古明地さとりは覚り妖怪である (鹿尾菜)
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第1部 悟
depth1.さとりはプロローグだと思いたい。


初めまして、鹿尾菜です。

さとりの魅力に魅せられて気づいたら書いていました。
お目汚しかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

あ、そう言えば息抜きで書いてたりする部分がありますので投稿期間が空くかもしれませんがご理解のこと…
さとり「くどいです。さっさと始めてください」




私が私を認識したのはいつからだっただろう……

 

意味がわかるのか分かっているのか分からされているのかよくわかんない自問自答。帰ってくる答えは、ついさっきじゃん。と言うかこれで4回目。

 

いや意識だけなら数年前からあったようなのだ。無意識だったのか意識が何処に向いていたのか全く分からないが取り敢えず意識はあった。

そしてついさっきようやく私と言うものを認識したようだ。

ここまではOK?……誰に話してるんだろう。

 

ようだ、と不確定に言うのもただ単純にはっきり記憶してないからだったりする。

 

ただし私が私を認識した時点で私は誰なのか、なんなのか、そして意思がなど色々思い出していった。

 

私は古明地さとり。誰が名付けたわけでなく私の意思が私の姿を認識した際に記憶から取ってきて当てはめた名前だ。

 

そう私は…私の現在の脳は西暦202×年の日本という国、並びそこで生きていたとされる一人の人間の記憶が丸々入っている状態のようだ。まぁ、それが私であったかと言われればどうか分からない。赤の他人の記憶なのかもしれないし私の前世の記憶なのかもしれないし。

 

俗に言う転生と言う奴だろうか…それとも時間逆行?憑依?TSF?それにしてはこの記憶を自分の意思が体験したものでは無くただの記憶として持っている…あくまでも知識としてしか認識してないのは不思議だ……うーん、心を読む妖怪だからだろうか…。まあ、そんな事は今はさしたる問題じゃない。

この身体が東方projectの、とある地霊殿の主のものである事についても後だ。

 

ついさっき私を認識した時点で私は何処かに閉じ込められているようだ。

周りが硬い壁?木?に囲まれ全く身動きが取れない。その上紐のようなものが絡んできて余計に動き辛い。あ、これサードアイの管だ。新たな発見。そしてどうでもいい発見。あまり動いていない身で言えることでは無いが……管邪魔!

 

取り敢えず闇の中にいつまでもいるのは嫌なのだ。此処から出たところで闇じゃないなんて保証も無いがそれを言ったらそれまでだろう。

 

取り敢えず天井?のような部分に両手を付けて押してみる。

 

うん、見事に開かない。

壁…ビクともしない。まだ天井の方がマシかもしれない。

 

妖力だとかそう言うまだよく分からない力を使えば出来るのか?

って言うか妖力だとか霊力だとかなんてどうやって使うんだ?

切実な話さとりの記憶…意識があった頃の記憶からヒントを得てみようかと思うが……意識はあるのに何もしてない。

いや比喩とかじゃなくて本当に、身体が一切動いてないの。細胞単位ですら動いてない。意識はあっても生命活動無しじゃどうしようもない。結局闇に慣れたって事だけを習得した。

でも私は闇が嫌いだ。矛盾かな?だって暗いの嫌なんだもん。そんな理由でって?理由なんてそんなものよ。

 

その後も色々試してみる。

 

うん、だめだこれ。詰んだ。さよならー永遠にこんな所に閉じ込められて終わったかもしれない。

 

……何現実逃避してるの私。

 

人間としての記憶…便宜上前世記憶と呼ぼう。がまだ残ってる。あてになるかは分からないけど参考にしてみるのも……

 

 

諦めんなよ!どうしてそこでやめるんだ、そこで!もう少し頑張ってみろよ!ダメダメダメ!諦めたら!周りのこと思えよ、応援してる人たちのこと思ってみろって!あともうちょっとのところなんだから!

 

……おっと間違えた。ってかなんだこれ、応援してる人って誰や……いや少しは元気でたけど

 

ってなわけで仕切り直して早速始めましょう。

 

先ずはイメージ。

よく使役エネルギーとかってイメージでどうこうって言うのがあるよね。ってなわけで先ずはチャレンジ……

 

数分後……

 

取り敢えず弾幕っぽいものを作ってみた。青色でよく分からないの。

作れる事は作れた。ただしメチャクチャ妖力使ったみたいだ。

 

なんだかお腹の中あたりがスッカラカンって言うか……うーんよく分からない感じになってる。

 

取り敢えず分かったことは…明らかに燃費が悪い!

 

まぁ兎に角これしかない訳だからやってみる。

本当は肉体強化とかそう言うのも浮かんだけどイメージ出来なかったから仕方ない。

それでは発射!思いっきり天井に叩きつけた。

 

 

 

 

 

何処かの森で雷の落ちるような音がした。

 

 

うん、やり過ぎた。

ってかやる前に考えるべきだった。

あんな狭い空間で爆発させたら逃げ場の無い爆風をもろ被るって事を、さ。

 

勿論天井?この際天井でいいや。は完全に吹っ飛んだ。それはいい、それはいいのだが…やり過ぎた。私の身体は爆圧で派手に潰れた。うん骨どころが内臓まで押しつぶされてる。はたから見たら見事なスプラッタですよ。え?痛くないのかって?

いやうん、痛い。

全身がヒリヒリする程度に痛い。あれ?それってあんまり痛くない?

まぁ妖怪だし?

 

更に潰れた身体が再生しているようだ。身体が元に戻っている感じがものすごいする。正直気持ち悪い。身体がグニャグニャしてる。

それに合わせて関節が動くようになり痛みが引いて行く。そこまで妖力を使っていないのが驚きだ。

 

……眩しい。

再生したばかりの瞳孔が小さくなりまともに見えるようになるまでしばらくかかる。

そりゃあ年単位でここにいたんだから仕方ないね。

 

上半身を起こし頭上にデカデカと開いた穴から頭を出す。

一瞬風が起こり新鮮な空気を運んできてくれる。土と草木の匂い。

心地が良い温度と湿度。

あんな狭い空間より断然良い。

一呼吸おき身体に新鮮な空気を送る。

今、凄く清々しい顔をしているのだろう。鏡がないのが残念だ。

 

そして現在の状態を言い表そうと大きく息を吸い込む。

 

 

 

 

 

「何処よここーー!」

第一声がこれだった。

うん……何処だここ

 

 

四方を囲うように建てられた西洋風の建物…ここは中庭なのだろう。

そして自分のいる穴は見た感じ墓?のようなところだ。

 

まさかと思い振り返ると丁度いい感じに墓石がある。

うん……

 

古明地さとりは考えるのを辞めた。

 

 

「縁起悪い…」

第二声…ロリボイスがそよ風に吹かれて消えて行く。結構可愛い声だお世辞抜きで。

 

 

 

 

墓場から出て落ち着いたところで状況を整理する。

 

げんじょうはあく

 

私は何故か私をゲームのキャラとして知っている。

私は現在よく分からない人間の記憶並び性格の一端を丸々受け継いでいる。

私は現在何処にいるのか、そもそもここは私の記憶にある世界なのか違うのか。

私は能力と妖力の使い方を知らない。

髪の毛は薄い紫。フリルの多くついたゆったりとした水色の服装と膝くらいまでのピンクのセミロングスカート。

頭の赤いヘアバンドと複数のコードで繋がれている第三の目…眼鏡かけたほうが可愛いかもしれない。おっと、これは違う。

そして目の前に大きな館がある。

 

 

 

…まず一番手っ取り早いのはこの館を調べることだ。

と言っても…外見だけでもすでに3割程崩れてるけど…

それでも意を決して建物に入ってみる。

 

窓から失礼しまーす!

 

窓に向かって突撃を繰り出す。外枠すらなくなった窓を通り抜けたその先は…何もなかった。

 

……中すっからかんじゃん!天井とか床全部抜けてるしハリボテ同然なんですけど

さっきまでの冒険心返せ!このやろー

いっそもう外見も崩れてしまえ!

 

仕方ない諦めよう。

それじゃあ二つ目現在位置確認と…出来れば能力把握。

当然生まれたばかりの新米妖怪だから下手に動くのは命取りだ。

 

取り敢えずしばらくは妖力の使い方を考えないと……戦闘力皆無の現状で他の妖怪に出会ったらなんて考えたら…

話がわかるのならまだなんとかなりそうだがそうでなかったら……DEADENDコンテニューは無い。

 

うん、やべえ。

 

自身の能力も気になるけどこれは相手がいないと検証不可だし…下手すると色々やばいことになりそう……

ほら!忌み嫌われてるってなってるじゃん…それって豆腐メンタルな私には到底耐えられないし、下手すれば闇堕ちとか冗談抜きでなりそう。

 

と言うわけで能力うんぬんは後々!

 

それじゃあ妖力テストと訓練開始!

 

 

 

 

 

 

冗談抜きの30日後…

 

まずいです…お腹すいたのです…ごめんなさい妖怪舐めてた。

 

飲まず食わずで約一ヶ月練習してたら今になって急に……

ま、まあ空腹だけで他は…妖力が枯渇しちゃっただけだし…生命活動にはまだ余裕がある。

って言ってもいつまでもここにいても何にもならないし…

 

こ、こうなったら…一か八か!まだいろいろ怪しいけどこの館からおさらばするのだ!

 

…。あ、だめだ…このテンションじゃ持たない。それに妖力が枯渇してる時点でシャレにならない。妖力技使えないじゃん。

 

今まで特訓してきた意味ェ…

 

 

「う…がんばる」

取り敢えず声に出してみる。いつ聞いてもええボイスや。自分で言うのもなんだけど…これじゃあナルシストだ。

 

 

そんな訳で館から真っ直ぐ数百歩歩いてみる。道なんてものはなく完全にあてずっぽに歩いている。もちろん普段は邪魔にしかならないサードアイは後ろの方に纏めてある。

そこで気づく。あれ?妖怪なら飛べるのでは?そう思って空を飛ぶシーンをイメージしてみる。

 

「そーらをじゆーにーとびたーいなー」

地面を蹴って思いっきり飛び立つ。

 

そして着地…

 

orz

 

やっぱ妖力無しで飛ぶのは無理か。

いや、それ以前に飛べるのか?

 

って言うか妖力ってどうやったら溜まるんだろう。さっきから溜まる兆候が一切無い。まだ生まれたばかりで知名度なんて皆無の妖怪だからか?やっぱ知名度とか畏れとかなのか?

 

…いくら考えても可能性しか浮かばない。

 

こりゃ一個一個候補潰して行くしかないか…ってかその前に人のいる所の近くまで行かなきゃ話にならんな。

 

 

 

うん、結構山下ったかもしれない。かなり周りがひらけてきた。時間的には数時間。方向感覚が狂わされる森林だったにも関わらず結構簡単に下れたかもしれない。

 

どれどれそろそろ町や村が見えても良さそうなんだけど……

 

そう思っていた矢先目の前に何かが飛び出してきた。

一瞬妖怪とか獣系かと身構えかけた。だがよく見ると猫だ。それもかなり小さい。

 

「……猫ちゃん?」

 

「ミャー」

 

警戒してなさそうな雰囲気が出ている。これはもしや……能力実験のチャンス⁉︎

 

しゃがんで猫と対峙する。そして背中に回していたサードアイの視界を猫に向ける。

 

(うーお腹すいた。この妖怪なんかくれないかな〜)

 

おお!なんか声が脳に…これが能力と言う奴か‼︎

なんか、声が響くって言うか…脳裏に何考えてるのかがそのまま浮かんでくるみたいだ。

成る程…これが能力か。サードアイの視界に入った者しか見れないと…今考えてることだけしか読み取らないのか?

まぁそれは今後の課題か。

 

「あーすいません。今手持ちの食料が無いので…ごめんなさい」

 

うん、本当ごめん。果物とか木の実とか全くなかったんだ。

 

(そっか…仕方ないね。あれー?この妖怪、あたいの考えがわかるの?)

 

「ええ、しっかりと見えていますよ」

そう言って黒猫を優しく抱き上げる。

あまり抵抗しない。

 

(おお!なんだかありがたいねえ。それじゃあちょっと甘えさせてもらうよ)

「ええ、構いませんよ」

ふむふむ、あまり警戒して来ないところを見るとかなり度胸ありますね。猫だけど

 

(なんか変な事考えてない?あたいは勘に従っただけだよ)

 

「いえいえ別に」

 

なんだか側から見たら猫と話す頭のおかしい子扱いだろう。

まぁ周りには誰もいないし気にしない気にしない。

 

猫の首元を軽く撫でてやりながら暫く平地を歩く。

 

「そう言えばこの近くに集落とか人が住むところってありますか?」

 

さりげなく情報収集。

 

(ああ、右方向に進めば結構大きな村があったはずだよ。確か…お偉いさんが住んでる大きな寺があるんだ)

 

「お偉いさんが住んでる寺…ですか。ちなみにそのお偉いさんの名前はわかりますか?」

 

それを聞いた途端猫は物凄い悩み始めた。

(誰だっけ…確か厩戸とか言ってなかったっけ?あ違うな豊聡耳だったっけ?なんかそんな感じの名前だったかな)

 

厩戸…聞いた途端頭に電流が走った感じの衝撃が来た。

え?厩戸って事は…何、飛鳥時代なの?と言うかこの時点で豊聡耳なんて名乗ってた記録あったっけ?うん分からん。

 

んん⁉︎それ以前に私が目覚めたあそこの建物…明らかにおかしい。

西洋風の建物にしてもあんなのはまだまだ先…と言うかこの時代に煉瓦や石をあそこまで綺麗に製造する技術なんてないはずよね⁉︎

ましてや日本に限っていえば長崎の出島か明治以降にしか無いはず…なぜあそこに?

 

うーん、うーん……(汗

 

 

前世知識っぽいものを使ってもそこらへんは分からず。

 

それにしてもお寺に住んでるか…

 

「その寺って斑鳩寺って名前では?」

 

(おお!そうそう、そんな名前の寺だよ)

 

「あ……じゃあ豊聡耳で合ってますね」

 

斑鳩寺…わかりやすくいうなら初期の頃の法隆寺だ。

確か太子が斑鳩宮に入ったのは600年辺りだったと記憶にはあるのだが…あ、あれ?めちゃめちゃ昔なんじゃ……うわー幻想郷すら出来てる気配無いよこれ。

 

この前世知識は基本2000年代、今は600年代…すごーい1400年分のジェネレーションギャップだー。

 

ってそうじゃなくて…どうしよう。

 

やっぱりさとりになってる時点で薄々分かってたけど豊聡耳って厩戸皇太子が自ら名乗ってるあたりこの世界って東方Projectだ。って言うか当時なんて呼ばれてたのか知らないけど……

 

 

 

聖徳太子は本名厩戸(通説)だしその後も厩戸皇子とか王とか名乗っててあだ名っぽい奴と言うか別名で豊聡耳って呼ばれていたらしいけど本人がそう名乗っているとは考え辛い。物部とか小野妹子あたりがそう呼んでたんだっけ?

ってなるとやっぱり前世記憶の歴史ではなく前世記憶にある創作の方だろう。

 

推測を超えない域とはいえかなり考えつくな…

 

しかしこれは参った…いやこれだけじゃないけどね。

 

覚り妖怪は基本妖怪からも人間からも忌み嫌われてるはず…

 

普通に人里入りも…サードアイ隠さなきゃいけないし。

これ隠せるか?って野暮な質問は無し。と言うかこの無法同然の世界で生きていけるか?

なんかもう…早速お先真っ暗なの…

 

 

だからと言ってこのまま何もしないでいたら絶対deadendだし…確か妖怪の根源って畏怖とか恐怖とかの人間の感情だったっけ?

そこんとこどうなんだろう。

 

「えーっと…妖力とかを溜める方法知ってますかね…」

 

場違い筋違いなのは分かっている。でも猫以外に聞くことが出来ないの…わー友達いねえ…

 

(さあね〜あたいみたいな猫に聞いたって分からんよ。まぁ人間を軽く脅すとか襲うとか食べるとかすれば溜まるんじゃないんかねえ)

 

やっぱそんなものか…

 

(なんだい?これから人でも襲いに行くのかい?)

 

「あー……未定です。少なくとも放っておいて妖力が回復するならそれでも良いんですけど」

枯渇寸前の妖力が回復している兆候はない…うーん、時間で回復するって訳では無いのかな…

 

(うーん…苦労してるんだねえ 猫には分からん)

 

 

ええ…八方ふさがりも良いとこですよ。

何をするにも人里は無理他の妖怪に見つかるのも駄目…妖力はドジ踏んで枯渇してるし…

 

仕方ない、なるようになれ!匙を投げる!もう諦める!

 

(大丈夫かい?良ければあたいが助けてやってもいいけど?)

 

「ぜひお願いします!」

まさかの猫から協力の申し出が!まさに猫の手も借りたいとはこの事だ。え?違う?細かいことなんて気にしちゃダメなのよ!

 

(あ、その代わりになんか美味しいものくれ)

 

「ええ、任せて下さい!」

 

(それじゃあ先ずは服だね。妖怪としても人としてもそれは目立つよ)

 

あー…デスヨネ。これじゃ目立ちますよね。って妖怪からも目立つんですかー

確かにさとりの服って概念すら存在しないよね…

 

(じゃあ寺のある村が近くなったらどうにかするから、それまで運搬よろしくー)

 

この世界で自我を持って約一ヶ月、早速猫に助けられる。

 

 

 

 

あ…そう言えば今更ながら人のいるとこって大体妖怪がいるよね…

 

今の状態で妖怪に出会ったらそれこそ狩られる側だよね…

 

弱肉強食待った無しだよね……まぁいいか。その時考えればいいや。

 

 

 

 

 

 

歩き続けること数時間、特筆する事もなく場所と時間は過ぎていく。

まあ…あるとしたら食料確保のため寄った川で危うく獣野郎に殺されかけた事くらいかな。

え、どうしたかって?偶然サードアイが心の声をキャッチしてくれたから奇襲は回避できたよ。

そんで全力顔パン

ただそれだけ。

脳震盪起こしたのか勝手に倒れちゃったからさ、美味しくいただきました♪

ほんと、ただ一匹を殴っただけで他の奴ら逃げ出したよ。まぁ私はそこまで戦いが好きではないから良いんですけどね。

 

いやあ、知性の殆どない獣型妖怪で助かった。

 

それになかなか美味しい肉だったね。お腹の足しになったし妖力がちょびっとだけ回復したよ。

妖怪っぽいものでも食べれば妖力つくのね。なるほどなるほど…

 

 

 

とまあ多少のアクシデントはあったものの、無事?かどうかは置いといて…ようやく人が住む家が見えてきた。

畑仕事をしている人もちらほらと見かける。

 

近くに神社が建設中と言うこともあってかここら辺の田畑はかなり活発の様に見える。

でも家とか相変わらずの竪穴式住居ってのがちょっと見てて面白かったりする。

 

 

 

当然私はと言うと……

「食らいやがれ!飛鳥文化アターック‼︎」

 

道を歩く人達を軽く跳ね飛ばして猛ダッシュしてた。

 

(いきなりなにぶっ飛んだことしてんだい‼︎)

 

え?だってこうやって暴れた方がなんか妖怪っぽいでしょ?

それに私の存在と畏怖、怖れを回収するにはこっちの方が良いじゃん。

現に少しづつだけど妖力がたまってきた感じがするし?やっぱり妖の根源って人間の感情なんだね。

 

(こ、こんな事してたら陰陽師が来て大変な事になるってば!)

 

「知ってますよ。そんな事」

 

(正気かい⁉︎)

 

失礼ですね。私はこれでも普通に思考してこの結論に至っているんですよ。

それに…

 

「いざとなったらこのまま逃げるだけですから」

 

そう言って真っ直ぐ猛ダッシュする。途中に家があったかもしれないが普通にぶっ壊しちゃったかも?

うーん…いっか♪

 

ってな訳で適当に辺りを走り回り、適当なところで近くの山に逃げ込む。

 

本当は山とかに逃げるのって得策じゃない気がしないでもないけど、他に選択肢が無いんだよねえ……

 

(ゼエハア…本当に何考えてるんだい…)

 

「まぁ、妖力の回復方法も分かった事ですしね?」

 

でも妖力を溜められる限界領域が小さいみたいですね。さっきので8割程回復できたってのが凄い…ただ走っただけだよ私。

 

 

しばらく歩くと空洞状態になってる木を見つけた。

丁度一人分のスペースがある。これを狭いと思うか広いと思うか…私は広いと思う。

 

見た目はともかくなんとか雨風しのげそうなところだ。

今日はここで一夜にしよう。

 

それに色々これからの事を考えないといけないし

こいしとか幻想郷とか地底とか…

 

しかしそれよりも最も大事なこと、それは…

 

「少し疲れたので寝ます。猫さんはこれからどうします?」

 

(んーそれじゃあ、あたいも一緒にいるとしますか。久々に面白そうなのと出会えたからねえ)

 

好奇心からなのだろうか純粋に興味からなのだろうか……

目の前で毛づくろいをする黒猫の行動理由はサードアイでも読めなかった。

別に大した事では無いのでよい。

そのうち能力を使いこなせるようになればいつかはそう言うのも読めるようになるのだろう。

嬉しさ反面不安と恐怖が渦巻く。

 

こうして初めての道連れが出来た。



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depth2.さとりはマイペースだと自覚している?

あれから3年の月日が流れた。

 

取り敢えず生きる為に格闘術と適当に人間を襲ったりしてなんだかんだしてた。

別に殺してなんていない。ただ少しだけ戦ったくらい。

もちろん悟り妖怪と分からぬようサードアイを布で隠しながらの為、最初の頃は闘いづらいってのがあったね。

ま、慣れたけど

 

そんな感じに人間を助けたり襲ったり妖怪を襲ったり助けたりと割と適当に実戦を積んでた。

 

 

それと色々調べた。勿論、合法非合法問わず。なにを基準に合非なのかは分からないけど。

 

色々って言っても結局肝心なところだったりとかは分からなかったりするけどまぁある程度この時代の知識は入れた。忘れたかもしれないけど

 

 

他にも能力の運用試験とか?使い方とか?あの猫に手伝ってもらって想起や能力の実験とか試験などをね。想起の使い方とか…

 

あ、ちゃんと埋め合わせはしましたよ。流石に可哀想ですしこっちの都合に巻き込んだんですから。

 

そんな感じで着々とこの時代で生き延びる術を身につけていった。

 

で…一段落した時点でふと気づけば3年経ってたわけ。

 

そう言えば今西暦何年だろうと思ったり思わなかったり、そんなことよりもっと大事なことあるだろうと思ったけど思い出せなかったり。

 

「……ご飯ね」

 

なんとなく夕食が食べたくなってくる。

そういえばもう日が沈みそうだ。窓から見える夕焼けは眩しすぎず暗すぎず丁度いい感じに辺りを照らしている。

 

そろそろここを出ましょうか。

そう思い私は店の出口に向かう。相変わらず…と言うか初対面すらしてないような主人から声がかかるはずもなくそのまま私は外に出る。

 

夏の残暑も消え冬に近づく季節の冷たい風が頬を撫でる。

法隆寺の近くに出来た新しいお店…って言ってもよくわからないものばかり売っている骨董品店のような印象を持つ店から出た私はなにをするわけでもなく散歩をする。

妖力を完全に身体から出さないようにする術を覚えてからちょくちょく人里に来るようになった。

って言うか妖怪の時とそうじゃない時での反応の差が凄い。秒速で陰陽師を呼ばれた。解せぬ。

 

 

 

どんだけ妖怪ダメなのよ……

まぁ妖怪だから仕方ないとはいえ…

 

 

 

そう言えば今日はあの猫帰って来ないとか言ってましたね。まぁ帰るって言ってもあの木の穴じゃ帰るって言えないか。仮住みかだし。

そろそろしっかりとした家を作らないとなあ……まぁ、平安になってからでも遅くはないか。

 

 

 

 

 

丁度いいです。色々と思考して暇でも潰してましょう。

 

 

そう言えば完全に意識の外に行ってしまっていたけど妹ってどうなってるのだろう。

古明地さとりを語る上で必ず出てくる妹。心を閉ざし無意識を手に入れ地霊殿EXだけじゃ飽き足らずいろんな登場作品に顔を出す古明地こいし。

彼女の存在はまだ確認できず、どうやって姉妹になったのかすら分からない。

と言うか妖怪の姉妹ってどうやってできるのだろう。

そこから考えていかないといけないけど私みたいに気づいたら生まれていてなんて事になったらそもそも姉妹なのかどうかすら分からないしそしたらこいし捜索しないといけない。

やはりこう言うのは同じ妖怪に聞きたいのだがそもそも私の種族じゃ無事に聞けるかどうか…いや心を見ればいいのだろうけどそれをやったら生きのびられる自信がない。

多少強いとはいえそこらへんの獣より少し強い程度だ。

 

 

 

やはり姉妹なのだからそのうち来るのだろうか…そこらへんはまだ分からない。と言うかもう3年目になるのに分からないことだらけなのはどうしたものか…

 

考えても答えが出てくるわけではない問いだったわね。

 

行き詰まった思考を切り捨て一拍。

 

それにあまりグズグズしていると豊聡耳さん拝めずに終わっちゃいます。

まぁ、1400年も経てばまた会えるんですけど…折角ですし生前の姿でも見て行こうかな…

そうだ!今からでも遅くないっていうか近くにいるではないですか!よし、見に行こう。

 

うん!一目拝むくらい許してくれますよね

 

 

 

 

さてーお寺とはいえ一応国のトップがいるのだからそりゃ警備は厳しい。一応正面から入れることは入れたがここから私が妖怪だとバレないように確実に斑鳩宮まで行くのはかなり大変だ。

 

幸いにも日が陰ってきたので視界は悪い。

もう少し暗くなるまで隠れながら警備の動向でも探るとしましょうか。

 

 

 

それにしても…ここはまだ殺伐としている。記憶にある法隆寺とは違う。その記憶も本当のものなのかどうか判断に迷うところがありますが…

まぁ仕方ないか。五重塔とか建築中だし色々まだ造ってる最中だしね。

 

 

 

 

 

 

斑鳩宮には一応潜入できたことは出来た。もちろん室内ではなく庭にだが…

周りに人の気配は無い。それでも縁側からは丸見えの位置に当たるのだろうか……丁度いい感じの木の陰に隠れて様子見である。

 

とは言ってもあたりはすっかり闇に包まれ縁側奥の襖から漏れるロウソクの光が僅かに照らすばかりだ。見つかる確率は低い。

ここまで来てあれだが…流石に中に入るのは無理かな…柱とか張りにこれ見よがしに術式が組んである。

絶対に触ったらダメなやつだし近づいてもだめなやつだ。

 

うーん…少し待ちますか。

 

 

 

 

一応待ってみて数十分…何やら建物内に動きがあった。

うまくは言えないが何かが急に動いた感じだ。

 

ゆったりとした足取りで縁側に向かってくる。人…にしては小さい。ペットだろうか。

 

 

やがてその小動物は縁側へ出てきた。

おや?猫ですか…ってあの猫!

同居猫…何故ここに?抜け駆けでもしてるんですか⁉︎

ずるいですよなんでここに来るって言わないんですか!って言ってもなんで言う必要があるんだとか言いそうですけど。

そんなことをちらほら考えていると猫と目があった。

(あ……)

 

 

 

向こうもこっちに気づいたみたいです。動物の目は伊達じゃないようです。

「どうしたのじゃ〜?そっちに何かあるのか〜?」

 

 

 

ちょっと待ってください!何連れて来てるんですか⁉︎見つかったらいろいろ不味いですから!

 

猫に気をとられ過ぎていて気づかなかった。いや、それ以前にあっちは気配が殆ど無かった。

 

私の考えを察したのか猫は直ぐに襖を開けて中に入る。だが一歩遅かったようだ。いや、こっちに来てた相手が相手だ。バレてもしょうがない。

私とほぼ同じくらいの身長。長く伸び後ろでまとめられた灰色の髪。

幼そうな見た目なのに持ってる風格は何十年と生きて来たような雰囲気を放つ。

 

そして久々でもない前世記憶がある一人の人物をピックアップする。

 

物部布都…豊郷耳神子の同志兼部下であり、仏教と神道の宗教戦争を裏で糸引いた人物だったっけ?

 

疑問形じゃダメじゃん。

 

おっと今はそういうことじゃなくて…

 

風水を操る程度の能力…風水は気だったはず…気を操る程度。あ、これは紅美鈴だった。

 

でも似たようなものだっけ?えーっと風水だから…気の流れをものとかでコントロールするって奴だったっけ

 

「おい、そこにいるのは誰じゃ!」

 

速攻で見つかりました。やっぱり私は隠れるのはダメですね。

まぁいいですけど

「えーっと……そこの猫の知り合い?」

 

「何故疑問形なのじゃ」

 

「あーでしたら同居人の妖怪です」

 

サードアイは隠したままで見える位置まで移動する。

別に戦いたいわけでは無いから心は読む必要がない。それにあまり相手を警戒させすぎてしまうとなんだか気分が良くない。

 

「ほう、妖怪が何の用じゃ?」

 

「用、そうですね気まぐれにも皇子と会ってみたいなって思って来ちゃいました」

 

言ってて思う。なんてひどい気まぐれなんだろう。

どう考えたって争いになるフラグじゃないですかー

 

「ほう…さてはお主、回し者か」

 

ん?回し者?なんだか変な誤解を招いたのでしょうか…

 

そう思っていた矢先である。物部から思いっきり何かが飛んで来た。

 

咄嗟に飛び退く。さっきまでいたところにお札が突き刺さる。

隠していたサードアイを引っ張り出し行動予測開始。

 

(仏教徒まで皇子の命を狙ってくるとは…まさかばれた?)

 

「…⁉︎待ってください!誤解してますよね!」

 

「問答無用じゃ‼︎」

(兎に角こいつからある程度情報を出せれば…)

 

話を聞いてくれる気はなさそうだ。後めちゃくちゃお札ぶん投げて来てる。

正直言ってマズイ。お札って投げるものだったっけとかそう言うこと言っている場合では無い程にマズイ。

実力は相手が上だ。勝てるはずがない。逃げるが勝ちとは言うが逃げる前に逃げられない。こんなに暴れてたら絶対外部に気づかれると思うからさらに逃げられないね…

 

第二波のお札から逃げ切ったところで猫がこっちに駆け寄って来た。

 

(ねえアホなの⁉︎なんでこんなところにきてるんだい!)

 

「ん?さっき言った通りです」

 

そんな会話時間も許してくれないらしい。再びお札…とお皿が飛んで来た。

 

(バカああ‼︎ほらはやく逃げますよ!今皇子は身体を壊しているんです!周りがピリピリしてるのも仕方ないんですからああ!)

 

「なんで猫の貴方がそんな事を…ああそういうことですか」

うーん仕方ないです…ここまで攻撃されてしまってはこちらも反撃しましょうか…元の責任はこっちなんで攻撃したくありませんが。

当たれば一発でアウトになりそうなお札や皿を避けながら、そこらへんの小石を拾い集める。

あらかじめ集めておけば良かったと思うが後悔先に立たず。

「しぶといのう…いい加減にこれで…」

 

 

「物部、そこまでにしておけ」

 

私の攻撃体制が整ったタイミングで第三者の声が響く。

その場を収める程の覇気がこもった声だ。

 

 

「神子様‼︎寝てないとダメですよ!」

 

神子…あの方がそうなのですか。

 

さっきまで物部しかいなかった縁側に高身長の女性が佇んでいた。

寝巻きと思われる柿色の着物を羽織り毅然とした態度でこちらを見つめる。なにやら両サイドのくせ毛が動いているように見えるが気のせいだろう。

それにしてもかなりやつれているように見える。おそらく体調が優れないのだろう。だがそれでもしっかりとした姿勢で立っている。

 

確か豊郷耳神子は、不老不死の研究中に練丹術かなにかの薬で体を壊していたっけ?そんな気がする。

 

「いや、なんか物部が暴れてるって霍青娥がな」

 

成る程、霍青娥に……

どんな人なのか少しみてみましょう。

二人の意識がこっちに向いていない一瞬を使って記憶を読み起こす。

 

……なにやら絡まってる。物部の記憶と豊郷耳の記憶に齟齬が起きている。

主に霍青娥に関してだが…二人の記憶から読み取るにかなり二面性を持っている。よく分からない。

読み終わったところでサードアイは隠す。あまり露出させておくのは好きではない。むしろ嫌である。直ぐに二人と一匹の心は読めなくなる。

 

「そりゃ侵入者ですよ!しかも貴方の命を狙いに来た!」

 

そしてこちらはやっぱり変に誤解しているようです。訂正しないとめんどいことになりますよね…すでになっていますが。

「だから誤解ですって…」

 

「信じられるはずなかろうが!」

 

怒鳴らないでください。心臓に悪いです。

 

「物部、落ち着け。いやすまないな。なんか部下が勝手に勘違いしたようで」

 

 

「いえいえ、こちらこそ誤解を招くような方法で来てしまってすいません。直ぐに退散させていただきますので」

丁寧に謝罪。物部さんは未だに警戒しているがいきなり襲ってくる様子はない。

 

さて帰りましょうすでに目標は達成しましたからね。ここに長居する必要は無いですから

 

「せっかく来たんだしお茶でも飲んで行かないか?」

 

「神子様!」

 

まさか向こうからそんな誘いを受けるとはいいのでしょうか…なんだかなにか考えがあるのでしょうか…まあ二つ返事で良いですと伝えますが

 

(よかったねえ。人が良くて)

 

「そうですね…ではお言葉に甘えまして失礼します」

 

そう言って縁側に登る。

物部さんと豊郷耳が魔除けのお札を無効化してくれたようだ。今のところは問題ない。

 

「……初めて床に乗った気がする」

 

「ほう…珍しいな」

珍しいでしょうか?庶民だと殆ど床のある生活なんてしませんよ。

まだ竪穴式住居ですよ?まあ、倉とかはそうですけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……寝室だろうか。布団の敷かれた部屋に案内されしばらく物部の監視のもと待つように言われた。

…物凄く気まずくなってきた。さっきまで一方的にとは言え殺しあった?せいだろうか

 

「あの……なんかさっきはすいません」

 

「別に謝らなくていいのじゃ。お主に敵意がないのは神子様が出てきた時点でわかっておる」

 

「は、はあ……」

 

うーん…よく分からないですが…危機は去ったようです。

膝の上で丸まっている猫もなにやら安心したようです。

 

 

 

「お待たせ。最近体が辛くてな」

 

音もなくというより気配もなく豊郷耳さんが部屋に入ってくる。やはり相当な強者なのだろう。

 

「大丈夫です…大方練丹術の薬のせいでしょう。なら仕方のない事です」

 

別に大したことでも無ければ特に考えがあって言ったわけではない。なんとなく言ってみたかっただけだ。だが、この一言で二人が大きく動揺するあたり、既にそこまで進行していたのだろう。目の前に置かれていた湯呑みに口をつける。

どうせ毒など入っていないだろう。

 

「なっ‼︎なぜそれを!」

 

物部さんが掴みかかろうとして立ち上がる。それを豊郷耳さんがなだめる。

まぁここで暴れられても困りますし

 

「何故でしょう…まあただの呟きです。自らは道教を学び、国家を治めると言う目的では仏教を推進する。そして現在身体を壊してしまったが故、尸解仙になろうと準備をしてると言ったところでしょうか」

 

前世知識を混ぜながら適当に揺さぶってみる。揺さぶったところでどうというわけでは無いが…

じゃあなんで揺さぶりかけたのか?面白そうだから。ただそれだけ

 

 

「……目的はなんだ?」

 

やはり警戒してしまう。まぁそれが普通だろう。

 

「目的?私はただ、会いにきただけです。何も求めませんし何も要りません。ああ、一つ言うとしたら…仏教徒の弟子さん達に十分気をつけてください」

 

それだけ。

 

呆れると思うが忠告しにきただけである。

元を辿ればただ見に来ただけかも知れないけれどまあ別にいいや。予定変更はよくあること

 

「まぁ、確かに忠告しにきただけのようだ。…それにしても随分と詳しいようだね。何処かの入れ知恵か…それとも」

 

豊郷耳さん鋭いですね。流石、色々記録に残る事をしているヒトだ。

 

「悪意があって正体を隠していたわけでは無いです。ただ、こう言うのはなるべくかくさないとよく襲われますから。私のような力の無い者にとっては大事なことです」

 

そう言いながら隠していたサードアイ()を現す。

 

その瞬間から能力が発動する。視界に入る二人の思考が思いっきり頭に流れてくる。

あまり使わない所為なのかこの感覚にはまだ慣れない。

 

「『成る程、そう言うことか』ですか…驚かないのですね。妖怪が人から隠れてコソコソと生きているなんてことに」

 

「まぁ、生きる者にも色々あるからな」

 

 

「成る程、『自らの固定概念に囚われるほど愚かではない』ですか…物部さんもなかなかの強者ですね」

 

流石に読みすぎだろう。あまり相手の考えを読むのが好きになれないのはやはり前世記憶が原因なのだろうか。わかるはずもない事を考えながらサードアイを引っ込める。

 

 

「それでは、これで失礼します。よろしいですね」

 

了承を取ったように見えるが別に返事は期待してない。

なんだか早いような気がしてならないが尸解仙の準備だとかで忙しいようなので早めに失礼する事にしよう。

私が立ち上がろうとする。膝上の猫が飛び降りる。

 

「あ、ちょっと待ってくれ。お主、名前はなんなのじゃ?」

 

そう言えば言ってませんでしたね。豊郷耳さんは大事なのは本質であって名前などの表層、他人とコミュニティーの為の手段に過ぎないから別にいいとか思っていたようですから名乗らなくて良いかとばかり。

 

ああ、物部さんは違いましたね。

 

「生まれて数年しか経ってない覚り妖怪…じゃ通りませんよね。ではでは、古明地さとり、ただのしがない弱小妖怪です」

 

いやどこが弱小妖怪だよ!ってツッコミが入りそうな雰囲気が流れましたがスルーでいきましょう。だって弱いのは変わらないのですから。

 

「ふふ、君は面白いな。まだ何処かで会えればその時はゆっくり話そうじゃないか」

 

「そうですね。では、1400年後に会いましょうか」

 

蚊帳の外状態が多かった物部さんが玄関まで安全に送ってくれるようだ。

それは良かった。正直ここまで来ると帰りをどうしようか悩んでたんですよ。あまり目立った行動をするとすぐに成敗されてしまう身ですから。

 

それにしても……私は本当に何がしたかったのでしょうか?

今更ながらそう言うことを考えてしまう。いや、今だからこそ考えてしまうのだろうか。

妖怪らしくないって物部さんは思っているようですが確かに私は妖怪っぽいかと言われれば妖怪っぽくない。

 

うーん…妖怪とはなんなのだろう。

 

 

まあ…いいや。

 

私は私ですから…これからのことも今の事も私だから起こったことだろうしそうじゃないのかもしれないし誰がどう言おうと私は私です。

 

 

 

 

 

物部さんと別れいつもの場所に帰る。明るくなった空を見上げて何か忘れているような気がする事を思い出す。

なんだっただろうか?そういえば何かをしていないような気がする。

 

 

 

 

 

 

「あ、夕飯食べてなかった。食べなきゃ」

 

(もう朝ご飯ですけどね)

 

斑鳩宮を出て数時間、既に太陽は高く上がり人々が活発に活動する時間だ。

 

(いつまで人里をうろつくつもりなんだい?)

 

「そうですね…気がむいたら帰りますよ」

 

何度かこうやって急かされるものの適当にはぐらかして人里にこもる。

しっかりと理由はありますよ。

もちろん私は一睡もしていないから寝たいなあとは思っている。

 

 

まぁ、妖怪だから寝なくてもあんまり問題は無いのだが…

おっと、問題はそこではなかったですね。

 

 

 

私が住んでる…木のところまで帰った事は帰ったのです。

ただ、家(もうこの際家でいいやって思う木の根元)に誰か先客がいたようだ。

関わりたくないので反転して逃げようとした。

 

もちろん相手も私に用があるのは分かっている。そうでなければあそこで待っているなんてありえないにも等しいから。

 

 

決死でもないけどなんかそんな気分にさせてくれる逃亡劇をやってる感覚で人里に逃げ込んだ。丁度今この辺りですね。

 

まあ…何が言いたいかと言えばただ、変なストーカーから逃げて来たってだけです。

 

 

でもさっきから別の視線を感じるのはどうしてだろうか…

 

うん、分かっている。分かっているけど認めたくない。だって面倒な事に近づきたく無いし来られても嫌ですから。まあ…まだ面倒だと決まったわけではないのですが結局私が面倒なら面倒なのです。

 

 

それでも厄介ごとは私の意思など完全無視で来るのである。

 

 

「ねえ、ちょっといいかしら?」

 

「はい?どちら様でしょうか?こんなところで堂々と話しかけるヒトは」

 

一瞬だけ後ろを見る。

私よりも高い…170前後だろうか…

 

 

ウェーブのかかったボブの青髪。髪の一部を頭頂部で∞の形に結い結い目にはかんざし代わりに鑿のようなものをつけている。

瞳は髪と同じ青目。 なんだか吸い込まれそうな感覚になる。

 

水色の、和服と言うか何枚か重なっている。一二単衣とまではいかないがそれでも綺麗に色合いが出ている。重そうなところを除けば着てみたいものだ。

白くて真ん中が赤い花と草の飾りがついた白い帯も全体のバランスを崩す事無くしっかり収まってる。

 

ぱっと見では誰もが振り向いてしまうであろう美人さんだ。

 

両端は重力に逆らうように浮いている羽衣が気になるが……

 

とはいえこんな容姿ではよくも悪くも目立ってしまいはずなのだが周りは見えていない…いや見えてはいるが存在自体に疑問を抱いていない。それを当たり前のように受け入れているような状態だ。

 

 

「ああ、ご安心を、意識を阻害する結界を使用しておりますので問題はありませんよ」

 

成る程、だからこうして目立たずにいられるわけですね。ふむふむ、今度仕組みを教えてもらおう。

 

「ええまあ…それは親切に、霍青娥さんでしたっけ」

 

ふと頭に浮かんだ名前を言ってみる。思えばさっきからなんとなくそうではないかな程度には思っていたがあまり考えていなかった。

思考が始まってからようやく気付いたと言った感じだ。

 

 

「あら、私のことをご存知で?」

一気に空気が変わった。

今までなんとなくしか感じられなかった力が一気に吹き出した。

妖力と似ても似つかない…どちらかといえば仏教よりの周波数ににている。

というかかなり強い。こんなのに当たってたらぶっ倒れますよ。全く……

 

まあ…相手もそこは分かっているので、すぐにその力は引っ込んだ。

たった数秒の間だったにも関わらず私の頬を冷や汗が流れる。

 

これ下手したらまずいですね。

 

 

「自称仙人だと言うことくらいなら」

 

嘘は言ってない。私が知るのは1400年後のパラレルワールドの記憶であり私という存在で良かれ悪かれ違う歴史になっているこの世界の霍青娥などそのくらいしか知らないのだ。

 

抱いていた猫が飛び降り何処かに駆けて行く。空気を読んでのことだろう。なかなか賢い猫だ。……いい加減名前つけてあげようかな。

 

「あら、知っているのね。流石覚り妖怪」

 

「知っていたんですか…」

 

「ええ、力を誇示せず妖怪であることを隠し人に紛れる面白い奴だって神子がね」

 

成る程、興味を持ったってところでしょうか。

別に興味を持つのはいいのですが、わざわざ話しかけてこなくても…

 

「それで…こんな弱者に仙人が何用ですか?」

 

「そうねえ…率直に言えばこっちに協力して欲しいのよ。色々変な事まで知ってるみたいだし、ね」

 

「速攻で断ります」

 

率直に言いすぎです。壮絶面倒じゃないですか。しかも捨て駒になってますよね。

嫌ですよ。捨て駒で死ぬなんてそんなアホな話があってたまるかなのです。

 

「そ、即答ね。私だって言い方悪いけど得体の知れない貴方の協力が必要だってわけでは無いわ。消すことだって考えたんだから」

 

なのに協力を持ちかけるあたりかなり譲歩しているのだろう。

それでも私は断ります。

私は圧倒的弱者な部類ですから。貴方方が望むような事をしようものなら絶対に生きて帰れません。場を引っ掻き回す程度なら出来ますがそれは命を捨てていった場合です。私がそこまでやる意義無いですし

 

「ふふふ、そうねえ。なら交渉しましょうか」

 

そう言って彼女はなにやら術を唱えた。

よくわからない術式だ。陰陽道や仏教とはまた違う道教独特のものだ。

 

そして術が組み終わった直後に一瞬私の意識が途切れる。

時間にしてコンマ数秒。そんな僅かな時間だけ外部から入る全ての情報が途絶えていた。

 

 

 

再び情報が入った時、私は驚愕した。

さっきまで私は人里にいたはずである。だが目の前に広がる光景は、人の往来が活発な道から一変人の発する音が全く聞こえない和室に切り替わっていた。

 

なんとあの一瞬で何処かの部屋に飛ばされていたのだ。

 

 

 

「まぁ、私にかかればこんなもんよ」

 

得意げの様子で霍青娥は床に腰を下ろした。それにつられて私も腰を下ろす。ひんやりとした床に体温が奪われていく感覚がくすぐったい。

 

「成る程…力の誇示と交渉を有利に進めるための場所提供…地味に考えてますね」

 

「ん?そういうつもりはなかったんだけどなあ…まあいいや。それじゃあ交渉しようか」

 

そうですね…あまり面倒なものは避けてくれるようにしないと…仕方ありません能力を使いますか。

 

「ふむ…なるべくあの人達に危険が及ばないよう仏教徒を監視してくれですか…それを私に頼みますかね普通。私は妖怪ですよ。そんなことしてたって一発でバレて退治されるのがおちじゃないですか」

 

 

「そうよ。本来なら尸解仙の事についてはと言うか私達が道教を裏でやってるなんて知ってはいけないの。その事をバラされたら国の政治が大変な事になるわ。まぁ私はぶっちゃけそんな事よりも不利益被るのが嫌なだけってことの方が大きいんだけどね」

 

 

完全にダメっぽい感じですよこれ…どうしましょう。

そりゃあ相手にとってはそうですよね。知ってはいけないことまで知ってしまっている存在なんだから…

 

「でも貴方のその技術があるならなんとかなるんじゃないかしら?そこまで妖力を外に漏らさないように遮断して人間になり済ませるような子今まで見た事ないわ」

 

そうでしょうか?妖力が漏れないように隠すなんて普通だと思うのですが…どうやら違うようですね。

うーん…今まで他の妖怪なんて獣くらいしか会ったことが無いからよくわかりません。

 

まぁ私の妖力が少ないからバレ辛いだけだと思いますがまぁ今はそこじゃなくて。

あまり交渉してくれる余地は無さそうです。しかも決裂してしまったらこの場で処分ですか…どれだけ物騒なのですか貴方は…まあいいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

少し沈黙

霍さんが何かを言おうとするがそれより早くこっちが口を出す。

 

「『これ以上譲歩は無理』…ですよね。仕方ありません。出来る限りですがやってみます」

 

争うのは好きではないし、今ここで『だが断る。』なんてしたらそれこそ終わりである。

ここは曲りなりとも向こうのホーム。こっちが圧倒的に不利なのは変わらないのだ。

 

「え、いいの?ありがと!」

 

態度を軟化させた途端向こうも友好的に接して来た。ちょっといきなりすぎなのではないでしょうか…ああそうでした。

 

私が下になったのか。

まあ…私が上なわけないでしょうね。

だってこの人は仙人…まあ邪仙ですけど

 

 

「そうそう、これ協力してくれるお礼になんだけど〜」

 

そう言ってこの疫病仙人は何処からか小さめの壺を取り出して来た。

本当にそんなの何処にしまってあったのだろうか……

 

 

「なるほど、お酒ですか」

 

「そうそう、飲むでしょ?」

そう言って目の前に座る彼女は酒器をわたしてきた。

 

それを黙って受け取る。

 

焼き物としてはかなり上質なものだろう。ご丁寧に模様と華の絵柄まで浮かび上がってる。

 

こう言うのに疎い私でさえ芸術品だと感じてしまうのだ。相当な物なのだろう。

 

 

「うーんと…確か清酒だっけ?神子が持って行ったら?ってくれたの」

 

へえ…気を利かせてますね。それにしてもお酒ですか…前世では飲んだ記憶はありますけど今の私では初めてです。

 

まぁ、この体がどこまで酒に強いのやら……

ま、いいか。

 

 

霍さんが酒器に壺の中身を注ぐ。

それを黙って受け取る。

なんだか面倒ごとを押し付けられた後に酒飲むって…焼け酒ですかいって思ったりなんだり…そう言えばこの時代の礼儀作法とかどうなっているんだろう。

 

どうなのかなあ…酒の席でもあるよね…マナーくらい。

 

 

 

うんうん、知らない。礼儀作法なんて私は知らない…今度教えてもらお。

 

教えてもらうものが増えたな…まあいいや。

 

そんなこんなで一口…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

なにしてたっけ?

 

 

えーっと…さっき貰ったお酒に口をつけたあたりまでは覚えているのですが……記憶がありませんね。

 

うーん…なにをしていたのだっけ。

と言うよりここは一体どこだろうか。

 

あたり一面闇に包まれてしまっている。本当にここがどこなのか分からない。

 

いや、なにがあった。

 

本当に訳が分からない。

 

 

(えーっと…大丈夫か?)

 

「ああ、猫さんいるんですか?」

 

猫の声が聞こえる。どうやらサードアイの向いている方向に丁度いるようだ。

 

「状況がわからないのですが……どうなっているのでしょうか」

 

(あーごめんね…ここはいつもの寝床のところだよ。霍青娥って言うのがあんたをここに運んで来たんだよ)

 

なるほど…あの後何かがあって私は意識を失っていたと…一体なにがあったのでしょうか。

 

未だに目は光を通さない。それどころか何かグジュグジュ言って再生しているような気がする。

 

まさかと思うが…周りが闇なのって光がないんじゃなくて…私の目が潰れているから?

(あー……目は…なんか潰れちゃった。ごめんって霍青娥が言ってたよ)

 

本当になにがあったし…どうしたら目が潰れるのでしょうか…

 

まぁ理由は置いといて、今は今後のことです。

 

霍青娥と面倒な協力を約束してしまいましたから…本当、私はスネー◯じゃないんですよ。

 

目が再生したら準備にかからないと……

 

嫌になってきます。この際猫も手伝わせましょう。

道連れ?そんなの最初からじゃないですか。

 

 

 

 

閑話休題

 

 

さて…まず最初に監視対象がどこにいるかを探さないといけないんでしたよね。

 

確か…仏教徒で豊郷耳さん達に近くて…それなりに自由に近づくことが出来る人達ですよね。

サードアイで見ることもできますが、ある程度人数を絞ってからの方が効率がいいですし、私が妖怪だと暴露る危険も下がりますし…

 

「というわけで猫ちゃんよろしく」

 

(なにがよろしくですか‼︎なにが‼︎あたいに調べさせるとかどうしたら思いつくんですか⁉︎)

 

ええ…だって他にそういうの適している子居ないですから。

 

(いやいやいや!それは貴方の交友関係が絶望的だからじゃないですか!なに都合いいこと言ってるんですか!)

 

そう言われましても…後で美味しい魚料理作りますから

 

(あたいは猫か‼︎いや猫だけどさ!食べ物でなんて釣られないから!)

 

 

そんなこと言ってますけど結構喜んでますよね。それじゃあついでに鮎の甘露煮追加で、

 

(乗った!それじゃあなにを調べてくればいいんだい?)

 

 

取り敢えず見てきてほしいことを一通り教える。

わかったと言い残して猫はサードアイの視界から外れた。目が回復するまでまだしばらくかかりそうだ。

 

お昼寝でもしようか……久々でもないけど感じた己の欲求に従って私は眠った。

 

 

惰眠…最高



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depth3.さとりの知らない小話

あたいはねこ。名前?そんなの無いよ

 

親も野良。ある程度育てられたところでふとどっかいちゃったんだよね。まぁそれが普通だから別にどうでもいいんだけど。

 

唯一違うといえば……人間からよく変な感じに見られるって事くらいかな。

多分毛並みが黒いからなんだろうけどよく分からないね。

 

別にあたいら猫同士じゃどうでもいい話だし気にしてもいないからいいんだけどね。

 

 

一応今はさとりって言う妖怪に飼われている。と言うよりいつの間にか一緒に住んでる。

さとりとの出会いは完全にばったり会った程度だしあたいだって覚りって知っていて出会ったわけでは無いよ。

当時は覚りってまずなんだってとこからだもん。

ただの変わった服を着た少女としかぱっと見みてなかった。

 

どうやら妖力が尽きて途方に暮れかけていたらしい。そんな状態なのに普通に動けるのは不思議だと思うけど…

教えてもらった限りだと覚り妖怪ってのは生き物が考えている事を読む事が出来る妖怪なんだとか。

 

初めて聞く種族の妖怪だった。ま、こっちの考えてることが分かるってのは純粋に嬉しいんだよね。

 

 

いつも無表情か半目で声もあまり抑揚がない。本当そこだけだと不健康に見えるか不気味に見えるかの二択だぞって思うけど本人はやめる気無いみたいだね。一回だけ無表情に薄ら笑いが入った事はあるけど逆に怖いよなんで薄ら笑いなのさ。

 

あたいが怯えてたら直ぐやめたけど。その後「やっぱり難しいですね」って言ってた。

 

何が難しいのやら……

 

普通に笑えば可愛いと思うけどな…

あまり顔に表情が出ないせいか何考えてるのか時々わからなくなることがある。あるいは、何かを考えてるようで何も考えてなかったとか。ま、いいか。あたいの知るところじゃないしね。

 

 

 

飼われてるとは言っても安定した寝床があるってだけであたい自身の生活はそこらへんにいる野良猫と対して変わらない。

別にさとりもそこら辺は気にして無いみたいで、基本用があるときはあたいが眠りに来るときに言ってくれる。

 

……本当は適当なあたりでふらっとどっかにまた行こうかなとか考えてたけどいつの間にかさとりの元に落ち着くようになったってのが正しいんだけどね。まぁそんなんだから数年前から一緒の状態なのだ。

 

別に、生活は悪くない。むしろ良いと言っていいくらいかな。寝床の確保しなくていいしご飯は美味しいのが出てくるし妖怪に襲われるリスクもある程度下がったし。

 

 

 

まぁ、たまに無茶な事をお願いされることがあるのだけれどね。

 

でも今回のような事を頼まれたのは初めてだね。普段は能力の実験体になってくださいだからさ。

またこき使われるのかって感じだけど今回は実験じゃないだけマシかな…

 

だって実験で酷い目に何回あったことか。

 

 

たださ、能力の試験をするたびに何だか落ち込んでるように見えるんだよね普通なら喜ぶと思うんだけど……しかも妖怪なのに人になりすまして人里で半分生活しているんだよね。

 

どんだけ自信がないんだか…あるいは、臆病なのか。

 

 

あたいが出会った中では最も人間に近い妖怪だね。正直人間だよって言われれば普通に受け入れそう

 

 

ま、妖怪も色々あるんだろうね。あたいはそういうのはあまり気にしないけど、むしろさとりのようなのと一緒の方が落ち着くね。

 

他の妖怪みたいに暴れたり力を誇示しようとしないから。

 

 

おっと、そろそろ目的の場所に着いたみたいだ。

 

お寺の門は開いたままと…これなら壁を超えなくても入れるや。壁超えるの大変なんだよね〜

 

壁を越える手間が省けた事に喜びつつ境内に入る。

結構人がいるようだ。ざっと見数十人ほど…入り口あたりでこれだと奥の方にもかなりいるよな。今日なんかあったっけ?

 

人間の取り決めごとってよく分からないからなぁ。こう言うのに詳しい奴街にいたっけ。後で聞いてみよ。

 

 

まぁ、今は関係無い事、確か今はお寺での死角になるようなところとかいろいろ見てきてだったっけな。

 

まさか猫がこんなことするだなんて思いもしないだろう。

そう言う点ではあたいに頼んだのは正解だけど…あ、そうだった。暇な奴ら何人か連れて来れば良かった。……今更いいや。

 

なるべく目立たないように本堂まで進む。

歩いていて感じるがやはり力の流れが出来ている。

 

あたいら猫とかの小動物は妖力とか神力の力に敏感なんだ。

だから寺とか神社のように力のあるところにいたり妖怪と一緒にいたりするとその力の一部をあたいらも持つようになるんだ。だいたいそういうのは式神になったり妖怪化け猫になったりして余生を過ごす事が多いね。

 

現にあたいもさとりと生活しているからか最近まだ周りには分からない…あたいにしか分からない程度で妖力が付いてきてる。

 

別にあたいは化け猫だろうがなんだろうが構わないけど。そしたらそしたらでまたさとりに面倒見て貰えばいいし。どうせやることなんて対して変わらないだろうしな

 

 

考え事をしながらも本堂の床下に潜り込む。周りに人が結構いたが忙しそうにしていたしおそらく見ていないだろう。

 

あまり無茶な事はしなくていいって言ってたし…だいたいこういうところがいいかもしれないな

 

 

 

 

 

余談だけど大体の構造はどこの寺も似たようなものだ。

しかもここ周辺は国のトップがいるようなところ…内装もある程度決められた法則に従って出来ている。そっちの方がわかりやすいからね。

 

ただ、隠れるところを探すってなると話が変わるんだよね。

ここの人間たちがどういう人柄や性格なのかで行動パターンとか気にするところとか変わってくる。

 

 

本堂に出入りする人の動きが見えやすい位置に移動する。出来れば中を見たいが猫が中に入っても追い出されるだけだし…仕方ないからここにしておこう。それに足音で移動する人くらいはわかるからね床下は結構そういうのに適したとこだねほんと。

 

しばらくここにいて様子見することになるかな…ああ面倒。

 

 

 

 

 

お坊さんや住職の人などの動きを耳で追っていたり入ってくる人を見ていたら数時間後経っていた。そろそろ引き上げようかな。

 

 

 

うん…大体の行動パターンは見たのかな。丁度今食事の時間みたいだし。後は隠れられそうな場所を探すってところかな。

あ、そうだ。これがおわったら豊郷耳のところにでも行こうかな〜

なんかくれるかもしれないし。

 

よし、そうと決まればさっさと済ませちゃお〜っと

 

こう言うのって全体の動きを大まかに見れてある程度融通の利くようなところがいいんだよね。食べ物を取るときもそんな感じだし…

 

ってあれとこれじゃ全然違うや。

 

いろいろ見ながら本堂と倉庫の間の道に移動する。

 

だいたい人間が大きく行動を起こす時は倉庫から何かを引き出したりする事が多いよな。

だったらこういったところの道なんかも見て置いた方が良いよね。

 

 

ついでだから倉庫の中も見ていこっかな。

 

倉庫の前までゆっくり移動する。その合間も周りの観察は怠らない。

と言うか妖怪なのに本当にこう言うところに行く気なんだね。まぁ頼まれたからってのが大きいのだろうけどさ。それでも法力と妖力じゃ力の方向性が真逆だしあまり気持ちの良いものじゃ無いはずだろうね。

 

 

 

「ん?猫じゃないか〜」

 

すぐ真後ろで声が響いた。

瞬間的に前に跳びのき後ろを振り返ろうとする。だがそれより早く、伸びてきた二本のか細い腕があたいの胴体をがっちりと掴む。

 

うっそ…あたいにばれずに近づくなんて…そんな…

 

気配の消し方が上手い。その上かなり素早い動きだ。

 

「迷い猫かな?……そうだ!それじゃあ…」

 

掴まれて持ち上げられた状態で身動きが取れない。何されるか分かったものじゃない。怖い…

 

そうこうしているうちに身体に何かが巻かれる…紐?後包みみたいなの…

 

その直後、身体の向きが真反対になる。身体を反対側に向けたようだ。

 

「これを物部のところに持って行って頼んだわよ。いい?」

 

まず目に入ったのは非常に薄い緑色をしたウェーブのかかったボブの髪…そして髪と同色の瞳がこちらの目を覗き込んでいた。

 

 

(物部?なんであたいが持っていかなきゃいけないんだい!)

 

あたい自身は喋ったつもりであったが相手がさとりみたいに心を呼んでくれるはずもない。

しばらく叫んだがどうせ伝わっていないだろう。こくこくと首を縦に降る事にした。

 

それでようやく意思が伝わったのか少女はあたいの身体を優しく地面に降ろしてくれた。

 

地面に降ろされ解放された瞬間、一目散に駆け出す。

ああいう存在は物凄く嫌だ。静かに忍び寄ってきてはいきなりあんなことされちゃたまったもんじゃないよ。

 

怖いからやめてよね!後ろからいきなり掴んでくるのはさ!

 

 

 

…ある程度距離はとった。

後ろを振り返る。さっきの少女はもうどこにもいなかった。

やっぱりああいうタイプは好きになれない。

 

 

……で、物部への手紙だっけ?

 

えーっと…物部ってこの前豊郷耳と一緒にいたあの小さいのかな。

背中にくくりつけられた包みを見る。背中がムズムズして仕方ない。早く外したいけどあたいじゃどうにもできないし…

なんでこんなもん猫に渡すんだかな…

 

 

小走りで豊郷耳にところに向かう。物部って奴が普段何してるかなんて知らないもん。

 

数分ほど走り続けると直ぐに別の寺の門が見えてくる。…が、その門は堅く閉ざされておりそこから中に入るのは無理だった。

 

無理なら仕方がないと諦めたいが、生憎もう一つのルートを知っているあたいとしては諦めるって選択肢はない。

 

裏手まで走る。

 

裏門の端っこの方に小さな隙間がある。もちろん背中にくくりつけられた荷物が引っかかるような事は無い。

 

さて行きますか。荷物を渡すためにあたいはその隙間をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神子様の見舞いに来ると裏口の方に黒猫が佇んでいた。

世間では災いを知らせにくる存在とかなんとか言われているが私は結構猫好きなんだが…それにあの黒猫は前にも見たことがある。

 

そう言えばその時はさとりとかいう変な妖怪も一緒だったっけ。

 

変…いいや違うな。あれは危険な存在だ。こちらがしようとする事をどこからの筋か仕入れてきた挙句こっちに乗り込んできたのだ。

しかもあいつの本質は心を読む事ときた。

正直初めて聞くものだが…心を読むほど厄介なものはない。

 

こちらの思考や秘密が暴露されているのだ。あいつが仏教徒側に私たちと接触した時に得た情報を流されたらたまらない。神子様はそんなことする奴じゃないって言ってたけど信用できるものか。

 

一応仏教徒が薄々気づいているということを警告しにきてくれたようだが行動がよくわからん。何を考えての行動なのか…やはりよくわからない奴は危険視した方がいい。

 

 

ま、霍青娥が思いっきり昨日手中に収めたとか言ってたし計画に支障をきたすことではなさそうだから良いが……

 

 

 

 

「にゃ!にゃ!」

 

 

すぐ足元で下猫の鳴き声に、ふと我に帰る。

どうやら変な事を考えてしまっていたようだ。

 

足元に座る猫の背中に何か巻かれているのが目につく。

 

「猫…なんだこれ?」

 

思わず聞いてしまう。だが猫が答えてくれるはずもない。

ただ、にゃーっと気の抜けたような鳴き声が聞こえるだけだ。

「妾への手紙なのか…」

 

目的の人を見つけたのか自分の足元で座り込んだ猫。どうやら背中の包みは自分宛のものらしい。

 

すぐに紐を外して包みを回収する。

中には蘇我氏の小さく印が押された紙が丸めて入れてあった。

 

「ようやく返事が来たか…ならすぐに準備せねばな」

 

案の定待っていたとある人物からの手紙だった。

返事が来たと言う事は向こうもこの件に混ぜてくれと言う意思の表れだ。

 

そんな手紙を猫に持たせるって時点で変わっているかもしれないがあれはあれで話のわかるやつだ。……やったことは気にくわないがな。

 

 

それとこれとは別…

「にゃ…」

 

「おお、すまぬすまぬ。ご苦労だったぞ猫よ。ちょっと褒美をやるからくるのじゃ」

 

足元でずっと座っていた猫をそっと抱いて建物へ向かう。

暴れないところを見るとこっちの言うことがわかっているのだろうか……不思議なものだ。

猫も猫で悪くはないよな…神子様も好きだって言ってたし…今度生まれ変わったら一匹世話してみるのもいいかもしれぬな。

 

 

 

一旦部屋の前で猫を降ろし中にいる神子様に挨拶をする。

 

さとりが来て以降身体の調子が悪化したのか最近は寝たきりになっている。だからあの時あまり無茶するなともうしたのに……まあ、これから尸解仙だから良いのだが……

「すまない。今日はちょっと…辛くてな」

 

「無茶しないでください。神子様、今は体力をなるべく保たせる時です」

 

一応尸解仙の事は霍青娥に一任してある。

多分そろそろ自分に接触してくるはずだ。こっちも準備しないとな。

 

「にゃ〜」

 

おっと、待ちきれんかったか。スマンスマン。

 

「それでは神子様、一旦失礼いたします」

 

待つのに飽きたのか猫は庭の方に降りて何やら遊んでいた。見ているだけで心が癒される。

 

いつまでも見ている訳にはいかないので女中や料理人が行き交う台所にお邪魔する。

 

そう言えばあの猫は何が欲しいのだろうか…まあ、褒美といっても自分の自己満足だから何あげても良いか。

 

やはり魚だろうか…お、鮎があるではないか。

 

料理長に許可をもらい鮎を持っていく。

猫はやっぱり庭で遊んでいた。

 

猫の元へ行き鮎を見せる。

 

そのとたん猫は飛びついてきた。おおう、すごいがっつきようだ。

素直に鮎を渡すとご機嫌な様子で猫は鮎を咥えて何処かへ歩いていく。

どこに行くのか気になりもしたがわざわざ追いかける気にはならなかった。

 

 

「おっと、そう言えばまだ手紙の中身を見てなかったの」

 

振袖に入れた手紙を引っ張り出す。すでにぐしゃぐしゃになってしまったが気にしない気にしない。

 

ぐしゃぐしゃに丸まった紙を広げて書かれていることを読む。

 

 

 

……さて、予定を早めないといけないな…今夜中に霍青娥と相談じゃな

 

 

 




感想待ってまーす


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depth4.だからさとりは危ない

目が再生してから半日経ったころようやく猫が帰ってきた。

 

というより寝ているところを踏まれた。

 

「お腹の上に乗らないでください」

 

(寝てるからだろう。全く…あたいがせっかく行ったのにさとりは何やってんだい)

 

別にいいではないですか。どうせ目が治るまであのままだったんですから。

とまあ…適当な言い訳を考えつつ猫をお腹の上から下ろす。

 

「それで…みてきたんですよね」

 

(当たり前じゃないか!それ相応の対価を払ってもらうんだからそれくらいしないとだよ!)

 

あはは…じゃあとびきりのを作らないとですね。

 

 

上体を起こし猫を膝の上に乗せる。

 

具体的な方法はだいぶ前に試験した時に言ってあるので大丈夫なはずである。

少なくとも猫に関していえば全く問題ない。

服の中から普段は隠してあるサードアイのコードを引っ張ってくる。コード自体は出しても出さなくてもいいが今回の場合服の中では厄介な事になるかもしれないので出しておく。

サードアイが振り向いた猫の目をの覗き込むように見やる。

 

「…想起」

 

今回はただ思考を読むのではなくその生物の見てきた記憶を読み取る必要がある。それも長時間にわたっての分だ。

 

普段は半目のサードアイが大きく見開き怪しく光る。

本来は一瞬のトラウマを引き出すだけの力。今回はそれの応用だ。

 

ただし情報量が多いのでどんな反応を起こすかは全くわからない。未知の状態だ。

 

怪しく光った直後から猫が体験してきた記憶が管を伝って脳に流れ込む。

視界の一部に猫の体験した方の視界が重なるように入り込む。視界だけではなく嗅覚、聴覚、の感覚全てに記憶の方の体験が入り込み入りそれぞれの器官を刺激する。

 

まだ…問題はない。途中で少女に後ろから鷲掴みにされるあたりでわき腹に不意に刺激が走り思わず身体が反応してしまう。これは不意打ちすぎる

 

 

霍青娥が言っていたお寺に入るところまで一気に遡る。

 

一瞬意識が飛びかける感覚に襲われ次の瞬間、今度は真下に叩きつけられる。

記憶を一気に跳躍した感じに遡ったようだ。

 

ここから一気に記憶を読み取り頭に覚えこましていくのを始める。

一回深呼吸。慣れないことへの不安を抑え込む。こう言うのはかなり心理面での影響が大きい。

ここで不安ばっかり考えてたら絶対に失敗するだろう。

 

気が落ち着いたところで記憶の再生を開始。サードアイ経由で管から何かが入ってくる。それが実体のあるものか、はたまた幻の感覚であるのかはわからない。実際にはただ血液の流れを感じ取ってるだけなのかもしれないし何かが流れているのかもしれない。

 

ただそれを探ろうとするのは意味がないし私自身自分の能力が好きではないからやる気もない。

 

今知るべきことは情報を知る事である。

 

 

 

寺に入って…成る程…床下への侵入経路もしっかり探ってますね。

 

 

……望み通り隠れやすいところを色々見てきたようだ。本当に助かる。

もう名前つけようかな…この猫そろそろ妖怪化して来てますし…とか思ってるって事は今はどうでもいい与太話だ。

 

今はただ無言で能力を使いその時の記憶と思考を全力で読み取っていく。

 

うんうん、通信連絡がしづらいって事を除けばいいところだ。

よく考えていらっしゃる。

有能な相棒ですまったく…

 

さらに記憶を掘り下げるためさらに深くまで記憶とそれに付随する思考を読み取ろうとする。

 

 

 

 

 

刹那、世界が反転する。くらりと視界が歪むような感覚に襲われ、危うく倒れそうになる。

 

 

反射的に片手をつき倒れこむのを抑える。

元の体勢に戻そうとするが上手く全身の筋肉に力が行き渡らず、何方が上か下か…右なのかすらわからない。

 

体勢が崩れたままであるがこのまま行く事にする。その合間にもどんどんめまいが激しくなっていく。

 

 

それでも能力に回す力は緩めない。だんだんと意識が猫の体験した記憶に引っ張られる。サードアイと管が破裂しそうな痛みを内部から発生させる。実際管の一部が張り裂けそうなほど膨らんできた。読み取る情報量が多いのだろう。

 

それでも正確な情報を得るためには必要な事なのだと言い聞かせ能力をフルパワーで使用する。猫が体験してきたその時の視界、思考、感覚が身体に電気信号として走る。

 

それに伴い激しい頭痛が巻き起こり私の精神が削られていく。

 

私の体は呼吸が乱れているらしい。呼吸そのものも上手く出来ていないのか酸素不足になっている。

管とサードアイ本体が悲鳴を上げ始める。

 

管は今にもはち切れんと言わんばかりに膨らみ目は充血して真っ赤だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

パチッ……

 

 

 

 

 

とても聞き取れる音では無かった。というよりどれほどそうしていたのだろうか…経過時間すらわからなくなって来た頭に木の枝が折れるほどの小さな音が響いた。

だがその音は確実に管の一部が弾けた事を伝えていた。

そしてほぼ同時に来る激痛も、それが幻覚ではなかった事を告げる。

 

「う、いったぃ…」

 

初めて体験する痛みが途切れかかっていた意識を呼び戻す。

 

痛さで気が変になりそうだ。身体の感覚も既に失われ立っているのか座っているのか…はたまた浮いているのかすらわからない。

というよりからだがどうなっているのかわからない。わかれない…

 

 

 

 

管が破裂していた後も数分程そうしていただろうか…私にとっては数時間分にも感じられたのだが……

ようやく全ての記憶を読み終わり能力を停止させる。

 

 

痛みが少しずつ引いていき荒くなっていた呼吸が落ち着く。

 

 

 

身体を横にしてしばらく考えるのをやめる事にした。一瞬にして数時間分の情報を脳に叩き込んだのだ。これ以上脳に負担がかかると本気でやばいと頭痛が警告している。

本当に覚りは辛い。

 

取り敢えずは裂けた管を止血するのだけはやっておこうと破裂した箇所を見る。

既に出血から数分経っている為流出した血液が固まり傷口が塞がれかかっている。

 

此の程度なら大丈夫であろう。

そう思い管を胸のあたりに持っていく。傷口が地面にあるのはなんだか嫌だ。

 

 

(大丈夫かい?無茶して体壊しちゃ元も子もないよ)

 

隣に来た猫が心配そうな瞳で見てくる。その猫の顎を軽く撫でながら私はこう言い返す。

 

「そうですけど…こうした方が効率いいですから」

 

今はまだ自分の体の心配をする時ではない。まずは生き残る事が最優先だ。

私自身の身がその時までどんな状態になっているか…今はどうでもいい話。

 

寝っ転がった体勢のせいなのかだんだんと眠くなってきた。やはり体力の消耗が激しすぎる。起き上がるのが億劫になって来た私は全身から力を抜く。

一旦眠った方が良いかなと思い意識を手放そうとする。

 

 

 

だが意識が落ちそうになる一瞬、本能が警告した。

 

警告が手放しかけた意識を呼び戻し思わず飛び起きる。

 

何か忘れている。それが思い出せない。記憶とかそう言うものじゃなくもっと原始的な…生存に必要ななにか…

 

傷口…じゃなくて猫…でもなくて……血?

 

管から流れた血はそのほとんどが地面に残っ……

 

「あ……」

 

気付いた時には既に遅かった。なぜ最初に気づかなかったのだ…完全に後悔しか浮かばない頭で、それでもこの後どうしたら良いかを考え始める。

 

(……‼︎まずい‼︎)

 

猫が気付いたようだ。まだ私自身は感じないがサードアイがしっかりとした殺気を捉えている。思考を読める程度には近くないので来ているという事しか分からないが…

 

「えーっと…料理はしばらくお預けですね」

 

そこじゃない!って突っ込まれる。失礼な、こういう時こそ気をしっかり持つんですよ。

それとこれとは違うだろって?当たり前です。

 

まぁ、気持ちの余裕があるだけまだ良かった。

 

 

血の匂い…もとい私の妖力混じりの妖怪の血の匂いが周りにいた他の妖怪を呼び寄せてしまっている。

 

既に獣みたいなものは周りに集まり始めている。

姿は全く見えないがサードアイは向こう側の思考を完璧なまでに読み取っていく。

 

完全にこちらをターゲットにした思考が4…様子見が5…

すでに体力を使いきって怠い身体でまともに闘ってどうにかなる相手ではない。

 

まともに戦えばだ…

 

これでもこの数年妖怪から逃げてきた訳ではない。

人型を取らない獣野郎とは何回も何回も戦ってきた。

 

 

決して場馴れしたわけでは無いがどうしていいかわからない訳でもない。現に体力は限界でも妖力とサードアイと言う武器がまだ残っている。

 

それにここには猫もいる。

早い段階から気づいていたのに逃げずにここに残っているのだ。このままでは巻き添えを食らうのは必須だ。

 

 

 

「猫さん…ちょっと狭いですけど我慢してくれますか?」

 

(え?ああ、わかった。さとりに任せるよ。どうせあたいだけじゃどうにもならないしね)

 

本人?本猫?の許可をもらい猫を抱き上げる。

両手がふさがるとマズイので胸元に押し込む。

 

その合間もサードアイによる警戒を怠らないようにする。

向こうはいつ襲ってきてもおかしくないのだ。

 

 

猫が頭を服の上から出す。

(狭…本当に窮屈だった)

 

「すいません…今は我慢してください」

 

ゆっくりと立ち上がる。

まだフラフラしてとてもじゃないが戦える状態ではない。

 

 

向こうも気づいたのかジリジリとこちらに向かって歩みを進めていく。

 

身体がこんな状況でまともに体術など使えるはずもない。

そう判断し私はそばにあった小石を拾い握る。

 

 

私がそうして数秒ほど経っただろうか…周りに満ちていた静寂が破られた。

いや、私から破った。

 

音速の二倍で握った手から弾き飛ばしたそれは一番近い位置にいた敵の首元を貫いた。

それが引き金となり三匹が一斉に飛び出して来た。

 

正面の一匹はさっきとは逆の手に握られ弾き飛ばしたそれによって頭を砕かれる。

 

今ので怯んだのか残り二匹が突撃をやめる。

 

見た目は大型犬…どこか猪のような感じがしないでもないその獣が私の目の前でゆっくり迫ってくる。

 

かなり警戒しているようだ。

 

目の前にいる二匹からは目を離さず、サードアイで周囲の他の奴の思考を探す。

 

……どうやら最初の攻撃を見て殆ど諦めたようだ。

私を倒して得る為に必要な犠牲の数が多いと判断したのだろう。

先に殺した2匹は…仕方ない。それに今目の前にいる奴も犠牲になるのか…

あ、犠牲にするのは私か。

 

 

そして遠いところからこっちを見ているヒト型がいるようです。

まだ距離があるので思考は読めませんが近づかないところを見ると傍観しているのでしょう

それはそれでありがたいが…出来れば助けてほしい。

 

 

そう思っても相手に伝わるわけもなく、そんなに気を散らしていたら獣がチャンスとばかりに襲ってくるのは目に見えているはずだ。

 

案の定、獣が突っ込んでくる。今度は両方からの挟み撃ち…さっきみたいな三匹を同時に相手するよりかはマシだ。

 

 

視線を相手から離さず後方にバックステップ。同時に右の奴に狙いを定める。

 

 

腕に妖力を回す。その妖力をどのようにするかは咄嗟のイメージだ。

今回は炎をイメージしたようだ。

覚りの性分も合わさってか獣のトラウマでも掘り起こしたのだろう。

自分に向けられた腕が燃え上がったのを見て一瞬隙が生まれる。

 

その隙は場馴れしていない私でも十分攻撃を加えられるものだった。

 

「はあっ‼︎」

相手に向けて思いっきり手刀を叩き込む。狙うは喉だ。

 

ゴキュっと言う異音と共に首に当てた手から変な感触が伝わる。

 

首の骨が折れたのだろう。一瞬にして相手は動きを止めた。

 

そして同時に反対の腕に激痛が走り身体が弾き飛ばされる。

私の体は手刀を食らわせ事切れた獣の上に投げ出される。

(ふぎゃ!)

 

 

今なんか変な音がしたがそれどころではない。見れば左腕にもう一匹が噛み付き私を押し倒していた。

 

牙が深々と刺さり肩の肩の関節が変な方向に向いている。完全に骨が外れただろう。

 

「……っ!」

 

だが好都合だ。

と言うより想定の内だ。

どうせ1匹づつしか対処できないなら一方を相手取る合間はもう一方はこうやって抑えていればいい。

だからあえて取っ掛かり易いように左腕を横に軽く伸ばしていたのだ。

非力な私が腕一本で助かるなら安いものだ。

 

今度は足に妖力をかけ上に乗っている獣の腹めがけて蹴り上げた。

 

蹴り上げた足は丁度前足の間に食い込んだようで肋骨が折れる音が足を伝って頭に響く。

獣の思考が苦痛に歪む。

獣は思わず飛び退いた…だが牙が抜けずに私の腕が引っ張られ引きちぎれていく。

すごく痛い。本来なら激痛で失神するレべるだろう。

 

……だが、私には凄く痛い程度にしか感じない。

 

「…想像していたより痛くない」

 

どうやら蹴り上げたのが効いたらしい肋骨が折れた獣は逃げ出した。

 

その姿を見送りながら胸元に押し込んだ猫を引っ張り出す。

 

さっきいやな声を上げていたので大丈夫かどうか不安なのですが。

…どうやら大丈夫そうです。伸びてますけど……

 

「はあ……」

 

猫を片手に近くの川まで歩いていく。

戦闘を終えた後だというのに妖力は逆に回復している。

殺した相手の上に乗っかっていたときに妖力でも吸い取っていたのだろうか。それとも死んで空気中に発散された妖力を回収していたのか…

 

 

 

川についてやる事は千切れかけてぶら下がっている腕を切り離しにかかる。

このままでは再生の邪魔だ。

 

傷口を確認、静脈と動脈…それと肉の一部が腕をつなぎとめている状態だ。

既に出血は止まっている。

 

一旦服から外した帯で傷口の胴体側を縛り付ける。

そして素早く爪で腕を繋いでる血管を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…終わりました…」

誰もいないがただの独り言…猫はいるがまだ寝ている。いい加減起きたらどうですか。

 

 

また血の匂いに引き寄せられる奴らがいそうだったので切り離した腕を処分し素早く川を後にする。

その合間もずっと遠くからヒトが見ていたようだが…と言うか進行形で見ているが敵意がないので今は放っておくことにする。

 

 

既に日は沈み、辺りは宵闇に包まれている。

安全そうな場所が見つかり次第休むことにしよう。

どうせ明日にはお寺に侵入する命がけの事をしなければならないのだから……

 

ふと、再生中の腕を見る。既に二の腕までが再生し終わり腕と一緒に千切れた服の腕の部分だけが傷の後を残してるだけだった。あと数刻ほどで完全に回復するであろう……本当に異常な回復力だ。

 

 

 

 

 

 

 

寺を監視し始めてから3日ほど経ちました。

 

基本は同じところにずっと隠れ朝から晩まで傍聴を行なっているだけです。

まぁ、普通なら物凄く暇になりやすいものですが常に気が抜けない状態のため暇と感じるより疲労が溜まっていく方が圧倒的に早い。

 

私の前世記憶では、よく潜入任務(スニーキング・ミッション)のステルスゲームをよくやっていたようです。それを本当にすることになるとやはり色々大変です。

 

 

 

私は何処ぞの蛇ではありませんし、バレないように外に放たれる力を押さえつけるだけしか出来ません。と言うかこの時代にダンボールなんてないんです。

 

で…見つかったらガチで終わりな為床下で盗み聞きしながら情報収集を行うしかないのですが…

 

 

《おーい!そっちいたか?》

 

《……いや、……いな…》

 

私が潜り込んでる事がバレかけてまずいです。

人生のベスト3に入るくらい絶望的な状況です。

 

事の発端は数分前…

 

私はいつもと変わらず床下で盗聴を行なっていた。

丁度その日豊郷耳達の事についての話し合いがあったのだ。

盗聴を始めて3日目にして早速お目当の情報が聞けるのだ。

 

最初は都合が良すぎるので罠かと思い危険であったがサードアイでもそれが偽情報ではない事を確認した。

その際に一瞬だけ能力を使用してしまい危うく隠れて視ていることがバレそうになったが…まあなんとかなった。

 

 

結果から言えば罠ではなかった。本当に偶然だったようだ。

そんな好機を逃すわけもなく私は床下で会話を盗聴しようと潜り込んでいた。

 

 

やはり豊郷耳の事はごくわずか…しかも相当な地位にいるものか力を持つ者だけが探っているようだ。

 

その為なのかこの話し合いにもかなり力を持った僧などが数名集まっていたにすぎない。

おかげで盗聴がバレそうで心臓に悪かったです。

 

まあ…本人たちの力が強く流れすぎてるから私の微弱な力など押しつぶされてわからなくなってしまうだろうが…

 

その事を頭でわかっていてもそれを理解するのは難しいものです。

事実床の隙間からサードアイで内部の人の心を読んで見つかりかけたのはいい思い出です。

その時はなんとか乗り切りましたけど

 

 

まあ…いろいろ知りたいこととか分かったから良いと言えば良いのです。作戦実施の事とか封印とか退治とか…

 

えと…超簡単にまとめると…

 

 

 

 

 

 

なんか豊郷耳様怪しいよな。仏教進めてるけどどうやら道教やってるらしいけど。

 

でも証拠ないし無理に詰め寄っても多分返り討ちだぜ

 

そう言えば最近豊郷耳様って病気で長くないよな(・・?)

 

なら亡くなった時に調べれば良いのでは?状況によってはそのまま封印するのも手だし…

 

そうだな。そうしよう…ならいつ動く事になっても良いように準備しよーぜ!

 

わかった。それじゃあいつでも動けるように色々準備に入る解散!

 

だいたいこんな感じ……後で一応霍に伝えておきましょう、

 

ここまでは良かったのです。

 

しかし私が焦りすぎました。失態です。

 

目的の事は聴けたのでそれを知らせようと私が姿勢を動かした瞬間、私の僅かな動きに一人が反応した。どうやら勘の鋭い人だったようです。

 

僅かな気の流れや乱れを察知してこちらの存在に気づいたみたいだ。

 

ただし場所までは特定できず、私がここにいるということはわからないようです。

 

しかし結果的に誰か見ているのではないかと疑い始めました。

 

今はまだこちら側には気付かないようですが、いつ床下に私がいるとバレるか気が気ではありません。

相手とを隔てるのは床板一枚のみ、気の流れや力を遮断するには薄すぎるのです。

 

 

冷や汗が頬を伝い地面に落ちていく。強い法力が体に直撃し精神的に追いやられていく。

数年しか生きていない身にはキツすぎる。重圧に押しつぶされそうなのを必死に堪える。

 

《だいたいこの辺りだったんだがな…》

 

ビクッ…

 

私の真上を人が歩いていく。ギシギシと真上が軋みその度に心拍数が上がり視界が狭まる。

 

本気で死を間近に感じているようです。

 

一瞬のミスが命取りになりかねない。

 

本当は今すぐにでも動きたいです。動いて走って…逃げたいです。いつまでもここにいたら洒落になりませんから。

ええ、そうです逃げます。臆病で弱い者が変な意地を張ってまで残るものでも無いですから。

 

ですが今動いたら確実に見つかりますし…どうしたことか…

 

 

 

 

 

 

(あたいが囮になろうか?)

 

 

え⁉︎猫さんいつのまに!

 

いつの間にか真横に黒猫がいた。

上の人の動きに夢中で全然気付きませんでした。最近気配を隠して歩くのが上手くなっていますね。誰のせいでしょうか…

 

(いやあ…暇だから様子を見にきたらなんか大変なことになってたからさ)

 

でも良いのでしょうか。かなり危険なことですよ。

 

(あたいなら大丈夫)

 

そう言ってこっちを見てくる。

 

サードアイで見なくてもわかるほど自信に満ちたその目を見ていると先ほどまでの焦りが落ち着いてくる。

 

 

確かに猫なら怪しまれないし気をそらせる…上手くいけば相手が捜索を諦めてくれるかもしれない。

 

 

無言で頷く

(それじゃああたいが上に行ってくるから。タイミング見て逃げてね)

そう言って猫は玄関の方に走っていった。

……心配です。あの子は自分でしか気づかないほど微弱ながらも妖力を持っている。それが気づかれればそれこそ一巻の終わりでしょう。

 

そのようなものを与えてしまったのは私…もし私に絡まなければあの子がここまでする必要は……いいえ。今考えることではないです。

今は脱出して情報をもっち帰る事です。

 

…今度鰻の蒲焼きでも作ってあげましょう。

鰻捕まえるまでいきていられるかは別として……縁起が悪いですね。

 

 

上の方で再びバタバタと音がする。

どうやら猫がうまい感じに引きつけてくれたようです。

 

 

《おいどうした?なんだただの猫か…》

 

《もしか…て此奴だった…じゃないのか?》

 

《そうな……のかもな…そ…かわいいな…》

 

《それじゃあもう行こうぜ。あんまりここに集まってると不審に思われるぞ》

 

《ああ、そうしよう》

再び私の真上の床がギシギシと言い本堂の方へ人々が歩いてくのが嫌でもわかる。

 

ここで迂闊に動いてバレたらそれこそ終わりだ。早く行けと念じる。

 

……どのくらい経ったのだろうか…数分だったか数秒だったか。しかし体は数時間と経った気分だ。足音はもう聞こえず静寂に包まれている。どうやら行ってくれたようです

 

ほっと一息つきたいところですが、すぐに知らせなければならない情報が多いです。

 

伏せたままの姿勢からほふく前進で境内入り口の方に這っていく。

 

だが室内に人がいなくなったものの外にはかなりの人がいるもので…例に漏れず私が出ようとした階段の近くにも人がいました。一人二人なら良かったんですが…ソコソコの力を持った僧が数人となれば迂闊に動けない。また足止めである。

 

……早くどいてください。邪魔です。

思わず悪態をつく。

 

「にゃー」

 

あ…黒猫さん…

 

階段の陰から聞き慣れた鳴き声がした。

そっちの方に視線を向けると、陰に上手く溶け込むように猫が佇んでいた。

 

どうやら無事だったみたいだ。よかったです。

 

(なんか動けてなさそうだけど…)

 

すいません…出られるとこを見られるとやっかいですと言うか一瞬で終わりです。

 

(仕方ないねえ……ちょっと待ってな)

 

ありがとうございます。

 

(ほんと世話がやけるねえ)

 

まぁ、こう言うの慣れないですから

 

(ま、そんなもんかね…)

 

こんな感じに軽くアイコンタクトを交わす。

 

アイコンタクトが終わった直後、猫が近くにいる人たちのところへ駆け出した。

 

え……結構活発に暴れるんですね。

 

結構大胆に集まっていた人に襲いかかっている。正直言ってあの子が大変そうだ。って言うか…あの子ストレス溜めすぎ…

 

 

猫に襲われた人間たちはてんでバラバラにその場を去っていく。一部は猫を捕らえようとしたが素早い猫の身のこなしで逆に転ばされてしまう。

 

……私よりも強い。

 

周辺に人気が無くなったのを見て気配をギリギリまで殺して外に出る。

 

服についた汚れをその場で払い落としそのまま一般人に紛れ込むように門へ歩いていく。

 

なるべく目立たず、普段通りに門を通過する。何度か僧の近くを通ったがなにぶん気にされることもなく平和にすんだ。

 

門を出たところで彼女と合流するため待ちの中心地に行く。

 

合流地点はいつもバラバラである。基本的に一度会った時に次にどこで会うかを毎回指定される。

本当に私は使いっ走りなんだと自覚してしまう。まぁ自分で選んだのだから仕方ないか。

 

 

そうこうしているうちにお目当の建物が見えてくる。

 

やや他の店より大柄であり全体的に開放的な室内。

なにやら名前っぽいものがあるらしいがそれが書かれていないのでなんて名前かはわからない。

 

今回の彼女との連絡はここの店で行う。

 

通称、喫茶とでも言っておきましょうか。

喫茶といっても席がある訳ではなくただ椅子に座って飲むような休憩所に近いものだ。って言うか喫茶っていうのはただ私が呼びやすいようにしているだけで実際は別の呼び名らしいが…

 

そこがなんて名前の店であろうと私はあまり利用しない。どっちかといえばあの骨董品店もどきの方が落ち着くのである。

 

そんなどうでもいいことを考えながらお湯を頼んで近くの椅子に腰をかける。

今になって緊張の糸が切れたのか一気に体が怠くなる。

 

本当はこう言うときはお茶が良いのだが……生憎なことにこの時代にはまだお茶はない。

 

意外かもしれないが飛鳥時代の日本にお茶はない。

 

一応それに近いものはあるけど不味くて仕方なく私は飲めませんでした。

 

だいたい…800年代でしょうか…中国経由でお茶が伝来したはずですのでお茶が飲めるのはもう少し後の時代です。ああ、庶民も飲むようになったのは江戸時代までいかないといけませんね。

 

思考が枝道にそれていると一瞬周りの空気が変わった。

いや、なんとなくだが空気というより気の流れが変わった。

風が止み周りが無風無音空間になる。

 

意識を阻害する結界が張られたようだ。

 

周囲の人の感覚が変わる。まるで背景のように歩いているのに何も感じ取れない。…本当に原理が分かりません。今度発動時を見せてもらいたいです。

 

「時間より少し遅い気がするけど……」

 

「こっちだって色々あったんですよ」

 

視界の横に青色の髪が見え隠れする。

振り向くのも億劫なので目を瞑りながら適当に返事をする。

 

「ふーん…まあいいや。それで、なにかわかったんでしょう?」

 

「ええまあ……単刀直入に言って、豊郷耳さんが生存している合間は仕掛けてきません」

 

あまり長々と話す気も起きないのでストレートに言う。別に悪くはないはずだ。

 

少しの合間静寂が店を包み込む。なにやら考えているようだ。

 

 

 

 

……無性になにを考えているのか気になってしまう。

 

 

ああ…覚りとしての感情がこんなところで出てくるとは……いささか早い。

 

「生存している合間……」

 

「ええ、行動は人としての死後となります」

 

 

「……そっか。じゃあ私が頑張らないといけないのかな…」

 

……どう言うべきだろうか。原作を知っている私はここで封印されても幻想郷で再び復活するのを知っている。

だが、私と言うイレギュラーな存在がいる時点でこの世界が原作通りになるとは限らない。もしかしたらと言うこともある。

 

それに…目の前で深刻そうに考え事をしている霍青娥を見ていると放っておけそうにもありません。

 

お節介ではありますけど…ここは手伝っても損はないのではないだろうか。

今でも使い捨て感覚で使われているのは承知してます。

 

それでもどうやら私の良心は見捨てる気が無いようです。

 

「……まぁ、私も全力で手伝います。なんでも言ってください」

 

結局、モヤモヤして仕方ないのでその場を後にする。

別に向こうが頼んで来なくてもこっちはこっちで動くことにしているから返答を待つ意味は無いのですが……

 

それにこっちは向こうに絶対服従…とまではいきませんが、絶対的力の差ですから変に刺激すると本気で走馬灯を見てしまいます。

 

痛いのは嫌いですから。

嫌いなことはなるべく避ける主義です。

 

「……それじゃあ…頼んでいいかしら?」

 

店から出ればそこは術の効果の範囲外…私が出ようとした直後に引き止めに来た。

正直意外である。私は引き止められることはないと思っていたのだが……思った以上に優しいですね。

 

 

「ねえ…なんでもって言ったけど…あの寺の人とかを少しだけ引きつけておくことはできるの?あ、いや…なるべく貴方に危険がないようにでいいから」

 

 

意外です。こんな弱小に頼みを持ちかけるなんて…

 

私が知らない合間に状況は変わってきているのかもしれません。

 

サードアイで全て見てしまえば楽なのですが、それをやってしまったが最後私は戻れないかもしれない。

未だに残る人間の感覚は私を完全に妖怪にするのを妨げる。

 

ただでさえ人間の荒んだ心が視えてしまう種族なのだ。

脆い人間の感覚などひとたまりもなく壊れる。

 

だからこそ私は力を使いたくない。

 

その上私の中の人間がお人好しだ。

ここまで付き合ってしまったのもそのお人好しが原因だ。妖怪があの程度で協力するなんてことほぼありえないのだ。

 

こんな思考をするあたりそろそろどっちか決めなければならない。

 

さて、私に渡された選択権は二つ。ここで人を捨てて妖怪となるか、はたまた人として生きるか。

 

楽な方は圧倒的に妖怪であろう。

なら…私はどっちを選ぶのだろう。

 

 

 

 

……いや、ここまできた時点で大体わかり切ってることだ。

 

 

 

 

「……出来ますよ。寺どころかこの街全体の注意を引くことも可能です」

 

だから私は振り返らずにそう答える。

 

 

かなり博打的ではありますけど…

 

その一言は心の中に留めておく。そんな情報は教える必要がない。

もしもの時は私がやられるだけだ。実質彼女達への注意は外らせる。

 

「なら…お願いできるかしら」

 

「ええ、任せてください」

 

彼女の安堵した感情が背中に当たる。

それを受け止めながら私はその店を出る。

 

 

 

 

結局私は人を捨てることが出来なかった。おそらくこの先も何があろうと私の中の人が殺されない限りずっと私は人でありたい。

 

それこそ自分勝手なエゴであろう。ただ、今はまだそのエゴを押し通しても良いのかもしれない。

 

少なくともいつか出来る幻想郷までは…人でありたい。

 

 

行き交う人々にまぎれ込みながら私はいつも通りに自分の寝床に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言えばお湯頼んだのに結局もらわなかったな。

 




さとりが撃ってたものはそのうちわかります。
初めての戦闘…描写が大変です。


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depth5.さとりは狩りが得意なのか

新月というのは妖怪にとっても人間にとってもあまり喜ばれたものではない。

 

月からの力を借りるような妖怪は弱体化が著しいし、新月では月明かりが無く並みの妖怪でも視界が悪い。

 

しかし、だからこそそんな宵闇を得意とする妖怪もいるものだ。

ガサガサと音を立てて必死に走る獣の様な妖怪も、元々は新月を利用して狩る奴だった。

 

 

 

 

なぜだなぜだなぜだ……

 

 

其の獣は逃げ続けていた。

 

ただ闇雲に背後からゆっくりと…けれど確実に近づく恐怖から少しでも距離を取ろうと無駄だとわかっていながらも走り続ける。

 

 

どうしてこうなったのか…荒い呼吸を繰り返しながら何度も後悔をする。

 

既に獣を庇ったり慰めたりしてくれる仲間は周りにはいない。

全部アレによって一瞬で散っていった。

あるものは眉間に穴を開けられ、あるものは胴体から血を吹き出しまたあるものは…頭がいきなり砕け散り脳漿をぶちまけて倒れた。

 

ガサガサと後ろから迫って来る音がする。

 

獣にとってはそれは死神の鎌なんて生優しいものではない。

 

言ってみればそれは恐怖の塊。自分では理解する事すら出来ず、理解しようとした途端に自らの存在は狂わされ襲われ地獄よりも恐ろしい結果になる。存在を知っただけでも迂闊に近づいてはいけない。向こうが存在に気づいた瞬間には既にこの世にはいないのだから……

 

 

 

どうしてあんなものに手を出そうとしてしまったのだろうか。

 

群の長として…そして獣自身として激しく後悔をする。

 

 

獣はここら辺ではかなり大きな群れの長だった。

 

別に最初から大きかったわけではなく、だんだんと仲間が増えていったという感じだ。

そこそこには上手くやっていたのでは無いだろうか。

 

その日もいつものようにのこのこと山に入り込んできた少女を捕食しようと行動を起こしておいた。

 

 

それが今やこの有様だ。

 

仲間を失い自分が今や追われる身になってしまっている。

 

化け物め……

 

一瞬にして仲間を葬り去り今も後ろから追いかけ続ける少女に悪態を吐く。

 

だが、それもつかの間の出来事である。

 

 

 

 

 

ザシュッ……

 

 

 

 

 

山に静かにひびいたその音を其の獣が理解する事は一生ないだろう。

何故なら、そのコンマ数秒後には既に一生を終えているのだから。

 

 

何か大きめのものが落ちる音と少し遅れて何かが倒れる音が立て続けに起こり…再び周りには静寂がともる。

 

其の静寂の中に、三日月型に歪んだ笑顔と怪しくひかる三つの目が浮かび上り誰にも気づかれぬうちに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…これで6匹目

 

私は早急に必要になってしまった妖力を集めるためこうやって何匹も妖怪を狩り続けている。今日で4日目…何十匹殺しただろうか…

 

殺すのは簡単だ。

小石を妖力でコーティングし指で弾く。たったそれだけ。

 

妖怪の馬鹿力で音速の二倍…銃弾と変わらぬ威力で小石が吹っ飛び

当たった相手の身体に大穴を開ける。

 

全く…本当に恐ろしいものを考えついてしまったものです。

 

 

 

 

 

首の跳ね飛ばされた獣の身体に手をかざし、まだ体に残る妖力を吸い取っていく。

 

同時にその者の記憶を喰らっていく。

 

先程までサードアイで見てきた物も含めこの妖怪が生きてきた記憶と意識が頭に流れ込む。

 

この作業も何回目になるだろう。

 

恐怖、怒り、嫉妬、妬み、後悔…そして未知のバケモノに対する負の感情が溢れ出て脳裏に焼きつく。

 

命というものは儚く脆い。そんな命を私はいくつ殺めたのだろう。

 

考えても考えても数字と記憶くらいしか出てくるものはなくそこに罪悪感情はない。否、罪悪感はあるのだが、それを深く感じるのは人間性だけ…妖怪として今は浸っている時間はない

 

最初の方こそ心を読みながら相手を殺していくのは後悔と懺悔の感情で押しつぶされそうになっていた……がそれを繰り返し続けるともはやそんな感情すら疲弊して起こらなくなってしまう。

 

そんなワタシに私は恐怖を覚える。

 

妖怪なら普通の事だろうが私は人間…殺す事に慣れてしまったら人で無くなってしまう。そうなってしまったら…私は私で無くなる。

 

 

 

 

他にもやらなければならないことがある為ゆっくりしている暇はない。

 

死体を素早く処理し、いつものようにサードアイを隠してその場を立ち去る。

辺りは完全に暗闇で何も見えない。

 

それはある種の不安と恐怖を体に与える。それを私は嫌い闇を避けるように暮らしてきていた。

 

だが、今の私には同時に暖かさも含まれているように感じる。

 

誰にも見られたくない今の私にはぴったりだ。

この狂気な事とそれを受け入れる思考とそれを悲しむ感情が絡み合いドロドロとして複雑になる。…それら全てを闇が隠して、忘れさせてくれる。

 

ああ…段々と変わりつつあるのだろう。いや、変わってきてるのであれば最初からずっと変わってきてるのだろう。

 

最近になって変化が目に見えるようになっただけ…受け入れてしまうとなんの事でもない自然の摂理だ。

 

しかし段々と思考が狂気に変わっていく事に恐ろしさを感じ私は空へ飛び立つ。

 

ふわりと重力に逆らう体…体が前傾姿勢になり風が歩くのよりも早い速度で動いているのを感じさせる。

 

新月の空は私を照らす事なくただ目の前に暗闇を生み出す。

 

感覚で木々よりも若干高い位置を空気を蹴るように飛んでいく。

 

風が身体中に吹き付け涼しい。

 

 

初めて空を飛んだ時は上手く体をコントロール出来ず3回ほど墜落した。

j

だが慣れればとっても気持ちいい。少なくとも私の心はこうやって風を受けながら浮いている時が一番落ち着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、お嬢ちゃんは食べてもいい存在?」

 

 

 

どのくらい飛んでいただろうか。人の起こす灯が僅かに見えたところで真横から急に声がかかった。

 

おっとりとした女性の声であったがそこには確実に妖力が混ざっておりこっちにはっきりと意志を伝えようとしているものだ。

 

 

「…っ!だれ⁈」

 

……今まで妖怪の気配すら感じなかったところに、不意に声をかけられ思わず声を荒げてしまう。

 

 

同時に真横を見る。……しかしそこにはただ闇が広がるだけでなにも見えないしいないように見える…でも確かにそこにいる。

妖怪としての意識が警告をする。

 

次の瞬間、爆発したかのようになにもない闇から妖力が放たれる。

 

 

 

逃げろ…逃げろ。あれには勝てない。勝つことを考えるな…生き延びるための事を考えろ……

 

隠しているようで隠せてない殺気が妖力に混ざりピリピリと肌を刺激していく。

 

 

 

少しずつ気配から距離を取る。

こんな状態で能力を隠すなんていってる場合ではない。

 

直ぐにでも心を読む準備をしたいが、それさえさせてくれる隙は無さそうだ。

そう思わせるほどの実力を相手は持っている。

 

「誰でもいいでしょ、私はお腹が空いたの」

 

 

いやいや…ほんとう誰ですかい…

いきなり食べていいか?なんて…

 

ん…食べていいか?闇?

え…まさか…

 

薄れることのない前世記憶がふと一人の少女の情報を呼び出す。

 

人食い妖怪…

 

「じゃあ勝手に食べるからいいわ…」

 

その声が響いた瞬間、感覚で私は背後に飛び退く。空中で飛び退くってなんだか変な感じだが……

空気が引き裂かれる音が耳元に響く。

 

 

「避けないでちょうだい。上手く殺れないから!」

 

さっきまでいたところを見ると闇からはっきりと細く綺麗な腕が伸びていた。

それは再び闇の中へ消えて行く。

 

「嫌ですよ!死にたくないです!」

 

そう言い放ち、身を翻して私は逃げ出す。

 

後ろから爆発するような殺気が放たれ危うく意識を刈り取られそうになる。

 

なんとか意識を失わずに済んだ。いや、失わない程度に調整して放っているのか…

振袖のところからサードアイの目が後ろを見る。

まだ視界には捉えていないのか心を読むことはできない。いや…闇に隠れて存在自体が映らない…これはまた厄介です。

 

殺気だけで意識を刈り取るって強すぎです。と言うかこんな殺気放ったら街の方でも気づかれる……それはそれで色々不味い。陰陽師とか法師とか出て来たら面倒だし私は極力目立ってはいけないのだ。

 

ゾッ!

 

さっきとは違う寒気が背中に走る。

慌てて体をロールさせる。

 

妖力弾がすぐ真横を流れていく。

その流れが鞭のように私を追いかけて横にしなる。

 

エルロンロールを真似た動きで素早く回した体が弾幕の上を通過する。

左右の位置が逆になり弾幕が一旦止まる。

 

「ねえ!ちょっとは殺気を抑えないんですか⁉︎ルーミアさん!」

 

 

本気で死を感じた私は思わず彼女の名を叫んでしまった。

 

いや、彼女の名なのかどうかは分からない。

食べると闇から前世記憶が導き出した情報でしかない。

 

 

 

「ふーん…私は名乗ったつもりはないけれど?」

 

今までなんども助けてくれていた前世知識だったがこの場合悪手に回ってしまった。

 

「えっと…風の噂です」

 

後ろにぴったり張り付いている。全く振り切れる様子がない。

 

 

「そう…私が名乗った奴で生きていたのはいないはずなんだけれど…それに心は読めないようにしているのだけれどねぇ…さとり妖怪さん?」

 

その直後、再び大量の弾幕が飛んでくる。体を斜めに滑らせ射線から逃れる。

 

 

 

…ダメです。誤魔化しきれません。

って言うかなんで私このと知ってるんですか。

 

私ってまだ無名ですし名乗ったのなんて豊郷耳達と猫だけでですよ⁉︎

 

「なぜ…私のことを?」

 

「知らないとでも思ってるの?」

 

一気に距離を詰めたルーミアから腕が伸ばされる。その腕が私の右腕を掴み…

 

「逃げるのは諦めるのだー。噂の妖怪…さとり」

 

捻りあげる。

 

「ーーっう!」

 

腕の関節が普段とは全く違う方向に曲げられ外れそうになる。同時に皮膚が引っ張られ腕に千切れると言わんばかりの激痛が走る。

 

一瞬、体の動きが止まる。だがやられてばかりではない。

 

再び加速したかと思えば途端に急制動…身体を上に持ち上げ高度を上げずにブレーキをかけ急減速。

同時に左側に倒れこむように身体をひねる。

世界が裏返り、胃が逆流しそうになる。

練習では何度かやった動きだ。だが今回は片腕を引っ張られた状態でする事になる。

運動エネルギーが急速に消え身体が下に落ち進行方向が逆転する。

 

それに合わせ腕の関節も悲鳴をあげる。

 

鬱陶しいので肘のところの関節を意図的に外す。

腕から先が完全に振り回されるようになる。

 

 

「……っ⁉︎ちょ!」

 

もちろん不意にこんな行動に出られたルーミアは手こそ離さないものの思いっきり身体を引っ張られ振り回される。

 

その瞬間、ルーミアの体が闇から外に引き出される。

流された金髪が私の頬を撫でる。身長は私より頭一つ分ほど大きく、黒いドレスに身を包んだ体が思いっきり私の方に吹っ飛んできた。

 

 

その状態でも、隠れて見ているサードアイが素早く彼女の思考を読み取る。

彼女の表層思考が頭に流れてくる。同時に読み取った思考に紛れて流れる感情が心を刺激していく。

 

感情は私達さとり妖怪にとって好き嫌いの激しい好物のようなものだ。

 

私は…喜びの感情が最も好きなようだ。逆に恐怖、怒り、嫉妬の感情は拒絶反応が起こる。

 

まあ…今は感情の好みなんかに浸っている暇はない。

 

 

 

相手の思考から素早くそこから有効な策を導き出さなければいけない。

 

 

「…食べないと約束してくれれば私が何か食事を出しますけど…」

 

彼女が考えていたことはただ一つ。お腹が空いたって事だけだった。

食べようとか殺そうとかも考えていない…お腹すいたから奢ってくれって思考だ。

 

そう、ルーミアはただ欲望に生きていた。忠実かどうかはわからないけど少なくとも私が読み取った感情ではそうなっている。

 

そう思えばさっきまで殺しにくるにしては攻撃の手を抜いているとしか思えない行動しかしていないような……

確実に殺すならそもそも最初の時点でパクって食べてればいいわけですし…

思い当たる節はいくつもあった。

 

 

お腹すいたって事しか考えてないとは……偶然その場にいた私は運が悪かったみたいです。

 

 

 

それにしても…欲望に忠実に生きているにしては途中で投げかけた言葉はなんだったのだろう。まあいいや。

 

 

 

 

 

「あら?心を読んだのかしら?流石さとり妖怪ね…その能力いずれ嫌われ、嫉まれる元だわ」

 

「貴方はそう思ったりしないのですか?」

 

皮肉交じりにそう言われるが、別に悪い気はしない。

 

本人に悪気があったわけでは無く何と無くで言ったらしい。負の感情は全く起きてない。まぁそれであっても私はサードアイを隠し心の声を遮断する。

別に隠さなくてもいいのだが…私は脆いのであまり見たくない。

 

「別に?私は本能のまま生きるのだー。心を読もうが読まれまいが関係ないのだ。むしろそれは貴方の利点であり誇れるものじゃないのかしら?」

 

「…私は嫌いですね。この能力…」

 

「まあ…感じ方は人それぞれなのだー。で、なにを作ってくれるのかだー?人間の丸焼き?」

 

そう言ってようやく腕を放してくれる。

って言うか人間の丸焼きって物騒すぎませんかね…普通なのでしょうか?

 

「まあ…美味しいものです」

 

そう答えて私はルーミアを家まで連れて行くことにした。

「って言うか最初から食べ物をくださいって言ってくださいよ」

 

「だって言っても断られそうだから…って普通聞いても断られるのだー」

 

 

 

聞けばルーミアと言う妖怪はそこまで悪い性格でも無い。ただ話していてたまによく分からなくなる。彼女の本質まではわからないが私は別にそれでいい。

全てを分かるなんて出来ないしそれが出来てしまったら私は私を信じることが出来なくなる。

 

 

「だからっていきなり食べていいかを聞かれても誰も良いよって言いませんよ」

 

だから私はわたしの能力が嫌いだ。

なるべく心を見ないようにしているのも結局は能力が嫌いなのの裏返しにすぎない。そのせいで命が危なくなっても私は後悔しない。

 

 

 

 

「だってそっちの方が面白いし恐怖が駆り立てられて美味しくなるんだもの」

 

そう言われて散っていた気を戻す。

 

 

「人間は食べたことないのでわかりません」

 

「あら、意外とウブなのね。美味しいのに」

 

そういうものなんですかね…人間を食べるのって。

 

私は一生食べたくないです。偶に読む思考と記憶だけで十分です。

 

 

 

 

 

「そう言えばどこで私の噂を?」

 

「まあ…巷でちらほらとね。人里によく出入りする妖怪がいるって」

 

噂とは怖いものです。

意思の通じ合うもの同士で共用された瞬間、噂は信憑性関係なしに爆発的にそのコミュニティの中に広がってしまう。

 

まあ…それをうまく使えば集団を上手い方向に導くことも出来ます。

やる気はありませんが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきルーミアに美味しいものって言ったのはいいのだが…ちょっと自信がなくなって来た。

 

現在私は台所っぽいところで思いっきり悩んでいる。あまり深くは考えない悩みだが……

 

とりあえずルーミアを寝床まで連れて行き即席で作った机もどきのところで待たせている。

 

 

一番の問題は、調味料だ。

残念だがこの時代の調味料はほとんど使い物にならない。と言うか手に入らない。

 

なんとか上流階級の人から奪った分が僅かに残っているがあまり量がないので多用することが出来ない。

 

まあ…一人分の食事ならギリギリいけるか。

不味いものを出してマジ切れされたら今度こそ終わりそうですし…それに比べれば安いか…

 

痛い出費ですが仕方ありません。

 

料理を考えながら、使用する妖怪のよくわからない肉を酒の入った壺から出す。

 

1日ほど漬けていたからそろそろ柔らかくなっているだろう。

妖怪の肉は意外と硬いので調理の際にはちょっと下ごしらえが必要なのだ。

まあ…この肉はスモークで炙って長期保存用にするつもりでしたが…この際全部使っちゃいましょう。

 

どこまでいけるかわからないが、出来るだけ美味しいく料理しましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、私が懸念していた美味しくないって言われる事は杞憂に終わった。

 

どうやらこの時代の味覚は私が思っていたよりも疎いようです。

まあ…私の味覚は前世記憶のものがそのまま使われているようなものだから仕方ないのかもしれない。

 

喜んでくれて何よりですが…猫さん…貴方まで食べるんですかい

 

あなたには鮎の甘露煮作りましたよね。それどうしたんですか?

 

え…食べちゃった?はあ、…まあいいです。

 

 

……昨日は特に食事を摂らなかったためかお腹がいまになってすいてきた。

 

こうなるなら食欲なくても無理になにか食べてれば良かったな。まあ…いいか。別に死ぬようなものでもなければ食べないとどうこうってわけでもないですし

 

ただ、集中力が途切れやすくはなります。あまり良い状態ではないのでやはり食べておけばよかったでしょうか。

 

 

(こんな朝早くからなんなんだい…)

 

おやおや、猫が起きたようですね。

両手で抱いていた猫がもぞもぞと動き出す。

 

「なんでもない日のなんでもないお寺見学ですよ」

 

(なんだいそりゃ…)

 

なんでしょうね…言ってる私もわかりませんし?

 

(まあ……いつものことか)

 

いつもの事で片付けていいのでしょうか…ま、深く考えても意味なんてない言葉だから別にいいのですけど。

 

どうでもいい話、私が猫を連れて来ているのは法隆寺とのちに呼ばれるところです。

いやあ今日に限ってはかなり静かですね。普段はもうちょっと騒がしいのですが……

っていても普段中に入らないのでどんななのかはわかりませんがね。

 

普段は入ると物部さんに怒られるので入らないようにしているのですが…もう怒りにくる人もいないですから…

たった一回しか怒られなかったとはいえなんだか寂しい気がします。

 

って別にそれくらいじゃ寂しい気はしないか…いや?してるってことはするんだな…案外こんな性格でも感慨深いものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

面倒ごとにはあまり関わりたくない私がこうして普段来ることのないところにわざわざ足を運んだのにはちゃんと理由があります。

 

 

 

きのう…時間的には今日ですけど

 

えらいがっつき様で食事を平らげたルーミアとその後なんやかんや酒で相手しながら程なくして連絡用式神が突っ込んできましてね。

 

あ、もちろん私は酒飲んでないですよ。引っ張り出したお酒は全部ルーミアにのまれましたから。

 

私も飲みたかったですが結局一滴も分けてくれず…酔いつぶれるまで淡々と愚痴を聞いてました。

どの時代も酒と愚痴は変わらないものなんですね。

 

で丁度ルーミアが酔いつぶれていびきをかきはじめた頃になって連絡用式神が突っ込んできましてね…ほんと…頭に刺さりましたよ。

 

 

ムカついてましたのでその場で即式神は潰しました。

 

それに気づいてか気づかないでかなのでしょうか…直ぐに青娥さん本人がすっ飛んできました。

 

無駄に丁寧に私の体に頭突きを食らわせてきましたよしかも吹っ飛ばされたところで正座させられてむちゃくちゃ怒られましたけどね…

 

いやいや、あんな変な式神送る方も悪いと思いますよ。人の頭に突き刺さるなんて…普通にしてたら即死でしたから。

 

まあそんなことは置いておくとして…

 

 

 

どうやら術の準備が整ったらしく明日すぐにでも始めたいとのこと。

っていうかもう豊郷耳さんが保たないからさっさとするらしいです。

 

そんで…一部勘付いている人達が攻め込んでくるのだとか。

状況によっては強力な法師がくるからどうにか豊郷耳さん達が逃げる合間の足止めをしてくださいってことです。

 

で…今私はここにいるわけです。

 

 

(うん…どうにもなってない。あたいがここに連れてこられた理由が全くないんだけど)

 

ないですよ。

 

(じゃあなんで連れてきたのさ⁉︎)

 

別に…スヤスヤといい寝顔をして寝てたらそれは連れて行きたくなりますよ。私は寝ないで準備していたのに隣で…ねえ…

 

(完全に逆恨みだ!)

 

違いますよ。ただ一緒にいて欲しかっただけですよ。

よくあるじゃないですか、ペットが近くにいると落ち着くって。

 

(……もういいや)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて…真面目なことを言うと尸解仙を行う儀式はもう既に始まっているようです。まあさっきから僧や法師がここら辺をウロウロしてますよ。

もちろん私はバレないようにこっそりと入りましたから不審には思われないと思いますけど…どこで見られているか分からないもので全然心は穏やかにならないです。

 

 

それにしても…境内に入った瞬間から僅かに法力とは違う力が流れているのを感じます。おそらく道教なのでしょう…

さらに僅かですが普段とは違う気流の流れが起きていますね。

 

少し物見たさでこの流れの根源を見て見たいと思いましたが…やめておきましょう。

見たら何か帰れなくなる気がする。

 

 

 

まあ私が出来るのは、儀式が終わり全てを隠し切るまで時間稼ぎを行うってことだけです。

 

って言っても私だけでは限界があります…あまり時間は稼げないだろう。

一応注意を逸らす程度なら……

 

 

 

(おーい、何考えてるんだい?)

 

抱きかかえていた猫の声で負のスパイラルに陥りそうになった思考を強引に戻す。

 

 

悲観的になっててもダメですね。私は私の出来る範囲で頑張ればいい。

 

そう思うことにした。今更ではあるが……

そう思いながら私は術が行われている建物の屋根に登る。

 

 

猫は解放してあげた。あまり付き合わせても悪いですし……私が万が一失敗した時に巻き込んでしまってはかわいそうですし

 

(仕方ないからあたいも一緒にいるよ)

そんな私の心情を読んだのかなんなのか、サードアイを隠している状態じゃ分かりません。いいえ、わかる必要は無いですね。

 

「ありがと…」

 

軽く頭を撫で、右肩に乗せる。

 

普通の人間なら重くて悲鳴をあげるかもしれないが私は腐っても妖怪。こんなの楽である。

こういうところは便利な体である。

 

 

「さてさて…来るべき人達に備えて歓迎の準備といきましょうか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい経っただろうか。太陽がほぼ上に上りきり人々が活発に活動しているのを尻目にぼーっと待っていたと言うのは覚えているのですが…

 

(なかなか来ないんだねえ…もうそろそろこっちは餌狩りに行く時間だよ)

 

大体4時あたりって事ですね。

なんかよくわからない時間の表し方をされる。

 

それで大体の時間がわかってしまう私の私ですけど…

 

 

 

そしてまたなにを考える訳でもなくなにかを適当に考えながら時間がくるのを待っていた。

 

そう言えば今日って…

 

……空気の流れが変わった。

 

いや、正確には入り口に貼られた結界が作動し、侵入者を知らせてきたというところだろう。

かなりの凄腕相手では下手な罠はバレてしまいますしまあ妥当なのでしょう。

別に仕掛けたのは私じゃないので何を考えてこんな警報まがいのもの作ったかは知りませんが

 

 

ですが入り口から入ったはいいが何故か奥まで来ようとしないのはなんででしょうか?

まさかこっちが終わるのを待っている?

 

まだ相手を見ることは出来ない距離だが動きくらいはわかる。

力を隠そうともせずこんなにダダ漏れにしていれば私でなくともそこらへんの人間でも気を引かれる。

 

 

 

儀式が終わったのだろう…同時に複数の人間がこっちに向かってくるのが屋根の上から見える。

 

いやいや今まで何してたんですか貴方達は…待ちくたびれましたよ。

 

 

 

 

鉛のような雲がかかり折角出てきた太陽の光を遮る。

 

相手は十数人…しかも全員重武装の僧…まともに戦ったらわたしなんて一瞬で終わりですね。

まぁ戦いませんけど、

 

「さて、狂劇といきましょう」

 

指を鳴らし全てを起動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間斑鳩宮の上空に巨大な鳥が現れた。

 

 

 

 

それは、黄色に輝いており所々で赤や青の炎のようなものが渦巻いては消えて行くを繰り返している。そして大胆にも眼下の人々を睨みつけるようにして冷淡に…しかし悠然と羽を休めていた。

 

今まさに攻め込もうとした場所に現れたその鳥に僧達は足を止める。

 

リーダー格の男が前に出て鳥に術を撃とうとする。ここで荒事を立てれば中にいる目標にバレてしまうのは重々承知である。それでも、このような巨鳥が出たのであればそれに対処しなければならない。

 

おそらく自分一人で対処するから他は向こうを抑えろという魂胆だったのだろう。

しかしその鳥の正体…さとりがそれを見逃すはずなどないのだ。

 

「……想起『テリブルスーヴニール』」

 

相手には聞こえないほど小さくさとりは今はまだ無いスペルの名を口ずさむ。

 

その瞬間、鳥から数多のレーザーと弾幕が四方八方に広がる。

 

この世界ではまだ誰も見たことのない美しい弾幕だった。

いや、美しさで言えば幽々子の弾幕の方が美しいのだが…まだこの時代に幽々子はいないし弾幕ごっこのような魅せる弾幕は概念上存在しないのだ。

 

鳥から放たれる数多の弾幕やレーザー…そしてその発射タイミングや向き、弾幕の形全てにおいてこの時代ではまだ目にするものではなかった。

 

その為なのか…はたまた巨鳥の所為なのか…あるいはどっちもなのか街にいた全ての人の視線がさとりに集まる。正確に言えばさとりが作り出した鳥にだが…

 

そして最後に梅をイメージした弾幕を展開する。これはちょっとしたオリジナル…

梅にした理由はただ単にさとりが桜を知らなかっただけである。

 

全員の動きが止まり唖然として心が無防備になる。

 

 

「……想起」

 

その瞬間を逃すはずがない。

 

サードアイが怪しくひかり、目の前にいる十数人の記憶とそれに付随する感情を読み取る。

 

とは言っても前みたいなものではなく今回は単純な感情を主に引き出す。

 

「う…うわああああ‼︎やめろ!やめろおお‼︎」

突然男の一人が叫び声をあげ暴れ始める。

 

「う…うわああああ!」

 

それを皮切りにそこにいた十数人の僧達が叫び声をあげ錯乱し暴れ出す。

 

あるものはその場にしゃがみ込みまたある者は見えない何かを追い払うかのように術を辺りにばらまく。

 

 

 

そして鳥は彼らから視線を外し、折りたたんでいた翼をゆっくりと開いた。

その姿を見た街のものは鳳凰が降り立ったと後世まで語り継いだと言う。

 

そして力強く羽を羽ばたかせ東の方へ飛んでいったかと思えば、次の瞬間にはそこに鳥の姿はなく。ただどんよりとした空が広がっているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが終わり私は真っ逆さまに高度を下げる。

 

(ちょっとおおお!おちる!落ちるうう!)

 

うるさいですよ。

 

猫の頭を胸に押し付け静かにさせる。

まだぎゃーぎゃー騒いでますが…正直言って今あたまが痛いんですから黙ってください。

それに地面ぎりぎりになったらどうせ止まりますからいいじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

……少し感情をいじりすぎたせいで気持ちが悪いです。

 

人間の感情は複雑なものも合わせると幾つもあるが、意外と単純なもので人間の行動や考えをコントロールすることが出来る。

このうち最も原始的で、人間の行動に深く関わるのが恐怖…

 

いえ、これは生物全般に言えるものですね…

 

恐怖の感情は実に単純で操りやすくそれでいて生命の防衛本能に直結するもの……それ故に最も複雑でありながら実は簡単な原理で発生する感情でもある。特に私のような存在なら少しトラウマと潜在的な恐怖の感情をいじれば簡単に人間の行動を確定することができる…

 

人間は知恵を持つ…だからこそ少し揺さぶるだけで簡単にこちらの思惑通りに動いてくれる。

 

さっきの人達にはかなりの恐怖を味わってもらいましたから…精神崩壊してないか心配ですけど…もうやってしまったことだからいいか。

 

本当…この能力は嫌なものです…こころを読まれたくないからと皆避けていく…確かにあのような使い方が出来てしまうのであれば仕方がない。

その上読んでみれば真っ黒で穢らわしい心ばかり…読むこっちだって嫌になりますよ。ほんと…

 

そろそろ地面が近い…

 

 

落下する身体を制御し落下速度を下げる。体に押し付けられる痛さが走り、少しして足が地面に着く。

 

しっかり減速しきれなかったためか足に負担がかかる。

 

 

ふう…一瞬足が折れるかと思いました。

 

 

丁度街の外に降りたみたいだ。本当はもう少し先の森まで行きたかったが、下手に街中に落ちるよりはマシだろう。

 

 

あまり姿をさらしたままにしているのは良くないですね…

 

あたりに隠れられそうな場所を探す。ちょうどいい感じに木が数本あった。無いよりはマシですね…

 

なるべく目立たないところに腰を下ろし胸に埋めていた猫を解放する。

 

完全にへばっちゃってますね…ほっとけば起きるのでしょうか?

 

 

ああ…そうだった

 

「はあ…少しは残ると思っていましたが…」

 

せっかく溜めていた妖力はすっからかん。体力もほとんど使い果たして息が上がっていたのでした。

自覚するまで気づかなかった…いいえ、自覚しなければ気付かないし気づかないなら自覚しないし…どっちが先でしょうか

 

猫と同様へばっているのは私も同じでした。

 

あの鳥を作り出すのに少々使いすぎましたかね…

 

ある程度空中に垂れ流した妖力を弾幕成形と似たような要領で私のイメージを投影させ映し出したものがあの鳥…まあ言ってしまえばハリボテである。

 

やたらめったら消費が悪いし気を抜けばバレてしまうものでしたが…まあ注意を引きつけることくらいは出来てくれたのでよかったです。

 

最初は最悪スペルカードの再現くらいでも良いかなと思ってはいたがそれだけでは相手の注意を惹き付けるのは無理があった。

 

 

あんな大掛かりな芝居で時間を稼いだんだから逃げ出すのに成功してますよね。してなかったら怒りますよ…

 

 

またしばらくの合間は大人しく過ごすことにしましょうかね…

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が変な浮遊感を感じる。

それを自覚した瞬間私の脳が思考を開始する。

だが身体は動かないし目は開かない。

 

あれ…上ってどっちだっけ?

体がどういった体勢なのかすらわからない。

 

これは夢でしょうか…変な夢ですね。

 

 

「おねーちゃーん!」

 

あまり遠くないところで声が響く。

 

お姉ちゃん…今の私を姉と呼べる…いえ、呼んでいい存在なんて一人しかいないはず…

 

だがその声の主を確かめる前に私はどうやら夢から追放されたみたいだ。

 

 

最初に目が開き…夕日が瞳孔の開いた目に入る。眩しさで目を閉じてしまう。

 

もうこんな時間になっていたんですね。

 

 

すぐ近くに人の気配がする…いえ、人ではなくてヒトでしょうか。

 

「お、起きたな。いい寝顔で寝ておって…」

 

「ああ、豊聡耳さん。おはようございます」

 

どうやら無事逃げることが出来たようです。

もう一度目を開けてみると隣には青娥が疲れ切った表情で立っていた。

 

「なんとかなったけど…あの程度の時間じゃ神子だけしか連れ出せなかったわ…」

 

と言うことは…あの人達は…

 

「まあ気にするな…封印なんて永遠に続くわけではないだろう。いつか会えるさ…」

 

私の心情を読んだのか豊聡耳さんはさりげなく慰めてくれた。

 

別に悔やんではいません。いつか会えるのは大体わかってますから。

 

「まあいいです…それで、貴方達はこの後どうするんですか?」

 

体を整えながら二人に尋ねる。

心を見れば早いのだがやはり私は私みたいだ。

 

 

「そうだな…しばらく修行だな。仙人になったばかりだからまだ勝手のわからないことも沢山ある…物部達の事はその後だな…」

 

やはりと言っていいか予想通りの反応だ。

 

 

「今回のことはありがとね。またいつか会いましょう…さとり妖怪さん」

 

そう言う青娥からは嫌悪の感情は読み取れない。ただ純粋な感謝なのでしょう。

 

ヒトから感謝されるなんて無縁だなとか思ってましたが…なにがあるかわかりませんね。

 

「ええ、できれば1400年後にでも会いましょう」

 

別れ際にそう二人に投げかける。

何か腑に落ちない顔になるふたり…ちょっとした悪戯ですあまり気にしないでくださいね。

 

 




飯テロなんてなかったいいね


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depth.6さとりの家事情は考慮されない

月明かりが色のついた木々を照らし赤や黄色に色気付いた山肌を幻想的に照らしている。

 

日の光を浴びている時よりも鈍く…そして銀の色を反射する紅葉もまた見ていて心を奪われる。

ふと顔をあげればそこは埋め尽くさんばかりの星屑が集まっては地上の静寂を無視するかのように賑やかにしていた。

 

前世知識を使えばあれがなんの星かは少しだけわかるかもしれない。でもそんなのどうでもいいしこの時代には概念すらないかもしれない。そんな事はどうでもいいと思ってしまう。

 

 

 

いっときの季節の一瞬の時間…でも生きている限り何度でも回って来る。

 

 

その光景を見ながら私は近くの岩場に腰を下ろす。

 

今夜は月が綺麗だ。

 

ここにきて何年経っただろうか…冬越えの回数は二桁に入った辺りでやめた。だいたい20年以上はここにいるのかもしれない。

 

その中で出来た唯一のお気に入りの場所です。

 

 

 

豊郷耳達が旅だった後…折角だからいろんなところに行こうと思い立った。

本当はあのまま街にいても良かったのですが…なかなかそうもいかないんですよね…あの後すぐ警備が強化され街に入ることも難しくなってしまいましたし…

 

私が住み着いていた木も封印されてしまいましたからね。

 

まあ思い入れがないわけではないのですがこうなっては住めません。

猫も妖力を孕んで来てこれ以上は街に近づけなくなってしまうかもしれないと言っていたからいい機会でしたね。

 

 

 

 

 

 

まあ…気が向いたらなんか適当に人を襲ったり助けたり妖怪っぽくなんか暴れたり逃げたりしながらなんとなく猫との日々を消化するくらいでしたが…

 

あと偶に服を作ったりフードを作ったり…

 

数年くらい放浪していたら丁度ここにたどり着いた…いや、結局ここに流れ着いたって言った方がいいのかもしれませんね。

 

他のとこはあまり気が合いませんでしたし…うっかりさとり妖怪とバラして死にかけたこともありましたし

 

自分でトラウマ作ってどうするんだって話ですけど

 

それにしてもここはいいです…近くに天狗の縄張りがある為かあまりガラの悪い妖怪とかいませんし、こっちも節度を守っていれば襲われないことが多いですし…

 

何より…前世知識がここで反応しています。おそらくここがあの妖怪の山なのでしょう。

 

そういう理由も相まってかかなり前に頑張って家を建てた。

 

家って言っても小さな小屋みたいな感じだ。あまり大きすぎると天狗とか他の妖怪に睨まれますし…生活に困らないので別にこのくらいでいい。

 

他にも色々大変なところですけど…いいところではありますね。

 

天狗が怖いとかよく言われますけど…

私はあまり天狗とは関わらないようにしているから分かりませんが…

 

え?まあ偶に哨戒している天狗は見かけますけど向こうが興味ないのかなんなのか…全く相手にしないですね。

 

え?まあ…対空カモフラージュはしてますよ草木をはっつけた布をばさっと被せるくらいには。別にそれがどうしたんですか?

 

 

まあそんなことはどうでもよくて…今はゆっくり夜景を見ながら酒を飲むことにしましょう

 

せっかくいい酒が手に入ったんですからね。

この酒なら私も記憶を失わずに安心して飲めます。

いやあ…いい酒を見つけました。

 

今まで何回か酒を飲んだことはありますが…その度に記憶が無くなります。しかも猫はそん時逃げるからなにが起こったかわからないですし……あの仙人にでも聞いておけば良かったかなあ…

 

ま、今はこれがあるからいいか!

 

 

 

頭にかぶった布を少しだけ上げて夜景を楽しむ。

 

一見変わらないように見えてもじっと見ていれば常に変化し続ける。同じ状態なんてないんだなあと思ったり思わなかったり。

 

(いやあ…いい景色だねえ)

 

透き通った声が聞こえ後ろを振り返る。そこには妖気を孕んだ猫が静かにこっちを見ていた。

 

おや?死体漁り(食事探し)に行っているはずじゃ…ああ、もう食べてきたのですね。

 

数年前から死体を食べるようになり最近になって尻尾が双又になったみたいです…どんどん妖怪になってきちゃって…今や妖力ダダ漏れ状態。すぐに見つかってしまいます。一応隠す程度に色々やってはいるんですが、追いつかないですね。

 

まぁ目の届く範囲では見守ってあげましょうか……手遅れになったら悔やみきれませんしね

 

 

 

「猫さんもいたんですか…飲みます?」

 

(あたいはまだ飲めないってば)

 

 

そうでしたか…

 

まぁまだ猫ですしね…今度人型を取るようになったら名前もつけて一緒に飲み合いでもしたいです。それまで生きていられるか…なんとかなりますよね

 

気にすることでもないかといつからか使い始めた酒器にお酒を注ぐ。

一見すれば水のように透明な液体が注がれていく。

 

人里から拝借してきた最後の一本だ。今年はこれで飲み納めと……

 

っていうかこの一本しか拝借してないので冬を越えてから初めての酒でしたね。

 

もう直ぐまた冬越えか…寒い寒い。

 

熱い酒でも飲みたいものですがまだお酒って貴重なんですよね…

じゃあ今ここで飲むなって話ですが飲むって思ったら飲まなきゃ損でしょう?

 

 

……今度ぶどう酒でも作ってみようかな…そしたらお酒をいちいち麓から奪ってこなくてもいいのですけど…

 

(あたいも景色を楽しみますかね)

 

直後猫が頭に乗っかる。本当にそこ好きですよね。首が痛いですけど……

 

 

 

 

 

 

 

「んーー?」

 

 

ゆっくり夜景鑑賞をしていたらいつの間にかヒトの気配がし始める。

よそ者の私に近づこうなんて物好きいるのでしょうか……

 

ほろ酔いの頭をどうにか戻そうとする。幸い酔いはあまり回っていないので直ぐに元に戻った。

 

鈍っていた五感が戻りすぐに状況を把握する。

 

気づけば周りを誰かに囲まれていた。

飲んでいたせいもあるしあまり周りに気を回していなかったのもありますが…私が気づいてからのこの移動速度は早すぎる。

 

かなり統制された組織的なもの…おそらく天狗あたりでしょうか?

 

だとすれば厄介きわまりない。

 

いや…向こうから来るってことは何かこっちがしたのでしょうか?

いずれにせよ話を聞かないことにはわかりません。

せいぜい私がさとりだということがバレない程度に話し合いましょうか。

 

さとりとバレればそれこそ攻撃対象…肩身の狭いものです。

 

 

「ええっと…そこに隠れている人達はなにか用事でしょうか?」

 

 

なにやら迷っているのか尋ねてもなかなか出てこない。

こっちとしては早く出てきて欲しいのですが…

 

 

 

数分程経った頃ガサガサと音がして白い天狗装束を纏った男が出てきた。

……尻尾と耳が男ではなく狼なのは白狼天狗の表れ

 

服に小さく描かれた紋章はここの天狗の家紋…まあ実権は鬼が握っているのですが

 

「気づいていたか…まあいい。伝えたいことがあってな」

 

かなり威圧的な態度を取られる。信用がないのは分かりますがそこまでしないでくださいよ。

 

 

「よそ者の私に天狗さんが…一体なにを言いにきたんでしょうか?」

 

頭の方に繋がる管を髪の毛で隠しフードを取る。

顔を隠したまま相手と話すのは慣れない。

 

 

 

「率直に言う。お前が住んでいるところは昨日から天狗の管轄下に入った。それを知らせにきた」

 

ああ、そういうことですか。そういえば最近よく天狗とかを家の近くで見かけるなとは思っていましたがそういうことでしたか。

 

「それにしては随分と大勢で来てますね…立ち退いてもらいたいならそう言えばいいですよ?」

 

それでも気になるものは気になる。

なので少しカマをかけてみる。

どう見てもそれだけならこんな人数で来る必要はないしわざわざ非常時に戦闘の前線に立つようなエキスパートをよこす必要はない。

 

「いや、確かに出来るなら家の場所を移して欲しいというのはある。だがそれを言ったら怒って襲ってくるだろ普通」

 

だから断ったら強制退去という事ですか…

この人数でくるのも納得です。

 

「まあ…普通ならそうでしょうけど…」

 

そう行った途端全員が刀に手をかける。

普通にこの時代に刀あるんですね〜…一刀欲しいです。

って今はそんなことじゃなくて…

 

「まあまあ、焦らないでください。別に私がどかないとは言ってませんよ。退いてもいいですけど中に出入りする許可が欲しいんです」

 

正直に言ったはずですが…かなり困惑されています。

うーん、そんなにおかしいことでしょうか。

実際許可を貰って出入りする輩は結構いますし…

 

「……理由を聞いても?」

 

 

 

「……そうですね…ここの景色…綺麗じゃないですか」

 

「まあ…そうだが…まさかそれだけのため?」

 

なに呆れた顔してるんですか?怒りますよ

 

 

「それだけとは失礼ですね。気に入ってるんですよ。こういう景色…それに私だって普通に山の幸を食べたいじゃないですか」

 

 

「まあ…そうだな…仕方ないか…一応許可だけは貰っておくが…時間かかるぞ。それでも…」

「お構いなく」

 

 

そう言うとその男はなにやら部下に合図したらしい。天狗たちはリーダー格の男を残してみんな帰って行く。

帰らないのでしょうか…まあどちらでもいいのですが。

 

「まあ…これはただの独り言だが、お前のような奴は嫌いじゃない。信用はできないがな」

 

 

いきなり告白ですか。全力で断ります。

 

 

なんてふざけた事を考えるのも酔いが原因なのだろう。

 

まあ特に気にすることはないか…

残っていたお酒を全て酒器に移す。最後の一滴が落ち溜まっているお酒の水面に波紋が広がる。

しばらくして波紋がゆっくりと消えていき淡い月が浮かんでいるように見える。

 

「まあ…種族隠してますしね…」

 

「いや…妖怪らしさがほとんど感じられないからな。妖力がなければただの人に感じる」

 

意外と鋭いですね…

 

 

「そっちですか…まあ確かに妖怪っぽくないって言えばそう見えるかもしれませんけど」

 

なにを基準に妖怪らしいだとかそうじゃないとか決めているのかはわからない。

ちびちびお酒を飲みながら彼の魂胆を探ろうとする。あまり意味はなさそうだし私は口下手だから出来ないだろうけど

 

「ま、一介の白狼天狗が言うが…この山の所属にでもなるか?そっちの方が楽だと思うぞ」

 

 

 

ふーん…勧誘ですか…もしかして私の種族がわかった感じでしょうか…まあこの人鋭そうですし

 

いや…多分違うか。ただ単に私が山の妖怪として認められてないだけか。ここって結構排他的でしたからね。

 

まあ私はそういうの嫌いですし山に束縛されるのも遠慮したいです。

 

 

「それが良いのでしょうが…私は迷惑かけてしまいますし…種族ゆえにそういうのは…」

 

天狗のような縦社会に組み込まれてしまってはたまらない。ただでさえこの能力は隠し事を暴くとんでもない力なのだ。

そんなところに編入されればどうなることか…明日の我が身がないですよ。

 

「まあ…無理強いはしないさ。酒の邪魔して悪かったなそんじゃ」

 

そう言い残して彼は翔び去っていった。しかもかなりの速度でだ。

 

そう言えば名前聞き忘れてました。まぁいいや。そのうちまた会えるかもしれませんし

 

 

さて…夜風に当たるのもこのくらいにしてゆっくり帰りましょうかね。

 

 

今の家がダメとなると…他に良い物件なんてないですしどうしましょう。

誰かから奪うってことも考えられるけどそれでは結局やってることが低脳すぎて笑えます。

 

人里に降りて考えますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後……

 

 

いつの時代も人の賑わいは変わらず、活気を生み出し街を力強く見せる。

 

人というのは寿命が短い代わりにこうも強く命を燃やせるのだなとか詩人っぽい事を思い…そして忘れる。

 

まあ…記憶なんてそんなものだ。何かのきっかけがなければ思い出すことはできないものばかり……

そのきっかけさえないものはもはや存在するしないの界を超えてどこか無意識へ消えていってしまう。

 

 

人里の活気に流されながらお目当の建物に行く。

 

最近家の主人が亡くなり、空き家となっている家が一軒あると聞いたのは昨日。

すぐその家の管理人に話をつけに行きキノコとかいろいろ食材を渡してなんとか家を譲ってくれたのがさっき。

 

どんだけ喜ぶんですか…たかだか山で取れるものばかりじゃないですか。

しかも喜んだ後私を抱き締めて泣くって…訳がわかりません。

 

(いや、あれはさとりが悪い)

 

なんでですか?身寄りがなく住んでたところを追われ歩き回った末にあそこにたどり着いたって言っただけじゃないですか。

(だからそれだけじゃ誤解するってば!)

 

まあ、手に入ったんだったらそれでいいです。

 

(あたいも人のこと言えないけど相当に性格悪いね。それが天然ならあたい怒るよ)

 

天然かどうかは誰も知らない私も知らない神のみぞ知るですよ。

 

 

(もういいや)

 

 

頭で丸まっていた猫が飛び降りる。

(あたいは先に家の方に行ってるよ)

そう言って雑踏の中に隠れてしまう。

 

だいぶ肩が軽くなる。

 

うん…ほとんど荷物なんて持ってないし軽い衣類はあの場で処分した。

今持ってるはもともと私が来ていたものと一応作った浴衣…後調理器具だ。

 

どうせあっちの小屋みたいな家には調理器具くらいしか持ってくるようなものは無い。

寝るのだって別に床で寝ればいいしそれがいやなら座って寝るからなあ…

 

「おっと、この建物ですね」

 

そうこうしているとお目当の建物が見えてきた。

そこには平屋の建物が周りの家に挟まれ小さく立っていた。

 

(遅いねえ…)

 

遅くて悪かったですね。

 

玄関の前にいた猫を抱きかかえ早速建物の中に足を踏み入れる。

扉などない。簾みたいなのがかかっているだけの入り口を入ったところで足を取られた。

 

(おっと!気をつけてよ!)

 

いけないいけない忘れてました。縦穴式だったんでしたね。

外見が日本家屋に似てたからついつい……

 

改めて中を見回す。相変わらずの縦穴式…調理場なしと来た。一応外見だけは木製の立派なものだけど中がすごい残念だ。

木製で立派って感覚が既におかしいかもしれないけど。

 

そう言えばここの管理人に家は好きにしていいと言われてましたっけ?

じゃあ……ちょっとくらいいいですよね。

 

あの家を作った資材があれば十分、まあ好きにやらせてもらいましょう。

 

(なんか怖い…)

 

 

 

 

 

「よそ者ですか?」

 

非番であるにも関わらず呼び出され不機嫌になっている私の心情を知ってか知らぬか上官は簡素に内容を言ってくれた。

 

「ああ、数日前から縄張りのギリギリのところに住み着き始めたようだ。観測班から連絡が上がっている」

 

よそ者とはまた珍しい。大抵の野良とか放浪妖怪は天狗の集団に近寄ることなどまずない。あったとしても直ぐに出ていくのが大体だ。

 

 

「それでなんで私が呼び出されるんです?」

 

「いや、来月から担当交換でお前のとこの班があそこらへんの哨戒に切り替わるからな。今のうちに伝えておこうと思ってな」

 

十数年ぶりの担当交換ときたか…って言うかそう言う情報は本来もっと秘密にする必要があるのではと思う。

だが同じ白狼天狗から叩き上げで既に首脳内部までコネを作りまくってる上官にはそう言ったところの常識がないらしい。

 

と言うかこの人はコネというよりただ恩を売ってるだけなのかもしれないが…

 

そこがいいところでもあり悪いところでもあるのだが…

 

「そう言うことだ…急に呼び出して悪かったな」

 

「いえ、気にしておりません」

 

実際は無茶苦茶イライラしているがそんな事はたとえバレていても顔には出さない。

 

 

 

「ああ、後個人的なものだが…あのよそ者には気をつけろ。こっちもさっきまで調べてたんだがてんで駄目だ」

 

「駄目というのは?」

 

「彼奴の正体も目的も不明。なにをしにここにきたのか、実力はどれくらいなのかいや、そもそも妖怪であるかどうかすらわからなくなりそうだ」

 

 

 

「……分かりました。状況によっては強制排除も視野に入れて警戒します」

 

上官があそこまで言うのだ。おそらく相当だろう。

 

それにしても最後がきになる。妖怪すらわからなくなるとは一体どう言うことだろうか…

 

不意に興味が湧いてくる。そう言えば午後は開いているのだったっけ。

 

 

普段は剣術の稽古でもしてる事が多い時間だが…今日は気が乗りそうにない。

私自身、好奇心が強いというのは自覚している。

 

別に禁止されている訳でもないのだし一度行ってみるのも良いかもしれない。

 

そう思った矢先、私は新しい哨戒線の下見と適当に言い訳し、稽古を休むことにした。

……別に嘘は言ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふむふむ…あの妖怪か。

 

哨戒線は里から結構離れている。どっちかといえば人里に近いのだ。

その上妙に広い。

見つけるのは難しいかなと思っていたが問題のよそ者はすぐに見つかった。

 

そりゃあんな変わった服装なら嫌でも気づく。

それに私は自慢じゃないが目が良い。

 

頭を覆うかのような布が付いた服などここら辺では見たことない。かなり遠くから来たのだろうか…

だとしたらここに来たのはあまりよろしくない。

ここは結構排他的だからなかなかよそ者は受け付けないのが現状だ。

 

 

それにしても小柄だ。外見上は少女ってところだろうか。

あまりみないタイプだ。

若干紫がかった髪が服の隙間からチラチラ見える。

表情が見え辛いのが残念だ。

なに言ってるんだ私は…さっさと追い出してしまおうかと悩んでいるとなにやら少女は動き出した。

 

少し動きを観察する。……なぜ倒木のところでウロウロするのかいまいちわからないのだが。

 

と言うか倒木の横に重なっているあの木の板はなんだ。考えたくないが絶対家を建てるつもりだ。

 

正気なのだろうか。それとも分かってないだけなのか。あまりこういうところにいると鬼に目をつけられても知らないぞ。

 

 

しばらくみている必要がありそうだがそろそろ時間だ。

名残惜しいが帰ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日あたりだろうか。一応太陽がではじめたタイミングで私の目も目覚める。

その日もまたいつもの業務だった。だが心はあの余所者のことを考えてしまっておりなかなか集中できないでいた。我ながら同情とか憐れみとかそういう感情を持ってしまうあたり心が荒んでいるのかただ純粋にそう思っているのかわからなくなる。

 

結局日が暮れてから見に行くことになった。なんであれに魅かれるのかがはわからない。いくら考えても分からないものは放っておくことにしよう。

 

どこに住んでいるのかまだわからないので昨日、倒木があったところまで行く。

 

変わることない山肌を縫うように飛んでいく。ある程度飛んだところで手頃な木に止まる。

あまり近づき過ぎると向こうが警戒してしまう。別に歓迎しているわけではないが追い出す気もない。

 

それにここまで来れば私の視力なら十分だ。

さて…いるのかな?

 

 

 

 

 

一言言っておこう…あの時程目を疑ったことは無い。

 

 

 

 

昨日見た時にはまだ材木作ってる段階だったはずだが今きてみればなんということだろう。既に小さな小屋が出来ているではないか。

 

「早すぎるだろ…仕事」

 

普通あれくらいの建物を建てるなら木材を切り出したりから始めたら1週間かかるぞ!河童なら頑張れば5日でいけるがどう見ても昨日の状態からあれは無理だ。

 

思った以上に恐ろしい奴だ。

 

 

しばらく観察しているとあの妖怪が小屋から出てきた。

 

なにやら鍋のようなものと食材を抱えている。

 

と思ったらなにやら家の前で調理を始めた。

おいおい、こんなところであんなことしてたら格好の的だぞ。

 

そう思ったがそう言えばここら辺にいきなり変な事する妖怪はいなかったなと思い出す。まさかそれをわかっていてあんなことしているのだろうか?

 

そこにもう一匹…猫又だろうか?

猫の妖怪とだけは分かるがあの妖怪と一緒に行動している辺りまともな妖怪ではないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

食事を食べ終わった辺りだっただろうか?

 

暗くなってきて確認しづらいがおそらくそのくらいだ。

 

いきなりあの妖怪は妖力を消したのだ。

 

 

 

おいおい、これは抑えるってレベルではないぞ…最早隠蔽とか隠すとかそう言う次元だ。

 

完全に外に漏れる力を遮断するのは恐ろしいほど難しい。多分鬼の四天王に勝てって言われた方がまだ簡単だ。

 

 

それでどこにいくのだろう…この進路は人里か。こんな夕暮れになにをしようって言うんだ。しかも鍋を持ってまで…

確かにあそこは人里にかなり近い。

 

 

おそらく相当の実力を持っているのだろう。

あの状態なら里にも出入り自由だし中でいくらでも暴れ放題…並みのやつじゃ気づけないな…

 

 

流石に私でも人里の中まで細かく確認することはできない。

まぁ何かあるようなら人間側に動きがあるから問題はないか。

 

結局その日は彼女が出てくるまで監視をしていた。

ほとんどなにもしないで出てきたようだ。ただ、行きに持っていた鍋がなくなっているところを見ると中で食べていたのだろうということは容易に想像がついた。

 

うむむ…確かに上官の言うとおりわからないやつだ。

ただ…敵対しようとする気は無いようだ。それだけは言える。

 

 

 

 

 

 

 

哨戒担当が完全に変わりしばらくたってからの事だ。

相変わらずあの妖怪を警戒することに変わりはなく。どうやら上層部も私が個人的に監視しているのは大目に見てくれるそうだ。

 

それをいい事に私は良く観察しに行ってる。

とは言っても水浴びまでは見てないぞ。流石に節度は守る。

 

水辺にいっても水浴びをしているかどうかすらわからないのだが…

 

ただ最近部下から変わった報告が来る。

 

「あの…ひとついいでしょうか?」

 

「また、あの件か?」

 

「はい、なんとかなりませんかね…毎回のようにされてはこっちも疲れます」

 

 

哨戒線の担当を行うようになってからちょくちょくあの妖怪が侵入しているとの報告が入る。

いや、侵入ってわけではないな。私の部下が近くに来た時に声をかけてからその部下を監視役にして入っている。

 

一応理にかなっているのだが…毎回のようにそうやってもらっては業務に支障が出る。

敵対するつもりが無いのはここ最近の観察でわかっている。

 

相手の面子を考慮して行っているということもチラチラと垣間見える。

 

しかしこれほどまで…ほぼ毎日入ってこられてはこっちだって大変だ。まあ…許可を出していないこっちが悪いといえばそうなのだが…

 

「仕方ない。ある程度までは黙認してやってくれ」

部下には深く入ってこない限りは黙認しておくように言っておいた。

 

全く…行動が予想外で困る。

 

 

 

 

 

 

 

何回かの冬越えを終え、再び冬仕度に追われる季節になった。

 

あれの観察をしてからだいぶ経ったな。

 

調べて見てもあいつの事はさっぱりわからなかった。

 

唯一わかっていることと言えば、変わっているということくらいだろうか。

妖怪として山に迷い込んだ人を脅かすのはまだいい。

人間の感情を食べるタイプなら脅かすだけでも十分だからな

 

問題はそこではない。

妖怪に襲われている人を助け出すとかどう言うことだ?

それも自分の餌にするわけでもなくそのまま里まで送り返す始末。

正直妖怪とは正反対の行動をしているのだ。

 

さらに言えばよく人里に入っていく姿を見てる事だろう。

しかも人里に入ってなにしてるのかと思えばただ食材を買ってきたり本を買っては売りに行ったりよくわからん。

 

行動時間も昼間がほとんど…もはや妖怪らしさの微塵も無い。どっちかって言えば人間だろうか。

 

多少ではあるが人間みたいな妖怪って噂が少しだけ広がっている。

 

そんな時にまた上司に呼び出された。

 

非番の時に呼び出されるのはこれで何度目だったか…まあこっちが暇な時に呼び出してくるから良いのだが…

 

 

 

上官は私の家の居間にいた。

なんで勝手に入っているのか問いただしたいがこの人には常識が無いところがある。

どうせ今回の場合話したいことがあったから来たとか言いそうだ。

 

ややこしくなるから聞かないが。

 

 

上官は私が座った事を確認すると小声で喋り出した。

 

「実なは、縄張りが拡張されて哨戒線がかなり手前側まで伸びるみたいなんだ。勿論お前の担当区間だよ」

 

衝撃だった。なんでそこまで動揺したのか私にもわからない。

と言うかそういう情報は安全上の理由から原則口外禁止ですよね!

 

「……向こうの妖怪への根回しは済んでいると思いたいですが、あの妖怪はどうするんです?よそ者な上に得体が知れないのでは追い出すしか上は考えなさそうですが」

 

「下手に近づいても何があるかわからないということでまだ通告はしてない」

 

上層部は何を考えているのだろうか。

 

「追い出すんですか?」

 

「……妖怪の山に所属という事で通して欲しいと上はぼやいていたが正直、放浪する妖怪が所属になることはないな。だとすればおい出すしかないが…出て行かないようなら実力行使でしかないが…説得してズレてもらうことは出来ないか?」

 

既に上が決めたことだ。今更覆すこともできない。

 

 

「…善処します」

 

今までの行動から見るに断ってくることはないだろうがあの妖怪は不思議だしなにをするかわからない。

 

 

何人か部下を連れていこう。戦うことはないと思いたいが…

 

 

 

夜もだいぶ更けてきた時間だ。

部下を引き連れいつもの小屋のところに行ってみるがいる気配がない。

出かけているのだろうか。なら明日にでもするが、一応探索だけはしておくか。

 

 

まさかと思うが見つかりは…したよ…

こうも一発で当たってしまうとは…運がない。

 

 

見つけてしまっては仕方ないので近づくことにした。

 

 

 

 

「ええっと…そこに隠れている人達はなにか用事でしょうか?」

 

一応気配をなるべく抑えて近づいたはずなんだが…まさか酒を飲んでいながらもこちらの気配を感じ取るのか。

なかなか鋭い。

 

そう言えばあまり近くで見たことは無かったな。

 

 

相手も頭を隠す覆いを脱いだようだ。

 

思ったより可愛いんだなって思ってしまった私は悪くないと思う。

 

なんでそこまで覆いをつけて頭を隠すのだろう…まあそんな野暮ったいことは関係ないか。

 

私はあまり喋るのが得意ではない。そのためか少々高圧的というかなんというか…そんな感じの喋りかたになってしまうのだ。

 

 

 

さすがに出て行けとは言ってないが察したのだろうか。一瞬だけ、終始無表情だった表情が陰った。

 

万が一に備えて着剣。

 

 

「まあまあ、焦らないでください。別に私がどかないとは言ってませんよ。退いてもいいですけど中に出入りする許可が欲しいんです」

 

代わりに出入りする正式な許可を求めてきたか。

 

上に相談しないといけない案件だな。こればかりは私だけではどうしようもない。せめて鴉天狗一人いればよかったのだが

 

今日のところは一旦出直して明日再度来ることにするか。

 

なんかかなり締まらない感じだったが戦闘沙汰にならないければ別に良いか…ただ監視レベルは上げないといけないな。

 

 

結構あっさりと許可は下りたみたいだ。上に許可を求めたところあっさりと許しの返答が来た。

 

許可が降りた事を伝えに行くと既に家は解体されており積み上げられた材木の山の上で昼寝をしているあの妖怪を見つけた。

 

ここまで無防備だとかなり心配になる。

 

「にゃー?」

 

おっと…猫又が見張っていたのか。なるほどなぁ。

 

起こしてしまうのも悪いと思い許可が降りたと言う趣旨の内容を猫又に言っておく。

 

始終人型にはならなかったが頷いてるところを見るとどうやら了承したようだ。

 

今度は何処に住み着くのだろう。今回の件でここに住んでも追い出される事が多いとわかったはずだ。放浪してきたのなら他の場所にまたフラッと行くのではないだろうか。

 

それならそれでこっちは仕事が減るからいいのだが…なんだかパッとしない。なんかつっかえる。

 

そう思っていた時期が私にもあった。

 

予想を裏切るかのようにあの妖怪は人里で生活をし始めた。

 

……本当に妖怪なのか?

確かにここの人里はそう言うところに寛容ではあるのだがそれでも中で生活をしようなんてこっちから見たら正気を疑いたい。

妖力がなかったらもう人間でもいいのではないかと思いたい。

 

なぜかその事をホッとしてる私がいるのだ。本当にわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…誰かが私のこと噂してるのでしょうか」

 

(いきなりどうしたんだい?)

 

「いえ、なんでもないです」

 

大方、家の改装が終わりゆっくり休憩していたかったのですがなにか変な事を言われている気がしました。

と言うよりにまた面倒ごとの気配がします。

 

もう散々なのですが…ねえ…

 

 

気づけば周りは夜になっており月明かりがぼんやりと室内を照らしている。

そろそろ火でもおこしてなんか軽く食べようかな…お腹もすいてきたし。

 

そう思い身体を上げた時ふと変な妖力を感じた。

いや、変って言ったら可愛そうだ。それにこの妖力は前にも感じたことがある。

「おい、そこのお前…」

 

来客用に身なりを整え、誰のものだったか思い出そうとしていたら本人が窓のところに来てしまっていた。

あらあら…色々と隠してはいるからいいんですが出来れば玄関から入ってくださいよ。

 

 

「おや?誰かと思えばあの時の狼…」

 

おっと失礼、白狼天狗でしたね。

 

 

「……白狼天狗だ。ちょっと用事がある。こちらに同行願う」

 

断りたい。全力で断りたいですが断ったら絶対実力執行してきますよね。そんなことされたら絶対私勝てませんよ

 

 

「はあ…そうですか。わかりました」

 

ここは素直にしておくのが一番いいのです。

 

(あたいはここで待ってた方がいいのかな)

 

「ああ…猫さんは…待っててください」

 

さて…おとなしく連行されますか。

 

 

飛び出した天狗の後に続いて私も飛び出す。

本当は人里の中なので飛ぶのは控えたい。

向こうも察したのかしばらくしてから屋根を走り始めた。

それはそれで疲れますけど飛ぶよりは目立たないからいいか。

 

 

 

人里を出てからしばらく飛び始めましたが…沈黙しっぱなしです。このままでは空気が悪いです。

 

「あなたの名前聞いてませんでしたね。私は古明地さとりと言います」

下手すぎてすいませんねえ!普段社交辞令以外であまり人と喋らないようにしているんですからね!

 

「……第2連隊の隊長、犬走だ」

 

犬走ですか…

 

「下の名前は?」

 

「なぜ下の名前があると?」

 

「なんとなくです」

 

そう言う事は深く聴いてはいけないのですよ。

あまり良いことないですから

 

 

 

 

「……柳だ」

 

 

へえ…柳さんですか。いい名前ですね

犬走と聞いてまさかと思いましたが…グレーですねまだ。

 

「へえ……家名持ちって事は相当有名な家系なのでしょうか」

こっそりとサードアイを取り出し盗み見。

 

ふむふむ…やっぱり有名な家系でしたね。これはほぼ確信でしょうかね。

 

この人、椛の先代かもしれない。

 

それがわかってもだからどうしたんだってことなんですけどね。

 

まあ…もしかしたら椛の父親かもしれないし叔父かもしれない人と会えるなんてなかなかないなあなんて思ったりですから

 

 

「…なんだかわからんが、着いたぞ」

 

おやおや?天狗の里の入り口ですけど…こんなところで一体何をしようと?

「ちょっと待っていろ。すぐに連れてくる」

って私はここで放置状態ですか…

 

見れば柳さんは既に門の奥に入ってしまった。

 

里のざわめきを遠くに聞きながら待つこと数分だろうか。

 

閉まっていた扉が再び開いた。

 

 

「へえ…あんたがうわさの妖怪かい?」

 

……鬼がいた。



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depth7.さとりと鬼と少しの戦い

目の前に鬼がいた時ほどこの世界を恨んだことはない。

 

青鬼ならまだ逃げようって気も起きますけど赤鬼はやめてください…赤いのはダメなんです。心理的に…ええ、赤いのは苦手です。ですので紅魔館なんてところに招待されても絶対いきません。

 

え?サードアイは赤い?そっちは許容範囲です。要は威圧感を出さない程度に落ち着いた赤ならいいんです。

 

はて?おかしいでしょうか?

別に今回は色なんてあまり問題はないんです。逃げる気が起きるか逃げる選択肢を完全に捨てさせるかの些細な違いですから。

 

 

問題は鬼の姿…これがまだ勇儀とか茨木とか萃香みたいに人型になってくれているのならまだ理解できますよ。

なんで金棒持ってボディビルダーみたいな姿でいるんですか…威圧感半端ないですよ…逃げたい。って言うかパンツ普通に鬼柄なんですね。それどうやって作ってんだろ…

 

と言うか本当に鬼って書物に描かれたみたいな感じの姿だったんだ…なんか親近感湧くのです。

 

思考とは裏腹に体は震えているし今すぐ逃げたいけど。

心臓バクバクなんですけど…

 

「あの…相手が完全に臆してますよ」

 

な…ナイスだ!柳くん!この威圧をどうにかしてくれ…頼みます!

 

「ああ?悪い悪い…変わった妖怪だとかいろいろ聞いてたからさ。こっちの姿で挑んだ方が良かったかと思って」

 

なんですかいその理屈。

 

 

「ちょっと待ちな。すぐ戻るから」

 

私が瞬きをした瞬間だった。あんなに大きかった鬼の姿が一瞬にして私と同じくらいの背丈の少女になっていた。そんな体とは不釣合な二本のツノが鬼をかろうじて連想させてくれる。抑えてくれているのか少しずつ威圧が消えていく。

 

一回瞬きした合間に何が?

考えても答えは出てこない。仕方ないのでこのことは今後の研究課題として取っておこう。

 

「……で、なんで人里とかで一般的に目にする姿と酷似させたものにしたんですかね?」

 

何気なく聞いた。正直私自身もだいぶ混乱していたり慌てたりで何気なくなってないのだが。

 

「なんか人が想像する恐ろしい鬼ってのをやってみたくてね」

どうやらその姿では声すらも変わるらしい…まあそれはそうか。

 

イメージの具現を行う練習だったということでしょうか。

と言うことはこの時点で人間は鬼をあんな感じに見ていたのか…あれ?それならこの鬼は人前にこの姿で現れた可能性があってそしたらさっきみたいに試したいとかそういう感情は起きないわけで……

 

うん?思考がこんがらがってきましたね。

要はその姿を人がイメージするきっかけがあったかもしれないがそれを鬼は自覚していない。または人間が恐れる鬼はまた別に存在するのか…

 

 

余談ではあるが鬼は「悪」から「善」や「神」まで多様な現れ方をしており、特定のイメージで語ることは困難。単純に悪者、とはできない。ただ怖ろしく、力強く、超人的のイメージは共通らしい。

実際文献書物を見ても鬼は姿が見えない超的存在だったり暴れていたり、女性だったり時代や土地によってバラバラ。

だからなのか今みたいに複数の姿を持つことが出来るのだろう。

 

なら私はなぜこの姿固定なのか…

人のイメージで姿が変わってくるなら私の姿はもっと毛むくじゃらの巨人みたいなやつだったりよくわかんないナニカだったりするわけでも良いものなのですが…

わからないですし今出す必要はない結論でしょう。

 

 

「そろそろ現実逃避もいいかな?」

 

「え…?ええ、だいぶ落ち着きました。ええっと、酒呑童子…いえ伊吹萃香さんでしょうか」

 

一瞬、空気が凍った。

私も不味いと思った。え?待ってなんであんなことを口走った私。

どう考えても地雷なのになんで?無意識?え?

 

混乱してきた。

自分ではない誰かの意思で喋られたのならわかる。だがこれは自分で判断した結果だと自覚している。自覚はしているが色々おかしい。その判断を下す過程が全くわからない。何を考えたのか…いや考えていなかったのか。

ともかくそういうことは後回しだ。今はこの状況をどうにかしなければならない。

 

私が改めて口を開こうとした時だった。

 

ーーゾッ…!

身体中に鳥肌が立ち体が芯の方まで冷えていく。少し遅れて状況を理解した頭が恐怖を感じ警告を出し続ける。

「……なんでその名を?」

 

見れば周りにいる天狗も尻餅をついていたり泡吹いてたりと尋常じゃない。

私はまだ鬼の本質的恐怖を知らないからこのくらいで済んでいるのだろう。知っていたら彼らより先に失神する自信がある。

 

「もう一度言う。どこでそれを知った?」

 

「あ…えっと…その…まあ…風の噂?」

 

萃香の手が一瞬視界内でブレた。周辺に一陣の風が吹き、そのとたん右の腕にヒリヒリとする痛みが走る。

「正直に言おうな?別に怒らねえから」

 

何も見えなかった。まさか動体視力が追いつかないなんて…鬼なめてた。

嫌な汗が頬を伝ってたれていく。

 

「あ…あの…えっと…」

もうどうしていいかわからない。正直に言う…はダメ。嘘をつく…も逆効果。

 

なら苦しい言い訳になってしまうが、仕方ない。

覚悟を決める。

 

「……その件は秘密ということで処理していただけませんかね」

 

なるべく対等に、それで持って威圧しない程度に言い放つ。

話のわかる鬼ならいいけど…これで決闘なんてなったら…まあいいやそのときはお酒を渡して逃げ……お酒無かった。

 

ま、まあその時はその時、勝ち目がなさそうだけど逃げるが勝ちだ。

 

さっきから顔を伏せて表情が分からない萃香に視線を戻す。

怒らせただろうか?周りの視線も逃げ出したい雰囲気が物凄く出ている。

 

 

「あはははっ‼︎面白いねえ。鬼に対して隠し事なんて」

 

怒ってるのかと思いきや急に大笑いし始めた。

あ、良かった。怒ってなかったみたい。

 

「えっと…まあ、色々ありまして」

 

「そうきたんじゃ早々話してくれなさそうだね…別にいっか!私のことを一発で当てるなんてねえ。普段は勇儀がよく間違われるんだなあこれが」

 

「確かに…知らないと間違われそうですね…あちらの方が大江山の鬼大将って感じがしますから」

 

「ん?なんだい?勇儀のことも知ってるのか?こりゃますます訳を聞きたくなったねえ……あんたみたいなのが大江近くにいたら絶対に私らのところに情報が来てるんだよ。それが無いってことは、どういうことかな」

 

あー…またやっちゃった。

 

「禁則事項です」

 

ってあれ?今思ったのですが、他の天狗さんはどこへ行ったのでしょうか。

気づけば柳だけ。在ろう事か気絶しているし…

 

「えと…帰っていいですか?」

 

「なんでだい?これから宴会なんだから一緒に行こうじゃないか」

 

え?なにそれ聞いてないです。

 

「言ってないからよ。気に入らない奴だったらその場で捻り潰していたからね」

 

え?なにそれ怖いです。と言うか理不尽すぎじゃないですかねそれは…

 

「あの…お酒飲めないんですけど…」

 

「へえ?飲めないのかい?」

 

お寺で飲んで以降、何故か猫に必死に止められるんですよね。

唯一飲んで大丈夫であった酒はこの前全部飲みきってしまったあの酒だけですし…

 

「じゃあ…勝負しようじゃないか」

 

……今なんと?勝負?嘘ですよね…冗談ですよね

 

「勝負…?」

 

「拳で争った方がいいかもしれないけどそれじゃあ流石にお前さんがかわいそうだからな。何で勝負するかは決めていいぞ」

 

勝負する前提で話が進んでしまっている。

弾幕ごっこ…概念とかがまだ無いから大丈夫かな…特に鬼は拳で語ることが多いから非殺傷弾幕の撃ち合いが浸透してくれればいいのだが…

 

「えっと…ならこんなのはどうでしょうか」

 

一応弾幕ごっこの基本的な戦い方を言ってみる。

途中で嫌だとかつまらないとか言ってこないか心配ではあったがどうやら萃香さんはこれに興味があるようだ。少しだけ目が輝いてる。まるで新しいおもちゃをもらったみたいな…

 

「よし!面白そうだね!それじゃあ時間も惜しいから早速やろうか!」

 

「ええ、お願いします」

 

よかった、これならある程度までなら大丈夫だ。

 

「それじゃあ3回弾幕を当てれば勝ちでいいな?」

 

3回ですか?てっきりさっさと終わらせるために一回きりかと思ってました。

 

 

さて、私の能力は基本皆様の前では使ってはいけないものなので、厳重に隠しておくことにしましょう。

 

相手からは見えないように管を服の中で腕などに巻きつけ固定。高機動や被弾時に備えてサードアイはなるべく被弾しづらいところに移動させる。

服の中でもぞもぞしているように見えて不審に見えますけどまあ問題は無い。

 

 

「準備は終わりました。始めましょうか…」

 

「おっと、仲介役はどうするんだい?」

 

考えてなかったですね。周りには誰も…あ、いましたね。

 

「犬走柳さんでよろしいのではないのでしょうか」

 

「おら起きろ」

私が柳を指名した時には既にビンタかまして起こそうとしていた。ゴキッという音が聞こえたが彼も妖怪だし特に問題はない。

 

真っ赤に腫れ上がっているがおそらく大丈夫だろう…うん、平気平気。

 

「そんじゃ、こいつも起きたことだしさっさと始めようか!」

 

私と萃香の合間に一陣の風が吹く。

気づいたら私の体は宙を舞っていた。

 

「…え?」

何があったのかわからない。

 

吹っ飛ばされる直前の視界には妖力弾を手に込めた萃香が一瞬で目の前にいたと言うことだけ…暗転し再び視界が捉えたのは空

 

「…⁉︎がはッ!」

 

何が起こったのか理解した瞬間、お腹が押しつぶされるような感覚に襲われ思わず血を吐き出す。

 

あの一瞬で内臓の半分以上を破裂させられた。本来ならここで戦闘不能…妖怪でも最悪死亡だ。

 

だが私の体は異常な再生能力がある。正直吸血鬼並かもしれない。

 

直ぐに私は弾幕を放射状に展開し体制を立て直す。

 

「ははは!手加減をミスった。勇儀とのいつもの組手感覚で手加減しちまったよ」

 

やっぱちゃんと伝わってなかった。文句の一言でも言いたいですけど声帯がダメージを受けているのか気管が血で溢れているのか喋ろうとしても声が出ない。

 

「それにしてもあれを耐えるなんてねえ」

 

再び風が吹き気づいたら目の前に萃香がいる。

 

能力…密と疎を操る程度の能力で私との距離を縮めたらしい。

その上あの馬鹿力…

腕が視界からブレる。

同時に体を捻る。

拳が胸あたりに触れる感覚があったが痛みは来ない。上手く力を受け流したようだ。

すかさず弾幕を萃香に打ち込む。

 

空中にもかかわらず今度はバックステップを踏み弾幕をスレスレで回避、お返しと言わんばかりに大きな弾幕が無造作に放たれる。

 

「ゲホゲホッ…いきなりひどいです」

大きめの弾幕を回避しながら直ぐに萃香との距離を取る。

 

「勝負は始まってるんだよ!」

 

勝負になると鬼って怖いです。そうじゃなくても怖そうですけど…

 

一方的に守りに没頭する。未だに破損した内臓などが悲鳴をあげ背骨がミシミシと嫌な音を立てているがじきに収まるだろう。

 

彼女も最初の教訓からか威力を落としたものを撃ってくる。それでも私のものより強いのだが…

 

負担がかかるのを承知でインメルマンターン。

ある程度の距離を取って追いかけてきてくれるから避けやすい。

これが固定砲台みたいに動かなかったり急接近のドッグファイトなら話は変わってくるけど…

 

「そろそろ…良いでしょうかね」

 

ある程度体が回復したところで攻勢に出る。

一瞬の攻撃の切れ目をつき進路を変更。弾幕を放ちながら萃香の周りを回るように飛ぶ。

 

弾幕を避けながらの萃香は右に左にと回避をしている。知らず知らずのうちに追い詰められているとは知らず…

 

「しまったっ‼︎」

 

案の定一瞬弾幕同士で身動きが取れなくなる。すかさず動けない彼女にレーザーを撃ち込む。

命中軌道。いくら萃香でも普通になら避けられない。

普通になら…

命中の爆煙が上がったものの、萃香の姿は霧のように消え、そこには既にいなかった。

「やっぱりそう来ますか…」

 

命中する直前に能力を使って自らを空気に拡散させたようだ。

それでも、レーザーが爆発したと言うことは掠ったか命中しかけたのだろう。

 

これではどこにいるかわからない。空気中に拡散されてしまっては向こうも攻撃は難しいのだがこっちの攻撃ももはや不可能。持久戦のようなものだ。勿論能力をこちらも使えばそれなりに位置はわかります。流石にできないですけど

 

瞬間、私の周りに弾幕が大量に生成される。

一拍置いてそれらが私に襲いかかる。向こうがすぐに尻尾を出した。早すぎるのでついつい気になってしまう。

そんなあっさり自分の居場所を教えるようなことしていいのか…

 

「なるほど…拡散させましたか…しかし気流の流れまでは誤魔化せませんね」

 

襲いかかる弾幕を回避しながら気配の濃厚なところに弾幕を撃ち込んでいく。霧化していて殆どあたりはしないだろうがエネルギーの余波みたいなものは食らうだろう。

なんせ、物質は同次元空間に存在しているのは間違いないのだから。これがどこぞの隙間みたいに異空間に入られてしまうともうどうしようもないのだが。

 

萃香にむけて撃った量の十倍をお返しと言わんばかりに放ってくる。

 

純粋にパワー差で負けているのがよくわかる光景だ。

 

こっちが撃った弾幕も萃香がいると思われるところでなにやら干渉したみたいに爆発してはいるが正直当たり判定かどうか怪しい。

やはり霧化されては困る。早く戻ってくれませんかねえ。

 

 

「おらよ!」

 

「⁉︎」

 

戻って欲しいと思った瞬間私のすぐ後ろに萃香が実体化して出てきた。

萃香を直接視界に捉える前に身体が左回転をしようとする。

左腕から放たれた弾幕と萃香の弾幕がほぼ同時に命中する。

爆煙が上がりその中に僅かに血飛沫が混ざる。

 

「やるねえ!まさか一回取られるとは」

 

非殺傷のためダメージは無いに等しいが当たったと言う情報が欲しいだけの弾幕に威力は載せない。そっちの方が体力消費が少なくて済む。

 

直ぐに距離を取り弾幕を展開しようと右手を振り上げ……ることはなかった。

 

「ちょ…悪い。やり過ぎた」

 

右腕の状況に気づいた萃香がバツの悪そうな顔で謝ってくる。

 

ボトッ……

 

あまり離れていない地上に何かが落ちる音がする。

同時に柳の呻き声も。

 

 

「ああこれですか?気にしなくていいですよ」

 

千切れた所の肉片と布が血を含んで垂れ下がっている。

 

そう言えば私の身体はある一定の怪我の場合痛みがしないんでしたっけ?最近無縁でしたから忘れてました。

 

二の腕から先に巻かれてあった管の一部がちぎれて見えてしまっている。まあ問題はない。

 

「続けましょうか」

 

左手でレーザーと弾幕を交互に撃ち出す。

右腕が使えない分さっきより弾幕が少ない。

手からじゃなく指定した空間座標に直接弾幕を生成する方法でも考えて見ますかね。

 

頬が自然と釣り上がる。

笑っているのだろうか?普段無表情だからかかなり敏感に自分の表情の変化を感じ取る。

 

こっちの答えにいささか動揺していたみたいだがすぐに気をとりなおし萃香は再び弾幕を回避する。

 

「へえ!結構闘いたがるんだね!」

 

「腕の一本や二本で戦闘を中止してしまっては嫌でしょ?」

 

「ははは!分かってるね!そらよっと!」

 

大量の誘導弾幕が発射される。

踵を返して一気に逃げ出す。

誘導弾幕自体は萃香が直接操っているようだ。

これを撃ってる合間は攻撃できないらしい。

 

追ってくる弾幕に弾幕をぶつけて誘爆を行う。それでも数発が残る。

萃香の位置は…あそこですね。こっちを視界に捉えるようにしっかりとこっちを向いている。

 

なら…ちょっとおどかしますか。

高度を速度に変えるように縦に急旋回し体の向きを反転。

今出せる最大の速度で彼女に突っ込んで行く。

 

「はい?ちょ!」

 

予想していなかったのか完全に焦ったようだ。

誘導弾幕の数が最初よりも減って楽になっているのか、がむしゃらに空いている手で弾幕を撃ってくる。

散布界が広く命中率は悪い。それでも被弾コースがいくつか出てくるもののその全てをロールで回避する。

 

ぶつかると感じた彼女は思いっきり接近戦の構えになる。

 

誘導弾幕を操る意識が薄れる。

 

「今です!」

 

身体を持ち上げ推進する力を止める。身体が前に行こうとするのを強引に押し留める。

 

そして体を半回転。直後に弾幕が左右を通過。

そのまま萃香に向かって行く。

 

「あ!クソッ!この!」

 

 

 

 

音が一回止まり、次の瞬間私は真後ろに吹っ飛ばされた。

思いっきり弾幕をぶん殴ったのだろう。その余波でこっちの小さな身体は木の葉のように吹き飛んだ。

 

そうだ…これでいい。

 

この状態なら負けということで話はつく。それに山の大将に挑んで奮闘したとなればソコソコの実力があるとみられある程度の安全が確保できる。

まあルールはこっちが指定したようなものだからなんとも言えないが…そこはある程度情報操作すればなんとかなるだろう。噂というのは伝わりやすい上に事実が歪曲されやすいから

 

 

吹っ飛ばされ頭から地面に叩きつけられた私の体は首の骨があらぬ方向に向かって折れ、頭脳部が一瞬だけ機能を停止する。

 

崩れ落ちて数秒、すぐに視界が戻ってくる。どうやら真上を向いていたみたいだ。視界の隅っこに柳の顔が映る。

 

「あの…大丈夫ですか?」

心配してくれているのは心を読まなくてもわかる。

 

「ええ、一応大丈夫です」

 

首の向きを無理やり元に戻しながら答える。

幸い右腕があったとこからの管の一部がさとり妖怪だとバレはしていないみたいだ。

 

「わりいわりい。ちっとやり過ぎちまった」

 

「まあいいです…死ななかっただけ幸運ですから。内臓が損傷しているので宴会での飲食は基本無理ですからね」

 

「うぐ…バレてたか」

曲りなりとも負傷者ですよ!宴会なんて無理ですって

 

止血はとっくに行われており既に再生が始まっている。あと数時間で完全に元どおりになるだろう。

 

それを考えればここで萃香さんの要求を断るよりもある程度参加してコネを作った方が良いのではないだろうか…言い方が悪いかもしれなが…

 

「うーん…まあ参加するだけならいいですよ」

 

あ、お酒はNGで。

後しばらくは食事も不可ですのでね。

 

本当に大丈夫かって顔して柳さんがこっち見てますけど気にしない気にしない。

そのうちどうにかなりますよ夜はまだ長いんですから

 

 

天狗の里は人里と比べ生活水準が高い。建物は穴ではなくしっかりとした土台の上に柱を立てて作られている。でも江戸時代などの家と比べればまた違って見える。どっちかと言えばお寺などで見かけたやや高めの床だ。

床下など結構スペースがあり妖怪の子供が遊んでいる。

 

天狗の里と呼ばれるようにその多くが天狗…または鬼だ。

どうやら今回の宴会はほとんどが里の者でやっているようで、河童とか他の妖怪は招待していないのだとか。

 

 

 

宴会が始まって一時間ほど経っているだろうか。ちょうど中心の方では盛り上がりがエスカレートしてきたところだ。

 

そんな中私はといえば……最初は出された料理をチビチビと食べながら腕が回復するのを待っていた。だが治りが遅いのかなかなか治ってくれない上に胃腸が破損したままだったため食事すらままならない状況だと言うことに気づいた。

だが気づくのが遅く、食べた分が上手く体の中に行かず結局厠に駆け込む羽目になる。

場違いな雰囲気が出て居心地が悪くなってしまう。それ以外にも色々と疲れやなんやらがひどい。

 

とりあえずは体を休めてからだと思い白狼天狗(柳君じゃない)に事情を説明して一旦休みを取っている状態だった。

 

 

そして私を宴会に誘ったその本人はと言うと…

 

「かー!やっぱ一戦交えた後の酒はいいねえ!」

 

この呑んだくれ野郎…

 

了承した後、動けないでいる私を引っ張っていき宴会に突入してからはずっと飲んでいる。

もうすこしこっちのことも考えてほしい…隅っこの方で休憩しているにも関わらず酔った天狗の何人かが話しかけてきたり危うく他の鬼に絡まれそうになったり散々な目にあっていたりとまともに休みなど取れない。

 

白狼天狗の一人を仲介人にしたかったが生憎知っている天狗は柳とさっき事情を話した名も知らない子だけだ。

 

全く私の人脈は意味をなさない。

 

一瞬だけ種族を明かしてよってこないようにしようかと思った私は悪く無いと思いたい。

だが罪のない彼らを卑下に扱うなんて以ての外、私自身表情に乏しいのは知っているのでこういうところで正しく印象を与えておかなければひどい目に遭いかねない。

いつの世界も(他人との付きあいor人付きあい)は大事にしないといけないのだ。特に弱者は…

 

それにこうやって話したりなんだりしておかないと私は本当に無口になるしコミュニケーションなんて完全になくなる。

能力が使えればある程度楽にはなりますけど、反面精神的に辛いのがあります。

心の声ダダ漏れですから。

 

もう帰りたい…

でも今更どうしようもない…帰りたかったら柳の連行を強引にでも振り切って逃げればよかった。

それは問題を後回しにするだけなのであんまり意味はないですけど。

 

 

無くなった右腕がじくじくと痛みを発し始める。

むず痒くて触ろうとするが左手は空を切るばかり。

 

 

……少しだけ寝ておいた方が良いかもしれませんね。

近くの木に背を預けて瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、この状態だ。

 

「やあやあ!また会ったねお姉ちゃん!」

 

ああ…久しぶりにこの声を聴いた。

なんで私を姉と呼ぶのか全くわからない夢の中の誰か…

 

「なんとなく貴方の記憶から引っ張り出した私のイメージからそれに付随する性格を演じているんだよ!」

 

えっへん!とドヤってるイメージが思い起こされる。

相変わらず体は動かないしなにも見ることは出来ない。だが考えていることは伝わってくれているようだ。

 

「当たり前だよ!私はお姉ちゃんの無意識!考えていることはどっちも同じだったりするから!」

 

なるほど、貴方は無意識でしたか…ならその口調も頷けますね。

無意識で連想されるのがあの子しかいないですからね。

「ふふふ…もっと褒めていいのよ」

 

あ、褒めてないですから

 

「またまた〜(*´∇`*)」

 

絵文字はやめなさい。そんなもの出てきたら迷惑きわまりないです。

 

「はいはい」

 

ところで…貴方は私の無意識ですけど、なんで無意識がこのように一定の自我を持った状態で出てきているのでしょうか。

 

無意識と自我は真反対、と言うより自我に無意識は認識できない。

 

「それはなかなか難しいね。簡潔的に言って、私は特に自我は持ってないよ」

 

え?自我がないならなんで…

 

「私とこうやって会話が可能かでしょ。それはねえ…お姉ちゃんが今無意識状態だからだよ!」

 

無意識状態?

 

「まあ簡単に言うと…先ずは意識無意識から。そこは分かるよね」

 

確か心の中では意識的な精神と、無意識的な精神の2つの心が基本的に存在しているってことで十分でしょうか?

 

「まあ一応あってるかな。意識的な精神って言うのは自我を認識できる精神世界。お姉ちゃんが想起したり能力で干渉することができるところのこと。逆に無意識的な精神ってのは『何もわからない』精神世界のことを言うんだ」

 

ああ、その二つで成り立っているのが心って事ですね。

妖怪にとっては最も脆く危ないところですけど。

 

「それは人間も変わらないよ。精神っていうのは基本攻撃されることはまず無いところだから。ただ妖怪は精神の比率が少し高いだけ。さとりなら良くわかってるよね」

 

ええまあ…さとり妖怪ですし…話題を変えますが、私が無意識状態というのは?

 

「えーっとねえ…今お姉ちゃんの自我があるのは夢の中なんだよ」

 

はて?夢の中といえば無意識の中であり基本は自我が存在することは不可能なのでは…

「そうなんだよ。自我ってのは意識的な精神の中でしか存在することは出来ない。でもお姉ちゃんの自我はなかなか不安定なところがあってね、たまに自我を持ったままこうやって夢の中に来ることがあるんだ」

 

それって大丈夫なのだろうか。まあ自我の拡大解釈で夢を見ている無意識的精神すら自我が潜在的に思っていることと処理すれば同時に存在することは可能なように思われますが

 

「普通ならそれでいいんだけどそうやってされると妖怪は難しいんだよねえ。現にこうして無意識自身が自我に引っ張られて語り手である便乗『私』が出来てるから」

 

ああ、無意識なのに自我っぽいものを持ってると思ったら…全く違うもう一人のように見るけど結局は私の自我の一部を無意識が取り込んでよくわからないナニカに変換してこっちに色々話しかけていると言う状況を作り出しているわけですかなかなか回りくどい方法をとりますね。どう考えても私の意思では無さそうです。世界の真理とか都合とかそう言うのが働いてできているのでしょうか…

 

「簡単に言えばそうでもあるしそうでは無いかな?」

どっちなんだかわからない。まあそうであるならそれでいいし違うなら違うでいい。結局私は与えられている側でありそれがなぜと言うことを問いても全く意味が無い。と言うか解けるかどうかすら分からない。

 

「この事は深く考えちゃダメなんだよ。自我が無意識を完璧に理解してしまったらそれはもう無意識じゃなくなるし精神崩壊を起こしかねないからね」

 

精神自体がバランスを保てなくなると言うことでしょうか。まあ心が無意識と意識の二つで構成されているなら確かに片方が消えればもうそれは心ではないなにか異質なものになってしまいますし。

妖怪にとっては生死を左右しかねないですね。

 

「そうそう!」

 

軽く言ってくれますねえ

 

ところで、なんで私に話しかけたんでしょうか?

放っておけばそのうち夢から覚めるし特に害はないはずですが。

 

「特にって理由はあるかもしれないし無いかもしれない。無意識に知的好奇心があったからこうやって話しかけているのか唯の偶然かあるいは第三者による介入が原因か…」

 

意識を持ったあなたには無意識を理解することは無理みたいですね。

意識もとい自我が認識し理解できるのは意識下のみですから

って言うか第三者の介入ってそれはそれで深刻ですよね。精神自体が乗っ取られていじられているなんてシャレになりません。可能性の一つでも嫌なものですよそれは……

 

 

「まっ仕方ないか!それより、そろそろ起きる時間みたいだよ」

 

はて?もうそんな状況に…

「またいつか会えたらまた話そっか。場合によってはアドバイスもしてあげるから。それじゃ、健闘を祈るよ!表の私!」

 

 

意識が途切れ、数秒で再び戻る。

同時に体が揺さぶられているのに気づき薄らと目を開ける。

誰かが目の前にいて何か話しかけているようだ。

 

少ししてから器官からの情報が入ってくる。

 

「お、起きたな。どうだい調子は?」

 

こっちを覗き込むようにして見ている一本角を生やした長い金髪の女性…

服装は体操服のように見えるが…違うみたいだ。なんだかよく分からない。

「はい…まあ、なんとか」

 

 

ふと自分の体に視線を落とす。失われていた手は気づけばあらかたの傷も回復しておりほぼ活動に支障はない。

 

なんの夢を見ていたのかほとんど覚えていないが何かと会話していたようだ。

寝すぎたせいだろうか体がフラフラとする。

 

「私は星熊勇儀。なんか知らんが周りからは鬼の四天王とかなんとか言われてる。よろしくな」

 

「えと…古明地さとり…ただの妖怪です」

胡座かいて目の前に座られても…友好的に接しようとしてくれてるみたいですがそれでも大きい体が圧迫してくるような感覚に見舞われる。

 

「酒飲めねえんだってな?ほら、水」

 

そう言って片手に持っていた酒器を渡してくる。素直に受け取って中を覗くと言った通り水が入ってた。

 

「あ…すいませんわざわざ」

 

「気にするなって!体質上飲めねえ奴に酒を押し付けるほどまだ酔いきってねえよ」

 

すごい…いろいろと抱擁してくれそうなオーラが……姐さんって呼びたくなる。

ん?あれ…酔いが酷くなると……

 

いや忘れよう。

 

思考を切り替える為に中の水を一気に飲み込む。

 

味なんて無い。ただの水だ。だがそれだけで大分すっきりした。

 

 

「それで…わざわざ挨拶回りでしょうか?鬼も大変ですね」

 

「はは、挨拶回りくらい大したことねえよ。それに萃香と対等にやりあってたって言うから気になってな」

 

うわ…なんか変なふうに噂が広がってませんか?全然対等じゃ無いですよねあんなの。

 

「対等じゃ無いんですけどね」

 

「謙遜しなくて良いんだぞ?勝負は喧嘩と違うんだよ。それに萃香の奴が言ってるんだからそう言うことにしてやってくれよ」

 

笑いながらこっちを見つめてくる目から、今度は私も戦ってみたいと言う感情が読み取れた。

正直この後言ってきそうなことが想像できてしまうのですが……今のうちに謝っておきます。すいません。

 

これ以上体に負担をかけさせたく無いです。出来れば今度にして欲しいです。

今度がいつになるかは分かりませんがね。

 

私がこれ以上戦う気は無いというオーラを出したのを察したようだ。

なんだか残念そうな目で見てくる。

いやいや、鬼相手に何べんも戦うとか嫌ですってば。

 

私はのどかに過ごせればそれで良いんです。特に何があるわけでも無いですし…あ、でも地底で余生を過ごすのはなんだか嫌ですけど。

 

「おーい、何してるのかな?」

勇儀さんの後ろから誰かが来た。赤色のショートで勇儀さんと同じくらい…いや、ひとまわり小さい。

かなり飲んでいるのか物凄い酒臭い。勇儀さんも酒臭いがそっちはもっとだ。

 

「おいおい…茨木。飲みすぎだっての」

 

普段飲まないのだろうか…基本酒に強い鬼にしては様子がおかしい。

まっすぐ歩いているようで軸線が左右に少しぶれている。

 

「彼奴は茨木華扇。ちょっと飲み過ぎてるっぽいな」

 

「大丈夫だってば。呂律が回ってるからまだまだいけるよう」

 

呂律が回らなくなるほど飲むって言う感覚が凄いのですが…ねえ。

って言うか結構飲んでるんですね。てっきり酒呑はあっちで天狗を巻き添いに飲んでる萃香さんかと。

 

「へえ?そいつが伊吹がなんだかんだ言ってた奴?」

 

ああ…凄くめんどくさそうな鬼です。

 

「ええまあ…どんなこと言ってたのかは存じませんが」

 

「ふうん…種族不明かあ」

 

嫌な予感がしてその場を退散しようかと腰を上げた途端、首根っこを掴まれて持ち上げられた。

 

そのまま顔の高さまで持ち上げられる。あ、服がズレる!見えちゃいますからそこは持たないでくださいよ!

 

勇儀さ…ってあの人どっか行っちゃったーー!

