よ。」

 

『畏まりました。』

 

「生徒を預かる身って奴ですよね。」

 

『密偵というよりかはクラウチの監視でしょう?』

 

「責任問題って大変だから……一昨年秘密の部屋が開かれた時もてんやわんやだったみたいだけど。」

 

『ええ、その通りです。クラウチは審査員席にいるので監視は楽ですが。』

 

「学校が閉鎖されるって噂が立つぐらいですもんね。」

 

『逆に言えばダンブルドアのすぐ近くに行くということよ。警戒を怠らないように。』

 

『御意。』

 

「ちょっといいですか?」

 

 美鈴が会話を切って私の手帳をのぞき込む。

 

「混乱しないんです?」

 

「逆になんで混乱するのよ。たった二人でしょうに。」

 

 流石に五人以上になると聞き取りと返答に難が出てくるが、二人程度で、媒体が違うとなれば苦労することはない。

 

「聖徳太子にでもなる気ですか?」

 

「日本の政治家だっけ?」

 

 私は美鈴と無駄話をしながらクィレルに死喰い人陣営の話を聞いていく。速度が速くなっていると言っても付くまでに数時間は掛かる。ゆっくりすればいいだろう。

 

 

 

 

 

 正午を少し過ぎた頃にホグワーツ特急がホグズミード駅に到着した。ここまで来ると活気に満ちており、人も多くなってくる。美鈴と二人で列車を降り、人の流れに乗ってホグワーツへ向かった。

 

「そういえば、どういう設定で行きます?」

 

 美鈴が私の服装を上から下まで見回しながら言った。というか設定ってなんだ設定って。

 

「というのは?」

 

「ほら、親子とか兄妹とか、色々あるじゃないですか。」

 

 ああ、そういう。確かに服装と顔を変えたのだから設定も作っておいた方が良いだろう。私は美鈴から日傘を奪い取ると自分で差す。家族の設定で通すのなら、美鈴が日傘を持っているのは不自然だろう。

 

「じゃあ姉妹って設定にしましょうか。演技出来る?」

 

「まっかせてくださいよ! ……ゴホン、それにしても凄い人だね、リアちゃん。」

 

 パチェが掛けた変装によって、私と美鈴の容姿は似通っている。動きやすさを考慮してか身長はあまり変わってないが。美鈴はホグワーツを卒業したぐらいの年齢で、私は入学前と言ったところか。

 

「そうですね……迷子になりそう。リンお姉ちゃん、手……。」

 

「あ、そういう?」

 

「そういう。」

 

 私は美鈴に向かって左手を伸ばす。伸ばしたところで日傘の外に手が出てしまうことに気が付き、慌ててひっこめた。

 

「やっぱいいです。」

 

「そうね、やめておいた方がいいわ。」

 

 たまには自分のキャラを変えてみるのもいいだろう。自分の印象を固めすぎると大切な時に躓くことがある。

 

「このまま人の流れに乗っていけばいいんですよね? お姉ちゃん。」

 

「ええ、いいはずよ。あ、そうか。リアちゃんはホグワーツ初めてだっけ。」

 

「はい、来年から入学すると思うと少し……。」

 

 美鈴はきょとんとした顔をすると、含み笑いをする。

 

「いや、リアちゃん入学するのって三年後じゃん。」

 

 私は軽く左足を持ち上げると、美鈴の足に向かって全力で振り下ろした。だが足に当たる寸前に美鈴が足をズラし避けた。このままでは左足で石畳を踏み砕いてしまう。全力でブレーキをかけ、静かに左足を地面に降ろす。

 

「おっとっと。」

 

「大丈夫? 石畳に躓いた?」

 

「はい、少し……。でも大丈夫です。」

 

 なるほど、相手にどれだけ変な設定を付けられるかという戦争だと私は受け取った。美鈴が宣戦布告をしてきたのだ。売られた喧嘩は買わなくてはならないだろう。

 

「そういえば今日は何時もの牛乳瓶の底みたいなレンズの眼鏡をつけてないんですね。」

 

「そんなこといったらリアちゃんは今日兎のぬいぐるみ持ってないじゃん?」

 

「お姉ちゃん何時も肩車しているゴブリンは今日はお留守番ですか?」

 

「リアちゃん何時もの哺乳瓶は持ってきた?」

 

「お姉ちゃん今日は普通の差し歯なんですね。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「一旦リセットで。」

 

 これ以上は不毛だろう。私は意識を切り替えて目の前に広がる競技場を見る。

 

「森の中に競技場を作ったんですね。」

 

「そうみたいね。」

 

 私たちは人ごみを縫うようにして客席へと入る。競技場の中には荒地が広がっており、中央が少しくぼんでいた。

 

「見る限り何か生物と戦うんでしょうか。真ん中のは巣なのかなぁ……。」

 

「見た感じドラゴンといったところでしょうね。」

 

「ドラゴン? すごーい!」

 

 だが、流石にドラゴンを倒すことが課題になることはないだろう。ドラゴンと言えば訓練した魔法使いが何人も集まってようやく制御できるような生物である。学生一人でどうにかなる相手だとは思えない。

 

「お姉ちゃんならドラゴンと戦う時、どうします?」

 

「私? そうねぇ……わたしだったらまず羽の付け根に踵落としをして飛べなくしたあと――」

 

「やり直し。」

 

 そんな魔法使い居てたまるか。

 

「目を狙うかな。どんな生物でもそこは弱点だから。」

 

「そうなんですね!」

 

 私は指でVの字を作ると美鈴の眼球目掛けてフルスイングする。美鈴は人差し指一本で私の目潰しを止めた。

 

「いや、リアちゃん。姉の眼球目掛けて全力で目潰しかましてくる魔法使いなんていないから。やり直し。」

 

「そうなんですね! すごーい!」

 

 なんというか、たまにはこういう馬鹿なことをするのもいいだろう。いや、こいつといるといつもそうか。美鈴と馬鹿話をしている間にも、客席は埋まっていく。私はポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した。

 

「もうそろそろ始まりますね。審査員席にも人が入り始めましたし。」

 

 右からボーバトン校長のマクシーム、魔法省のクラウチ・シニア、ホグワーツ校長のダンブルドア、魔法省のバグマン、最後にダームストラング校長のカルカロフ。既に全員が着席しているところを見るに、そろそろ始まるようだ。バグマンが周囲の審査員に何やら話しかけている。そして笑顔で頷くと、一歩前に出て杖を喉に突きつけた。

 

「レディース&ジェントルメン! ようこそ三大魔法学校対抗試合へ! 今日行われる第一の課題の説明をしていきたいと思います。実況は勿論わたくし、ルード・バグマンでお届けします! まず初めに競技の説明が国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチ氏によって行われます。バーティ、よろしく頼む。」

 

 バグマンが後ろに下がると代わりにクラウチ・シニアが前に出てくる。動きに違和感を感じないところを見るに、クィレルはかなり上手く服従の魔法を掛けたのだろう。

 

「本日、代表選手にはドラゴンを出し抜いてもらいます。競技場中心をご覧下さい。中央の窪地がドラゴンの巣になっており、そこにこちらの金の卵を設置します。」

 

 クラウチ・シニアが三十センチほどの大きさの金色に光る卵を持ち上げる。

 

「選手がこの金の卵をドラゴンから奪った時点で課題終了です。」

 

 クラウチ・シニアは一礼すると審査員席に戻っていく。クラウチ・シニアと入れ替わるようにしてまたバグマンが出てきた。

 

「バーティ、どうもありがとう。」

 

 その後もバグマンによって競技の説明があったり、審査員の紹介があったりと、忙しく解説をしていく。その後ついに一体目のドラゴンが競技場内に姿を現した。筋骨隆々な魔法使いたちが十人がかりで連れて来たドラゴンは窮屈そうにジタバタとしながらも競技場の真ん中の巣に座り込む。最後に魔法で巣に卵を設置した。

 

「ウェールズ・グリーン種ですね。扱いやすいドラゴンの一種ですよ。」

 

 私が美鈴にドラゴンの種類を解説すると、美鈴は興味深々といった表情でドラゴンを眺める。だが暫く観察した後、軽く眉を顰めた。

 

「清にいたのとはまた随分違うわね。」

 

「お姉ちゃん中国に旅行に行ったことあるんでしたっけ?」

 

「卒業旅行で行ったのよ。」

 

 ドラゴンが大人しくなったところで、またバグマンが声を張り上げる。どうやら、ついに第一の課題が始まるようだ。

 

「さあ! トップバッターはこの人! ボーバトンの王女にして何処までも男性を魅了する容姿の持ち主! フラー・デラクール!!」

 

 バグマンのブザーに合わせて割れんばかりの歓声が競技場に轟く。その音がきっかけになり、ドラゴンが重たそうに首を持ち上げた。その様子にテントから出てきた少女、フラーが少したじろぐ。まあ、学校から選ばれた代表選手と言っても、相手取るのがドラゴンだ。普通は逃げ腰になりまともに戦うことは出来ないだろう。

 

「さあフラー選手どのような戦術を取っていくのか。巣の中に複数ある卵のうち、金色に光っているものが対象になります! おっと、睨み合っているのか一方的に睨まれているのか、はたまたドラゴンがフラー選手に見とれているのか? 目を合わせたまま動きません。」

 

 ドラゴンは持ち上げた首をフラーの方に向けると、じっとフラーを観察する。フラーの目には明らかに怯えの色が見えるが、意を決したように杖を抜き呪文を唱えた。その呪文はまっすぐドラゴンに飛んでいき、優しくドラゴンの頭を包み込む。

 

「おっと! 今のは魅惑呪文でしょうか。フラー選手自慢の美貌を用いてドラゴンを鎮めようとしているようです。」

 

 一瞬滑稽な作戦だと思ったが、思った以上に効果があったらしい。ドラゴンは眠そうに持ち上げていた首を降ろすと、巣を抱き込むようにその場に座り込む。時間は掛かっているが、どうやら順調に術には嵌っているらしい。

 

「さああともう少し! 見ているこっちも少し眠たくなってきました。おっと、フラー選手ここで動く! ドラゴンの顔色を窺いながら慎重に近づいていきます。さああと十メートル……三メートル……おおっと!!」

 

 あと少しで巣に到着するという距離になったところで、ドラゴンが軽くいびきをかいた。その瞬間鼻から炎が噴き出し、フラーを襲う。攻撃するためのブレスではない為、些細な炎だが、その炎がフラーのスカートに火をつけてしまった。

 

「男性諸君意識は覚醒しているか! シャッターチャンス! シャッターチャンス! 予言者新聞のカメラマン! あとで競技場裏な! えー、ゴホン……実にけしからん炎であります。これはどうも……いけない。」

 

 女性陣からの冷ややかな視線がバグマンを刺す。まあ欲望に正直なのは良いことだ。時間と場所をわきまえればだが。バグマンは何度か咳ばらいをすると、実況に戻っていった。

 

「さあフラー選手杖から水を出し無事に炎を消火。今度こそ慎重に近づいて……やった! 取りました。フラー選手ここで課題クリアとなります!」

 

 時間は掛かったが、大した危険を冒したわけでもなく、大きな怪我があるわけでもなく、順調にことを進めたと言っていいだろう。時間は掛かったが。

 

「さて! 審査員の点数が出揃いました! マクシーム校長から発表していってください!」

 

 マクシーム、クラウチ・シニア、ダンブルドア、バグマン、カルカロフの順で点数を発表していく。合計点は三十八点。五十点満点なので高いのか低いのか分からないが、これが基準になるだろう。時間は掛かったが、安全にドラゴンを対処したのが評価されたらしい。

 競技が終わるとまた筋肉魔法使いたちが出てきてあっという間にドラゴンを連れ去ってしまう。巣の中の卵を入れ替え、新しいドラゴンを連れて来た。どうやら選手ごとに戦うドラゴンの種類が違うらしい。

 

「ああ、あれは見たことあるわ。清の固有種よ。」

 

 横で美鈴がぽつりと呟く。大きな欠伸をしているところを見るに、先ほどまで静かだったのは居眠りをしていたからだろう。

 

「こっちでもチャイニーズ・ファイアボールという名称で親しまれていますね。」

 

「いや親しまれてはないわよ。」

 

 そういう割には美鈴はファイアボール種に親しみの籠った視線を送っていた。そういえばこいつの私服の帽子には、漢字で『龍』と書いてあるんだったか。何か思い入れがあるのだろう。

 

「次の選手に参りましょう! 次の選手はこの方! ワールドカップで活躍する彼を知らない者はいないでしょう! ブルガリアの悪魔! クィディッチの化身! ダームストラング代表! ビクトール・クラム!!」

 

 バグマンが軽快にブザーを鳴らす。割れんばかりの歓声を切り裂くようにして、クラムはテントから飛び出してきた。流石にワールドカップという舞台でいつも戦っているだけあり、本番慣れしている。それに物怖じもしていないようだった。

 

「へぇ、怖いもの知らずって感じね。リアちゃん狙ってみる?」

 

「そうですね。あの顔を恐怖に歪めるのも楽しそうではありますが、今は遠慮しておきましょう。」

 

 クラムは慎重にドラゴンとの間合いを計っている。空中戦が得意なだけあって、空間把握能力が素晴らしい。反射神経も悪くない。まあ、空間把握能力だけなら咲夜のほうが秀でているが。咲夜の場合空間を感覚で掴むのではない。完全に能力で制御するのだ。

 

「クラム選手、ドラゴンの攻撃を紙一重で躱していきます! おっと危うい! このままでは近づけたものでは有りません!」

 

 クラムは何度かドラゴンの攻撃を避けると、素早く杖を振り結膜炎の呪いをドラゴンの目に叩き込んだ。途端にドラゴンは仰け反り、巣の周りでのたうち回る。魔法使いがドラゴンと一対一で戦う時、あれが一番効果のある戦い方と言われている。結膜炎の呪いでドラゴンの目を封じ、その間に逃げる。人間でいうところの催涙弾のようなものだ。

 

「結膜炎の呪いが綺麗に決まりました! だが、おっと! これは急いだほうが良いかもしれません! ドラゴンのやつ完全に足元が見えてません! 既に本物の卵の半数が潰れています! 金の卵はかろうじて無事ですがアレでは時間の問題でしょう!」

 

 そんなことは百も承知なのか、クラムは巣に向かって走り出す。暴れるドラゴンの尻尾や足を器用に躱し、巣の中に飛び込む。次の瞬間にはクラムがドラゴンから少し離れたところでドラゴンの卵を掲げていた。

 

「やりました! クラム選手無事に金の卵を奪取! 危ない場面もありましたがかなりの早さで第一の課題クリアです!」

 

 どっと観衆が沸く。クィディッチの選手らしいアクロバティックな魅せ方だった。これは高得点が期待できそうだが、本物の卵をいくつか潰してしまったことが点数に響くかも知れない。バグマンの実況のもと審査員の点数が出されていく。合計点は四十点。個人的にはもう少し高得点を狙えると思っていたが、どうやら卵を潰してしまったことが点数に響いたようだ。

 

「さあ、ドラゴンの入れ替えを行いますので暫くお待ちください。」

 

 ファイアボール種が連れ去られ、また新しいドラゴンが連れてこられた。ファイアボール種の卵は半分潰れてしまったが、卵も入れ替えられるので問題はないのだろう。

 

「次はなんだろうね。」

 

「あれはハンガリー・ホーンテール種ですよ。ドラゴンの中では最も獰猛だと言われています。」

 

 残る代表選手は咲夜とハリーだ。どちらが先に出てくるかは分からないが、こいつと当たったほうは少し不憫だと言えるだろう。先ほど出てきた二体とは比べ物にならないほどに危険なドラゴンだ。

 

「さて、どうなるかしらね。」

 

 私は日傘の下に広がる青い空を仰ぎ見る。第一の課題も残り半分だ。




咲夜が新聞に載る

第一の課題←今ここ


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生首やら、凶報やら、伝言やら

書いた端から書いた内容を忘れる系の二次創作者……私です。今作どんなこと書いてたか半分ぐらい忘れている気がするので、一度読み直してきます(自分の作品を)

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


「さあ第一の課題も残すところ半分になりました。次の選手をご紹介しましょう! 三番目に挑戦するのは皆もよく知る伝説の魔法使い! 生き残った奇跡の男の子! ハリー・ポッター!!」

 

 バグマンの力強い実況が競技場内にこだまする。それと同時にブザーが鳴り、ハリーが控えのテントから出てきた。手には既に杖を構えており、まっすぐドラゴンを見ている。

 

「あ、ハリーだ。どうするんだろ?」

 

 ハリーは競技場の中に入った瞬間に杖を上空に向ける。そして力を振り絞るような大声で呪文を唱えた。

 

「アクシオ! ファイアボルト!!」

 

 呼び寄せ呪文だ。ファイアボルトというのは箒の名前なので、ハリーは何処からか箒を呼び寄せたということになる。なるほど、ハリーは自らドラゴンと同じ土俵に立ったのだ。大した度胸である。ドラゴンに対して空中戦を仕掛けようとは。

 

「リンお姉ちゃんはどう思います?」

 

「発想は悪くないけど、仕掛ける相手を間違えたよね? 大蛇や大蜘蛛相手ならまだしも、空の生き物であるワイバーンに仕掛ける策じゃない。」

 

 ハリーは飛んできた箒に飛び乗ると、物凄い速度でドラゴンの周囲を回り始める。なるほど、学生のくせして大層な箒を持っていると思ったが、宝の持ち腐れというわけでもないらしい。国際競技級の箒をハリーは自由自在に操っていた。

 

「いやはや、これはなんということでしょう! たまげるほどの飛びっぷりだ! ドラゴンを完全に翻弄しております。」

 

 行動そのものを見れば大胆と言わざるを得ないが、ハリーはびっくりするほど堅実だった。下手に挑発するようなことはせず、ただ静かにドラゴンの周りを飛ぶ。下手に攻撃など加えると、ブレスによる反撃がくると分かっているのだ。ハリーは慎重にドラゴンの周りを飛び回り、ドラゴンの気を引く。多分立ち上がるのを待っているのだろう。

 

「もっと一気に行くのかと思いましたが、そうではないんですね。」

 

「そうねぇ……もっと大胆に攻めればいいのに。まあ大胆に攻めすぎるとさっきのクラムみたいになるけど。」

 

 ドラゴンはハリーに興味を引かれたのか、重たそうに首を持ち上げる。ゆっくりと後ろ脚に力を込めていき、やがてドラゴンは後ろ足で立ち上がった。次の瞬間、さきほどとは比べ物にならない速度でハリーはドラゴンの懐に飛び込む。出てきたときには金の卵をしっかりと抱えていた。

 

「やった! やりました! ハリー・ポッターが最短時間で卵を取りました! これでポッター君の優勝の確率が上がるでしょう!」

 

 順番に点数が発表されていく。結果としてはカルカロフ以外の全員が高得点を付け、合計点は四十点。クラムと同点だ。所謂暫定一位というやつである。

 

「よくやったよね。少しチキンプレーだったけど。」

 

「そうですね。意外に堅実でびっくりしましたね。」

 

 派手なのか地味なのかよくわからないが、なんにしても卵を取ることが出来た。ハリーなりの頭脳プレイと言ったところだろう。まあ、はっきり言えばそんなことはどうでもよろしい。私たちにとって本番はこれからだ。ついに咲夜の出番である。

 ホーンテールが二十人ほどの魔法使いに連れられて退場したあと、卵の入れ替えが行われたが、その時点で少し奇妙な点があった。卵のサイズが異様にでかいのだ。混ぜられた金の卵が小さすぎて少し浮いてしまっているぐらいだ。卵のサイズがアレなら、ドラゴンはどのような大きさなのだろう。少ししたのち、何十人の魔法使いに連れられてドラゴンが競技場内に入ってくる。そのドラゴンは先ほどのものとサイズを比較するまでもなく、明らかに大きかった。

 

「ウクライナ・アイアンベリー種ですね。魔法界に生息するドラゴンでは最大級の大きさで、さらには狂暴という。」

 

 これは見ものである。一体咲夜がこのドラゴンをどのように料理するのか。私にあのような確認を取ってくるということは、まともな攻略の仕方をするのではないだろう。ドラゴンが落ち着いたところでバグマンが実況を再開させる。

 

「さて、次が最後の選手になります。最年少選手の一人にして、ホグワーツ創設以来の天才! 十六夜・咲夜!」

 

 歓声と共にブザーが鳴り響き、咲夜が控えのテントから姿を現す。私はその姿に全く違和感を覚えなかったが、周囲からは異様な歓声が沸き起こる。ああ、そうか。びっくりするほど違和感がないと思ったが、なるほど、納得だ。咲夜は今、いつも紅魔館で着ているメイド服を着ていた。

 

「さあ最後の選手の登場です。おーと! これはサービス!? メイド服を着ています。みなさんよく心のカメラであの姿を……っと話がズレました。」

 

 咲夜は右手に杖を構えると、ドラゴンに向かって恭しく一礼する。ドラゴンは咲夜のそんな様子に首を傾げていた。

 

「おっと、ドラゴンと決闘でもしようとしているのか? ドラゴンは奇妙なものを見るような目で十六夜選手を見つめます。」

 

 バグマンは決闘のようだと言った。だが、それは大きな間違いであると言わざるを得ないだろう。決闘をするものは、少なくともあんな目をしない。あれはどちらかというと、鶏の首を刎ね落とすかのような、機械的な目だった。

 咲夜は近くにある岩に杖を向けると、それを粉砕する。どうやら、何か策があるようだった。砕かれた岩は咲夜の杖の動きに合わせて浮遊し、列をなしてドラゴンを包囲する。言うなれば土星の輪っかのようなものでドラゴンを取り囲んだとも言えるだろう。次の瞬間、取り囲んでいた岩が全てナイフに変わった。

 

「it`s Show Time. 踊り狂いなさい。」

 

 咲夜の冷たい声が競技場内に響き渡る。咲夜は変身させたナイフを左手に持つと、一度に三本ずつ次々に投擲した。投擲されたナイフはドラゴンを取り囲んでいたナイフに弾かれ、ドラゴンの方へと飛んで行った。

 

「これはなんということでしょう! まるでナイフが意思を持っているかのようにドラゴンを包み込み傷つけていきます。ですがこれでは致命傷は与えられません!」

 

 バグマンの言う通り、ナイフはドラゴンを掠めるだけで突き刺さることはない。故にどんどんとドラゴンを囲むナイフの本数が増えて行っていた。

 

「秘儀『黒髭危機一発』」

 

 咲夜がドラゴンに向けて杖を振るう。それを合図にしてナイフが一本ずつ、物凄い速度でドラゴンに突き刺さっていった。秒間百本以上のナイフがドラゴンを襲う。

 

「物凄い連撃です! 硬い鱗をものともせずにナイフがドラゴンに突き刺さっていきます。ドラゴンを剣山にでもするつもりなのでしょうか!?」

 

 全てのナイフがドラゴンに刺さるまでに十秒も掛からなかった。最後の一本がドラゴンに刺さった瞬間、爆音と共にドラゴンの首が打ち上げられる。

 

「へぇ。」

 

 ついつい感嘆の声を漏らしてしまう。時間を停止させて何かを行ったのだろうが、流石にこれは予想していなかった。

 

「ど、ドラゴンの首が飛びました! 一体どういうことだ!? どのような魔法を使ったのか見当もつきません!」

 

観客の歓声と悲鳴と共にドラゴンの首が落下し始める。落下地点には大きな銀の皿が用意されており、ドラゴンの首は見事に銀の皿の上に載った。その光景に観客はみな押し黙る。どうリアクションを取っていいか分からないといった表情だった。いや、単純に唖然としているだけか?

 咲夜は審査員席に向かって優雅にお辞儀をすると、ドラゴンの死体を踏み越え金の卵を持ち上げた。

 

「や、やりました! 十六夜選手最短時間で金の卵を手に入れました! しかもドラゴンを討伐してのクリアです。えぇ、非常に魅せてくれました! まさに優雅! まさに瀟洒! 傷どころか服さえも汚しておりません。これは高得点が期待できそうです。」

 

 バグマンの実況と共に固まっていた観客たちが我に返る。ダイナマイトでも爆発させたような歓声と拍手が沸き起こった。

 

「圧倒的ね。他の選手とはレベルが違うわ。」

 

 横で美鈴がドヤ顔をしている。なんというか非常にウザい表情だが、きっと私も無意識のうちにドヤ顔をしていたことだろう。鏡がないので確認することが出来ないが、全くもって誇らしい。

 

「さあ、審査が終わったようです! 審査員の皆さんは点数をお願いします!」

 

 マクシームから点数を出していく。当然のように十点。その後も十点の表示が続いていく。まあ普通に考えて五十点満点だろう。他の選手と比べて劣っている要素が何一つ存在しない。クリア時間、使っている魔法の高度差、魅せ方。どれをとっても咲夜が一番優秀だろう。

 五十点満点と予想しながら私は審査員の点数を確認していく。カルカロフまで十点表示が続いているので、このまますんなり五十点満点になるだろう。だが、カルカロフは私の予想を完全に裏切った。カルカロフが掲げた点数は三点。今までで一番低い配点である。

 

「マジかよ!!」

 

 隣にいた美鈴が思わず叫ぶ。周囲の観客もその配点に完全に黙っていた。皆の心境を代弁するならこうだろう。まったく意味が分からない。あのダンブルドアでさえ、目を見開いてカルカロフを見ていた。一触即発とまではいかないが、流石にカルカロフも不正が過ぎたことに気が付いたらしい。少し顔を青くしていた。

 

「あら。」

 

 静まり返った会場に声が響く。痛々しいまでの沈黙を破ったのは、先ほどまでドラゴンと戦っていた咲夜だった。

 

「貴方の自慢のクラムは競技をクリアするのに何分掛ったのかしら? 自慢のクラムは私と同じことが出来ると?」

 

 まさかここで咲夜がカルカロフに救いの手を差し伸べるとは。咲夜は暗に採点をやり直す機会を与えたのだ。そうでなければ、流石に自分の生徒を贔屓しすぎているとして、審査員を降ろされるところだっただろう。咲夜の抗議をきっかけにして、観客たちがカルカロフにブーイングを送る。カルカロフは苦々しい複雑な表情を浮かべて点数を十点に変更した。

 

「満点! 満点が出ました! 今大会初の満点です! 学生とは思えないような……いや、闇祓いも単身でドラゴンの討伐などやってのけないでしょう! 文句のつけようがない技術と力量です!」

 

 割れんばかりの拍手の中、咲夜は悠々と控えのテントに戻っていく。まったく、大したものだ。次帰ってきたときにでも抱きしめてやろう。覚えていたらだが。

 

「さて、帰りましょう。」

 

 私は肩に立てかけていた日傘を持つと、伸びをしながら立ち上がる。美鈴も満足げな表情を浮かべていた。

 

「帰りはどうしようか。ホグワーツ特急?」

 

 ホグズミードへの帰路を歩きながら、美鈴が私に聞いてくる。確かにそれでもいいのだが、少し面倒くさいとも言えた。

 

「いえ、帰りは煙突飛行にしましょう。お姉ちゃんも一回乗れれば十分でしょ?」

 

「まあそうだけどね。お金もかかるし。」

 

 ホグズミード村にある適当な店に入り、暖炉を借りる。私はその暖炉に煙突飛行粉を放り込み、美鈴と一緒に中に入った。

 

「紅魔館。」

 

 店主に聞こえない程度に、だが発音が怪しくならない程度の小声で目的地を言う。次の瞬間には私たちは紅魔館の大図書館の暖炉に降り立っていた。

 

「待った。」

 

 パチェの鋭い言葉に暖炉から出ようとしていた私と美鈴の足が止まる。

 

「三手、いや六手戻して。」

 

 どうやら朝にやっていたチェスの決着はまだついていないようである。チェス盤を見ても殆ど局面が動いていない。私は小さくため息をつくとパチェの横に腰かけた。

 

「美鈴、取りあえず家事に戻っていいわよ。私はこの勝負の決着をつけてから寝ることにするわ。」

 

 私は大きく欠伸をしながらチェスの駒を動かす。戦況はアホみたいに悪いが、勝てない勝負ではないだろう。

 

「流石にズルくないですか?」

 

 対面にいるリドルがジトッとした目を私に向けてくる。私はパチェと肩を組んで不敵に笑った。

 

「パチェと私は一心同体よ。パチェは私の外部記憶装置だし、私はパチェの体のようなもの。故に、ここで私が代わりに打つのは正当な行為。」

 

「じゃあヴォルデモート呼んできてもいいですか? あれ僕の半身なので。」

 

「いいわよ。居ても居なくてもあんまり変わらないし。」

 

 リドルは分かりやすく舌打ちすると、チェスの駒を動かす。チェスというゲームは基本的に形勢を逆転させるのは難しい。難しいが、それは実力差がない場合である。代打でチェスを打ち始めて三十分。少し時間は掛かったが、なんとかチェックメイトをすることが出来た。

 

「……これでチェックメイトよ。」

 

 私はクイーンをキングが取れる位置に移動させる。リドルはこめかみを何度か指で叩くと、諦めたようにため息をついた。

 

「どうやら僕の負けのようですね。」

 

「あら、待ったは使わないの?」

 

 私はそう提案するが、リドルは静かに首を横に振る。そして大きく肩を竦めた。

 

「そんな恥知らずなことできませんて。」

 

 パチェが椅子を倒す勢いで机を叩きながら立ち上がる。両手を握りしめて全体的にプルプルしていた。なんだか可愛い。まあでも、今のは怒るのも致し方ないだろう。今のは完全に侮辱だった。パチェは顔を真っ赤にしながらリドルを睨みつけると、怒りに震えながらも椅子に座りなおす。

 

「どうせチェスは弱いわよ。チェスはね。」

 

「というか、リドル。貴方チェス強いのね。久々に苦戦したわ。」

 

「三十分であの状況から逆転させておいてよく言いますね。これでも魔法チェスのチャンプだったのですが。」

 

 リドルがチェスの駒をチェス盤の裏に仕舞いながら言う。よほど自信があったようで、少ししょげているようだ。まったくどいつもこいつも感情豊かで羨ましい限りである。

 

「キャリアが違うわよ。私五百歳貴方六十歳。それにここ数百年はひたすら頭を使って生き抜いてきたのよ?」

 

 これでもスカーレット家の当主だ。駆け引きで後れを取ってはいけない。闇の帝王なんぞに負けてたまるか。

 

「なんにしてもパチェ、一つ聞きたいことがあるんだけど。」

 

 私は机の上に伏せているパチェに問いかける。

 

「この変装っていつ解けるの?」

 

「ああ、そういえばまだ解いていなかったわね。」

 

 パチェは机から顔を上げると私の肩に軽く触れる。触れた瞬間に背中に羽が生えるのを感じた。それで気が付くが、そうか、先ほどまで羽は消えていたのか。何か物足りないとは感じていたが、まさか羽が無くなっていたとは思わなかった。

 

「まあパチェ、気を落とさないで。今気軽にやったそれですらリドルには不可能なレベルの魔法だから。」

 

「そうですよ先生。吸血鬼や妖怪をあそこまで完璧に人間に擬態させることが出来るのなんて先生以外にはいませんよ。」

 

 あ、どうやら変装どころの話ではなかったようだ。しかし今擬態と言ったか。もしかしたら日の光に当たっても大丈夫だったのかも知れない。まあ、怖くて実行出来たものではないが。私たちが必死におだてた結果、何とかパチェは機嫌を取り戻す。やはり引きこもりは少々我儘に育ってしまうものなのか? パチェといいフランといい、本当に手間のかかる家族である。

 

「なんにしても、今日も今日とて私は寝るわ。夜までにはまだ少し時間があるし、少しでも寝ておかないとね。」

 

 いくら寝る時間を調整したからといって、昼間はやはり眠たいものだ。これは自然の摂理であり、逆らえない本能である。理性によってある程度は本能を抑え込むことも出来るが、それでも眠いものは眠いのだ。

 

「あらそう。そういえば、試合の方はどうだった?」

 

 すっかり顔色が元に戻ったパチェが椅子から立ち上がろうとしていた私に問う。私はそのまま立ち上がると大図書館の出口に向かって歩き出した。

 

「勿論咲夜が一番よ。満点を取って課題をクリアしたわ。」

 

「そう、まあ相手はドラゴンだし。咲夜なら何の問題もなく突破したでしょうね。」

 

 やはりと言うべきか、パチェは課題の内容を全部知っているようである。まあ当然だ。パチェには魔法省の情報を探るように言ってある。魔法省が今後の課題の内容を決めている限り、パチェもそれを知ることになるのだ。

 

「ただ能力の性質上、次の課題は厳しいものになりそうよ。だって――」

 

「おっと、ネタバレはそこまでよ。これでも私楽しみにしてるんだから。」

 

 パチェの言葉を遮りつつ、図書館のドアを開ける。

 

「じゃあ、また夜にでも。」

 

 私は眠い目を擦りながら大図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 1994年、十二月。クリスマスパーティーの準備を進めていた私の元に凶報が入った。いや、狂報と言い換えるべきかも知れない。私の目の前には、困り果てた表情のリドルが立っている。凶報を持ち込んだのはリドルだ。

 

「ごめんなさいね。仕事の疲れか上手く聞き取れなかったわ。もう一度、同じことを言いなさい。」

 

 私は軽く頭を抱えながらリドルに問い返す。リドルは申し訳なさそうに先ほど言ったことを繰り返した。

 

「クリスマスにお暇を頂くことは可能でしょうか。」

 

 どうやら仕事の疲れのせいではないらしい。今こいつは何を言った? クリスマスに休暇が欲しい? 頭がおかしいんじゃなかろうか。それとも天性の馬鹿なのかも知れない。

 

「リドル、ホグワーツを首席で卒業した貴方に、私としてもこんなことは言いたくないのよ? でも言わせてもらうわ。バッカじゃねぇの!? 論外よ。ただでさえ今年は咲夜がホグワーツのクリスマスパーティーに出席するとかで人手が足りないのに。パチェが過労死するわよ! そりゃね、何もない日に休暇が欲しいと言われれば、はいどうぞ休んでくださいと言えるわ。例えば今日とかね。でもねリドル。紅魔館ではクリスマスにクリスマスパーティーなるイベントが開催されるの。外から多くの客を呼び込んで盛大に行われるパーティーよ? そんなパーティーの運営を私含めて三人で行えって? もう一度言うわよ、バッカじゃねぇの!?」

 

 そもそも咲夜がいないというだけで大忙しなのだ。これ以上人員が減るというのは、あまりにも……。

 

「……はぁ。貴方の働きには期待しているのよ。そもそも外出が出来ない貴方が、休暇を貰って何をするというのよ。昼寝?」

 

「実はクリスマスパーティーに呼ばれてしまいまして。」

 

 今まで黙って私の怒声を聞いていたリドルが、信じられないようなことを口にした。もしかして怒鳴りすぎて言語を司る神経がおかしくなってしまったのだろうか。今こいつはクリスマスパーティーに呼ばれたと言ったか?

 

「ちょっと意味不明すぎるわ。順を追って説明しなさい。」

 

 私は立っているリドルを向かい側の椅子に座らせて詳しい話を聞くことにする。こいつの困り顔と意味不明な発言から察するに、何か事情があるのはわかる。

 

「それがですね。咲夜からダンスパーティーのパートナーになって欲しいとお願いされまして。いや、あれはお願いってよりかは命令の類でしたけど……。」

 

 そう言ってリドルは大きくため息をつく。確かにクリスマスにダンスパーティーがあるという話は聞いている。代表選手は強制参加で、ダンスのパートナーを見つけないといけないという話も聞いている。だが、そのパートナーがリドルである必要性は聞いていない。何故リドルなのだろうか。もっと適任がいくらでもいるはずなのだが。

 

「……咲夜ってそんなに、壊滅的なほどに友達いないの?」

 

「そんなことはないはずです。今ホグワーツで生徒の人気投票が行われたら間違いなく一位になる程度には人気があるでしょう。後輩からは慕われていますし、上級生にも嫌な顔はされていません。」

 

 なんでこいつこんなにホグワーツの情勢に詳しいんだ? 咲夜から色々と聞いているのだろうか。

 

「なら他にパートナーになり得る人間は腐るほどいるでしょう? なんでリドルなのよ。」

 

「咲夜曰く、自分に釣り合うのは僕しかいないとのことでしたが、真意は分かりません。」

 

 まあどこの馬の骨とも分からない男に咲夜の手を握らせるぐらいなら、リドルを派遣した方がいいというのは分かるが、それを咲夜の方から提案してくるのは謎だった。咲夜ならリドルをホグワーツに送る危険性をよくわかっているだろう。一応破壊されたことになっているとはいえ、リドルの姿は若き日のヴォルデモートそのものだ。魔法でガチガチに変装させないとあっという間にダンブルドアあたりに正体を見破られてしまうだろう。

 ダンブルドアはあれでも元変身術の教授だ。変装や変身に関してはプロフェッショナルなはずである。それに、パチェが死ぬ気で頑張って何とか偽装を施したとしても、それはそれで目立つ。ダンブルドアですら見破れない偽装を纏った少年。世間では、そういう存在のことを不審者と呼ぶ。

 

「珍しいわね。咲夜がそんな無茶苦茶なことを言うなんて。ある種の我儘なのかしら。もしそうなのだとしたら出来る限り叶えて上げたいところなんだけど……動機の可愛さによるわね。」

 

 可愛らしい動機。例えば、折角のダンスパーティーなのだから友達と一緒に踊りたい、とか。そういった理由だったら我が従者可愛さにリドルを派遣してしまうかも知れない。だが、咲夜がそんなどうでもいい、可愛らしい理由でリドルを派遣してほしいと言っているとも思えなかった。

 

「動機の可愛さ……ですか。まあでも確かにあの咲夜ですから、ただの我儘ではなさそうなのも確かです。わざわざ僕を派遣してほしいと頼む理由……。僕を囮にして何かやろうとしているとか?」

 

 確かに、可能性としては捨てきれない。そんな不審者が現れたら間違いなくそっちに目が行く。

 

「咲夜が何かをしようとしているというのは考えられないわね。それだと完全にリドルを捨て駒として使うことになる。どんなに怪しい相手でも、咲夜のダンスのパートナーとなれば強引な手段が取れなくなる。そういったことも考えてダンスのパートナーって言っているんだろうし。もし何かの陽動だとしたら、実行犯は他にいるはず。さらに言えば、そんな大掛かりな作戦を実行しようとしているんだったら、何らかの手段で私に確認を取ってくるはずよ。だから、陽動、囮ということはないでしょうね。」

 

「だとしたら僕と接触することが目的、もしくは咲夜と僕が一緒にいるところを特定の人物に見せたいと言ったところでしょうか。」

 

 まあそう考えるのが妥当なところか。

 

「リドルと直接会わないといけないような用事……何かを受け取りたいとか? でもパチェの手に掛かれば咲夜のところに直接戦艦を送り付けることも出来そうだけど。なんでリドルなのかしら。」

 

 本来ならば咲夜とコンタクトを取って意図を聞き出すのがいいのだろうが、咲夜の方にはあまり干渉しないことにしている。

 

「うーん……ただ友達と一緒にダンスを踊りたいだけとか、そんな簡単な理由ならこちらとしても救われるんだけどね。まあいいわ。行ってきなさいな。リドル。」

 

 咲夜のことだから何か考えがあってのことだろう。部下の思惑を台無しにするほど、私も無粋ではない。だが、リドルはそんな私の返答が予想外だったようだ。口を半開きにしたままポカンとしていた。

 

「え、いや……行ってきていいんですか? 自分から言い出しておいてなんですけど、てっきり断られるかと……いや、断られる前提でここに来たんですが。」

 

 リドルの態度を見るに、どうやら私から咲夜を説得してほしかったようだ。リドルの言うことは聞かなくても、私の言うことなら聞くだろうという判断だろう。まあ、リドルの言うことももっともだ。紅魔館としても、クリスマスは余裕がない。

 

「断られる前提ね。確かに人的余裕は全くないわ。でもそれと同時に面白そうでもある。若き日のトム・リドルをダンブルドアの前に晒すという行為そのものがね。パチェと良く相談して、偽装を完璧にしなさい。あとそれと、私から咲夜への伝言を託すわ。『不死鳥の騎士団に入るにあたって、咲夜の能力の話をしていい』とね。あの能力は非常に貴重なもの。ダンブルドアはそれこそ喉から手が出るほど欲しがるはずよ。例え咲夜が学生であっても、自分の陣営に引き込むに違いないわ。」

 

 咲夜が不死鳥の騎士団に入るにあたって危惧していたことの一つに、咲夜がまだ学生であるというものがあった。どんなに追い詰められていたとしても、あのダンブルドアが戦争に学生を巻き込むようなことをするかと。どれだけ咲夜が優秀であろうとも、普通に優秀なだけでは足りない。優秀ではなく、異常でなければ、ダンブルドアが自らの仲間として引き込むことはないだろう。

 

「そういえば、少し前にホグワーツが監獄のようだという話をしたわよね。」

 

「娯楽が少ないという話ですか? 図書館の中でしましたね。」

 

「その時は、娯楽という面でしか見ていなかったけど、今考えると本当に監獄のようね。教師から監視され、外出の自由は利かず、娯楽も少ない。外との通信方法は梟便による手紙だけ。まるで咲夜を人質に取られているようだわ。」

 

 それを聞いてリドルはまた目を丸くする。そのあとクツクツと笑い始めた。どうやら私の表現が余程面白かったらしい。

 

「娯楽が少ないというのは認めますが、あそこは魔法使いの学校です。元々、魔法使いを育成するために作られた学校だということをお忘れなく。今でこそあそこで学んでいるのは魔法族の子供ですが、昔はもっとちゃんとした魔法使いの為の学校だったのです。」

 

 私はリドルが言わんとしていることを理解した。咲夜が賢者の石を持って帰ってきた時にパチェが話していた内容を思い出す。『魔法使いとは知識を求める生き物なのよ。巨万の富や永遠の命は副産物でしかない。』

 

「なるほど、昔はパチェがいうところの本当の意味での魔法使いを育てる学校だったと。そういう意味ね。知識だけを追い求め、好奇心の赴くままに研究を続ける。」

 

「そうです。その頃の風習が残っているため、ホグワーツには自由がない。いや、当時は自由など必要としていなかったのです。」

 

 そう言われれば、自由のなさも納得できる。つまりあそこは純粋な魔法使いにとっては天国のような場所だということか。娯楽がないという話をしたときに、パチェとリドルが否定した理由が分かった。パチェもリドルも、ドン引きするぐらいの『純粋な魔法使い』だ。

 

「まあ実際リドルはホグワーツ生以上に自由がないわけだけど、不便はしてなさそうだしね。」

 

「今ではすっかり図書館が僕の家ですよ。何にしても、伝言をお預かりしました。クリスマスパーティーの時に咲夜に伝えます。」

 

 リドルは椅子から立ち上がると、一礼し部屋を出ていく。出ていった後で、ふと思うことがあった。魔法使いとしてあるべき生き方をしているパチェとリドルにとって、ホグワーツとは故郷のようなものなのかも知れない。だが、純粋な魔法使いではなく、勉強も嫌いな咲夜にとってホグワーツとはどのような場所なのだろう。

 敵国の軍隊にスパイとして潜入している。ふとそんなイメージが思い浮かび、私は一人部屋で笑った。なんにしても、第二の課題の時にでも会いに行こう。今度は変装することなく、普通に観戦しに行くのもありかも知れない。

 

「あ、クリスマスパーティー……。」

 

 …………。その前に盛大に頭を抱えそうだ。




第一の課題

クリスマスの運営が三人になることが決まる←今ここ

あれ? 本当に一万文字書いたか心配になるほど話が進んでないぞ?


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仮面やら、パズルやら、ダンスやら

この作品の一話を投稿してから二か月が経とうとしています。でもまだ炎のゴブレットまでしか進んでません。やばいですね。前作なんて八十万文字を二か月で書いたのに、今作まだ二十六万文字です。流石に半分以上執筆速度が落ちているのには苦笑せざるを得ません。
これからもゆっくりとした投稿になるとは思いますが、どうかご容赦ください。投稿が遅いのは決して13を掘っているからではありません。敵兵を呑気に一人ずつフルトン回収しているからでもありませんし、すごーい! と言いながらIQを下げていたからでもないのです。……神様、時間をください←こんな人間

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1994年、クリスマス。私はパーティーホールで一人ワイングラスを傾けていた。今年のクリスマスパーティーは妖怪、亜人、化け物を中心に招待し、去年と比べるとかなり派手なものとなった。たまにはこのような馬鹿騒ぎもいいと思う。まあ人間の招待客が殆どいなかった為、かなり狂ったことになったが。

 ホームパーティーのような雰囲気だったので、客の中には自ら料理を持参してくる者もいたのだが、それがまた面白いのだ。定番の星を見上げるパイから始まり、目玉のシロップ漬け、中には生きた人間をそのまま持ち込む者もいた。おかげで会場内はあちこち血だまりだらけだ。あとで美鈴に掃除させなければならないだろう。

 そういえば今日のパーティーには懐かしい顔も来ていた。美鈴がよく行く闇市場に店を構えている吸血鬼だ。調味料を扱っている商人で、世界中から香辛料などを取り寄せている。そのためか結構面白い話をするのだ。

 面白いと言えば、人間を養殖している人間がパーティーに顔を出していたな。同族を商品として扱うというのは倫理に反しそうだが、奴から言わせれば豚肉も人肉も変わらないらしい。養殖用に生まれた人間には人権がない。いや、そもそも人権という言葉を理解すらできないと言っていたか。教育をしなければ猿と変わらないらしい。これでもその仕事に就く前は学校の教師だったという話なので、おかしなものだ。

 私はワイングラスを机に置くと、パーティーホールを後にした。後片付けは美鈴に任せよう。

 

 

 

 

 

 

「取りあえず、肉体を作りましょう。今の貴方の体は魔力で出来ている。実体があると言っても肉の体があるわけではないわ。」

 

 先生が迷いのない手つきで床に魔法陣を書き込んでいく。その手際には惚れ惚れするが、感心している暇はない。僕も手伝わなくては。僕は一冊の魔導書を本棚から取り寄せると、それに魔力を込める。この魔導書は貯蔵庫に保管されている材料を取り寄せるためのものだ。貯蔵庫というのは紅魔館にあるのではなく、先生曰く別次元にあるらしい。詳しい原理は分からないが、取り寄せるのに難はない。

 取り寄せた材料を決められた場所に配置していく。先生が言うにはこのような材料が無くとも錬成は可能らしいが、それにはかなりの手間がかかるらしい。言うなれば料理をするのに食材から作るようなものだ。材料があるに越したことはない。

 数分もしないうちに人体を錬成する魔法陣が出来上がった。先生が魔法陣に手をかざすと、材料が混ざり合い人の形を作っていく。数十秒後には十五歳前後の男の人間の肉体が出来上がった。先生は出来上がった肉体を持ち上げると、隅々まで確認し、満足そうに頷く。どうやら満足いくものが出来たようである。

 

「去年ジニーに取りついた要領でこの肉体を着てみなさい。理論上は可能なはずよ。」

 

「やってみます。」

 

 先生の言葉に頷き、肉体に意識を集中させる。体を乗っ取るというよりかは、その体を自由に動かそうとする感覚。僕は慎重に体の中に入り、ゆっくりと起き上がった。

 

「なんとか入れたようね。声は出せる?」

 

「ええ、大丈夫です。あ、声は変わるんですね。」

 

 いつもの声とトーンは似ているが、音が少し違う。少し違和感が残るが仕方がないだろう。

 

「まあ声帯が変わってるから声も変わるわ。取りあえず服ね。」

 

 先生は魔導書を開くと複雑な魔法を唱える。次の瞬間には僕はパーティー用のタキシードを着ていた。

 

「特別製よ。認識阻害の魔法が掛かった服ではなく、認識阻害の魔法が服になったものだから。」

 

 それはまた……無茶苦茶な魔法だ。発想が根本的に違う。それにどのようなメリットがあるのかは分からないが、普通に魔法を掛けるよりかは効果は高そうである。先生は机の上に手をかざすと、一枚の仮面を生成する。見た目だけはピエロのようだが、アレにもかなりの魔力が込められているのだろう。先生は出来上がった仮面をこちらに投げる。飛んできた仮面を掴み取り、顔に近づけると磁石のように顔に吸い付いた。

 

「これは? ……っと、また声が変わりましたね。」

 

「ええ、開心術を無効化すると共に声色を変える魔法も掛かってる。」

 

 僕は目の前に鏡を出現させると、身だしなみを確認する。ぱっと見では、変な仮面を被ったホグワーツ生にしか見えないだろう。認識阻害の魔法にも違和感なく、実力のある魔法使いでないと魔法が掛かっていることすら分からないだろう。

 

「さて、これで準備は整ったわけだけど……待ち合わせは何処だったかしら。」

 

 僕は腕時計で時間を確認する。待ち合わせの時間まであと数分だった。

 

「ホグワーツ三階の女子トイレです。秘密の部屋の入り口があるところですね。」

 

「あそこね。ならそこまで難しくないか。あ、そうだ。ついでにこれを持っていきなさい。」

 

 先生はポケットに手を入れると、女性用の指輪を僕に渡してくる。

 

「ホグワーツで姿現しをするための指輪よ。咲夜の場合時間を止めたら何の問題もなく姿現しができそうだけど、一応の保険ってことで。」

 

「分かりました。渡しておきます。」

 

 僕は指輪を受け取ると、ポケットに仕舞いこむ。そろそろ時間だ。僕は先生に一礼すると転移用の魔法陣の上に立った。別にこのような転移魔法を使わなくとも姿現しを用いれば移動することは出来る。だが、姿現しでは魔法の痕跡が残るのだ。姿現しとは正確に表現すると姿くらまし、姿現しである。移動する地点で姿くらましを行い、移動したい先で姿現しを行う。つまり移動した先で魔法を使うことになるということだ。そういう性質があるため移動した場所に魔法の痕跡が残る。

 先生が使う転移魔法はまた違う仕組みを持っており、移動させたい場所に直接モノを送り込むのだ。故に移動先に魔法の痕跡を残さない。魔法の痕跡が残るのは、術を発動させた場所だけなのだ。

 先生は僕の下にある魔法陣に魔力を込め始める。約束の時間まであと数秒。おそらく時間ぴったりに送るつもりなのだろう。この術式で移動するのに掛かる時間は十分の一秒。まったくラグがないわけでもない。約束の時間まで残り一秒。魔法陣が光り転移が始まった。

 なんの違和感もなく、次の瞬間にはホグワーツ三階にある女子トイレに立っていた。目の前には黒と赤のドレスローブを着た咲夜が立っている。黒と黒で色が被ってしまったが、まあこの際いいだろう。物は言いようで統一感があると言えばそこまで悪いとも思えない。

 

「時間ぴったりってのは、なんだか一番印象が悪い気がするわ。そうは思わない?」

 

 咲夜が皮肉たっぷりにそう言った。

 

「一秒でもズレると文句を言う人のセリフじゃないね。」

 

 原子時計並に正確な時計を持っている咲夜からしたら、一秒というのは大きな時間だろう。きっと一秒以上ズレていたらそれはそれで文句を言ってきたに違いない。僕が軽く肩を竦めると、咲夜は僕の容姿を上から下まで眺め、仮面を見つけたところで動きを止めた。やはりというか、ピエロの仮面が気になるようだ。ペストマスクでないだけマシと言いたい。

 

「先生にありったけの認識阻害呪文を掛けてもらった。ダンブルドアでも僕の正体を見抜くことは出来ないだろう。」

 

「ふうん。」

 

 咲夜は納得したのか、右手を僕の方へ持ち上げる。エスコートしろということだろう。

 

「じゃあ行きましょうか。」

 

 僕は咲夜の手を取って歩き出す。このように実体を持ったままホグワーツの中を歩くのは久しぶりだった。

 

「ホグワーツは懐かしい? ……ってほどでもなかったわね。」

 

 咲夜もそれを感じ取ったのか、そんなことを口走る。だが、咲夜の言う通りそこまで久しぶりというわけでもないのだ。

 

「そうだね。一昨年ジニー越しに嫌というほど見たよ。」

 

 それこそ、先ほどのトイレは秘密の部屋の入り口になっているので、よく見た場所だ。

 

「だけどここは僕の始まりの場所でもある。僕はここで自分を磨いた。」

 

 そう、孤児院で暮らしていた僕はホグワーツに入学したことで変わった。自分の力の使い方をここで学んだのだ。

 

「そう言えば、貴方はちゃんと学校を卒業しているのよね。なんだか意外だわ。」

 

「ここにいる記憶の僕はまだ卒業していないけどね。」

 

 この際校長室に乗り込んで、卒業証書を受け取ってくるのも良いかも知れない。一瞬そう思ったが、よく考えたら今のヴォルデモート卿が既に受け取っているはずである。もう残ってはいないだろう。

 

「さて、そろそろ玄関ホールだ。僕のことはジョン・ドゥとでも呼んでくれ。」

 

「分かったわ。ジョン。」

 

 冗談のような名前だが、今の僕にはぴったりな名前だ。咲夜も同意見なようで、何よりである。玄関ホールは大広間への入場を待つ生徒でごった返しており、三校の生徒が入り交じり大変カオスな場所になっていた。さらに言えば、その場にいる全員がドレスローブに身を包み、着飾っている。

 

「暫く人混みに紛れていたほうがいいかしら。貴方のその仮面、凄く目立つし。」

 

 咲夜は僕の仮面を見ながらクスリと笑う。そこまで変だろうか。個人的には少し気に入っているのだが。

 

「なに、問題ないよ。君の方が目立ってる。美鈴から聞いたよ。君学校でデンジャラスクイーンとかキリングマシーンとか言われているんだって? 僕より酷いじゃないか。」

 

「貴方と違って優等生演じてないもの。」

 

 まあ、確かに学生時代は優等生を演じていた。そのほうが学校では暮らしやすかったし、仲間を作ることも容易だった。何より、優等生を演じていたからこそ、ハグリッドに秘密の部屋を開けた罪を擦り付けることが出来たともいえる。ただ、咲夜の言う通り目立っているには目立っているようだ。周囲の生徒は僕と咲夜を見てひそひそと何かを囁き合っている。まあ代表選手が謎の仮面の男を連れているのだ。目立たない方が難しいだろう。

 

「それにしても、ドラゴン相手に大立ち回りだったみたいじゃないか。将来は曲芸師でも目指すのかい?」

 

「お嬢様に拾われていなかったら、そういう道もあったかもね。いや、案外第二のヴォルデモートになっていたかもだけど。」

 

 咲夜の親は何者かに殺されたのだと聞く。美鈴の証言からその場にいた母親と咲夜の髪の色は違っており、生みの親ではなかった可能性もあるという話だ。もしかしたら元々捨て子で、偶然あの母親が拾ったのかも知れない。もし咲夜がレミリア嬢に拾われていなかったら、僕と同じく孤児院に入っていただろう。それならば、僕と同じ道を辿った可能性もある。

 

「もしそうだったら、ヴォルデモートは優秀な部下を手に入れただろうね。いや、咲夜のことだから、互いに潰し合うかな?」

 

「どうでしょうね。お嬢様に拾われたからこそ、今の私がいるのであって。そのほかの可能性なんて考えられないわ。」

 

 お嬢様に拾われなかった私は私じゃない、か。咲夜のレミリア嬢に対する入れ込み具合は相当なモノのようだ。それほどまでに他人に忠義を尽くすことが出来る咲夜が少し羨ましい。少なくとも、僕の場合生まれ変わってもそこまでの忠誠心を得ることは出来ないだろう。

 

「バタフライ効果ってやつだね。」

 

「風が吹けば桶屋が儲かるともいうわ。」

 

「日本の諺かい?」

 

 物事の歯車が少し狂うだけで、未来は全く違った形になる。それこそ蝶が羽ばたくような微かな変化で未来は変わりかねない。

 

「ジョンは哲学は好き?」

 

 咲夜が軽く前かがみになりながらこちらを見上げてくる。

 

「哲学かい? 論理学の本はよく読むよ。」

 

「あら、そうなの。私は倫理学の本のほうが好きね。論理学は答えが決まっているし。」

 

 どうやら咲夜は大広間が開くまでの暇つぶしをしたいようだった。だとしたら、パートナーとしては付き合うほかないだろう。

 

「倫理学というと、トロッコ問題とかかい? 線路を走っていたトロッコが制御不能になった。このままでは前方で作業をしている五人の作業員に衝突してしまう。作業員は避ける間もなくトロッコにひき殺されるだろう。」

 

「その時自分はたまたま分岐器のそばにいた。私がトロッコの進路を切り替えれば五人は確実に助かるだろう。だが、切り替えた先の線路にも作業員が一人いる。切り替えたら確実にその作業員がひき殺されるだろう。」

 

 僕の言葉に続けるように咲夜が続きを言う。要するにこの問題は、『五人を助けるために一人を殺していいか』というものだ。

 

「咲夜なら、線路を切り替えるかい? それとも、そのままにするかい?」

 

 この問題に明確な答えはない。だが、この問題にどう答えるかによって、その人の性格がある程度わかるというものだ。咲夜は軽く考えると、笑顔で答えた。

 

「何もしないわ。」

 

「それは何故?」

 

「何かをするということは、その事件に関わるということでしょう? 責任問題になるのは嫌だもの。だから何もしないが正解。知りませんでした。その場に居ませんでした。間に合いませんでした。私はこの事件とは何も関係がありません。ってね。一人死のうが五人死のうが私には関係ないし。だとしたら私は自分にリスクがないほうを迷わず選ぶ。」

 

 なるほど、咲夜らしい回答だ。

 

「じゃあ逆に貴方はどうするの?」

 

「そうだね……。僕なら分岐器を切り替えるだろう。五人を助け、一人を殺す。」

 

「あら、意外だわ。なんで?」

 

「助けた五人にとことんまで恩を着せ、殺した一人の死を理由にトロッコの会社を糾弾するためさ。咲夜はリスクを嫌ったみたいだけど、僕はそのリスクを利用して上に行く。」

 

 まあ、あくまで仮定の話だ。このような状況に陥ることはまずないし、その時どうするかなど今わかるこのでもない。

 

「じゃあ違うパターンとして、臓器移植の話をしようか。ここに五人の患者がいる。一人は心臓が悪く、一人は肝臓が悪く、一人は肺が悪く、一人は全身火傷で皮膚が悪く、一人は胃が悪い。皆症状としては末期で、すぐにでも臓器移植を行わないと死んでしまう。さて、ここに一人の健康な青年がいる。この青年一人が犠牲になれば五人の患者を確実に助けることが出来るだろう。咲夜、君ならどうする?」

 

「簡単なことよ。五人の患者の中で最初に死んだ者から臓器を取って他に移植する。一番後腐れがないわ。」

 

 つまらないほどの模範解答が間髪入れずに帰ってきた。面白くもない。

 

「それじゃあ間に合わないんじゃないか? 一人死ぬ頃には全員が手遅れになっている可能性もある。」

 

「じゃあ全員を殺すわ。一人で五人助けることが出来るなら、悪いところを除いたとしても五人で二十人助けることが出来る。」

 

 つまらないほどの模範解答のあとによくそんなキチガイ染みた答えが出てくるものだ。咲夜はそう答えたところで廊下の奥に視線を向ける。そこにはハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーがいた。どうやら向こうも僕たちを見つけたらしく、こちらに歩いてきている。ポッターはパートナーだと思われる女子を連れているが、ウィーズリーは一人だ。まだ合流できていないのだろう。

 

「やあ、咲夜。……そっちの人は君のパートナー?」

 

 ポッターは僕の顔を見ると不思議そうな顔をする。僕は声を出さずに静かに一礼した。

 

「親友のジョンよ。ジョン、こちらはハリー・ポッターとパーバティ・パチル。そしてそっちのノッポがロナルド・ウィーズリーね。」

 

 はいはい、よくご存じですとも。パチルとかいう女子は知らないが、まあ関係ない。咲夜はハリーたちと談笑しはじめ、とても会話に入れる雰囲気ではない。もうすぐダンスパーティーも始まるだろうし、大人しく待っているのが賢明だろう。

 

「代表選手はこちらへ!」

 

 マクゴナガルの喧しい声が玄関ホールに響く。咲夜はロンとそのパートナーに手を振ると、僕の服の裾を引っ張った。手を握ればいいものを、照れているのか?

