カルデア特異点遠征隊 (紅葉餅)
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プロローグ
部隊結成まで


正式名称は人理継続保障機関フィニス・カルデア

通称カルデア

この機関は、開発した擬似地球環境モデル・カルデアスを100年後に設定し、その表面の文明の光を観測する事により、未来における人類社会の存続を保障する事を任務としていた。

2016年7月に人類の灯が消えることを観測しからは、過去の特異点事象を発見し、修正する事により未来を保障するための任務を始動し、カルデアは48人のマスターを集め、修正に乗り出した。

 

 

ここまでは、正史と同じだったがある職員の一言が正史とは異なる世界線へと導いた。

「そういえば、人類の存続を守るための重要な機関がこのカルデアなんですよね。」

「何を今更、当たり前だろ。そんなことより早く選抜しなければ局長にどやされるぞ。」

「いや、そういうことではなくて...」

「なんだよ、はっきり言えよ。」

「なんでこんな重要な機関なのに警備員や守備員がいないのかなって。」

「そりゃ、秘匿のためだろう。」

「でも、緊急時カルデアを誰が守るんですか?ロマン筆頭に俺らって、研究一筋だから戦うの無理ですよ。一番戦わなきゃいけない所長は...その...言い方が悪いんですけど、チキンなんですよ。」

「じゃあ、マスターたちにやってもらうか...この書類を見た感じ戦えそうだしな!」

「一番守らなきゃいけない人たちを盾にすんですか?」

「じゃあ、どうしろと?」

「...さあ、どうにかするんじゃないですか...所長が!」

「そうだなどうにかしてくれるよ...所長が!」

 

 

この会話の数時間後、オルガマリー所長は緊急時に身の安全を確保するために一丸となった局員たちに自室に押しかけられカルデアの秘匿を守りつつ安全を確保するという難題を押し付けられた。

「なに...何よあんたたち!」

「「「カルデアの守りをどうにかしろ!」」」

「自身で守りなさいよ!貴方達それでも魔術師なんでしょ!」

「所長は自身で守れるのかよ!」

「チキンのくせに!」

「この間、夜トイレにいけなかったの知ってんだぞ!」

「チキンは関係ないでしょ!...てか誰よ、トイレのこと喋ったの!いつ見てたのよ!」

 

こんな不毛なやり取りの後、オルガマリー所長は真剣にこの議題を考えた後、時計塔に丸投げした。局員達は雪の中に閉ざされ、毎日機械とにらめっこしている職場にずっといるのだ。カルデア局員達の頭のネジが緩むのもしょうがないだろう。しょうがないのだ。

 

 

雪中ではなくロンドンにあり、毎日フィッシュアンドチップスを食べることができ、ネジがしっかりしまった時計塔の幹部達はこの問題を深く考え、人理のために時計塔を守護している部隊を送ることを決定した。時計塔は西欧財閥に話を回し、部隊のために潤沢な資金を準備し、守備のための装備を開発した。機械と魔術が融合したカルデアに合わせた部隊は、現代兵器に魔術を加え魔改造したものが運用されることになり、カルデア守備隊が編成された。

 

話がここで終わればいいのだが、部隊が行くのはネジが緩んでいる局員の多いカルデアだ。(頭が)ゆるふわ系のロマンが余計なことを言ったことで守備隊は地獄のような戦場に送られることになった。

「わぁ...すごい装備だ!これなら特異点にも対抗出来そうな仕上がりだよ!」

と目を輝かせながらロマンが部隊の感想を言っていると、局員達はロマンの肩を叩き、サムズアップしながら

「じゃあ、コフィンの機能を付け加えましょう!」

と言いはなった。そして、カルデア守備隊の装備はさらに魔改造され特異点に行けるように変更された。さらにカルデア守備隊はカルデア特異点遠征隊に変更され、カルデアの守備に加え、特異点でのマスターやサーヴァントの補助が任務に加えられた。




オルガマリーは所長なのに局長と書いていたので修正しました


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カルデアは良いところ?

「寒い!痛い!見えない!なんでこんなところにあるの!?」

少女は性別も忘れそう叫んだ。吹雪の中あるかされれば、性別関係なく誰だって文句を言うだろう

「申し訳ありません!我々には秘匿義務があるので!後少しです頑張ってください!」

少女を吹雪から守るように歩く、大柄な男は吹雪に負けないように大声で答えた。

「 カルデアのすごい技術で乗り物ぐらい作れないの!」

「秘匿のためです!」

「秘匿の前に凍死しちゃうよ!」

 

こんなことになる数時間前

 

「やっとついた〜座りっぱなしで背中バキバキだよ。まったく...」

 

高い雪山の麓、人気の少ない農村には似合わない格好をした日本人少女がいた。少女は周りを見渡した後、制服のスカートの裾を引っ張りながら

「この制服も胸を強調してるし、まともな職場じゃないかも...」

と今更後悔していた。少女は日本にいた頃によくテレビで流れていたブラック企業というフレーズが頭によぎった。

「迎えの人もいないし...家のためとはいえ、高い給料だけで選んだのがいけなかったのかな...」

 

膝を抱えて、今更ながら自分の浅はかさを嘆いた。少女は故郷から人気の少ない雪山の麓に来ているので、本当に今更である。

地面に向かってそんなことをつぶやいていると、いつの間にか背後に男が立っていた。

 

「カルデアは人理のためなのできつい業務となりますが、職場環境の良さは保証します。あと、制服は機関の主計科と技術開発部部長の趣味です。」

「うひゃあ!」

少女は飛び上がり、後ろを振り向き固まった。

背後には、ぶあつい防寒具に身を包み、独特の模様が刻まれた銃を持った大柄な男が立っていた。

 

「うひぃ...お金は持ってないですぅ...ぐすっ...でも、乱暴しないでぇ」

銃を持った人がいきなり現れれば、うっかり命乞いをしてしまうだろう。特に少女は平和な日本にいたのだ。するなというのが無理な話だ。

 

「落ち着いてください。あなたは藤丸立香さんですか?」

「そうです。だから命だけは...」

「だから落ち着いてください。私は、マックス・アベルと言います。あなたを道案内人です。」

 

そこまで言うと立香の顔にようやく余裕が生まれた。

「驚かさないでください!死んじゃうかと思ったじゃないですか!」

「すいません。道のど真ん中でうずくまっていたので声をかけたのですが...」

 

立香は自分の先程までの様子を思い浮かべ何も言えなくなった。立香が同じ光景を見たら男のように話しかけることすらしないだろう。

「改めまして、人理継続保障機関フィニス・カルデア、特異点遠征隊部隊長マックス・アベルです。あなたを迎えに来ました。」

「えっと...わ、私は藤丸立香です。今日からお願いします!」

「こちらこそお願いします。では、さっそくカルデアに行きましょう。」

 

マックスは立香の荷物を担ぐと山に向かって歩き出した。立香はマックスに並び質問することにした。

「ちょと聞いてもいいですか?」

「はい、本官に答えられることでなら。」

「えっと、じゃあなんで隊長さんがここに?」

「マスターの身を守るためです。局員が選抜した候補の中から局長がマスターを決めます。決めたあとは身の安全のために警備隊長を兼任している本官と技術開発部部長にしか知らされません。なので、マスターかどうか判別できる本官が案内人となりました。」

「隊長さんなのに大変なのですね。」

「人理のためですので。」

「その人理って何ですか?」

「それは直接局長が話されるのでそれをお聞きください。」

 

そう言うとマックスは口を閉じた。少し気まずくなり立香は、周りを見渡したふと思いつき聞くことにした

「ふと思ったことなんですが」

「何でしょうか?」

「さっきからずっと歩いてんですけど乗り物とかは...」

「ありません。」

「えっ...」

「秘匿のためです。」

「でも、あの山吹雪いているように見えるんですが...」

「そうですね。」

「天候が安定するまで、まったりは...」

「局長の演説まで時間がないので無理ですね。」

立香から再び笑顔が消えた。

「じゃあ...」

「本官が全力でお助けします。」

(やっぱりブラック企業なんじゃ...)

と後悔することになった。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。

グダ子がカルデアにきた理由がよくわからないので、ここでは彼女は貧乏な家のために高い給料に誘われてきたことにしました。グダ子の心の強さは貧乏で鍛えられたとしたら説明がつくし、いいよね!

初めて書く小説なので、改善点があればどんどん指摘してください。
でもなるべく優しく教えてください。心は折れにくいのですが、くるものがあるので



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不幸体質なのだろうか

「うぅ〜...やっとついた...ここが、カルデアか...」

「はい、ここがこれからマスターが着任することになる人理継続保障機関フィニス・カルデアです。」

 

吹雪の中を歩いていると山の中にあるとは思えない建物がうっすらと見えてきた。建物は大きな扉のある施設とその横にドーム状の施設に分かれていて、どちらも自然とは似合わない金属光沢を放っていた。

 

「山の中にあるとは思えない建物ですね。」

「魔術と機械の融合がこのカルデアの特徴なので建物もそれに合わせ独特なものになっていますからね。ちなみにカルデアは正面の建物が本館で、隣のドーム状の建物はカルデア特異点遠征隊の基地となっております。」

 

建物をよく見るとドーム状の方が比較的最近に建てられたようで汚れが少なく、また本館よりも建物に使われている建材は硬そうな気がした。

 

「この扉から入れば良いんですか?」

「はい。本官は基地の方の扉からしか入館が許可されていないので、

ここで案内は終了となります。吹雪の中お疲れ様でした。」

「はい!こちらこそありがとうございました。」

 

立香はマックスに頭をさげると荷物を受け取り、扉に方に走って行った。

 

(彼女は民間から選抜された。いわば数合わせだが、魔術師から選抜されたマスター達よりは使えそうだ。部下達にも困っていたら積極的に助けるように言っておくか。しかし、子供を戦場に送るのは、人理のためとはいえ、嫌なものだ。)

 

マックスは暗くなった気分を変えるために目を閉じ深呼吸をし、スッキリした頭の中にこれからすべきことをリストアップしながら基地へと歩いて行った。

 

 

 

立香side

 

「見た目は怖いけど、優しい人だったな〜お父さんみたいだったな〜」

 

独り言を言いながら吹雪の中を大きな扉に向かった。扉には魔除けの紋章がいくつも刻まれていて。この建物の異様さを際立てていた。

 

「不思議な紋章がいっぱい。ドアノブもインターフォンも見当たらないしどうやってはいるのかな?隊長さんも吹雪のせいで何処にいるのか分からないし...」

 

ペタペタと扉を触っていると、頭上から電子ボイスが聞こえ

 

『――塩基配列……ヒトゲノムと確認。――霊器属性……善性・中立と確認。ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。ここは人理継続保障機関カルデア。指紋認証、声帯認証、遺伝子認証クリア。魔術回路の測定……完了しました。登録名と一致します。あなたを霊長類の一員として認めます』

 

電子ボイスが終わるとうっすらと紋章が光った

 

「指紋認証でも触ったのかな?なんでもいいや!やっとあったかいところに行けるよ。」

 

立香は建物に入り、毛布をかぶりながら暖かいココアを飲んでいる自分を想像し思わずにやけた。しかし、その妄想はすぐに打ち壊されることになる。

 

『申し訳ございません。入館手続きには後180秒ほど必要です。その間、模擬戦闘をお楽しみください。――レギュレーション:シニア。契約サーヴァント、セイバー、ランサー、アーチャー。今回の戦闘は記録に残すようなことは一切致しません。どうぞ、ご自由に戦闘をお楽しみください。――召喚システム・フェイト起動。この180秒間、マスターとしての善き経験ができますよう』

 

「えっ...ちょっと待ってこんな所に立ってたら凍死しちゃうよ!

あと、戦闘ってなに!聞いてないよ隊長さん!」

 

さっきまでは歩いていたので体が温まり寒さはさほど気にならなかったが、扉の前で立っているとなると体はすぐに冷えてしまう。ここで、体を動かすという発想がないのは、やはり日本人ゆえ、待つときは大人しくしていると小さな頃から教わってきたからだろう。

 

 

 

マックスside

 

「そう言えば...」

 

頭の中でリストアップしていると自分の説明漏れに気づいた。

 

「仮想空間で戦闘することになる可能性があることを伝えるのを忘れていたな。まあ、仮想空間にいれば凍死することは無くなるしいいだろう。戦闘に関しては...彼女なら上手くやるだろう。」

 

自身に言い訳をしていると、基地の入り口にたどり着いた。本館とは異なり基地の扉は小さく、紋章などは刻まれておらず無骨な作りになっている。

マックスは首から複雑な紋章の刻まれたドッグタグを取り出すと脇の機械に近づけ扉を開いた。扉に先には、タブレット端末を操作している隊員が待っていた。

 

「隊長お疲れ様です。コートをお持ちします。今、全マスターの到着を確認しました。」

「そうかご苦労。これからブリーフィングを始める。カルデアの警備に当たっているもの以外、全員をブリーフィングルームに集めろ。」

「了解しました。」

「ブリーフィングで、全マスターの情報の開示とこれからの始まる局長の演説での手順の確認行う。自身のタブレット端末を持ってくるように言っといてくれ。」

「はい、そのように各員に伝達します。」

 

隊員はマックスに敬礼すると、伝達ために基地の放送室に向かって行った。マックスは隊員の後ろ姿を眺めながら

 

「これからは今までの訓練とは違い、特異点での実戦になるのか変わりは多くあるとはいえ、どれほどの隊員が傷つくことになるのか...」

 

とため息を吐いた。

 

「いかんな、さっきから余計な事ばかり考えてしまう。そうだ、我々は人理のための雑兵だ。マスターとサーヴァントのために露払いをする雑兵だ。任務のために、人理のために散るのなら本望だ。」

 

マックスは自分に言い聞かせるように何度も呟きながらブリーフィングルームへと歩いて行った。

 




マスターの素質が無いとコフィンを使えないのですが、遠征隊がコフィンを使えるのはとある裏技を使うからです。

そのためのちょっとした伏線を置いたのですが、初めて書くのでちゃんと伏線として働いているのか不安になってます。


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模擬戦闘を開始します

立香side

 

『模擬戦闘を開始します』

「あれ?ここは?」

 

電子ボイスの後、扉の紋章の光が強くなり思わず目を瞑ってしまった立香が、再び目を開けると周りの風景は先ほどの寒々しい吹雪の中から暖かい日の降り注ぐ草原に変わっていた。

 

「ワープでもしちゃったのかな?」

 

しゃがんで地面の草を触っても本物としか言えない感触が伝わってきた。地面を弄っていると

 

「マスター早くご命令を。」

 

と女性のような声と共に剣を抜く音がした。

 

「えっ!誰!?」

 

と急いで立ち上がると先ほどの草原を見渡した時には人っ子一人いなかった草原に三人の人影があった。剣を抜き堂々立っている金髪に鎧の女、赤い槍を持つ青タイツの男、弓を持ち女性と比べると比較的軽装の鎧を着た男の3人が立っていた。

 

「後ろの連中も待っているみたいだしな。」

 

呆然と眺めていると、槍を持っている男が立香の背後を槍で差した。

立香は慌てて振り返ると、立香の背後を守るように先ほどの3人とは違い、鎧などではなく現代的な迷彩服に身を包み、警戒するように周囲に銃を向ける4人の男たちが立っていた。

 

(さっきから何なの....お母さん助けて!)

 

立香は目を回し混乱した。改めて言うが彼女は平和な日本からきたのだ。

 

「マスターがグズグズしてるから準備もしてないのに来ちまったじゃないか。」

 

槍の男は頭をかきながら草原にある丘を眺めていた。

立香は涙目で丘の方を見るとゴーレムと呼ばれる茶色い個体が迫ってきていた。立香はさらに混乱し、半ば叫びながらサーヴァントに指示した。

 

「もうどうにでもなれ!みんなやっちゃえー!」

 

マックスはこの立香の順応?の早さに気づき、カルデアに配属されたマスターの中でも、使えそうと判断してた。後にマックスからこのことを聞かされ、立香は少し落ち込むことになる。

彼女としては、ひょっとしたら隊長さんは自分に指揮することへの隠されていた素質があると見抜いているのかもしれないと期待していたのだ。

 

「やっとか!暴れるぜ!」

 

とサーヴァントの3人はゴーレムに向かって突っ込んで行ったが、背後にいた4人はサーヴァントが行動するのとほぼ同時に立香の周りを囲み新たな敵への警戒を始めた。

 

(この人たちすごいな...練度が高いってこういうことを指すんだろうな...)

 

立香は少し気持ちが落ち着き、自分の斜め前に立ち、立香の前方への視界を塞がないように警戒する男たちを観察することにした。

男たちは現代的な迷彩服を着ているがヘルメットの後頭部や、防弾チョッキの肩の部分に遺跡など見るような模様が刻まれていた。

 

(不思議な服だな。すごい現代チックなのにいろんなところに、図鑑で見るようなマークが刻まれてる。これが魔術って奴かな。)

 

科学が過ぎれば魔術に見えるとあるが、立香は進んだ科学技術を持つ日本にいたのだ。彼女から見れば仮想空間などはまだまだ科学の範囲を過ぎておらず、魔術の産物とは思えないのだ。

なので、現代的な迷彩服の中にある魔術がようやく彼女に此処がどういう機関なのかを今更ながら教えることになった。

 

「そういえば、あの3人は!」

 

立香は男たちを眺めている間に視界から消えてしまったサーヴァントたちを探すために一歩踏み出した。

すると周りの男たちは綺麗な円陣を維持したまま立香と同じ方向に移動した。

 

「おぉ!すごい!後ろに目が付いているみたい!」

 

男たちは立香がいくら飛び跳ねても、立香から同じ距離を維持し続けていた。

 

「すごい!すごい!」

 

と飛び跳ねていると

 

「このマスターは大丈夫なのか?」

 

と声が掛けられた。弓を持ったサーヴァントは呆れたように立香を眺めていた。

 

「すいません!ちょっと気が散ってました。」

「まあいいだろう、戦闘は終わらせてきた。」

 

立香が飛び跳ねている間にサーヴァント達の戦闘は終わり、弓兵の背後にはただの岩に戻ったゴーレムが転がっていた。

 

「少し不安なマスターだが、俺らカルデアはマスターを歓迎する。」

 

そう弓兵が言うと周りの風景は溶けるように消え始めた。

 

『模擬戦闘を終了いたします。すでに登録は完了しているのでどうぞお入りください。歓迎します。マスター藤丸立香様。』

 

天高くから電子ボイスはそう言うと、立香再び強い光に包まれた。

立香が再び目を開けると草原ではなく先ほどいた吹雪の中に戻されていた。

 

「やっぱりあれは魔術だったのかな...夢みたい。」

 

立香は先ほどの体験を思い返し、しばし余韻に浸っていた。吹雪の中で。

 

「うわぁ!さむっ!」

 

立香の意識が再び戻るのにかかったは、十数秒間だけだったが。吹雪はその間に立香の体温をかなり下げていた。

立香は開いた扉に素早く入ると扉の影に隠れて風をしのいだ。立香扉が閉まるのを見届けると、その場に座り込んだ。

 

「やっと一息つけるよ。草原やら雪山やらで疲れちゃった。」

 

草原で疲れたのは、飛び跳ねて立香を守るように囲んでいた隊員で遊んでいたのが原因である。濃い数時間のことを思い出していると立香は自分の意識が薄れているのを感じた。

 

(寒い所から暖かいところに来たから眠くなちゃったのかな...きっと隊長さんが来てくれるから少し休憩...)

 

そう考えている間にも意識はどんどん薄れていって、ついには廊下の壁に寄り掛かるように立香は寝てしまった。

 

 

 

 

 

マックスside

 

「どうだ準備ができているか?」

 

慌ただしく局員が動くなか、マックスは壁に寄りかかり隣にいる副隊長に話しかけた。

 

「はい。遠征隊でもできるような調整や力仕事は全て終わっています。あとは専門家の局員達による最終チェックだけです。」

 

副隊長はタブレットで説明会の工程表を確認しながら答えた。

 

「全く所長は見栄っ張りなんだから。演説のためにわざわざレンズ・シバを動かすんだろ。しかも失敗しないように何回もチェックしろとの要請だしな。」

「演説ではなく、説明会です。隊長。」

「こんな大掛かりでやるなら似たようなものだろう。」

 

そうぼやきながら、2人は説明会準備に追われている局員達を眺めていた。すると1人の隊員が2人に元にやってきた。

 

「どうした?問題でも発生したか?」

「いえ、そうではなく。少し気になることが...」

「なんかあったのか?」

「保安のための入退室記録を見ていたのですが、マスターの1人が自室に入った記録がないんです。カルデアには来ているのですが...」

「誰だ?」

「えっと、No.6の藤丸立香ですね。」

 

マックスは先ほどの道案内をした少女を思い浮かべ、自分の説明漏れを思い出した。

 

(確か仮想空間に慣れていないと脳に来るんだったな。どっかで倒れている可能性があるな。所長が来る前に探す必要がある。)

 

マックスはそう考え、少女が所長に叱られないためにもすぐさま見つけることにした。

 

「副長、今待機している分隊は何番隊だ?」

「現在、3番隊が待機中であります。」

「3番隊に藤丸立香の捜索を命じろ。本館の玄関付近を重点的に捜索させろ。」

「分かりました。」

 

副長は早速耳につけていた無線で命令を伝達した。マックスは慌ただしく動く局員を眺めると

 

「俺たちがここにいても邪魔だ。俺たちも捜索に行くぞ。3番隊がいる待機室よりもこちらの方が玄関に近い。」

「そうですね。局員の邪魔をするわけにもいきません。」

 

マックスと副長は説明会をするホールから離れていった。これが大きな間違いだった。彼らとすれ違うように袋を抱えたレフ教授はホールのなかに入っていった。

 

(今レフから嫌な気配がしたが、気のせいか。説明会を前に気を張りすぎたか...)

 

マックスは1人そう納得し、立香を探しに玄関に向かっていった。




一話と三話の誤字修正ありがとうございました。
戦闘はと言いつつ全くないですね。少し書いたのですがあまりにも下手だったので、遠征隊の軽い御披露目会にしました。

書くのにも慣れてきてきて、最初よりも長くかけるようになりました。これからも誤字報告などお願いします。


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廊下問答

立香side

 

マックス達が捜索を始めたころ立香は壁に寄りかかり熟睡していた。

 

「フォウ......?キュウ......キュウ?フォウ!フー、フォーウ!」

(……何かの鳴き声……?隊長さんってこんな感じに鳴いたっけ?)

 

寝ぼけているとはいえ、ひどい間違いだ。しかし、マックスはこれから彼女のサーヴァント達に泣かされることになるのを考えれば、あながち間違えいるとはいえなくなる。特に寝室に潜り込む3人組に対して、遠征隊はしばらくの間、徹夜で立香の寝室の防衛戦をすることになり多大な犠牲を払うことになるのだから。

立香は肉球に押され、起こされた。立香が目を開けると銀髪の少女が立っていた。

 

「………あの。朝でも夜でもありませんから、起きてください、先輩。」

 

立香は通っていた学校の後輩を思い出したが、銀髪で妖精のような雰囲気を持つ後輩は思いつかなかった。

 

「あなたは……?」

「いきなり難しい質問なので、返答に困ります。名乗るほどのものではない―――とか?」

 

立香は学校の後輩繋がりで、似たような症状を発生させた厨な男子生徒を思い出したが、見た目の差がありすぎるのですぐに比べるのをやめた。FGO民のアイドルと厨な男子生徒を比べるとは本当に失礼なことである。

 

「いえ、名前はあるんです。名前はあるのです、ちゃんと。でも、あまり口にする機会がなかったので……。印象的な自己紹介ができないというか……」

 

立香の両親は貧しく勉強に関してはしっかりと助けてやれなかったが、それでも貧しさに負けないように心の教育は一生懸命に取り組んでいた。

なので、立香には、この少女は内気なだけのいい子だとすぐに分かり、他のマスターのように自己紹介すらできないのかと見下すようなことはしなかった。マシュが先輩と呼ぶ理由はこういった心の強さと優しさにもあるのだろう。

 

「……コホン。どうあれ、質問よろしいでしょうか、先輩。」

「うん!いいよ!お姉さんになんでも聞いて!」

「お姉さん......質問なんですが、熟睡のようでしたが、通路で眠る理由が、ちょっと。硬い床でないと眠れない性質なのですか?」

「私そんなに眠っていたの?」

「はい、すやすやと。教科書に載せたい程の熟睡でした。」

 

立香は自分の寝顔がまじまじと見られていたことを思うと顔が熱くなるのがわかった。

 

「フォウ!キュー、キャーウ!」

「……失念していました。あなたの紹介がまだでしたね、フォウさん。こちらのリスっぽい方はフォウ。カルデアを自由に散歩する特権生物です。わたしはフォウさんにここまで誘導され、お休み中の先輩を発見したんです。」

「フォウ。ンキュ、フォーウ!」

「……またどこかに行ってしまいました。あのように、特に法則性もなく散歩しています。」

「……不思議な生き物だね」

「はい。わたし以外には、特に遠征隊の方達にはあまり近寄らないのですが、先輩は気に入られたようです。おめでとうございます。カルデアで二人目の、フォウのお世話係の誕生です。」

 

モフモフを楽しもうとしていた立香はどっかに行ってしまうフォウの後ろ姿を姿が見えなくなるまで目で追いかけていた。

 

「フォウって可愛い!ところでなんで遠征隊の人たちは避けられてんの?フォウっておとなしそうな子なのに?」

 

お父さんのように優しい雰囲気の中に強い意志を持つ隊長さんの姿を思い浮かべると、立香には遠征隊の人たちがおとなしそうなフォウに避けられる理由が思いつかなかった。

 

「遠征隊の方達がカルデアに着任したばかりの頃、フォウさんを遠征隊の隊員の1人が見つけたのですが、カルデアの職員の誰もがフォウさんについて遠征隊の方達に教えていなかったので、フォウさんは遠征隊に侵入者だと思われて一日中追い回されたことがあったんですよ。」

 

立香の目の前にいる少女はのんきに、一日中警報が止まず大変でしたよ〜と語っているが、完全武装した特殊部隊に一日中追い回されれば、どんな生き物でもトラウマになるだろう。

 

「マスターここにいたのですか。探しましたよ。」

 

噂すれば影がさすというように、ぶ厚い防寒着ではなく、迷彩の野戦服に身を包んだマックスが副官を引き連れ通路の向こうから現れた。

 

「マシュ殿もいたのか。ホールにいなかったから、てっきり自室の方で待機しているのかと思っていたが。」

 

マックスがマシュに話しかけていると、通路の向こうからさらに人がやってきた。

 

「おっと、すでに先客がいたか。」

 

新たに現れたのは、カルデア技師のレフ教授であった。

 

「レフ教授か、準備は終わったのか?」

「ああ終わってるよ、マックス。あとは人が揃うのを待つだけだよ。ところで君は……そうか、今日から配属された新人さんだね。私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だ。」

 

レフはマックスと話した後、立香に声をかけた。

立香はマックスにしたように元気よく頭を下げ

 

「はい!藤丸立香です!今日からお願いします!」

 

と挨拶した。レフは満足したように頷き、マシュは覚えるように何度も小さく呟き、副官は素早く先ほどのブリーフィングで開示された立香に関しての情報を頭の中に並べた。

 

「ふむ、藤丸君と。招集された48人の適性者、その最後の一人というワケか。ようこそカルデアへ。歓迎するよ。不躾な質問だけれども、

一般公募のようだが、訓練期間はどれくらいだい?一年? 半年? それとも最短の三ヶ月?」

 

立香は気まずそうに視線を足元に落とし、

 

「その...訓練はしていません」

 

と小さな声で答えた。

 

「ほう? という事はまったくの素人なのかい?ああ……そういえば、急遽採用した一般枠があるんだっけ。」

「ああ、所長がやらかして、48人を46人と勘違いして間違えたやつだ。」

 

マックスがそういうと、レフは所長がしていた苦しい言い訳を思い出して苦笑いした

   

「君はそのひとりだったのか。申し訳ない。本当に不躾な質問だった。けど一般枠だからって悲観しないでほしい。今回のミッションには君たち全員が必要なんだ。魔術の名門から38人、才能ある一般人から10人……なんとか48人のマスター候補を集められた。これは喜ばしい事だ。この2015年において霊子ダイブが可能な適性者すべてをカルデアに集められたのだから。」

 

うつむいたままの立香を元気づけるように優しく声で立香に言い聞かせていたレフは、横に立っていたマックスに目を向けると

 

「それに加え、謎の技術で部隊単位での霊子ダイブを成功させた時計塔が誇る守護者達がいるんだ。安心して任務を遂行してくれ。わからない事があったら私やマシュに遠慮なく声をかけて……おや?そういえば、彼女と何を話していたんだいマシュ? らしくないじゃないか。以前から面識があったとか?」

 

マックスの方を向いた時にレフの視界にマシュが入り、ふと気付いたようにレフはマシュに尋ねた。

 

「いえ、先輩とは初対面です。この区画で熟睡していらしたので、つい。」

「熟睡していた……?藤丸君が、ここで?ああ、さては入館時にシミュレートを受けたね?霊子ダイブは慣れていないと脳にくる。」

 

レフがそう言うと立香は、ばっと顔を上げマックスの方を睨んだ。

 

「そうだ!隊長さん忘れてました。なんで模擬戦闘ことを教えてくれなかったんですか!後扉が開くのに時間がかかることも!」

 

立香が忘れていることに期待していたマックスはいきなりの飛び火に若干動揺したが、悪びれた様子もなく。

 

「忘れてた。」

 

と言い放った。心の優しい立香でもさすがにこの返しには怒らざるえなかった。

 

「忘れてたってなんですか!死んじゃうかと思ったんですよ!1日に2度も死を実感したのは初めてですよ!」

 

怒ってますよと主張するように頬を膨らませる立香に、マックスはまたしても反省の雰囲気を出さず

 

「任務を遂行中に何度も味わうことになる。その予行演習だと思ってくれ。」

 

と返した。マックスはここで謝らないというお父さんのような意志の強さを見せた。ロクでもない人だ。さすが魔術師の端くれだ。実際のところは、マックスも立香に対して娘のような印象を抱いたので、このじゃれ合いを楽しんでいた。

 

「まあ落ち着いて、そんなに怒る元気があるのなら異常はなさそうだが、万が一という事もある。医務室まで送ってあげたいところなんだが……」

 

レフは2人の間に入り、じゃれ合いを止めると時計を指差しながら

 

「すまないね、もう少し我慢してくれ。じき所長の説明会がはじまる。君も急いで出席しないと。」

 

といった。それを聞いたマックスは自身の時計に目を向けると何も言わずに走って行ってしまった。

 

「微妙なところで抜けているな彼は。それも彼が部下に慕われる理由か...面倒だな。」

 

レフは小さく呟いた。立香は少し暗い雰囲気をまとったレフが気になったがそれよりも大事そうなワードの方が気になった。

 

「説明会……?」

「はい。先輩と同じく、本日付で配属されたマスター適性者の方達へのご挨拶です。」

「マックスから聞いてなかったのかい?ああ、彼は演説と呼んでいたな。ようは組織のボスから、浮ついた新人たちへのはじめの挨拶ってヤツさ。所長は些細なミスも許容できないタイプだからね、今頃マックスは所長にどやされているんじゃないかな。マックスとは違い、所長とは初めて顔合わせする君は、ここで遅刻でもしたら一年は睨まれるぞ。五分後に中央管制室で説明会がはじまる。この通路をまっすぐ行けばいい。急ぎなさい。」

 

レフは立香を急かすように言うと、私はこの荷物を運んでおくからと立香の荷物を持った。2話のマックスといい、レフといい許可なく立香荷物を勝手に触っている。彼らには、女性のものへ対する配慮はないのだろうか。立香がそう心の中で文句を言っていると

 

「レフ教授。わたしも説明会への参加が許されるでしょうか?」

 

とマシュが荷物を担いだレフ教授に尋ねた。

 

「うん? まあ、隅っこで立っているぐらいなら大目に見てもらえるだろうけど……なんでだい?」

「先輩を管制室まで案内するべきだと思ったのです。途中でまた熟睡される可能性があります。」

 

さっきから元気のいい立香だが、少しでも気をぬくとふらつくぐらい眠く疲れているのだ。その様子にマシュは気がつき提案した。他の男どもは、荷物へ対する考え方からわかるように気が付いていなかった。ちなみに、副官はなんとなくは気づいていた

 

「……君をひとりにすると所長に叱られるからなあ…。結果的に私も同席する、という事か。まあ、マシュがそうしたいなら好きにしなさい。藤丸君もそれでいいかい?」

 

立香は頷いたのを見ると、レフは荷物を持ち歩いて行った。マシュは立香の手を取ると説明会が行われる管制室への案内し始めた。手を繋いだことで、よりマシュに近づいた立香は、マシュは凛とした見た目でしっかりしていそうなのに、なぜ自分を先輩と呼ぶのかが気になった。見た感じ、年も近いように感じた。

 

「ねぇ...マシュはなんで私を先輩って呼ぶの?」

「理由……ですか?藤丸さんは、今まで出会ってきた人の中でいちばん人間らしいです。」

「人間らしいって?」

「まったく脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無だからです。ちなみに遠征隊の方達はフォウさんをいじめたので敵対する理由はあります。」

 

連絡ミスからの事故とはいえ一日中フォウを追いかけ回したのは事実なので、遠征隊はマシュに今まで慕われていなかった。

 

「……レフ教授は、先輩を気に入っていたように見えます。つまり、所長がいちばん嫌うタイプの人間という事です。」

 

マシュに一言に立香はこれから職場でうまくやっていけるのか不安になった。彼女が悩まないときはないのだ。だからこそ、立香はこれからどんな困難にあっても、思考が停止せず考え続け、カルデアを勝利へと導いて行くことになるのだ。

 

「ここが中央管制室です。遠征隊の方達はホールと呼んでいますが。」

 

普通はここまで来るのにさほど時間がかからないのだが、立香はようやくつくことができた。やはり彼女は不幸体質なのだろう。




セリフばっかりになってしまいました。特にレフのが長すぎる。さすが悪役ここでも苦しめてくる。

遠征隊の戦闘に関する設定をもう少しもう詰めようと思うので、次話は何日か後になります。


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侵入者だよ!全員集合!

立香が司令室に入ると中は異様な雰囲気だった。

大きなホール状の部屋の奥には擬似地球環境モデル・カルデアスが置かれその前には立香と同じ服装をした青年・少女達が並んでいた。

 

しかし、異様な雰囲気のは目の前の地球儀や若者達ではなくその両側に乱れなく直立姿勢のまま並ぶ野戦服に身を包んだ遠征隊から発せられていた。彼らからはマックスのような優しさは感じらえず、ただただ任務のためには犠牲をいとわない強い忠誠心しか感じられなかった。そんないわば狂信的な意思を立香は人生の中で感じたことはなかったので、ただ異様としか思えなかった。

 

遠征隊の右列は左側を向き、左列は右側を向いていた。つまり彼らは中央にいるマスター達を監視するに並んでいた。マスター達はそんな状況に戸惑いざわついていた。

 

マシュは立香の胸についていたタグを確認すると

 

「先輩の番号は……一桁台、最前列ですね。一番前の列の空いているところにどうぞ。……先輩? 顔の色が優れないようですが?」

 

先頭の列まで手を引いていった。他のマスター達に手を引かれて歩く様子をジロジロと見られたが、マスター達の視線より遠征隊の方が気になっていた立香は他のマスター達を気にする余裕はなかった。

 

「……ごめん、まだ頭がぼうっと……ちょっとこの雰囲気にあてられちゃったみたい。」

 

マシュは確かに異様雰囲気になっている周りを見渡すとカルデアスの下にイライラした女性と、その後ろにさっき慌てて走っていった男がいるのに気づいた。

 

「もう少し先輩と一緒にいたいのですが無理そうですね...」

「時間通りとはいきませんでしたが、全員そろったようですね。特務機関カルデアにようこそ。所長のオルガマリー・アニムスフィアです。そして、私の背後にいるのが、魔術師から選抜されたマスター達は知っていると思うけど、時計塔の守護者だったマックス・アベルよ。彼はカルデア特異点遠征隊の部隊長をしているわ。」

 

オルガマリーは堂々と自己紹介をしたが、マスター達はあまりオルガマリーの話に集中しているように見えなかった。その原因は、オルガマリーを守るように左後ろに立つマックスだった。

実はこの時、カルデアでも幹部に当たるマックスが自分の説明会に遅刻しかけたのに腹が立ち、オルガマリーはハイヒールのピンの部分でマックスのつま先を踏んでいたのだ。

マックスとオルガマリーの顔は、真剣でほぼ真顔に近いのに、その足元は大層仲が良いよに見えそのギャップにマスター達はついていけなかったのだ。実際のところ、彼らは仲がいいその証拠に心の中で

 

(ふん!苦しみなさい!しばらく踏まれて反省するといいわ!)

(馬鹿め...コンバットブーツのつま先には鉄板が入ってんだよ...痛くもかゆくもないわ!)

 

と互いに罵り合っていたのだ。実に仲がいい。オルガマリーはマスター達の視線に気がつき、マックスのつま先から足をどけるとごまかすように咳をした後

 

「あなたたちは各国から選抜、あるいは発見された稀有な―――」

 

と真面目な話を始めた。すごく眠い立香は真面目な話に耐えられるだろうか。いいや、耐えられないだろう。立香はオルガマリーが話し始めた直後、自分の意識が遠のいてくのを感じた。

 

 

 

「……大丈夫ですか先輩?」

 

立香はいつに間にか椅子に座らされていた。

 

「……もしかして、寝てた?」

 

立香の顔はさっと青くなった。先ほどまで、職場でうまくやっていけるかどうか不安に思っていたのに、自分の居眠りのせいでうまくいかないことが確定してしまったのだから。

 

「はい。眠っていたかどうかで言えば、どことなくレム睡眠だった……ような。ともあれ、所長の平手打ちで完全に覚醒したようで何よりです。」

 

立香は自分の頬に手を当てるとじんわりと熱くなっているのを感じた。

 

「先輩はファーストミッションから外されたので、先輩を治療した後部屋に案内しようと―――きゃっ!?」

「フォウ!」

「い、いえ、いつもの事です、問題ありません。おそらく...」

 

マシュはフォウが走ってきた方向に目を向けると、2人の遠征隊の隊員が救急箱と担架を持ちやってくるのが見えた。

 

「フォウさんは遠征隊の人から逃げた後、わたしの顔に奇襲をかけ、そのまま背中にまわりこみ、最終的に肩へ落ち着きたいらしいのです。」

 

フォウはマシュの所に行こうと思っていたが、途中でトラウマとなっている遠征隊に出会ってしまい急いで逃げてきたのだ。

 

「慣れているんだね...後、遠征隊の人達そんなに避けられてんだ...」「はい。フォウさんがカルデアに住み着いてから一年ほど経ちますから。後、遠征隊の方達は避けられて当たり前ですよ。」

 

遠征隊の評価はマシュの中ではかなり低いのだ。そう話していると腕に赤い十字マークを付けた遠征隊の隊員が立香の前に跪いた。

 

「かなりの勢いで平手打ちされたので湿布を貼っておきましょう。」

 

そう言うと隊員は、口の中が切れていないかを確認した後、慣れた手つきで湿布を貼った。

 

「フォウ!クー、フォーウ! フォーウ!」

「...ふむふむ。どうやらフォウさんは先輩を同類として迎え入れたようですね...そして、悪魔から助けようと必死に威嚇してますね。」

「そんなに嫌われてるのかよ...」

 

治療の終わった隊員は苦笑いしながらフォウを見ていた。

 

「マスターの体調が悪いようなので担架を持ってきました。マスターの自室までお運びします。」

 

そう言うと隊員は担架を広げ立香が横のなるのを待った。

 

「やだよ!恥ずかしい...」

 

立香は担架で運ばれていく自分を想像し、恥ずかしくなった。しかし、横目で見ているところちょっとは興味があるようだ。

 

「そうですか...しかし、自室までお送りするように命じられているので、一応我々もついていきます。」

 

そう言うと隊員は担架を片付けた。マシュは立香の手を取ると先ほどのように立香の自室まで案内を始めた。隊員達はその仲がいい様子に少しほっこりしていた。ちなみにまだ、マシュの首元でフォウは威嚇をしている。

立香は先ほどとは違いすごく優しい雰囲気を醸し出している隊員達を不思議に思いつつ、マシュに手を引かれていった。

 

マシュは部屋の前で止まると

 

「目的地に着きました。こちらが先輩用の個室となります。」

「……ここがそうなのか。ここまでありがとう。」

「なんの。先輩の頼みごとなら、昼食をおごる程度までなら承りますとも。」

 

立香はあって数時間の人にここまでするマシュの将来が少し不安になった。人理は焼かれ、将来はないというのに。

 

「キュー……キュ!」

「フォウさんが先輩を見てくれるのですね。これなら安心です。それでは、わたしはこれで。運が良ければまたお会いできると思います。」

 

マシュは立香に頭をさげると通路の向こうに消えていった。立香は最後まで見届けると休むために早速部屋に入ろうとしたが、険しい顔をした遠征隊により止められた

 

「あの...どうかしましたか。」

 

先ほどの優しい雰囲気はなくなり再び、真剣な雰囲気を醸した隊員を不思議に思い立香は尋ねた。隊員は扉の横にあるパネルを指差すと、腰のホルスターから魔術的な模様の入ったグロック18cを引き抜き構えた。

 

「部屋に誰かいる...数は1。」

 

立香がパネルを見ると確かに、パネルには『入室:1』と書かれていた。隊員達は廊下の壁のくぼみを触り壁から立香の身を守るための防壁を展開させた。その後、守るため立香の体を覆うように立香の頭越しに銃を構えた隊員が基地に無線を飛ばした。

 

「こちら、第4分隊キース。緊急事態発生。」

『こちら、基地本部。何が発生した。』

「マスターの部屋に侵入者を確認。対応部隊を要請する。」

『了解。こちらかではマスターの自室を覗けないので、部隊の申請を許可する。』

 

しばらくすると、大きな盾を持った隊員達が通路の向こうから集まってきた。盾を持った隊員は素早く立香を背後に隠した。

 

(なんか...大事になってきちゃった!なんで、休むだけでこうなるの!)

 

立香は何も悪くない。ただ、神様に余計な体質を与えられただけなのだ。

 

対応部隊は盾を持った隊員を先頭に立ち、その背後にMP7を持った隊員が並び突入の合図を待った。

隊員の1人が腕に刻んである紋章を触ると、手のひらに魔力が集まり長さ15cmほどの棒の形に集まった。隊員は仲間に合図を出すと扉を開け中に放り込んだ。

 

「はーい、入ってまー―――って、うぇええええええ!?何だ!?」

 

棒状の魔力は、部屋の中で弾け、凄まじい光と轟音を発生させた。フラッシュバンを魔術で再現したのである。

中で混乱した男の声が聞こえると、部隊は一斉に突入していった。しばらくすると、手錠をかけられ顔に袋を被せられ白衣の男が廊下に投げ捨てられた。

 

「ここは空き部屋だぞ、ボクのさぼり場だぞ!?誰のことわりがあってこんな酷い事をするんだ!?」

 

隊員達はその声と白衣に覚えがあるようで互いに顔を見合わせていた。立香を守っていた隊員が男から被せられていた袋を外すと、中から髪がボサボサになった長髪の男の顔が見えた。

 

「あの...みなさん...この人知っているんですか...」

 

隊員の盾の後ろからひょっこりと顔を出した立香は、小さく手を上げながら周りの隊員に質問した。

 

「君の部屋? ここが?あー……そっか、ついに最後の子が来ちゃったかぁ……いやあ、はじめましてマスターちゃん。」

 

男は周りの様子を見渡した後、事態を把握したのか誤魔化すように笑いながら答えた。

 

「予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介をしよう。ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。なぜかみんなからDr.ロマンと略されていてね。理由は分からないけど言いやすいし、君も遠慮なくロマンと呼んでくれていいとも。」

 

立香は何でこの人がロマンと言われているのかが、すぐに分かったがロマン為に言わない事にした。

 

「実際、ロマンって響きはいいよね。格好いいし、どことなく甘くていいかげんな感じがするし。ところで名前を聞いていいかな?」

「はじめまして、ドクター。私は藤丸立香です!これからお願いします!」

 

またしても、立香は名前を紹介しながら、医療部門のトップという事で幹部に当たるはずのロマンに自分の名前が伝わっていない理由も何とな察した。こんな、ゆるふわな頭では、機密情報などは簡単に漏れ出してしまいそうだ。

 

「うん、はじめまして。 今後ともよろしく。あれ? 君の肩にいるの、もしかして噂の怪生物?うわあ、はじめて見た!マシュから聞いてはいたけど、ほんとにいたんだねぇ……どれ、ちょっと手なずけてみるかな。はい、お手。うまくできたらお菓子をあげるぞ。」

 

ロマンがそんな事を言っていると後ろで遠征隊の隊員達が何か準備を始めていた。

 




長かったので分割


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ロマンに慈悲はない

隊員達が何かをしているのに気付がついていないロマンは、お手をさせる為にフォウに手を差し出していた。

 

「…………フウ。」

「あ、あれ。いま、すごく哀れなものを見るような目で無視されたような……。と、とにかく話は見えてきたよ。君は今日来たばかりの新人で、所長のカミナリを受けたってところだろ?ならボクと同類だ。

何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ。もうすぐレイシフト実験が始まるのは知ってるね?スタッフは総出で現場にかり出されている。」

「あぁ...知ってるよドクター。察しのいい君なら、この後の話の展開も読めるよな...」

 

いつの間にか隊員達は皆、片手にテーザーガンを持っていた。

 

「ぼ...ボクそれ知ってるよ。痺れるやつでしょ...人に向けたら危ないのは医者である僕が保証するから。ちょっと考え直さない。ほら!ボクはみんなの健康管理が仕事だから!正直、やるコトがなかっけど!重要な仕事があるんだ!痺れたら困るよ!」

 

ロマンは命乞いを始めるが隊員達はテーザーガンのセーフティを外し始めた。

 

「あぁ...知ってるよドクター。霊子筐体に入った魔術師たちのバイタルチェックは機械の方が確実だという事も...」

 

遠征隊の隊員達はロマンのせいで危ない特異点に行く事になったのを知っているので、ロマンに対して容赦というものを持っていないのだ。

 

「所長に“ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!”って追い出されて、仕方なくここで拗ねていたんだ。でも、そんな時にキミが来てくれた。地獄に仏、ぼっちにメル友とはこのコトさ。所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして交友を深めようじゃあないか!だから!立香ちゃん助けて!」

 

ロマンはこの場にいるメンバーの中で唯一仲間になってくれる可能性がある立香にすがりついた。

 

「そうですね。でも、そもそもここわたしの部屋だったんですよね。」

 

立香としては乙女の部屋に勝手に侵入していたロマンは有罪なのだ。立香は最後の優しやとして、ロマンの指を優しく解いた。ロマンの顔は絶望に染まった。

 

『あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えて警備担当の部隊は、本館と基地のコフィン防衛の為に集合せよ。あと、医務室にて待機中のロマンに伝達する。Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者に若干の変調が見られる。マスター達の様子を見てやってくれ。』

 

ロマンにいよいよテーザーガンが撃ち込まれようとした時、廊下にあるスピーカーからマックスの声が聞こえた。

 

「それは気の毒だ。ちょっと麻酔をかけに行こうか。」

 

ロマンはこの場から逃れる為にすまし顔で、いそいそと逃げ出していった。隊員達は溜息を吐きながら、テーザーガンをしまった。

 

『急いでよ。いま医務室にいるんでしょう?そこからなら二分で到着できる筈でしょ?』

 

今度はオルガマリーの声が聞こえてきた。

 

「ここ、医務室じゃないですよね?……隠れてさぼってるから……」

「……あわわ……それは言わないでほしい……ここからじゃどうあっても五分はかかるぞ……」

「はははは!ロマンの性格をよくわかってるよ!所長殿は!」

 

オルガマリーはロマンの事だからは医務室にいないだろうと思いながら放送したのだ。隊員達はオルガマリーがロマンにお灸をすえる為にわざと言っていると察して、笑い出した。

 

「ま、少しぐらいの遅刻は許されるよね。Aチームは問題ないようだしね。そういえば、レフ教授には会ったかい?彼の疑似天体を観るための望遠鏡―――近未来観測レンズ・シバを作った魔術師だ。シバはカルデアスの観測だけじゃなく、この本館のほぼ全域を監視し、写し出すモニターでもある。基地の方は遠征隊が結界を張って、見えないようにしたらしいいけど。マスターのプライバシーを守る為に自室の中は見えないようになっているから安心して。」

 

このカルデアにいる職員は女性への配慮が全くないと思っていた立香は、最低でも1人はちゃんと配慮してくる人がいる事に安心した。

 

「ちなみにレイシフトの中枢を担う召喚・喚起システムを構築したのは前所長。その理論を実現させるための疑似霊子演算器……ようはスパコンだね、これを提供してくれたのがアトラス院。」

 

そう言うとロマンは周りを見渡し、両手を広げながら、

 

「そして、人理を守る最後の砦であるカルデアを守る兵士に志願してくれた。時計塔の守護者だったカルデア特異点遠征隊。」

 

笑っていた隊員達は笑うのをやめ、直立姿勢になり、兵士である事を誇るように胸を張って立っていた。

 

「このように実に多くの才能が集結して、このミッションは行われる。ボクみたいな平凡な医者が立ち会ってもしょうがないけど、お呼びとあらば行かないとね。お喋りに付き合ってくれてありがとう、 立香さん。落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはご馳走するよ。」

 

隊員達も装備を担ぎ、先ほど放送があったようにコフィンの防衛の為にロマンのあとを追い、歩き出した。

 

「なんだ? 明かりが消えるなんて、何か―――」

 

ロマンは天井を見上げ、隊員達は肩にかけていたMP7を素早く構えた。




数日かかると言いましたが、すぐに投稿できちゃいました。なんでかって?ヒントは今日がクリスマスって事かな。

遠征隊が使う装備は決まったんですが、遠征隊が使う乗り物が決まらないんですよ。ヘリなんて使ったらワイバーンの餌になるだけですからね。現代兵器って言った手前、架空の機体は出せないし、やっぱり小説を書くのって大変ですね。
改めて小説家はすごいんだなと実感しました。


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閑話:クリスマス2016
閑話:サンタ大作戦 前編


本編が全然進んでいないのに書いちゃいました


 

12月24日深夜

 

これは、誰もが知る魔法の時間である。子供達は次の日の朝を楽しみに待ちながら眠り、大人達は純粋な子供達とは違い酒や恋人に酔っている時間だ。

 

そんな幻想的な時間にも関わらず、カルデアの廊下は物騒な雰囲気に包まれていた。廊下には真っ赤な服を着て、顔にはつけ髭と暗視ゴーグルをつけた遠征隊の隊員が並んでいた。

 

「これから、任務を始める。」

 

マックスは今までになく真剣な面持ちで話しを始めた。マックス本人も他の隊員と同じような格好をしていた。実に間抜けな様子である。

 

「これから、カルデアの全職員及び全サーヴァントにプレゼントを配る。これは、スニーキングミッションである。特にサーヴァントに見つかったら、命はないと思え。」

 

サンタさんはプレゼントを枕元に置いていく。つまり、サンタさんは一度部屋に侵入しなければならない。サーヴァントは基本的にその武により名を上げたものが多い。そんな、サーヴァントに侵入しているのが見つかれば、問答無用でミンチにされるだろう。

隊員達がプレゼントの納められたコンテナを確認していると

 

『こちら基地本部。レンズ・シバ制御装置へのハッキングに成功した。カルデア本館の廊下の様子は丸見えだ。誰にも出会わないように道を指示する。』

 

と隊員達の耳につけている無線に連絡が入った。基地に残っていた隊員達は、サンタ作戦がばれないようにする為に、カルデアを監視しているレンズ・シバにわざわざハッキングをしたのだ。ちなみに基地に残っていた隊員達は、サンタを助けるトナカイの格好をしていた。

彼らはもともとイギリスにいたのだ。イギリス海軍のホームページを見て貰えばわかるのが、イギリス人達はクリスマスに関しては手を抜かないのだ。

 

「作戦を開始する。」

 

マックスがそう言うと、プレセントを背負った隊員達は、静かにカルデアの各所に散っていった。

 

 

 

立香の場合

 

『改めて言うが、シバでは部屋の内部は見えない。十分に注意しろ。』

 

マックスが立香の扉の前に着くと、本部から注意された。ここでマスターのプライバシーを守る為の設定がサンタ作戦の行く手を阻んだ。

マックスは少し考えた後、何の警戒もなく扉を開けた。

 

『ちょっと!?何やってんですか隊長!ばれますよ!』

 

マックスの奇行に基地本部は一時騒然としたが

 

「よく考えろ。あの立香が起きていると思うか?。」

 

マックスは立香の性格をよく知っているので、サンタを待っているうちにうっかり寝てしまっている立香を簡単に想像できた。

 

『あ〜そうですね。マスター殿ならぐっすりでしょうね。』

 

本部の隊員も想像できたようで納得した。実際に中に入ると立香はぐっすり寝ていて、その枕元には、牛乳とクッキーが置かれていた。

 

『隊長それはもしや...手作りクッキーではないですか!オブジェクトの回収を要請します!』

 

立香が前日にマシュと共に作っていたのを知っている隊員達は、マックスのカメラにクッキーが映ると湧き上がった。

マックスはクッキーを手に取り、しばらく眺めた後、全て食べてしまった。

 

『隊長!ズルいですよ!』

 

無線の向こうでブーイングが聞こえてくるが、マックスは無視した。

 

『あれだよ...隊長の親バカが出たよ...』

 

マックスは反論しようとしたが、立香を特に可愛がっていることを自身でも気づいているので反論できなかった。マックスは牛乳を飲み干した後、立香がサンタさんに頼んでいた、自身から不幸を遠ざける護符を枕元に置いた。マックスは立香の頭を撫でた後、部屋を出て行った。

 

「う〜ん...お父さん...」

 

立香のつぶやきはマックスには届かず闇の中に溶けていった。

 

 

 

ロマンの場合

 

「ふふ...くるのはわかっていたよ!」

 

隊員が部屋に入った直後、隊員はライトに照らされた。そこには腕を組んだロマンが待ち構えていた。

 

「今年こそ、サンタを捕まえその秘術を暴いてやる!」

 

ロマンはサンタが秘術を使い世界中にプレセントを配っていると思っていたのだ。隊員はそんなロマンを無視して、懐を探っていた。

 

「おっと、プレゼントかい!楽しみにしてたんだよ!」

 

ロマンはサンタが何かをくれると思っているらしいが、ロマンはこんな時間にまだ起きている悪い子なのだ。隊員は懐からテーザーガンを取り出すと

 

「いい子は寝る時間だ。」

 

と言い、ロマンに撃った。ロマンは電撃により痺れた後、痙攣しながら倒れた。

 

「こちらサンタ8、対象の就寝を確認。プレセントを配る。」

『了解。次は隣の医療班員に部屋だ。廊下に人はいない。素早くやれ。』

 

隊員はロマンをベットに放り込み、枕元にロマンの欲しがっていた新しいマグカップを置くと部屋を出て行った。

 

 

 

 

オルガマリーの場合

 

「何やってくれてんだよ...」

 

オルガマリーの寝室に侵入した隊員の目に映ったのは、大量のトラップだった。中には即死級のものもあり、隊員はオルガマリーの本気さにおののいた。

 

『オルガマリーのサンタ経歴を確認したが、彼女が小さい頃サンタに扮した前所長に泣かされているとある。そのせいだろう。』

 

カルデアの前所長は色々とおかしな人だったので、何かの拍子にオルガマリーにサンタに関してのトラウマを植え込んだのだろう。

 

『サンタに撤退はない。作戦を続行せよ。』

 

そう命令された隊員はまずトラップの解除を始めた。トラップの解除に配達の終わった隊員達も参加したのだが、トイレに行こうと目を覚ましたオルガマリーは闇の中に顔に機械をつけたサンタ達が部屋の中を漁り蠢いているのを目撃することになった。

オルガマリーは悲鳴をあげて気絶した。オルガマリーはサンタに対してさらに警戒し、次の年からトラップの凶悪さは増し隊員を苦しめることになった。

 

ちなみにプレセントはフォウのぬいぐるみで、ちゃんと枕元に置かれていた。

 

 

 

マシュの場合

 

 

隊員が部屋に入ると、マシュはクッキーと牛乳が置かれた机のそばに座っていた。

 

「すいません。こんな時間にまだ起きている私は悪い子だと思うのですが。初めてのサンタさんなので、楽しみで眠れませんでした。あと、少し質問があるのですが、よければ座ってください。」

 

マシュに勧められ隊員は思わず座ってしまった。隊員達は、対象が起きていた場合、魔術やテーザーガンを使い強制的に眠らせるように指示されていたのだが、遠征隊のアイドルであるマシュにそんなひどいことはできず隊員は座るしかなかった。

 

「手作りのクッキーですが、よければ食べてください。」

 

マシュはそう言いながら隊員にクッキーを差し出した。隊員はジャンケンで勝ちこの部屋に配達することができた、己の幸運をたたえながらマシュの手作りクッキーを味わった。

 

「サンタさん。質問してもいいですか?」

 

マシュはサンタさんがクッキーを食べ終わるを見届けると、声を掛けた。

 

「こんなに美味しいクッキーを準備してくれたのだから、なんでも聞いていいぞ。」

 

魔術により声を老人のように変えた隊員は答えた。

 

「まず、その顔につけている機械はなんですか?」

 

マシュは隊員がつけている暗視ゴーグルを指差しながら質問してきた。

 

「こ...これは、最近老眼がひどくてつけているのじゃよ。」

 

とかなり苦しい言い訳をしたが、マシュは納得したように頷いた。

 

「次に、サンタさんは1人なんですか?」

「いやたくさんいるぞ。世界中に配らなければいけないからの〜」

 

純粋なマシュの目に隊員は心がひどく傷んだが、今更あとには引けないので自らを奮いたたせた。この隊員はしばらくの間、罪悪感に悩まされ、カウンセリングを受けることになった。

 

「フォウ...」

 

マシュのベットで寝ていたフォウが話し声により起きてしまった。

 

(まずい!声は変えているが、匂いを変えていなかった。威嚇されれば、ばれる!)

 

マシュの部屋にフォウがいることを予想していなかった隊員は、自身の体臭を変えていなかったのだ。もし正体がバレれば、マシュに夢を壊すとともに隊員は床とマシュの盾にサンドイッチされるだろう。

 

「......フォウ」

 

フォウはしばらく隊員を眺めたあと、再び眠りについた。フォウは賢い生き物なので、全てを理解し見逃すことにした。

 

(ありがとうございます!フォウさん!)