 

「あ…あの?降ろしてくれませんか?」

摘まみ上げられて困惑気味。何を考えているのか全くわからない。

 

 

何やらじっと見つめていた茨木さんが不意に顔を近づけて来た。そして一瞬のうち抱きかかえられた。

早業すぎるでしょ…手の動きが見えなかったんですけど。

 

って言うか酒癖…悪すぎるのではないでしょうか。

遠くで見ている柳さんとかが軽く引いてますよ。

 

そんな人目もきにする事なく茨木さんは笑いながら顔をお近づけてくる。

 

そして耳元まで口を近付けてきた。

 

ざわついていたい周りが一瞬だけ静かになる。

「ねえ…心を読むって辛いわよね。だからそうやって自らの力を隠すのよね」

 

時が止まった。

正確には耳元で囁かれたソレを理解するまでの間、思考が停止していただけなのだが…

時間としてはコンマ数秒も無い。だが私には何十時間と長い時間のように感じられた。

 

「……え?」

誰にも聞こえないようにボソリと発せられたそれは、私の頭でグルグルと回り始める。

 

一瞬のうちに体の温度が下がった感覚に陥り、視界が左右にブレ始める。

 

手足が震え動揺しているのが嫌でもわかる。

 

知られてはいけないこと…知られたらもうこの場にいられないこと…

にげなきゃ…どこへ?どこでもいい。噂の広がらない遠くへ…逃げれるのか?無理だ。この場は少なくとも逃げ切れない。どうしよう。

動揺を無理に押し込んで対応策を考える。

 

「まさか…分かったんですか?」

真横に来ている茨木さんの顔を見ることはできない。それでも感覚で、楽しげに笑っているのはわかる。それがこっちを嘲笑うものなのかただ純粋な笑いなのか…判別つけられる状況ではなくなった。

 

「なんとなくだったけどね。一瞬だけ目が見えたから」

 

ああ…今度から大勢でいる空間はもう少し気をつけなければなりませんね。

 

「で…私をこれから排除するのでしょう?心を読み人の心理に土足でズカズカ入り込むような人妖から嫌われ消されてきた妖怪の…」

 

「別にそんなことはしないわよ」

 

私の言葉に被せるように茨木が言葉を挟む。

それは肯定ではなく否定の言葉…

 

「確かにあなたはさとり妖怪だけれど…そこまで悪い奴じゃないわ」

 

「どうして……そんなことが…言えるんですか?能力を隠し種族すら教えず近寄った謎の妖怪ですよ…私は」

 

「あのね、鬼は善悪とかそう言うのは直感で判断するの。だからあなたが普通に捻くれた妖怪であればあの酒呑が呼ぶはずが無いのよ。それに…」

そこで言葉を区切り茨木は私を地面に降ろした。

 

「さとり、貴方は言うほど悪い奴じゃないわ。変わり者ではあるけどね」

 

本当にこの人酔っ払っているのだろうか?今までのは全部演技で私を油断させてこうやって近づいていくのが目的だったのだろうか…

そんな野暮ったい思考を切り捨てる。

 

相手が本心から私のことを嫌わないと言っているのだ。それにどんな邪念があろうか…

あったとしても私はそこまで気にはしないが…

 

「どうして……そこまで言えるんですか?」

 

なんとなく聞いてみる。さっきまでのでこの人が信用に値するかはともかく、私を消したりはしないと言うことだけはわかった。

 

「直感を信じただけよ?特に私と酒呑の勘はこう言う時はよく当たるからね」

 

絶対的自信を持った目でこっちを見てくる。

それでも知られてしまったからには天狗の里…もとい鬼との接触は極力避けるべきだろう。

 

 

ーー消えろ!ーー

 

う…嫌なこと思い出した。

 

今思い出さなくてもいいのに…忘れたい記憶ばかりポンポンと出てくるものです…

 

「茨木さん…この事は内密に…絶対言わないでください…」

 

服を整えながら茨木さんに念を押す。

 

萃香がチラチラとこっちを見てるがバレた様子はない。いや…薄々気づいているのだろう。

人前では絶対に使えないこの忌まわしき力のことを……

 

「気にしてるのなら相談しなさい。いつでもではないけど話くらいは聞くわよ」

 

「……ありがとうございます」

 

この心の裏はどうなっているのか…それをあばき立てる力は持っている。だが今は…今だけは、人の好意に甘えるくらいは許されると思いたい。

 

 

「はい、湿っぽい話ももう終わりにして飲みましょ?」

 

そう言って茨木は並々と液体が入った盃を渡してきた。

珍しい形をしている。手作りなのだろうか。

 

「いただきます」

 

まあ、素直に受け取っておく。どうせ水であろう。

もし能力を解放してしまったらこうやって相手と素直に話すなんて絶対にできないだろう。今ですら私は隠し続けているのだから…

 

そんなことを忘れようと水を一気に流し込む。

 

ほんのりと桃の味と香りがする。

 

「もしかしてこれって桃でしょうか?」

 

「ええ、桃の果汁で作った飲み物よ。酒精入ってないけど美味しいでしょ」

 

「美味しいです。今度作り方を教えてほしいですね」

 

そうか…そういえばもう秋も終わりだったっけ?そろそろ調味料とか保存食とか作り始めないといけない時期ですね。

 

一陣の風が吹く。

 

ふと顔を上げる。

色付いた葉っぱが月の光と松明で照らされながら数枚舞っていた。

 

赤や黄色のダンサーはずっと空中で舞を踊っていそうだが、結局は落ちていく。

鮮やかな赤色の葉が一枚、頭の上に乗っかった。

 

 

 

こうやって平穏な日々がいつまで続くのだろう。

 

もし続かないようなら…私は…

 

 

 




犬走 柳君のイメージ画出来ました


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depth8.続、さとりと鬼と少しの戦い

季節が変わるのは早いもので紅葉の時期ももう終わりに近づいている。

 

宴会が行われてから数日、特になんだと言うことは無く平穏な日々を過ごしている。

と言うより、完全に私が家から出てないだけである。

 

原因は分かっている。

 

異常に寒いのだ。最近一気に気温が下がったせいで寒くて仕方ないのだ。

特に朝晩の冷え込みが酷い。

だからなのか昨日なんて夜通し囲炉裏のところで暖をとりっぱなしでした。

 

「今年は寒波でも来てるんですかねえ…」

 

私の声に反応するかのようにパチパチと囲炉裏の中で火花が跳ねる。

 

少なくとも前まではこんなことは無かった。

そりゃここに来てから日が浅いのでこう言うこともあるのかと最初は思いましたがそう言うわけでも無いみたいです。

 

里の人たちもこの寒波は想定していなかったらしく冬支度が間に合わないだとかなんだとか言って結構ざわついていた。

 

膝の上でもぞもぞと黒い毛玉が動き出した。

二股に別れてきた尻尾がゆっくりと私の腕を撫でる。

結構くすぐったい。

 

(せっかく晴れたんだし外に出たらどうだい?)

 

「そうですね…晴れているのなら、昨日よりはマシでしょうか」

 

うん…せめて山で色々と採取しないと来年が辛いってことだけは言えます。

 

思い立ったら直ぐに動くことにしよう。

囲炉裏の上であっためておいたコートを羽織りサードアイを内側に装備した袋に入れるように隠す。

前回茨木さんに少しだけ見えたと言われたので隠す専用に新たに袋を追加するなど改良を施していた。

まあこれも家から出られなかった原因でもあったのですが…

 

(ふーん…じゃあ留守は守っておくよ)

 

「お願いね」

 

一応の為に火を消しておく。この時代火事なんて起こしたら本当に大変なことになってしまいますから。

 

今度火消し用の消火装置でも作ろうかな…

 

うーん…この時代の装備でできるのもなんて限られるからなあ…河童の技術を頼ろうにも里の人がそれを認めてくれるとは思わないし

 

開発意欲に駆られながら冷気が隙間から放たれる玄関の扉をゆっくりと開けた。

 

ビュゥッと扉で止められていた冷気が流れ込み私の体を包み込む。

 

体が一瞬震える。

まだ日の登り切ってない里の通りは人もまばらで静かであった。

唯一する音と言えば風のなびく音か時より見かける人の足音くらい。完全に別次元のような感覚に陥る。

そんな通りをどんどん進み里の出入り口に行く。

 

 

この里の周囲は一応妖怪避けの結界を張っている。その為ちゃんと正規ルートを通らなければ里に入ることはできない。

 

入ろうとしても同じところをぐるぐる回るだけでものすごい空間が捻れてるのかと思った。

実際には思考の一部が結界に干渉されて方向転換させられているだけだったのだが……

 

まあ正規のルートで入ったなら大暴れしなければ大丈夫と言う、なんとも妖怪に寛容な里なのだと思う。

 

寛容なのと恐れないのは全く別の感情であるのだが…

 

里の出入り口で手続きを済ませ山に向かう。

 

ある程度進んだところで周囲を確認。周りに誰もいないことを確認し飛び上がる。

 

高度を上げていくと山に隠された太陽が顔を覗かせ眩しい光が視界を包む。

 

冷えていた体が少しづつあったまってくる。

 

 

 

こんな寒い時でも天狗は律儀に哨戒を怠らないらしい。

 

下の方から急上昇してくる影を捉える。あれーもしかして私の方に向かっている?

 

「おい!これ以上先は許可がないと入れんぞ!」

 

えー…なんでこの白狼天狗はこんなにプンスカなんですか…

柳君の部下じゃまずこんなことしない…それにどこか幼いように感じる。

まさか新人さんですか…

 

「あの…一応許可は貰っているのですが」

 

「証明は可能か?」

 

懐から木製の判を取り出す。柳君によるとこれが証明がわりになるのだとかなんだとか。前の宴会の帰り際にヒョイっと渡された。

あのヒト優しいんですよね。内心は知りませんし知るつもりはないですけど。

 

「……失礼した」

 

「いえいえ、哨戒任務お疲れ様です」

 

素直に引き下がってくれて助かりました。あれで押し問答されちゃうともう大変なことになりますからね。

あ、そうなったら今度は鬼の名前でも…いや、余計ひどい結果になるな。

 

 

採集というとキノコとか山菜とか木の実とかを取ってくるイメージが基本的なのかも知れない。

 

まあそれもそれでとっておいて問題はない。特にキノコは保存がきく。

ただし今私が求めているのはあまり採られない事が多い。

と言うかこの時代に水晒しによる精製方法があるのかどうか怪しい。

 

 

地面に降りてお目当のものを探す。もちろん周辺の警戒は怠らない。

紅葉で彩られた地面の上にお目当のツルを見つける。

 

枯れかかってはいるがそのツルは10メートル程の木に巻きついて長々と成長していた。

 

ツルの根元を手で探って行き地面を軽く掘り返す。すぐに根茎がチラリと顔を覗かす。

手に妖力を込めて地面から根茎を引き抜く。

地面がめくれ上り腕とほぼ変わらない程度の大きさの根茎が掘り起こされる。

 

葛ゲットだぜなんちゃって

普段たくさん自生していても採集するとすごいかさばるんですよね。その割には精製すると殆ど残らないので貴重な食料です。

 

 

ある程度掘り起こし終わってから手の汚れを払い移動する。一瞬見られているような感じが体を駆け巡る。

 

哨戒の天狗か噂好きの奴か…または…

 

 

気にするまでもないですね。

ある程度木々が開けたところで再び離陸。

周りの紅葉が一斉に舞い上がる。

 

普通に地上を歩いても良かったのだがここら辺の食料は天狗とか河童とかが回収する分がほとんどなのであまり手出ししたくない。葛は完全に例外です。だって向こうが完全に見向きもしない植物ですから

 

後は甘味料…

 

この時代砂糖なんて無い。砂糖はもうちょと後に唐から持ち運ばれたのが最初ですし本土でサトウキビが生産されるようになったのは江戸。

それまではアマズラとか飴とかそう言うので甘味は代用されてました。

 

 

前からちょくちょくとマークしていた場所に来る。マークしているって言っても様子を何回か見に来たってだけですから誰かが採ってたら諦めます。

 

目的の場所はあまり離れていないのですぐに到着した。

 

取り敢えず地上に降りて草木を確認。

やっぱり刈り取られているのか前にきた時よりも数が少ない。と言うか殆どない。

 

「確かここら辺に自生していたはず…」

一応残ってる分を見て見たがあまり成長していないものばかりだ。

 

「ごめんね。その辺りのアマズラはもう採取しちゃったんだ」

 

まあ仕方ないかなと諦めかけ空に飛び上ろうか悩んでいる時だった。

不意に横から声をかけられる。

 

ああ…こんなに接近されるまで気づかないとは…注意がおろそかになってました。

 

同時にほんのりと甘い農作物の香りが漂ってくる。

 

振り向くとちょっと離れたところに金髪の少女が二人こっちを見ていた。

片方は赤色、ただし下に向かうと黄色のグラデーションになっているワンピースのような服。

もう一人は正直言って分からない。欧州の民族衣装に近い服なのだが豊作物の飾りがすごいついてる。

 

「秋姉妹…」

 

 

相対的な二人の姿に思わず口走ってしまった。

 

確かに秋だからいるんじゃないかなとか思いましたよ。今まで八百万の神特有の気配は何回か感じたことはありましたけどお目にかかるのは初めてです。

 

 

そのとたん妹の方がこっちにすっ飛んできた。

 

「なんだ!知ってるのね!やった!やっぱり私達存在感あったってば!」

まさかの握手。どんだけ存在感アピールなんですか。

 

「いやいや…落ち着きなさいよ」

 

ワンピースの方がなだめるように離れた位置から制止を呼びかける。

警戒されているのでしょうか。まあ確かに初対面ですけど…

 

「ええ、落ち着くべきですよ。秋 穰子さん」

 

なんだかちょっとだけ驚く顔を見たくなった。

少しだけ悪戯してもいいですよね。

 

「…マジで⁉︎やったよ!お姉ちゃん!名前まで知ってる人がいたよ!」

 

「……まさか、私達が祀られてた頃を知っているの?」

 

これには姉も驚愕した顔を見せた。

ふむ…

「いえ…私はあなた達が祀られていた頃には生きてませんよ」

 

更に驚愕。姉妹で驚愕するポイントが異なっているのがまた面白い。

姉は私の奇妙な発言に、妹は名を知っていると言う事実…

 

おっと…悪戯し過ぎも良くないですね。

 

 

「まあ、風の噂です」

 

「噂ねえ…まさか私達の噂が…ふふふ…」

 

あ…静葉さんがなんか笑い始めた。

 

「あの…アマズラがここにもう無いってどうしてですか?」

 

「ああ、それね。私達が刈り取ったの!」

 

え?あなた達が刈り取ったのですか⁉︎

えー……

「だってこれ里とか天狗に売りにいくんだもん」

 

な…なるほど…売り込みに行くのですか…

神様も大変ですね。まあここら辺まで人間はむやみに入ることは出来ませんしそう里の人にとってはありがたいかもしれませんね。

 

天狗側も採集に人員を割らなくて済むって言うメリットがありそうですし。

 

「それにしても葛を取るなんて珍しいねえ。それ美味しい?」

 

穣子だ。

 

どうやらこの時代は粉にする方法は無いようだ。

 

「まあ非常食としてですよ」

 

適当にはぐらかしておくことにしよう。葛粉は作るのに数日以上かかりますから教えるのが大変ですし二人にそんな時間はなさそうですし。

 

「へえ…見てみたかったな…それどうやって食べるのか」

 

穣子さんがっつきがすごい。まあ確かに豊作物ですけど…あーほら静葉さん嫉妬してますやん。

 

「ね…ねえ…食もいいけど景色は楽しんでいるのかしら?」

 

私が見つめていたのに気づいたのか静葉さんが強引に話題を変えてきた。

強引すぎてなんとも言い難いですけど。

 

「ええ、楽しんでますよ」

 

今は寒いのであんまりですけど

 

「そ…そう。ならよかったわ」

 

「それにしても急に寒くなってきましたね。この様子だと雪紅葉でも見れるんじゃないでしょうか?」

 

「多分このままの天候なら雪紅葉見れると思うわよ」

 

私の問いに姉が素早く応じる。

やはり景観は姉の役割なのだろう。

 

「まあ確かに…今年は活動期が短くなりそうで困るわ」

 

「確かにねえ…あ、そろそろ行かないと」

穣子さんが思い出したかのように飛び上がる。

 

「おっと、引き止めて申し訳ないです」

そういえば仕事中でしたっけ。あまり長く引き止めるわけにはいきませんね。引き止める理由もないですし私もまだ採集がおわってないですし。

 

「それじゃまたね。あ!名前聞いてなかった…あなたの名前は?」

 

「古明地さとりと申します。まあ…ただの妖怪ですよ」

 

「へえ…さとりさんね。覚えておくわ」

 

「うん…さとりね。今度会ったら一緒に果物取りに行かない?」

 

「え?ええ…喜んで」

 

まさか穣子さんから誘われるとは…なんか静葉さんイラってなってますよ。

「ねえ?もしよければ今度紅葉狩りでも行かないかしら?綺麗なところに案内するわよ」

 

あはは…対抗心燃やしてますね…

このままだと何だか雰囲気が悪化しそうですので…ここはひとつ

「それでしたら今夜でもいいですよ。このまま二人についていきますんで」

 

「え?」

「いいの?」

 

お二人とも何驚いているんですか?そんなに私人付き合い苦手そうに見えますか?

 

そりゃまあ、無表情なのは認めますけど…

 

「それじゃ行こうか」

 

そう入って穣子さんが私をエスコートし始める。

まあ秋の実りはこの人ですからね。

 

「そういえばそんな沢山葛持っちゃってて重くはないのかしら?」

 

「全然平気ですよ」

 

「……そう」

 

し、静葉さん落ち込まないでください。

重くないのは事実なんです…

 

飛び上がってからしばらくすると下からもう一人上がってきた。

この気配は、柳さんですか。

 

 

「あら?白狼天狗かしら?」

 

静葉さんも気配に気づいたようだ。

 

「なに?お姉ちゃん。白狼天狗がどうしたって?」

穣子さんが反転してきた。まあいきなり警備の人が来たらビビるだろう。

 

案の定こっちに向かってきたのは柳だった。

 

「…おや、大分珍しい組み合わせですね」

なにやら探るような目つきで睨んできた。何か悪いことしましたっけ?前回の宴会の時にそう言えば勇儀さんと飲んでたな…まさかその時のことでしょうか。

 

「珍しいというか初めての組み合わせですよ」

 

本日はどのような要件で合流してきたのか気になるところですが…生憎こちらとて暇ではないので余程の要件は無視しようかと。

 

「えっと…知り合いなの?」

 

「ええ、知り合いです」

 

「……」「……」

 

なに意外みたいな顔してるんですか二人とも。結構心に響くんですからね。

うう…酷いです。

 

「と、ところで…仕事中の白狼天狗がなんで私達のところに来たのかしら?」

 

空気が悪くなったのを感じたのか静葉さんが柳に話題を振る。

別に私は悪くなってはいないのだが…人の考えは人それぞれ。

 

「ただの仕事だ」

 

「お仕事お疲れ様」

 

仕事中にわざわざ声をかけてくるなんて…臨検でもやる気なのでしょうか。それはそれで困るんですけど。

 

「言っとくけど私達は怪しいことは何もしてないわよ」

 

……そこに私は入ってないみたいですね。

まあ会って一時間も経ってない他人ですからしょうがないね。

 

「ああ、まあ…失礼したな」

 

そう言い残してすれ違うように飛び去っていく。

すれ違う一瞬私のフードの中に何かが入り込んだ。

すぐに気付く。何か用があるなら言えば良かったのにと思うがこんな形で渡してくるということはあまり私以外に知られたくないものなのだろうと思い、その場は知らないふりをする事にした。

 

その後も何かあるのではないかとある程度警戒はしていたものの目立ったことは起こらず、夜になって酒が飲めない私の代わりだとか言って秋姉妹が飲みまくって酔潰れるという珍事が起きたりはしたもののそれらを書いていたら長いのでここは省略するとしよう。

 

もちろん秋の神様は色々溜まっていたのかある程度酔いが回ってきた途端めちゃめちゃ荒れた。

 

 

 

「……さて、葛粉の作り方も教えておいたし他にやる事は…無いかな」

 

色々とあって嵩張ってしまった荷物を持ち寝ている二人を起こさないように立ち上がる。

 

 

さて、昼間に渡されたものはなんだったのか…

 

改めてフードから取り出す。

小さな和紙のような物が丁寧に折りたたまれていた。

 

連絡でしょうか。

折りたたまれた紙を丁寧に開いていく。

 

 

『連絡、偶には二人で会いたいと酒呑童子から。二日後、山中で待て』

 

うわ…萃香さんからのトンデモ誘いだ…なんか嫌な予感がするっていうかヤダ行きたくない出たくない。

 

 

 

……そうだ、旅に出よう。

萃香さんには悪いですけど少し遠くに行きましょう。

ええ、その方がいいです。

 

 

『追伸、交際相手が出来ました』

 

………おめでとうごザイマス。

パルパル…

 

……はッ!危ない危ない。思考がトリップしてた。

 

最後の追伸は関係ないでしょ…なんですか彼女って…部下ですか?まさか部下に手を出したんですか⁉︎それなら見損ないました。

 

いや何を期待していたのかとかそういうことじゃなくて…

いやいやむしろそんなことはどうでもいいわけで、私にとっての本題はその前だ。

 

個人的に話したいとは一体どういうことなのだろう。

うーん…思い当たる節は茨木さんですよね。

うん、萃香さんの件は仕方ないので会うとして…その後ですね。

 

あまり長く居座ってボロが出るのは嫌ですし…

茨木さんは気にしなくていいって言ってくれたけど……生き物の感情はそう簡単に変わってはくれないのです。

 

うーん…あ、そういえばそろそろあの時期でしたっけ。なら、この際気分転換も兼ねて旅にでも出ようかな。

 

うん、そうしよう。

 

どんよりと曇って来た夜空。闇が周りを覆い隠して私の帰路は誰にも見られない。

「今年の冬は大変そうですね」

 

 

 

 

 

2

 

 

鉛色にどんよりとした空が地上を圧迫しているような感覚に嫌でもしてくれる。

夜のうちに悪化した天候は好転することもなく今の今までズルズルと続いている。

低気圧のせいか気がのらないのか朝から体が怠い。いやだるいというよりかは鬱に近いかもしれない。

 

私の気分も空模様と同じく重りとなって体を布団の上に留めている。

 

(さとり…そろそろ行かないといけないんじゃないのかい?)

 

「そうは言われましても…気が乗りませんし夕刻に行っても問題はないんじゃないですか?」

 

猫さんが珍しく急かしてくる。なにかあったのでしょうか?それとも動物としての本能なのか……

まあどちらにせよ私にはあまり関係のない話。

内容は関係あっても経緯は関係無い。

 

(そらそうなんだけど…早めに行ったほうがいいと思うよ)

 

それは動物の勘ゆえのものなのか。それとも……

 

「留守中に誰か来たんですか?」

 

昨日帰った時点で猫は既に寝てしまった為私は昨日家での事をまだ知らない。

寝ている者の思考など読めるほどさとりは万能ではないのだ。

 

(まあ…萃香さんが来てね)

 

あらまあ珍しいこと。まさか萃香さんが猫さんの方とコンタクトを取るなんて。

へえ…それで私の正体を言ったと……

 

「まあ向こうも確信を持って来たんでしょうね。理由はなんであれ、無事でよかったです」

 

鬼の機嫌を損ねればそれこそ大変なことになる。

私の大切な飼い猫だと分かっていても突発的感情で手を出してしまっていたかもしれない。

無事でいてくれるだけありがたいです。

 

お腹の上に乗って来た猫を撫でて続きを尋ねる。

 

(うん…なんかいろいろ聞いた後帰ってった)

 

ああ…今までのこと全部言ったのですね。まあ別に隠すことでも無いですからいいですけどね。

え?普段喋らないだろって?そりゃ私の過去話なんて武勇伝でもないただ見捨てたり逃げたりしてきたものじゃないですか。

言うようなものでもないです。

 

「気にしなくていいんですよ。私は別に隠してなんてないんですから」

でもまあ…知らない方が楽だったかもしれない事ですけどね。

 

さて、あまり乗り気ではない思考のままですが、いくとしましょうか。

 

体を起こしゆっくりと支度をする。

とは言っても昨日採ってきた物を保存用に加工するだけですけど。

 

これが終わらない限り旅に出ようにも萃香に会いにいくのも出来ないです。

 

(呑気なもんだねえ…もしかしたら明日はないかもしれないのに)

 

「人ごとのように言いますね…結構傷つきましたよ」

 

(まあ、生きて帰ってこれるって採算があるんだろ?そうじゃなきゃ今頃逃げ出してるはずだからさ)

 

よくわかってますねえ…

流石、伊達に何年も一緒に過ごしてる訳じゃない。

今だって私なら大丈夫だって本心から信頼しきっている。

 

「ふふ…今日は葛切りでも作って上げましょうか」

 

(お!本当かい)

 

意外にも猫は葛切りや葛餅などを好んで食べる。

この時代では少し味付けが濃いためあまり好まれないって言うのが印象的なのだが…猫にとっては好みだったのだ。

 

思えばちゃんと心を読めばそういうのも分かったはずなんですが……あまり困らなかったからそういうことをしていなかったのです。

まあ、能力はいざというときかこうやって会話する程度しか使わないんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大体の事も終わり改めて外を見る。

朝というよりもう夕方なのだろうか、今にも降り出しそうな空模様が一段と暗く立ち込めている。

 

「さて、行きますか」

 

(行ってらっしゃい。早めに帰ってきておくれよ)

 

あはは…早く帰らないと葛切り食べられないですからね。

そんな会話を繰り広げているせいか重い気持ちは多少楽になった。

うん、早めに帰れるようにしよう。

 

そう決意して引き戸に手をかける。

そして夕方でも賑わう人通りにその身を投げ出す。

 

 

 

 

「やあ、さとり」

 

萃香さんは私が山に入った瞬間から私の前に現れた。

文字通り、霧化していた体を戻してきたのだ。

 

「萃香さん」

いきなりすぎて心臓に悪い。

こうして山の入り口まで迎えに来てくれるということは相当なことなのだろう。

ついて来いと手招きした萃香さんの後に続きながらいろんなことを考える。

途中から無意識になっていたかもしれない。萃香の声でようやく我に帰ることが多々あった。

 

まあそんなアクシデントなどいざ知らず、萃香が現在この山に所有している家に着いたわけだ。

 

トラップなどが無いかこっそりと探ろうとする。

もし私を捕らえたり殺す気ならここではなくもっと手前で実行するはずだし鬼は卑怯な手を嫌う。

それを知っていてなお確認しようというのは、鬼以外の者…天狗とかそっちなどがこっそりと罠を仕掛ているかもしれないからだ。

 

「あー大丈夫大丈夫。罠なんか無いよ」

 

萃香さんに大丈夫と言われてしまうともう何もできない。

手間が省けて良いといえばいいのですけど…

 

「まあ入って入って」

 

急かすように私を家に招き入れる。玄関に入っただけでもほんのりと酒の香りが漂う。

流石鬼である。

 

「それで、どうして家になんて招いたんですか?」

 

案内された居間に入るや否や萃香に訪ねる。今のうちに聞いておかないと酒飲まれてややこしい事になってしまうはずだ。

 

「ん?ちょっと待っててな」

 

そう言って台所の方に向かっていく萃香さん。なにやら色々と出してきてる。

ダメだ…酒飲みながらお話し合いになる。

うん、鬼と酒が出たら次は喧嘩か勝負だからなあ……

 

あれえ?やばいですね。

ピンチ路線まっしぐらでしょうか。

 

しばらくして戻ってきた萃香さんは…

「酒臭…まさかもうですか」

 

「そうだけど?」

 

すでに飲んでしまっていた。

 

 

「えっとねえ…色々とあるんだけど…先ずは飲めや」

そう言って酒器を押し付けてくる。

お酒がこぼれそうになっているが、うまい具合にこぼさないようにバランスを取っている。

 

「いえ、私は酒飲めないので」

 

やんわりと否定。この前も言った気がしますけど…

 

「ちぇ…美味しいのに」

 

「すいません。本当に酒は飲めないんです。一部を除いてですけど」

 

「まあいいさ。そんでなんだっけな…ああ、お前さん、私ら妖怪も含めてヒトが怖いのか?」

 

いきなり突っ込んだ話題ですね。

出来ればこういう話はして欲しくなかったのですけど…

 

「ええ、まあ……怖いです」

 

「そっか…裏表がない私ら鬼すら信用できない程なのか」

 

それ自分で言います?

 

「会ってまだ時間経ってないですし」

 

悪い人たちじゃないって事は分かっている。

少なくとも普通に接している面ではむしろ親しくなりたいとまで思った。

だが、そうであればあるほど、この目が捉えるもう一つの姿を見てしまうのが怖くなる。

この目を持ち、知られたくないところまでズカズカと入り込めるこの力に…皆どう思うのか。

 

「拳で語っただろ?」

 

「生憎、拳で語り合っても鬼同士みたいに分かり合えないのです…」

 

もし私がさとりで無いのならば…もしかしたら分かり合えたかもしれない。見たくない現実を見ないで済んだのかもしれない。だが、なってしまったからにはもうしょうがない。

今となってはIf話でしかないのだ。

 

「どうして私がさとり妖怪だと分かったんですか?」

 

「そりゃ、見てたからね」

 

ん、見ていた?

 

見ていたってどういうことでしょう。一応水浴び以外ではフードを被ってるはずなのですが…

「え…まさか…」

 

「水浴びの時に注意を行うまではいいんだけど少し詰めが甘いんだね。今度からは板とかで隠したほうがいいよ」

 

み…見られてた⁉︎そんな…

 

みるみるうちに顔が赤くなっていくのが分かる。同性に見られただけだと落ち着かせようにも、逆に体温が上がって来てしまう。

 

恥ずかしくてなんか逃げたい……待て待て…問題はそこじゃなくて…サードアイがその時からバレてたのか⁉︎

 

「いやー無表情じゃなきゃ可愛いのにな」

 

 

「………」

 

「別に今無理に目を出さなくてもいいよ。あんたが悪い奴だったり性格の歪んだ捻くれ野郎だったら問答無用でしめてたけど」

 

さらっと恐ろしいこと言ってませんかね!茨木さんより怖いんですけど。

 

「えっと…話って結局私がさとり妖怪だってことを確認するだけですか?」

かなり逸れたり戻ったり色々だったが端的に言えばそういうことだろう。そして私がとてつもなく臆病であるということも…

 

「まあそれもあったけど…相手が能力を封印し全力じゃない状態で戦って勝ってもなんだかパッとしなくてね」

 

「もしかして…」

 

こんなもの心を読まなくてもわかる。

 

「そ、もう一度、今度は全力で」

 

そう萃香さんが言った直後、周辺に結界が展開される気配がした。

 

妖怪除けの結界を張ったみたいだ。なるほど、これで思う存分私の能力を使えるようにと…

 

「……分かりました。どうあがいても逃げられないですし帰してくれなさそうですから」

 

 

「そんじゃ、いつでもかかってきな」

のんびりと座ったまま酒を煽っている。

一見すれば簡単に倒せそうだが、全く攻め入る隙が見つからない。

それどころかいつでも攻撃態勢に移れるように準備しているのがよく分かる。

 

「勝負方法は…前回と同じで良いですよね?」

 

「ああ、構わんさ」

 

ルール無用の喧嘩なんかふっかけられたって勝てるはずはない。

全力だろうが本気だろうが相手はあの鬼なのだ。

 

フードの中からサードアイを取り出し、管も全て出す。

 

「……ようやく出したかって?ええ、全力で来て欲しくてここまで大掛かりなことをしてくれたのですから」

 

「お!本当に心を読めるのか。すげーな!これなら嘘とか一発で見分けられるじゃねえか」

 

「まあ、そうなんですけどね…」

 

使い方次第じゃ身を滅ぼすとんでもないものですよ。

 

 

 

…そんじゃ始めようかね

 

サードアイが思考を読むのと萃香さんの体がほぼ同時に動く。

 

私の体もそれに合わせて後ろに仰け反る。

目の前を弾幕が通過していく。

 

「外に出ようとか思いましょうよ」

 

「すまんね。勝負は待てないんだ」

 

そう言ってさらに弾幕を展開する。ほぼゼロ距離、体を捻って後ろに飛ぶ。

弾幕が壁や床を破壊する。

 

こんな狭いところじゃ不利なのは明らかである。

こっちも弾幕を放ち壊れた壁から外に体を投げ出す。

 

一瞬の浮遊感、同時に萃香さんの行動を先読み。

 

私が抜け出した穴に向けて弾幕を放つ。

同時に飛び出したばかりの体に向かってレーザーがすっ飛んでくる。

もちろん放った弾幕とぶつかり中間地点で爆発が起こる。

 

「へえ!やっぱ動きが違うねえ」

 

まあ…僅かでも先読みで動ける分早めに対処出来ますからね。

 

追いかけて来ようとしているみたいですが…そう簡単に来させません。

回避しようとした方向に弾幕を放ち動きを封じていく。

 

「……お、そこで真っ直ぐですか」

 

だが途中からだんだんと先読みが効かなくなってくる。

 

どうやら思考するより先に本能的に回避と攻撃を行うようになったみたいだ。

 

「さすが…鬼です」

 

「なめてもらっちゃ困るよ」

 

 

 

何十発も同時に発射。

同時に萃香自身も突っ込んでくる。

 

背を向けて逃げたいのが本音だが、そんなこと出来るはずもない。

目の前に萃香の拳が迫る。と思った時には体が先に動き拳を回避する。

 

「あの…殴ったりは本来ダメな気が…」

 

「これなら大丈夫だろ?」

 

まあ、妖力を手に纏わせて派手に演出するのはいいんですけど…

 

もう弾幕ごっこじゃないですよねそれ。

 

蹴りを飛ばしてくるのがサードアイ経由で脳に伝わる。

回避不能。

咄嗟に左腕を前に出し蹴りつけてきた足を掴む。

 

ゴリッっと音がして左手が変な方向に曲がる。

 

気にせずこっちも負けじとレーザーを放つ。

 

蹴りを入れた直後で無防備になっていた萃香さんはもろに命中。

畳み掛けたい私はさらにレーザーを撃ち込むが……

 

目の前から萃香さんは消えた。

 

「その能力も随分強いですね」

 

サードアイで空間を探る。

全体的に意識が散らばっているが、園内で一番意識がまとまっているところに向けて弾幕を放つ。

 

当たりはしなかったが動揺は誘えた。

実体化した萃香さんが攻勢にでる。

 

有利なように戦闘が展開しているように見えるが実際はそうではない。

事実萃香さんはまだ内心余裕だ。

こっちはジリ貧に近い。あまり戦闘経験が無いっていうのがネックになってるみたいです。

 

再び接近してくる。

やはり近接戦闘のぞみですか。私は嫌ですよ。

距離を取ろうと後ろに下がる。

その時サードアイが変なものを捉える。

「…え?もう一人?」

 

心を読んだ瞬間後ろから誰かに両脇を固定される。

 

慌てて後ろを振り向くと、そこにも萃香さんがいた。

 

「はは!分裂する事も一応できるのさ!」

 

成る程、そういうこともできるのですね。

脱け出そうと試みるも鬼の力に敵うわけもない。

 

「降参します」

 

目の前に萃香さん。後ろにも萃香さんじゃもう勝ち目なし。チェックメイトだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ…やっぱり強いですね」

 

目をフードの中に隠しゆっくりと地上に降りる。

 

「鬼をなめちゃあかんよ」

 

いや、なめてないですよ。あれで本気なんですよ。

結界が解かれ辺りに風が吹き荒れる。

 

「あー!スッキリした。宴会やろー!」

 

いやいやいや、貴方はただ飲んで食べてをしたいだけでしょ!

止めようと思ったもののもう既に宴会ムードに入ってしまった萃香さん。

それじゃ私は家で待ってくれている子がいるので早めに帰りましょーっと。

 

「おいおい、ちょっとくらい付き合ってくれよ。飲めなくてもいいからさ」

 

「あの…家で待たせてる子がいるんですけど…」

 

「じゃあその子も連れて一緒に飲もうよ。人数が多い方が楽しめるだろう!」

 

うわ、この人天狗達も巻き込むつもりだ。

 

「天狗さんも予定あるでしょうし…程々にしてあげましょう…」

 

道連れが減ると思うとちょっと気が進まないが、天狗さん達を誘うのを諦めさせる。

まあその代わりに鬼が沢山来そうですけど…

 

「それじゃあ…ちょっと用意したり連れて来たりがありますので一旦帰りますね」

 

「ちゃんと来るんだぞ!」

 

そこまで念押しをしなくても大丈夫ですよ。鬼との約束事を破ったら地獄が待ってるといっても過言では無いですから。

 

 

 

 

 

 

「と言うわけでして、40秒で支度して下さい」

 

(ちょちょ!何がと言うわけでしてなんだい!)

 

え?そのまんまの意味ですよ。

必要な物は風呂敷に包んで…ほら、いきますよ。

 

(ちょ!ま!)

 

まだ飛べない猫を抱きかかえて家の外に出る。

門番さんに変な目で見られましたけど…旅に出ると伝えたらまあ普通に通してくれた。

この時間から旅に出るって時点でアウトなんですけどね本当は…

 

 

まあ兎にも角にも、萃香さんのところに向かう。

 

既に数人の白狼天狗が巻き込まれている。あんだけ天狗は巻き込むなと言ったのに…

 

「あ、猫さんは葛切りとか食べてゆったりしていていいですよ。朝日とともにここを出ますんでそこんとこだけ気を付けて下さいね」

 

にゃーんと不機嫌そうな返事が返ってくる。

 

「勝手に連れて来ちゃってすいません」

 

再び返事が来る。不機嫌さはなくなったもののめんどくさそうだ。

 

猫に持って来た葛きりと荷物を渡し萃香さんのところに行く。

 

 

「おうおう、主役二号登場!」

 

「なんですか主役二号って…」

 

早速意味のわからない会話が繰り広げられる。

咄嗟に茨木さんを探そうとしてしまった私は悪くない。

 

「えと…天狗さんが犠牲になってますけど…」

 

どうみても酒に弱い人達としか思えないものの…鬼にとっちゃ関係なかったかと思い直す。この様子だと私も飲まされる可能性が…

 

「あの…夜明けには旅立ちたいので…あまり無茶をさせないでくださいね」

釘をさすつもりで言ったのだが…逆にみんな驚愕した。

 

「え⁉︎なにここから離れるの?初耳なんだけど!」

 

そりゃ言ってませんから。初耳もなにもありませんよ。

 

「今から行くのか?春まで待てばいいじゃないか」

 

まあそうなんですけど…正確な時期が読めないのでなるべく早いうちに出たいんです。

 

口々に行かないでほしいと反論してくる。

なんで私なんかを引き留めようとするのか全くわかりません。そこまで私は皆さんに好かれるような事もなにもしてないですし、なにもしないでいれば勝手に周りは避けていくような天性の嫌われ者ですよ。

 

「こんな時期に旅に出るなんて珍しいね。……都で何かあるのかい?」

 

酔いが回ってフラフラとしているもののその鋭さは健在ですか…

 

「まあ、ちょっとした用事です」

 

「なるほど…じゃあ旅出を祝って飲むぞ!」

 

あはは…萃香さんらしいですね。

下手をすれば数年単位でいないかもしれないですから…今のうちに楽しんでおくのも悪くはないでしょう。

私の内心をしってか知らないのか萃香さんが食べ物を用意する。

 

はて…さっきまで家は半壊してたはずなのですが…いつの間に直したのでしょう。

気にしないことにしましょう。

 

 

不意に私の膝下に何かが乗って来た。

 

「あら…猫さん」

 

「お、猫じゃん。かわいいな」

 

どうやら食べ終わって眠くなったのでしょう。だからと言って膝の上に乗ってくるのもどうかと思いますけど…

 

「名前つけてないのか?」

 

「まだ名前はつけてないです」

 

周りの喧騒を無視するかのように丸まって寝た猫を撫でる。

いつかこの子の名前をつけてあげないといけないですね…まあまだ先でいいか。

 

「じゃあ名前つけようか!」

 

「……え?」

 

萃香さんの声に茨木さんや勇儀さんが集まってくる。

 

「んーー?黒猫の…妖怪?」

 

ざわざわとし始める。あの…私が決めるんで…え?火焔猫?冗談でしょ?

 

 

 

 

 

え?冗談じゃなくて?いやいやいや決めたじゃなくて。

 

あの…猫さんもあっさり肯定しないでくれます?

ええ…まあいいですけど。

 




再びかラーユさんに描いていただきました!

【挿絵表示】


例のシーンのものとなります。


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depth.9雪の日のさとりはどんよりするのか?

寒さも一回りすればあったかく感じるって思うけど実際はそうでもない。

寒いものは寒いし思い込みで無理に寒くないと暗示をしても今度は目の前を塞ぐ白い氷の結晶が邪魔をする。

 

「珍しく豪雪になりましたね」

 

(全くだよ…なんでこんな時に…)

 

まあ、秋があんなに寒かったのだからこうなるとは予想してましたけど…

 

妖怪の山を出て一ヶ月。

最初は結構順調に進んでいたのですが集落を一つほど超えたところで大雪に見舞われ全く身動きが取れなくなってしまった。

 

天候も悪化したままで飛ぼうにも飛べない。いや飛ぼうと思えば飛べるんですけど風に煽られたりなんだりであまりやりたくないのが本音です。地上を歩こうにも雪で行き足は落ちるわ…やっぱり春まで待ったほうがよかったでしょうか?

まあ今更遅い後悔なんですけどね。

 

(寒い…)

休憩してる私の横でお燐が丸まっている。

貴方より私の方がよっぽど寒さに晒されるんですけど…ねえ。

 

「寒いですね…火でも起こしてくださいよ」

 

(なんであたいがやるのさ?)

 

なんとなくですかね。私が起こしても良いんですけどお燐だってたまには手伝ってくださいよ。

 

「いいじゃないですか。折角火焔猫燐って名前になったのですから」

 

(それ関係ある⁉︎)

無いですよ。なんとなくです。

 

「なんとなく火を起こせそうじゃないですか。っていうか名前言いづらいですね。火燐でいいですか?」

 

(なんちゅう酷い略し方なんだ…)

 

冗談ですよ。言いづらいのは本当ですけど。

 

(って、さっきお燐って言ってたんだからそれでいいじゃん!)

 

まあそうなんですけどね。なんとなくあだ名はつけてみたくなるじゃないですか。ほら…

 

「で、火をつけてください」

 

(ごめん。まだそういう妖力の使い方とかまだ出来ないんだ)

 

「じゃあ今覚えましょう。大丈夫、痛くはしませんから」

 

(いやいやいや、だったらさとりが火を起こせばいいじゃん)

 

 

まあ、寒いからと現実逃避するのもこのくらいにしてと…

 

 

「これ以上天候が悪化すると嫌なので今のうちに行けるとこまで行きますよ」

 

雪に埋もれていたお燐を抱き上げ雪を払い落としてあげる。

寒そうに体を身震いしてお燐は服の中に潜る。一瞬肌に冷たい毛並みが触れる。

しばらく無言でもぞもぞと動いていたお燐だが、少しして頭を出して来た。

(いやあ…あったかいねえ)

 

ぬくぬくとあったまっているところ悪いですけど…ちょっと寒くしますね。

言葉にはしないがそういう念を込めて頭を撫でる。

それを察したのかお燐が再び服の中に潜る。毛並みが擦れてくすぐったいのですけど。

 

足の方に力を入れて飛び上がる。

そのまま身体を前に倒して飛行形態をとる。

 

冷たい風と雪が一気に降り注いでくる。これはまだいい方だ。ブリザードだったりもっと天候が悪化すれば飛ぶことすら困難になる。その時はどこかで暖を取らないといけない。

 

(うわわ!寒いってば!)

 

全く、お燐は寒さにとことん弱いんですから…

 

そうしてしばらく飛んでいくことにした。

まあたまに風に煽られて落ちたり進路がずれたりあっけど大したことではないので放っておく。

一回お燐が寒いって文句言って暴れたせいで乱れた服の隙間から落ちたが、まあ自業自得だろう。

 

 

 

 

数時間後…

 

 

 

飛んでいたのはいいのだが…

 

日が落ちて完全に周りは真っ暗になってしまった。

雲に隠れて月明かりは期待できず、冷たい雪と風が体に打ち付ける。

これではどっちに行けばいいか全く分からない。まあ今までも勘で飛んでいたようなものなのだが…

 

「お燐、夜目で見えますか?」

 

(ごめん、全然見えない)

 

お燐ですら見えないとなるともう無理だろう。

 

雲の上にでも出れば楽なのだが、雲に入ったところで私はいいとしてお燐が耐え切れるか分からない。

ましてや雲の中に入ったことなどないからどうなるか全く分からない。

 

一旦降りて日が昇るのを待つしかなさそうです。

周りが見えないのでゆっくりと高度を下げていく。

 

 

 

 

「あれー?どこかでみた顔だなあ」

不意に横で声が聞こえた。一瞬驚いたが、聞いたことある声だとわかった瞬間警戒もしなくなった。

 

まあ警戒したところでもう無理な距離ですし、向こうが襲ってくるならもうすでにこっちは襲われてますし。

 

「いきなり声をかけるのはやめてくださいよ。ルーミアさん」

 

「あはは、ごめんね。いつものことだからさ」

いつもの事って…まあ食べてもいいかどうか聞かれるよりはまだマシなのでしょう。

 

声のする方を向いても闇が広がるだけでなにも見えない。

本人も常闇、周りもやはり常闇では何処にいるのかすら分からないのが本音だ。

まあサードアイで大体の位置は分かっているからいいのだが。

 

「それよりこんな日に一体どうしたのだー?」

 

不思議そうに尋ねてくる。本心からの疑問のようだ。

 

「まあ色々ありまして、一晩どこかで泊まろうかなと…え?いいところ知ってるって?泊めてくれるんですか?」

 

相手が喋る前にこっちが答えを導き出す。

 

あまりしたくはないが、今は寒いのだ。さっさと結論が欲しい。

 

「……別にいいのだー。案内するのだ」

そう言って移動し始めるルーミアさん。正確にはルーミアさんの思考が動いているだけなのでルーミアさん自体が動いているのかどうかは全く分からないんですけどね。

 

よかったです。ちょっと強引かなと思いましたけど、

 

 

(なんだい?常闇の妖怪かい?)

 

「ええまあ…」

 

案内すると言われても姿が見えないので案内にならない気がするが…まあ気にしない。

こういう時に思考の発信源を探れるこの能力(忌まわしきサードアイ)は便利だ。

 

 

 

 

「ここなのだー」

案内されたのは一軒の家だった。

いや、家のようなシルエットが薄っすらと闇に浮かんでいるからそう判断したまでで実際家かどうか分からない。

 

周辺にも何軒かあるみたいだが、どれも人が住んでる雰囲気はない。廃村みたいなとこだろうか?

いや廃里?廃集落?

関係ないところに思考がいってしまう癖はどうにかした方が良いのですけど…なかなか癖は治りませんね。

 

 

まあ、考えても分からない。分からないことは素直に諦める。明日にでも探ってみることにしよう。

やはりというべきか…中も真っ暗でなにも見えない。

 

「あの…ルーミアさん。あかりとかないんですか?」

 

「ないよ」

 

即答ですかい。

まあ本人は困ってなさそうなんですけど…前が見えないと色々大変じゃないんですかね。

 

「なんだか散らかってるように感じますけど…」

 

足元に気をつけながらルーミアさんに続いて奥に入っていく。

 

丁度囲炉裏のようなところについたのか彼女は腰を下ろした。

 

それに続きこっちもゆっくりと腰を下ろす。やはり見えないのは辛い。

 

少しだけ明るくしたいと思う。お燐もそれを望んでいるみたいですしルーミアさんは…まああった方が便利だなくらいか…

 

 

「あの…灯いいですか?」

 

 

「ん?別に構わないのだー」

 

それではと灯りというか火種をポンと手に出す。

近くに藁とか木とかがあればそれに火を移すことも出来るんですけどあいにくそんな都合のいいことはありません。燃費が悪いですがこのまま継続させましょう。

ほのかな明かりが真っ暗な中にいろんなものを浮かび上がらせる。

ルーミアさんは闇の中では見えてないとか言ってたりするけど本当にそうなのか怪しい。それほど正確に散らばってるものを分けて座っている。

 

 

「おー明るくなったのだ」

 

「ーー……」

 

 

 

明かりの中に照らされたそれをみて、やはりというべきかなんというか…再確認をした気分だった。

 

 

ああ、やっぱり妖怪だったか。

 

周りに転がる人の骸。一人や二人ではなく何十人もだ。

 

私の横にも子供のものと思われる小さな骨や女性の骨盤と思えるものもいくつか転がっている。

そんな異常な光景を、ルーミアさんはさぞ当たり前のように思う。お燐もなんとも思っていない。と言うか少しは肉が残っていてほしいとさえ考えている。

 

そんな二人を見ている私ですら……散らばる人の成れの果てになんとも思わない。それを異常だと思う心でさえ、骸に同情なんて起こらないし、それが当たり前でただ普通のことだとしか考えられない。

やはりいくら人であろうとしても根本的なところは妖怪だったのか。と思わざるを得ない。

まあ、それが悪いとか悪くないとかそういうのは問題ではないし罪悪感なんて持ってたら自らを消滅させてしまいかねないからいいんだけどね。

 

人でありたいと思ってもやはり妖怪。人のように振舞えても本質は変わらないものなのだ。まあこれは全てにも言える。本質なんて大したものでもないし、あまり変わらない。

 

「ふうん…だいぶ食べたんですね。美味しかったんですかね」

 

故に私も、さしあたり定型文で返す。

 

「あー…多分この集落の人全員かな?まあこれで数十年は人を食べなくても生きていけるからいいんだけどね」

 

さぞ美味しそうに食べる姿が脳裏に浮かぶ。

サードアイが映す幻想なのか…それとも私自身が想像しているのか…

 

暖を取れる場所が見つかってホッとしたのかお燐は丸まって寝始めた。

寝ながらも周辺を警戒するあたり、妖怪になっても野生動物としての感覚は健在なのだろう。

周りが骸という異常状態を除けばだが…

 

燃費の悪い火種をいつまでも付けているわけにはいかない。それに雪で湿っているせいでそろそろ付きが悪くなって来た。

 

灯を消して体を楽にする。

「二人とも寝るのか〜♩」

 

まあ疲れましたからね。主に雪の影響で。

後は精神的に疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

日が昇ったのは分かったのだが相変わらずの天気のせいであたりは薄暗い。

いつも定時に起きるようになってはいるのだがここまで周りが暗いと時間が分からなくなってくる。

 

ルーミアさんとお燐は先に外に出て遊んでいるのか玄関が開けっ放しになっている。

そこから吹く風が、骸の合間を通り抜け変な音を出している。

普通なら不気味としか言いようがないが、私にはその音が泣いているように聞こえる。

聞こえたところで同情なんて出来ませんけど。

 

「まずは部屋の片付けですね」

 

おもむろに立ち上がり、沢山の骨を無造作に砕き灰にしていく。

そして灰を丁寧に外に運び、雪に埋めていく。

 

次の人生は不幸なことが起こりませんように。

 

なにがしたいかと言われれば自己満足としか言いようがない行為なのは重々承知してます。

ですけど人でありたいと思う心はこれをやろうと思ってしまうのも事実。

欲を言えば一人づつしっかり埋葬してやりたいのですけど、人数が多いのでそれも無理です。

 

 

灰を埋め終わったところで二人が帰って来た。

いや、一人と一匹か。

 

「お燐、その酒粕はどうしたの?」

 

(あそこの家にあったんだ)

 

そう言って尻尾で一軒の家を指す。

除雪する人もいないのか屋根にたんまりと雪を乗せ、いつ倒壊してもおかしくない姿の家がそこにはあった。

 

さっき埋めた灰の中にかつての住民もいたのだろうか。

 

 

「まあ…いいわ。甘酒でも作ろうかしら」

 

「甘酒?なんなのだーそれ?」

ルーミアさんが不思議そうに周りをくるくると回り始める。

 

そういえばこの時代ってまだ甘酒とかそういうのは無かったんでしたっけ。

普通の酒はあるはずだから甘酒もあっていいと思ったのですが…まあないなら作ればいいか。

 

「まあ…ちょっとした飲み物です。火元を使ってもよろしいでしょうか?」

 

構わないのだーと返事をしながら再び外に出ていく。

酒粕を置いてお燐もそれを追いかけていった。二人ともマイペースなんですから

 

 

「さて、さっさと作りますか」

 

一人家に残ることにした私は火をおこす準備を始める。

そこらへんの木材は使えないので仕方なく床を剥ぎ取って燃料にする。

 

……火の放つ音と作業する音以外しない静寂な室内とは対照的に外は賑やかだ。

寂しいとかお燐達のところに混ざりたいとか一瞬思ったものの、あったかい物を用意してあげようという気持ちの方が強く出てるようだ。

 

お人好しなのかお節介なのか…なんとも言い難い私の感情だ。やはり自分の感情ほど難しいものはないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたいはまだ人型を取ることは出来ない。

だからといってこのままでいいわけでもない。

 

少なくとも…

 

「ほらいくのだー!」

 

 

目の前の常闇妖怪が投げる雪玉くらいは避けれるようにしないと。

 

こっちの動体視力を優に超えた速度で飛んでくる無数の雪玉。

こんなの雪合戦じゃない!

 

っていうかなんで猫のあたいと雪合戦なんですか!

あたいは寒いの嫌だって言ってるじゃないですか!え?猫の言葉なんてわからない?すいませんね!まだ人型になれなくて!

 

元々はなかなか寝付けず朝日が昇って直ぐに他の家の探索に出ちゃったあたいが原因なのかもしれない。

まさかルーミアが後をつけて来ていたとは…朝方でまだ寝ぼけていたのかなんなのか…気づいたら雪合戦しようという誘いに乗ってしまったあたいを呪いたい。

 

あ、あん時のあたい呪ったら今のあたいが居なくなるじゃん。

 

「おらおらおら!さっさと撃ち返しなさい!」

まあ今の状況より大分マシにはなるのかな。

少なくとも大量に雪玉を投下してくる時点で反撃なんて出来ないんですけどね。

 

雪玉作れないって!あ!せっかく作ろうとしたのに壊すな!

 

 

「あははー!避けるな!」

 

なんだその理不尽な命令!従ってたまるか!

 

にぎゃー!たくさん投げてくるな!嫌だあああ!

回避の練習になるのはいいけどこれじゃ戦えないって!

 

「えーい!」

 

巨大な雪玉が宙を舞う。回避なんて無理なほど大きくて早い一発だ。

あ、これ死んだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊んでますねえ…」

 

玄関先でお燐とルーミアの雪合戦が展開されていた。

 

二人とも楽しそうに投げてますね。一方的ですけど

一回ほどしか会ってない相手なのにルーミアさんはあんなに呑気に遊んでられるとは…能天気なのか心が広いのかなんなのか。まあ悪い妖怪では無いです。

食に問題はありますけど。

 

 

 

飲んであったまったら都まで行きますか。確か…今は奈良の平城京のはず…うーん年代が分からないのでは憶測しか使えませんね。

 

 

雪玉の中からお燐が出てくる。

 

「あの、そろそろ雪遊びも終わりにして…」

 

「お?出来たのかー?」

 

匂いに気づいたルーミアさんが一目散に近づいてくる。その際にお燐を踏んづけているのは見なかったことにしましょう。

(ちょっと!さとり!)

 

見なかったことには出来ませんね。

直ぐに雪から出してあげる。

 

余程寒かったのか体がガクガク震えている。

体温も結構下がって来ている。

「やれやれ…だから外で遊ぶのは控えた方がいいと…」

 

(言ってないよね)

 

言ってませんよ。

だって言う前にもう外にいたじゃないですか。私の知るところじゃないですし。

 

 

「……あったかいもの用意しているので、それを飲んで落ち着きましょう」

 

冷え切ったお燐を抱きかかえあっためてあげる。

冷たい体が服越しに伝わってくる。

 

「遅いのだー!」

 

玄関の方からルーミアが急かしてくる。そう急がなくても逃げはしないっていうのに…

団欒と言う言葉は私には似合わないですが、悪くはないのかもしれませんね。

 

そう思ったっていいじゃないですか。まあこっちから他人を信用しなければそんなことは一生出来ないってのは分かってますけど…

 

信用するって難しいです。特に私は臆病ですし怖がりですし……自分で言うのもなんですけどね……

 

 

 

 

「ところで、これからどこに行くのだー?」

 

綺麗になった部屋が気に入ったのかはたまた甘酒が美味しかったのか上機嫌なルーミアさんが聞いてくる。

 

「そうですね…ちょっとした気まぐれとお節介でちょっと都に行こうとしてまして…」

 

雪で身動きが取れなかったんですよね。

 

「ふうん……」

 

なにやら考え始めるルーミアさん。

それを見たお燐が私の膝の上で爪を立てて威嚇し始める。

さっきのことを根に持っているみたいだ。

 

「お燐、落ち着きなさい。今の貴方じゃ無理よ」

 

ルーミアさんはあまり気にしていないのだがこんな事で殺し合いに発展したら目も当てられない。

ましてやお燐とルーミアさんじゃ戦闘どころか一方的な蹂躙にしかならないだろう。

 

まあルーミアさんがそんなことするとは思えないが……

 

《おい猫、少しうるさいぞ》

 

前言撤回。ルーミアさんならやりかねない。

威嚇し続けるお燐に殺気を浴びせる。

 

(……分かったよ)

 

ようやくお燐も威嚇をやめる。

「仲良くしてくださいよ二人とも…」

 

むすーっとして不機嫌さを若干アピールしてみる。

 

(無表情でそれはないわ)

 

酷い!一番気にしてたところをズバッと言ってきた!酷すぎる。この子人間じゃない!

 

(いや、猫の妖怪なんだけど……)

 

知ってますか?そう言う野暮なことは言っちゃダメなんですよ。

今知ったんだけどって言うのも無しですからね。良いですね。

 

「うん、さとりーちょっと良いかー?」

 

おや、ルーミアさんがなにやら決めたようですね。なにを決めたのでしょうか…

 

ふむふむ……

 

「天候が回復するまでここで一緒にいてよー」

 

「ご飯を毎回作ってくれと……」

 

本心をズバッと言う。

ソーナノダー…と目を逸らしながら言ってくるあたり誤魔化すことはしないのだろう。

まあ誤魔化しても無駄だと言うのは知ってるだろうから深くは言わない。

 

「別に構いませんよ。ただ…」

 

食料が足りるかどうか。

手持ちの分だとどうにも足りそうにないが…ルーミアさんは別に食べなくても何十年かは平気とか言ってたし、そこは色々やりくりしていけば良いか。

 

「じゃあ食事は任せたのだー」

 

そう言い残して闇の中に潜るルーミアさん。

少しの間もぞもぞと闇が蠢いていたがそれも治って来た頃には中から規則正しい寝息が聞こえるようになっていた。

 

(あたいも少し寝るかねえ…)

 

お疲れ気味のようですしそうしてください。

あ、私は火の番してますからゆっくり寝ていて良いですよ。

 

それを聞いて安心したのかお燐は私の膝上で丸くなった。

可愛いものです。

 

しばらく揺れていた尻尾が動かなくなる頃には火の番をするのも飽きてくる。かと言って他にすることも無い。

 

寝なくても別に身体に支障は無いんですけど、仮眠をとるべきでしょうかね……

そう思って目を瞑ってみるが今度はサードアイの情報が鮮明なものとして入ってくる。主にお燐のものなのだが…

 

へえ…サードアイって夢も覗き見できるんですか…

 

あまり知りたくなかったものだ。まあ知って損はないと思いたいのだが…

 

情報が煩くて仕方ないのでサードアイに布を被せて能力を切る。

本当、四六時中ずっと心が視えるなんてやってられないですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

住めば都とかなんとか言うけどこんなところにいて都とか住みやすいとか思ったことはない。

物は足りなすぎるし雪のせいで道はなくなってしまっている。

ましてやルーミアさんは生活力なさすぎです。雪かきくらいしましょうよ。

 

ルーミアさんと一緒に過ごし始めて数日。

雪は降ったり止んだりを繰り返していて一向に溶ける様子はない。

溶けるどころか晴れる事すらしてくれない。

 

気まぐれなお燐とルーミアは朝起きれば大体どっかいってるし寝床の家の事はほったらかし。

 

このままだと雪の重みで建物が倒壊しかねないので私一人で雪降ろしだったり家の前の雪かきだったり…本当、何処の豪雪地帯ですかここは。

もっと標高のあるあの人里とかだって去年はここまで降りませんでしたよ。

 

全く…大雪だ事。

 

お燐とルーミアさんが何処で何してるのかは分かりません。

まあ、そのうち帰ってくるでしょう。それまでに建物の補強も済ませて…あれも作っておかないと。

 

雪を妖力弾で吹っ飛ばし近くに山を作っていく。

まあ妖力の使い方練習としては使えるんで良いんですけどね。

問題点は騒音が酷いと言うこと。他の妖怪が寄って来てしまうがまあ気にしない。

 

こうやってあらかたの雪を吹き飛ばし終えたら今度は近くの家…今は残骸になってしまっているところから木の板をいくつか取ってくる。

 

今日中に完成させたいですね。

寒いからこそそう言うのを作りたくなる。

前世記憶がそうさせようとしているのかはたまた別の感情からいているのか…

私の知るところではありませんね。無意識さんにでも任せましょう。

 

あ、無意識は意識できないんだったっけ。

じゃあ仕方ないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前中にルーミアさんが帰ってきた。

まあ午前かどうかは知りませんが大体の感覚で午前って事で。

 

どうやら何処かで戦ってきたようで身体中傷だらけだった。

 

「あー……応急手当てするんでこっち来てください」

なにと戦って来たかまでは視ませんが、取り敢えず勝てたと言うことだけは確認しておく。まあ…恐竜と戦って生きてたとかそう言う記憶を持ってるんだからそう簡単にくたばるとは思ってませんけど。

 

「大丈夫だよー!放っておけば治るって」

 

そう言って傷を闇で隠し始める。

傷口の周りに妖力を集中させてそこの部分だけ再生力を高めているみたいだ。

ふむふむ、そうやって傷を治しているんですか…私もできるようにしならないといけませんね。

勿論そんなの使わない生活の方が望ましいのだが、そうも言ってられない事だってあるかもしれない。生きると言うのは大変な事ですよ…

 

 

そんなことをふわふわと考えているとお燐が帰って来た。なんか肉の塊を引きずってである。何処でそんな人肉をゲットして来たのか分からないし分かる気もありませんけどこれで今夜の二人の食事は心配しなくても良さそうですね。

え?私ですか?いやですね食べませんよ。

 

それよりももう少しであれが完成するのでそっちを先に作っちゃいましょうか。

 

私は感情の一部を少し視るだけで十分ですから…

 

(さとり?何処へ行くんだい?)

 

「ちょっと作るものがあるので…」

 

 

気になったお燐が裏手に開けた第二の玄関(ルーミアさんが開けた大穴)

から外を見る。

 

 

 

(なんなんだいあれは?)

お燐が不思議そうに私の横に置かれた大きな樽擬きを見る。

人が二、三人が入れそうなほどの大きさのそれは樽というか浴槽に近いものだ。

「一応樽です」

 

(樽と言うか箱に近い気がするんだが…)

 

本当はドラム缶とか室内据え置きの大型桶にしたかったんですけどここどうせ仮の家ですし、冬の間だけ保てばいいと言う感じで作っちゃったのでなんともですけど。

ドラム缶なんて鋳造技術がほぼないこの時代では作れないんですけどね。

 

え?何に使うかって?まあ、良いじゃないですか。

 

(いやいや、気になるんだけど)

 

「まあ見ていてくださいって」

 

薄化粧のように白い雪をかぶった木の板を引っ張り出し手で適当な長さに切断していく。

 

「あ、お燐は食事して来て良いですよ。私はしばらくこっちで作業をしてますので」

 

分かったよと尻尾で合図しながらお燐は家の方に戻っていく。

 

 

「さとりは肉食べないのかー?」

 

「あはは…まだ人肉はちょっと抵抗がありまして…二人で食べてて良いですよ」

 

その返事を聞いた彼女は一瞬残念そうな目をしたが嬉しそうに家の中へ入っていき見えなくなった。

 

その後少しの間バタバタと音がしていたのは言うまでもない。どうせ、お燐とルーミアさんで食べる部位の事で揉めたのだろう。

 

後少しですしさっさと仕上げましょうか。

 

再び私は作業に戻る。雪が酷くなったら作業中断、天候がいいうちに完成させないと

 

 

 

 

 

 

 

(さとり、また木材集めでもしてるのかい?)

 

桶を放置して何処かへ言ってしまった私を心配したのか探しに来てくれたみたいです。

 

「ええまあ…出来れば乾燥してるのがよかったんですけど雪の中にあったやつじゃ無理そうですしもうそろそろ戻りますよ」

 

(ふうん…燃料にでもするのかい?)

 

「…よく分かりましたね」

 

肩の上に飛び乗って来たお燐の顎を撫でる。

 

(大体は分かるさ)

 

膝下まで埋まってしまう雪の中をゆったりと家に戻る。

本当は飛べば早いのだが雪の中を歩くのも悪くはない。

 

それにお燐が肩に乗ってては飛ぼうにも飛べないし、下ろすのも可哀想だし…結局歩く以外選択肢がないんですよ。

 

 

あの樽のところまで来たところで材木を先に放り投げる。重いんですよこれ。

 

お燐をそばにおろして雪かきの際に出た雪の山から妖力で集めた雪玉を完成して、置いてあった樽に入れる。

 

「よいしょっと…」

雪の重みでずっしりとした樽の下にある程度のスペースを設ける。

後はそこに材木とか炭をぽいぽい放り投げる。

燃焼効率?知ったこっちゃないですよ。

 

「着火…」

 

いちいち火力調整するのが面倒ので一気に燃やしちゃいます。

 

(おおう…大胆に燃やしていくねえ)

 

良いじゃないですか。面倒なんですもんこう言うの。

 

さて、さっさとお湯にしてしまいますか。

更に火力を追加していく。

雪がどんどん溶けていきあっという間に水になる。

水かさが低いのでさらに雪を追加。

ついでに火力も上げていく。

(燃えないのかい?)

 

「燃えませんよ?水の沸点は100度ですから」

 

誰かは忘れましたけど…もっと熱くなれよ!って叫んでおきましょうかね。そうすれば全部燃えるかな

 

 

 

 

 

あ、恥ずかしいのでやりませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど良い感じに水があったまって来たところで家の方から雪をかき分けてくる足音がする。

 

手が離せなさそうなのでサードアイで後ろを確認する。

「ちょうど良いくらいですかね。焚きましたよ」

 

「なんなのだー?これ」

 

目の前で湯気を上げている大きな樽を見て不思議そうにしているルーミアさんが脳裏に現れる。

 

「お風呂ですよ」

 

そういえばまだお風呂の文化って無いんでしたっけ。私も含め妖怪は水浴びくらいしかしていませんし…それで汚いとかなんだとかそう言うわけでもないのでまんざら気にしてなかったんですけど。

 

前世記憶(仮)はお風呂に対して人類が開発した超技的兵器の一種であると言っていた。

なんちゅう記憶の仕方だと思ってしまうが確かにお風呂は炬燵とともに恐ろしいものであるのには変わりない。

 

お風呂ってなんなのだーと疑問が溢れかえる。

 

「なんて言えば良いんでしょうね…ゆっくり気を落ち着けるお湯でしょうか?」

よく分からない答えをする。私自体あまりそう言うのは分からないようなものだ。

 

「まあ、ゆっくり浸かってください」

そう言う時は使えばわかると言った感じだが仕方ないだろう。

 

分かったのだーと返事が聞こえ後ろの方で布がずれる音がする。

だが、布がずれる音はするが布が落ちる音はしなかった。

 

そういえばあの服のようなものって闇だとかなんだとか言ってたなと今更ながらに思い出す。

まあ別に気にすることでもないので私は火の管理に集中する。

 

 

「これ入っていいの?」

 

「ええ、ゆっくり浸かってください」

不安なのかなんなのか躊躇している。

一応ここ外なので寒いと思うんですけど…

 

 

 

………

 

 

 

「あったかいのだー。癒される…」

 

おそるおそると言った感じでお湯に入ろうとする様子を見てから数分後…完全にお風呂の虜になってしまったようだ。まあ周りが寒いからそうなってしまうのも仕方のない事なのだが…

 

 

「ゆっくりしてて良いですよ」

 

まあ見張りも兼ねてるけど、ルーミアさんなら危なくなったら闇に紛れちゃうから良いか。

 

「さとりは一緒に入らないのかー?」

 

「私は火の管理がありますから…」

 

 

それに貴方のナイスバディと一緒に入ったら色々と…うん…嫉妬とかなんとか……わ、忘れましょう!この思考は無しで!無しでお願いしますからね!

 

トリップしかけている思考を無理やり消し飛ばし火元管理を行う。

こう言う時に無表情なのは便利だ。

(なに照れてるんだか…)

 

「あら、お燐」

 

「お!一緒に入るかー?」

 

お燐って水浴びとか平気な方でしたっけ?

あ、嫌がるそぶりがあればこっちには来ないか。

 

あーでも温度的に大丈夫だろうか。熱過ぎると猫の体じゃ火傷しちゃいそうですし…妖怪だから大丈夫だと思いたいのですが…

 

(あー…遠慮しておく)

 

はい!強制的にドボン決定!

 

逃げようとしたお燐を捕まえてルーミアさんに差し出す。

 

「入りたいそうですよ」

 

(へあ⁉︎ちょ!なに言ってるのさ!)

逃れようと暴れますがそう簡単に逃がしません。ゆっくりと楽しんでくださいね。

 

「そうなのかー!一緒に入ろうなのだー」

 

(うぎゃあああああ!)

 

 

 

しばらく暴れ続けたお燐だが、5分もすればお湯の中でルーミアの腕に収まっていた。

(あー…ちょうど良いくらいだ)

 

ふふふ、喜んでくれると作った甲斐があります。

 

ただ…

 

「あの…私にお湯をかけてくるのやめてくれます?」

 

 

「良いではないかー」

 

あー体拭くタオルとか用意しなくちゃなあ。

取って来ないと。火の管理は強火のままでいいか。

 

(ちょ⁉︎さとり!なに言ってるんだい!)

 

まあ冗談ですけどね。

 

「のぼせないうちに上がってくださいね」

 

「わかったのだー」

 

 

私はもちろん後で入りますよ。ただ、ルーミアさんが火の管理調整出来るかどうか次第ですけどね。

 

出来なければ?その時はお風呂は諦めます。仕方ありませんよ。お燐はまだ火の管理とか出来ませんから。

 

 

 

 

 

 

 

結局、ルーミアさんは火力調整が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

少女、越冬中

 

 

 

 

季節が巡るのは早い。

私がお風呂だったり家の改築だったりを行ってから数日後には天候が回復。

今日は、久しぶりに晴れ空になったみたいだ。

「これなら…行けそうですね」

 

13回ほど昼夜を共にした家の方を振り返る。

 

「もう行くのかー?早いのだー!」

 

「そう言われましてもねえ…」

 

うーん、ここまで懐かれてしまってはなんとも言えないのですが……

 

「じゃあ私も一緒に行くわ!都でしょ!」

 

え?

 

ルーミアさん良いんですか?都の近くとはいえ陰陽師とか神官とか一流の妖怪退治屋とかわんさかいますよ?多分ですけど…

 

「別に、悪さしないで静かにしていれば問題ないのだー」

 

「なら良いんですけど…」

 

考えようによってはかなりの戦力アップではある。

 

 

「ところで、都に何の用があるのだー?」

 

「まあ…ちょっとした事ですよ」

 

半分…と言うかほとんど私の自己満足だったりしますけど。

 

多分ルーミアさんも薄々それに気づいているのだろう。それでもなお私についていくと言うのだ。それを断るほど私は冷酷でも性格が歪んでもいないと思う。

 

「じゃあ…いきましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

時は奈良時代。平城京に都が遷都されて早数十年と言ったところだろう。

まあ正確には都じゃなくてその周辺…竹林のあるところに用があったりなかったりなのですがね。

 

 

朱雀大路を中心として左右に碁盤の目のように区画整備された都を見ながら周辺を飛び回る。

 

近くにはいくつか集落も点在しているので別に都に入らなくてもあまり問題はない。

 

ここが東方Projectの世界で、私と言うイレギュラーがいると言うことを差っ引いても起こるはずである。

 

なら竹林の何処かにいるのだろうか。

まだ始まっていないと思いたい。というか、それに付随する噂は今のところなかった。

本来この件に私が関わる必要など皆無だ。それどころか原作の流れがこの世界に存在するのであればその流れに干渉し、別のものに変えてしまうかもしれないのだ。だがもう既に私の行いで大きく変わってしまったものあるのだしなにを今更だとは思う。

 

もう今更そんなことを悩んだって仕方ないのだ。ならば盛大に掻き回して、将来の平穏への布石としよう。

 

あと私はお節介だ。しかもそれを周りに振りまくと言う大迷惑っぷり。自覚してるのに辞める気は無いのだ。だから今回ターゲットになったあの人達には悪いですけどおせっかいに付き合ってくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

今は昔竹取の翁と言うものありけり…

野山に入りて竹を駆逐しつつ、よろずの武装に使いけり。

 

あれ?違いますね。

 

いや、細かいことは気にしない気にしない。

 

(いやいや、なんで翁がそんな物騒なことしてるのさ)

 

「翁も色々あったんでしょう」

 

「そーなのかー」

 

名をば、讃岐のスネークとなんいいけり

 

(絶対ちがああう!)

 

知ってますよ。

 

(開き直った!この人開き直った!)

 

 

茶番は置いといて、月の民の物語を、始めましょうか。

 




感想待ってます。


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depth.10さとりは臆病なのか

前世では物語として平安時代に書物化され伝承されるはずの物語が現実にあろうとなかろうとそんなことは世界にとって些細なことらしい。

 

今は昔、そう語られる時代を生きている私にとっては今は今、未来なんて知らない。若干良くなるように立ち回ろうかな程度の考えで行動する事がほとんど。

何が言いたいのかって言われれば、結末は結局同じなんだし大きな目で見れば私が何をしようと大体のことは世界の真理とかそう言うわけ分からんもんでどうにかかき消されちゃうんだよねってことで要するに…

 

「村を一つ襲っても問題ないですよね」

 

結局それを行うためだけの理由付けである。

 

(唐突だねえ…どうしたんだい?)

 

 

「いえ、ねえ…勝手ですけど家を作る資材を一から作るって時間と手間がかかるじゃないですか」

 

「そうねー…私はふわふわしてるから完成したら呼んで欲しいのだ」

 

 

いやいや、そう言うことじゃ無くてですね。

 

(要するに村の家に居候したいけどどう見てもそんなの不可能な面子だから家だけ貰おうって事でしょ)

 

「おお、大体合ってます」

 

「んー?なんて言ってるのかわからないのだー」

 

あ、分からなくて大丈夫ですよ。この件はこっちで対処するので。

問題は、都の近くで暴れてしまえば都から陰陽師達が飛んで来て大惨事になるって事なんですよね。

 

ここは上手く立ち回って家に居候……今出来ないって潰したばかりの選択肢だった。

 

「実質十数年くらいしか使わないような家なので別になんでもいいんですよね」

 

(じゃあ作った方がいいじゃん)

 

そうなんですけどね…いやあ〜丁度いいところに都の近くの集落に空き家ができたんですよ。なんででしょうね。

 

(……知らない)

 

 

 

「ま、私が住む家じゃ無いんですけどね」

 

そう言うとお燐がびっくりしてこっちを見る。

(え?どう言うことだい?)

 

「私はちょっと都の中に身を置きます。必要な情報が見つかれば直ぐに出ますんで気にしなくていいですよ」

 

お燐とルーミアさん…特にルーミアさんには無理な話だ。だってあそこは首都である。

 

一流の妖怪退治屋が大量にいるいわば敵地だ。

 

そこに連れてくなんて殺すと同じである。

 

 

「なので二人には待機していて欲しいんです。大丈夫です。頃合いを見て呼びますし定期的にそっちの家にも帰りますので」

 

「うーん…ついて来ちゃったのは私だし…分かったのだー。その代わり美味しいご飯待ってるのだー」

 

分かってます、お燐の事も頼みますよ。

 

 

お燐のことを頼み都に足を進める。

 

置いて行ってしまうことに罪悪感を感じていないわけではない。だがこっちの都合で死んでしまったらそれこそ計り知れない罪の責任を背負っていかなければならない。

結局私は臆病だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全幅70メートル以上の道の真ん中に立つと、なんだかすごい目立っているような気がしてしまう。

実際私のような不審者がいたら目立ってしまって仕方ないのだがまあこの際その事は置いておく。

お昼過ぎ…殆どの人は仕事してるか家にいるかの時間帯だ。妖怪だってこんな時間に人前には来ないだろう。普通なら…

 

 

 

 

それにしても都の大通りだけあって商業店がちらほら見受けられる。

この時代といえば金銭が流通し始めた頃…都では既に貨幣経済の形が出来上がっているはずだ。

なるほど、もう既に金銭を使った商売を始めている人もいるわけか。

 

金属品や大陸からの品を売っている店の中で多少時間つぶし。

なにを待つのかって?さあなんでしょうね。

店主は私のようなよくわからない少女が入って来たことに不審に思っているようだ。

 

まあ私のような年代の子はこの時代家で嫁修行ですからね。どこの変わり者なのかと奇異な目で見られるのも仕方のないこと。

 

早めに立場をしっかりさせなければ陰陽師とか妖怪退治屋のお世話になりかねない。

潜入するのは簡単ですけど潜伏するのは難しい…ルーミアさんたちは潜入する時点で大戦争になっていただろうからまだましか。

 

 

「お嬢ちゃん、農民の出かい?」

 

装飾の施された短剣をしげしげと眺めているとがっしりとした体つきの店主が声をかけて来た。

身なりから農民だと判断したのだろう。買いもしないのにずっと居座られても迷惑だと言うことだろうか。

 

「ええまあ…荷物運びで摂津国から来ました」

 

娘にまで荷物を運ばせるのかと店主の目が哀れみを持った目に変わる。同情しているのだろう。見た目によらず随分と優しい人みたいだ。

 

「それにしても都は随分と賑わってますね。いつもこんな感じなら毎日飽きない事でしょう」

 

実際に賑わっているとかそう言うことは別として情報を引き出す。

密かにサードアイを服の隙間から少しだけ出し店主を視界に捉える。

 

「確かに…普段よりは賑わっているな《噂じゃすげえべっぴんさんだからなあ…》」

 

ほうほう、べっぴんさんですか。

もう十分なのでサードアイを隠す。

 

「きっといいことでもあったんでしょうね。摂津もこんな賑わいがあったらいいんですけど」

 

「ならお前さんが頑張って綺麗な女になるこったな」

 

少し冷めた目で見つめる。下心が見え見えじゃないですか。そんなんだから嫁が出来ないんですよまったく…

 

さて、情報料ついでに何か買って行きましょうかね。

 

「装飾のない短剣ってありませんか?護身用に欲しいんですけど」

 

「ああ、それならあるが…」

金を持ってなさそうなやつに売りたくないと言う魂胆が一瞬だけ見える。

「お金がないから渡したくないって雰囲気出ちゃってますよ」

 

「流石にばれたか」

 

そんな露骨に目をそらしたりすればばれますって。それでよく商売できますね。

まあ私が金なしなのは事実なのでどうしようもないのですがね。

 

「こんな感じのしか無いんだが、流石にただとはいえねえな」

目の前に短剣…と言うよりは小刀に近いものを差し出してくるが渡すつもりはないらしい。

 

「……交換ではダメですか?」

 

「すまんな。この店は金銭以外の取引が原則禁止なんだ」

 

悪態をつきたくなるのを必死に抑える。

 

 

「なら……ごめんなさい」

 

右腕を店主に伸ばす。

 

「少し眠ってください」

 

え?買おうとかなんだとかどうしたって?相手がダメって言った時点で交渉破棄ですよ。ええもちろん証拠隠滅はしますよ。そうじゃなきゃすっ飛んで来るであろう人達に消し炭にされかねないですからね。

 

 

声もあげる暇すらなく、大きな体が店の奥に倒れこむ。

なんのことはない。眠ってもらっただけだ。

 

 

別に刀なんていらないって言って素直に店を後にすればよかったのですけど、折角ですしこういう武器は貰いたいじゃないですか。

 

「さて、さっさと逃げないとこわい人たちが来てしまいます」

 

 

 

証拠隠滅と簡単な記憶操作を店主に施し一条南大路と東四坊大路の交差点まで戻った私は途方に暮れていた。

 

 

「都に潜伏する方法…どうしましょう」

 

別に輝夜姫らしき人物は既に存在しているということは分かったから別に都に居座る理由などないのだ。あるとすれば姫の屋敷を探し出すくらいなのだが…

「まだ上流階級の合間でしか噂になっていないとは…情報統制でしょうか」

 

どっちにせよあまり時間がないのは変わらないだろう。

多分都から出て来た貴族を追いかけていけば見つかる可能性があるのだが…

 

「せっかく都に来たのになんかパッとしません」

 

観光くらいしてもバチはあたりませんよね。

 

後…あんなこと言っちゃったのにまさか数時間でただいまーって無いでしょ。

恥ずかしいですし…

 

 

「……あ」

 

そうだった…なんでわざわざ潜伏するのにそんなこと考えなきゃいけないんだっけ。

 

私はさとり妖怪だ。わざわざ潜入するのにそんな深いことを考えなくても良かったではないか。

 

さっき私は人間に何をした?周りにバレないように何が出来た?そうだ、そうだった。

 

「……成る程、私はだいぶ間抜けだったみたいです」

思わず笑みが溢れる。

 

先ずは場所を変えなければならない。この体だと少しばかり時間がかかるが、到着まで時間はかからないだろう。

 

 

 

 

 

 

数時間後

 

 

平城京だからと言って貴族ばかりいるかといえばそう言うわけではない。

彼らに税を納めたり土木工事に駆り出す人材、物や食材の製造など彼らにとって必要不可欠な人も平城京にはいるのだ。

 

そんな労働階級の人の一つに私古明地さとりはお邪魔している。

 

住人は一人、いや、元住人だろう。

独身の男の身柄はさっきまでこの部屋に存在していた。

 

どこにいったのかは誰も知らないし知る必要はないだろう。

それを私が知ってしまったらなんだかかわいそうという感情が生まれてしまいますから。

 

周辺の住人にはちょっと記憶操作。

理由は二つ。

一つ目は私のような少女がなぜこの家に住んでいるのか。と言う疑問を起こさないようにするため。

こうしないと不審に思った誰かが妖怪退治屋を呼ぶかもしれないから…いえ、間違いなく呼ぶでしょうね。

 

 

もう一つは…

この家は前から無人の状態だったと認識させておく必要がある。

さっきこの家に少女が出入りしていて疑問を持たないようにしなければならなかったがこっちを行う理由はちょっと難しい。

 

簡単に言うと、この平城京では籍が作られておりそれを元に正確に税を集めている。

 

つまり税を徴収しにくる税官が近いうちに必ずくる。その時のために周辺住民にこの記憶を入れておく必要がある。もちろんこの場合出入りしている私が怪しまれてしまうが、それ用の手は打ってある。

「私はここには住んでいない。別のところに住んでいる子供が遊び場にしているだけ」

 

これをつけておくだけでおそらく大丈夫だろう。後は後々に対処すればいい。

最初からそう言う認識にすればよかったんですけど…なかなか人の記憶というのは難しいものです。特に大勢の記憶を初めて操ったのでね…

 

 

「さて、まだ庶民の間に噂として生まれていないと言うのは…ちょっと困りますね」

 

要は、輝夜姫の屋敷の位置が分からないのだ。

 

貴族の後をつけていってもいいのだが、そう言う貴族には必ず護衛の人達がつく。

それはそれで厄介であるし私の隠蔽が破られることだってあるかもしれない。リスクが大きすぎるのだ。

だからこそ庶民の人達も輝夜姫の屋敷に行くと言う状況が必要なわけだ。

 

まあ、護衛なしと言ってもあんまり安心できるものではないんですけどね。実際、陰陽師とかに金を払って代わりに行かせるってこともあり得ますし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、都は庶民も貴族もみんなして輝夜姫の噂で持ちっきりになっていた。

 

人の噂とは恐ろしいもので噂として広まり始めたものはたとえ事実じゃなくてもあたかも事実のように人の心に刻み込まれていってしまう。

既にここまで広がってしまった噂は何が真実で何が嘘なのかもはや分からなくなっていた。

唯一分かることは、輝夜姫と言う美女がとある屋敷にいると言うことである。

 

そして男性どもの欲というのはいつの時代も変わらないものだ。

早速行動に移る人が続出しているのであろう。

しょっぴかれる人が多くなった気がする。

 

え?私はどうしているかって?そりゃもちろん…

 

「ご飯できましたけど?暴れてないで用意くらい手伝ってくださいよ」

のんびりと食事の準備をしていますよ。

 

 

「わーい!」

 

 

ほんと…ルーミアさん子供化してきてますよ主に思考が…

 

 

「そういえば噂話が凄いことになってるよー」

 

あら?もうここら辺まで来ているのですか。

いやあ噂の早い事なんのです。

 

(……絶対何かしたでしょ)

 

え?そんなわけないじゃないですか。噂を誘導するなんて出来ませんよ。私は…あくまで心を読んだりなんだりするだけですから

 

「まあどうでもいいのだーそれより早く食べようなのだー」

 

食欲旺盛ですね。あなたさっきまであっちで肉食べてましたよね?あの肉どうしたんですか?

 

「食べたのだー」

 

おおう…早い早い。

 

 

(あたいは早く寝たいねえ…)

 

早く寝たいって…まだ日は落ちてませんよ?

ん?お燐?

 

さっきから足を引き摺っているような…いや、下半身の動きがおかしい。

 

少し様子を見る。

 

(さとり?どうしたのさいきなり)

 

………ああ、そういうことか。

 

「どうしてお燐はそんなに傷があるのでしょうか?」

 

毛並みで隠れてしまっていて見え辛いがかなり深めの傷が垣間見えた。

(えと…ちょっとやっちゃって…)

 

あからさまな動揺。戦闘時の記憶が一気に想起される。

 

「戦う時はもっと気をつけてください」

 

慣れていないのに他の妖怪と戦ってきたようだ。

 

…危ないのでやめてほしいと思うけど同時に仕方ないって思ってしまう。

しょぼくれてるお燐を抱きかかえる。別に怒ってるわけではないのですが……そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。

 

近くにあった布を傷口の上に被せて固定する。

妖怪が傷が原因で死んでしまうなんて呪詛を使わない限り平気なんですけどね。

見ていると結構辛いんですよ。心だってダイレクトに視れるんですから痛みだって共感するときはしますし。

 

 

 

「あれー?怪我してたのかー?」

 

「あなたが気づかなくてどうするんですか…」

 

全く、呆れてしまいますよ。

 

「あーだから血の匂いがしたのか…ごめんなのだー」

 

困りますよ。私はあなた達と違って血の匂いに異常なまでに鈍感なんですから…

 

「まったく…私は母親じゃないんですけど…」

 

「じゃあ母親になって欲しいのだー」

 

「断ります!」

 

(さとりが母とか…ないわ)

 

「そこまであからさまに否定されると逆に傷つきますよ!」

 

(嘘だよ嘘……というのは嘘)

 

どっちなのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや私の寝床に近いよくわからない何かの家。

もちろん普段は開けているし中にいても周りとの接触は避けている。

例外を除いて…

 

噂話はじっとしていても分からない。

だからと言って外に出てうっかり妖怪とバレてしまってもいけない。

 

家の窓からこっそりと通り行く人の心や会話を聞くためだけではあるが限定的にサードアイを出して使っている。

 

 

噂が広まれば色々な人がその一定の話題に対しての思考を行う。

そうすれば本能的に知っていることなどは比較的想起されて見やすくなる。

まあ庶民が知ってるかどうかって言われれば貴族たちより得られる情報量が低いのでなんとも言えないんですけどね。

じゃあ貴族の心はどうかって?貴族の前に妖怪退治屋を倒さないといけないんですよね。

 

 

え?じゃあなんで人の心を私が読んでいるかって?

 

そりゃ…

 

《……姫の屋敷に行くか》

 

おっと、きましたね。通り過ぎる人の心を一瞬だけ捉える。

捉えた人物を捕捉、後ろ姿だけだが細かく心を読むには問題ない。

余談だが心を『読む』のと『視る』のでは全く違う。

『読む』と言うのは複雑な心理とかそういうのは抜きで表層心理が丁度今考えていることを声として認識する事を言う。これは常時発動型だからどうしようもない。対処法はサードアイへ映らなければ良い。

もう一つの『視る』は相手の記憶や複雑な心理などを全部映像として私が認識することを言う。

こっちは能力のオンオフが効く。こっちはちょっと使い勝手が悪かったりするし燃費も悪いので普段は使わないようにしている。まあ、余程のことがない限り使うことは無いだろう。

 

 

 

 

 

えっと…見た目は農民、屋敷の場所なんてどっから仕入れてきたのだか…わからないもんですね。

 

視界から消えるまで思考を読み続ける。

 

「なるほど…あまりここから離れてないようですけど…」

 

……おかしい。ここに来た時しっかりと都の外周は回ったはずだ。

となると妖怪避けの結界かまたは異空間になっているか。屋敷は私たち妖怪には認識出来ないような仕組みで護られているのだろう。

どちらにせよくっついていけば問題は無いはずだ。

人間が入れるならその人間を見失わず追いかけていけば結界通過も可能。

実際はそう簡単ではないが大まかなことを言えばそんな感じだろう。

 

「それじゃ…行きますか」

 

まだ日は高い。日没までには時間があるけど私には関係ない。

あの男があのまま行くというのだ。それを逃すつもりは毛頭ない。

 

サードアイをフードの中にしまい家の外に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが輝夜姫の屋敷…」

 

男の後をつけること数時間、目的の建物にたどり着いた。

途中結界のようなものを通過した感じがしたが私の体に変化はない。おそらく視覚的な結界だったのだろう。

 

目の前に堂々と立っている立派な門構え…高い塀。そして警備の兵と思われる人達。侵入には適さないものだ。

さっさと中に入りたいのだが、足がどうしても止まってしまう。

 

今ならまだ戻れる。

下手をすれば命を落とす。そんな危険を冒す理由は?

 

 

 

 

……まあ戻る気なんて今更ない無い。

 

「行きます…」

 

既に私の意思は決まっている。

 

再び私は歩み出した。

 

 

閑話休題

 

 

竹林の近くに一軒、巨大な屋敷がありました。

その屋敷には沢山の部屋があってどれも質素ながら質素ではないと感じさせ、心置き無くゆったりできる寛容さを備えた部屋でした。

 

「………」

 

「………」

 

気まずい空気がそんな部屋を支配する。

 

「……さっきのは見なかったことに」

黒髮のいかにも大和撫子って言った風格の少女が消え入りそうな声で話す。

 

「すいませんが記憶は消せないんです」

 

慧音さんあたりなら『見なかった事』にすることもできるだろうが私はそうはいかない。

見たものは記憶されるしされたものはいつか無意識の底に沈んでいく。

 

「そう……」

 

再び沈黙。

うーん、どうしてこうなってしまったのでしょうか……

 

 

 

遡る事数十分。

 

 

 

 

輝夜姫の屋敷がごめんくださーいって言って素直に入れるようなところでは無いってのは重々承知していた。

陰陽師と、どこから雇ったのか槍や剣を持った兵士が巡回、更に犬などで二重三重の警戒網が敷かれている。

いくら私でもいきなり子供が輝夜に合わせてなんて出来るはずがない。

もうちょっと前なら出来たかもしれないのだが…

 

今更とやかく言っても仕方ないのでいつもの方法に移ることにした。

バレないように強行突破である。

 

ええまあ言ってる意味がわからないと……

大丈夫です。だいたいそんなものですから。

 

いくら高い塀であろうと上がふさがれていない限り入るのは簡単である。

事実、塀の近くに木なんて堂々と立っていたらどうぞそこから侵入してくださいである。

ほんと、これ罠なんじゃないんですかね。

 

もちろん普段のように力の行使は出来ませんので、私も木を使って侵入する。

 

「警備が甘い…いえ、あえて甘くしてるのでしょうか」

どっちにしろ好都合なのに変わりはない。

 

さて、難関なのはここからです。

 

使われている家というのは必ず人がいて、大きい屋敷では複数人が必ず活動している。

しかも狭い室内でだ。

 

普通にお邪魔しますじゃあっさりと見つかってしまうだろう。

記憶を書き換えればいいんですけどその為には一度私の姿を認識させないといけないです。

見つかっちゃダメなのに見つからないと使えない。

さらにここは結界の中。下手に妖怪としての力を出せば一発でバレる。

 

そこでいつもの方法。床下から進入である。

 

いつもってわけでは無いですけど屋根裏を進むよりは安全です。

屋根裏の場合気をつけないと天井を踏み抜いてしまいかねないんです。

 

というわけで侵入。まさか妖怪がこんなことして侵入するなんて思ってないだろう。

妖怪らしくないといえばそれまでだが文句言う前に固定概念に縛られちゃダメなんですよ。

 

 

えっと…どこがお部屋なのでしょう。

人の気配が無いことを確認し板のつなぎ目から家の内を見る。

 

 

とまあ格別何をしたとかそういうことはない。

人気が無いのを見計らって何回も覗き見を繰り返して輝夜姫を探すだけだ。

 

「ーー」

 

「……ーー」

 

屋敷が広いせいでかなり時間を費やしたがようやく姫のいる部屋を見つけた。

 

姫の根拠なんて無い。だいたいは感覚と記憶のみですけどね。

 

さて、話が終わったのか話し声が聞こえなくなる。

複数人と話していた気がしますがなんだったのでしょうか。

 

部屋の中に姫っぽい人以外いないのを確認。

 

床板の一部を軽く押して上に持ち上げる。

この時代まだ釘や棒などでの木材の固定は行われていない。ほとんど木組みである。

だから床もこうやって下からなら結構簡単に…開く。

 

「もうやだー!求婚してこないで!やりたくない遊びたい!魔法少女みたいに魔法でパパ〜っとしたい!キラリーン(星)みたいに!」

 

 

「お邪魔しまー…」

 

私が顔を覗かせるのと同時に姫は床に寝っ転がりジタバタと子供のように暴れていた。

しかも、急にキラリーンって…なんというタイミングだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

最悪なことに床に寝っ転がってるせいで私と目線は同じ。さらに私の方向に向かってである。

その瞬間時が止まったのは言うまでもなく…時どころか空間すら亀裂が入った気分だ。

 

「もういっそのこと逃げようかしら…」

 

ハイライトの消えた目でボソッとそんなことをつぶやく姫…っぽい人。

 

 

「……あ、邪魔しちゃいました?」

 

いたたまれなくなり戻ろうとする。

一旦仕切りなおさないといけないな。

 

「いやいやいや!あんた誰⁉︎ってかどうやって入った妖怪!」

 

な!なぜ妖怪とわかった!私の隠蔽は完璧なはず…少なくとも結界はすり抜ける程度に騙せるのに!

 

「あ…あの…えと…」

 

「と言うかさっきの…どこまで聞いてたの?」

 

「……ガタガタ暴れ始めたとこから」

 

「全部じゃない!」

そう叫んだ少女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

まあまあ、そんなに知られちゃまずいもんじゃないでしょ。

人には人それぞれの黒歴史があるのですから。

「……」

 

あれ…まさかみちゃいけないものだったのでしょうか。

私の心配をよそに姫っぽい人もとい姫はずっと黙りっぱなしになってしまった。

 

 

そして冒頭に戻るわけだ。

 

 

 

 

 

「……まあ、さっきのことは置いといて自己紹介しましょうか」

 

このまま黙りっぱなしじゃ嫌なのでさしあたり定型文として、こう切り出す。

え?話下手?しょうがないじゃないですか。

 

「私は古明地さとり。ただの妖怪です」

 

「……輝夜よ。呼び名は姫でもなんでもいいわ」

 

「じゃあ便乗して姫ということで…」

何に便乗したのかは知りません。

 

「それで?一介の妖怪が私の元に何用かしら?命を奪いに来た?それとも誘拐でもしに来た?」

 

何かを探るような目で見つめてくる。

またまた物騒な。確かに妖怪ですけどそこまで物騒ではないですよ。

 

「なんていうか…風に乗って流れてきただけです」

 

「……陰陽師に突き出すとしましょう」

 

流れ作業で部屋を後にしようとする姫。

 

「…すいません。調子に乗りましたあああ!」

 

正座体勢からのバク転土下座である。

陰陽師?いやいやいや!ここの護衛ときたら絶対ヤバい人達じゃないですかーやだなー。

 

「んで、あなたは何をしにきたの」

 

貴方のこの後を知ってます。協力しましょうなんて言っても絶対信じないし下手したらこの場で潰される。はて、どうしたらいいものか。

 

「端的に言うなら会いに来ました」

 

間違ってはいないけど正解ですらないような事を述べる。

 

「……まさかあんたそう言う気があるの?」

 

はて?そう言う気?一体なんのことでしょう。

急に意味のわからない事を口走る姫。その顔は驚愕と若干の軽蔑と…何故か期待が入り混じった表情だった。

 

「あの…意味がわからないのですが」

 

「あ、いや!気にしなくていいわ」

 

ならいいんですけど。何がいいのかは知らない。

 

「とにかく!妖怪なんかに来られても困るの!大したことでなければ帰って」

 

えー…なんで不機嫌になるんですか。

それにこんなことを言っても信じないってのに…あー仕方ないですね。

 

「……月が綺麗ですね」

 

「はい?」

 

まだ外は日があり明るい。その上今日は新月だ。

月など見えるはずもない。じゃあこの言葉は…姫なら分かるだろうか。

 

何かを考えるような表情をしていた姫であるがいきなり顔が赤くなった。

あれえ?なんか反応が違う。あーまさかそっちの意味で捉えました?

 

えー…そっちの意味を姫は知ってたんですか。へえ…

 

「いやあ、姫ほど美しいのであればきっと月に住む兎も私のように姫を連れ去ろうとくるのでしょうね」

その言葉を言った途端、さっきまでの真っ赤な顔が今度は真っ青になる。同時に、体が震えだした。心拍数上昇、私への警戒レベル二段階上昇といったところだろう。

 

「あ、あなた!な…なんでそれを!」

 

姫の右手が腰の方に伸びる。黒髪に隠れて見え辛いがどうやら護身用の武器でも持っているのだろう。

 

「なんでと言われましても…問題の本質はそっちじゃないので今回は黙秘させていただきます」

 

「何よそれ!答えになってないじゃない!」

 

答えにしてないのですから当たり前ですよ。後、あまり大声を出したら人が来ちゃいますよ。

「何が目的?言っておくけど私を連れ戻そうってなら…」

 

「容赦しないわよですか」

 

「…っ⁉︎」

 

まあこんなことくらいは心を読まなくてもわかる。

変な誤解をされているようなのでここらで訂正。

 

「私は逆です。姫に協力を申し立てにきたんです。後友達になりたかったってのがちょっとだけ」

 

姫が警戒心を緩めた様子はない。

当然でしょう。あんなので警戒を解くなんてよほどのお人好しくらいですからね。

 

「……それで私が乗るとでも?あなたが嘘をついているかもしれないじゃない」

 

「嘘をつくもつかないも、明確に証明することなんて出来ないでしょう」

 

「悪魔の証明ね…なら…」

 

「ですが、私はあなたの意思を尊重します。関わってこないで欲しいならそうしますし死んでくれというなら…」

 

「いまここで死んで差し上げましょう」

 

ここは冗談抜き。こうでもしないと絶対に信用なんてしてくれないですからね。

 

 

 

「……わかったわ。信じることはできないけれど…友達の方は良いわ」

 

 

なるほど、まずは友達からってところですか。

 

「ええ、どうせ求婚とかしょうもないことしか最近話してないんでしょ」

 

「あー…わかる?」

 

「疲れが顔に出てますよ」

 

やっぱりとため息をついて姫は私の前に静かに座り直した。

 

「うーん…どこぞの人たちがしつこいのよね…」

 

「心中お察しします」

 

この後二時間ほど愚痴を聞かされたのは言うまでもなく、私も愚痴を軽くこぼす感じで距離感はかなり縮まった。

 

「へえ…ラピュ◯の雷ねえ…面白そうじゃないの。似たようなのがあったわねー月の兵器に」

 

「物騒ですね…もちろん自爆装置はありですよね」

 

「勿論あるわよ」

 

まあ一部愚痴が変なトークになったのはこの際省略しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な少女ね。

古明地さとりへの第1印象はそんな感じだった。

つかみどころがなくなにを考えてるのかわからない。その上部屋の中でもフード付きの外套という地上じゃ見ることが出来ないと思われた服装。

いきなり部屋に入ってきたかと思えば気まずそうに帰ろうとする。私にも落ち度があったかもしれないけどあの反応は迷うわよ。

 

それにほとんど妖力が出ていないが妖怪である。

言えばしっかり白状してくれたからどうというわけではないんだけどね。

それを踏まえてみると今まであったことのある妖怪とは全く違う…あえて言えば人間が妖力をまとった異質なものという感覚さえ感じる。

 

 

 

 

それにしても…まさか協力を持ちかけてくるとは。

どこまで知っている?いや、何者なのか?

終始一貫の無表情なうえ、意図も分からない交渉を持ってくる。

 

 

不思議というのはすぐに撤回され予測不可能の謎の子扱いになるのに時間はかからなかった。

 

少なくとも敵ではないって事は確かよね。だってそんなんならもうとっくに私は捕まってるでしょうし。月の奴らがこんなまどろっこしいことなんてしないでしょうし。

 

信用はできないけど信頼はできるってとこかしらね。

あと話してて楽しいし。

 

まさかガンダ○を知ってるとは…

 

今度月から持ってきたプラモ見せようかしら。組み立ててないけど。

って言うか月の文化は知ってるのに月人でも無ければ月の人と接触した事すらないなんて…嘘かと思ったが本当だったし。

この子もしかして…?

 

 

 

 

「あの…食事の方は?」

 

え?ああ、さっきから呼ばれてたわね。

 

「じゃあちょっと待っててくれるかしら?」

 

全く、楽しい時間はあっという間なんだから…どうしてくれようかしら。

 

 

 

 

部屋に再び戻るとさとりは逆立ちの状態で待っていた。

服の裾が少しだけめくれ上がっているが少しだけで収まってるのが不思議である。

どうなってるんだか…

「……」

 

「突っ込まないんですか?」

 

人の家で何してるのかと思えば突っ込んで欲しかったのね…

 

「突っ込んで欲しいなら…」

そう言い私はさとりの無防備なわき腹に肘打ちをかます。

 

グヘっと変な呻き声を上げてさとりが倒れる。

「悪は去った…」

 

倒れてるさとりを床に開いた穴に落とす。

 

「……酷すぎませんか?」

穴から一陣の風が吹き、気づいたらさとりが座っていた。

 

「ごめんごめん」

 

思いっきり腰にめり込んだはずなのにもう動けるなんて……それに早い。相当強いわねさとり……

 

それに汚れたそぶりもない。おそらく地面に落ちる前に復帰したのだろう。

 

「ねえ、折角だし風呂でも入る?」

 

「え?風呂あるんですか?」

 

あるわよ!いくら地上の人が風呂入る習慣ないからって月も無いなんて事は無いわよ。むしろ風呂は一家に一部屋よ。

 

「あー…遠慮します」

 

聞いといて結局入らないんかい!

「つまらないわね」

 

「面白さを求めちゃ終わりだと思ってるんで」

 

なーにいってるんだか。全く不思議系フリーダム系のキャラは要らないってのに。

そういえばなんでさとりはお風呂を知っているのかしら。

この時代はまだ風呂なんて…

 

「風呂なら作ったことありますよ」

ボソッと言った一言に私は驚愕することしか出来なかった。

 

「え?作った?お風呂を?」

 

「ええ、まあ…」

 

本当にこの子は何者なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

日も沈み、月のない闇が辺りを覆う時間になった。

普段なら月明かりだけで十分な部屋も、今日ばかりは何も見えない。

 

「それじゃあ…私はこれで、御暇させて頂きます」

 

蝋燭の小さな光の中でさとりは話の隙間をついてそう切り出した。

 

「あら?帰っちゃうのかしら?」

 

別に泊まっていけばいいのに。私が許可を下せば普通に出来るのだけれど。

自由奔放な子なのね。

 

「こちらにも帰る場所がありますので」

 

そう言ってさとりはするりと立ち上がる。服の隙間からコードのようなものがちらりと見える。

コード…なんのための?

疑問が湧いて来るがそれを聞く気までにはならない。

 

「…帰る場所ね」

私の帰るべき場所は…いいえ。もうあそこには帰らないって決めたんだから。

 

「そうそう、さとり。ひとついいかしら?」

 

なら、使える駒は少しでも多い方が良い。

 

「はいはい、なんでしょうか?」

 

床板が外れ空いた穴から顔を覗かせながらさとりが聞いて来る。相変わらずの無表情。なんかこう…表情ないのかしらね。

 

「貴方に協力の意思があるなら、今後もここにきてちょうだい」

 

最初に私から断っていながらこんなことを言ってしまうのもなんである。

だが、敵でないなら味方につけていても良いだろう。後話し相手。

 

「承知しました。これからも宜しくお願いします」

 

「敬語じゃなくていいわよ。それに姫じゃなくて輝夜でいいわ」

 

 

「……え?」

 

顔には出ないものの目が驚いている。

うん、無感情ってわけでは無いのね。よかったよかった。

「姫って名前じゃなかったんですか?」

 

「ちがあああああう!」

 

なんだその名前!輝夜が苗字で姫が名前だと思ってたの⁉︎なに?天然⁈

 

「だって…ねえ」

 

なにがだってよ!なにが!

私がおかしいとでもいうの⁉︎

 

「……私の本名は蓬莱山輝夜よ!」

 

「なら最初からそういってくださいよ」

 

結局私が悪いみたいな言い方になってる!ああもう!

 

「まあまあ、不老不死とはいえ怒ってばっかじゃ体に悪いですよ」

 

あんたが言うなああああ!

 

 

 

ま、月にいた頃より楽しいのは確かね。

ならさっさと準備しないとね。まずは手駒を増やすとこから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、困ったものです。

 

「どうやって帰ろう…」

 

屋敷から出る方法を考えていなかった。

失敗しましたねこれは…

 

それに夜だからでしょうか。警備も一段と厳しくなってます。

建物から出たらまず間違いなく見つかるかもしれません。いくら新月で暗いからといっても蝋燭の光はどうしようもないですし…

 

仕方ないです。ここは正面突破で行きますか。

 

「想起…」

止めていた妖力を解放し、サードアイを服の中から出す。

 

 

その夜、輝夜姫の屋敷は戦場になった。

 

 

 

輝夜姫の屋敷を大脱出してから13時間と40秒

未だに警戒態勢は解かれていない。

 

「いやあ少し暴れすぎました」

 

(暴れすぎってレベルじゃない気がするんだけど…)

 

そうですか?私はただ塀を壊して周辺にいた兵士を一時的に無力化しただけですよ。

まあ後遺症が少しだけ残ってしまったかもしれませんが…

 

静寂な部屋に、猫の鳴き声と私の声が交互に響く。

事情を知らないものが見れば猫と話す謎の少女と思われてしまうがあいにくここにそういうヒトはいない。

 

「ところで、ルーミアさんまだ帰ってこないのですか?」

 

(うん、昨日の夜にふわふわーっと出かけたっきりだよ)

 

「そうですか…」

 

ルーミアさん不在でも私は構わないのですが、今まで一緒だった人が急にいなくなると心配になってしまいます。

私の勝手な主観ですけどね。

 

「常闇妖怪にも都合があるのでしょう」

 

(お、珍しくそう呼んだね)

 

珍しいですかね?あ、そうか。普段私、ルーミアさん呼びだったのか。

急にどうしちゃったのでしょう。

 

「まあ、気にしていても気が滅入るだけなので気にしないことにしましょう」

 

私はこれからあの人のところに行かなければなりませんし。

(あたいはここで待ってた方がいいのかい?)

 

「そうね、待ってた方が安全よ」

私のせいで警戒度は上がってるでしょうからお燐でも妖怪と見抜かれる可能性が高い。

(じゃあそうする)

 

即答ですか。

 

近くに置いてあったコートを羽織りいつものお出かけ態勢になる。

 

お燐に色々と家のことを頼み、まだ少しひんやりとした空の中に私は飛び出す。

飛ぶといってもずっと飛ぶわけではない。少ししたら降りる。

 

今回はちゃんと正規の手続きで入るからだ。

手続き…うん、手続き…語弊ですね。

 

 

耳元で風を切る音がちょうどいい音色を奏でる。まだ私の好きな音色を奏でる楽器がないこの時代では数少ない楽しみです。

 

ですが今回はそこまで遠くまで飛ぶわけではないので早々と楽しみはおしまい。

 

ここからはひたすら隠すことに集中する。

 

 

 

 

姫の屋敷は、やはりというべきか物凄い警戒態勢になっていた。

これ平城京の兵団の半分はいますよね。

 

「おい!子供は帰れ!」

 

普通に入ろうとすると門兵に首根っこを掴まれた。首が締まる。

乱雑に人を扱うものだ。ですが、この人達はどうやら普通の人間みたいですね。昨日の爆破から考えて陰陽師とか妖怪退治屋とかを警備に付かせると思ったのですが…動かせる人員がこのくらいしかいなかったってことでしょうか。

 

いずれにせよ、私には好都合です。

 

「輝夜姫に、古明地さとりが来たと伝えてください」

 

昨日の今日だ。輝夜姫だって覚えているはずだ。

覚えてなかったらそれはそれで問題なのですけどね。

 

じゃあなんで最初の方にそう言って入らなかったか…そりゃ初対面の…一庶民でしかない私が輝夜姫に合わせてくださいなんて言っても門前払いでしかない。

 

だが、今の私は輝夜の知り合いで十分通る。あまり褒めらえた事ではないが一度知り合ってしまえばこんなもんである。

 

しばらく困惑していた門兵が伝言のために建物の方へ走っていった。

しばらくすると血相を変えた兵がまた走ってきた。

そこまで血相を変えますか普通……

 

「も、申し訳ありません!直ぐに案内します!」

 

ちょ…輝夜姫、何吹き込んだんですか?どう考えても脅しかけてますよね⁉︎

兵の後に続いて建物の中に入る。

ここからだと昨日私が壊した壁がよく見える。

周辺の木々も巻き込んで地面ごとえぐれているあたり…少しやりすぎてしまったなと後悔する。

 

屋敷の中からは女中さんに案内が変わる。

一応建物の構造は昨日床下から見たのでなんとなく覚えている。だがそれを踏まえても部屋数が多すぎる。いや、よくよく見てみれば部屋数というより襖で区切られていると言った方がいいのだろう。

 

しばらく女中に続き廊下を進んでいくとあの部屋に前に着いた。

もちろん私は従うだけ。ここで変な事をして面倒な事になってしまうのは御免です。

特に私はこの時代での人間の作法なんて全く知らないですし。

 

襖が開かれると奥に凛々しい姿の姫が、これまた威厳のある雰囲気を流しながら佇んでいた。

 

「二人だけで話がしたいから、誰も入れないでちょうだい」

 

輝夜姫の言葉に女中は恭しく礼をし下がる。

襖が閉められ人の気配が消える。

 

 

同時に威厳を姫として放っていた輝夜の気が抜ける。雰囲気が一気に変わった。

「で、昨日は随分と賑やかだったわね」

 

「ええまあ…ちょっとやり過ぎました」

 

 

「本当よ!おかげで大騒ぎだったんだからね!」

 

大変だったと身体中でアピール。そんなに凄かったんですか…ちょっとやり過ぎましたね。

 

「まあいいじゃないですか。それより本題に入りましょう」

 

まだ不満があったみたいだが私がタイミングを潰してしまったがために言い損ねてしまったのだろう。

むすっとした表情のまま彼女がきりだす。

「一応確認だけど、ここに来たってことはそういうことであってるのよね」

 

「私に百合っ気があるって事……嘘です嘘です。貴方が月へ帰るのを阻止する手伝いですよね」

 

「わかってるならちゃんと言いなさい」

 

怖い怖い。いきなり刀を突きつけないでくださいよ。

 

「言っておくけど、これでも剣術は出来る方よ」

 

へえ、そうなんですか。あれ、でもその持ち方…剣術にしては持ち方とかが不自然だ。

「近接戦闘…どっちかっていうと軍隊に近くないですかそれ」

 

体を構えた刀の軸線に入れるような足腰の運び方。そして刀の持ち方……完全に近接戦闘向けだ。

「ああ、分かるのね。そうよ、月にいた頃仕込まれたの」

 

それなら刀をそのようにして構えるのも納得です。

その構え本来はナイフなのですが…まあ刀でも出来なくはないのですね。

 

「これはまた厄介な相手になりそうですね」

 

輝夜でさえここまで綺麗に出来るのだ。もし相手が正規兵であればシャレにならないでしょう。

前世記憶で言えば海兵隊クラスと思ってもいいでしょう。

 

「でも貴方はそれを承知なのでしょう?」

 

「ええ、そうですよ」

 

ちょうどそこに女中がお茶を持って来た。話の途切れるタイミングを計って来たのだろう。

有能な女中さんですこと。

 

 

 

「じゃあまず状況整理からね」

 

出されたお茶を飲んで一息ついた輝夜が状況を語ってくれた。

 

二ヶ月後、島流しの期限が切れ月の民がお迎えに来るそうだ。

地上に流された理由はもちろん不老不死の薬を飲んでしまったからという事でここら辺は私の知識と一致する。まああまり役に立つとは思えませんが…

ただ、月の兵力はどのくらいで来るのか。それだけはわからないとの事だ。

大まかな予想でいいから尋ねてみたものの、私の問いに輝夜は渋い顔をした。

「多分、二個中隊くらいかしら」

パッとしませんね。

 

 

「いえ、多くてもそのくらいなの。ただ、装備が…」

 

装備?装備ってどういうことでしょうか?

 

「ここだけの話よ。あまり詳しくはわからないけど、銃とか戦車とかいろいろよ……って言ってもわからないか」

 

「え、ええあの…銃とか戦車って…」

 

中隊クラスで戦車とかですか…機械化歩兵部隊でしょうか?それとも海兵隊の戦車もどきな輸送車?

 

「気にしなくていいわ」

 

そうですか……まあ確かに詳しくはわかりませんよ。詳しくは…ですけど。

「へえそうですか。別にいいですけどそれを込みで逃げる作戦とか考えてますよね」

 

「まだ2ヶ月あるんだしまだいいじゃん」

 

楽観視しすぎですよ!何も考えてないってどう言うことですか⁉︎まあ確かに後二ヶ月あるのでしょうけど。

 

 

「一応向こうに話のわかる人が一人いるわ。その人に協力してもらうの」

つまりは細かいことは全く考えてないと…

ま、実際に不確定要素が多いのであまり細かく決められないのも事実ですし…

って言うか戦車とか出してくる相手にどう立ち回ると…この辺り私は私で準備しないとですけどそれはそれで大変ですし完全に対策は出来ないでしょう。

 

「まあその事はいいです。後は迎えの連絡とかってくるんですか?」

 

「ええ、一応来るわ。地上の人たちには理解すらできないでしょうけど」

そんな高度な技術があるのですね…

これなら確かに賢者が月に進行しようとした理由もわかります。

ただ、協力者がいるなら、私はどこで何をすれば…まあある程度予想はつきますけど。

 

「じゃあ…私は、」

 

私の問いかけを遮るように輝夜が手を出す。

 

「お迎えが来た時に逃げるのを手伝ってくれれば、いいわ」

少し苦悶の表情を浮かべながらそう呟いた。

 

それ、結構危険なやつですよね。

「でも、貴方が危ないって思ったら私に構わずすぐ逃げて」

 

それほどまでに危険な相手なのだろう。まあ戦車とか銃とか使ってるみたいですしそれなりに強いのであろうことは想像がつく。

「……」

 

「大丈夫です。死ぬ気は微塵もないです。それに…」

 

それにと聞き返して来そうな雰囲気。

 

「私をあまり舐めないでくださいね」

 

自分でも驚くようなほどの気が流れる。

流石に流しすぎると外にいる人にバレてしまうのですぐに引っ込める。

「え……ええ、貴方がそこまで言うなら」

 

私の気に思うことがあったのか少し考えていた輝夜はそう頷いた。

 

「それに…打つ手がないわけじゃありません。相手が生きている生物なら望みはあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も少しの間屋敷にとどまって話をしていたが、貴族がお見合いに来てるとのことで私は帰ることにした。

 

屋敷を後にしてから数十分。なにやら後方から誰かがつけてくる。

こんな私を尾行するなんて誰でしょう。

まさか先ほどお見合いに来ていた人でしょうか?ですが私は裏手から屋敷を出たから顔は見られていないはず…

 

サードアイを使って確認してもよかったが、むやみに力を使うのは愚策と考えやめる。

 

「おや…前から兵団…?」

 

 

 

どうしようか悩んでいると前の方から貴族の兵と思わしき集団がやって来た。

あれ…もしかして後ろから来てる人達って…あ…挟まれた?

 

気づいた頃には私の前後に槍とか弓を持った人達がたくさん立っていた。

戦闘態勢ではないようですし本気で攻撃はしてこないのでしょうけど威圧が凄い。

「あの…私に何か用でしょうか」

 

その中の一人、どうやらいかにも貴族ですと言った格好をした人が歩み寄ってきた。

 

「ふむ、これほどの人数で囲まれてながら全く怯えぬとは…」

なにが言いたいのでしょう。それより前に本当に誰でしょう。

私はこんな人物知らない。

 

 

「申し遅れた。我が名は藤原不比等。お主に興味が湧いた」

 

……え?

私は固まった。

まさかこの人…そういう趣味?幼い系が…うわ、逃げないと…!

 

「屋敷に来たまえ。妹紅も喜ぶだろう」

 

え?妹紅さん⁉︎まさかこの人妹紅のお父さん⁉︎

うん、分かりたくなかった!藤原って言ってる時点で察してたけど知りたくなかった。

 

 

結局断り切れない性格なのかなんなのか、断り切れなかった私は不比等さんの護衛に連れられ屋敷に招かれた。

輝夜の屋敷ほどではないが、こっちもそれなりに大きい。

かぐやの屋敷が長門なら、こっちはさしずめ金剛といったところだろう。

あれ?あんまり大きさ変わってませんね。

じゃあ、ミニッツ級と、ミッドウェー級って言った方が良いですね。

 

そんなどうでもいい事を考えながら不比等に続く。

玄関から入ってそのまま建物を通って庭の方に案内された。

家の自慢をしてこないあたり、この人の人柄が見える。

「妹紅!お客さんだ!」

 

不比等さんがそう叫ぶと庭の奥に広がっている藪の中から黒髪の少女が一人でて来た。

 

身長は私と同じくらい。かなりやんちゃなのだろう。

服が所々乱れている。だがそれを抜いてもやはり貴族の娘の風格が出ている。

 

 

「お父様?その人は……」

 

知っている姿より多少…と言うかかなり幼いですし髪の毛も白ではなく黒…まだ蓬莱人ですらないからそうなのだろうと納得させる。

 

「ああ、お前と気があうと思ってな。仲良くしてやってくれないか?」

 

 

は、はあ…もしかして友達になってくれって事で呼んだんですか。まあわかってましたけど。

ですがこのタイミングで…厄介です。輝夜と妹紅…うん、あまり組み合わせとしては良くない状況です。

 

「さとりです…よろしくです」

 

「私は妹紅!よろしくさとりちゃん!」

 

元気の良さに圧倒されてしまう。妹紅さんってこんな性格だったんですね。

 

 

 

「あのー…私はどうすれば?」

 

「遊び相手になってくれんか?」

 

「え…まあ、いいですよ」

 

大丈夫だろうか。もしここに陰陽師がいれば私は…いえ、考えたくない事態です。

もし私の正体に疑問を抱いた誰かが、私の正体を看破でもしたら危険がいっぱいになってしまう。

 

ここは人の世。人ならざる者は生きてはいけない世界なのだ。

 

「さとりちゃん?どうしたの」

 

さとりちゃんって呼ばれるなんて初めてです。

やはりこの世代の子供はこんな感じに純粋なんでしょうか。

 

「あ、いえ!なんでもないです」

 

まあ少なくとも今はまだ問題は無いかなあ

 

「それで、何して遊ぶんですか?」

 

さて、今は…ゆっくり思考を休めて楽しみましょう。

「鬼ごっこ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻ほど経っただろうか。夕暮れ時、橙色が支配する空の下で、妹紅さんは満足げに奥の部屋に一回入っていった。

本当に野生児みたいに活発に動きますね…私の追跡を完全に振り切るなんて…

 

「あの…そろそろ帰ってもよろしいでしょうか?」

 

縁側に腰を下ろす不比等に尋ねる。

実際普通の少女ならこの時間に帰らないと色々とまずい。と言うかこの人が勝手に連れて来たって時点で拉致ですよねこれ。

 

「ああ、すまぬな。今日くらいはどうだ?ここに泊まってゆかぬか?ご馳走を振る舞うぞ」

 

やけに親切ですね。何か裏があるのでしょうか。

 

「……どうして私なんかに?」

 

「…ははは、いやあ、妹紅があそこまで誰かと遊ぶのを楽しんでいたのはみたことがなかったのでな。やはりお前を連れて来て正解だよ。さとりと言ったか?最初にも言ったが、妹紅の遊び相手になってくれないか?」

 

 

なるほど、親バカですね。

 

「それは構いませんが、どうして私なのでしょう」

 

結局、私にあそこで声をかけた理由がまだ分からない。

 

「それか、なんというか、勘だな!はははは!」

 

ええ、勘ですか。

なるほど、相当運のいい勘ですこと。

 

「わかりました…私でよければ…」

 

「よろしく頼むぞ。あと…」

 

急に不比等さんが小声になる。

 

「私の身に何かあったら妹紅を頼む」

 

「……わかりましたけど…そのような事態にだけはしないでください」

 

この時代、確かに死は突然であるしそれが当たり前かもしれない。

だが、それでも守るべきものがあるなら生き延びなければならない。

あらかじめ手を打っておくにしてもこれは不自然だ。

だって私は…ただの少女…

 

「まさか、輝夜姫に?」

 

「……惚れてはいるな」

 

やっぱりロリコンだー!

いくらなんでも年齢を考えてくださいよ!

っていうか結局輝夜に近づく採算も入れて私に声をかけたんですよね⁉︎完全にダメな人ですよ⁉︎

とまあそんな事はおくびにも出さない。だってこの時代はそれが当たり前。私の感覚の方が異常とまで言われるような世界ですからね

 

……ですが、夕食は断って帰ることにしましょう。

 

「ねえねえ、さとりちゃん!」

 

「なんですか妹紅さん?」

 

「ご飯一緒に食べよう!」

 

そ、その問いは…く、さっきまで断ろうと思っていた私の意思が揺らぐ。

「え…えと…家族の方も…心配してますし…」

 

「やっぱりダメ?」

 

いやああ!そんな捨てられた犬みたいな目で見ないで!無理です!これを断るなんて出来るはずが…と言うか断ったら絶対報復を受けそう!主に不比等さんに!

 

「……え、ええ」

 

勝てなかった。純粋なお願いほど断れないものはない。

私自身がそういうことに敏感であるからこそ余計に断れないのだった。

だってあれ純粋な心で悲しまれると…罪悪感が凄いですから。

 

すいませんお燐、ルーミアさん。今日はちょっと帰れないです。

 

 

 

 

 

「わはー」

 

闇の中に少女の声が響く。

いや、闇の塊の中から聞こえるといったほうがいいだろう。

 

その闇の塊は何やらもぞもぞと動きながら液体を垂らしていた。

 

月明かりの中に浮かぶ闇の球体。そこから垂れるその液体は…かつて人間の体を流れていたもの。

 

月明かりの下にたまった液体の上に、かつては生きていたであろう肉体ががさりと落ちる。

 

「……なんか最近敵ばっかりね」

 

彼女は知らない。敵と呼んでいた相手が輝夜姫の警備で駆り出された連中だと言うことを…

 

だが、その人が陰陽師をやっていたであろうことは容易に想像がつく。

ま、想像がついたところで何がどうだというわけでもない。かかる火の粉は振り払うだけだ。

 

「……あら、今度は貴方の番なのかー」

 

闇から滴る液体はしばらく続きそうだ。

 

 

 

 

 



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depth.11さとりとお月見

……静寂が支配するとかよく聞きましたけど生き物がいる状態で静寂なんて絶対支配すること出来ないんですよ。

 

寝息と言い寝相といい。活発な子はこうも悪くなるのでしょうか…

ルーミアさんも相当寝相悪いんですよね。最終的に元の体勢に戻るからいいんですけど。

 

 

結局泊まっていくことになってしまった私は妹紅の隣に布団を用意された。

高待遇なのか親バカなのか…不用心なのには変わりない気がします。

妹紅は一緒に寝たがっていましたが、残念ながら私は寝ることができない。

体質的な意味ではなく、万が一に備えてのことである。

 

だって寝込みを襲われるとか嫌ですもん。

 

 

そんなわけで妹紅の寝息をBGMに数時間ほど待機しているのだ。

 

まあそれ以外にも外でなにやら騒ぎが起こっているみたいなんですよね。

結構遠いですけど妖力と陰陽道の力が入り混じって流れてきてます。

数時間前から一体誰が戦ってるのでしょう。

それにこんな時間まで戦うってことは相当なものだろう。

戦いの火がこっちに来ない事を切実に願うまでです。

 

「……」

こうして何をするまでもなく思考を弄んでいると色々と考えたくなってしまう。

ほとんどがロクでもない事ばかりなのだが、中には重要な事を考える。多分…

 

竹取はあの人が月の使者を皆殺しにし、輝夜と一緒に逃亡するって言うのが私の知るストーリーだ。

ただ、私と言う存在がいる為本当にそのような感じに事が進むかどうかはわからない。

輝夜は来るって言ってたけど…

 

来なかった時も想定して仕掛けは作っておくべきでしょう。

どこまで通用するかわかりませんがね。

 

 

 

 

うん、そろそろ屋敷の人も当直の見張り以外は全員寝たのかな。

いつの間にか人の生活する音が聞こえなくなり、屋敷全体が寝静まっている感覚になる。

 

それじゃあ一回抜け出しますか。

幸いにもここに陰陽師の類はいない。

 

さっきから戦闘してるであろう妖怪さんのところにでも行ってるのでしょうか。

 

部屋にあった窓から外へ抜け出る。

続いて妖怪ボディにものを言わせた超脚で塀を飛び越える。

一瞬だけ妖怪として察知されやすい状態になってしまったわけだが、別に近くに察知できる様なヒトたちはいない。

だからと言って出しっ放しっていうのはダメですよ。

 

 

 

ある程度のところまでは歩いて離れる。

どうせなら森の中に入れば色々楽なのだが、近くに森はない。

 

そろそろ良いだろうと後ろを振り返る。屋敷は手のひら大の大きさになっており新月から一晩くらいしか経ってない夜の月明かりじゃここまでは見通せないでしょう。

私は夜目が効きますから。

 

地面を軽くけるように一歩を踏み出す。第三者から見ればスキップに近いでしょう。

 

ふわりと浮き上がった体の向きを変え家の方に向かって飛んでいく。

 

遠くで何かが煌めいているがきっと誰かが戦っているのでしょう。

見に行ってもいいんですけど今は時間が惜しいので諦めます。

 

道を歩けは半刻かかってしまう道のりでも飛んでいけば結構早い。

十数分もすれば家の上空にたどり着くことができた。

 

灯りが灯っていないということは寝ているのか何かあったのか。まあ大体は前者だと思いますけどね。

 

「ただいま…お燐、起きてる?」

 

家に取り付けられた窓から中を覗き込む。

返事はない。どうやら寝てしまっているようだ。

暗いのでどこにいるか視力だけでは分かりづらい。

 

音を立てないように身体を家の中に入れる。

 

「えっと…あ、そこにいましたか」

 

お燐は何処からか引っ張り出したのであろう布団にくるまってスヤスヤと寝ていた。

 

起こしてしまうのも悪いのでメモを残して今日は帰りましょう。

墨と筆はどこでしたっけ…

だがいざ書こうと思うとなかなかものが揃わない。

あ、そう言えばこの前壊したのでした。

 

仕方がないので紙を焦がして文字を書き込んで行く事にする。

ビームの出力を最小限にし、紙が燃えないように慎重に文字を刻む。

 

かなり無駄な事をしているように思うけど…キニシナイキニシナイ。

 

 

まだ夜明けまでは時間があります。

メモ残した後なのですけど…朝ごはんくらいは作ってから戻りましょうか。お燐もお腹空いているでしょうし。

ルーミアさんが戻ってきたときのことも考えないといけないですしね。

 

あれ…本格的に私って何してるんでしょう。

母親になってるような…気のせいです。

 

 

 

再び戻る。

 

太陽が昇る一時間ほど前に戻った私は敷かれた布団をたたみ隅に置いておく。あまり長居するのも悪いですし、妹紅が起きる前に帰るとしましょうか。

きていた服も…昨日のうちに用意されていた変えの服に袖を通し準備。

この服は貰っちゃっていいとか言ってた気がする。気前よすぎでしょ。

さっきまで私が着ていた服は畳んで片手に抱える。

早めに着替えておかないと見られちゃ不味いものを見られてしまいますから。

 

未だに夢の中なのか妹紅は寝返りをうちながら幸せそうな顔をしている。

私もいつかこんな感じに寝る事が出来たのでしょうか。

この体となった今ではもうこんな感じに寝ることはもう無い…いや、今はまだ出来ないでしょう。

 

未練がある訳ではないが羨ましくないと言えば嘘になる。

 

ですが人の幸せを妬むほど私は落ちぶれてませんし、幸せとかそう言う類ってまだよくわからないんですよね。

わかる前に自然と受け入れてるのでしょうけど。

 

「うーん…?」

 

おっと、私がガサガサ動いていたせいで起きてしまいました。

 

「おはようございます」

 

「うーん…おはよう」

まだ眠りから覚めきってないのか目を開けずに返事をしてくる。

「それでは…私はそろそろ帰りますね」

 

「…うん」

生返事を適当に頂く。よし、これで帰れる。元から帰るつもりだったのですけど本人から許可を得れば楽です。

ささっと廊下でる。

 

女中や仕えている人達が忙しそうに働きはじめた。

朝早くからご苦労なことです。

声をかけられても困るので、あまりその人たちの視界に入らないよう立ち回る。

……くるりくるり

 

そうして誰の意識にも止まることなく私は玄関まで来ることができた。

扉を開けると待ち侘びたかのようなタイミングで朝日が顔を出した。

眩しい光が広がり思わず目を閉じてしまう。

 

開いていた瞳孔が閉じていったのが認識できた。

ゆっくりと目を開く。

 

「……眩しい」

 

視界が確保出来たら早々に屋敷を後にする。

そう言えば昨日の戦いはどうなったのでしょうか。

気になった私は家ではなく一回都の方に足を進めた。

食材もついでに買って行きましょうか。あー、でもまだ早いかなあ。

 

あと2ヶ月足らずで戦争が起ころうとしているのに全く危機感が起きないっているのは異常なのか無感情なのか…

別にどっちでもいいんですけどね。私は最善を尽くすまでです。

 

こうして何もない時間があるといろんなことを考えてしまう。

何もない時間ってのも変だけど実際何をしているわけでもなくただ帰路に帰ってるだけだから何もないのかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹紅の屋敷や輝夜の屋敷に行ったり都で起業してみたりと色々とあったせいか気がつけば十数日が経っていた。

 

特に何もないようで何かがある日とでもいうのでしょうか。

 

 

無造作に布団が出され、グチャグチャと散乱している。

側には私が二人の為に買ってきた酒の壺が役目を終えた生物の体のように転がっていた。

ぐちゃぐちゃになった布団に二つの山が出来ていた。

一つは隙間から黒い霧みたいなのが漏れている。ルーミアさんでしょう。

 

「……あの…」

 

「……後数分…」

 

状況を簡単に言えば、さっきまで妹紅の家や都とかをウロウロしていろんな情報を集めたりして家に帰ってみれば布団で女のヒトが寝ていた。

誰でしょうか?私にこのような知り合いはいない気がするのですがね。不審者なら追い出すまでです。まあ冗談ですけどね。

 

黒いセミショート、と布団の合間から出ている髪の毛と同じ色の尻尾

 

先端が二股に割れていてその先がほんのり赤みがかった色に変わっている。

うん、お燐ですね。

この尻尾は間違えません。

 

肩を揺すって起こす。少しの間もぞもぞ動いていた頭がむくりと起き上がる。

 

「あ…おはよう…さとり」

 

寝ぼけているが故の無意識かただの天然なのか。寝癖でぺたんと折りたたまれた耳がぴょんと立つ。

 

「おはようございます。起きたところ悪いのですが…」

 

服を着ましょうか。

そう、お燐が体を起こしてから気づいた。この子、なにも着ていないのだ。

何も纏ってない生まれ直後の神秘的な姿ではあるがあいにく私に色仕掛けは無駄。と言うかなんの感情も湧き上がらない。

 

「え?あ…あれ?あたい、人の姿に…?」

 

どうやら本人の気づかない合間に人型になっていたみたいだ。

服が無いのもそのためなのだろう。そもそも猫に服を着るって言う習慣は無いですから。

「お燐…服、作りましょうか?」

私の服じゃサイズ的に合いません。それに都で服を買うのは高いです。

 

「……お願いします」

 

「…うーん、朝から何なのだー?」

 

お燐の隣の布団がモゾモゾと動き出す。

中から出て来た闇が晴れ、金髪の髪が姿をあらわすけど…

 

「貞○⁉︎」

 

「ルーミアなのだ!貞子って誰なのだ!」

 

 

だって髪の毛を前にたらしてたら完全に○子じゃないですか。

黒くしてテレビの枠持って来たら完全に一致ですよ!

 

「ん?その素っ裸の人は誰なのだー?お燐っぽいけど」

 

お燐の事に気付いたルーミアさんが首をかしげる。

ですが食べようと思うのはやめてください。その人は食べちゃいけない部類の子です。

 

「お燐みたいです。寝てる合間にいつの間にか人型を取ったみたいです」

 

私がそう説明すると合点がいったのか、納得した表情になった。

「なるほどーー」

 

でも同時に食べれなくて残念って考えている。いやいや、家の中で食べないでください。

 

「あの…あたいはどうしたら…」

 

蚊帳の外にされていたお燐が布団を巻きつけながら聞いてくる。

その姿はなんですか?誘ってるんですか?

 

 

「元の猫の姿に戻れないですか?」

 

絶対出来るはずなのでやってください。あまりその姿のままだと目に悪いです。少しは恥じらいとか無いんですか?ねえ……

 

「そんなこと急に言われてもねえ…やってみるよ」

 

そういってお燐は猫の姿をイメージし始める。

なんか普段より美化されてますけど…

 

 

一瞬だけ視界がぶれた。時間にしてコンマ数秒レベルでしょうか。

 

 

気づいたら目の前に黒猫が座っていてこちらをじーっと見つめていた。

 

(案外簡単だったね)

 

「へえー!そういう感じに変幻するのかー!」

 

ルーミアさんは変幻とか見た事なかったんですね。不思議です。あそこまで強いなら闘った事でもあるのかと思いましたよ。

ああ、闇の中にいることが多いから気づかないのですね。

 

「今日はちょっと豪華な料理でも作りましょうかね」

 

「んー?祝いなのか?」

 

「なんでもない日……嘘です嘘です。引っ掻かないでください」

 

無言で引っ掻いてくるお燐を引き離し台所に向かう。

 

 

 

 

まあそんな感じの日があったり珍しく台風が直撃したりだったり、妹紅の遊び相手をやってたり輝夜の相談相手になったり月のことで色々と話し合ったり妖怪として暴れたり暴れなかったり色々とやっていた気がする。

 

 

そんなこんなで輝夜が言っていた使者が来る日まで残すところ4日となった。

 

既に人間も妖怪も大騒ぎです。

都なんてもはや業務がしっかり行われてすらいないんですから。

 

あまり都で何かしていると怪しまれてしまうので最近はお燐達の家にこもっている。

ついでだからと庭を作ったり建物を増改築したりと色々とやっていました。もちろん、お燐達も手伝ってですよ。

 

 

 

ただ、私が輝夜に協力しているということは伏せていた。

不用意に巻き込んでしまうのを恐れていたっていうのがあるんですけど…言い訳でしかないです。

 

 

「二人とも…ちょっといいですか?」

 

けれどここで二人を巻き込まないと直前になって私の知らないうちに巻き込まれてしまう可能性が出てきてしまった。

 

原因はルーミアさん。

月の人達って美味しいのかななんて考え出すものだから焦る。

絶対来ちゃいますよね。

 

その上お燐に関しては…

(死体手に入るかなー)

 

……目的が違えど巻き込まれるのは確実です。

 

なら最初からみんなで協力していこうと言う事にした。

私に出来る事は限られていますしルーミアさんみたいに強いわけでもない。

そんな私が自身よりこの子達のことを心配してしまうっていうのも変な話なんですけどね。

普通の妖怪なら行わないような行動ですが、私は人…

 

知り合いが私の近くで殺されるなんて御免被りたいです。

 

 

 

「……と言うわけで、ルーミアさん、お燐。手伝ってください」

 

そんなわけで全力で二人に土下座していた。

 

昨日の段階で踏ん切りはついてたのですが言い出そうとしてもなかなか言い出せず、そんなこんなでズルズル引きずってこんな時に話すことになっちゃったんです。

まあ私が悪いんですよ。自分の勝手なエゴが招いた事ですから。

 

「と言うわけでって…急すぎるでしょーがー‼︎」

 

「へー、面白そうなのだー」

 

真っ二つに分かれましたね。

「あの…お燐?怒ってますよね」

 

「怒ってますよ!なんで早く言わなかったんですか!」

 

……ですよね。返す言葉も無いです。

 

「もっと早く言ってくれれば、輝夜姫のお家で料理食べ放題出来たのにいい!」

 

「本当に…ごめん」

 

お燐はお燐で結構食べる。特に人型になってからは消費量が二倍近くまで跳ね上がった。

そんなお燐だから、姫の屋敷に行けば腹一杯食べ物が食べられると思っていたのだろう。

まさか私がそこに通じているなんて…とね。

本人にしてみればショックでしょう。

 

「まあいいです……手伝いますから、終わったら毛繕いとかいろいろお願いしますよ」

 

「わかってます」

 

そして死体を漁る野望が物凄いです。

 

「どうせなら月の人食べていいー?」

 

死体なら好きに食べていいんですよ。その時はお燐と喧嘩にならないように気をつけてくださいね。

 

 

 

私が集められる戦力はなんだかんだ揃った。

人間たちは勝手に兵を集めて防衛をしようとしているけど…私の知るものだったら無駄なのでしょう。

 

一週間前に姫がカミングアウトしたおかげで屋敷の周りはもうすごいことになっていた。

上からチラッと見たところアリの巣状態って言っても過言じゃないくらいでした。いやあ人間って凄いです。

 

まあそれとは別に妖怪も妖怪で十数人ほど集まって近くに隠れてたりするんですけどね。

 

「ところで、最近妖怪の合間に広がってる噂なんだけど…輝夜姫を月の迎えから奪った奴は輝夜姫の全てが貰えるって…」

 

「ああそれ私が流しました」

 

「やっぱり……」

 

落胆したようにお燐がうなだれる。

 

だってなるべく戦力は多い方が良いじゃないですか。でも人間じゃ太刀打ちどころか足止めすら無理ですよ。

少しでも妖怪とか神とかが来てくれないと輝夜の生存率が低いままですから。

 

 

「それでー?私はどうするの?適当に殺戮をすればいいの?」

 

何物騒なこと言ってるんですか。そんな危なっかしいことするわけないじゃないですか。

 

「そうですね…暴れてくれるのはありがたいのですが…出来れば陽動してください」

 

途端に不満を漏らす。

「なんでー?殺したっていいじゃん!」

 

そうですけど、なんか殺しちゃうと面倒というかなんと言うか…まあ殺した方がいいのは分かるんですよ。

 

「相手は月の人達です。貴方が太刀打ちできないくらい強いかもなんです。だから無理をしないで欲しいんですけど」

 

「私より強い奴しかいないならさとりとかお燐じゃまず無理じゃん」

 

そうなんですけどね…真っ正面から戦うってなったらそうなんですよ。

「うーん…なんていえばいいんでしょう…」

 

「あたい…ちょっと怖くなってきたんだけど」

 

私たちの話を聞いていたお燐が青ざめる。

あまり強い敵と戦ったことがないお燐を巻き込むのは正直嫌なのだ。

それでも、協力して欲しかったんです。

 

「……無理ならいいんです」

 

「大丈夫、ちょっと臆病風に吹かれただけ!」

 

……お燐の意思を尊重しましょう。

 

「ルーミアさん、無理しないで陽動レベルでいいんです。それに他の妖怪もいるでしょうからそっちと戦うのは避けてください」

 

「わかってるのだー!」

そういってくるくる回り出すルーミアさん。

 

本当にわかってるのか心配でならないのですが…まあいいです。

 

最悪の場合にならないように私が頑張ればいいんです。

ええ……二人の命、預からせていただきますよ。

 

 

 

 

 

昨日雨が降ったというのに朝からこんなに暑い。

雨が降って涼しくなるわけでは無いが余計に暑くなってもらっても困るんですけどね。

そんな愚痴りは知らぬと言わんばかりに太陽は頭上近くまで上がっており周囲を明るく照らす。

そんな周りとは対照的に直ぐ真横には真っ暗な闇が固まりになって浮いていた。

 

「……前、見えますか?」

 

「真っ暗で見えない」

 

じゃあ闇から出ましょうよ。と言うか白昼堂々そんな闇が浮いてたら大変な騒ぎなんですけど…

 

「だって暑いんだもん。それに認識阻害の術をかけてもらったから大丈夫なのだー」

 

そういう問題でも無いのですが…ねえ。

 

他人事のようにお燐が腕の中であくびをする。

猫にはくだらない…退屈な話だったのでしょう。

 

 

昼間からなんという面子でしょう。百鬼夜行にでも参加出来そうな人たちですよ。

この時代に百鬼夜行があったかどうかわかりませんが…

 

 

月のお迎えが来る当日にして何をする訳でも無くこうやってみんなで都をぶらぶらしている訳です。

まあ私自身、不安で落ち着かないですし二人が一緒に散歩しようと誘ってきたので乗ったまでです。

だから私がお燐の服を買いたかったとか料理店に行ってみたかったとかそういう事では無いですよ。あくまで実行中ではありますけどね。

 

「ねえ、そろそろ姫のところに行かないのかい?」

いつの間にか人型に戻ったお燐が訪ねてくる。

人の行き交うところでよくそんなことできますね。バレてないからいいんですけど。

「まだ時間あるじゃないですか」

 

月が上るまでまだ時間はありますしどうせ行ってもろくなことないでしょうし…

 

それに貴方はこれ以上着せ替え人形みたいにされるのが嫌なだけでしょう?拗ねて猫に戻られても困るんです。誰も見てないから良かったですけど。

 

「それよりもなんかお腹空いたなあ」

 

お燐が露骨に話題を変えてきた。たかだか数着なのですがね…まあ高かったですし買いはしませんでしたけど。

 

「あ、あの子とか美味しそう!」

物騒すぎるのでやめてください。そんなことしたら認識阻害が解けちゃいますよ。

二人も妖力を極限まで低く抑えて隠蔽してる。ですが、かなり強い人達にはバレてしまう。

丁度輝夜の護衛に駆り出されて都にそういう人がいないからバレてないのであって普通ならアウトである。特にお燐は耳と尻尾を無理無理隠しているが何かの拍子に出てきたりでもしたら大変だ。

 

二人を連れて近くの店に入る。ちゃんと店の表示は見てなかったが料理店っぽい感じだった。あのまま放置してたら襲いかねないです。もうちょっと抑えてくださいよ。

 

 

「じゃあ簡単に人を倒せる方法でも教えましょうか?」

 

空腹を紛らわす為にちょっと小話でもしてましょうか。この店の主人には悪いですが少し寝ていてもらいたいです。それかどっか消えて。

 

とは言ってもそう簡単に消えてはくれないし注文を入れれば多分奥の方に行ってくれると思いますね…

 

「なんか…物騒だねえ…あ、あたいはおまかせで」

 

「私も店主に任せます…ルーミアさんは?」

 

人通りを行き交う人達の方に視線を向け続けるルーミアさん。意識があっちの方に向いてるみたいなので戻しましょう。

 

「いらないのだー」

 

やっぱりあっちの方が良かったのですか…好みは人それぞれですから何も言いませんけど…

 

 

「生物の弱点は大体体の真ん中辺り…後は太ももの裏側とか首筋、刀ならそこらへんを狙った方がいいですね」

 

「うへ…地味に生々しいね」

 

「後は…一発で楽にするなら目を爪とか刀で刺すのが効果的ですね。頭蓋骨に無理やり刺すより柔らかくて脳に直結している目は楽ですよ」

 

「なるほど…あまり参考にしたくなかった知識ばかりありがとね」

 

皮肉ですか…この時代に必要な知識だとは思うんですけどね。

「そーなのかー?私は直接首を跳ねることが多いけど」

 

それは貴方達大妖怪クラスなものです。

普通の妖怪はそこまでのことは出来ません。精々一瞬で楽にすることくらいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人とは一旦別れ、護衛のために集まった人達のところに歩いて行く。

屋敷の周りが完全に要塞状態になっている。うん、人間達凄い必死なんですね。

少女が一人こんなところに来るものだから周りの目線が集まる。そんなに見たって何も出ませんよ。

 

 

 

私の目的は、会った時には何回も警告をかけたのですが、おそらくきているのでしょう人に会うこと。

出来れば最後に思い直して欲しいと思ってしまうのはこの先の結末を大なり小なり知ってる私の勝手な考え。ですけどそれを自覚しながらやはり実行してしまう私の意思。

 

兵団の中を探すこと十数分。本当は見つけたく無い…でもあの人なら来るだろうと確信していた人を見つけた。

 

「やっぱり来てたんですか…不比等さん」

私の声に周りが変な反応を見せる。中には敵対心むき出しのものまでだ。

「おお!さとりか!」

 

だがこの人と親しい人だとわかった瞬間それらの反応が消える。

 

「姫の護衛ですか…ご苦労なことです」

 

「はは!愛すべき者を守るのも男の役目だ」

 

やはりというべきか不比等らしいと言うべきか…家族よりも姫を取ったのですね。

「……やっぱり思い直しはしないんですね」

 

「まあな。妹紅には悪い事をしたと思ってはおる。だが、私が決めた事なのだ」

 

別に私は何も言いませんよ。不比等さん、あなたがそれを決めたのであればそれを最後まで全うしてください。

私には、貴方になにか物言えるような立場ですらないし言う資格すら無いです。

精々、応援するくらいです。

例えその先が破滅であっても…どうせ貴方はそれも考えての事でしょう。

「まあいいです。ですけど、私に妹紅さんを頼ませるような事はしないでください。お願いです」

ですがその考えに妹紅さんは含まれていないのでしょう。彼女がどんな人生を送るのか…不自由なく暮らせるように手配はしてるのでしょうけどね。

 

「ほほう、お主のことだから妹紅のそばに居てやれと言うかと思ったが…」

普通ならそう言うでしょうね。私だってそう言いたいです。

「言っても貴方はここで姫を守るのでしょう?なら私はその意思を尊重するまでです」

 

「ははは!年頃の娘には思えん!」

 

ヒトは見かけによらないですからね。

 

少し目を細める。

不比等さんも何やら私の事を不思議そうに見てる。探ってるのでしょうか。

 

詮索されても何も起きませんよ?それとも何か気になることでも?

どっちでもいいですけど……

 

「それでは、私はこれで…」

 

そう言い残して私は立ち去る。

不比等も私に対しては深く言及せずに見送ってくれていたようだ。

と言うか薄々察していたのだろう。それでいて見逃しているのだからかなり大胆な人だったのでしょう。

 

一回だけ振り返ってみれば不比等と目があった。

 

ーーすまない。

そう訴える目線をしっかりと受け止める。

 

ーーその謝罪は、妹紅さんにしてください。

 

全く……妹紅が輝夜と仲が悪くなるのも頷けます。

 

 

しばらく草原のようなところを歩く。不思議とこの辺りに人はいない。何も無い…でも落ち着くところだ。ここら辺に月の民が降りてくるのだろうか…

それとも別のところだろうか…

 

「あ!さとりちゃん!」

 

前から走ってきた人影が私の名を叫ぶ。

 

「あら、妹紅さん。どうしたのですか?」

 

「お父さんに会いに来たの!」

 

屋敷から抜け出してきたのだろう。いたるところに葉っぱとか土とかが付いている。

お節介ではあるけど服を叩いて綺麗にしていく。

 

「お父さんに会いに行くなら…ちゃんと別れの挨拶はしてくださいね」

髪の毛を整えてあげながらそう囁く。

 

「……?わかった」

 

いまいちわかっていないようでしたが、そのうちわかるかもしれません。

わかった頃には手遅れになってるなんて事もありそうですけど…

それは私には関係ない。あとは妹紅次第。

このまま蓬莱人になるのかそれとも人として一生を終えるのか…

 

「ありがとね、さとりちゃん!それじゃ!また今度!」

 

そう言って走り出す妹紅さん。どこまでもあの子は純粋なのでしょうか。羨ましいです。

 

「話し合いは済んだみたいだね」

 

「ええ、話し合いってほどでもないんですけど」

 

妹紅が走り去っていった直後、後ろから声が聞こえる。

お燐だ。

 

なんだか私何も出来ていない気がしますが…仕方ないでしょう。

今の私に出来ることといえばこのくらいですし…後悔は後でたっぷりしますから今は勘弁してくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れはじめ辺りに松明の光がともり始める。

都の外で隠れていたルーミアさんと合流し、屋敷の近くに身をひそめる。

 

「わくわくしてきたー」

 

呑気ですねえ…その気構え分けて欲しいです。

 

(ねえねえ、なんか変なのが来たよ)

 

上空をずっと見ていたお燐が異変に気付いたみたいだ。

 

月を背にして白い物体が点のように見え隠れする。人間達の方もそれに気づいた人たちが騒ぎ出した。

 

だんだんと大きくなってくるそれは三角形のような形をした平べったい何かだった。

 

牛車とかなんだとか言われてるけどあれは牛車じゃない。

 

(ほへ〜?なんだいあの牛車)

 

艦橋が二つ、全長は600メートル前後だろう、相当でかい。

 

「スター……デスト○イヤー」

よくよく見れば細部は全然違うしかなり小柄ではある。でもあれはどう見てもあれである。星の戦争で目にしたあれだ。

あれあれ言うのも面倒なので宇宙船って略でいいでしょう。

どんどん迫ってきたそれはものすごいブラストを地面に当てながらホバリングを行う。

 

春一番とか比べ物にならない突風が吹き荒れる。

(ひゃー!飛ばされる!)

 

猫化しているお燐が飛ばされそうになるのを辛うじて止める。正直私も飛ばされそうですけど…

 

あ、兵の先頭集団が転んだ。

 

ゆっくりと着陸してきた宇宙船の底部ハッチが開き、そこから戦車やらバイクやらなんやらが一斉に出てくる。

 

突風から立ち直った頃には既に戦闘配備が整っていた。

 

すごい速さです。あれはもう…なんというかねえ。

しかも戦車は多脚歩行戦車…蜘蛛みたいです。

 

しばらくは様子を見ることにしましょう。

人間達も何かの術のようなもので身動きが取れなくなっているみたいですし…

 

「早く行かないのかー?」

 

「まだです…頃合いを見ます」

 

おーあれが薬の壺なのか。って羽衣着ないんですか?まあ着たら色々とまずいみたいなので放っておきますが…

そのまま式みたいなものはどんどん進んでいく。

こっちでもルーミアさんが今にも飛び出しそうになってます。

 

「あれ?」

 

ふと、輝夜の目線に違和感を覚える。

普通なら宇宙船の搭乗口の方を見るはずなのですがそことは別、お迎えの人達の方に視線を向けている?

 

その視線を追ってみる。男性ばかりでむさ苦しい中に一人だけ女性がいるのにようやく気がついた。意識阻害の術式でも組んでいたのでしょうか?

 

(まだいっちゃダメなのかい?)

 

「まだダメです」

 

先陣切って動いたところであそこにいる戦車の主砲でズドンですよ。

そうじゃなくてもあそこに置かれてる対空車両とか迫撃砲、更には携帯火器で穴だらけです。

 

意識をもう一度さっきの女性に戻す。おそらくあの人が例の…あのお方と言う訳でしょうか。

 

ってなんかこっちを見ている気がするんですけどどう考えてもあれは探しているって目つき…

 

 

 

「……⁉︎」

視線がぴったり合った⁉︎まさかこっちに気づかれた?いや、うん…多分気づかれたみたいですね。ですが何もしてこないという時とは、見逃してくれているのでしょうか?

 

と思ったら突然その女性が動いた。

 

背中に背負っていた弓を素早く取り出し、真上に向ける。

突然のことで月の兵も反応できてない。と言うかコンマ数秒の早さで背中に背負ってた弓を構えるって凄すぎるんじゃないですか?あんな人相手にしたく無いですよ。

 

矢があろうところはまるでレーザー砲の様に淡い黄色に光っている。なにやらやばそうな雰囲気を放って……あ、発射した。

手が少しだけ動き光が弓から消える。少し遅れて空気を切り裂く音が聞こえた。

直ぐに飛ばされた矢を目で追う。

真上に打ち上げられたそれは数秒ほど飛び続けた後に…

 

「伏せて!」

 

咄嗟にルーミアの頭を叩きつけるように下げさせて隠れている茂みの中に隠す。

 

直後、物凄い閃光と轟音が辺りに響く。聴力が失われ無音状態になる。

少し遅れて地上でいくつもの爆発が起こる。当然私達の近くにも数発落っこちたみたいだ。

 

「MIRVみたいな攻撃ですね」

 

(呑気にいってる場合かー!ってかMIRVってなに⁉︎呪文⁉︎)

 

爆音が止んだので頭をあげる。

 

すごい穴ぼこだらけな上さっきまでいた月の兵の半数の姿が見当たらない。戦車も二台程破壊されたのか。黒煙を吹き上げて活動を停止している。

 

 

「ルーミアさん!行きますよ!」

 

「うえ⁉︎あ、ちょっと!」

 

未だに混乱しているルーミアさんを引っ張り空に上がる。なにやら文句言いたげですがこの際無視します。

 

ここからなら戦場がよく見渡せる。それに月の兵のほとんどは上空まで意識が及んでいない。

 

どうやら人間を止めていた術式も解けたみたいだ。多くが混乱しながらもなんとか月の兵へ攻撃を始めている。

やや遅れて妖怪の軍団が動き出した。

 

三つ巴の戦いになってますね。えっと…輝夜はどこでしょうか?

 

下を探すが、わけがわからないほど入り乱れてしまっていて分からない。

時折生き残った戦車が発砲。その度に人間がまとめて吹き飛ぶ。

直撃を受けて粉々になった人体や爆風で飛ばされる人間。月に兵が持つ銃から曳光弾が飛び出し妖怪や人間を容赦なく肉片に変えて行く。

 

「うわ…荒っぽいねえ」

 

(ほんとだよ。あんなことしたら綺麗な死体が残らないじゃ無いか)

 

二人は置いといて…輝夜が見当たりませんね。

 

 

さっきの攻撃による混乱で逃げるというならまだ遠くまで行ってないし追いかけている人たちもいるはず…えっと…

お燐も腕の中から下を見て探し始める。

 

(あ!いた!)

お燐が叫ぶ。

直ぐにお燐の思考を読み場所を特定。

 

「森に逃げ込んで撒くつもりですか。確かにバイクとか車に襲われるよりはマシですね」

 

「ねえねえさとり、あれ壊していいのかー?」

 

輝夜のところに向かおうとした途端にルーミアさんが肩を引っ張って止める。

振り返ると母船から複数の何かが飛び出していた。

 

縦に異様に細い胴体に左右に小さく飛び出た長方形のような翼。昆虫の触覚を思わせる先端…頭の上で大きく回転する大きな羽…そして尻尾のように後ろに伸びた胴体の一部。

前世知識が形の似ているものを思い出させ警告する。

 

「せ、戦闘ヘリ⁉︎」

 

それもただの戦闘ヘリではない。メインローターの上に搭載されたお皿のようなもの…AH-64D アパッチ・ロングボウだ。

 

想定外だ。輝夜だってヘリがいるなんて言ってない。向こうが万が一のために用意しておいた物なのでしょうか。

 

「く…ルーミアさん!壊しちゃっていいです!」

 

「わかったのだー!」

 

私が言い終わる前にルーミアさんは闇をまといながら突っ込んでいった。

だが向かってくるルーミアさんに気づいたのか3機のアパッチが高度を上げて、胴体の下につけられた機関砲が旋回し容赦無く弾丸を打ち込み始めた。

 

「ちょ!やっぱ無理なのだー!」

 

慌てて逃げる。ヘリの方も地上の支援に回りたいのか深追いはして来なかった。

 

「あんなのどう倒すのだー!」

 

弾丸が掠ったのか右足から血を流している。

 

うん、あれはちょっと危険すぎますね。私が一回弱点を教えないとだめでしたか。

 

「あの、弱点はあの上で回ってる羽か後ろの方の小さいやつです」

 

「わはー」

 

人の話を聞いてない…元からでしたっけ。まあいいです。

実際にやってみてなんぼですから。

 

一番近くにいるヘリを探す。こっちを警戒する1機のアパッチが視界に入る。丁度いいです。それにこの距離ならAAMでもない限り向こうの攻撃は当たらない…と思いたい。

 

メインローターに向かって弾幕を発射。当然アパッチは回避しようと旋回する。ですけど甘いです。

サードアイで先読みしたルートにも弾幕を放つ。一発がテイルローターに命中。小さく爆発しローターが吹き飛んだ。

 

「まあ、あんな感じに簡単に落とせます」

 

テイルローターを失った機体はメインローターのトルクを相殺出来ずくるくると回りながら地面に叩きつけられた。触覚のような機首が潰れ胴体がひしゃげる。

 

 

「すごいのだー!」

 

「では私達は輝夜の援護に向かいます」

 

はーいという気の抜けたような返事を背中に聞きながら戦闘空域を離脱する。途中で機銃の弾が私めがけて飛んできたがあの程度の攻撃当たるわけがない。

森の中だと上空からでは見つけづらい。

少し危険ですけど森の中まで降りましょう。

私のしていることを察したのかお燐は私の腕をがっちり掴む。爪たてられると痛いんですけど…

 

そうこういってる暇もないので急降下。速度が一気に上がり風切り音が鋭くなる。

そのまま速度を落とさず木々の合間に潜り込む。

記憶とサードアイがキャッチする思考を頼りに姫の元へ飛んでいく。

どうやらバイクが追っかけているみたいだ。そのほかにも10…いや12人が追っかけている。時々爆竹の破裂音のようなものが聞こえてくる。

木々をギリギリのところで避けながら最短ルートを飛行する。

(木が目の前にい!少しはスピード落としてええ)

 

「ーー!見つけた!」

 

視界に発砲する兵が見える。

即座に弾幕を展開し発射。紫と赤が混ざったような色をした弾幕がばら撒かれる。

 

突然の事で避けきれなかった兵士が吹き飛ぶ。

 

「お燐!任せました!」

 

「はいさー!」

複数の兵士たちの上空でお燐を投下。

即座に人型になり着地したお燐が近くの兵の首筋に爪を刺す。

 

あの距離なら銃火器は使えない。更にいえばお燐の得意な距離だ。相手が接近戦に強くてもそう簡単にはいかないだろう。

 

血しぶきが上がるのを横目に私は直ぐに前の方にいる輝夜たちのところに降りる。

 

「遅れました」

 

近くに来たバイクのヘッドライトが私を照らす。スポットライトはいらないです。

瞳孔が直ぐに絞られて目に入る光量を調整。同時に一瞬だけ(サードアイ)が光る。

 

「あ、あなたまさか⁉︎」

 

 

「説明は後です!」

 

最初こそ奇襲で優勢だったお燐ですが向こうもアホでは無い。直ぐに体勢を立て直して小型結界などを張ったりしながらお燐の攻撃を防いている。

その上数が揃ってきた。これ以上はお燐が危ないわ。

「お燐退きなさい!」

 

「え⁉︎わ、わかった」

 

お燐が一回転し猫の姿に戻る。そのまま森の中に逃げ込み視界から消えた。残っていた兵が一斉にこっちに意識を向ける。

めちゃくちゃ睨んできてるんですけど大丈夫なんでしょうか。

 

突然降りてきた私に警戒しているのか迂闊に攻撃はしてこない。攻撃してきた方が楽なんですけどね。

ちょっと煽っておいた方がいいかしら?

 

「妖怪風情が邪魔だ死ね…ですか。物騒なものですね」

 

「な⁉︎」

考えていた事を言い当てられたのか一人の兵が驚愕する。

「狼狽えるな!」

 

「そういう貴方は地上にいるのが嫌だからさっさと帰りたいと…なら帰ってください。地上に迷惑です」

 

「このっ‼︎生意気な!」

 

一人がそう叫んだ瞬間、私とその後ろにいる輝夜たちに向かって鉛弾が飛んできた。

 

少しくらい話聞こうとか思わないんですかね。

煽った私が言うのも変な話ですけど。

 

「な、なんで効かない!」

 

私の周りの木々や地面が銃弾により抉れ破片が飛び散る。当然そこには私や輝夜の身体も含まれていなければならないのだが、そんなものはない。

 

「何でって言われましても効かないんですから効かないんです」

 

まあいくらでも撃てばよいです。

私はゆったりと反撃しましょうか。

 

先ずは、面倒なバイクを破壊。燃料タンクは大体座席付近…まとめて吹っ飛ばしちゃえ。

 

こちらを照らすバイクに弾幕を撃ち込み吹き飛ばす。

 

破損したタンクから漏れた燃料に引火し空中で火花を作る。綺麗なものでは無いですね。

 

さてお次は…

 

「うわあああ!来るなああ!」

適当に狙いをつけた兵の元に歩いて行く。貴方に逃げるという選択肢は無い。あってもそれは叶わない。

あーあーそんな乱射しちゃダメですよ。弾が無駄になるだけですからね。

 

「やめろお!目が、目が潰れる!」

 

だから煩いんですよ。

首をへし折って放り投げる。

 

叫んだり逃げまとう兵達を一人一人捕まえる。

一人の口から私が飛び出す。ありえない光景に周りがパニックになる。

這い出てきた私に銃撃とナイフが容赦無く襲う。だが、いくら銃撃しようとナイフで斬ろうと全くダメージを受けた雰囲気が無い。

 

「まだまだ遊びましょ?月の民さん」

 

 

 

 

 

勝手に跳弾やフレンドリーファイアで自滅が始まる。そろそろ姫達を連れて離れましょう。

 

「なんか…貴方って相当エグくないかしら?」

 

「そうでしょうか?私としては精神が再起不能になるくらいで生命活動に支障はきたさない程度に留めてるんですが」

 

《十分えぐいよ》ですか?はて?訳がわからないです。彼らに一応選択肢は与えてますよ?まともな思考はさせませんけど。

 

何も難しい事はしていない。ただ全員と目が合った一瞬を使って全員にトラウマを植え付けていっただけだ。

それだってリアルタイムで見れるように五感からの感覚が脳に伝わる僅かな遅延時間の合間に記憶に直接投影しているだけです。

ただ私の処理する情報が多くなって面倒になるだけで大して効果ないですし。

 

「で?貴方は何者?万が一姫に危害を加えるようなら…」

 

「《その場で消滅させますよ》ですか。あ、すいません勝手に心を読んでしまって」

 

ずっと黙ってこっちを睨んでいた女性が話しかけてくるが、それをつい遮ってしまう。

いけないいけない。妖怪としての癖が出てしまった。かなり気がおかしくなって来てるのでしょう。

 

「……さとり妖怪ね」

 

完全に警戒されましたね。背を向ける私に矢を構えているみたいですが…

 

「やめなさい永琳。さとりは私の親友よ」

 

「……失礼しました」

 

「こちらこそ無駄に警戒心を抱かせてしまってすいません」

素直に謝っておく。この人を敵に回すようなことだけは避けたいです。

 

 

「ではお燐。この二人を連れて直ぐにこの場を離れてください」

 

「さとりはどうするんだい?」

 

人型になったお燐が不思議そうに尋ねる。

 

「私はルーミアさんを迎えにいきます」

 

状況のよくわからない二人は何を話しているのかいまいち分かってない。だがお燐にはこれで十分。

「わかった。それじゃああそこで待ってればいいんだね」

 

「ちょっと待って!まさかあそこに戻る気なの⁉︎」

正気の沙汰じゃ無い。ですか…まあ普通に考えればそうですよね。ですけどあそこにはまだ知り合いがいるんです。

 

「知り合いが戦ってるのに逃げるのは嫌なんで」

 

これ以上何かを言われるのは御免なのでお燐に後を任せ戦場となっているであろうところに向かう。

小さく聞こえる炸裂音が不思議と懐かしさを感じる。

後ろで輝夜が何か言ってる気がしますが聞こえないことにしましょう。

 

 

 

 

「さて、お二人さん。あたいについてきて」

さとりが飛んでいってしまい途端に姫が騒ぎ出す。

 

「ちょっと!大丈夫なの⁉︎」

 

「さとりなら大丈夫だよ。確証はないけど、そう言い切れる自信はある」

 

こういう時の勘はよく当たる。無傷というわけにはいかないだろうけど必ず帰ってくる。そう感じたらそれを信じるのがあたいだからね。

だから帰ってきたら思いっきり甘えられるようにしておかないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未だに戦闘は行われている。だが地上はバラバラになった人間の死骸や槍などが刺さった月の民のものなどであふれかえっている。

戦車も全車が破壊されたのか脚のようなパーツや砲台が転がっている。

 

戦っている妖怪も1、2体くらいしか見当たらない。

 

まさに地獄絵図と言うか…泥沼の戦場というか…そんな感じのものです。初めてみますね。

 

流石に半数の兵力ではいくら兵器が優れていようと優勢にならなかったみたいですね。

 

 

ルーミアさんを探すと、宇宙船の上部で寝っ転がっていた。

闇にすっぽりと覆われていて何が何だか分からないが、寝ていることだけはわかった。

おいておくわけにもいかないので回収しに行く。

凹凸も接合後もない滑らかな船体の上に降り立つ。

「ルーミアさん?起きてください」

妙に血なまぐさい。負傷しているのだろう。なおさらここにおいておくわけにはいかない。

 

「……」

返事がない。取り敢えず闇の中に手を入れてルーミアさんの身体を担ぎ上げる。その直後、身体を激しい振動が襲う。

 

「きゃ!」

バランスを崩してそのまま船体から落下。空中に投げ飛ばされる。

 

「な…なにが?」

 

爆発でも起こったのかと思ったが違うみたいだ。宇宙船が浮き上がっていた。

浮上自体は珍しい事では無いかもしれない。

だが、異常なのはまだ地上には月の兵がいるにも関わらず逃げ出そうといった格好で浮上している事だ。

 

人を抱えて飛ぶのは困難なので一旦地上に降下する。

生き残っている人達が何かを叫んでいる。

それに答えるかのように宇宙船の下部ハッチが開く。そこから筒状の何かが切り離される。

「逃げろ‼︎」

誰かがそう叫んだ気がした。

その声で生き残っていた月の兵が一斉に逃げ出す。

 

全長12メートルほどあろうかと思われる巨大な爆弾が迫ってくる。

「ここを…吹き飛ばすつもりですか⁉︎」

飛んで逃げても巻き込まれるのは目に見えている。

 

とっさにルーミアさんを地面に開いた窪みに押し込み上から覆いかぶさる様に伏せる。

戦車の砲撃か永琳の攻撃で開いたものなのかよくわからない穴ではあったがそんな事は関係ない。

 

効果があるかどうか分からないが結界のような感じに残っている妖力で壁のようなものを作る。

生き残れるかどうかはわからない。でも何もしないよりかはマシでしょう。

 

そう思った直後、世界が真っ白になり音が、空気が消えた。

 

 

 

 

 

「………あ、久しぶり」

 

また声が聞こえる。相変わらず視界は仕事しない。感覚も無い。

 

「いやー派手にやったね。周辺に何も無くなっちゃったよ」

 

なんでそんな事がわかるのか…不思議です。

予想としては私の体を乗っ取って歩いているのかはたまた別の理由でか…

 

「あ、気にしなくていいよ。私が適当に予測してるだけだから」

 

事実じゃないじゃ無いですか。何、不安にさせてるんですか。えーっと…なんて言えばいいんですっけ?

 

「そうだねー?呼びやすい名前でいいよ。お姉ちゃん」

 

あーはいはい。そうでしたねー最近会ってないから忘れてました。

というか考えてることが共有してるんじゃ色々面倒いですね。嫌ではないですけど…

 

「さとり妖怪なのにそんなこと考えるんだね」

 

私は人間ですよ?さとり妖怪やってますけど。矛盾かな?

 

「矛盾どころか凄いぐちゃぐちゃだよそれ。無意識の私がいうのもなんだけどさ……お姉ちゃんって色々おかしいよね」

 

それは『私』自身がですか?それとも、今ここにいる『ワタシ』がですか?

 

「どっちもかなあ?まあそんなこと言ったら私もその『おかしい』部類に入るけど」

 

なかなか難しいものです。私自身常識の範囲で動いているつもりなのですがね?それとも私の常識がずれていると…それはそれで厄介極まりない。

 

「そういえば私達、何を話そうとしてたんだっけ?」

 

一瞬だけ視界が緑色になる。完全に緑というか…波のように薄いところと濃いところが入り混じっては消えて行く。海面を海中から見上げた感じでしょうか。不思議と暖かくて…落ち着きます。

 

「ああ、そうだそうだ。体の状況についてだった」

 

なんだそんな事ですか。どうせ酷い状態なんでしょう?

 

「まあまあそう言わずに、話だけでも聞いていきなさいなー」

 

はいはい、聞くだけ聞いておきますよ。

「それじゃあ…何処から話そうかなー。酷い傷のところから話そうか」

 

そうですね。なるべく重症なところを簡単に伝えてください。

 

「まずは背中かな。肩から腰にかけて深さ数センチほどが焼け焦げて炭化しちゃってるよ。あと左腕もかなり損傷してるから使い物にならないかもね」

 

え?何それ大丈夫なんですか?どう考えてもダメそうな感じなんだけど。

 

「全然大丈夫じゃないよ。幸い回復が始まってるから気にしなくていいかもね。ただ、右側の肺が潰れてるから気をつけてね。そっちは治りが遅いからさ」

 

なるほど、右側の肺が……って、おい!

そっちの方が重症じゃないですか!しかも治りが遅いところって言いましたよね⁉︎

 

「ちょ!怒鳴らないで!響いちゃって痛いから!」

 

おっとすいません。取り乱しました。

 

「むしろそれほどの傷でよく助かったものだよ。流石は私だね。頑丈さでは定評がある」

 

気のせいでしょうか?だんだんと視界が明るくなってきたのですが…

 

「ありゃりゃ、もう時間みたいだね」

 

目の前で少女がくるくる回り出す。

実際には幻覚の類なのかもしれない。

 

そんな事を考えていたら声は聞こえなくなり、体に感覚が戻ってくる。

 

 

 

 

 

 

「う…背中があ⁉︎」

 

焼け付くような痛みが身体中に走る。息を吸おうとするが今度は空気がうまく吸い込めず逆に気管から血が逆流する。

「さとり!大丈夫⁉︎」

 

すぐ真横でルーミアさんの声が聞こえる。だが痛みで思うように体が動かない。

 

目も開けているのだが全く情報が入ってきてない。網膜が焼けてしまったのか、眼球が壊れているのか…はたまた神経回路が遮断されているのか。

それを考える思考すら痛みはさせてくれない。

 

「どうしたら…えっと…えっと」

 

悶えている私を治癒しようとしているのか隣でガサガサと動く音がする。

再生が追いつかないのかなんなのか。未だに痛みが引く気配はない。

 

「ええい!どうでもなるのだー!」

 

やけくそになったようなセリフを吐いてルーミアさんが何かの術をかけてきた。

 

一瞬体が温かくなりよくわからないが痛みが緩和される。同時に視界が少しづつ戻ってきた。

「あ…ありがとうございます…だいぶ楽になりました」

 

最初に見えたのは心配そうにこちらを覗き込むルーミアさんの顔だった。多少煤などで汚れてはいるが…目立った怪我はないようだ。

 

「気にしなくていいのだ。さとりが助けてくれなかったらこっちがやばかったのだ」

 

どうやら私はずっとルーミアさんの上で背中を炭化させながら覆いかぶさっていたようだ。

ほぼ死にかけてる私をどうにか安全なところまで運んでくれたのも彼女なのだとか。

なんか、すいません。

 

 

やっと周りが良く見えるようになる。仰向けになっていた上半身を起こして周りを確認する。

「まだ動いちゃだめなのだー!」

 

「大丈夫です…痛みは引いてますから…」

 

身体を動かすたびに背中からパラパラと何かが崩れ落ちる。

あまり気持ちのいい感覚ではありませんし落ちたものが何なのかなんて考えたく無いです。

しかしそんなことも吹き飛んでしまうような光景を目の当たりにする。

「うわ……終末戦争ですか…」

 

私の目の前には一面の焼け野原が広がっていた。

草木やそこにいる生物は燃え、灰となって舞っている。未だに燃えている地面。その上にあるぐちゃぐちゃの塊。それも一つや二つでは無い。百単位であたりに散らばっている。

 

そして微かに臭ってくる燃料の燃える独特の匂い。

 

「……燃料気化爆弾、でしょうか?」

 

だとすれば周りが燃えて灰になっているのはちょっとおかしいかもしれない。

燃料気化爆弾の破壊力の要諦は爆速でも猛度でも高熱でもなく、爆轟圧力の正圧保持時間の長さ…つまり、TNTなどの固体爆薬だと一瞬でしかない爆風が長い間に連続し全方位から襲ってくるところである。

だがこの破壊規模は爆風だけではなく高温で焼けたものも含まれている。

「まさか火炎爆弾と複合仕様だったのでしょうか」

 

「難しい話はわからないのだー」

 

おっとすいません。そうでもいいことを考えてしまいました。

体力もある程度回復したので、生存者を助けに行きましょうか。

 

「さとり?またあそこに行く気なのかー?」

 

「生存者を助けるくらいいいでしょ?」

ゆっくりと立ち上がる。身体の動きが重たい。服も背中の部分が無くなっているのかかなり風通しが良い。と言うか腕の部分が支えになっているに過ぎない布切れになっていた。

 

「今の体じゃ無理よ!それに、あれじゃ誰も生き残ってないってば!」

 

「それでも…行かないと…」

 

ゆっくりと歩き出す。幸い足は被害が無かったのか普通に動けるようだ。

「これ以上はさとりの体が持たないわ!やめて!」

 

右腕をルーミアに掴まれる。その気持ちも痛いほどわかる。

 

「人には…無理と分かっていてもやらなければならないことがあるんです…」

 

我ながら凄い頑固だなと思う。誰に似たのでしょうかね。

 

「仕方ないのだー私も手伝うわ」

 

そう言ってルーミアさんは腕を掴んでいた手を離す。

 

そしてふらふらの私に黙って肩を貸してきた。

私の勝手に付き合わなくてもいいのに…

 

肉や何かが焼ける臭気が立ち込める中をサードアイに反応する声を頼りに歩いて行く。

 

 

 

ボロボロだった体がある程度回復してきたところで不比等さんを見つけた。

 

「……」

 

まあ…予想はしてた。

都合よく私の親しい知人が生きているなんて事あるわけないと…

 

「ごほ…さ…さとりか…」

 

先ほどの爆弾でやられたのだろう。不比等さんは見るも無残な姿になっていた。もう長くは持たない。治療も無駄…

 

 

ほんと…部下を逃がすために殿を務めるなんて…アホですよ。

 

「喋らなくていいです」

 

「そういえば……そうだっ……な…」

 

隣にいたルーミアさんが黙ってその場を離れる。私に配慮してのことだろう。

 

今の私はサードアイを出したままにしている。

だからもう喋るのはやめてください。苦しいだけですから…え?

 

「《楽にしてくれ》ですか…」

 

意外です。妖怪と…それも妬み嫌われるさとり妖怪を前にしても罵倒も軽蔑もしないなんて…

どう言う神経をしているのでしょうか。それどころか私がさとり妖怪であってもやはり妹紅を頼むですか…

 

もう不比等さんは喋らない。いや、喋れないのだろう。

 

 

「《早くしてくれ》ですか…最後まで頑固な人です」

 

「まさかこの刀がこんな形で使われるなんて…」

一応持ってきておいた刀を懐から出す。

 

ーーーやめて

 

ゆっくりと刀を抜き、構える。あの爆撃でも傷付かずに保っていたみたいだ。月明かりで鈍い光を放つ。

 

ーーーやめて

 

胸の場所に刃の先を当てる。狙いは首

 

ーーーそれをしたらもう戻れない…やめて…

 

勢いをつけるために軽く持ち上げる。

不比等さんの感情と記憶が全て私の脳内に入ってくる。

 

ーーお願いだからやめて!

 

持ち上げた手を思いっきり振り下ろした。

 

「やめてえええ!」

 

骨が砕け散る感触が刀を持った手に響く。

深々と刺さった刀を抜く。

 

もう、この人は動かない。

そこらへんの死体と同じ状態になってしまった……いえ、してしまった。後に残ったのは、私が読み取った不比等さんの記憶…忘れてはいけない大事なものだ。

 

不比等を挟んだ反対側にはいつの間にか妹紅さんが立っていた。

ああ…どれほど私が不注意をしていたのでしょうか。

 

「なんで……」

何かをつぶやく妹紅さんにサードアイの視線を合わせる。

 

悲しみ、後悔。そしてそれらを全て飲み込むような激しい憎悪。誰に向けてのもでもなくただ自分に向かってのもだ。

それらが一気に私の方に流れ込んでくる。

 

一瞬目眩がして倒れそうになる。それほどまでに物凄い。こんなものを抱えていては心が壊れてしまう。なんとかしないととは思うのだが…

この状態で何か言うのは逆効果。しかも私は彼女の父にとどめを刺した妖怪なのだ。

悩んでいても始まらない。

 

「……恨むなら…私を恨んでください」

その途端、怒りの矛先は一気に私の方に向いた。

脳裏に激しい憎悪の感情が入り込み、私自身を燃やしていく。

「……っ‼︎」

 

妹紅さんの姿がぶれる。

瞬間、私は右腕を顔の前に動かし向かってくる拳を掴む。だいぶ弱ってるとは言え子供の攻撃くらいならどうにでもなる。

 

「……無駄です」

 

体術の一つや二つ、かけておこうかと思ったものの、それより先に妹紅さんの体から力が抜ける。抵抗する気が無くなったようなので拳を離してあげる。

 

「……」

 

そして何かを察したのか妹紅は走って私の前から消えて言った。終始黙りっぱなし…いえ、ショックが大きすぎて色々と思考停止していたみたいだ。

 

最後まで私に向かって罵倒し続けていた辺りまだ正常何でしょう。

 

妹紅さんを止めることすら出来なかった私はのろのろと歩き出す。

なんでこうなるんでしょうね?

 

理不尽だとかなんだとか叫んでもいいかもしれませんが元を辿ると私が原因だったりするのでなんとも言えない。

こんなんなら最初から誰とも関わらなければいいと思ってしまう。

 

 

やめましょう。こんなこと考えても何にもなりません。

 

 

 

 

 

 

この惨状から離れたくて歩き出す。空を飛べばどうってこないがまだそこまで回復はしていない。

焼け焦げた草やボロボロになった地面を踏みしめる。

 

他に生存者がいないかどうか確かめるが、ほとんどがもう死に絶えているか逃げてしまったかで誰もいない。

 

「……?」

 

破壊の後が目立たなくなったところでふと人間の気配を感じる。

まだ生きている人でもいるのかと思いそっちの方に歩いて行く。思えばなんでそうしようと思ったのかはわからない。

 

一人の少女が倒れていた。黒い短髪、きている服からして平民でしょう。私とほぼ同い年と言ったところです。

お腹に刺さった金属の棒のようなもの。

 

 

 

サードアイを使って何があったのかを調べる。どうやらこっそりと見に来た子らしい。こっそりと隠れていたが戦いが始まって逃げ遅れたみたようで、爆発で吹っ飛んできた破片をもろに食らったようだ。

 

 

 

「あ…え…だれ?」

 

少女が私に気付いたみたいだ。

 

「ただのどうしようもない妖怪風情です」

 

そう言うと少女の思考が大きく変わった。

それは生への異常なまでの欲求。どんな手段をとってでも生き残りたいという生命が元から…この世に誕生した時から持っているであろう根本的なものだ。

「そこまでしてまで生き延びたいですか?」

 

問いかける。方法はいくつかあるが…今この場で出来るのはたった一つ。それも、特大クラスとの禁忌とでも言うべきものだ。

「う……ん…」

 

即答が帰ってくる。不思議な子です…弱ってるので全ての記憶は見ることができません。いえ、この際見なくてもいいでしょう。

 

「なら…人間やめますか?」

 

本当はしてはならない。このまま自然の定理に任せて最後を見届けるのが最善だ。

特に私はさとり妖怪…もし私がこの子を助けたらこの子もさとり妖怪になってしまう。それはこの子に死んだ方がマシと言えるほどの苦痛を与えてしまうかもしれない。

 

「やめ…る…」

 

即答だった。本当にこの子は過去に何があったのでしょうか。人間をやめてまで生き延びたい理由でも…

色々と考えてみるが何も思い浮かばない。別に知る必要も無いですね。

 

 

さて、本人は妖怪になってもいいと言いましたが私自身はまだ迷ってしまっています。

他に方法はないのか…出来れば私みたいな存在になって欲しく無い。

色々とあって麻痺した思考ではあまり最善の手を打つと言うことはできないようだ。

私自身がどうしてもこの子を助けたいと思ってしまうお花畑な思考を持っていることも合わさってますね。

 

変な思考に流されているので一旦リセット。リセットついでに折れていた片腕を刀で切断する。

刃物が食い込む鈍い痛みが走る。

 

やや重いものが落ちる音がして辺りが真っ赤に染まる。

切り落とされた腕をさらに小さく刻む。

 

人間を妖怪にする方法は二つ。一つは、赤ん坊の時から強力な妖怪の元に一緒にいさせて妖力をその身に纏わせる。ただしこれには相当な時間がかかる。もう一つは、直接妖怪の肉を食べる事だ。

 

刻んで適当な大きさにした腕の残骸を彼女の口に押し込む。

少しくらい躊躇してもよかったのですが…躊躇する必要があったのかと一思いに楽にさせる。

 

「う⁉︎ぐ…」

 

口に押し込んだ肉を飲み込んだ直後、体に変化が現れ始める。

 

髪の毛の色が少しづつ変化し、刺さっていた棒が逆再生のようにゆっくりと肉体から抜けて行く。足首と変色した髪の毛のところから青い管がそれぞれ生えてくる。

それらが胸の真上まで来て丸く大きな塊を作る。

 

ちなみに妖怪の肉を食べたからと言って完全に妖怪になるわけでは無い。

半人半妖となった少女はその反動からか気を失ってしまっていた。

 

「あー…同族作りですか?」

 

そばにフワフワと黒い塊が浮いてくる。もうそこまで回復しているとは…流石です。

 

「結局、ただの自己満足というわけです。無責任だなんだって言うのはこの子が回復してからいくらでも聞きます。だから…今は胸の内に秘めておいてください」

 

闇が少しづつなくなっていき、その場に金髪の女性が現れる。

 

「別に…文句も何も無いのだーさとりは何も間違ってないのだ」

 

何も間違ってない…ですか。

まあこの世界に何が正しくて何が悪いかなんて明確な定義存在するはずないですからね…

 

ああ…憂鬱だ。

 

 

 

気絶している少女を肩に担ごうと左腕を差し出そうとするが、その手は虚しくも空を切る。

そうだった…自分で切り落としたんでした。

 

 

「すいません…ルーミアさん。この子を運んでくれませんか?」

 

「わかったわ」

 

どうもこの世界は残酷らしい。




おまけ


さとり「えーっと…今開示可能な月の勢力はどのくらいなのですか?」

輝夜「そうね。だいたい…戦車4両とAPC3両…IFVが1両くらいかしら…他にもバイクとか迫撃砲…兵員は一個連隊規模よ」

さとり「え…無理ゲーですよねそれ」

輝夜「気にしない気にしない」

お燐「戦車?えーぴーしー?なんのこっちゃい?」

ルーミア「美味しそうなのだー。それどんななのだー?」










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depth.12さとりは大変なのです

家に帰る頃に失った左腕以外はほぼ完治していた。

 

まあいつものことなのでルーミアさんは格別驚くこともなかった。

ルーミアさんは先に飛んでいってもよかったのですが、それを言ったらものすごく反対された。

なんでも私がまた何かやらかさないように見張ってるんだとか。

 

結局ちんたら歩いて1刻ほど経った頃、ようやく家に帰ることができた。

相変わらず背中がスースーします。

 

家の扉を開けて中に入るのが少しだけ憂鬱です。

それでも入らないと何も始まらないので扉を開ける。

 

「ただいま…ですかね?」

 

そろりと部屋に足を踏み入れた瞬間、何かが迫ってきて視界が塞がれ体が反転した。

 

「さとり!…よかった!」

 

お燐の歓喜に満ちた声を聞きようやく状況を理解した。

頭を上げてみれば胸に顔を埋めて泣きかけてるお燐が見える。

 

「…ただいま戻りました」

 

相変わらず私の表情は変わらない。

 

抱きついているお燐が落ち着くのを待ってから、ゆっくりと起き上がる。

片手だけでは体のバランスが取りづらいですね。

 

「さとり…腕、どうしたの?」

 

やや遅れて私のそばに寄ってきた輝夜が腕のことに気づく。

 

「ちょっと色々とありまして…そのうち生えてきますから大丈夫ですよ」

 

それを聞いて顔を伏せる輝夜。まあ何を考えているかは大体わかっているんですけどね。それをわざわざ指摘するなんて野暮ったいことはしません。

 

再び輝夜が顔を上げるが今度は何故か赤くなっている。はて?私の服があざといですか?露出はほぼ無いですから大丈夫のはず…

「とりあえず…服を着なさい」

 

「あ……」

 

輝夜の指摘にお燐も真っ赤になった。なんですか⁉︎なんで二人とも年頃の男の子見たいな感情を抱くんですか!

たかだか背中の部分が消失したただの服ですよ!

 

そりゃ左腕も無いですから右腕に引っかかってる分で前を覆い隠してるに過ぎませんけど……

 

「……とりあえず…家に入ろっか」

 

真っ赤になりながらもお燐が背中を押して家の中に連れて行く。

 

その様子をずっと窓から眺めていた永琳と目が合う。

一瞬殺気でも向けられるかと思ったが、私の予想は外れた。

 

体を調べるように軽くみた後何かを悟ったのか家の中に引っ込んでいった。

 

 

 

 

 

ルーミアさんは連れてきた半妖を布団に下ろして休憩中のようだ。

向こうも色々と疲れているのでしょう。今はそっとしておきますか。

 

「えっと…なんか集まっているようですけど…」

 

正直この後のことなんて自由にしてくれで終わりなんですけど。何故か私の元にみんな集まってしまっている。

一応サードアイは風呂敷で隠している。

 

 

「その前に…」

 

「その前にですね…さとり」

 

お燐と輝夜が何かを言いたげにこっちを睨む。

 

「なんでしょう?無理をし過ぎたことは謝りますけど…」

 

確かに無理をしたのは反省している。だがお燐達が言いたいことはそこではないみたいだ。

 

「そのことは良いんだよ次気をつけてくれればさ……」

 

「ええ…だけどさ…」

 

どうしたのでしょうか?また顔が赤くなってますけど?うん?

なにか悪いものでも食べましたか?

「何かあったんですか?」

 

「「ちゃんと服を着ろーー‼︎」」

 

「え?着てるじゃないですか!」

 

「タオル一枚を体に巻いただけじゃ着たとは言わないわよ!」

 

だってこれしかなかったんですもん。あとは妖怪の時に来てたあの洋服くらいしかないですしあれはものすごく目立つんですよ。

後これ、巻いたんじゃなくて前側を隠すようにつけてるだけですからね。

「余計タチが悪いわ!」

 

「もう!あたいの服貸してあげますから!ちょっと来てください!」

 

立ち上がったお燐に引っ張られて奥の部屋に退場させられる。

 

 

 

数分後

お燐用の一回り大きい服を着せられた私はようやく話を始めることができた。

 

「えっとですね…一応月の人達は帰っちゃったわけですし…これで万事解決ですかね?」

 

「色々と問題はあるけど一応は解決ね」

そう答えたのは輝夜ではなく永琳だった。愛用の弓を膝の上に置いて綺麗に座っている。これだけで絵になりそうなくらい美人だ。

そういえばさっきからずっと沈黙してましたけど…何か考えていたのでしょうか。

 

「で…一番の問題は隠れ家をどうするかね」

 

「それは大丈夫よ。ある程度私が見当つけてあるわ」

輝夜さん意外ですね。引きこもってるだけかと思ったら意外と準備していたのですか。

 

「なら安心ね。では早速、準備をしてください姫様」

素っ気なく永琳が帰り支度?移動支度を始めた。

「ちょっと永琳!いきなりすぎない⁉︎」

 

流石に輝夜もびっくりするでしょう。と言うかなんにも話してないような…一応話したに入るのかな…

 

「今回の件は感謝しているわ。でも、これ以上貴方達に迷惑はかけられないわ」

あらら…かなりつっけんどんな言い方ですね…まあ、永琳なりの気の使い方のでしょう。

それにしてもまじまじと私を見てどうしたのでしょうか?お燐も不思議がってます。

「それにしてもあなた…それ以上溜め込まない方がいいわよ」

 

まさか見抜いたのですね…流石は永琳です。

まあ自覚がなかった訳ではない。なんとか理性で押さえつけているのだがこれ以上理不尽な事が起ころうものならもう本能のままに暴れてしまいそうだ。

精神は少なくとも50年以上だがそれは人としてのもの。妖怪としての精神はまだまだ子供同然なのだ。

こんな状態も、今の状況に一役買ってるんですよね。自覚はしていてもどうしたらいいかわからないのでそのまま放置してますが…

 

「当たり前に決まってるじゃない。私は医者よ。患者が目の前にいて放っておける訳ないでしょ。それに…」

 

「《その驚異的な回復力は是非とも調べてみたい》ですか…」

 

恐ろしい事を考えますね…身体実験はごめんです。

 

「………冗談よ」

ものすごい間が空いてからぼそりと呟いた。

 

「嘘だ‼︎」

思いっきり目が泳いでますし、完全に心の中では解剖してみたいって思いが強いんですけど!

 

「いきなりレ○はやめなさいよ!心臓に悪いわ!」

 

え⁉︎まさかこのネタあったの⁉︎本当に⁉︎心臓に悪いって輝夜、一体…

 

「あはは…お湯入れてきますね」

あ、お燐が逃げた。

って逃げたわけでも無いですね。

 

 

「ま、まあ今日くらいはここに泊まっていきませんか?」

お茶を濁すついでに旅支度をしている二人をなんとなくではあるが引き止める。なんだかここで引き止めておかないとまた厄介ごとに巻き込まれそうな気がするから…主に輝夜達が。

 

「ぜひともそうしたいわ。今日はちょっと疲れたし」

 

「……断る理由はないし、私は姫に従うわ」

 

二人ともすんなりと泊まってくれることにしてくれた。なにかしら思うところでもあったのでしょうか。

 

私の知るところではないのでどうでもいいです。

「ところで、月の人達ってまたくるのかねえ?」

 

お湯を持ってきたお燐が呟くように聞いてきた。

「今のところ、可能性は低いわね。あれだけ派手にやったんだし私を本気で捕らえたいならもっと本気で来るはずよ」

 

そういうものなのかと納得。お燐はまだピンとこないのか首を傾げている。

「簡単に言えば次来た時は終末って事です」

 

「なにそれこわい」

 

話の区切りが良かったので私は一旦席を外す。

せっかくの来客ですからある程度世話を焼いてもいいですよね…ダメとか言われたら悲しくて泣きますよ。

 

「ふふーん、一応用意しておいたのですよねー」

 

勝手口から家の裏側に回る。

だいぶ前から放置しちゃっていたが大丈夫だろうか。

だがそんな心配は無用であった。多少雨風を受けて葉っぱとかが入っているがこれならすぐに用意できる。

 

 

 

 

 

 

 

出されたお湯を飲みながら私は今回の戦闘のことを軽く振り返る。

もともとの原因は月側にある。

月の政治は私にはわからない。だが今回のお迎えに関しては些か不可解なところがある。そもそも今回の件を綿月様達はご存じなかった。

 

本来であればこういうものはあの二人が言い出しそうなものなのだがお二方は私が報告するまで全く知らないそぶりだった。

 

それに姫のお迎えにもかかわらずあの様な強襲揚陸艦で行く必要などあるのか?いやそもそも、なぜあそこまで派手に軍事力を見せびらかしていたのだ?