 

「代表選手とそのパートナーの皆さん。貴方たちは他の生徒が入場した後、列を作って入場します。それまで、ここで待機していてください。」

 

 マクゴナガルは怪訝な視線を僕に向けたが、何も言わずに去っていく。どうやらマクゴナガルは咲夜がどのような生徒かよくわかっているらしい。咲夜のことだ、僕に関する指摘を受けても飄々と受け流すに決まっている。いや、むしろ突っ込み待ちだと思われたのか? そうだとしたら誠に遺憾だ。別にふざけているわけではないし、むしろ命がけだ。

 

「はぁい、ハーマイオニー。貴方のパートナーってクラムだったのね。」

 

 僕が内心悔しがっている横で、咲夜が隣のペアに話しかけていた。どうやらゴツイ男の横にいる女子がハーマイオニー・グレンジャーらしい。なるほど、女は化粧で化けるとは言うが、ここまで顔が変わるものなのか。これはもはや化粧というよりかは整形だろう。実際に、特徴的な出っ歯が内側に引っ込んでいる。咲夜は元の容姿がずば抜けて良いから今日も最低限の化粧以外はしていない。あまり化粧が濃いとレミリアお嬢様よりも目立ってしまうためだ。

 

「こんばんは、ハリー、パーバティ、咲夜。ええっと……咲夜のパートナーの仮面の人はどなた?」

 

 穢れた血は仮面の隙間から見える僕の目をじっと見る。一瞬開心術を掛けようとしているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。ただ目の色を観察していただけのようだ。

 

「ジョンよ。ジョン・ドゥ。」

 

「いや、つまり誰よ。」

 

 この場合穢れた血が正しい。ジョン・ドゥとは身元不明者につけられる名前である。ようは良くあるありきたりな名前だが、ありきたり過ぎて逆にいない名前という奴だ。咲夜が良く使うように日本語で例えるとすれば、田中太郎みたいなものである。

 

「秘密だって言ったじゃない。そういう意味よ。」

 

 僕は目の前にいる穢れた血に恭しくお辞儀をした。個人的にはこのような汚らしいマグル生まれに頭を下げるなど体が腐る思いだが、仕方ないだろう。……ちっ、折角こっちが気を使って礼をしてやったのに、こいつと来たら苦笑いなど浮かべてやがる。この場でなかったら殺しているところだ。

 

「まあ、さくやがふつーうの人をつれてくることは、ありえないでーす。」

 

 ハーマイオニーの更に横にいた女子が僕に話しかけてきた。こいつ、僕を見て笑ってやがる。本来ならばそっちが檻に入れられてサーカスに連れまわされる立場であることを理解していないらしい。確かデラクールとかいったか。ボーバトンで王女様気取りもよいが、容姿だけでなく頭も磨くべきだろう。

 

「随分な言いぐさだね。まあ普通じゃないから仮面をつけているわけだけど。」

 

 これ以上黙っていてもイライラが募るだけなので、言葉を発することにした。

 

「あらジョン。無口キャラで通すんじゃなかったの?」

 

 そんなつもりは毛頭ないのだが、ここは咲夜に合わせておくことにしよう。仮にも、今日は咲夜のパートナーだ。

 

「喋っていないと釣り合わないだろう? 君の軽口を封殺してこそのパートナーだ。」

 

「出来てないけどね。」

 

「君がそう思うんならそうなんだろう。君の中ではね。」

 

 咲夜が僕の頭を平手でぺしりと叩く。こういうのは先に手を出した方の負けだ。つまり、軽口の言い合いは僕の勝ちということだろう。

 

「なんというか、咲夜が親友と言うだけはあるね。」

 

「褒められているのかな?」

 

「いえ、ただ珍しいだけです。ジョンさん。咲夜ってあまり人と仲良くしないから。」

 

 穢れた血が少し困ったものを見るような目で咲夜を見る。

 

「言われているよ? 咲夜。どうやら君は人間に馴染めていないらしい。」

 

「貴方に言われたくないわ。」

 

 まあ確かに、僕も人のことが言えない程度には人間に馴染める気がしない。だが、僕も咲夜も一応は人間だ。

 

「君が仮面をつけろと言ったんだろう?」

 

「一言も仮面を付けろとは言ってないわ。正体を隠せとは言ったけど。」

 

 そういえばそうだった。僕は更に言い返そうと口を開きかけるが、言葉を発する前にマクゴナガルの声が玄関ホールに響く。どうやら、パーティーホールの準備が整ったようである。

 

「今から入場します。それぞれ組になって私についてきてください。」

 

 僕は咲夜が差し出した手を取ってマクゴナガルの後ろをついていく。どうやら僕らは審査員と同じ席に座るようだった。つまりダンブルドアと同じテーブルに座るということである。もうここまで来たらあとは先生の掛けた魔法を信用するしかない。僕は覚悟を決めながら咲夜の隣に腰かけた。

 

「これはこれは、ダンスの前には食事があるのか。仮面なんてつけてくるべきじゃなかったかも知れない。」

 

 軽口でも飛ばさないとやってられない状況だ。バジリスクが倒された時以上に命の危機を感じる。これはかなり拙い状況なのではないだろうか。

 

「あら、じゃあ先生方の前でその仮面を剥いであげましょうか? きっと面白いことになるわよ。」

 

 冗談にしては笑えない。まあ肉体を新たに作り、今はそれを操っているような状態なので、この仮面を外したところですぐに僕がトム・リドルだとバレることはないだろう。だが、認識阻害の魔法が薄れる為少しバレやすくなる。

 

「僕が思うに面白いのは僕のほうでなく、その後いろいろと追及される君の方だとは思うけどね。」

 

 つまりそんなことをしてもどちらにも損しかないと言いたかっただけなのだが、少し言い方がきつかっただろうか。僕はそっと咲夜の顔を覗き見るが、全く気にした様子はなかった。相変わらずのメンタルだ。テーブルの上には金色の皿が置かれているのだが、その上に料理は乗っていない。どうやら、メニューにある料理を口に出すと、料理が現れる仕組みらしかった。

 

「ルービックキューブ。」

 

 僕は試しにメニューに載っていない、さらに言えば食べ物でも何でもないものを要求してみる。流石に無理があったのか、数秒待ってもルービックキューブは来なかった。僕はあたかも僕の要求に応えて皿の上に現れたかのようにルービックキューブを出現させる。出現させると言っても実物を取り寄せたわけではない。魔法でそれっぽいものを出現させただけだ。

 

「へえ、貴方の主食ってパズルだったのね。」

 

 咲夜が僕の手元にあるルービックキューブを見ながらそう呟く。

 

「ああ、これが意外と栄養になるんだ。カラフルなのがいい。」

 

「色のないルービックキューブでもいいじゃない。無限に回せるわよ?」

 

 一瞬中々面白いと思ったが、よく考えるとパズルの意味がなくなるではないか。完成されたパズルはもはやパズルではない。

 

「そもそもそれでは初めから完成しているじゃないか。」

 

「なにやら愉快なパートナーを連れておるのう。咲夜。」

 

 ついに来たかと、僕は少し身構える。そう、声を掛けてきたのはダンブルドアだ。声を掛けてくるとは思っていたので、ある意味予想通りではあるのだが、それでも拙い状況には変わりない。僕は自分を落ち着かせるためにルービックキューブを回し始めた。

 

「これはこれは、ダンブルドア先生。」

 

 僕はルービックキューブを回しながらダンブルドア先生に会釈をする。自分で作ったルービックキューブなので、どこをどう回せば六面が揃うのかは熟知している。僕は最短手数でルービックキューブを揃えると、金の皿の上に戻した。

 

「ダンブルドア先生、紹介します。親友のジョン・ドゥです。」

 

「ほっほ、咲夜、君が自分の口から親友と言うのは少し意外じゃのう。」

 

 どうやら咲夜はダンブルドアからの印象もさほど良くはないらしい。それともあまり感情を表に出さないという意味だろうか。

 

「ほれ、ジョン君。君も何か食べるとよい。ここの厨房にいるシェフの腕はわしが保証しよう。」

 

 このポークチョップなど最高じゃぞ、とダンブルドアは料理を歓めてくる。どうやら僕に仮面を取るよう仕向けてきているようだ。まあ、何を言われても取る気はないが。

 

「申し訳ない。虫歯の治療をしたところでね。歯科医から今夜一晩は何も食べるなと言われているんです。」

 

 僕は適当な言い訳をダンブルドアに投げつける。だがダンブルドアはこれで納得するような人間ではない。

 

「ほほう、マグル式の治療かね。わしはあれに少々興味があっての。何でも悪い歯を抜いてしまうんじゃろ? そして偽物の歯を埋め込むとか。」

 

「そこまで酷い虫歯ではないですが……基本的にはドリルで削り取ります。」

 

「それは恐ろしい。よく耐えたものじゃ。それ、メニューに書いてある飲み物なら大丈夫じゃろ。こんな場で何も飲まないというのも勿体ない。」

 

 ダンブルドアの言葉に遠慮が無くなってきている。強引な方法で正体を探りに来ていないだけまだマシだが、怪しんでいるには怪しんでいるのだろう。

 

「申し訳ない。胃に穴が開いているんです。主に咲夜のせいで。」

 

 僕は咲夜に助けを求めることにした。このまま一人で会話を続けていては、いつダンブルドアが実力行使に出てくるか分からない。

 

「あら、私の言葉ってそんな殺傷能力を持っていたのね。まるで一寸法師だわ。」

 

 本当に咲夜は日本が好きだな。胃に穴が開くという話を聞いてすっと一寸法師が出てくるあたり、咲夜の日本かぶれぶりは相当なものだろう。

 

「日本の昔話じゃったかのう。鬼の口に入ってチクチクと。わしはあれとレプラコーンの区別がつかなくて苦労したものじゃ。」

 

 一体どんな苦労なんだと突っ込んだら負けなんだろうな。

 

「ダンブルドア先生、これでもジョンは食べたいのを我慢しているのです。その苦労を酌んでやってください。」

 

 ここでようやく咲夜からのフォローが入った。咲夜から釘を刺されたことで、ダンブルドアは食事を勧めるという形で僕の仮面を取らせようとすることはしなくなるだろう。だが、全く懲りてはないらしい。

 

「これは悪いことをしたのう。ほれ、お詫びのレモンキャンディーじゃ。」

 

「これはどうも。」

 

 咲夜から忠告を受けたばかりなのに、何の臆面もなくシレっと僕にキャンディーを渡してくる。この場で食べるとでも思っているのだろうか。僕はキャンディーをポケットに入れるふりをし、その場でキャンディーを消失させた。キャンディーを受け取るときにダンブルドアに一瞬触ってしまったが、ダンブルドアの少し悔し気な表情を見る限り、特に何も感じ取れなかったようである。

 

「それにしても、今日はこんな場に呼んでもらうことが出来て大変嬉しいです。咲夜から誘われた時は僕がパートナーでよいものかと散々悩んだものですよ。」

 

「あら、貴方でも悩むのね。」

 

「ほっほ、そう固い場でもないからの。……咲夜、この方はホグワーツの生徒ではないのか?」

 

 多分このまま何も情報を与えずにいると、最後の最後で強引に正体を暴かれそうなので、少しずつ情報を与えることにする。といっても軽く匂わせる程度だが。咲夜もその意図を酌んでくれたのか、少し場を掻きまわすようなことを言った。

 

「何を言っているんですか。ダンブルドア先生。ホグワーツの生徒ですよ?」

 

 正確には『ホグワーツの生徒でしたよ?』だが、嘘は言っていない。ダンブルドアの発言を利用して、少しダンブルドアの立場をさげてやろう。

 

「やっぱり僕は印象が薄いみたいですね。いやぁ、仮面をつけてきて正解だった。」

 

 僕は軽く笑うと皿の上に置いてあるルービックキューブの上面に指を乗せて、一気に下に弾くことでルービックキューブを上に跳ね上げる。そしてそのまま人差し指に乗せると中指を使ってルービックキューブを回転させた。

 これ以上は無理だと判断したのか、ダンブルドアはにこやかに一度笑うとカルカロフと会話を始める。どうやら、何とかこの場を乗り切ったようだ。僕は暫くルービックキューブを弄りながら咲夜が料理を食べるのを眺める。そういえば、このように誰かの食事風景を見るというのも久しぶりだ。先生は普段食事を取らないし、僕は殆ど大図書館から出ない。なんというか、このようにステーキを美味しそうに食べているのを見ると、育ち盛りだという印象を受けた。

 咲夜と出会ってから結構経つが、咲夜は随分成長したように思う。精神的にというよりかは、肉体的にという意味だ。出会った当初はちんまいという言葉が似合いそうな少女だったのに、今ではすっかり……いや、まだ少女の域を出ないか。そんなことを考えていると、視線が気になったのか咲夜がナイフとフォークを置いた。

 

「どうかしたのかい?」

 

「……いえ、何でもないわ。そろそろダンスが始まるみたいよ。」

 

 咲夜は笑顔で椅子から立ち上がると、僕の手を引く。僕らが立ったのをきっかけにするように、殆どの生徒が椅子から立ち上がった。全員が立ったのを見計らってダンブルドアが杖を振るう。机に魔法を掛けたようで、机は滑るように部屋の隅に移動していき、中央に広いダンスフロアが出来た。

 僕が咲夜の手を取ると、咲夜は僕の腰に手を回す。僕たちは物悲しい音楽に合わせてゆっくりと踊り出した。咲夜のダンスの腕は中々のもので、若干リードされている節がある。僕もそこそこ自信があったのだが、一足及ばないらしい。

 

「あら、上手いじゃない。ジョン。」

 

「パーティーではいつも忙しそうに走り回っている君に言われたくはないな。礼儀作法は基本だ。礼儀を知らない人間は猿と区別が付かないぐらいだ。」

 

 咲夜の軽口に軽口で返す。

 

「美鈴さんは危うそうね。」

 

「美鈴はやろうと思えばできる。やらないけどね。」

 

 いや、アレはそもそも人じゃないだろう。礼儀作法という点だけでみたら、確かに美鈴はお嬢様に対してあまり礼儀正しくない。親しき仲にも礼儀ありと考えている僕からしたら、あの態度は論外だ。しかも礼儀正しくしようとすればいくらでもできるからこそ始末に負えない。僕は咲夜に任せるままダンスを続ける。すると、不意に音楽がぴたりと止まった。いや、音楽だけではない。周囲の喧騒もラジカセの電源を落としたかのようにぴたりと止まったのだ。一瞬何が起こったか理解できなかったが、周囲を確認して気が付く。咲夜が時間を止めたのだ。今がチャンスである。

 

「さて、咲夜。まずこれを渡しておこう。先生が改良したものだ。姿現しを妨害する魔法を無効化する指輪。魔術的なものは外部から感じ取ることができないようになっているから他の指輪と交ぜてはいけないよ。」

 

 魔力を周囲に漏らさないということは、普通の指輪と区別のつけようがないということである。使ってみるまで、それが魔法具なのかどうかも分からない。ダンブルドアの前でつけていても何の問題もないのだ。咲夜は指輪を受け取ると、笑顔で言った。

 

「まあこのために呼んだわけじゃないんだけど、こういう何かを持ってくるとは思っていたわ。他には?」

 

 他には? ということは咲夜のほうからは特に用事があるわけではないのか? 本当になんで僕をここに呼んだんだという話になる。僕は小さくため息をつくと、お嬢様からの伝言を伝えた。

 

「お嬢様からの伝言だ。不死鳥の騎士団に入るとき、ダンブルドアを説得する材料に咲夜の能力の話をしてもいいと。」

 

 一度そこで言葉を切る。お嬢様からの伝言はここまでだが、個人的に付け足しておくことにした。

 

「それと、クィレルが大きく動いている。どうやらヴォルデモートと接触することができたようだ。ヴォルデモートはハリーを狙っている。」

 

 僕は魔法で顔を自分のものに変化させてから、仮面を取る。そうしないと誰とも知れない顔を晒す羽目になるからだ。

 

「クィレルとは随分と連絡が取りにくくてね。なんせ『僕』の目を盗まないといけない。クィレルから何か情報が入ったらまた連絡するよ。」

 

 用事がないのなら、ここに長居する意味もないだろう。僕は姿現しを使って紅魔館へと帰った。ホグワーツに掛けられた魔法に妨害されるかもと思ったが、時間が止まっている中では無効化されているらしい。何の問題もなく紅魔館の大図書館へと移動することが出来た。なんにしても、これでお使いは終わりだ。

 

「まったく、本当に何なんだ……もしかして本当にただ僕と踊りたかっただけだとか?」

 

 もしそうだとしたら命がいくらあっても足りない。咲夜としてはちょっとした悪ふざけのつもりなのかも知れないが、僕からしたら命綱無しで綱渡りをしているようなものである。だが何故だろう、不思議と嫌な気分ではなかった。

 

「親友、か……。」

 

 そう呟くと同時に、僕の胸が少し熱くなる。そういえば、まだ肉体を着たままだった。僕は肉体を脱ぎ捨てると何時もの魔力で出来た実体に戻った。

 

「まったく、分霊箱になってから、愛というものを知るとは思わなかった。だけど、悪いものじゃないな。愛情というものは。」

 

 異性に対して抱く恋心とは少し違うかも知れないが、この気持ちは精々大切にすることにしよう。今を生きているヴォルデモートが、数十年の時を経ても得ることが出来なかったものだ。きっと価値のあるものに違いない。

 

『あらリドル。帰ってきていたのね。さっさとこっちを手伝いなさい。』

 

 大図書館に先生の声が響き渡る。どうやら気が付かないうちに時間が動き出していたようだ。

 

「今行きます。」

 

 命の危機を感じて逃げてきたが、逃げてきた先も戦場のようだった。まったく世知辛い世の中である。僕は着ていた肉体を消失させると、先生のもとに急いだ。




クリスマスパーティーが開かれる←今ここ

ついに一行になってしまった物語のあらすじ、果たしてこの進行ペースで四月までに物語を完結させることが出来るのか……。


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貸し切りやら、潜水服やら、コーラスやら

コーヒーがね、好きなんです。この作品の半分はコーヒーで出来ていると言っても過言ではありません。なのに何故か作中では紅茶しか出てこない。まあ紅茶も好きなんですけどね。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1995年、二月二十三日、三大魔法学校対抗試合、第二の課題前日。

 私はホグワーツから送られてきた手紙を見て一人唸っていた。手紙の内容を簡潔に説明すると、第二の課題を行うにあたり、是非とも協力してほしいというものだった。第二の課題では、選手が自分の最も大切な人を制限時間内に助け出すというものらしい。咲夜の最も大切な人、それはすなわち私のことだが、果たして参加していいものか……。

 

「なんで水中で課題を行うのよ。馬鹿じゃないの……。」

 

 吸血鬼は別に水が苦手なわけではない。流水に当たるのが苦手なのだ。だが、水の中を移動するということはすなわち流水に当たるということで、実質的には水が苦手ということになる。かといって美鈴に行かせるというのも癪だ。

 

「取りあえずホグワーツに行くだけ行ってみますか。ダンブルドアなら何とかするかも知れないし。」

 

 競技が明日の朝だとすると、今から向かったほうがいいだろう。今から向かえば生徒が寝静まる頃には学校に着くだろう。私は余所行きのドレスに着替えて、出かける準備をする。この時間だとホグワーツ特急は走っていない為、煙突飛行で行くしかないだろう。前回乗ったとき結構面白かった為、出来ればもう一度乗りたいと考えていたのだが……。私は部屋を出て美鈴と合流する。そしてそのまま大図書館へと急いだ。

 

「って、なんでお前がいるのよ。呼んでないはずよ、美鈴。」

 

 私は横を歩く美鈴を睨む。美鈴は飄々とした表情で懐から手紙を取り出した。

 

「おぜうさまの考えていることなんてお見通しですよ? なんと、私のところにも同じ手紙が送られてきているのです。しかもホグワーツ特急のチケット付きで。特別ナイトランらしいですよ。」

 

 美鈴にそう言われて、私も便箋の中を探る。確かに私の手紙にも、ホグワーツ特急のチケットが入っていた。

 

「こんな時間に運行なんて、もしかして私たちの為だけに動かすとか? だとしたら随分と豪華な旅になりそうね。ホグワーツ特急を貸し切りなんて。」

 

 チケットには日付の指定はあるが、時間の指定はない。つまり私たちが来た時間に出発するということだろう。

 

「でもなんか釈然としないわね。なんで同じ手紙が貴方のところにも届いているのよ。咲夜の保護者は私よ。」

 

「いやだって競技は水中で行われるんですよ? おぜうさま吸血鬼じゃないですか。」

 

 まあ、普通に考えて水中に沈もうと考える吸血鬼は少ないだろう。だとしても、美鈴に咲夜の大切な人の座は譲らん。私たちは大図書館に入るとパチェに手紙を渡す。そしてそのままチケットだけを持って暖炉に移動した。

 

「第二の課題、確かに明日だもんね。って、レミィ。もしかして貴方……。」

 

 パチェがジトッとした視線を私に送ってくる。まあ何が言いたいかはよくわかる。きっとパチェは私の正気を疑っているだろう。だが、譲るわけにはいかないのだ。特に美鈴にも同じ手紙が送られてきている時点で。

 

「まあ、ダンブルドアがなんとかすると思うわ。パチェに頼みたい気持ちは山々なんだけど、世間的には私あんまり魔法は上手じゃないってことになってるし。あまり高度な魔法を体に纏って行ったら怪しまれてしまうわ。」

 

 出来ることならパチェに防水の魔法を施してもらいたい。だが、今回ばかりはそうはいかないのだ。

 

「だったら美鈴に行かせればいいじゃない。貴方が危険を冒す必要なんて何もないわ。」

 

「パチェ……時には譲れないものがあるのよ。」

 

 私は決め顔でそう言うと、暖炉の中に煙突飛行粉を投げ込む。炎の色が変わった暖炉に美鈴と共に潜り込んだ。

 

「キングズ・クロス駅、九と四分の三番線!」

 

 次の瞬間、私は煙と共に上に落ちる。数秒もしないうちに足が地面に着いた。駅には既に汽車が止まっており、いつでも発進できるように準備が整えてある。

 

「おぜうさま、見てください。貸し切りって書いてありますよ。どうやら本当に私たちの為だけに汽車を動かすようですね。」

 

「そうね。魔法省も力が入ってるわ。」

 

 汽車にはいつものように沢山の客車がついているわけではなく、三両編成ぐらいの短いものだ。低燃費化と軽量化を行ったということだろう。だが、客車の中はいつものようなコンパートメントではなく、ホテルの一室のようだった。

 

「なんというか、結構豪華よね。陰謀を感じるのは私だけかしら。」

 

 私は置かれているソファーに腰かけながらそう呟く。暫くすると汽車がゆっくりと動き出した。私はキャビンアテンダントからワインを受け取ると、ゆっくりと傾ける。そこそこの上物らしく、味は悪くなかった。

 

「ねえ、この列車を用意した魔法使いをご存じない?」

 

 私の言葉にキャビンアテンダントは思い出すように上を向く。あまり詳しくはないようだった。

 

「そうですね……確かクラウチ、魔法省のクラウチさんが準備していたものだと記憶しております。」

 

 キャビンアテンダントは一礼すると客車を去っていく。机の上にベルが置いてある為、呼び出すときはそれを使えということだろう。なんにしてもクラウチだ。これを用意したのはクィレルに違いない。まったく、要らぬところで危険を冒すやつだ。だが、その心意気は嫌いじゃない。そういう遊び心は私に従属するものにとっては大切なものだ。

 

「日が変わるまでには着くそうですよ。揺れが酷くならない程度で飛ばしてくれるそうです。」

 

 何処かに行っていた美鈴がブランデーのボトルを持ちながら帰ってくる。話を聞く限りでは車掌に会いに行っていたようだ。ブランデーは給仕車から持ってきた物だろう。

 

「まあ深夜に着いたほうが都合がいいわ。隠しきれない吸血鬼のオーラ的な意味で。生徒が寝静まったホグワーツにこっそりと侵入しましょう。」

 

 私は懐から本を取り出し、読み始める。美鈴は美鈴で窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 ホグズミード駅で汽車を降りると、そこには既に迎えの姿があった。グリフィンドールの寮監にして変身術教師、ホグワーツ魔法魔術学校の副校長、ミネルバ・マクゴナガルだ。マクゴナガルは降りて来た私に一礼すると、厳格な声で話し出す。

 

「本日は遠いところご足労いただき、ありがとうございます。ホグワーツでダンブルドア校長がお待ちです。」

 

「そう、じゃあ案内をよろしくね。」

 

「はい、どうぞこちらへ。」

 

 駅のホームから出ると、そこには一台の馬車が止まっていた。どうやらこれでホグワーツ城まで移動するようだ。私、美鈴、マクゴナガルの順で馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出す。あまり乗り心地は良くないが、長距離をこれで移動するわけでもない。少しの間我慢しておこう。

 

「そういえば、貴方確か咲夜の寮監よね。咲夜の様子はどう? 上手くやっているかしら。」

 

「上手く、とはどういう意味ですか?」

 

 マクゴナガルは軽く首を傾げる。もう少し質問を狭めろということだろう。

 

「咲夜はホグワーツに行くまで殆ど人間の子供とは接していなかったわけだし。上手く溶け込めているといいのだけれど。」

 

「ああ、そういうことですか。ご心配には及びませんよ。十六夜さんは優秀な魔女です。皆から尊敬されており、交友関係も広いでしょう。寮に縛られず、誰にも平等に接することが出来る優しい子ですよ。」

 

 中々の評価だが、何処までがお世辞だろうか。まず優しい子というのは嘘だろう。交友関係が広いというのも間違っているに違いない。人間の友達に囲まれているのなら、わざわざ日記帳を一番の親友とは言わないはずだ。

 

「そう、少し安心したわ。咲夜は私の従者だけど、赤子の頃から育てている、いわば自分の子供のようなものだから。」

 

「おぜうさまの見た目でそういうこと言うと、子育てごっこをしてる子供にしか見えませんけどね。」

 

 横から美鈴が茶々を入れてくる。正直この場でぶん殴ってやりたいが、マクゴナガルの手前、ここは大物ぶったほうがいいだろう。

 

「まあ確かに、そうにしか見えなかったのは認めるところよ。血が濃すぎるっていうのも考えものね。」

 

「十六夜さんはどういったご経緯でスカーレットさんのお屋敷に?」

 

 マクゴナガルがそれとなく聞いてくる。さて、どう返したものか。

 

「その辺は察してくれると助かるわ。あまり綺麗な話でもないし。……わかるでしょう?」

 

 結局私は言葉を濁すことにした。人間の子供を吸血鬼が育てるというのは、普通のことではない。私は全身から悲しげなオーラを出す。マクゴナガルは静かに目を瞑り一言謝った。流石グリフィンドールの寮監である。ちょろい。

 暫く馬車で揺られていると、不意に馬車が停止した。どうやらホグワーツに着いたようである。私はマクゴナガルのあとについて馬車を降りると、先導されるまま城の中に入っていく。通されたのは客間だった。中央にテーブルがあり、その両端にソファーが置かれている。片方のソファーには既にダンブルドアが座っていた。

 

「おお、これはこれは、レミリア嬢。暫くじゃったの。」

 

「ええ、そうかしらね。調子はどう? アルバス。」

 

 私はダンブルドアと握手を交わし、対面するようにソファーに腰かける。そして私の横に美鈴、ダンブルドアの横にマクゴナガルが腰かけた。

 

「すこぶる元気じゃよ。あと数十年は生きられそうなぐらいじゃ。」

 

「あらそう。それは何よりだわ。再来年あたり体調を崩さないように気を付けなさいね。」

 

 私はにっこり微笑むと、フリットウィックの持ってきた紅茶を一口飲む。ふむ、茶葉は悪くないのだが、淹れ方がいまいちだった。まあ咲夜や美鈴を基準にしてはいけないか。

 

「ああ、そういえば。手紙読んだわ。第二の課題だったわよね。咲夜の大切な人を人質に取りたいとかなんとか。」

 

 私は早速本題に入る。ダンブルドアは目をキラリと輝かせた。

 

「左様じゃ。是非ともお頼み申し上げたいのじゃが。」

 

「それは構わないんだけど……咲夜ってそんなにホグワーツに友達いないわけ?」

 

 そもそもホグワーツにそういう相手がいればわざわざ私たちをホグワーツに呼び出すこともなかったはずである。ダンブルドアは少し申し訳なさそうな顔をしながら事情を説明しだした。

 

「そんなことはない。咲夜はホグワーツに多くの友を持っておる。持っておるのじゃが……今回ばかりは事情が複雑でのう……。」

 

 ダンブルドアは紅茶を一口飲む。

 

「咲夜といつも一緒に行動しておる生徒が、ホグワーツには三人おる。ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの三名じゃ。」

 

「ああ、あの三人ね。話だけは聞いているわ。」

 

 咲夜には自覚がないようだが、傍から見たらグリフィンドールの仲良し四人組らしい。きっと咲夜からしたら仲良し三人組と私という認識に違いないが。

 

「じゃが、この三人は人質には出来ない。いや、人質に既になっておると言うほうが正しいか。ハリーくんは代表選手じゃから除外するとして、ロンくんはハリーくんの人質、ハーマイオニーくんはクラムくんの人質になることになっておる。」

 

「ハリーとロンの組み合わせはなんとなくわかるわ。でもハーマイオニーとクラム?」

 

「左様。あの二人はひっそりと交友関係があるようでの。クリスマスパーティーで一緒にダンスを踊る仲じゃ。咲夜くんも同じようにダンスパーティーのペアを人質に取ろうと思っておったのじゃが……。」

 

 ああ、そういえば咲夜のペアはリドルだったか。正体が分からない相手を人質に取ることは出来ないだろう。

 

「確かマルフォイとも仲がいいはずよね? 彼ではダメだったの?」

 

「それも考えたんじゃがな、水中でロンくん、ハーマイオニーくん、ドラコくんの中から一人助け出すといった状況になった時、咲夜くんは果たしてドラコくんを選ぶじゃろうか。」

 

 まあ、この中で一番仲がよさそうなのはハーマイオニーか。間違えてハーマイオニーを助けて帰ってくる可能性がないとは言えない。

 

「ひと目でこれが私の人質だと分かる人物がいいということね。まあ確かにそういうことなら私が一番の適任だろうけど……。水中よねぇ……。」

 

「だからおぜうさま。私が潜りますって。自分から沈みに行く吸血鬼が何処にいるって話ですよ?」

 

 今回ばかりは美鈴の言い分が正しい。だが、世の中譲れないものがあるのだ。

 

「やっぱり私が人質になるわ。で、何か対策は考えているんでしょうね?」

 

「もちろんじゃとも。潜水服を用意しておる。そして本来ならば眠りの魔法を掛けて意識のない状態で身柄を拘束させてもらうのじゃが、水中でそれも怖いと思っての。特別に意識のある状態で競技場内に沈んでいてもらおうと思っとる。」

 

 ダンブルドアが杖を振るうと、潜水服がマネキンに着せられた状態で机の横に現れた。

 

「特別製じゃ。ゴブリン製の潜水服にわし自ら防水の魔法を追加で施しておる。深海に沈められたとしても、水一滴漏らさない仕様じゃ。」

 

 なるほど、きっと探知魔法を妨害する魔法やら、色々不正が出来ないようになっているに違いない。何にしても、潜水服があるなら水中でも問題ないだろう。

 

「いいんですか? こんな魔法具信用して。もし何か事故があったらおぜうさま湖の中で息絶えますよ?」

 

 流石にそこまで流水が苦手ということはない。死に至ることはまずないだろう。それに……。

 

「大丈夫よ。最悪周囲の水を全て蒸発させるから。」

 

 まあ、それを行った場合、湖にいる生物は残らず死滅するが。周囲にいる人質は勿論、競技を行っている選手、もしかしたら客席も蒸発するかも知れない。ホグワーツが一瞬で焦土と化すわけだ。

 

「そうならないように、精々気を付けることね。長生きのコツは犠牲を躊躇わないことよ。」

 

 それを聞いてマクゴナガルの表情が引き攣る。対照的にダンブルドアはにこやかな笑みを浮かべた。

 

「命の危険を顧みず、競技に協力してくれることを感謝しよう。ありがとう。」

 

 私とダンブルドアは握手を交わす。美鈴は美鈴で呑気に紅茶を飲んでいた。

 

「第二の課題は明日の午前九時半からじゃ。レミリア嬢には八時半に湖の底に沈んでもらうことになっておる。競技時間は一時間。レミリア嬢には最長で二時間水の中に沈んでもらうことになるが――」

 

「まあ、咲夜が私を探すのにそんなに掛かるとは思えないわ。掛かったとしても三十分でしょうね。それまではこの客間に居ればいいのね?」

 

「左様じゃ。朝になったら迎えの者を寄越そう。何かあったら机の上に置いてあるベルを鳴らしてくだされ。」

 

 ダンブルドアとマクゴナガルは軽く頭を下げると、客間を出ていった。美鈴は大きく伸びをするとネクタイを解いて空いたソファーに横になる。私も先ほどまで美鈴がいた方向にパタンと倒れた。

 

「美鈴、私は朝まで仮眠を取るから、朝になったら起こしなさい。」

 

「分かりました。具体的には何時頃起こせばいいです?」

 

「八時よ。八時に起こしなさい。」

 

 私は肘置きを枕代わりにし、うたたねを始める。美鈴も少し仮眠を取るようだった。まあ美鈴のことだ。七時には起きるだろう。私はそのまま、まどろみの中に落ちていった。

 

 

 

 

 

「おぜうさまー、朝ですよー。さっさと起きないとカーテン開けちゃいますよ?」

 

 美鈴の声で私は目を覚ます。どうやら、もう朝の八時のようだ。にしても、カーテンを開けるというのはまったくシャレになっていない。日の光を浴びるというのはある意味、流水を浴びるよりも危険だ。私がむくりと起き上がると、美鈴が手早く私の身だしなみを整える。八時半に湖の底に沈むということは、そろそろ職員の誰かが迎えに来るはずである。

 

「失礼いたします。お時間でございます。」

 

 私の身支度が終わると同時に部屋の扉が叩かれる。美鈴が扉を開けるとそこにはフリットウィックが立っていた。レイブンクローの寮監で呪文学の教授だ。ゴブリンの血が入っている為、私よりも小柄だが、魔法の実力はダンブルドアに次ぐと聞く。

 

「ええ、準備は出来ているわ。行きましょうか。」

 

 私は美鈴と共にフリットウィックの後に続いた。城を出て、湖の方に向かう。外は真横から日が差してくる危険地帯だが、フリットウィックが大きな布を飛ばし、上手いこと影を作っていた。私たちは徒歩で湖のほとりを歩く。湖の向かい側を見ると、審査員席と思われるテントと、観客席が設置してあった。

 

「湖の中からは水中人が所定の位置まで案内致します。」

 

 フリットウィックが杖を振るうと、一瞬のうちに私の体は潜水服に包まれる。フリットウィックは念入りに潜水服を点検し、穴がないことを魔法で確認した。

 

「準備が整いました。」

 

 さあ、いよいよ水に沈む時が来た。潜水服がそこそこの重さの為、浮いてしまって潜れないということはないだろう。私は慎重に、一歩ずつ水の中に足を踏み入れる。ふむ、どうやら大丈夫そうだ。

 

「美鈴美鈴。」

 

 私はバシャバシャと水の中で振り返り、美鈴の方を向く。

 

「I’ll be back.」

 

「古いです。」

 

 なんと一蹴されてしまった。私は滅多に放つことが出来ない必殺吸血水鉄砲を美鈴に向けて放つとそのまま水の中に進んでいった。まあ要するに水を蹴り飛ばしただけだが。湖底をまっすぐ歩いていると、槍を持った水中人が私を出迎えてくれた。流石に吸血鬼に会ったのは初めてなようで少し浮かれているようであった。まあ私も水中人と話すのは初めてなので少し浮かれているが。

 水中人は私の手を掴むと湖底スレスレをかなりの速度で泳いでいく。彼らはこの湖に住処を作り生活しているらしい。まったく、ホグワーツとは面白いところだ。なかなか敷地の中に森が有ったり湖があったりする学校もない。危機的状況になったら周囲の水を土地ごと蒸発させればいいかと考えていた私だったが、流石に水中人の住処を水中人ごと消滅させるわけにはいかないだろう。あ、住むものがいなくなるから別にいいのか。悩みどころである。

 水中人は私を所定の位置まで移動させると、流されないように海藻のようなもので私を岩に繋ぎ止める。横を見ると他の人質が生身のまま眠らされて海藻でグルグル巻きにされていた。なんというか、あれ絶対湖の水を飲んでるだろうな。この湖の水はあまり綺麗ではない。動きにくいことこの上ないが、潜水服を着ていてよかったと心から思った。

 

「競技はあと何分で始まるのかしら。」

 

 私は周囲で警戒をしている水中人に聞く。水中人は懐からボロボロになったデジタル時計を取り出すと、九時二十分と告げた。

 

「って、それ正確? そもそも動いてるの?」

 

 私は海藻の長さが許す範囲でふよふよと漂い、水中人の持っている時計をのぞき込む。水中人は少し自慢げに言った。

 

「日本製だ。パック代わりにしても壊れんよ。」

 

 また随分懐かしいネタをご存知で。というか水中人はテレビを見たことがあるのだろうか。もしかしたら地上旅行が水中人の間でひそかなブームになっているのかも知れない。何にしても、あと十分で競技が始まるということだろう。水中人も準備に追われているのか、少し慌ただしく周囲を泳ぎまわっている。いや、これは整列しているのだろうか。私の前に横二列になって並んだ。

 

「選手をここへ誘導するための歌を歌います。是非ともご傾聴ください。」

 

 指揮棒を持った水中人が私に対し一礼し、そのようなことを言う。どうやらここで歌を歌うようだった。指揮棒に合わせて十数名の水中人が歌い始める。耳触りの良いコーラスが水中の中に響いた。何か暇を潰せるものが欲しいと思っていたところなので、何とも都合がいい。選手を誘導するための歌なので歌詞は少しアレだが、歌は普通に上手い。

 

「へえ、これは少し得した気分だわ。」

 

 さらに言えば、水中人の言葉は地上に出ると悲鳴のような金切り声になってしまう。つまり水中人の歌は水中でしか聞けないのだ。これからの長い生涯、多分だが、もう聞く機会はないだろう。既に第二の課題は始まっているのだろうか。水中人は情報を共有しながら選手の現在位置を記録していっている。どうやら咲夜はかなりの速度でこちらに向かっているようで、あと十分もすればここに辿り着きそうな勢いのようだ。

 

「まったくもって手加減というものを知らないわね、うちのメイドは。」

 

 まあそういう素直なところが可愛いのだが。咲夜が美鈴のように育たなくてよかったと心から思う。本当に真面目で良い子に育ってくれた。そんなことを考えていると、不意に咲夜が水中人の住処に飛び込んできた。頭に空気の入った袋のようなものを付けており、鋭い目つきでキョロキョロと周囲を警戒している。そして私の姿を見つけ、マヌケ顔で固まった。

 

「咲夜ー!」

 

 私は咲夜に向かって右手を振る。おっと、咲夜は水中人ではない。水の中では声が聞き取りにくいか。私は大きく口を開いて読唇しやすくした。

 

「水の中にここまで深く潜ったのは初めてだけど、案外楽しいところね。潜水服は動きにくいけど。」

 

 咲夜は分かりやすく慌てると早口で口を動かした。少し読みにくいが、多分こう言っているのだろう。

 

『お嬢様!? どうしてここにいらっしゃるんです!?』

 

 まあ当然の疑問だろう。私は昨晩のダンブルドアの話を思い出しながら答える。

 

「アルバスから頼まれたのよ。どうやら咲夜の大切な人を沈めないといけないらしんだけど、ハリー・ポッターは選手だし、ハーマイオニー・グレンジャーとウィーズリーの赤毛は先客がいるじゃない? それにマルフォイ家のガキが沈んでても貴方助けないでしょ?」

 

 私は言葉に補足するように大きく肩を竦めてみせる。

 

「パチェは隠居中だから無理、リドルはダンブルドアの前に顔を出せないし、美鈴は論外と考えて残るは私しかいないじゃない? そう、私が咲夜の大切な人よ。」

 

 私はこれでもかと胸を張った。その時に羽が動いてしまったようで少し鈍い音が聞こえる。……破れてないよな?

 

『それはそうかも知れませんが……吸血鬼が水に潜るなんて余りにも危険な行為ですよ?』

 

「あら、私はこれでも楽しんでいるのだけれどね。」

 

 ゴツンとまた羽が潜水服に当たる。これは潜水服が爆発四散する前に地上に出たほうがよさそうだ。咲夜も同じ考えなのか、海藻を切り始める。

 

『今地上にお連れします。もう少しのご辛抱を。』

 

「あら、私を無様に地上に引っ張っていく気?」

 

 咲夜に引きずられる潜水服姿の吸血鬼。それはそれで面白い光景だが、少々カリスマ性に欠ける登場の仕方と言わざるを得ない。私がそのことを咲夜に言うと、咲夜は笑顔で口を動かした。

 

『では最高の舞台をご用意します。』

 

 咲夜は私の手を持って水の中を泳ぎ始める。いや、泳ぐというよりかは水の中を飛んでいるといったほうが近いだろう。なるほど、霊力を使った飛行にはそのような使い方があるのか。有翼の種族である私たちにはない発想だ。

 

『少し位置を調整します。それと、その潜水服は少々不格好ですね。』

 

 咲夜が杖を振るうと目の前がクリアになる。どうやら潜水服を透明にしたらしい。だが確かにこれだと潜水服は見えないが、潜水服の形の空気を身にまとっている姿になる。あまり不格好さは変わってないと言わざるを得なかった。まあ地上に出れば少しはマシか。

 咲夜と共に少し水中を移動し、少し広い湖底に出る。咲夜はそこで杖を右手に握り、魔力を込め始めた。どうやら何か術を使うつもりらしい。なんにしても競技は半分終わっているようなものだ。少しぐらい手出ししても怒られないだろう。

 

「やるからにはもっとパーっとやりなさいな。ほら。」

 

 私は私の魔力の一部を咲夜の杖に宿す。咲夜は杖に込められた魔力の量に驚いたのか、少し目を丸くしていた。

 

『流石はお嬢様です。想定以上に華やかなものになるでしょう。』

 

 咲夜は湖底に向かって術を使う。するとそこにあった岩が形を変え、玉座になった。私は湖底を歩き、玉座に腰を下ろす。

 

「これで終わり?」

 

『ご冗談を。』

 

 私が座った玉座を基点にして、そこから前にまっすぐとレッドカーペットが伸びていく。そして地響きと共に玉座が上昇を始めた。初めは浮いているのかと思ったが、そうではない。地面が盛り上がって言っているのだ。上昇するにつれて目の前に階段が形成されていく。咲夜はホグワーツの制服をメイド服に変え、日傘を差して私の横に立った。

 やがて玉座は水しぶきを上げて湖面を越え、そのまま上へ上へと伸びていく。最終的に審査員席に続くレッドカーペットの階段が出来上がった。まあ及第点と言ったところだろうか。私は邪魔臭い潜水服を魔力で破壊すると、咲夜と共に階段を降り始めた。




レミリアのところにホグワーツから手紙が届く

ホグワーツ特急貸し切り

ホグワーツにてダンブルドアから事情説明

レミリア、水に沈む

ハリーが寝坊する

第二の課題開始

咲夜唖然

レミリアを助け出し、魔力を借りて変身術で玉座を作る←今ここ


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眼鏡やら、道徳心やら、切符代やら

第二の課題で丸々二話分も使うとは思いませんでした。前作では一話分で終わってたのに……どうしてこうなった。多分おぜうさまが色々いらんこと考えすぎなんでしょうね。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。というか、ほんと助かってます。大体いつも書き終わると「うぼはぉ……もう見直す気もおきん、投稿じゃボケェ……」と言った感じなので。


「なんだなんだなんだー! 湖から玉座がせりあがってきました! あそこで日傘を差しているのは十六夜選手でしょうか!?」

 

 あの声はルード・バグマンだろうか。相変わらず威勢のいい実況だ。私はゆっくりと階段を降り始める。出来るだけ威厳たっぷりに見えるように。折角咲夜がこのような舞台を用意してくれたのだ。存分に楽しまなくては。最初は固まっていた観衆も次第に拍手をし始め、今では大歓声だ。

 階段を下りると審査員が出迎えてくれる。ダンブルドアが一番初めに前に出て、私に一礼した。

 

「今回はご協力に感謝しております。スカーレット嬢。」

 

 随分とよそよそしいが、まあ皆の手前という奴だろう。私は大物のように軽く手を上げてそれに応える。

 

「私と貴方の仲じゃない。それに愛すべき従者の晴れ舞台だしね。」

 

 私はダンブルドアに向かって右手を差し出す。ダンブルドアはその手を握り返した。その後も他の審査員と握手を交わしていく。そういえば、クラウチ・シニアの姿が見えないな。代わりにウィーズリーの子供のパーシーが来ていた。

 

「あら、貴方はクラウチの代理?」

 

「は、はい! クラウチ氏の代理のパーシー・ウィーザビーです。どど、どうぞよろしくお願いいたします!」

 

 完全に名前を噛んでいたが、緊張しているのだろうか。握手を交わした時も右手が震えていた。もしかしたら吸血鬼恐怖症とか? なんにしても弄り甲斐がありそうである。私が全ての審査員と握手を終えると同時に、バグマンが実況を再開させる。

 

「十六夜咲夜選手がやりました! 華やかに自らが仕える主人を連れて三十八分で第二の課題をクリア! 玉座がせり出したことによって他の選手に影響がないかだけ心配ですが、多分大丈夫でしょう!」

 

 一体その自信は何処から来るのだろうか。私はフリットウィックがいそいそと用意していたパラソル付きの椅子にどっかりと腰かける。どうやらスペシャルゲスト扱いのようだった。というかフリットウィックの奴、本当に気が利くな。出来ることなら美鈴と交換したいところである。

 

「お嬢様、私は――」

 

「まだ競技の途中でしょう? 私についていなくてもいいわ。」

 

 私は咲夜に向かって手を払う。何時までも咲夜を横に侍らせているわけにもいかないだろう。先ほどは私が主役のようになってしまったが、一応主役は咲夜だ。咲夜には選手らしく他の代表選手を待ってもらわなければならない。咲夜は私に一礼すると、湖岸を歩いて行った。

 

「さて、パーシー君。クラウチ氏の様子はどうだね? 今日欠席ということは、相当に多忙なようだが。」

 

 私はわざと堅苦しい口調でパーシーに話しかける。パーシーは分かりやすくビクンと動くと機械人形のような動きでこちらを見た。本当にこいつは何をそんなに緊張しているのだか。

 

「クラウチ氏は今日は体調がよろしくなく……。」

 

「今日は?」

 

「いえ、ワールドカップが終わってからずっとです。」

 

 やはり服従の呪文で操られていることの弊害が出ているようだ。まあ完全に隠し通すことは難しい為、人の目につくような場所に出さないというのはある意味正解だろう。それに、この青年からかなり強いクラウチに対する忠誠心を感じる。ここまで妄信的ならこいつにバレることはなさそうだ。

 

「そう、若いのに頑張るわね。あ、ちょっと眼鏡貸して。」

 

 私はパーシーの掛けている眼鏡を掴み取ると自分の顔に掛ける。度は殆ど入っていないようで、半分威厳を出すために掛けているのだろう。まあ、見た目というのは大切だ。私も容姿にはそれ相応に気を使っている。

 

「ダンブルドア、どうかしら? 似合ってる?」

 

 私はわざとらしく中指でクイっと眼鏡を持ち上げる。パーシーは面白いぐらいオロオロとしていたが、ダンブルドアはクスリと笑ってくれた。

 

「そういえば吸血鬼も目は悪くなるのかのう。片眼鏡を掛けているイメージがあるのじゃが……。」

 

「確かに私の父とかは掛けていたわね。でも、アレは装飾品のようなものよ。威厳を出したいだけね。そういう意味では、この眼鏡と同じようなものだけど。それを言うなら魔法使いも同じよ。視力ぐらい魔法でどうにかなりそうなものだけど。」

 

 私はダンブルドアの掛けている眼鏡を見る。マグルの世界でも視力を戻す研究が成功しているほどだ。医療に明るい魔法界で同じことが出来ないとも考えにくいが。

 

「そうじゃのう。多分あるんじゃろうが、わしは知らんの。」

 

 ダンブルドアが知らないとなると、本当に腕のいい癒者しか知らない魔法なのではないだろうか。そもそもあるのかも怪しい。まあ目が悪くなったら眼鏡を掛ければいいという考えなのだろう。その辺はマグルも魔法使いも変わらないように思えた。

 

「なんか面白いもの掛けてますね。」

 

 不意に後ろから手が伸びてきて、私から眼鏡を外す。袖の白と黒を見る限り、腕の主は美鈴だろう。私が後ろを振り向くと、そこにはパーシーの眼鏡を掛けた美鈴が立っていた。

 

「どうです? 似合いますかね。」

 

 美鈴は眼鏡を掛けたままクルリと回る。なんというか、眼鏡一つでここまで印象が変わるとは思わなかった。何時ものマヌケ面が妙にしっかりして見える。スーツと相まって敏腕秘書のようだ。

 

「あら、少しはまともに見えるわね。あとは髪を黒く染めたら完璧よ?」

 

 そしてついでに肌を白く塗ろう。そしたら完全にモノクロになる。結構楽し気な恰好になるだろう。

 

「やですよ。髪が痛みそうですもん。それにおぜうさま的には赤髪の方がお好きでしょ?」

 

「まあそうなんだけどね。だったらスーツも赤にしなさいよって話で。」

 

「どこぞの怪盗みたいになるので嫌です。」

 

 あれはジャケットでしょうに。と心の中で突っ込む。私は美鈴が掛けている眼鏡を背伸びして取ると、パーシーに掛け直した。

 

「そういえば、咲夜以外の選手が全然湖から顔を出さないわね。大丈夫なの?」

 

 咲夜がクリアしてから既に十分以上が経過している。そろそろ次の選手が出てきてもいいぐらいの時間のはずなのだが、湖面は全く動かない。私の横に座っているパーシーも次第にそわそわしだした。そういえば弟が沈んでいるんだったか。

 そんなことを考えていると、湖面が大きく揺れ、水しぶきと共に水中人が出てきた。肩に人間を担いでいるのを見るに、どうやら水中で気絶した選手がいたようだ。

 

『デラクール!』

 

 審査員席でマクシームが悲鳴に近い叫び声を上げ、水中人に駆け寄っていく。それと同時に癒者だと思われる魔女も駆け寄っていく。水中人は癒者に人間を預けると、湖に戻っていった。どうやらボーバトン代表のフラー・デラクールのようだ。癒者はあっという間にデラクールを毛布でグルグル巻きにすると、目にも止まらぬ速さでデラクールに魔法を掛けていく。その手際の良さと言ったら私でも舌を巻くほどだ。

 

『デラクール! しっかり! 何があったの!?』

 

 マクシームがフランス語で早口で捲し立てる。癒者は癒者でデラクールの意識が戻った瞬間に魔法薬をデラクールの口に押し込んだ。次の瞬間、デラクールの耳から湯気が噴き出し、デラクールが我に返る。

 

『ガブリエル!!』

 

 デラクールは大声で叫ぶと同時にすごい勢いで体を起こすと、もう一度湖に戻ろうと暴れ出す。一瞬気でも狂ったのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

 

『フラー! 戻ってはダメです! 貴方は十分頑張りました!』

 

『嫌よ! 嫌! ガブリエル、返事をしてガブリエル!!』

 

 どうやら湖の中に残してきた人質が心配なようである。

 

『ガブリエルなら大丈夫ですから! 貴方は大人しくしてなさい!』

 

 デラクールはマクシームの制止を振り切って湖に飛び込まんばかりの勢いである。マクシームは仕方なしとばかりにデラクールの後ろ襟を掴むとグイッと持ち上げた。マクシームは二メートルを優に超える巨体だ。デラクールも背は低いほうではないのだが、完全に足が地面から浮いていた。

 次の瞬間、何者かに後ろ襟を掴まれ、持ち上げられそうになる。いや、何者かになんて言い方をしたが、そんなことをしようとするやつなどこの場に一人しかいない。私はその場で体を捩じると美鈴の腹に思いっきり拳を叩きこんだ。

 

「どふっ……。」

 

 美鈴の口からそんな鈍い声が聞こえる。十メートルほど殴り飛ばす気持ちで撃ったのだが、案外丈夫な奴だ。数センチ後退しただけだった。

 

「やだなぁ……冗談ですよ冗談。」

 

「襟を掴んでおいて白々しいわね。次やったらお腹に穴が開くまで殴るわよ。」

 

 私は美鈴を睨みつけてから湖面を見る。そろそろ制限時間のはずだ。バグマンも杖を手に持ち自分の喉に拡声呪文を掛けている。

 

「さて! 制限時間になりました。ですがまだクラム選手とポッター選手の姿は見えません。かなり水中で手こずっているのか、それとも人質が見つからないのか。」

 

 どうやら制限時間を越えても失格にはならないらしい。何とも生易しいことである。そういえばデラクールも失格判定は出ていなかったな。人質を連れ戻す競技とは言いつつ、結果だけでなく過程も採点要素のようだ。

 突如湖面から一匹のサメもどきが飛び出してくる。何故『もどき』かと言えば、頭以外は人間のそれだからだ。かなり不完全な変身術だと言える。サメもどきはそのままの勢いで湖面から飛び出すと、両足で湖岸に着地した。腕にはハーマイオニーを抱えている為、あの選手はクラムなのだろう。

 

「クラム選手、制限時間を三分オーバーしましたが見事人質を取り戻しました! いやはや素晴らしい!」

 

 またもや先ほどの癒者が凄い勢いですっ飛んできて二人を毛布でグルグル巻きにする。そして二人の意識があることを確認すると、両方に魔法薬を手渡した。先ほどの耳から蒸気が出るという特徴から察するに、あれは元気爆発薬だろう。

 ようはマグルの世界でいう覚醒剤のようなものだ。まあ覚醒剤の主成分であるメタンフェタミンと違って副作用や中毒性はない為、その点に関しては心配が要らないが、調合に失敗すると結構酷いことになるらしい。何にしても、ビジュアル的に私は飲むのは御免だった。

 さて、これで残る代表選手はハリーだけになった。妙に遅いが、水中人がハリーを連れて現れないところを見るに、湖の中で行動不能には陥っていないらしい。私はデラクールの絶叫を聞きながらハリーが出てくるのを待った。横を見ると、パーシーが顔を真っ青にしながらそわそわしている。いや、運営がその様子というのは色々とダメだろう。安全対策はしているはずだろうに。

 暫く待っていると、ハリーが水を吐きながら湖面から顔を出した。その後ろには少女を連れたロンの姿もある。様子を見る限りでは、どうもハリーはロンだけではなく、デラクールの人質も連れて帰ってきたようだ。

 

「ロン!」

 

 パーシーが我慢できないといった様子でロンに駆け寄っていく。デラクールもマクシームの制止を振り切って少女に駆け寄っていった。まったく、皆情熱的なことで。私は軽く肩を竦めると、懐中時計を確認する。制限時間をかなりオーバーしているが、人質は無事助けることが出来た。まあ及第点ではないだろうか。

 あちらこちらで歓声や悲鳴が上がっている中、湖から水中人が出てきてこちらに近づいてくる。どうやら彼女がここの湖に住んでいる水中人の長のようだ。水中人はダンブルドアの元まで歩いていくと、悲鳴のような声で何かを話し始める。残念ながら私はマーミッシュ語を聞き取ることは出来ない。だが、ダンブルドアは水中人が何を言っているか分かるようだ。流石はホグワーツが誇る変態魔法使いである。パーセルタングを扱えるという噂も聞くし、一体何か国語話せるのやら。

 

「どうやら、点数を付ける前に協議が必要じゃな。」

 

 どうやら湖の中で協議をしないといけないような何かが起こっていたようである。十中八九ハリー・ポッター関係だとは思うが、協議を行うには審査員全員が集まらなくてはならない。ダンブルドアがマクシームに声を掛けると、マクシームはロンに引っ付いて離れないパーシーを引き剥がしにかかった。

 やがて、渋々と言った表情でパーシーが審査員席に戻ってくる。これで審査員が全員集まった。

 

「さて、審査員の皆さん。先ほどマーカスから興味深い話を聞いてのう。是非とも点数を付ける前に皆の耳に入れておきたい話じゃ。まず十六夜咲夜選手じゃが、水の中を水中人でも追いつけないような速度で泳いでおったそうじゃ。人質のもとに辿り着いたのは競技開始から二十分後。文句なしの一着じゃな。」

 

 まあ、咲夜なのでそれは当たり前だ。ダンブルドアの話はここからが本題なのだろう。

 

「次に人質のもとに辿り着いたのは、驚くことにハリー・ポッター選手だったということじゃ。ポッター選手は制限時間をたっぷり残した状態で人質を見つけたが、自分の人質だけを助けることはせず、人質全員の安全が確保できるまでその場にとどまったと。途中でクラム選手がミス・グレンジャーを助けたのを見届け、最終的には水中人の制止を振り切ってまでデラクール選手の人質であったミス・ガブリエルを自分の人質のミスター・ウィーズリーと共に救出した。」

 

 ああ、やっぱりそういう話か。ダンブルドアとしてはハリーの行動の道徳性を評価したいんだろう。なら、少し手助けしてやるか。咲夜が五十点満点なのは分かりきっている。第一の課題で咲夜とハリーには点差がついているので、ここでハリーが五十点満点を取っても咲夜の優位は変わらないだろう。

 

「順番に点数を話し合っていこうぞ。まず十六夜選手じゃが――」

 

「満点! 文句なしの満点だ。そうだろう?」

 

 バグマンがニコニコしながら間髪入れずにそう答える。その意見にマクシームは頷いた。

 

「第一の課題でもそーでしたが、かのじょのぎじつは頭ひとつ抜き出ていまーす。」

 

 自分の学校の生徒が途中棄権したこともあって、マクシームは咲夜に点を入れることに躊躇はないようだった。ダンブルドアとしても自分の学校の生徒に点を入れることはやぶさかでないだろう。だとすると、残るはカルカロフとパーシーだ。

 

「パーシー、君は十六夜選手についてどう思う?」

 

 ダンブルドアがそう聞くと、パーシーは分かりやすく私の顔色を確認する。どうやら下手なことを言うと私に食べられると思っているらしい。いや、純粋に私が滅茶苦茶お偉いさんだと思っているのか? 私なんて魔法界ではちょっと有名な占い師程度なのだが。パーシーは何度か深呼吸をすると、真面目な顔をして話し始めた。

 

「ホグワーツに在籍していた頃から彼女のことはよく見てきましたが、非常に優秀な魔女です。今回もその実力を遺憾なく発揮した結果であると分析致します。技量もさることながら、演出にも凝っており、満点をつけるに値するかと……。」

 

 なるほど、優等生の意見だ。これで残るはカルカロフだけだ。ダンブルドアは意見を求めるようにカルカロフを見る。カルカロフは苦々しい顔をしながら異論はないと答えた。満場一致、流石咲夜だ。議論する余地すら与えないとは我が従者ながら恐れ入る。

 

「では、次にフラー・デラクール選手の点数を話し合おうと思うのじゃが……彼女は人質を助けることが出来なんだ。競技としては本来失格扱いじゃが、わしは点数を与えても良いとおもっとる。」

 

「おーう、ダンブリドール。それーは、なぜでーす?」

 

 ダンブルドアの意見に、マクシームが声を上げる。どうやら、彼女的にはデラクールは失格扱いだと思っているようだ。

 

「彼女が用いた泡頭呪文は見事なものじゃった。マーカスの話では水魔に襲われた際に岩場に頭をぶつけてしまったらしい。半分事故のようなものじゃったと。勝負事において運というのは大きな要素にはなりうるが、運が悪かったと切り捨てていい問題でもないのでな。」

 

「私もダンブルドアに同意見だ。この競技の場合、今日というこの日も勿論大切だが、第一の課題終了時に渡された卵の謎をいかにして解き、準備を進めたかというのも大切になってくる。並の魔法使いでは、水に潜る準備すらままならず、棄権することになっただろう。」

 

 バグマンの意見を聞いてマクシームが少し視線を泳がせる。ああ、あの顔を見る限り、マクシームが少なからず助言を与えたようだった。

 

「そうだな、三十点ぐらいが妥当か?」

 

 カルカロフが点数を提案する。カルカロフのことだから甘いことは言わずに失格にすべきと言うかと思ったが、デラクールに点を与えることに賛成らしい。まあ第一の課題のデラクールの点数はクラムよりも低かった為、デラクールがクラムの障害になることはないと踏んでのことだろう。なんとも計算高いやつだ。

 

「いえ、二十点でも高いぐらいでーす。」

 

 マクシームがそう進言する。それならばと、ダンブルドアが二十五点にしてはどうかとの意見を出した。皆がその意見に賛成し、デラクールの点数が決まる。咲夜の半分か……多いのか少ないのかと言ったところだろう。

 

「次にビクトール・クラム選手じゃ。マーカスの話では少々湖で道に迷っておったが無事人質の元に辿り着き、無事救出したと。」

 

「変身術が中途半端ではあったが効果的なことには変わりないだろう。私はビクトールには四十五点を与えるのがいいと思っている。」

 

 カルカロフが真っ先にそう言った。こういうのは言ったもの勝ちではあるが、四十五点は流石に高すぎるだろう。

 

「確かに変身術を用いるというアイディアは画期的で、独創的だったと言えるだろう。四十五点も納得だが、カルカロフ。それは制限時間をオーバーしなかった時の話だと思うが。彼は制限時間をオーバーしている。その分の点数を引かなくてはなるまい。」

 

 バグマンがどぅどぅとカルカロフをなだめながらそう言う。確かに制限時間に間に合っていれば四十五点でも誰も文句は言わないだろう。だが、実際にクラムは制限時間をオーバーしているのだ。多少は減点しないとならないだろう。出なければ、制限時間を定めた意味がない。

 

「ふむ、カルカロフよ。四十点ではどうかの。わしとしては妥当な点数だと思うのじゃが。」

 

 ダンブルドアの意見にマクシームとパーシーが賛成する。カルカロフも渋々その意見に頷いた。さて、残るはハリーの点数だ。

 

「最後にハリー・ポッター選手の点数じゃが、わしはハリーの道徳的な行動に敬意を表し、満点を与えてもよいものと考えておるが、皆はどうじゃろう?」

 

 その提案にカルカロフが目を見開く。

 

「いや待てダンブルドア、ポッターはクラム以上に制限時間をオーバーしている。良くて三十五点だろう。」

 

 カルカロフの意見ももっともだ。クラムは制限時間をオーバーしたという理由で点数を引かれている。ならば同様にハリーからも点数を引くのが道理というものだろう。

 

「わたーしは、満点を与えてもよいとおもいまーす。ポーッターが遅れたのわ、デラクールがくるのを待っていたからでーす。」

 

「マクシームの言う通りだ。人質を助けようとしていなければ、ポッター選手は制限時間をオーバーすることはなかった。何せ、二番目に人質のところに辿り着いていたんだからね。」

 

「だが、タイムオーバーはタイムオーバーだ。減点は避けられんだろう。」

 

 まあ、カルカロフがここで引くわけがない。いくら道徳的な行動だったとしても、それが正解に繋がるわけではないというのがカルカロフの意見のようだ。まあ、本音はクラムより高い点を与えたくないという理由だろうが。

 

「では間をとって四十点ではどうでしょうか。」

 

 ずっと考え込んでいたパーシーがそう提案する。カルカロフもこの辺が妥協点だと踏んでいたのだろう。パーシーの意見に同意した。このままでは四十点で点数が決まってしまいそうである。少し助け舟を出してやるか。

 

「評価すべきは道徳心だけではないでしょうに。」

 

 私がそう言うと一瞬場がシンと静まる。その滑った雰囲気やめろ、と一瞬思ったが、どうやらそうではないようだ。皆こちらを見ている。ならば語るしかないだろう。私は椅子から体を起こし、手を組んだ。

 

「自分の人質だけでなく、他の選手の人質も助けようとする。確かに道徳心溢れる行動ね。でも、それだけじゃないでしょう? 制限時間をオーバーする可能性が高いのに、人質の安全を優先してその場に留まる。素晴らしい自己犠牲の精神だわ。勝ちに固執しない器の大きさも評価できる。それに、一番評価すべきはその勇気よ。」

 

「勇気?」

 

 バグマンがおうむ返しに聞いてくる。私は不敵に笑った。

 

「ハリーが潜水に用いていた海藻、鰓昆布はその名の通り服用者に鰓を持たせ水中での活動を可能とさせるものだけど、効果時間が一時間とかなり短いわ。今回に限って言えば、競技を行うのにぴったりな時間だけど、それは時間内に帰ってくることが前提ね。そして実際に、ハリーは一時間を越えて水の中に潜っていた。つまりは鰓昆布の効果時間を越えて水の中にいたということよ。」

 

 私はそこで一度言葉を切る。少し勿体付けて話した方が説得力が増すものだ。

 

「ハリーは暗い湖のそこで水魔や魔法生物の他に、溺死の危険性とも戦っていた。自らの点数だけではない、自らの命をも犠牲にする覚悟で水の中に留まっていたのよ。流石はグリフィンドール生ね。私はその勇気にこそ敬意を払うべきだと進言するわ。」

 

 つまりどういうことか。制限時間をオーバーしたことこそ評価すべきと進言したわけである。これでタイムオーバーを理由に減点することが出来なくなる。我ながら策士だ。カルカロフはポリジュース薬を一気飲みしたような顔をしながら、小声でそういうことなら……と呟いた。

 

「では、ポッター選手も満点。これで皆さん異論はないですかな?」

 

 バグマンが最後に確認を取るように皆に聞く。カルカロフ以外の者は大きく頷き、カルカロフも嫌々ながらといった表情で小さく頷いた。それを見て、バグマンの顔が輝く。

 

「ではでは、早速公表と行きましょう。選手も観客も私たちの審査結果を首を長くして待っている。」

 

 話し合いが終わり、審査員が席に戻っていく。バグマンだけが立ち上がり、杖を喉元に向けた。

 

「レディース&ジェントルメン! 大変長らくお待たせしました。審査結果が出ました! 水中人の女長、マーカスが湖底で何があったのか仔細に話して聞かせてくれました。そこで、五十点満点で各代表選手の得点を発表して行きたいと思います。最初に湖から姿を現したのは十六夜咲夜! 湖の中では泡頭呪文と防水呪文、防寒呪文を使い、水中人でも追いつけないほどの速度で水中を自由自在に移動していたようです。そして最後の変身術を用いた演出! 文句なしの満点! 五十点です!」

 

 バグマンの発表に観客席から溢れんばかりの拍手と歓声が響いた。肝心の咲夜はというと、少しぼんやりしているように思う。最後の変身術で魔力を使わせすぎたか?