 

隊員はしばらくの間、豪華な食事をフォウに提供することを決めた。

 

「フォウさんも寝てしまいましたし、私も寝ます。サンタさんありがとうございました。」

 

マシュは頭を下げそう言うと、上目づかいで隊員に尋ねた

 

「こんな時間まで起きていた悪い子なのですが、プレゼントはもらえるのでしょうか?」

 

隊員の心は罪悪感のメーターが振り切れ、自身の心が砕けるのがわかったが、最後の力を振り絞り、

 

「あ...ああ...も...もちろんあげよう...おやすみ...なさい。」

 

震えだしたサンタさんをマシュは不審に思ったが、布団に入りフォウを抱きかかえるとすぐに寝息を立て始めた。

隊員はマシュが欲しがっていた思い出の写真を飾るための、可愛い額縁を枕元に置くと部屋を出た。しかし、出た直後隊員は床に倒れてしまった。

 

『サンタ17応答せよ!どうした!...くそっ!早速犠牲者が出たか...本部に待機中のトナカイ部隊に通達。サンタ17がやられた。回収せよ。』

 

サンタ17は速やかにトナカイ部隊に回収された。

 

 

 

 

しかし、遠征隊はまだサーヴァントにプレゼントを配っていないのだ。サンタの夜は長い。これから、遠征隊は次々と犠牲者を出していくことになるのだから。




勢いで書いてしまいましたが、後悔はない。

後編は遠征隊がサーヴァントにプレゼントを配りいく様子を書こうと思います。サーヴァントとの初戦闘がクリスマス回になるのか...これもクリスマスって奴が悪いんだ


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閑話:サンタ大作戦 後編

マックス達は職員へのプレゼントを配り終えたので、サーヴァントへのプレゼントを補充する為に一度集まった。

 

「見つかったサンタはどれくらい位いる?」

 

マックスが集まった隊員達に聞くと、10人ぐらいのサンタが手を挙げた。

 

「多いいな...まったく、スニーキングミッションだったというのに。」

 

マックスはやれやれと言わんばかりに頭を振った。見つかったサンタの大半はオルガマリーのトラップのせいなのだが。マックスは

 

「ここまでは準備運動みたいなものだ。これからの配達は命に関わる。すでに脱落者が出ているが、気を締めていけ。」

 

そう言いながら周囲をみたが、隊員達はつけ髭に暗視ゴーグルなので誰が誰だか分からなかったが雰囲気は伝わったようなので満足した。マックスは本部にこれからの作戦を確認するように促した。

 

『隊長からあったようにこれからサーヴァントの生活区域に侵入しプレゼントを配る。先ほどプレゼントと共に受け取った装置の確認をしろ。』

 

隊員達は先ほど受け取り腰と腕に付けた2つの装置を確かめ始めた。

 

『配った装置は気配遮断装置と探知装置だ。特に気配遮断装置は壊れたら全ての隊員に危険が及ぶことになる。しっかりと確かめろ。』

 

本部は全隊員からのチェック完了の合図を受け取ると機械の説明を始めた。

 

『気配遮断装置は言うまでもなく、気配を遮断する装置だ。あまり過信はするな。探知装置だがこれは最高の一品だ。』

 

本部員の声からもその凄さが伝わってきた。

 

『周知の通り、カルデアに召喚されたサーヴァント達は電気を魔力に変換することで現界している。探知装置は、それを逆手に取りサーヴァント達の探知に成功した。サーヴァントが就寝している時、サーヴァントの魔力消費量は減る。つまり電気の消費量も減るのだ!この装置は電気の消費量を探知しサーヴァントが起きているかどうかを探知する機械だ!この機械は議論に議論を重ね、最後に技術開発部部長のダヴィンチ殿に協力していただいたことで実現された機械だ!』

 

隊員達は目から鱗の装置に色めきたった。怪物に対して知力で対抗するという人間ならではの案だった。先ほどのように部屋に入ったら実は起きてましたといった自体を防げるのだ。起きていたら、問答無用でミンチにされかねない。

 

『そうはしゃぐな。この装置はそれだけじゃないぞ。先ほどハッキングした際に、サーヴァント個人の消費電力のデータを入手した。このデータとレンズ・シバからの映像でどこにどのサーヴァントがいるのかも探知できる優れものだ。』

 

機械によりサーヴァントとばったり遭遇する可能性はほぼゼロになった隊員達はこれからの配達の成功に確信し、やる気に満ち溢れていた。

しかし、彼らは重要なことを忘れていた。それは、サーヴァントの中には、電気を操れる英雄がいることだ。また、気配遮断装置や探知装置などの小細工を完全に無視し、一瞬のうちに遠征隊を全滅させることができる大英雄の存在をすっかり忘れていた。

 

「それでは、諸君!行くぞ!」

 

プレゼントの入ったコンテナを背負いマックス達は意気揚々と配達に向かっていった。

 

サーヴァントの生活区域に近づくと早速、探知装置に反応が出た。隊員達は壁にぴったりとくっつき様子をうかがった。通路に先には真っ黒い影があった。よく見ると隊員と似たような格好をしていた。

 

「くそっ!あれはアルトリア・ペンドラゴン・オルタサンタか!」

 

通路の先にはオルタサンタが待ち構えていた。

 

「遠征隊いるんだろう。姿は見えずともわかるぞ。このオルタサンタを出し抜きサンタをしようなぞ、千年早い。」

 

オルタサンタは剣を抜きサーヴァントの生活区域に行くための通路のど真ん中で立っていた。

 

「貴様らには、罰を受けてもらわなばならない。プレゼントを配り行ったらすでに、プレゼントが置かれていた私の気持ちがわかるか?」

 

オルタサンタは遠征隊とすれ違いで職員にプレゼントを配りに行ったのだが、職員の枕元にプレゼントがすでに置かれていて、オルタサンタのサンタとしての誇りを大きく傷つけたのであった。

 

「ちょうど私の服は黒い。貴様らにはブラックサンタとして対応してやろう。」

 

そう言うとオルタサンタは手に持っていた袋を振り回した。袋からは石のようなものがぶつかる音がした。ブラックサンタは悪い子に石炭を配るにだが、ここにいるブラックサンタは石炭の入った袋で悪い子をブン殴ろうとしているのだ。

 

「やばいぞあれは、殺す気満々だよ。俺ら生き返れるけど絶対痛い。死ぬほど痛い。」

「あんなのくらったら壊されて、蘇生不可能になるよ。」

 

探知装置のおかげで死は遠ざかったと思っていた隊員達は思わぬ殺害予告に恐怖のどん底に陥った。

 

「落ち着け。慌てるな。あれを見ろ。」

 

マックスが指差した先には通気口があった。

 

「俺らはサンタだ。撤退はない。ちょうどいい感じの煙突もあるしあそこから行くぞ。」

 

マックスは通気口の蓋を外すとダクトの中に潜っていった。隊員達もそれに従い入っていった。

サンタオルタはしばらく様子を伺い、ニヤリと笑った。

 

「上手く誘導に乗ったな。偽のサンタ共め一網打尽にしてやる。」

 

オルタサンタは通気口に大きな箱を置くと踵を返して、クリスマスメロディを歌いながらサーヴァントの生活区域に戻っていった。

 

 

遠征隊は探査装置を駆使し酔っ払って廊下をふらふらしているサーヴァント達を上手くよけながら、配達をした。途中、回避が間に合わずサーヴァントと接触してしまったが、サーヴァントは

 

「私はサンタムだ。同志に危害は加えん!」

 

と言うとどこかに行ってしまった。夜遅くまでやっていたクリスマスパーティーのおかげでほとんどのサーヴァントは就寝しており大きな問題は発生しなかった。問題があるとすれば、服を脱ぎ同じ部屋で就寝していたアルトリア顔達にプレゼントを配ろうとした際に誰が誰だか分から無かったことだ。困った隊員達はプレゼントにメッセージカードをつけて、机の上にまとめて置いておくということでこの問題を解決した。

 

ほぼすべてのプレゼントが配り終わり、隊員達が一時通路に集合していると通路の向こうからオルタサンタが現れた。

 

「オルタサンタだ!い...いつの間に!」

 

突然現れたオルタサンタに隊員達は動揺した。探知装置のは一切の反応がなかったのだ。

 

「魔力により、サーヴァントを避けていると思っていたが、違うようだな。それでは、起きているサーヴァントを見分けて配っていることに説明がつかん。貴様らはサーヴァントが使っている電気で判断しているのだろう?ん?あっているか?」

 

オルタサンタの元となっているのは、アーサー王である。オルタサンタになったからといって、王として民のために使っていた知性がなくなったわけではない。隊員達の行動を観察し、隊員達がしていた小細工を見破ったのだ。

 

「その通りだ。オルタサンタ殿。本官達は質問に答えたのだ。こちらも質問してもいいか?」

 

隊員達を庇うように前に出たマックスはオルタサンタに質問した。

 

「偽物達を一網打尽にできて今気分が良い。質問してもいいぞ。」

「感謝する。オルタサンタ殿は探査装置に引っかからなかった。改善するためにもその理由が知りたい。」

「貴様らがその機械を使うことは2度とないだろうが教えてやる。」

 

そう言うとオルタサンタは後ろを指差した。すると通路の陰から

 

「ごきげんよう遠征隊の諸君。ニコラ・テスラ。見参である。」

 

ニコラ・テスラがパジャマ姿で現れた。

 

「なるほど。カルデアからの電力を受け取ると探知されるから、テスラ殿から電力を受け取りカルデアからの電力を最小限にして、探知から逃れたのだな。」

「その通りだ。私も貴様らのように少々頭を使ってみた。」

 

オルタサンタは先ほどのように遠征隊をあざ笑うようにニヤリと笑った。火花散るオルタサンタと遠征隊をよそにテスラは目をこすりながら

 

「英霊としての私は、雷電そのもの。故に今回雷電を使いすぎたので、眠いぞ。雷電は消えはしないが消耗する。先に失礼する。」

 

テスラはそう言うと自室に戻っていった。にらみ合いが続く中、マックスは手に持っていたコンテナを投げつけた。

 

「今だ!走れ!」

 

マックスはオルタサンタに背を向け走り出した。彼らには気配遮断装置があるのだ一度見失わせれば、闇に紛れ逃げることができるのだ。

 

「よんでいたぞ...そんなことは!」

「な...何!」

 

振り返ると槍を持ち白いサンタ服を着た少女がいた。少女は遠征隊に持っている大きな槍を向けると

 

「メリークリスマス!遠征隊のサンタさん、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ・ランサー・サンタ、先代サンタの命に応じ参上しました!」

 

と名乗りを上げた。彼女は最近、仲間になったばかりにサーヴァントで、遠征隊も彼女が本物のサンタになる手伝いをしたのでよく知っていた。

 

「サンタに危害を加えるとは、お説教ものなんですよ先代サンタさん。」

「奴らは偽物だ。煮ようが焼こうが問題はない。」

「なるほど!論理的ですね!真のサンタ道を見せてあげましょう!」

 

暗視ゴーグルをつけて金属のコンテナを背負った赤いサンタをミニスカの黒サンタと背伸びして大人ぶる白い子サンタが、はさみ込むという混沌とした状況が出来上がった。

 

「こうなったら仕方ない。」

 

マックスはコンテナの中に隠していたブロードソードを引き抜くと構えた。隊員達も習うようにブロードソードを構えた。

 

「得意の銃は使わないのか?」

 

哀れなものを見るような目でオルタサンタは遠征隊を見た。

 

「クラッカーを鳴らすとパーティーが始まったと思う奴が出そうだからな。」

 

マックスはそう返すとオルタサンタに突撃を開始した。遠征隊の隊員達がもマックスの後追いオルタサンタに突撃していった。

 

「全員私に向かってくるのか。」

「子どもを襲うほど落ちぶれていない!」

「サンタは永遠なのです!姿が変わらなくてもしょうがないのです!姿は小さくてもしっかりした大人です!」

 

後ろから何か聞こえるがオルタサンタに集中した彼らには届かなかった。マックスは態勢を低くすると正面から突き刺すように、左右の隊員は首と腹を狙い斬り払う、マックスを踏み台に飛び上がった隊員は剣を逆手に持ち串刺しを狙った。四方向からの同時攻撃。

しかし、そんな小細工はサーヴァントには通じない。オルタサンタは回転するように剣を振るうと左右の隊員を真っ二つにし、回転の勢いを袋に乗せると飛び上がった隊員とマックスを叩き潰した。

 

「貴様らは胸元以外ならどんなに攻撃しても生き返るのだろう。なら容赦はいらないな。」

 

剣に付いた血を振り払うと残りの隊員に向かってオルタサンタは歩き出した。先ほどの同時攻撃は遠征隊のトップ4による攻撃なのだ。それを簡単に振り払ったオルタサンタに隊員達は下がるしかなかった。

 

「私を忘れてもらっては困ります。」

 

オルタサンタが一歩進むと、同じように一歩下がっていった隊員の背後からジャンヌサンタの声が聞こえた。前にも後ろにも退がれなくなった隊員は互いに背を合わせるにかなかった。

オルタサンタは、どうやってケジメをつけさせるか考えていると

 

「隙を見せたな!アホが!」

 

死んだふりをしていたマックスはオルタサンタに後ろから組み付いた。オルタサンタは目の前の獲物達に集中し背後への警戒を怠ったのだ。

マックスは死んだ隊員から気配遮断装置を剥ぎ取るとサンタ服を脱ぎ、機械を包み金属の当たることで起こる音を防ぐと自分に括り付けた。複数の気配遮断装置によって、オルタサンタにくみつくことに成功したのだ。

 

「今だいけ!」

 

それを聞いた隊員達は弾かれたように走り出した。隊員達はオルタサンタの横を通り抜けて行った。

 

「待ちなさい!...あいたっ!」

 

ジャンヌサンタも走り出したが、オルタサンタの横を通り抜ける際にマックスに横から蹴りを入れら、壁に叩きつけられたのだ。

 

「貴様!子どもに手を出さないのではなかったのか!」

 

柔道の組み付きをされたオルタサンタは、力を入れれば入れるほど締まり抜け出せなかった。

 

「部下のためだ!鬼にもなる!」

 

オルタサンタはさらに力を入れることでマックスの両腕をへし折り抜け出した。

 

「両腕を骨折、背骨と肋にはヒビか?」

 

地面に倒れボロボロになったマックスをオルタサンタは見下ろし観察した。ジャンヌサンタも蹴りを入れられたことに不満なのかふくれっ面でやってきた。

 

「貴様のせいでほとんどのやつを逃してしまったぞ。偽サンタは現行犯でしか捕まえられないのだよ。」

「いくらお世話になった隊長さんとはいえ、サンタに危害を加えたので、説教です。」

 

マックスは目をつぶり覚悟を決めたかのように見えた。

 

「好きにするがいい......だが、今回は私の勝ちだ!」

「なに?...まさか!」

 

オルタサンタは不審に思ったが、すぐにマックスが勝った理由がわかった。壁にかかった時計は既に6時を回っていたのだ。朝になり、夢の時間は終わり、サンタは帰らなければならないのだ。

 

「なるほどな...あのにらみ合いも、組み付きも時間稼ぎか...そしてサンタ服を脱いだことで、サンタを止め、サンタの持つタイムリミットから逃れたのか。」

 

オルタサンタはマックスを睨みつけるとジャンヌサンタを担ぎあげて去って行った。

 

(今回はタイムリミットがあったから勝った...いや引き分けられたか。次は死ぬことになる。まだまだ、鍛える必要がありそうだ。)

 

マックスはそのまま気絶した。ダクトを通ろうとしてオルタサンタのトラップに引っかかり、若干時間がかかったが基地に帰った隊員達は装備を整えると急いでマックスを迎えに行った。

マックスのところに到着すると予想していた展開が待っていた。

 

「なんていう怪我ですか!すぐに治療が必要です!」

 

マックスを部屋に引きずり込もうとしていたナイチンゲールがいた。隊員達は自分たちを身を挺して助けてくれた隊長を取り戻すために戦闘を仕掛けた。

サーヴァント生活区域で、朝から盛大に戦闘することになった。戦闘はクラッカーと勘違いした酔ったままのサーヴァント達がパーティーと勘違いし大乱闘になった。騒ぎを聞きつけた立香に怒られるまでこの騒ぎは続いていた。

 

その後の荒れ果てたカルデアの片付けは、年末の大掃除になり、サーヴァントと全職員、全隊員が参加してカルデアを新品同様にピカピカにした。

 

マックスは両腕を折られているので、大掃除への参加は認められず端っこで大人しくしていた。しかし、マックスの横には立香とオルガマリーがいて酔っ払って階段から落ちたことになっているマックスを叱りつけていた。

 

その後、ホールにカルデアにいるサーヴァント、人類、動物は集まり聖人の誕生日を祝った。

 




前編と後編に分けたのにかなり長くなちゃいました。初めての戦闘回で楽しくなちゃって、書きすぎました。



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特異点F
遠征の始まり


マックスside

 

カルデアに非常ランプが灯る数分前

 

マックスは管制室でマスター達を見守っていた。一緒に警備していた隊員がマックスに近づき

 

「隊長そろそろ時間です。隊長もコフィンに入り接続しないと置いていかれますよ。」

 

拳銃しか身につけていないマックスは、一瞬隊員の方に目を向けたがすぐにマスター達の方を向き

 

「ギリギリに入る。ちょうどコフィンに空きもあるしな。」

 

そいうと48個並ぶコフィンの左から6番目、つまり立香が入るはずだったコフィンを指差した。

 

「あ〜、例のマスターのコフィンですか。自分は警備で見れなかったのですが。かなりの勇気を持つマスターらしいですね。」

 

オルガマリーの後ろに立っていたマックスもいきなり寝出した立香にはかなり驚いた。そして、オルガマリーに引っ叩かれた立香を心配して、隊の中でも一番腕の立つ軍医に世話を命じていた。

 

「隊では、既にあだ名の投票が行われていますよ。」

 

訓練、食事、睡眠しかすることのない遠征隊の隊員達は暇つぶしの為にカルデア職員にあだ名をつけることが流行っていた。オルガマリーは、そのままマリーちゃん。チキンと呼ぶことは、上司なので自重していた。ロマンは一時かなり酷いあだ名が付いたが、マックスの命令でロマンに変更された。

 

「一番はなんだ?」

「一番はグタ子ですね。」

「なんだそりゃ?」

「隊員の1人が変な電波を受信したんですよ。」

 

隊員は以上なほどグダ子を推していた、電波を受信した隊員を思い出した。特に異常もなかったので、隊員と話していると局員の1人が首を傾げていた。不審に思ったマックスが聞くと

 

「なんかレンズ・シバの動きが遅い気がして...」

「トラブルか?」

「いや、自己診断プログラムには異常なしって出てるんですよ。」

 

マックスはレンズ・シバを見上げたが見た目に異常はなかった。

 

「プロの意見だ。無視はできない。少し見てみるか。」

 

マックスがシバを覗こうとしていると後ろから

 

「レンズ・シバの事なら任せともらえないか?私は開発者だ。すぐに解決しよう。」

 

とレフ教授が声を掛けてきた。マックスはレフにその場を譲ると、自身もレイシフトの準備を始めた。

 

「すいません。レフ教授を知りませんか?」

 

コフィンと自身を複雑に編まれた紐でつないでいると局員が話しかけてきた。マックスがレンズ・シバの方を指差そうとして見ると、工具だけが残されていた。

 

「あそこに居いたのだが。」

 

そうマックスが言おうとした途端、マックスは吹き飛ばされた。

 

 

 

立香side

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び中央―――』

 

放送を聞く隊員達は担いでいた装備を構え走り出した。

 

「爆発音...カルデアが襲撃された!第4分隊は消火に行け!残りはついて来い!正面玄関に防衛線を築くぞ!」

 

隊員達は二手に分かれ、己の役目を果たしに行った。

 

「今のは爆発音か!?一体なにが起こっている……!?」

 

少し遅れて再起動したロマンは壁に備え付けてあるパネルを操作すると管制室を映し出した。

 

「モニター、管制室を映してくれ!みんなは無事なのか!?」

「……ひどい……」

 

モニターには燃える管制室とその中で必死に消火と救助をする遠征隊と職員が写っていた。

 

「これは―――立香、すぐに避難してくれ。 ボクは管制室に行く。遠征隊のほとんどはレイシフト準備中で身動きできないだろうからね。あんなに傷ついている人達がいるのなら、ボクの出番さ。」

 

先ほどまでの柔らかい雰囲気はなくなり、医師として、カルデアにある命を守る者としてここは譲らないとロマンの目は立香に訴えた。

    

「もうじき隔壁が閉鎖するからね。その前にキミだけでも外に出るんだ!」

「このまま逃げだすのは……嫌です!私もここの一員なんです!」

 

立香はカルデアにいるすべての人が共通して持つ優しい心を失いたくなかった。会って数時間しか経ってないのだが、カルデアの職員達の優しさは故郷を思い出させたのだ。そして、立香の中ではカルデアは既に第二の故郷となった。

 

「フォウ!」

「いや、なにをいっているんだキミ!?方向が逆だ、第二ゲートは向こうだよ!?まさかボクに付いてくるつもりなのか!?そりゃあ人手があった方が助かるけど……」

 

ロマンは引き下がらない立香をどうするか迷っていると

 

『カルデア全職員に告ぐ。こちら警備隊長のマックスだ。カルデアは今攻撃を受け燃えている。全職員は身の安全を第一の考えシェルターに避難せよ。また、レイシフトを待っている遠征隊の隊員は、マスターとの接続を解除しろ。そして、全隊員はカルデアに接続し、飛ばされないようにしろ。』

 

マックスの背後からは、火を消そうと奮闘する遠征隊や怪我をして苦しむ職員の声が聞こえた。

 

「ああもう、言い争ってる時間も惜しい! 隔壁が閉鎖する前に戻るんだぞ!」

 

ロマン達が管制室につくと中は火の海になっており、その火の中に消火ホースを抱えた遠征隊や瓦礫を支え怪我人を助ける職員達の姿があった。

 

「………………無傷な者は殆どいない。無傷なのはカルデアスだけだ。ここが爆発の基点だろう。これは事故じゃない。マックスの言う通り、人為的な破壊工作だ。」

 

『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常 が あります。職員は 手動で 切り替えてください。隔壁閉鎖まで あと 40秒 中央区画に残っている職員は速やかに―――』

 

火にスピーカーを焼かれたのか、途切れ途切れの電子ボイスが聞こえてきた。立香はカルデアが火に焼かれ苦しんでいるように思えた。

 

「……ボクは地下の発電所に行く。カルデアの灯を止める訳にはいかない。キミは急いで来た道を戻るんだ。まだギリギリで間に合う。いいな、寄り道はするんじゃないぞ!外に出て、遠征隊と合流して外部からの救助を待つんだ!」

「………………。」

 

立香はロマンに言われた通り、管制室を後にしようとしたが、後ろから聞こえる遠征隊と職員の声がその足を引き止めた。

 

『ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保。アンサモンプログラム セット。マスターは最終調整に入ってください。』

 

そのアナウンスが聞こえると遠征隊は、消火ホースを投げ出し急いで何かを探し始めた。

 

「……ギリギリまで生存者を探すべきでは……」

 

立香は遠征隊の行動を理解できなかったが、今できる最善をすることにした。大声で呼びかけながら生存者を捜していると

 

「誰かー!いますかー!……!」

「………………、あ。」

 

立香が歩いていると柱の陰に隠れるようにマシュが倒れていた。

 

「……しっかり、いま助ける……!」

 

マシュの腹部は真っ赤に染まり、血の中に大きな金属片が見えた。素人の立香にも、もう手遅れということはわかった。」

 

「…………いい、です……助かりません、から。それより、はやく、逃げないと。」

 

マシュは近づいてきた立香を押し返したが、その手には力は全く入っていなかった。

 

「!?」

「あ………」

 

立香は、火の持つ暖かい赤とは別の寒々しい赤い光に照らされた。

 

『観測スタッフに警告。

カルデアスの状態が変化しました。

シバによる近未来観測データを書き換えます。

近未来百年までの地球において

人類の痕跡は 発見 できません。

人類の生存は 確認 できません。

人類の未来は 保証 できません。』

 

寒々しい光の元は擬似地球環境モデル・カルデアスだった。

 

「カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……いえ、そんな、コト、より―――」

 

マシュが力のない目でカルデアスを眺めると小さな声で呟いた。

 

『中央隔壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です』

「……隔壁、閉まっちゃい、ました。……もう、外に、は。」

「……なんとかなるよ。だって...」

 

立香が振り向くと先ほどまで消火していた隊員達とマックスが立っていた。マックス達はマシュの傷を見始めた。

 

「どうだ?治せそうか?」

「治療しても無駄でしょう。傷が深すぎます。」

「施術はできそうか?」

「そちらも無理でしょう。マシュ殿はサーヴァントを宿しています。魂が大きすぎて、依代が破裂してしまいます。」

 

マックス達はマシュを見た後、マシュから離れ立香をマシュの方に導いた。

 

「……………。」

 

マシュはすべてを悟ると立香の手を案内した時と同じように優しく握った。

 

『コフィン内マスターのバイタル基準値に 達していません。レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中・・・・発見しました。適応番号48 藤丸立香 をマスターとして 再設定 します。アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。』

 

それを聞くとマックス達は立香に駆け寄った。

 

「マスター殿、マシュ殿、邪魔してすまない。我々はこのままだとレイシフトに巻き込まれ飛ばされてしまい。2度と帰ってこれなくなる。カルデアに接続しようにも、先ほどの爆発で管制室のにあった杭が壊れていた。マスター殿との接続の許可を。」

 

立香はマックスが何を言っているかよくわからなかったが、頷くとマックス達は立香の腕に隊員達のベルトから伸びる複雑に編まれた紐を巻き始めた。

マックスたちの様子を見ていると、マシュの手に力が入りがぎゅっと握られた。

 

「あの……………せん、ぱい。手を、はなさないで、ください。いいですか?」

 

不安でいっぱいになっているマシュの目を見ると立香は、絶対に離さないというように両手でマシュの手を包み込んだ。

 

『レイシフト開始まで あと3』

「来るぞ!全員、振り落とされないように、力を込めろ。」

 

マックスがそう叫ぶと、立香は腕に結びついた紐が熱くなったのを感じた

 

『2』

『1』

『全工程 完了。ファーストオーダー 実証を 開始 します。』




ようやく、特異点fにたどり着きました。
設定などを感想の欄に書いてしまったので、設定が気になる方はそちらをどうぞ。
ネタバレになるので小説の方には、まだ設定などまとめたものをは載せていませんが、後程まとめて書くのでしばしお待ちください。


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初めての特異点

紅葉餅は、遠征隊にスターシップ・トゥルーパーズ1のような活躍をさせようとしています。つまり、敵にバラバラにされたりする役目ですね。
遠征隊にはサーヴァントの強さを目立たせるための、案山子になってもらい、特異点で散ってもらう予定です。


 

立香side

 

レイシフトが始まると立香は光の渦に吸い込まれるような気がし、紐の巻かれた腕は何かを引張ているようにひどく重かった。

立香の視界は再び暗くなりレイシフトは終わった。

 

立香がレイシフトの影響で、意識を失っていると

 

「キュウ...キュウ。フォウ......フー、フォーウ......」

(この鳴き声は...)

 

立香は、鳴き声と周囲の熱によりぼんやりと意識が戻ってきた。

 

「先輩。起きてください、先輩。」

 

遠くでさっきまで聞いていたような声が、聞こえたが意識がはっきりしない立香は誰なのか分からなかった。

 

「......起きません。ここは正式な敬称で呼びかけるべきでしょうか---マスター。マスター、起きてください。起きないと殺しますよ。」

 

立香は殺すという言葉で、自分が火の中にいてレイシフトをしたということを思い出し、飛び起きた。目の前には、先ほどとは違い鎧を着たマシュがいた。

 

「よかった。目が覚めましたね先輩。無事で何よりです。」

「マシュ!そっちこそ大丈夫なの!さっき、お腹が!」

 

立香は慌てて近づき鎧の隙間から出るマシュのお腹を触ったが、縫ったような跡も無くスベスベした感触がした。この時、立香はあまりのスベスベさに、乙女として若干嫉妬した。

 

「先輩。くすぐったいです......怪我については後ほど説明します。その前に今は周りをご覧ください。」

 

マシュのお腹を触るのを止め、周りを見るとボロ布を纏った骸骨が何体もいた。

 

「GI----GAAAAAAAAAA!」

「ひっ!」

 

骸骨は既にその肉体を失っているのにも関わらず、叫び声を上げた。

 

「----言語による意思の疎通は不可能。----敵性生物と判断します。」

 

マシュは盾を構えると骸骨に向かっていった。

盾を水平に振り骸骨を上下に真っ二つに砕くと、姿勢を低くし盾を振った勢いを利用し回転しながら、別の骸骨の懐に滑るように入った。さらに、立ち上がる勢いを使い、盾の角で骸骨の頭を叩き切る。

立香はその流れるような動きに、周りが燃えているのも、骸骨が迫ってきていることも、マシュに指示することも見惚れてしまった。

 

マシュが周囲を見渡し、全ての骸骨を砕い他ことを確認すると立香の方に向かってきた。

 

「----ふう。不安でしたが、何とかなりました。お怪我はありませんか先輩。お腹が痛かったり腹部が重かったりしませんか?」

 

マシュが惚けている立香に近づくと、立香の服についたススを払いながら心配そうに聞いてきた。

 

「マシュ、あんなに強かったの⁉︎」

「...いえ、戦闘訓練はいつも遠征隊の方達が手加減してくれていたのにも関わらず、いつも居残りでした。逆上がりも簡単な護身術もできない研究員。それがわたしです。」

 

過去を思い出したのか少し悲しそうな目をしていたマシュだが、盾の方に目をやるとその目には力がこもり、盾を握りしめた。

 

「わたしが今、あの様に戦えたのは----」

「ああ、やっと繋がった!もしもしこちらカルデア管制室だ、聞こえるかい⁉︎」

 

何を言い出そうとしていたマシュだが、いきなりロマンの通信が入ると目を伏せ何かを心の中に飲み込んんだようで、カルデアにいた時の様に凛とした見た目に戻りロマンの通信に応答した。

 

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました。同伴者は藤丸立香一名。随伴するはだった遠征隊の隊員も見当たりませんが、マスターの腕を見るに特異点Fにはいる様です。マスターは心身ともに問題ありません。」

 

マシュに言われ、立香は腕を見ると紐が繋がっていた。紐の端は切れている様に見えたが、よく見ると幽霊の足の様に薄くなっているだけで切れてはいなかった。

 

「レイシフト適応、マスター適応、ともに良好。藤丸立香を正式な調査員として登録してください。」

「...やはり、マックス達がいなかったからそうかとは思っていたが、立香君も巻き込まれていたのか...コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれた。それは素直に嬉しい。」

 

どんどん話が進んでいつが、当の本人の立香は話についいて行けずポカンとしていた。

 

「それと...マシュ、君が無事なのも嬉しんだけど、その格好はどういうことなんだい⁉︎ハレンチすぎる!ボクはそんな子に育てた覚えはないぞ!」

 

マシュは過去に軟弱な自分を変えようと遠征隊の基地に押しかけ、鍛えてもらおうとした時、「ムキムキになろうなんて、どういうことなんだい⁉︎勿体なさすぎる!」と遠征隊に全力で止められたのを思い出して、ため息が出た。

 

「はぁ...これは、変身したのです。カルデアの制服では、先輩を守れなかったので。」

「変身...?変身って、何を言っているんだ、マシュ?頭でも打ったのか?それともやっぱりさっきので....」

「----Dr.ロマン。ちょっと、黙って。わたしの状態をチェックしてください。それで状況は理解していただけると思います。」

 

立香はマシュが、ロマンの空気を読まないゆるふわさに若干イライラしていることが分かった。

 

「君の身体状況を?お...おお、おおおぉぃおおお⁉︎身体能力、魔術回路、全てが向上している。これじゃ人間というというより...」

 

マシュは立香の方をちらりと見ると、覚悟を決め言った

 

「はい、サーヴァントそのものです。」

 

遠征隊と触れ合ったマシュは、人間を理解し、その優しさ強さ美しさに宝石の様な輝きを見出していた。そして、マシュもその輝きに近づこうと一生懸命だった。マシュは人の心に機敏な立香に、サーヴァントになったことで、消えてしまったかもしれない自身の輝きを見られることが不安だったのだ。

 

「経緯は覚えていませんが、わたしはサーヴァントと融合した事で一命を取り留めた様です。今回、特異点Fの調査・解決のため、カルデアでは事前にサーヴァントと、遠征隊の出動できる隊員全員である240名が用意されていました。そのサーヴァントも先ほどの爆発でマスターを失い、消滅する運命にあった。」

 

立香は、遠征隊の240名という規模に驚いた。立香の自室の事件の際に20名ほどの隊員が来ていたので、最大でも100人程だろうと思っていたのだ。

 

「ですがその直前、彼はわたしに契約を持ちかけてきました。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と。」

 

ロマンは感動した様に声を震わせ

 

「英霊と人間の融合...デミ・サーヴァント。カルデア7つ目の実験だ。そうか。ようやく成功したのか。では、キミの中に英霊の意識があるのか?」

 

マシュは心の中を覗く様に目を閉じると、首を振った。

 

「...いえ、彼はわたしに戦闘能力を託して消滅しました。」最後まで真名を告げず、ですので、わたしがどの英霊なのか、自分が手にしたこの武器がどの様な宝具なのか、現時点ではまるでわかりません。」

 

マシュは盾を眺めながら答えた。




遠征隊はマスター1人につき4人随伴する戦闘員192人。戦闘員を一隊32人の分隊に分け、その分隊を指揮する分隊長6名、全体を指揮するマックスとマックス専属の連絡員の2名と、特異点で車両の運転や物資輸送に従事する40名の計240名が特異点に行く予定でした。
遠征隊は基地に残る後方部隊の60人を加え、全部で300人います。
まあ、特異点1つ当たり20〜30人は戦死させる予定です。

今回は長くなったので、第1節の途中で終わりです。遠征隊の設定は第2節のオルガマリー登場のところで詳しく説明するのでお待ちください。ちゃんと、紐やレイシフトの設定はなるべく矛盾点がない様にしましたが、あったらごめんなさい。


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血河の始点

今回から、遠征隊の犠牲者が出始めます。人が死んでいくのを読むのが苦手な方は、申し訳ありません。紅葉餅のスキルでは、そこまでグロくなることはないと思います。

次話で遠征隊の説明回になります。もう少し、お待ちください。


 

ロマンはマシュが落ち込んでいるのを察して

 

「...そうなのか。だかまあ、不幸中の幸いだな。召喚したサーヴァントが協力的とは限らないからねけどマシュがサーヴァントになったのなら話が早い。なにしろ全面的に信頼できる。」

 

とマシュを元気付けた。ロマンは話を変え

 

「立香君。そちらに無事シフトできたのは君だけのようだ。紐がある事から遠征隊は、特異点に来てはいるが立香君の近くにいないところを見るに特異点のどっかに落ちてしまったようだ。炎の中に落ちていないことを祈るばかりだよ。」

 

時計塔から来た精鋭部隊である遠征隊が、肝心な時にいないことにロマンは不満を抱いたが、遠征隊も事故に巻き込まれているので文句は言えなかった。

 

「そして、すまない。何も事情を説明しないままこんな事になってしまった。わからないことだらけだと思うが、どうか安心してほしい。遠征隊はいなくてもキミにはすでに強力な武器がある。マシュという、人類最強の武器がね。」

「......最強というのがどうかと。たぶん言い過ぎです。あとで責められるのはわたしです。」

 

立香にはマシュの顔が赤く見えたが、指摘すると炎のせいですと一蹴された。シールダーであるマシュには、人が焼死する程度の火など、どうという事はないのだが。

 

「まあまあ、サーヴァントはそういうものなんだって。立香君に理解してもらえればいいんだ。ただし、サーヴァントは頼もしい味方であると同時に弱点もある。それは魔力の供給源となる人間......マスターがいなければ消えてしまうという点だ。たしか、遠征隊も紐が繋がっているマスターが死んでしまうと彼らも死が確定するらしい。詳しい事は知らないけど、立香君についている紐は大事に扱ってあげて。」

 

ミサンガみたいなものだろうと思っていた立香は、慌てて腕を抱きしめ、紐が燃えないように周囲を警戒した。

 

「現在データを解析中だが、これによるとマシュはキミのサーヴァントとして成立している。つまり、キミがマシュのマスターなんだ。キミが初めての契約した英霊が彼女、ということだね。」

 

サブカルチャーが発達した日本にいた立香は大まかには理解できたが、マスターやサーヴァントなどの専門用語が入ってしまったので詳しいことはわからなかった。

 

「......あの、難しい言葉ばっかりで話についていけないんですけど。」

「うん、当惑するのも無理はない。キミにはマスターとサーヴァントの説明すらしてなかったし。いい機会だ、詳しく説明しよう。今回のミッションには3つの新しい試みがあって...」

 

ロマンが説明しようとしているのか、髪をめくる音がしたが、だんだん音声に雑音が入り、声も遠くなってきた。

 

「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まであと10秒。」

「むっ、予備電源に切り替えたばかりでシバの出力が安定していないのか。遠征隊の基地から電源をもらいたいけど、基地に繋がる通路も電線も通信も、全てが破壊されていたし。仕方ない、説明は後ほど。二人とも、そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。なんとかそこまでたどり着いてくれ、そうすれば通信も----」

 

ロマンがいいを終わる前に雑音は強くなり、ついには途絶えてしまった。

 

「......」

「...消えちゃったね、通信。」

 

マシュは目を閉じ、周囲の魔力に集中し、ロマンと再び通路できないか試したがカルデアの魔力は一切感じられず諦めた。

 

「まあ、ドクターのする事ですから。いつもここぞというところで頼りになりません。今回は遠征隊の方達も頼りになりませんし。」

 

マシュは頼れる仲間の少なさに不安を覚えた。

 

「キュ、フー、フォーウ。」

 

フォウは存在をアピールするように何度もマシュの前で飛び跳ねた。

 

「そうでした。フォウさんもいてくれたんですね。応援、ありがとうございます。どうやらフォウさんは先輩と一緒にこちらにレイシフトしてしまったようです。」

 

マシュは飛び跳ねていたフォウを抱きかかえると、いつものように肩に乗せた。

 

「あ...でも、ドクターには報告し忘れてしまいました。」

 

立香とマシュは顔を見合わせて、若干気まずい雰囲気になった。

 

「キュ、フォウ、キャーウ!」

「ほら!大丈夫だよ!フォウも、ドクターなんて気にするなって言ってるし!」

「そうですね。フォウさんのことはまたあとで、タイミングを見て報告します。」

 

立香はまるでロマンはタイミングが読めていない、というような口ぶりに、カルデアにおけるロマンの扱いの雑さに哀れみを覚えた。後に立香主導のロマンのイメージアップキャンペーンにより、改善されるまで、ロマンはカルデアでのネタキャラ扱いをされ続けた。

 

「まずはドクターの言っていたポイントを目指しましょう。そこまで行けばベースキャンプも作れますし、特異点にいる遠征隊への目印にもなります。」

 

マシュは座っていた立香の手を取り歩き出した。

立香とマシュはポイントに向かって歩いていたが、周囲は完全に火の海で、あちこちが崩れていた。

 

「先輩、もうじきドクターに指定されたポイントに到着します。しかし...見渡す限の炎です。資料にあるフユキとは全く違います。資料では、平均的な地方都市であり、2004年にこんな災害が起こったことはないはずですが...」

 

マシュが惨状を見ていると、パパパッと弾けるような音と女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

「女性の悲鳴と銃声です。この災害の生き残りと遠征隊だと思われます。急ぎましょう!先輩!」

 

マシュ達が走って銃声のもとに駆けつけると、瓦礫や家具を円形に置き壁を作ってその中から外にいる骸骨達に銃弾を浴びせている遠征隊がいた。

 

「骸骨共を近づけるな!」

「一発で倒せないのは、MP7を持っているやつに任せろ!」

「くそっ!腕さえあれば!」

 

陣地の外には、骸骨の残骸と骸骨に引きずり出されたのか壁に引っかかりぶら下がったままの遠征隊の死体があった。陣地の中からも四肢を失った隊員の苦悶の声が聞こえてきた。

 

「うっ...」

「これは...」

 

あまりにも残酷な様子に立香は吐かないように口を押さえ、マシュも立ち止まってしまった。

 

「新たな、魔力反応!サーヴァント級です!」

「こんな時に!」

「何なの、何なのこいつら⁉︎何で私ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの⁉︎早く倒してよ!」

 

オルガマリーは中でうずくまっているのか、立香達には姿は見えなかったが、その悲鳴だけが聞こえてきた

 

「あんたも手伝ってくれよ!こっちだって遊んでるんじゃないんだよ!」

 

遠征隊は骸骨を対処しながら、オルガマリーに近くに置いてあった拳銃を放り投げた。

 

「これ使えっての!?知らないわよ!こんな物の使い方!もうイヤ、来て、助けてよレフ!」

「オルガマリー所長?」

 

マシュは矢が刺さりながらも、一歩も引かない遠征隊を助けるために陣地を囲っている骸骨を弾き飛ばした。

 

「サーヴァント級、視認しました!あれは...マシュ!マシュ・キリエライトです!それに、藤丸立香です!」

「援軍か、よかった...マスター殿を保護せよ!我らで、マスターの盾になるぞ!」

 

遠征隊は増援に活気づき、立香を守るために壁を乗り越えていった。

 

「あ、あなた達どこ行くの⁉︎ああもう、何がどうなっているのよ⁉︎」

 

オルガマリーは知っている名前が聞こえて、壁から顔を半分ほど出すと、盾を振り回すマシュと、遠征隊の隊員に周囲を囲まれながら向かって来る立香が見え、オルガマリーの処理範囲を超え、頭から煙を出し始めた。

 

その後、若干の犠牲者を出しつつも陣地の外にいた骸骨を一掃し、陣地の中で休憩ができるようになった。




マシュ、ロマン、遠征隊が互いにあまり評価していないのは、自身のことを隠していて本当のことを教え合っていないからです。信用はしていても、信頼はしていない状態です。
戦闘を重ねるにつれて、お互いに信頼しマシュと遠征隊は背中を負わせて戦っていきます。同然ながら、遠征隊は死にまくるのでマシュの背中は血まみれになりますが。


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遠征隊の秘密

この回で遠征隊の秘密を全て説明します。


マシュは、遠征隊の遺体を運ぶのを手伝い陣地の端っこに並べて安置すると、体育座りのままピクリとも動かないオルガマリーに近づいていった。

 

「戦闘、終了しました。お怪我はありませんか、所長。」

 

立香は遠征隊の隊員と共に怪我人の手当てをしていた。手当ての時に立香は違和感を感じたがそれが何なのかは分からなかった。

 

「.........どういう事?」

 

マシュがオルガマリーに前でしばらく立っていると、オルガマリーはようやく話し始めた。

 

「所長?...ああ、わたしの状況ですね。信じがたい事だとは思いますが、実は----」

「サーヴァントとの融合、デミ・サーヴァントでしょ。見ればわかるでしょ。わたしが聞きたいのは、どうして今になって成功したかって話よ!何で早くできなかったの!そしたら、遠征隊も...」

 

オルガマリーは自分を守るために、喜んで矢の盾になって死んでいった遠征隊の光景が目に焼きつき、涙を流していた。マシュは自分が運んだ矢でハリネズミのようになっていた隊員を思い出し、自分の力不足を思うと、オルガマリーの質問に答える事ができなかった。

 

「いえ、それ以上にあなたよ!わたしの演説に遅刻した一般人!」

「あ...自分で演説っていちゃってるよ、所長。」

 

遠征隊は仲間の死を悔やむ様子もなく、所長の言う事に茶々を入れてきた。むしろ、マシュが安置していた遠征隊の遺体を壁の上に並べ矢が壁で跳ね返り隊員の顔に飛んでくる事を防ぐ肉壁にしていた。

立香はいきなりの飛び火と遠征隊の心のない行為に驚き上手く言葉を言えなかった。

 

「何でマスターになっているの⁉︎サーヴァントと契約できるのは、一流の魔術師だけ!あいつの方が絶対あってるでしょ!」

 

陣地の壁を補強する作業の指示をしていたマックスを指差した。

 

「あんたなんかがなれるわけないでしょ!その子にどんな乱暴を働いたの⁉︎」

「誤解にもほどがあるよ⁉︎」

 

上手く言葉を言えなかった隙に、自分がかなりの悪者扱いされた事に立香は驚き両手を横に振り必死に否定した。

 

「それは誤解です所長。強引に契約を結んだのは、むしろわたしの方です。」

「何ですって?」

「経緯を説明します。」

「ああ、互いの状況を知るのは重要だ。」

 

作業を指示していたマックスがいつの間にか立っていた。

 

 

 

「......以上です。わたしたちはレイシフトに巻き込まれ、ここ冬木に転移してしまいました。」

 

静かに聞いていたオルガマリーはマックスの方に目を向け

 

「遠征隊も隠し事は辞めて、全部話しなさい。緊急時の隠し事は不和を招くわ。」

 

オルガマリーの真っ当な意見にマックス少し考えた後

 

「分かった。すべて話そう。遠征隊の秘術の事も。」

「待ってくださいマックス隊長!さすがに秘術の事は、まずいですよ。」

 

マックスが遠征隊の秘術を話そうとしている事に驚き周りにいた遠征隊の隊員達はマックス秘術の事は話すと時計塔守護者の戒律に反すると説得し始めた。しかし、マックスは、

 

「ここには我々以外に仲間はいない。仲間同士での疑心暗鬼は全滅を招く。出し惜しみして、負けるのは馬鹿のする事だ。」

 

通し切った。隊員は引き下がり周りの警戒を始めた。

 

「これから話す事は、時計塔守護者の秘術に関わる事だ。他者に話したら、時計塔守護者が敵になると思え。」

 

マックスの強い言葉に立香達は、強く頷いた。

マックスは近くのテラスから机を持ってくると、隊員の遺体に近づき腰についていた紐と隊員の肘から先が無くなった腕を切り落とし、机の上に置いた。

 

「何やってるのよ...マックス。」

 

オルガマリーはマックスの行為に眉を顰めた。

 

「現物があったほうがわかりやすい。」

 

そう言いながら、マックスはさらに服の胸ポケットから死んだ隊員のものと思われるドッグタグを置いた。

 

「この3つに、遠征隊の秘術は全て詰まっている。」

 

そう言いながらマックスは紐をオルガマリー、立香、マシュの3人に差し出した。3人は紐を引っ張ったり、その編み目を眺めていた。

 

「これは、樹皮でできていますね...それに複雑な編み目。それに、魔具というよりも、呪具でしょうか...」

 

マシュは紐を軽く触ると立香に渡した。立香は指で編み目を辿っているとある事にきずいた。

 

「この紐の結び目...解く事ができない?」

 

立香は結び目を触った時にこれは解く事ができないと感じたが

 

「ほう...それに気づくとは、さすがだマスター殿。」

 

マックスは立香が紐の秘密に気づいた事に、嬉しくなった。近くにいた隊員は、マックス目を見て、ありゃ子の成長を喜ぶ親バカの目だと思った。顎に手を当てて考えていたオルガマリーは紐の正体が分かった。

 

「紐...樹皮...解けない結び目...マックスこれって...」

 

オルガマリーがマックスを見ると、マックスは頷き答えを言った。

 

「これはアレクサンドロス大王...つまり、イスカンダル大王の伝承の1つ、ゴルディアスの結び目を複製したものだ。」

 

ゴルディアスの結び目、鷲に神託を受け王となったゴルディアスは、王都ゴルディアスを立てた。その後、乗ってきた牛車を神サバジオスに捧げた。そして、牛車をミズキの樹皮で神殿に結び付けて、これを解いたものはアジアの王となると予言を残した。数百年後、遠征中に訪れたイスカンダル大王は複雑な結び目を解かず剣で紐を切る事で、縄を解きアジアの王となるとゼウス神から祝福を受けた。

 

「この紐には、マスターとの繋がりは解けないという呪いがかかっている。遠征隊は神殿の廃墟からゴルディアスの結び目の残骸を発掘し複製した。イスカンダル大王は切る事で結び目を解いた。言い換えると、切る事でしか解く事ができなかったのだ。イスカンダル大王ほどの英雄にも解く事ができなかった結び目は、マスターと遠征隊を解ける事なく結び続ける。しかも、イスカンダル大王は遠征中にだったこともあり、結び目には遠征の成功を高めるという祝福の効果もある。」

 

立香は手に持った紐一本にも、過去の英霊との繋がりや魔術的な意味が詰め込まれている事を思うと、軽かった紐が重くなったのを感じた。

 

「面白いわね。解かれた事にしか注目されてこなかったゴルディアスの結び目をこんな風に利用するなんて...」

 

オルガマリーは、立香から紐を受け取ると、結び目を観察しながら感心したように呟いた。

 

「ちなみに、伝承通りその紐は刃物で簡単に切れる。マスターとの繋がりが無くなった遠征隊は時空の狭間を漂流する事になるから大事に扱ってくれ。」

 

マックスは立香の腕に巻きついている、現在多くの隊員と繋がっている紐を指差した。

 

「さて、ここからが本題だ。ここからは遠征隊の秘術に関わってくる。」

 

マックスの雰囲気が変わり、立香達も姿勢を正した。

 

「遠征隊が、マスターの資格がないのにも関わらず、レイシフトできる事だ。」

「そうよ!なんでできるのよ!それさえ分かれば、私も!」

 

オルガマリーはマックスに怒鳴りつけた。

 

「まあ落ち着いてください、所長。この、ドッグタグも見てもらえますか。」

 

立香は血についたままのドッグタグを受け取ると思わず落としてしまった。

 

「どうしました、先輩!」

「これ...生きてる。」

 

立香がドッグタグを取った時に、ドッグタグの表面が蠢いていて、ドッグタグは立香の心に何か語りかけてきたように感じた。

 

「そうだ。このドッグタグは生きている。正確には、ドッグタグは取り憑かれている。」

「どういう事よ...」

 

話が全く読めないオルガマリーはイライラしたようにマックスを睨んだ。

 

「話は、遠征隊が結成される前、我々が守護者をしていた時に戻る。我々は最初はカルデアに行く事を断ろうと思っていた。」

「なんでよ!」

 

オルガマリーはマックスが断ろうとしていた事に理解できず思わず怒鳴ってしまった。

 

「話の腰を折らないでください、所長。我々は時計塔の守護者。いくら人理のためとはいえ、時計塔を離れるわけにはいかない。」

 

守護者という特性上、マックス達には時計塔を離れるという発想はなかったのだ。

 

「でも離れた。」

 

マックスに注意され、落ち着いたオルガマリーは落とされたままだったドッグタグを拾い上げ眺めていた。

 

「ええ、所長。我々がカルデアに行こうと決めたのは前所長が持ってきた資料でした。その資料は、過去に起こった聖杯戦争の記録。」

 

オルガマリーとマシュは、聖杯戦争が関わってきたことでますますわからなくなってきた。

 

「我々がこのカルデアに興味を持ったのは、資料に書いてあった一文でした。その内容は『ライダーとして召喚されたイスカンダル大王は受肉を願っていた』です。」

 

またもや、出てきたイスカンダル大王に立香達はドッグタグと紐を見比べた。

 

「我々守護者は、第三魔法の独自の開発を目指していた。」

 

オルガマリーは第三魔法といういきなりの大きな話題になった事に驚いた。

 

「第三魔法ですって⁉︎なんで第三魔法を守護者が⁉︎」

「時計塔を守りつずけるためだ。今のままでは、寿命により守り続ける事ができない。」

 

立香は説明会での遠征隊と今のマックスを見て、遠征隊の本質を理解した。彼らは狂っている、任務に狂っていると。

 

「サーヴァントとは、魔力の塊。いわば魂だけの存在。もし、サーヴァントが受肉したらどうなる。魂は肉を持つ。まるで、第三魔法のようではないかと。サーヴァントを研究すれば、第三魔法を完成できると!」

 

自分の語りに酔ってきたのかマックスの口調は強くなっていった。

 

「我々はサーヴァントをまじかで見れる、カルデアに行く事を決めた!不老不死の存在に至るために!」

 

マックスはそこまで語ると、いきなりテンションが落ちて自分が首につけていたドッグタグを眺め始めた。

 

「だが、失敗した。もともと、サーヴァントでもない我々が目指すのが間違っていた。我々はカルデアに来る見返りとして聖晶石300個を求めた。前所長は同意し、我々は聖晶石を使いこのドッグタグを作り、不老不死になるための触媒にした。」

 

オルガマリーはカルデアが聖晶石不足に陥っていた原因が前所長であった父と分かり、今度墓に文句を言いに行く事を決めた。

 

「我々は肉体を一度捨て、再び受肉する事で不老不死を目指した。だが、サーヴァントではない我々は、触媒のドッグタグに魂を囚われた悪霊になった。我々は今、任務という未練をもとに存在している悪霊だ。オルガマリーが持っているドッグタグにも隊員の魂が入っていて、肉体を失ってなお生き続けている。皮肉な話、我々は今、不老の存在となった。こんな結末は望んでいなかったのに...」

 

初めて見るマックスの弱音にオルガマリー達はどう声をかけるか迷った。マックスは机の上に置いてあった腕を取るとその断面をオルガマリー達に見せた。

 

「何よ...気持ち悪い。」

 

オルガマリー達は眉を顰めたが、その断面を見て驚いた。

 

「白い...筋肉?」

 

普通なら赤黒いはずに腕の断面が白かったのだ。

 

「私たちは、悪霊となり肉体を失った。前所長は我々のためにアトラス院と交渉し、ホムンクルスの技術を手に入れてきた。悪霊となった我々は、前所長と協力して肉体を作り、それにドッグタグをつける事で肉体を操作しているにすぎない。」

 

マックスは壁の上に置かれた隊員の遺体を指差し

 

「我々の本体はドッグタグだ。あんなものに価値はない。いくらでも作れる。肉体を失ってもまた作りのっとればいいだけだ。ドッグタグが破壊されない限り我々に死はない。」

 

今まで、静かに聞いていたマシュが口を開いた。

 

「でも、どうやってレイシフトをするんですか?」

 

そう言われるとマックスは紐を指差した。

 

「我々がレイシフトできるのは、悪霊という霊体だからだ。肉体を持っているとレイシフトできないのだが悪霊である我々は可能なのだ。そして、ゴルディアスの結び目を使う事でマスターの魂に我々の魂を接続し引きずられるように特異点に行く。」

 

マシュとオルガマリーは納得したように頷いた。

 

「あまり多く繋ぐとマスターの魂が引っ張られすぎて、ちぎれる可能性があるから、我々はマスター、一人当たり5人ほどしか接続しない事にしていたが。」

 

立香は、ふとレイシフトに巻き込まれる前の事を思い出した。

 

「隊長さん。」

「なんだ?」

「いっぱい繋ぐと魂が千切れちゃうんですよね。」

「ああ、そういったが。」

「レイシフト前、何人の人が私に接続しました?」

「46人だ。」

「それって、かなり危ない事ですよね!なんで、そういう事をするんですか!隊長さんは私に言わない事が多すぎです!」

 

立香は机を叩きながら抗議した。

 

「それには理由がある。」

「理由ってなんですか?また、忘れたとか言ったら怒りますよ。」

 

立香はジト目でマックスを見たが、マックスは悲しい表情をしながら答えた。

 

「我々は悪霊で世界からは浮いた存在。世界とちゃんと繋がっていないのだ。だから、レイシフトできるのだか。我々がレイシフトの際、何かに魂を縛り付けないとレイシフトの余波で、我々は世界から弾き飛ばされて次元の狭間に落ちてしまう。あの時、カルデアに設置してある魂を縛り付けるための杭が壊れていたのだ。仕方なくマスター殿に接続した。」

 

立香もマックス達が危険な状況にいたのを理解し、怒りを収めた。

 

「まあ、遠征隊の皆さんが助かったのなら良かったです。」

「いや、全員は無事ではない。管制室にいたのは、消火のために来た第四分隊33名とコフィンの防衛をしていた後方部隊20名がいた。しかし、レイシフトしたのは46人しかいなかった。7人がどこにも接続できず、レイシフトにより世界から弾き飛ばされた。」

 

立香は、ドッグタグで死なないと思っていた遠征隊に死者が出ている事に驚いた。

 

「しかも、レイシフトも完璧とは言えない。重装備をしていた後方部隊がレイシフト中に時空に引っかかり手足を持って行かれた。」

 

机の上に乗っていた腕のナイフで切った方とは別の断面をマックスは顎で差した。その断面は、無理やり引きちぎったような汚い断面だった。

ここで、立香は隊員の治療中に抱い違和感に気づいた。それは、重装備の隊員ほど重症で、軽装な隊員は軽症だった事だ。重装備な隊員は時空に引っかかり手足を失っていたのだ。

 

「難しい話はここまでだ。召喚サークルを作ろう。そうすれば、遠征隊も装備を整えられる。」

 

マックスは立ち上がり紐とドッグタグをオルガマリーから受け取ると他の隊員の方に歩いて行った。

 

「......遠征隊の方々も様々なものを抱えていたのですね...でも、まずは召喚サークルを作りましょう。」

 

マシュは立ち上がり霊脈の方に歩いて行った。立香は、お父さんを思い出し好ましく思っていたマックスの闇に触れしばらく座ったまま動けなかった。オルガマリーもマシュの後について行ったが、その背中を見つめるマックスの視線には気づかなかった。

 

「所長がここにいるといことは、所長はすでに......必ず助ける、約束するぞマリー。マリスビリーからの任務だ。」

 

 

 




オルガマリーがレイシフトした理由をもとにこの設定を思いつきました。紐は最初ただの呪具にしようと思っていたのですが、たまたまゴルディアスの結び目を思い出したので設定に厚みを持たせる事ができました。
3話の伏線は、カルデア本館と基地の入り口の違いでした。カルデア本館の扉は魔除けがありマックスは通れませんでした。一方、基地の扉は何も刻んでいないので悪霊であるマックスも入る事ができました。

設定に矛盾があったら教えてください。考え直して修正します。

追記
FGOで一度しか聖杯戦争が行われていない事を教えていただきました。さっそく矛盾を作ってしまったので、次話で矛盾解消のための独自の設定を加えます。前所長に設定を加えるだけなのでFGOの原作から乖離はしないはずです。


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前所長の思い出

この小説では、最初はカルデアの人間関係はそこまでよくありません。秘密の持たない人間はいません。そして、緊急時に人の本性は出ます。なので、特異点で本当の事を語り合い、カルデアのメンバーは本当に信頼できる仲間になっていく、そんな風に書けたらなと思っています。

今回も説明回で長いです。前回の矛盾点を解決するための説明回です。矛盾点は墓の下の前所長に全て背負ってもらいます。


マシュについて行ったオルガマリーは、司令官らしく指揮する事にした。

 

「まずは、ベースキャンプの作成ね。いい?こういう時は、霊脈のターミナル、魔力の収束する場所を探すのよ。探しに行くのに、遠征隊10人ぐらい連れて行っても大丈夫でしょう。それで、この街の場合は...」

 

オルガマリーはサーヴァントを指揮する事が、誇らしいのかドヤ顔で語っていると

 

「このポイントです、所長。レイポイントは所長の足元です。遠征隊はこのポイントを守るように陣地を作ったみたいですね。」

 

遠征隊は今後の作戦活動を円滑に行うために、骸骨に囲まれても陣地を放棄しなかったのだ。陣地を確保する為に9人の隊員が、肉体を失いドッグタグだけになってしまったが、召喚サークルさえ確保できれば特異点用の装備を送ってもらえるのだ。

 

「うぇ⁉︎あ......そうね、そうみたい。わかってる、わかってたわよ。」

 

オルガマリーは、ここがそうなら教えなさいよマックスと小声で文句を言いながら横にずれた

 

「マシュ。貴方に盾を地面に置きなさい。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから。」

 

気持ちが落ち着きようやく立つ事ができた立香の方をマシュは向くと

 

「...だ、そうです。遠征隊の方達も陣地を防衛しているので、構いませんか、先輩?」

 

遠征隊は基本装備のグロック18cと少数のMP7しか、持っておらず陣地を防衛をし続ける事は困難なのだ。マシュは遠征隊に不安を持っているので、マスターである立香にどうするかを委ねた。

 

「武器を手放すのは怖いけど、しょうがないよね。」

「...了解しました。それでは始めます。」

 

マシュがポイントの上に盾を置くと、盾から金の光が舞い始め、周囲に広がると召喚サークルを作った。

 

「これは...カルデアにあった召喚実験場と同じ...」

 

マシュが見渡していると

 

「やっと繋がった!もう心配で、心配で...」

 

半泣きのロマンの映像が現れた。ロマンは、立香達が話している間、ずっと通信機の前で待っていて、立香達の無事を祈っていたのだ。あまりに通信が繋がらないので、危険な状況に陥ったのではないかと思い始めた所に通信が繋がったので安心して半泣きになってしまった。その様子に呆れた様にオルガマリーは

 

「なに、泣いてんのよ...」

「泣いてないです...」

 

ロマンは袖で涙を脱ぐうと、気持ちを切り替えいつもの柔らかい笑みを浮かべた。

 

「二人ともご苦労さま、空間固定に成功した。これで通信もできるようになったし、物資輸送だって」

 

ロマンが手元の通信機をいじり、通信を調節していると、

 

「なんで、貴方が仕切ってるのロマニ⁉︎緊急時に指揮取るのは、レフか遠征隊の副隊長でしょ!レフを出しなさい!」

 

緊急時には、現場監督のレフ教授か遠征隊の後方部隊を指揮している副隊長と決められているので、カルデアについて詳しい話をしようとしたのに空気を読まず、ロマンが出てきた事にオルガマリーはムカつき怒鳴りつけた。

 

「うひぁあぁあぁ⁉︎所長生き----」

「副隊長はいるか?」

 

ロマンが何か言おうとすると召喚サークルに入ってきたマックスが遮った。

 

「副隊長さんですか?今、そちらに送る装備の準備をしていますが変わります?」

「変わってくれ。」

 

ロマンは呼びに行ったのか、画面から消えて聞きすぐに女性の隊員が映った。

 

「お元気そうで何よりですマックス隊長、オルガマリー所長。実験成功おめでとうございます、マシュ・キリエライトさん。それに、マスター就任を遠征隊は歓迎します、藤丸立香様。」

 

女性隊員は事務作業のように、淡々と話した。

 

「基地の方はどの位の被害を受けた?」

 

オルガマリーが副隊長の口調に何か皮肉を言いだしそうだったので、マックスは副隊長に話を振った。

 

「基地とカルデア本館を繋ぐ通路、電気及び魔力の回線の全てが爆破されていました。なので、基地にあった召喚サークルは使えずカルデア本館の召喚サークルを使い装備を送ります。また、7つのドッグタグの残骸を回収しました。7名の隊員を戦死と認定しました。」

 

本来の計画では、基地にある召喚サークルを使い装備を送るはずだった。基地にある召喚サークルは言わば固定電話の子機のようなもので、本体のあるカルデアとの回線が切れると基地からの物資輸送が不可能になる。

 

「送るはずだった装備はバラされ固定されているので、すぐには送れません。なので、倉庫にあった予備の装備を送ります。照準などの調整はそちらでしてください。また、装甲車などの大型装備は、現在カルデア本館に搬入が不可能なため送れません。」

 

マックスは隊員が戦死と認定された事に奥歯を噛み締めたが、銃を確保できるれば、今いる隊員は守れると自分に言い聞かせたが

 

「それと、隊長。」

「なんだ?」

「カルデア本館への通路作るために戦闘工兵車を使いました。」

「組み立てるのは、大変だっただろう。ご苦労。」

「ありがとうございます。しかし、そういうことではなく。」

「工兵車が壊れたか?」

 

少し目が泳いでいる副隊長にマックスは心配になった。立香は、これがいわゆる残念美人か、と感心していた。

 

「瓦礫をどかすのに、工兵車を使ったのですが。勢いが余って、カルデア本館の壁を壊してしまいました。」

 

マックスは部下の残念さに目を覆い、オルガマリーはマックスをにらみ

 

「後で、始末書を出しなさい。」

 

と、どすの利いた声で言った。マックスはオルガマリーは数十枚始末書を提出しないと満足しないのを知っているで、どうやってオルガマリーの機嫌をとるかを考えた。

 

「副隊長状況は分かった。一度、ロマンを出してくれ。」

「分かりました。後ろで、そわそわしながら待っているDr.ロマニに変わります。」

 

副隊長は軽く敬礼すると画面から消えていった。

 

「みんなボクだけに厳しいよね。」

 

ロマンが文句を言いながら現れるとマックスの雰囲気が変わった。

 

「ロマニ。ロマニ・アーキマン。」

「どうしたんだい?改まって。」

 

ロマンはフルネームでいきなり呼ばれたのに首を傾げた。

 

「我々は貴様に秘術を話す。だから、貴様も秘密を話せ。」

「何のことだい?」

 

ロマンは柔らかい笑みのまま答えた。

 

「我々に送った聖杯戦争と前所長の死因だ。」

「それは...」

「人は突然、目と脳が焼けて死ぬのか?」

 

誤魔化そうとしたロマンが口を閉ざした。オルガマリーは心臓発作と聞いていたが、父が謎の死に方をしていた事実に目を剥き、ロマンに問いただした。

 

「どういうこと...答えなさい。ロマニ。」

「しかし...」

 

とオルガマリーが強い口調で言ったが、まだ、口をモゴモゴさせているロマンにオルガマリーは

 

「教えなさい、ロマニ。前所長のマリスビリーは私の父なのよ。」

 

ロマンは降参した様に手を挙げると話し始めた。

 

「前所長のマリスビリーの死因を隠したのはボクだ。遺体を発見したマックス達にお願いして、隠してもらったんだ。ボクは恩師の惨状に直視できなかったから、その様子はマックスに聞いて。」

 

オルガマリーはマックスの方を聞くと、深呼吸し自分の父の最後を聞く覚悟を決めた。

 

「3年前、マリスビリーの自室の火災報知機が鳴った。遠征隊が急いでいくと、脳と全身の神経、目を焼かれたマリスビリーが横たわっていた。火はどこにも燃え移っておらず、マリスビリーだけを焼いていた。」

 

オルガマリーは父親の死因が、自身が予想していたものよりもずっと悲惨で、思わず口を塞いでしまった。マシュも動揺した様で立香の手を握っていた。

 

「遺体からは、高濃度の魔力の残滓が残っていたが、マリスビリーの自室は外部からの魔術を受けない様になっているから自殺ではないかとされた。当時、マリスビリーの言動は怪しく、薬の乱用も疑われたが遺体からは、薬は何も出なかった。マリスビリーの助手であるロマニからの要請で調査はここで終了した。」

 

オルガマリーは蹲ってしまった。

 

「ロマニに聞きたいのはもう1つの方だ。なぜ、マリスビリーが送ってきた聖杯戦争の資料には、開催されていない聖杯戦争のことが事細やかに書かれていたかだ。」

 

遠征隊がカルデアに行く事を決めた資料には、10回以上の聖杯戦争の記録が書かれていた。その中にはムーンセルなど封印指定をされている物の説明が含まれており、信憑性が高かったため遠征隊は資料が嘘は書かれていないと判断していた。しかし、遠征隊がカルデアのアーカイブを確認すると、実際には一度しか行われていなかったのだ。

遠征隊がその事実を知ったのは、肉体を失った後であり、アトラス院からホムンクルスの技術を交渉してもらった恩のあるマリスビリーに聞く事ができなかった。

 

ロマンは覚悟を決めた様で、話し始めた。

 

「ボクと前所長は、2004年に初めて開催された聖杯戦争に参加した。天才と言われていた前所長の力のおかげで、ボク達は聖杯戦争に勝利して、聖杯を手に入れた。」

 

オルガマリーも涙を拭いながら立ち上がり、話を聞き始めた。

 

「当時、ボク達は守護英霊召喚システム・フェイトの開発に詰まっていて、聖杯戦争の召喚を調べる必要があったんだ。でも、ボク達は原理が理解できても、システムに応用はできなかったんだ。」

 

ギルガメッシュも聖杯戦争の事を「考案したものは神域の天才だろう」と評価しているのだ。たかが天才がちょっと調査しただけで、全てを理解し応用しようとする事は無理な話である。

 

「悩んだマリスビリー所長は願ったんだ。聖杯に。サーヴァント召喚に関わる全ての知識を...」

 

ロマンは手を握りしめ、悔しそうに話した。

 

「サーヴァント召喚は、過去の英霊を引き寄せる神のごとき御技。知識自体が高濃度の魔力を含んでいる。少し考えればわかったんだ...こんな簡単な事は...神秘の薄れた現代に暮らすボク達には、全ての知識は受け止めきれないって...」

 

握りしめすぎたのか、ロマンの傷一つない綺麗な手から血が流れていた。

 

「マリスビリー所長は、頭の中から知識が一つもこぼれない様に封をして、急いで守護英霊召喚システムを作り上げた。最後の方は、聖杯の知識と自分の記憶が混ざって、変人と呼ばれる様になっていた。」

 

元から変人と呼ばれていたけどね、とロマンは暗い表情のまま、冗談を言った。彼自身思い出し、誤魔化さずにはいられないのだろう。

しかし、そこまで出来たマリスビリーの意志の強さには、賞賛を送るしかないだろう。ただの魔術師では、すぐに頭がはじけて死んでしまうほどの知識の量なのだから。

 

「マックス達に送った資料も、聖杯から受け取った記録だと思う。知識に関しては、ボクには何も言ってくれなかったからね。おそらく、別の世界線の聖杯戦争の記録じゃないかな。だから、実際には起きていない聖杯戦争の記録があったんだろうね。3年前、マリスビリー所長の脳が焼けたのは、知識を抑えきれずに封が破れて、全身に大量の魔力が一気に流れたからだろうね。」

 

オルガマリーは、父親の意地を尊敬しながらもこう思った

 

「そこまでして...お父様はそんなにカルデアが...」

 

オルガマリーの言葉に、ロマンはすぐさま否定した。

 

「いや、マリスビリー所長は何よりも家族を愛していたよ。彼が話す聖杯戦争の話には、必ずオルガマリーという名前が混じっていた。知識と記憶が混ざり、自分が誰なのかわからなくなっても、家族の事だけはしっかりと覚えていたんだよ。ボクが保証する。マリスビリー所長は何よりも家族を愛していたと。」

 

あんたじゃ保証できないでしょう、と小さく笑うとオルガマリーは召喚サークルから出て行ってしまった。

 

「マリスビリーに言われたからって、所長には言うべきだったかな。ボクは今すぐ首をつりたいほど、罪悪感と後悔でいっぱいだよ。」

「いや、恩師から願いだったのだろう。ロマンは気にする事はないいつもの様に笑っていろ。ロマンの笑顔は周囲に余裕を持たせる。こんな時だからこそ、貴様は笑わねばならん。俺は堂々と立つことで、周りに安心を持たせる。貴様は笑う事で、余裕を持たせる。カルデアのトップに立つものとして、周りを勇気付けるには義務であるからな。」

 

マックスは胸を張り、トップに立つものが何たるかを語った。

 

「そうだね...ボクはロマンだ。浪漫は人に希望を持たせる。」

 

ロマンは頬を叩くといつもの様に柔らかい笑みを浮かべた。マックスはその様子を見て、ロマンの同僚である事が少し誇らしくなった。

 

「装備を受け取ったら、また連絡する。...後で、手を治療して、頬を洗っておけ。」

 

先ほど手を強く握って血が出た手で、頬を叩いたのだ。現在、ロマンの顔には、血が大量についていてホラー映画にも出れる姿になっている。

 

「うわっ...気づかなかった。医者は手が命っていうのに。マックスまた後でね。ありがとう。」

 

そう言うとロマンとの映像は切れた。

 




前所長やFGOでの聖杯戦争の記録がないので、この小説ではこの様に設定しました。前所長をこの小説の矛盾点解決のために使わせてもらいました。生きているキャラクターに設定付けると後が大変ですからね。
前所長の死因は、インディジョーンズの4作目のクリスタルスカルの王国に出てきた女軍人の最後をイメージして設定しました。こちらも、宇宙人から知識を受け取ったせいで、目から火をあげて死んでしまいましたし。


遠征隊の女性隊員は、イギリス軍の女性隊員の割合が約7.4%位らしいので、それに合わせて22人にしています。現在、男女共同参画に合わせて女性軍人の戦闘参加も認められてきていますが、この小説では女性の隊員は前線に行きません。紅葉餅が書きたくないので書きません。誰もワイバーンに女性が食べられるのは、望んでいないと思いますし。

そういえば、ヒロイン決めてなかったと思い出したので副隊長は、急遽女性隊員に性転換してもらいました。ちなみに、立香はヒロインにはなりません。マックスは娘と思っていますし、そもそも幽霊と人ではね。


追記
矛盾をなくそうとして、矛盾を作り出した紅葉餅です。紅葉餅はまだ原作を全クリしてないので、ガバガバです。なので、遠征隊の設定に関してはここで一度放置します。下手にやろうとすると今回の様にまた矛盾を作りそうなので。
とりあえず特異点Fの話を進めようと思います。違和感を持った方は申し訳ありませんが、今後とも宜しくお願いします。

年末年始は神社の氏子としての役割があるため、しばらくはお休みします。皆様良いお年を。


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オルガマリー指揮官殿

あけましておめでとうございます。今年も紅葉餅をお願いします。

やっとここまで来た。これから、ガンガン戦闘させられるので、ワクワクしてます。特異点Fでは、あまり隊員は死なない予定です。特異点に来てる隊員が少ないので、殺り過ぎると全滅してしまいますからね。


遠征隊は次々と送られてくる金属コンテナを開け、その中にあった装備を体の各所に装着していった。コンテナの中には、8枚一組に纏められた盾やM1014、HK416といった現役の銃などが綺麗に収められていた。

 

遠征隊の装備は全体的に近代的だか、装備に刻まれた紋章と背負われた盾、腰に差してあるブロードソードが彼らが魔術師の一員であることを物語っていた。

 

「いろいろ入っているんですね...」

 

立香は銃に嫌悪感を抱いたが、これで守ってもらえるのかと思うと自分が、海外のVIPになったような気がした。

 

「やっぱり、魔術師の武器って不思議なものが多いんですね。この盾とか真ん中に穴があいてますし。」

 

立香が箱から出し取り出した盾の真ん中には、穴が空いていて盾としては重大な欠陥があった。マックスは防弾チョッキの具合を確かめていたが、その手を止めて箱からM240を取り出した。

 

「遠征隊では、魔術は補助としてしか使われてない。この穴もM240を通して即席の銃座にするだ。魔術的な意味はない。」

 

マックスは立香から盾を受け取りと穴にM240を差し込んだ。立香は正面から見ると盾から銃身だけが突き出ていて、確かに身を守りながら撃てそうだった。

 

「おぉ〜確かに強そう。やっぱり魔術で軽くしているんですか?」

 

マックスが盾と銃の複合体という明らかに重そうなものを片手で持っていることに不思議に思った立香は、盾に刻まれた紋章を指でなぞりながら聞いた。

 

「確かに軽くはしているが、どちらかというと肉体がホムンクルスのおかげだな。魔術は弾丸をコーティングして、魔獣にも効果のある弾丸にすることに利用されている。その他にもいろいろ仕込んでいるが、弾丸強化が主な使用法だな。」

 

銃は毎分何百発も撃ち出すのだ。弾丸を魔力製の物にしたらすぐに魔力が枯渇してしまう。そこで、遠征隊は金属の弾丸に魔力をかぶせることで、大幅に魔力の消費を抑えたのだ。代わりに威力は下がったがそこは、数で補う。

そもそも彼らの役割は、マスターとサーヴァントの露払いである。弾丸が効かない相手とは戦うことを避ける予定なのだ。強い敵はサーヴァント、弱い敵は遠征隊と役割分担して、特異点修正の効率化を目指していた。

 

「さて、装備の準備も終わったから、再びカルデアに連絡するか...」

 

マックスは周囲を見渡し、遠征隊のほとんどが準備が終わり照準の微調整などをしているのを見て、連絡の続きをすることにした。

 

「ブリーフィングを再開します。集合してください。」

 

マックスは座って軽食を取っていたオルガマリーに声をかけた。召喚サークルには、オルガマリー、立香、マシュ、マックスの4人が集まりカルデアとの回線を開いた。

 

『シーキュー、シーキュー。もしもーし!よし、通信が戻った。』

「遠征隊はすべての準備が完了した。現在のカルデアの様子を教えてくれ。」

 

するとマックス達の前にカルデアの全体の地図が現れた。

 

『見て分かる通り、カルデア本館の8割が被害を受けた。基地の方は普段からカルデア職員も立ち入り禁止にしていたおかげか、連絡通路以外の破損はないらしい。遠征隊の初期消火と救助が早かったから、60人ぐらいのカルデア職員が生き残れた。今は最低の人員を残して、基地の方に避難してるよ。』