 

考えてもあまり良いものは出てこない。最悪賢者達の誰かの独断ということくらいしかわからない。それ以上の情報を知ろうにももう月に戻ることはしばらくできそうにない。

 

「永琳、なにを考えているのかしら?」

 

今となっては知る必要も無くなってしまったものかと思い直す。

 

「少し、月のことについて考えていました」

 

「月ね…全くあの石頭共は呆れるわ」

 

「姫、あまりそのようなことは…」

 

あまりの暴言にびっくりする。月では聞いた事ないほどのものだ。やはり地上にいて思うところでもあったのだろう。

 

それにしてもあのさとり妖怪は遅い。

 

「ねえ、そこの黒猫…」

敷かれた座布団の上で丸くなっているペットに声をかける。

私が地上にいた頃はまだこのような妖怪なんていなかった。随分と変わってしまったのだろう。研究材料には困らなそうだ。

「お燐でいいよ」

 

「…それではお燐。さとりは一体なにをしているのかしら?」

 

「さあ?気になるなら見に行けばいいじゃないか。あたいは疲れてるんだよ」

 

そう言って気ままに欠伸をして寝返りを打つ。やはり根本的なところは猫なのでしょう。かなり本能むき出しだ。

と言うか貴方のご主人様があんななのに放っておけるって相当な精神よね。流石は妖怪と言うべきか…

 

「あたいは不器用だからねえ…それにあれくらい放っておけば大丈夫さ。むしろ外野がなんか言っても逆効果だからね」

 

そういう見方もあるのね。参考にするわ。

 

「あの…お燐。ちょっと火力の調整をお願いします」

 

奥の方でさとり妖怪が何か叫んでいる。

火力調整とはどういう事だろうか。何かの料理というわけでもない。

気になった私はお燐に尋ねる。

 

「ああ…風呂だよ風呂」

 

まさかお風呂があったなんて…本当にあのさとり妖怪は何者なのだろう。

驚異的な回復力といい月の人たちに匹敵する異常な知識といいもはや妖怪のカテゴリーすら外れている。

 

やはり危険と判断するべきだろうか…ですがあの子は私が危険と判断するのも承知で行動してる…

自らが嫌われるのを当たり前と思ってしまっているのだろうか。だとしたらあのさとり妖怪は…どれほどの悲しみを背負っているのか。

 

いつの間にか私は人として彼女のことが放って置けなくなっていた。

 

 

「えーっと…お風呂沸きましたよ?」

 

 

「じゃあ私から先に入るわ?いいわよね」

 

「構いませんよ。姫様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お燐に火力調整を任せて私はとあるところに行くことにする。

一応この服は一回り大きいのでサードアイもすんなり隠す事が出来た。

本当ならもう私は行ってはいけないところなのですがね。

ここまで首を突っ込んだならせめて最後くらい結末を知りたいですし。

 

再生中の左腕を撫でながら空へ飛び上がる。

高く上がった日に照らされて、遠くに赤い炎がチラチラと見えた。

 

なるほど、もうすでにそうなってしまった後でしたか。

それでも私が行くのをやめる理由にはならない。

 

だんだんと炎が大きくなり燃えているものが鮮明になって来る。

ある程度近づいたところでいつもしていたように歩きに切り替える。

いつもの癖だ。

 

 

「綺麗に燃えてますね…」

 

高くまで上がった火はその場にあるものすべてを飲み込み、盛んに燃え上がっていた。

庭にあった木も真っ赤な葉っぱをくっつけて風に舞っている。

 

女中や護衛の武士は逃げてしまったのかあの炎の中で悶えているのか…

私にはわからない。

ただ、激しく炎上したこの家にはもうなにもないということしかわからなかった。

 

「……分かってました…どうせこうなるってことは…」

それでも私はあえてこっちを選んだ。その選択肢に後悔はない。

 

「……でもこんな別れ方って…ありなんですか?」

妹紅さんに向かっていったのかそれとも私自身へのものなのか…

 

誰も答えない問いかけが炎と一緒に燃えていく。

 

 

「…もうどうでもいいや」

未だに燃え盛る藤原の屋敷を背に飛び去る。

もうあそこに用などない。私の中であそこはもうただの場所になった。

忘れてはいけないだろうが…わざわざ思い出すまでもない。

 

 

燃え上がる建物に向けて一発だけ弾幕を撃つ。

私の手元を離れた弾幕は真っ直ぐ真っ直ぐ飛んでいきまだ火が回ってない縁側を吹き飛ばした。

そこはちょうど、妹紅さんと初めて会った場所だった。

「……」

 

今の私はどんな顔をしてるのだろう。

相変わらずの無表情なのか…それともなにかしらの感情が表に出ているのか。

手を頬に当ててみる。

それでわかるはずなどなく、結局無駄な行為であったとしか結論は出ない。

 

 

 

 

 

 

 

今日二度目のただいまをする。

瀕死の重傷なのは変わりないのであまり無理はできない。事実私の体力はもう限界だった。

 

今すぐにでも布団に倒れこんで寝たい。だが布団は半妖の為に使っているからしばらくは無理。

布団がなくてもいいかと思いなおし改めて床に寝っ転がる。輝夜達はお風呂に入ってるのだろう。

奥の方でガヤガヤとした声が聞こえて来る。

 

 

私の帰宅に気付いたのかルーミアが隣の部屋から顔を出す。

それに反応する前に私の意識は闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

四時間後…

 

感覚としてはついさっき意識が途切れたばかりといった感じ。ですが体はかなりマシになったのか軽く感じる。

 

 

いつの間にか布団に寝かされていた体を起こす。多分ルーミアさんが寝かせてくれたのだろう。隣にはあの半妖がスヤスヤと寝ていた。まだ起きないのですか。相当この子も大変なのでしょう。

緑色にすっかり変わってしまった髪を撫でる。

襖を隔てた隣の部屋に人の気配がする。

 

体を回し左腕で襖を開ける。

 

「あ、おはようございます。よく寝れました?」

 

永琳が私に気付き声をかけてくる。それに続いて他の三人も私の方に視線を向ける。

月の二人は風呂上りということもあってかお燐とルーミアさん用に買っておいた浴衣に近い服装に袖を通している。

一方は青を基調としたもの、もう一方は黒をベースにしているものだ。

二人ともよく似合っている。

「おはようです。美味しそうなご飯ですね」

 

「でしょ!あたいが頑張ったんだよ!」

 

すぐにお燐の心を軽く読む。なるほど、ルーミアさんに手伝ってもらったのですか。お疲れ様です。

 

「……それにしても本当にすごい回復力よね」

 

「あはは…褒めてもなにも出ませんよ」

 

本当はもう少し静かにしていたかった。

出来ればぐちゃぐちゃしたこの気持ちを整理してからゆったりと話していたいのが本音だ。

 

まあ……今のうちに、みんなのぬくもりを感じるくらい。良いですよね。

心を落ち着かせるのは、もうちょっと後でも遅くはないですし。

 

「私も…お腹が空きました」

 

「わかったー!用意するから待ってるのだー」

一瞬だけ、さとりが微笑んだ気がした。

 

 

閑話休題

 

輝夜さん達と別れてから2日、あの戦いのゴタゴタもそろそろ収束に向かい始める頃である。

まあ都では未だに騒ぎになってるんですけどね。都に用はないのでどんな感じになんているのかはわからない。たまーに人間達の噂を聞きながら情報を集めてるだけです。

 

 

今はなんともないが、輝夜達に言わせればあれで諦めてくれるとは思っていないそうだ。つまりここに留まっても近い将来月の人達が来てしまう。

それはそれでやばいということで一泊した次の日にはどこかへ行ってしまった。

別れの挨拶くらいさせてもよかったのに…あ、別れじゃなくて再開の挨拶が欲しかったのですね。

 

 

ルーミアさんはなにやら面倒な用が出来てしまったらしくついさっき屋根に大穴を開けてどっかに飛んで行ってしまった。

 

なにやら旧友と言うか悪友というかそんな仲のヒト関係らしい。深く読み取らなかったのでなんとなくではありますけど面倒事でしたね。

 

 

 

 

 

 

 

半妖の子…というか半妖にした子はまだ目覚めない。出発する前に永琳に診断してもらったがどうやら肉体的というより精神的なもので眠っているのだとか。

 

まあただの人間からいきなり妖怪、それもさとり妖怪だ。少なからず脳や精神に変化やなんやらが発生するのも仕方がないものです。

 

寝かせておけとの永琳の助言をしっかり守っておくしか私達には出来ないのがちょっともどかしいです。

 

「……これでよし…」

 

寝ているお燐の毛繕いを終えて体を伸ばす。

家の外に出る機会がないので最近はこうして暇を弄ぶしかやることがない。

せめて本とかあれば良いんですけど…今度作ってみようかな

 

そんなことをだらだらと考えていると背にしている寝室の方からガサガサと音がし始める。

そっちの部屋には半妖しかいない。侵入者って事はまずないから起きたのでしょう。

 

案の定後ろの襖が開かれる。

同時にお燐も目が覚めたのか首を持ち上げる。

お燐を抱きかかえながら後ろを振り返ると、腰あたりまである長い薄緑の銀髪をなびかせおろおろとした少女がいた。

頭と足の方から生えた二本の管が胸のあたりで青色のサードアイに繋がっている。見覚えのある顔だなあと思ってしまう。まあ私が知ってる子とは全然違うのですけどね。

「あ…あの…えっと…」

 

こちらが黙って見つけていると少女の方から話しかけてきた。かなり内気なのだろうか。それとも怯えてるのか。

 

「とりあえず、おはようございます」

 

「え?あ…おはよう…?」

 

状況がいまいちわからないみたいで混乱しているようです。

 

「まずは座って一息つきましょう」

 

彼女に座るように即す。あのままの態勢ではそもそもまともに話し合うなんて無理ですしね。

 

(じゃああたいはお湯でも持ってくるね)

お燐が膝の上から飛び降りて台所にかけていく。

 

「え?今猫が喋った?」

向かいにちょこんと座った彼女が驚愕してる。そういえばまだなにも言ってませんでしたね。

サードアイが生えている時点で気づきそうなものですけどさとり妖怪のことを知らないのでしょうか。

 

「改めまして…えっと、どの辺りからお話しした方がいいでしょうか?」

 

「あ…うん…その…全部」

 

となると私が見つけたところから全部ということか。

なら最初から全部話した方が良いでしょうね。変に隠したりしても逆効果ですし隠す必要がないですし。

 

大まかに出来事を説明していく。私がさとり妖怪であること、この子を助けたこと…助けた際に妖怪にしてしまったこと。まあ色々と。

 

 

「つまり私は…さとりさんと同じで心が読めると?」

 

「まだ半妖なのでどこまで能力が使えるのかなどはわかりませんが…おそらく心が読めるはずです。さっきお燐の心を読んでましたよね」

 

何か納得したような悩ましいような表情になる。何か納得いかないことでもあったのでしょうか

 

「でもさとりさんの心は…全然見えないのですけど」

 

「私達が互いの心を読むことができないのはおそらく同種だからなのでしょう」

 

私も一度同種にあったことはある。一度だけ…それも最悪な形でね。

結局私は同種を見捨てなければなりませんでしたしその後あの妖怪がどうなったのかは分かりません。奇跡でも起きて生きているのかもう死んでしまったのか。

 

「あの…さとりさん?」

 

「あ…すいません、ちょっと考え事を」

 

いけないいけない。余計なことを考えてしまっていました。

あのことは忘れましょう。

「それで、貴方はどうしたいですか?」

 

「どうしたいって…?」

 

私の問いかけに戸惑う。

いきなりどうしたいか聞いたって無理でしたね。

「私と一緒に来たいですか?嫌だったら無理にとは言いません。あなたのしたいようにしてください」

 

それは同時に、私の運命も任せるというもの。彼女がもし私を殺すのであれば今ここで殺しにかかってもいいということだ。端的に言えばの話だが…

 

「嫌じゃないです!むしろ助けてくれて感謝してます」

 

「いいのですか?私は、貴方を地獄より酷いところに連れて行ってしまったかもしれないんですよ?」

 

「……私…人間だった頃の記憶、覚えてないんだ。だけどなんか嫌な気分しか感じなかったみたいなんだよね」

 

成る程、人間の頃の方が今の状況より酷かった可能性があると。

 

人間の頃を思い出そうとしても思い出せない悔しさなのか…それとも微かに残る感覚が嫌で仕方ないのか顔をしかめている。

しかも本人は気づいていないということは相当なものだろう。

 

「飲み物持ってきたよー」

 

人型になったお燐が部屋に入って来る。どうやら気を利かせて外で待っていたみたいだ。

 

「あれ?さっきの猫さん?」

 

「あたいは火焔猫燐。お燐って呼んでね。一応、さとりのペットというか家族というか…そんな感じかな?よろしくね!えっと…」

なんて呼べばいいか悩みこんでしまう。

そういえば私も彼女の名前を聞いてませんでした。それよりも人間時代の名前を覚えているのかどうかすら聞いていませんでした。

人間の時の記憶はほとんどないから覚えていないでしょうけど…

 

「……こいし」

 

「「え?」」

その一言に、お燐は純粋に疑問を、私はその逆。驚愕と感嘆の混じったような声を上げてしまう。

「私の名前はこいし!名乗って無かった…ごめんね!」

 

覚えていたのですか⁉︎というか何その偶然!

 

(へえ…こいしって言うんだ!よろしくね!)

お湯を置いて猫モードになったお燐がこいしの肩に飛び乗る。

(さとり、まさか名前聞いてなかったの?)

 

「え…あ、まあ…」

なんて言えばいいかわからず口ごもってしまう。

 

(流石に名前くらい聞いてると思ってたのに…変なところで内気だねえ)

 

「ま…まあ、これからよろしくねこいし」

 

お燐の指摘は流すことにする。

いやさ?もともと私は内気ですよ?ええ!内気です!

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「あ、そうでした。敬語をわざわざ使わなくていいですし私もさん付けはいらないですから適当に呼んじゃっていいです」

 

あまり肩苦しいのは好きではない。特にこれから同じ屋根の下で過ごすならなおさらである。

 

敬語はいらないと言われてなにやら迷っているみたいだ。私とは対照的にこの子はかなり表情が豊かだ。

「わかった!お姉ちゃん!」

 

「お姉ちゃん⁉︎」

確かに半妖にしたのは私ですけどそれでお姉ちゃんって…あれ?そういう感じなんですか?

 

(よかったねえ。妹ができてさ。古明地こいしって事で通しちゃいなよ)

 

「こ、こら!お燐!」

 

「え⁉︎いいの?やったー!」

 

あの…良いとは一言も言ってないんですけど…ダメなんてことも絶対にあるはずないんですけどね。

それに…あんなに眩しい笑顔をしていては断れるわけないじゃないですか。

これを断るって血も涙もない冷酷野郎ですよ。

「それじゃ…今日は豪華な食事にしますか」

 

(え⁉︎やったー!)

 

お燐がはしゃいでどうするのよ。こいしの誕生祝いみたいなものなのよこれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこいし。

意識としてはついさっきまで人間だったハンヨウ?ってやつなんだ!よろしくね。

人間の事とかもう覚えてないけど思い出なんてこれから作っていけばいいわけだし生まれ変わった人生ならもっと楽しまなくちゃね!

 

とは言ったんだけどお姉ちゃんはこれから食事の支度があって台所行っちゃったし暇になっちゃったんだよね。

今に私じゃ外に出ても身を守る術とか全然知らないし…お燐と遊ぼうかな。

私の肩の上で丸くなってるお燐に視線を向ける。

肩にまん丸く黒い塊が乗ってるのを見るとフサフサとしたくなって来る。

「おりんりん。遊ぼう?」

 

(んー?暇になったんですか)

 

ご名答だね!凄いや、なんでわかったのかなあ。動物のカンってやつ?

 

「うん、なんかすることが無くって…」

 

(じゃあ…)

 

お燐が肩から飛び降りる。放物線を描いて床に降りていく黒い毛並みが一回転。黒い毛が一瞬にして膨張しあっという間に人型になる。

 

「あたいが付き合うから妖力とか能力とかを調べるかい?」

 

床につくまでの合間にお燐は猫の姿から人間の姿に変わっていた。唯一変わらないのは二股になった尻尾と三角形の耳だ。

 

「うん!」

 

お燐に連れられて立ち上がる。能力って具体的に言うとこの心読術だよね。

お姉ちゃんの肉で妖怪になった私の場合系統はほぼ同じな気がするんだけど…個体差とかそういうのがあるのかなあ?

 

「それじゃあ今あたいがなにを考えてるのか当ててみてくださいね」

 

そう言ってお燐は何かを連想し始める。

お姉ちゃんがやっていたようにサードアイをお燐に向ける。

えっと…なんとなくこれに力を込めてみればいいのかな?

よくわからないがなんとなくで力を込める。本当は効率のいいやり方とかあるんだろうけど私はまだ分からないからなあ。

 

 

何かモヤモヤと考えている事が聞こえて来るようになる。というかなんか映像みたいなのも同時に見えるようになって来る。

「うーん《葛切り?が食べたい》かなあ」

 

「正解だよ。それじゃあこれとかできる?」

 

再びお燐が何かを思考し始める。今度は物とかじゃなくて攻撃技?みたいなものだ。

えっと弾幕?妖力を球状にして発射する技かあ…出来るかなあ?

 

「ごめん?出来そうにないや」

 

散々考えてみたが無理だ。それに部屋の中でやったら大変なことになりそうなんだけど。

 

「えー?本当?」

 

「本当だよー!お燐の胸に誓って本当だよ!」

 

「なんであたいの胸なんだい⁉︎」

 

え?だって抱擁感があって気持ち良さそうだから?なんでも受け入れてくれそうだし。

よくわからないなあといった具合に首をかしげる。

 

「なんか…さとりとおんなじこと考えてるね…」

がっくりと、項垂れたお燐が呟く。同時にピンク色をした光景が頭の中に入って来る。そういえばこの能力ってどうやって止めるんだっけ?……まあいいや

 

「へえ?お姉ちゃんもおんなじようなこと考えてたんだ」

 

それよりもよくお燐は私が考えたことを当てれたね。野生の勘ってすごいんだね。

 

なんだかくるくる回りたくなって来る。感情というか嬉しいというか…なんだか回りたい衝動みたいなのが出てきた。

くるくる〜くるくる〜

 

「…?急にどうしたんだい?」

 

「さあ?なんかくるくるしたくなっちゃってさ」

 

気持ちが高まるとくるくる回るのか…なんか面白いねこれ!

「ま、まあいいです」

 

耳がぺたんと垂れちゃってる。がっかりとかそういうわけじゃなくて…変わった子がまた来ちゃったなあってところかな?

でもそれを嫌がってない。不思議なこと考えるねお燐は。

 

「そういえば妖怪って空を飛べるの?」

 

「え?出来ますよ?でも飛行術はあたいよりさとりの方が上手だね」

 

そうなんだ。

飛行はどうすればいいのかなあ?お燐の思考を覗いてみよーっと。

お燐が考えている感じに浮こうとしてみる。ジャンプしてそのまま空中静止…出来た!

 

ぶっつけ本番だったけどやれば出来たよ!

だが嬉しさでバランスを崩したのか体が前後にフラついた。

「キャ!」

 

「おわっと!こいし⁉︎」

バランスを取ろうとするが取り方がわからない。腕を振り回してみるが逆効果。そのままお燐に覆いかぶさるように転倒してしまった。

 

いきなりこいしの体を受け止めろというのも無理難題な話で、寄っかかってきたこいしを受け止めきれずお燐もバランスを崩し後ろに転倒してしまう。

 

「ご、ごめんね!大丈夫?」

 

「あ、あたいは大丈夫ですよ」

 

側から見ればお燐を押し倒しているようにしか見えない状態だ。

すぐにお燐の上から退く。

頭とか打ってないか不安だったが心を読んでみれば大丈夫みたいだ。

 

あーよかった。お燐を傷つけちゃったら私どうなってたか…

 

「気をつけてくださいよ…」

 

(怪我がなくてよかったです…)

文句を言いながらも内心ではすごく心配してくれている。

ついつい、お燐の頭を撫でてしまう。

 

あ、耳の裏のところとか気持ちいいんだ。へえ〜、参考にさせてもらおっと。

 

「もうそんなに仲良くなったのですか…羨ましいです」

 

 

撫でるのに夢中になっていたら後ろからお姉ちゃんが声をかけてきた。

あれー?料理を作ってたんじゃなかったんだっけ?

「お姉ちゃん?何か忘れ物?」

 

「いえ、ちょっと薪木が足りないので調達しに行くだけです」

 

そういってお姉ちゃんはサードアイがすっぽり隠れるほどの大きな羽織ものを上にかぶる。

 

なんだか変わった格好だなあ。それとも妖怪ってあんな感じなのかなあ。

考えてもわかんないからいいや!

 

「あー…そしたら色々と準備しておこうか?」

 

「じゃあお燐、お願いしますね」

 

あれ?これ私またどこにいればいいかわからなくなっちゃう?

それはそれで嫌だなあ。

「お姉ちゃん!私も一緒に行っていい?」

断られる覚悟で言ってみる。

 

「構いませんよ」

 

そういうとお姉ちゃんは奥の部屋に行って何かを取ってきた。

なにをとってきたのかなあと思い渡されたそれを広げて見る。

薄く肌触りの良い生地、色は私のサードアイと同じ淡い青色で下の方が白い花の模様になっている。

 

「お姉ちゃんこれは?」

 

「貴方用に作った上着です。外に出るときはサードアイを隠すように羽織ってください」

 

お姉ちゃん…私のためにこれを用意してくれたんだ…柄も綺麗だしすごい…綺麗。

 

「視界をシャットアウトすれば能力は使用できませんし種族を隠せるので外に出るときは絶対に着るのよ」

 

「はーい!」

 

お姉ちゃんの説明を聞きながら早速もらった着物に腕を通す。

ほんのりと金木犀の香りが鼻をくすぐる。

濃すぎず薄すぎず、丁度いい程度の香りだ。

 

「いい匂い…」

 

きっと今の私は表情が綻びているのだろう。

こんな時間がずっと続くといいなあ。なんて思っちゃうのはダメかなあ?

 

「それじゃあ行きましょ?」

 

お姉ちゃんが手を差し出して来る。

相変わらず無表情なんだなあって場違いなことを思っちゃう。だけど眼を見ると嬉しそうな目をしてる。

「それじゃああたいは準備してきますか…留守は任せて姉妹で楽しんでてくださいね」

 

「お燐?あまり茶化すとご飯抜きですよ?」

 

「すいませんでした!」

 

お燐が空中に飛び上がり見事なバク転を決める。そのまま床に膝と頭をつけて謝罪。

これが…エクストリーム土下座なのか…

 

「それじゃこいし、行きましょ?」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

お姉ちゃんに続いて森の中を進んでいく。既に日は傾いているのか森の中はかなり暗い。

まるで闇が支配する異世界につながっているみたいな…そんな感じがする。

でもそれが暖かいというか安心するというか…不思議と恐怖は感じない。

 

「ここら辺に生えてる木とかじゃダメなのかなあ」

 

「そこらへんの木は燃えにくいから使いものになりませんよ」

 

そうなんだーどれもおんなじに見えるんだけどなあ。

結局違いがなんなのかよくわからないままお目当の木に到着した。うん、やっぱりわからないや。

「ところで薪木はどのくらい必要なの?」

 

「そうですね…持てる分だけ持って行きましょうか」

 

かなりアバウトだねー。あ、栗鼠だ!

可愛いなあ

「あら?栗鼠ですね…」

 

しばらく栗鼠と戯れているとお姉ちゃんが後ろから覗き込んできた。

薄紫の髪の毛が私の視界の右側にちらつく。

 

 

「薪木、集め終わりましたのでそろそろ帰りましょ?」

 

「お姉ちゃん、そういえばなんでサードアイを隠さないといけなかったの?」

何気なく疑問に思ったことを聞いてみた。これがなければ栗鼠さんともお話できたのになあ。

 

「えっと…なんて言いましょうか…」

急に難しそうな顔をしだす。そんなに難しいことだった?

 

「まあ難しいと言えば難しいですし…私達さとり妖怪のある種、宿命みたいなものです。今度まとめて話しますので…今はそういうものだと思ってください」

 

なんだかとっても複雑で重そうな話だね。確かに今聞くようなものじゃなかったかな。

 

「わかった!じゃあ今度教えてね!」

 

「ええ…必ず…」

 

 

帰り道にお姉ちゃんがそっと私の手を握ってくれた。

お姉ちゃんって結構寂しがり屋なのかなあ?

 



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depth.13GOODLUCK SATORI

食事を終えたこいしが布団に潜って寝息を立てるまでを見届けた私はこれからの事を考えていた。

 

お燐は星を見ると言って屋根の上に上がっていった。

今この部屋にいるのは私だけという状態だ。考え事をするのにはちょうど良い。

そろそろ冬の冷気が顔をのぞかせ始めている。

着ている服を通して少し肌寒い空気が肌を刺激する。

 

今が何年のいつなのか…もう忘れた。

興味もなかったから細かく調べてないので忘れたも何も無いのですけどね。

人間の暮らす世界とは別の世界を生きるようになってから時間の概念が希薄になってきた。

唯一としては前世記憶と照会するときくらいだろうか…

 

思いつく限りではあまり細かいことはこの先わからない。わからないけど結局私のような妖怪が無理に乱入して掻き乱してもなんだか気がひけるというか…バタフライ効果とかを気にしているというか…別に今更どうなっても良いんですけどね。

 

気にしない気にしない。私は私である事を忘れないで生きていくだけ。

 

 

 

月の一件があってからあからさまに陰陽師達が動きを活発にし始めた。

あの場に妖怪が乱入してきた事を相当根に持っているのだろう。

アホっぽいが人の世の動きなんて大体そんなものでしょう。

来年には妖怪の山に帰った方が良さそうなのかなあ。

ここもあまり安全じゃないです…まあ私達さとり妖怪に安全な地なんて無いんですけどね。

なんだかすることもないです。どうせならお燐のところにでも行きましょうか。

いつものコートを羽織って姿を偽装する。

いつどこで誰がみているかわかったものではない。特に大妖怪クラスに目をつけられたらわたしなんて一瞬で消え去る。

まあ、気をつけるに越したことはない。

 

「起こしちゃうと悪いですし…窓から出ましょうか」

 

最近立て付けが悪くなったのか玄関の扉が異音を放つようになってきた。

こいしを起こしてしまうのも悪いのでこっそり台所の方に行く。

ついでにと差し入れもと台所からいくつか食べ物を持っていく。後小瓶のお酒。

片手にそれらをまとめて抱える。

多少バランスが悪いが気にしない。

 

勝手口を静かに蹴破って屋根の上に行く。

「お、来たのかい?」

 

人型になって寝っ転がってるお燐がゆっくりと顔をこっちに向けた。

 

同じ光は一つもなく大きさも形も光の強弱さえもバラバラ。それらが互いに干渉することなく変わらずその場に居座っている。たまに流れ星が点々とする星の間をかすめて消えていく。

 

この体に生まれてから幾度となくみてきた光景。だけどあまり深くまではみなかった光景だ。

 

「……綺麗ですね」

 

「だねえ…あたいも落ち着いた時に見ようと思ってたけどここまで時期が伸びちゃうとは…」

 

ーーもっと早くから見たかったなあ。

 

 

「…お酒、飲みます?」

 

「お!ありがたいねえ」

 

お燐はお酒の小瓶をもらうとそのまま一気に飲み始めた。

 

「なんとも…大胆に飲みますね…」

 

「喉乾いてたからさ」

 

飲んでる姿を見ているとどこかの鬼達を思い出す。

そういえば名前、鬼達につけてもらったんでしたね。自然と似てくるものなのでしょうか。

妖怪にとって名前は色々と重要なものらしいです。私自身はよくわかってませんが妖怪の気質を決めたりなんだりするとか言ってた気がしますけど…忘れましたね。

 

 

「あー、ねえさとり」

 

一本目を飲み干してしばらく意識がどこかに行っていたお燐が唐突に話しかけてくる。

「なんですか?お酒はもうダメですよ」

 

「いや、お酒じゃなくて…この後どうするのかなって…」

 

「この後ですか?そうですね…」

 

正直言って迷ってる。

このまま地球を放浪するもよし、また妖怪の山に戻ってのんびりスローライフを送るもよし。

しばらくは何もしたくないです。

とは言えど…こいしの事を思うとどうしたらいいのか…慣れない体のままでは旅みたいなものは出来ない。それに妖怪の山に行っても私たちを受け入れてくれるとは限らない。

というかこの世が受け入れてくれてるかすらなんとも言えないのだ。

 

「どうしましょうかね…」

 

「ここも物騒になってきたからねえ…また妖怪の山にでも帰るかい?」

 

「……帰る…皮肉ですね。もともと私に帰るところなんて無いんですけどね」

 

あったとしても今となってはもう帰ることも出来ないほど遠くになってしまったところ。

 

「帰りを待ってる人がいるところが帰る場所だと思うけどなあ」

 

「……そう言われてしまうと否定できませんね」

 

だろ?と返事しながらお燐はそばに置かれたつまみを食べ始める。

なーんか最近踏ん切りがつかないというかナイーブと言うか…かなり気が落ちてます。

 

「じゃ…妖怪の山にでも行きましょうか…」

 

気分転換も兼ねてそう言ってみる。

もちろんお燐は答えない。答えなくても分かっている。

ただ今すぐとはいかない。とはいえここから妖怪の山まではそこまで遠くはないはずだ。

(こいし次第だね)

 

やっぱり…

 

「それにしてもおいしいねえ…」

 

いつの間にか酒の小瓶をちびちびと飲んでいるではないか。

どのタイミングで私から掠め取ったのか…全くわからなかった。

 

「お燐…ほどほどにね。二日酔いになっても知らないわよ」

 

「はーい」

 

やめる気は無さそうですね。

明日の朝はしじみ汁でも作ってあげましょう。それかウコンでも取ってこようかしら。

 

「あら…屋根の上で宴会?」

 

背後から真っ黒な塊がふわふわと視界を覆い隠してくる。

たちまち空に舞っていた星の明かりが逃げるように消えていく。

 

「あ、ルーミアさん」

 

私とお燐を包み込んだ闇が少しづつ消えていく。

そして気づけば私とお燐の合間に女性が座り込んでいた。

月夜の光を浴びて夜の闇をかき消さない程度に輝く金髪、黒と若干赤の混ざったワンピースのような服装。

若干イメチェンしたみたいだ。

 

「久しぶりーかな?」

 

「久しぶりなのでしょうかね?」

 

黙って手を差し出してきたルーミアさんにお酒の小瓶を渡す。

小瓶だったのが不満なのか。残念そうな、ちょっとイラっときた感じの表情をする。

「小さくない?もうちょっとおっきいやつは無いの?」

 

「他のが飲みたいなら自分でとってきてください」

 

「辛辣だなー…まあいいけど」

 

なにやらぼやいた後酒器にお酒を注ぎ始める。

その酒器は一体どこから出したのか…いつの間にか右手に収まってたように見えるけど…

 

「……ふう」

 

「そう言えばルーミアさんは妖怪の山って…」

 

「知ってるわよ。天狗とか鬼とかがなんかわけわからん縦社会築いてるわけのわからないところでしょー」

 

すごい言われようだ。

大丈夫でしょうか妖怪の山。

「えーっと…あたいたちこれからそこに戻ろうかなーって思ってるんだけど」

 

お燐が隣から口を挟む。

 

「へえ…まあいいや。私はくっついていくのだー」

 

まあルーミアさんは私に懐いちゃったみたいですからそうなるだろうとは予想がつきますけど…

 

「ねえさとり…ちょっとみて欲しいものがあるのだけど」

 

小瓶一本を空にしたルーミアがお燐を膝に乗せながら訪ねてきた。

何かきになるものでもあったのだろうか。困惑というか興味があると言った気が言葉の中に紛れている。

 

「別にいいですよ」

 

「そう…これなんだけど」

 

ルーミアさんの背後あたりで漂っていた闇から筒のついた細長い物体が飛び出す。

 

「おっと…」

飛び出したそれは月の光を浴びで鈍く黒色に光りながら放物線を描いて私の腕の中にスポンと収まった。

 

ずっしりとした重みが体に伝わる。

 

「……銃?」

 

「月の人達が使ってたやつなんだよね。さっき帰り際に一個だけ綺麗に残ってたからさ」

 

銃全体は傷が多く塗装も一部禿げている。どれほどの激戦だったのかがいやでも分かる。

セーフティロックが降りてることを確認しマガジンを切り離す。

弾が銃内部に残ってないかどうか確認して全体を見る。

銃床展開で1000ミリ、長ガスピストン方式…

 

「SIG SG550アサルトライフル…ですね」

 

前世知識なら確かスイスのシグが作った傑作銃で軍だけじゃなくいろんな国の特殊部隊や機関、民間にも普及している。確かバチカンの衛兵隊もつかってたはずだ。そのため短銃身モデルや民間用の派生型も多かったものだ。

 

「へえーわかるのね」

 

「……色々ありましたから」

 

 

今手にしているのは初期のモデル…残念なことに二脚部分は破損して脱落してしまっている。

 

「使い方もよくわからないし、ごちゃごちゃしてて全く理解できないのよね。使える?それ」

 

「使えなくもないですけど…結構アレンジしないと無理ですね。それに…使いこなせるかどうか」

 

このまま使っても弾が尽きれば無用の産物。それに反動も音も大きいし構えて撃つまでの動作がいちいち隙を作りかねない。

その上この大きさだと振り回しづらい。せめて551のような短銃身モデルの方が良かった。

 

少なくとも無反動で片手ですぐに撃てるくらいが丁度良い。ただし命中精度は高いので安易に改造するとその長所が消えてしまう。

 

と言うかこれ自体ちゃんと動作してくれるのかどうか…

 

「まあ、私はいらないから好きに使っちゃっていいよ」

 

「ど、どうも…」

でもわざわざ銃を使って弾を飛ばすくらいなら直接ぶん投げた方がいいと思いますけど…そっちの方が自然体で構えられますし発砲音がしないから楽なんです。

 

弾が入ってないのを再度確認しセーフティからセミオートに切り替え。

そして引き金をゆっくりと引く。

 

カチッと軽い音がして撃鉄が叩かれる。

何回か引き金を引いたりして動作を見てみるが問題はなさそうだ。

あとは弾丸のパウダーが劣化してないかとか不良品じゃないかとか色々とあったりするけど一応大丈夫そうだ。

 

 

とまあ、ここまでやっておいて使う機会もなさそうなものなのでさっさと分解していく。

屋根の上に部品がゴトゴトと落ちていく。

「雑だねえ…」

 

「どうせ使う機会なんてないですからいいんです」

 

「弾幕でも発射できる様にしてみれば使えそうだけど…」

 

「その手がありましたね…でもそれを誰がやるんですか?」

 

「そりゃ、さとりに決まってるじゃないか」

 

さらっと私に変なこと押し付けてきたよこの猫。要するに使ってみたいってだけじゃないですか。あーもうそんなにいうなら弾無しで使わせてあげますよ!銃剣みたいに使えばいいですし。

 

バラバラにしていたパーツのうちグリップがあるパーツをお燐に渡す。

月の兵が使っているのを覚えていたのかちゃんと握ってトリガーをカチカチと引き始める。

当然動かないし何も起こらない。ただカチカチ音がするのが気に入ったのか酔っ払い猫はしばらくトリガーを引き続けてた。

 

「それじゃあ…私は部屋に戻ります」

バラバラにしたパーツを回収して席を立つ。

「じゃああたい達はしばらくここで飲んでるよ」

 

背中に投げかけられた声にはいはいと返事をして屋根から降りる。

 

再び窓から部屋に入ると中でガサガサと誰かが歩いている音がした。

「こいし?何かあったの?」

 

「あ、お姉ちゃん。えっとね…その…」

部屋の隅にいたこいしがもじもじと話しかけてくる。

 

「トイレですか?」

 

「違うよ!たださ…一緒に寝て欲しいなって…」

声が少しだけ震える。

「もしかして怖かったんですか?」

暗闇が怖いのは人間という生物の深層心理に焼きついた特徴だ。

暗闇というのは自分の置かれている状況すらわからなくして人間の意識にかなり強い揺さぶりをかける。言ってしまうとわからないものに恐怖したり嫌悪感を感じたり理解できないものを崇めたり排斥したりするものに共通している意識だったりする。

 

「怖いっていうか…ちょっと苦手で…ダメ、かな?」

 

「全然構いませんよ。むしろ言ってくれれば最初から相手してあげたのに…」

 

「なんか言い出せなくて…」

 

「恥ずかしがらなくてもいいのに…さ、寝ましょ?」

 

部屋の隅に銃のパーツを置きこいしの手を取って布団に向かう。

今度から明かりになるものでも作った方が良さそうですね。

 

私達の体型にはやや大きい布団にこいしが身を滑り込ませる。

布団から顔を出したこいしがこっちを見つめてくる。そんなに急かさなくても良いのに…

ゆったりと隣に私も体を潜らせる。

 

「えへへ…あったかい」

 

「そうね…」

 

「やっぱり二人の方が気持ちいい…」

 

なんとなくだがこいしの頭を撫でる。

こいしもそれを望んでいたみたいで頭を私の肩あたりに乗せてくる。

 

 

 

最初こそもぞもぞしていたこいしもいつの間にか静かな寝息を立てていた。

上体を起こしてこいしの顔を覗き込む。

未だ幼さが色濃く残る寝顔。無防備すぎるその姿に一瞬だけ意識が引っ張られる。

 

 

この子を私は守れるのでしょうか。

少なくともこの子が悲しい目に遭うのだけは止めたい。いずれかは知ってしまう現実を…少なくとも私が生きている合間だけは味合わせたくない。私自身も味わいたくないですけど…

 

「過保護すぎるのかなあ…」

 

私自身の考えてる事に呆れてしまう。

こいしの都合も考えないで守るなんて…虫が良すぎますよね…

この子は私の勝手なエゴで妖怪になってしまった。

 

この子にとってはどっちが良かったのか…そんな事はもう関係ない。少なくともこいしはどう思っているのだろう。

 

「こいし…これから先、私のわがままに振り回してしまうけど…」

 

「……許してね」

 

私の言葉に反応したのか、こいしが私の体に抱きついてきた。

 

 

…しばらく抜けられそうにないわね。

 

身体を再び寝かせて意識を落とす。

私に抱きついているこいしの鼓動が感じられる。

 

ゆっくりとそれでも確実に打たれる命の鼓動。

私は…この命を守る為なら…悪魔にでも魂を売るつもりだ。

その先が地獄だったとしても構わない。天国に行く資格はもうとっくの昔に捨てた。

ただ、こいしが地獄に落ちるのは…嫌だなあ

 

 

 

 

 

 

次の朝に二日酔いで円卓の前にぶっ倒れてる二人を見つけ呆れ返ったのはどうでも良い話…

さらに言えばしじみ汁を作ってない…っていうか朝食を作ってない事に気付いた頃にはかなり時間が経ってしまっていた。

 

朝食というか昼食に近いのですけどね…その時間まで二日酔いが続くってこの二人は何をやってるのだか。

 

「ねえねえ、あの二人はどうしたの?」

 

「二日酔いで苦しんでるだけです」





【挿絵表示】


さとり様です


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番外編
番外編 幻想になりし二人の少女


今回は百合猫様の小説『忌避録』との特別コラボとなります。
双方の本編とはなんら関係が無いのをご承知の上ご覧ください。



この世界は未知と混沌にあふれている。

それは時代が変わろうと人間が高度な文明を築こうと変わらない。

 

そもそも世界がそうであるから…そのシステムに組み込まれた者たちは例外なく混沌であることを受け入れる。それが当たり前であるから…それを当たり前と認識せざるおえないから。

だが時にその混沌はとんでもないことを私たちにしでかしてくる。それは理不尽極まり無いものだったり、都合の良いものだったり色々だ。それをシステムの中では運命と呼んだり世界の心理と言ったり色々な呼び方がある。

これはそんな訳のわからない混沌が起こしたであろうちょっとした出来事。

 

さしあたり定型文として始めるなら、いつも通りの日常がそこにあると思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは一体どこでしょうか?」

 

先ほどまで地霊殿の自室でゆったりとしていたはずなのですが…一瞬視界がブラックアウトしたと思えばよくわからないところに座っていた。

どうやらどこかの森のようだ。

わけがわからない。それになんだか体が軽く感じる。

 

何はともあれ、状況を確認してここがどこなのか…誰の仕業なのかを確認しないといけませんね。

 

いたって冷静な思考をする私にいささか驚く。私自身に驚くってなんだかへんな感じですけど…

 

「妖力よし…体調…よし」

地面を軽く蹴り飛び上がる。

周辺の木がざわざわと騒めき出す。まるで私が飛んだことを誰かに伝えるかのようだ。

ある程度の高さまで上がったところであたりを見回す。

 

見渡し限り青々と茂った木々が続いている。空に太陽はない。それどころか雲すらない。不思議な光景だ。

はてはて…弱りましたね。これでは方角すら分からないです。

 

それに目印になるようなものも見当たらない。これじゃあどこを飛んでいるのかすらわからなくなってしまいそうだ。

 

どうしようか迷っていても仕方ないので勘を頼りに移動してみる。

すると私を追い越すかのように風が吹き、木々葉が不自然に靡く。

 

「……なるほど、ついてこいって意味ですね」

なんとなくそう感じる。

風自身に意思でもあるのか私が後を追いかけると、一定の距離を保ちつつ案内してくれているみたいな動きをしていた。

 

あれ自身やはり行きているのではないのだろうかと思ってしまう。だがサードアイはなにも反応を示さない。それどころかさっきから他の妖怪の気配を感じない。

 

よく分からない。と言うか理解すらできない謎の感覚が私の心を締め付ける。

本当にここはどこなのか…一人でいるのがこうも辛いと感じるなんて本当にいつぶりでしょうか。

 

そんな戯言をつらつら考えていると不意に風が止んだ。

目的地にでも着いたのだろうかと周囲を確認する。

 

しかし周りには森がずっと広がっているに過ぎなかった。

「……?」

一体なんなのだろうかと頭を悩ませているとましたから突風が吹き付ける。

思わず目を閉じて風が収まるのを待つ。

 

数秒程で風が消え去り恐る恐る目を開ける。

 

「…え?」

 

どういう事だろうか。さっきまでなにもなかったはずの目の前にはそれは立派な鳥居が建っているではないか。

それに周りの風景も若干だが変化している。

本当になんなのでしょう。狐につままれた気分とかよく言いますけどまさにこの状態です。

 

鳥居の前に降り立つ。色褪せてはいるが立派な門構えだ。

神社の名前はかすれてしまって読めない。

神社なら誰かいるかもしれないと思いゆっくりと境内に足を踏み入れる。

そのとたん空気が一瞬にして変わった。

きっと結界とか霊脈のようなものがあるのだろうと勝手に結論づける。

少し進んだ先に神社の建物が現れた。

さっきまでそこには無かったように見えたが、蜃気楼のようにいきなり出現したのだ。

なんだか訳がわからない。わからないが…なんだか見たことがある建物……そうだ。博麗神社と似ているのだ。

 

「こういう時は…一応参拝しておくべきなのでしょうね」

 

返事をしてくれる人はいない。もしかしたら誰かが返事してくれると思ったが、結局独り言はそのまま神社の中に消えていく。

 

思考を切り替えるために小銭を探す。普段は右胸のポケットに入っているはずなのですが…いくら探しても見当たらない。

その代わり飴は出てきた。

「ま、気持ちが大事ですから…」

 

そう言い聞かせて飴をお賽銭箱の上に乗せる。

ここでようやく神社の名前が確認できた。

 

「……伏神神社ですか」

変わった名前…いえ、聞いた事ない名前です。

 

「そう、ここは人も妖怪も僕を祀っている神社だよ」

 

ほのかに桜の香りが流れてきて後ろを振り返る。まだ声変わりしていない子供っぽい、それでも大人びてゆったりとした落ち着きのある印象を受ける。

 

 

赤色をベースとしたドレスのような服装。年は10代ぜんご…私とほぼ同い年くらいの見た目だ。

腰まである金髪をそのままおろしていて、なんだかふんわりとした感じだ。

そして、胸の辺りには私と同じ第三の眼があり私を見つめている。だがそれにしては焦点が定まっていないように見受けられる。

ふと少女が顔をあげる。前髪の一房は碧く、顔は幼くあどけない。

神としての神力と濃厚な妖力の二つがこの場に流れ出る。二つの力は反発し合わず柔らかく混ざり合って温かみのある空気を生み出していた。

「えっと…?あの…」

 

 

「久しぶり、姉さん」

さっきから驚きの連続だ。そろそろ私の思考もどうにかしてしまいそうだ。

 

「あれ?姉さん、どうしてここに?」

 

「ね…姉さん?」

私にこのような妹がいたのでしょうか

 

「あ…あの…あなたは…誰でしょうか」

 

一瞬、世界が凍った。

「…え?」

 

あれ?なんかものすごく噛み合ってない?

 

 

 

 

 

少女達、説明中

 

 

 

 

「なるほど、古明地夕凪…ですか」

 

所変わってお部屋の一室。

なにやら二人の合間で色々と齟齬が発生していたみたいなので事情をそれぞれ説明する事になった。

どうやらここは私の知る世界には無い別の世界の神社らしい。

そしてそこに祀られているのは向こうの世界の私の妹…自らを犠牲にしとある異変を解決した子らしい。

 

「さっきはごめんね。驚かせちゃったみたいで」

 

 

「え⁉︎あ、大丈夫です。気にしてませんから…それにこちらこそすいません」

 

いらぬ期待を持たせてしまったみたいで…

そう言おうとして口をつぐむ。

これ以上言うのは野暮でしたね。

 

「それにしてもこの空間は一体なんなのでしょうか?」

 

「うーん、僕にもわからないなあ。阿修羅って神を封印したところまでは覚えているんだけどね。その後気がついたらここに居て…」

 

「私も似たようなものですね。気づいたらこの変な空間にいました。他に生命反応や妖怪の反応が無かったのでおそらく特殊な結界か…多重並列空間の一つなのか…」

 

全くの謎である。夕凪さんと私の状況からするに私達は結界のような隔離された空間にいるみたいだ。ただ、この結界内部の地形は伏神神社を起点としてるらしい。

でも夕凪に言わせてみれば人が使用した形跡はない新品同然の神社なのだという。不思議な話だ。

まるでこの結界と一緒に作られたような…ハリボテの感覚に近い。

 

「このことは考えても仕方ないね。一旦置いておこうか。えっと…さとりさん?」

 

「呼びやすいように呼んでいいですよ」

 

「じゃあ、姉さん」

 

…姉さんですか。私はどう見ても姉さんなんて言われるようなほど立派でもなんでもないです。

それに私はあなたの知るさとりでは無いのですけどね。

 

「知ってる知らないじゃないよ。たとえパラレルワールドの姉さんだったとしても僕にとっての姉さんは古明地さとりなんだ。だからあまり変に思い詰めなくていいんだよ」

 

そう言って夕凪は頭に手を乗せてきた。

他人にこんな風にされるの…初めてでした。なんだか私自身が情けなくなってしまう。

うん、思考リセット。

 

「そういえばさっき私の心読みました?」

 

「え?あーうん、なんか読めたからつい。そういう姉さんは?さっきからサードアイを隠してるけど」

 

「私のサードアイはその視界の中に映る対象者しか心は読めないので、普段は隠して能力を強制的に切ってます」

 

「そっちの世界ではそんなことができるんだ…すごいね」

 

「すごいって…初めて言われました」

素直に嬉しいです。

今まで言われたことなんて一度もなかったものだからついつい感動してしまう。

 

「そうだ、お腹とか空いてない?よかったら一緒にご飯作ろう?」

 

夕凪が思い出したかのように立ち上がる。

乱れのない金髪の髪が、動きに合わせてふわりと舞い踊る。

その仕草に一瞬ドキッとしてしまう。

 

なにを考えてるんだかと思い直す。

 

「いいですね…なにを作りましょうか?」

 

「食料庫になにがあるかによるね。でもさっき見たところではそれなりに揃ってたからそれなりに作れると思うよ」

 

それは良かったです。ここまで来て食料なしはちょっときついですからね。

 

 

 

料理が出来る者同士が集うと料理場が本格的になる。

半信半疑だったが事実だった。

 

 

「それにしても僕も姉さんも原作知識があるなんてね」

 

食事を食べ始めてからふとそんな話題が出てきた。

 

「確かに…不思議な事ですね。創作物が現実の世界…でも互いに違う世界を生きるなんて」

 

「僕は昔のことなんてほとんど覚えてないから、この世界の人生が僕の全てだね」

 

そう言える貴方が羨ましすぎます。

私は基本気が弱いですから…この能力を持ってるとすぐ心が折れちゃいます。

 

「僕だって弱かったよ。でも、支えてくれる家族がいたからさ」

 

「いい家族を持ったみたいですね」

 

そんな感じに時間というものは過ぎていき、気づけば夜もだいぶ深くなっていた。布団や服を用意してくれている合間、私はする事がなくなってしまい、暇であった。

 

「えっと来客用は…あった」

 

「寝巻きまで用意してもらって…ありがとうございます」

 

「気にしないでいいよ」

 

着の身着のままほっぽり出された私としては有難いことこの上ない。

それにしても寝巻きもおしゃれですね。作ったのは夕凪本人でしょうか。

 

 

 

 

 

流れで泊まっていくことになってしまったがそもそも帰り方も何にもわからない。それにここがどこなのかすらわからない状態では迂闊に動けない。

結局異世界の私の妹と奇妙な共同生活が始まるのはごく普通の流れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…姉さん?」

 

どうやら私の寝相はあまり良くなかったようだ。隣で寝ていたはずの夕凪をいつの間にか抱いてしまっていた。

 

「あ…おはようございます」

 

今度から布団の位置を調整しないといけませんね。

まあ普段は経験できないような失敗と考えればあまり気にもなりませんかね?

少しだけ夕凪が動揺してますけど?

 

「いや…こうやって一緒に寝たのなんていつ振りだったっけなあってね」

 

「……また家族に会った時にいっぱいしてもらいましょ?」

 

 

 

 

少女生活中…

 

 

 

 

 

 

 

 

共同生活が始まって2日ほど経ったある日。ふとしたことで霊力とか妖力の話になったのだが、どうやら夕凪はほとんどの力を使えるみたいだ。

 

「魔力はなんとなく気づけましたけど霊力まで使えるんですね」

 

「うん、元から霊力と妖力の両方を持っていたみたいなんだ」

 

見てみる?と言い夕凪が縁側から庭に降りる。

そしてその場で一回転。体が長い髪に覆われて見えなくなる。

そして一回転すると夕凪の姿が一瞬にして変わっていた。金色に光を反射していた髪は新雪が降った後のような滑らかな光沢の銀に変わり、服装も赤から神社に残っていた白と赤の巫女服に変化している。

 

そして纏っていた力も、妖力から、透き通った流れの霊力に切り替わった。

 

 

 

「うん、あの頃のままだね…」

 

夕凪のあの頃とは、おそらく眠りにつく前の状態の事だろう。

想起してみればちょうどその頃を懐かしんでいる。

 

「あまりみても楽しいものじゃないかもね?」

 

「大丈夫です。思いに良し悪しなんて無いですから」

 

「そう言ってくれると…嬉しいね」

 

くるくると夕凪が回る。

 

 

「そうだ。姉さんの服作ってもいいかな?」

 

「服…ですか?」

 

「そうそう、ずっとそれ一着じゃちょっときついでしょ」

確かにそうだ。この神社には私や夕凪の体型に合う服は一着もない。

一番近い大きさでもかろうじて寝巻きに使える程度で普通に生活するのは無理がありすぎる。

 

「……いいんですか?」

 

「いいのいいの丁度いい暇つぶしにもなるからね」

 

私の体の寸法はどうやら向こうの世界のさとりと寸分違わぬ一致を見せたようで型を作るのが楽だと夕凪は言っていた。

 

いつの間に寸法を測られたのかと思ったが彼女と最も身近に接していたのは彼女達であり変化など彼女に取っては測らなくてもわかることなのだろう。

 

出来てからのお楽しみと言うことで夕凪は隣の部屋に入ってしまう。

何をするわけでも無い私は途端に暇になる。

 

私も何かを作ろうかなと庭をテクテクと歩く。生憎なところ私は女心とか何をもらったら喜ぶのかなどさっぱり分からない。

分からないのだから深く悩む必要も無いと言いたいところだがそうもいかないのが心情である。

 

結局夕凪に何が似合うのかなあなんて考えて見たはいいものの、すごくなんでも似合ってしまう。だめだ…なんか色々作りたくなってしまう。

ぐるぐる回る思考のせいで視界すらくるくる回り出す。

 

あ、変な感じにこんがらがった。いけないいけないと思考を破棄。

 

そういえばあの蔵って何があるのでしょうか。

夕凪によればあそこはここに参拝した人たちが置いていった道具などが収まっているみたいなのだが…

 

好奇心に負けた私はそっちに足を向ける。

 

 

数分で辿り着くほど近くにあった蔵は、他の建物よりも古びた印象を受ける。他の建物が途中で改築を受けたか建て替えられる中、ここだけ取り残されていったような感じの…取り残された切なさのような感じがする。

 

外見の話はさておき中を拝借してみようと重く閉ざされていた扉を開ける。

 

蔵の中は迷宮状態になっていた。

いや、決して大きなものが置いてあると言うわけでは無い。むしろ大きなものは少なく小型のものばかりだ。

ただ、小型のものが異常に多い所為なのかもう凄いことになってた。どこから手をつけていいやらわからない。

 

無理に手をつけると崩壊しそうな荷物をゆっくりとおろしていく。

 

使い古された鍬や丁寧に箱に入れられた扇子。他にもよくわからないものや河童が作ったであろう真空管に用途不明なマジックアーム。

奉納物であろう刀やお面まで様々な物があった。

 

「あれ?このケース」

 

殆どが木箱や布と言ったものに包まれて置かれている中に一つだけ周りと異なる異質な色合いのものを見つける。

何かの皮のような硬い表面、金属の接続部品を介して上下に分かれる構造。

 

大きさからしてそこまで大きくなく片手でもち運べるように側面に取っ手がついた左右非対称の形。

 

俗に言うヴァイオリンケースだった。

 

まさかこんなところでお目にかかれるとは…誰かが置いて行ったのでしょうか。

 

恐る恐るロックを解除し蓋をあける。

 

埃を被っているにしては妙に新品な具合を見せるケースの蓋はなんらつっかかりもなくスムーズに開いた。

 

そして中に収められていた木製の胴体をゆっくりと引き出す。

 

綺麗な曲線によって構成された胴体とそこに緩めた状態で張られた5本の弦。

 

 

試しに弦を強めに張って指で弾いてみる。

 

音に問題は無くどこかに不都合がというわけではなさそうだ。放っておくのもなんだか勿体無い気がしたので母屋の方に持っていく。

 

母屋に戻ると丁度縁側で休憩してた夕凪と出くわす。

私が持っているケースを見て驚いた表情になる。意外とそういう表情作れるんですね。

 

 

「へえ、姉さんヴァイオリン弾けるの?」

 

「ええ、自慢じゃ無いですけど」

 

暇な時間が多いと退屈しのぎで色々と手を出すことが多いんです。その一つで一応弾ける事は弾けます。実際人前で弾いたことなどないのでどれほど上手かなんかわかったものでは無いですけど…

 

「休憩がてらに聴いてみます?」

 

「是非とも」

 

縁側にゆっくりと置いたケースから本体を取り出す。

弦を調整……通常と同じ手順で準備。

 

弓の方もそこまで損傷はしていない。せいぜい持ち手表面のニスが剥がれているくらいだ。

 

演奏前に試し弾き。これはこの楽器の癖を見つけるために行う。同じ種類の楽器でも同じものは一つもない。それぞれに合わせて演奏法も若干変えていかないとその楽器が持つポテンシャルは引き出せない。少なくとも私はそう考えている。

 

「それじゃあ…いきますね」

 

肩の力を抜き気を緩める。

 

右手と左の指を気の向くままに動かし始める。

 

 

 

 

 

 

 

適当なところで区切りをつける。時間的には6分ほどといったところだろうか。夢中になってしまえばそれこそ数時間ほどは通しで弾いてしまうタイプなのだ。

 

パチパチと拍手が鳴る。

それにどう応えようか一瞬だけ迷ったものの大事な初めての観客に対してお辞儀する。

 

「すごい上手だったよ。それ、姉さんのオリジナル?」

 

「ええ、一応?」

 

気の向くままに弾いていたのでよくわからないが多分オリジナルなのだろう。

とは言えどやはり愛用じゃないと音が掴めない。

そう言えばお燐がヴァイオリンやってみたいとかこの前言ってましたね。楽器は幻想郷になかなか入ってこないし入ってきても付喪神になってたりして普通に演奏できるのって無いんですよね。

これプレゼントしたら喜ぶでしょうか。

いや待て待て、これ夕凪のですし…勝手に持って来ちゃいましたけど貰っちゃうなんて虫が良すぎるでしょ。アホか私。

 

…やっぱり返しておこう。

 

「それ、持っていっても良いよ」

 

「え…いや悪いですよ」

 

「平気平気、多分僕が持ってても使わないだろうし使ってくれる人のところにあったほうが楽器も幸せでしょ?」

 

「……そうですね…それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」

 

なんというか…感謝しか出てこない。

 

「そうだ。これから機織りするんだけど側で演奏してほしいなあ」

 

「ふふふ、喜んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、完成したよ」

 

木と糸が奏でる協和音と弦楽器が奏でる音色に混ざって透き通った声が響く。

製作が始まって早2日。演奏をしながら見守っていた作業はものすごく早かった。

早いというか…手馴れていて動作に無駄が無いって言うか…とにかく凄かった。

 

「出来たのですか」

 

腕を止めて夕凪の方に意識を向ける。

 

「後は細かいところの修正があるけどね…どうかな?」

 

完成した服を広げて見せてくれる。

薄い藍色から裾の方に向かって青紫に変わっていく美しい色合いに、繊細に編み込まれた椿の模様。

 

こんなに綺麗なものを拒めるわけがない。

 

「早速ですが、着てもいいですか?」

 

「全然大丈夫だよ」

そう言って私に作ったばかりの服を渡してくる。

早速上に来ているいつのも服を脱ぎ渡された服を試着する。まだ調整前で袖の部分が少しだけ長い。

 

 

「どうでしょうか?」

 

「うん、凄い似合ってるよ」

 

目をキラキラさせて夕凪が頷く。

その心に嘘偽りはない。純粋な賞賛だった。それほど似合う服を作る夕凪のセンスの方が十分すごいですよ。

それに妖力か何かで補強されているのか自然と体に馴染むような着心地良さです。

袖の模様を確認しようと軽く腕を振る。椿と桜が宙を舞うかのように現れては消えていく。同時にふわりと桜の香りがする。

 

「……大切にしますね」

 

「ふふ、大切に使ってね」

 

そう言って微笑みを見せる夕凪…一瞬だけもっと家族と過ごしたかったなあと言う感情が走り、私が気づいた頃には夕凪を抱きしめていた。

 

「姉さん?」

夕凪は寂しかったのだろう。なんせ世界で一番大切で…最愛の家族と何百年も会えない状態なのだ。

「……少しだけ…こうしていていいですか?」

だから、こうしてあげていたかった。勝手なエゴなのかもしれないが…それでも今はこれしかできない私だった。

「………うん」

 

どうやら私の考えていることがわかったのだろう。黙って私に体を預けてくれる。

 

感情が波となって入ってくる。それら全てをしっかりと受け止める。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから…二人で散歩をしたりのんびり過ごしたりする事3日、いつも通り起きてみれば何やら空の色が不自然に変わっていた。

 

隣に少し遅れて夕凪がやってくる。

「何でしょう…空が白くなってますね」

 

「……そろそろ時間だね」

 

何かを悟ったような言葉に夕凪を二度見してしまう。

 

「この空間はどうやら、これ以上実体を保てないみたいなんだ…」

 

よくわかりませんが、もうここにいることはできないということですね。

「持って後数分もないね…」

 

「……そうですか」

後数分でお別れなのかというか言葉を飲み込む。後数分もあるではないか。

「夕凪……ちょっといいかしら?」

 

「姉さん?」

 

夕凪の隣に寄り添うように座る。

「最後くらい甘えてもよかったんですよ?」

 

「ありがと…でも僕はもう十分に甘えられたよ。だからさ……」

 

何かを言おうとしたがその言葉は続かなかった。

 

「いや、なんでもない」

まあ理由なんて深く知ろうとはしない。彼女が何を思ったのか…考えればわかる事だ。

なら私はその気持ちに出来る限り答えましょう。

 

 

やがて、世界そのものが少しずつ薄くなっていく。この空間そのものが実体を維持できなくなっているのだろう。初めて見る空間崩壊を…なんだか綺麗に感じてしまい…もう夕凪に会えないのかというか悲しみが生まれる。

だが、出会いあれば別れもある。それにまたいつか会えるかもしれない…

だから悲しむ顔だけは見せないと繕う。

まあ私たちさとり妖怪には無駄な事ですけど、無駄であっても最後くらい笑顔でお別れしないと思ってもいいじゃないですか。

 

「そろそろお別れですね。数日間だけでしたけどおせわになりました」

 

目の前にいる少女と私は互いに見つめ合う。長く伸びた金髪が、薄れた風に吹かれて広がる。

 

「うん、姉さん…ありがとうね。久しぶりに会えて……」

 

「それから先は…そちらのさとりに言ってくだいね」

 

結局私は貴方の記憶にあるさとりでは無いですしなろうとも思わない。

貴方を本当に思ってくれるのは…貴方の住むべきところにいる家族と、仲間たちですよ。

「そうだね。それじゃ………」

 

夕凪が何かを言おうとするがそれより先に彼女の姿は見えなくなる。

私の姿ももう見えない。見えているという感覚すら消えていき、ここで過ごした記憶から順にどんどん白く溶けて行く。

そして最後に残った意識も溶けるように消えていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい経っただろう。

どちらが上でどちらが下なのか。そもそも向きの概念があるのかすらわからなくなる。

同時に自分が自分で無くなるような…考えることすら無になっていくような不思議な感覚が生まれる。

 

「……さとり様、朝ですよ」

 

久しぶりに聞く声だ。えっと…私は…

 

「さとり様?起きないと火あぶりですよ?」

 

物騒な単語だ。

 

「おきてるわよ」

 

左目だけを開けて起きていることをお燐にアピールする。

膝の上に乗っかっている本を見る限り、読書中に寝てしまっていたのだろう。それもページの癖の具合から見て読書開始から数分といったところでしょう。

 

「お燐、今何時かしら?」

 

 

「もうすぐ夕食の時間になります。早く支度して来てくださいよ」

 

確か本を読み始めたのは昼過ぎだったはずだから…かなりの時間寝てしまっていたのだろう。

 

本来なら寝過ぎで体に異常が出てもおかしくないが、そんなことはなく不思議と楽だった。

 

 

「ずいぶん幸せそうな寝顔でしたけど?」

 

幸せそうな寝顔ねえ…無表情な私でもそんな顔するんですね。私自身の事ですけどなんだか意外です。

 

「ちょっと…夢を見ていたわ。ほとんど忘れてしまったけど…」

 

 

 

「そういえばさとり様宛に荷物が来てますよ」

 

「私宛?誰かしら…」

 

 

 

玄関には確かに荷物が届いていた。

 

 

「誰からでしょうね?」

送られてきた荷物の紐を丁寧に解いていく。

包んでいた布がめくれ中から繊細な椿の模様が顔をのぞかせる。

そしてその下には黒い革のケースがあった。

 

なんででしょう…覚えていないのに、忘れてはいけないことな気がするのに…思い出せない。

 

「さとり様?」

 

「……なんでもないわ。そうね……もう会えない、優しい人からの贈り物よ」

 

 

服を丁寧に畳み込み自室に持って行く。

「お燐、そのヴァイオリンは貴方にあげるわ」

 

「え⁉︎ありがとうございます!」

 

部屋のクローゼットに服をしまい込む。

ほぼ空っぽに近い私のクローゼットのなかで、その服は美しく、それでいて落ち着いた様相を放っていた。

 

 

 

 

 

またいつか…

部屋を出る瞬間、一瞬だけ桜の優しい香りがした気がする。

振り返って見たがその頃には香りも消えており始めから何もなかったかのような部屋が広がっているだけだった。

 

まあもしかしたらまた会えるかもしれませんね。








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番外編「とある時代のとある覚妖怪」

空を飛びたい。

 

 

そう思ったのはいつだったのだろう。

 

見上げればいつも空はそこにあった。

地上のゴタゴタは知らんと言わんばかりに…ただ青く全てを受け入れてくれそうなほど…透き通っていた。

 

だから私は空が飛びたかった。

使い方もよくわからない力で一生懸命空中に滞空しようとして…何度も失敗した。

 

誰かに教えを乞うことは出来ない。

いや…させてくれるはずもなかった。

 

故に私はまだ空を飛べない。本来ならとっくに飛べるようになっていなけれればならないのに…生き残る術さえ教えてくれる人はいなかった。

 

心が読める…ただそれだけ。たったそれだけで存在事態が罪と言われるなら私はそんな世の中が嫌いだ。

なのにそんな世の中が…どうしてこう……美しく見えてしまうのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か騒がしいですね」

 

(そうだねえ)

 

都での一件が終わりこれから何をしようか考えながら日本海側をのんびり旅していた時の事でした。

 

周辺がやけに騒がしい。

騒がしいといっても音とかそう言うのではなく…妖力による気流の乱れとか…そういった類の騒がしさです。

「お燐、どこが騒がしいのかわかりますか?」

 

(ちょっと待って……あっちだ)

 

お燐の耳がぴょこぴょこ動き、すぐに方向を察知する。

こう言うのは動物の方が鋭い。おかげで私が気づくよりも先にいろんなことを教えてくれる。

頼りになります。

 

迷わずそっちの方に足を向ける。野次馬とかそう言うわけではなくて…少し耳障りな…悲鳴のようなものも時折サードアイがキャッチしてるので、気になった次第です。

 

 

 

 

 

 

三人の妖怪…種族はわかりませんがおそらく狼かそこらへんの…人達が一人の少女を蹴飛ばしていた。

服は元からボロボロだったのか…布切れ状態になっている上に相当生活環境が悪いのかブロンズシルバーの髪の毛や肌もひどい状態だ。

正直あいつらによる攻撃でできたものではないさそうな傷も遠目ではあるが見受けられる。

その少女の体には私と同じコードと…そして髪の毛と同じ色のサードアイが巻きついていた。

 

 

同じさとり妖怪…

その心は、悲しみと憎悪によって膨れ上がっていた。

あのままでは精神が壊れてしまいます。なんとしてでも助けないと…

 

「ちょっと、何してるんですか」

 

「ああ?見ねえ顔だな」

 

「ああ?なんだこのガキ?」

知能は低くなさそうですけど…馬鹿なのでしょうか。

 

ああ、私の事をただの少女と思ってくれてるならそれはそれで良いんですけどね。

「三人がかりとは……ゴミクズでもそんなことしませんよ?」

 

「ああ⁉︎てめえ、なんて言った?」

短気はいけませんよ。周りが見えなくなれば戦いには負けるんです。もっと言ってしまうなら戦う前から勝敗は決してます。

 

こっそりと心を読む。

 

罪悪感のかけらもない。あるのは、さとり妖怪に対しての嫌悪感とストレス発散の為にこうしていることへの快楽。

まるで私達がこうされるのは当たり前とでも言いたげなものだった。

実際、それが普通のことなんでしょうけど…

 

だからと言って目の前にいる儚い命を放っておくなど私にはできない。

偽善だって?大いに結構やらない善よりやる偽善です。

 

 

「その子に手を出すのはやめなさい」

 

とはいえど辞める気など無いようなので、そこらへんにある小石を蹴り上げる。

 

空中に弾きあげられた小石に妖力を纏わせる。

そのまま撃ち出す。

 

「「ぎゃああああ!う、腕がああああ‼︎」」

 

ぶん殴っていたその豪腕な腕に風穴が開く。

 

「てめえ!何しやがる‼︎」

 

警告はしましたと?やめなさいと…それでもやめないようですので実力行使するだけです。

言っておきますけど手加減なんてしませんよ?と言うか手加減なんて出来ませんよ。

 

蹴りをかましていた一人がこっちに向かってその巨体を動かす。

十分に距離を取っているためそこまで危険ではないが…早めに全員潰しましょう。

 

再び空中に舞いあげた小石を弾き飛ばす。

同時にレーザーを撃ち三人が連携して攻撃してくるのを防ぐ。

 

まああの妖怪たちに連携など出来るわけも無いのですがね…

お燐が後ろ側から合図を送ってきた。

準備完了さっさと終わらせてしまいましょ。

 

数分ほど響き渡った断末魔が消えた時、森は想像以上に静かになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

布がこすれる音がして続いてずり落ちる音がする。

 

「あ、起きましたか」

 

返事は返ってこない。

 

彼女を助けた後にゆっくり休める場所に行こうと言うことで近くにあった空き家にお邪魔している。

空き家なだけあってかなり荒れてはいたが住めないレベルではなかった。

 

(お、起きたみたいだね)

 

お燐が窓の外から部屋に戻ってくる。

「……?」

 

(へえ、こうしてみると可愛いんだねえ)

そう考えながら頭の上に乗っかろうとするお燐。

だがくすぐったいのだろうか、肩に乗っかった時点で振りほどかれる。

(ふにゃ⁉︎)

 

「あー…なんかすいませんね」

謝罪をするが向こうから返事は来ない。

送ろうと思っても送ることが出来ないのだろう。

隙間から出たサードアイが心を読もうと必死になる。

 

同族同士は心が読みづらい。読めなくはないのですが能力同士が干渉してしまい上手く見ることができないのだ。イメージとしてはノイズがかかって上手く写らないテレビ画面のようなものです。

この場合考えていることがわかるようになるまで少し時間がかかります。

 

 

「ああ、無理に喋ろうとしなくて大丈夫です」

 

「……?」

 

傷の手当てをしている時に気づいたことなのですが彼女は、喋ることが出来ないようです。

よくわかりませんが…声帯が引きちぎられたかのようにすっぽり無くなっています。

生まれた直後に心無い妖怪に引き千切られたみたいです。

 

(そうか…同じだったのね)

ようやく読めるようになってきた。

 

「私も同族に会うのは初めてです」

 

(なかなか珍しいわね…)

確かに珍しいでしょうね。さとり妖怪同士が解析するなんて滅多にないことですよ。

 

 

(あたいの名前はお燐!あなたの名前は?)

 

 

お燐がやたらと少女に絡んでくる。気に入ったのでしょう…ですが全く声を出さない少女に疑問を感じている。

 

「お燐…その方、喋れないんです」

 

(気にしなくていい。私には名前も…何もない)

 

「そうですか…ですがいつまでも名無しのままではこちらもあれですので…そうですね…お燐、いい案あるかしら?」

 

(あたいに振られても急には出ないよ)

 

(あ…あの…別に名前とかそこまで気を使っていただかなくて大丈夫です…助けられただけでもありがたいですから…)

 

そう言われてしまうと…こちらも強くは出れない。

どうしたものかと悩んでいると急に少女が立ち上がった。

 

膝の上に乗っかっていたお燐が転がり落ちる。

(ありがとうございます…もう大丈夫ですから…)

明らかに大丈夫そうでは無い。無理をしているのか額には脂汗が浮いている。このまま放っておくのは良く無いし私の良心が許さない。

「まだ無理ですよ。寝ていてください」

 

ちょっと強引ではあるが彼女を布団に押し倒す。こうでもしないと彼女はわかってくれそうに無い。こういうときに便利ですよねこの能力。

「お燐、ちょっと見張ってて」

 

(はいさー!)

お燐がお腹の上に再び飛び乗る。

ここで暴れても無意味だと理解したようで少女も大人しくなった。

 

「まずは栄養をとって体を休めないといけませんから」

 

起きるタイミングを見て作ってましたけど丁度いい時間ですね。

一段下がった囲炉裏にのところでグツグツと煮え始めた音がする。

 

「出来たみたいですね」

 

木製のお椀を用意する。

鍋の蓋を開ければ、真っ白い粥が湯気を立てて食欲を誘っていた。

 

なるべく胃に優しいものにしとこうとお粥を作ったのですが…食べてくれるでしょうか。

 

同族とはいえまだ警戒しているっぽいですし…

 

(……なにそれ見たことないけど)

 

「えーっと……病人食と言うか…まあ胃に優しい食べ物です」

 

味気はあまり無いでしょうけど一応塩と梅干しありますし物足りないようでしたら何かまた作ってあげます。

 

(塩まで……ありがとうございます)

 

「気にしないでいいですよ。私のおせっかいですから」

 

お皿に移して匙と一緒に渡す。

 

「熱いので気をつけてください」

湯気が出ている時点で気づくだろうが多分物珍しさで忘れているでしょうから…

 

(…いただきます……熱っ…)

 

やっぱり…もうちょっと冷ましたほうがよかったですかね。

 

(……美味しい…)

 

「…それは良かったです」

 

それでも美味しそうに食べてくれるところを見ていると自然と気持ちが落ち着いてくる。

 

「お代わりありますよ?」

 

(……ありがと…)

その目に浮かんでいた涙を気にしないようにその場を離れる。

まああの扱いを見ればそうなるのもうなずけます。

 

(ねえねえ、そこまで急いで食べなくてもいいと思うけど)

 

お燐の言う通りちょっと急いで食べすぎです。

 

とかなんとかふんわりしていると噎せた。どうやら掻き込みすぎたみたいです。

 

「そんなに焦らなくてもいいのに…」

 

背中をさすりながら介抱。

全く、美味しくてつい…じゃ無いですよ

 

 

 

結局作った分は全部食べてしまった。よほどお腹が空いていたのでしょうね。

 

 

(あの…ご飯ありがとうございます)

 

「ああ、気にしないでください」

 

 

 

それと、食べ終えたところで悪いのですが…ちょっとこちらに来ていただけないかと。

 

私の心を読んだのか体をこっちに持ってくる。

 

「体の方綺麗にしますけどいいですよね」

 

(え?う、うん)

 

温めておいたお湯で布を濡らす。

 

「お風呂がないのでこれで我慢してください」

 

(お風呂って?)

 

着せていた服を丁寧に脱がせて体を拭いて行く。

長い合間水浴びすらしていなかったのか…はたまた出来なかったのか…汚れが酷かった。

こんなになるまでずっと放って置かれたとは…常識も一部欠如しているようですし自然発生の妖怪なのでしょうね。

 

「ちょっと…動かないでください」

 

(だってくすぐったい…)

 

そんなこと思われてもしょうがないじゃないですか。それに服もあのボロボロのだけでは可哀想ですからこの際寸法を測っちゃいましょう。

 

「お燐、巻尺取って来て。私の荷物の中にあるはずよ」

 

(はいはいちょっと待っててね)

 

 

何をされるのかいまいちピンときていない様子ですけど…何も変なことはしませんよ。

 

(ちょ…ま、擽ったいってば!)

 

そうは言われましても測るためには仕方ないんですよ。我慢してください。

 

あまりにも動くせいでうまく測り取れなかった。まあ後は目測でどうにかなるレベルですし大丈夫ですね。

 

私の荷物の中から衣服を詰め込んだバッグを類寄せる。

「そうですね……大きさ的にはこれでしょうか」

 

中には大小様々な大きさの服が入っている。

これらはこいしがもし私の前に現れた時用に用意してある服。体格が全然わからないから大きさ別に5着は持っているようにしていたものだ。

 

さっき測ったサイズから丁度良いのを取り出す。

「はい、あなたの服よ」

 

(うわあ……良いんですか⁉︎)

目を輝かせながら聞いてくる。余程嬉しかったのでしょう。

「ええ、構わないわ」

 

来ていた服をその場で脱ぎ直ぐに渡した服に袖を通す。

だが帯の結び方がわからないのかそもそも帯を知らないのか前側が完全に開いてしまってる。お燐が隣で顔を赤くし始める。同姓でしょ?何をそんなに興奮してるんですか……

 

 

「ちょっと帯を貸してください」

 

(……?)

 

仕方ないので着付けを手伝う。確かに帯なんかは一人で着つけるのは大変ですし…私だって凄く苦労しましたからね。

 

 

私自身が言うのもあれですけど…結構似合ってますね。

薄い水色から袖先にかけて白、裾にかけて若草色に変わるグラデーション

色の入れ替わりの部分には青色の朝顔が数輪だけ描かれている。

 

(すごい……綺麗!)

 

「気に入ってくれて良かったわ。後、サードアイなんだけど…」

 

胸ポケットのところにサードアイが入る為の大きめのポケットが装備されていることを教える。

元がこいし用に作っているだけあってこういった構造もしっかりつけてある。

(凄いです…こんなにたくさんありがとうございます!)

 

生まれて初めての経験からなのか嬉しさのあまり心の中はものすごいことになっている。

 

 

ふとそんな彼女を見ていると何かを思い出しそうになる。

それが何か……なんでしょうか、上手く出てこない。何か突っかかって出てこれないと言った感じでしょうか…

一旦意識を飛ばして思考に集中する。

 

えっと…なんでしたっけあ、そうか……

 

 

「……琥珀」

 

(……え?)

 

唐突に呟いた私に彼女は困惑する。

 

「貴方の名前…琥珀がいいですね」

 

深く考えてみればどうということでも無かった。それがなかなか出てこなかったということは…きっとなにかがあったのでしょう。それこそ前世記憶なるものなのかもしれないが…まあ今は気にする必要もない。そもそも私の精神が前世のものに引っ張られるのもどうかと思うが…

 

(……今更思いついたんかい…)

 

今更ですいませんね。お燐、あなたはまず思いつきすらしないでしょ?

(まあそうだけどさ)

 

 

 

(琥珀……すごく良いです!)

 

気に入ってくれて…何よりです。

 

……ちょっとお燐。頭に乗るのはやめなさいって…困ってるでしょ

(…お気になさらずに)

 

 

 

 

 

 

「ところで……あんなに傷ついてまで何を学ぼうとしてたのですか?」

 

琥珀も落ち着き、部屋の中に静寂がやってきている状態で私の問いは彼女の心に深く入り込んだ。

別に聞かなくても読めば良いのだが…無断で相手の心を読むのは私自身嫌だ。

 

(私は…空を飛びたいんです!)

 

「空を飛びたいですか…」

 

(でも、力もうまく使えなくて…戦闘すらまともにできないし)

 

なんども空を飛ぼうと出来ないならできないなりに工夫して頑張っていた記憶が蘇る。

それでも飛ぶことは叶わず…せめてもの願いで他の妖怪に頼んだもののその都度攻撃される…

 

さらに溢れ出す記憶と思いを読んでいく。

これ以上踏み込むのは良く無いと分かっていながら…それを止めることは出来ない。ここまで視てしまって今更知らないというには嫌ですから…

 

(……あ、あの…)

 

おっといけない…踏み込んでいる意識を戻す。

私が深くまで読んだのは向こうもわかっている。と言うか私の心を読んで自らの記憶を間接的に思い出してしまっている。だんだんと琥珀の顔色が悪くなってきてしまった。

悪いことをしてしまいました……

 

(……す、すいません!)

 

「……なぜ謝るのです?」

 

(……そ、それは…)

 

頭を優しく撫でる。

「気にしなくていいのです…私が勝手にやった事なんですから…むしろ嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい」

 

(そ…そんなこと…ないです!)

 

「なら、私が教えてあげます」

 

こうしてこの場所にしばらく留まることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凄い……!)

 

私の腕に抱きかかえられた彼女の心が感嘆する。

 

「どうです?気持ち良いでしょ?」

 

(これが空を飛ぶ……凄い、綺麗です!)

 

耳元で響く風の音に負けないくらいの声量で彼女の声が心に響く。

 

空を飛ぶ感覚を教えようと思ったのですが…これはこれで良かったです。

 

見渡す限りの空と下に広がる緑の大地に心を奪われているようです。

あった時とは別人のように目をキラキラさせてますね。

 

ちょっと悪戯してみましょうか。

 

腕に力を入れて少し強めに彼女を抱きしめる。

 

風景に夢中で気づいていないようですね。さて、誰かを抱きかかえてやったことはないのですが……

 

「そーれ!」

 

エルロンロールで逆さまになり一気に身体を下向きに起こす。

地面が目の前にいっぱいに映る。

(…え?きゃああああ!落ちる!落ちるうう!)

 

「大丈夫ですよー」

重力落下速度が上乗せされて普段よりも鋭い加速が生まれる。

速度が乗って来たところでバレルロール。体が下に押し付けられる。

 

そのまま木の上すれすれを飛行。一旦くるりと回転し、しばらくしてから再び上昇する。

「ふー気持ちいいです」

 

(あ…危ないじゃない!)

どうしていいかわからず混乱していた彼女が我に帰る。

その上涙目で睨みつけられる。怒っているのでしょうけど…正直かわいい。

 

(な……なあ⁉︎)

 

可愛いと思った瞬間彼女の顔が赤くなっていく。どうしたのですかね?

私はただ可愛いと言っただけなのですが…?

 

(もういい!)

 

え…なんで拗ねるんですか?私が何か気に触ることを言ったのでしたら謝りますけど…

と言うか…私の腕の中で拗ねられても……

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで…まずは浮いてみることから始めましょうか」

 

(浮くって…さっきみたいに飛んだ感じのをイメージすればいいの?)

 

「大まかに言えばそんな感じですね」

 

飲み込みが早くて助かります。

こう言うのは基本イメージすることが大事…私は前世の記憶でなんとか空を飛ぶ感覚というのは直接的ではないにしろ体験しているので比較的独学でどうにかなりますが彼女にそのようなものはない。

つまりさっき私と一緒に飛んだ記憶が完全に全て……

 

だが浮いてすぐにバランスを崩してしまう。

とっさに腕を掴んで倒れるのを防ぐ。

「ちょっとだけ腕を外側に広げて見たらどうです?」

 

(……こう?)

 

思いっきり外側に手を広げた。そこまで広げなくても大丈夫だとは思うのですが…と言うかそこまで広げてしまうと飛行速度が上がっていったときが……

まあそこは教えていきますか。

 

「バランスが取れてるなら大丈夫です」

 

(一応安定してるよ)

うん、大丈夫そうですね。

 

「それじゃあ…私についてきてください」

 

少しづつ上に向かって進んでいく。

空中に停滞するのは結構大変なのでなるべく止まりたくない。

 

「……」

 

(……)

なるべく力の使い方をイメージしながら飛んでいく。

琥珀にはそれを想起してもらうという感じで無言ながらも一応教わっている。と言った奇妙な構図が出来上がる。

 

ある程度飛び上がったところで基本的な飛び方を教えていく。

最初はふらふらと危なげだったものの要領を掴むと軽々と飛び始めた。

自分一人で飛んでいるというのが楽しくて仕方ないのだろう。

しばらく彼女の好きなようにさせていた。

私は万が一に備えて周辺を警戒。地上で彼女や私を睨んでいる妖怪達に、戦闘態勢で構えておく。

よそ者の私は実力が分からないのか襲ってくる気配は今の所無いですけど…

「……寒いですか?」

 

(少しだけ…)

 

高度が上がってきて段々と気温が下がっていく。今はまだ低高度だがからそこまで深刻では無いがいくら天気がいいと言っても常に吹き付ける風に長時間晒されては体温も下がる。

 

「でしたら、休憩ついでに降りましょうか」

 

 

 

 

 

 

(…戦闘機動?)

 

ええ、身を守る為の技術は覚えないと生きていけませんからね。特にこの世界は弱肉強食、ただでさえ弱者な部類に入ってしまう私達が生き残るには知恵と技術が必要なんですよ。

 

地上戦の為の技術もありますけどせっかく空を飛べるようになったのでしたら空中戦の技術も覚えておかないとですからね。

 

まあ、この時代に空戦機動なんてものはほとんど発達してませんし…してても天狗くらいでしょうけど覚えていて損は無いはずです。

 

(もしかして一緒に飛んだ時にやってたあれのこと?)

 

「ええそうです」

途端に渋い顔をされた。どうやらあんな激しい機動はしたくないそうだ。

 

「自分でやるのと誰かがやってるのについてるのとでは全く違いますよ」

 

それにこれは好き嫌いではなく生き残る為のものだ。そこは琥珀もわかっているらしく、渋りながらもやろうとは思っているようです。

 

「それじゃあ…まずはエルロンロールから…」

 

(えるろんろーる?)

 

横文字は覚えなくていいです。なんとなくこんなやつだなって思ってくれればいいです。

 

それに形が似てるだけで実際のものとは違いますし…エルロンなんて人間の体にはありません。

 

その場で何回も横転を始める。気に入ったようですね。

目が回らないように気をつけて…って言ってるそばから……

 

(回りすぎた……)

 

 

「あとは…クルビットやコブラ機動」

 

これは真後ろからの攻撃を避け同時に優位なポジションに移動するための技。体に負担がかかって辛いですけど…意外と効果抜群ですよ。

 

(そうなんだ…)

 

ようやく落ち着いたのか私のイメージを元に今度はクルピットを行おうとする。第三者から見た感じだと高度を変えずに宙返りする感じなんですよね。

 

だがなかなかうまくいかないようです。まあ…難しいですからね…私だってほとんど感覚でやってますし…

 

……あ、失速した。

 

(ひゃわわ‼︎飛んで!飛んで!)

 

「失速してます。無理に上に行こうとしないで速度に乗って…風をつかんでください」

 

そりゃずっと妖力を使って飛び続けてるのでは効率が悪いし直ぐに力が無くなってしまう。

だから私はほとんど妖力を使わずに風の力を利用しながら飛んでるんです。それを真似している彼女も…本人はあまり自覚していないが風に乗って飛んでいるようなもので無理なダブルクルビットをして失速すればもちろん落っこちる。航空機みたいな事になっているが私のイメージが航空機だったのだから仕方ないといえば仕方ない。

 

こういうときは一度重力に乗って加速しないと行けません。ですがパニックになってしまっている琥珀には無理そうです。

仕方ないので背中の方からそっと抱き上げる。

 

(あ…ありがとう)

 

「気をつけてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(へえ…飛べるようになってきたんだね)

 

「ええまあ…飲み込みは早いですから」

 

あれから一週間、琥珀は空を自由に飛んでる。

元々、持っている妖力の量も多かったし技術の飲み込みも早かったわけですから…当然といえば当然なんですよね。

 

最近では自衛程度は出来るようになったらしく他の妖怪もそれを知ってか手を出そうとはしないようです。

 

(それで?そろそろここを出るようだけど…連れて行くのかい?)

 

「それは本人次第ですよ」

 

琥珀が付いて行きたいって思えば連れて行きますし嫌なのであれば連れて行きません。

 

 

 

 

そんなこんなで3人の生活がしばらく続いたものの、始めがあれば終わりもある。それが定めであって何者にも変えることはできない世界の真理見たいなものであるのはやはりこの場合も当てはまるのであった。

 

それは時に唐突で…残酷である。

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女が、空を飛んでいた。

少女は、今まで願い続けてついに翼を手に入れた。それが嬉しくて嬉しくて、今もこうして空を駆け巡っていました。

 

そんな純粋な少女の事を快く思わない者もいました。

その者達の魔の手が少しづつ迫っている事も知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

「……帰りが遅いですね」

 

もうすぐご飯だというのに未だに帰ってくる様子は見せない。

 

(そうだねえ…あたいが探しに行ってこようかい?)

 

「いえ、私も行きます」

練習の後まだ残ると言った琥珀を置いて来たのは私です。このまま待ってるなんて出来ません。

すぐに支度し外に飛び出す。

 

日はとっくに暮れていてあたりは宵闇が支配している。

新月のせいで月明かりもない。それなのに帰ってこないようであれば完全に何かあったとしか言いようがない。

最悪の事態が頭をよぎる。お願い、杞憂であって…

 

 

 

普段琥珀が練習している場所に行ってみるが案の定誰もいない。ただ、普段とは違いその場所は……

 

「……血の匂いと…焦げ臭さ……」

 

新月でほとんど見えないが…だからこそなのか鮮明に伝わってくる。

最悪の事態になってしまうとは…

 

 

 

更に探すこと一時間、足元に何かが当たった。

折れた木のように太めの…でもなんだか柔らかくて…

光を作り出して足元を照らす。そこにはそれに事切れた者が横たわっていた。

 

「……?遺体?」

 

でもそれは琥珀ではない…幼い人間の少女。でも僅かに琥珀の妖力が残っている。

あの子が…まさかそんなことをするなんて……

 

「…⁉︎」

その体を引き上げようとして……半分が崩れ落ちた。

 

いや……元から千切れていたのか…ぼとりと音を立てて落ちた。

 

「……」

 

 

少女の亡骸に火を放つ。ちゃんと供養しないと後々面倒ですし…

 

だが、その炎に照らされて…周辺にたくさんの影ができる。

よくよく見ると…それら全てが……

 

「うそ……」

 

ほとんどが妖怪の朽ち果てた姿だった。

中には別のものも混ざってはいるが……多分純粋な人間だったのはやいているこの子だけでしょうか…

 

ですが…同じ妖怪なら…なんとか記憶を断片的に見ることはできる。人間と違って妖怪の記憶は妖気にもある程度記憶されますから…

気持ちの良いものではないしその妖怪の最後の瞬間までを追体験するような気が狂いそうなものですが…

 

結局琥珀は見つからなかった。

 

ただ、断片的にではあるが何があったかは読み取れた。

 

その原因である妖怪は…今私の目の前でただの肉片に成り果てていた。そいつが琥珀に何かをしてしまったのが……原因だった。

 

きっと唯一この場所にいた人間が絡んでいるのでしょう。

脅されたのか…いや、あの少女は人質か…あるいは覚妖怪相手…特に琥珀は傷つきやすいですから…きっと人間の深層心理を無理に読ませたのでしょう。その結果がこれだとは……

 

再びどこかで悲鳴が聞こえる。

すぐにそっちの方へ向かって森を駆ける。

途中でお燐が合流する。どうやら別の場所でも似たようなことになっているようだ。

 

(どう見ても尋常じゃないんだけど…ねえ、琥珀がやったのかい?)

 

「認めたくないですけど…」

 

 

木々がなくなり広場のようなところに出る。

 

 

その広場の真ん中に誰かが立っている。

その姿が…見慣れた姿であって…そして……

 

「う…いやあああ‼︎」

 

(さとり⁉︎しっかりして!)

 

想像以上に壊れてしまっていて……その壊れたここがめちゃめちゃに精神を破壊していて…未だにそれに争い続けていて…もうすでに手遅れだった。

 

それを直に見てしまった私も、精神が守りに入ってしまいどうしようもできなかった。

 

気づいた頃にはあたりは静寂だった。時間としては数分…私にとっては数時間に感じられていた。その合間に琥珀はどこかへ消えていた。

お燐も見当たらない。

 

 

急いでお燐たちの気配を追って駆け出す。

琥珀の心に残った僅かな正気が…苦しんでいる。早くしないと……

どうしてそこまでするのか…私にも全くわからない。

それでも、やはり止まらない。

 

 

ようやくお燐に追いつく。

 

「琥珀は⁉︎」

 

(それが……)

 

お燐が何かを言いかけたが轟音がしてその思考を吹き飛ばした。

目の前の崖の方を見る。その下に……

 

それ以上照らすことはできなかった。

 

その代わりに、登り始めた日が…全てを照らし始めた。

 

 

 

 

全くもって…この世界はどうしようもない。その上…いや…だからこそ美しいという感情が生まれるのでしょうね。何かの犠牲の上に成り立つからこそ…美しく輝く……皮肉です。

 

 

 

 

その日、北陸の方にあった妖怪の溜まり場が一つ消え去ったと風の噂が囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

彼女との出会いは、偶然だった。いや、偶然なんて言葉で片付けていい事ではないかもしれない。

あうべくしてあったのでしょうか。今となってはそれすらわからない。

ただ、私はおそらくこの事を忘れてはいけないし…忘れるはずがない。それでもこうして書物に書き始めたというのは…きっとこの話を誰かに知って欲しかったのではないかと思う。

一部はあの時視た彼女の記憶を元に構成してはいるがほとんどは私の憶測であって正確性は無いかもしれない。

なんだそれと文句の山ほどにもあるでしょうけど…おそらくこれが世に出回る頃に私はいないでしょうからその文句は自らの中に閉じ込めてください。

それでもこれを読んだ名も知らない誰かには知っておいて欲しいです。

歴史の中に埋もれていった名の知れない一人の悟り妖怪のことを…

 

 

 

 

 

 

ー 名もなき書物 第24項より抜粋ー

地霊殿さとりの書斎右の棚31列目



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番外編 短編とお姉ちゃん

『祭り』天魔の場合

 

毎年恒例である妖怪の山の祭りに天魔から正式に招待された。

 

今までも柳くんに連れられて何度か参加はしていましたが正式に招待されるとは……種族が妖怪の合間で公になってしまったにも関わらずである。

結局天狗の思考は分からない。

彼らがなんの目的で私なんかを残しておくのか。ただ利用されているだけなのかはたまた天魔さんの気まぐれなのか。

天魔さんの気まぐれなら良いんですけどね。わざわざ私のようなものと仲良くしようとする寛容さを持っている彼女なら…ね。

 

祭りの準備が行われる里に向かい見張り員に招待状を見せる。

何故かこいし達より早く来てくれと書かれていたのできてみたのですが、流石に早かったでしょうか。

 

 

ふとそんな不安がよぎったものの少しして案内の大天狗が来た。…あ、この方前にも案内してくれた方ですね。

完全に私の対応係やらされちゃってますね。

内心嫌がってそうですけど…仏頂面で表情から読み取ることはできないし持ってきた差し入れを渡しても頷くだけで喋らないし…やっぱり嫌われてるんですね。当たり前だから今更なんとも思いませんけど。

 

案内された部屋で待つこと数分。礼装と言うか催し物の時に着る特殊な天狗装束女性用を着た天狗が入ってきた。

ただ、サングラスを着用しているし誰でしょう…

 

 

 

 

「あの……どちら様?」

 

「分からないの?天魔だよ天魔!」

 

「嘘だ‼︎」

 

だって天魔さんがこんな胸大きいわけないじゃないですか‼︎

「いや、俺だよ」

 

そう言った直後、背中を撫でまわすような天魔さん特有のオーラが体を包み込む。確かにこのヒトは天魔さんだ。

 

 

なんで巨乳なんですか!普段はあんなにストレートで男と見間違えるほどなのに!

 

 

「普段はサラシ巻いてごまかしてるからね。いやーほんときついわ。まあこの状態でも肩凝るのには変わりないけどね」

 

「いやいやサラシでどうにかなるってレベルじゃないですよね」

 

どうしてこれがあれに収まるのか……不思議だ。

 

「祭りの時くらいしかこんな格好しないからな。どうした?もしかしてさとり気にしてるの?」

 

「全然、むしろ女の子っぽいところがあったんですねって思いました」

 

「もう!調子乗んねーの!」

 

口調さえ申し少し女気があっても悪くはないと思うのですが……今更どうこう言うわけにもいかないです。

 

「と言うかその服着るんですね」

 

正直なんでこのデザインが流行っちゃたのやら

これ元々柳君が新しい服が如何の斯うの言うから冗談で描いたやつだったのに…気がついたら催し物の時には絶対になってた。どう考えてもダメな気がするし抵抗のあるヒトだっているでしょうに……

 

「それにしても暑い!」

 

「……だからと言って服の胸のところを手で広げたりしないでください」

 

「ええ‼︎良いじゃん!」

 

良くないよ!

 

「後暑いからって下のヒラヒラをパタパタさせないでください」

って言うかなんで履いてないんですか?一応それ履くための下着も用意したはずなんですけど…

まさか伝わって無かったですか。

 

「あれもダメこれもダメって…ここ俺ん家なんだけど」

 

 

「程度の問題です。少なくとも脱ぐなら脱ぐ誘うなら誘うでちゃんとしてくれないとどうすれば良いかわからないんです」

 

私の言葉に何を思ったのかチクチクと腕組みをして考え始める。

 

 

「じゃあ…」

 

何かを唐突に閃いた天魔さんが急に視界から消える。と思いきや体に変な衝撃が加わり気づいたときには仰向けに倒されていた。

 

「な…なにを⁉︎」

 

「何って……全然反応ないからもう襲った方が良かったかなって」

 

「やめんか変態鴉」

 

腹に蹴りを入れ回し落とす。

全く、迷惑極まりない。それに私はそっちの気はありません。と言うかそんな感情は私にはないですからね…

 

「やっぱりダメか」

 

「恋愛とか恋とかそんな感情私にはないですからね」

 

「なら教えてあげようか?」

 

イケメンスマイルでそんなこと言われても体系的に合わないし異性に恋愛感情とか本気で無理なんでやめてください。前世記憶が拒絶反応起こして吐き気に繋がりますから。

 

「後乱れた服直してください」

 

「あれあれ?まさか変な気に……」

 

「いえ、大天狗達を呼んで連行していってもらおうかと……」

 

 

「すいません調子乗りましたあああ‼︎」

 

見事な土下座が決まった。大天狗呼ばれるのはダメなんですね。

 

 

 

「そもそもなんでそっち系に走るんですか……」

 

「だってさとりん可愛いんだもん」

 

誰がさとりんですか。

と言うか初めて呼ばれましたよさとりんって…いうヒトいたんですね。さとりん……ネタだけかと思いましたよ。

 

 

 

そんなことしているうちにいつの間にか時間になり、調子を取り戻したと言うか平常運転に戻った天魔さんと、こいし達に合流。

祭りを堪能しまくってました。

 

ただ、天魔さんのこいしを見る目がなんだか鋭い時があって不安になりましたけど…やっぱりあそこで相手して溜まってるもの吐き出させた方が良かったですかね。

 

 

 

 

 

『こぼれ話』

 

案内の大天狗

 

どうしよう。何か気の利いたこと言ったほうが良いんだろうけど…何話せば良いんだ!ああもう!こんな可愛い少女がせっかく差し入れをくれたのに口下手で何も言えないなんて!

 

と言うかなんで俺なんだよ!表情硬いし基本人としゃべれねえ俺なんだよ他にやりたいって言ってたやつ沢山いただろ!

 

確かにあいつらさとりさんを是非くれって凄いわかりやすい下心隠そうとしない連中だけどそれを除いてももっと適任いただろ。

まあ、そっちはそっちでさとりさんをいつか家に連れ込んでとか考えてる思考がやべえやつばっかりだけど……あれ?それ考えたら消去法で俺しか残らねえじゃん。

大丈夫なのかよ大天狗…これまずよ。さとりさん誰が守るんだよ。あ、天魔さんとかこいしちゃん達か。

 

 

 

『お姉ちゃんとお風呂』

 

 

 

「お姉ちゃん!お風呂はいろ!」

 

時々こいしの行動が読めないことがある。

こいしは妖怪の性質が私とほぼ同一の為能力が思考できない。それだけなら大した問題はない。

昔からそうしていたように能力を使わないで語り合えば良い。

ただ、こいしの行動がたまに予期しない方に行ってしまい本当にわからなくなる。

 

今回も…そんなよくわからないものの一つ。本人が自覚しているだけまだいい方ですけどね。タチは悪いのですが……

 

「唐突ね。お風呂の時間はまだ早いと思うのだけれど……それよりもなんでわたしと入りたいの?」

 

わたしの問いに首を傾げながら答えを探している。

いやいや、どうしてそこで悩むのよ。

 

「そうだねえ…いくつかあるんだけど…柳くんが教えてくれた。水浴びだったけど」

 

「ちょっとぶっ飛ばしてきますか」

 

柳くん……なんてことを教えてるんですか!あなたの家族は曲りなりとも全員女性でしょ⁉︎なんでいっしょに水浴び…一回痛い目合わせないと気が済まないです。

どうしましょう?刀を新調しましょうかね?それも斧見たいな大きなやつ。

「お姉ちゃんが怖いよ‼︎」

 

「あら…ごめんなさい」

 

全く…私は何をへんなことを思ってるのでしょうか。

 

「それじゃさ!お姉ちゃん早くお風呂行こ!」

 

のんびりと円卓の前に座っていた私を引っ張って無理無理脱衣所に連れて行く。

まあ、こいしとお風呂なんて最近入ってなかったから別にいいです。断る事もないし

 

「お風呂の準備は出来てるのですか?」

 

「お燐に頼んだから多分もう出来てるよ!」

 

「そう……」

 

外堀はちゃんと埋めていたのですね。誰の入れ知恵かは知りませんが…

 

 

脱衣所に連れていかれたら後は流れ作業に近かった。

帯を外せば後は簡単に脱ぐことが出来る和服は布と肌が擦れる音を残して棚に収まる。

 

下着をパージする時に一悶着ありましたけど…

こいしが脱がせてあげるよと抱きついてきた時には焦りました。

やんわりと断ると涙目で懇願してきてどうしてそうなるのやらです。

結局下着は普通に脱いだしその上からタオルを体に巻いたので問題はないのですが…

 

「こいし、ちょっとは恥じらいとか無いんですか?」

 

「姉妹間で何を恥じらう必要があるのさ!」

 

そうですよね。普通そうですよね。

 

「いえ、なんかわたしまで恥を捨ててしまうとあなたに変なことされそうで困るのですが」

 

「変な事なんてしないよ。ただ、ちょっとお姉ちゃん肌綺麗だなあってすべすべしたいだけ」

あっけらかんと言うかあっさりと言うか…平然とそう言うことを言えるあたり度胸があるのか無いのか…

顔赤くなってるから度胸はないのか…

どちらにしても恥ずかしいなら言わなければいいのに…

 

「それはそれでダメな気がするのですが…まああんな事やこんなことじゃ無いだけマシと思えばいいか」

 

「お姉ちゃんの方がアウトだよ!」

 

「姉妹間でって言うとシスコンで…大体そう言う感じなんですが…」

 

「謝れ!すぐ全世界の姉妹に謝れ!」

 

シスコンには謝らなくていいんですかい。

 

まあこんなところで騒いでも仕方ないですし体が冷えてしまいますからね。

風呂場の方に移動。そう言えば風呂場自体が一人用なのですが小柄とは言え二人も収納できるのでしょうか。

 

そんなどうでもいいことを思いながら身体を洗おうとする。

 

「あ、わたしが洗うよ!」

 

「ほんと?ありがと」

 

一瞬だけへんな想像が頭を横切るがそんなことはありはずないかと思考を切り捨てる。

 

が…その直後私の前に回された手が胴体にあるわずかな膨らみを捉える。

そこは…普段触られるようなところでもなくいきなりくる刺激に耐えられるようなところでもなかった

 

「ちょ!こいしっ……ん!」

 

「わあ…お姉ちゃんの肌すべすべ…」

 

「あ…やめ…ん!」

 

わたしの声を聞いて更にエスカレートするこいしの手。背中にこいしの温もりが感じられた直後、体は素早く動いていた。

 

「やめんか」

 

へんな動きをするこいしの腕を掴んで浴槽に向かって放り投げる。

 

「ゲファ⁉︎」

 

おおよそ女の子が出すようなものとは思えないうめき声と水しぶきが上がる。

 

「あ…ごめんなさいこいし!」

 

「ゲホゲホ…お姉ちゃん容赦無さすぎだよ」

 

「ごめんなさい…背中とか胴体は触れられるとダメなの」

 

それは……どうして?

 

その問いが出る前にこいしはわたしを見て何かを察したようだ。何を察したのか…

 

「体に触れた感触があった時には身体がバラバラになりそうな衝撃と一緒に吹き飛ばされる事が何回かあったものですから…身体が覚えてしまっているよ」

 

さっきのはその反射神経。とは言えど最低な姉ですね。妹に手を上げてしまうとは…

「そうなんだ…なんかごめんね」

 

「気にしないで。わたしの都合だから」

 

浴槽から出てきたこいしの頭を軽く撫でる。

少しは落ち着いたのか水に流すのが早い性格なのか顔を上げたこいしは清々しい笑顔だった。

 

「それじゃあお姉ちゃん!一緒に入ろう?」

 

「ええ、そうするわ。ちょっと狭そうだけど」

おっきく作ればよかったかなとちょっとだけ後悔したもののこいしは気にした様子はない。

まあ……そんなもんだろう。

 

大きすぎても寂しいだけですから。

 

こいしの隣に体を下ろす。溢れ出たお湯が滝のように流れ心地の良い音を奏でる。

 

「こうしてお風呂はいるの久しぶりだね!」

 

「そうですね……昔はよく甘えて来てて…」

 

「まだ私が実年齢と体型が一致してる頃だね」

 

こいしが手をかざしてなにかを懐かしみはじめた。

それは人間の頃?それとも、私達の記憶?

心を見れたらこんなもどかしい気持ちをせずに済んだのでしょうね。

 

 

 

 

「ねえお姉ちゃん。怪物ってなんなの?」

 

そろそろ上がろうかと思い体勢を変えたところでこいしが腕を掴んで引き止める。

 

「怪物…?そうね……」

 

怪物ですか…何を思ってそんなことを聞くのか知りませんけど…

 

「よくわからないけど…少なくともこうして一緒にお風呂に入っているこいしでは無いわね」

 

「……そっか」

 

何かあったと言うよりかは何かを思い起こしていたと言った方が良いのでしょうかね。

わたしの問いが答えになったのかなって無いのか。まあ気にすることでもない。

 

「あーー!悩むことでもなかったわ!そう言うわけでお姉ちゃん!prprさせ……」

 

「させるかアホ!」

 

急に立ち上がって拘束しようとしてきたこいしを組手でねじ伏せる。

 

そのまま軽く関節を締める。

 

「イタイイタイ‼︎ごめんってばお姉ちゃん!」

 

「なんか……可愛い…」

 

「アウトだよ!お姉ちゃん!」

 

冗談ですよ。

拘束を解いて楽にしてあげる。よほど痛かったのか半分泣き目になっているのが…やっぱりかわいい。

「もう!先出てるね!」

 

拗ねちゃった……と言うか照れ隠しですね。

 

 

「いやー眼福だった」

 

 

「お燐?ちょっとこっちに来なさい」

 

脱衣所で何やらやっていたお燐は後で可愛がってあげないとですね。

 





【挿絵表示】


天魔のイメージ


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番外編 さとり様のイウトウリ

地底から帰ってきてから数日後

 

人里の手伝いと迷い込んだ妖怪を追い返したりとしていたらすっかり日が暮れてしまった。

飲み会の誘いをやんわりと断って家に帰ればこいしと大妖精が扉の前でなにやら話し合っている。

 

別に険悪な雰囲気ではなさそうだが、周りの人の目線が少し気になる。

大妖精はカモフラージュの為か背中に生えた羽は目視で見ることはできない。だが、彼女の服装が異様に目を引いてしまう。

私としてはその違和感に気付き辛いのですが言われてみれば確かにというところですね。

 

彼女の服装は水色を基調としたワンピース風の洋服……洋服なのだ。

それも北欧系の為かなり目立ってしまっている。

 

仕方ないといえば仕方ないのですがあれでは種族を隠している意味が半分以上意味を成してませんね。

 

音と気配を消してすぐ後ろに忍び寄る。こいしと一瞬だけ目が合うが私のしたいことを察してそのまま目線を外してくれる。

 

「家の前でなにしているんですか?」

耳元でそっと呟く。

「ひゃい⁉︎あ、さとりさん」

大妖精の体が跳ね上がり一瞬だけ羽が視認できるようになる。物凄いびっくりしていらっしゃるようで…

 

「お姉ちゃんおかえり」

 

「ただいま、玄関先じゃ目立っちゃうわよ」

 

私の言葉に急にあたりを見渡す大妖精。

周囲の人々が向けていた目線をようやく理解したのか顔が赤くなっていく。

 

「まずは…家の中に入りましょう」

 

どうしていいかわからずあたふたとパニックになる大妖精を引きずるように家に入れる。

あのままだと目立ってしまってしょうがない。

 

「ちょっと待ってくださいね」

 

招き入れた大妖精を客間に待たせてお茶を持っていく。

一応私の種族がなんであるかをまだ伝えていないからどうしてもコートを脱ぐことはできない。

 

 

「……そういえば大妖精の服装…考えないと」

 

流石にあのままで返すわけにもいかないしこれからいろんなところで目立ってしまっては彼女の身が危険だ。

 

いくつか服のストックはあるはずですからサイズさえ合えば今のところはどうにかなりそうですけど…

 

直ぐに自室の引き出しから服を持っていく。目測なのでなんとも言えませんが大きさは多分大丈夫でしょう。

ですがこれ一枚じゃ寒いでしょうから…何か上に着るものを……

 

 

 

 

お茶と服を持って客間に行ってみれば、こいしに弄られている大妖精が飛び込んでくる。

 

危ないので体の軸線をずらして大妖精を受け流す。

ただしそのままだと壁に突っ込むので衣服を持った右腕で大妖精の体を抱え込むようにして速度を和らげる。

 

「何暴れているんです…」

 

「あ、お姉ちゃん。えっとね……」

 

どうやら大妖精と遊んでいてのことらしい。

お茶を下ろしてこいしの頭に手を載せる。

 

「家の中ではほどほどにね」

 

怪我をすることは無いだろうが壁の方が耐えきれないでしょうから。

 

「あの…さとりさん」

 

「おっと、すいません」

 

腕で抱え込んでいた大妖精を解放する。

 

そのまま服も渡してしまう。

無言で渡されたそれを見て疑問符が頭に浮かんでいるのが目に見える。ちょっとだけ反応が面白くてそのまま黙っている。

 

「えっと…これを私に?」

 

「ええ、そうですよ」

 

大妖精の目が大きく開き、表情が開花する。そんなに喜んでもらえるとこちらも嬉しいです。

 

微笑ましい目線を向けていると急に大妖精が服を脱ぎ始めた。

突然のことでこいしがあわて始める。こいしが慌てるのもなんだか新鮮…

「ちょっと何してるの⁉︎」

 

「え…着替えようかと」

 

まさかのここで着替えるなんて大胆な…って少しバストが大きいですね。

もうちょっと大きめの服を持ってきたほうがよかったでしょうか…

 

「お姉ちゃんどうでもいいこと考えてないで止めてよ!」

 

「落ち着きなさいこいし。大妖精用の服を作るんだからある程度体格データは取っておきたいのよ」

 

「いやいや、あとでちゃんと計算すればいいじゃん!」

 

それもそうでしたね。すっかり失念してました。それじゃあ巻尺っと…

 

「あの…もう着替え終わったんですけど…」

 

あれ?早くないですか…って帯巻いてないじゃないですか。

ダメですよそんなだらしない格好で……

 

帯を巻いて後ろでしっかり結ぶ。

胸下が締められ胸の大きさが余計に強調される。心なしか黒い気配が漂っているような気がしますが…気のせいですよね。

 

「苦しくないですか?」

 

「大丈夫です…」

 

ちょっとこいし!そのハンマーは一体何⁉︎あ、ちょ…やね!痛いってば!叩かないで!

 

 

 

 

 

「なるほど…強くなりたくて…ですか」

 

あの後暴れるこいしを取り押さえてなんとか落ち着いたところで大妖精を尋問…というかここに来た理由を問いただす。

 

「はい…あの、さとりさんすごく強いじゃないですか。あと頭良いですし」

 

うーん…なんでそんなふうに思われているのでしょうか。大妖精の前では戦ったことなどないですし…むしろこいしのほうが適任な気がします。

 

「あの…私より強くて頭いい人は沢山いると思うんですけど…良ければ天狗に紹介状出しますよ?」

 

柳君ならすごい適任だと思います。向こうの都合を考えればあまり無理は言えませんが…

 

「さとりさんが良いです!お願いします」

 

どうしたのでしょう…別に私自身は構いませんが…稽古をつけるのでしたら一応知らせておかないといけないですからね…

 

 

「……貴女には私の種族はまだ言ってませんでしたね」

 

コートの内側からサードアイを引き出す。一瞬だけ視線が泳いだものの心の中では嫌悪しているわけではいようだ。

サードアイを見せるだけで忌避する人が大半なので正直有難い反応です。

 

「……そうでしたね。でも、私は気にしませんよ?」

その心に嘘偽りはない。

 

「例え覚妖怪だったとしてもですか?」

 

「だって…さとりさんは悪いヒトじゃ無いじゃないですか」

 

それは本心か虚心か…聞くのは愚問。それに強くなりたい理由も分かってきた。こういう時に便利ですね。この能力は…

 

「……分かったわ。それじゃあ、大ちゃん。早速だけど始めよっか」

 

いつもの口調…と言うかは私の素の口調が出る。

 

「妖精ってまずどんなことができますか?」

 

「えっと……そうですね。いろいろと…」

 

どうやら覚えられればほとんどの弾幕や攻撃は使うことができるのだとか。一応大妖精自身は風と自然を操る攻撃が得意だそうで…出来なくはないものの炎系弾幕なども撃てることは撃てるそうだ。

 

なら…大妖精育成計画始めましょうか。

 

「それじゃあまず……量子理論から」

 

「量子理論?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大妖精の能力』

 

時々響く金属の衝突音に紛れ込ませながら大妖精に訪ねる。

「ところで貴女の能力は……」

 

新調した刀同士がぶつかり合い火花が散る。

 

「今聞きます?」

 

「戦闘中でもある程度喋れる余裕があったほうがいいですよ」

 

大妖精が再び振り下ろした剣を足で蹴飛ばす。

彼女の手から短刀が弾き飛ばされ遠くの地面に刺さる。

 

それでも私の首元に足蹴りを喰らわせようとしてくる。

 

「私の能力は、『悪戯をする程度の能力』です」

 

蹴りは相手への目眩し。本命は手左腕のすぐ近くで展開された妖力弾。

 

「悪戯…ですか?」

 

「はい、悪戯でっ…きゃ!」

 

撃ち出された妖力弾が目の前で弾け至近距離で爆風を受けた大妖精が吹き飛ぶ。

 

「ここまでですね」

 

「あはは……やっぱり強いじゃないですか」

 

戦闘態勢を解除し大妖精の傷の有無を確認する。

問題はなさそうだが疲労がたまっていますね。まあそれは私も同じなのですが。

 

「強くはないですよ」

 

「そういう事にしておきますね」

 

それにしても悪戯する程度の能力ですか。なるほど、ちょっと面白そうですね。河童のところに連れて行って検証してみないと…

ふふ、大ちゃんの成長が楽しみです。

 

「さとりさんって時々怖いです」

 

 

 

 

 

 

『月の姉妹』

 

さとりが月から戻った数日後

 

「やったわ!これで地上を見ることができるわ!」

 

珍しく姉さんが隣の部屋で叫んでいる。

普段は温厚で物静かなイメージが強いのだがこうして騒がしいところを昔から見ているとそんなイメージ鼻で笑うしかない。

 

その上あの様子ではもうすぐ私の所に来るだろう。

 

書きかけの屏風絵を壊されても困る。すぐに片付けないと…

 

「やったわ!完成したわよ」

 

案の定私が片付け終わった直後に姉さんが部屋に突撃してきた。

一度興味が湧くといつも突進してしまうのだから困ったものだ。

 

「そういえば何か作ってましたけど…何ができたのですか?」

 

「新型の地球観測用望遠鏡よ」

 

私の部屋の窓を思いっきり開く。

彼女が指差す方向に視線を向けると細長い筒のようなものが月の空に浮かんでいるのが目に入った。

 

「作ったんですか⁉︎」

 

まさか本気で作ってしまうとは…

それにしても資金はどうしたのだろう。流石にあれをタダで作るなんてことはできないだろうし…

 

「ええ、月の衛星軌道にあげた特大望遠鏡よ。このテレビに映像を映し出すようになっているわ」

 

そう言って姉さんはタブレット式の端末をチラチラと見せつけてくる。正直ムカつく。

 

「なんてものを……」

まさか月上からの望遠鏡では見ることができないからと…軌道上に作ってしまうとは…

その予算などはどこから…

 

「お金なら心配しないで。防衛費の名目で降りたから」

 

私の言いたいことを察したのかとんでも無いことを言い出した。

 

 

「まあ、これは厳密に言えば量子理論で遠距離をほぼゼロ距離にして観測する装置…私にしか扱えない道具よ」

 

「完全に私用で予算使ってるじゃないですか!」

 

作ってもそんなもの姉さんくらいしか使えないじゃないですか!そこまでしてどうしてあの得体の知れない怪物に執着するのだろうか。

 

そんな私の内心を無視するかのように姉さんはタブレットに数字を打ち込んでいく。

天体望遠鏡が僅かに方向を変える。

「それじゃあやって見るわね…あ、さとりってどの辺りに住んでいるのかしら…」

 

いやいや、なんでそんな大事な事を知らないで作ったんですか。どう見てもダメじゃないですか。

 

「私だって知りませんよ」

そもそもそんな大事なことをどうして……

 

「こうなったら絨毯観測よ」

 

全く…無駄に面倒な事になってるじゃないですか。

 

 

 

 

 

『幻想縁起、春』

 

人の世は大きく変わっていくもので…僅か200年という時の流れは私の想像をはるかに超える速度で人を…物を変えていくものなのだろうと実感した。

人混みの中を人の喧騒に紛れながら歩く。その先に目的があるのかと言えば…多分私の目的ではないのだろう。

 

 

 

 

「え…幻想郷縁起ですか?」

 

数時間前、私の元に来た紫は、茶菓子を食べながら幻想縁起の話を持ちかけてきた。

 

「ええ、是非とも貴方のことを載せたいと稗田家がね」

 

稗田と言えばあの稗田なのだろう。

出された和菓子の最後の一つを口に放り込んだ紫が静かに隙間を展開する。

 

「なるべく早いほうがいいのだけれど…どうするの?」

 

「別に良いですよ」

 

その瞬間、私の体は黒と眼の世界に潜り込んでいた。

体の向きが変わったり変わらなかったり。もう少し重力一方方向にまとめられないのだろうか。それとも、紫達にしか分からないような通路配置になっているだけなのだろうか。

 

 

「首都の近くまでは送ってあげるわ。後は稗田の式神が案内する手立てになっているから…」

 

言葉が最後まで続く前に視界が切り替わる。眩しい光が体を照らし瞳孔が小さくなる。

 

 

ここまでが先程までの出来事。

私を案内しに来た犬型の式神は首都の人混みに巻き込まれて時々見失う。

お陰で無駄に疲れました。やはりここまでの人混みは私にはなれませんね。

 

 

 

 

 

式神が急に方向転換し、左の建物の中に消える。そっちの方向に振り向いてみれば大きな門、その奥にたいそう立派な二階建ての建物がそこにあった。

手前の門は閉じられていて人はおろか動物の入る入り口すら見つからない。

あの式神はどこから入ったのやら…もしかしたら入っていないのかもしれない。

 

兎に角式神が入ったのであればここがそうなのであろう。

ならば入ってもいいはずだ。

「ごめんくださーい」

 

手前の門を無理やり押しあける。かなり動きが悪いのか見た目に反して重たいのか…これは人間じゃ開けられませんね。

 

門が開くのと同時になにかが裂けるように目の前の空間が歪む。

まるでそこに割れ目のようなものができたかのように空気の流れが変わる。

 

「……人避けの結界ですか」

 

なるほど、たしかにかかっていてもおかしくはないだろう。

 

それにしても出迎えも何も無いとなると…好まれているわけでは無いみたいですね。

 

のんびりと玄関に向かって歩き出す。とは言えど玄関は全く開かない。ここまで来てあれですか追い返される系ですか。

 

「ようこそおいでくださいました」

 

真上から声が降ってくる。見上げて見ると二階の窓から黒髪の女性がこちらを見下ろしていた。

 

「えっと…はじめまして」

 

「古明地さとり様ですね。今使いを回します」

 

直後、玄関が静かに開く。

そっと中を覗き込んで見るがなにやら幽体のようなものがふわふわ浮いているだけで人はいない。

 

世話の人とか手伝いさんの気配もしない。

 

ふわふわと浮いている霊体のようなものがゆっくり私に近づいてくるくる回り出す。

 

「ついてこいってことですか」

 

私の言葉に反応したのか霊体(仮称)は家の奥へ進み出す。

それを追いかけるように家の中に歩みを進める。

菊の花の香りが仄かに香り、私の後に続く。

左右に分かれた廊下を霊体を追いかけるように進む。正直迷ってしまいそうなほど複雑で難解な家で困らないのだろうか。

 

ようやく見つけた階段を上ってみれば…今度はなぜか地下に行く道を通ったりと格闘すること数分。

ようやくお目当ての部屋についた。

 

ついでですしただ入るのも面白くないです。ここは…

 

扉に手をかけて…少しだけ上にずらす。

何が外れる音がし扉が前後にずれる。

そのまま手前に引っ張り扉自体を綺麗に外す。

 

「こんにちわー」

 

「こん…ってなんで扉を外しているんですか?」

 

「だってそこに扉があったから…」

 

それにこの家かなり複雑ですから侵入者用の罠もあるかと思いましたし…別に壊したわけではないからいいじゃないですか。

 

「……まあいいです。それでは改めまして、稗田家8代目当主。稗田七葩です」

 

「知ってると思いますが古明地さとり…妖怪です」

 

 

この方が後のあの方なのでしょう。数百年後の世界でもお世話になるといいですね……

 

いくつかの質問に答えすぐに退散する。

帰りはもちろん……窓から帰りましたよ。



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番外編クリスマスですよさとり様

水が結晶となり地上を白く染め上げる季節となった。

今年一年の時終焉ももうすぐになり、冷たく吹く風がそれを助長しているかのようだった。

 

この時期になると私の仕事は特になくなる。当然のんびりすることができる数少ない時間が出来ることになる。

年越しの時になればこいしかお空によって博麗神社に連行されるか、そうでなければ御節の準備だったりで忙しくなる。

 

私はこういう寒いのは苦手だから家にいたいのですけどね。

こいし以外にも最近は雪で遊ぼうだのなんだのと来る妖怪や、勝負をふっかけてくる氷の妖精がいたりと随分賑やかです。

 

まあそれもそれでいいのですが、やはりこうして静かに過ごしている方が私の体は好きらしい。

 

「それにしても静かです……」

 

少し冷めた葛湯を飲みながらふと外の音に耳を傾ける。

風が生み出す木のざわめきや、雪が舞う音が重なり合い、互いの音同士を綺麗に奏でなおす。

 

こいし達は博麗神社に遊びに行ってしまっているし明日まで戻っては来ない。

なんでも霊夢主体で催し物をやるらしい。私ももちろん誘われたのですが、家を留守にするわけにはいかないので残ることにした。

決して寒いからとかそういうわけではない。

 

 

それにしても暗くなって来ましたね流石、冬です。

まだ早い時間なのにもう暗くなる。

 

まあ電気が入る前の世界はだいたいこんなものだし私の感覚が外の世界になってしまっているだけだから仕方がないといえば仕方がない。

 

そう思っていると部屋に設けられた窓が不自然にガタガタと揺れ出す。

 

侵入者だろうか…だとすればご愁傷様です。

腰に携帯して置いた刀を抜刀し、こっそりと窓のそばによる。

 

窓が開いたのと同時に部屋に誰かが入ってくる。

 

「merry…」

 

「Hold up!release your weapon!」

 

相手が英語だったため思わずこちらも英語で警告してしまう。

赤色の帽子を被った侵入者は私の声に驚いて窓の外に消えていった。数秒遅れてなにかが地面に落ちる音。

 

「ちょっと!いきなり危ないじゃない!」

 

少女の甲高い声。

 

「レミリアさんでしたか…これは失礼」

 

英語だったから気づかなかったじゃないですか。せめてドイツ語にしてくださいよ。

 

「もう!せっかく来てあげたのに!」

 

「じゃあちゃんと玄関から入ってくださいよ…っていうかなんですかその服装」

 

窓から入ろうとしたこともそうですけど彼女の服装は、いつものドレスではなく先端に白いモコモコした球体のついた赤色の帽子に

同じく赤色の上下の服装だった。

前世記憶で言うサンタクロースだ。

「ふふ、サンタクロースよ。もちろんプレゼントもあるわよ」

 

「それ以前に今日って24日でしたっけ?」

 

「あなた…日付くらいちゃんと覚えなさいよ」

 

すいませんねえ…最近あまり日付を気にしたことないですから。

それにしてもなんでレミリアがサンタの格好してここに来たのでしょうか……

 

「それで、レミリアさんはどうしてここに来たんですか?あいにく西洋の文化は取り入れていませんので」

 

「せっかくの聖なる夜なのに貴方ときたら留守番するとか言って家に残ったそうじゃない」

 

なるほど……フランとこいしの会話を盗み聞きしたわけですね。それで私のところに来たと…まああなたも結構ぼっちしてたみたいですから良かったんじゃないのですか?

 

「そうですか…それでどうしてサンタの格好なんて…」

 

別に分かってはいますけど心を読んでハイ終わりじゃ何も楽しくないし会話なんて成立しないからここはあえて聞く。

「そうね、せっかくだったし咲夜が用意してくれていたのを着ていっても良いかなと思ったまでよ」

 

私の家に行くならこの格好して行ったらどうですかと咲夜さんに勧められて…来たといえばいいのに…変にプライド張ってどうするんですか。

 

「……そうですか。あ、今なにか飲み物出しますね。葛湯飲みます?」

 

「葛湯?聞いたことないけど…いただくわ」

 

サンタの格好をしたレミリアを部屋に残し台所から葛粉とお湯を持ってくる。

別に台所で用意しても良かったのですが、レミリアの事だから少しパフォーマンスをした方が喜んでくれるでしょう。

大したことはしませんけど。

 

「お待たせしました……ってなんですかそのずた袋」

 

「あら、早かったじゃない。これ?ただのプレゼントを運ぶための袋よ」

 

「そんなもの使うより木箱を使ったりもうちょっと運搬性に優れた手提げ付きのものを使用したりしないのですか?」

 

「夢がないこと言っちゃダメよ」

 

夢がないと言われましても…そもそもサンタクロースに夢も何もない気がするのですが…そう思いながらマグカップに葛粉と砂糖を入れてお湯で溶かす。

 

「どうぞ…」

 

「あら、随分と簡単なものなのね」

 

初めての葛湯に興味津々ですね…緑茶はふつうに飲んでいるのにこういうのは躊躇するとは…なんだかんだ言って可愛いんですね。

 

「温かい……」

 

「喜んでいただけで何よりです」

 

一口飲んだ瞬間から彼女の心が嬉しさでいっぱいになる。

こういう感情を向けられると、心を読むのも悪くないと思える。

 

「それじゃあ改めましてメリークリスマス」

 

一息ついて気が落ち着いたのだろう。そんな言葉をかけてくる。

 

「Merry Christmas」

 

「流暢ね」

そうでしょうか?私にとってはあなたがカタコトになった方がちょっと意外でした。

というか悪魔がmerry Christmasはいいのだろうか…なんかもう完全にキリスト教への反逆となっている気がするのですが…

 

「それにしてもあったまるわね」

でも目の前でふんわりしている少女を見ると、そんなことどうでもよく思えてくる。普段のカリスマはどこへ行ったのやら、見た目相応のほんわか度でくつろいでいるところをみるとお疲れのようですね。

 

「そうそう、あなたにプレゼントよ」

 

「プレゼント?」

 

今のレミリアはレミィ・サンタだから確かにプレゼントかもしれませんけど……私頼んだ記憶ないですし。

ズタ袋の中をガサガサと探りだしたレミリア。

再び取り出された手には、小さな箱が握られていた。ご丁寧にリボンと、クリスマスツリーをデフォルメしたと思われる小さな飾りがつけられている。

 

「……なんですかこれ」

 

「開けてからのお楽しみよ」

 

明けてから…と言われてもこれを開けるのは明日の朝になってから。それまで楽しみしておけということだろう。

面白いですね……

 

 

「後、ちょっと来てくれないかしら?」

 

貰ったプレゼントを片手に思考を巡らせている私の肩をレミリアの腕が掴む。

思考が現実に引き戻され状況理解に努める。

来てくれ……それと同時に浮かび上がる光景。どうして博麗神社なんかに…?

 

「私がですか?」

 

「こいしのプレゼントのためよ」

 

全くあの子は……私をプレゼントだなんて…

そこまでして私と一緒に居たかったのね…気づいてあげられなくてごめんね。

「嫌がるようならこちらも手は打ってあるぞ」

 

「いやいや、流石に素直に従いますよ」

 

「む……案外あっさりしているな…もう少し抵抗するかと思ったのだが…」

 

私だって道理はわきまえてますしこいしがレミィ・サンタにまでお願いしているのですからその願いを卑下にすることなんてできませんよ。

 

それに…抵抗した時の弊害が少し強すぎます…

何ですか裸にひん剥いてリボンで装飾して箱詰めするって…完全に博麗神社を白けさせる気満々じゃないですか。

 

「……もし抵抗に抵抗を重ねたらどうなるのですか?」

 

「そうだな…裸リボンがダメとなれば裸の状態にして生クリームを……」

 

「あ、もういいです。十分わかりました」

 

絶対レミリアの考えじゃない。多分神社に集まっている面々の中の誰かが面白半分で言った事を本気で実行しようとしているだけだ。

少しだけ心を除いて記憶を探る。

 

言ったのは……ああ、彼女でしたか。

 

「多分、レミリアさんも同じ目にあいますよ。姉詰とかなんとか言われて」

 

「それは困る」

 

でしょうね。

さて支度してと……寒いですから寒冷地仕様の服装に切り替えないと…

 

 

「それじゃあ外で待っているわ、ちゃんとソリも作ってるからちゃんと来なさいよね」

 

え…ソリまであるんですか。トナカイが引っ張っているあんな感じのですか?

逆にそれ移動速度遅くないですか…

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「どう?立派なソリでしょ」

 

家の前に停止していたそれを見て何も言葉を言えなくなった。

レミリアは勘違いしている。これは赤い服のサンタが乗るようなものではない。

そもそもこれがプレゼントするものは大量の爆弾であってもはやプレゼントではない。

 

「立派な双発航空機ですね」

 

両方の翼に付けられたプロペラ付きエンジンと、大型の胴体。カラーリングは無地なのかアルミの色をそのまま雪の中に反射させている。

コクピットはダンデム複座で前後がそれぞれ独立したタイプの風防だ。

「河童の発明も時に面白いものよ」

否定はしませんけど……

 

「そもそもこれ…どうやって飛ばすんですか?」

 

滑走路なんてここにはないですし1000メートル近く真っ直ぐに続く場所なんてまず無いですから。

 

「大丈夫よ。これは河童の発明だから」

 

そう言って何やらラジコンのコントローラーのようなものをガチャガチャといじりだす。

航空機ですよね?なんでそんなコントローラーで遠隔操作できるんですか……

 

そしているうちに航空機はエンジンがかかったのか……プロペラが付いているにもかかわらずエンジン後ろからブラストを吐き出した。

ターボプロップエンジンかと思いきやブラストの量が多い…それに音からしてこれはターボファンエンジン…プロペラは飾りですか!

 

後方のノズルが動きブラストを真下に向けて吹き出すようになる。

真上への推進力が機体重量を上回ったのか、機体がゆっくりと浮上し始めた。

 

「ほらね!凄いでしょ」

 

「すごいというか……さすが河童と呆れます」

 

というかもうこれソリじゃないですよね?それにレミリアなら飛んだ方が早いと思うのですが…

 

「ふふふ、河童からのプレゼントでもらったからには使ってあげないと、貰った側の立場がないであろう?」

 

そうですけど……

「ちなみにサンタはこんな感じので世界を飛び回るらしいからな。今の私にぴったりだと思わんかね?」

 

それ絶対騙されてますよね。サンタがこんなので飛び回るはずないじゃないですか。あるとしたらトナカイが引っ張る赤色のソリでレーダーにアンノウンって表示が出ないようにしっかりIFFの欺瞞する超音速ソリですよ。

 

 

「話はあとだ。早速行こうじゃないか。今日は聖なる夜だ」

 

こんな航空機で聖なる夜を飛ぶとかロマンなさすぎです。

そもそも聖なるってつくのに悪魔と妖ってもはや聖じゃない。

まあ移動手段があるのは楽ですね。

 

「そうだ。せっかくだしさとりのこれを着たらどうだ?」

 

そう言ってクリスマスのイメージカラーを纏った外套を渡して来た。

着ろと……まあいいですけど…

 

 

 

 

 

 

乗り心地が悪いというわけではないがあまり乗るのはオススメできそうになかった。

 

シートベルトをしているにもかかわらずコクピットで何回も頭を打つ羽目になるとはレミリアの操縦…恐れ入りました。

 

と、そんな冗談はさておいて、博麗神社まで到着したのですがどうも風が強いらしくさっきから着陸できないだなんだレミリアは文句を垂れてる。

 

「あの……そろそろおりたいのですが…」

 

「仕方ないわね…今風防を開けるからさっさと降りなさい」

前後で独立した構造のコクピットのためレミリアの声は機内無線を伝わって聞こえてくる。

 

それと同時に風防が上に開き、冷たい外気が流れ込む。

 

全く…なんだか変なスカイダイビングですね。

コクピットから飛び降りてゆっくりと博麗神社の縁側に降り立つ。

言葉では簡単だけど妖力が使えない状態では相当大変である。

落下速度の軽減は五点着地を行わなければならないしなるべく静かにしないといけない。

 

上手くいってくれたのはいいのですけどとんだ夜になりました。

さてと…お酒くさいですけどやっぱり皆さん飲んでるのですね……クリスマスってのは結局お酒を飲むための理由……結局クリスマスを楽しめてるのはお酒のみがメインじゃない子達だけですね。

 

こっそりと縁側の襖を開けて中を覗き見る。

一応クリスマスっぽい飾りつけはしてるのですね……

「お姉ちゃん!」

 

縁側から顔を覗かせた私の存在に気づいたこいしが駆け寄ってくる。

ちゃっかり頭にかぶったサンタの帽子が妙に似合ってしまっている。

 

「さとり様!」

 

こいしに続いてお空が私を部屋に引き入れる。

集まっている全員の目線がこちらに集中する。あまり見ないで欲しいのですが……

「なんだやっぱり来たんじゃない」

霊夢が素っ気なく呟く。

素っ気無さすぎて、逆に安心してしまう。ああ、いつもの霊夢だと…

「来たというより…妹たちへのサンタからのプレゼントですね」

サンタ本人は外で航空機を着陸させようと必死ですけど。

 

「お姉ちゃん、ケーキとか色々あるよ!一緒に食べよう!」

 

……まあ今はこの子達との時間を過ごすとしますか。

 

 

 

 

「メリークリスマス」

 

来年もまたやるのだろうか…だとしたら今度はみんなで最初から行ってみよっと!

 

 

 

 

 

 

パルパル「汚物は消毒だああああ!」

 

パルスィはその頃UH-1で孤独な戦いをしていたとかなんだとか。

 

 



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番外編 時と空間って違うようで似ている 上

今回はrick吸血鬼さんとのコラボ回ですどうぞお楽しみください。


よく世の中は奇妙なことが多いというけれど、人間の想像ほど奇妙に満ちたことはないと思う。

その想像が現実になるそんな非常識的な世界において、私の常識というのは全く通用しない。

だからなにが起こっても驚く必要はない。それは確定事項のようにやってきたものだと思う。

だけど言わせてほしい。今目の前で起こったわけのわからない事実を……

 

私は時々あっちへ行ったりこっちへ行ったりするのが癖になっている。今日もそれに任せて適当なところを無意識のままに歩いていた。

だが犬も歩けば棒に当たるということか…藪から出たなんたらなのか…私の体を強い衝撃が襲う。

いや、私ではなく世界そのものが何かによって殴られたような衝撃を受けたのだ。

なにが起きたのか理解するより先に、私の体はどこかに投げ飛ばされた。

それが数分前の私。

状況がつかめない。どうすれば良い?

浮遊感が不安を煽る。

そうこうしている合間に、頭が何かに当たる。強い衝撃が走り視界が弾ける。

そのまま意識が消え去る。最悪だ……なんて思う気力も私には残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

「あれ、人? ⋯⋯さとり?って、え⁉︎ど、どうして⋯⋯寝てる? さ、さとり? 大丈夫です? い、生きてますよね?」

 

誰かの声…聞いたことがないですね…誰なのでしょう。私の名前を知っているということは知り合いのはずなのですが……わからない。

分からなすぎるのでついこんなことを口走ってしまう。

 

「うう……返事がないただの屍のようだ」

 

「あ、良かった。生きて⋯⋯る? ⋯⋯か、回復魔法とか使った方がいいです? ⋯⋯下手ですけど」

 

まさかのスルー。聞こえていたはずなのだけれど…いや返して欲しかったわけでもないから別にいいか。それにしても回復魔法?私の知る人で回復魔法が使えるヒトなんて……まず魔法自体使えるヒトはいなかったはずだ。誰なのだろう。

 

「あ…いえ、大丈夫です…外傷はないですから」

体を起こしながらそう答える。

視界に入ってきたのは目の前で心配そうにこちらを見つめる少女。私と同じくらいの身長に真紅の髪。服装はなんだかフランドールを連想させてしまうスカートとシャツの組み合わせ、そして背中には髪と同じ色の翼…どことなく吸血鬼を連想してしまう。

そこまで観察したところでサードアイが出しっぱなしなのに気づき慌てて隠す。

「そ、そうですか。でもさとりはどうしてこんな場所で⋯⋯寝ていたのです?」

感情が顔に出やすいのだろう。本気で私を心配してくれているようだ。だけれど私は彼女を知らない。向こうは知っているような口ぶりなのだが……一体どういうことだろうか。

 

「えっと……まず一つ聞きたいのですがあなたは一体誰でしょうか?私のことを知っているようですけれど…初対面ですよね?」

 

「え⋯⋯? レナですよ? レナータ・スカーレット。何度か会ったり、家にお邪魔させてもらったりしましたよね? ⋯⋯というか古明地さとりで合ってますよね?」

 

レナータ?誰でしょうか…思い出せませんね。それに聞いたこともないし…

「レナータ……該当しませんね。私の記憶は正常だと認識していますけれど…もしかして記憶喪失の一種でしょうか?でもピンポイントで忘れることなんて……ってスカーレット?」

スカーレットというところでなにかが頭に引っかかる。

確か原作にスカーレットはいたような気がするのだが彼女の年齢は500歳、この世界ではまだ生まれていないはず…どういうことなのだろう?まさかスカーレット家の者だろうか?だとすればどうして幻想郷に?

「はい、スカーレット。私は紅魔館の現当主、レミリア・スカーレットの妹、レナです。⋯⋯もしかしてそれも忘れてしまったとか?」

 

え…レミリアの妹?それってフランじゃないんですか?そもそもレミリアさんがこの時代にいる?どういうことでしょうかどんどん混乱していく。

「あれ?レミリアの妹ってフランだけじゃなかったのですか?あれ…まず紅魔館って幻想郷入りしてましたっけ?」

 

「いえ、私含めてフランだけではありませんよ。

紅魔館は数年ほど前に幻想入りしてます。外の世界の年で言うと、入ってきたのは2000年辺りでしたっけ。まあ、それはともかく割と最近入ってきましたね」

帰ってきたのは意外な答えだった。数年前に幻想郷入り?

え…嘘ですよね。私の認識ではまだ幻想郷は…あれれ?

心配そうに顔を覗き込む彼女…嘘は言っていないようですし本当のようですね。感情豊かというべきかポーカーフェイスが苦手と言うべきか…だとしても理解が追いつかなくなる。

「……へ?あの…もしかして…私って死んでるんじゃないの?」

現実逃避も良いところだが仕方がないだろう。ここは死後の世界。うん、そう思った方が良い。

 

「⋯⋯」

不意に彼女の肌が近くなる。あっけにとられていると頬に人肌の温もり。一瞬何をされたのかわからなかったがその紅い瞳がすぐ近くに来ていることで心臓が跳ね上がりそうになる。魅せられそうになる。

「実体はあるみたいですから大丈夫です、問題ありません」

 

「ふぇ…あ…ありがとうございます」

頬に触れていた温もりが遠ざかり大真面目に私の存在を実証してくれたその手が降りる。

言葉が震えてしまったのも無理はない。

「あの…少しいいですか?」

だけどそのおかげで少しだけ確認しておきたいことができた。

一度吹っ飛んだ思考から必要な情報を再構築。

結局のところ彼女の言い分ではここは私のいた時間ではないらしい。後はこれが同じ時間軸上に存在するか否だ。

「古明地さとりって普段フリルのついた感じの服着て地霊殿に引きこもってませんか?」

間違っていてほしい。

もしこれで引きこもってるなんて言われたらもうどうしていいやら…

だけど現実は残酷だった。

「引きこもっているかいないかで言えば、かなり引きこもっていますね。おそらくはこの100年の間で、外に出たのは私の家に遊びに来た時のみ。⋯⋯それも実際に歩いたり飛んで来たわけじゃないから⋯⋯って、どうしてそんなことを?」

 

悪意のない純粋な気持ちでぶつけられたその言葉に、最悪の事態だと心が結論づける。

だけど同時にはっきりした……認めたくない事実を……

どうしたのと見つめて来るその瞳に映る私は……一体どんな顔をしているのやら……ああ、相変わらず無表情でしたね。

彼女とはまるで正反対ね……

 

「ああ……いえ、記憶喪失だったらいいのになって思っただけです」

 

実際には記憶喪失でもなんでもなく…ただ世界の残酷な流れに巻き込まれたと言うべきか…まあ私だけが不幸ってわけでもないですし…なんだか可愛らしいレミリアの妹に会えたわけですからその辺は幸運だったというべきでしょうね。

「え、えーっと⋯⋯。要するに、どういうことです?」

いまいちわかっていなさそうにこてんと首をかしげる。

それにしても……さとりにしてはあまりにも似つかない格好の私なのだから少しくらい私がさとりじゃないと気づかないものなんですかね……

「多分……私は古明地さとりであっても古明地さとりではない…いえ、あなたにとってみれば同一人物ですけれど全く別の人物でもある。いわば全く別の古明地さとりのようです」

 

「⋯⋯え、並行世界とか、そのような類の⋯⋯えぇ⁉︎さ、さとり⋯⋯いえ、さとりさんが⋯⋯?」

 

そこまで驚くことでは……いや、驚くことか。いまいち私の中の感覚も感情の振れ方もずれているみたいですね。

「にわかには信じ難いですが……多分」

 

悲しいですが、この可能性が一番高いですね。

 

「そうですか⋯⋯。これも何かの異変でしょうか? いえ、明らかに異変ではありますけど」

自問自答…しかし異変と言う単語にピンと来る。

 

「あ…一応こっちでも異変ってあるんですね……」

異変ということはやはりこの世界も私の知る世界と同じなのだろう。

しかし彼女のように少し違うところも多い。いやあ私の知識なんて役に立たないですね。基本的に忘れましたけど。

「ありますよ。最近も地底の異変とか⋯⋯。って、これが異変だとして、誰かの仕業によるものなのでしょうか? さとりさんは心当たりとかあります?」

地底の異変?それってお空が暴走するやつなんじゃ…

まあそれは置いておいて…これが異変か。確かにそうですね。でも異変の原因なんて分からないですよ。

「えー…いや分かるはずないじゃないですか。そもそも私はまだ結界で閉じられる前の幻想郷にいたんですから」

 

「ですよねー⋯⋯。というかかなり昔から転移⋯⋯いえタイムスリップ? とにかく凄い異変ですね。咲夜でも時間の跳躍とかできないのに⋯⋯。あっと、立って話すのもなんですし、私の家に来ます? 行くあてが無ければですけど⋯⋯」

 

そう言って笑顔を向けて来るレナータさん。眩しくて直視できない…これで吸血鬼って……疑いたいです。

 

「ええ、そうしましょうか。それにしても…お人好しですね…私がもし嘘を言っていたらどうするつもりだったんですか」

 

「嘘を言っていたとしても、困っている人を放ってはおけませんから。それに過去の人や別世界の人だとしても、さとりさんはさとりと似ていますし⋯⋯尚更放っておけません」

少し困った顔をされる。その表情には本気でそう思っているそんな意思が読み取れた。

「やっぱりお人好しですね……まあそういうの嫌いじゃないです」

無表情な私でと対照的なほどコロコロと表情が変わるし背中の羽が少しだけパタパタしていて可愛らしい。

 

「そ、そうなのですか。⋯⋯まあ、ここにいて妖怪におそわれても嫌ですし、早く家に行きましょうか」

 

「そうですね…」

 

歩き出したレナータさんのとなりに並ぶ。フード付きの外套のようなものを着ているから遠くから見たら不審者が2人歩いているようにも見える。

まあ仕方がないといえば仕方がないだろう。

思考を変な方に切り替えていると木々に隠されていた視界が急に開く。

目の前には全てが真っ赤な屋敷が佇んでいた。

森の中にしてはかなり不釣り合いだ。森というより広葉樹だからだろうか。なんだかこういう建物は針葉樹の中にあった方がもう少し違和感は減るだろう。

「着きましたね。あ、初めて見るかもしれませんので紹介しますね。この気味悪いくらいに真っ赤な建物が紅魔館です。それとあの門の前で立って寝ているのは、一応門番の美鈴です」

門の方に視線を向けてみれば、緑色の中国服を身にまとった女性が堂々と立ち寝していた。

幸せそうな寝顔はどんな夢を見ているのだろう。

「やっぱり真っ赤ですね。それに門番も寝てますね」

想像していたのとほぼ同じだったことになんでか安心する。その想像も昔の記憶から発生した副産物ですけど…

 

「そう言えば私の素性どうしましょうか……異世界から来たって言っても信じてもらえるかどうか」

異世界から来たなんて言っても信じてもらえるかどうか怪しい。私自身だってまだ信じ切れていないのだから突然押しかけて異世界から来たなんて言ってもねえ……

 

「まあ言っても冗談だと思うかもしれませんが⋯⋯私自身、元は⋯⋯いえ。きっと信じてくれると思いますよ。特にお姉さまは優しい人ですから」

そうでしょうか…まあレナータさんがそう言うならきっとそうなのでしょう。それにしても今一体何を言いかけたんでしょうかね。

「あなた自身……どうしたのですか?」

少し気になってしまう。心を覗けばすぐに分かりそうですけれど……それは彼女の秘密を勝手に知ることになる。そんなことをしたいわけではない。

だけどレナータさんは視線を落としながら答えてくれた。

「それこそ信じてくれないかもしれませんが、私は転生者なんです。この世界がゲームとして存在する世界から。⋯⋯あ、もちろん信じなくても大丈夫ですよ」

にわかには信じがたい話…無理に作った彼女の笑顔が少しだけ苦しい。

それにしても…この世界をゲームと認識する世界ですか。確かに信じてもらえなさそうなものですね……ですが、私は古明地さとりですよ。

でもそんな事言っても逆に彼女を傷つけてしまうだけだろう。

「なるほど……じゃあ、バルス!」

 

「目が目がぁぁぁぁ!って、え? えっ⁉︎」

大混乱していますね…でもその表情がなんだか可愛らしい。

うん、このくらいの方があなたには似合ってますよ。さっきみたいな顔しないでくださいね。

 

「なるほど……知識は残っているのですね。あ、私がどうして知っているかは…禁則事項です」

聞かれたら教えますけどね。でも彼女は…正直に聞いて来るのをやめるだろう。それほど彼女は正直で純粋なのだ。

「あ、はい。では深くは聞かないようにします。前世の記憶はあまりないですけどね。この世界の記憶も地底異変より先のことはほとんど消えてますし⋯⋯」

 

「地底異変というとお空が暴走するやつですよね。まあ、それは置いておいて……屋敷に入りましょうか」

玄関先で喋っているのもなんだか落ち着かないですね。美鈴さんは寝ているから良いですけど誰かに聞かれなかっただろうか……少しだけ不安になる。

「ですね。⋯⋯ただいま」

庭を抜けてエントランスに入る。かなりの距離があった気がするけれど対して気にもならない。やはりというべきか家の中も真っ赤だ…だけどこのエントランス…何処と無く何かに似ている。なんだったっけ……

「さて、談話室にでも行きましょうか。それとも一応お姉さまと会っておきます? 多分さとりだと思って接すると思いますが」

そうですね……レミリアさんに会っておいた方が良いですね……

「家長に挨拶くらいはしましょう……さてなんと言い訳をしましょうか。最悪武力行使も考えなければ」

武装は短刀一本だけ…それも普通の刃だから吸血鬼を倒すことは多分できない。

 

「ふぁい⁈ほ、本当にやめてくださいね、お願いしますから⋯⋯」

どうやら刀が見えてしまったらしい。

これを使うかどうかは場合によりますね…もちろん使わないことに越したことはないんですけど…

 

そうこうしているうちにレミリアの部屋に到着したらしい。少しだけ他の扉と装飾が異なる。

「お姉さま、入りますよ」

レナータさんがノックして扉を開ける。

返事が来る前に開けているような気がするけれど深くは気にしない。

「ええ、いいわよ。⋯⋯あら、さとりじゃない。どうかしたの?」

レミリアさん悠々と椅子に座っていますね。

その椅子少し大きい気がするのですけれど……

 

「あ…どうもです。ちょっと色々ありまして尋ねてみたのですけど少しお邪魔させていただけませんか?少なくとも数日……だめって言ったら斬るんで」

もちろん冗談だ。だけど無表情だからあまり冗談んとして受け止められなかったらしい。

急にガクガクと震えだした。

そこまで殺気を出しているわけでもなんでも無いんですけど……どうしてなのでしょうね。

「そ、それは別に構わないけれど⋯⋯あ、貴女さとりよね?」

声が震えてしまっていてさっきまでの威厳はどこへ行ったのやら…

「お姉さま⋯⋯」

レナータさん…心配してそうで可愛いとしか思っていないですよね。完全に表情がにやけてますよ。

 

「ええ、さとりですよ?眼は隠してますから心は見えませんけど」

そういえばフードを被りっぱなしでしたね。外さないと……

 

「⋯⋯髪伸びたわね。まあいいわ、好きにしてくれて。レナが連れてきたのなら、大丈夫でしょ。⋯⋯誰かを連れてくるなんてなかなか無いけれど」

「多分誰かを連れてきたことなんて無いですけどね」

 

よかったですね…私がさとりじゃ無いとは思われなかったようだ。だけどこうして2人を見ているとやはり姉妹なんだなと思える。

 

「では、これにて失礼しますね」

許可ももらったのだからもういいでしょうね、さて…部屋を出ますか。もちろん窓からですけど……

 

「ちょ、ちょっと。開けないでよ? 太陽とか本当に苦手なんだから。当たらなければどうということないけれど」

「⋯⋯⋯⋯」

そういえば、外から帰ってきてそのままだからフードを被っているレナータさんと違いレミリアさんは丸腰でしたね。

「え……退室するだけですけど」

窓からはやはりダメらしい。どうして窓から退室してはいけないのだろうか。

 

「ちゃんと扉から出なさい。レナ、貴女の客人なんだから最後まで面倒見てなさいよ」

「最初からそのつもりですけどね。ではさとりさん。異変解決、行きます? 心当たりが一つだけありますよ」

 

「心当たりですか……分かりました」

心当たりがあるのであれば行ってみる事にしよう。紅魔館に来たばかりだけれど…

「では白玉楼へ向かいましょう。この手の異変の黒幕そうな胡散臭い⋯⋯いえ、賢者の妖怪の友人がいますからね、ええ」

ああ…胡散臭い妖怪の友人ですか……確かに彼女なら何か知っていそう。知らないようなら……諦めるしかないでしょうけど…

「なるほど……紫の友人なら知らなそうで知っていそうですね」

赤い廊下をレナータさんに続き進んで行く。

家の中も真っ赤って慣れませんね……とかなんとか思っていれば、いつのまにか屋敷を後にし、空を飛んでいた。

かなり無意識に任せて歩いていたらしい。

「あ、そう言えばあなたの能力ってなんなのですか?」

そういえばまだ聞いていなかった。教えてくれるかはわかりませんけれど…

「ありとあらゆるものを有耶無耶にする程度の能力ですよ。私が触れたものの存在を有耶無耶にします。まあ、使える機会は限られてますので、主に使うものは召喚などの魔法です。ほら、魔法少女ってカッコよくないです?」

振り向いた彼女が大真面目にそんなことを言う。

能力のことはともかく後半は一体……魔法少女ってかっこいいですかね?だいたいバッドエンドしかない気がするんですけど。

「それって境界も意識と無意識の境も結界も有耶無耶に出来そうですね。それにしても魔法少女ですか……結末が残酷なことになる確定…」

「そこまで試したことはありませんが、私の能力は有耶無耶にしても有るものと無いものは変えれないので、難しいかもしれません。

魔法少女でわがままなら願いを叶えやすいと聞いたので、きっと大丈夫ですよ」

ものすごい不安なんですけど。その根拠のない自信でむふんみたいに喜ばないでください。その笑顔が裏切られた時が怖いです。

「難しい能力ですね。そう言えば魔法少女で思い出したのでけど……僕と契約して魔法少女になってよ」

ちょっとだけ言ってみる。多分記憶があるのなら…多分反応するだろう。

「魔法少女(自由な)ならいいですよ。というかその白い生物だったりステッキだったり、その手にはろくな方がいません⋯⋯」

まあ確かにろくな奴いませんね。

「うーん……まあいいです。それで、白玉楼まで後どのくらいですか」

 

「ぶっちゃけ転移系統の魔法があるので地面とかあれば一瞬で行けますよ。冥界は異世界みたいなものですが、結界が緩いせいか行けるようですので」

それ今言います?飛び始めて結構経ってますよね?

「それ……移動中に言います?なんかここまで移動した気力が一気に反動でくるのですけど」

ジト目で睨みつける。なんとなくだけれどこの子うっかりさんなのだろうか。

「ほ、ほら、空を飛ぶのって気持ちいい風を感じれてイイジャナイデスカ」

途中から口調がおかしくなってるし目線が泳いでますよ。

「あまりしたくないのですが……想起してもいいですよねってかさせなさい。色々見てあげますから」

黒歴史とか色々とね……

「ヤメテクダサイ」

こっそりと出したサードアイが申し訳ないという気持ちが一瞬だけ捉える。一応反省しているようですし…やめましょうか。

「冗談ですよ。それにこうしてのんびり景色を見るのも良いですからね」

眼下に広がる幻想郷の景色に感動しないなんてアホだろう。

まああまり私のいた世界と変わらないのですが…やはり自然は変わらないんですね。

その事に安心する。

「⋯⋯今の幻想郷と昔の幻想郷って、やっぱり違います?」

 

「あまり変わりはないですけど…こっちの方がどことなく賑わいがあります」

あの世界はまだ色々と未熟なことが多いから…こうして飛んでいるだけでも違いが見えて取れる。

「そうなのです? ⋯⋯あ、そろそろ着きますね。白玉楼」

レナータさんが指差す方には何やら穴のようなものが空に空いている。あれが冥界への入り口なのだろう。半透明ななにかがそこから出入りしているのが少しだけ見える。

そこに突入してみれば、急に足元に地面が出てくる。いや、冥界に入ったから空間認識が変わったのだろう。

視線を前に戻すとそこには扉が一枚ある。

「冥界に続く扉⋯⋯あれは開かず、上を飛び越えるらしいですけどね」

 

あれ飛び越えるんですか?なんかちゃんと潜らないといけないような……

「勝手に入って大丈夫なんでしょうか…庭師に斬られそうなんですが」

絶対斬ってくるだろう。

「大丈夫ですよ。妖夢とは何度か会って──」

安心したレナータさんが一歩踏み出した瞬間、視界に動くものが入り込む。

「斬り捨て御免」

突然現れた銀髪の子がレナータさんを斬りつける。

 

「うわっ、危なっ⁉︎え? 幽々子さんって知り合いでも斬るように言ってます⁉︎」

回避は出来たようだけれどバランスを崩したのかその場に転んでしまう。スカートが翻り下着がちらっと見える。

ふうん…白か。

「言っています。⋯⋯あれ、そちらの方は⋯⋯初対面の人ですね」

どうやら目標が私に変わったらしい。

それにしてもいきなり斬りかかって来るなんて…恐ろしい庭師ですね。

「訳あって素性は言えませんが……妖夢さんここを通してくれませんか?さもなければ斬る」

抜刀。刀とはいえ短刀…妖夢の持つ剣とではかなり不利。だけど邪魔するならこっちだって容赦しない。

「いいでしょう。⋯⋯通していいかは、斬れば分かります!」

妖夢が刀を再び手に取り、構える。

斬り合いになるのですね…仕方がありません。

「斬っても分かりませんから! というか落ち着いてください、争い事はできる限りおやめください」

もう争いを回避できるタイミングは過ぎているのですよ。

「ちなみに斬るのはレナさんの服です。妖夢さん……」

なんで彼女の服かって?なんとなくですよ。もちろん冗談ですけどね。

「後レナさん、もう少し丈の長いスカート履いてくださいよ」

その丈の短さじゃなんだか落ち着かないです。

 

「何故私!? それとフランからパク⋯⋯借りているものなので、これ以上長いスカートはないですね。必要とあれば作りますけど」

なるほど…フランから一生借りてるのですね。別に良いですけど…

 

「⋯⋯変な人達ですね。でも通しませんよ。幽々子様から許可が降りない限り⋯⋯」

 

「あらあら〜。吸血鬼の妹に地底のお嬢さまじゃない。どういったご要件でここへ来たの〜?」

妖夢の言葉を遮って屋敷の奥から幽々子が歩いてくる。口元を扇子で隠しているせいで表情が読み取れない。

なるほど…厄介だ。

「……」

刀を収める。争う理由もなくなりましたからね。

「初めまして幽々子様。少しお話がありましてこちらに参りました」

「あらそうなのなら部屋に入りましょう」

 

「幽々子様⁉︎」

 

「妖夢、お茶お願いね」

レナータさんいつまで座ってるんですか。

 

「⋯⋯いつも思いますが、緩いですね、警戒とか色々」

立ち上がりながらそう問いかけるレナータさん。何度かここにきたことあるのだろう。

「あら。どうかしたかしら、レナちゃん?」

「あ、いえ⋯⋯」

幽々子の問いかけに言葉がどこか泳ぐ。優柔不断……いや、あの反応は苦手なのか。

 

「仕方ありません……今回ばかりは見逃します」

妖夢が渋々退散する。無駄に刀の錆が増えなくて良かったです。

そういえばレナータさんって…

「……レナさん白でしたね」

 

「そういうあなたは何色なのかしらね。すごく気になるわ」

そう答えたのは幽々子さんだった。

レナータさんはいまいちピンときていないのかはてなを浮かべている。

「幽々子さん、知らなくて良いこと沢山ありますよ。私みたいに知ってしまう体質じゃないのなら知らない方が良いですよ」

 

「え? 白は清潔を表すとか言うらし⋯⋯ふぇ⁈ いつの間に!というか見ないでくださいね!ご、ごほんっ! ⋯⋯本題に入っていいですよね? さとりさんももう何もないですよね? いえ、(調べ)なくていいですけどっ」

あたふたするレナータさんがなんだか可愛いと感じてしまう。あそこまで表情豊かにあたふたするなんて…うん。変な気分になってしまいそうです。

 

「え……私は服の色を言ったのに……なんでそんなに慌ててるんですかねえ」

 

「え……ぐぬぬ……」

そんな怒らないでくださいよ。後屋敷に入るんですから靴脱いで…あ、妖夢さんお茶、速いですね。

ってなんかすごい溢れてるのですけれど…どれだけイヤイヤ入れたんですか。

「まあ良いです。それでは本題に入りましょうか。幽々子さん、単刀直入に聞きますけど…空間を歪めたりすることに心当たりはありますか?」

 

「紫がそういうの得意だった気がするわ。でもどうしてかしら?」

すっとぼけているようにも見える表情のせいで知っているのか知らないのか全然わからない。

「あまり私に能力を使わせないでくださいね……分かっているのですよね。でなければ私がさとりだとどうして気がつくんですか?」

私はフードをかぶっていたし目だって隠していた。なのにどうしてわかったのだろう?

「あらあら。もう少し可愛い顔した方がいいわよ〜。でもね、今回は本当に私は関係ないわ。これは本当よ」

 

「……幽々子さんが本当に知らないのは信じます。取り乱してすいませんでした」

本当に知らないのだろうし知っていても言うはずがないか……だとすれば悲しいかなここまでだ。

出されたお茶を一口飲む。あれ?一緒に出されたはずの茶菓子は一体どこへ……

「いいのよ、別に〜」

幽々子さんが一人で頬張っていた。

「まあ、幽々子さんって怪しさ全開ですし⋯⋯あ。

でもそうだとしたら一体何のせいで⋯⋯」

 

「私は分からないけど紫に聞けばいいんじゃないかしら」

完全に他人事となったためかお菓子を食べれて満足そうな笑みを浮かべそんなことを言う。

「紫に……ええ…彼女の方に借りを作るの嫌なんですけど…なるべく打てる手を打ってから相談したいです…」

紫とは友好関係にはあったけれどこの世界ではそうもいかない。それにレナータさんがこんなに優しいだけで紫が優しいとは限らない。

「あらそうなの? まあ頑張りなさい。応援しているわよ」

あの……飲んでるそれはレナータさんのお茶ですよね。まさか全部飲む気ですか⁉︎

 

「⋯⋯本当にここではないみたいですし、仕方ありません。一度帰って作戦会議ですね。時間も遅いですし。あてが外れてすいません、さとりさん」

レナータさん…頭を下げなくてもいいのに。

「いえ、あなたに非はないですよ。幽々子さん突然尋ねたりしてすいませんでした」

 

「気にしないで〜こういう時くらいしかおかし食べられないから」

 

「幽々子様、それは客人用のお菓子だからですよ」

妖夢に刀を向けられる。早く退散してくれという意思表示なのだろう。決して主人を斬ろうとしているわけではないはずだ…しかも白楼剣で…

 

「お邪魔しました、です」

 

白玉楼の綺麗な庭と遠くにちらりと見える妖怪桜を見納めとして観覧して屋敷を後にする。

何回も見る光景ではないですが言葉に表せないほど美しいものですね。

 



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番外編 時と空間って違うようで似ている 中

「そういえば私の泊まる部屋ってどこですか?」

私は困惑していた。

白玉楼から紅魔館に戻ってきたは良いのだが居場所がない。

わたわたと動く妖精メイドに見たことない子が複数名…その中で私だけすごく浮いてしまっていた。

まあ部屋の中でもフードをかぶって顔を隠していたらそうなるだろう。

この世界で唯一頼れるのはレナータさんだけなのだと思い知らされる。

「私の部屋でもいいですし、無駄に広いので客室もありますよ。夕食も咲夜が作ってくれると思いますので気にしなくても大丈夫でしょう」

 

「そうですか…じゃあ折角ですしあなたの部屋に泊まります」

少し悩んだ末に彼女の部屋に泊まることにする。

何かあったらそっちの方が一番危険度が低い。これが異変だとすれば必ず私を狙って来る可能性もあるのだから…

 

「分かりました。枕をもう一つ用意しておきますね。あ、他に何かいるものとかあります?」

枕をもう一つ?布団ごと用意するのではないのですね…てことは1つのベットに2人で?いやいや、まさかレナータさんがそんなこと考えているわけないだろう。

それにお礼としては些細ですけど少し徹夜しないといけませんし……

「うーんそれじゃあ裁縫セットと布と糸…お願いできますか?後は空いた時間に厨房を貸していただけます?」

これだけあれば十分。

 

「大丈夫ですよ。咲夜に言っておきますね」

 

「ありがとうございます」

さてと…彼女のサイズは…だいたいこいしより少し大きいくらいですね。まあ余裕を……余裕を持って作れば隠れであっても大丈夫なはず…

 

「⋯⋯? どうしました?」

 

「いえ…なんでもないです」

あまりジロジロ見るものじゃないですね。

 

「そ、そうですか。では早速夕食に向かいます? お腹空きましたし」

そうしましょうか。お腹が空いたとかそういう感覚はあまり無いですけど食べられないわけではない。

 

 

「そういえば紅魔館って浴槽つきの風呂ありますか?」

レナータさんに続いて廊下を歩きながらふと思いついた事を聞く。

「大浴場ならありますよ。温泉みたいなお風呂場です。逆に1人でゆっくり入れるようなものはないですけど⋯⋯」

なるほど…大型のものが一つと…1人で入るものはないのか…風呂の利用には注意が必要ですね。

「大浴場はあるのですね……あ、そろそろ食堂じゃないですか?」

 

「あ、そうですね。そろそろ向かいましょうか」

 

 

何故か食事の時にレミリアさんに紹介されてレナータさんが焦ったり私が無表情で見つめていたらレミリアさんが困惑して妹2人が可愛いとにやけたりしていたけれどそこらへんは彼女達の威厳のためにあまり詳しくは言わないでおこう。

 

レナータさんの寝室に着いた後も色々とありましたが私はあまり覚えていない。きっと彼女も寝ぼけていたのだろう。

始終起きていた為害は無かったけれど…

気づけば日が昇りそうになっている。

吸血鬼が昼型っていうのも少し変な気がするけれど…まあ深くは気にしない方が良いのだろう。

それよりも朝食を作らないと…咲夜さん起きているかなあ…

 

 

「ふわっ、ふわぁぁぁぁ⋯⋯。あ、おはようございます⋯⋯」

咲夜さんと共同でご飯を作り終えて再び部屋に戻ってみれば丁度彼女が起きたところだった。

「おはようございます。あ、朝食ならもう出来ているようですよ」

そういえばエプロンつけっぱなしでしたね…外さないと……

「あ⋯⋯ありがとうございます。さとりさん、お料理や裁縫もできて凄いですね。なんというか⋯⋯良妻とかになれそうですね」

 

「良妻だなんて……妬み嫌われる能力を持つこの私なんか誰ももらってくれませんよ」

表に出てしまった眼を隠す。そもそも私は誰かに嫁ぐなんてことは出来ない。

 

「あ⋯⋯いえ。きっといつかは受け入れてくれる人ができますよ。

さて! 今日も異変探索ですかね。今日はどこへ行きましょうか」

地雷を踏んだと思ったのだろう。彼女はすぐに話題を変える。

「まずご飯を食べて身なりを整えてください」

せめて寝癖くらいは直して欲しい。後乱れてる服装も……

あ、面倒だったらこっちに着替えますか?

「服徹夜で作ったのですが……水着型普段着」

ビキニ水着のような露出の高い服ですが一応普段着で使うやつです。まあコスプレとかで良く見たことあるかもしれませんね。

「分かりました。⋯⋯お母様みたいです」

私が母親だなんてねえ……あれ、その服やはり変でした?

「って、もうそれ水着ですよね⁉︎でも夏に着たいと思いますので有り難く戴きますね。普段着としては申し訳ないですが着たくないです」

やはりそういう反応しますよね…でもそれ少し遊びすぎて壊れてるんですよ。

「弾水性ゼロですし冷水に浸かると溶けるんですけどね。まあそんな失敗作は置いておきまして、こっちが渡したいものです」

まあ本命はこっちですけど…あれはまあ…罰ゲームの時に着てもらえれば良いや。

近くの袋から取り出すのは、リボン型フリルをアクセントに取り付けた黒と、赤のラインが入ったスカートと同じく黒をベースにしたシャツただし単体で着れるようにデザインはシャツというよりドレスのような感じに仕上げている。それと赤いリボン

「え⋯⋯? あ、あの、本当に貰ってもいいのです? かなりの出来だと思いますけど」

 

「色々とお世話になっているお礼ですよ。受け取ってください」

 

「そ、そうですか⋯⋯。では、有り難く戴きますね。ありがとうございます、さとりさん」

やはりさん付けされると落ち着かない。

「普通にさとりって呼んでいただいて結構ですよ」

一瞬頰がつり上がった気がするけど気のせいだろう。

レナータさんの微笑みを見ているとなんだかこっちも嬉しくなって来る。

「⋯⋯はい、ありがとうございます。さとり。こうしてプレゼントを貰ったわけですし、元の世界までしっかりと案内しないといけませんね。では早速ご飯を食べ終えてから、向かいましょうか!」

「そうですね。行きましょうか」

 

 

 

 

 

咲夜さんと一緒に作った料理は好評だったらしい。ただし私が作ったとは公にはしていない。知っているのはレナータさんと咲夜さんくらいだ。

「さとりの料理も美味しかったです。また機会があれば作ってほしいくらい⋯⋯。あ、今日はどこへ向かいます? 正直これといったあてはありませんが⋯⋯」

正直、私が転移した以外で異変と思しきものが発生しているかどうかを調べたいので情報が集まりやすいところに行きたいですね。

「そうですね……行くとしたら人里ですかね。あそこなら情報もかなり集まっていそうですけれど」

妖怪も何人かいるわけだからそっち側の情報もある程度は入る筈だ。後観光したい。

「なるほど、情報収集ですね。苦手分野ですが、頑張ります!」

あの…レナータさん近いです。

「あんまり張り切らないでくださいね……私の存在が少しでも明るみになったらまずいですからね。後観光もできませんし……」

あまり私の存在を公にしてもらっては困る。私はこの世界では異分子ですし…最悪の場合私を狙う人も出てきてしまうかもしれない。

「あ、了解です。穏便に、慎重に、ですね。それなら得意分野ですよ」

少しだけ不安が残るけれど彼女なら大丈夫、そんな安心感があった。

「それでは……見せてもらおうか昨日言っていた転移魔法とやらの性能ってヤツを」

 

「ふふん、もちろんです。まあ、面白くもない地味な魔法ですけどね」

そう言うと彼女は小さく呪文を唱え、地面に手を触れる。触れたところに人一人が入れる程度の黒い穴が生まれる。なんだか紫の隙間みたいですね。

「この穴に落ちればすぐに人里ですよ。私は翼とか有耶無耶にしてから入るのでお先にどうぞ」

ああ…たしかにそのまま入ったら大変なことになりますからね。

「ではお先に失礼いたします」

穴を通過すると、景色が一転。赤色の部屋から人気のない細い路地に変わっていた。

少し不思議な感覚だ……でも隙間と思えばそうでもない。

やや遅れてレナータさんが降りてきた。背中に生えていた羽は消えていて、全体的な印象も人に似せているのだろう。実力者か顔を知っている者以外が見ても多分気づかれないはずだ。

 

「⋯⋯とまあ、移動は一瞬です。作るのは数秒ほどかかりますが」

それでも使い勝手は良いだろう。移動が格段に楽になるなんて…なんだか運動不足になりそうです。まあ妖怪だから大丈夫でしょうけれど。

「⋯⋯さて、聞き込みですね。人里で怪しい場所なんて限られていますが」

 

 

「そうですね…検討はある程度つけていますよ。まずは妖魔本を扱う鈴奈庵に行ってその後に茶屋で一服。その後今日行われるこころの能劇を見ましょう。ああそうだ。リボンとかがあればそれも」

目的が少しずれている気がするのですがまあ気にしない。

「⋯⋯ふふ、楽しそうで何よりです。⋯⋯少し無表情なことが多いみたいですし」

それを言われてしまうとなんとも言えないけれどこれは無表情なだけであって無感情というわけではない。

「無表情なのは仕方ないですよ。表情筋が仕事しないらしいので基本的に表情を作ることができないんです」

 

「そ、そうなのですか⋯⋯。あ、いえ。鈴奈庵へ行きましょうか。私も初めて行くので楽しみです」

なるほど…レナータさんも初めてなのですか…

「ええ、もやしにいきましょうか」

 

「も、もやし? わ、分かりました」

 

「燃やすのは冗談ですよ。取り敢えずいきましょうか」

 

場所がわからないのでぶらり寄り道しながらのんびりと…

 

だけど結構簡単に鈴奈庵は見つかった。結構目立つ建物でしたね…

「お邪魔します」

扉を開けると上についている鈴が景気の良い軽い音を放つ。

その音色に混ざって女の子の声が店の奥から聞こえる。

「いらっしゃいませー。今日はどうされましたか?」

明治初期っぽい少し洋風っぽさが入った独特の服装を纏った女の子がカウンターに立っている。どうやら彼女が小鈴なのだろう。

「本を見に来ました。なるべく空間に関する書物をお願いできますか?」

「空間に関するですか?分かりました。ちょっと待っててくださいねすぐ見つけますので」

パタパタと小鈴さんはカウンターの奥に駆けていった。

 

「⋯⋯見つけてきた本が妖魔本だった、なんて展開がありそうで怖いです⋯⋯」

不吉なことを言いますねえ…まあ多分大丈夫ですよ……多分。

「その時は燃やすだけですから大丈夫ですよ」

妖魔本に襲われたら問答無用です。

「なるほど、その手がありましたか。⋯⋯いやこの流れは全焼確実ですからやめましょう」

半焼で済ませますけど…ダメですかね?

「こちらが空間に関する書物です」

大量の本の山がゆっくりと移動してくる正直これほどの本があるなんて思ってもいませんでした。

「どっさり持ってきましたね…一部巻物もあるのですが…」

本ではなく巻物…なんだか内容を判別できるか怪しいのですけれど…

「流石にこれを全て調べるのは⋯⋯大変そうです⋯⋯」

レナータさんもげんなりしてしまっている。仕方がないだろう…

「あ…後そこの恋愛小説とQって言う作家のものも…」

「け…結構ありますけど…よければ読書用の部屋貸しますよ?」

部屋ですか。ありがたいです。

「さとり、本来の目的からズレてます。まあ、ゆっくり読みたいですし、お借りしましょうか。⋯⋯これだけの本、読み切れるか分かりませんが」

 

「大丈夫気合いで読むんです」

根拠はありませんけれど……

「心配しかありません」

 

大丈夫ですよ。こころさんの能劇までには終わりますから。というか終わらせますから…

 

 

 

 

 

「いやー沢山買っちゃいました」

結局いくつか本を買って出てきた。

本だけで既にかなりの重量ですけれどまあ良いでしょう。

それにレナータさんもかなりの量を買っていますからね。ええ…

「⋯⋯今月のお小遣い、もう無くなりそうです。って、そんなことは置いといて。ここでもめぼしい情報はありませんでしたね。これからどうしましょうか⋯⋯」

そう、めぼしい情報は見つからなかった。それが残念でもあるけれどまあ半分あきらめていたからそれほど苦でもない。

 

「こころさんの能劇見て……どこかでご飯にしましょうか」

少し気分転換しましょうか。本を読みあさっていて疲れましたし。

「あっはい。

⋯⋯まあ、たまにはこういうこともいいですね。でもこころさんですか⋯⋯。異変もまだ起きてませんし、初めて会いますねー」

異変がないから…ですか。普段から人里に来ているのなら普通に会えると思うのですけれどね。

「あまり人里には来ないんですか?」

 

「私はなかなか来ませんね。食料品などのおつかいや、妹達と買い物に来る時くらいです。まあ、たまに一人で来る時もありますが⋯⋯本当に稀にしか来ません」

「やはり……妖怪ってそんな感じなのですね……人間とはなんだか価値観が違いますね」

人と仲良くしたいと思う私とはなんだか行動が対照的だ。

やはり元人間であったとしてもそう思うのですね。なんだか人間と妖怪ってくっきり線分けされていますね。

「そうですね。私もこの人間の姿でないと怖がられますからね。特に吸血鬼は悪評高いみたいですから⋯⋯」

 

「さとり妖怪よりかはまだ良い方ですよ……世界を敵に回してますから。まあそれでも人里には結構長い合間住んでいましたけれどね」

人間側が怖がるといってもまあそれは仕方がない。だけどそれを理由に歩み寄ろうとしなければずっとそのままだろう。別に彼女がそれで良いと思うのなら別にそれでも全然良いのですが…

「せ、世界を⋯⋯?あ、あの、気を悪くさせてしまったらすいません。貴方達のことを考えていない発言でした⋯⋯」

「あ、お気になさらず。基本的にさとり妖怪とばれなければ何ら問題もないですから。ばれたら居場所消えるんですけどね」

バレた時は本当にやばかったですよ。特に逃げるのとか。後負の感情を読まないようにするのもすごく大変です。

 

「は、はあ⋯⋯。あ、なんだか賑わってきましたね。そろそろでしょうか?」

あからさまに話題を変えて来ましたね。まあ賑わって来たのは事実です。

「そのようですね……そういえばさっき屋台で買った団子食べます?」

買っていた団子を渡す。珍しく串刺し型ではないやつだったから衝動買いしてしまったものだ。

 

「戴きます。私、甘いのは好きですから」

へえ…甘党ですか…

「一個だけ激辛にしてますので」

もちろん嘘です。でもなんだか面白そうですからね。

「え、まさかのロシアンルーレットです!? い、一体どれが激辛⋯⋯」

あっさり騙されてますね。私に団子をすり替える時間なんてないのに。

「食べればわかりますよ〜まあ…わさび入れたくらいですから多分大丈夫ですよ」

 

「わさびもダメなのですよね、私。どういうわけか、味覚は見た目相応なのです⋯⋯。まあ、運試しに一つ⋯⋯」

見た目相応か……じゃあ帰ったらエクレアでも作っておきましょうかね。

「⋯⋯ん、あ。美味しいです! 良かった、当たりだったみたいですね!」

嬉しそうに微笑んでいる姿がなんだか面白い。それに…可愛い。

 

「……なかなか可愛いところがあるんですね」

思わず口に出てしまう。

「え? ど、どういうことです?」

「なんだか可愛いのでつい……あ、頬にあんこ付いてますよ」

餡子が頬についていたので舐めとる。

そのとたんなぜか顔を赤くされた。どうして赤くしているのでしょうかね。

「え、あ⋯⋯ありがとうございます。⋯⋯誰かに舐められたの、フラン以来です」

ふうん…恥ずかしいんですね。

 

「そうなんですか。あ、始まったみたいですよ」

 

そのようですね。

 

 

 

 

 

「⋯⋯能劇というものは初めて見ましたが、意外と面白かったですね」

私も初めて見ましたけれど動きの美しさときめ細やかさに見とれてしまっていた。

流石元能面です。動きだけで観客を魅了するなんて……

「ですね〜あ、だんご一個だけ残ってますけどどうするのです?」

能劇の中でも食べ続けていたらしい団子が一つだけ残っている。

食べないのでしょうかね。

「あ、食べてもいいです? いいのならもらいますね」

……もしかして私がさっき言ったこと忘れているのだろうか。別に思い起こさなくても良いのですが…それはなんだか面白くないですね。

 

「良いですよ。ロシアンルーレット……ですけど」

たった一言で思い起こさせる。思い出してくれたのかハッとして団子に視線を落とす。これが最後ということはこれが当たりと思っているのだろう。ものすごく葛藤しているのがわかる。

「⋯⋯あ。す、すいません。やっぱり止めておきます。なるほど、これが想起⋯⋯」

 

「私は何にも能力を使っていませんよ。そもそもサードアイは服の中ですし」

最後の一つを口に入れる。別にわさびなんて入っていないのだから辛くなんてない。ふむ、美味しい団子ですね。

「⋯⋯さとりって、辛いのも食べれるのですね。なんだか意外です」相変わらず疎い……というかまだ嘘だと気付かないのですか…そろそろネタバラシしましょうか。

 

「辛くはないですよだって辛いやつなんて入ってませんから」

 

「⋯⋯え? それってもしかして⋯⋯えー!? てっきり本当のことだと思ってました⋯⋯」

表情がコロコロ変わってなんだか面白い。絶対いじられ体質ですよね。

「ごめんなさいね。なんだか反応が可愛いからちょっといじりたくなっちゃって」

 

「う、うー⋯⋯。色々と悲しいというか、恥ずかしいです⋯⋯」

ふふふ…本当にごめんなさいね。

「許してヒヤシンス」

 

「むぅ、まあいいですよ。今回だけですからね」

では次は一個だけあたりということで…これならすぐ分かりますよね。

 

「そろそろ…日が暮れそうですけれど…一度戻りましょうか」

気がつけばもう太陽は建物の陰に隠れてしまい姿を見ることはできなかった。

「おっと、気付けばもうこんな時間ですか⋯⋯。そうですね。戻りましょうか」

 

再び転移魔法を使用し紅魔館に戻ってみるとレミリアさんが目の前に立っていた。

「ちょっとレナ。帰りが遅いわよ」

なんだかご立腹ですね…確かに朝出かけてから少し遅くなってると思いますけれど…

 

「あ、お姉さま⋯⋯。すいません、心配をかけてしまいました⋯⋯。次からは心配をかけないようにもう少し早く帰ってきます。⋯⋯心配をかけてごめんなさいです」

 

「気をつけなさいよ。物騒なんだから」

 

あらら…怒られてしまいましたね…うーん、お詫びでちょっと作りますかね…甘いもの。

「あ…じゃあ私はキッチン借りますね」

「待ちなさいよ。これから夕食よ?」

 

「エクレア作るんですからレミレミは黙っててください」

レミリアさんに止められそうになるけれど振り切る。

「レミレミ⋯⋯。あ、さとり。私も手伝いましょうか?」

 

「いえいえ、レナさんはまってて大丈夫ですよ」

あなたの手を煩わせるわけにはいきませんから。でもその前に…少しいたずらを…気配を薄くし二人の死角となるところをこっそり進んで後ろに回る。

 

「気配が消え⋯⋯まさかさとりってJapaneseNinja?」

面白いですね…でも忍者いませんよねここ…

 

「ドーモ…って私はニンジャじゃないですよ?」

気配を戻し相手に認識されるようにする。

何もないところから急に現れたように見えるだろう。

 

「ふぁいわ!? き、急に驚かせないでください。心臓が止まるかと思いました⋯⋯」

 

「まあ遊びはここまでにして…ではまた後で!」

 

「行ってらっしゃいです。⋯⋯気長に待つとしましょうか。

さて、夕食ですねー」

さて私もさっさと料理をしましょうか。

 

 

 

 

完成したエクレアを持ってレナータさんの部屋に行く。いやあ…腕一本持っていかれるとは…流石メイド長です。

扉を蹴破り転がりながら入室。

 

「ただいま戻りました」

「凄いダイナミックに⋯⋯。おかえりなさい。要らぬ心配だと思いますが、大丈夫でした?」

心配症ですね。料理くらいでは大丈夫ですよ。

「大丈夫でしたよ。咲夜さんに不審者と勘違いされて腕切り落とされましたけど」

でもすでに生えている。服が一緒に破れてしまったのは痛いですけどまた直せば良いのだから平気だろう。

 

「怖っ。というかそれ大丈夫ではないですよね? 見た目は大丈夫みたいですけど」

「だって再生させましたから」

そんなことよりエクレア食べましょうよ。作って来たんですからね。

 

「吸血鬼以上の再生能力ってヤバいですね。それにしても美味しそうですね。⋯⋯食べてもいいです?」

 

「もちろんですよあなた達のために作って来たんですから

 

「え? あ、ありがとうございます!ではお一つ⋯⋯とても美味しいですね。こんなに美味しい物をありがとうございますね、さとり」

食べ始めたレナータさんの表情が喜びに溢れる。作った甲斐がありますね。

「甘いものが好きって言ってたんで作ってみたのですが良かったです。記憶にもある味だとは思いますよ。好きかどうかはわかりませんけど」

 

「いえいえ。私は甘いものが大好きですから。⋯⋯うん。やっぱりとても美味しいですよ」

もう二つ目ですか。少し食べるペースが早い気がするのですけれど…

 

「レミリア達の分も残してくださいよ。ってか残してくださいね。ロシアンルーレットにしてるんですから」

これは本当のこと。普通の味のものと美味しく食べられるギリギリまで甘さを上げた外れ入りです。

「え…あ、はい」

なんだか…勘違いしてますね…流石にエクレアで辛いものは作りませんよ。

「……一個だけ激甘なんですよね。もちろん美味しく食べられる程度の激甘ですけど」

「激甘? ⋯⋯あ、ええ⋯⋯。なんだか怖いです」

深読みしすぎですよね?絶対変な意味に捉えてますよね!

「深読みしすぎですよ。美味しく食べられるレベルですからね」

「ロシアンルーレットカッコガチはたこ焼きでさっき作りました。小悪魔さんに毒味させたら……お察しください」

流石にパチェの魔法の副産物で作ったなんて言えませんね。小悪魔さんが半泣きでしたけど…

「こあ、ヤムチャしてしまいましたか⋯⋯。まあそれはそれとして。

みんなで食べる物ほど美味しい物はないですよね。⋯⋯ですからさとりも食べません? もちろん強要はしませんが」

 

「そうしますね……あ、やっぱりあまい」

自分で作ってるから分かってはいますけれど…うん、美味しいです。

「ふふふ。良かったです」

 

「自分で作っていてあれですが……そうだレミレミも呼んで来ましょう」

と言うかこれからレミリアさんの部屋に行くつもりでしたからね。

「ええ、そうしましょう。お姉さまもきっと喜んでくれると思いますしね」

 

ですね。じゃあ早速行きましょうか。レミリアさんの部屋…

 

 

 

「というわけで……マイクテストの時間だオラァ」

やはり入るときにインパクトは必要だと思うんですよ。だからこうやって突撃しても許されますよね。

 

「ひゃ!? しゃ、さとり!?急に入って大声出したらビックリしゅるじゃない!」

レミリアさん…落ち着いて喋りましょうよ。

「⋯⋯お姉さまも稀にしますけどね。ええ、稀に⋯⋯」

なんだ稀にするんですか。

「じゃあ静かに入り直しますね」

静かに入れと言われればそうするしかない。と言うわけで一度部屋を出る…ように見せかけた幻影で意識を引っ張る。

その隙に意識していない視界を通りレミリアさんの後ろに回る。

手で肩を軽く掴んで気づいてもらう。

「なっ⋯⋯」

絶句してしまったのか言葉が続かない。

「そ、そそれも怖いから!」

 

ええ…怖いですか?そもそも妖怪って怖いものですよね。

「え⋯⋯。今目の前にいたはずなのに、いつの間にかお姉さまの背後にいた⋯⋯何を言っているのか以下略。というか本当に凄いですね。主に怖さが⋯⋯」

怖いって…あなた達だって恐怖の対象でしょうに…

「……まあ良いです。とりあえすエクレア作ったのですがレミレミも一緒にどうですか?後フランさんも」

 

「エクレア⋯⋯? ふーん、さとりが作ったの?ああ、フランのところには後で持っていくから大丈夫よ。多分」

なんだか怖そうです…今渡しに行かないとなんだか……いえ忘れましょう。

「⋯⋯後で怒られそうですけどね。あの人達には」

そういえばフランさん以外にもいるようなこと言ってましたね。

 

「後これ……たこ焼きです。良ければフランさんと二人で(強調)食べてくださいね」

ちなみにこれ…さっき作るのに半分失敗したやつです。

 

「なになに?私の知らないところでおやつ?」

私の背後で声がする。このトーンは…フランさんですね。部屋にいるはずではと思うもののまあこんなこともあるのだろう。

 



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番外編 時と空間って違うようで似ている 下

「あら、フラン。起きてきたの?今ちょうどさとりからたこ焼きを貰ったから一緒に食べましょうか」

「⋯⋯⋯⋯」

レナータさん目を背けないでくださいね。怪しまれますから…まあ私は証拠隠滅をしたいだけですけど…

「エクレアもあるので口直しが必要でしたらどんどん食べてくださいね」

口直しになるかどうか分かりませんけれどね。

「わーいエクレアだ」

 

「⋯⋯怖いなあ、色々と」

「え? 何か言ったかしら?」

「いえ、何も言ってませんよ。では私はお先に⋯⋯」

レナータさんが逃げ出した。巻き込まれるのを恐れたのでしょうけれど…そんなことは知らないし私だって巻き込まれたくないのでここでおさらばしようと思う。

それに運が良ければ片方は助かるわけですからね…

「私も行きますね」

 

「二人ともどうしたのかしら…」

後ろでレミリアの声が聞こえたもののそんなものは知らない。

「そんなことよりお姉さまたこ焼き食べましょう!」

「そうね……」

部屋から出て駆け出す。ここにいたら巻き込まれますからね。

あ、悲鳴です。

 

これは…フランさんの方ですね。

そんなことを考えながらレナータさんの部屋に駆け込む。自ら罠に入ったような気がしますけれど…まあ大丈夫だろう。

「げっ、もうバレましたか⋯⋯。さとり、この場は任せますね。私は罠カード、緊急脱出とかで一足先に失礼──」

レナータさん…逃げるつもりですか?

別に逃がしませんよとか言って道連れなんてことはしませんから安心してください。

「逃げたら後で弾幕ごっこです……」

でも少しは脅しておきましょう。

部屋の扉を蹴破って駆け出す。うん、私がレミリアに追いかけられることは確定ですけれど…

「さとり!? ちょ、ちょっと、私はまだ逃げれてない⋯⋯あっ」

だがどうやらレミリアさんの頭にはレナータさんしかなかったらしく…その上逃げるのが遅いのか魔法を展開する前にあっさりと捕まっている。

「レーナー?」

「さ、さとり! 元凶はあきゃぁぁぁぁ!」

完全にとばっちりになってしまいましたね。

 

「逃げる準備に時間がかかってたら本末転倒ですよ…」

逃げるときには迅速にですよ。もちろん私も気配を薄くしてなるべく視界に入らないように気をつけている。

「あなたもこれ食べてみなさい?ちなみに私は当たりを引いたけれどフランが辛さで火を吹いてたわよ」

 

「やっぱり私の魔法、作る時間があることが難点ですね。ええ」

それ結構致命的ですよね。後レミリアさんそれ本当に辛いやつですからね。冗談抜きで…

「とりあえずおやめくださいお姉さま。死にます。辛いの食べたら死にます。⋯⋯あ、本当にやめ⋯⋯」

慈悲もなしに口に入れましたよこの方…悪魔だ…いや悪魔か。

「かっ!? あ、ああ⋯⋯わ、ぁあ!?」

 

「そこまで辛くしたつもりないんだけれど……」

そもそも私がちゃんと食べられるレベルで作ったはずですよ?何故か小悪魔さんとか倒れましたけれど…辛いものに耐性ないんですかね。

 

「むり! ほんほにむり! わひゃひ、からいのむり!」

ああ…あれはもうダメですね。レミリアさんも辞める気なさそうですし…

「ねえレナ…私思うの。少し妹を甘やかしすぎなんじゃないかって。だから後2つ食べれば許してあげるわ」

やっぱり甘いような甘くないような…そもそも残った分どうするんですか。それ8個入りですよ。

「ふぁい!? 何をしゅ!? ⋯⋯あ、かんかくがなくなってきた。これならだいじょ⋯⋯ばない! からい!」

 

しばらくレミリアさんによるお仕置きが続き、ようやく解放された頃には日付が変わっていた。

未だに口がヒリヒリするのか涙目の彼女の為にアイスを持ってきたのですけれど…

「口直しでアイスもらってきたんですけど食べます?」

 

「⋯⋯有り難くいただきます。死ぬかと思いましたよ。⋯⋯あの人になら別に構わいませんが」

 

「かなりきわどい発言ですね……レミリアが聞いたら勘違いしますよきっと」

アイスを片手に話す内容じゃないのですけれどね。

「? あ、ああ。確かに死んでほしいとは思ってないでしょうね。また怒られそうです」

いやそうじゃなくてですね…そりゃ誰だって死んでほしくないですよ。救えるものがあるなら救うんですよ。

それにしても…レミリアさんの事愛してるんですね…サードアイを展開しているので心の声丸聞こえですよ。

「……レミレミのこと好きですよね」

「はい、好きですよ。この世で一番大好きです」

あれ……なんだか私の思う好きとニュアンスが違う…どう見ても今恋愛的な方のニュアンスが心に含まれていたのですけれど…

「えっと…一緒に寝たことってあります?」

だから私はこれを質問する。

一緒に寝るでどのようなものを連想するか…それで本心を確認する。普段は使わない手ですけれど…彼女の場合は能力故に心が見えづらい。だからこうして誘導をかけないといけない。

「姉妹ですし、何度かありますよ。お姉さまと一緒なら安心して眠れます」

どうやら私の考える方の好きであっていたらしい。よかったです…普通に家族としての愛であって……

「ホッとしました…恋愛的な意味で好きってわけじゃなかったようですね」

 

「いえ、恋愛的な意味でも好きですよ。だってお姉さまは優しいですから」

それ…素で言います?しかももっと隠すとかなんとかしないんですか⁈なんかこいしも私の事そう思う時がありますけれど…

「そ…そうですか…」

なんだろう…自分の感覚がおかしくなっているのかと錯覚してしまう。でもそれは錯覚であって現実ではない…頭ではそう分かっていても錯覚というものは起こってしまう。

「そう言えばさとりもこいしがいますよね。やっぱり好きなのです?」

唐突ですね…ってアイス食べるの早くないですか?もう食べ終わってますし……

「んー…家族として守るべき存在ではありますから好きという感情で括るのであれば当てはまりますね。ですがそこに恋愛感情があるかといえばそれは否定。でもだからといって好きじゃないわけでもないし……言葉にするのが難しいですね……」

改めて考えてみればかなり難しいものだ…だってこいしは家族であって恋とかの対象にはならない。でもだからといって嫌いというわけではなく言葉に表すなら好きと言ってしまう。

「ふーん⋯⋯ちなみに私はどうです? 好きな方です?」

不意に壁を叩く音がして内心跳ね上がる。

考え事をしていた為か意識が上の空していたようです…レナータさんに壁際に追い込まれていた。あれ?もしかしてこれって壁ドンってやつではないでしょうか。

 

「…え?え…いきなりどうしたんですか?」

さっきの辛いので壊れたのでしょうか…それともラム酒入りのアイスはダメだったのでしょうか。でも咲夜さんはこれで良いって言っていたし…

「いえ、ただ気になっただけですよ。それで、私のことはどう思っています?」

あの…あの…顔が近いんですけど!しかも目が怖いです。

「あ…えっと……その…あう」

ここまで言い寄られたのは天魔以来です。

本当は抵抗したいけれどどうしてなのだろうする気になれない…いや、

気力がどこかへ奪われている。

 

どうにかしてほしいと思っているとドアの外に気配…レミリアさんのようだ。

「ちょっといいかしら。さっきはごめんなさいね。少しやり過ぎ⋯⋯えぇ!? な、何してるの!?」

ノックもなしに入ってくる上…この状況では完全に誤解されてしまいますよね…

「あ、お姉さま。何もしてませんよ?」

真顔ですけれど思いっきり私のこと襲う気満々でしたよね?