 

「次にミス・デラクール。素晴らしい泡頭呪文でしたが、途中で水魔に襲われ人質の元に辿り着けませんでした。得点は二十五点!」

 

 観客席にいる男性陣から大きな拍手が沸き起こる。どうやらその美貌のせいかかなりのファンがいるようだった。

 

「ビクトール・クラム君は変身術が中途半端でしたが、効果的なことには変わりありません。人質を連れ戻したのは二番目でした。得点は四十点!」

 

 クラムほどのクィディッチの選手ともなれば、世界中にファンがいるのだろう。ダームストラングだけでなく、ホグワーツやボーバトンの選手からも大喝采が沸き起こった。

 

「ハリー・ポッター君の用いた鰓昆布は特に効果が大きい。戻ってきたのは最後でしたし、制限時間も大幅にオーバーしています。ですがマーカスの報告によればポッター君はミス・十六夜に続いて二番目に人質のもとへと到着したとのことです。遅れたのは自分の人質だけでなく、全部の人質を安全に戻らせようと決意したせいだとのことです。これこそ道徳的な力を示す者であり、満場一致で五十点満点に値するとの意見が出ました。よって得点はミス・十六夜と並んで五十点!」

 

 ホグワーツの生徒が一斉に拍手し、ハリーを歓声で包み込んだ。ハリー自身はきょとんとした顔でバグマンを見ていたが、すぐに我に返り隣にいたロンと手を取り合い喜びを分かち合う。カルカロフが何か言いたげな視線を私に送ってきていたが、まあ無視することにしよう。言いたいことがあったら口に出せ。

 バグマンは歓声が鳴りやむのを待つと、最後に事務連絡を行った。

 

「第三の課題、最終課題は六月の二十四日の夕暮れ時に行われます。代表選手はその一か月前に課題の内容を知らされることになります。諸君、代表選手の応援ありがとう!」

 

 バグマンは審査員席と観客席に頭を下げると、椅子に座る。どうやら、第二の課題はこれで終わりのようだ。咲夜は観客席に手を振ると、私の方に駆けてくる。ファンサービスを忘れないところを見るに、咲夜もなかなかの策士だった。私は咲夜が来るのに合わせて椅子から立ち上がる。

 

「お疲れ、咲夜。今のところ五十点五十点の百点満点じゃない。」

 

 私はすっかり乾いた咲夜の頭を撫でる。咲夜はむず痒そうに眼を細めた。

 

「恐れ入ります。」

 

「優勝は出来そう?」

 

「勿論です。」

 

 咲夜はにこっと笑うと、私に対して頭を下げる。私はその様子をみて大きく頷いた。

 

「さて……と。美鈴、帰るわよ。」

 

 私は咲夜と共にいた美鈴に声を掛ける。

 

「送りましょうか?」

 

 咲夜はこっそりと手の中に持っていた銀色の指輪を見せた。どうやら姿現しで紅魔館まで送ったほうが良いか聞いているようである。普段ならそれでもいいが、ダンブルドアの手前それもやめておいた方がいいだろう。

 

「大丈夫よ。来た方法で帰るわ。」

 

 私はポケットから行きに使ったホグワーツ特急のチケットを取り出した。もっとも、このチケットはもう切られている為、帰りには使用することはできない。

 

「あれ? おぜうさま。そのチケット一枚しかないように見えるんですが……気のせいですよね?」

 

 そして美鈴は私が何処かでチケットを買ったと勘違いしているようだった。

 

「交通費が出るわけないでしょう? 行きは出してあげたんだから帰りは走って帰りなさい。」

 

「マジっすか!? おぜうさま~。」

 

 美鈴は日傘を差しながらこちらにすり寄ってくる。正直鬱陶しい。私は日傘の影に入りながら咲夜の方に振り向いた。

 

「あ、そうだ咲夜。優勝杯は偽物とすり替えてでも持って帰ってくること。いいわね?」

 

 これはある意味保険である。ヴォルデモートを復活させるための布石とも言えるだろう。クィレルの話では、優勝杯をポートキーに変えてハリーをヴォルデモートの父親が眠る墓場に拉致する作戦らしい。つまり先に咲夜がポートキーに触れてしまっては、ヴォルデモートは復活できなくなる。それはそれで滑稽なのでありだが、私の計画に後れが生じるので、出来れば今年中に復活してもらいたいのだ。

 咲夜が双子の呪文か何かで優勝杯を増やし、その後本物の優勝杯に触れれば咲夜は墓場に飛ばされるが、ポートキーの能力が残った偽物がその場に残されるはずである。そうすれば、何も知らないハリーがポートキーに触れるという可能性も出てくることだろう。ある程度の可能性があるなら、頑張って運命を操ればハリーを墓場に誘導させることも可能なはずである。

 まあ、なんにしても出たとこ勝負なことには変わりない。あとは咲夜とハリー次第だ。私は咲夜に手を振ると、美鈴と共にホグズミードに向けて歩き始めた。帰りは、普通にチケットを買って帰ろう。来た時のような夜の時間帯ではないため、普通に運行しているはずである。

 

「おぜうさま~。五百キロはきついっすよ~」

 

 美鈴の泣き言を聞きながら、私は二人分の切符代の計算を始めた。




咲夜、第二の課題クリア

各選手クリアしたりしなかったり

協議、レミリアも参戦

第二の課題終了←今ここ


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合言葉やら、迷路やら、優勝杯やら

字を書くときよく万年筆を使うのですが、コンバーターにインクを入れる時に指にインクが付いてしまいます。それが水性のくせに中々落ちないんですよね。それが嫌で最近普段使い用はカートリッジにしていたり。って何の話ですかねこれ。何にしても次回で炎のゴブレット編終えれるといいなぁ。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1995年、六月二十四日。

 私は大あくびをしながら寝間着から外出用の洋服に着替えていた。現在の時間は朝の七時。わざと寝る時間をズラしたのだ。つい先ほど起きたばかりである。

 眠い目を擦らないようにしながら薄く化粧を施し、小銭やハンカチなどをポケットの中に突っ込む。よし、これで準備は大丈夫だろう。私はチラリと机の上に置いてある手紙を見た。ホグワーツから送られてきたものだ。

 簡単に内容を説明すると、第三の課題を行う日に、選手への激励の為に保護者を集めたいのだという。それも早朝に。吸血鬼を朝に呼び出すなど非常識にもほどがあるが、行かざるを得ないだろう。何せ私は咲夜の保護者なのだから。間違っても美鈴を一人で行かせることなど出来るわけがない。

 私は美鈴に保護者面させないことを固く決意すると部屋を出て大図書館に向かう。今回は流石に時間がないのでホグワーツ特急は無しだ。煙突飛行でホグズミードまで飛んでちゃちゃっとホグワーツに向かおう。

 廊下の途中でスーツを着込んだ美鈴と合流し、一緒に大図書館に入る。そこではパチェがクィレルとコンタクトのとれる手帳を片手に持ちながら何やら魔法の準備を進めていた。そうか、予定通りに進めば今日ヴォルデモートが復活するんだったか。

 

「クィレルの様子はどう? 競技の結果次第では今日ヴォルデモートが復活するんでしょう?」

 

 私はパチェの後ろから手帳をのぞき込む。そこには儀式の手順が細かく書き込まれていた。

 

「今日ヴォルデモートが復活するかどうかは貴方次第よ、レミィ。遊びに行くんじゃないんだからね。」

 

 パチェがジトッとした目で釘を刺してくる。そんなことは分かっている。分かっているつもりだ。

 

「分かってるわよ。ようは私がどれだけ上手く咲夜を誘導できるかに掛かっているんでしょう? その辺の抜かりはないわ。」

 

 私が思い浮かべている第三の課題の流れはこうだ。まず咲夜が一番に優勝カップの元へとたどり着き、カップに双子の呪文を掛ける。複製したカップを残して、本物を鞄に入れようと手を触れたところでポートキーが発動し咲夜がヴォルデモートの元へと飛ばされる。遅れてやってきたハリーが複製されたポートキーに触れ、ハリーも飛ばされる。そして、ハリーの血を使ってヴォルデモート復活。あとは咲夜さえ帰ってきてくれればそれでOKだ。

 

「まあ現地にクィレルもいるし、咲夜は時間を止めれるから逃げるだけなら何の問題もないと思うわ。ハリーは死ぬかもしれないけど、まあこの際どうでもいいわね。」

 

 取りあえず今最優先で行われるべきはヴォルデモートの復活だ。

 

「あわよくば、ヴォルデモートの復活をきっかけに不死鳥の騎士団が再編成され、それに咲夜が参加できたら一番なんだけど、そのへんは咲夜任せになるかしら。」

 

 パチェが手帳をパタンと閉じながら私の方を振り向いた。そういえばと、私はパチェに聞きたかった質問をする。

 

「ホグワーツに行ったついでに校長室に入ってみようかと思うんだけど、どうやったら入れるの?」

 

 私の質問に対し、パチェは机の上に手をかざす。そこには一体のガーゴイルの石像があった。

 

「これに対して合言葉を言えば開くようになっているわ。合言葉は……今日は百味ビーンズね。」

 

「どうしてそんなことまで分かるのよ。」

 

「鍵穴をピッキングするのとあまり変わらないわ。」

 

 涼しい顔で言っているが、ドヤ顔を隠しきれていない。なんとも可愛げのある魔女だ。

 

「でもどうして校長室なんかに入るんです? 入ったところで不審者扱いしかされないと思うんですが……。」

 

 美鈴が首を傾げながら聞いてきた。まあその質問はもっともだろう。

 

「そうね。理由は簡単よ。第三の課題前の前哨戦といったところね。ようは一発かましてビビらせようって作戦。」

 

「なんか餓鬼の嫌がらせみたいですね。」

 

「あ?」

 

 私は軽く美鈴を睨みつけるが、まあそう捉えられても仕方がないだろうな。学のないやつには分からない話だ。

 

「駆け引きと言いなさい。なんにしてもそろそろ行くわ。九時までにホグワーツについていないといけないみたいだし。」

 

 私は美鈴を半分引きずるようにしながら暖炉の方に歩いていく。そういえばと気になることがあり、パチェの方に振り返った。

 

「そういえばリドルの姿が見えないけど、何処にいるの?」

 

「ここに居ますよー。」

 

 奥の方の本棚から声が聞こえてくる。どうやら見えない位置にいただけのようだった。

 

「優秀な雑用が持てて私も幸せよ。」

 

 パチェが何気ない様子でそう呟く。なんにしても、パチェとリドルのペアは上手く機能しているらしい。

 

「まあパチェが満足そうで私も幸せよ。アレを持って帰ってきた咲夜に感謝ね。優秀だと思うんだったらアレを殺さなくて済むように、精々研究に励みなさい。」

 

 私は暖炉に火をつけ、煙突飛行粉を投げ入れる。そして色の変わった炎の中に美鈴と共に入った。

 

「三本の箒!」

 

 私がそう発音すると同時に地面から足が離れる。もう慣れたものだが、服が若干焦げ臭くなるのはどうにかならないのだろうか。電気で動く煙突飛行などあったら便利だろうに。電気の暖炉にも煙突飛行は繋げられるのだろうか。あとでパチェに聞いてみよう。

 そんなことを考えている間に三本の箒に到着する。私は服についた煤を軽くはたき、店の外に出た。六月下旬ということもあって、日差しは少しずつ強くなっている。私は差し込む朝日に焼かれないように気を付けつつ、上手いこと美鈴の差す日傘の中に入った。

 

「さて……と。美鈴、今の時刻は?」

 

「八時です。ここからなら三十分もあればホグワーツに到着するでしょうね。」

 

 なら時間は大丈夫だろう。ペースを気にすることなくゆったりと歩き、四十分掛けてホグワーツに到着する。ホグワーツの校門にはハグリッドが目印代わりに立っており、その横にスネイプの姿もあった。何故あの組み合わせなのかは分からないが、きっと暇なのだろう。

 スネイプは魔法薬の教員だと聞いている。対抗試合の準備に直接的に関与しているわけではないということか。逆に前回良くしてくれたフリットウィックなどは、今頃大忙しなのかも知れない。

 

「よくぞいらっしゃいました。ダンブルドア校長がお待ちです。」

 

 ねっとりとしているが、厳格な声でスネイプがそう言い、城に向かって歩き出す。ハグリッドも付いてきているところを見るに、私たちで最後のようだった。何か会話があるわけでもなく、数分後には小さな部屋の中に通される。そこには何脚かの椅子と机、そしてソファーが置かれていた。既に中には人間が何人かおり、皆入ってきた私を見ている。

 

「おお、よくぞ来てくれました。レミリア嬢。」

 

 モリーと話していたダンブルドアがこちらに軽く頭を下げたあと、右手を差し出してくる。私は軽くその手を握り返した。

 

「吸血鬼をこんな時間に呼び出すなんて頭おかしいんじゃない? ついにボケた?」

 

「そうかもしれんの。最近よく間違えて靴下を裏返しで履いてしまうことがある。歳を取るとは怖いものじゃ。」

 

 私の軽口を気にも留めず、ダンブルドアは愉快そうに笑う。まあ長くてあと数年の命だ。精々楽しく可笑しく生きればいいだろう。私が空いているソファーにどっかりと座りこむと、美鈴がその横にビシッと立った。どうやら、今日は少しは気合が入っているようだ。

 

「わしは少し魔法省の役員と競技に関して話し合わなければならない。そろそろ失礼しようかの。あと少しで選手たちがこの部屋に入ってくるはずじゃ。」

 

 ダンブルドアはそう言い残すとスネイプと共に部屋を出ていった。そういえば途中からハグリッドの姿が見えなくなったが、あれは何処に行ったのだろうか。あの巨体を見失うなんて相当だと思うのだが。まあいいか。ハグリッドだし。

 一番初めに部屋に入ってきたのはクラムだった。クラムは両親らしき人間とブルガリア語で話している。内容としてはホグワーツでの生活はどうかというものだった。まあ留学しているようなものだ。積もる話は沢山あるのだろう。

 ということは反対側に座っている女性はデラクールの母親か。傍らの小洒落た少女はガブリエルなのだろうか。濡れた犬みたいな姿しか見たことがないので確証を持ってそうだとは言えないが、消去法で言えばそうだ。事実、部屋に入ってきたデラクールは笑顔でガブリエルに抱きつきに行った。流石フランス人。スキンシップを恐れない。

 残るハリーの保護者だが、これはウィーズリー家からモリーとウィリアムが来ていた。流石にマグルの家族を呼ぶわけには行かなかったのか、それとも呼んでも来ないと思ったのかは知らないが、まあ妥当な選択だろう。ハリーは何度かウィーズリー家に遊びに行っているという話を聞く。ハリーにとっては第二の家のようなものだ。

 

「お、咲夜ちゃんの気配発見。隣の大広間にいるみたいですね。」

 

 美鈴がぽつりと呟く。確かに咲夜の気配はそこにあった。だがそれと同時に隣の部屋に百人単位で人の気配がある。今は丁度朝食の時間帯なのだろう。よくこの人ごみの中で咲夜の気配だけを探れるものだ。

 

「まあそのうち来るでしょうね。あ、動き出した。」

 

 結構な速度で咲夜が移動を始め、ノックの後部屋のドアを開ける。そして私の顔を見るなり目を輝かせた。可愛い。私は近づいている咲夜に合わせてソファーから立ち上がる。

 

「咲夜、首尾はどう?」

 

「上々です。お嬢様。」

 

 私は咲夜に一歩近づき、耳元に顔を近づける。若干背伸びしないと耳元に届かなかったことは、喜べばいいのか悲しめばいいのか分からなかった。

 

「今日はどんな手を使ってもいいわ。少しでも早く優勝杯に触れなさい。双子の呪文で偽物を作るのも忘れるんじゃないわよ。」

 

「心得ております。」

 

 私は背伸びを維持したまま咲夜の頭を撫でる。すると不意に私の視線がぐんと上にあがった。美鈴だ。

 

「おぜうさま撫でにくそうですね。どれ、私がちょっとお手伝いを。」

 

 確かに撫でやすくはなったが、問題はそこではない。

 

「ちょ! 美鈴、降ろしなさい! そこまで小さくないわ。降ろせって言ってんでしょうが!!」

 

 私は軽く反動をつけて踵で美鈴の顎を蹴り上げる。あまり強く蹴ったつもりはなかったが、美鈴はそのまま後ろに吹き飛び肖像画を突き破りながら頭を壁にめり込ませた。その衝撃で部屋が揺れ、多少埃が舞う。咲夜は私の服についた埃を丁寧にはたき落とした。

 

「お嬢様、お怪我は御座いませんか?」

 

 咲夜がすまし顔で私に聞いている。壁に突き刺さっている美鈴にハリーが駆け寄った。

 

「これ……死んでない、ですよね?」

 

 ハリーは心配そうに美鈴を眺めている。

 

「大丈夫よ。門番だし。」

 

「美鈴さんですし。」

 

 うちの門番がこんなことで死ぬはずがない。というか、この程度の攻撃で死ぬようならうちで雇ったりするものか。兵隊は耐久力が命。実際美鈴はそこまで攻撃力は高くない。だが頭をライフルで打ち抜かれても動き続けることが出来るその生命力こそが魅力なのだ。

 美鈴はもぞもぞと動き、壁から頭を引っこ抜く。そして頭をふらつかせながら何かを叫んだ。もっとも、顎が外れているのか、言葉になってないが。美鈴は自分の顎を強引にはめ込むと、今度こそ私に抗議した。

 

「おぜうさま、学校で暴れちゃダメですよ? ほらこの肖像画とかとっても高そうですし。あー私知ーらない。」

 

 お前は一体何歳児だと言いたくなるが、ここはぐっと堪えよう。こういうのは相手にしたら負けなのだ。

 

「咲夜。」

 

「はい。」

 

 咲夜の名前を呼んだ瞬間に、壊れた壁と肖像画が元に戻る。

 

「あら、美鈴。何も壊れていないようだけど。何処の何が高そうだって?」

 

 美鈴はクルリと後ろを振り向き、壁が元に戻っていることを確認すると軽くため息をついた。種も仕掛けもある簡単な手品じゃないかと言いたげな表情だ。

 

「直ればいいってものでもないでしょうに。……あ、咲夜ちゃん私の服も綺麗にしてくれない?」

 

「しなくていいわよ。」

 

「してください! お願いします!」

 

 美鈴が何時もの調子で咲夜に抱きつきにかかる。美鈴のそれはハグというよりかはベアハッグに近いので抱きつかれる前に咲夜は美鈴に杖を向けた。

 

「スコージファイ!」

 

 咲夜が呪文を唱えると一瞬にして美鈴の服が綺麗になる。なるほど、あの呪文を使えば紅魔館の掃除も簡単に終わるだろう。

 

「サンクスさくっちゃん。よっ! 我らがメイド長!」

 

 美鈴は咲夜の手を取るとブンブンと上下に振る。もうすっかり元通りな美鈴だったが、ハリーはまだ心配の様である。

 

「えっと、大丈夫ですか? 美鈴さん。」

 

 恐る恐るといった顔で美鈴に尋ねていた。

 

「ええ、大丈夫です。これでも丈夫なんですよ?」

 

 美鈴は袖の下から中国拳法で使うような投げナイフを取り出すと、何の躊躇もなく手の平に突き刺した。ナイフの刺さった隙間から血が滲み沸き、ナイフを伝って床を濡らす。

 

「ひぃ!」

 

 ガブリエルが小さく悲鳴を上げた。まあおこちゃまには少しショッキングな光景だったかも知れない。

 

「え? 美鈴さん一体何を……。」

 

 ハリーはどうしていいか分からないといった様子で美鈴の手に刺さったナイフを見つめている。美鈴はカラカラと笑うと刺さっているナイフを引き抜いた。その瞬間手の平から血が溢れ出すが、次の瞬間には塞がり、傷跡すらなく完治する。美鈴はハンカチで手についた血をぬぐい取り、ハリーに差し出した。

 

「ほら。もう治ってる。私たち妖怪なんてこんなもんよ。」

 

「こら、美鈴さん。床が血で汚れたじゃないですか。これでも毎日屋敷しもべ妖精がですね……。」

 

 咲夜が美鈴に文句を言いながら床の血を綺麗にする。美鈴は申し訳なさそうに頭を掻いた。少し空気を悪くしてしまっただろうか。ここから退室するとしよう。

 

「さて、校内を少し歩きましょうか。咲夜、案内は頼むわよ。」

 

「畏まりました。」

 

 私は大広間へと続く扉を開け、部屋を出る。既に授業が始まっているためか、大広間には殆ど生徒はいなかった。私はフルーツバスケットに入っているリンゴを一つ掴むと、咲夜のいる方へと放り投げる。次の瞬間には咲夜がリンゴの盛り付けられた皿を持って隣に立っていた。

 

「ありがと。」

 

 私はリンゴに刺さったフォークを摘まむと、リンゴを口に運ぶ。そういえば今日は朝食を取っていない。丁度良いと言えるだろう。美鈴は美鈴でリンゴをそのまま丸かじりしている。あれをするのもいいが、手が汚れるんだよな。

 

「んで、何処に向かうんです? 校長室?」

 

 大図書館でのパチェと私のやり取りを聞いていたのか、美鈴は私にそう尋ねる。

 

「そうね。それも捨てがたいけど、個人的には秘密の部屋ってのに興味があるわ。」

 

 だが、時間はまだあるので、出来れば他の場所を見て回りたかった。

 

「ですがあそこにあるのは蛇の死体ぐらいでして……。」

 

「じゃあ校長室。」

 

「かしこまりました。」

 

 見て回りたかったが、見ても仕方がないなら見る意味はないだろう。素直に校長室に向かうとしよう。咲夜に先導され妙に静かなホグワーツの廊下を歩く。授業中だとは言え、学校というのはここまで静かなところだっただろうか。そのことを咲夜に聞くと、どうやら今日は学年末テストの日のようだ。暫くするとパチェが図書館で見せてくれたガーゴイル像が見えてくる。咲夜はその前で立ち止まった。

 

「百味ビーンズ。」

 

 私がそう言うとガーゴイル像は命を吹き込まれたように動き出し、脇へ飛びのいた。そしてその奥の壁が音を立てて動き出す。

 

「よく合言葉を知ってましたね。おぜうさま。」

 

 美鈴が感心したように呟いたが、こいつは図書館での私とパチェのやり取りを聞いていなかったのだろうか。

 

「夢で見たのよ。さあ行きましょう。」

 

 エスカレーターのように動いている石造りの螺旋階段に乗り、私は上へ上へと昇っていく。螺旋階段の奥には光沢が出るほど磨き上げられた樫の扉があった。

 

「お邪魔しまーす!」

 

 美鈴が何の遠慮もなしにドアを開けて中に入っていく。その恐れを知らない行動を称して紅魔館の特攻隊長の称号を与えてやりたいが、まずは後を追ったほうがいいだろう。私は美鈴の後に続いて校長室の中に入る。部屋の中は結構カオスな空間だった。棚の上では沢山の小物が奇妙な動きをしており、壁には歴代の校長の肖像画が掛けられている。

 

「小洒落た部屋ね。アルバスらしいわ。」

 

 部屋の隅にとまっていた不死鳥がじっとこちらを見ていた。どうやら、監視カメラ代わりらしい。次の瞬間にはダンブルドアが椅子に座った状態で現れていた。

 

「スカーレット嬢に褒められるとは光栄じゃのう。」

 

 ダンブルドアは何時もの調子でそう答えたが、眼鏡の奥で光る二つの目は、私の行動を見逃さないと言わんばかりにキラキラと輝いている。

 

「ええ、ここにあるやつなんか色々なものが出たり引っ込んだりしているわよ。これも魔法で動いているのでしょう? なんというか、万能すぎて美しみに欠けるわね。」

 

「ふむ、そういうものかのう。」

 

「ええ、発達しすぎた技術というものは面白みがないわ。時計がいい例ね。クォーツの時計は確かに正確で価格も安いわ。でも、時計としての価値は機械式には敵わない。機械的な機構を用いて様々な機能を持つ複雑時計はそれだけで一つの美を持つわ。」

 

 私は置いてある小物の一つから魔力を消し去る。するとその小物は動きを止めた。

 

「少しでも前提が崩れたらストン。と、こうなってしまう。」

 

 ダンブルドアはその小物を見て何か思うところがあったのだろう。何か遠くのものを見るような目で呟いた。

 

「ふむ、そうかも知れんのう。じゃが、わしはそこまで魔法が便利なものとは思っとらんよ。したいことも満足に出来ぬ不完全なものじゃ。」

 

 あの目、少し気に入らない。今ここに私がいるのに、私ではない違う誰かと話をしているかのような……そう思っていたら、ダンブルドアはいつの間にか私に視線を戻していた。

 

「さて、一つ聞いてもよろしいかの。どうしてスカーレット嬢がここにいるのかのう。」

 

 何を聞かれるのかと思ったら、そんなことか。私は胸を張って答えた。

 

「あら、城に招待したのは貴方じゃない。」

 

「ふむ、もっともじゃな。だがしかし、今生徒は試験中じゃ。なので試験が実施されておる教室には入らんようお願いしたい。」

 

「そんなことぐらいは分かっているわ。」

 

 先ほど咲夜からその話を聞いたばかりである。流石の私も試験中の教室に吶喊するほど世間知らずではない。私はダンブルドアにヒラヒラと手を振ると踵を返した。樫の扉を開け、螺旋階段を降りていく。美鈴と咲夜もその後に付いてきた。

 

「さて、競技まではまだ時間があるけど、何をして時間を潰そうかしら。」

 

 廊下へ出て、次の目的地を決めるために一度足を止める。

 

「そうですね……ホグワーツで何か時間を潰せるようなところですと……図書館、厨房、必要の部屋ぐらいでしょうか。」

 

 ふむ、やはりホグワーツには娯楽が少ない。ここは学生のセオリーに従うことにしよう。

 

「ホグズミード村に行きましょう。夜まではまだ相当時間があるし競技に間に合わないということはないわ。美鈴、日傘。」

 

「を?」

 

 美鈴がその続きを催促する。

 

「ぶちのめすぞお前。」

 

 口で警告しながら私は全力で美鈴にボディーブローを食らわせた。美鈴は三メートルほど吹っ飛び、お腹を押さえて蹲る。

 

「じょ、冗談ですよぅ、おぜうさま。誰もおぜうさまのローストチキンなんて見たく――ぐぅゅっ!!」

 

 フラフラと立ち上がった美鈴の頭を今度は平手で叩いた。というか、どうして美鈴がそのネタを知っているんだ。咲夜が心配そうな表情で美鈴を見ている。どうやら頭を叩いた際に地面に思いっきり頭をぶつけたらしい。だが、美鈴はそんな程度で伸びるほどやわじゃないのだ。

 

「大丈夫よ、美鈴だし。馬鹿はほっといて行きましょう、咲夜。」

 

「はい。」

 

 咲夜は鞄から日傘を取り出すと、私の横に立って開く。私は蹲って悶える美鈴を放置してホグズミード村へと向かった。

 もっとも、美鈴はすぐに追いついてきたが。

 

 

 

 

 

 

「レディース&ジェントルメン! 第三の課題、そして、三大魔法学校対抗試合最後の課題がまもなく始まります! 現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。一位、得点百点――十六夜咲夜選手! ホグワーツ校!」

 

 バグマンの軽快な実況が観客席に響き渡る。私は今回も特別ゲスト扱いなのか、審査員席の横に席が設けられていた。観客席からの声援を受け、咲夜は大きく手を振っている。

 

「二位、得点九十点――ハリー・ポッター選手! ホグワーツ校! 三位、得点八十点――ビクトール・クラム選手! ダームストラング専門学校! 四位――フラー・デラクール選手! ボーバトン・アカデミー!」

 

 デラクールの点数を言わなかったのはマクシームへの配慮だろうか。デラクールだけ点数を大きく離されている。バグマンの実況では、どうやら得点上位の者からスタートするとのことだ。第三の課題は魔法迷路。つまり咲夜の得意分野である。

 

「では……ホイッスルが鳴ったら十六夜選手が一番にスタートします。」

 

 バグマンの実況を聞いて、咲夜が右手で杖を抜く。左手はスカートのポケットに突っ込んであった。多分懐中時計を握りしめているのだろう。咲夜独特のスタイルだ。

 

「いち……に……さん!」

 

 ホイッスルの音と共に、咲夜は杖先に光りを灯し、生垣の中へと走っていく。そして一番初めの角を曲がっていった。今頃は優勝杯の複製を作っている頃だろう。死角に入った瞬間に時間を止めただろうし。

 ホグズミードから帰ってきて、懇談パーティーの後に第三の課題は行われた。第三の課題の内容は巨大な迷路で、中には危険な魔法生物や罠が仕掛けられているという。点数の合計が高いものからスタートし、最終的に優勝カップに一番早く触れた選手が持っていた点数に関係なく優勝だ。つまり一般的な視点からみたらデラクールにもまだ優勝の目があることになる。まあ咲夜が出場している時点でないのだが。

 

「さあ、次にポッター選手がスタートします。十六夜選手が迷路に入ってから既に五分が経過しておりますが、まだまだ優勝が狙えます。では……さん……に……いち……」

 

 ホイッスルの音が響き、ハリーが迷路の中に駆けこんでいった。どうやら五分間隔でスタートしていくようだ。クィレルの話では、ムーディがハリーの前に立ちはだかる障害を影ながら消していくと言っていたが、果たして上手く行くだろうか。まあ補助がある分クラムやデラクールよりかは優勝カップに到達する可能性が高いだろう。

 

「さてさて、中の様子って分からないんですかね?」

 

 横に立っている美鈴が何処から手に入れたのかバタービールの入ったジョッキを傾けながらそう言った。確かに、中の様子は分からないらしく、観客席も時折光る魔法の光に騒いでいる。私は美鈴からバタービールを奪うと、一口飲んだ。アルコールは薄いが、たまにはこういうのもいいだろう。

 その後もクラム、デラクールの順で選手が迷路の中に入っていく。全員が見えなくなったところで、バグマンが今後の展開について話し出した。

 

「さて、選手がいなくなったところで皆さんにお話ししておくべきことがあります。対抗試合の優勝カップはポートキーになっておりまして、一番初めに触った選手が、ここ、スタート位置に戻ってくるように設定されています。つまり、ここに一番初めに現れた選手こそが、対抗試合の優勝者なわけです!」

 

 そう、優勝杯はもともとポートキーなのだ。クィレルたちはその性質を利用し、ポートキーの設定を変えることでハリーを連れ去る計画を立てていたのである。それは私も知っていることだ。

 

「それにしても咲夜遅いわねぇ。」

 

 横に審査員がいるため、形だけでもそう呟いておいた方がいいだろう。審査員と言えば、今日はクラウチでもパーシーでもなく、ファッジが審査員席に座っている。どうやらクラウチに掛けた服従の呪文も限界だったらしく。クィレルの話ではクラウチは既に死んでいるらしい。魔法省内では失踪扱いになっているが、パーシーはその件に追われて審査員どころではないという話だ。

 ファッジはダンブルドアと楽しそうに会話している。今まさにヴォルデモートが復活しようとしているなど夢にも思っていないだろう。

 競技が始まって二十分が経過した頃だろうか。迷路上空に赤色の花火が上がる。あれは救出を求むサインだ。早速一人脱落者が出たらしい。

 

「おっと! 赤い花火が打ちあがりました。ホグワーツの優秀な教員が救出に向かいます。打ち上げた選手は現在確認中です。情報が入ったらお伝えします!」

 

 分かりやすく状況が見えたこともあって、観客席がざわつく。数分後、気絶したデラクールが審査員席のマクシームの元に運ばれてきた。

 

「どうやら脱落したのはボーバトン代表デラクール選手のようです。迷路で何があったのかはまだ分かりませんが、デラクール選手の意識が戻り、質問が可能な状況であればインタビューしてみたいと思います。」

 

 逆にそうすることでしか迷路の中の状況がわからないというのは問題ではないかと思うのだが、私だけだろうか。まあ誰が優勝するか分からないドキドキ感はあるが。

 数分後、今度はクラムが審査員席に運ばれてきた。赤い花火は打ち上がっていない為、たまたま発見したのを連れて帰ってきたのだろう。

 

「おっと! これはこれは。クラム選手も脱落の様です。花火が打ち上がっていないのを見るに、何かに不意を突かれたのでしょうか。これで迷路に残るのは二人。ハリー選手と咲夜選手だけになりました。さあ先にカップを手に取るのはどちらか。」

 

 選手にインタビューしたいとは言っていたが、癒者が凄い形相でバグマンを睨んでいた為実現はしなさそうだ。あの様子では許可など出さないだろう。それに、デラクールもクラムも昏睡状態のようで、なかなか意識が戻らない。これ以上は体に負荷が掛かると判断したのか、癒者は選手を静かに寝かせると、毛布を被せた。

 課題が始まってから四十分。ついに場が動き出す。迷路の入り口に泥であちこち汚れ、擦り傷まみれのハリーが優勝カップを持って現れたのだ。ハリーはそのまま仰向けになり、肩で息をしている。ダンブルドアとファッジが急いでハリーに駆け寄り、バグマンは満面の笑みを浮かべた。

 

「優勝はハ――」

 

 そこまで言いかけたところでバグマンは口を紡ぐ。ダンブルドアの様子にただならぬ気配を感じた為だろう。ダンブルドアはハリーを抱き起すと大きな声でハリーの名を呼んだ。

 

「ハリー、しっかりするんじゃ。何があった!?」

 

 とても百歳をこえたジジイから出たとは思えないような力強い声に、ハリーは意識を覚醒させる。そして息も絶え絶えといった様子で言葉を絞り出した。

 

「あの人が……あの人が帰ってきました……戻ったんです、ヴォルデモートが。」

 

 その言葉に私と美鈴は顔を見合わせる。美鈴は分かりやすく眉を顰めていた。私たちが顔を見合わせたのは簡単だ。何かの拍子にニヤついていたら互いに注意できるようにである。

 なんにしても、ヴォルデモートが復活した。今回の目的は達成だ。咲夜の姿は見えないが、多分違うルートで帰ってくることだろう。時間を止めて姿現しするに違いない。だが、咲夜を心配するふりはしなければならないだろう。

 

「咲夜? ねえ、咲夜はどうしたの? まだ迷路の中?」

 

 私は椅子から立ち上がって数歩迷路の方に歩く。私の言葉を聞いてハリーが分かりやすく青ざめた。

 

「咲夜……そうだ! 咲夜! ダンブルドア先生! ああ、僕はなんてことを……。」

 

 ハリーが必死に優勝カップのあるほうへともがく。ダンブルドアが少し強引にハリーをゆさぶり、落ち着かせた。

 

「ハリー、咲夜がどうしたのじゃ?」

 

「咲夜を……咲夜をヴォルデモートのいるところに置いてきてしまいました。唯一の帰る手段だった優勝カップは……。」

 

 ハリーは転がっている優勝カップを見る。つまり咲夜は墓地で置き去りにされたということだろう。私は血相を変えて優勝カップに飛びつく。形だけでもやっておかなければならないだろう。勿論、ポートキーとしての機能が無くなったこれは只の優勝カップだ。今更触れたところで何が起きるわけでもない。

 

「ダンブルドア、話があるわ。取りあえずこっちに来なさい。」

 

 私は凄い形相でダンブルドアを睨みつけ、手首を引っ張ってハリーから引き剥がす。その隙をついてか、どこからともなくムーディが現れてハリーを城の方へと連れて行った。まああれは放っておこう。

 

「私は魔法には疎いからよくわからないの。このカップがポートキーなんでしょ? 私をさっさと咲夜の元へ飛ばしなさい。今すぐによ!」

 

 私はダンブルドアの胸倉を掴み一気に引き寄せる。それを見かねてか、美鈴とハグリッドが私を引き剥がしにかかった。グッジョブ美鈴。私もわざわざヴォルデモートのいる場所に行こうとは思わない。

 

「まあまあおぜうさま、咲夜ちゃんを信じましょうよ。ハリーが帰ってこれたんだったら咲夜ちゃんも帰ってきますって。それにほら、不思議な魔法も使えるじゃないですか。咲夜ちゃんは。」

 

 不思議な魔法という単語を聞いて、ダンブルドアはピクリと眉を動かす。ほんとにグッジョブ美鈴。こういう時本当に役に立つ奴だ。私たちからも少し匂わせることで、咲夜が不死鳥の騎士団の話を持ち出したときにダンブルドアの方から術の話を持ち出してくれるだろう。

 私は荒い息を整えると、ダンブルドアを放す。そして先ほどまで座っていた椅子に戻った。

 

「ふん、言われなくても分かってるわ。私の従者なら誰が相手でも負けることはない。ヴォルデモートの心配をするべきだったわね。いや、今心配すべきはハリーの方かしら。」

 

「どういうことじゃ?」

 

 私の言葉にダンブルドアが食いつく。咲夜を助ける以上に優先すべきことがダンブルドアにあれば、ダンブルドアはまずそちらの対処に当たるはずだ。

 

「さっきハリーを城に連れてったムーディだけど、多分偽物よ。ポリジュース薬の匂いがしたわ。」

 

 それを聞いてダンブルドアは血相を変えて城の方へと走っていく。スネイプもその後を追って城の中に消えていった。

 

「おぜうさま、これからどうするんです?」

 

 美鈴が小声で聞いてくる。私は分かりやすく心配そうな顔を浮かべた。

 

「心配そうな顔して立ってなさい。私も心配そうな顔して座ってるから。」

 

 美鈴はそれを聞くと同時にオロオロと心配そうな態度になる。私も美鈴に負けないように心配そうな顔をした。




第三の課題の朝、レミリアと美鈴でホグワーツに向かう

咲夜と合流

校長室にお邪魔する

ホグズミード村で遊ぶ

パーティーに出席

第三の課題スタート

咲夜がポートキーに乗って墓場へ

ハリー、クラム、デラクールが順次スタート

咲夜がクィレルと緊急会議

迷路内でムーディ(クラウチ・ジュニア)がクラムに服従の呪文を掛ける

デラクールがクラムに襲われて脱落

クラムが自分に失神の呪文を掛けて脱落

ハリーが咲夜の作った偽物の優勝カップを手に取り、墓場へ

ハリーがペティグリューに捕まる

儀式を行いヴォルデモート復活

死喰い人集結

ヴォルデモートとハリーが決闘、杖が繋がる

ハリーがポートキーを使って離脱

ハリーがスタート地点に帰ってくる

ヴォルデモートと咲夜が決闘

ダンブルドアがシリウスを校長室に入れる

ハリーがムーディ(クラウチ)に襲われそうになる

ダンブルドアがムーディを倒し、真実薬による尋問スタート

咲夜が校長室に姿現しする

咲夜とシリウスが話し合う

尋問が終わり、ダンブルドアとハリーが校長室に向かう

大体こんな感じ。


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嘘つきやら、尋問官やら、ナギニやら

なんだか不死鳥の騎士団編はすんなり終わりそうで一安心です(フラグ)
時間もないので必要ないところは容赦なく割愛していきます。ご了承ください。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 審査員席で二人してオロオロしていたらマダム・ポンフリーに医務室に案内された。私はソファー代わりにベッドに腰かけ、ホグワーツ内の気配を探る。流石に人間が多すぎるためか、咲夜の気配を感じ取ることは出来ない。

 

「何か感じる? 美鈴。」

 

 私は隣で珈琲の入ったマグカップを傾けている美鈴に話しかける。というか何処から手に入れて来たんだそれ。

 

「んー、ホグワーツ内にいるとしたら多分校長室じゃないですかね。気配は完全に感じませんよ。」

 

「そう、美鈴がそういうならそうなんでしょうね。」

 

 私は美鈴の珈琲を一口貰うと、クィレルに繋がっている手帳を開く。

 

『そちらの状況を簡潔に説明しなさい。』

 

 私は手帳に一文だけ書き込む。クィレルとしても今は忙しいだろうし、向こうの状況が簡単にわかればそれでいい。

 暫く待っていると、手帳に文字が浮かび上がってきた。

 

『ヴォルデモートの復活は無事成功。ハリー・ポッターは逃走。十六夜君は時間を止めて何処かへ消えました。』

 

『そう、詳しい話はこちらに帰ってこれるようになってから聞くわ。今は死喰い人の中で高い地位につくことに集中しなさい。』

 

『御意。』

 

 私は手帳を閉じるとポケットの中に仕舞い直す。これで取りあえず咲夜の無事は確認できた。

 

「咲夜は帰ってきてるらしいわ。多分校長室でしょうね。」

 

 私はベッドに横になり、美鈴の頭を見上げる。美鈴は当然だと言った顔をしていた。

 

「まあ咲夜ちゃんですし……っと、ハリーが医務室に来ますね。」

 

 美鈴は珈琲を飲み干すと、窓枠にマグカップを置く。私も体を起こし、扉を注視した。数秒後、ハリーは黒い犬を連れて扉を開けて医務室の中に入ってくる。ハリーは癒者(名をポンフリーというらしい)から熱烈な歓迎を受け、あっという間にベッドに押し込まれてしまう。ハリーはそれに慣れっこなのか、素直に従いベッドの中に潜り込んだ。

 ポンフリーはそのあと少し医務室を空けますからね! と言い残して扉から出ていく。その瞬間にハリーが跳ね起きた。本当に手慣れた小僧だ。

 

「レミリアさん! あの……咲夜は帰ってきてました。今は校長室でダンブルドア先生と話をしています。」

 

「そう、まあ咲夜だし。当たり前といったら当たり前かしら。」

 

 私はハリーのベッドの横で丸くなっている黒い犬を見る。あれは多分シリウス・ブラックだろう。

 

「今は眠りなさい。話は大人から聞くことにするわ。主にダンブルドアからね。」

 

 私はハリーの頭を撫でると、ベッドに寝かせる。そのままもう一度頭を撫で、魔力を使って無理やりハリーを眠らせた。傍から見ればハリーが疲れのあまり眠ったようにしか見えないだろう。美鈴は美鈴でブラックを撫でまくっている。ブラックは鬱陶しいと言わんばかりに美鈴から逃げるとベッドの横で丸くなる。そして数分もしないうちに寝息を立て始めた。どうやらかなり眠たかったようだ。

 私はベッドに座りなおすと医務室内をぐるりと見回す。どうやら私たちの他に起きている者は誰もいないようだ。

 

「あれ、シリウス・ブラックですよね。」

 

 美鈴が声を潜めて私の耳元で囁く。私は声を出さずに小さく頷いた。次の瞬間、ホグワーツから人の気配が消える。いや違う、時間が止まったのだ。その証拠と言わんばかりに目の前に咲夜が立っていた。怪我や汚れなどは無く、いたっていつも通りの容姿に少し笑えてくる。ハリーなんてボロボロだったのに。

 

「お嬢様、不死鳥の騎士団への侵入は無事成功しました。」

 

 咲夜はニヤッと笑うとそう報告してくる。なんというか、行動が早い従者だ。

 

「よくやったわ。意外と早かったわね。」

 

「ヴォルデモートの復活を利用させてもらいました。」

 

 なるほど、そういうことか。美鈴はまだピンとこないらしく、首を傾げていた。

 

「どうやって説得したの? 学生がホイホイ入れるような組織じゃないと思うけど。」

 

「自殺の真似事と偽りの涙を少々。男というのはいくつになっても女性の涙には弱いものですよ。」

 

 咲夜のことだ。ヴォルデモートに目を付けられた私はお嬢様に迷惑が掛かる前に死ぬしかないとか言ってダンブルドアの前で自殺しようとしたのだろう。そんなテクニックを教えた記憶はないが、学校で少しは成長しているということか。

 

「やるじゃん。」

 

 美鈴がくしゃくしゃと咲夜の頭を撫でる。咲夜は頭を撫でられながらも鞄から優勝杯を取り出した。

 

「あとそれと、優勝杯です。」

 

 私は咲夜から優勝杯を受け取る。そしてそのまま大図書館に転送した。郵便が私の引き出しに届くのと同じ原理だ。咲夜はそれを不思議そうに見ている。

 

「パチェのところに送っただけよ。いつまでも持っていると返せって言われそうだし。そういえばクィレルの調子はどうだった? 会ったんでしょう?」

 

「見たところでは死喰い人の中でもそこそこの地位を手に入れたようです。」

 

 そこそこの地位か。咲夜が不死鳥の騎士団に入り、クィレルも力を手に入れた。これなら十分戦局を左右することができるだろう。パチェは既に術を発動させる準備を行っている。ここ数年のうちなら好きな時に術を発動させることが可能だ。それを踏まえて……。

 

「そう……、咲夜。二年後よ。戦争は二年後に起こすわ。」

 

 私は百年前、ダンブルドアに死の予言をした。1997年の六月。それに合わせて戦争が起きるように調整を行おう。

 

「それまでに不死鳥の騎士団を大きく強くしなさい。死喰い人とぶつかったときに多数の死者が出るようにね。それまでは出来るだけ仲間が死なないように気を付けなさい。」

 

「畏まりました。」

 

 私はベッドから立ち上がり、窓の方へと歩き出す。

 

「さて、私たちはもう帰るわ。優勝賞金はウィーズリーの双子にでもあげなさい。」

 

「それはまた一体何故です?」

 

 私は今朝の小部屋での話を思い出す。

 

「今朝ウィーズリー夫人と話したのだけど、その双子が何やら面白そうなことをしているらしいわ。悪戯グッズっていうの? 夢を持つ若者は応援しないとね。まあそのうち一人は若いうちに死ぬけど。」

 

 私はそう言い残すと医務室の窓を開ける。私は窓から外に出ると空中で留まり、咲夜の方を向く。

 

「じゃあ帰るわ。夜だから人目にはつかないと思うけど。時間の停止は適当に解除していいわよ。」

 

「じゃあね、咲夜ちゃん。また夏休みに会おう。」

 

 美鈴も私に続いて外へと出る。私は後ろから美鈴に抱きついた。そのまま思いっきり羽を羽ばたかせ、雲の上まで上昇する。そのまま音速を少し超えたぐらいの速度で紅魔館の方へと飛び始めた。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああ。はやいって! これメッチャ風が……。」

 

 美鈴が叫ぶのはまあ仕方がない。私は半分美鈴を風よけにして飛んでいるわけだ。モロに風を受けている美鈴がどのような状態かは想像に難くない。

 

「三十分も我慢すれば紅魔館よ。我慢しなさい。」

 

「いや長いですって!!」

 

 そうか、ならさらに速度を上げよう。私は更に羽を動かし音速の四倍まで加速する。これなら八分ぐらいで到着するだろう。

 

「あばばばばばばばばばば。」

 

 美鈴の腕が今にも引きちぎれそうな動きをしている。あ、千切れた。まあまた生えてくるだろう。五分後、半分肉塊と化した美鈴を庭に投げ捨て、私は紅魔館の玄関へと歩き出す。

 

「おぜうさま……ひど……す。」

 

 あ、生きてたか。案外丈夫な奴だ。何にしても、今は大図書館に向かうのが先だろう。私は美鈴に魔力を込めると、玄関の扉を開けて紅魔館の中に入る。あれだけの魔力を与えておけば、数時間後には元通りになるはずだ。私は階段を下り大図書館の中に入る。中ではパチェが優勝杯を机の上に置き、眺めていた。

 

「ただいま、パチェ。ヴォルデモートは無事復活したわ。予定通りに術の準備を進めて頂戴。」

 

 パチェは視線を優勝杯からこちらへと向けると、小さく頷いた。

 

「わかったわ。予定としては1997年の六月だったかしら。言っておくけど、本格的にそれに合わせて準備を始めると後で変更が出来なくなるわよ。いいの?」

 

「ええ、大丈夫よ。上手いことやるわ。」

 

 私は机の上に置いてある優勝杯を手に取る。それを眺めながら言葉を続けた。

 

「そういえばリドルは?」

 

「いますよー。」

 

 リドルの所在を聞くと、本棚の奥から声が聞こえてくる。そして高く積まれた本を運びながらリドルが本棚の影から姿を現した。

 

「僕が復活したという話でしたね。クィレルも優秀なやつです。」

 

 リドルは本を机の上に置くと、整理を始める。その本のどれもが魂や命に関するものだった。

 

「熱心ね。なんにしてもさっさと分霊箱をなんとかしなさい。もし間に合わなかったら容赦なく殺すからね。」

 

「そんなことは分かっていますよ。」

 

 だからこうして熱心に勉強しているんです。とリドルは軽く本を叩く。まあリドルには頑張ってもらおう。私は優勝杯を机の上に置き、パチェの前に座る。

 

「そういえば、クラウチ・ジュニアはどうなったのかしら。ホグワーツに居るとは思うけど……。」

 

 パチェは机に手をかざすと、ホグワーツ城を映し出す。そのまま拡大していき、クラウチのいる部屋を映し出した。

 

「教員の使う部屋に閉じ込められているようね。逃がすことも出来るけど、どうする?」

 

「逃がしておきなさい。クラウチのような実力者は是非とも戦争の時に活躍して貰わないと。」

 

 私がそう言った瞬間、クラウチがその場から消えた。その手際の良さに惚れ惚れしてしまう。

 

「何処に飛ばしたの?」

 

「墓場よ。ヴォルデモートが復活したところ。多分そこにまだヴォルデモートがいることでしょうし。まあバレる可能性もあるから映像は出せないけど。」

 

 多分まだヴォルデモートは墓場にいるだろう。あとは死喰い人たちが適当に保護してくれるだろう。

 

「取りあえず今は咲夜とクィレルに頑張ってもらいましょう。こっちで少しずつ調整しないといけないことも出てくるでしょうけど、まあ追々でいいわ。」

 

「呑気ね。随分と。」

 

「分霊箱の問題もどうにかしないといけないしね。というか、分霊箱がそこにいるリドルだけという可能性も少ないし。その辺も同時に調べていく必要があると思うわ。」

 

 つまり戦争の時にヴォルデモートを殺せる状態にしておかないといけないのだ。それにはヴォルデモートの不死の秘密を完全に解き明かす必要が出てくるだろう。まあ、ここには魔法界一の天才、パチュリー・ノーレッジと、ヴォルデモートご本人のトム・リドルがいる。そう難しいことでもないはずだ。

 

「ヴォルデモートが復活したということもあって魔法省はバタバタしだすと思うわ。今まで以上にしっかり監視して頂戴。何か動きがあったら報告すること。いいわね?」

 

「わかったわ。」

 

 私はパチェが頷いたのを確認すると優勝杯を持って大図書館を後にする。そのまま廊下を歩き自分の部屋に入った。

 優勝杯を棚の上に飾り、美鈴の血で汚れた服から部屋着に着替える。窓から外を見ると美鈴が何時ものチャイナ服で庭の手入れを行っていた。というか復活早いな。私の予想ではあと二時間は掛かると思ったのだが。

 

「かわいいやつめ。」

 

 私はカーテンをきっちりと閉め、ベッドに横になった。少し仮眠を取ったら仕事を始めよう。私は数分もしないうちに夢の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 1995年九月。私は書斎でパチェが纏めた資料に目を通していた。資料の内容を簡潔に説明するなら、この夏に行われたハリー・ポッターの『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』違反事件に関するものだ。今年の八月にハリーは守護霊の呪文を使用したとして、ホグワーツを退学になりそうになった。死喰い人がハリーに対して吸魂鬼をけしかけたのだ。

 

「咲夜もその場に居合わせたのよね……。」

 

 結局自己防衛のために呪文を使ったことが証明され、無罪放免になったのだが、この事件により分かったことがある。魔法省がハリーのことを必要以上に嫌っているということだ。

 一昨年ハリーが叔母さんを膨らませた時はハリーが一方的に悪かったにも関わらず無罪放免にしている。

 

「かなり嫌われているわよね。原因は……まあ決まってるか。」

 

 ヴォルデモートが復活したという事実を、魔法省は認めたくないらしいのだ。まあ確かに、ヴォルデモートが復活したところを目撃したのはハリーと咲夜だけだ。つまり学生の証言だけである。不確かな情報だと言えなくもない。

 それに、精神的に認めたくないというのもあるのだろう。ヴォルデモートといったら今の世代の魔法使いからしたら恐怖の象徴だ。信じたくないというまるで子供の我儘のような理由で、魔法省はヴォルデモートの復活を否定した。

 そう、否定したのだ。半信半疑などではなく、きっぱり『そんなことはない』と言い切ったのである。そしてヴォルデモートが復活したと証言するハリーをキチガイ扱いする有様だ。咲夜はこれ以上証言しても無駄だと判断したのか、そうそうに口を噤んだ為、そこまで魔法省から敵視されてはいないようだが。

 故に今不死鳥の騎士団は秘密裏に行動している。ダンブルドアと魔法省は半分ぐらい敵対関係にあると言っていいだろう。なにより厄介なのは日刊予言者新聞だ。予言者新聞は魔法省と繋がっており、ことあるごとにハリーのことを虚言癖のある目立ちたがりのような記事を書いている。そして、新聞に書いてあることは正しいことだと思ってしまう人間は多い。ハリーは世間的には大嘘つきということになっていた。

 

「なんというか不憫よね。咲夜がその風潮に巻き込まれなかったのが唯一の救いかしら。」

 

 私は違う資料を手に取る。この資料はホグワーツに新しい教師が入るというものだった。闇の魔術に関する防衛術の教師がまたいなくなったためだが、新しく教師が入るだけならパチェもこのように資料に纏めたりはしなかっただろう。

 

「魔法省がホグワーツに魔女を送った。確かに問題ね。」

 

 新任のドローレス・アンブリッジはこの夏まで魔法省に務めていた。それも大臣に近い位置でだ。先ほどのハリーに関する事件の資料にも名前が出てきていた。完全に監視のために送り込んだとしか思えないタイミングと人選だ。別にアンブリッジ自身闇の魔術に詳しいわけでもあるまい。

 

「というか、多分これ咲夜は嫌いなタイプでしょうね。何か問題を起こさなければいいけど……。」

 

 それに関してはもう半分願うしかない。まあその辺は咲夜に任せよう。

 

「咲夜は咲夜で不死鳥の騎士団では上手くやっているみたいだし。クィレルも順調に死喰い人での地位を高めているようね。」

 

 その証拠かわからないが、最近クィレルは紅魔館によく帰ってくるようになった。死喰い人の人数が増えたこともその理由の一つかもしれないが。クィレルの話では、ヴォルデモートはトレローニーの予言を手に入れるために奮闘しているらしい。騎士団はそれに気が付き防衛を行っているようだ。

 

「もしあの予言を完全に信じているとなると、ダンブルドアはハリーにヴォルデモートを殺させようとするでしょうね。じゃあ最終的な流れでは、ヴォルデモートにダンブルドアを殺させ、ハリーにヴォルデモートを殺させるのが一番いいかしら。」

 

 なんにしても、暫く様子を見たほうがいいだろう。騎士団に咲夜、死喰い人にクィレル。……出来れば、あと一枚手札が欲しいところだ。

 

「魔法省を完全に押さえることが出来たらスムーズに物事が進みそうだけど、流石にそれは目立ちすぎかしら。」

 

 もし魔法省を押さえるとしたら、かなり秘密裏に行わないとならないだろう。それこそ私が関与していると気が付かれないようにだ。まあ、やらないが。私はパチェの資料を片付けると仕事に取り掛かった。

 

『レミィ。新しい情報よ。』

 

 突如部屋にパチェの声が響き渡る。そして次の瞬間、机の上に一枚の羊皮紙が現れた。私は仕事を始めようとしていた手を止め、その羊皮紙を見る。

 

「ドローレス・アンブリッジがホグワーツ高等尋問官に就任……高等尋問官ってなによ。」

 

『ようは他の教師を視察して、その教師が魔法省が定める基準を満たしていなかったら解雇することができるというものよ。魔法省がなりふり構わずホグワーツに干渉してきたわね。』

 

 なるほど、ネックなのは『魔法省が定める基準』というやつだろう。ようはやりたい放題出来る権力を持っているということだ。

 

「これ、就任日が明日になってるけど、もっと早く分からなかったの?」

 

『ここ数日でバタバタと決まったのよ。まるでアンブリッジに早急に力を与えるためにね。もしかしたらホグワーツで何か事件が起こったのかも知れないわ。』

 

「そっちの情報は?」

 

『今調べているところ。』

 

 なんにしても、あまりいい傾向とは言えない。出来れば魔法省にはダンブルドアと一致団結して死喰い人に対抗して欲しいのだが。どうしても不死鳥の騎士団だけでは生贄になる人数が少なすぎる。それに今の状況では騎士団員が増えるということもないだろう。

 

「魔法省を何とかしたほうがいいかも知れないわね。これでは死者数が足りなくなる可能性があるわ。」

 

『私もそう思う。というか、死喰い人もそんなに増えていないし。どちらの勢力もあと十倍は人数が欲しいわ。』

 

 十倍。分かってはいたことだが、具体的な数を聞くと少し頭が痛くなる。やはり本格的に干渉し始めたほうがいいかも知れない。

 

『私から一つ提案するわ。戦争はホグワーツで起こしなさい。あそこなら被害者になり得る魔法使いが数百人単位でいるから。』

 

 パチェは淡々とそんな提案をする。まあ確かに、被害を大きくするにはそれが一番だろう。確実に魔法界で一番人口密度が高い場所だ。

 

「でもホグワーツって要塞みたいなものじゃない。攻め入る前に生徒には逃げられるんじゃない?」

 

『ホグワーツの中に直接死喰い人を送り込めばいいわ。パニックが起きれば避難も遅れるだろうし。』

 

 ふむ、普通ならそんなことは不可能だと一蹴するところだが、パチェなら実現可能だろう。

 

「考えておくわ。また何かわかったら教えて頂戴。」

 

 私はパチェから送られてきた羊皮紙を引き出しの中に仕舞いこむ。そして今度こそ仕事を始めた。

 

 

 

 

 

 

 1995年、十二月。私はベッドから起き上がると寝間着から部屋着に着替え、椅子に座る。今日は咲夜が帰ってくる日だ。既に紅魔館の中にいることだろう。そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。

 

「お嬢様、夕食の用意が出来ました。」

 

「入ってもいいわよ。」

 

「失礼致します。」

 

 私が許可を出すと咲夜が静かにドアを開けて部屋の中に入ってきた。

 

「おかえり、咲夜。」

 

「ただいま戻りました。お嬢様。」

 

 咲夜は可愛らしい笑顔を浮かべると、私の前に夕食を並べる。私はナイフとフォークを手に取り夕食を取り始めた。

 

「そうだ。騎士団の様子はどう?」

 

 私はサラダを食べながら咲夜に聞く。

 

「今現在は予言の防衛と魔法省への干渉、あとは重要人物の護衛でしょうか。」

 

 重要人物というとハリー・ポッターのことだろうか。何にしても……。

 

「ふうん、予言ね。」

 

 私は手に持っているフォークをクルリと回した。

 

「トレローニーごときの予言を有難がるなんて、ダンブルドアもヴォルデモートも地に落ちたものね。咲夜も知っているように、今騎士団が防衛している予言はトレローニーが十六年前にしたものよ。しかも無意識で。」

 

 トレローニーといったら私の講演会をキラキラした目で狂信的に聞いているぐらいのイメージしかない。極たまにまともな予言を行う程度だ。

 

「いえ、知りませんでした。」

 

「ん? 貴方は私の話を聞かなかったのかしら。」

 

「いえ、知ってました。今知りました。」

 

 私が少し弄ると、咲夜は慌てて言葉を付け足す。正直可愛い。

 

「そう、じゃあ話を戻すわよ。要するにあの予言にはあまり力がないということよ。」

 

 私がそこに予言を被せれば、簡単に崩れてしまうだろう。まあ、ダンブルドアとヴォルデモートがその予言を信じているのであれば、大きく崩すようなことはしないが。

 

「お嬢様は何故そこまで詳しく事情を?」

 

 咲夜は首を傾げながら私に聞いてくる。

 

「占い学の権威が神秘部の予言保管庫に入れないわけないでしょう?」

 

 そういった瞬間、咲夜の目が点になった。そうか、咲夜は私が仕事で魔法省に出入りしていることを知らないのだ。

 

「まあ、あそこは面白いところよ。愛だの死後の世界だの色々と研究しているわ。確か時間の研究もしていたはずよ。」

 

「お詳しいのですね。」

 

「まあね。神秘部の予言保管庫の棚の半分を埋めたのは私だし。」

 

 まあ、半分というのは流石に冗談だが、私専用の棚があるぐらいにはあそこに私の予言がある。

 

「なんにしてもよ。魔法使いという人種がそこまで予言を重視するんだとしたら、多分再来年の夏にはすべて終わるわ。」

 

 私はフォークでレタスを突き刺し、口に運ぶ。うん、美味しい。

 

「恐れ入ります。ですが何故終わると?」

 

 おっと、サラダの感想が口から出てただろうか。だが、咲夜はここまで質問をするタイプだっただろうか。分からないことは分からないまま、すまし顔でスル―するイメージがあった為、少し戸惑う。

 

「随分と質問が多くなったじゃない。騎士団に入れた影響かしら。」

 

 咲夜は失言をしたかといった表情で口を噤む。なんというか、怒られるかと身構える咲夜が妙に可笑しくて、私は声に出して笑ってしまった。

 

「傀儡は要らないわ。……そうね、これは教えておいてもいいかしら。」

 

 今まで咲夜には極力情報が渡らないようにしてきた。だが、ダンブルドアに近づいているということもある。これは知っていてもいい情報だろう。私は一度フォークを置き、咲夜の方を向いた。

 

「だってアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアに1997年六月に死ぬと予言を出したのは私だもの。その時のあいつの顔と来たら……。」

 

 多分凄い形相をしていたに違いない。その顔を想像してしまい、私は腹を抱えて笑ってしまった。私は何とか呼吸を整えると、咲夜に向き直る。

 

「というわけでダンブルドアは自分が生きている間に無理にでもヴォルデモートを殺したいというわけ。まあ、私の計画が上手くいけば嫌でも叶うことになるわけだけど。」

 

 咲夜は少しポカンとしている。ちゃんと私の話を聞いているだろうか。

 

「咲夜? さーくーやー? 聞いてるの?」

 

「……はい、聞いております。そう言えばお嬢様、少しお耳に入れていただきたい情報が。」

 

「……何かしら。」

 

 咲夜は軽く深呼吸をしてから話し出す。私は食事を再開させた。

 

「昨晩神秘部で予言の防衛にあたっていたアーサー・ウィーズリーが大蛇に襲われました。」

 

「へえ、あんなところで襲われたんじゃ、助からないでしょうね。そのうち葬式でも開かれる?」

 

 大蛇、というとヴォルデモートの飼っているナギニのことか。偵察としてナギニを送ることがあるという話はクィレルから聞いているので、多分それに襲われたのだろう。

 

「いえ、奇跡的にハリーがアーサーの襲われる夢を見まして、襲われてから数時間と経たずに聖マンゴに移送されました。」

 

「襲われる夢を……予知夢って奴?」

 

「というよりかは、蛇の中からアーサーを見ていたようですが……。」

 

「ふうん。」

 

 ハリーはナギニの中からアーサーを見ていた。これは少し面白いことになってきたな。普通見ず知らずの蛇と視界が繋がるなどありえない。だが、ハリーに関してはその限りでないと言える。

 もしハリーとナギニに繋がりがあったら。そう、例えばハリーもナギニもヴォルデモートの分霊箱だったとしたら。

 

「なるほどね。その情報はパチェにも伝えなさい。ヴォルデモートを殺すうえで重要な要素になり得るわ。」

 

「やはりハリーとヴォルデモートとの間には確かな繋がりがあるということでしょうか?」

 

 咲夜もそれには感づいているらしいが、まだぼんやりとしか思っていないようだった。

 

「そんな不確かなものじゃないわ。私の予想ではもっと大きく強いもの……そう、魂とかね。」

 

 私はフォークを置くと、ナプキンで口を拭く。いやあ、非常においしい夕食だった。咲夜は手際よく皿を片付けると、先ほどから準備していた紅茶を出してくれる。私は待ってましたと言わんばかりにティーカップを手に取った。

 

「魂……殺すうえで重要な要素……分霊箱?」

 

 ヒントを頼りに、咲夜が私と同じ結論に辿り着く。

 

「確証はないわ。でももしそうならハリー・ポッターもダンブルドアと一緒に死んでもらうことになるわね。」

 

「いざとなったら私がこの手で殺しますわ。」

 

 咲夜が即答した。頼もしい限りだ。

 

「『一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。』トレローニーの予言の一部よ。ようはヴォルデモートとハリー、どちらかがどちらかを殺さないといけないってことね。そのせいもあってダンブルドアは弱っているヴォルデモートを殺さなかったと考えられるわ。」

 

 秘密の部屋が開けられた年、ダンブルドアはヴォルデモートの潜伏先を八割ほど特定していた。ダンブルドアが本気を出して殺しに行っていれば、完全に殺しきることは出来ずとも、封印することぐらいは出来たかもしれない。

 

「まあ、うかうかしている間にヴォルデモートは復活してしまったわけだけど。ダンブルドアがハリー・ポッターを特別視しているのはそのためよ。アレはアレがヴォルデモートと戦う運命にあると思い込んでいる。馬鹿よね。トレローニーなんかの予言を信用するなんて。」

 

 いや、そもそも予言なんかを信用するのが間違いなのだが。

 

「ダンブルドアは占いや予言に関しての知識が低いと見えるわ。占いも予言もそうだけど、ああいうものは干渉を受けやすいの。少しでも周りを取り巻く状況が変わったり、もっと力の強い予見者が予言を上書きしてしまったりとかすると、すぐに効力が無くなってしまう。」

 

 私は逆転時計の砂時計をひっくり返すジェスチャーを行う。

 

「多分逆転時計の影響ね。あれは未来を確定的なものとして、そこに至る過程を変える。使用者が一度経験してしまった事を変更することは出来ないのよ。そういう事例から見て、予言が絶対のものであると思い込んでいる。おかしいわよね。でも重要なことなのよ。この場合。」

 

 私は紅茶を飲み干すと、逆さにしてソーサーに被せる。そしてハンドルの部分を指で弾き、コマのように回転させた。カップはソーサーの上でクルクル回っている。

 

「予言が本当であるという思い込みが強ければ強いほど予言というのは的中する。本人自身が予言と同じ行動を無意識に取ってしまうから。ようは墓穴を掘る感じ? 実際、ヴォルデモートも予言を信じたばっかりに死にかけてるし。」

 

 ソーサーの上で回っていたカップは次第に回転力を失い、表を向いてソーサーの上で止まる。私はティーカップの中に出来た模様を確認した。

 

「図書館に向かいなさい。貴方にとっていいことがあるわ。」

 

 どんないいことがあるかまでは分からないが、何かいいことがあるのは確かだろう。咲夜は空のティーカップを片付けると私に一礼して部屋を出ていった。何にしても、咲夜は良い情報を持って帰ってきてくれた。ハリーが分霊箱である可能性。ヴォルデモートがわざとハリーを分霊箱にしたとは考えにくい。つまりハリーはヴォルデモートも知らない分霊箱だという可能性があるのだ。

 

「でも、そうでないと辻褄が合わないわよね。これは使えるわ。」

 

 私は部屋で一人ほくそ笑む。まったく、優秀な部下を持つとこうも計画が上手く進むとは。私は椅子から降りると、ご機嫌で仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 その優秀な従者がクリスマスパーティー中止の連絡をしにやってきたのは、それから数時間後のことだった。




咲夜が不死鳥の騎士団に入る

クラウチ脱走(というかパチェが逃がす)

不死鳥の騎士団再結成

賞金は双子たちの手に

ハリー嘘つき呼ばわりされる

ハリーが守護霊の呪文を使い退学になりそうになる

ハリー護送作戦

ハリー懲戒尋問

ハリー無罪放免

アンブリッジがホグワーツに就任

咲夜のアンブリッジいじめが始まる

ダンブルドアが咲夜のことを調べ始める

咲夜がダンブルドアからアンブリッジを探れと命令される

DA結成

ハリーがマルフォイに暴行し、クィディッチ禁止になる

咲夜がビーターに(ビーターどころやない、チートや! チーターや!)