 

カルデアには普段から遠征隊が巡回していた。犯人に多くの爆弾を設置する機会を与えなかったことがカルデア職員の生存者を増やすことに繋がっていた。

 

『カルデア本館の幹部級の職員で、生き残ったのがボクだけだから、作戦指揮を任されています。遠征隊の幹部はレイシフトしたマックスと第四分隊の分隊長以外はいるけど、消火と救助、レイシフトしたマックス達の支援の準備で忙しくて、ほとんどが管制室にいません。』

 

カルデアの警備隊を兼ねる遠征隊は緊急時において、カルデアの保護を最優先しなければならないので、全員がカルデア中に散らばっていて管制室には、ほとんどいないのだ。

 

『レフ教授は現場監督で管制室でレイシフトの指揮を取っていた。あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的だ。』

「そんな----レフが----」

 

落ち着きを取り戻していたオルガマリーは再び取り乱したが

 

「いや、爆発に時にレフは席を外していた。何処かに閉じ込められている可能性がある。その内に部下が見つけるだろう。」

 

マックスは爆発直前の会話を思い出し、レフが管制室にはいなかったことをオルガマリーに伝えると、オルガマリーは胸を撫で下ろした。

 

『レフ教授が管制室にいなかったのなら、生きている可能性は高いね。後で、トイレの個室にいないか見ておくよ。』

「変な冗談はやめて。」

 

気品を感じさせる紳士服を着ているレフがトイレに閉じ込められて慌てている様子を想像してしまったオルガマリーはロマンを睨んだ。

 

『あと、先ほど伝えられなかったのですが、遠征隊の副隊長さんが現状では救命不可能と判断して、マスター達を凍結保存してしまいました。』

 

カルデアでは、危篤患者が47人も同時に出ることを想定していなかったので、大規模な集中治療室はない。遠征隊の様な悪霊化する方法もあったが、悪霊化するにはマックス達の任務に対する想いの様な強い未練が必要なのだ。マスター達、特に魔術師選抜のマスター達には、悪霊化できるほどの想いがないと判断し、副隊長は現場最高責任者という立場を使い許可なく、凍結保存したのだ。

 

「私も同じ様な判断をしたわ。所長の判断ではないことが、問題になりそうだけど時計塔守護者に文句を言える奴は少ないから大丈夫でしょう。」

「...驚きました。冷凍保存を本人の承諾なく行うことは犯罪です。なのに批判せず、それを認めるとは、所長としての監督不足の責任を負うことよりも、人命を優先したのですね。」

 

マシュは所長のチキンぶりを見たので、重大な責任を気にしている様子がないことに驚いた。その様子を察したのか、オルガマリーは少しイラつき

 

「バカ言わないで!死んでいなければいくらでも弁明できるからに決まってるでしょ⁉︎最悪、全部マックスのせいにすることもできるし!」

「おい、バカ。やめろ。」

 

マックスはおもわずツッコンでしまい、バカと言われたことに怒ったオルガマリーに脛を蹴られていた。もちろん脛は分厚いコンバットブーツに覆われているので、マックスには全くダメージは入っていない。マックスにビンタしてようやくダメージを入れられたオルガマリーは疲れた様でぶっきらぼうに

 

「だいたい、さらに47人分の命なんて、私に背負えるハズないじゃない。」

 

オルガマリーに叩かれた頬をさすりながらマックスは偉そうに

 

「ああ、オルガマリー所長の背中は遠征隊300人が予約済みだからな。」

「だから、背負いきれないって言ってるの!少しは生きる努力しなさい!なんで全滅前提なのよ!」

 

マックスはすでに死んでしまった隊員と職員のことをオルガマリーに考えさせないためにからかい続けていた。オルガマリーは繊細なのだ、彼女に絶望されると施術ができないとマックスは思いなるべく希望をもたせたいのだ。

騒ぎ始めたマックスとオルガマリーに立香は、特異点にいることを忘れて故郷の友達との楽しかった会話を思い出した。

 

『あの...話の続きを...』

 

ロマンは空気になっていた。立香ぐらいはロマンには優しくして欲しいが、そうもいかないだろう。

 

『とりあえず、こちらはカルデアが鎮火次第、全職員はレイシフトの修理、カルデアスとシバの現状維持に、遠征隊はカルデア全体の調査と爆弾処理に取り掛かる予定です。外部との通信が回復次第、補給を要請してカルデア本館全体の立て直し...というところですね。』

「結構よ。私がそちらにいても同じ方針をとったでしょう。」

「本官も異論はない。部下達も自由に使っていいぞ。副隊長にも、こちらの支援よりもカルデア復旧に人員を集中させる様に伝えといてくれ。」

 

カルデア幹部の今後の方針のすり合わせが終わり、それぞれがカルデアのために動き始めた。

 

「...はぁ、ロマ二・アーキマン、納得はいかないけど、私が戻るまで現場監督を任せます。臨時最高責任者の遠征隊副隊長の指示のもと動きなさい。レイシフトの修理を最優先で行いなさい。」

『火災も9割は消えました。全部が鎮火し安全が確保され次第、可及的速やかに取り掛かります。』

「私たちはこちらでこの街...特異点Fの調査を続けます。」

『うぇ⁉︎ 所長、そんな爆心地みたいな現場、怖くないんですか⁉︎ チキンのくせに⁉︎』

 

直接言わない様に注意していた、職員と遠征隊の努力をよそに直球で言ったロマンに、マックスは呆れ、マシュは尊敬した。

 

「...ほんっとう、一言多いわね貴方は。鎮火とレイシフトの修理にまだまだ時間がかかるんでしょ。この街にいるのは、武器を整えた遠征隊なら十分対処できる低級の怪物とわかったし、デミ・サーヴァント化したマシュがいれば安心よ。」

「しかし、遠征隊本隊がいない以上、広範囲の捜索は不可能です。輸送車などでオルガマリー所長やマスター殿の護衛ができないので、護衛に人員を割かなくてはなりませんので。」

 

マックスは重機関銃などの大型火器ない現状で、護衛対象が多くの敵に囲まれる事態を避けたいのだ。オルガマリーも司令官として、マスターを支援する予定だったので、遠征隊の人員不足は重々承知していた

 

「そんなこと分かってるわ。現場のスタッフが未熟なのと遠征隊本隊がいないので、この異常事態の原因、その発見に止めます。」

「発見だけでいいんですか?」

「なによ。未熟な貴方達では無理でしょ。それとも、遠征隊を原因に突っ込ませたいの?」

「そんなことは...」

 

人員不足の遠征隊でも、遠征隊隊長のマックスとと遠征隊の上位しか務められない分隊長の一人がいるのだ。決死の覚悟で、原因に突撃すれば、運が良ければもしかすると原因の停止に成功するかもしれない。

 

「マスターと所長には、我々を死地に送る権限があります。いつでも、ご命令下さい。」

 

マスターは希少なのだ、遠征隊を何十人も犠牲にしても守るだけの価値があるのだ。任務に狂信的な遠征隊は喜んで突撃するだろう。

 

『ご健闘を祈ります、所長、遠征隊。短時間ですが、通信可能です。緊急事態になったら遠慮なく連絡を。』

「......ふん。SOSを送ったて、まともには解決してくれないくせに。」

 

通信が終わりオルガマリー達が召喚サークルから出ると、遠征隊38名が並んでいた。マックスがその列の先頭に並ぶと剣を抜き顔の前に構えた

 

「遠征隊第四分隊及び後方部隊、総勢38名。これより、オルガマリー所長の指揮下に入ります。総員! 指揮官殿に敬礼!」

 

マックスが右手の剣を右斜め下に振るうと、隊員達も銃を顔の前に構え、捧げ銃の姿勢をとった。

オルガマリーは初めてちゃんと見た、全てを排除する覚悟を持った遠征隊に気圧された。立香とマシュも先ほどまで、楽しくじゃれ合いをしていたマックスの戦士としての姿に鳥肌がたった。

 

オルガマリーはしばらく眺めた後、ふかく深呼吸し右手を胸に当てて誓った

 

「指揮官の任、確かに拝命しました。貴方達に消えることのない命、ここで人理のために燃やし尽くしてもらいます。私が一緒に立ち続けるために、私を支えなさい。」

「「「Yes! Ma'am!」」」

 

オルガマリーが誓った瞬間、遠征隊から黒い靄が漏れ出したように見えた。自分たちを指揮する指揮官が現れたことで、抑えていた守護者としての、遠征隊としての、命の終わりがない悪霊としての、本来の力が出せるのだ。オルガマリーを頭脳として、時計塔の誇る遠征隊が特異点を蠢き回ることになる。

 

「分隊長は数人の隊員とこの陣地の防衛! 支援砲撃の要請にいつでも答えられるようにしておけ。 残りはついてこい! マスター達の露払いをするぞ!」

 

マックスの号令でM240付きの盾を構えた隊員を先頭に隊列を組んだ。

 

「陣地の扉開きます。」

 

扉を開けると骸骨がいたが、M240によりすぐに解体されてしまった。

 

「周囲確認!...クリア!」

 

マックスはオルガマリーの方に向き直ると

 

「周囲の安全を確保しました。いつでも出発できます。」

「わかりました。マシュもサーヴァントなんだから前に立ちなさい。藤丸は私と共に遠征隊の後ろ。...では、調査を開始します。」

 

遠征隊は盾を先頭に道の両端を進み、出てくる骸骨を砕きながら橋へと進んでいた。マシュはマックスに集団での戦い方を教えてもらっていた。遠征隊もマシュの盾に殴られたらタダでは済まないので、戦術を細かく教えていた。

 

「マックスさん、だいたい分かりました。私はマスターの近くに、遠征隊は更にその外側を守る。遠征隊を抜けてくるのは、サーヴァントしか対処できない敵だから気を抜かない。要約するとこうですか?」

「ああ、それであっていますマシュ殿。もし、我々ごと敵を倒すなら首より下を狙ってください。ドッグタグを壊さないようにしてください。」

「味方ごと攻撃なんてしません。」

 

「いいな〜」

楽しそうに話すマックスとマシュを後ろから眺めていた立香は羨ましそうに呟いた。

 

「マックスのどこがいいのよ。私の演説を遅刻しかけるような、約束を忘れる男なのよ...貴方は完璧に遅刻してたけど。」

 

オルガマリーはマックスが遅刻しかけたことも、始末書を書かせることもしっかりと覚えていた。

 

「隊長さんじゃなくて...少し心細いので私もお喋りしたいな〜なんて」

「そんなにお喋りしたいなら、素人な貴方にカルデアのことをみっちり教えてあげます。」

「勉強は嫌だ〜!」

 

橋に着くまでオルガマリーのスパルタ授業が始まった。立香に懇切丁寧で根気よく対応しているオルガマリーをチラリと見たマックスは、負けずとマシュに色々なことを教え始めた。

 

 

燃える町の中に小さな学校が二つあり、周囲の父兄(遠征隊)は微笑んでいた。

 




遠征隊の武器は基本的にアメリカ軍基準です。あの国の武器なら大量生産されていますから、大量消費できるってことで選びました。特異点で戦闘するなら、銃なんてすぐに壊れそうなので。ロシア軍もいいですけど、AKシリーズはいい武器なのですが、私の中で粗悪品のイメージが強いのでロシア軍装備は見送りました。時計塔つながりで迷銃のL85を第四特異点で出そうかとは計画してます。
盾付きM240は紅葉餅の創作です。銃夢という漫画に出てきたバージャックという武装集団が使っていた武器を参考にしました。漫画の方は、M240ではなくMG42を盾に付けていましたが。


2016年はかなりのハイペースで書いていたのですが、今年は忙しくなりそうなので、今回みたいに1週間に一度くらいのペースにする予定です。

誤字、矛盾の指摘お願いします。今年も紅葉餅の間違いを指摘して、紅葉餅を育ててください。


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立香のお勉強

立香の隣でずっと授業していたオルガマリーは橋が視界の端に写り始めたので、一時中断することにした。

 

「わかりましたか? 私に説明してみなさい。」

「えっと...カルデアは不安定な人類の歴史を守っていて、所長のお父さんが頑張って作った施設で、カルデアスで未来が観測できなくなった原因の排除が今の任務になっている。そして、今いる特異点Fが原因で排除する必要があって、私たちが集められた。」

「まあ、いいでしょう。何回説明したことやら。説明会で話した内容と同じことよ。寝てるから、簡単なこともわからないのよ。」

 

何度も復唱させられて、くたびれた立香は一通りの授業が終わったので、マシュとマックスの方に逃げることにした。立香は後ろでオルガマリーが、カルデアに帰ったらテストします、と言っていたが、周りの炎のせいで聞こえなかったことにした。

 

「橋も近いし、マスター殿も授業が終わったようなので、実戦形式の訓練をしましょう。マスター殿も我々に指示を出さねばならない時がきます。オルガマリー所長がいない時でも、我々をうまく活用する必要が出てきます。」

「うへぇ...また勉強か。」

 

オルガマリーは基本的にカルデアから指示をするので、通信が悪い時には立香が指示を出さなければならない。

 

「そう言わずに。では、あの橋を調査するにはどうすればいいのかわかりますか?」

 

マックスは燃え盛る橋を指差した。

 

「えっと、向こうまで調査しなきゃいけないから...近くにある消火栓で火を消してから向こうに行く...のかな?」

「そんな時間の余裕はありません。もっと独創的に考えてください。もっと簡単に向こうにわたる方法があります。」

 

そう言われ立香は橋を見たが、橋の道路は漏れた燃料で燃え盛っていた。

 

「こう、魔法で飛んで渡る。」

「魔力も使いません。」

「もう、答え教えてください。」

 

若干拗ねながらマックスに言うと、マックスは橋の手すりを指差した。

 

「あそこを渡ります。」

「わかるわけないでしょう⁉︎」

 

道を歩かないという選択に立香は驚き、そんな問題わかるわけないと文句を言い出した。

 

「特異点では、普通ではないことが起こり得ます。なので、状況に見合った柔軟な発想が必要です。」

「私は今日来たばかりの元一般人なんですよ。」

「そうでしたね。」

 

マックスも立香が来たばかりで1日も経っていないことを思い出した。濃い一日だったので、マックスですら感覚に狂いが生じていた。

 

(感覚が狂ったか?後で、調整が必要だな...しかし、精神的な疲れは少なく、肉体的な疲れは見受けられない。このマスター殿は他のよりもずっと優秀だな。)

 

マックスが立香を見ながら考えていると

 

「変なこと考えてないで、早く調査してきてくださいよ。敵が来ちゃいますよ。」

 

拗ねた立香が早く行ってと、マックスをシッシッと追い払った。

 

「了解しましたマスター殿。橋と対岸の偵察をしてきます。5人来い。2人は俺の後ろ、3人は向こうの手すりを行け。」

 

するとマックスは手すりの飛び乗り、幅10cm程しかない手すりを銃を構えたまま低い姿勢で進んでいった。

 

「ぜんぜんふらついてない。」

「これがカルデアの遠征隊よ。精鋭の時計塔守護者の中から選ばれた最高の部隊なんだから。こんくらい余裕よ。」

 

オルガマリーが胸を張って自慢しだし他のをよそに、立香はマックス達に何かないかじっと見守っていた。すると、マックスとは反対側を進んでいた隊員達が大声で

 

「contact! Open fire!」

 

すると手すりの上から橋の中央へとマックス達が撃ち始めた。オルガマリー達と一緒にいた隊員達の半分はすぐさま、盾を構えて円陣を組みオルガマリー達を守り、残りの半分はマックス達の援護のために手すりの上を走って行った。

 

「やはり、集団行動は難しいですね。」

「サーヴァント殿は基本的に単騎で運用されます。ですので、あまり気になさらないでください。今回は、不甲斐ない遠征隊の手助けをしてもらっているだけなので、将来的に集団行動をする可能性は低いです。」

 

マシュは円陣を組む際に、少し手間取ったことを気にしたが、マシュの隣で盾を構えていた隊員がマシュのフォローをしていた。

 

「所長殿、魔力計は周囲に魔力が漂っているので、針が回ってしまい原因特定ができません。なので、魔力度計の数値を見ながら探すしかありません。測定結果では、魔力度計の数値は時代を改変するには低すぎるので、原因はここではありません。」

「特異点の原因になるなら、その地を代表するような建物や霊脈にあると思うけど...流石に橋は違いましたか」

 

背中に機械を背負った隊員が所長に色々なグラフや数値の書かれた紙を渡すと、オルガマリーは持っていた地図と見比べた。

 

「橋の向こうには明らかに怪しそうな地名がありますね。」

 

立香は横から地図に丸が付けられている校舎や屋敷という地名があるの見た。オルガマリーはため息を吐くと

 

「それを確かめたいけど橋がこれじゃね。マックス達はいいけど私たちが渡れないし、素早く逃げられないじゃない。」

「逃げること前提なんですか?」

「何よ、撤退は禁止なの? 私は転進なんて言わないわよ。逃げることも立派な戦術よ、これからサーヴァントや遠征隊を指揮することになるんだから、しっかり覚えておきなさい。」

 

オルガマリーは、今まで逃げずにカルデアを守った。しかし、一度だけ逃げてしまった。カルデアをどうやって守るのか考え続けたが、遂には思いつかず時計塔に逃げてしまったのだ。逃げた先で、オルガマリーはマックス達に会った。

時計塔から来たから、マスターの資格のない自分は馬鹿にされて、命令を聞いてくれないだろうとオルガマリーは思っていたが、マックス達はオルガマリーの今まで逃げなかったことを尊敬し、最大限の敬意を払った。オルガマリーは逃げた先で、時計塔の守護者に認められたので、オルガマリーは逃げることの大切さを知った。

しかし、前所長が死にオルガマリーが所長に就任した時には、すでに遠征隊は悪霊化していた。所長としては性格が前とは違い若干めんどくさくなった遠征隊の隊員が苦手になったが、オルガマリーとしては遠征隊を信頼していた。

 

立香がオルガマリーの言葉に感心しているとマックス達が帰ってきた

 

「安全は確保できました。しかし、車を退かすには工作車がない以上、発破する必要があります。しかし、橋にダメージが入っているので発破はできません。川沿いを見てきましたが桟橋等はありませんでした。」

「そうですか。それなら湾口の港を見に行きましょう。港なら橋もしくは船があるはずです。対岸へのルートを確保次第、霊脈のある教会を見に行きましょう。」

 

地図を見ながら進行ルートをマックスとオルガマリーが相談していると

 

「contact!橋のから骸骨約30! 剣、槍、弓きます!」

「ヒッ⁉︎ さ、さっさと片ずけなさい! わた、私は隠れているからね!」

 

オルガマリーはマックスの背後に隠れた。マックスは自身を盾にしているオルガマリーを見て指揮は無理だったかと、ため息を吐いた。そして、立香を見ると

 

「マスター殿、指揮をしてください。初めてとなりますが、緊張せずに指示を」

 

立香は走ってくる骸骨を見ると体が強張ったが、目の前に城壁のように並ぶ遠征隊を見ると不安はなくなっていった。

 

「分かりました。マシュは突撃して蹴散らして、隊長さん達はマシュの援護!」

「制圧陣形展開! 弓を優先しろ!」

 

マシュは円陣から抜け骸骨に向かっていった。マシュが抜けてできた円陣の穴から隊員が出てくると横一列に並び、盾と盾の間からそれぞれが持つHK416を出した。

 

「前進!制圧射撃開始!」

 

分隊長の命令で前進を始めた遠征隊は、マシュの左右を撃ち始めた。マシュの左右にいた骸骨達は、弾丸を避けたがマシュの前に移動することになり、マシュのフルスイングでバラバラにされていった。

 

「これが本来の遠征隊の任務です。歩兵により、サーヴァントが戦いやすい環境を作り、マスターとサーヴァントの疲労を抑える。車輌による移動と運搬の補助。航空機による、奇襲と掃討。遠征隊はマスター殿が戦いやすい舞台を作り上げ、特異点の早期解決を目的にしています。」

 

その間にも、骸骨の数は減っていき最後の数体になっていた。骸骨が中央に集められ、マシュは一直線に進むだけで30ほどいた骸骨を粉砕できた。

 

「マスター、殲滅が完了しました。」

「マシュ、お疲れ!遠征隊の人たちも、お疲れ様でした。」

 

笑顔を向けられた遠征隊は、へへへっと頰を掻いて照れていた。遠征隊の女性は、戦乙女といった雰囲気が強いので、威嚇的な笑顔ではなく純粋な笑顔は遠征隊の男達には眩しすぎたのだ。

 

「ふ、ふん。どうやら指揮はできるようね。司令官は全体の指揮をしなくちゃいけないから、これで専念できるわ。」

 

怯えて指揮できなかったオルガマリーは、恥ずかしさに頬を染めながら言い訳を始めた。先ほどの攻撃を指令していた分隊長が、マックスの方に来て、小声で相談してきた。

 

「マックス隊長。」

「どうした、分隊長?」

「オルガマリー所長は、指揮官として大丈夫ですか?このままじゃ、無謀な作戦による全滅で、ドッグタグの回収が不可能になりそうなのですが。」

 

マックスが見ると、オルガマリーは、手をワチャワチャさせながら、マシュと立香に必死で言い訳していた。一方、マシュと立香は生暖かい目で、見守っていた。

 

「前線指揮官としてはダメだが、総司令官としては申し分ない。」

「そうですね。こんな前線に迷い込んじゃって、オルガマリー所長も運がないですね。」

 

「何喋ってんの、マックス! 準備はできたの⁉︎」

 

オルガマリーは生暖かい目で見られ続けたことに怒ったのか、膨れっ面でマックスのところに来た。分隊長は先ほどの話が聞かれていたら怒られるので、オルガマリーがマックスに視線を向けた時点で逃げていた。

 

「マックス! 港に行くわよ! 次は私が指揮するわ! 」

(((まじかよ...まだ死にたくねぇ)))

 

マックスがオルガマリーは指揮官としてはダメと言ったばかりなのに、やる気満々のオルガマリーに隊員達は死んでいるのに、死の予感がした。

 

「指揮は...」

「私がやるの! 指揮官なの!」

 

そう言うとオルガマリーは港に向かって走って行ってしまった。

 

「円陣を解けオルガマリー所長を追いかけるぞ。」

 

護衛もなく勝手に行ってしまったので、マックス達も急いで荷物を担ぎ、追いかけていった。

追いかけていると、港近くの階段に差し掛かったところで、オルガマリーがこちらに向かって駆け下りてきた。

 

「ふう、どうやら...自分から帰ってきてく...」

「助けて! 骸骨! 骸骨!」

「うわぁ!すごい量だよ隊長さん」

「まずは、所長殿を助けろ!かかれ!」

 

オルガマリーは大量の骸骨をトレインしてきたのだ。遠征隊は慌てて、オルガマリーと骸骨の間に入り骸骨の波を盾で抑えた。

オルガマリーがいたので、銃が使えず階段の途中で殴りあうことになった。

 

「これ知ってる!カリ○ストロの城だ!」

 

日本で根強く人気がある映画の一場面が完璧に再現されていて、立香は興奮を抑えられなかった。

 

「そんなことよりも早く助けなさい!」

 

遠征隊は盾の向こうに手榴弾を投げ込んで骸骨を粉砕しているが、オルガマリーが叫びながら逃げてきたので、そこら中から骸骨が集まりいくら粉砕しても減っている様子はなかった。

オルガマリーは押され始めた遠征隊を見てマシュに、早く何とかしてと叫び始めた。

 

「分かりました所長。先輩行ってきます。」

 

マシュが走り出すと最後尾の隊員が振り向き、盾を斜めに構えた。マシュはそれを踏み台に飛び上がり盾を真下に構えることで、多くの骸骨を押しつぶした。

 

「構えー!突撃ー!」

 

空白ができ態勢を立て直した遠征隊は、マシュに続き突撃した。マシュに吹き飛ばされ弱った骸骨は、遠征隊の隊列に簡単に轢き殺されていった。

 

 

「ふう、なんとかたどり着いた...勘弁してください、所長。所長を守るために我々がいますが、所長の最低限の協力がないと守りきれません。」

「ごめんなさい...」

 

遠征隊はオルガマリーと立香を抱え、突撃した勢いのまま港まで進み、港の事務所で一時休憩を取っていた。

オルガマリーはいきなり走って行ったことをマックスに注意され、新人の立香に良い所が見せられなかったので端っこで落ち込んでいた。

 

「マックス隊長、橋がありました。フォークリフトが数台燃えていたので、海に落としておきました。すぐに渡ることができます。」

「そうか、なら教会に行こう。冬木で第3位の霊脈があるはずだ。何か痕跡があるだろう。」

 

立香達と軽食をとっていると、警備をしていた隊員が飛び込んできた。

 

「隊長!緊急事態です!」

「どうした!」

「とりあえず外に!」

 

マックスが外に出ると空に赤い光が上がっていた。

 

「赤い信号弾...陣地防衛組が襲撃に遭っている!急げ、仲間の危機だ!」

 

マックスの大声にオルガマリーが反応し

 

「荷物の大半をここに放棄。身軽になって助けに向かいます。」

 

オルガマリーの指揮に遠征隊は、素早く反応し数十秒で出発準備が整った。

 

「では、出発します。今、陣地を失うわけにはいきません。」

「「「Yes,ma'am!」」」

 

立香をマシュが、オルガマリーをマックスが抱えると遠征隊は止まらずに陣地まで走り続けた。

 




今回の戦いは、「hellsing」のバレンタイン兄弟のグール部隊、「ルパン三世 カリオストロの城」の機動隊をイメージしました。

盾の戦い方の参考にしようとダクソをプレイしてたのですが、集団であの動作は無理だなと思いやめました。アニメや映画で盾で戦う登場人物って少ないんですよね。海外の機動隊の動画が、結構参考になります。


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襲撃の予兆

書いてると会話ばっかりになってしまうんですよ。やっぱりさっさと戦闘シーンに突入したほうがいいんですかね。今回は戦闘はないです。たぶん次回か次ヶ回らへんになると思います。


マックス達が陣地に着くと扉が開いていた。壁も壊れていなく、敵に攻められこじ開けた様ではなかった。

 

「見張りもいないし、扉も開いたままだ。」

 

マックス達は盾を構えながら慎重に陣地の中に入って行った。

 

「これは...」

 

中に入るとそこら中に薬莢と血が飛び散り、隊員達がナイフで防壁に縫い付けられていた。

 

弾痕は陣地の中に集中していて扉も開いている。侵入者の死体や引きずった跡はない。これらのことから、侵入者は内側に侵入し、一方的に遠征隊を殺した後、扉から出て行ったことがわかった。

 

マックスは隊員に近寄りナイフを抜こうとしたが、ナイフは防弾チョッキのセラミックプレートを貫通し、壁まで刺さっていて引き抜けなかった。隊員の肉体が完全に機能停止しているのを確認すると、ドッグタグを回収しオルガマリーに報告した。

 

「敵はナイフを使い、隊員を防弾チョッキごと壁に縫い付けました。先ほどの骸骨とは、比べ物にならないぐらいの力を持った強力な敵がここを襲撃したようです。」

「その様ね。生存者はいないの?」

「全員のドッグタグは無事でしたので、死者はいません。魂的ではなく肉体的な死者は陣地にいた全員です。全員が心臓、腎臓、頭など致命傷になる臓器を貫かれ機能停止しました。」

「誰かの肉体にここの隊員のドッグタグを付けたら当時の様子がわからない?」

「この肉体は個人に調整された戦闘用ホムンクルスです。作業用ホムンクルスではないので、入る魂の形が限定されています。肉体の型に合わない魂を入れると最悪の場合、肉体が弾けます。これ以上の戦力低下は避けるべきなので、行わない方が良いでしょう。」

「ふむ...そうですか。」

 

安全が確保されてようやく陣地に入れた立香は壁に縫い付けられた隊員に驚いたが、マックスがドッグタグを持っているのを見ると立香は安堵した。

 

「みなさんのドッグタグはその...無事でしたか?...もしかして...」

「いえ、全員分ありました。敵はドッグタグの秘密を知りませんから、壊さなかったようです。ハンティングトロフィーを集めるような輩じゃなくて助かりました。」

「そうですか、良かったですね! あっ...えっと...隊員さんが傷ついたのは、よくないんですけど...だから...その...」

 

立香は自分が隊員の死を喜んでいるみたいになってしまったので、誤解されてしまったと思い、手を横に振り必死に誤解を解こうとしていた。マックスは、フッと笑うとドッグタグを指で弄びながら

 

「わかっておりますよ、マスター殿。基地に帰れば予備の肉体がありますからこいつらはすぐに蘇れますので、心配は無用です。あまり此奴らを甘やかさないでください。」

 

立香はマックスの持つドッグタグが小さく揺れた様な気がした。自身の言葉に抗議されたと気づいたマックスは、ドッグタグの紐を指に引っ掛けてグルグルと回し始めた。遠征隊の仲の良さに立香はクスリと笑ってしまった。

 

「しかし、今はかなりまずい状況です。」

「人数が減ってしまいましたしね。」

「人数もそうですが、陣地の放棄を考えなくてはなりません。」

 

マックスの言葉に立香とオルガマリーは驚いた。

 

「なんでよ、マックス!どうして、放棄しなくちゃいけないの⁉︎ 確保するのにあんなに死者を出しといて、今更⁉︎」

「そうですよ! 物資も来なくなちゃいます!」

 

立香とオルガマリーはマックスに抗議したが、マックスは陣地の弾痕を指差し

 

「敵は明らかに中に侵入しています。敵は既に陣地内に侵入する方法を見つけているはずです。ここを守っても、部下たちと同じようになるだけです。」

 

マックスは陣地の危険性を解いたが、立香達はあまり納得していないようだった。

 

「まぁ、カルデアに相談してからでも遅くないでしょう。」

 

マックスは召喚サークルに魔力を通して、カルデアに通信を入れた。

 

『...通信安定。こちら、基地システム通信部隊です。定時連絡前ですが何かありましたか、マックス隊長?』

「緊急事態だ。副隊長、ロマ二医療班長、ダヴィンチ技術開発部部長を出してくれ。」

『現在、ロマ二医療班長しかおりません。開発部部長はカルデアのシステムの復旧、副隊長は特異点に送る装備の準備でおりません。』

「ロマ二でも良いから、早く出してくれ。」

『今変わります。』

 

隊員の画像が消えるとすぐにロマンが現れた。

 

『緊急事態だって、何があった⁉︎ みんなは無事かい⁉︎』

「状況を報告する。陣地防衛組8人がやられた。一方的な戦闘だったらしい。」

『遠征隊が一方的に8人も⁉︎ 』

 

ロマンは顎に手を当て、しばらく唸っていた。しばらくするとロマンは、2004年の出来事の一覧を表示した。一覧に中には赤く強調された『聖杯戦争開催』という文字があった。

 

『ふむぅ、魔獣や死徒を滅してきた守護者上がりの8人が死亡...2004年の冬木...強力な魔獣...もしかすると聖杯絡みかもしれない。』

「確かにここは、2004年の冬木だ。しかし、聖杯は回収したのだろう。」

『でも、ここは特異点だ。何かの拍子に聖杯から漏れた残滓で、強化されたモンスターがいるかもしれない。』

「聖杯の残りカスでこの災害ということか。」

『聖杯自体はないと思うよ。あんな、大魔術の塊がほいほいあったら、世の中すごいことになちゃうよ。』

「まあな。でも、実際に世界がすごいことなってるから、我々が活動しているのだ。聖杯はないという選択肢を最初から削るべきではない。」

『それもそうだね。とりあえず、特異点の魔力で強化された何かがいることは確かだから、集団で行動するべきだね。』

「ああそうだな。するとやはり、召喚サークルの放棄になるか。」

 

ロマンは困ったように頭を掻いていた

 

『そうするしかないね。何もせずに放置するとサークルが壊されるかもしれないけど、特異点にいる活動可能な遠征隊はマックス含めて27人。立香くんと所長を守るにも少なすぎるからね。何かを切り落とさないと。』

 

マックスとロマンは同時にため息を吐いた。遠征隊はマスターなしでは特異点に行けないので、現状では人数不足を解決することができないのだ。

 

『そうするとこの装備はどうするのだろう?』

「何かあるのか?」

『副隊長がそちらに送る車両の準備をしてるんだ。えっと、確か...BTR-80だっけ。』

「80は一世代前のだ。遠征隊が使っているのはBTR-90だな。」

『そうだったね。後は砲台とエンジンの一部を持ってくるだけなんだけどいる?』

「いや、やめておこう。送られてきてもバラバラにされている車両を組み立てる余裕はない。」

『だよね〜、副隊長にはボクが言っておくよ。』

 

ロマンと話しているマックスの横でオルガマリーが膨れ始めた。オルガマリーは部下たちが、上司である自身に伺いもせずに勝手に話が進んで行くことに不満だった。

 

「ちょっと! 勝手に話進めないでよ。私が一番偉いの! 上司放置して勝手に決めないで!」

「しかし、これが最善です。」

『代案ないですよ。』

「でも、会議すれば何かあるかもしれないのよ。」

「しかし、人数的な問題は現状では会議では解決不可能です。」

『今のカルデアで、レイシフトできる人がいないんですよ。ダヴィンチちゃんがマスターと契約してたら行けたけど、立香くんとはしてないからね。』

 

ロマンとマックスに否定されたオルガマリーは、ぐぬぬと唸り始めた。

 

「でも、ちょっとは私を話しに入れなさいよ...寂しいじゃない。」

 

オルガマリーは、ごにょごにょと何かを言うともう知らないとサークルから出て行ってしまった。

 

『まだ、ボク達じゃ彼女の孤独を埋められないか...』

「彼女は未だに自身は認められていないと思っている節がある。」

『...』

「...」

「『ロマンが(マックスが)いうこと聞かないからな(からね)』」

 

二人は同時に責任を押し付けあった。しばらく見つめ合うと

 

『ふふふ』

「ククク」

 

と笑い出した。サークルの外にいた立香は突然の笑い声に、幽霊かと思いビクッとしたが、マックス達だとわかると怪訝な様子でサークルを眺めていた。一方、オルガマリーは笑われたと思い、一層膨れていた。

 

マックスとロマンは外で拗ねているオルガマリーに気付かずそのまま談笑していた。

 

「やはり、ロマンとは気があう。」

『ならさ、遠征隊の人達にボクへの対応を直すように言ってくれないかな。』

「ロマンの余計な一言のせいだろう。」

『でも装備を改造しなかったら、遠征隊は素手で特異点に行くことになってたよ。』

「装備がなければ、特異点に行くという話は出なかっただろう。」

『前所長は前々から行かせる気だったよね。』

「この話は堂々巡りになるから、置いておこう。とりあえず、我々はこれから教会の霊脈を見に行く。」

『みんなを待たせちゃってるからね。...マックス。』

 

サークルを出ようとしたマックスが振り返ると真面目な顔をしたロマンが、マックスを見ていた。

 

「なんだ?」

『所長を助けられるかい?』

 

マックスはポケットから小さな金属板が通っているネックレスを取り出した。金属板には文字が刻まれているだけで、特に魔術はかかっていなかった。

 

「助けたいが肝心の材料がない。副隊長の話では、倉庫からすべて盗まれていたらしいじゃないか。」

『ああ、すっからかんだったよ。』

「こっちで最後の材料が見つかれば、所長を助けられる。」

『彼女を連れ帰ってくれ、頼む。』

 

マックスはロマンに背を向けて、格好よく去ろうとした。

 

「我々を誰だと思っている。泣く子も黙るカルデア特異点遠征隊だぞ。」

『一部しかいないけどね。』

 

せっかく格好よく決めたのにロマンの一言に、苦い顔でマックスは振り返った。振り返るとロマンがしてやったりという顔で笑っていた。

 

「貴様は本当に一言多いな。」

『ふふふ、そうみたいだね。任せたよ。』

「こちらにいるお姫様方は任せろ。砦を頼むぞ。」

『任して、凱旋のための飾り付けをしとくよ。』

「ククク」

『ふふふ』

 

互いに冗談を言い合い緊張をほぐすと、マックスは仕事の顔に変え

マックスがサークルから出るとオルガマリーが膨れっ面で腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「緊急事態だというのに呑気にお喋りとはね。」

 

マックスは助けを求め立香とマシュを見たが、マシュは遠征隊の死体からナイフを抜く作業をしていて、立香は死体を丁寧に片付けていてこちらを見てなかった。周囲の隊員を見たが、警戒しなくては、と全員がバラバラに散ってしまった。

 

「なんか今日は反抗的ね、マックス。」

「そんなことはありませんよ、所長殿。」

「演説に遅刻しかける、カルデアの壁を壊す、上司を馬鹿にする。今日だけでこんなにしてるのよ。」

 

オルガマリーは指で数えながら、今日の失態をマックスに突き付けた。オルガマリーはなぜか得意げにマックスを見ていた。

 

(今日の所長は何時もよりも面倒くさいな...)

 

マックスは心の声が、顔に出ないようにしながらどう切り抜けるか考えた。特異点に来てからオルガマリーが面倒くさくなったのは、立香がいるからだ。立香が慕っているマックスを上司として躾けている様子を立香に見せれば、立香は自分を馬鹿にしてこないだろうと思っていたのだ。

これら一連の行動は無意識のうちに行われている。オルガマリーの自己防衛本能によって行われているのだ。周囲の厳しい非難がオルガマリーに舐められないようにしなくてはならないという一種の強迫観念を植え付けたので、無意識の内に新人に上下関係を教え込もうとしている。

 

「二つ目は本官は関わっていません。」

「細かいことはいいの! 始末書を書きたくなければ、馬車馬の如く駈け回りなさい。」

「...yes,ma'am」

 

いつもの様な周囲を奮い立たせる様な返事ではなく、どうにでもな〜れというマックスの心がよくわかる様な気の無い返事だった。

 

「 今度こそいいとこ見せるわ! 全員教会に向かって出発!」

 

遠征隊は陣地にあった重火器を担ぎ、教会へと歩き出した。

 

 

 

「サーヴァント、ミツケタ。エモノモ、タクサン。」

 

近くのビルの上に立つ黒い影は、誰にも気づかれることなく、自分の狩場へと迷い込んだマックスたちを見ていた。

 

 

 




来週の投稿はお休みさせてください。1週間ほど栃木に行く予定があるので、忙しくてできそうにありません。

これからも、紅葉餅をよろしくお願いします。







ここから、筆者の独り言です。聞き流してくれて結構です。主観的なものが多く入っているので、個人の感想と思ってみてください。また、差別などの意図はありません。

今回、ホムンクルスのことを少し書いてふと思うことがあったんです。「魂は肉体に引っ張られる」とう話についてなんですけど、よくts小説でだんだん肉体の性別に心が寄っていくという描写に疑問が湧いたんですよ。この話は性同一性障害を持つ人の存在から、間違っているのではないかと思ったんですよ。そんで、性同一性障害を持つ友人に聞いたんですよ。そしたら「魂が体を引っ張てるにきまってる。見てよだから私はこんなに綺麗なのよ。」って言われたんですよ。すごく考えさせられる一言でした。新しい物の見方をさせてくれる一言でした。
まあ、だからと言って、ts小説が間違っているとも思いません。前提条件がそもそも違いますからね。だけど、何か障害を持っていてもこんなに綺麗に人生を送れるんだと思いました。

本作と関係ない話はここまでにしましょう。作者がすごく感動したので、書いただけです。ちなみに、友人と話した後、夕飯をおごりました。なんか、ものすごい罪悪感があったんですよ。友人の彼氏を呼んで焼肉行きました。財布が軽くなりました。


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対サーヴァント戦

お久しぶりです、紅葉餅です。栃木県は自然が多くて良かったです。暇な時間を使って、散歩したのですが、都会の人混みで磨耗した心が癒されていく気がしました。

今回から戦闘に入ります。遠征隊がサーヴァントにやられていくので、死亡シーンなどが苦手な人は申し訳有りませんが別の小説をオススメします。


「どこまでいっても焼け野原...住人の痕跡もないし、いったい何があったのかしら...」

「高濃度の魔力が空中に飛散していますから、大規模な魔力爆弾ではないですか?」

 

オルガマリーの横で、機械を背負って数値を測定していた隊員が、オルガマリーの疑問に返答した。横にいた別の隊員が眉を顰めながら、返答した隊員を小突いた。

 

「街一つを火の海にするものあるわけ?守護者だったんだから何か知ってるでしょ。」

 

オルガマリーに質問に隊員は困り、マックスの方に顔を向けた。他の隊員達も苦い顔になり、マックスは硬い表情で頷き隊員に説明させた。

 

「一発あります。広範囲を崩壊させる魔力爆弾が。」

 

オルガマリーはやっぱりという顔になった。

 

「じゃあそれが原因かしら?」

「それはありません。初めに疑いましたが、魔力の質が異なります。」

 

オルガマリーはこの話になって、遠征隊の様子が変わったのが気になったが、守護者の秘密に関わることだと思い話を変えた。

 

「そう、じゃあ別のもの...そもそもカルデアスを灰色にする異変て何よ...」

「聖杯の残滓を加工して、爆弾にしたとかはどうでしょう。」

「そうね、一番近いかも。でも、残滓がこの規模の爆破に魔力を使ったら、今の空中にある魔力の濃さにはならないでしょう。」

「じゃあ、聖杯の破片ですかね。」

「そんなもの使ったら、特異点は冬木では収まらないわよ。」

 

マックスとオルガマリーは、己の知識を使い原因の予測を立てていた。

 

『おや、マックスと所長の魔術雑談が始まった。こうなるとしばらくは終わらないよ。』

 

立香は二人の会話に専門用語が飛び交うようになってから、思考が停止しずっと首をかしげていた。

 

『警戒は遠征隊に任せて少し、軽食をとったらどうだい。食事の途中で陣地に行ったんだから、今のうちに少し食べたらどうだい。』

「ドクターに賛成です。先輩、レーション食べますか?」

 

マシュは近くに居た隊員から受け取ったMREと書いてあるレーションを立香に差し出した。

 

「あの...これ...食べれます?」

 

立香はパッケージのMREという文字に恐怖した。巷でも有名なクソマズな戦闘糧食であったからだ。遠征隊の隊員は何となく立香の言いたいことを理解した。

 

「心配は要りません。ちゃんと味が改善されたものです。最近のMREは美味しいですよ。気になるんだったら、チョコレートだけでも構いません。」

 

立香は安心して噛り付いたが、口一杯位に広がる強烈な甘さにアメリカンを感じた。

 

(やっぱり、甘すぎて辛い。イギリスとアメリカの料理はどうしてこうなんだろう。)

 

立香は日本人の舌を破壊していく甘さに耐えながら、かじっていると

 

「周囲に動体反応!...タイプCの骸骨です。マスター達はそのまま休憩を。」

 

遠征隊は休憩中の立香達を邪魔しないために、数体出てきた骸骨をすぐさま蜂の巣にした。隊員達は骸骨の頭を踏み潰し、しっかりと確認した後、立香の方に振り向いた。

 

「敵掃討完了しました。進ガッ...」

 

立香の話に話しかけた隊員の顔に突然ナイフが生えた。ナイフから黒い靄が出ているのを見た遠征隊は、顔面にナイフの刺さった隊員を蹴り飛ばした後、立香の周りを囲んだ。ナイフの刺さった隊員は顔面から血を吹き出しながら倒れた。

 

「爆発はしないか...レーダー反応は⁉︎」

「今、やってます!...出ました!これは⁉︎...タイプA!サーヴァントです!」

 

遠征隊はレーダーの反応の方を向くと、ビルの上に黒い靄を纏ったサーヴァントがいた。

 

「サーヴァントだ!撤退しろ!」

「足止めを!」

 

マックス達はサーヴァントに乱射しながら、全速力で逃げ出した。数人の隊員は小型の対人地雷を箱から撒きながら逃げた。

 

「おい、ロマン!サーヴァントだ!聖杯か⁉︎」

『でも、サーヴァントが顕現するにはマスターが必要だ。反応はあったかい⁉︎』

「ない!とりあえず、直接サーヴァントの相手するしかない!一度引いて戦線を築く!」

 

銃弾を避けていたサーヴァントは大きく跳躍すると遠征隊の前に着地した。

 

「ニゲレルト、オモッタカ。」

「緊急防陣展開!」

 

遠征隊は盾を4枚ピッタリと横に並べ、更にその盾の上に同じように4枚並べた。8枚を壁のようにすると、盾に魔力を通した。すると盾に大きな魔法陣が浮かび上がった。

 

「「「「我らの主よ、我らはあなたを恐れる。我らを虐げる民の国をあなたが進まれる。あなたの道に初子は残らない。あなたの民は、子羊を屠り、その血を鴨居と柱に塗った。種無しパンと苦菜で腹は満たされている。さあ、最後の災いを退けよう。

 

Passover(過越)」」」」

 

詠唱の後、魔法陣に黄金の十字架が現れ、立香達を囲んだ。

 

「コザイクヲ、コンナモノ。」

 

サーヴァントは魔法陣にナイフを投げつけ始めた。サーヴァントの強烈な攻撃に早速、結界が軋み始めた。

 

「マスター殿もう戦うしかありません。覚悟を決めて下さい。」

 

遠征隊は結界の裏にM18クレイモアや爆薬を仕掛けることで、面による攻撃をしようとしていた。

 

『しかし、立香くん達にはサーヴァント戦はまだ早すぎる!』

「ロマン、逃げられないのだよ。車両がない今、逃げ切ることができない。いつかは追いつかれる。ならば、体力がある内に迎え撃った方が、勝率が上がる。」

『しかし...』

 

立香は結界の向こうに目を向け、ナイフを投げつけてきているサーヴァントを見つめた。初めて見るサーヴァントの姿に立香の足は震えた。

 

「先輩、私が何とかします。」

 

マシュは立香の前に立ち、盾を構えた。マックスは厳重にロックされていた箱から古い拳銃を取り出し構えた。

だんだん結界の軋む音が強くなっていき、端の方が綻んできた。

 

「崩壊まで、5秒!」

 

カウントダウンが始まり、立香の握る拳が汗ばみ、遠征隊も銃のグリップを持つ力も強くなっていった。

 

「崩壊!」

 

崩壊と同時に遠征隊はトラップを起爆した。何百もの金属片が周囲に飛び散り、土煙が舞った。

 

 

 

「何もない...?」

 

先ほどまでの絶え間なく飛んできたナイフが、飛んでこなくなり、周囲は隊員の荒い呼吸音と炎の音しかしなかった。しかし、遠征隊の一人が息を吐いた途端、土煙の上が歪んだ。

 

「上だ!」

 

叫んだ時にはすでに遅く、サーヴァントが盾を飛び越え、盾を構えていた隊員の首を蹴り飛ばした。隊員の首は弾け、後ろの隊員の盾を真っ赤に染めた。

 

「うおおおぉぉおぉお!」

 

陣形の中に一瞬の内に潜り込まれた遠征隊は、同士討ちも気にせずにサーヴァントに向けて乱射した。

 

「オソイゾ、ニンゲン。」

 

サーヴァントはムカデのように、遠征隊の足元を這い回り、銃弾を避けながら遠征隊の足を切り飛ばし始めた。

 

「なめるなぁ!」

 

胸を刺された隊員がサーヴァントを腕を掴み、そのまま胸につけていた手榴弾の栓を抜いた。サーヴァントは鼻で笑うと

 

「ヌルイ。」

 

と言いながら隊員を持ち上げ、投げ飛ばした。サーヴァントの腕力に隊員は腕は軽く振り払われ、隊員はサーヴァントを巻き込むことなく、瓦礫の中で自爆した。

 

「ムダナコトヲ。」

「いや、十分だ。」

 

隊員の手榴弾に意識が向いた隙を突いて、マックスはサーヴァントの背後に回り込んだ。マックスはサーヴァントに拳銃を打ち込んだが、マックスの銃弾は当たることなく、一発が腕に掠っただけだった。サーヴァントはマックスを蹴り飛ばすと、後ろに跳躍した。

 

「ムダダト、イッテイルダロ...ナニッ⁉︎」

 

サーヴァントが腕に違和感を感じ、見てみると掠ったところから、腕が急激に壊死し始めていた。サーヴァントは急いで腕を切り飛ばした。たかが人間に傷付けられたサーヴァントは、怒り狂いマックスに向かって殴りかかった。マックスは肋骨を粉砕されて血を吐いていたが、再び向かってくるサーヴァント照準を定める。

サーヴァントが照準から逃れるために横に飛んだ時、サーヴァントは殴り飛ばされた。

 

「これが、集団戦ですね!」

「合格です、マシュ殿。」

 

マックスはサーヴァントを挑発し、マシュの射程に誘導していた。腕を殺され怒り狂ったサーヴァントはマックスしか見ておらず、対サーヴァント戦が初めてのマシュでも強烈な一撃を叩き込めることができた。

 

「クソガァァァァ‼︎」

 

瓦礫の中から飛び出したサーヴァントは、マシュやマックスではなく、立香に狙いを定めた。

 

「先輩に手は出させません!」

 

マシュはサーヴァントのナイフを受け止めるとフラいているサーヴァントの腹に盾をネジ込んだ。サーヴァントは先ほどより吹き飛ばされ、道路を転がっていった。

 

「セイハイハ、ワガモノ...ジャマスルナ!」

 

サーヴァントは立ち上がるために地面に手をついたが、その手の横に小さな円盤が落ちていた

 

「ビンゴだ。」

 

隊員がその円盤を撃ち抜くと、周りにあった円盤がを巻き込み大爆発した。

 

「マシュ殿、お見事です。サーヴァントは地雷原のど真ん中でした。」

「皆さんが気を引いてくれたからです。」

 

マシュは先ほどより逃げる時に蒔いた地雷にサーヴァントを飛ばし、遠征隊に起爆させることでサーヴァントに大ダメージを与えることに成功した。

 

「まだ、レーダーに反応がある油断するな。」

 

土煙が止むと道路の真ん中に四肢がなくなり、傷だらけのサーヴァントが転がっていた。

 

「セイハイヲ、メノマエニシテ...」

 

傷だらけのサーヴァントは未だに怨嗟の声を発していた。その様子にマシュは引いてしまった。

 

「あの様な薄汚い連中には慣れています。我々がとどめを刺してきます。」

 

隊員はブロードソードを抜いたが、マシュに止められた。

 

「いつかは通る道です。私がやります。」

 

マシュがサーヴァントに近づこうとした時、槍がサーヴァントの体を貫いた。マシュは急いで離れ、槍の軌跡をたどり投げた相手を見た。

 

「そんな...もう一体。」

 

マシュの視線の先には槍を持った黒いサーヴァントが立っていた。

 

「未熟モノメ、油断スルカラダ。」

 

近づいてくるサーヴァントにマシュは、身構えた。後ろを振り返り援護を求めようとしたが、マシュの後ろには足や腕を失いながらもサーヴァントから立香達を守ろうと立ち上がろうとしている遠征隊がいた。

マシュは目をつむり、覚悟を決めてサーヴァントを睨みつけた。

 

「皆さんは休んでいてください。私が倒してきます。」

「マシュ殿、ダメです。遠征隊が代わりに死にますので、マシュ殿はマスター殿と所長を連れて逃げてください。」

 

マシュは笑顔で振り返り

 

「私も遠征隊の仲間です。仲間は見捨てません!」

 

マシュがサーヴァントに突撃しようとした時、後ろから初めて聞く声がした。

 

「小娘かと思えばそれなりの兵じゃねえか。なら放って置けねえな。」

 

 




遠征隊の詠唱は、聖書に出エジプト記の過越祭をイメージしました。神自身による命の刈り取りをやり過ごす儀式を簡略化し、サーヴァントによる攻撃も少しはやり過ごす力を持つという設定です。

マックスの拳銃や遠征隊が言いたくない魔力爆弾の設定はちゃんと作ってあります。拳銃の方は次話で、爆弾の方はもう少し後で説明します。

誤字脱字、矛盾の指摘などありましたらお教えください。また、感想は全て返す予定なので、なのにかありましたらお気軽に感想に書いてください。これからも、紅葉餅をよろしくお願いします。


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歴史を生んだ銃口

拳銃の設定を後半で説明します。この拳銃くらいしかサーヴァントに対してダメージを与えられるような実績を持っていないんですよね。他にもAK47など考えたのですが、あれはどっちかというとコピー品の方が実績がありますからね。


新しく現れたフードを被った男に全ての視線が集まった。機械を背負った隊員が右手足を失いながらも新しく現れた男にセンサーを向けると、失血で青白かった隊員の顔がさらに青くなる。

 

「隊長...タイプAです。サーヴァントです...」

 

立香とオルガマリーは遠征隊を壊滅させたサーヴァントが二体も目の前にいることに絶望した。傷付いた隊員は立香とオルガマリーに覆い被さり少しでも盾になろうとし、無事な隊員は銃を握りしめながらも自分がどこに手榴弾をつけているか確認していた。

絶望する人間達を他所にキャスターを睨んでいた黒いサーヴァントが口を開いた。

 

「貴様、キャスター...ナゼ、漂流者ノ、肩ヲモツ。」

 

キャスターは黒いサーヴァントびゴミを見るような冷たい目を向ける。

 

「テメエらよりマシだからに決まってんだろ。あと、気持ち悪い魂を持つ連中が、血なまぐさい武器を振り回してんのが気になったしな。」

 

キャスターは冷たい目を遠征隊の方に向けた。キャスターは銃を向けてくる遠征隊を見た後、マシュのそばに寄っていった。

マシュはキャスターを追い払おうと盾を振り回したが、疲労で直線的になっている攻撃をキャスターは簡単に避けた後、マシュの肩を笑顔で掴み、黒いサーヴァントに見せつけるように言う

 

「見どころのあるガキは嫌いじゃないんでね。」

「ナラバ裏切リノ代償ヲ払ッテ貰オウ。」

 

マシュは攻撃されると目をぎゅっと瞑っていたが、後ろから聞こえた優しい声に驚き後ろを向く。振り向くとキャスターと目があった。

 

「そら、構えな嬢ちゃん。腕前じゃあアンタはヤツに負けてねえ。気張れば番狂わせもあるかもだ。」

 

マシュは困惑したが、キャスターは味方なのだろうと思い、黒いサーヴァントの方に向き直り、構える。

 

「は......はい、頑張ります!」

「マシュ殿お待ちください。これを。」

 

マックスは持っていた拳銃を手渡した。マシュは拳銃を持った瞬間に、粘液に包まれた腕に掴まれた気がした。

 

「うっ...これは、一体?」

 

マシュは拳銃を落としそうになったが、気持ち悪い感触に耐えて構えた。

 

「よしな嬢ちゃん。クラスに合わない装備は弱くなるだけだ。しまっとけ。」

 

マシュは少し迷ったが、サーヴァントとして経験が長いであろうキャスターのいうことを聞くことにした。

 

「無視スルナァァァァ‼︎」

「槍の専門家なんでね。当たらんよ。」

 

キャスターの飄々とした態度に黒いサーヴァントが切り掛かる。キャスターは槍がどこにくるか分かっているかのように最小限の動きで避け続け、槍を杖で逸らすと杖から火を出した。火は槍を伝ってサーヴァントを燃やす。燃えて苦しむサーヴァントに追い打ちをかけるように遠征隊は、効かないことは分かっているが少しでもマシュが回復する時間を稼ごうと弾丸を撃ち込む。

 

「そこにいる嬢ちゃんがマスターか?」

 

遠征隊の死体の下から這い出してきた立香にキャスターは声をかける。立香の返事には力を感じなかった。

 

「は...はい、そうです。私がしっかりしないからまた...遠征隊の人達が...」

 

立香は死んだ遠征隊の手を握りしめながら涙を流していた。キャスターは立香の前に屈むと

 

「嬢ちゃんあれが見えるか?」

 

キャスターが指をさした方を見ると遠征隊が雄叫びをあげながら、必死でサーヴァントに撃ち込んでいるのが見えた。マズルフラッシュで遠征隊の頭に後光が差しているように見え、地獄のような場所にも関わらず天使のように見えた。

 

「あの連中は人の道を外れ濁った魂を持つが、嬢ちゃんを守っている今は光り輝いている。嬢ちゃんは立って戦わなきゃいけない、稼いだ時間を無駄にしてはいけない。指示をアンタに任せたいができるか?」

 

立香がサーヴァントの方を見ると火はだんだん小さくなっているようで、火の間から憎悪に塗れた目が見えた。立香は再び足が竦んだが、自分の膝の上で死んでいる隊員を見ると震えがやんだ。立香は膝の上の血に塗れた隊員の手を強く握り締め覚悟を決めた。

 

「分かりました。出来ます。仇を取ります。」

「オレはキャスターのサーヴァント。故あってヤツらと敵対中でね。敵の敵は味方ってワケじゃないが、今は信頼してもらっていい。さあ、あのサーヴァントを一緒に倒そう。」

「はい‼︎」

 

キャスターは立香の前に立つと杖を構えた。立香の堂々とした立ち姿を見たマシュも一瞬驚いたが、立香の強い意志を感じ心強くなった。

 

「戦闘開始します!」

「武装完了...行きます、先輩!」

「たまには知的に行きますか」

 

立香が本来のマスターの役目を果たす決意を固めたこと祝うように、令呪が紅に輝く。立香が構えると同時にサーヴァントの火が消えた

 

「拙僧ニ矢弾ハ効カヌ!ソレガ拙僧ノ偉業!」

「キャスターは射撃準備、遠征隊は射線を開けて!」

 

立香の声にただ足止めのために統率もなくひたすら乱射していた遠征隊は、立香を脳とした一つの生き物になった。

 

「燃えろっ!」

 

キャスターが火を放つと、射線上にいた隊員は当たる直前に左右に避ける。サーヴァントは隊員の背後からいきなり現れた火を避けずに再び燃やされる。顔を燃やされ、よろめくサーヴァントにマシュは殴りかかるが、サーヴァントは槍を使い棒高跳びのように飛び上がって避けた。

 

「撃ち落として!」

 

立香の声に遠征隊は反応し、背負っていたAT4を構えるとビルに撃ち込んだ。弾頭はビルに当たり爆発し、爆風は飛び上がり空中にいたサーヴァントを横から殴りつける。

 

「グウッ...マダダッ!」

 

地面に転がったサーヴァントにマシュは盾をギロチンのように振り落としたが、サーヴァントは両手を顔の横に付き飛び上がるよに立ち上がることで回避する。

遠征隊はサーヴァントに撃ち込むが、風車のように回された槍に全て弾き飛ばされる。遠征隊はAT4を撃ち込むが、サーヴァントは避けると弾頭を掴み遠征隊に投げつけた。

 

「盾構え!」

 

遠征隊は盾を構えることで弾頭を防ぐ。サーヴァントは遠征隊の視線が盾で防がれたことを利用し一気に近づいた。

 

「人間ガ英霊ノ戦イノ邪魔ヲスルナ。」

 

サーヴァントは盾ごと遠征隊を両断しようとしたが、切りつける直前に盾が倒れた。

 

「今のオレは知的だからな。」

 

盾の裏には遠征隊は居らず、代わりにキャスターがいた。キャスターの杖には炎が溜め込まれている。

 

「オノレ、人間ガー!」

 

サーヴァントは避けきれずにキャスターの炎に包まれた。暫く火を消そうと転げ回っていたが、最後には動かなくなり黒い粉と虹色の結晶を残し消えていった。

 

「反応消滅。我々の勝利です。」

 

機械を背負った隊員の一言に、遠征隊は涌き上がり立香を抱き上げた。

 

「勝ったぞマスター殿!」

「誰も死ななかった!マスター殿のおかげだ!」

「マスター万歳!カルデア万歳!人類万歳!」

「仲間の仇だ!」

 

立香を抱え喜ぶ遠征隊を見ていたキャスターにマシュが近づいていった。

 

「あ、あの...ありがとう、ございます。危ないところを助けていただいて...」

 

頭を下げてお礼を言うマシュにキャスターはニカッとわらい

 

「おう、お疲れさん。この程度貸しにもならねえ、気にすんな。それよりも、自分の身体の心配だな。ケツの当たり、アサシンの野郎にしつこく狙われたんだろ。」

「ひゃん...!」

 

キャスターはマシュのお尻を触って笑った。キャスターはしばらくして笑いが止み、周りを見ると遠征隊に囲まれていた。

 

「全隊員へ、センサーに新たな反応。タイプA、サーヴァントのキャスターだ。殺せ。」

 

キャスターは殺気立っている遠征隊を見て引きつった。

 

「なんか、さっきよりヤル気出してない。」

「気のせいだセクハラオヤジ。座に送り返してやる。」

 

キャスターは今にもぶっ放しそうな遠征隊に囲まれ、どうしようか悩んでいると遠征隊の背後から声が聞こえた。

 

「落ち着け、一応大事なサーヴァントの戦力だ。銃を下せ。」

 

肋骨が肺に刺さり呼吸困難で気絶していたマックスが立っていた。

 

「隊長さん、大丈夫ですか⁉︎」

 

立香はマックスに近づき、先ほどまで凹んでいた胸をさすった。立香は胸に異常な凹みや傷がないことに安心して息を吐いた。他の隊員も切り取られた腕や足が繋がっていで、手足に具合を確かめていた。

 

「よかった。治ったんですか?」

 

先ほどまで、死にかけていたマックスが元気に歩いていることに立香は疑問が湧いた。

 

「ええ、キャスター殿が我々にルーンを使って治療を施してくれました。」

 

立香はキャスターの方を見ると、恥ずかしそうに頰を搔いていた。

 

「変な悪霊かと思ったら、嬢ちゃんたちをきちんと守っていた兵だったからな。まあ、最初の悪口の謝罪ってことだ。」

 

マックスはキャスターに近づき握手をした。

 

「治療と協力を感謝する。本官はカルデア特異点遠征隊部隊長マックス・アベルだ。」

「気にするな、お前たちの戦う心に惹かれただけだ。俺のことはキャスターって呼んでくれ。真名の方は、聖杯のルール上教えられないからな。」

「やはり、聖杯が...ああ、そう言えば、キャスター殿...(次にうちのもんに触ったら殺す。必ず殺す。)」

 

マックスはキャスターの耳元で小さく囁いた。最後の一言が聞こえなかった立香はマックスとキャスターが喧嘩せずに仲良く握手していると思い安心していた。立香がはあることに気づきマックスに聞いた。

 

「隊長さん、隊長さん。」

「何でしょう、マスター殿。」

「所長はどうしました?」

 

マックス達はオルガマリーが居ないことに気づき,遠征隊の山に死体の方に急いで向かった。死体をどかすと気絶して、目を回していた所長がいた。所長の姿に微妙な空気になった。

 

『よかったようやく繋がった!いきなり通信回路が乱れたから心配したよ〜...あれ、誰?』

 

所長の次はロマンが現れ、ますます微妙な空気になった。

 

「ロマン、キャスター殿にカルデアのことを説明してやれ。」

 

マックスは空気を変えるために、とりあえずロマンにカルデアのことを説明させた。

 

 

 

 

『以上が、カルデアと遠征隊の事情です。』

「なるほどな、そういうことか。お前らいいやつじゃん。」

 

キャスターは遠征隊の説明を聞き、改めて遠征隊を優れた兵と見直していた。

 

「じゃあ俺の方も、説明しよう。」

 

キャスターがこの冬木のことを説明しようとした時に、目覚めたオルガマリーがマックスの服を引っ張った。

 

「...ねえ、マックス...」

「おお、所長殿。お目覚めで、事態は収まりました。」

「そのようね...それより、お願いがあるの...」

「何でしょうか?」

 

オルガマリーは俯いて顔が見えなかったが、髪の間から真っ赤になった耳が見えていた。マックスはお願いと言われて、普段の命令とは雰囲気が違うことに首をかしげていた。

 

「き...コ...ナ...て」

「所長殿もう一度お願いします。小さくて聞き取れませんでした。」

 

オルガマリーは蚊の鳴くような声でボソボソと言っていたので、マックスの強化された聴覚でも聞き取れなかった。

 

「きが...テナ...て」

「申し訳ありませが、所長殿もう一度お願いします。できれば大きな声で。」

 

オルガマリーはマックスの服をぎゅっと掴むと、ばっと顔を上げた。オルガマリーはリンゴと間違えるほど真っ赤な顔で涙目であった。オルガマリーの顔にマックスたじろいだ。オルガマリーは暫く震えていると大きな声で叫んだ。

 

「着替えのコンテナを教えて!」

 

マックスは察して、冗談だろと言う顔になった。オルガマリーはますます赤くなって湯気を上げ始めた。

 

「早く教えて!」

 

マックスは道の端に投げ捨ててあった、コンテナを漁り着替えを見つけるとオルガマリーに渡した。オルガマリーは引ったくる様に着替えの袋を受け取ると、ビルの陰に隠れた。

 

「まずったなぁ...やはり俺には分からんよ、女の心は。」

 

マックスは心を理解しない自分を責める様に揺らめく炎を眺めながら頭を掻いていた。

着替えたオルガマリーは暫くの間、照れ隠しでマックスの脛を蹴っていた。立香とマシュは何のことだと首をかしげていたが、キャスターはニヤニヤしていた。

 

 

 

 

いろいろあったが、キャスターからの説明を聞き現状を整理していた。

 

「やはり聖杯か...どうするか?」

『回収するしかないよ。どうにかセイバーを倒さないとね。』

「召喚サークルに戻り、装備を整える必要があるな。」

『分かった。準備しとくよ、後でリストを送って。』

 

マシュは装備のことで思い出し、腰に差していた拳銃をマックスに渡した。

 

「マックスさん、お返しします。」

「ありがとうございます。何か異変はありませんでしたか?」

「何かに腕を掴まれた気がしました。」

 

キャスターは拳銃を見ると眉を顰めた。

 

「やっぱり尋常じゃない、量の血を吸ってやがるな。」

 

キャスターには銃口からどす黒い血がたれている様に見えてた。

 

「すごい呪いね。」

 

マックスの横に立っていたオルガマリーが拳銃に触れた。触れたのを見てマックスは驚きオルガマリーを抱えたが既にオルガマリーの意識は遠のいていた。

 

「所長殿!」

 

オルガマリーは触った銃に行きずり込まれるような感覚と共に意識を失った。

 

 

 

 

目を覚ますと荒野に立っていた。大地は凸凹に耕され、木々は燃やされ炭になって、ところどころに有刺鉄線の残骸などが転がっていた。

 

「ここは...」

 

オルガマリーが周りを見渡したが荒野が続くだけで何もない。

 

「私はあの銃を触って、それで...」

 

オルガマリーが状況を整理していると後ろから怒号が聞こえてきた。

 

「なっ何⁉︎」

 

オルガマリーが振り向くと地平線からの砂埃が迫ってきていた。オルガマリーが目を凝らして見ていると、砂埃の中に何百万もの人がいた。

 

「...何が起こってるの?」

 

だんだん近づいてきて、人々がどんな格好をしているか見えてきた。

 

「あれは...」

 

迫ってくる人々は全員が銃を持ち、軍服を着ていた。ある者はツノのついた鉄帽を、別の者は底の深い皿の様な鉄帽をかぶっていた。オルガマリーは逃げようとしたが、足が動かった。オルガマリーが足を見ると、血に濡れた何本もの腕に掴まれていた。

必死にもがいたが振りほどくことができず、ついに人の波が目の前に迫ってきた。オルガマリーは人に飲み込まれる直前に目をつぶったが、衝撃が来なかった。

 

「何なのよ...」

 

オルガマリーが目を開けると今度はオープンカーに乗っていた。周りには旗を振り、歓声をあげる人々が立っていた。

 

「もしかして...そしたら、この後に起こるのは...」

 

オルガマリーが現状を理解し次に起こることが分かった。群衆の方を見ると、丁度人ごみの中から男が出てきた。男が顔を上げるとオルガマリーは息を飲んだ

 

「マックス...?」

 