「う…レミレミ助けてください…寝とってきそうで怖いです」

「えっ!? ご、誤解ですよ!?」

どう見てもこれは誤解する以外ない状況ですけれどね!

レミリアさんも誤解してますし…

「ねえ、レナ。やっぱりもう少し話す必要があると思うのだけど」

あ…レミリアさん怒ったようです。

「ヘルプミー! ヘルプぅぅぅぅぅ⋯⋯」

首根っこを掴んで部屋から出て行ってしまう。なんだか…さっきの激辛を非常事態用に作っておきたいです。

「助かった……」

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。スッキリ寝れました?」

日が昇る頃になってようやくレナータさんは帰ってきた。

「⋯⋯うん、あ、はい。よく眠れました。永眠するかと思いましたけど⋯⋯」

ああ…何があったのかは聞きません。それに思い出さない方が良いですよ。

「それは良かったです。ほら早く準備してくださいよ」

話題を変えるために、19世紀のとある方っぽい服装を着込む。まあ英国紳士の服装なのであまりわからないと思いますけれど…

 

「あ、もしかしてシャーロキアンです? 私もですよー。って、何処に行くのです?」

あっさりバレた…なんででしょうか…普通ホームズなら鹿狩帽なはず…

「よくこの服で当てましたね。普通なら鹿狩帽の方が連想しやすいですけどね」

まあそんなことは置いておこう。多分ベッドの上に散乱しているホームズの本でわかったんでしょうね。

「ちょっと妖怪の山に突撃しようと思いましてね」

 

「妖怪の山⋯⋯? わ、分かりました。急いで準備しますね」

すぐに準備を始めるレナータさんだったが疑問が解消できないらしい。

「それにしてもどうして妖怪の山に? もしかして何か思い出しましたか?」

身なりを整えながらそんなことを聞く。

「いいえ、もしかしたら河童が空間転移装置を作れるかも思いましてね」

昨日ちょっとだけ蜘蛛の巣を作っていたらふと思いついた。異変版蜘蛛の巣…作るの楽しかったです。

「ああ、なるほど。確かに河童なら面白い物を作れるかもしれませんしね。よし、そうと決まれば向かいましょうか」

 

「そうですね。ついでですから、そこを動かない方がいいですよ。今あなたが踏んでいる床、トラップにしてますから」

いない合間に暇つぶして作ったものだけれどまさかあっさり踏むとは…

「⋯⋯え? 何故です!? え、どうやって解除をあわわ!」

パニックになってはダメです。そんなことをして余計な罠を作動させたら大変ですから。

「落ち着いてください。今床から足を話したら秒速400メートルで銀の球が壁から飛んで来ます。解除しますから余計なところを触らないでくださいね」

実際には銀色に塗装した球ですけれど……

 

「ぶ、物騒にも程がありますからね? というかいつの間にそんな罠を⋯⋯」

足元に仕掛けたトラップを解除しながらそういえば入るときにもう一つ作動させていたなと思い出す。

「あ…そういえば入り口入って4センチのところの床踏んでますね。あれも罠だったんですよ。後5秒です」

10分ほどの時間差で作動するやつでしたから忘れてました。

「え、ちょ⋯⋯は、早くヘルプです!」

完全に何言っているのかわからないけれど…

「それじゃあ行きますよ…」

レナータさんの手を取り窓から飛び出す。

「は、はひ!? ま、まだフード⋯⋯!」

あ…フード忘れてましたね。危ない危ない…危うくこんがり焼けるところでしたね。

 

「はい…時間です」

レナの部屋とレミリアの部屋の中で何かが爆発する。同時になんだか悲鳴のようなものも…

「ちょ⋯⋯後で直すの大変なのですからね!?」

少し怒っているけれど何も直すようなほどの被害はない。

「大丈夫ですよ。数分で消える粘着魔法です。被害はありませんよ」

「なるほど、それなら良かったです」

もちろんパチュリーに教えてもらったものを罠として転用したものだ。妖力代用だったけれど…パチュリーさんも面白がってましたね。

「ええ、レミリアさんが激怒するように犯人はあなたに仕立てましたのでね」

「やっぱり良くないです! 後で一緒に謝ってくださいよ。私だけ怒られるのなんて嫌ですから」

まあ、帰る時には忘れているでしょうよ。

「検討しておきます。ああ、そういえばレミレミの部屋にはもう一つ…あなたの転移魔法と似たようなものを仕掛けておきました。もしベッドから起きて右側に降りた場合食堂に転移されるようにしてます」

こっちは私が想起したもの。魔法も技もそうだけれど…一度見て覚えれば想起する分には十分です。

「それ完全に誤解されるやつですからね?はあ。帰ったらなんて言い訳しましょうか⋯⋯」

「まあ…大丈夫ですよ。そっちは私がやったと証拠を残しましたから。気付くかどうかは別ですけど」

転移先に私が作った料理を置いておきましたからね。多分気づくでしょう…

「それ絶対に気付かないフラグです。⋯⋯まあいいです。諦めましたから。とりあえず早く向かいましょうか」

「ええ、そうしましょうか。それじゃあ行きますよ」

早く行こうということで…じゃあとっておきを一つ。

「想起……」

思い起こすは…幻想郷最速の彼女。妖力の流れを調整し、想起したものを再現。実行に移す。

急加速で体が飛んでいく。

「え、速──っ!?」

景色が流れるように飛び始め僅か1分ほどで山に到着する。

 

「到着です」

急制動と衝撃吸収。

「ふぇ? あ⋯⋯ごほん。とても速いですね。地味に頭がクラクラします⋯⋯」

あっけにとられていたようですけれど…

「音を超えましたからね…さて、地上に降りましょうか」

あまり空中にいると哨戒の天狗に見つかりかねませんし…

「勝手に山に入って大丈夫でしょうか……」

殺気…真下ですね。まさかもう来たんですか⁉︎完全に今フラグに引っ張られましたよね

「おい、勝手に山に入らないでください!」

銀色の光るものが視界をかすめ、反射的に足で止める

同時に相手の姿がはっきり見える。

白髪に狼の耳…それに天狗衣装。記憶に当たるのは1名のみ…でも彼女以外にもいますからねえ…

 

「噂をすれば何とやら。本当に現れましたね。天狗さん。⋯⋯そう言えば吸血鬼異変の時に山が襲われたらしいですけど、大丈夫でした?」

危機感なさすぎですよレナータさん!

「あ…まさか貴方は吸血鬼ですか?じゃあ余計山に入ってはいけませんね」

あら、吸血鬼相当嫌われてますね…まあ相当やらかしているでしょう。

 

「えっと…それじゃあ、普通に斬り合いといこうじゃないですか」

折角、刀を構えてくれたのだ。私だって構えないわけがない。

リーチは短いですけれど…

懐に入れれば…

空中を蹴り飛ばし接近。だけど読まれていたのか抜刀した短刀は彼女の大剣で弾かれた。

「あ⋯⋯。まあ、うん。多分大丈夫でしょう」

レナータさんまさかの試合放棄ですか?じゃあ周囲見張っててくださいよ。

「……うーん…椛さん、死なないでくださいね」

「どうして私の名前を知ってるのか知りませんが…」

刀同士が触れ合い火花が散る。

相手の懐に入るために右から左からと何度も攻撃。なるべく流れるように素早く何度も…

だが椛さんも全く引けを取らない。私の攻撃をかわしつつ、隙あらば斬り込んでくる。弾幕ごっこじゃなければ相当な腕だ。このままだと増援が来るし面倒ですね…

「あ…そうそう。レナさん、4秒後に右に頭振ってください」

太陽の位置と椛の視界範囲…それにレナータさんの視界から最適な位置を出す。

「うわー。何故か螺旋を思い⋯⋯あ、了解です」

螺旋?矛盾螺旋ですか。まあそんなことは置いておきまして…

「ほいっと…」

首を振った所を光の線が通り抜ける。

少しだけ遠くに飛んだところで停滞したそれは…だんだんとしぼんでいく。

「振り向いちゃダメですよ」

警告を促し椛の視界をなるべく一定方向に固定させる。

「な…何をし……」

何って…強力なフラッシュですよ。スタングレネードの三倍前後の光量があるので相当きついですよ。

「怖いなあ⋯⋯。というか避けなかったら頭が吹っ飛ん⋯⋯まあ、それなら大丈夫ですね。死ぬほど痛いでしょうが。あ、眩しっ」

ちょっとレナータさんまでどうして巻き込まれるんですか。言ったじゃないですか振り返るなって…

「バルス…って言った方が良かったですかね」

レナータさんの手を引き地上に逃げる。目が眩んでいる合間に視界から消えれば探すのに時間がかかる…その合間にどこまで距離を稼げるか…

「うー⋯⋯。いつも目眩し系の武器を使ってましたが、今回初めて相手の気持ちが分かりました⋯⋯」

 

「まあ…たまには自分で食らってみるのも良いものですよ…えっと川はこっちですね」

川の音がする方向は…こっちですね。

「あははー、まさかそんなこと一生ありませんよ。自分で使うタイミング決めれるのですからー」

でもそんなに一つの武器を思い浮かべてしまってはどうぞ再現してくださいと言ってるようなものですけれどね…

 

「なるほど。じゃあ想起…『クラウ・ソラス』!」

妖力でアレンジしたバージョンのためソロモンの指輪は要らない。だがどう考えても燃費が悪い…なんだこれ。

 

「え、眩⋯⋯!? えぇ⋯⋯!?わ、私のもできるのですね。流石です⋯⋯」

「うーんこれは…記憶から精製したものを妖力で再現したものです」

それにしてもこれだけで相当眩しいのですけれど…なんだか太陽が近くにあるみたいです。

「できれば消してから話してください。全く見えません」

「おっとごめんなさい」

 

「ふぅ、これで見えるようになりました。⋯⋯って、私の召喚魔法も使えるのですね。やっぱり結構強いです?」

まあ…魔術はある程度理解できますからね。

「私はむしろ弱い方ですよ。今まで勝ったことある人なんて数えるくらいです」

生き残った件数なら話は違うんですけれどね。

「ふーむ。昔の方が神秘が強いとかはよく聞きますが、強い方が多いのでしょうか?それはそうとして、こんな川に河童がいるでしょうか? ここまで来たのは初めてで分かりませんが⋯⋯」

 

「鬼の四天王と玉藻の前と一流陰陽師に封印指定の怪物とか最強クラスの天狗とか…一度もガチの勝負で勝ったことないですけれどね。河童ならきゅうりぶん投げるか貴女の尻子玉あげるといえば来ますよ」

考えてみればえぐい。

「どれもヤバい人じゃないですかやだー。あ、きゅうりを投げましょう。後者はお断りします」

「きゅうり持ってきてないのですけれど……」

というわけで尻子玉プリーズですよ。冗談ですけれど…

ふざけていると私の背後に誰かが降りてくる。

振り返ったら斬られそうで怖い…

「やっと見つけましたよ!通行料は安くないんですからね」

椛さん復活早くないですか?

「あ、わんわんおです? ごめんなさい、骨も持ってきてないのです。⋯⋯でも狼だから骨よりも肉ですかね?」

怒らせてどうするんですか!レナータさん怒らせないで!

「そこの吸血鬼……どうやら斬られたいようですね」

「せっかくですしお手並み拝見」

レナータさんが蒔いた種ですからね。椛さん怒らせたら怖いんですよ?この世界でも多分……

「嫌です。それに吸血鬼じゃないですよ。⋯⋯あれです、魔女です。ですから魔法以外使えないのです。剣を収めてください」

とか言いながらも槍を召喚する。もう言ってることとやってることが違いすぎる。

 

「……私の鼻は誤魔化せませんよ。それにその槍は交戦の意思があると判断しました。よって2名とも妖怪の山の規定により処分します」

その言葉が終わるか終わらないかのところで、私の体に何かが刺さる感覚がする。

そのまま真上に引っ張られる。

赤いものが吹き出す。あれ…まさか私斬られた?

視界が地面に崩れ落ちる。だめだ…しばらく動かせない。

 

「え⋯⋯?あ⋯⋯冷静に、冷静に⋯⋯。ねえ、いくら椛でも、友人を殺したとなれば──殺すよ?」紅の目がさらに紅く、黒くなる。

「神槍『ブリューナク』⋯⋯死んで」

何があったのかはわからない。だけど剣道同士が接触する音が響くあたり…状況は良くない。

動けるようになるまで回復…幸い臓器は損傷していないから回復は早い。

「そのようなもの……」

互角に打ち合ってるようですけれど、少し椛が押され気味ですね。

なんとか立てる程度まで回復できました。

体を起こしてみれば、丁度椛さんの後頭部。

「はい、倒したからといって油断禁物」

思いっきり殴りつける。

上手く気絶してくれましたね。まあ…あまりやりたくはないですね。

頭を殴るのって危ないですから。

「あ、さとり。良かったです。やっぱり生きてたのですね。流石に殺られはしないと思ってましたし、原作キャラの子を殺すのは気が引けますよー」

さっきの声と同じなのかと言うくらい雰囲気が違う。多分あっちが本性に近いのでしょうね…まあどうでも良いことですけれどね。

「たかだか体をざっくり斬られただけじゃないですか。大袈裟ですねえ……」

「いや怖いですから。普通だと死んでますからね? いや割と真面目に」

「そうですか?今までの傷よりマシだと思いますよ。腕切られたり潰されたり脚を吹き飛ばされたり色々と…」

これくらいの傷どうということはない。そもそも臓器が傷ついていないのだから傷がそのままでも死にはしない。

「私はそこまで酷い傷は負ったこと⋯⋯あ。一度、だけありますね。でもあれは事故なのでノーカンでしょう。とか話しているうちに傷が無くなりましたね」

ああ…もう治りましたか…腕まるごと一本再生より格段に早いですね。

「傷は消えても血まみれだし服ボロボロです…着替えようかなあ…」

せっかく作ったのに…まあ必要経費といきましょう。

何故か服を脱ぎ始めた私を見てワタワタし始める。

「って、誰か見てたらどうするのです。いえ、何か起きる前に対処されそうですが⋯⋯」

そもそも誰も見てませんよ。

「誰か見ていたら…その人の精神壊します」

それにもう着替え終わりましたけれどね。

「おお、普通に怖いです。こわいこわいとか気安く言えないレベルで怖い⋯⋯。そう言えばどうします? このわんわんお。まあ放っておいても怪我はしなさそうですが。天狗の支配下ですし」

 

「……裸にして吊るしておきましょうか」

もう終わりましたけれど…服はちゃんと畳んで下に置いておきますからあまり気にしないように…あ、でも先に誰かが見つけたら大惨事でしょうね。

「⋯⋯まあ死ぬよりマシですか。可哀想ですが、お姉さまの言葉を借りるならこれが運命です」

 

なんとも悲しい運命ですこと。

椛さん以外の天狗が周囲にいないことを確認し、少し歩いたところにある川に行く。

「さて、川の近くにいるはずの河童はどこでしょう。怯えて出てこない、なんてことは流石にないと思いますが⋯⋯」

 

多分実際怯えて出てこないだけですよ。

「河童さん……出てこないと川を血で染めますよ」

軽く脅せば出てきます…出てこなかったら私の血でも流してみますか。

「ひぇぇ。わ、分かったよ。出てこればいいんだろ、出てこれば。何の用だい? 天狗なんて敵に回してろくなことないよ?」

「あ、本当に出てきた」

案外簡単に出てきましたね。

「出てきましたね。実は作って欲しいものがあるのですが……ノーと言ったら頭を潰します……とそこの吸血鬼が」

「やっぱり吸血鬼は怖いわぁ⋯⋯」

あーあー怖がられましたよ。まあ彼女が潰さなくても私が潰しますんで…胡瓜を

「そんなことしませんからね? というかできないですからね?」

 

「で? ともかく何を作ればいいんだい? 材料と時間さえあればたいていの物は作れるよ」

大抵の物ですか…じゃあ大丈夫かな?

「空間転移装置、それも任意で空間座標を設定できるやつで」

 

「訂正するよ……実現可能な範囲で」

え⁈無理なんですか?一応実現可能な範囲に入ってますよねだって紫とか空間転移できますしテレポートの魔法だってあるんだからさ。

 

「実現可能な範囲でなら無理だ! というかそんな物作れるわけないよ!」

「⋯⋯予想はしてましたが、やっぱり無理ですか⋯⋯。河童の技術力は高いと聞いたのですが」

「どれだけ凄い技術力でも限度がある!」

「うーん…戦車や戦闘機は作れるのに」

それとこれとでは違う?まあ似たようなものじゃないですか。

まあできないと断られてしまえば仕方がない。他の方法を探すしかないですね。

さてどうしようかと思ってみれば、はてはてなんでしょうねこの空間に出来た切れ目のようなものは…

 

「呼ばれてないけど私よー。あら、奇遇だわ。こんなところで誰かと出会うことになるなんて」

その切れ目が私達を飲み込みそうなほど開き中からドレス姿の女性が現れた。

「げっ⋯⋯八雲紫⋯⋯」

 

「あ、ゆかりんじゃないですか久しぶりですね」

どっちの紫か分からないので適当に挨拶。多分こっちの紫でしょうけれど…

「貴女とは初対面なはずなんだけれど…」

「おっとそうでしたねこっちの私とは接点が壊滅的でしたね」

残念。あっちの紫ではありませんでした。というか私と初対面って…そんなことあるんでしょうかね?だって古明地さとりはかなり重要なところに置かれているはずだから合わないなんてことはない。それに私という存在を恐れているはずだから忘れるなんてこともありえない。

……ああ、そういうことですか。確かに私という存在とは初めて会いますね。どうしてこうも簡単に正体見破られますかねえ…

「って紫さんはどうして出てきたのです?」

 

「幽々子から連絡があってね。妙なさとり妖怪と吸血鬼が私を嗅ぎ回っているっていうからどんなもんかとみてたのよ。まあ…あなたたちが全くそれっぽいことしてこなかったから確信がつくまで待ってたのよ」

 

とかなんとか言って…正直な話覗き見で楽しんでいたのでしょう。私の強さを測るためにわざと椛さん一人をこちらに誘導しましたね。

椛さん自身は自覚無いでしょうけれど…分かりますよ。

「えーっと面倒ごとは嫌いだから私は帰るよ」

河童の姿が消える。どうやら光学迷彩で姿を隠したようだ。だけど水面の波紋でまだいることは分かっています。

 

 

 

「あ、河童が逃げた。⋯⋯まあいいですか。なるほど。ちなみにさとりが別世界から来たらしいですが、何か心当たりありません?」

かなり疑っていますね…どれだけ紫って信用ないんでしょうか。

「ああ…もしかして結界の歪みが原因かしら…」

何かを考えていた紫がふと何かを思い出す。

どうやら少し前に結界に原因不明の歪みが発生したらしい。その際に何か別の大きなエネルギーが接触したとかなんとか。一応元に戻したらしいけれどそれを秘密裏に隠していたのだとか。

「もう確信犯じゃないですか。⋯⋯あ、それ、元に戻せたりしますよね?」

心配しなくても大丈夫ですよレナータさん。

「出来なくはないわよ。ただし同じ空間につながるか怪しいけれどね。それにしても異世界のさとりねえ……興味が出来ちゃったわ」

 

「まあ…紫とは友人関係でしたし断れませんねえ」

 

まあ…向こうの世界もこっちの世界も対して変わりはないだろう。だとすれば紫は安全ですね。目が細まってますけれど…

「紫さんの目が怖い。まあそれはともかく、戻れるという絶対の確信がないのは怖いですね。もっと安心安全な方法はありませんか?」

 

「そうね……唯一安全にいけるとすればさとりの空間的波長と一致する波長の次元を探し出すのが一番安心よ。って言ってもやったことはないのだけれどね」

扇子で仰ぎながら彼女はそんなことを言う。わたしには空間の波長だなんて分からない。

 

「ふーむ⋯⋯。こればっかりは紫さんに任せるしかなさそうですね。

これから先は分野外のようですから。⋯⋯って、そうなるとさとりとはお別れになるのでしょうか?」

ああ…そういえばそうなりますね。そう思うとなんだか急に寂しくなってきました。こっちにいる時間はあまり長くなかったですけれど…なんででしょうね。

 

「そうねえ…後1時間くらいってところかしらね」

「結構早くないですかゆかりん」

「それとも私の質問に答えてくれるなら……」

「結構です」

「後一時間⋯⋯。長いようでやっぱり短かったですね。色々と⋯⋯」確かに色々とありましたね。紅魔館でいたずらしまくりましたし。でもまあ、この世界のさとりと鉢合わせしなくてよかったです。

鉢合わせしていたらと考えると……少し恐ろしくなります。

「そうですね…」

「あ、帰る前に一言お姉さまに謝りましょうよ。というか謝りなさい」

あ、すっかり忘れていました。

「そうしましょうか…まあ怒られたら戦うので」

もちろんただ怒られっぱなしになるのは嫌ですから。私が悪いのは確定ですけれど悪いことをしたなら最後までその悪を貫かないといけませんからね。そうじゃなきゃ正義は揺らいでしまいます。

「いやだからやめてください。⋯⋯紫さん、一時間後、また会いましょう。ここに来るのは面倒なので来てくださいね」

 

「ええ、そうさせていただくわ…」

それだけ言い残して彼女は去っていった。あの人やっぱり神出鬼没ですね。

「それじゃあ帰りましょうか…」

 

「⋯⋯ですね。帰りましょうか。時間が惜しいですし、魔法で行きますよ」

レナータさんに頼んで再び転移魔法を使ってもらう。私も使えなくはないけれど…有効距離が短い。

「よっと…あ?レミリアさん」

転移した先にまたレミリアさんがいる。この人エスパーなのだろうか。

「レナ?それにさとり……言いたいことわかってるわよね」

レナータさんが思いっきり頭を下げて謝っている。だけどそこまで恐ろしいだろうか?なんだか…疑問です。

「……反省も後悔もしていません」

だからこう言わせてもらう。

「よろしいならば戦争だ」

気づけば私の目の前にグングニルの赤紫の光が迫る。

「甘いですよ…」

だけど見えているのなら対処は可能です。刀の側面で少しだけ軌道をずらす。外れたグングニルがエントランスの階段を吹き飛ばす。

「館の中で暴れないでくださいよー。後で掃除するの、私や咲夜なのですからー」

止める気ないですよね。

まあ良いです。

それじゃあ、開戦といきましょうか。

 

 

 

 

「⋯⋯あれ、本気になり過ぎでは⋯⋯?」

弾幕というよりほとんどグングニルと私の剣とでの斬り合い。その余波で紅魔館は半壊していた。主にエントランスと二階の一部…

でもまあ…そろそろやめましょうか。攻撃を弾くだけの一方的な戦いはもう面倒ですし…

「降参です」

私から引けば良いだけですし。

「はあ、はあ⋯⋯少しはやるじゃない」

あの……すごいボロボロなんですけれど。私そこまで攻撃らしい攻撃してませんよね。

「いやもう⋯⋯。面倒なので何も言いません。というかお姉さま、さとり、もうすぐ帰るかもなのですよ?」

「あ、え? そうなの?」

そういえば言い忘れてましたね。

「ええ、帰れる採算がついたので帰りますね。あ、今度行くわっていうのは無しで。それに『私』はこの事を体験していませんから…そう考えると『私』に悪いことしましたね」

 

「どういう事?」

「レミレミには言ってませんでしたね…詳細は妹さんからお聞きください」

説明するのが面倒です。

「そ、そう⋯⋯分かった、後で聞くわ」

それにしても世話になりました…お礼は…今朝作ったケーキで。

 

「⋯⋯これでお別れなのね。まあ貴方にも大切な人がいるでしょうから、止めはしないわ」

「ええ、守るべき家族がいますからね…あ…そういえば今レミレミが立ってる床…咲夜さんとトラップしかけたんで…気をつけてくださいね」

最後の最後だけれどレミリアさんが立っている足元の床がなんだったのか思い出す。

「ちょっと最後のお別れでそれはないんじゃない!? ってか咲夜ー! 貴方まで何やってるのよー!」

魔法陣が展開してレミリアの姿が光に飲まれる。

「⋯⋯最後まで相変わらずですね。どっちも」

どっちもですか?少なくとも私ではないとして誰でしょうね?

「罠は…フランの部屋に直行する転移魔法です。さようならレミリア。また会おう」

 

「⋯⋯ええ、色々とありがとうね、さとり」

 

「さて私はもうそろそろ行きましょうか…」

壊すだけ壊してなんだかあれですけれど…

「ちょ、壊した物くらい直し⋯⋯まあいいわ。今回くらい、大目に見てあげるわよ。じゃあ、また会えたらいいわね、バイバイ」

ええ…また会えたら……会えるかなあ?

「……ふう、それじゃあレナさん…私も行きますね…」

すごく名残惜しいですけれど…名残惜しすぎてなんだかホームシックがどこか行っちゃいましたよ。元からないだろって?ありますよ私だってホームシックになりますよ。なっても忘れますけれど……

 

「⋯⋯ええ。そうですね。もう時間ですものね。⋯⋯最後まで楽しかったです。本当に、楽しかったですから、また会いたいです。⋯⋯でも贅沢は言いません。いつか会えるといいですね。会いたい、というのが本音ですが」

「ええ、こちらこそありがとうございました。可愛い転生者さん」

隙間が現れる。どうやら入れという事だろう。

「はい、バイバイです、さとり」

 

「ええ、今度は馬車を立ててお迎えに上がりましょうレナータ・スカーレット。それまでしばしの別れです」

すごい芝居掛かった台詞だとは思うけれど…まあ仕方がないだろう。

「ふふ、ええ。お待ちしてますね」

隙間が閉じて彼女の姿が見えなくなる。

その代わりに紫の姿がぼやけながらも視界に入る。

「それじゃあ…帰りなさい。あなたの家へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一年後

 

一体どれほどの長い合間待ちわびたことだろうか。私は晴れてこの扉を叩くことができる。

「あ、はーい。誰ですー?」

中から懐かしい人の声が響き、扉が開かれる。

「やっほー!迎えに来たよ!」

馬車とこいしに意識を逸らしつつこっそりと後ろに回る。

 

やはりこればかりはやめられそうにない。

だから私は真っ赤な髪の毛に手が触れないように彼女の肩を叩いた。

 



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番外編 IFさとりの姉

今回は、かくてるさんの「ハートだよ!覚り三姉妹!」とのコラボになります!


 

 

そういえば、姉さん。

私の言葉に、姉である彼女はわずかに反応する。

 

なんだい?

 

無言ではあるけれど、姉さんが何を言っているのかは分かる。

サードアイを使えばもっと楽に読み取れるのだろう。だけれどそれをする事はない。それはただ、私が臆病なだけだった。

 

「……姉さんはどうしてそんなに強くいられるの?」

よくこいしからかけられていた問いだ。

この質問を私もしてしまうとは…なんだか姉妹らしい。

こいしは今隣の部屋で寝ている。

眼を隠す私とは違い、目を閉じなかったこいし。だがその代わりにこころが壊れかけている。

「さあ?でも私は強く無いよ。さとりの方がよっぽど強い」

 

「そうでしょうか……」

人間である事を捨てきれず種族のプライドすらへし折り彼女達とは違い地上で生きる私は…強くなんかない。結局私自身が人間では無いことを認めたくない……存在から逃げただけだ。

「うん、私やこいしと違って…地上で生きることを選んだんだからね」

 

それはただ、私を縛る記憶が邪魔をするだけだ。

だけれどそんなことは言えない。いや、おそらく姉さんは知っているだろう…

それでいて私を家族として見ている。家族とかって一体どうやって決まるのでしょうね…無意味な問いはどこかへ消える。答えなど望まぬそれは果たして……

 

 

古明地しんり、それが私の姉さんの名前だ。

実際には姉さんではなく、生まれたばかりの私が偶然にも見つけ出した同族の子なのですけれどね。

それがなぜ姉さんなのか…それは彼女自身が古明地しんりという別世界の古明地姉妹の姉だと言ったからだ。

最初は耳を疑ったが私という存在のこともある。嘘だと断言することは出来なかった。

 

結局、私は彼女の言うところの、次女古明地さとりとして生きていくことにした。

 

三女であるこいしが私達の元に来るのはそう時間はかからなかった。

原因は私だったりするけれど、今ではあの判断は後悔していない。

していないはずだった……

 

こいしの心が半分壊れたとの連絡を受け地霊殿に舞い戻るまでは……

 

幸いにも第三の眼は無事だった。

だが精神の方はもうダメだったようだ。

そんなになるまで気づかなかった私は姉失格だろう。

 

 

 

「……さとりはさ…どうして私を姉だと思ってくれるの?」

いつのまにか私の目の前に姉さんの顔があった。

「いきなりですね」

 

「なんとなくね」

 

なんとなく…か。さて私はどうして彼女を姉と認めたのでしょう。

彼女の言葉だけが全てなのだ。それを否定してしまえばこのような関係にはならなかったかもしれない。

「きっと……私も貴女と同じなのかもしれません」

結局独りが嫌なだけなのかもしれない。

「それは……どういうこと?」

 

どういうことでしょうね。

「2人とも一緒だよ」

私としんりのものではないもう1人の声がする。

 

「「こいし⁈起きてたの?」」

2人揃って驚く羽目になる。

「うん!さっきから聞いてたよ」

みた感じはいつものこいしと変わらない。だけれど、なにかが根本的に変わっている。

「その…大丈夫なの?」

姉さんがこいしに真っ先に近寄って抱きしめる。

「うん…だけどなんか変な気分だけど」

 

「変な気分?」

やはりこいしもなんらかの不調を持っているようだ。

「うーんと……もう1人誰かいるような…でもそれは私と同じだからもう1人ってわけでもない…なんて言えばいいのかな?」

 

「姉さん分かる?」

 

「多分…多重人格ってやつかな……確証がないし私は専門家でもないけれど」

 

多重人格か……それでもこいしが無事だっただけ良かったわ。最悪あのまま寝たきりになる可能性も覚悟してと言われてたらしいし。

「でもこいしが無事で良かったわ」

 

「大袈裟だなあ。さとりお姉ちゃんは」

 

「いやいや、普通だと思うよ?」

 

「そう?しんり姉もさとりお姉ちゃんも心配性だなあ……」

 

普通、家族がこうなったら心配するから。

しないようならそいつの首折りますんで、はい。

え、しんり姉さんどうして私から離れるんですか。ちょっと傷つくんですけど…こわい?

 

怖くないですよ。ねえ……

 

「さとりお姉ちゃんって時々素で怖い事あるからねえ……それも記憶のおかげ?」

 

「……こいし?」

まさか…私のこの記憶の事…分かっていたの?

 

「記憶?さとり、何か隠してるの?」

 

「さあ?でも知っていても知らなくても大して変わるものでもないしあったところで特になんだと言うものでもないから」

 

「じゃあいいや」

あっさりと姉さんは手を引いた。あまりにもあっさりすぎて少し肩透かしです。

「……言及しないんですね」

 

「だって言及してもしなくても結果は同じだと思うからさ」

結果は同じ……確かにそうですね。

 

「ねえねえ、私お腹空いたんだけど」

 

「そういえば今日は姉さんだったわね」

 

しんり姉さん……お願いね。

 

 

 

 

 

 

 

「海に行こう!」

 

毎年暑いこの季節。青々と繁った草木が心地よい風を運んできては汗ばんだ体を冷たく撫でていく。

それでも深くかぶったフードの中の温度はあまり変わらず…気休め程度にしかならない。

 

久しぶりに地上にやって来たこいしとしんり姉さんと山を散歩をしてみれば何を思ったのかこいしが突然にそんな事を言い出す。この真夏の山を見てどこに海を見たのか…

 

「海なら昔行きましたよね?」

 

「アレは飛んで通過しただけじゃん!それも真冬の日本海なんて泳げないし寒かったし天候悪いし!」

「そういえばそうだったね…私も海に行きたいなあ。ねえさとり」

そう考えてみれば海なんて行ったことなかったですね。

でも出来れば川で水浴びするくらいに抑えてほしい。

決して嫌というわけではない。ただ、準備とか色々と大変なのだ。それに海まで普通にいくと時間がかかる。

まあ、こいしの件が片付くまで少しゴタゴタしていましたから気分転換には良いでしょうね。

「……あ、ちょっとさとり。この先は天狗の領域だよ」

姉さんにそう言われてふと我に帰る。

気付いたら白狼天狗の家がある区画に入り込んでいた。

普通なら引き返すべきだろうけれどわたしにはある事を閃いた。

ちょうど良いですね。

 

「……柳君の所に寄りますか」

これで時間の問題は解決できそうです。

「柳君って誰?さとり」

 

「天狗の友人です」

「え……さとりに友人がいたなんて驚き」

「姉さんよりはマシです」

「よしさとり、お姉さんちょっとキレちゃったぞ。あっちに行こう」

 

天狗の領域で暴れちゃダメですよ。全く…

私の方に手をかけるしんり姉さんを軽く払い、柳君の家に向かう。

 

勿論、彼も海に行きたいと思っていたらしい。

すんなり海に行くことは決まった。

 

 

 

 

 

 

さとりの提案で海に行くことになった。

普段から地上で生活している彼女は交友関係が多岐にわたっていて時々羨ましい。

まあ…隙間妖怪に目をつけられていたり散々なことも多いとか。

それでも海に遊びにいくなんてなあ……確か前に勇儀さんが水着っぽいやつをくれた気がするんだけど…あれはどうみても「こすぷれ」に使う水着であって普通のものじゃない。

まあ…仕方ないから持って来たけど。

だけど柳って言う白狼天狗に連れられて海に到着してから早速異変が起こる。

「ちょっとまって、まさか着替えないでそのまま行くつもり?」

さとりが持って来た荷物を置いて海の方へ歩き出す。何故かこいしもそれに追従している。なんだか嫌な予感がしたから呼び止めたけど…まさかね。

「違いますよ。ちゃんと服は脱いでいきます」

「私は下に水着着てるから」

何言ってるんだと言わんばかりの表情でそう答えが返ってくる。だけど今日1日の行動をある程度把握していればこいしはともかく、さとりが下に水着を着ているなんて可能性はあっさり排除される。

その事を指摘したらいきなり脱ぎはじめた。もちろん下は水着ではなく下着だけど…

「裸で遊ぶつもり⁉︎」

「下着で遊ぶつもりだけど…」

「不味いから!さとり、それは絵面的にまずいから!」

必死で止めるしかない。

まあ確かに水着なんて持っていないし仕方ないかもしれないけれど…それはそれでやめてほしい。なんていうか見てられない。

それに帰りのときどうするのだろう…だってさとりが下着の替えを持って来てる様子がないんだもん。

「えっと…いくつか水着持って来てるけど…」

勿論私も水着なんてないからこれらの中から着ないといけないんだけど。なんだか裸より辛くなって来たかも。

「私は遠慮します…あ、じゃあ2人で楽しんでください」

さとりはそういうけれどそれに不平を漏らす妹がいた。

 

「じゃあなんで海来たのさー!海岸線だけで満足するのーー?」

 

仕方ないんじゃないかな…いくらなんでも裸で遊ばれても困るし服着たまま遊ばれても後が大変だし。

「柳君は……」

 

「一応持って来てるぞ」

褌じゃんそれ…

 

 

 

「……こいし。ちょっと時間くれるかしら?」

 

「お姉ちゃん?」

さとりが何か考えはじめたかと思ったら急に荷物を漁りはじめた。

まさかさとり…ここまで来てやるつもりなの?別にいいんだけど……

「じゃあしんり姉遊ぼっか」

 

「え…ああ…うん」

すごく気がひけるんだけど…さとり…空気を読んで私の分も作って欲しいなあ……

え…だめ?うう…わかったよ。

 

 

「しんり姉!早く出て来てよ」

こいしの急かす声がする。だけどいざ着てみたらやっぱり恥ずかしい。

持って来ていた水着の中で一番まともっぽいやつを選んだつもりなんだけど…

 

「なにこの水着…」

 

布面積は小さいってわけでもないんだけど…なんか大事なところの布面積だけが妙に小さい。

ビキニ型に近いけどスカートのような飾りと少しひらひらとしたものがくっついてはいる。だけど水着の横の部分は金属の輪っかで繋がっているだけで横が落ち着かない。

それにちゃんと隠せている部分がマイクロビキニレベルであってそのほかは軒並み濡れると透けるときた。

「何してるのしんり姉」

こいしは私のサードアイと同じ白いワンピース型の水着を着ている。

それが逆に海に違和感なく馴染んでいる。

 

まあ……ここまで来ちゃったんだしもう腹をくくろう。

 

思い切ってこいしの方に行く。

足に飛びかかる水飛沫が冷たくてそして擽ったい。

海中に入った部分が余分な熱を吸い取られて、涼しくなる。

なんだかさっきまでの事がバカらしくなって来た。

 

しばらくの間水飛沫が上がる音、こいしと私の声が響く。

 

そうしていると、ふと近くで誰かの気配を感じる。

「随分楽しそうね」

 

振り返ってみれば、そこには水着をしっかり着たさとりがいた。あの短時間で作ったらしい。

水色のセパレート型。だけどビキニではなくあくまでもお腹の部分だけが見えているタイプだ。私とは違って露出があまり多く無いしフリルがやや多いせいなのかこいしの水着に近い。

というかこいしの水着もさとりが作ったんだよね?布の縫い目とかに出てる癖がさとりの癖と一緒だもん。

「さとりお姉ちゃん似合ってるじゃん!」

「こいし、ありがと……しんり姉さん……その……」

 

「言わないで、今更なんだけど恥ずかしくなって来たから」

 

この中で一番派手なのは多分私…うう…こんなんならさとりに作ってもらうんだった。

裁縫の腕は私やこいしよりあるんだし……

「……微笑ましいな」

顔をあげれば真上にいた柳さんと目が合う。

向こうは海で遊ぶ気はあまり無いらしくいつもの天狗装束だ。

 

ってそのカメラは一体なに?

「さとり、あのカメラは……」

 

「文さんに頼まれたらしいわ」

へ…へえ……まあ、悪用しないなら撮っても良いよ。

それにしても水着になってみるとわかるけどさとりもこいしも少し大きくないかな…

気のせい…気のせいだよね!

「……勝った」

だけど現実は無情だった。

「さとり…私おこだよ」

何でさとりやこいしより成長しないんだろう……悲しくなって来た。

「計画通り」

その悪い顔をやめなさいこいし。それに計画なんてしていないでしょ。

 

「……さとり」

 

ん?柳さんどうしたのですかね…さとりに声なんてかけて。やっぱり一緒に遊びたかったのでしょうか。

「あ…ごめんなさい。ちょっとあっちの方行ってくるわ」

 

「なになに?秘め事?」

 

こいし!それは事実でも言っちゃダメだってば!

「違うわよ。ちょとした野暮用よ」

無表情のままさとりは何処かに行ってしまった。だけどその数分後、ちゃんと戻ってきた。あんな短時間なら何も問題はないかと思いなおす。

その後も、さとりを入れて三人で海を遊びつくした。

それにしても他に妖怪が来なくてよかった。

でも……

「ねえ、さとり」

 

「どうしたの姉さん」

 

「少し血の匂いがしないかな?」

 

「ああ…そういえばそうね」

 

さとりはずっと表情が変わらないから何を考えているのか読み取り辛い時がある。でも大抵そういう時は無理に聞かないようにしている。聞いても教えてくれないっていうのが本音だけど…

「まあいいか!今日は誘ってくれてありがとね」

 

「ほんとだよ。誘ってくれなきゃ今頃プールだったよ」

こいしが少し不満を漏らすけれどプールだって悪くないと思うよ?

まあ海には敵わないけれどね。

 

 

「ふふ…良かったです」

 

本当はさとりが姉の方が良かったなあ……なんてね。



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番外編こいしだってたまには頑張る…いや、これは頑張るの方向が違う気がする

こいしちゃんのパーフェクト殲滅教室

 

 

お姉ちゃんとお燐が消えてから1年、今の生活もようやく慣れてきた。

慣れというものは恐ろしいと肌で感じることになるなんてね…

 

まあ言うてそんなことをたらたらやっている場合じゃないんだけどね。

圧倒的力があるわけじゃないけどお姉ちゃんは山の妖怪達にとって敵に回すと脅威だってことが知れ渡っている。だからずっとこのことは秘匿しておいたのに…

なんでかなあ……どこかから情報が漏れた。

お姉ちゃんが失踪している事実を知っているのは結構限られているから…誰が漏らしたかの検討はつく。

だけど炙り出している暇がないんだよねえ…だってお姉ちゃんへの恐怖が押さえつけていた分、暴れだすのは早いしなんか派手。

 

その上、賢い。

 

「もう一度言うけど…お空を離してくれない?」

 

お姉ちゃんの家族を盾に取れば天狗も言うことを聞かざるおえない…確かに考えたね感心感心。

でも天狗がいうこと聞く可能性は低いと思うよ?利用価値少ないし……まあ、私がさとり妖怪だってバレてないから表立った反発とか迫害が無いだけお世話になっているんだけどね。

 

目の前でお空の首に爪を立てている妖怪に意識を戻す。

結構な人数で攻め込んだ割に、お空がボコボコにしちゃったから残ってるのは彼を含めて数名。

だけど完全に形勢が逆転しちゃってるのはきついなあ…

うん、余裕そうな思考だけど全然余裕ないや。

 

「黙って言うことを聞けば解放してあげるぜ」

 

「ダメです!こんな奴らの言うこと聞いちゃ!」

 

「あんたは黙っとれい‼︎」

 

ちょっと怒鳴らないでよ。耳障りを通り越して公害だよ公害!

後でその口縫い合わせてやる…

あ、後お空時間稼ぎありがと。なんとか召喚間に合ったよ。正確には召喚じゃなくて入れておいたものを引っ張り出してるだけなんだよね。

「ともかく、協力しろ。OK?」

 

「OK‼︎」

手元に出現させた拳銃を迷わずぶっ放す。

お空を押さえつけている…獣人みたいな妖怪の体が吹き飛ぶ。ちょっと威力高すぎたかなあ…でもお空に当たらなかったし良いか。

 

直ぐに態勢を立て直したお空が残る敵に向かって突進。

でも怖気付いたのか逃げ始めた。

 

「お空、倒しちゃダメ!」

 

「でも…」

 

「増援を送ってくるなら徹底的に叩く。そうじゃなかったら見逃してあげて…もう戦うことの意味は無いから」

 

今回はあまり被害も出てないしこのくらいで手を引いておかないと引き際がなくなって泥沼になっちゃう。一度振り上げた拳は早いうちにしまえってお姉ちゃんも言っていたし。

 

「でもあいつら協力しろって…」

 

「私を利用すれば山の中でも良いところまで行けると思ってるんだよ……」

 

そんな事は一切ないはずなんだけどねえ……

まあ良いか。帰ろ…

 

 

 

 

 

 

 

こいしちゃんのパーフェクト殲滅教室その2

 

やっぱり私を倒せば山で認められるみたいな変な情報が出回ったらしい。

そんな根も葉もない噂に天狗たちは鼻で笑ってるし私もなんだそれってなったよ。なのにこれを真に受ける妖怪は沢山いるんだよね。中には怨霊を使って倒そうとかしてくるし。

勿論普通の妖怪相手ならこれは有効だけど、私達さとり妖怪にとってはむしろ真逆の結果を生みかねない。

だって怨霊を精神的に破壊できる存在だからね。さとり妖怪って…

 

まあ、元の元を辿って言ったらやっぱり天狗が原因だった。文句言ったら火消しに忙しくなったって愚痴られた。意味がわからないよ。こっちの方が大変なんだよ?

折角人里で遊んでたのに妖怪が侵入して来ようとするなんてさ…空気読んでほしいよ。

 

「ということだから、ちょっと行ってくるね」

 

「こいし様?無駄な戦いはしないのでは……」

お空が困惑している。まあ言っていたことと私がやろうとしていることが違うからだろうけど…こればかりは大元を叩かないと仕方がないからね。

「そうだよ。だけど人が遊んでいるところに茶々を入れてきた奴らにはちょっとだけお灸を据えても良いと思うんだ」

 

「こいし様の場合お灸じゃなくて……火炎…火炎なんだっけ?」

 

「もしかして火炎放射器?」

 

「そうそれです!」

それですじゃないよお空。お灸って言ったのになんで火炎放射なのさ。私はお姉ちゃんとは違うの。

だから、ちょっと派手に暴れるだけだよ。ほら、お灸くらいじゃん。

 

「それじゃあ晩御飯までには帰ってくるからね」

 

「待ってますね!」

 

 

 

というのが、1時間くらい前のこと。

1時間ちょっとで行けちゃう距離に陣地を構えていたなんて思いもよらないよ。

天魔さんからの伝言を持った天狗が来て場所を教えてくれた時は驚いたね。

うん、やばいわ。

人数が多いんだよね……のこのこ入った私も私だけど…まさか囲まれちゃうなんてね。

「まさかのこのこやって来るなんてな。襲撃の手間が省けたぜ」

リーダー格っぽいやつがそんなことを言う。えっとお面かぶってるってことは……もしかして

「のっぺらぼう?」

 

「なるほど…鋭いようだな」

 

なんとなくだったけどやっぱりそうだったみたい。それにしてものっぺらぼうかあ…ここら辺じゃ見かけないね。

 

「本当にこいつが天狗にとって大事なやつ何ですか?」

 

「うん?違うと思うよ?」

 

「嘘も大概にしろ」

 

部下が疑心暗鬼になってるじゃん。ダメだよそれじゃあ…まあ噂に踊らされてる時点でもうどうしようもないんだけどね。

「口だけは達者なトーシローばっかりよく集められたね」

煽りは良くないけどスッキリする。

 

「おいおい、囲まれている状況が分かってないのか?少しは落ち着く時間を与えるからもう一度よく考えな」

お面をつけたのっぺらぼうが時間をくれる。案外いいやつじゃん。

「へえ!面白いね!最後にぶっ潰してあげる!」

 

何気なく言ったはずなのにものすごく警戒されてんだけど……私はただ人里でのんびりまったりするのを邪魔されて気が立ってるだけなんだよね。

 

だから…ちょっと痛いだろうけど許してね。

手に持っていた魔導書を起動。すぐに障壁を展開する。

展開し終わるのとほぼ同時に弾幕やレーザーが周囲に降り注ぐ。

怖い怖い。か弱い女の子なんだか手加減くらいしてよね。

 

 

収納からいくつも剣を引っ張り出す。卑怯だとかなんだとか言われるけど知らない。武器に頼ろうが何をしようが結局勝てばいいんでしょ?

手段にしのごの言えるのは強者だけ。弱者は手を選んでたら負けるよ。

弾幕攻撃が止まった一瞬をついて障壁の外に向けて剣をぶん投げる。

当たったのか刺さったのかは知らないけどカエルのような声が聞こえる。

手応えあり…それじゃあどんどん行ってみよう!

長い剣とか大きいやつは専ら投げる。

その度に悲鳴とうめき声が聞こえてくる。

 

そろそろ走ろうかなあ…

手元に残っている小型の剣を両手に持ちその場を飛び出す。

 

寝床にしているらしい洞窟からわんさか出てきたよ。え…結構妖怪集まってない?百鬼夜行状態なんだけど…

まあいいや……

 

 

 

なんだか濡れてるなあって思ったら返り血で服が汚れちゃってた。

こりゃ冷たいわけだよ。

それで…結局残っているのはのっぺらぼうの……もうのっぺらさんでいいか。

後は部下らしき妖怪十数人。

結構減ったね。

まあ半分くらい怯えて逃げたんだけど…

「うーん…最後に潰すって言ったよね?」

 

「あ……ああ」

完全にこんなはずじゃなかった状態だけど…大丈夫かな?

「あれは嘘だよ」

地面を蹴り、のっぺらさんの顔面を折れた剣で殴りつける。バランスを崩したところで蹴りと、残っている剣で急所以外を執拗に斬る。

勿論ボッコボコだよ。

 

「さてと……残りを仕上げちゃおっか!」

 

 

 

なんでか知らないけどこの日から私を恐れるヒトが増えた。私がやったってことはなるべく秘密になるように天魔さんにお願いしたのになあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

こいしちゃんが瞳を閉じずに第五次聖杯戦争に参加するようです

 

「えっと……貴女はだあれ?」

家でご飯を作っていたら急に変な光に包まれ気づいたらどこかの蔵の中だった。一体何を言っているんだろうね私は。そして目の前には腰をついている少年と……なんか怖い雰囲気を出している変なやつ。

想像以上にカオスな空間なんだけど…

「おいおい、なんだこのガキ」

 

「ん?ガキとは失礼だなぁ青タイツのおにーさん」

かちーんときたよこいしちゃんひさしぶりに怒っちゃったよ!初対面でガキはないよガキは。見た目で人のことを決めちゃダメだよ。

「なんかよく分からないけど…取り敢えずあれ、殴っていいの?」

少しいけ好かないというかムカつく青タイツを殴っていいのか聞いてみる。

 

「あ…ああ」

そのとたん、見せっぱなしのサードアイからついさっきまでの記憶が蘇る。

あーなるほど青タイツに殺されかけていたのね。よく頑張ったよ少年。

「おっけー!事情は把握したよ!」

まあとりあえず、青タイツをどうにかすればいいんでしょ?

 

「……あ、武器ないや」

魔導書はあるから…えっと取り敢えず剣引っ張り出さないと……ごめんちょっと待ってくれる?

あ、まっててくれるの⁈ありがと!結構紳士的なんだね!

 

 

 

 

 

こいしちゃんは正体を見破ったようです

 

 

「へえ…こいしちゃんは英霊じゃないのね」

遠坂とかいうツインテールに根掘り葉掘りいろんなことを聞かれた。で、結論として私は英霊じゃないってなった。

じゃあなんで聖杯戦争とかいうわけ分からない殺し合いに参戦させられているんだろう…

あ、そういえばお姉ちゃん一時期行方不明になってたっけ。一日だけだったみたいなんだけど…

 

「英霊の基準が分からないけど…私は英霊じゃないよ。だってそこの赤マントみたいに英雄です感ないでしょ?」

 

「たしかにそうだな……」

 

「いや、こいつも英霊感ないんだけど」

そんなことないよ。まあ…青タイツみたいな感じではないけれどそれでも立派に英霊だよ。ちょっと違うかもしれないけど…

あれ?もしかしてこの人って……

「もしかして赤マントさんって……」

 

「なんだ?」

 

「なんでもない。正義の味方に憧れていた昔の姿が気になっただけ」

うん、ここで言うのはやめておこう。なんだかここで言う雰囲気じゃないし。

赤マントさんも私が言いたいことを察したのか、鋭いなと言われた。

褒めてるのかなあ?

 

「……なあこいしちゃん」

 

「どうしたの?しろー」

 

「あーそのだな。勝手に召喚しちゃったり大変な事に巻き込んじゃってすまないって思ってる」

 

「だけど協力してほしい?」

つい種族の癖で士郎の言葉を遮って先の言葉を言ってしまう。いけないいけない…癖が強くなっている。

「あ……ああ」

どうしようかなあって思ったのは一瞬だけ。士郎の心をのぞいたら迷う理由が消えちゃった。

人間にしては…どこまでも純粋に、誰かを救いたいって言う感情が溢れている。

なるほど、「献身と善意の塊」っていうのは正しい表現だね。

 

 

 

 

 

こいしちゃんは鋭いけどどこか抜けてる。

 

 

「うーん……ねえモジャモジャ」

 

 

「僕は間桐 慎二だ!」

知らないよそんなの。もじゃもじゃしてるからモジャモジャね。

「名前なんかどうでもいいけどさ……そのライダー、マスター違うよね?」

目の前にいる目隠しさんを指差しながらそう言ってあげる。

 

「そ、そんなわけないだろう!令呪だって持ってるんだぞ!」

ものすごい動揺しているんですけど…流石に士郎も私の言ったことにびっくりしていたけどもじゃもじゃの反応を見て事実だと確信したらしい。

逆にライダーの方は私を危険視し始めた。

あー言わないほうが良かったかな?でも言っておかないといけない気がしたし…

「普通妹さんを生贄に使ってまで召喚する?」

私は心が読めるから全部わかっちゃうんだよ。

 

「どうしてそれをっ!」

認めちゃったよ…というかどんだけ動揺しているのさ。あれじゃあ心読んでくださいって言ってるようなもんだよ?

「まあいいや。それで、シローはどうするの?」

 

「どうするって……」

 

「逃げるか…戦うか」

勿論戦うよね。

答えは聞かなくても分かっている。彼女を放っておいたらこの先大変なことになってしまうからね。

「それじゃ、始めようか」

 

そういえばライダーってなんだっけ?

 

まあどっちにしろ刺せればいいや。

 

 

 

メリーさんの脅威

 

「イリヤ様、お電話がつながっております」

 

アインツベルンに唯一ある黒色の電話が鳴ったらしい。

そもそも電話線なんてものは繋げてないはずなんだけど…でもセラは嘘を言っているわけではなさそうだし…

 

不気味だったけど、電話が来たら流石に出ないとまずいよね。

黒色の受話器を耳に当て、向こうの音を拾う。何も聞こえない…耳元に何もない虚無が広がっている感じがしてならない。

「もしもし?」

 

「もしもし、私こいしちゃん、今貴女の城の正面玄関にいるの」

 

それだけ伝えた電話の主はガチャリと電話を切ってしまった。

私と同じくらいの少女の声…別に怖くはないはずなのに…私の頬を冷たい汗が垂れる。

兎も角入り口にいるということだから近くにいたセラに頼んで見てきてもらう。

 

「正面玄関には誰もいませんでしたよ」

 

「そう…じゃあタチの悪いいたずらかしら」

それとも…キャスターが奇襲でもかけてきたのだろうか。

いずれにしても相手の行動が読めない。

策を巡らしていると再び電話が鳴った。

「もしもし。私こいし、今二階の廊下にいるよ」

 

待ってと叫んだ時には、電話は切れていた。

ここは三階、二階ということは1つ下…

セラと共にすぐに二階に行ってみる。

やっぱりそこには何もいない。

「イリヤ様、震えておりますが…」

 

セラにそう言われて私は自分の体が震えていることに気がつく。

目に見えない恐怖に怯えていると言うのだろうか?

「ば、バーサーカ!」

 

直ぐにバーサーカーを呼び寄せる。

そうだ、わたしにはまだバーサーカーがいる。この子なら…守ってくれる。

三階で電話が鳴る音がしている。

私はバーサーカーの肩に乗り電話の元に向かった。

「もしもし、私こいし。いま…三階の階段のところにいるよ」

 

「嘘言わないで!いないじゃない!」

居るはずがない。だって目と鼻の先にあるのだ。

私の叫びが届いているのかいないのか、通信の切れた受話器からは何も返ってこない。

次の瞬間、バーサーカーが電話を押しつぶした。

そうだ…これで相手はもうかけてこれない。

ありがとうバーサーカー

 

「もしもし、私こいし。今あなたの後ろ……」

 

その声は、私の真後ろから聞こえた。



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第2部 覚
depth.14さとりとお引越し


残っていた夏の気配も何処かに消え秋の到来を告げるかのように木々が色づき始めた。

まだ若々しい緑を残した葉と黄色に染まっている葉の混ざり具合が丁度いい。

 

 

「ねえ、あれでよかったの?」

 

「…よかったとは?」

 

景色を見ながらゆっくりと歩いていると横に並んで歩いているこいしが少し不満そうに聞いて来る。

 

「家だよ家!燃やしちゃってよかったの?」

 

ああ、あの家ですか。

 

「いいんですよ。どうせもう使いませんから」

 

家はもう使わないしあのまま放置してなんだかんだになっても面倒なのでその場で処分しておいた。

もちろん山火事とか森火事にならないように火の後始末はしておきましたよ。

今私達は妖怪の山に向けて歩いている最中だ。数時間前に家を出てからここまでほぼ歩きっぱなしだ。

お燐とルーミアさんは飛んで先に行ったものの、こいしはまだ上手く飛べないので歩かざるをえないのだ。

まあこうして景色を見ながらのんびり行けるので全く不満はないんですけどね。

 

「ふーん…そうなんだ。それで、妖怪の山ってどんなとこなの?」

 

「そうですね…ひと言で言えば、妖怪の世界」

 

「妖怪の世界?なんか面白そうだね」

 

ふわふわと木の葉のように舞いながら歩くこいし。妖怪になって体が軽く感じているのでしょう。実際には力の方が異常に発達してるからなんですけど…

 

「それじゃあさ!急ご!」

 

そう言ってこいしが私の腕を引っ張る。そのまま私は彼女に引っ張られて空中に放り投げられる。

なんてことはない。こいしが思いっきりジャンプしただけだ。

ただ急すぎる行動に対応できるほどの気配りは出来ていないので、私の体は空中で回転しながら木の太い枝の上に叩きつけられた。

 

「お姉ちゃん?」

 

「だ、大丈夫よ」

 

背中の痛みをこらえて立ち上がる。

 

「ねえねえ、妖怪って凄いね!こんなこともできるんだ!」

 

そう言ってこいしは木の枝を使いジャンプしながら進んでいく。

どこかで見たことあるような進み方…まあ気にしない。

 

「なるほど、そういう方法がありましたか」

私も同じように飛んでみようと思うが飛んだほうが早い気がして辞めた。

木々の合間をすり抜けながらこいしの横を飛ぶ。

「お姉ちゃんどうしたらそんなに飛べるの?」

 

「今度一緒に練習します?」

 

 

こいしの体は私ととても近い。私自身の肉を食べているから当たり前なのだ。

そのため飛んだりなんだりといった技術自体はある程度受け継いでいるはずだ。後は慣れていければそれなりに力を使えると思う

 

「ほんと⁉︎ありがとう!」

 

 

 

 

どれくらい飛んでいたのだろうか。こいしが疲れたと言って地上で休憩を始めて早十分。

既に周りは暗くなっていて星空が木々の隙間から顔をのぞかせている。

休憩がてらにご飯を作る。

作ると言ってもちょこっと食材を組み合わせるだけだ。火を使って調理するのは流石に出来ない。

「川で水を取って来ますから先食べてて良いですよ」

 

「はーい」

 

歩いて数歩のところにある川で水を調達。こういうのは取れる時にとっておかないとですね。

水を確保して再びこいしのもとに戻る。薄暗くなっており視界が悪くなっている。

 

なにやらこいしの側に二人ほど人影があるのですが…

 

 

「……なにやってるんですか二人とも」

 

「ご飯食べるんだよ?」

 

そこにはこいしに混ざってお燐とルーミアさんがご飯を食べていた。ちょっとそれ私のご飯なのですが…

 

「いやー途中で追い抜かされるなんてねえ」

 

「予想外だったねー」

 

「それは貴方達が道草食ってるのが悪いんですよ」

 

驚いた事に先に行くとか言って飛んで行ったはずの二人が追いついて来たのだ。

…どうしてそうなったのか。と言うかお腹すいたから互いに戦ってたとか理解しがたい。

戦闘しても空腹は紛れないってのに…

 

 

「だからあれほど食料を持って行けと言ったのに…」

 

「だって1日で着くと思ったんだもん」

ルーミアさんが口を尖らせる。

その変な自信は一体どこから出て来るのやら。

 

「それにさとりが全部持ってるから…」

 

「貴方達が運んでくれるとは思ってないので」

 

「「うん!運ぶ気ないもん」」

 

 

貴方達……一遍頭冷やしたほうがいいのではないですか?

かなり少ない方ですけど私はこれでもあの家にあったやつで必要なものは全部持って来てるんです。背中と腰が重くて重くて…途中からこいしに手伝ってもらいましたけど。

 

「お姉ちゃんの荷物重いよー?少しは運んでくれないの?」

 

「えー…だっていざ戦うって時になったら邪魔じゃん」

なんかそれ私が戦わないって言ってますよね。私だって戦いますよ?心理戦で……

え、体動かさないじゃんって?そりゃそうですけど…

 

「そういえばさ、さとり」

 

急に声のトーンを落としたルーミアさん。何か大事な話みたいですね。

「神力ついてるけどなんかあったの?」

 

え……神力?

 

どうしてそんなものが…今更?

いえ、心当たりはありますけどあれは相当昔のことですし…少なくとも今になって出て来るようなものではないはず。

 

「お姉ちゃんどうしたの?」

 

「気にしなくていいわ…」

 

「心当たりはあるのかい?」

 

「一応あるわ。でもあれは百年以上前なのよ」

 

まだ決まったわけではありませんが今になってあのことが出てくるとは…

 

「なんのことなの?わかるように説明して」

ルーミアさんが詰め寄って来る。どうしてそこまでこのことを聞きたがるのでしょうか。

心を読んで真意を読み解く。

 

……神が嫌い?

 

軽く能力を使っただけではこれくらいが限界だ。もっと深くまで知りたいが今は遠慮しておこう。

 

「えっと…飛鳥に都があった時にちょっと色々とありまして」

 

あまり細かく話す事はしない。

私の主観で細かく語っても彼女にはあまり意味がないし彼女は私が神力を持った原因を知りたいだけだ。このくらいで十分だろう。正直これであってるかすらわからないのだけど…

 

「ふうん…そうなんだ」

ホッとしたようにルーミアさんは胸をなでおろした。

 

「……何かあったのですか」

 

「昔色々とあってね…ちょっと友人と神と色々とで戦ってさ」

 

あまり覗かないほうがよさそうなものですね。

それにしても神力ですか…使い方わからないですし私自身指摘されるまで気づかないわけですからあってもほとんど使わないでしょうね。

使うかどうかより前に使えるかどうかも怪しいですしね。

 

「お姉ちゃん神になったの?」

 

「あーまあ、広いくくりで言えばそうなるのですかね」

 

正確には神ではないですけど神力があるということは神として崇められているわけで…うん、詳しくは秋姉妹にでもあとで聞きましょう。ちょうどこの時期なら妖怪の山にいることでしょうし。

 

「ふうん…じゃあ願い叶えられるの?」

 

「あ、それは無理です」

 

神が願いを叶えてくれるなんてことある訳ないじゃないですか。

 

 

 

 

 

みんなが食事を食べ終えたところで荷物をまとめる。休憩も終わったことですしさっさとこの場を引き取りましょう。

私はご飯食べてないのですが。

 

まあ私自身はどうでもいいこと。

こいしがうつらうつらし始めたのでおんぶする。

両手がふさがってしまい荷物が持てなくなる。かわりにお燐に持って行ってもらいましょう。

 

「囲まれてきたねえ」

 

「あれだけ派手に休んでいたら寄って来るでしょう」

 

ここを縄張りにしている奴らがわらわらと集まってきてる。

 

面倒になったなあ…

 

そんな私の心境とは別にルーミアさんは全く気にしていないようだ。曲がりなりにも大妖怪ですね。

 

「私は参加できないので先に行きます。二人とも後は任せました」

 

返事を待たず飛び上がる。それとほぼ同時に妖怪の方も動き出した。

 

一匹が飛び上がった私に向けて攻撃をして来ようとする。

だが私のところに着く前に妖怪の体を長い爪が貫き、切り裂いた。

切り裂かれた妖怪は重力にのって地面に落っこちていく。

 

「全く…注意してくださいよ」

 

「来ると分かっていたからね、ありがとうお燐」

 

お燐が踵を返して地上に戻る。

 

私もさっさとこの場を離れる。

後ろで上がる戦闘音がルーミアの笑いに変わるまでそう時間はかからなかった。こいしには刺激が強すぎる光景でしょうね。

 

もうちょっと慈悲とかはなかったんですかねえ。なんだか可哀想です。

止めなかった私も私ですけど…

 

 

 

 

 

 

 

山間から明るい太陽が顔を覗かせようとし始める。普通ならここで妖怪や霊の時間は終わりを告げる。

まあ実際にそんなことはなく昼間から暴れる妖怪は沢山いるんですけどね。

 

 

「涼しいね!やっぱり空を飛ぶって気持ちいんだなあ」

 

「楽しいですか?」

 

「もちろんだよお姉ちゃん!」

 

どこからどこまでが妖怪の山なのかという明確な定義はない。

一応天狗の支配区域と言えばそれまでなのだが支配地域周辺にも多くの妖怪が住んでおり区分とか定義とかなんか曖昧なことになってる。

 

「ねえねえ!あそこの木の実とか美味しそうなんだけど」

 

「勝手に取るとここら辺を縄張りにしてるヒトに怒られますよ」

 

こいしの手を引きながらゆっくりと飛行している。

こいし自身は浮かび上がることは出来ていたので飛べない訳ではない。バランスを保つのが出来ないだけなようだ。なので私がこうしてバランスを保たせながら飛行しているわけだ。

 

 

数分前に背中で寝ていたこいしが唐突に飛びたいと言い出したのでこうしているわけだ。別に悪いわけではない。むしろ嬉しいというかなんというか…

 

 

 

 

「おい!これ以上の侵入は許可がないと出来ないぞ!」

 

私の変な思考は唐突に飛び出してきた二人の白狼天狗によって遮られた。いきなりの乱入者にこいしが私にしがみついてくる。

急に現れて高圧的に言い放ってくるのはよしてほしい。こいしが怯えちゃってるじゃないですか。

 

「貴方達の縄張りを荒らすつもりはないので通してもらっても?」

 

「ダメに決まってるだろう!」

そう言い放って着剣する二匹の白狼天狗。

剣を構えられたことにこいしが縮みあがる。ここまで殺気を向けられたことが無いのだろう。

 

「そうですね…私は無益な戦いは嫌いですし」

 

さてどうするか。柳からもらった通行証はお燐達に渡しちゃいましたし…一応私の名前を出せば通してもらえると思うのですが…

 

ちなみに四人で一気に押し込んじゃうと向こうを警戒させてしまいますからお燐達は別ルートから山に入ってもらうようにしてます。もちろんお燐がエスコートしてますよ。

 

「おい!すぐに立ち去らないのなら覚悟は出来ているんだな」

 

おっと、ちんたらちんたらしてたら怒らせてしまいました。

 

「あーもう仕方ないですね。犬走柳さんに、古明地さとりが通して欲しいって言ってると伝えてください」

 

 

「……了解した」

なにやら目線で会話していた二匹だが、しばらくして一匹が反転して山奥に消えていった。

もう一匹は私の監視らしい。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「大丈夫よこいし。高圧的なのは仕方ないけど悪い妖怪ではないから」

 

怯えきったこいしを見てなにやら思うことがあったのか、白狼天狗が剣を納めて謝ってきた。

「あーすまんなお嬢ちゃん。こっちも仕事だからな」

 

「いえいえ、お気になさらず…それにしても態度が変わりましたね」

 

「まあ、柳の名前を出してくるようなら…悪いやつじゃねえからな」

 

「そんなに柳さんを信頼してるんですか」

 

「まあな…あの人は信頼しているやつにしか名前を言わないからな」

 

それって柳が知らないって言ったら速攻で殺りに来ますよね。

 

そうこうしているうちに伝令に行った天狗が帰ってきた。結構急いでますね。なんか言われたのでしょうか?

 

「……わかった。古明地さとりと言ったな」

 

「……ええ」

 

「許可が下りた。そうだな…柳が家まで連れてきてほしいって言ってたが…」

 

「分かりました。それじゃあ案内してください」

 

色々と隠してる部分が多過ぎるためか2匹ともまだ警戒している。でもさっきみたいに怒鳴られるとかそういうのは無かった。

うん、最初のあれさえなければもっと穏便になったんですけどね。なんでこう、白狼天狗は血の気が多いといいますか…余所者に厳しいと言いますか…

 

「こいし、怖かったらフードをかぶってなさい。多少は落ち着くわよ」

服の袖を強く握っているこいしの頭を撫でる。

私は慣れていたのですがこいしにはちょっときつかったですね。

「……わかった」

そう呟いてこいしはフードを深くかぶって顔を隠してしまった。

 

 

案内の二匹は天狗の里をフライパスしどんどん奥に向かって行く。

天狗の里って言うくらいだからそこに家があるのかと思ってましたけど…

「ああ、里の方は烏天狗か大天狗様の住居や庁舎関係がほとんどで私たち白狼天狗の家は防衛の関係上周辺に点在させるようにしてるんだ」

 

「なるほど、万が一に備えて目立たないようにしていると…」

 

「そういうことだな」

 

一瞬こいしの視線が私を射抜く。

睨んでいるのか構って欲しいのかよくわからない。

「……こいし?」

 

「あの犬耳、撫でてみたい」

 

「あれ犬耳じゃなくて狼耳!」

 

一番いっちゃダメなこと言っちゃいましたよこの子!

 

「あはは……さすがに触らせは出来ないな」

ものすごく苦笑いされた。

 

 

柳の家は木々の中に隠れるようにして建てられていた。

他の家と比べて遠くからパッと見ただけではわからない。かなりいい位置にあるのだろう。

 

 

「お邪魔しまーす」

案内の白狼天狗に続いて家の中に入る。

小さな家ではあるが機能性は抜群だ。優秀な人に設計してもらったのだろう。

 

「久しぶりだな、さとり」

 

「えっと、ご無沙汰です柳君」

 

 

前に見た時より少しだけ大きくなったなあ。なんて感慨にふける。

こいしが訳が分からずぽかーんとしてる。そう言えば紹介とかしてなかったですね。

 

「なあさとりよ。そっちの子は誰なんだ?」

 

柳がこいしの方に意識を向ける。

 

「あーまあ…色々ありまして…」

おそらく直ぐにこいしが半妖だと気付いたのだろう。

視線をこいしに合わせて手を軽く握る。

「犬走柳だ。宜しくな」

優しさを感じさせる笑顔で語りかける柳にこいしの表情が明るくなる。

「こ、こいしです!よろしく」

 

「なんか…だいぶ優しいですね」

私と初めて会った時と完全に対応が違う気がしますね。あとそんな感じに笑えたんですね。意外です。

「子供ができたからな」

 

「よし、柳君!そこを動かないで下さいね!じゃないと一発で決められませんから」

 

「こらこら落ち着けって」

 

「お姉ちゃん?」

 

「なんでもないわ…取り乱してすいません」

 

急にどうしたのでしょうか私の体…いきなり暴れようとするなんて…うーん。

 

「とりあえず、おめでとうございます。それで、いつ頃?」

 

「さあな…多分もうすぐなんじゃないかな」

 

へえ、喜ばしいことです。

 

「なら私達はこれで失礼します。夫妻水入らずにお楽しみくださいね」

 

「ああ、一応家の方は鬼が色々と手を回して残してあったはずだ。あとで鬼に挨拶でもしていけ」

 

萃香さん達ですね…全く、そういうのはしなくても良いのに。

でもちょっと嬉しいというか…覚えていてくれてたんだなあと思ったりなんだり…

 

「お姉ちゃん…鬼に知り合いがいるの?」

 

「ま…まあ、一応友人ですね」

 

殴り合って殺し合いをした仲ではありますね。

あとでこいしも連れて顔を出しますか。

 

「それじゃあ…新居に行きましょうか」

私にとっては新居ではないのだがこいしにとっては初めての土地だ。慣れないうちから連れまわすのも悪いですし…

 

「うん!早く家見て見たいなあ…」

 

全く…こいしは無邪気なんだから…その無邪気さが時に自らをも傷つけてしまうのですよ。だから気をつけて…




な、なんと!カラーユさんに挿絵を描いていただきました!



【挿絵表示】


大事に活用させていただきます!


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depth.15さとりとこいしと混沌(鬼篇)

私がここを出てから年単位で時間が空いてしまっている。人里がどのように変わっているのか全くわからなく不安であったが、実際に行ってみれば大してかわったところもなく私の記憶と大して変わらない日常がそこにあった。

 

「変わりませんね…」

 

私の家も、多少傷や屋根の劣化が進んでいるがあの時のままの状態で綺麗に残っていた。

これならすぐに生活できそうだ。

 

ルーミアさん自身は人里には入れないので一旦お別れ。そのまま天狗の長と何やらお話に行ってしまった。

何を話しに行くのかは分からない。大方ここら辺で住まわしてくれとでも言いに行ったのだろうか。

「立派な家だねえ」

 

「外見だけはですけどね」

 

 

こいしが来たことだし色々と追加しないといけなかったりもするが、今はこのままでも良いだろう。

中には小さく灯りがともっている。お燐が先についていたみたいだ。

 

「ただいま」

 

「お邪魔しまーす」

 

やや立て付けが悪くなった扉を開けて中に入る。私に続いてこいしが中に入る。それを待っていたかのように扉がひとりでに締まっていく。

 

「おかえりー随分と遅かったじゃないか」

すぐ後ろから声が聞こえた。

振り返ってみれば扉のところにお燐が立っていた。

 

 

「ちょっと柳君の家に行ってましてね」

 

 

こいしのコートを回収して綺麗に折りたたむ。

お燐が猫の状態になり私の頭の上に乗っかる。

全くこの子は…

 

「この家ってお姉ちゃんが建てたの?」

 

「いえ、改装はしましたけど建ててはいませんよ」

 

埃でも溜まっているかと思ったが室内はそうでもない。これならすぐに生活が可能だ。

これも萃香さん達のおかげなのだろう。後で酒買わないと…

 

(そうそう、さっきピンク髪の鬼が来て筍くれたよ)

 

ピンク髪の鬼って…名前覚えてあげましょうよ。茨木さんですよねそれ。

「茨木さんですね。すれ違ってしまいましたか…」

 

多分私達が戻ってきたのを聞きつけてすっ飛ばしてきたのだろう。

台所の方には取ったばかりの筍が数本置いてあった。

 

筍ですか…ある程度作ったら持っていってあげましょう。

 

 

「ねえねえお姉ちゃん。ひとつ聞いていい?」

 

筍を整理しているとこいしが服の袖を引っ張ってきた。

 

「ん?どうしたんですか?」

 

「鬼ってやっぱり怖かったり乱暴だったりするの?」

一瞬だけ不安そうな目を向けてくる。

そういえば鬼っていたら人間の感性じゃ恐怖と畏怖の対象でしたね。

 

「見た目が怖い場合もありますけど基本的には優しいですよ?鬼についてどう思ってるのかはわかりませんけど」

 

それでもこいしは不安そうな顔をする。そんなに鬼って畏れられてるんですね。結構すごいんだなあ…

 

 

「どちらにしろ鬼とは少なからず付き合う羽目になるんですよ。そう言うわけで、鬼のところに行ってきます」

 

 

(はいはーい。じゃあこいしと遊んでるねー)

 

「よろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば勇儀さんたちって今どこにいるんでしょうか」

普段どこでなにしてるかなんて全くもって知らなかった。

宴会でよく里の方にいるような気がしますけどずっと里なんてこともないでしょうし…

まあ、天狗の里に行けばわかるか。

 

 

 

 

里の入り口に降り立ちフードを取る。フードをつけていた方が管の露見がしにくくなるのですが、被りっぱなしだと不信感を相手に与えてしまうし視界が制限される。改善しないといけませんね。

 

天狗の里とか言われてはいるが実際には天狗以外にも色々な種族の妖怪がいる。

あそこで鬼と話しているのは河童だしあっちには半獣の妖怪もいる。

なかなか賑わっている。妖怪の山に住むヒト達は出入り自由にしているのでしょう。

 

お目当の人物を探しながらウロウロしていると鴉が頭の上で旋回していることに気づいた。

おそらく天狗の使い魔であろうその鴉は私の視線に気付き、どこかへ飛んでいく。

その動きは私を誘っているのだろうか、少し進んでは私を待ちまた少し進んでは私を待ちの繰り返しである。

 

そんな鴉に続くこと十数分。唐突に鴉が高度を上げてどこかへ飛んで行ってしまった。

ふと視線を前に戻すと丁度目線の先に彼女がいた。

 

 

「ようさとり。久しぶりじゃないか」

 

唐突に生えたような風貌を見せる一つの岩場に乗って朱色の酒器を掲げた女性。

爽やかな風が吹き彼女の長い金髪がふわりと舞う。

お酒の匂いに混じってほのかに香る桜の香り。

「久しぶりですね。勇儀さん」

 

私自身鬼とは接点が薄い気がしますが、なぜか向こうは私を覚えていることが多い。

彼女も、そんな私の偏見の中の一人であった。

別に悪いというわけではない。むしろ覚えていてくれることはありがたいのだ。

 

「都に行ってたんだろう?なんか酒の席で楽しめそうな話とか聞かせてくれよ?」

 

「早速それですか…相変わらずですね」

 

鬼ってどうしてこう酒と一緒なんでしょうか。ただ単に私のタイミングが悪いせいなのでしょうか。

「いやー、鬼から酒のぞいたらただの暴れん坊しか残んねえよ」

 

「鬼がそれ言います?優しさくらい残っててくださいよ」

 

「まあまあ、飲めって」

 

「飲めませんって…それにそこまで酔ってるんですか」

 

勇儀さんはかなり酒が入ってないと人に酒は進めない。逆を言えば進めたときは相当酔っている言うことだ。

 

「良いじゃねえか!馴染みなんだから」

 

これあれですわ。かなり厄介なことになってきましたわ。

早めに退散するとしましょう。ええ、それが一番です。

周りにいた天狗たちがざわつき始めた。

そりゃ何処と無く現れた見た目10代前半の少女が山を取り仕切ってる長と親しい仲のように話してるのだ。

 

「ところで、茨木さんと萃香さんは?」

 

「茨木は多分あっち。で…萃香の奴は…大江山に戻ってるよ。驚くだろうなあ…おめーが帰ってきてるなんてこと知ったら」

 

秒速で喧嘩しようぜと言ってくる未来しか見えないのですが…こればかりは苦笑せざるをえない。

 

茨木さんのところにでもいくことにしよう。

勇儀さんが指をさした方向に向かって歩き出そうとする。

 

「おいおい、待てよ」

 

だがそれは勇儀さんからの殺気でいともたやすく止められた。

首に冷たいものが当てられた時と同じ感覚が脊髄に伝わる。

 

「茨木のところに行く前に戦おうじゃないか」

 

「……そういえば貴方とは一度も拳を交えた事が無かったですね」

 

する気が無いんですけど。

 

「お、やるかいやるかい?」

 

ねえ、なんでそう鬼ってバトルジャンキーなの!私は平穏に暮らせればいいなあ程度にしか思ってません!それに私は強くない!強くないですから!絶対望むような戦いは起きませんって!

 

「えっと…茨木さんに挨拶してからじゃダメですか?」

 

「おいおい、私との勝負を逃げるってのかい?」

 

周りにいた天狗や河童が後退していく。ここからは本気でやばいのだろう。

 

「逃げれたら逃げますよ。そもそも私は妖怪の中でも弱い部類に入るんですから」

 

フードを深くかぶる。

踵を返しその場から立ち去ろうとした瞬間、理解するよりも早く私の体が回転していた。

すぐ目の前を青みがかった球体が通り過ぎていくのがブレながら映る。

「不意を狙うのはずるく無いですか?」

 

「あれを避けられておいて弱いってのは無いんじゃねえか?」

 

どうやら逃がしてくれないようだ。

勇儀さんの姿が視界から消えかける。動体視力が追いつかないみたいだ。

すぐ真横で殺気、反射的に身をよじらせる。

 

「私が持ってる盃を落とせたらお前さんの勝ちだ」

 

「いやいや、勝利条件なんて聞いて無いですって」

 

私の体があった空間を膝蹴りが通り過ぎていく。

だが安心している暇はない。すぐに拳ほどの結界を顔の前に展開。直後にものすごい質量がぶつかる音がして結界が砕け散る。

一歩遅ければ勇儀さんの拳を顔面に食うところでした。

 

何もない空間を蹴飛ばし勇儀さんとの距離を取る。

すぐに詰められる距離ではないと考えたのか盃を片手に勇儀さんがこちらに弾幕を放つ。

相手に反撃の隙を与えない連続攻撃、しかも中近距離を素早く切り替えて攻撃してくる…流石鬼の四天王。普通に戦っても勝てない。

 

弾幕を回避しながら策を練る。良くて引き分けってところでしょうか。あまり体に無理をさせることはできませんし…まあ多少の傷ならどうにでもなるからいいや。

 

お返しとばかりに妖力弾をいくつか撃ち出す。一発一発の威力はかなり低い。

だが簡易的な誘導がおこなえるようにはなっている。

 

「ッチ…」

 

誘導弾だと言うことに気づいた勇儀さんは攻撃を中止して回避に専念する。

高度な誘導は出来ないので割と簡単に回避されてしまった。

そのままぶん殴って衝撃を与えてくれれば良かったんですけど…そしたらスタングレネードみたいな付随効果が発揮されたのに…

地面を思いっきり蹴り飛ばし一気に加速。勇儀さんの懐に突っ込む。

刹那、右腕が持っていかれそうな感覚に陥る。

弾幕の所為で姿勢が安定しない状態にもかかわらず勇儀さんは拳を出してきたようだ。

回避は出来たものの右腕に当たったようだ。一瞬にして感覚が消え去る。

まあ構う時間もないのでそのまま勇儀さんに向けて蹴りを敢行。

 

「へえ!それでよく弱い弱い言えるな!」

 

私の蹴りは勇儀さんの左腕によって軽々と弾かれた。

鉄の塊を蹴ったみたいだ。右足が痺れる。

お返しと言わんばかりに二段蹴りが飛んでくる。

体をエルロンロールの要領で回し緊急回避。私の紫の髪の毛が数本空中に舞う。

遅れてきた衝撃波で体が揺さぶられる。この人頭狙ってますよ!怖いです。

ほぼゼロ距離で妖弾を連射、数発が勇儀さんの足元や肩に着弾。

 

「はは!そうこなくっちゃねえ!」

 

あまり効いていないそぶりで勇儀さんが何かの構えを取る。

ほぼ同時に溢れ出ていた妖気の量が爆発的に増加する。

本能的にやばいと感じ取り勇儀さんから離れる。

 

 

体勢が大きく崩れる。その隙を逃す勇儀さんでは無い。

あっという間にねじ伏せられ地面に叩きつけられた。

「がはッ!」

肺に入ってた空気が吐き出され、呼吸困難に陥る。

視界右側に拳が迫ってくるのが一瞬見える。結界が間に合い直撃は避けられた。

だが衝撃波までは防ぎきれず肋骨にヒビが入る。さらに二発目が飛んでくる。

結界は間に合わない。とっさに脚を折り曲げ真上に足の裏を晒す。

 

衝撃波があたりの木を揺さぶり折り曲げた膝が圧壊しそうな音をあげる。

まさか足で拳を受け止めるなんて予想外だったのだろう。彼女に動揺が走る。

すぐに腕を蹴り上げ地面を転がるようにして離脱。勇儀さんと真正面から向かい合う。

 

「へえ、面白いねえ…全力で殴ったんだけど」

 

心の底から楽しんでいるのだろう。満面の笑みを浮かべている。

少しだけ時間が稼げそうなので今のうちに腕の再生具合を見る。

表面の傷はまだ残っているが砕けた骨などは既に修復済みである。もう少しすれば戦闘でも使えるようになるだろう。

「…あのですねえ」

私が何か言おうと口を開くがそれより早く勇儀さんが間合いを詰めてきた。

 

とっさに腕をクロスさせ妖力を回して強化防御態勢をとる。

「っオラァ‼︎」

 

ほぼ同時にクロスさせた腕が殴りつけられる。急所への直撃は回避できたものの間髪入れずに二発目が腕にぶつかる。防げても衝撃を完全に殺すことはできない。私の身体は強力な運動エネルギーを受けて軽々と後ろに吹き飛んだ。

 

だが吹き飛ばされたエネルギーを利用しすぐに空中に飛び上がる。間髪入れずに後ろから弾幕の嵐。そして殺気の塊が追っかけてくる。正直言って目を離さなければ良かった。

 

弾幕を展開、追ってくる勇儀さんの動きを制限させる。私は妖力量が少ない。なので普通の弾幕と言うより殺傷能力ゼロの…当たっても泡がはじけた程度のものを発射している。

なのであれの突破口は簡単。自らぶつかっていけばいいのだ。

まあ常識的に考えてみんなあれを避けたがるんですけどね。

ただ、盃が無事かどうかはわかりませんがね。

 

卑怯だなんだとか言われるかもしれませんし今だって下にいる人達からは卑怯だなんだ言ってる人もいます。ですけど私は鬼じゃないですしそもそも正々堂々戦う気なんて元からないのだ。私の貧弱な体であの勇儀さんに打ち勝てと?無理無理、生身でVF-31と戦うようなものですよ。

 

ある程度高度を取ったところで反転、上下がひっくり返り頭が真下を向く。体に過重がかかり息苦しい状態がしばらく続く。

反転して突っ込んでくる私を見て迎え撃とうと勇儀さんも突っ込んでくる。

思いっきり地面を蹴飛ばしてジャンプしたためか地面が陥没してる。あれ直すのどうするのだろうか。

 

兎も角、妖弾を連射してとにかく私の間合いに入るまで攻撃をさせない。ついでに盃に掠ってくれないかなあ。

 

 

まあそんな都合のいいことは起きず、私と勇儀さんの距離は一気に縮まる。

回復したばかりの右手に妖力を込める。

 

勇儀さんの右腕が視界から消える。だが焦る必要はない。五感など元から頼りにはしていない。

 

ほぼ勘任せで右腕を振りかざす。

 

肉体同士がぶつかり合う鈍い音がする。同時に身体中を揺さぶるような衝撃に揉まれる。

右腕の骨が縦に潰れるような感覚が走る。

ようやく追いついた視界には、私の拳と勇儀さんの拳がぶつかり合い、私の細い腕が割れるように血を流していた。

 

一度治した腕をまた壊してしまうとは…

 

体の力を抜いて自由落下に移る。私の力が抜けたのを見て勇儀さんもゆっくりと地面に降りる。

さっきの衝撃で盃の中の酒は半分以上が溢れているようだ。まあ勇儀さんの言った条件には全く達していないので負けなんですけどね。

「……降参です」

だがこれ以上続けられても私が不利になるだけだ。それに私はそこまで戦勝ちにこだわってはいない。

 

「なんだよ。張り合いがねえなあ」

 

「無理やり戦いに持ち込んで置いて何いってるんですか」

 

私の唐突な降参にいつの間にか集まっていたギャラリーも不満の声が上がる。

「って言うか天狗さんたちはいつの間に集まったんですか?」

少なくとも私達の戦いに巻き込まれないように遠くから見ていた奴らとは違い完全に観戦モードになってる数人に声をかける。

 

「勇儀の姉御が戦い始めるあたりから!」

 

ほとんど最初から居たようなものじゃないですかそれ。

どこに隠れて見てたんだか…

 

「仕方ねえ、じゃあ引き分けだな…」

 

「なんでですか?私は完全に負けですよ」

 

「ああ、お前も私も勝利条件を達成することが出来なかったからな」

 

そういえば勇儀さんの勝利条件ってなんだったのでしょうか?あらかた、戦って叩き潰すってことでしょうけど。

 

 

時間にして数分くらいしか戦っていないがものすごく疲れた。

腕も使い物にならないし…一旦休むかとその場に腰を下ろす。

 

周りに集まっていた天狗たちがガヤガヤとしだす。

さっさと解散してどこかいってほしいのですけど…追っ払う気もおきない。

 

 

 

「お疲れ様」

 

私の前に、人影が現れる。見たことある服装とこの声…同時に首根っこを掴まれて持ち上げられる。

 

「茨木さん、お久しぶりです」

 

持ち上げられてちょうど高さの一致した顔に、微笑みを浮かべた茨木さんが映る。

 

「やっぱり隠したままなのね」

 

「まあ…言うべきものでもないですから」

 

「それにしても、またやってしまったわねえ。見ていて痛々しいわ」

垂れ下がった右腕を見ながら茨木さんが呟く。痛々しい?放っておけば治るのに痛々しいなんて感情起こるわけないじゃないですか。

 

「放っておいても治るので…それで、貴方は何の用ですか?勇儀さんみたいに戦えだったらお断りですよ」

 

まあ茨木さんに限ってそんなことはないでしょうけどね。

 

「知り合いが戻ってきたんだから少しぐらい一緒に飲んだっていいじゃない」

 

まあそうですよね……

 

「おいおい、私を置いて酒かあ?」

 

「あんたはさっきまで飲んでたでしょうが」

 

全く、私が思う以上に…変わらないものですね。

 

 

 

 

 

 

 

「ここが天狗の里かーなんかすごいね」

 

「くれぐれも暴れたり正体が露見する事のないようにしてくださいよ」

 

結局好奇心に負けたこいしはお燐に連れられてこっそりと姉の後をついてきていたようだ。

人間だった頃に見た建物とは全く違う作りの家や役人所。

背中に羽を生やしオーラだかなんだかよくわからないものを感じさせるヒト達。

全てが彼女にとって新鮮なものだった。

 

「わかってるよ。お燐は心配性だなあ」

 

「そりゃさとりがあれだけ危なっかしいからね」

 

こいしの護衛を名目についてきたお燐。だが彼女自身も里までは入ったことがなく、天狗がたくさんいるこの状況に戸惑いかけている。

 

 

「ねえねえ、お姉ちゃんはどの辺りにいるのかなあ?」

 

「そうだねえ…多分、茨木って言う鬼のところに行ってるんじゃないのかい」

 

「へえ…鬼のところかあ」

 

一瞬だけこいしの表情が曇ったのをお燐は見逃さない。

こいし自身鬼というのがどんなのかは全くわからない。ただ、よく言われていたのはかなり危なくて危険な存在だという事。今となっては偏見にしかすぎないのだろうが、その偏見を直すための経験をしてきてないこいしにとっては不安の塊であった。

 

そんな心中を察したのかお燐はこいしの手を握る。

「…?」

 

「手、繋ぎましょ?」

 

そのとたんこいしの顔が笑顔に変わる。周りが妖怪ばかりで怖かったのだろう。

向けられた純粋な笑顔にお燐の心は跳ね上がる。どうして跳ね上がったのかはわからない。さとりあたりならすぐに原因が分かるだろう。

 

しばらく二人で歩いていると何やら妖怪たちが集まっている一角が目に入る。

遠目に見ているとどうやら鬼と余所者の妖怪が戦っているのだとか。余所者と聞いて心当たりがあった二人はその集団の中に入り込む。

 

「あれがお姉ちゃん?」

 

かなり離れた位置で戦っているようだがその特徴的な色の髪はここからでもはっきりと見えた。

 

「あたいも本格的に戦ってる姿は初めて見るかなあ」

 

鬼と互角なことに驚きを隠せない二人。

しかも相手はあの四天王とか言われてるやばそうな鬼だ。

実際やばいのだが…

 

「って言うか鬼に会いにいくとか言ってたよね?」

 

「鬼に会いにいくってやっぱり戦うってことなんだねえ。さとりったらそんなに戦うの好きだったんですか」

 

あらぬ誤解であった。

そしてそれを訂正してくれる人もその場にはいなかった。柳あたり居てくれればなんとかなりそうなものだが…

 

 

不意に視界がぶれる。こいしは目にゴミでも入ったのかと思ったが違うようだ。どこかに行ってしまった姉と鬼を探してキョロキョロと見渡す。

時々金髪のようなものとさとりの紫がかった色がなんとなく打ち合っているのがわかるだけで本人たちを捉えることができない。

 

「すごい…追い切れない」

 

周りの妖怪達もさとりと勇儀の戦闘をしっかりと見ることは出来ていないようだ。

 

「お燐、見える?」

 

「あたいにもちょっと無理かなあ」

 

気分がハイになっていれば見れるかもしれないがお燐自身がハイになるなんて多分にない。せいぜい燃えるシチュエーションでの戦闘くらいだろう。

 

その後も戦っていたみたいだが不意に決着がついたようだ。

二人が地面に降り立つ。

 

すぐ近くまで寄っていた天狗たちが何やら騒ぎ出し、それにつられて周りの妖怪も歓声をあげたりしている。

 

「終わったのかなあ…」

 

「そのようですね。なにやらパッとしない終わり方でしたけど」

 

 

そんな会話をする二人の真横を一瞬何かが通り過ぎた。

こいしは気づかなかったようだがお燐は、隣を横切る妖気をしっかりと確認していた。

それもそのはず、つい数時間前にも感じたものと全く同じ妖気だ。気がつかない方が無理な話だ。

「あ…淫乱ピンク」

 

「こいし!何言ってるんだい!」

 





【挿絵表示】


今回もカラーユさんに描いていただきました。
本当にありがとうございます。


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depth.16さとりの平穏

秋も終わりを告げ冬がだんだんと迫ってくるのを感じさせる。

北方の冷たい風が山肌を撫で、山が身震いする。

 

最初は戸惑ってたこいしもこっちの生活に慣れ始め、順風満帆とまではいかないがそこそこ平穏に暮らせていた。

元々人間であったからか人里での生活は全然平気であった。

 

逆にルーミアさんは人里には近寄れなかったりする。その為か闇の塊になってふわふわと山を飛んでいることが多い。

 

たまに私がご飯を持ってくると何処からか飛んでくる。自由奔放な事…

まあ、こうして家に篭って書物を読んでいる私が言えたことでは無いんですけどね。

 

この時代はまだ紙が高く本書はあまり流通していない。私が今読んでいるこれは不比等さんからもらったものだ。

 

「お姉ちゃんただいまー!」

 

さっきまでルーミアさんと模擬戦をやっていたこいしが背中に抱きついてくる。

本を読んでいた手を止めこいしの頭を軽く撫でる。

 

 

今回も手痛くやられたのだろう。首元に回された手には傷が痛々しく入っている。

その傷も再生が行われているためか少しずつ目立たなくなっていってる。

 

「おかえりこいし」

 

こいしが闘う練習をしたいと言いだしたのは茨木さんのところから帰ってきた翌日だった。どうやら私が戦ってるのを見ていたらしい。

ただ、妖力の操作すらおぼつかない状態ではどうしようもない。

最初は私とお燐がある程度教えていたのだが途中で参戦したルーミアさんが何を思ったのか私が教えるといいだしたのだ。

 

こいしも喜んでいたからルーミアさんに任せる事にしたのが数週間前。

今ではだいぶ戦闘にも慣れてきたようで大きな怪我をしなくなってきた。

 

「着替えなら用意してあるわよ」

 

「うん!わかったー」

 

パタパタとした足音が奥の部屋に消えていく。

 

 

時を待たずして猫の状態のお燐が窓から入ってきた。

 

 

 

(さとり、天狗が来てるけど)

 

はいはい冗談はやめましょうねお燐。

私は何もせずゆっくり人生を謳歌してるのですよ。天狗が来るわけないじゃないですか。

外に柳ともう一人がいるなんて事あるわけないですよ。

うん、あるわけない。

 

「おーい入るぞ」

 

柳君の声が聞こえる。読んでいた本を閉じ対来客用の羽織を着てサードアイを隠す。

 

心が見えなくなり一瞬だけ視界と聴音がぶれる。

 

「さとり、邪魔するぞ」

 

あのですねえ柳君、人の家に勝手に入っちゃダメですよ。まだ許可なんて出してないじゃないですから。

 

「柳君?人の家に勝手に入るのはやめてくれないでしょうか?」

 

「どうせ暇なんだろ?」

 

いや暇ですけど…

なんかこう、いきなりこられてもねえ……

 

柳に続いてもう一人も入ってくる。

人に化けるためか色々とごまかしているが身のこなし方から鴉天狗とわかる。

 

「あ、犬耳の人」

こいしが奥の部屋から顔をのぞかせる。こちらも来客時対応用の服を着ている。

 

「こいし、ちゃんと名前覚えなさい。後そういうことはあまりしないの」

 

柳君を見つけたこいしが突進…抱きついて尻尾を撫で始める。

凄くうらやましです。

……ってそうじゃなかった。

 

「あー…気にしなくていいよ。気持ちいいし」

まんざら嫌でも無さそうに柳君が許可をする。

そのまましばらくもふもふを堪能していたこいしはちょっと待っててーと言って屋根の上に行ってしまった。

 

「で、本日はどのような要件で?」

 

「お前さんを取材したいって聞かない奴がいてな」

 

柳君が隣に座っている天狗の方を見る。

見た目は十代前半。短髪の黒髪、赤い帽子みたいなやつがちょこんと乗っている。見た目的にはまだ幼いく、比較的小柄な柳君より少しだけ小さい。だが天狗としての風格は既に出ている。それなりの実力を持っているのだろう。

 

 

 

「どうも!清く正しい射命丸です!」

 

全然清く正しくなさそうなのがきた。いやさ、わかってましたよ。

なんとなく見覚えがあったんですからね。

それにしても…記憶にある文よりかなり小さいですね。

座り方や位置、身のこなしから見ても柳君より身分は下…

まだ若いのだろうか…

 

「取り敢えず妖怪をしてます。古明地さとりです」

 

紹介が終わったところでお燐がお茶を運んできてくれた。

正直言ってこの人に正体がバレるのは厄介だ。

 

 

「それで…射命丸さんは何用でこちらに?私なんてそこらへんにいる虫とかと対して変わらない気がするのですが…」

 

「いやいや、そこまで卑下しなくていいですよ!」

 

「あー急に来てしまって悪いが、巷で噂のあんたを取材したいって聞かなくてな…すまない」

 

突っ込みを入れ射命丸とすまなそうに謝ってくる柳君。別に柳君が悪いってわけでは無いんですけど…

 

「と言うか私って噂になってるんですか?」

 

「ええ、あの萃香さんと勇儀さんと引き分けまで持ち込める名の知れない妖怪、その上人里で自ら生活していると」

 

「だからわざわざここまで来たんですか?」

 

私に取材を申し込むためだけに人間のホームにわざわざくるとは…大胆ですね。

 

「お願いします!」

声が少しだけ上ずっているのと手が小刻みに震えているのを見る限りだいぶ緊張しているのがわかる。

おそらくまだ取材慣れしてないのか…またはあがり症なのか。

 

 

「うーん…まあ断る理由は無いですけど…お燐はどう思う?」

 

「あたいに話を振られてもねえ…」

 

まあそうですよね。普通はそうですよね。私と見せかけてお燐の取材に切り替えるなんて普通できませんよね。

ですけど射命丸さんもなんだか緊張しちゃってるし…初取材なのでしょうか。だとすればここで断ってしまうと印象は悪くなるし彼女だって悲しむ。だがある程度信頼関係がないと大した返事も出せない。

正直な話私は取材されるのもするのも嫌。

重たい空気が流れる。

 

「なになにー?取材って?」

 

ふと窓の外から声が聞こえる。振り向いてみると宙ぶらりんになったこいしが何かを持ってきていた。

 

「あやや、妹さんですか」

 

「そうだよー!私はこいし!」

 

そのまま部屋の中に飛び込んでくるこいし。右手には大きな鮎が数匹、紐に巻かれてもがいていた。

まさかあの短時間で鮎を捕まえてくるとは…

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん!はいこれ!」

 

そう叫んで鮎を私に渡してくる。えっと…それ二人に渡すためにとってきたのでは無いのですか?

 

「まさか、調理よろしくということで?」

 

「そうだよ!」

 

まさかの調理よろしくって事でしたか。

ふふ、なるほどです。

 

 

あ、お二人さん帰ろうとしなくていいですからね。ちょっと時間かかりますけどご飯くらい食べていってください。

 

何やら帰ろうとする二人をこいしと私が引き止める。

心が読めなくてもなんとなく考えていることはわかるものだ。

特にこいしは表情が豊かで無邪気だから分かりやすい。ただその反面あの子は傷つきやすい。それでも私よりはマシである。

 

「お燐、ちょっと手伝って」

 

「はいはい」

 

 

 

 

「もーお姉ちゃんったら硬く考えすぎ」

 

「いえいえ、無理に押しかけちゃったのはこっちですしいきなり取材協力を申し込んでもああなるのが普通ですよ」

 

居間からこいしたちの話し声が聞こえる。

こいしが変なこと言わないかどうか心配だけど…大丈夫でしょう。

 

 

取り敢えず私はこっちに集中しなければ…

ここら辺の川は綺麗な方だから臭みもないしこのまま刺身にでもしてみましょうか…でも数がちょっと多いですし何匹かは甘露煮にしたりしても美味しくいけますね…うん。

 

「お燐、鮎つまみ食いしちゃダメですよ」

火を起こしているお燐に注意する。一瞬だけ手元がぶれたのを見逃すほど私の視力は劣ってない。

「し、してないよ〜」

 

騙されませんよ。鮎の尻尾が見えてますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから完成した料理を持って居間に行く。

 

「それでね…あ、料理できた?」

 

「ええ、それにしても仲良くなってるみたいですけど?」

 

私が料理をしている合間にだいぶ仲が良くなったみたいだ。

ここまで純粋に人と仲良くできるのはすごい。

本当、こいしにとって私から受け継いだこの能力は邪魔なものでしか無いのね。

 

「美味しそうな料理ですね!」

 

「お姉ちゃんの料理は見た目綺麗だし美味しいんだよ!」

 

あの…こいし。射命丸さんの背中におぶさるのはやめてあげなさい。どうみても困ってますよ。

 

ん?どうして射命丸さんは顔が赤いのでしょうか?

 

まあいいです。冷めないうちに食べましょ

 

「あーすまない。私は一旦帰る」

 

柳君がすまなそうに立ち上がる。

どうしたのでしょうか。まさか門限とかがあった?

 

「嫁さんが待ってるだろうし…もうすぐ産まれるかもしれないから…」

 

「なるほど、お幸せに」

 

そう言えば結婚していたのでしたね。へえへえ、別に良いですよ?私が何か言えるわけでも無いですし。

 

柳君を見送ってから食卓に戻る。

なにやら射命丸さんとこいしが抱き合って震えているようですけど何かあったのでしょうか?そこまで寒くは無いと思うのですけど…

 

「お姉ちゃんの負のオーラが怖い」

 

あらら、知らない合間に怖がらせてしまってましたか。

すぐに気を落ち着かせる。

これで多分大丈夫なはずですけど…

 

「気にしないで…ご飯食べましょ?」

 

落ち着いた二人と呆れる一匹がそそくさと動く。

 

 

 

 

まあ言ってしまえば、食事の時ほど打ち解けやすい空間はない。

最初は会話が弾まなかった射命丸さんですが、だんだんと表情が自然になってきた。

彼女は根はいいのだろう。私はなんだか偏った知識でしか知り得ないヒトですのでなんとも言えないのですが…こいしがあそこまで懐いているのだ。多分大丈夫。

 

 

「ある程度の質問になら答えてあげます」

 

食事も終わり、食器を片付けている合間に一通りの事は決めた。

 

 

「本当ですか⁉︎ありがとうございます!」

返事をもらえず断られるのでは無いかと思っていたのでしょうか。なんとも言えない表情がパッと明るくなった。

 

「後、敬語とかは要らないわ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて…」

 

それから文が私の家に泊まる流れになるまでそう時間はかからなかった。

 

「そう言えば文は取材とかって初めてだったんでしたっけ?」

 

「ええ、今回が初めてなんです」

 

なるほど…だから普通は声がかけづらいであろう私を取材しに来たのですか。私を取材できれば実力を認めてもらえると…

 

選択としては間違ってはいないのだろう。

事実私の存在が変に噂されてしまっているのは事実であるし…

今度から気をつけて行動しないといけませんね。今更遅い気がしますけど

 

 

 

 

 

「文ちゃん!布団の支度できたよ!」

 

「もう…何があってそんなに仲良くなったのか…」

って布団二つしか敷かれて無いですよね。まさか私の分は無し?

 

「お姉ちゃんのは隣の布団だよ?」

 

あれ、そしたら貴方の分は…

 

「ん?お姉ちゃんと文ちゃんの間だよ?」

 

それを聞いた途端急に射命丸さんが赤くなった。

どうしたのでしょうか?そう言えばさっきお風呂入ったらどうですって言った時もこいしが体洗うねとか言って一緒に入ってましたっけ。

直接みてはいませんけど結構楽しんでいたみたいです。特にこいしが。

ただ射命丸さんの体を洗いに行っただけなのにどうしてあそこまで楽しめたのでしょうかねえ。後でお燐の記憶でもみて何があったかみておきましょう。

サードアイがばれないかどうか私はヒヤヒヤでしたけど。

まあこいしにとっては初めての友達なわけですし…多少のわがままは許してあげますか。射命丸さんもそこまで嫌がっているわけではなさそうですし

 

 

「あの、ここまでしてくれてありがとうございます!」

 

「気にしなくていいんですよ。ほとんど私達のお節介みたいなものですから」

 

 

さて、時間が時間ですし射命丸さんも眠気が表情に現れ始めてます。これ以上無理をさせるのも悪いですから寝かせてあげましょう。

 

布団に入った二人は最初こそガサガサと落ち着かなかったが、直ぐに二つの寝息が聞こえてきた。

しばらくそこら辺に転がっていた私も自然と意識を手放していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

どうも朝起きてからテンションが上がらない。

たまにある事なので大したことでは無いのだが、今日は来客がいるのだ。

射命丸さんに迷惑はかけられないので朝早くですけどちょっと気分を落ち着かせるために山の中を歩く。

 

うーんまさか鴉天狗とも接点が持ててしまうとは…人生何があるかわかったもんじゃないですね。

大体は私が引き起こしたことが原因なんですけど

 

昨日のことをポヤポヤ思い出しながらしばらくあてもなく歩いている私ですが、ふと我にかえるとここどこだって事がよくあるわけです。

そういうときは大抵私が何か気になるものを見つけたときくらいでして今回もそんな感じでした。

 

ふと、草木の中に石の塊らしいものを見つけた。

それ自体は珍しいものでも無いのだが、なんとなく気になった私はそれに近づいてみる。

近づいてみるとわかったのだがどうやらこれはお地蔵さんみたいだ。

 

ここに置かれてからだいぶ経っているのか苔や草で覆われ台座は埋まって傾いていた。

 

こういうのを見てると綺麗にしたくなってしまう。

苔や草を払い落とす。地蔵本体がしっかりと見えるようになる。

まあ落書きまみれの酷いことなんの…長年放置され続けたのでしょう。

このままの状態ではなんだか申し訳ない気がして墨を落とすことにする。幸い墨自体は簡単に落ちてくれた。

 

 

「あのー…」

 

「今作業中なので後にしてくださいね」

 

地蔵の裏手から少女が一人出てきたがあいにく構っている余裕はない。

一旦地蔵を持ち上げて下の台座を露わにさせる。

破損している箇所は見当たらないが長年ほっぽらかしにされて埋まりこんでしまっている。

埋まりかけていた台座を元に戻しその上に地蔵本体を乗せる。

 

後は周りを綺麗にして飲み物でもお供えしておきましょう。

 

 

「……で、どちら様でしょうか?」

 

先程から作業する私の後ろに立つ少女へ目線を向ける。

少女というと語弊があるかもしれません。多分見た目少女、中身は…なんでしょうこの気?

妖怪とも言えないし神力とか霊力とも違う。

 

「…私はそこの地蔵です」

 

「ああ、お地蔵さんでしたか。これはこれは初めまして」

 

お地蔵さんにも魂みたいなものが宿るんですね…あ、でもこの姿は付喪神みたいなのではなく、お地蔵さん自体に込められていた意思の塊というかなんというか…一個体の魂という訳では無いみたいですね。

 

「色々としてくれてありがとうございます」

 

「お礼をされるようなことはしてないつもりですけど…」

 

「謙遜しなくてもいいんです。あなたの行為は立派な事ですよ。これで普段から周りのことを考えて……」

 

あ、これ長くなりますね。

少し疲れたのでその場に腰を下ろして休憩。あまり長い話は好きでは無いのですけど…

私の願いも虚しく隣に腰を下ろした地蔵さんに数分ほど説教に近いものを聴かされることになった。

 

「それで、どうしてここにお地蔵様が立ってるんです?」

 

話の切れ目を使って直ぐ話題を転換させる。正直放っておいたら話し続けてしまってそうだ。

 

「……だいぶ昔になりますけど…ここはもともと道だったんです」

 

そうですか…ここに道があったんですか。そう言われてみればちょうど目の前を横切るように獣道みたいなものがあるのに気づく。冬の到来を前に草木が減ってるにも関わらずこのような状態では獣道ですら怪しいのですけど…

 

「まあ私自身もそこまで目立ったところに立っていたわけでは無いので忘れ去られてしまうのも無理はなかったんですけど…」

 

なんだか言葉がよどんで来ている。愚痴にしてはなにか悔しいというか…憧れていることが叶わないのを軽く嘆いているような雰囲気が出ている。

 

「そうですか…他人に同情はしたく無い性格なので御愁傷様としか言えませんね。ところで、地蔵さんは夢とかそう言うのって持ってるんですか?」

 

「……私は、閻魔になりたいんです」

 

「閻魔ですか……」

 

地獄の裁判長とはよく言ったものです。

確か閻魔というと10人で裁判をやりくりしていたはずである。

それになりたいと言っても出来るのだろうか…確か人手が足りなくなったとかで途中採用みたいな感じに何人か閻魔にしたのだっけ…四季映姫などはそのときに閻魔になってるから…ん?

 

「ところであなたの名前は…」

 

「……そうですね…前は名もなき地蔵でしたけど…今は四季映姫と名乗ってます」

 

やっぱりだった。

 

「もしかして人の善悪とかって気にする方ですか?」

 

「まあ…地蔵ですし、地獄で裁判を受けるときになってからではもう何もできないですから…せめて生きているうちに行動を改めてもらったりして欲しいっていうのは本音です。一度道を踏み外してしまえば戻るのは大変なことですし」

 

ほんと…根は悪いわけでは無いのだろう。ただ説教が長いだけで…

 

「まだ名前を聞いてませんでしたね」

 

思い出したかのように映姫様が聞いてきた。

どうしましょうか…別に地蔵様なら隠す必要もないし隠したら隠したらで面倒なことになるでしょう。

 

「そうでした。では改めまして、私は古明地さとり。ちょっと色々あってさとり妖怪をしています」

 

「なるほど…さとりさんですか。…その眼を隠していたのは心を読まないようにするためだったのですね」

 

あらら、この眼の存在がバレてましたか。

 

「お恥ずかしながら、人の心を読むのが怖い出来損ないであります」

わざとらしく遜った言い方になる。

 

「人には好き嫌いがありますし貴方のその行いが一途に悪いとは言いません。ですが、隠し事をするのは良くありません。早かれ遅かれ隠し事などバレるものです。だから早めに周りに言っておきなさい」

 

 

「心に留めときます」

 

 

 

「あれ?さとりじゃん」

ふと頭上から声が聞こえた。

釣られて顔を上げてみると重そうな荷物を抱えた秋姉妹がふわふわと浮いていた。

同時に一陣の風が枯葉を舞いあげる。同時に隣から気配が消える。

人見知りってわけでも無さそうなのですが……まあヒトにはヒトの考えがあるんでしょうね。

 

「秋さんと秋ちゃん」

 

「わけわからなくなるから下の名前でいいよ」

 

そうですかと返事をしながら立ち上がる。程よく休憩できた体はなんだか軽い気がした。

 

 

暖かくなって寒くなってをほとんど変化なしに繰り返していく。妖怪であり基本的に寿命が無いためだんだんと時間感覚が麻痺してきた。

ただし人間としての時間感覚は健在なようでふと数年前が数日前に思ってしまうなんて本人しかわからないようなアクシデントもしばしば。

流石に100年も経って姿が変わってないと知れば里の人は妖怪だと気付くが、別に害をなすわけでもなく逆に仲良くしようとする妖怪には寛容な里の方針に幾度となく助けられた。

一応妖怪に襲われたりしている人を助けたり里に攻めてきた妖怪を追い払ったり程度はこちらもやっておいた。

まあやりすぎると天狗に睨まれるのでほどほどにではあるけれど…

とまあ、そんな感じに過ぎることはや100年、今年も蝉が五月蝿く鳴く季節がやってきた。

 

「お姉ちゃん暑い…」

 

「天候に文句言っても無駄よ」

 

本日何度目になるだろうこのやり取り。真昼間から部屋で脱力している妹を尻目に作業を続行している。

 

「あたいも暑いです」

 

「貴方の場合猫に戻って水でも浴びればいいじゃないの」

 

「……私も水浴びたい」

 

「人ひとり分の水は流石に汲んで来ないと無いわよ」

 

あああと、こいしのうめき声が聞こえる

 

お燐もこいしも少しは我慢できないのだろうか。確かに今年の夏は普段と比べて暑いのだが…

まあ今作っているものが出来れば多少楽にはなるはずですけど…あ、氷足りないや。

……まあいいか。

 

「ねえ窓開けていい?」

 

「ならコートを着なさい」

 

「えーー…だってあれ暑苦しいんだもん」

一応夏用に半袖のコートは作ってある。

ただしあれらはサードアイを隠すことが最優先事項であり通気性が絶望的である。

一応半袖にしてなんとなくラフにしてはあるのだがここまで暑くなると嫌になる。私だって着たくはないが、着ないと外に出れないのだから仕方がない。

 

窓を閉め切ってしまっている私にも責任の一端はあるのだが…今度風通用の窓とか作りましょうかね。

 

 

その後しばらくの合間暑い暑いと文句が垂れ続けるのを聞きながら手元の作業をやめない。

すると無言になった部屋からガサガサと布がこすれる音が二つほど聞こえる。

何をやっているのか気になったもの火元の管理中なのでなかなか手を離せない。

 

「いやーこうすればよかったね!」

 

「ですね…まあ、あたいは猫だから元の姿に戻れば多少は楽になるんですけど」

 

大体煮詰め終わったので火を消してしばらく冷ます。

 

「さて、あとは冷ますだけですけど…」

 

二人の様子を見るため襖を開ける。台所にこもっていた熱気が一気に流れていく。

 

「………」

 

床に寝っ転がっているこいしと目が合う。同時に眩しい限りの笑顔を向けてきて……

すぐに襖を閉める。

 

 

「ちょっとちょっと!なんで閉めちゃうのさ!」

 

「あのねえ…いくら暑いからって下着姿になって良いと思ってるの⁉︎あとお燐も注意しなさい!」

 

「いいじゃん!家なんだし!」

 

よくないよくない全然良くない!って言うか十何年前も同じことしてたよね!

服律儀に畳んでおいておくのは褒めるけどそれ以外やってることが変質者と変わってない。

 

 

「はあ……今冷やした葛きり出しますからすぐに服を着なさい」

 

はーいとめんどくさそうな返事をして緑がかった銀髪がゴロゴロと揺れる。

まあ暑いので大目に見てあげますか。

私も汗くらいは拭かないとまずいですね。

 

「……こいし」

 

「今度は何?お姉ちゃん」

 

「それ、私の服」

 

「知ってるよ。だって汗掻いちゃって気持ち悪かったんだもん」

 

まあ別に良いんですよ。サイズ的に同じくらいなのでね。

ただそれ着られると私の予備の服が無くなるのですけど…

 

「んー!美味しい!」

 

服のこと考えてたら先に食べられてた。

それにしても美味しそうに食べてますね。まさかお皿を二つも…あれ?二つ?

 

ものすごい嫌な予感が走る。いやいやちょっと待て。それはお燐が食べたやつって可能性もある。だから私の分もちゃんと…

 

お燐の方をちらりと見る。

もちろんお皿を大事に抱えながらがっついてる。

 

 

「……」

 

あれー?ちょっと待ってくださいよ。じゃあ私の分のお皿は?持ってきたはずなのですけど…

 

「こいし……私の…」

 

「え、あ……」

 

気づくの遅くないですか⁉︎というか無意識だったんですか⁉︎

 

「……まあ食べちゃったならいいです」

 

言ってももう戻って来ませんし…それにこいしが喜んでくれたならいいや。

 

体を横にしてなんとなく天井を見上げる。

こいしと過ごすようになってから100年……さすがにもうこいしも妖怪に慣れたわよね。

 

最初の数年は本当に色々あった。

こいしの中で妖怪の気と人間の気が噛み合わずずっと情緒不安定だった。

それに拍車をかけたのが中途半端に受け持った私の記憶の一部だ。特に前世の記憶。

どうやら妖怪化した時に記憶や感覚の一部がこいしに譲渡されたようだ。そのおかげで余計に妖と人の精神が対立してしまったのだ。

この辺り誤算だったなあと思う。

 

夜中に何度も呻いてたし苦しそうだったのをみるとほんとこっちまで苦しかった。ただあれだけはこいし自身しか解決することは出来ないので私はどうしようもできなかった。

 

 

まあこうして元気に過ごせていることだからいいか。

 

 

 

「なんか…さとり以上に自由奔放になったねえ」

 

「……私ってそこまで自由奔放でしたっけ?」

 

お燐にそう言われるとは…心外です。

思い当たる節がないわけでは無いのですが…最近はおとなしくしていますよ?

 

「自由奔放だし結構トラブルメーカーだよねお姉ちゃんってさ」

 

「え…ひどくないですか?」

 

こいしの一言ってかなり心に刺さるのですけど…いじけちゃいますよ?いじけちゃっていいんですか?

 

なんとなくいじけたアピールで二人に背を向け魔導書を書き始める。

いつもの流れだったりするしもう二人とも分かっているのでなにも言ってはこない。

魔導書と言っても書いてあるのはほとんど妖力を元にしたやつだ。私自身魔力は使えないし一回習おうとして欧州まで頑張って行ったは良いもののセンスが無いらしくダメだった。

ただしこいしは鍛えれば結構使えるらしく一応基本概念みたいなものは覚えて帰ってきた。

今書いている魔導書もこいしが使う為のものだったりする。

 

こいしは私と違い元人間であり霊力と魔力の両方を一応使えるのだとか。

ただし使うのはいいが使うまでのプロセスが上手くいかずに使えないようで、失敗ばかりだった。

そこで登場するのが魔導書だ。

 

仕組み自体は簡単だ。あらかじめ紙に発動プロセスを入れておけば後はそこに魔力を流し込むだけ。これだけで簡単に魔術が執行可能になるのだ。ただしページを開いたり詠唱したりとタイムラグが大きく万能というわけではない。

なので大抵の魔法使いはこれらのプロセスを暗唱するかあらかじめ体に仕込んでいたりする。別にそこまで本格的になる必要はないしこいし自身もめんどそうだったのでやらないが…

 

それじゃあ私ではなくこいしが魔導書を書くのではと思うがそう言うわけにも行かなかった。

 

こいしが作ってもうまく発動しないのだ。

まあ本人が起動プロセス自体作れないと言ってるのに紙にそのプロセスを書くなんて無理な話なのだが…

 

色々試した結果私が書いたやつが一番使い物になるらしいのでそれ以来私が魔導書を書くことになったのだ。

 

「お姉ちゃん今度はどんな魔法書いてるの?」

 

「貴方が前に言っていた広範囲攻撃型の物と高速回復のやつをいくつかね」

 

「そういえばずっと思ってたのですが、さとりって魔力が無いのにどうして魔導書を書けるんですか?」

 

「書くだけなら起動式の法則を覚えれば簡単に出来るのよ」

 

高度な魔術使いになるとその場ですぐに起動式を組み速攻で打つことが出来るのだとか。

 

「お姉ちゃんいつも使いやすくて効率がいいやつすぐに作ってくれるよね。そう言うところがすごいと思うよ」

 

「そうですか?」

 

そんな感じで炎天下な昼間が過ぎ去っていく。日が傾いてくれれば涼しくなってくれると思うのですけどね。

それにしても甘いの食べたかったなあ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?甘いものが食べたくなったから私のところに?」

呆れたと言わんばかりの視線を向けてくる映姫を他所にお菓子を頬張る。

 

あの後早めに魔導書作りを切り上げ、映姫さんのところで愚痴ったり愚痴られたりしているところだ。

あれ以降、隣に休憩できる屋根付きの建物やなんやらを設置しておいて自然と妖怪や人の流れを作ったりしている為か、自分で言うのもなんですけど良好な仲ではある。

少なくとも普段の愚痴を聞く程度には良好だと思う。

 

「それもありますけど、別の用もありましてね。あ、食べます?」

 

「……いやそれ私のですけど…まあいいです。この季節は特に足が早いですから消費してくれるなら消費しちゃってください」

 

首を振って返事をする。

霊体に近い本人はお供え物をされても食べられないのでこうして人が来るたびに渡しているのだとか。

 

「…前々から思ってましたけど食事量と1日の消費量が釣り合ってないんじゃないですか?」

 

「なにを唐突に……」

 

「前にあった時よりだいぶ痩せた気がします」

 

そう言われるとなにも言い返せない。

映姫さんがわざわざ嘘をつくわけないしついたとしてもそんなしょうがない嘘をつく人ではない。

 

「……最近胃が弱りましてね…」

 

 

「体に気をつけないとダメですよ?わかってると思いますけどあまり無茶をし過ぎて倒れてしまっては周りに迷惑をかけるだけですし」

 

「わかってますよ。だからこうして食べてるんじゃないですか」

 

本当は牛肉とか豚肉とかあればそれ使って焼肉とかでもやってみたいのですけどまだ食文化として存在しないせいで肉自体が手に入らないんですよね。

まあいいんですけどね。

 

 

出された御菓子の最後の一つを口に入れる。

 

 

 

「さて、そろそろ私は行きますね」

 

「本当に食べに来ただけだったんですか…」

 

「……?他に何かありましたか」

 

「いえ…いいです」

 

なんだかよくわかりません。別に気にすることでも無いですし別にいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ始め多少暑さも和らいできた。陽の光が辺りを赤く染めあたかも異次元に迷い込んだかのような感覚に陥る。

山道を歩くごとに聞こえてくるひぐらしの鳴き声と荷物を持った私の足音が響く。

この時間は既に人間にとって危険なもの。私達にとってはなんでもない時間。

残っている熱気がコートの中にまとわりつき余計に温度を上げている。

 

本当は飛んでいくのが早くて確実なのだが、やっぱり木下の方が涼しい。

それに夏の山というのもいつ見ても飽きない。青々と茂った草木。花や紅葉とはまた違った色合いと趣を見せてくれてそれらが夕日と相まって幻想的になる。

そんな景色に見とれながらものんびりと足を進める。

 

夏に入ってから久しぶりに天狗の里に顔を出すことになった。

原因は使い魔の鴉がひょこっと軒先に現れたことからだ。詳細はわからないがこんな私を呼び出すとしたらどこかの鬼達か一部の天狗くらい。大体のことは察しがつきそうなものだ。

 

 

爽やかな風が一転。急に強い風に切り替わった。

同時に目の前に二人の犬耳…違った。白狼天狗が降り立つ。

 

「ご無沙汰してます。これ、差し入れです」

 

荷物を白狼天狗に渡す。一応中身は昼間作っておいた葛切りだ。

ほんと、なんで葛切りはこの時代に無いんでしょうか。こんなに美味しいのに…ねえ?

 

「いつもありがとうございます」

 

「いえいえ、暑い中も頑張ってるんですからね」

 

本当にそうである。いくら三交代制とは言え暑い中での警戒は想像以上に体力を使う。それに剣と盾と短刀といった兵装の重量もあるのだ。私なら絶対やりたくない仕事である。

 

「そういえば今日は誰かに呼ばれたんですか?」

 

「ええまあ…ちょっと呼ばれました」

 

妖怪の山の住人ですらない私がここに来る理由なんてあまりない。

私だって人里での生活で満足しているのでこっちに顔を出すことなんてほとんどない。せいぜい祭りか宴会の時に呼ばれるくらいだろう。

それなのに催しもなんもない日にひょっこりと私が来てはそりゃ興味も湧くものだ。

 

唐突に目の前が暗くなる。

隣にいた白狼天狗も状況の変化に思わず戦闘態勢に入る。

私は特に何もしない。大体殺気がない時点で大丈夫だと判断したしこんなことできる妖怪なんて一人しかいないですし…

 

「あ、さとりじゃないかー」

 

「ルーミアさん…趣味悪くないですか?」

 

闇がふわふわと晴れていき金髪の女性が出て来る。

私の知り合いだとすぐに理解した白狼天狗もすぐに刀を収める。

「しょうがないのだ。常闇妖怪は闇がないと常闇じゃなくなっちゃうのだ」

 

まあそうなんですけど…

 

「それにワンちゃんがいたから脅かしてみたかったのだ!」

 

「おい、誰が犬だ。私は白狼だ!」

 

なんでこう…相手を怒らせることばかり言うんでしょう。

後ワンちゃんはダメでしょワンちゃんは……せめて狼って言ってあげましょうよ。

 

先を急ぎたいのでルーミアさんとはここでお別れ。

そういえばルーミアさん普段どこらへんに住んでいるんでしょうか?

不思議ですね。

 

犬と言われてご機嫌斜めなのか一緒についてきてくれている白狼天狗は怒りのオーラをずっと出していた。

 

結局私が里に着くまで始終ご機嫌斜めだった。

 

 

「よ!さとり」

 

「あ、さとりさん。こんにちわー」

 

里に入ってすぐにいろんな人に声をかけられる。

文さんの新聞に記事が載ってから私の知名度が一気に上がった。

それ自体別に気にする事ではないが…別に何をしたわけでもないのですけどね。

まあ隣人程度って感覚なのでしょう。

 

 

隣人ですらない気がしますけど…

 

それにしても私を呼んだのは誰なんでしょうかね?

ここまできたら姿ぐらい見せてくださいよ。

 

「……ねえ萃香さん?早く出てきて欲しいのですけど」

 

なんとなく私の後ろに向かって話しかける。

萃香という単語に一瞬だけ周りがざわつく。

 

「へえ、やっぱりわかるんだ」

 

「流石にもう慣れました」

 

真後ろに霧のようなものが集まっていきやがて一人の少女の形をとる。

鬼の四天王が現れたことに周りが怖気つく。

そこまで恐ろしい存在なんですかね?私にはあまりピンと来ないんですけど…

 

「それで、私を呼んでどうしたんですか?」

 

「まあなんだ?ちょっと急に飲みたくなってね。付き合ってよ」

 

個人的に……ですか。

何か相談事でもあったのでしょうかね。

 

「……いいですよ」

 

断る理由もないので承諾する。

 

周りでおどおどしていた天狗たちも勝負や宴会の騒ぎなどが起こらないことを知るや否やだんだんと日常の風景に戻っていく。

 

鬼が畏れられてる理由ってやっぱり酒と勝負だったんですね。

 

そんなことを考えながら萃香さんにつられて歩いていく。

さて、どんな事が飛び出るのか…気になります。



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depth.17さとりと居酒屋

萃香に連れられ訪れたのは居酒屋のような建物。

営業中の看板以外は掲げられておらずなんて名前の店なのかすらわからない。

まあみんな知ってるから今更店の名前なんて掲げなくても良いっていいことなのだろう。まあ私としてはこの店の名前がなんであろうとどうでもいいようなことです。

萃香さんが先に暖簾をくぐり中で店員相手になにやら話を始める。こういう場合どうしたらいいかわからない私はおとなしく外で待っている。

しばらくすると萃香さんが店から出て来て手招きをする。入れという合図なのだろう。

それにしたがい私も暖簾をくぐる。

 

 

 

店の中は様々な種族の妖怪で賑わっていた。

鬼の四天王だろうが悟り妖怪だろうが関係ない。そんな雰囲気をひしひしと感じる独特な空間だった。

気を抜けば精神が流されてしまいそうな喧騒の中を萃香さんに連れられて進む。

 

そのまま端っこの席に案内され、椅子に座るよう促される。

 

 

「私相手にお酒ですか…」

 

「酒がなかったら始まんねえからなあ」

 

何を始める気なんだか…もう勝負なら散々やったじゃないですか。

あ、私はお冷でいいです。ええ、

 

 

萃香が色々と注文する合間、私は目の前にいる本人を観察する。

普段と変わらないが若干元気がない。

右腕の運び方が不自然だ。どうもつっかえた感じがする。もしかして怪我でもしたのだろうか。だとすればかなり強い相手と戦ったことになる。

 

「私に何かついていたかい?」

 

「いえ、なにも…」

 

酒が入らないとあまり喋らない性格の為二人の合間にはやや重たい空気が流れる。

必死に空気を軽くしようとしてはみるが私は自ら話し出すのが苦手な性分な為結局空振ってしまう。

 

 

「お、来た来た」

 

厨房をのぞいていた萃香さんがそう呟く。

 

結構な料理と…何でしょうね。

居酒屋だから当たり前かもしれないですけどそれを差し引いてもすごい酒の匂いだ。

正直これだけで酔ってしまいそうである。

 

 

「そうだねえ…私も大江山の方で色々とあったりしたんだよねえ」

 

いつの間にか一杯目を飲み干していた萃香さんが話し出す。

 

「はあ…何があったのかは興味も起きませんけど…どうせ人間と戦ったか妖怪と戦ったのどちらかでしょう?」

 

「どっちもさ」

 

どっちのと言うことは…まさか反乱でもあったのでしょうか。でもそぶりからしてそう言うわけでもないし噂も流れてきてはいない。そうであれば反乱ではなく、喧嘩か何かで相手の妖怪が卑怯なことをした…もうひとつは鬼退治に来た人間が何か気に食わないことでもしてイラついているか…

 

そんな想像をしているうちに二杯目を飲み干す萃香さん。普段よりペース早くないですか?萃香さんのペースに疑問を感じてしまう。

 

別に私がどうとかじゃないのでいいんですけど、と言うか酒臭くてだんだん気持ち悪くなってきました。もうちょっと臭いのないお酒ないんですか?しかも私が箸付ける前につまみの料理全部食べるのやめてください。

え?酒と一緒に食べるからいいんだろって?そうですけど少しくらい私だって食べてもいいじゃないですか。

 

「最近さ、人間が対等に戦ってくれなくなってきてねえ…」

 

「まさか相談事ってその事ですか」

 

これはかなり重たいです…下手したら今後の鬼達の人生にも影響が出るかもしれないものですね。

 

 

「だってさとりが一番人間のこと知ってるだろ?」

 

まあそうですけど…伊達に人里で過ごしているわけでも無いです。

 

「そもそも…人間の力だけでは純粋に鬼には勝てませんよね」

 

「それはわかってるんだ…だけどよう、卑怯な戦法を使うこったねえだろう?」

 

「向こうもこちらも殺す殺されるの戦いが基本です。そのような場においてはいかに相手を倒せるかが重要なんです。人間のやり方を卑怯ととるか立派な知恵と取るかは個人次第ですから」

 

「さとり自身はどう思ってるんだ?」

 

 

「……何を基準に正々堂々と戦うって言うんですか。それこそ鬼の価値観を押し付けているだけじゃないですか」

 

「それの何が悪いんだい?」

 

ちょっと睨まれる。えっとその…怖いですし顔近いです。

 

「いや悪いわけではないんです。ただ、人間が純粋に鬼に勝とうとする場合人間やめたチート野郎になるくらいしか方法は無いんです」

 

ただでさえ力の差が大きい人間と鬼だ。こちらから対等にと言ったところで向こうは聞いてくれやしない。

 

「方法は無いもんかねえ…このままだと他の鬼も人間に不信感を抱いちゃってシャレにならない事態になりそうだよ」

 

方法ねえ…あることにはあるのですが…種族間での大事な取り決めとなりそうですし…それをすると絶対反対勢力出てきますし…予想される鬼の反発は萃香さんや勇儀さん達が押さえつけてくれるはずだからそこまで酷くはならないでしょう。

問題は人間側…

最近都の方では打倒妖怪を掲げる人達が活発化している。

そのような状態ではとてもじゃないが話し合いなんて無理。

この案は没確定…でもこれくらいしか正直思い浮かびませんよ。

 

 

 

「そうですね…勝負の時にある程度ルールを決めてから行うしか無いですね…」

 

「やっぱそうなるよなあ……でも鬼ってあまり細かいルールを決められるのは苦手なんだよねえ」

 

え…そうなんですか?私との勝負の時はちゃんとルール厳守で闘ってくれますよね?それは大丈夫なんですか。

 

「あれは簡単だろ?非死性弾幕を綺麗に撃ち合うっていうだけだろ?」

 

そうですけど…っていうかそれを人間にも適応すればいいじゃないですか。

「人間が全員弾幕を撃てるわけないだろ?」

 

食事の手を一回止めた萃香さんが呆れたように言ってくる。

普通妖怪と戦うのって陰陽師とか力を持つものじゃ無いんですか?

 

いや、予想はつく。実際に妖怪を退治すると言った文献では時代によって武士や剣士が妖怪を倒す事もある。

 

「まさか剣士まで妖怪退治を?」

 

「ああ、刀持った連中だからどうなのかもしれないな」

 

まさか普通の人まで妖怪退治を始めているのですか。

おそらく人間側の世で色々とあったんでしょうね。大方、現在の政治が不満なのかなんなのか…そう言えばもう直ぐ鎌倉時代でしたね。だとすれば確かに武士が陰陽師の真似事をしてもおかしくはないか……

 

「……人間と妖怪では根本的に価値観が違いますし…今後はそういうやつだなと思って闘うしかないんじゃないでしょうか…」

 

「やっぱそうなるか……」

残念そうに返事をしながら更にお酒を飲んでいく。

 

「あまりお役に立てなくてすいません」

 

「まあスッキリしたしいいか!よし、口直しに鬼殺しだ!悟りも飲め!」

 

そしてこの切り替えの速さである。正直同じことをグダグダ引きずらないのは助かる。

この前茨木さんの愚痴を聞いていた時なんか凄い後まで引きずってましたし…そう言うのって私は好きではないんですよね。

 

「ええまあ…あ、お冷と冷奴でいいです…」

 

タイミングよく来た店員が私に注文を催促してくる。だがこういう場所は初めてなのでなにが置いてあるのかわからない。

当然私が頼めるのなんて少ししかないわけだ。

 

「あやや?さとりさんと…萃香様⁉︎」

 

ガヤガヤとした店の中に一瞬だけ私達の名前を叫ぶ声が聞こえた。

決して大きい音量だったわけではない。むしろ普通なら店の喧騒に紛れて気付かない程度のものであろう。

だが偶然にも私の耳は覚醒状態であったためその声を聞き取ってしまった。

 

「あれ、文さん」

 

入口の方を除くと一匹の白狼天狗を連れた文がこちらを見て唖然としていた。

食事をしに来たら思いっきりやばい人と出くわしてしまったと言ったところですね。

「お、ブン屋の嬢ちゃん!こっちこっち」

 

 

 

「あ…あの、その…用事を思い出しました!」

 

「えーちょっとは飲んでいけや」

 

「は…はあ…ですが…」

 

鬼に強く出られると他の妖怪はなかなか断れない。

本人達の機嫌を損ねてしまうのを恐れている。だから縦社会…と言うかカースト制度に近い構図を作って対処しているのだ。無論私はこれに組み込まれてはいない。

よそ者だしそもそも山に住んでいないからだ。

 

「萃香さん…無理に酒に誘わなくても…」

 

流石に可哀想なので萃香さんを止めにかかる。

 

「じゃあそっちの白狼天狗を借りるよ!」

 

即答で標的を変えられた。まさか文さんの連れを借りるとは…やはり鬼怖いです。

 

「え…な、なんで私だけ⁉︎」

 

いきなり鬼の生贄を言い渡された白狼天狗は途端に狼狽する。

 

「おお、萃香様ありがとうございます!」

反対に文さんは嬉しそうに、無駄のない洗練された無駄な動きで白露天狗に気づかれないよう店を後にしようとする。

「え…文さん私を置いていくつもりですか⁉︎」

 

だがすぐにバレた。もうどうでもいいことですので私は目の前に置かれた料理に箸をつける。

あ、冷奴ありがとうございます。え?サービスで焼き鳥ですか?ありがたいです。では腿をお願いします。

 

「椛…頑張れ」

文さんの一言に続いて店内に風が吹く。

気づいた頃には文さんは店にいなかった。どうやら神速で逃げたようだ。

 

「あ、待って!文さんの薄情者ーー!」

 

「うーん流石鴉天狗最速だねえ」

 

もうなんというか…茶番ですね。ええ……あ、腿美味しい。

 

「う…うう…」

 

「あの…椛さん、隣どうぞ。後少し食べて落ち着きましょ?」

 

半泣きの椛を隣の席に誘導する。ここまで来てしまってはもう逃げられないしここで変に逃げようとすれば社会的に痛手だろう。鬼に叛旗を翻すなんて噂が立ったらどうなることやら。

 

「あはは、そこまで気構えなくていいよ!ほら、鬼殺し」

真っ青で震えている椛を思ってかお酒を勧めてくる。それも私にまで……

 

「いきなりそんな強いの進めてどうするんですか…鬼みたいに酒が強いわけじゃないんですから…」

 

椛は完全に逆らえない状態だし私がフォローしていかないとかわいそうなことになってしまいますね。

 

「あーそれもそうだったな。悪い悪い」

 

まだ酔いが酷くないからどうにかお酒は撤回できた。

それよりもなんか食べるものをですね…え?肉あります?それじゃあ三人前お願いします。

 

「椛さんはなにか飲みます?」

 

「そうですね…芋の水割りで…」

 

「ええ…そこは割らないで一気に行けよ!」

 

萃香さんはちょっと黙っててください。って既に空になった器を掲げるのはやめてください。恥ずかしいですから…

目の前で暴れ始めた大酒呑みに呆れて相手をするのをやめる。

 

まあそれを境に周りにいた鬼にちょっかいをかけ始める。まあいつもの光景だ。

ですけど普段の癖で他の人に酒を飲ませようとするのはやめましょ?天狗とか完全に逃げようとしてますし貴方につられて他の鬼がどんどん悪ノリ始めてますよ。

別に私に被害がくるわけではないのでいいんですけど。

 

ため息をつきテーブルに残された食事を手元に寄せる。

 

「先に食べてしまいましょうか」

 

「そ、そうですね」

 

先程から困惑しっぱなしだった椛さんに料理を渡す。

なんか食事なのに色々と気を使わせてしまっているみたいで申し訳ないです。

 

 

萃香さんは完全に別の席で他の妖怪相手に飲み食いを始めていてこちらに絡んでくることはなさそうだった。

それに気づいて多少は落ち着いてきたのかだんだんと表情が柔らかくなってきた。

 

「ところで椛さんって犬走?」

 

そういえばこの子とは今日初めて会ったんでしたね。流れに任せてしまって完全に知り合い状態で話してましたけど…と言うか誰かさんに似てますし。

 

「そうです。初めましてですね。犬走椛と言います。さとりさんの事は父上から聞いてます」

 

 

 

「……なんて聞いてるのかはあえて聞きません」

 

「悪くは言われてませんよ。変わり者だとかなんだとか言ってますね…」

 

それ完全に悪く言ってますよね。まあなんて言われようと個人の勝手ですし良いんですけどね。さとり妖怪だと知られていないからその程度で収まっているけどもし私達の正体がバレていたらそれこそ風当たりは強くなってるでしょう…

 

いくら歩み寄っても妖怪も人間も…意思のあるものには踏み込んではいけない領域がある。

その領域に平然と入ってしまう私達は存在自体が既に禁忌のようなものだ。

もし彼女が、私の正体を知ったら……いえ、考えないことにしましょう。

私のメンタルが持ちこたえられそうにないです。

 

 

 

そんな感じに食事をしながら鬱なことを考えていると急に店内が騒がしくなる。いや、元から騒がしかったのがさらに騒がしくなったと言うか…勝負の始まる前の声援に近いものになっている。

一体なんでしょう?

 

「あの…何かあったんですか?」

 

様子に気づいた椛が近くにいたまともそうな鬼に聞く。

 

「萃香の姐さんがあそこの神と勝負するってよ!」

 

そう言われて萃香さんのツノを探す。

ここまで人がいるとツノを探した方が手っ取り早い。

 

案の定、萃香さんのツノは見つかった。同時にその隣で動く金髪も…

 

「隣の人は誰でしょうか?神様とか言ってましたけど…」

 

遅れて萃香さんを見つけた椛が隣にいる金髪の少女のことを不思議がる。椛はまだ若いから知らないんでしたっけ…90年近く生きていて若いって、感覚がおかしくなりそう…いえ、もうとっくにおかしいんでしたね。

 

「えっと…秋…の色彩司ってる方」

 

「静葉よ!いい加減覚えなさい!」

 

地獄耳のように私たちの会話に突っ込んできた。まさか聞かれているとは思わなかったのか椛がビクッと驚いていた。

 

だって影薄いですし穣子さんの方が最近よく会いますし…

 

「勝負って…喧嘩は外でしてくださいよ…」

 

椛が嫌そうに呟く。椛はこう言うところ初めてだったのでしょうか?まあ私も初めてなのですが…なんとなく酒の席での勝負といえば相場が決まってる気がするんですけど…

 

「喧嘩?ここは飲み屋だぜ嬢ちゃん!」

 

「飲み屋で戦うならあれしかなねえだろ?」

 

そう鬼達に言われて椛も「あ、」と気づいたようだ。

 

「まさか飲み比べ…」

 

神様って酒強いんでしたっけ…静葉本人が勝てると見込んで勝負に乗ったわけですし…相当酒に強いんでしょうね。

 

冬とかよく飲んでる光景見ましたし。

 

「……椛さん…ああ言うのと付き合うのは極力避けることをお勧めします」

 

「ええ…そうします」

 

素直に頷く椛の頭を軽く撫でる。まだこの頃は純粋なんですね…

最初は体を震わせていたがそれも一瞬だけ。すぐに気持ちよくなったのか目を細めて気持ちよさそうにしている。

ただ、あまり長く続けてもあれなのですぐに撫でるのを止める。

 

なぜか名残惜しそうな目で見られた。

なんででしょう?

 

 

 

 

 

 

 

お皿に残った料理があらかた片付き、お腹も丁度いい感じで満足できた。

萃香さんたちの戦いはまだ続いているらしく少し離れたところにいる私たちの方にも熱気がやってくる。

 

「さて、私はそろそろ帰りますね」

 

「あ、でしたら私も」

 

私がいないとこの先どうなるかわかったもんじゃないと気付いているのかすぐに身の回りを整え始める。

 

注文した料理の分のお代に色をつけてお皿の近くにおいておく。

 

「あの…私や萃香さんの分まで払わなくても…」

 

「おいしいものが食べられた気持ちですよ」

 

それに仲良くなれたわけですし…ちょっとした気持ちのつもりです。

それに萃香さんに悪いですけど勝手に帰るわけですからね。

「では…ご馳走様になります」

 

 

店員に帰ることを告げて店を後にする。

星々の光と炎に照らされ活気づいた天狗の里に足を踏み出す。

萃香さんに連れられて通った時とは随分と雰囲気が変わっていて新鮮な気分になります。

 

「そう言えば今日は休日だったんですか?」

 

「ええ、哨戒もありませんし剣術の練習をしていたところ文さんに連行されまして…」

 

ああ、なるほど……大変でしたね。

 

そういえば、ものすごく気になったことではあるが椛は天狗装束が普段着なのでしょうか。

剣術の練習してからここにきたと言っていましたからどう考えても正装でずっといるのは不自然というかなんというか…

 

「あの…普段着って持ってますよね?」

 

「いえ、基本的にこれと同じのが数着ありますけど普段からずっとこれですよ?」

 

 

まさか…そんな……

 

思わず驚愕してしまう。

柳君!とお母さん、もうちょっと年頃の女の子として育てようよ!

こんなに色気のない格好しか出来ないって…かわいそうですよ…まあこの時代の制度じゃこれでいいのかもしれませんけど…

 

 

「困らないですか?いつも同じ服着てて」

 

「哨戒の時のものと同じなら色々と手間が省けますし楽ですよ?それに機能的で使い勝手がいいですし」

 

なるほど…実用性優先ですか。

間違ってはいないのですけど…もうその考え完全に柳君から受け継ぎましたよね⁉︎お母さん何やってたんですか!

 

「母はそれで良いと?」

 

「母上は立場上家にほとんど帰ってこれなくて…」

 

急に表情が暗くなった。

これ、地雷を踏んでしまったかもしれないです。

迂闊でした…興味本位で言ってはいけないことを言ってしまいましたね…ああもう…

 

 

「あの…どうかしたんですか?」

 

私の様子を不審に思ったのか椛が顔を覗き込んで来る。

純粋に心配してくれているのでしょう。澄んだ瞳がこちらを見つめている。

 

「いえ、なんでもないです」

 

決めました。椛にも今度服を作って上げましょう。そうです…そうしましょう。

そう心に決めてその日は帰宅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、久しぶりに私は柳君の家を訪れていた。ここにきたのはいつぶりでしょうか…確か改築の手伝いで行ったっきり…うーん思い出せません。

 

包みで大事に保護されたそれをちらりと見てそれを着た椛の姿を想像する。

お燐やこいしもすごく綺麗だと言っていたし多分大丈夫だとは思うのですが…気に入ってくれるでしょうか…

 

なんとなく不安になってしまうが、そのときはその時と気を切り替える。

意を決して家に踏み入れる。そう言えば自ら他人の家に行くのは今回が初めてでしたね。

では、初めての挨拶ということで気を新たに…

 

「こんにちわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の考えは時に排他的に…残虐になることがある。

その考えの矛先に当てられた生物にとってはなんとも迷惑な話ではあるが…人間が力を持ち始めたこの世界では仕方のないことであった。

 

「では、始めようじゃないか」

 

とある一角で、野望を募らせた人々が動き出す。私がそれを知った時にはすでに手遅れでしたけど…



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depth.18 人間とさとり妖怪 上

なんとなく外が賑やかだ。

そう思ったのはいつのことだっただろう。

 

さして大きいわけではないがそこそこ繁栄している里はいつも騒がしいもの。特にこの時間は人々が活発になっている時間だ。

 

だが人の賑やかさには違いがある。100年近く住んでいると自ずとわかってくる。

この騒がしさはどちらかと言えば来客…それも大勢の旅集団がきたときのものと似ている。

 

この時代の旅人は、面白い話を持ってきてくれる人のようなもので娯楽の少ない人々の数少ない楽しみの一つでもある。

だがそれにしては不穏な空気というか少しピリピリしている。

 

招かれざる客といったところだろうか。

 

 

隣で魔導書を読んでいたこいしも外の様子が変だと言うことに気づいたようで、青みがかった瞳がこちらを無言で見つめてきている。

 

お燐は…まあ察しているのだろうが大して気にしてはいなようだ。私達が大袈裟なだけだろうか。

 

まあ言ってしまえば人間が何をしようと気にすることはないのだが…こちらに影響するものであれば手を打たないと行けない。特にこいし達が危険に晒されるようなものであれば直ぐに対処しなければならない。気が進まないのですが、ちょっと様子を見てきましょう。

 

「ちょっと外の様子を見てくるわ」

 

(行ってらっしゃい)

 

 

「お姉ちゃん行ってらっしゃい。あ、そうだ。なんか面白いものがあったら買ってきてよ」

 

面白いもの…まあ本とかそう言うのを買ってこいと言ってるのだろう。

余裕があれば買ってきましょうか。

 

「分かったわ」

 

 

 

昼下がりとは言えまだまだ暑い。

直射日光に当たるのは体に悪いし嫌いなのでこの季節のこの時間は好きになれない。

まあ草木が青々茂っているのは好きなのですけど…そうだ。いつか薔薇を育ててみようかしら。

 

 

お目当てと思われる人達はすぐに見つかった。そりゃ旅人がいれば里の人達も集まっているわけだし場所くらいは簡単にわかる。

目立たないように近づき集まりの中心の方に意識を向ける。

見た感じでは複数名…なにやらここの人達と話し込んでいるようだがどうにも表情が浮かれない。

普段であればもうちょっと楽しそうにするはずですけど…

一瞬、集団の隅にいた巫女装束の女性と目があった。

同時に、寒気がして身体中に鳥肌が立つ。人混みのの中でかき回されてしまっているがかなり濃い霊力が流れている。それが私の肌に照射されたのだ。

いくら妖力を隠しているからバレづらいとは言え気持ちの良いものではない。

軽く会釈して彼女の視界から逃れるように移動する。

 

どんな人たちなのかは知りませんがあまり歓迎されてはいないようです。服装からして妖怪退治や戦闘を専門に扱う人の集団なのは間違いないですが…だとすればこの里に来ても無意味に近い。ここの地域は東の方にある神社ひとつで事足りる程度でしかない。

そして十分離れているにも関わらず鼻をつくような匂いが彼らから漂ってくる。よく嗅いだことのある人か、私のように妖怪である者なら忘れようがない匂い。

「血の匂い…」

 

私の中で警戒度が上がる。ここまで離れて漂ってくると言うことは相当浴びた証なのだ。そしてそのような人は躊躇がない。いわば、理性のリミッターが外れているのだ。

 

すぐ近くにいた酒屋のおじさんの袖を引っ張る。

 

「すいません。あの旅の人達は一体誰でしょう?」

 

私に気づき同時に状況というか何かを察したのか彼は私の姿が彼らから隠すような立ち位置に移る。

「ああ、さとり嬢ちゃんか。ここでは不味い場所を変えよう」

 

「そうですね」

 

そう言って彼は自分の店の方に歩き出す。

黙ってそれについていく。

一瞬探るような目線を感じたが、妖力は出てないに等しい為問題はないはずである。

 

だが怪しまれないうちに早めに隠れよう。

 

 

 

おじさんに酒屋の扉をくぐる。店内は様々なお酒の匂いが混ざり合い絶妙な匂いを醸し出していた。

私にとってはあまり落ち着きませんがこいしやルーミアさんはいい匂いとか言ってましたね。まあ悪くはないですけど少し気分が悪くなります。

 

それはさておき、おじさんもとい店主が外の状況を確認してから静かに扉を閉める。なにかやばいことをやってそうな感じですけど実際人間からみればやばいことなんでしょうね。

 

「それで、彼らは一体どこの人たちで?」

 

「あいつらが言うには、都の陰陽師と武士って言う集団らしい。なんでも、全国の妖怪を倒す為に旅をしているのだとか」

 

なるほど、都の妖怪退治御一行でしたか。それにしても変ですね。ここ数百年の合間、襲ってきた妖怪を倒すと言うことはありましたけど人間自身が進んで妖怪を倒していくなんて…

 

「それって妖怪ならなんでもですかね」

 

「聴いた感じでは妖怪なら問答無用らしい。それだけじゃなく妖怪と共存している人間すら場合によっては……」

 

出来ればきて欲しくなかった答えが店主の口からでる。同時に、人間に対して悲しみを覚えてしまう。私自身は人であるにも関わらずだ。

 

 

 

妖怪にだって良い悪いはいるのにそれさえ無視した挙句同じ人間ですら攻撃するとは…ここまでくると相当ヤバい集団じゃないですか。

 

かなり深刻な事態ですね。確かに妖怪に対する態度として間違ったものでは無いのですが…それも行き過ぎてしまえば大変なものである。

 

特にこの里は妖怪の山と共存しているようなものだ。

万が一彼らのせいでどちらかが滅ぶか…たとえ滅ばなくとも今回のことが引き金になり共存関係が崩れれば私だって生活の場を奪われるし色々とこまることが多い。

 

折角友好関係を築けて平穏に過ごせているのにどうしてそれを邪魔しようとするのでしょう…おそらく妖怪退治はただの実績作りで実際は彼らが政治を握る為の手段に過ぎないのでしょう。

ちょうどこの時期は武士が政治を握ろうとしているような時代でしたし可能性としてはあり得る。…だとすればかなり身勝手なものだ。

 

「まあ…あまり気にするな。俺たちが話を通して追い払うことにする」

 

私が顔を伏せて考えているのを悲しんでいると思ったのか店主が安心させる言葉をかけてくる。

人間が悪い人ばかりでないのはわかる。少なくともこの里の人達は妖怪だからと言って差別はしない。

 

「ありがとうございます。ですが、山の方がどう動くか……万が一には備えていてください」

 

そう、彼らがここにきている時点で既に天狗は情報を掴んでいる。天狗の情報網は人間の情報網を凌駕した精度と速さを持っているわけです。このことを知らないなんて言わせない。だとしたら既に対策を立てているはずである。

 

とにかく今回のことはあまり深く関わらない方が良いでしょう。

できる範囲で彼らを支援するのが今の私に出来る唯一の事ですし…

 

力があればなあと思うことは多々ある。その度にそのような力が欲しくなってしまう自らを嫌悪してしまう。誰かを守ったりすることができる力…聞こえはいいかもしれないがそれは結局力であり誰かを傷つけるものに変わりはない。

誰かを守る為に誰かを傷つける。その行いは間違ってはいないのかもしれませんが私は好きではない。

いえ、力自体を否定するつもりはありません。その力に見合っただけの器の持ち主であればその力を正しく使えるわけですしなんら問題もありません。まあたまにやりすぎることはありますけど……

問題は、正しく使いこなせないと過ぎた力は守るべきものすら壊してしまいかねない。

そう簡単に力など手に入れてしまってはそれこそ彼らと同じになってしまう。

だから私は出来ないことを無理にはしない。

 

よく、お燐やこいしからは変わってるねとか言われますけど…

 

 

 

 

 

情報料としてお酒を購入し店を後にする。

あまりのんびりしてられないのですぐに家に向かう。多分大丈夫だとは思うがやはりあの話を聞いた後では心配だ。

最優先はこいし達の身の安全。

 

家に向かうまでの間に何回か目立つ人達とすれ違う。ここら辺では見られないような立派な服。左側に備え付けられた刀…

なるべく目を合わせないように小走りで通過する。態度が不自然かもしれないが違和感が出るほどでもないだろう。

せいぜい怖がられているとでも思っているはずだ。

 

 

目立たぬように、でも素早く家の中に入る。

 

「あ、おかえりーお姉ちゃん!」

 

コートを脱いで部屋に行くと出かける前と変わらないところでこいしが横になっていた

ずっと魔導書を読んでいたのかこいしの横には積み重ねられた魔導書が置かれている。

 

「ただいま、ちょっと大事な話があるからお燐を連れてきて」

 

「お燐ならさっき急用で出かけちゃったよ?」

 

な…なんですと…!

最悪なタイミングで出かけちゃいましたかあの子は!いえ別にそれ自体が悪いと言うわけじゃなくて悪いのは今の外の状況であって決してお燐じゃないですし外に出るなと言明したわけでもない私にもありますけどこのタイミング⁉︎運悪すぎるんじゃないんですかね…

 

「こいし、今から言うことをちゃんと聞いて」

 

「……何かあったの?」

いつになく真剣な空気を察したのかこいしの表情が厳しくなる。

 

 

「詳しくは省くけど、妖怪を無差別に退治する集団が来てるの。これからお燐を探しに行くから家から出ないで」

 

今は時間が惜しい。一応お燐も妖力を抑えることは出来るのだがまだ不安定で実力者が相手ではすぐに妖怪だと看破されてしまう。

事態は一刻を争う状態だ。

 

「私も探しに行くよ?」

 

「ダメよ、貴方は家にいて。お燐を見つけてくるだけだから」

 

本当はこいしも連れて行ってあげたいのだがこの子はまだ妖力を隠すことができない。もし気づかれれば一巻の終わりであるのはいうまでもない。こいしに何かあってからでは遅いのだ。

 

 

今までは隠さなくても良い状況が続いていたから問題は無かったのだが今回は状況が違う。私の性質を受け継いでいるので外に流れている妖力が少ないのがせめてもの救いでしょう。

 

「………わかった」

 

不満そうにしていたものの渋々納得してくれたみたいだ。

 

 

「万が一、日没までに私が戻らなかったらその時は…妖怪の山に行きなさい。もし何か言われたら私の名前を出して柳さんを呼びなさい」

 

「わかった。気をつけてねお姉ちゃん」

 

脱いだコートを再び着直しすぐそばに置いてあった荷物を腰に巻きつけ私は再び家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お燐は結構簡単に見つかった。里の様子がおかしいのは知っていたのかお燐も表立って行動はせず路地をこっそりと歩いていた。

近づいてくる私を見つけたのかお燐の足が止まる。

「あれ?さとり…」

 

複数の猫を肩に乗せてなにやら話し込んでいるお燐の手を優しく掴む。

「お燐、すぐに家に帰るわよ」

 

「ちょ、どうしたんですか。確かに陰陽師が来てるのは知ってますけど…」

急な事態に対応できていないようだ。その気持ちがわからなくもないがどうしても時間が惜しい。

 

「そのことについてよ。彼らの思想は危険だわ。もし見つかったらその場で退治されるわよ」

 

端的に状況を説明する。お燐自身も妖力の隠蔽が不安定なのは自覚しているのか私の言葉に心底驚いているようだ。

 

「え⁉︎そんな奴らだったんですか?」

 

「知らなかったの?」

 

外に出ているのだから知ってるとばかり思っていた。

 

「知りませんよ。あたいが来た時にはみんな自由に里をウロウロしてましたから…観光でもしてるのかなあって」

 

「もしかしてそれって最低二人で動いていなかったかしら?」

 

言われてみれば確かにと首をかしげる。猫耳がぴこぴこと可愛らしく動く。

一瞬触って見たい気持ちに見舞われるがいまはそんなことしてる場合ではないので放置。

「あのね…多分それは里の中にいる妖怪を探しているのよ」

 

「なるほど、効率よく探し出してその場で退治しやすいように二人一組で…」

 

ですのでこうしている瞬間すら危険なんです。わかってくれたなら移動しましょ。

どうやら用事も済んでいるようですしね…

お燐がジャンプしその場で猫の姿になる。

同時にお燐の肩に乗っていた猫が私の頭にとびうつる。あの…髪の毛わしゃわしゃされると困るのですけど…

 

困惑していると服の中にお燐が飛び込んできた。反動で私の体は後ろに仰け反る。

慌てて足踏みをし倒れこむのを防ぐ。

 

「もう、危ないじゃない」

 

にゃーと気の抜けた返事が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

気づかれないかどうかビクビクでしたがなんとか家の前までは無事にこれた。

こいしが窓からこっちを見ている。

安心させるように少しだけ微笑む。

 

「おい、ちょっといいかな」

 

後ろからかけられた声によってその微笑みは一瞬にして凍ってしまった。

(まさか…このタイミングで?)

 

ああもう…最悪です。

 

振り返ると見た所武士と言った身なりの青年が後ろに立っていた。

一見世あたりは良さそうな風格だが、その目に宿る感情は狂気に満ちていた。まるで…生き物を生き物と見ないような…常識が欠如したようなそんな目です。きっと心の中はすごいことになってるのでしょうね。読みたくないので読まないですが…

その目が私の服から顔を出すお燐に向けられる。

品定めでもしているかのようだ。まあ獲物といえば獲物なのでしょうけどね。

そうしているうちに別の男もやってきた。こっちは陰陽道をやっているものなのか別の意味で浮いている格好をしている。

手に握られているのはおそらく非殺傷型のお札。なるほど、生け捕りにして仲間の居場所を吐かせると言った狙いをお持ちのようで…

 

「……何か御用でしたか?」

 

あらかたの観察が終わりそろそろ状況を打破しないといけなくなる。

片足を半歩だけ後ろに下げ問いかける。陰陽師の方が彼に耳打ちをし、ようやく男は反応した。

そして一層笑みを深くしてきた。

 

「その抱えている猫だが、妖力を放っているようでな。見させてもらうぞ」

 

そう言いながら私に向かって手を伸ばしてくる。

どうやら私が普通の女の子だと思って油断しているようだ。

まあ側から見れば妖怪猫をかくまっている女の子としか見えないだろうし…その認識が間違っているわけではない。

 

 

伸ばされた手から逃れるようにバックステップを踏み距離を取る。

誤算だったのは私も同じ妖怪だということでしょうね。

 

「な⁉︎貴様っ!」

 

もうこうなってしまってはどうしようもない。隠していた妖力を解放し屋根に飛び上がる。

 

くそ!こんな時にバレるなんて…

 

「妖怪だ、追え!」

 

天狗の里がある方とは反対の方向に向かって屋根伝いを全力で駆け抜けていく。

騒ぎを聞きつけた陰陽師や武士といった集団がどんどん集まってきたようです。って弾幕撃ってこないでください!危ないじゃないですか!後屋根が壊れてますから!

色も大きさも様々な弾幕が私の後ろで空を切って行く。

やはり偏差射撃はまだこの時代では概念がないのでしょうね。

 

一部の人は空からも追跡を行ってくる。後ろの方で強めの霊力が出現し、人間のものではない殺気を向けられた私はとっさに飛び退く。

(鳥型の式神まで出してきたよ!)

 

なるほど、徹底的に追いかけるつもりですね。

 

振り返れば鷹ほどの大きさの鳥獣がこちらに向かって攻撃を仕掛けていた。

「アナムネーシス!」

右手を後ろに回し追尾弾幕を大量に放つ。照準は飛行している奴ら。

 

放たれた弾幕が飛んでいる陰陽師や鳥獣を捉え、追いかけ回す。数発がある程度接近したのを感知し自動で爆発、空中に花火が上がる。

 

ダメージは与えられないがそれなりに注意は引けた。

 

右に左に不規則な運動をしながら森林地帯に飛び込む。

鳥方の式神は木々の合間をすり抜けることが困難なのか追跡を諦めたようです。

追いかけてくるのは人のみ、だいぶ楽にはなりましたかね…

 

「こいし…ごめんなさい」

 

聞こえないのは承知で謝る。

 

(うう、すいませんあたいがへましたばかりに)

 

「お燐は悪くないわ」

 

そう、今回の件は全く悪くない。運がなかったとしか言いようがない。

取り敢えず今は彼らの追跡を振り切って生き延びることが先決です。

今の騒ぎは天狗側にも伝わっているはずですからそのうち山全体が動くでしょう。なんとかしてそれまで生きていられるかですけど……

 

「私はまだ…退治されるわけにはいかないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓から外を見ていた私はお姉ちゃんが変な風格の男に話しかけられそのまま追いかけられるのを黙って見てるしかなかった。いや、動けなかったのかな。

もうちょっとで家に入れるって時だったのに……

思わず魔導書を持ってお姉ちゃんを助けようと思ったけど一瞬だけ目があったお姉ちゃんは来るなとこっちに訴えていた。

 

この場で飛び出していっても状況が不利なのには変わりない。わかってはいるんだけど…それとこれとは別じゃない?

 

 

とりあえずあれじゃあお姉ちゃんは帰ってこれそうにない。それにもしかしたらここも危ないかもしれない。

すぐに持てるだけの魔導書を抱えて裏口から家の外に出る。

 

外では人々の怒号や、爆発音が聞こえ、その度に人間たちが私とは反対の方向に向かって走って行く。

人避けの魔術を遂行しながらだからほとんど私には気づかない。

 

お姉ちゃんも派手に逃げ回ってるなあ…多分里にいる妖怪や私を逃がすためにわざと派手に逃げ回ってるんだろう。

 

確か天狗の里の方に行けばいいんだよね。四方八方山だからわからなくなっちゃいそうだよまったく…

 

方角を思い出してみればお姉ちゃんが逃げて言ったのは天狗の里の反対側…

 

このまま私だけ逃げてもいいのかな…

心の中ではさっきの男や妖怪退治の人達に恐怖している。だって命を狙ってくる相手だもん。

でもそんなことで逃げててもしお姉ちゃんに何かあったら…

 

ピタリと足が止まる。

 

とっくに里は出て今は森の中。このまま斜面を登っていけば私は安全なところなのかもしれない。けど、そこにお姉ちゃんやお燐は?

 

 

「……戻らなきゃ」

 

 

柳って妖怪に助けを求めるのもありなのかもしれないけど…聞いた限りじゃ彼もまた天狗。天狗は組織の中でしか動くことはできないから私情で動いてくれるわけがない。

 

頼れないから何もできないんじゃない……やらなきゃ…

 

「ごめんねお姉ちゃん。約束守れないや」

 

きっとお姉ちゃんは私が危険に晒されるのを嫌がるだろうね。

でもそれと同じように私もお姉ちゃんを失うのは嫌なんだよ。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

ひぐらしの声が森中を染めていく。

日は既にあたりを照らすこともなく、宵闇が足音を響かせる時間帯になった。

 

そんな森の中に闇の球体がふよふよと漂っていた。

宵闇は何をするわけでもなくただふわふわと浮いては地面にあたり、時に木に引っかかったり止まったりと規則性も何にもない不思議な動きをしていた。

 

「……そーなのかー」

 

独り言なのか誰かに向けて言ったのか…おとなしい女性の声が闇の中に響く。

 

直後、後方から迫る光で闇は掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう直ぐ日が落ちますね」

 

これで追跡がやんでくれるといいんですけど…

 

(周辺に気配は無いから今のところは大丈夫だね。それより早くこいしと合流しないと…)

 

そう言われてもこいしには妖怪の里の方に行ってと言ってあるから合流しようと思えば合流できるんですけど…今の私では少し無理そうですし。

右の肘を一瞥し、ため息をつく。

そこには服の上から腕を貫くように一本の針が刺さっていた。

おそらく人里を逃げ回ったときに食らったのでしょう。

深々と刺さっている割に痛みは感じないし血も出ていない。体が傷と感知していないのか再生すら始まらない。

不自然だとは思うがこれはもともとそう言った武器なのだ。

 

追尾用の特殊な術式が組み込まれていて術者に常に位置を教え続けさらけ出させる。

他の妖怪ごと一網打尽にする為のものでしょう。

 

お燐いわく無理に抜こうとすると呪詛が作動してとんでもないことになるのだとか。

まったく…とんでもないものを持ってきましたね。

まあいざとなれば腕を切り落とせば良いのですけどそれをするにはまだ早いですし疲れますし…

 

「さとり、なんかあいつら討伐しにきてるよ」

 

人型に戻ったお燐が斜面の下を見てそう呟く。ここら辺は起伏が激しく崖と変わらないような斜面が続いている。

そのため下に向かっての視界はかなり良い。お燐が見つけた人達はすぐに見つかった。

やけに近い。見落としてしまっていましたか。

ただしここら辺は真っ直ぐ歩いて登るのは少し難しい。必然的に遠回りをしないといけないのだ。

まあ、それでも来てることに変わりはないんですけどね。

たとえ逃げてもすぐに追いつかれそうですしいたちごっこなだけ…

 

「お燐、先に天狗の里まで行きなさい。貴方だけなら早いわ」

 

「ちょっと待って、さとりはどうするの?」

 

「私は…彼らの注意を出来るだけ引いて被害を抑えます」

 

もし私がここで逃げ回って奴らをいろんなところに誘導してしまえば確実に被害が増える。

生き残る確率が高くなるとは言えそんなことはしたくない。

 

「さとりだけで大丈夫なのかい?あたいも戦うよ」

 

「ダメよ。貴方はこいしと合流して私のところに連れてきなさい。それが困難なら出来るだけ安全なところへ行って」

 

「でも……」

 

それでも食い下がってくるのか頑なに一緒にいようとする。お燐、気持ちは嬉しいのよ。でもそれ以前に私のそばに居たらいたずらに危険が増すだけなの。わかってちょうだい……

 

「私なら大丈夫よ。だからこいしを頼むわ」

 

「……わかりました」

これ以上やっても私が折れないと分かったのか渋々従ってくれた。

直ぐにお燐は森の中に向かって行く。

 

「あ、そうだ。お燐、これを持ってなさい」

すでに遠くに行きかけたお燐に腰にぶら下げていた物を放り投げる。

 

「これは?……あの時の」

 

使い方は覚えているようですね。なら大丈夫。

 

「いざという時にだけ使いなさい」

使える回数は限られている。それはお燐も知っているし私もこれは切り札として取っておいてほしい。

 

「ありがとう……」

 

「お礼は全てが終わってからにしなさい」

 

走っていくお燐を見届け、人里から出てくる御一行に視線を向ける。

この位置ならよくわかる。さて、どのようにして時間稼ぎをしましょうか。下手に出ても怨みを買うだけですしだからと言って手を抜いたらやられちゃいますし…それにしても数が少ないですね。

 

向こうだってここが鬼や天狗やらがたくさんいるところってわかってるはずだからあんな少人数で来るとは思えません。別働隊がいるのでしょうか?

どちらにせよ倒さないといけませんし…いきますか。

 

手加減できるほど私は強くはない。一気に行かせてもらいます。

 

彼らの頭上に私の影がよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…見つからないなあ…」

私の独り言は一段と大きくなったひぐらしのざわめきによってかき消される。

 

「確かにこっちの方に行った気がしたんだけど方向間違えたかなあ…」

 

お姉ちゃんが逃げた方向と時々見かける陰陽師っぽい人たちの位置からなんとなく目星はつけたんだけど…空振りが続いてしまうとなんだか…ねえ。落ち込んじゃうなあ…

そう思っていたら前方から誰かが歩いてきてる。音からして複数人。

すぐに近くの茂みに飛び込み遠くへ逃げる。

もし見つかったらやばいや。

ある程度魔術でどうにか誤魔化してるけど近づかれると流石にどうしようもないし…

 

お、うまくやり過ごせたみたい。良かったあバレなくて…

 

茂みから頭を出し周りを確認。

 

こんな感じに隠れたり逃げたりを繰り返しながら探すこともう三時間。日はとっくに消えて見上げれば綺麗な星空が展開されてる。この夜空の下にお姉ちゃんもいるのかな。

 

 

なんとなく現実逃避をしていたら遠くで爆発音と吹き飛ばされる音が聞こえ、同時に殺気や妖気が辺りに振りまかれる。誰かが戦っている……もしかしてお姉ちゃん⁉︎

だとしたら大変大変!

戦いが起こってる方向に向かって駆け出す。途中で肉片に変わった人と妖怪を踏みつけちゃった気がする。

まあ死人に口無し。残念だけど…

 

 

近づいていくにつれて妖力の波長が明らかになってくる。

これは…あれーお姉ちゃんじゃないけど知り合いの波長……

 

急に視界が開けた。

と言うか周りの木々がなぎ倒されていてそこの場所だけ空間ができていたとしか言えない状態だった。

 

そんな荒地の真ん中に動く人影が4つ…陰陽師三人に追い詰められているみたいだ。どうしよう…

 

って…あ、ん?なんか見覚えある…ってあああ⁉︎ルーミアさん!

 

あれルーミアさんじゃん!どうして気づかなかったのよ私!

あれ完全に追い詰められてるし…助けなきゃ!

 

持っていた魔導書から複数人を同時に攻撃する術式のページをめくる。

 

無詠唱で魔力を流せばいいと言う何気にすごい術式を組んじゃうお姉ちゃんに感謝して術を発動。

 

ページに書かれた魔法陣から淡い緑の光が飛び出て、狙っていた三人に向かって飛んでいった。

 

攻撃に気づいたのか三人がその場から飛び退く。

おっと、躱そうだなんてそう簡単にはいかせないよ。

 

魔法陣にあまり量がない魔力を流し誘導性能を上げる。

 

方向を変えて飛んで来る弾幕に驚いたのか一人動作が遅れる。

まあ仕方ないね。複数人を同時に追尾できる技なんて魔術でしか存在しないんだから。

 

三人のうち一人が弾幕の直撃を受けた。最初に反応が遅れた人だ。

弾き飛ばされた体は地面に叩きつけられ動かなくなる。気絶してくれたみたいだね。

続いてもう一人は…あ、迎撃された。

もう一人も命中直前にお札を撃ち込み迎撃される。

 

初めて実戦で使ったけどうまく使えたのかな…

迎撃されちゃってるからダメか。

 

「くそっ!新手か!」

 

一人が私のいる方向に向かって叫ぶ。勘が鋭いのかな…あれだけで位置を特定するなんて…

まあここに隠れていても戦闘には不向きだし…

 

「こんばんわ。複数人で一人を集中攻撃するなんてね」

 

そう言いながらも不意打ちを食らわせている私はなんなんだろうね。

そんなことを考えているとお札と弾幕が一斉にこっちに飛んできた。

容赦なさすぎでしょ!

 

 

慌てて魔術結界を生み出し攻撃から身を守る。

 

視界が結界で弾かれた弾幕の所為で奪われる。

やば、次の攻撃どっちから来る?完全に見失っちゃた。

それにいつまでも弾幕を防いでいるわけにはいかない。その場から移動しルーミアさんの側に駆け寄る。

 

お札が身体中に貼られ妖力が断絶されてしまっている。その状態で攻撃を受けていたのか…いたるところに傷ができてる。ここまでするなんて…

 

 

「こいし!どうして来たのだー早く逃げるのだ!」

 

「やだ!ルーミアさんを見殺しになんて出来ないもん」

 

本当は怖い。いざ相手と向かい合ったいまだからこそわかる。

相手が本気で殺しにくる恐怖……魔導書を持つ手が震える。

 

でもここで逃げたら私は…一生後悔する気がする。

 

 

 

「っち…獲物がこうも湧いてきてはたまったものじゃないな」

 

「獲物って…見逃してくれないの?」

まるでこっちをただの狩の対象のように見ている言い方に少しイラっとくる。

退治じゃなくて狩りなの?

 

「なぜだ?獲物は狩られる為にいるのだろう。さっさと退治されて消えてくれ」

 

うわ最低すぎる!ごめんこの人生理的に無理。これ心読んだら絶対気持ち悪くなるやつでしょ。しかも目線いやらしいんですけど⁉︎

 

イラついた私は広範囲攻撃の術を起動する。

発射までに時間がかかるけどこの距離なら…

 

「名前はないけど…発射!」

 

 

増幅された魔力の奔流が魔法陣から溢れ出し陰陽師に迫っていく。もう一人は空中にいるのでそっちには妖力で作った弾幕を展開し牽制。

距離があったためか全く当たらないけど…

ただし撃ち続けてもいたずらに力を消費するだけなのでほどほどで止める。

 

魔力砲(仮称)を打ち込んだ方は片膝をついて息を整えている。まさかあれを結界だけで守りきったなんて…

 

「見たことない力だな。貴様何者だ?」

 

「うーん…名乗ったほうがいいのかなあ」

 

「名乗る気がないなら別にいい」

 

-…そう、冷めてるんだね。

 

 

このまま遠距離戦をしててもこっちが不利なのには変わりない。

特に私はルーミアさんのそばから離れることは出来ない。

 

どうしよう…この距離で撃てる魔法なんて限られてるし妖力じゃあまり牽制になりそうにない距離だし…

 

 

まあまずは突っ込んでくる一人目を…

 

「えいっ!」

 

「……がはっ⁉︎」

 

妖力で強化した右手で思いっきりカウンター攻撃。お腹の少し下に深く拳がめり込み一瞬で意識を刈り取る。

むやみに突っ込んでくるからそうなるんだよ…ルーミアさんと模擬戦やってて良かった…

 

「さすがこいしね…」

 

ルーミアさんがお札を自力で剥がしながら呟く。

うーん…初めての実戦でよくわからないや。

 

「はっ、少しはやるようだな」

 

「ねえねえ、やっぱり見逃してくれないかな?お願い」

なるべく戦うのは好きじゃないし、なんだかこの人だけ凄い雰囲気が違う。なんて言うんだろう…なんか浮いたような…術者ってみんなあんな感じなのかなあ。

 

「黙れ雑種が!人間にすらなれない半妖が!」

 

半妖だってバレた。やっぱり只者じゃないじゃん。って言うか今なんて言った?ねえ半妖のどこがいけないの?いってることがなに一つ理解できないんだけど…

 

私が少しだけムカっとしてると唐突に視界から彼が消えた。

右にステップを踏み体を横に逃す。

 

予想通り蹴りが私の真横を通過していった。

 

通過を確認してから体を回し一気に横殴り…当たったけど固いものに弾かれたような痛みが来る。

結界でガードされたみたい。

 

だが私が一旦距離を置く前に向こうがさらに蹴りとお札で襲って来た。

回避に専念しようとして懐まで攻め込まれる。

 

 

つ、強い!

なにこの人、術者じゃないの⁉︎格闘家だった⁉︎

そんな私の疑問を無視するかのように刀のような効果があるお札を四枚展開し斬りかかってきた。

 

必死に防御陣発動させて攻撃を防ぐ。

1発1発が重く、防御陣に蜘蛛の巣状のヒビが走る。

 

このままじゃいずれ突破される…えっと…接近戦は…あった!

 

残っていた魔力のほとんどを流し魔方陣を起動。

その瞬間私の手のひらにずっしりとした重みが加わる。一目見やると一切の装飾がない短刀が二本、しっかりと鞘に収まっていた。

 

そのまま魔導書を少し離れたとこに放り投げる。

ちょっと乱雑すぎるけど今は気にしてる余裕はない。

片方の手に握られたそれの内一つを魔導書を持っていた手に移す。

それとほぼ同時に防御陣がガラスの割れたような音を立てて弾ける。

 

「さっさと失せろ妖怪風情が!」

 

私に向かってくる攻撃を鞘に収めたままの刀で防ぐ。

 

鞘が霊力の直撃を受け消失するが中に収まっていた刃は鈍い光を反射しながらしっかりとお札を受け止めていた。

 

「いやー危ない危ない」

 

でも長期戦は無理だね。そろそろ疲れて来た。さっさと終わらせて避難しないと…そろそろ応援が来ちゃいそうだし…

 

 

「それそれそれ!」

 

相手が動揺した瞬間を利用して一気に攻撃に転じる。やっぱ弾幕を撃つより私はこっちの方がいいなあ。

くるくると舞を踊るように連続で相手に斬り込む。

 

 

「こいし、一体いつそんな刀裁きを…」

 

ルーミアさんが驚いてこっちを見てる。

うん、これはお姉ちゃんから受け継いだ知識にあったのをパクってるだけ、実際にやってみるのは初めてなんだけどね…

 

「小癪なああああ!」

 

「わわっ!怒らないでってば」

 

すぐ近くで怒られるのは嫌なんだけど…あと怒鳴られると耳が痛いからさ。

そんなことを考えながらもしっかりと狙うところは狙っていく。でも確実に避けたり結界を張ったりして防がれる。

 

瞬時に逆手に持ち替えた刀で一気に相手に斬り込む。さっきまでの連続攻撃とは違い今度は結界ごと術者を後ろに弾き飛ばした。

 

大したダメージではないけど大きくバランスを崩したはずだ。直ぐにとどめを刺そうと足に力を入れて詰め寄る。

 

「ちぇいすと!」

 

 

私の攻撃が当たる瞬間、術者が視界から消えた。

なにが起こったのかわからない私の体に激しい衝撃と痛みが来る。

蹴られたと理解するより先に今度は別の痛みが身体を裂く。

必死に体制を整えようとしてみるが思うようにうまくいかず地面に放り出される。

 

「いった…」

 

 

痛さで体が動かない。内臓が破裂したかと思うほどの痛みだから仕方ない。

ただ相手の方が戦い慣れてるというか容赦がないというか…視界が正常に戻った時には目の前に術者がいて術式を展開していた。

 

慌てて逃げようとするけど下半身に力が入らない。

「なんで…あ、れ?」

 

お腹の方を見ると服が横一直線に深く切り裂かれていた。でも外傷はない。

もう一度術者を見ると懐から僅かに刀の柄の部分が覗いていて…僅かに妖気を孕んでいる。

妖刀…これもしかして妖力そのものを断ち切られた?

 

まって、まって!まだこんなところで死にたくないから…誰か…お姉ちゃん!

 

「こいし、逃げなさい!」

ルーミアさんが叫ぶけどこの状態じゃどうあがいてもどうしようもない。ルーミアさんはまだ動けるまで回復はしていない。

 

悔しくて涙が出る。

 

 

 

「こいし!」

 

突然私を呼ぶ声が聞こえる。声のする方に視線を向けると猛スピードで飛んで来るお姉ちゃんが目に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…はあ…流石に無理をしすぎました」

 

息を整えながら周りの惨状を見渡す。

斜面を駆け下り真上から絨毯爆撃のように弾幕を降り注がせた結果…あたりは半分焦土になっていた。

 

陰陽師の人たちはそこまで強くなく私の攻撃を受けて完全に伸びている。とは言えど、私自身も無傷でとはいかなかった。

霊力のこもった矢を大量に撃たれいくつかが直撃している。左腕の骨を砕かれたのが一番大きい傷でしょうか。まあ一時間もすれば治るのであまり気にはならないのですが……すごく痛いです。

ただその時の攻撃で追尾用の針が抜けてくれたと言うことが嬉しい誤算ではありますけど……

意識が戻った後に襲って来られるのも嫌なので全員を縛って軽く封印しておく。

 

これで良しっと…

 

さて、お燐達と合流しなければいけません。

向こうはうまく合流できてるでしょうか。

 

天狗の里の方に向かって私は地面を蹴飛ばした。

何か嫌な予感が私にまとわりついているようで自然と気が焦る。

どうしてこんな気になるのでしょう。

 

 

 

そんなことを思いながら飛んでいると魔力の放出を感知した。これは…こいしの魔力。

 

まさか戦闘に⁉︎

 

 

魔力が放たれているところに向かって全速力で移動する。腕の回復に回す力も移動に費やす。それほどまでに時間が惜しい。

 

 

 

 

 

「……こいし!」

 

「っ!お姉ちゃん⁉︎」

 

ルーミアさんとこいしが倒れてるのが見えた時、一瞬視界が揺らぎそうになった。

それでも冷静を保ちこいしを今まさに襲おうとしている輩に飛び蹴りを食らわせる。

ガツンと硬いものを蹴飛ばしたような音がする。どうやら結界で防がれたようだ。まあ攻撃妨害が出来たからよしとしましょう。

 

 

「っち…次から次へと!」

 

相当イラついてるのか怒りながらもなにやら印を組み始めた。

あんな怒っててよく高度な印が組めますね。

 

「こいし!すぐにルーミアさんを連れて逃げなさい!」

 

二人の姿を視界に入れながらも男が動けばすぐに対処できるように構える。

 

「ごめん…下半身がやられて…」

 

「ごめんなさい。私の方も動けないわ」

 

状況は最悪ですね。二人とも動けないとなるとここで彼を倒さないといけないわけか…しかも二人を巻き込まないように…

 

考えれば考えるほど難易度が跳ね上がる。仕方ありません。本気で行きますか。



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depth.19人間とさとり妖怪 下

 

 

 

先手を取ったのは向こうだった。手負いの妖怪と舐めているのか霊力系の弾幕を大量に投与して来た。

普通の妖怪相手ならまずやらないような手だ。少なくとも弾幕は別の攻撃と組み合わせて使うのが基本…やっぱりなめられてる。

後ろに飛びのいて初撃を回避。次に来る弾幕を左右に避ける。

 

ある程度弾幕を躱し続けると唐突に攻撃がやんだ。

なかなか当たらないことにイラついたのでしょうか。相手の顔には青筋がいくつか浮いている。

 

何か叫んでいるようですが聞く気にならない。今の私はかなり怒っているのだ。

 

能力は使わないが手加減など一切しない。

さらに発射された弾幕を躱す為空に飛び上がる。

 

それを追いかけるように弾幕が鞭のように追いかける。無誘導の弾幕じゃそう簡単に当たるわけありませんよ。

 

相手はルーミアさんとこいしとも戦っている為か疲労がたまっているのだろう。

だんだんと余裕がなくなって来ている。

 

ようやく術者が隙を見せる。その瞬間を狙って急降下。相手の懐に突っ込む。

 

弾き飛ばされた術者がキレたのか腰につけていた妖刀を抜こうとする。

ですが無駄です。

 

腰に伸ばした手が空を切っているのに気づいて初めて動揺を見せる。

 

「探し物はこれですか?」

 

懐に突っ込んだ際に妖刀を回収しておいた。勿論こんなもの私は使うわけないのでその場で思いっきり力をかける。妖刀とはいえ所詮は刀。

あっさりと真っ二つに割れた。

 

なにやら怒り狂って叫んでいるようですが何言ってるのか理解できない…いや、理解する気が無いのでしょうね。

 

「反撃と行きますか…」

妖力で強化した足で地面を思いっきり蹴る。

体が一瞬音を置き去りにして術者の元へ迫る。

 

お腹に狙いを定めて強引に殴りつける。

 

何か固いものに当たったような音がした後今度はガラスの割れる音が響き術者が後ろに吹っ飛ぶ。

とっさの判断で結界を張ったようです。

ですがタイミングが合わず守りきれなかったようですね。

 

また何か喚いていますが無視。

 

再び接近し今度は二段蹴り。相手の顎を正確に狙う。

だが相手もそこまで鈍では無かった。

直ぐにお札と結界を利用し攻撃を防御して来た。

 

さらに攻撃を続行。

相手の脇を突こうと攻撃をすれば撃ち出された誘導弾幕が邪魔をし右に弾かれる。

逆に今度は向こうからの蹴り上げ。

後ろに体をそらし間一髪で回避、同時に大型の弾幕がゼロ距離で発射される。身体をひねって回避。

懐から刀を引き出す。鞘を弾き飛ばし思いっきり斬りかかる。

ガッと何かが剣を受け止める。

見ればそれはお札だった。

だがお札から霊力が剣のように伸びて刀を形成している。

 

刀とお札が打ち合い、霊力の乱れが特殊な光を生む。

互角な戦いが出来ているようで少しずつこちらが押されている。

く…やはり接近戦は辛いです。

 

相手が回し蹴りのフォームに入る。防御しようと腕をクロスさせた。だが、予想された方向とは別のところから衝撃が来る。

フェイントか!心が読めていれば分かったのに…

そこまでダメージは受けなかったが蹴りで刀を弾かれた。

 

 

同時にお札が複数枚周りにばら撒かれる。

それらが私の周りに舞い散り…爆発四散。

爆風を利用し相手との距離をとるが、お札の中に組み込まれていたであろう別の術式で形成された鋭い針が迫ってくる。

咄嗟に体を捻り被弾面積を最小限に抑える。

 

コートごと身体が引き裂かれ、吹き出た血が裂けた服を染めていく。だがそんなことよりさらに深刻な事態が発生した。

 

「あ…まずっ…」

 

コートで隠していたサードアイが裂け目から外に飛び出てしまった。

同時に周囲の声が一斉に私の中に侵入してくる。

酷い考えばかりで一瞬心が折れそうになる。正直折れたほうが楽かもしれない。

 

ふと見れば、あの術者の姿がない。

あたりを見回す。もう隠す場所の無くなったサードアイもフルで活用する。

 

後ろ?

蹴り…⁉︎くそっ!

緊急回避を試みるがそれより早くお腹に衝撃が走る。

内臓が押しつぶされそうになり少し遅れて体が後ろに弾き飛ばされる。

 

「お姉ちゃん!」

こいしがこっちに駆け寄って来ようとするがそれを手で止める。

ルーミアさんまで来ようとしないでください。あなたは動けないでしょ!

 

とか思っていたら木の幹に体を叩きつけられる。

鈍い痛みを堪えて立ち上がろうとするがそれより先に彼が思いっきり接近。なにをしようとしているのかを読むが体が反応する前に再び蹴りを入れられる。

 

「ほう…まさかさとり妖怪だったとは」

見上げれば術者が勝ち誇ったような下賤な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 

「……何か文句でも?ああ、妖怪なら全部に文句があるようでしたねすいません」

 

「安い挑発には乗らんぞ」

 

上手く注意をそらせるかと思ったのですが…

そう思っていたのもつかの間、再び体が木に叩きつけられる。

地面にずり落ちそうになった体が何かに引っかかる。

 

「……左腕がっ!」

 

見れば左腕の傷口から下が結界により木に固定されていた。これでは動けない。

 

「そこでみていろ。化け物の退治は大事なものを消される苦しみを味わらせてからだ」

 

心まで同じことを考えて…最悪の人です…

いや、最低なのは元からか…

 

少し離れたところにいる二人にアイコンタクトを取る。

 

こいしは…動けないルーミアさんを庇って魔術結界を張っている。でも魔力がもう残ってないですから長くは持ちこたえられなさそうです。

 

助けに行こうとするが結界で木と固定された左腕のせいで体が動かない。

 

「く…こいし!」

 

さっきので吹き飛ばされた刀を探す。

 

刀は運良く私の足元に転がっていた。右足を使って刀の柄を弾く。

空中に舞った刀をまだ動く右手で掴む。そのまま持ち方を変えて刃の向きを調整する。

 

「…間に合って!」

結界で木に打ち付けられた左腕に刀を刺す。

痺れるような痛みが腕全体に走る。だがそれもすぐに収まった。

それ以降は左腕の感覚が無くなる。

 

刀を強引に引っ張り結界で固定された部分を切り離す。鮮血が飛び散り私の服を汚していくがそんなものに構っている暇はない。

 

悲鳴をあげる体を無理やり奮い立たせ術者に向けて突っ込む。ちょうどこいしが張っていた結界が壊されたところだった。妖力を展開した右手を握りしめ思いっきり殴りかかる。

 

 

「こいしに手を出すなあ‼︎」

 

何かが触れた感覚はあったが、手応えはない。どうやら躱されたみたいだ。

 

体の勢いを殺すことができずオーバーシュート。術者に背後を取られてしまう。

 

「腕だけでなく体ごと固定するべきだったな」

 

その声の直後、私に向けて巨大な弾幕が放たれる。どう見ても人間が使えるようなものではない。

現に彼も体の血管が浮き出て破裂している。

 

咄嗟に刀を放り投げる。

刃の先が弾幕に触れた瞬間、轟音とともに弾幕が炸裂。刀は粉砕してしまう。

 

 

「ゲホッ…!」

爆風で私の体が地面に叩きつけらる。肺が圧迫され呼吸困難に陥る。

だが休んでいる暇はない。

サードアイが素早く次の攻撃を読み警告を放つ。

 

「想起『テリブルスーヴニール』!」

身体を倒したままスペルを発動する。

昔、都で使った時のとは威力も精度も格段に上がっている。

当然このような弾幕に慣れていない術者は回避に専念。あっさりと術にハマる。

 

一見回避できるように見えて実は追い詰められている…スペルカードの恐ろしいところです。

 

仕上げのレーザーを撃ち込む。

あっさりと被弾し断末魔が響く。

 

「やったの⁉︎」

 

「いいえ、まだです」

 

一瞬こいしが期待してしまうがサードアイは正確に彼の思考を読み続けている。

 

それを読み取っていくたびに気持ち悪くなりそうなほどの嫌悪が私の脳内に流れる。

 

ズタボロで瀕死の状態にもかかわらず動いてくる。

 

「貴様らあああ!」

だいぶご立腹ですね。まあ格下と侮っていた相手に大事な妖刀を壊されここまで追い詰められればそうなるか…

 

あーもう…さっきのスペルで意識を刈り取ることができればよかったのに…それに相手が術者じゃ心を読んでトラウマというわけにもいきませんし…安易にあれは出来ないからなあ…

 

術者の腕に大型の術式が形成される。

サードアイがあの術式の内容を見て警報を鳴らす。

 

術者が何か叫んでいるようだがその声は術式から発せられる轟音でかき消される。

 

唐突に轟音の中から金色の鎖が出現した。

 

思わず回避しようとしたがそう言えばと思い直して振り返る。

ちょうどあの鎖の通過ルートにルーミアさんとこいしがいたのだ。

安易に回避することはできない。

 

 

 

「ダメええええええ‼︎」

 

誰の叫びだっただろうか…

 

それは誰にもわからない。気がつけば私はこいしを庇うように抱きしめていた。

同時にこいしが貼り直した結界の上にもう一枚結界を追加させ展開、守りの陣に入る。正直あれを防げるとは思っていない。でも、こいしは見殺しにできない。勿論私だって死にたくはない。最後まで抵抗はさせてもらう。

結界の外側に弾幕を展開させ乱射。鎖の迎撃を行う。

 

何発かは当たったようだがあれが衰える気配はない。

避難する時間すらないのだからあれを壊せる程度の量の弾幕など最初から撃てるわけないのだが…

 

おそらく来るであろう衝撃に耐えるために私はこいしを強く抱きしめた。

 

 

 

バッ……

 

 

 

 

だがいくら待っても衝撃は来ない。

嫌な予感がして目を開ける。

 

 

「ル、ルーミアさん…?」

 

目の前にはルーミアさんが倒れていた。身体中から黄色に光る火花が散っている。

それだけで全てを理解してしまった…彼女が、あの大怪我の状態から私たちを庇ってくれたの?

術者はルーミアさんが攻撃してくれたのか体の上半分が綺麗に消失し地面に赤い水たまりを作っていた。この場に静寂が訪れる。

でも状況が最悪なのには変わりない。それを理解した私は直ぐにルーミアさんに駆け寄って容態を見ようと右手を伸ばす。

 

「あぐっ⁉︎」

 

触れようとした瞬間右手に激痛が走り思わじ手を引っ込めてしまう。

右手の先から煙が出る。

 

「お姉ちゃん!こ…これ完全封印用の…」

完全封印…相手から力を奪い続け存在そのものをこの世から封印する強力な封印だ。一度行われれば二度と封印が解けることはない。魂自体が封印される為、輪廻転生や魂の移動なども出来ないと言う恐ろしいものだ。

 

それが今、ルーミアさんの体を蝕んでいる。

 

「ルーミアさん!しっかりして!」

私の呼びかけにかすかに体が動いた。まだ意識はあるみたいです。

 

「う…さとりか…いやー参ったわ…撃ち込んでから回避しようと……思ったら体がうなく…動かなかったわ……」

 

あんな傷で無茶するからじゃないですか!後傷に触るから喋っちゃダメ!