アーサーがナギニに襲われる

ハリーがそれを夢で見てダンブルドアに知らせる

ウィーズリー兄妹、ハリー、咲夜がブラック邸へ向かう

アーサーのお見舞いにみんなで行く

咲夜帰宅

リドルの転生魔法が完成する

分霊箱の絞り込みを行う(八割がた判明)

リドルの転生の儀式を行うためにクリスマスパーティーが中止になる

こうやって見ると、おぜうさま視点では不死鳥の騎士団編、特に前半は動きがないな……。


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儀式やら、悪魔やら、野望やら

尺の都合で今回は少し短めです。ご了承ください。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1995年、十二月二十四日。夜起きると妙な気配を紅魔館内に感じ取った。これは……人間の子供だろう。それも三人。クリスマスパーティー用の食材かと思ったが、今回開くパーティーは人間向けだ。人間を食材に使うことはないはずである。

 

「なんか嫌な予感がするわ。」

 

 私はさっさと寝間着から部屋着に着替えると、机の上に置いてあるメモに目を通す。そこにはリドルを何とかする方法が見つかったということと、クリスマスに儀式を行うため、クリスマスパーティーを中止するとの走り書きがあった。この筆跡はパチェのものだろう。

 

「パーティーを中止って……まあ客は全部マグルだから忘却の呪文とか使えば何とかなるんでしょうけど……。」

 

 招待客を誤魔化すことは出来る。だが、パーティーのために費やした時間は帰ってこないのだ。

 

「まあ、今は計画優先ということで。」

 

 パーティーに関してはパチェとリドルに丸投げしよう。多分だが、先ほど感じ取った人間の気配は儀式に使う生贄だと思われる。

 

「今頃大図書館は儀式の準備でバタバタしてるかしら。儀式は日が変わる寸前に行われるって話だし、それまでは近づかないほうがいいわよね。巻き込まれると面倒くさそうだし。」

 

 私は欠伸を噛み殺し、椅子に座る。多分そのうち咲夜が夕食を持ってくるだろう。私は日刊予言者新聞を読みながら待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 いつもは所狭しと並べられている本棚や机が押しのけられており、中央にかなり広い空間が出来上がっている。いつもは本棚が置かれている為あまり広いようには思えないが、紅魔館の中で一番大きな部屋は図書館であると言わざるを得ないだろう。

 中央には直径が四メートルほどある魔法陣が描かれており、その周囲に直径一メートルほどの魔法陣が三つ描かれていた。小さい魔法陣の上には年端も行かない少女が置かれている。フランの狂気のせいだろうか。震えるだけでその場から動くことはなかった。

 

「これは何処から用意したの?」

 

「咲夜が何処からか持ってきたわ。多分全寮制の小学校から攫ってきたんでしょうね。」

 

 パチェが何かの調整を行いながら答える。

 

「儀式に使う生贄は七歳の処女じゃないといけないから。学校から攫えば年齢を間違えることもないし。」

 

「それにいいところのお嬢様なら、確実に処女だと思いまして。孤児院ってその辺あやふやじゃないですか。」

 

 パチェの言葉に続けるように、咲夜が言った。咲夜は懐中時計をじっと見ている。今回の儀式では時間の管理が大切らしい。

 

「そろそろ時間です。準備を始めます。」

 

 リドルは大きく深呼吸し、大きな魔法陣の中心に立つ。そして静かに杖を構えた。その様子を少し離れたところから私と咲夜、美鈴、そしてクィレルが見守る。

 パチェが魔法陣の前に立ち、時間を確認した。

 

「十秒前よ。ミリ秒単位できっちりお願いね。」

 

「分かってます。」

 

 私の横では咲夜がすごい剣幕で懐中時計を睨みつけている。咲夜の心臓の鼓動が次第に早くなっていっているのは緊張のせいではないだろう。実際に咲夜の時間だけ早く進んでいるのだ。次の瞬間、咲夜が私の前に現れる。他の皆が固まっているところを見るに、どうやら今、時間は止まっているようだ。

 咲夜は私以外の皆にも触れていき、この場にいる全員の時間を動かす。勿論、生贄も例外ではない。

 

「これで時間の固定は無事完了。リドル。」

 

「はい。」

 

 パチェの合図とともに、リドルが杖を振るう。その動きに合わせて生贄である幼女も三人ともが宙に浮かび上がった。

 

「鳴け。クルーシオ。」

 

「「「きゃああああああああああああああああああああああああああああっつ!!!」」」

 

 リドルが磔の呪文を用いて幼女三人に悲鳴を上げさせる。その悲鳴は複雑に絡み合い魔法陣と共鳴した。次第に魔法陣が光を宿していく。

 

「裂けろ。」

 

 リドルがもう一度杖を振るうと幼女は六つの肉片となり、魔法陣の上に散らばった。いや、散らばったというよりかは六芒星の頂点になるように配置されたと言ったほうが正しいが。これで幼女の体で悪魔の数字である666が刻まれたことになる。

 

「自然界を司る素数。魔法界で一番強いとされる数字は七。七つの素数は下から二、三、五、七、十一、十三、十七。それら全てを二乗し足し合わせると666.それらが全て七歳の処女の体にて刻まれた。」

 

 パチェが歌でも歌うかのように唱える。

 

「さあ考えなさい。獣の数字を解きなさい。その数字とは人間を指すものである。そしてその数字は666である。」

 

 肉片から大量の血があふれ出し、リドルの体を包み込む。

 

「ここに生まれし悪魔が一人。分かれた魂とは別の記録を刻む。その者の罪により魂を変化させるべし。」

 

 リドルの体が血に溶け、魔法陣の上に落ちる。

 

「堕ちた人間の行く末は、果たして天国か地獄か。否、現世に縛られ、形をなす。」

 

 血はぐねぐねと動くと人の形を形成していく。今回材料に使ったのは女の体なので、多分出来上がる体も女になるだろう。性転換とかそんな生易しいものではない。体だけでなく、心まで、完全に女性になるのだ。

 

「ここに悪魔が生まれた。」

 

 パチェがそう締めくくると、纏わりついた血がビシャリと魔法陣の上に落ちる。そこには咲夜より少し背の高い、赤い髪を持った悪魔が立っていた。透き通るような白い肌、何処までも赤い瞳。そして頭と背中には羽が生えている。

 

「気分はどうかしら。」

 

 パチェはリドルに話しかけた。リドルは自分の体を確認するように軽く触ると、可愛らしい笑みを浮かべる。

 

「そうですね。やはりちゃんとした肉体があるのはいい。そして、非力でもない。」

 

 リドルは手を一振りし、服を纏う。

 

「そして造りが違うためか杖無しで魔法が行使できる。これはいいですね。煩わしさがない。」

 

 そう、人間と魔族は体のつくり方が根本的に違う。特に吸血鬼や悪魔の場合、体そのものが杖代わりになるのだ。

 

「悪魔というのは全身に強い魔力を持っているからね。魔族とはそういうものよ。」

 

 私はリドルにそう説明すると、リドルのほうに歩き出す。咲夜は信じられないものでも見たかのように固まっていた。

 

「女の子を生贄にして作ったんだから女になるに決まっているでしょう? リドル本人、男の肉体があればもう少し違う結果になったかもしれないけど、リドルは記憶だけの存在だし。」

 

「そうですよ、咲夜。それに容姿が変わったほうが動きやすいでしょうし。」

 

 まあ確かに、リドルにはこれから外での仕事にもあたってもらうことも増えるだろう。咲夜が学校に行っている間に自由に動ける人材というのは便利だ。パチェは魔法陣や血だまりを綺麗に消し去ると、机と本棚の位置を元に戻す。そして動かしてきた椅子に腰かけた。リドルはリドルで実験の結果をノートに書き込んでいる。

 

「儀式は成功。健康状態、最悪。悪魔だから。っと。」

 

 まあ確かに悪魔が健康というのは笑い話でしかない。私はパチェと向かい合うように椅子に腰かけた。取りあえず儀式はこれで終わりだ。リドルは分霊箱ではなくなり、新しい体を手に入れた。それと同時に私も新しい手駒を手に入れたと言っていいだろう。私は咲夜から紅茶の入ったティーカップを受け取ると、一口飲む。さて、あとは名前を付けるだけだ。

 

「さて! 命名式よ!」

 

 私は両手でバンと机を叩く。それと同時にパチェが黒板を出現させ、空中に浮かせた。

 

「いえーい! 咲夜ちゃん以来じゃない?」

 

 美鈴が楽しそうに言うが、咲夜の名前はほぼ私が決めたといっても過言ではない。なので、今度は皆で意見を出し合って名前を決めよう。

 

「いや、私には既にトム・リドルという名前が……。」

 

 リドルは遠慮するようにたじろぐ。まあこういうものは本人がどうのというのはあまり関係ない。周りが楽しいから行うのだ。

 

「名前は大事よ。折角元の存在と別れを告げたのだからね。」

 

 名前というものは普通の言葉よりも力を持つものだ。

 

「はい! キングサタンバージョン18!」

 

 力を持つものだからこのような適当な名前は付けてはいけない。ていうかなんだその意見は。この意見を出した美鈴は期待を込めた目で私を見ている。突っ込み待ちというやつだろうか。絶対に突っ込まんぞ。

 

「絶対嫌です。」

 

 リドルが即断で拒否する。

 

「魔王。」

 

「ダメです。」

 

「マイファーザ! マイファーザ!」

 

「それはゲーテの魔王……って、美鈴真面目に考える気ないですよね?」

 

 リドルは疲れたように美鈴を睨む。美鈴はダルそうに机に突っ伏した。だが、名前に悪魔を入れるのはアリかもしれない。

 

「そうね、悪魔でリドルだからリトルデビルでどうかしら。」

 

 私がそう提案するが、リドルはまだ不満そうだ。

 

「露骨に私の元の名前が入っていないほうが良いのでは?」

 

「じゃあコアクマ(小悪魔)ね。」

 

 何かピンと来たのか、咲夜が私の考えた名前を日本語に直す。

 

「もう既に人の名前じゃないだろう?」

 

 リドルはそう言うが、その理屈は通用しない。何せリドルはもう人間じゃないのだ。

 

「貴方もう人間じゃないでしょうに。」

 

 パチェは私が思ったことを口に出していってくれる。それを聞いてリドルは軽く相槌を打った。

 

「じゃあ決まりね。咲夜の命名にちなんで表記は漢字にしましょうか。丁度美鈴と同じ赤毛だし。」

 

 私がもう一度机を叩くと、パチェが黒板に『小悪魔』と表示してくれる。それを見てリドルは納得したように頷いた。これで取りあえず命名式は終わりでいいだろう。

 

「さて、それじゃあ指示を出すからよく聞きなさい。」

 

 丁度全員ここに集まっているのだ。ついでに指示を飛ばしておいた方が混乱がないだろう。私はまずクィレルを指さす。

 

「クィレル。引き続き死喰い人としてヴォルデモートに接近し、情報を探りなさい。」

 

 次は咲夜だ。

 

「咲夜。不死鳥の騎士団としてダンブルドアの信用を勝ち取りなさい。」

 

 そして最後に、今回の主役の小悪魔を指さした。

 

「小悪魔、分霊箱を収集しなさい。日記は既に分霊箱としての機能を失っているから残るは六つよ。以上解散。」

 

 パチェにはあえて何をやれと指示は出さない。というか、パチェはその他全部を引き受けてもらう。本当に優秀な魔女を親友に持った私は幸せ者だ。

 

「おぜうさま、私は?」

 

 皆が席を立って行動しようとした瞬間に、美鈴が不意に私に聞いた。

 

「いや、お前に仕事任せるわけないじゃん。」

 

「ひでぇ。」

 

 別に何も酷くはない。美鈴がいなくなったら誰が紅魔館の家事をするんだ。死んだ昔の従者を冥界から引っ張り出すか? それこそ冗談じゃなかった。

 

「さて……以上解散。じゃあ私はこれで。」

 

 私は仕切り直しにともう一度解散命令を出し、大図書館を後にする。これでも暇ではないのだ。主に小悪魔のせいで。クリスマスパーティーが中止になったこともあり、紅魔館を運営するための予算に狂いが生じ始めている。計算し直さなくてはならないだろう。

 私は書斎に戻ると書類と白紙の紙を取り出す。そして一つ一つ計算をし直す作業に入った。

 

 

 

 

 

 1995年十二月二十五日、午前三時。私は書斎でクィレルと向かい合っていた。

 

「取りあえず座りなさい。長い話になるんでしょ?」

 

 数分前にクィレルが書斎を訪ねて来たのだ。このようなことは珍しい。普段は大図書館で少し話をする程度だ。

 

「十六夜君から興味深い話を聞きました。どうやら魔法省は私を死喰い人だと思っていないようです。」

 

 クィレルは単刀直入に話を切り出す。何を言い出すかと思えば、そんなことか。

 

「ええ、そうでしょうね。今の魔法省のスタンスはヴォルデモートは十数年前に死んだというものですもの。貴方がヴォルデモートに寄生されていたというのは都合が悪いということよね。」

 

「はい、それを聞いて思いついたことがあるのですが、聞いてもらってもよろしいでしょうか。」

 

 私はクィレルの態度に違和感を覚える。いや、違う。違和感ではないのだ。これが本来のクィレルなのだ。どうやら私が掛けた魅了の効果が薄れてきているらしい。まあ忠誠心が変わったわけではないので、何も問題はないのだが。

 

「ええ、いいわ。話してみなさい。」

 

 私が許可を出すとクィレルは姿勢を正す。

 

「私が魔法省に入り込み、魔法大臣になるというのはどうでしょう。」

 

 そして突拍子もない案を出した。私はそれを聞いて少し固まってしまう。そして、同時に思い出した。こいつは誰よりも野心家で、力を求めていたということを。

 

「それは……最終的な結果としてそうなるという意味? それともそうなってからが本番?」

 

「初めから魔法大臣になるために魔法省に入り込むということです。」

 

 クィレルは自信に満ちた口調でそう言う。いや、そう言われても色々と問題があると思うのだが。

 

「話が大きすぎて否定も肯定も出来ないわね。今思い描いている青写真を話してみなさい。」

 

「はい。まず死喰い人である素性を隠さずに魔法省関係者に接触します。」

 

「捕まりに行くということ?」

 

 私が怪訝な声を出すと、クィレルは静かに首を振った。

 

「いえ、死喰い人であるという事実と私の経歴を利用するのです。」

 

「貴方の経歴……ね。」

 

「私がヴォルデモートに接触したのは四年前の夏。つまり闇の勢力の全盛期だった1970年から1980年にかけては全く死喰い人とは関係のない魔法使いだったのです。」

 

 それは知っている。こいつは1991年の夏にアルバニアでヴォルデモートと出会った。それまではマグル学の教師だったはずだ。

 

「つまり魔法省には、生き延びていたヴォルデモートに服従の呪文で操られていたと説明すればよいと考えます。」

 

「魔法省がヴォルデモート生存を信じていないと言ったのは貴方じゃない。」

 

 私は早速出た矛盾に茶々を入れる。これぐらいの茶々は軽く返してもらわないと困るが、どうくる……。

 

「その理論はすぐに崩れます。ヴォルデモート復活が表沙汰になるのも時間の問題です。早ければ来年には明るみに出るでしょう。」

 

「まあ、確かに誤魔化しが効かなくなるのも時間の問題でしょうね。その時に矛盾が出ないように話を進めると。」

 

「そういうことです。アルバニアで寄生された私は、操られ賢者の石を盗もうとします。その後ヴォルデモートは簡易的な肉体を持つようになり、私を服従の呪文で操った。ですが、私は徐々に服従の呪文に打ち勝ったのです。」

 

 服従の呪文が一時的に切れている振りをし、秘密裏に魔法省の役員と接触するということか。

 

「やがて私は完全に服従の呪文に打ち勝ちますが、暫くは服従の呪文が掛かったふりを続けます。そしてヴォルデモートの復活が明るみに出たところでヴォルデモートのもとから逃走。情報を持って魔法省に転がり込みます。その頃には魔法省に大きなコネクションを持つように調整を。」

 

「死喰い人を辞めるってことかしら。でもそれじゃ死喰い人が魔法省に捕らえられたときに矛盾が生じそうだけど。」

 

 それに死喰い人内にスパイがいなくなるのは困る。両陣営を操作しなければ、目指す被害を出すことは不可能だろう。

 

「いえ、それと全く同じ話をヴォルデモートに提案するというものです。」

 

 その提案を聞いて、私は内心唸った。なるほど、そういう話か。ようやく話が繋がった。

 

「つまり貴方は魔法省に侵入した死喰い人のスパイになろうとしているわけね。もしヴォルデモートが魔法省を裏から掌握したら、まあ面白いことになるわ。」

 

「死喰い人側からしたらそういうことになります。実質的には魔法省はお嬢様の手に落ちたことになりますが。」

 

「私も魔法省に手駒が欲しいとは思っていたのよ。貴方の話では、魔法大臣と死喰い人を兼任するということよね。」

 

「どちらかと言えば、魔法大臣の死喰い人という形になりますが。」

 

 まあ、どちらでも同じことだ。もしこれが実現出来たら、死喰い人とその対抗勢力を同時に増やすことが出来るかも知れない。

 

「…………。面白いわね。この話はもうパチェに?」

 

 私がそう言うと、クィレルの顔が輝く。

 

「いえ、まだお嬢様にしかしておりません。この計画自体儀式の後の数時間で考えたものですので、もっと詳しく、具体的に計画を立てることはできるでしょう。」

 

「試す価値はあるわ。失敗しても死喰い人を追われる結果にはならないし。ただ問題があるとすれば……。」

 

「私と紅魔館の関係がバレそうになった場合は、遠慮なく切ってください。」

 

 クィレルは決意を固めた目で私を見てくる。なんというか、去年一年でかなり成長したと言えるだろう。

 

「……ふ、分かったわ。許可しましょう。パチェに協力を仰ぎなさい。そして計画が完全に固まったら、ヴォルデモートに計画を提案。そうね、一月以内には実行に移しなさい。計画の段階で問題が起こったら、無理に実行しなくてもいいわ。」

 

 私がそう言うと、クィレルは深く頭を下げ、書斎を出ていく。魔法省に手駒が欲しいとは思ってはいたが、まさかこのような形になるとは思わなかった。なんにしても、ローリスク・ハイリターンな計画だ。実行するに越したことはないだろう。クィレルの中で大体の計画はまとまっているようだし、クィレルが主体になって勝手に計画を進めてくれるだろう。

 私は小さくため息をつくと、仕事用の机に向かう。そういえば、最近私はある著者の本に嵌っている。著者の名はギルデロイ・ロックハート。彼の著書は一応彼の体験談ということにはなっているが、完全に作り話だろう。まあ、著者が自分を主人公にして本を書くことは珍しくない。

 話が真実なのか嘘なのか、そんなことはどうでもいいのだ。創作物として面白ければ。創作物という点だけみたら、彼の著書は非常に面白い。重たくなりがちな題材を扱いつつも、ジョークを忘れず、全体的にコミカルな作風に仕上がっている。これはファンが出来るはずだ。

 私は机の上に『バンパイアとのバッチリ船旅』を取り出す。この本はロックハートが血の薄いバンパイアを日光や弱点から庇いながら船で様々な場所を旅するといったものだ。流石に作品を書くにあたって吸血鬼について詳しく調べたらしく、特徴をしっかりと押さえている。

 次の瞬間、部屋の扉がノックされた。そういえばそろそろお茶の時間か。

 

「失礼致します。お茶をお持ちしました。」

 

 ノックの後に咲夜の声が聞こえて来た。

 

「入っていいわよ。」

 

 私が許可を出すと、咲夜がティーセットを持って扉を開けて部屋に入ってくる。私はロックハートの本を脇にどけると紅茶が置けるスペースを作った。

 

「美味しいダージリンが入ったんです。是非ともご賞味ください。」

 

 確かに、いつもと比べて香りが強い。私はティーカップを持つと一口飲んだ。

 

「あら、確かに美味しいわね。」

 

「お嬢様、その本……。」

 

 咲夜は机の隅に置かれたロックハートの本を見る。そうか、確か咲夜はこの本を教科書として持っていたはずである。

 

「案外面白いわよ。貴方も授業で読んだでしょう?」

 

「ええ、ですがここに書かれている内容の殆どは――」

 

「真実かどうかなんてどうでもいいのよ。話が面白いんだから。そういえば、今ロックハートってどうしてるのかしらね。全然話を聞かないけど。」

 

 私はふと気になったことを咲夜に聞いてみる。確か咲夜の話では、ロンに掛けた忘却術が逆噴射して記憶を失ったらしいが。

 

「確か聖マンゴに入院していたと思いますよ。介護がないと生活できないほどには重症の様です。」

 

「へえ、聖マンゴに。丁度いいかしら。」

 

 一度テストもかねて小悪魔と外出するのも悪くないと思っていたのだ。明日の昼にでも咲夜と小悪魔を連れて聖マンゴに行こう。

 

「というわけよ咲夜。明日の昼に聖マンゴに向かうわ。」

 

「というわけと言われてもどういうわけでしょう?」

 

 咲夜は紅茶のお代わりを注ぎながら私に聞き返す。

 

「だから、ロックハートのお見舞いに行こうって話よ。ついでに小悪魔の体の調子を確かめるためにね。小悪魔からしたら数十年ぶりに外を自由に歩くわけだし。」

 

 そういうことでしたら、と咲夜は納得したようだった。

 

「昼に外出なさるのでしたら、睡眠時間を操作したほうがよろしいですよね?」

 

「ええ、お願いしようかしら。」

 

 お見舞いに行く時間を昼にしたのには特に意味はない。ただまあ、朝や夜よりかは、ロックハートに会える可能性も高いだろう。それに、運が良ければアーサーのお見舞いに来ているハリーたちに会えるかも知れない。ハリーと小悪魔を近づける。それも目的の一つだ。

 ハリーはヴォルデモート、もしくはそれに近しい存在がそばにいると頭痛を覚えるらしい。もし、小悪魔と接触して頭痛を覚えるようであれば、まだ分霊箱としての機能が残っているかもしれないということである。パチェも手伝って行った儀式の為、そんなことはありえないとは思うが、どんな魔法使いにも失敗というものはあるのだ。パチェだって何度失敗して図書館を火の海にしたことか。……火の海は表現が過剰か。

 私は咲夜の淹れた紅茶を楽しみながら咲夜とロックハートの著書に関する話に花を咲かせた。




リドルが悪魔に転生する

クィレルが魔法大臣になる計画をレミリアに話す

ロックハートのお見舞いに行くことに決める←今ここ


小悪魔の名前ですが、発音は普通に『コアクマ』です。日本語が分かる人でないと『小悪魔』つまり『リトル・デビル』のことだとは気がつきません。


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1981年十一月 とある小屋にて


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ――ッ!!」

 

 悲鳴が響く。

 

「も、もう、ころ……ころし、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 重なり合う二つの悲鳴が非常に心地いい。

 

「やめ、もうやめて……あぐっががあああ……」

 

 その心に既に怒りはない。唯々自分の不運を嘆き、悲しむのみ。

 部屋の中には、四人の男女がいた。そのうち二人は、杖を持って笑っている。あとの二人は手に釘を打たれ、十字架に磔にされていた。

 

「いい加減口を割ったらどうだい? 私たちだって疲れるんだ。魔力だって無尽蔵に沸いているわけじゃない。……クルーシオ!」

 

 杖を持った女が磔にされている女に魔法を掛ける。その瞬間、電気でも流したかのように、磔にされた女が痙攣した。まるで全身に刃物を突き立てられているかのように。まるで全身に濃硫酸を浴びたかのように。

 

「騎士団のアジトは何処だ?」

 

 杖を持った男が磔にされている男性の腹を蹴って叫ぶ。杖を頭に突きつけ、何度か押し込んだ。

 

「おい、我が主から肉体的に傷をつけるなと言われているだろう。」

 

 女が男に言う。男は、女を睨んだ後、磔にされている男に魔法を掛けた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 その途端に壊れたラジオのように磔にされた男が叫び出す。まるで一度に全ての歯を引き抜かれたように。

 

「夫婦揃って丈夫なことで。おい、飯にするぞ。」

 

 男は肩を竦めると、女の背中を叩き、部屋を出ていく。部屋には磔にされた男女が残された。

 それから暫く、会話はない。唯々、荒い息の音だけが部屋を満たす。

 

「なぁ……いき、てるよな……。」

 

 不意に、男が囁いた。女は力なく頷く。

 

「……捕まってから七日、そろそろ……助けが来てもいい頃だ。」

 

「こないわ。来るはずがない……。」

 

 女は、何処までもこの状況に絶望しているようだった。何度も何度も磔の呪文を掛けられ、既に限界が近いのだろう。

 

「……おかしいわよね。じ……自分の意思じゃ、ないの。なのに、殺してなんて叫んじゃう。死にたいはずがないのに。……このままじゃ、いつ情報を漏らしてしまうか。」

 

 ならば自殺すればいいだろうと私なら言うのだが、この状況でそれも酷だろう。何せ、この状況で自殺しようとしたら舌を噛み切って窒息死するしかない。

 

「気をしっかり持つんだ。きっと助けは来る。」

 

 男は、励ますように小声で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一か月後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだが、反応が薄くなってきたな。衰弱してきたか?」

 

 杖を持った男が磔にされている女に水を叩きつける。部屋には、磔にされている男の姿はなかった。話しているところを目撃され、男のほうは何処かに引きずられていったのだ。磔にされている女は知らないことだが、男は別の部屋で同じような拷問を受けている。

 

「さっさと吐いて楽になっちまえ。じゃないと、あの男のようになってしまうぜ? そうだ、キスさせてやるよ。」

 

 ちょっと待ってろと、杖を持った男は部屋を出ていく。数分後、何か丸いものを持って部屋に戻ってきた。磔にされた女はその丸いものを力なく見つめる。

 

「ほら、好きなだけ吸い付け、最後のキスだ。あはははははは!」

 

 杖を持った男はその丸いものを磔にされた女の口に押し付けた。女はそれを見て、目を見開く。その丸いものは自分の夫の生首だった。

 

「――――――ッ!!!??」

 

 地獄のような接吻は一分にわたって行われた。杖を持った男は生首を床に捨てると、力任せに踏みつける。

 

「そうだその目、その目が見たかったんだよ。はは、愉快だ。苦労した甲斐があった。」

 

 女には分からないことだが、その生首は本物ではない。豚の首に変身術を掛けて作った偽物だ。だが、女にそれが分かるはずもない。女は静かに涙を流す。

 

「暫くダーリンとおしゃべりしてな。ここに置いとくぜ。」

 

 男は生首を女の前に置くと、部屋を出ていった。部屋に、女の嗚咽の音が虚しく響く。

 

『悲しそうね。』

 

 その声に反応するように、女は顔を持ち上げた。

 

『だれ?』

 

 もう声を出す力もないのだろう。まあ、私に対し声は必要ない。

 

『私が誰なんて、このさい関係ないわ。私はただ遊びに来ただけ。』

 

 女は力なく顔を伏せた。どうやら、自分は幻聴を聞いているのだと思ったらしい。まあそれならそれでいい。

 

『もう苦しみたくないのね。悲しみたくないのね。生きるのに疲れてる。でも死ぬほどの気力もない。』

 

 人を一人殺すというのは、それなりに力がいる。女には、それを行う力すら残っていなかった。

 

『そうだ。私が壊してあげましょうか。壊れてしまえば、貴方はもう苦しむことはない。悲しむことはない。』

 

 その言葉に、女が顔を上げる。

 

「たすけて……たすけて……。」

 

『ええ、助けてあげる。』

 

 私は静かに手を握る。そしてぎゅっと握りしめ、そこにある女の心を破壊した。ついでに男の方も心を壊す。夫婦揃って、苦しみから解放されたのだ。

 

『じゃあね。楽しかったわ。』

 

 私はアリス・ロングボトムの精神から、立ち去った。

 

 

 

 

 

 それから一週間後、ロングボトム夫妻は闇祓いによって救出される。二人は治療の為聖マンゴに入院し、二度と生きてそこから出ることはなかった。




なんか妙に頭が痛いので、番外編を。本編もちゃんと書いているのでご安心ください。


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病室やら、写真やら、包み紙やら

病院編。色々伏線張った割にはあまり回収してないですね……すみません。今作で回収できると良いのですが……

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1995年、十二月二十五日。

 私は咲夜と小悪魔を連れて聖マンゴ病院に来ていた。もっとも、吸血鬼は病院とは無縁の存在だ。話で聞いたことはあるが、ここに来るのは初めてだった。

 

「小悪魔は来たことがあるんだったかしら。」

 

「実はあまりないです。病院にくるよりも病院送りにした回数の方が多いので。」

 

 私の後ろでは咲夜と小悪魔がそんな世間話をしている。まあ確かに小悪魔の性格から考えたらそうだろう。咲夜は受付の方に歩いていき、そこにいる女性に話しかける。どうやら、お見舞いの受付はそこらしい。

 

「お見舞いに来たのですが。」

 

 咲夜が女性に話しかけると、女性は私と小悪魔を見て少し固まる。その後我に返ったのかすぐに案内を始めた。

 

「ああ、はい。お見舞いね。何方のお見舞いかしら。」

 

 まあ確かに吸血鬼という存在は魔法界でも珍しい。それに小悪魔なんて頭から羽が生えているのだ。少なくとも、私は頭から羽の生えた生物を見たことがなかった。

 

「ギルデロイ・ロックハートです。」

 

「まあ、ギルディのお見舞い? 五階の呪文性損傷の長期療養病棟よ。」

 

 女性は見取り図を指さしながら場所を教えてくれる。咲夜は女性に軽くお礼を言うと、案内された方向に歩き出した。

 

「なんというか、病院らしくないわね。患者が愉快すぎるわ。」

 

 私は階段を上りながらそう言う。

 

「愉快って、見た目がですか?」

 

「受付前にいた頭から手を生やしている少女なんて、傑作じゃない? 手も途中で別れて全部で五本になってるし。」

 

 私は手を頭の後ろに回して、こんなの、と真似をした。病院というよりかはサーカスだ。フリークショーのような。何にしても、手が五本もあれば細かい作業をするときなど便利そうだ。まあかといって腕が欲しいのかと言われれば、そうではないのだが。

 

「私は頭が鳥になっている女性の風体が結構好きですが。あの目が紫色の。」

 

 小悪魔がそんなことを言うが、そのセンスには頷けなかった。

 

「てかキモイ。」

 

 ペストマスクはカッコいいと思うが、実際に嘴を生やそうとは思わない。目が紫色というのも少しどうかと思う。

 

「あ、ここですお嬢様。長期療養病棟は……あちらだと思います。」

 

 咲夜は廊下に出るとキョロキョロと周囲を見回す。それっぽいところを見つけたのか、ドアの一つに近づいて行った。

 

「ヤヌス・シッキー病棟……ここでしょうか。」

 

 また懐かしい名前の付いた病棟だ。時代が違うためか、咲夜はシッキーを知らないらしい。

 

「ヤヌス・シッキーは1973年にレシフォールドに殺されたかのような走り書きを残し失踪した魔法使いです。」

 

 小悪魔は簡単にシッキーについて解説した。そうか、小悪魔はその世代の人間だったな。

 

「それよりも、今はこの中にロックハートがいるかどうかが問題かと。」

 

 小悪魔がそう言葉を続ける。私は躊躇なくドアノブに手を掛けた。

 

「いなかったら他を当たればいいだけでしょう?」

 

 ガチャガチャとドアノブを捻るが、扉が開くことはない。どうやら鍵がかかっているようだった。

 

「鍵が掛かっていますね。」

 

 咲夜が杖を取り出そうとする。だが、こんなもの魔法を使うまでもないだろう。

 

「そんなことないわ。」

 

 私は力任せにドアノブを捻り、鍵を捩じ切って扉を開ける。

 

「咲夜、後で直しておきなさい。」

 

「かしこまりました。」

 

 扉の奥にはいくつかベッドが並んでおり、そのうちの一つにロックハートはいた。鼻歌を歌いながらベッドに腰かけている。周囲の壁は現役時代のロックハートの写真が貼り付けられており、ロックハートの周囲だけ異様な雰囲気になっている。

 

「咲夜、何をもたもたしているのよ。いたわよ。」

 

「只今参ります。」

 

 部屋の外でドアノブを直していた咲夜が小走りで入ってくる。ドアが閉まったところで私はロックハートに話しかけた。

 

「こんにちは、ロックハート。」

 

「やあ、こんにちは! お嬢様方が三人も。私のサインが欲しいんでしょう?」

 

 おお、こいつはエスパーか何かなのだろうか。確かに私はロックハートのサインが欲しい。私は小悪魔の用意した丸椅子に腰かけ、ロックハートと向き合った。

 

「貴方の著書を読んだわ。なんというか、ファンタスティックね。」

 

「そうでしょう、そうでしょう。……私が本を書いたって? 何かの間違いでは?」

 

 ああ、そこは覚えていないのか。ロックハートはベッドの横に積み上げられているロックハートの写真を手に取り、サインを始める。かなり汚い文字だが、一応筆記体になっていた。

 

「私はもう続け字を書けるようになったんですよ! さあ何枚書きましょうか? 今でも私にはファンレターが沢山届きましてねぇ。なんでか分からないけど、多分私がハンサムだからですね!」

 

「いや、違うわ。それもあるけど貴方の書いた本が面白いからよ。」

 

「いやぁ写真が足りるといいけど……。」

 

 こいつ絶対私の話を聞いていないな。まあそれも良いだろう。会話程度で分かりあおうなど、それこそ笑い『話』だ。

 

「最近調子はどう?」

 

「今日のご飯にはゼリーが出たんです! 美味しいんですが手が汚れてしまうのが難点ですね。」

 

「そう、元気そうね。」

 

「いえいえそんなことは。そこまでハンサムではないですよ。」

 

 だが私の言葉に何かしらの反応を示しているあたり、言葉が理解できていないわけではないのだろう。

 

「ねえ貴方。この写真に百個サインを書いてみてくれない?」

 

「勿論です。最近ようやく続け字が書けるようになったんですから。」

 

 私がそうお願いするとロックハートは小さい文字で写真にサインを書き始める。私はその光景に目を見開いた。なんだこの集中力は。相変わらず字は汚いが、細かい文字でびっしりと文字を書き始める。私は試しにロックハートが書いている写真を取り上げてみた。

 

「ああ、まだ途中ですよ。返してください。」

 

 ロックハートは私から写真を奪い返すと、またサインを書き始める。なんというか、インプットした命令を実直に実行しようとするその姿はまるで出来の悪いコンピュータだった。

 

「サヴァン症候群というやつね。……これはもしかしたら使えるかも。」

 

 といっても、こいつを手駒に加えるつもりはさらさらないが。だがこのまま病院で眠らせておくには勿体ないと思うのも確かである。

 

「死喰い人に押し付けてみるか。何か面白い反応を示すかも。」

 

「さあ書けましたよ。はいどうぞ。」

 

 ロックハートはにこやかな笑みを浮かべながらサインのビッシリ書かれた写真を手渡してきた。私は軽くサインの数を数える。私が見落としていなければ百ぴったりの数が書き込まれていた。

 

「フランク? ……アリス?」

 

 咲夜が不意に名前を呟く。私は咲夜の視線の先にいる患者を見た。そこには不死鳥の騎士団員だったロングボトム夫妻が隣同士のベッドの上で横になっていた。ロックハートに意識が向いていて気が付かなかったが、この病室には私の知っている顔が何人かいるようだ。

 

「咲夜、知り合い?」

 

 私は咲夜に声を掛けながら、ロックハートと反対側に位置するベッドの患者を見る。よく見たらこいつは無言者のボードじゃないか。入院したという話は聞いていたが、まさかここにいるとは思わなかった。ボードはいつもの元気は何処へやらと言った表情で天井を見つめている。

 

「はい、フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトム。どちらも元騎士団員です。」

 

「ああ、ロングボトム夫妻ですか。アレには苦汁を飲まされたようですね。ヴォルデモート卿は。」

 

 咲夜の言葉に、小悪魔もそこに寝ているのがロングボトム夫妻だとわかったようだった。

 

「騎士団員……ね。こんな状態になってまで生きている価値あるの?」

 

「ないでしょ。」

 

 私の問いに小悪魔が答える。この二人は自分の意志で生きているわけではない。第三者の自己満足でいかされているだけに過ぎないのだ。一思いにここで殺してあげたいぐらいだが、そうもいかないだろう。

 

「アロホモーラ。……ん? 元から開いてる?」

 

 物思いに耽っていると、一人の癒者がドアを開けて中に入ってきた。咲夜は一瞬身構えたが、その必要は全くない。なにせ、ここには受付をしてきているのである。逆にここにいなければ何処にいるという話だ。

 

「あら、ギルデロイのお見舞い? ああ、よかった。クリスマスだというのにこの子には一人もお見舞いに来ないの。ゆっくりしていって。ささ、ミセス・ロングボトムとお孫さん。こちらへ。」

 

 癒者に連れられて二人の人間が病室に入ってくる。一人は老婆でもう一人は咲夜と歳の変わらなさそうな子供だった。子供の方は咲夜と目を合わせた瞬間、メデゥーサにでも睨まれたかのように動きを止めてしまう。

 

「ネビルのお友達かえ?」

 

 老婆が咲夜に声を掛けた。咲夜の様子を見る限りでは、ネビルと呼ばれた少年とは面識があるようだ。

 

「十六夜咲夜と申します。」

 

「おお、良く知っとるとも。去年の対抗試合で優勝した方ですね。ネビルがよく貴方のことを食事の席で話すんですよ。ということはそちらのお嬢様方は――」

 

 老婆がこちらを見る。随分歳を取っているようだが、目から力強さは消えていない。

 

「レミリア・スカーレットよ。」

 

「小悪魔です。」

 

 私たちが自己紹介をすると、老婆は何度か頷いた。

 

「コアクマさんはご存じないですが……」

 

 老婆が小悪魔に何気に酷いことを言った後に私の方を見る。

 

「そしたら貴方が咲夜さんの。」

 

 どうやら、私もそこそこ有名なようだった。まあ去年咲夜が目立ちまくったからその影響もあるだろう。

 

「ええ。私がこの二人の主の吸血鬼よ!」

 

 私は胸を張り、何度か羽をバタつかせる。その瞬間、ロックハートがベッドから立ち上がり部屋の外に出ていった。散歩か何かだろうか。なんにしてもそのうち戻ってくるだろう。

 

「貴方たちはロングボトム夫妻のお見舞いかしら。」

 

 私は確認を取るように老婆に聞いた。確証は持てていないが、多分この老婆はオーガスタ・ロングボトムだろう。彼女自身優秀な魔女だったはずだ。

 

「はい、ネビルがホグワーツから帰ってきた時には毎回お見舞いに来てますよ。」

 

 私の問いに、オーガスタは笑顔で答える。だが、ネビルのほうは更に表情を固くした。どうやら、両親が入院していることを咲夜に知られたくなかったらしい。

 

「お嬢様。」

 

 咲夜が一言私を呼ぶ。いや、確認を取ってきているのだろう。不死鳥の騎士団員だということをこの二人に教えていいかと。まあ、放っておいてもいずれ耳に入りそうなので、ここは許可をしておくことにした。

 

「言っていいわよ。」

 

 私が許可を出すと咲夜が一歩ネビルに近づく。ネビルはビクンと体を震わせた。

 

「大丈夫、そう固くならないでネビル。貴方のご両親の事情は知っているわ。私も騎士団員だもの。」

 

「ええ!? そうなの?」

 

 咲夜の言葉に、ネビルは面白いぐらい驚いた。

 

「立派な闇祓いだったと聞いているわ。」

 

「ええ、それはもう。二人とも一族の誇りです。」

 

 オーガスタは誇らしげに答える。一族の誇りだというのなら、一思いに殺してやればいいのにと思うのは私だけだろうか。

 

「それにしてもその歳で騎士団員なんて……立派な従者をお持ちですね。」

 

 この歳でというが、咲夜ももう十五歳だ。多分。既に戦士として立派に戦える年齢であると言えるだろう。

 

「当たり前よ。私の従者だもの。ロングボトム夫妻のお見舞いに来たのでしょう? 私たちには構わず二人のもとへ行ってあげなさい。」

 

 オーガスタとネビルは私に軽く頭を上げると、ロングボトム夫妻のベッドに近づいていく。そしてベッドを仕切るようにカーテンを引いた。私はロックハートのベッドを見て、わざとらしく声をあげる。

 

「あらら。そのうち戻ってくるかしら。」

 

「あの癒者、ドアのカギを閉め忘れたんですかね?」

 

 その口調から察するに、小悪魔もロックハートが出ていったことには気が付いていたようだった。

 

「そう言えば、お嬢様はロックハートの著書のどのようなところが気に入ったのですか?」

 

 咲夜はロックハートのベッドに置いてある写真を見ながら私に聞いてくる。それにしても、少し難しい質問だった。どのようなところ……面白いところという意味だろうか。

 

「今考えたらあんまり面白くもないわね。」

 

 あれは何が面白いとか、そういう作品じゃない気がする。何かもっと深い……なんだろう。なんにしても、咲夜は先ほどの答えで満足したようなので、私は先ほど考えた作戦を実行することにした。

 ロックハートの写真の一つに、小さい文字で文章を書きこんでいく。一見すると只の意味不明な文字の羅列だが、私が魔力を込めることでロックハートにしか読めない作戦計画書になっている。ようは、ロックハートにプログラミングを施すわけだ。時期が来たら発動するような、そんなプログラムを。

 

「そういえば、ホグワーツでロックハートはどのようなことを教えていたの?」

 

「闇の魔術に対する防衛術ですが……その殆どが自分の自慢話と座学でした。」

 

「ふうん、噂通りの無能だったわけね。……これでよし。」

 

 私は文章に間違いがないかを確認し、写真に魔力を込める。次の瞬間、ロックハートが癒者に連れられて病室へと戻ってきた。その後ろにはハリーたち三人組と、ジニー・ウィーズリーがついてきている。その四人の困惑顔を見る限り、病院内でばったりロックハートに遭遇してしまい、その光景を癒者に見られお見舞いだと勘違いされ、病室に連れてこられたのだろう。

 ハリーは咲夜の顔を見るなり動きを止める。なんというか、咲夜の目には人を石化させる魔法でも掛かっているのだろうか。

 

「もう、貴方もなの? ハリー。」

 

 咲夜がうんざりしたように声を漏らす。ハリーは我に返ると、少し驚いたような声を出した。

 

「咲夜! と、スカーレットさん。なんでここにいるの?」

 

 なんでここにいるのというのは少しアレな質問だ。ここに住んでいるわけでもあるまいし。お見舞い以外の何が有るというのか。

 

「ロックハートのお見舞いに来たのだけれど……それは貴方たちもでしょう?」

 

 咲夜が逆にハリーに聞き返す。それにハリーはごにょごにょと曖昧な返事を返した。まあ無理やり連れてこられた感は否めない。

 

「咲夜、そちらの女性は?」

 

 ロンが小悪魔について咲夜に聞く。さて、今日は運がいい。第二の目的も果たすことが出来そうである。ハリーが小悪魔に反応するかどうか。初対面というこの場面でなら、自然な形で体に触ることが出来るだろう。主に握手という形で。

 

「ああ、彼女は私の使い魔よ。」

 

 小悪魔は一人ずつ握手を交わしていく。その時にハリーに触れたが、ハリーが痛がるような様子はなかった。どうやら儀式は無事成功していたようだ。私は軽く安堵し、ほっと溜息をつく。

 

「始めまして。レミリア・スカーレットに仕えている悪魔です。」

 

 小悪魔はそう自己紹介したが、小悪魔が仕えているのは私ではなくパチェである。本来はパチェの使い魔だ。今日はパチェから小悪魔を借りているだけに過ぎない。

 私はふと向かい側にいるボードのベッドの横を見る。そこには何故か悪魔の罠が植えられた鉢植えが置いてあった。いや、なんでそんなものがベッドの横に置いてあるんだ。先ほどまでは置いてなかったはずだが……。横を見れば、先ほどロックハートを連れて来た癒者が患者にクリスマスプレゼントを配っていた。なるほど、この鉢植えは誰かがボードに送ったものということだろう。

 私は皆に気が付かれないようにそっと悪魔の罠を焼き殺す。これでボードが殺されることはないだろう。まったく、手間の掛かるやつだ。今度魔法省に行った時にでもケーキを奢らせてやる。

 

「あら、ミセス・ロングボトム。もうお帰りですか?」

 

 次の瞬間、オーガスタとネビルがカーテンを開けてこちらに出てきた。カーテン一枚で仕切られていたので、ネビルは病室にハリーがいることを知っていたはずである。だが、まさに予想外、終末が来たかのような顔をしていた。

 

「ネビル! ネビル、僕たちだよ。ねえ見た? ロックハート先生がいるよ。君は誰のお見舞いなんだい?」

 

 なんとも能天気な声が病室に響いた。ロンだ。きっと何も考えずに話しているに違いない。吸血鬼である私が言うことではないが、お前はもっと人の気持ちを考えろ。

 

「ネビル、お友達かえ?」

 

 オーガスタが笑顔でハリーたちに声を掛ける。一人一人を観察し、ますハリーに握手を求めた。

 

「貴方がハリー・ポッターですね。ネビルから貴方の話は聞いていますよ。」

 

「あ……どうも。」

 

 ハリーは消え入りそうな声で挨拶する。先ほどから、異常なまでにネビルを気遣っているようだが、もしかしたらハリーはロングボトム夫妻の事情を知っているのかも知れない。

 

「それに貴方たちはウィーズリー家の子たちですね。」

 

 ハリーに続いて、ロンとジニーとも握手を交わした。最後にオーガスタはハーマイオニーに手を伸ばす。

 

「そして、貴方がハーマイオニー・グレンジャーですね?」

 

 ハリーは魔法界では有名だ。ウィーズリーも不死鳥の騎士団関係で知っていても不思議ではない。だが、自分のことを知っているとは思っていなかったようだ。ハーマイオニーは驚いたような顔をしながら、オーガスタと握手を交わす。

 

「ネビルが貴方のことをよく話してくれますよ。咲夜さんと並ぶ、グリフィンドールの優秀な魔女だと。うちのネビルをよくしてくれてありがとうございます。ネビルはいい子ではあるのですが、父親の才能をまるで受け継ぎませんでした。」

 

 オーガスタはベッドの上で寝ているフランク・ロングボトムを見る。その仕草を見て、ロンが声をあげた。

 

「えー!? ネビル、奥にいるのは君の両親なの!?」

 

 ロンの全く遠慮のない物言いに、ハリーは分かりやすく頭を抱えた。次の瞬間、オーガスタの鋭い声がネビルに飛ぶ。

 

「何たることです! ネビル、お前はお友達に両親のことを話していなかったのですか?」

 

 ネビルはこの世の終わりだと言った表情を浮かべながら首を横に振る。うん、正直なことは良いことだ。

 

「いいですか、何も恥じることはありません。貴方は自分の両親を誇りに思うべきです。あのように正常な体と心を失ったのは一人息子が親を恥に思うためではありませんよ。お分かりか!」

 

「僕、思ってないよ……。」

 

 恥とは思っていないだろう。だが、それ以上に複雑な感情を胸に抱いているに違いない。

 

「それにしてはおかしな態度ですね。」

 

 オーガスタは誇らしげな様子でハリーたちに向き直る。

 

「私の息子と嫁は例のあの人の配下に正気を失うまで拷問されたのです。」

 

 それを聞いて、ロンの表情が分かりやすく変わる。完全に自分が地雷を踏み抜いたことに気が付いたようだった。

 

「二人とも非常に優秀な闇祓いだったのですよ。夫婦揃って才能豊かでした。私は――おや、アリス。どうしたのかえ?」

 

 病室の空気がどんどん最悪なものになっていく中、アリス・ロングボトムがフラフラとネビルに向かって歩き出す。そしてネビルに向かって何かを差し出した。

 

「またかえ? よしよしアリスや。……ネビル、何でもいいから受け取っておあげ。」

 

 ネビルがアリスに手を伸ばすと、アリスはネビルの手の平に風船ガムの包み紙をポトリと落とした。

 

「ありがとママ。」

 

 包み紙……、正気を失った親……、残された子供……これは使えるかも知れない。私は咲夜の裾をそっと引っ張った。次の瞬間、私の周囲の動きが止まる。私の意図通り、咲夜が時間を止めたようだ。本当に気の利く従者である。

 私は無言でネビルに近づき、手の平に置かれている包み紙を手に取る。それを丁寧に開き、机の上に置いた。万年筆を取り出し、わざと下手くそな字で『fight』と書き込んだ。あとはネビルがこれを母親が書いたものだと勘違いしてくれればいいのだが……こいつは頭が緩そうなので簡単に信じるだろう。

 私は包み紙をもとあった通りにネビルの手の平に置くと、元の場所に戻る。次の瞬間、周囲が動き出した。アリスは鼻歌を歌いながらベッドへと戻っていく。

 

「さて、もう失礼しましょう。皆さんにお会いできて本当に良かった。ネビル、その包み紙はゴミ箱にお捨て。あの子がこれまでにくれた分で壁が一面貼れるほどでしょう。」

 

 それは困るのだが……。折角メッセージを仕込んだ意味がなくなる。だが、オーガスタが言ったように、ネビルはいい子だった。病室を出ていくとき、こっそりと包み紙をポケットに滑り込ませる。きっと今までもらった分も後生大事に取ってあるに違いない。

 

「知らなかったわ。」

 

 オーガスタとネビルが出て行ってから、少し沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのはハーマイオニーだった。若干涙目だったが。

 

「僕、知ってた。ダンブルドアが話してくれた。でも、誰にも言わないって約束したんだ。」

 

 ハリーがぽつりとそう宣言する。やはりハリーは知っていたのか。あの態度にも納得だった。その後はまた長い沈黙が続く。このままでは埒が明かないのでそろそろ帰るとしよう。

 

「咲夜、小悪魔、帰るわよ。ロックハート、機会があったらまた会いましょう。」

 

 私は先ほど文章を書きこんだ写真をロックハートに渡す。文章の内容は神秘部に忍び込んで予言を取ってくると言うものだ。予言を取ってきたあとはクィレルか誰かに接触させればいいだろう。

 もっとも、取ってくる予言はまだ神秘部にはない。これから私が仕込むものだ。その予言には六月に戦争が起きるという内容を記しておく。ついでにダンブルドアがその戦争で死ぬということも。

 まあ戦争を誘導するために仕込むものなので、真の意味では予言とは言えないかも知れないが。

 私は椅子から立ち上がるとまっすぐ病室の外へと向かった。後ろから咲夜と小悪魔も後を追ってくる。今日はある意味大収穫だ。来るべき戦いに向けて、いくつか策を仕込むことが出来た。

 

「まあ、来た価値はあったかしら。ついでにウィーズリーのお見舞いでもしていく?」

 

 私は冗談半分に咲夜に聞く。咲夜は静かに首を横に振った。

 

「そう、じゃあ帰りましょうか。」

 

 あ、そういえば、咲夜はボードに関して何か知っているだろうか。それとなく聞いておくことにしよう。

 

「でもロックハートの向かいに寝ていた魔法使い。なんでベッドの脇に悪魔の罠なんて飾ってたのかしら。」

 

「あれ悪魔の罠だったんですか。」

 

 小悪魔が呑気にそう答えた。いや、こいつのことだ。多分気が付いていたに違いない。私は咲夜の反応を見るが、何か知っている風ではなかった。

 咲夜は私と小悪魔の手を握ると紅魔館の大図書館へと姿現しする。まあ知らないならそれでいい。あとで軽く調べておくことにしよう。私は大あくびをすると眠たい目を擦りながら大図書館を後にする。夜まで仮眠を取って、それから仕事を始めよう。私は寝間着に着替えると、ベッドに潜り込んだ。




ロックハートのお見舞いに行く

ロックハートにプログラムを施す(時限式)

ネビルを焚きつける←今ここ


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親やら、拳やら、アーチやら

頭痛がきた次の日に腹痛がきて、その次の日に筋肉痛がきました。何かの呪いでしょうか。次の日には死んでそうで少し怖いです。

一部分、後書きに載せたものを書き直しています。少し内容が違う場合はこちらが正しいものとご判断ください。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1996年、三月。

 私はパチュリーに呼び出されて大図書館に来ていた。パチェが私を大図書館に呼ぶなど久しぶりだ。それほど状況が切羽詰まっているのだろうか。まあ口調から察するにそこまで切羽詰まっているわけでもなさそうだったが。

 

「で、何かあったの?」

 

 私は正面に座っているパチェに話しかける。パチェは一枚の書類を私に手渡した。

 

『魔法省令 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ(高等尋問官)はアルバス・ダンブルドアに代わりホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。 以上は教育令第二十八号に順うものである。 魔法大臣 コーネリウス・オズワルド・ファッジ』

 

 どうやら魔法省で発行された書類の写しのようだった。ご丁寧に魔法大臣の判子も押されている。いや、そんなことは問題ではない。一番の問題は書類に書かれている内容だ。

 

「やばいでしょ?」

 

「確かにやばいわね。」

 

 別にホグワーツの校長に誰がなろうが知ったことではない。アンブリッジだろうがアンドリッジだろうが、好きな奴が就任すればいい。問題は、ダンブルドアがホグワーツを離れたということだ。

 

「ダンブルドアは何処へ行ったか分かる?」

 

「大体の位置は分かるけど……ダンブルドアは今本気で逃走しているわ。確証はない。」

 

 今この時期にダンブルドアが自由になるのは拙い。小悪魔は分霊箱を探して魔法界を巡っているし、クィレルも魔法大臣になるために動き出している。特に問題なのが小悪魔だろう。ダンブルドアも分霊箱を探していることだろうし、鉢合わせしたら小悪魔に勝ち目はない。口八丁で逃れることは出来るかも知れないが、こちらが不利になることは確かだろう。

 

「……分霊箱は今どこまで集まっているの?」

 

 パチェはポケットの中から男物の指輪とカップを取り出す。

 

「二つ。順調と言えば順調だけど、このタイミングでのダンブルドアの乱入は予想していなかったわ。」

 

「まあ小悪魔とダンブルドアなら小悪魔の方が分霊箱集めに関しては有利でしょうね。隠した本人だし。場所を知らなくても、自分が隠しそうな場所はある程度予想はつくはず。……そういえば、ホグワーツにあるかもみたいな話をしていなかった?」

 

 私の言葉に、パチェはポンと手を打つ。思い当たる節があるのだろう。

 

「ホグワーツの必要の部屋。あそこに隠した可能性が高いということよ。次に高いのは秘密の部屋ですって。」

 

「今すぐ呼び戻せる?」

 

 パチェは机を軽く三回叩く。数秒後、パチェの横に小悪魔が召喚された。

 

「あれ? 何か御用でしたか?」

 

「まあ形式上私の使い魔だし、呼び出すことは簡単よ。」

 

 小悪魔は軽く首を傾げながらも、パチェの横に座る。

 

「小悪魔、分霊箱の収集は順調?」

 

「ええ、分霊箱が隠されている可能性の高い洞窟を発見しました。そこの確認が終わったら、最難関のホグワーツに行ってきます。」

 

 そう、小悪魔の中ではホグワーツは最難関なのである。何せダンブルドアのいる城に侵入するのだから。ホグワーツはイギリス魔法界の中ではトップレベルのセキュリティを持っている。特に今の緊張した情勢の中ではさらに強化されていることだろう。

 

「先にホグワーツに向かいなさい。」

 

 私はパチェから渡された書類をそのまま小悪魔に渡す。小悪魔はその書類を見ただけで私が言おうとしていることを理解したようだった。

 

「なるほど、またとないチャンスですね。日が昇らないうちに向かいます。」

 

 小悪魔は恭しく私とパチェに礼をすると、その場から居なくなる。これでもう一つか二つ分霊箱が集まるだろう。

 

「ゴーントの指輪にハッフルパフのカップ。残るはレイブンクローの髪飾りにスリザリンのロケット、ナギニ、ハリーね。ナギニとハリーは確保が難しいから、収集するとなるとあと二つかしら。」

 

 私はゴーントの指輪を手に取る。そして面白い事実に気が付いた。

 

「パチェ……これって。」

 

「ええ、蘇りの石よ。死の秘宝の一つ。」

 

 パチェはさらりと言ったが、これ滅茶苦茶貴重なものなんじゃ……私は石を手の中で三回転がす。次の瞬間、私の横に昔死んだ従者の吸血鬼が現れた。

 

「……ここは……レミリアお嬢様?」

 

 事故で死んだ従者は私をじっと見つめる。死んでいるためか、その表情に生気は無かった。

 

「流石にショックを受けるわ。百年以上前の従者に名前を呼ばれるってことは、私百年間殆ど変化してないってことよね。」

 

「ああ、私がここに来る前にいた従者ね。美鈴よりも古いの?」

 

 パチェは従者に話しかける。従者は小さく首を傾げた。

 

「美鈴……さんとは一体どなたのことでしょうか。古いということは、美鈴さんも紅魔館に勤めている従者ですかね。」

 

 従者はクルリと周囲を見回す。そして目を見開いた。

 

「ここは……地下図書館ですか? 私がご奉仕していた頃より何十倍も大きい気がしますが。」

 

「ちょっと改装したのよ。もう帰っていいわ。」

 

 私が手を振ると、従者の姿が消える。うん、この石は本物の蘇りの石のようだ。

 

「蘇りの石。昔の賢者が作り上げた最強のデータバンクよ。」

 

「データバンク?」

 

「ええ、死んだ者から知識を得るためのツールよ。死後の世界に干渉する技術は今では失われつつあるわ。」

 

 まあ確かに、今生きている者より、死んだ者のほうが多いのだ。死者から情報を得るというのは合理的な発想だ。

 

「おっと、話が逸れたわね。取りあえず、小悪魔にはアレで十分だと思うわ。あの子もバカじゃないし、ダンブルドアが動いていると分かれば相応に警戒するでしょう。」

 

 問題はクィレルよ、とパチェは続ける。

 

「クィレルの場合、私と死喰い人の両方からの支援があるとは言え、比較的目立つ活動をしている。矛盾が出ないように設定を固めたけど、真に信用されるには何かパフォーマンスを行わないといけないでしょうね。」

 

 クィレルは今不死鳥の騎士団と繋がりのなく、比較的ヴォルデモートの復活を信じている魔法省役員を中心に接触を行っている。もう既に第二のハリー・ポッターとなりうる存在なのではないかという声が上がっているようだ。

 

「そうねぇ……。開心術士十人の前で、真実薬を飲んで、証言したら信用するかもねぇ。」

 

 私は冗談半分でそう提案する。

 

「それいいわね。ダンブルドアが魔法省に顔が出せないうちにやっちゃいましょうか。」

 

 パチェは私の冗談を、冗談とは受け取らなかったようだった。いや、出来るのならそれに越したことはないが、本当にそんな滅茶苦茶なことが出来るのだろうか。

 

「それをするに越したことはないけど……今クィレルはどの辺まで魔法省に食い込めているの? 今行動に移して信用を勝ち取れる?」

 

「まあすぐに魔法大臣っていうのは無理でしょうね。ファッジがいつ落ちるかもわからないし。」

 

 まあこの件に関しては機会があったらでいいだろう。

 

「まあ十分警戒するように伝えておきなさい。また何かあったら連絡してね。」

 

 私はパチェに手を振り、大図書館を後にした。小悪魔、クィレルもそうだが、咲夜は大丈夫だろうか。リドルが小悪魔になったことによって日記帳を通した連絡が取れなくなった。何か厄介ごとに巻き込まれていなければいいのだが。

 

 

 

 

 

 

 1996年六月十八日。

 クィレルの話では、今日ハリーを神秘部におびき寄せるらしい。ハリーとヴォルデモートの繋がりを使って幻影を見せるということだった。ハリーに、あたかもシリウス・ブラックが神秘部の予言保管庫で拷問されているように見せるのだ。

 ここまで大きく死喰い人が魔法省内で動くということは、魔法省役員がヴォルデモートの復活を認めざるをえなくなる場合が訪れるかもしれないということである。故に、クィレルには準備をさせておかなければ。もうすでに、開心術士と真実薬を用いた証言は行ったようで、取りあえず下準備は出来ているようだ。

 魔法大臣になる計画が始まってからはクィレルは死喰い人と殆ど接触していない。ダンブルドアの目もある程度は潜り抜けているはずである。勿論、クィレルの存在自体には気が付いているだろうが。

 

「なんにしても、今日は寝られないでしょうね。何かあるかも知れないし、取りあえず夜まで起きて、事態が収拾したら少し寝ましょうかね。」

 

 なんにしても、このまま一人でいるといつの間にか寝てしまいそうだ。私は書斎から出ると大図書館へと向かった。

 大図書館にはパチェと小悪魔がおり、机の上に置かれたスリザリンのロケットを調べている。パチェは私に気が付くと、スッと顔を上げた。

 

「ああ、レミィ。先ほど咲夜がこれを届けに来たわよ。やっぱりブラック邸にあったみたい。」

 

「あ、じゃあこれがスリザリンのロケットなわけね。」

 

 私はパチェに許可を取ってからスリザリンのロケットを手に取る。若干禍々しい気は出ているが、直ちに身体に影響の出るものでもなさそうだ。

 

「それで三月に小悪魔が取ってきた髪飾りと合わせて四つ。生物以外の分霊箱は集まったわね。」

 

 ロケットを机の上に置きなおし、私はパチェの前に座る。パチェは分霊箱を小悪魔に手渡すと、ペタンと机に伏せた。

 

「あとはクィレルの作戦が上手く行くといいんだけど。」

 

「死喰い人はトレローニーの予言を得ようとしているのよね?」

 

 私が聞くと、パチェは顔だけをこちらに向ける。

 

「それと同時に、魔法省に自身の存在を晒すことによってファッジ政権をガタガタにする予定みたいね。死喰い人としてもクィレルが魔法大臣になったほうが都合がいいわけだし。っと、クィレルが帰ってきたわ。」

 

 パチェがそう言った数秒後、大図書館の中央にクィレルが姿現ししてくる。クィレルは私の存在に気が付くと、深々と頭を下げた。

 

「これはこれはお嬢様、こんな時間までお疲れ様です。」

 

「状況は?」

 

 クィレルはこちらへと近づき、その場に跪く。

 

「はい。ハリー・ポッターは予定通り罠に掛かりました。十六夜君は神秘部のドアの前で後方の警備に当たっているようです。」

 

「そう、まあ咲夜が一緒だと戦いにならないものね。じゃあ貴方はこれから予定通り非番の魔法省役員と接触しなさい。」

 

「分かっております。」

 

 クィレルは立ち上がり、その場から消えた。取りあえず、クィレルは事態が収束するまでは大人しくしていなければならない。ようはアリバイが必要なのだ。この戦いに関わっていないというアリバイが。

 

「そういえば、神秘部の様子を見ることって出来ないの? あの便利なマッドアイはどうしたのよ。」

 

 いつもだったらパチェは机の上に空撮した映像を映している。だが、今日はそれをしていなかった。パチェはグイッと体を起こすと、肩を竦める。

 

「見えないわけでもないんだけど……何せあそこは未知の物が多すぎるから。何故か普通には見えないのよね。少々強引なやり方なら見ることが出来るとは思うんだけど、それだと気が付かれる可能性があるし。」

 

 なるほど、暇そうだったのはそういうことか。要するにやることがないのだ。

 

「まあ咲夜が現場にいるから、後で話を聞けばいいか。」

 

 私は眠たい目を擦りながら大きな欠伸をする。完全に昼夜逆転してしまうが、今から少し仮眠を取ったほうがよいだろう。

 

「咲夜から連絡が入ったら起こして頂戴。ちょっと寝るわ。」

 

「え? むしろ今から起きてた方がいいんじゃないの?」

 

 パチェは少し不思議そうな声を出す。だが、私にとって心配だったのはここまでくる過程であって、結果ではない。ここまで前提条件が整えば、おのずと未来は決まってくるだろう。

 

「こっちから干渉できるようなことなんて殆どないでしょうに。だから寝るのよ。お休みパチェ。」

 

 私は軽くパチェの額にキスをすると大図書館を後にする。そして美鈴が仕事を始めたのを確認し、ベッドに潜り込んだ。日が変わる前には起きたいところだが、寝過ごしてしまうかも知れない。寝過ごし……ぐぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、やばい。これはやばいダメだやばいやばいやばいやばいやばい――――ッ!!!

 

 まだ……死にたくない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局私が目を覚ましたのは、朝日が昇ってからだった。完全に一日寝て過ごしてしまったことになる。実際には起きていた分寝ていただけなので、何も損はしていないはずなのだが、何故か少し損をしたような気になるのは何故なのだろうか。

 私は眠たい目を擦りながら寝間着から部屋着へと着替える。パチェが私を起こさなかったということは、咲夜からの連絡はなかったということか。連絡がないということは、何事もなく事態が集結したということだろう。

 取りあえず予言者新聞の朝刊でも読もうと大図書館に向かおうとするが、その瞬間に私の部屋の窓に一匹の梟が舞い降りた。何故だろう。酷く嫌な予感がする。私は窓を開け、梟の足に括りつけられた羊皮紙を外す。それと同時に急ぎ足で大図書館へと向かった。

 起こされなかったのは咲夜から連絡がなかったからだと私は推理した。多分それは正しいはずだ。咲夜からは連絡がなかった。連絡がない理由を何も問題が起きなかったからだと勝手に想像したが、もしそれが間違っていたとしたら……。

 私は図書館に向かいながら丸められた羊皮紙を開く。そこに書かれた一文を読み、私は足を止めてしまった。そこには色々と文字が書いてあったが、私にはそのうちの一文しか目に入らない。そこにはただ一言、『十六夜咲夜が死亡した』旨が書かれていた。

 

「咲夜が……死んだ?」

 

 ダメだ、寝起きで寝ぼけているのかも知れない。もしくはまだ夢を見ているのだろうか。私は何度か目を擦り、羊皮紙を隅から隅まで読む。そうして冷静に何度か文章を読むうちに、ようやく全文が頭の中に入ってきた。どうやら、咲夜は昨日の神秘部での戦いで、命を落としたのだという。

 

「…………。」

 

 気が付いたら、私は大図書館に着いていた。目の前には困惑気味のパチェがいる。目を大きく見開いて、私を見ていた。

 

「レミィ、どうしたの? 貴方らしくもないわね。」

 

 パチェはすぐに何時ものジトッとした目に戻った。私は無言でパチェに羊皮紙を突き出す。

 

「これについて何か知ってる?」

 

 パチェが羊皮紙を読んだところで、私は冷静を装って聞いた。パチェな羊皮紙を見つめながら分かりやすく顔を顰めている。

 

「ダンブルドアの筆跡で間違いないわ。咲夜がダンブルドアの目を欺いたとも考えられるけど、だとしたら咲夜から連絡がないのはおかしい。それに行方不明になったぐらいでダンブルドアが死亡を断定するわけないわね。連絡がないから私はてっきり何の問題もなかったのかと……。」

 

「取りあえず、パチェは今すぐ神秘部に向かって。念の為小悪魔は図書館に残しておきなさい。」

 

「それは分かったけど……レミィ、貴方は?」

 

 パチェは素早く自分の体に魔法を掛け始め、身支度を始める。私は玄関の方を見た。

 

「私は門番と一緒にホグワーツにカチコミ掛けてくるわ。」

 

「そう。蛙チョコよ。」

 

 私はパチェから合言葉を聞くと、そのまま玄関に向けて歩き出す。既に日が昇っているが、日傘を差している暇はない。私は朝日を浴びながら洗濯物を干している美鈴のもとまで歩いた。

 

「ん~……あ、おぜうさま? もう朝ですよ? っていうか思いっきり日光浴びてますが大丈夫なんですか?」

 

 美鈴は小馬鹿にしたような口調でそう言いながら、日光を遮るように私の前に立つ。

 

「咲夜が死んだとダンブルドアから連絡があったわ。」

 

 先ほどまでのニヤケ面は何処へやら。美鈴は一瞬にしてフリーズする。そして次第に無表情へと変わっていった。

 

「今すぐ校長室に殴り込み掛けましょう。」

 

「あら、珍しいわね。同意見だわ。」

 

 こうなった原因が私にもあったことは理解している。一方的にダンブルドアを責めることも出来ない。だが、今は何かに八つ当たりしなければやってられなかった。

 美鈴は静かに日傘を開き、私を影の中に入れる。私は美鈴の身体に抱きつくと、美鈴が怪我をしない限界の速度でホグワーツに向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 校長室の場所は覚えている。合言葉も知っている。なら、校長室に忍び込むのは簡単なことだった。ガーゴイル像を抜け、螺旋階段を上がり、樫の扉の前に立つ。

 ここまで全力で気配を殺してきた。まだ気が付かれていないだろう。私は優しく樫の扉をノックする。そしてそのままの勢いで、私は全力で扉を殴り破った。多分扉には結界が張ってあったのだろう。通常の木製のドアとは比べ物にならないぐらい手ごたえがあったが、所詮結界だ。銀行の金庫すら破ることが出来る私の右ストレートの前では紙も同然だった。

 私と美鈴は今まで抑えに抑えていた気配を一気に解放し、校長室に踏み入る。中には私の予想通り、ダンブルドアとマクゴナガルの姿があった。ダンブルドアはこちらを油断なくじっと見つめ、マクゴナガルは驚愕した顔でこちらを見ている。私は軽く深呼吸すると、無表情でダンブルドアに行った。

 

「ご機嫌麗しゅう。アルバス・ダンブルドア。早速なのだけれど。」

 

 私は先ほどの羊皮紙をポケットから取り出す。その瞬間、羊皮紙が燃え上がった。

 

「ホグワーツで授業を受けているはずの私の従者が、何故魔法省の、それも神秘部なんていう地の底の底で死んでいるのかしら? 納得のいく説明がなされるまで私は帰らないわよ。」

 

 私は一歩ダンブルドアに近づく。美鈴は出入り口から二人が逃げないように、出口の真ん前で仁王立ちをしていた。

 私は先ほど空を飛びながら美鈴とした話を思い出す。ここで喋るのは主に私だけ、美鈴は静観を貫くこと。そして、咲夜が昨日神秘部にいたことを知らなかったふりをすることである。いや、それだけじゃない。咲夜が不死鳥の騎士団に入っていたことすら知らなかったことにした方がよいだろう。

 ダンブルドアは覚悟を決めたように目を伏せると、校長室にテーブルとソファーを出現させた。

 

「こうなってしまっては一から説明するしかないじゃろう。納得して頂けるかは分からない。」

 

 私は現れたソファーにどっかりと腰かける。美鈴はダンブルドアとマクゴナガルに手の届く位置に立った。そしてそのまま手を後ろで組む。

 

「……美鈴さんもお掛けになったらどうじゃ?」

 

 ダンブルドアはその意図を読んだのだろう。美鈴に座るように促す。だが、美鈴は全く表情を変えずに淡々と答えた。

 

「いえ。」

 

 そう、美鈴はそうやって横で無言の圧力を与えておけばいいのだ。ダンブルドアが杖を抜くより、美鈴がダンブルドアの頭を吹き飛ばすほうが早いだろう。

 

「さて、何処から話したものか……。」

 

 ダンブルドアは去年ヴォルデモートが復活した頃から話を始める。咲夜が不死鳥の騎士団に入ることになったきっかけや、その後の任務、そして昨日起こった神秘部での戦いでの話だ。私は腕を組んでダンブルドアが話し終わるのを待った。もっとも、全て知っている話ではある。

 

「つまりはこういうことかしら? 咲夜は私の為にヴォルデモートと敵対し、私の為に死んだと。で、死因はアーチ。」

 

「その通りじゃ。」

 

 私は三十分にわたるダンブルドアの説明を簡潔にまとめる。……ここは常識人を演じたほうがよいだろう。

 

「馬鹿にしているの?」

 

 私は鋭くダンブルドアを睨みつけた。

 

「貴方は実力があれば十代の子供すら戦争に駆り出すの? 生徒を守るのが教員の仕事なのではなくて?」

 

「もっともな話じゃ。」

 

 ダンブルドアが頭を下げた瞬間、美鈴の拳が物凄い速度で私の顔面目掛けて飛んできた。私は左手で拳を受け止め、強引に捻る。鈍い音がして、美鈴の手首が外れた。

 ダンブルドアは殺気を感じ取ったのか、咄嗟に杖を構える。マクゴナガルはダンブルドアが杖を構えたのを見て驚き、その後ようやくこちらの状況に気が付いた。傍から見たら、美鈴がダンブルドアを襲おうとしたところを私が止めたように見えるだろうが、そうではない。こいつ、本気で私を殴りに来やがった。

 

「美鈴、駄目よ。」

 

「申し訳ありません。」

 

 美鈴が謝ったのを聞いて、私は美鈴の右手を自由にする。美鈴は軽く手首を回して脱臼を直した。多分美鈴は私の物言いが許せなかったのだろう。十代の子供を戦争に駆り立てたのはダンブルドアではない。私だ。

 不死鳥の騎士団に関しても、ダンブルドアの常識を崩すために私があれこれ策を打った。美鈴からしたら咲夜を殺したのはダンブルドアではない。私なのだ。

 

「部下の非礼を詫びるわ。」

 

 取りあえず先ほどのはダンブルドアへの攻撃だったことにしておこう。そのほうが都合がよさそうだ。私は杖を仕舞い直しているダンブルドアに向けて冷たく言い放った。

 

「咲夜を拾ってきて育てたのは美鈴なのよ。」

 

 ダンブルドアとマクゴナガルはそれを聞いて、表情を凍り付かせる。取りあえず、美鈴も限界のようだし憂さ晴らしはこの辺にしておこう。

 

「話を聞く限り、そっちもゴタゴタとしているようだし、今日のところは帰るわ。美鈴も何か思うところがあるみたいだしね。」

 

 それは主に私に対してだが。まあ何にしてもさっさとパチェと合流しよう。私はソファーから立ち上がると出口に向けて歩き出す。そうだ、後日話をする約束を取り付けておかなければ。

 

「それに、私の理性もいつまで持つか分からないし……後日、ゆっくり話し合いましょう?」

 

 私は床に転がっているドアノブを拾い上げると、思いっきり握りつぶす。そしてそのまま校長室を後にした。ホグワーツの廊下を歩きながら、私は美鈴に声を掛ける。

 

「何か言いたいことがあるのよね。というか私に対して文句しかないと言った表情じゃない。大丈夫よ。私も私をぶん殴りたい気持ちで一杯だから。自分の不甲斐なさに吐き気がするわ。まだ小さい咲夜を私の目の届かないところで仕事をさせるべきではなかった。」

 

 これは反省しないとならないだろう。次の瞬間、私の顔面に衝撃が走った。美鈴が私の顔を殴りつけたのだ。体重差があるためか、私の体は少し浮く。私はなんとかその場に踏みとどまった。

 

「なんで……なんでそんなに淡々と話せるんですか。咲夜が死んだんですよ!? もう帰ってこないんですよ!?」

 

 美鈴は力み過ぎて握りしめた拳から血が滴っていた。手の甲についている血は私のものだろうか。私は顔についた傷を瞬時に治す。

 

「冷静なわけないじゃない。物凄く混乱しているわ。それと同時に、期待もしている。私の友人にね。」

 

 私がそう言った瞬間、私たちの目の前にパチェが現れたかと思ったら、私たちはホグワーツから魔法省に移動していた。目の前には石で出来たアーチが鎮座している。どうやら神秘部の一室の様だった。

 

「美鈴、落ち着きなさい。落ち着いて私の話を聞きなさい。いいわね?」

 

 パチェは美鈴をじっと見ると、そっと手を握る。その姿はまるで娘を落ち着かせる母親のようであった。ああそうか。パチェも一応は人間だったのだ。

 

「結論から言うわ。咲夜は帰ってくる。いや、帰ってこれる。」

 

 パチェの言葉に美鈴は目を見開く。私は半ば予想していたことではあったが、それでもほっと安堵のため息をついてしまった。私が咲夜が帰ってこれると考えていた理由はただ一つ。小悪魔が回収した蘇りの石が手元にあることである。

 

「少し調べた結果、この石のアーチは天国に繋がっている可能性が高いことが判明したわ。元々はあの世とこの世を行き来するために作られた物のようね。でも向こう側から閉じられている。」

 

「つまりはどういうことですか?」

 

 美鈴がそっとパチェを持ち上げた。いや、何故持ち上げたんだこいつ。パチェはそれを意にも返さずに淡々と言った。

 

「つまり向こう側の封印を強引にこじ開けて、尚且つ蘇りの石でこちらに引っ張れば帰ってくることが出来るかもということよ。多分だけど、蘇りの石だけで呼び戻ると、肉体が付いてこない。入れ物を新たに作るならそれでもいいのだけれど、そういうわけにもいかないでしょう?」

 

「つまり、咲夜は帰ってこれるということですね。」

 

 美鈴はパチェをぎゅっと抱きしめると、クルクルと回り出す。パチェはダルそうな目で回されていた。

 

「分霊箱を悪魔に転生させるような荒事をやってのけた後よ。死んだ人間を生き返らせるぐらいわけないわ。」

 

「パチェ! 貴方って本当に最高よ!」

 

 回されているパチェに私は抱きついた。そのまま三人でグルグル回る。

 

「あの、準備を進めたいんだけど。」

 

 パチェは軽く抗議を入れると、アーチの前に瞬間移動する。石のアーチに軽く触れ、本に何かを書き留めた。

 

「取りあえず、準備に数日掛かるわ。全ての準備が整ったら、全員でここに来ましょう。」

 

 パチェは私をまっすぐと見る。私は小さく頷いた。次の瞬間、いつの間にか私たちは大図書館の机に座っていた。どうやらパチェが魔法で何かをしたようである。

 

「数日……わかったわ。数日ね。私はそれまでに計画の修正案を考えるわ。パチェはクィレルのフォローを小悪魔に任せて咲夜の件に集中して。美鈴は紅魔館の家事の他に侵入者がいないかどうか警戒して頂戴。まあ侵入者というよりかは、ダンブルドアが訪ねてこないか警戒しろということだけど。」

 

 咲夜がどうにかなることが分かったのなら、ここで立ち止まるわけには行かない。死喰い人が動いたことで、ファッジが辞任に追い込まれるだろう。クィレルを魔法大臣にする大チャンスだ。このような情勢で魔法大臣をやりたがるやつなんて殆どいないだろうし、競争率は低いだろう。

 

「ここが正念場よ。みんな、気合を入れなさい。」

 

 私は一通り指示を飛ばすと大図書館を後にする。取りあえず咲夜が死んだことによって計画にいくつか修正を加えないとならないだろう。私は書斎に入り机の前に座る。

 

「……咲夜はもう不死鳥の騎士団には関わらせない方がいいかもね。私が思っていた以上にあの子は未熟だった。来年は学校には通わせず、紅魔館で仕事をさせましょう。」

 

 過保護だと言われるかも知れない。だが、実際に咲夜は死んだのだ。時間停止というアドバンテージを持っていて、死んだのである。やはりあの子もまだ十五歳の子供だったということだ。

 

「まあ、子供に戦争させるというのは、やっぱり無理があったのかもねぇ。それに美鈴が私を殴ったのって、初めて会ったあの日以来じゃないかしら。」

 

 私を殴ったところで、身体に傷は残らない。だが、美鈴としても私を傷つけるために殴ったわけではないだろう。私は美鈴に殴られた場所をそっと撫でる。

 

「なんででしょうね。少し悲しいわ。それだけ、美鈴は咲夜のことを大事に思っていた。でも、それじゃあ私は? 私は咲夜のことをどう思っていたのかしら……。」

 

 私は机の上に羊皮紙と万年筆を取り出す。少なからず計画を変更することになるだろう。私はパチェの魔法の腕を信じながら万年筆を滑らせた。




ホグワーツ新学期が始まる

クィレルがヴォルデモートに作戦を提案

ハリーがリータからインタビューを受ける

ハッフルパフ対グリフィンドール。咲夜初ビーター。相手チームをブラッジャーで全滅させる

クィブラー三月号にハリーのインタビューが掲載される

ホグワーツでクィブラーが必読書に認定させる

トレローニー解雇

ケンタウルスが占い学の教師になる

DAの活動がファッジにバレ、ダンブルドアが罪を被って逃走

アンブリッジがホグワーツの校長になる

咲夜がアンブリッジと破れぬ誓いを結び、校長補佐官になる

フレッド、ジョージがホグワーツを飛び出す

クィレルが開心術士の前で真実薬を飲んで証言

レイブンクロー対グリフィンドール

ふくろう試験

ハリーが魔法省に向かおうとする

アンブリッジが肉塊になる

ハリーたちがDAの仲間を連れて魔法省に乗り込む

咲夜とクィレルが接触

クィレルが魔法省役員と接触

神秘部での戦い。咲夜が戦死する

魔法省がヴォルデモートの復活を認める

レミリアがホグワーツに殴りこむ

咲夜が助かると分かる←今ここ


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今回も番外編です。申し訳ない。


 甘い香りが鼻をくすぐる。クッキーでも焼いているのだろうか。なんにしても、味には期待していいだろう。

 

「それじゃあホグワーツに通うことになったんだ。なんというか、少し意外です。」

 

 床に紙を置き、クレヨンを持って向かい合う。私は紙にメイド服を着た少女を描いた。

 

「そうね……お姉さまも予想していなかったみたい。」

 

「でも、大丈夫なんです?」

 

 アリアナはメイドの手元にナイフを描いた。

 

「いくらあの子でも生徒を殺すようなことはしないでしょ。」

 

「私が心配しているのはそのことじゃないです。というか、この逆ですよ。」

 

 アリアナがメイドの手を赤く塗る。そしてその周りに花を沢山描きはじめた。私も負けじと花を描く。

 

「逆? 殺さなくなるってことでしょ。ならいいじゃない。」

 

 アリアナは花に一本棒を描きこんだ。何かと聞いたら杖だという。ああ、これはホグワーツの生徒だったのか。

 

「あの子は悪意を持って人を殺していたわけじゃないですよね? いきなり殺人が悪の世界に放り込まれて大丈夫なのでしょうか。」

 

 ああ、罪の意識がという話ね。

 

「アリアナはどうなると思うの? 気が狂うとでも?」

 

「そこまでは分かりませんが……もしかしたら紅魔館に帰ってこれなくなるかも知れませんね。」

 

「吸血鬼の従者としての生き方に疑問を持つかもしれないということね……それはないと思うけど?」

 

 私はメイドの横にお姉さまを描いた。

 

「あの子は何処までもお嬢様に魅了されているわ。数年前ならまだしも、今更人の道に戻ることはないでしょう。だから、あの子は殺人を止めないわ。」

 

 まあ、それでも生徒は殺さないだろうけど。

 

「でも、何か対策を考えておいた方がよいのでは?」

 

 だが、アリアナの言うことももっともである。

 

「要はあの子の中で殺人が特別な行為にならなければいいわけでしょ?」

 

「それが理想ですかね。」

 

「だったら、殺させればいいわ。今までと同じように。」

 

 私は赤いクレヨンで直線を引いた。丁度花を両断する形で。

 

「……本末転倒では?」

 

「……そうかも。」

 

 私は新しい紙を床に置く。

 

「言い出しっぺの法則として、貴方が何かアイディア出しなさいよ。」

 

「でも私はフランちゃんみたいに頭良くないですし……。ゲームとか?」

 

「ホグワーツには電気が通ってないわ。それに、確かあそこの中は機械が動かないようになっていたと思うし。」

 

 でも仮想空間という発想は悪くないかも知れない。

 

「そうね……夢を見せるというのはアリかもねぇ……。」

 

「夢、ですか?」

 

「そう、夢よ。夢なら誤魔化しも効くし、なにより自然でしょ?」

 

 少し工夫すれば、夢の中に忍び込むぐらいは出来ると思う。

 

「あの子は明晰夢を見るタイプじゃありませんもんね。じゃあ夢の中で人を殺させると?」

 

「そうそう、大虐殺よ!」

 

 私は紙にロンドンの街並みを描く。実際にこの目で見たことはないが。

 

「クッキー焼けたわよー。」

 

「「わーい」」

 

 

 

 

 

 

 

「ゎぁ……ぃ……あ、あ、……むにゃむにゃ……すぅ。」

 

「……寝てるわね。」

 

 私はフランに毛布を掛け直す。まったく、風邪を引くことはないだろうが、お腹を冷やすかもしれない。手間のかかる妹だ。

 

「絵を描いていたのね……絵? 題材は何処から探してくるのかしら。パチェから本を借りてはいるみたいだけど外には出たことないはずだし。」

 

 私はフランが描いた絵を手に取る。そこにはロンドンの街並みが描かれていた。

 

「ん? これは何かしら。」

 

 絵の隅に小さな字で1と0が羅列されていた。

 

「『011 101 1 10 00』……何かしら、これ。機械語? 二進法とか?」

 

 二進法だとすると、3、5、1、2、0。だが二進法の場合、011の前の0は必要ないし、00も0は一つでいいはずだ。

 

「だとするとそのまま解釈しないほうがいいのかしらね。ゼロワンワン、ワンゼロワン、ワン、ワンゼロ、ゼロゼロ。いや、これも違う。スペースは関係ないとか?」

 

 そうだとすると01110111000。二進法で952か。……ん?