男はマックスであったが、感情のない無表情でオルガマリーを見ていた。マックスの顔が憎悪に歪むとオルガマリーに拳銃を向ける。

 

「マックス止めて!」

 

オルガマリーは撃たれた。

 

 

 

 

 

「うわァァァァ!」

 

オルガマリーは撃たれた衝撃で目を覚ました。

 

「所長殿!」

 

オルガマリーはマックスに抱えられていた。急いで胸に手を当てたが、血は出ていなかった。オルガマリーは安心して息を吐くと、目の前のマックスを見て怒鳴った。

 

「あれは何!説明しなさい!」

「しかし、これは遠征隊の機密に関わることで...」

「今すぐに言いなさい!命令です!」

「...わかりました。」

 

マックスは拳銃を見せた。拳銃は見るからに古い自動拳銃で、魔術的な紋章が刻まれていて「死」を放っていた。

 

「これは、パリ警視庁から盗んできた拳銃を魔術的に改造した物です。型番はFN ブローニングM1910。とある事件を起こした拳銃です。」

 

オルガマリーは銃を忌々しそうに見ながらつぶやいた。

 

「サラエボ事件」

「ええ、そうです。」

 

立香は学校でも習った重大事件が出てきたことに驚いた。

 

「待ってください。それってもしかして。」

「第一次世界大戦の原因となったオースリア=ハンガリー帝国の皇太子を暗殺した事件です。この拳銃は暗殺に使われた本物の拳銃です。」

 

オルガマリーは自身がいた荒野は第一次世界大戦のどこかの戦場で、あそこにいた人々は第一次世界大戦の戦死者だと気づいていた。

 

「第一次世界大戦の死者は軍民合わせて約3700万人。この拳銃は第一次世界大戦を起こし、3700万人を殺した実績を持つ。圧倒的な死を生んだこの拳銃は、魔術的な加工により相手に死をもたらす魔弾を放つ銃となりました。」

 

マシュは先ほどのアサシン戦でサーヴァントの腕が掠ったところから壊死を始めたことに理由がわかった。

 

「サーヴァントにすら死をもたらす魔弾を放つ拳銃は、遠征隊の切り札の一つです。」

「全く、変な物を作って...それどうするの。他所にばれたら大騒ぎよ。」

「サーヴァントと戦うには他の器では、実績が足りなかったのですよ。他にもポーランドに一番最初に踏み込んだ戦車、戦艦アリゾナを沈めた航空機と言う案もありましたが、これらはとうの昔にスクラップにされていてもうありませんでした。」

「少しは私に報告しなさい。で、何で私はあんな幻覚を見たの?マックスも出てきたし。」

「所長殿は現在、霊的な干渉を受けやすくなっているからですね。銃の中の残留思念にた魂を引っ張られたのでしょう。本官が幻覚に出てきたのはこの銃の現在の持ち主だからだと思われます。」

「は〜、全く特異点に来るんじゃんかった。」

 

マックスは何かに気付いていオルガマリーを安心したように見ていた。オルガマリーはマックスを睨み

 

「マックス他に何かに危険な兵器を隠していないでしょうね。」

「...ありませんよ。」

 

オルガマリーはマックスを疑うようにしばらくみていたが

 

「そういうことにしてあげる。」

 

と言いマックスから離れ立香の方に歩いて行った。マックスはその背中を眺めた後、部下の死体からドッグタグを回収に行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征隊の基地の奥深くに鼓動する物体があった。その物体の表面には蔦のように、実体のない血管が走っていた。物体は厚さ数メートルの壁と何重もの結界に覆われている。部屋の隅に置いてある机の上にボロボロの書類があった。表紙には一部読めない所があるが「L___T ___KE」と書かれていた。

この物体がその脅威を再び世界に示すのは、数か月後、物体が生まれた国でである。




オルガマリーが見た光景は固有結界などではありません。よくホラー映画にある演出の幽霊に掴まれると幽霊の過去を見ると同じものです。最後の物体が登場するのは第5特異点ですね。今回はラスボスのチラ見せみたいなものです。


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マシュの訓練

今回、遠征隊は即退場です。理性あるサーヴァントに勝てるわけ無いしね。


追記
改稿してますがルビの振りの実験しているだけなので、内容に変更はありません。勘違いされた方は2/19に投稿するので、許してください。


「さて、これから冬木の心臓である大聖杯に引きこもるセイバーをぶっ飛ばしに行くわけだが、準備はいいか?」

 

召喚サークルで消耗した武器弾薬を補給している遠征隊にキャスターは呼びかけた。27人いた遠征隊は先ほどのサーヴァント戦で12人失い、15人しか残っていない。遠征隊は洞窟に向かうということで、火炎放射器や爆破用の大量の火薬を積み込んでいた。

 

「なんじゃこの乗り物?」

 

キャスターは遠征隊が荷物を載せていたバイクを興味深そうに眺め始めた。

 

「これはケッテンクラートという小型の輸送車です。組み立ても比較的簡単で大きな荷物も運べます。」

 

マックスの説明する乗り物は前方はバイクのように見えるが両側にキャタピラが付いている変わった半装軌車であった。遠征隊の車両は後部の座席が取り外され、代わりに弾薬を入れる頑丈な箱が載せられていた。

 

「減った隊員の代わりにカルデアに要請したもので、魔術的な改造もない普通の物です。歩き疲れたのなら座席の後ろのエンジンボックスの上に座ることもできます。」

「面白いもんもあんだな。」

 

キャスターは杖でケッテンクラートを突きながら呟いた。しばらくケッテンクラートの周りを回りながら観察していると、遠征隊から声をかけられた。

 

「キャスター殿、積み込みが終わりました。移動できます。」

「それじゃ、洞窟に行きますか。」

 

ケッテンクラートと立香達非戦闘員を中心に洞窟に向けて行軍を始めた。

 

「隊長さん。」

「なんでしょう?」

「さっきの銃を撃ちまくったら、サーヴァントに楽勝できるのでは?」

「そういけば楽なんですけど、そうもいかないんですよ。まず、弾が足りません。」

「貴重なんですか?」

 

マックスはサラエボ拳銃からマガジンを外し、マガジンの中から弾丸を一発取り出した。立香が受け取り手の上で転がし眺めたが、別に何かが刻まれていたり、高価そうな金属が使われている様子はない。

 

「普通ですね。」

「構造自体は他の弾丸と同じです。使う金属に特別なものを使っています。まず、弾に使う鉛は鉛中毒死した人から抽出した鉛を使用します。苦しんで死んだことで鉛に呪いが溶け込みます。銃と弾丸の親和性を高くするために使用されます。最後に神秘と呪いを高めるために、古戦場で見つけられる人骨に刺さっていた銅を被せます。この様に材料の金属が多く集められないものばかりなので、あまり量がないんですよ。」

「人の体から鉛を取り出す...やっぱり、魔術師ってそんなものばかり使うんですね。」

 

立香はなるべく弾頭に触らない様に、薬莢の部分を持ちマックスに返した。立香が遠征隊の魔術師的な側面を見て、遠征隊に対する印象を少し考え直していると、前を歩くマシュに覇気が無いことが気になった。マシュは盾をぼーっと眺めているので、立香は声をかけた。

 

「マシュ、どうかしたの?」

「......!いえ、特に変化はありません。私は平常運転です、マスター!」

 

マシュの様子を見てマックスは、荷台の上で休む様に進めた。マシュは遠慮していたが、立香が一緒に休みたいというので荷台の上に座った。

 

「...変化がないというのが、問題で...先ほどの戦闘で先輩は大きく成長しました...しかし、私は宝具の使い方すらわかりません。欠陥サーヴァントの様です...」

「マシュはまだ、サーヴァントになったばかりだからだよ!訓練すれば使えるよ!隊長さんもそうでしょ、いっぱい練習して覚えたんでしょ!」

 

ケッテンクラートの横を歩きながら、虹色の結晶とネックレスをいじっていたマックスに話しかけた。

 

「え? ああ、そうですね。銃はそれほど苦労しませんでしたが、剣術が完成したのは19の時でしたね。3つの時から始めたので16年かかったことになりますね。マシュ殿はサーヴァントですからすぐですよ。」

 

マックスはいきなり話しかけられ少し間が空いたが、 自分の血の滲むような鍛錬を思い出しながらマシュを元気付けた。それを横で聞いていたキャスターが口を挟む。

 

「ん? 嬢ちゃん宝具使えねーの? 」

 

キャスターの一言にマシュの表情は暗くなり、立香が怒った。

 

「どうして、ここの男の人達ってデリカシーが無いの!」

「そう言われてもな。英霊と宝具は同じもんだから、普通使えるに決まってんだよ。」

 

マシュは顔を俯け本格的に落ち込んでしまった。マックスは近くの工兵に持っていたネックレスを渡すとマシュの前に座り込み顔を覗いた。

 

「マシュ殿は特異点に来る前に大怪我を負っていました。その傷が塞がる際に一緒に魔力も塞いだ可能性があります。一度チェックしましょうか?」

 

マシュは首を振ると、顔を上げキャスターの方を向いた。

 

「魔力を使おうとすると、分厚い皮膚に覆われていて上手く使えない感じがしたのですが、やっぱり詰まっているのですか?」

「詰まった事が無いからわからねえが、多分そうだと思うぜ。」

「どうしたらいいのでしょう?」

 

キャスターは顎に手を当てうーんと唸って考える。遠征隊も一緒に腕を組んだりして考えた。

 

「魔力を外から通してみます?」

「機器が無いから加減がわからんぞ。管が弾けたらどうするんだよ。」

「んー、あれだ、なんつーのやる気?いやはじけ具合か?とにかく大声を上げる練習をしてねえだけだぞ。」

 

遠征隊とキャスターは案を上げるがどれもいい物が無く、キャスターは最後は投げやりの案を出した。マシュはなるほどと言う顔になり、大きく息を吸い込むと大声をあげた。

 

「こーんーなーかーんーじーでーすーかー!?」

 

マシュの大声にケッテンクラートは振動し、遠征隊達は耳を塞ぎマシュの声に耐えた。オルガマリーは話をあまり聞いておらず、マシュの大声を予期できなかったので、大声をまともに聞き、少しフラフラしていた。

 

「ちょっと、いきなり大声を出さないで!鼓膜が破れかけたわよ、本気で!」

「いやー、すごいですねマシュ殿。暴徒鎮圧用の音響兵器を思い出しましたよ。」

 

マシュはオルガマリーとマックスに言われ、恥ずかしそうに小さくなった。

 

「ぁ...申し訳ありません、キャスターさんが大声をあげればいいと...」

「いや...モノの例えだったんだが...まあ、やる気と体力はある様だな結構。ところでよ、隊長さんよ。」

「マックスで結構です、キャスター殿。なんでしょう?」

「んじゃ、マックス。嬢ちゃんがこうやる気出して言ってんだ、寄り道していいか?」

 

マックスは腕時計と地図を見て考え始める。最後にオルガマリーと少し話すとキャスターの元に戻ってきた。

 

「まあ、タイムリミットも無いからいいとのことです。ただ、あまり遅くなると他のサーヴァントと遭遇する可能性が高くなるからなるべく手短にお願いします。」

「なあに、ちょいと嬢ちゃんを治療するだけだすぐに終わるさ。おーい、所長の嬢ちゃんちょっと来てくれ。」

「何よ...」

 

隊列の先頭付近で遠征隊にルートの変更を指示していたオルガマリーをキャスターが呼ぶと、オルガマリーは嫌そうな顔でマックス達の所にやってきた。

 

「まあまあ、背中を貸してくれや。」

「...変なことしないでよ。マシュの時みたいに触ったら、遠征隊をけしかけるわよ。」

「触んない、触んない...まずは...ちょい、ちょいと...完成!」

 

オルガマリーは背中を指でなぞられ背中に何かが書かれた気がした。オルガマリーが背中を覗くと光る文字が書いてある。

 

「ねえ、マックスなんて書いてあるの?」

「んー、ルーン文字ですね。えーっと...」

「それは、厄寄せのルーンだ。あんまり使われないから、知らなくてもしょうがねえよ。」

 

キャスターの一言にオルガマリーとマックスが固まった。

 

「私のコートに何してくれたの⁉︎変なことしないでって言ったでしょ⁉︎マックス!」

「分かってます!野郎ども、戦闘準備だ!来るぞ!」

 

厄寄せのルーンに反応し、そこら中から足音が聞こえ始めた。遠征隊は荷台から重機関銃や折りたたみ式の防壁を取り出しケッテンクラートを中心に陣地を作り始めた。

 

「立香はサーヴァントを指示して、私は遠征隊を指示します。」

 

オルガマリーは遠征隊に指示を出しながら、立香に言う。立香も遠征隊とサーヴァント両方を同時に指示するのに慣れていないので、素直に了承した。

四方向に軽量の重機関銃のM1919を設置して、寄ってくる敵を待ち構えた。キャスターはケッテンクラートの上に立ちまわりを見渡していた。

 

「おい、遠征隊。あんまり手出しすんなよ。これは嬢ちゃんの治療なんだからな。」

 

キャスターは銃を構えている遠征隊に上から声をかけた。偉そうないい様に遠征隊は切れる。

 

「あぁ⁉︎ 最初からもっとマシな方法でやってくれませんかねぇ⁉︎」

「やっぱり、昔の英霊は頭がおかしい。価値観が違いすぎる。」

「あとで、その綺麗な顔を吹き飛ばしてやる!」

 

キャスターはケケケっと笑っていて、反省する様子はなかった。キャスターはマシュに治療の説明を始めた。

 

「宝具ってのは英霊の本能だ。なまじ理性があると出にくいんだよ。」

「戦闘に狂えってことですか?」

「早い話そうだ。」

 

マシュは立香の指示に従い、敵の反応が多い方に構えた。オルガマリーはキャスターに抗議していたが、さらにルーンを刻まれ声を出せなくされていた。早速、指示系統が味方によって破壊された遠征隊はとりあえず、来る敵は皆殺しにすることにした。

 

「敵視認!」

「まだだ、もう少し引きつけろ。......撃ち方始めー!」

 

周囲から骸骨が大量に集まり陣地は囲まれていた。遠征隊はギリギリまで引きつけると、射撃を始めた。弾丸により骸骨はすぐに粉砕されるが、一部の骸骨は弾を弾くなどして接近してきた。

 

「クッ⁉︎...弾が弾かれる!強化個体を確認!マシュ殿お願いします!」

 

マシュは遠征隊の弾丸を潜り抜けてきた他の骸骨よりも強化された個体を相手した。弾丸を潜り抜けることが出来るほど強化されている個体は、やはりマシュでも一筋縄では行かず、だんだん体力が削られていく。陣地にまで接近してきた強化個体が50を越えようとした頃にオルガマリーのルーンの効果が切れ、骸骨の波は治った。

 

「ふう、ひとまず敵はいなくなった。」

 

陣地内は大量の薬莢で溢れて足の踏み場が無く、敵の多さを物語っていた。マシュも疲れ切って肩で息をしていた。

 

「限界、です...これ以上の連続戦闘、は...すいません、キャスター、さん...きちんと理論にそった教授、を...」

 

戦闘はただ盾で殴る、蹴る、叩き切るだけで、宝具のかけらも現れなかったマシュは別の方法をキャスターに求める。キャスターはケッテンクラートの上でヤンキー座りをしてマシュに目線を近づけた。

 

「分かってねえな。こいつは見込み違いだったか?まあいい、んじゃ次は俺だ。」

 

キャスターの言葉にマシュは惚けた。遠征隊は手持ちの銃に再装填しながらキャスターの言動に注意を向ける。

 

「味方だからって遠慮しなくていいぞ。俺も遠慮なしで立香を殺すからよ。」

 

キャスターが言った瞬間、さっきまで敵に向いていた銃口全てがキャスターに向き、チャージングハンドルを引く音が響いた。

 

「キャスター殿、もう一度お願いしたい。我々の聞き間違いと思いたいが、誰を殺すと言った?」

 

立香を殺すと言ったキャスターは敵であり、殺す必要がある人物となっていた。マックスは最終通告としてキャスターに聞き返す。

 

「サーヴァントの問題はマスターの問題だ。マスターとサーヴァントは運命共同体。ならば一緒に乗り越える必要があるだろ...さあ、行くぞ!」

 

キャスターはルーンを展開し、マシュと遠征隊に打ち込む。

 

「敵対を確認! ブッ殺せ!」

 

キャスターは飛び上がり避けたが、キャスターの立っていたケッテンクラートは一瞬にして蜂の巣になった。

 

「上だ! 撃ち落せ!」

「これは、サーヴァントとマスターの問題だ。余所モンは手ェ出すな。」

 

キャスターは空中でルーンを再び展開した。火はキャスターに飛んでくる大量の弾丸の盾となると共に、遠征隊を焼く弾丸となった。火は銃を溶かすと同時に遠征隊の腕を焼いた。

 

「ぐあぁアァァァ!」

 

両腕を炭になるまで焼かれた遠征隊は蹲ったり、転げ回り、腕を失った痛みに叫び声を上げた。キャスターはオルガマリーに向くと

 

「手前はこいつらでも直してろ。邪魔すんじゃねえぞ。」

 

キャスターにガンドを放とうとしていたオルガマリーは、キャスターの睨みに怯え、ガンドは霧散してしまった。15人の両腕を焼き尽くしたキャスターは、マシュと立香に狙いを定めた。

 

「キャスターさん、やり過ぎです。遠征隊の皆さんに私はあまりいい印象をもっていませんでした。しかし、今は違います。私も遠征隊の仲間なんです。仇を取らせてもらいます。」

 

マシュの目にキャスターはゾクゾクした。戦いへの固い決意を決めた戦士の心。戦闘民族ケルトの一人であるキャスターは、この輝かしい意思に興奮を覚えた。

 

「いいぞ!その目だ!さあ、行くぞ!守ってみせろ!」

 

キャスターが手を上に掲げると大量のルーンが現れ、全てが火の矢となってマシュ達に飛んでいく。マシュは盾を振り回し、自分たちに当たるものだけを的確に撃ち落としていく。

 

「追加だぜ。」

「させません!」

 

火の矢が尽きたキャスターは更に展開しようとするが、ルーンを作ろうとした隙を狙ったマシュに距離を詰められる。

 

「槍の心得もあるんでね!」

 

キャスターは杖を槍のように構え、マシュを迎え撃つ。キャスターらしからぬ行動にマシュは対応しきれず、腹部に杖を突き立てられる。

 

「おごっ...くっ!...まだです!」

 

マシュは突き飛ばされた先に転がっていた遠征隊から剣を引き抜くと、ブーメランのようにキャスターに投げつける。キャスターは飛んでくる剣を弾くと空中でキャッチした。

 

「まあまあ、いい剣だな。それに、これは...神秘殺しか? やっぱり、あいつらロクなもん持ってねえな。」

 

キャスターのよそ見にマシュは吶喊する。向かってくるマシュにキャスターは釣れたなとほくそ笑む。ルーンを展開し、マシュを焼こうとすると、立香の声が聞こえた。

 

「私を忘れないで!マシュに命じます、キャスターの背後に今すぐ移動しなさい!」

 

前から突っ込んできていたマシュが、いきなり背後にワープしたことにキャスターは対応しきれない。キャスターは無防備な背中にマシュの一撃を入れられ、吹き飛ぶ。

この特異点のサーヴァントにはすでにマスターと呼べる者が居ない。そんな環境で何度も他のサーヴァントと戦ってきたキャスターは、マスターの令呪と言うものを忘れていたのだ。キャスターにとってはマスターとサーヴァントの令呪による連携は予想外であり、無防備な背中を晒すことになった。

キャスターは自分の愚かさを嘆くと共に、完璧なタイミングで指示を出した立香とそれに戸惑うこともなく対応したマシュに喝采を送り、自身の最大の技を出すことにした。

吹き飛ばされたキャスターは地面に片手をつき、勢いを制御し、地面に転がることなく綺麗に着地した。

 

「ふう...お前さん達を舐めてたわ。すまん。だから、俺も最高の技を使うことにした。主もろとも燃え尽きな!」

 

マシュはキャスターを止めようとしたが、自分が吹き飛ばしたせいでキャスターは遠くにいて間に合わないことは明確だった。マシュは攻めるのはやめ、どうやって守るのかを必死で考えた。

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社。倒壊するはウィッカー・マン。オラ、善悪問わず土に還りなー!」

 

キャスターの前に巨大な魔法陣ができ、中から木の巨人が出てきた。巨人は燃え出し、火の粉を振りまきながら迫ってきた。

マシュの頭の中に様々な考えが浮かんだが、最後はただ一つの考えだけがマシュの頭を占めた。

 

「(守りたい!)」

 

マシュが強くそう願うと、自分を覆っていた分厚い皮膚に亀裂が入った気がした。マシュは自身の魔力を全開にして、自分の殻を破ろうとする。

 

「ああ、ああぁあああーーーーーー!」

 

マシュは全ての殻を砕き、宝具を展開した。マシュは端末の映像で見た蝶の羽化が頭に浮かんだ。自分も蛹を破り、サーヴァントとして羽ばたけるようになったと歓喜した。

宝具は巨大な城壁のようで、巨人を受け止め逆に砕いた。砕けた巨人の破片は燃え尽き、空中を蝶のように舞っていた。

 

「あ...わたし...宝具を、展開できた...んですか...?」

 

惚けるマシュに立香が抱きついた。

 

「やったねマシュ! ついに展開できたよ!間違いなくマシュは一級の英霊になったよ!」

 

マシュの手を取り飛び跳ねる立香にキャスターが近づいてきた。身構える立香にキャスターは両手を挙げ、もう戦意がないことを示した。

 

「嬢ちゃんはアレだ、守る側の人間だ。鳥に泳ぎ方を教えても仕方がねえだろ?高く飛ぶ方法を教えないとな。まあ...真名をものにするまではいかなかったか。」

「ええ...宝具はできたのですが、真名までは...」

「未熟でもいい、仮のサーヴァントでもいい。そう願ったのね、マシュ。」

 

やっと遠征隊21人の止血が終わったオルガマリーが立香達の元にやってきた。

 

「英霊そのものになる欲求がなかったから、宝具も答えたのね。あーあ、とんだ美談ね。お伽話もいいところだわ。」

「あの...所長。」

「ただの嫌味よ気にしないで。宝具が使えるようになったのが嬉しいわ。」

 

オルガマリーの横で立香とキャスターは小声で、ツンデレだ、とささやき合っていた。

 

「真名なしで使うのは不便でしょ。名前をつけてあげる。宝具の疑似展開だから...ロード・カルデアスと名付けなさい。」

「はい!有難うございます。」

「ぴったりじゃないか、嬢ちゃん。」

 

4人はしばらくマシュを褒めて、喜び合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちはどうすればいいんだ?」

 

オルガマリーに瓦礫のところまで移動させられ、寄りかかっていた遠征隊は両腕が無いので、何もできずただの喜び合う立香達を眺めていた。

ただ、いつか絶対にキャスターに仕返しすると心に決めながら。




特異点Fもそろそろ終わりです。やっぱり、話の展開が遅いですかね。何かアドバイスがあればお願いします。

次はオルレアンですよ。さあ、遠征隊の魔術師としての側面を書くのにワクワクしてきました。


実験場なので気にせず
(ほふ)


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任務の終わりと任務の始まり

感想をもらったので、嬉しくて筆が進みました。なのでいつもよりも少しでも早く投稿。

この話で特異点Fは終わります。今回も遠征隊がボコボコにされます。人間と人外達の力量差を出すためにマックスには、サンドバックになってもらいました。結構、エグい内容になったので、後半からグロ注意です。


遠征隊は再び召喚サークルに戻り、体の予備パーツを受け取るとキャスターに接続してもらい両腕を取り戻した。パーツと消費した弾薬、蜂の巣にしたケッテンクラートの補給を要請した際、

 

『今度は何をしたんですか?出発してから30分ほどしか経っていませんよ。』

 

通信に出た女性は冷たい目で両腕を失った遠征隊を眺めていた。遠征隊は説教を待つ子供のように一列に並んで、聞いていた。

彼女はイザイラ・アワン、遠征隊の副隊長で兵站を担当する後方部隊の指揮官である。先ほど、送ったばかりの装備を溶けた金属の塊にしたと聞けば、後方部隊を預かる副隊長として無駄を許すわけにはいかなかった。

 

「必要な経費だった。勘弁してくれ、アワン副隊長。」

 

両腕で失い間抜けな格好で、言い訳をするマックスにアワンは溜息を吐いた。

 

『まったく隊長なのですから、しっかりしてください。とりあえず、この話はやめましょう。先ほどと同じ武器、弾薬、装備を送るので確認してください。』

 

 

 

 

 

 

そんなことが、あってようやく洞窟に着くことができた。遠征隊は洞窟の前に陣地を構え始める。

 

「我々はサーヴァントには勝てないので、入り口で街の方からやってくる骸骨どもを食い止めます。」

「ああ、その方がいいぞ。セイバーの攻撃に巻き込まれたら、チリも残らん。」

「とりあえず、洞窟の中にも反応があるので焼きますか。」

 

遠征隊は洞窟内に敵の反応があるので持ってきた火炎放射器で、焼くことにした。

 

「あの骸骨に火って効くんですか?さっき、火の中から襲ってきましたけど。」

 

立香には火の中から燃えることなく出てきて、襲ってきた骸骨に火が有効とは思えなかった。立香の問いに火炎放射器を背負った隊員が答える。

 

「種火と燃料に工夫を加えているので、大丈夫ですよ。守護者だった時に効果は確認してます。」

「工夫...やっぱり、人の油ですか?」

 

立香はサラエボ拳銃の弾丸を思い出し、燃料タンクから距離をとった。

 

「惜しいですね。」

「やっぱり...」

「正確には、カタリナの骨から流れ出る香油を混ぜています。また、種火にはプロメテウスが盗んだ火から落ちた火の粉を使用してます。」

 

聖者カタリナの骨。タマネギ騎士のカタリナの方が有名だが、聖者カタリナは十四救難聖人に数えられる偉大な聖人なのだ。ここでは、彼女の功績は省くが、彼女の遺骨からは香油が流れ出ていて、あらゆる病気を治すと伝えられている。

過去に行われた時計塔守護者達による世界中に散らばる聖遺物収集事業の際に、聖者カタリナが葬られたシナイ山から発見された遺骨は今なお香油を出し続けていた。

種火のプロメテウスの火は語る必要すら無いだろう。守護者達はプロメテウスの火を回収した際に、火の粉を密かに盗み出し、持ち帰ったのである。この火の粉から遠征隊は聖火を起こし、独自の兵器に改造していた。

 

「よくそんなもんを集めたな...」

 

キャスターは遠征隊の収集能力に呆れた。イギリスは過去に世界中に植民地を持ち、そこから貴重なものを大量に持ち出しているのだ。そんな、イギリスの血が流れている遠征隊は同じように時計塔に様々なものを運び込んでいる。たとえ、それが国際問題に発展するサラエボ拳銃のようなものでも。

また、聖遺物収集の際に聖堂騎士団とかち合い、その地域を壊滅させるほどの戦闘をしたこともあった。その戦闘は、泥沼化したことに(ごう)を煮やした教会が埋葬機関を投入したので、守護者達が大量に虐殺されることで幕を閉じたが。

 

「まあ、とりあえず、燃やしますか。」

 

3人の遠征隊が火炎放射器を構え洞窟を燃やそうとした時、キャスターは嫌な予感がした。

 

「来るぞ!」

 

キャスターの言葉に遠征隊は伏せたが、火炎放射器を持っている隊員達は耐火装備を着ていたので素早く動けなかった。洞窟の奥から飛来した矢は隊員を貫くと、ダーツのように隊員を木に突き刺した。

 

「伏せろ!引火するぞ!」

 

タンクから漏れ出した燃料が、噴射口についていた種火に引火し爆発を起こした。マシュは立香に、マックスはオルガマリーに覆いかぶさり爆発から守った。

 

「隊長さん!紐が!」

 

立香は腕についていた紐をマックスに見せる。二本の紐が燃えていた。

 

「ドッグタグが壊されたか...一人は無事なようだな。レーダー反応は⁉︎」

 

隊員の一人が洞窟にセンサーを向ける。だが、そのセンサーもすぐさま矢に貫かれ、隊員の額にも矢が突き刺さる。

 

「この精度はサーヴァントだ!身を隠せ!」

 

遠征隊は身近な木や岩に裏に隠れる。物陰に飛び込む遠征隊を他所にキャスターは洞窟の入り口の正面に立ち、向かってくる矢を燃やしていた。

 

「アーチャーのサーヴァントよ、相変わらず聖剣使い護ってんのか、テメエは。」

「...ふん。信奉者になった覚えは無いがね。いきなり、燃やそうとしてくる来客を追い返す程度の仕事はするさ。」

 

キャスターが声をかけると洞窟の中からアーチャーのサーヴァントが出てきた。遠征隊は設置していた銃座に付き、アーチャーに狙いを定める。殺気立つ遠征隊を他所にキャスターはアーチャーに知り合いに会ったように話しかけていた。

 

「ようは門番じゃねえか。何からセイバーを守っているかはわからねえが、決着をつけようや。」

 

キャスターはアーチャーに向かって走り出した。アーチャーはキャスターと距離を開けようと森の中に紛れこむ。

 

「遠征隊よ、街から敵が来てる! 俺が合流するまで、入り口を守ってろ!」

 

キャスターはアーチャーを追いながら、遠征隊に街から大量の敵が迫ってくることを教えた。レーダーが壊された遠征隊は目を失ったと同じなので、キャスターに言われるまで気づかなかった。

 

「マスター殿、マシュ殿、我々はここでは敵を足止めします。その内にセイバーをお願いします。」

「分かりました。何かあったら、呼んでください。すぐに戻ってきます。」

「マシュ殿......我々はただの駒に過ぎません。例え、我々が助けを呼んでも無視して進んでください。我々の命よりも、人類に未来を優先してください。」

「でも......分かりました。もしかしたら、道に迷って入り口に帰ってきてしまうかもしれません。」

 

マックスはマシュの仲間を思う気持ちに安心した。マシュは遠征隊の仲間になったと言っていたが、仲間など任務の為ならすぐに切り捨てる自分らと同じにはなっていないことに。マシュの後ろで心配そうに立つ立香にマックスはポケットにしまっていたドッグタグを渡した。

 

「マスター殿にこれをお願いしたい。」

「ドッグタグですか?」

「我らが死んだら、こいつらも帰れなくなるので。」

 

立香はドッグタグをしっかりとポケットにしまった。

 

「隊長、早く!そこら中から足音が聞こえます!」

 

銃座について敵を待ち構えていた隊員達は森が震えるほどの敵の足音に肩に力が入る。

 

「所長もマスター殿と一緒に...人類をお願いします。」

「隊長さんも頑張って!」

 

マックスは洞窟の奥に消えていく立香達を敬礼で見送った。マックスが振り返ると大量の骸骨が森から溢れ出してきていた。

 

「野郎ども!ここで止めるぞ!一匹たりとも通すな!」

「「「「Sir, yes, sir!」」」」

 

マックスも銃座に付き、骸骨が迫ってくるのを待った。骸骨はマックス達を狙いまっすぐ向かってくる。地面が振動するほどの足音にマックス達の顔に汗が流れる。

 

「エリアに入りました!」

「爆発!」

 

洞窟周辺には大量のクレイモアを仕掛けていたのだ。一個あたり700個の鉄球が骸骨の波を襲い、砕く。仲間の破片に足を取られる骸骨に遠征隊は掃射を始める。

 

「焼け付くまで撃て!」

「手榴弾も使え!面で攻撃しろ!」

 

遠征隊にはもう17人しか残っていないのだ。いくら粉砕しても森から湧き出る骸骨にだんだん押され始めた。

 

「手を休めるな! 我らの背後にはマスター殿がいるのだ! 恐れることは無い!」

 

押され始めたことにマックスは焦りを覚え始める。所詮、銃なのだ。撃っていれば、弾が切れ、装填する必要がある。その隙に骸骨達は距離を詰めてくる。マックス達が撃っていると上から人影が落ちてきた。

 

「ふんっ!」

 

マックスは素早く反応し、腰につけていたブロードソードを抜くと影に斬りかかる。

 

「うおっと! あぶねえな気をつけろよ!」

 

落ちてきたのはキャスターだった。先ほどとは違い、上半身が裸だったが。キャスターは杖を一振りすると迫ってきた骸骨を一掃した。

 

「これでしばらくは大丈夫だろう。今の内に立て直しな。俺は嬢ちゃん達のところにいく。あとは頼んだぞ。」

 

マックスはキャスターの背中を見送ると骸骨に向き直った。マックスは高ぶる気持ちに笑いが抑えられなかった。他の隊員も同じようで、笑っていた。英霊による言霊(ことだま)。悪霊になり霊的な物の影響を受けやすくなっている遠征隊には、凄まじいドーピング剤となる。魂が強化され、悪霊の力が増幅される。彼らの放つ弾丸には魔力だけでなく、骸骨への呪いが加えられる。

 

「我らは英雄に託されたぞ!英雄に託された!ならば見せてやろう、矮小な人間の意地を!」

 

マックスの言葉に隊員は拳を突き上げ雄叫びをあげることで返事する。敵を全て打ち倒そう。今ならそれができると遠征隊は確信していた。

 

 

 

 

 

side 立香

 

出てくる竜骨兵を砕くマシュの後ろを追いかけていた。魔術は素人の立香でもこの奥に、何かがあることを感じ取れた。洞窟の奥からくる魔力の波動を立香は感じ取っていた。

 

「隊長さん達は大丈夫かな...」

 

立香は森が震えるほどの敵にマックス達がやられてしまうのでは無いかと不安になっていた。

 

「マックスなら平気よ。あいつはどんな時でも生き残ってきたわ。」

 

立香の横を走るオルガマリーは前を向いたままつぶやく。立香はオルガマリーの横顔を見る。オルガマリーは昔を思い出しているようで、遠い目をしていた。

 

「少し前、カルデア周辺の国で内紛はあったのは知ってる?」

「はい、確か国の中枢が腐敗しているとかで、半年間ひどい内紛が起こっていたとか。」

 

立香はカルデアに行く際に外務省からカルデア周辺の国の治安が不安定で渡航は勧められないと言われたのを思い出した。

 

「電気、水道全てのインフラが破壊されるような内紛に遠征隊が投入されていたのよ。カルデアに被害が来ないように調節するためとかで。その時、マックスは敵に囲まれながらも無傷でカルデアに帰ってきたの。」

「そんなことが...」

 

世の中に興味がなく、俗世と関わりを持つことを嫌いそうな魔術師のイメージを持っていた立香は遠征隊が内紛の仲裁を行っていたことが意外だった。

 

「あの時から私の指示を聞かなかったのよ。危ないから行くなって言ったのに、これが最善だと言って私の言うこと聞かないで勝手に言ったのよ!全く...」

(最後はやっぱり隊長さんの文句か...)

 

立香はやっぱりツンデレだなと思いんがらオルガマリーを見ていた。オルガマリーはしばらくは黙ると恥ずかしそうに話し始めた。

 

「こ、ここまでの働きは及第点です。カルデア所長として、あなたの功績を認めます。」

 

立香はオルガマリーの言葉に素直になれない同級生を見ているような気分になった。オルガマリーは立香が余計なことを考えていることを感じ取って、ふんっ!と顔を背けた。

 

「どうせまぐれだろうけど、今はあなたしかいないのよ。マックス達はサーヴァントには逆立ちしても勝てない。人間としての限界があるから...」

 

マックスの話が出てきて、立香は再び不安な気持ちになった。立香が心配になり振り返ると同時に洞窟内に爆発音がして、その後、洞窟が崩落した振動と音が響いてきた。

 

「隊長さん⁉︎」

 

立香は立ち止まってしまった。立ち竦んでいるとキャスターが走ってくるのが見えた。

 

「やっと追いついたか! 大丈夫か、嬢ちゃん達!」

「キャスターさん! 今の音は⁉︎」

 

立香はキャスターにしがみ付き、マックス達の安否を訪ねた。

 

「すまねえが、わからん。俺が見た時はピンピンしていたが、突破されたかもしれん。急いでセイバーのところに行くぞ。骸骨共に追いつかれる。」

「でも!」

 

立香とマシュはマックス達の様子を見に戻ろうとしたが、オルガマリーに止められた。

 

「もしかしたら、生きているかもしれません。助けに行きましょう!」

「駄目よ。戻っても、骸骨に会うだけ。セイバーのところに行かなければ、特異点は修正できないわ。」

「でも、仲間なんですよ!仲間は助けるのが、当たり前でしょう!」

「任務が優先よ...そんな顔しないで。さっき言ったでしょ、あいつはどんな時でも生き残ったって。」

 

立香はオルガマリーに引っ張られながら洞窟の奥へと向かっていく。

 

 

 

 

 

side マックス

 

爆発が起こる数分前

 

マックス達の前には骨が散らばり、一面真っ白になっていた。骸骨の波が収まり、各々が残弾を確認したり、治療を行っていた。

 

「骸骨の波が収まったが、第二波がくると思われる。だが、我々にはそれを抑えるだけの物資がない。」

 

マックスは残弾を聞き、今後の戦闘活動は不可能だと判断していた。

 

「隊長、戦線の引き下げを提案します。一度洞窟内まで下がり、罠を仕掛けましょう。」

「その案を採用しよう。洞窟に爆薬と火炎放射器の残りの燃料を仕掛ける。」

 

遠征隊は洞窟の入り口から下がり、新たな陣地を築き始める。弾薬は残り少なく、最後は剣と盾を使った全滅前提の遅滞作戦をするしかない。

マックスは森を見て、違和感を覚えた。静かすぎるのだ。先ほどまで聞こえていた骸骨の足音が一つも聞こえなかった。

 

「頭を下げろ!」

「えっ?...うぎっ⁉︎...があぁぁアァァァ」

 

マックスは伏せるように叫んだが、爆弾を設置していた隊員が頭を上げてしまった。頭を上げた隊員の胸に刃が生える。後ろを振り向くとフードを被ったサーヴァントがいた。サーヴァントは鎌を持ち上げ、隊員を深く突き刺す。

 

「ああ、みずみずしい...」

 

サーヴァントは鎌に滴ってくると血を浴びながら(つや)のある声を上げた。隊員の血は肌に伝い、吸収されていく。

 

「また、サーヴァントか...ゴキブリみたいに湧きやがる。」

 

サーヴァントは鎌を振い、突き刺さっていた隊員を細切れにした。

 

「少し出かけている間に狩場に一杯迷い込むなんて、滾ってしまいます。」

 

遠征隊は少しずつ洞窟の奥に下がっていく。サーヴァントは舌舐めずりをし、どの獲物から(ほふ)るかを考えていた。

 

「まずは、捕まえましょうか。逃げてしまいます。」

 

サーヴァントの足元から鎖が溢れる。鎖は蛇のように鎌首をもたげると、遠征隊に向かって突き進む。

 

「下がれー!」

 

遠征隊は鎖に向かって撃ちながら奥へと走る。鎖は弾丸を避けながら進み、遠征隊の足に絡みつく。遠征隊は持ち上げられ、振り回される。遠征隊は壁に叩きつけられるなどして、どんどん数を減らしていく。振り回され、床に叩きつけられた時マックスの横に燃料タンクがあった。

 

「爆破しろ!」

 

隊員は拳銃を抜き、タンクに向かって撃ちまくった。最終手段として、洞窟を崩落させ、自分達ごとサーヴァントを巻きこむことを選んだ。

仕掛けていた爆薬が一斉に爆発したことで、鍾乳洞は崩れサーヴァントと遠征隊を埋める。サーヴァントは鐘乳石に串刺しにされ、消えていった。

 

 

 

 

 

side立香

 

洞窟の奥に着くと、大きな空間になっていた。洞窟内の一段高いところに、明らかに特異点の原因であろう物が鎮座していた。

 

「これが大聖杯...超抜級(ちょうばつきゅう)の魔術炉心じゃない...なんで極東の島国にこんなものがあるのよ...」

 

オルガマリーは大聖杯を見上げながら震えていた。恐怖なのか、歓喜なのか、嫉妬なのかは立香にはよくわからなかった。

 

「あいつらが見たら飛び跳ねて喜びそうね...持って帰ればカルデアの機材の向上も...解析して生産できれば、みんな私のことを...」

 

オルガマリーは大聖杯を睨むように見つめながら、独り言を言い始めた。キャスターは独り言を言うオルガマリーの肩に手を置き、後ろに下がらせる。

 

「悪い、お喋りはそこまでだ。奴さんに気づかれたぜ。」

 

大聖杯の陰からセイバーが出てきた。セイバーから放たれ始めた魔力にマシュの顔がこわばる。

 

「......なんて魔力放出......あれが、本当にあのアーサー王なのですか...?」

「間違いないね。何度も世話になったやつの顔を間違えるかよ。見た目は華奢だが甘く見るなよ。アレは筋肉じゃなく魔力放出でカッ飛ぶ化け物だからな。聞い抜くと上半身ごとぶっ飛ばされるぞ。」

「ロケットの擬人化のようですね。...理解しました。全力で応戦します。」

 

セイバーはマシュを見つめていた。マシュは心の奥底まで見られているように感じ、背筋が寒くなった。

 

「ほう、面白いサーヴァントがいるな。」

 

セイバーの一言にキャスターが驚き声を上げ、オルガマリーと立香は王の威厳というものを声から感じた。

 

「なぬ⁉︎ テメエ、喋れたのか⁉︎ 今まで、だんまり決め込んでやがったのか⁉︎」

 

セイバーはキャスターの問いにそんな事かという様子で面倒くさそうに答える。

 

「何を語っても見られている。故にカカシに徹していた。」

 

セイバーは再びマシュに目を向け、興味深そうに呟く。

 

「だが......面白い。その宝具は面白い。構えるがいい、名の知れぬ娘。その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう!」

「来ますマスター!」

「負けない!隊長さんのためにも!」

 

セイバーは剣を構えると、魔力放出で一気に距離を詰める。マシュが気づいた時にはセイバーはマシュの真横に立っていて、抜刀の体制をとっていた。マシュは横目でセイバーを捉えたが、体が追いつかない。

 

「気抜くなって言ったろ!」

 

キャスターは火をセイバーに向かって飛ばす。セイバーは火を切りながら後ろに滑るように下がっていく。

マシュは予想以上のセイバーの性能に冷や汗を流した。立香とオルガマリーには、大聖杯のところからマシュのところにワープした様にしか見えず、セイバーの性能に驚愕していた。

 

「近づくとキャスターに邪魔される。ならば、ここから打つ。」

 

セイバーを剣を掲げた。それを見たマシュは、己の中のサーヴァントが過去最大限に警鐘を鳴らしているのを感じ取った。

 

「卑王鉄槌。極光は反転する。光を飲み込め!『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!」

 

振り下ろされた剣から、闇の奔流が放たれ射線上のものを飲み込んでいく。迫り来る闇に立香達を守るためにマシュも構えた。

 

「宝具、展開します。ああぁあああー!」

 

マシュは宝具を展開し、闇の奔流を受け止め散らしていく。マシュに受け止められたことに、セイバーは驚愕し止まってしまう。

 

「さっきから、好き放題やりやがって、燃えろ!燃やし尽くせ木々の巨人!『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』!」

 

止まったセイバーの足元から巨大な木の腕が生まれ、セイバーを握り潰そうとする。セイバーが腕を壊そうとすると、巨人は握りつぶすのをやめ、自分の腹の中に放り込んだ。そして、そのままセイバーは(にえ)として焼かれた。

 

「.........フ。知らず、私も力が緩んでいたらしい。最後の最後で手を止めるとはな。」

 

煙の中からセイバーの声が聞こえてきた。マシュは構えたが、先ほどとは違いセイバーの声には敵意がなかった。

 

「聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いた挙句、敗北してしまった。結局、どう運命が変わろうと、私一人では同じ末路を迎えるということか。」

 

セイバーは小さく笑うと、黄金の粒子になりながら消えていく。

 

「ああ⁉︎ どういうことだ?」

 

セイバーの言葉にキャスターは食ってかかる。セイバーは立香をまっすぐ見ると

 

「グランドオーダー......聖杯をめぐる戦いは、まだ始まったばかりという事を覚えておくがいい。」

 

そう言い残すとセイバーは完全に消えた。セイバーの立っていた所には特異点の中心であろう渦が残っていた。

 

「おぉお! ここで強制帰還かよ!マスター!お嬢ちゃん!後は任せた!...次はランサーとして喚んでくれよ!」

 

キャスターも光となり消えてしまった。立香達は息を吐き、力を抜いた。

 

「不明な点が多いが、ここでミッションを終了します。多くの犠牲を払いましたが、ミッションは大成功とします。」

 

オルガマリーが水晶体に手を伸ばした時、洞窟の奥に人影が見えた。

 

「いや、まさかここまで君たちがやるとは。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。数合わせの48人目を見逃した私の失態だ。まあ、いちいち計画の邪魔をしてきた目障りなマックスを消せたのは儲けものだったがな。」

 

洞窟の奥から近づいてきた人物はレフ教授だった。レフ教授がカルデアの時と全く違う様子に立香は寒気を覚えた。

 

「どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりで、吐き気がする。指揮できないトップ、聖遺物(危険物)を勝手に持ち込む遠征隊、予想通りに動かないマスター。人間というものはどうしてこう、定められた運命から逃れたがるんだ?」

 

レフ教授は悪態をつきながら、ドンドン近づいてくる。マシュは悪の塊が近づいてくる様に見え、立香達を後ろに下げようとしたが、オルガマリーはマシュの手をすり抜けてレフ教授の元に走っていってしまった。

 

「ああ、レフ......レフ、レフ、生きていたのねレフ! よかった、あなたがいなくなったら、どうやってカルデアを守って、遠征隊を指揮していくのかわからなかった!」

 

レフが遠征隊の名を聞くと顔が歪み、オルガマリーに怒鳴る。

 

「やっぱり遠征隊か! あの、イレギュラーは早く始末するべきだった!本当に予想外のことばかりで頭にくる!」

 

怒鳴るレフにオルガマリーは怯え下がる。下がるオルガマリーを逃さない様に、肩を掴む。

 

「余計な奴らを呼び寄せたお礼に一ついい事を教えてやろう。君は死んでいる、肉体はとっくにね。」

 

オルガマリーは全身の力が抜ける。オルガマリーは否定したいが、彼女の優秀な脳がこの事実を肯定する証拠を上げた。魂だけの存在なのでレイシフトできる遠征隊、サラエボ拳銃を触った時に言われた霊的に干渉を受けやすくなっているという事。これらの事実が自分はマックス達と同じ様に幽霊であると証明していた。

 

「わかるかな。君は死んだことで初めて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ。だから、カルデアに戻った時点で君は消滅する。君は帰れないのだよ。」

「私が...戻れない...ウソ...」

 

レフはオルガマリーを優しく座らせ、幼子をあやす様に優しく語り続ける。

 

「そうだとも。だがそれではあまりにも哀れだ。身をカルデアに捧げた君のために、今のカルデアスを見せてやろう。」

 

レフが手を振るうとカルデアスが現れた。特異点に行く前、立香が見た時と同じく寒々しい赤色をしていた。

 

「なにあれ...カルデアスが真っ赤になってる。」

「君のために時空をつなげてあげたんだ。本物のカルデアスだよ。聖杯があればこんな事も出来るんだよ。」

 

アニムスフィア一族の誇りをかけて作り上げたカルデアスが真っ赤に(けが)されていることにオルガマリーは怒りも湧かず、ただただ無気力になっていく。

 

「さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前達の悪行の末路さ。君の至らなさが、この悲劇を起こしたのさ。それに、君はこのミッションのために、何人の人の命を犠牲にしたのかね?」

「ふざ、ふざけないで!私の責任じゃない、私は失敗していない、私は死んでなんかいない...私のカルデアスになにをしたのよぉ......!」

「あれは、君のではない...全く最後まで耳障りな小娘だったよ...」

 

レフはやれやれと言いながら立ち上がり、膝についた塵を(はた)く。レフがオルガマリーに手を向けると、オルガマリーが浮き始めた。

 

「最後に"君の宝物"に触れさせてあげよう...触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の地獄を味わいたまえ。」

「どうして⁉︎ どうしてこんなコトばっかりなの⁉︎ 誰も私を評価してくれなかった⁉︎ みんな私を嫌っていた!」

 

オルガマリーは立香達に手を伸ばし、助けを求める。立香は駆けつけようとしたが、マシュに止められる。立香が行っても死ぬだけなので正しい判断だが、オルガマリーには関係ない。立香が止められたことにオルガマリーの目が完璧に絶望に染まった。

 

「やだ、やめて、いやいやいやいやいや......! だってまだ何もしていないの!生まれてからずっと、ただ一度も、誰にも認めてもらえなかったのにー!」

「......もう間に合わない...」

 

立香は悲惨な光景から目をそらすように、目をぎゅっとつぶった。立香は悲鳴が聞こえてくるのをぐっと堪えて待っていると、自分の横を高速で何かが通過したのを感じた。

 

「...えっ?」

 

立香は爆発音に目を開けると、レフが立っていた所は黒煙に包まれ、オルガマリーは落ちて尻餅をついていた。

 

「...我々はオルガマリーを認めている。だから指揮官を任せた。」

 

立香が入り口に目を向けると、使い終わったAT4を投げ捨てているマックスがいた。遠征隊はマックス合わせて9人しか居なく、誰もが服も破れ、全身傷だらけのボロボロであった。マックスはオルガマリーの元に近づいていく。

 

「......マックス...ごめんさない、ごめんなさい、ごめん、なさい。」

 

オルガマリーはマックスに抱きつくと、永遠と謝り始めた。マックスはオルガマリーを急いで抱え上げ、立香の元に下ろした。オルガマリーは感情が大きく揺さぶられ過ぎたので、意識が飛んでいてぐったりとしていた。

 

「マスター殿、急いで戻ってください。我々が彼奴を止めます。」

「そうはいかないよ。」

 

マックスがマシュにオルガマリーを渡し、逃げる様に言うと背後の煙の中からレフの声が聞こえた。

 

「やあ、生きていたのかマックス。会えて嬉しいよ。」

「ああ、久しぶりだ。とりあえず、お前をぶっ殺す。」

 

遠征隊は弾が切れ用無しになった銃や装備を投げ捨て、剣を引き抜き、盾を構えた。レフは戦闘体制に入る遠征隊を目の前にしながらも、散歩する様な足取りで歩いていた。

 

「お互い、ちゃんと自己紹介しようではないか?」

「今さら何を言う。」

「私はちゃんとしたフルネームを言っていないし、君も偽名だろ。」

 

予想以上に遠征隊のことをしているレフにマックスたちはさらに警戒のレベルを上げ、肉体の限界を引き上げるために詠唱を始める。

 

「「「「私は川の対岸に独り残り、私は夜明けまで戦った。腿の関節は外れ、酷く痛むが私はあなたを離さない。ああ、祝福を、祝福をください。今この時、ここをペヌエルと名付ける。

人類の勝利と神の祝福(創世記32章23節)』」」」」

 

肉体の強化により、傷口から血が噴き出すが遠征隊は気にする様子もなかった。レフは遠征隊の詠唱が終わるのを待ち、終わると美しいお辞儀をして自己紹介を始めた。

 

「改めまして、私はレフ・ライノール・フラウロス。君たち人間を排除するために遣わされた2015年担当者だ。」

「改めまして、私はマックス・アベル。本当の名は、何処かに置き忘れてしまったよ。」

 

両者はしばらく見つめ合う。レフが遠征隊に向かって歩き始めると同時に、遠征隊は斬りかかる。

 

「暇なので少し話をしよう。」

 

レフは9人の遠征隊の斬撃を紙一重で避けながら、休日にあった友人と立ち話するかの様にマックスに話しかける。

 

「未来が観測できなくなり、お前たちは"未来が消滅した"なぞほざいていたな。まさに希望的観測だ。」

 

マックスたちの同時攻撃も杖と靴でずらし、涼しい顔でいつもの様に微笑みを浮かべながらマックスに話しかける。マックス達はレフのカウンターに対応するだけで、精一杯で返答する余裕などない。

 

「未来は消滅したのではない、焼却されたのだ。カルデアスが真っ赤に染まった時点でな」

 

レフはマックスにカルデアスを見せるために、二人の隊員の腕を掴むとカルデアスに投げつけた。二人の隊員は壮絶な断末魔を上げながらカルデアスに飲み込まれていく。マックスは飛んでいく隊員を目で追ってしまったので、レフの思惑通り真っ赤なカルデアスを見せつけられた。

 

「結末は確定した。貴様達の時代は存在しない。いくら抵抗しようと虚しい抵抗だ。カルデアス内の時間が2015年を過ぎれば、そこもこの宇宙から消滅する。」

 

レフはマックスの腕を優しく握る。マックスは振りほどこうとするが、全く離れない。レフが投げようとしたので、マックスは自分の腕を斬り、抜け出す。マックスはカルデアスに投げ飛ばされるのは防げたが、勢いよく地面を転がっていく。マックスは地面に擦り付けられたので、傷口が広がりマックスの通った後にレッドカーペットが出来上がる。レフは杖で他の隊員を小突き、風穴を空け始末する。

 

「お前達は進化の行き止まりで衰退するのでもなく、異種族との交戦の末に滅びるのではない。」

 

レフは剣を杖に立ち上がろうとするマックスの腹を蹴り上げる。レフに殺意を向けられた時点で、痛覚を鈍くしているマックスだったが、レフの蹴りは肉体を通り越し魂すらも蹴り上げたので、マックスは激痛に動けなくなる。レフはマックスの近くに屈んで髪を掴み、カルデアスに顔を向けさせ、説明を続ける。

 

「自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが王に寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙クズの様に、跡形もなく燃え尽きるのさ!」

 

マックスは最後の抵抗として、レフの足にタクティカルナイフを突き立てるが傷一つ付けることなく弾かれる。レフはマックスを哀れむ目で見ると、そのままマックスの顔面を地面に叩きつけた。

レフは全ての掃除が終わったように手をはたくと、遠征隊の死体を踏み越えながら立香達のところに行こうとした。立香まで、あと十数mになった時、空間が揺れた。

 

「おっと、この特異点も限界か。...セイバーめ、大人しく従っていれば、生き残らせてやったものを。維持しようなぞ、余計な手間を取らせてくれた。」

 

レフはひどく歪んだ笑顔を立香に向ける。

 

「私も仕事があるのでね。君たちの末路を愉しむのはここまでにしよう。散々計画を邪魔いてくれたこいつらも、存分に料理できたしな。」

 

レフは足元の遠征隊を踏みにじる。立香は悔しさで顔が歪むが、圧倒的な力量差を見せつけられたので迂闊に動けなかった。

 

「このまま時空の歪みに飲まれるがいい。私も鬼ではない、最後の祈りぐらいは許容しよう。」

 

レフが溶けるように消えると、洞窟を覆っていた重圧が消えた。立香とマシュは急いでマックス達に駆け寄る。立香がマックスを見つけると、顔面を潰され両目を失いながらもオルガマリーに這い寄っていた。

 

「隊長さん!」

「ああ...マスター殿、マシュ殿。カルデアにレイシフトの要請と、部下のドッグタグの回収をお願いします。」

「「はい!」」

 

立香は隊員達から急いでドッグタグを集めて回り、マシュはロマンにレイシフトを要請していた。立香がドッグタグを全て回収し、マックスを見ると目が見えないはずなのに、優しくオルガマリーに虹色の結晶がついたネックレスをつけ、ミサンガのようなものを腕に巻いていた。

 

「...隊長さん。」

「これは賭けです...施術の時には精神が安定している必要があります。しかし、今の所長殿は非常に不安定です。無事に帰れるかどうかは、所長殿の想いの強さ次第です。」

 

マックスはオルガマリーを抱きかかえていた。マックスの目からは血が滴り落ち、現実の悲惨さに泣いているようだった。

 

『マシュ! 間に合わない!そっちの崩壊が先だ!耐えてくれ!』

 

ロマンの叫び声と共に、空間が悲鳴をあげ崩れていく。マックスは立香、マシュ、オルガマリーを抱きしめ、少しでも瓦礫から守ろうとする。

宇宙空間に放り出されたのは、10秒ほどだったが、立香は静寂な空間に10分はいた気がした。宇宙放射線が立香達を襲うがマシュの力によって、守られていた。

そして、立香は特異点に来た時と同様に渦に飲み込まれる感覚と共に気を失う。

 




遠征隊を墓地に送り、オルガマリーを特殊召喚! 誰だって、オルガマリーを助けたいよね。この小説で死ぬのは遠征隊と一般市民だけで十分です。

この後の予定は後日談2、3話と設定集を上げてから、オルレアンに突入します。後、書いてて思いついた聖堂騎士団 vs 遠征隊の大規模戦闘をどっかで書きたい。聖堂騎士団について書いてある資料ってありますか?教えてください。


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本官には分からない

立香が目覚める前の話です。21日には出来ていたのですが、マックスとオルガマリーの関係にこの1週間関ずっと悩んでいましたが、こんな感じに落ち着きました。

恋愛教えて...恋が知りたい...


 

中央管制室には多くの人が集まっていた。立香のコフィンの周りにはストレッチャーが置かれ、医療班員が立香とマシュを待っている。遠征隊はマックス達の替えのホムンクルスを用意して、いつでも体を取り替えれるように冷凍保存から仮死状態にして、準備していた。

 

「レイシフト終了まで後、十秒。...3、2、1。到着!」

 

コフィンが輝き、中に立香が現れる。マシュもコフィンのすぐ側に出現する。

 

「マスターを早く、運び出せ!」

 

立香は気絶していたので、コフィンから出されストレッチャーで運ばれていった。マシュは気絶してはいなかったが、意識が朦朧としていたので、同じく運ばれていく。

 

「あとは、マックスだけ...」

 

ロマンは立香のことは医療班員に任せ、遠征隊と一緒にマックスを待っていた。

 

「なかなか、こないね。もしかして...」

 

ロマンはマックスがこないことに不安になり、隣にいたアワン副隊長に話しかけた。

 

「問題はありません。予想通りです。」

「というと...」

 

アワンは腕時計を見ながら、何事も無いように落ち着いて立っていた。

 

「遠征隊はマスターにゴルディアスの結び目で接続し、特異点に行きます。なので、その分だけ到着が遅れるのですよ。」

 

風船の紐についた人形をイメージしてほしい。風船を飛ばし一定の高さにくるまでの時間を計測するとしよう。風船はマスターを意味し、人形は遠征隊を意味する。風船がある高さを通過した時間と、人形がその高さを通過する時間はズレる。なぜなら風船の紐の分だけ人形が下にあるからだ。風船が紐の分だけ浮かび上がるのにかかる時間だけ、人形が通過する時間がズレる。

同じようなことがレイシフト時に起こり、特異点にマスターの到着時間と遠征隊の到着時間に若干誤差が発生する。

 

「そろそろです。」

「最後の通信で見たマックスは酷く怪我をしていたから、早く治療しないと...」

 

ロマンはマシュと通信していた時に、画面の端っこに写ったマックスが血塗れだったので、かなり心配していた。

 

「時間です。」

 

ロマンは立香のコフィンに近づきマックスを探す。しかし、コフィンの周りには居らず、ロマンが遠征隊に問題が発生したと言おうとした時、上から何かが降ってきた。それはロマンの前でグチャ!とすごい音を出して潰れる。

 

「マックスー‼︎‼︎」

 

上から降ってきたのは、マックスだった。ロマンはマックスに駆け寄り、脈を見る。ロマンが首元に手を当て、脈を見ると微かにあった。その事を遠征隊に伝えようと顔を上げると、副隊長が立っていた。

 

「言い忘れてました。遠征隊が出現する場所もかなりずれるので、今のように地面に叩きつけられることもあります。」

 

アワンは屁然とした顔で、マックスの体からドッグタグを毟り取り持って行った。ロマンは、え〜、という顔でアワンの背中を見送った。アワンは持ってきたホムンクルスにドッグタグをつけると、揺さぶって起こした。

 

「マックス...起きて下さい。」

「ん...イザイラか? カルデアには帰還できたか。」

 

マックスは身を起こして周りを見渡した。マックスがストレッチャーに腰をかけていると、アワンが抱きつく。

 

「心配したのですよ、マックス...」

「すまんな、イザイラ。」

 

ロマンは突然色々起こったので、ついていけずポカーンとしていた。

 

「それよりも、まずやる事がある。準備は?」

「後は最終調節だけです。」

 

マックスはアワンを剥がし、仕事の顔になった。アワンもほんわかした顔からキリッとした顔になり、周りに指示を出し始めた。マックスはマックスだったホムンクルスを抱えているロマンの元に行く

 

「ロマンお疲れ様だ。」

「あー...うん...お疲れ、マックス。」

 

マックスは屈んで、マックスだったホムンクルスの手をナイフで抉じ開ける。ホムンクルスの手には虹色の結晶がついたネックレスが握られていた。マックスはネックレスを持って、遠征隊の方に戻っていく。ロマンも後を追おうとしたが、今抱えているマックスだった物をどうするか困った。とりあえず、そっと地面に起き、急いで追いかける。

 

「マックス、マックス、色々と聞きたいのだけど。」

 

ロマンは遠征隊と一緒に培養器の周りの機材をいじっているマックスに話しかけた。

 

「そこの菅を取ってくれ...それだ...ありがとう...答えられることならいいぞ。」

「はい、これね...まず、体は大丈夫かい?」

 

ロマンは先ほどまで死にかけていたのに、もう働いているマックスを心配した。

 

「新しい体だからな。傷も疲労も無い、健康そのものだ。」

「マックスがいいって言うんなら、良いんだけど。後でちゃんと休憩を取ってね...それで、オルガマリー所長は?」

 

ロマンはオルガマリーの姿が見えないことに、最悪の結末を予想していた。悲しそうな顔をするロマンにマックスはネックレスを見せた。

 

「これが、所長殿だ。」

「このネックレスがかい?...もしかして...」

「ああ、遠征隊と同じく聖晶石に魂を封じ込めた。今は所長殿の肉体を準備しているところだ。魂が無いと、肉体の最終調節ができないからな。」

 

ロマンは培養液の中に浮かぶオルガマリーを見上げた。マックスは特異点崩壊間際にオルガマリーに聖晶石製のネックレスをつけて、ゴルディアスの結び目をつけることで、聖晶石と魂を結合させたのだ。その結果、オルガマリーの魂は肉体を失ったカルデアに来ても、消滅することなく存在できていたのだ。

 

「つまり、オルガマリー所長も遠征隊に仲間入りと。」

「所長殿には伝えず、内密に済ませようとしていたのだがな。レフがバラしたせいで、施術が不安定になった。魂がこのネックレスに無傷で入っているかは、分からない。」

 

ロマンはオルガマリーが無事に帰ってきていることを願いながら、作業を手伝う。手伝っている時に、視界に入ったアワン副隊長を見て、ロマンは恐る恐るマックスに尋ねた。

 

「あと...その...副隊長さんとはどういう関係で...」

 

ロマンは先ほどのやり取りを見て、マックスとアワンがかなり親密な関係であると見ていた。

 

「アワンとか?...そう言えば、教えてなかったな。アワンと俺は結婚してるぞ。」

「え〜⁉︎ 女性の思いと想いが区別できなさそうな、任務人間のマックスが⁉︎」

「...しばくぞ。」

「マックスは想いを理解できないんですよ...アウッ。」

 

ロマンは今までのマックスを見て、結婚できるような人間ではないと思っていたのだ。アワンは余計なことを言ったので、マックスに頭を小突かれていた。

 

「ファミリーネームが違うし! カルデアでは、そんなそぶり見せなかったじゃん!」

 

ロマンは今まで二人が結婚してそうな親しい素振りを見せたことがなかったので、結婚してるとは考えもしなかった。

 

「名前は守護者のしきたりで、魔名に変更してるのから違うのだ。カルデアに行くときは、任務関係だったからな。任務に私情は挟まない。」

 

ロマンは理解はしたが納得はしてない様子だった。

 

「でも、マックスって独身で終わる典型的な仕事人間じゃん。どうやって、結婚まで行ったか、想像できないよ。」

「私がマックスが頷くまで、毎日アピールしましたからね。」

 

ロマンの言葉にアワンが照れながら、返した。ロマンはマックスとアワンを改めて観察した。

マックスはイギリス人らしい金髪を短く切っていて、顔はそこそこイケメンだが表情が固く、任務一筋と言った印象を受けた。体格の方は並の軍人よりも筋肉がある。

アワンは黒髪で肩甲骨ぐらいまで伸ばしている。メガネを掛けていて、顔は美人だが冷たいと言った印象を受ける。体格は細マッチョと言った体格だが、胸などはそこそこあった。あと首に傷があり、それが気になった。

ロマンはこんな見た目の二人だからきっと任務であったのだなと予想した。

 

「私とマックスが出会ったのは、暗い夜に仕事をしていた時でしたね。」

(やっぱり、予想通り任務でか...)