 

「無理ないでください。今どうにかこれを解除しますから!」

 

「……どうして、そこまで……するの?」

妖力をまとめ上げて封印を施している術式に流し込む。う…結構力を吸われますね。

 

思い出したかのようにルーミアさんが訪ねて来た。

 

「どうしてでしょうね……お節介といえばお節介ですし…お人好しと言えばお人好しなのでしょうね。ただ、このまま放っておいたらダメな気がして…」

 

私自身も何を言ってるのかわからなくなってくる。

それもそのはず、あまり深くまで考えて行動はしないから…強いて言えばただの偽善かもしれないですけどなにもしないよりは数倍増し。

そんな考えからなのでしょうかね。

 

「あはは……妖怪らしくないね…まるで人間みたい…」

 

「……」

 

人間みたい…ですか。妖怪としての心構えなんてものも無く人間として生きることすら出来ない中途半端な私達にはちょうどいい言葉かもしれませんね。

まあその中途半端な中にしか私達の生きる道が無いと言うのもまた事実なのですけどね。

 

急にルーミアさんから力が抜ける。

 

「…ルーミアさん?」

 

反応がない。まさか……

 

「どうしよう姉ちゃん!」

こいしも異常に気づいた。

 

「ルーミアさん!しっかりしてください!」

必死に呼びかけるがもう反応することすらできないのだろうか……

こいしも封印を破壊しようと妖力を流し込むが全く効果がない。

 

ここまで強い封印は流石にどうしようもない。私達じゃ食らった瞬間にこの世からおさらばするような強力なものだ。流石にルーミアさんクラスの妖怪だと直ぐに倒すのは無理だったのでしょうか。それでもこれだけの威力……

私の妖力で進行を妨害しようとしても全然効き目がない。このままでは完全に封印されて消えちゃいます。

 

「なんとかして封印を騙せれば…」

出来ないこともないのですがこれをやってしまえばルーミアさんはもう全てを忘れてしまう。それにすでに封印された部分はも

う戻せない。今残ってる僅かな妖力で生きて行くしかないのだ。

それはとても残酷なこと、力のない者を弱肉強食の世界に放り込むのと同じ…と言うかその言葉通りなんですけどね。

 

「まあ…迷ってる暇はないです。想起……」

 

切り裂かれたコートの隙間からサードアイがルーミアさんを見つめる。覚悟を決めて再びルーミアさんの額に手を乗せる。

その瞬間、手が焼け付くような痛みが走り思わず顔をしかめる。覚悟が揺らぎそうになる。

それでも私は能力を施行させる。

ルーミアさんの記憶が呼び起こされ、直後から封印の術式に吸い込まれて行く。

私と出会った時のもの、食事した時のもの、雪の中で遊んだりしたもの、こいしの相手をしてくれていたときのもの…

それら全ての記憶が封印されて消えて行く。記憶は新しいものの方が封印術相手には良い。

私達との記憶が…消えて行く。

「お姉ちゃん?な、何をしてるの?」

ルーミアさんの心から記憶が消えていくことに気づいたこいしが私の肩を揺らす。

 

「封印が完了したと騙すために記憶をごまかして封印してるのよ…肉体が消失しないようにするにはこれしか方法がなかった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもそれって……」

私はお姉ちゃんが取った方法に絶句していた。

そんなことをしたらルーミアさんに地獄を見せるのと大して変わらないじゃん!

 

「わかってるわ……」

 

ならなんでこんな残酷なことをと言いそうになって…やめた。

 

お姉ちゃんは…泣いていた。

今まで一度も泣いているところなんて見たことなかった……

同時に一瞬だけ…お姉ちゃんの心が伝わる。

私が生まれる前からずっと親しい仲だったルーミアさんを…こんな形でしか助けられない悔しさが滲み出ていた。

 

処置が終わったのかルーミアさんの身体の変化が止まる。

 

同時にお姉ちゃんがかざしていた右手がボロボロと崩れて消えていく。

「み、右手が…」

 

「ああ、封印の力に争い続けたせいですね…」

 

お姉ちゃん…両手が使えなくなっちゃった…どうしよう。私がもっとしっかりして入ればこんなことには…

 

「こいし……」

 

 

 

不意に私を温かいものが包み込む。

伏せていた顔を上げると両腕の無くなったお姉ちゃんが、それでも私のことを抱きしめてくれていた。

 

「お、お姉ちゃん…」

 

抱きしめられ触れ合ってるところから優しいぬくもりが伝わって来る。

 

「あなたは悪くないわ……ごめんね……しっかり守れるようにするから…」

 

心が読めなくても…その言葉に嘘偽りはない。それが嬉しくもあり同時に切なさを感じた。

 

 

 

 

 

 

「さとり!こいし!」

 

こいしを抱きしめていると後ろから見知った声が聞こえた。振り向くとお燐が血で真っ赤になりながらこっちに駆け寄って来た。

 

「お燐!どうしたのその血!」

 

「大丈夫です!返り血ですから!」

 

本当だ。返り血だ…白狼天狗の……

もっと深くまで読もうとするが、お燐自身が混乱していてうまく読めない。

「お燐、落ち着いて。妖怪の里で何かあったの?」

 

サードアイでお燐の考えを読む。

なにがあったのかを瞬時に理解する。

 

同じく心を読んでいたこいしが青ざめる。

 

陰陽師に武士総勢40人…人間の里にはいなかったメンツですね。

まさか最初から妖怪の山狙い?

 

「そんな…すぐに行かなきゃ…」

 

「待って、相手の詳細情報を…」

 

お燐の記憶を探っていくと最初に思い起こされたのは神紋。

伊勢神宮に賀茂別雷神社、稲荷神社まで…ものすごい顔ぶれですね。

これは…何があったのでしょう?一斉討伐?なんのために…

 

まあそんなことはどうでもいい。こんな状態では今すぐ逃げ出したい事態であるのには変わりないです。例えるならこちら側は紫電改やP-51、Ta-152が大量にあるのに対し向こうは数は少ないが悪くてF-5E良くてF-15C、Su-37といった具合だ。絶望的なのがお分かりだろう。そんなところに私が言っても本当に意味があるのかどうかわからない。

萃香さん達が完全に追い詰められていなければすぐに逃げ出していたことでしょう。

 

 

お燐が見た光景によれば何故か鬼は四天王含め半数が動けないでいたのだ。

 

原因を考えるに…毒。前世記憶に頼れば酒呑童子や茨木は毒入りの酒を飲まされ不意を打たれたはず…なら毒の可能性大か…

 

見捨てて逃げる…なんて選択肢は取れませんね。まあ隠してはいたかったですけど…他人の命と比べれば安いものだ。

 

「こいし、ルーミアさんを運べる?」

 

流石に置き去りにはできない。

 

「まだ足の感覚が鈍いけど大丈夫」

あまり無理をして欲しくはないがこの場合は仕方ない。

 

「お燐、それ…まだ動くわよね」

 

「ええ、まだ使ってないですから」

なら大丈夫。行けるかどうかは運次第ですけど…

 

どちらにせよ逃げると言う選択肢は絶ったわけですから今更成功確率なんて気にするべきでもないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はさとり妖怪だ…

 

さとり妖怪という存在は、心が読めるが故に人間…はたまた同じ妖怪からも妬み嫌われてきた。

心が読める。ただその一点だけで……

 

ではなぜさとり妖怪がここまで周りから妬み嫌われてしまうのか。

相手の心が読める…ただそれだけ。ただそれだけで高度な知性は信用することをやめる。

だって情報の全てが相手に筒抜けになるのだ。仕方ないといえば仕方ない。

じゃあこちら側の情報も全て提示してしまえばいい。という簡単なものでもない。

たとえこちら側が情報を提示しても知性はそれが本物であるのかどうか?こちら側を騙そうとしているのではないかと分かりもしないのに…いえ、わからないからこそ探ってしまう。その先にある答えなど今も昔も…最悪出会った時と全く変わらないというのに…

 

人間も妖怪も秘密を持ってある程度の距離感を保ちつつ関係を作っていくもので私たちのような存在はまず知性そのものが否定をする。

その私達の善悪に関わらずだ。

 

まあ言ってしまえば私たちは存在自体が完全に否定されるものなのだ。

私達は人間どころか妖怪カテゴリーの中でさえその存在を否定され続けている…そういう存在……

 

だからこそ親しい仲の結束は人一倍強い。

 

私が絶望的な状況下でも萃香さん達を助けに行こうと考えたのもそれが原因かもしれない。

あるいは、人間の心が寂しがっているだけなのかもしれない。

私もこいしも完全に妖怪ではない。

どこかで引かれなければならないはずの妖怪と人間の線引きができない存在。

かたや人間としての魂を持つ者、かたや妖怪と人間のハーフ。

どっちつかずの宙ぶらりん。悪いわけではないですけどその分脆い。

 

人間は一人で生きていけるほど強くはない。かと言って妖怪の輪に入ろうにも種族ゆえ存在自体が否定される。だからと言って近づいていかなければ結局孤独感に心を潰される。

 

 

ジレンマもいいところです。

 

だから私は能力を封印し、人としての心で接し続けた。

他人を騙しているようで良心はズタズタになってしまうが、知ったことじゃない。

それに大切な家族に不自由をさせるわけにもいかない。

 

だからこそ私達の存在を許しあえる人たちを助けようとしたのかもしれない。

 

 

気づけは私は妖怪と人間の合間に立っていた。

 

両腕は再生が追いつかずそのまま。滲んだ血で斑点模様になった服からサードアイが躍り出ている。

 

突然の私の登場に、両者共に唖然としている。まあそれはそうだ。さとり妖怪などこう言ったところに来れるはず無いのだから。

 

 

私の周りをふわふわと浮いているサードアイがすべての思考を読み取っていく。

 

膨大な量の情報が頭の中に流れて来る。全くもって煩い。そのほとんどがさとり妖怪に対する軽蔑、差別、忌避、嫉妬、どれもマイナスなものばかり。全て『嫌われ』として処理してしまいたい情報だ。

 

ただその中にも今回の件に関する重要な事実や相手の弱点が含まれていてその都度吐き気を催すような心を読み取っていかなければならない。

こいしが体験したらさぞ耐えられないでしょう。私も耐えきれそうにないですけど…

 

 

 

大江山、毒入りの酒、潜入、卑怯な手口…

 

なるほど、大体は理解しました。

大江山で退治できなかった酒呑童子と茨木もろともここに妖怪を……

 

他にも各地の里を襲ってきたようですね。さすが妖怪退治のプロと思いきや理由は複雑怪奇…簡単にまとめると政治的なアドバンテージを求めて…だそうだ。

 

意味がわからない。いえ、わかることにはわかるのですが…

 

 

同じ人間として悲しくなります。

 

 

 

 

あの中で現在動けるのは白狼天狗…鴉天狗や鬼と言った主戦力は早々に無力化して行ったようだ。手際がいい…

 

 

さて、私の知る、この場で共闘できそうな人は…犬走親子くらいでしょうかね。文さんは居ないようですし…

 

人間が動かぬよう威嚇しながらサードアイで探していく。

 

早めに発見。かなり前の方にいるようですね。

まあ負傷者の多いこの状況じゃ前に出ないと巻き込んでしまうから仕方ないでしょうけど…

 

 

 

「……想起『二重結界』」

 

目の前にいる神主…っぽい格好の人から結界を想起する。

 

それを私の後ろ…負傷した鬼や天狗との間に展開し、人間たちの追撃を出来なくさせる。同時に、普段白狼天狗どうしで行うハンドサインを治ったばかりの右手で柳君に指示を出す。

 

こちらがハンドサインを送ってきたことに驚いたようですけど、メッセージを見て直ぐに行動を開始してくれた。

 

後ろで驚きと困惑の感情が広がる。

自分たちが嫌っていた相手に助けられたのだ…まあ、そうなるでしょう。

私は別に嫌ってるからどうとかってわけじゃないですから…

 

「なるほど、心を読んで技を再現するとは…噂には聞いていたが流石だな」

 

それまで黙っていた神主が声をかけて来る。それは純粋な褒めであった。

噂とは…あ、そういう噂ですか。

 

なんとも…ひどい噂ですね。まあそれが一般的なさとり妖怪への常識なのでしょうけど…

 

 

 

 

 

 

40人程いてもその半分は鬼や天狗との戦闘で疲弊し戦闘続行は不可能。あの状態からでも半数を無力化するとは…さすが鬼と天狗…

それにしても…天狗と鬼以外の種族が見当たりませんね。

 

特に河童が参戦していたら戦況はもっと楽になったでしょうけど、変に天狗がプライド持ったせいで河童は参加してませんし…

 

いえ、この人達がここまで来た主な原因は大江山の件だってことを考えれば他の種族を巻き込みたくないっていう感情が働いたのかもしれませんね。

 

どちらにせよ今ある戦力でしか戦えないわけですからどうこう言っても意味ないんですけどね。

 

 

「出来ればお引き取り願いたいのですが…」

 

「応じるとでも思ってるのか?」

 

「思ってませんよ。ですけど穏便に済ませられたらよかったのですが…仕方ないです」

 

交渉決裂。攻撃が来るのを先読みして空に飛び上がる。

 

 

予想通り周辺にいた20人近くから一斉に弾幕が発射される。まあ私を倒して結界を破壊しないと他の妖怪には手を出せませんからね。

私が想起した結界は相当頑丈なもの。直接壊そうとするのはお勧めできませんしね。それを知ってか知らずか…私に攻撃する人はいても結界を壊そうとするものはいない。

 

数人は空に飛び上がって迎撃を行おうとしてくる。

それでも妖怪と違って人間が空を飛ぶのは結構大変。弾幕で攻撃しながら飛ぶなんてものは博麗の巫女でない限り難しいわけで…当然、残った選択肢である近接戦闘を仕掛けようと追いかけてくるだけです。

 

 

 

地上から上がる大量の弾幕。それらをひたすらに避け続ける。

いくつかはスレスレを通って闇夜に消えて行く。

高度を上げつつ右にバンク。肩より下の左腕が無いため左右のバランスが取りづらい。

すぐに反撃をしたいがまだ情報を回収していない。なるべく相手の術や技を思い起こさせたい。ルーミアさんの封印に関する情報があればそれをもらっていきたいのですがそのためには心の隙をついて想起するしかない。その心の隙もこうして焦らして行くしか今の所方法はない。

だからもう少しだけ…耐えてくださいね。

妖力が回せず回復できない左腕をさする。

乾いた血の感触と乾いてない血が手のひらにつく感覚で怪我の深刻さを理解する。

 

 

 

四方八方から迫り来る弾幕とお札。回避できないよう周囲を囲うように配置したようです。

接触まで数秒。とっさにレーザー弾幕を発射し前方の弾幕を迎撃する。

爆発、視界不良。

爆炎に飛び込んで一気に抜ける。

 

腕や足のところに煙や炎がまとわりついている。服に引火しなくてよかった…

 

 

すぐに左に旋回しながら高度を上げる。次第に弾幕の量が濃くなってきた。

焦ってきてますね。そろそろ想起を始めますか。

回避に専念する為に意識をほぼ離していたサードアイに再び光が戻る。

 

相変わらずの弾幕ですけどこれくらい距離を取っておけば想起には問題はない。

 

相変わらず負の考えばかりが入って来ますね。

おっと、今はそんなことどうでもよくて…封印解除の方法を…

 

……知らない人が多いです。もうちょっと深く記憶を探れば出てくるのでしょうか。ですがそれをやるのはこの場では困難…

 

実際…陰陽術の封印を神主達が知っているとは思えませんが、希望があるとしたらこれしかない。

 

 

 

目の前に弾幕が突如現れる。集中し過ぎて気づくのが遅れた。

とっさに体を上に持ち上げクルピット。

世界が逆さまになり体が急制動をもろに受け悲鳴をあげる。

 

弾幕通過を確認し、急加速、下から上がってくる弾幕に対応する。

さっきから攻撃が激しくなって来た。どうやら散っていた他の人たちが戻って来たようです。

なるほど、10人程が…そんなに分散してたのですか。

 

 

「……⁉︎」

不意に後ろから殺気。

無意識が体を左にそらす。

私の本来左腕がある位置に、月明かりを浴びて鈍く輝く棒が突き出る。

後ろを振り返ると先ほど浮かび上がって追いかけて来ていた巫女が刀を私に突き出したところだった。

 

何もない空間を蹴飛ばして距離を取る。

 

「急に危ないじゃないですか」

 

「黙りなさい。この妖怪」

 

「あのー…この山の妖怪が貴方達に何か危害を加えたりしました?」

 

少なくともここの住人にはしていない気がする。まあ食事や怖れのために人間を襲うことはありますけど…え、まさかそれだけで?

 

妖怪を手当たり次第に消そうとするその理由に呆気にとられる。

その一瞬が命取り。

再び銀の刃が目の前に迫ってくる。

反応が遅れる。なんとか回避できたがその直後に体が真下に吹き飛ばされる。

躱されることを予想して踵落としを背中にやってきたのだ。

背骨が折れそうなんですけど…もうちょっと手加減してください。

落とされる。

すぐに体制を立て直し地面に降り立つ。

 

そこに何十枚ものお札が飛んでくる。

これでは飛び上がることもできない。しばらくは地上戦ですか…なるべく結界方向から意識をそらさせないと…

 

結界を隔てた向こう側では負傷者の撤退が行われている。あまり彼女たちの方に攻撃を向けさせるわけにはいきませんしね。

って…茨木さん、右手を失うのは軽症じゃ済みませんから…早く下がって適切な治療を受けてください。呪詛が進行してるからって諦めちゃダメです。

 

 

そんなことを考えていたらいつの間にか抜刀した二人の神主さんが襲いかかって来た。

 

二人がかりとは…ちょっとずるいです。

 

すぐに心を読み、振りかざされた刀の射線から体をそらす。

同時に右足で二人の刀を思いっきり蹴飛ばす。

 

急にとてつもない力で押されて刀が手から抜けおちる。だからもうちょっとちゃんと持たないと……心を読まなくても構え方が下手だってわかっちゃいますよ。柳くんに剣術の指導をお願いしましょうか?

 

そんなどうでもいいこと考えている余裕が私にもあったのだなと変に自覚。

 

 

流石に牽制くらいはするべきでしたね。反撃してこないのを反撃できないと勘違いしちゃってます。

 

 

応戦弾幕を発射。個別誘導。

なるべく痛くならないように弾幕ごっこ用の非殺傷系にしてあるがそんなことは知る余地も無い人間達は一斉に弾幕から逃げようとする。

 

攻撃対象じゃなかった十数人が一斉に接近戦をかけて来ようとする。

一斉に接近できれば思考を読まれても対処する時間が無いとでも考えているのでしょうね。実際さとり妖怪の戦闘面での弱さでもありますし間違ってはいません。

 

小想起した型の結界を展開し突っ込んでくる三人の顔面にぶつける。

片腕が使えなくても戦い方は色々あるんですよ。

 

三人が倒れたのをきっかけに接近戦をしようとしていた人たちの動きが鈍る。

そうですね、じゃあこちらから攻めてみましょう。

 

下半身に力を流し地面を思いっきり蹴飛ばす。蹴飛ばされたところの土が固まりになって吹き飛ぶ。

当然私の体は躊躇している彼らの元へすっ飛んでいく。

 

まずは一人目。左足を軸にした回し蹴りで吹っ飛ばす。無力化完了。周りが対処に走る前にすぐ近くにいたもう一人に肘打ち。

 

真後ろから攻撃して来ようとした巫女に後ろ蹴り。

 

だが四人目に移ろうとしたところで左足の力がカクンと抜けた。

バランスが崩れ体が崩れ落ちる。

 

見ると太もものところにお札が一枚貼られていた。

 

サードアイが右からの攻撃を感知して知らせる。ですが間に合わない。

結界を張って耐えようとするが攻撃の威力が強かった。

直撃は免れたものの衝撃波で吹き飛ばされる。

 

 

身体を立たせようとするが左足に貼られたお札が妖力を断ち切ってしまいうまく動かない。

私があたふたしている合間にリーダーと思われる男が近寄ってくる。

陰陽師のようです。先程の神主達とはまた服装も装備も違いますね。

 

「哀れなものだな」

 

「……?」

 

急に心の中に同情が広がる。なんか急に優しくなりましたけどなんでしょうかねこれ。

 

「おとなしく結界を解除すれば命だけは助けてやろうと言ったらどうする?」

 

「そのような条件は解除した後に始末されるオチがつくのですがね」

 

「嘘を言ってるように思えるか?それに貴様の力は使い勝手が良さそうだ」

全て本心から…うん、普通なら惹かれる条件でしょうね。

 

「確かにいい条件でしょうね」

 

結界の反対側で不安と怒りとなんかよくわからない負の感情が爆発する。それらがドロドロと混ざり合ってワタシの足に絡みつく。ちょっとみなさん短気すぎですよ。

 

「私は少なくとも生ゴミとして処理するレベルの条件ですが」

 

「なぜだ?後ろにいるやつらは皆お前を排除する側の輩だろ?我々はそのようなことはしない」

 

その言葉に一瞬何かが切れる音がした。

わかってもいないくせに何適当言ってるのでしょうかねこの馬鹿は…

 

「ごちゃごちゃうるさいですね。耳障りなんですよ。排除されて元々、それでも私を心の底から大切に思ってくれている人がいるのですからあなたの条件なんか魅力に感じないんですよ。いい加減わかって欲しいものですこのロリコン」

 

ロリコンの意味は分からなかったようですが貶されていると言うことはわかったようです。

一瞬にして心が切り替わる。

 

「……おとなしく従っておけばいいものを」

 

 

 

絡みついていた負の感情が一斉に消失し、私が軽くなる。

 

 

相手は私に心底失望したようですけどまだ能力に希望を見出そうとしている。……へえ、人格を壊してただの操り人形にですか。気持ち悪…

 

 

 

乾いた炸裂音が喧騒な山肌に響き渡る。

突然の音に周囲が困惑する。それとは相対的に私と目の前の男は全く動じない。

と思いきや男の体が崩れ落ちるように地面に倒れた。

 

「……間に合ったみたいね」

 

私のつぶやきに答えるかのように再び炸裂音。今度は少し遠くにいた巫女の右肩に大穴が開く。

 

甲高い悲鳴が上がり人間たちの合間に動揺が広がる。

 

そっとサードアイで後ろを確認する。

 

後方650メートルの位置で、高速回転する思考が一つ。お燐、そこまで深く考えなくても良いんですよ。そんなに考えてしまったら逆に手元がぶれますよ。

 

お燐が持つSG550はこの百年の合間に相当手を加えている。

お燐の要望もあって命中精度の高いのをいいことに長距離狙撃を行うためのものに改造したのだ。

まあ実際に使うとなると前のままじゃ使いづらいですからね。

 

想定交戦距離がもともと300メートル、スコープをつければ600メートルまで行けるので、自動装填機能を撤廃し部品同士の隙間を詰め命中精度をさらに高めるくらいしか改造はしていないけど…

後は手動操作で薬莢を排出するためにレバーをつけたり長距離で照準を合わせやすいように照準器を別のものにしたりしたくらいですかね。

弾は相変わらず残っていたものだけですので15発だけ。これが撃ち尽くしたら先端につけた銃剣で戦うくらいしか出来ない無用の産物ですけどね。

 

 

「今ならまだこの人も助かると思いますけど…どうします?」

そう言って倒れている男に目線を向ける。

 

 

…返事はない。こうなったらとことんやってやるですか…熱心なのはいいですけど引き際も考えてくださいよ。

 

 

お燐が慌てて他の人に狙いを定めようとしますがそれを手で制する。

 

 

無闇矢鱈と攻撃をするのは愚行です。特に得体の知れない攻撃を続けてはしまっては相手の余裕を奪い過ぎてしまいます。もしそうなっては向こうは、正確な判断など下せなくなります。それだけはせめて避けたいです。

 

お札や弾幕が展開され全ての照準が私に向く。

まあすでに正確な判断はくだせてないようですけど…どうみても半数以上が脱落しているのだからもういい加減撤退してもいいと思うのですが…

あ、そんなことしたらまた攻めてこられてしまいますね。

ですが変に倒して憎悪を燃やされては困ります。

憎悪は時に文明すら破壊しかねないとてつもなく恐ろしい感情。そんなものを相手に作らせてしまっては余計にひどいことになる。やはり撤退して欲しいですね。ルビコン川は渡ってしまってますがギリギリ間に合いますよ。

 

 

回避しようにも妖力の断ち切られた片足では逃げさすこともできない。だからと言って結界を張る時間的余裕もないですし空に飛び上ろうにももう間に合いそうにない。ちょっと悠長にし過ぎましたかね。

回避を取ろうとしない私を見て結界の内側にいる天狗や鬼達の合間に絶望が広がる。

確かにここで私が負ければ次は彼らが標的になりますしね。

 

 

 

ちょっと柳君、いくらこっちに来たいからって結界を壊そうとしないでください。

 

大丈夫、私は自己犠牲で相手を悲しませるような事はしないですから……

 

私に向かって弾幕やお札が放たれる。すごい数ですね。あれで、鬼や天狗と戦ってきて疲弊しているなんて到底思えません。

お燐が後ろで銃を発砲しようとしましたが再び私がハンドサインで止める。

焦っちゃダメですよ。

 

 

もう弾幕を避けることはできない。まあ避ける必要も無いのでしょうけど…

あの中の何発が当たり何発が致命傷になるのか…私はゼロに賭けますが…どうしましょうかね。

 

瞳を閉じて数を数える。命が尽きるまでのカウントダウンにならなきゃいいですけど…

 

 

 

 

 

 

 





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お燐のイメージ


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depth.20人間とさとり妖怪 後

「狂いの落葉」

「オータムスカイ!」

私に向けて撃たれた攻撃が、当たると思われた瞬間。頭上から降り注いだ声と弾幕によってかき消された。

 

「ふう、間一髪」

 

「お待たせ!」

 

 

上空から急降下するように二つの影が降りてくる。金髪と赤がベースの服…片方は紅葉、もう片方は秋の食材を連想させる装飾品。

私と人間達との間に降り立った二人が人間達を軽く睨む。

 

「私達の山でよく暴れてくれたわね。これはちょっとお仕置きが必要かしら?」

 

「そうですね。少なくともこれ以上戦闘行為を続けるようなら、1発痛い目に合わせてあげましょ?」

 

なかなかに迫力がある。普段のほんわかした雰囲気はどこに行ったのやら。

本来、季節を司る神はその特殊性も相まって他の神より多くの信仰心を集める。特に秋は収穫や景色など生活に欠かせない時期であるがゆえにかなりの力が得られるのだそうだ。

 

力の最全盛期はもうちょっと後なのですが…まあ二人の強さは天狗公認ですし…20人ほど、それも戦いで疲弊していることを考えれば互角以上でしょう。

 

「全く…どこに行ってたんですか」

 

この二人、妖怪の山が襲われてる合間何もせずただ傍観していただけのようだ。

これはこいしも見つけてくるのに苦労したことでしょう。

 

「ごめんね。今回の件は元から関わる気がなかったから…」

 

まあ普通はそうでしょう。今回の対象は妖怪。神ではない。

それに普通こんな事で神が動くわけがない。大体は傍観しているのが普通だ。

「その割にこいしの頼みとしては…来てくれたのですね」

 

「まあこいしちゃんの頼みとあらばね」

 

「それにさとりを手伝ってって言われちゃあねえ」

 

そういえば二人から私に対する嫉みや嫌悪の感情は見当たらない。

本性を隠してずっと接し続けていただけでも裏切りに近いというのにそれがさとり妖怪とあればなおさらのはずだ。

 

「つかぬことをお聞きしますが……」

 

「ああ、さとり妖怪ってことでしょ?大丈夫よ。そんなもの気にする事でもないわ」

 

「そうそう、お姉ちゃんの言うように気にしてなんか無いわ。まあ、早めに言って欲しかったなあって思うけど」

 

ああ……あまり怯えなくても…良かったじゃないですか。

 

「もし…私が騙そうと思って近づいていたらとは考えなかったのですか?」

 

「「え?さとりがそんなことするわけないじゃん」」

 

揃ってそう言われると…恥ずかしいです。しかも本心からそう思われた。

なんででしょうか?別に何をしたってわけでもないですし…ただ普通に世間話したりご飯を作ったりしたくらいしか覚えがないのですが…

 

「あれれ?照れてる?」

 

「残念ですが、今はそれに対する返答は控えます」

 

 

兎も角、二人が来てくれた事には感謝してます。

 

 

 

人間達も、まさか神が来るなんて想定外だったのかどうしていいかわからず混乱している。

 

攻撃するかしないか…下手をすれば祀っている神に喧嘩を売りかねない行為であるがゆえに厳しそうにしている。

 

交渉するなら今がチャンスなのでしょう。ならもう一度…

 

「それでは再び聞きます。撤退しますか?」

 

返事はない。どれだけ諦めが悪いのでしょう。

ここまで自らの意思を押し通そうとするその強さは認めます。

ですが、その強さの使い道が少なくとも正しくないです。

 

「返事がないようですけど?」

 

「なるほど、神を信仰する人達が自らの目的の為神と戦う…うん、すごい楽しそう!」

 

あの…お二人さん。あまり煽らないであげてください。向こうだって迷ってるんですから

 

「妖怪の言うことは信じられない…ってわけでもないですね」

 

撤退間際の攻撃で全滅するのが怖いと…確かに戦力の半分はすでに損失。壊滅状態ですからね。その考えも分からなくはないです。

 

 

「では最後通告です。10数える合間に負傷者を集めて撤退を開始してください。ではいきます…」

 

向こうが決められないというのならこちらから期限を付けてせめて行けばいい。

カウントを始める前から既に一部の巫女達は負傷者を集め始めていた。

そうです…そのまま帰るのです。あなた達にはまだ帰る場所があるのですから…

 

 

一部の鬼や天狗は不満そうにしていますが……どちらかが滅ぶまで終わらない戦いになってしまうよりマシでしょ。文句なら私が全部聞きますから……

 

戦闘の意思が消えたようなので私は体から力を抜く。

その瞬間再生がほとんど止まっていた左腕が傷口から湯気を上げて再生される。

そんな私の様子に気づいたのか異質なものを見てしまったと妖怪達が畏れを抱く。

予想していたことですし私自身別に気にすることでもないので何も言いませんけど…そもそもいったところでどうしようもないですし…

そうしていると殿を務めていた巫女が一瞬だけこちらを振り向く。

何か文句や恨みの一つでも言うのかと思って心を読むが、脳裏に入って来たのは予想外の言葉であった。

 

(引き際を与えてくれて感謝してるわ)

 

上から目線ではあったが、それは紛れもなく感謝の意であった。

 

終始無言のままでしたが、心が読める私にはにわかに騒がしい人間達も消え少しだけ静寂が訪れる。

 

結界を解除し、肩の力を抜く。

 

萃香さん達が駆け寄って来る。

怪我をしているならそんな無理に来なくていいのに…

私は全然大丈夫ですから…

 

ほとんどの妖怪は私に近寄ろうとはせず、困惑と気持ち悪さが混ざった目線を向ける。

ほとんどの妖怪の目線は私のサードアイに注がれている。

まさかこんなところに嫌われ者が隠れて紛れ込んでいたなんてと思ってるのでしょうか。

そう思っていた矢先、私はやってしまった。

 

急に大量の情報が脳に送り込まれる。

 

サードアイがいつの間にか彼らの方を視界に捉えていて…全ての妖怪から考えを全て読んでいた。

 

「あ…ああ…」

そうだったのだ。ここは妖怪の山だったのだ。

さっきまでほとんどの思考が別の方向に向いていたからよかったものの…それがなくなれば人の興味が一番向くのは他でもない私であり…

 

今までずっと見ないようにしていた…いえ、考えないようにしていたものが今になって追い討ちをかけて来た。

 

私がさとり妖怪であるという事実。

 

私の眼が、周辺にいる妖怪の心を読み取っていく。負の感情が一気に流れ込む。

私の個など関係なしにかかるさとり妖怪へのヘイト……

言葉では表せないほどの感情が私の精神を破壊しにかかる。

いやだ…いやだ…私はただ、平穏に過ごしていきたいだけなのに…

それすら…この能力はさせてくれないのでしょうか。

 

 

 

 

 

「さとり、さとり!」

 

「気をしっかりして!大丈夫よ!」

 

駆け寄って来た萃香さんと、秋姉妹が私の体を揺さぶってくる。

その揺れでようやく私の心が正気を取り戻したようだ。

ああ…やってしまった。

 

「すいません…もう大丈夫です」

 

本心から心配しているみんなに一瞬申し訳なさを感じる。でもこれはさとり妖怪特有のものであって仕方がないものだったりする。こればかりは誰にも頼れない…私の問題ってほどでもないちょっとしたジレンマ。

 

気づけば私は、頭を抑えて悶えていたらしい。

能力にかけていた力を緩め大衆の深層心理から離れる。

少しづつ負の感情が薄れていく。

 

いけないいけない。無意識の悪意に飲み込まれるところでした。

あれに呑まれると普通じゃ精神が壊れちゃいます。

私の精神はあくまでも人間…実際には妖怪になりかけていますがそれでも脆いことには変わりない。

普通のさとり妖怪のような特殊な精神を持っていない私では深層心理にこびりついた無意識の悪意には耐えられない。

 

表層心理はほとんど私を嫌悪せず心配したりなにか考えていたりと様々です。まあそれでも私のことが怖くて近寄ってはこれませんが…まあ親しい仲でも無いですしそんなもんでしょう。

 

一部は罪悪感まで感じてしまっているようです。心が荒れてます。

 

そこまで強い負の感情が生まれなかったのはよかったのですがそれでも、直ぐに眼を伏せる。

さとり妖怪という存在は、深層心理にまで深く差別対象として刻まれていたのですね。

まあそれが常識であり、当たり前のことであったから仕方ないのでしょう。それが悪いというわけでは無いです。

むしろ心を読まれて不快に感じない人なんていないですし…それに深層心理が外からの侵入を拒んでいる証拠ですから…

 

「おいおい、気をつけなよ。こんなところでおかしくなっちゃあ助けられたこっちが浮かばれねえ」

 

萃香さん……

 

口調が荒っぽくなってますけど言ってることは正しい。

申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまい。意味もなくサードアイを後ろに隠そうとする。

 

「すいません…」

 

普段の私であればここまで荒れることは無かっただろう。

ただ、精神的にきついことが多かったですから…その影響もあってなのでしょうね。

どこか他人事のように感じてしまうあたりそうとうダメになってる。

一度休んだ方が良いかもしれませんね。

「それでは…私はこれで…」

 

「え?ちょっと待ちなさいさとり」

 

「何ですか穣子さん…」

 

心が読めてしまう身としては次に出て来る言葉が何なのかもうわかってしまう。それでも会話が成り立って欲しいので…私は一切口を挟まない。

 

「やっぱり、他の人たちが怖いの?」

 

心配そうな目でこちらを見てくる。

きっと私は相当ひどい顔をしているのでしょう。

それはなんのせいなのでしょうか。

私がさとりだとバレてしまったから?ルーミアさんを救えなかったから?守るべきであった人達を傷つけてしまったから?

 

でも結局は自己満足に過ぎない。

そんな私が嫌で嫌で仕方なくて……ああ、私自身が私に嫌悪していたのか。

心が読めてしまうから…それが嫌で仕方ないのに相手の心を読んでしまう私自身が嫌だったのか…

 

「ええ、怖いです。そして大嫌いです」

 

正確にはこんなに私のことを心配してくれている人がいるのに、他の人からくる嫌悪に心が折れそうになっている私がですけど…

 

それにこれからの妖怪との接し方もいろいろ変わって来ちゃいますし…少なくともマイナス方向へ向かうのは確実…多分妖怪の里には入れなくなるのではないでしょうかね。結局さとり妖怪なのに普通に生活をしようとした反動が来たって感じですね。

 

「やっぱり…心が読めるって怖いものなんだ」

 

私は…他人の心を読むのが怖いんです。

心を読むのが怖いさとり妖怪…矛盾というか…なんというか。

 

それが人間である事を選んだ私である。とんだ皮肉ですね……

って言っても穣子さん達にはわからないだけで結局弱虫で臆病なんだなって思われて終わるだけ。

普通に考えれば相当怖がりで逃げたがりな変わった妖怪でしょう。

え?人間のようだ…ですか。まあ当たらずとも遠からずです。

 

なんて言えばいいかわからないのか心の中がぐるぐる回っている。

静葉さんもしきりに天狗達の方を睨む。ああ…何となくわかってしまうのですか…

 

「静葉さん…彼らたちは悪くないんです…心が読めてしまうのが怖い私が悪いんです」

その言葉にバツが悪そうな顔をする。

 

嫌われ者の妖怪はすぐに退散するべきとその場を去ろうとする。

あまり長く関わっても相手に嫌な気を持たせてしまうだけですし…みんなの気が落ち着いている今のうちに退散したほうがよさそうです。

 

「待ちなって」

 

体が急に引き寄せられる。

振り返れば、勇儀さんが私の腕を掴んでいた。

その横には、片腕を失い柳君に肩を貸されている茨木さんが立っていた。

鬼の四天王と呼ばれる三人が揃っていてある意味すごい迫力である。

その上毒で体がやられ弱っているにもかかわらず、私の腕を掴んでいる腕は強い。

 

「すぐに意識が変わるなんてことは無理なんだ。だから傷つけちゃって悪いとは思ってる。でもこっちも少しづつ、変わっていけるはずだから…な?」

 

「勇儀さん…」

 

「そうそう、それに何かあったら私達を頼っていいんだからね」

 

無言でいる柳君も同じこと考えている。その目がすごく凛々しくまっすぐで…一瞬吸い寄せられる。

 

そうでしたね。何を気落ちしていたのでしょうか。

誤解や偏見なんてこれから解いていけばいい。そんな単純なこと…怖いってだけでしようとしないなんて…

 

 

「あっちで治療が行われてるんだ。さとりも一応受けておけ」

 

「……ありがとうございます」

純粋な気持ちに、顔を伏せる。

そうでもしていなければ…涙がこぼれちゃいそうですから。

 

「おいおい、なーに独り占めしてるんだよ」

 

「えーだって萃香は何回も戦ったじゃないか。今回ぐらいは私でいいだろ?」

 

「仕方ねえなあ…まあいいけどよ」

 

ん?なんかよくわからないこと言ってますね。独り占めとか何とか…んーよくわかりません。

心を読んでもかわいいなあという感情が混ざり込んでることくらいしかわりません。

 

「それじゃあ私達はこいしの方に行ってくるね」

 

そう言って秋姉妹は人間の里の方に飛んで言った。

そういえばこいしはどこへ言ったのでしょう。二人の航路からして里の方みたいですけど…まああの二人が向かったのであれば大丈夫ですね。

 

そう思いなおし、勇儀の腕に素直に引っ張られる。

きっと…私は幸せ者だったのでしょうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がさとりだな?」

 

勇儀に連れられて天狗の里に到着した私を迎えてくれたのは見知らぬ烏天狗だった。

誰でしょうかねこの人たち。

 

「あーなんだ?今から診療スペースに連れてかないといけねえんだが…」

 

「いや、急ぎではないんだ。天魔様が来て欲しいと言っていたのだが…落ち着いたらまた迎えにくる」

そう言って来た道を戻っていく二人。

なんか残念そうにしてますけど…ああ、急ぎで呼ばれていたけど気を使ってくれていたのですね。

 

「待ってください。天魔様が呼んでいるのでしたら行きます」

 

「いいのかい?」

 

「ええ、大丈夫です」

どうせろくな傷残ってないでしょうし、腕だってそのうち治りますから、それよりもあなた達は茨木さんを連れて行ってください。その傷、痛々しいです。

呪詛に侵食された傷口は既にボロボロになっている。もうあれじゃあ腕は戻らない…

 

「ああこれ?気にしないで、私がヘマしちゃっただけだから」

 

そう言って力なく笑う茨木さん。

 

鬼の二人が気まずそうに目をそらす。

何があったのかを素早く読み込んだ私は気まずさに心を蝕まれる。

……お大事に…

 

「それじゃあ…案内お願いします」

 

「あ、ああ……」

 

鬼の四天王から無理やり引っこ抜いてきたって思われなきゃいいがですか……萃香さん達も優しいですから大丈夫ですよ。

 

……って何で三人とも威圧してるんですか?天狗さんが可哀想でしょ!

 

 

天狗の二人の気が楽になるよう早めにその場を退散する。

何であそこまで診療させたかったんですかね?一瞬だけピンク色が萃香さんの頭に走りましたけど…私の髪の毛は紫ですし、茨木さんのこと考えて他のでしょうか…



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depth.21視えないさとり

「ところで、なぜ私は呼ばれたのでしょう?」

 

天狗に案内されること数分、途中で椛がエスコートに加わり四人体制で歩く中私は疑問に思ったことを聞いた。

 

「詳しいことは聞かされていないが…」

 

二人とも全く知らないようです。

別に、会えばわかるから良いのですけどね。

 

考えてみれば天魔ってあの天狗社会の一番上にいるとんでもない妖怪なんじゃなかったんでしたっけ?

原作知識では天魔としか言われてないですし全てが不明ですけど…

 

第六天魔王…は違いますし。なんなのでしょうか。

と言うかとんでもない人から呼ばれてません?すごい今更ですけど…あれ流石に色々とまずいんじゃ…

 

今になって嫌な汗が出てくる。

なんか私とんでもない人に目をつけられたのでしょうか…

まあ鬼に絡まれてる時点で十分とんでもないんですけど…

 

「あの…天魔様ってどんな方なのでしょう?」

 

ここは聞くに限ります。

 

「一言で言うなら…つかみどころがないかな」

 

私の問いによくわからない答えを出してくる。どうやら本人もよくわからないようだ。まだあった事なく人づてに聞いた話しか出てきそうにない。

椛さんは…何か思うことがあるのでしょうけど周辺の警戒に夢中で殆ど意識されていない。

記憶を辿れば楽でしょうけど今の私にそれをやる気力はない。

 

「あ、そうでした。椛さん、ちょっといいですか?」

 

「え、ええ…なんですか?」

 

「あの…上着貸してもらえませんか?ボロボロのままだとちょっと恥ずかしいので…」

 

さすがにこのままの姿で会いに行っていいお方では無いはずである。

それをわかっているのか椛さんも快く貸してくれた。

「あの…ここで着替えるのですか?」

 

なぜか烏天狗の二人が落ち着きをなくす。どうしたのでしょうか?

 

「そうですけど…それが何か?」

 

「いえ!特にといったわけではないのです!」

 

ふーん……

 

返り血やなんやらで汚れた上着を脱ぎ、折りたたむ。下に着ている服も血の付いている左腕のところを引きちぎっていく。

なぜか案内の鴉天狗達が驚いて顔を赤くしていますが別に左袖が消えただけじゃないですか。どこかダメなところでもあるのですか。それともそう言う変な性癖でももってるのですか?

 

「あの…さとりさん基本的に女性に慣れてないだけですから…」

私が向けている目線に気づいたのか椛さんが軽くフォローを入れてきた。

慣れてないだけなら仕方ないですね。

 

椛さんが渡してきてくれた天狗装束を上に羽織りその中にサードアイを入れて隠す。

ようやく静かになった。

 

「すいませんお借りします」

 

「気にしないでくださいさとりさん」

 

ちょっと…お二人はいつまで赤くなってるんですか?え?どれだけ女性慣れしてないんですか?さすがに不味いですよ。

「すいません…この二人女性にめっぽう弱いんです」

 

……慣れてないし弱いって…この先生きていけるのでしょうか…

 

その後すごく重々しい扉を抜けようやく屋敷の中に連れて来られる。

屋敷手前で椛さん達から案内が交代する。

どうやらこれ以上先は一般の方はお断りなのだとか。

 

代わりに出てきたのは身長180センチほどあるかと思われる大柄な天狗だった。

大天狗だろうか…特徴が一致している。

 

終始無言でついて来いとジェスチャー。嫌っているのかと思ったがそのような気はしない。元から寡黙な性格なのでしょうか。

 

まあ相手が話しかけてきてほしくないのであれば私も黙ってましょう。

 

「天魔様、連れてまいりました」

 

初めてこの大天狗の声を聞いた。

 

奥の方で入れと声がする。

同時に襖がひとりでに開く。なるほど、特殊な仕組みの術式が組み込んである。

音声認識システム…すごいですね。

 

「温厚な方だから大丈夫だと思うが、粗相がないように…」

 

私のそばを通り過ぎた別の大天狗が一瞬だけ非難の目とともにそう言い放った。

特に気にするわけでもないので見て見ぬ振りをする。

 

どうやら鴉天狗は部屋には来ないようです。私一人で誰もいない部屋に入ったはいいですけど…どうしたものでしょう。

少し経てば来ると思いますし…素数でも数えて待ってましょう。

 

1、2、3、5…

 

 

 

 

数分ほど経ってますが来る気配がない。向こうから呼んでおいてここまで待たせるとなるとちょっと心配になってきます。もしかして私を捕らえるための罠だったのでしょうか。

だとしたらすぐに行動しなくてはなりませんがまだ罠だと言う確証に至るには証拠が足りません。

 

そもそも私を捕らえたところで一体何になると言うのだろう。私は…そこらへんのモブといっても変わりない程度の戦闘能力しかないさとりですよ?だってまだ齢200年にすら届いて無いんですから…

 

それを考えれば私を捕らえようとするなら力づくでいけばいい…罠という可能性は低いです。

 

天魔がどのような人か知りませんがこちらをからかってるだけかもしれませんし…

そう考えてみればこの部屋に隠れてる?

だとしたらどこでしょう?6畳しかない小さな部屋です。隠れるところなんて見当たりそうにない。

 

さて、天魔の性格は知りませんが私ならどうするでしょうか?

 

隠れる所のない部屋、からくり屋敷みたいに壁が回転したり天井が開いたりなんて構造にはなって無い。

故にこの部屋には私しかいない。そう思った方が合理的ですが…

さっきから視線が感じられますね。

最初は誰かが覗き見でもしてるのでは無いかと思って大して気にしてなかったのですが現在の思考から言って見れば天魔のものなのじゃないかという可能性が出てきた。ならこの部屋を見ることができる位置にいるのでしょう。

 

相手の反応を楽しみたいのであれば相手がよく見える場所がいい。それで分かりづらい所…

私でしたら、そうですねえ…外から見るのでは死界が多いですし狙って見ることはできない可能性がある。

それにベターすぎてすぐばれますし…ですから……

上から見下ろしているか、床下からこっそり覗き見です。

おそらく天狗が地面を這うなんてことするわけないですしなら残された選択肢は…

 

真上を見上げる。

 

 

そこには天狗のお面を頭に引っ掛けた青年が天井にくっつくようにして私を見下ろしていた。

天狗装束、髪は短めでボサボサしてますがそれでいてよくまとまっている。それが中性的な顔立ちと合わさって違和感なく収まっている。

好青年といった感じですね。

「……」

 

目線が交差する。一瞬だけ向こう側の妖気が流れる。かなり強いものだ。その気になって襲いかかられれば私などひとたまりもないでしょうね。

 

「…よ!さとり妖怪の嬢ちゃんか」

 

その直後、視界から青年の姿が消え今度は目の前で声がする。同時に漆黒の羽が視界を埋めていく。

どうやら降りてきたようだ。

「ええ、初めまして。古明地さとりと申します」

 

 

目の前に降りてきた天狗から流れるその妖力、普通の天狗達より濃厚で、澄んでいる。

おそらくこの人が天魔なのでしょうか。

 

「左腕…お見苦しいと思いますが…」

 

「ああそう言う肩苦しいの無しでいいから。俺は一応天魔やってるもんだ」

そう言って目の前に座り込む。

鬼のような豪快さが出ているあたり鬼とつるんでいる事が多いのでしょうね。

 

それにしてもすごい…軽い人です…

引きずらない性格なのか、その役になってから吹っ切れたのか…あるいはその両方か。

 

「と言うと…天魔さんでいいのですか?」

 

「いや一応名前はあったんだが…天魔になった時に消えたよ」

 

そ…そうですか。なんか聞いちゃ行けないことを聞いてしまった気がします。

 

「まあ気にするな!」

 

「そ…そうですか。では天魔さん。私をわざわざ呼んだのは…?」

私の問いに忘れてたと言わんばかりに手を叩く。

ちょっと待ってください。まさか本当に忘れていたんですか。

「ああそれね。今から話すさ」

 

そう言って天魔さんは私の前に坐り直す。先ほどのような砕けた座り方ではなく、素人の私からみても筋が通っているとすぐにわかるほど綺麗な姿勢だ。

それを当たり前のようにやってくるのだ。相当仕込まれているのでしょう。

瞬間、部屋の空気が変わる。

目の前の天魔さんから流れる妖気がプレッシャーを与えてくる。

 

「肩苦しいのはなしって言っときながら肩苦しくなってすまないな」

 

「い、いえ、お気になさらず…」

 

「この度は、人間を撃退するのに協力してくれて感謝している」

そう言って深々と頭を下げてくる。

どうしていいかわからずあたふたする。

「あの…どうして私なんかに…」

 

「確かにさとり妖怪は皆から嫌われている…だが、我々を救ってくれたのは事実だ」

 

当たり前のようにそう言い放つ。

そうやって考えてくれる妖怪もいてくれてるのですね…

 

次の瞬間、部屋に張っていた空気が拡散しプレッシャーが嘘のように無くなる。

「あーやっぱりなれねえなこれ」

 

あっさりと素に戻る…元々かなり大雑把な性格のようです。こう言う役目には向かないようですね。

ですが嫌いじゃないです。

 

「まあ、さとりには感謝してるよ。ありがとう」

 

「いえ、たいそうなことはしてません。それに、あなたは私のことをそこまで嫌ってはいないようですけど…」

 

「え?だって便利じゃんその能力。俺は嫌いじゃないけどなあ」

 

まさか私の能力を嫌いじゃないと言うなんて…本当に変わった人です。

まあ今の私は眼を隠してますからそれが本心からなのかどうかは全く分かりません。

ですが彼の目はまっすぐこちらを見つめていて…その瞳にはそれが本心だとしっかり記されていた。

少しだけ恥ずかしくなってくる。

「……」

 

「お、そうだそうだ。なんか望みとかある?俺が叶えられる程度のもので」

 

「望み……ですか?」

 

急ですね。あらかた今思いついたと言った感じでしょう。ここに取り巻きの大天狗とかがいればおやめくださいと言ってきそうですけど…

あいにくここには取り巻きも何もいない。

 

「あえて言うのでしたら…友達になってほしいかなあって……」

 

「…あはは!そりゃこっちからぜひだよ。うん!よろしくさとり」

 

 

一瞬だけその目に歓喜の色が見える。

…天魔と言う役職上、同族で友達と呼べる人は出来なかったのでしょう。それに多種族からも天狗の長という事で畏怖と敬意ばかり…

 

鬼は……酒飲んでまくるいわゆる悪友状態。

 

…寂しかったのでしょうね。

いくら天魔でもここまで人の上に立ち孤独に生きるのが難しそうな人では…そうなってしまうのも仕方ないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、戦闘後の処理の事もありその場はすぐに解散することになった。

また部屋の外で待機している大天狗に案内されるのかと思いきや天魔自身が玄関まで送ってくるとは…

大天狗含め全員びっくりしてましたよ。

そういうのはちゃんと連絡してからやればいいのに…何を考えているのか…大方周辺の反応を楽しみたいだけなのかもしれませんけど。

 

 

 

「なんか…天魔様が迷惑かけちゃったようですけど…」

門の外で待っていた椛さんがいきなり謝ってきた。どうやら他の二人は逃げたようだ。

 

「別に気にして無いからいいですよ。それに…結構良いヒトでしたし…」

 

そう言うとすごく苦笑いしていた。

たしかに接待だとか身のこなしなどは全然ダメですけど…筋は通ってますし根はとても良かったですよ?

普段から身のこなししか見ない人にはわからないですけど…天魔と言う器にしっかりとはまっていますし…

 

「それはわかります…ただ、やはりあの態度はどうにかならないのでしょうか…曲りなりとも天狗の長ですし…」

 

まあ言いたいことはわかります。

ですが妖怪ってそんなものでしょう?それとも天狗が特殊なだけでしょうか…

 

「それに結構寂しがりやでしたよ?」

 

「……え?」

あらら、椛さんの反応を見る限り殆ど役職と彼の力で、敬われてしかいないようですね。

「もう少しフレンドリーに話しかけて欲しいんじゃないんですかね。だからあんな感じの態度なのでは?」

 

これは私の推測。確証は無いし証明も不可能。

 

「……そうなのですか」

 

「もうちょっと相手を考えて見てみるとわかるかもしれませんよ?」

 

きっと天狗の縦社会では上の人には最初から敬意と畏怖の視線で見ているのでしょうね。

それ自体が悪いとは言いませんが…彼らだって同じ妖怪、だいたい思うことは一緒だったりするんです。

それを上手く言えなくて一人になってしまうのも…ヒトの心の特徴なのでしょう。

「…わかりました。今度機会があれば…」

 

なにか思うことでもあったのか、椛さんが決心したように言う。

次に天魔と会う時は椛も同席できるよう頼んでみましょう。ダメと言われれば勇儀さんに頼めば良い。宴会を口実にすれば…なんとかいけますね。

 

 

「あのー変なこと考えてませんか?」

 

「変なことではないですけど考えてました」

 

ーー なんですかそれ?

 

さあ?なんでしょうね。

 

 

 

 

並んで歩くこと数分、萃香さん達のいる仮設診療所が見えてきた。

全体的に里が閑散としていると思ったらほとんどがこっちに来ていたようだ。

まあ今回は負傷者も沢山出たわけですし…それに動ける者はみんな警戒待機してるようですし…

 

遠くからでも漂ってくる血の匂いと死臭。

椛さんが一瞬だけ顔を顰める。

入口から何度も出たり入ったりする天狗や鬼達。

中には誰かを担いで出てくる白狼天狗もいる。

その表情を見るに…思わず目を背けてしまう。

背中に背負ったヒトがあの白狼天狗にとってどのような妖怪だったのか…想像することもできない。

 

 

「邪魔になりそうですし…かえっていいですか?」

 

「構いませんけど……」

そう言いながら私の左腕に目線を送る。

ほとんど完治している左腕がそこにはすでにあった。

先ほどまではまだ手の部分が消えていたはずである。

短時間に完全に再生しているのを見てやはり驚きを隠せないようです。

まあ仕方ないですよね。

「部外者がいきなり行ってもどうしようもないですし……後でお詫びします」

今回は仕方がない。また後日ということにしましょう。

それにルーミアさんの容体が気になります。

 

近くを通った鬼の一人に帰りますとの伝言を頼む。

鬼を使いっ走りにするなんてと椛さんが顔面蒼白になってましたがその鬼は快く応じてくれました。

 

言えばどうにかなるものですね。

側で震えていた椛さんの手を引いてその場を後にする。

本当は椛さんが私をエスコートするはずなのですが…立場が逆転しちゃいましたね。

それにしても鬼に対しての恐怖心が異常なきがするのですが……どうしてなのでしょうか?

そこまで怖いとは思えないのですが…ここまで怖がられていると鬼もかわいそうですし…

 

 

椛さんに聞こうかどうか迷っているうちにもう里の入り口についてしまった。

椛さんはこれから警戒に戻るようで私とはここで別れる。

 

 

「では、天魔様によろしく」

 

「はい、彼女に伝えておきます」

 

ん?何か今違和感が…

 

「どうかしましたか?」

私の様子が変わったことに素早く気づいたようです。さすが白狼天狗…ってそうではなくて…

「あの、今なんと…?」

 

「彼女に伝えておきますと…ですけど」

 

……え?待ってください。まさか…

冗談では……ないですね

 

「彼女ってもしかして天魔様…?」

 

「そうですよ?まさか…男だと」

 

そういえば妙にスキンシップが激しいなとは思ってたんですよ。やたら女性慣れしているというか…匂いも桜の香りがしてましたし顔も中性的でどちらかといえば綺麗ってイメージがあったのですが……

「女性だったのですか⁉︎」

まさかあの性格と行動で女性とは考えられない。

 

「よく間違えられます」

 

でしょうね。あれじゃ初対面は男だと勘違いされても仕方ないですね。

 

 

 

 

 

 

 

椛さんと別れた後の記憶は朧げである。一人になった途端不安か何かが一気に押し寄せてしまい急いでいたような記憶はあります。

 

まあ無事なのは変わりないので何をそんなに不安になったのか…よくわかりません。たとえ分かったとしてもそれはもう少し後になってからでしょうしその時にこの不安のことを覚えているかどうか……

 

 

「あれ?」

里の近くまで来たところでふと違和感を覚える。

すぐにその正体はわかった。

 

……あ、上着返すの忘れてた。

今度返すことにしましょう。

 

 

 

 

扉の開く音がする。

 

お姉ちゃんが帰って来たのかもしれないけどもしかしたらと言うこともあるし警戒警戒。

自衛用にと魔導書を片手にそっと立ち上がる。

「お燐…」

 

「はいよ…」

奥の部屋に寝かせているルーミアちゃんをお燐に任せてそっと玄関の方に歩み寄る。

 

「こいし、警戒しなくても大丈夫よ」

 

「……お姉ちゃん!」

 

見知った声が聞こえ不安が一気に消え去った。

 

まだ日の明けいない時間で暗いもののそこには天狗装束を纏ったお姉ちゃんがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

家に入るなりこいしが抱きついて来た。

不安だったのはわかりますが…あの…血とかまだ落としてないから…もうちょっと待ってて欲しいなあ。

 

「こいし…身動きが取れない…」

 

体の全てを私に押し付けてくる。

……今の私では体格がほぼ一緒なこいしを支えることはできない。

のしかかられるとバランス取るのが難しいのは毎度のこと…あっさりと押し倒されてしまう。

 

「……だってお姉ちゃん傷だらけになって…全部静葉ちゃんたちから聞いたもん!」

 

聞いていたのですか…

そりゃ心配するのも無理はないか…

胸に顔を伏せて無言になるこいし。よほど寂しかったのだろうか……悪いことをしてしまいました。

頭を軽く撫でる。

「心配しなくて大丈夫です。私は平気ですから」

 

こいしの手が私の肩にかかり大きさがやや大きい椛さんの上着がずり落ちる。

下に着ていたボロボロの着物があらわになる。

「……本当に?」

 

「本当ですよ」

 

それよりもまずは体を洗わせてください。正直血の匂いが気になります。

こいしをゆっくりと私の上から退かせて立ち上がる。

誤魔化すような笑みを浮かべて風呂場の方に向かう。

こいしは…なにやら複雑な表情を浮かべてましたけどそこまで心配させてしまっているのであればそれは私に非があるのだろう…辞めるか辞めないかは別として…

 

様子を見に来たお燐が足元に寄ってくる。彼女もものすごい心配しているのでしょう。足元にすり寄って来て離れない。

「ただいまお燐、…ルーミアさんの状況だけ教えてください」

 

考えを紛らわせるためにルーミアの事を聞く。

あとで言いたいことはたくさん言わせてあげますから今は心配しなくていいんですよ。

 

 

「今は…寝てるよ」

容体は安定しているようです。後はどのくらい記憶が無くなったとか調べておきたいですけど…それは後でいいです。

ボロボロになった服を破棄し風呂場に直行。

振り返るとお燐がボロボロになった服を眺めていた。

何を考えているかまでは読めなかったが大方の予想はつく。その後の行動にどう影響するかまでは想定できないし想定する気もない。

 

 

貯めておいた水で体にこびりついてる血を水で洗い落とす。ほとんどは服が吸ってしまっているため派手に血の跡が飛び散っているわけではない。

しかし匂いは別。

流石に匂いを落とさないと落ち着いて山を歩くなんてできない。それにしてもわかりづらい。そこに傷があったと言うのは血の跡ですぐにわかるのですが…匂いまでとなると相当飛び散ってますね。

私自身がこんな惨状なせいで風呂の用意をしたいものの悠長に準備する気はどうしても起きない。

それに暖かいお湯を作る力は私には残っていない。

こいしに手伝ってもらうのも悪いですし…

汚れを落し終わったのですぐに別の服に着替える。

あの服とコート…お気に入りだったのですけど…

 

過ぎてしまったことは仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

「……こいし」

 

「お姉ちゃん?どうしたのー」

 

「それは椛さんのだからあまりいじっちゃダメよ」

 

綺麗に畳んで置いておいたはずの天狗装束はいつの間にかこいしに着られていた。しかも着ている本人はクルクルと回っている。

 

「着るくらいいいじゃん!」

 

いいですけど…後お燐もなに描いてるんですか。

そんなに後世に残したいものですか?

「あたいはこいしに言われて……」

 

なるほど、こいしに言われて保存用にと…

写真があればそんな苦労しなくてもいいんですけど…

この時代にはまだカメラは無いですしね。

河童あたりなら作れそうですけどお駄賃がどうなることやら…どうせ法外な事になるのでしょうし…法なんて無いですけど…

 

 

 

「お姉ちゃん、どう?似合ってる?」

回るのをやめたこいしが私に意見を求めて来た。

 

「ものすごく似合ってます」

 

即答である。下に着ている服の色とはちょっと会ってませんけどそれを差し引いてもこいしにすごく似合っている。と言うかその笑顔が眩しい…どうしてそこまで純粋に笑えるのでしょうか…

私の表情は基本的に無表情でしかない。ちょっと寂しくもあるけどもうとっくに割り切りました。

今更とやかく考えても無駄ですね。

 

 

「私もこんな感じの絵柄の服作りたいなあ……」

 

今度色合いも兼ねて一着作ってもいいかもしれませんね。

そしたら布と染料をまた集めないと…ついでに私の服も一緒に作っちゃいましょうか…

 

こいしが再びくるくる回り始める。その仕草がまた可愛い。

 

ただ、その行動に反応するだけの気力はもう残っていないようです。

体に無理をかけすぎました。

 

体がゆっくりと倒れて行く。

緊張の糸が切れた体はもうただの鉛と変わらない。自らの意思ではどうすることもできず…こいし達が慌てて駆け寄って来てもそれに対する反応どころかどうしていいかすら浮かばない。

そうしている合間に何も聞こえなくなっていた。

 

 

 

気づけば私の意識はどす黒い海の中にあった。

 

 

光も音もない上に行ってるのか下に行ってるのか…そもそもこれは虚構か現実か…

 

考えてるわけでもないし考えていないわけでもない。どっちなのかと言われても私にはわからない。

それに考えれば考えるほど訳が分からなくなってくる。無意識さんがいた方が良いんですけどもうあれは何処かに消えてしまいましたし…それじゃあ、空いてしまった無意識を作っていた人格の部分は何が補っているのか…

もしかしていまの私なのでは……そんなことないか…

 

 

 

 

 

どうでも良いことを考えていると身体が左右に振り回される。

これは現実なのか夢なのか…はたまた魂だけが揺さぶられているのか分からない。

ただなんだか暖かいというかそんな感じの…体が一瞬軽くなってきた。

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

 

「……こいし?」

 

視界が一瞬にして明るくなり周囲の光景が目に見えてくる。

その途端目の前に妹が顔を近づけてくる。

 

顔近い…

 

 

 

 

隣の襖が勢いよく開き誰かが顔をのぞかせてくる。誰だろうと思い視界を邪魔しているこいしを避けてみようとする。

 

「おいおいさとり!何勝手に帰ってるんだよー」

 

……何故か萃香さんが覗き込んでいた。

目の錯覚でしょうか…私はまだ疲れているようですね…

 

「私もいるわよ」

 

萃香さんの上から茨木さんが顔を覗かせる。

ナイスバディが頭の上から押し付けられ萃香さんがムスッとし始める。

いくらなんでもそのイラつきは理不尽でしょうに…

 

と言うか腕が完全になくなっちゃってるならこんなところに来ないでしっかりと安静にしていてくださいよ…

 

「おう、起きたのかーー?」

 

ひときわ大きい声が二人の奥から聞こえる。

ちょっと待ってください。まさか勇儀さんまで来てると?

「もしかして勇儀さんも?」

 

「へえーあの一本角の鬼って勇儀って言うんだ」

 

ああこいし……何故今まで知らなかったのですか…近づいたら地形が変わる攻撃をしてくる人トップ3に入ってる人ですよ?

 

 

 

どうやら三人とも私が帰ってしまったことに怒って私の家で宴会をしようとしていたらしい。

なのに当の私が寝込んでいるものだからどうしたものかと言っていたらしい。

と言うかなんで皆さん私の家に集まってくるのでしょうか…一応妖力がもれないように茨木さんが結界を張ってくれたとはいえ覇気や空気の流れまでは遮断できてませんよ

 

多分ここで威圧なんかしようとしたらそれこそ外の空気に影響しちゃいますし…そこは抑えてくれますよね?え…酒が入ったらわからない?

 

じゃあ酒は無しで……嘘です嘘です。

だからそんなこの世の終わりみたいな顔しないでください。

 

 

「それで…こんな少人数で良かったのですか?」

 

「いいのいいの!大事な面子だからな」

 

 

どうやら犠牲になった妖怪の弔いを込めた宴会はあるらしいのだがまだ先の話らしく…我慢できないこの人達がフライングで私の家に突撃しているというのもあるみたいだ。

 

「いやーでもさとりがいなかったらこうやって酒を飲むことも出来なかったかもしれないからねえ…」

 

そんな大げさな…私はほとんど何もして無いですよ。

私がやっていたのなんて秋姉妹が来るまでの時間稼ぎくらいでしたし…

 

 

 

ってちょっと萃香さん…2本目を開けるのはいいのですけどまずは一本目を空にしてからにしてくださいよ…

 

「いいじゃないか。どうせすぐ無くなるんだから」

 

そうですけど……

と言うか主人が寝ている合間に人の家でなに酒飲んでるんですか…

 

「お酒って美味しいね…初めて飲んだんだけど」

 

こいし…いつの間に……

 

「あ、それ私の盃」

 

ぼそりと勇儀さんが呟く。

こいしいいい⁉︎人の…いや鬼の盃を勝手に使っちゃだめでしょーー⁉︎

 

「あーまあ気にするな…」

なんで顔を赤くしてるんですか勇儀さんは…

 

「それにしても酔うってどんな感じなの?」

 

「私は…わかりません」

 

私は飲んでもほとんど酔ったことはない。少しだけ脳の回転が鈍るくらいですね。

おそらく私と同じでこいしもほとんど酔わないかと思いますけど…

 

「へえ…妹の方はお酒飲めるんだ」

 

ちょっと、茨木さん。なにお酒注いでるんですか?別に飲ませてもいいのですけどほどほどにお願いしますよ?

「あの……萃香さんはなんで私にお酒を注ごうとしてるんです?」

 

「いいじゃん少しくらい」

 

……私は特定のお酒しか飲めないので…遠慮します。

そう言えばあの酒切らしていたわ…

 

「ねえ、なんか他のお酒置いてない?量的に間に合わないわよこれ」

 

「なんなら持ってこようか?どうせ人間達だってわたしらがいるってのはわかってるだろうし」

 

 

 

本当に自由な人たちである…と言うかお酒しか持ってきてないってどういうことですか…ふつうつまみとか持ってくるものじゃ無いんですか…ああ、考えてないようですね。

 

「それじゃあ…何か食べるものを作ってきますから少し待ってて下さね。何かあったらこいしかお燐に聞いてくださいね」

 

「あ、お姉ちゃん私も作るの手伝う」

 

「……お皿の用意の時に呼ぶわ」

気持ちはわかりますけど酔ってる状態で料理を手伝われても怖いですから…気持ちだけ受け取っておきます。

 

 

 

さて…おつまみってことですけど早めに出来るものから作っていきましょうか…

 

油使うとなると…確か床下収納ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと後ろに気配を感じて我に帰る。

料理に夢中になってしまっていたようです。息遣いや歩幅からしてこいしですね。

「お姉ちゃんこの料理持ってっちゃっていい?」

 

少しだけアルコールの匂いが漂ってくる。程よく酔っているのでしょうかね。

 

「ええ、構いませんよ」

 

「おーい、料理できたみたいだよー」

 

顔が少しだけ赤くなってるこいしが料理をどんどん持っていく。

あ、こいし。その皿は後でだから…先にこっちね。

 

「どっちでもいいと思うけど…まあいいや!」

パタパタと軽い足音が遠ざかって行く。

 

同時に、酒の席の方がまたガヤガヤとしだす。

 

「なんだいこれ⁈見た事ないけど…」

 

「私も知らない!」

 

こいしがしらないのも無理はないです。だって普段は作らないですからね。酒のおつまみなんて調味料が無駄にかかりますから…

 

って……会話がここまでダイレクトに入ってくるということは、こいし……台所の襖開けっぱなしにしてるわね。

火元の管理が忙しいから手が離せないというのに…

 

「お?これ美味しい」

 

「本当だ!すげえ酒に合うじゃねえか」

 

「でしょ?お姉ちゃんの料理って初めて見るものが多いけど全部おいしいんだー」

 

喜んでくれたなら幸いです。

あと勇儀さん…おつまみだから酒に合うのは当たり前なのですよ。

 

まあこの時代にはまだ料理法すら確定してないものばかりですからね。

それを思えばこんな美味しい料理を生み出した先人たちはすごいですよね…

 

 

「……こいしつまみ食いはだめですよ」

 

「ギクッ…」

気配を消して近づいても空気の流れで分かりますからね。

箸でお肉の状況を見ながら感じ取る。ちょっとだけ神経使いますね。

おっと、そろそろ仕上げですね。

 

「……つまみ食いじゃないよ。ここで食事だよ」

 

「なるほど、食事でしたかなら良いのですよ」

って良くないわよ!

開き直っちゃって普通にもぐもぐ食べてるけどそれ…萃香さんの好物ですよ⁉︎

いくら見た目が見たことあるなと思ったからって…そんなにお腹空いてたなら今から作りますから…ね⁈負のオーラがなんか流れてますし…

 

丁度作ってた物が出来たので火を止める。一通り作りましたしもういいですよね。

 

「さて、料理完成しました……よ?」

 

物凄い形相でこいしを見てる鬼が一匹…

 

ちょ、怖い怖い!

萃香さん!怖いです!あと襖壊れてる!壊れてますから!

 

「どうしたのお姉ちゃん?……え、後ろ?」

 

私の視線を追って後ろを振り返った。

 

「あ、萃香さん?一緒に食べる?」

 

いやいやいやそうじゃなくて…他にこう…言うことあるでしょ⁉︎

 

「え、いいの⁉︎ありがとな」

 

それでいいんですか⁉︎

本人がいいって言うならいいんでしょうけどそんなんで良いの⁈

 

残っていた料理を向こうの部屋に運んで行く。

案外怒ってないようですしどうせ最初から怒ってるわけでは無さそうでしたらまあ気にしないでおきましょう。

 

「あ、さとり〜主役なんだからこっちに来なさいよお」

 

「……空いてる皿片付けちゃいますね」

 

茨木さん酔いすぎです。あと変に絡んでくるのやめてください。

絡み酒されると凄く迷惑です。特に私の場合は……

 

あと勇儀さんも酔いつぶれてるお燐に無理矢理飲ませようとしちゃだめですよ。

どう考えてももう限界超えてますよ。お燐もお燐で無理矢理飲もうとしちゃだめ!

 

 

そんなことを考えていると急に腕を掴まれてその場に座らせられる。

直ぐ真後ろに茨木さん。膝の間に座らされたようです。

 

「……茨木さん⁈」

 

「なでなでくらいはいいでしょー?」

 

そう言って頭を撫でてくる。

 

あの…別に嫌ではないのですが……酔っ払っているせいで言ってもだめですね。諦めましょう。

そう言えばほとんど撫でられたことなんて無かったですね。

これはこれで悪くないです……

 

 

「あ…お姉ちゃんいいなあー」

 

「それなら私が撫でてやろうか?」

 

「勇儀さんは…なんか力余って潰されそう……」

 

 

こいし…それは言い過ぎでしょ…

 

「確かに…前回それで一回萃香の頭を潰してたっけ」

 

黒歴史過ぎでしょ⁉︎

 

 

 

結局、全員がなんだかんだで帰った後、片付けをしてゆっくり……というわけにもいかなかった。

 

「……起きないね」

あの騒ぎに近い宴会がの中でずっと気になっていた。

 

こいしが時々見に行っていたようですけど…全く起きる様子はなかったみたいですし

 

今もルーミアさんはぐっすりと寝ているようで未だ起きる気配はない。

 

 

 

 

ルーミアさんがこうなってしまったのも結局は私の力不足が原因でもある。

勿論悔しいと言う感情はありますけど…だからと言って今すぐ強くなろうとは思えない。

負の感情の連鎖は自身の破滅を及ぼしかねないからだ。だから……この気持ちはもう切り離す。

いつまでも引きずってばかりではルーミアさんに示しがつきませんしこいし達にも悪いですから…

 

それに思い出が無くなってしまったのならまた作っていけば良い…私達妖怪にはその時間はたっぷりあるのだから…

 

私やこいしよりさらに小さくなっている。

正直言って幼子状態だ。

 

 

 

「んー?」

 

「あ、起きた」

 

「おねーちゃん達誰?」

 

「おはよう。貴方はルーミア…私達は……」

 



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閑幕 幻想郷縁起よりキャラ紹介

 

 

古明地さとり

 

 

 

種族不明、一部噂では覚妖怪とのこと

 

能力、不明

 

人間への好感度、良好

 

危険度、皆無

 

現在確認されている妖怪の中で最も行動が読めないと言えば真っ先に上がるのは古明地さとりであろう。

人間に対してはものすごく友好的と言われ、現在とある山奥の人里で共存していると言われている。

また、目撃情報が確認され始めたのは奈良に都があった時代からでありその頃も人間と交流があったとされている。その時の詳しい情報は関しては文献や伝記には記載されておらず詳細は不明。

 

しかし人間側として妖怪を倒すこともあれば逆に人間を脅かしたりするなどどっちつかずの状態だったらしい。

 

現在においては人間の里に住むなど比較的人間とは近い距離にいる。だからと言って人間側かといえばそういうわけでもない。事実山の妖怪や土地神と繋がりが確認されており人と妖怪の狭間を生きていると言われている。

 

戦闘を好まない性格のようだが一方では鬼とよく戦っているとも言われている。戦闘力に関しては不明。噂では酒呑童子と互角と言われている。

未確認情報としては妖怪退治の一行がさとりによって追い払われたとの噂もある。同時にさとり妖怪ではとの噂も出回っているがどちらも詳細は不明。さとり妖怪に関しては後述する。

 

性格はいたって温厚。ほとんど激怒することもなくだからと言って暴れるわけでもない。

よく人里で料理を振舞ったり野菜の育て方を教示していたり祭り事への積極的な参加と人間味がある。何も知らない状態では妖怪とは思えない非常に人間に近い珍しい妖怪。

 

 

 

 

 

 

さとり妖怪とは人の心を読むと言われる、飛騨や美濃の山中に住む超能力妖怪。しかし偶発的なアクシデントには弱いらしい。

詳しくは分からないが相手の心を読み自在に操ることに長けていると言われ妖怪、人間の双方から恐れられている。

特徴としては体のどこかに独立した第3の目を持ちそれを介して相手の心を読んでいるらしい。

どの程度読めるかなどは不明。

 

人間への害はなさそうに見えるがこちらの考えていることなどは全て見透かされるため害しかないと言っていい。

安易に近づくのはやめておくのが良いだろう。

また妖怪の合間では心を読み卑劣な手を使うものとして特に鬼などから嫌われているとされている。

 

いずれにせよ古明地さとりとは全く反対であるとしか言いようがない。

状況から察するに古明地さとりはさとり妖怪では無いと見て良いだろう。

 

 

古明地こいし

 

種族不明、

 

能力、不明

 

人間への好感度、良好

 

危険度、皆無

 

古明地の名を持つことからさとりの姉妹関係に当たると思われるが詳細は不明。

100年ほど前にとある山奥の里にさとりとともに現れる以前は目撃情報もなく全てが謎である。

見た目は10代前半で常にコートを被っている。

しかし人里での評価は良好でどちらかといえば人間に味方する事の方が多いらしいが前述のさとりと同じく陰陽師達を追い払うなど妖怪側につくこともある。

 

性格は無邪気で明るいらしく誰にでも気さくに話しかけるとのこと。

比較的温厚らしくあまり怒ったりはしない。何か事があってもその場を和ませながら怒る為か彼女の周りでは揉め事が起こりにくいと言われている。

文献への記述には今の所似た特徴の妖怪は見当たらない。

 

また書物のようなものを持ち歩いている姿が多々目撃されている。

詳細は不明。未確認情報ではその書物から攻撃を行なっていたらしく付喪神の一種ではと考えられる。

しかし性格が穏やかな為ほとんど戦ったりはしないようで悪霊の一種とされる付喪神とは根本から異なる。

前述のさとりと同じく知らないで接していると妖怪だと気づくことすらできない。

妖怪同士では天狗とよく一緒にいるところが目撃されているが詳細は不明。

 

 

 

 

 

ルーミア

 

種族、常闇妖怪

 

能力、闇を操る力

 

人間への好感度、最悪

 

危険度、高

 

 

人類が生まれる前から生きていると言われている大妖怪で多くの文献、言い伝えに登場。

人喰い妖怪でありむやみに近づくと食べられる。

また、常に空腹のことが多くその食欲はよくわかっていない。

一説には村や集落が一つ滅んだとも言われている。

 

無闇に近づくと非常に危険である。同じ妖怪すら捕食すると言われ十数年前には討伐隊が向かったものの返り討ちにあい壊滅したと言われている。

 

 

少し前まではさとりとよく一緒にいる姿が目撃されているが詳細は不明。ただしさとりが食事を出しているところがあったらしく普通に食事をする仲なのではと思われる。

 

つい最近鬼を追いかけていった討伐部隊が駆逐したとの情報が入っている。しかし生存してるとの噂もあり暗闇には十分注意して欲しい。

 

性格はよくわからないが基本的に怒ったり泣いたりはしないらしい。

人間を食うのもお腹が空いたからと言う単純な理由のようである意味最も妖怪らしい。

 

実態のない闇を使った攻撃をしてくる為視界に頼って行動するのはやめた方が良い。というか辞めないと生きて帰れない。

幸いにも向こうも闇の中では何も見えないらしいので本気で捕食するときは闇を纏わない。

纏っている時に会ったのであればその場から直ぐに立ち去ることをお勧めする。

 

 

 

火焔猫燐

 

 

種族、猫又または火車

 

能力、不明

 

人間への好感度、中

 

危険度、低

 

 

黒猫が妖怪化したと思われる。普段は大人しくしていることが多く至って害はない。

性格は猫らしく気まぐれで猫の姿の時もあれば人型の時の姿もある。

人との関係は概ね良好でよく世間話をしていたり屋根の上で寝ていたりと行動が掴みづらい。

さとりのすぐ側にいることが多くおそらく飼い猫が妖怪になったものと思われる。

 

 

尻尾が二又であるところと人に化ける事が出来るところから猫又と専ら言われているが、死体を漁る姿を見たとも言われていて今のところ詳しい種族は不明。

状況からして死体をなんらかの理由で持ち去っているようだが食事のためだろうか。どちらにせよ死体を持ち去るのであれば火車である可能性が高い。

最近では筒のついた箱のようなものを持ち歩く姿が確認されている。偶に筒の先に小さな剣が付いているようで武器なのではないかと言われている。

 

あと可愛い。今度会うことがあれば撫でたい。

 

 

 

猫又とは年月を重ねた猫が化けたもの。 (一説によれば20年)

外見はおおよそ猫そのものだが、尻尾が二又に分かれているのが特徴で特筆して大きな体を持っていたり、人間に化ける能力を持つものも居る。

性格は人間に似て多種多様。凶暴で人畜に害を為す猫又も居れば、元の飼い主に恩返しをする穏やかな性質の猫又も居る。

 

 

 

火車は、葬儀場・葬列・墓場に現れ、死体を奪い去るとされる妖怪。

日本各地に伝承があり地域によって呼び名が違う。

よく猫のような姿をしている場合が多く猫又の一部が変幻したのではないかといわれている。

猫と死者の俗信については省略する。

 

 

 

 

天魔

 

種族、天狗

 

能力 気圧を操る程度の能力

 

人間への好感度、低

 

危険度、低

 

 

天狗の長とも言われ全ての天狗のまとめ役として君臨している天狗の事を指すもので妖怪個々を指すものではない。

細かくは不明であるが何度か代替わりしており、現在は鴉天狗出身の者が勤めている。

天魔になる場合その時点で元々の名前と種族を全て天魔と言う概念に奪われる。その為本人の意思が生きていようがいまいが、単一個体では無く集合思念体の一種と考えて良い。

現在はどうなのかわからないが先代の天魔は話しやすく普通に話のわかる妖怪であった為集合思念体であるとは初対面では分からない。

 

中略

 

現在の天魔については詳しくは分かっていないが先代の情報を元にある程度の仮説を立てている書物は多い。

 

 

人間と相互不可侵条約を結ぶなど何方かと言えば穏健な部類に入るがだからと言って安心していいわけではない。

いくら本人が穏健とはいえ天狗社会は人間の政権と同じようなものと言っていい。

配下に置いている天狗がどの様な事をやっているのかまでは制御することは出来ない。

噂ではあるが少女を時々連れさらうなどの事は現在でも継続中らしく天狗には十分注意してほしい。

 

 

 

 

以上の妖怪に関しては今後詳しい情報分析を行う為接触を計る必要がある。

 

 

幻想郷縁起 997年改定第2巻44項より抜粋

 

以降の改定は稗田…(損傷が激しく解読不能)



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depth.22 真夏のさとりと日常

「早速ですが……ルーミアがいなくなりました」

 

「……え?」

 

昨日ルーミアが目覚めたばかりということもあってこいしもお燐も驚愕してしまっている。まあそういう反応になるでしょうね。私だってさっき起こしに行った時そんな感じの反応をしましたから。

かけておいた布団は半分ほどめくれており窓が枠ごと消失していた。まるでそこの部分だけ分子レベルで分解されたかのような綺麗さだった。

 

「いなくなったって…拐われたの?」

驚きはしたがそこまでショックではないらしい。まあ二度と会えないってわけではないでしょうしね。ただ、しょんぼりしてるのは目に見えてわかる。

 

「いえ、それは絶対ないはずです…自ら出て行ったんじゃないかしら?」

 

どちらにせよルーミアさんはもうこの家に居ない。それは目を背けることのできない事実であって、どうしようもない。今から探しに行こうにもどこに行ったかすらわからない状態では見つけるのは不可能ですし見つけて連れて帰ってもまた何処かに行ってしまうようでは意味がない。どうあればいいことやらと悩んだり悩まなかったり…この悩みはなんのためなのでしょうか。

まあそんなことはどうでもよくて、ルーミアの事も現状どうしようもない。

「それにルーミアは常闇…天狗の情報網を使っても見つかるかどうか…」

 

「難儀だねえ…あたいは少し出かけてくるよ」

 

「どこか行くの?」

 

先程から顔を伏せていたこいしが急に出かけると言い出したお燐の尻尾を掴む。

 

「ちょっと散歩してくるだけですよ」

 

嘘である。

隠し事など出来るはずもないのに……

 

「里の猫に聞いても多分無理よ…」

 

「で、ですよね…」

 

「まあ駄目元でもいいから試してみましょう。こいし、一緒に来る?」

 

「天狗のところ?もちろん行くよ」

 

よし決まりですね。

こちらが用意をしだすといつの間にか猫の姿になったお燐が近寄ってきた。

(なんかあたいだけ仲間外れ感が…)

 

「帰ってきたら鮎の甘露煮作ってあげますから」

 

(よしさっさと帰ってきてくださいね!帰ってこないようならこっちから行きますよ!)

 

お燐……そんな反応されたら流石に私でも心配になりますよ。

なんでそこまで素早く気が変わるのでしょうか…

 

「お姉ちゃん何してるの?早く行こ!」

 

こいし…ルーミアの事忘れたいからって急かすのはやめてください。

あと山の方は少し行き辛いのでもうちょっと考えて……

って言っても実感が湧きませんよね。

 

まあ行ってみればわかると思いますけど…

 

 

 

 

 

「それで、天狗の誰に捜索を頼むの?」

 

山に入ってしばらくしてから、こいしが聞いてきた。

確かに、普通に天狗に頼んでも正体がバレてしまっている今の私の願いなどそう簡単に聞き入れてくれそうに無い。

 

おそらく頭ではわかってはいるのでしょうけど心理的にどこか私を信じる事が出来ないのでしょうね。

まあ一方的に情報を握られてしまうようでは向こうは常に圧倒的不利な状態からスタートなんですから…そもそも今の状態でも奇跡に近いと言うのにこれ以上向こうに何を望むというのやら…

 

「誰にしましょうか……情報収集能力なら文さんか天魔でしょうけど…」

 

「両方ともそう簡単に会えそうにないね」

 

ええまあ……天魔なんて向こうが私を呼ばない限り会うなんて不可能です。文さんも多分あう前に他の天狗にあまり関わらないでと言われて追い返されそうですし…

 

「そうなると一人くらいしかいなさそうだけど?」

 

「なんだかんだ言っても良い人ですからね…仏頂面なのは……まあ」

 

「そんなこと言ったらお姉ちゃんなんて年中無表情じゃん」

 

それは言わないで…気にしてるんだから

 

 

 

「……事情はわかった」

柳君の家は前に来た時より増改築されていた。

どうやらこの前の戦いで一部が壊されてしまったため修繕ついでに広くしたのだとか。

 

応接間で非番で暇を持て余していた柳君に事情を説明すること十分。

こいしも一緒にいたはずだがいつの間にかいなくなっていた。外から椛とこいしの話し声が時折聞こえる為退屈しのぎにはなってるのだろう。

「こちらも、表立って動くことはできないが……部下にも頼んで探してみる」

 

意外にも快く快諾してくれた。業務に支障が出るようなことなので嫌がると思ったのですが…

 

「……ありがとうございます」

 

「困ったときはお互い様だろ?それにいつも美味しいものをもらっているからな」

 

……やっぱり柳君、根は優しい。仏頂面で言われると怖いんですけどね。まあ無表情な私に言えることでも無いですけど…

「なんか…今変なこと考えてなかったか?」

 

「いえいえ、なんでもないですよ」

 

話がのんびりしたものに変わったところで静かに襖が開く。

椛がお茶を汲んできてくれたみたいです。多少温度が低くなっているところからすれば話している間気を使って待っていたようです。普段哨戒時の姿しか見てなかったですから驚きです。

 

「ごゆっくりどうぞ…」

 

 

 

なんだか椛の態度がそよそよしい。嫌悪しているわけでは無さそうだがどうも落ち着かないみたいだ。

こっそりと仕草を観察する。

……どうやら私が覚妖怪だからと言うわけではなく…父である柳君の方が原因のようですね。

 

これは家族関係というか…そう言う年頃なんでしょうね。こう言う感情は私にはわかりません。分かったとしてもどうすればいいかなんて的確に言えるはずもないですし映姫さんなら出来るでしょうけどプライベートな問題に口を出すのはやめておきましょう。

 

一応柳君もその点は察しているようですけどどうしていいかわかっていないようですし…

いやいや、苦笑いで済ませちゃダメでしょ

 

「椛?何してるのーー?」

 

不意に襖が開いてこいしが入ってくる。

一言声をかけようかと思ったものの、それより早く椛の手を掴んだこいしは部屋の外へ駆け出していってしまう。

 

 

「お前も大変だな」

 

「それは…お互い様でしょう?椛もああいう年頃なんですよ」

 

 

「ははは、確かにな…どうだ?久しぶりに一手指さないか?」

 

そういって柳君は木の板を置くの押入れから取り出してきた。長方形で碁盤の目のように線が彫られている。

 

「……将棋ですか?」

 

「ああ、最近山に入ってきてな…」

見た所中将棋ですかね…一応ルールくらいなら知ってますけどやったことはないです。

少ない娯楽のうちの一つなのだろうが私で相手になるのかどうか…

まあ向こうもそれは百も承知のようですしそこまで気にする事も無いですね。

「じゃあ一局だけ…」

 

 

その後、一息つくまで数時間かかってしまい…気づけばこいしと椛が隣で対局を実況し始める事態になっていた。

と言うかこいし…実況できてない…ほとんど解説椛にやらせてますよね。

 

と言うかお燐までいる。そう言えばもう直ぐ夕食の時間でしたっけ。そろそろ帰りましょうか。

 

「本当に……眼を隠せば心が読めないのだな」

 

「あれ?信じてなかったのですか?」

 

まあ信じろという方が無理ですよね。相手の心を読んでしまう種族ゆえに相手を騙しているのではないかと疑われてしまうのは当たり前…

もしかしたら私も心が読めているのではないかと…何処かでは思っていたのでしょうね。別に悪いとは言いませんよ。むしろその姿勢の方がこの世では正しいのですからね。

 

「……すまない」

 

「別に気にしてませんよ。私だって本当に心が読めないという事を証明するのは無理ですから…悪魔の証明ですよ」

 

ふと見れば椛もバツが悪そうにしている。

 

でもどうしてわかったのですかね?

私は証明不能なこの問いへの答えはしていないと思いますけど…

 

 

「駒の動かし方、それを見れば心が読めてないことくらいはすぐにわかるさ」

 

成る程……でもそれすらフェイクだったとしたらどうするのでしょうか?

 

「それを言い出したら終わらんだろ?それに…そんな巧妙な手を使うならまず目に出る」

本人曰くポーカーフェイスをしていても目の動きで大体わかってしまうのだとか。私の場合は最初に会った時からずっと目で真偽を図っていたそうだ。

 

本当にそうでしょうか…まあ相手がそう言うならそうなんでしょうね…

 

「それに心優しくて可愛いさとりがそんなこと出来るはずないだろ?」

 

可愛いって…柳君ちょっと……その…恥ずかしいです。

どんどん顔が赤くなる。そんな私とは対照的に何やらはてなマークを浮かべる柳君

 

「すごい…これが天然…」

 

「父上……母上に報告しておきます」

も、椛…目が怖いです。

 

 

「……解せぬ」

 

「「「解したまえ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日経ったがルーミアに関する情報はこない。

 

お燐の方も空振りに終わってしまい手がかりはつかめず、天狗も哨戒任務の傍らに探しているそうだがもうこの周辺にはいないらしく探し出すのは難しいようだ。

椛や柳君の千里眼でも無理ということは…既に相当遠くに行ってしまったようだ。

ほとんど封印されていながらやはり大妖怪なだけある。

 

まあ…ここまで来てしまうと博打ですが…湖を調べていくしかなさそうです。

 

「ねえお姉ちゃん…」

 

 

「どうしたのかしら?」

 

台所で漬物を作っていたこいしが声をかけてきた。作っているものがひと段落して余裕ができたのだろう。

 

「じゃんけんしよう。勝ったら背負い投げで」

 

 

「何それ⁉︎なんで背負い投げを受けないといけないの‼︎」

 

 

急に何言い出すかと思ったらとんでも無いことを言い出した。

せめてこう…もっと難易度の低いものをして欲しいのだけど…

 

「相手の言うことを一つ聴くじゃダメなの?」

 

「お姉ちゃんそんなことしたら良からぬことになっちゃうよ」

 

なにが‼︎何が良からぬことなの⁉︎

と言うかそれは貴方くらいしかしないわよ!

「まあそれでもいいけど…」

いいのかい!否定的だったけどいいのかい‼︎と言うよりこれ墓穴掘っちゃったかしら…うん、墓穴掘ってるわね。

 

「というわけで改めて……お姉ちゃんじゃんけんしよう!」

 

「ええまあ……いいですけど」

 

「あたいも混ぜてほしいね」

 

お燐もやるんですか?まあいいですけど…そうなるとサードアイを隠してと……

こいし、あなたもちゃんと隠しなさいよ。そうじゃなきゃお燐絶対勝てないじゃない。

 

「え?勝たせなきゃダメなの?」

 

「「それはひどいです!」」

 

せめて勝つ可能性だけは残してあげて!出ないとじゃんけんの意味がなくなっちゃうから!

 

「それじゃあ…最初はグー!じゃんけん…」

 

二人の手の動きを確認、お燐は手のひらが開く兆候なし…ぐー確定

こいしは…だめね私と同じで探っているわ。指の開き具合からパーいや、ちょきに切り替え…こっちが探っているのを知っていて……

時間がないわ。ここはパーにしましょう。

 

「「「ポン!」」」

 

……お燐がグーなのはいいとしてまさか直前でパーに切り替えられたとは…この場合お燐は私とこいし両方の言うことを聞かないといけなくなりますね。

 

「お姉ちゃん…今後出しだったでしょ…」

 

ですがこいしはなんだか納得いかない様子。

 

「それを言うなら貴方もよ…」

 

コンマ数秒差の後出しではあるが…

 

「ちょっと…あたいの完全に潰しにきてますよね!」

 

え?だってお燐わかりやすいんですもん。それに…貴方も相手の手を見て変えればよかったじゃないの。

 

「それじゃあ…どうしようかなあ…」

 

こいし…ちょっとは遠慮しなさいよ。後、変なのはやめなさいね。お燐が可哀想だから…

 

「さとりも少しは自重してくださいよ…ある意味こいしよりさとりの方が怖いんですからね」

 

……失礼な。私はちゃんとしたものを命じますよ。

 

「そうだねえ……じゃあ、今度模擬戦の相手お願い!」

 

そのとたんお燐ががっくりとうなだれる。どうしたのでしょうか?そこまで酷いものじゃない気がするのですが…

それでも疲れたような…なんか悟ってるような表情は晴れない。

 

「あ…あはは…わかりました」

 

本当にどうしたのでしょうか。

まあ別にいいのですけど…プカプカと変なことを考えているとジト目になりかけたお燐がこっちを睨んでいた。

そう言えばまだ私は言ってませんでしたね。

 

「そうですね…なら採ってきて欲しいものがあるのだけど…」

 

「あたいは召使いかい…」

 

「「いや、ただの小間使い(お姉ちゃんのペット)よ」」

 

「酷い‼︎酷すぎるよ!」

 

 

冗談です。冗談ですから泣かないでください。お燐だって大事な家族ですから…ね?

 

拗ねて猫に戻ってしまったお燐を膝の上に乗せて優しく撫でる。

本当にここが好きなのか…すぐにリラックス状態…可愛いものです。

 

「それじゃあお姉ちゃんと私でやるぞーー‼︎」

 

まだ続けるのですか…

 

「「最初は……」」

 

別に負けても構わないですけど…何されるかわかったものではないので負けるわけにはいかない。

 

 

「パー‼︎」

 

「……」

 

世界が止まった。いや、凍りついたとでも言った方が良いでしょうね。

「こいしーーーー‼︎」

 

「だめだった?」

 

ダメに決まってるでしょ!予告もなしにいきなりパー出すなんて…

後、勝ち誇った顔するのやめなさい!ぶん殴りたくなっちゃうから…

「私は最初はグーからなんて言ってないよ?」

 

それを言われると…理論的に間違ってはいませんが…屁理屈すぎる。

まさかこんな手で来るなんて…

 

 

「そうだな…何を聞いてもらおうかなあ」

 

勝ったことが嬉しかったのか魔導書を抱きしめ、悩み始めた。まるで今夜のおかずは何がいいかなあみたいにレシピ本を持って悩む子のようだ。

 

「言っておきますけど…痛いのは無しですからね」

 

「わかってるよ」

 

そう言いつつ黒い笑みを浮かべる妹…なんだか不安になってきました。

なかなか決まらないのかこいしはもじもじし始める。なんだか居心地が悪くなってくる。早く決めて欲しいのですけど…急かすわけにはいかないし…

 

 

「……無理しないで…」

相変わらず笑顔のまま。でも目は真剣そのもの……

 

「……え?」

思わずききかえしてしまう。

 

「一人で全部抱え込まないで…辛かったら辛いって言って」

 

やはり子供というのは感情の変化に敏感なのですね……

 

 

「……お姉ちゃんさ、最近無理しすぎだよね。ルーミアちゃんの事だってなんともないふりしてるけど割り切れてないよね」

 

まあ…割り切れてないのは認めますけど…そこまで無理をしていましたっけ…?

 

(さとりって時々変に悩んだり抱え込んだりするからねえ…)

 

ぴょんと私の腕から抜け出したお燐がやれやれと言った感じで呟く。

その声には呆れ半分同情半分の気が含まれている。

 

「お姉ちゃんが抱え込みすぎて壊れちゃうのなんて見たくないの…だから……我儘だけど許して?」

 

本気で心配している眼差しが私に突き刺さる。

その姿がだんだん霞んでいく。おかしいですね…なんででしょう。ちゃんと見ないといけないのに…いつの間にか背負う物が大きくなってしまって…背負いきれなくなっているのでしょうか…

 

目元を拭いてまっすぐ見やる。

 

「……こいし…ありがと」

 

「気にしないで、お姉ちゃん」

こいしの姿がぶれる。

その直後、頭の上に人の温もりが感じられ思わず身体が震えた。

 

「こいし…?」

 

「たまにはいいでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い子ね…あなたなら……」

 

 

そんな声が耳のそばで聞こえた気がした。振り向いてみるが、後ろには窓しかないし窓の外に人がいる気配もない…

 

「お姉ちゃん?」

 

「なんでもないわ、ただの気のせいだったみたい」

 

「それよりお二人とも…お風呂そろそろ入れますよ?」

 

「え⁉︎本当!」

 

もう少し早く気付けば窓の外にふんわりと舞う金髪が見えただろう。しかし、次の瞬間にはそれは幻想のように消えていた。それに気づいた者は誰もいない。いや、たとえ見ていてもあれは幻想ではないのかと自らを納得させ終わってしまうかもしれない。

 

それにその時のことは、後々知ることになるのだから…

 

 

「お姉ちゃん!早く入ろ!」

 

「ちょ…こいし!引っ張らないで!脱げる、脱げるから‼︎」

 

「今更何を言ってるのさー」

 

 

この後無茶苦茶お風呂はいった。



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depth.23こいしのターン

こいしの目線。


「……やっぱり妙ね」

静かな山の中に私の声が溶ける。

天魔の誘いで日が暮れてから飲み明かすのに付き合っていた帰り。最近気になり始めたものが私の周りに纏わりついてくる。それは実体も無く、でも確実に存在するものが出している視線である。以前覚妖怪であることを言って以降だから仕方ないとはいえ…それにしても最近感じる視線は異質である。普通の視線なら突き刺さるような感覚なのだが、最近感じる視線は突き刺さりというよりまとわりつくといった感じである。わかりやすく言うと剣で刺されるのと蛇腹剣でぐるぐる巻きにされる違いですね。

まあ、視線云々言っても普通の感覚では分からないのですけどね。心を読める私やこいし、感が鋭い動物にしかわからない。特有のものだ。それが、山の中だけではなく人里や部屋の中でも感じられるようになってきたのだ。

 

相手が私達に何の用なのか知りませんが、気分の悪いものです。さっさと話しかけてくればいいものを…いや、探っているのでしょうか?どちらにせよこの視線を送り続けられるのは迷惑です。

ですが相手どこから見ているのかわからないようじゃ調べようがないですし…

 

今は放っておきましょう。それより早く帰らないと日が昇ってしまう。

流石に朝食くらいは作らないとお燐とか機嫌悪くしそうですしね。

何を作りましょうか…軽めのものにするか…でもそしたらこいしの方がちょっと心配ですけど…

 

 

そんなこと考えていると既に家が目の前にあった。あれ…いつの間に……考え込みすぎて気付きませんでした。

 

別に気にすることでもないかと気をとりなおし扉を開ける。

なにやら奥の方が騒がしいですね。誰か来てるのでしょうか?

 

扉を開けた音に気づいたのかこいしが隣の部屋から出てきた。

いつもの寝巻きではない…フードを被って完全に正体を隠している。

 

「おかえりお姉ちゃん!お客さんが来てるよ」

 

こんな朝からお客さん?まだ日も登ってないですし普通に考えればこっちも寝ているような時間のはずなのですが……

 

「お客さん?一体誰かしら」

 

「さあ?初めて見るヒトだけど…」

 

知り合いではないわけですか……だとすれば一体誰でしょう?

こいしに手を引かれて隣の部屋に入る。

 

普段使っている円卓のところに一人の女性が座っていた。

 

「初めまして。勝手にお邪魔してごめんなさいね」

 

長い金髪が紫を基調としたドレスと調和して違和感無く綺麗にまとまっている。それでもって白のナイトキャップのような帽子による幼げな感じと特有の気品さが相まって不思議な印象を与えてくる。

 

「えっと……初めまして」

 

だが、私にとって初めましてではあるが初めてではない相手…まあこの世界では初めてなので初めて会ったといえばそうなりますけど…

 

「あなたの事は存じてるわ。人間と妖怪の狭間で生きる者、古明地さとり」

ですがそんな方がどうして私なんかに……幻想郷への誘いにしても時期が早すぎますし…わざわざ世間では嫌われ者の妖怪のところに来るほどお人好しなのだろうか…

 

「お話いいかしら?」

 

「ええ、構いませんよ。妖怪の賢者、八雲紫」

 

その瞬間、少しだが、彼女の目が驚きで開かれた。

 

「あら、私の事を知っていて?」

 

だが直ぐに元に戻ってしまう。紫でもあんな表情出来るのですね。なんだか新発見です。

 

「それはあなたも同じことでしょう」

 

「そうね……」

 

紫の言葉が止まりなにやら考え始める。どうやら私がどうして妖怪の賢者だと見破られたのか気になっているらしい。

 

「少々お待ちください。今朝食を作りますので」

 

「……ええ。分かったわ」

 

紫の相手も大事だが先ずはこいし達の朝食を作らないといけない。お燐がさっきから悲しそうな目線でこっちを見て来ますし…

 

「こいし、しばらく紫の相手をしていてくれるかしら?」

 

「え?うーん……なんか威圧があって怖いんだよなあ」

 

意外にもこいしが難色を示した。初対面でも気さくに接するような子が……

 

「まあ、悪い人ではないわ。敵対しなければ大丈夫よ」

 

「お姉ちゃんがそう言うなら……」

 

 

 

 

台所に入ると既に火が灯っている竃の方の方で動く気配を感じる。

近寄ってみればお燐が必死に火の調整をしていた。あー米を炊くのはいいのですが…火が強すぎです。それだと周辺が火事になりますって……

いくら早く食べたいからって……焦りすぎです。

 

えっと……4人分だから……予定変更、お燐には引き続き火の管理をおねがします。

 

「お燐、吹きこぼれするようならそこにある重石を乗せて。火力は…まあそのまま」

 

「はいはーい」

 

さて、下手をすれば刺されるかもしれませんけど、そんな下手なことにはならないでしょうから安心して作りましょう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

どうしてみんな無言になっちゃうんでしょうか…

原因が誰かなんてわかりきってる。それでも話し出すことが出来ないのは、もうどうしようもない。

 

「……」

 

いやだから無言で食事はやめてくださいよ紫。

 

 

朝から重めのものは胃に悪いですので軽めのものにしたのですが…こうも黙って食事をされてしまうとちょっと怖いですね。もしかして朝からがっつり食べる系だったのでしょうか…最初に要望を聞けばよかったかなあと思ったものの、向こうが勝手に押しかけているのだから別にいいかと思い直す。結局そのせいで話しかけ辛くなってしまいましたが…

 

そうしていると、こいしが動き出した。

 

「どう?お姉ちゃんの料理」

 

 

 

「……こっちじゃ見慣れないけど、美味しいじゃない」

 

目元が少しだけ和らいだ。どうやら口に合ったらしい。

 

「へへーん!お姉ちゃんの料理スキルはすごいのだよ!」

 

貴方はそのすぐ打ち解けるスキルがすごいですよ。どんな手を使えばいいんですか…

 

「気に入ってくれましたか?」

 

「ええ、初めて見る調理法だけど…あら、これは大陸の食べ物に似てるわね」

 

「ご名答」

 

調理法なんかは前世の記憶頼りなのでこの時代にはまだ確立されて無いのでしょう。と言うか食べただけでよく分かりましたね。調理法が違うと……

 

「調味料や材料の違いで分かり辛いけれど…あなたのアレンジよね」

 

「もしかして見てました?」

 

「あら?わからないようにしていたのだけどね」

 

隙間でこっそり見ていても視線までは隠せてませんからね。

 

「ずっと視線を感じてたからねえ…あたいは落ち着かないからやめて欲しかったんだけど…」

 

「ごめんなさいね。猫ちゃん」

 

「あたいはお燐だって言ってるんだけど…」

 

お燐、あまり突っかかっちゃダメよ。命の保証はないからね。

 

その後もしばらく無言になったりならなかったり、いつもより少し長い朝食が続いた。

 

 

 

 

 

「それで、本題に入りましょうか」

 

食事も終わり部屋に残っているのは私と紫だけになったところで向こうが切り出して来た。

 

「良いですよ。貴方ほどの大妖怪が私になんの用か知りませんけど…」

少しだけ皮肉を込める。皮肉というより事実確認に近いですけど…

 

「単刀直入に言うわ。私の式になってくれないかしら?」

 

軽く微笑みながら…でも目が真剣になって、なにを言いだすかと思えばいきなりとんでもないことを言い出してくる。

さすが、大妖怪ですね。私にはそんな事をする理由が……あ、いくつか思い当たる節が…イヤイヤ…そんなまさか…

 

 

「ふむ…理由を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

それでも動揺を悟らせないように無表情を貫く。

元から無表情ではありますが相手が相手なだけあって僅かな隙も許されない。隙を突かれてしまえば後は向こうのペースに飲まれるのみ、それは流石にまずい。

 

「心を読めばわかるんじゃないのかしら?隠してないで」

そう言って紫はどこからか取り出した扇子で扇ぎ始める。

 

「まあ…そうですけど…あなたの口から直接聴きたいのですよ」

 

 

「それじゃあ私が本心を言ってるとは限らないわよ」

 

「別に、構いませんよ」

 

もともと本心なんて必要はない。相手が私をどうしたいのか…そのためにはどうすれば良いのか…相手を引き寄せるためには結局、相手と話さないといけない。なら、たとえ本心じゃなくても確実に言わないと相手は動かない。

 

しばらく沈黙していたものの、一息小さく吐いた紫は先ほどよりも柔らかい口調で呟いた。

 

「そうね……私には叶えたい夢があるの」

 

先程までの威圧がどこかへ消える。

 

「なるほど……」

 

「貴方の力がどうしても必要なの。お願いできるかしら?」

 

同情を誘っているのかなんなのか…まあ別にそんな事は大した問題でもなく、確か紫の夢といえば…久しぶりに前世の記憶が蘇り、情報が溢れ出す。

 

 

「……貴方が欲しいのは、妖怪と人間どちらとも対等に親しく付き合うことが出来る者…ですね」

 

相手が威圧を解いたのだから私も肩の力を抜く。

 

「よくわかったわね。心でも読んだのかしら?」

 

「そんなことないですよ。ちょっとだけ推理したまでです」

 

反則級の推理ではあるけれど本当のことなどおいそれと言えるわけがないのでここは推理にしておきましょう。

 

「なら、私の夢も分かるわよね」

 

パタッっと扇子の閉じる軽い音が響き周りの音が綺麗に止まる。こちらを見つめる瞳。怒っているわけではなく…楽しんでるようですね。

 

その瞳に映ってる私も、いつの間にか無表情が崩れていた。

 

「貴方の夢は……人間と妖怪が共存する世界でしょうか」

 

「……あたりよ。一応心が読めない用に細工していたのだけど…どうやって心を読んだのかしら?」

 

「本当に読んでませんよ」

 

やはり疑われていたかと思ってしまうがまあ、それだけの事を言ったのだろう。

 

「それを私が信じるとでも思っているのかしら?」

 

そうは言ってくるが本気で疑っているわけではないみたいですね。あくまでも茶化しあいみたいなものでしょうか?

 

「真偽は式になった後で確かめられます。それに、どちらにせよ紫さん、私を式にするのであればこの場ではあなたは信用するしかない」

 

 

言葉遊び半分無茶苦茶な理論半分。言ってる私もよくわかりませんけど、まあそんなもんですよ。言葉なんてただの音、そこに意味を見出すのは聞き手ですからね。

 

「それは、肯定と捉えて良いのかしら?」

 

「そうですね……メリットを考えればそうでしょうね。妖怪の賢者の式という事実があればそれなりに融通も聞きますし下手に狙われることもないですし…」

 

「なら……」

 

わたしの返事を聞いた紫は嬉しそうにわたしに向かって手を伸ばしてくる。一瞬目に悲しさが垣間見える。なんで悲しさなのでしょうかね?思い当たる節……ないわけではないのですがまだ推測の域を出ませんし…

どちらにせよ今ここでわたしが言うべき言葉はただ一つ…

 

 

 

 

「ですが断ります」

 

散々肯定っぽいことを言って起きながらではあるけれど…断らせてもらう。

私の問いを聞いた紫は一瞬動きが止まる。まあそりゃそうでしょうね。

 

「どうしてよ!」

 

どうしてよって怒鳴られましてもねえ……

 

 

「誰かの小間使いなんてやりたくないです。私はどこにも混ざらずずっと気ままにいる気なんです」

 

式なんかになったらそれすらできなくなるじゃないですか。それにどうやら貴方も本心ではそれを望んでいませんよね?一瞬だけ空気が変わりましたし…威圧も全然してこないところを見ればほぼ確定ですよ。

 

「残念ね。折角穏便に済まそうと思ったのに…」

 

紫が一言呟いたその瞬間、部屋の中に濃い妖気が充満する。私の妖気なんかよりはるかに濃く、そして膨大な量……

ですが肝心の部分が抜けている…殺意というか…なんと言うか…勝負の時に感じる特有の気迫が感じられない。

そうなるとこれは脅しでしょうか?確かにこれならこいしやお燐なら屈服してしまうかもしれませんが…私にはほぼ効きません。

だって……死を感じられない脅しなんて…脅しになるはずないじゃないですか。

 

「早とちりしすぎですよ」

 

 

「……どういうことかしら?」

 

あんなに流れていた妖気が嘘のように消え去り、何事もなかったかのような空間が戻ってくる。

 

「式にはなりませんが、貴方への協力は惜しみません」

 

「それは……」

 

まあいきなりこんなことを言われれば困惑するでしょうね。

 

「メリットデメリットでは無く、純粋に協力させてください。それに、貴方とは式という上下関係なんかよりもっと別の形でよろしくして行きたいですし…」

 

「上下関係じゃない別の形……それはどう言うことかしら?」

 

「それよりもまずかなり堅い口調ですけど…それ、素ではありませんよね」

 

 

「……そうよ。それで?どうしたのよ…」

 

「……人付き合い苦手ですよね?」

 

いくら勘が悪い人でもこれだけはわかる。

完全に人付き合いがダメなタイプですね。性格とか言動的に……

 

多分頑張っても本人のわからぬ不確定要因によって不完全に対応してしまう……それが結果として式や、力で抑え込み圧制を行い、従わせる判断を下してしまう。それが生まれ育った環境からなのか隙間妖怪と言う種族故なのか…

 

そして最初の時の口調と雰囲気は自ら周囲を拒否するために出てしまう無意識のもの…どうしてわかるか……そんなものはただの感覚、ただそう思っただけで要因とかそういうのはわからない。

 

でも途中からそれがなくなったと言うことは……紫自身に変化があったか…あるいは……いえ、こっちの可能性は無いですね。

 

「ふふふ、流石ねさとり妖怪」

 

思考が元に戻る。さとり妖怪…ねえ……まあ、さとりらしくないですけど…

 

「やっぱり貴方の所に来て正解だったわ」

 

「それは……どう言ったらいいやら…」

 

残念ですが私は人と話すのが好きじゃないので…

 

「褒めてるわよ。誰に対しても上下関係なく接する不思議な妖怪……羨ましいわ」

 

「ただ単純に上下関係が嫌なだけですよ。わたしなんて吹けば消え去る木の葉みたいなもんですって……」

 

実際、鬼とかが本気で殺しにきたら数秒しか持たない。

勇儀さんでしたら…あー……

 

 

 

……コンマ数秒?

 

「それなのに、強者の陰に隠れて過ごすのではなく自ら前に進む……そのような事が出来るのは異常とも言えることなのよ」

 

目が細まる。相変わらずの表情ですけど…ふむ、面白がっていると言うか…思考回路に興味がある…そう言いたげですね。

 

「……そうでしょうかね?案外当たり前だと思いますけど?」

 

だって誰かの陰にいるだけの人生なんて、生かされてるだけ…意味を与えられたただの屍じゃないですか。誰かに使われる駒に成り下がる以外の選択があるならそれを選ぶと思いますけど…と言うか生命って大体そうしませんか?

 

「ふふ、そう言うところ。気に入ったわ」

 

笑いながらもこちらに手を差し出してくる。なにをすればいいか…そんなものは単純明快。

 

その手を優しく包み込むように握る。

 

「よくわかりませんが……よろしくです、紫」

 

当初の目的は達成されなかったはずですが…随分とまた嬉しそうで……

 

「こちらこそ、よろしく。……初めて下の名前だけで呼ばれたわ」

 

「まあ、それはなんとも……」

 

ああ、一人なのですね……私は一人でなんて無理です。人間は孤独に生きることは出来ないんです。妖怪だって孤独に生きるのは難しいです……

 

「だから純粋に嬉しいわ」

 

 

紫でもこんな表情するんだなあと感慨にふける。

胡散臭いとか言われている割には意外と純粋な心持ってるんですね……

 

「それは良かったです」

 

 

案外ヒトって単純明快なものなのかもしれない。

それは私や妖怪と恐れられてる者達も例外ではなく……複雑そうに見えてるのは怖いから。

単純明快って…意外と解読し辛いですね。

 

 

 

 

 

 

 

「あややー?こいしさんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

お姉ちゃんと紫さんとの話を盗み聞きするのに飽きて山を散歩していた。お燐について行きたかったけど屋根の上で昼寝を始めちゃってつまらなくなっちゃった。結局、特に何とかそういうわけではなく無意識がままに歩いていたら急に上空から声がかけられた。

 

知ってる声…まあ私の名前を知ってるってことは知り合いなんだけどね。

 

「あ、えーっと鴉羽の人…あ、文!」

 

いけないいけない。忘れるところだったよ。実際、忘れてたかもしれないけど思い出せたからセーフセーフ。

 

「ぶふっ…鴉羽の人って…」

 

あれ?文の影に隠れてたけどもう一人いるね…誰だろう。初めて見る天狗だけど…

 

直感任せに言えば……

 

「……引きこもりっぽい人?」

 

二人の表情が固まる。なんかビシッって音が聞こえた気がするけど気のせいかな…

 

でも機能停止してる……

 

「な…⁉︎」

 

22秒03ほど経って知らない方の天狗が復活。

したは良いけど恥ずかしさのせいか顔を真っ赤にしてわけわかんない事を……多分何か言いたいけど言えないその矛盾によって喉から導かれた言語っぽいことを発する。

 

「あははは!図星じゃないですか!」

 

やや遅れて文の方も復活。腹抱えて笑いだした。そんなにおかしなこと言ったわけでもないのに……分かんないや。

 

「笑ってんじゃないわよ!それに…引きこもって無いわよ!」

 

「それで?新聞のネタでも探しにきたの?」

 

ネタ探しじゃなくても暇だった私にとって渡りに船。

天狗と一緒なら何か面白いことに出会えそうだし二人は私やお姉ちゃんより世の中の視野が広い。だからいろんな話が聞ける。

 

「そんなところですね」

 

まだ名前も聞けてないのでなんて呼んだらいいかわからない方は会話に入れなかった腹いせか引きこもり呼ばわりされて拗ねたのか変に視線をそらす。

 

これはちょっと言い過ぎちゃったかなあ…反省しなきゃ…

 

「そのついでに引きこもりのライバルを外に引っ張ってきたの?」

 

視界が横に傾く。気づいたら小首を傾げていた。

 

視界を戻すといいネタ見つけたと言わんばかりの顔で文が見つめていた。さっきまで左手に収まっていたペンと筆がスタンバイ。

その背後ではライバル?が目を見開いてこっち見ていた。

そこまで見られると落ち着かないなあ……

 

「よくわかりましたね」

 

「大方、手伝って欲しいとかそういう感じで誘ったのかなあ?」

 

「な、なんでそこまでわかるのよ⁉︎」

 

文を押しのけて天狗少女が目の前に突っ込んできた。

あのさ…顔近い。あとそこまで驚くことでもないでしょ。

 

「うーん……雰囲気とか見ればわかると思うよ?」

 

雰囲気?と二人ともよくわからなそうな…でもなんかわかりそうな複雑な表情をして考え始める。

 

「だって、そっちの人は文に対してかなり強めに当たってるでしょ?でも嫌っているとかそんな感じには見えない。それに初対面ってわけでもない。ここまでは大丈夫?」

 

「え、ええ」

 

よし、大丈夫そうだね。

 

「それでね。強めに当たるって事はきっと文に対して何かしら意識してるところがある。ならそれは何か……鴉天狗同士ってなると何か競い合ってるものとかそう言うのがある例えば飛べる速さとか体力とか…でも見た感じ文や貴方には無縁な感じがする」

 

「あややーそこまでわかりますか」

 

だって文はそういうことに興味なさそうだしそっちの子もどちらかと言えばインドア…力とかそう言うので勝負するって言うより知性で戦う方に重点を置くタイプなのかなあって感じただけ。

 

「これくらいならある程度見知った仲ならわかるよ」

 

似たようなことは柳さんとか椛ちゃんもやってたしね。むしろあの二人は癖とか身のこなしとかの違いで正確にものを言い当ててるから凄いよねえ…

おっと話を戻さなきゃ。

 

「なら何をそんなに意識しているのか…趣味とか…仕事とか。そうなると真っ先に浮かぶのは新聞、前に文はお姉ちゃんに取材申し込んでたしその時にライバルがどうとか言ってたのも踏まえてみると……そこの貴方は同じ記者」

 

「ちょっと待って、なんでそこで新聞記事の事が出てくるのよ。別の可能性だってあるでしょ」

 

確かにね。普通なら真っ先にそこに行き着くってことはまずないよね。でもさ、二人とも…

 

「だって二人ともペンを挟んだメモ帳を利き手と反対側に持ってたじゃん」

胸ポケットがあるにもかかわらず出会った時に左手に持ってるのがすごく気になってたんだよね。

まあ今となっては納得するけど…

 

「「あ……」」

 

我に返ったかの様に天狗少女の声が止まる。

さっきから私の言葉をメモしていた文の手も同時に止まる。

 

「今の反応から察すると、その持ち方の場合は素早く文字を書くことが出来るようにする普段からの癖。そんな癖がつくのはどこで何が起こるかわからず起こったら素早く記録を取る必要があるヒト」

 

「ほらね。簡単でしょ?」

 

二人とも呆気にとられてるけど……なんか悪いことしちゃったなあ。

 

「でも記者にしては引きこもり…でも文と張り合える程度には活動している…」

 

ここからが全然わからないや。

 

引きこもりって認知されているってことは普段は人前に出ないで家にいる事が多い。そうなると他の天狗なんかより情報を集めることは出来ない…周囲に勘付かれないようにこっそり出ているのだとしても堂々と動く天狗よりネタや情報にありつける確率は極端の低い。それでも文といい勝負ってことは…文が売れてないのか、貴方が何か別の情報ルートを持っているのか……

 

 

「ごめんこれ以上は分からない」

 

思考がこんがらがって訳が分からなくなった。ここまで来ちゃうともう考えようがないや。お姉ちゃんか椛ならわかるかなあ。

 

「そ…そうなの…なんだか凄いわね。初対面でそこまでわかるって…」

 

驚き半分興味半分って感じで天狗少女が感想を漏らす。

文の方は…まだメモが終わりそうにないみたいだね。

 

「あ、名乗り忘れてたわ。私は姫海棠はたて、よろしくね」

 

「知ってると思うけどこいしだよ!」

 

「私、今あなたの名前を知った気がするけど……」

 

「だって文が私の名前叫んでたじゃん」

 

「あ…それもそうね」

 

まさか愛称とか思って聞き流していた?うーん…私はまだいいけどお姉ちゃんの場合後々大変なことになるよ。

 

 

「でも凄い推理力よねー感心するわ」

 

心成しか、はたての目はキラキラしていた。

ただ、なんだか探ってる様な…多分記者の目ってやつかなあ。

 

「んー?ほとんどお姉ちゃんが教えてくれたんだけどね。それに椛もこう言うの得意だよ」

って言うか顔近いってば…そんなにジロジロ見ても何にも無いってば。

 

ようやくメモを取り終わった文が復帰。はたてを私から引き離す。

 

「なんか迷惑かけちゃってすいませんね」

 

別に文が謝る必要は無いんだけどなあ…まあいいか。

 

「いいよいいよ。私も暇だったからさ」

 

暇という単語に反応したのか二人の耳がピクリと揺れる。

私が暇してるってことがそんなに珍しかったのかなあ?

 

気づいたら私の体は二人に手を引かれて空を舞っていた。

どうやら暇なら同行してもいいよってことらしい。同意したつもりは無かったんだけどなあ…

まあいいか、暇だったわけだし!

 

 

「んー…ねえねえ二人とも、そのメモ帳見せて!」

 

「メモ帳?急にどうしたのよ」

 

はたてが突拍子も無いことを言い出した私に変な目線を向けてくる。

まあいきなりそんなこと言いだしたらそうなるよね。

 

「貴方の能力を当ててみたいからさ」

 

さっきから二人ともなんか空気がおかしいんだよね。私が同行してるからなのかもしれないけど…

文は妙にそよそよしいと言うかチラチラみてきては私が目線を合わせるとすぐに視線を避ける。すごく不審なんだけど…

 

はたては相対的にジーっと見てくる。何かを探っているようなただ見とれてるだけなのかわからない視線を浴びせてくる。

 

「おやおや?面白そうですね」

 

 

文は面白そうなものに目がないのかなんなのか…大事な商売道具を簡単に渡してくる。

あのね、言い出しっぺが言うのもあれだけど…こう簡単に渡しちゃダメだからね…

 

「ほらはたても!」

 

「仕方ないわね……悪用しないなら…」

 

悪用なんてしないよ。それに、私は情報を流出するようなことはしないからね。

 

二人からもらったメモ帳を交互に見る。

紙製…へえ、ここまで技術が進んでるんだ。

 

 

………

 

「そうだね……もしかして念写系の能力だったりする?」

 

二人からおお〜っと歓声が上がる。どうやら当たったみたい。

 

「よくわかったわね。理由を聞いても?」

 

「理由?うーん…文のメモ帳はね、見ればわかると思うけど少し大きいんだよ」

 

「言われてみれば一回り大きいわね」

 

「多分はたての方が小さいだけだと思うけど…」

 

そこを指摘すると途端に不機嫌そうな顔になる。表情豊かなのはいいんだけど…

怒らないで欲しいなあ…

 

 

「でもそれだけじゃ念写云々なんてわからないじゃない」

 

「そうだよ。だけどね、小さい方を使うってことは、その分小回りが利きやすい。じゃあなんで文は小さい方のを使わないのか……ネタをたくさん書きたいから?ううん、違う。もっと単純な理由。しかも中身を見ればすぐわかるよ」

 

「中身?さすがにそれは同業者には見せられませんよ」

 

「うん知ってた。だから結論だけ言っちゃうね。文のメモ帳は文字と一緒にスクープ時の絵が描かれてるんだよ」

 

「……え⁉︎」

 

「文の新聞、スクープの時は大体挿絵描いてるよね。多分編集する時だと記憶が曖昧になっちゃったりするから、そのためにもその場で見たものを素早く描いておいとくんだよね」

 

「あやや、正解です」

 

ちょっと鋭い目で見られた。なんだろう…一瞬背中に寒気が走ったんだけど…

 

「じゃあ相対的にはたてのメモは…絵が一切ない」

 

「それだけじゃ私がただ素早く描くのが下手なだけかもしれないけど?」

 

「そうだね。その可能性もあるよ。でもさ…その時の情景描写とかすら書かれてないよね。どうやって編集時に当時のことを細部まで思い出すつもりなのかなあって」

 

「え……あ…確かに」

 

納得してくれたところで一回転。

 

「そこまで来たら簡単!書かれてないのは書く必要がないから。じゃあなんで?当時の光景を細かくまで覚えておくことができる絶対記憶保持者か…あるいは念写の類かの二択だなってきて、まあ後は勘だよ」

 

「やっぱり勘なのね」

 

 

 

だってこれ以上は説明できないもん。

もう説明することは無いよとの意味を込めてもう一度ひらりと一回舞う。

少し短くしてある裾が大きく翻る。

 

 

「いやー良いものを見せてもらいました」

 

なぜかほくほく顔の文に後ろから抱きかかえられた。

 

 

 

 

 

 

「それでさ…文はどこまで行くつもりなの?」

 

さっきからずっとぐるぐると移動して…誰かを待ってるみたいだけど…いい加減にしてほしいってオーラがすぐ隣のはたてからダダ漏れしてすごく辛いんですけど…

 

 

 

 

「本当ははたてには別のところで聞き込んで欲しいんですが…なんかくっついてくるんですよね」

 

なるほど、振りほどきたいんだね。なんでだろう?ライバルに見られちゃいけないこと?

 

「いいじゃないの。情報独占をさせたくないし……」

 

急に歯切れが悪くなる。何を考えてるのか気になるけど我慢。きっとなんか考えてるんだろうね。顔が少しだけ赤いし…

え?私が文の方についていってるから?よくわからないや。

 

 

「それで、文は誰に取材しにいくの?」

 

答えによってははたての方についていこうかなあ。だって文の取材ってたまに危険なことがあるもん。それに、はたてとも仲良くしたいしなあ…

 

あれー?なんで急に黙り込んで考え始めるの?誰に取材しに行くのかすら教えたくないの?

 

「……あなたの姉さんですよ」

 

ようやく言ってくれたね。お姉ちゃんに取材かあ……すごく久し振りだね。

 

「あーだからはたてに別のところで聞き込んできて欲しかったのか」

 

ウンウンと納得する。確かに文くらいだよね。鴉天狗で好き好んでお姉ちゃんに近づくのって。

あれ以来お姉ちゃんに興味を持っていても怖くて近づけないって妖怪が増えたからなあ…

そんなに恐れなくていいのにね。

 

「何よ…気になるじゃないの」

 

 

「私は別に構わないしお姉ちゃんも多分平気だと思うよ」

 

 

みんな誤解してるだけか偏見に踊らされてるだけなんだよね。まあそれでもあの程度で済んでるのはお姉ちゃんの人徳だからかな。

 

でもはたては偏見とかそう言うの無さそうだから…信じてみよ。

 

「ほーら、この子もそう言ってるんだから」

 

仕方ありませんねとため息をつく文。確か文はあれ以来お姉ちゃんには会ってないみたいだけど…

 

「「古明地さとり」」

 

 

「……え?」

 

私たちの口から出た名前に、はたては凍りつく。

 

「その子の姉で私の知り合い…いや、友とかそんな感じですね」

 

そうだったっけ?まあ文が友って思ってるならそうなんだろうけど…

 

「え…え…じゃあまさか…」

 

やっぱりそういう反応だよね。

 

「そうだよ。私は古明地こいし」

 

改めてよろしくと両手で裾を持ってお辞儀。あまり見慣れない仕草に文が不思議がる。

 

 

「そんな……じゃあさっきのは…いや、心は読んでないみたいだし本当に純粋な洞察力…?」

 

「よく私が心を読んでいた可能性を疑わないね」

 

普通疑うと思ったけど…意外な反応だった。

 

「ああ、そりゃ昔覚妖怪とちょっとした付き合いがあったからね」

 

その声になんだか不自然な影ができる。すごく気になるけど知られたくないことの一つや二つ当たり前かと気を抑える。無性に心を覗いて答えを見たくなる…私もやっぱり覚妖怪なんだなあって思っちゃう。

 

「心を読んでもらって新聞の宣伝とか記事の事とか色々相談していたんでしたっけ?」

 

「そうそう。もう何年前だったっけなあ」

 

話し方からして最近会ってない…会えなくなったの方が近いかなあ…

 

 

「まあいいや、それで何を取材したいの?」

 

いつまでもこの話題は嫌だから直ぐに別の方に誘導する。

 

「ああ、それはですね……この前の侵攻のことですよ」

 

思い出したかのように文が答える。はたてもそれに続いて頷く。

 

ああなるほど、だからお姉ちゃんなのか。いや、取材はついでだね…多分、二人きりで色々話し会いたかったんだろうね。さっきまでそんな目をしてたもん。

 

「で、もしダメだったとしてもその時の事を知る人に話を聞きたいなって考えてましてですねえ」

その為に、わざわざはたてを連れ出してその時のことを知るヒトを先に探させようとしたけど…ものの見事に失敗してたってとこか。

 

 

 

「今お姉ちゃんお取り込み中なんだよね…」

 

「お取り込み中…でしたか」

 

肩を落として落ち込んじゃった。

 

どうにかしてあげないとなあ…そういえば今日って……

 

「多分ね、四季映姫ってヒト?ホトケ?お地蔵さん?のところで待ってればいいと思うよ」

 

「なんかパッとしないわね…」

 

まあそうだよね。

 

「だってあのヒトなんだかわからないんだもん」

 

「確かお地蔵ですけど…どうしてそこへ?」

 

純粋に疑問に思った文が訪ねてくる。確かになんでお地蔵の所って思うよね。お姉ちゃんの交友関係って広いと言うか複雑なんだよね。

 

「それはお楽しみ」

 

え?親切じゃない?だって教えちゃったらつまらないじゃん。面白いことは黙っておくのが一番だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、私のところに来たのですか?」

 

なんの前触れもなく鴉天狗二人を連れてきた私を見て何を察したのか察してないのかよくわからない眼差しを向けた四季さんに事情を話すこと数分。今度は呆れられたよ。なんでだろうね。

 

「ダメだった?」

 

「いえ、丁度退屈していたところですし構いませんよ。そちらの二人の希望に応えられるかどうかはわかりませんけど」

 

まあそれはお姉ちゃん次第だからね。本当は家に連れて行っても良かったんだけどそれだと少し都合が悪そうだからなあ…

 

「そこは気にしなくてもいいと思うよ。だって今日でしょ?」

 

「確かに今日ですけど……」

 

「じゃあ待ってれば来るよ」

 

事情がわかってない二人は首をかしげるばかり。でも私の四季さんも話そうとしないからかついに諦めた。二人して休憩所でのびのびし始めたと思いきや数分経った頃にははたては四季さんに早速あの事を取材し始めるし文は私を膝の上に乗せて愛で始めた。

 

文の行動が全く意味わからないけど…意味わからないけど気にすることでも無かったや。

 

 

 

 

 

あの尋ね人、良い人そうだったし多分そろそろくると思うけど…まだかなあ…

 

うーん…まさか読み違えた?でもそしたらよくない方向に転んじゃうと思う……だってお姉ちゃんちゃんと言ってたじゃん。後でここに来るってこと…

だんだん不安になってくる。

 

「…?」

 

急に人肌の温もりが背中全体を包み込んで来た。

その不安を感じ取ったのか…文が優しく抱きしめてきた。

 

「大丈夫ですよ。多分来ますから」

 

 

 

そのとたん、はたてが何かに気づいたのかふとこっちをみてきた。なんだろう?

 

「どうかしたのですか?こいしは渡しませんよ」

 

「いやいや、あんたの性癖なんてどうでもいいし私にそんな趣味はないわ。そこの空間、なんか違和感があるんだけど」

 

「ええついさっきから私が展開している結界をこじ開けようとしてますね」

 

はたての疑問に半笑いで答えたのは意外にも四季さんだった。結界なんて張ってたんだ…まあこんなところで地蔵と妖怪が集まってたら人間に変な誤解生んじゃうからね。意外と気を利かせてくれてたんだね。

 

突然空間に切れ目ができる。

結界内部に侵入されたみたいだね。すぐにはたてと文が臨戦態勢に入る。まあ確かにこれは知らないとそうなるよね。私も初めて見たとき…今朝方だけどそう言う反応しちゃったもん。

 

ぱっくりと割れた空間の中は目玉と…目玉と……やっぱり目玉。

見てて凄く目が回りそうになる。

 

 

 

 

 

「あれ?みなさんお揃いで」

 

そんな直視するのが嫌になる空間から少女が飛び出してくる。

見慣れた姿…

 

ようやく来た。もう、遅い!





【挿絵表示】


久しぶりのさとり様


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depth.24続、こいしのターン

聴覚から入る風の音が私の世界を支配する。少しだけ肉体から離れていた意識が一瞬のうちに戻る。

 

季節の移り変わりなのか風がやけに強い。無意識でいるとすぐに流されちゃう。頭上を飛んでる渡り鳥には嬉しい風だろうけど…

 

 

紫さんと一緒に文達の前に現れてからお姉ちゃんはちょくちょくどこかへ行っちゃって一体何をしてるのか全くわからなくなっちゃった。

 

なんでも、妖怪と人間が共存する楽園を作るために動いてるのだとか…私には難しすぎてよくわからない。

妖怪の山と人里みたいな感覚なのかなあと思ったけどそう言うわけでもないらしい。

 

 

お姉ちゃん曰く、妖怪という存在は弱くて、いつかは人間によって否定されちゃうらしい。

私は妖怪は強いと思うけど純粋な力とかそう言うわけではないみたい。

妖怪自体が人間の肯定によって存在するものである限り、その存在を否定すればあっさりと消えてしまうのが私たちなんだとか。

ただ、私たちのような存在を否定した時、人間はその存在を保っていくのが危うくなる。簡単に言うと棒の先端に乗っかったやじろべえみたいなものらしい。人間は妖怪みたいに単純じゃない。そのせいでいつか滅びる。それも、滅ぼされるのではなく自ら滅びるのだとか。

よくわからないけど…そのうちわかるようになるのかなあ…

 

だからこそ人間と妖怪が共存していくことができる楽園を作るのだとか。誰にとっての楽園なのか…人か、妖怪か又はどちらもなのか…

 

別に毎回ちゃんと帰ってくるしあの大妖怪…妖怪の賢者とか言うとんでもないヒトらしいけど…と一緒ならまあ大丈夫かなあって思ってるから別にいいんだけどね。

 

ふと、妖怪の賢者と一緒にいるお姉ちゃんを見た文の顔を思い出しちゃってクスリと笑っちゃう。

あそこまで驚くことないだろうに…文も乙女なんだねって茶化したらめっちゃ顔赤くしてたっけ…

 

 

それにしてもこの山は綺麗だよなあ…百年近く経ったけど飽きることなんてないし毎回違った味を出してて…お姉ちゃん、本当場所選びが上手いなあ…

のんびり景色を堪能してると後ろから誰か飛んでくる気配を感じた。

振り返ってみればお燐が猫を抱えながら必死に追いかけてきていた。

 

技術はお燐の方が上のはずだけど猫を抱えた状態じゃ流石に追いかけるのは大変みたい。特に今日は風が強い。速度を緩めて追いつくのを待つ。

 

「やっと…追いついた…」

 

息が切れてるところを見ると相当頑張ったみたいだね。普段のお燐からは想像できないや。

 

「お疲れお燐」

 

「さっきから呼んでたんだけど…」

 

全然聞こえなかった。風の音に支配されちゃってたからなあ。お燐には悪いことしちゃったかな。

 

息が整ったところで再び進む。今度はお燐も追いつけるように結構のんびりと飛ぶ。

 

「それで、どこに行く気なんだい?」

 

「そうだね〜ちょうど天狗の里で祭りがあるらしいから手伝いに行こっかなーって」

 

まあそれもあるけど…友達も沢山作りたいし、祭りで楽しみたいからね。お姉ちゃんがいれば良かったけど……仕方ないか。

 

 

「へえ…祭りの手伝いなんて珍しいねえ」

 

「私だって手伝う時は手伝うよ。今回はたまたま妖怪の祭りを手伝うだけだよ」

 

 

私だって人間の祭りなら手伝ってるよ。偶に屋台の組み立てとか山車引っ張ったりとかさ。

「丁度、さとりもいないし…あたいも手伝いに行こうかねえ」

 

お燐が手伝うって…いや、そうでもないか。よくお姉ちゃんの手伝いで色々と走り回ってるからなあ…

でも…

「もしかしてお姉ちゃんに用事でもあった?」

 

「ノミ取りの約束があったんだけど…」

そう言って体を震わせる。きっと痒いのだろう。よく見ると腕の中の猫も痒そうに体を掻いてた。

 

御愁傷様だね。お姉ちゃん、今夜は帰れないみたいだし…帰ってきた直後にねだるほどお燐もマイペースじゃないし。

むしろマイペースなのはお姉ちゃん。え?私も?嫌だなあ…私はマイペースじゃないよ。

 

「こいし、代わりに蚤取りしてくれない?」

 

「無理、私ノミ取れない」

 

なんかノミ取りしようとしても毎回失敗するんだよね。一時間に一匹捕まえられるかどうか…不器用なのか才能がないのか…ノミ取りの才能とかいらないけど…

 

 

 

 

 

 

「あれ?こいしちゃんじゃないですか」

 

「あ、椛!やっほー」

 

そろそろ里かなあってところで地上に降りてみれば木材を運んでいる椛とばったり遭遇した。

お燐は里の方まで飛んでいくらしいので一旦別れる。どうせまた後で会えるんだし寂しい気分には……なってないもん。だって椛と会えたし

「祭りに使うの?」

 

「ええ、櫓の設営に」

それにしても…重そうなのをひょいひょい担いでる。

…やっぱり妖怪なんだなあ…

でもなんだか無理してるっぽい?少し腕が震えてるし…

 

「何本か持つよ?」

 

「じゃあお言葉に甘えて…」

 

否定しない…普段の椛ならやんわり断るのに……やっぱり無理してたんだ。

椛が腕に載せてた何本かをもらって一緒に歩き出す。

軽くなったのが嬉しかったのか…尻尾が揺れてる。

 

「重たいね…」

 

「まあ…しょうがないですよ」

 

 

 

「なんで毎回組み立てたり解体したりするのかなあ…」

ふと思った疑問を漏らす。

櫓くらいなら組みっぱなしにしてもいいと思うんだけど…そっちの方が楽だったりするんだけどなあ…

 

「上の考えることはわかりませんからね……」

 

まあそんなものなのかなあ…

上下関係があるって難しいや。私は絶対馴染めなさそう。

 

そんな事を考えながら椛についていく。途中、河童から誰だこいつみたいな目線で見られたけど椛と一緒だからか私が資材を運んでいたからなのか特に咎められる事も無かった。

 

 

「疲れた…」

 

比較的非力な私は里に着くまでの間にバテちゃった。

こんなんだったら魔術で体力強化してから運べば良かったなあ…魔導書置いてくるんじゃなかった。

 

少しだけ休憩。ついでに里の方を見てちょっとどうでもいい事を考えたり考えなかったりいつの間にか隣に座っていた椛の尻尾を触ったり

 

でもなんだかいつもの里とは違うような違和感がある。何か足りないような…うーん…

深く考えて見るけどよくわからない…いや、…あ!そうか!

 

「ねえねえ、いつもいる鬼はどうしたの?」

 

そうだったよ、鬼の姿が見当たらないんだった。

あの怪力持ちが資材を運んでくれたならもっと早く終わると思ったんだけど…

 

「ああ、それなんですけど……」

 

急に椛が口ごもる。なんか言いたくなさそうだけどどうしたのかなあ…あ、もしかしてだけど…

 

「もしかして山から消えたの?」

 

「ええ、そうなんです…」

 

そっか、やっぱり山から去っちゃったんだ。お姉ちゃんの言った通りだね。

でもそれって結構騒ぎな事じゃないかなあ…確かに山は天狗が治めてるけどそれはバックに鬼がいたからであって、その鬼がいなくなったってことは勢力争いがどうとかとかあると思うんだけど…

 

その事を聞いても結局、下の者には分からないですで終わっちゃいそう。こう言うのはやっぱり鴉天狗の二人に聞いた方がいいかな。今どこにいるのか分からないけど…

 

「なんで山から去っちゃったのかなあ?」

 

「詳しくはわかりませんけど……萃香様はあの時の責任を感じてましたし…他の二人も人間に愛想を尽かしちゃったみたいでしたし…」

 

そう言えばあの陰陽師達って萃香さんを追いかけてこっちまで来たんだっけ……

そこまで萃香さんが気にする必要ないと思うんだけど…思うところでもあったのかなあ…って他人事みたいな事しか感じないや…実際他人事だし…

 

 

「まあいいか!他に手伝うことある?」

 

気持ちを切り替えよう。今考えることでもないからね。

 

「でしたら……」

 

 

人手が足りないのはどこも同じみたい。前まで鬼がいた分今年は作業が進まないのだとか。

でもさ、山の一員でもない私に手伝わせる事なんてたかが知れてる…と思ってたんだけど…

 

「まさか櫓建築を一人で任されるなんて…」

 

人手が足りないと言うかなんと言うか…一瞬大丈夫かと思っちゃったよ天狗社会。

 

ま、いいか。他人のことを心配するより目の前のこれを組み上げていかないとね。一応にとりって言う河童が指示を出してくれるから間違えたりはしないと思うけどさ。

 

「それじゃあ…始めよっか」

 

普段はあまり使わない妖力を腕に集中。

私の手と資材を糸で繋ぐようにイメージ。そこに妖力を流し込んで現実世界に作用させる。

 

妖力の流れを変えながら柱になる木材を組み立て、設置。一度に操れるのは二本だけ、それでもにとりが驚いている。けど気にしているほど精神的余裕なし。

やっぱり魔力がないだけあって辛いわ。

後でお燐のところにでも行こうっと。なんかくれるでしょう。

 

 

 

妖力で半分強引に建築すること数十分…

比較的早く建築は完了した。にとりは私のおかげだとか言ってたけど多分にとりの指示が良かったんだろうね。

そう言ったらなんか照れてた。なんで照れるのかはわからないけど…

 

疲れたので偶然、近くにいた文におんぶして貰って楽に移動しながらのんびりする。

 

全体的に祭りの準備が整い始めたのかだんだんと料理や提灯とかが準備されていく。中には既にお酒を飲んでいる白狼天狗の男衆がちらほら…さすがにお酒は早いと思うけど…

 

そんなことをポツポツ考えたり考えなかったり茶化したり茶化されたりしていたら、忘れていることを思い出した。正確に言うと忘れていると言うことを思い出した。なんだったかなあ…

あ、そうだ。

 

「そう言えばさ…あーや」

 

「どうしたんですか?」

 

おんぶされた状態だとどんな表情をしてるのかわからないや。でも、文の事だから嬉しがってるのかもね。少しだけ声が上ずったから…

 

「鬼がいなくなって山の勢力争いとか大丈夫なの?」

 

そう言った途端、文の足並みが一瞬止まる。何かを考え出したみたい……やっぱり大事な事だからどう言ったらいいのか迷ってるのかな…文の背中に回した腕に

少し力を込める。教えて欲しい。妖怪の山がまた戦火に飲まれるのは嫌だから……

 

「あやや、その事ですか。本当はあまり言うべきものでもないのですけど…こいしなら問題ないですね」

 

そう言ってまたのんびりと歩き出した。

 

「ありがとう……」

自然とそんな言葉が漏れてくる。

 

 

一瞬だけ文が微笑んだような気がしてしまったのは気のせいじゃないはず……それでもすぐに真面目な雰囲気になった文に聞く事は出来なかった。

「そうですね。実際鬼が去っちゃった事によって妖怪の山のトップは実質的にも私達に移ったのですが……」

 

やっぱり天狗が実質的にも山の頂点なのか。

 

「鬼と言うバックが消えてしまったのは正直痛いみたいですよ。鬼なしの体制にまだ慣れてませんから今の私たちは弱い。こんな状況、普通なら妖怪の山のトップを狙うには絶好のタイミングなんでしょうけどね」

 

確かに天狗の組織は上下関係とか幹部の席の奪い合いとか色々とありそうで外からの攻撃に弱そうだもんね。組織ってやっぱり嫌いだなあ。お姉ちゃんも苦手だって言ってたし…

それにしても絶好の機会なのに周りは動いてないような口ぶり…何かあるのかな?

 

「でも違うんだね」

 

「ええ、その通りですよ」

 

ようやく文が得意げな口調になる。さっきみたいな自虐的な物言いよりこっちの方が断然良いや。

 

 

「鬼の四天王とほぼ互角の強さを持つ妖怪が一匹、天狗側についている。それも、ただの妖怪では無くあの陰陽師をも撃退し、さらに妖怪の賢者とも通じてる妖怪だって噂がありましてね。そのおかげでどこの勢力も手をこまねいているみたいですよ」

 

「へえ……その妖怪をダシにして平穏を保っているってわけなのね」

 

言い方は悪いけど事実だよね。それにそんな妖怪…この世に一人しかいないなあ

 

 

「まあ……そうなんですよね」

 

きっと苦笑いしてるだろう文の顔を見れないのがちょっと残念。

 

「それ、お姉ちゃんは知ってるの?」

 

ま、お姉ちゃんの事だから知ってても知らなくても変わらなさそうだけどね。

 

「薄々わかってるんじゃないんですか?勘は鋭い方ですからね」

 

「それもそうか…あ、そろそろ降りるね!」

 

美味しそうな匂いが漂ってくる建物を見つけたので、文の首に回していた腕を解き飛び降りる。

 

「もっと背負ってても大丈夫なのですけど…」

 

こっちを振り返った文が寂しそうな目で見つめてくる。そんなに私といて楽しいのかなあ…

 

……ああ、そっか。

 

 

「平気平気!それに文は山伏の服に着替えたりしなきゃいけないんでしょ?」

ちなみに山伏の服装はお姉ちゃんが広めたもので本来の山伏の服装とはだいぶ違う。と言うかお姉ちゃんが椛家族や文に渡したら何故か天狗全体で流行りだしちゃった。今では祭りとかで着る正装にまでなっちゃってる。男は別にいいかもしれないけどなんで女用のは通常の天狗の服と同じスリーブ型の…袴?スカート?なのかなあ…どう見ても腰からしたの脚丸見えじゃん。寒くないのとか下着見えちゃうじゃんとか思うけど…誰も気にしないところを見てると価値観の違いを感じる。

「やっぱりわかっちゃいます?」

 

うん、分かっちゃった。

 

 

「だって、さっきから控え室の方に何回か目線向けてたじゃん」

 

 

「あやや、誤魔化してたつもりだったんですがね」

 

「バレバレだよ。待ってるから早く着替えて来てね!」

 

きっと見て欲しかったんだね。でもここで別れたら多分また合流するのは難しい。だから一緒にいようと思ってたんだろうなあ

 

 

 

そう言えばお燐はどこにいるのかなあ…さっきから姿が見えないけど…建物の中にでもいるのかなあ?

 

 

 

「……文さんは貴方にも着て欲しかったんでしょうけどね」

隣で急に声が聞こえる。

 

「おっと、椛。いつからいたの?」

 

いつの間にか隣に椛が立っていた。気づかなかったよ。

 

「文さんと話し終わったところからいましたよ」

当たり前の事聞かないでみたいに言ってくるけど…こんなヒトが沢山いるところで気配消されたらさすがに無理だってば!

 

「そう言えば私にも着て欲しかったって?」

なんでそんな事が分かったのかなあ…

 

「……文さんの目が一瞬だけ狙ってましたからね。あのままおんぶしたままだったら確実に着替えさせられてたでしょうね」

 

 

「別に……あ、いや、なんでもない」

そうだった。サードアイがあるから迂闊に人前で服は脱げないんだった。なるべく一人で着替えないといけないけど文と一緒じゃなあ…文には見せたくないし……

 

 

 

「それに……」

 

何かをつけたそうとして急に椛が黙っちゃった。

 

「それに?」

おもわず聞き返す。言うかどうか迷っているのだからこっちから催促しちゃいけないけど…

 

「気づいてないなら良いんです」

 

……なんだったんだろう。まあ良いや。

 

 

 

文を待っている合間に色々と考えたけど結局わからなかった。悩んでる私を見て椛は呆れてたけど…なんなのかさっぱり。

 

そうしていると着替えの終わった文が誰かと一緒に出てきた。

白の服に杏子色の裾や赤色ベースの装飾、色が重なり合いながら相殺せずしっかりと調和されている。スカートのようなところも黒に黄色とオレンジの模様がきめ細やかに描かれている。それが自然と上の服とマッチして他のヒトのよりも一層文をわき立たせている。お姉ちゃんが作ったやつだから当然といえば当然だけど…

反対にもう一人は、なんか黒子みたいな格好してて誰かわからない。歩幅からして女性、少しだけ頭とお尻が不自然に膨らんでるから…きっと獣人。お燐と歩き方の癖がにてる……もしかしてだけど…

 

「あ、こいし」

 

「やっぱりお燐だったんだね」

 

もう、わかりづらい格好しないでよね。顔まで隠したら分からないじゃん。

少しふてくされる。別に少しだけなら良いよね。

 

「あはは、ごめんごめん。あたいの服装じゃちょっと目立って仕方ないって言われちゃってさ」

 

でもそれはそれで目立つなあ…

 

まあ今は祭りを楽しもう!時間としてはちょっと早いけど食べ物とかはもう出揃ってきてるし、穣子ちゃんとかはもう踊り始めてるし楽しまないとね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば最近、縦穴が見つかったんですよ」

 

祭りの合間に文が言ったつぶやきは軽く流されてしまい誰も反応するヒトはいなかった。

 

「へえ、面白そうだね!」

 

約1名を除いては……



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depth.25隙間から見た覚もしくはさとり

「それで、今回はどこに連れて行くつもりですか?」

 

隙間を通過する最中は静かだったのに出てからがこれだ。

きっと私が答えることなど薄々分かっているのでしょうけど…

 

「そのうちわかるわよ」

軽い悪戯で答えをはぐらかす。こんな感情になったのはいつぶりだろうか?

 

「教えてくれたっていいじゃないですか」

 

抑揚のない声が後ろから私のことをチクチク刺す。きっと振り返れば無表情でジト目を向けてくるのだろう。

 

「だったら心を読んだら?」

 

「YADA!」

 

全力で否定。何処までも自らの力を否定し続けるのだろうか。それでいて正気を保っていられるのは最早奇跡に近い。

 

協力関係を持つ前から監視していて、わかってはいたことであるが改めて…

遠慮というものを知らない物腰、大妖怪だとか賢者だとかの肩書きに一切惑わされず誰にでも中立的な態度をとる。ただ、肩書きに込められたその強さを知らないだけかと思ったもののそう言うわけではない。むしろ知っていて、あえて変えない。不思議だった。

 

いいえ、不思議と言ったら失礼に当たるわね。

 

圧倒的に強い相手であってもそれに臆することなく相手の本質を見抜いて関係を持って行く。そしてそれを利用しようと言ってきた私に対しても嫌がるどころか肯定してきた。

その言葉が本心から出ていたのは間違いない。それがただ、純粋な理解が嬉しかった。

 

……今思えば、こう言う関係を築く事が出来るこの子に私は惹かれたのでしょうね。

 

 

 

 

 

鬼の四天王や天狗と仲がいい妖怪がいると聞いて興味が湧いたのは偶然だった。でも興味はあったが欲しいとまでは思わなかった。まあどうせ使い魔みたいな感じなのだろうと思いそこまで期待はしていなかったってのもあるでしょうけど…むしろその考えが根底にあったせいで彼女を見誤っていた。

 

すぐに誤りに気づけたのは、噂好きの妖怪が近くにいたから。その妖怪は私の知らないところで人間に退治されていた。別に深く関わりがあったわけでもないので別に関係ないのだけれど…

まあそんなどうでもいいことは置いておく。

 

噂を聞けば聞くほど古明地さとりと言う妖怪がよく分からなくなっていった。

結局好奇心に負けてこの子を観察することにしてみたのが一ヶ月ほど前。

 

最初の印象は…妖怪らしくない。

あの子がなんの種族かは薄々分かっていた。ただ、それであれば誰もいない静かなところで過ごしたいと思うのが普通…少なくとも私が出会ったことのある覚妖怪はそうであった。

だが彼女は自ら妖怪の輪に入っていた。それは、たとえ正体を隠していながらであっても異常なことである。

 

何か企んでいるのかと疑いもしたがそう言う気配は一切ない。ただ純粋に、仲良くしてたいだけだった。

 

もちろん、その後もしばらく傍観し続けた。

 

わかったことといえばこの子の交友関係だけだったけどそれでも普通の妖怪にしては異常な広がりだ。

この子なら私の夢も理解してくれるのではないか。別に理解してくれなくても式にしてしまえばかなり有利に事を進められる。そう思ってさとりの家に押しかけたのが始まりだった。

 

 

 

 

まさか数日で……ここまでスムーズに事が運ぶとは…

振り返り、少し後ろを歩いてくるさとりを見る。

無表情でフードを深くかぶっているから少し不審な感じがするけれど流石に見慣れてくると見ためにそぐわない大人びた雰囲気がミスマッチして可愛さを引き立てる。

 

それにしてもなんだか浮かない表情ね。何かあったのかしら?

 

「初めてきた感じがしないって顔してるわね」

 

「…いいえ、初めてきましたよ」

 

素っ気ない返事が返ってくる。それでも一瞬動揺したのか声が裏返ってた。やはりここにきたことあるのね。なら、彼女のことわかるかしら。

 

「そうね。友人を紹介するわ」

 

いつのまにかあたりは薄暗くなっており、道の両側に置かれた灯篭の明かりがほのかに周囲を照らしている。

 

そろそろ階段が見えてくる。ここまできて少しだけ悪戯心が湧いてきた。危なくなったら助けにはいればいいし…そうね、やってみましょう。

 

思い立ったら直ぐに行動に移る。そうでもしないともうすぐあの剣士が来てしまう。

 

目の前に隙間を開き中にとびうつる。

「それじゃあ、私は先に行ってるからのんびり登ってらっしゃい」

 

「……え?ちょっと待っt」

驚いた返事をするがそれを聴き終わる前に直ぐに隙間を閉じる。

 

同時に別の隙間を二つ開く。

 

一つは和室、もう一つは……

 

「ふふ、危なくなったら助けてあげるから頑張りなさい」

 

そう言って空間から飛び出る。

私の訪問を予期していたのか、私が部屋に入るなりすぐに隣の襖が開いた。

「久しぶりね」

 

「ええ、久しぶりです」

 

髪は黒みがかった桜色のセミショート。服装は髪より明るい桜柄の着物に身を包んだ女性がゆっくりと入ってくる。

 

「それで、面白い子を連れてきたみたいだけど?どこに置いてきちゃったの?」

 

「あら、それまでわかっちゃうの?」

 

「だって見てましたもの」

 

どこで見ていたのやら…あなた、消えたりできるようになったのかしら?

 

そんな疑問が喉から出かかったがそれはそれで一旦置いておきましょう。手元に開いた隙間から、さとりの様子を観察する。

 

「あら?聞いてこないの?」

 

「聞いて欲しかったの?」

 

「もちろんよ!」

いやいや、そんな鼻息荒くして言われても…

あ、そろそろ接触の時間かしら。

 

「あら?新入りの下僕で遊んでるの?」

私の手元を覗き込むように体を寄せてくる。

ちょっと、今隙間を広げるから待ちなさいって…

 

「違うわよ。ただの友達よ」

 

「……へえ、貴方が私以外の友達を作るなんて」

 

なんかすごいバカにされた気分ね。って言うか私が睨んだ途端になにクスクス笑ってるのよ。凄くイラつくんですけど…

 

「張り倒されたいの?」

 

「そう言う展開はご法度よ」

 

「どう言う展開よ‼︎」

 

ああ、調子狂うわ。

 

おっといけない。さとりの様子見ないと。

えーっと…あ、早速何か話してるわね。

 

《……》

 

《………》

 

 

って、二人とも声が小さいから聞き取りづらいじゃないの…

もうちょっと近づけてっと。さすがにこれ以上は気づかれちゃうから無理ね。

《……》

 

ダメね。声が聞こえないわ。音の境目を弄って聞こえるようにしても良いのだけど面倒なのよね。それに苦労して繋げてもわざわざ戻さないといけないし…

 

「えーっと…《貴様が誰だとは問わない。だがここを通るからには、私と一戦交えてからでも良いのではないか?》まあ、妖忌らしいわね」

 

え?なに口パクわかるの?何それ聞いてないんですけど、そう言うのは早く言ってほしいわ。

 

「あなたのお友達さんね…《我が名はさとり。ただの妖怪にして紫の協力者…》」

 

「いやいや!絶対そんなこと言ってない!」

 

「わかったわよ。真面目に訳してあげるから紫も熱くならないの」

 

誰のせいよ!誰の!

 

「続けるわね。《どうしても通してくれないのですか?》《真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るものだ》」

 

ああ、完全にスイッチ入っちゃってるわね。あれはもう…どうしようもないわ。まあ、危なくなったら止めましょう。

 

「ねえ紫、本当にこのまま放っておいていいの?」

 

「面白そうだからいいじゃない」

 

それに貴方も面白がって見てるじゃないの。今更やめるなんて言えないわよ。

 

「えーっと、《じゃあ適当に斬られたら終わりですか?》《斬って死ななければ問題ない》」

 

面白くなってきたわ。さて、貴方はどうするのかしら?さとり。

 

って言うか斬って死ななければって…妖忌もまた随分と出たわね。まあ普通の人がここに来ることは基本できないからなんでしょうけど。

 

一陣の風が吹き渡り妖忌の手元が霞みがかったようにぶれる。

普通の人には何が起こったのかすらわからないだろう。実際、隣では妖忌の姿を追いかけるのを諦めた人がさとりの方だけを見つめている。

だがそのさとりも妖忌に少しだけ遅れたものの霞みがかったようにぶれる。

「あら、あの子妖怪だったの」

 

「隠すのが上手でしょ」

 

隣で純粋に驚いている彼女にちょっとだけ自慢げに話す。

さとりの隠蔽能力は眼を見張るものがある。まあ、妖忌は雰囲気でわかっていたでしょうけど…

それでも普通にしていれば並みの妖怪退治屋ですら気づかないでしょうね。

一瞬、二人の真ん中で火花が散る。

そのとたん、今度は妖忌の姿が完全に見えなくなる。

どうやら本気で斬りかかるようだ。動体視力をあげて妖忌を追尾する。

 

「…《あの一撃を守りきるとは…》えーっとさとりの方は…《我が爆r…》」

 

「嘘言わないの」

 

軽く頭を扇子で叩く。軽い音がして、扇子が反動で跳ね上がる。

 

「いったぁい!」

 

「大げさよ」

 

そんなことをしているとさとりの肩辺りで鮮血が舞った。

少し遅れて肉が引き裂かれる音と、妖忌が刀を鞘に収めた音が響き渡る。

石段と灯篭が赤く染まって行く。

流石妖忌といったところだろうか。さとりの切り口はほぼ真っ直ぐに…まるでガラス板のような滑らかさを持って斬られていた。

「ちょっと⁉︎連れの子斬られてるけど!」

 

「ああ、そうね。あれくらいなら大丈夫よ」

 

隣で大声を出されても耳に痛いわ。でもここまで困惑してる彼女を見れたのは初めてね。一瞬だけ優越感が湧く。

ぼとりと音がして、意識を隙間に戻す。

 

見れば、斬られた左肩から腕にかけてを捨てたようだ。いとも簡単にそうやって切り捨てて行く…正気なのかどうかこの際置いておくとしましょう。隣でおかしいんじゃないのとか言ってるけど気にしない。

妖怪全部がああいった感じだとは言わないけど実際あんな感じの子が多いのは確かね。

 

流石の妖忌も斬られた腕を棄てるなんて事したさとりの意図が読めず困惑してる。

まああの子のことだから意図なんて無いのかもしれない。あったとしてもどうしようもないことか、理解できないことか。

 

「どちらにせよ妖忌は戦意喪失みたいね」

 

「え、ええ。一回斬れたからだと思うけれど…」

 

多分、さとりの行動がよく分からなくてここで斬り捨てるのはもったいないと思ったのね。

それすらもしかしたらさとりは読んでいたのかしら…だとしたら本当に面白いわ。

肉を斬らせて骨を絶つ。を実際にやっちゃうなんて…

 

二人の前に隙間を開き二人を手招きする。

本来ならこのまま登ってきてほしかったけど怪我人にそれを強要するほど私は鬼ではないわ。

 

「……見ていたな」

 

「悪かったかしら?」

 

なんで妖忌に睨まれるのか分からない。普通睨んでくるならさとりの方でしょうに。当の本人はと言えば……

 

「服の替えってありますよね…」

困惑した目でこっちを見ていた。

確かに言いたいことではあるけど流石にずれすぎでしょ。

 

もっと他に言うべきこととかあるじゃないの。それとも、元々こうなることを分かっていて私を責めてない?

 

「……?紫を責める理由なんてないじゃないですか」

 

「あら?今心読んだ?」

 

「ええ、だって眼、出してますから」

 

そう言われて腕のあったところに目線をやると、確かに赤色の球体がこっちを見つめていた。

ただ、それよりも目を引いたのが傷口だった。

 

「もう回復が始まっているのね…」

 

刀により綺麗に斬られた断面は既に新しい組織が生まれ伸び始めていた。

 

「ほう…流石妖怪と言ったところだな」

 

「半霊さんほどではないですよ」

 

そう言ってさとりは苦笑いする。普段から無表情だからなのかぎこちない笑いになってしまっているがむしろ微笑ましい。

 

「ははは‼︎妖忌で良い」

 

なんかこの二人仲が良くなってないかしら?

別に良いのだけれど…

 

「行くわよさとり」

 

なかなか隙間の方に来てくれないので少しだけ急かす。

 

「再生が終わるまで待ってくださいよ。後服用意してください」

 

そう言いながらその場で上着を脱ぎ始めた。

 

こらこら、いくら下に服を着ているからって…こんなところで着替えなんて始めちゃダメよ。血生臭いのなんて誰も気にしないんだから

 

「ねえ、妖忌。どこへ行くのかしら?」

 

「これはこれは紫殿。このような場所に男は不要でありますゆえ、お暇させてもらいます」

 

そう言い残して走り去ってしまう。

なんだったのかしら?時々妖忌の行動がよくわからない。彼女に聞いて見てもやはり、時々ああなってしまうことがあるのだとか。不思議ね…

 

「……色々思うところがあるのですよ」

 

「ふうん……やっぱり半霊はわからないものね」

 

さて、いい加減そんなところに突っ立ってるのもあれよ。早く入るわよ。

無事だったもう片方の手を掴み強引に隙間に引き込む。

一瞬の浮遊感。さとりが通過する僅か数秒だけ引っ張っている感覚が消え去り、再び戻る。

 

 

「あら、やっと連れてきたのね」

 

部屋に戻るなり早速さとりに近寄っていく。

それを片手で必死に追い払おうとするさとりが妙に可笑しい。

 

そんなに近づかれたくないのかしら?

 

 

「やめてください。幽々子さん。色々見えちゃいますから!」

 

あら?この子……幽々子のこと知っていたのかしら?波長的に能力を施行した感じはしなかったしそもそもサードアイは服で上手く隠れちゃってて見えないはず…

 

ならなんでこの子は幽々子の事を?

私の考えは読めないように境界をいじっているのだけれど…まさか妖忌から?

 

「あら、私のこと知ってたの?」

 

「ええ、だって西行さんの娘でしょ。知らない方がおかしいですよ。後いい加減離して…」

 

西行の事を知っているのかしら?でもそこまであの人は有名じゃないはずよ。

一体この子は…どうして西行が有名人であるかのように話すのかしら?

 

「ならよかったわ。早速だけどちょっと隣の部屋に行かない?着替えさせてあげるからさ」

 

「やめてくださいって!後で水饅頭作りますから勘弁してください」

 

水饅頭?なんか聞きなれないものね。食べ物みたいだけれど…

と言うかどうして幽々子が食べ物好きな事を知っているのだろう…いくらあの場で心を読んでも妖忌が食事のことを考えていたはずはない。覚妖怪の力は相手通常状態であれば考えていることしか読み取れないはずだ。あの時妖忌に対して能力をフルで使った形跡はない……謎ね。

 

「水饅頭?何かしらそれ」

 

それでも彼女はブレない。私があれこれ考えているのがアホらしくなってくるわ。

 

「そうですね……饅頭です」

 

「そりゃわかるわよ」

 

まあ悪気とかこの世を壊そうとしているわけではないし、根は優しいのでしょうから大丈夫ね。いざとなれば、私が手をかける前に妹さん達がどうにかするでしょうしね。

そうと決まれば、私はさとりをちゃんと見ていかないといけないわね。

だって、折角出来た妖怪の友達なのですものね。

 

 

 

 

「本当に行くのかい?」

 

「うん!行ってくる!」

 

心配しているあたいとは反対に元気な声が戻ってくる。

確かに椛さんとはたてが随伴するから大丈夫なはずなんだけど……

 

「やっぱあたいも行った方がいいんじゃ…」

 

「お燐まで来ちゃったらお姉ちゃんどうするのさ」

 

「いや、そうだけど…」

 

だとしてもやっぱり不安だわ。主にこいしの行動が原因で起きそうなトラブルが…

 

「大丈夫だって!すぐに帰ってくるから」

 

そう言って親指を立ててくるこいし。

 

「フラグ立っちゃってるから‼︎」

 

「気にしない気にしない」

 

少しは気にしてよ!こいしに何かあったらさとりが大変なことになっちゃうんだから…

でもまあ、少しはこいしの事も信じてみるとしますか!



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depth.26こいしの地底訪問(突入篇)

暗闇に紛れるのは得意でも、暗闇は嫌い。嫌いというか…怖い。本能的に私が妖怪と違うところといえばそれなんだよなあ…

結局私は闇の住人にはなれない。でも仲良くすることはできる。

だからさ……

「……ねえこいし。抱きつかれると動き辛いからやめてほしいんだけど」

 

「いいじゃん」

 

入ってすぐの地上の明かりがまだ見えるところまでは良かったんだけど…深くなるうちにだんだん怖くなってきたんだもん。

 

だから少しくらい震えていても気づかないふりしてくれてるはたてに抱きついてるんじゃん。

 

「椛にしたらいいじゃん」

 

「だって仕事中の椛は前以外から抱きついたら斬られそうなんだもん」

 

「いやいやいや!そんな野蛮じゃないですから!」

 

本当かなあ…雰囲気的に怖いんだけど……

 

「じゃあさ、今の状態から抜刀して見て」

 

「え……いいですけど…」

 

そう呟いて椛が刀に手をかける。

その瞬間、目の色が変わる。

氷のような尖った目線が突き刺してくる。

 

……斬!

 

一瞬、風が頬を撫でた。

 

その瞬間首元に冷たいものが触れてる感覚が伝わってくる。

気づいたら目の前に刀を構えた椛が立っていた。

刀の先は私の首元に綺麗に触れてる。速度にしてコンマ0数秒。

全く見えない。それどころかこれを見ることができるのって…数えるくらいしかいないんじゃないの?

 

 

「常にこれが出来るのに野蛮じゃないって…」

 

「説得力無いわね」

 

そう言われてようやく正気に戻ったのか刀を引っ込めてものすごい赤面で睨んできた。

まあいいや。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、早速だけどこの縦穴が見つかった経緯でも話そっか」

 

終わりが見えない縦穴に飽きてきたのかはたてがそんなことを言い出した。

こっちも飽きてきていたところだしまあいいやって生返事する。

 

なんでも、鬼が山から去った事で僅かながら勢力範囲が変化したらしい。元々ここは天狗の管轄外だったとこ…まあナワバリだと言う輩もいなかったらしくてグレーゾーンだったところなんだとか。

ただ管轄下に入ったからにはしっかりと調べないといけないので…柳さんが調べていたら偶然、この縦穴を見つけららしい。

 

この縦穴に関しての情報は今の所入っていないし、もう天狗の管轄で色々やっちゃって良い感じだったので今回初めて穴の中を調べに行くのだとか。

そんな大事なものに私が付いてきちゃってよかったのかなあって思ったけど、さとりの妹だし問題は無いって言われた。と言うかむしろ一緒に行ってくれって言われた。

 

そう言えば穴に降りる前に天魔って言う偉い人が来てたね。よくわからないし初対面だからほとんど話さなかったけど…

 

「それで、普段からあまり出歩かないはたてが選ばれた…」

 

「違うわよ!私の方が未知領域での情報収集能力が高いからよ!」

 

本当にそうなのか疑問なんですけど…

椛もなんか怪しげな目線で見てるし…

結局そんなことしていじってたら沸点が高くない又は弄られ慣れてないせいですぐ拗ねちゃった。

 

「それにしても…どこまで降りるのかなあ…」

 

ゆっくりと降り始めてから一時間以上経過した。

もうそろそろ底についてもいいはずなんだけど…

 

未だに下は見えない。地上の明かりも全く見えない。周りを照らすのは私と椛が出してる小さな灯りだけ。

 

はたては能力で鮮明に思い出せるように記憶することに集中している。

結局周辺の雰囲気は人の精神に大きく関わってくるせいでみんな沈黙の時間が多い。私もそうだけど…

 

そう言う時は必然的か無意識的に周りを意識してしまう。そんなわけだから…ふとした変化に気づく。

 

「んー?何この紐?」

 

何を思ったのか思ってなかったのか、顔の真横あたりに灯を移動させてみると、今まで影で隠れちゃっていたところに紐のようなものが真っ直ぐ続いてるのが照らし出された。

上はどこへつづているのか…入り口には無かったはずだから何処かに引っ掛けておくところでもあったのかなあ…そんなとこ通った記憶ないんだけど…

 

「紐?そう言えば…なんでしょうか…」

 

椛が紐を手繰り寄せて揺らしてみる。

 

掴んでるところから起こった波が上と下にふわふわと伝播し、闇の中に消えて行く。

 

何にも反応はしないけど…なんなのだろう。

 

 

 

「……思いっきり振ってみたら?」

 

「……そうですね」

椛が強く左右に揺らす。それでもかなり抵抗があるのか揺れる速度が遅い。

 

「調子に乗ってないでさっさと降りるわよ」

 

はたてが咎めてくる。でもこの紐と言うか縄の先がどうなってるのか気になるじゃん。それもいつの間にか出現する縄なんて…

 

 

その後も大きく揺らしたりしながら降りていくこと十数分…縄?紐?の抵抗がだんだん少なくなってきた。もうすぐ先っぽが拝めるかなあ…

 

「もうすぐですね…」

 

「底じゃなくて縄の先端がでしょ」

もう、はたてったら…面白みがないんだから…

 

 

そんなやりとりを聞いているとふと違和感に気づいた。

暗くてよくわからないけど、なんかおかしい。

 

「あれ?縄が上に上がっていってる?」

 

「え?あ、本当だ」

 

同時になんか木が軋む音…なんだろう。どこかで聞いたことある。

 

あ、そうか!井戸だ。

井戸の巻き上げ機だよこの音!

 

「……下から桶が上がってきてますね」

 

椛の千里眼が私たちより早く紐の先を視認したみたい。

 

それにしても桶か…なんだか井戸みたいだね!

 

でもこんな深い井戸なんてなんのためにあるのかなあ…

そんなことを思っていると私とはたてにも桶が見えて来た。

 

少し苔が生えるけど比較的綺麗な桶だなあ。

 

あれ?桶の中に何か入ってる?

 

「ちょっと!勝手に揺らさないでよ!」

 

 

なんか桶に入った小さい子供がプンスカして怒ってる。

何を言ってるのかわからないと思うけど私もわからない。

明らかに幼い外見。髪は緑髪、水色か白の2個の玉が付いたゴム留めでツインテールになっている。

服装は白装束みたいな真っ白な服。

状況が状況だったら十分怖い格好だなあ。

でも今の状態じゃ怖くはない。ただ、ちょっとだけ恐い。

 

でもそんなこの子は私たちに向かってものすごい怒ってきてる。怒って…来てるのに桶から出ないしなんか引き気味な声しか出てない。なんだかだんだん気不味くなってくる。

 

「……えい!」

 

二人ともどうしていいかわからなかったし私もどうしていいかわからなかったからつい桶を掴んじゃう。

「え?な、何よ!」

 

「それ」

 

反転180度。中身を真下に落とすように鮮やかにひっくり返す。

 

「いやああ‼︎ちょっと!落ち、落ちるうう‼︎」

 

重力に逆らうかと思いきや全然逆らわず、落っこちそうになる。かろうじて桶の淵を掴めたためプラーンとぶら下がってる。

他にも桶の中から白い棒のようなものがポロポロこぼれて行く。そんな狭いところに入れておいたら邪魔なきがするけど…

 

「あ、やっぱ落ちるんだ」

 

「当たり前でしょおおお‼︎戻してええ!」

凄い泣きながら睨んできた。そんなに怖い顔しなくていいのに…、命の危機だったからか。ごめんごめん。

 

「はい」

 

勢いをつけて再び反転。桶の淵に掴まっていた少女の体が遠心力で軽々と上に放り投げられ、桶の中に戻った。そのまま桶から顔を出すこともなく…籠っちゃった。

 

「ちょっとこいし!何やってるのよ」

 

「なんかしなきゃと思って」

 

はたてが肩を掴んでるよく揺さぶってきた。すごく三半規管が振り回されて…あ、気持ち悪くなってきた。

 

「ごめんなさいね。変な奴のせいで…」

 

まさかの変なやつ呼ばわり。多分引きこもりしてるはたてよりは全然マシだと思ったんだけど…まあ引きこもってても一応しっかりしてるから五分五分かな?

何を争ってるんだか…

 

 

「別にいいよ。お姉さんたち妖怪みたいだし私より強そうだし食べようとした私がアホだったわ」

 

なーんだ人喰い系だったんだ。あれ?じゃあ私半分食べられる?

 

「こんなところに食べる人なんて落ちてくるの?」

純粋な疑問を聞いてみる。ここの入り口はあまり目立つとは言えない。普通に歩いていても落ちる奴はいないでしょって程度。

 

「たまに落ちてくるよ。それにここだけが私の場所ってわけでも無いし…」

 

興奮が冷めてきてだんだんと恥ずかしくなってきたのか声が小さくなってくる。元々内気な性格で話したがらない…多分種族上狭いところに入りたがる内気な性格なんだね。穏便に済ませられるならそれでいいんだけど…

 

「ですが、内面はかなり凶暴ですね」

 

タイミングよく椛が観察を終えたみたいだ。時間にして数秒。すごいねえ。

「内気なのに凶暴?」

椛の言葉に少女が微かに反応する。

図星だったみたいだね。

 

「ええ、例えば…彼女の種族ですけど」

 

あーもしかして、桶とかだから釣瓶落としとかかな?

 

ええ多分。

 

ふうん…って事は生首なんじゃないの?

 

イメージなんて人の勝手ですよ。

 

それもそっか。

 

 

 

「まあこの二人は置いておいて…私は姫海棠はたて。よろしく」

 

ため息をついてはたてが私達二人を端っこに押しのける。

抵抗することも許されずそのまま押し出される。

 

 

「えっと……キスメだよ!よろしく」

 

 

なんかこっちがお取り込み中だった合間にはたてが抜け駆けしてた。美味しいところだけもらっていかないでよ。

 

「私はこいしだよ!よろしく!」

 

無理やりだけどよろしく!あとさっきはごめんねーー‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、キスメ。この縦穴の底ってどのあたりまで続いてるの?」

 

なんだかんだ言っても結局案内してくれるキスメに尋ねてみる。出会ってから更に降りているけど…ほんと、どこまで続くのかなあ。

 

「ん?もうすぐだよ」

 

それ5回目。それにしても続いてるよねえ。

なんでこんな穴が出来たんだろうなあ…

 

「それにしても珍しいね。この穴の底まで行きたいなんてさ」

 

「天狗の勝手よ私には迷惑でしか無いわ」

 

同じ天狗なのにね。

それにしても暇だなあ…計測の関係でこの速度で降りなきゃいけないなんてさ、自由落下に任せればもっと速いと思うんだけど…

 

「底まで行ったことって無いんですか?」

 

 

 

「なんでそこまでしないとけないのさ、私はこの穴の底なんて知らないよ。多分ヤマメの方が知ってるんじゃないかなあ」

 

椛の返事にも知らないの一点張りかあ…本当に知らないんじゃ仕方ないよね。

 

 

知らない子の名前を出されてもわからないよ。はたては知ってるだろうからうんうん頷いてるけど…私はキョトンとするしか無いよ。

 

「ヤマメ?」

 

「そうそう、下にいる子」

 

へえ下にいるんだ。

 

「はたてはヤマメについて知ってるの?」

 

「知ってても教えないわよ」

 

意地悪!教えてくれたっていいじゃん‼︎

それに、そんな邪悪な笑み浮かべてたら悪役にしか見えないよ。

 

 

 

「そういえばこんな暗いところにいて不便だったりしないの?」

 

「あかりつければ見えるでしょ?」

はたての疑問になんともないよみたいな感じに返すキスメ。

 

そうだけど…そうなんだけどそうじゃ無いんだよ。なんかこう……もっとあるじゃん。強要する気は無いけど…

しばらくキスメに続いて下っているとキラキラとしたものが下の方に浮かび上がってくる。

よく見るとそれは光を反射してる蜘蛛の糸だった。それもかなり大きい。

 

「……蜘蛛ですか?」

 

「あーそこらへんの糸は触らない方が良いよ。一度絡みつくと取れないからさ」

 

キスメに声をかけられて触ろうと伸ばしていた手を引っ込める。

よく見ると糸の表面に粘球が付いている。触らなくてよかった…

 

 

「そうそう、それ触っちゃダメだよ」

下の方から声が聞こえてくる。そっちの方に目線を向ければ、誰かが弾幕をチカチカと点滅させながら上がってきた。

白に近い黄色の光…弾幕の色って意外と種族とか自らのイメージに左右されることが多くてある程度種族を見分けることができるのだとか椛が言ってたなあ…

そんなことを思っていればようやく視認できる程度近づいてきた。

 

金髪のポニーテールに茶色の大きなリボン、服装は、黒いふっくらした上着の上に、こげ茶色のジャンパースカートを着ている。スカートの上から黄色いベルトのようなものをクロスさせて何重にも巻き、裾を絞った不思議な衣装をしている。

大陸系でもないしなんなのだろう?

そんな少女の茶色の瞳が私達を冷たく見通してくる。ちょっとだけ警戒されちゃってる?でも好奇心が勝ってる。

見知らぬヒト相手だから仕方ないか。

 

「……なるほど、貴方がヤマメさんですか」

 

「よくわかったね。キスメから聞いてた?」

特に驚いたりすることもなく肯定。少しだけ棘が残ってるなあ…いや、棘っていうより少し挑発気味…

 

「「名前だけは」」

 

そう言うと、ヤマメは、名前だけでよくわかったなみたいな表情で見つめて来た。

 

「種族は…土蜘蛛」

私がぼそりと呟くとヤマメの目が大きく開かれた。やっぱり当たった!

「一応理由を聞いてもいいですか?」

何か言おうとして結局言えないヤマメに変わって椛が聞いてきた。

わかってるはずなのに…私に振らないで言えばいいのに…

 

「胸についた飾りボタンが蜘蛛の眼、4本のベルトは自分の四肢と合わせて蜘蛛の8本脚……大分元の姿のイメージが残ってるから簡単だよ。それにここら辺に蜘蛛の糸が沢山あるからね。それでいてこんな洞窟とか縦穴みたいなところを縄張りにしたがる妖怪って言えば…土蜘蛛しかないじゃん!」

私がそう言うと、納得したようなすっきりしたような表情になる。

 

「能力はもしかして病とかに関わることでしょうか?」

なるほど、椛の言う通りならここら辺に伝染病で死んだっぽい小動物がの亡骸があるのも納得。

 

「でも明るめの性格だから…無闇矢鱈にと言うわけでも無い」

 

「でも好戦的」

 

「意外と目立ちたがり」

 

「人喰いってわけでは無い」

 

「でもあまり友好的に関わってくれるヒトが少なくて困っている。こんなところでしょうか」

 

「ここは狩場みたいなものの一つ。兼寝床でもある」

 

「意外と寂しがり。それでキスメが来た時はよく一緒にいる」

 

「利き手は左だけど矯正してる最中で右手を使ってる」

 

「細かい作業が得意…と言うよりも裁縫が得意ですよね」

 

 

「な…なんでそんなにわかるのよ」

ヤマメが動揺してこっちに詰め寄ってくる。

なんでって言われても…椛も私も困惑するしか無いんだけどなあ…

 

「「だって見たらわかるじゃん(りますよ)」」

 

「それはあんたらだけよ!」

困惑でパクパクしちゃってるヤマメに変わってはたてに怒鳴られたけどよくわからない。なんで怒鳴られるのかなあ…

 

「ま、まあそこまで見てくれて嬉しいと言えば嬉しいのかな?」

 

「そんなしっかり見た?」

 

「どうなんでしょうか…こう言うのは一瞬で判断しないといけないのでほとんど見てないですね」

 

あらら…椛ったら辛辣。ほら、ヤマメちゃん凹んじゃってるよ!慰めて慰めて!

え、私が?

 

「ご、ごめんね。なんか初対面で色々言いたい放題言っちゃって」

 

「気にしてないからいいですー」

 

キスメとはたてが会話についていけず置いてきぼり状態になっちゃってるけど置いておこう。だってポカーンってしてて何が言いたいのかわからないんだもん。

 

誰のせいかって言われれば私だけどどうしようもないよね。取り敢えずここで油売ってる時間もあんまりないから…今度来た時にでもゆっくりお詫びしよっと。

 

それよりもまだまだ底が見えないこの穴に嫌気が出してきたんだけど…もう自由落下で先に一気に降りちゃってもいいかな?

許可してくれたらさっさと降りるよ?私はお姉ちゃんみたいにのんびりじゃないからさ。



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depth.27 こいしの地底訪問(反転篇)

「へえーここが一番下なんだー」

 

案内人がキスメからヤマメに変わってから丸々1日。

なんかキスメはこれから行くところがあるらしくてこれ以上奥まで付いては行けないみたい。

「お土産待ってるよヤマメ!」

そう言い残して来た道を引き返して行っちゃった。

 

まあとにかく、おしゃべりをしながら進んで……訂正、降りていったおかげで気づいたらやっと足場が見えてきた。

いやー長かったわ。

 

「深度35000ちょっとってところね」

 

35キロか…すごい長かったなあ…っていうか丸一日かかるってどういうことよ。

 

「だいぶ深くまで潜りましたね」

壁を触りながら椛が呟く。確かにここまで深く潜ったのはなかなか無いよね。少しだけ息苦しかったりするけどすぐに慣れちゃうかな⁇

 

ヤマメもここまで潜ったことは無く初めてらしい。ならなんでガイドしてくれたのかなあって思うけど結局興味本位でついてきたいだけだったんだね。

 

 

まあ別にいいや。それにしてもここで終わりなのかなあ…

 

「……変ですね」

 

私が残念そうにしてると椛が変なことを言い出した。いや、変って言われても何が変なのかわからないんですけど…

 

「私も変だと思うのよね」

 

「ヤマメも?」

 

二人ともどういうことなんだろう。私やはたてにもわかるように言ってよね。

 

「ここの穴は水の侵食で出来ているはずなんです」

 

そう言われて私も壁を見てみる。実際侵食で出来た壁なんて見たことないからわからないんだけど…ひんやりした壁を触るだけ触って結局わけがわからなかった。

 

「普通水の侵食で出来てる場合底は湖みたいに水がないといけないのよ」

 

へえ、そうなんだ。地質学なんて専門外だからわからないや。はたてもちんぷんかんぷんな表情浮かべてるし…

 

「じゃあまだ底じゃないってこと?」

 

「おそらく、この床の下にもまだ続いているはずです」

 

そう言って椛が床に剣を刺す。そのまま剣に妖力を流し込んでいく。

ヤマメもこの下が気になるのか弾幕を作り出し地面に向けて発射スタンバイ。

発射。

かなりの振動が伝わってくる。

「ちょ、ちょっと!崩落したらどうするのよ!」

 

「大丈夫ですよ。その時はお二人に任せましたから」

満面の笑顔で見られても…頭上から降ってくる岩を砕き切る自信なんてないよ。

 

「言ってくれるねえ…じゃあ私はそこの窪みにでも隠れてようかなあ」

 

その瞬間ガラスが割れる音を少し低くした音が縦穴中に響き渡る。

ばさりと羽ばたく音が耳に入り、はたてが空中に身を浮かせたことを悟る。

 

椛とヤマメの足元が消失したことに気づいて私も慌てて体を浮かせる。

数秒遅れで私が立っていた地面がガラスのように割れて暗闇に吸い込まれていった。

 

「……あれ土の地面じゃなかったんだ」

 

「刺した感覚から鉱物だとは思ってたんですが…」

 

まさかあんな崩れ方するなんて誰も想像できない。正直、私が人間のままだったら真っ逆さまに落ちてたわ。

 

いやー危ない危ない。

それにしてもあんな割れ方する鉱物っていったいなんなんだろう…お姉ちゃんに聞いてみよっと。

「やっぱり下あったよ。そんじゃいくべ?」

 

ヤマメが一応といった感じに確認してくる。答えは決まっている。少なくとも私はね。はたては…少し不安そうだけどやっぱり知的好奇心には勝てないみたい。

 

 

でも先に行きたい。だってみんなに合わせてたらすごく退屈なんだもん!だからさ……先行って待ってるね。

 

「それじゃあ私は先に行ってるから追いついてきてね」

 

体にかけてる浮力を切り、重力に従って空気を切り裂く。

 

上の方で椛達が叫んでいるけどそんなの聞こえない。私に聞こえるのは空気を切り裂く音だけ。

 

それにしても周りが暗いとどのくらいの速さなのかわからないや。

やっぱり時間測った方が良かったなあ…でも今からじゃわからないや。

そんなこと思っていたら、隣に人影が落ちてきた。誰だろうなあ…

 

「あれ、ヤマメじゃん」

 

てっきりはたてとかかと思った。

 

「あんたが先に行っちゃうから追いかけてきたんだよ。それなのにその反応はないでしょう?」

 

「だってそれ以外反応しようがないんだけど…」

 

「それはそれで酷い!」

 

冗談だよ冗談。天狗の二人は…あ、追いかけてきてる。やっぱり置き去りにされるのは嫌だったのかなあ。それとも私が心配で降りてきたの⁇

「先に行って情報独占する気でしょ‼︎させないわよ!」

 

あ…結構いつも通りだった。安心安心。

椛は置いてきぼりが嫌だから付いてきたんだね。まあ、そりゃそうだよね。

 

「あはは!そんなことしないよ」

 

やっぱり調査なんて性に合わないや。情報戦はスピード勝負、はたてはこっちの方が合うよね。もちろん文もだけどね。

 

 

「それじゃあ先に行って待ってるわ!」

 

そう言い残して隣を通過していくはたて。流石天狗。あっさりと見えなくなった。でも流石に音速を超えるのは躊躇ってるみたいだね。

 

「全く…はたてさんは…」

 

「ねえ、天狗って普段からあんな感じなの?」

 

「「……」」

 

「あ、そう。わかったわ」

 

わかってくれたみたい。

 

しばらく重力に任せていると頬に冷たい粒が当たった。

それを境に液体のようなものが身体中にパチパチ当たるようになってきた。

もしかして侵食している水かな?

 

 

そろそろ地底みたいだね。それじゃあ……

 

真上に誰もいない事を確認して両手を広げる。同時に浮力を私が出せる最大の出力で出す。

 

体が真下に押し付けられ骨が軋む。

人間なら耐えきれないほどの重力荷重がかかり減速していく。

同時に吐き気がしてくる。ちょっと強くし過ぎたかな。

他のみんなは少し下の方にうっすらと見える。

……視界がレッドアウト。しばらく目を瞑る。

 

 

空気を切り裂く音が聞こえなくなり息苦しさも消える。ゆっくりと視界を確保する。

 

目の前に椛の顔が映り未だに距離感を掴めない頭でも近くにいる事を悟らせる。

 

「全く、そんな無理に止まろうとしたら体がもたないに決まってるじゃないですか」

 

「ごめんね」

 

どうやら私の急制動に少しだけ怒ってるみたいだ。

まあそれもそうか。もうちょっとゆっくり制動かければ良かった。

 

同時に水に何かが落ちる音が聞こえる。真下にはまだ灯をおろしてないからなにが落ちたのかはわからないけど…水音は一回。

ヤマメの姿が見えないから止まり切れずに落ちたみたいだね。大丈夫かなあ…

別に飛べるから助けなくても大丈夫…だよね。あれ?蜘蛛って泳げるっけ…

どっちにしろ下に向かって再び降下。私と椛が照らしている灯りとは別に端っこの方に別の灯りが見える。

はたてが点けてる灯だね。じゃああそこが底の方なのか。

 

降りていくとだんだんキラキラとしたものが下の方で光を反射し始めた。

 

「おおーようやく地底湖に着いたよ」

地底湖と言っていいのかどうかわからないけど…

まあ湖っぽいからいいや!

 

見たことのないほどの透明度を誇る液体が穏やかに波を作っている。

光を向けてみれば底まで一気に光が通る。

本来、風もなにもないところでは波はたたないはずなんだけど…波を作っている本人は……

 

「うう…寒い」

 

ビショビショになって水面の上に浮いていた。

 

「見事なダイブだったわよ」

 

褒めてるのか褒めてないのかわからない言葉が湖の端からかかる。

大笑いした後なのか若干疲れ気味。笑っちゃダメだよ。

 

先におちょくっちゃったら私がおちょくれなくなっちゃうじゃん。

もう……

 

「はい、タオル…足りるかどうかわからないけど」

 

コートの裏側にしまい込んでいる緊急時用のタオルをヤマメに渡す。

重たいし視界遮られるし動きに支障が出やすいコートだけどいざという時に役に立つところが好き。重量とか動き辛さとかは…今度お姉ちゃんに直してもらおっと。

 

「だいたい90キロほど降った感じですね」

 

「そんなに降ったの⁉︎凄い深いね!」

 

実際のんびり降りてきてたらどうなってたことやら…って椛?なにその…ちゃんと測定できなかったんですけどどうするんですか?みたいな目は。やめて!そんな目で見ないでええ‼︎

 

 

「…それにしても…綺麗だね」

 

「そうですね」

 

初めて見た…こんな綺麗な水辺。

今度お姉ちゃんにも見せてあげよっと!

 

 

「それにしてもここで穴は終わりですか…」

 

「そうっぽいわよ。他に横穴なんて無いし」

 

はたてのそれはちょっと…見落としてそうだね。

別にはたてが節穴ってわけじゃないんだよ。たださ…やっぱり自分で調べておきたいじゃん?

 

私も探してみようっと…もしかしたら水の下に穴が続いてたりするかもしれないし…

でもそしたら服濡れちゃうし眼が見えちゃいそう……それはそれで嫌だなあ…せっかくヤマメと仲良くなったんだし…

 

クルクルと舞い踊りながら壁を見ていく。ないかなーないかなー

 

 

 

 

……あれ?ここ、壁というより落盤で埋まったみたいな感じなんだけど…

一箇所だけ不自然なところを見つける。長年の風化で表面が他の壁と一体化してるけどこれは…うん…まだ原型が残ってる岩だね。壁じゃなくて。

もしかしてここって壁じゃなくて崩落で埋まったところかな?

だとしたら…

 

妖力で腕を強化。大きく拳を振り上げる。

 

「普通のパンチ」

 

物体同士がぶつかる音がして、少しだけ岩が削れる。

 

すかさず壁に耳を当てて奥の音を聞き取る。

 

音が何回も反響している。距離にしてほんの1メートルちょっと…

すぐ裏側に横穴があるのはわかった。

 

 

「それなら…」

 

 

持ってきていた魔導書を広げページをめくっていく。高速で流れていく頁、その中にある1ページでめくっている手が止まる。

 

狭い地形や距離が取れない場合に使う緩衝撃型攻撃魔法。

なんでも、爆発そのものは大したことないんだけど爆発の時のエネルギーを一方向に固定することで破壊力を高めているのだとか。これなら崩落する可能性も少なくて済むね!