 

「0111、0111、000の方がまとまりがあるかしら。」

 

 111は7だ。ゼロは関係ないとして、7、7……。何か違う気がする。

 

「文字になっているとしたら……オンとオフ。いや、二パターンあると考えましょう。……モールスかしら。」

 

 0をトン、1をツーと考えると、『WKTNI』……いや、逆か。

 

「『DREAM』、夢……ね。外に出るのが夢という意味?」

 

 今度旅行にでも誘ってみようかしら。……やんわり断られる運命しか見えないが。なんにしても、私とフランの夢が同じというのは縁起がいい。私の計画は失敗してしまったが、私はまだ諦めたわけではない。フランが安心して外に出れる環境を、私が作るのだ。

 

 

 

 

 

 

 何やら部屋の外が騒がしい。と言っても外の音はここまで届かないのだが。最近お姉さまは新しく拾った玩具を使って遊んでいるらしい。まったくご苦労なことだ。

 

「……そう、わかったわ。」

 

 アリアナが呼んでいる。まだ眠たくないが、ひと眠りすることにしよう。私は毎日美鈴が整えてくれるベッドに潜り込んだ。

 私は昔壊した壁の穴を通りながら、この世を抜けていく。少々手段は複雑だが、夢の中からならあの世に行くのも簡単だ。流石に肉体を持ったまま行くのは難しいが。

 私は天国に降り立つと、花が咲いている道をまっすぐ歩く。お姉さまに大切にされているおかげで、私の身に穢れはない。私の見た目も相まって、死神程度の目なら誤魔化すことが出来る。

 

「こんばんわ。アリアナちゃんいますか?」

 

 私はダンブルドア家のドアをノックする。パタパタと駆ける足音が聞こえてきて、ゆっくり扉が開いた。

 

「あら、フランドールちゃん。遊びに来たの?」

 

 ケンドラはエプロンをして、お玉を持っていた。多分料理中だったのだろう。

 

「ごめんねぇ、アリアナは今マーリン博士のところに遊びにいってるわ。」

 

「そう、わたしも行ってみるね。」

 

 私はケンドラに手を振り、マーリンの家へと向かう。アリアナとマーリンは非常に仲がいい。遊びに行っているのだろうか。私はふわりと浮かび上がるとマーリンの家の方向へ飛んだ。途中で死神とすれ違ったが、皆安堵しきった顔をしている。天国では珍しい顔だ。何せ天国では危機的状況に巻き込まれることが殆どない。故に、安堵という感情も発生しないわけだ。アリアナが私を呼び出したことといい、何かあったんだろう。

 

「んー、……ん~? あ、咲夜だ。」

 

 マーリンの家の前にアリアナとマーリン、咲夜がいた。他に見慣れない閻魔と死神がいるが、敵対しているわけではないようだ。

 

「み~つけた!」

 

「妹様!?」

 

私は勢いよく咲夜に抱きつく。咲夜は仰天した様子で私を抱え上げるとゆっくり地面に降ろす。私はその時咲夜の心を読んだ。油断と隙があれば開心術で相手の心を読むことは容易い。なるほど。どうやら咲夜は石のアーチに飛び込んでしまったらしい。外が騒がしかったのは助け出す準備をしていたというわけだ。

 

「咲夜、こんなところにいたのね。アリアナが教えてくれなかったら気が付かなかったわ。」

 

 咲夜はアリアナの方を見る。アリアナはフイっと目を逸らした。

 

「お二人はお知り合いなのですか?」

 

 咲夜は不思議そうな顔をして私にそう尋ねた。

 

「あら、アリアナったら私のことを隠していたのね。」

 

 フランドールのお友達ですって挨拶したら、簡単に信頼を得ることが出来そうだが、それをしなかったというわけだ。

 

「まずいかな……って思って。」

 

 アリアナは私の顔色を窺ったあと、その視線を閻魔に向ける。私が閻魔の方を見ると、閻魔は私を怪訝な顔で見ていた。

 

「貴方はフランドール・スカーレットですね。しかもまだ生きている。どのようにこの世界に?」

 

「私にとって、あっちとこっちを隔てる壁なんてないわ。あったかもしれないけど、今頃木っ端微塵でしょうね。」

 

 私はわざとらしく肩を竦めた。まあ何にしてもあまりここに長居しないほうがいいだろう。私はここに侵入していると言っていい。閻魔に捕まるわけには行かない。私は咲夜の体を浮かせると、自分も空を飛んだ。下で閻魔が何か言っているが、聞かないふりだ。

 

「咲夜~。置いてくわよ?」

 

 私は少し遅れている咲夜に声を掛ける。ああでも、咲夜はまだこの世界に慣れていないのか。

 

「あ、そっか。慣れないとこの世界では動きにくいものね。大丈夫、私が導いてあげるわ。」

 

 私は咲夜の手を引いて空を飛ぶ。確か石のアーチはこの辺にあったはずだ。私はアーチのところまで咲夜と一緒に来ると、アーチに咲夜を投げ入れるように手を放した。

 

「これを潜れば生き返れるわ。本当なら一方通行だけど、パチュリーが何とかしてくれるはず。私は別ルートで帰るわね。紅魔館で会いましょう?」

 

 お姉さまのことだ。今頃アーチの前で咲夜を呼んでいるに違いない。私は咲夜が無事アーチを潜ったのを確認すると、紅魔館の自分の体を目指して飛び始めた。



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魔法大臣やら、訪問やら、蘇生やら

さて次回から最終章に突入していくわけですが……なにも考えてません。このままじゃ前作をなぞるだけになってしまうので何か新しい要素を入れたいとは思っているのですが……まあ変なことしないほうがよさそうですね。前作を一回読み返すので、次回の投稿は少し遅くなるかも分かりません。ご了承ください。
誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1996年六月十九日。

 日刊予言者新聞の朝刊にはヴォルデモートが復活したという記事が載っている。既にファッジが辞任することを見越して、新しい魔法大臣を選出し始めているらしい。だが、この情勢だ。魔法大臣をやりたがるものなどいない。そんな中、予言者新聞にはもう一つ記事が載っていた。そう、クィレルのものだ。

 

「あの人のもとから生きて帰った男……ね。いかにも人気が出そうな記事だわ。」

 

 今の魔法省としても、クィレルを魔法大臣に推したいらしい。まあ当然か。誰もやりたがらない魔法大臣を引き受けてくれるのだ。この分ならそう遠くないうちにクィレルが魔法大臣になるだろう。あのファッジでもなれたのだ。クィレルになれないはずがない。

 

「これでヴォルデモートは魔法省を手にしたことになる。すぐに魔法界を落とそうだなんて考えないと思うけど……これは少し干渉する必要があるかしら。」

 

 なんにしても、ギルデロイの時限装置がそろそろ発動するので予言の準備もしなければならない。咲夜も死んだことにする予定なので、不死鳥の騎士団側に干渉する何かを準備しなければならないか。

 

「……いや、もしかしたら要らないかも。」

 

 ダンブルドアは分霊箱を求めている。そして、分霊箱は全て私が押さえている。

 

「ダンブルドアに分霊箱をチラつかせ、私のタイミングで与えれば、それまでダンブルドアを押さえつけておくことが出来る。」

 

 尚且つ、ダンブルドアは私に大きな負い目がある。咲夜の死という負い目だ。やはり咲夜は死んだことにしておこう。

 

「でも、それだけじゃ少し弱いわね。ダンブルドアがクィレルそっちのけで夢中になるような何かがあればいいんだけど……これは要検討ね。」

 

 流石にダンブルドアがクィレルを完全に黒だと断定して動き出したらあっという間にボロが出るだろう。そうなればこちらの計画はご破算だ。完全に騙すことは無理でも、何とか疑心暗鬼程度に留めておく必要がある。

 

「死喰い人側はクィレルを使えば十分操作できる。ダンブルドアは出来るだけ心を掻き乱すしかないわね。ひと思いに殺せたらどれだけ楽なことか。」

 

 私は机の上に置いてある魔法具を起動させた。パチェは咲夜を生き返らせる準備で忙しい為、今なら小悪魔が出るだろう。

 

『こちら小悪魔。何か御用でしょうか、お嬢様。』

 

「用というほどでもないわ。そっちの状況はどう?」

 

『そうですね……既に後任の選考会議が行われておりまして、八割ほどの支持を受けてクィレルが魔法大臣に任命されました。表向きの発表は明日になるかと思われます。』

 

 魔法省も仕事が早いと見るべきだろうか。いや、多分違う。ファッジを早々に降ろして代わりを据えなければ自分たちの立場が危ぶまれると思ったのだろう。ヴォルデモートが復活したということが証明されたこともあり、今までファッジ側だった役員が発言力を失った。さっさと他の馬に鞍替えしなければ落ちぶれていくだけだ。

 

「ダンブルドアからの干渉はあった?」

 

『新しい魔法大臣と一対一で対話したいと魔法省のほうに連絡があったようです。回避は困難でしょう。』

 

「そう、なんとか咲夜が生き返るまで時間稼ぎをしなさい。パチェの支援がないと多分キツイわ。死喰い人のほうはどう?」

 

『取りあえず予言は手に入りませんでしたが、厄介な十六夜咲夜の殺害、クィレルの魔法省への侵入、実質的な魔法省掌握と、結果が出ているので満足しているようです。今後はアズカバンを拠点にして勢力の拡大を図るだとか。』

 

 アズカバンを拠点にするというのはまた奇策を考えたものだ。それなら魔法省がいくら死喰い人を捕まえても、本拠地に送り返すだけになる。あとはどれだけアズカバンの実情を隠すかだが、それも難しい話ではないだろう。魔法省を乗っ取るならまだしも、アズカバンは北海の中心に位置するのだ。完全に周囲から孤立している。服従の呪文と忠誠の呪文を用いれば十分に隠し通せるだろう。

 

「でも確かホグワーツにはスネイプがいたはずよ。奴から情報がダンブルドアに漏れるのではなくて?」

 

『ヴォルデモートはスネイプを完全に切り離して動かすみたいです。実際に、スネイプとクィレルは殆ど顔を合わせていません。入れ替わるようにクィレルが魔法省に行ってしまいましたから。まあ問題になるようだったらこちらで抹殺すればよいでしょう。』

 

 まあそれももっともな話である。ダンブルドア以上にスネイプの存在がネックになるだろう。多分ダンブルドアはスネイプからクィレルの情報を受け取ったこともあって、今回の対話に踏み切ったのだろう。クィレルが真に白か判断するために。

 

「まあ抹殺とまではいかなくても、最悪こちらでスネイプを操る必要は出てくるでしょうね。ヴォルデモートはクィレルにどのような政策を進めさせようとしているの?」

 

『多分暫く潜伏させておきたいのでしょう。死喰い人に真っ向から対抗する政策を進めさせるようです。良き大臣を演じろと。』

 

「アズカバンを隠すことに集中させるということね。まあ今の情勢で魔法省を陥落させても意味が無いし。まずは仲間集めといったところかしら。なら話は早いわ。」

 

 死喰い人が増えるのは私としても好都合だ。だが、ならそれに合わせて魔法省側の戦力も増強せねばなるまい。

 

「クィレルに魔法省に傭兵制度を作るように言っておきなさい。正規の闇祓いではなく、非正規雇用の戦士を募るのよ。戦時中の一時的な措置としてね。」

 

『魔法省役員以外の戦力を募るということですね。分かりました。』

 

 これで両陣営ともに大きく戦力を増大させることが出来るだろう。

 

『あ、ちょっといいかしら、レミィ。』

 

 横から割り込むようにパチェの声が聞こえてくる。どうやら小悪魔の近くにいたようだ。

 

『咲夜をこちら側に引っ張る術式は完成したんだけど、月齢が大きく関わってくるわ。次の満月まで術を行うのは無理そうよ。』

 

「マジで?」

 

『マジよ。取りあえず術の準備だけならあと数日で終わるから、それが終われば手は空くわ。クィレルの補助につくことは出来る。』

 

 次の満月は七月の一日だ。まだ二週間ほど時間がある。本来ならば咲夜が生き返ってからやりたかったことが多くあるが、それらを全て後回しにしておくわけにもいかない。

 

「そう、ならクィレルとダンブルドアの対話は咲夜の復活を待たずにパチェの手が空き次第行いなさい。多分そのうちダンブルドアがうちに謝罪にもくるだろうから、それの準備も同時に進めて。」

 

『わかったわ。』

 

「小悪魔はパチェに仕事を引き継いだあとは分霊箱の管理と美鈴の補助ね。」

 

『畏まりました。』

 

 さて、差し迫るべき問題は謝罪に来るダンブルドアへの対応だろう。ここでの返答次第で随分今後が変わってくるはずだ。なんにしても、ここが正念場である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1996年、六月二十三日。私は自室でダンブルドアの到着を待っていた。ホグワーツから送られてきた手紙には今日の三時に紅魔館を訪れると書かれている。訪れるということは、紅魔館の位置をダンブルドアは把握しているということだろう。

 

「でもパチェ、ぶっちゃけダンブルドアは紅魔館に辿り着けるの?」

 

『そうね、結界を緩めたら辿り着けるんじゃない? まあこちらから誘い込めばいいでしょう。』

 

 紅魔館の門には美鈴を配置してある。ダンブルドアを門で出迎え、客間に通した後私の部屋に来るはずだ。

 

「地下の隠蔽は任せたわよ。」

 

『分かっているわ。従者として小悪魔を貸すわね。』

 

 私は懐中時計を取り出して時間を確認する。午前三時、そろそろ来るだろう。私は窓のから門の方を見る。そこには美鈴と対話しているダンブルドアの姿があった。

 

「来たわね。」

 

 私は服装を正し、机の上に映し出された客間の映像を見る。ようは監視カメラのようなものだ。これで客間に入ったあとのダンブルドアの様子を観察することができるのである。五分ほどすると、美鈴がダンブルドアを連れて客間に入ってきた。

 

『お嬢様を連れてきます。こちらでお待ち下さい。』

 

 美鈴は一礼すると客間を出ていく。客間にはダンブルドアだけが残された。

 

「さて、ダンブルドアはどういった行動に出るかしらね。十分ほど泳がせてみるか。」

 

 私はじっとダンブルドアの行動を観察する。ダンブルドアはそわそわする様子もなく、じっと私が来るのを待っていた。つまらん。

 

「おぜうさま~、ダンブルドア来ましたよ。あのまま待たせておきますか?」

 

 美鈴がノックをしてドア越しに私に声を掛ける。確かにそれも楽しそうではあるが、本来の目的を達成できない可能性が出てくるためパスだ。

 

「いや、ぼちぼち向かうわ。貴方は紅茶の準備をしなさい。小悪魔に運ばせるのよ。」

 

「了解しました~。」

 

 もうすっかり美鈴は何時もの調子を取り戻したようだった。それだけ、美鈴もパチェを信用しているということか。私は部屋を出ると客間へと移動した。

 

「待たせたわね。」

 

 私はノックもせずにドアを開け、ダンブルドアの対面にどっかり座り込む。勿論、いかにも不機嫌そうに。ダンブルドアはそんな私を見て、頭を下げようとした。

 

「頭を下げるな。」

 

 私は冷たくダンブルドアに告げた。ダンブルドアは下げかけた頭をゆっくりと持ち上げる。どうやら私の言葉を待っているようだ。

 

「あの子の死を侮辱するな。」

 

 ダンブルドアは雷に打たれたような顔をして絶句していた。そう、私のスタンスはこうだ。咲夜は名誉の戦死を遂げた。私はそれを誇りに思っていると。

 

「咲夜は立派に戦って死んだ。そうなんでしょう? なら、もうそれでいいわよ。」

 

 もう諦めたわ、と小さくため息をついた。

 

「優秀な従者ではあったんだけど、アレも所詮は人間だったということね。死ぬときは死ぬ。死ぬのが数十年早かっただけ。でもね。」

 

 私はぐいっとダンブルドアの顔に自分の顔を近づけた。至近距離でダンブルドアの青い目を睨む。

 

「仇は絶対に討ちなさい。ヴォルデモートを殺さないことには咲夜は安らかに逝けないわ。」

 

 私は目の力を抜きソファーに腰かけ直した。それを見計らってか、小悪魔が紅茶を運んでくる。

 

「この話はこれでおしまい。ここからは世間話と行きましょう。」

 

 私は力なく微笑むと、小悪魔が用意した紅茶を一口飲む。咲夜のことを無理やり諦めました感は出ただろうか。少し未練があるようなそんな仕草。流石私だ。ハリウッドスターも夢じゃない。あ、カメラに映らないか。

 ダンブルドアは若干躊躇したようだったが、紅茶に口を付けた。勿論毒など入っていない。

 

「魔法省が今てんやわんやなんでしょ? ハリーとクィレルを一生懸命おだて上げて、正直笑えるわよね。てかクィレルって誰よ。」

 

「……昔ホグワーツで教員をしておった。」

 

「へえ。……ああ、確か日刊予言者新聞に載ってたわね。マグル学だっけ? よくわからないわ。ざわざわマグルの生活を学ぶとか。まあでも純血主義のヴォルデモートに立ち向かうんだったら、マグル学の教員でもいいのかしら。」

 

「クィレル先生は闇の魔術に対する防衛術を担当されておったこともあったのじゃ。」

 

「そうなの? ……ん~、え? そうなの?」

 

 ああ、勿論知っているとも。ダンブルドアは小さく頷いてから答えた。

 

「1991年のことじゃ。」

 

「ああ、咲夜が入学した年の。でもその頃ってヴォルデモートに寄生されてたって新聞に書いてあったわよ?」

 

 あくまで妄信的に新聞を信じているように見えるだろうか。ダンブルドアは何か言いたいことがありそうだったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 

「そのクィレルじゃが……自分からヴォルデモートを受け入れた可能性があるのじゃ。」

 

「どういうこと?」

 

 私は少し身を乗り出す。

 

「ヴォルデモートの命令で魔法大臣になったってこと?」

 

「あくまで可能性の話じゃが……その可能性も捨てきれない、という話じゃよ。」

 

 私はふぅと息を吐くと、姿勢を正した。懐からパイプを取り出し、マッチで火をつける。

 

「詳しそうね。少し話を聞かせなさい。」

 

「少々長い話になるかもしれんが、よろしいか?」

 

「ええ、いいわ。」

 

 ダンブルドアはクィレルに関する情報を古い順に話し始める。賢者の石の事件からヴォルデモートが復活した現場にいたことなど。その話は大体の内容が合っていた。一つ事実と違うことと言えば、クィレルが私と繋がっていることを知らないことだろうか。三十分ほどダンブルドアの話は続き、時間軸が今に追いつく。

 

「わしはクィレルと話をしてみるつもりじゃ。直接対話して、事の真偽を確かめようと思っておる。」

 

 小悪魔がダンブルドアに紅茶のおかわりを差し出した。その光景は少し滑稽だと言える。まさかダンブルドアも、今自分の横にいるのが分霊箱のなれの果てだとは思わないだろう。

 

「それでもし黒だったらどうするのよ。抹殺するとか? あ、言ってくれたら噛み殺すけど。」

 

「それには及ばんよ。黒だと分かっても、目的が分かるまでは泳がせようと思っておる。なんにしてもまだ情報がないというのが現状じゃな。」

 

 まあ、まだ表向きには魔法大臣に決まったことも発表されていない。私も今さっきダンブルドアから聞いて魔法大臣に選ばれたことを知ったという設定だ。

 

「まあ私にはあまり関係ない話かしら。私はこの戦争に関わるつもりはないし。咲夜のことはもう終わったことよ。故に、私は協力はしないからね。何にしても――」

 

 私は空になったティーカップをソーサーに被せると、指で底を二回叩く。そして指で下に弾き、表を向けた。

 

「1997年、六月までに決着をつけなさい。まさかボケて忘れたとは言わないでしょうね?」

 

「ああ、覚えておるとも。あと一年……あと一年で決着をつける。」

 

 ダンブルドアはソファーから立ち上がると、私に礼をする。私は軽く手を上げてそれに答えた。

 

「ではこれで失礼する。」

 

 バチンと、ダンブルドアは姿をくらませた。私はため息をついたあと、虚空に向けて話しかける。

 

「あれでよかったのかしらね。パチェ。」

 

 私は天井を見たあとに先ほどまでダンブルドアがいた場所を見る。そこにはパチェが腰かけていた。

 

「まあいいんじゃない? スカーレット家はこの戦いに手を出さないと意思表明も出来たわけだし。」

 

「まあそうなんだけどね。」

 

「でも良かったの? 咲夜を戦いに巻き込んだことを許しちゃって。利用しようと思えばいくらでも利用できたでしょうに。」

 

 パチェは私の目をじっと見る。私は不敵な笑みを浮かべた。

 

「こういうのはね、少し狂気が混じってた方がいいのよ。利用するのは咲夜が生き返ってからね。」

 

 具体的な日程はまだ決めていないが、作戦だけは用意してある。

 

「狂気?」

 

「そう、狂気。ダンブルドアに、分霊箱を渡す代わりに咲夜を返しなさいと言うのよ。」

 

 つまりはダンブルドアに無理難題を言い渡すわけだ。ダンブルドアは混乱することだろう。

 

「それも涙交じりにね。ダンブルドアは私が狂ったと思うかも知れない。でも、ダンブルドアにはどうすることも出来ない。私はダンブルドアを許したけど、ダンブルドアはまだ自分が咲夜を殺したようなものだと思っている。」

 

「貴方もえぐいことを考えるわ。」

 

 私はパチェと共に客間を出る。そのまま一緒に大図書館に向かった。なんにしても次備えるべきはクィレルとダンブルドアの対話だ。まあそれに関してはあまり心配はしていない。ヴォルデモートを一年以上に渡り騙し通したクィレルだ。数十分の間ダンブルドアを騙すぐらいわけないだろう。

 二人で大図書館に入り、椅子に座る。取りあえず私は誘導用の予言でも用意することにしよう。ここまで準備が整えば、あとはなるようにしかならないような気がするが、双方がその予言を信じて行動すれば、かなり行動を変化させることが出来る。私は水晶玉を取り出すと、そこに予言を込め始めた。

 

 

 

 

 

 1996年、七月一日。

 私はパチェ、美鈴、小悪魔、クィレルと共に神秘部にある石造りのアーチの前に立っていた。地下の底の神秘部では月を確認することは出来ないが、今日は確かに満月のはずである。アーチの周辺には巨大な魔法陣が描かれていた。儀式を行うためのものだろう。パチェは確認を取るように私を見た。

 

「ええ、お願いするわ。」

 

 パチェは頷くと、ポケットから蘇りの石を取り出した。それを両手で包み込み、祈るように胸の前に持っていく。

 

「人を死へと導く門よ。その中に取り込みし魂と肉体を現世に返せ。」

 

 パチェが呪文を唱えると、アーチが光を放ち始める。私はアーチの前に移動した。

 

「さあ、レミィ。」

 

 私はパチェに向かって頷くと、アーチと向かい合う。

 

「咲夜。」

 

 私は静かにあの子の名前を呼んだ。

 

「十六夜咲夜。」

 

 アーチの中にあの子の気配を感じ取り、私はそっと手を伸ばす。そして掴んだものを一気に引っ張り出し、抱きかかえた。

 

「咲夜、お帰り。」

 

「あ、あぁあああ……え?」

 

 私は優しく咲夜を抱き続ける。次第に落ち着いてきたのか、咲夜の首が左右に動いた。

 

「お、お嬢様。ここは一体……。ここは……神秘部ですか?」

 

 まだ力が入らないのか、咲夜はぐったりとしている。だが、立ち上がろうと少し足をバタつかせた。まあ、放す気はないが。

 

「あの、お嬢様? もう大丈夫ですので。」

 

 咲夜はそう言うが、私は放すつもりなどない。さらに強く咲夜を抱きしめた。

 

「私の命令も無しに死ぬなんて……ほんとに、ほんとに……。」

 

「お嬢様?」

 

 言葉が出てこない。咲夜も不思議に思ったのか、私の顔を見て聞き返してきた。

 

「本当に……――っ、勝手に、居なくなっちゃ駄目なんだから!! おかえりっ!」

 

 私は思いっきり咲夜に覆い被さる。さらに私の上から美鈴、パチェ、小悪魔も咲夜に覆い被さった。

 

「重いです! 潰れちゃいますって!」

 

「潰れちゃえばいいのよ! 体があるってことじゃない!」

 

「そうだよ咲夜ちゃん! おかえり!」

 

「おかえり、咲夜。」

 

「よく帰ってきましたね。咲夜。」

 

「無事帰ってこれて何よりだ。十六夜君。」

 

 口々に咲夜に言葉を掛けていく。パチェの仕業だとは思うが、気が付いたら私たちは大図書館で寝転がっていた。咲夜はようやく本来の力が戻ってきたのか、私の下から這い出る。そしてよろよろと椅子に腰かけた。どうやらかなり混乱しているようである。

 

「えっと、何がどうなったんでしょう。私はホグワーツ特急で学校から帰ってきて、美鈴さんとロンドンの街を飛んで……。」

 

 咲夜のトンチンカンな言葉を聞いて、私とパチェは顔を見合わせる。記憶が混乱しているのか? それとも夢を見ていたとか……。

 

「一体なんの話をしているの? まあ確かにホグワーツは夏休みに入っているけど。」

 

「咲夜ちゃん大丈夫? 混乱してる?」

 

 パチェと美鈴が心配そうな声をあげる。パチェは小さく咳ばらいをすると、説明するように話し出した。

 

「六月十九日の朝一番にレミィ宛てにふくろう便が届いたわ。貴方が神秘部の戦いで死亡したという知らせよ。」

 

「そんなはずはありません! 私は身体の時間を巻き戻してアーチから飛び出し生き返ったんです。そのあと――」

 

「だから混乱していると言っているの。」

 

 パチェが咲夜の言葉を遮った。咲夜の言っていることはあまりにも意味が分からない。本当に何か変な夢でも見ていたのではないだろうか。

 

「いい? 貴方はアーチを潜ってしまい死んだの。その後ダンブルドアが駆けつけて死喰い人を一網打尽にし、ハリーたちがヴォルデモートに捕まって人質交換。貴方はこの戦いで唯一の戦死者になったのよ。」

 

 パチェは更に詳しく当時の状況を説明する。だが、咲夜は納得するどころか不満げな顔をしていた。

 

「ですが、私は生きています。」

 

「そうね、私とレミィが全力を上げて取り戻したのだもの。」

 

 咲夜は戸惑いが隠せないようだった。

 

「ダンブルドアから貴方が死んだと連絡を受けた時、レミィと美鈴がすぐにホグワーツの校長室に殴り込みを掛けたの。レミィは私に相談して、貴方を取り戻す準備を始めた。幸い儀式に必要なものは揃っていたのよ。蘇りの石を使って私は貴方を呼び戻した。」

 

 パチェはじっと咲夜を見る。

 

「というわけで、魔法界では既に貴方は死んだことになっているわ。」

 

 パチェはそう言って話を締めくくった。咲夜は静かに目を瞑ると、心の整理をするように何かを呟く。目を開けた時にはすっかりいつもの冷静な目に戻っていた。

 

「では、多分私は夢を見ていたんだと思います。」

 

「夢?」

 

 私が聞き返すと、咲夜は大きく頷いた。

 

「はい。あくまで私の主観ではありますが、聞いて下さるでしょうか。」

 

「ええ、話してみなさい。」

 

 私は咲夜の対面に座る。咲夜は軽く咳払いをすると話を始めた。

 

「私はクラウチの攻撃を避けようとして誤ってアーチに飛び込んでしまったんです。私は死にたくなかったんで無理やり霊力を暴走させて肉体の時間を巻き戻すようにアーチから飛び出しました。」

 

「……まあ夢だし、何でもアリよね。」

 

 私は咲夜の無茶な理論に苦笑する。咲夜は少し顔を赤くした。

 

「私が生き返ったと同時にダンブルドアが神秘部に到着し、あたりにいた死喰い人を一網打尽にしました。そのあとはヴォルデモートに捕らえられた魔法省役員と捕まえた死喰い人を交換し、私とハリーはホグワーツの大図書館に移動したんです。その時にダンブルドアに霊力の説明を。そのあとは普通に学校が夏休みに入って私は紅魔館に帰ってきました。魔法省はヴォルデモートの存在を認め、アンブリッジはアズカバンに収容されることになりました。」

 

「……概ねその通りだ。」

 

 不意にクィレルが口を開く。

 

「人質のくだりも魔法省がヴォルデモートを認めたというくだりも、そしてアンブリッジのアズカバン行きが決まった話もな。」

 

 それにパチェも同意する。

 

「ええそうね。違うところを挙げるとすれば、貴方が死んだか死んでいないかということよ。」

 

「では、私はどうすればよいのでしょう。このまま新学期、普通に学校に通ったほうがいいでしょうか?」

 

 ……さて、なんて答えたものか。咲夜を学校に行かせないことはほぼ決定している。だが、その理由が咲夜が心配だからだとは言えない。ここはまだ悩んでいるふりをした方がいいだろう。

 

「そうね、ダンブルドアの動き方次第かしら。ダンブルドアは貴方という大きな武器を失ったことで何かしらの行動に出るはずよ。それを見てから決めても遅くはないわ。それまで、館から出ることは禁ずる。いいわね? 貴方が生きているというのは極秘中の極秘よ。」

 

「かしこまりました。」

 

 咲夜は納得したように頷く。心なしか少し嬉しそうだった。

 

「さて、咲夜奪還作戦も成功したことだし、今日のところは解散! ほら、みんな寝るわよ。もう朝も更けてきたわ。」

 

 寝るにはまだ少し早いが、疲れのせいか少し眠たい。仕事をするのは仮眠を取ってからの方がいいかもしれない。私は大きな欠伸をすると大図書館を後にした。




クィレルが魔法大臣に選ばれる

ダンブルドアが紅魔館を訪れる

クィレルがダンブルドアと対話する

ホグワーツで咲夜の葬式が簡易的に開かれる

咲夜が生き返る←今ここ


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抑止力やら、教師やら、見送りやら

今週中に完結させたいと思ってはいるのですが、多分無理です。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1996年、七月、朝。

 私は書斎の椅子に座って考え事をしていた。私の手元に手札が揃いつつある。六月の戦争への準備は着実に整っていっていると言っていいだろう。死喰い人はクィレルを通じて制御できる。魔法省は既に私の物といってもよい。あとは不死鳥の騎士団だが、咲夜の死を利用して少しは制御することが出来るだろう。

 

「でも死喰い人の情報が入ってこないのは少し厄介ね。トンクスあたりを殺して咲夜にすり替えるとか? ……いや、確か配偶者がいたわね。」

 

 咲夜を見ず知らずの男にやることは出来ない。別の手を考えるしかないだろう。

 

「クィレルを不死鳥の騎士団に入れるとか……いや、それだとクィレルの負担が大きくなるわね。いっそのことパチェを駆り出すか?」

 

 いや、それをやるとパワーバランスがとんでもないことになってしまう。原始人に戦車を与えるようなものだ。搭乗員付きで。いや、待てよ……原始人に戦車ではなく、現代人に弾道ミサイルと考えれば少しは見方が変わってくるか。核抑止。人類は核爆弾という巨大な力を得たことによって、一時的な平和を手に入れた。

 

「パチェをホグワーツに配置すれば、それだけで死喰い人は攻めてこれなくなる。核抑止ならぬパチェ抑止ね。普通核抑止は双方が核を持たなければ成立しないけど、ヴォルデモートには分霊箱というアドバンテージがある。ダンブルドアも分霊箱を何とかしない限り動くことはないでしょうね。」

 

 そうと決まれば、あとはどうやって引きこもりのパチェを外に出すかだ。案外私が頼めばすんなり引き受けてくれそうだが、こればっかりは聞いてみないと分からない。まあパチェなら咲夜と違ってへまをして死ぬこともないだろうし。

 私は立ち上がると書斎を出る。寝る前にパチェに確認を取っておこう。廊下を歩き、階段を降る。図書館に近づくと、パチェと咲夜、小悪魔、クィレルの声が聞こえて来た。

 

「なんというか、パチュリー様本当に狙われているんですね。」

 

 咲夜の声だ。咲夜の言葉の後に小悪魔とクィレルがため息をついた。私は気が付かれないように慎重に中に入ると、ゆっくり咲夜の隣に座る。

 

「咲夜、貴方も先生の技術と知識は知っているでしょう? 先生がどちらかの陣営に手を貸すだけでパワーバランスが崩れる。」

 

「そうだぞ、十六夜君。彼女の技術がなかったら君を生き返らせることは到底不可能だった。」

 

 どうやら、ちょうどパチェの立ち位置の話をしているようだった。

 

「そう、片方に手を貸したらパワーバランスが崩れるのよ。そういうわけだからパチェ、両方にバランスよく手を貸せばいいのよ。」

 

 私はドヤ顔でパチェにそう言った。パチェは少し考えたあと、頭を抱える。

 

「んな面倒くさいことを……。とは言っても一年だけか。だったらべ――」

 

 パチェはいきなり言葉を切る。何かあったのだろうか。私は紅魔館の周辺の気配を探った。ああ、なるほど。何かが結界を越えたのか。

 

「何かが結界を越えたわね。パチェと咲夜とクィレルは大図書館から動かないこと。」

 

 パチェは机の上に外の光景を映し出す。そこには驚き顔の美鈴と、ハリー・ポッターがいた。それを見た瞬間、小悪魔がフランの部屋の方へ駆けていく。結界を張りに行くようだ。美鈴はハリーと何かを喋ったあと、ハリーを脇に抱える。そしてそのまま玄関の方へと歩いて行った。どうやらハリーを紅魔館の中に入れるようだ。勝手な行動だが、その判断は正しい。

 

「何故ハリーがここに? それ以前になんで一人で出歩いているのよ。」

 

 咲夜が少し不機嫌そうな表情で呟いた。どうやら騎士団だった頃の癖が抜けていないらしい。まあ私としても、ハリーには無事でいて欲しいが。ハリーには六月にヴォルデモートを殺してもらおうと思っている。生きていて貰わないと計画を変更しないといけなくなる。

 

「なんにしても、ハリーが何かの目的のためにここに来たのは事実よ。小悪魔、地下に結界は張り終わった?」

 

 パチェが確認を取ると、帰ってきた小悪魔が親指を立てた。まったくもって仕事の早いやつだ。美鈴はハリーを抱えたまま紅魔館の中を進んでいき、来客用のバスルームの中に放り込んだ。次の瞬間、私の目の前から咲夜が消えた。いや、そうではない。時間が止まったのだ。横を見ると、咲夜が私の肩に触れている。今まさに私の時間停止を解除したのだろう。咲夜は順番に固まっている者たちを動かしていく。この場にいる全員の時間停止を解除すると、最後に美鈴を連れていた。

 

「さて、ハリーの目的は何だと思う?護衛も無しにここまで独りで来るなんて不自然よ。」

 

 私は親指と人差し指を使って円を作り、両方の目に当てる。ハリーの真似だ。そもそもハリーは紅魔館の位置を知らないはずだ。

 

「咲夜、貴方ハリーにここの位置を教えたとか、そういったことはしていないのよね?」

 

 私が咲夜に視線を送ると、咲夜はふるふると首を振った。なんか妙にかわいい。

 

「当然ですお嬢様。紅い館であるという程度しか情報を与えておりません。」

 

 紅い館程度の情報で、ここまでたどり着くことは不可能だろう。もし知っていたとしても単独でここまで来るということ自体が異常だ。私がハリーがここに来た理由について考えていると、不意に美鈴が手をポンと叩いた。

 

「そうか、謝罪に来たんだ。」

 

「謝罪?」

 

 小悪魔が美鈴に聞き返す。だが、そのあとすぐに美鈴の言葉の意味を理解したようだ。

 

「ああ、なるほど。ハリーは咲夜が死んだのは自分のせいだと思っているわけですね。それでお嬢様に謝ろうとここまで来たと。」

 

「「「なるほど~。」」」

 

 確かにそれなら納得だ。魔法省に咲夜たちを連れて来たのはハリーなのである。責任を感じているのだろう。まあハリーは死喰い人の思惑通りに罠にかかっただけだが。

 

「なるほど。謝罪することが目的なら結界を通り抜けられたのも納得出来るわ。」

 

 パチェがそういうならそうなのだろう。だがハリーがここに来たということは、そのうちダンブルドアもここにやってくるだろう。いや、むしろダンブルドアを誘い込み、ハリーを回収させるか。その方がいくらか面倒が省ける。咲夜が私の指示を仰ぐようにこちらを見た。

 

「……そうね。ハリーを正式な客人として迎え入れるわ。小悪魔はハリーと面識があったわね。ハリーが風呂から上がったら客室に案内しなさい。咲夜はハリーに見られないように客室と食事の準備。美鈴は外から不死鳥の騎士団や死喰い人が入ってこないか警戒して。クィレルはそのうち魔法省に出社するから論外として、パチェはフランの管理を頼むわよ。」

 

 私が指示を出すと皆バタバタと準備を始める。私は私で一度自室に戻ることにした。パチェを説得しようと思ったが、それどころでもないだろう。今日の夜、目が覚めた時にもう一度話を持ち掛けよう。というか、単純に眠たいだけだが。私は自室に戻ると、寝間着に着替え、ベッドに潜り込む。おやすみなさぃ……。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ちなさいよ。それ私の負担が物凄いことになるんじゃないの?」

 

 パチェは怪訝な顔をしてこちらを見た。まあ、当然の反応か。夜起きてすぐ、私は大図書館にいるパチェのところに向かった。あの後少し考え、パチェの力を上手く計画に組み込めることが分かったのだ。パチェを不死鳥の騎士団に加担させるのではなく、教師としてホグワーツに配置する。

 死喰い人から見れば不死鳥の騎士団員もホグワーツの教員も印象的には変わらない。十分抑止力として機能する。勿論、不死鳥の騎士団の活動には参加させない。そして六月が近づいたらパチェにアズカバンに出向いてもらい、戦争には参加しないと宣言してもらう。

 

「それ教師職と共にクィレルの手伝いと紅魔館移転の準備、さらには犠牲が足りない時の為の魔法の開発も行わないといけないんでしょ?」

 

「そうなるわね。お願いパチェ。」

 

 私はパチェの手を取って頼み込む。パチェはふいっと視線を逸らした。

 

「まあ確かにそうしたほうが計画の成功率が上がるのは確かだけど……。」

 

 あともうひと押し。よし、ここは……。

 

「パチェも最後に母校に帰ってみたくはない? 卒業してから表舞台には全く出ていないでしょ? もう魔法界には帰ってこられないかも知れないわよ?」

 

「……それも、そうね。……確かにそうかも。」

 

 パチェはふむぅ……と考え込む。私はパチェの手を引き寄せた。

 

「これでもパチェ(の技術)を信頼しているのよ? おねがい……。」

 

「そうね、一年ぐらいだったら……いいかもね。最近ダンブルドアが私を探し回っているみたいだし。一か所結界の緩い場所を作っておくわ。」

 

 ちょろい。地味に初耳な情報があったが、取りあえずこれで不死鳥の騎士団の情報を問題なく入手することが出来る。抜けた咲夜の穴を埋めるには十二分だろう。

 

「どうせ一年だけなんだから、好き勝手に授業を行えばいいわ。確か闇の魔術に対する防衛術の教師がいなかったはずだから、配属されるならそこかしら。」

 

「闇の魔術に対する防衛術……脳内の水分を沸騰させる魔法とか?」

 

 え? なにそのえぐい魔法。死の呪文も真っ青な発想だった。こんなのに授業をやらせて大丈夫か?

 

「まあそういうのよ。……いやそういうのじゃないでしょ? なんにしても、そろそろ時間だから私は客間に戻るわ。ハリーの話を聞かないといけないのよ。パチェは紅魔館の結界を少し緩めておいて。多分そのうちダンブルドアがここへやってくるわ。」

 

「わかったわ。誘い込めばいいのね。」

 

 私はパチェに手を振り、大図書館を後にする。確か小悪魔が十時にハリーを迎えに行っているはずだ。今からいけば十分間に合うだろう。私は廊下を早足で歩き、客間に入る。そこには咲夜が立っており、いそいそと紅茶の準備をしていた。

 

「ハリーはあと三分でやってまいります。紅茶の準備をしておきますね。」

 

 咲夜は手早くティーカップに紅茶を注ぐと、杖を向けて呪文を唱える。多分魔法で紅茶を透明にしたのだろう。

 

「ありがと、咲夜。ほら、ハリーが来るわ。」

 

 咲夜は私に一礼するとその場から居なくなる。それと同時に小悪魔とハリーの気配が近づいてきた。急いでソファーに座り、表情を取り繕う。さて、どう料理してやろうか。ここでハリーを魅了しておけば、今後何かの役に立つかも知れない。まあ、その前にダンブルドアが乱入してきそうだが。

 暫く待っていると、客間の扉がノックされる。その後静かに扉が開かれた。小悪魔とハリーだ。

 

「ポッターさんをお連れしました。」

 

 小悪魔は私に一礼すると、ハリーを中に入れ、扉を閉める。ハリーはどうしていいか分からないと言った表情で部屋を見回していた。

 

「座りなさいな。立ち話もなんでしょう?」

 

 私は対面のソファーを指差す。ハリーはおずおずとソファーに腰かけた。

 

「今日は何の用で私に会いに来たのかしら。」

 

 私は先ほど咲夜が掛けた魔法を魔力で打ち消す。掛けられた魔法が解かれ、テーブルの上に紅茶が現れた。こういうのは演出が大切なのだ。

 

「レミリアさん……実は、咲夜の件で――」

 

 やっぱりそのことか。美鈴の考えは正しかったということだろう。私はハリーの言葉に割り込むように言った。

 

「十六夜咲夜、彼女は私の従者だわ。それで、彼女がどうかしたの?」

 

「……咲夜が死んだのは僕のせいなんです。僕が……魔法省に行くなんて言わなかったら……。」

 

 まあ確かに、ハリーが魔法省に行くなんて言わなかったら咲夜は死ななかっただろう。だが、ハリーが魔法省に行かなかったら、咲夜がハリーを魔法省に行くように誘導したに決まっている。

 

「貴方のせいではないわ。」

 

「ですが――」

 

「おこがましいとは思わないの? 人間の生き死にを人間が左右するなんて。咲夜はあそこで死ぬ運命だったのよ。」

 

 私はいかにもしょぼくれた表情でティーカップの縁を指でなぞる。人間の生き死にを左右するのが人間じゃなかったらなんだというのだ。人間の生き死にを左右するのは何時の時代も人間で、それ以上でもそれ以下でもない。まあ、運命論はある程度信じているが。

 

「彼女はいい従者よ。仕事は出来るし物分かりもいい。彼女を失ったのは紅魔館にとって一番の損失かもね。」

 

「そんな、彼女を物みたいに――」

 

「道具よ。従者というものはね。咲夜は私の扱う道具。このティーカップと同じようなものね。」

 

 私は一口紅茶を飲み、ソーサーに戻した。実際のところ私にとって咲夜とはどういう存在だろうか。少し考えたが、答えは一つしかない。私は咲夜の主で、咲夜は私の従者。それでいいじゃないか。別の何かに例えることは出来ない。

 

「ですが! ……ですが。彼女は、僕の友達です。ホグワーツの生徒です。……一人の人間です。」

 

 私の背中がビクンと震える。今こいつ何を言った? 咲夜は僕の友達? ……く、ダメだ……笑うな、堪えるんだ……。私は表情から感情を読まれないように少し俯く。なんにしても、友達か。片腹痛い。

 

「そう、彼女は人間。だから死んだ。それは仕方のないことよ。」

 

 私の言い方が気に障ったのか、ハリーがソファーから立ち上がり叫ぶ。

 

「レミリアさんは咲夜が死んで悲しくないんですか!? 僕は彼女の死を仕方のないことだと割り切ることはできません!! 彼女は僕のせいで……彼女は……。」

 

 ハリーは拳を硬く握ったまま、俯く。なんだこいつ。私が冷静に慰めてやったのに、逆ギレしたぞ。面白すぎるだろ、これは本格的に魅了してやってもいいかも知れない。私はテーブルを飛び越え、ハリーをソファーに押し倒した。そのまま腕でハリーの頭を包み込む。まずは優しい言葉を掛け、相手をリラックスさせるのだ。

 

「この二か月余り、貴方はずっと咲夜のことを思い続けていたのね。」

 

 私は魔力を込めた手でハリーの頭を撫でる。徐々にハリーの意識を奪っていき、冷静な思考が出来ないようにするのだ。

 

「私も悲しいわ。家族のようなものですもの。悲しくないわけ……ないじゃない。」

 

「レミリアさん、僕……あの……。」

 

 ハリーの言葉がたどたどしくなる。あと少し、もう少しで完璧に下準備が整う。

 

「大丈夫、全て私に任せればいい。貴方は何もしなくていい。力を抜いて、リラックスして、全てを私に委ねて……。」

 

 ハリーの目から力が抜ける。もう焦点が定まっていない。よし、では仕上げだ。私は牙をむくと、ハリーの首筋に噛み付くために大きく口を開けた。

 

「それぐらいにしといて欲しいかのう。レミリア嬢。」

 

 ノックも無しに部屋の扉が開け放たれる。扉の向こうにはダンブルドアと、その足元にしがみ付いている美鈴の姿があった。

 

「美鈴、誰も館に入れるなと言ったはずよ。」

 

「いやぁ、お歳の割には力が強くて。殺してしまうわけにもいきませんし。」

 

 美鈴はダンブルドアから離れると、地面に転がったまま頭を掻く。ダンブルドアはそのまま部屋に踏み込んできた。

 

「レディをこんなところまで引きずってしまって悪かったのう。レミリア嬢、ハリーを迎えに来た。」

 

 少し残念だが、一応計画通りのタイミングだ。私はハリーの上からどくと、ゆっくりと立ち上がる。

 

「それはそれは、ご苦労様。でも勝手に上がってきたのは感心しないわね。不法侵入って言葉を知ってる?」

 

「勿論知っておるとも。マグルの法律じゃろう。」

 

 いや、違う。勝手に入ってきた奴は殺されても文句が言えないという意味だ。だがダンブルドアはそんなことはお構いなしに言葉を続けた。

 

「その件に関しては謝ろうかの。さて、ハリー。この三日四日何処をほっつき歩いていると思ったら、こんなところにいたとは。皆心配しておる。」

 

「ごめんなさい。でも、どうしても謝りたくて。」

 

 いや、一言も謝られていないが。こいつ本当に何しに来たんだ? ハリーはソファーから立ち上がると、ダンブルドアのほうへと歩いていく。ダンブルドアとハリーはそのまま客間を出ていこうとした。

 

「ダンブルドア、覚えているでしょうね。」

 

 私はソファーに座りなおし、ダンブルドアに声を掛ける。ダンブルドアは肩越しに振り返った。

 

「覚えておるとも。覚えているからこそ、わしはこうしてことを急いでおる。」

 

 ダンブルドアはそう言い残すとハリーを連れて廊下を歩いて行った。私はカップを手に取り、紅茶を一口飲む。そして小さなため息を一つついた。

 

「美鈴、いつまで這い蹲っているの? そんな大きくて重たいモップは要らないわ。」

 

「いやはや、夏場って結構ひんやりして気持ちがいいんですよ? これが。」

 

 美鈴はそう言いつつも片手を地面について器用に立ち上がる。そしてハリーが飲まなかった紅茶を手に取って飲み始めた。

 

「あれでよかったんですか? ハリーを送り出すならそれこそクィレルでも良かったと思うんですがね。私は。」

 

 どうやら引きずられていたのは演技だったようである。まあそうだろう。美鈴ほどの武人が老人一人組み伏せられないわけがない。

 

「いいのよ。ハリーはクィレルを信用していないと思うし。美鈴、パチェに結界を戻すように言いなさい。あの二人が外に出たらね。」

 

「え~、面倒くさーい。」

 

「頭捩じ切るわよ。」

 

「うわ、怖ッ!」

 

 美鈴は駆け足で客間から逃げていく。逃げていった方向には大図書館へと降りる階段があるので、問題なく伝言は伝わるだろう。私は一息つくと、空になったティーカップをソーサーに戻す。

 

「咲夜。」

 

 私が呼ぶと、咲夜が私の隣に現れた。咲夜は美鈴が飲み干したティーカップを片付けると空になった私のティーカップに紅茶を注いだ。

 

「ダンブルドア先生を紅魔館に招き入れてよかったのですか? 結界まで緩めて。」

 

 私はティーカップを持ち上げた。

 

「いいのよ。あれでね。私とクィレルの関係を知られても拙いし、無理矢理入ってこられるとパチェが危ないわ。だとしたら誘い込むのが一番。ダンブルドア自身に自覚はなくともね。」

 

 咲夜はあ~、と相槌を打った。なんというか、咲夜は少し天然が入っているかもしれない。最近はぼんやりしていることも多いし、少し心配だ。もしかしたら、蘇生した時に何か副作用的なものがあったのか?

 

「それとこれはパチェと話し合って決めたことだけど、少し手を貸すことにしたわ。」

 

「両陣営にということですか?」

 

「ええ、そうよ。もっとも、戦いが終結するまでの一年だけっていう条件付きだけど。」

 

 といっても、直接武力介入するようなことはしない。あくまで間接的にだ。私は紅茶を飲み干すと、ソーサーに被せて指で弾いた。空中で何度か回転したティーカップを掴み取り、中を覗く。ふむ、どうやら今日中にダンブルドアとパチェが接触するらしい。

 

「なるほどね。今晩ダンブルドアとパチェが接触するわ。」

 

「それは色々と拙いのではないでしょうか。パチュリー様は隠居中の身ですし。」

 

「だから一年なのよ。」

 

 パチェが隠居しているのは……いや、隠居生活を続けるしかない状態になってしまったのは、余りにも魔法を極め過ぎたからだ。自分の力を利用されるのを恐れ、紅魔館の図書館に閉じこもっている。だが、一年だけという制約を付ければその限りではない。咲夜は神妙な顔をして何かを考え込む。そして無駄に決意を込めた目で私を見た。

 

「お嬢様、儀式の後には何が起こるのでしょうか。」

 

 それは紅魔館を移転させた後に何が起きるかという話だろうか。そういえば、その話を咲夜にしたことはなかったか。私はティーカップをソーサーに戻すと、咲夜へと向き直った。

 

「戦争よ。侵略、破壊、殺戮。」

 

 とまでは少し言い過ぎだが、紅魔館を移動させる行為は引っ越しというよりかは侵略に近い。それに、出来ることなら新しい世界で地位を手に入れるためにも、戦いは避けられないだろう。私たちは魔法界で起きる戦いに関しては、そこで出る死者を利用するだけだ。本番はその後、転移してからだと言えるだろう。

 

「さて、パチェの邪魔をしちゃ悪いし、私は事務仕事をすることにするわ。咲夜も自分の仕事に戻っていいわよ。」

 

 私は咲夜に軽く手を振り、客間を出る。さて、今日も始まったばかりだ。最近はバタバタしていて仕事も溜まり気味なので、さっさと仕事に取り掛からなければならないだろう。私は書斎の椅子に座ると、引き出しから書類を取り出した。

 

 

 

 

 

 1996年、九月一日、早朝。

 私はパチェを送り出すために玄関ホールへと来ていた。結局ダンブルドアがハリーを迎えに来たその日のうちに、ダンブルドアとパチェは接触した。パチェが作った仮想空間の一つに、ダンブルドアを誘い込んだらしい。ダンブルドア自身もパチェを探していた為、誘い込まれた自覚はないだろうが。

 パチェが外に出なかった理由。それは非常に簡単だ。パチェは押しに弱い。私はパチェほどちょろい魔法使いを知らない。それぐらいパチェは流されやすいのだ。パチェもそれを自覚しているらしい。だからこそ、力を利用されないために外に出ることはない。

 そういうこともあって、私は少しだけ心配だった。ダンブルドアにお願いされて、不死鳥の騎士団に入ってしまうのではないかという心配だ。昨日の晩から念を押しておいたが、定期的に確認を取ったほうが良いだろう。

 

「何かあったら呼んで頂戴。すぐ戻ってくるから。」

 

「ええ、いってらっしゃい、パチェ。先生としての生活を楽しんできてね。」

 

 私はパチェに手を振ると、一足早く自室へと戻る。私がいつまでもここにいては、パチェも出発出来ないだろう。咲夜が学校に行くのとは違い、パチェがいなくなるとなると、一気に紅魔館は防御力を失う。幸い結界の管理程度なら小悪魔でも出来るらしいので、何かが入ってくることはないだろうが、なにかあったら私が対処しなければ。

 

「まあでも、狙われる理由がないか。パチェの結界を突破できるような人間がいるとは思えないし。突破できるかも知れない魔法使いの二人はそれどころではないしね。」

 

 逆に、その二人がここに攻め入ってきた時は、私の計画が失敗した時だ。だが、可能性がないわけではない。分霊箱が私の手元にあることがバレると、紅魔館に攻め込まれる可能性もある。そうなったら紅魔館を移転させるのは不可能だ。攻め込んできたダンブルドアとヴォルデモートを殺し、本格的に魔法界を征服するしかない。

 一番最悪なパターンは攻め込んできたダンブルドアとヴォルデモートに私が殺されるというものだ。そうなると、本格的にフランを止めることが出来る者がいなくなる。魔法界が壊滅することも起こりうるかも知れない。

 

「流石にそれはないわね。パチェがいなくなって少しナーバスになっているのかしら。……これから毎日咲夜を抱いて寝るとか? いや、それだと紅魔館の仕事が滞るかな。いやでも美鈴は居るわけだし、だったら多少愛玩動物代わりに咲夜を使っても怒られないか?」

 

 私はアホなことを考えながらベッドに潜り込む。咲夜ではないが、今日は枕を抱いて寝よう。私は布団をかぶり、枕を腕に抱くとそのまま意識を睡魔に任せた。




ハリーが紅魔館を訪ねる

ダンブルドアがハリーを迎えに来る

ダンブルドアとパチェが接触する

パチェがホグワーツの教師になる

パチェがホグワーツに出発する←今ここ


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代理やら、食事やら、旅行やら

地面に座りながらパソコンを打つと、あちこち凝ります。正直しんどいです。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1996年、九月。

 随分と後回しにしてしまったが、そろそろ予言を用意しなければならないだろう。そもそも予言を用意するとはどういうことか。予言は行うものであって用意するものではないだろうと、そういう意見が出てくるのは至極当然だ。だが、この場合は予言を用意するで正しい。要は、自分の都合がいいように予言をでっち上げるのである。

 他の予言者が聞いたら唾を飛ばしながら『占いに対する冒涜だ!!』と叫ばれそうだが、幸いここに他の予言者はいないし、普段死の予言をでっち上げている私からしたら、この程度冒涜もくそもない。それに、上手くいけばこの予言は本当の出来事になる。何も問題などなかった。

 

「準備はいいかしら。咲夜、小悪魔。」

 

 書斎には今私の他に、咲夜と小悪魔がいる。予言を正式なものとするために、証人として立ち会ってもらうためだ。私は咲夜と小悪魔をダンブルドアとヴォルデモートに見立てて予言を行うわけである。

 

「ええ、大丈夫です。お嬢様。」

 

「準備は出来ています。」

 

 咲夜と小悪魔は互いに頷く。私は机の上に置いてある水晶玉を手に取り、魔力を込めた。

 

「アルバス・ダンブルドアに送る。1997年、六月。魔法界の命運を懸けた戦いが起きるだろう。」

 

 私は、咲夜に向かってそういう。すると、水晶が一瞬光り、中にもやのようなものが保存された。これで取りあえずダンブルドアに送るものはOKだ。

 

「ヴォルデモート卿に送る。1997年、六月。魔法界の命運を掛けた戦いが起きるだろう。そこで対峙する偉大な魔法使いは、貴様に及ばない。魔法使いは死に絶え、新たな秩序が生まれるだろう。」

 

 もう一つの水晶玉を握り、今度は小悪魔に対して言った。またもや、水晶玉の中に予言が保存される。これで予言の準備は出来た。あとは然るべきところに配置するだけだ。

 

「じゃあ咲夜。この水晶玉二つを神秘部の予言保管庫に収めてきなさい。そうね……変装して、クィレルから正式に許可状を貰えばいいわ。ちょっと待ってて。」

 

 私は引き出しから羊皮紙を引っ張り出すと、万年筆でクィレルへ手紙を書いた。内容は、予言を収めたいから神秘部に入る許可を出しなさいというものだ。

 

「これを見せればいいわ。偽名はこの前決めたやつで。分かった?」

 

「かしこまりました。明日の昼のうちに収めに行ってきます。」

 

「ええ頼むわ。多分そろそろだと思うのよねぇ……。」

 

 多分そろそろ、ロックハートに掛けた時限装置が作動する頃だ。時限装置が作動すれば、ロックハートは私の指示通りに聖マンゴを抜け出し、神秘部の予言保管庫へと向かう。そして予言を回収した後、魔法省侵入の罪で捕まるのだ。神秘部に侵入したとして、死喰い人認定されたロックハートは一時的にアズカバンに投獄されることとなる。そこで、ヴォルデモートに予言を渡す。まあ直接クィレルに渡して、クィレルからヴォルデモートでもよいのだが、やはりワンクッション挟みたいというものだろう。私とクィレルの繋がりは、極秘中の極秘なのだ。

 咲夜は水晶玉を二つ鞄の中に仕舞うと、一礼した後にその場から消える。小悪魔もその場で深々と一礼し、姿現しで何処かへ移動した。さて、ダンブルドアとヴォルデモートはこの予言を信じるだろうか。いや、信じなくとも、意識を向けさせることは出来る。あとはこちらが調整を行えば、ある程度自由に戦争が起きる日を決めることが出来るだろう。戦争まであと九か月。ここから先は全力疾走だ。

 

 

 

 

 

 1996年、十月。私は資本家のビルを訪れていた。今の時間は深夜の二時。道路に人の気配はなく、辺りはシンと静まり返っている。

 

「まったく、こんな時間に来る奴があるか。……今日はお前ひとりなんだな。」

 

 資本家は紫煙を燻らせながらため息をついた。こいつは女のくせに妙に葉巻の似合うやつだ。私は葉巻は滅多に吸わない。いや、それどころかパイプですら最近は殆ど吸っていないような気がする。私はソファーの上で足を組むと軽く息をついた。

 

「今日は大事な話をしに来たから。ほら、あれは大事なところで真面目になりきれないタイプだし。」

 

「ああ、まあそういうタイプだな。あれは。……で、大事な話とは?」

 

 資本家は葉巻を一口吸うと、葉巻を灰皿の上に置く。

 

「実は私、趣味で占いをやっているのよ。今日は貴方を占ってやろうと思ってね。」

 

「占いなんてそんな眉唾な……と言いたいところだが。お前、魔法界では有名な占い師みたいだな。」

 

「あら、よく知っているじゃない。」

 

 随分と魔法界に足を突っ込んでいるようだ。まあ魔法界に誘い込んだのは私なのだが。

 

「それで、私の何を占うっていうんだ? 今後の株価か? それとも情勢か?」

 

「貴方の将来よ。」

 

「へえ、将来ね。まだ私の人生に先があると?」

 

 資本家はショーでも楽しむかのように、ゆったりと指を組んだ。そんな態度の資本家を見て、不敵に笑う。私は静かに、だがハッキリと聞こえる声で資本家に告げた。

 

「1996年、十月十日。貴方は死ぬわ。」

 

 資本家は一瞬眉を顰め、次の瞬間にはソファーから立ち上がり、ドアに向けて走り出す。だが、今ドアはぴったりと閉じている。ドアが閉じているということは、その扉は絶対に開かないということだ。

 

「あら、どうしたのよ。貴方らしくもないわね。そんなに急いでどこに行くの?」

 

「――ッ! クソ、なんで開かないんだ。まるでコンクリートで固められたようにドアノブすら回らない。」

 

 資本家は何度かドアを蹴り、無駄だと分かると壁を背にしてこちらに振り向く。まるで化け物でも見るかのような目でこちらを見ている。まったく酷いものだ。

 

「ああ、そういえば言うのを忘れていたわ。私は今日一人の従者を連れているの。紹介するわ。メイドの十六夜咲夜よ。」

 

 私が紹介すると、私の隣に咲夜が出現し、深々と一礼する。資本家は気が付いていないが、今は時間が止まっているのだ。それ故にドアは開くどころか、ドアノブを捻ることすらできない。

 

「……理由を説明しろ。気まぐれとか言ったら恨むぞ。」

 

 資本家はこちらを睨みながら強気な口調で言う。私はクスクス笑いながら資本家に語り掛けた。

 

「どうしたのよ。私はただ『今日』貴方が死ぬと予言しただけじゃない。何をそんなに焦っているの? ただの『予言』よ。」

 

「はっ、どうだか。お前にとっては確定した未来なんじゃないのか?」

 

 資本家は懐からリボルバーを取り出し、こちらに向ける。咲夜が私の前に出ようとしたので、手で制止して、私は一歩前進した。

 