「それで、私がマックスに惚れ込んだのは、マックスが私の首を切り裂いた時ですね。」

「え〜...」

 

ロマンはロマンチックな話を期待していたのに、いきなり血生臭くなったことに、やっぱり遠征隊だ、と思った。

 

「早く手を動かせ。あと少しだ。」

 

マックスは手を止めて話を始めたロマンとアワンに声をかけ、さっさと作業をするように言った。アワンはマックスに、照れているんですか?、と絡みながら作業を始めた。ロマンは良い所で話を止められたので、モヤモヤしながら作業を始めた。

 

「よし、後はネックレスをつけるだけだ。」

 

魂の型が設定できたので、最後の工程として魂の入っているネックレスをホムンクルスの首につけた。マックスはオルガマリーを揺すり声をかけ、ロマン達は固唾を飲んで見守る。マックスが声をかけていると、オルガマリーはゆっくりと目を開けた。

 

「所長殿...所長殿...お目覚めで。」

「ん〜...マックス?...マックス!」

 

オルガマリーは目を覚ますと、目の前にいたマックスに抱きついた。突然の事にマックスは固まり、ロマンはポカーンと口を開け、アワンはマックスにいきなり抱きついたので青筋を立ていた。アワンはオルガマリーを引き剥がす。

 

「あぁ...あれ?...あ゛ぁ゛〜‼︎‼︎」

 

オルガマリーは自分が何をしていたか気付いていなかったようで、いきなり引き剥がされ混乱していたが、自分が抱きついていたとわかると顔真っ赤にして叫びだした。

 

「気のせいです! あなた達は何も見てない! いいですね!」

「でも...」

「元気そうで何よりです、所長殿。」

「おかえりなさい、オルガマリー所長。施術は成功。若干精神が不安定ですが、時期に良くなります。」

 

オルガマリーは何かを言おうとしたロマンの襟首を掴み、ロマンの頭を激しく振った。首をガクガクと振られたロマンは、青い顔をして吐きそうになる。マックスは、顔を真っ赤にしてロマンを振り回しているオルガマリーに淡々と挨拶をし、アワンは少しニヤけながら挨拶をする。

 

「いいですね!」

「アッハイ。」

 

ロマンはオルガマリーに睨まれ、大人しく返事した。オルガマリーはロマンを放り投げ今度はマックスを睨みつけた。

 

「マックス!」

「なんでしょうか?」

 

オルガマリーの睨みにも動じず、マックスは真顔で返答した。

 

「命令です! さっきの事を忘れないさい!」

「特定の記憶だけを消す方法は現在確立されてません。」

「早く、忘れなさい!」

「......Yes,ma'am .」

 

マックスは隣に立っていた隊員のホルスターから拳銃を引き抜くと頭を撃ち抜いた。記憶は魂の方に記憶されるので、頭を撃ち抜いたくらいで記憶は消えないのだが、マックスは取り敢えずオルガマリーを落ち着かせるために頭を撃った。

 

「私は部屋に帰ります!」

「待って下さい、所長! せめて、検査だけでも!」

「ついてこないで!」

 

オルガマリーは恥ずかしさで、此処から逃げることだけしか考えておらず、隊員の制止を振り切って走って行ってしまった。

 

「検査を受けるように説得してきなさい。」

 

アワンは近くの女性隊員の指示した。女性隊員の言うことなら、恥ずかしがらずに聞いてくれると考えたからだ。カオスな状態になった管制室は平常を取り戻し、隊員達も片付けを始めた。隊員達が機材を置きに基地に帰り、ロマンも立香の様子を見に行った。

誰もいなくなった管制室で、アワンは地面に転がっているマックスからドッグタグを外し別のホムンクルスにつけた。マックスは起き上がり、瓦礫に座る。アワンもその隣に座った。そこには、隊長と副隊長はおらず、疲れた夫婦がいるだけだった。

 

「全く、マックスは...」

「...イザイラ。いったい何がいけなかったのだ?」

 

原因を理解していないマックスをアワンが冷たい目で見て、アワンは女心を理解できないマックスにため息を吐いていた。

 

「...マックスは特異点の最後に所長に何をしました。」

「レフから助け出し、我々は認めていることを伝え、魂を固定した。」

「それです。絶望のドン底にいた女性が、目の前に命をかけて自分を助けてくれる男性が現れたらどうなると思いますか?」

「どうなる?」

「は〜、だから想いと思いが区別付いていないと言われるのですよ。」

 

マックスは人の思考を読む訓練を小さい頃からしていた。訓練の際に他人に影響されず、任務を遂行できるように調節されたので、マックスには愛や恋といった他人からの感情が理解できない。なので、人の思いは読み取れるが、人の想いは分からないという欠陥がある人間が出来上がった。アワンからの告白を了承したのも、愛していたからではなく、他の人より一緒に居て落ち着くという曖昧な感覚からだった。この感覚も一種の愛の形なのだが、愛というものを理解できないマックスにはよく分からない不思議な感覚であった。

 

「いいですか、マックス。オルガマリーにとって、今のあなたは白馬の王子様です。端的にいうと、オルガマリーは一定以上の好意をマックスに持っています。」

「そうか...俺のどこがいいのだ。任務の為なら平気で無関係の市民を殺す人間だぞ。」

「オルガマリーのあなたの闇は知らないのでしょう。あと、調節されたからと言って、乙女心を理解しないのは許されませんよ。全く、あなたの心は治りませんね。」

「ああ...俺には人の想いが分からん。イザイラからの感情も、イザイラに抱いている感情も、意識すると消えてしまう。だが、確実に俺の心の中にある。」

「守護者本部も酷いことをしますね...まあ、ゆっくりと治していきましょう。私達には、もう寿命というのはありません。ゆっくりと治していきましょう、一緒にね。」

「ああそうだな...俺は人間になれるのか。」

「さあ...でも、最近のAIはほぼ人間と言われていますよ。」

「機械はどこまで行っても機械で、人間にはなれないか...」

 

マックスは立ち上がり、基地に向かって歩き始める。アワンもマックスの横に並び、今後の予定を遠征計画を相談しあった。

 

「そうだ、マックス。」

「ん?」

「治療には、一人よりも二人の方が効率的ですよね。」

「冗談か?」

「私は本気ですよ。」

「しかし、所長殿も今は混乱しているだけだ。その内、落ち着くだろう。」

「私の予想では、所長は初恋を引きずるタイプですよ。」

「そいうデータがあるのか?」

「いいえ、女の勘です。」

「なら、俺には分からないな。」

「思考を放棄しないでください。考えることが治療になります。でも、一番を渡す気はありませんよ。」

「それが女心か?」

「そうですよ。一歩前進です、マックス。」

「そうか...あと何歩進めばいいのやら。まあ、検査の準備をしようか、イザイラ。」

「所長を待たせてしまいますからね。」

 

マックス達は後ろから見れば仲の良い夫婦にしか見えなかった。立香の持つ縁と縁を結ぶ力、マックス達も立香に影響され少しずつ結ばれていく。

 

 

 

 

 

 

数時間後

 

マックスが基地で待っていると女性隊員がオルガマリーを連れてきた。オルガマリーはマックスを見ようとせず、そっぽを向いていた。そんなオルガマリーにアワンは近付き耳打ちした。

 

「そんな風では、彼は理解しませんよ。最も直球に行かなくては。」

「なっ...別にそんな気はありません!」

「そんな気って、なんのことでしょう。教えてくれますか?」

「ぐぬぬぬ...早く検査しなさい!」

 

オルガマリーはアワンに弄ばれているようで悔しかったが、今は早くマックスから離れたいのでさっさと検査することにした。アワンがふふふっと笑っているのを見たので、オルガマリーは頬を膨らませながら検査室に入っていった。

 

「やり過ぎてしまいましたか。」

 

オルガマリーが検査室に入ると、古びてヒビの入った台が置かれていた。指示通り横になっているとアワンがオルガマリーを固定しに来た。オルガマリーの固定が終わると、アワンは耳元でそっと囁いた。

 

「マックスは譲りませんよ。私のです。貴方には貸すだけですよ。」

「なっ!さっきから!......良いでしょう...宣戦布告と受け止めました。アニムスフィアを舐めたことを後悔させてあげます。」

「楽しみにしてますよ。」

 

検査室の隣の部屋の機械室のアワンが入るとマックスがいた。

 

「宣戦布告といていたが、さっきから何をしているのだ、アワン?」

「なんでもありません、隊長。ちょっとした雑談です。」

「今は任務中だ。雑談は控えろ。」

「申し訳ありません、隊長。」

「それより、アワン、カルデア復旧班の指示に行ってくれ。」

「はっ! 了解しました。」

 

アワンはマックスに敬礼するとカルデアに向かっていった。マックスはマイクにスイッチを入れ、オルガマリーに話しかけた。

 

「これより、検査を始めます。」

「は、早く終わらせてよね。」

 

マックスの指示で隊員はオルガマリーが載っている台に魔力を通し始めた。魔力が通り始めるとオルガマリーは台の方から、血の匂いと悲鳴が聞こえてきた気がした。いきなりの事でオルガマリーはパニックになる。

 

「マックス! これ外して! 幻聴が聞こえる!」

「幻聴ではありませんので安心してください、所長殿。もう少しで終わるので、動かないでください。」

「幻聴じゃないの⁉︎ この石の台なんか血生臭いし、冷たいし、時々悲鳴が聞こえるんだけど! 本当に大丈夫なの! これはなんなの⁉︎」

「その台はヘロフィロスの解剖台です。今の所長殿を検査するにはぴったりの遺物ですので、我慢してください。匂いや悲鳴には今の所、害は確認されてません。」

「今の所⁉︎」

 

ヘロフィロスの解剖台。ヘロフィロスは古代ギリシアの医学者で、世界で初めて解剖に基づき理論を構築した人物と伝えられている。彼は、脳が神経系の中枢であり、知性の在処だという事を突き止めた。

遠征隊が回収した石の台は、ヘロフィロスが解剖の時に使っていたもので、台の上に乗る者の体をくまなく調べることができる。また、ヘロフィロスの偉業の"知性の在処の発見"の影響で、知性つまり魂の状態の検査もできる優れものである。

ちなみに治療もできるが、台の影響で麻酔が無効化される。これは古代ギリシアには、麻酔がなく、検体の意識があるまま解剖をしていた事が影響していると遠征隊は予想している。つまり、治療するときは麻酔なしで行われるので、患者は治療中は激痛に耐えなくてはならない。なので、よっぽどの事がない限り、治療には使われていない。

マックスは台に繋いだコードから送られてくるオルガマリーの状態を確認していた。マックスに医療隊員が報告する。

 

「ん〜、初めて見る数値ですね。」

「まずいのか?」

「遠征隊は幽霊と悪霊の間のような存在で、周りの環境によってどっちかに傾いたりする不安定な存在です。」

「しかし、所長殿は違うと。」

「はい。」

 

マックはオルガマリーの胸元にある、虹色の結晶がついたネックレスがつけられていた。マックスは精神状態が不安定なまま、聖晶石にオルガマリーの魂を入れた時に何か問題が起きたのではないかと不安になった。

 

「隊長は所長の魂を聖晶石に固定して、特異点から回収しました。施術の方はほぼ完璧で、魂を欠損することなく回収に成功しています。しかし、問題は所長の体の方です。」

「爆散した所長殿の体を材料に作ったホムンクルスだったな。」

 

遠征隊は管制室に散らばったオルガマリーだった物を集めて、オルガマリー用のホムンクルスを作った。自分の体を材料に作ったホムンクルスの方が、本人もいきなり別の器に入るよりも安心できるだろうという余計な配慮だった。実際にオルガマリーが自分の体が材料になってると聞いた時、物凄く嫌そうな顔をしていた。当然だ、自分の体が材料と聞いて安心する人はまずいない。

 

「はい。遠征隊のホムンクルスはアミノ酸スープで作ったものですが、所長の体は爆散した所長本人の肉体を材料に作ったものです。ホムンクルスに魂と親和性が材料を使ったので、魂の性質が遠征隊に比べて安定しています。」

「つまり、我々のように環境に影響されないと。」

「それどころか、魂が肉体に癒着してます。」

「幽霊ではないのか?」

「正確には、半分人間、四分の一幽霊、四分の一悪霊ですね。そのせいで、レイシフト成功率が一桁になってますけど。」

 

オルガマリーは親和性の高い自分の肉体が材料のホムンクルスに入ったので、魂がホムンクルスに定着し、魂の半分ほどが生きている人間と同じ状態に戻って、魂の状態が非常に安定している。欠点として、遠征隊のように肉体の乗り換えが難しくなっているのと、レイシフトがほぼ不可能になっていることだ。

遠征隊はホムンクルスと魂の親和性があまり無いので、肉体の乗り換えが容易になっていて、マスターにくっ付いて特異点に行くことが可能になっている。欠点としては、周囲の環境や霊的な干渉により、悪霊に傾いたりすることだ。悪霊に傾くと頭に血が上りやすく、理性的な判断ができなくなる。

 

「良くも悪くも無いと言ったところか。」

「はい。しばらく、様子を見て判断した方がよろしいかと。」

「分かった。所長殿の固定を外すか。」

 

マックスは検査室に入り、オルガマリーに固定を外した。オルガマリーは靴を履き、服を整えるとマックスを見つめる。

 

「もうそろそろ、立香が起きる頃だから行くわよ。」

「了解しました。」

 

二人はカルデアに向かって、歩き始める。オルガマリーは自分の斜め後ろにいるマックスに話しかけた。

 

「マックスはいつまで私について来てくれる?」

「必要とされる限り。」

 

オルガマリーはマックスの顔を見るが、いつもと変わらず固い表情をしていて感情を読めなかった。しかし、オルガマリーは機嫌が良くなり、足取りが軽くなった。

 

「あなたは我らの戦い方を見ても、必要と思い続けるられのか…」

 

マックスが振り返ると自分の歩いた道に屍山血河を幻視した。死体の誰もがマックスを怨んでいる。マックスはそれを見るが何も思えない。後悔も恐怖も何も感じれない。

 

「どうしたのマックス?」

 

振り向いているマックスをオルガマリーは不思議そうに見ていた。

 

「いえ...何も。」

「そう...き、きっと疲れてるのよ。」

「そんなことはありません。」

 

オルガマリーはマックスをジトーと見て、膨れる。

 

「疲れてんでしょ。」

「いえ。」

「疲れてるのよ。だから...つ、連れてってあげる。」

 

オルガマリーはマックスに手を差し出した。マックスは掴むかどうか迷った。自分に掴むか資格があるのか迷ったからだ。オルガマリーはオルガマリーの手を見つめて固まるマックスを見て、溜息を吐いた。

 

「あなたは私を認めているんでしょう。ならば、私も認めます。さあ、握りなさい。」

 

マックスは恐る恐る握った。いつも握っている剣の握りや銃のグリップの固く冷たい感触とは、違う暖かく柔らかい感触に不思議な気持ちになった。オルガマリーはマックスを引っ張りながら、歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所長殿、歩きにくいです。」

「...あんたには心がないの?」

「心はあります。心は。」

「...始末書提出ね。」

「勘弁して下さい。」

 

オルガマリーは手を繋ぐのをやめて、マックスに蹴りを入れる。オルガマリーはこいつが自分の気持ちに気づくまで、何時もの関係でいいやと思うのであった。



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作戦開始

まずは、一言。

許してください‼︎

スランプに陥っていました。FGO主人公が一般人から逸般人になる過程を書きたかったのですが上手くいかず、旧設定の遠征隊が混ざるし、2週間苦しんでました。

あと、FGO第1章をようやくクリアしました。


side 立香

 

帰還から数時間後、立香は意識を取り戻した。目覚めたばかりで思考が纏まらず、ぼんやりとしていると声が聞こえてきた。

 

「よーし、キミはずいぶん良い子でちゅねー。何か食べる? 木の実? それとも魚?」

 

立香は声を聞いて、ただの美しいと感じた。立香がカルデアに来る前はよくテレビでアイドルなどを見ていたが、声にこれ程の"美"を感じたのは初めてだった。声の主が知りたくて、顔を横に向けると"美"がいた。

 

「んー、ネコなのかリスなのかイマイチ不明だね。でも、いっか可愛いから!」

「フォーウ...ンキュ、フォウぅ...」

 

立香が女性をぼんやりと見ていると、見た女性は美しさは"計算しつくされた美しさ"であると感じた。理由は分からなかったがただそう感じた。

 

「ん? おっと、本命の目が覚めたね。よしよし、それでこそ主人公というヤツだ。おはよう、こんにちは、藤丸立香。意識はしっかりしているかい?」

 

立香は女性に手伝って貰いながら、ベットに座った。まだ少しボヤけた意識で周りを見渡したが、最後の洞窟での記憶と差があり過ぎて、混乱した。

 

「ここは...」

「んー、まだ思考能力は戻っていないのか。こうして直接話すのは初めてだね。」

「もしかして、天国...あなたは女神様?...帰れなかったの?」

「確かに女神と言われることもけどね。分かるよ、目が覚めたら絶世の美女がいて驚いてしまうのは。でも慣れて。私はダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者だ。というか、召喚英霊第3号、みたいな?」

 

立香はまだ理解できずポカンとする。ダ・ヴィンチは混乱する立香を立たせ、ドアまで導いた。

 

「とにかく話は後。キミを待っている人は大勢いるんだから、まずは外に出よう。」

「待っている人...ロマンですか?」

「あんなのはどうでもいいでしょ。キミを助け、助けられた人はキミを心配し続けているから早く行きなさい。」

 

立香は首を傾げながら部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

side ダ・ヴィンチ

 

ダ・ヴィンチは立香の背中を見ながら呟く。

 

「ここからはキミが中心の物語だ。キミの判断が我々を救うだろう。人類を救いながら歴史に残らなかった。数多無数の勇者達と同じように。英雄ではなくただの人として星の行く末を定める。戦いが、キミに与えられた役割だ。」

 

ダ・ヴィンチは振り向き、カルデアの紋章の横に描かれている遠征隊の紋章を苦々しい表情で見た。

 

「ただ忘れるなかれ、彼らは己の目的の為だけに来た不死者の軍団。彼らを心ある人と思うと、キミはいつか絶望することになるよ。生前の私は彼らを信用しすぎたよ。」

 

 

 

 

side 立香

 

立香が部屋から出ると、扉の両脇に立ち警備していた遠征隊隊員が捧げ銃の敬礼する。遠征隊は仲間を助けてくれた立香に対して、最大限の敬意を表していた。

立香はどこに行こうか迷っていると

 

「マスター、管制室で皆様がお待ちです。」

 

と警備が教えてくれた。立香は隊員の言う通り、管制室に向かう。途中すれ違う遠征隊隊員は皆、作業を中断し立香が通り過ぎるまで捧げ銃、又は45度の敬礼をする。

遠征隊の敬礼。立香は敬礼をする隊員を見るたびに苦しくなった。自分の不甲斐なさが、彼らの仲間を殺したのだ。特異点で見た隊員の悲惨な死に様を思い出してしまう。まだ若く、死を直視した事のない立香には、彼らの死は重すぎた。

 

「......」

 

立香は耳の奥に響く遠征隊の悲鳴を唇を噛んで耐えるが、涙が溢れ出てくる。ついには蹲ってしまい、膝を抱えて泣き出す。

 

「...ごめん...なさい......私が、あの時...」

「何、泣いてるの?」

 

立香が顔を上げるとオルガマリーが立っていた。オルガマリーの斜め右後ろにいたマックスは、ハンカチをオルガマリーに差し出す。オルガマリーは立香の涙を拭うと、立ち上がらせた。

立香は嗚咽を交えながら、マックスに謝る始めた。

 

「私が、指揮するって、言ったのに。何も、出来な、かった。皆、死んじゃった。」

 

オルガマリーは立香が、

 

「あなたが背負う必要はありません。彼らは予約通り私が背負います。今回の特異点で、11人の隊員が死にました。全て私の責任です。」

「そん、なに、いっぱい...」

 

立香は11人という現実的な数字を聞き、また涙が出てくる。オルガマリーは立香の肩をさすりながら言い聞かせる。

 

「予想では、今回の特異点で遠征隊は30人死ぬと出ていました。」

「えっ...」

「私は彼らが死ぬと知っていながら、特異点に送ったのです。しかし、実際は11人。あなたのおかげで19人も生き残った。」

 

オルガマリーの言葉を聞いていると立香は少し気分が軽くなっていった。救った人もいる、免罪符とも言える言葉は立香の心を罪から遠ざける。

 

「遠征隊を見たでしょう。彼らは感謝しているのです。自分の命を危機に晒しながらも、19人も仲間を救ったあなたを。」

「...でも。」

「あなたは前だけ見て進みなさい。あなたの築く骸は私が全て背負います。」

「...分かりました。」

「それでいいわ。さあ、早く管制室に行きなさい。皆、あなたを待っているわ。」

「...はい。行ってきます!」

 

立香は涙を拭い、オルガマリー目を見つめた後、元気よく返事し、廊下を走って行った。立香の背中を憂いを帯びた目で眺めるオルガマリーに、今まで静かに見守っていたマックスが話しかける。

 

「いいのですか。」

「なにが?」

「あれでは罪から目を背けさせただけです。マスター殿は、いつかは直視することになるでしょう。」

「...いいのよ。罪を感じない人形は、あなた達だけで十分。罪を感じ、反省し、改善しようとする人間が、このオーダーには必要なのよ。」

「...確かに、人間であり続ける事が出来なかった本官には、人間を想い、人間を探し、人間を救けることなど不可能でしょう。」

「私たちも行くわよ。指示がなくて、ロマンが困っていると思うわ。」

「了解しました。」

 

 

 

 

 

 

立香が管制室に着くと、管制室には説明会と同じ様に254人の隊員が並んでいて、立香を敬礼で出迎えた。隊員の間を立香が進んでいくとカルデアスの下にマシュとロマンがいた。

 

「おはようございます先輩。無事で何よりです。」

 

立香は元気そうなマシュを見て、さっきまで憂鬱な気分は吹き飛んで、足取りが軽くなった。

 

「おはよう、マシュ! 助かったんだね!」

「はい。先輩が手を握ってくれたおかげです。二度ある事は三度あるという格言を信じたい気持ちです。」

 

立香はマシュの手を取り飛び跳ねて喜び、マシュも戸惑いながらも喜んでいる様だった。二人が喜んでいると、管制室にオルガマリーとマックスが入ってきた。隊員達が敬礼したままだったので、マックスが右手を軽く上げ、休めの指示を出す。

 

「よし、揃ったね。コホン。再会を喜ぶのは結構だけど、今はこっちに注目してくれないかな。」

 

立香達はロマンの方を向く。遠征隊も一糸乱れぬ動作で、回れ右をしてロマンに方を向く。

 

「では、オルガマリー所長。」

「ご苦労。」

 

オルガマリーはカルデアスの下に立ち、見渡す。

 

「まずは、生還を祝うわ藤丸立香。そして、ミッション達成、お疲れ様。」

 

オルガマリーの言葉に立香はようやく、肩の荷が下りた気がした。

 

「なし崩し的に全てを押し付けてしまったけど、あなたは勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。その事に心からの尊敬と感謝を送るわ。あなたのおかげで、私とマシュ、遠征隊、カルデアは救われたわ。」

 

立香はオルガマリーに褒められて、くすぐったくなったが、素直に嬉しいと感じた。オルガマリーはロマンにマイクを渡し

 

「ロマン、特異点の報告を。」

 

ロマンはマイクを受け取り、紙をめくりながら説明を始める。

 

「特異点の事はマシュとアワン副隊長から報告を受けたよ。聖杯と呼ばれた水晶体とレフの言動。カルデアスの状況から見るに、レフの話は真実だ。外部との連絡も取れない。カルデアから外に出たスタッフも戻ってこない。」

「遠征隊から補足。基地防衛用対空装備のVLS SM-6ミサイルを24本発射したところ、7秒後に反応が消滅しました。カルデアから一定の距離を超えると消失する様です。基地の外にあった集積所まで、届いていないので集積所は消失したと思われます。よって、遠征隊は武装の50%を損失しました。」

 

オルガマリーは苦い顔になった。遠征隊が武装の大半を失ったことは、特異点に立香が置いて十分な支援攻撃を受けれなくなったことを指す。

ロマンはミサイルのデータを受け取ると顔を歪め、しばらく考えていた。そして、歪めていた口を開く。

 

「...おそらく、既に人類は滅びている。このカルデアだけが通常の時間軸に無い状態だ。崩壊直前の歴史に踏みとどまっている...というのかな。宇宙空間に浮かんだコロニーと思えばいい。外の世界は死の世界だ。この状況を打破するまではね。」

「...打破できるんですか?」

 

今まで以上に壮大になってきた作戦に、立香は不安になってきた。冬木の特異点ですら遠征隊がいとも容易く殺されていったのだ。冬木以上よりも深刻とあれば、立香にはどれほど犠牲者が出るのか想像もできなかった

 

「もちろん。まずはこれを見て欲しい。復興させたシバで地球の状態をスキャンしてみた。未来じゃなくて過去の地球のね。冬木の特異点はキミ達のおかげで消滅した。なのに未来が変わらないということは、他にも原因があるとボクらは仮定したんだ。その結果が...」

 

カルデアスはオーロラのような物に包まれていて、青く輝いていた。立香はカルデアスを見て、"熱い"と感じた。

 

「この狂った世界地図。新たに発見された、冬木と比べものにならない時空の乱れだ。よく過去を変えれば未来が変わるというけど、ちょっとやそっとの改変では無理だ。歴史の修復力によって、決定的な結果は変わらない様になっている。でも、これらの特異点は違う。」

 

ロマンはスクリーンに様々な写真を映し出した。遺跡、戦争、航海、開発、条約、事件、災害など、立香が教科書でも見たことあるような歴史的な出来事の映像だった。

 

「人類のターニングポイント。

"この戦争が終わらなかったら"

"この航海が成功しなかったら"

"この開発が間違っていたら"

"この国が独立できなかったら"

そういった、現在の人類を決定づけた究極の選択点だ。それが崩されることは、人類史の土台が崩される事に等しい。この七つの特異点がまさにそれだ。この特異点ができた時点で人類の未来は決定してしまった。レフの言う通り、人類に2017年はやってこない。」

 

ロマンは真っ直ぐに立香の目を見て、言い聞かせるように言う。

 

「...けど、ボクらだけは違う。カルデアはまだその未来に到達していないからね。分かるかい? ボクらだけがこの間違いを修復できる。今こうして崩れかけている特異点を元に戻す機会(チャンス)がある。」

 

ロマンを押し退け、立香の目の前にオルガマリーが立つ。

 

「結論を言うわ。この七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す。それが人類を救う唯一の手段よ。けれど、私達にはあまり力が無い。」

 

理解しているからこその苦しみ。オルガマリーはカルデアの限界を理解していた。だから、カルデアの唯一の希望の立香に決意を求める。

 

「マスター適性者はあなたを除いて凍結。遠征隊は集積所に置いてあった装備を全てを喪失。サーヴァントはマシュだけ、召喚しようにも保管していた聖晶石は盗まれていた。この状況でアナタに話すのは強制に近いと理解しているわ。それでも私は言う。マスター適性者48番、藤丸立香。人類を、2016年から先の未来を取り返すためには、あなたはサーヴァントと遠征隊を率いて、この七つの人類史と戦わなくてはならない。」

 

オルガマリーは立香に手を差し出し、立香の意志を聞く。

 

「その覚悟はありますか? あなたにカルデアの人類の未来を背負う力はありますか?」

 

管制室の全ての視線が立香に注がれる。期待、同情、憐憫、疑惑、比較、希望あらゆる感情が向けられる。立香は逃げ出したい自分、逃げ出せない現実に挟まれ俯いて黙ってしまう。立香はしばらく考え、決めた。オルガマリーの手を握る。

 

「...私に出来ることなら。」

「ありがとう。その言葉で私たちの運命は決定したわ。これより予定通り、人理継続の尊命を全うする。」

 

遠征隊は休めから気をつけの姿勢になり、新たな任務(オーダー)を待つ。

 

「目的は人類史の保護、および奪還。捜索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯。」

「オーダーを承認。遠征隊は現時刻を持って、守護者任務を一時放棄、カルデア任務を最優先任務と指定。持てる限りの物資、人員、時間をかけて任務を遂行する。」

 

遠征隊は敬礼を持って、任務の承認をした。遠征隊の全てを消費する戦い。全滅することは既に覚悟済みなのだ。あとは、死んでこいと命じられるだった。

 

「我々が戦うべき相手は歴史そのもの。藤丸立香、あなたの前に立ちはだかるのは多くの英霊、伝説になる。それは挑戦であると同時に、過去に弓引く冒涜になるわ。けれど生き残るにはそれしか無いわ。未来を取り戻すにはこれしか無い...どんな結末になろうと止まることは許されない。」

 

オルガマリーは管制室を見渡し、一人一人の顔を見る。遠征隊隊員、カルデア職員、藤丸立香、人類史最後の人間たちは覚悟を決めていた。

 

「以上の決意を持って、作戦をファースト・オーダーから変更するわ。これはカルデア最後にして原始の使命、人理保護指定G・O(グランド・オーダー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦をするにあたって、今後の予定を確認しましょう。ロマン。」

「はい。カルデアは機能の3割を取り戻しました。特異点の正確な観測が出来るようになったので、これから直ぐに取り掛かります。」

 

真っ赤だったカルデアの一部がグリーンに戻っていて、機能を取り返したことを示していた。しかし、まだまだ崩壊したところは多く、カルデアにはレフの爪痕が深く残っていた。

 

「遠征隊の助けがあるので、修復は2ヶ月程あれば終わるでしょう。しかし、特異点遠征があるので、実際の所は分かりません。サーヴァント召喚場の修復は終わっていますが、電力と聖晶石が足りないので行えません。」

「...そうですか。」

 

オルガマリーはどうにかして、サーヴァント召喚を行えないか考える。

 

「次は、遠征隊。」

「まずは、遠征隊から報告。遠征隊損害は隊員11人と装備。装備と隊員の損耗は予想を大きく下回る量で、これより遠征隊は今作戦を大成功とする。」

 

立香にはマックスの言葉が信じられなかった。"隊員の損耗"まるで隊員を損耗品のように扱う言葉。現代の平和な国で、人を人と見ることが当たり前の国で育った立香には理解できない言葉だった。

 

「特異点遠征は成功しましたが、カルデア防衛には失敗しております。カルデアの9割が火に包まれたので、機器の損傷が激しいです。しかし、遠征隊基地から電力を送れば、カルデアの修理を待たずにサーヴァントを召喚できるでしょう。」

 

オルガマリーの顔は一瞬明るくなったが、再び暗くなってマックスに質問する。

 

「聖晶石は一つもないわよ。」

「特異点で聖晶石を3つ、聖晶片が51個確保しました。」

 

マックスの指示で隊員が立香の前に、聖晶石と聖晶片が乗ったトレーを持ってくる。

 

「これが聖晶石と聖晶片です。」

 

立香は受け取った石を光にかざして見てみた。聖晶片を光にかざした時に文字が見えた。

 

「文字?...オルガマリー所長、何か文字が書いてあります。」

「そんな訳ないでしょう。ただの魔力の結晶よ。」

 

オルガマリーは立香から聖晶片を受け取り、同じように光にかざすと文字が見えた。

 

「R...O...W...L...A......ローランド? マックス、これって...」

「はい、戦死した隊員にドッグタグです。我々のドッグタグは聖晶石製です。戦死して壊れたドッグタグは聖晶片となるので、ある程度集めれば召喚に使えるでしょう。」

「聖晶片も成分は聖晶石と同じだから当然ね。」

「いいんですか? 確か、召喚に使ったらなくなちゃうんじゃ...」

 

立香は隊員の遺品のドッグタグを召喚に使っていいのか悩んだ。遺品を大切にしたいが、人理のためにはサーヴァントが必要とわかっているので、感情と理性に挟まれていた。

 

「前々から決めていたことですので気になさらずに。」

「そうなんですか...でも...」

 

立香は大丈夫と言われたが、遺品といこともあり、本当に使っていいのか迷う。マックスは大丈夫と言ったのに、立香が聖晶片を見て悩んだ表情をするので、少なくて困っているのではと勘違いした。

 

「少なかったでしょうか? 必要とあらば、遠征隊全員が自決しますが。」

「大丈夫です! これだけあれば、3人は召喚できます!」

 

マックスがドッグタグを差し出そうとするので、立香は押し返し聖晶石が入った袋を受け取る。

 

「では、今後の遠征隊の予定を、アワン副隊長。」

 

マックスに言われイザイラが説明を始める。

 

「電力系の修復が明日9:00に終わるので、それ以降はサーヴァントの召喚をカルデアで行えます。なので、明日4:00までに重火器をカルデアに運びます。運搬は後方部隊第二班が担当します。第一班は戦死により欠員が出ているので、人数調整終了までカルデアの修復にあたります。」

 

イザイラの言葉にロマンが手を挙げる。

 

「カルデアに武器を運ぶのはどうしてかい?」

「召喚事故に備えるためです。藤丸立香氏はカルデア唯一にマスターです。不慮の事故で失いたくありません。」

「その通りだね。でも、カルデア内で事故起こさないでよ。」

「当たり前のことです。」

 

その後も細々とした予定を連絡し、ひと段落ついた。

 

「質問がある者は挙手を.........挙手無し。それでは会議を終わる。」

 

隊員と職員は部屋から出て行く。オルガマリー、マックス、イザイラ、ダヴィンチ、ロマンは詳しい打ち合わせがあるらしく部屋中央のコンソールに集まっていた。

立香も出て行こうとしたが、手の中の砕けたドッグタグを見て、振り返りマックスに話しかける。

 

「隊長さん...亡くなった隊員の名前を教えて欲しいのですが...」

 

自分のために死んでいった隊員の名前を立香は心に刻み、忘れないためにマックスに尋ねた。

 

「名前ですか?...分かりました。後で、名簿を渡します。」

 

立香は名前にことを言った時に、マックスの目に怯えが混じる。しかし、マックスは直ぐに普段の固い表情に戻ったので、立香は勘違いかと考えた。




あまり、満足していないので、後ほど文章の表現が変わるかもしれません。

召喚するサーヴァントは三体でもう決めてあります。


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新たな仲間?

side 立香

 

立香は戦闘後で気持ちが高ぶり、なかなか眠れなかった。時計を見ると既に8:37であり、サーヴァント召喚まで後わずかだった。

 

「...着替えないと。」

 

立香が制服に着替え、部屋を出る。部屋の前のベンチにマシュがバスケットを持って座っていた。

 

「おはようございます、先輩。軽い朝食をどうぞ。」

 

マシュが持っていたバスケットには、美味しそうなサンドイッチが入っていた。立香はサンドイッチを摘みながら歩いていると後ろから物音が聞こえてきた。振り返ると天井もドアも無い車がゆっくりと走くる。車には隊員達が乗っていた。

 

「マスター、マシュさん、召喚場までお送りします。」

「それじゃあ、お願いします。」

 

立香とマシュは空いていた荷台の席に座る。車はゆっくりと進みだした。立香は振り返り後ろに座席に座っている隊員に話しかけた。

 

「基地に中で走っていいんですか?」

 

立香は人通りが無いとはいえ、建物内で車を乗り回すこと若干の抵抗を覚えていた。

 

「いいんですよ。こいつは基地内移動用の車ですし。LTATVを電動自転車に改造して、速度が時速6kmまでしか出ないように制限していますからね。」

 

早歩きよりも少し早い位のスピードで走る車にぶつかっても、そんなには痛く無いだろうと思っていると助手席に見たことがある人がいた。

 

「すいません...もしかして、冬木にいましたか?」

「はい、一応最後までいましたね。レフに風穴あけられた雑魚の一人です。」

「そんなこと無いですよ!」

 

グローブボックスに寄りかかり、鬱になり始めた隊員を立香は励ます。特異点にすら行けなかった他の隊員達も暗い雰囲気をまとい始めたので、立香は急いで話をそらす。

 

「そう言えば、洞窟の爆発って何があったんですか?」

「ああ...それは、サーヴァントの襲撃にあったので、仕掛けてあった爆薬を一斉に起爆しました。」

「そんなことが...よく生き埋めにならなかったですね。」

 

かなりの衝撃だったのを思い出し、散歩に行ってきたことを告げるような軽い口調で言う隊員に立香は頬が引きつる。

 

「その時、吊るされていたから、爆風でかなり飛ばされたので生き埋めは回避できました。」

「へ〜。」

「でも、鍾乳洞で吹き飛ばされない方がいいですよ。石筍が体にザクザク刺さりますから。」

 

立香は洞窟に遠征隊が現れた時に、全員ボロボロだった理由に眉をひそめる。

 

「うわぁ、聞きたくなかった......その、怖くなかったんですか?」

 

立香は一番聞きたかったことを尋ねた。立香は見るだけで足が震えてしまったレフ相手にも、恐れることなく突っ込んでいく遠征隊の秘訣を知りたかった。

 

「まあ、一回死ぬだけですからね。そう思えば、どんな敵にも突っ込めますよ。」

「...理解できない。」

「理解しないでくださいよ、先輩。命は大切なものです。」

「ひへへへ。死んでも死なないってことは素晴らしいですよ。死んだ後の、あの虚無感も堪んないんですよ。」

 

笑いながら楽しそうに言う遠征隊を立香は全く理解できなかった。内容も、なぜ笑えるのかも、そしてなぜ死ぬ事を楽しむ事ができるのか。

 

「着きましたよ。」

「ありがとうございます...うわぁ、凄いことになってますね。」

 

召喚場の前には土嚢が積み上げられ、大量の武器が配置してあった。召喚場の前はフォークリフトが弾丸を運んでいたり、装甲車が位置を調節していたり、80人ほどの隊員が武器の最終チェックなど忙しく動き回っていた。

 

「あと少しで準備が終わります、マスター殿。」

 

入り口でダヴィンチと話していたマックスは、ダヴィンチと一度分かれ立香達に方にきた。車に乗っていた隊員達はマックスが来るのを見ると敬礼をする。

 

「第4整備班、到着しました。」

「中の設営が遅れている。手伝ってきてくれ

。」

 

隊員達は駆け足で召喚場の中に入っていった。

 

「疲れはとれましたか?」

「大丈夫ですよ。」

「わたしも大丈夫です。」

「では、中にどうぞ。」

 

召喚場に入ると中にも多くの隊員がいた。隊員達は、魔法陣に接触しないように部屋の四隅に陣地を作っていた。魔法陣に上には、先程までマックスと話していたダヴィンチが、魔法陣のチェックをしていた。

 

「石は持ってきたかい?」

「はい、しっかり。」

 

立香はポケットから袋を出し、ダヴィンチに見せる。

 

「うん、いいね。私の予想では、聖晶片は全部で石は7個ぐらいの量がある。聖晶石も合わせて、10個ある計算になる。一回の召喚に3個使うから、上手くいけば三人は召喚できるよ。」

「サーヴァント三体...」

「そう、三体も。」

 

立香はあのサーヴァントが三体も仲間になるかもしれないと思うと心強くなった。

 

「所で、3回召喚しても、聖晶石1個が余るんだよ。」

「そうですね。いま10個分ありますからね。」

「そこで、聖晶石を1個譲ってくれないかい。」

「いいですけど、何に使うんですか。」

「まだ決めてないけど、質の良い魔力結晶だから使い道は多くあるさ。」

 

ダヴィンチは立香から聖晶石を一個受け取ると懐にしまった。

 

「心配性の遠征隊が戦闘員以外は退去って言ってるから、私はここでさよならだ。」

「ダヴィンチちゃんって、サーヴァントですよね。戦闘員じゃないんですか?」

「私は頭脳派だからね。肉体労働は男達の担当さ。じゃあ、わたしは管制室から見守ってるよ〜。」

 

ダヴィンチちゃんは手をひらひらと振りながら、召喚場から出て行った。

 

『こちら、ロマン。管制室からサーポートするから、落ち着いて召喚してね。気楽にいこう。』

『良いですか。立香、サーヴァント召喚は特異点解決の鍵ですから、失敗は許されません。』

『あの...所長あまり、プレッシャーをかけると...』

『プレッシャーがなくて、どうするの! プレッシャーを乗り越えなくちゃいけないのよ! 緊張感がないのはロマン一人で十分よ!』

『そんなぁ〜』

 

ロマンの通信を聞いて立香はリラックスできた。マシュはサーヴァントの姿になり、魔法陣の中央に盾を置く。

 

「先輩、準備できました。」

『魔法陣に魔力注入。魔法陣の活性化を確認。それでは立香、初めて。』

 

立香は両手を魔法陣の方に向け、集中する。集中力が最大になったところで、立香は詠唱を始めた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。セット。」

 

魔法陣に置かれた聖晶石と聖晶片が粉になり、舞い上がり三本の光帯を作る。光帯にカルデアから大量の魔力が提供され、光帯に光が更に強くなる。

 

「----Anfang----告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。」

 

遠征隊は銃を構え、光に狙いを定める。もし、何か別の物が召喚されてしまった場合、直ぐに排除する必要があるからだ。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

『召喚陣正常起動。魔力増大を確認。サーヴァントきます。』

 

 

立香の詠唱が終わると共に光が弾ける。光の粉が散る中、男が立っていた。

 

「今回もキャスターでの現界ときたか。」

 

男は立香とマシュを見ると笑みを浮かべる。

 

「ああ、あんたらか。冬木であったな。」

「キャスターさん!」

 

召喚されたのは冬木のキャスターだった。遠征隊も知っている顔が現れたので、銃を下げ警戒を緩める。立香とマシュはキャスターに駆け寄る。

 

「あんたらが今ここにいるって事は、あの後は上手くいったんだな。」

「...上手くは。」

「そうか...まあ、俺が来たからには、次は必ず上手くいくさ。」

 

立香がはレフと真っ赤になったカルデアスを思い出した。キャスターは落ち込んだ立香の肩を叩き励ます。

 

「キャスターさんは大丈夫でした。」

「座に帰っただけだから、なんともないさ。あと、俺はキャスターじゃなくて、クー・フーリンって名前だ。改めてよろしくな。」

 

マックスは召喚で消耗した魔力伝導体の交換を指示すると、クーフーリンの元にやってきた。

 

「おう、マックスじゃねえか。元気そうだな。」

「ええ、お陰様で。」

 

キャスターは次の召喚の準備をする隊員を見て、その無駄にない行動に練度の高さを感じた。

 

「それに、結構部下がいるんだな。」

「冬木よりはいますが、ここに居るのは全体の5分の1ほどです。残りは部屋に入りきらなかったので、外で待機してます。」

「ケルトには負けるが、よく鍛えてるな。槍があったら、鍛えてやれたんだがな。」

「そのお言葉だけで、十分であります。」

 

隊員達から準備が終了の合図があったので、クーフーリンは魔法陣から移動して、壁際に積み上げてあった箱に座った。

 

「俺はここで鑑賞してるから、召喚して良いぞ。」

 

立香は先ほどと同じ様に唱える。

 

『召喚陣正常起動。魔力増大を確認。サーヴァントきます。』

 

先ほどと同じ様に、三本の光帯が現れる。光が弾けるとサーヴァントが現れた。

 

「吾の名は茨木童子。大江山の鬼の首魁よ。」

 

召喚サークルの中央には、金髪で赤黒いな角を生やして、真っ赤な手で、和服を着崩した鬼が立っていた。マシュは、茨木を見て興奮しだした。

 

「すごいですよ、先輩‼︎ あの鬼ですよ!」

「そうだ! 吾があの鬼だ! 恐れるがいい!」

「でも、そんなに赤く無いですね、先輩。」

「青くも無いね。」

 

立香とマシュが茨木を見てはしゃいでいると、マックスが茨木童子の資料を見つけ読み上げる。

 

「茨木童子、日本の昔話の御伽草子などに出てくる有名な鬼の一体です。逸話では巨体なのですが...」

「おい。今、吾を小柄だと嗤ったな。」

「いえ、嗤っておりません。鬼に関する遺物は、数点所持しています。茨木童子殿に関する遺物は、茨木童子姿見橋の支柱、血染めの紙片があります。」

 

怖がるそぶりを見せず、事務的な返事をするマックスに茨木の機嫌が悪くなっていく。

 

「おい、いいか。吾は鬼、汝は人。ならば、吾を恐れるしかないだろう。それが人の心だ。」

「私は悪霊ですので、人ではありません。」

「どう見ても人だろ。足が見えるぞ。」

「私はヨーロッパ人、つまり南蛮人です。南蛮の幽霊には足があります。」

「へえ、初めて知った.........て、おい! そうではない! 吾を恐れろ! なぜ、誰も吾を恐れん!」

 

イラつきで体から炎が出始める茨木を見て、立香とマシュはなだめようとする。クーフーリンは漫才を見ている様でニヤニヤしていた。茨木のイラつきを気にせず、マックスは事実を淡々と言う。

 

「ここに人間は一人しかおりませんゆえ。」

「くそぅ...おい、マスター! こいつ、気に食わん!」

 

実際に召喚場には、純粋な人間は立香しかいない。茨木はぶん殴ろうと思ったが、召喚されたばっかりなので、とりあえずマスターの立香に文句を言うことにした。立香は炎を上げながら怒る茨木を、熱いなと思いながら宥める。

 

「まあまあ、落ち着いてください。私はマスターの藤丸立香です。」

「うむ、マスターよ、吾が茨木童子。大江山の鬼の首魁よ。」

「はい、これからお願いします。」

「うむ、上下がわかっているいい人間よ。あやつは嫌いだ。」

 

マックスを指差しながら、文句を言う茨木を見て、立香は乾いた笑いを漏らした。

 

「まあまあ、いい人ですよ...少しずれているだけで。」

「まあいい、叫び疲れた。菓子と寝床を準備するがよい。」

「わかりました。おい、個室までお送りしろ。」

「あ〜、面白れぇもん見れた。召喚を見るのは、初めてだったかな。んじゃ、俺も一緒に案内してもらうか。」

 

茨木とクーフーリンは隊員について行き召喚場から出て行った。召喚場の外には立香が乗ってきたLTATVが止めてあった。

 

「なんじゃこれ!」

「茨木、オメェ、知らねぇのか?」

「これは自動車で...えーっと...最新の南蛮人力車ですね。」

 

茨木はLTATVを興味深そうに見ていた。

 

「なるほど! 早く乗せろ!」

「ここに、お座りください...では、出発します。」

「うむ!おお! すごいぞ! 」

「興奮しすぎだ、茨木。」

 

興奮した茨木は隊員が掴んでいたハンドルを横から掴み引っ張る。

 

「変われ! 吾がする!」

「ちょ! 待って! 待ってください! 止まって〜!」

 

茨木は隊員を無理やり退かし、見よう見まねでアクセルを思いっきり踏み込んだ。

 

「おい、アホ‼︎ やめろぶつかる‼︎ 矢避けぇ‼︎」

 

物凄い衝突音がした後、召喚場まで茨木の笑い声が聞こえてきた。クーフーリンはスキルを使った様で、怪我はしなかった様で笑っている茨木に怒鳴りつける声も聞こえてきた。召喚場の外が騒がしくなって、召喚場が微妙な空気になる。

 

「え〜...もう一度できますので、やりましょう。」

『マックス! あなたの部下が廊下で事故を起こしたわ! 後で直しなさい!』

「アワン、所長の対応をしろ。」

『了解しました。』

『ちょっと‼︎ マックス‼︎ 聞いてr』

 

マックスはイザイラに所長の対応を任せると、通信を切った。

 

「では、マスター殿もう一度お願いします。」

 

立香は召喚サークルに聖晶石と聖晶片を置き、呪文を唱える。

 

『召喚陣正常起動。魔力増大を確認。サーヴァントきます...これは! 魔力異常増大! 魔法陣の高負荷を確認! 高魔力体がきます! 』

「隔壁下ろせ!」

「先輩を外に避難させなくては!」

「召喚サークルとの魔力パスを無理やり切ると、マスターに負荷が掛かってしまいます。今はシェルター避難を。」

 

召喚場に警報がなり、召喚場の入り口の扉に、更に分厚い隔壁が下りる。召喚場にある銃口が全て光に向き、現れるサーヴァントを待ち構える。立香はマックスに連れられ、召喚場に隅にあるシェルターに入れられる。

 

「召喚中に魔力を遮断する事はできません。敵性サーヴァントが召喚されるかもしれないので、ここでお待ちください。すぐに済みます。」

 

マックスは水密扉のような分厚い扉を閉める。立香は不安な顔でマックスを見ていたが、分厚い扉が閉じられた。

 

「召喚に応じ参上した...しかし、戦いの匂いがするな。」

 

召喚サークルの中央に黒いドレスをきた女が立っていた。T字のバイザーをつけ、手には紅い筋の入った真っ黒い剣を持っていた。

 

「マックスさん、この人は冬木の洞窟の。」

「冬木のセイバーだな。」

「うん? マスターはどこだ? 」

「ここには、いない。」

「先輩は渡しません。」

 

マシュは強い口調で言うが、盾を召喚サークルの中央、つまり黒いサーヴァントの足元に置いているので、武器がなく内心かなり焦っていた。

 

「渡さない? まあいいか、ところで貴様らは、戦士か?」

 

黒いサーヴァントは銃を構える遠征隊を見渡す。

 

「まあ、そうだな。」

「私はサーヴァントです。」

 

黒いサーヴァントはマックスに剣を向ける。

 

「戦士ならば、強さを見せろ。この先の戦いに弱き者はいらぬ。」

「敵対する者は皆、排除だ。撃ち方、始め‼︎」

「防衛戦開始します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

side 立香

 

立香はシェルターの中で耳を塞いでいた。マックスが扉を閉めた後すぐに銃声が聞こえてきた。銃声は悲鳴が聞こえるたびに小さくなっていって、今は聞こえない。

 

「大丈夫...大丈夫...何も心配はない...すぐに終わる...今回も大丈夫...マシュもいるから大丈夫」

 

立香は何かがやってくるのを感じた。本能なのか、魔力的なパスが原因か分からなかったが、確実に何かがやってくるのを感じた。立香が扉を見ていると、黒い剣が突き出てきた。

 

「ひぃ⁉︎」

 

剣は立香の鼻先で止まると、綺麗な円を描くように扉を切る。扉に穴が開くと見たことのあるサーヴァントが覗いてきた。

 

「ふむ、ここに居たか。どれ、しっかり顔を見せろ。」

「ひぃや〜〜、殺さないで〜」

「よく鳴くマスターだ。黙れ。」

 

立香は口を閉じ、なされるがままに引き摺られていく。立香が見渡すとそこら中に切り刻まれた遠征隊が転がっていた。頭を壁に叩きつけられた者、銃ごと切られ機関銃に寄りかかって死んでいる者、三枚下ろしにされている者。立香は次は自分の番かと短い人生を思い出していた。

 

「ここらで、いいだろう。」

 

黒いサーヴァントは血溜まりになっていない綺麗な床に立香を放り投げた。

 

「いった‼︎ もう少し丁寧に扱って下さいよ。」

「ふん...根性はあるようだな。」

 

立香は機嫌を損ねたと思い、慌てて口をふさぐ。サーヴァントはその様子を見て、ニヤつく。

 

「肝が大きいのだか、小さいのやらよく分からんマスターだな。改めて、召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターとやらであっているか?」

 

立香は一瞬惚けたが、急いで首を縦にふる。

 

「は、はい! そうです! マスターです!」

 

壊れたように首を振る立香を観察するようにサーヴァントは眺める。金属製のガンケースに寄りかかるように死んでいた隊員を蹴り落とすと、黒セイバーは足を組んで座った。

 

「数時間ぶりだな。私のことは知っているのだろう。」

「ええ、まあ。冬木でクーフーリンさんから少々。」

「彼奴か、勝手にペラペラと。後でホットドックでも突っ込んでやろう。」

「ええと、アーサー王様。」

「私は貴様の思っているアーサーではない。いわゆる、IFの存在だ。私を正確に表すなら、アルトリア・ペンドラゴン・オルタといったところか。オルタと呼ぶがいい。」

「オルタですか?」

「ああ、alternativeだ。正史とは違う"他の"存在だ。まあ、深くは考えるな。」

「よく分からないので、そうします。」

「今の私は貴様のサーヴァントだ。それだけでいいだろう。貴様が冬木で特異点解決に相応しいと証明した今、私は貴様と敵対する理由は無い。私はマスターに協力しようと思い、召喚に応じたのだ。」

「協力してくれるんですか、よかった...でも、どうするんですか、これ?」

 

立香は死屍累々の召喚場を見渡した。誰一人動くことなく、冷たい床に沈んでいた。立香が入っていたシェルターの前に、マックスらしき人が転がっているが、何度も殴られたのか顔が血塗れで判別がつかなかった。

 

「試験をしただけだ。」

「試験ですか?」

「ああ、こ()らとは冬木では直接会っていないからな。共に戦うのに相応しいかテストをしてやった。」

「もう少し穏便には...」

「戦士ならその武を示せすのが、一般的では無いのか?」

「そんな一般は無いですよ。これどうやって、収集をつけます?」

「貴様が説明して来い。」

「それしか無いですよね...そう言えば、マシュは?」

「あの小娘か? そこで目を回しているぞ。」

 

マシュはサーヴァント化が解けて、白衣姿で壁に寄りかかって、目を回していた。

 

「一番厄介そうだったから、一番最初に沈めてやった。盾が無くて全力を出せなかったようだったな。全く、武器ばかりに頼るから、武器がないと戦えなくなるんだ。」

「ああ、マシュ、可哀想に。」

 

立香はマシュを寝かせ、近くに置いてあったカバンをマシュの枕にする。立香がマシュの髪を手櫛で整えていると、オルタが顔を上げ、壁を見つめる。

 

「ん? 何かありました?」

「足音、壁からの振動...壁の裏にいるな。」

 

オルタは壁の裏から聞こえる微かな足音と、壁から足に伝わる微弱な振動から壁の裏に隊員がいることを感じ取った。

 

「え? 聞こえます?」

 

立香がいくら耳を澄ましても、マシュの寝息が聞こえるだけで他には何も聞こえなかった。立香が壁を見ていると壁がスライドして穴が開き、銃口が出てくる。

 

「マスター、しゃがんで下さい‼︎」

 

隊員の声を聞いて、立香がマシュに覆い被さるように屈むと、銃眼から大量の弾丸が黒王に浴びさられる。オルタは剣で弾丸を弾き、防御する。

 

「目障りだ。消えるがいい。」

 

オルタは魔力放出で飛び上がると剣を壁に突き刺した。剣を突き刺したまま、魔力放出で壁を高速で一周する。壁を突き抜けた剣は、壁の裏にいた隊員を真っ二つにしていった。オルタは銃声が止み、静かになったのを確認すると壁から剣を抜き、飛び降りる。

 

「全く、煩わしい。マスターよ、早く外に行って説明して来い。私は小腹を満たしておく。」

 

黒セイバーは近くの箱を乱暴に開けると、中にあったレーションを食べ始めた。

 

「私が敵だと勘違いしているようだからな。そもそも、協力する気がないサーヴァントは、召喚されないというのに...ふむ、こいつは私好みの味だな。大量生産の大雑把な味で、保存性第一のケミカルな味、栄養バランスを考えている所がマイナスだが、悪くない。」

 

レーションをボリボリと食っているオルタを見ていると、立香はリスを思い浮かべた。立香はオルタはそんなに怖い人では無いのではと思えてきた。

 

「えーっと、スイッチはっと。」

 

立香は通信しようとしたが、遮断されているのか全く繋がらなかったので、外に説明しに行こうと決めた。召喚場の入り口を塞ぐ分厚い隔壁を開けようと、横のパネルを操作する。

 

「『現在、遺物トラップ起動中。解除権は所長、警備隊長、筆頭マスター以外には認められていません』ね。外から誰もこないわけだ。手のマークだから、掌紋かな。」

 

立香はパネルに手を押し当てる。すると隔壁から金属製の太さ1cmほどの円柱状の金属部品が迫り出し、外れる。すると隔壁が上がり始めた。隔壁が30cmほど開くと、隊員達が滑り込んできた。

 

「マスターを保護しろ‼︎ 敵確認‼︎ 排除‼︎」

「わー‼︎ 待って待って‼︎」

 

隊員達がオルタに銃を向けるので、慌てて止める。隊員は立香に止められ銃を下げるが、オルタに対しての警戒を止めない。その後、BTR-90に乗って召喚場に突入してきたイザイラに、立香はオルタは敵意が無いことを説明する。

 

「敵意は無い、ですか...」

「説得力無いですよね。」

 

召喚場の死体を見渡しながら言うイザイラに、立香は必死で説明する。説明していると、クーフーリンがやってきた。

 

「すまねえ。遅れちまった。」

「私は大丈夫ですよ。」

「本当悪りぃな。俺がトラップを起動しちまったから。」

「遺物トラップですか?」

「それそれ、攻撃がキーになって起動するみたいでよ。俺が隔壁を破壊しようと火ぶつけたら、開かなくなっちまった。」

「アワン副隊長、ありました。トラップの本体です。」

 

隊員が先ほど隔壁から外れた金属部品を持ってきた。イザイラが受け取ると、金属部品から蓋を外して中から紙片と古びた羊皮紙を取り出した。

 

「これが遺物ですか?」

「ええ。」

 

イザイラが紙片を広げると大きく"は"と書いてあるだけだった。

 

「"は"?」

「うふふ、いい反応ですね。」

 

立香はイザイラにからかわれたと察して、ふくれる。ふくれる立香をイザイラは嬉しそうに見つめる。

 

「すいません。遺物はこっちの羊皮紙です。」

「ローマ字ですか?」

 

羊皮紙には大量のローマ字が書かれていた。

 

「よくご存知で。この羊皮紙の名前は"カエサルの書簡片"です。特徴はシーザー暗号が使われている所ですね。しかも、カエサルには珍しく、3文字ではなく1文字ずらしの書簡です。」

 

シーザー暗号。歴史書にも出てくる有名な暗号である。古代ローマの有名な人物、ガイウス・ユリウス・カエサルが使っていた暗号で、彼は秘密の指示を出す時にこの暗号を使っていた。仕組みは簡単で、書かれている文字を決められた数だけ辞書順にシフトさせるだけである。

遠征隊はこの文字をシフトさせることに注目していた。

 

「どんな効果が?」

「この遺物は、文字を一つシフトさせる効果があります。今回は、"は"をシフトさせてます。」

「紙に書かれていたやつですね。」

「その通りです。この遺物の効果で"は"は一文字シフトされ、"ひ"に変わります。」

「なるほどな。それで、何しても開かなくなったのか。面白れぇな、お前ら。」

 

キャスニキは納得したように頷いて、面白そうに羊皮紙を眺めていた。立香は、未だによく分からず首を傾げていた。

 

「いいですか、マスター。この羊皮紙には、"は" を "ひ" に変える力があります。」

「それは分かります。」

「この羊皮紙を破壊しようとするとどうなると思いますか?」

「"は" を "ひ" に変えるから、"はかい" から "ひかい" に変わる?」

「ええ、そうです。つまり破壊しようとすると、"破壊" は "非開" に変えられてしまい、扉も通信も魔力も、この羊皮紙が取り外されない限り開かなくなるんですよ。」

 

立香はトラップの謎が解けて、スッキリした。イザイラは話している間に、死体の運び出しが終わったようで、血溜まりしかない召喚場を見渡した後、遠征隊に監視されているオルタを見つめる。

 

「よく食べてますね。」

 

黒セイバーの周りには、大量のレーションの空袋が山の様に落ちていた。イザイラは黒セイバーに話しかける。

 

「冬木のセイバーさん。協力すると言うのは、本当でしょうか?」

「マスターにも言ったが、協力する気が無かったら、呼び出しに応じたりしない。」

「分かりました。」

 

イザイラは70人近くが殺されたのにも関わらず、あっさりとオルタを信じた。

 

「ほう、あっさりと信じるんだな。」

「セイバーさんが本気ならば、ドッグタグだけを狙うでしょう。しかし、誰一人ドッグタグは破壊されていません。」

「偶然かもしれんぞ。」

「二個分隊67人のドッグタグに傷一つ付けずに戦うことが、偶然ですか?」

「私は幸運Cだからな。」

「サーヴァントの幸運というものは、望んだ時に発揮されるにですよね。それならば、貴方は誰も死なないという偶然を望んだことになりますよ。」

「...頭の回る女だな。私の嫌いなタイプだ。そうだ、殺さないように気を付けた。貴様らは私と共に戦うのに最低限の力を持っているからな。雑談はここまでだ。食堂に案内するがいい。」

「まだ食べるんですか⁉︎」

「当たり前だ。こんなに運動したんだぞ。これだけで足りるか。」

 

オルタがレーションに入っていたm&mチョコレートをボリボリと食べていると、騒ぎと匂いにつられて茨木が現れた。

 

「何騒いでいるのだ。吾も混ぜろ。それに、甘い香りがするぞ。吾にもよこせ。」

「チッ...これでも食ってろ。」

 

オルタは偉そうに手を差し出す茨木に舌打ちすると、ガムの入った袋を投げ渡した。20個くらい受け取った茨木は、全部を口に放って噛み始める。

 

「少し辛いな...あまり美味しくない...なんだか目がスッキリしてきたぞ...モグモグ...モグモグ...なんだか気分が悪くなってきた。」

 

茨木はガムを床に吐き出す。暫くすると、泡を吹き出して倒れ、痙攣し出した。

 

「茨木〜‼︎ 何があったの‼︎」

 

茨木はそのまま気を失ってしまった。それを見たオルタが棒読みで

 

「ふむ、ガムはガムでもカフェインガムだった。包みに24時間以内に10粒以上噛むなと書いてあるな。」

 

レーションに入っていたカフェインガムを20粒も一度に食べた茨木は、急性カフェイン中毒になり倒れてしまった。他のカフェインガムよりも、カフェインが多く入っているレーションのカフェインガムを20粒も食べれば倒れても仕方がない。騒ぎを聞きつけて、外でマシュの治療をしていたカルデア医療班が駆けつけてきた。

 

「鬼って、人間と一緒なのか⁉︎」

 

鬼の治療なんてしたことのない医療班員は人間と同じ治療をして良いのか分からなかった。医療班員を退かして、ロマンが茨木の様子を確かめた。

 

「多分人間と一緒だと思う。鬼も元は人間という話だからね。取り敢えず筋弛緩剤と酸素吸入器を。医療室に着き次第、胃洗浄だ。」

 

茨木はストレッチャーに乗せられて運ばれていった。オルタに全ての視線が集まる。オルタはそんな視線を気にせず、レーションを齧っていた。

早速、サーヴァントから脱落者を出した立香は上手くやっていけるにか、本気で心配になってきた。

 




最近、忙しくて、週一は難しいのです。なので7〜9ぐらいの間隔で投稿したいと思います。


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設定集

これ以上の設定は盛り込まない予定です。矛盾が生じれば、調節されるかも。

遠征隊の持つ聖遺物は、追加されていくので、特異点の終わりごとに一覧にしていきます。


団体名:時計塔守護者

責任者:守護者総統(聖遺物の力で紀元前から生きている。設定は既に決まっているので、第2特異点で説明する。ヒントはスパルタクス関係者。本人はこの小説に登場しない。説明だけの存在。)

構成員:数千人

旗:大昔の軍団の紋章が刻まれている。

 

経歴

時計塔を守る為に作られた組織。元は別の組織だったが、契約により時計塔の傘下に入っている。世界各地に支部があり、魔術の漏洩の監視、聖遺物の回収をしている。時計塔設立初期からあるが、規模が拡大したのは11世紀頃と20世紀。11世紀頃は十字軍の混乱に乗じて、世界各地から遺物に回収をする為に大幅な増員がされた。20世紀はナチスドイツが聖遺物に収集を始めたので、先に聖遺物を確保する為に増員された。過去に聖堂騎士団との戦闘で構成員を大きく減らしたが、今は元の規模に戻っている。守護者総統は聖遺物に頼らない真の不老不死になるために、第3魔法の開発を最優先任務に指定している。

2度に渡る大幅な増員の結果、守護者達は時計塔から半分独立した武装集団になった。昔は時計塔からの要請により動いていたが、今は時計塔に隠れて裏で色々と独断行動をしている。聖遺物を得る為に政界への干渉などをしていて、いつか大問題を起こすのではと心配されているが、守護者の見つける遺物は有用な物が多いので放置されている。

 

 

聖遺物

守護者達は世界中から大量に遺物、聖遺物を集めている。この聖遺物収集事業は紀元前から始まっている。初期の方は守護者総統が持っていた莫大な財産で、買い集めていた。しかし、聖遺物を売ろうとしない人物の暗殺などをするようになってから、現在のような武装集団になる。

遠征隊はカルデアに密かに持ち込んで隠している。聖遺物は守護者の切り札のような物なので、カルデアにも秘密にしている。カルデアは聖遺物を触媒にしたいので、遠征隊に貸し出しの要請をしているが、聖遺物の貸し出しは守護者本部の許可が無いと出来ないので、本部と連絡できない今カルデアに触媒として貸し出しされる事はない。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

団体名:カルデア特異点遠征隊

責任者:マックス・アベル

構成員:実働部隊236人(4人戦死)

後方部隊53人(7人戦死)

 

服装

イギリス陸軍軍服 No.8 dress(他にもNo.5と9を持っている。私服は許されていない。)

 

経歴

時計塔守護者の中から選抜された精鋭部隊。カルデアに来た目的は、第3魔法を開発するための実験。実験失敗のより、肉体を失い悪霊と幽霊の間をふらつく不安定な存在になった。霊化した副産物で不老の存在にはなれた、

肉体を失った遠征隊は前所長の協力で、アトラス院からホムンクルスの技術を提供され肉体を取り戻した。代わりにカルデアに出来る限り協力とオルガマリーの保護を誓う。ホムンクルスの肉体なので、一般人の数倍の力を持っているが、サーヴァントと正面から堂々と戦うことは不可能。なので、罠や聖遺物を使った戦術で仕留める。戦士のサーヴァントには、卑怯と言われている。

特異点では、マスター達が細かいことを気にせず特異点修正に集中できるように場を整えることが任務。サーヴァントの戦闘を邪魔する雑魚の掃討、マスター達の輸送、特異点では起こる現地民とのイザコザの解決などの雑務を担当する。

 

 

魔名

"名は体を表す"と言うので、遠征隊は名前を魔名に変更することで、様々なバフを受けている

 

マックスの場合

"アベル"が魔名に当たる。旧約聖書に出てくるアダムとイヴの子孫のカインとアベルにあやかっている。アベルは世界初めての殺人の被害者で有名だが、世界初めての羊飼いと言う側面も持つ。"羊飼いは羊を導く"ことから、アベルの名を持つマックスは"部下を導く"ことに士気の向上などのバフが掛かる。

 

イザイラの場合

"アワン"が魔名に当たる。アダムとイヴの子孫のカインの妻に当たる人物の名前である。アワンはカインの罪を受け入れ、妻になった。魔名の効果として、"遠征隊が受けた精神的負担を受け入れる"などのバフを受けている。受け入れた負担は、イザイラが元から持っていた魂に干渉する魔術で、消している。

 

 

 

所持している聖遺物(守護者時代に集めたものを勝手にカルデアに持ち込んだ)

サラエボ拳銃

カタリナの遺骨

プロメテウスの火の粉

ヘロフィロスの解剖台

ゴルディアスの結び目

 

※他にも多くの物がある

 

 

主要構成員

マックス・アベル(男)

役職:カルデア特異点遠征隊部隊長、遠征隊実働部隊隊長、カルデア警備隊長

年齢:43(ホムンクルスなので、年齢より若い20代の若い見た目をしている。)

霊器属性:秩序、中庸

備考:イザイラ・アワンと結婚している。

 

経歴

時計塔守護者の家系に生まれ、小さい頃からひたすた訓練をしてきた。戦闘スキルと戦闘継続能力は高い(人間基準)。銃の方が便利なので銃を使っているが、本人は剣を使って斬り込みたいと思っている。子供の時、殺しに戸惑いが起きないように、他人に愛情や同情がわかないように調節された(不安や怒りといった感情はある)。アワンによる治療で愛情という物を知ったが、まだ他人への思い遣りや(なさ)けが欠けてた行動をする。特異点での出来事がマックスを治していく。

任務のために様々な所で暗躍していたらしい。カルデア周辺で起きた内紛に何か関与している。

イザイラとは、20年ほど共に行動している。マックスは他人よりはイザイラといた方が、なんか休まるという曖昧な理由で結婚を承諾した。公私をはっきりと分けていて、任務の邪魔をするならイザイラでも躊躇(ちゅうちょ)なく排除する。

オルガマリーを助けたことで、オルガマリーに好意を持たれているが、マックスにはその気持ちがあまり理解できない。上司ということもあり、どう対応していいか分からず困っている。オルガマリーの片思いで終わるのではと心配されている。

 

 

 

イザイラ・アワン(女)

役職:カルデア特異点遠征隊副隊長、カルデア後方部隊隊長、遠征隊兵站責任者

年齢:41(マックスと同じく20代の見た目をしている)

霊器属性:秩序、善

備考:マックス・アベルと結婚している。

 

経歴

一般の魔術家系に生まる。他人の魂に干渉する魔術に優れ、魔術を使い富豪の家から魔術触媒を盗んでいた。ある時、魔術を解き忘れてしまい魔術の漏洩をしてしまった。当時、守護者だったマックスにイザイラ討伐命令が下り、マックスがイザイラの首を切り裂く。

魂への干渉を跳ね除け、イザイラの魔術で重傷を負いながらも首を切ってきたマックスの姿にイザイラは惚れ込んだ。なんとか自身の首を治した(当時のマックスは未熟で、首を切ったので死んだだろうと思い、しっかりとトドメを刺さなかった)イザイラはマックスに逢いに、マックスの任務先に表れたり、守護者本部に押しかけたりした。守護者総統が、彼女が持つ魂へ干渉する魔術が第3魔法開発に役立つと考え、守護者の一員として認める。

その後、マックスのパートナーとして、一緒に活動し、その間、マックスにアピールし続け(10年ほど)ようやく結婚(書類上)できた。マックスが自分に愛情を持っていないことは知っていたが、取り敢えず外堀を埋めた。時間をかけてマックスが愛情を取り戻してくれればいいなと思っている。公私は分けてはいるが、マックスの事になりと公私が曖昧になる。ちなみに、子供はいない。立香を娘のように感じ、よく世話を焼いている。源頼光と立香の母親の座を争っている(予定)。

 

 

 

その他の隊員(男266人、女21人 ※特異点F終了時)

経歴

マックスについて行きたいがために、他の守護者達を打ち倒して選ばれた精鋭集団。マックスとは違い、普通に愛情や同情を持っている。守護者とはいえ、基本は魔術師なので一般人に犠牲が出ても同情はするが、助けはしない。イメージとしては、ネットにアホな動画を投稿しているテンションの高い軍人達。