 

「発射!」

 

軽く力を込めてエネルギーを撃ち出す。

それは吸い込まれるように目の前の壁に吸い込まれていき、炸裂。

普通の爆発とは違い独特な音と衝撃が帰ってくる。

壁に当たって反射した衝撃波だ。

 

同時に吹き飛んだ岩が着水し水柱が上がる。土煙でよく見えないけどうまくいったみたいだね。

 

煙が晴れると、丁度私が弾幕を当てたところがぽっかりと穴になっていた。奥まで続いていて、少しだけ向こう側が明るい。

 

ヤマメが隣に飛んでくる。ビショビショのまま体をくっつけられても…うーん…まあいいか。

「すごいじゃないの!」

 

「何と無くだったけど…椛なら気づいてたでしょ?」

 

「ええまあ…違和感だけは感じてましたけど…」

やっぱ椛の方が鋭いんだね。

 

 

「大型ミミズが通った後みたいですね」

 

お!なにその例え面白い。

 

「へえ、気づかなかったわ」

吸い寄せられるように全員が集まってくる。

 

やっぱりみんな興味に惹かれちゃうんだね。私もだけどさ。

 

 

「あの、さすがにこれ以上は調査団を作り直さないと…」

 

椛、言いたいことはわかるけどそんなに尻尾振って言われてもほとんど説得力ないよ。

まずはその尻尾をどうにかしよう?さっきから足に当たって痛いんだけど…いや、くすぐったい。

 

 

 

 

………

 

 

結局、はたてを先頭に横穴の中を進んでいく。二手に分かれていたりとかするかなと思ったけどそう言うこともなくただまっすぐな道が続く。と言うか一方方向から淡い光がさしてるからどう見ても迷うことはない。

 

ただ、足場が悪くて何回か転びそうになる。

 

 

横穴が終わり眩い…地上のような光が瞳に差し込む。

一瞬だけ目を瞑る。

再び開けた視界には、目を疑ったね。

 

……?森だ。川だ。

地上みたいな光景が目の前に広がっていた。いや地上よりも起伏がなくて…平らなところに森があるみたいな感じだね。

山岳地くらいしか知らないから初めてだよ。

 

 

もちろんはたては狂乱してこの光景を早速念写できるようにと行動してる。

生き生きしてるはたてを久しぶりに見たなあ…

 

私の横で呆然としている二人に声をかける。

まあ地底にこんな世界があればそりゃ驚くよね。

 

「……明るいですね」

 

「本当ね…地底なのに…」

だからさヤマメ、感動してるのはいいけど…びしょびしょの服で私の体にもたれかかってこないで…ひんやりして風邪ひきそう。

 

それにしてもなんでこんなに明るいんだろう。どう見ても太陽があるなんて思えない。目線を真上に向ける。

 

どこまでもどんよりとした雲が天井付近を覆っていてわからないけど…あの先に光源があるのかなあ…

 

飛んで行って確かめてみようとしたけど雲の隙間から雷のような放電現象が見えるからやめておく。

 

「もしかして電気現象が起こってるおかげで明るいんでしょうかね」

 

じっと雲を睨んでいる椛がそう呟く。千里眼で中を見ていたみたい。千里眼すごいね。

 

「そうかもね」

 

まあ詳しい事は他の妖怪に任せて…この発見を喜ばなくちゃ!お姉ちゃんに自慢できるよ!それに新しいものが沢山!

 

少しづつ奥に歩いてみる。地上と変わらない…植物や虫によって作られた柔らかい土。

でも植物は見たことないや。って言うかはたてどこに行った?さっきから姿が見えないんだけど…

まあ、視力が8あるとか言ってたしなんかあったら直ぐにこっちを見つけてくれるでしょ。私は…そこまでハイスペックな身体じゃ無いからヤマメと椛と一緒にいよっと。

お姉ちゃんから共有した記憶に似たようなものがあったなあ…なんだっけ?

確か小説だった気がするけどあれは火山がどうとかだったし…ここら辺に火山帯なんてあったっけ?まあここまで地下深くなら普通に溶岩とかありそうだけど…そしたら高温高圧って大丈夫なのかなあ…

近くに火山活動はないと思うんだけどこんなに深いと溶岩の流れとかにぶち当たったりしないのかなあ…当たってたら私たち生きてないしここは特殊な事象なんだろうね。

そんなことを思っていたら僅かに地面が波打った。

今までどこにいたんだろうと思わんばかりに森から鳥が一斉に飛び立つ。

 

「じ、地震⁉︎」

勘の鋭い椛がそう叫ぶ。

数秒遅れで本震が到達。

地面が軽く揺れている。同時に地響きのようなものもあたりに響き渡る。

 

 

「まあ地下深くならこのくらいは起こるだろうね」

 

あんまり大きいわけではない。

まあ地上では震度すらないような小さな揺れだろうけど…

 

でもこの程度の揺れでも…耐えられないものはある。例えば、落石していた場所とか。

 

 

揺れが収まった直後、後方で何かが崩れる音が響いた。振り向くと、さっき私たちが入ってきていた洞窟が土煙を上げていた。

 

……あ、これやばいやつだ。元々崩れて埋まってたところだったから脆いのには変わりない。

当然、さっきの揺れで崩れるだろうね。

 

 

「………」

 

「……」

 

すぐ近くに風が舞い降りる。突風で色々と軽いものが飛んだりはためいたりする。

 

「ねえ、どうして3人とも黙っちゃうのよ!地震よ‼︎」

 

あ、はたて戻ってきてたんだね。

 

「キスメ…助けて……」

 

それここからキスメまで届くのかな?

 

「……完全に塞がっちゃったみたいですね」

 

通ってる時点でだいぶ脆い感じはしてたんだけど…やっぱりダメだったかあ……残念。

私達が中にいる状態で崩落しなくてよかったと思うべきかタイミング悪いよアホと思うべきか悩ましいところだねえ…どちらにせよ運がないことなんの…

別の出口を探さないとここから出られない?この空間にはまさかの四人だけ?なにこの……いや、私の趣味じゃないや。

っていうか現実逃避してる場合じゃないや。なんか全員パニック状態になってるし…なんでこういう時にそうなっちゃうかなあ…

 

 

「どうにかして出口を探すしかないけど…」

 

これは本格的に困ったね。

異変に気付いて地上から救助部隊が来てくれるのを待つか…そっちの方が確実だけどすぐに来てくれるかなあ?お姉ちゃんなら気づいてくれるかもしれないけど…今お姉ちゃんいないし…すぐにここまでたどり着けないだろうし…

 

「よし、ここをキャンプ地とする!」

 

「こいしが壊れたあああ‼︎」

失礼だね!私はいつも通りだよ!

野営道具は持ってない!持ってても使い方知らない。だからここは他の3人にパラサイトする!

 

「野営道具なんて持ってきてる?」

 

「一応、保存食なら4週間分持ってきてますけど…」

 

それ以外持ってきてないと…

 

「野営?なにそれおいしいの?」

 

ヤマメは…蜘蛛の糸で寝床確保出来るから確かにそうなっちゃうよね。

あれーこれ本格的にやばくない?

 



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depth.28こいしの地底訪問(救済篇)

長いようで短い隙間通過が終わり体に重力の感覚が戻ってくる。

同時に目の前に青空。体制を整える前に背中全体に衝撃が走る。

同時に視界がぐるぐると暗くなったり青くなったりを繰り返す。

重力に導かれて斜めになった板の上を転がり…止まる。

 

「もうすこし優しくしてくださいよ」

再び青空を映し出した視界に影がかかる。

「あら、ごめんなさいね」

 

絶対悪いと思ってない顔で私が通ってきた隙間から上半身を出して見下ろしている。この事態にした張本人…

 

「それになんで屋根の上に落とすんですか…」

 

白玉楼から戻ってくるだけなのにかなり体を痛めつけられた。

1度目は紫のせいで妖忌にぶった斬られ、二度目は幽々子さんの為に色々手ほどきをしたら勝手に厨房に入ってんじゃねえってなにも知らされてない妖忌に峰打ちを決められ…背骨が肺の裏側で折れた。

3度目は今、自分の家の屋根に落っこちた。

正直、背中打った方が斬られたり骨を折られたりするより痛いんですけど…

 

「そうね…気まぐれよ気まぐれ」

 

「ああなるほど、納得です」

 

ああなるほど、大妖怪の気まぐれですか。ならしょうがないですね。

 

「いやいや、納得しちゃっていいの?」

だって貴方がそう言ったのでしょう?ならばそういうものなんですよね。まあ紫ならなんか考えていそうですけどそれも今更。友人の気まぐれぐらい文句言わずに付き合う。いくら無表情でも感情の起伏が少なくてもそれくらいは当たり前ですよ。

 

「そんなにお人好しな妖怪見た事ないわ…やっぱり面白いわ」

 

お人好し…人じゃないですけどね。元人間だからでしょうかね?私自身当たり前だと思っている事でも他の妖怪と噛み合わない事が多い。

紫にも、妖怪と人間の違いがはっきりしてないと前に言われた。

 

『違い』って言われても境界を自由自在に操るトンデモ能力を持つ紫の言う『違い』を直すことは出来ない。

 

そもそも妖怪と人間の違い…簡単に例えるのは難しいので二極性で例えますけど、人間の感情に多い…仮に『善』としましょう。これが妖怪にしては異常に多いらしいです。逆に、妖怪に多い感情…『悪』とします。『善』が多いならこっちは少ないかと言えばそういうわけではなく…『善』の裏側にぴったりと張り付くように…まるで二つで一つ。どちらかが滅べばもう片方も滅ぶと言わんばかりの共存をしているらしいです。

それは、本来ではありえない。人間と妖怪を見比べた時に出る特有の境界が無い…つまりどちらでもありどちらでも無い。

こいしも似たようなものらしい。まあ私と人間の混ざったこいしなら仕方ないですね。

 

聞かされても実感が湧かない。実感がわかなければそれが凄いことかどうかすら分からない。

まあ理解ができる人同士で騒いでいてくれて結構なんですけどね。

 

幽々子さんならよくわかっているはずですからね。

 

 

私が何か起き上がる気配を見せず見ているのも飽きたのか…唐突に紫が目を逸らす。

心なしか顔が赤いのは気のせいだろうか。

そう言えば斬られた所為で服はズタズタでしたね。まさか心配してくれたのでしょうか?

 

「それじゃあ私はこれで……しばらく大陸に行ってくるわ」

 

「大陸?またナンパですか?」

 

「違うわよ!それにまたってなによまたって!」

 

だって私にナンパしたじゃないですか。

 

まあ冗談はこのくらいにして…大陸ですか…今の時代は確か宋でしたっけ。一度行ったことはあるが、お隣の国なんて欧州へ行くときに素通りしただけだったので詳しくはない。

 

そう言えばまだ紫は式を連れていませんね。やはりナンパしに行くんですね。

原作知識があるだけあって大陸に何しに行くのか大体の予想は立った。まあ予想したところでどうというものでも無いのですが…

 

「まあ、ナンパはどうでもいい事……頑張ってくださいね。お土産期待してますよ」

 

「はいはい、貴方も気をつけてね」

 

そう紫が言い残し、隙間が閉じる。

いや、閉じるというより…瞬きする間もなくその場から消滅していた。

映像で言えば一コマ後にはまるで最初からなかったかのように存在そのものが消えていたという感じだ。

少しくらいシークエンスがあってもいいと思うんですけど…

 

それにしても…美人が微笑むと本当に反則ですよ。

あれで堕ちない男って余程の鈍感なんじゃないんですかね?

 

まあ本人も自覚あるみたいですからそこまで私が気にすることではないですね。私に恋愛感情なんて無いですからね。

 

 

ゆっくりと体を起こし……

 

「あ…」

 

体を支えていた腕が不意に宙を切り、体が変な方向に回り出す。

慌てて体を浮上させて強引に落下を止める。

支えていた場所が不安定だったみたいです。

屋根の端っこで逆さまになった状態で空中に停止。

 

足を振り上げ立てに回転し体の方向を戻す。

 

さっきから視界が不安定すぎる。おかげでただでさえ弱い三半規管が狂ってしまった。

 

これ以上不幸が重なる前に部屋に入りましょう。

 

 

 

 

 

 

「ただいまお燐」

見慣れた家、でもなんだか少ない家。

仕方ないといえば仕方ない。いつも存在感がすごい子が今に限って居ないのだから…

「あ、さとり!やっと帰ってきてくれたよ。どこ行ってたんだい?」

家のど真ん中でのんびりとくつろいでいたお燐が私に気づいて駆け寄ってくる。

人型のまま猫のように突っ込まれても対応できないのでいつものように飛び込んでくるお燐を軽く躱す。

「ちょっと冥界に…」

 

「え…じゃあさとりはもうあの世に逝っちゃったのかい?」

 

「違うわ。ちょっと紫の友人に会いに行っただけよ」

 

ひどい勘違いです。

そりゃ生きている者が普通にいけるようなところではないですけど…幽々子はまだ生きてますし妖忌は半人で一応生きていますから。

いくら白玉楼だからと言って死者ばかりでは無いのですよ。

 

 

 

 

 

「それよりもこいしは?」

私が戻って来れば真っ先にこっちにタックルを食らわせてくる事間違い無しなのですが…

 

「ああ、この前地底に行ったよ」

 

「地底?」

 

聞きなれない単語が出てきて頭が困惑する。詳しく聴こうと思いサードアイを取り出す。

お燐もそれに合わせて当時のことを想起し始めた。

視界が開けたサードアイからお燐の見てきた情報が一挙に流れ込む。

「そう……じゃあしばらく帰ってこないわね」

 

山にある縦穴…ですか。確か原作知識を無理無理持ってくるのであればそれは旧地獄への入り口…紫によって地上とは断絶されたもう一つの国?地域?…しかも地上では生きづらい者の集まりのアウトロー。

私も本来はそこの存在。

 

 

ただ、この時代はまだ旧地獄も地獄として稼働しているはずですからその縦穴が地獄に繋がっている訳がない。

地獄は言ってしまえばこの世界の『裏側』に張り付くように存在する別の次元空間。それはこの世の摂理など全く通用しない…ある意味で異世界のようなものだ。

さっきまでいた白玉楼も同じ次元座標上にある。と言うよりかはこちら側とあちら側を結ぶ門のようなものの一つ。

 

 

思考が外れてますけど…縦穴くらいで安安と繋がるものではない。

ならこの時代はまだただの地底世界である。物凄く興味が湧いてきました。

「さとり?なに考えてるんだい?」

 

私の様子に何か感じ取ったのかお燐が顔を下から覗き込んでくる。

人型でそのような仕草をされても…正直戸惑っちゃいますからね。あ、決して可愛いとかそういうわけではないですしそれ以上の感情なんてまず起きないですから。

 

「お燐、準備しなさい。直ぐに出かけるわよ」

 

「急すぎないかい?」

そう言いながらもちゃんと準備はするんですね。

猫の姿になったお燐が肩のところに飛び乗り澄まし顔で尻尾を頭に乗せてくる。

その尻尾がむず痒くて仕方がない。

私の方は…服を着替えて終わりです。一応装備は整ってますけど…地底となると万が一もありますから用意だけはしていきましょうか。

 

 

 

 

ちょうどお忍びで外に出ていた天魔を引っ捕らえこいし達が潜った穴の位置まで案内させる。

ついでに大天狗達で食べてくれと差し入れ。賄賂かと冗談半分で茶化されたが別に賄賂とかそういう事ではない。そもそも私が賄賂なんてしたところで特に意味なんてないし興味すら起きない。そもそも権力なんて面倒なだけですからね。

 

 

 

さて…ここですよね。

確かにそこには穴がぽっかりと空いていた。

まるで森の中で何かを待ち構える獣の口のように自然と調和し…それでいて非現実的な穴だ。

 

「俺はさとりを一緒に連れて行かせたかったんだけどお前さんいなかっただろ」

 

「紫に引っ張られてましたからね」

 

「まあこいしを黙って借りたことは悪かったけどな」

 

「別に、気にしてませんよ。あの子が無事に帰ってくるなら何したって良いんですから」

 

「ありがとよ」

 

さて、穴の調査でもしますか。

 

目視での確認は不可能ですし…石を落として音響測定をしようにも…これちゃんと音が帰ってくるか不安ですね。なら、ちょっと面倒ですけどやってみますか。

 

「お燐、ちょっと耳塞いで隠れてなさい」

 

(はいよ)

 

 

お燐が服の中に避難する。中で耳を塞いでいるのが肌に触れているお燐の毛並みから伝わる。

 

「天魔も…ちょっと気分が悪くなるかもですけど…覚悟してくださいね」

 

「そしたら俺は避難してるけど?」

 

返事を待たずに天魔は飛び上がる。

 

 

 

「それじゃあ……」

妖力がかざした手のひらに集まる。

 

かざしたての真下は縦に伸びる深淵の闇。

 

 

 

収縮された妖力が膨張と伸縮を繰り返す。一秒間に200000回ほど繰り返す。それを二秒分。

衝撃波のようなもので軽く周りに風が舞う。

 

だがそれだけ…それだけです。

 

他に何も起こらないことに二人は困惑する。

 

なにをしたかって…簡単です。超音波を出しただけです。もちろん私の耳は超音波なんて捉えられない。だからまっすぐ直線上に2秒だけ照射。帰ってくる音波を妖力で生み出した受動板で感知する。

別に普通の音波でも良かったんですけど…どうせなら静かにやりたいじゃないですか。ソナーのピン打ちみたいな音出されてもこんなところでやるなって思いますし…そもそも私がしたのは妖力で空気を強制的に振動させただけ。試験的なものもありますけどね。

まあ超音波を出せたから今回は成功ですね。

 

「結局何したんだ?」

 

「ちょっとした手品です」

 

手品ってわけでも無いんですけどね。

説明が面倒なので手品でごまかしておく。

 

 

お、戻って来た戻って来た。

かざしたままの手のひらに僅かな振動が現れる。

 

音の速度から往復距離を簡単に割り出す。空気の圧縮とか反響の時の色々は面倒いので省く。

 

 

 

「かなり深いですね……これ地球の中心まで続いてるんじゃないですか?」

嘘ですけどね

 

「え、そんなに深かったの?」

 

冗談が通じなかった天魔が私の横から穴の下を見下ろす。

 

「冗談ですよ。だいたい90キロ前後ですよ」

 

「いやいや、それだけでも相当深いよな。っていうか簡単にわかるんだったら最初に観測しておけば良かった」

 

肩を落としてがっくりしてる。

そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。今更なんですから。

確かに事前に距離がわかっていれば装備品とか食料とか行程とか色々目測が立って楽だったとは思うんですけど…まさかこの穴がそこまで深いなんて思いもしなかったのでしょうね。

 

 

「ところで…下から連絡はあったんですか?」

 

「いや…まだない」

 

「そうですか……」

 

(心配だねえ)

 

この深さじゃ連絡手段なんて無さそうですし…あ、でも天狗なら使い魔がいるしそれを使えば…それすらないとなると…

 

 

「ここまで深い穴だと…あれを思い出しますね」

 

小説ですけど…まあ一応ありえない話では…いや、ありえないか。でもあの世界でありえなかったことはこの世界ではあり得てますし…

 

(それで、さとりも潜るのかい?)

 

「そうですね……お燐、どうします?潜ります?」

 

(あたいはどっちでもいいけど…こいしが心配なら行ってみたらどうだい?)

 

「……まあ、あまりにも長い合間帰ってこないようでしたら…」

 

「そうですか…」

 

ってお燐、もう3日も連絡なしとかやめてくださいよ。本気でやばくなってるじゃないですか。

「あの…連絡、本当にないんですか?」

 

「ああ、使い魔の一匹もよこさないぞ」

 

当然だと言わんばかりにあっさりと言ってくれますね。

予定変更です。

 

「お燐、絶対に離れないでね」

 

(え、ちょっと!)

幸いにもこうなることを予想してある程度の準備はしてある。

 

浮き上がった体を穴の真上に持っていく。

 

「お、行ってくれる?お土産期待していいかな?」

天魔が楽しそうに聞いてくる。

 

「ええ、余裕があれば期待しておいてくださいね」

 

服の中から逃げ出そうとするお燐を押し込めて浮力を弱める。

天魔もてっきり付いてくると思ったものの…流石に勝手にそこまですることは出来ないのだろう。

お忍びとか言っときながら柳君が遠くで見守っていましたからね。

 

最後に、そんな柳君の方に目線を向けウインクをする。

ギクッとしている柳君の顔が手に取るようにわかる。

そんな時間もわずか数秒。次の瞬間には土色の視界が目の前に広がる。

浮力をカット。自由落下に任せる。

体にかかる浮遊感と風が心地よい。

ただ、お燐はこの独特の浮遊感が嫌いなのか服から顔を出して必死に叫んでいた。

 

「狭いですし景色も楽しめないスカイダイビングですけど…あ、違いますね。アンダーグランドダイビングですね」

 

(どうでもいいよ!体が!いやああ‼︎)

 

ちょっとうるさいですけど…片道90キロの長距離なんですから我慢してくださいね。

速度がどんどん上がっていく。時々見えていた木の根っこのようなものは直ぐに見当たらなくなり飛び出た岩が迫ってくる。

 

最初は騒いでいたお燐もだんだんと静かになって来た。

 

 

 

 

「はたてと椛がいてよかったね!」

 

「そうね。あの二人のおかげで私達は、ここでのんびり拠点確保を出来るからねえ…」

 

二人には使い魔を使用しながらこの地底の探索に行ってもらった。

私達より情報収集能力が高い二人にはぴったり。

なのに椛はやたらと渋った。

 

なんでも、鴉天狗と違って視界から入る広域情報から必要な情報だけを選別、収集、整理する事が出来ないそうだ。

 

よくわからないけど…ヒトそれぞれの感覚なんてわかりはずもないから理解はしてない。どっちにしろその飛行能力でなんか見つけて来てって言ったら今度ははたてが不満になるし…

ちょっとイラっとしたから、ヤマメと協力して色仕掛けしたら二人とも快く飛び立っていった。

まあヤマメに許可なんて貰ってないから後でヤマメを慰めるのが大変だったけど…

え?そっちの気があるのかって?ないない。多分ないよ。

その気を起こしてもお姉ちゃんだけだからね。

 

 

「そういやさ、こいしちゃんは何やってんのかなあ?」

 

手元を覗き込んで来たヤマメに一瞬だけ体が反応する。

初対面でここまで相手から近づかれると少しだけ戸惑う。こっちから近くのと違うからなのか距離感が掴めなくなる。元々さとり妖怪は距離感を図るのが下手だったりするからね。

 

「えっとねえ…縄作ってたの!」

 

素材はそこらへんに生えてた長い葉っぱとか茎とか。

お姉ちゃんに教えてもらった方法で本当は蔓系の植物の方が良いんだけどみつからなかったから葉っぱと茎で代用。

 

「縄なんて何に使うのさ」

 

「んー…色々かなあ?」

 

作っても使うかどうかわからないけどいざとなった時にあった方がいいじゃん。何に使うかは別としてさ。

 

 

ふーんと生返事を返してヤマメはそのまま手元を見続ける。

そんなに面白いものでも無いんだけどなあ…

私はつまらないし楽しくなんて全然だよ。

 

三十分ほど私の作業する音がし続ける。

そんな私たちのもとに鴉の羽と風が舞い降りる。

 

「ただいま」

 

「おかえりー…どうだった?」

 

作業を終わらせて二人の方に顔を向ける。

 

「そうね…向こう側に湖がある以外は特に目立ったものはなかったわ」

そう言いながらはたては一枚の紙をこっちに渡して来てくれる。

どうやらこの地底空間の地図みたいだね。

へえ…すごい精密。

 

「出口とかも探してみたのですが……」

 

「あーやっぱり無かったか」

残念そうにする椛をヤマメが軽く慰める。

 

「どっちにしろ…簡単には出られないのかあ…」

仕方ないね!世の中そんなに簡単にはいかないよね!

 

 

というわけで一発弾幕を成形する。

なんてことはない小さな、でもちゃんとした弾幕。

 

私が弾幕を作ったことに気づいたみんながこっちを見てくる。何をしたいのか全くわからないって言った表情だけどね。

 

「なんのつもり?」

 

そう聞いて来たはたてに私は…

 

「こういう事だよ!」

 

はたて達の方向に向けて弾幕を発射した。

 



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depth.29こいしの地底訪問(離脱篇)

「……なっ!」

 

はたてと椛の合間をスレスレのところで通り抜けた弾幕は二人の真後ろの木に命中。多少、木の表面を削り飛ばした。威力はほぼ無し。敵意ないよって事を伝えながらも威嚇するには十分。

 

「バレてないと思った?」

明らかに動揺している。妖力…っていうのだろうね。人外特有の力が狂った磁場みたいに流れてる。

 

椛を除いた二人が明らかに驚いてる。まあ隠れる事に関しては上手いね!お姉ちゃんほどじゃないけど…

 

椛は誰かが隠れてるって分かっていて、ことを荒げたく無いから放っておいたみたいだね…人が悪いねえ。

まあこの場合私が面倒ごとを引っ張り出しちゃったとも言えるけどね。

 

そしたら人が悪いのは私か…まあ半分しか人じゃないけどね。

 

あ、椛は抜刀しちゃダメだよ。怯えて大変なことになっちゃうだろうから…

 

 

「ご、ごめんなさい!悪気はなかったんです!」

 

慌てたように人影が飛び出してくる。

そのまま両膝両手を地面につけ流れるように体を伏せる。

 

無駄のない土下座だった。別にそこまでしろなんて言ってないんだけど…

 

椛は溜息ついちゃってるけど説明もなしにそんなところにいられても私は落ち着かないんだよ。用があるなら堂々と来なって事なだけなんだけど…

そんなこと思ってたら頭に衝撃が走る。視界が暗転しバランスが崩れる。

「あんたねえ…もうちょっと穏便に済ませなさいよ」

 

前傾姿勢になった状態ではたてのお説教を聞く羽目になる。

別に…穏便に済ませたよ。

あのままだったら椛が木ごと斬ってただろうし。まあ椛の威厳にかけて言わないけど。

 

「あ…あの!悪いのは私の方ですし…その……」

 

「そ…そうですよ!そこの…妖精の言うとおりですよ」

 

椛、フォローになってない。それじゃさりげなくそこの子責めてる。

 

 

「悪気は無いなら普通に話しかけて来てよー。そうじゃなきゃ仲良くなれないじゃん!」

 

あんたがいうなってヤマメとはたての声がかぶる。そこで被らなくてもいいじゃん。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

別に謝罪を求めてるわけじゃないんだけど…っていうか椛はなんでその子を慰めてるの?あ…慰めてるわけじゃないみたいだけど…うーん?慰めてるの?

なんかその子の顔色が悪いんだけど。

 

「うーん……椛脅してる?」

 

「いえ、ちょっと無条件降伏の内容を伝えているだけです」

 

「「いや脅してるじゃん」」

 

また二人の声がかぶる。

 

「ダメだよ無条件降伏なんて…せめて希望を残した降伏条件を突きつけて希望を与えてから絶望に叩き込まなきゃ」

 

 

慰められてる子…仮名妖精ちゃんの顔がもう真っ青になってる。と言うよりかは恐怖でダメになってるね。

 

「なんかもうついていけないわ」

はたてのため息が大きく聞こえる。

 

 

「諦めなさいヤマメ。こいしワールドについて行けるのはさとりくらいよ」

 

ちょっとそこ!陰口禁止!っていうかお姉ちゃんは私すらついていくことできないもん!

 

「それで、貴方名前は?」

 

椛を押しのけてはたてが妖精ちゃんの目の前にしゃがみ込む。

妖精ちゃんの見た目が私とかと同じせいか、しゃがんで目線を合わせるはたてを見てると…なんだか面倒見のいいお姉さんに見える。

あーでもお姉さんにしては少し幼いかな…

 

「えっと…名前はないです」

 

「ありゃ…じゃあ妖精でいいかな?」

 

「ええ、一応、周りからは大妖精って言われてます」

 

「大妖精か〜じゃあ大ちゃん!」

 

 

 

「それで、大妖精はどうしてここに?」

 

「そ…それは…あなた達が外から入って来たから…」

 

 

詳しく聞いてみると、大ちゃん自身は大陸の西の端っこ生まれでどうやら世界中を旅していたら偶然ここに流れ着いたのだとか。

興味本位でここの洞窟を超えたところでその時に入って来た入口が崩れちゃってそれ以来ここから出られないのだとか。

 

一応生態系は確保されてるしここは妖精とか大陸の…欧州とかいう地域の妖に必要な霊脈?龍脈?まあ…そんな感じの地球の生命力の流れみたいなものが直で流れてる場所らしいから生きるだけなら問題は無いんだって。

まあそれでも、他に仲間がいない状況は寂しいことこの上ないのだとか。

確かにそうだよね。それを200年以上も続けていながらも全く心身がすり減ってないのを見ると…大ちゃんって結構凄いんじゃない?私だって心が壊れるか折れるよ。

 

「それじゃあ大ちゃんはここにずっといたの?」

 

「そ…そうです。私だけじゃ崩落した岩を退けることも出口を探すことも出来なくて…」

 

確か妖精の強さって人間より下かおんなじくらいだったっけ。大妖精って言われてるくらいだからもう少し強いと思うけどそれでも人間と大して変わらないか。

 

「だからあなた達が来てくれて嬉しかったんです!これでやっと外に出れるって…」

 

「それで隠れてコソコソと?」

 

「恥ずかしくて……」

 

恥ずかしがり屋なんだね。椛とはたてが無意識のうちに気をきかせてくれているからある程度楽に話せるんだろうね。いいなー私もあんな感じに出来たら…すれ違いなんて起こさなくて済むのになあ。

 

「で、でも皆さんが来てくれて…嬉しくて!」

 

 

大ちゃんがキラキラした目でこちらを見つめてくる。

まあ、諦めかけていた地上への帰投がこれで叶うってなったらこうなるよね。

攻め寄られてる椛がすごい気不味い顔してこっちに助けを求めてきてる。

 

とっさにはたてに目線を送る。

なのにヤマメとはたては私に目線を向ける。私なの?なんで私なの!

 

「あー…喜んでるところ悪いけど…」

 

本当に言わないとダメなのかなあ…私だって罪悪感とか人並みの心は持っってるんだよ。

 

「入口、また塞がっちゃったんだよね」

 

みるみるうちに大ちゃんの笑顔が凍りついて…砕けた。

 

「え⁉︎じゃあ出られないんですか!」

 

ショックで二秒ほど思考停止していた大ちゃんが声を張り上げる。

仕草とかがいちいち可愛い。可愛いんだけど…あ、これは泣くやつだ。

 

「泣かないで、なんとか地上に出る方法を見つけるから」

 

もう意味のない弁解だけど私のわがままで言わせてもらう。

いうだけならタダなんだからさ。

そんで持って実行するのも私たちだからさ。

 

「そうよ!それにまだ地上に仲間がいるわ!直ぐに助けに来てくれるわよ」

 

「そうは言っても…」

手詰まりなのには変わりないけどね。

 

 

全員の妖力で天井を破壊するとか壁を壊すにしても

この地底90キロの深さじゃ闇雲にやっても無駄に終わっちゃうし。

むしろ無駄に力使って後で困るっていうのも嫌だなあ。

 

大人しく救助を待つしかないわけです。さてさて、お姉ちゃん早く来て…

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ、湖見てみたいんだけど」

 

しばらく大ちゃんと情報を交換したりこの先のことを話し合っているうちに完全にはたてはいつものペースに戻った見たい。

 

「はたて、さっき見てきたんじゃないの?」

 

「ちらっとしか見てないのよ」

 

ちらっとしか見てなかったのか。

私は…うん!興味本位だけだけど見にいこっと。椛もそんなところで薪くべてないで行くよ。水が近くにあった方がいいでしょ。

 

大ちゃんとはたてが先導する中私とヤマメが並んで、椛が後ろで周囲を警戒しながら飛ぶ。

 

そこまで危険なものはないと思うけど…椛は心配性だなあ。

 

 

正直、湖自体はそこまで遠くにあるわけではなかった。

と言うかこの地底にあるのは森林かそこの湖くらいなものだからすごく湖が目立つ。

上から見下ろした感じだと、湖というより鏡のような感じ。

水面に映ったものを余すことなく綺麗に映し出す。

普通の水ではなく、地表から染み込んだ水が長い時間をかけてここにたどり着いた水。

降りて近寄ってみればその綺麗さに心を奪われる。

 

「あの地底湖と変わらずの透明度ね」

 

「綺麗……」

 

ヤマメが少しだけ水をすくい上げ……その瞬間。水が紫色に変色する。

「そういえばあんたの能力って病気とかを操るやつだったっけ?」

 

「そうよ。主に感染症」

 

「……ヤマメは湖に触れちゃダメだね」

 

「……」

すごいがっくり落ち込んでるけど…そんな感じじゃ流石に無理でしょ。

せめて制御出来れば良いんだけど…本人曰く制御はまだ不安定みたいだし。

バシャバシャと水の落ちる音を背景音楽に

静かに泣いてるヤマメの頭を撫でる。

 

流石にこれは可哀想だからね。

 

あーれ?今なんか違和感があったんだけど…

何の違和感なのかなあ?音?

 

 

「あ、この水湧き出てるんじゃなくてあそこの滝から流れてきてるんだね」

 

そうだ。なんでしょ水がバシャバシャ言ってるのかと思ったらあそこに滝があったんだ。

じゃあこの地底湖の水はあそこから供給されてる…つまり上とつながっている?

 

「え、ええ、壁に開いた穴から噴き出てるんです。あ、でもあそこを遡上するなんて無理ですよ」

 

「わかってるよ」

 

流石に鮭の遡上みたいなこと出来はしないよ。

それに入り口も細い。一番小柄な私や大ちゃんでも入ることはできないね。

 

 

 

 

さて、ある程度見たり観測したり遊んだりしたんだし…そろそろ私は眠くなってきたなあ。

ずっと天上が明るいせいでわかり辛いけどもうそろそろ寝る時間だね。

 

 

 

「それじゃあ寝床の確保だけど…大ちゃんはどこで寝泊まりしてたの?」

 

「私は基本的に寝なくても問題は無いので…寝床とか気にした事なかったです」

 

あーこれはお姉ちゃんと同じか。いくら大丈夫って言ってもちゃんと寝ないとダメだよ。

 

 

他の人に意見を求めたかったけど…誰も寝床の確保なんて思いつかないって言った表情してる。サバイバル能力どこ行ったんだろう。無意識に忘れ去られちゃったのかそもそもサバイバル何それおいしいのなのか。だめだこれ…どうしようもないじゃん。

 

 

仕方ない…私がここはちょっとだけ努力するか。

ちょっとだけだよ。私は面倒なことは極力他人に押し付けるタイプなのだ。え?ダメ人間?いいのいいの。大事なことはするから。

 

 

 

 

材料はすぐ近くの茂みから生えてる沢山の葉。葉一枚一枚の大きさが人三人がすっぽり入っても全然頭上をカバー可能なほどの巨大なこれを利用しない手はない。

っていうかこの手の植物って地上じゃ見かけない。どっちかっていうと南の方にありそうだよねえ…

まあ地底空間って湿度高いし南の気候と似てるなあ…

まあそれはともかく、

茎のところで複数枚を束ねてさっき作った紐で固定。これである程度の生活スペースを雨風から守れる。流石に嵐となれば補強がいるけどこの地底に嵐が起こるとも思えないけどね。

まあ雨くらいは降るでしょ。

 

「ふう、こんな感じかな」

 

後はゴザとかそんな感じに敷くものを作れば体を横にする程度は出来る。でもいっぺんに作るのは大変だから今日はこれだけ。

 

完成した仮拠点は、拠点というより先住民族とかが住んでそうな見た目してる。軽い雨風を防ぐ程度ならこれで十分。地底なのに雨があるのか疑問に思うけど…こんな立派な森が自然に形成されるってことはしっかりと雨が降ってある程度水が循環しているはずだよ。そうじゃなきゃ砂漠のオアシスみたいに池の周りに木がちょびちょび生える程度しかないはずだからね。

 

 

見た目がちょっと残念だけど、それでも物凄いみものを見たって表情をされると…ちょっと照れくさい。

 

「寝床の確保は出来たけど…食料の備蓄とかから耐えれそうな日数ってわかる?」

 

 

「そうですね…この人数だと保って一週間。後は現地調達ですね」

 

一週間でどうにかなるものかなあ…連絡がないことを不審に思うまで大体3日くらい…そこから別の部隊を組んでこっちによこしてもそれでも2日かかっちゃって…うーん…後ははたてに考えてもらおっと正直私は難しいことは考えられないんだよね。

 

「はたて、足りますかね?」

 

「正直、足りないわね。少なくとも携帯食料は私と椛で4週間分だけだから…」

 

この三人分までとなると…

 

「一応お姉ちゃん譲りで一週間くらい食べなくても大丈夫だよ」

 

一週間超えたらやばいんだけどね。

 

「それでも救助を待つにしては足りないわよ」

これは現地調達待った無しだね。まあ狩猟採集くらいは出来るでしょ。できなかったら妖怪やめて良いから。

 

「大ちゃん手伝ってくれる?」

 

「え?私ですか?」

 

「だって大ちゃんはここで生きてこれてるんだから少なくとも食料の確保は出来てるよね」

 

「ま…まあ果実とか魚とかですけど…」

 

それくらいあれば大丈夫。妖力の方が心配だけど…あれは怖れとか人の感情に依存するからね。

すぐになくなるってわけじゃないけど乱用するのは控えよっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそんなこんなで体内時計で数日ほど。

ここで生活すれば色々とわかったこととかもあったりするわけで…

 

 

 

例えば、狩猟生活をしたことが無かったはたてや椛は気配を殺すことが出来ないから殺気が漏れちゃってすぐ獲物に逃げられちゃう。

特に椛は…力任せに行けば普通に獲れるけどそれじゃすぐに力切れしちゃうだろうし。妖力の枯渇が問題なのにその妖力をフルに使ってじゃ割に合わない。

 

 

 

逆に待ち伏せの狩が得意だったのはヤマメだった。まあ蜘蛛だし想像はできた。だから最近はヤマメに肉の確保を頼んでいる。

 

はたては…記事にしたいからってことで隅々まで地底を探検している。もちろん椛を連れ回してだ。

そのおかげで、土の成分とかどこに何があるのだとか色々とわかった。情報収集の大事さを思い知らされたよ。

 

私?もちろん、のんびり大ちゃんと脱出方法を考えてるよ。

でも二人の頭脳じゃ全然足りないね。

 

食料もある程度確保できてしばらく分は確保できた。それと一緒に心理的余裕もある程度生まれてきたかな。

 

まあ私と大ちゃんはそこまで追い詰められはしないんだけどね。

それは置いといて、

そろそろみんな集まって考えないといけないかなあ脱出の為の方法。…ちょうどみんないるタイミングだしちゃんと言おっと…

 

 

「ねえねえ、そろそろ真面目に脱出方法考えようよ」

 

生活が安定してきたタイミングならなんかいいアイデアも浮かぶでしょ。

……え?今までは生きるための事で手一杯だったからみんな脱出のことなんて…うんまあそうだよね。

ならなんかその場で思いついたことを…ね?

 

あ、大丈夫だよサードアイでこっそり見てるから。思いついたことが言い辛くてもわかるから。

 

「方法としてはいくつかあるけど…」

ほとんど実現不能って言いたいんだね。表情を見ればわかるよ。

 

他は…ダメだ。ほとんど現実不可能だ。

 

いくら妖怪でも出来ることは限られてる。それこそデタラメな力を持つ大妖怪級やスサノオとかアマテラスとかのデタラメ神やどこかの唯一神あたりなら地形を変えてでも脱出出来るだろうね。

っていうか唯一神の場合は概念から変えちゃいそうだけど。

 

 

 

まあ、今の状況でもっとも有効なのは外に頼るだけなんだよね。

 

近くに火山帯があればまた話は違ったんだけど。その場合、危険すぎてシャレにならないんだけどね。

 

「崩落したところを妖力で一気に吹き飛ばせませんか?」

その案も考えたんだけど…

 

「それができたら苦労はしないよ。完全に崩落しちゃった横穴に大火力ぶちかましてもすぐ崩落しちゃうわよ」

 

もうあそこは地盤が限界だろうからね。私が持ってきてる魔導書でも長いこと補強出来そうな魔法はないなあ…

 

「まあ地上から助けが来るでしょ」

やっぱりそうなるよね。うん、ただ新しく道を開くってなると結構時間がかかるのは確かだよなあ。

 

「そうね。でも……こんなことなら建築とか土木とかに強い河童も連れてくるんだった」

 

河童かあ…確かに山の技術屋だから横穴を補強する工夫とか掘削とか出来そうだよね

 

無い物ねだりしてもしょうがないけど…

 

「もう何回か出口を探してみる?」

 

絶望的だけど…

 

 

やっぱりダメかあ…大人しく待つ以外にないのかなあ…

 

 

さてさてどうしたものかと悩んでいると、木に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち始めた。

あ…これは何か来るわ。

 

ズドンと音がして滝が土煙に隠れる。ほぼ同時にその煙の中から大きな岩が落っこちてくる。

それが壁の一部だったということみんなが理解するのに2秒。頭上に落下してくる岩を破壊しようと椛が飛び上がったのがその1秒後、ヤマメがビビって逃げ出そうとするまでには岩は小石に変化している。

小さな水柱と落下音を響かせてあたりに散乱する岩の残骸。

 

「さすが椛だねえ…」

 

「本当ね。さすが戦闘兵」

 

「のんびり見てないで手伝ってくださいよ。あれ程度なら二人でもできるでしょ」

 

 

「だって椛が一番早く処理できると思ったから」

 

前より明らかに多くなった水量を見ながら土煙の中を見ようと頑張る。

土煙が晴れるより先に今度は岩より小さい…桶が落ちてきた。

その桶は綺麗に放物線を描いて湖に落下した。

「桶?」

 

「私の桶がああああ‼︎」

 

上の方で叫び声が聞こえる。

あはは…ドンマイ。

「これ、キスメのだよ‼︎」

 

やや遅れて今度は黒い何かが落っこちてきた。

あれ?今のってまさか……



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depth.30こいしの地底訪問(帰還篇)

「……お燐⁉︎」

 

滝の穴から落ちてきた影の元に飛んでいくとそれは、見慣れた黒猫だった。

 

一緒に落下してきたキスメの桶を浮き代わりにしてプカプカと力なく浮いている彼女をすくい上げる。

ぐったりとしてはいるけど脈はしっかりしてる。水を飲み込んじゃっててあれなところ以外には大丈夫そうだね。肺に水が入って無いか心配だけど

 

 

「お燐、大丈夫?」

 

(な…なんとかね)

 

「お燐……は大丈夫そうね。よかったわ」

 

私の後ろで声が聞こえ、振り返ってみると全身ビショビショに濡れたキスメとお姉ちゃんが立っていた。

嬉しさのあまり飛びつこうとしてお姉ちゃんの惨状に目が止まる。比較的傷のないキスメに比べ肌は擦れたような傷がいたるところに出来ているし濡れているにも関わらず右腕からは白煙が小さく上がっている。

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

「気にしないで私は大丈夫だから」

 

「でも……」

 

 

確かにお姉ちゃんにとってかすり傷なんて大したことないのかもしれない。現に今もお姉ちゃんの傷はフィルムを巻き返すかのように消えていってる。それでも傷が痛々しくて……それに

「服がうまい具合にずれてて色気出ちゃってるから早く着直して」

 

「ごめんごめん」

 

 

すごく他人に見せたくない格好で他人の前に出られてもね…

お燐も呆れちゃってるしキスメはなんか落ち着かなさそうだし…

 

「って、私の桶は?」

 

「足元に浮いてるのがそうじゃないの?」

 

そういえばキスメ桶から出てたね。やっぱり白い着物は濡れると若干…いや考えるのやめよ。本人が落ち着かない理由って絶対そこだろうし

 

そうしている合間にキスメは湖から引き上げた桶に潜り込む。

引き上げたばかりで至る所から水が滴ってる。

 

キスメが乗った途端に浮きだす桶ってなんだか怖いね。あれ?また縄が降りてきてるね。

その縄の先はどこに続いてるのやら。

 

「あの……どちら様?」

 

この中で状況を理解できない二人のうちの一人…大ちゃんが訪ねてきた。

みれば桶に戻ったばかりのキスメも私達の関係を教えなさいという目線で見つめてきていた。まさかお姉ちゃんキスメに言ってないの?

一緒に降りてきたっぽいのに⁇

 

「ああ…お二人とは初めましてですね。では改めまして、こいしの姉の古明地さとりです。どうぞよろしくお願いします」

 

「私はキスメだよ。見ての通り釣瓶落とし。妖精ちゃん?よろしくね」

 

「あ…えっと、妖精です。一応大妖精って呼ばれてます」

 

「ヤマメだよ!よろしく!」

 

 

「なーんだこいしの姉さんだったのね。どうりで……」

なにか私とお姉ちゃんを交互に見てがっくりと項垂れるキスメ。

似てる似てないの事っていうかこれは何かやらかしたことが似てるって思ってる感じかな?

まさかお姉ちゃんキスメの桶ひっくり返しちゃったの⁉︎

 

「違うわよ。ただ、逆さまにして真下にぶん投げただけよ」

 

そこまでするか‼︎

大ちゃんを除く全員の心が一つになった。

私だって逆さまにしただけだよ。

 

「それで、貴方たちはどうやってここまで来たのよ」

 

はたてがびしょびしょの二人に拭くものを持ってきながら尋ねる。

出来ればお燐の分も持って来て欲しかったけど…お燐はほとんど乾いちゃってるし今は疲れて私の腕の中で寝息を立ててるから無理になんかするのはやめておこっと。

 

「……そうですね。ちょっと長くなるのですが良いですか?」

 

「構わないわよ。でもここじゃあれだからあそこまで行きましょう」

 

そう言ってはたてはキスメ達を岸にある拠点まで案内する。

 

 

 

「そうですね。話せば長くなります。そう、あれは雪の…」

 

「いやいや、なんでそこからなのよ」

 

「ダメだった?こいしだってたまにやるでしょ?」

 

いやそうだけど、そうじゃないんだよ。今の場合は雪が降るより先に岩が降ってくるよ。

 

「前置きはいいから早めに始めなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

蜘蛛の巣が張り巡らされた一角の近くで偶然キスメに合流したところからで良いですかね。

丁度、お燐が休みたいって言い出し始めた頃なのでついでにこいし達の目撃情報も欲しいと思って話しかけたんですけどね。

 

「貴方だれ、また妖怪?」

 

「ええ一応妖怪です」

 

なんだか風当たりが良くないので友好的では無さそうでしたね。

 

「またと言う事は前にも誰か来てたんですか?」

 

 

 

「なんでそんなこと言わないといけないのかなあ……それじゃあそこの猫くれるなら情報をあげてもいいけど?」

 

恥ずかしがってるのかめんどくさがってるのかわからない表情と声で交渉を持ちかけられる。

多分恥ずかしがってるんでしょうけど…桶から出て来ようとしませんしなぜかこっちを見ては桶に戻るを繰り返してますし…

 

お燐が、妖怪とみられてないのかと不機嫌になってますけど…多分私の妖気に紛れちゃってるんですね。

 

「じゃあ別に言わなくていいです」

 

なんだか桶に隠れて出てこないところを見てるとやっぱりやりたくなってしまう。

 

少女が入ってる桶の縁を掴みひっくり返す。

そして少女が何かを言う前に思いっきり下に向けて放り投げた。

 

 

少女の断末魔を聴きながら軽く休憩する。

心なしかお燐が震えているようでしたけど…多分大丈夫ですね。

 

 

再び自由落下で降っているとまたあの少女に会った。今度は登ってくる方でだ。

 

「いきなり何するのよ!」

 

「だって…名前も知らない人に取引持ちかけられたらそうなりますよ?」

 

「ならないわよ!」

 

だって…お燐と交換ってどう考えても喧嘩売ってましたし…買ってませんけど

 

「まあ…いきなり猫をくれなんて言ったのは謝るわ」

そう言って頭を下げてくる少女。なんだか気不味くなる。

 

「いえ、こちらも気にしてませんから…」

 

どうやらお腹が空いていたらしい。そんなところに私が降りてきて…しかも食料代理になりそうなものを持ってるからくれと言ったそうな。

 

流石にお燐は食べちゃダメですってば。

ペットだとは思わなかったようで…この子も猫又だよと教えてあげればすごい謝ってた。

もう食べようとなんてしないからって。

でもお腹が空いているのは変えがたい事実らしく、さすがに見過ごせないので持ってきた食料を分け与えたら妙に懐かれた。

 

なぜ懐かれたのかさっぱりわからない。

 

 

しばらくキスメと一緒に降りて行くこと数時間。

ようやく地底湖に到着した。

地底湖も地底湖でなかなかの大きさと深さです。正直、ここまでの規模となると世界有数なんじゃないんでしょうか。

 

(ここで終わりみたいだけど…こいしたちいないね)

 

「ええ…どこにいるんでしょうか」

 

「それにしても地底湖があったなんてね」

キスメが水に手を入れながら何かを探している。悪いですけど魚は期待しないほうがいいですね。

 

透明度は十分ですけど…底の方に穴っぽいのは見つからないし…見つけたとしてもお燐は泳げない。私も泳ぐのは苦手。

水中の探索はキスメに任せて私は壁でも探しますか。

 

「ここ…つい最近崩落があったみたいですね」

 

そう言う私の前には周りの壁と明らかに違う…大きな岩や砂が積み重なって出来た部分がある。

 

(ふーん…もしかしてここって…)

 

「そのようですね。多分、横穴があったところですね」

 

壁の一部を叩いて見たものの完全に崩落してしまっているのか反響音は鈍い。

これは開通に少し苦労しますね。

そんなことを思っていたら服が真下に引きずられる。同時に浮いている私の体も前のめりになって大きくバランスが崩れた。

 

どうやらお燐が体を大きく乗り出したせいでバランスが崩れたみたいです。

 

慌てて体を戻そうとするがもう遅い。お燐の黒い毛並みが視界の下に移ったと思った時には下に引っ張る力が消失。サードアイの圏内から外れたお燐の心が読めなくなる。

 

「お燐!」

 

 

真下で水柱が小さく上がり…消える。

服から滑り落ちたお燐が気泡と波面を残して見えなくなる。

 

追いかけるように水面の内側に潜り込む。

やや遅れて水を叩くような音が聞こえる。振り返ると異変を察したキスメが私の後ろから追いかけてきていた。

 

お燐を探そうと滲みかかってる視界をフルに使って探す。

黒い毛並みが少し深いところで大きく動いていた。

 

すぐにそっちに向かって体を回すが、それよりも早く別の力が引っ張り始める。

 

泳ぎが得意じゃない私はすぐにお燐の方向に流される。

皮肉にもそのおかげですぐにお燐を捕まえることは出来た。ただ、相当早い流れに飲まれたらしく体が引っ張られて行く。

 

(い…息が…)

 

キスメに救助を頼もうかと振り返ったがキスメの方も完全に流れに飲まれていた。と言うか泳げてない。完全に溺れかけてる。

 

 

流されること数秒、体が壁に吸い寄せられ止まる。と言うよりかは引っかかって止められると言った方が正しい。岩と岩の合間…お燐の体がはまり込む程度しかない隙間にお燐と私の腕が挟まってしまう。

 

水面まで10メートルちょっと…動ければすぐにでも行きたいもののこれでは動けない。当然私も息が辛くなってきた。

 

これは一か八か…水がここに流れていると言うことはこの先はもしかしたら……

 

迷っている暇はない。すでにお燐は瀕死もいいところだ。すぐ助けるので妖怪が溺死とか笑えないことしないでくださいね。

 

お燐と一緒に岩の合間に挟まった腕にありったけの妖力を込める。

どれほど破壊すればいいか…どんなことを考えている暇はない。

 

火力重視の弾幕を形成させ無理やり発射。ほぼ同時に私の背中にキスメの桶が衝突。バランスが崩れ、息を思いっきり吐き出してしまった。

 

数秒間、意識が私の体から離れる。

最後に見えたのは土煙と閃光。そのあとの事は揉みくちゃにされわけがわからなかった。少なくとも体はそう記憶している。意識が記憶し始めたのは滝から空中に放り出されたところ。

 

 

 

 

「とまあこんな感じです」

 

「だいたいそんな感じだね」

キスメもあんまり覚えてない…と言うか最初から最後まで溺れてましたしね。

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ……」

 

あの滝の奥は地底湖に繋がってたんだね。ならやっぱりあそこから抜け出せるかな?

でも水が流れちゃってるし無理か。

 

お姉ちゃんがきてくれたのはいいけどこれじゃあ遭難者が増えただけみたい。

 

「それで?さとりはどうするのかしら?」

 

はたてがお姉ちゃんに詰め寄って……流石に近すぎない?ちょっとだけ妬ましい。

後さ…ヤマメも大ちゃんもなんで目そらししてるのさ。

 

とまあなんかギクシャクしてるのは……いっしょに連行するか。

 

まだ動けないお燐をキスメと椛に任せてお姉ちゃんを横穴のあったところまで連れて行く。

 

目そらしなんてしてる二人?調子取り戻したよ。

 

 

 

「ふうん…完全に崩落しているのね」

 

かつて天井だった岩を眺めながらお姉ちゃんは呟く。

 

 

「向こうまでは大体400メートルほど…確かにこれだけの距離だと岩をどかすだけじゃダメね」

 

お姉ちゃんの言葉にみんなが落胆する。

わかっている事実だけど改めて言われちゃうとなんかダメだね。

 

でも私は見逃さない。お姉ちゃんが軽くだけど笑みを浮かべているのに。あの笑みは完全に確信というか方法が思いついている時に浮かべるやつだね。

 

「こいし、魔力は大丈夫?」

 

「大丈夫だよ?」

 

いきなり魔力について聞いてくるなんて…何考えてるのかわからないけど面白そうな事かな?

お姉ちゃんが横穴から離れ近くに落ちてた木の枝を拾い上げる。

 

「でもお姉ちゃんここにある魔導書だけじゃ穴なんて開けられないよ」

 

それに崩落を押さえつけるってなったらそれこそ大変だし。

 

「普通ならね……ちょっと待っててね」

 

何か方法でもあるのだろうか。

お姉ちゃんは地面に魔法陣を描き始めた。でも私の知ってる円形の魔法陣ではなく三角や五角のものが複数重なった不思議なものだ。

 

「なるほど!さすがお姉ちゃん!」

その場で術式を作って……ああそんな感じの術式…あれ?じゃあこの方向は⁇

 

「何描いてるの?」

黙ってわたし達の会話を聞いていたはたてが興味深そうに地面に描かれていく陣を見下ろす。

集中してるお姉ちゃんじゃまともに受け答えなんて出来ないだろうから私が代わりに答えてあげる。

 

「魔法陣だよ!」

 

「なにそれ?」

 

「まあ、ちょっとした力だよ」

 

ざっくり言っちゃったけど大体そんなもんだからね。力なんて……結局はみんな同じもんだからね。

 

 

「じゃあみなさん。描いてる合間に…揃えて欲しいものがあるんですけど」

 

地面に魔法陣を描く手を止めないでお姉ちゃんが小さな紙を私に放り投げてきた。

揃えて欲しいもの?一体なんだろう。

 

「なになに?ここから出るためなら協力するわよ」

 

「わ…私も!」

大ちゃんとはたては乗り気だね。よかった。

ヤマメは…なんか消極的だけどやりたく無いわけじゃなさそう。別に無理にってわけじゃ無いし強制はしないよ。

最悪わたしだけでも事足りそうだけど…

そう思うながらお姉ちゃんが渡してきた紙を広げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか木を切ってこいとはね…」

それも90本近くも切ってこいだ。まあ妖怪の体ならそんなに苦ではない。むしろ無茶振りじゃ無いだけましかな。たまにへんな無茶を振ってくるからねお姉ちゃんは…

 

でも木の確保くらいなら…さして問題でも無い。

はたての真空波と椛の剣斬りが周囲の木をまとめて切り倒して行く。

轟音が一定の間隔で辺りに轟音を響かせる。

どんどん禿げた地面が現れて行く。実際には禿げてないけど上から見ると十分禿げてる。

 

切り落としは木は枝とかをさらに切り落として丸太の状態に、全員丸太はってやりたいけどおっきすぎて丸太ネタは出来ないや。

それに本数がやたらめったら多いから遊んでる暇もないね。

 

 

私は木を運ぶのに徹底してる。だって、斬る専門が二人もいるんだから良いでしょ?

 

「お姉ちゃん、運んできたよ!」

 

「ありがとう…そうね。穴の前においておいてくれるかしら」

 

あっちと指差す方にポンポン木を置いて行く。あんまり大きいものじゃ無いけど多分大丈夫だよね。お姉ちゃんも何も言わないし…気づいてないだけかもしれないけど。

 

ちょっとだけお姉ちゃんの魔方陣を見る。

 

かなり複雑だなあ。いくつもの陣とラテン語、それらをつなぐ線で描かれていくそれは私すら理解できない壮大で繊細な式になってた。これどうやって動くの?

 

「……こいし?」

 

「お姉ちゃんやっぱり凄いや」

 

こんな難しいのスラスラ書いていくなんてさ。

 

「…ありがとう。でも私よりこいしの方が凄いわよ」

 

 

そう呟いてお姉ちゃんは私の頭を優しく撫でてきた。

ちょっとだけ擽ったいけど気持ち良い。

 

「そろそろだから荷物まとめておきなさい」

 

「そうするね!」

 

わーい!免除だー!免除じゃ無いけど免除だ‼︎

 

 

 

 

ってまとめる荷物なんてあったっけ?あ、みんなの荷物とか植物とかのサンプルか。

 

 

 

 

 

拠点で荷物をまとめていたわたしをお姉ちゃんが迎えに来てくれた。

 

いって見ると私達以外のヒトは全員揃ってた。持ってきた荷物は…椛とキスメに任せてと…

 

それでどうすればいいのかな?もう術式を起動していいのかな?

 

 

 

「では、はたてとヤマメさん。あの穴に向けて最大火力で攻撃してください。最悪向こう側に貫通すればいいので…」

 

「いいけどそれじゃあ…」

また崩れて終わっちゃうじゃん。

 

その言葉を遮るようにお姉ちゃんが言葉を繋げる。

 

「大丈夫ですよ」

 

そのための魔法陣ですから。その言葉が出る前にお姉ちゃんは口を閉ざす。

長い紫の毛先が風に吹かれてお姉ちゃんの顔を隠す。

ちょっとだけ怖い。と言うか何だろうこの悪役感。おかしい…味方のはずなのにね。

 

「こいし、穴が開いたら魔法陣を起動させて。タイミングはわたしが言うわ」

 

踵を返して歩いてくるお姉ちゃんがすれ違いざまにそう言う。

と思ったらわたしのすぐ右後ろで足を止める。

 

「わかったよお姉ちゃん」

 

よくわからないけどお姉ちゃんには全部わかってるんだろうね。

 

「それじゃあお二人さんお願いしますね」

 

二人に向けてゴーサインがかかる。

なんだかんだ渋ったりしていたけど…意を決したのか目つきが変わった。

「おりゃ‼︎」

 

「そーれ!」

 

ややはたてが早かったが今回はタイミングは関係ないから大丈夫。

弾幕にしては大きいと言うか…コントロールできるギリギリの巨大なエネルギーの奔流が二人から放たれる。

一部の妖力が周りに余波を生み出し突風が吹き荒れる。

二人の攻撃が一直線で閉ざされた横穴に吸い込まれ…

爆風が吹き荒れる。

 

「こいし、今よ!」

 

「わかった!」

 

お姉ちゃんの声を合図に待機していた私も

 

魔法陣を起動させる。

青色の光が描かれた線上を走り脈打つ。

それらは周辺に描かれた三角形に伝播し、そこから光の糸が生み出される。

その糸が積み重ねられた丸太に絡みつき…丸太ごと消えて行った。

消えたって言うか私の動体視力が追いつかなかっただけだけど…

 

「……?」

 

それ以降何も起こらなくなった魔法陣。周りのみんなはこれで終わったのかみたいな感じになってるけど…最後の一つだけがまだ未作動だった。

少し遅れて発動するやつなのかな?

 

魔力の供給を続ける。すると最後の陣が水色の光を放ち……寒⁉︎

 

めっちゃ気温が下がったんだけど!お姉ちゃん何したの⁉︎

 

 

「そろそろ良いですよ」

 

 

魔力供給をカット。なんだかがっつり魔力もってかれちゃったなあ。

体がすごい怠い。

 

「あれが……魔術?」

 

「何あれ…見たことないわ」

 

「……東欧系の術式ですか?」

 

すっごい三者三様の反応だね。

って言うか大ちゃんよくわかったね!あれが東欧で教わった魔術なんだってこと。

そういえば大ちゃんっていろんなところを回ってたらしいから知ってるのかな?

 

煙が晴れると、ようやくあの魔法の全容がわかった。

 

多少横に曲がったりしていた横穴は妖力によって真っ直ぐ矯正され、数メートル置きに木材が天井と側面を支えている。最初の起動式は木材を柱として固定するためのもの。その上…

 

「冷却魔法で地中から出る水を凍らせて補強するなんて…」

二つ目は冷却。周辺の気温も下がってたから冷気を出すやつじゃなくて吸熱型だね。

確かにそっちの方が魔力の消費は少ないからなあ。でもこれはもっと改良されててさらに少ない魔力でも使えるようになってる…私の為に作ってくれたんだね…

 

 

「少量ですが水が滲み出てましたからそれを利用させていただきました。これで2日は保つはずですよ」

 

2日もあれば十分だよ。それに地上に戻れば河童達とか山の技術職人達がちゃんと作り直してくれるはずだからね!

 

それじゃあ早く外に出よっか!やっぱり日の光が欲しいからね!

 

あっけにとられているみんなを引っ張ってさっさと縦穴のあるところまで連れて行く。

途中で元気だねえっておばさんみたいな事をヤマメに言われたけど…わたしはこっちの方が性に合うからね!

 

 

 

 

 

 

全員がいなくなった後、少ししてその横穴を通過し外に出た者がいたなんてこの時は誰も知る余地はなかった。

知っていたらわたしはどうしたのかな……

 

お姉ちゃんは?

あ、いや……お姉ちゃんの答えはわかりきってるからいいや。



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depth.31狐と猫

地底であたいが溺死しかけてから数日が経った。あたいの体もほとんど完治。水への一時的なトラウマもいつの間にか消えていた。

 

戻ってきてから最初は地上に残っていた妖怪たちから質問責めにあったり地図とか情報整理などで引っ張りだこだったさとりを含めたみんなも、ほとぼりが冷めたのか聞き出すことは聞き出したのか最近はおとなしくなっている。

 

 

だんだんと季節が変わっていくのを感じながらあたいもいつもの日常に戻っている。

 

ただ、今日はなんだかいつもと違った。

 

いつもどおり庭で採れた野菜を山の妖怪に売りつけ帰路に着いたはいいのだがどうも誰かに見られている。

帰路になってから誰かの視線が全身をチクチク刺すように流れている。おまけに…

普通の妖怪や人間には分からないように隠されてるけどあたいのような小動物や半獣に近い子ならこの程度はすぐにわかる。

それにさっきから独特の匂いが鼻につく。

 

くさいとかそう言うわけではなく……この匂いはあたいら特有の獣の匂い。

それも妖力混じりのものだ。もう少しはっきり匂いがすればどの程度の実力かもわかるんだけどなあ。わかったところでどうするわけではない。ただ、猫のあたいをつけまわす物好きが誰なのか興味が湧いた。

まだ時間はあるし匂いの発信源でも辿ってみるかねえ。

 

嗅覚を一時的に鋭くする。途端に感じられるようになる森の匂い。生命の出す特有の匂い。

それらが混ざり合い調和し…綺麗な流れを生む。

 

その中からあたいが探している対象の匂いを探る。

 

 

 

 

……おかしい。

十分以上探し続けたのに一向に見つかる気配が無い。

確かに少量だから位置まではわからないかもしれないけど流石に匂いのする方向くらいはわかるはず。

あたいの鼻…バカにでもなったかなあ。いやそれ以外の匂いは普通に感知出来ているからやっぱりこの匂いが独特なんだと結論付ける。

 

ん?待て待て、この感覚初めてじゃ無いよ。

何かに似ている。この…得体の知れない観測不可能な意識と言うべきか…この場合匂いだけどね。

 

 

つい最近…どこで感じたんだっけな。

 

えーっと、あたいが家にいるとき……

で、さとりはいなくて……

 

「……ああそうか」

 

なんだ、あれと一緒なんだ。となると……

あたいの動きを観察するなら絶対上空。それも後方より前方…そっちの方が意識が向かない分、心理的にも死角になりやすい。

だいたい見るときはそう言うところから見てる事が多いって前にさとりが言ってたっけ。

 

「なーにコソコソしてるんだい?」

 

後方上空に向けそう言い放つ。

 

途端に獣の匂いが濃くなる。やっぱり後ろで見ていたみたい。でもなんで獣なんだろう。

そういえばついこの前初めて式が出来たとかなんとか聞いたっけ。それはどこ…で?

 

「……流石、紫様のご友人の家族ですね」

 

空中に空間の割れ目が現れ、その真ん中がパックリと割れるように広がる。

空中に、黒と目玉に支配された異世界が現れる。

その空間から女性が出てくる。

金髪のショートボブに金色の瞳、その頭には角のように二本の尖がりを持つ紫様のに似た帽子が乗っている。

ゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けのような服が被っている。なんだか道教みたい。

 

そしてきわめつけは、その腰から生えた九つの尻尾。

 

そう九尾。あの妖獣の中でも上位に入る。ある意味神に最も近い妖怪だ。

わたしより少し大きい程度のその姿からは想像できないほどの妖気と…神気が流れ出ている。

それらが混ざり合い、あたいの体を包み込む。

 

すでに神格を持っていると言うことは相当の強さだ。あまり敵対したくはない。それにしても何かがおかしい。

 

妖怪から神になったにしては神気が純粋すぎる。

普通、妖怪や人間が神になった場合と元々が神だったものとでは神気の性質が異なる。

簡単に言うと何かと混ざっているか混ざってないって言う違いだね。

まああたいには考えてもわからないや。

 

「……もしかして式神かい?」

 

 

「ご名答、八雲紫様の式。藍だ」

 

ほっそりとした狐目が更に細まる。獲物を狙うようなその目線に、寒気が走る。

 

「ふうん…それで?九尾があたいになんの用だい?」

 

その声が少しだけ震えているのに気づく。あたいでも知らないうちに生命の恐怖が体を支配しようとしている。

多分相手もそれが狙いなのだろう。

本気で襲ってくるようなことはない。だって紫の式なのだからね。

 

そう思えば無意識に抱いていた恐怖も自然と消えていった。

単純なあたいで助かったよ。

 

「顔合わせをしてこいと言われたもので。ついでに試してたんだが」

 

「わざわざ猫又兼火車のあたいにご苦労なことだね」

 

顔合わせねえ…どう考えてもあの二人の共謀だろうね。なんのためにしてるのかは知らないけどどうせどっかでまた見てるんだろうね。

 

「それで…あたいは見ての通りこれから帰るところだけど…何をお望みなのかな?」

 

「いや、特に望みなどない。付いていくだけだ」

 

あ…そうなんだ。てっきりなんかしてくるとかは無いんだね。でもそんな見下したような言い方だと……まあ相手の方が格上だし闘志すら削がれるほどの実力差ってのはわかっているからいいんだけど里の人にはもうちょっと目線を下げてやってほしいな。

せっかくいい関係が築けてるんだからさ。

 

「まあ、あたいは構わないよ。ただ里の人たちには手を出さないでほしいなあ」

 

 

「私がそのような愚行をするとでも?」

 

表情は変わらないけど眉がピクって動いた。もしかして格下にどうでもいいような注意言われてイラっとしたのかな。

 

「だっておねーさんさっきから威嚇してて怖いんだもん」

 

あたいは誰が相手でも態度を変えない。

そもそも猫相手に格上だとかなんだとかって言うのは無闇に近寄ったり、襲われないようにってだけで敬えだとかそう言うわけではない。

 

「すまんな。ちょっと力を出しすぎてたようだ」

 

それでちょっととか言えてるあたり規格外だなあって感じるよ。

 

 

しばらくの合間里へ向かう道を駆けていったがずっと後…それも一定の距離を保ったまま藍はついてきていた。正直落ち着かない。

 

「あのさ…後ろにいられても落ち着かないんだけど」

 

速度を落とすことなく後ろにいるであろう九尾に問いかける。

「なんだ、イヤなのか?」

 

返事が返ってくる。まるでイヤだったのかと意外に思っているような響きが含まれている。

確かに九尾にまでなると後ろから追われる事はほとんどないけどさ。流石に背後から強大な力を持った奴が付いてきてたら落ち着かないでしょ。

 

横から風が吹き、視界に金色の海が流れる。

それが藍の尻尾だということに気づくのにはもう少し時間がかかった。

 

「なら、隣で良いか?」

 

「え…?あ、うん…いいよそれで」

 

 

横に来てくれたお陰でなんとか気を落ち着かせる事は出来た。ただ、もう一つ気がかりなのは里にどうやってはいるのかだ。

多分、隙間とか言う異次元航路を使って出入りするんだろうけど…あの里に張られた結界をも通過可能な紫様の能力って…デタラメすぎやしませんかねえ…

 

いつの間にか隣にいた藍はその姿を消していた。でも匂いはまだ残っているから大方どこかで見ているのだろう。

 

いつも通りの手続きで門を抜けて、のんびりと里をめぐり歩く。家とはちょっと方向が違うけどあたいはいつもこんな感じに遠回りしている。ちょうどこの時間帯は夕食だとかで人間が一番活発になる頃だからね。この活気があたいは好きなのさ。

 

「まっすぐ家には帰らないのか?」

 

「おわっと!いきなりの登場だねえ。びっくりしたよ」

 

後ろで匂いが濃くなったと思ったら肩に手が乗っけられ、思わず跳ね上がる。

全く趣味の悪いことなんのだよ。

 

「それについては謝ろう」

 

「気にしなくていいよ、人の活気を感じてただけだからさ」

 

すぐに活気とはなんぞやと言った目線が飛んでくる。

まあ、あたいくらいしか興味ないようなものだから知らないのもしょうがないけどねえ…

他の妖怪はもっぱら恐怖とかなんだとかの方が好きみたいだし。

 

その後、特に九尾は目立つことなくくっついてきてた。かなりべっとりとくっつかれて鬱陶しいって思ったあたいは悪くない。

 

あたいの連れと思われたのか周りの人も九尾の妖怪について無駄に詮索はして来なかった。

まあ九尾がどんな妖怪なのか知らないってのもあるんだけどね。

 

そんなことをしていたらいつの間にか家の前まで足が進んでいた。

 

「ただいま帰りました」

 

「失礼します」

 

あたいに続いて藍が家の中に入る。一歩足を踏み入れた途端に濃くなる妖気。

異なる二つが巧妙に混ざり合い、独特の雰囲気を醸し出している。

 

「おかえりなさい」

襖を開けて奥の部屋に行こうとすると、さとりが襖を開けてやってきた。

多分九尾の出迎えだろう。

一瞬開いた扉から紫様とこいしも見える。

 

「初めまして八雲紫様の式神、藍です。話は紫様から聞いております」

 

「古明地さとり、ただの妖怪です」

あれれ?さとりとは初対面だったのかいって事は紫様の独断でこっちに寄越したのかな…それともさとりが一応許可したのかな。

 

 

 

しかもさとりのその挨拶、どう考えてもおかしいと思う。ただの妖怪って…さとりがただの妖怪なわけ無いじゃん。

 

「だれだれ、お客さん?」

 

こいしが紫様の帽子をかぶって出てきた。なんかその帽子結構似合ってますね。色合いはともかくですけど。

 

さとりはすぐに紫様の方に戻っていき、この場にはあたいとこいしと九尾だけが残った。

 

 

「わあ…もふもふの尻尾だ」

 

「こいし、触っちゃダメですよ。魔性に逆らえなくなりますから」

隣の部屋からさとりの注意が飛ぶ。

なんだい魔性って…どこをどうしたら魔性になるんだか。

 

「褒めてもらってるのかそうじゃないのか……」

 

「「あ、褒めてます」」

 

これは完全にあの二人のペースになってるね。藍様だっけ?しばらくは耐えてね。

別に助けるわけではないけど…

 

 

 

客人がきているときは誰も相手にしてくれはしないし特にあたい自身が何をすると言うこともないので猫の姿に戻りのんびりと体を伸ばす。

 

「気ままだな」

 

主人に追い払われたのか隣に金色の尻尾が降ろされる。

猫は気まぐれなんだよ。

 

藍の言葉に尻尾を振って返答する。

あたいの仕草に特に気にした様子はなく…伝わったかもどうかわからない。

伝わってないのかそもそも答えは聞いてないのか…

どちらにせよ今あたいはのんびりしたい。

 

 

 

 

 

しばらく惰眠を貪っていると、体を誰かに抱えられる感覚で目が覚めた。

体がふわりと浮く浮遊感が終わった後、誰かの膝の上に乗せられたのか触れている布から暖かさが伝わってくる。

 

右目だけを開けて相手を見やる。

細く柔らかい手があたいの頭に乗っかっている。その手の先は白い服の中に吸い込まれていて視界の後ろの方に続いている。

 

二本ある尻尾で相手の体を軽く撫でる。

 

(……藍?)

 

この感触は間違いない。消去法だけど……

 

慌てて後ろを振り向く。

 

「おっと、驚いたのかな」

 

ええ盛大に驚きましたよ。

まさかあたいを膝に乗せてそんな惚れ顔していたら驚きますよ。

まさかの猫派だったんですか?

 

前にみた時とは完全に違う藍の差に戸惑う。

いくら猫がいいからって……

 

「もう少しだけそうしていてくれないか」

 

はいはい、抵抗する気なんて元からないですよ。

別に優しくしてくれるならあたいは構わない。

それにしても撫でるの上手いのなんの…

 

 

「あら…もうそんなに仲良くなって」

 

そう言われた気がして顔を上げる。

いつに間にか寝てしまっていたらしい。いまだにあたいは藍の膝の上みたいだ。

 

視線を前に戻すと見知った紫色の髪を後ろで一本にまとめたさとりがこっちの顔を覗き込んでいた。

 

(……話は終わったのかい?)

 

「ええ、終わりましたよ」

 

そっか、ならいいや。そろそろご飯の時間も近いしね。あ…そうだった。

 

(ところで、今日は紫様も一緒にご飯を?)

 

ふと気になったことをさとりに聞く。

一緒にご飯を出すのであればこのまましばらくはこの膝の上でのんびりと寝ていられる。

丁度藍も首を傾けて寝ているようだし…

 

だけどさとりは静かに首を横に降る。なるほど、食べていかないのか。なら、今日はこいしが料理担当なのかねえ…

 

「そうそう、これから行かないといけないところあるから、藍のこと一時預かっててくれない?」

 

思い出したかのように紫様が言い出す。

また急なことで…

 

「構いませんよ」

 

「わたしも全然いいよー!」

 

二人とも軽いねえ…相手はあの大妖怪の式神。まあ怒らせることなんて無いだろうけど気に入らなくて壊しましたーなんて事もあるかもしれないのに。

まあそこがいいとこなんだろうけど…

 

「それじゃあよろしくね」

 

そう言い残して紫様は隙間を開いて素早く退散していった。なんだかあたいと藍を見て微笑んでたけどなんだったんだろうね。

 

 

 

「それじゃあ…お姉ちゃん、ごはん作ろっか!」

 

「そうね…」

 

なるほど、二人でやるのか。どんな料理が出来るのか楽しみだねえ…

特にさとりの料理は見たことも聞いたことも無いような料理ばかりだけど誰よりも手間暇かけて作っているし、それにとっても美味しいから大好きなんだよね。

不思議に思うんだけどあの大量の知識とか技術は一体どうしたら身につけられるんだろう。

 

本人は…色々あったとはぐらかしてしまうけどあれほどの知識…紫様ですら驚愕するほどのものなのだ。一体どこから……

 

「ん……?なんだ寝てしまっていたか」

 

(おやおや、私を膝の上に置いていい寝顔していたヒトが起きましたよ)

ちょっとだけ脅かしてみようかと邪念が頭を横切った。

膝の上に乗ったままで、あたいは姿を人にする。

 

さっきまでそこにいた猫が急に少女となり膝の上に乗っかる。

思わず股を開いたのかあたいの体は藍の膝の合間にすっぽり収まる。

 

「おはよう。狐のおねーさん」

 

「あ……ああ、おかげで目が覚めた」

 

それは良かった。

 

 

 

 

「それで?いい寝顔だったけど。心地よかったのかい?」

 

「……そうだが……それがどうかしたのかな?猫ちゃん」

 

あたいの首根っこが真上に引っ張られそのまま体を持ち上げられる。

さすがに股の合間にいつまでもいちゃ悪かったかねえ。

 

 

「おはようございます。寝起きのところ悪いですが、ご飯がもう直ぐ出来ますので、こちらの部屋までお願いします」

台所と直結している部屋の方からさとりが入ってきた。

 

おやおや、もうそんなに時間が経っていたのかい。なんか思考に更けていると時の流れが早く感じちゃうよ。

 

「えっと……失礼ですが、紫様は…?」

 

「彼女の方なら用事があるとのことで、しばらくあなたを預かっていてくれと言われました」

 

「は…はあ……」

 

展開が早すぎるのかただ意識がついていけないのか生返事だけを返す藍。

なんだかわかっていなさそうなのであたいが一言でさっぱり説明。

「要はご飯食べて待っていてってこと」

 

「……そうか」

 

一応納得したらしい藍を見てさとりは台所の方に引っ込んで行った。

心なしかこいしの声が聞こえてすっ飛んで戻っていったようにも見えるけど……

 

多分さとりがいるし大丈夫と体を起こして歩き出す。

藍もあたいの後に続いて隣の部屋に行く。

 

「らしくないな…」

 

「え?」

藍が何かを言ったようだけどよく聞き取れなかった。

 

「いや、妖怪らしくないなあと…お前のご主人は」

 

「否定はしないね」

 

確かにねえ…さとりほど妖怪らしくない妖怪はいないな。あれじゃ妖怪の体をもって生まれた人間といったほうがしっくりくる。

 

 

「普通ならもっと人間や妖怪に嫌われていてもよいものなのだがな」

なにかを思いながらそう呟く藍に一瞬だけムッとする。

 

「……あんた。さとりがなんの妖怪か分かってて言ってるのかい?」

 

自らの意思に関係なく嫌われる者の苦しみなんて、本人くらいにしかわからないだろうね。

 

「一応……な」

 

なんだか歯切れが悪いねえ。なにか思うところでもあったのかな?

 

「いや、さとり妖怪と言うのはもっと陰湿で、ひねくれているのかと思っていてな。まさかあそこまで臆病で、それでいてお人よしだったとは思わなかったよ」

 

臆病…その単語が引っかかる。

 

確かにさとりは自身から逃げている。自らの種族を隠して人間をずっと欺いている。少し前までは妖怪も欺いていた。そうじゃなきゃさとりは他人と触れ合うことが出来ない。臆病と言えばそうだろう。だが、それがどうしたと言うのか。

 

「臆病は……嫌いだ」

 

「へえ…。じゃあさとりとは気が合わない?」

 

「そう言うわけではない。さとり自身はいいやつだと思う。あれほどの人柄なら種族の壁すら突破できるしな。ただ……」

 

「ただ?なんだい?」

 

「臆病が故…大切なものを失いやすい」

 

藍は藍で何か思うことでもあったのかねえ。あたいには関係ない事だけど。

 

「まあそう言うのも全部ひっくるめてのさとりだからねえ」

 

「それもそうか……つまらないことを言ってしまったな」

 

気にしなくていいよ。どうせあたいらなんてこの世界の中ではちっぽけな歯車であってもなくてもあんまり変わらないようなもんなんだからね。

 

 

「二人ともご飯できたよ!今から持ってくるね!」

 

こいしが立て付けの悪い襖を力強く開けて…襖を外した。

外れたことに気づいて慌ててそれを直し台所に駆けて行く。

 

 

妖獣と神だから二匹だと思うけどそんなことにいちいち突っ込んではいかない。

 

 

「さて、ご飯でも食べて気持ち切り替えようか」

 

「そうだな。紫様のご友人では最も料理に長けてると言うがその腕如何なものか」

 

ふふふ、どんな表情をするのか楽しみだねえ。

 

この匂いは……肉系?何だろう…色々混ざってて嗅ぎ分け辛い。

とにかくわかるのは美味しそうな匂いって事。

 

「美味しそうだな…」

 

「でしょ?」

 

さて、あたいもある程度手伝いに行きますか。



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depth.32 さとりは準備する

何日…いや何年か。

時が流れるのって意外と早いもので、もう3年。

家に来る人が増えた以外は全く変わらない日常が過ぎ去っていく。

のんびりとした時間の流れは時に記憶を持ち去ってしまうとか言うけどまさにその通りだねえ。

ただ単にあたいの物覚えが悪いだけかもしれないけどさ。

 

 

そこまで思ったところで思考を止める。

あたいが寝っ転がっている屋根の下でバタバタと駆け回る振動や火元の管理をしているであろう音が次早に聞こえてくる。

 

 

今日は珍しく藍を連れて紫様がきている。

多分ドタバタしているのはこいしで火元を操作しているのはさとりだね。

 

あたい?そうだねえ…やる事も無いしこうして屋根で日向ぼっこだよ。とは言ってもさとりが動き出したって事はそろそろご飯の時間かねえ?

そう思ったが矢先、屋根につけられた雨樋を利用して地面に降りる。

 

地面に体が降りた時には既に人型に姿を変える。何千回とやってきた変幻。だけど未だにその理屈はわかっていない。

そんなことはどうでも良いようなもので…

丁度目線を変えれば目の前には開きっぱなしになっている窓。

 

玄関までわざわざ回るのもなんだか億劫なので窓に手をかける。

 

腕の力だけでよじ登って部屋の中に体を下ろす。

 

音を立てずに着地。だけど藍には気づかれたらしい。

狐特有の気があたいを包み込もうと近寄ってくる。

 

だけどその気が乱れて消え去り、また現れてはを繰り返す。なんだか安定していない。それと同じく隣の部屋のバタバタと言う音も若干変化している。

 

こいしが藍に迷惑かけてないと良いんですけどね…

 

未だにバタバタしている隣の部屋へ続く襖を開ける。

 

そこは一言で表せば混沌だった。

藍を追いかけ回すこいしという……

 

「こいし、ほどほどにしておきなよ」

 

「わかってるよ?尻尾触ろうとしたら逃げ出すんだもん」

 

そりゃ誰だって尻尾触られるのは嫌でしょ。

あたいだっていきなり尻尾触られるのは嫌だよ。

 

「あのさ…尻尾ってあたいらにとっては大事なところだから誰かにいきなり触られるのはダメなんだよ。本能的に」

 

あたいの説得が効いたのか残念そうに藍を追いかけるのをやめるこいし。

藍が息を整えながらあたいに頭を下げてきた。

そんな大層なことはしてないから頭なんか下げないで良いってば。

でも助けてくれたのは事実どうのこうのって頭を上げない。

そんな押し問答をやっていると紫様がご飯が出来たと呼びに来た。

 

いつもの服装の上からエプロンを着た紫様。多分さとりに着せられたんだろうね。それに三角巾…は流石につけてないけどその代わりに後ろで髪をまとめて縛っている。普段の印象とは全く違う姿に目を奪われる。やっぱり美人って違うねえと感心。藍も普段見ない主人の姿に驚いてる。

 

 

見とれていると紫様に藍が連行される。

おっといけない。料理が冷めちゃうねえ。せっかくさとりと共同で作ったみたいだし美味しいうちに食べちゃおう。

 

隣の部屋に行くとかなり豪華な食事が揃っていた。

あたいも始めてみるようなものから知っているものまで様々…

 

「また豪華だね!」

 

「そうですね。いくつかは大陸の方で見たことあるものに似てますが…」

 

「ふふふ、もっと敬っても良いのよ?」

 

紫様が調子に乗ってる。その後ろでため息を吐いているさとり様。無表情に変わりはないけどどことなく疲労している。

なにがあったんだろうねえ?

 

「そんなことしてないで早くたべますよ」

 

珍しくサードアイを服の外に出しているさとりが素早く席に着く。

気のせいだろうか、三つ目の目…前に見た時より少し半目になっている気がする。

……普段見ないし気のせいだよね。

 

そんな不安をよそに他のみんなはどんどん席についていく。

やっぱりあたいの見間違えだったのだろうか。

 

それとも本当に…?

 

「お燐、食べないの?」

 

おっといけない。さとりにいらない心配かけちゃったよ。

 

 

 

 

 

食事中、なんだかさとりと紫様の合間に見えない境界のようなものが引かれているような気がした。

藍も心なしか二人を見るときに一瞬哀しい目をしている。

あたいが勘ぐることでも無いけど何かあるのだろうか。

 

 

 

食事も終わりあらかたの片付けが終わったところでこいし達の様子が気になる。

片付けるものを片付けた後再び居間の方に戻ってみるとこいしが一点を見つめて固まっていた。その目線を追ってみれば、藍の尻尾。

 

「じーー」

 

言葉でジーって言うヒト初めて見たよ。どれだけ尻尾触りたいんですかこいし。

「えっと……」

 

「そのもふもふ…気持ち良さそう」

やっぱり諦めていなかったみたいだね。

 

確かに、その気持ちも分からなくはない。あれほどのもふもふならさぞ気持ち良いことだろう。丁寧にかけられたブラッシング、そのおかげで生まれる良い艶加減。

引き寄せられるものが無いわけではない。

 

「わかったわかった…少しなら尻尾触っていいですよ」

 

「え⁉︎ありがと!」

 

こいし、藍が寛大で良かったですね。

 

それすらわかっているのかどうか分からないようなほど遠慮なく藍の尻尾にダイビング。

それでも

最初はなんだか嫌がっていた藍もこいしが気持ちの良いところをピンポイントで撫でているおかげか段々と心地好さそうにしてきた。

さすがさとり妖怪。

 

 

 

こいしが抱きついている尻尾を見ていると所々色が変わっていることに気づいた。なんというか艶がそこだけ1段階落ちているような感じなんだよね。表面が綺麗なだけあって結構目立っている。

 

「そういえばさ、尻尾の手入れはどうしてるのかい?」

 

「自分で見える範囲は自分でやってはいるが…」

やっぱり死角が出来ちゃってるんだね…紫様にやってもらえば良いのにね。

「紫様にやってもらったりはしないのかい?」

 

「式として主人にそんなこと頼めません!それに、紫様は……」

 

そう言いかけて顔を伏せてしまう。

これはもしかして、紫様毛の手入れに慣れてないんじゃ……確かにさとりのように最初から慣れているなんてヒト希だけどさ。

慣れてなくてもやってあげたら良いのに。

 

「それじゃあ私がやってあげようか?櫛しか無いけど…」

 

そう言ってこいしが櫛を取り出す。

普段はあたいくらいのもんだからその大きさでも良いんだけど藍の尻尾をそれでやるってなると相当時間かかるような気がするんだけど…

やらないよりはマシだけどね。

 

「すいません。お願いします」

 

相変わらず尻尾に体を埋めたまま毛繕いを始める。

もうちょっとちゃんとした体勢でやってほしいと思ったあたいは悪くないはず。

 

 

二人が尻尾でじゃれ合っていると隣の部屋の襖が少し開いている事に気付く。

そっちの方に歩を進めると、紫様とさとりが真剣な顔つきで話をしているのが襖の間から見えた。

食後のこんな時になにを話しているのか気になったあたいは部屋の前で聞き耳をたてる。

 

 

 

「………月に興味はないかしら?」

聴覚を鋭くして聞き取ろうとした途端に聞こえた紫様のその言葉に、思い出の底に埋もれて消えるのをただ待っていた記憶が鮮烈に蘇る。

月……舞い散る閃光と飛び交う金属片。頬を撫でる爆風と空中から放たれるいくつもの白煙。

 

「……バカな真似はやめてください」

 

さとりの声だ。怒っているような覇気を感じるのは気のせいじゃないはずだ。

 

「……あら?私はまだ月に興味はない?って聞いただけよ」

 

「わかってますよ。……貴方は月の技術が欲しいんでしょ?その為にわざわざ大陸まで駆け回って強力な妖怪たちを集めているんですよね」

 

まさか紫様は本気で月に侵攻する気なのだろうか。すぐ後ろに別の気配を感じ振り返ってみると藍がいつの間にか背後で聞き耳を立てていた。

あたいの視線に気づいたのか静かにと仕草で伝えてくる。

 

「へえ…よくわかったわね。心は読めないようにしてあるのだけど?」

 

「心など読めなくったってある程度調べればわかりますよ」

 

本当にそうなのか怪しい。少なくともあたいの知る限りでは調べている様子はなかった。

 

「そう……ならあなたは協力してくれるの?」

 

「言ったでしょう?バカな真似はやめてくださいって。むしろ貴方が月に侵攻すること自体反対です」

 

「どうしてよ?月の勢力は確かにあるけどこちらだってそれなりに……」

 

「地上の者は月の民には勝てない。あの人たちを今の常識で測ってはいけない!」

 

さとりの声が焦り出す。今まで聞いたことのないほどの剣幕さだ。さとりにとって、あの時のことはどう映っているのだろう…それほどまでに強烈だったのだろうか。

 

「どうしてそこまでムキになるのよ。貴方らしくないわ」

 

確かに普段のさとりからは想像ができない。あたいもあそこまで取り乱しかけてるさとりは初めて見た。

 

「月の民がどれほど恐ろしいか…わかってるんですか?あの人達はやろうと思えば月から出なくても地上をソドムとゴモラのように出来るんですよ」

ソドムとゴモラがなんなのかはわからないけどなんかヤバいことだけはわかる。

そんな人達に喧嘩を挑もうなど…確かに無謀ではある。

 

藍の横顔をチラ見するがなんだか顔色が悪い。

もしかして藍は月の脅威を知っているのだろうか…それとも、知らないけど想像がついてしまうのか…

 

「心配し過ぎよ。幾ら何でもそこまでは出来ないしそれに場所が特定されないように気をつけるわ」

 

「……お願いですからやめてください。月がどれだけ恐ろしいか……紫。貴方自身が最も危険なんですよ!」

 

その途端、部屋の気温が数度ほど下がったような感覚に襲われる。思わず襖の前から距離を取る。恐ろしい殺気が流れ出てきて、生命の本能を強制的に揺さぶる。

 

「危険は百も承知よ。それに、協力してくれないなら構わないわ」

残念と言うか失望したというか…そんな感じの冷めた口調で、そう言い残して紫は隙間に戻っていった。

 

 

「待って!紫!」

さとりの呼び止めも虚しく紫様は隙間を閉じて消えてしまった。

残されたのはただ静寂ばかり。誰も動くことができない…いや、静寂があたいらの体から自由を奪う。

 

その静寂から解き放たれたのは、さとりのため息だったかこいしのため息だったか。

体から力が抜け、その場に腰を下ろす。紫様に当てられていた強力な殺気と気迫で体力を持っていかれたみたいだ。それを理解した途端体の奥底の温度が一気に下がり冷や汗が噴き出す。

 

さとりが襖の方に視線を向ける。それが、あたいの視線と交差する。

その瞬間入ってらっしゃいとアイコンタクト。

 

一瞬どうすべきか悩んだけど、数秒後にはなにを悩んでいたのか忘れてしまった。

 

ゆっくりと部屋の中に入る。

紫様に置いてきぼりを食らった藍もそれに続く。尻尾にくっついてこいしも入ってくる。紫様を除く全員が揃う。

式神を忘れていくとは相当怒っていたのか…それともさとりが何かしないように監視させているのか。

 

「……」

 

入ってきたは良いものの、悲しそうな…瞳でとってつけたような苦笑を浮かべるさとりを見ているとなにを言って良いのか分からなくなる。

こいしも今回ばかりはなんていえば良いのかわからないのか口を閉ざしている。

 

「あの…さとり様。それほど月の民というのは恐ろしいものなのでしょうか?」

 

全員の合間に流れるなんだか変な雰囲気に耐えかねなくなった藍が口を開く。

 

「そうね…でも言ってもわからないわね。ヒトは……体験したことのない痛みを想像することは出来ないのよ」

 

その言葉に口をつぐむ藍。

体験したことのない痛み…さとりはその痛みを経験したのだろうか…

時々さとりが分からなくなる。

 

「……具体的な戦力だけでもわかりますか?」

 

「まさか紫はそれすら知らないで⁉︎」

 

さとりが机を叩いて思いっきり立ち上がる。

その音で体が飛び跳ねる。心臓も一緒に飛び出しそうになった。もうちょっと落ち着いておくれよさとり…

 

「ええ、一応総人口比率で考えた戦闘員の人数を大まかに算出して、後は百年以上前にあった月の地上攻撃の詳細を引っ張り出して考えたのだが…」

 

百年前……あの輝夜姫の件か。

でもあれほどの戦力を全員が持っているって考えるなら普通は侵攻なんて……いや、それでいけるって確信があったんだねえ。

 

「……その想定の6倍と思った方がいいです…直ぐにでも止めないと。藍さん、立場上苦しいのはわかってますけど手伝ってくれますか?」

 

真っ青になったさとりが絞り出すように言い放つ。

6倍…少し大げさすぎないかと思う。それよりさとりはどうしてそこまで月の事に詳しいのだろうか。

 

隣を見ればあまりの月の強大さに驚愕してる藍がいた。

 

「そんな…幾ら何でもそんなに強いのか?」

 

「たった百年…ですが技術が進歩するのに100年は十分です。知ってます?人類が人工の翼で初めて空を飛んでから宇宙に行けるようになるまで百年ちょっとしかかからないんですよ?」

 

人工の翼がなんなのかよくわからないけどそれがどれほどの凄いものかはなんとなくわかる。

藍もなにやら思考しているのか表情が厳しい。

 

「……なんとか考え直すように掛け合っては見るが……紫様はどうにも頑固なところがあるかな」

 

止めようとしてもなかなか止められなさそうだ。これは大きな戦争が起こるねえ…

 

「これはまずいです…なんとかしないと」

 

「あたいも月と戦うのはやめさせたいねえ」

 

あの時のアレがさらに進化したものと戦うなんて正気じゃないしねえ。

あたいは直接関わったのは僅かだけどそれでも恐ろしいのは十分に伝わる。

 

「どちらにもいらない犠牲が増えるだけですし…」

 

「……さとり様はどうしてそこまで他人の事を心配するのですか?」

 

藍がさとりに詰め寄る。確かにそこまでする義理はあたいらには無いね。

紫様は確かに親しい仲だけど…それでも相手は大妖怪。彼女らの行動に口出しするのは命がけだったりする。それすら気にせずあそこまで言うなんて……さとり自身が紫様を失うことを恐れているのかまたは酷いお人好しなのか。月の民の犠牲すら減らしたいとはねえ…あたいには全く思いつかないねえ。

 

「知っていて行動しないのは…最も愚かな事ですから…動けるところまでは動かないとです。それが知っている者の定めです」

 

また小難しい事を…と思ったけどそれがさとりだったねと考え直す。

きっとこのよくわからないものこそがさとりなんだろうね。

水のようにすくっても手の隙間からこぼれてしまう。

さとりを知ろうとするのはそういうことだろう…多分一生かかっても分からないんだろう。でもそれで良いや。

 

「……本当に、妖怪らしくないですね」

 

「よく言われます」

 

自然な感覚でさとりが苦笑する。それが本心からのものなのかは一目瞭然。

 

「ともかく紫様をどうにか止めないとだね」

 

「藍さん。紫はいつに決行する気なんですか?」

 

さとりの雰囲気がガラリと変わる。

その違いにあたいの後ろで会話を聞いているだけだったこいしと藍が目を見開く。

でもさとりとの付き合いが長いあたいにはわかる。濁流に近い…それでいて整っているような独特の気はなにかを決意した時のもの。

 

あの時以来だねえ……

 

「次の…満月のはずだが…」

 

「次の満月って…確か2日後…?」

 

ほとんど時間は残されていない。これは忙しくなるね。

と言うか藍は早く紫様の元に戻った方がいいんじゃ無いかねえ。

 

「ちょっと出かけるわ。お燐、留守をよろしく。こいし、一緒に来てくれる?」

 

「はいはい、留守任されました」

 

気の切り替えが終わったのかさとりが素早く行動し始める。

床下の収納から何かを引っ張り出したり荷物をまとめ始める。ここにいると邪魔になりそうだったので藍の手を引いて部屋から離れる。

 

「良いよ。なにをするのかわかんないけど」

 

ずっと黙っていたこいしがいつの間にか用意していた外套をさとりに放り投げる。いつの間に用意していたのか既にこいしは準備が出来ている。

 

「そうね……ちょっと山にね」

 

重そうな木箱を引っ張り出し中から何かの液体が入った瓶をいくつか取り出している。他にも鉄鋼のようなものまで色々である程度

 

「それは…なんでしょう?」

 

藍が瓶の中身を光に照らしながら呟く。

あたいも見たことないんなんだこれ。なんだか本能が危険物って言ってるけど。

 

「三酸化硫黄の水溶液よ。この前五酸化二バナジウムを天狗から貰ったから作ってみたのよ」

 

なんかまた訳のわからないものを作って…

 

そういうものを家で作って保管されてもねえ…落ち着かないんだけどなあ。

 

取り敢えず行っておいで、藍は一応あたいが見てるからさ。

紫様が戻ってきたら渡しちゃって良いんでしょう。

 

「ええ、よろしくお願い」




おまけ

その頃の紫

「ちょっとー藍!どこなのー?」

「おかしいわね……てっきりついてきてると思ったのだけれど…」

「あ、そういえばあの子私の能力まだ使えないんだったわ。普段は能力が使えるように見せかけてたからうっかりしてたわ…」



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depth.33 さとりは強制召喚してもあまり変わらない

難産だった……


「ねえお姉ちゃん本当にやるつもりなの?」

 

「……ええそうよ」

 

日も傾きだし、本格的に私たちの時間が始まる頃の山に私とお姉ちゃんの声が響く。

 

本当はもう、危険なことに関わって欲しくはない。向こうからやって来ちゃうって言うのならわかるんだけどこれはそれとは違う。お姉ちゃん自身から突っ込んでいくもの。

そこまでしてあの大妖怪を助ける義理があるのかな。

 

何を考えているのか見たくて、お姉ちゃんの方を見る。河童の所で調達してきた沢山の荷物を持っているお姉ちゃんの心は分からない。

どうして、姉妹同士でこんなにも分からないのだろう。

 

「どうしてここまでしてお姉ちゃんはあの大妖怪を助けようとするの?」

 

「……そうね。私のお節介かな」

 

お姉ちゃんはたまにお節介が酷すぎる。今だって、普通なら放っておくような事なのに…

 

結局、私はお姉ちゃんの事を何にも分かっていない。

「荷物持つよ…?」

 

「危険なものもあるけど…そうね。じゃあこれ持ってくれる?」

 

そう言って渡してくれた袋にはよくわからない球体が一個、木製の木箱がいくつか入ってる。

これがなんの道具なのか私にはわからない。

 

「この木箱の中身はなんなの?」

 

やけに重たいそれを軽く振ってみる。ゴロゴロと何かが転がるような音が聞こえる。

 

「時限信管なので大丈夫ですけどあまり触らないほうがいいですよ。爆発すれば金属の矢が飛び散りますから」

 

お姉ちゃん……どうしてこんなものもらってきたのさ。

振っていた手を止めてすぐに袋の中に戻す。

そんな危険なものなら先に言ってよ心臓に悪いじゃん。

 

「それで?こんなものを頼ってまでお姉ちゃんは何がしたいの?」

 

「……何がしたいのでしょうね。どう言えば良いのかよくわからないわ」

 

そう言ってはぐらかそうとしてもダメだよお姉ちゃん。どこまで知っているのか分からないけど…私はお姉ちゃんしか家族が居ないんだからね。へんなことして何かあったら…どうするのさ。

 

私の気持ちを察したのか、お姉ちゃんが私のそばに寄ってくる。

「ごめんね……」

 

それは何に対しての謝罪なのだろうか…もちろんそれをさせるような状況にしたのは私…

なんだか、気分が晴れない。

 

何か言わないといけないのに…言葉が続かない。

 

どうしたら良いか悶えて…目線をずっと下に向けていると急に体が包まれる。

優しい温度が服を伝って体に入ってくる。

「心配してくれてありがと…でも大丈夫だから」

 

抱きしめてくれているお姉ちゃんの声がなんだか遠く感じる。

 

……嘘つき。お姉ちゃん大丈夫な訳ないじゃん。誰かを傷つける事が嫌いで…それでいて妖怪だから誰かを傷つけちゃって自分は傷ついてさ。

それでいて私達を守って…お姉ちゃんずるい。

 

ずるいよ……

 

目線を上げてお姉ちゃんの顔を見ようとして……でもそれは叶わなかった。

 

抱きしめていたはずのお姉ちゃんの感覚が霧のように拡散する。

異変に気付いた頃には既にお姉ちゃんの姿はどこにもなくて…ただ地面に空いた目玉と闇の世界が私を見上げていた。

 

その世界は私が動き出す前に閉じられ、後には何もなかったかのように地面が続いていた。

 

「お姉……ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

こいしを離した瞬間、私の足元が真っ黒になる。

 

気づけば落下。しかしすぐ落下速度は消え去りなにもない空間に着地する。

周辺は目のようなものが閉じたり開いたりしていて見られているようで何処か落ち着かなくなる。近くにある目に触ろうと手を伸ばしてもその手はどこか虚空を切ってしまう。まるで私とは違う次元にあるかのような…そこにあってここにない。そんな感じだ。

 

通過した事は何回もあったけど、こうしてまじまじと観察したことは無かった。

あまり長く見ていると気がおかしくなりそうですけど…

 

「さっきぶりかしら」

 

上から声が聞こえ顔を上げると、紫色のドレスが宙を舞っていた。あまりにも美しい光景に、見とれてしまう。

 

「何見とれているのよ」

気づけばいつもと同じ…大妖怪としての仮面を被った紫が目の前にいた。ちょっと動けば接触しそうなほど近い。畏怖の感情が再び生まれる。

 

ただ、そんな感情よりも疑問が次々と湧いて出て畏怖を消し飛ばしていく。

 

「久しぶり…でもありませんね。一体なんのご用件で?」

 

あの時あんな啖呵を切っておきながら再び私を呼ぶなんて…それも今度は相手のホーム。これは協力要請ではなく協力を強制させてこようと言う魂胆ですね。はて、私程度の妖怪が必要とされる事態なんて思いつかないのですが…一体どうしたのでしょうかね。そもそも私自身に話が回ってくること自体おかしなことですけどいちいちそんなこと言ってる場合ではないですね。ここで紫の要求を飲まないとなると何されるか分かったものじゃないです。

 

「そうね、月の事。これだけ言えば分かるわよね」

 

「あのですねえ…その件は断りましたよ。と言うか良い加減諦めてくださいよ」

 

 

「そうね。貴方が藍に言ったことが正しいのなら、修正が必要ね。だからこそあなたが必要なのよ」

 

……理解できない。普通なら諦めるはずなんですけど。

 

「どう言う意味かよく分かりません」

 

「……最初の考えでは、月の都まで侵攻するつもりだったのよ。そこにいけば沢山の技術や知識があると思ったから」

 

なるほど、ですが月の都は月の裏側。更に強靭な防衛結界で囲まれているはず…流石の貴女でも今の能力概念だけでは到底たどり着くことができない。

だから、水面に映った月を利用するのですよね。

 

「それでも都まで直接結界を開通させることは出来ないわ」

 

「……出来ないのですか?」

 

「無理よ。都に張られている結界を通過するには一度破壊しないとダメよ」

 

そう言うものなのですか…正直、結界の境界を曖昧にして結界の意味を無くしてしまうといった方法も考えつくことはつくのですが、本人がそれをやらないということは多分無理なのでしょうね。

 

「それで…どうして私が?」

 

「最初は、妖怪で押し切って都まで侵攻出来ないかどうか考えていたのだけれど…藍から聞いた話じゃそれは無理そうね」

 

話がわかってくれて何よりです。でしたら、月に侵攻なんてことさっさとやめていただけないかと……

 

「だけど、相手の兵器を鹵獲することなら可能だったわ。最初の目的とはだいぶ違うけど、技術が手に入るならこれに越したことはないわ」

 

どうして……どうして紫は分かってくれないのですか!そんなことして…何になるって言うんです⁉︎

どれだけあなたは月にこだわるんですか!

 

そう叫びたい気持ちを必死に堪える。ここで叫んでも意味を成さないし、機嫌を損ねて滅多刺しなんて嫌です。

 

「……手伝いませんよ」

きっぱりと否定する。ここで私が折れれば…私も彼女の罪に加担してしまう。

 

「お願いよ。少しだけで良いから…」

 

そう言って頭を下げてくる。その姿には、さっきまでの威厳は全くなく普通の少女の姿がただ映っていた。おそらく本心からなのだろう。

 

それでもだ…友であるならもし間違った方向へ進んでしまっているなら、友情を壊してでも止めるべきなのだ。

ここで嫌われてしまっても構わない。そうなったらそれまでの付き合うだったと割り切るしかない。

 

私が黙っているのを見た紫は諦めたのか深いため息をつく。

 

 

「本当はこんなことしたくなかったのよ……」

 

どうやら私が非協力的なのを考慮して切り札まで用意していたようだ。用意周到なことで…

 

「藍、いらっしゃい」

 

その言葉とともに、溶けていたものが構築されていくかのように紫の後ろに気配が現れる。数は二つ。

その気配がゆっくりと視界に現れる。

見たくない現実、いやこの空間では夢のようなもの。でも事実であり目を反らせないもの。

 

藍と一緒に現れたお燐に、動揺が表に出る。

サードアイを服から出し、戦闘態勢に入る。もし下手をするならこの場で抵抗する。そんな通用するかどうかもわからない脅し。

 

「すいませんさとり様。主人には逆らえません」

 

「ごめんね。なんか一緒に連れて来られちゃってさ」

 

苦笑いしているお燐の心を少しだけ読む。なるべく紫に悟られないように…

……なるほど、人質のふりをしてくれと。いいえ、人質をやってくれと。

「お燐……まさか餌でつられてないでしょうね」

 

「………」

 

どうして…そこで釣られちゃうのよお燐……

目が泳ぎっぱなしで誰が見ても暴露る。

後藍も傷つける気が無いならそのいかにもなナイフはしまいなさい。違和感しかないですよ。

 

「……典型的ですね」

 

と言うかもうグダグダすぎてなんだか……紫も呆れてますよ。どちらにしても心を読める私を欺こうなんて無理にもほどが…あ、そうかだからこんな三文芝居打ったわけですね。

 

「だって協力してくれないから…」

 

私が悪いんですか?まあ確かに大妖怪相手じゃこっちに権利なんて無いんですけどね。公私混同しないのは良いのですけど…少しは私情で見逃して欲しかったです。

 

「もしこれでいやだって言ったら…?」

 

そう聞くと紫の顔に不敵な笑みが現れる。紫の心は読むことが出来ない。さて、どうくるのか…

 

「そうね。藍、お燐を好きにして良いわよ」

 

その瞬間、藍の頭がとんでもない妄想で埋め尽くされる。

あの…まさかお燐をそんな目線で見ていたんですか?ドン引きってレベルじゃ無いんですけど…後お燐もこの状況を楽しむんじゃありません。藍なら良いかじゃないです!

 

「……藍顔赤くなってますけど?」

 

名前的に蒼そうなのに…

 

「察しなさいよ」

 

「YADA!」

 

「どうしてそうなるのよ!」

 

「どうしてでしょうね?」

 

不毛すぎる言葉の投げ合い。

とまあそろそろ本題に入らないといけませんね。

 

「……結局、私は貴方に協力すれば良いんですよね?」

 

「ええ、最初からそうして欲しかったわ」

 

まあ、お燐をどうにかしてしまうと言うのは冗談半分なのかもしれないがこのままだと本気でやりかねない。手が滑ったーで済まされることではないしある意味ナイフでズバッの方が何倍もマシだった気がします。

 

「分かりました。協力しますよ」

 

仕方がない。ここは素直に従うしか無さそうです。いくら実行する気が無いとしてもこのまま突っぱね続けるのは得策じゃないです。むしろこれ以上家族を巻き添えにして欲しくない。

 

巻き込まれるのは、最も生き残れる可能性のある私だけで十分です。

この場合巻き込んだ原因も私ですからね。

 

「……ありがとう」

大妖怪特有の空気が消え、流れ出ていた威圧が消え去る。

紫のホッとした表情を見ていると…ここで私が拒否し続けた時の切り札はもう残っていなかったみたいだ。

 

「その代わり!」

 

「私が手伝うのは撤退だけです」

 

ここだけは譲らない。そもそも月に侵攻して最前線にいたら生きて帰れる気がしない。

 

「……分かったわ」

 

さすがにこれ以上は無理だと判断したらしく、紫も諦めてくれた。

なぜか清々しいほどの笑顔をされてますけど…どうしてそんな笑顔するんでしょうか?

少し気になります。

 

「あー丁度天狗と河童が侵攻計画から離脱しちゃった後だったし助かったわ」

 

あれ…あのーそれ多分私が原因な気がするのですが…いえ、ここはあえて言わないようにしておきましょう。

 

「誰かさんが手紙なんて送ったりするから…」

 

見事にバレちゃってますね。その誰かさん…私でしょうけど私から私とは言わないことにしましょう。

 

「嫌味ですか?」

 

「ただの愚痴よ」

 

本人の前で愚痴を言いますか……

 

「ほんと…これで力さえあれば大妖怪でもかなりヤバいヒト達の部類に入るのにね」

ため息を吐いてもどうしようもないですよ。

それに私なんて畏怖とかそんなものとは無縁ですから。

 

「御愁傷様。私はずっとただの妖怪やってますよ」

 

「いつまでそう言っていられるのかしら」

 

「ずっと言います」

 

 

 

 

 

 

二人のやり取りを聞いていると、さとりと言う存在がどうにも分からなくなってくる。

 

大妖怪相手に全く屈せず妖怪の山の主にすら働きかける事が出来る人物を、私は知らない。紫様だって何回も交渉していたのだ。一体どうしたらあのような芸当が出来るのだろうか。それとも何かと交換したのか……

 

「……?私はただ、天魔さんに警告を送って代わりに文さんをこっちに回してくれるように頼んだだけですよ」

 

それを手紙一本で出来るさとり様はもはや…大妖怪です。

 

種族に見合った行動をせず、異様なほど広い交友関係と影響力。それでいて本来妬み嫌われるはずの彼女は、多くの妖怪から信頼されている。その上紫様と並ぶほどの英才な頭脳ときた。

彼女は一体何者なのだろうか?もしかしたら神か何かの化身なのだろうか。だがそんな感覚は微塵も感じられない。

…紫様の脅威になるのかそれとも強力な味方となるのか。どちらなのだろう?

 

もし、彼女が敵に回った場合私は……

 

「何考えているんだい?」

 

ハッとして隣を見るとお燐が怯えた表情で見つけていた。

いつの間にか私はかなりの妖気を放ってしまっていたようだ。その上さとり様がこっちを見つめ続けていた。

忌まわしくも美しいその眼がこっちを見ている。さっきの考えを全部見られた……ああ、やってしまった。

 

もともとさとり妖怪の前で隠し事など出来るはずもなかったのだと考え直す。

 

「……なあお燐。一ついいか?」

 

「構わないけど?どうしたんだい?」

 

妖気をしまった私に安心したのかいつもの感覚に戻ったお燐の頭にハテナマークが浮かぶ。

 

「さとり様は…一体何者なんだ?」

 

「……前に藍が言った通り、臆病な子だよ。ただ、その割には異様に仲間思いでね…それこそ、さとりは仲間を助けるためならなんだってする…多分生きているなら…」

 

その先の言葉がどう続いていたのか。今となっては思い出せない。

ただ、さとりの功績を見ればあの時お燐がなんと言っていたかはわかるかもしれない。

 

 

 

「そういえばこいしのこと忘れてます?」

 

「「「あ……」」」

 

お燐のその言葉に私を含めた全員が言葉を失った。

さとりにいたっては顔面蒼白になってしまっている。

 

「紫、早くこいしのところに!」

 

「わ、わかったからそんなに怒らないで…」

 

「怒ってないです!焦ってるだけです!」

 

無表情で怒鳴られても正直わからないぞ。どうしてこう、表情が出ないのだろうか。

もっと笑ったら可愛いと思うのだが……もうちょっと成長した姿であればストライクゾーンだぞ。

 

この考えも結局は読まれてしまっているのだろうが、さとり様は全く気づいた様子がない。それほどまでに焦っているとは…

 

すぐに隙間が開かれさとり様がそこに突っ込んでいく。それに続いてお燐も空間から飛び出す。

慌ただしいことこの上ない。

裂け目から見えた世界は、明るくて暖かそうな光が満ちていた。

 

二人を送り出した隙間が閉じる瞬間、ものすごいドタバタとした光景が繰り広げられた。

 

 

私と紫様だけとなった空間に完全な静寂が奇妙奇天烈な空間に広がる。

 

「それで、藍、どうだったかしら?」

 

どうだったとは?と言いかけた言葉をかろうじて飲み込む。

紫様が何を言いたいのか。どんな答えが欲しいのか。少し考えればすぐに思いつく。きっと聞きたかったのだろう。ならそれを素直に答えれば良い。

 

「……大丈夫です心配は要りません。さとり様は、一度決めてしまったことは断らないはずですから。それより、さとり様達に何かしましたか?」

 

二人が飛び出す瞬間、なにか術のようなものをかけていたのを見逃すほど私の目は節穴ではない。

 

「なんでもないわ。ちょっとしたおまじないよ」

そう言い捨ていつの間にか手に持った傘をおもむろにかざし、歩き出す。

その後ろ姿が綺麗で、異様な世界の中に舞い降りた妖精のようだった。

「もう行くんですか?」

 

振り返った紫様は、純粋な少女のような笑みを浮かべていた。大妖怪としての仮面なんてものはそこにはなく、私ですらほとんど見たことない。本来の姿だった。

 

「出来ればもう一人だけ、連れて行きたいからね」

 

「……今からですか?」

 

ちょっとさとりに時間を費やしすぎたと呟く紫様は、既にいつもの仮面をかぶっていた。いつもながら切り替えが早いものだ。そんな少女のその妖艶な微笑みの内側は、さっきのように普通に笑える主人なのだろうか。

 

もし紫様の計画する妖怪の楽園…それが成された果てに、主人が仮面を被らなくてすむ未来はあるのだろうか?

主人の本来の姿は、夢幻となって消えるか幻想の中で生き続けるか…いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 

思考を切り替え終わった私は紫様の後ろを追いかける。

 

私を追いかける目線は、空間の目かそれとも……



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depth.34月のさとり

私の姿を見た途端わんわん泣き出したこいしをなだめて怒られてお燐がサードアイアタックでノックアウトしてと気づけば紫の言った時間が迫ってきていた。

まあ集合時間などあまり意味などないのですけどね。

 

そういうわけでちょっと作戦を練るに練っている。

こいしは疲れて寝てしまっているしお燐はこいしに付き添ってもらっている。

今この部屋は私しかいなくて静か…ちょっと寂しいです。ですけどこの寂しさがちょうどよかったりする。

 

そんなどうでもいい邪念を浮かべながら撤退支援を考えていると、背中から誰かの手が回されてきた。

襖が開いた音がしたような気がしましたけど誰でしょう。

 

「あやや?なんか書いてますね。なんです?見せてください」

 

ブレない天狗ですこと…

突っぱねても良かったですけど私が巻き込んでしまったものなのでなんとも言えない。素直に手元の資料を渡す。

半分が憶測なので参考程度にしかならないですけど。

 

「無言でやってきていきなり資料見せろって言う相手に黙って見せる人初めて見ました」

 

「ダメでした?」

 

「なんかこう…もっと違う反応を期待したのですが」

 

なにを期待していたんでしょうかね文さん。

想像するのも良いですけどそもそも私自身表情なんてでないですからするだけ無駄というもの。

残念そうにしてますけど、渡した資料を読むときだけは雰囲気が変わる。オンオフをきっちり分けられる性格って良いですね。

 

「なるほど……」

 

「今回は巻き込んじゃってごめんなさい」

 

「謝ることじゃないですよ!むしろ月の情報を収集できる一生に一度の機会ですよ!」

 

そう、文をこちらに寄越した理由は情報を収集するため。

正直天狗が欲しがっているのは月の情報。その為に紫と手を組んだのである。

正直、情報が手に入ればなんでもいいわけで……だから私の手紙にこうして応じてくれている。

 

「文さんが来たって事は…そろそろ時間ですかね」

 

「ええ、まだ少し早いですけどもう行ってもいい頃合いですよ」

 

ではそろそろ行かないといけませんね。

 

 

 

お燐に行ってくるとだけ伝えておこうとしたものの本人はこいしと一緒に寝ちゃっている。起こすのもなんだか可哀想だったのでメモを残しておく。

 

 

 

今宵は満月、月の光は不思議な力を地上の生命に与えてくれる。

月の光にそれほどの力があるのかと言えば…よく分かりませんが獣にとってはなにやらあるらしく活発に動いている。

それは一部の妖怪も例に漏れず…

 

「やっぱり満月の時は活気が出てますね」

 

「この時期の月は格別らしいですよ。椛とかが言ってました」

 

文の言葉を聞いて妙に納得する。そう言えば椛さんや柳さんは一応白狼でしたね。

私にとってはただの月見にしかならない満月でも色々あるものです。

じゃあ月の民はどうなのだろうか。あちらも裏から地球を見て何かあったりするのだろうか。

元々住んでいて…不老不死だか穢れだかなんだかで捨てた星をどう見ているのだろう。

蛮族?それとも未知の惑星?

 

「なに考えているんですか?」

 

「なんでもないです……文さんが綺麗に見えるなって思ってました」

 

「……え?」

 

ん?どうしてそんなに赤くなるんですか?対して変なこと言ったつもりはないのですけど…

 

「そんな綺麗だなんて……」

 

「んー?婚約話とかきてるんじゃないんですか?」

 

「な、ないですよ!それにあっても断ります!」

 

なんでそんなに意地はってるんですか…って言うかそんなポンポン断って大丈夫なのだろうか。将来…

別に私が心配することでも無いんですけどね。

 

ふと前を見る。月の明かりで遠くまで見渡せるはずの世界が真っ暗になっている。

「あれ……」

 

気づいた時には既に遅し、目の前に開いた隙間を避ける間も無く文と揃って異次元空間に入ってしまう。

風が消え、重力の方向が変わる。

 

「これは…境界ですか」

 

いくら進もうとしても目印になるものがない上にどこに進んでいるのか…または進んでいないのか、どちらが上でどちらが下なのか…時の流れすら進んでいるのか止まっているのかわからない。

そんな空間で前に進む力なんて無駄に等しい。すぐにその場に止まる。

 

「…そのようですね。文さん記事のネタには出来ませんよ」

 

「え…や、やだなあ。これはゴシップ記事じゃなくてルポとして書いてるんですよ」

 

一瞬動揺していたし絶対ゴシップで書くつもりだったのですね。

 

 

「……どういうことです?紫」

 

なぜわざわざ私達をここに入れたのか…連れてこられるようなことをした覚えはないはずなのですが

 

文も完全に困惑している。本当になにがしたいのだろう。隙間サービスなんて要らないです。

 

「あら、天狗を連れて行くのね」

どこからともなく紫の声がする。方向という概念があるのかないのか…すぐ近くで聞こえるようで、遠くから響いているようでもある。

 

「ダメでしたか?」

 

「いいえ、ダメとは言わないわ」

 

文さんのことでどうのこうの言うわけではないみたいです。では何用?

 

「じゃあなんなのですか?」

 

「そうね、貴方、本当に撤退しか支援してくれないのね」

 

「しつこいですね。私は攻めるなんてことしたくないんです」

 

持ってきている武器や装置がガチャガチャと揺れる。

 

私が揺らした訳でもない。では文?ですが彼女は私の一歩前。それに揺らしてなどいない。

 

 

「撤退しか支援しないなら外で待機ね」

 

「……え?」

 

すぐ真後ろで聞こえた紫の声。返答する時間も無く視界が歪む。

体から力抜けその場に崩れ落ちる。下が床にようになっているのか紫が床のようにしてくれたのか。私の体はなにもない空間のように見える場所に横たわる。

 

一瞬のうちに無力化された事実と、いつの間に術式を体に宿らされていたのかとその二つがグルグルと頭を駆け巡る。

 

「大丈夫よ。ほんのすこしの合間寝てもらうだけだから」

 

そう言うことではないと言いたかったが既に言葉などまともに喋れる状態ではなく、うめき声しか出すことはできない。

 

視界は既に真っ白。意識がスパークして消えていく。

 

まさか私が意図的に撤退を行わせるために妨害工作をするとでも勝手に勘繰ってしまったのだろうか。

紫は心配性というべきか用意周到と言うべきか…

 

「藍、起きたらよろしくね」

 

隣で体を揺すっている文の顔が一瞬だけ見えて…すぐ黒く塗りつぶされた。

まあ術式的に紫の言う通り少しの合間しか寝かせられないタイプのものですから……まともに動かない思考は今は素直に眠らせるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホゲホ……」

 

自分の噎せる音で意識が戻った。いえ、『戻る』と言うより意識が無理やり呪縛を破いて出てくるような感じです。

未だに寿命を迎えた蛍光灯のようにチカチカと付いたり消えたりを繰り返す。その上無理な体勢だったのか背負っていた荷物が変なところを圧迫しているのか妙に痛みが生まれる。

一言で表すとすれば最悪の目覚めです。

 

それでも目覚めと言うのは平等にやってくるようなもので、一度目覚めてしまえば体を起こさないとどうにも落ち着かないと言うかいつもの癖と言うか……まあそんなものの為ではあるが体を起こすことにする。

 

ガラスが砕けるような音がなにも聞き取ろうとしない耳に響き渡る。

それと同時に不安定だった意識そのものが一瞬にして覚醒する。

それと同時に頭の上の方で何かが動く気配がする。

 

「あれ?さとり様起きるの早くないですか?まだ二十分も経ってないですよ」

 

見上げれば藍が私を見上げていた。上下反対方向でずっと見守っていたようだ。

何故そうしているのかはわからないけど……

 

「術式を強引に突破したみたいです。もちろん無意識下で行なっていたものですので私の意思であるかどうかはわかりませんが」

 

術式を強引に破った代償は小さくない。

今もなんだかクラクラするし気分も悪い。

精神面でのダメージが肉体面に影響を及ぼしているようだ。

 

「それで紫は?」

 

「えっと…もう既に行っちゃいました」

 

二十分も経ってればそうだろう。気づけば文もいなくなっている。

多分連れていかれたか…記者スイッチが入ってしまったか…

 

「何分経ってます?」

 

「ええっと……月に渡ってから10分48秒」

 

そんなに経っていたとは…流石にまずいです。まだ安定しない体を無理に起こす……と言うよりかは急に体にかかる重力方向が変わり立たされる。

再び藍を見れば壁に垂直立ちしているかのような姿になってる。

 

「早く月への通路に連れて行って」

 

「え…ですがまだ本調子ではないのでは」

 

「いいから!」

 

体の心配をしてくれるのはありがたいですけど今は月に行った妖怪の方が心配です。

 

「……分かりました」

 

藍が不意に消え、私の前に現れる。

 

「こちらにどうぞ」

 

案内されるがまま、横にいってるのか上に行っているのかわからない空間を進む。

 

 

 

 

 

 

 

どうやら紫は裂け目を閉じて行かなかったらしい。閉じられたらもう出れないので閉じないでくれて助かりましたけど。

 

藍に誘われるように…実際その九尾のフサフサにつられていましたけど…

 

隙間を通過、その直後から吹き付ける夜風に体が凍える。

同時に目の前には大きな湖があった。

それは月明かりの中で、しっかりと…そして自然と調和するようにして存在している。

だけど水面に映った月がなんだかおかしい。

 

風で出来た波紋を無視するかのように、全く揺れずそこに存在する。まるでその部分だけが板のようになっている。

 

 

その上なにやら術式のようなものが組み込まれているのかそこのところだけ湖底から照らされているようになっている。

 

 

「……あの月に飛び込めば良いんですね?」

 

「そのように紫様は言ってましたけど…」

 

ならばここで良いのでしょうね。さて、持ってきてる荷物は……大丈夫全部ある。

 

「それじゃあ一緒に行きましょうか」

 

今度は私が藍の前を行く。

 

「私もですか?」

後ろから不満いっぱいの返答。

 

「式神なら主人を迎えに行くのですよ」

 

そう言えば藍は納得してくれたのか黙って着いてきてくれた。本当は紫の命令でずっと待機していたかったのだろうけど……

 

 

通過直後、重力が反転する。さっきまで真下に向かって飛んだはずなのにあの月を通った直後から真上に向かって飛んでいる。

 

体の向きを逆にし、方向転換。停止…視界良好。体に異常なしっと。

あたりは薄暗く、意外と静か。ふと下を見下ろすと、そこは海が水平線の向こうまでずっと広がっている。月表面にしてはありえない光景。

でも覚えている……

「豊の海ですか…」

 

穏やかで…それでいてなにも棲んでいない…無機質な空箱みたいな海。

そんな海の海岸線にあの通路は繋がっていたようだ。

 

だが妖怪の姿はどこにも…いや一人だけいる。

少し遠いところに寝そべって盛り上がったクレーター縁から向こうをのぞいている烏天狗が一匹。

 

その鴉天狗の後ろにこっそりと忍び寄って…

 

「文さん……」

肩にそっと手を乗せてちょっとだけ脅かす。

 

「うひゃああ‼︎」

 

めっちゃびっくりされてこっちが逆に驚く。主に藍が…

 

「お、脅かさないでください!ってさとり、起きたの⁉︎」

 

「起きちゃ悪いですか?」

 

いやダメとは言いませんけど…

 

なら良いじゃないですか。それより私を置いて先行っちゃったんですね。

 

だって八雲様が…

 

知ってました…やっぱり紫には逆らえないですよね。

 

すいません。

 

 

 

 

「すごい血の匂い…」

藍がそう呟く。

私は獣みたいな敏感な嗅覚は無いのでわからないのですがそんなに血の匂いがしますか?

 

「ああ…そりゃしますよ血の匂いくらい」

 

どうやら文も血の匂いはしているみたいだ。

じゃあ私だけが感じていないだけ?

確かに血の匂いは沢山嗅いできましたよ。

 

「その向こうか……うわ……」

藍の声で縁から外を見ると地表の一部が真っ赤に染まっていた。

 

原型が残っているものもそうでないものもその殆どは生き絶えてただの肉片になっていた。それも夥しい数。百、二百ではない。千単位だろうか。見ていて吐き気がしてきた。これほどの命が全て犠牲になり散っているのかと…今更になって襲ってくる後悔。

だがこの光景も前世知識では結構見てきた。みて……来た?

 

「まさか…集めたのは妖怪4500人以上なのに…」

 

藍のつぶやきで意識が戻る。

 

「よくそんなに集まりましたね」

 

「大陸側からもかき集めたからな…」

 

なんとまあ……どれほどの命が散って言ったことやら。

見たところ戦闘中の集団はもう少し向こう側にいるようだ。

 

視力の許す限りで遠くを見る。

 

「……あの文さん。戦況見えます?」

 

でもやっぱり私の視力では無理だった。

 

 

「ええっと…空から鉄の鳥が来て……先頭集団と後方が分断、後方集団はさっき壊滅しました。現在強者揃いの前方集団が奮闘してますけど…包囲されていて時間の問題です」

 

それだけわかれば十分です。

ありがとうと手短に伝え、ゆっくりと歩き出す。

 

「さとり?どこに行くの⁉︎」

 

「なにって?元々することをしに行くだけですよ」

 

「「死にたいの(ですか)⁉︎」」

 

おやおや、二人の声が重なりましたね。

 

 

「でも見捨てるわけにはいきませんからね。ほら藍さん行きますよ」

 

「……え?」

 

誰が一人で行くなんて言いました?

あなたの主人を連れ戻しに行くんですからあなたが行かないでどうするんですって何度も言ってるじゃないですか。

後文はそこで待機していてくださいよ。万が一があったらこいし達に事の結末を知らせるために何としても生き残って欲しいんですからね。

 

「それじゃあ行ってきます」

 

「あの…紫様は私が連れてきますからさとり様はここで待ってても…」

 

それじゃあ私がここに来た意味ないじゃないですか。

それに今更ですかい。そりゃあんな爆発したりミンチが出来たりしている場所に飛び込むのは嫌ですよ。

でも行かないといけないじゃないですか。

 

「大丈夫です。残ってる妖怪が死んで行く様をただ見るなんて嫌ですから」

 

どうしても引かないと分かったのか藍はため息をついて呆れていた。

 

「……貴方も貴方で頑固ですよね」

 

引きたくないところは引かない主義なだけです。そこまで頑固でもなんでもないですよ。

 

「さて、行きますか」

 

「あやや、私に訃報を届ける仕事なんてやらせないでくださいよ」

 

わかってますよと意味を込めて文に手を振る。ゆっくりと体を浮かせて戦場に向かって進む。

やや遅れて飛びだした藍が私の横にくる。

 

「手はあるんですか?」

 

「河童からもらった道具があるんで試してみたいと思います」

 

変わり者とかなんだとか言われている河童だけどなんだかんだ言って凄いんですよ。

 

お、そろそろ見えて来ました。

 

成る程、空と地上からの同時攻撃ですか。なかなか考えてますね。

 

相手は…八足歩行戦車と兎…殆どが遠距離戦装備ですね。

前世知識だと優曇華とかは接近戦とかもやっていたような気がするしあれでも兵士……接近戦は禁物ですね。

その上まだ兵員は増えるみたいですね…どうみても京都の方から来ているのは大型兵員輸送車ですし。

 

航空兵装は…あそこにいるA-10か。あれ?A-10じゃ無い。似てるけど…あんな十字の垂直尾翼な訳無いしエンジンがクルクル回転して方向転換する機体なんて…やっぱり油断できないです。元から油断してたら死にますけどね。

 

 

「やっぱりこれは紫様だけでも良いのでは…?」

 

「これが効かなければそうしますね」

心配そうな藍にコートの下からとある物を見せる。

 

「なんですかそれ?」

 

「名前は無いそうですけど特殊な妨害装置…と河城にとりは言ってました」

 

「……大丈夫なのかそれ」

 

ジト目で睨まれても…わからないですよ。作った本人がまだ試してないって言ってるものなんですから。

 

とにかくこっちに気付く前にさっさと使っちゃいますか。

 

黒い球体の上面についてるピンを抜き思いっきり空に向けて放り投げる。

「飛んでけー」

 

「無表情で言われてもあの球体だって飛びたくないですよ」

 

 

何か失礼なこと言われた気がしますけど今は気にしない。

放り投げたそれはほぼまっすぐに飛んで行く。

 

「直視しないでください。目をやられますよ」

隣でじっと見つめていた藍に警告する。その合間にも高度を上げた球体の中にあるタイマーは確実に時を刻み……

空中で青白い閃光を放った。

 

「……これだけか?」

 

光っただけでなにも起こらないことを不審に思う藍。まあ目に見える物理的現象はあれだけですけどね。

 

だがあれが爆発した途端、空中を飛んでいた機体は異変を起こしふらつき始めた。

よく見ると何箇所か煙を吐いてる。

 

だがそれもしばらくすれば地上に向かって頭を向けて突っ込んで行った。

地上も地上で進行していた戦車がパタリと動かなくなってしまっている。

 

「予想以上に効きましたね」

 

何があったのか兎達が状況を確認しようとしている。そんな戦車に向かって兵員輸送車が突っ込んでいく。

EMPでコントロールが効かなくなったのだろうか。まさかブレーキシステムまで全部電子制御…?

 

そうしている合間にも戦車に接触した輸送車は弾かれるように吹き飛び何回もその場で転がり止まった。それも一台だけではなく次々と突っ込んで行く。

搭乗員は御愁傷様です。

 

「何が起こったの?」

 

「……なにか光っただけのように見えましたが」

 

 

不思議そうにしている藍に説明しようとするが時間もないし説明は後にしたいので一言だけ

 

「電子パルスですよ」

 

案の定、キョトンとしている。電子?パルス?うんうん、河童くらいしか分からないですからね。普通でしたら…

 

電子パルスとは、パルス状の電磁気…簡単に言うと放射エネルギーの一種。

この電磁波はケーブルやアンテナに高エネルギーのサージ電流を生み出し接続してある電子機器を破壊したり一時的な誤動作を発生させるものです。って言っても分からないですからね。私だっていまいち分からないですし…

自然現象であれば落雷が一番近いですね。

 

実際に前世の記憶ではどこかの大国が非殺傷兵器として開発していた。どれほどの効果があったのかは知りませんけどね。

ですがここまで効き目があるとは…驚きですね。

 

まさかこっちがEMPなど使ってくると思っていなかったのか無対策だったのでしょうか。

まあ、EMP攻撃なんて使ってくる相手はまだいませんからね。

 

 

それにしても河童も良くこんなもの作ったものです。

有効範囲1000メートル。使い道がなくて倉庫の肥やしとか行ってましたけどこれは十分使えますよ。月相手だけですけど…

 

ふと、地上に目線をやると電子機器が根こそぎ使えなくなった兎達の陣形が大きく崩れているのがよく見える。同時に、私達の方を指差して何か叫んでいる兎も…

 

「あの兎が混乱していますけど…あれはなにをしているのですか?」

 

状況がうまく飲み込めない藍が聞いてくる。

後方からの戦車、上空からの航空支援は一時的に使用不能。とだけ伝える。正直時間が惜しいのです。

 

 

「今のうちに妖怪たちを撤退させてください。私はあの兎達を止めますから」

 

「……分かりました」

 

さてと、前線にいる兎さんちょっと痛いかもしれないけど許してくださいね。

なるべく死傷者出さないようにしますけど…

 

 

背中に背負ってきた筒のようなものを構える。

弾丸は8発。バラバラ閑散してしまっているがこの弾丸なら問題はない。

 

「伏せなさい!」

 

妖力に声を乗せて兎達に届ける。

声が届いたのか私の方を見てなにやら叫んだり伏せたりしだす。

 

安全装置を解除。狙いもろくにつけず引き金を引く。

圧縮された高圧ガスが弾丸を打ち出し装填装置を動かし次弾が装填、鉄撃が再び持ち上がる。

もう一度、もう一度……

 

全弾投射、空っぽになった箱を切り離す。

 

発射された40ミリ弾丸が打ち出した順に炸裂……

 

 

河城にとりが興味本位で作って、味方撃ちしてしまうほど危なすぎるから使用できないでいたものが月面に降り注ぐ。

素早く反応できた者は結界らしきものを張ってある程度防いだものの間に合わなかった者の体に細い矢が何十本も突き刺さる。でもまあ、あれくらいで死んでしまうほどヤワでは無いし矢だって貫通力はない。

 

今更ながら恐ろしい武器だこと…被害半径が小さいのが唯一の救いですね。

そう言えば、こっちの予備弾は金属の矢じゃなくて球体を放射状に打ち出すとか言ってましたね。ちょっとエグくないですか?確かに入れ知恵したのは私なんですけど…まさか本気で作るなんて…河童凄い河童怖い。

 

攻撃が止んだのに安堵したのか一部の兎が負傷者を下がらせている。

ただ、それだけで手一杯なのか妖怪を追撃しようとはしていない。いや、する気が無いのか…

 

なんだか、戦車や航空機がないと弱いのか強いのか分かりませんね。

多分強いんでしょうけど、戦い慣れしていない…?

 

ふと藍達の方を見る。どのくらい撤退が進んでいるのか確認。

何人か残って戦うとか叫んでいる妖怪がいるようですけど…えーっとそれはもう知りませんよ。勝手に戦ってどうぞとしか言いませんから。少なくとも私が見えるところでは死なないでくださいね。

 

ーーー殺気⁉︎

 

瞬間的に体がはね飛ぶ。世界が逆さまになり再び元に戻る。

回転する視界の中で殺気の正体を見る。

白く塗装された胴体、先端と翼が黒く胴体後方から出るブラストの光を刃の光のように反射している。

 

体の向きを捻り飛ばして来たやつを見る。

六角形の翼をつけたX字の垂直尾翼の戦闘機が四機。

だがよく見る前に真横を通り抜けて行く。

コクピットと思われるところは装甲で囲われていてパイロットを見ることはできない。

 

どうやら、電子パルス放出後に出てきた増援機のようだ。

さっきの機体とは違ってこっちは制空戦闘機…なるほど、私を足止めしに来ましたか。

別に良いんですけど私ばっかり構っている場合じゃないんじゃないですか?戦術的に考えても妖怪を潰したいならさっさと戦車でもなんでも持ってくるとかさっきの攻撃機を大量導入すればいいんじゃないんですかね。

全く何考えているのかわからない。

 

……そんなこと考えている場合では無かった。

 

すぐに高度を下げ私に狙いを定める機体の射線から外れる。1秒ほど経って頭の上を再び四機が通過。その直後、機首が180度反転し頭がこっちを向く。信地点旋回をした戦闘機が機銃弾をばらまいてくる。

 

弾幕を振りかざし銃弾を受け止める。

弾幕が破裂。爆風を利用してさらに下へ距離を取る。

それを逃すまいと機体が直角に方向転換。

 

普通、人型なんかの小さく不規則に動く目標なんて追尾できないはずなのになんだか物凄いデタラメ軌道で追っかけてくる。

弾幕を展開し進路妨害をするが、弾幕の合間をスレスレで通過して行く。

 

なら、もう一回…その瞬間、相手の攻撃が左腕を掠める。

 

「あ…っ!」

 

肉が焼ける匂いが鼻をつく。

直後、周辺を何本もの紫の線が囲う。レーザー攻撃まで使えるなんて…さすが月。感心しているとすぐ近くを通過した機体の突風に体が煽られる。

 

体のバランスが崩れ一瞬だけ制御が効かなくなる。

その隙を突いて1機が頭を私に向け突っ込んで来た。

 

胴体の真ん中にあるウェポンハッチが開きミサイルが顔を出す。同時に主翼上面に搭載されたミサイルがランチャーレールを滑り出す。

 

「短距離ミサイルは良いとしても中距離ミサイルまで使わないでくださいよ!」

 

叫んでみるが届くはずもない。

否応無しに大量のミサイルに追いかけられる。

 

だが速度の差など歴然であり数秒後には命中するなど簡単にわかってしまう。

 

仕方がない…ここは骨の一本二本捨てる覚悟で……

 

そう決意し私自身の目の前に小さな妖力の足場を生み出す。

体の向きを変えて両足でその足場を蹴飛ばす。

 

反動で身体が反対方向に吹き飛ぶ。

体にかかる負担で骨が嫌な音を立てる。

 

だがそれを気にする前に目の前に迫るミサイルに意識を集中させる。

 

一番手前は短距離ミサイル。先端についているシーカーヘッドに向かって弾幕を撃ち込む。

 

3発目で命中。コントロールを失ったミサイルが暴れ出す。

ただしこの時点でミサイルとの距離は1メートル。こんなところで誘爆されては溜まったものではない。

 

足の方に妖力を貯め、意図的に爆発。

身体を爆風で吹き飛ばす。

右足の骨が折れたような気もしないでは無いですが、痛みは感じない。

爆風で得たエネルギーを殺さぬよう、通り過ぎるミサイルを蹴飛ばしてさらに加速。

 

ミサイルの上を飛び跳ねるように戦闘機に向かう。

 

ブレーキをかけて体の位置を調整。すれ違いざまに戦闘機の翼に向かって弾幕を撃ちまくる。

 

破片がバラバラと飛んでいき、変な風切り音が聞こえる。

 

次の機体を探そうとする。

だがそれよりも早く左手が何かに引っかかり真後ろに引っ張られる。

どうやら後方から来ていた戦闘機の尾翼に引っかかったみたいだ。

 

「いっ…た!」

 

思いっきり引っ張られて肩が外れた。いや割と痛いんですけど…マジで痛い。

 

それでも戦闘機の上に乗れたのだ。ちょうど良いだろう。

 

肩掛けのおかげで手放さずに済んだ筒をエンジンに向けて一発撃つ。

表面の金属板が弾け飛びエンジンが爆発する。

 

再び空中に飛び出し爆発から逃れる。

 

だがそれだけで終わりというわけにはいかない。さらに増援の機体がやってくる。今度は16機……数が多すぎる。引きつけられるだけ引きつけて逃げ回るのが良い。

 

急降下、地面すれすれを土煙を上げて逃げる。時々兎が目の前に出てきて進路妨害してきますけどいちいち気にしているわけにもいかない。わざわざ弾幕の薄い方に誘導させて戦闘機で狙い撃ちする魂胆に素直に乗るわけにはいかないですから…

それでも数センチ隣や後ろに次々と明るいものが着弾して行く。

 

土や金属の破片が飛んでくる。

 

 

まだ撤退完了まで時間がかかりますし…確実に追い詰められているこの現状で耐えきれるかどうか…

 

速度と高度を変えずに真後ろを向く。一か八かやるしかない。

 

あまり時間をかけすぎていると戦車とかがまたやってきちゃいますし…すでに地上戦力は回復してきてますし今度は私が身動き取れなくなっちゃいますから。

 

すぐ近くに迫ってきている戦闘機に向かって弾幕を展開しようとする。向こうもその気らしく機首の機関砲が唸りを上げる。

着弾したことを示す土埃が周辺に立ち込める。

もう少し近づかないと射程に入らないのがもどかしい…

 

だが私が攻撃する前に戦闘機の真上に誰かが乗っかる。

 

「……え?」

 

その人影が機体上部で揺らめく。

 

その直後、視界が赤い炎で埋め尽くされた。

 

翼の燃料タンクが燃え、炎を纏い爆発を繰り返す機体が私の真横を通り抜ける。

 

「危なかったですね」

 

本当ですよ。咄嗟に左に避けなかったら正面衝突していたじゃないですか。落とすのもいいですけど周りみてくださいって……あれ?誰ですか?

 

私の真横に戦闘機を破壊した少女が並ぶ。

緑色の髪の毛をサイドテールで纏めた少女がふと微笑む。

水色の着物が炎を反射して上に羽織っている赤いコートと同じ色を一時的に生み出している。

その姿が凄く綺麗で、それでいて寒気がする。

 

その上この子はこんなところにいていいような子ではないはず…

 

「あのー大妖精さん…なんでここに?」

 

意外すぎるヒトが来たことにどう返していいかわからない。

 

「そうですね……八雲紫様が直々に頼んで来まして…」

 

サードアイを展開して心を素早く見る。

 

時間としては私が紫と色々言い合った後…つまり私のバックアップとして頼まれたようだ。なんだかか迷惑な話だ。その上さっき私は眠らされた…多分私が起きないか不都合があった場合に備えていたらしいですけど…じゃあ大ちゃんは今までどこにいたのだろうか。

 

「すいません…ちょっと決心つかなくてずっと入り口で迷ってました」

 

なるほど、大ちゃんらしい。

誰だって戦場に行くのは嫌だし最も危険な役を任されるなんてすっぽかしたくもなるものだ。

 

「……無理でしたら逃げます?」

 

「大丈夫です。さとりさんが戦ってるんですからここで逃げるわけにはいかないです!」

 

嘘偽りない本心が心を揺さぶる。

 

あれーなんでこんなに大ちゃんに好かれてるんでしょうか……

こう純粋な心を見てしまうと気が落ちると言うかなんというか…今は感じている暇ないような気持ちが湧き上がってきて仕方ない。

 

同時に迫ってくるミサイルを妖力弾で弾き飛ばす。

 

「なら、大丈夫ですね」

 

私の問いかけに笑顔を返す大ちゃん。それだけで十分。

 

 

急に大ちゃんの体が消える。

慌てて振り返ってみれば急制動をかけて後方から迫ってきていたミサイルを踏み台にしている。

 

踏み台がわりにされたミサイルは下に蹴飛ばされ地面に頭をぶつける。

爆炎と土煙。

 

見とれていると私に向かってホバリングして狙いを定めている機体を見つける。

 

反射的にレーザーと誘導弾幕を撃ち出す。案の定右へ回避、その上機体から赤い光の球がいくつも放たれ空中に花を咲かせる。エンジンのノズルが真下から水平に戻り加速して来る。

 

胴体下に取り付けられた酒瓶を横にしたような形の兵器が青色の光を放つ。

地面が爆発してクレーターが出来る。

一度上空をフライパス。反転して後ろから狙って来るようだ。

なら、いいでしょう…

 

地面すれすれを飛行させて意図的に砂や石を巻き上げる。ついでにちょっと大きな石を蹴飛ばして後ろに吹き飛ばす。

 

吹き飛ばされた石でも吸い込んだのか、後ろで爆発音が数回聞こえ焼ける匂いが漂う。

金属がひしゃげた音とほぼ同時に地面を擦るような音。

 

「やっぱり脆いですね……」

そもそもあんな戦闘機は対人戦闘なんて想定していないはず。なんで出てきたのでしょう。

 

さて、他の機体は……

 

ふと見上げた先にいた戦闘機が突然爆発する。爆炎が上がる瞬間、人影が飛び出して他の機体の真上に乗っかる。

「大ちゃんってあんなに強かったんでしたっけ?」

 

グレーの機体の上に飛び乗った大妖精が思いっきり足をあげる。

金属同士が悲鳴をあげ、炸裂したかかと落としが主翼を消しとばす。機体から弾け飛んだ右翼の残骸が真後ろに流れていく。

そのまま機体から飛び去り別の機体の真上に乗っかる。

 

流石に私より大妖精が脅威と感じたのか私そっちのけで全機が大妖精に向かって行く。

 

飛び乗られた機体のパイロットは必死に振り落とそうと左右に揺れるが大妖精はそれに臆する事もなく主翼上面に搭載されたミサイルをパイロンから引きちぎり……

「えい!」

 

可愛らしい声でミサイルを装甲キャノピーに突き刺した。

安全装置が働いているのかミサイル自体は直ぐに爆発しない。

 

爆発する頃には大妖精は次の機体に向かっている。必死に逃げようと離れて行く機体。だが、いつのまにか機体の真上に大ちゃんが乗っかっている。

物理的に離れても、妖精は妖精。特に大ちゃんは障害物が無い空間上であれば100メートル前後の距離など無いに等しい。

 

Yの字についている尾翼を回し蹴り。一瞬だけ間があり、尾翼が接合部から外れる。

コントロールの効かなくなった機体からパイロットが脱出。その直後、無人になった機体もろとも大妖精を消そうと生き残っている機体からレーザーとミサイルが打ち出される。

 

着弾、機体は跡形もなく砕ける。

 

「危ない危ない……」

 

独り言なのか撃った相手に言っているのか…

いつの間にか別の機体の真上に立っていた大妖精は走行キャノピーをぶん殴って破壊する。

 

あんなことされればパイロットは生きていても相当なトラウマでしょうね。

なんせ超音速で飛んでいるのに全く動じず格闘戦を挑んでくるなんて……

私の中の大妖精のイメージが崩れる。

いや、もともと原作知識なんて当てにしてないのだけど…普段のおっとりした性格はどこへ行ったのやら。

それよりも妖精ってあんなに強かったんでしたっけ?人間より弱いと思うのですが……まああの子の能力を考えれば対兵器戦に有利なのは分かりますけど…

それを有効的に使えるように入れ知恵してしまったのは私…結局私が原因だった。

「……この場は彼女に任せても大丈夫そうですね」

 

独り言は独り言のまま消える。

 

それでも長々耐え切れるとは思っていない。

特に妖精は人間より弱い。もちろん体力だってそんなに無い。持久戦になったら不利です。

藍の方は……どうやら終わったらしい。地上の兎を吹き飛ばしながらこっちに向かってきている。

 

サードアイで視た限りは紫がまだのようだ。

探さないと行けないんですかねえ…なんだか嫌なんですけど。そろそろ帰りたくなってきましたし……でも彼女がいないと大変なことになってしまいますし…一応通路が開通されていると言うことは紫は生きているわけですし…

 

なんだか静かになっていることに気づいてふとあたりを見渡す。

「あれ?引いていく?」

 

先程から飛び回っていた戦闘機や地上の兎が一斉に都の方に撤退していっている。

 

「……さとりさん何かあったのでしょうか」

 

敵が撤退しているのを見て攻撃をやめた大ちゃんが降りて来る。

 

どことなくガソリン臭いと思いきや彼女の右腕から透明な液体が垂れているのに気づく。

燃料タンクに腕を突っ込んだのか、パイプにやられたのか相手にかけられたのか……詳しくは知りませんがあまりよろしいものでは無い。

 

放っておけば揮発して問題は無くなりますけど……

 

「……まあ帰ってくれるならそれが良いです。それよりもあの(馬鹿)を探し出さないと…」

 

「あの……妖怪の賢者に馬鹿は…」

 

え?ああ、なんか疲れてきているみたいですね。思考回路がまたおかしくなってきてます。聞かれてないと良いですね。聞かれてたらちょっとやばいんで…ええ。

 

そう思っていたら私の目の前に切れ目が出来る。

大ちゃんが何か言おうとしたもののそれより早く隙間から手が出てきて私の頭を思いっきり掴んできた。

 

「誰が馬鹿ですって?」

 

あの…手に力入れないでください。痛いんです…冗談抜きに…

 

「えーっと…言葉の綾です」

 

誤魔化せてないけど誤魔化すしか無い。

でないと本当に頭潰されそうですし…

 

「……まあいいわ。お勤めご苦労様……とだけ今は言っておくわ」

 

まだ賢者の皮を被っていなければならない時なのだろう。だからなのか対応が少し冷たい。まあ仕方のないことだろう。

 

「……色々言いたいことがありますけど今は置いておきます…無事でよかったです」

 

「私を誰だと思ってるのよ」

 

若干顔を赤くしてそう言われる。

まあ妖怪の賢者とか言われているくらいですしそう簡単には死なないと思いますけど…

 

「紫様‼︎ご無事ですか!」

 

藍もようやく到着したみたいです。…って文も来ちゃったんですか?

 

 

なんだかんだ残ってる組は集まってしまったようですね。丁度月側の攻撃も止んでますしさっさと帰りましょうか。

向こうもまさか遠距離攻撃なんてして来るとは思えない。それに今なら隙間が目の前にあるわけだし攻撃は簡単に回避できる。

 

「……帰りましょう?もう十分でしょ」

 

「……」

 

凄い渋い顔されたんですけど…まさかあれだけやられてまだ懲りないつもりですか?それは幾ら何でも……え、違う?

 

私の表情を見た紫が一部の情報を私のサードアイに流して来る。直接伝えるのが難しいほどの情報が流れてくる。

なるほど、一部が何故か暗号になってしまっていますけど…つまりはまだ一悶着残っていると…

 

「あの……私達どうすれば?」

 

状況について行けてない大ちゃんが訪ねて来る。正直もう帰っていいと思いますけど…

 

「ああ……そうね…」

 

なんだかパッとしないと言うか口ごもってどうしたのだろうか。

なんだか様子がおかしい。

 

「……誰か待ってます?」

 

「ええ……」

 

成る程、ここにいる面子は紫ではなく別の人の方が実権を掌握しているわけですか。

となれば原因はさっき私に見せてくれた問題が関係している…月の民と言えば色々といますけど…おそらく紫相手となれば賢者クラス。

 

 

「遅れました」

 

全員の真後ろから知らない誰かの声。

私と紫を除く全員が咄嗟に振り返って戦闘態勢に入る。

 

そんなに殺気立っても……

 

「やめなさい。戦うだけ無駄よ」

 

紫の一声。それだけで全員が殺気をしまう。妖怪の賢者のすごさを目の当たりにする。

たった一言で全妖怪と妖精を意のままに操れるとは…少しだけ術というか…妖怪の中の序列のようなものの影響もありますけど恐ろしいものです。

 

そんなことよりもまずは相手を確認しないといけませんね。

私ものんびりと後ろを振り向く。

 

白い服と赤いサロペットスカート、私より薄い紫色の髪の毛を黄色いリボンでポニーテールにしている女性が刀を構えて立っていた。

 

その横には、白い長袖シャツと青色のサロペットスカートに身を包んだ金髪女性が扇で口元を隠しながら微笑んでいる。

 

「あの…どちら様で」

 

「妖精如きに答える義理はない。『一回休み』にされたいか?」

 

大ちゃんがポニテに睨まれて萎縮してしまう。

性格が硬いのか仕事上の問題だからなのか…取っ掛かり辛い。

 

その合間も微笑んでいるだけの金髪さんの方がまだ話しかけやすいですね。

…サードアイを向けてみるがなにも情報は入ってこない。

私のような種族に対する備えも万全ですか…

 

でもなんとなく悪戯したくなってくる。だって不公平だし驚く顔見てみたいんですもん。

 

「あのー……帰っていいですか?豊姫さん」

 

「あら、私を知っているの?」

 

「そこにいる依姫さんの姉だということくらいは…」

 

一瞬、豊姫の目が驚きに満ちる。

依姫さんの方は…抜刀して戦闘態勢になってる。そこまで融通効かないんですかねこの妹は……

 

「あやや?知り合いですか?」

 

「文さん…古事記とか読みました?」

 

全力で否定された。なんで読んだことないのやら…まあ、普通に読めるようなものでも無いですしね。

 

でも月に来るなら普通読んでから行くと思うんですけど…あれ?私の認識がズレているだけでしょうか?

 

「豊玉姫、玉依姫ですよ」

 

「貴様……何故それを‼︎」

 

めちゃくちゃ睨まれてるんですけど主に依姫さんの方に…私何か変なこと言いました?

 

「何故でしょうね?」

 

 

前世の知識ですなんて言えない。まあ言わないし別にどうでもいいと言えばいい話。

 

「それで?ここに残ってる面々はなぜ残したのですか?早く帰りたいんですけど」

 

紫はさっきから沈黙。三人の合間になにがあったのかはしらないですけど、きっと何かあったんでしょうね。まあ戦った形跡がないとあれば何か取り決めでも行ったんでしょうかね。

 

「……ダメにk「ええ、いいわよ」…お姉様‼︎」

 

流石豊姫さん。話がわかる人で良かったです。

でもちょっとだけ微笑みが怖いと言うか…なんでしょうね。

何か企んでいると言うか…ちょっとだけ紫と同じ匂いがする。

 

「ただし、そこの妖怪の賢者とその従者。あと、そこの貴方はちょっと残ってちょうだい」

 

藍はまだわかるとしてもなんで私まで…原因はわかっているんですけどなんだか納得いかないと言うか…ちょっと挑発しすぎましたかね。

 

そんなことが頭を支配していると、文と大妖精の姿がふと消える。

咄嗟に豊姫の方を見ると、待っていましたとばかりの笑顔を向けられる。

「あら、私の能力がわかっていらっしゃるの?」

 

「え…あ…まあ……」

 

嵌められた。まさかこっちが一本取られるとは…やはりこのチート姉妹…侮れない。

それにさっきから依姫さんが殺気だけで精神をゴリゴリと削っていく。それも器用に私だけに殺気を送っている。

今は涼しい顔して流せてはいるがあまり気分の良いものでは無い。

 

「そうねえ……どこから話し合いましょうか」

まあそんな事は今は置いといてとでも言いそうな雰囲気で紫の方に向き直る。

なんだかうんざりしていますけど…私は知りませんよ。だってあなたの自業自得じゃないですか。

 

蚊帳の外にされてしまいそうですしこっそりと帰りたいのですが依姫さんが抜け駆けは許さぬと睨みつけてきてますからずっとここで殺気を浴びてないといけない。

 

ふむ、私に用事なんて珍しい事です。まあなにを言いたいのか分からないわけでは無いですけど…それでも私を捉えておく必要性はあるのだろうか。私よりも賢者の方がそりゃ頭のいいでしょうし、強いでしょう。

 

紫と戦後処理の事を話し合う豊姫さんの横顔に目線を送る。

彼女がなにを考えているのかは分からない。だがどうせまた気まぐれとかなのであろう。力を持つ者の気まぐれは面倒である。

 

私も時々周囲を巻き込んでますけどそれとこれとは根本的に違う。

まあそんな事を愚痴ったところでこの状況は変わらないし地球に戻れるわけでも無い。今はのんびり耐えることにしましょう。

 

「それで、あなたは何者?」

 

話が終わった豊姫がこっちに向き直る。

 

はて?何者と言われましても…私は私であってあなた達にとっては取るに足らないただの悟り妖怪です。それ以外に何かあるとすればそれは私が変に色々詳しいということだけで…

 

「ただの悟り妖怪ですけど…」

 

「おい、正直に話せ」

 

あのですね…依姫さん…その刀と殺気をどうにかしてくださいよ。

それに私は正直言いましたよ。

だって本当にただの悟り妖怪なんですから……

 

「うふふ、面白いわね。じゃあ……その知識はどこで手に入れたのかしら?」

 

「……?別に、考えればわかることだと思うのですが…」

 

そんなに難しいことでは無い。まあ少しだけずるいところもありますけど…

 

「……それじゃあ。紫さんとその従者はおかえり頂きましょう。ああご心配なく。この子はしっかりと地上に送り届けますわ」

 

え…まさか私だけここに残るんですか。なんだか嫌なんですけど…

って紫も隙間を閉じないでくださいよ。本当において行く気じゃないですか。まあ仕方ないことではありますけど…

 

 

「さて、邪魔はいなくなりましたわね」

 

「すぐ隣で殺気を放っている妹を邪魔じゃ無いと思うのであれば一回命を天秤にかけた方が良いかと」

 

「………」

 

あの、無言で私に剣先を立てるのやめてくれます⁉︎痛いんですけど…

こんな愛情表現嫌です。

 

豊姫さんが何か合図をする。その途端。依姫の姿が霧のように消えていった。多分豊姫さんの能力なのだろう。

 

「そうですね…それじゃあ改めて…貴方はどうして私達の技術の弱点が分かっているのですか?」

 

 

「そうですね……勘とでも言っておきます」

 

「とぼけるのね。まあいいわ」

 

惚けているわけでは…無いと思って欲しいのですけど。まあそんなものは無理でしょうね。

 

「では私からも……どうして貴方達は月の兵を最初に仕向けたのですか?」

 

 

私の問いに一瞬だけ眉が動いた。

 

「……どういうことかしら?」

 

「いえ、あの妖怪の軍勢に、なぜ賢者達では無く実戦経験の無い月の兵を回したのでしょうか。それも、あれほどの被害が出ると分かっていて…」

 

今回の戦いで散ったのはなにも妖怪だけでは無い…最初の進撃ではむしろ妖怪の方が優勢に駒を進めていたはずだ。

 

「……そうね…なぜ貴方が月の賢者について知っているのとか彼らが実戦経験が無いのがわかったのか…今は聞かないことにするわ。質問の答えとしてはね…実戦経験。もう一つは…秘密」

 

できればその秘密の方が知りたかったのですが…教えてくれはしなさそうですね。なら、ちょっとだけ頭を使ってみますか。

 

「……実戦経験が必要だとすれば色々と絞れてきますね。例えば、地上攻撃や防衛方針の見直し…他にもありそうですけど」

 

「……貴女のような勘の良い妖怪は好きになれないわ」

 

「別に……そんなつもりはないんですけど」

 

それに地上侵攻しようが月の防衛だろうが勝手にやっててくださいですから。

わたしには関係ない事…まあ私の家族に何かあるようでしたら容赦しませんけどね。

って言ってもこの人達には通じないんでしょう。

 

「そうそう、どうせなら対人戦闘兵器と戦場での管制指揮はどうにかしたほうが良いですよ」

 

大ちゃんに戦闘機がズタボロ落とされたのはそれですからね。

と付け加えておく。

 

「……ふふふ、敵にそんな知恵を与えて良いの?」

 

 

「どうせ私が持っていても無駄になる知識ですし、それにもう敵じゃないですよ。ただの、月の人と地上の嫌われ者の関係ですよ」

 

「……いいわ。地上に戻してあげる」

 

「やっとですか…」

 

「引き止めちゃってごめんね。今度来ることがあったらその時はお茶にでも誘うわ」

 

豊姫さんの雰囲気が変わった。なんだか丸くてふんわりしているような…多分こっちが本心なのだろう。

どの人も力を持つ人たちは大変ですね。自らを偽らないといけない事が多いなんて…

 

 

「お誘いは嬉しいのですが、いいんですか?穢れがどうとかなりません?」

 

「ちょっとくらい平気よ」

 

そんな軽くて大丈夫なのだろうか…まあ原作では結構月に行ってる人たちいますから大丈夫なのでしょうけど。

……まあこうして綿月の姉妹を拝めただけで良しとしますか。

 

「それじゃあ送り届けるわね。ただ、細かい場所はわからないから富士山の頂上に飛ばすわよ」

 

「……えっ」

 

一瞬、視界に靄がかかり次の瞬間には既に世界が変わっていた。

一面の銀世界。

体に吹き付ける風は冷たく突き刺すような痛みを身体中に与える。

 

この時期の山と言えばもうそれはそれは冷たくて……

 

「寒っ‼︎」

 

雪化粧のかかった山肌に私の声は消えていく。

 




なんとまた!カラーユさんが描いてくれました!
挿絵はdepth.27に掲載されています。是非見てください


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depth.35 変わらない日常とさとり

今回は短め


寒い寒いと文句を垂れても世界の気候は変わるはずもなく…仕方なしに下山してみれば山の中腹で倒れてる文と大妖精を見つけた。

 

あの二人もここに飛ばされていたようだ。

それにしても地面で昼寝するなんて大した根性です。

 

取り敢えずこんなところで寝ていたら生命の危機になってしまうのは当たり前で、現に冷たくなっている大妖精を担いで下山を再開。

 

文も連れて行きたかったものの流石に私の体格で二人は担げないので諦める。

まあしばらくしてから私の足跡をたどって文が合流してくれたので手間が省けましたけどね。

 

「置いていくなんてひどいじゃないですかー!」

 

「流石に二人を担いでなんて出来ませんよ」

 

「じゃあ素直に起こしてくださいよ。なんで弾幕目覚ましなんてするんですか」

 

面白そうだったからに決まっているでしょう。それに……

 

「なんか文さんの胸元に殺気を覚えてしまいまして…抑えるのに必死だったんです」

 

なんで殺気なんて覚えてしまったのかは分かりません。嫉妬の感情が自らにないと言えば嘘になりますけど…

 

「もういいですよ。月の情報も無事手に入れたことですからね」

 

「そうですね…ところで、妖怪の山まで飛べます?」

 

そう聞くと難しい顔をしだした。てっきり素直にうんと言ってくれると思っていたのですが…

やはり方位や距離が分からないと難しいのだろうか。

 

「出来ますけど二人連れてはやったことないんですよね」

 

なるほど、そういうことでしたか。

 

「無理そうでしたら先に帰ってしまっても大丈夫ですよ。こっちはのんびり観光しながら帰りますので」

 

こいしが待っている事を考えればのんびりはできなさそうだけど……

 

「あやや!大丈夫ですよ」

 

私と大ちゃんをちらちらと見比べて慌てて大丈夫だと言い出してきた。

もちろん今の私は普段と違いサードアイは出したままにしてある。

心の中でなにを思っているのかは丸わかりです。

表情に出さないよう必死なのでなにも言いませんけどね。

それにしても気づかないものなんですね。まあ普段から心なんて読みませんし読めていても言わないですから気づかないのも無理はないですけど。

 

「わかりました…じゃあお言葉に甘えて」

 

それにしても失礼だこと…私はそっちの気もこっちの気も無いですって何度言ったら分かるんですか?

それに私のような種族にそんな感情…要らないですから。

 

 

 

 

 

 

 

音速を超えて飛行していた体がいつの間にか止まる。銀世界から緑、そして紅葉と目まぐるしく流れていた景色が一瞬にして戻り雲のように軽かった体に質量が戻ってくる。

 

「ちょっとだけ遅かったですね…」

 

初めての人にとっては遅いもなにもあったものでは無い。

体感時間すら置き去りにする速度のせいで平衡感覚が狂ってしまった。視界がぐるぐるしていて気持ち悪い。世界が回っているのか自らが回っているのか…視界を止めて吐き気をこらえる。

今度からは注意しないといけませんね。

 

 

「ありがとうございます…」

 

「いえいえ、困ったらお互い様ですよ。それじゃあ私はこれで!」

 

そう言い残しまたどこかへ飛び立っていく文。あんなに元気ならあんな中腹で寝なければいいのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「おかえりー。まさか大ちゃんをお持ち帰りして来るなんてね」

開けたばかりの扉を閉じる。

家の扉を開けるなり包丁を持ったこいしが玄関に立っていればそうなるでしょう。

少し経ってからもう一度開く。

他意はなかったにしても流石に包丁を持ったまま出迎えちゃまずいと思ったのか今度は包丁を置いてきたようだ。

 

「取り敢えず布団…と熱いお湯を持ってきて。すぐに大ちゃん暖めないと」

 

背中に背負っている大妖精をゆっくりと下ろす。こいしが台所の方に駆けていき、代わりにお燐が猫から変幻する。

 

「大妖精はあたいに任せてください」

 

「じゃあお願いねお燐」

 

お燐に大妖精を預け再び扉を開ける。

 

正直体の一部が休ませろって文句を言っていますけど、まだやることがある。

まずは紫の方ですね。

 

一回だけ振り返ってみればこいしがお湯を運んできたりと色々動き回っていた。あれなら私抜きでも大丈夫ですね…

 

静かに扉を閉め薄暗い山を見つめる。

 

「早く出てきてくださいよ紫」

 

虚空に向かってそう呟く。それで聞こえるのかどうかと不安になるが隙間に距離や物理的干渉は無意味なものだったと思い直ししばらく待つ。

 

「……出てきて上げたわよ」

 

5分程経った頃だろうか。不意に後ろから声が聞こえる。すぐ後ろは家の扉のはずである。

隙間ならありかと思い直す。

 

「さて、どうでしたか?月は?」

 

振り返らずに紫を問いただす。

 

「……」

 

黙秘ですか。まあ仕方ありませんよね。あれほど引き止めたのに無視して行って結局こうなったのでは……

 

「それじゃあ、何人生き残りました?」

 

質問を変えてあげる。それでもいい辛いのか黙っている。

 

「……400」

 

少しして小さな声でそう呟く。

 

4500体連れて行って400生き残ったと……惨敗ですね。

助けられなかった命の数に気が重くなる。

必要な犠牲とかなんだとか言い訳ならいくらでも出来る。ただ、必要な犠牲だったのだろうか…もし、私が覚妖怪らしく振る舞い全員の敵意を一時的にこちらに回せばゴタゴタで月侵攻が無くなったのだろうか……いやいや、考えすぎか。

 

「……そうですか。それで?どれだけ得られました?」

 

「………言わなきゃダメかしら?」

 

「別に、話したくないならいいです。ただ、友人が命をかけてまで欲しかったものはなんなのか気になりまして…」

 

 

すとんと何かが地面に降りる音がする。そして彼女の気配もはっきりと認知できるようになってきた。

 

改めて紫に向き直る。

 

「今はまだ秘密よ」

 

「そうですか。楽しみですね」

 

ふと顔に違和感を覚えて左手でそっと触れてみれば、私自身が自然と笑顔をしていることに気づく。

久しぶりに表情が出たものだと対して問題でもないのでスルー。

 

「……せっかくですし、ご飯でも食べていきませんか?」

 

傘を深く掲げて表情を隠す紫の手を引っ張る。

 

紫の表情が驚愕に染まっている。

文句の一つでも言われるかと思っていたのでしょうか。

 

そうですね…言いたいですけど、今更言う事もないでしょうしいつまでも引きずるのは良くないです。

 

「……軽蔑したりしないの?」

 

「どうしてです?」

 

心は読めない。だが何を考えているのかはわかる。

まああんなことがあった後ですからしょうがないとは言えど…あんな事で貴女を嫌いになる程私は薄情でも卑劣でも無いですから…

 

「さて、扉の内側で聞き耳を立ててる藍さんも食事しますよね」

 

どうせお腹空いているでしょうし…

 

「あの……お茶だけで十分だから…」

 

「何言ってるんですか?どうせ食事なんて取ってなかったんでしょう?お腹空かせてますから食べないと体に悪いですよ」

 

気まずいのかなんなのか知りませんけど、くよくよ思い悩んでばっかりじゃしょうがないじゃないですか。

 

紫を引きずって、家の中で逃げようとバタバタ暴れている藍を捕まえて、連れて行く。

 

「こいし、大ちゃんは?」

 

「寝てるよ。ちょっと体力消耗しすぎちゃったみたいだね」

 

そうですか…食事の匂いにつられて起きてきそうですけど。

 

「それじゃあ、台所使ってくるからこの二人を見てて」

 

勝手に帰られても困りますからね。

それに我儘に付き合ったんですからこっちの我儘にだって付き合ってもらいますからね。

 

 

まああんな血の海を見た後じゃ多少気がひけるかもしれませんけどアレはアレこれはこれと割り切っているでしょうし気にすることは無いですね。

 

そういえばこの前藍さんが持ってきてくれた日本酒が残ってましたね。せっかくですし…使っちゃいましょうか。

 

料理酒の方が味出せるのですけど料理酒自体は量が少ないですからなるべく使うのは控えておきたいところでしたし丁度良いです。

 

 

 

 

作ってみれば意外と食べるものですね。なぜか最初は無言だった二人ですけど食事を始めればいつもの調子を取り戻してくれましたし。やっぱり食事に誘って正解でしたね。

 

それに匂いで大ちゃんが復活しましたし。

貴方も空腹でしたか…確かに無駄に体力消耗してましたし仕方ないですけど…まさか私の分まで食べられるなんて…

 

 

「だって美味しいんですもん」

 

いやいや、分かりますけど…あの、私の分は…

 

「あ、お肉もう残ってない…」

 

「え?結構残しておきましたよ?」

いや、私の取り分なんですけど…ね?残しておきましたよじゃなくて…

 

「紫……」

 

「ナンノコトカシラー」

 

「……ふふ。まあいいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和室…と言うよりかは古代中国の様式を採用した室内に私の妹が入ってきた。

どことなく疲れているように見えるけどそんなに処理が大変だったのかしら。

やっぱり私も手伝うべきだったわね。

 

「よかったんですか姉さん?」

 

入ってくるなりそんなことを言い出す。ちょっと座って落ち着いてからにしなさいという意味を込めてお茶を差し出す。

 

その意味を汲み取ってくれないほどこの子も堅物ではない。

でももうちょっと物腰柔らかくてもいいと思うのよね…

 

「それで、本当に良かったんですか?」

 

しばらく時間が経ってから再び聞いてきた。

 

 

「よかったって……死体処理はもう終わっているし汚れも浄化できてるからいいんじゃないの?」

 

「そういうことでは無くてですね!」

 

まあまあそう怒らないの。血圧が高くなったら大変よ。

桃でも食べて落ち着きなさい。暑い?扇子で扇いであげるから…

 

ちょっとは落ち着きなさいよ。

 

「言いたいことは分かるわ。あの子達の事でしょう?」

 

「……ええ」

 

当然聞いてくると思っていたわ。むしろ聞いてこないほうが異常ね。

 

「……隙間の賢者は貴方の思っている通りよ」

 

あの妖怪は地上に必要な存在。その能力を加味すればかなり強力な駒となってくれる。まあこちらの意図に簡単に乗ってくれるとは思わないでしょうけど今後の保険として取っておいた方が良いわ。

 

「私が聞きたいのは…」

 

「依姫ちゃん。あーん」

 

咄嗟にあーんと開けた口に、お皿にあった桃を一切れ押し込んでしばし黙らせる。

 

「美味しい?」

 

「話を逸らさないでくださいよ」

 

絶対零度の眼差しで睨まれた。部屋の気温が下がりブリザードが吹き荒れ始める。

まあ怒っているわけではないのだしここは軽く流すことにしましょう。怒っていても流すけど。

 

「あの覚妖怪でしょう?」

 

「そうです!心も読まずにこちらを正確に分析してその上私の脅しすら効いているのかわからないんですよ?正直得体の知れないあんなのをなぜ始末しなかったのですか?」

 

まくしたてるように言われてもすぐには答えられないわよ。ちょっとまってね。少し整理するから……

あ、茶柱立ってる。

 

「みてみて茶柱」

 

「お、これはいいことありそう…じゃなくてですね!真面目に答えてくださいよ姉さん」

 

もう、ちょっとはゆとり持ちなさいよ。

茶柱を眺めながらのんびり待つとか出来ないの?どうしてこんな妹に育ってしまったのかしら…幼い頃はあんなに可愛かったのに…

 

「あの…幼い頃の写真を眺めるのはやめてくださいません?」

 

「だって今のあなたが可愛げ減ってるんだもん」

 

「どういうことですか。それに、可愛げなんて要りません」

 

 

閑話休題

 

 

「それで、覚妖怪の事でしょう」

 

「ええ…」

 

「正直私も…あの得体の知れない存在は脅威と思っているわ。アレほどの軍事知識を持っている上にあの口ぶりや挙動から私たちの弱点も熟知してるはずよ。敵に回れば最優先の抹殺対象よ」

 

なら!と体を乗り出す妹を小突いて座らせ直す。

話は終わってないわよ。

 

「確かに脅威ではある。でもそれ以前にあの少女に惹きつけられたわ」

 

「惹きつけられた?魅了かなにかですか?」

 

「違うわ。……最も妖怪らしい種族でありながら、まるで人間のような中身…全てにおいて真逆なもの同士がくっついてそれでいて狂うことなくかみ合っているのよ。面白いと思わない?」

 

「思いません」

 

即答しなくてもいいじゃない。どうせ私達に娯楽なんてあんまりないんだからちょっと面白いものがあるならみてみようと思わない?

 

「それに観察ってどうするんですか?」

 

「そうね…地上に降りてみる?輝夜様みたいに」

 

「ダメですよ!」

 

わかってるわよ冗談通じないわね。

 

「確か、観測用望遠鏡あったわよね」

 

「え…ええ、地球表面を1メートル単位で観測できるタイプのものなら」

 

もう一機作るとして予算はどこから持ってくるべきかしら…流石に今回の件があった後じゃ防衛費から引くことはできないし…個人で作るにしても技術的に難しいわ。

 

「ちょっと、なに考えてるんですか。まさか観察用の望遠鏡を作ろうとしてるんじゃないでしょうね?」

 

「ダメだったかしら?」

 

「ダメに決まってるでしょ!それに、八意様がいなければあの精度は作れませんよ!」

 

そこをどうにか…今の月の技術なら可能なはずよ。

 

やっぱり幼かった頃の妹が恋しいわ。

胸元から写真を出して愛でる。

そんな私をジト目で睨んでくるその顔には懐かしさが……

殆ど残ってないけど少しだけ面影がある。

 

「その写真……」

 

「ダメよ。渡したら没収するでしょ?」

 

「当たり前です!」

 

覇気を孕んだ声が部屋をビリビリと撼わす。

同時に部屋の温度がどんどん下がっていく。

 

「没収したいなら力づくで奪うといいわ。最も、姉より勝る妹はここにはいないわよ」

 

「言ってくれますね。なら一度試してみましょうか」

 

あら、言ってくれるじゃないの。偶には身体を動かさないと鈍っちゃうからねえ。

貴女も、今回の事で部下の事とか色々と溜まっているでしょうから少し発散させましょう?

 

 

 

その後しばらくの合間は月の都に爆発音が幾度となく響き渡り、住民が恐怖に震える時間が伸びたとか伸びなかったとか。

 

それもこれも、後から聞いた話であり確証は無いのだが…

 

 

 

 

 

 



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第3部 心理
depth.36さとり悟った雪の日


冬が妖怪の山にも到来し、秋色はいつのまにか白銀の世界へと変貌を遂げる。

この時期になれば山に入る人間もほとんどおらず哨戒の白狼天狗も一段と静かになる。

 

夏とは完全に正反対な世界をのんびりと歩く。目的はあるけど無いようなもの。

まだ地面に積もる雪も少なく凍結に注意していれば問題はほとんどない地面を踏みしめて到着したのは、雪化粧で屋根を白く染めた休憩所。

 

「おはようございます。さとり」

 

その休憩所の隣で同じく雪化粧を被った地蔵…の奥からひょこりと現れる少女。

 

緑色の短髪が目を惹く少女。その肩は軽く雪が積もっていて、寒そうに見える。

実際彼女に寒いとか感じる感覚概念が備わっているのかは別として、見た目は寒い。

 

「おはようございます。夜中のうちに結構積もって来ましたね。雪かきはまだ早いですけど…」

 

屋根の下の椅子に座って体を伸ばす。

 

「……また徹夜でもしたんですか?」

 

「温度管理しないと夜中寒いですから…」

 

朝起きたらすごい寒いんですよ?それにここは標高も高いですから尚更…一度火が消えてしまうとつけるのも時間かかるし温まるのも時間かかりますし。

こいしやお燐に手伝ってもらうこともありますけど基本私は寝なくても問題は無いですからね。

 

「そんな事ばかりやってるとそのうち身体壊しますよ?家族が大事なのは分かりますけどもう少し自分の体も労ってください」

 

「はいはい、考えておきます」

 

伸ばしていた体を戻し、風呂敷を開く。

こいしにかけてもらった保熱魔法を物理的に解除し木の桶の蓋をあける。

途端に湯気が広がりそれに乗って美味しい匂いが鼻をくすぐる。

ふと隣を見ると映姫さんが興味深そうに覗き込んでいた。

 

 

 

「はじめて作ってみたのですが…食べます?」

 

「説教されたくないからって誤魔化さないでくださいよ。あ、一つください」

 

はいはい、熱いですから注意してくださいね。

 

「……大陸の食べ物でしょうか?」

 

「ええ、中華まんと言うものです。材料を集めるのに苦労しました」

 

本来の中華まんは日本人の好みに合うように作られているから厳密にいえば大陸の食べ物ではないのですけど…いちいち説明するのも面倒ですからそのまま通しちゃいましょう。

前世知識で知っている味にできるだけ近づけようと思って色々頑張って見たんですけどまず材料集めで難航しましたね。

 

冬眠に入る直前の紫に無理を言って大陸まで送ってもらってようやく生地に必要なものとレシピを揃えたと思えば今度は肉が無い。

前世知識で知っている中華まんは豚肉……だが今の日本に豚肉を食べる文化は皆無。

その為、餡作りで再び迷走。紫は冬眠に入ってしまいましたし肉なんてそう簡単に運搬できるものではない。餡まんはなんとか出来ましたけどやっぱり肉の方が好きでしたし…一応なんとか兎の肉で再現は出来ましたけど……出来ればもっと忠実に作りたかったです。

 

「それでは頂きます…熱っ⁉︎」

 

「だから気をつけてと……」

 

何処と無く抜けているというか…なんだか普段の律儀なイメージとのギャップが凄い。

 

「……ふむ、美味しいですね」

少し顔を赤くして感想が返ってくる。

赤くなってるのは熱いからではなく恥ずかしいからだろう…だがそれを本人に言ったところでなにがあるというわけではない。

まあ、美味しく食べてもらえれば作った者としても嬉しいです。

 

「そう言ってもらえると作った甲斐があります」

 

「でもちょっと熱すぎます」

 

寒いですからね。少し熱いくらいが丁度いいんじゃないですかね?ここ吹きさらしですし。

「あ…少し分けてもらえます?まだ完成品は味見してないので」

 

第一陣で作った分は私が味見する前に全てこいし達に持っていかれた。それが大体1時間前。

 

美味しいと言っていたし味は問題ないのでしょうけどどんな味なのか作った本人が知らないようでは話にならない。

 

「……まだ数あるのですからそっち食べればいいじゃないですか」

 

「味見でまるまる一つ食べてしまうのもなんとも…」

 

渋るに渋った映姫さんだったが、じっと見つめ続けてたら凄い気まずい顔でOKしてくれた。

一口だけ食べる。

 

「え…反対側じゃなくてそっち食べるんですか?」

 

「なにがですか?」

 

「……いえ、別にいいです。貴方が作ったものですから貴方の好きに食べてください」

 

はあ……なんだったのでしょう?

 

ん…美味しいです。

なんとか失敗せずに出来ていたみたいですね。

良かったです。そのうち頑張って本格的なものを…出来れば大正あたりに日本に入ってきた頃のものを…

 

 

 

 

 

1個目を平らげたところでふと風が止む。

なにかを感じた映姫さんが顔を上げる。

それとほぼ同時にそっと道沿いに影が降り立つ。黒い羽が雪の反射する光を浴びて艶やかに黒を放つ。

相対的に、白と秋色の服装が、舞い上がった雪の中に浮かび上がり幻想的な雰囲気を醸し出す。

少し遅れて空気が切り裂かれる独特な風切り音がこだまを繰り返す。

 

 

「文さん、珍しいですね。冬に出て来るなんて…」

 

「久し振りに冬の景色が見たくなりましてねえ」

なるほど、匂いにつられたわけでは無かったのですね。

それにしてもセーラー服のような普段着の上に和服の羽織物って…なんでしょうこの違和感。

別に今更言うべきことでもないですけど。

 

「おや?なにやら美味しそうなもの食べてますね」

 

「中華まん食べます?まだ暖かいですよ」

 

温かいうちに全部食べて欲しいですからね。

あ、でも記事とかにはして欲しく無いですね。極力目立つのは抑えたいですし…

とはいえど目立ちすぎてもうどうしようもないのですけどね。

 

「全く、貴方ってヒトは…」

 

「映姫さんまさか全部食べるつもりでした?」

 

「そんなわけないですよ」

 

文に中華まんを渡しながらただしょうがない時間を過ごす。

やはりまだ閻魔ではないからなのか感情のブレが激しい。

そんな事もいつかは無くなって一人の閻魔としていつか私達の前に現れるのだろうと思うとなんだか複雑というか…まあそれもただの想像の戯言でしかないのだが……

 

「大陸の食べ物でしょうか……」

 

流石文屋とでも言うべきだろうか。詳しいことですね。

いただきますと小さく聴こえ、餡の香りが一気に広がる。

「美味しいです!」

 

気がつけば文の手から中華まんは消えていた。早すぎませんかね?

って既に2個目に手を伸ばしてますし…

 

「ふむ……これ、もしかしたら里で流行るかもしれませんね」

 

何か嫌な単語が並んでますけど…売るつもりはありませんよ?そもそも私の家じゃ量産できないし輸送を考えれば最早不可能…それに天狗の里まで行って営業所兼厨房なんて面倒ですし管理も…

 

「あの、これのレシピってありますか?」

 

あ……そういうことでしたか。なら渡し……ませんよ?

 

どちらにしろ試行錯誤した結果出来たものですのでまだレシピなんて作ってないし…そもそも作るつもりは無かったから細かい部分まで覚えていない…いや覚えてはいるのだが思い出す気にはなれないというのが本音です。

 

「レシピですか…作ってないですね」

 

「なら今この場で作ればいいじゃないですか」

 

あのー映姫さん、なんで文の肩持つんですか?

まさかあなたもそっち側に入ってしまったのですか⁈

 

「さあ早く書くのです」

 

「レシピがあればなんとかなりますので…書くのです」

 

あの…二人とも怖いです。後無理無理紙とペンを押し付けないで…ダメだってば!なにがダメなのかは知りませんけどね。

 

「とりあえず口頭で言いますから書きとちゃってください」

 

「わかりましたー!」

 

なんでそんなに文は嬉しそうなのでしょうかね。

たしかに肉まんが冬の合間食べれるというのであれば喜びますけど……材料を揃えるだけでもう大変ですよ?

 

あ、いや……天狗ならなんとかいけるのではないでしょうか。

正直、材料集めの時に大陸側でトラブルになる以外は問題は見当たりませんし…

 

まあそんなことは良しとして、必死に思い出したレシピを伝える。

 

「なるほど…このままだと大陸側との交流が必要になりますね…なんとかここの土地にあるもので代用が出来ないかどうか検証しないと」

 

なんでそんな本格的に考えるんですかね?最早私関係ない…と言うか何か恐ろしいものを見ているような。

 

「ま、まあその話は後にして残りのこれ食べちゃいましょう?早くしないと冷めてしまいますよ」

もうほとんど冷めてますけどね。

 

残ってる分を二人に押し付ける。

 

「あの…これ保存どのくらい出来ますか?」

 

「持って一日ですね。安全を考えれば後4時間くらいかと」

 

だから早めに食べちゃって欲しいんですよ。

まさか持って帰ろうとしてます?うーん…また家に戻って作ってくるなんて二度手間だし面倒なのでやりたくないですし…持って帰るのは諦めてください。

 

ああ、そんな残念な顔してもダメですよ。

 

 

「あ、そうそう。この前閻魔に抜擢されました」

 

「そうなんですか?おめでとうございます」

 

意外でしたね。まさかこんな早くに閻魔様になるなんて…確か、一度にあの世に行く魂の量が増えてしまったから閻魔も大変になったということで新しく閻魔を募集してと言った感じのことは覚えてますけどまさかこんなに早いなんて…まだ人の世は鎌倉時代ですよ?

 

「閻魔……え⁉︎あの閻魔ですか⁉︎地獄で魂を裁くあの?」

 

「他にどんな閻魔がいると言うんですか?」

 

まあ知人がいきなり閻魔様始めましたなんて言ったらそういう反応が普通なのだろう。

「…なんかさとりさんは凄い流してますけど物凄いことですよそれ!」

 

「そうですね…意外性がなかったというか…映姫さんならなんとなく閻魔になれそうでしたし……」

 

「貴方は私をどの様に見ているのですか?」

 

睨みつけてくる映姫さんを軽く流す。

どのように見ているかなんて言われてもなんとも言えない。

 

そういえば地獄ってどんなところなのでしょうかね。

最近色々ありすぎて忘れてましたけど『古明地さとり』の本来の居場所は旧地獄の地霊殿のみ。あそこの中以外は外になんてほとんど出ないのがふつうのはず…まあ私は普通じゃ無いとは自覚してますけど…

 

「ですからなるべく地獄行きの判定を受けないように善業を積んでください。それと文さん……」

お説教モードに入りかけてますね。口に中華まん押し込んで静かにしておきましょうか。

 

「はいはい、今はお説教は無しにしてくださいね」

何か言いたげですけど口に物詰めて喋るのはやめてくださいね。

それと食べ終わってから説教もやめてくださいね。閻魔になってまた地上に来れば良いだけですし…時間はまだ沢山ありますからね。

 

 

 

それにしても善業…まあたとえ積んだとしても私の行き先は地獄行きに変わりはないんですがね。

だからといって積まないわけにもいかない。とはいえ……

この罪は私が地獄まで連れて行かないといけないものですから…例えどんな判断をこの方がしようと私は地獄以外の場所には行かないつもりです。

それが何年先になるのか…もしかしたら明日なのか。

 

少なくとも、今考えることではなかったですね。

 

「なるほど、これは記事になりますね!今から取材いいですか?」

 

「ダメに決まっています。取材なんて受けるようなものでもないです」

 

流石に次期閻魔様に取材は無理でしょうし、だからといって有る事無い事書いても後でとんでもない事態になりますから迂闊に動けませんよ。

まあ文に限って有る事無い事書くとは思いませんけど。

一応事実だけはまともに書いているみたいですし。

文々。新聞……そういえば私の家には来ないですね。時々郊外紙を配ってるのは見かけますけど人里までは来ませんし…やはり人里じゃ無理がありますかね。

 

「そう言えば文さんの新聞…読んだことないのですけど…」

 

「そういえばさとりさんの所には配りに行ってませんね…人里となると…」

 

やはり無理そうだ。

 

「そうですか……一度読んでみたかったのですが」

 

「じゃあ取ってきますね!」

 

読みたいという言葉に反応したのか急に文が立ち上がる。

取ってくるって……まさか。

 

折りたたまれていた黒い翼が広げられる。文が見つめる先は天狗の里の方角。

 

翼が一回だけはためき文の姿が視界から消え去る。

一瞬遅れて衝撃波が周辺の雪を吹き飛ばし木の枝を大きく揺らす。

後に残されたのは衝撃波で吹き飛ばされた映姫さんと数枚の烏の羽。

 

「流石神速ですね」

 

「全く…もうちょっとこっちのことも考えて欲しいです」

 

椅子の後ろに吹き飛ばされた映姫さんが起き上がる。

それにしても一回の羽ばたきで音速を超えるなんて……

ですが天魔はあれすら凌駕する高速飛行ができるそうですし…正直天狗の移動速度ってデタラメすぎる気がする。

 

 

それが当たり前なのかもしれませんけどあんな簡単に音速超えて飛行されると衝撃波が…

まあこの山にはほとんど妖怪しかいないので危険性は低いのですが…あ、だから人間はあまり入るなって追い出すのですね。

なるほど…ただ鬼の言いつけを守っているだけかと思っていましたけどそういう理由で…

確かにすぐ真上からソニックブームが降ってくるような危険地帯に人間なんて入っていいわけないですしね。

 

「そういえば、地獄ってどんなところなんでしょう」

 

「知らないんですか?」

 

「普通知りませんよ」

 

普通地獄なんて行かないじゃないですか。それにあれどこにあるのかわからないですし…

 

「そうですね…地獄自体は八大地獄と八寒地獄に分かれてますが、基本は八大地獄ですね。想地獄、黒縄地獄、堆圧地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焼炙地獄、大焼炙地獄、無間地獄の八つで構成されてます。実際にはそれぞれに幾つかの小地獄がくっついているので数はもっと多いのですが……」

 

映姫さんの説明を遮るように風切り音が周囲に響いてくる。

さっきも感じましたけど、どこかで聞いたことのあるような音…なんでしょう?

 

「帰ってきたみたいですね」

 

「そのようですね」

吹き飛んだ雪が再び舞い上がる。もうちょっと静かに着陸できないんですかね。

「ただいま戻りました!これバックナンバーです!」

 

そう言って脇に抱えていた新聞の束を渡してくる。それにしてもかなりの量がありますね。何季分なのでしょうか。

 

「ありがとうございます……なんかすごい量ですね。こんなに書いてたんですか?」

 

「過去40年分です!」

 

そ、そうなんですか……あの、物凄い気迫で迫られるとちょっと怖いというかなんというか……

新聞を読みたいって言ってくれて嬉しいという気持ちは十分に伝わりましたから。

 

「えっと…貰っちゃって良いんですよね?」

 

「ええ是非とも!良ければ山に来たときに家に寄ってくれるのでしたら毎回分渡しますよ!」

 

成る程、その手がありましたか。でしたら今度から文の家に行ってみるのも良いですね。

あ…これあの時の記事ですね。

なんだかんだ言って情報公開されているんですね……意外で……あれ?

「……文さん」

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもないです……」

 

あの噂の原因って…やっぱり天狗だったんですね…成る程、だからあれだったんですね。あれ以降なんだか一部の妖怪が異常な反応を見せていたのは…

 

「なにやら自己完結してしまってますが……」

 

「映姫さんにはあまり関係ない事かと…結局は私自身が引きつけてしまったことでしたから」

 

今更遅いですしね。

まあ後100年もすればみんな忘れるようなものでしょうから気にするだけ無駄…と思いたいです。

 

 

 



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depth.37 さとりと博麗

雪の中に沈む足を引き出しては前に進む。体が幼いせいで毎年のように体験する重労働。

 

飛べば良いとよく言われるのだが私にとって地面を歩くのは…当たり前なことであって普通に空を飛べるヒトたちとは考えが違う。

 

人里から少し山を下った東端に目的の場所はある。

今まで妖怪だからとずっと避け続けていた場所……それでもいつか行かないと行けない場所。

 

冬のこの時期になってようやく行く決心がついた。

 

それにしてもこんなに雪が深いと参拝客もほとんど来ないでしょうね。それはそれで人ならざるものがいれば目立つということの裏返し。

そんなどうでもういようでどうでもよくない事で適当に思考を回していると丁度良い暇つぶしになってくれる。

 

人里から歩くこと2時間。ようやく神社の鳥居が見えてきた。

後は階段を登ればすぐ…なのですがあそこら辺は対妖用の特殊結界が張り巡らされていてそう簡単に妖怪が行くことはできない。

 

すぐに妖力の放出を止めて外に力が流れるのを防ぐ。こう言った結界は纏っている力に反応して対象物へ干渉していくものです。

なので私のように完全に隠すことができるのであれば通過することができる。

 

1回目の結界を通過…異常なし。

ゆっくりと階段を上っていく。

 

2回目の結界は鳥居のところ。一瞬だけ体が外側に引っ張られる。

でも直ぐに違和感は消え去る。

 

境内は雪掻きがされているのか通路にはほとんど積もっていない。

 

人の気配がしないのは…寒くて本堂に籠っているのかはたまた私を警戒しているのか…どちらにしろここまできたからには引き返すことはできない。

お賽銭を何枚か入れてお参り。

なんの神様が祀られているのかわからない神社ではあるが、妖怪が神頼みというのもなんだかおかしな話だ。…神様として祀られた者よ。その役目、いつまでも続けられますように。

 

 

 

「お賽銭の音…」

 

すぐ真下で声が聞こえたと思った時には…そこに恐怖が広がっていた。

賽銭箱の真下から人の腕が思いっきり飛び出してきた。

 

腕に続いて少しづつ体が這い出てくる。

空中を彷徨い続けた手が私の足を掴み一気に引っ張る。

「なんか凄い怖いんですけど⁉︎」

 

「煩いのです…こっちは久しぶりのお賽銭なのですよ」

 

這い出てきたのは巫女服を着た女性。

やや青色になっている黒髪を後ろで一本にまとめ上げ、簡素だけどしっかりと美しさも出している。

 

「っち……これっぽっちですかい」

 

あの…本人の前でそれを言いますかね?