「相変わらず鋭いわね。まあ、そういうことよ。そういえばさっき理由を聞いていたわね。理由は簡単。邪魔になったから。」

 

「クソが――ッ!!」

 

 資本家は苦し紛れにリボルバーを発砲するが、私にとって四十五口径程度は豆鉄砲に等しい。特に拳銃弾は先端が丸いので、私の皮膚を貫くことはなかった。私は地面に落ちた拳銃の弾を拾い上げる。そして、少し感心した。

 

「へえ、銀の弾じゃない。ちゃんと対策してたのね。でも残念。対策をするんだったら弾の先端を鉛筆削りで尖らせておいた方がよかったんじゃない?」

 

 私がケタケタと笑うと、咲夜もクスクスと笑い始める。この部屋で資本家だけが笑っていなかった。そのままゆっくりと歩みを進め、私は資本家の目の前に立つ。資本家は諦めたように床に崩れ落ちた。

 

「そんな……理不尽な理由が通用するか……。」

 

 私はそんな資本家にゆっくりと抱きつく。もう諦めたのか、抵抗はしてこなかった。

 

「それじゃあ、いただきまーす。」

 

 私はそんな資本家の首筋に噛み付いた。牙が刺さった途端、痛みに資本家が暴れ出すが、吸血鬼の力に逆らうことは出来ない。私は少しずつ資本家の血を飲み始めた。

 

「や、やめろ! 吸うな。私にはまだやらなくてはならないことが……やめろ、やめろぉおおおおお!!」

 

 何か叫んでいるが、まあ気にすることはない。私はそのまま血を吸っていく。といっても、実のところ私は少食だ。失血死するほど血を飲むことは出来ない。さらに言えば、口が小さい為か、滅茶苦茶零れるのだ。既に私の服は資本家の血で染まっている。

 暫く血を吸っていると、資本家からの抵抗がなくなった。どうやら、血が少なくなって意識を失ったようだ。私もそろそろ満腹なので、資本家から離れる。

 

「咲夜。」

 

「はい。」

 

 私が咲夜の名前を呼ぶと、咲夜は杖を取り出し、私の服と地面に零れた血を魔法で綺麗にする。その後、資本家の首を止血し、手足を縛って猿轡を嵌め、鞄の中に仕舞いこんだ。

 

「あら、生きたまま持って帰るのね。」

 

 咲夜のことだからその場で殺すものかと思ったが、どうやら持って帰るようである。

 

「はい。殺すと日持ちしないんですよ。なので紅魔館に持って帰って捌きますわ。血抜きもしないといけませんし、皮も剝がないと。」

 

「時間止めとけばいいじゃないの。あ、今止まっているのか。」

 

 多分だが、鞄の中の資本家は既に時間が止まっているのだろう。自分の中で勝手に納得すると、私は咲夜の肩に手を置く。私は意図を察したのか、咲夜は私を連れて紅魔館の私の部屋に姿現しした。

 

「さて、今のでかなり儲かったわ。今プラチナのレートいくらぐらいだったかしら。……いや、一気に市場に流すと値が崩れるわね。それよりかはパチェに錬金術の触媒としてプレゼントしたほうが喜ばれるかな? ああ咲夜、もう下がっていいわよ。」

 

 咲夜は頭を下げると、その場から姿を消した。まったく気が付かなかったが、いつの間にか時間が動き出していたようだ。私は軽く伸びをすると、書斎の椅子に座る。資本家が死んだことによって……いや、厳密にはまだ死んではいないが、死ぬことによってグリンゴッツの金庫の中に入っているプラチナは私の物になった。面倒事も一緒に片付けることが出来て一石二鳥だ。私は資本家の肉の味を想像しながら書類仕事を始めた。

 

 

 

 

 

 1996年、十一月。久々にパチェが紅魔館に帰ってきた。私は自室に突然現れたパチェに内心びっくりしつつも、飛びついてパチェを抱きしめる。

 

「パチェ! お帰り!」

 

 パチェも一瞬びっくりしたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。

 

「ただいま、レミィ。いきなりで悪かったわね。少し気になることがあって……。」

 

 パチェは椅子に座ると机に手をかざす。すると小さなライターのようなものが浮かび上がった。私もパチェの対面に腰かける。

 

「これは?」

 

「これはダンブルドアが発明した灯消しライターよ。その名の通り光をこのライターの中に保存することが出来る。」

 

 ホログラムのようなものを出しているということは、実物は今ダンブルドアが持っているのだろう。

 

「でも、そんなものに使い道ってあるの? 魔法でいくらでもできそうな気がするけど。」

 

「そう、それだけなら別になんてこともない小物なんだけど、重要なのはそこではないの。この灯消しライター、光を保存する容器が、特殊な構造になっている。まるで、魂を保存することを想定しているように。それに、ここを見て。」

 

 パチェはホログラフをひっくり返す。そこには、何かをはめ込むためのくぼみがあった。そのくぼみは、どこかで見たことのある大きさの四角錐。これはもしかして……。

 

「もしかして、ここに蘇りの石をはめ込むの?」

 

「私はそう睨んでいるわ。構造から見て、ここの部分はライターのボタンを押し込むと回るようになっている。」

 

 つまりボタンを押すと蘇りの石が回転し、死者が蘇る。蘇った魂は、そのままライターの中に保存されるということか。

 

「……なんか凄そうだけど、保存してどうするのよ。只の自己満足じゃない?」

 

「ダンブルドアがそんな中途半端なものを作るとは思えないわ。私の推測ではこの灯消しライター、死の呪文で死んだ者……ようは肉体が無事な者を蘇らせるために作られた物だと思うわ。」

 

「死喰い人の死の呪文に対抗するために作ったってことか。蘇りの石を機構の一つとして取り入れているわけね。でもダンブルドアは蘇りの石を持っていないじゃない。」

 

 蘇りの石は今小悪魔の指に嵌っている。

 

「多分文献で読んだ特徴や資料から大きさと機能を想像して作ったんでしょうね。ようは実現しないけど取りあえず作ったっていうロマン溢れる小物よ。でも、これは使えるんじゃない?」

 

 パチェはずいっとこちらに顔を近づける。その顔は何時ものジトッとした目をした表情を浮かべていたが、私はその中に何か訴えるような感情を感じ取った。

 

「……ふふ、やっぱり、根はやさしいわね。パチェは。」

 

 私はパチェの頭を優しく撫でる。平然な顔で計画を立てていたが、パチェとしてもなるべく死者を出したくないのだろう。死者を蘇らせる道具の使い道など、今回の計画には限られている。

 

「ようは儀式を行う時には死んでいて、終わってから生き返らせればいいわけよね?」

 

「……そうね、多分それなら大丈夫。」

 

 だとすると色々と考えなければならない。計画をまた大きく変更する必要が出てくるだろう。

 

「まあ何か考えておくわ。それよりもパチェ、儀式に必要な死者が足りなかった場合の保険、考えてる?」

 

「ええ、大丈夫。ちゃんと用意してあるわ。」

 

 うん、ちゃんと私の期待に応えてくれる分、私もパチェの期待に応えないとならないだろう。一度死んだものを蘇らせる……か。ネックはダンブルドアが灯消しライターを所有しているということと、私たちが移動してから魂を戻さないとならないということ。さらに言えば、部外者にこの計画を話すことが出来ないということか。……部外者、いや、このことは私とパチェの二人だけの秘密にしよう。直接動くものにこのことを教えておくと、変に意識しちゃって結果失敗することがあるかも知れない。というか、咲夜の死がまさにそれだ。下手に遠慮し、時間を止めずに戦闘を行った結果、注意不足で自らアーチに飛び込んでしまった。今回のことは取り返しがついたからまだマシだが、この先一つのミスが取り返しのつかないことに発展するかも知れない。

 

「そう。……パチェ、このことは私と貴方だけの秘密よ。それと、可能な限り頑張るけど、もしかしたら無理かもしれない。それは承知しておいて。」

 

「大丈夫よ。私はレミィを信用しているもの。」

 

 パチェはそう言ってにっこり微笑んだ。かわいい。

 

「さて、そろそろ戻るわ。」

 

「クリスマスにでも招待状を出すわ。少しやりたいこともあるし……あ、そうだ。紅魔館をホグワーツに移す準備って進んでる?」

 

 パチェは椅子から立ち上がりながら頷いた。クリスマスのすぐ後に紅魔館を移動させないと、色々と問題事が起こる。というか、クリスマスパーティーでその問題事の元となることをするということだが。

 

「ええ、簡易的な測量と生態系の調査は済んでいるわ。言ってくれれば半日で移動させられる。」

 

 戦争を起こす場所はホグワーツにすると決めてある。それもあってパチェをホグワーツに送り込んだということもある。それにホグワーツの煙突飛行ネットワークを管理しているのは魔法省だ。やろうとすればアズカバンとホグワーツの暖炉を繋げることも出来るわけだ。一気に戦闘員を送り込めて、尚且つ死にやすい人間も多い。いいこと尽くめだ。

 

「じゃあね。またクリスマスに。」

 

「ええ、クリスマスに。」

 

 私が手を振ると、パチェはその場から居なくなった。私は書斎に移動し、椅子に座って机と向かい合う。パチェが出した無理難題。殺すだけなら簡単だ。だが生き返らせるとなると話は変わってくる。

 

「う~……。」

 

 私は頭を悩ませながら羊皮紙の上で万年筆を滑らせた。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ向かいましょうか。日も完全に沈んだしね。」

 

 今日は咲夜と一緒に日本へ視察に行く日だ。夕食を取り終わり、外出用の洋服に着替える。さて、問題はどうやって日本まで行くかだが、それはちゃんと考えてある。私が魔力の外付けタンク代わりになり、膨大な魔力で一気に日本まで姿現しするのだ。

 

「では、参りましょう。」

 

 咲夜は私の手を握り、姿現しの準備をし始める。私は咲夜が爆発しない程度に魔力を送り込んだ。次の瞬間、イギリス間を移動する時には絶対感じないほどの巨大な力で体が引っ張られる。さて、日本の何処に向かうか。簡単だ。日本といったら京都に決まっている。そもそも何故日本なのか。それも簡単だ。私たちが移住する場所は、日本の山奥に位置するのだ。

 体が引っ張られるような感覚が無くなった瞬間、今度は浮遊感が体を襲う。どうやら、日本の上空に出たらしい。まあ当然か。地球の反対側まではいかないまでも、イギリスから日本まではかなりの距離がある。流石に数百メートル単位で誤差が出るためだろう。

 私は頭から落ちそうになった瞬間に羽を羽ばたかせ、空中で浮遊する。咲夜が落っこちていないか少し心配だったが、私の少し上を飛んでいた。さて、無事に日本についたところで視察を始めよう。

 

「さて、視察視察。」

 

 私は羽に力を込め、一気に地面を目指す。雲が完全に静止しており、風もないことから察するに、今現在時間が止まっているようだ。私は建物の窓ガラスを割らないように速度を調整し、地面に降り立つ。私が軽く伸びをすると、咲夜が私の隣に現れた。バチンと音がしたということは、姿現ししてきたということか。普段は音もなく現れ、音もなく消えるが、それはきっと時間を止めて姿現しをしているのだろう。

 

「おお、まさに日本って感じの場所ね。瓦屋根に木造住宅。」

 

 私は京都の街並みを見回す。流石は日本の首都だ。やはり首都はその国を象徴するような街でなければならない。

 

「はい。ここは二年坂と言いまして。日本の伝統的な建物が多い場所です。」

 

 ほう、なかなか咲夜は日本に詳しいようだ。私はと言えば実を言うとそこまで詳しくはない。日本の文化は好きだが、歴史は知らない。

 

「日本の建物は全部こうなの?」

 

「いえ、最近は西洋風の街並みも多くなってきているらしくて。」

 

 西洋風の街並みか。私としては木造に瓦屋根のほうがいいと思うのだが。やっぱりアレか。大東亜戦争でアメリカに負けたのが原因だろうか。

 

「大戦の影響ね……。」

 

 私はしんみり呟く。やはり戦争は国の形を変えてしまう。まあ、大戦がなければ今の日本は無かっただろうが。今の日本は平和の象徴のような国だ。確か軍を持っていなかったと思う。……ん? じゃあGA隊って何者だ?

 

「あの……多分ペリーが日本を開国させたからだと思うのですが……。」

 

 咲夜が遠慮がちに呟く。開国……そう言えば日本は百年ぐらい前に鎖国を解いて文明開化したんだったか。すっかり忘れていた。

 

「……そう、開国よ! 開国。……うん。」

 

 私は苦し紛れにそう言う。これからは出来る限り口を滑らせないように努力しよう。私は気を取り直し、二年坂を上っていく。真夜中ということもあり、周囲の店は何処も閉まっている。

 

「店は何処も閉まっているわね。不況?」

 

「オイルショックでしょうか。」

 

 私の冗談に咲夜も乗ってくれる。良かった。真面目に返されたらどうしようかと思った。坂を上っていると、ふと目につく看板があった。

 

「ゆどうふ……でいいのかしら。新種の豆腐?」

 

 湯豆腐と書いてあるのを見る限り、お湯が関係してくるものだとは思うのだが、お湯のような豆腐……それともお湯に入った豆腐?

 

「そもそも豆腐ってなんで豆腐なのかしらね。」

 

 豆腐という文字を分解すると、豆を腐らす。もしくは豆が腐ると書く。でも、別に豆腐という食材は豆を腐らせて作るものではない。私はそのことを聞いたつもりだったのだが、咲夜は違う捉え方をしたようだった。

 

「それは空が何故青いのか、とか、そういう話でしょうか。」

 

 どうやら咲夜はロメオがどうしてロメオなのかといった質問と同じようなニュアンスの問題だと捉えたらしい。

 

「いや、そうじゃなくて……まあ難しいからいいわ。」

 

 私はこれ以上は埒が明かないと判断し、坂を上り始める。道なりにまっすぐ進んでいると、なにやら清水寺への案内が多く見つかった。流石に私でも清水寺は知っている。何でも寺のくせに定期的に投身自殺をするものが出るらしい。

 

「咲夜、ここを真っすぐ上がれば清水の舞台に行けるそうよ。しかも英語で案内が書いてあるわ。親切ね。イギリスには日本語の案内なんて空港ぐらいにしかないのに。」

 

「この松原通を真っすぐですね。そういえば今更なのですが、京都でよかったんですか?」

 

 咲夜が随分今更なことを言ってくる。それはそうだろう。何せ京都は日本の都だ。名前にも都という文字が入っているぐらいだ。

 

「だって都を見た方がいいじゃない。……ん? 日本の都って江戸に移ったんだっけ?」

 

 それとも江戸から京都に都を移したんだっけ?

 

「随分前のことだったと記憶しているのですが……。現在の首都は東京です。京都は都市部は発展していますが、歴史的な建物が多く、特に今歩いているこの道など数百年は変わってないかと。」

 

「へ、へぇ。」

 

 ダメだ。やはり付け焼刃の知識だとボロが出る。私は看板を頼りにしながら真っすぐ坂を上っていく。すると次第に日本家屋を積み上げたような建物が見えて生きた。流石にアレは知っている。東京タワーに並ぶレベルで有名な建物だ。

 

「これがかの有名な五重塔?」

 

 私はドヤ顔で咲夜の方に振り向く。咲夜はすまし顔で解説を始めた。

 

「前方にありますのが仁王門、その奥が西門。そして、五重塔ではなく、あれは三重塔ですね。」

 

 ……あ、そっすか。もう咲夜に任せることにしよう。

 

「右から回り込みましょうか。そろそろ清水の舞台が見えてくるはずです。」

 

「……いやに詳しいわね。」

 

「実は最近勉強しまして。」

 

 随分と小さな声で呟いたはずなのだが、咲夜には聞こえていたようだ。

 

「ふうん、暇なのね。」

 

 聞こえてしまったものは仕方がないので、私は軽く冗談を飛ばす。咲夜は私の冗談に対して、少し得意顔で言葉を返した。

 

「ええ、暇すぎて昨日など一日に三十時間も寝てしまいました。」

 

 何とも咲夜らしい返しだ。というか、咲夜以外には言えない冗談とも言える。私たちは咲夜の言うところの三重塔を回り込むように寺の中を歩いていく。すると私にも見たことのある光景が見えて来た。

 

「あちらが、かの有名な清水の舞台でございます。」

 

「あちらがかの有名な清水の舞台?」

 

 私は咲夜が指し示す建造物を見る。何というか、確かに見覚えのある建物だが、もっと高いところにある建物だと思っていた。

 

「意外ね。もっと断崖絶壁にあるものかと思ってた。」

 

 私は羽を羽ばたかせ、建物のベランダのようなところに降り立つ。咲夜もその後を追ってベランダに降り立った。私は手すりから身を乗り出し、下を覗き込む。下から見るとそうでもないが、上から見ると結構な高さだった。

 

「あら、上から見たら結構あるわ。どれぐらい?」

 

「そうですね……目測十二メートルと言ったところでしょうか。」

 

 メートルで言われると、やっぱり大した高さではないな。私は手すりを足場にして下に飛び降りる。そのまま地面へと自由落下していき、そのまま普通に着地した。咲夜も私の後を追って清水の舞台から飛び降りる。咲夜もまた、全く問題なく着地した。……ふむ。私と咲夜との間に気まずい沈黙が流れる。

 

「これ、飛び降りたらどうなるんだっけ?」

 

「確か願掛けのようなものだったかと。神を信じて飛び降りれば命は助かり願いが叶う、みたいな。」

 

「じゃあ神を信じていない私たちは今死んだことになるのかしらね。」

 

「私はもう既に一度死にましたけどね。」

 

 私は軽く服装を直し、飛び降りたときに目についた水場の方へと歩を進める。看板には『音羽の瀧』と書かれていた。

 

「お嬢様、お気を付けください。流れ落ちているのは聖水です。」

 

 咲夜はそう言うが、ここから流れ出ている水は聖水ではない。清水だ。

 

「違うわよ。聖水と清水は全然別物。同じものにしてしまってはいけないわ。」

 

 私は怪しげなケースから柄杓を取ると、空中に浮かんでいる水を軽く掬う。そしてそれを一口飲んだ。この瞬間に私の口が溶けはじめたら赤っ恥もいいとこだが、流石に今度ばかりは大丈夫だったようだ。よし、リベンジを始めよう。

 

「ここの清水は黄金水とか延命の水と言われているの。」

 

 多分。

 

「こういった単語に聞き覚えはない?」

 

「黄金……延命……賢者の石、ですか?」

 

「そう、よく知っていたわね。グリフィンドールに十点。」

 

 私は柄杓を魔法の杖に見立てて振った。

 

「昔は本当にそのような効果があったんでしょうね。時代が流れるにつれて効果が薄れてきた。私はここの源泉には賢者の石が埋まっていると考えているわ。」

 

 考えているわ、というよりかは考えたわ、だが。私が柄杓を咲夜に渡すと、咲夜も水を一口飲んだ。

 

「誰かが賢者の石を埋め込んだということですか?」

 

「それか……自然発生したという可能性もあるわ。」

 

 多分。

 

「悪いわね。少し持ってくわよ。」

 

 私は清水の舞台の建物の方へと声を掛け、小瓶に水を汲む。そしてコルクでしっかりと蓋をした。あとでパチェにでもプレゼントしよう。

 

「さて、視察はこれで終了。目的も果たせたしもう帰りましょうか。」

 

「畏まりました。」

 

 いいところが見せれたところで今日のところは帰ることにしよう。咲夜は私の手を握ると私の魔力を使い二回姿現しを行った。一度目はまた上空に出て、次の瞬間には私の部屋へと着いていた。私は外套を咲夜に手渡し、椅子に腰かける。咲夜は私の前に紅茶を出すと一歩後ろに下がった。

 

「いきなり日本に行ったら戸惑うかしらね。そもそも咲夜、貴方日本語喋れる?」

 

「日常会話でしたら。……一番心配なのは美鈴さんでしょうか。」

 

「美鈴は大丈夫よ。漢字ができるのなら日本語もできるわ。きっと。」

 

 一番心配なのは小悪魔だ。奴は生粋のイギリス人だったはず。多分日本語など勉強したこともないだろう。私はポケットから小瓶を取り出すと、引き出しの中に仕舞い込む。

 

「そういえば、パチュリーは元気でやっているかしら。」

 

 つい数週間前に会ったばかりだが、やはり気になってしまう。ホグワーツは埃っぽいらしいので、ぜんそくが少し心配だ。まあ、何にしてもクリスマスには一度帰ってくるのだ。

 

「さて、もうすぐクリスマスよ。盛大にパーティーしなくちゃね。」

 

「はい、最後ですので盛大に。」

 

 私は窓を開けてホグワーツの方向を見る。そろそろクリスマスパーティーの準備を始めないといけないだろう。

 

 

 

 

 1996年、十二月。

 私はポートキーの使用許可願の書類を作っていた。今回のクリスマスパーティーではポートキーを使って客を招待することにしたのだ。そうすれば、わざわざ他の会場に客を招待して会場の一部だけを紅魔館に移植する手間も省ける。……ん? 移植というのは少し違うか。

 ポートキーを使うにあたって、面倒なのがポートキーの申請だ。ポートキーは魔法省によって使用が制限されている。魔法省が許可したポートキー以外は違法となり、罰金が課せられるのだ。

 普段なら申請を行わずに使うこともあるかも知れないが、今回は魔法省役員もパーティーに誘う。許可を取らざるを得ないというやつだ。

 

「う~ん……結構ギリギリよね。パチェに頼んだら一瞬なんでしょうけど、流石に頼るわけには行かないし。」

 

 ポートキーの申請書類は、意外に面倒くさい。とくに今回は招待状をそのままポートキーとして使用するので、『何処から何処まで』の『何処から』がない。そのせいで、書類が一気に面倒くさいものになっているのだ。使用用途がきっちりしているほうが、若干書類審査が簡素になる。今回の場合五十六ものポートキーを使用するので、その分書類も増えている。

 結局パーティーの準備は咲夜と美鈴に任せきりだった。だが今年は咲夜が中心となって作業を進めているので、ある程度余裕はあると言える。咲夜の時間停止、やはり反則的なまでに便利だ。料理の作り置きが出来るし、会場の時間を止めれば埃が積もることもない。そのため小悪魔はポートキーの作成やフラン用の結界、その他魔法の設定に集中できるのだ。

 私の仕事は、ポートキーの使用許可願と招待状を書くことだ。特に招待状の枚数は半端ない。毎年のことだが、招待状を書くだけで一日が終わると言っていいだろう。

 それに今年はただパーティーを行うだけではない。ダンブルドアを引き留めておくための作戦を決行することになっている。その作戦が上手く決まれば、ダンブルドアは精神的にズタボロになり、暫く再起不能になるだろう。まあ、すぐ復活するだろうが。

 使用許可願にサインをしていると、部屋の扉がノックされた。入室許可を出すと、咲夜が一礼した後に入ってくる。手には一枚の羊皮紙を持っていた。

 

「お嬢様、パーティーでお出しする料理のメニューなのですが、こちらでよろしいでしょうか。」

 

 咲夜は手に持っていた羊皮紙を私に差し出してくる。私はメニューを上から下まで確認し、咲夜に向けて頷いた。

 

「ええ、これでいいわ。予算的には大丈夫なのよね?」

 

「はい、大丈夫です。では、こちらで準備を進めます。」

 

 個人的には別に咲夜の好きなようにやってもらっていいのだが、咲夜はこのへん非常に几帳面だ。というかただ怒られたくないだけかも知れないが。咲夜はまた一礼すると、今度は扉から出ず、その場から忽然と姿を消した。

 さて、私も頑張らなければ。取りあえず今日中に書類を書き終わり、明日朝一番で小悪魔に魔法省に届けさせよう。

 

「あ、万年筆のインク切れた。」

 

 万年筆の軸を外し、インク瓶を取り出してインクを吸引させる。今使っている万年筆はコンバーター仕様の物なので、インクの容量はあまりない。故に、酷使するとすぐにインクが切れてしまう。吸引式を買おうかどうか、検討するところだ。

 

「そういえば咲夜はどっちを使っているのかしら。流石にカートリッジってことはないでしょうけど……。」

 

 魔法界では万年筆のカートリッジは手に入らない。そもそも万年筆を使っている者が殆どいないのだ。基本的に皆羽根ペンである。

 

「羽ペンでもいいんだけど……いちいちインク瓶に付けないといけないのが意外に面倒なのよね。万年筆が開発された時は、これこそ顧客が望んだものだ! って大騒ぎしたんだけど。」

 

 万年筆のペン先についたインクをふき取り、軸を付け直す。さて、もう一仕事頑張ろう。




レミリアが予言を用意する

パチェが魔法薬学の先生になる

咲夜が魔法省に予言を収めに行く

ロックハートが聖マンゴを抜け出し、予言保管庫に侵入する

職員に捕まり、アズカバン送りに

資本家が食べられる

パチェが帰ってくる

灯消しライターの謎が分かる

レミリアと咲夜で旅行(こっちではカットしようかとも思ったけど、尺の都合で入れました)

クリスマスパーティー準備←今ここ


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金と血と力と

番外編です。


 ……暗い、寒い、痛い。私は今どこにいるんだ。私はもぞもぞと体を動かす。体を動かそうにも、手足が拘束されているため満足に動くことが出来なかった。そもそも、どうしてこのようなことになっているのか見当もつかない。

 取りあえず、この状況を何とかしなければ。私は手首を捻り、腕に巻き付いている物の正体を探る。どうやら手錠が掛かっているようだ。良かった、これが正体不明の何かだったらそこで詰んでいた。私は身を捩り靴底に仕込んでおいた金属片を引き抜く。そしてその金属片を手錠の鍵穴に差し込み手錠を外した。

 両手が自由になったらあとは簡単だ。目隠しと猿轡を外し、今の状況を確認する。光りはうっすらとドアの隙間から漏れるものだけで、壁に窓はない。気温から察するに、ここは地下だろう。私は足にかかった手錠も外し、完全に体を自由にした。

 目隠しをされていたおかげで、暗さに目が慣れている。部屋の中の様子をある程度観察出来たのはよかったが、色々と目にしたくないものが目に入った。そこには私と同じように拘束され、無造作に転がされている人間が多数いる。洋服を着ているものもあれば、裸のものもいた。

 

「……そうか、思い出した。私はレミリアに襲われて……。」

 

 そう、血を吸われた。その時意識がブラックアウトしたが、死には至らなかったらしい。今クラクラするのは貧血のせいか。何にしても、何処かで血液を補充しなければ何処かで倒れてしまうだろう。

 

「…………。」

 

 私は地面に転がっている人間を見る。今は感染症などを警戒している場合ではない。私はその人間を抱き起し、首筋に噛み付いた。無意識にレミリアと自分の姿を重ねてしまうが、生きるためには致し方ないだろう。

 

「ううううううぅうううう。」

 

 拘束されている人間は猿轡の奥で苦しそうに呻く。だが、こちらも命が掛かっているのだ。栄養を補給しなければ。血液というのは人体に必要な栄養素を多く含んでいる。感染症や病気になることさえ恐れなければこれ以上の栄養ドリンクもない。プラシーボ効果もあるかも知れないが、血を飲んだことで随分と元気になった。

 

「くそ、止血してやりたいが、道具がないな。私を生かすための犠牲となってそのまま死ね。」

 

 私はそいつを投げ捨て、立ち上がる。血液にそこまでの即効性はないはずだが、今度はふらつくことはなかった。

 

「ここはレミリアの屋敷か? 次会ったら殺してやりたいところだが、私が敵う相手ではないな。」

 

 数トンのプラチナを片手で持ち上げるような奴だ。あいつがその気になれば私などあっと言う間に血煙だろう。私は袖で口を拭うと、慎重に扉を開ける。幸い鍵などは掛かっておらず、扉は普通に開いた。慎重に周囲を確認し、扉から一歩出る。次の瞬間、レミリアに噛み付かれた時以上の危機感が全身を襲った。

 

「……なんだこれは。」

 

 周囲には誰もいない。だが、何者かに睨まれているような、そんな感覚。電子レンジの中に放り込まれた子犬のような気分だ。私は壁沿いに廊下を歩き、気配の正体を探る。それにしても、家の中に迷路でも作ったのではないかと思えるほど廊下が入り組んでいる。記憶力はいい方なので道に迷うことはないが、この構造はあまりにも異常だった。私は同じ道を通らないように気を付けつつ廊下を進んでいく。すると他の扉とは明らかに違う重厚な造りの両開きの扉を発見した。

 

「入ってみるか。」

 

 このままでは埒が明かないため、音を立てないように注意しながら扉を開け、中に忍び込む。どうやら、書庫のようだ。物凄い数の本棚が所せましと並んでいる。天井はかなり広く、部屋自体も物凄く大きかった。

 

「あらら。」

 

 不意に後ろから声がして、私は咄嗟に前に飛び懐からナイフを引き抜き構える。そこには背中と頭から羽を生やした赤い髪の少女が立っていた。こちらを見て目を丸くしている。

 

「貴様も吸血鬼か?」

 

 私は隙を見せないように構えながら少女に質問を飛ばした。少女はその質問に少し首を捻り、怪訝な顔をする。

 

「おかしなことを聞きますね。私は悪魔ですよ。吸血鬼ではありません。……お嬢様のお知り合いの方ですか? 今日は客が来るとは聞いていないのですが……。ああ、申し遅れました。この図書館の管理と館の家事を行っている小悪魔と申します。以後お見知りおきを。」

 

 小悪魔と名乗った少女は深く礼をする。こちらを油断させようとしているのだろうか。私はナイフを降ろすことはせずに小悪魔を睨みつけた。

 

「……一応、レミリアの知り合いだ。」

 

「そうですか。図書館を見学しに来たので?」

 

 小悪魔はにこりと笑うと、手を右から左へと振る。次の瞬間には私の服が綺麗になっていた。

 

「お嬢様も盛大にお溢しになられるんですよね。まあ溢さずに飲む方が難しんですけど……。ああ、自由に見学していいですよ? 何かありましたら声を掛けてください。」

 

 殺されると思ったが、小悪魔は私に深く礼をしてその場を去っていく。一体どういうことだ。私は混乱しながらナイフを服の中に仕舞う。もしかして、レミリアが招待した客だと思われているのか? もしそうだとしたら、この状況は使えるだろう。先ほど私の服を綺麗にしたのは魔法の力だろうから、奴は魔法が使えると推測できる。魔法界には姿現しという術があるため、奴に頼んで館の外に運んで貰うことが出来る。急用ができて今すぐにでも帰らないといけないと言えば、すんなり送っていって貰えるはずだ。私は小悪魔の後を追いかけるべく、足に力を込めた。

 

「動くな。」

 

 次の瞬間、後ろから首筋にナイフを突きつけられる。だが、動くなと言われて固まったら、相手の思うつぼだ。私は相手を確認することもせずに思いっきり後ろに体当たりした。相手も予想していなかったのだろう。私の後頭部が何か硬いものに当たった瞬間、ぐえっと声が聞こえる。私はしゃがみ込み、ナイフを躱すとそのまま前に飛び、相手との距離を取った。そうすることで、ようやく相手の姿が確認できる。どうやら、襲われた時にレミリアの横にいたメイドのようだった。頭部を押さえているところを見るに、私の後頭部がモロ顔面に直撃したのだろう。

 

「動くなって言ったじゃないの……。」

 

 メイドはふらふらしながらも何とか立ち上がる。私は懐からナイフを取り出し、構えた。

 

「お前は……吸血鬼ではなさそうだな。人間か?」

 

 時間を少しでも時間を稼ぐために私は質問を飛ばす。

 

「迂闊だわ。身ぐるみを剝いでおくべきだったわね。すぐにバラさなかった私のミスか。」

 

 私の話を聞いていたのかいなかったのか、メイドもナイフを構える。一対一なら勝てるだろうか。そんなことを考えていると、最悪の相手の声が聞こえて来た。

 

「あぁ……えぇ~……。」

 

 何か酷く困惑した様子を見せながらレミリアが扉を開けて部屋に入ってくる。騒ぎを聞きつけてか、先ほどの小悪魔もこちらに近づいてきていた。……完全に囲まれた。

 

「咲夜……貴方これ……。」

 

 レミリアは何とも歯切れの悪い口調でメイドに話しかける。声を掛けられたメイドはというと、全く油断せずに私に向けてナイフを構えていた。

 

「申し訳ございませんお嬢様。私のミスです。速やかに解体し朝食の席に並べますわ。」

 

「そうじゃないわ。……そうじゃないのよ。てか、貴方もしぶといわね。」

 

 レミリアは無造作にこちらに近づいてくると、私の肩に手を置く。そして私の持っているナイフを握りつぶし、地面に捨てた。万事休す。流石にここから生存することは叶わないだろう。

 

「取りあえず、そこの椅子に座りなさいな。咲夜、貴方もね。小悪魔は紅茶を淹れてきて頂戴。」

 

 この場で殺されるものかと思ったが、そうではないようだ。なんにしても、ここで逆らうのはあまりいい手だとは言えないだろう。私は素直に従い、指示された椅子へと座る。メイドとレミリアは私の対面に腰かけた。

 

「この際だから言わせてもらうがな、よくも私を殺そうとしたな。やはりアレか? グリンゴッツのプラチナ目当てか?」

 

 私はレミリアを睨みつける。メイドは私が煽った瞬間ナイフを構えたが、レミリアが制した。

 

「口封じっていう意味合いのほうが大きかったんだけどね。実際のところ。でも、こうなっちゃったらもうどうしようもないわ。安心しなさい。私はもう貴方を殺さない。」

 

「お嬢様!?」

 

 メイドが信じられないことを聞いたと言わんばかりの表情でレミリアを見た。

 

「信じられないな。貴様としても、ここで私を殺しておく方が都合がいいんじゃないのか?」

 

「そりゃ……そうだったんだけどねぇ……まさか咲夜が貴方をすぐに殺さずに、数日保管庫の中に放り込んでおくとは思わなくて。」

 

 レミリアは妙に歯切れが悪い。メイドも自分がどんなミスをやらかしたのか見当がつかないのか、目を白黒させながらレミリアの言葉を待っていた。

 

「……はぁ。貴方、吸血鬼よ。」

 

 …………は?

 

「貴方、今吸血鬼よ。自覚ある?」

 

 レミリアは、信じられないことを言った。私が? 吸血鬼? なんの冗談だ?

 

「咲夜、吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になるのよ。覚えておきなさい。吸ってすぐに殺せば人間のままなんだけど、そのまま放置していたら数日のうちに吸血鬼に変化するの。つまり、貴方は私と同族になったってわけ。」

 

「そんな馬鹿なことが――」

 

「ありえるのよ。というか、貴方気が付いていないの?」

 

 私が、吸血鬼に変化しただと? 笑えない冗談だが、私は妙に納得していた。血を飲んで体力が回復したこと。血を飲むことに違和感を感じなかったこと。小悪魔が私を客だと勘違いしたこと。服が汚れていることを変に思わなかったこと。

 

「なんにしても、私は無駄に同族を殺すようなことはしないわ。貴方が私に襲い掛かってくるというなら別だけど。」

 

 殺してやりたい気はあるが、勝てるとも思えん。

 

「正直殺してやりたい気分だが、そんな空気でもないな。……私は一体どうすればいい? 普通に事務所に戻ればいいのか?」

 

「それは論外よ。吸血鬼であることを隠したまま人間の社会で生活できるほど甘くはない。……そうね。貴方、香辛料はお好き?」

 

 レミリアは少し考えた後、唐突にそんな質問をした。

 

「香辛料が好きかだって? 時代錯誤も甚だしいだろう。それよりプラチナ返せ。」

 

「貴方殺されそうになったわりに随分強気ね。」

 

「もう殺される心配はないからな。」

 

 嘘だ。内心はかなりこの状況に混乱しているし、正直目の前にいるこいつが怖くてたまらない。私としてはレミリアとは良い関係を築けていると思っていた。だが、それは私の勝手な認識だったらしい。レミリアにとって私は、都合のいい人間Aでしかなかったのだ。

 

「プラチナは紹介料として頂いておくわ。」

 

「随分と高い紹介料だな。で、何を紹介してくれるっていうんだ? 香辛料屋か?」

 

「あら、流石に勘が鋭いわね。知り合いに香辛料屋の吸血鬼がいるのよ。」

 

 マジか……資本家から香辛料屋に転職とは、ついていないにも程がある。

 

「取りあえずそこで吸血鬼としての生き方を学びなさいな。紹介状を書いてあげるわ。」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「そうね、私は同族は殺さないけど、咲夜に吸血鬼殺しを体験させておくのは悪くないわ。」

 

 どうやら断れる状況ではなさそうだ。私は小さくため息をつくと、小さく頷いた。

 

「ああ、じゃあそれで頼む。」

 

「決まりね。咲夜。」

 

 レミリアはメイドの名前を呼ぶと、懐から一通の便箋を取り出した。いつの間に用意したのか、どうやら紹介状のようである。

 

「小悪魔、闇市場に連れて行ってあげなさい。今の時期ならあそこに店を出しているはずよ。」

 

「畏まりました。」

 

 小悪魔は私の肩に手を置いた。次の瞬間、どこかに引っ張られるような感覚が全身を襲う。次の瞬間には何処か市場のような場所に出ていた。だが、普通の市場とは程遠い。売られているものは見たことのないものばかりで、店員も人間とは思えない容姿の者が多い。

 

「ついてきてください。食べられることはないと思いますが、襲われたら悲惨ですよ。」

 

 小悪魔は人をかき分けるように歩いていく。私ははぐれないように必死についていった。

 

「何処まで行くんだ?」

 

「この先ですよ。にしても貴方、運がいいですね。かく言う私も一度死にかけて、その後お嬢様に殺されそうになりまして。色々あって今の立場に落ち着いたんですけどね。」

 

 レミリアの部下は訳アリが多い。記憶しておこう。これから何かと長い付き合いになりそうだ。

 

「ああ、ここです。では、私はこれで。」

 

 小悪魔はそう言うと、何処かに消えてしまう。ここから先は一人で行けということだろう。

 

「……これは、新しい人生が始まったと割り切るしかなさそうだな。」

 

 私は紹介状を握りしめ意を決して屋台の店主に話しかけた。




というわけで資本家番外編でした。ちなみに、咲夜はあの後レミリアに説教されました。次回は普通に本編上げる予定です。


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足音やら、統率やら、代償やら

更新ペースと内容がアレなのはどうか突っ込まないでください。ただ家に帰れていないだけですので……。椅子が変わるとここまで腰が凝るとは。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1996年、十二月二十四日、午後九時。

 パーティーの準備は済んでおり、パーティーホールでは咲夜が最終確認を行っている。私は自室で真紅のドレスに着替えると、隣にいる小悪魔から分霊箱を受け取る。髪飾りを頭に乗せ、ロケットを首から下げ、指輪を親指に嵌める。

 

「カップは後で受け取るわ。……貴方メイド服似合うわね。」

 

 私は小悪魔の服装を見る。小悪魔は今咲夜とお揃いのデザインのメイド服を着ていた。色は黒と白だが、黒い服に紅い髪が良く映えている。

 

「喜んでいいのか分からないですね。少し複雑な気分です。」

 

 まあ確かに、小悪魔はあまりオシャレをするタイプではない。何時もの司書服以外の服装を私は見たことがなかった。

 

「まあ何にしても、貴方は給仕に専念しなさい。パチェとの関係を悟られないように。一番いいのは、パチェと接触しないことだけど。」

 

「極力鉢合わせないように気を付けます。」

 

 さて、パーティーまであと三十分。私は今日行う作戦について頭の中で整理した。私は今日分霊箱を全て身に着けてダンブルドアの前に出る。当然、ダンブルドアはそれを欲するだろう。その時に無理難題を突き付けてやるのだ。『分霊箱は咲夜と交換だ』と。

 

「最悪ダンブルドアが強引に分霊箱を奪おうとしてくる可能性があるわ。あいつのことだからその可能性はほぼ無いとは思うけど。」

 

 仮にも正義を名乗っているのだ。皆が見ている前で襲い掛かってくることはないだろう。それに、不意打ちを受けなければダンブルドアに後れを取ることはない。多分。

 

「それでは私は咲夜の手伝いに戻ります。」

 

 小悪魔は一礼した後、姿現しで何処かへ消える。私は今一度服装を確認し、パーティーホールへと向かった。

 パーティーホールには妖精メイドが一ミリの誤差もなく整列しており、気を付けの体勢のままピクリとも動かない。時間が止まっているのかと思ったが、お腹が動いているので時間が止まっているわけではなさそうだ。きっと服従の呪文を掛けられているのだろう。

 

「見事なものね。流石は服従の呪文だわ。お馬鹿な妖精メイドにここまでの精密動作をさせるなんて。」

 

「恐れ入ります。」

 

 並んでいた妖精メイドの一人が一歩前に出て、耳たぶを引っ張る。次の瞬間、前に出た妖精メイドが咲夜の姿になった。いや、違う。咲夜が妖精メイドに化けていたのだ。人間は自分の意志であそこまで動きを止めることが出来たのか。少しびっくりだ。

 

「パーティーでの給仕は任せるわ。」

 

「お任せください。」

 

 咲夜は深々と一礼し、小瓶の中身を飲み干す。次の瞬間には、先ほどの妖精メイドの姿になっていた。見た目で見分けはつかないが、咲夜だけ異様な魔力を持っているため、見分けられないこともない。

 妖精メイドたちはパーティーホールのあちこちへと散っていく。私はパーティーホールの横にある小部屋の中へと入った。部屋の中では、小悪魔がポートキーの最終確認を行っている。私は部屋の中に置かれた椅子に座った。

 

「さて、そろそろかしらね。」

 

「あと十分でポートキーが作動します。」

 

 小悪魔は部屋の壁のあちこちにパーティーホールの様子を映しだす。

 

「お嬢様の好きなタイミングで料理が出現するようになっております。演出にお使いください。」

 

 なるほど、テーブルが空だったのはそのためか。なら挨拶の後にでも出現させよう。

 

「料理の補充はどうなっているの?」

 

「キッチンの所定の場所から転送されるように設定されています。」

 

 ということは、かなりの量の料理を用意したということだろう。下手なサラリーマンの年収レベルの予算が料理につぎこまれていたのはそのためか。

 

「そもそもお金を取っていないので赤字もなにもないですが、それでもお金を使いすぎでは? 今回新調したテーブルクロスや調度品の数々。普通に去年の年間予算レベルですよ?」

 

 そんなことは分かっている。何せ予算の書類を作成しているのは私だ。

 

「来年からはお金が有っても物が無くて買えないという状況が想定できるからね。今のうちに新しくしておかないと。特に消耗品はね。」

 

「ああ、なるほど。では館中の消耗品を調べて買い置きしておきましょうか?」

 

「いえ、その必要はないわ。機会があるときに新調する程度で十分よ。それをすると引っ越しするのがバレバレだからね。」

 

 失礼しました、と小悪魔は軽く頭を下げる。まあでも、向こうに移動して落ち着いたら、こちらの世界から物資を輸入することも考えてみよう。向こうの文明レベルがどの程度なのかよくわかっていないので、それを確認してからだ。

 

「来たみたいですね。」

 

 小悪魔は壁に映し出した映像を指さす。確かに、パーティーホールは人で溢れていた。一気に隣が騒がしくなる。皆の興奮が少し落ち着いたら壇上に上がろう。私は五分ほど小部屋で待機し、壇上へ上がる。これはテクニックの一つだが、足音の立て方一つで注目度がぐっと上がる。自然な歩き方で、尚且つ印象に残るように。一言で纏めるなら、カリスマ溢れる歩き方というやつだ。

 

「紅魔館へようこそ。人間と人狼と吸血鬼と……まあいろいろ居るわね。」

 

 私はパーティーホールを見渡す。ダンブルドアは、信じられない物を見るかのような目で私を見ていた。その近くにはパチェの姿もある。

 

「今日はクリスマスイブだけど、あんまりキリストの誕生を祝う気分でもないわ。吸血鬼だし。そう、私はただ騒ぎたいだけ。」

 

 私は右手を真っすぐと上げると、指を打ち鳴らす。次の瞬間、テーブルに料理が出現した。なんというか、これは少し気持ちいいな。

 

「飲んで喰らって大騒ぎしなさい! 身分や種族なんて関係ないわ! 今年は死者が出ないことだけを祈るばかりよ!」

 

 私は獰猛に笑い両手を上げる。一瞬の沈黙の後、爆発したような歓声が沸いた。良かった。一瞬滑ったかと思った。何にしても、無事にパーティーが始まった。私は壇上から降り、小悪魔から分霊箱であるカップを受け取る。小悪魔はカップにワインを注いだ。

 

「小悪魔は私についてきなさい。早速仕掛けるわよ。」

 

 私はパーティーホールを歩きながら機をうかがう。ダンブルドアは時折こちらを確認しながら、パチェと話していた。あれだけこちらをチラ見していれば、私から近づいても違和感ないだろう。私はワインを一口飲み、ダンブルドアに一気に近づいた。

 

「メリークリスマス。いい夜ね、ダンブルドア。……と、そちらの彼女は初めましてかしら。」

 

 私はパチェを真っすぐ見る。パチェは何時もと変わらない表情で自己紹介を始めた。

 

「パチュリー・ノーレッジよ。ホグワーツで魔法薬学の教師をしているわ。」

 

「そう、じゃあ貴方がかの有名なパチュリー・ノーレッジなのね。よろしくパチュリー。私はレミリア・スカーレット。今日は私が主催したパーティーに来てくれてありがとう。」

 

 私は大げさに胸を張る。ダンブルドアは私の胸の前で揺れたロケットから明らかに目を背けた。パチェは私のやりたいことをある程度理解したらしい。都合よく分霊箱のことを聞いてくる。

 

「素敵なティアラね。ゴブリン製?」

 

「いえ、そんなちんけな物じゃないわ。これはロウェナ・レイブンクローが所有していた髪飾りよ。『計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり』……貴方は確かレイブンクロー生だったかしら。本か何かで読んだわ。」

 

 私は軽く髪飾りの位置を直す。パチェはクスリと笑った。

 

「詳しいのね。失われたって聞いたけど、貴方が所有していたのね。じゃあもしかしてそのロケットは――」

 

「そう、サラザール・スリザリンのロケット。」

 

 今日の為に散々練習したのだ。一発で開いてくれよ……。私は蛇語で『開け』と囁く。するとロケットは二つに開き、中に入っている二つの目玉があらわになった。

 

「面白いでしょう?」

 

 ダンブルドアが何とも言えない表情でロケットを見つめているが、私はパタリとロケットを閉じる。

 

「生きた目が入っているロケットなんて素敵じゃない? これって誰の目なのかしら。」

 

「サラザール・スリザリンの持ち物なのだから、彼のじゃない?」

 

 パチェは次に私が手に持っているカップを指さす。

 

「レイブンクロー、スリザリンときたらそれはハッフルパフ?」

 

「そう、ヘルガ・ハッフルパフのカップ。あとゴドリック・グリフィンドールの剣さえあれば完璧なんだけど、見つからないのよね。」

 

 私は肩を竦めて見せる。まあ、何処にあるかは知っているのだが。グリフィンドールの剣は今ホグワーツの校長室にあるはずだ。1992年にハリーがそれでバジリスクを討伐していたはずである。

 

「ああ、それなら――」

 

「わしはその指輪が気になるのう。それもホグワーツの創始者に関わるものなのかな?」

 

 パチェがグリフィンドールの剣のありかを言ってしまうのを恐れたのか、パチェの言葉を遮るようにダンブルドアが言った。ダンブルドア自身、この指輪がホグワーツとは関係ないことは分かっていることだろう。これは確かめにきているのだ。

 私がこれを分霊箱だと分かったうえで身に着けているのか、それともホグワーツ関連の物をただ身に着けているだけなのか。もしここで私が『この指輪はゴーントの物で、ヴォルデモートに縁のある物よ』などと答えたらダンブルドアは私がこれらを分霊箱と理解したうえで身に着けていると判断するだろう。逆に嘘でも『なんでも、スリザリンが好んでつけていた曰く付きの品らしいわ』といえば、ホグワーツ関連の物を身に着けているだけと判断するかもしれない。

 

「ああ、これ? これはもっと凄いわ。歴史があるだけのものではないもの。」

 

 だから私はダンブルドアの裏をかくことにした。右手を上げ、指輪がよく見えるようにする。

 

「死の秘宝ってご存知かしら。ペベレル兄弟が残した三つの魔法具なのだけど。」

 

 そう言っただけでダンブルドアはゴーントの指輪の正体に気が付いたようだ。目の色が変わる。

 

「ニワトコの杖、蘇りの石、透明マントね。」

 

 パチェの言葉に私は頷く。

 

「Exactly.この指輪にはその蘇りの石が嵌っているわ。」

 

「蘇りの石……実在していたとはのう。」

 

 いけしゃあしゃあと冗談をかますジジイだ。あることを前提にした魔法具を開発しておきながらよく言う。それに、ダンブルドア自身、死の秘宝の一つを所持している。ダンブルドアはニワトコの杖の所有者だ。では、残る一つ、透明マントは誰が持っているかというと、ハリー・ポッターである。これは咲夜が教えてくれたことだ。

 

「スカーレット嬢、パーティーが終わった後に少々お時間よろしいかの?」

 

 ダンブルドアがそんなことを言い出す。私はパチェの目を見た。パチェも私の目を真っすぐと見ている。以心伝心というわけではないが、私とパチェの考えは一致していることだろう。『計画通り』と。

 

「今じゃダメなの?」

 

「少し人には聞かれたくない話なのじゃ。」

 

 私としても、交渉の様子を身内以外には見られたくない。私はダンブルドアの意見を飲んだ。

 

「そう、いいわよ。何時にこのパーティーが終わるか分からないけど、特別に十分だけ時間を取ってあげる。行くわよ小悪魔。」

 

 私は小悪魔に合図し、ダンブルドアとパチェに軽く手を振ってその場を離れた。さて、作戦の第一段階はこれで完了した。見事ダンブルドアを釣ることが出来たと言っていいだろう。

 

「ダンブルドアの百面相、面白かったですね。」

 

 小悪魔は小声で私に囁く。そうか、こいつは子供の頃からずっとダンブルドアを意識して生活してきたわけだ。ダンブルドアのあのような様子を見るのは初めてなのだろう。まあ、私もあそこまで動揺したダンブルドアを見るのは初めてだが。

 

「パーティーが終わった後はもっと面白いモノが見れると思うわよ。」

 

 さて、ということで、パーティーが終わるまで取りあえず自由時間と行こう。まず初めに誰をからかいに行こうか。私はパーティーホール内を見回し、面白そうな人間を探した。

 

 

 

 

 

 午前一時にパーティーは終了し、一時半になる頃には殆どの参加者が帰路についた。

 

「じゃあ私は先に戻るわ。今日はありがとう。」

 

 パチェは私に軽く手を振ると、ポートキーに乗ってその場から消えた。これでパーティーホールに残っているのはダンブルドアだけだ。

 

「ん~……、疲れた。今年も楽しかったわね。」

 

 去年は小悪魔の儀式で中止になってしまった。その分今年は多めに予算を使うことが出来たのだ。

 

「で、用事だったわね。ここじゃなんだし、応接間を準備させるわ。」

 

 私は周囲を見回す。確か近くに咲夜が化けた妖精メイドがいたはずだ。お、いたいた。

 

「そこの妖精メイドB、応接間の準備をしてきなさい。」

 

「かしこまりました。」

 

 咲夜はたどたどしくぺこりとお辞儀をすると、ふよふよと応接間のほうへと飛んでいく。……あれ? 本当に咲夜だよな? 咲夜の演技が嵌りすぎていて私でも確証が持てない。まあ多分大丈夫だろう。

 

「さて、私たちはゆっくり向かいましょうか。小悪魔、片づけは美鈴に任せて私についてきなさい。」

 

「えぇ!? マジっすか!?」

 

 美鈴は滅茶苦茶嫌そうな顔をしながら皿の片づけを始める。まあ今回ばかりは付き添うのが美鈴以外でなければならない理由というものが存在するのだが。

 

 私とダンブルドアと小悪魔はパーティーホールを出ると、長い廊下をゆっくりと歩き出す。歩いている最中は不自然なほど会話がなく、ただ黙々と応接間にむかった。

 応接間に入ると、妖精メイドが出迎えてくれる。咲夜だ。私はダンブルドアと向かい合うようにソファーに腰かける。咲夜と小悪魔は私の両脇に立った。

 

「さて、用事って一体何? 血生臭いものかしら。」

 

 用事、そんなのは分かりきっている。今私が身に着けている分霊箱の話以外は考えられない。

 

「実はじゃがのう……スカーレット嬢。少々譲って欲しい物があるんじゃよ。」

 

 ほらきた。私は悟られないようにもう一度冗談を飛ばす。

 

「譲る? 席なら譲らないわよ。私は貴方より年配だもの。」

 

 私は咲夜が用意した紅茶を一口飲む。味で正体を悟られないようにするためか、紅茶の味は何時もより落ちていた。そんなところまで徹底するくせに、変なところで咲夜はミスをする。だが今日のところは取りあえず大丈夫そうだった。

 

「決してわしの私利私欲でこのようなことを言っているとは思わんで欲しい。貴方の今身に着けている物を、わしに譲ってくれんか? ティアラに、ロケットに、指輪に、カップじゃ。貴方はこれが何か知って身に着けておるように見える。」

 

 やはり私が分霊箱だということを分かって身に着けていることはお見通しのようだ。私はわざとらしく不敵に笑って、小悪魔に目配せした。

 

「欲張りさんね。」

 

 小悪魔は手品染みた動きで銀の盆を取り出す。私は分霊箱を一つずつ盆の上に置いていった。

 

「ロウェナ・レイブンクローの髪飾り、サラザール・スリザリンのロケット、ヘルガ・ハッフルパフのカップ、蘇りの石がついた指輪。これは元々ゴーントの持ち物だったと言っていたかしら。」

 

 分霊箱を盆の上に置き終わり、私はダンブルドアに向き直った。

 

「さて、ダンブルドア。貴方このような『お宝』が何の代償もなく手に入るとは思っていないわよね?」

 

 さて、咲夜を要求することは決まっていることだが、ダンブルドアが対価として何を差し出すのか少し興味がある。少し泳がせてみるか。

 

「ガリオン金貨ならたんまり貯めこんでおる。グリンゴッツのわしの金庫をそっくりそのままスカーレット家に献上しよう。」

 

 ……は? ついにボケたかこのジジイ。第一声が分霊箱を金で買うだと? 私も随分低俗に見られたものだ。私は表情を取り繕うことなく、吐き捨てるように言った。

 

「人間の定めた価値を押し付けるな。反吐が出る。」

 

 決して金が嫌いなわけではないし、金がないと生活が出来ない。だが、ダンブルドアが持っている程度の財産など、私にとってははした金だ。ダンブルドアは私の言葉に分かりやすく顔を青くする。どうやら、私の作戦通りかなり混乱しているようだ。

 

「すまなんだ。気を悪くさせるつもりはなかった。……では、わしの杖腕でどうじゃ。」

 

「あと半年とちょっとで死ぬ人間の一部なんていらないわ。」

 

 そもそも、貰っても困るし。老人の萎びた手など儀式の道具にもならない。

 

「では、貴方は代償として一体何を欲する?」

 

 ダンブルドアは縋るような目でこちらを見る。私は精一杯真面目な顔を作ってダンブルドアに告げた。

 

「十六夜咲夜を返しなさい。」

 

 ダンブルドアは余りの驚きに目を見開いた。そうだ、私はこの表情が見たかったのだ。

 

「スカーレット嬢、彼女は魔法省で――」

 

「嘘……そんな話信じないわ。貴方が隠してしまったんでしょう!?」

 

 私はソファーから立ち上がるとヒステリックに叫ぶ。これでも演技は得意な方だ。涙を流す程度なら夕食前と言える。私は零れんばかりに目に涙を浮かべ、叫ぶ。

 

「咲夜は騎士団の仕事中に死んだと貴方は言ったわ! 返して……、私の、私の咲夜を返して……。」

 

 私は固く拳を握りしめる。爪の先で手の平を少し切り裂き、血を滴らせた。怒りと悲しみを織り交ぜた様子が演じられていればいいが。

 

「彼女のことは本当にすまなかったと思っておる。じゃが彼女は貴方のために行動していたと理解してほしい。」

 

「死んだなんて嘘! 貴方が隠したんだわ。返しなさい……返しなさいよ!! 何度呼び出してもあの子は出てこない。何度も、何度も試したわ……。」

 

 私は盆の上に置かれている指輪を乱暴に掴み取ると手の中で何度も転がす。まあ、蘇りの石では生きている者を呼び出すことは出来ない。咲夜は私の横にいるので呼び出せるはずがない。

 

「あの子は生きているんでしょう? 貴方の都合で、まだどこかで働いているんでしょう!? 十六夜咲夜は私の従者よ……。私の……大切な……家族よ。」

 

 そこまで言い切り、私は大粒の涙を流してソファーに座り、蹲る。咲夜は私に寄り添って背中を優しく撫でてくれた。何とも悲壮感溢れる光景だが、咲夜が背中を撫でてはギャグにしかならない。反射的に笑いそうになるのを私は強引に抑える。笑い声が漏れそうになったので、嗚咽として口から出した。

 

「ダンブルドア様、今日のところはお引き取り下さい。」

 

 小悪魔が淡々とダンブルドアに言う。ダンブルドアは一刻も早く逃げたかったのか、早々にソファーから立ち上がった。

 

「……彼女はもうこの世にはおらん。あのアーチを潜ってしまったのじゃ。あの奥がどうなっているのか、あの中から戻ってきた者は一人もおらん。今日はすまなんだ。辛いことを思い出させてしまって……失礼する。」

 

 ダンブルドアは招待状を取り出すと、杖を当ててホグワーツに帰っていった。私は涙を拭い去ると、身体を起こす。ソファーに手を掛け、溜め込んでいた笑いを爆発させた。

 

「生きてる人間を蘇りの石で呼び出せるわけないだろバーカ! あははははは! お腹痛いッ……。」

 

「お嬢様演技お上手ですね。」

 

 小悪魔が感心したようにそう言った。褒めても給金は出ないぞ。まあ何にしても、作戦は成功だ。今のダンブルドアはショーケースのトランペットを見つめる子供と変わらない。子供のお小遣いではトランペットは手に入らない。それこそ、ショーケースを叩き割って強引に盗まない限り。まあ追いつめられると人間は何をやらかすか分からない。さっさと店舗を引っ越すことにしよう。

 

「さて、変人の間抜け面も拝めたところで私は自分の部屋に戻るわ。小悪魔、分霊箱の管理は貴方に任せるわね。咲夜、服が濡れてしまったわ。私の部屋で着替えるのを手伝って頂戴。」

 

 咲夜は既に元の姿に戻っている。私が応接間を出ると、咲夜も後ろからついてきた。

 

「あれでよかったんですか? お嬢様。」

 

「いいのよ。これでこちらの匙加減で戦争を起こすことができるわ。魔法省に、分霊箱。私は二つの鍵を手に入れた。」

 

 私は部屋に入ると咲夜の手を借りてドレスから部屋着に着替える。さて、ダンブルドアに分霊箱のありかを教えてしまったので、早々に引っ越しの準備を進めよう。私は部屋の机へと向かう。

 

「じゃ、パーティーの後片付けをお願い。」

 

「かしこまりました。」

 

 咲夜は私に一礼すると部屋を出ていった。私の予想ではそろそろだと思うのだが。部屋で暫く待っていると、パチェが私の部屋に現れた。打ち合わせをしていたわけではないが、パチェも早々に紅魔館を移動させないといけないと思っているようだ。

 

「ただいま、レミィ。」

 

「おかえり、パチェ。」

 

 私はパチェを出迎えると、向かい合って机に座る。紅茶の一杯でも出したいところだが、先ほどまで散々酒を飲んでいたところだ。今更お茶会もないだろう。

 

「それでレミィ、早速紅魔館を移転させればいいの?」

 

「いえ、少し様子を見るわ。移転させるのは、ダンブルドアが強引に分霊箱を取りに来る予兆が見られたときよ。」

 

 すぐに移転させたら意図がダンブルドアにバレる可能性がある。六月までまだ時間はあるのだ。

 

「それ私がずっとダンブルドアの行動を監視してないといけないってことよね?」

 

「それが貴方の仕事じゃない。」

 

 見るからに面倒くさそうだが、パチェには頑張ってもらわないといけない。基本的にホグワーツではダンブルドアの目があるから、こちらからパチェにコンタクトは基本取れないのだ。

 

「だからまあ、頃合いだと思ったら連絡を頂戴。なんにしても、今すぐっていうのはあまりにも露骨すぎるわ。ダンブルドアからしたら、私は咲夜を取り戻すために必死になっているように見えているはずよ。それこそ人前で大号泣するぐらいに。」

 

「なにそれ見たい。」

 

 なんにしてもある程度はこちらから館の門を開いているスタンスを見せておかないといけないだろう。それこそ、強引な手段に出ようとした瞬間に移転させ、ダンブルドアを錯乱させるのだ。『お前の考えはお見通しだぞ』と。

 

「……まあ取りあえず分かったわ。ダンブルドアの動きには注意しておく。あ、そうだ。一応注意しておいて。ホグワーツの禁じられた森に紅魔館を移転させるつもりだけど、移転させたら外との連絡が取りにくくなるわ。特に梟便なんかはほぼ届かないから。私が魔法で繋げたポストから郵便は届くと思うけど。ああ、あと、煙突飛行ネットワークは問題なく使えるわよ。外出する場合はそれを使ってね。」

 

 なるほど。では出来る限りマグルとの繋がりは切っていく方向で進めた方が良いだろう。移転させるまでは悟られないように繋がりを断つわけには行かないが、移転させた途端にぷっつり繋がりを切っても支障がないようにしておかないと。

 

「それじゃ、私はホグワーツに行くわ。作戦が成功したのならダンブルドアは今日は私に接触してこないはずだけど、いつまでもホグワーツから離れるわけにもいかないし。」

 

「ええ、行ってらっしゃい。」

 

 私は椅子から立ち上がるとパチェをぎゅーと抱きしめる。パチェは表情こそ平然としていたが、顔を真っ赤にしていた。私がパチェを解放すると、パチェは軽く手を振ってからその場から消える。私は誰も居なくなった部屋でベッドに倒れこんだ。

 

「パチェとの約束……守れるかしら。」

 

 パチェが提案した死んだ人間を生き返らせるプラン。考えを巡らせてはいるのだが、いまいちこれといった作戦を思いつけていなかった。まず大切なのが、ダンブルドアから灯消しライターを奪うこと。灯消しライターを奪うのは、蘇りの石を取り付けないといけない為、ダンブルドアに分霊箱を渡す前にしなければならない。だが、それをすると今度は蘇りの石をダンブルドアに渡すことが出来なくなる。というか灯消しライターごとダンブルドアに蘇りの石を渡さなくてはならない。だとしたら先に蘇りの石を渡して、分霊箱を壊させたあと蘇りの石と灯消しライターを奪うか? なんにしても、一番の難所はそこだろう。

 

「灯消しライターと蘇りの石……まるでパズルね。でも、やり方自体はいくらかある。あとは、どうするのが一番無難で確実かだけど……。」

 

 それ以外の要素も複雑に絡んでくる。占いや術を用い、下準備をバッチリこなしたとしても、運の要素が付きまとうだろう。

 

「……手遅れになる前に手を打たないと。」

 

 私はベッドから起き上がり、まずは書類仕事から始めることにした。




クリスマスパーティー

ダンブルドアがレミリアに分霊箱を要求する

レミリアが見返りに咲夜の返却を求める

ダンブルドア悩む

レミリアも悩む(主に計画で)←今ここ


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防災頭巾やら、伝説やら、十三日の金曜日やら

slump……不調
はい、スランプです。というか花粉の影響でコンディションが最悪です。超絶不調……死ねる。というわけで難産気味の今回ですが、次回から頑張ります。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1997年、四月。

 冬もすっかり過ぎ去り、紅魔館の庭には花が咲き乱れている。美鈴が手入れしているそうだが、見事なものだった。そして、私の心も今日の天気のように晴れやかだ。ようやく、ようやく計画の修正策がまとまった。私の考えた策がきっちり嵌れば、最終的に出る死者は当初の予定より随分少なくなる。下手をすると普通に戦争が起きるよりも死者が少なくなるだろう。

 さて、考えが纏まったところで早速実行に移そう。まずは魔法省だ。私は外出用の服に着替えると、咲夜に一言出かけることを伝え、大図書館に移動する。大図書館では、小悪魔が妖精メイドと共にポーカーをしていた。妖精メイドは裏表がないが故に、手札が読みにくい。深く考えるタイプであればあるほど墓穴を掘るのだ。

 

「小悪魔、ちょっと魔法省に行ってくるわ。」

 

「あ、はい。気を付けてくださいね。今の時間帯は警備の者以外全員退社しているはずです。」

 

「大丈夫よ。占い学の権威ということで、神秘部の予言保管庫に関してはフリーパスを持ってるから。」

 

 吸血鬼であるということを考慮してか、夜でも自由に魔法省に出入りしていいという許可が下りている。煙突飛行ネットワークで魔法省に移動し、受付で通行証を見せ、エレベータに乗り込む。魔法省のアトリウム、暖炉のある階は地下八階、神秘部は地下九階なので、エレベータで一つ降りるだけだ。

 神秘部についたら総当たりで予言保管庫に続く扉を探し、時計の間を抜けて保管庫に辿り着く。下手をするとここに来るのも最後になるだろう。ボードは元気にやっているだろうか。私は歩き慣れた通路を足早に進んでいく。私の予言が並べられている棚まで行くと、去年の秋に咲夜が並べたであろう二つの予言を確認した。ヴォルデモートに向けて送った予言は、棚から無くなっている。これはクィレルから話を聞いている為、確認済みだ。ロックハートがここから回収して、その後捕まりアズカバンまで持って行ったはずである。問題はもう一つ。ダンブルドアに向けて送った予言だ。

 

「予言は……よし、まだあるわね。」

 

 クリスマスに予言について言及されなかったので、まだ回収していないとは思っていたが、それから既に四か月も経過している。流石に回収されているものかと半分諦めていたが、まだダンブルドアはこの予言を見ていないようだった。

 私は予言を手に取り、まだ誰も閲覧していないことを確かめると、その内容を書き換える。いや、書き換えるというよりかは書き加えるか。

 

「アルバス・ダンブルドアに送る。1997年、六月。魔法界の命運を懸けた戦いが起きるだろう。その戦いで多くの死者が出るが、その殆どは息を吹き返す。」

 

 私は予言を書き加え、水晶玉を棚に戻した。取りあえず、これでいいだろう。何故このタイミングで予言を書き加えたか。それは灯消しライター問題を解決するためだ。パチェの熱心な調査により、灯消しライターの運用法が明らかになってきた。まず第一に使い方だが、これは簡単だ。死亡した直後の人間のそばでスイッチを押すと、その人間の魂がライター内に保管される。人間というものは本来は死ぬと肉体から魂が離れ、あの世へと向かっていく。その道中で魂を回収するわけだ。そしてその魂を解放すると、魂は肉体にもどるということである。

 だが、気を付けなければならないことが少しある。まず第一に、回収した魂の肉体が生存に適している状態でないと蘇生は不可能。魂は一度肉体に戻るが、その後すぐに死に絶える。勿論、死んでいる間に肉体を修復すればこの限りではないが。第二に、一度あの世に行ってしまった魂は定着することがないということだ。つまりはどういうことか。死んですぐの人間にしか効果がないということである。このすぐという時間が非常に短く、平均で数秒、長くても十秒ないぐらいだ。

 何故ここまで詳しくデータが取れているか。それはひとえにパチェの功績だ。なんとダンブルドアから五分だけ実物の灯消しライターを貸して貰えたらしい。会話の中で灯消しライターの話題が出て、少し触らせてもらったようだ。その時に内部構造を解析し、精巧なレプリカを作り上げた。パチェが持って帰ってきた灯消しライターのレプリカに蘇りの石を組み込み、人体実験を開始した。食材用に保管していた人間を用い、死の呪文を掛けては灯消しライターで魂を保管、肉体に戻してみる。それを繰り返し行い、データを取ったわけだ。

 パチェ曰くレプリカはレプリカ、言ってしまえば劣化版で、耐久性はあまり高くはないらしい。ダンブルドアが持っている灯消しライターには特殊な素材が使われているらしく、完全に同じものを用意することは叶わなかったそうだ。レプリカに保管できる魂の容量はおよそ三十程度。パチェの試算では、ダンブルドアの作ったオリジナルを用いれば軽く千の魂を保管できるらしい。

 まあ、要するにこの実験で分かったことは、灯消しライターを戦場で使用し、死者を蘇らせることが出来る者はただ一人、十六夜咲夜だけであるということである。彼女の時間停止がないと、死んですぐの魂を保管することは出来ない。それをさらに完璧に行うには、時間を戻す必要性も出てくるだろう。そう、逆転時計を用いるのだ。

 今考えている計画はこうだ。私が咲夜に分霊箱を託し、咲夜がダンブルドアに分霊箱を渡す。私が咲夜に逆転時計を渡し、ダンブルドアも咲夜に完成した灯消しライターを渡す。戦争が終わり、私たちは紅魔館と共に移動を始める。その瞬間、もしくはその前に咲夜が逆転時計を使って戦争が起きる直前に戻る。咲夜が灯消しライターと逆転時計を使い、死者の魂を保管。紅魔館が移転したらその魂を解放し、死者を蘇らせ、咲夜は逆転時計で紅魔館移転前に戻る。

 取りあえず流れとしてある程度は計画を立てることが出来たが、あとはこの計画をどう実行に移すかということかだ。今回、予言を書き加えたのはその辺が関係してくる。ダンブルドアにこの戦争の結末を匂わせることで、灯消しライターの準備をさせるのだ。ダンブルドアに分霊箱を渡した瞬間に、死喰い人が攻めてくるように調整する。ダンブルドアは当然受け取った分霊箱をすぐに壊しに掛かるだろう。それこそ何事よりも優先して。そしてその時に、蘇りの石を灯消しライターに組み込むように意識を向けさせるのだ。

 まあ、何にしても不確定要素が付き纏う。何より今の計画では、咲夜には何も知らせないことを前提としているのだ。咲夜がどういった状況でどう動くかを予想し、計画を立てている。

 

「まあ、あとは咲夜次第か。私としては別に生き返らなくても何も問題ないし。」

 

 そう、この計画で最も重要なのは、失敗しても失うものが限りなく少ないということだ。例え死者が生き返らなくても紅魔館の移転は出来る。死者が生き返らない状況になったということは、咲夜は私のそばにいるはずなので、咲夜を魔法界に置いていくということもないだろう。

 

「……咲夜を試してみるというのもいいかもしれないわね。と言っても、あの子は結構簡単に死んじゃうからあまり無理はさせられないけど。」

 

 十六夜咲夜は吸血鬼であるレミリア・スカーレットの従者だ。その本質は人間というよりかは妖怪に近く、価値観も私や美鈴にかなり近い。自分が人間であるということは理解しているようだが、人間を接するとき、相手を『人間だ』と意識して接している節があるのだ。ハッキリ言って、これは人間としては異常である。咲夜は早々に人じゃない何かに変化してしまうかも知れない。まあ、私としてはそれも構わないのだが。構わないのだが、それは私が選ぶべきものではないと思う。今まで咲夜は選択できる環境になかった。妖怪に育てられ、魔女に見守られ、吸血鬼に仕える。だが、今は選択できる立場にいる。人間に囲まれ、人間から慕われている。

 

「ああ、そうか。」

 

 私は予言保管庫を歩きながらポンと手を打った。咲夜を動かすために色々と考えていたが、逆だ。咲夜に、この戦争の命運を任せてみよう。パチェもそれなら納得してくれるだろう。ある程度の道具を状況を与えて、死者を生き返らせるか、死者をそのままに私たちと一緒に移動するか。

 

「一概には言えないけど、もし死者を生き返らせたらなら、咲夜はまだ人間として生きていけるかも知れないわね。その時は……少しは協力してあげましょうか。」

 

 神秘部から出て、エレベータに乗り込む。これである程度の方針は出来た。こちらで厳密に計画を立てるよりも、お膳立てをするだけの方が相当楽だ。何より生き返らなくても、それが咲夜の選んだ道だと納得できる。失敗したと認めなくてよいのはかなり精神的に楽だ。エレベータを降り、受付に一言挨拶をしてから煙突飛行で紅魔館に帰る。さて、次は引っ越しだ。私は本の整理をしている小悪魔の横を通り抜け、自室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 私が書斎で仕事をしていると、突然私の横にパチェが現れた。私は一瞬ピクンと反応したが、すぐに表情を取り繕う。

 

「あら、お帰りパチェ。このタイミングで帰ってきたということは、ダンブルドアが動き出したのね?」

 

 私は軽く椅子を引きパチェの方へ振り返る。パチェは小さく頷いた。

 

「ええ。どうやら六月に死喰い人のアジトに攻め込むらしくてね。何が何でも分霊箱を手に入れたいようよ。」

 

 なるほど、ということはそろそろ強引な手段で分霊箱を奪ってくるかも知れないということか。

 

「わかったわ。今すぐにでも紅魔館を移しましょうか。」

 

「咲夜を少し借りるわよ。今から四時間後……そうね、深夜零時には大図書館に来て頂戴。」

 

 パチェは部屋の中を見回すと、その場から居なくなる。多分館内にいる咲夜のところに行ったのだろう。にしても四時間か。もっと数分ぐらいで出来ると思っていたが、案外時間が掛かるらしい。まあ、なんにしてもパチェと咲夜に任せておけばいいだろう。私は椅子の位置を戻して書類仕事に戻る。と言っても、マグルの世界との繋がりはこれで切れるのでこの書類も必要ないものか。

 

「あ、そうだ。地下にあるプラチナ、パチェに渡しておかないと。」

 

 少し前に小悪魔がグリンゴッツから取ってきたものだ。勿論、正規の手続きを取ってだが。あの時は意地を張って手で持って運んだが、魔法で移動させてしまうのが一番手っ取り早い。小悪魔なら数トンの荷物程度なら簡単に転送できるだろう。

 そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。

 

「十六夜咲夜です。」

 

「入っていいわよ。」

 

「失礼致します。」

 

 咲夜は静かにドアを開け、書斎の中に入ってくる。そのまま私の隣に来ると、もう一度小さく礼をした。

 

「パチュリー様から伺いました。お引越しをなさるようで。」

 

 どうやら先ほどパチェから話を聞いたということを報告しに来たらしい。私は椅子を軽く引くと、肘を机の上につき、咲夜の方に体を向けた。

 

「ええ。防犯の重要性に目覚めたの。」

 

「それはそれは……ちなみに今まで泥棒に入られたことは?」

 

「そうね、私が当主になってからは無いわ。」

 

 咲夜と冗談を飛ばし合い、くすりと笑い合う。

 

「そうだ。館にいる全員にヘルメットを支給しなさい。着用義務よ。こんな大きなものを動かすんだからきっと滅茶苦茶揺れるわ。落下物注意よ。」

 

「防災頭巾でもよろしいでしょうか。」

 

 防災頭巾? 聞いたことのない単語を聞いた。私が首を傾げると、咲夜が鞄からクッションのようなものを取り出す。咲夜はそれを開き、頭巾のように被った。

 

「なにそれ! かわいい!」

 

 咲夜はふふんと胸を張る。私は咲夜の差し出した防災頭巾をかぶり、顎ひもを軽く縛った。うん、こういうのをギャップ萌えというのだろう。咲夜は防災頭巾の代わりに工事用の黄色いヘルメットを被りなおす。咲夜の身長なら防災頭巾よりもヘルメットの方が似合っているだろう。

 

「では、妖精メイドに支給して参ります。時間になりましたら大図書館に集まるように招集を掛けますので。」

 

「ええ、あそこなら落ちてくるものは本ぐらいでしょうし、ちょうどいいと思うわ。パーティーホールでもいいかも知れないけど、シャンデリアが怖いものね。」

 

「では、私はこれで。」

 

 咲夜はヘルメットを被ったままぺこりと頭を下げ、その場から居なくなる。さて、私も引っ越しの準備を始めよう。私は防災頭巾を被ったまま、棚の上の落ちたら壊れそうなものを床に並べていく。ついでに引き出しもテープで止めておこう。

 

「貴重品はベッドの上に置いておこうかしら。上から毛布を掛けておけば落ちないわよね。」

 

 これで振動対策は完璧である。少しの地揺れ程度では落ちる物はないだろう。

 

「さて、次は私の部屋ね。」

 

 私は貴重品をベッドのある自分の部屋に運ぶために書斎を後にした。

 

 

 

 

 

 深夜零時頃。私は防災頭巾を被って大図書館に来ていた。咲夜やパチェから話を聞いたのか、美鈴や妖精メイドも大図書館内にいる。妖精メイドは数人でグループを作り本を積み木のようにして遊んでいる。美鈴は美鈴で何か期待したような目でそわそわしていた。

 

「そろそろパチュリー様の仰っていた時間になるんですけど……。」

 

 咲夜が一冊の魔導書を見ながら、やはりそわそわとしている。やはり皆一大イベントということを理解しているようだ。ロンドンに建てられてから数百年、一度も館を移動させたことはなかった。いや、そもそも館を移動させることなど普通は出来ないのだが。

 

「あ、連絡きました。少し行ってきますね。」

 

 咲夜は魔導書を確認すると、私の隣に瞬間移動する。いや、多分瞬間移動したのではない。時間を止めパチェの作業を手伝ったあと、止まった時間の中で私の時間を動かしたのだろう。ということはだ。

 

「さて、もうすぐよね?」

 

 私が咲夜に確認を取ると、咲夜はコクコクと頷いた。

 

「はい。準備は整っているようです。」

 

 さて、それではそろそろか。私は防災頭巾を深く被り直し、いつでも揺れに対応できるように羽をそわそわと動かした。地揺れに対する対策は出来ている。空を飛べば揺れは感じないはずだ。大図書館はそこそこ広い。浮かぶぐらいなら十分可能だろう。

 次の瞬間、私の目の前にパチェが現れる。大図書館で儀式を行うということか?