マックスとアワンから訓練を受けた者が多く、隊員達はアワンを面倒見のいい母親、マックスを厳格だが目を掛けてくれる父親と思って慕っている。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

カルデア

構成員:60人ほど(原作は20人ほど)

 

経歴

遠征隊の見回りによりレフが爆弾をあまり設置できなかったのと、遠征隊の迅速な救助で原作よりも多くの職員が生き残っている。カルデアの隣にはドーム状の遠征隊基地があり、通路で繋がっている。特異点F以前は遠征隊が通路を見張っていて、基地内にカルデア職員は入ることができなかったが、今は自由に出入りできる(弾薬庫、聖遺物保管庫などの危険区画は今も立ち入り禁止)。カルデア内にあった遠征隊の詰め所も、カフェテリアとして開放されている。よくカルデア職員と遠征隊隊員が雑談をしている。

遠征隊基地に大量の食糧が保管されていたので、原作よりは食事に余裕がある。しかし、食糧品は缶詰などの保存食(生産地:イギリス)が多いので、食事に飽きた職員が多い。オカン系サーヴァントが召喚されるまで、死んだ目をして微妙な味の缶詰を食べる職員が見受けられた。

 

 

主要構成員

藤丸立香(女)

役職:カルデア筆頭マスター、遠征隊実働部隊指揮官(本人否定)

年齢:18から20ぐらい

霊器属性:善性、中立

 

経歴

アジア地域の一般家庭で生まれ育つ。家庭は裕福ではない。両親ともに存命。駅前を歩いていた所、守護者アジア支部の職員にスカウトされる(奈須きのこ氏が主人公はそこら辺の駅前でスカウトされたような一般人とインタビューで語っている)。カルデアの高い給料に誘われ、マスターになる事を承諾。制服と多額の前金を受け取り、カルデアへ向かう。その後は、この小説通りの展開。

立香は高い適応性、運命を掴む天運を持っている。本人はあまり自覚していないが、サーヴァントや遠征隊は評価している。本人は事件に巻き込まれる不幸体質だと思っている。

遠征隊の事は、頼りになる人達だと思っている。ホームシックになると、マックスとイザイラの部屋にお茶をしに行く。マックスとイザイラの雰囲気が立香の両親に似ているらしい。

 

 

 

 

 

オルガマリー・アニムスフィア(女)

役職:アニムスフィア家当主、フィニス・カルデア所長、カルデア特異点遠征隊総司令官

年齢:不明

霊器属性:不明

 

経歴

遠征隊をカルデアに呼んだ人物。遠征隊と関わることで、原作よりも精神的な余裕が生まれた。特異点F前までは自信を持てなかったが、特異点Fの時に遠征隊から認められていることを知り、今は自信を持っている。

特異点Fの時に死ぬ運命だったが、遠征隊の犠牲により生き残れた。代わり半分人間、4分の1悪霊、4分の1幽霊という状態になっている。半分人間なのでレイシフトはできないが、レイシフトにトラウマを持ったのであまり気にしていない。

マックスに好意を持っているが、反応を示さないマックスに、今までの関係を続けながら、少しずつ距離を縮めて行こうと思っている。マックスが結婚している事は知っているが、マックスがアワンに愛情を持ているそぶりを見せないので、二人の結婚は政略結婚なんだろうと思い、そこまで気にしていない。

 

 

 

ロマニ・アーキマン(男)

役職:カルデア医療班班長、マックスの親友(自称)

年齢:不明

霊器属性:不明

 

経歴

遠征隊を特異点に送るキッカケを作った人物。遠征隊は任務なのでロマンに恨みを持っていないが、反応が面白いのでよく弄られている。

カルデア職員が原作よりも生き残っているので、仕事の量は減った。しかし、機器の殆どがレフの爆弾で破壊されたにで、手間が増え、不眠不休とまではいかないが寝不足気味。

マックスの親友を自称しているが、マックスには気の合う外部協力者という認識しか持たれていない(マックスは他人に友情を抱けない)。

 

 

 



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第一特異点 オルレアン
不信の種


第一特異点と第二特異点は遠征隊をひたすら悪者風に書いて行く予定です。


side 立香

 

立香は自室で悪夢に魘されている。

あの後、茨木がロマンの治療で元気になったのを確認していたら、かなり遅い時間になってしまったので、立香は自室に戻り眠っていた。

 

「フォウ......? キュ、フウウ......?」

 

立香はフォウに起こされて起きた。正確には悪夢を見ていたので、フォウが起こしてくれたのだ。

 

「...おはよう、フォウ。」

 

立香は、何処かのお城で何かが呼び出されたり、人が燃やされたした光景を夢の中で見た気がしたがハッキリとは思い出せなかった。

 

「ミュー、フォーウ!キャーウキャーウ!」

 

思い出せないか考えていると、フォウが足を引っ掻いてきたので持ち上げ撫でてあげる。しばらく、撫でていると満足したのか、フォウは立香の膝から飛び降り、入り口に走っていった。

 

「おはようございます、先輩。そろそろブリーフィングのじ...きゃ⁉︎」

 

足元を見ていなかったマシュはフォウと激突し、フォウはコロコロと転がっていった。

 

「ごめんさない、フォウさん!」

 

マシュはフォウを抱き上げ、撫でながら謝る。フォウは気にすんな、と言う様にフォウと一回鳴く。

 

「避けられませんでした...でも朝から元気な様で嬉しいです。」

 

フォウは撫でられて満足したのか、マシュの腕から抜け出し、マシュの肩に移動する。

 

「先輩も。昨夜はよく寝られましたか?」

「あまり眠れなかったよ...」

「...やはりベットより床、あるいは畳が必要でしたか。私の不注意でした。確か遠征隊に人たちが大量の畳を持っているらしいです。交渉して貰ってきましょうか?」

 

マシュは昔、遠征隊がヘリで大量の畳を搬入している、と言う噂話を聞いたことがあった。

 

「ベットで眠れるから、大丈夫だよ。でも遠征隊の人達、欧米風の見た目なのに畳を集めてるんだ。」

「なんでも、日本各地の古い武家屋敷や廃寺から持ってきたシミつきの畳で、夜中に昔の人達が来てくれるって話です。」

「マシュ...それは絶対に関わっちゃいけない畳だよ...」

 

昔の人達とお話できると目を輝かせるマシュに、立香は絶対に止める様に言い聞かせる。マシュは廊下の時計を見る。

 

「所長のブリーフィングが始まるのです。眠気をは忘れてシャッキリしましょう。」

 

立香はネクタイを締め直し、気合を入れ管制室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

立香が管制室に入ると遠征隊がパイプ椅子に座り、ダブレットを操作し資料を眺めていた。

 

「総員起立!」

 

入り口に立っていた隊員の号令で、座っていた隊員は一斉に立ち立香に敬礼をする。

 

「えっと。み、みなさん座ってください。」

「着席!...マスター、マシュさんは最前列に席です。」

 

立香が最前列に行くと、オルタと茨木に挟まれたクーフーリンが疲れた顔で座ってる。また、隊員達が近くで何かを拭っていた。

 

「毒を盛りおって、ふざけるんじゃないぞ!」

「カフェインで倒れるとは、この子鬼はカフェインが苦手なお子様の様だな。そもそも、一気に食って倒れたのは自己責任だろ。私に責任転嫁するな。」

「菓子の包みの注意書きを教えんかったろ!鬼は伝承で毒が苦手なのだ!」

「神便鬼毒酒だったか? 他人から貰ったものを信用して飲むなど、馬鹿がすることだ。まあ、見るからに脳みそに行く栄養が、そのツノに行ってそうだからな。馬鹿なのも無理はないか。」

「お前ぇ、鬼を馬鹿にしたな! 表出ろ!」

「このカルデアの外はないと言うのに、どうやって出るのか教えて欲しいな。」

「ぐぐうぅぅ...揚げ足を取りおってぇ。」

 

クーフーリンは疲れきった顔で、立香とマシュに助けを求める。

 

「マスター、早く止めてくれよ。両側から半端ない圧力を食らって、参ってんだよ。早くしないと犠牲も広がる。」

「犠牲?」

 

クーフーリンは床を拭っていた隊員を指差す。よく見ると赤い液体、血を拭っていた。

 

「何があったんです?」

「この喧嘩を止めようとした隊員を茨木がぶん殴って、鼻と頰の骨を粉砕した。」

 

茨木が激怒しオルタに殴り掛かろうとしたのを止めようと間に入った隊員は、運悪く茨木の拳が顔面に当たり顔面を粉砕された。隊員は意識を失い、担架で医務室まで運ばれた。鼻を折られた時、大量の鼻血を出したので、隊員達がその血の後始末をしていた。ちなみに殴られた隊員は、医務室で死亡が確認された。

 

「次の可哀想な犠牲者が俺になる前に、早くこれを止めてくれ。」

「分かりました。私は茨木の隣、マシュはオルタさんの隣に入って。」

 

マシュと立香はクーフーリンの両脇に座り、オルタと茨木を更に遠ざける。

 

「気に食わぬ! マスター、あいつになんか言ってくれ!」

「ちゃんと言っておきますからね。だから、あんまり喧嘩しないでください。これから一緒に戦う仲間なんですから。」

 

「ああ言う奴は確りと躾なければ、後でやらかす。そう思わないか、小娘よ。」

「私はマシュ、マシュ・キリエライトです。別に躾なくても、茨木さんは確りとやってくれると思いますよ。」

 

立香とマシュが茨木達の話を聞いていると、オルガマリー、ロマン、ダヴィンチ、マックスが前方の扉から入ってきた。座っていた隊員達が立ち上がるので、マシュと立香も慌てて立ち上がる。サーヴァント組は堂々と座ったままだった。所長が管制室を見渡し、全員揃っているのを確認する。

 

「座って結構です。それでは、ブリーフィングを開始しましょう。ロマン。」

 

ロマンはオルガマリーからマイクを受け取り、説明を開始する。

 

「えーと、立香君達は端末を持っていなかったね。誰か渡して上げて。」

 

隊員達は立香達に、隊員が操作していたタブレットと同じ物を渡す。

 

「そのタブレットは、カルデア内での携帯電話、作戦会議の資料閲覧とか色んな機能があるから、なるべく持ち歩いてね。」

 

立香は早速届いたメールを開くと、次の作戦の資料がインストールされた。

 

「うん、インストールされた様だね。まずは...そうだね。新人の立香君にやって貰いたい事を改めて説明しよう。」

 

ロマンが手元のタブレットを操作すると、立香達のタブレットに二つの項目が現れる。

 

「一つ目、特異点の調査及び修復。その時代における人類の決定的なターニングポイント。」

 

立香が項目の一つ目を押すと、所々が赤文字になった年表が出てきた。ロマンは台に手をつき身を乗り出し、真面目な顔で立香を見つめる。

 

「それがなければ我々はここまで至れなかった、人類史における決定的な"事変"だね。キミたちはその時代に飛び、それが何であるかを調査・解明して、これを修復しなくてはいけない。さもなければ2017年は訪れない。2016年のまま人類は破滅するだけだ。以上が第一の目標。これからの作戦の基本大原則ってワケ。」

 

立香はタブレットに表示される歴史の解説が、自分が使っていた参考書の数倍に分かりやすかったので、家に持って帰ろうと決めた。

 

「第二の目的。それは、『聖杯』の調査だ。」

 

立香が二つ目の項目を押すと、聖杯に関する全ての逸話の情報が出て来た。聖杯の成り立ち、聖杯探索、聖杯として教会に祀られている()()()黄金の盃の映像に目を通す。

 

「推測だけど、特異点の発生には聖杯が関わっている。『聖杯』とは願望を叶える魔道器の一種でね。膨大な魔力を有しているんだけど。恐らく、何らかの形でレフは聖杯を手に入れ、悪用したんじゃないかな。」

 

立香は冬木でレフが手にしていた結晶体を思い出した。盃の形をしていなかったが、多分あれが聖杯なのだろうと考える。

 

「というか、聖杯でもなければ時間旅行とか歴史改変とか不可能だから。本当に。なので、特異点を調査する過程で必ず聖杯に関する情報も手に入れられるはずだ。冬木で言えば、そこにいるキャスターが聖杯について教えてくれた様に、聖杯の情報を手に入れられるはずだよ。」

 

クーフーリンはロマンに軽く手を振って返事する。茨木は速攻飽きて寝ていて、オルタは持ち込んだポットヌードルを食べていた。オルタは職員に管制室は飲食禁止と言われたが、一睨みで黙らせた。

 

「歴史を正しい形に戻したところで、その時代に聖杯が残っているのでは元の木阿弥だ。なので、キミたちは聖杯を手に入れるか、あるいは破壊しなければならない。以上、二点がこの作戦の主目的だ。ここまではいいかな? もし、分からなくなったら後で端末に簡潔にまとめたす資料を送るから見てね。」

「分かりました。」

「はい、私も大丈夫です。」

「俺もいいぜ。」

「私は知ってた。」

「zzz」

 

茨木を除いた立香達は返事をする。

 

「...さて任務に他に遠征隊からお願いがあるんだっけ。マックス。」

 

マックスはロマンからマイク受け取る。

 

「お願いといっても大した事ではありません。冬木でもやった様に、霊脈を探し、召喚サークルを作って欲しいのです。あれが無いと、遠征隊は重度の武器弾薬不足に陥ってしまいます。」

「お前らと一緒に装備はレイシフトで送れないのか?」

 

ポットヌードルの空きカップの山を築きつつオルタが尋ねる。

 

「装備をコフィンと同調し送る仕組みはありましたが、爆破の影響でレイシフトの数値に揺れがあり、うまく同調できなくなってしまいました。よって、比較的揺れの少ない召喚サークルで送る方法に変更しています。」

 

遠征隊は特異点で素早く活動できる様に、装備をレイシフトの流れに乗せ、特異点に()()させる技術を確立していた。しかし、爆破により数値に揺れが発生してしまったので、狙った年月に送れなくなっている。送れなくもないが、前後数年ずれた時期に送られる可能性が高い。

 

「面倒な事してくれたよね、レフは。」

 

ロマンは機械が破壊され、仕事の手間が数倍になったのを思い出す。ロマンはマックスからマイクを返してもらう。

 

「召喚サークルに関しては、ボクからもお願いしたい事だったから、なるべく早めに作ってね。前と同じ様に、マシュに宝具を設置すればいいから。」

「...了解しました。まずはベースキャンプの作成ですね。」

「どっちかと言うと、前線基地の意味合いが強いかな。遠征隊の武器弾薬集積所にもなるから。」

「必要なのは安心できる場所、屋根のある建物、帰るべきホーム...ですよね、マスター?」

「うん、いい事言うね、マシュ!」

「いい事言うじゃねえか、嬢ちゃん。」

 

クーフーリンで立香が見えないので、マシュは少し前屈みになり立香を見る。マシュに立香は親指を立ててサムズアップし、クーフーリンはマシュの頭をワシャワシャと撫でる。そんな、立香達を見ながら、ロマンはボンヤリと考えた。

 

(遠征隊の事だから、安心できる塹壕、対空砲のある建物、帰れない地雷原、になりそうだなぁ。)

 

到着して早々、カルデアの要塞化をした前科がある遠征隊なので、ロマンはベースキャンプが凄い事になるだろうと予想する。

 

「それにしても、あの大人しくて、無口で、正直何を考えているのか分からなかったマシュがこんなに立派になって...」

 

ロマンは目頭を押さえる。そんなロマンをオルガマリーとダヴィンチは気持ち悪そうに見ていた。ダヴィンチは嬉し涙を流すロマンからマイクを奪い、ロマンにハンカチを渡し部屋の隅に追いやる。

 

「あの、お調子者は置いておいて、サーヴァントの諸君は初めまして、立香くん達にもちゃんとした自己紹介はまだだったね。」

 

クーフーリンとオルタは目の前に、見知らぬサーヴァントいるので、いつでも動ける体勢になっていた。

 

「私はカルデア技術局特別名誉顧問、及び()時計塔守護者客員開発局長。そして、ルネサンス誉れ高い、万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ!」

 

ダヴィンチはマントを翻してポーズを決めて、立香達に自己紹介した。ダヴィンチの後ろでマックスが苦い顔になっている。

 

「はい、気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼ぶように。こんな綺麗なお姉さん、そうそういないだろう?」

「え...ちょ、待っ...お姉さん?」

 

立香はダ・ヴィンチの名前は知っていたが、同姓同名の人だと思っていたので、本人と分かると自分の知識との差に混乱した。

 

「おかしいです。異常です。倒錯です! だって、レオナルド・ダ・ヴィンチは男性...あ」

 

そこまで言ってマシュは隣を見る。タブレットのミニゲームで遊んでいる隣の女性は、伝説では男性として書かれているアーサー王なのだ。

 

「実は男だったとか女だったとか、最初に言いだしたのは誰なんだろうね、まったく。私は美を追求する。発明も芸術もそこは同じ。全ては理想を----美を体現するための私だった。そして私にとって理想の美とは、モナ・リザだ。となれば----ほら。こうなるのは当然の帰結でしょう。」

「フォウ...」

「で...結局どっちなんですか?」

「知りたい?」

「はい!」

「私も気になります。」

「教えなーい。」

「えー、誰か知らないんですか?」

 

ダ・ヴィンチは杖でマックスを指し示す。カルデア職員達の視線がマックスに集まる。

 

「マックスは知ってるよ。」

 

目をつぶって、静かに聞いていたマックスが片目を開けダ・ヴィンチを見る。

 

「知っていると言うか、読んだ事があるが正しい。あと、契約はいいのか?」

「そうだよ。喋っちゃダメだからね。」

「「「契約?」」」

 

ダ・ヴィンチとの契約と言う、初めて聞くワードにオルガマリーやロマンが首をかしげる。

 

「そう、契約。昔の事は水に流すから、私についての情報を一切開示しないという契約さ。」

「昔の事?」

 

今度は興味しんしんで目を輝かせた立香が話に入って来た。

 

「何しでかしたか、教えて上げなよ。減るもんでもないでしょ。」

「水に流すと言う、話では?」

「水に流したから、こうやって一緒に仕事してるんだよ。それに、昔の事話さないとは契約にないからね。」

 

マックスは腕を組み、何とかこの話をやめられないか考える。ダ・ヴィンチはマックスの考えを察し、トドメを刺す。

 

「マックスがそうならいいや。後でいろいろ盛って、立香くんに教えてあげよ。」

「...分かりました。何があったかと言いますと、500年くらい前に存命のダ・ヴィンチ殿がフィレンツェに来た時、時計塔守護者の研究に協力して貰った事があるんです。」

「そう、紀元前からある秘密結社に興味があって、協力したんだ。」

「その後、ダ・ヴィンチ殿の発明品で、遠征隊が仕事をしたせいで、意見の食い違いが発生し...」

 

ダ・ヴィンチはチッチッチッっと、人差し指を左右に振りながら、マックスの話を止める。

 

「誤魔化しちゃダメだよ。本当はね、守護者ったら発明品で暗殺ばっかするからさ、私はもう協力しないって怒鳴りつけて、守護者から去ったんだよ。」

「へ〜、そんな事が。」

「逃げたら逃げたで、暗殺しようとしてくるから、守護者と敵対してた聖堂教会の傘下だったサンティッシマ・アンヌンツィアータ修道の修道僧達に匿って貰ったんだ。」

 

立香が後ろを振り向くと、座っていた隊員全員が目を逸らした。マックスにカルデア職員達の冷たい視線が集まるので、マックスは肩をすくめ。

 

「10代以上前の守護者がした事で、本官達に

に言われても。」

「私も別に気にしてないよ。そう言う事が当たり前の時代だったからね。」

 

ダ・ヴィンチは空気を変えるように、パンパンと手を叩く。

 

「私の自己紹介はこれで終わり。これからは主に支援物資の提供、開発、英霊契約の更新等でキミ達のバックアップをする。何か欲しい物があったら、私かアワン副隊長に相談しなさい。あと、私はカルデアに召喚されたサーヴァントだからね。マシュのように各時代にそうそう跳んでいけないからね。」

 

ダ・ヴィンチは泣き止んだロマンにマイクを渡し、出口に歩いて行く。

 

「でも立香くんと正式に契約できたのなら話は別だ。その時は一介のサーヴァントとしてキミの力になるよ。そうなる運命を楽しみにしているよ、マスター。」

 

そう言うと手を振りながら、管制室からいなくなってしまった。ダ・ヴィンチと言う、守護者の黒歴史が去って言ったので、後ろの隊員達が息を吐く声が聞こえてきた。

 

「話すだけ話して帰って言ったな、カレは。話が大きくズレたが戻ろう。休む暇もなくて申し訳ないが、ボクらも余裕がない。12時間後にレイシフトをしたいが、いいかい?」

「今すぐにでも、いけます!」

 

やる気がある事を示す立香に、ロマンは笑みを浮かべるが。

 

「いい意欲だ。でも、何せ240人位を一気にレイシフトさせるから、もう少し調整する時間がかかる。部屋で資料に目を通しておいてね。これでミーティングは終わったかな?」

 

ロマンが見渡すと、マックスが手を挙げていた。

 

「権限の正式な付与の話がまだだ。」

「そうだったね。」

 

ロマン達は、奥の机から徽章などが乗ったトレーを持ってきた。

 

「立香君が活動するに当たり、様々な役職が与えられる。面倒だけど、組織として動くには必要な事だから、ちょっと付き合ってね。」

 

立香はロマンから任命書とIDカードを渡される。

 

「カルデアからは、もう付与してるけど、正式にカルデア筆頭マスターの権限を与える。」

「筆頭マスター?」

「48人のマスターの代表に与えるものだったんだけど、今は立香君しかいないからね。権限はカルデアのあらゆるエリアの自由通行許可と緊急時に他のマスターへの指揮権とか色々あるけど、今まで通りやってくれればいいよ。」

 

今度はマックスから、任命書、徽章、拳銃、剣を渡される。

 

「遠征隊からは、遠征隊実働部隊指揮官の階級と権限を。」

「...冬木で思ったんですが、指揮官なんて無理ですよ。」

 

立香は冬木で遠征隊に上手く指示を出せなかった事を思い出し、自分がこの役職になるのに相応しいか迷う。

 

「指揮官の役目は大雑把な方針を決めるだけです。あとは、実働部隊隊長の本官が調節します。なので、そんなに深く考えなくても大丈夫です。」

「じゃあ、一応貰います。」

 

立香は襟元に徽章をつけられる。

 

「権限は実働部隊への指揮権、弾薬庫などの危険区域を除く遠征隊基地内自由通行権です。拳銃と剣は指揮官の嗜みです。」

「どっちも私には扱えないかと...」

「慣習の様な物なので、自室に閉まっておいて下さい。」

 

立香が剣の重さに困っていると、クーフーリンが持ってくれた。カルデアの制服に徽章などの飾りがついた立香は、嬉しそうにマシュの前でクルリと回る。

 

「なんか、制服がカッコよくなった。」

「素敵です。」

「階級章とかが好きなのか? ならば私が大騎士勲章をやろう。」

 

オルタはポッケから勲章を取り出す。でっかい星がついた勲章に、立香は流石に大き過ぎると遠慮した。

トレーなどの片ずけが終わったロマンは、管制室をも一度見渡し、ミーティングの終了を通達した。隊員達は座っていたパイプ椅子を持って、基地に帰って行く。

 

「私はどうしていればいいですか?」

「自室でゆっくりしていて。」

 

ロマンに遠回しに仕事がないことが告げられた立香は、サーヴァント達と一緒に住居区画に帰る。帰り道、クーフーリンが立香が貰った剣を抜き、眺めていた。

 

「すごい剣なんですか?」

「ん〜、現代では最高級、神代では下の上の剣だが...原料に何使ってんだこれ?」

「すごい効果があるんですか?」

「切った相手の神聖、魔力を散らす効果があるな。」

「それって、凄いんですか。」

「相手による。この感じだと散らす量はそこまで多くないと思うから、神聖が濃い相手には無意味な代物だ。だが...」

「だが?」

「神からも、力を奪い取りんだぜ。絶対変な物を原料にしてるから、使わずにベットの下にでも押し込んどけ。銃の方の刻印は、魔力を弾に纏わせるだけの普通の魔術だな。」

 

クーフーリンは剣を鞘にしまうと、封印のルーンを刻み、何かの拍子に剣が抜けない様に固定した。

 

「さてと、レイシフトまで時間があるから、探検にでも行くか。」

「吾も行くぞ!」

「寝てたから、元気いっぱいだな、茨木は。オルタはどうだ?」

「帰って寝る。食ったら、眠くなった。」

「お、おお。じゃあ行こうぜ、茨木。」

 

クーフーリンと茨木は立香達から離れ、カルデアの通路に消えて行く。

 

「うむ...何処かで自動車を手に入れて回らないか?」

「お前が運転する車には2度と乗らねぇて決めたんだよ。」

「あれは、足が滑っただけだ! 今度はうまく行く!」

「はいはい、行くぞ。」

「お前、聞いてないな!」

 

オルタも自室に行ってしまったので、廊下に立香とマシュが残される。

 

「私も、もう一度寝ようかな。特異点に行ったら、寝る時間も無さそうだし。」

「分かりました、先輩。私は遠征隊基地に行って、現地での役割分担について話し合ってきます。」

 

立香はマシュと別れ自室に戻る。立香は剣をベットの下にしまうと、箱に入った拳銃を眺める。立香は銃を取り出すと、拳銃を持つ手が震えた。人を殺す事を追求して作られた拳銃は、まだ人を殺す覚悟のない立香には重すぎた。立香は銃を急いでしまうと、クローゼットの奥に押し込んだ。

 

「寝るか...」

 

立香がベットに入ると、端末にメールが入った。メールはダ・ヴィンチからだった。

 

(キミに聞かせた通り遠征隊は、平気で暗殺をする時計塔守護者から来た者たちだ。彼らはカルデアではなく、守護者に忠誠を誓っている。気をつけたまえ。今、彼らが協力しているのは、彼らの目的とカルデアの目的までの道が重なったからだ。もし、道がズレたのなら彼らは私たちに銃を向ける。今は信用していいが、任務が終わりに近づいたら警戒しなさい。)

 

立香は貰った徽章を撫でながらメールを読む。メールを閉じると、立香は不安を誤魔化ように布団を被り眠った。

 

 

 

 

 

-12時間後-

 

 

 

 

 

「さあ、準備はいいかい?」

 

立香、マシュ、サーヴァントは管制室に集まっていた。

 

「これから、レイシフトをする。目標は観測された7つの特異点の内、最も揺らぎが小さい時代を選んだ。向こうに着いたら、遠征隊と違ってカルデアは連絡しかできない。」

 

立香がコフィンに入ると、コフィンの周りに職員が集まりチェックを開始する。

 

『いいかい? 繰り返すけど、まずは遠征隊と合流、次に召喚サークルのための霊脈を探す事。』

 

コフィン内のスピーカーから、念を押すようにロマンの声が聞こえる。

 

「大丈夫です。やって下さい。」

『分かった。行くよ。健闘を祈る、立香君。」

 

 

『アンサモンプログラム スタンバイ。遠征隊第一から第二三六コフィン準備完了。藤丸立香に第一から第七、マシュ・キリエライトに第八から第二三六、のコフィンを接続開始。

全コフィン 接続完了。』

 

立香が手につけていた、ゴルディアスの結び目がほんのりと暖かくなる。立香に接続されたのはマックスと各分隊長の精鋭で、その他の隊員はデミ・サーヴァント化し、いくら接続しても千切れないほど魂の強度が上がったマシュに接続している。

 

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。レイシフトまで、あと、3、2、1......全行程 完了(クリア)。グランドオーダー 実証を 開始 します。』

 

 

 

 

 

 

立香が目を開けると、一面草原で心地よい日に光が降り注いでいた。現代ではもはや見ることのできない、原始的な光景に立香は感動する。

 

「...ふう。無事に転移できましたね、先輩。」

「ふむ、奇妙な感覚だな。」

「吸い込まれるってより、落ちて行くって感じだな。」

「ふむ、山が無いな。吾がいた日本では広い草原はなかったぞ。」

 

マシュ達サーヴァント組も転移して来たようで、景色を眺めていた。

 

「前回は事故による転移でしたが、今回はコフィンによる正常な転移です。身体状況も影響がありません。遠征隊はレイシフトまで、位置にも時間にも誤差があるようですが、この草原では直ぐに見つけられますね。」

 

マシュが端末で健康状態などを確認していると、モフモフした物が草むらから飛び出しマシュに飛びつく。

 

「フィーウ! フォーウ、フォーウ!」

「フォウさん⁉︎ また付いて来てしまったんですか⁉︎」

 

マシュはフォウに付いた草を払いながら、抱き上げる。

 

「フォーウ......ンキュ、キャーウ...」

 

マシュに少し怒られ、フォウの尻尾と耳が垂れ下がる。マシュはそんなフォウを肩に乗せる。

 

「私のには居なかったと思うから、マシュのコフィンに忍び込んだのかな?」

「そのようです。幸い、フォウさんに異常はありません。私たちのどちらかに固定されてますから、遠征隊と同じ様に私たちが帰還すれば自動的に帰還できます。」

「フォウの為にも帰らないとね。」

 

そう言っているとマシュの端末から、音が聞こえた。

 

「時間軸の座標が特定出来ました。どうやら1423年です。現状、百年戦争の真っ只中という訳ですね。ただ、この時期はちょうど戦争の休止期間のはずです。」

「戦争に休みってあるの?」

 

立香は休み暇もなく砲弾が降り注ぐ戦争をイメージして居たので、休止期間に違和感を感じた。

 

「はい。百年戦争は名前の通り、百年間継続して戦争を行っていた訳ではありません。この時代の戦争は、今の戦争と違って比較的のんびりしたものでしたから。」

 

立香は空を眺めて、固まった。立香の心に畏怖が満ちていく。

 

「先輩?」

「なに...あれ?」

「え?」

「おいおい、冗談だろ。」

 

マシュ達は空を見て、驚く。マシュは固まり、オルタとクーフーリンは空を睨みつけ、茨木は何だかよく分からず首をかしげる。

 

『よし、回線が繋がった。遠征隊はまだ到着していないようだね。事故防止を厳重にし過ぎたかな。って、どうしたんだい見上げて?』

「ドクター、画像を送ります。」

 

空には天使の輪のような、巨大な光帯が浮かんでいた。

 

『光の輪...いや、衛生軌道上に展開した何らかの魔術式か...?なんにせよとんでもない大きさだ。下手すると北米大陸と同じ大きさか? ちょっと、待ってデータを漁るから。』

 

立香達は丘の上に移動し、草の上に座り光帯を眺める。はるか上空に浮かぶ光帯は、見ているとほのかに()()()なる物だった。

 

『やっぱり、1431年にこんな現象が起きた記録はない。間違いなく未来消失の理由の一端だろう。アレはこちらで調べるしかないな...アレの調査は後で遠征隊にやらせるから、まずはキミ達は現地の調査に専念してくれていい。遠征隊もそろそろレイシフトから抜けるから、合流してくれ。』

 

そう言うとロマンは通信を切った。端末に遠征隊到着までの残り時間が表示されていた。

 

「あと、3分ほどだね。」

「随分掛かるんだな。」

 

立香達が座っていると、立香とマシュはオルタに押し倒された。

 

「え⁉︎ 何⁉︎」

「静かにしろ、マスター。あれを見ろ。」

 

オルタが指差した先には、鎧を着て、槍や剣を持った人達が歩いてきていた。マシュが写真を撮り、兵士の持つ旗や紋章を照合する。

 

「どうやら、フランス東部の砦の斥候部隊の様ですね。」

 

兵士達は列を組んで、丘の上で伏せている立香達の目を通り過ぎていく。

 

「どうしますか、先輩?」

「遠征隊到着まで、あと20秒位だから、隊長さんが来るのを待とう。勝手に話を進めるのもね。」

 

立香達は目の前のフランス達を監視しながら遠征隊の到着を待つ。

 

『遠征隊レイシフト完了。』

 

立香は軍団の上の空間が歪んだように見えた。立香は物凄く嫌な予感がする。

 

「あ...これはマズイやつ。」

 

遠征隊は軍団の上にレイシフトをして、意図せず空挺強襲を仕掛けることになった。マシュは驚きで口を覆い、クーフーリンとオルタはタイミングの悪さに溜息を吐く。

 

「真下に武装集団確認!戦闘開始!」

 

真下のフランス兵を確認した遠征隊234人は一斉に銃とナイフを抜き、下にいるフランス兵に襲いかかる。

 

「殺しちゃダメー!」

 

フランス兵にナイフを突きたてようとする遠征隊を見て、立香は立ち上がり叫ぶ。魔物を殺すことへの抵抗は特異点Fでの経験でほとんど無くなったが、人間が殺されるのを見過ごすのは法治国家で育った立香にはできないことだった。

 

「「「「了解」」」」

 

遠征隊はナイフを突きたてようとしたのを止めて、ナイフの柄で顔面を殴る。フランス兵は鼻の骨が折れたようで、鼻血を吹き出しながら倒れる。

 

「鞘を使え!」

 

遠征隊はナイフの金属製の鞘を腰から外し、それを使ってフランス兵に襲いかかる。フランス兵は突然の襲撃とCQCという未知の体術で一方的にねじ伏せられていく。反撃しようにも行軍中で密集した隊列を組んでいたので、剣や槍を振ることができない。掴み掛かろうにもCQCで、いつの間にか地面に倒され、困惑している内に顔面を踏まれ気絶する。

 

「先輩...あれでは死んだ方がマシです。」

「...うん。峰打ちより、酷いことになっちゃった。」

 

フランス兵達は悲鳴と呻き声を上げながら地面に倒れていき、犠牲者はどんどん増えていっている。

 

「あ〜あ〜、可哀想に。何人かはワザと気絶させてないな。酷ぇ事しやがる。」

「吾も混ざりたい。」

「お前じゃ、殺しちまうからダメだ。」

 

クー・フーリンは悲鳴を上げる哀れなフランス兵を眺めながら呟く。実際の所、遠征隊は何人かを気絶しないギリギリで、痛めつけ放置していた。

 

「そうなんですか?」

「ほら、あの兵士を見な。助けを求める仲間の所に行くか、遠征隊を止めるか悩んでいるだろ...あっ、投げ飛ばされた。」

 

人間と人間がぶつかる戦闘を始めて見たマシュにはそれが正しいかどうか評価できないが、仲間を思う気持ちを利用したなかなか非道な戦い方だと感じた。マシュは草原に響くフランス兵の苦悶の声に同情を覚える。

 

「小細工なぞせずに圧倒的な力を見せればいいのだ。」

 

オルタは遠征隊を眺めながら、つまらなさそうに言う。オルタから見れば、相手の戦意を無くすために一人一人を痛めつけていく行為は無駄でしかないのだ。彼女の力を使えば、でかい攻撃を一つ放ち、本能に敵わないと刻み込めば、直ぐに戦意を失わせる事ができるのだ。

 

「まあ、そんな事言うなよ。彼奴らはまだ、人間なんだぞ。英霊の俺らと一緒にしちゃ、可哀想だ。」

「彼奴らは人間ではない。中途半端な化け物だ。夜に子供を怯えさせる事すらできない中途半端な化け物だ。」

「...まぁな。人間とも、化け物とも言えない微妙な存在だよな。」

 

オルタは草原でフランス兵を投げ飛ばしている遠征隊眺める。オルガマリーの悪霊化やダ・ヴィンチとの契約のように内密に処理しようとする気質がある遠征隊を警戒していた。遠征隊は立香が気づかぬ内にその足元に屍山血河を作り、立香を苦しめる事になるとオルタは予想している。

オルタは遠征隊に釘を刺しておこうと思ったが、ああいった最善のためと言って独断行動をとる連中は、忠告を聞き入れないので、どうするか腕を組んで考える。

立香達が眺めていると、フランス兵達は武器を捨て降伏し始めた。遠征隊は降伏した兵士達を拘束して一箇所に集め、武装解除をしていく。

 

「第一分隊から、偵察隊を編成し、追跡しろ。」

 

マックスは部隊に指示を出すと、丘の上にいた立香達の元にやってきた。

 

「遠征隊234名、特異点に到着しました。これより、藤丸立香指揮官の指揮下に入ります。」

「戦闘、お疲れ様です。どうするんです、これから?」

 

立香は丘の下に転がるフランス兵達をどうするのか悩んだ。ここに放置して行くと言う選択肢は、立香には一切ない。

 

「フランス兵が案内してくれますから、付いて行きましょう。」

「案内ですか? あの人達にお願いするんです?」

 

丘の下で一箇所に集められ、遠征隊に囲まれているフランス兵達を立香は指差した。

 

「いえ、10人位わざと逃して、部下に追跡させています。フランス兵の砦まで案内してくれるはずです。人の居る所に行けば、情報も早く集まるでしょう。」

 

遠征隊はフランス兵達を立たせ、頭に手を組んだ姿勢で歩かせる。反抗的なフランス兵は遠征隊に殴られ、無理矢理歩かされていた。

立香とサーヴァント達は、顔を腫らしたフランス兵の隊列の最後尾について行く。




特異点をはしっかりとやった方が良いですかね。話の流れが遅いですかね? 原作通りに話を進めたいけど、そうすると話の流れが遅くなりそうな気がするんですよ。早く進めた方が良いですかね?


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聖女と賊軍


一ヶ月ぶりです。申し訳ありませんでした。

忙しかったのと、ワイバーンの戦闘シーンが納得いかず投稿する勇気が出なかったからです。

戦闘シーンが下手でも、勘弁して下さい。文才と時間が欲しい。


遠征隊の偵察班の情報で、砦までの道を見つけたマックス達は、立香からの提案で小休止を取っていた。

 

「どうやって砦で話を聞きます?」

「交渉しましょう。」

「こんなにボコボコにしといてですか?」

 

立香がマックス達にお願いして、フランス兵達を衛生兵が治療しているが、ボコボコにしといて今更仲良くしましょうなんて、虫のいい話が通じるとは思わない。

 

「我々はイングランド王国本隊に置いていかれた部隊で、この人質と代わりに休憩場所を求めると言えばいいでしょう。」

「うまく行きますかね。そこまで昔の人も馬鹿ではないでしょう。」

「それでは、部下を侵入させて砦の司令官を人質にとりましょう。」

「もっと穏便な方法でお願いします。」

 

マックスの提案に立香はあまり賛同できないが、他の代案も思い浮かばない。サーヴァント達は立香に一任すると言って、周囲の探検に行ってしまい相談もできない。立香がもっと良い案がないか、深く考え込んでいると、マックスがそこまで心配する必要は無いと声をかける。

 

「人質と代わりに休憩場所だけを求めるなら、向こうもダメとは言わないでしょう。」

「う〜ん...確かに場所を貸すだけなら無料ですし、人質も返ってくるし。向こうに損はない案なんですけど。」

「マシュ殿の言っていた通り身代金とかが、通用するほのぼのした戦争の時代ですからね。交渉が決裂しても直ぐに殺されると言う事は無いでしょう。」

 

立香は納得はいかないが理解し、決まった方針をカルデアに報告した。報告を受けたロマンと所長は、行き当たりバッタリの計画に苦い顔をする。

 

『うまく行くと思うの、マックスは? 下手したら砦の兵士たち全部を敵に回すのよ。すでにフランス兵を襲った後だけど。』

「戦闘になる可能性は低いと思われます、所長殿。砦の兵達に戦力的優位があると思わせ、油断させていれば平気でしょう。戦闘になっても、この時代の兵士ならば直ぐに鎮圧できます。情報の方は夜中にでも部下に侵入させて、盗ませます。」

『て言うか、そもそも、君達がイングランド王国軍って信じてくれと思うのかい? イングランド王国軍の鎧も着てないし、迷彩服だし。』

「その点に関しては、心配なく。遠征隊の旗は百年戦争の時に使いましたから、通じるでしょう。」

 

マックスの言葉に、所長とロマンはまたかと言う顔をする。

 

『...守護者は百年戦争にも首を突っ込んで、問題を起こしてたりする?』

 

ダ・ヴィンチの話のように、百年戦争に守護者が関わっていたのでは、と思いロマンは一応確認する。

 

「フランスに現れた聖人の調査に、支隊を派遣しただけで、戦闘には参加してません。」

『本当でしょうね?』

「1300年代はペストが大流行したので下部組織の壊滅と、時計塔や守護者支部の殺鼠作戦で、百年戦争に多くの人員を送る余裕がなかったと記録されていたはずです。」

 

所長とロマンはマックスの言い分と、過去の資料に矛盾が無いので不信感を和らげるが、紀元前から暗い事ばかりやっているらしい守護者の縁が、悪い意味で発揮されるか心配なって来た。ロマンは念のためもう一度確認する。

 

『本当に何もやってないんだよね? やだよ、地元民にいきなり襲われるのは。』

「大丈夫です。問題ありません。」

『ヨーロッパの殆どが、教会の影響下にあるんでよなぁ。聖堂教会とかを刺激しないかな?』

「両陣営ともペストで下部組織に甚大な被害を受けたので、互いに動こうにも動けない状態だったと、過去の活動記録に書かれていたので問題はないかと。」

『そうなの? 本当? でも、なるべく問題起こさないでね。』

 

マックス達はカルデアと方針の共有ができたので、砦への進軍を再開する。偵察隊の情報通り歩いて行くと砦が見えてきた。マックス達が砦に近付くと、砦が慌しくなっていく。

 

「哨戒部隊が帰って来たぞ!」

「捕まってるぞ⁉︎」

「動ける奴は、城壁に上がれ!」

 

砦の城壁の上にフランス兵が集まり、立香達に弓を向ける。マックスは一人のフランス兵を掴み持ち上げ、盾にして砦に近付き交渉をする。

 

「人質と交換に安全な場所が欲しい!」

「安全な場所?...お前らもあれから逃げて来たのか⁉︎」

「?...ああ、そうだ!」

 

マックスは砦の上に兵士達に話しかけ、交渉をする。マックスはフランス兵の言う"あれ"がよく分からなかったが、取り敢えず返事する。

 

「お前らを受け入れるだけの場所も人員も無い!」

「どうするか...ん?」

 

砦に近付いた事で、()()()()()匂いが砦の中からすることに気づいた。

 

「これは、血の匂い...怪我人がいるなら、こちらは軍医を提供できる!」

 

強烈な血の匂いに気づき、遠征隊の衛生兵の提供を提案する。人質の解放に、軍医の提供と言う手札を加えて、マックスは再度交渉をする。

 

「軍医...ちょっと、待ってろ!」

 

門の上にいた兵士が砦の中に入っていった。その様子を見て、立香は上手くいったのか、隊員に通信機を借りてマックスに話しかける。

 

『上手く行きました?』

「中から血の匂いがします。ウチの衛生兵を交渉材料にしました。』

『中から血の匂いですか? 誰か怪我してんですかね?』

「結構な血の匂いですから、かなりの人数が怪我をしているはずです。こんな辺境の砦なんかには、まともな軍医なんて配属されませんからね。中は怪我人で溢れてるはずです。」

 

しばらく待っていると、兵士が戻ってきた。

 

「軍医と指揮官とその護衛は立ち入りを許可する! その他は城門の前で休む事を許可するそうだ!」

 

砦からの許可が出たので、立香達は砦まで行く。砦に近付くと、砦の異常さがハッキリしてきた。

 

「これは...酷い、ですね...」

『中がボロボロじゃないか...外壁はそこそこ無事だけど、砦とは言えないぞ、これ。』

「砦を落として拷問しても、良かったな。」

『マックス、聞こえてるわよ。』

 

マシュは砦に近付けば、城壁の上の防衛兵器が焼け落ちていたり、壁自体が崩れていて木で補強されていたり、この砦の異常さがよく分かった。

砦の門が開き、マックス達が砦に入ると、砦の中の広場には、傷付いたフランス兵達が大量に転がっていた。

 

「...衛生兵は兵士達を治療しろ。」

 

マックスは中の不衛生な環境に眉を顰める。衛生兵と隊員達は負傷兵の元に行き、包帯の取り替え、縫合、骨折の治療などを手早くして行く。

 

「戦争中ではないではずなのに...1431年にフランス側のシャルル4世とイギリス側についたフィリップ3世と休戦条約を結んだはずです。」

 

明らかに大規模な戦争した後の傷付いた兵士達に立香は手で口を覆い、言葉を失っていた。

 

「そちらの指揮官はどなたかな?」

 

他の兵士とは違い、装飾のついた鎧を着た壮年の男が立香達の所にやって着た。鎧は汚れで燻んでいたが、本人から放たれる軍人としての誇りは燻んでおらず、この砦の司令官である事を語っていた。

 

「はい、私が指揮官です。」

「ほう、君がかい? そこの男だと思っていたが...」

「指揮官は私ですけど...指令は隊長さんが。それよりも、どうしたのですかこの砦は?」

 

司令官は広場に転がる負傷兵を眺める。その負傷兵を見つめる目は、虚無感で溢れていた。司令官は溜息を吐いた後、立香に向き直り話す。

 

「見ればわかる通り、兵は皆傷つき、戦う気力が無いほど萎えきっているのだよ。」

「シャルル4世は休戦を結ばなかったのですか?」

「シャルル陛下か? 知らんのか、あんたらは? まあ、こんな危険地帯に放置されるような部隊に情報が回ってなくてもしょうがないか...陛下は崩御された。魔女の炎に焼かれたよ。」

「「『『え?』』」」

 

話を聞いていた立香やロマン達が驚きの声を上げ、マックスは無線で部下に砦の兵に聞き取りするように指示を出す。

 

「...死んだ...? 魔女の炎に、ですか...?」

「ああ、ジャンヌ・ダルクだ。あの方は"竜の魔女"となって蘇ったんだ。お前らのイングランド本隊は、とうの昔に撤退している......だが、俺らは何処に逃げればいい? ここは我々の故郷なんだ。見捨てる事なんて出来ない。」

 

司令官は砦の外に並ぶ、杭が刺さっているだけの、もはや誰が埋まっているか分からないほど見すぼらしい部下達の墓を、見て唇を噛みしめる。

 

「ジャンヌ・ダルクが、魔女ですか...? 聖女だったはずです...魔女だったと言う伝承は無いわけではありませんが。」

 

マシュ達が新しく重大な情報に首を傾げていると、砦の半鐘が鳴り響く。

 

「敵襲ー!敵襲ー!」

「...ッ! 来た! 奴らだ!」

 

立香達と司令官は城壁に上がり、外の様子を確かめる。マックスは隊員から双眼鏡を受け取り、周りを見渡す。

 

『注意してくれ! 魔力反応だ! 少量の魔力と人体を用いた使い魔...骸骨兵だな。』

 

骸骨兵の軍団が、ゆっくりとした足取りで砦に近づいてきていた。マックスは下にいる隊員に合図を出した後、隣でフランス兵に指示を出していた司令官に話しかける。

 

「司令官殿、君の兵を傷付けた謝罪として我らに任してもらえないか?」

 

司令官はしばらく考えた後、腰に付けていた鍵をマックスに渡す。

 

「...武器庫から好きな物を持っていけ、使っていた奴は既に土の下だ。」

「感謝する...戦闘用意!」

 

マックスは城壁の上から外にいた隊員に大声で指示を出し、鍵を投げ渡す。

 

「武器を取ったら出撃だ!」

「隊長の命令が聞こえたな! 行け行け!」

 

隊員達は砦内の武器庫から、盾とメイスやウォーハンマーなどの打撃武器を受け取ると、出撃していく。

 

「弾は使うな! ...横陣3列用意!」

「「「「横陣3列!」」」」

 

隊員達は素早く横に3列に並ぶ。目の前に迫ってくる骸骨兵に狼狽える様子もなく、平然と並んでいる。マックスは通信機を握り、指示を出す。

 

『構え』

「「「「おう!」」」」

 

隊員達は中腰になり盾を構える。既に骸骨兵との距離は、十数mまでになっているが、誰一人敵の勢いに震える者はいない。

 

『突撃』

「「「「うおぉおおぉおぉおおお!!」」」」

 

波になった隊員は骸骨兵の先陣に当たり粉砕する。1列目は骸骨兵と戦闘を開始するが、後ろの2列は、1列目が押されないように支えるだけである。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

「問題ははありません。次の段階に移ります。」

 

一列目が骸骨兵をしっかりと抑えて、引き付けたのを確認すると

 

『第2、3列前進。包囲戦闘開始。』

 

2、3列が横に動き、1列目が戦っている骸骨を囲む。第3列は外側を向き敵の進行を抑え、第2列は内側を向き第1列と共同して囲んだ骸骨を粉砕していく。包囲された骸骨兵は簡単に粉砕されていき、急激に数を減らしていく。

 

『第1、2列反転。』

 

囲んだ骸骨を粉砕し終わった隊員達は、骸骨兵を抑えている第3列の後ろにつき、第3列を後ろから押しされないように支える。

 

『第1、2列前進。包囲開始。』

 

隊員は先ほどと同じ様に移動し、残っていた骸骨を全て囲む。しかし、攻撃をする様子はなくタダ攻撃を防いでいるだけだ。

 

「あとは、サーヴァント殿達に。」

 

立香が下を見ると、サーヴァント達が指示を待っていた。茨木は戦闘勝手に行こうとして、オルタに襟を掴まれていた。最初はクー・フーリンが茨木を捕まえたが、筋力差で茨木に引き摺られたのでオルタが変わりに掴んでいる。

 

「さあ、指示を。」

 

マックスは新しいサーヴァントの戦闘情報を得るために、獲物を残していた。立香はマックスとサーヴァントから見つめられ、骸骨に手を向け、指示を出す。

 

「マスターが命じます。あの敵を粉砕しなさい。」

 

サーヴァント達は、立香の合図で骸骨に向かって、一直線に突っ込んでいく。サーヴァントの接近に気づいた遠征隊は包囲(コロッセオ)の一部を開け、サーヴァント(剣闘士)の入場口を作る

 

「待ってたぜぇ。」

「消えるがいい。」

「血が滾る!文字通りな!!」

「戦闘です。マスター指示を。」

『サーヴァントが突入した。陣形を維持していろ。』

 

サーヴァント達は骸骨を粉砕していく。立香は一連の戦闘を眺めて、遠征隊実働部隊236人による規律の取れた行動に、鳥肌が立っていた。

 

「隊長さん。」

「何でしょう、マスター殿。」

「これが遠征隊なんですね。」

 

冬木の6倍の規模の兵士達による一糸乱れぬ集団行動に、一種の畏怖を抱いていた。

 

「至極恐悦であります。しかし、これは本来の遠征隊ではありません。武器弾薬、車両の支援を基地から受けて初めて本当の遠征隊となります。」

「皆さん、互いの行動を完璧に把握して、邪魔しあってないですね...私、日本に暮らしていたんで、こう言う軍人さんとかに慣れてなくて。なんか、怖いく感じるんです...日本って本当に平和だったんだ...」

「良い...いや...善いマスターの証拠です。その心を忘れない様に。」

 

立香は困った様な笑顔をマックスに向ける。マックスは立香の不安を払う言葉をかけるが、内心では立香を観察し、今後の方針を決めていた。

 

(力を恐れるか...善いマスターであるが、良いマスターではないな。優しすぎる。作戦の大半を秘密裏に行う必要があるな。もし人の死を見て、壊れられたら......ん?)

 

一瞬、マックスの目に温もりが灯ったが、そ火はすぐに掻き消され、何時もの何処か相手を監視する目に戻る。

 

(今、何を考えた?...まあいい、あれだ...困る。)

 

立香はマックスの冷たい目に気づかず、サーヴァントによる試合を見ていた。サーヴァント達は、触るだけで壊れるほど脆い骨の無い骸骨兵を倒す量を競い合っていた。

 

「流石、我が砦の哨戒部隊を壊滅させただけある。」

 

司令官は負傷兵を一人も出さず、骸骨の軍団を殲滅した遠征隊とサーヴァントに感心する。

マックスは遠征隊に骸骨兵の残骸を処理を命じ、サーヴァントには休憩するように提言した。サーヴァント達は、マックスの提言を受け入れ、砦に帰ってきた。

 

「ふう、疲れました。」

「これくらいで疲れちゃ、後が大変だぜ。」

「キャスターの言う通りだ。マシュには体力だ足らん。カルデアに帰ったら私が鍛えてやろう。」

「吾も参加してみたいぞ。そうだ、マックスも鍛えてやろう。生意気も治るはずだ。」

 

サーヴァント達は城壁の上にいた立香達の所にやってきた。マシュ達はマックスから水筒を受け取り、一息つく。

 

「あんた達、あいつら相手によくやるな。」

 

司令官はカラフルで女性だらけのサーヴァントに、立香のお飾りの護衛かと思っていたが、遠征隊以上の実力に驚いていた。

 

「...慣れです。それでは申し訳有りませんが、一から事情をお聞かせ下さい。ジャンヌ・ダルクが蘇ったのは本当ですか?」

 

司令官はジャンヌの話が出ると、眉を顰め苦々しい気持ちを抑えながら、話し始める。

 

「ああ。俺はオルレアン包囲戦と式典に参加したからよく覚えている。神や肌の色は異なるが、あれは紛れもなくかつての聖女様だ。イングランドに捕らえられ、火刑に処されたと聞いて俺たちは憤りに震えたものさ。」

 

マックスは過去の守護者支隊の報告を思い出し、聖女にも神の御子のような祝福が降ったのかと考える。

 

「やはり、神の御子の様に蘇ったのか? 神が彼女の魂を返したのか?」

 

司令官はマックスに言葉に、拳を城壁に叩きつけ怒鳴り返す。

 

「そんな訳あるか!...悪魔と契約して蘇ったんだよ!」

「悪魔?」

 

立香やマシュの視線が、茨木の角に集まる。茨木は視線に気づき、少し頰を膨らませながら文句を言う。

 

「我は鬼だ。悪魔でないぞ。」

「でも、悪魔を悪鬼って言うし...」

「まだ言うか! マスターでも、怒るぞ!」

 

重い空気に耐えられなくなった立香が空気を変える様に茨木とじゃれつき始めたのを、他所にマシュは司令官に話を続ける様に言う。

 

「悪魔、とは?...先ほどの骸骨兵の様な?」

「あれじゃない。あれだけなら俺らでも対処できる。」

 

司令官が言おうとした時、再び砦の半鐘が響く。司令官は俯いていた顔を上げ、部下が指し示す方を睨む。

 

「...ッ!」

「くそ、やっぱりだ! 来たぞ、迎え撃て!」

「ほらほら立て立て!ドラゴンが来たぞ! 抵抗しなきゃ、食われちまうぞ!」

 

遠くの空から何かが高速で迫ってくるのが見えた。影はだんだん大きくなり、コウモリとトカゲを合わせたような生物が迫って来ていた。

 

「目視しました。あれは!」

「ドラゴン⁉︎」

「はい。ワイバーンと言うドラゴンの亜種です。間違っても、絶対に、15世紀のフランスに存在していい生物ではありません! マスター、全力で対応を! 」

『今直ぐ、遠征隊を助けなさい! 今の装備じゃ、全滅するわ!』

 

ワイバーンがやって来た方向は、骸骨達がやって来た方角と同じで、遠征隊が骸骨兵の残骸を漁っている現場の方角だった。

 

「マシュ、オルタ、クーフーリン、茨木! マスターが命じます! 遠征隊を助けなさい!」

 

サーヴァント達は城壁から飛び降り遠征隊に向かおうとするが、立香に襲いかかるワイバーンの迎撃でなかなか遠征隊を助けに行けない。マックスは通信機に怒鳴る様に指示を出す。

 

『迎撃するな!撤退だ! 砦まで戻れ!』

 

マックスの指示に外に展開していた遠征隊は、素材の詰まった袋を投棄し砦に向かって走り出す。しかし、人間の足で、ワイバーンの飛行から逃げきれるわけがない。

 

『テストゥド!』

 

遠征隊は逃げるのを諦め、マックスの指示にその場で盾を掲げ、亀の甲羅の様な陣形を組む。ワイバーンはその陣形の周りをグルグルと周り、隙間を探す。

 

『発砲を許可する。陣形に近付けるな燃やされるぞ。』

「発砲許可! 撃て撃て!撃てぇ!」

 

遠征隊は拳銃を抜き、盾と盾の隙間からワイバーンに撃つ。拳銃の弾はワイバーンに当たるが、火花を散らして弾かれる。

 

「弾かれる!」

「APだ! AP弾を使え!」

 

隊員達は弾倉を引き抜き、赤いテープが巻かれた弾倉を叩き込む。先ほどの弾丸とは違い、込め直した弾丸はワイバーンを貫くが、少し怯むだけで倒せる気がしない。

 

「貫通されど、効果低!」

 

警官の防弾チョッキを貫通する弾を使っても、ワイバーンの巨体には9mm弾は小さすぎたのだ。弾の補給が受けれない今、連射ではなく単発で撃っていて、しかも盾で片手しか使えなく命中率は下がっている事も、効果を薄くさせている原因だった。

拳銃を盾と盾の間から出したことでできた隙間にワイバーンが突っ込む。ワイバーンは隙間に頭を突っ込むと隊員の腕に噛みつき、そのまま飛行する。

 

「クソトカゲがぁ!!」

 

ワイバーンに右腕を噛まれた隊員は、陣形から引き抜かれ攫われる。噛まれた隊員はナイフを抜き、ワイバーンの目に何度も突き刺す。

 

「目は守れねぇだろ!...うをっ! マズッ!...うわぁあぁあ!」

 

ワイバーンは痛みで隊員の腕を離したが、空中にいたので隊員は地上に落下する。立香は地上に激突する隊員の末路を思い、目をそらす。

 

「間に合いましたか...兵たちよ、水を被りなさい! 彼らに炎を一瞬ですが防げます!」

 

隊員が地上に激突する前に受け止められた。受け止めたのは大きな旗を持った女性だった。

 

『おおう、サーヴァントだ! しかし、反応が弱いな。彼女は一体...』

『マックス、目標の変更よ。撤退しつつ、あのサーヴァントを確保しなさい。』

「了解しました、所長殿。』

 

ロマンは隊員を受け止めた女性が、サーヴァントである事に気付いたが、その数値の弱さに首をかしげる。

サーヴァントは受け止めた隊員を地面に下ろし、傷を見る。

 

「腕を止血しなくては!大丈夫ですか?」

 

隊員は腕を気にするサーヴァントを押しのけ、周囲を見渡し目的の物が無いとワイバーンを睨みつける。

 

「腕はどうでも良い! クソトカゲに銃を飲み込まれた!」

 

隊員は牙に噛まれ、千切れかかった右腕を気にせず、銃の事を心配する。隊員は武器を失った事をマックスに報告する。

 

「マックス隊長! ワイバーンに拳銃を食われました!」

『了解した。今、武器を失いたくない。全隊、ナイフが刺さったワイバーンを攻撃せよ。繰り返す、ナイフが刺さったワイバーンだ。』

 

遠征隊の拳銃による対空砲火が一匹のワイバーンに集中した事により、ようやく一匹を殺す事に成功した。しかし、殺した事でワイバーンの攻撃が激化する。

 

「ワイバーンが高速で接近! 来るぞ! 固めろ!」

 

ワイバーンが陣形に突っ込む。陣形を固めたが、数百kgの物体の勢いの乗った突撃に耐えられず陣形が崩壊する。ワイバーンは逃げようとする隊員に噛みつき、振り回す。

 

「陣形崩壊! 現状での戦闘継続は不可能!」

『サーヴァントを確保しろ。確保するまで、戦闘を継続せよ。』

「了解!負傷兵を中心に人を組め!」

 

マックスの指示で、遠征隊は撤退を中止し、女性サーヴァントの周囲に小さい陣形をいくつも作り、サーヴァントからワイバーンの注意を逸らそうとする。遠征隊が負傷者を次々と出しながら、耐えているとワイバーンの攻撃が少なくなっていった。

 

「任務、ご苦労だ。下がれ。」

「よく耐えたな、此処からは俺たちの仕事だ。」

「クハハ!情けなのぉ! 吾の強さを目に焼けつけるがいいぞ!」

 

遠征隊を囲むワイバーンはオルタ達に一瞬でけら散らし、遠征隊を逃がそうとする。遠征隊の分隊長に、マシュは持ってきた布を渡す。分隊長は足や腕を失った部下の腕を布で縛らせる。

 

「遠征隊の皆さんは今のうちに!」

「サーヴァントの確保がまだです。」

「そんなこと言ってる場合では! 早く撤退して下さい!」

「隊長からの指示の撤回がありませんので。」

 

マシュは何度言っても、撤退しようとしない遠征隊に、立香が指揮官だった事を思い出す。

 

「先輩! 遠征隊に指示して下さい!」

「えっ⁉︎ 」

「任務のせいで遠征隊が動いてくれません!」

 

マシュは逃げてくれない遠征隊をどうにかしようと立香に指示を出すように大声で伝える。なんだかんだで、冬木での大声を出す訓練の成果を出した。

 

「た、隊長さん!急いで、撤退させて下さい!」

「藤丸指揮官からの指示を受諾。『全隊、砦まで撤退せよ。』」

 

遠征隊はサーヴァント達の援護の元、ようやく砦の中まで避難した。サーヴァント達は遠征隊が砦に入ったのを確認すると、枷が無くなったので伸び伸びとワイバーンを殲滅していった。

 

「隊長さん、怪我人の治療を!」

「マスター殿は、ここでサーヴァント殿の指示を......あのサーヴァントをどう確保するのか考えなくては...最悪、現戦力で排除することも視野に入れて。」

 

砦に戻って来た遠征隊はボロボロで、30人近くが手足を失い、半分以上が何らかの怪我を負っていた。マックスは立香の護衛に数人の隊員を残すと、砦に帰って来た遠征隊の方に行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今ので、最後の様ですね。」

 

マシュ達サーヴァントは遠征隊の血とワイバーンの死骸が散らばる平原で、残りのワイバーンが居ないか見渡す。何かが動く気配が無くなったのを確認すると、マシュは一緒にワイバーンを倒して居た女性のサーヴァントに駆け寄る。

 

「ありがとうございました。」

「いえ、当然の事です。」

「その...申し訳ないんですが。マスターに合って頂けますか?」

「大丈夫です。最初から合うのが目的でしたから。」

 

マシュがサーヴァントと話しながら、砦に戻っていると足元に矢が刺さる。慌てて顔を砦に向けると、砦の上ではフランス兵と遠征隊が互いに獲物を向け合って居た。

 

「そんな、貴方は...いや、お前は! 迎撃準備! 魔女だ!」

「弓を下げろ! 今直ぐに! 」

 

城壁に上では遠征隊が立香を背中に隠しつつ、フランス兵に銃を向けている。一触即発の状態で睨み合い、今にも戦闘が起きそうである。

 

「え?...魔女?」

 

マシュが女性のサーヴァント視線を向けると、サーヴァントは悲しそうな顔をし、話し始める。

 

「ルーラー。私のサーヴァントクラスはルーラーです。真名をジャンヌ・ダルクと言います。」

 

マシュ達サーヴァントは、ジャンヌから距離をとり、警戒する。

 

「ジャンヌ......ダルク!」

「魔女になったはずでは?」

 

ジャンヌはマシュ達に武器を向けられても、身構えることなく懇願するようにマシュに言う。

 

「その話は後で...彼らの前で、話すことでもありませんから。こちらに来てください。お願いします。」

 

マシュは立香に通信をし、相談する。

 

「誘われてしまいました。どうしましょう、先輩。この時代に精通していると思われます。詳しい話を聞いてみるべきかと。」

「手掛かりになると思うから、付いて行こう。」

「まさにこの時代に生まれたサーヴァントですから、地形、情勢などに付いても詳しい情報が手に入れられると思われます。」

「キュキュ、キュウ!」

『僕も賛成だ。弱っているようだけど彼女はサーヴァントだ。』

『私も賛成よ。サーヴァントが多いに越したことはないわ。』

 

カルデアの要職に付いている者達の意思が統一され、サーヴァントについていく事になった。立香は遠征隊を掻き分け、砦の司令官の前に立つ。

 

「司令官さん、私達は直ぐに出て行くので、どうか武器を納めてください。」

 

司令官はしばらく立香を睨んだ後、自身の剣を仕舞い立香の前から去って行く。

 

「...魔女について行く奴らに、この砦の中に居場所はない。こいつらを砦の外に追い出せ。」

 

司令官は階段の手前で止まり、立香達に振り向きもせずに、ぶっきらぼうに言う。

 

「...武器は持って行くがいい。部下の治療と砦を守ってくれた謝礼だ。」

「感謝する。」

 

マックス達は速やかに、荷物を纏め、負傷兵を抱えながらジャンヌの後に付いて行く。マックスが立香の後を歩いているとロマンからの通信が入った。

 

『マックス、召喚サークルを確立したら、彼女の状態を調べて欲しい。より多くのサーヴァントの情報を得たい。』

「了解した。」

 




次は早くても1週間後ですかね。もっと早く書けるように精進します。


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黒は白とは相容れない

マックスと立香達はジャンヌの誘導で森の中に入っていく。

 

「...僅かですが、魔性の者達がいるようです。ここから砦まで近い。攻め入る前に倒してしまいましょう。」

 

森の中にワイバーンと獣人が何匹か居ることに気づいたジャンヌは、砦の為に討伐しに行こうとするが、マックスに止められる。

 

「その任務は遠征隊に。我々の役目は、マスター殿の露払い。ご命令を。」

 

遠征隊の本来の活動は、こう言った雑魚の排除であり、冬木でのサーヴァント戦は職務外だった。立香は迷ったが、森の中に居るワイバーンはジャンヌ曰く、そこまで多くないらしいので、任せることにした。

 

「では、お願いできますか?」

「勿論です。マスター殿は、ここでジャンヌ殿からこのフランスで何が起きているか聞いておいて貰えますか?」

「分担ですね。分かりました。隊長さんも怪我しないでくださいね。」

「では。第1から3分隊行くぞ。残りはマスター殿と負傷兵の護衛だ。」

 

遠征隊は負傷兵と護衛、途中で回収した骸骨とワイバーンの素材を置くと森の中に消えていった。

その後、先ほどまで聞こえていた魔性の者達の雄叫びは聞こえなくなり、森は静寂に満ちる。

 

「ジャンヌさん、お話を聞かせてもらえますか?」

「はい...」

 

 

 

 

side マックス

 

マックスはワイバーンと獣人の駆除具合を確かめようと森の中を移動していると、第2分隊長が木の枝をナイフで削り木の槍を作っていた。

 

「どうだ、どれ位終わった。」

「森にいた奴は、殆ど終わりました。負傷者もいません。ワイバーンも頭を潰しただけなので、いい素材が取れるでしょう。」

「解体風景は撮影しておけ。学術的にかなりの資料になる。」

 

現在も森に中で隊員達は茂みに潜み、近くを通る獣人達を茂みに引きずり込んでいた。引き摺り込まれた獣人達は、抵抗する間も無く喉を搔き切られて死んでいく。獣人達はどんどん減って行く仲間に混乱していたが、遠征隊の姿を見つける事は出来きず、全滅も時間の問題で有る。

 

「砦防衛戦で被害を受け過ぎた。これ以上は任務に支障が出る。負傷兵が出ない様、十分注意しろ。」

「召喚サークルが無ければ、予備のパーツが手に入りません。早く霊脈を見つけましょう。」

「カルデアが霊脈を探しているから、もう直ぐ見つかるだろう。残りの作業が終わったら、警戒に2個分隊残して、残りは集結地点まで帰ってこい。ワイバーンの解体をする。」

「了解しました。」

 

マックスが去った後、分隊長は作業を再開する。分隊長は近くの幹に結びつけてあった(つた)製のロープを確認すると、先ほどの木の槍を思いっきり投げる。

 

「こんなもんか。」

 

分隊長は作った槍を全て投げ終えると、獲物を探している分隊員と合流するために森に溶け込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隊員の去った後には、何本もの木の槍が刺さった獣人の死体が逆さに吊られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 立香

 