色々言いたいですけどそれ以前に呆れてしまいます。

 

「それじゃあ私はこれで…」

 

本来の目的は別にあったのですが、なんか出直したい気分ですので…ここは退散しましょう。

 

「待つのです。貴方、私に用があるんですよね」

 

服の袖が引っ張られ後ろに人が立つ気配が遅れてくる。

 

「……どうしてそれを?」

 

掴まれた袖から柔かい空気が流れてきて…霊気が体を駆け巡り体の自由を奪われる。

 

「博麗の巫女をなめないでくださいね。人のふりをする妖怪さん」

 

「よくわかりましたね」

 

「貴方のことは先代から聞かされているのです。人里に住む中立の妖怪ってね」

 

あはは…まさかここまで噂が広がっているとは…面倒ですね。まあそのおかげで変に攻撃されないのは良いことかと思いますけど…

 

「まあここで話すのも寒いですし中に行きましょう」

 

そう言う博麗の巫女に連れられて神社の中に連れて行かれる。

部屋の中は暖をとる設備が少ないせいか外とあまり変わらない。

 

「今お茶持ってくるから待っているのですよ」

 

私を炬燵に押し込んで巫女さんは奥に消えていく。

なんだかかなり強引な人ですね。

懐にしまっておいた手紙を出して机の上に置いておく。

それにしても天候が悪化しそうだ。早めに帰らないと吹雪になりそうです。別に帰れないわけではないですけど吹雪の中を帰るのは辛いです。

 

「おまたせ。粗茶だけどいいですよね」

 

「え、ええ…」

粗茶というより最早お湯のような薄さなのですけど…

そんなに生活困ってるのです?

 

「それで、これが用件?」

 

お茶に意識が行ってる事に気付いた巫女さんが露骨に話題を変えてきた。

 

「ええ、紫より渡してくれと頼まれまして…」

 

正確には藍なのだが結果は同じなので省く。藍本人が渡せば良いのだが本人曰く巫女は苦手なのだとか。好き嫌いしないと叱りたかったものの私が何かいう前に消えてしまいましたし藍に仕事を半分押し付けられた感あります。

 

「直接渡せばいいのに…あいつも回りくどいですね」

 

ため息を吐きながら手紙の封を切っていく。

「最もです」

 

妖怪の賢者なのであればこういう神社や里にも顔が効くと思うのだが…どうして本人はあんなに人間と距離を取るのでしょうか…それとも私が近過ぎるだけ?

 

「まったく……冬眠するとはいえこんな時期に渡すなんて…」

 

内容を読み終えた巫女さんがため息をつきながら机の上に伸びる。

なんて書かれていたのかは知らないものの良いものでは無いようですね。あくまでもあなたの主観でですけど…

 

 

あれ…雪が強くなってきてますね。そろそろ帰ったほうが良いでしょう。用件ももう無いですからね。

 

「……それで、巫女さん。そろそろ帰っていいです?」

 

「廻霊でいいわ。少しはゆっくりしていくのですよ」

 

そう言って私を引き止めようと腕を伸ばす。その腕はふわふわと空を切って虚空へ消える。

 

「吹雪になる前に帰りたいのですが…」

 

「私だって貴方には興味があるのですよ」

 

その言葉とともに雰囲気が変わる。神聖な気が流れ出し体が警報を発する。私達妖怪が最も苦手とする存在の一つ…昔から命のやり取りをしてきたこの関係は私の遺伝子にも受け継がれ、体に染み込んでいる。

 

「まさか博麗の巫女に興味を持たれるとは……それで私に何かありました?」

 

今ここで無理に帰ろうとすれば間違いなく酷い目にあう。そんな気を相手に刷り込んでしまうこの雰囲気に逆らうのはよくない。

 

「そうですねえ……一度お話ししてみたかったのですよ」

 

私が逆らう気が無いとわかったのかすぐに気は無くなる。

逆立っていた毛が戻る。

 

「妖怪を退治する巫女がですか?」

 

「人間に害を成す妖怪じゃなければ退治なんてしないのですよ。それに、貴方は人里の要ですから」

 

人里の要…ですか?正直何を言っているのかいまいちわからない。たしかに侵入してきた妖怪を追い返したり天狗の山方面に誘導したりはしていたもののそれだけでだろうか?

その上強い妖怪は殆どが博麗の巫女によって人里の手前で堰き止められているわけだから私のやっていることなどほんの一部に過ぎない。

 

「大袈裟ですよ」

 

大袈裟な解釈をされても困る。

 

「大袈裟なんかじゃないわ。お陰でこっちは閑古鳥が鳴くことが多いのですよ!」

 

それは神社の立地条件が悪いのもあると思うのですが…

 

「それに貴方が居なかったら人里に被害が出ていた件も沢山あるのよ」

 

時々警戒網をすり抜けて侵入する危険妖怪はいますけど…彼らの処理は基本天狗任せですよ?

 

それを指摘しようとしたが廻霊の拳が悔しさで震えているのを見るとなんだか言い出す気になれない。

確かに人間を妖から守る存在が妖に助けられているのとあればその反応も普通ですね。

 

「吹雪いてきましたね…」

 

視線を外に向けて話題をそらす。

 

「泊まっていく?」

 

「妖怪が神社に泊まるとはまたチグハグな…」

 

それを指摘するのが妖である私というのもなんだか矛盾していますね。矛盾が矛盾を引き寄せ連鎖させていく…

その矛盾が何を産むのか、わかる人はいない。

 

「別に良いのですよ。何かあればその場でしめ縄で縛って朝まで寝かせないから」

 

「あの…なんか発言的に色々とまずい気がするのですが…」

 

「ん?だってしめ縄で縛ったほうが効率よく相手を溶かせるのです。すごい痛いらしいのですよ。前回相手した怪物は凄い苦しんだ挙句骨だけになったのですよ」

 

貴方は鬼ですか…いや、私達から見れば十分な鬼なのですけど…生きたまま溶かすって……恐ろしや恐ろしや。

 

 

 

 

 

 

こいしに連絡を取るために廻霊にお願いして連絡用の式神を飛ばしてもらう。

その間私はまた客間で待たされる。

吹雪は治るどころかどんどん激しくなり、時々扉を強く揺さぶる。

 

「ご飯だけど……」

式神を送り出した廻霊が気まずそうな顔で聞いてきた。

さっきあんなお茶を出してきた時点で察していたことなので格段驚く事でもない。

 

「ほとんどないのですね」

 

「え…ええ」

 

全く…どうしてこんなにも生活力が無いのでしょう。

先程からずっと巫女服のままですし…もしかして普段着すらまともなものが…

いやいやそんなはずはない……無いはず…

 

それよりもまずは食事です!なんだか悲しいですから少しは手伝いましょう。折角泊めてもらうのですから…

 

「あ…でしたら台所使わせてもらっても構いませんか?」

 

「ええ、いいですけど…ほとんど食材は残ってないのですよ」

 

そう言う廻霊の脇をするりと抜けて台所に向かう。

 

「そっちは……寝室」

 

「……案内お願いします」

 

 

やはり知らない人の家を歩き回るときは床下から行った方が分かりやすいです。

廻霊についていき台所に到着…他の部屋と違ってかなり寒い。

それに全体的に使っていないのか使用感がない。

 

唯一あるとすれば竃くらいですかね。それとお米…

 

「あるじゃないですか」

 

お米しか無いですけど

 

 

「……料理できないのですよ」

 

だとしてもこれは少々やばいのではないのだろうか。今日の食事はどうするつもりだったのでしょうか。

 

「……でしたら任せてください」

 

「お願いするのです」

 

抵抗するかと思ったものの結構簡単に許可してくれました。

まあ何か変な気を起こせば一瞬で制圧できるからでしょうし…そんな気起こすはず無いのでいいんですけど。

 

とは言えど…ああやって啖呵を切ったものの何があるのかわからないようではどうしようもない。

 

廻霊に米を炊くようにお願いして床下収納の中を探してみる。……ほとんどが保存食ばかり。もう少し何かなかったのだろうか。越冬期間だから仕方ないとはいえそれでも量が少ないような…なんだかこれで越冬できるのか怪しいものです。

調味料が一通り揃っているのでまだ良いほうですけど…

 

「なんとかなりそうですか?」

 

「なんとかしてみせます」

 

鍋にするには食材が足りな過ぎる…でもなるべくあったかいほうが良い。

幸いにも鹿の干し肉と長ネギはあった。やったことはないですけど…これは試す価値がありそうですね。

一応器具も代用できそうですし…

問題は、彼女の口に合うかどうか……これだけは賭けですね。

 

「まあ先ずは作るしか無いですよね……」

 

 

 

 

 

 

 

なんとかなりました……

頭に残っている知識をフル活用し、鹿肉特有の臭みを消すために四苦八苦しましたけど……

牛丼擬き、完成です。あ…牛丼じゃなくて鹿丼ですね。

でも味付けとかは牛丼に近いです……吉◯家とかす◯屋レベルでは無いですけど…というかそこまでのものは作れません。

少なくとも味は悪くない……と思いたいです。

 

 

「見たことない食べ物ね…」

 

隣でずっと見ていた廻霊が不審な目を向けてくる。

 

「まあ…初めて作りましたからね」

 

嘘ではない。実際鹿の干し肉では作ったことがないですし。

まあ先ずは食べてもらわないとなんとも言えませんね。

 

冷めないうちに食べさせたいので直ぐに夕食の準備をして居間に移動する。

もちろん私の分は…あまり食材が無かったので作れてないです。

別に妖怪の私に食事は必要ない。その点で言えばありがたいですねこの体。

もちろん廻霊には私は食事が要らないということは伝えた。それでも食べないとダメとかなんだとか言われましたけど一応廻霊も妖怪の食事については一通り知っているので強くは言ってこなかった。

 

 

「まあまずは食べてください」

 

私の前に座った廻霊が無言で見つめてくる。

その目に映る感情はなんだか複雑で…よくわからない。

 

はじめて見る食べ物で警戒しているのはわかりますけど体は素直。早く楽になってくださいよ。

あれ?なんだか私おかしくなっているのでしょうか?

 

自問自答しているといただきますと警戒気味の声が聞こえる。

 

「……あら、美味しいのです」

 

廻霊の満面の笑み。効果は抜群だ……いや、効果なしですね。

 

「喜んでもらえて嬉しいです」

 

バタバタと襖が風で唸る。

全く、ここまで吹雪いてしまったら少し煩いですね。

 

唸る襖を見つめながら帰りのことを考える。雪が酷そうですから流石に歩いて帰るのは無理そうですね。

木の板でもあれば話は別なのですが…

 

「ねえさとりさん」

 

不意に廻霊が呼んできた。声につられ顔の向きを再び正面に戻す。

 

「どうかしまし……」

 

その言葉が言い終わる前に口の中に何かが突っ込まれる。

目の前にはニコニコ顔の廻霊。

 

「一口だけおすそわけなのです。感謝するのです」

 

一口だけかいと突っ込みたくなるものの、口の中に入った食べ物を先に飲み込まないと喋れないのでここは無言で耐える。

 

「……味見ならさっきしているのですが…」

 

「一口くらい食べたって私は構わないのですよ」

 

「は…はあ…」

 

廻霊がそれでいいのならそれでいいのですけど…目の前で笑いながら反応を楽しんでいる彼女の頭に一発入れておきましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、さとりはなんの妖怪なのです?」

 

食事も終わりに近づいた頃合いで廻霊が切り出してきた。

彼女なりにタイミングを考えてのことでしょうけど私にはあまり触れられてほしくない話題です。

 

「……黙秘します」

 

「……そう、じゃあ当ててみせるのです」

 

当てられるのでしょうか…確かに博麗の巫女の勘は恐ろしいほど当たるようですけど……

頬杖をついて片目を閉じている私の前に人差し指が伸びて行く。

それはどこかの探偵が犯人を当てる時のような感じ…真実が飛び出てくるかと身構えたくなってくる。

 

「そうね……心理に直接影響する妖怪なのです!」

 

「あまり答えになっていないですね」

 

「冗談よ。だいたい悟り妖怪かそこらへんなのです」

 

ふむ、覚妖怪ではなく悟り妖怪ですか…ちょっとだけ違いますね。

悟りと覚りはそっくりでいて違うものです。

 

「貴方のような勘の良い巫女は嫌いです」

 

答えのようで答えにはしない。どこかで聞いたような台詞を放り投げる。

 

「……そう、紫が時々自慢してきていたのはあなたの事だったのね。なんとなくそうなんじゃないかと思っていたのですけどね」

 

成る程、勘というのもある程度の経験によって精度を上げていると……

「それで…私をどうします?悟り妖怪であるなら真っ先に消さなければならないやつですよ」

 

半目の瞳に一瞬だけ光を灯す。

なんのことはない警告。

 

「どうもしないのですよ。妖怪のなり損ないみたいな感性の妖怪なんて倒すだけ損なのです」

 

なかなか棘のある言葉です事……事実ではあるし私がそれを望んでいるようなものなのでなんとも言えないのですけどね。

 

「……そうですか」

 

「それに私は妖怪はみんな嫌いなのです。だから今更どの種族が最も嫌いだとかそういったものはないのですよ」

 

妖怪が嫌い…なんのことはないですね。妖怪退治を専門とする巫女が妖怪を好きになっていいはずもない。

それに人間と妖怪は水と油。普通は混ざり合うものですらない。紫や私のような存在がおかしいような世界では、廻霊のような考えが最も普通で…それでいて最も妖怪に優しい考えなのでしょうね。

 

「それじゃあ嫌っている存在がここにいるのはどうするのですか?」

 

ちょっとだけ言葉遊びのようなものをする。それくらいの余裕はあっても良いだろう。

 

「そうなのですね…どうせこの世は矛盾によって成り立っているようなものなのです。矛盾の一つや二つあったところでさして問題ではないのですよ」

 

「矛盾の連鎖の輪の中では矛盾そのものが正しいものと変わらない程度の力を持っている。世界が矛盾の螺旋なのであれば矛盾は矛盾で無くなる…」

 

「そうなのですよ!」

 

いやいや結局何言ってるかわからなくなってるじゃないですか。こちらも同じですけど……

 

「まとめれば、矛盾してようがしてまいが大した違いはないという事なのです。あ、お皿片付けてくるのです。ちょっと待っているのです」

 

思い出したかのようにお皿を持って台所に戻っていく廻霊。

その背中は孤独で…少し寂しいものだった。サードアイが服の隙間から彼女を視る。

矛盾していようが、変わらない……廻霊は、守るべき人間からも怖れられてるその矛盾に…折り合いをつけようとしているのですね。

 

博麗の巫女はその性質上、妖怪からは殺気を向けられるか徹底的に避けられる。さらに守るべき人からもその力故恐れられる。

 

……最も孤独なのは彼女なのかもしれない。

それを見て見ぬふりできるかと言われれば……私は出来そうにない。

この後味の悪い鉛のような感じは最も嫌いなもの。紫やお燐はそのうち慣れるとか言ってましたけど…これに慣れてしまえば私はもう人ではない…ただのヒトデナシ。

 

もっと早く来ればよかったという後悔をするくらいならこれからどうすればいいか考えてみるべきですね。

 

夜はまだ長い。考える時間もまだ残されているはずだから……



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depth.38さとり様のそばには面倒ごとが潜んでいる

夜のうちに積もった雪が昇り始めた太陽に照らされて眩い光を辺りに散らす。

悴んだ手を温めながら体に積もった雪を払い落とし神社の屋根から降りる。

半分硬くなっていた関節が音を立ててほぐれる。

雪の上に足を下ろしてみれば膝まですっぽりと埋まってしまう。

 

「……除雪しないとダメですね」

 

とは言っても巫女はまだ支度中。私は境内で妖力を使うことは出来ない。

除雪用スコップでもあればいいんですけど…見たところなさそうですしこうなったら殆ど無いですけど神力を使ってみるしかないですね。

 

……どうやれば使えるのでしょう。

普通に妖力を出す感じで…

境内内部の結界が反応、私の身体の中から出ようとする妖力が堰き止められる。

だがその力の流れの中に、堰きとめられずに通過するものがチラチラと感じ取れる。

 

 

これがそうなのですね……

 

試しにそれを束ねて板のように目の前に展開してみる。

 

青白い光が枠縁を彩り板全体に液体のような波紋が広がる。それらが朝日と雪の反射光を浴びて形成された複雑な影が雪の上に落ちる。

 

なるほど、これが神力ですか。今まで一度も使えたことがなかったのですが…こんな感じなのですね。

 

 

結界で雪を押しのけてみる。

 

私の持っている力では強度は見込めないらしく雪を推していくたびに今にも割れそうな不安な音がする。

 

戦闘では使い物にはならないだろう。

せいぜい日常生活であったら便利だな程度と思っておきましょう。

 

 

「……あら、雪掻き?」

 

雪をのんびり掻き分けていると後ろから声をかけられる。

どうやら支度が終わったらしい。寝間着の白い服の時も良かったのだがやはり巫女は巫女服でいる時が落ち着きます。

 

「ええ、一応雪掻きです」

 

雪除けみたいなものではあるがそれは言葉の綾。たいした違いではない。

「そう…あれ⁉︎貴女…神力……」

 

半分閉じている目が急に開かれ私のことを凝視したかと思えば急にワナワナしだす。

情緒不安定な人みたいですよ。

 

「ええ、僅かですから普段は妖力に紛れて分からないですけど持ってますよ」

 

「聞いてないのですよそんなこと!」

 

「言ってませんから」

 

だってわざわざ言う必要無かったですし…使う機会だってほとんどないですし。

なにやら考える素振りを見せる廻霊。

 

「まあ、別にいいのです。ところで除雪してたのです?」

 

「ええ…ほとんど出来てませんけど」

 

始めたのもついさっきなので当たり前といえば当たり前なのですけどね。

のんびりと雪掻きを再開すると少し離れたところで雪が吹き飛ぶ。

 

そっちの方向に顔を向けてみれば大型の結界が白い大地に引っかき傷を作るように居座っていた。

 

「雪かきなら私に任せるのです」

 

そう言って私の展開したものとは比べものにならないほどの結界を作り出す。それも一枚ではなく何枚も…

これなら雪掻きも素早く終わりますね。それにしても大胆な事です。

押し飛ばされた雪がシャワーのようにあたりに飛び散る。

 

「あっという間ですね…」

 

まさか数分で境内がこんなに綺麗になるなんて…さすが博麗の巫女です。

 

「……あ、そうでした。そろそろ帰らないといけません」

 

「私もいくのです」

 

廻夢がですか?珍しいですね。普段人里に巫女が来たことなんてないのに…どういう風の吹きまわしでしょうか。

 

「……まあいいですけど…もしかして人里の雪掻きですか。」

 

「そうなのですよ。悪いです?」

 

そんなことはないと首を横に降る。

ならいいですよねと無言で私の隣に飛んでくる。私はといえば境内からでなければ飛べないので石畳をゆっくり歩くことにする。

 

鳥居を抜けると再び妖力が戻ってきたのか全体的に軽くなる。

浮いている廻霊が先行…私も遅れて飛び立つ。

 

「……へえ、ちょっと変わった飛行技術なのですね」

 

「そうなのですか?いまいち違いが分かりませんが…」

 

普通、相手の力の使い方を見て理解するようなこと出来ません。それが分かるということは……やはり侮れないですね。今まで敵に回さなくて良かったです。

 

 

 

 

 

人里に着いてみれば案の定と言うべきかなんというか、予想していた光景が広がっていた。

流石山岳地帯。豪雪だけは時々一品級ですね。今年はなおのことです。

 

「あ、さとりさん!」

私に気づいた青年が声をかける。だがその横にいる人物に目線が移った瞬間、表情が固まった。

 

 

「安心してください。心強い味方です」

 

彼も博麗の事を良くは思っていないのだろう。だが、それでも廻夢本人の事はある程度認めてはいるようだ。それでも恐ろしい事に変わりはないようですけど…

 

「どれだけ交流取ろうとして来なかったんですか」

 

「だって取ろうとしても恐れられちゃうし」

 

だからって諦めたら何も生まないじゃないですか。諦めなければなんとかなるとは言いませんけど…っていうかいえませんけど。可能性をゼロにしてしまってはもう何も始まらないし何も終わらないですよ。

 

「まあ良いです」

 

「それじゃあさっさと終わらせちゃうのです」

 

そう言って大量の結界を展開する廻霊。

突然張られた結界にあたりの人が怯え、それが徐々に周囲に伝播する。

説明も無しにそんな結界張れば当たり前。

 

「危ないから少し離れるのです!」

 

 

結界がゆっくりと動き出し道に積もった雪を片っ端から押しのけていく。

人間が数時間かかってやっとの量をたった一人でやってのける。人間離れしていて…それでいて同じ人間。

だが人は、人間というカテゴリーの中から外れた者を人間とは呼ばない。まあ、それが良い方に進むか悪い方に進むかはそれぞれの人間次第。

……今回は悪い方には進まなかったみたいですね。

怯えが驚愕に変わり、驚愕はやがて歓喜へと変貌を遂げる。だがその歓喜すら、今まで彼女に行ってきた待遇の反動のせいで伝えることができない。それにまだ彼女を見る目は恐怖。それは仕方ないことだろう。もしその力が自らを襲ったらどうなるか…それを考えてしまうのが知性のある人間であり予防線を張ろうとするのも……

そして彼女自身もまた、彼らのその瞳を見て諦めたかのような微笑をする。

 

「はあ……手伝ってくれたんですから感謝くらいしてあげてもいいと思うのですけど」

 

人間とはなんと内気なのだろう…私だって内気ですけど言うところはちゃんと言いますよ?ちゃんと……

 

それにしても無言ですね皆さん。

 

「用事も終わったので帰るのです」

 

ちょっと廻霊さん何帰ろうとしてるんです?

袖を掴んで引き止める。

 

「どうせなら一杯飲んでいったらどうです?寒いですし里の人全員で」

 

私の言葉に周囲の空気が変わる。

そこまで変なこと言ってませんよ?こういう面倒な時はちょっと間に緩衝材挟んだ方が流れやすくていいでしょって事です。例えですけど……

 

「え……でも…」

 

「どうせ冬の季節はやることも無いのですから…せっかく余っている酒粕使って……」

 

「俺たちは…構わないが……」

 

おそるおそるですけど青年が近づいてくる。やはり若い人の方が偏見とか少ないのでしょうね。

 

お、子供たちが酒粕を持って出て来ましたね。

さすが子供です。

 

「……ありがとうございますなのです」

 

ここまで誘導すれば後は彼女達次第。人間の本質などすぐに変わるようなものでも無いですけど…少なくとも人里の人達は尊敬の念はあるのですから大丈夫だと思いたい。私は何もしてませんしさっさと退散しましょうか。こいし達ももう起きているはずでしょう。

 

人混みの中に私の気配を隠しその場を離れる。

 

 

 

 

 

 

 

家の扉が開かなかったのでドアの横にある窓から中に入る。恐らく雪の影響で家全体か扉のどこかが歪んでしまったのだろう。今度直さないと…

 

それにしても……なんでお燐もこいしも寝てるのかしら…それも炬燵で……

 

居間に広げられた布団、別にそこで寝るのは良いのだが、なぜ下半身が布団の中ではなく炬燵の中なのだろう。

逆に寒くならないのだろうか。

 

「ただいま…ほらふたりとも起きてください」

 

こいしと猫化して寝ているお燐を揺さぶって起こす。

 

 

「あ、お姉ちゃん。おはよ……これ…結界の外に落ちてたって門番が…」

 

 

 

そう言ってまだ眠そうに目を閉じているこいしが封筒を渡してきた。

ただ、目を閉じているせいで見当違いの方向に渡しているのに気づいて欲しい。

 

「……私宛ですか」

 

「窓から投げ込まれた……うう寒い」

 

頷いたこいしが再び布団の中に潜り込んでしまう。確かに寒いのは仕方ないのですけど…二度寝しないで起きてってば。

 

「寒いです」

 

「火が消えてるんだから仕方ないでしょう」

 

寒がるお燐を連れて囲炉裏のところに行く。

「もう少し火の管理くらいしてくださいよ」

 

弾幕を使い強引に木炭に着火する。

これで少しはあったかくなるでしょうね。ついでですから朝ごはんもここで作ってしまいましょうか。火力の関係で作れるものは限られてしまいますけど…

 

食事の支度を始めようとするがふとこいしからもらった封筒が気になり手が止まる。

先に中身を見てしまっても良いですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山道も雪が降り積もってほとんど歩くことはできない。

空を飛びながらのんびりと山を登っていく。

標高が上がるにつれ気温が下がっていく。もともと寒かったのですがもっと寒くなる。

コートを着ているにも関わらず寒さが身体を刺激する。

もう少し防寒装備を作った方が良いですね。

 

封筒の中には封を開けると起動する音声録音の術式がかかっていた。発信は天魔。内容はなるべく早く来てくれとの事だった。

その為朝食作りをお燐に任せて山を飛んでいる訳です。

しかし一体なんなのでしょうね。向こうから呼ぶとは。それもかなり切迫しているようでしたし…

先ずは行ってみるのが先決。

 

 

「……おや?」

 

ふと下を見ると鴉天狗が二人ほど木の陰で何かをしているのが眼に映る。

気になったので気づかれないように後ろに回り込み地上に降りる。

 

「……何してるんです」

 

鴉天狗の二人の真後ろまで接近して声をかける。

かけられた天狗の面が一瞬だけ跳ねる。

どうやら動揺したらしい。

 

二人が腰の武器に手をかけながら振り返る。

 

「なんだ貴様……」

 

「バカやろ!さとり様だぞ」

 

やや体が大きい天狗が私に突っかかってくる。それを隣の…私より少し大きい程度の鴉天狗が止めにかかる。

咎めた方は場慣れしているというか落ち着いている。…おそらく新米とベテランみたいな関係でしょうか。

 

そんな二人の向こう側に、一人の少女が突っ立っていた。その瞳からは何も読み取れない。死んだ魚のような目の少女。

 

「そっちの子は?」

 

私の目線に気づいた若い方が何か言おうとするがそれを遮って隣の男が口を開いた。

 

「ああ、全ては話せませんが…」

 

「構いませんよ」

 

 

 

事情を聞くと、どうやら山に迷い込んだ童女を連れ去ろうとしてたらしい。

まあ風習として天狗攫いがあるのは知ってますけど…今回はどうやらそれとは違うらしい。

何が違うのかは言ってくれないがその子は最終的に里には返さないのだとか。そうなると一生を……

 

「えっと……その子はどうするつもりなのですか?」

 

どうしても気になってしまう。

 

「……すまない。これだけは教えられない。見逃してくれないだろうか」

 

それほどまでに大事なことなのだろうか。確かに儀式とかなんだとか色々とあるのは知ってますけど人間を生贄にはしないはず…だとすれば個人的なもの。又は何か別のこと…今回私が天魔に呼ばれたことと関係があるのだろうか。

 

「……すいません。それはわたしには無理です」

 

どちらにせよ目の前にいる子の命はこのままだとまともな運命を辿らないように見える。もちろん私がどうこうしたところで良い方向に進むとは限らないが…見過ごすわけにはいかない。少なくとも見つけてしまったからには……

 

 

「そうか……」

 

「なんだよ!さとりは天狗の味方じゃないのかよ!」

 

ずっと黙っていた方が急に声を張り上げる。それと同時に天狗の面を顔に被る。

確かあれは戦闘態勢に入ったという合図。

 

「え?私は誰の味方でも無いですよ。っていうか私は敵対するつもりは無いのですが…」

 

なんで勘違いしているのでしょうか?

 

「すまない。こいつまだ若造なんだ…」

 

やはりですか、だからそんなに無理に突っかかってくるのですね。経験豊富な先輩さんが隣にいるのですから素直に従う方が良いと思うのですがね。

 

「なるほど、若さ故…」

 

「うるせえ!」

 

私が何か言おうとしたが逆ギレした彼の弾幕で言葉を遮られてしまう。

新雪が吹き飛び周辺に爆音が響く。

木に留まっていた鳥たちが一斉に羽ばたき飛んでいく。

 

あの、いきなり妖力弾を投げるのはやめてください。危ないので…

間一髪で避けた私に再度の攻撃が飛んでくる。

 

先輩さんが止めようとしてますけどなんだか止まる気は無い。

 

 

先制攻撃しちゃダメですよ。それは相手に反撃の正当な理由を与えてしまうものです。

特にこの場合は第三者の目もありますから余計不利ですよ。

 

再三の警告無視と殺傷系弾幕による攻撃…十分十分、自衛戦闘開始です。

 

雪に隠れた地面を蹴飛ばし相手に急接近。

私の反攻に恐れおののいたのか、一瞬だけ反応が遅れる。

 

戦い慣れしてないのか防御すらしようとしないとは…これは白狼天狗に叩き直されたらどうです?

 

そう思っているうちに相手の懐に体が入る。今にも抜刀しそうだったその左腰の刀を押さえつけて無力化する。

驚愕している天狗の額に一発、押さえつけている手とは逆の手で突きを入れる。

 

一発だけ。その一発で、相手を確実に仕留める。

勿論意識を刈り取るだけなので外的損傷は無いはずだ。

崩れる天狗の体を支えてゆっくりと木の幹に座らせる。

 

その様子を呆れた目で見ている天狗さんに後のことを任せる。

 

「さて、何か言われたら…私が奪ったとでも報告しておいてください」

 

「しかし……」

流石に今回は自分たちの方に非があるのは明確。まあそうだろう…私はどちらかといえば被害者。ただし貴方達の仕事を邪魔したのは事実です。その点を踏まえればおあいこです。

 

別に気にしないのでどうでもいいのですけどね。

 

「どうせこの子を里に戻したら天魔さんのところに行くつもりですから。その時に事情は説明しておきますよ」

 

無理やり押し切りずっと端っこで立っていた童女の元に行く。

彼女の眼は焦点はあっているのだが光がないというか…やっぱり何も感じていないようだ。

 

「行きましょうか…あなたの本来いるべきところ…かはどうか分かりませんけど。少なくとも安全な場所です」

 

私の言葉に無言で頷く。一応意思疎通はできるのですね。

 

「それじゃあ…ご迷惑おかけしました。今度お詫びの品を持っていきますので…」

 

「あ……ああ…」

 

 

 

 

 

私達の会話の合間だけでなく天狗が連れ去ろうとしている合間も眉ひとつ動かさない少し変わった子を背負って山を一旦離れる。

 

背負っているせいで顔を見る事は出来ないが、表情が変わった様子はない。終始無言を貫くせいでなんだか気まずい。

 

「見ない顔ですけど…新しく来たのですか?」

 

「……うん」

 

やっと話してくれました。

それにしても新参ですか?そんな情報や噂は聞いてないのですが……

「家族は……」

 

「いない」

 

……そうですか。

家族なし…となるとこのまま人里に連れて行ってもどうしようもないですね。もしかして彼等も身寄りがないことを知っていて攫ったのだろうか。だとすれば?この子の運命は?

 

……後で天魔さんに問いただすとしましょうか。

 

「……少しの合間は私の家にいてください。彼らと同じヒトデナシな存在ですけど…」

 

「……構わない」

 

それは本心からなのだろうか。ここまで抑揚のない声をされるとかなり心配してしまう。本心を視る覚妖怪が一体何を言うかと思ってしまうが…人妖誰しも知られたく無いことありますからね。そっとしておいてあげましょう。

 

 

 

 

 

「って事があって遅れました」

 

家に一旦少女を置いてきて再び山に戻ってとしていたらいつのまにか太陽は西の方向へ行ってしまっていた。

 

少しして天魔のところに案内されようやく目的が果たせる。

 

「ふむ、俺は知らないぞ?人攫いしろなんて指令すら出してないしな……」

 

事情を説明したものの天魔さんの顔はなんだかパッとしない。それどころか知らないところで行われていると…

流石にこの状況でいつもの遊びかけている態度は取らないらしい。

 

「天魔さんの関与しないところで行なっていると?」

 

「ああ、一応調べてみる」

 

天魔さんが調べるとなったら…最早隠し事など不可能に近いだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「いや気にすんなって。それより見つけてくれてありがとな」

 

そう言って私の頭を優しく撫でてくる。髪の毛を介して伝わるその手が暖かくて優しくて…

一瞬だけ思考が飛んでいたようだ。

 

気づけば天魔さんが黒い笑みを浮かべながら私を見つめていた。

なんだか寒気が走る。

 

「それで、私を呼んだ理由はなんですか?」

 

紛らわせるように話題を本題に移らせる。

 

「それはな……」

 

 

 

 

閑話休題

 

いつもと変わらない日々。それは見せかけであって本来はいつもと変わらないなんてことは無い。

見た目は何も変わっていないもののその裏では、非日常が繰り広げられている。

 

冷たい風が強く体を弄び熱くなった思考を冷やす。

 

でもまあ、時代がいくら変わっていようと種族が多少違えど……本質なんてなんにも変わってないのですね。

天魔が私を呼んだ理由。

それは不審な動きを見せる妖怪達の事についてだ。

 

かなり最近からではあるが天狗の山の周辺にいる中級や下級妖怪が不審な動きを繰り返しているとのことだ。

昔からずっとだったのは知っているのですが、どうやら個人個人で党派を組んでバラバラだった彼らが徐々に組織のように集まり出したのだとか。

所詮は天狗の領域の外の事なので関与することはできない…と言えば聞こえは良いが実際には身内側からもそれに追従している天狗などがいる為下手に動くことが出来ないのだとか。

 

天魔自身もどうにかしたいのだが、身内の内通者や領域内に潜んでいる彼らのせいで迂闊に動けないようです。

 

巻き込んで欲しくなかったですし、それくらい天狗や河童やらの自陣営でどうにかなるだろう。断りはしなかったが、だからと言って素直に協力する気もない。

たとえ天魔個人からの願いでも…内戦に加担してくれなどそう簡単にいいよとは言えない。

 

その後一瞬天魔に襲われかけたが…まあいつものじゃれあいみたいなものだから別に許しておく。

 

「……それよりも」

 

問題なのは人里だろう。ここは天狗の領域の外ではあるがかなり近い位置にある。

最悪内戦が発生してしまえば真っ先にとばっちりの被害を食らう事間違いなし。

別にそれだけならまだ防ぎようがある。

問題は、『人里への妖怪の攻撃』という事実。

これだけあれば博麗の巫女が動くのに躊躇はいらない。

内戦どころか三つ巴は確定。敵も味方も関係なく大量の血を見る羽目になる。

 

それに博麗の巫女も…まだ後継はおらず最も失われるとまずい時期だ。

どちらにせよ、人里への被害は未遂で終わらせなければならない。それだけならやってあげてもいいだろう。ただしあくまでも天狗達の力だけで今回は乗り切って欲しい。そうすれば私を変に頼ったりしなくて済むのですからね。

 

 

 

「それで藍さんはどうして雪の中に埋まっているのです?」

 

 

「ばれてましたか」

 

私が地面に向かってそう叫ぶと、地面全体が黄金色に変わる。それが巨大な狐の背中だとわかったころには私の体は巨大な尻尾の上に乗せられていた。

 

全長は6メートルくらいだろうか。巨大な九尾の尻尾を含めれば12メートルほど…かなり大型の九尾ですね。

 

「それが貴方の本来の姿ですか」

 

「はい、この姿は初めてでしたね」

 

こんな大型な狐だったとは…流石に私も驚愕してます。

普段の狐の姿でさえかなり大きいように思っていたのですが…

「あなたは…九尾?それとも、藍?」

 

「どちらでもあり、どちらでも無いでしょうか。私は個であり、体…一つではない」

 

難しいですね。

言いたいことはわかるのですがなんだか理解するのは難しい。それでも藍の温もりは本物で…普段と変わらない。

 

「それで、藍はどうしたのですか?」

 

わざわざ本来の姿を現してまで私に会いに来るとは…

 

「紫様が今年の冬は一悶着あるとの事で、この姿の使用を許可されました」

 

なるほど、紫はこの地で起こっていることを把握していると…それを教えてくれればもっと楽なのですがね。

 

「それとこれはさとり様に当てての伝言です」

 

伝言?それも藍を介したものとなるとかなり隠密性の高いものですね。なら一旦結界を作るか音声遮断魔法をこいしに頼むか…どちらにせよ家に帰った方がいいですね。

 

「それじゃあ、私の家で聞きたいのですが人間に偽装できますか?」

流石にこのまま連れていくことはできない。

こんな巨大生物が行こうものなら…鎌倉時代版ゴジ◯が出来上がってしまう。

博麗の巫女がいるから被害は…いや、むしろ市街地戦で里が消え去る気がします。どう転んでもこの姿ではいくことはできない。

 

 

「わかりました。直ぐに戻します」

 

その言葉が聞こえた頃には私の体はいつのまにか地面に立っており、目の前にはいつもの姿の藍が片膝をついた姿で伏せていた。

心なしか藍の周りの地面がそこだけ球体状に溶けたように赤く煙を上げていた。

 

「それでは行きましょう」

 

どこかの抹殺マシーンのような立ち方をする無表情藍。完全に狙っているような狙っていないような。

 

 

 

 

 

 

のんびりと下山しいざ人里というところで門番に止められる。

どうやら藍が九尾であることがバレたようです。

 

まさか藍の正体を一瞬で看破するとは…さすが門番です。

説得ののち紫の従者であると説明したところ暴れないならとのことで入れてもらえました。

 

どうやら博麗の巫女を混ぜた宴会のような状態になっているらしく、この時間にしてはかなり閑散としている。

最初は妙だなんだ言っていた藍も事情を説明すれば納得したらしくそんな事をしていればいつのまにか家についているものだ。

 

早速家に入ってみれば、外の冷気が嘘であるかのように暖かい空気が流れる。

これでも普段よりは涼しめにしてある。

 

 

「……前回来た時より人数が増えている気がするのですが」

 

隣の部屋から覗き込む少女の目線に気づいた藍が少女をつまみ上げながら尋ねる。

 

「あ、その子はさっき保護した子です」

 

入れ替わりで山に戻ってしまったためにまだ名前すら聞いていない。

だが、こいしのおかげか汚れかけていた体は綺麗になっているし服も暖かそうにはんてんを羽織っている。

そのこいしは里の宴会に行っているらしいのでここにはいない。お留守番を言い渡されたお燐とこの少女だけ。

 

「……はあ、さすがさとり様です。呆れて何も言えません」

 

どうして呆れるのでしょう?別に住まわせるわけではないですし、その子が何処かに行きたいというのであれば何も反対はしませんよ?あくまで保護しているだけですから。

 

「…別に、親になってくれる人が見つかればそっちに渡してしまいますよ?」

 

家にいつまでもおいておくわけにはいきませんからね。

 

「……そうか。だが」

 

なにかを言いかけた藍がなにかを思い出したかのように言葉を止める。

その目線はつまみあげて肩に乗せた無表情少女の元に向いている。

 

「……いや、神社の後継問題が解決できるかもしれない」

 

彼女を分析したようですけど…どのようなものが見えたのでしょうか。

それに後継者問題…確かに博麗の巫女は世襲制ではない。

まさか彼女を次の巫女にするつもりなのだろうか。

 

「あくまでも候補として考えてます」

私の言いたいことが分かったのか藍が答えてくれる。

 

 

……妖怪の最大の敵とも言われる博麗の巫女。その後継ですか…妖怪に襲われ、妖怪に助けられ、そして妖怪を消す。

当たり前なのかもしれないがそれがどれほど残酷なことか……私は理解できない。

別に反対するわけではない。そもそも赤の他人。そっちの人生まで面倒見ようとは思わないのでどうでも良いのですが…どうしても後ろめたさが残る。

 

 

 

「甘酒飲みます?」

私の周りに負の気を感じたのか近くで丸まっていたお燐が返事も聞かず台所に飛んでいった。

あの子はあの子なりに気を使ったのでしょう。ですけど……

「お燐、慌てすぎて服着るの忘れないで」

 

「え?……いやああああ!」

 

普段なら何も言わないが今回は藍や少女がいるのでそういうヘマはやめて欲しかった。

 

「ふふふ…」

 

藍さん笑っちゃダメです。

ってそこの少女、なにお燐の体見つめてるんですか?他人の体がそんなに珍しかったのですか?

 

 

 

 

「それで、紫からの伝言とは?」

 

顔が赤くなってはいるが、気が落ち着いたお燐が持ってきた甘酒を飲みつつ円卓を囲みながら藍の顔を見つめる。その肩には相変わらずあの少女が腰掛けている。

何も言わないし何も表情には出していないが、心なしか嫌というわけではなさそうだ。

 

本来の本題はこっちのはずですが…かなり忘れかけていたような気がします。

 

藍の目つきが鋭いものに変わる。

自然と周囲の空気が張り詰め、お燐と少女の体が固まる。

 

「他には誰も聞いてませんよね」

 

「ええ、この場所は私たちだけですし万が一のために小型結界を部屋に展開してます」

 

なら大丈夫と、藍の目つきが若干弱まる。それでも張り詰めた空気は元に戻らない。

 

「月からの土産ですが、河童と一緒に分析を手伝ってくれと…」

 

「……え、ああ。なるほどです」

 

成る程、月から何を持ってきていたのかは知りませんけど解析不能なところまで解析することはできたのですね。

 

ですが、どうして私なのでしょう?河童だけでも十分技術を真似る程度は出来るはず…

 

「何かあったのですか?」

 

「河童でさえ匙を投げるものがいくつもあったようです。それで…多分詳しいだろうという事でさとり様に助言を頂きたいと…」

 

なるほど…それをなんでこんな真冬の時期に行ってくるのかは分かりませんけど…正直この時期は冬眠しているでしょうし…

 

「河童からの連絡が昨日私を経由して紫様に入ったものですから…」

 

「でしたら春先にしてくれればいいのに……」

 

まあ、春になればまた忙しくなるのでしょうけど。

それにしてもあの時やはり月から何かを持ってきていたのですね…

知的好奇心の方が勝りました。

「わかりました。では後日河童を訪ねます」

 

張り詰めていた空気が拡散し、体が軽くなる。どうやら途中から本当に重圧をかけていたらしい。私は気づかなかったがお燐は藍に向かって片膝をついてしまっていた。

流石、大妖怪の式神ですね。

 

「承知です。では、都合がつき次第私を呼んでください」

 

そう私に言い、肩に乗せたままの少女を膝の上に乗せ換える。

なんだかこうして見ていると、年の離れた姉妹…いや母娘のように見える。なんだかそれが微笑ましくて気づいたら微笑みが溢れていた。

 

「さとり様もそういう表情するのですね」

 

私の表情に気づいた藍が覗き込むように見つめてくる。

 

「何も感じていないわけではありませんから…」

 

同時に私を見つめるもう一つの視線。お燐のものかと思ったがどうやら違う。ふと、藍の股の合間に座る少女と視線が混ざり合い、複雑に絡んで繋がる。

 

その子の視線を感じていたみたいです。何か言いたげなその黒の瞳に吸い寄せられる。

そうしていると、藍の手が少女の頭に乗っかり、視線の絡みが消える。

 

「さとりは感情豊かだよ」

息を整えていたお燐が復活したようです。

でも、お燐にそう言われても二人はいまいち分かってなさそうです。

普段から無表情ですし基本私自身の事なんて喋らないですからね。

 

「……そうなのですか」

 

あ、今疑いましたね?別に何も感じないわけではないのですよ!

 

無感情と無表情は似て非なるものなんですからね。

 

 

 

 

 

「そういえばまだこの子の名前聞いてませんでしたね」

ふと思い出したかのように藍が少女に視線を落とす。

 

本当なら最初に聞くべきだったのでしょうけど、無口でしたしこちらも聞く義理が無かったので聞いてませんでした。

 

「私も聞いてません」

 

もちろんサードアイで読んでいいと言うのなら遠慮なく読みますけど、それをする勇気は私にはない。お燐やこいしは聞いてないのだろうか。

お燐に聞いてみるものの知らないと手を振って返される。そうなるとこいしも聴いてないのですね。あの子にすら話さないというと相当頑固なのか…それとも理由があるのか。

 

「……名前なんてない」

 

ただ一言、暗い井戸の底から響くような寂しさのこもった声が響く。

戻ったはずの空気は一瞬でどん底になった。

 

「……そうでしたか」

 

再び藍が少女の頭を撫で始めた。

それが気持ちいいのか、少しだけ目が細まる。人間にしては感情の起伏があまりないので分かり辛かったものの感情はしっかりとあるようですね。

 

「それは思い出せない?それとも元からない?」

 

「……思い出せない」

 

成る程…でしたら私の能力を使えばもしかしたら思い出させる事が出来るかもしれない。ただ、本人のためにならないようなものや思い出してはならない危険なものの場合は諦めるしかないですけど…

 

「……さとり、やるのかい?」

 

「少女が良いと言うのであれば……」

 

何事かと考えているのか少女の首が左に傾く。

 

「もし名前を思い出せるとしたら、思い出したいですか?」

 

そんな少女に一言質問。同時に、着ていたコートの内側から眼を引き出す。

 

「……さとり妖怪」

 

サードアイを出した瞬間物凄い嫌な顔をされた。

それよりも私の存在をしっかりと知っているとは……誰に教えられたのか。常時起動型のこの眼は少女の思っていることを的確に収集していく。

 

「……」

 

久しぶりに見ることになった忌避、恐れ、恨み。それらはまだ世の中の悪を知らない少女の純粋な感情で…悪意で……そういう感情は真っ直ぐ心を傷つける。

 

それでも、少女は心を読んでいいと私を見つめてそう強く願った。

まだ恐ろしい存在であると認識されたままですけど…それを抜きにして私を頼ろうとしてくれたようです。

 

「分かりました……想起」

 

サードアイから妖艶な光が出て部屋を一瞬照らす。

 

「さとり様?」

 

「今話しかけても反応できないよ」

 

獣達の声が遠くなり意識がからだから離脱する。

最初から全力の能力執行。

少女の記憶と私の意識が混ざり、溶け合う。

記憶とは意識の中での産物。忘れている記憶は無意識下での保存。

意識とは無意識の表層であり深くなればなるほど無意識の混沌に包まれて行く。水面のような意識と無意識の合間を通過し奥に侵入していく。深く深く……

 

ここまで落とせれば後は観るだけ。

無意識の記憶を私の意識に想起させる。

 

 

 

だがその記憶は空っぽ。

ただ無虚の空間が広がるだけだった。

 

記憶以外のものを探して行くが感情も感覚も倫理すら存在しない。心を構成する要素は何一つ残っていない。文字通りの伽藍の洞。

そんな心理の底を見てみようとする。子供の場合底は比較的見やすいはずである。

 

 

……見つめる先は奈落の底?見えもしない絶対おかしい。深層心理まで行こうとするがそれよりもこの空に気を持っていかれそうになる。

苦しさも何もないという一点だけは評価しますがそれ以外は全く評価できない。

 

最初の目的は最悪の形で達成したのであるからもうここにいる意味はない。

能力を通常まで戻し意識を引っ張り出す。

 

役目を終えた眼を静かに服の中に戻す。

「どうだった?」

 

目の前でじっと見つめている少女がそう問いかける。

 

「空……伽藍洞でした」

 

どう答えていいか迷ったもののアレを表現するとすれば伽藍洞なのだろう。

それでも天狗と出会った辺りからの記憶は残っているので記憶障害とかではない。多分何かの術で忘れてしまっているのだろうか?

私の言葉の意味がよく分からなかったのか少女は右に首をかしげる。

 

「空っぽとはどういうことでしょうか?」

 

少女の代わりに藍が尋ねる。

 

「文字通りです。一定の地点からは何もない無虚の世界です。記憶も感情も感覚も…全てがありませんでした」

 

「つまりこの子は思い出せないんじゃなくて…」

 

「元からないんです」

 

何かの拍子で消されたのか…消えてしまったのかはわかりませんがこの際過程はどうでも良くて、結果が問題。

 

私の言葉に少女の顔に初めて困惑の表情が浮かぶ。

「どうしたらいいの……」

 

どうしたらいいのと言われても私にはどうすることもできない。出来るとすれば貴方自身でしょう。

 

「空いた穴は何かで埋めるしかない。記憶ではなく、今を積み重ねて新しい自分を形成していくしかないですね」

 

薄情とかなんだとか言いたければ言えばいい。

無いものは無いのだしあるように偽るなんて出来ないです。

 

そうそう、その子は藍さんに任せますね。私はもう彼女をどうすることもできないので……




その頃の廻夢達はほんわかと甘酒飲んでたとか


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depth.39河童の技術力は地上一と思うさとり

CAUTION!


冬の寒さが睡眠妨害をするので上手く寝られない。

どうせ寝なくても支障はきたさない体質なので別に気にすることではないのだが、時々こいしやお燐が布団に誘ってくる事が多い。

まあ人肌は暖かいといえば暖かいのだがだからといって私の生命機関が他の妖怪や人間と同じ機能をするかと問うと…機能はしない。

 

それでも形上寝たように見せかけてはいろんな事を考えている。感覚器官からの反応を睡眠と同じ程度に落とすにはこうするしかないから仕方ない。

最近の考え事は色々ありますが、今はあの少女の行く末が思考の大半をしめている。

少女を藍に渡してから既に数日。私が藍に行方など聞く義理が無いのはわかっている。ただ、気になるだけです。

 

博麗の巫女が弟子を取ったとかそう言う事は聞かないのでまだ神社に送られたわけではなさそうですし…どうなんでしょうね。

 

布団の中で体を動かす。どうも腹のあたりが擽ったい。

 

「お姉ちゃん……起きてるの?」

 

「そう言うこいしも起きているのね?」

 

「だってお姉ちゃん動くから…」

 

視界は閉じたまま他の感覚器官だけを覚醒状態にする。

どうやらお腹の上にこいしの頭か上半身の一部が乗っかっているらしい。寝相が悪いのはいつものこと何ですがここまでくるとあれです……紐で固定してやろうかと思ってしまいます。

 

「なぜこいしはお腹に乗ってるの?」

 

「そうだねえ……なんでだろう?」

 

疑問に疑問で返しながらお腹の上で寝返りを打ったのか重量が肺の方に移動してくる。

そういえばお腹に直接肌のようなものが触れているような…服の擦れる感覚じゃないですね。

あれ?そういえば衣服の感触が体からしないような…

 

「……肌⁉︎」

 

「きゃ!」

 

跳ね起きた拍子にこいしの頭を体の下の方に押し飛ばしてしまう。

一切の布を纏わぬ姿のこいしと、同じく何も身につけてない私の体が視界に映る。

 

「…肌じゃないです裸でした」

 

「突っ込むところそこじゃないでしょ!」

 

どうして原因作ったこいしにダメ出しされないと行けないのでしょう。

「それで…どうして服がないし部屋は妙に暖かいのですか?部屋が暖かいのはそこでお燐が必死で部屋を暖めてるからでしょうけど…」

 

「くうう…ばれてしまっては仕方ない!」

 

私の下半身のところにいたこいしが体に頭を埋める。

ちょい待ちなさい。何をする気です?

その瞬間、体に電流が走る。

 

思わずのけぞってしまいそうになる体を手で支えてこいしの方を見て同時にお燐の思考が一気に入って来て……

 

それからのことはあまり覚えていないし思い出す気もない。封印指定第2級の記憶です。

 

 

勘違いする人も多いでしょうから結論だけ言っておきますが別に失ってないですよ?失っては……

 

 

 

 

 

 

 

 

朝から散々な目にあいながらも平常運転への思考切り替えは意外と早く行われる。

正直朝からあれは刺激が強かったですがだからといって興奮するわけでもない。ただ、興奮したお燐の思考を読み取ってしまい擬似的な興奮状態になってしまったのは認めます。

 

あ、こいしは反省の意味を込めて雪に埋めておきました。

 

「お楽しみの後に河童のところとは随分と…」

 

ちなみにそんな事情を一発で見抜いた藍にすごい弄られてます。

普段真面目な性格だし私に対しても何故か敬語なのにこういう話題の時だけは口調も態度も崩れる。

例えていえば…藍様が藍しゃまになった感じです。どっちも同じ八雲藍なのですが…

正直、この人見てたのではないかと思うほど正確に見抜かれたのでドン引きです。

と言うか監視されてるのでしょうか?河童のところに行くとなったので藍を呼んでみれば、足元から巨大狐で現れましたし…

 

「随分とも何も…私は手を出してませんし」

 

「つまり総受けだったのですね!ふむ、そっちの方が良いと…」

 

「よくないですから…後始終無表情の総受けとか怖くないですか?」

 

「無表情の攻めも怖いですよ」

 

いやいやそう言うことではないですって…

と言うよりなんでしょうこのアホみたいな会話。

 

「それで、紫は何を月から奪ったのですか?」

 

話題転換を図る。

 

「どう説明すれば良いでしょうか…設計図だけのものもありますし…あの場で戦っていた箱のようなものや鋼鉄の鳥までいろいろです」

 

いろんなものを掻っ払ってきたのですね。

まあ技術を模すのであれば…妥当なところでしょうか。

それでもあの犠牲をもってして得たものがそんなものだったとは……

 

「あの……怒っていますか?」

 

「いいえ、理不尽に死んでいった妖怪達の成果がそれだと思うと…なんだか気が沈むだけです」

 

顔に出てしまっていただろうか?いや、表情は変わっていないでしょうからおそらく気配が変わったのを感じ取ったのでしょう。

もうちょっと感情を抑えた方が良いでしょうか?でもこれ以上抑えると何も感じてないのと同意義ですし…

 

無言になった藍と話すことがない私…急に静かになったと思えば気づけば川に沿って歩いていた。

 

「ここらへんですか?」

 

「……もう少し上流になりますが…そろそろさとり様にも見えてくるはずです」

 

なかなか見えないようですが藍にはしっかり見えているようです。結界でも張ってあるのか河童特有の光学迷彩でも施されているのか…

もうすぐ見えてくると言っているのでおそらく結界の類では無さそうですけど…

 

そう思って足を進めていると、視界の先が陽炎のように揺らめいている。

まるでそこの空間に何かあるかのように光が変な屈折を起こしている…そんな感じです。

 

「……光学迷彩?」

 

「正確には採光偽装術式をかけているだけだよ」

藍の声に似た誰か。

 

最初は私の疑問に藍が答えたかのように思った。それほどまで藍と同じ声だったのだから仕方がない。それでも口調の違いと声のする方向から別人と判断。

 

声のした方を振り向いてみれば、ウェーブのかかった外ハネが特徴的な青髪をツインテールでまとめた少女が立っていた。

流石に冬場は寒いのか普段の作業服のようなものの上に大量のポケットが付いた濃い青色のオーバーコートを羽織っている。

 

「お久しぶりです」

 

「久しぶり…何年ぶりだっけ?」

 

「8年くらいじゃないんでしょうか?」

 

そんなだったかなあと頭をかきながら少女こと河城にとりは思い出すかのように笑う。

相変わらず声が藍のままなのは気になるところですがどうせ発明品によるものだろうと思考を切り替える。

 

「そういえばリュックは背負ってないんですね」

 

「重たいから家の中に置いてあるよ」

 

「……声変えてる事には突っ込まないんですね」

 

だってそれ突っ込んだら負けだと思ってるので……ダメでした?

 

「よくぞ聞いてくれた藍!これはこの前完成した小型変声機なのさ!」

 

腕を広げて誇らしげに語るのは良いですけどその実物さんはどちらにあるのでしょう?私からは見えないのですが…

 

私の疑問を察したのかにとりさんがコートの左ポケットから四角い箱のようなものを出した。おもむろにその箱に着いたダイヤルを回すといつもの声に戻った。

 

「これが、本体。マイクは右の奥歯に集音、左側にスピーカーが付いてるんだよ!」

 

なるほど…それでよく本人の地声を完全に消しながら変声機の音を出せますね。流石河童の技術力と言うべきでしょうか。ですがにとりさんのは純粋な科学技術というより術式やまほろばを混ぜた複合型のようですね。

 

「でもお高いんでしょう?」

 

「ところがどっこい!なんと今なら通常の6割引(機能)でのご提供です!さらに、今買えばあそこの光学迷彩(試作4号)も付いてきます!」

 

なんか今変な言葉が混ざったような気がしますけど…と言うかかなり商売っ気ありますね。

 

「遊んでないで本題入ってくださいよ…」

 

おっと…久しぶりでしたのでついつい脱線してました。脱線と言うか脱輪というか…本題隠しですね。

 

「まあ冗談はこれくらいで…えっとさとりが助っ人だよね」

 

「ええ、藍からはそう言うことで呼ばれてます」

 

「わかった。それじゃあついてきて」

 

二つ返事で光学迷彩のかかっている家なのか研究施設なのかわからないところに入っていく。

扉がどこにあるのかわからないのだけどにとりさんにはちゃんと場所が分かっているのか迷うことは一切無い。

風景と一体化していた壁の一部が開き異空間への扉のように部屋の中の景色が空間に映る。

どこでもド○透明版だとこんな感じなんでしょうね。

にとりさんと藍に続いて扉を通過。同時に暖かい空気が体を包み込む。

中は大型のガレージのようになっていて奥の方はシャッターで区切られている。

拡張されていて中の配置も変わっていますが前回来た時と同じ場所ですね。となれば奥のシャッターは倉庫。

 

「これなんだけど…」

 

そんなことを考えていると、にとりさんが急に止まる。

にとりさんの後ろに鎮座するそれを見上げ、ため息をつきたくなる。

 

左右合計8輪のタイヤとそれらを接続する独立サスペンション。車体自体は大型のボートのような形状に後部兵員ハッチ、上部に複雑な形の砲塔とライフリングがない滑腔砲。

至る所をにとりさんにバラバラに分解されていますけどこれは紛れもなくあの輸送車両です。

 

ふと、点検ハッチの取っ手に取り付けられたプレートが眼に映る。

 

「型式番号、91式戦闘輸送車、シリアルナンバー05143」

 

「大まかな解析は終わったんだけど一番肝心なところはわからなくてさ」

 

肝心なところ…つまりはこの兵器の心臓部。それは脚となるものか脳となるものか…はたまたそれらとはまた違うものなのか。

 

「肝心なところとは……」

 

車体上部に乗って砲塔を覗き込む。中は座席や装填装置などは外されてしまっているが狭く薄暗く鉄臭いのには変わりない。

 

「こっちだよ」

 

にとりさんの声につられ車体後方に回る。藍は興味がないのかあってもついていけないのか車体に体を預けて瞳を閉じている。

 

彼女には後でわかりやすく解説するとして、まず分からないものを見ないと…

 

 

「不思議だよね。こんなに大きくて多機能…その上それぞれが複雑かつ精巧なのにそれらを動かそうとしてもこれが邪魔をする。だからといって取っ払って見ればうまく動かない……このちっぽけな機械はなんなんだい?」

 

そう呟きながらバンバンと手で叩くそれは、確かにあれに入ってたにしては小さく、神経のように伸びたいくつもの配線が生々しい雰囲気を出している。

 

見たことない…でも知識としては知っているそれを優しく手で撫でる。

確かにこれは私に聞いた方が確実なものですね。直せはしませんが…

 

「……焼けちゃってますけど…集積回路…構造はシリコンの板に銅板の回路と半導体メモリー、コンデンサー、トランジェスタなどの部品が載っているいわば人工の脳です」

 

人工頭脳とはいえど自立思考は出来ないのでAIのようなものではありません。

 

「なんで動かないんだい?」

 

そりゃ回路が焼けちゃっていますしヒューズは粉々ですし……

 

「これ…月で戦った時にEMPで回路を焼き切っちゃってるんです」

 

にとりさんはなにかを察したのかそれ以上は聞いてこなかった。

ただ、ああ、あれねと一人納得していた。

 

見たところはアンテナに接続されていたコンデンサーの破損がひどいですね。

そこから突入した過電流でブレーカーが落ちるまでの合間にこの回路全てが破損、又は熱で溶けたようですね。

 

「動かせそう?」

 

分解しながら中を覗き込んでいる私の背中ににとりさんの体重が載せられる。

振り返っている余裕は無いのでそのままの状態で答える。

 

「無理ですね。新しく部品を調達するしかないですが…半導体素子なんて地上にはないですし…」

 

「術式で代用は?」

 

「あそこの電卓に使う回路の1億倍近い情報処理能力があれば出来ますね」

 

「他の方法を探すしかないかあ…」

 

流石に諦めてくれたようですね。

 

「まあ、回路無しでも動かすことは出来ますよ。全て手動操作になりますけど」

 

第二次大戦以前の姿に戻ってしまいますが動かないよりマシですね。

でもそれは私ではなく彼女の分野。

それよりもさらに知りたいことがあるのか服を引っ張って次の物を見てもらおうとしている。

 

それに応じてにとりさんにつられるがままになる。

 

「もう一つはこれなんだけど…」

 

装甲車からは少し離れたところに布で覆われた何かが床に横たわっている。

にとりさんがその布を取っ払うと下から現れたのは鋼鉄の鳥。

垂直尾翼が根元から消えている他、胴体下を擦りつけたのかパーツがバラバラになっている。それでもその外見に見覚えがある。

一つは最近見たもの…もう一つは、記憶の奥底から…

 

 

「……CFA-44に似てますね」

 

「しーえふえーよんじゅうよん?」

 

「なんでもないです」

 

カナード翼とデルタ翼……間違いはありませんね。おそらく大妖精に落とされたものでしょうか。

 

「これが本当に飛ぶのかねえ」

 

形的に飛びそうにないのは分かりますよ。鳥の形にもっと近ければ飛ぶというのも想像はつきやすいのですがね。

 

「今のままじゃ無理でしょうね」

 

こちらもコンピュータが壊れている。これでは飛ばすことはできないだろう。こういう複雑な形の機体が飛ぶにはフライバイワイヤと呼ばれるコンピュータ制御を行わないと行けないのですが…それが壊れているとなればこの形では飛ばない。

 

「エンジンさえ動かせれば再設計の余地はあると思いますが…」

 

私が言えるのはそこまで。後はにとりさん次第です。これを頑張って飛ばせるようにするか、あるいはこのまま諦めるか…でも諦めても紫は諦めなさそうですけど。

 

「右のエンジンならなんとか動いたよ」

 

動くことには動くのですね。ならある程度航空機の設計を教えれば大丈夫だろうか。それにしてもにとりさんはさっきからなにをこっちに向けているのでしょうか?

 

「それはなんですか?」

 

「そこの機体から引っ張り出した飛び道具だよ」

 

六つの筒が円形に並んでいて…その円筒パーツがにとりさんの持つ半円形の胴体部分へ繋がっている。その箱のような胴体からチェーンのようなものが伸びて後ろのドラムに接続されている。

 

「20ミリ6連装バルカン砲らしいよ」

 

「な…なるほど……」

 

まあ、どうしようと勝手なのですがそれを素手で持って撃つというのはいくら妖怪でも無理ですよ。鬼くらいの馬鹿力があれば出来ますけど…

 

「流石に撃ったりはしないよ」

 

「ちなみにそれ…一分間に6000発程撃ち出しますので直ぐに弾切れになりますよ」

 

「そんなに凄いものだったのかい!そりゃ是非とも構造を解析しないと!」

 

ああ…にとりさんのスイッチが入ってしまった。こうなるとこの人止まらないようですし…今日は帰りましょうか。もう用済みでしょうし。

私たちそっちのけでバルカン砲を片手ににとりさんは奥の部屋に行ってしまった。

 

「終わったみたいですね」

 

「ええ…ですがほとんど役に立ててない気がするのですが…」

 

「いえ、貴方の知識があればもっと解析も早くなると思いますよ?」

 

そうでしょうか…正直あんなものの解析と開発が出来てしまうようになるのは嫌なのですけど…

特にこれらの兵器は…力のないものでも力を簡単に手に入れてしまう。それがどのような結果になるかは…わかるはずです。それでも彼女はこれらの技術が欲しかったのだろうか。

 

「難しいことを考えているようですが…さとり様があまり深く悩まなくても良いのではないでしょうか」

 

「……わかってはいます」

 

わかってはいるがだからといって考えないわけにはいかないです。技術は幸せを持ってくることもあれば不幸を運んでくることもある。持ち手次第……

まあ紫なら大丈夫だとは思いますけど…

紫以外の手に渡ったらどうするべきか…考えても思いつかない。

その時はその時で天命に任せるしか無いですね。

 

「そういえばさとり様は武器とか欲しくはならないのですか?」

 

「必要な時に使うくらいはしますけど欲しいとは思いません」

 

所詮誰かを傷つける物などは、私の心に居場所はない。せいぜいあっても刀くらいだろうか…

 

「さとり様らしいですね」

 

微笑んでいるのはどうしてなのか…今の私には分からない。人の心を持っている限り、妖怪の心を完璧に理解できることはないだろう。

それでもいいやと思っている自分がいる限りその考えもまた変わらないのでしょうね。

 

まあどうでもいい事ですけど…さて、にとりさんに置き手紙でもして帰りましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばあのにとりさんは………いいえ。どうせ後にわかる事ですから別にいま気にすることでは無いですね。





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大妖精のイメージ
どこかで見たことある服装なのは目を瞑っていただければ……

これからもよろしくお願いします。


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depth. 40さとり様キレる

にとりさんが訪ねてきた。

正確には訪ねるというよりかは呼び出されたに近い。

 

こいしが意外にも興味を示してくれたので一緒に連れていくことになった。別に構わないのですが…手を繋いで一緒に歩こうと言われるものだから正直この子の感性がわからない。

思い返せば最近妙にスキンシップが激しい気がしますけど…そんな年頃なのでしょうかね。

かたや500歳近い姉ですよ?というか500年越えてますね。

気にしたことなどなかったので気付きませんでしたがレミリアとほぼ同じ年齢なんですね…

どうりで、妖力量の増え方が毎年倍近く増えていると思いましたよ。

確か紫曰く500年を越えると力の伸びが早くなると言ってましたね。

 

門を出て山の中をしばらく進むと道の真ん中に人影が見えてくる。

その数は二人、小柄な方がにとりさんだとすれば隣の方は…天狗?

にとりさん1人かと思いきや、見慣れた白狼天狗…柳君までもがその場に立っていた。

 

珍しい組み合わせだと感心半分、厄介なことになりそうだと落ち込み半分。それもそのはず、どういうわけかこの二人あまり仲が良くない。椛がにとりさんと将棋仲間なのに対しこちらは…油と炎。

 

いえ、炸薬と雷管でしょうか。とにかく近くにくっつくと爆発しかねない。

そんな二人がどうしてここにいるのだろうと疑問に思ったものの触れたら瞬間的に大爆発を起こしそうなものに触れるほど怖いもの知らずではないので素知らぬふりで通そう。

 

さっきから私がいるのに険悪な空気がダダ漏れしてますし、流石のこいしもこれはどうしようもないのか引きつった笑みを浮かべてる。

 

さて、どう声をかければいいのやら……

 

「あやや、こいしちゃんも一緒ですか」

 

私が悩んでいると上空から声がかけられる。同時ににとりさんと柳君の合間に烏天狗の記者が舞い降りる。

 

「文さんもいたんですか」

 

「もちろんですよ!」

 

何がもちろんなのか全然わかりませんけど。

 

どうせ文さんは記事のネタ探しで見つけたのでしょうね。そうなると非番だった柳君を無理無理引っ張って来たというところでしょうか寒い中ご苦労さんですこと…

 

「あ!文お姉ちゃん。そのマフラー使ってたんだ」

 

「もちろんですよ!だってせっかく作ってもらったんですからね!」

 

……文さんはしばらくこいしの相手をしてもらってましょう。その合間にさっさとにとりさんの用事を済ませたほうがいいですね。ものによりますけど…

 

「それで、私を呼んだわけは…」

 

「そりゃ、試作品がいくつか出来たからさ!」

 

私の問いに待ってましたと言わんばかりの表情で答える。

気が早いのかもう既に装備の一部をバッグから出してチラチラと見せつけてくる。

 

「……売り込みも兼ねてますか?」

 

「そうだよ?」

 

なんで私が買ってくれると思ってるんですかね?性能確認まではしてあげますし試験使用もやってあげますけど買いませんよ?

 

「気にいると思うんだけどなあ……」

 

「どこをどう見ていたらそういう発想に至るんですか……」

 

やはり天才の考える事はわからない。それに気に入っても私が今まで貴方のところから購入したことは無いはずです。いくつか要らないものを譲ってはもらいましたけど。

 

「それで、柳君はどうしたのです?」

 

数歩離れた位置で私の方を見つめる柳君の瞳を見つめ返す。

だが私の問いに答えたのは柳君じゃなくてにとりさんだった。

「的だね」

 

「切り倒すぞ」

 

仲悪すぎでしょ…

それよりもこのままだと結局柳君が何をしたくてここに来ているのかわからないままだ。私に用事があるようですので、仕方がないが能力でささっと用件だけ確認しちゃいますか。

こっそりと取り出した眼を柳君に向ける。

 

ふむふむ、柳君は私に用があって……え?なるほど、鍋を一緒に食べないかと…ヤマメとキスメも来るですか。ですがこのピリピリした時期にですか。たしかにリラックスしたいのも分かりますけど…別にいいか。

 

「だいたい分かりました。それじゃあこいしとお燐もご一緒させていただいても?」

 

妙に噛み合わない言葉。それでも本人とは簡単に噛み合ってしまう。

 

「構わないぞ」

私が何をしたのか瞬時に理解した彼が肯定を示す。

にとりさんは興味がないのか私の眼を見ても何も反応してこない。それが一番ありがたい反応。

 

そうしているとこいしが戻ってきた。何故か首輪のようなものを文さんの首に引っ掛けて引きずっている。

 

「こいし……早く首輪を外しなさい」

 

「えーーなんで?」

 

「報復されても知りませんよ?」

 

文さんに限ってそんなことはないと思いますけど…どうなんでしょうね。

「大丈夫です!そんなことしませんから!」

 

そう言って文さんは首輪もどきを引きちぎった。

今一瞬首輪をつけられて興奮しているように見えたのですが絶対ないですよね。見間違いですよね。

私が見つめてから慌てて首輪を引きちぎったなんてことないですよね。

 

「まあそこの天狗達は置いといて…早速だけどこれらを見てほしいんだ!」

そう言ってにとりさんは背負っていたリュックを探り始める。

それって私に頼むものなのでしょうか。紫に頼んだ方がいいと思うのですが…

 

「どうせ賢者は寝てるしあの式神じゃ音痴すぎて伝わらないからさ。現状一番適切なのがさとりしかいないんだ」

 

なるほど、なら仕方ないですね…ってなんですかその物騒なミニガンは…貴方まさかあの数日でバルカン砲を解析して⁉︎

 

「流石にあの大きさじゃ危ないし取り回し辛いからね。大きさを小さくして毎分600発の連射速度と300メートルの射程を確保。弾は私が作っておいた特殊弾300発…取り敢えずそこの犬に向かって撃って」

 

「おい、向こうに行こうじゃないか。久しぶりにキレちまったよ」

 

柳君落ち着いてください!後それは禁句ですよ!何がとはいませんけど。

 

「他にもあるんだからね。えっとそうだな…40ミリ単射グレネードとか…」

 

そう言って中折れ式のやや大きな筒状のものを取り出し目の前に置く。

だからなんでそう…武器ばかりなんでしょう。もう少し…なんか冒険心くすぐられるものは無いんでしょうか。

 

「ねえねえそこの狼さん!あそぼー!」

 

こいしの声が聞こえたと思いきや柳君の姿が後ろに消える。

 

丁度良い…?少し遅いタイミングでこいしが柳君を引き離してくれた。これで心置きなく…というか挑発による殺気にさらされずにとりさんと話せます。

 

「一応航空機はモックアップモデルまで完成したからそのうちお披露目するよ」

 

え…まさかもう航空機の開発が?だってこの前来た時にこっそりベトナム戦争あたりの機体の三面図を描いておいていったばかりですよ?

流石河童の技術力です。恐ろしや恐ろしや。

そう思っているとリュックから風に乗って一枚の紙が出てくる。

先程からリュックの縁からはみ出ていたもの。紙質がなんだか違う気がしていたけど聴く気にならなかったので放置していたものだ。

「あれ、これはなんですか?」

 

「え?あ……えっと…」

 

にとりさんの声が裏返る。そんなに私に見られるとまずいものだったのでしょうか。

裏返ったその紙を拾い上げ書かれた文字を見る。

 

「月の人達から奪った設計図……ですね」

 

一瞬見慣れた日本語ではない独特の文字列に自然とそんな推測が出る。

何を書いてあるのか一瞬わからなかったものの、よく見ればどこかで見たことある文字をたどっていくと、にとりさんの解読後なのかこれを奪った紫が書き足したものなのかは定かではないが訳が付いていた。

 

「……ふうん」

 

私に見られてはまずいものなのか、にとりさんが必死に奪い返そうとしてくる。

それを片手で丁寧に捌きながら設計図に目を通していく。

 

「核搭載型汎用戦闘機……ねえ」

 

この兵器の開発計画部分にそのような単語が出てくる。つまりこれは……

熱核兵器というわけですね。

動力は通常のエンジン…機体内部に収納型の核ロケット…ふうん…

ですが計画自体が破棄されてますね…破棄したのは……サグメ?

誰でしたっけ、聞いたことあるような無いような…まあ別に良いか

 

確かに月の技術なら核融合でもなんでもできそうなものですけど…まさか核兵器まで作ろうだなんて…そんな月に呆れてしまいますけどそれを自らも欲しいとする紫も紫です。

 

「えっと…それはね……」

 

奪い返そうとするのを諦めたにとりさんが交渉で返してもらおうとして来ますが…私は別にこんなもの欲しいとは思いません。

 

「Vendere animam Diabolus est」

 

「……うん?」

 

「なんでもないです。悪魔に魂を売りたいのであればどうぞお作りください」

そう言い、設計図を丁寧に畳んで返す。

 

ただし作った場合即破棄させますけど。

その言葉を私の手から紙を受け取ろうとしたにとりさんの耳元で呟く。

その言葉に殺気を感じ取ったのか真っ青な顔をしたにとりさんが必死に頷いている。本当は脅しなんてしたくないんですけどね。

 

 

おや?誰かこっちに向かって来ているみたいですね。えっと上空からですから天狗でしょうか…それにしても速度が速いしなんだか血の匂いがしませんか?

 

どうやらこいしや柳君も気づいたのか空を見上げている。

 

「あやや?伝令……」

 

文さんの言葉が終わる前に近くの地面になにかが突っ込んだ。

やや遅れて衝撃波で雪が吹き飛ぶ。急制動の代償ですけどもうすこし雪を巻き上げるのはどうにかできないのだろうか。

 

 

黒い翼が折りたたまれ人間にしては少しだけ背丈が高い女性が私たちのところに走ってくる。

「大変です!」

声を張り上げる天狗の片腕は真っ赤に染まっている。それでも傷が気にならないほどの心理状態なのか痛がっている素ぶりはない。

ただ事じゃないと文さんと柳君が戦闘モードに切り替えて対応に入る。

「何があったんです?」

 

「里の方で襲撃です!さとり様にも救援要請をと…」

 

その言葉を聞いた途端柳君が真っ先に飛んでいく。文さんもそれに続いて目にも留まらぬ速さで飛んで行ってしまった。

 

それにしても私まで?それほど追い込まれたのだろうか…あの天狗が?

 

「ま…まずは状況を詳しく教えてください。あと腕の傷は…」

 

「かすり傷です!状況は…相手の勢力はよくわかっていません。特定の種族というわけでは無く複数種族…その上里の中にも裏切り者が紛れていまして混乱してます」

 

ここまでの情報で分かることといえば…この前天魔さんに相談されたあの件ですか。まさかもう向こうが動くとは…もしかして私の協力が得られる前にということだろうか…

まさか紫はこれを想定していてあえて藍さんを神獣化可能にして残したのでしょうか。なら私にも一言二言言ってくれればいいのに…

意地悪なのか元の性格からなのか隠し事をされることが多い。別にそれ自体は良いのですがこういう大変なものまで隠さなくても良いのに…私は明智小五郎とかじゃないんですから僅かな言葉から推理しろなんて無理ですって。

それよりも…今このタイミングで襲撃ですか…ふむふむ。これは…あれですね。

 

「「鍋が食べられない」」

 

いつの間にかとなりに立っていたこいしの声と私の声が重なる。

それにつられてつい顔を見あってしまう。なるほど、考えることは同じでしたか…

まあそれも普通なのでしょうね。

 

「お姉ちゃん……」

 

「ええ、せっかくの鍋だと言うのに……これはお仕置きしないとね」

 

さっきのドタバタで流れかけてましたけど今のタイミングじゃ今日ご馳走になるはずだった鍋が食べられない…普通なら仕方ないで済むのですが…今回ばかりはちょっと許せないです。

 

「私も手伝う!食べ物の恨みを…」

 

 

「や、八つ当たりもいいところだ……」

 

にとりさんと伝令の天狗が呆れてる。

八つ当たり?いえいえ、正当な理由ですよ。

せっかくの食事をパーにするとか考えただけで怒り心頭です。

久しぶりになんだかキレた気がします。さて、ちょっとお仕置きに行きましょうか。

 

「ヒっ…」

 

あれ?どうしてにとりさんと天狗さんはそんなに怯えてるのですか?久しぶりに笑顔が出てると思うのですが……わかりませんね。

 

「そういうわけで、そこの武器の試験ですよね…試験前にアレなのですが一ついいですか?」

 

そこまで怯えないでほしいのですが…あと無理に笑顔作ってますけどすごい表情ひきつってますよ?

 

「な…なんだい?」

 

やっとの事で絞り出したかのような声が一言。

 

「少しの合間貸していただけませんか?そこにおいてある武装一式」

試験運用はしてくれと言われたものの、それをどこでどのように使うのか…おそらくにとりさんは自分自身の目に見える範囲で行われるものだとばかり思ってるでしょうし。

でもにとりさんは研究所の方に戻らないと色々まずいでしょうし…あそこが乗っ取られでもしたら大変なことですから。

 

「えっと……構わないよ」

 

「ありがとうございます。では、結果は後日ということで」

 

素直に承諾してくれたので雪の上に置かれている武器に手を伸ばす。

それにしても重いですね。

それにミニガンはグレネードみたいにショルダーが無いので片手が埋まっちゃいますし…

 

「私も何か持ちたいな……」

 

こいしがミニガンを凝視しながら呟く。

 

「慣れない武器を使うのはやめた方がいいわよ」

 

「それはお姉ちゃんにも言えることだよ…」

 

まあそうですけど…実際この体になってからは使ったことなんてなかったですね。前世の記憶ではおぼろげながら使用したような記憶が残ってます。

どう見ても一般人じゃ反動で腕が千切れそうなデカブツを手持ちで撃つなんてありえないことなんですけど…

 

「大丈夫よ。こういうのは慣れてるからね」

 

なぜかそう言える自信がある。

なぜなのかは全然わからない。してもそのうち思い出すのだろうか?

 

「それじゃあ…こいしにはこんなのどうかな?」

 

私たちの会話に混ざり込むようににとりがコートのポケットからなにかを出してきた。

それは小さな巾着袋で…中に何か入っているのか少し膨らんでいた。

 

「なにこれ?」

 

「お守りかな…持ってると多分効果があるはずだよ」

 

なんですかその不確定要素満載のお守りは。

まあお守りなんてそんなものかと意識を切り替える。

 

それでもこいしはそれを気に入ったのか早速首からぶら下げていた。

誰かに里の方にいるお燐にも連絡を入れて欲しいのですが…博麗の巫女が関わる事態に至らないよう…なるべく人間側に被害が出ないようにしないといけないので…万が一人里へ攻撃してこようものならお燐に対処して欲しいので。

 

直ぐにそれらの指示を紙に書き天狗さんに渡す。

「これ、人里のお燐まで届けられますか?」

 

「こんな時こそ私の道具の出番!」

 

そう言ってにとりさんはバッグから小さな小鳥型の絡繰を取り出す。

金属の色が光を眩しく反射している。これだけでもかなり目立ちますね。

「…鳥?」

 

「鳩を模して作った自動伝書鳩。登録してある場所同士での速達通信用に作ったんだけど相手がいなくてさ。せっかく人里と天狗の里とか登録したのに……一応内蔵妖力で3時間飛行可能だよ」

 

なかなかに便利ですねそれ。ただ、天狗は伝令を飛ばした方が早くて済むみますけど…

 

「なるほど…それじゃあお願いして良いですか?」

 

天狗さんには私達の案内もしてもらいたいですし…というか案内してくれないとまず戦闘エリアまで辿り着けないでしょうし。

 

「もちろんだとも!」

にとりさんに手紙を託し天狗さんの方を振り返る。

 

「それでは、天狗さん案内お願いします」

 

あの後さとり様の恐ろしい笑みだなんだと言われましたけど…なんででしょうね?そんなつもりないのですが。

 

 

 

 

雪が日差しを反射して眩しくてしょうがない。

冬特有の物なので普段は気にしない。ですが今は非常時な上どこから攻撃を受けるかわからない。その状態で視界が使い物にならないのは非常に困る。

 

「眩しくないですか?」

 

「私たち天狗の瞳は光の調整が普通の妖怪より優れているので全然大丈夫です」

 

私の問いに目の前の天狗は平然と答える。

そういえば前に柳君も似たようなことを言っていたような気がしますね。すっかり忘れてしまっていますけど。

 

「それならさ!雪の中から攻撃されても大丈夫だね!」

 

「奇襲攻撃に関してはそうですけど……」

 

隣を飛ぶこいしを見ながらそんな返答。

敵だって当然私やこいしが出てくる事くらい想定しているはずだろう。ただ、さとり妖怪のような種族はもともと奇襲攻撃が効きづらい。

サードアイで全て見えてしまうのだから奇襲を成功させるならそれこそ『無意識』か『予測不能な予想外』から攻撃するしかない。ただしそれを行えるのは…今のところいない。

 

「あ…黒煙」

 

空に黒い煙がいくつか上がっているのが見える。

移動距離からして…天狗の里だろう。

 

かなり大変なことになっているのでしょうね。

 

「……攻撃をかけている奴らの中には…私達の仲間だったやつも混ざってます」

 

裏切りですか…どこの時代でもあることですね。

別に珍しくもなんともないのですが…確かに天狗にとっては珍しいことでしょうね。

「なるほど、じゃあまとめて倒しちゃいましょうか」

 

「いやいや!攻撃して来てはいるが相手はもともと仲間…」

 

「別に殺しはしませんよ?私は倒すだけ。殺すも生かすも貴方達次第です」

何を勘違いしたのか天狗さんが慌てますけど私の一言でホッとした様子になる。

 

でも裏切りは相当重い罰があると思うのですが…別に気にすることでも無かったですね。

 

「あ、お姉ちゃんあれ!天魔さんいるよ!」

 

「……え?あ、本当ですね」

この前手伝わない云々言ってしまった後なのでなんだか気まずい。

 

それでも里から出て誰かを待っているようなそぶりからして私を待っているのでしょうから行かないとダメですよね。

 

視線を前に戻すと天狗さんがこっちを向いて下を指している。やはり降りるらしい。

 

「あ、さとり様!」

私に気づいたのか天魔さんの隣にいる大天狗がこっちと手招きする。

 

「おう、さとりか!よく来てくれたな」

 

いつもの調子で天魔さんが抱きついてくる。

でも今そんなことしてる暇ないと思うのですが……

 

「仕方ないので手助けだけはしてあげます」

 

あまり手伝いすぎると私に依存しようとしてくる天狗が増えちゃうのであまり手伝えないですが…

 

そんなこと思っていると天魔の隣に立っていた大天狗が私の横に片膝をついてしゃがんだ。

 

「要件だけ言う。山の反対側からの攻撃だ。ある程度は抑えたがほとんどは山全体に散らばって奇襲戦をかけて来ている」

 

奇襲戦ですか…かなり厄介ですね。

攻撃を仕掛けているのは種族バラバラの妖怪。多分、連携が重要な集団戦では不利なのを知ってゲリラ戦もどきなことをしているとは。それに誰がリーダーなのかあえて分からなくしているのでしょうね。誰かを打てば解散してくれるということもなさそうです。

それに山全体に散らばってしまえば天狗や河童の使う広範囲攻撃も誤射を恐れて使えない。まさに山全体が人質状態です。

相手は相当な策士を連れて来てますね。

 

「そうなると掃討戦しかなさそうですね。こちら側の状況は?」

 

「侵入して来た敵の9割は終わりましたが、東と北の二箇所から新たに攻撃がありどうしても山全体へ手が回せません」

 

「こいし、北側に行って。ついでなのでそこの天狗さんも一緒に」

 

一人でどうにかできるとは思っていないけどこいしなら出来るはずです。だってこの子は多対一が得意分野ですからね。

 

「さとりはどうするのさ?俺はこれから潜んでる奴らを狩りに行くつもりなんだけど…」

 

「さっさと行ってください!東側の敵は私が対処しますので」

 

こんなところで私なんか待ってないでさっさといってくださいよ!あなたが一番戦力持っているんですからね!

 

後で数人ほど拘束、連行用の天狗が来てくれれば嬉しいですけど。と伝えて飛び出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん…あいつらなのね」

 

「え、ええそうです」

 

お姉ちゃんに言われた通り、天狗のお姉さんと一緒に里の北側に行ってみればもう弾幕と剣といろんなものが舞う戦場だった。

正直戦場の中でも乱戦って部類に入るね。

「かなり押されてるねえ」

 

「まあ元仲間もいますし…」

 

中には天狗同士で斬り合いしてるところも…裏切ったやつなんだろうけど服装が同じだからどっちが味方なのかわからない。

 

「それじゃあ…暴れちゃっていいよね…鍋の仇」

 

「いやいやまだ鍋死んでませんよね⁉︎」

 

八つ当たりだからいいのいいの!

それに鍋は死なない。これから私達の胃袋に入るために作られるんだから!

 

じゃあなんで怒ってるかって?そりゃ今夜鍋食べれると思ったら食べれなかったんだよ?そりゃ怒るよ。

 

うーん…敵味方ごちゃ混ぜの戦場か。なら広範囲破壊はできないね。一番最初に使った方が効率的にさばけるから便利だったのに…まあいいや。

 

魔導書を開きお目当てのページに魔力を流す。

一瞬だけ魔導書が光り両手に二本の短剣が収まる。

 

「どうして左は片手剣なのに右は両手剣なんですか…」

 

え、そうだったの?長さが若干違うだけかと思ってたんだけどこの剣両方とも違うんだね。

別に片手剣だろうと両手剣だろうと手裏剣だろうと使えれば問題ないからいいや。

 

「それじゃあ、援護できる?」

 

太陽の光を反射した無機質な銀の光が二本の刃から漏れる。

 

「え…ええ。なんとか」

 

怪我人にはあまり激しい戦闘はさせたくないからね。

 

天狗はそこから援護と…それじゃあ始めよっか。

 

隠れていた木の上から飛び出し、戦場の中に飛び込む。

私はお姉ちゃんみたいに器用じゃないから死んじゃっても文句言わないでね。あ、死人に口無しか。じゃあいいや。

 

着地地点にいたおっきな妖怪のお腹を二本の剣で切り裂く。

 

鮮血が飛び散り私の服を汚す。もうちょっと考えた方が良かったね。

まあいいか。もっと、もっと踊りましょ‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

里の東側は意外にも戦火は上がっていなかった。

 

襲っていないのかと思いましたけどどうやら、違うらしい。

防衛の天狗が寝返っているのか…物量戦に負けたのか…入り口あたりまで侵攻されてしまって戦闘放棄しちゃっているようです。

一部白狼天狗は捕まえられちゃってますね。

 

やや丘になった地面に体を伏せながら見下ろすように確認する。

 

その瞬間、襲って来ている妖怪と目が合った。そのとたん体に走る電流のような刺激。

体は隠しているし妖力も最小限の放出にしたはず…なのに見つかった。

 

 

 

「5分です」

 

バレてしまっては仕方ない。

立ち上がって大きめの妖力弾を一発だけ撃ち出す。

相手の意識が私の方に向く。

 

まずはこれの性能をさっさと試さないとですね。

構えたミニガンのスイッチを入れる。同時に銃身部分が高速で回転を始めやや遅れて衝撃が伝わる。

 

数発に一回だけ赤色の弾幕のような色をしたものが飛び出す。

射線を確認するための曳光弾だろう。若干弾がバラけますけど弾幕を張ると言った点では好都合ですね。

 

相手の足元に土煙がバシバシと立ち上がり、何発かは足を貫く。

その度に鋭い悲鳴が上がりますがどうせ足なら問題はない。体の向きを変えてミニガンを構え直す。

1秒に10発の速度で大量の弾が撃ち出され一気に妖怪たちが引いていく。

一部は背を向けて必死に逃げようとしている。

だけど簡単に逃がしはしない。

逃げ出そうとする妖怪に向けて展開した弾幕を放つ。

手を使わないで展開させた弾幕では命中精度は悪い。それでもこの距離で背中を向けている相手くらい外しはしない。

それにしても弱い。他の妖怪となんてほとんど戦ってこなかったので分からないのですがこんなにたくさん集まってもこんなに弱いのでしょうか?

あ、にとりさんの武器が強いからですね。

でもこれ、重いですからみんな使わないでしょうね。私も機動力を犠牲にしてまで欲しいとは思いませんし。それに照準が無いのは致命的です。

使い道さえ間違えなければ強いんですけどね。

 

そうやって半数ほどを戦闘不能にしたところでミニガンのモーター音が止まる。

弾幕を絶えず出して牽制しながらミニガンの様子を見る。ベルトの中が空っぽになっている…弾切れですか。

 

両手を開けるためにミニガンを地面に下ろす。そして今度は背中に引っ掛けていた単射グレネードを構える。

装填機能を無くしたことでシンプルかつ簡単に生産することができるようになったとか言ってましたけどそんなことはどうでもいい。

 

右手で構え左手は新たにレーザーや誘導弾幕を展開、発射する。

何発か妖怪達に当たり吹き飛ばされた身体が動かなくなっている。

 

こんな状況でも向かってこようとしてくる阿呆に右手に構えたガンの照準を合わせ引き金を引く。

弾丸の大きさにしては小さい反動で40ミリ榴弾が飛び出す。

 

地面に着弾すると同時に中に入っていた多数の粒子と外枠の破片が向かってくる妖怪に襲いかかる。音速を超えた破片たちに体がズタズタに切り裂かれた奴らが倒れる。

重傷ですけど死んではないので大丈夫だろう。これで懲りてくれなければ後は天狗に頼みますか。

 

右手に構えたままのグレネードの安全ロックをかけ素早く次弾を装填。上に振り上げる力で中折れ式の本体を元に戻し安全ロックを解除する。

 

目の前に迫って来ていた巨体を持つ妖怪に向けて躊躇いなく引き金を引く。

近かったせいもあり弾丸は安全装置がかかり爆発はしない。ただ、その鉛玉が持つ運動エネルギーは巨体を後方に吹き飛ばす程度の威力はある。

 

再度装填。装填の合間に捕らえられている天狗を縛る縄を妖力弾で狙撃する。

 

奥の方から高速で近づく人影……かなり早いですね。

多分天狗でしょうか。あっちからくるってことは多分裏切ったヒト達でしょうか。

あ、やっぱりそうですね。

 

空からもですか…面倒ですね。

向かってくる天狗の羽に向かって弾幕の嵐。もちろん刀のようなものや障壁で防がれる。ただ、少しタイミングを遅らせて発射させたグレネード弾はしっかりと起爆してくれた。

爆風で吹き飛ばされる。体勢が崩れたその瞬間に剣状にした弾幕をいくつも突き刺す。

 

再起不能…っと、あまり強くない相手にしてはちょっと時間かけすぎちゃってますね。このままだと不利になってしまいますしもう終わらせましょう。

鍋の怒りも収まって来ましたし。

 

「想起『二重黒死蝶』」

 

誰かの弾幕かは忘れたものの自らの昔の記憶を想起。

綺麗な弾幕が敵も味方も例外なく魅了する。

 

気づけばほとんどの妖怪は戦闘不能になり雪の上に赤い斑点をつくりながら倒れていた。

痛みに悶えながらの私のことをにらみながら何かを叫んでいる。

自業自得なのですが…

 

「あ、5分…1秒すぎちゃいました」

 

…ここまでやっておけば大丈夫でしょう。

地面に降ろしたミニガンを抱え直しその場から歩き去る。

時々後ろから生き残りか威勢がいいやつが残っているのか弾幕が襲いかかる。ですが狙いが甘いのか全く当たらない。

 

そうしているうちに駆けつけてきた天狗達が拘束したのか弾幕の攻撃も止んだ。

 

「お姉ちゃん!こっち終わったよ」

 

こいしが駆け寄ってくる。服のいたるところが血で汚れてしまっている。かなり激しく戦ったのだろう。

 

「そう、じゃあ後はどこかしら?」

 

「今のところはないです…ね」

こいしの後ろから追いかけて来ていた天狗さんが息を切らしながらそう答える。

 

「それじゃあ人里の方に行くわよ」

 

「え…ですが……」

 

妖怪さんは山全体に散らばっているのではという彼女の言葉を遮るように言葉を続ける。

 

「おそらく人里の方に一番集まるはずです」

 

不思議そうな顔をしていますが…心理的な問題です。

天魔さんが山中を駆け巡って暴れているのであれば妖怪達が集まる場所などだいたい決まるようなものです。

だって山の中でも人間が近くて迂闊な攻撃は出来ない。それにいざとなれば人間を盾にすることすら出来る…まあ、現実味は無いですけど…

集まる場所が分かっていればそこに先回りして決着つけた方が早いですし。

それに先程の仮定が正しければお燐が戦っているでしょうから様子を見たいです。

 

「あやや、もう戦闘終わってるじゃないですか」

行く場所が決まって移動しようとしたら近くの木の上から声がかけられる。

声のした方を見れば文さんが団扇を構えて枝の上でこちらを撮影していた。

繰り返します。撮影してました。

 

「……文さんそれ」

文さんの手には見慣れない装置が握られている。

表面はこげ茶の皮。正面中央よりやや右側に円形のガラスレンズが埋め込まれた筒が付いている。

 

「ああ、ここにくる途中でにとりさんに渡されましてね。なんでも映像を写すための装置だそうです」

 

やはりそれも月の技術で作ったものなのだろうか。

一枚づつ取るたびに装置右側のゼンマイを巻いているところを見れば…かなり古い型の一眼に見える。

 

「それにしてもさすがさとりさんですねえ」

 

どうしてなのかこいしの真後ろに降りたった文さん。

 

「河童のこの道具が良かっただけですよ」

 

ほとんど道具のおかげなんでそんなに私自身がどうとかってわけじゃないですよ。だって相手が今回強くなかっただけですから。

そもそも相手に迎撃限界距離内まで来られたらそれこそ終わりでしたよ。たまたま、見慣れない飛び道具に怯えて後退してくれたからよかったですけど…

 

「あ、そうだ。人里まで送ってくれる?」

 

こいしが文さんの肩に乗っかりながらそう聞く。

 

「いいですよ?こいしちゃんとさとりさんの二人ですね」

そう言いながらこいしと私の手を握り翼を大きくはためかせ始める。

「あれ?私は…」

 

天狗さんが困惑。まあ、いきなり文さんが私達を連れて行こうとするのですから仕方ないでしょうね。

 

「もちろん付いてきてください。ただし、ついてこれるならですが…」

 

そういえば文さんって鴉天狗最速だったんでしたっけ。

記憶力が無いわけではないが普段気にしないことは忘れやすいです。

 

周辺の音が消え去り前後にかかる衝撃で体が振り回される。

前回よりもやや荒い飛行で身体中が痛い。

 

「到着です」

 

「うわー!はやーい!」

 

「なんか…今回荒れてましたけど」

 

こいしはなんともないのだろうか。それとも気にならないだけなのか…

「障害物を回避してましたからね」

 

障害物とはなんだったのか…さらに聞こうとしたもののなんだか恐ろしい答えしか返ってきそうにないのでやめておく。

 

 

「にぎゃーー!」

 

すぐ近くで見知った者の叫ぶ声が響く。

 

「お燐⁉︎」

 

こいしが最初に駆け出す。少し遅れて私も声のした方向に向かう。

同時に聞こえる爆発音と木がなぎ倒される音。

 

急に視界が開ける。木々の一部が根元の地面ごとえぐられるようになぎ倒されていた。

 

そんな足場の悪い広場のようになった場所でお燐が追いかけ回されていた。

かなり大柄の妖怪と小柄な奴と種族はバラバラ…あれは鬼?珍しいですね。

 

逃げながらも後ろに向かって弾幕を放っているあたりただ逃げ回るだけってわけでもないですね。

 

「恨霊『スプリーンイーター』!」

 

スペルカード…お燐が使ってるところは初めてみました。

それにしてもお燐もだいぶ強くなりましたね。逃げ回ってても確実に妖怪を戦闘不能にしてますし。

それでも次から次へとどこからか出てくる妖怪さんたち。

 

「それじゃあ加勢しますか」

 

「うん!」

 

こいしの手に剣が現れる。

 

私も近くにあった石や木の枝を拾って手に握る。

今度剣でも作ってもらおうかなあ…

 

「大丈夫なんですか?じわじわ数が集まってきているように思えるのですが…」

 

「大丈夫です。必ず帰ってきますから」

 

「そういう時はさ、I‘ll be Bac○って言うんだよ」

 

それは何か違うような気がするのですが…

まあ、文さんはそこで待っていてくださいね。さっさと片付けて今度こそ柳君の家で鍋を食べたいですから。

 



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depth.41さとり様とお鍋

扉を叩く音が雪の静寂を切り裂く。

 

少しだけ遅れて扉が開く。

 

「こんばんわ。今夜はご馳走になります」

顔を覗かせた彼女は、訪ねてきたのが私達だと知るや直ぐに嬉しそうな顔をして尻尾を振りだした。

扉を開けた白狼天狗…椛さんを押しのけるようにこいしが部屋に飛び込む。

雪くらい払っていきなさいと駆け出す背中に声をかける。

 

「そこじゃ寒いですし早く入ってください」

 

その言葉と同時に服の中に入っていたお燐が家の中に飛び込む。

お燐は私の服の中で温まってたでしょうに…二人とも人の家であまり変なことしないでくださいよ。

 

肩に乗っかった雪を振り下ろし私も家に入る。

寒かった外と違い中は驚くほど暖かい。

 

 

 

 

 

あれから2週間。

 

山中に散らばった奴らの掃討もあらかた終わり、天狗の里も落ち着きを取り戻し始めている。

結局、首謀者は分からなかった。天狗が捉えた妖怪を拷問して知ろうとしているようですけど収穫なし。どうせだめでしょうね。

 

ちなみに藍さんは人里とは山を挟んで反対の斜面で戦っていた。

博麗の巫女の気を引くためと本人は言っていたのですが、戦っていたのが危険度星5級のかなりやばい奴でしたし私達では勝てないと判断してずっと山の向こう側で抑えてたんでしょう。

激戦だったのか戦っていた場所は藍さんのあの巨体が暴れた後が今でも残っている。

というかもう大地が切り裂かれたような傷とか抉られたりして災害級の被害が出ていた。

私や天狗じゃ絶対被害がもっと出ていたと思うと…藍さんの凄さが改めて分かる。

純粋な戦いじゃ藍さんやその主である紫には勝てないだろう。

戦う気もないし勝つ気も無いですけど。

 

ちなみに危険度が高い妖怪は藍さんの想定通り乱入してきた廻霊に退治されたようです。

 

まあ後になって聞いたことですから真実は分かりませんけど。

 

当事者の藍さんはと言えば…久しぶりに本気を出したとかで今は博麗神社で休養している。

体の傷は回復しても精神的な傷や疲労が深く残っているらしい。詳しくは分かりませんが視ればわかるでしょうね。

 

「……さとりさん?」

 

「……え、はい」

 

一人静かに考え事をしていたら急に椛さんが名前を呼んできた。

「上の空でしたけど……みんな待ってますよ?」

 

気づけば玄関にいるのは私と椛さんだけだった。

考え事もほどほどにしないと……

 

 

 

 

 

 

「お、さとりさん」

 

「え?ほんとだ。久しぶり」

 

部屋に案内された私達に気づいたヤマメさんが顔を上げる。それにつられてキスメさんも私の方に視線を向ける。

 

「お久しぶりです」

 

地底から出てからほとんど会ってない顔ぶれで緊張してしまう。

ヤマメさんもキスメさんも定住場所が安定しないのでなかなか会いに行くことができないですからね…

 

そんな私を見かねてか二人の隣にいたこいしとお燐が私の場所だと言わんばかりにヤマメさん達とこいし達の真ん中に来い来いと手招きしてくる。

私は別に端っこの方でも良かったのですが…たまには二人の我儘くらい聞いてあげてもいいか…普段から聞いてる気もしますが……

それでも嫌な気は無い。むしろ嬉しかった。

 

「鍋、もう直ぐ持ってきますからもう少しお待ちください。後父上は屋根から降りてください!」

 

隣の部屋から顔を覗かせた椛さんが私達と天上を交互に見ながら後半叫ぶ。

なぜか苦笑を漏らすヤマメさんとキスメさん。

 

「…もう少し空気を読んで欲しいのだが…」

真上から唐突に聞こえた声につられて上を見たら天井に張り付く柳君と目が合う。

 

なんだか天魔さんも似たような事してきたような気がしますけど…

天井に張り付くのって趣味なんでしょうか。

アサシン……いえ、獣ですからバーサーカーな気もしなくは無いのですがやってる事はアサシン。鴉天狗や天魔さんならアサシンなんですけど…

そんな事を思っていたら柳君が天井から降りてきた。

 

「父上の場合はさとり様のサードアイの管がどこにあるか探したいだけじゃないですか」

 

「なにその変な理由」

 

ツッコミを入れたのはヤマメさん。

私はどうしていいかわからない。

 

「管の付け根?そういえばあたしも気になる!」

 

丁度隣の位置に座っていたキスメが私の頭を触り始める。

遠慮ないですね…というか撫でられるなんてあまり体験した事ないので少しむずかゆいのです。

 

「えっとねえ…私達の管の付け根はハート型の……なんて言えばいいお姉ちゃん?」

 

「いや私に聞かれても……ハート型の…」

 

「おでき?」

 

「「絶対違う」」

 

柳君…それは乙女に言っちゃいけないと思いますよ。私が乙女だと自覚したことはないですが…

 

「じゃあ封印されし証?」

 

「封印なんてしてませんよね⁉︎それに証ってなんですか」

 

何だかすごくおできがマシに聞こえました。

 

「じゃあ……管の付け根って事でいいんじゃないかしらねえ」

 

ヤマメさんナイスです。そんな感じです。詳しくは分かってませんが…

そんな私達を呆れた目でお燐が見つめている。

猫化したままなのでどんな表情をしているのかは分かりづらいですが…どうせ呆れてるんでしょうね。

それよりいつまでその姿のままでいるつもりなのでしょうか。

 

 

結局お燐は私達のアホみたいな戯言のようなどうでもいい話には参加せず鍋が来るまでずっと猫のままだった。

いや、元々猫なのだから最初からずっと猫なのですが…人化しなかったといった方が良かったですね。

 

「皆様、料理が出来ましたよ」

椛さんとは違うおっとりした口調の声が聞こえて隣の部屋の襖が開かれる。

椛さんと…その隣が椛さんの(はは)さん。

柳君や椛さんと違ってやや黒みがかった銀色の髪が動くたびに美しさを引き出している。

名前聞いてないのでなんて本人のことを呼んでいいかわからないのですが…今更ですけど

初めてあったわけではないしそれなりに話していますけど今まで一度も名前を聞いたことって無かったですね。

 

「えっと……」

 

キスメさんの反応がややおかしい。(はは)さんの方を見て柳君の方を見てと落ち着かない。

もしかして柳君が妻持ちだと知らなかったのだろうか。

反対にヤマメさんは目を細めながら観察している。

 

「申し遅れました。犬走 楓と申します」

 

申し遅れましたが本当に遅れすぎている。聞かなかったこっちも悪いですけど…

 

ちなみに鍋は私達が楓さんに気をとられているうちに柳君と椛さんが用意していた。

 

ちなみにこの鍋なのだが…以前柳君に家族であったかいもの食べたい云々の相談を受けた時にさりげなく教えたら山で流行っちゃったんですよね。

冬場はほとんど保存食ですから一冬で一回か二回くらいしか出来ないご馳走みたいなものなのですけどね。

そのせいか具材も秋に収穫して保存していたものが多くを占めるので新鮮度で言うと記憶の中にあるものとはだいぶ劣ってしまいますね。

私自身も冬に育つ野菜はいくつか育ててますけど個人で生産できる量なんてたかが知れてるし毎年安定して取れるわけでもないのでそこらへんはもう仕方がない。

 

「美味しそう…」

 

「そうだねえ…」

 

それでもここまで美味しそうなものを作れる楓さんは相当腕が良いのでしょうね。その料理の技術今度習いたいです。言えば教示してくれるのだろうか…

 

美味しいうちに食べましょうと母さんが全員のお皿に料理を取り分け始める。

それと同時に家の中に誰かが入ってきた気配を感知する。

すぐ隣を向くとキスメやヤマメさんも気づいたらしく二人とも警戒している。

柳君達は…気づいているはずなのに全く気にした様子はないですね。

 

「誰か来たのかな?」

 

こいしが立ち上がって襖を開けようとするがそれより早く開けようとした襖が勢いよく開く。

 

「よ!美味しそうじゃねえか」

誰かが入ってくる。この男のような口調…それでいて中性的な声。

 

間違えるはずはありません。

 

「天魔様まで来るなんて聞いてないんだけど⁉︎」

 

ヤマメとキスメの体が一気に緊張状態になり二人揃って礼を始める。

驚き過ぎな気がするのですがこれが普通なのでしょうか。

天魔さんの後ろで椛と母さんが苦笑いしちゃってますし……

 

ただ、目の前にいたこいしに意識がいっていない。その上身長の高い天魔さんにとっては胸元程度の高さしかないこいしは距離的に見えておらずこいし自身もいきなりのことで思考停止してしまっていたため反応が遅れた。

反応が遅れた。

 

「え…うわっ⁉︎」

 

「っきゃ!」

 

歩き出した天魔さんは当然こいしとぶつかる。それだけで済めばよかったのですが、二人とも足がもつれてしまいその場に盛大に倒れる。

「…こいし大丈夫?」

 

「大丈夫…だと思うよ姉ちゃん」

 

なんだかイケメンさんが押し倒しているようにも見えなくはないが…天魔さんは女性ですから誰も黄色い歓声を出すことはなかった。

 

「う…羨ましい」

 

……それでも変な思考の人はいるようですね。まさかキスメさんから羨ましいなんて言葉が出るなんて…

 

とまあそんな事は置いておいて、天魔さんはどうしてここにきたのでしょうか?想像はつくのですが…

「お忍びですか?」

 

「いや、強行突破した」

 

立ち上がりながらあっけらかんと爆弾を投下する。

 

それ大丈夫なんでしょうか…と言うか天魔さん後で絶対大変な事になる気がするのですが…

「ここ二週間後始末で大変だったんだよ。少しくらい休ませてくれてもバチは当たらないと思うぜ」

 

だからって強行突破しなくても……後が面倒なのは私じゃないのでいいんですけど…

 

「……そういえば外が騒がしいわね。子供でも遊んでいるのかしら」

 

いえ、おそらく大天狗が連れ戻そうとしてきているんだと思います。

じゃなきゃ照明まで使用するなんて事ないでしょから…

 

ですがどうしてここに来たのでしょうか。私が来るって情報は流していないし彼女の方に伝わらないようになるべく気をつけたはずですが……情報が漏れていたわけではなさそうですね。

 

「ところで、天魔様はどうしてここに…」

 

ヤマメさんが恐る恐る尋ねる。彼女も山の序列に組み込まれている為どうしても上下関係は意識してしまうのでしょう。

むしろ組み込まれていようがいまいが関係なしな私やこいしが異常なだけか。

 

「だって護衛さんの家で鍋って聞いたら普通くるだろ」

 

……あの、今なんて……

私の聞き間違いじゃなければ護衛がうんぬん言ったような気がするのですが…

 

「護衛って…」

 

「楓ちゃんは護衛兼監視役だからな」

 

さらりととんでもないこと言ってるんですが……自覚あります?

こいしまでびっくりしてるじゃないですか。っていうか柳君なんて人奥さんにしてるんですか!あ…人じゃないですね。ヒトでしたねでもなんだかわかりづらい…ヒトデナシ?いやいや、人でないのは確かですがなんだか言い方がひどいですね。ではやはりヒトか……

 

「護衛兼監視…でも天魔の近くでこんなヒト見たことないよ?」

 

こいしが何かを思い出そうとして思い出せなくてモヤモヤしてますと表情に出しながら呟く。

正直私も彼女を見たことはない。

 

「ええ、あからさまな護衛は余計に警戒させてしまいますので周囲に溶け込んでます」

 

溶け込みすぎな気がするのですが…

 

「ああ、楓ちゃんの場合は変装してるから業務中はどんな姿かわからないぞ」

 

護られる側すらわからないほどってなにしてるんですか!

確かに敵を騙すにはまず味方からと言いますけどそれ通常業務でわからないような気がするのですが…

まあそこは彼女達特有のコミュニケーションでもあるんでしょう。

 

 

「私のことは置いておいて…早く食べちゃいましょう?」

 

場の流れが一瞬にして変わる…いや…楓さんが強引に変えた。

やはり側近…それもいざとなれば体を張って主を守る武闘派と知ればパワーバランスは比較的わかりやすく出来る。

 

実力を示したわけでもないのに不思議ですよね。それぞれの心理がどう動いているのか…すごく気になりますが同時にどうでもいいことだと思う私が存在する。この場合どっちが人でどっちがヒトなのやら…表にだしてるのは人のはずですけど…

 

 

「全ての食材に感謝して」

 

その声で意識が思考から戻ってくる。

 

『いただきます』

今は…考えることではありませんでしたね。

 

 

 

 

 

「ん……美味しいです」

 

 

「ほんと!美味しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く」

 

何度目になるかわからないため息と共に誰も聞かない独り言をつぶやく。途中までは普通に鍋を食べていた面々でしたが途中でお酒を飲み始めキスメとお燐が酔いつぶれてしまった。調子にのって天魔さんとかと飲み比べするから…あの人ものすごくお酒強いじゃないですか。その分酒癖も悪かったですが…特に幼い姿を取っている私達に…

 

 

結局二人は私がこの場で介抱することに。柳君はこいしを里まで送りに行って椛さんはヤマメと一緒に台所で片付け中。

楓さんは…天魔を引きずって外に行っちゃいました。

この部屋に残されたのは酔いつぶれて寝てしまった二人と私一人。

 

その上なにもすることがなくなってしまいどうすればいいやらと悩む。

最近こんな時間無かったですね。

ちょうどいい機会ですしなにか考えて時間でも潰しましょうか。

そういえば今の私はヒトなのか人なのかどっちなのでしょうね…ちょっと覗いて見ましょうか。最近自分を自分で探ることがなかったので今の私がなんなのか分からなくなってきていましたし丁度良いですね。

 

サードアイを私自身へ向けて力を込める。

 

意識が私の意識の底までを読み取り、意識の中に意識を沈めていく。

視界が閉ざされよりクリアに意識を認識。

――奥へ…――

  ――やめろ…――

体を沈めるような形で私というものを視ていく。

だが、脳がそれを理解するより早くサードアイに激痛が走る。いや、正確にいえばそれはサードアイ自体が痛みを発した訳ではない。私そのものを視て理解しようとした私の意識が激痛を発したようです。

 

「……っい!」

 

とっさにサードアイへ込めていた力を止め、意識をすぐに戻す。

激痛が走ってから力を止めるまで僅か1秒。

それなのに私の体…正確には意識とくっついていた精神がズタズタに傷つけられていた。

サードアイも能力が麻痺しているのか動きそうにない。

 

「いったい……」

 

理由はわかっている。いや理由というより原因…ですね。

私の精神にまで影響する…それは理解できない…理解したくない。又は常人じゃ発狂してしまうほど恐ろしい状態になっていた意識を認識しようとして精神が警告したのでしょうね。

 

なぜそんな意識になってしまったのか…私の深層心理はそれほどまでに壊れてしまっているのだろうか。

壊れているなんて自覚ないのですが…確かに人間の精神なんて数百年も経てば壊れますし意識も似たようなものなのですが…

 

 

「さとり様?何か叫び声がしたのですが」

 

襖の奥から椛さんが顔を覗かせる。

 

「いえ、ちょっと攣ってしまって…」

 

適当に仕草をしながら誤魔化す。

実際これは私の問題であって誰の問題でもない。自問自答の世界に…他人は要らない。

 

「……そうですか。気をつけてくださいね」

 

なにやら含んだ言い方……なんでしょうか…それに、なにかを警戒するような目線。

 

「あの…気をつけろとは」

 

「貴方は山にとってかなり重要な存在なんです。当然それは山を手中に収めようとする連中にとっては邪魔なものの一つ」

 

「盛大に勘違いされてますよね……」

 

「いやいや、いい加減自覚してくださいよ」

 

……思い起こして見ましたがあの程度で山を攻略する脅威と言われても…私を倒したって戦略的な成果は無い。

だって私の力なんて大したことないし頭脳だって戦術面の助言なんて出来ない。

だって私に戦略の詳しい知識や作戦を立てて成功させる才能なんてない。

 

「とにかく!気をつけてくださいね!」

 

「それは私が山の治安を守るために都合が良いからですか?」

 

「そんな訳……」

 

威勢のいい声を出していたと思いきやいきなり声が小さくなってしまった。

かなりまずい質問でした……別に答えがいる質問でもないですし…もしかしたら質問ですらないのかもしれない。

 

「冗談です。気をつけますよ」

 

完全に意気消沈してしまった椛さんの頭を優しく撫でる。

彼女がなにを思って私にどうであって欲しいのか…今はまだ知らなくていい。そのうち知るだろうしもしそれが最悪なものだったとしても私は受け入れるつもりです。

 

「……そうしてください」

 

だからそんなに悲しそうな顔しないでください。さっきのは完全に私が悪かったですから……



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depth.42さとりと河童 時々弾丸

雪溶けの水が地面を潤し山全体を蘇らせるようにしみていく。

一部の水は山に入らずすぐに川を伝い麓まで流れていきそこにいる生命へ生を運んでいく。

 

まだ雪は少し残っているが、蕗の薹が咲き春の訪れを静かに知らせてきてくれている。

 

いまだに天狗たちの警戒は解けていないが山は昔と変わらず平穏を保っている。もちろん無理に変なところに入ったりすれば哨戒の天狗がすっ飛んできますけどね。

 

服のがもぞもぞと動き出す。どうやらお目覚めのようです。

胸のところの服を押しのけて黒い耳と可愛らしい見慣れた顔が出て来る。

 

「おはよう。安眠していたようですね」

 

(ああ…おはよう。いやあ人肌が丁度良いくらいの暖かさだからねえ)

 

だからといって冬の移動の度に人の服の中に入らないで欲しいのですが…擽ったいですし服がずれるので。

 

私の言いたいことが分かったのか器用に頭だけを出した状態のお燐が服の中から飛び出して雪の上に二本足で着地する。

 

「服の中が一番良いんだけどねえ…」

 

一瞬で人化したお燐が私の方を振り向きながらそう呟く。

 

「毛並みが肌に触れるとどうしても擽ったいんですよ」

 

「舐めまわされるよりマシじゃないか」

 

どうして舐めまわされる事態に…ああそうかこいしか。

いやいや、舐めまわされる状況なんてそうそうないですよ。

 

「それで、今回はどうしたんだい?」

 

私が一人納得しているとお燐が私の顔を覗き込みながら訪ねてきた。

 

「言ってませんでしたっけ?」

 

「言ってないよね!」

 

おっとそうでした。私としたことが言い忘れてました。

 

「貴方の新しい武器を調達しに行くのよ」

私の言葉に目を見開くお燐。そんなに驚くことだっただろうか?

 

「それってあたいのですかい?」

 

そうよと短く返事をし、川を伝って奥へ進んで行く。

私の後ろをお燐が人の姿のまま飛んで追いかける。

 

「あたいは…武器あるのですが…」

 

まあそう言いたくなるのもわからなくはない。ですがお燐、あなたの致命的な弱点がこの前露見しましたからね。それを補う為にも…

 

不思議そうな顔してますね。たしかにお燐は速度も速いし攻撃だってそこそこの精度ではある。

じゃあどこに問題があるか…それは火力です。

 

それを指摘するとお燐は何か納得したように気を落としてしまった。

正直お燐は火力不足です。

 

一対一でも火力で相手に圧倒されてしまう事がほとんど。これではまともに戦うことはできない。

唯一の救いは精度の良さで弱点をピンポイント攻撃出来るところだろうか。

 

そんなことをお燐に説明しながら山を登って行くと、一軒の家が見えてくる。

今日は光学迷彩はつけていないようですね。まあ、事前にアポ取ってますから迷彩つけられても困るだけなのですがね。

「やあ久しぶり!」

 

扉の前に立った途端後ろから声がかけられる。

お燐が瞬時に振り返りSG550を声の発生源に向ける。でもそこには何もない。いや、正確には視認することが出来ないだけで確かにそこにいる。

 

「お久しぶりです…姿見せないのですか?」

 

私がそう言うとようやくにとりさんが姿をあらわす。

いつもの姿とは違い今回は雪と同じ白色の博士服のようなものを着ている。ただし博士服とは違い服のあちらこちらにポケットが追加されておりその全てに工具や機械のようなものが入っている。

 

「これの性能を見て見たくてついね」

 

ついねじゃないですよ。お燐が警戒しちゃったじゃないですか。あれ下手してたら撃ってましたよ。

お燐も私たちの会話で相手が敵じゃないことを知ったのか銃を納めてくれた。

 

「まあ別にいいです。この前はお世話になりました」

 

「いいってことよ。それで…その子がお燐かい?私は河城にとり」

 

「そうだよ。あたいは火焔猫燐…よろしくね!」

 

二人の自己紹介が終わったところで本題に入る。一応にとりさんには事前に言ってはいるけど念のために…

 

「ああ、お燐用の奴でしょ。作ってあるけどまずは家の中に入りなよ。ここじゃ寒くてさ」

 

そうでしたね。それじゃあ…入りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ一つめ」

 

 

家のような外見からは想像できない工房。その奥にある事務所のような小さな部屋に案内された私達の前ににとりさんが木製の箱を置く。

全体的に横に長いようだ。

その箱の上面が左右に開き

その箱の上面が左右に開きにとりさんが中から銀と赤色が眩しいものを引き出してきた。それは大型のライフル銃の様なものだった。

ストックから銃身までが一直線になったような構造で右側に円盤半球状の水晶、それらに回転する棒のような装置がくっついている。さらに胴体下には青色の液体が入った小さな円柱のパーツが飛び出している。

銃身は先に行くにつれて細くなり先端はラッパのように外側に咲いている。ライフリングはない。

「これは銃のように見えるけど銃じゃないよ。簡単に言うと弾幕を撃ち出すための補助具だね」

 

系統としては妖刀…に近いものでしょうか。お燐に持ってもらったところかなり軽いようだ。素材が金属のように見えるし全体的に大型なので重いと思ったのですが…

 

片手でどこかの魔法少女のように構えるお燐を見てるとなんだか鈍器としても十分使えそうだと思ってしまう。

 

「今現在持っている人の妖力を検知して勝手に調整はしてくれるさ。そこの青いのが赤色に変わったら撃てるよ」

 

そう言ってお燐にレクチャーするにとりさん。心なしかお燐の様子が落ち着かない。どうしたのでしょうか。

そこまで肌が触れているのが苦手なのだろうか?確かに肌同士が触れ合うというのは少々恐ろしいところがある。

 

 

 

 

「二つめはこれだよ」

 

あらかたの説明が終わったのかにとりさんがさっきより小さめの箱を持ってきた。

中から出てきたのは中折れ単装拳銃。さっきの妖術道具とは違い純粋な拳銃それもダブルアクションである。

口径は33…いや45口径だろうか。それでもかなり大型だ。

複雑な装填装置やリボルバーのような装置はなく。あくまでも一発撃つためだけのもの。装飾などもほとんどないけど照準器のアタッチメントがあるので後付けすることはできそうですね。

ライフリングが刻まれていて弾は大型のものを撃ちだせるみたい。

「大型の弾とかを発射する為に作ったんだけどなかなか扱いづらいんだよね。まあそれでも威力は強いし構造も簡単だからさ」

コンテンダーみたいですね。

 

「一応、弾は20ミリが撃ち出せるけど銃身を交換できるようにしてあるから7.65ミリから幅広く対応出来るようにしてある。試しに撃ってみるかい?」

 

完全にコンテンダーじゃないですか。たしかにそんな感じの仕様があるなら面白いと昔こぼした気がしますけど…

それでも20ミリをぶっ放すって…それは構造的に耐え切れるのでしょうか?まあ構造が極端に簡単なのでその分強度を高めているでしょうけど…

 

「良いのですかい?」

 

お燐が銃…というかコンテンダー擬きを弄りながらそう呟く。

 

「いいよいいよ。でも室内ではやめてね。できれば外で」

 

流石に室内じゃダメだった。それもそうですよね。

 

 

 

 

 

 

 

再び外に出て来た私達は家の裏庭…というより実験スペースに近いところに案内された。

正直外見と中身が一致していないように見えますが…にとりさんいわく、認識阻害の結界を張ってるからだそうだ。

光学迷彩より何か凄い気がするのですが…本人曰く別に大したことじゃないらしい。確かに認識阻害はいろんなヒトがやっていましたからね。

 

「それじゃあ…今回は試し撃ちだけどどの弾がいいかな?」

 

「あたいはなんでもいいですけど……強いて言うなら20ミリですかねえ」

 

 

了解と返事が聞こえ、素早くコンテンダーの銃身を交換し始めるにとりさん。

僅か5分後には20ミリが装填された状態の銃ができていた。ちなみにあの20ミリ弾丸はバルカン砲に装填されていたものをそのまま持ってきているらしい。

 

「はい、撃っていいよ」

 

お燐がにとりさんから渡されたそれを近くにあった木に向けて構える。

20ミリ…機関砲クラスの大型銃弾なのですが大丈夫なのでしょうか。特にお燐の腕…

 

私の心配は他所に引金が軽い音を立てて引かれ鉄撃が下される。

 

その瞬間、聴力が一瞬だけ麻痺する。

耳の奥に甲高い音がこだまして頭が割れそう。

少し離れた位置にいる私ですらこれほどの音…ほぼゼロ距離で聞いたお燐は?

それに気づき慌ててお燐の方を見ると、銃を片手に両耳を抑えて悶えていた。

 

「お燐!大丈夫?」

 

「さとり……何か言った?聞こえないんだけど」

涙目のまま私を見て首を傾げる。

ダメだ…これではしばらく耳が使えない。流石に聴力を失うということはないのですが…これは重傷ですね。

 

「あちゃ…流石に減音機をつけるべきだったか」

 

今更ですかい。まあこっちのミスでもありますし……それにしても流石20ミリ。木に大穴開けるどころか…木自体が折れちゃってます。

これを生み出すとてつもない反動すら耐えたお燐も凄いのですけどね。

 

 

 

 

「耳が割れるかと思った…」

 

未だに耳が痛いらしいがだいぶ治まってきたようです。

一応帰ったら耳は検査するつもりです。

「流石にあれはあのままじゃ使えないですね」

 

お燐と一緒に建物の中に戻った私はコンテンダーもどきをにとりさんに戻して減音機をつけてもらっていた。

 

「ごめんよ。改装しているうちにこっちを試していてくれないか?」

 

「…これはナイフですか?」

 

「正確には両刃式短剣。使い道はあると思うよ。ちょっと…天狗の刀より焼きが甘いから折れやすいけど」

 

使えるのだか使えないのだかなんとも言えない。どうして天狗に頼んで刃を作ってもらわなかったのやら…でも使えないわけではないです。刀をお燐に渡し様子を見る。

 

「…軽くて振り回しやすいですね。今の小刀より取り回しは良さそうです」

 

なら、持っていた方が良いですね。何があるか分かりませんからね…

 

「後これね」

 

そう言いながら棚の上から黒く塗られた大型拳銃のようなものを取って来た。

 

見た目は大型拳銃より一回り大きいくらい。

銃身も短く片手で操るのが妥当といったところでしょうか。

弾は銃の上の方に横にして取り付けられた円柱のパーツの中に螺旋状に入っている。空薬莢を出すのは右側となると右利き用。…どれほどの弾が入っているのかはわからないがこのタイプはマガジン交換が大変なやつです。

 

「機関銃…月の設計図から作って見たんだけどどうかな?」

 

「なかなか面白い構造してますね。螺旋マガジンですか…」

 

「それ作るの大変だったんだよ。装填弾数100発なんだけど給弾不良が起こりやすくてさ」

まあ…これは構造が複雑ですからね。

それでもちゃんと撃てるところまで精度を高めたにとりさんは凄いですね。

 

「へえ…機関銃かい?あたいには合わないと思うけどなあ…」

 

「お燐なら使いこなせると思いますよ」

 

接近戦は得意な方ですしこの銃も接近戦を得意としますからね。

 

「それは良かった。ご注文はこれくらいでいいかな?望めば…倉庫の方に眠ってるやつくらいならあるよ」

 

「これ以上は流石に望みませんよ」

 

「そっか、こいしちゃんならそれなりに持って行ってくれそうなんだけどなあ…流石に倉庫がいっぱいになってきたからさ」

 

それは…貴方の開発癖のせいですよね。それに使い道があるのかどうか怪しいものとかそもそも弾幕で事足りる物とか妖術の方が簡単だったりするせいで需要がないだけですから…多分人間受けはするでしょうね。

でも本人は人間に恐れられちゃってるし道具を使って欲しくても人間の方が逃げちゃうようじゃ話にならないとか。

諦めちゃダメだと思うのですが…まあ人間だって妖怪の道具なんて使いたくないでしょうからね。あくまでも妖怪は闇…人間とは対立するものですから…おっと行けない。余計な思考になってしまっていました。

 

 

「それで…いくらするんです?」

 

流石にただで持っていけというわけではない。これは正式にいえば依頼のようなものだし…ある程度の謝礼は考えている。

でもにとりさんは私の言葉に一瞬思考が停止してしまったのか銃を弄る手が止まる。

 

「え?ああ…そうだねえ。これからも私の実験とかに付き合ってくれるのと……」

 

「それと?」

 

「今度、食事…一緒に食べたいなあ」

 

え…それだけですか?なんかこう…能力の解析をさせろとか色々言って来ると思ってたのですが。

 

「全然大丈夫ですよ。でしたら…今夜夕食どうです?」

 

「え⁈いいのかい!」

 

ものすごいキラキラした目で私を見つめて…あの、顔近いです。

「別に構いませんよ。こいしも人数多い方が楽しいと言ってましたし」

 

「やった!」

 

子供みたいにはしゃぐにとりさん。それほど誰かと食事するというのが嬉しかったのでしょう。

 

「あ、そうそう。お燐ちゃんこれもあげるよ」

 

はしゃいでいたにとりさんが思い出したかのようにポケットから紐で結ばれた巾着を取り出す。

 

「なんですかいこれ?」

 

「お守り…かな?」

 

「どうして疑問形なんですか」

 

なんか前回も似たようなものをこいしに与えていた気がするのですが…

 

「だって秋の神さまは今機嫌悪いから…」

 

あの二人からもらったやつですか。

確かに効果があるかどうか…秋なら絶対ありそうなのですけどね。

 

そういえばあの二人って冬場はどこにいるのでしょうか。探してはいるのですが今まで一度も見つけたことないですし。

 

「あの二人って今どこにいるんですか?」

 

「そうだねえ……多分家にでもいるんじゃない?」

 

家…二人の家とか知らないのですが。今度の秋に聞いてみることにしますか。

「ああ、家なら山の裏側だよ」

 

裏側でしたか。確かあっちは天狗の管轄からずれてたりするのであまり行ったことなかったですね。

なるほど…せっかく幻想郷になるのならここらへん一帯はちゃんと見ておくべきですね。

 

「あの…あたいはこれ全部持って帰るんですか?」

 

「そうよ。今はショルダーベルトとか無いから持ち運びが大変でしょうけど…」

 

なかなか酷な事を言っている自覚はある。でもお燐自身が持つものなのだからそこは察して欲しい。

 

「まあ…長銃身の銃だけは持ちますよ」

 

ふとにとりさんの方を振り向くと、白衣のような作業服はいつのまにか壁にかかっていて、いつもの服装…プラス大型リュックの姿になっていた。

それにしてもその手提げは一体なんでしょうか。

 

私の目線に気づいたのか、手提げを隠すように体の後ろに持っていく。

「これは…さとりの家に着いてからのお楽しみで……」

 

仕方ありませんね。気になりはしますが…家まで我慢しましょうか。

 

「それよりも!早くさとりの家に行こう!」

 

「そうですね。そろそろ帰らないと夕食の準備が遅くなっちゃいますし…」

こいしも家で待ってるでしょうからね。早く帰って安心させてあげたいですし。

それにしても…来客となるとなにを作りましょうか。

せっかく紫から大陸のスパイスをもらっていますし…カレーでも作りますかね。でも具材が少し乏しい気がしますが…いやそこはなんとか代用するしかないですね。

後は口に合うかですが……それはいつも通り賭けですね。

 

「さとり?なに考えてるの?」

 

「夕食のことです…折角ですし奮発して初めての物でも作ってみようかと思いましてね」

 

お燐とにとりさんが何故か目を輝かせる。

いきなりどうしたのでしょうか…

心を読むことをやめた私にとっては首をかしげるしかなかった。

 

 

 

 

 

「それでは、食事の用意をしますのでしばしお待ちください」

 

にとりさんを連れて家に戻る。それ以降はお燐ににとりさんの案内を任せ私は台所に向かう。

その私をこいしが後ろからつけて来る。

 

「こいし、手伝ってくれるの?」

 

「んー半々かな」

 

いや、なにと半々なのかさっぱりわからないのだけれど…それでも一応半分だけは手伝ってくれるらしい。じゃあ残りの半分なにをするのやら。

「邪魔はしないでね」

 

「しないよう。あ、でもちょっと作りたいものがあるから火元片方だけ開けてくれる?」

 

作りたいものですが…こいしが改まってなにかを作るとは珍しいですね。まあ火元の一つくらい潰れたところで支障は起きませんし別にいいか。

「別にいいわよ」

 

「やった!」

 

こいしは早速台所をウロウロしながら準備を始める。

さて、私も始めないと…まずルウ作りですね。

当然この時代にカレー粉なんてものありませんから全てスパイスを入れて調整しながらやっていくしかありません。

 

隣で作業を始めたこいしを横目で確認しながらこちらも料理を始めていく。

姉妹揃ってではあるが特に話すことはなく無言。時々取って欲しいものがあっても無言で会話成立。

別に心が読めているわけではない。なんとなくそうだと感じたらそうするだけ。

 

「……お姉ちゃんそれってカレー?」

 

「よくわかりましたね」

 

今までは香辛料不足で作ったことなどなかったのですが…まさか初見でわかるとは…どれほどの知識をこの子は引き継いだのやら。

 

「だって作り方からしてそうだと思った」

 

まあそれ以外でスパイスを混ぜて炒めてなんてなかなかしないですからね。

それにしても換気が間に合わないですね。ちょっとそこの障子を外しちゃいますか。

今度大型の換気装置つけたほうが良いですね。

 

「そういうこいしは…お菓子?」

 

「うん!あ、でもまだ言っちゃダメだよ。秘密ね!」

 

なにを作っているのか一応はわかった。ただいうなと言われればそれまで。別にいうつもりもないから別にいいのですけどね。

 

「別に言わないわよ」

 

さて、ルウもできて来たので今度は具材作りと……

一旦火からルウを作っていた鍋を離して今度は別の鍋を温める。

もちろん水と…元から少ない芋も入れてしまう。

 

冬の合間保存してあったものと…なるべく家の中で育てていたものを使えばなんとか形にはなりそうですね。

 

 

 

 

 

 

よし、大体は出来ました。後は味ですけど……

「こいし、ちょっと味見してみて」

 

小皿に少しだけ掬ってこいしに渡す。ちなみに良いよとは言われてないが…多分大丈夫なはずである。

 

「ん?なになに…毒味?」

 

失礼な…毒など入れてません。

 

「冗談だよ。うん、美味しいんじゃないかな?」

 

こいしから合格のサインが来る。こいしが良いと言うのなら大丈夫でしょう。時々変なこと言いますけどこういうことろで嘘は言いませんからね。

 

「それじゃあご飯を炊くとしましょうか」

 

こいしが手伝ってくれてればよかったのですがこいしも手が離せないようですから諦めましょう。

 

あ…ご飯を炊く前に漬物くらいは持って行ってあげましょう。流石に長々待たせちゃって悪いですし…確か床下に糠漬けがあったはずですから…

 

「カレーなのに糠漬けって…」

 

だ…大丈夫よ。多分きゅうりだし大丈夫……だよね。

 

小皿に盛り付け火元を再度確認してからにとりさん達の待つ部屋に持っていく。

「あの…よければ先食べていてください」

 

「お、きゅうりじゃん。へえ…漬物かな?」

 

ええ、夏に貴方から貰ったやつですので少なくともきゅうり自体は貴方好みのはずですよ。

 

「あたい…その匂い無理」

 

「ごめんねお燐」

そういえばお燐はこの匂いがダメでしたね。気を使ってなるべく出さないようにしてたのですがすっかり忘れてました。

 

「ええ…美味しそうなのになあ」

 

「まあ漬物ですから…」

 

「好き嫌いしてると大きく…いやごめん何でもない」

 

「今どこ見て言いました⁉︎」

 

「え?もちろん……」

 

そういえばお燐って結構スタイルいいですよね。

にとりさんもそうですけど…

 

「私は料理に戻りますのでもう少し待っててくださいね」

 

なにか怪しげな手の動かし方をしてお燐を壁まで追い詰めようとしているにとりさんを横目に部屋をでる。

 

奥で猫の鳴き声がしてましたけど気にしない事にする。

 

「なんか叫び声が聞こえたけど…」

 

「気にしちゃダメよこいし。彼女、途中で少しだけだけどお酒買って呑んでたのよ。だから仕方ないわ」

 

 

 

そんなこんなでやっと料理ができた。ちなみにこいしの方も完成したらしく途中から私の手伝いをしてくれた。ほんと天使です。

 

「おまたせしました」

 

今この場にいる全員分を乗せてこいしと一緒に運ぶ。

両者ともに両手がふさがってしまっているものの内側からお燐が襖を開けてくれる。

 

「へえ…これがカレー?結構スパイスが効いてるしかなりとろみがあるけど」

 

「ええ、温かいうちにどうぞ」

 

円卓の上にお皿を素早く下ろしていく。

あ、こいし…スタンバイ早いわよ。もう少し落ち着いて…

あ、水は各自で取って行ってくださいね。

 

揃ったみたいですね…それじゃあ行きましょうか。

 

「「いただきます」」

 

 

 

「熱っ!熱い熱い!」

 

一気に口に入れたせいでお燐が悶え始めた。

 

「お燐…気をつけて…水は持って来てるから…」

 

水すら用意せず食べ始めてしまったお燐のために水用意。その瞬間奪い取られるようにして手から水の入った湯呑みが奪い取られる。

 

「お燐大丈夫?」

 

「死ぬかと思いました…」

 

猫舌には地獄だったかしら?

お燐の分はもう少し冷ましてから持ってくるべきでしたね。

 

そんなお燐を尻目に私も食べ始める。

少しだけ辛かったですね……もう少し甘めでもよかったでしょうか。

 

「スパイスが効いてて辛いね…でも美味しい」

 

「それは良かったです」

 

最初は少しだけ不安そうでしたけど…気に入ってもらえたようです。

もう少し時間を置けばコクが出たんですけどあまり待たせてしまっても失礼でしたから…

「それに寒い時期だしちょうどいいかも」

 

「ふふふ、それをいうなら鍋の方がいいんじゃないかしら?」

 

「え?これ鍋じゃないのかい?」

 

「鍋に近いけど鍋とは違うかなあ…一応スパイスで野菜とかお肉とかを煮込んだものだから鍋って括りには入るけど…お姉ちゃんはどっち?」

 

「どっちと言われても…ものによるんじゃないかしら?」

 

少なくとも私はカレーは鍋の一種だしスープカレーとかになるとスープ系だし、どちらも鍋料理であることに代わりはないのですけどね。あ…でもカレーだと鍋じゃなくてフライパンでも作れるのか…じゃあどうなるのでしょうか。

 

「とりあえず鍋で作ったので鍋料理で」

 

「適当だね」

 

案外そんなもんですよ?

後、にとりさん…頬にカレー付いてますよ。

ほら取ってあげるのでその場を動かないでくださいね。動いたらお燐、撃っていいわよ。

 

いやいや、冗談ですって。

 

「冗談に聞こえなかったんだけどなあ」

 

だって冗談言う時は冗談って分からないように言わないといけないんじゃないんですか?

なんだか分かり会えませんね。

 

 

 

 

「あ、そろそろ出て来た方がいいと思いますよ。隙間の紫」

 

食事も終わりお皿を一旦片付けひと段落したタイミングで、そう背後の壁に向かって声をかける。すると、私の目線の先の場所に真っ黒な亀裂が生まれる。亀裂の両端は綺麗にリボンは結んである。そして中を埋め尽くす無数の眼。

 

そこから金髪の女性……寝起きだからなのか普段のナイトキャップは被っておらず服装も白色の和服を一枚着ているだけ。それでいて普段より腰回りが強く締め付けられているからか胸周りが強調されている。

一部のヒトは嫉妬しそうですね。

あ、私じゃなくてこいしとかですよ。

 

「あら、バレてた?」

 

「だって空間に亀裂が起こってましたから…」

 

それにそろそろ貴方が起きる時期ですからね。なんとなくですが分かりますよ。

 

 

「げ…隙間妖怪」

 

「なによ。やましいことでもあるの?河城にとり」

 

紫…そんなに強く威圧しなくても……まあ今は賢者としての顔なのはわかりますけど…

 

「まあいいわ。私達もご一緒しましょうかしら。ちょっと大事な話もあるわけだし」

 

私達…その言葉に一瞬思考が引っかかる。

だが、紫に続いて隙間からこちらを覗く面々を見つけて納得する。

「ふむ…大事な話とは紫の後ろにいる天魔さんと四季映姫さん込みの話で?」

 

「ええ、そうよ。ダメかしら?」

 

「……大丈夫ですよ」

 

別に話すだけならいいのですが料理が足りるかどうか…多めに作ってはいましたけどギリギリですかね。

 

「それじゃあお邪魔するわね」

改めてそう言った紫が隙間から飛び出す。

「それじゃあお邪魔します」

 

「よっと!」

それに続いて四季映姫さん、天魔さんが隙間から飛び出す。全員準備していたのか靴は脱いでいる。

これで靴脱いでなかったらその場で靴だけ撃たれてたでしょうね…私の視線の横で機関銃を構えるお燐がですけど。

 

「お燐、落ち着いて」

 

「へえ…ここがさとりの家なのですね」

 

さらにもう一人の声が聞こえる。妖怪ではない。でも人間からは逸脱した力を持つ少女。

 

「廻霊さんまで登場ですか…これはこれは」

 

かなり大事な話なのでしょうね。ふむ…私を混ぜるまでもないようななんだか場違いな気になるのですが…

そんなことを思って身構えていたら映姫さんが早速にとりさんに説教をし始めた。

元々の性格もありますけど閻魔になってから強くなってるのでしょうかね。

地獄に彼女が行ってから一度もあったことないので分かりませんけど噂では説教する地獄からの使者がなんとか…

 

「あの、紫…かなり重要なことのようですけどこんなところで話してもいいんですか?」

 

「ええ、問題はないわ。それにこの家の外と中の境界をいじらせてもらったから音は漏れないし視認することもできないわよ」

 

あ…無策というわけではないのですね。

やはりこういう時は能力を使いたくなりますけど…能力を使うのに恐怖している私ですからそんな簡単に使えるわけではない。

自分の能力に恐怖してる妖怪って妖怪失格な気がしますけど…

 

おっと今はそんなことどうでもいいことでした。

「それじゃあ…全員カレー食べます?」

 

「押しかけた身で申し訳ないのですがお願いします」

 

「あ、俺もいる!」

 

「それじゃあ私も…」

 

えっと巫女さんは…

 

「言わなくても分かるでしょ?もう二日も食べてないのです」

 

ちょっと!どうしてそんな貧乏な生活してるのですか!っていうかだからさっきから静かに過ごしてたのですか⁈

 

冬の備蓄くらいして欲しかった…あ、でもあの閑古鳥が鳴く神社じゃ無理か。

 

「だって…娘に食べさせたら私の分ないのですよ」

 

「あれ、もう産んでたんですか?」

 

「違うのです!この前狐が連れてきた子を養子で引き取ったのですよ!」

 

なるほどそういうことでしたか。あの子を養子で引き取るとは…でもどうして弟子にしなかったのでしょうね。

まあ、廻霊さんの考えることですから何かあるんでしょうね。

 

 

 

「あ、そろそろあれが出来てたかな」

 

話を遮るようにこいしが台所の方に駆け出す。話と一緒に空気すら壊していった気がしますが気にしない気にしない。

 

みんながしばらく無言になってしまってますけど私はどうしようもないです。

 

「じゃじゃーん!プリンだよ!」

 

悪びれもせず戻ってきたこいし。でもその手にあるカップを見て何人かの目の色が変わった。

 

「これはお姉ちゃんの分ね。それで…数が足りないんだけどどうしようかな」

 

こいしがもって来てるやつで全てらしい。その言葉に後から来た妖怪さん達が悲しい顔をする。

 

「私は確定で…にとりさんも確定で…お燐は…「欲しいです」そっか、じゃあ遅れ組は無しね」

 

さらりと死刑宣告のようなことを言ってのける。

残酷過ぎる…まあ自業自得ですけど。

天魔さんも紫も絶望のどん底みたいな顔しちゃってる。

 

あの…プリンでしたら今度作りますし必要があるなら作り方も教えますから…

 

「……なんで悲しんでいるのです?」

 

廻霊さんだけ状況を理解できず固まってしまっている。

一応軽く説明だけしておく。

初めは何のことだという表情だったけど途中から私も欲しいみたいな表情が出てくる。

 

あ?でもあげませんからね。遅れたあなたたちが悪いんですからね。

遅れたというか…覗き見してたって言った方が正確ですけど。

 

あ…泣き出しそう…天魔さんは…すでに泣いてるし。

 

「ま…まあ……カレーならまだありますから…」

急に罪悪感が出て来てしまい逃げるように部屋から出る。

カレーで機嫌を直してくれるといいんですけど……

 

 

 

カレーを用意している合間なにかバタンバタンと妙に煩かった。

なにを全員で騒いでいるのでしょうか?全く…近所迷惑ですよ。

 

「あ…お姉ちゃん」

 

お盆に料理を乗せて運んでいると廊下の角でこちらをチラチラとみるこいしの顔が見える。一体何をしているのでしょうか。

 

「こいし?廊下でどうしたの?」

 

「えっと……その、なんでもない」

 

「……なにがあったの?」

 

挙動が不審すぎる。何かを隠しているのは明らかです。一体何をしでかしたのでしょうか。

 

「なんでもないよ!」

 

私の追及から逃げ出したこいしを追いかけ部屋に行く。

 

「あ…さとり…早かったわね」

 

扉の近くにいた廻霊さんが私が入ってきたのに気づいた。

だけどなんだか挙動不審。

部屋にいる面々を見てみるが…みんなして私から目を逸らす。

一体どうしたのでしょうか?

ってこれ隠す気ないですよね?絶対何かやらかしましたよね。

 

「あの…」

 

「……あ、言わなくていいです。今から当ててみせますので」

 

何か言おうとした天魔さんの言葉を止める。

せっかくですしちょっと頭の体操になにを隠しているのか当てて見ましょうか。あまり変わったところはなさそうですけど…

 

それにしても全員静かになっちゃってますねえ。

それと閻魔なのになに変なことに足突っ込んでるんですか?

それほどまでに大事…いや突っ込まざるをえなかったこと…

そのまま思考と観察を繰り返すこと5分。

やっぱり足りない。

 

ああ…そういえばあれがなかったんですね。

 

「もしかして…紫と天魔さん…後廻霊さん私のプリン食べました?」

 

「えっと……はい」

 

なんだそんなことでしたか。別にあんな挙動不審にならなくても良かったのに…なにがあったのかと勘ぐってしまったじゃないですか。

 

「蓋までつけて隠しておいたのに…」

 

「隠蔽するのは良かったのですが…目線に流されてますよ。天魔さんは私がプリンに目線がいったときだけ瞬きを3回してますから」

 

「それだけで分かるのかしら?」

 

「紫は…口元を扇子で隠すのは良いですけどその分手持ちぶたさの手をどうにかしてください。プリンに意識を動かした途端中指をしまうのはクセですか?」

 

「まさかそこまで見られてたとは…」

 

だって全員わかりやすいんですもん。

もう少し態度に出さない方がいいと思いますよ?

少なくとも挙動不審なせいで何かを隠していたという事実すらバレてしまってますからね。

ほとんどこいしですけどね。

 

「多分映姫さんは口封じで食べさせられた…ですよね?」

 

「そ…そうです」

 

この人だけ凄い気まずそうな顔してましたからね。絶対これ巻き込まれたなというのは分かってました。

 

「お姉ちゃんごめんね。止められなかった」

 

「気にしてないからいいわよ」

 

謝ってくる妹の頭を撫でて慰める。

 

あ…言っておきますけど泣かせたらギルティですからね。今回は泣かなかったので許しますけど…

 

 

 

こいし泣かせたら許しませんからね。



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depth.43さとりは地獄を管理する?

「それで…ご用件は?」

 

色々とありましたけどようやく本題に入ることが出来る。

にとりさんは気を効かせてかあの後直ぐに帰って行き、こいしもお燐と一緒に隣の部屋に移ってもらった。

お燐だけは万が一の護衛として残っていたかったみたいですけど紫にやめてと懇願されてしまい渋々部屋から出て行った。

その為この場にいるのは賢者、閻魔、天魔、博麗の巫女と威圧感出し放題の面々が揃っていた。

 

やっぱり凄い場違い感がするのですが…

 

「用があるのは閻魔ね。私達はあなたの判断次第よ」

 

判断次第でどう動くか変わると…少し面倒ですね。どこまで私の意思が押し通せることやら…

目線を映姫さんに向けると真剣な眼差しが帰ってくる。

「最初から順を追って話します」

 

ある程度予想はついていますけどここは黙って聞くに徹底しましょう。

 

「現在、地獄は管理上の関係でいくつかの小地獄が維持不能になっています」

 

地獄の管理体制どうなってるんですか…

 

 

「そこで、維持不能な小地獄を統括し破棄、その後は地下深くのマントル上面に移設するということで十王が満場一致しました。そこでですね…さとりさん」

 

そこで一旦言葉が切られる。私自身この後言ってくる言葉がなんなのか分かってはいる。原作でもさとりはそうだったようにこの世界でもさとりはそうなるらしい。

 

「破棄した地獄の管理をお願いできませんか?」

 

深々と頭を下げてきた映姫さんになんて言えばいいか迷ってしまう。ただ、嘘や偽りを言っても閻魔に隠し事など通用しない。ならば本心を言った方が良いでしょう。

 

「いやです」

 

「そうですかありg……え?」

 

「だから嫌です」

 

瞬間、映姫さんの顔が真っ青になる。

待ってそんな反応されたらすごい心が締め付けられるのですけど。あの…すごい罪悪感が…

でもここで折れたら色々と面倒です。

主に映姫さんの右側でプレッシャーを私にかけてくる二人と興味なさげな顔しながら目を細めて睨んでいる巫女さんが…

 

「そもそも、私以外にも適任いますよね?というか完全に私よりそれは鬼とかに頼んだ方がいいんじゃないのですか?」

 

私は管理とかしたことないしやり方だって分からない。そんなど素人よりも山を統括していた彼女たちの方が

 

「それもそうなのですが、問題は地獄にいる怨霊。これは通常の妖怪には驚異以外の何者でもありません。ですが、唯一例外な種族がさとり妖怪なのでして…」

 

なんかすごい無理無理説得してる感があるんですけど…映姫さんってこう言う交渉ごとに慣れてないのですね。

それにそんなあたふたしてたらだめですよ。もっと閻魔らしくしてくださいよ…

 

「理由はわかりましたけど地上の生活を捨ててまで行くわけには行きません」

 

私の言葉に天魔さんの目が輝く。貴方もしかして…私が地底に行くって言ったら絶対ついてくるか地底を滅ぼそうとか考えてたでしょ。眼が読みましたよ?一瞬だけですけど。

 

「というわけで他を当たってください。いくら私でも十王の勝手な願いは聞けません」

 

願い…かどうかはまたなんとも言い難いものですけど…

そもそも映姫さん含めて彼らはこの次元の存在ではない。空間座標としての次元ならば同じですが意識…いえ、この場合は魂と全て一括りにしても良い。

魂自体は隠世であり感覚が異なる。

そのため生者の惑わしや懇願に揺さぶられることはないしその逆もしかり。

結局これは願いと言うべきではなく命令に近いもの…なのでしょう。

 

 

 

 

「あの……既に分離する小地獄では管理者…もとい支配者決めで乱闘がいくつか発生してます。早くしないととんでもないことに…」

 

「なんでそんな状況になるって分からないんですか。普通に考えたら…先に支配者決めるべきでしょ!そもそも私の力じゃどう足掻いても乱闘を沈めることなんて無理ですって」

 

既にとんでもない事態になってるじゃないですか。もう地底自体を天狗の管轄においた方がましな気がしますよ。私じゃなくて。

 

「どこからか情報が漏れてしまいまして…今はなんとか押さえ込んでますけどこれ以上長引いてしまうと正直手がつけられなくなってしまいます」

 

完全に私が対処できそうな範疇を超えそうなのですが…

 

これは参りました。行きたくはないのですが…いかないとまずいような雰囲気になっちゃいました。

どうすれば良いか悩んでいると隣から声がかけられる。

 

「全く地獄もアホなことしてんなあ…それよりさとりが地上から去ったらこっちが困るんだって」

気づけば天魔さんが私の隣ですごい態度崩して座っていた。

口調といい態度といいあんたどこのヤクザですか。

それに勘違いしてるようですけど……私いなくなっても多分困らないかと。

それにいつか地底に行かないといけないということはわかりきっているので…その時期が悪いってだけです。

 

「私も困るのよ。さとりにはまだ手伝って欲しいことがあるのに……これはあなたの上司にお話しないとダメかしら?」

 

紫、落ち着いて…十王と話し合いしたって無駄ですから。あれはどう考えても現世の者がどうこう言って変わるものじゃないですから。

 

「私だってさとりさんに無理をさせたくはないです。ですけど上の総意なんです…」

 

閻魔なのに中間管理職…そういえば原作でもそんな感じでしたね。

映姫さんも大変ですね…

 

 

あれ?そういえばどうして私なのでしょうか…

ふとそんな疑問が頭をよぎる。いや、最初から思っていたもののそれを大したものではないと放っておいてしまっていた。

原作知識のせいで盲点になってましたけど改めて考えてみれば私じゃなきゃいけない理由ってなんですか?

「そもそも私じゃなきゃダメな理由ってなんなのですか?他にもさとり妖怪はいますよね?」

 

そのとたん部屋の空気が固まった。

 

「「え?」」

 

紫と天魔さんの声がハモる。

廻霊もなぜか呆れたような仕草をして私を憐れみの目で見つめる。

一体どうしたのでしょう。

 

「まさかあなた知らないの?」

 

「なにをです?」

 

紫が何故知らないのと言わんばかりの目線で見つめる。なんでしょうか…ものすごく嫌な…聞いちゃいけないようなそんな気がする。

 

「この世にさとり妖怪はもう貴方達しかいないわよ。それも純粋なさとり妖怪は古明地さとり、貴方だけよ」

 

途中から紫の声は頭に入っていなかった。ですがその声はしっかりと脳裏に焼き付いて、何度も反響していた。

 

「そんな……」

 

何か言おうと思って発した言葉はそれだけ。同族にほとんど会ったことは無かったのですが、あったときはあった時で優しい人達が多かった記憶はある。

それも200年近く昔の事ではあったが……それがいつのまにか消えてしまっていたとは…

 

「あー…言った方が良かったかな?俺んところ結構そう言う情報入ってたんだけど」

言わなくていいです。聞きたくもないですから…

 

「紫の言っていることは事実。閻魔帳でも確認は出来てます」

 

感傷に浸っている暇は……なさそうですね。

 

どうしましょう…原作の古明地さとりは地底の主。ですが私は中身が全くの別物…彼女のように支配者を演じることはできない。

 

それに地底に行ったら絶対不可侵条約で地底から出てこれなくなるじゃないですか。そうなるとあの異変は確定してしまう…いや、確定とは言いませんが…それでもあれが起こる可能性は高い。

 

別に起こったところでどうこういうことではないが身内が巻き込まれるのは御免です。

 

こうなったら…彼女達に相談するしか…そういえばこういうのはこれは彼女達の方が適任なのではないでしょうか?

原作とはだいぶ変わってしまいますけど今は原作云々より確実な方法を取る方が良いですし……

 

「地獄に管理って私じゃなきゃ絶対ダメなのですか?」

 

「いえ…絶対というわけではないです。要は貴方の能力の利用価値の問題です」

 

なるほど、能力の価値で選ばれたのですね。

それだったらまだ地上と地底…どちらにも属すことは出来なくもなさそうです。

要は実質的な支配は彼女達に任せて私は怨霊の管理だけを行えば……

地上と地底を行き来する生活になるかもしれませんけど…どちらか一方を選べないわたしには丁度良いかもしれない。

 

「じゃあさとりと同じで怨霊を抑えられる能力を持つ者を連れてくれば……」

天魔さんと紫がブツブツ言いながらなにか考えてますが…まず怨霊をどうにか出来る能力を持つ妖怪ってそんなにいないんじゃないでしょうか。

 

「……ちょっと時間をくれませんか大体一週間ほど」

 

ともかく時間が必要です。先ずは彼女達をみつけてからじゃないとまともに話も出来ません。

本当なら完全に断りたいのですが…向こうの事情もありますし本来私は地底に居るべき存在…イレギュラーが今まで黙認されてきただけよしとしましょう。

それに相互不可侵を結ばなければいくらでも手は打てます。

「……構いません」

 

「では天魔さんさっそくですがお願いしたいのですけど…よいでしょうか?

 

「え?ああ…全然平気だよ!」

 

思考中だった天魔さんを現実に戻す。

これを天魔さんに頼むのは喧嘩売ってるとしか言いようがないのですが…仕方ないです。天狗の情報収集能力だけが今は頼りです。

「鬼の四天王…そうですね…萃香さんと勇儀さんを探してください」

 

旧山の支配者の二人。彼女達なら大勢を従えさせて頂点に君臨するのが得意だろう。その過程は力で支配するものですが彼女達は決して恐怖政治を敷くわけでもないし圧政を行うわけでもない。

ただの脳筋…そして人望の厚い人格者だ。

私のように初対面で眼を見せようものなら妬み嫌われる存在よりよほど良いだろう。

 

ただ、天狗は鬼に恐怖し、服従していた過去があり今でもその抵抗が消えたわけではない。

別に本人達は天狗をどうこうする訳ではなくただ気に入らないものは気に入らないで力を振るっていただけ。それを理解している天狗も多かったから恐れとは別に彼女達を信頼していた節も多かった。

どちらの感情が今は強いのか分かりませんしその感情が『天魔』をどう動かすのか私には理解できない。

「あ、別にいいよ」

 

少なくとも私の心配事が杞憂に終わった事は予測できないしその過程すら理解はできないだろう。私が理解できるのは結果だけ…

 

「即答ですか……」

 

「別に探し出すだけならなんてことはないよ。それにさとりの頼みとあっちゃ断れねえや」

 

「そうね…それじゃあ私も探してみるわ。見つかったら連絡するわね」

 

天魔さんに続いて紫までもが探すのに参加してくれるようだ。

後は説得ですが…これは私がやりましょう。

私が言い出した我儘に付き合わせてしまうのだから…

 

「えっと…なんだかゴタゴタしててわかりづらいのですけど…要するにさとりは今後里の防衛としては機能しなくなるのです?」

 

今まで黙って聞いていた廻霊さんが話の途切れを狙って割り込んできた。

 

「まあ……今までカバーしてた分から半減はするでしょうね」

 

私より先に紫が答える。

それに内心ムッとしたようなでも同時に苦虫を噛み潰したようなそんな表情で答える廻霊さん。

「すごく困るのですが…主に話通じるけど言うこと聞かない妖怪相手が」

 

こちらもこちらで困っているようですが…本来ならそれは巫女の仕事ですよ。

私が一番里に…というか里にいるせいで最も早く駆けつけることが出来るから対処しているだけで本当のところは巫女の仕事を奪っているようなものだ。

本人達は今まで黙認してたのですが時々苦情を言われることはある。

最も新しいものだと彼女の一つ前の巫女に一度苦情を言われたものでしょうか。

 

神社に信仰心が集まり辛いからなるべく抑えて欲しいと。

たしかに博麗に限らず全ての神社や寺にとって信仰心は命並みに大事ですしそれがないと力も弱まり妖怪退治や神降ろしなどさまざまなものに支障が出る。

 

それを考えれば妖怪である私より巫女に退治を任せたほうが良いのですが…神社の位置などの関係上どうしても直ぐにくることが出来ず巫女を待てば被害が出てしまうことが多い。

なのでどうしても私が追っ払うか時間稼ぎをする事が多くなってしまう。

 

「私に言われましても…せっかくですし神社に篭ってないで人里周辺の警備をしたらどうですか?」

 

「く…のんびり出来る時間が削られたのです」

 

もともと巫女にのんびりする時間なんてないと思うのですが…

まあ妖怪が大人しければ巫女が出ることも無いのでしょうけど前回の侵攻もありますししばらくは難しいでしょうね。

 

「ともかく…里のことは本来廻霊、あなたの仕事なのだからお願いね」

 

紫が無理矢理話を終わらせる。

まあ…完全に地底に住むわけではないですし……それに私以外にもお燐やこいしだっていますからね。おそらく大丈夫だと思いますよ?

 

「……さとり。あなたどこまで自分の立場が分からないのよ」

 

「え?だって私より強いヒトなんて沢山いますし別に私が居なくても問題ないじゃないですか」

 

「謙虚なんだか鈍感なんだかなあ…」

 

はて…どうして二人に非難されてるのでしょうか。

 

「私は見たことないのですが…そんなにさとりは強いのです?」

 

「強いというより妖怪の中では異色よ」

 

異色って…たしかに私は妖怪とは違いますけど。

私のような妖怪なんてそのうちたくさん出てきますよ。

 

「まあ、鬼がいなくなってからは山に攻め入ろうとする集団の抑止力にはなってるし色々といて助かることは多いな」

 

そう言われても、そもそも私がやったことなんて必要最低限のダメージを与えて撤退させたくらいですよね。

勝手に一人歩きしてるさとり妖怪の悪評が無ければ私なんて対して脅威認定されませんよ。

 

「ともかくだ。先ずはあの四天王の二人を見つけてくればいいんだろ?細けえことは後だ後」

 

口悪すぎでしょ天魔さん。

まああれくらい威勢があった方が山の長らしくていいんですけど…

 

「賢者殿、帰り道はどっちかな?」

 

「襖を天狗の里につなげておきましたわ。どうぞおかえりになられて」

 

紫が扇子を横に振りつつそう答える。それと同時に閉ざされていた襖がゆっくりと開き、まだ寒い夜の空気が部屋に流れ込んでくる。

改めて思うがその能力凄いチートじみていますよね…それを使う本人もかなりの強者ですけど。

 

「ありがとさん」

 

そう言って天魔は襖の向こうに消えていった。部屋から出たことを確認した紫が再び扇子を振り襖が閉まる。

 

「それでは私はこれで…一週間後また来ます」

 

そう言って映姫さんは影に溶けるように消えていった。おそらく隠世に身体を移したのでしょう。

 

「それじゃあ私もお暇させてもらうわ。いきなりお邪魔して悪かったわね」

紫がそう言って立ち上がる。どうやら帰るようだ。

廻霊さんもそれに続いて立ち上がる。

彼女の目線が私の右胸あたりを捉える。

「……あなたも大変なのですね」

 

「もう慣れてますから」

 

 

 

 

「地獄の件……ごめんなさいね。もしものことがあれば私が十王に掛け合ってみるわ」

 

紫が隙間を展開させながら私にそう投げかける。

別に彼女が悪いわけではないしこれはおそらくこの世界が定めた置石のようなもの。彼女が気に病むことではない。

 

「いえいえ、どうせいつか起こる事ですから気にしないでください」

 

「どういうことかしら?」

 

「さあどういうことでしょうね」

 

どうせこの世界は私がいなくても大して変わりはしないのですから。

 

 

 

 

 

 

雪溶けは始まってしまえば早い。昨日まで残っていた雪は昼間のうちに太陽に照らされて全て溶けてしまったようだ。

 

彼女と出会ったのは偶然。運命とか誰かの意図が働いているのであれば…必然かもしれない。

過程はともかく結果として私は彼女と知り合っているわけだからどちらでもよかったのですけどね。

 

きっかけは、新聞のネタとして興味を持ったことからですね。

四天王である勇儀さんと引き分けるレベルだと聞いてどれほど恐ろしい妖怪なのかと半分警戒していた私は自分よりももっと幼い彼女の姿を見て驚いた。

柳さんは旧知の友らしいと言っていたのでおそらく私より年上のはずではある。それを裏付けるかのようにその幼い見た目によらず妙に大人びた雰囲気。

でも時々彼女の言うことが分からなくなったり妙に悟りすぎてるような節があってそれが私を惹きつけた。

 

一目で気に入った私はその後も彼女とは時々会うことにした。当時としては珍しいものであっただろうと思う。

なにせ、私…いや天狗は山の序列から外れている者とはほとんど関わらないのが基本でしたから。

 

 

最も人里という本来、妖怪が住むべきじゃないところに住み人間に味方するかと思えば妖怪として人間と時々矛を交えたりとどっちつかずの彼女の行動を解き明かそうと無茶をしていた時期もありました。

思い起こしてみれば、彼女の正体が覚妖怪と分かったときは耳を疑いました。

だってあんな優しくて人間と妖怪のどちらも大事にするような彼女があの覚妖怪だったなんて誰が思っただろう。

もし私がしっかりとさとりを見て彼女に触れていなければ彼女の事を記事にして叩いていたかもしれない。

 

「何書いているのですか?」

 

「ああ、椛ですか。なんとなく彼女のことをまとめてみようかと」

 

時々この場所にやってくる数少ないヒトの登場に私の筆が止まる。

 

「それはまた…何かあったんですか?」

 

「どうやら彼女を地獄の管理人として閻魔が連れて行こうとしてるらしくてですね」

 

この事は私達外野が口を挟むことではない。ただ、どうしてか心の奥から込み上げてくるこの気持ちを抑えきれなくてこうして筆を乗せて気を紛らわせていた。

 

「ああ…その事ですか。確かその件で今勇儀さん達を探しているようですが…」

 

天魔様直々に天狗全体に指令が飛んだのはつい数日前。私が人づてに聞いた話では未だ見つかってはいないようです。

 

「残念ですね。私は生憎情報収集メンバーから外されましてね」

本当なら私も行くべきなのですが天魔様から言いつけられたのは『待機』

後は椛と柳さんもなぜか『待機』になっている。

 

「さっき、さとりさんを訪ねたのですが…」

 

「どうでした?」

 

「ダメでした」

 

天魔様から事情を聞いた後直ぐに彼女を訪ねましたがお燐さんにあしらわれてしまい彼女には会えなかった。

なんでも、少し取り込んでいるらしい。何を取り込んでいるのか分かりませんが、彼女のことですから考えがあるのでしょう。

彼女の思考はよくわかりませんが、彼女が本気でなにかをしているのであればそれを邪魔するのは良くない。

なにせ、彼女のお陰であの妖怪退治の一行を退けられたのだし、月への侵攻の際も彼女がいなければ突入していた妖怪達は壊滅していた。

 

私達はさとりさんに何度も救われているのだ。少しくらい彼女の我儘を聞いたっていいはずだ。

 

「そういえば椛、貴方何用で来たのですか?」

 

「暇だったので…貴方のところに行けば何か面白いことでもあるかと」

 

なるほど、私と似たようなものですか。

 

「私だって手駒が切れてるときは動きませんし面白くもありませんよ。せいぜいこれらをまとめている姿でも見ていてください」

 

そう言って再び視線を紙に落とす。どこまで書いたかを再確認しているとすぐ隣に椛が座る。

 

あの脳筋に近い椛にしては珍しい選択だと思いながら筆を進めようとする。ただ、なかなか筆が進まない。

 

「さとりさんを表すとすれば…なんて書いたらいいでしょうか?」

 

尻尾を振って無言の合図をして来ていた椛に聞くことにする。わからなければ調べるしかないですからね。

 

「なかなか難しいですね…その場での行動としては最善を選ばれてるようですが全体的に見てそれらの規則性や法則が一致しない。妖怪としての常識と人間の常識がそれぞれ交互に出ている感じでしょうか?」

 

「流石白狼天狗、見てるところが違いますねえ」

 

やや回りくどかったですが、それなりに良い線をついている気がします。さっきは脳筋とかなんだとか言いましたけど意外といい頭持ってるじゃないですか。

 

「そう考えると確かに辻褄が合いますね。妖怪と人間…相反する二つの行動理念が交互に現れているのだとすれば…理解不能というわけでも無い」

 

「後は…妖怪相手にいうのはなんだか違う気がしますけどお人好しなんじゃないでしょうか」

 

お人好し?また『非』常識な事を……妖怪がお人好しなんてあるわけないじゃないですか。

生まれたばかりの半妖だったらいざ知らず、最初から純粋な妖怪にそんなもの…ただの気まぐれの錯覚じゃないんですかねえ。

「ふむ…まあお人好しは無いでしょうね。それこそお人好しなんて彼女が人間でない限りありえませんよ。こいしちゃんでしたらまだ分かりますけど」

 

「そうですよね……薄々さとりさんは人間じゃないのかなあって感じていただけですので気にしないでください」

 

あやや、珍しいですねえ。椛がそう思うのであればもしかして柳さんはもっと感じているのではないでしょうか?

これは聞いてみる価値ありです。

 

「ところでそれなんのために書いてるんですか?」

 

「これですか?そうですねえ…将来に彼女の事を知っておいて欲しいからでしょうか」

 

忘れられてしまえば、そこに居場所はない。でもね誰かが覚えていてくれれば必ず帰りを待ってくれる人も出てくる。

する事がない私にとって彼女に出来る最大限のお礼…いやただの自己満足だろうか。衝動的に書いている故に内容はぐちゃぐちゃしちゃってますけどね。これでは本当に自己満足。思わず苦笑が漏れる。

 

「いずれにせよ時間が有り余ってしまうとこうして何かしていないと落ち着かないんですよ」

 

「同感です」

 

丁度そこに聞き覚えのある風切り音が聞こえてくる。

右の羽が生み出す音の方が空気をかき乱す力が大きいのか左右不釣合いな音。

「射命丸文、天魔様からの出頭命令だ。そこの白狼天狗も同行願う」

少し前の反乱戦で一時期さとりさん達と行動を共にしていた唯一の鴉天狗。

「あや?珍しいですねえ旋霞…いいえ『一ッ橋 凪榎』さん」

嫌味たっぷりに本名で呼ぶ。

彼女は与えられてる任務の関係で本名で呼ばれることはまずないし本名がバレてると色々と面倒なので本名呼びを彼女は好きではない。

 

もともと好きでもなんでもない。むしろ嫌いなヒトに命令されるのは癪に触る。さとりさんなら大人気ないとか言いそうですけど大人気なくてなんぼですよ。

 

「本名で呼ばないで欲しいのですけど…」

 

「じゃあさっさと帰ればいいいんじゃないのですか?私は私でさっさと天魔のとこに行きますから」

 

「じゃあさっさと行ってちょうだい」

 

「はいはいそうしますよ。暗部の凪榎」

 

彼女が何か言う前に体に力を入れて一気に加速。周りの景色と一緒に音を置き去りにして天魔様の屋敷に向かう。

飛行していた時間は約5秒。

着陸まで含めると7秒間。もっと早く飛ぶにはどうすればいいやら…

 

 

 

護衛の大天狗に案内され、結界と空間拡張で生み出された迷宮を進んでいく。

私一人でも攻略はできますが、基本的に大天狗に連れられる形でないと此処は入れない。

 

「失礼します。射命丸文をお連れしました」

 

さて、今度はどんな事を考えているのでしょうね。

襖が開かれ、私を手招きする天魔に釣られ部屋の中に身を通す。

 

後ろで襖が閉まる音がし、同時に掻き乱されていた空気の流れが止まる。防音結界が張られた証拠です。

 

「ごめんな〜退屈だったでしょ?」

 

「いえ!そんなことはないです」

 

口調は砕けているがだからと言ってこちらも態度を軟化させるわけにはいかない。相手は山の長であって序列上では決して舐めた態度で当たることはできない。

 

「どっちにしてもこれから文は忙しくなるからよろしくね」

 

「あの、よろしくねと言われましても……」

 

「君にはやってもらいたい事がある。下手をすれば鬼の四天王に喧嘩売る事態になりかねないがこの際仕方ないだろうな」

 

それは彼女が覚妖怪であるが故に起こる弊害を、そして彼女の負担を少しでも和らげるためのものだった。

そのかわり一歩踏み間違えれば鬼の怒りを買うことになるものですが。

 

「分かりました。その役目、射命丸文が引き受けます」

 

「ありがとな射命丸。ところで、椛とあいつはどうした?」

 

「置いて来ました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえいえ、どうせいつか起こる事ですから気にしないでください」

 

別れ際、彼女が言った言葉が頭から離れない。

いつかこうなると分かっていた。であればどうしてそれに向けて彼女は動かなかったのかしら。

私が月に行くと言いだした時も山に根回しをして止めようとしていたし…何故か月の賢者についても知っている素振りを見せていた。

 

そんな彼女なのだから絶対に今回のことは何か策を持っているのかと思っていたのだが…当てが外れたのかしら?それとも、知っていても動けなかったのかしら?

 

 

家に帰った後もそのことばかり考えてしまい思考がうまく働かない。

ただ、確実に言えることは古明地さとりは何かを知っている。

それも個人レベルではない。世界の流れのようなものだろう。

さとりのあの言い方からしてみれば日時や時間というよりかは結果に近いもの。

ますます彼女が知りたくなるわ。

決して悪い子じゃ無いし付き合っていてとても面白いのは認める。ただそれを省くと彼女に残るのは正体不明…いや妖怪にしてみれば狂気とも言えるものなのでしょう。

 

「式にしてでも知りたいわ」

 

「何か変なことを考えていませんでしたか?紫様」

 

「なんでもないわ。ただ気になっただけよ」

 

どちらにしろ彼女をみすみす地獄にとどめてしまうのは惜しい。彼女にはまだ手伝って欲しいことがたくさんある。

私には無い知識と繋がり、それらを上手く使えば幻想郷はもっと良く…より完璧に近くなるはず。

 

「そう言えば人探しを頼まれたのよ。藍、鬼の四天王は覚えているかしら?」

 

「ええ、確か昔妖怪の山を牛耳っていた方々で鬼の中の鬼と呼ばれた鬼の中でも最強クラスの方達ですよね。一人は魔界に居ますけど他の三人はまだ現世にいるはずですが…」

 

「さとりからのお願いでね、その内の伊吹萃香と星熊勇儀を探してくれって」

 

これだけ言えばこの式は私が何を言いたいのかを察してくれるでしょう。

「つまり私に探して来てくれと…」

 

「そういうことよ。既に天狗が動いてはいるけど一応ね」

 

本当なら天狗だけでも十分ではある。でも私だって伊達に友人をやっているわけではない。手伝えることならなんでもするつもりなのよ。

 

「承知しました。ですが紫様の能力の方が早いのでは?」

 

「私の力だって万能ではないわ。居場所も知らない相手のところまで干渉するのは無理よ」

 

もちろん出来ないわけではない。ただし、それをするためにはかなりの体力を使う事になるわけだし弊害が大きい。

それに失せ物探しは隙間の性分ではない。どちらかといえば私は隠す方。見つけるのは専門外。

「……では二日ほどください」

 

「ええ、期待しているわ。あと、出来れば先に私のところに連れて来てくれるかしら?お話がしたいわ」

 

大丈夫だとはいえ万が一の保険はかけておくべきでしょう。

少なくとも彼女を地獄に縛り付ける鎖が一本でも多く減らせるように……

 

 

 

藍は二日と言っていたが結局かかった時間は1日と24分14秒だった。

藍曰く、もっと早く見つけてはいたものの二人を納得させるのに時間がかかるわ天狗に見つかってしまい一悶着あるわで大変だったらしい。

見た目には反映されていないが獣の姿に戻ればいくつもの生々しい傷跡が残っているであろう体を休めるよう言いつけ居間に待たせている二人のところに行く。

 

正直なところ鬼と私とでは水と油。まともに会話に付き合ってくれるか怪しい。

今更ながら少しだけ後悔してしまう。

 

 

「よお、式と何話してたんだか知らんが待たせ過ぎだよね」

 

部屋に転移するなり早速気前のいい声が響く。

星熊勇儀ね…警戒心があまりないのか、警戒したところで無駄とわかっているのかかなり友好的なそぶりを見せる。

対照的に私を睨みつけながら踏ん反り返っているちっこいのは伊吹萃香ね。

 

「あらあらごめんなさいね。これで許してくれるかしら?」

 

鬼の機嫌を損ねても面倒になるだけなので隙間を貯蔵庫に繋ぎ酒瓶を何本か差し出す。どうせ一本だけなんて聞かないだろうしこのくらい渡した方が良い。

 

「あはは!景気が良いねえ!賢者さんよお。萃香も仏頂面してないで飲めよな」

 

「別に好きで仏頂面してるわけじゃないさ。信用できない相手の近くいるのが嫌なだけだよ」

 

「なるほど、それもそうか。じゃあ飲めや」

 

「勇儀に言われなくても飲むに決まってるさ」

 

話しやすいのは断然勇儀の方でしょうけど…交渉しやすいのは萃香の方ね。でもどっちもただの酔っ払いなんだけど…これだから鬼は面倒ね。扱いやすいのだけど…

 

「それじゃあ、回りくどいのも嫌でしょうしさっさと終わらせてしまいましょうか。ああ心配なく、ちゃんと元の世界に返しますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんわ。ちょっといいかしら?」

 

かなり前にも一回聞いた声が真上からかけられる。

あの時もそうだった。こうして月を見ながら明日のこととかどこか行こうかとかどうでも良さそうで面白そうなことを考えていた時だっただろう。

 

「こんばんは。紫様」

 

妖怪の賢者にしてなぜか私のような名もなき妖精をえらく気に入っている変わり者…私から見て変わり者なのだから確実に変わり者だろうか。

とすんと音がして、私の腰掛けている木の枝にもう一人分の体重がかかる。

「今度は何事ですか?面倒ごとを妖精に押し付けても面倒ごとが2倍になるだけですよ」

 

 

「さとりの弟子なら押し付けてもしっかり面倒ごとを解決してくれると思っているからこうして来ているのよ」

 

「またさとりの弟子って…私はまだまだですよ」

 

「どうしてこう…さとりみたいに自覚がないのかしら…」

 

自覚って言われてもお燐さんやこいしさんから一回も勝利取れたことないんですよ?多分、賢者相手に本気の戦いが勃発したら無理ですよ。生存本能に従って逃げます。妖精の体は人間とほぼ同じなんですから。当たらなければどうと言うことはないですけど…

想像しただけでも恐ろしくなって来て私は着ていた上着を深く着直す。首回りに付けられたモコモコが心地よい。

 

「まあいいわ。要件だけ伝えるから後は貴方自身で考えてちょうだい」

 

「あまり期待してないっぽいですね」

 

「逆よ。大妖精なら確実に動くだろうと分かっているから丸投げしてるのよ。じゃなきゃさっさと服従させて駒にしているわ」

 

本人は冗談交じりで言っているつもりなのだろうけどこっちからして見たら冗談で言っているように思えなくてやっぱり怖い。

やはり賢者を私の感覚だけで推し量ってはいけない。

 

「それで大妖精、改めてだけど……」

 

「多分言いたいことはわかると思います…」

 

「あら、じゃあ話は早いわ。地獄の管理…貴方はどう思うかしら?」

 

賢者特有の風格が私に答えを迫る。

この人、前もそうだったんですよね。話したり頼み事するときに毎回威圧のようなものが出て来て本当に喋り辛いです。

 

「……さとりさんが嫌がっているのに無理にさせるべきではないかと…」

 

「それじゃあ……」

 

「でも相手が閻魔様ってなったら……」

 

私は妖精。『一回休み』になった時に毎回お世話になっていた方ですからよく分かります。

ですから真っ向から歯向かうのは無理です。あれに歯向かえるのは…そうですね。悪魔か…ゼウスくらいでしょうか。どちらも出会った瞬間に『一回休み』でしたけど…

 

「大丈夫よ。さとりの方もそれについては考えてあるらしいわ。彼女のことだからあまり貴方達に迷惑はかけないようにと気を使っているようだけど」

 

「もっと頼ってくれてもいいのに……」

 

「さとりだから仕方ないわよ。だからこうして私がお節介を焼いてるのだけれどね」

 

紫様も心配しているんだなあって感心してしまう。賢者って言うとどうしてもイメージが冷徹、屈強、最強とかしか出ない。さとりさんも言ってましたけどやっぱり人の本質ってちゃんと見ないと分からないものですね。

 

「……それじゃあ、後はよろしくね」

 

そう言い残して紫様は隙間に戻っていった。結局何も頼んで来なかった…違いますね。何かを頼みに来ていたようですけど、頼まなくても問題ないと思ったんでしょうね。

 

さて、明日に備えてもう寝なくっちゃ!

 

 

 

 



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depth.44地獄は危ない事が多い

地獄というともっと殺伐としているのかと思っていたがそう言うわけでもないみたいだ。実際、映姫さんに先導されて到着したあたい達が最初に見たものは立派な都市と……赤色に輝く湖のようなもの。

それらを破壊するかのごとく立ち上がるいくつもの爆発と倒壊だった。

 

さとりとあたいの名付け親二人の話し合いが意外とスムーズに行ってくれて予定より早く連れてこられたこの地獄。

正確には破棄が決定して現在は現世のマントル上部にあるらしい。

 

「派手にやってますね。地獄っていつもこんな感じなのですか?」

 

「貴方が判断を渋っていた合間に暴動が大乱闘に発展してしまいまして…後封印していた危険な魔物も二体だけ封印が解かれて大暴れしている最中ですから」

ものすごい不安な単語がいくつか出てきているのですが……

 

まあ現状は正にバトルロワイヤルなものだ。あたい達でどうにかできるのやら…

あたいはさとりの腕から飛び出し人型に戻る。

 

「どうせ暴れてる奴らをどうにかしないといけないんだから仕方ないですよ。そのためにこんなに重武装になってるんですから」

 

自分にも言い聞かせながらさとりを励ます。

背中に背負ったショットガンと腰に引っ掛けたコンテンダー、ショルダーで肩に引っ掛けたマシンガンとライフル。これだけでも相当重い。

ちなみにあたいが持ちきれない分はこいしの魔導書に収納してもらっている。

次元収納とか言うものを量子変換して保存しておくものらしい。あたいにはよく分からないけどとりあえず凄いらしい。

 

「まあ良いんじゃねえか?むしろ骨のあるやつらが沢山居そうだしな」

 

「そうだね、多分地上でウロウロしてた頃よりかは楽しめるんじゃないかな勇儀」

 

一瞬だけこの二人だけで制圧できそうな気がしてしまったあたいは悪くない。さとり自身もそんな顔してるし。

でもここは地獄、そんでもって地獄につきものな亡者の怨念や悪霊が大量にいる。

 

地獄で生まれ育った妖怪や鬼は怨霊は無害だし退けることも出来ないがあたいら現世出身の妖怪にとっては怨霊は大天敵。

精神を乗っ取られれば人間と違いもう戻ることはできない。

 

多分今は怨霊が一番怖い。

 

それなのにこの場に怨霊が寄ってこないのは、ここにいる二人のさとり妖怪のおかげだろう。

 

珍しくサードアイを展開している二人は近寄ってくる怨霊や悪霊にトラウマを想起させ片っ端から追い払っている。

正直トラウマを想起させることがどれほど本人達に苦痛を与えているのか…想像しただけで心が痛くなる。でも二人ともそんな心配を周りにさせまいとしている。

多分あたいくらいしか気づいていないんじゃないだろうか。

 

「気にしなくていいわお燐。あなたはあなたに与えられた任務を全うしなさい」

 

そうだった、さとりは心が読めるんだった。普段から眼を隠していたしこっちの姿で眼にさらされたことなんてなかったから忘れてたよ。

 

「それで?どうするんだい閻魔さんよ」

 

「……貴方達がここの支配者だと暴れてる人たちに納得させてください。私はあくまでも隠世の存在。ここの内政に干渉することは許されていません」

 

「私達を呼び込んでる時点で十分干渉してる気がするんだが……まあいい。私はさとりの方にいるから萃香、お前はこいしの方な」

 

「おいおい勇儀、冗談きつくないか?」

 

鬼の二人を含めあたい達は怨霊を退けることはできない。

だからさとりとこいしを含めた二つのまとまりになってでしか行動できない。

あたいはこいしに武器を預けているからこいし側。隣で鬼の反応を伺ってはビクビクしてる大妖精はさとり側。

 

四天王の二人はどっちがどっちでも対して変わらないものの…こんなところで仲違いが起きるとは…

恐ろしい殺気が二人から溢れ出し周囲の空気を震わせてる。

毛が逆立ち自然と手が震えだす。

 

「……じゃんけん一本勝負で決めてください」

 

「え…ああわかった」

 

「それじゃあ行くよ。じゃんけん…」

 

「「ぽん!」」

 

勝った方は勇儀、つまり最初と変わらなかったわけだ。

それにしてもよくあの時の殺気立った鬼に平然と提案できるね。あたいは恐ろしくて出来そうにないよ。

 

「今のでみんな気づいたみたいです…早くいってあげないと失礼ですよ」

 

勇儀達の殺気が想像以上なものだったらしく近くで戦っていたであろう妖怪たちがこっちに迫ってきていた。

なんでこう殺気に吸い寄せられるように集まってくるかねえ。

血の気が多いのか愚かなのかあたいにはわからないよ。

 

「どちらにせよ向こうから来てくれるなら好都合なことこの上ないですね」

微笑を浮かべたさとりが腰に隠している短刀を抜刀し服の袖のなかに仕込む。

袖が腕の長さより長い為短刀を持っているかぱっと見では分からない。暗部とやってること同じだよなあ。

 

「さとりってもしかして楽しんでる?」

 

「さあ?どうなんでしょうね」

 

あたいの質問をはぐらかし地面に向かって降下していってしまう。勇儀と大妖精が慌ててそれに続いていく。

 

「私達も行こっか!早く終わらせて眠りたいし」

 

こいしがあたいの手を握ってさとりとは反対の方向に向かっていく。

その手が少しだけ汗ばんでて、思わずこいしの顔を見てしまう。顔色が少し良くない、もしかしてもう能力の弊害が……

「大丈夫だよ。お燐達は気にしないで」

だとすれば早くしないといけない。少なくともさとりよりこいしの方がこう言う怨霊や妖怪達の悪意への耐性は低い。

こんなことしてる場合じゃなかったと後悔。でも後悔しているくらいならさっさと終わらせなといけない。

それは萃香も同じだったらしい。

 

「なあ火焔猫燐」

 

「お燐でいいよ」

 

名付け親の一人である彼女の声だけが響く。直接体に伝播するこの感じは念話の一種だろうか。

 

「それじゃあお燐。多少の卑怯は目を瞑る。だからさ、ちょっと勝負しないかい?」

 

「いいねえ。それじゃあどちらが先に全員無力化できるかでどうだい?」

 

「わかってるじゃないか!それじゃあお先!」

一瞬で萃香の姿が見えなくなり、目線を前に向けた瞬間、爆風に体が弄ばれる。

閉じてしまった瞳を開ければ下ではクレーターが道の真ん中に出来ていた。

 

「どうも!地獄を革命しに来ました!」

 

いつのまにか萃香と一緒に地面に降りていたこいしがそんなことを叫ぶ。

まあそんなもの知ったことではない。

あたいの任務は相手を無力化すること。

肩にぶら下げたマシンガンの安全装置を解除して右手に。左手で背中に背負っていたショットガンもどきを構える。

 

「痛いかもしれないけど許しておくれよ」

 

引き金にかかる指に力が入り反動が腕を伝わる。ガス圧でシリンダーが後退し排出された薬莢が飛び散る。

地面から発せられる光を浴びて赤く輝く弾丸が周辺にいる妖怪の腕や足にあたり血を撒き散らす。一部は貫通力が足りずに彈かれてしまっているがそれでもダメージは与えている。

通常の鉛弾ではこうはならない。せいぜい足止めと軽い脅かしくらいだ。にとりさんが作った専用の対妖怪用特殊弾丸だからこそできることだ。

秒速500メートル以上で飛び出す弾丸を躱す事ができるほど瞬発力があるやつはなかなか見かけない。それに躱されても萃香の拳を耐え切れるほど頑丈な奴はさらにいないだろう。

一応構えているけどショットガンはまだ使わなくていいか。

 

あたいと萃香の攻撃から運良く外れた者には……こいしから飛んでくる剣や棒、さらに弾幕にさらされて動きを制限されてしまう。

数分のすればその場に立っているのはあたい達だけだった。

 

「……あっけないな」

 

「そうだねえ……でもどんどんきてるから、まだ楽しめるんじゃないのかい?」

 

マガジンを交換して構える。視界に入るのは殆どが地獄の鬼。時々別の妖怪も混ざってる。面倒だしまとめて吹っ飛ばしたい。

でも命までは奪わない。甘いとか言われるけど…さとりがそうしろって言うから仕方がないか。

 

「楽しむんじゃないよ!早く終わらせたいだけさ!」

そういって飛び出す萃香。

怨霊が生気を感じ取り襲いかかろうとするがそれより早くこいしのサードアイが怨霊を捉える。

瞬間踵を返して逃げていく魂の成れの果て。

 

これ以上こいしに負担をかけるわけにはいかないし降伏するやつ以外は容赦しなくていいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「派手にやってるわね」

 

地獄と現世を繋ぐ通路のところで戦いの様子を見守っている閻魔を見つけつい話しかけてしまう。

本当なら彼女に話しかける必要性は皆無だけど元々こう言う性格なのだから仕方がない。それに閻魔さんなんてなかなか取材対象で話すことはできないだろうし…

 

「ええ、このくらい派手にやってくれれば直ぐに支配者だと認めてくれるでしょう」

 

 

「でもそれは一時的なもの。力による圧政は反逆を生みますからねえ」

皮肉のように聞こえてしまっただろうが閻魔さんなら誤解せずに意味を取ってくれるだろう。まあ半分嫌味混ぜましたけど…

 

「そこからはさとりの頭脳と貴方の腕次第ですよ。せいぜい頑張りなさい」

 

これはこれは手厳しい。まあこの任を任された時から覚悟はしていたわけだから今更後悔などしませんけどね。

「私の腕を疑っているんですか?」

 

「いいえ、貴方の腕は確かに良いですよ。ですが清く正しいの枕言葉は要りませんね」

だって清く正しいじゃないですか。時々主観が入ったり真実をぼかす方がいい時はぼかしますけど…捏造はしてませんよ?それは流石に犯罪ですからね。

 

「そう言われてしまっては記者としての面目が立たないじゃないですか」

 

「こんなところで私相手に油を売ってる場合でもないでしょうに」

 

「平気ですよ。私はこうして現地で感じたことを記事にするだけ。写真という媒体は彼女に任せてます」

 

本当なら私が撮影していたほうが良いのですが生憎私の射影機は修理の為に河童に預けちゃってます。予備がないのは痛いです。

それに悔しいですけど彼女の方が写真に至っては私より数段上を行きますからね。さすが念写です。撮影不可能な位置からでも平然と写すことが出来るんですからね。

 

「ライバルである姫海棠はたてに協力を申し出るとはあなたも変わりましたね」

 

「私は変わってませんよ。取り巻く空気が変わっただけです。あ、それじゃあそろそろ行きますね!」

 

どうやらさとりさんの方で動きがあったようですね!すぐに向かわないと…

 

「全く…さとり貴方はどこまで(正史)から外れるんですかね?それが良い方向に進むかどうか、もうわたしには分かりません。後はせいぜい頑張ってください」

 

 

後ろで何か言っていた気がしたものの何を言ってるのか途中から分からなかった。まあ、記事にするようなことは言っていなかったようですのでほっておきましょう。

 

翼に力を入れさとりさん達が戦っているところに向かう。途中で怨霊が体を乗っ取ろうとしてきましたが私の速度についてこれるわけもなく置いてきぼりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいし達の方も派手にやっているらしい。

一時はどうなるかと思ったものの紫が手を回してくれていたらしいですしなんとか勇儀さん達の協力を得ることが出来ました。

本当なら正史…いやただの原作知識ではこうなるはずなどないだろうし私の行動はバタフライ効果どころか突風だろう。

まあそれでも良い。少なくとも……想定しうる最悪な事態は避けられるだろう。

 

「さとりさん?何考えてるんですか?」

大妖精が私の後ろにいる妖怪に向かって斬りかかる。

 

「なんでもないわ」

 

後ろを取られていることに気づかない程度まで思考に入ってしまっているとは危ない危ない。

右手に忍ばせた短刀で建物の路地から出てきた触手を切り刻む。

大妖精を狙っていたそれは綺麗に切り刻まれ路地の奥の方で鋭い悲鳴が上がる。

 

すかさず弾幕を撃ち込み悲鳴の元凶を止める。

 

ちなみにここら辺一帯の怨霊は片っ端から追っ払ったので勇儀さんは私達を巻き込まない位置で派手に暴れていた。

彼女のせいで建物がいくつも倒壊し瓦礫の山を生み出し続けている。

 

むちゃくちゃかもしれないがそっちの方が手っ取り早い。それに封印されていた者達もここには解き放たれているわけだ。彼女達の力が制限される状態では其奴らを倒すのは大変です。

 

「さて、そこでこそこそ隠れている方も出てきたらどうです?」

 

道の真ん中、何もない空間に向かって煽りを入れる。

 

「え?そこに誰かいるんですか?」

普通ならそうなるでしょう。それにうまく気配も消しているようですからね。でも私はさとり妖怪。思考すら止めることはできないしそんなことでこの眼から逃れることはできない。

 

私の声に反応してか空気が揺らぐ。その場所は二つ。

一つは私が声をかけたところ。もう一つは…

「誰⁉︎」

 

大妖精の体。

 

咄嗟に大妖精を引っ張り空間の歪みから引き放つ。

だが間に合わない。

強力な妖気が流れ歪みの中に残っていた大妖精の左腕が見えない力で釣り上げられる。

「大ちゃん!」

 

「な…痛い痛い‼︎離して!」

 

弾幕を展開して空間の歪みに向けて放つ。効果があったのかガラスの割れるような音が響きその場になにかが現れる。

 

腕を掴んでいるのは異形の腕。それが2メートルほど先にいるこれまた異形…と呼ぶしかないような者の体に接続されている。

 

禍々しい空気を放った二足歩行の異形さん。全長は200センチほどの長身…右腕は先っぽが斧のように鋭く大きく変形している。全身は何か液体のようなもので覆われていてそれがまたおぞましさを見せる。

 

見えるようになったことで鮮明に心が視える。だが直ぐにサードアイをそらしアレを解読するのをやめる。

恐ろしいほどの狂気と、単純な思考。解読しようなら心を持っていかれる…それはそんな怪物だった。

 

「あ…いや!待って!」

 

そんなこと考えてる場合ではなかった。大妖精の腕はまだ吊るされたまま。締め付けが強くなったせいか骨が軋む音が私にも聞こえてきた。勇儀さんは異変に気付いていても離れすぎていてすぐに援護はできない。

 

「腕を離しなさい!」

 

短刀を大妖精の腕に絡みつく腕のようななんとも見えないものに突き立てる。

思いっきり力を入れ切り落とす。

大妖精の腕が解放されて体の自由が戻った大妖精が私の後ろに隠れる。

再び視線をヤツに戻せばヤツが目の前に迫ってきていた。腕を落とした直後にヤツの本体が急接近を行なっていたようです。結界を張って右腕の斧のようなものの攻撃から身を守る。

だが足までには意識がいっていなかった。

 

お腹のあたりに鈍い痛みが走り気づいたら体が後ろに吹き飛ばされていた。

 

「ゲホっ…少女のお腹を蹴り飛ばすって…最低です」

 

だが蹴りを入れたと言うことはその分機動力が落ちる。すぐに反応することはできないだろう。

 

「貴様……消しとばしてやろう」

 

後ろから急接近していた勇儀さんの全力の拳が振り下ろされたのは私の視界がヤツをとらえ直した瞬間。

 

胴体が衝撃で粉砕し体液のようなものと一緒にどこかに吹き飛んでいく。思考停止、絶命確認。

あの拳には当たりたくないです。多分私も似たような事になりそうですし…

 

「危なかったですね…」

 

「全く…さとりがどうしてこう遅れをとるかねえ…」

 

本気の殺し合いは得意じゃないですからね。

 

すぐそばにいるはずの大妖精の傷を確認しようとして彼女からの反応が一切ないことに気づく。

「大ちゃん?」

確か彼女は私と一緒に後ろに吹っ飛ばされたはず…普通ならすぐに反応してくれるはず…

「まさか…」

慌てて振り返った私の視界に映るそれは認めたくないものだった。

それに伴ってヤツがどうして触手のようなものを絡めてきていたのか、その時ようやく悟った。

 

 

2

 

 

ーーああ、貴方でしたか。最近ここにこないと思ったら……いえ、別に貴方がここにこなくて寂しいとかそう言うわけではありませんよ。

 

ーー事情は分かってます。急務だなんだと転生を急がせるから何事だとさっき確認してきました。まずは落ち着きなさい。

 

ーーそうですね。このまま転生させても良いですが、貴方自身の魂に少々異常が発生しています。原因は貴方が一番分かっているでしょう。…そういうことです。

 

ーーダメなのか?と言われれば嘘になりますが…魂の修復なしで転生するとなるといくらか機能障害が発生しますよ?例えば…ですか。そうですねえ、臓器の一部が欠落していたり、思考回路の一部が異常なことになっていたり視界が欠けていたり様々ですね。

 

ーーそれでも良い…分かりました。ではこちらへどうぞ。それにしても珍しいですね。そのような頼みごとをする魂は。

 

ーーいないわけではないですけど…あまり見ないですね。特に貴方達のような魂に関しては。それだけ貴方の魂があの子を気に入ったってことでしょうけど。

 

ーーでは気をつけて行ってきてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大妖精……?」

 

「おいおい、大妖精ってこんなデイダラ◯ッチだったか⁉︎」

 

アレに締め付けられていた彼女の腕は既に変異が始まりわけのわからない液体を身にまといながら彼女の意思に反して動き始めていた。

いや、既に彼女の魂自体が残ってはいないような気がする。

 

「大妖精!しっかりしてください!」

 

それでも彼女に向かって呼びかける。もうありもしないであろう希望を抱いて…

 

「…!」

 

視界の右側でなにかが動き出す。咄嗟に体を捻って迫ってきていた大妖精の変異した腕を回避する。

その時一瞬だけ、今まで隠れて見えなかった彼女の顔が見える。

 

目のあったところは何もない窪みになり既に表情からは生気が感じられなかった。

 

腕を締め付けられていた。それだけなのに……

 

「おい!考え事は後だろ」

 

首根っこを勇儀さんに掴まれ後ろに向かって放り投げられる。

私がさっきまでいたところに弾幕が着弾し爆煙が立ち上がる。

 

「大妖精の体を奪ったらしいがそんなことでわたしを倒せると思ったかい?」

 

そういえばこの人、大妖精とは初対面でしたから容赦がないのですね…私は分かっていても彼女の体を傷つけるのは無理です。

甘いとかアホかとか言われますしそんなことじゃ長く生きられないのはわかってる。でもこのエゴだけはどうしても捨てることができない。身内に甘いって言われる原因だったりもしますけど…ただ私が傷つくのが嫌なだけの臆病だったりするだけ……

すいません勇儀さん。貴方の手を煩わせてしまって…

 

「陰気臭い顔してんなよ」

 

その声が私に向けられたものであるのを理解するのと同時に、彼女の攻撃が大妖精を吹き飛ばす。

 

だが音がおかしい。勇儀さんもそれに気づいたのかすぐに構え直す。だが、攻撃は不意をついて私の体を前の方に向かって吹き飛ばす。

持っていた短刀を思わず落としてしまう。

 

「っち!空間転移か。あいつの体が持っていた能力パクリやがって…」

 

流石封印されていただけある。こんなものが野放しになっていたらいくらなんでもシャレにならないだろう。

 

空中で体勢を整え着地。落とした短刀の位置を確認しながら一旦後退する。

「大ちゃんは妖精ですから多分魂の方は無事ですけど……」

 

魂まで喰われている事はまずないだろう。ならば彼女の能力を丸々使いこなすことはできないはず。

実際、あとで体が覚えた技や技術は使ってこようとしていますが、大妖精が生まれながらにして持っている能力や力は全く使えないようですし…

「妖精の体ってだけマシって事か」

 

「まあ、貴方の体が乗っ取られないだけ良かったと…」

 

「そうだな、あたしの体で制限なく暴れたらちょっとヤバイだろうし萃香にも顔向けできねえからな」

 

そう軽口を言い合ってはいるものの正直あれから目を離すことはできない。

今は警戒のためかこちらを伺ってはいるものの空間転移を再び使われるようならすぐに動かないといけないしアレは光学迷彩に近いものも持っていると思われる。

実際、それが前の体の持っていた能力なのかアレ自体が持っているものなのかは分からない。

 

「……きます!」

 

視界からアレが忽然と姿を消す。

やや遅れて気配が真横に出てくる。

 

素早く体を捻り相手が攻撃しうる範囲から逃れる。

ほぼ同時に勇儀さんが相手のところに突っ込む。

本気ではない、全力で。

 

「くたばりやがれ!」

 

三歩必殺とかそう言うわけではなく全力、衝撃波で後方数百メートルに渡り建物が地面ごと吹き飛ばされる。

早速大災害です。

 

ですがそれにもかかわらずアレは何事もなかったかのように突っ立ていた。

既に大妖精の体は半分以上が液体のようなものに覆われて原型をとどめておらず、至る所から触手のようなものが生えている。

 

「物理攻撃が効いていないのか?」

 

「そういえば彼女、最近になって物理攻撃のみは瞬間的に無効化できるようになってきたとか言ってましたね。まだ五分五分だから実戦では使えなかったようですけど」

 

「それもうちょっと早めに言ってくれよ!」

 

だってアレが未完成なそれを使えるなんて思ってなかったんですもん!