 

「終わったわよ。」

 

 パチェは何時もの調子でそう言った。私は少しきょとんとしてしまう。

 

「何も起きてないじゃない。」

 

「咲夜、時間停止を解除していいわよ。」

 

 次の瞬間、妖精メイドが一斉に動き出す。どうやらパチェは私の呟きを完全に無視することにしたようだった。

 

「全員注目!」

 

 パチェが呼びかけると妖精メイドが一斉に振り向いた。

 

「これから数か月、館の外には出られないわ。」

 

 パチェがそう言った瞬間、妖精メイドからブーイングが沸き起こった。妖精メイドに関しては殆ど管理していないが、紅魔館の周辺で遊んでいることもあるらしい。だがここは我慢して貰わないといけないだろう。

 

「というか、結界があるから妖精メイドは出られないけどね。」

 

 どうやら、物理的に出られないようになっているようだった。それなら情報漏洩の危険性はないだろう。

 

「レミィ、美鈴、咲夜、小悪魔、よく聞きなさい。紅魔館はホグワーツの禁じられた森の中に存在する。……さて、儀式は終了。一応起きたことを説明しておくわね。」

 

 パチェは私の方をチラリと見て、小さくため息をついた。どうやら、ようやく説明をしてくれるようだ。パチェは空中をなぞるように手を動かし、黒板を出現させる。

 

「まず、私たちが向こうの世界にわたるときに紅魔館も送りたいって話になったのよね。それで戦いが起こりそうな場所に紅魔館を持ってきた。」

 

 話になったのよねなんて簡単に言ったが、その話をしたのは相当昔だ。少なくとも数十年前だったはずである。

 

「もっとも、ただこっちに持ってきただけだとダンブルドアにその存在がバレるし、何より目立つわ。だから私は紅魔館が移動してくると思われる場所に予め忠誠の呪文を掛けた。これは生きた人間に秘密を封じ込める魔法で、私が秘密を漏らさない限り館にぶつかるまで近づいても紅魔館の存在には気が付けない。つまり紅魔館は今誰にも認知されない。同時にヴォルデモートの分霊箱も隠されてしまったわけだけど、まあいいわよね。」

 

 パチェは私に確認を取ってくる。というか、まあいいわよねじゃない。それをするために引っ越したのだ。

 

「ええ、問題ないわ。」

 

 忠誠の呪文は秘密を隠す呪文としては最上級なものだ。忠誠の呪文で隠された物や場所は例えパチェでも見つけることは出来ない。それほどまでに完璧に隠されるのだ。確か今だとアズカバンの一部に掛けられていたはずである。

 

「でも、つまらないわね。もっとガタンゴトンと大騒ぎになると思ったのに。」

 

 少し肩透かしだ。私は顎ひもを解き防災頭巾を取る。

 

「私がそんなヘマをするわけないでしょう? それと、美鈴。貴方門番の仕事はもういいわ。」

 

「解雇通知!?」

 

 パチェの言葉に美鈴は唖然とするが、そういう意味ではないだろうに。

 

「あら、本当に解雇してもいいのよ。」

 

「おぜうさま~、冗談はよしてくださいよ。」

 

 美鈴はへらへら笑うが、私は無表情を貫く。美鈴はそんな私の無表情を見て無言で頭を下げた。私はその無防備な後頭部に私は拳骨を落とす。

 

「痛ッ!? なんで叩かれたの私?」

 

 いや、なんとなくだが。パチェは手を振り、妖精メイドが遊んでいた本を全て本棚に戻した。

 

「また少し出かけてくるわ。ホグワーツに。」

 

 パチェは軽く肩を竦めると姿をくらませる。まあ準備に数時間使ったこともあり、あまりホグワーツの自分の部屋を空けられないのだろう。本当に、苦労を掛ける。

 

「美鈴、咲夜、少しついてきなさい。」

 

 私は美鈴と咲夜に軽く手招きし、大図書館を離れる。小悪魔には不貞腐れた妖精メイドのフォローを任せておこう。私は階段を上り、時計台の展望室に出る。そこの窓の先にはホグワーツ城があった。なんというか、こうやって見るとホグワーツは紅魔館より少し大きい。まあ、内部に関してはうちの方が大きいと思うが。

 

「面白いわね。こっちからは見えているのに向こうからは見えないなんて……どう? 咲夜、久しぶりのホグワーツは。」

 

「……不思議な感じがします。そもそもこのアングルから城を見ることが殆どないので。」

 

 まあそうか。ここは禁じられた森の真ん中である。普段生徒は立ち入らないだろう。

 

「そうでしょうね。でも、ここともあと二か月でお別れよ。私は六月にここで戦争を起こす。多分大勢死ぬでしょうね、都合のいいことに。私たちは伝説になるのよ。」

 

「伝説に……ですか?」

 

 咲夜がおうむ返しに聞いてくる。ここの伝説にというのは、パチェが行う術に関わってくることだ。これはこの術の概要を説明されたときに聞いたことだが、私たちが行く土地には特殊な結界が掛かっているらしく、その結界は面白い性質を持っているようだ。

 現代社会にて幻想となったものを引き入れるという性質だ。ようは妖怪や化物を引き込む結界ということである。そういう性質を持っている為、一見簡単に結界を越えられそうだが、そんなに簡単な話でもない。私たちは魔法界で有名になり過ぎた。要は魔法界という人間の社会では、幻想のものではなく、現実のものと認識されているのだ。

 だから伝説になるような戦争を起こし、現実的ではないその結果に乗って移動するのである。とても簡単に説明したが、術の内容はもう少し複雑だ。

 

「そう、伝説。異端である魔法界という世界から異端だと認識されるように。伝説、幻想、神話。まあ特殊な存在だったら何でもいいわ。」

 

 おっと、しゃべり過ぎただろうか。私は咲夜に軽く手を振り、時計塔を降りた。その後を美鈴が駆け足で追ってくる。

 

「伝説になりたいだけなら、自分で魔法界に宣戦布告したほうがいいんじゃないですか?」

 

 美鈴は私に追いつくと、そんなことを提案してくる。私は階段で立ち止まり、美鈴の顔を見た。

 

「貴方……暴れたいだけでしょ。」

 

 美鈴は何時ものようにヘラヘラしているが、獣のような目をギラギラさせている。この戦闘狂めが。私はため息をつくと、階段という高さを利用して美鈴の肩に手を置いた。

 

「美鈴、力を溜めておきなさい。移転した先で侵略戦争を始めるわ。貴方には特攻隊長を任せようと思っている。暴力によって仲間を集め、軍隊を作りなさい。」

 

「え? 私が隊長ですか? ……いいですねぇ。でも、仲間を増やすってことは殺しは無しってことです?」

 

「侵略に行くって言ってるじゃない。皆殺しにしてどうするのよ。」

 

 なんにしても、美鈴は取りあえず納得したようだった。変な歌を歌いながら階段を駆け下りていく。何とも調子のいい奴だ。私は肩を竦めると、階段を降り自室へと戻った。

 

 

 

 

 

 1997年、五月。

 私が部屋で一人チェスの駒を並べていると、部屋のドアがノックされた。

 

「お嬢様、手紙が届いております。」

 

 どうやら咲夜のようだ。にしても手紙か。忠誠の呪文が掛かっていても、その辺は届くらしい。まあ確かに、私の引き出しにはマグルから送られてきた手紙が溜まり続けている。それに一応目を通すのも私の仕事だ。

 

「入りなさい。」

 

 私はチェスの駒を各陣営に見立て、盤の上に置いていく。現状では、死喰い人の方が人数としては多いが、魔法省のほうが質がいい。まあバランスは取れていると言えるだろう。咲夜は私の横まで来ると、一通の便箋を差し出した。

 

「ダンブルドアからです。」

 

 私は咲夜から便箋を受け取り、宛名を見る。そこにダンブルドアの名は無かったが、咲夜は一枚の鳥の羽根をチラリと見せた。不死鳥の羽だ。ダンブルドアが飼っているものだろう。私は封蝋を破り、手紙を取り出す。手紙の内容は咲夜に関する謝罪と、私が持っている分霊箱がないと魔法界のこの先が危ういといった内容が書かれていた。

 

「女々しいわね、ダンブルドアも。過去に色々と背負い込み過ぎているのよ。」

 

「分霊箱に関する手紙ですか?」

 

 咲夜が読んでも問題ない内容だと判断し、私は咲夜に手紙を渡す。ダンブルドアには悪いが、その背負い込み過ぎた過去というものを、武器としてヴォルデモートに与えた。ダンブルドアが抱える心の闇、弱点というのはアリアナ・ダンブルドアのことだ。ダンブルドアはアリアナを自分が殺したものだと思っており、今回咲夜の死に動揺しているのも、咲夜にアリアナを重ねた結果だろう。そしてアリアナのことは、クィレルを通じてヴォルデモートに伝達済みである。小悪魔を見ていると、ヴォルデモートは精神的な攻撃が得意と見える。実力が拮抗した場合、その一手が切り札となってヴォルデモートはダンブルドアに勝利するだろう。ヴォルデモートがダンブルドアを殺し、ハリーがヴォルデモートを殺してくれないと上手く両陣営のトップが死なない。

 順調にヴォルデモートがダンブルドアを殺したとして、ハリーがヴォルデモートを殺せるかという問題が残るが、それもまあ問題はない。ヴォルデモートは絶対にハリーを殺せないからだ。ハリーに掛けられた護りの呪文はハリーが成人になるまで効力を持つ。1997年の六月の時点では、ハリーはまだ十六歳。十七歳の誕生日は迎えない。故に、ヴォルデモートからの攻撃で死ぬことは絶対にないと言い切れる。まあ取りあえず、ダンブルドアが分霊箱寄越せとうるさいが、まだ早いだろう。

 

「まだあと一か月早いわね。」

 

「渡す気はあるんですね。」

 

 咲夜が少し意外だという顔をした。私は当然だと胸を張る。

 

「ヴォルデモートを殺すのはあくまでダンブルドアかハリー、つまり向こう側の陣営よ。まあ、ダンブルドアはヴォルデモートに殺されるんだけど。」

 

 咲夜から返された手紙を、私は跡形もなく燃やし尽くす。いい機会だ。そろそろ戦争を起こす日を決めよう。私は机の上に置いてあるカレンダーをチラリと見て、少し考える。いや、考えるまでもなかった。

 

「クィレルに伝えなさい。ホグワーツに奇襲をかけるのは六月十三日にしなさいと。」

 

「六月の十三日……金曜日ですね。」

 

「そう、伝説を作るにはピッタリ。楽しい夜になりそうね。」

 

 咲夜はそれを聞くと一礼して何処かへ消える。どうやら、クィレルに伝言を伝えるために魔法省へと向かったようだ。私は机の上に置かれた不死鳥の羽根を弄りながら一人呟く。

 

「ダンブルドアもビックリでしょうね。何せホグワーツ中の暖炉がアズカバンと繋がるんですもの。安全地帯が一気に戦場と化す恐怖。ぞくぞくするわ。」

 

 魔法省に手駒がいるからこそ行える作戦だ。私はクツクツと笑うと不死鳥の羽根を引き出しに仕舞い込んだ。




レミリアが予言を書き換える

紅魔館がホグワーツに引っ越し

咲夜がアリアナと話す

パチュリーが死喰い人に対し「この戦争に関与しない」と明言する

アラゴグ、まさかの死

ダンブルドアがレミリアに手紙を出す

戦争を起こす日を決める←今ここ

ダンブルドアがグリンデルバルドを仲間に引き入れる

ヴォルデモートがニワトコの杖と同格、それ以上の杖を手にする

次回から戦争当日に入れるといいですね。


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ホグワーツ決戦やら、ポップコーンやら、戦況やら

最近煩悩と戦いながらこれを書いている私がいます。でもよく考えたら私自身が煩悩みたいなものでした。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


 1997年、六月十三日。

 ついに私の計画も最終段階に来た。いよいよ今日が決戦の日だ。私は自分の部屋に美鈴と咲夜、小悪魔を呼ぶ。クィレルは今は魔法省にいるだろうし、パチェはホグワーツにいるだろう。私は三人を後ろに待たせた状態で、ダンブルドアに手紙を書いていく。内容は、分霊箱を従者に届けさせますというもの。私はその手紙を直接蝙蝠に変化させると、部屋の窓から放った。

 

「……と、これでOK。」

 

 小悪魔は蝙蝠を見送ると、身に着けている分霊箱を銀の盆の上に載せていく。これをダンブルドアの元に運ぶのは咲夜の仕事だ。私は無事ダンブルドアに手紙が届いたことを確認し、咲夜に合図を出す。

 

「……よし、ダンブルドアは手紙を受け取ったわ。咲夜、行ってらっしゃい。」

 

「畏まりました。」

 

 咲夜は私に一礼し、盆を持って姿を眩ませる。私は軽く一息つくと、美鈴と小悪魔を連れて部屋を出た。

 

「さて、咲夜が分霊箱を持って現れたことによってダンブルドアは滅茶苦茶びっくりするでしょうね。そこを狙うのよ。」

 

「何がです?」

 

 私の言葉に、美鈴が首を傾げる。そんな美鈴に小悪魔が人差し指を立てて説明を始めた。

 

「ヴォルデモート率いる死喰い人は、クィレルが繋げた煙突飛行ネットワークによってホグワーツに侵入するんです。侵入してからホグワーツに死喰い人が広がるまでの少しの間、ダンブルドアの目を何かに釘付けにしておけばいいということですよ。」

 

「咲夜ちゃんの愛らしさでメロメロにするってことですね。」

 

「……まあ、そういうことにしておきましょう。」

 

 あ。小悪魔が諦めた。まあでも、あながち間違ってはいないか。私たち三人は階段を降り、大図書館へと入る。私が何時ものように椅子に座ると、小悪魔が目の前の机の上にホグワーツの映像を映し出した。

 

「先生があちこちに目を仕込んでいたみたいで。悟られることなく戦争を見学することが出来ますよ。」

 

 大広間は凄い騒ぎになっている。悲鳴かと思ったら悲鳴交じりの歓声だ。どうやら咲夜が生きていたことに関する歓声らしい。ダンブルドアはダンブルドアで、目の前の分霊箱と咲夜を交互に見ていた。

 

「三、二、一……今アズカバンとホグワーツの暖炉が煙突飛行ネットワークで繋がりました。ダンブルドアは……まだ気が付いていないでしょうね。」

 

 まあ、気が付かないだろうな。そのための咲夜だ。咲夜には死喰い人が大広間に到達するまで、ダンブルドアの目を引いてもらわないとならない。それにこの爆発したかのような歓声のおかげで、周囲の音も掻き消えていることだろう。

 暖炉から沸いた死喰い人は廊下にいる生徒に死の呪文を掛けながら凄い速度で大広間へと進んでいく。その中で一つだけ攻めに出ず、陣地を構築するかのような動きがあった。スリザリン寮の暖炉だ。

 

「どうやらヴォルデモートはスリザリン寮に拠点を構えるつもりらしいわね。」

 

 安全を確保したあとで、悠々とホグワーツに乗り込むつもりなのだろう。

 

『敵が攻めてくるわ! 全員戦闘配置につきなさい!』

 

 咲夜の叫び声と同時に、津波のように死喰い人が大広間になだれ込んできた。用意が出来ている死喰い人と、不意を突かれたホグワーツ生。どちらが有利かは言うまでもない。だが、死喰い人に被害がないわけでもなかった。ホグワーツの大広間は死屍累々で、床が生徒や死喰い人で埋め尽くされる。廊下のあちこちでは光線が飛び交い、そのたびに人が倒れ伏した。

 

「順調に生徒が死んでいるようね。やはりホグワーツを戦場に選んで正解だったわ。」

 

 魔法使いと言えど、ホグワーツに通っている生徒はまだまだ子供だ。大人の魔法使いに対抗できるわけもなく、一方的に死の呪文によって殺されていく。

 

「そろそろ不死鳥の騎士団が到着する時間よ。闇祓い及び傭兵部隊は更に二十分後。」

 

 いきなり私の横にパチェが現れる。そういえばすっかり馴染んでいて気が付かなかったが、教員テーブルの端っこにパチェは座っていたようだ。多分戦争が始まったからヴォルデモートに明言した通り干渉しないようにこちらに逃げて来たのだろう。パチェは私の横に腰かけた。

 

「そんなに早く騎士団員がくるの? 闇祓いより到着が遅れるものと思っていたんだけど。」

 

「不死鳥の騎士団は今日ホグズミード村で会議を行っていたのよ。都合良くね。」

 

 パチェはそう言うが、きっとパチェが何か仕込んだに違いない。

 

「そう。それは何ともまあ『都合の良い』ことで。」

 

 私は適当に納得すると、パチェが動かした映像を見た。目の一つは咲夜を追っているものらしく。咲夜は死喰い人を物凄い速度で蹴散らしながら廊下を走っていた。

 

「咲夜、これ普通にナイフで殺しているけど……。」

 

 パチェがぽつりと呟く。まあ、言わんとすることは分かる。ナイフで殺したら、その外傷が原因で蘇生が出来なくなる。

 

「まあほんの一部じゃない。」

 

「いいなあ、咲夜ちゃん。楽しそうだなぁ……。」

 

 私の隣で美鈴がそんな物騒なことを呟いた。この戦闘狂め。

 

『なんだ!? 敵か! いや幽霊だな死ね!!』

 

 咲夜がマッドアイと鉢合わせる。どうやら、パチェの言った通り不死鳥の騎士団のメンバーが到着したようだ。咲夜は騎士団員と一言二言言葉を交わすと、別の方向に駆けだす。そして物陰に入った瞬間に消えた。数秒後、バチンという音がして咲夜が私の目の前に現れる。ここまでは予定通りだ。

 

「おかえり、咲夜。いい感じに戦争が起こっているわね。」

 

「ふむ、現在死者はホグワーツの生徒が五十人、死喰い人が三十人。少し死喰い人が押しているように見えるわね。」

 

 パチェの言葉が本当なら、騎士団員はまだ生き残っているようだ。だが、私の予想では、戦場はもっと血と肉で泥沼と化す。

 

「パチェ、ダンブルドアは今どこ?」

 

 パチェは映像の端の方を指さす。ああ、ここは私の記憶にもある。この無駄に小物が多い部屋は、間違いなく校長室だ。ダンブルドアは壁に掛けてあったグリフィンドールの剣を手に取ると、分霊箱を次々に壊していく。

 

「生徒を見捨てて自分は分霊箱優先……より大きな善のため、ね。」

 

 パチェがぽつりと呟いた。まあ、分霊箱の破壊を優先して貰わないと困るのだが。ダンブルドアは分霊箱を破壊し終わると、蘇りの石を見て少し固まったあと、ポケットの中に入れた。

 

「ちゃっかりしてるわ。咲夜、ポップコーン。」

 

「どうぞ。」

 

 咲夜は鞄からバケツほどのカップに入ったポップコーンを取り出すと、私に差し出してくる。アメリカの映画でよく見るようなサイズのポップコーンに少し戸惑うが、まあ雰囲気が出ていいかと、半ば強引に自分を納得させた。

 

「さあ、賽は投げられた。」

 

 私は不敵にほほ笑むと、机に映し出された映像に集中する。ホグワーツでは着実に死者が出ているようだ。そのうち蘇生できそうなものはその半分といったところだろうか。ホグワーツの生徒は死の呪文によって殺されることが多いが、死喰い人はその他の、もっと殺傷的な呪文によって死ぬことが多い。

 

「ダンブルドアとハリーが合流したようですね。」

 

 小悪魔が、校長室の入り口あたりを指さす。確かにそこにはダンブルドアとハリーが並んで走っていた。これは都合がいい。ハリーがここで死んでは非常に困るのだ。ダンブルドアもそれをよく分かっているのだろう。前に出ようとするハリーを庇いながらホグワーツの廊下を進んでいく。どうやら死喰い人が沸いてくる暖炉を先に潰すことにしたようだ。

 

「魔法省の闇祓いが、今ホグズミード村に到着したようです。」

 

 小悪魔が指差す先には、慌ただしく指揮を執るクィレルの姿があった。だが、ホグワーツは現在多数の吸魂鬼によって包囲されている。ホグワーツに到着するまでにはもう少し時間が掛かるだろう。

 

「ダンブルドアが暖炉を一つ封鎖しましたね。」

 

 ダンブルドアを目で追っていた咲夜がぽつりと呟いた。

 

「なるほど。ダンブルドアもバカじゃないわね。確かに暖炉を封鎖すればこれ以上死喰い人が入ってくるのを防げる。」

 

 だが、全ての暖炉を塞ぐことは不可能に近い。暖炉に近づけば近づくほど死喰い人の数は増えるのだ。暖炉の数が限られてくると、必然的に一つの暖炉から出てくる死喰い人の数が増える。最終的には暖炉に近づくことすらできなくなるだろう。

 私はポップコーンを食べながらこの戦争を見守る。今のところ、順調だと言えるだろうか。双方ともにかなりの死者が出ているように見える。

 

「いけ! そこだ! よし、いいぞ!」

 

「美鈴うるさい。」

 

 だが、パチェと小悪魔の表情を見る限り、少し問題も起こっているようだ。小悪魔は死者の数を数えながら、ぽつりと呟いた。

 

「やはり死喰い人の数が圧倒的に少ないですね。死んでいるのは殆どが生徒です。死喰い人の殆どが気絶させられたりといった、死とは違う方法で無力化されていってます。」

 

 想定内、とは言えないだろう。死の呪文を多用する死喰い人に比べ、ホグワーツの生徒や教員は失神呪文など、相手を無力化する術を使っていることが多い。倒れ伏している死喰い人の殆どは気絶しているだけで、まだ息があるということか。まあいい、死者の数は最悪足りなかったらこちらで殺せばいいのだ。

 

「死喰い人の本陣が到着したわね。やはりスリザリン寮を占拠し使う目論見みたいよ。」

 

 パチェは映像の一つを拡大する。そこにはヴォルデモートの姿があった。しっかりと拠点を築いてから現れるあたり、ヴォルデモートは用心深い性格とみえる。

 

「あ、ホッグズ・ヘッドにクィレルがいますね。どうやら闇祓いの本陣を率いてきたようです。」

 

 美鈴が呑気にそう言った。さっき小悪魔が言った言葉を聞いていなかったのだろうか。闇祓いたちは隊列を組み、吸魂鬼を突破しようと必死になっている。あの様子なら、数分で吸魂鬼の包囲に穴が開くだろう。

 

「さらに戦いは激化していくわね。」

 

 さて、そろそろ頃合いだろうか。私は計画を少し進めることにした。ポケットの中を探り、逆転時計を引っ張り出す。これはパチェが持っていた逆転時計だ。魔法省が管理していた逆転時計は去年の神秘部の戦いで全て壊れてしまっている。

 

「咲夜、持っておきなさい。」

 

 それを、咲夜に手渡した。

 

「あの時の答えを見せて頂戴な。」

 

 咲夜は私から逆転時計を受け取ると、目をぱちくりさせて不思議そうな顔をした。まあ、いきなりこんなことを言われても意味が分からないだろう。でも、それでいいのだ。あの時の答え、咲夜が二年生になったときに、私は咲夜の価値観を弄った。人間を人間として見れるように。ようは、生物というくくりから、人間を切り離したような形だ。そうしたことで、咲夜の中では人間というものに固有の価値観が出来たはずである。それが果たしてどういうものなのか、今ここで見せてもらおう。

 

「多分現存する最後の一つだわ。貴重なものよ。」

 

「あの時の答え……ですか。」

 

 咲夜は首を傾げつつも、逆転時計を首から掛ける。ダンブルドアなら、咲夜が首から下げているものが逆転時計だと分かるだろう。あとはダンブルドアが逆転時計を持っている咲夜を見て、全てを察してくれればいいだけだ。なんだか凄くダンブルドアまかせのように聞こえるが、そうなるように色々と種は撒いておいた。

 

「面白い戦いが見られそうですね。」

 

 小悪魔が指差した先はホグワーツの玄関ホールだった。ホグワーツ城の中でも一番の激戦区になっている場所である。そこは既に床が死体で埋め尽くされており、足の踏み場が無いほどである。何故このようなことになっているのか。答えは簡単だ。吸魂鬼の包囲を突破した闇祓いは当然のように一階の玄関ホールから入ってくる。それを死喰い人が迎え討ち、共倒れになった結果がこれだ。だが、小悪魔が面白そうだといったのは、この面白珍事件のことではないだろう。玄関ホールで睨み合っている二人の魔法使いがいる。マッドアイとクラウチだ。クラウチは一昨年中マッドアイの真似をしていた。その癖がまだ抜けていないらしく、しゃべり方や仕草がマッドアイに似ているのだ。

 

「新旧マッドアイね。実力的にはどうなの?」

 

「現役時代なら旧マッドアイのほうが強いでしょうけど、アレももう歳よ。今なら新マッドアイのほうが強いでしょうね。」

 

 パチェは冷静にそう分析した。先に動いたのはマッドアイの方だ。物凄い速度でクラウチに杖を向け、呪文を放つ。クラウチは放たれた呪文を盾の呪文で弾き、同じように呪文を掛けた。確かに、動作のキレはクラウチのほうがいい。

 私はふと目を放してダンブルドアの様子を確認する。ダンブルドアとハリーは暖炉を塞ぐことに集中しているようだ。闇祓いは死喰い人の無力化に走り、教員は暖炉を塞ぎに掛かっている。いい感じに役割分担が出来ているように思えるが、そうではない。闇祓いは単純に死喰い人を無力化しているだけ。教員は暖炉を塞いでいるだけだ。打ち合わせたわけではないだろう。

 そうこうしていると、玄関ホールに違う人影が飛び込んできた。騎士団員のトンクスとルーピンに、死喰い人のレストレンジだ。いや、二人は結婚したからニンファドーラ・ルーピンにリーマス・ルーピンと言ったほうが正しいのか。だが、まあ混乱するのでトンクスとルーピンでいいだろう。これで総合的に見れば二対三。騎士団側が少し有利か。

 

「あ、これ床に転がっているうちの一人はキングズリーみたいですね。多分クラウチにやられたんでしょう。」

 

 小悪魔が死者のメモを取りながらポツリと呟いた。キングズリーはダンブルドアからも信頼を置かれるかなり優秀な魔法使いだったはずだ。ただの死喰い人にやられるとは思えない。多分クラウチにやられたところに、マッドアイが来たのだろう。現在、クラウチはマッドアイと、レストレンジはルーピン夫妻とやりあっている。あ、ルーピン夫妻って言い方便利だな。そんなことを考えていたら、トンクスの放った逆転呪文がレストレンジに直撃した。そのせいで今まで罵声を飛ばしていたレストレンジが急に祝いの言葉を怒鳴り始めた。

 

「呪ってやるよ、じゃなくて、祝ってやるよってこと?」

 

 一番漢字を感覚として知っていそうな美鈴に冗談を飛ばす。

 

「呪うと祝うって漢字が似てますからね。」

 

 美鈴はすぐに私の言わんとすることを察して言葉を返した。そのあと、何かに気が付いたかようにハッとする。

 

「そういえば、私たちは戦いに参加しなくてよいのですか?」

 

 美鈴は体を疼かせながらそう言った。こいつは……何度か言ったはずなのだが、戦いを見てかなり興奮しているように見える。私は大きなため息をついて美鈴に再度確認した。

 

「あのねぇ……私たちはこれから何をしに行くの?」

 

 美鈴は少し考えたあと、ポンと手を打つ。

 

「日本にある秘境を侵略に。」

 

「じゃあその戦いの前に消耗してどうするのよ。私たちが手出しするとしたら、ダンブルドアとヴォルデモートが死ななかった時よ。」

 

 その場合はやむを得ず、私が直接手を下そう。まあ手を下すと言っても、咲夜に時間を止めさせて、止まっている時間の中で首を刎ねるだけだが。

 

「ああ、惜しい。新旧マッドアイ対決は二代目の勝ちですね。」

 

 アホみたいな話をしている間に、マッドアイが死んだ。やはり、クラウチは天才的な魔法使いだ。咲夜が一度殺されたのも頷ける。

 

「あ、トンクスが激情した。おお! 強い。まるで親を目の前で殺された子供のような怒りっぷりですよ?」

 

「なんですか? その具体的な例えは。」

 

 これで二対二になったが、クラウチとレストレンジのペアのほうが戦力的には上だろう。あの二人はペアで戦うことに慣れている。すぐにでもルーピン夫妻はただの有機物になるだろう。

 

「あ、ロンが死んだわね。」

 

 咲夜が誰に言うでもなく、一人ぽつりと呟いた。私は咲夜の視線の先を見る。そこでは見覚えのある赤毛を泣きながら引き摺る癖毛の女がいた。死んでいるのがロンで、泣いているのがハーマイオニーだろう。なんというか、懐かしい光景だ。死んだ人間を、無意味だと分かっていても運ぶ。それが自分の命を脅かす行為だと分かっていても。そのような状態で満足に動けるはずがない。ハーマイオニーも死の呪文にあたり、息絶えた。

 

「あら、貴方と仲の良かった人間じゃない?」

 

 私は二人並んで死んでいる人間を指さして咲夜に問う。咲夜は表情一つ変えずに問いに答えた。

 

「ハーマイオニーは優秀なはずなのですが、情に流されすぎましたね。」

 

 その答えを聞いて、パチェが少し表情を固くした。魔法界の行く末を咲夜に任せたという話はパチェにしてある。つまりパチェとしては、咲夜に少しは人間を思いやる心を持って欲しいわけだ。じゃないと、死んだ人間は生き返らず、多数の犠牲を残したまま魔法界を離れることになる。まあ私としては、どちらでもいいわけだが?

 

「悲しくはないの?」

 

 そう咲夜に聞いたのは美鈴だった。こいつからそういう言葉が出るとは思ってもいなかっただけに、少し驚いてしまう。だが、咲夜にとってはそこまで違和感がなかったのか、平然と答えた。

 

「本当に大切だったら何処か遠くへ隠していますよ。」

 

 口ではそう言っているが、咲夜の表情は何処か物哀しげだった。

 

「そう。」

 

 私は短く言葉を返し、咲夜の首に掛けられた逆転時計を見る。咲夜はまだ時間を越えていない。逆転時計で時を越えた瞬間から、世界は書き換えられるのだ。

 

「あ、ルーピン夫妻も死んだわね。」

 

 

 

 

 

 暫く経つと死喰い人の巨人部隊が到着した。巨人は暖炉では運べない。遠くから徒歩でやってきたのだろう。

 

「ついに巨人と人狼部隊も到着したわね。吸魂鬼は動かないのかしら。」

 

 さきほどから吸魂鬼はホグワーツを包囲したまま動いていない。だがまあ、あれでいいのだろう。吸魂鬼が戦闘に加わると、敵味方関係なく襲い掛かるだろう。死喰い人としても、それは望ましくない。

 

「にしても凄いのはクィレルね。」

 

 私は机の端にチラリと映るクィレルを見る。

 

「こんな状況になってもまだ魔法大臣として指揮をしているわよ。少し考えたらクィレルが裏で手を引いていたことぐらい分かるはずなのに。」

 

 クィレルには、死喰い人のスパイだとバレたら紅魔館に帰ってこいと命令を出している。だが、闇祓いを指揮しているところを見るに、まだバレてはいないようだった。どうやらクィレルは私が思っていた以上に信頼を勝ち取っていたらしい。まあ、それ以外に、パチェが合図を出した時にも帰ってくることになっているが。

 

「そういえば、クィレルはどの段階で拾いに行くのですか? 紅魔館の敷地内にいないと一緒に移動できないのですよね?」

 

「私が合図を出すことになってる。戦況次第ね。」

 

 咲夜の問いに、パチェは小さな赤いボタンを取り出して答えた。なるほど、そのチープなボタンを押すことで、クィレルに合図を送るというわけか。実にシャレが効いている。先ほど咲夜は一緒に移動すると言ったが、実のところクィレルを向こうに連れていく気はなかったりする。出来ればこちらの世界に手駒が欲しいのだ。まあ、連れていく流れになったら、連れていくが。私の中では、クィレルはまだ捨てられる手駒だ。有能な男だが、代わりがいない人材でもない。

 

「凄いですね。ホグワーツの中で一番平和なのがスリザリン寮ですよ?」

 

 確かに小悪魔の言う通り、スリザリン寮はとても静かだ。まあ、それもそのはずだろう。スリザリン寮のソファーには、ヴォルデモートが不敵な笑みを浮かべて腰かけていた。その横にはペティグリューとロックハートがいる。ペティグリューはなんとなく分かるが、何故ロックハートがあんなところにいるんだ? 確かに私はロックハートがアズカバンに行くように仕組んだ。だが、そこで殺されるものだと思っていたのだが。

 

「聖マンゴに行った時にアレの運命を少し弄ったのよ。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったけどね。」

 

 そう言えば、聖マンゴと言えば、もう一人いたな。私は映像の中を軽く探し、目的の人物を見つける。

 

「いたいた。このデビルなんちゃらって子の成長も凄いわよね。」

 

「ネビルです。お嬢様。」

 

 ああ、そうだ。ネビル・ロングボトムだ。

 

「まさかあそこまで劇的に成長するとは思わなかったわ。」

 

 病院で見た頼りない姿は何処へやら。死喰い人と戦う顔つきは戦士のそれだ。

 

「お嬢様。まさかネビルの運命も操っていたのですか?」

 

「厳密に言えば能力ではないんだけどね。簡単なメッセージを送っただけよ。がんばれ~って。」

 

 私は両手を握り、小さく上下に振った。まあ、厳密にはそんなに生易しいメッセージでもないのだが。ネビルには『戦え』とメッセージを送った。それも、母親からのものだと勘違いするように。ネビルはメッセージ通り『戦って』いる。

 

「パチェ、被害状況は?」

 

「ゼロよ。」

 

「私たちじゃなくて。」

 

 パチェは死者をカウントしていた紙を私に見せてくれた。先ほどまでと比べると、死喰い人の死者数が一気に増えている。これは一体何事だろうか。都合がいいことこの上ないが、原因は知りたい。

 

「あら、死喰い人の死者が一気に増えているわね。一体どういうこと?」

 

 紙を返すとパチェは映像の一部を指さした。場所は大広間のようだが、そこでは見覚えのある老人が手当たり次第に死喰い人に死の呪文を掛けていた。

 

「ゲラート・グリンデルバルド。ダンブルドアは戦力になると思っていたようだけど。」

 

 ダンブルドアとしては、本当はパチェに助力を仰ぎたかったのだろうが、それが不可能だと悟り、苦し紛れの策を取ったのだろう。

 

「めちゃんこ強いっすね。このおじいちゃん。」

 

 美鈴が感心したように頷いた。そのままシレっと私の持っているポップコーンに手を伸ばしてきたため、すぐさま叩き落す。例えこのポップコーンを一人で食べきれないとしても、美鈴には一粒たりともやるものか。

 

「グリンデルバルドというのはヴォルデモートよりも前に魔法界を征服しようとした闇の魔法使いです。」

 

 小悪魔が美鈴に簡単にグリンデルバルドについて教えた。グリンデルバルドは意識が有る無し、敵意が有る無しに関係なく死喰い人に死の呪文を掛けていく。つまり、失神して床に倒れ伏している死喰い人にも死の呪文を掛けていた。まったくもって都合の良い人材だ。

 

「何とも都合がいいじゃない。」

 

 パチェはペンを置くと、懐から羽ペンを取り出す。その羽ペンは自動的に紙の上で立つと、独りでに動き出した。

 

「あ、先生それズルくないですか?」

 

 パチェはもう一つ羽ペンを取り出し、小悪魔に手渡した。小悪魔は紙の上に羽ペンを置き、椅子に座る。小休止だと思ったのか、咲夜が紅茶の準備を始めた。

 

「あら、クィレルが怒るわよ?」

 

 私は咲夜の淹れた紅茶を手に取る。咲夜はクィレルのいる方をチラリと見た。

 

「はい。ですので私も紅茶は無しです。」

 

 次の瞬間、映像の中のグリンデルバルドが巨人に押しつぶされた。

 

「案外あっけないものね。」

 

 だがまあ、人間というのはいつ死ぬか分かったものではない。特に戦地では、どんな英雄でもギャグのように死んでいく。まあでもグリンデルバルドはよく働いてくれた。グリンデルバルドだけで、五十人を超える死喰い人を殺している。

 

「レミィ、ダンブルドアがスリザリン寮を目指して移動を始めているわ。」

 

 パチェに言われて、私は映像の中からダンブルドアの姿を探す。パチェが映像の一部を指さし、場所を教えてくれた。確かにそこにはダンブルドアとハリー、シリウスがおり、ダンブルドアとシリウスはハリーを庇いながらスリザリン寮の入口へと向かっていく。ダンブルドアは言うまでもないが、シリウスもかなり強い。その実力はダンブルドアに次ぐのではないだろうか。二人は死喰い人を蹴散らしながら凄い速度で前へと進んでいく。五分もしないうちに、ダンブルドア達はスリザリン寮の前までたどり着いた。ダンブルドアはシリウスに目配せすると、とっくに題材が避難した肖像画の入り口を魔法で吹き飛ばす。そして油断なく杖を構えたまま、中にいるヴォルデモートに話しかけた。

 

「こんばんは、トム。一言言わせてもらえれば、『やってくれたなこんちくしょう』じゃ。」

 

 そんな挨拶を聞いて、ヴォルデモートは愉快だと言わんばかりに杖を抜き、ソファーから立ち上がる。

 

「待っていたぞダンブルドア。ここさえ潰せばイギリス魔法界は私の手に落ちる。いや、違うな。貴様さえ潰せば……か。」

 

 ヴォルデモートは杖を持ったまま、無造作にダンブルドアに近づいていく。それを見てダンブルドアは何かを察したらしい。

 

「では参ろうかの。」

 

 双方ともに杖をおろし、並んでホグワーツの廊下を歩き出した。




レミリアがダンブルドアに手紙を送る

ダンブルドアがレミリアからの手紙を読む

咲夜が分霊箱をダンブルドアに持っていく

クィレルがホグワーツとアズカバンの暖炉を繋ぐ

死喰い人が大広間を襲う

ヴォルデモートの分霊箱が破壊される(髪飾り、ロケット、カップ、指輪)

ダンブルドアとヴォルデモートが対峙する←今ここ


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決闘やら、決着やら、決別やら

これはな……ちゃうねん。最終章の展開色々考えてて遅くなったとか、そういう理由です。本当ですよ。決して身内に誘われてゲームしてたとか映画借りまくってたとか休みが取れたから旅行に行ってたとかそういうのじゃないです。
職場にあるキーボードをスマホに繋いでこっそり書こうとも考えたんですが、無線は無線でもUSBから飛ばすタイプでした。残念。

というわけで多分次回で最後です。年度末で忙しくまた遅くなるかも知れませんが、ご容赦ください。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


「あひゃひゃひゃ! そう来たか!」

 

 私はダンブルドアとヴォルデモートの予想外の行動についつい声に出して笑ってしまった。スリザリン寮に突入したダンブルドアは、ヴォルデモートと顔を合わせると肩を並べて歩き出したのだ。

 美鈴は状況が分からないのか、説明が欲しいとパチェの肩を掴み揺すっていた。大きく揺さぶられているためか、パチェの声は波打っている。

 

「だから――場所を――変えるって――ことでしょ? いい加減やめなさいそれ。」

 

 パチェは手元にあった本の角で美鈴の脳天を叩く。

 

「まあ、会話を聞いてみればわかるわ。」

 

 パチェは映像を大きくする。するとダンブルドアの声が大きくなった。

 

『何も不思議なことはないぞ、ハリー。無駄な消耗が嫌いなのはわしもヴォルデモートも同じじゃ。』

 

 私はこの結果を全く予想していなかったわけではないが、本当にそうなるとは思ってもいなかった。というか、一番無いパターンだと踏んでいたのだが……予想とも展開が違う。このように、ある程度理性的な話し合いが行われるとしたら、それはこの戦争の前だと予想していた。戦いの最中にこのような話し合いに繋がるとは……。

 

『ダンブルドア、先に確認しよう。私が勝ったらイギリス魔法界は私が頂く。』

 

『ほっほっほ、わしが死んだら確かにイギリスの魔法界はお主の手に落ちるじゃろて。じゃがのう、トム。わしが負けることは万に一つもありえんことじゃ。』

 

 ヴォルデモートがダンブルドアに確認し、ダンブルドアが自信満々に返す。つまりこの二人は今から決闘を始めようとしているのだろう。双方ともにこれ以上被害が大きくならないようにしようとしているのだ。ダンブルドアとヴォルデモートは校庭に出ると、杖を上空に向け花火を打ち上げる。そして喉元に杖を突き付け、ホグワーツ中の人間に話しかけた。

 

『わしら今から戦うからのう。見たい者はホグワーツのクィディッチ競技場にくるのじゃ。』

 

『私は今からダンブルドアと一騎打ちの決闘を始める。全員戦闘を止めクィディッチ競技場に集合せよ。』

 

 その声は直接紅魔館の地下の大図書館まで届いた。ここに届いているということはホグワーツの敷地内には届いているだろう。私はチラリとホグズミード村にいるクィレルを見る。クィレルも何事かとパーシーと顔を見合わせているところを見るに、声は届いたらしい。まあ何にしても、両陣営のトップの言葉に、先ほどまで戦っていたものは一人残らず手を止めて顔を見合わせていた。

 

「なんというか、あれね。初めからこれでいいじゃないと思うのは私だけ?」

 

 パチェはブスッと呟いた。いや、初めからこれだとあまりにも死者数が足りない。というか、このタイミングで戦いが止まると、普通に死者数が足りないだろう。まあでも、その辺はパチェの秘策とやらを使用しよう。私はパチェの言葉にケラケラと笑いながら答えた。

 

「戦争なんてそんなもんよ。利益を求めて戦争するのはあまりにも馬鹿らしいわ。」

 

 ホグワーツにいる人間たちは、皆言われた通りに競技場を目指して歩いていく。咲夜はその光景を信じられないものでも見るような目で見ていた。

 

「元々あの二人を中心として集まった勢力だからね。」

 

 私は飲み干したカップをソーサーの上で一回転させる。その瞬間、私の目の前にある暖炉が燃え上がり、クィレルが姿を現した。咲夜はいそいそと紅茶を用意をし始める。

 

「あ、いや別に紅茶を飲みに来たわけでは……。」

 

 そう言いつつも、クィレルは咲夜からティーカップを受け取った。クィレルはこの展開に混乱しているのか、いの一番に私に問う。

 

「お嬢様、この状況どう見ますか?」

 

 どう見ますか、か。どうもこうもありのままとしか言えないが、よくよく考えると少し都合がいいようにも思える。今まで立てていた計画では、乱戦の中ダンブルドアが死に、ヴォルデモートが死ぬ予定だったが、決闘を行うなら大体の可能性でダンブルドア、ヴォルデモートともに死に至るだろう。そして一か所に集まっているということは、パチェの術が使いやすくなる。

 

「丁度いいんじゃない? これなら確実にダンブルドアとヴォルデモートのどちらかが死ぬわ。そして人が一か所に集まっていた方がこちらとしても都合がいい。」

 

 私は見様見真似で机の上の映像を拡大する。そこにはダンブルドアとヴォルデモートが向かい合って立っていた。

 

「クィレル、そして咲夜。競技場に向かいなさい。貴方たち二人がそこにいない方が不自然だしね。」

 

 咲夜は皆のティーカップにおかわりの紅茶を淹れると、一礼してクィレルと共に大図書館を出ていく。私はそれを見届けた後、儀式について最終的な確認を取ることにした。

 

「さて、パチェ。現在の死者の数はどれぐらい? 目標は達成できたかしら。」

 

 私はパチェと小悪魔が書き込んでいた紙を覗き見る。パチェは小さく首を振った。

 

「いえ、達成できていないわ。双方合わせて四百人に達していないぐらい。あと二百人前後は死者が欲しいわね。」

 

 二百人。四百人に比べると小さな数だが、これからの戦況でさらに二百人の死者が出るとは思えない。ということは、やはりパチェの術に頼らざるを得ないだろう。こういった場合に備え、パチェが考え出した解決策が、無差別的な呪文の研究だ。本来、物や人に掛ける魔法というのはある程度の指向性を持っている。指向性を持った光線のようなものだ。だが、それを光や電波のように全方向に拡散させることが出来れば、魔法は全方向に飛ぶことになる。

 なんか凄い難しそうに聞こえるが、ただ拡散させるだけなら比較的簡単に出来るそうだ。だが、本当の意味で無差別攻撃になるが。ようは、爆弾を抱えての自爆と変わらないのだ。それだと、使い勝手云々の話ではなくなる。そこでパチェは魔法その物に改良を加え、新しい性質を付け加えた。本来魔法は体に当たっただけで効果を発揮するが、パチェが改良した魔法は体に当たっても無害だ。その代わり、魔法の光が目に入ると効果を発揮する。ようは、バジリスクの目を見たら死ぬというのを魔法で再現した、ということである。

 

「まあでも好都合じゃない。一か所に集まるんだったら術が掛けやすくなるでしょ?」

 

「そうなのだけどねぇ……。」

 

 パチェは机の上に映し出された競技場を見る。次第に各勢力の人員が集まってきているらしく、半分以上の席が埋まっていた。

 

「でも本当に戦闘がぴたりと止まりましたね。普通こんなことってありえないですよね?」

 

 美鈴が言うように、意識のある者は皆戦闘を止めて競技場を目指している。集団心理が働いているとはいえ、確かにここまでピタッと戦闘が止まるのは奇妙とも思えた。

 

「ダンブルドアとヴォルデモートが呼びかけた時に何か魔法を使ったとか? どう思うパチェ。」

 

「拡声だけではなく、沈静効果のある呪文ってこと? 多分無いと思うのだけど。そういう効果があったら少しは美鈴も大人しくなってるはずだし。」

 

 ああ、それは説得力のある話だった。だとしたら、純粋に二人のカリスマのなせる技ということか。私が一人納得していると、小悪魔がクスリと微笑んだ。

 

「多分双方ともにこの地獄のような戦争に嫌気が差してたんだとは思いますよ。だってこの戦争、どちらかを殲滅するまで終わらなさそうだったじゃないですか。機会を待っていたんですよ多分。」

 

「あー。」

 

 美鈴が曖昧な相槌を返した。というか悪魔であるこいつが一番人間の心理に詳しいってどうなのだろうか。いや、逆に悪魔だからこそ詳しいと言えるのか?

 

「集まるまで少し時間がありそうね。あ、そうだ。一応確認を取っておくわ。多分この後ダンブルドアとヴォルデモートが決闘を始めるはず。私の想定では、先に死ぬのはダンブルドアよ。その後、ハリーが決闘を引き継ぎ、ヴォルデモートが死ぬ。私たちが出ていくのはこのタイミングね。競技場の中心に堂々と現れて、パチェが一回ピカっと。それで術の条件は達成されるはずよ。」

 

 当初の予定とは少し異なるので、簡単に確認を取っておく。まあ場所が変わるだけなので特に問題は無いだろう。一番危惧していた展開は、ダンブルドアとヴォルデモートの和解だ。戦い事態が起こらなければ、数年の努力が無駄になるところだった。まあ、そんなことはありえないと分かっているが。

 

「そのあと、また紅魔館に戻ってくるってことですよね。で、ぴかっというのは?」

 

「ほら、クリスマスパーティーの時に咲夜ちゃんが使っていたアレですよ。あの全体攻撃的なやつです。」

 

「ちょっと待って、クリスマスパーティーでアレを使ったの?」

 

 私は慌てた態度が表情に出ないようにしながら小悪魔に確認を取る。クリスマスパーティーでそんな殺人光線を使う機会があっただろうか。私の知らないところで殺戮が行われていたのだとしたら、私の監督責任だが……内心少し焦っていると、パチェが説明してくれた。

 

「ああ、死の呪文ではないわ。服従の呪文よ。」

 

「もうそんな応用が出来ているの?」

 

 どうやらバジリスクの目というのは間違った表現方法だったらしい。パチェが開発したのは見たら死ぬ光線ではなく、魔法の在り方を根本から変えるものだったようだ。パチェ曰く、全ての魔法に応用できるらしい。

 

「なんというか、小悪魔やクィレルがパチェのことを規格外というのが分かる気がするわ。未来に生きてるわね。」

 

「そんなことよりも……レミィ、少しいい?」

 

 パチェは椅子から立ち上がると、私の袖を引っ張る。何かここでは話せないことだろうか。私は引っ張られるまま椅子から立ち上がると、パチェに連れられて図書館にある一室に入った。ここは元々何も置いていない小部屋だった場所だが、パチェが来てからは実質的にパチェの部屋になっている。人間だった頃はここで寝起きしていた記憶がある。

 

「この部屋に入るのも久々ね。で、話って何かしら。」

 

 私は使った痕跡の無いベッドに腰を下ろす。パチェは机の前に置いてある椅子を引きずり、私の前に腰かけた。

 

「さっきの話の続き。……ねえ、本当にやるの?」

 

 私は一瞬なんのことを言っているのか分からなかったが、パチェの目を見て察する。パチェは競技場に集まった人間に死の呪文を掛けることに戸惑っているのだ。それもそのはずである。研究や実験のために人間を殺すことはあっても、パチェは純粋な意味で殺人は犯したことが無い。それどころか、誰かと戦った経験すらないのだ。

 

「……パチェが嫌だというのなら、小悪魔にでも任せるけど。」

 

「そういう問題じゃ……。そもそも貴方が立てた作戦ってほぼ咲夜任せじゃない。」

 

「……そこは分かって頂戴。そもそも矛盾する二つの作戦を両立させるだけで精一杯なのよ。本来の計画が失敗するリスクを冒すわけにもいかないし。」

 

 私はパチェの肩に手を置く。パチェはその上から手を重ねた。

 

「分かってはいるのよ。分かっては……。」

 

 私はパチェの手を掴んでそのまま後ろに倒れこむ。パチェも引っ張られる形でベッドに倒れこんだ。

 

「もう、しっかりしてよね。貴方そんなに人情溢れるタイプでもないでしょうに。」

 

「これでもまだ百歳前後よ。人間を辞めてからまだ数十年しか経っていないし。」

 

「まあ、確かにパチェは勉強が出来るだけの普通の魔法使いだったもんね。」

 

「私は今もそのつもりよ。」

 

 もしパチェが私と出会わなかったらどうなっていたか。案外、ダンブルドアあたりと結婚していたかも知れない。少なくとも、魔法界で人間の理に順って暮らしたことだろう。

 

「ほら、しゃんとしなさい。まだ第一段階よ。向こうに行ってからが本番なんだから。」

 

「……そうね。」

 

 私はパチェの手を引いて立ち上がる。そのまま一緒に中央のテーブルまで戻った。

 

「話し合いは終わりましたか? あ、そうだ。先ほどダンブルドアが咲夜に変な小物を手渡していましたよ。多分灯消しライターだと思われます。」

 

 どうやら私がパチェを慰めているうちに少し場が進展したらしい。取りあえず、灯消しライターは無事咲夜の手元に渡ったようだ。ダンブルドアは無事咲夜の首に掛けられた逆転時計の意味を察したらしい。

 

「そう、わかったわ。決闘は始まりそう?」

 

「はい、今介添人が決まったところです。クィレルが決闘の証人となって決闘が始まるみたいですよ。」

 

 映像の中では、既にダンブルドアとヴォルデモートが向かい合っている。ダンブルドアの後ろにはハリーが、ヴォルデモートの後ろにはクラウチがいた。

 

「それじゃあ、いよいよってところかしら。」

 

 私は椅子に座り直し、その様子を静かに見守る。ダンブルドアとヴォルデモートが互いに杖を構え合い、油断なく一礼した。先に動いたのはダンブルドアだ。ダンブルドアは杖の一振りで炎で出来た巨大なドラゴンを出現させると、ヴォルデモートにぶつける。ヴォルデモートもそれに対抗するように水で出来た大蛇を出現させた。競技場の真ん中で巨大な炎と水がぶつかり、辺りは水蒸気で満たされる。チャンスだと思ったのか、双方ともにマシンガンのごとく呪文を打ち合った。

 

「手数が凄いですね。まさに弾幕と言ったところでしょうか。」

 

 美鈴がやんややんやと手を叩いている。ヴォルデモートが放っているのが死の呪文で、ダンブルドアが放っているのが失神呪文だろうか。緑と赤の閃光が飛び交う中、ダンブルドアが芝をナイフに変化させ、ヴォルデモートの方へと放った。ヴォルデモートは避けられるナイフは避け、身体に当たるルートのナイフを魔法で絡めとる。そして飛んでくるナイフに向けて放ち、ナイフを撃ち落とした。ダンブルドアが最後に放った一本が、両者の中心で大爆発を起こす。その衝撃波で双方ともに吹き飛ばされたが、すぐに両者ともに体勢を立て直した。

 

「あ、ダンブルドアの足元。」

 

 地面から生えた手がダンブルドアの足首を掴んでいる。ヴォルデモートはダンブルドアが拘束されている隙を狙って数発死の呪文を撃ち込んだ。ダンブルドアは死の呪文を体を逸らして避けると、足首を掴んでいる手を引き裂き、後ろへ跳ね退いた。その瞬間、ダンブルドアの動きが止まる。手の主が、地面から這い出て来たのだ。私の記憶違いでなければ、這い出て来た人物はアリアナ・ダンブルドアだろう。ダンブルドアが気を取られている隙に、ヴォルデモートが死の呪文を放つ。ダンブルドアが我に返った時には死の呪文はダンブルドアの目の前まで迫っていた。

 

「いまワープしませんでした?」

 

「……。」

 

 確かに、ヴォルデモートが放った死の呪文は、途中まで空中を走った後、急にダンブルドアの前に出現した。流石にこの距離からの攻撃を避けることは出来なかったのだろう。ダンブルドアは死の呪文に当たり、後ろに吹き飛んだ。だが、ただで死ぬほどダンブルドアは安い男ではない。死に際、最後の力を振り絞って放った魔法が、ダンブルドアの後ろにいたナギニへと直撃した。

 

「悪霊の炎ね。あれなら確実に分霊箱を破壊できる。」

 

 これでヴォルデモートの分霊箱はハリーだけになった。ダンブルドアも死に、あとヴォルデモートが死ねば条件達成だ。ダンブルドアが死んだことで、観戦席で一時的な混乱が起きるが、介添人のハリーが前に出たことで、また静かになった。ハリーは決意を固めた顔で宿敵ヴォルデモートと対峙する。だが、こんなものダンブルドアに仕組まれた出来レースもいいところだ。まあ、ダンブルドアが出来レースを組むように仕組んだのは私だが。

 ヴォルデモートとハリーの決闘が始まる。先手を取ったのはヴォルデモートだ。まあヴォルデモートとハリーの間にある戦闘力の差を考慮したら当然の展開だろう。ヴォルデモートが放った死の呪文は真っすぐハリーに向かって飛んでいき、ハリーの胸のど真ん中を突き抜けた。呪文を受けた衝撃でハリーは後ろへ吹き飛ばされる。そのまま宙を舞い、ハリーは地面に『着地』した。そう、ハリーにはリリーが掛けた護りの魔法があるので、ヴォルデモートの魔法で死ぬことはない。さらに言えば、今の死の呪文で分霊箱としてハリーの中にあったヴォルデモートの魂は死んだ。ヴォルデモートは攻撃を行うどころか、自ら己の魂を削った結果になる。

 

「これで、分霊箱はゼロ。さあ、決着がつくわよ。」

 

 私たちは椅子から立ち上がり、いつでも移動できる体勢を取る。次の瞬間互いに魔法を撃ち合い、ヴォルデモートが放った死の呪文は空中でハリーが放った武装解除呪文と衝突し、纏めてヴォルデモートの方へと飛んで行った。その光景があまりにもショックだったのだろう。ヴォルデモートは跳ね返ってきた呪文を避けることが出来ず、そのまま死の呪文に当たる。今だ。

 

「三、二、一……。」

 

 次の瞬間、私たちは競技場の中心に立っていた。私たちの登場と同時に紅魔館に掛けた忠誠の呪文の効果が切れるようになっているため、皆禁じられた森に突如現れた紅魔館に気を取られている。このままでは、拡散の死の呪文が上手く目に入らないだろう。

 

「みな、ご苦労だった。」

 

 そこで私はダンブルドアやヴォルデモートのように競技場の中にいる全員に呼びかける。それで気が付いたのか、咲夜とクィレルが私の近くに移動してきた。これでフランを除く紅魔館の主要なメンバーが競技場に揃うことになった。

 

「どういうことだ!?」

 

 ハリーが少し離れたところで何かを言っている。だが、ここはあえて無視だ。私は手首のスナップを使い、風を起こしてハリーを後ろに吹き飛ばす。よし、行うなら今だろう。

 

「パチェ。」

 

 私が合図をすると、パチェは一冊の魔導書を開く。その魔導書から緑色の閃光が打ち上げられたのが見えたので、私は急いで目を瞑った。強い光が瞼を焼く。恐る恐る目を開けると、観戦席にいる多くの者が倒れ伏しているのが見えた。そして、私の目の前にいるクィレルも倒れ伏した。まさか、このことを知らなかったのか。私は急いでパチェの手を握る。パチェは案の定震えていた。

 

「あら。」

 

 私は必死に平静を装いながら強気に声を出す。

 

「言ってなかったの? パチェ。」

 

「……貴方が教えていると思ってたわ。」

 

 これはとんだ誤算だ。クィレルは既に仕事を終えているため、要らない駒は要らない駒だ。いなくなったところで何の支障もない。それに、もし私の想定通りに咲夜が動けば、クィレルは生き返るはずだ。私はパチェの目を見る。パチェもそのことは分かっているようだ。取りあえず、クィレルはここに置いていくしかない。紅魔館に持って帰ってしまうと、一緒に移動してしまう為、灯消しライターで生き返らせることが出来なくなってしまうからだ。だからこそ、事情を知らない咲夜にはキツイことを言わないといけない。クィレルの遺体を担ぎ上げた咲夜に、私は一言言い放った。

 

「咲夜、捨てていきなさい。」

 

「ですが、今回一番の立役者ですよ?」

 

 間髪入れずに咲夜が反論する。そう、その通りだ。その通りだからこそ、ここに置いていくのだ。

 

「持って帰っても腐らせるだけよ。死体は死体。それ以上でもそれ以下でもないわ。」

 