立香達は火の周りに集まり、マックスの帰りを待ちながらジャンヌの話を聞いていた。

 

「竜の召喚は最上級の魔術と聞きます。まして、これだけの数となれば...」

 

立香達だけではなく、オルガマリーやロマンもホログラムで火の周りに映し出されている。ジャンヌはホログラムに最初は驚いたものの、直ぐに慣れホログラムに手を突っ込み、人がいるのに触れないと言う不思議な感覚を楽しんでいた。

 

『現代の魔術師では、不可能だね。』

『この時代の魔術レベルでも困難なはずよ。西暦以降、一般魔術師が呼んだ記録も無いわよ。英霊級は別として。』

 

カルデアもただ見ていただけではなく、当時のフランスの人口から風土、生態、魔力などの細かい事を調べ尽くしたが、何処にも竜に関する記録はなかった。

 

『となると...立香くん。そんな反則ができるのは。』

「聖杯ですかね。」

 

立香はカルデアでのサーヴァント召喚を経験して、召喚がどれほど大変かを身を以て実感した。同時に、そんなサーヴァント召喚を気軽にできる聖杯の異常さも見せつけられた。

 

『まだ、憶測だけどね。』

『ほぼ確実じゃ無い。特異点、竜の召喚、魔女、サーヴァント、こんなにイレギュラー要素がてんこ盛りなのよ。絶対、聖杯が原因よ。』

 

オルガマリーは遠征隊とマシュからの報告書を読みながら、このフランスの変異具合に聖杯の力に恐怖を抱きながらも、魔術師として多大な興味を抱いていた。

 

「...聖杯などの不明な点が多々ありますが。今のフランスの異変関しては、ある程度は把握できました。」

『マドモアゼル・ジャンヌ。貴方はこれからどうするのですか?』

 

ジャンヌはロマンを真っ直ぐ見て、揺るぎない声で答える。

 

「オルレアンに向かい、奪還します。主からの啓示はありませんが、ここで目を背ける事は出来ません。」

「一人でも戦う...歴史通りですね。」

 

マシュはジャンヌの姿に感銘を覚え、目を輝かせて見つめる。立香も教科書通りのジャンヌに感動したが、同時にオルタやダヴィンチを思い浮かべ微妙な気分になる。

 

「ダヴィンチちゃんとは、大違い。て、言うか、最近歴史の裏側を見過ぎて、混乱しそう。学校に戻ったら、テストで絶対変な回答書く。」

 

立香の呟きにオルガマリーが、今更と言う顔で言う。

 

『学校って、何言ってんのよ。魔術に関わった以上、終身雇用よ。』

「え?...そんなの聞いてませんよ。」

『ちなみに逃げたら、時計塔守護者...つまり遠征隊が世界の果てまで、追ってくるわよ。その年で国連関連機関に就職できたんだから、大出世じゃない。』

 

立香はちょっとしたバイト?気分だったので、いつの間にか終身雇用(命の危険あり、退職不可、残業あり、休日ほぼ無し、給料未定、労働組合なし、監視付き、職場近くに飲食店なし)になっていた事に確然とし、自身の描いていた将来の夢が音を立てて崩壊していくのを感じた。

 

「とりあえず。今度の方針は、彼女に協力する、と言うのはどうでしょう?」

『それでいいと思うわ。』

『僕も賛成だよ。』

「もちろん、私も賛成です。」

 

一種の精神崩壊を起こしている立香と部隊を指揮するために出掛けているマックスを除き、会議に参加していたカルデア幹部達は今後の方針を決めた。

 

『ジャンヌに協力するのが、最善だからね。救国の聖女と共に戦えるなんて、滅多に無い名誉だからね。』

「では、改めて、マドモアゼル・ジャンヌ。これから、貴方の旗の下で、戦う事を許してくれますか?」

 

マシュはジャンヌの前に立ち、昔アーカイブで読んだ騎士のルールに習い、ジャンヌの前に跪く。

 

「そんな...こちらこそお願いします。どれほど感謝しても足りないくらいです。」

 

ジャンヌはマシュの手を取り、立ち上がらせる。手をしっかりと握りながら、満面の笑みで頭を下げる。

その後、ジャンヌさんとマシュで頭下げ合戦になったが、立香が再起動した事でひと段落ついた。

 

「マックスさんと情報の共有が必要ですね。」

 

座って火を眺めていると、立香がマックスに何も伝えていない事を思い出した。すると、近くの遠征隊が置いていったカバンからノイズがした後、マックスの声が聞こえてきた。

 

『全て聞いていたから、不要です。』

 

立香はいきなりの声に飛び跳ねる。オルタは一瞬身構えたが、直ぐにカバンからだと気付く。オルタはカバンを逆さにして振り、中身を乱暴にぶちまける。

 

「盗み聞きか? 品が無いな。」

『アベルはゴミ(裏切り者)の処理などが仕事です。アベルに品などは求めらてられていません。』

 

オルタはぶちまけられた荷物から通信機を拾うと、悪態をつく。立香は盗み聞きされていた事に、少し恐怖を覚え、カルデアに帰ったら自室を調べる事を心に決めた。

 

「品といえば、随分汚い殺し方をするのだな。」

『汚いとは?』

「森から濃厚な血の匂いがする。ただ殺しただけでは、こんなにしないぞ。暴れて血をまき散らしたら、このぐらいするが。どうだ?」

『獣避けを作っただけです。』

 

マックス達が作った獣避け、つまり獣人の逆さ吊りから発せられる濃厚な血の匂いが森中に広まっていた。

 

「俺を呼んでくれれば、獣避けのルーンを刻んだのに。まぁ、おめぇ達のやり方も効果はあるが、怒らせるかもしんねぇぞ。」

『怒った方が動きが単調になるので、怒らせようが怖がらせようが、どちらでもよかったのでこうしました。』

「ふぅん...まあ、いい。早く帰ってこいよ。嬢ちゃん達が待ちくたびれてんぞ。」

『もう少しで、食料調達が終わりますのでお待ちください。』

 

オルタは通信を終えると、通信機を後ろに放り投げる。しばらく待っていると、森に中から隊員と一緒に何かを引きずりながらマックスが帰ってきた。

 

「遅いぞ。なんだそれは?」

「仕留めたワイバーンです。鱗と牙、神経を剥ぎ取ろうと思いまして。」

「神経? 弓の弦にするのか?」

「それは腱の方で作ろうかと。神経は爆破で焼かれたカルデアの有機神経回路を再構築するのに使います。回路が治れば、レイシフトももっと安定するはずです。カルデアに送るのにかなりのエネルギーが入りますが、基地の核融合炉のエネルギーを全て回せばいけるでしょう。」

 

マックスはワイバーンの解体を指示し、カルデアに報告すると立香の隣に腰を下ろし、森で採ってきた果実を立香に差し出す。

 

「大まかな事しか決まっとらんぞ。明日はどこいく?」

 

立香に果物を分けてもらい、頬張っていた茨木がマシュに口元を拭かれながらマックスに尋ねる。マックスは目を瞑り、情報を整理した後口を開く。

 

「まずは...召喚サークルでしょうね。武器は勿論ですが、マスターの生体機能維持に必要な食料を安定させなければなりません。とりあえず今夜は、捕まえた猪と森の山菜で牡丹鍋にしましょう。今、血抜きしているので、後で持っていきます。」

「牡丹鍋...いいな、久しぶりだ...そ、それよりも、サークルの後はどうする?」

 

茨木は牡丹鍋を想像し涎を出しが、急いで拭き何事も無かったかのように聞く。

 

「偵察でしょうね。聖杯という事は、冬木の様に召喚されたサーヴァントもいるはずです。敵勢力のサーヴァントについての情報が無いまま、オルレアンに突っ込むのは愚策でしょう。」

 

マックスは話を区切り、枝を拾うと地面に大雑把なフランスの地図を書き始める。

 

「オルレアン攻略は置いておいて、まずは明日の事を、召喚サークル及び前線基地に設営までの作戦を決めましょう。」

『それもそうね、明日の事を明日の朝に決めてたら、行動が遅くなるわ。』

「行動が遅くなれば、なるほど事態は悪化するしなぁ。」

 

ジャンヌに詳しい地名や地形を聞きながら地図を書くと、今いる森の位置に部隊番号や人数を書き込んでいく。

 

「負傷兵とその護衛、周辺の探索に3個分隊と輸送分隊を置いていきます。」

 

マックスは今いる森を枝で指し、横に「遠征隊 136人」と書き込む。

 

「足がない奴がいても邪魔だしな。」

「多くても見つかりやすくなるしな。森の魔物も一掃したみたいだし、いいんじゃね。」

 

オルタもクーフーリンも異論はないようで頷き、続けつように促す。マックスは森から矢印を引き、別の森に繋げる。

 

「カルデアからの情報では、この森に霊脈があります。ここに行くまでは、マスター殿達には残りの3個分隊、私を含め100名が護衛します。」

「ここには小高い山が有るので、ここを...」

 

その他の細々とした事をカルデア、遠征隊、サーヴァントで決めていると、オルガマリーがクーフーリンを見て、ふと思いつく。

 

『他の協力者も探した方がいいわね。敵のサーヴァントが複数いるなら、今のカルデアでは勝ち目がないわ。』

「協力者ですか...現地民に銃持たせて、オルレアンに突撃させますか?」

『バカ言わないで。そんな事やっても、武器を無駄にするだけよ。』

(人命の心配では、無いのね。)

 

立香が命を大事にしない魔術師(クズ)達に冷たい視線を送るが、二人は気づかず現地協力者について話をする。

 

『冬木でクーフーリンが居たみたいに、このフランスにもまともなサーヴァントがいるんじゃない。』

 

全員があーと言う顔になり、もしかしたらと思い、ルーラーであるジャンヌに目を向ける。

 

「ジャンヌさん。私達の他にサーヴァントの反応はありましたか?」

 

ジャンヌは俯きながら、申し訳なさそうに答える。

 

「申し訳ありません。ルーラーが持っているサーヴァントの探知機能も今の私には使用不可です。」

「遠征隊も探知機を持ってこれなかったので、サーヴァントの広域探知が出来ません。カルデアの探査に期待するしかありませんね。」

『探知範囲が結構狭いから、あんまり期待しないでね。』

 

話していると、森から血抜きの終わった猪や山菜を抱えた隊員達が帰って来たので、夕飯を作る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

立香はジャンヌ、マシュと一緒に鍋を作り、煮込みが終わるのを待っていた。暇なので歩いていると、カルデアのサーヴァント組と遠征隊がワイバーンの死体の側に集まっている。

 

「食ってみようぜ。」

「東洋じゃ、毒だぜ。」

「流石のケルトでも、ワイバーンは無かったなぁ。」

「竜なら食ったぞ。」

 

立香は不穏な会話が聞こえたので、急いでオルタ達のところに行く。遠征隊はカメラで撮影しつつ、オルタにワイバーンの装甲を切ってもらっていた。

 

「守護者大書庫にも、食レポは無かった。知識の収集は守護者の義務だろ。あと、オルタさん、竜の食レポの情報提供をお願いします。」

「普通だった。」

「情報提供ありがとうございます。」

「しかし、油が多いですね。」

「そりゃ、空飛んでるからな。体を軽くするために、油が多くなるわ。」

「ありゃ、魔力で飛んでんじゃねえのか?」

「魔力で浮くにも、体が軽い方が負担が少なくなるだろ。」

「それもそうだな。」

 

隊員達は立香が見ている事に気付き、さっきまで騒がしかったのに一気に静かになる。

 

「何やってるんですか?」

 

立香がジト目で見ていると、分隊長の徽章を着けている隊員が歯切れが悪い返答をする。

 

「いや、その...素材取りついでに、ワイバーンを食べてみようかと思いまして。」

 

アホとしか言えない行動に立香の目に、より強く呆れの感情が入り、遠征隊が小さく縮こまる。

 

「ワイバーンを...食べる。」

「竜の肉って、男の夢じゃ無いですか。」

「男の夢...」

 

サーヴァント達は説教の雰囲気を感じ取り、サッサと逃げていて、残された隊員達が立香前に起立で並んでいる。そんな様子を茨木が爆笑しながら見ている。

 

「さっき森で倒した奴の肉があったので、つい...あの...その...すいません。」

「いや...すごい事考えてるんだなと思いまして。」

「夢が目の前にあったら、食いたいという衝動が湧くじゃないですか。」

「うん...そうですね...お腹壊さないで下さいよ。」

 

立香はマシュ達から鍋ができたと呼ばれたので、遠征隊をおいて火のそばに帰っていった。ちなみに遠征隊曰く、割と美味しかったらしい。内臓を食う際に、誤って火炎袋を火にかけてしまい大爆発を起こしていたが。

 

 

 

 

 

その後、立香は早めの就寝についた。マシュとジャンヌが互いの初陣について話していると、マックスが不寝番の入れ替わりに帰って来た。

 

「マックスさんって軍歴で言ったら、私達よりも長いですよね。」

「功績は足元にも及びませんがね。」

「でしたら、少しお話を聞かせてもらえますか?」

「構いませんよ。」

 

マックスはマシュ達の向かいに腰を下ろし、拾って来た薪を焚べる。

 

「マックスさんの初陣っていつですか?」

「14の時ですね。」

「やっぱり、そんなに若い時から...」

「アベルでは、普通ですよ。もっと若いアベルも過去にいましたが。」

 

ジャンヌはマックスを正面から見るには初めてだったが、聖書の人物の名を持ちながらここまで暗い物が合う人は初めて見た。

40年間世界の裏側のより暗い所で、暗殺などの暗い事をして来たマックスは光を浴びる事はなかった。イザイラはそんな彼を()の元に送りたかったが、マックス自身が光で変わってしまうのを怖がり、なかなか光の元に出る事が出来ず今に至る。

 

「どんな敵と戦ったんですか?」

「最初の任務は、裏切った下部組織の皆殺しでしたね。」

「「......」」

「潜入を生業とする一族でしたから、大変でしたよ。一人ずつ見つけ出し殺しました。」

「一人で...全員を?」

 

マシュは普段より黒く濁った目になったマックスに若干怯えを怯えながら、確認する様に聞く。マックスは噛みしめる様に、ゆっくりと一言ずつ答える。

 

「はい。一人残らず。大人も...子供も。」

 

誰一人話し事なく、ただ薪の弾ける音だけが響く。マックスは立ち上がり、森へと足を向ける。

 

「...そろそろ、マシュ殿も、ジャンヌ殿も寝たらどうでしょう。警戒は遠征隊におまかせ下さい。快適な眠りを保証します。 」

 

マックスは近くに置いていた武器を取ると森の中に消えていった。何時もの、機械のような淡々とした様子とは違い、マックスから滲み出た感情に、マシュはマックスの背中を見つめる。

 

 

 

「本官はアベル。作戦実行局アベル。殺す事が存在意義。愛情はいらない...いらない。」

 

 

 

子供(愛の結晶)の立香のそばにいただけで、自身の心が変わっていくのを感じたマックスは、マックスにアベルとして言い聞かせる。そんな呟きは誰にも聞かれれる事なく、マックスと共に闇に溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、焚き火後に準備を終えた。立香達が集まっていた。

 

『先ずは、ラ・シャリテ経由で召喚サークルの場所に行く。その後に、本格的なオルレアンの偵察だね。霊脈の場所はもう見つけてあるから、ナビするよ。』

「はい! お願いします!」

 

立香は遠征隊が準備した落ち葉の詰められた蔦製のハンモックで寝ていたので、疲れも取れ朝から元気に準備をしていた。マックスも準備が終わったようで、立香の元にやってきた。

 

「では、行きましょう。」

「えっと、遠征隊の人達明らか少ないんですけど。」

「後から合流します。」

 

マックスの背後には20人程の隊員しかおらず、昨日聞いた100人の護衛が集まっていない。マックスの打ち上げた信号弾を合図に、隊員達は(もっこ)を背負い移動し始める。

 

「遠征隊の人達に問題が発生したのですかね、先輩?」

 

立香達が森を歩いていても、森中に散っているはずの隊員達の姿がない事にマシュは心配になって立香に尋ねる。立香も心配になり見渡していると、真横の草が盛り上がる。

 

「第3分隊第4班、合流」

 

立香が完全に草だと思っていたものは、草を身体中に括り付けた隊員だった。その後も、森から生み落とされた様に、草木の中から這い出てくる遠征隊に立香とマシュは、その隠密行動に完成度に舌を巻く。

 

「完璧に擬態してますね。」

「そうか? 何と無くいるなーってのは、感じるぞ。ほれ彼処にも。」

 

茨木が石を拾い、木に投げる。すると悲鳴の後、隊員が落ちてきた。自慢げに立香を見る茨木に、落ちた隊員が未だに動かないのを見た立香は微妙な気分になる。

 

 

 

 

 

「まだ、休憩していて下さい。もう直ぐ、連絡が入るはずです。」

 

立香達は平原に出る前に、ワイバーンなどが近くにいないか確認するために送った偵察隊を待っていて、一時休憩していた。立香が付近を警戒している遠征隊を改めて見ると、体の急所となる部分にワイバーンの鱗を貼り付けている。

 

「昨日、遠征隊の皆さんが夜遅くまでやっていたようですから、全く敵に会いませんでしたね。」

「面倒くさくねぇのはいいが、朝の運動には散歩だけじゃものたんねぇな。」

 

立香達がこの時間を利用して、早めの昼食を取っていると、偵察部隊で先行していた隊員から通信が入る。

 

『第2偵察隊より連絡。』

「何かあったのか?」

『ラ・シャリテが炎上中。空中にワイバーンも確認。』

 

休憩していた立香達に緊張が走り、ジャンヌは今すぐにでも駆け出して行きたしそうに、ラ・シャリテの方を見つめる。

 

『生き残りはですね...人影が数人。あれは......』

「ん?どうした?」

『......』

「おい! 返事をしろ!」

 

マックスは隊員達に戦闘準備する様に指示した後、立香の元にやってきた。

 

「第2偵察隊がやられたようですね。マスター殿のブレスレットに変化はありますか?」

「特には...」

 

マックスは隊員に再度偵察隊を出し、ラ・シャリテの近くに探索用の魔法陣を作るように事を指示し、立香達と作戦会議を始める。

 

「肉体がやられただけで、ドッグタグは無事。偵察隊の通信は突然切れた事から、奇襲を受けた。しかし、通信では戦闘音が聞こえなかった。つまり、奇襲により、一瞬で全滅。」

「冬木の召喚サークルと同じ...」

 

立香は冬木の召喚サークルの守備隊と同じ状況になっている事に気づく。

 

「サーヴァントでしょうね。」

「サーヴァントだな。」

「サーヴァントだろ。」

『サーヴァントが探知された!...でも、遠ざかっていくぞ...ああ、駄目だロストした! 速すぎる!』

 

マックス達がサーヴァントの仕業と断定していると、ロマンからサーヴァントがいなくなったと通信が入る。一応、サーヴァントがいなくなり安全にはなったが、不安の多いラ・シャリテに行くか悩む。

 

「...どうしますか?」

「私は...」

「見に行きたいです。」

 

マックスは立香に尋ねたが、立香の発言に被せるように言うジャンヌに眉を潜める。

 

「"私"のしている事を見たいんです。お願いします。」

「...ラ・シャリテに行きます。」

「いいんですか? 危険ですよ。」

 

立香はジャンヌの"自身"に向き合う覚悟を感じ、一緒にラ・シャリテに行く事を決めた。マックスとしては、危険地帯に立香を連れては行きたくない。

 

「護ってくれるんですよね。」

 

立香の視線にマックスは姿勢を正す。

 

「この命に代えましても、全力でお守りします。」

「では、行きましょう。サーヴァントの皆さんもいいですよね。」

「マスターは吾ではなく、其方(そなた)だ。ついて行くぞ。」

「マスターに言われちゃ、行くしかないね。」

「不満はあるがいいだろう。」

「行きましょう。ラ・シャリテへ、生存者がいるかもしれません。」

 

立香達は遠くからもよく見える黒煙に向かって進む。

 

「部隊前進! 目標 ラ・シャリテ! 戦闘陣形!」

 

遠征隊もジャンヌの軍旗を先頭に前進する。

 

 

 

 

 

 

 

ラ・シャリテに着くと悲惨の一言に尽きた。壊れるものは壊れ、焼けるものは焼け、生きるものは死んでいた。

 

「ロマン。」

『この街に命と呼べるものは残ってない。』

 

燃やし尽くされた街は冬木で慣れたと思っていた立香だが、冬木とは違い焼死体が転がる街に吐き気を覚える。

 

「ワイバーンだな。噛み跡がある。」

 

遠征隊は死体を足で転がし、その傷跡をよく見ていた。

 

「この噛み跡は...」

「待って下さい! 今、物音が!」

 

遠征隊はワイバーンとは違う、直径8cm程の円形に近い歯型を見つける。近いジャンヌは路地裏からの足跡に気づき、路地裏に近ずく。路地裏から伸びる手にジャンヌは手を伸ばすが、相手の顔を見て固まる。

 

「違います、それは!」

 

ゾンビはジャンヌに手を伸ばしながら迫る。固まっていたジャンヌだが、ゾンビが手を伸ばし助けている様に見え、その手を取ろうと手を伸ばす。

 

「...今、たす...けま...」

 

ジャンヌの手が触れる直前、ゾンビの手が打ち払われる。

 

「これは、敵ですよ。人ではありません。」

 

マックスはジャンヌがゾンビを倒そうとしないので、持っていたウォーハンマーで腕をへし折った。

 

「さあ、殺しましょう。」

 

マックスはウォーハンマーのツルハシになっている方で、ゾンビの頭を貫くと、捻り切る。ジャンヌは首から吹き出す血を呆然と眺める。

 

「殲滅しろ! 伝染病の原因になる死体は火に放り込め!」

 

隊員達は町中に散って行き、建物を蹴り開けながら一つずつチェックして行く。そして、基督教の教義を冒涜する様に、死体を燃やしていく。

 

「ジャンヌさん。」

 

火から立ち上るドス黒い煙を呆然と眺めているジャンヌに立香は話しかける。

 

「...私達も行きましょう。魂を体から解放してあげましょう。」

 

ジャンヌは旗を強く握ると立ち上がり、遠征隊が死体を投げ込んでいる火に近づく。ジャンヌは火の前に跪き、約束の日まで肉体を持てなかった哀れな人達の為に祈る。

 

「主よ...」

 

ジャンヌが祈りの姿勢になった途端、隊員達はギョッとした顔になり、持っていた死体や武器を放り投げて、全速力で逃げていく。

 

「え?...どうかしました。」

 

ジャンヌは祈り終え、立ち上がると遠くからジャンヌを憎たらしげに見る遠征隊に首を傾げる。

 

「こ...殺す気か⁉︎」

「危ねぇな!こん畜生!」

 

ジャンヌは遠征隊からの野次に目を丸くする。立香とマシュも首を傾げていると、野次を飛ばす遠征隊を面白そうに見ていたオルタが、ニヤニヤしながら言う。

 

「マスターよ、遠征隊はどんな種族だったか覚えているか?」

「種族ですか...えーっと。」

 

立香はいきなり種族と言われ戸惑うが、マシュがさっと答える。

 

「半人半悪霊ですね...あ、なるほど。」

「あの聖処女、祈りでこの地に彷徨う霊を浄化していた。そして、うっかりで半悪霊の遠征隊も全滅させようとした。遠征隊は、後ろから撃たれた気分になってるだろうな。」

 

遠征隊は半悪霊なので、除霊などには耐性がなく、聖人の祈りなどを近くで聞けば速攻で浄化され消失する。立香は未だにジャンヌにブーイングを浴びせている遠征隊を見て、なんだかなぁと言う気分になる。

 

「カルデアの放送使って、祈りを流してみたら、さぞかし面白い事になるな。浄化される遠征隊、暴動を起こす残存兵、パニックに陥るカルデア職員...楽しそうだ。」

『ロマン、放送室の器械にパスワードをかけなさい。』

『お遊びで、人類史崩壊とかシャレにならないよ。』

 

マックスがブーイングしていた隊員達を散らし、ジャンヌに謝っているのを見て、立香はキャラの濃い人たちが多いなと溜息を吐く。

 

 

 

 

 

 

マックス達が町の処理を続けていると、カルデアから悲鳴のような通信が入る。

 

『レーダーに感あり!先ほど去ったサーヴァントが帰ってきた! 君たちの存在を感知していたらしい!』

 

敵も殆どおらず、のほほんとした空気が漂っていた遠征隊の雰囲気が一気に変わり、ピリッとした空気になる。

 

「数は⁉︎」

 

マックスは隊員を踏み台に屋根に飛び上がり、敵の来る方向を双眼鏡で見る。

 

『ウソ...五騎よ‼︎ 今すぐ逃げなさい‼︎』

 

マックスは大型の竜とその周囲を守るように飛ぶワイバーン達の大編隊を見て、冷や汗を流す。マックスは屋根から飛び降り、周りの隊員達に大声で指示する。

 

「撤退‼︎ 撤退だ‼︎ 」

 

隊員達は弾ける様に行動を開始し、逃走経路の確保を始める。

 

『速度が迅い...これは、ライダーか⁉︎」

 

キャスターであるクーフーリンは相性に悪的に、顔が歪む。アサシンのいないカルデア勢力はライダーに対して有効なものが無く、数を生かしてひたすら袋叩きにするしか無いが、敵は五騎もいるのでそれもできない。

 

「勘弁してくれよ、ライダーは相性悪りぃんだよ!」

「バーサーカーの吾が相手するか⁉︎」

「いえ、戦闘はしません。逃走経路確保のため、瓦礫を吹き飛ばしてください!」

 

オルタ達は森に最短距離で逃げるために、邪魔になる瓦礫を吹き飛ばしていく。隊員達も敵の視線を少しでも遮るために、火の中に目についた可燃物を片っ端から投げ込む。

 

『数は同じでも、相手には聖杯がある! 情報が揃うまで戦闘は避けるんだ! いいな!』

『霊脈のある森が近いわ! そこに逃げて身を隠しなさい!』

「逃げましょう!」

 

立香は頷き遠征隊が開けた外壁の穴を通ろうとするが、敵の来る方を見つめたまま動かないジャンヌに呼びかける。

 

「ジャンヌさん!」

「...逃げません。せめて、真意を問い質さないければ...!」

 

マックスは逃げようとしないジャンヌに摑みかかる。

 

「貴方の戦争は終わった! 貴方が死んだ事で、貴方の戦争は終わった! この戦争は我々ための、人類ための戦争だ! 貴方のための戦争では無い! 勝手な行動はやめて頂きたい!」

「マックスさん...落ち着いて。まずは逃げましょう!」

 

マシュはマックスの腕を掴み止めようとする。ジャンヌは目と鼻の先でジャンヌを睨みつけるマックスの目を見つめ、揺るぎない目で自身の決意を示す。

 

「私は知りたいのです。私はどうしてフランスを壊すのか...人を恨むのか。今も昔も私は、私は己の選んだ道のりを走りたいのです。私は私に会う事を選んだんです!」

 

マックスの顔は更に歪む。マックスの感情を表しているのか、マックスの体から黒い鱗粉の様なものが滲み出る。

 

「貴方は人類とともに心中したいのですか⁉︎ 」

「そんなつもりはありません。ただ、私は話をしたいのです。」

「...分かりました。 貴方は人類に不要と判断する! ここで死ね!」

「隊長さん! やめて下さい!」

 

マックスはジャンヌを突き飛ばし、マシュの腕を振り払うと腰からサラエボ拳銃を抜き、ジャンヌの胸元に照準を合わせる。

立香は急いで戻り、マックスの腕を引っ張り銃を下げさせようとする。

 

『何やっているんだ!早く逃げ...あぁ、もう遅い。』

 

ロマンはいがみ合い、未だに逃げていない仲間達にやめる様に叫ぶが、レーダーを見て焦りの感情などが一気に抜け落ちる。見つめ合うマックス達の上を黒い影が通り過ぎた。

 

「また...また...私は裏切られているのですね。学の無い村娘は、覚えると言うことすら知らなかったにですね。」

 

竜の上に乗る黒い"私"が仲間に武器を向けられている"私"に失望と呆れの混じった声をかける。

 

「貴方は...」

 

ジャンヌは竜の上に乗る黒い私を見つめる。竜のうえの"私"は私を見て、嘲る様に笑っていた。

 




えーっと、まずは、はい、遅れてすいません。

本当に忙しかったんです。1日12時間、週6日ぐらい働いてたんです。許して! 忙しすぎてガングートも手に入れられなかったので、結構落ち込んでます。

多分次も同じくらい時間が掛かりそうです。

誰か頑張ってる紅葉餅を褒めて...ここ数ヶ月、人に褒められた記憶がない。



身の上話は置いておいて

この話は結構、展開が急すぎましたかね。自分で読んでいて結構話が急だなと感じたんですよ。取り敢えず一ヶ月空くのはマズイと思って投稿したのですが、意見があったら言って下さい。なるべく反映します。


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英雄と兵士

第2部の2章が発表されたのに、紅葉餅はまだ一部の一章の始め部分。FGOが終わる前に、完結できるか心配になってきました。

一話1.4万文字って長いですかね?


 

「ふふ、頭がおかしくなりそう。あの日の絵画を見てるみたい。裏切られて武器を向けられている私。なんて、惨めなんでしょう。」

 

マックスは近くにいる立香をサーヴァント達がいる方へ押しやり、拳銃の安全装置を()()、先頭に立つ邪ンヌに銃口を向ける。

 

「敵性サーヴァント、魔女ジャンヌ・ダルク。他四騎視認。全隊員は遅滞戦闘に移行せよ。マスターを逃すぞ。」

 

撤退路を確保していた隊員達が裏路地を通り、サーヴァント達が睨み合う広場に集結する。隊員達は路地や廃屋の中に身を隠し、攻撃指示を待つ。

 

「見てよジル! あの哀れな小娘を! 馬鹿は死んでも治らないと言うけど、本当みたいね! また、仲間に武器を向けられて、裏切られているわ!」

「あの2Pカラーが魔女なんかねぇ。」

「属性的には私と同じだな。さしずめ、ジャンヌ・オルタといったとこか。」

「吾が道を作ったというのに。何故、逃げぬ。」

 

隊員達から敵サーヴァントの襲撃の伝達を聞いたオルタ達は、屋根を飛び越えて広場に着地し、集結する。立香率いるカルデア特異点遠征隊100名、サーヴァント5騎。邪ンヌ率いるサーヴァント4騎、ワイバーン約60匹。2勢力がオルタの嘲笑をBGMに睨み合う。

 

「ちっぽけね! 同情すら湧かないわ! 仲間に武器を向けられても、仲間だからと狂信的に信頼するなんて...ふざけるな‼︎」

 

怒り狂う邪ンヌは体から炎を吹き出し始める。ウラドなどの邪ンヌに従うサーヴァント達は炎に、迷惑そうな顔をして距離を取る。

 

「貴方は...貴方は誰ですか⁉︎」

 

邪ンヌの嘲笑に固まっていたジャンヌが、自分を嘲笑う自分そっくりの誰かに震える声で聞く。邪ンヌは嗤うのを止め、憎悪に濁った目をジャンヌに向ける。

 

「立場を理解していない様ですが...いいでしょう。冥土の土産というものです。私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女ですよ。もう一人の私。」

 

邪ンヌの"蘇った"と言う言葉にマックスが反応し、敵を見る目から観察する様な目に変わる。

 

「...貴方は聖女では無い。私がそうでは無いのと同じ様に...街を襲うのは何故です。」

「何故かって? フランスを潰すために決まってるじゃない。」

 

邪ンヌは今更と言う顔で、ジャンヌを見る。

 

「何故、こんな国を救うおうと思ったのですか? 何故、こんな愚か者達を救おうと思ったのですか?」

 

邪ンヌの言葉に歴史に詳しいオルガマリーやロマン、歴史の裏側を知り尽くしているマックスも納得してしまう。

 

『フランスは色々とやばいからね。箇条書きが不可能なくらいの多い税金とか。』

『共和制になったり、再び王政になったり、今も混乱中だしね。』

「今のフランスにも中東にも守護者は関わっていませんよ。文化財の破壊とか、あれでどれだけの予定が狂ったと思いますか?」

 

ジャンヌと邪ンヌの会話が続くので、この時間を利用してサーヴァント達のデータを集めているカルデア幹部達は些か手持ち無沙汰になり、雑談を始める。

 

「私が話しているのよ。うるさい蠅は引っ込んでなさい。」

『コンソールが燃えた!』

『服に火が! 誰か消して!』

「おっと...危ない。」

 

邪ンヌは雑談が気に食わなかったのか、マックス達を睨みつける。ロマンは情報収集のためにいじっていたコンソールを燃やさる。オルガマリーは服の背中に火がつきカルデアで留守番している後方部隊の隊員に消火器をぶっかけられていた。マックスも足元に火がつくが、横に跳んで避け、足を振ってズボンについた火を消す。

 

「...貴方は本と「長い。」

 

長い会話に飽きたオルタが剣を抜き邪ンヌに向かう。茨木もアイデンティティの炎を邪ンヌに奪われたと思ったのか、全身から炎を吹き出している。クーフーリンは立香に茨木の火が行かないようにルーンを刻んでいる。

 

「そうね。いくら話しても私の心は変わらないわ。最も分かりやすい原始的な方法で、己の意思を押し通しましょう。」

「本当に...それしか無いのですか?」

 

ジャンヌは最後に戦いを避けられないか尋ねる。

 

「まだ、全員が幸せになれる物語があると思っているのですか? これだから、残りカスはメンドくさい。」

「残り...カス?」

「ええ、貴女はルーラーでも無ければ、ジャンヌ・ダルクでもありません。私の捨てた残滓です。」

 

ジャンヌは自身の不完全なルーラーの機能、知識に説明がつくと共に、マジマジと自分はただの残滓にしか過ぎないと言う事実を突きつけられる。

 

「最後にジャンヌ・ダルク。一つ聞きたい。」

 

ジャンヌの会話が終わったが、部隊の配置が終わっていないのでマックスは少し時間を稼ぐ事にした。邪ンヌはまだ話が続くのかとウンザリした顔をする。

 

「裏切り者の告解は不要よ。その裏切りの罪は何をしても消えないわ。」

「罪や赦しなんぞには興味はない。"蘇った"とは?」

「そのままの意味よ。私は死んだけど蘇った。まさに聖女ね。」

「方法は?」

 

邪ンヌは少し考えた後、思いつかなかったのか自身の信仰を口にする。

 

「神がそうさせたのでしょう。」

「そうか...知らないのか。」

 

マックスはとても、とても残念な顔をした後、右手で配置につき終わった隊員達に合図を送る。合図を受けた隊員達は銃を構え、路地裏、廃屋の窓、瓦礫の裏から銃口を覗かせる。

 

「バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。その田舎娘と裏切り者を始末しなさい。この位いれば貴方達の腹も少しは膨れるでしょう。」

「よろしい、血を戴こう。」

「いけませんわ王様。血は私に。」

「では、余は魂を戴こう。」

 

邪ンヌは自身は高みの見物をするつもりなのか、邪ンヌの側に控えていた二人のサーヴァントに任せ自身はワイバーンで空高く舞い上がる。マックスは邪ンヌを観察しながら、遠征隊基地に通信をする。

 

「ジャンヌ・ダルク・オルタを守護者最優先任務検体と認定。映像記録、魔力波形、詳細にデータを収集せよ。」

『了解しました。全センサーを魔女ジャンヌ・ダルクに集中させます。』

 

サーヴァント達が斬りかかるのを合図に、遠征隊100名の持つ拳銃から邪ンヌ達に向けて一斉に弾丸が放たれる。エリザベートはアイアンメイデンを盾にし、ヴラドはスピードを生かして跳ね回りながら避ける。

 

「アサシンにはクーフーリン、ランサーにはオルタ。マシュは私を守って。ジャンヌ、茨木はワイバーンの相手を。」

 

立香も戦闘が始まったのに素早く反応し、サーヴァント達に指示を出す。

 

「クーフーリン殿とオルタ殿には30人ずつ! 他はワイバーンとマスター殿の援護だ!」

 

マックスは立香の指示を最適化し、隊員達に指示を出す。

 

「いいか! 勝つな(・・・)! 絶対に勝つな(・・・)!」

『な⁉︎ どうしてよマックス! 聖杯を持ってるのかもしれないのよ!』

 

オルガマリーはマックスの敗北主義とも取れる発言に驚き、怒鳴る。

 

「こちらが勝ちそうになったら、他のサーヴァントが参加してきます。そうなったら戦線の崩壊です!」

 

マックスは瓦礫に隠れ、腕だけを出してヴラド達に射撃する。

 

『じゃあどうやって戦闘を終わらせるのよ!』

「今考えてます! 逃げる事が前提で、この様な戦闘は予想していませんでした!」

『それでも隊長なの⁉︎』

「戦闘したら負けるって、簡単に予想できましたから、撤退計画を優先していたんですよ! 聖処女め、指揮系統を乱して!」

 

マックスは立香に迫るワイバーンに弾丸を叩き込みながら、指揮系統と作戦計画を大きく乱したジャンヌに苛立ちを募らせる。

 

 

 

 

 

 

 

「うむ...近づけん。」

 

ヴラドは広場を高速で走っていた。

 

「弾幕を張れ! 動きを止めろ!」

「クソ! 当たんねぇ!」

 

瓦礫の隙間や廃屋の窓、裏路地など至る所でマズルフラッシュが見え、弾丸が立香を狙うウラドに殺到する。ウラドが1秒でもその場に止まれば、撃ち抜かれ無いだろうが弾丸の雨に動けなくなり、その隙にオルタに斬り殺されるだろう。

 

「そんなに光っては、此処にいますよと言っているものだ。まずは、一人。」

 

ウラドが手に持っていた槍をマズルフラッシュが見てた路地に投げ込む。

 

「うがぁぇえあげぁぁ...ぁ...」

 

槍に突き刺された隊員は吹き飛び、壁に縫い付けられる。突き刺された隊員は、飛び出るほど目を見開き、ガクガクと体を震わせながら槍を抜こうともがく。

 

「今抜いてやるからな!」

 

他の隊員が槍を抜いてやり、突き刺さっていた隊員を下ろす。突き刺された隊員の安否を確認しようと胸元からドッグタグを取り出すと、ドッグタグは黒く濁った色をしていた。

 

「槍に当たるな! 魂を喰われるぞ!」

 

槍に刺された隊員は魂をヤスリで削られる様な激痛を感じながら死んでいた。

 

「影の様な魂だな。黒く濁り歪みながらも、中身がない。ただ二人の為に尽くすだけの暴力装置。まさしく影だな。」

 

ウラドは瓦礫に身を隠すと、己が喰らった魂の薄さに、不満な様で口を曲げる。ウラドは背筋に寒い物が走り、急いで瓦礫から離れる。

 

「逃げたか。」

 

瓦礫からは黒い剣が生えていた。剣が黒い軌道を残し瓦礫を切り裂くと、粉塵の中から隊員を引き連れたオルタが現れる。

 

「お前達はワイバーンを引き付けろ。彼奴は私がやる。」

 

オルタは隊員達にちょっかいを出してくるワイバーンを始末する様に指示する。隊員達は頷くと周囲に散っていく。

 

「貴様はランサーで、私はセイバー。意味は分かるな。」

「余はバーサーク・ランサー。有利不利など考えずに、ただ戦う事を求める。お前も王なんのだろう。一騎打ちと行こうか。」

「首を切り落として、晒してやろう。」

「塩漬けにしなくていいのか?」

 

オルタとヴラドは余波で瓦礫を吹き飛ばしながら、目にも止まらないスピードの戦闘を始める。

 

 

 

 

 

エリザベートは大きく跳躍すると、上空から贄を選ぶ。

 

「ヴラド様も楽しんでいるようですね。なら私も、私の流儀で楽しみましょう。」

 

バートリーは隊員達の真ん中に着地すると鎖を振るう。隊員達は盾やナイフで防ごうとするが、鎖はそれらを豆腐の様に切り裂き、隊員達の首を撥ねる。首の切り口から吹き出す血を全身に浴び、エリザベートは目を細める。

 

「婦人にそんな物を向けるなんて...悪い紳士ね。」

 

エリザベートを囲んでいた隊員達の胴体が崩れ落ちると、エリザベートはその影から自身に迫る隊員が見えた。隊員は仲間の死体で死角になっている位置から一気にエリザベートとの距離を縮めていた。

 

「でも...そこは私の位置よ。」

 

エリザベートは鎖を引き、アイアンメイデンを盾にする。隊員はエリザベートの動作についていけず、アイアンメイデンに自ら飛び込むことになった。隊員は拳銃を抜き、一矢報いようとするが、無情にもアイアンメイデンが閉まる。

 

「どんどん血を流しなさい。それが私を永遠にさせるわ。」

 

エリザベートはアイアンメイデンから垂れ下がり、血の滴る手を愛おしそうに撫でると次の獲物に向かう。エリザベートが背を向けると、アイアンメイデンから垂れ下がっていた手が動き、握っていた拳銃をエリザベートに向ける。アイアンメイデンの中からは、無機質な殺意を込めた目がエリザベートを見つめていた。

 

「紳士は、潔いことも大切よ。」

 

エリザベートはアイアンメイデンの中の動きを鎖から感じ、もう一度鎖を引く。さらに強く閉じたアイアンメイデンから血が吹き出る。拳銃から弾が放たれる事はなく、隊員の手が再び垂れ下がり、手から拳銃が零れ落ちる。

 

「さて、次は...」

 

エリザベートが次の獲物(若さ)を求めて周囲に目を向けると、足元が光り炎が吹き出る。エリザベート直ぐ様に横に跳ぶが、服の端が一瞬で灰になる。

 

「私の相手は貴方?」

「ああ、そうだ。焼き尽くしてやるよ。」

 

クーフーリンはルーンを展開しながら、エリザベートに近づく。クーフーリンに従っていた隊員達も半円状にエリザベートを囲む。

 

「貴方の血は質が良さそう。どれ位、私を綺麗にしてくれるのでしょう。」

「あ〜...俺は本当に、ろくな女に合わない。今回のマスターはましか? いや...後で変な風に覚醒しそうな予感がする。」

「伝承読むと貴方にも原因があるかと...それよりも、クーフーリン様、我々は。」

「10人付いて来い。後は...マスターを守れ。」

 

クーフーリンは隊員達に強化のルーンを刻んむと、エリザベートに火を叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

立香はワイバーンに集中的に狙われていた。どちらかと言うと邪ンヌがワイバーンにジャンヌを集中的に狙うように指示したので、巻き添えでワイバーンに(たか)られていた。

 

「グヌゥゥゥ...ヒラヒラ飛びおって当たらん!」

 

ワイバーンは空を飛び周り、茨木の剣の当たらない所で隙を狙っていた。茨木は手の届かない所で飛び回るワイバーンに降りて来いと怒鳴る。遠征隊も撃ってはいるが、ワイバーンを死に至らせる程のダメージは与えることができず、牽制にしかなっていない。

 

「マスター! 遠征隊を集めて下さい! 彼らの武器に祝福を授け、強化できます!」

 

ジャンヌは遠征隊の弾丸がワイバーンの鱗に火花を散らしているだけなのを見て、祝福で強化できると提案する。周囲にいた隊員達は、早く言えと思うがそれよりもワイバーンと射撃に集中する。

 

「本当⁉︎ 分かった直ぐに集める!」

 

立香は近くの隊員達に集める様に告げる。隊員は直ぐに瓦礫に隠れ、無線でマックスに連絡する。

 

『祝福か...選ぶ暇はない。第1分隊1班から順次、ジャンヌ殿の所に集合。武器に祝福を受けろ。』

 

順々に隊員が集まり、ジャンヌが祝福を授けて行く。祝福を授ける時、隊員達は全身を針で刺される様に感じたが、歯を食いしばり耐える。

 

「おおう...反動が減った...なんか撃ちにくい...」

「やっぱ慣れた反動が無いとタイミングズレんな...」

「口動かさないで早く撃て!」

 

隊員達は祝福の結果、拳銃の威力が増しワイバーンに対して通常弾でもダメージを与えられる様になった。しかし反動が減った結果、数十万発撃って身に染み込ませた銃の癖との差が出て、若干扱いに戸惑っていた。

 

「祝福が有っても当たらなければ、どうて事ないのだ! 誰かワイバーンを地面に落とせ! マスター令呪を寄越せ! 宝具を撃ち込んでやる!」

 

茨木は今だにワイバーンに攻撃が当たらず(わめ)き散らす。宝具の羅生門大怨起であれば忌々しいワイバーンを直ぐに握り潰せる事も茨木を苛立たせる。

 

「茨木様!」

 

隊員はバレーのレシーブの様な体勢になり茨木を呼ぶ。

 

「ん?...!...しっかり構えてろ!」

 

茨木は一瞬"何やってんだあのバカは"と思ったが、隊員が何をしたいか理解し隊員に向かって全力疾走をする。

 

「真上に上げよ!」

「Yes! Ma'am!」

 

茨木は隊員の手に飛び乗る。隊員は満身の力を込めて上に投げ飛ばす。ホムンクルスの肉体を持つ遠征隊は、50kgしかない茨木を投げ飛ばすのは容易だった。

 

「いい感じだ!」

 

茨木は投げ飛ばされた先にいたワイバーンを鎌鼬(かまいたち)のように、大剣で切り裂いて行く。

 

「上を見ろ! もう一度だ!」

 

茨木は体勢を整え、隊員がいる所に落ちる様に調節する。隊員は何事かと見上げて茨木に銃を向けるが、直ぐに全てを察する。隊員は銃を投げ捨てて、先ほど茨木を空に打ち上げた隊員と同じ様に構える。

 

「もう一丁!」

 

茨木は隊員の手に上手く降りる。茨木は自身の踏ん張りと隊員が投げ飛ばすタイミングを合わせ先ほどよりも高く飛ぶ。

 

「今や、空は吾の領土! 見下ろす事は許さん!」

 

跳んだ先にいたワイバーンをまさに鬼面毒笑といった顔で見ると、今までの苛立ちを込めてその頭蓋に大剣を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

戦闘は始まり、屍山血河は築かれる。

 

 

 

 

 

 

戦闘が始まって僅か数分、遠征隊は多大な被害を受けていた。

 

「状況確認!」

『第1分隊生存14、死亡17、破壊2』

『第2分隊生存9、死亡23、破壊1』

『第3分隊全滅、死亡29、破壊4』

『遠征隊基地から各隊員へ、"傾き"は召喚サークルが築かれていないので実行できません。』

 

オルタの支援についた第3分隊はウラドとオルタの流れ弾で全滅し、その他の分隊も戦力として数えられない程の被害を出していた。

 

『本当に、どうやって収集をつけるの⁉︎』

「遠征隊は最早、足止めにもなりません! 待機中の他の分隊は⁉︎」

 

マックスは遠征隊の死体が散らばる広場から離れた所に遠征隊を一時集結させ、弾の再分配をしている。オルガマリーはどんどん減っていく遠征隊の残存兵力を見ながら、爪を噛んでいた。マックスも流れを変えることができず、死んでいく部下を眺めるしかできない。

 

「到着まで最低でも30分です!」

「間に合わんか...それよりも不味いぞ。」

 

マックスが広場を見るとヴラドやエリザベートに優勢に戦うサーヴァント達がいた。遠征隊も援護射撃するが、頭を出した瞬間、鎖が頭を引き千切っていく。

 

「負けそうなら、残りのサーヴァントも投入してくる。こっちの正規のサーヴァントは3騎、向こうは正規のサーヴァントが5騎。数で潰される。」

 

カルデアも全部で5騎いるが、2騎は半人前の

デミ・サー(マシュ)ヴァント、故障中のサーヴァント(ジャンヌ・ダルク)なのだ。聖杯という正規手段で召喚されたサーヴァントに一対一で勝つ事は難しい。

 

「隊長!」

 

マックス達が瓦礫の陰でサーヴァント達の戦闘を見守っていると、立香に現状報告に行かせた伝令が帰ってきた。

 

「マスターから指令。一点突破をし現状を打破、その後、戦闘エリアから離脱。」

 

マックスは直ぐ様に作戦がほぼ不可能と気づく。まず、現戦力で突破は難しい、敵にはワイバーンという素早い乗り物がある、敵に追撃された場合マスターを抱えるカルデアは十分に対処できない。

 

「作戦に一部変更。遠征隊は突破後、反転し敵サーヴァントの足止め。その間にサーヴァントはその脚力を持って、全力で離脱。」

「マスターに伝えますか?」

「...マスター殿には何も言うな。了解したとだけ伝えろ。」

「了解しました。」

 

マックス達が機会を伺っていると、ヴラド達がオルタ達に吹き飛ばされた。マックス達は素早く瓦礫から出ると立香の元に集まる。

 

「隊長さん...」

 

立香の元に集まったのは先ほどよりさらに数が減り、たった14人だった。他の隊員達は全員広場にできた血の池に沈んでいた。

 

「あの小娘達や雑兵を殲滅できないなんて、もしや恩情をお掛けになったのかしら。吸血鬼(バケモノ)らしくないですね。」

『吸血鬼...まさか、ヴラド3世か! ルーマニア最大の英雄! 通称"串刺し公"か!」

「人前で我が真名を露にするとはな。不愉快だ。実に不愉快だ。」

「良いではありませんか。悪名であれ忘れられないのであれば、私はそちらを選びます。」

 

ヴラドとエリザベートが罵り合いを始める。マックス達はヴラド達からは目を離さないようにしながら、落ちている拳銃を拾い弾倉を抜く。補給のないまま二度の戦闘を行なった結果、重度の弾丸不足に陥いった。死んだ隊員達の拳銃に残っている数発の弾丸も不要と切り捨てる事が出来ない。

 

「マスター...もう一人はおそらくエリザベート・バートリです。」

「確か...血の伯爵夫人だっけ。」

 

マシュが立香に敵に悟られないように盾で口元を隠しながら、もう一人のサーヴァントの正体を教える。立香はエリザベートの伝承を思い出し、逃げられなかった時の自分の未来を想像し身震いする。

 

「マックス、なんか役に立つ事、知ってら教えろ。」

 

クーフーリンはエリザベートを仕留めきれなかった事に焦りを抱き、何か決め手がないかマックスに尋ねる。宝具が使えれば一撃で仕留められるが、サーヴァントがまだ3騎もいる中で、宝具を使ったせいで立香がガス欠を起こせば戦闘もままならなくなる。

 

「ヴラド3世、オスマン帝国に断頭され死亡。エリザベート・バートリ、逮捕され獄中にて衰弱死。伝承を使って倒す事は、現状では不可能。」

「ヴラド3世、遺物収集対象者。収集品、槍林の穂先、ポエナリの折れた骨、帝国の断頭斧、スナゴヴ修道院の棺桶。」

「エリザベート・バートリ、遺物収集対象者。収集品、血染めのバスタブ、鉄処女の錆びた棘、告発者の証言集、狂人の従者達。」

 

隊員達はサーヴァントに関する情報と収集品を報告するが、どれも今は役に立ちそうにない。

 

「...もうやめなさい。」

 

今まで戦闘を静かに見守っていた邪ンヌがヴラドとエリザベートの争いを止める。

 

「貴方達は他の者より残忍ですが、だからこそ遊びができます。遊びでない残りの3騎に任せましょう。」

 

無傷のサーヴァント3騎が、戦線に投入される。

 

「まずい...突撃だ!」

 

オルタは敵が戦闘態勢に入る前に、立香の指示通り一点突破を仕掛ける。

 

「マシュさん、逃げて下さい! 私がこじ開けます!」

 

オルタ達とジャンヌは3騎に先制攻撃を仕掛け、敵が立香に狙い付けるの防ぐ。マシュは立香を抱えると、僅かな戦線の隙間から逃げ出す。

 

「茨木達は!」

 

抱え上げられた立香は未だに戦っている自身のサーヴァント達を置いていくのかと泣きそうな顔で尋ねる。

 

「令呪で呼び戻せます! 今はご自身の心配を!」

 

マシュの後について来ているマックス達が答える。マックス達はマシュがサーヴァントの全力を出しきれていないのと、戦闘で傷を負っていてそこまで走れないおかげで、なんとか追走できていた。

 

「あの森まで走って下さい。あそこには霊脈もあります。森に着いたら、令呪でオルタ殿達を呼び戻して下さい。」

 

マックスは遠くに見える森を指差す。立香が遠くに見える森に目を向けると、背後から低く冷たい声が聞こえ全身に鳥肌が立つ。

 

「逃げれると。」

 

マシュ達が振り返ると、立香達が逃げるのを見て追いかけて来た邪ンヌとエリザベートがいた。

 

「反転! 突撃!」

 

マックス達は追いかけて来ているの気づいた途端、残っていたマックス含め17人の隊員達が逃げるのをやめ、邪ンヌ達に向かって特攻する。

 

「隊長さん!」

 

マックス達がサーヴァントと戦っても、3秒も持たないだろう。しかし、3秒あればサーヴァントの足なら数十m移動できる。ならば、その3秒に命を賭けることに大いに意味があるとマックス達は考えていた。

 

「狙うは敵司令官のみ!」

 

隊員達は邪ンヌのみを狙い吶喊する。エリザベートは向かってくる隊員に鎖を突き刺し、捻り切る。

 

「邪魔をするな!」

 

遠征隊は誰か一人でも邪ンヌに届かせようと突破を図る。隊員達は立ちふさがるエリザベートに次々と殺され、邪ンヌに到達しても直ぐに焼き殺される。

 

「燃えろ!」

 

邪ンヌは目の前まで迫る遠征隊に火を投げつける。隊員は炎で体の前面が焼け焦げ、即死する。

 

「よくやった! 先に休んでいろ!」

 

マックスは焼けて崩れ落ちようとしている隊員を掴み、盾にした。そして未だ勢いの衰えない邪ンヌの炎を、体を焦がしながら抜ける。火を抜けると、火を投げつけた姿勢のままの邪ンヌに斬りかかる。

 

「フンッ!」

「雑魚が調子にのるな!」

 

ウォーハンマーで殴りかかるが、邪ンヌはウォーハンマーを掴み握り潰す。マックスは次の攻撃に移るが、邪ンヌの攻撃の方が早く、マックスは蹴り上げられる。

 

「...チッ」

 

マックスは今までに戦闘経験で無意識に仰け反っていた。しかし、避けきれずウォーハンマーを持っていた右腕が蹴り飛ばされ、弾け飛び辺りに肉片を撒き散らす。邪ンヌは首を獲ったつもりだったが、外した事に舌打ちする。

 

「⁉︎⁉︎」

「逃げれるとでも。」

 

マックスは後ろに下がって腰のナイフを取り出そうとするが、何かに引っ掛かったように体が引かれる。視線を下げるとマックスの左足が邪ンヌのハイヒールに串刺しにされ、軍靴から血が吹き出していた。

 

「さあ、次はどうしますか?」

 

マックスはその場で右足を軸にターンし、串刺された左足を引き抜く。ハイヒールが刺さったまま無理に引き抜いたのでマックスの左足は裂けていき、左足は真っ二つに裂けターンと共に丸く血をまく。マックスはターンしながらナイフを抜くと、回転の勢いを乗せて邪ンヌの首に向かって突き刺す。

 

「ほお。痛みも気にせずに戦う。いや、痛みを感じていないのですかね。」

 

邪ンヌ達、サーヴァントにはマックスの攻撃はどれも遅すぎる。いくら体をホムンクルスにして強化しようと、人生を戦闘に捧げようと、人は人なのだ。英雄には届かない。邪ンヌは冷静にナイフを、持っていた旗竿で弾く。マックスは左手を弾かれたので、手を大きく広げる様な体勢になり、体の全面を邪ンヌに差し出すことになった。邪ンヌは狙い放題のマックスに薄笑いを浮かべ、無防備なマックスの首を掴み力尽くで跪かせる。

 

「雑魚が英霊に勝てるわけないでしょ。」

 

マックスは引き剥がそうと残っている左手でもがくが、筋力Aの邪ンヌは微動だにしない。引き剥がそうと暴れるマックスに、邪ンヌは旗を地面に突き刺すと空いた手で心臓目掛けて貫手をする。

 

 

 

ズプッ ブチッ!ブチブチッ! グチュ...

 

 

 

立香はマックスの背中に心臓を見た。立香は自分に優しくし、目を掛けてくれていたマックスの悲惨な姿に悲鳴を上げ、泣きながら駆け寄ろうとする。しかし、マシュはマスターを危険に晒すわけにも行かず、立香を抱きとめる。立香はマックスに手を伸ばすが、マックスには届かず、()が溢れるのを眺めるしかない。

 

「いやあぁあああぁあ! マックスさん! 」

 

邪ンヌの手はマックスの心臓は抜き取り、胴体を貫通し背中から心臓を持って生えていた。外科的な強化もしているのか心臓からはコードが伸びていて、血を吹き出すと共に火花も散らしていた。

 

「私の邪魔をするから。」

 

邪ンヌは弱っていくマックスを眺めようとマックスの顔を見るが、そこには未だに燃え尽きぬ忠誠心があった。マックスは心臓を抜かれても、立香を傷つける邪ンヌの首を折ろうと左手を伸ばす。マックスは口から血を吹き出しながら、呪詛を吐く。

 

「我々...は...死なん。我々の...任務(不死)は...始まっ...たばか...り。再び...相俟つ...時には...貴...様を...殺...」

 

邪ンヌはマックスの忠誠心が、ジャンヌの盲信のように見えた。邪ンヌは首から手を離すと、ジャンヌの姿をマックスに被せながら顔面を何度も殴る。

 

「...神はあなた達には、神の国の門を開かれないわ。」

 

殴られながらも邪ンヌの細い首を折ろうとしていたマックスの手は、邪ンヌの首に微かに触れたがその首を折ることなく垂れ下がる。そして、遂に動かなくなった。

 

『遠征隊 100名の戦闘不能を確認。カルデア特異点遠征隊マスター護衛支隊全滅。データ収集対象者、ジャンヌ・ダルク・オルタの戦闘データは遠征隊大書庫に保管。』

 

邪ンヌのデータを収集していたイザイラは、立香に淡々と部隊の全滅を告げる。邪ンヌは手に力を込め、立香達に見せつけるようにマックスの心臓を焼き尽くす。邪ンヌが動かなくなったマックスに目を細め、口元を歪めている。

 

「どうしますか? 貴方の兵士は皆、死にました。次は何を犠牲にしますか?」

 

邪ンヌはマックス達の全滅に足を止めてしまったマシュと立香に、楽しそうに話しかける。マシュは自分が足を止めてしまっている事に気づき、急いで森に向かって走ろうとするとマックスの足元で何かが光った。

 

「何?」

「ガラスの...薔薇?」

 

マックスと邪ンヌの間にガラスの薔薇が咲いた。

 

「優雅ではありません。」

 

 

 

 

マックスの血で真っ赤に染められ、輝くガラスの薔薇は鮮やかな赤薔薇になる。

 

 

 

 

広場の血の池からも次々とガラスの薔薇が咲き、泥沼から花を咲かせる蓮の華を彷彿させる。

 

「どれも優雅ではありません。この街も、その戦い方も、思想も、主義もよろしくありませんわ。血と憎悪に縛られる貴方も。自分が死ぬ事がどんなに人を悲しませるか知ろうとしない兵士も。善であれ悪であれ、人間ってもっと軽やかで在るべきではないですか?」

『またサーヴァントだ! 何だここは⁉︎ 魔境か⁉︎ 魔境なのか⁉︎ サーヴァント反応が12騎もあるぞ⁉︎』

 

ロマンはまた現れたサーヴァントに絶叫する。ところで、サーヴァントが増えていくカルデアは一体何なのだろう。現在166騎のサーヴァントが座から呼び寄せられるが、全部のサーヴァントが揃ったカルデアは何と呼ばれるのだろう。いつかカルデアが舞台の特異点(イベント)が発生すると思う。

 

『あのサーヴァントは...多分まともね。魔女とも敵対している様だし。今の内に逃げましょう。』

「どうしましょう、先輩。」

「もう少し様子を見て...隊長さん達のドッグタグを集めてから逃げます。」

『マスター、逃げる時に一言、言ってください。敵の注意を反らせます。』

 

オルガマリーは邪ンヌの注意が逸れたので、さっさと逃げるように言うが、マックスを見捨てるなんて選択肢にはない立香はドックタグを回収する隙を伺うことにした。邪ンヌはマックスの死体をゴミのように放り投げると、地面から旗を引き抜き構える。

 

「サーヴァントですか。」

「ええ、そう。これが正義の味方として名乗りをあげる、というものなのね!」

 

新たに現れたサーヴァントはポーズを決める。凛々しくもあどけないポーズに、立香達はサーヴァントの周りに薔薇が舞っているように幻視した。

 

「貴方が誰だか知っています。貴方の強さ、恐ろしさも知っています。正直に告白すると、今までで一番怖いと震えています。」

 

サーヴァントは邪ンヌに近づきながら、邪ンヌを諭すように優しく話しかける。

 

「それでも!」

 

サーヴァントはビシッ! と邪ンヌを指差し、力強い眼で邪ンヌを見つめる。

 

「貴方がこの国を侵すのなら、私はドレスを破ってでも、貴女に戦いを挑みます。なぜならそれは...」

「っ...貴女は⁉︎」

「わりぃ、抜かれちまった!...マックス達は逝ったか。」

 

クーフーリン達の包囲網を抜けた、バーサーク・セイバーがサーヴァントを見て固まる。クーフーリン達はサーヴァント達を包囲するのをやめ、立香を守る為に立香の周りを囲む。クーフーリン達は瓦礫に中に捨てられているマックスを見て、顔を歪ませる。バーサーク・サーヴァント達も邪ンヌの周りに集まり、振り出しに戻った。違う点を上げれば、遠征隊が全滅していることぐらいだ。

 

「まあ。私の真名をご存知なのね。知り合いかしら、素敵な女騎士さん?」

「セイバー、彼女は何者?」

 

バーサーク・セイバーはサーヴァントから目を逸らし、口を固く閉ざす。邪ンヌは一向に答えようとしないバーサーク・セイバーに苛立ち、強い口調で命令する。

 

「答えなさい。」

 

バーサーク・セイバーは渋々命令に従い答える。

 

「彼女の精神の強さ、美しさは、私の目に焼き付いていますからね。ヴェルサイユの華と謳われた少女。彼女は...マリー=アントワネット。」

「はい!ありがとう、私の名前を呼んでくれて!」

 

マリーが満面の笑みになり、周りの再び薔薇が待っているように見える。と言うか実際にガラスの薔薇が舞っていた。

 

「マリー・アントワネット王妃⁉︎」

『なんだって⁉︎ あの有名な⁉︎』

『アントワネット王妃ね。もっとしっかりした人だと思っていたのだけど。少女みたいな人なのね...名前が被ってるのが少し引っかかるけど。」

『所長、サーヴァントが大量に集結しているからといって錯乱しないでください。王妃は守護者の記録とも一致しますね...服装を除いて。あと、遺物保管庫の首飾りを隠さないといけませんね。』

 

マリー・アントワネットの姿にマシュとロマンは驚き、オルガマリーは訳のわからない事を言い始め、イザイラは冷静に分析する。

 

「貴女の事を沢山知りたいし、色々言いたい事がありますがまずはこの人達を助けましょう。民を助けるは(王妃)の仕事ですから!」

 

マリーの合図にまたサーヴァントが現れる。

 

『また、サーヴァントだよ。もうマジィ無理ィ。マギ☆マリに相談しよ。"サーヴァントがいっぱいいます。どうしたらいいですか?"。早速返信だ! なんだって、"英雄って自由な人ばっかりだよね! 飽きていなくなるのを祈って☆"。ダメだ...どこにも救いがない。』

『誰かロマンを医務室に。こいつが医療班長だった。』

 

ロマンはサーヴァント大集合に心が折れる。オルガマリーの指示に保安員達がロマンを抱え、仮眠室に連れていった。

 

「この街には鎮魂が必要ね、アマデウス。機械みたいにウィーンとやっちゃって!」

 

マリーの合図で現れたアマデウスは、宝具を開帳する。

 

「任せたまえ、宝具『死神にための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

アマデウスの宝具に邪ンヌの側にいたバーサーク・サーヴァント達が耳を塞ぎ苦しむ。

 

「くっ! 重圧か...!」

「っ...!」

 

邪ンヌ達を止めたのを確かめたマリーは、立香達に近付いてくる。立香は邪ンヌ達の動きが止まったのを見て、涙を振り払うとオルタ達に指示を出す。

 

「皆さん逃げましょう! 」

 

オルタ達は身構えたが、敵意も何も発さずポワポワした雰囲気に戻ったマリーに警戒を解き、立香を抱えて森に向かって走り出す。

 

「では、御機嫌よう皆様!オ・ルヴォワール!」

 

マリーは一度止まり振り返ると、邪ンヌ達に挨拶をして立香の後を追いかける。しかし、立香はマックス達が置いて行かれていることに気づき、右手を掲げ令呪を使う。

 

「待って逃げる前に! 令呪をもって命じます『遠征隊のドッグタグを今直ぐ全て集めなさい!』」

 

立香の令呪にオルタ達は戸惑うが、体が勝手に動く。マリーもなぜドックタグを集めるのかわからず首をかしげる。

 

「え⁉︎ ちょ...まじ⁉︎ 戻んの⁉︎」

「令呪だ。さっさと集めるぞ。」

「吾に任せ、マシュはマスターを抱えて先に逃げておれ。」

 

オルタとクーフーリン、茨木は己の全力以上の速度で走り、街中に散らばる遠征隊の死体から100枚のドッグタグを回収する。マシュは茨木に言われた通り、立香を抱きかかえ走る。

 

『ドックタグの回収を確認。錬金術式を起動。援護します。当戦闘地域から急いで離脱して下さい。』

 

ドックタグを集めた立香達に追い付き、立香にドックタグを渡すと逃げ出す。しかし、宝具の影響が切れたのか邪ンヌ達が動き始めていた。

 

「僕の宝具はもう使えないどうするんだい?」

 

アマデウスは動き出、邪ンヌをどうしたら足止めできるのかと思考を巡らす。今のアマデウスは宝具を使い魔力が底を尽きかけていたので、連発することはできない。

 

『安心してください。その為の我々です。』

 

全速力で邪ンヌ達から距離を取ろうとする立香達の前の草むらから、沢山の人影が現れる。

 

「こちらです! 案内します!」

 

そこに居たのは遠征隊の隊員だった。前居た森に怪我人の為に最低限の人数を残して、隊員達は急いで駆けつけた来たのだ。立香達は遠征隊の案内に従い森の奥に逃げ込む。森に立香達が入ったのを確認すると遠征隊は任務を果たす。

 

「投擲用意! 投げ!」

 

遠征隊はマックス達の任務を引き継ぎ、邪ンヌ達の足止めをしようとする。隊員達は腕の術式を起動させると魔力の塊を生成する。そして、魔力の塊を邪ンヌ達の足元に大量に投げつける。

 

「爆破!」

 

邪ンヌ達は爆発と聞いて、逃れるために飛び退く。しかし、魔力は爆発することはなく代わりに、閃光と爆音を発生させる。

 

「脚を撃て!」

 

邪ンヌ達は視覚と聴覚を潰される。隊員達は機動力を削るために脚に向かって撃つが、邪ンヌ達は空気の動きと勘で弾丸を切り落としていく。

 

「効果は薄い、弾の無駄だ。マスター達も逃げたし、我々も引くぞ。」

「逃げるな!」

 

邪ンヌの叫びに反して、遠征隊は次々と草木に解けるように姿を消していった。そして、街には、邪ンヌ達を残して誰も居なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪ンヌ達は視力が回復し、見渡すと立香達の姿は無かった。

 

「ライダー!」

「...何かしら。」

「追いなさい。貴女の"馬"の鼻なら血の匂いを纏った彼女らを直ぐに見つけられるでしょう。」

 