 咲夜は素直にクィレルの遺体を地面に捨て、私たちの後をついてくる。小悪魔は、冷静に死んだ者の数を数えていた。私たちは歩いて競技場を出る。次の瞬間には、パチェの魔法で紅魔館の大図書館に出ていた。大図書館の床には巨大な魔法陣が掛かれている。術の準備は整っているようだ。

 

「確認を取るわよ。まず死者は?」

 

「ホグワーツの戦いで三百六十七人、さっきのピカで四百五十三人。」

 

 小悪魔がメモを見ながら答えた。術に必要な犠牲は六百人。十分だと言える。

 

「八百人そこそこ、生贄には十分よ。」

 

 パチェは魔法陣に手をかざし、魔力を込め始める。

 

「では参ろうか、新しい世界に。」

 

 私は揺れ始めた大図書館で皆の顔を順番に見る。美鈴は何処か楽しそうで、小悪魔は何処までも愉快そうで、パチェは少し心配そうで。

 咲夜は……今までに見たことが無い顔をしていた。

 

 

 目の前が白い光で満たされる。次の瞬間、強い揺れが全身を襲った。




ダンブルドアとヴォルデモートが決闘を行う

ダンブルドア、ヴォルデモート死亡

パチェが競技場にいる人間を大量に殺す

クィレル死亡

紅魔館を移転する←今ここ


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吸血鬼異変
移動して、偵察して、変装して


この先ハリーポッター要素が消し飛びます。東方知らない人でも大丈夫なような話を書きますが、わけわからんところがあるかも知れません。

誤字脱字等御座いましたらご報告していただけると助かります。


ということで、本編開始。


 揺れと光が止み、私は恐る恐る目を開ける。目の前には大図書館の高い天井が広がっていた。ああ、私は今大図書館の床に転がっているのか。パチェが綺麗好きで助かった。そうでなければ、服が埃まみれになっていたところだ。私は首を横に向けてパチェのいた方を見る。そこにパチェの姿は無く、棚から落ちたのであろう大量の本が山積みになっていた。

 

「いやはや。今度こそヘルメットが必要だったみたいですね。」

 

 美鈴が私を見てケタケタと笑っていた。こいつが立っていて、私が転んでいるというのは気に入らない。さっさと起き上がり、胸倉でも掴んで地面に引きずり降ろしてやろう。私は立ち上がろうと床に手をつき力を込める。

 

「大丈夫ですか? お嬢様。」

 

 突如、私の目の前に白く細い手が差し出された。私はこの手に見覚えがある。咲夜の手だ。私は咲夜の顔を見上げる。そして、唖然としてしまった。それは、あまりにも私の知る十六夜咲夜ではなかった。私の知る十六夜咲夜はこんなに目が輝いていない。私の知る十六夜咲夜はこんなに柔らかな笑みを浮かべない。術を発動させたこの一瞬で、なんの脈絡もなく人がここまで変わるとは思えない。咲夜の中で、少なからず時間の経過があったことは確かだろう。私は伸ばされた手を取る。その瞬間、咲夜の中にあった時間のズレのようなものが流れ込んできた。それを感じ取り、私はなんとなく悟る。咲夜は、人間として生きる道を選んだ。尚且つ、ここに戻ってきてくれたということは、人間のまま、私に忠誠を誓うということだろう。

 

「それが、貴方の答えね。」

 

 咲夜は私の手を握り返すと、そのまま引っ張り起こす。

 

「はい、そしてお嬢様が望まれた幕引きでもあります。」

 

 違う。それは違うぞ咲夜。こうなるように望んだのは、咲夜自身だ。そして、幕引きでもない。

 

「幕引き? 違うでしょ。」

 

 私は羽の調子を確かめるように、大きく羽を広げた。

 

「始まりよ。」

 

 私は、咲夜の手を握りながら高々と宣言した。

 

「さあ始めよう。私たちの戦争を。」

 

「はい。お嬢様。」

 

 咲夜の手を放し、大図書館の中を見回す。なんというか、非常にカオスだ。あちこちの棚から本が溢れかえり、あちらこちらで妖精メイドの騒ぎ声が聞こえる。そして小悪魔は必死に何かを掘り起こしていた。

 

「……手始めにパチェを掘り起こしましょうか。」

 

「……はい。」

 

 数分後、息も絶え絶えなパチェが本の山から発掘された。美鈴によって、混乱していた妖精メイドも落ち着きを取り戻している。取りあえず、話が出来る環境にはなっただろう。パチェは服を軽くはたくと大図書館を見回し、小さくため息をつく。どうやらここまで大惨事になるとは思ってもみなかったようだ。

 

「落下対策しなきゃ。」

 

 パチェが手をパンと叩くと本が宙に浮き、あるべき場所へと戻っていく。あっと言う間に後片付けは終わった。

 

「取りあえず皆で私の部屋に行きましょう。ここじゃ本当に移動できたのかよくわからないわ。先に移動しておいて頂戴。私はフランの様子を見てから行くわ。」

 

 パチェは頷くと、三人を連れて大図書館を出ていく。私は皆が先に行ったことを確認すると、大図書館から出て廊下を進んだ。

 

「フラン、入るわよ?」

 

 私はフランに軽く声を掛け、部屋の中に入る。大図書館は大惨事だったが、フランの部屋は何時ものままだった。まあ、フランの部屋にはそもそも落ちるものが無いが。

 

「あら、かなり激しい揺れだったけど。原子爆弾でも爆発させたの?」

 

「流石の私も面白半分に家の中で原爆なんて使わないわよ。引っ越したの。館ごとね。」

 

「ふうん。」

 

 フランは興味無さげにベッドに寝転がる。

 

「必ず、必ずこの世界でフラン……貴方の居場所を作るわ。だから……。」

 

 言葉が出てこない。どうも、フランの前ではいつもの調子が出なかった。

 

「お姉さま、いつもありがとう。」

 

「――ッ!?」

 

 フランが私にお礼を言った。ベッドに寝転がりながら、じっとこちらを見ている。なんだかそれだけで満足してしまいそうな私の心に、自分のことながら少し笑った。まったく、これじゃあパチェのことをちょろいと言えないな。

 

「待っててフラン。」

 

「うん、わかった。」

 

 フランに手を振り、部屋から出る。さて、戦争の準備を始めよう。私は急ぎ足で階段を駆け上がり、目を瞑っても歩けるだろう自室までの道を歩く。窓から見える外の景色は暗く、まだ真夜中であることを語っていた。部屋に入るとパチェ、咲夜、美鈴、小悪魔が窓から外を見ている。皆、それぞれ見る方向が違うのが面白かった。パチェは空を見上げ、咲夜は正面に目を凝らし、美鈴は地面を見ている。小悪魔は他の三人の顔を見ながら、上から下まで眺めていた。

 

「お待たせ。作戦会議を始めましょうか。」

 

 私が声を掛けると、パチェが私の部屋の円机の周りに全員分の椅子を用意する。全員がそれに座ったことを確認すると、私は最後にいつも自分が使っている椅子に腰掛けた。

 

「まずは何をしましょうか。」

 

 パチェが私の顔を見ながら問う。いや、パチェだけじゃない。皆が私の言葉を待っていた。

 

「そうね。取りあえずこの土地のことをよく知らないといけないわ。パチェ、地形を調べなさい。咲夜は時間を止めて近くに人間の街がないか調べて。美鈴は館周辺の警備と生態環境の調査。小悪魔は全員と連絡を密に取り合って何か分かるごとに逐一私に報告しなさい。」

 

「かしこまりました。」

 

「ほいよー。」

 

「わかったわ。」

 

「わかりました。」

 

 皆口々に返事をし、小悪魔を残して私の部屋から出ていく。そして三秒後、部屋のドアがノックされた。

 

「只今戻りました。お嬢様。」

 

「入っていいわよ。」

 

 私が許可を出すと、静かにドアを開けて咲夜が入ってくる。

 

「まあ、座りなさい。」

 

「失礼致します。」

 

 そして私の前に座らせた。咲夜は懐から数枚の写真を取り出すと、机の上に並べる。形状からして、インスタントカメラで撮られたものだろう。魔法を使わずこのような道具を用いるところは、なんだが咲夜らしいと思えた。

 

「ここから十数キロ離れたところに里を発見しました。」

 

 写真には、如何にもな日本家屋が並んでいる。京都で見た光景をもう少し古臭くしたらこのような感じになるだろう。

 

「人口は千もいないものかと思います。文明のレベルは低く、十九世紀後半の日本そのものです。」

 

「統治者は?」

 

「大きな屋敷が数か所あります。」

 

 咲夜は追加で何枚か写真を取り出す。確かにそこに写っている屋敷は他の建物より豪華だ。表札には『稗田家』、『霧雨家』の文字が見えた。

 

「霧雨家には『霧雨店』という看板もあったので、里の道具屋といったところでしょう。それに引き換え稗田家は商売を行っているような様子が無く、もし里に統治者がいる場合はこの稗田家だと思われます。」

 

「ご苦労。休息を取ったのち、引き続き時間を止めて周囲を探索しなさい。捜索範囲は館から半径三十キロメートル。何かありそうだったらそれ以上の範囲の捜索も認めるわ。」

 

「休息は必要ありません。向こうで料理をたらふく食べて来たところなので。それに、疲れたら時間を止めて適当に休みます。」

 

 料理をたらふく食べて来た? 私が怪訝な顔をすると、咲夜は慌てて事情を話した。

 

「こっちに来る前に、ビルとフラーの結婚式に参列していたので。その席で少々。」

 

「貴方……もしかしてホグワーツでの戦いが終わってから結構な時間向こうにいたの?」

 

「……半年ほど。」

 

 ゆっくりしすぎだ。私は軽くため息をつくと、咲夜の肩をポンと叩く。

 

「じゃあ戦いが終わってからのことも報告しなさい。半年間、一体何があったのか。」

 

 咲夜は一度浮かしかけた腰を椅子に戻すと、順を追って話し出す。簡単に要約すると、死喰い人が改心し、アズカバンが都市になり、クィレルが大臣に復帰するらしい。ちなみに、まだ起こっていない出来事なので、絶対にそうなるとは限らないだろう。

 

「お嬢様は全て分かっていて私に逆転時計を授けたのですよね?」

 

 咲夜はそう言えばと、首から掛けていた逆転時計を外し、机の上に置く。私は逆転時計を受け取り、引き出しの中に仕舞いこんだ。

 

「この世の中、分かっていることなんて少ないわ。私は貴方に授けたのではない。賭けたのよ。魔法界の行く末をね。結果は、貴方が見てきた通り。貴方は多くの人間を救い、ここへ戻ってきた。」

 

 私は咲夜の頭に手を乗せ、白い髪を軽く撫でる。

 

「また暇な時間にでも、パチェに同じ話をしてあげなさい。きっと喜ぶわ。」

 

 咲夜はくすぐったそうに目を細め、すくっと立ち上がった。

 

「では、再度調査に行って参ります。」

 

 次の瞬間、目の前にいた咲夜が消え失せる。今までの様子を横で見ていた小悪魔が、小さく笑った。

 

「まるで、親に褒められた子供ですね。」

 

「まるでも何も、そのものよ。……ママが恋しい?」

 

「冗談を。愛情なんてくそくらえです。」

 

「そう、滅茶苦茶愛してやるから覚悟してなさい。」

 

 小悪魔はカラカラ笑うと、魔導書を取り出す。どうやら、あの魔導書で連絡を取り合っているようだった。次の瞬間、部屋のドアがノックされる。

 

「入りなさい。」

 

「失礼致します。」

 

 ノックの主は咲夜だった。咲夜は部屋に入ると私に対し一礼し、対面に座る。髪の艶が変わっているところを見るに、風呂にでも入ったのだろう。

 

「周囲三十キロメートルの調査が終わりました。里の周辺には畑が広がっており、里から少し離れた山の上に神社がありました。ですが少し奇妙なところがありまして。」

 

 咲夜は一枚の写真を取り出す。そこには瓦屋根の建物と、奇妙なオブジェクトが書かれていた。

 

「これは……えっと、なんだったかしら。あ、そうそう。鳥居ね。」

 

 確か、日本の神社を象徴するものだった気がする。

 

「はい。普通は鳥居から境内に入り、拝殿で参拝するのですが、この神社は鳥居が里から境内を挟んで反対側にあるんです。」

 

「どういうこと?」

 

「里から参拝に来た場合、鳥居から入るには境内を通って反対側に移動しないといけないということです。」

 

 それが本当なら、確かに不可解だ。

 

「こうは考えられない? 神社の方が先に建って、里の方が後から出来たとか。昔は鳥居のある方向に違う里があったとか。」

 

「それも考え、鳥居の方向へ飛んでみましたが何処まで飛んでも山と森でした。」

 

 私は咲夜の取り出した写真を見ながら相槌を打つ。鳥居には『博麗神社』と彫られていた。

 

「博麗……ね。他には?」

 

「はい。人里を中心にさらに探索を行い、山に集落を発見致しました。集落には人の姿はなく、天狗が住み着いています。」

 

「日本の山に天狗がいるというのは本当だったのね。」

 

「見た限りでは里よりも高度な社会を形成しているみたいでした。」

 

 ふむ、案外この世界を仕切っているのは天狗なのだろうか。いつでも高度な技術を持っている者が支配者だ。

 

「ふうん。文明レベルは?」

 

「電化製品などは有りませんが、カメラを持っている天狗を見受けました。ある意味魔法界の文明レベルに近いのかも知れません。」

 

 なんにしても、その天狗の集落とやらには注意しないといけないだろう。

 

「ほかには?」

 

「その他に集落や里のようなものは見当たりませんでした。捜索範囲を広げればもう少し何か見つかるかも知れません。」

 

 これ以上は周囲を軽く探索する程度では何も分からないだろう。あとの詳しいことは実際に里に入って話を聞くほかない。

 

「そうね。対立している二つの勢力という可能性もあるわ。これ以上の調査は慎重に行いましょう。取りあえず、探索はこれで終わりにしなさい。紅茶が飲みたくなってきたわ。」

 

「かしこまりました。」

 

 次の瞬間には、私の前に淹れたての紅茶が置かれていた。何とも仕事の早すぎる従者だ。咲夜が味方にいる限り、どんな戦争でも負ける気がしない。

 

「お嬢様、これ以上咲夜に何か頼むと過労死してしまいますよ。」

 

 咲夜の仕事の早さに、小悪魔も思わず苦笑する。

 

「仕事のし過ぎで死ぬような従者は要らないわ。」

 

「大丈夫です。お嬢様。一日のうちに二十五時間ほど休息時間を設けております。」

 

「何アホな話をしてるのよ。」

 

 不意に横から声がしたかと思うと、パチェがいつの間にか椅子に座っていた。パチェは緊張感のかけらもないわねとぼやきながら言葉を続ける。

 

「周辺の調査が終わったわ。この結界内は里を中心にして盆地になっている。紅魔館の近くには霧が立ち込めている湖が存在しているわ。山の一角には神社があり、境内を見る限り人が住んでいるようね。この結界内で一番大きな山は天狗の住処になっているようよ。そして最後に、ここの地名がわかったわ。」

 

 時間を止めて調査をしていた咲夜とは違い、短時間でここまで調べて来たということか。やはりパチェは何をやらせても天才のようだ。あ、チェス以外だが。

 

「地名? ああ、イギリスとか日本とか、そういうの?」

 

「そんな大きなくくりじゃないけどね。この地はこう呼ばれている。『幻想郷』と。」

 

 幻想郷。その名前を聞いて私は妙にしっくりときた。安直なネーミングとも思える名前だが、多分この地を率直に表現するならそれなのだろう。幻想郷という名前に、咲夜がピクリと反応する。

 

「咲夜、聞き覚えがあるの?」

 

「……いえ。」

 

 あ、これは何か知っているようだ。だが、答えなかったということは、何か話せない事情があるのだろう。

 

「そう。でも名前があるとようやくしっくりくるわね。『幻想郷侵攻作戦』。私はこの作戦をそう命名するわ。パチェ、幻想郷の統治者は分かった?」

 

「今のところは不明よ。でも幻想郷を隔離している結界を管理しているものがいるのは確かね。中に入って詳しいことが分かったけど、幻想郷には二つの結界が張られている。一つは忘れ去られたものや、空想や架空の存在だと思われたものを引き込む概念的な結界。もう一つは常識と非常識を分ける結界。この常識と非常識を分ける結界によって、幻想郷は外の世界から隔離されている。」

 

「まだ結界の管理者が誰かは分かっていないのよね?」

 

「それは無理よ。塀を見ただけでそれを誰が作ったかなんてわからないし。ご丁寧な『何かありましたらこちらまでご連絡ください』っていう張り紙もないしね。」

 

 パチェはそう言って肩を竦めた。まあ流石にそこまでは無理ということなのだろう。

 

「分かったわ。取りあえずこれ以上の調査は朝になってからにしましょう。まずは人里に潜入しての調査よ。旅人を装って……は、無理ね。外の世界から迷い込んだ設定とかはどうかしら。」

 

 旅人を装うのは不可能だろう。なにせ、里が一つしかないのだから。私の提案にパチェは少し考えると、ポンと手を打った。

 

「多分だけど、外から人間が迷い込むというのはよくある話だと思うわ。里の中で電化製品をいくつか見たし。機能してはいないみたいだったけど。」

 

「そう、じゃあ現代の日本人に変装していきなさい。くれぐれも魔法が使えることがばれないようにね。」

 

 幻想郷では魔法が使えるものが珍しくないかもしれないが、魔女だと迫害される可能性もある。

 

「取りあえず里の調査は咲夜に任せるわ。パチェは天狗の方をお願い。小悪魔は取りあえず美鈴を連れ戻してきなさい。」

 

「もう帰ってきてますよ。」

 

 不意にドアの方から美鈴の声が聞こえてくる。というかいるならさっさと会話に参加しろと言いたいが、まあいいだろう。

 

「で、周囲はどんな感じ?」

 

 美鈴は椅子に座ると一輪の花を机の上に置く。

 

「花菖蒲が咲いていました。」

 

「……それだけ?」

 

「……まっさかー。はははは。えっと、湖の方に妖精らしき少女がいましたよ。態度からして湖のヌシですね。」

 

「それだけ?」

 

「あの……その……。」

 

 うん、こいつに調査を任せたのが間違いだったか。いや、まて。今回の目的は侵略だ。ちまちました調査が性に合わないのなら、派手に暴れさせてみよう。

 

「はぁ。パチェ、天狗の調査は行わなくていいわ。その代わり美鈴、天狗の集落に威力偵察に行きなさい。」

 

「威力偵察ってなんです?」

 

「要するに……攻め込んで敵の兵力を確認したらさっさと帰ってこいって意味よ。」

 

 パチェはそれを聞くと、美鈴に指輪を一つ手渡す。それと同時に、美鈴の肩に手を置いた。次の瞬間、美鈴の姿が変わる。美鈴は懐から手鏡を取り出すと、全身を確認した。

 

「体格はほぼ変わってないですね。見た目が変わっただけですか?」

 

「ええ、体術が使いやすいように。指輪は帰還用ね。今回は常に身に着けておくこと。いざって時に使えないよりかは間違って帰ってきちゃうほうがマシよ。」

 

 パチェはそう言うが早いか、手を一度パンと叩いた。次の瞬間、美鈴が目の前から居なくなる。

 

「……なんのブリーフィングもなく送り出したわね。ちなみに何処に送ったの?」

 

「集落のど真ん中。まあヤバかったら帰ってくるでしょ。」

 

 先ほどまでの優しいパチェは何処に行ってしまったのか。単純に美鈴に厳しいだけかも知れない。まあそれもそうか。私との付き合いと同じだけ、美鈴との付き合いもあるのだ。

 

「何分持つかしらね。パチェ、治療の準備をしておきなさい。」

 

 私は指示を出しつつ、紅茶を飲む。咲夜は、少し心配そうに山のある方向を見ていた。十分ほど経っただろうか、部屋の真ん中に全身血まみれになった美鈴が現れた。肩で息をしているが、まだ元気そうである。

 

「おつかれ。パチェ、治療してあげなさい。」

 

 パチェと小悪魔は急いで美鈴に駆け寄り、回復魔法を掛けていく。咲夜は美鈴の顔についた血をハンカチで拭っていた。

 

「あら、思ったより傷は酷くないわね。殆どかすり傷じゃない。」

 

 パチェが美鈴の傷を治しながらほっと溜息をつく。美鈴はすっかり綺麗になった顔でたははと笑った。

 

「流石の私も重症になるまで威力偵察しないですよ。取りあえず報告しますね。」

 

 最後に清めの魔法を掛けられ、すっかり元通りになった美鈴は私の対面に腰かけた。

 

「てかぱっちゃん。あんなところに放り出すとか鬼ですか? 敵陣のど真ん中でしたよ?」

 

「移動する手間が省けるじゃない。」

 

 美鈴は納得いかないように頭をガシガシと掻くと、偵察の結果を話し出す。

 

「まず警備兵に関してですが、実力はそれほどではないですね。魔法界にいた人狼が空を飛んで武器を持っているレベルです。種族的には白狼天狗じゃないですかね。なんにしても、実力はともかく統率は取れていました。さながら軍隊のようでもあります。」

 

 小悪魔は美鈴の話をメモにとっていく。

 

「数は?」

 

「夜中だったので何とも……少なくとも三十はいましたが、もっと多いでしょうね。集落の周囲を警備しているのだとしたら、三十程度氷山の一角ですよ。」

 

「装備は?」

 

「基本的には剣と盾です。でも一部特技兵じゃないですけど、特殊な術を使う者もいましたね。あ、でもさっきのかすり傷はその白狼天狗に付けられたものではないですよ? 血はほぼ白狼天狗の返り血ですが。」

 

 やはり全身を真っ赤に染めてたのは自分の血ではなく敵の血だったか。

 

「適当に白狼天狗を殺していたらですね、今度は羽の生えた天狗が出てきまして。多分鴉天狗だと思うんですけど、カメラを持っていましたね。何枚か写真を取ってすぐに逃げていきました。それからすぐですね。滅茶苦茶強い天狗が何人か出て来たのは。多分ですが、上級な天狗になればなるほど強い力と術を持っているんでしょう。あれは下手したらお嬢様以上ですよ。戦っているうちにどんどん数が増えていって、三人ぐらい戦闘不能にしたところで危険を感じたので帰ってきました。」

 

「あ? 今ちょっと馬鹿にしたか?」

 

「……事実ですがなにか?」

 

 私は対面に座っている美鈴の脛を思いっきり蹴飛ばす。鈍い音がして美鈴の足の骨が折れた。

 

「痛い! え? 普通にさっきのより重症なんですが!?」

 

「アホなこと言ってるからよ。で、その強かった天狗というのは?」

 

「あ、はい。こてこての天狗って感じでしたよ。力は私と同じぐらいですが、妙な術を使いますね。各個撃破なら苦労しませんが、統率を取られてリンチにあうと普通に厳しいです。攻め入るならこちらも人数を増やした方がいいですね。」

 

 まあ、殲滅するだけなら簡単だ。咲夜が時間を止めて私が皆殺しにすればいい。だが、それをするのなら何もない土地に引っ越すのと変わらない。民がいて初めて支配者なのだ。

 

「パチェ、天狗がどういう対応に出るか観察しておきなさい。美鈴、ご苦労様。小悪魔、館の結界はどうなってる?」

 

「問題なく機能していますよ。」

 

「手紙なんて来るはずもないし、完全に館を隠しなさい。準備の段階で攻め入られては興ざめよ。」

 

「了解です。」

 

 小悪魔は軽く敬礼すると、窓から館の外へ出ていく。パチェは折れた美鈴の足の具合を確かめると、こちらに向き直った。

 

「レミィ、先ほどの話だけど。普通に無理よ。」

 

「それはどういう対応に出るか探れないということ?」

 

「ええ、ここでは衛星を使った目は使えないし。それこそスパイでも送らないと難しいでしょうね。」

 

 ふむ、じゃあ純粋に入ってくる情報で判断するしかないか。取りあえず明日の朝、里の偵察結果次第でいろいろ考えよう。人に話を聞くことによって多分何かしら分かるはずだ。

 

 

 

 

 

「……結界に穴が開いたわね。取りあえず修理しといて~。」

 

「博麗の巫女へは?」

 

「それは明日の朝でいいわ。」

 

「御意。」

 

 

 

 

 

 

「侵入者は捕えたのか?」

 

「それが、戦闘中に忽然と何処かへ消え去りました。」

 

「……周囲を捜索せよ。深追いはするな。白狼天狗には五人一組で行動させよ。」

 

「わかりました。」

 

 

 

 

 

 

 1997年、六月十四日、早朝。

 私はパチュリー様と共に里を訪れていた。二人とも、服装は簡単な洋服だ。容姿はパチュリー様の魔法で変えている。何処からどう見ても日本にいる女子高生にしか見えないだろう。

 

『いかにもな里ですね。まるで時代劇です。』

 

 私は口を開かずに魔法でパチュリー様に語り掛ける。

 

『まるで、じゃなくてそのものでしょう? 文明のレベルもまさに江戸の後期よ。取りあえず、誰かに話を聞いてみましょうか。』

 

 やはり時代劇のような建物が立ち並ぶ里では、洋服は目立つ。変な目で見られることはないが、皆が一度は私たちの方を振り返った。

 

「あ、あの!」

 

 不意に背後から声を掛けられ、私は一瞬固まってしまう。だが、パチュリー様は落ち着いた様子でゆっくり振り返った。

 

「何かしら。」

 

 私も自然な素振りに見えるように努めながら後ろを振り返る。そこには袴に洋物のエプロンをした少女が立っていた。髪を二つ結びにして、鈴の髪飾りが付いている。

 

「あの、もしかして外の世界から来た方ですか!?」

 

 袴エプロンの少女は目をキラキラさせながら私たちを見ている。やはり、外から人間がくることはよくあることなのだろう。

 

「外の世界? というか、ここは一体何処なのかしらね。江戸村とか?」

 

「だから拙いよ。時代劇の撮影とかだったら……。」

 

 私は心配そうな顔をしてパチュリー様の裾を引っ張る。流石に演技が臭すぎるかとも思ったが、袴エプロンの少女は不思議そうな顔をするだけだった。

 

「いろいろお話聞かせてください!」

 

 袴エプロンの少女はパチュリー様の手を取ると、ぐいぐいと引っ張り歩き出す。

 

『いいんですか? ついていって。』

 

 パチュリー様は手を引かれながらも私の方を見た。

 

『大丈夫。彼女は普通の人間よ。若干妖力を持っているようだけど、取るに足らない程度だわ。』

 

 それなら、まあいいのだが。私は少女の後を追って歩き出す。少女はよくわからないが凄く楽しそうだった。

 

「私前から外の世界に興味がありまして。実際に住んでいた人に話を聞きたいじゃないですか。」

 

「話を聞きたいのはこっちなのだけどね。全然状況が呑み込めないわ。そもそもここは何県? 日光じゃないわよね?」

 

「日光? 今日は確かにいい天気ですけど……もしかしてこっちに来てからまだ日が浅い感じですか? じゃあその辺も含めてお話しますね。どうぞ入ってください!」

 

 袴エプロンの少女はたかたかと建物の中に入っていく。暖簾の上には三文字の漢字が記されていた。多分店の名前だろう。

 

『鈴奈庵……。』

 

 パチュリー様は特に警戒することなく中に入っていく。私は恐る恐る店内へと足を踏み入れた。かなり警戒していたが、どうやら杞憂だったようである。店内には所せましと本が並んでおり、さながら現在の本屋のようだ。

 

「えっと、本屋さん?」

 

 私が首を傾げると、少女はフフと笑う。

 

「本屋は本屋でも貸本屋ですけどね。」

 

「レンタルショップということね。」

 

「れんたる?」

 

 少女はカウンターの前にある円卓の上を片付けると、店の奥から椅子を二つ持ってくる。

 

「今お茶を淹れますね。」

 

 そう言って私たちを椅子に座らせると、店の奥へと消えていった。店内は雑然としており、何よりカウンターが散らかっている。置かれている本自体は昔の書物から現代の製本技術を用いて作られた本まで様々だ。

 

『何か怪しいものはありますか?』

 

『……そうね。一部魔力を感じる本はあるけど、大したものじゃないわ。ホグワーツの図書室に普通に置いてあるレベルよ。』

 

 ならそんなに問題ないのか?

 

『なんにしても、あの少女自体に力が殆どないわ。商品として取り扱っているだけでしょうね。』

 

「お待たせしました~。」

 

 少女は盆の上に湯飲みを三つ載せて運んでくる。私とパチュリー様の前に湯飲みを置くと、空いているスペースにもう一つの湯飲みを追いて、カウンターの後ろから椅子を引っ張ってきてそれに座った。

 

「あんまりいい茶葉じゃなくて申し訳ないんですけど……。」

 

 本当に表情がコロコロ変わる少女だ。私はパチュリー様が手を付けたのを確認してから湯飲みを手に取る。本来ならば私が毒見をしないといけないのだろうが、パチュリー様なら万が一にも毒を見抜けないということないだろうという信頼からだ。

 

「いえ、美味しいわ。ありがとう。」

 

 パチュリー様は優しげな笑みを少女に向ける。少女はにこりと笑うと早速話を始めた。

 

「で、お二人は外の世界から来たんですよね。どんなところなんですか!?」

 

「いや、ちょっと待って頂戴。その前にここが何処かという話を聞きたいのだけれど。」

 

「……? ここは私の家ですけど。あ、鈴奈庵っていう貸本屋やってます。品揃えは古典文学から外の世界のものまで。最近は外の世界の本も増えてきましたね。あまり仕事は来ないですが製本もやってますよ?」

 

 パチュリー様はゆっくり湯飲みを傾けると、コトンと机の上に置く。その動作は何処か引き込まれるものがあった。少女も同じだったのだろう。息を飲むようにパチュリー様を見ている。

 

「私はもっと広い意味で聞いたつもりだったのだけれど。この土地はなに? まるで江戸時代にタイムスリップしてきたみたいだわ。」

 

 少女は一瞬ぼぅっとしていたが、すぐに我に返る。そして慌てて説明を始めた。

 

「ここは幻想郷という土地です。私も詳しくは知らないんですけど、結構昔に外の世界から隔離されたらしいですよ?」

 

 そうそう、そういう話が聞きたかったのだ。私は納得して頷こうとしたが、少女がそう言った瞬間にパチュリー様が怪訝な顔をする。

 

「そんな土地聞いたことないけど……それに隔離? 一体何の話をしているの?」

 

 パチュリー様のそんな言葉を聞いて、私は不意に思い出す。そう言えば私たちは外の世界から来た一般人という設定だった。そう簡単にはいそうですかと納得してはいけない。

 

「あー……えっとですね。……どう説明したものかな。」

 

 少女は私たちの設定をなんとなく察したのか、困った表情で頭を掻く。多分何を言っても信じてもらえないと思っているのだろう。こちらから譲歩するべきだろうか。取りあえず納得して話を先に進めるとか。私がパチュリー様にそう提案しようとした瞬間、パチュリー様が口を開いた。

 

「もう少し詳しい人はいないの? よくわからない人に説明されてもよくわからないことしか分からないわ。」

 

 パチュリー様は呆れたようにそうため息をついた。なるほど、そのための事情が分からない演技か。これなら少なくともこの少女が思う『幻想郷に詳しい人』から話を聞くことが出来る。

 

「たはは……すみません。って、いつの間にか立場が逆転してません!? あ、でも詳しい人ならそのうち来ると思いますよ。借りた本の返却日が今日だったと思うので。」

 

 少女はカウンターの方へと駆けていき、何枚かの書類を確認する。そして自分の記憶が正しいことを確認し、満足そうに頷いた。

 

「多分幻想郷の歴史に関しては一番詳しいですよ。貸本屋っていう家柄から小さい頃からの付き合いなんですけどね。」

 

 少女は座り直すと、湯飲みの中のお茶をゆっくりと飲んだ。そしてふちゃふちゃな笑顔を浮かべる。まるで実力のまるでない美鈴さんのようだ。

 

「さて、それじゃあ待ち人が来るまで外の話でもしましょう! もともとそれが目的で招待したんですし。」

 

 少女はそう言って目を輝かせる。

 

『外の世界の話をしていいのでしょうか。』

 

『駄目よ。いや、強いて言えば私たちはまだ幻想郷の仕組みが分かっていない状態。それなのにまるで自分が異世界にいる実感があるかのように外の世界のことを語れば矛盾が生じるわ。』

 

『了解です。』

 

「外の世界ってどんな場所なんです? 海があるんですよね!」

 

 私たちの事情も関係なく、少女は質問を飛ばしてくる。ここはパチュリー様に会話を任せて、私は相槌を打つことに専念しよう。

 

「……もしかしてここは内陸県なの?」

 

「ないりくけん?」

 

「海に面していないのかってことよ。」

 

 パチュリー様の説明に、少女はポンと手を打った。

 

「ああ、はい。幻想郷には海は無いですよ? 山の方から川は流れてますが。」

 

「そうね……夢を壊すみたいで悪いんだけど、海はそんなにいいところではないわよ。髪の毛は傷むし肌は焼けるし海水は綺麗じゃないし。」

 

「へ~……。地獄のようなところなのね。」

 

 いや、そこまで言ってないだろう。多分海というものを概念でしか知らないのだろう。確かに今の話が海の全てだとすると、地獄のようにも聞こえるだろう。特に女子にとっては。このような形で、当たり障りのない会話をしつつその詳しい話が出来る者を待った。三十分ほど袴エプロン少女と嚙み合っていない話をしていると、一人の少女が風呂敷に包まれた本を抱えて暖簾をくぐって店内に入ってきた。

 

「あら、お客さん?」

 

「あ、待ってたよ。」

 

 入ってきた少女は如何にもいいところのお嬢様といった容姿だった。袴エプロンの少女と比べると、着ている物も何ランクか上だ。袴エプロンの少女は入ってきた少女の方へ駆けていくと、風呂敷に包まれた本を受け取った。

 

「一、二、三……これで全部だっけ?」

 

「ええ。で、この方たちは?」

 

 少女はゆったりとした動きで私たちの方を向く。ああ、この雰囲気は知っている。見た目に反して年齢が上回っている者の雰囲気だ。私の周りにはそのような者しかいない為、そういう雰囲気には敏感になっている。

 

「外の世界から来た人たちよ。ああ、紹介しますね。こちら私の友達の――」

 

 入ってきた少女は袴エプロンの少女の言葉に重ねるように自己紹介をした。

 

「稗田家当主、稗田阿求です。以後お見知りおきを。」

 

 里に大きな屋敷を持つ、多分権力者であろう稗田家の当主。そんな重要人物が、偶然とはいえいきなり私たちの目の前に現れた。




レミリアの話を書くにあたって、紅魔館を移転させてハイ終わりってわけには行かないなと思ってしまったのが間違いだったのかもしてません。ということで、レミリアが侵略戦争に負けるまで話を続けようと思います。もしかしたら途中から更新が十倍ほど遅くなるかも知れません。そうなる前に完結させる予定ですが、そうなる可能性があることをご理解ください。

まあ、一応今回の始めの方で完結ということで。ここから先は本編という名のおまけです。


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吸血鬼異変、紅魔異変、そして……

「稗田家当主、稗田阿求です。以後お見知りおきを。」

 

 下手をするとこの里のトップかも知れない少女が私たちの前に立っていた。

 

「当主……。」

 

 パチュリー様がポカンとした顔をする。ほんと演技の上手な方だ。そしてすぐに訝しむ表情になった。

 

「このような少女が当主かと疑っておられるのでしょう。まあ、稗田家は少し特殊ですから。」

 

「いえ、そんなことは全然……そもそも当主という言葉をあまり聞かないので。」

 

 パチュリー様は当主の話を掘り下げることで、名乗ることを回避した。ここまで話を引き延ばせば、横にいる袴エプロンの少女が勝手に話を進めてくれるはずだ。

 

「あ、そうそう阿求。この人たち、どうも幻想郷のことがよくわからないみたいで。あんたほど幻想郷に詳しい人間もいないでしょ?」

 

 阿求は袴エプロンの少女に向き直る。

 

「そうは言うけどね、小鈴。私も暇ではないのよ?」

 

 どうやら、袴エプロンの少女の名は小鈴というらしかった。阿求は小さくため息をつくと、先ほどまで小鈴が座っていた椅子に座る。そしていかにもな笑顔を浮かべた。

 

「それで、幻想郷のことでしたよね。簡単にお話しますよ。」

 

 やっと本題に入れるらしい。それも、力を持ってそうな家の当主から話を聞けるとなれば、何か有益な話が聞けるかも知れない。

 

「まず大前提に、幻想郷という場所について。この土地は今から百年ほど前に、結界によって隔離された土地です。故にそこからは鎖国に近い状況に置かれ、文明は百年前から殆ど進化しておりません。」

 

「つまり異世界ということです?」

 

「いえ、言った通り、『結界により隔離された土地』です。」

 

 つまり日本のどこかと地続きであるということだろう。まあ、当たり前か。出なければ環境が維持できない。

 

『昨日の夜。星を見上げたわ。日本から見える六月の星空と一致した。異世界でないことは確かよ。』

 

「つまり私たちはその結界の中に迷い込んだということですね。」

 

「そうなりますね。珍しい話ではありますが、全くない話というわけでもありません。」

 

 それならもっと簡単に結界を越えられたのではないかと私は思うのだが、多分紅魔館ごと越してくるのが大変だったのだろう。

 

「よかった……時代劇の撮影じゃなかった。」

 

「安心するところそこなのね。」

 

 茶番を交えつつ、相手の油断を誘う。まあ、別に相手を貶めようという意図はない。パチュリー様は私の発言に少し飽きれたような顔をすると、質問を再開した。

 

「なんとなくここのことはわかりました。で、元の世界に帰る方法はあるんですか?」

 

「はい。結界の境界に建っている博麗神社にいる巫女に事情を説明すれば、無事外の世界に帰ることができます。」

 

 こちらへ来るのは大変だが、こちらから外に出る分には簡単ということか。

 

「博麗神社?」

 

「里を出て少し歩いた場所にある神社です。そこに住む巫女が結界の管理の一端を担っています。」

 

 結界の境界に建っていることと、鳥居が里とは逆の位置にあることは何か関係があるのだろうか。それにしても、やはり結界を管理している者がいるのか。

 

「そこまでは結構距離があるんですか?」

 

「少し遠いですが行けない距離ではないですよ。なんにしても、里の外に出るのでしたら着替えたほうが良いですね。里の外にいる妖怪は里の人間を食べることは有りませんが、外から入ってきた人間は遠慮なく襲います。」

 

「食べられるのは嫌だなぁ……。」

 

 あまり喋らないのも不自然なので、適当に相槌を打つ。パチュリー様はこちらをチラリと見ると、阿求のほうへ向き直った。

 

「では外に出る前に何処かで衣服を調達しないといけないですね。ここでは外の通貨は使えるんですか?」

 

「使えない、と思ったほうがよいでしょう。一部の妖怪が換金を行っていますが、都合よくその妖怪に会えるとも限りません。」

 

「そうですか。では質屋かなにかは?」

 

「不用品を買い取る店はいくつかありますが、そうするぐらいなら着物と物々交換したほうが早いですよ。」

 

 パチュリー様と阿求の会話を聞いていると、少し不安になってくる。パチュリー様は中々本題に入ろうとしない。もっと里の情勢や支配体系について聞くべきではないのだろうか。私のそんな考えを読んだのか、パチュリー様は小さく息をつくと、分かりやすく椅子にダラリともたれ掛かった。

 

「えっと、大丈夫?」

 

 私は恐る恐るパチュリー様に尋ねる。パチュリー様は一瞬だけ何時ものジトッとした目になり、すぐに何か安堵したような目になった。

 

「貴方ほどお気楽な性格じゃないもので。なんにしても、これで帰る算段は立てられるわね。ありがとうございます。稗田さん。」

 

『咲夜、「えー、もう帰るの?」と言いなさい。タイミングよくね。』

 

 私はパチュリー様が何をしたいのか察する。

 

「今日のうちに里を出られますか?」

 

「はい、服を調達したら博麗神社に向かおうかと思います。」

 

「え~……、もう帰るの?」

 

 私は精一杯未練タラタラな顔を作ってパチュリー様に言った。パチュリー様は面倒くさそうな目でこちらを見る。

 

「まさか、観光しようとか言わないわよね?」

 

「折角来たんだから色々見て回りたい。」

 

 パチュリー様は私の言葉に分かりやすくため息をつく。

 

「まあ確かにこんな経験人生に一度あるかないかだけど……。」

 

「基本的に里に宿屋は無いですよ? 外から人が来ることが無いので。」

 

「阿求、泊めてあげたら?」

 

 小鈴が阿求の返却した本を確認しながら呟いた。だが、それは私たちにとって都合が悪い。私たちは夜には紅魔館に戻ってないといけないのだ。

 

「それは申し訳ないわよ。……阿求さん、少しだけお時間よろしいですか?」

 

「そうですね……昼までに屋敷に戻ればいいので、それまでは大丈夫ですよ。」

 

「お、じゃあ色々話が聞けますね。」

 

 私はポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。その手際の良さに、パチュリー様はまたため息をついた。

 

「申し訳ありません。この子大学で日本史を専攻してまして。」

 

「大学? 日本史?」

 

 小鈴は不思議そうな顔をする。

 

「外の世界の寺子屋のようなところらしいわよ。そういうことなら構いませんよ。」

 

 どうやら、無事幻想郷のことが聞けそうである。私はメモの一番上に『稗田阿求』と書き込むとパチュリー様に語り掛けた。

 

『まず何を聞きますか?』

 

『そうね、政治体制について。』

 

『畏まりました。』

 

「それじゃあまず、この里の政治体制について聞きたいですね。里の長はいるんですか?」

 

「この里に支配者はいません。故に税という概念も存在していないですね。」

 

 ということは、稗田家が里を支配しているわけではないということか。私はこのような感じで阿求に次々と質問を飛ばしていく。里の規模や独立性、農業、商業に関することなど。一時間ほど話し込んだだろうか。不意にパチュリー様が横から口を挟んだ。

 

「ほんと、貴方の呑気さには呆れるわ。」

 

「ん? そうですかね。」

 

 パチュリー様は軽くため息をつくと、阿求に尋ねた。

 

「この子はスル―しましたが、妖怪って何ですか? 俗にいう化け物のようなものですか?」

 

 その問いを聞いて私はハッとする。確かにスルーしていたが、外の世界から来たという設定なら避けて通れない話題だろう。

 

「言葉通りの妖怪です。」

 

「一つ目小僧とか……天狗とか?」

 

「はい。外の世界で忘れ去られた妖怪が、幻想郷に入ってくるんです。幻想郷は本来、妖怪にとっての楽園なんですよ。」

 

 そこからは、幻想郷の仕組みに関する話題になった。阿求の話では、この地は昔は隔離されておらず、普通の辺境の地だったらしい。元々妖怪が多く住み着いていた為、普通の人間はおらず、妖怪退治の為に住み着く人間が少しいた程度だったようだ。

 次第に人間の数が増えていき、幻想郷のバランスが崩れることを恐れた妖怪の賢者が、数のバランスを保つために幻想郷に特殊な結界を張り、違う土地から妖怪が流れてくるようにしたらしい。あとは先ほど聞いた通りだ。

 

「で、明治の初期にもう一つ結界が張られ、完全に外の世界と隔離されたと。」

 

 私は阿求の話を簡単にメモに取る。

 

「妖怪が存在するには人間という存在が不可欠です。故に幻想郷にいる妖怪は人間を襲わない。人間が絶滅してしまっては自分たちも滅ぶと分かっているからです。人間も妖怪が存在するために妖怪のことを恐れないといけない。ある意味では、幻想郷に住む人間は妖怪に対して恐怖することが税なのだと言えるかも知れません。」

 

「じゃあ里はある意味妖怪に支配されている、と言えるのですか?」

 

 私は天狗の集落と里の関係を探るためにそのような質問をする。私の問いに阿求は静かに首を振った。

 

「いえ、支配されているというのは少し違います。妖怪が里に深く干渉してくることは殆どありません。」

 

「妖怪などとの貿易とかは?」

 

「商売を行っている妖怪も居ますが、組織立って貿易を行うことは無いですよ。山の方は天狗の集落ですが、そもそもあの山は危険なので殆ど人間は近づきません。」

 

「危険?」

 

「はい、『妖怪の山』と呼ばれており、天狗の集落の他、河童が住んでいたり、そのほかにも山には多種多様な妖怪が住み着いています。」

 

 話を聞く限りでは、天狗の集落と関わり合いは殆どなさそうだった。私は天狗が里を支配しているものとばかり思っていた為、少し拍子抜けだった。

 

「おっと、そろそろ時間ですね。私はこれで。小鈴、また来るわ。」

 

 阿求は外をチラリと見ると椅子から立ち上がる。パチュリー様も腕時計をチラリと見た。

 

「貴重な話をありがとうございます。」

 

 パチュリー様も立ち上がり、阿求に頭を下げる。私もそれに倣った。阿求は私たちに軽く手を振ると、鈴奈庵を出ていった。

 

「……結局、稗田さんって何者だったのかな。」

 

 私はぽつりと呟く。それを聞いていたのか、小鈴が答えた。

 

「阿求は幻想郷の歴史を纏めて本を作る仕事をしているわ。だから製本を行っている私の家とは仲がいいんですよ。お二人はこれからどうするんです?」

 

「取りあえず、博麗神社を目指すわ。色々ありがとうね。」

 

 パチュリー様は小鈴に小さく手を振ると、暖簾をくぐって外に出ていく。私も簡単に小鈴に挨拶し、パチュリー様の後を追った。

 

『パチュリー様、この後はどうしますか?』

 

『時間を止めなさい。咲夜。』

 

 私は言われた通りに時間を止める。そしてパチュリー様の時間だけを動かした。パチュリー様は時間が止まっていることを確認すると、変装を解く。私もそれに合わせて変装を解いた。

 

「稗田阿求が書いたという幻想郷の歴史書に興味があるわ。稗田家の屋敷に忍び込むわよ。」

 

「畏まりました。」

 

 先ほどのまででも結構有益な話が聞けたが、パチュリー様はもう少し情報が欲しいようだ。……蔵書を増やしたいだけかも知れないが。私は意気揚々と稗田家の方向へ飛び立ったパチュリー様の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 1997年、六月十四日、夜。

 パチェと咲夜が持って帰ってきた書物、『幻想郷縁起』は非常に興味深い書物だった。稗田阿礼が転生を繰り返しその時代ごとに書き記したものらしく、幻想郷の歴史を知るには最適な書物だ。唯一残念なのが、今の代のものはまだないということだろうか。情報は百年ほど前のものだ。残念なことに、幻想郷が結界に閉ざされてからのことは書かれていない。

 

「まあその辺はパチェが九代目に話を聞いたらしいし。改めて話を聞くと面白い土地ね。」

 

 パチェの報告と幻想郷縁起の情報を頭の中で纏め、整理していく。幻想郷縁起には何度か『妖怪の賢者』という単語が出てくる。その賢者がこの幻想郷を作ったらしい。要するにこの幻想郷は妖怪が妖怪の為に作った楽園ということだ。

 

「何とも素敵なところじゃない。これならフランも……。」

 

「あら、お褒めいただきありがとうございます。」

 

 不意に後ろから声が聞こえて、私は椅子に座ったまま振り返る。ここは私の部屋だ。私の部屋ということもあり、この部屋は特別結界が頑丈に掛けてある。掛けてあるはずなのだが、何故か私の後ろには侵入者がいた。侵入者は空間の割れ目に腰かけ、不敵な笑みを浮かべている。和服なのか洋服なのか分からない服装はまだしも、その姿は正体不明にもほどがあった。少なくとも言えることは、確実に私よりも歳が上なことと、私よりも妖力があることぐらいか。正面から殴り合って勝てるだろうか。絶対に勝てる保証はない。というか、ここでやりあったら紅魔館が消し飛ぶだろう。

 

「幻想郷に法律がないことは知ってたけど、マナーもないとは思わなかったわ。」

 

 私は分かりやすく肩を竦めると、円卓の対面の椅子を指さす。名も知らない大妖怪はきょとんとした表情を作ると空間の割れ目から降り指示した椅子に座った。

 

「あら、申し訳ございません。何せ勝手に入ってきたものですから。外の世界ではそれが普通なのかと。」

 

「なら玄関でも作っておきなさい。いい業者を紹介するわよ。咲夜。」

 

 私が短く咲夜の名前を呼ぶと、咲夜が私の横に現れる。平然とした表情をしているが、多分止まった時間の中で散々悩んだのだろう。

 

「お客様にお茶をお出ししなさい。」

 

「すでに。」

 

 咲夜の言う通り、いつの間にか円卓にはティーセットが用意されており、私と大妖怪の前には紅茶の入ったティーカップが置かれている。

 

「ありがと。」

 

 私が短くお礼を言うと、咲夜は一礼した後に何処かへ消えた。きっと大図書館だろう。突然の侵入者ということで、大図書館では作戦会議が開かれているはずだ。

 

「優秀な従者をお持ちで。」

 

 大妖怪は躊躇することなくティーカップを手に取ると、何の躊躇いもなく一口飲む。毒を警戒していないのではない。毒など気にしないということだろう。私も余裕たっぷりに紅茶を一口飲んだ。

 

「そっちこそ。多分咲夜は気が付いていないわね。」

 

 私は先ほどから感じていた違和感を口に出した。確証はないが、こいつの隣に何かがいる気がする。というのも、先ほどこいつがティーカップを手に取ったとき、こいつの服が不自然に揺れたのだ。

 

「藍。」

 

 大妖怪が名前を呼ぶと、大妖怪の右隣にこれまた妖力の塊のような妖怪が現れた。ああ、これは知っている。九尾の狐だ。昔中国で猛威を振るった大妖怪である。ハッキリ言って、妖怪としての格だけなら私より上だ。それを従えているこいつは、一体何者なんだ?

 

「椅子をもう一つ用意した方がいいかしら?」

 

「いえ、必要ないわ。」

 

 藍と呼ばれた九尾の狐は一歩後ろに下がると後ろで手を組んでその場で動かなくなる。ああ、こいつは咲夜に似てるな。多分生真面目で主に絶対服従するタイプだろう。

 

「それで、今日は何の用で紅魔館に? 私も暇じゃないから出来ればアポを取って欲しいんだけど。」

 

「幻想郷に新顔が入ってきたので、挨拶に来ただけですわ。そちらこそ、何の用で幻想郷に?」

 

 その物言いで、大体予想がついた。幻想郷縁起に書かれていた妖怪の賢者とはこいつのことだろう。確か名前は……。

 

「侵略しに、といったら? 八雲紫。」

 

 侵略という言葉に横に立っている藍の眉がピクリと動く。それと対照的に紫は分かりやすく笑みを浮かべた。

 

「それはそれは、大変なことですわ。今幻想郷の妖怪たちは力を失いつつあります。あっという間に征服されてしまうでしょうね。それは困りましたわ。そうなったら私が直々に『叩き潰す』しかなくなるじゃない。」

 

「困るという割には楽しそうね。まるで私が幻想郷を一度征服すると都合がいいみたいに。」

 

 まるで言葉遊びだ。だが、こいつの話には何らかの意図が見える。こいつは私と戦争がしたいわけではないのだろう。だからこそ、先ほどの言葉だ。

 

「結局のところ、貴方は私に何かを頼みたいのじゃなくて? きっとその『妖怪の弱体化』に関することなのでしょうけど。」

 

 違うかしら? と私は紫に問いかけた。紫は扇子を取り出すと口元を隠してクスリと笑う。

 

「ええ、妖怪の弱体化が関係していることは否定しないわ。幻想郷では人間が襲われることが殆どない。故に、妖怪は気力を落としつつある。ようは平和ボケしているのです。」

 

「読めて来たわ。そうなると内輪で仲良しごっこをやっている分には問題ないけど、外部から侵略者が現れたら力を落とした妖怪はあっという間にやられてしまうということね。だから一度私のような外部から来た妖怪が幻想郷を侵略し、妖怪たちに危機感を与えたいと。」

 

「そういうことです。」

 

 私は紅茶を飲み干すと、ティーカップをソーサーに被せる。そしてそれを指で弾いてソーサーの上で回した。

 

「なるほど。貴方たちの事情は分かったわ。でも残念だったわね。その計画は頓挫するわ。主に侵略を行った吸血鬼を叩き潰すという段階で。」

 

 ティーカップはソーサーの上で表を向いて動きを止める。占いを行っている余裕などないので、ある種の癖のようなものだ。

 

「そうなのよねぇ……この場で叩き潰すことは簡単なのだけど、一度勢力を拡大されると下手に手出しが出来なくなるわ。」

 

「あら、知ったような口の利き方ね。」

 

「見てたもの。」

 

 私はその言葉に目を細くする。このタイミングでの見てたは一つしか思い当たらない。魔法界での一件だ。まさか、あれが観測されていたというのか?

 

「まさかここに来るとは思ってもみなかったけど。というわけで、組織を持った貴方とは殺りあいたくないというのが本音ね。幻想郷には集団行動が苦手な妖怪が多くて……統率を持って行動できるのは天狗ぐらいよ。」

 

「紫様。」

 

「藍は黙ってなさい。」

 

 横から口を挟もうとした藍を紫が制する。だが、きっと九尾の狐はこう言おうとしたのだろう。「私なら一人で殲滅できます。」と。そして、多分その言葉は見栄でも虚言でも何でもない。伝承とこいつの妖力から考えて、一個師団程度ならこいつ一人で殲滅出来るだろう。その横にいるこいつが九尾よりも力があるのだとしたら、幻想郷で即席軍を用意したところでこの二人に殲滅させられるだろう。だったらなんでこのような話をするか。理由は既に会話の中に出ている。

 

「優しいのね。」

 

 こいつは同胞を殺したくないのだ。幻想郷に住む妖怪の危機感を煽るために侵略戦争が起こって欲しい。裏を返せばそれだけこの地に住む妖怪を大切に思っているということだろう。出来れば侵略戦争など起こすことなく危機感を煽りたい。そういうことか。

 

「外からやってきた凶悪な吸血鬼が幻想郷に侵略戦争を起こした。その戦争はなんとかしたが、また同じようなことが起きるかも知れない。だから皆力を落とさないように気を付けようと。そういう流れに持っていきたいということでしょう? しかも、ありもしない侵略戦争をでっち上げて。都合よくこちらの世界に渡ってきた吸血鬼を利用しようってわけだ。」

 

「察しが良くて助かりますわ。勿論、こちらとしても譲歩は致します。侵略戦争を治めた時に交わしたという名目で契約を結びましょう。ある程度の都合は致しますわ。」

 

「そちらから何か要求をすることはないと?」

 

「強いて言えば、侵略戦争に負けたという事実。」

 

 簡単に言うが、そんな屈辱を私に背負えというのかこいつは。ハッキリ言わなくても論外だが、話は最後まで聞くべきだろう。

 

「侵略戦争は形だけでも起こすのか?」

 

「いいえ。あくまで噂を流すだけよ。私の力を使えば、その程度でも本当にあった事件かのように見せかけることは出来る。そして、重要なのはこの先。妖怪が力を落とさないために私はこの幻想郷に新しい秩序を作ろうと思っているわ。」

 

 なにやら面白い話が聞けそうだ。幻想郷を作った妖怪が提案する新秩序とはどういったものなのか。

 

「へえ、ルールを新しく作るということね。」

 

 紫はニヤリと笑うと懐から一枚の紙を取り出す。そこには漢字で『命名決闘法案』と書かれていた。

 

「えっと、なになに……『妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の恐れがある。だが、決闘の無い生活は妖怪の力を失ってしまう。そこで次の契約で決闘を許可したい。』 つまりルールに則って戦うということ?」

 

「ええ、完全な実力主義を否定し、弱い人間でも強い妖怪と戦えるように。決闘に決まりを定めることで異変を起こしやすくするのです。」

 

 弱い者でも強い者と戦える。その言葉は強く私の胸を打った。

 

「それはつまり、強い妖怪でも弱い人間と遊べるということ?」

 

 私の頭の中にあるのはフランのことだった。吸血鬼としての力が強すぎる故に幽閉されたあの子だが、妖怪が定めたルールの中でなら気ままに遊ぶことができるのではないだろうか。もしそうなら、是非ともこの法案を通したい。下手に幻想郷を侵略するよりも現実味があると言わざるを得ない。

 

「遊ぶ……ね、その概念いいわね。そう、これはある種の『決闘ごっこ』よ。」

 

「例えば、例えば私が人間と決闘を行うことも可能となる?」

 

「そうするためのルールよ。」

 

 私の中で半分以上、こいつの提案を飲む気になっていた。フランにとって有益なルールが制定されるのなら敗北者の汚名を被るのも悪くない。取りあえずこちらが少しでも優位になるような契約をこいつと結ぶことを考えよう。まずは数の優位を無くそう。

 

「まあ私としては条件を飲むことはやぶさかではないのだけど、従者の一人がやる気満々でねぇ……こっちに来れば存分に殺し合えるって言っちゃったから多分今血が滾ってる頃だと思うのよ。ひと暴れすれば落ち着くと思うんだけど……。」

 

 私はチラリと藍の方を見る。紫はその視線の意図を察したのか短く命令を出した。

 

「藍。」

 

「はい。」

 

「ちょっと戦ってきなさい。」

 

「御意。」

 

「多分門の前に立ってるわ。」

 

 私がそう伝えた瞬間、藍はその場から居なくなる。次の瞬間、庭の方から爆発音が聞こえた。

 

「さて、人払いも済んだことだし。具体的なことを話し合っていきましょうか。まず侵略戦争の話だけど、噂を流す程度でいいのよね?」

 

「ええ、十分よ。」

 

「まず、そちらの要求を聞こうかしら。詰まるところ私に何をして欲しいわけ?」

 

 紫は扇子を閉じると真っすぐ私に対して向ける。

 

「一つ、幻想郷に対し侵略戦争を仕掛けないこと。二つ、幻想郷の住民として里の人間を襲わないこと。三つ、新しい秩序を作るため、一芝居打つこと。貴方の要求は?」

 

「そうね、まず食糧の提供。人間が襲えないとなると私は飢え死にしてしまうわ。定期的に人間を提供しなさい。それに、外とのパイプを許可すること。と言っても、消耗品や調度品を外にいる協力者を使って仕入れるだけよ。私たちが自由に出入りするわけではないわ。」

 

「そのパイプは私が監視してもよろしくて?」

 

「構わないわ。」

 

 外にはクィレルを残してきた。クィレルを通してある程度外のものを仕入れることが出来るだろう。

 

「まあ、ある程度の消耗品は私から供給させてもらうわ。人間に関してもね。外の世界には死にたがりの人間が多い。他には?」

 

 外の世界の自殺者を攫ってくるということか。まあそれなら世界中にいくらでもいる。提供する食材が尽きることはないだろう。

 

「あとは……そうね。侵略戦争の噂を流すという話だけど、私の名前は伏せなさい。『外の世界から来た吸血鬼が幻想郷を侵略しようとした』で十分でなくて?」

 

 また庭の方から爆発音が聞こえる。庭は原形を留めているだろうか。まあ滅茶苦茶になっていたとしても美鈴あたりが修復するだろう。

 

「信憑性の問題よ。実際に実行犯の名前が挙がっている方が信憑性が増す。」

 

「それは分かっているわ。だからこそ、こちらからもう一つ提案するわ。命名決闘法が制定された暁にはルールの知名度を上げるために異変を起こす。」

 

「ルールの普及を手伝ってくれるということかしら。」

 

「そう捉えてくれて構わないわ。私としても戦争を起こそうって意気込みでこの世界にやってきたのに、結局茶番で終わったとなれば拍子抜けもいいところよ。私が腑抜けちゃうわ。」

 

 もっとも、これは口実だ。実を言うと、フランにそのルールを覚えさせて一緒に遊びたいというのが本音である。だが、これなら私が協力的なようにも見えるだろう。……弱気なことを言えば、目の前にいるこいつと戦ったところで、勝てるかどうかも怪しい。ぶっちゃけ相手の戦力を甘く見ていた。当初の予定では戦力が整うまでは潜伏しておく予定だったが、パチェの結界を破って部屋に直接入ってくるとは思わなかった。

 

「……わかったわ。貴方の名前は伏せることにしましょう。そのかわり、異変を起こすタイミングはこちらが指示をする。いいわね?」

 

「別にいいけど、それは何故?」

 

「普及させるための異変だとしても皆がルールの概念すら知らなかったら意味のないことです。故に、適度にルールが幻想郷に浸透したところで私から声を掛けますわ。」

 

 まあ、そういうことなら別にいいだろう。さて、ここまでとんとん拍子で話が進んだが、今思えばとんだ肩透かしだ。流石の私もこの展開は予想していなかった。権力者が私たちの存在に気が付き、接触してくることは予想していたが、まさかその権力者が私と同じような思想を持っているとは。

 次の瞬間、部屋の扉が突然開き、何かが投げ込まれる。それは血まみれになった美鈴だった。全身の関節が壊れているのか、はたまた手足の腱が切られているのか、美鈴は床を這いずるだけだった。

 

「あらあら、満身創痍じゃない。」

 

 私は美鈴の容態に目が行っていたが、紫の一言で私は扉の前に立っている藍に目をやる。そこには腕を一本もがれ、全身に打撲痕だらけで肩で荒く息をしている妖獣が立っていた。

 

「美鈴、満足?」

 

 私が呼びかけると、美鈴は右手の親指を力なく立てる。私は美鈴のわき腹をガスンと蹴飛ばした。今の接触で美鈴に十分な妖力を与えた為、数分もしないうちに歩けるようになるだろう。紫は藍を空間の割れ目のようなところに放り込むと、ケロッとした顔で言った。

 

「あんな藍久々に見たわ。」

 

「まあ美鈴が楽しめたようで何より、といったところかしら。」

 

 私は美鈴を蹴飛ばし部屋の外に出すとドアを閉めた。そして椅子に座りなおす。紫もそれを見て私の対面に座りなおした。

 

「噂は何時から流すの?」

 

「そうね。少しずつそれっぽい噂を流して、いい感じのところで戦争が終わったことにするわ。命名決闘法を制定するときにでも声を掛けるわね。ちなみに、食糧の供給は今日からで良かったのかしら。」

 

「ええ、構わないわ。それとパイプの件だけど、向こうの準備もあるだろうし、今はまだいいわ。」

 

 少なくとも半年間は外の世界とのパイプを持つことは出来ない。咲夜がまだ外の世界にいるためだ。紫もそのことはよくわかっているらしく、ああ、あのメイドね。と呟いていた。

 

「じゃあ、今日のところはこんなところかしら。今日交わした契約を書面にしてまた持ってきますわ。侵略戦争の時に交わしたってことにするから、暫く掛かるとは思うけど。……吸血鬼条約ってところかしらね。」

 

「なら一応表に公開できるように二枚用意しておいた方がいいわよ。」

 

「そうね。」

 

 紫は椅子から立ち上がると、まっすぐこちらに対し右手を伸ばしてくる。私も椅子から立ち上がり、その手を握った。

 

「じゃあ、契約成立ってことで。」

 

「今後とも良い関係が築けることを期待していますわ。」

 

 こうして、私の幻想郷侵攻作戦は終了した。何とも肩透かしな結果だが、その分は今後起こす異変で取り戻せばいい。取りあえず皆にこのことを説明するために大図書館に向かおう。私はふと思い出し、ティーカップに残った紅茶の跡を見る。その形は蝶に見えた。

 

「楽しいことが待っている、ね。期待しているわよ。」

 

 私はティーカップをソーサーに戻し、大図書館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 紫の思惑は形を成し、一年もしないうちに幻想郷に新しい秩序が誕生した。スペルカードルール制度の制定である。それを記念して密かに幽霊楽団を呼んでライブを行ったりしたのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 2003年、七月。紅魔異変開始。スペルカードルールを用いた異変を行う。

 

 2003年、八月。初めて人間に敗北する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2003年、九月。フランが人間と遊んだ。

 

 

 

 

 

 そして、時は流れ……。

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、ツパイどっか行っちゃったわよ?」

 

「ええ!? 折角クィレルのところから仕入れたのに……。咲夜! 咲夜ぁ!!」

 

「はい、ここに。」

 

「私のツパイが逃げたわ! 探してきなさい! 最悪命蓮寺のネズミに頼ってもいいから。」

 

「かしこまりました。」

 

 フランはあの異変以降、地下室から出てくるようになった。まだ紅魔館の敷地内から出ようとは思わないようだが、それでも大きな一歩と言える。私が異変を起こした際、フランは二人の人間と戦った。その人間のうち一人は頻繁にうちの地下を訪れる。フランも良くその人間の話をしている。私はというと、あの異変以降定期的に博麗神社に顔を出すことにした。私に初めて勝利した人間だ。その生き方に興味がある。

 

「ツパイ……。」

 

「まあ、咲夜ならすぐに見つけてくるわよ。それも『運命』なんでしょ?」

 

 フランは楽しそうに笑うと私の部屋を出ていく。そう言えばいつからだろうか。フランがあの禍々しい狂気を発しなくなったのは。私は先ほどまでペットのツパイが入っていた籠を抱き寄せると、ベッドにゴロンと横になった。

 

『貴方は逆に子供っぽくなったわよね。』

 

 ベッドの魔法具からパチェの声が聞こえてくる。私は枕を魔法具に投げつけた。

 

「いいの! もう見栄を張る相手もいないし。」

 

 確かに、日和ってると言われたら否定できない。

 

「それに、最近楽しいわ。パチェは楽しくない?」

 

『……貴方の無茶ぶりを叶えてるのは私だってことを忘れてないわよね。』

 

「パチェ大好き。」

 

『調子いいんだから。……私も好き。』

 

 ちょろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2006年、十二月。九代目阿礼乙女、稗田阿求により幻想郷縁起が公開される。そこに記された英雄伝の博麗霊夢の項目に、吸血鬼異変のことが短く記されていた。そこにはレミリア・スカーレットの文字は無く、ただ『吸血鬼』と記されていたと十六夜咲夜は語る。八雲紫はレミリア・スカーレットとの契約を守り続けるだろう。また、八雲紫が契約を破らない限り、レミリア・スカーレットもまた契約を破らない。

 

 紅く偉大な私が世界。傲慢な吸血鬼の愉快な日常は、きっと永遠に終わらないだろう。太陽が紅く輝き続ける限り、月も輝き続けるのだから。




後書き


私はね、思うんです。レミリア可愛いなと。

ってそんな話じゃなかったですね。『紅く偉大な私が世界』これにて完結としたいと思います。ぶっちゃけて言えば半分打ち切りエンドのようなものですが。本来は全十話構成ぐらいで本格マジキチ戦争物を書こうとも思いましたが、時間が足りなかった為こうなりました。

というもの、リアルで4月超えると更新速度が一か月に一話~半年に一話のペースになりそうだったからです。そしてそのペースだと私のモチベーションが続かない為、ほぼ確実にエタります。そのため、少々強引ですが『全部八雲紫の策略だったんだよ!!』エンドになりました。

東方知らない人には少し申し訳ない終わり方かも知れませんが、これを機に東方作品にも手を出していただけると幸いです。

次回作は……ないです!! てかほんと無理、今作もギリギリでした。これからは消費者に戻ろうと思います。あ、この作品はへっくすん165e83がお送りしました。

ちなみに、今回の吸血鬼異変は私の想像でしかありません。ですが、吸血鬼異変で何が起こっていたかの回答の一つだとは思っています。というのも、東方求聞史紀には結構吸血鬼異変は危機的な状況だったと書かれているんですよね。その割にはレミリアの知名度が低い。そして幻想郷縁起の吸血鬼異変の項目もレミリアではなく霊夢のところにあります。戦いが起こっていたとしても、起こっていなかったとしても、紫が何か介入していたことは確かでしょう。

時間さえあれば、天狗の集落を落とす話や、人里がレミリアに実効支配される話、レミリアが幻想郷に軍隊を築く話だと書きたかったんですけどね。……誰かそんな感じの小説書かないかな? では、今作もこのぐらいにしておきましょう。

皆さん、ここまで読んでくださってありがとうございました。前作共々何度も読み返してくださっている読者さんもいるようで、感謝してもしきれません。また機会があったらお会いしましょう。

P.S.第三部始めました
https://syosetu.org/novel/247370/


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