ライダーは"馬"を顕現させると、上空高く舞い上がっていった。邪ンヌがコケにさせられた事に舌打ちし、広場に散らばる遠征隊の死体をゾンビにして嫌がらせをしようと見渡す。広場に散らばる遠征隊の死体が急激に黄色くなり、そして茶褐色に変色していた。

 

「なにこれ。」

 

邪ンヌは変色していく死体に眉を顰める。邪ンヌは屈んで、死体を眺めるていると雑音の後、隊員の腹の位置からイザイラの声が流れ始める。

 

『コード入力。我々は全滅しましたが、任務は続きます。(不死)を求め、探求し続けます。その為には贄が必要。まずは貴女を贄としましょう。」

 

死体から電気の弾ける音がする。その瞬間、邪ンヌ達は衝撃波に包まれる。




いくら強化しようと兵士は兵士。サーヴァントに勝てるわけないですよね。やっと、遠征隊がサーヴァントにボコボコにされるシーンが書けました。サーヴァント対一般兵の一方的な戦いって、絶望感が溢れて良いですよね。

次もまた2、3週間後だと思います。


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死への考え

 

 

立香が森に入ると街から爆音が聞こえ森に中からもキノコ雲が見える。暫くすると森を揺さぶる衝撃波も感じた。衝撃波のせいで森で鳥が飛び立ち、獣が巣穴に逃げ込み、森が騒がしくなる。

 

「街で何があったんでしょうか?」

 

ジャンヌは振り返り、街の方向を見る。暫くすると森の中からでも見える程の大きなキノコ雲が街の方から登って来た。

 

「耳が痛い。あの爆発は悪意を撒き散らす爆発だ。他人の足を掴み共に奈落に落ちようとする諦めの悪く、惨めな亡霊の断末魔だ。」

「大丈夫、アマデウス? 少し休む? 宝具も使ったし疲れてるでしょ。」

「いいや。大丈夫だよ、マリア。君の方こそ疲れているだろ。」

 

耳を抑えて顔を歪めるアマデウスの背中をマリーは(さす)り、心配する。アマデウスは直ぐに笑顔を作りマリーを安心させようとする。

 

「街に火薬庫でもあったのか?」

「街は完全に燃え尽きていた。火薬類が今更爆発するとは思えん。」

 

茨木は立ち昇るキノコ雲を見ながら呟く。オルタは燃え尽きていた街に可燃物が残っていて、立香達が離れた後に着火したなんて偶然が起こるとは考えられなかった。

 

「残るは奴らしかおらんな。」

 

茨木は周囲を警戒している遠征隊を見る。

 

「オルガマリー所長に連絡するついでに、アワン副隊長に聞いてみましょう。」

 

マシュは近くの隊員に声をかけ、通信の準備をさせる。隊員達は比較的魔力が薄く通信しやすい場所を探すと立香達を案内した。

 

『こちらカルデア管制室、オルガマリー聞こえますか?』

『同じく、ロマン聞こえる?』

『マシュさん。こちら、遠征隊基地戦闘指揮所、イザイラ・アワン副隊長。感度どうですか? どうぞ。』

 

立香が通信を開くとオルガマリー、ロマン、イザイラの3人の上半身が空間投影される。アマデウスとマリーは突然空中に現れた半透明な人影に目を丸くする。

 

「感度良好です。よく聞こえます。召喚サークル予定地までの詳しい道をお願いします。」

『了解、そっちに地図を投影するね。』

 

ロマンは手元のコンソールをいじると森の地形の立体ホログラムが広がる。ホログラムには立香達を表す駒と森の中に潜んでいる敵を示す駒が表示されていた。

 

「私達がこれで、こっちは隊員さん達。あっ...駒が減った。」

 

立体がホログラムを見ていると遠征隊を表す駒に追いかけ回されていた敵の駒が、遠征隊の駒に囲まれ消えた。最後に敵の駒が減速した所を見るに、足を撃たれたかなんかで逃げることができなくなり隊員達に袋叩きにあったらしい。

 

「ここが召喚サークルですか? まあまあ遠いですね。連戦でしたので、早く先輩が休める拠点を作るべきです。」

 

マシュは地図の中に召喚サークル予定地を指す赤い十字を指差して呟く。マシュは連戦続きで足が少しフラついている立香を心配していた。

サーヴァント達が疲れている立香を負ぶって移動しようとしてが、緊急時に対処できないと自身の足で歩いていた。そんな指揮官とし立派になってきた立香に感激し、隊員達は少しでも助けようと隊員の半分以上を偵察に出し、なるべく平坦な道で楽な道を探し立香を案内していた。

 

『召喚サークル予定地は其処から西南西に5kmの開けた広場が目印よ。ちょっと!映像だからって、お腹に手を入れるのはやめちょうだい!』

 

マリーとアマデウスは空間投影を初めて見たので、初めて見た時のジャンヌと同じようにオルガマリーの映像に手を入れて幻を楽しみ始めた。オルガマリーは映像とは言え自身の腹に手を入れられるのは、良い気がしなくマリー達を追い払う。マリーは怒鳴れた事が楽しいのか、キャーと楽しそうに逃げて行った。

 

「ところで、さっきの爆発は何だったんですか?」

『爆発? 確かに空気の振動は感知したけど爆発だったの? この時代にしては大きすぎる揺らぎだったから、センサーのゴーストかと。ちょっとデータを見直してみる。え〜っと、振動センサーは...」

「カメラ映像を...無理か。ここからじゃ、キノコ雲も見えないし。」

『キノコ雲? そんな大規模な爆発あったの? マックス! 説明s......死んでたわね。イザイラ、何かやったでしょ。』

 

マックスを探すとオルガマリーに立香は血塗れドッグタグの束を見せる。血塗れのドッグタグの束にオルガマリーは渋い顔をすると、マックスが戦死している為変わりに隊員に指示を出していたイザイラに尋ねる。

 

『破壊及び証拠隠滅工作をしました。』

 

イザイラは当たり前の事のようにさらっと言った。

 

『隠滅工作って...そんな爆薬があるなら始めから使いなさいよ!』

『音声データを解析し直したんだけど、距離と音の大きさから分析して、だいたい数トンの爆薬が爆発したね。』

 

ロマンが色んな波形を投影させながら、簡易なCGイメージで爆発の大きさを立香達に見せた。爆発は町の一角を更地に更地にできるほどの爆発だった。

 

『数トンも⁉︎ カルデアのレイシフト技術じゃ、まだそんなに持ってけないわよ。もしかして、守護者の秘密技術? 緊急事態における独占や内密は辞めなさいって言ってるでしょ!』

『そんな技術は無いですよ。あったら爆薬なんかじゃなく、武器弾薬を送ります。そもそも独占や内密は魔術師の基本じゃないですか...』

『前々から言おうと思ってたんだけど、あんたら色んなもの持ってるんでしょ! 少しぐらい独占せずに分けなさいよ!』

 

ヒートアップしたオルガマリーは手元のディスプレイをバンバン叩きながらイザイラに怒鳴るが、イザイラはそんなオルガマリーを元気な娘を見ているように思え、微笑(ほほえ)ましそうに見る。イザイラはホムンクルスの体なので20代に見えるが、実際の年齢は41歳でオルガマリーとは一回り以上の差がある。

 

『技術、食料、電力、消耗品、人員などをカルデアに放出してるじゃないですか。まだ何にかいるんですか? 武器が必要でしたら、イギリス軍の軍縮の際に買い取ったウォーリア装甲戦闘車のオマケで、イギリス軍が送りつけてきたL85A1なら提供しますよ。』

『せめてA2を寄越しなさい! 武器じゃなくて、遺物よ! い、ぶ、つ!倉庫一杯にあるんでしょ! あれがあれば英霊召喚がどれだけ楽になることか...』

『だから遺物は貸し出し許可がないのと、使い捨ての物が大半だから補給が無い今、不安定で英霊が召喚されるか不明な召喚(ガチャ)に使いたく無いんですよ。』

『ガチャって言ったわね! 私の父の命を賭けて作った作品をガチャって言ったわね!』

 

イザイラはキャンキャン吠えるオルガマリーを可愛く思い、この特異点が終わったらマックスを説得して遺物を2、3個渡そうと思った。家族の様に思うと途端に甘くなるのが、イザイラの良い所であり、欠点でもある。ちなみにイザイラが既に娘認定している立香には礼装をダヴィンチと協力して製作中である。礼装を作る為の素材や触媒はイザイラが遠征隊兵站責任者という役職から、お察しである。

 

「で、結局何したんです?」

 

話が脱線し事故を起こし始めたので、立香は話を修正した。オルガマリーも立香に言われ、咳払いをして誤魔化し席に座り直す。イザイラは手元のコンソールをいじり、魔法陣の画像やその注釈などを表示した。

 

『隊員の体内に仕込んでいたこの錬金術式を起動しました。効果は死体から炭素、水素、酸素、窒素を取り出し、トリニトロトルエンいわゆるTNTを生成します。』

 

隊員の体に仕込んでいた錬金術でTNTに変換し、体内に埋め込んでいた起爆装置を起動させたのだ。その結果、死体はTNTにより黄色くなっていた。変換効率はそこまで高くないが平均体重90kgの隊員の遺体が100体あったので、およそ2トンのTNTが爆発したのだ。

 

『かなり便利な方法ですよ。一般人に見られても自爆と思われますし。』

「うわぁ...マジテロリスト。」

 

遠征隊がまだ幽霊ではなく、ちゃんとした人間だった時から肉体にこの錬金術式を刻む事は義務付けられていた。もし任務中に失敗して戦死しても、証拠隠滅の為に隊員を派遣する事なく、爆破で守護者が居たという証拠を木っ端微塵にできるのだ。

立香は「便利な方法」と言い切る道徳のカケラもない遠征隊に、遠征隊はただのテロリストに思えてきた。

 

『守護者の噂って本当なの?』

 

時計塔の魔術師の間で言われている守護者達の噂。曰く、アトラス院に対抗して世界を焼ける兵器を製造した。曰く、世界の混乱には必ず彼らがいる。

 

『ご想像にお任せします。それよりも所長はこれから遠征隊の活動を指揮するのですよ。貴方は遠征隊司令官に就いたのですから、より悪辣に、より悲惨に、より残酷に慣れてもらわなければ現地戦闘員との齟齬が生まれてしまいます。』

 

イザイラは通信を切ったのか、イザイラの映像が消える。

 

『はぁ...言いたいたげ言って。取り敢えず召喚サークルを設置しなさい。話はそれからよ。』

 

オルガマリーも溜息を吐くと通信を切った。

 

『やっぱり、うちの女性陣は怖いな。立香君はそのままでいてね。それじゃ僕も召喚サークル設置の最終確認してくるからじゃあね。いつでも連絡出来るようにしとくから、なんかあったら遠慮せずに連絡してね。』

 

ロマンが通信を切ると表示されていた地図など全てのホログラムも一緒に消えた。

立香は遠征隊とカルデアの紋章の入ったベルトのバックルを外す。そして裏についているボタンを押す。するとバックルが開き中から方位磁針やナイフなどのツールが飛び出る。立香は方位磁針で方角を確かめる。

 

「ふむ、あっちだね。あと少しだから頑張って!」

「宝具をつかったアマデウスさんと...えっとマリーさん? はまだ行けますか?」

「マリーさんですって⁉︎」

 

マシュが少し疲れ気味だった宝具を使ったアマデウスとマリーに確認するが、マリーさんと言われた事に激しく反応する。

 

「し、失礼しました。王妃様には不敬でしたね。ええと...」

 

マシュは失礼をしたかと思い、昔読んだ中世フランスのマナー集の内容を一所懸命思い出そうとする。

 

「不敬だなんてとんでもない。とっっても嬉しいわ!今のすごく可愛い呼びからだと思うわ。」

((((今のあんたの方が可愛よ。))))

 

マリーはマシュに詰め寄り今の呼び方の可愛さを語るが、その様子を見ていた男性サーヴァントと遠征隊は心が完全に通じ合った。遠征隊の一部はマリーの笑顔から滲み出る神聖さに浄化されそうになる。

 

「皆さんもマリーさん、って呼んでください。」

「よろしく、マリーさん。」

「「「「yes,マリーさん.」」」」

 

満面の笑みで後光を放つマリーに、反論するのにはいなくなった。立香は何だか英霊との壁が少しなくなった気がして、立香にもマリーの笑顔が移る。

 

「皆さん、お話はもう少し腰の落ち着く所でしましょう。」

 

雑談ムードに移って来たので、マシュは召喚サークル設置に行こうと急かす。

 

「そうですね。安全な道を案内します。こちらです。」

 

マックス戦死のため実働部隊隊長代理の分隊長が立香達を先導する。立香はサーヴァントの手伝って貰いながら、森を抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 街

 

 

街の中、遠征隊に爆破されクレーターで死体が動き始めた。

 

 

 

ズル...グチャグチュ...ドサッ

 

 

 

山の様に積み重なったワイバーンの死体が動き出す。肉の山が崩れると中から血と肉片に塗れた邪ンヌ達が現れる。

 

「最後の最後まで、腹の立つ事しかしないですね。」

 

邪ンヌは死体が爆発する寸前に大量のワイバーンを召喚し盾にしていた。それに加え、爆発の衝撃波から逃れる為にワイバーンを切り裂き、ワイバーンの体内に入った。ワイバーンの柔らかい内臓に包まれた事で、邪ンヌ達にはほとんど爆発の衝撃波が届かず無事だった。

 

「余が畜生の中に埋まることになるなど、屈辱の極みだ。」

 

ヴラドは服に張り付いていたワイバーンの内臓を剥がし放り投げる。

 

「死体を遠隔で爆破するなんて。死体の保存を主張している基督教徒に正面から喧嘩売ってるね。しかも、これから僕らは彼らの攻撃だけではなく、死体にも気をつけなくてはいけなくなったよ。」

 

デオンはワイバーンの血に浸って羽が残念なことになっている帽子を弄りながら、遠征隊の嫌がらせを分析する。遠征隊と戦う時は地雷原で戦う様な物になり、戦場に転がるもの全てに注意しながら戦わなければいけなくなった。

 

「生きていても邪魔、死んでも邪魔。早いとこ、ワイバーンの餌にしておきましょう。」

「奴らが何処にいるのか分からないのよ。」

「ライダーを偵察に出したが、余の予想では落とされるな。」

「あのライダーは使えないでしょう。あの聖女からは少しだけ理性を感じましたからね。でも、彼奴らを見つける策はあるわ。」

 

邪ンヌは自身の匂いを嗅ぎ、顔を顰めるとワイバーンを召喚する。

 

「それよりも、ヴィシーでも燃やしに行きますか。」

「ヴィシーをですか? 」

 

カーミラは脈絡もなく言われたので首をかしげ聞く。デオンも頭に?を浮かべる。

 

「貴方達自分の格好を見なさい。」

 

カーミラ達は自身を見るが、皆同じくワイバーンの血と肉片に包まれている。

 

「ヴィシーには確か温泉があった筈ですから、血を流しに行きましょう。」

 

カーミラ達は納得したように頷き、邪ンヌと同じようにワイバーンに騎乗する。

 

「良い案でけれども、私としては血の風呂が良いのですが。」

「ヴィシーの住民で作りなさい。私の浸かる温泉に血が入らないようにしてね。」

「王妃の会う前に身嗜みを整えるのはルールだからね。」

「あら、裏切りかしら。」

 

デオンの言葉にカーミラが揚げ足を取るように挑発する口調で言う。

 

「いや、王妃はボクの獲物って事だよ。」

 

デオンは挑発に乗る事なく淡々と答える。カーミラはつまらなそうに鼻を鳴らす。ヴラドはさっきの話が途中だったのを思い出し、邪ンヌに聞く。

 

「それよりもどうやって彼奴らを探すのだ?」

「それはね、ジルが凄く素敵な作戦を教えてくれたからそれを使うわ。」

「ほう、どんなのかね?」

「それは...」

 

邪ンヌは加虐に歪んだ顔で計画を話す。

 

 

 

 

 

 

side森

 

立香達は森の広場に着いた。森の広場は強い霊脈が地表近くに流れているので、漏れた霊気により花畑になっていた。鬱蒼とした森の中に現れた幻想的な花畑に立香、マシュ、マリーの女性陣は目を輝かせる。女性であるはずのオルタは特に思うことはないようで、召喚サークル設置に適した位置を探し始める。

 

「召喚サークルを作成します。」

 

マシュはクーフーリンとオルタが見つけた最良の場所に盾を置く。すると盾が霊脈から霊気を吸い上げ輝きを増す。輝きは立香とマシュを包み込む。

 

『やあ、久し振りだね。ダヴィンチちゃんだよ。』

 

光が弱まると立香達は召喚場の様な不思議な空間にいた。マシュが召喚サークルに手をかざし少し調節するとダヴィンチと通信が繋がった。

 

「あ、ダヴィンチちゃん。久しぶり。そういえば、ダヴィンチちゃんだけ通信してなかったね。」

 

ダヴィンチはコンソールを片手で物凄い勢いで操作しながら立香にもう一方の手を振る。

 

『通信をする人が多くても混線するから立香君のバックアップに徹してたのさ。マックス達が立香君の魂に接続...いや巻き付いているおかげで魂が固定されて揺らぎが少なくて暇だったんだけどね。』

 

調節の終わったダヴィンチは手慰みにペン回しを始める。芸術のサーヴァント故にペン回しは一種の芸術へと昇華される。

 

『今夜、立香君が現地のサーヴァントと契約できる様に契約枠の増設と今日使った令呪の回復を行うから。』

「何か準備がいるんですか?」

 

立香はダヴィンチと話がダヴィンチの手元で行われるペンの演舞に目がいって余り話が頭に入ってこない。

 

『本来なら魂が揺れない様に集中してもらうんだけど、アワン副隊長が持つ魂に干渉する魔術でやるから寝てるだけで良いよ。』

「魂に干渉ですか?大丈夫ですかそれ。明らかにヤバそうに聞こえるんですけど。」

『ただ、意識も薄くなって魂がブレない程の超熟睡をしてもらうだけだから。心配ないさ。よくあるだろ、気づいたら10時間以上寝てたって。そんな感じさ。』

「う〜ん、じゃあ平気なのかな?』

 

なんとなく分かる様で分からない説明に立香は、一抹の不安が残るが取り敢えず夜寝ればいいとだけ認識した。

 

『ロマンと所長と一緒にモニタリングするから問題が起こっても大丈夫だよ。調整に入ると終了まで起きれなくなるから、サーヴァントと遠征隊には守りを厳重にする様に言っときなさい。』

「分かりました。」

『アロマセットでも送るから、熟睡してね。』

 

その後、サークルに関する細々とした技術的な話をマシュとダヴィンチがしていた。その間暇だったので立香はロマンから、悲惨な戦闘後だったので簡単な問診とカウンセリングを受けていた。

 

『立香君、設置は終わったからサークルから出ていいよ。』

『簡単な問診だけだけど、大きな異常はないね。精神が弱っているのと、疲労気味だけど、今夜しっかり睡眠をとれば大きな問題のは繋がながらないね。』

「分かりました。なんかあったら連絡します。」

『何もないはずだよ。それはそうと、立香君用の新しい礼装をアワン副隊長と作ってるんだ。』

「へぇ、礼装ですか。このカルデアの制服なんか胸をやたらと強調するから、たまに視線が気になるんですよね。」

『なるほど、年頃の女の子だもんね。そこら辺も少し見直すよ。じゃあね〜...よし、強調しよう(ボソッ』

 

 

召喚サークルのが消え、先ほどの幻想的な光景は元の森の風景に戻る。

 

 

 

 

 

 

立香が召喚サークルから出ると棺桶2個分ほどの大きな金属容器が大量に送られて来ていた。

 

「マスター殿、お疲れ様です。」

「これは?」

 

今も容器がカルデアから次々と送られて来ていて、隊員はそれを移動させている。

 

「これは新しい義体です。先ほどの戦いで肉体を失った隊員の新しい躰ですね。マスターがダッグタグを持ていますので、それを容器に入れれば蘇りますよ。まずは、マックス隊長をお願いします。隊長の義体はそれをそこです。」

 

立香が容器の小さい窓を覗くと、溶液の中にマックスの形をした躰があった。立香は血塗れのドックタグを取り出し、一枚一枚血を丁寧に拭き取りながらマックスのドックタグを探す。

 

〈ドックタグを入れてください。入れたら完了ボタンを押した後、レバーを二回下げてください。〉

 

容器に書かれている指示通りに、立香が蓋を開け培養槽の中にドックタグを入れ、側面にあった赤いレバーを下げる。すると容器の表面の模様に光が流れる。

 

『ホムンクルスの休眠を解除。魂の接続開始。魔術回路を接続開始...接続完了。おはようございます、マックス隊長。』

 

なかなか蓋が開かないので、立香はもしかしたらドッグタグが壊れていたのではと不安になる。立香がドキドキしながら待っていると培養槽が内側から勢いよく開けられる。中から肺に溜まっていた培養液を吐き出しながら、傷一つないマックスが出てきた。

 

「エフッ!ゴフッ!...む? マスター殿...遠征隊総隊長マックス・アベル、蘇生完了。任務に再着任します。」

 

マックスは立香が視界に入ると直ぐに姿勢を正し、敬礼をする。ずっと心配してた立香は直ぐにマックスに駆け寄る。

 

「ちゃんと生き返った!...うん...心臓もちゃんと動いてる。」

「我々はドッグタグがある限り何度でも何度でも甦れます。ですから、そんなに心配しないでください。」

 

立香は培養槽から出てきて、培養液に濡れている事も気にせずマックスの胸に手を当て心臓がちゃんとある事を確かめる。ちなみに、全裸ではなく、太腿まである水着のような物を履いている。

 

「あの...服を着たいのでちょっと離れていただけますか?」

「あ...すいません。」

「お気になさらず。本官が服を着ている間に、部下の蘇生もお願いします。」

「分かりました。」

 

マックスのは培養槽に付いている箱から野戦服一式を取り出し着替える。着替え終わると培養槽を持ち上げ召喚サークルに置き、遠征隊基地に送り返す。召喚サークルに来たついでに、イザイラに通信する。

 

『うふふ。立香ちゃんに懐かれてますね、マックス。』

 

マックスの直ぐ隣に、からかう様な笑みを浮かべたイザイラの映像が投影される。

 

「うるさい、黙れ。装備は送れるな?」

『はい、カルデアとの送受信回路が再構築されたのでなんでも送れます。何にいたしますか?』

「個人基本装備一式、個人携行対空ミサイル、対空砲、高射砲、大口径狙撃銃。基本装備はHK416じゃなくSCAR-Hにしてくれ、威力が欲しい。それらが送り終わったら戦闘車両だ。トラックを多めにな。」

『SCARはHK416みたいに大量の予備がある訳ではないので、隊員に使い潰さないように注意しておいて下さい。では、送信開始します。各員に通達、蘇生された隊員は武器を受領して下さい、以上。』

 

マックス達が話している間に、立香とマシュ、マリー、ジャンヌは協力して培養槽にドッグタグを入れて、隊員達を蘇生していく。

 

「うぇ...気分悪...培養液って不味いよな。」

「アミノ酸スープって字面は美味そうだけどな...クッソ不味い。原材料があれだもんな…」

「あ〜...なんか黒い剣に斬られて死んだ気がする。」

「俺は黒い斬撃に飲み込まれて死んだ。おっと...近くのイギリス系サーヴァントから殺気が。」

「俺は魔女にウェルダンにされたよ。BBQしたいなぁ。」

 

隊員達は培養槽から次々と這い出る。マシュはその様子に墓穴から這い出るゾンビを連想したが、あながち間違いではない。隊員達は互いの死因を自慢し合いながら服を着ていく。そして着替え終わったら、召喚サークルの列に並ぶ。召喚サークルでは次々と届く武装を受け取り、装備して行った。

 

『ねえ、マックス。』

「なんだ?」

 

マックスが送られてきた防弾チョッキに弾薬や小物を付けていると、イザイラからの再び通信が入る。

 

『可愛い子が貴方とお話ししたいって。』

「可愛い子?」

 

マックスが首を傾げていると、オルガマリーの映像がいつもより小さく表示された。

 

『ね、ねぇ...マックス、元気?』

「所長殿、新しい義体なので何も問題はありません。」

 

マックスは装備が入っていた箱を引き寄せ、オルガマリーと目が合う様に座る。オルガマリーは目が合うと慌てて目をそらす。

 

『そうじゃなくて...死んじゃったんでしょ。』

 

オルガマリーは少し目を逸らしていたが、目を少し瞑り覚悟を決めた様にマックスに話しかける。マックスは死んだ事を言われ、マックスは目を伏せ申し訳なさそうにする。

 

「ええ、恥ずかしながら魔女には、及びませんでした。しかも、部下7名を永久的に失いました。』

『マックスは...怖くないの?』

「怖いとは?」

 

マックスは何について言っているか分からないようで、オルガマリーに聞き返す。

 

『私はね...冬木で死んでるって言われて、すっごく怖かったの。カルデアスに触れそうになった時は頭の中が"死にたくない、まだ生きたい"って言葉でいっぱいになったの。あの時、私は生きてしたい事が一杯あったの。あの日からベットに入って目を閉じると、心の中から"生きたい"って叫び声が聞こえる様になったの。多分、その...生きてしたい事が一杯増えたから。』

 

オルガマリーは自身に迫る真っ赤なカルデアスを思い出し、そのトラウマで少し手が震える。オルガマリーはカルデアスを見るだけで、不安になり自身の核になっているネックレスを守る様に握ってしまうほど、死への恐怖はオルガマリーの奥深くに刻み込まれていた。ただ、オルガマリーは最後のセリフは、少しはにかみながら言っていた。

 

『自分の失態については言うけど、自分の死については何も言わないのね...マックスは生きたいって思わないの。』

「思いません。」

 

マックスはブレのない真っ直ぐな目でで即答する。普通はその揺れない目に頼もしさを覚えるが、オルガマリーはその目にゾッとする。マックスは本心からそう思っているのではなく、ブレのない機械の様に答えているだけなのだ。むしろ、それ以外の選択肢を持っていないのだろう。

 

「私には任務があります。任務の為なら喜び勇んで、突撃だろうが遅滞防御だろうが殿軍(しんがり)だろうがなんでもします。」

 

幼い頃からの叩き込まれた"アベル"としての在り方。いくら彼に愛を叩き込もうが、その根本には常に"アベル"があるのだ。

 

「任務での戦死とは、偉大な兄弟の列に加わることです。守護者として無上の栄光です。それを何度も何度も体験できるのです。我々は喜びの内に死ぬのです。恐怖の内に死ぬのではありません。」

『そう...』

 

オルガマリーは何を言っても"アベル"には届かないと感じて、目を伏せる。

 

『でも...』

 

少しでも"マックス"に届けとオルガマリーは語りかける。自分を生かしてくれたように、自分の目の前の人も少しでも長く生きて欲しいと思いながら。

 

『貴方が死ぬ事で、悲しむ人もいるのよ。立香の心配する顔を見た? 死とは一過性の物では無いの。それを見ていた人達の心に深く残る。それだけは覚えておいて。』

「.........了解しました。」

 

 

 

 

 

 

 

装備受領の為に各地に散っていた全実働部隊員が集結していた。最初の砦での戦闘で手足を失っていた者たちも、新しい手足を受け取り万全の状態になっていた。マックスは全隊員の準備が整ったのを確認すると、号令をかける。

 

「整列!」

 

マックスの合図にフル装備になった遠征隊が休めの姿勢で立香の前に並ぶ。総員227名の遠征隊実働部隊が盤の目の様にキッチリと並ぶ姿は、ジャンヌとオルタに自身と共に戦場に立っていた精鋭達を彷彿とさせた。

 

「着剣、立て銃!」

 

隊員はSCARに現代にしては長めの刃渡り30cm銃剣を付け、立て銃の姿勢で1mmも動かず待機する。マックスは抜き身のバスターソードを右肩の所に持っていき抜き刀の姿勢になる。マックスの両脇の隊員はカルデアと遠征隊の旗をそれぞれ持ち地面と垂直に持ち待機する。

 

「え? 何これ?」

『立香挨拶しなさいよ。』

 

立香が混乱していると、オルガマリーから通信が入いる。

 

「え、挨拶ですか?」

『壮行会の訓辞よ。特異点Fの出発前に私がやってたやつよ。ただの守護者の出兵前の恒例行事だから、適当に挨拶してきなさい。』

 

立香が遠征隊の正面に出ると、マックスが剣を顔の正面に持って行き号令をする。

 

「藤丸指揮官殿に敬礼!」

 

マックスが剣を右斜め下に薙ぐと同時に、旗を持つ隊員は旗を水平に倒し、その他の隊員達も銃剣付き捧げ銃の姿勢になる。

立香は不動だった遠征隊がいきなり動いたので、ビクッとしたが咳払いをしてごまかす。

 

「え〜...」

『まずは"休め"だよ。』

 

立香が何を話そうか考えていると、今度はロマンから助けが入る。

 

「や、休め。」

 

遠征隊は敬礼から立て銃の姿勢に戻り、その後左足を肩幅に開き左手を腰の位置に回す。マックスもバスターソードを鞘に戻し、休めの姿勢になる。

 

「え〜、ようやく召喚サークルを設営できました。遠征隊の皆さんご苦労様でした。」

 

「この特異点については、皆さんの活躍と...犠牲によって、多くに事が判明しました。」

 

立香はなんとか"犠牲"という単語を絞り出す。

 

「この特異点の原因は、魔女と呼ばれる方のジャンヌ・ダルクです。そして彼女はオルレアンを拠点にしています。彼女の目的はフランスの破壊。襲われているフランスの防衛をしつつ、オルレアンに向かいましょう。そうすれば、あのジャンヌ・ダルクも我々を無視できずに自ら出てくるはずです。そこで聖杯を確保する。」

 

立香はオルレアンのある方角を指差す。立香はオルレアンの方を見た後、遠征隊を見渡す。誰もが立香よりずっと大人で、ずっと力強く、ずっと命の価値がない人たち。

 

「なので、明日からオルレアンを目指し進みましょう。人理救済の為の最初の一歩です。しっかりと、足元を確かめながら修復していきましょう。」

 

カルデラ特異点遠征隊実働部隊227名は立香に再び敬礼をする事で立香に同意を示す。戦死により所々に穴の開いた隊列。立香の為に人理へと手を届かせる踏み台を、彼らは自身の骸で作るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

立香が遠征隊の前から去るとマックスは隊員達の方を向いた。

 

「先の戦いで倒れた偉大な兄弟への別れを告げる。」

 

マックスは胸元から紙を取り出し、7人の隊員の名前が読み上げる。どの名前も立香は初めて聞く名前だった。まだ立香はカルデラと遠征隊の幹部級の人達と職務上よく話す人しか名前と顔を覚えていないので、戦死した隊員達とは面識がなかった。

 

「彼らは偉大なる兄弟の袂に行き、我らが永遠に至る為の礎となる。弔砲用意。」

 

出会った事も、話した事もない人が自分の為に死ぬ。これは決して珍しい事ではない。ただ立香の育った日本という先進国(無菌室)では、その様な薄暗い物は徹底的に排除されていた。

 

右の2列の隊員が弾倉を抜いてからチャージングハンドルを引き、排莢孔から空砲を1発装填する。

 

「回れ右。」

 

初めて自分の為に人が死ぬ事を目にする立香はよく分からない喪失感と罪悪感に襲われていた。立香の状態を言葉にするならサバイバーズ・ギルドだろうか。最も早く逃げていれば、最も上手く指揮できていれば、最も強ければ、立香はこう考えられずにはいられなかった。

 

20人の隊員が右を向く。他の隊員達もヘルメットを脱ぎ、胸元に当て黙祷の姿勢になる。

 

「構え。」

 

ジャンヌはマックスに銃を向けられた事を思い出していた。彼の犠牲を出さなという職務に対する正しさ、自身の魔女に真意を問いただすと言う自身に対する正しさ。どちらが正しいのだろう。自分の気持ちを偽るという自身に対する罪、自分の気持ちを優先したという人に対する罪。どちらが罪深いのだろう。神は罪の重さを教えてはくれない。

 

隊員達は銃を斜め上に向け構える。

 

「撃て。」

 

聖人の長である"彼"は自らの死をもって罪を償われた。ならば、聖人である自身も死をもって償うべきなのか、ルーアンの広場と同じ様に。ジャンヌはマックスの後ろ姿を見ながら、自問自答を繰り返す。

 

マックスの合図で撃たれた空砲は森の中に染み渡って行く。

 

 

 




まずは

すいませんでした! リアルが少し忙しくてサボってました。また、遅くなりそうなので、タグに不定期って加えておきます。拙いこの二次創作を楽しんでいる方には申し訳ありませんが、紅葉餅のペースでやらせてもらいます。すいません。



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守護者は全てを記録する

謝罪の連投。今回も戦闘はありません。次回から対マルタ戦です。


遠征隊は解散し、送られてくる装備の組み立てを始めた。組み立ては簡単で、送られてくるブロック状のパーツを積み重ね、コードやパイプを繋いだ後、隙間がない様にしっかりとボルトで締めるだけなのだ。組み立てが簡単なので、10人で作業すれば20分程でBTR-90を1台組み立てられる。また、遠征隊の装備の殆どが、カルデラと共同で開発された圧縮技術でデータ容量が少なくなっているので、カルデラの通信設備に大きな負荷を掛けずに大量に送ることができている。

 

「なんか、複雑な気分。」

「しゃあねぇだろ。俺もドルイドとしちゃ、ちったぁ嫌な気分になるが。戦争なんだから細けぇこと気にすんな。」

 

クーフーリンと立香は遠征隊が組み立てたテントの前のベンチで作業する隊員達を眺めていた。作業場を確保する為に森は切り開かれ、重機と装甲車は花畑を踏み荒らしていく。

 

「お花が...」

「兵士に踏み荒らされる花畑。一曲作れそうだな。」

 

マリーも土と花が掻き混ぜられていく様子に、悲しそうな雰囲気だった。マリーは保護した花を、隊員が置いていったヘルメットに入れて抱えていた。アマデウスは遠征隊に五線譜を貰って、荒らされていく花畑を見ながら曲を書く。

 

「食事ができましたよ。」

 

立香達がぼんやりと見ていると、テントの中からマシュが出て来た。

 

「先輩、隊員の人達を呼んでください。早くしないとジャンヌさんの拘束しているオルタさんが全部食べてしまいます。」

 

保存用缶詰から作られた質より量の夕飯は、オルタの好みを直撃していた。オルタは炊事場で手伝いしていた隊員を薙倒して、摘み食いしようとしたが、ジャンヌとマシュに捕獲され食事まで正座させられている。

 

「うん、皆んな呼んどくからクーフーリン達は先に行ってて。」

「うし、飯だ! 今日は戦闘で腹減ってんだよ。」

 

立香は足の間に置いていた大型メガホンのマイクを取り、作業している隊員に呼びかける。

 

「皆んな〜! ご飯ですよ〜!」

 

立香の呼びかけに、隊員達は道具を放り出して台所に突撃する。

 

「プレートを受け取って下さい。」

 

ちゃんと並んだ隊員達はマシュとジャンヌからランチプレートを受け取り、並んだ食事を盛っていく。食事片手に隊員達はテントから出ると切り倒した木やパーツボックスを椅子に食事を始めた。

 

「私も下さ〜い。」

 

立香も列に並び食事を貰いテントを出ると、どこで食べようかと辺りを見渡す。

 

「マスターよ! ここだ!」

 

立香がキョロキョロしていると、遠征隊の建てた大きめの見張り台の上から茨木が手を振っていた。立香がロープで食事を上げて貰い、隊員達に心配されながら見張り台に登る。10m以上ある見張り台に登っているので、隊員は下で毛布を広げて立香を心配していた。

 

「おい...あれ。」

「あー、マスターが心配だな(棒」

「おう...最高のデザートです。」

「...茨木、オルタ。」

 

隊員達は立香を心配し登る様子をながめるとすると、当然立香を見上げる状態になる。また現在、立香はカルデラの制服を着ておりスカートである。立香が登りながらオルタと茨木を呼ぶと、オルタ達が上から飛び降りてきて、下にいた隊員をブン殴る。立香は下から悲鳴が聞こえてきたが、当然の事だと気にせず頰を膨らまし怒りながらハシゴを上がっていく。

 

「うわぁ...綺麗!」

 

立香が登り切ると見張り台からは、そこには一面の星空があった。

 

「凄いですよね、先輩。カルデラの標高でも綺麗に見えるらしいですが、カルデラは何時も吹雪に覆われていますから、私初めて見ました。」

「私もこの星空は初めて。」

 

見張り台にいたサーヴァント達も星を摘みに食後のお茶を楽しんでいた。立香とマシュが手摺に手をついて眺めているとクーフーリンが、呼びかける。

 

「飯が冷めんぞ。」

 

立香とマシュは床に座り、サーチライト用の大きなバッテリーを机に食べ始める。マリーは隊員が淹れた少し渋い紅茶を飲みながら、立香達の食事が終わるのを待つ。

 

「落ち着いたところで、改めて自己紹介させていただきますわね。私の真名はマリー・アントワネット。クラスはライダー。どんな人間なのかは、皆さんの目と耳でじっくりと吟味いていただければ幸いです。」

「僕はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。マリーと同じく召喚された理由は不明。」

「ご丁寧にありがとうございます。私は藤丸 立香です。こちらはマシュ、クーフーリン、オルタ、茨木です。」

 

立香は小さく頭を下げる。立香が立ち上がり下を見ると、隊員達は食事が終わり作業に戻っていた。立香は下にいる隊員をマリー達に指差しながら紹介していく。

 

「あそこに居るのがこの部隊の総隊長のマックスさん。映像は右から、イザイラ副隊長、オルガマリー所長、ロマン医療班長、ダヴィンチ技術部部長。ちょっと離れて、第1分隊長の...」

 

立香はマリー達と直接関わりそうな幹部級職員と隊員を一通り紹介していく。

 

「うん、全員覚えた。」

「楽譜暗記に比べれば余裕だね。」

「ちなみに全員30代から40代。」

「なんかズルいわ。」

「彼らみたいに改造人間になるなんて言いださないでくれよ、マリー。」

 

マリーは人間時代にスタイルや美貌を維持するために色んな事をしていたので、ホムンクルスの義体で20代の見た目をしている遠征隊を少し羨ましそうに見ていた。

 

「最後に、こちらが...」

「ジャンヌ。ジャンヌ・ダルクね。フランスを救うべく立ち上がった救国の聖女。生前からお会いしたかった方のひとりです。」

 

目を輝かせるマリーと対照的にジャンヌは目を伏せ暗い雰囲気を纏う。

 

「...私は、聖女などではありません。」

「そんな事みんな分かっていたと思いますよ。でも、少なくとも貴方が生き方は真実でした。その結果を私たちは知っています。だからみんな貴方を讃え、憧れ忘れないんですよ。」

 

ジャンヌはマリーの言葉に俯く事ですか答えられない。

 

「ま、その結果が火刑であり。」

「あの魔女だな。」

「良いとこしか見ないのはマリアの悪い癖だ。そうだろう、ジャンヌ・ダルク。君の人生にはいささかの変調がある。"完璧な聖人"なんて言われて傷付くのは、他ならぬジャンヌ自身だ。」

「他人からの憧れってのは、本人にとって、そうでなくてはいけないという呪いだからな。」

 

何故かアマデウスやオルタに批判を浴びたマリーは、慌てアマデウスを指差し(なじ)り始める

 

「こ、こうすれば良いのでしょう。ここ音楽バカ! 人間のクズ! 音階にしか欲情しなくなった1次元フェチズム!」

「...自分で言っておいてなんだけど、君に罵倒されると、こう、なんとも言えない感情が湧き上がるな。」

「我から3m以上離れてくれ。キモイ。」

「...君のはイマイチだな。だがまあ、やればできるじゃないか! そんな感じでジャンヌにもかまして上げなさい。」

 

茨木はアマデウスから謎の評価を受け、青筋を立て、殴りかかろうとするが、クーフーリンに頭を掴まれ押さえ込まれる。

 

「もっと早く、もっと強く、もっと辛辣に! 君の思うがままに欠点を口にするのだ。」

「ノン、それは無理よアマデウス。貴方のような人間のクズには欠点しかなけど。ジャンヌには欠点はありません。」

「そんな事はありません。欠点だらけです。」

 

ジャンヌは俯き、顔に影がかかる。立香とマシュは真剣な雰囲気を感じ、正座になり聞く体勢になる。

 

「マリー・アントワネット。貴方の言葉は嬉しい。でも、だからこそ告白します。私は生前も今聖女なんてものではありません。私は死んだ今でも自分の為に旗を振って、その結果、人々を死地へと誘い込み、人々を自分の為の生贄にしました。」

 

ジャンヌは目をつぶり、自分に従い共に戦場に並んだ何万ものフランス兵士達を、立香に従い立香を守る遠征隊の隊員達を思い浮かべる。

 

「後悔はありませんでした。誰もが神ため国のためと覚悟を決め戦いにいたと思っていたからです。いや...後悔するべきだったんです。」

 

ジャンヌは自分の胸元に拳銃を突きつけたマックスの姿を思い浮かべる。あの時、彼の怒りは聖女ジャンヌ・ダルクの行動ではなく、町娘ジャンヌの考えに向いていた。

 

「流した血が多すぎた。見ましたか? 街の広場一面に広がる血を、私はあの何倍もの血を生んだんですよ。田舎娘は自身の夢を信じた。その夢の行きつく先がどれほどの犠牲を生むものか、その時まで想像すらしなかった。」

 

ジャンヌが勝利の戦旗を掲げる時には、何時も戦場は人馬で埋め尽くされていた。ジャンヌは今回も戦旗を掲げたが、昔と同じように広場は隊員で埋められた。

 

「考えたり想像しなかったから、私なのに(魔女)を理解できなかった。そして、わがままで7人も殺した。いや、本来なら100人も殺してたんです。」

 

広場に散らばる100人の隊員の死体。ジャンヌが逃げれば生きられるはずだった7人の隊員。

 

「後悔はなかったけれど、畏れもしなかった...それが私の罪。」

「そう。聖女では無いのよね?」

「ええ...そんな資格はありませんし。」

「それなら私は貴方をジャンヌと呼んでいい?」

「...え、ええ。勿論です。そう呼んで戴けると、何だか懐かしい気がします。」

「良かった。それなら私の事もマリーと呼んで。」

 

見張り台がお通夜状態になる。ジャンヌの語りに立香やマシュは正座のまま俯き、クーフーリン達も腕を組んで静かに見守る。

 

「ジャンヌは反省しているの?」

「はい...もっと自分や神(遥か彼方)ではなく、仲間(足元)を見るべきだったと。」

「仲直りしたい?」

「...はい。隊員の人達に、死んだ事はしょうがない。彼らは死ぬ運命だった、と言われました。ですけど、やっぱり少し壁を感じます。私が勝手に感じているだけですけど...」

 

少しお通夜ムードが和らいだので、立香と茨木は魔法瓶を取り出し、紅茶で一息つく。

 

「それなら、皆さんとの間に本当に壁があるか確かめてみましょう。」

「確かめるって?」

 

よく分からない様子のジャンヌを他所にマリーは立ち上がり、見張り台の手摺りに座り下で作業する隊員達に手を振る。クーフーリンとオルタは予想できたのか、ニヤニヤしながらジャンヌを見る。

 

「ああ、マリー、危ないよ。そんな所に座ったら、落ちちゃうよ。」

 

隊員達は作業の手を止め、見張り台から手を振るマリーを見て、何をするのかと見つめる。アマデウスは下手に触ると落ちてしまうので、ユックリ降りるようにマリーを説得するが、マリーは足をブラブラさせながら手摺りに座り手を振る。

 

「マリーさんは何をするんでしょうか、先輩?」

「演説とか?」

 

マリーは視線が集まったのを確かめると、見張り台のスピーカーに付いているマイクを掴み、ジャンヌも引き寄せる。ジャンヌと隊員が首を傾げていると、マリーは大きく息を吸い。

 

『皆んな〜! ジャンヌって呼んであげて〜!』

 

立香や茨木が飲んでいた紅茶を噴き出し、クーフーリンとオルタが爆笑し始める。アマデウスは頭を抱えうずくまり、ジャンヌは真っ赤になる。

 

「ちょ! えっ! 何してるんですか、マリー!」

「「「「yes,マリーさん!」」」」

 

隊員達は持っていた工具を掲げ、ジャンヌを冷やかし始める。

 

「えっ...あの...その。私は...皆さんの仲間を...まだ...ちょっと整理できてなくて。」

 

ジャンヌは自分はまだ恨まれているのではと思っていたので、ここまで慕われるなど考えもしなかった。

 

「「「「ジャンヌ! ジャンヌ! ジャンヌ!」」」」

「いやっ...やめて下さい! 待ってください!」

「「「「ジャンヌ! ジャンヌ! ジャンヌ!」」」」

「やめて下さいよ!」

 

ジャンヌは旗をブンブンと回し、未だにジャンヌコールをする隊員達を鎮めようとする。

 

「一方的に信じるんじゃなくて、支援する! これが女友達の心意気よね、アマデウス!」

「マリーがしたのは、ただの味方への後ろ玉だよ。」

 

手摺りに乗り、アマデウスに手を差し出しながらマリーは嬉しそうに語る。アマデウスは溜息を吐きながらその手を取り、手すりから降ろす。

 

「ジャンヌの心配もなくなりましたし、お話の続きをしましょう。」

「遠征隊の人達って、本当は良い人なんですかね?」

「いや、あれは馬鹿なのと命を塵と同価値とみなしているからだ。あいつらは良い奴なんかじゃないぞ。」

「厄介な事に馬鹿は馬鹿でも、場をわきまえる馬鹿だ。マシュよ、騙されるんじゃないぞ。」

 

未だに聞こえるジャンヌコールにマシュは隊員達を少し見直したが、一通り笑ったので落ち着くために紅茶を飲みながらクーフーリンとオルタはマシュの言葉を否定した。

 

「話するために、隊員を抑えてもらいましょう。隊長さんは、2番っと......ん? 繋がんないな。」

 

立香は隊員を静かにして貰おうと、見張り台に備えてあった通信機でマックスに掛けたが何時も直ぐにでるのに出なかった。

 

「何か作業してるのかな? まぁいいか、代わりに所長とロマン呼びますか。」

 

ようやく隊員達を静かにしたジャンヌが疲れた様子で帰って来たので、立香は通信機でロマンを呼び出し、フランスについての話を始める。

 

 

 

 

〜お話中〜

 

 

 

 

「敵が強大なほど反動も大きい。つまり、他のサーヴァントがいる可能性が大きいです。」

「つまり、他にもサーヴァントがいると。」

 

呼び出されたオルガマリーとロマンはサーヴァント達と情報のすり合わせをしていた。

 

『とりあえず、今分かっている敵のサーヴァントの情報を遠征隊の大書庫を漁らせきたよ。シュヴェリエ・デオン、ヴラド三世、エリザベート・バートリー。ジャンヌの記録もあったけど、本人から聞いた方が正確だから、いいよね。』

 

立香達は送られてきた情報に目を通す。世界中に潜伏していた守護者達が歴史的に重要になりそうな人や伝説になりそうな人を監視して作ったもので、本人が気づかないような小さい事まで書かれていた。

 

「所々黒塗りなんですけど。」

 

立香が目を通しているとデオンの性別など所々が黒く塗りつぶされていた。情報を聞き出すのに拷問した人数などは塗りつぶされていないのに、塗り潰しの法則が分からず首をかしげる。

 

『守護者が部外者に資料を見せる時にする"人類史的検閲"だね。』

「人類史的検閲?」

『世の中には謎のままの方がいい事が多くあるんだよ。謎のままの方が、人はその謎に夢を持って覚え続け、人の信仰が集まるからね。いい例が、アトランティス大陸だね。その謎に包まれた感覚が、未だにアトランティスを探す冒険者を生み出しているし。』

 

ロマンは財宝のある座標を塗りつぶしている黒塗りを無くせないかなと呟く。予算が少なく苦しんだ記憶のあるロマンには、黒塗りされた財宝の座標はガラスの向こうのご馳走と同じなのだ。

 

「この書類読んでもな〜。情報量が多くて、逆に役に立たん。クシャミした回数なんて、なんの役に立つんだよ。」

「アマデウス...もしかして私も...」

「記録されてるだろうね。有名人だし。」

「恥ずかしいわ。」

 

マリーは細かく書かれすぎている守護者の情報に顔を赤くし、顔を覆う。

 

「...もっと言う事はないのかい?」

「神に背く事はしていませんもの。」

「でも恥ずかしいんでしょ。」

「乙女ですもの。」

「そう...ん?...もしや」

 

アマデウスは話の輪からこっそり離れ、先ほど立香が使っていた無線機をいじる。近くに置いてあった宛先のまとめられた手帳をめくりイザイラに通信を掛ける。

 

「イザイラ・アワン副隊長でしょうか?」

『なんでしょうか、モーツァルトさん?』

「その...僕の手紙って。」

『一つ漏らさず全て、記録してありますよ。ちなみに今手元に直筆の手紙があります。』

「マジか...マジで...なんで持ってんの。」

『うふふ、内緒です。1次元にしか興奮しないと勘違いしているマリーさんに教えてあげようかな。マリーさんも友人が1次元にしか興奮しない変態じゃなかったと安心してくれますよ。』

「待って! 待って! 1次元の変態じゃなくて、ただの変態になるだけだから! まだ1次元の変態の方がマシだから!」

 

イザイラに脅されアマデウスは思わず大声を出してしまう。まだ情報のすり合わせしていた立香達が何事かと、アマデウスを見てきた。アマデウスは受話器を隠し何でもないと笑って誤魔化す。

 

「また、アマデウスの発作?」

「あ...ああ...曲のインスピレーションが突然湧いてね。」

「芸術家のサーヴァントだからかな。」

「まあいいが、会議中は静かにしていろ。」

 

何とか立香達女性陣を誤魔化せたが、クーフーリンは何かを察したらしく同情の視線を向ける。クーフーリンとアマデウスの視線が合い、微妙な雰囲気になる。クーフーリンは耳を塞ぐジェスチャーをして、何も聞かないと伝える。アマデウスはクーフーリンとの間に、男子の絆を感じた。

 

『おほん...えーっと...−ごきげんいかが?どんな服着てんの?おt。』

「あ゛〜! 君達のために曲書くから。書くから読み上げないで!」

『いいでしょう。取引成立です。あなたの手紙は誰の目にも触れないように奥底にしまっておきます。』

「はぁー、なんであんな手紙書いたんだろ。あぁ...確か3徹した後だったっけ。」

 

アマデウスは受話器を戻し、俯く。見張り台の端っこで蹲るアマデウスにマリーは心配になり、声をかける。

 

「アマデウス、大丈夫? 何かあったの?」

「いや、急いで曲を書かないと、と思って。」

「? よく分からないけど。こっちのお話は終わったから、ゆっくり休みましょう。」

 

アマデウスとマリーは話が終わったので、食器を持って見張り台から降りていく。立香達も降りるかと考えていると、梯子のところから降りていたマリーの顔がヒョッコリと出てきた。

 

「周囲は私達と兵隊さん達で見張りますから。」

 

マリーはそう言うとスーっと降りていった。

 

「先輩、私達も行きましょう。あそこのテントで先輩の作業をするようですし。」

「俺たちがマスターの作業中周りの護衛すっから、安心しな。」

 

クーフーリン達は見張り台から梯子を使わず、飛び降りていく。マシュは梯子を降りようとしたが、直前で止まり下を見下ろす。

 

「私も。」

「マシュはダメー! 怪我しちゃうよ!」

 

マシュもオルタ達の真似をして飛び降りようとしたので、立香は慌てて止め普通に降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マックスや分隊長達はテントの中でヘッドフォンをつけ、タバコを吸いながらヘッドフォンから流れる声を静かに聞いていた。テントに中は紫煙が立ち込め、隊員がキーボードをタイプする音だけが響く。

 

『周囲は私達と兵隊さん達で見張りますから。』

 

マックスはテントの窓から見張り台から降りてくる立香達を見る。マックス達はヘッドフォンを外し、タバコを水を張ったアモ缶に放り投げる。

 

「特に収穫はありませんでしたね。」

「サーヴァントの情報はこちらに通達されるはずですから。あるとしたら英霊同士が抱いている感情でしかね。」

「これが会話記録です。」

 

マックス達は見張り台に指向性マイクを向け、ずっと会話を聞いていた。分隊長達は隊員が文字起こしした会話記録に目を通す。会話記録を読んでいて一人の分隊長が手を挙げた。

 

「一つ気になることが。」

「何だ?」

「マシュさんの言う15騎のサーヴァントによる聖杯戦争の形跡とは?」

「確かにコレはどういう意味だ? この世界での聖杯戦争は冬木で一回のはずだろ。しかも通常方式の。冬木のは守護者の総力を挙げて隠蔽したから痕跡は残っていないはずだ。」

「マリスビリーが聖杯に願った全聖杯戦争の記録が漏れたか? そもそも形跡とは何を指す? 戦闘跡か? 魔力残滓か?もし、15騎の聖杯戦争が起こっていてその形跡があったとして、我々守護者の情報網にカケラも引っかからないのは何故だ?」

 

マックス達はマリスビリーが守護者に持ってきた聖杯戦争の資料には15騎のサーヴァントによる聖杯戦争のことが書いてあった。しかし、この資料は並行世界に関わる危険な物で、他人に気安く見せれるものでは無い。この資料に目を通したのは、マルスビリーの弟子のロマンと守護者の幹部のみで、一般の隊員達は存在は知っていても内容までは知らない。オルガマリーも特異点Fで存在は教えてもらったが、まだ目を通してはいない。

 

「いや、マリスビリー前所長はマシュさんの様な一般職員に漏らす様な人ではなかった。ロマンもあんな危険物を、大切にしているマシュに教えるわけがない。遠征隊から漏れたか?」

「ここの誰もが喋っていないのなら遠征隊経緯では無いだろう。マシュさんが直接読んだというのは?」

「禁書保管庫の立ち入りは遠征隊幹部が持つキーカード5枚がいる。誰も渡していないから、マシュさんは聖杯戦争記録を保管してる禁書保管庫には入っていない。なら一体、なぜ15騎の聖杯戦争を知っている?」

「もしかして、マシュさんと同化しているサーヴァントの記憶か? クーフーリンさんが冬木で別の聖杯戦争の記憶があることを匂わせていたぞ。」

「我々に提供された記録で、15騎が参加した聖杯戦争で盾を持つサーヴァントと言えば...アキレウスか。なら、マシュさんの英霊はアキレウスか?」

「う〜ん、それならなぜ盾だけしか出てこない。槍は? 戦車は? それよりもアキレウスの不死性は何処に行った? 普通に怪我をしていたぞ。盾にしても、世界を展開しているにしては、効果は低かった。」

 

マックス達は唸りながら考えるが上手い説明が思いつかず、時間だけが過ぎていく。誰も考えてつかないので、マックスは手を叩き煮詰まった空気を変える。

 

「よく分からんな。それとなくマシュ殿に聞くとしよう。」

「そうですね。話を戻しましょう。マスターとサーヴァント達の会話でしたね。」

「英霊達の会話だから遺物回収に役立つ何かがあるかと期待したのですがね。」

「マリー・アントワネットの時代は、時代の変遷期だったから、何もかもが記録されているからな。新しい情報はないな。」

「ああ、城の中にいた貴族の(まばた)きの回数やタイミングすら記録してるからな。」

「マックス隊長、どういたしますか?」

 

分隊長達は会話記録を机の上に放り投げ、マックスに視線を向ける。マックスはジャンヌ達の写真を眺めながら、新しいタバコに火をつける。

 

「マスター殿の会話については、十分な収穫だ。これにより作戦が実行できるかを確認できた。」

「それは?」

「ジャンヌ殿は我々に対して大きな罪悪感を抱いている。これが知れただけ、十分な収穫だ。」

「罪悪感を盾にして、何らかの要求を飲ませると。」

「多用できないから、使い所を見極め必要があるがな。今後はマスター殿の方針通り、オルレアンを目指す。オルレアンに向かう途中で行う作戦はすでに出来上がっている。ファイル開示を許可する。コード"victim 's reason "」

 

分隊長達は端末を取り出し、事前に配布されていた作戦計画書のロックを解いて目を通す。

 

「これは...聖女が怒りますね。」

「だから、あの罪悪感は良い。この作戦にピッタリだ。質問は?」

「「「「「ありません。」」」」」

「では..."春小麦"作戦を開始する。」

 

マックスの号令にテント内の温度が上がる。分隊長達は立ち上がり、マックスに敬礼をして、隊員達に作戦を伝えるためにテントから出て行く。マックスもタバコを吸い終えると、魔術でサッと匂いを消しテントから出る。

 

「ふむ...マスター用の寝室も出来上がっている様だな。マスター殿を案内しに行くか。」

 

マックスは無邪気に手を振ってくる立香のもとに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わお...すっごい豪華。そして不穏。」

 

立香の案内されたテントの中にはクイーンサイズのベットが置かれていた。

 

「何、このコード?」

 

立香はベットから伸びる大量のコードを不安そうに持ち上げる。不穏な空気を放つコード群の唯一の救いは、全てクリップ型で針状の突き刺す様なコードがないことぐらいだ。

 

「寝相悪かったら首締まりそう。」

「それなら見張りをつけておきます。」

「それは、結構です。所長達が見守ってくれる手筈ですから。」

 

立香はスカートを覗いて茨木とオルタに締めれた隊員達を思い出した。テントに来るまでに、顔面を腫らしながら腕立て伏せをする隊員がいた気がしたが、気にするほどでもないと記憶の隅に追いやった。

 

「横になってください。」

 

立香がベットに横になると隊員達が立香を囲み手足の各所にコードをつけて行く。

 

(UFOに攫われたみたい。)

 

隊員達はコードの最終確認をすると、魔法陣が刺繍された毛布を立香にかける。

 

「こちらマックス。此方側の準備は終わった。どうぞ。」

『ロマン、了解しました。もう一度確認するよ。まずは、英霊契約枠を増やすのと令呪を回復するのに必要な量の魔力を確保する。普通はこんな事しないけど、立香はまだ未熟だから自力のみでの回復だと一週間ぐらいかかちゃうからね。今の人理にはそんな余裕は無いし。』

「分かりました。修行頑張ります。」

『一般人候補の立香君にはキツイだろうけど、そこの霊脈を立香君がパーンしない量に調節して、立香君に流し込んで確保する。』

「パーンて何⁉︎ 聞いてない!」

 

立香はロマンの擬音に恐怖し震える。周りにいる隊員達は立香のいい反応に、機械を操作しながら笑う。

 

『そりゃ...頭とか?』

「破裂するの⁉︎」

『冗談だよ。破裂するのは魔術回路だよ。』

「立香知ってる! それ破裂しちゃいけないやつ!」

『まあ、緊張が解れた所で説明の続きするよ。』

「逆に緊張してきた。」

『心配しないでよ。最高の技術を持ったカルデア幹部と遠征隊幹部がモニタリングするんだよ。心配ないさ。話を戻して、魔力の確保が終わったら、立香のサーヴァントへの契約枠の増設だね。』

 

立香はロマンの話を聞きながら、不安のせいで早くなった脈を鎮めるために深呼吸する。

 

『立香君の持つ枠は、今オルタさん達で埋まってる。マリーさん達と契約するには増設するしかないんだよ。トリスメギストスの試算では、立香君が特異点で存在を確立させられる限界は6騎だね。現地にいるサーヴァントは聖杯によって存在が確立されているからいくらでも契約できるよ。』

「どういうことですか?」

『まあ、カルデアから連れて行けるサーヴァントは6騎、現地での契約は無制限って感じ。これ以上は専門用語満載になるよ。』

「...いいです。」

『じゃあ、始めるよ。アワン副隊長お願いします。』

『はい、立香さん目を瞑ってください。心を落ち着けて〜。じゃあ、非挿入型基点の活性化を。』

 

立香の周りで待機していた隊員達が一つ一つ声に出し確認しながら、立香に繋がる装置のレバーを上げていく。すると機械からコードを伝い、立香に光が流れ込んでいく。

 

『今から魂に干渉しますね。少し怖いかもしれませんが落ち着いて。まずは意識に干渉する為に立香さんを無意識の領域に落としますね。』

 

立香は目を瞑ると、海の中にいる気分になった。海の中で日が差し込み輝く水面を眺めているような、ゆったりとした気分になってきた。

 

『では、私は集合的無意識から立香さんに干渉しますね。3...2...1...お休みなさい。』

 

立香が精神の海の中で漂っていると、腕に掴まれた。立香が振り解こうとするも数多の腕がさらに立香を掴み、深海へと引きずり込んで行く。

 

『立香さんの精神を安定状態にしました。作業を始めてください。効果は朝までの7時間。任意のタイミングで解除できます。』

『ご苦労、イザイラ。さあ、ロマン、ダヴィンチやるわよ。』

『はい、僕は健康状態のモニタリングを。』

『私は汲み上げ量の調節だね。』

『貴方達もしっかりやりなさい! 遠征隊にカルデアはサボってるて、陰口を叩かれるわよ!』

『『『『はい、所長!』』』』

 

オルガマリーはカルデラ職員に檄を飛ばした後、自分もコンソールに座り作業を始める。

 

 

 

 

マックスは立香の作業が終わり、テントの外に出る。自分の仕事も終わりする事がないので銃に整備でもしようかと考えていると声が聞こえた。

 

「マックスさん、コッチです。」

 

焚き火の側にマシュ達サーヴァント組がいた。マシュはテントの入り口で考え事をしていたマックスに声をかけた。マックスはマリーとアマデウスに挨拶をしていないのを思い出し、マリーの元へ行く。

 

「貴方がマックス・アベル隊長ね。」

「はい、こうして面と向かって話すのは初めてでしたね。本官はマックス・アベル。カルデア特異点遠征隊隊長の職を任されております。」

「ご丁寧にどうも。私はマリー・アントワネット。以後よろしくお願いします。」

「僕の名前はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。マリー共々よろしくね。

 

マックスは深々とお辞儀をし、マリーもスカートを掴み優雅にお辞儀をする。

 

「そこに座れよ。」

 

クーフーリンは空いていた丸太にマックスを座らせる。マックスは座るとベルトポーチを漁り、箱を取り出す。

 

「どうですか?」

「私は大丈夫ですよ。」

「俺は貰う。」

「私も貰おう。」

「僕も。」

 

アマデウスとクーフーリン、オルタはマックスが差し出したシガレットケースからタバコを取る。マリーとマシュは少し口寂しそうだったので、マックスは近くの食料箱からマシュマロを取り出して差し出す。

 

「火を。」

「俺結構だ。自前がある。」

 

マックスはアマデウスとオルタのタバコに火をつけ、クーフーリンにも差し出したが、クーフーリンはルーンで火をつける。マシュ、マリー、茨木は小枝にマシュマロを突き刺して、焚き火にかざしていた。

 

「随分揃ったな。」

「遠征隊は兵種で言えば、機械化歩兵ですから、全員が乗れるだけの装甲車が必要なので、この規模になっております。」

 

チェンタロウⅡ戦闘偵察車 6両、BTR-90装甲兵員輸送車 12両、 M939 5tトラック12台、ハンヴィー3両、MH-6 リトリバード12機、特別車1台、偵察用オートバイ多数。それらがズラッとマックス達の前に並んでいた。

 

「効くのか?」

「砲口に石を投げ込むのはやめて下さい、筒内爆発を起こします。まあ、ワイバーンには効くでしょう。サーヴァントは...120mmが効かなけれ諦めます。」

 

茨木は砲口に石を投げ込んでいたが、マックスに取り上げられる。マックスは近くに通りかかった隊員に声を掛け、砲身の掃除をさせる。

 

「ところで、あの車はなんですか? 少し違うようですが。」

 

マシュが指差した車は6輪ハマーをふた回り大きくしたような物で、刻まれた魔法陣の放つ魔力の濃さも違った。

 

「あれは特級要人護送車ですよ。層一枚一枚に防御陣を刻んだ厚さ30cmの複合装甲に覆われ、対生物・化学兵器、対衝撃、対放射線、対魔力汚染.etc。ありとあらゆる物からマスターを守るモンスターマシンです。技術局局長の話ではバンカーバスターの直撃にも耐えられるらしいです。」

「聞くだけで過ぎそうですね。」

「乗り物としては、世界一安全と言えますね。ただし、スペースの関係で、一切の攻撃手段を持っていません。」

「どれ試すか。」

「やめて下さい! あれ一台で主力戦車2両買えるんですから!」

 

剣片手に立ち上がるオルタの腰のリボンを掴み、マックスが必死で止める。

 

「冗談だ。離せ。服が脱げる。」

「申し訳ありません。今直します。」

 

オルタはマックスを蹴り飛ばし、引き剥がす。マックスは立ち上がり、オルタの形の崩れたリボンを綺麗に整える。

 

「私の記憶では、主力戦車は平均で8億円ぐらいだったと思うのですが。」

「そうですね。」

「あの護送車一台で16億円。守護者の予算って何処から出るんですか?」

「守護者の持つ企業の利益です。」

「企業ですか?」

 

マシュの疑問にマックスは懐中電灯の様なもので地面に企業のロゴや商品の画像などを投影し、説明する。

 

「守護者の表の顔は色々な分野に事業を展開している超巨大多国籍企業です。そのタバコも企業が持つ農園の最高級品ですよ。」

 

オルタ達は自身の持つタバコを眺める。クーフーリンの中にボンヤリとある、どっかの港で釣りをしながら吸ったタバコの記憶よりも数倍美味しい。クーフーリンはしっかりと思い出そうとしたが、謎の頭痛と共に"回転して突撃する蒼い槍兵(ブーメランサー)"と言う謎の単語が頭に浮かんだので、思い出すのをやめた。

 

「守護者は企業の利益で成り立ってますよ。時計塔から出る予算だけでは、武器の維持は不可のですからね。」

「企業ですか?」

「マリー殿には、リキニウス商会と言った方がよろしいでしょうか。」

「あぁ、あのお城に美術品と嗜好品を卸していた老舗の貿易商の。」

 

マリーはよく城に出入りしていたイタリア系の商会を思い出した。

 

「だてに2000年存在しているわけでは無いですからね。世界中に持つ祖先代々の人脈で事業がスムーズに展開できますから、今も成長を続けてますからね。私も表の顔は、民間警備部門の最高責任者です。」

 

企業の枝分かれした分野一つが浮かび上がり、マックスの表の個人情報が表示される。経歴には初陣のイラン・イラク戦争から様々な戦争に行っている事になっていた。

 

「そう言えば、企業の武器はないんですね。どれも他の会社の武器ですよね。」

「遠征隊は国連の要請でカルデアに来たので、西欧財閥と国連理事国から武器の提供されてますから、企業の武器を持ってくる必要がなかったんですよ。一応、企業の武器もありますよ。どれも実験の為に持ってきた試作型ですけど。」

「へー、例えば?」

「試作型対艦電磁加速砲とかですね。」

「対艦...電磁加速...砲?」

「某国家からA国の空母の原子炉を撃ち抜く砲が欲しいと言われ開発した奴です。」

 

そのまま、それぞれの思い出話をマシュに披露していると、遠征隊が設置した対空レーダーの赤いランプが灯る。

 

 

ウゥゥ〜〜〜〜〜!

 

 

神経を逆撫でし、聞く者全てを不安にするサイレンが拠点中に響き渡る。マックスは持っていたタバコを焚き火に中に投げ捨て司令部に走っていく。サーヴァント達も立香の元に向かう。

 




マジで、原作のオルレアンでマシュが言ってた15騎での聖杯戦争の痕跡って何でしょう?数的に fate/ apocrypha なんでしょうけど、FGOでの聖杯戦争は冬木の一回だけらしいし。紅葉餅が調べてもよう分からんので、何か知ってたら教えてください。


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