今勇儀さんの全力攻撃を耐えきった…と言うか無効化したのを視てようやく理解したんですからね。

 

アレが攻撃してこようとするのを弾幕を放ち防ぐ。

勇儀さんは一旦態勢を立て直すかと思いましたがそのまま恐ろしいほどの強力な妖気を腕に纏ってアレに突っ込む。

誤射の可能性が出たため一旦弾幕を止める。同時に集まってきていた怨霊と妖怪の相手をする為にアレと勇儀さんから目線を外す。

 

 

ほぼ同時に何かが吹き飛ぶ音。そして水が跳ね散る特有の音色。

でもそれに構っている暇はない。

今の音がどちらからしたものであっても私には振り返っている余裕はない。

 

幸いにも妖怪さんは二人。この数なら相手にできないこともない。

唯一の武器である短刀がない状態ではきついですけど…

 

「あの…出来ればもうここらで休戦したいのですが」

 

「ハッ!のこのこあらわれて暴れておいて何言ってやがる!」

 

ですよね。わかってました。

 

「……」

 

瓦礫の山からガラスの破片を掴み取る。

これくらいあればこの場はしのげますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っち…空間転移に物理攻撃の無効化とか本当に元妖精かよ!」

 

腕一本奪ったところまではよかったんだがあいつすぐに私の攻撃の対処法を確立させてきやがった。

弾幕なんて細々したことあたしには出来ねえしさとりみたいに小回りが効くとかそういうわけでもねえ。悔しいけどあたしはパワーで押しきれねえ奴は得意じゃねえんだよ。そういうのは萃香か…茨木の仕事だったんだがなあ…

 

目の前に迫る変異した怪物の腕を思いっきり殴りつける。

硬いのか力を受け流しているのか全然効いちゃいない。

イライラしてきた。もう被害とかそう言うのどうでもいいから全力で暴れてえ。

 

「そこ、右から来てますよ」

 

「え?あ、しま……」

 

大きな腕に対処させておいて本命は右からの蹴り。だがその蹴りを誰かが防いだ。

その腕はさっきまであたしらの隣で動き回っていた奴の手。小さくて細くあたしのように筋肉質でもないが、今日知り合った奴の中じゃ純粋で可愛げのあるやつだった。

 

「なんだ死の淵から帰ってきたのかい」

 

「ええ、ちょっと早めですけど帰ってきました」

 

赤いハーフコートを着物の上に着た姿は、相変わらず。ただ、右の腕のある場所はスカスカとしてコートと服が風になびいている。

 

おっといけないそんなことしていたらアレを見失っちまった。さてこうなったら見つけるのはちょっと面倒だ。全部吹っ飛ばせば出てくるか?ちょうどイライラも溜まってたしこの際まとめて吹っ飛ばしてもいいよな。一応アレも倒せることだし…多分。

 

「勇儀さん、後は私にやらせてください」

 

「ああ?まあいいけどよ。勝算はあるのかい?」

 

「私の体を使っているのであれば私がそれに一番熟知しているのですよ。大丈夫です」

 

まあ彼女も思うところがあるのだろうと勝手に解釈する。誰だって目の前で自分の体がいいように使われているのを見て黙っているわけにもいかないしな。

 

隣にいたはずの大妖精の姿が忽然と消え、少し離れたところで電流のようなものが空気を切り裂く。

なんだいあんな場所にいたのかい。堂々と出てくれば良いのになあ。

 

見えない壁のようなものを残った左手に持った短刀で斬りつける大妖精。でも力不足だね。

あたしも少しは手伝ってやるか。

それに場所がわかっているからやりやすい。

力を込めた右の拳を電気を周囲に放つ壁のようなところに思いっきり当てる。

 

結界なのか空間の亀裂なのかよくわからないものがガラスのように砕け散り現れアレの本体が現れる。

同時にアレの胸に短刀が突き刺さる。

 

あの位置なら心臓を一突きのはずだ。

それでアレが倒れるとは思えないけど…

 

刹那、周囲に振りまかれる殺気。

大妖精が危機を感じ取りアレから離れる。

短刀が突き刺さったところから触手のようなものがいくつも出現し大妖精だった体を完全に飲み込んでいく。

 

体が完全に切り替わりなんともまたグロテスクな怪物が生み出される。

「おいおい、妖精の体の耐久性だけじゃなかったのかい?」

 

もう別もんだなありゃ。と内心毒吐く。

 

「わかりませんけど…元の方は私の体なので耐久性は私と同じです」

 

そう言いながら大妖精は弾幕を放ちこっちに向かってくるのを足止めする。

妖力弾が体を削り赤と透明な液体が飛び散るが、すぐさま逆再生のように元どおりになっていく。

 

 

瞬間回復ときたか元から覚えていた?いや違う、あいつこの短時間でダメージの高速回復を自力で見出しやがったのか。

 

「なんか厄介だな。強くはねえんだが…さすが封印されていただけある」

 

 

「封印指定だろうと関係ありません。アレは生き物なのでしょう?なら…必ず殺れます」

 

そう言って大妖精は持ち直した短刀を自然体で構える。

その目にはたしかに勝利を確信したようなそんな光がしっかり灯っていた。あれくらい立派な目をしてるなら大丈夫だろう。

一応援護に回ろうかどうか迷ったが大妖精の邪魔になりそうだったのでやめておく。

今度こまごました戦い方でもさとりで試してみるかなあ。

 

再びアレの体が消える。

 

「乱発しすぎなんですよ。お陰でようやく見えてきました」

 

だがそれに臆することなく不敵な笑みを浮かべた片腕のない妖精が一歩踏み出す。

 

「いい加減私の体で遊ぶのはやめてください」

 

透明な羽が鮮明に現世に映し出され大妖精の体が宙に浮く。

短刀がアレを正確に切り刻んでいく。アレの攻撃を蝶のように避けながら片手だけで舞い踊る。

そこでようやくアレの回復が遅くなっていることに気づく。

その上段々造形崩壊を起こしていっている。

 

「なるほど、ありゃ蟲か」

 

飛び散る肉片の中に数センチの小さな虫の死骸が混ざっている。

おそらくだがあれがあのバケモノの正体なのだろう。

 

「さしずめ寄生蟲といったところか。たしかに封印されていてもおかしくはないな」

 

最後の一匹が大妖精によって切り殺される。

その瞬間、崩壊せずに残っていた体はバラバラになり地面に黒い山を作り出した。

 

触手だったものは宿主がいなくなってからその姿を保つことができなかったのか、液状になり溶け出す。粘度の高い液体が嫌な臭いを撒きながら地面に染み込まず広がっていく。真ん中のあたりが妙に膨らんでいる。

 

「で…お前の体とのご対面は?」

 

「必要ありません」

 

「じゃあさっさと処分すっか!」

 

妖力で生み出した炎を液体に向けて投げる。

着火。周囲に飛び散った破片もろとも青色の焔が焼き尽くしていく。

 

「あー疲れたしイライラが溜まったぜ」

 

「勇儀さんでもそう言うことあるんですね」

 

「あたしだってあんなの相手にしてたらイライラするさ。さて、まだ戦いたい奴はいるのかな?」

 

周囲にはもう立っている奴は一人もいない。なんだい情けないなあ。

 

「そりゃさとりさんが相手してたんですから残ってないですよ」

 

「聞こえてますよ大ちゃん。私はそこまで非道でも鬼でもないですからね」

やや疲れた表情のさとりが瓦礫と化した建物の陰から出てくる。

なぜか右腕で大事そうに黒い塊を抱えている。

よく見てみると一定の間隔でもぞもぞと上下に動いている。

どうやら地獄鴉らしい。

 

 

 

「血で身体中真っ赤な状態じゃ説得力がないんだがねえ」

 

「もともと赤い服着てたんですから目立ちませんよ。それに返り血は派手に着いちゃってますけど別に殺してはいませんし回復させて近くの家の中に寝かせておきましたよ」

 

そう言われても説得力がないんだよなあ。まあさとりだし嘘は言ってないだろうけどね。それに鴉の手当てをしていたらしいし止めを刺している暇がなかったのだろう。

それより少し体が疼く。さっさとなにか殴らせろ。

 

「……丁度あそこにまだ反抗しようとしている人たちが何人かいますよ?」

 

ありがとなさとり!ちょっとぶん殴ってくる。建物が吹き飛ぼうが地形が変わろうがもう関係ないね!

 

「あはは…ほどほどにしてくださいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく今の勇儀さんに狙われた妖怪は一番不幸だろう。

それが私ではないことに内心感謝しながら遠くで暴れる勇儀さんを見守る。

「そういえば大妖精」

勇儀さんが少し先で建物ごと相手を吹き飛ばしているのを横目にさとりさんが話しかけてくる。

 

「どうしたんですか?急に改まって」

 

「その腕……」

 

抱えた鴉を優しく撫でながらさとりさんが私の右手を指摘してくる。

 

「ああこれですか。えっとですね……」

 

なんて言ったらいいやら…あれに取り憑かれた私だから分かること。後になってようやく理解できたこと色々。

 

あの寄生蟲は宿りたい相手に卵を産み付けるんですが、その卵は孵化するまでの数秒間宿り主の魂を捕食するんですよ。

なかなかにえげつないものですね。魂を糧に卵を孵化させるとは…

 

「なるほど…寄生蟲の中でも孵化までの速度が極端に早く対処させないように進化した部類ですか」

 

「一応私は妖精ですから喰らい尽くされる前に体が『一回休み』になってくれたので助かりました。一応魂を完全に治してからでも良かったのですが…」

 

「早めに来たかったと……」

 

今のさとりさんには言葉はいらないだろう。

 

「ええ、その影響が右腕なんです」

 

腕はもう治らない。これを治すためにはまた『一回休み』になるしかないです。

 

「……不便でないなら貴方の好きにしてください」

 

本当は喋らなくてもほとんどの意思疎通はできるはずだけど彼女は決してそれをしない。

それが嬉しくもあって、なんだか彼女のアイデンティティを傷つけてしまうような気がして複雑な気持ちになる。

それすらさとりさんには分かっているのだろう。でも気にした様子はない。

「仕方ありませんね。今度にとりさんに義腕を相談しましょうか」

 

腕の中の鴉が寝返りを打ったのか大きく転がる。その鴉、ずっとそうして守っているのだろうか。

 

「そうですね…傷が深かったのでしばらくは……」

 

ふとさとりさんの顔に影ができたような気がする。なにか言いたくて、でも言えなくて隠した…そんな感じだった。

 

どこか遠くで響く爆音と建物が倒壊する音…巨大ななにかが歩く振動が体に伝わり始めた。

 

そういえば封印されていた奴ってもう一体いたんでしたっけ?

だとすればそれはどこに行ったんでしょうか?



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depth.45 封印されてるものってだいたいやばいものでしかない

弾幕があたいの左右を通過して後方に消えていく。

やや遅れて爆風が体を前に押し出そうとする。それに乗っかり身体を前へ。

地面を転がるように近くの物陰に体を滑り込ませる。

 

「全く、さっきからやたらめったらこっちに来てないかい?贖罪『旧地獄の針山』」

 

愚痴をこぼしながらも物陰からショットガン擬きを向けてスペルを撃つ。体から妖力が持っていかれる感覚が身震いさせる。

 

発射された妖力の塊はあたいと妖怪達の間で炸裂。スペルとしての弾幕パターンを繰り広げ相手を蹂躙する。

 

相手がスペルに手間取っている合間に物陰から身を乗り出し左手に持ったマシンガンで腕と足を撃ち抜く。

さっきから撃っても撃っても沢山湧いて出てくる。

 

あたいとは家一つ分離れたところで戦っている萃香に援護をしてもらいたかったけど向こうも向こうで手を焼いているようだ。こりゃ早いかと思うけどあれを使うしかないかねえ。

 

丁度あたいの真上で怨霊をあっちへ追い返したり時々襲ってくる妖怪を撃退したりしているこいしのもとに向かう。

 

「こいし、あれ出して」

 

「え?いいの?」

 

あたいがこいしの近くに来たことでまとめて倒そうとする奴らが一斉に仕掛けてくる。

マシンガンだけじゃ対処しきれない。

弾幕から漏れた鬼と黒い翼を生やした女性が二方向から剣の間合いに入る。

「お燐!」

 

その二人とあたいの合間にこいしが割って入る。

その手に握られているのは片手剣と両手剣。同時に持つものじゃないと思うけど今は突っ込んでる余裕はない。

 

剣同士がぶつかり合い火花が散る。見た目少女。それもこれも戦闘面は不得意とよく言われるさとり妖怪が躍り出てくるなんて想定していなかったのだろう。

まああそこまでデタラメに近接戦闘が強いのはこいしとさとりくらいだしそう言う固定概念があっても仕方ない。

 

「この際こいしが使ってもいいです!使わないより使ったほうがいいでしょ!」

 

「わ…わかった!」

 

相手の心を読んでいるのか時々顔を顰めるこいしにこれ以上無理をさせるわけにはいかない。

 

尻尾に妖力で炎を灯し一番近い位置にいた女性に振りかざす。

 

「ッチ!」

 

「こいしには近づかないでくれないかね!」

 

当てることはできなかったけど追っ払うことは出来た。

ついでにナイフを投げて鬼の気をひく。顔面にナイフを投げつけられたら誰でも反応しないといけない。その防衛行動そのものが大きな隙を作る。

こいしが魔術を施行出来る程度の時間は稼いだ。

 

「et veni Gazaque regia manus!」

 

一節詠唱。こいしが使う魔術式の中では珍しく詠唱を必要とするそれは、こいしの頭上に空間の波紋を生み出し、波紋の真ん中からワープしてきたかのように黒鉄色のソレが現れる。

 

完全に出ることなく空中で静止したソレは河城製を表すマークを側面につけた多銃身大型機関銃。13.6ミリ7連装ガトリングガンという名前の銃。

 

数時間前、まだ日の当たる場所にいた時ににとりさんが売りつけてきたものだ。

もちろん買ったのはあたいじゃなくてさとり。あたいは要らないって言ったけど「あって損はない」とか言ってあたいに渡してきたもの。

まさか本当に使うことになるなんてねえ。

 

「「ー!」」

銃口が二人の方を向く。

 

本能的にやばいと感じたのかその場を離れようとするが、二人とも同じ方向に向かって退散してしまっている。

どうして分散して逃げないのか…さとり曰く逃げようとするものは心理的に最短距離で離れる道を自然に使ってしまうらしい。

その為ほとんどは同じ方向、同じ向きに行くのだとか。でもそれは愚行。

 

「痛いだろうけど、ごめんね!」

 

甲高い回転音と銃身が空気を切り裂く音。そして幾重にも連なる火薬の炸裂音。

 

あたいが持つマシンガンとは比べものにならない量の弾丸が秒速900メートル前後で飛び出して二人を襲う。

 

悲鳴と怒号のようなものが混ざり合った声が響いた気がしたがそれすら発砲音にかき消されていく。

 

音が止み一瞬の静寂。

その静寂もあたいの弾幕が炸裂する音や遠くから響く建物の倒壊音にかき消される。

 

「すごい破壊力…」

 

大方さっきので怖気ついたのか周囲からくる攻撃がほとんど止まった。

完全に降伏したわけではないけど…あれには勝てないとでも思ったのだろうか。

統率性が無いから個々がそう判断してくれた…そうなると一回聞いた方がいいかな…

 

「じゃあ私がやるね」

 

あたいの心を読んだこいしが周囲に向けて戦闘停止を呼びかける。

お、出てくる出てくる。無用な戦いはごめんだからねえ…本当はもっと大人しく降伏して欲しいけどあたいらは余所者だから強くは言えない。

 

まあこうなる前に映姫さんから引き継ぎが行えてればよかったんだけどね。過ぎちゃったことは仕方ないか。

 

「ごめんねこんなことしちゃって」

 

こいし…降伏したからってそんな安易に近づいちゃダメだと思いますよ。ほらあんなにさとり妖怪嫌いですオーラ出してるヒトとかいるじゃないですか。それに誰もあたい達にいい感情なんて持ってないですから…

 

「知ってるよ。それでも見て聞いて感じなきゃ分かり合えないじゃん」

 

そうだけど……

 

「お二人さん!そんなところでのんびりしてないで手伝っておくれよ!まだ血の気の多いやつが多すぎてねえ。手に余る!」

 

「鬼の四天王でしょ?」

 

「四天王でも全力出せなきゃ辛いんだよ。ここ一帯を更地にしていいなら全力で行くけど?」

 

それはまずい。そんなことしたらここの空間自体が吹き飛ぶ。

血の池とか灼熱地獄とかここ以外にもたくさん場所はあるだろうけどそれすら全部巻き込んで土の中に埋まってしまう。

 

「仕方ないねえ…」

 

ショットガン擬きを右手で構える。側面の回転部分にスペルを挟み込み力を流す。

準備完了。

「猫符『呪縛闇猫』」

 

宣言とともにトリガーを引く。側面の装置が高速で一回転し銃口から赤と緑の螺旋を纏った妖力の塊が打撃ち出される。

 

炸裂。赤い光を放つ黒猫を模した弾幕が意思を持つかのように予測不能な行動をする。

それらの猫たちに混ざってレーザー弾幕と動きを封じる囮弾幕が周囲をきれいに輝かせる。

 

確実に相手を吹き飛ばし、戦闘不能に持っていく弾幕。普段はもう少し威力を調整するけど実戦ではまああんなもんだろう。

 

いくつもの猫達が目標を巻き込み爆発。青色の炎が地獄に昇る。

 

「お燐、その体勢でもう何も怖くないって言って」

 

「え?なんでですか?」

 

いきなり意味不明なリクエストを受けてしまう。

 

「いや、足元に違和感があったからつい」

 

そういえばさっきから地面が動いてませんかね。なんか…足の下でなにかが通っているような…

 

「地面の下でなにかが動いてるのはわかりますけど、そのリクエストは受けませんからね」

 

一瞬だけ嫌な予感がしたから。

獣の勘は素直に従ったほうがいい。それは人型をとっても変わらない。

 

「助かった助かった。ありがとな」

そう言いながら酒を飲む萃香。

あの…毎回酒飲んでますけどその瓢箪中どうなってるんですかね?

 

 

 

「そんで?もう終わり?」

 

もう出てこないですしここら辺はもう終わりでしょうね。

倒壊した建物の残骸から灼熱地獄の釜のようなものがチラチラ見える。

かなりハズレのところにいるらしい。

 

「それじゃあ…血の池地獄でも行ってみ……」

少しだけ酒臭い声が途中で消え去る。

轟音、萃香の姿が一瞬にして消えている。いや、あれは消えると言うか、何かに飲み込まれたと言ったほうがいいだろうか。あたいのすぐ隣の地面はすでになくなっている。

萃香がいた場所の真下から巨大ななにかが真上に向かって顔を出しているのだ。

それは誰でも知っている体でそれでいて巨大化したら確実にやばそうな奴。

突然のことで唖然としているこいしを引っ張って距離を取る。

 

「芋虫⁈」

 

全長は地面から出ているところで15メートル、直径だけで2メートルはありそうな巨大な芋虫だった。

顔というより巨大な口と牙のように飛び出した顔の一部。

眼は退化しているのか見当たらない。

あまり硬いとは思えないプニプニした体から溢れ出る禍々しい瘴気と霊気。

妖怪なんてものではない。あれは…正真正銘の怪物だ。

 

「萃香さあああん‼︎」

 

いきなりのことで思考停止してしまっていたこいしが叫ぶ。

その声に反応したのか怪物がそのグロテスクな体をこちらに向けてくる。が、何か様子がおかしい。

「こいし!いったん離れて!」

 

急に暴れ出した。周囲の家や瓦礫に体を叩きつけながら…苦しみに悶えているのだろうか。

 

変な動きを始めたあれからこいしを庇うように距離を取るとあたい達が去ったのを確認したかのようになにかを吐き出した。

 

「全く!不意をつかれたとはいえ食べられるとは最悪だね!」

 

吐き出された萃香が空中で姿勢を整えあたい達の方に戻る。

……ちょっと距離を取る。

 

「どうしたんだい?私がまさかあれでやられるって?」

 

「いや…そうじゃなくて…」

 

こいしも萃香に悟られないよう静かに後退。

 

まあ…食べられてたから仕方ないとはいえ…

 

「え…ああ?まさか唾液まみれだからか!」

 

今更気づいたか!

半透明なベトベトで覆われている状態じゃこっち来られても……

「くそう…じゃあお前も道連れだああ!」

 

そう叫んであたいに突っ込んでくる。流石に四天王だけ馬鹿にならない迫力だ。

 

って…

 

「うぎゃあ!やめて、尻尾とか服とかベトベトになる!あ!コラ耳!」

 

抱きついて覆いかぶさる萃香を引き剥がした頃にはだいぶ粘液だかなんだかが付着してしまっていた。

すごく気持ちが悪い。早くどっかで水浴びしないとなあ…あ、そういえば井戸がさっきあったな。

 

「あ、あの井戸枯れてたから他のところにしておいたら?」

 

……最悪ですね。

 

「それよりあれ。そろそろこっち来るよ」

 

萃香が与えたダメージから回復したのか怪物が此方を睨むような動作をしている。

完全に怒らせているのだろう。なんか体が変にうねっている。

マシンガンの残弾を確認し腰につけてある予備を用意する。

まだ残っているけどあれと戦っている最中に弾切れになるのはなるべく避けたい。

 

「来るよ!」

 

こいしの声であたいと萃香はそれぞれ逆の方に飛び退く。

ほぼ同時に地面から先の尖った芋虫の身体が飛び出てくる。

 

「あいつの尻尾か…だとすると長い気がするねえ」

 

少なくとも全長30メートルくらいだろうか…まあ今考えることではない。

 

「こんな姿にしてくれたお礼しなきゃねえ!」

 

萃香が飛び出ている尻尾に向かって思いっきり拳を振るう。

接触、やや間があり尻尾の先端と胴体の付け根が円形に抉られる。

 

やった!……あ……違う。あれ回復してる。

 

萃香の攻撃でえぐり取られたところは瞬く間に元どおりになってしまう。いや待ってなにその回復力。

しかも回復しながら尻尾振り回して攻撃してくるとか器用すぎじゃないかねえ!

 

「それじゃあもう一回!」

 

こいしが再展開したガトリングガンで今度は怪物の頭を蜂の巣に変えていく。

でもそれそんなに弾数無かったんじゃ…

 

やっぱり数秒ほどで弾切れを起こした。

 

「頭狙ったんだから……って嘘…」

 

声につられて怪物の頭に目を向けると、何事も無かったかのように頭を振りかざしている奴の姿。

 

「封印されていたものを無闇に放ってはダメですね」

 

 

生半可な攻撃じゃ全くダメ。こりゃ勇儀と萃香の二人同時とかじゃないときついかなあ。

そうこうしていると怪物は地面に帰っていくかのように潜り込んだ。

 

「どうしよう…地面の中じゃ追いかけられないよ」

 

「そう言われても…どうにかしてあれを地上に出すしかないんじゃ…」

 

「じゃあ私に任せな!」

 

え…萃香がかい?ちょっと待ってくれよまさか地面に向けて振り上げた拳を叩き込むつもりじゃないよね。そんなことしたら災害クラスの大被害だよ!これ以上地獄を廃墟にしないでおくれ!

 

でもそんなあたいの願いを砕くかのようにその拳は振り下ろされた。

 

地面に巨大なくぼみができ、発生した振動が地面を隆起させる。

もはや地形レベルで修復が必要になっちゃったよここの地区…

 

それでも効果はあったのか怪物は再び地上に出てきた。だけどなんだか形がさっきより異なる。

 

体の数カ所に巨大な目のようなものが新たに出来ていてそれらが周囲を舐め回すように睨みつけている。

後全体的に黒みが強くなってる。

 

「なんか…やばくないかい?」

 

 

そんな怪物の口がぱっくりと開く。

嫌な予感がしてその口が向く方向から逃げる。

他の妖怪もやばいと感じたのか真っ先に頭の向いている方向から逃げ出した。

一瞬、世界が青白く染まった。

突風と金属が擦れるような音が支配する。

 

「二人とも伏せて!」

こいしの声と共に身体が後ろに引っ張られる。

その瞬間、回復した視界の先に光の筋を見てしまった。

レーザー…いや、そんなものとは威力も大きさも桁違いのそれは太陽にも匹敵しそうな光を射線じゃないところにも放ちながら地面を舐めるように突き進んでいく。

 

数百メートル程舐めたところで光の筋は消える。だがこれだけで終わりではない。

やや遅れて地面が真っ赤な爆煙を生み出す。

高熱で溶けた地面が溶岩のようにえぐり取られた地面を彩り衝撃波が周囲の建物を根こそぎ吹き飛ばす。

 

火を纏った瓦礫が周囲に降り注ぎまだ暴れていた妖怪達を巻き込む。当然あたい達のところにも木の柱や瓦の破片やらが飛んできた。だけどそれらはこいしがとっさに展開した魔術防壁によって防がれた。

 

「危なかった…」

 

「なんだいあれ……」

 

もはや芋虫型なんてレベルじゃない。あれは怪獣だ。

幸いにもさとりたちのいる場所とは反対の方だから良かったけど…ありゃ一歩間違えれば巻き込まれていただろう。

 

 

 

 

「仕方ねえな。小さいままでちまちまやってても仕方ねえ」

そう叫んだ萃香の体が目視できなくなった。一面肌色…

 

「萃香大きい!」

 

本来なら50メートルを超える巨体になるはずだが今の萃香はその三分の一にも満たない12メートル前後だ。だがあれと対峙するならそのくらいで十分だしこんなところで50メートルの巨体を操ろうならジャンプした瞬間天井を破壊しかねないだろう。生き埋めになっちゃ元も子もない。

 

「いつまでも地面に刺さってんじゃないよ!」

 

でもこれじゃあこの街は廃墟になっちゃうね。

まあ今の時点で既に廃墟のようなものなんだけどね。

「さて、こいし…逃げるよ」

 

「待って、怨霊が集まってる!どうにかしないと…」

 

よく見れば萃香の周辺にいくつもの人魂が寄っている。

あれだけ大きくなればそりゃ寄ってくるか。

 

 

「…そらよっと!」

 

萃香が一歩目を踏み出す。地面がめくれ上がり巨体が怪物の土手っ腹に拳を突っ込んでいるのが辛うじて見える。

 

あたいの動体視力じゃ追いかけられない速度で萃香が攻撃を加える。

一方的な攻撃…

 

「うっ…」

「こいし!」

「大丈夫……」

もうこいしの心が限界だ。早くしてくれよ…

 

あたいの思いが届いたのかなんなのかは知らないけど、時間がないのは分かっているのだろう。萃香は唐突に怪獣を引っこ抜こうとする。少し…と言ってもあの体の大きさに合わせてなので実際には百メートル以上離れているけど…そんなところの地面に口を開けているのは灼熱地獄の釜口。

つまりそういうことだろう。

でも相手だって嫌なのか抜かれまいと必死に暴れる。

 

援護するにはちょっと遠い。でも……

 

「これならいけるかな…」

 

腰のホルダーから抜いた一丁の拳銃を構える。

装填しているのは20ミリ弾。

耳が音でやられるのを防ぐためにパタリと折りたたむ。

 

狙いは…あいつの巨大な目ん玉。沢山あるけど一個でも潰れれば相当痛いはず。

 

「お燐…もうちょっと右」

 

「こいし?」

 

「しっかり狙うんでしょ?」

 

言われた通りに修正。いくら大きい目玉でもこの距離じゃ数ミリのズレでも許してくれない。それに相手は大暴れしているのだ。一瞬でもずれたら意味はないだろう。

 

タイミングは………いまだ!

 

引き金にかかる指に力が入り、金属の塊が飛び出した。



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depth.46 さとり様は地底の主人になるのか?

「……」

 

判を押す音と書類をめくる音が静かに響く。壁を隔てた外では地獄の妖怪達の掛け声が響く。

 

どうしてこうなったのでしょう。本来なら私は地上でのんびりしてるか地底の隅っこでのんびりしているはずだったのですが…

 

地獄のゴタゴタも収束して半月。

予定通りこの空間は破棄され今は妖怪の山の地下深く、マントルの真上に乗っかるように置かれている。

ちなみに灼熱地獄はマントルの割れ目から外殻に潜り込む形で移植し直した。

後は地底への入り口…あの山にあった縦穴ちょっとだけ拝借し地底世界のところにこことの入り口となる空間接続回廊を設置してもらった。

紫にお礼をしたかったがどうやらこれを作ったのは紫ではなく摩多羅隠岐奈という方が作ったようだ。

よくわからないが賢者クラスってどうして空間跳躍に近い能力とか固有空間持ちみたいな人ばかりなんでしょうか…まあだからこそ賢者なのでしょうけど。

 

まあここまでは順調。回廊の入り口はヤマメさんとキスメさんに管理を頼んであるのでまず大丈夫。

 

後は地底の人達ですが…

閻魔の推薦とあり暴れていた妖怪達も強くは出てなかったのかあれ以降反発する者は出てきて居ない。

まあ、四天王の二人の凄さが伝わっているという事も大きいですけどね。

 

後は文が新聞やらなんやらをみんなに配ってたりしていましたね…多分天魔さんの指示でしょうけどそれのおかげもあってか結構すんなり四天王の二人は受け入れられたはず…

 

なのに……

「どうして私はここに…」

 

あの後こいし達と一緒に一旦地上に帰ったもの再び地底に呼び出された。

本当なら地獄鴉の傷を癒すのに専念したかったのだが…萃香さんが頭を下げてまで頼んでくるので断れなかった。

それで行ってみれば崩壊した旧都の再建とかなんやらを行うとか言い出したので都市再設計の企画書を作って渡してインフラ整備の事をある程度教えてさっさと帰ろうとしたらまた引き止められるわ今度はなんだと裏方仕事を任されてしまった。

 

一応週3日程は地上に戻ることができている。

それに時々こいしが私に変わって地底での仕事を行ってくれているおかげで引きこもり状態にはなっていない。

 

ただ、まだ地底の妖怪達のところには行っていない。

 

そりゃいきなり自分たちの住処にやってきて暴れた挙句そこの支配をしますなんてやっているのだ。それなのにどんな顔して彼らの所にいけようか…私はこいしや鬼と違って気が小さいんです…

 

(さとり様!さとり様!)

 

私を呼ぶ声。

いや、実際に声がしたわけではない。聞こえるのは鴉の鳴き声。

 

「様は要らないのだけれど…」

 

あの時瓦礫の下に隠れていた鴉が私の後ろの窓から入ってくる。

が、開けようとした窓が上手く開かないらしく何度も開けようと嘴を突っ込んでは引いてを繰り返している。

数少ない倒壊を免れたこの建物は現在私や萃香さん達が色々と話し合ったりする為に使われている。

ただ、全体的に建物自体が歪んでいるのか隙間風が酷く扉の建てつけも悪い。

 

そんなわけで私が開けようとしてもうまく開かない。

開かないようなら仕方がないですが…力任せにこじ開ける。

 

木製の窓枠が真ん中で真新しい木の表面を見せ、窓ガラスがひしゃげた衝撃で割れる。

 

やってしまったと後悔するが開かないのが悪いのだから仕方ないと思い直し鴉を肩に乗せる。

まだ羽が治りきっていないからあまり無茶はして欲しくないのですがどうしても何かしたいと言うので旧地獄に行く時は毎回連れてきている。

 

(さとり様!訪問者が来てるよ)

 

「教えにきてくれてありがとう。でも羽を治して欲しいからなるべく動いて欲しくないのだけれど」

 

(大丈夫だよ!それにさとり様が居てくれるから)

 

その言葉に苦笑が漏れる。

 

「分かったわ。それじゃあ、しばらくここで待っててくれる?」

 

そばにあったタオルで優しく体を包んで机の上に彼女を降ろす。

この子がこうしてほしいと言っているわけではないけど…心が読める私にはわかる。こうやって優しく包まれるのがこの子は好きらしい。

 

だからかよくお燐の頭に乗っかってはそのままだき抱えられている。

可愛いものです。

 

 

 

名残惜しい目線を背中に浴びながら部屋を後にすると私の真横に裂け目が生まれる。

 

「お久しぶりです」

 

「久しぶり、もう地底の主だったかしら?」

 

「私はそんなんじゃないですよ。本来の支配は萃香さんと勇儀さんですから」

 

「よく言うわ……みんなそうは思っていないわよ」

 

そうでしょうか?文さんとかがどんな新聞書いて配っているのか知りませんけど…これは今度詳しく聞く必要がありますね。

 

「私は主なんて柄じゃ無いですから…せいぜい誰の迷惑にもならないようにするだけです」

 

「まあいいわ。どちらにしろこの旧地獄は貴方のものよ。好きに使っていいのだからね。何かあれば私が相談に乗るわ」

 

思わず紫の顔を凝視してしまう。相談に乗ってくれる…まさか紫からそう言ってくるなんて…

 

「……ありがとうございます」

 

「いいのよ。こういう時くらい友人を使いなさいよ」

 

そう言われて顔が赤くなってしまう。なんだか気恥ずかしいというか…そんな感じです。

 

「それで…紫はどうしてきたのです?」

 

「ちょっと相談があってね」

 

その瞬間、私の中でスイッチが入る。

彼女は地上からの使者…なにを考えているのかは眼を隠してしまっているので分かりませんけど…相談というのはおそらくそういうことですね。

そういえば地底は彼女にとってはかなり酷なところ…そこにわざわざ赴いてまでとなれば……いいでしょう。

 

「構いませんよ?なんなら場所を移しましょう」

 

「そうね…それじゃあおいで」

 

手を優しく引っ張られ隙間の中に引き込まれる。だが今回は目が沢山ある空間ではなく、しっかりと土の地面の上に降り立った。

目の前には古風な日本家屋がどっしりと構えていた。

どうやらここは庭らしい。見渡せば遠くまで続く青空と木々の群れ。でもそれらは本物のようで本物ではない。生の脈動感はそこにはなく、景色の一つ…ハリボテのような感じだ。

 

「入ってらっしゃい」

 

縁側の方から紫の声が聞こえて家の中にお邪魔する。

一番近くの襖を開けると部屋そこには紫が静かに座って居た。

 

「失礼します」

 

「肩苦しくなくていいわ。別に私は妖怪の賢者として貴方を呼んだわけじゃないから」

 

そう言って卓を隔てて座った私の頭を優しく撫でる。その手が優しくてむず痒くて…表情が少しだけ変わった気がした。

 

 

「それじゃあ何処から話そうかしら…」

 

頭から離れて行く手を目線で追っている自分に気づいて目線を前に戻す。

 

「ああそうね。それじゃあ…」

「地底と、地上との交流についてですよね」

 

「分かったの?」

 

「なんとなくそう聞くだろうと思ってました」

 

実際には知識として知っていただけですし細かい内容まではわからない。

「貴方は地底と地上の関係…どうしていきたいかしら?」

 

「そうですね……できれば…」

 

ここからは真剣そのもの。いくら友人でも妥協はしない。たとえ紫にとっては遊びだったり軽いものであっても、私と彼女の価値観は違う。

「地上も地底も、自由に行き来できるような関係ならいいと思ってます」

 

「ふうん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灼熱地獄の外に出たのはただの気まぐれだった。

あの日、不注意で妖怪に捕まってしまい翼を奪われた。

一瞬死を覚悟したけど何処からか飛んできた弾幕で妖怪が吹き飛ばされた隙を突いて逃げ出すことができたのは奇跡だった。

よく覚えてないけど…建物の影とかに隠れながら殺気立つ妖怪達に見つからないよう必死で逃げてた。どれくらいかは……覚えていないや。

 

でも歩く行為なんてほとんどしていなかったしする必要のない私にとって長距離移動なんて無理。だから疲れた私は瓦礫になった家の下でずっと爆発音と誰かが傷つく音に震えていた。

無論私が隠れていた場所だっていつ崩れるかわからない。

もしかしたらその場で押しつぶされていたかもしれない…

 

すぐ近くで起こる悲鳴と怒号、それと振動に怯えて、怖くて仕方なかった。

私の隠れてる瓦礫のすぐそばに誰かがきた気配がして恐怖が増したっけ。初めて外に出て出会った妖怪と同じでまた翼を折ったりもしかしたら目をくり抜かれるんじゃないかって怖くて…

 

でもそんなことはなかった。体がふわりと持ち上げられ優しく包み込まれる。あの妖怪のように乱暴なことはしてこない。

 

「大丈夫よ。貴方を傷つけたりしないわ」

 

優しい声がして、その時初めて私は目を開けて彼女を見た。

 

その後は覚えていない。後からお燐って猫に聞いた話だと私を抱きながら戦ってたんだとか。

でもそんなものは覚えていない。唯一覚えているのは彼女がむけたあの優しい笑顔だけだった。

 

私はあまり記憶力が良い方じゃない。

だからすぐ忘れることが多いけど、あの後のことはよく覚えている。

灼熱地獄は私以外の子は見たことないしいたとしても不干渉だった。

いても私には関係ない。そこらへんの景色と同じような関係だった。

でもこいし様やさとり様は、私の翼を治してくれたし暖かい食事もくれた。

どれもが新鮮で驚きのものばかりだった。

 

それに、地上の空にも連れて行ってくれた。

怪我がまだ治っていなかったから腕の中に抱きかけられてだけど…それが気持ちよくて嬉しかった。

 

「どう?綺麗でしょ」

 

さとり様曰くこれは夜空と言うらしい。

小さな光のかけらが一面にばら撒かれたそれは、とても綺麗で幻想的で…灼熱地獄に居たんじゃまず見ることは無かっただろう。

あの時の感動は忘れられないし忘れちゃいけないと思っている。

 

 

 

 

うにゅ……そういえば最近気になっていたことなんだけど…

さとり様が私を助けてくれた理由と…どうしてここまでしてくれるのかなってね。

 

わからなければ本人に直接聞いたほうがいいとこいし様に言われて

 

一度本人に尋ねたけど…

「どうしてでしょうね?助けるのに理由なんていちいち考えないから…」

 

そんな返事だった。

結局モヤモヤが止まらなくてお燐にも聞いて見たけど

「まあそんな人だからねえ…」

 

結局こいしに聞いてみたものの…

 

「うーん…誰かが誰かを助けるのって別に理由とか見返りとかそういうのって多分ないと思うんだ。お姉ちゃんはよくエゴとかお節介だって言ってるけど…どうせ世の中エゴの押し付けなんだからいいと思うけどね」

 

難しすぎてわからない。もうちょっとわかりやすく言って欲しかった。

でもまあこれから少しづつ分かっていけばいいかな?できれば忘れないように…

 

 

 

 

 

 

毛布に包まって休めていた体を少しだけ伸ばす。さとり様に手入れしてもらった毛並みは前よりも艶が増していて綺麗になっている。

 

 

そんな翼の一部にはまだ布が貼り付けられている。

 

今は翼も治った。だけどさとり様はまだ安静にしててって言う。

傷口が塞がったとは言ってもまた開くかもしれないし傷口保護のためとかなんとか。

この傷が無くなれば私は自由にして良いって言われた。もちろん反論したかったけどそれより先にさとり様はまた地底に呼ばれてしまった。難しくてよく分からないけど、地獄の管理とか言ってたっけ。

こいし様とお燐は人里の方に行ってたり妖怪の山って呼ばれてるとこに行ったりで私は一人になることが多くなった。

それが寂しくてたまらなくてそれに何か手伝いたくてさとり様にくっついて行くことにした。

その時に私の気持ちも伝えた。

「本当にいいの?」

 

そう言い私を優しく包むさとり様。

答えはすでに決まっている。

またあそこに帰るよりかは、ここで皆んなと一緒に居た方が楽しい。傷が治った私をいろんなところに連れ回してくれるこいし様にお燐。またひとりぼっちになるよりかは遥かにマシなのは私にだって分かる。

 

「そう……じゃあこれからもよろしくね」

 

さとり様は覚妖怪って言う心が読める妖怪。だから私の言いたいことは理解してくれる。

でもその弊害からか、他の妖怪とか人間からは嫌われやすいらしい。

実際そんな感じには見えなかったけど…あ、でも地獄の奴らはすごい嫌ってた。

でも最近はだんだん嫌わなくなってきたし…なんだか分からない。

でも唯一わかることはさとり様は優しいって事。

 

それと…時々何処か遠くを見つめてるようで何か思い詰めてる事が多い。

お燐も似たようなこと言ってけど結局今でも分かってないんだとか。

 

でもあんな寂しそうな顔するさとり様なんて見たくない。私はさとり様に笑って欲しい。

 

「ちょっといいかしら」

 

どこからか声が聞こえる。

おかしいなあ誰かが入ってきた覚えはないしそれに入ってきたのなら気配で気づく。

だとすればこの真上から聞こえる声は誰のだろう。

 

「そこの鴉さん」

 

あ、真上からしてるのか。

首を真上にあげる。

 

そこには金髪の女性、さっき訪ねてきていた人がいた。

 

言葉は伝わらないので首をかしげることで意思を示す。

 

「ちょっと部屋の中で作業するかもしれないけど良いかしらね」

 

なんだ作業するだけか。それなら別にいいよ。

包まっていたタオルを外し少しだけ移動する。

ちょうどそこにさとり様と女性が降りてくる。よくわからないけど凄い人なんだね。

 

「私の友人…八雲紫ですよ。妖怪の賢者でもあるから覚えておきなさい」

 

さとり様が説明してくれる。へえ…妖怪の賢者かあ…なんだか凄いなあ。

 

「あの……凄さわかってる?」

 

分かってない。

正直賢者ってどれくらいすごいのかわからないや。でもわからなくても困らないかなあ…

 

「なにやら楽しげな会話をしているみたいね」

 

「まあ…楽しいですよ」

 

私もさとり様とお話ししたりするの楽しいし喜んでたり笑ってるさとり様は大好きだよ!

私の思いを読み取ったのかさとり様の頬が少しだけ赤くなった。

 

 

「まあ、いいわ。じゃあ鬼の二人が来るまで待ちましょうか」

 

あれ?もしかして萃香さんとかも来るの?そう思っていたらさとり様に抱き上げられた。

和服の胸元に体を少しだけ入れ込まれ、抱きかかえられる。少しきついけど柔らかくて心地が良い。

 

「ええ、来るわよ」

 

温かい手が私の頭を優しく撫でてくれる。それが心地よいから目を細めて軽く鳴き声をあげる。

 

「手慣れてるわねえ……」

 

「ただ単純に心が読めるからってだけですよ。私からこの能力が消えれば…私はただの妖怪ですから」

 

半目になったサードアイをちらっと見る。こちらを見ているそれはなんだかとても寂しそうに、瞼を半分ほどまで下ろしていた。

 

こいし様のよりも閉じてるんだなあ…でもなんでだろう。

 

「なんででしょうね?わたしにも分からないわ」

 

「……貴方は存在定義を見直したほうがいいわよ」

 

「存在定義……それ結果論じゃないですか」

 

そんざいていぎ?なんだろう…なんだかよくわからないや。

今度お燐に聞いてみよっと。

 

折りたたんだ翼からさとり様の温もりが伝わってきて、心地よいから眠くなってくる。それを察したのかさとり様が、眠りやすいように腕の向きを変えてくれる。

 

「眠そうね…それにしても鴉なんて拾ってどうするつもり?」

 

紫さんの声。

 

「彼女は………」

 

そこから先は私は寝ていたらしくて覚えていない。

起きた時には人里にあるさとり様の家だった。

 

結局あの時さとり様はなにを言おうとしてたんだろうなあ。

 



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depth.47さとりは無意識に世話焼きしてしまう

妖精を視るには妖精の目が必要だ。


春の風が桜の花びらを運んでくる。

部屋に入った薄ピンクの花弁が伸ばしていた腕の上に降りる。

 

そういえばそんな季節だったっけと思う。最近地底と地上の往復が多くて季節感が狂ってしまっている。

 

地底との相互不可侵条約は杞憂に終わった。おかげか肩の荷が軽くなった。

まだやらなければならないことはたくさんあるけど季節を気にする余裕は出てきたようだ。

 

鴉の名前を決めようと思い考えに更けてたらいつのまにか昼頃になってたようですね。

まあ今日は珍しく私以外家にいないから良いんですけど…

 

窓から外を見る。隣の家の庭にある桜の木が一面桜色に染まっている。さっきの花弁はここからきたのだろう。

 

「……平穏ですね」

 

そんな独り言も聞く人がいなければただの音。

 

どれくらいそうして桜を見ていただろうか…

少なくとも桜餅とお茶が手元にあるということは10分ほど…家でお花見なんてと思うがまあいいんじゃないかなと思う。

 

そんな事をしていたら窓から身を乗り出す私の体に影がさす。

頭をあげると二人の妖精…いや、奥にもう一人。

 

ひとりは大妖精、もう一人は…白生地に赤い線の入ったワンピース状の服にナイトキャップのような帽子。その背中には三日月を逆さまにしたような形の透明な羽。

記憶を探ると該当する妖精あり。春を伝える妖精リリー・ホワイトですね。

 

奥にいるのは…見えないしわからない。まあ悪いやつではないのだろう。

 

「お久しぶりです」

 

「ご無沙汰してます」

 

「大ちゃん!そいつに用があったのかー?」

 

大妖精の後ろ。丁度、肩のところから青い髪がのぞく。

一瞬、周辺に春らしからぬ冷気が降りてきて、リリーが思わず私の方に逃げてくる。

寒い?と聞いてみるが喋れないのか首を振るだけ。

 

「チルノちゃん…あまり力を出しちゃダメだって」

 

チルノと呼ばれた少女が悪態っぽいものを吐きながら力を納めてくれたようだ。

チルノと言うとあの氷精の……

 

「お前が大ちゃんの言っていたさとりか?」

 

あれ…なんか想像していたのより大人な姿なんですけど。

 

記憶にあるチルノは大ちゃんと同じくらいの子供っぽい姿のはずだ。だが目の前にいるのは服装や見た目は似ているけど…髪の毛は腰まで伸びたロング。身長も160センチあろうか。かなり大きい。背中に生えた翼は一番肩に近い二枚が腕の長さ程はあろうかと言うほど長くなっている。

 

「おーい?無視ですか?」

 

「あ…いえ、大ちゃんがなんて言ってるのか分かりませんがさとりです」

 

「ふうん…」

少し冷たい目線が体を舐め回すように私を包み込む。

いい感情を持っていないのだろうか…まあ覚妖怪に初対面からいい感情持つひとなんていないか。

そう思いチルノへ向けていた目線を落とす。

 

「お前、いい奴そうだな!気に入った、あたいの部下になっていいぞ!」

 

だが帰ってきた声は意外なものだった。あらら?なんか気に入られたようですけど…ってリリーさんはどこに行ったんでしょうか?いつの間にか居なくなってるんですけど…

 

「チルノちゃん!……なんかすいません」

 

「気にしてないですからいいですよ。それで、今日はどう言った要件で?」

 

「あ、リリーずるいぞ負ぶってもらってる」

 

大ちゃんの声を遮るかのようにチルノの声。思わず私の肩に手を回す。重さを感じなかったもののそこには誰かの小さな手。そして白衣服の袖…

 

ああ、後ろにいたのですね。

重さを感じなかったので気付きませんでした。

それにしてもチルノも見た目に反して精神は子供なんですね。ただ体に引っ張られてるところがありますけど…

 

なんて言ってるのか分かりませんが……どうやらリリーが拒否したらしくチルノがあたいもと言いながら私の首に手を回してきた。

ひんやりした腕が体を包み込む。だけどチルノ程の体格差だとおんぶも抱っこも出来るはずがない。むしろ私がされる側だろう。

 

勿論チルノの体は運動エネルギーが伴っているわけで、なんの防御姿勢すらしていない私はそのまま部屋の奥に倒れこむ。

 

「もう、ふたりとも!」

 

これではいつまでも本題に入れないと思ったのか大ちゃんが片腕でチルノとリリーを部屋の外に放り投げる。

 

「すいません。悪気はないんです」

 

「気にしてませんよ。むしろ妖精らしくて良いじゃないですか」

 

あははと苦笑する大ちゃん。彼女ももう少し素直になってもいいと思うのですが……まあ大ちゃんがそうしていたいというのであればなにも言いません。

 

そうしていると、外に放り出された二人が窓脇に置いてある桜餅に目をつけたようだ。

やはり気になるのだろう…

 

「ああ、それ食べちゃっていいですよ」

 

「ほんと⁉︎お前いいやつだな!」

 

二人の顔が花開く。

言葉にはしないがリリーも喜んでいるようだ。

 

「さて、大ちゃんの用は……義腕の事ですよね」

 

「そうです。腕がないとやっぱりきついので…」

 

彼女が失ったのは利き腕の方だ。本当はもっと早く対処したかったのですが色々と立て込んでしまっていて先延ばしにしてしまっていましたね。

 

ただ、彼女の義腕はそう簡単にはいと作れるようなものではない。

 

大妖精は名の通り妖精であり妖精とは自然やそれらに準するものの化身。人工物とはすこぶる相性が悪い。

その上彼女の能力は悪戯する程度の能力。これは文字通りカラクリとかの人工物に悪戯をするもの。触れていないと発動しないらしいですが触れていればほぼ確実に発動する。

どのような現象が起こるかは様々です。

例えば時計を持っていたとすれば、歯車が悪戯されて破損したりゼンマイが壊れたりパーツが外れたり螺子が外れたりと致命的なものばかり。

下手に義腕を作ろうものならこの能力の影響ですぐに壊れてしまうだろう。

正直一回冥界に行って魂をしっかりと直してもらった方がいいと思うのですが、魂の修復は40年ほどかかるらしい。大変な話だ。

 

「……これから河童のところに行って交渉してきます」

 

「あ、私もついていきます」

 

「ん?だひちゃんどほはいふの?」

 

「チルノちゃん……」

 

ちゃんと口に入れたものを飲み込んでから言いなさい。なに言ってるかわかりませんよ。いや言いたいことは分かりますけど…

 

「慌てて飲み込んで喉に詰まらせても嫌なのでゆっくりでいいですよ。お茶持ってくるわ」

 

まあ、格別急ぐことではないだろう。それに妖精がこうも集まってしまっては直ぐに動くことなどできるはずもないです。

 

「あ、大ちゃんもそこの桜餅食べちゃっていいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、ついていくって聞かない妖精を連れてきちゃったと」

 

あの後お茶を差し出して落ち着いてきたところで大ちゃんを連れて行こうとしたのですが、チルノ達も来ると言い出してしまい断るに断れなかった。

にとりさんのところに無事つけたのはよかったのですが結局チルノ達におとなしく待つなんて事出来るはずもなく、工房の中を飛び回ってしまっている。

 

「すいません…」

 

「いや、いいよいいよ」

 

にとりさんは笑って許してくれましたけど大丈夫なのか心配です。特にリリーの方。チルノはまだ会話による意思疎通が可能ですけどあの子は言葉を話せない。知識では春ですよと言っているような気がしたのですが当てにならないものです。

 

 

「リリーそれなに?」

 

 

なにやら不穏な声が工房から聞こえてくる。

大ちゃんも同じ考えだったらしく二人揃って様子を見に行く。後にとりさんそこで笑ってないで貴方もきてくださいよ。

 

「なにしてるんですか?」

 

工房の一角に鎮座するカバーに包まれたそれに頭を突っ込んでいたリリーとチルノの元に行く。

 

「あ、さとりんと大ちゃん!これ面白そうだな!」

 

なんださとりんって…そのあだ名はダメですよ。

まあ私のあだ名とか呼び名云々は置いておきまして…

こっちを振り向いたリリーはなぜか体に弾丸のセットされたベルトを巻きつけていた。

弾丸の大きさと体の大きさがあっていないからものすごく不自然だけれど。

「あの…リリーちゃん、それは…」

 

大ちゃんの困惑した声に純粋な笑みを浮かべてジャスチャーがてらに説明し出す。

「お!これに繋がってるのか!じゃあこれが固定具で…」

 

再びカバーの下に潜り込んでなにやら弄りだしたチルノを引っ張り出す。

だがゴロゴロと台車が転がるような音。

チルノと一緒に台車に乗っかった30バルカン砲が姿をあらわす。

 

「……二人とも」

長銃にこれから取り付けるためのものなのだろう全く、危ない危ない。

一歩間違えればとんでもないことになるものなんですからね。いくら興味があってもいじっちゃダメですよ。

「なんだか頼れるお姉ちゃんみたいで眼福だね」

 

入り口でやり取りを見ていたにとりさんから声がかけられる。

それはいいことなのだろうか?むしろチルノの方が見た目としては一番お姉さんっぽいのですが……いかんせん中身が子供なのだ。

 

大ちゃん曰く冬場とか氷がたくさんあるところだと性格も大人びて物凄く強いらしい。

というか戦闘狂に近いのだとか。

いっそのこと見た目も変わってくれればいいのに…

 

あ、でもそうなれば天狗に目をつけられるか。

あの人たち幼子が好みですからね…

 

「はーなーしーて!」

 

チルノが暴れるが妖精の力じゃ私の腕から抜け出すことはできないだろう。まあ妖怪だったら大体抜け出せちゃいますけど…

 

「そうですね…じゃあリリーと外で遊んできてください」

 

「後で何か奢ってくれる?」

 

「そうですね…お菓子でもあげますから」

 

「よっしゃ!約束だからね、行くよリリー!」

 

そう言ってリリーの手を引っ張って外に飛び出していくチルノ。やっぱり見た目くらい子供になれば違和感ないんですけど…

まあこれ以上なんかされると…にとりさんはいいですけど大ちゃんの胃が心配ですからね。

 

二人が外に飛び出して行きようやく落ち着く。

引っ張り出されている弾丸とバルカン砲を元に戻し一息つく。

 

「それで、そこの妖精の義腕だっけ?」

 

そうですと肯定。同時に大ちゃんが腕の無いそこを片手で抑える。

一瞬どうしたのだろうと思いましたが、表情を見てすぐに察する。

腕の無いその場所が痛むのだろう。みんなの前では平気なように振舞っていたようですけどその痛さは誤魔化しきれない。

 

「…大丈夫かい?」

 

「えっと…気にしないでください」

 

そう言って無理に笑顔を作る大ちゃんが痛々しい。

 

幻肢痛。

脳が処理できずそこに無いはずの失った体の部位が痛む現象は…大ちゃんにも起きていたようだ。

今はまだその概念はありませんが私だけは知っている。

腕のないその痛みを、あるはずのところに無いその恐怖を…

多分、ずっと痛がっていたのでしょう。辛い思いをさせてしまっていたのだと思わず私自身を責めてしまう。

どうして気がつかなかったのだろう。

 

「痛いですか?」

 

「え…ええ」

 

痛み止めなどは多分効かない。だってその痛みはあるはずのものが無いことで起こる幻影の痛み。逃げようとしてもずっと付きまとってくる。

 

義腕ができればある程度マシになるのでしょうが今はそういうわけにはいかない。応急処置的なものでしかないけど気を紛らわせるしかないだろう。

 

コートのポケットから小さな紙袋を取り出す。

中身はこいしがこの前作ってくれたもの。

それを袋から一つ取り出して大ちゃんに渡す。

 

「飴です。舐めててください」

 

飴がなんなのかはいまいち分かっていないようでしたけど口に入れた瞬間幸せそうな顔していたので…まあ気に入ってくれただろう。

これで痛みを紛らわしてくれるとありがたいです。

 

「まあそっちの事情は置いといて…それじゃあまずはこれを持ってみて……持てるかい?」

 

そう言って棚の上から箱を下ろしてくる。その箱の中に入っていたのは機械仕掛けの義腕だ。

外装は生き物と同じように見えますが中に入っているのは金属フレームと丸い稼働パーツ。

 

「な…なんとか」

 

「無理そうなら触れるだけで十分だよ」

 

 

そう言いながらにとりさんは両手で抱えたそれを大ちゃんの手に軽く載せる。その瞬間大ちゃんの周囲で空気が一瞬だけ変わった。どこがどうとかそういうのではなく、なんだか一瞬だけ何かが流れたような感覚だ。

 

「うーん……人工物だと壊れちゃって使い物にならないか」

触れさせただけなのだがにとりさんには故障したことが分かったらしい。

直ぐに壊れた義腕を作業台に戻す。

 

「参ったなあ…あれが一番自然体に近いものだったんだけど…あれでも能力の認知範囲内に組み込まれちゃうか」

 

「難しいですか?」

 

流石にこの発明家でも無理だっただろうか。

 

「……出来なくはないかな」

 

「本当ですか⁉︎」

 

大ちゃんが驚く。さっきの義腕の状態を見ればそのような答えは出てこないだろうと踏んでいたのでしょう。私も同じでした。

 

「私を誰だと思ってるんだい?河童の中でも天才発明家って呼ばれる河城にとりだよ」

 

天災発明家の間違いなんじゃないですかね?まあ技術的なノウハウはそうですけど…

 

「出来るんですね…」

 

「まあね。要は能力が感知できないレベルまで自然物をそのまま使って後は霊術を入れたりで思った通りに動いてくれるようにすればなんとかなるかな。まあちょっと大変だしこれだと道具というより妖具…それか概念礼装に近いものになっちゃうかな」

 

しれっと言ってますけどそれものすごい大変な事なんじゃないでしょうか。もはやそれってクローンとか妖刀のような特殊なものを作ってるのと同じような……

 

「それ本当に……可能なんでしょうか?概念礼装とかって色々とややこしいんじゃなかったんでしたっけ」

 

「私に発明で出来ないことは無いね。ただちょっと難しいだけさ。あと設備が足りないから増設しないといけないねえ」

 

そうなるとやはり時間がかかるのだろう。設備から手をいれないとなると最悪二ヶ月…いやもっとかかるか。

 

「あの……よくわからないのですが…どれくらいで出来ます?」

 

「そうだねえ…どのくらいか…最低でも一ヶ月。どっかで不備が起こればさらにもう一ヶ月かかる事を覚悟して欲しいな。まあ、すぐに作ってくれって言うなら今から作り始めちゃうけど?」

 

にとりさんの目の色が変わる。これは科学者のスイッチが入ってしまっただろうか…

気配が変わったのに気づいた大ちゃんが首を傾げる。

 

「さて、生命工学の知り合いに話通さないと…」

 

ブツブツ言い出したにとりさん。あ、これは完全にスイッチが入っちゃってるようですね。

 

「あの…ありがとうございます!お礼は…絶対します!」

 

「え?ああ…いや、いいよいいよ。こんな機会滅多にないし、面白そうだからね。お礼だけで十分だよ」

 

照れているのか顔を背けながら手を振る。素直になればいいのにと思うけど…スイッチが入ってるせいか聞き入れてはくれないだろう。普段でも聞き入れてはくれないのは変わりませんけど。

 

「そう言えばさ、さとりには手伝って欲しいことがあるから、義腕の受け渡しの時に一緒に来てくれ」

 

「え…まあいいですよ」

 

命令口調だったので拒否権はない。別に拒否する気もないのでいいですけど。

 

 

「あ、そこに積まれてる資料取ってきて。後そこの妖精の腕の諸元値も教えてから帰って」

 

人使い荒いですね…

まあこうなることはあらかた予想していたのでいいんですけど。

 

 

窓からこっちを覗く二人の視線に気づく。

 

……ちょっと家に帰るのは遅くなりそうですね。



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depth.48 さとりの考える未来への一手

旧地獄となったその場所はいくつかの小地獄の集合体で構成されている。

 

八大地獄それぞれに付属していた小地獄の中で使用頻度が低かったものを分離したため取り扱いが少々異なる。

 

そもそも灼熱地獄に関してはそれ自体もともと大炎熱地獄にあったもの。かと思いきや反対側に位置する血の池地獄は意外にも等活地獄だったものと結構ごちゃごちゃしてる。その上、現世に存在すると危険と判断されたものやとある理由から封印指定を受けたものなど管理に手間がかかるものも多い。

 

現在私が来ているのはその中でもちょっと特殊なもの。

原作でこれは復活するものの私自身はこれをどうしたいのか、それを考えるヒントでもあるかと思いここに来た。

 

「さとり…これは?」

 

連れて来ていたお燐が目の前に埋まるそれをみて困惑する。当然だろう。この子はここまでの大きさの舟など見たことないのだから。

 

地獄に埋められた箱舟。

 

船体後部から斜めに地面に埋まっているその船。

名前を言ってもわからないだろう。それほど、無名になってしまった船…いや、もうその名すらこの子には無いのかもしれない。

 

「聖輦船…昔地上の空を駆け巡ったとある方のための船です」

 

警戒するお燐を連れて一緒に船に近づく。

遠目では分からなかったところが近づくにつれて見えてくる。形状を維持するだけの力も残っていない船はボロボロに朽ち果て船体のいたるところに穴が空いている。

 

「……一緒に封印されているはずなのですが…」

 

船からは誰の気配も感じない。

少なくとも村紗や雲居一輪、雲山はいるはずなのですが…

 

「誰もいませんね」

 

「ええ…まあ彼女達も色々とあるのでしょうからね」

 

私の言葉にお燐は引っかかりを覚えたようですが、深くは考えないで欲しいです。

 

船体横に開いた穴から船の中に入る。

ボロボロになった木の板が触れた瞬間崩れ落ちる。

足元の板がミシミシと悲鳴をあげて崩れ落ちそうになる。

 

「お燐、気をつけてね」

 

「さとりこそ」

そう言った直後に床を踏み抜いて落ちそうになっているお燐を見ていると不安で仕方がないのですが…

 

中は光が届かないのか真っ暗。完全なる闇の状態になっている。

灯を腕に灯しながら足元に注意して奥へ進む。斜めになっているため体の感覚がおかしくなってしまいそうだ。

船の中は見た目よりも広く迷路のようになっている。

 

「あれ?光だ」

 

壁の隙間から光が漏れている箇所を見つける。近づいてみるとそれは扉で、光は奥の方から来ている。

建て付けが絶望状態の扉を外しかけながら開けると、天井の一角が四角く切り取られた部屋に出た。

光は、その天井に開いた穴から差し込んでいる。

床に散らばっている木の破片からその穴の使用方法を考える。

「上甲板に続く階段があったところですね」

 

そうなるとどうやらここは上甲板一階下の第2甲板部分らしい。

入って来た時は第3甲板かと思ったのですが…どうやら中の空間が迷宮のようにねじれているらしい。

防犯用の仕掛けなのだろう。

 

軽くジャンプして上甲板に出る。さっき入ってきた穴よりもやや艦首側にある接続階段だったらしい。船尾に向かって行っていたはずなのですが…迷宮に惑わされましたね。

 

まあいいです。

 

通常の船とは違い、この船は帆を持たない。よって帆を張るマストも付いていない。異常にスッキリした甲板なのだ。

その甲板後方に倉のような建築物が建てられている。

 

「それにしても変わった形の船だね…これだけ大きいのに櫂を設置する場所すらないなんて…」

 

「この船の推進力はそんなものではないのよ」

 

外れかけた倉の扉を開けて中を確認。

 

下に続く階段がある以外そこはもぬけの殻。だがこの部屋にかけられていた封印の痕跡からここが宝物庫を兼ねた部屋だったということだけはわかる。

だがこの船は既に賊によって宝物はほとんど持っていかれた後のはず、下の方に行ってももはや空っぽだろう。

 

「まあ、お目当ての人物もいませんし…また今度きましょうか」

 

「もういいのかい?」

 

別に私がどうこうしなくてもいいのですが…あの異変が起こってくれないとこの船は地上に行かない。そうなると少々困る。

その為にここに来たのですが…まあいいです。

それにしてもボロボロとはいえ、まだ住もうと思えば住める。

村紗さん達はともかくほかの生物がここに住みつかないわけはないのですが…私たち以外の生命の気配が全くしないのは少し不自然ですね。

 

どこかで誰かが見ているのだろうか。例えば…倉の入り口のところとか。

そう思い振り返ってみるもののやはり誰もいない。考えすぎ…ですね。

 

「会いたい人がいるのだけれど…仕方ないわ」

 

「よかったら探してくるけど?」

 

「別にいいわ。……いや、待って。……じゃあお燐、村紗か雲居って知りませんか?」

 

ダメ元でお燐に聞いてみる。ここ数日は地底のいろんなところをあの鴉さんと一緒に巡り回っていたようですから少なくとも頼りにはなる。

 

「ん?聞いたことない名前だねえ……」

 

やはりダメでしたか。まあ封印されていた存在でしょうしそう簡単に元の名前で生活しているとは思えませんね。

 

「……村紗ならもしかして…」

 

考え込んでいたお燐の尻尾が真っ直ぐになりなにかを思い出したようだ。

 

「知ってるんですか?」

 

「一応…確か血の池地獄でそんな名前を聞いた気がするねえ…よく覚えてないから違うかもしれないけど」

 

血の池地獄で聞いたのであればおそらく当たりだろう。ただそこにいるということは…一筋縄では行きそうにありませんね。雲居一輪さんの方だったとしても同じでしょうが…

だけど、この船の船長は彼女だ。

灼熱地獄から離れた場所に埋まっているこの船を…また地上に持っていきやすくするためには彼女の力が必要だろう。それがたとえ法力が足りず飛べなくてもだ。

 

それにこんなボロボロの姿じゃ見ていてかわいそうです。

少しは手入れをしてあげたいですからね。

 

 

 

 

 

「……いませんね」

 

「今日は来ていないんでしょうか?」

 

「あたいに言われてもねえ」

 

血の池地獄は浮いたり沈んだりする怨霊こそいれど目当てのヒトは見当たらない。

真っ赤に濁った粘度の高い液体が沸騰しかけているのか時々気泡を放つ以外ものは動かず、音すら聞こえない。

 

沈んでいるのかはたまた別のところにいるのか…彼女だってずっとこの場所に縛り付けられているわけではないでしょうからね。

 

一回底に潜って確認してみようかと思いましたが、そういえば集めた怨霊をまとめて封印してここの底に沈めたのだと思うと潜るのも面倒になってくる。

 

「時期尚早だったでしょうか…」

まだ鎌倉時代すら終わっていない。まだ船の復活まで600年ほど時間がある。

また今度にしてみよう。

 

「残念だったねえ……」

 

「格別急ぐことでもありませんし、会えたらいいなって感じでしたから別にいいです」

 

そのうち会おうと思えば会えるかもしれませんし、また違う方法で接触を図ってみてもいいですし、今回は諦めよう。

 

 

「お、いたいた!」

帰ろうとしたところで遠くから誰かの声が聞こえる。その声は心なしか私を呼んでいるようで…

「こんな所にいたのか!いやあ出かけたとか聞いたから探し回ったぞ」

 

軽く酒が回っているのか普段よりもテンションが高くなっている萃香さんに腕を掴まれる。

 

「萃香さん?どうしてここに…」

 

二人は基本的に旧都の復旧を行なっているはずだ。ここに来るなんて珍しい。どうやら私を探していたようですけど……まさか宴会へ誘おうなんて思ってませんよね?

 

 

「街で宴会やってんだけどよ〜さとりも混ざれや」

 

やっぱり宴会だった……いや、酒と鬼が絡んだら絶対喧嘩か宴会なのは知ってましたけど……

 

「え…どうして私なんですか?それってどう考えても鬼の集まりですよね?普通の妖怪びびって行ってませんよね」

 

「そうでもないよ。それに地底の主に一応なるんだから関係回復くらいやったらどうだい?」

 

関係回復か…そういえば全く彼らの前に出たことなんて無かったですね。ほとんど萃香さん達がやっていましたし…私は隅っこに隠れてましたから。

 

ですけど…

「余所者どころか侵略者な気がするのですが…印象的に」

 

「あー気にしない気にしない。そんなのいつか忘れるからさ」

 

それでも怖いものは怖い。

今までなるべく人前に出ないようにしていたのも怖さに勝てないからだったりする。

 

「行ってみればいいじゃないですか。鬼たちも親切ですよ」

 

「そう言うなら……」

 

でもこっちから歩み寄らないと一生平行線な気がする。お燐に無理無理押されているのをいい事に、少しは行ってみるかと思ってみたり。

 

「それじゃあ早速行こうか!」

 

「あ……でも酒飲めないです…」

 

宴会で致命的な欠点を持っている点を除けば、行ってみようという気にはなっている。

 

「気にしないでいいよ。なんかったらそんときはあたしらが止めるからさ」

 

同じ身長の彼女が、この時ばかりは頼もしく見えた。

さて、宴会となるとこいしや鴉も呼んだ方がいいでしょうか…それともこいしにはまだはやい…でしょうか?

 

「お燐、今からこいしのところに行けるかしら?」

 

「呼んでくるのかい?」

 

「行きたいって言ってくれれば連れて来てください。行きたくないようでしたら無理に連れて来なくていいですから」

 

 

あの子のことだからおそらく来るだろう。

それまでになんとか偏見を解けるだけ解いておかないと…せめてこいしだけでもいいので…

 

 

「ほうほう、こいしが来るのか。じゃあ俺は射命丸を呼びに行かないとな」

 

私の真上で声が聞こえる。同時に、地底を照らす灯が人型に遮られる。

まさかと思い顔を上げる。その声はここで聞くはずがないと思っていた人のもので…どうしてここにと言うか疑問が頭を埋める。

 

「天魔さん⁈どうしてここに…」

 

「ああ、ふつうに来れるからな。来ちゃいけない理由もないし、良いかなって」

 

確かに地底と地上は不可侵条約を結んでいないからかなり行き来は自由ですけど…一応門のところで規制はある程度行っていますし手続きを面倒にあえてさせているから好き好んで行ったり来たりするもの好きなんて少ないと思ってたのですが。それに…

 

「天狗って鬼苦手じゃなかったんでしたっけ」

 

地底の住民は半分以上鬼なんですけど…

 

「おいおい、苦手ってだけで別に嫌いってわけじゃないぞ。それに付き合い方を間違えなければ良い奴だってのは一応周知の事実だしな」

 

「よせやい。あたしらは気に入らないことは殴って来ただけだよ。天狗に加担したつもりはないね」

そう言っても照れてるのか少し顔が赤い。それを指摘してもどうせ酔ってるだけだって言って誤魔化しそうですけど。

 

「とまあそういうわけで、お燐だっけか?丁度いいし地上まで送ってやるよ」

 

「本当かい?ありがたいねえ」

 

振り戻しが少しきついですけどね。と心の中で警告する。

 

「それじゃあ先に行ってるからな!絶対こいよ!」

 

「はいはい、四天王の命令とあらば遵守しないとな」

 

この二人、結構仲がいいんですね…まあここでもあの短時間で関係を毅然することができて地底の鬼や妖怪に馴染むことができる二人の性格と気前の良さの賜物でしょうけど。

 

それが羨ましくも思い、同時に尊敬する。

 

お燐の手を掴んだ天魔さんが視界から消える。同時に巻き起こる突風が彼女らが飛び立って行ったことを告げる。

 

「……」

 

「さとり?どうしたんだい?」

 

「なんでもないです」

 

少しだけ私という存在がどう言った存在なのか。それを考えていた。答えなんてないだろうしどう言った存在だったのかは後から周りがどう思うかであって今は分かるものでもない。

それでも考えてしまうのが人。

 

「陰気臭い顔してないでさっさと行くぞ!」

 

あ、ちょっと待ってください。フード被るので少しだけ服を整えさせて…

って引っ張らないでください!

 

体の引きが強くなり急に体にブレーキがかかる。

気づけば周りの景色は何もない荒地から瓦礫と復興資材の集められている旧都になっていた。

 

どうやら物理的距離の密と疎を操ったようだ。

なんだかこう考えると拡張性の高い能力って便利ですよね。

 

境界を操ったり、風を操ったり、色々と…

 

「お、連れて来てくれたか!」

 

「おうよ!後こいしと天狗数名が来る予定だ。楽しくなるねえ」

 

すぐ近くで酒の飲み比べをやっていた勇儀さんが笑いながらこっちに寄ってくる。あの…飲み比べの対決すっぽかしてますけどいいんですか?

 

私の登場に周りも騒然。ここでサードアイを出して全員の心を読んだら…私の心はどうなるんでしょうね?

原作のこいしのようになるのかそれとも壊れて…何もなくなってしまうのか。

 

「賑やかですね……」

 

目線をなるべく合わせまいとフードを深くかぶる。

だが、そのフードは勇儀さんに剥ぎ取られる。

 

「ほら、隠れてないでさっさと楽しんで来いや」

 

 

………全く私以上にお節介じゃないですか。

 

私のすぐそばに誰かが寄ってくる。

今まで遠巻きにこっちを見ていた人達の中から出て来たようだ。

 

「あの……古明地さとり様ですよね」

 

「ええ……様は要らないです。適当に呼び捨てちゃっていいですよ」

 

「あ、あの!お礼を言いたくて」

 

お礼?なんのことだろうか…私はお礼を言われるようなことした記憶はないのですが…むしろ憎まれても仕方ないような…

 

「えっと……お礼ですか?」

 

「はい!あの時、瓦礫の下から救ってくれなかったらと思うと…本当にありがとうございます」

 

瓦礫……ああ、そう言えば瓦礫の下に埋まっちゃってる人たち助けましたね。だって、サードアイが叫びを拾ってしまったんだから見捨てるわけにはいかないでしょう倫理的にもそうですけど人として…

 

……でもそんなことでお礼されるものなのでしょうか…正直私は忘れてましたよ?今言われてようやく気づいたんですからね。

 

「まあそう言うこった!ほら行って来な」

 

あなた達は保護者ですか…言われなくてもそうしますよ。

 

「こいし達が来たらそっちもよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロに朽ち果てた船の甲板。その一部が蠢く。

 

甲板に広がるようにとどまっていた体が中央部分で集まり元の体に戻る。

時間としては丑三つ時。地上の光が差さないこの地底で時間なんて概念とっくの昔に無くなっているはずだと思っていたものの、地上への未練からなのか体は未だに地上の暦を忘れていないらしい。

 

正体不明、それが私の正体であり本質のようなもの。

昼間に来た彼女達…この地獄の新たな主だったか。

彼女達も私がいたことなどわからないだろう。身長の低い方はおそらく気づいていただろうがそれが私だとは認識することはできない。

 

おっと、どうやらだれか帰って来たようだ。

 

「ただいま。あら…村紗はまだ帰って来てないの」

 

「さあ?また血の池にでもいるんじゃないか?それとも崩壊した旧都をうろついているんじゃないのか?」

 

少なくとも私は訪問者の二人以外は知らない。

どっちにしろ彼女には彼女なりの行動理由があるのだろう。

私にはよくわからないし自分でだって不明なんだからわからない。

 

 

「まあいいわ。ところで、誰か来てたの?」

やっぱり気づいてたか。察しがいいな。黙ってようかと思ってたんだが…

 

「ん?ああ…この前暴れてたやつが二人。なんかあんたらに用があったみたいだけど」

 

「二人?」

 

「ああ、紫のロングでちっこい奴と…ありゃ猫又か火車だな」

 

名前は覚えていないし私はあの時あそこにはいってないから詳しくも知らない。

 

「まさかそれ古明地さとりじゃないの?この前閻魔に推薦されてここを任された子よ」

 

へえ、あいつ古明地さとりっていうんだ…それにしても閻魔に推薦を食らうとはご苦労様だなあ。

 

何を考えているのか全然わからない奴だったけど、もしかしたら何か大きなことをしてくれそうでおもしろそうだったな。

 

 

何処からか聞こえる喧騒がなんだか面白そうなことを運んで来てくれそうでちょっとだけ期待している私がいたのは後になって気づいた。

 

 



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depth.49さとりのお花見

染井吉野の季節がそろそろ終わりを告げている。

緑色の葉が目立つようになったとはいえそれでも花見をするには十分な桜は残っている。

この時期が過ぎれば、次は来年。だがこの時代、来年また桜を観れるとは限らない。明日が無事にくるかすらわからないのだ。だから人々は一生懸命その日を生きているしこうして過ぎ去る季節の風景に思い起こしたりするだろう。

これももう二度とできないものと言うべきものだからなのだろうか。ここ博麗神社に久し振りに訪れた瞬間花見に付き合ってと強制連行されたのは……

 

きっかけは些細なことだった。ふとした拍子に博麗神社に顔を出そうと思い向かってみれば、ちょうど境内の掃除をしていた廻霊さんと鉢合わせ。なにを思ったのかついてきてくれと母屋に連行された。

 

花見がしたい。

一人でやってればいいんじゃないだろうかと思いましたが彼女も彼女なりに何か考えがあったらしいですけど。

そこまでなら別に良かったのですが、いきなり隙間から乱入してきた紫まで花見をしようと言い出して結局私が料理を作る羽目になるとは…

絶対紫はみんなで花見をやりたかっただけですよね。別に文句があるわけではないのですが…

 

「ほらなにぼさっとしてるのです。早く料理を作るのですよ」

 

「人にやらせておいて……まあいいです」

 

前回と違い食料庫には沢山の食材が入っている。

紫があらかじめ手を回していたのだろう。

これほど食材が揃っているのであれば…挑戦してみたくはなります。

 

「廻霊は手伝わないかしら?」

 

「私には弟子の教育があるのです」

 

ああ、紫。無理に誘わなくていいですよ。多分、料理なんて絶望的な気がしますから。

 

地底から一旦戻ってきたばかりだというのにまた催し物。まあこの時期は必然的に多くなるから仕方ないのであろう。

 

「そういえば弟子の名前ってどうなったんですか?」

 

料理を作る手を止めずに後ろにいるであろう廻霊さんに尋ねる。

前々から気になっていたことである。タイミングが掴めなかったし、ここに来る予定もなかったので結局聞きそびれちゃってました。

 

「藍璃なのです。藍色の藍に瑠璃の璃」

 

「いい名前ですね…」

 

誰が名付けをしたのか結構見え見えなんですけどね。けどそんな野暮なことは言わないでおこう。言ったところで損だ。

 

藍璃と名付けられた少女は今現在庭の方で訓練をしているらしい。

現職の巫女と賢者がこんなところで油を売っていていいのかと思ってしまうが、藍さんがしっかりと監督しているから別にいいらしい。

 

ちょっとだけ付き合わされたとばっちり感が滲み出ているものの、台所の窓から見た感じではそこまで嫌そうではないみたいだ。

藍さん、なんだかんだ言って面倒見が良いですよね。

 

あ、そうだ!

 

「紫、私の家の台所まで隙間を繋いでくれませんか?」

 

「いいけど急にどうしたのよ?」

 

「ちょっと取ってきたいものが出来ました」

 

この前折角作ったんですからここで使わないと…それに十中八九彼女も好きでしょうからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

最初は私の動作をずっと見ていた二人でしたが、數十分もすれば飽きてくるのが普通なものです。

実際料理の工程など地味なものが多くて手間暇かかっていると特に見ている側としてはつまらなくなってくる。

結局、藍璃の修行がひと段落ついたあたりで紫が一旦離脱。

誰かを呼びに行ったらしい。

 

やや遅れて廻霊さんも藍さんと模擬戦だなんだと言って外で弾幕を撃ち合っている。

最近暇することが多かったらしく腕が鈍ってるだの何だの。

藍さんも鍛えなおしてやる云々。

似た者同士なのかただ気があっただけなのか…サードアイを使っても分かる気がしない。

 

 

そんなわけで少しだけ静かになった室内に誰かが入ってくる音というのは意外と目立つ。

足音からして縁側で休んでいた藍璃のものでしょう。

 

まだ少女である彼女がどうしてここにきたのか…それよりこの神社に妖怪がいていいのかなんて今更思ったりなんだり。

 

「ねえ…少し良いですか?」

 

私に尋ねたい事でもあったのだろう。この後いくらでも話しかける瞬間はありそうですが、子供ゆえの好奇心から待てなかったのだろう。別に嫌いではないし断る理由もない。むしろ子供はこのくらい好奇心があってもいいと思う。

 

「どうしたのですか?」

 

丁度区切りが良かったので手を止めて藍璃を見る。

 

「さとりはさ……妖怪だよね」

 

おっかなびっくり…いや、怯えているのだろう。

相手の機嫌を損ねないようにとでも思っていたのだろうか。別にこのくらいで怒ることなど無いのですが…

「ええ、妖怪ですよ」

 

安心させるためにしゃがんで目線を合わせる。

子供とコミュニケーションを取るときはこれが一番効果がある。

 

「それじゃあ…どうして人間に味方するの?」

 

なかなか鋭いこと聴きますね。

さすが子供というべきか…

 

「どうして…そう言われると難しいですね。一言では表せませんし…」

 

正直どう言っていいか分からない。

私自身が元々人間であった頃の記憶があるなんて素直に言えるわけもないし、言えたとしてもそれが理由というわけでもない。結局人間であったということは過去のことであり、この身は過去に縛り付けられるだけの身ではない。

じゃあ結局なんなのかと言われれば……なんて言ったらいいものやら。

 

「結局、妖怪だろうと人間だろうと同じだからなんでしょうね」

 

「同じ?」

 

「そう、同じ。例えば妖怪が幻想からできているものであってもたしかにここに存在しているし、彼らなりの考えや行動理念がある。それは人間によって作られたものでもなんでも無いわけで人間も妖怪も同じなんですよ」

 

「それがどうして、人間に味方する理由になるの?」

 

今ので疑問が晴れるわけではない。まあ根本的な答えは言ってないから仕方がない。

 

「私は別に人間に味方してるわけではないですよ。ただ、お節介がひどいだけです」

 

結局はそうなのだろう。相手にとってありがた迷惑かもしれないけど大体私が誰かを助ける時は自己満足がエゴかお節介か…全部ですね。

 

それで何が得られたかなんて関係はない。

やりたいようにする。最も妖怪らしい理由が私の行動理念。だから何かを得るとかではなく何をしたいか…結果的にそれが周りにエゴを押し付けてるだけなのかもしれませんね。

 

「でもさとりは妖怪だよね?人間を襲ったりしないの?」

 

「襲ったところで利点がないですからね。それに種族柄、嫌われて忌避されるものですから大して困りはしませんよ」

 

たしかに私は妖怪だ。でも人間でありたかった。

どちらにもなり切れず、どちらでも無くなってしまった私は妖怪なのだろうか?まあそれは私が決めることではない。私のあり方は私自身が決めたもの。

 

そんな宙ぶらりん、彼女にはどう見えるのだろう。

 

「そうなんだ……」

 

「でもどうしてそんなこと急に聞くのですか?」

 

「私たちは悪い妖怪を倒さないといけない。師匠も妖怪は嫌いだって言ってる。なのにあなたはどうしてここに来れるのかなって…」

 

「要は、悪い妖怪ってなんなんだって事ですね」

 

「分かりづらいかもしれませんけど…悪い妖怪と妖怪が嫌いって言うのは根本的に違いますよ」

 

「違うの?」

 

やっぱり混同していましたか…

 

「じゃあ、考えてみましょうか」

 

少しだけ認識を考え直させないと…こう言うのって賢者とか廻霊さん自身がやるものなんですけどねえ。

 

「あなたの師匠の仕事は妖怪退治。それは妖怪側からしてみれば最大の敵であり憎むべき相手です。ではそんな彼らからずっと冷たい目線を浴びせられるとしたら?」

 

「嫌い…になる」

 

「そうですね。まあ師匠の場合は、自ら嫌う事で憎しみに心を蝕まれるのを抑えているのでしょうけど」

 

ただでさえ、その卓越した能力と戦闘術により人間からも恐れられる身なのだ。

ああでも思っていないと心がもたないのだろう。

 

「でも悪い妖怪しか狙わないっていうのは…好き嫌いの感情以前に常識としての問題よ」

 

「どうして?」

 

「嫌いな相手でも別に悪さをしないのであれば狙わない、関わらない。無闇矢鱈と怨みは買うものではないという事よ」

 

納得してくれただろうか。

これで納得してくれなくても、多分廻霊さんならちゃんと理解させてくれるだろうけど…

 

「そろそろ食事の準備に戻りますね」

 

一人で悩み始めた少女の頭を撫でて火元に戻る。

後は彼女がどう答えを出すかであって私が出る幕ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの料理が作り終わって縁側に持っていくと、既に空っぽになった酒瓶が一本。どうやら待たずして飲み始めていたらしい。

 

酔っ払い2名を軽く睨みながら料理を置いて少しだけ休憩……のはずでしたが、執拗に酒に誘ってくる廻霊さんから逃げるように庭の中央まで行く。

紫もそんなところで笑ってないで少しは助けてくださいよ。

 

 

「あ…鴉だ」

 

藍璃が空に何か見つけたようです。

ここら辺は結界が貼ってある影響で鴉などの鳥は好き好んで来ないはずですが…

顔を上げるとたしかにカラスが1匹こっち来ていた。僅かながらに感じられる妖力…

 

すぐにサードアイを服の中から出して心の声を読む。

 

(さとり様!)

 

やっぱりあの鴉さんだった。

そもそもこの子は出せる力のほとんどが妖力のはずだからここで飛ぶことはほぼ出来ないはず…

 

案の定、私のすぐそばまで滑空してきた彼女は胸のところにスポンと収まった。

 

「どうしてここに?」

 

(さとり様、会いに来ました!)

 

「言ってくれれば連れてきたのに…」

 

頭を撫でながら注意する。ここはあくまでも妖が来ていいところではない。

下手をすれば退治されていてもおかしくはないし、そうでなくても力がほとんど使えない状況じゃ飛ぶのも困難だろう。私は妖力を使わずに過ごすのが身についているが彼女はそうではない、最悪命を落とすかもしれないのだ。

 

(ごめんなさい)

 

「分かればいいのよ」

 

鴉と喋り出した私を遠巻きに眺める廻霊さん達。確かに、第三者から見れば異様な光景だろう。

心を読めるからこそ成り立つコミュニケーションと、言葉がないと成り立たないコミュニケーションがここにきて差を出している。

 

「それ、貴方の飼い鳥なのです?」

 

「家族ですよ。名前はまだありませんけど…」

 

腕でしっかりと抱えながら廻霊達のところに行く。サードアイは鴉さんだけが見通せるように調整しながら服の中に戻す。

 

(この際だからつけて欲しいなあ)

 

「そうね……」

 

 

「なんて言ってるのです?」

 

廻霊さんが鴉を撫でようと手を伸ばしながら聞いてくる。

彼女の手を振りほどく気は鴉にはないらしい。このまま撫でさせてあげる。

でも体勢がきついでしょうから、この際鴉を抱かせてあげる。

 

「名前をつけて欲しいっぽいですよ」

 

「そうなのですか。……あ、ふかふかして暖かい」

 

「それは良かったです」

 

 

 

「名前かあ…さとりは考えているのです?」

 

「そうですね……」

 

この子がどんな言葉が好きなのか…いや何が好きなのかを思い出す。そこから、連想し続ける。

彼女に捧げるための大事な名前…そう簡単に決めていいものではない。

 

「霊烏路…空」

 

でも何度考え直しても、原作知識抜きにしても、この名前しか出てこなかった。鴉…いや空の深層心理を加味して考えを見出した結果なのだ。もう今更変える気にはならなかった。

 

「うつほ?」

 

聞きなれない単語だったようだ。まあこのような読み方普通はしないですからね。

 

「ええ、空と書いてうつほ」

 

(霊烏路空…私の名前)

 

空の妖力が少しだけ変わった気がした。多分気のせいでしょう。

じっとこっちを見つめる紫が何か言いたげにしてましたけど、別に気にすることではない。

 

「これからもよろしくね」

 

(はい!さとり様!)

 

私を見つめる赤い瞳が、喜びの感情を溢れさせている。

そこまで喜んでくれるとこっちとしても嬉しくなる。

 

「それじゃあこの子の名前も決まったことだし飲むのです!」

 

そう言って廻霊さんは焼酎の入った瓶を押し付けてくる。

 

「やっぱり飲むんかい」

 

「さとり様、諦めてください」

 

藍までそんなこと言わないで…ただでさえ酒は周りの人は止めるんですから…

(さとり様お酒飲めないの?)

 

「飲んだ後大変なことになったらしいので…」

 

よくわからないのですが…大変なことにはなっていたらしいです。

「じゃあなになら飲めるのです?」

 

「そうですね……葡萄酒とか果物の酒を水で薄めたものなら…」

 

言ってしまえばアルコールが少ないものなら大丈夫ということである。結局のところお酒がらみでいい思いはしていないので無意識のうちに嫌っている節もありますけど…

 

「じゃあ、模擬戦でもやってみるのです」

 

「酒の話からどうしてその話になったのでしょうか」

酔っ払いの頭の中でどのような思考が行われそのような突拍子のない考えに至ったのか…サードアイを使えばすぐわかる。でも面白くないのでそれはしない。

 

「酔っ払い相手に戦えるはずないですよ」

 

「私じゃないのです。藍と戦ってみるのです」

 

 

要は酒の席にぴったりの茶番をしろということでしょうけど…酔っているとはいえ迷惑すぎる気がします。

それに藍さんとなんて絶対勝負にならない。

私の貧弱体じゃいくらあっても藍さんには勝てないだろうし、九尾クラス兼神属性付きとか冗談もほどほどにしてください。

 

「ふうん……面白そうね」

 

「紫…まさか私に藍さんと戦ってと言いたいんですか?」

 

「だって、面白そうじゃない…貴方の力や戦い方も気になるわ。この際だからじっくり見させてほしいわ」

 

一瞬にして断れない空気に場が包まれる。

別に私は強くないですよ?むしろ弱いですから、どんな卑怯な手でも使う人がですからね?

 

「私も、さとり様の戦い方に興味があります。是非とも、ここは一戦交えてみたいのですが」

 

「……わかりました。それじゃあ、場所を移しましょうか」

 

どうせこの場所でやったとしても妖力が使えないんじゃ私も藍さんも人間と大して変わらない。

それに全力で戦えない状態では私はともかく他の方が不完全燃焼しちゃいますからね。

 

「そうね……それもいいけど、今日はここでやってみたら?妖力によるハンデもないわけだしちょうどいい感じに熱戦になるんじゃないかしら」

 

あの…紫…本気でそれ言ってます?

というかそれでいいのですか?まあ一応お花見がメインなのでいいんですけど…

 

「ふむ、物理戦ときましたか…さとり様よろしくお願いします」

 

藍さんが何故かやる気満々になっているのですが…もうこうなったら徹底的に抵抗することにしましょう。

それで負けよう。どうせ勝てないのだから…

「それじゃあ、お手柔らかにお願いしますね」

 

空気が一瞬揺らめいて、私達の身体が一気に距離を詰める。

 

無言で始まった闘い。その結末はどうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……色々とありましたが私の体も無傷で終わってくれた。

全員満足してくれたようですが、紫だけは何故かパッとしない顔だった。何か思うところがあったのか、それとも私の行動に不審なところでもあったのか。

でも結局何にも分からなかった。やっぱり賢者の考えていることは難しい。

 

 

 

 

 

 



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depth.50さとりは好きなようにするだけ

「……はあ…」

 

何度目かわからないため息が自室に広がる。

必要最低限のもの以外は何もないこの部屋に、あの時のことを思い起こさせないようにするための丁度良いものなどない。

 

こんなことなら最初から絵でもなんでもつけておけば良かったと思いながらも暇つぶし…じゃなくて気を紛らわせる為に隙間を開いて適当な空間を覗き見る。

 

「……あら」

 

偶然にも、さっきから頭の中を埋めている人物のすぐ近くに展開されたようだ。

すぐに閉じてしまいたかったものの、格別嫌な気があるわけでもないし、ある意味では気を紛らわせてくれるには丁度良い相手かもしれない。

ついでだしある程度事実整理をした方が良いかもしれない。

 

 

 

こうも考え事をしてしまうのは目の前に映る彼女…古明地さとりが原因だ。

正確にはこの前の花見で妖力無しの戦いを藍と演じた時のものが原因である。

本来なら妖力がない状態で最も有利なのは体格で優っている藍の方。彼女は式神であり結界の影響を受け辛い神力を有する。だからあの戦いは実質的に神力ありの藍と、純粋な体術のみでの一方的な戦いになるはずだった。たとえそうでなくても、元が12メートル超えの九尾である藍の体力や力はそのまま人型を取った彼女に受け継がれている。つまるところ、人型にしては過剰なほどの力をひねり出せる。

それは一回の拳で家を破壊する程度だ。

 

そんな相手と真っ向から勝負しても勝ち目はない。あるとすれば能力を活かした撹乱戦だろう。そう予想していた。

 

だが結果はどうだっただろう。

 

藍の攻撃は驚くように当たらない。その上、能力を使っていないにもかかわらず、彼女は正確に藍に攻撃を当てていた。

まあ非力だったせいか大したダメージにもなっていないのが唯一の救いといえば救いだっただろう。

 

あれだけで優越つけるのは少し難しいけど確実にさとりの方が藍より優っていたわ。最初は藍も手を抜きかけていたけど最後の方はほぼ本気。当たればタダじゃすまないはずだ。それなのにあの子は臆することなくその力の奔流に突っ込んでいった。

 

藍もあの後はしばらく考え込んでしまっていたし、何か思うところがあったはずだ。

後で聞いたところ攻撃が当たらなくて困ったようだ。あれほど強力な攻撃でも当たらないとなれば無意味。

ただ考えてみれば意外と簡単なことだった。

そしてそれをあの子はしっかり戦術に組み込んでいた。

さとりの戦法は驚くほど単純。

攻撃を絶対に受けないこと。

理屈の上ではたしかにそれが最もだが、それを実践するとなると相当手がかかる。

私だってこの能力がなければあれほどの回避は難しいだろう。

まあ、あれだけの回避が出来るのだからあの鬼の四天王と互角に戦うことができるのでしょうね。

彼女達と戦っていることは前々から知ってはいたが、それは単純に運が良かっただけだろうと思い込んでいた。そうでなければさとりの力で鬼のトップと互角に戦うなんて出来ないはずだとも。

だがその認識も改めないといけない。

 

……藍も体術は仕込んであるのだが、さとりはそれを上回っている。

危険かもしれないし将来的に敵対してしまえば最も厄介だ。

まあ本人にその気は無いようだし、こんな疑うことばかりする賢者と純粋に友達になってくれるような子だ。大丈夫だろう。

 

それにしても、彼女はどこまで妖怪という枠から外れるのだろう?

本来妖怪は妖力に頼った戦い方をする。だからあそこまでの肉体戦は中々行われない。鬼だってその力の多くは妖力による補正がかかっているのだから、妖力無しで戦うとなると人間よりやや強い程度まで落ちてしまう。

藍は元から力があったわけだし、適応性が速いから直ぐに対処できていたけど、彼女はそれが全く無い。だがあの動きはすぐに身につくものではない。

年単位で習得するような動きばかりだ。

 

だとすれば彼女は妖力や能力を一切使わず戦ってきている。言ってしまえばそういうことだろう。だけどどうして?

妖力を使わない戦い。そんなもの、普通の妖怪にとっては思いつかないし、元々そのような状態になった時点で詰みが確定しているようなものだ。

 

彼女は一体なんなのか…本人は大したことない妖怪だと言っているが、どう見ても彼女のあり方は異質そのもの。

それはそれで面白いのだからいいのだけれどね。

 

隙間を使って見ていると彼女の目線が私の目線とぴったり重なった。

まさか…見つかった?いや、そんなことは無いはず…今回は二重三重に対策はした。なのに……どうしてこの子は私の目線とぴったりと合わせられるの?

 

 

「……!」

 

さとりがこっちに向かって片目を瞑る。やはりバレている!

少しだけ背筋が寒くなる。ふふ、面白い子ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背筋を舐められたような感覚がして体が震えた。

 

「……う、なんか寒気が…」

 

「風邪…ですか?」

 

隣で飛んでいた大ちゃんが心配そうにこちらを覗き込む。

現在私達は、にとりさんからの連絡を受けて工房に向かっている。

 

春終わりを告げる風に吹かれて少し体調でも崩しただろうか。季節の変わり目は特にそういうことが多いから…

でも要因的には違う気がする。多分これは誰かがこっちを見ているという感じだ。

 

もしかして後ろで誰かが見ているのだろうか?

そう思い振り返ってみるが青々と茂っている山肌しかなくて、結局わからない。白狼天狗のような鋭い洞察力があればわかるかもしれないけど…そんなもの私に備わってはいない。

ウィンクでもしておけば多分反応でもあるのではないだろうか。

ついでだから少しは表情とか仕草の練習もしたいですし。

 

「……後ろ向いて何してるんですか?」

「表情の練習…です」

「確かにさとりさん…表情かたいですもんね」

 

今に始まったことではないので、もはや何も言うまい。

そんなこんなして山を登ると、哨戒中の天狗と鉢合わせする。

もう顔も知っている仲ですし、いちいち突っかかられる事はなくなった。

「結構簡単に通れちゃいますよね…」

 

「私はもう顔見知りみたいな仲ですし、大ちゃんは妖精ですし」

 

「そんなもので哨戒って大丈夫なのでしょうか」

哨戒と言っても基本する事と言えば…山道から外れた人間への警告、縄張りへの不法侵入取り締まり、活動領域内での不法行為取り締まりなど警察組織に近いものがある。

それらを考えたら、彼らもいちいち余計に事を荒立てたくはないだろう。

それに、私は柳君から許可を受けていますからね…有効期限は知りませんけど。

 

そんなこんなで、にとりさんの工房に到着する。

見た目は少し大きいくらいの小山だと言うのに…扉を開けて入ってみれば羽田空港のバンカー程の大きさがある室内だ。

もう外と中の大きさが合ってない。

空間を縮める術を張っているとかなんとかだが、よく分からない。近いとなると、こいしの魔導書に1冊だけある半無尽蔵収納本だろうか。

 

 

「にとりさーん!来ましたよ!」

 

これほど大きな室内だと、大声をあげないと聞こえないことが多い。見た感じ、前回来た時よりもふた回りほど大きく拡張されているようですね。

何をそんなに作っているのかと思って見ても、いろんなものが積み重なっていてよくわからない。

 

「お、来てくれたか!」

 

にとりさんの声だ。だけど本人は見当たらない。光学迷彩でも着込んでいるのだろうか…まだ実験段階だなんだ言っていた気がするが、それは1ヶ月以上前だったと思い出し認識を改める。

 

「姿が見えないのですがどこですか?」

 

「上だよ上!」

 

上?そう思い天井を見てみる。

9メートル以上あろうかと思うほど高い天井は大型の吊り下げ式クレーンとそれを転がすためのレール、照明、点検用の足場、さらに補強用の鉄骨が入り乱れている。その一角に、見慣れたリュックサックが動いているのが見えた。

どうやら、クレーンの整備を行っていたようだ。

 

「いや〜こいつ拗ねちゃってさ」

 

それは御愁傷様。ですがそんな大型クレーンなんて使うことあるのだろうか。

 

「にとりさん。私の腕が出来たって聞いたんですけど…」

 

「勿論出来たよ。後は大ちゃんがちゃんと使えるか試したいからすぐにだけど着装出来るかな?」

 

「大丈夫ですよ」

 

クレーンから降りてきたにとりさんが音を立てずに着地する。

リュックとか上着のせいで重々しい感じがするものの、意外と身軽みたいです。

 

 

 

バンカーのような広さのある工房から事務所のようなスペースに移ってくる。

机と、小さな椅子が並べられている他、ソファや小さな台所など生活装備もある程度ある。そう考えて見ればそこそこの広さを持っているはずなのだが、部屋の半分ほどを木箱や工具が占めているためなんだか狭く感じる。

 

 

「それで、これが義腕の一号型ね」

 

そう言って箱の山から引っ張り出してきたそれは何かの培養液に浸っているとかそういう事はなく、普通に箱の中のクッション材の上に置かれていた。

 

「持ってみて」

 

「…はい」

 

前回のように何か違和感が走ることはなく、能力が作動した痕跡もない。どうやら成功したようです。

 

「うん、問題ないね。じゃあ取り付けてみようか」

 

「そう…ですけどこれどうやって接続するんですか?」

 

確かに腕の先は接続や固定をする装備は見当たらない。まああったとしても悪戯で壊れてしまうからだろうけど。

 

「装着時には術式で神経回路を強制的に繋げるから、接合装備は要らないよ。ただちょっとだけ痛むけど」

 

「痛い…ですか?」

 

「一瞬チクってするだけだよ」

 

なんだその…これから注射する子供に言い聞かせる医者のような言葉は。絶対痛いやつですよねそれ。

でも腕だから取り付けないとダメだということで結局取り付ける。

 

上に来ていた和服の帯を緩め、無くなった側の服をはだけさせる。

ちょっとだけ色っぽいと思ってしまうけど、それ以上感情は湧いてこない。

 

「1、2の3で装着するよ」

 

にとりさんがカウントしてくれと目線で訴えかけてくる。それくらい自分でやらないのかなあと思いつつもカウントを行う。

 

「1…」

 

カウントを始めた瞬間、にとりさんが術式を展開して腕をくっつけた。

 

「……っ!痛っ…」

 

待って…どうしてカウント開始で腕をくっつけた。どう見ても不意打ちすぎて痛いでしょ。

 

「1、2の3じゃなかったんですか?」

 

「繋がったからいいでしょ」

 

そういう問題だろうか…なんだか発明家の考えることってわかりにくいです。

とまあ私の勝手な偏見は隅っこに捨てておいて、大ちゃんは大丈夫でしょうか。

「大ちゃん…平気ですか?」

 

「なんとか……」

 

術式の影響が解けたその場所は、元から腕が続いてるかのように接続部分は分からなくなっている。

正直、言われなければ右腕が義腕だなんて分からないだろう。流石河童の技術力だ。

 

「動かしてごらん」

 

そう言われて大ちゃんは繋がったばかりの腕をくるくると動かす。

まるで義腕とは思えないほど人の動きと同じで滑らかだ。

「すごい…腕と同じみたいです…」

 

「一応強い霊体や妖術にも耐え切れるようになっているから戦闘面でも大丈夫だよ。無茶しなければ…」

 

そんなことまでできるとは、妖怪の山の発明家と呼ばれるだけある…これもしかして月の技術が流れてきてるからなのでしょうか。

だとしたら紫が原因か…もしくは私。

 

「それで、さとりに頼みたいことがあるんだけど…」

 

 

「拒否権ないですよねそれ」

 

「まあ、無いね」

 

頼み事といっても、それは今回の件の依頼料であって、もはや拒否できるものではない。料金を踏み倒すほど私は捻れてませんから。

 

「ちょっと手伝ってくれ」

そう言ってにとりさんが私の腕を引っ張って隣の部屋に連れて行く。

あ、大ちゃんはしばらくそこで腕の感覚掴んでいてくださいね。

 

再び工房に連れていかれた私を待っていたのは布に被せられた円筒状のものだった。

直径は私より少し大きいくらい。ただ長さはかなり長いように見える。

「カバー外すね」

にとりさんのリュックから伸びたマジックアームが被せられた布を一気に取っ払う。演出としてはもう少し溜めても良かったのではないかと思うけど、この人に演出とか無理そうです。

 

そんなどうでもいい考えは再び隅っこに捨てておきまして、カバーの下にあったものをしっかり観察する。

 

私は理系でもなんでもないですから詳しいことまではわかりませんが、大型のファンブレードとそれを支えるアーム。中央部分がややくびれを持ったように凹んでいるそれは、間違うことはない。

 

「航空機の…エンジンですか?」

 

「正解」

 

また物騒なものを作っていますね…この前使ってた電子レンジとかオーブンとかの方がまだいいですよ。なぜか電子砲や熱線砲を撃てる以外は…

 

「あのジェットエンジンをコピーしてみたんだけどさ。出力試験で全然安定しなくて…」

 

「原因を探って欲しいと…」

 

「まあね。私じゃこれはお手上げだよ」

 

いやいや、発明家の貴方がお手上げのものを私が見ても分かるはずないじゃないですか。何考えてるんです?ど素人ですよど素人!

 

「ど素人に何を要求してるんですか…」

 

義腕の対価として釣り合うかどうかは別として私なんかに意見を求めるより他の河童に頼んでくださいよ。いるでしょう。

 

「紫からの助言でね。ついでだし多角的に物事を見るには素人の意見も必要だからね」

 

紫が原因ですか…確かに言っていることは分かりますけど…

仕方ない、義腕の事もあるわけですし、ここは素直に調べてみましょう。

あれ、でもこれってジェット燃料とかいうやつで動くんじゃなかったんでしたっけ。

 

「そういえば…これ、燃料何使ってるんですか?」

 

「あの機体のタンクに残ってた燃料から構造を解析、量産したものだよ。でもそれだけじゃどうにも使い勝手が悪かったから少しだけ妖力で補強してある」

しれっと凄い事やってるような気がするのは私だけではないはず…なんだか凄い技術使ってながらも、やってることが釣り合わないというか…

 

困惑しながらも側面の点検ハッチからエンジンの中を覗き込む。

暗くて見えないところが多いので灯りを中に灯す。

かなり試験をしている為か全体的に煤が付いている。それにしても、焼きつきが少し多いような…

 

「これ何回運転試験しました?」

 

「3回かな。一応その都度中は洗浄して部品も交換してるんだけど」

 

「……もしかしてこれ、燃圧かけすぎなんじゃないんですか?」

 

前回運転した後からいじっていないとすればこの汚れ具合はもうこれしか考えられない。

まさか燃焼効率とかそういうのは考慮しないで運転してました?

 

だとすれば、明らかに使い方が間違っている。アフターバーナーを使うわけでもないのにバカスカ燃料を送り込んでも意味はない。

ターボファンエンジンもそうだが、こういうのは空気と燃料の混合比率が最も大事なのだ。

燃料だけ無駄に流し込んでも出力は鰻上りにはならないし、むしろエンジンを壊しかねない。

 

「でも同じものを作ったはずなんだけど…」

 

オリジナルの方は安定して出力が出るらしい。だとすれば問題は……

 

「おそらく燃料を噴射する部分の動きが違っているんじゃないんですか?」

どこかで狂いが生じている可能性がある。

又は向こうには着いていてこっちには着いていない装置があるか…どちらにしろそこは私の分野ではなく彼女の担当。私が口出しできるのはここまでです。

 

「……わかった。じゃあそっちの方で検討してみるよ」

 

「あまり役に立てなくてすいません」

 

「気にしなくていいよ十分役に立ってるって」

 

本当でしょうか。実際私の言ったことなんて的外れかもしれないですし…言わないよりマシですけど。

 

それにしてもさっきから背中を指すような視線が止まりませんね。

ここに来る途中で感じたあの舐められるような感覚と同じみたいです。やっぱりだれか覗いているのだろうか。

 

別に大したことでは無いのですけどね。



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depth.51さとりは慣れているから

私が地底の主になってからはやくも25年。

長いようで短い時間が過ぎ去った。

 

最初は旧都の整備だなんだで駆け巡りそれが終わったと思えば今度は地上と地底の合間に設置された扉の管理で天狗と協議する羽目になり…偶に下克上をして来ようとする輩を萃香さん達に任せる形で対処して…

思い起こせば色々あったものだと感慨にふけてしまう。

それと、最初は迷っていましたが地上と地底は今でも行き来する事にしている。最早、古明地さとりの面影が残ってないような程活発な気がするものの、私は私のしたいようにしているだけ。

 

 

そんな思考も、神社の屋根が見えてくれば自然と収まる。

数年ぶりにこの博麗神社の看板をつけた鳥居をくぐる。

 

得てきたものがある中で失っていくものある。人間と妖怪では寿命の差が決定的だ。

まあそれくらいなら、里に住んでる身としてはもう慣れた。

だからか今更ながら人の死にいちいち嘆くことはない。だが無感情と言うわけでは決してない。

 

「あら…来たのね」

縁側の方に回ってみればあの時の少女…いや、今は成長して完全に女性になった藍璃がのんびりお茶を飲んでいた。

 

「ええ、折角ですからね」

 

数年ぶりではあるがあまり会話はない。

藍璃本人があまり話さないと言うのもあるが今は少し話さない方が良いだろう。

 

廻霊さんが死んだ。

その報告を受けた時にはもう火葬まで済ませた後だった。

 

詳細を紫に聞いてみたが、妖怪に呪術系の攻撃を受けたようだ。

元博麗の巫女とはいえもう霊力的にも限界が来ていた彼女の体では妖怪の呪術を無力化することは難しかったそうだ。

 

数年前にここにきたときに会ったのが最後になるとは…人間侮れない。もともと侮っているつもりなどないのですが…

 

「それにしても…あなたも物好きよね」

 

落ち着いたトーンの声が背中にかけられる。

彼女も既に30歳を超えていて次の代への交代が始まっている。いや、既に交代は終わっていて現在はさらに次の代を探したりだのなんだのとしているはずだ。

 

「そうでしょうか?」

 

「だって妖怪がわざわざ妖怪退治屋のところまで来るなんてまずないもの」

 

そう言われてみればそうだろう。

妖怪の中では異様。人間の中でもごく少数な部類に近い。

それでもせめて花くらいは手向けたって良いのではないだろうか。

実際には共同墓地のような場所だし骨がそこに納められているかと言われればなんとも言い難い。

 

「妖怪だって色々ありますからね。あ、そういえば菊の花持ってきましたよ」

 

「へえ…洒落た趣味してるじゃない。そうね…そこの窪みに入れておいてくれるかしら」

 

そう言って藍璃さんが指差す方には花を入れるための窪みがあった。石碑とかそういうのがあるわけではないのでイマイチ分かり辛いがあそこら辺が代々の巫女の墓なのだろう。よく見れば草木に隠れて板のような平たい石が立てられている。

 

「そこですね……これもうちょっと草木切って掃除したらどうです?」

 

「昔からそこらへんは手をつけてないからね…それに手をつけてる暇も無かったわ」

 

彼女がそう言うなら無理もないだろう。実際元博麗とは言え最強クラスの戦力ではある。それが失われたとなれば大体騒ぎ、暴れる妖怪が出てくるのも無理はない。

それに今回は暴れ出す妖怪が多かったり面倒な奴らばかりだったりらしい。

それこそ前線から引いている藍璃さんまで動くのならなおさらだろう。

 

私が手入れをしても良いのですが妖怪であるこの身がやっていい事なのやら…

花を手向けるのは気持ち的にありだと思ったのですけどやっぱりそこまではダメですよね。

 

「もう少しお話ししたりしたかったんですけどね…」

 

「そういう妖怪は貴方くらいよ。ほんと……」

 

呆れ果てているのだろうか…どちらにしろ私は私なりにここで未練を捨てるだけですけどね。

 

「曲りなりとも、親しくはしていたと思ってますから」

「巫女と親しい妖怪ね…」

「ダメでした?」

 

妖怪だけど人間と仲良くしたりしてはいけないなんて理はこの私に通用しない。

そもそもそんな理が通じるのであれば紫の考える幻想郷なんてまず実現不可能だ。

 

「いいえ、でもあなたを見てるとなんだか気持ちが落ち着くわ」

「心の整理つきそうですか?」

「膝の上に座ってくれたらね」

 

はいはい、巫女が妖怪に甘えるなんてまずありえないと思いましたけど…心からそう思っているわけですし少しくらいはいいでしょうね。

何事にも例外はつきものですから…

 

 

シワの寄ってきた手が私の前に回される。

この時代の人間の平均寿命は決して長くはない。だからもしかしたら藍璃さんとこうしていられるのもこれが最後かもしれない。

廻霊さんがそうだったように…次会いに行こうと思っていたらなんて日常茶飯事だ。

親しい人間が亡くなっていくのは人の私にとっては堪える。

それでも何度も経験すれば自然と心の対処の仕方も身についてくる。同時に残された者の気持ちも痛いほどわかる。

 

だから私は、藍璃さんの手を優しく包む。伝わってくる生命の鼓動と妖の私の鼓動が一致したり時々ずれたりしながら生を刻んでいく。

無言で時間が過ぎていく。

その無言が彼女にとっての癒しになってくれるのであれば、それで十分だ。

 

 

 

 

一通り区切りがついたのか、藍璃さんが回していた腕を離す。

「もういいんですか?」

 

彼女の膝から降りて隣に腰掛ける。

昔は私より小さかった彼女はもはや私を見下ろすほどの高さに成長していた。

時の流れって残酷なんだなあって思う。

 

「ええ、だいぶ整理できたわ。ありがとね」

 

温かい手が頭を優しく包む。撫でられていると感じたのは少し遅れてから。

いつかはこの手も消えてくのでしょうけど…それは今ではない。

だから堪能させてもらうことにする

 

 

ーーパシャ!ーー

 

目の前に現れた黒い翼。

私が声を上げる前にその翼の主から閃光が放たれる。

呆気にとられている私達を前に、鴉天狗の少女は悪戯が成功した子供のような顔をしている。

 

「一枚いただきました」

 

「文さん…久しぶりですね」

 

彼女の新聞、文々。は定期購読しているのだが、基本的に家の中に投げ込まれることが多く配っている本人とはなかなか合わない。そういうことです直接会うのは久し振りというわけです。

 

「ちょっと鴉。何勝手に写真撮ってるのよ」

 

「あやや?だめでしたか」

 

許可のない撮影はご遠慮ください。とは言えどこの時代に射影機なんて持ってるのは天狗か河童か物好きな妖怪くらい。

モラルなんて妖怪に期待できませんし諦めている。

 

「……後で一枚現像して渡しなさいよね。後変なこと書いたら承知しないからね」

 

「清く正しい射命丸ですよ?変なことは書きませんしこれは記事にする為のものでも無いですよ。あ、現像は喜んで行いますので後日渡しにきますね」

 

ふうん、記念で写真撮影ですか。珍しいものですね。

 

「もちろんさとりの分もよ」

 

「え…?私の分ですか」

 

「当然じゃないの」

 

確かに何か形で残っていた方が思い出しやすいですけど…現像するのも大変ですし…

 

「分かりました!ではこれにて!」

 

そう言い残して文さんは再び空に飛び立っていった。あの人…妖力が使えない中でもよく飛びますね…どうやって飛んでるのでしょうか。

まさか脚力だけで結界の外まで跳躍してるのですか。

 

「……忙しいやつね」

 

その呟きに応える事なく彼女の飛んで行った方を眺める。

青空が一面に広がり白い雲が時々思い出したかのように飛んでいる。

 

もう少し景色くらい堪能していけばいいのに…まあいいか。

いつの間にか用意されていた湯呑みにお茶を入れて一服する。

 

「あれに比べたら相当おとなしいわよねあんた」

 

「元がインドア派ですから必要最低限の反応だけですぐ疲れるんです」

 

「いんどあ派?なにそれ」

 

ああ、気にしないでください。ただの言葉の使い間違いです。

藍璃の視線を横に受け流し、適当にあしらう。

 

会話の途切れが長い。まあ嫌と言うわけではないけれど…

「そういや私ってあなたに助けられたんだっけ」

 

「急ですね…思い出話ですか」

 

「そんなところよ」

 

助けた……確かに助けはしましたね。

まあそれも今思ってみれば気まぐれに近い気持ちが起因になっている気がしますけど。あるいは人としての身があれを許せなかったからか。

「不思議よね。人の人生って何が原因で変わるか分からないんだもの」

「実はそう見えているだけで最初から決まっていたのかもしれませんよ」

「運命ってやつかしら?」

 

運命、確かにレミリアならそう言いそうですね。でもその運命がずっと先の行動結果まで確定させてしまっているのかと言われればまた難しいですけど。例えるなら運命は、他人の運命同士が折り重なって複雑に入り組んでいるようなもの。一見全て決まってそうで、実はそうじゃない。誰かの運命にどこかでイレギュラーが発生すれば連鎖的に運命の結末は変わっていく。それは時に世界規模で連鎖したり、個人間で連鎖を繰り返したりと色々。確定的だけど変則的に変わる。そんな感じだと思う。

「まあ、あなたの言いたいことはわからないでもないわ」

 

「分かり辛いけど…ですか」

 

「顔に出てた?」

 

「ええ、ばっちりと」

ハッタリですけどね。心が読めずともだいたい考えていることはわかりやすい。

 

 

久しぶりに顔も観れた事ですし、そろそろお暇させてもらいましょうか。

「それじゃあ、私もそろそろ」

服を整えて庭に降り立つ。この体では縁側の段差でも動作が大げさになる。

 

「もう行くの?」

 

「本件が待ってますから…それにそろそろ現役の巫女さんが帰ってくるでしょうし」

 

ここでのんびりしている時間ももう終わりである。

それに私の居場所はここではない。

鳥居のところまで見送ってくれた藍璃さんに別れを告げて参道を下っていく。途中で私の真上を博麗の巫女が通過していったものの敵意がない妖怪には戦いを仕掛けないのでそのまま素通りされた。

 

別に、絡んでこられても迷惑なので良いんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃんお帰り」

 

人里にある我が家に戻ると、部屋から銀髪の少女が出てくる。

「こいし、帰ってたのね。ただいま」

 

どうやらこいし達の方が先に帰ってきていたようです。

こいしからやや遅れてお空が私の頭に飛び乗ってくる。

(さとり様おかえりなさい!)

 

「お空、ただいま」

 

お空は、頭の上がよほど気に入ったのか家ではよくこうして頭に乗っかっている事が多い。

別に嫌ではないのでそのままにしておいている。

 

「それで…村長はなんて?」

こいしが帰ってきていると言う事は向こうの件は上手くいったのでしょう。

 

「一応話はついたよ。結構渋ってたけど」

 

まあそれもそうだろう。今までずっとそうであった事だから今度もそうなるであろうとなったのでしょうね。ですが、今になってはそれも不完全ですし、隠し通しながらの生活も苦しいことが多かったですからね。

 

「そうでしょうね。でも完全に無くなるわけじゃないって事で妥協したのかしら」

 

「そんなところだろうね」

 

 

 

(さとり様何話してるの?)

 

「ああ、お空には言ってなかったわね」

特に関係の無い事だったからうっかり伝えるのを忘れていました。

 

「そうね…簡単に言えばこの里をもうちょっと山の下に移す計画が浮上したのが発端よ」

 

(さとり様達も引っ越すの?)

 

頭の上でお空が首を傾げているのが感じ取れる。

コートを外してこいしと一緒に居間に行く。

 

「違うよお空。私達の家はこの場所に残すの!将来できる人里とここは人間の足だと一日かかっちゃうから山道を歩く人を見守る目的でね!だよねお姉ちゃん」

 

「ええそうよ」

 

こいしに説明されてしまったがまあだいたいそんなものです。それにこの家も古くなってきましたから補修と増築をしたいです。

 

(そうなんだ!でもどうして人間達はさとり様について行って欲しかったの?)

「私が最も早い段階から動ける防衛戦力だったから…ですね」

 

ずっと昔から守って来ただけあって里の長からはかなり渋られた。でもそれで妖怪の動きを止められるはずもないし妖怪を里の中にとどめておく理由も防衛戦力だけでは何だか薄い。だって博麗の巫女がいるから。

 

「お姉ちゃんよく人里に襲撃する妖怪追っ払ってたからねえ」

 

「こいしもでしょ」

 

地底の管理を行いながら常に里の防衛など出来るはずもない。私やこいしがいない時に襲撃しょうとする輩に関しては博麗の巫女に任せっきりにしていた。

まあ要するに引き際ってことです。

 

(ふうん…さとり様ってやっぱり強いんだね!)

 

「強くは無いわ」

 

「またそうやって否定するんだから」

 

だって私より強い奴なんて大量にいるではないか。今までそう言う奴に遭遇しなかっただけ奇跡ですよ。

「なんでお姉ちゃんはこんなにも鈍感なんだか」

 

鈍感?なんで鈍感なんでしょうか。

感だけは鋭くしていると思うのですが…

 

「まあいいや。いまに始まったことじゃないし」

 

どうしてか呆れてやれやれとしている。意味がわからなくてクエスチョンマークが頭に浮かぶ。

 

「あ!そうだ。お姉ちゃん、話変わるんだけど」

 

急に何かを思い出したこいしが私に攻めよってくる。

彼女の髪…少し伸びてきていますね。なんて関係ないことを一瞬考えてしまう。

 

「どうしたの?」

 

「この家と地底を繋げる専用の通路を作りたいんだけど…」

 

「ここと…地底を?」

 

こいしの口から出てきたのは意外な提案でした。

たしかにここと地底が直接繋がればいちいち門を通って遠回りしなくても済む。

ただ……まだ原作にあったような地霊殿は出来ていないし作る予定も今のところない。そのうち作るのでしょうけど…その時になって通路の先を変えたりするとなると二度手間…

いや、元から通路の先を地霊殿が出来るであろう場所に移しておけば…大丈夫かもしれない。

 

「繋げたら確かに楽だけど…どうやって繋げるの?」

 

(紫様とかに手伝ってもらう?)

 

お空の言う通りだとしても私情でほいほい通路作ってくださいは頼めないですよ。

 

「いやいや、これは私とお姉ちゃんで作るんだよ!」

 

「まさか…魔術で?」

 

「物体転移の魔術があるんだから出来ないことはないでしょ?」

 

それまさか私に作れと言ってます?たしかに理屈の上ではできないわけではないですけど…

 

「人を数百キロに渡って転移させるとなると…かなり大型化してしまうわ。あと転移先にも術式をつけて座標を安定させないとどこに飛ぶか分かったもんじゃないわ」

 

かなり複雑で難しいですね。ただでさえ物体を数メートル転移させるのでさえ大変だと言うのに。

 

「私も手伝うからさ!」

 

(さとり様達難しい話してる…)

 

「ごめんなさいお空…無理して理解しなくてもいいのよ」

 

知らぬ間にお空に負担をかけてしまっていたみたいだ。

いけないいけない。

 

「さとりー帰ったよ!」

 

玄関の方に誰かが入ってくる足音。同時にお燐の声。

見回りから帰ってきたみたいです。

 

(お燐!おかえり!)

 

お空が頭から飛び出して真っ先に迎えにいく。

それに続いて私とこいしが玄関に向かう。

 

「お…全員揃ってるねえ」

 

「そう言えばそうですね。久しぶりに揃いましたね」

 

「だいたい誰かどっかいってたからねえ」

 

お燐の持っている武器を預かりながら、指摘されて久し振りに全員揃っていることに気づく。

そういえばそうでしたね。ふふ、もしかしたら今日はいいことありそうです。

 

 

 

 

 

ちなみに家と地底を結ぶ通路はこいしに手伝ってもらい完成はしたものの、1回目は生命しか転移できず向こうで肌寒い思いをした。

2回目は…見た目が某錬金術師の扉になってしまった。まあ、使えなくはないのでそのまま利用することにしましたけど…やっぱり気になってしまうのは私だけでしょうか。

 

 

閑話休題

 

 

時というのは意識しないと早々流れて行ってしまう。

気づけば卯月の季節は消え去り猛暑が照りつける時期になっていた。

 

人里の移転は私が手伝わなくとも勝手に進んでいっている。

蝉の鳴き声がうるさいこの時期なのによくやるものです。

この暑さは妖精や妖怪にもかなり影響を与えている。まあ、夜まで残暑が尾を引かないこの時代ではあまり昼間の暑さは関係ないようですけど…

ちなみに地底は年中春並みの温度に抑えている。

旧灼熱地獄から出る大量の熱を結界で無理矢理制御してやっている。これでよく20年も保ったものです。

 

「なあ、これ本当なのか?」

 

目の前に座っている女性が困惑気味にそう聞いてくる。

厳つい筋肉質な体。なのにでるとこはしっかりと出て強調された体つき。そして額に生えた一本角。

地底の妖怪を束ねる鬼の四天王、星熊勇儀さんだ。

 

「ええ、技術的には可能でしょう?」

 

「そうだけどなあ……こんなことする意味あんのかい?」

 

「あります」

 

うーんと唸りながら勇儀さんが天を仰ぎ見る。

部屋が圧迫されてしまい普段より狭く見えてしまう。

 

久し振りに私の家に遊びに来た彼女に私が差し出したのはちょっとした計画書。全体に関わる事では無いですし本来なら地底の主は私なので勝手に計画を進めても良いのですが、鬼の協力が得られるとかなり楽に勧められますからね。

 

「今になって灼熱地獄の改修工事って……せっかく地霊殿の建造も始まったってのに」

 

問題はそれですよね…っていうかどうして地霊殿勝手に作り始めてるんですか。

私なんも許可してないし地霊殿作るって計画すら心読んだ時に偶然発覚したんですからね。

しかもどうして私がそこに住むことになってるんですか。

 

「地霊殿はそちらの独断でしょう?」

 

「まあそうなんだけどな。別にいいじゃないか。行政…だったか?なんかそんな感じの事をする場所も作っておきたいわけだし」

 

その考えも分からないでもないんですよ。でもどうして洋風の屋敷を作っているんですか…私は純日本の妖怪ですよ?

「図面はにとりからもらったやつだ。あいつに聞いてくれよ。あたしゃただ造るだけだ」

 

にとりさんどうして……まさかこれが世界の修復力とか言うやつなのでしょうか。

 

「まあ、地霊殿の方が忙しいならそっちを優先してください」

 

「灼熱地獄はいいのかい?」

 

「私がなんとかします」

 

忙しいのに無理して手伝って他のことに支障が出ちゃうのは困りますから。

まあ灼熱地獄の改修は今度考えましょう。

 

「それにしても…水脈調査まで行うってさとりはなにしたかったんだい」

「安全装置ですよ」

それでもあれが起こるとするならば、気休めくらいにしかならないでしょうけど。

 

ここら辺の地下には巨大な水脈がある。もともと火山帯であった事から地上の近くにも比較的大きなマグマ溜まりがあり温泉が出来ているといえば出来てはいる。ただし量が少ないのと地下深くなのでなかなか地上には沸いて出ない。

 

原作知識等もあり気になった私が地盤調査をした結果、灼熱地獄周辺にはいくつかの水脈が流れているのがわかった。

一部は流れを少し変えてあげれば灼熱地獄方面に流すことも可能。ただしあれはマントル直結なので迂闊に行うことはできないし発生した高温高圧の水蒸気をどうするかというのを考えないといけない。

だからさっきの計画書を作ったのだ。

 

「安全装置…ねえ。わかった、考えてはおくよ」

 

「ありがとうございます」

 

「気にすんなって。あたしとさとりの仲だろ」

 

そう言ってくれる存在がどれほどありがたい存在であることか…

鬼もみんなこういう性格なら良いんですけど……

あ、そうだ。今度酒を作るための設備を用意しようっと。

いちいち地上から酒を輸送するより楽になるでしょうからね。

 

 

ふと、勇儀さんを見ると、何やら神妙な顔で何かを考えていた。

何を考えているのでしょうか。

 

「そういやさ、茨木知らねえか?」

 

「茨木さんですか?」

 

一瞬だけ体が跳ね上がる。いきなりどうしたのだろう…茨木さんとはあの時以来会っていない。それは向こうも同じようだ。

 

「さとりは地上にいただろう?それに天狗とも仲が良いからそれなりに情報入ってきてるんじゃないかなって」

 

探るような目線。本人にその気は無いようですけど、それは嘘を見抜く時の目線である。つまり今の彼女に嘘はつけない。

もちろん私は彼女の場所など知らない。だが彼女がなにをしているのかはおぼろげながら分かってくる。

どこまで伝えたらいいものやら……

 

「そうですね…場所までは分かりませんが何をしているかはおぼろげながら」

 

「そうか…何をしてるかは言わなくていいよ。あいつはあいつなりに考えてなんだろうしさ。しかし弱ったねえ、場所がわからないんじゃ連絡のつけようがないや」

 

何か大事な用事でもあったのだろうか…まあ、鬼同士の繋がりなど私には興味の無い事ですから無駄な詮索はしませんけどね。

 

「まあ仕方がないか。それじゃあ、今日はここに泊めてもらうよ」

 

「いきなりすぎませんか⁈」

 

「こいしから今日家でパーティするって聞いたんだけど…ついでに泊まっていっちゃダメだったか?」

 

泊まっていってもいいですけど急すぎますって。布団の予備とか用意しないと…

って…あれ?

「こいしから聞いた?」

 

「おう、萃香も遅れてるけどもうすぐ来るはずだぞ」

 

あっけらかんと言う勇儀さん。

それかなり深刻な事態なんですけど…だんだん焦り出してきているのが自分でもわかってしまう。

「お酒買ってこないと…」

 

この家の住民は私を含めほとんどお酒を飲まない。故にお酒の備蓄はほとんどない。

鬼二人相手にこれは深刻な事態だ。中途半端な量だと模擬戦だー格闘だーと言って暴れだすに決まっている。

 

ちなみに集まる面子は秋姉妹と紫御一行、そして大妖精と文だ。

全員酒は普段からあまり飲まない方なので絶対鬼のペースに飲まれたらやばいことになる。

 

「お酒程々にしてくださいね…」

 

「おうよ!なるべく抑えるようにはするよ」

 

なるべく抑える…それ全然抑える気ないですよね。普通に酒瓶8本くらいからにしますよね。

仕方ない…お酒はすぐに買ってこないと…

これから料理の仕込みもありますし…

 

一旦部屋を後にする。廊下を歩いているとお燐が屋根から肩に降りてきた。埃のつき方から屋根裏にいたようだ。

 

「お燐、話は聞いていたでしょ。手伝って」

 

「了解したよ」

肩から飛び降り人型に戻る。

流石に私の体じゃ酒を何本も買って帰るのは難しい。

 

「さて、荷車は必要かな?」

 

「持って行って損は無いわね」

普段は旧地獄に流れ着く遺体や時々湧いて出るアンデットの亡骸を乗せるお燐専用の荷車がお燐の隣に現れる。

ちなみに作ったのは私。現在は彼女の装備の一部として収納されている。

もちろん本来の用途は荷物運びではなく、死体などに取り付いたままの魂をそれごと隠世に運ぶための概念装置ではあるのだが…

 

汎用性が高いから色々と便利に使っているようだ。

 

「ついでだし足しになるものも買いましょう……はあ、こいしも困ったものね」

 

「このくらい笑って許してあげましょうよ」

 

「そうね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急に発生した買い物はなんとか間に合わせることができた。

あたいの荷車やっぱり必要になったねえ。酒だけですごい量だったよ。

そのままさとりは料理の仕込みだとかいって台所に引きこもっている。

そろそろみんな集まる頃なんだけどなあ。

「あ、こいし。連れてきたのかい?」

 

あたいが居間で用意をしていると、こいしが窓から覗き込んでいるのが目に入った。

窓の外で何をしているのだろう。

 

「あ、うん。連れてきたよ!」

 

「じゃあ早く案内しておくれ」

 

窓の外でけんけんぱしてる神様二人も早く連れてさ。

後、ふつうに玄関から入ってきてくれませんかねえ。紫様。あたいの後ろで傘を頭に突き立ててるのは知ってますよ。背中に寒気がしてますから。

って妖気が溜まってきてませんかね?

「気づいているかしら?こんにちわ」

 

「あ、あはは…紫様久しぶりです」

 

怖い怖い。ほんと何考えてるのかわからないし何をしてくるか予測つかないから恐ろしいよ。

藍、助けておくれや。あたいに賢者の相手をさせてないで…油揚げなら後でさとりが出してくれるから。

 

「はは!盛んなこったな」

 

隣の部屋で勇儀がゲラゲラ笑ってる。呑気だねえ……

それに盛んって…この状況を盛んで済ませられるその神経が欲しいよ。

 

「あら、ご無沙汰しておりますわ。四天王のお二人さん」

 

二人……確かに紫様はそういった。でも部屋には勇儀しか見えない。

 

「あちゃ、分かっちまうか」

 

あたい達のものじゃない…全く別のヒトの声が響く。

そして妖気の篭った霧のようななにかが部屋中に集まり始めた。

拡散していたのだろうか…

だけどこんなことが出来るのはあたいの知る中じゃ一人だけだ。

「よう、酒飲めるって聞いたから来たよ」

 

酒呑童子…萃香だ。

まさか能力で隠れていたなんてねえ。

 

「なんだか久しぶりに集まったね」

 

「この面々は初めてなんじゃないかしら?それにしても狭いわね」

 

部屋の戸が開いて秋姉妹が入ってくる。はは…一気に賑やかになったものだねえ。

まあ、こんな大人数には対応してないから狭いのは仕方がないよ。隣の部屋との戸を外せばまだマシになるんだけれどねえ…

 

「あ、もう集まってますね」

 

「あやや、やはり早く来て正解でしたね」

 

窓の外からまた誰かの声。

一人集まりだすと一気に集まってきたねえ…タイミングがいいのか偶然なのか…

「どうも!清く正しい射命丸です!」

 

「おう!天狗じゃねえか!」

 

「げ…勇儀様!どうしてこちらに⁈」

 

「きちゃだめだったか?」

やっぱりそうなるよねえ。文はまだ苦手意識が強い方だから…この際直して欲しいねえ。あ、いや…逆に悪化するかも知れない。

ま、いいか。

 

「お久しぶりですお燐さん」

 

「ああ、大妖精かい。久しぶりだねえ」

 

あの時に貰ったコートと和服を着込んだ大ちゃんも文に続いて入ってきた。だんだんと身に馴染んできているねえ…なんだか馴染みすぎて腰の短刀が怖いんだけど。

 

「神様に賢者に妖精に…考えてみればすごい集まりですよね」

 

確かにねえ…大ちゃんの言う通りかもしれないけど、あたいにそれを測れる常識は無いから何とも言えないなあ。

あ、そうだ扉外さなきゃ。

 

「そうですね…全員さとりさんつながりですよね」

 

「あの子の交友関係、測りきれないわ」

 

そういうもんなのかねえ…あたいはずっとさとりのそばに居たからそこらへんの常識がどうも抜け落ちてるんだよねえ。まあ普通にしてたら絶対に混じらないような関係ではあるってのは分かるんだけど。

 

「ちょっと!その豆腐私のよ!」

 

「姉さんばっかりずるいですよ」

 

「あの…まだありますから」

 

 

おやおや、いつのまに豆腐を差し出したんですか。そこの秋姉妹が騒がなければ分かりませんでしたよ。さとりも罪だねえ。

結局追加の豆腐を持ってくるとか言ってさとりは戻って行った。知らぬ間に来て分かるように戻られてもなんだか奇妙なものです。

 

「そういえばこれなんの集まりなんですかね?」

 

あれ?文さん聞いてなかったのかい?

「えっと…そういえば私も聞いてないです」

 

大ちゃんもかい。仕方ないねえ…じゃああたいが教えてあげるよ。

 

「一応はねえ……あ、ちょっとまって」

不意に戸口が開く音がした。誰だ?集まるのはこの面子だけって聞いてたんだけど…

足音は一つ…いや、左右で足にかかる重量が違うねえ…なんか抱えているのかい。

大きさは樽くらい…重量は…子供1人分か…

「なんか美味しいもの食べられるって聞いてきたんだけど…」

 

「ど…どうも!」

 

部屋の扉を開けて入ってきたのは何処かの土蜘蛛…と彼女に抱えられた桶に入ったキスメだった。

どうしてここにきたのか聞こうと思ったが、ヤマメの言葉を思い出してみれば何やら嫌な予感がする。

 

「……どこから情報が漏れたんだろうねえ」

 

「こいしがあるよって言ってくれたから来たんだけど…」

 

「「こいしいい!」」

あたいとさとりの声が重なる。たまったもんじゃないよ。

 

「いいじゃん!多い方が楽しいでしょ」

 

でもこいし…これは流石に人数が多すぎる気がするんだけどねえ。どうするんだい…

 

「ほお、ヤマメまで来るのかい流石だねえ!」

 

勇儀…煽らないでおくれよ。

 

「え?土蜘蛛?」

 

神様達…食べるのに夢中で気づかないのはやめてあげておくれ…

 

「料理と…お通し持ってきたよ!うにゅ?数が多い…」

 

「ああ、お空…すまないねえ。なんか人数が増えてしまって…取り敢えずあたいが後はやるからそこで待ってておくれ」

 

部屋に入ってきたお空と交代し一旦部屋から抜ける。

お空自身が人型を取れるようになったのはつい最近。まだこいし達より少し背が高いくらいしか無いけどよく頑張ってくれている。

まあ…少し物分かりが悪いし忘れっぽいけど。

 

 

「あら、交代したのね。それじゃあこっち持っていってくれるかしら」

 

「はいはい、後さとりも顔出してくださいね」

 

分かっているわと言う主人の返事を聞きながら料理を運ぶ。

急な人数変更でもすぐに対応できる辺りさすがさとりと言うべきか…でもよくそこまで予測して料理作れますね。

 

 

そう思っているとさとりも後ろからついて来ていた。

気配が紛れちゃって分かりづらいなあ…

 

 

「おまたせ!こいしも下ろすの手伝ってくれないかい?」

 

「はいはーい!おお、すごい料理!」

 

そりゃそうさ。それにこいしだって作ってただろう?プリンとか言うやつ。知らないと思ったのかい。

まあ言わないけど…でもこいしなら多分心を読んでるからわかってると思うんだけどなあ。

少しだけあたい自身の頬がつり上がってるのが感じ取れる。

 

 

 

「あれ…あそこって誰かいます?」

 

「どうしたんだいお燐。霊でもみえたのかい」

 

萃香は笑っているけどちょうどその後ろに霊力のような力が溜まっている箇所ができてる。さっきまで無かったのになあ。

 

「……出てきなさい。バレてるわよ」

 

意外にも反応したのは紫様だった。もしかして知り合いでもいたのだろうか。

 

「ふふふ、お邪魔してるわ」

 

後ろに霊力が溜まっていると思ったらそこから半分透けた手が伸びてきた。だんだんとそれは実態を持つようになり、やがては一人の女性になった。

全員驚くかと思ったが大ちゃん以外あまり驚いてはいないようだ。そんなに霊って珍しくないのだろうか…まああたい達は妖だから霊に近い存在っちゃ存在だけどね。

 

「幽々子さん⁉︎」

 

さとりが驚く。確か幽々子って冥界の入り口の屋敷に住んでるヒトだったっけ?あたいはちゃんとした面識がないからよく分からないや。

 

「初めまして古明地さとり。私は西行寺幽々子よ」

 

「あ…どうもはじめまして」

 

あれ、初めまして?どういうことだろう。

さとりの方は知ってるそぶりだったけど…あれ?どうして紫様は端っこで渋い顔しているんだ?

何か因縁でもあんのかなあ……

「あら幽々子。珍しいわね」

 

それでもまた普段の表情に戻って親しげにしているあたり、べつに仲が悪いとかそういうわけじゃなさそう。

じゃあさっきのは何だったんだろう。

 

「気になったものですから」

 

それにしてもなんだろうこの…誘われるような感覚は。

いや、誘われてるんじゃない。魂が引っ張られているんだ…でも何で?

考えても答えは全くでない。

 

彼女が冥界のヒトだったから?

そういうわけではないだろう。全く謎だ…

さとりの交友関係は色々と複雑だってことをようやく理解できた気がするよ。

 

 



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depth.52さとりとお空(災難篇)

「そうだ、都に行こう」

 

「急にどうしました?」

 

処理済みの書類が乗った机を前に考え事していた私が急に立ち上がったせいか頭に乗っていたお空が慌てて飛び降り人型になる。

驚くと人型になってしまうその癖直したほうがいいと思いますけど…仕方がないか。

「ちょっと調べたいことができました」

正確に言えばそれは今の都ではなく法隆寺があった昔の都。だがあの時の資料は遷都と同時に今の都に移されたはず。

それに、あの時のことというよりかはそれがどのように伝承されているのかが気になるのでなるべく後から出来た記録の方が好ましい。

 

後…いつもながら唐突な思いつきではあるけれど少しは観光しに行ってもいいはずだ。

すぐに決めないといけないこともないですし少しの留守は大丈夫。何かあってもこいしや勇儀さん達がいるから問題はないでしょう。

それに今回はそう長く滞在するつもりはない。

 

「私も行きます!」

 

「お空?ダメよ。都は危険なのよ」

 

「でもぉ……」

 

う…やめてください!そんな泣きそうな顔でじっと見つめるのはやめて!断れないようにしないで…あ、待って!泣かないで、わかった。わかったから!一緒に来ていいから!

 

 

勇儀に少し留守にする旨の手紙を制作し、地上にある私の家に繋がる空間跳躍装置のところまで行く。

見た目が完全に真理の扉なんですけど…

まあ彼方側の世界に飲み込まれるわけでもなくどこでもド◯のようなものと考えれば良いのですが。

「やっぱり見た目が凄いかなあ…」

お空がそう呟く。

彼女がいるときにこの装置を使った回数…そういえばほとんど無かったですね。

 

「そうね……かなり独特かしら」

 

あまり良い感じはしないが長い合間見ていてもそこまで苦にはならない。まあそれは私の感性がであって、お空はなんだか気に入らない様子。

まあ影の手が無数に出てきて捕らえてくる光景を思い出してしまう私よりかは断然ましだろう。

古い記憶ですけど結構トラウマですからね?あのシーン…

それでもそこを通らないとかなり回り道をする事になってしまう。少し我慢してほしい。

 

「ほら行くわよ」

 

「あ、待ってください」

 

 

 

 

建物の解体と資材の移動が半分ほど終わった里はなんだか寂しさを残す空き地が広がっている。人も向こうに移動している人が多くなってきたのか数もまばらで、なんだか終末を迎えそうな雰囲気です。

もうすぐ里の移転が終わる。そうすれば直接関わることのなくなった私の存在は人間からだんだん忘れていくだろう。それもまた定のようなもので別に文句はない。それにどうせ妖など幻の存在として世界からだんだん消されていくものなのだ。

今更どうこういう必要などない。

自室の窓から見えた光景にそう思いつつ、部屋を出る。お空がちゃんとついてきていることを確認して居間に行くと、ちょうどこいしがお燐の毛繕いをしていた。

 

「お帰りお姉ちゃん」

 

「ただいま、後ちょっと都に出かけるからこいしとお燐は留守をよろしくね。多分遅くても明後日までには戻れると思うけど」

 

今は日が暮れていて辺りは暗い。本来なら出発は夜明けと相場が決まっているが妖怪にそんなもの関係ない。

 

「いきなりだね?何かあった?」

 

流石にこいしも驚く。まあ都なんてそう簡単にポンポンいけるものでも無いですからね。

それに都は一線級の妖怪退治屋や陰陽師、神主がいますからね…妖にとっては居づらいところです。

 

「少しだけ調べ物してくるだけです」

 

「さとり様は私が守るから大丈夫だよ!」

 

お空…多分あなたは守るというより守られる側のような…一応体術くらいは勇儀さんや萃香さんに頼んで教え込ませてはいるものの彼女はまだ弱い。冗談抜きに言うと着いてきてほしくはない。

でも……

「さとり様どうしました?」

 

「なんでもないわ」

あんな純粋な笑顔見せられたら断るに断れないです。

 

「うーん…別にいいよ」

 

「あたいも、いちいちさとりのやる事に口出しはしないよお」

 

人型に戻ったお燐とこいしの笑顔が妙にこわい。これは何かあったらまずいような…そんな感じの嫌な予感が胸の中にざわめく。

 

「「そのかわり無事に帰ってこなかったら模擬戦に付き合ってね(くださいね)」」

 

「わ、わかってますよ…」

 

模擬戦と言う名の八つ当たりは流石に嫌ですからね。

部屋の温度が氷点下まで下がったかのような感じがする。冗談抜きで今回暴れるのはやめておこう。もともと暴れる気は無いのですけど…

 

「うにゅ?」

 

でもこの子が心配だ。

……何かあったらその時はその時考えればいいか。

あ、そうです。荷物用意しないと。

 

そこから数時間は嵐のような状態だったと記録しておく。長期移動をするにしても人間の住処に潜入するにしても相当な準備が必要だから仕方がないですけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

某鉄道会社の言うように思い立ったら直ぐ都に行けるとかそんな便利な時代はまだ先の話。まあ飛べるから比較的早いと言えば早い。

ただし空を飛べば嫌でも周りの妖怪には存在をさらけ出していることになる。

まあ、それでどうこう言い出す妖怪というのもあまりいない。いるとすれば縄張りに入ったなんだでいちゃもん付けてくるやつくらいだろう。

そんな奴らも、この行動で飛行する私達に話しかけくる気があるのかは分かりませんけど。

 

「さとり様…少し高いとこ飛んでませんか?」

 

「ええ、飛んでるけど。寒かったかしら?」

 

「はい…寒いです」

 

お空が寒がるのも仕方がない。ここは高度3000メートル、普段から外套を着ているわたしはともかく、半袖和服のような服装をしているお空にはきついだろう。

それに育ってきた環境も元々摂氏10000を超える環境だ。寒さなんて慣れてないだろう。

「だから上着を持って行きなさいって言ったのに…」

 

「うう……」

 

警告はしたのですがやはり忘れていたようだ。

大して重要でもない事だからと思われるとすぐに忘れてしまうのは困りものです。

 

それでも、こうなると思ってもう一着外套は持っていているから大丈夫です。

背中に背負った汎用バッグから折りたたまれた外套を引っ張り出す。

薄桜色のそれをお空に渡す。背中のところは羽が通れるように穴を開けてある。お空専用のものです。

 

「これ着なさい。それでも寒ければその時は言ってね」

 

「ありがとうございますさとり様!」

 

早速渡した外套に袖を通す。うん、薄桜色だけど似合うわ。

 

「暖かい……それになんだかいい香り」

 

保温用に二重構造化させてますからね。お空用耐寒性能特化型です。

いい香りまでは知りませんけど…

 

 

「あ…そうね…お空。ちょっといらっしゃい」

お空を見ていたら一つ思い出したことがあった。

確か外套の内側に引っ掛けてあったはず……あ、あったあった。

 

「さとり様?」

 

すぐ隣に来ていたお空に見つけたものを渡す。

それは朱色の小さな巾着袋で、中に何か入っているのか結構膨らんでいる。

紐のところには秋姉妹の名が書かれた紙が小さく巻きつけられている。

 

「これ、この前秋姉妹にもらったお守りよ。一応正体欺瞞作用があるから持っていなさい」

 

ちゃんと首からぶら下げてないと効果がないって言っていたのをすっかり忘れていました。

私は使いませんのでお空の首にかけてあげる。

妖怪退治の強者からしてみれば気休め程度にしかならないが、ふつうにしていれば一般相手なら誤魔化せる。はず……

 

「あ…ありがとうございます!さとり様大好き!」

 

「お礼なら秋姉妹に言ってください」

 

抱きついてきたお空を優しく引き離す。

ここまで純粋に好意を向けられた事は今までほとんど無かったためどうしていいか分かりづらい。

 

「後、念のために翼を隠しておくわね」

 

「もう発動するの?」

 

「用心しておいた方がいいわよ」

 

後一時間程で都に到着するはずですからね。

 

 

お空の羽は上から服を着せただけでは隠すのが面倒なのであらかじめこいしに掛けてもらった光学迷彩魔術を再起動させる。起動トリガーはわたしが触れること。

 

お空の後ろに回り込み両手で羽を触る。

一瞬施された魔術回路が光を放ち。翼が見えなくなる。

それでもそこに羽があるのは触れていればわかる。

 

「あと、念のために外套は外しちゃダメよ」

 

「はーい」

 

ちょっと心配ですけど、これくらいしておけば大丈夫…でしょうね。

それに向こうだって下手に騒ぎを起こしたく無いからそうそう絡んでくることはないでしょうし…

 

うん大丈夫。そう言い聞かせて私は周りを警戒することに意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

この時代、政権の中心は未だに鎌倉の方にある。だけど天皇がいるのは相変わらずのここであり、これから鎌倉幕府を倒そうという勢力がいるのもここ。

それなりに良い賑わいを見せている。

このにぎわいも…何十年も経てば戦火に飲まれるのでしょうけど……

 

今はそんなことを考える時ではないしそんなもの私にとってはどうだっていい。

 

なんとか搬入される荷物に紛れ込んで都の中に入ることは成功した。太陽が真上に上がってしまっているけどなんとかバレずに済みました。

まあ無事中に入れても風変わりな服装なので少しだけ目立ってしまっているけど、人の興味など引くことはあまりなく、記憶に残っていてもそのうち無意識に揉まれて忘れていってしまう程度であろう。

 

 

大通りから少し外れたところにある団子屋に入り一旦休憩。

私が必要としている情報が見つかりそうなところをどうやって回るか考える。

「さとり様なに考えているの?」

 

「どこから調べて行こうかと思ってね…」

 

「一番情報持ってるところからの方がいいんじゃないのかな?」

 

お空の言うことは最もです。だけど私はこっちの都は初めてだしどの場所にどれほどの資料が保管されているかなど分からない。分かっていることと言えばせいぜい寺か神社にあるということくらい…

 

「何処が一番歴史を記録しているか…難しいわ」

 

「じゃあ勘でいこう!」

 

「それもそうね…」

 

なんだか深く考えてた私が阿呆らしくなってきた。お空の言う通りに勘に従ってみるのもいいかもしれない。

だって考えたってわかりっこ無いのだから。

 

「それじゃあお空、なるべく目立たないように待っているのよ」

 

流石にお空まで連れて行くわけにはいかない。これからすることは完全に不法侵入。バレたら即攻撃される危険極まりないものだ。

お空一人にしてしまうのも少し不安ではあるけど、大丈夫だと思いたい。

 

「はーい!でもどこか出かけても良いですよね」

 

ダメと言ってこの場に待機させようとして少しだけ思い直す。別に下手なことしなければ向こうだって事を荒だてたりはしないでしょうから…別に観光くらいなら許して上げてもいいかな。

 

「ほどほどにね…」

 

「わーい!」

 

 

 

 

お金を払いその場を後にする。お空は行きたいところでもあったのか真っ直ぐに人混みの中に入って行った。大丈夫かなあ…

 

この時代で歴史系の資料を持っているととなると、貴族クラスか寺、神社…あとは朝廷とか武士の家に絞られる。

本屋?そんなものない。

というわけで、すぐ近くにあったお寺に潜入する。

そこそこ大きなお寺だったし多分残っていると思うけど…

 

僧侶達の目を盗みこっそりと床下に潜り込む。

紙媒体の資料となれば、蔵か専用の書斎のようなものを持っているはずだ。床上からする足音を頼りに少しづつ場所を特定する。

 

そういえばこの時代って巻物式で保管してたんですっけ……

 

 

ようやくお目当てのところを見つけ床を上に持ち上げる。

少し堅い…力を入れて思いっきり外す。

 

メキメキと嫌な音がしましたけど誰もいませんし気づいていないですよね…

 

部屋は両脇に棚を備えていてなんだか窮屈な雰囲気を植え付けてくる。その棚全てに巻物が収まっている。

ここに通じる扉を内側から閉じるため外した床を使い引き戸を固定する。

さて、こんなに書物を持っているなら多分あると思うんですけどね。探してみますか…

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりあった」

 

 

意外と由緒あるお寺だったらしく奈良の時の記録書物しっかり持ってますね。

まあ編集されたのは平安の都になってからですけど…それくらいの方がどのように後世に伝えられているのかが分かりやすいから良い。

 

該当するのは…600年代について書かれたもの。…少し劣化が激しいですね。

さて、あの時のことが私の神力と関わっているのであれば…おそらくここら辺のはず…

あ、でもお寺の所蔵だから神についてなんて書いてあるかな…

 

 

 

 

 

 

わたしの読みは当たったようだ。まあ、あの時火の鳥なんかに化けたらそりゃ鳳凰と間違えられますよね。

でもその信仰心の一部がどうして本来の鳳凰ではなくわたしに向かっているのはわかりませんが……

 

 

「まあいいです。事実確認ができましたから…」

 

それでも力の元は取れた。

他にも知りたいことが色々とあったけど長居しすぎました。早めに出ないと誰か来そうです。

扉を固定しておいた板を外し元の場所にはめ込む。

床下に降りて再び床を元どおりにして……少し遊びはできちゃってますけどそれくらい大丈夫ですよね。

 

元の経路をたどって外に出る。

誰にも見られていないことを確認してその場を後にする。日はすっかり傾いてしまっていて、あたりは赤く染まっている。時間をかけすぎましたね。

お寺を後にすると既に人々は家に帰り始めているのか道に人影は少ない。

少しだけ寂しくなりましたね…

お空と合流するために最初に立ち寄った団子屋に向かう。お空にはそこで待ち合わせと言ってある。私が先についてしまったとしても待って入れば良い。

 

 

 

 

 

そう思っていた時が私にもありました。

 

爆発音。それと同時に何か金属の塊のようなものが落ちる音が立て続けに響く。

そう遠くはない。

周囲の人達も何かあったのかとざわめき出す。

何かあったのだろうか…いやまさか…

頭ではそんなはず無いと思いながらも、嫌な予感は治らない。

 

気づけば私は集まってきていた人混みをかき分けて騒ぎの中心に向かって走っていた。

近寄っていくと煙のようなものが立ち上っている場所が見えてくる。

 

これまたお寺。さっきまで私がいたところより小さいけど…それでもかなり大きい。

 

人混みの中をすり抜けるように前に行く。

 

「あ……」

そこには、周囲を僧侶に囲まれて身動きが取れないお空がいた。

傷は負っていないようだけど腕に札のようなものが巻きついている。

やっぱり一人にしておくべきじゃ無かった!

 

「お空!」

 

思わず彼女の名を叫ぶ。

俯いていたお空が私の方を見る。それに合わせて周囲にいた人間。そして囲んでいた僧侶が一斉にこっちを睨む。

 

これで私も妖の仲間と分かってしまったわけだ。

 

「ごめんなさいさとり様!お寺の鐘思いっきり叩いたら色々とばれちゃった!」

 

視線を僧侶から離さぬようお寺の奥を見る。鐘が吊るされていたであろうところは、瓦礫になっていた。

なんて事してるんだか…

 

寺の奥から来た僧侶と、騒ぎを聞きつけてきたであろう妖怪退治の集団が私の周りに集まる。

やばい、悠長に話し過ぎました。

 

私一人だけならなんとかなりますけど…お空を連れてとなると……

少なくともお空のところに行かないと!

 

周囲を固められる前にお空を囲んでいる集団に突っ込む。

いきなり突っ込んでこられて対処できるほど場数を踏んでいない奴らばかりだったらしく、すぐにお空のそばに行くことができた。

でもそれは私も彼らに囲まれたことを表す。

 

「お空…目を瞑って」

 

「さとり様?」

 

まだ周りは明るい。でもこれなら通用する。

片手をバッグに回し中からお目当てのもの見つける。

ECM用だけってにとりさんは言ってたけど持ってきておいてよかったです。

まあ貰ってから100年近くたっているからうまく作動するか分かりませんけどここはにとりさんの300年保証に賭けるとしましょう。

 

悟られないようにピンを抜く。

 

3…2………1‼︎

 

ギリギリまで堪えてそれを放り投げる。

瞬間、夕日を浴びて赤くなっていた周囲が青白い光に染まる。

 

 

 

 

屋根を飛び越え、時々地面すれすれを飛び追っ手を翻弄する。

握ったお空の手が汗で湿ってきている。

 

EMP発生装置の割には閃光が強かったのでもしやと思っていたのですが効果があってよかったです。

この時代に閃光手榴弾のようなものは無いですから当然向こうだってとっさの対処はできない。

西日でどうなるかわからなかったので賭けでしたがなんとか目くらましは出来ました。

あれ…。本来の使用方法ってこっちだったんじゃ…

 

「さとり様!どうして飛ばないの⁉︎」

 

「今飛んだら格好の的よ!」

 

攻撃用の式神がわんさか追いかけているのだ。ただでさえ上も下も気を抜けば弾幕の嵐だ。なるべく攻撃される方向は少なくしたい。

それに下からの攻撃は死角を突かれやすくて危険だ。

 

 

それにしても攻撃の密度が濃い。さすが都と言うべきか…

このままでは脱出する前にやられるのがオチだろう。

 

どうするべきか……最善の判断を高速で繰り返す。

 

ともかく逃げるしかない。

 

大通りをジャンプしながら突っ切り待ち伏せ攻撃を回避。

再び路地裏に逃げ込む。

「屋根に上がりましょう!」

 

「そうね……」

 

壁を蹴りながら家の屋根に乗っかる。足場が不安定なことこの上ないが妖怪の身体能力のおかげであまり影響はない。

 

だが後ろから追ってくる大量の式神や術式はどうにもできない。

 

「想起『失われた空』」

 

あまり使いたくはないがスペルカードを切る。

 

私を中心に青と紅の弾幕が四方に飛び散る。少し時間が経てばそれら弾幕が誘導弾幕に切り替わり襲いかかる。

一部は自機狙いレーザーになって追撃を拒む。

このスペルは想起と入っているが実際に相手を想起してはいない。

スペルを作る際に私の記憶を想起しそれを参照に作り上げた弾幕。

なにを想起したのかと言えば…いろいろだったりもする。ただ、あまり褒められたものを想起した覚えはない。

 

 

 

連続して弾幕が命中する音が聞こえる。相当な数を落としたようだ。

それにしても数が多い。それにしつこい。よほど都に妖怪が入られたことが許せないのか…はたまたプライドが高い連中が多いのか…

 

それももうすぐ終わる。流石に都の外まで追撃してくるとは考えていない。そもそももうすぐ妖の時間なのだ。深追いは迎撃のリスクを高めるだけ。

屋根伝いに突っ走る私の足元に弾幕が着弾しただでさえ不安定な足場をさらに壊す。

このままだと足場を先に崩されてしまう。

仕方ないけど飛ぶしかなさそうだ。

 

「お空、飛ぶわよ」

 

「え⁈あ…うん!」

 

お空の翼を隠す魔術は効果が切れたのか術式を破壊されたのか、いつのまにか見えるようになっている。

まあだからといってどうという事はないが、地上から見れば的が大きくなったようなものだ。

見えているのと見えていないのとでは勝手が違う。

 

握っていたお空の手はいつのまにか離れていて、いつしか私はお空の後ろにいた。

後方から迫る弾幕の量がさっきより多くなっている…それだけ本気ってことか…

 

「さとり様!なにしてるんですか!」

 

「追っ手を少し撒くの。先に行きなさい」

 

「で…でも」

 

「平気よ。後ろに向かって弾幕を撃つだけだから」

 

そう、別に私はこんなところでやられるつもりはない。

ただ、お空を確実に逃がすためには多少危険でもこうするしかない。

お空と私との差が開いていく。それでも、見失うというレベルのものでは無い。私はすぐに追いつける程度の距離は保っているつもりだ。

「怪符『夜叉の舞』」

 

もう一度スペルを切る。

こっちは設置弾幕による足止めを目的としたものでさっきみたいな迎撃型ではない。

こういう撤退戦の時に一番効果を発揮するようにこいしと一緒に考えた自信作だ。本来の弾幕ごっこ用に転用することも視野に入れて作ったから少し派手で無駄が多いですけど。

 

完全に追ってきている人達の動きが止まった。

まあ、目の前にくさび状の弾幕が壁を作り出したらそうなるだろう。

 

そろそろ引き際…お空も都の外に出たようですからね。

 

体の向きを戻し加速。スペルの影響を受けなかった一部の式神が襲いかかってくるがそんなものは無視。一気に街から抜け出す。

 

「さとり様!」

 

心配してずっと後ろを見ていたお空に飛び込む形で減速。

身長はほとんど同じなのに少し柔らかい……

 

「大丈夫だって言ったでしょ」

 

「そうですけど…」

 

「抜け出たとはいえここは危険よ。すぐに離れましょう」

 

いくら迎撃が少なくなるとはいえここはまだ都のすぐそば。こんなところにいたらわんさか湧いて出る人達と戦わないといけなくなる。

当然涙目のお空も私に従ってその場を逃げ出す。

 

とりあえず目的は果たしたしもう都による事もないだろう。あったとしても私は多分行かない。

 

「それにしてもさとり様はなにを調べに行ってたんですか。」

 

「体のことよ」

 

「ふうん……」

 

そんなことを話しながらも警戒は怠らない。だけど追いかけてくる人間や式神はいなかった。

時間が時間なのだろうか……あれ…そういえばこっちって家のある方向とは方向が違うような…まあいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以降特に襲われたりということはなく、日が暮れてからは飛行速度を落として星の明かりを元に大雑把に飛んでいた。このまま無事に家までつければいいと思うのだけれど、ふと視線を感じることに気がつく。

まさか誰かがつけて来ているのだろうか。

既に日は沈む直前になっていて、既に周りは暗い。

お空は鳥目だから夜間はほとんど見えない。かくいう私も基本的に夜は得意としない。

サードアイを出して偵察したいけどどこで誰がみているかわからないのだから迂闊に出すことはできない。

 

「さとり様…だれか見ていませんか?」

 

「やっぱりお空も感じるのね」

 

お空は私と違ってお燐と同じタイプ…つまり本能的な警報はかなり敏感だ。彼女が見られていると言うのなら実際誰かが見ているのだろう。

 

だけど肝心の相手が見つからない。

 

 

そうしているうちにお空がなにかを見つけたらしい。

しきりに地上の一点を指差している。まさか地上にいたのでしょうか…

指差す方向を見てみると、闇夜が迫る地上に赤いなにかが動いていた。この暗がりの中でもはっきりと認識できる赤色の円形のようなもの。なんだかそれがこっちをみているようで……視線の主はアレらしい。

 

 

「あそこ……」

 

「人…?じゃないですね」

 

少しづつ近づいて見てみればそれは赤色の傘だということがわかる。

こんな時間に傘をさして歩く者に人間はいない。そもそもあれは洋式の傘であってこの時代の人間史にはまだない。

傘の主を確認して見たかったものの赤い傘でほとんど隠れてしまっていて見えない。この近くに住んでいる妖怪でしょうか…西洋風のものを持っているとなると紫と同じで大陸側と交流があるか、もしくは本人が大陸出身の場合。どちらにせよ只者では無いことは確かです。

 

「あまりかかわらないほうが良いかもしれないけど…」

そういう方と関わるのは極力やめた方が良い。命が惜しければの話ですが…

 

「そこの方々?なにを話しているのかしら?」

 

だが向こうはしっかりとこっちを認識していたらしい。まあ視線をよこしているのだからそりゃそうだろう。

同時に体にかかる威圧。耐えきれずにお空がバランスを崩す。

 

……大妖怪級の気配を隠そうとのしないとはまさか癪に触るようなことでもしてしまっただろうか。それもと何か別の理由でも?

どちらにしろ向うが上の存在なのに変わりはない。

ここは大人しく従うのが良い。

 

ゆっくりと地上に降り、敵意が無いことを示す。ついでに妖力もほとんどを止めて相手の様子を伺う。

 

「お空、私の後ろにいなさい」

 

「で…でも」

 

「いいから」

 

私を庇おうと前に出たお空を後ろに下がらせて再び相手を観察する。

 

癖のある緑の髪に赤く燃えるような真紅の瞳。服装は日本離れしている…というより現実離れしすぎている…白のカッターシャツとチェックが入った赤のレースがかったロングスカート…その上から同じくチェック柄のベストを羽織っている。私の知る2000年ならまだありえますけどこの時代には多分見かけることはない。

かざしている傘は瞳と同じ赤色…ややこっちの方が明るい。

 

「ふうん…」

 

笑っているつもりなのでしょうけど細くなった目が冷徹な眼差しをこちらに向ける。

圧倒的な強者の視線。それにさらされて思わず逃げ出したくなる。

放たれる威圧が肺を締め付けているのか呼吸が辛い。

こちらから切りだそうにも切り出せずただ時間が過ぎていく。

 

「ああ、ごめんなさいね。名乗っていなかったわ。私は幽香。貴方達…どこかで会ったことあるかしら?」

 

「えっと初めまして…私は古明地さとり…私自身は初めて会ったと記憶してますが…」

 

どこかでニアミスしてただろうか。

それにしても幽香さん…か。

確か彼女も知識の中にいたような気がしますけどうまく思い出せません。

まあ相手の情報が分かったとしても力の差は歴然。私相手じゃ話にならない。

 

でも悪い人でもなさそうですね…大妖怪級の雰囲気を出してはいるけど問答無用で攻撃してくるわけではない…それを示すためにも向こうから名前を名乗ったのだろう。

「ふうん……知り合いの知り合いだったかしら…種族がわかれば分かりそうなのだけれど」

 

「……」

 

「ああ、無理に言わなくてもいいわ」

 

幽香さんはそう言いますけど…

仕方がないです……サードアイを出してしっかり正体白状しましょう。あとで冥界送りにされない為にも…

 

「いえ、この際ですから言っておきます…」

 

「さとり様!」

 

お空が慌てて止めようとする。まあ普段の私の態度からしてみれば異常なものに見えたのでしょう。でも大丈夫…危なくなればすぐに逃げ出しますから…

 

「……へえ、覚妖怪ね」

 

「ええ…普段は心は読まないように注意してますけど…」

 

「心を読もうが読まないがわたしは気にしないわ(え…本当に覚妖怪?いやいや、待って!まさか私が臆病だってことバレてないわよね?)」

 

……おかしいですね。サードアイからの情報が錯乱している気がするのですが…

 

「そうですか…それで何か思い出しました?」

 

「そうね……あ、もしかして紫の知り合いかしら?最近なんか色々あったようなことを聞いた気がするのだけど(まさかあのさとりかしら?だとしたらかなりの大物じゃ…やばいやばい!ここで変なことしたらやばいことに…でも空って子…可愛いわね)」

 

そろそろサードアイをしまいましょうか…このままだといけないところまで見てしまいそうですし…

それにしても…やっぱり外見だけじゃ判断できないことってやっぱり多いですね。

 

「ええ、紫の友人です」

 

「そう、珍しくここら辺に妖怪が来たから気になったのだけど……都に用事でもあったのかしら…ああ、別に答えなくていいわ」

 

「特にってことはないです。ただ私の私用です。ところで幽香さんはここの近くに住んでいるのですか」

 

「まあ、今はそうね」

 

今は…ということは転々としているのだろうか…詳しくはわからないのでなんとも言えませんが…花妖怪ってわかりませんね。

そう思っていると私の肩にお空の手が乗っかる。振り返るとお空が幽香さんをにらみながら逃げるよと肩を引っ張っていた。

「お空、そんな警戒しなくても大丈夫よ」

 

「でも……怖いです」

 

ふつうに考えればそうだろう…だが彼女の内心を見てしまったからにはなかなか怖いとは思えなかった。むしろ優しいような気もする。

「大丈夫よ。悪い人ではないわ」

 

…不器用な方でした。

私も似たようなものですけど…

 

「面白そうね……ねえそこの鴉さんも混ぜてお茶でもしないかしら?」

 

もちろんこれを断れるほど私の気は大きくないし強くもない。

警戒するお空をなんとかなだめ幽香さんについていく。

 

 

 

 

 

「立派ですね…」

 

案内されたのはもうすぐ咲く時期になるであろう向日葵の畑だった。一面に広がっているのが闇夜の中でもわかる。

全て私達の背丈を超えていて畑というか森に近い。圧巻だった。

 

「なら持ち帰ったりしようと思わないのかしら?」

 

どこから引っ張り出して来たのかわからない洋風のテーブルの上にカップを用意している幽香さんが尋ねる。言葉に敵意はないものの、やはり威圧感が強い。

 

 

「そんなことしても上手く育てる自信はないですし、何より花が可哀想ですよ」

ここでみんなで咲いているからこそ美しいのであってそれをわざわざ取っていこうなんて思わない。

 

「貴女とは話が通じそうね……用意できたわよ」

 

どうやら準備が整ったらしい。テーブルの上には湯気を立てているティーカップと、小さなお菓子が新たに載っていた。

もちろんテーブルの周りにはさっきまでなかったイスまで用意されている。

あなたは手品師ですか……

 

イスに腰掛けながらそんなことを考える。

 

「……お空、イスの上で正座するわけじゃないのよ」

 

「……え?」

 

文化の違いって恐ろしい…

 

「気にしないわ。むしろさとりの方が珍しいわよ。はい、見慣れないと思うけど…」

 

そう言って目の前に差し出されたカップにはやや赤みがかった液体が入っていた。

香ばしい香り…記憶をたどってそれの正体を探ってみる。

 

「紅茶ですか…珍しいですね」

 

答えはすぐに出てくれた。

 

「あら、この国では紅茶と言うのね」

 

まあ、私くらいしか知らないのですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

差し出された飲み物にも警戒していたお空だったけどしばらくすれば警戒心はどこへ行ったのやら。

もはや幽香さんとだいぶ打ち解けていた。

私はもちろんのんびりと紅茶を堪能していたし、それを見た幽香さんが私のことについてあれこれ聞いて来ましたけど、まあ覚妖怪だということでごまかしておいた。実際には違いますし向こうも眼を隠している私が能力を使えてないことはわかっているようでしたけど。

 

「もう夜も遅いし家に泊まっていったら?それとも貴方達は夜型なのかしら」

 

 

まさか幽香さんから泊まっていけと言われるとは…是非ともお願いしたかったところです。今日は少々疲れましたからね。

ただお空がどう言うかね。だいぶ警戒心を解いているけれど泊まるとなると話は変わってくる。

 

お空の顔を見る。

案の定悩んでいるようだ。私は別にどっちでも構わないのですけどね。

 

「……泊まってみてもいいかな」

 

お空も反対はしないようですね。なら、ここはお言葉に甘えましょう。

「では一晩よろしくお願いします」

 

 

 

「ええ、来客なんていつぶりかしら(やった!友達がまた増えたわ!)」

 

風が吹いて偶然外套から出てしまったサードアイがそんな本心を聞き取る。

だけどそれは私の心のうちに秘めておくことにしよう。

少なくとも内心と不器用すぎるが故の態度の差は本人が一番気にしているのでしょうからね。

 

わざわざそれを抉りに行くほど私は鬼畜でも外道でもない。

ただ、知ってしまったからには何か手助けでもしてやれないか…そんなことを思ってしまう私がいた。

 

そんなことばかりやっているからお人好しだなんだ言われてしまうのだけれど、それが私が私である所以なのだから今更気にすることもない。

 

目の前の幽香さんの背中に周囲の反応と自分の態度に悩む少女の面影が一瞬見えた気がした。



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depth.53トラブルメーカーはさとりじゃないはず

 

幽香さんのところを出発し家に着く頃には再び日が傾いてしまっていた。

まあ仕方がないといえば仕方がないのですが…まあそのおかげで遅いだのなんだの凄い文句を言われました。

別に大丈夫なんですけどね…ああ、そういえば服の一部が弾幕の被弾で焦げてましたっけ。そのことで問いただされましたけど今度はお空がこいしのポカポカ攻撃の餌食になるわで大変だった。

 

そんないざこざも少しすれば何もなかったかのように消えていく。

家にはいつもの平穏が戻っていた。

 

ただ、昔と違うことといえば、周囲にあった人間の家は消え去り、ただ空き地が広がっているに過ぎない事だろうか。

人間の里は移転が完全に終了し、私の家の周りはなんだか寂しい。

それも十数年もしたら木々に囲まれるのでしょうけど。

 

「お姉ちゃん、お客さんだよ!」

 

庭で材木加工をしていた私のところにこいしが飛び込んでくる。

相変わらず元気なのはいいのですが、物に乗るのは危ないからやめなさい。

「お客さん?珍しいわね」

 

私の家をわざわざ訪ねてくるようなヒトは中々いない。基本的にくるとすれば勝手に室内に入り込むのが常だから…

 

「紅白の人だったよ」

 

紅白…なるほど、博麗ですか。

この時代紅白の服装をしている人なんて神社の巫女さんくらいだ。その中でもここら辺を収めているのは博麗だし私のところをわざわざ訪ねる人なんて博麗の巫女くらいしか思い浮かばない。

 

加工中だった木材をその場に下ろして家に戻る。

 

お燐とお空は二人揃って出かけているから家の中は静かでなんだか物足りない。

 

玄関まで行くと、丁度紅のリボンを頭に巻いた巫女服の女性が待ちわびたかのように家の中に足を進めていた。

 

「久しぶりですね」

 

「まだそんなに久しぶりってわけでもない気がするけど」

 

元博麗の巫女…藍璃がそう言って笑いながら私の肩を叩く。

 

「それにしても珍しいですね。あなた自身からここを訪ねてくるなんて。どう言う風の吹き回しですか?」

 

「ただの気まぐれよ。私だってたまには友人の家に行くくらい良いでしょ」

それもそうかと思うものの、友人の家の例えがよくわからなかった。つまり私は友人なのか。

博麗の巫女の妖怪の友人……それってどうなのだろうか…

「お姉ちゃんの交友関係って一体……」

 

「こいしちゃん……姉さんの交友関係なんて深く考えないほうがいいわ」

 

失礼ですね。私だってちゃんと付き合い方は考えてますよ?

そんな文句が出そうになったけど、こんなところで立ち話するのもあれですので、すぐに居間に通す。

お茶を持って来るためにしばらくこいしと巫女を部屋に残し台所に移動。

 

どこかの従者さんみたいに上手くは作れないですけど気にはしない。

まあそれは置いといてだ。部屋に戻ってみれば二人仲良く何か遊んでいたようですね。

家の中で暴れるのは感心しませんが、仲が悪くなるよりかはマシでしょう。それにしても少し服装が乱れすぎですよ二人とも。

 

「それで、今日はどのような用件で?」

 

お茶を差し出しながら彼女の目を覗き見る。

サードアイでさっさと確認しても良いのですが会話はなるべく楽しみたいです。

 

「そ…そうね。まあ私もたまには遊びに来たかったから…」

 

なるほど、特に用は無かったと。別に彼女はもう博麗の巫女ではありませんから別に何しようといいんですけど…

 

「そうですか…ですが私の家に来ても何もありませんよ?それに今私も忙しいですし…」

 

「忙しい?そういえば庭の方にいたみたいだけど何していたの?」

 

「ちょっと家を改築するための資材を…」

 

なぜそんなに呆れたような顔するんですか。

え?家の改築なんてするのかって?ふつうにしますよ。

ちなみに作業を始めたのは今日からですけどね。

 

「まあいいわ。家づくり…私も見ていっていいかしら?」

 

木材加工なんてべつに見ていっても面白くないのですがべつにいいですよ。私は構いません。

「私はべつに構いませんけど…」

 

「じゃあ私も見てていい?」

 

こいしですか……べつに邪魔しないのであれば構いませんけど…

肯定の意味を込めて頷く。

出来れば手伝って欲しいですけど、それはまた今度にしましょう。

 

「そういえば家ってどのくらい改装するの?」

 

「ちょっと部屋を増やすのと屋根をそろそろ…」

 

建てられてからだいぶ経ってますし耐震補強材も追加しておきたいですからね。結構な大改装ですよ。

 

「本当は鬼がいた時にやったほうがいいんだけど……」

 

「鬼に建築手伝って貰うって時点で凄いことかと思うんだけど…」

 

こいし、藍璃に余計なこと言わないの。

地上に鬼がまたやってきてなんだかんだなんて普通の人から見れば天変地異なんですからね。

まあ、今鬼に頼んだとしても向こうは向こうで地霊殿なるものを建築していますからしばらく時間がかかりそうですけど…

河童まで巻き込まれているようですし向こうの方が圧倒的に大変でしょうし…

 

もうそろそろ落ち着いた頃ですし私は作業に戻るとしますか。

きたかったらどうぞご自由に。私は止めませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

「それで?どこから手をつけてるの?」

 

木材を妖術で加工している私の後ろで藍璃がそう呟くのが聞こえる。

 

「木材を切って加工するところからだよ」

 

でも私より先にこいしが答える。まあできればそうしていてほしい。話しかけられてもうまく返せる気は今はしないから…

「まさかそこから作るのね…」

 

なんですか?なんか呆れたようなため息が今聞こえた気がするのですが…え?

だって仕方ないじゃないですか。資材があっても組み立てまで持っていくのが大変なんですからね。

 

「そうですね…本当は瓦を焼く竃を作りたいので日干しレンガを作るとこから始めたかったのですが……」

 

「「え……」」

 

なんか空気が凍った気がする。もちろん私じゃなくて後ろの二人の…気のせいですよね。

うん、気のせい気のせい…

 

「お、お空とお燐呼ばないと!お姉ちゃんが暴走しちゃう!」

 

「あわわ…早く里に連絡して竃を用意させないと!」

 

待って待って!なにがあったのですか⁉︎なんでそんなに深刻な顔して慌てるんです!

 

「冗談ですよ。竃は里にあったものを流用しますから」

 

うん、まだ残ってるはずですからね。火を入れればまだ使えるはずですからそれを使いますよ?流石に私だって竃から作ることはしませんよ…竃がなければ仕方ないですけど…

 

「あ…あれ?そういえば瓦って…」

 

「手作りですよ?そもそも瓦なんていちいち生産現場まで行って買い取って持って帰るの時間かかるじゃないですか」

 

重たいですしそれこそ鬼に頼みたい事ですよ。

後、瓦高いですし…

 

「まさか瓦は粘土から作るつもりだったの⁉︎」

藍璃さんどうしたのです?もちろん粘土から作るんですよ?だってそうじゃないですか。瓦の材質って粘土ですよね。

 

「ええ、土もちょうどいい感じの粘土質のものを見つけてきましたから…どうかしました?」

 

「諦めて、お姉ちゃんだいたいこうだから」

 

 

なんか妹に変な目で見られたのですが…

なんででしょうか。

 

 

「あなた…大工にでも転職したら?」

 

「嫌ですよ、私は妖怪。妖怪が大工の真似事なんてしたところで誰も頼みになんて来ませんよ」

 

妖怪の根底にあるのは人間の恐怖、畏れだ。そんなものにわざわざなにかを頼みに行くなど普通の人間の感性ならしないだろう。

べつに私も家の保全程度くらいしかする気は無いですから…

 

「そう…」

 

「それに一人で全部やるわけじゃないですよ。ちゃんとお空たちにも手伝ってもらいます」

 

他にも何人か手伝って欲しいですけど…無理に頼んでも悪いですし…

 

 

 

それからは二人とも無言になってしまい私も特に話すことも無かった為私の作業音だけが響いていた。

 

「それじゃあそろそろ休憩しますか…」

 

一旦体を休める。

べつにこの体ならずっと作業していても問題はないのですが所々で休憩を挟んでおいた方がなんだかスッキリします。

 

そんなことを思っていると、私の視線の先に空間の亀裂ができる。

私が休むタイミングを見計らっていたかのように開いた異空間への入り口から、紫が出てくる。

いつもの服装ではなく少しリボンの装飾が多い……また新しい服を作ったのだろうか。

「頑張っているようね」

 

「ええまあ…」

 

急に来られてもどう返していいかわからない。

まあ紫のことだから私のところに来るということは何かあると言うことなのでしょうけど。

「あら?妖怪の賢者様がどうしてここに?」

 

「そう言うあなたはどうしてここにいるのかしら?元博麗の巫女」

 

「べつに…友人の家に居たっていいじゃない」

 

べつに悪いことではないでしょう。それに、妖怪と人間が共存している世界になればもっと増えますよ。

 

「人間が妖怪と友達…ねえ……やっぱりあなたを見てると飽きないわ」

 

いつも見ているのですか流石、隙間妖怪…でもそんなことやっているとそのうち変態とか変質者とか言われちゃいますよ。

 

「それで、今回はどうしたの?」

こいしが紫の周囲をくるくる回り始める。

どうして周囲をくるくる回るのかよくわかりませんが、あの子なりの何かなのでしょうね。

そういえば紫の服装はあまり見ないですよね…欧州方面でもなかなか見かけないタイプですし…どちらかといえば道教の服装も一部入っているような…

今はどうでもいいことですね。

 

 

「用があるのはさとり、鬼の四天王からの伝言を預かっているわ『地底に来てくれ』だって」

 

伝言?それもあの二人がわざわざ紫に?一体どう言う風の吹き回しなのでしょうか。

あの二人の性格からして紫に何か頼むなんて緊急時でもありえないようなものです。それが今回紫に頼んでまで私を呼びに来るなんて…

もしかして相当まずいことでもあったのだろうか。

 

「地底ですか?何かあったのでしょうか…」

私が地上にいることは向こうだって知っている。それなら普通に伝令を出すか、自らこっちに来て連れてくれば良い。それをしないと言うことは…やっぱり…

 

「さあ?私は基本不干渉だから分からないわ。でもかなり緊迫していたように見えたけど」

 

そうですよね。紫がそんなことまで知っているはずないですよね。うん、知ってました。それにしても緊迫してる…ですか。あの二人が緊迫するなんてよほどのことが起こっているのでしょうね。

でも、不穏な動きのようなものは前までは無かったわけだし、だとしたら人為的なものではなく自然的な物でしょうか…それとも私の知らないところでまた何かトラブルが?

思考をフル回転させて考えてみるが、思ったほど良い答えは出ない。

 

「何かあったのお姉ちゃん?」

 

「分からないわ。一応これから行ってみるけど…」

 

考えても想定できないものは無理。一旦地底に降りて二人と合流したほうがいいですね。

「ふうん……じゃあ私もついて言ってみようかしら」

 

「貴方はダメよ。元博麗の巫女が必要以上に妖怪に手を貸すなんて知れたら大変なことになるわ」

 

まあそうだろう。本来の博麗はあくまでも人間と妖怪の合間に位置し、両者のバランスを取る存在。どちらに肩入れするわけにもいかない。

基本的に妖怪側が暴れることが多く、またそれを退治したり追っ払ったり時に異変を解決したりする事が多いから勘違いされやすいですけど…

 

「私はもう引退した身だしそれに妖怪とか人間そう言うのじゃないわ。私とさとりの問題よ」

 

そう言ってリボンを取る藍璃。リボンにより固定されていた黒色の髪の毛がふわりと中に舞う。そのまま巫女服すら脱ごうとしたので慌てて止める。

やりたいことはわかるのですがここ一応外ですし、今服取って来ますからちょっとまってて!

「私服取ってくるね」

こいしが家の方に駆け出して行って、ようやく周りが落ち着く。

 

あ、でも藍璃の体格に合う大きさの服あっただろうか…

私やこいしやお空の服じゃ小さすぎますし、お燐の服でも足りるかどうか怪しい。

着れない事はないですけど正直小さい服だとなんだか色々とまずい気がするのですが…特に藍璃は体型が良いですし…

 

「仕方ないわね…でも無茶はできないわよ。貴方もう年なんだし」

 

「わかってるわよ。ちょっと付いて行ってなにもなきゃ帰ってくるわよ」

 

それでも地底の鬼は厄介ですよ?基本人間不信拗らせてますし…

……一応お空とお燐を呼び戻した方が良いだろうか…でもあの二人は少し離れすぎていますしすぐに戻ってくることはできそうもない。

 

つまり私の純戦力は、私自身とこいしだけ。正直状況によってはすぐに逃げることも視野に入れておいたほうが良いでしょう。

 

そうだ、そういえば10年前あたりににとりさんがくれた武器がありましたね。使い道ないからお燐に預かってて貰ってますけど…確か家に置いていってたはず…

ちょうどいいですし持っていきましょう。

一人で色々と決めたり納得したりしていると、肩に誰かの手が置かれた。

振り返ってみると、紫がいつのまにか私の後ろに転移していた。思考にのめり込みすぎていて気づきませんでした。

 

「何かあったら私を呼びなさい。藍を貸してあげるわ」

 

「ありがとうございます…でも藍さんも忙しいんじゃ…」

 

「あの子、基本的に家の外に出ようとしないのよ…だから連れ出してくれない?」

 

藍さん…家に引きこもるのはどうかと思うますよ?まさか私のところにくる以外ほとんど自分で家の外に出ないのですか?それ…やばくないですか?どう考えても原作の私みたいになってませんか。

 

「わかりました…じゃあ、今お願いできますか」

 

「いいわよ。聞いていたでしょ藍、出て来なさい」

 

紫が開けっ放しにしている異空間への入り口にそう声をかけると、少しして見覚えのある帽子と黄金色の尻尾が生えた女性が出てくる。

なんだか前にあった時より髪の毛が伸びたような…ショートだったはずがセミロングになっている。

 

「話は聞いていたでしょ?お願いね」

 

「承知いたしました」

 

 

「それじゃあ、早速だけど行きましょうか!」

どうして藍璃が場を仕切っているのですか。というかいつの間に着替えたんですか?

着替えたなら着替えたって一言いってくださいよ…

それにしてもやっぱりお燐のでも小さかったですね…服に余裕がほとんどないじゃないですか。

腰回りに無理無理帯止めしてるせいで胸の強調がひどいのですけど…普段よりも胸がおっきく見えるとか流石に嫉妬ですよ?

水橋のところ行かせたら絶対戦いが起こりますよ。

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

そう言い残して紫は帰ってしまう。すごいマイペースですよね…

というか私の心境知ってて今「いってらっしゃい」言いましたよね⁉︎

 

「うん…まあよろしくお願いします」

 

「他人行事みたいなことしないで。私とあんたの仲でしょ」

 

そうですね…

それじゃあ行きましょうか。

 




もしもの世界

もしさとり様が聖杯戦争に召喚されたら

その1
第四次聖杯戦争

召喚の光が収まった時から切嗣は何かがおかしいと感じた。
それは光が収まりそこにいた彼女を見て確信に変わる。
「なあアイリ……たしかにあれはエクスカリバーの鞘だったんだよな」

「ええそうよ…そのはずなんだけど」
たしかにエクスカリバーの鞘を媒体に召喚したはずなのだ。
だが目の前にいる少女からは英霊特有の覇気は感じられない。それどころかその見た目と相まってもはやあの有名な騎士王には到底見えなかった。

「なぜ型月……いえ失礼。召喚に応じ参上しました。クラスセイバー…古明地さとりです」

「日本の英霊…にしては聞いたことない名前だ」

「あはは……ですよね」

(今回の聖杯戦争…大丈夫だろうか)
そんな不安が切嗣を内部から喰らい尽くす。

「でも安心してください!なんとかしますから」






結局彼女の言う通り、聖杯は汚染されていた。
彼女はそれを教えようと必死だったのだろう。だが僕は耳を貸さなかった。その結果がこれだ。
目の前で元々遠坂のサーバントであった英雄と対峙する彼女を見る。
令呪を使わずとも、彼女には言いたいことがわかっているのだろう。同時に僕のこの後悔も全て…
「わかりました…ではお元気で!」

そう言って彼女は聖杯を破壊した。




その2
第五次聖杯戦争セイバー

蔵の中に満ち溢れていた光が拡散した時、目の前にあった魔術陣の真上には一人の少女が立っていた。
「えっと…士郎さんですよね?初めまして…古明地さとりです」







「想起…『ゲートオブバビロン!』」

どこからか聞こえたその声とともに、イリヤたちの周りに展開されていた宝具が弾かれるように消え去る。


「貴様!王の財を模倣するだと⁉︎その行為、万死に値する!」

「そんなこと知ったこっちゃ無いですよ。私は私のしたいようにするだけです!」






その3
第五次聖杯戦争バーサーカー

部屋に満ちていた光が収まり、なにかが蠢く。未だに発生した煙のせいで正体はわからない。だけどなんだか違う気がする。

「……成功した…の?」

成功すればバーサーカークラスのヘラクレスのはずなんだけど…
でも目の前にいる子は英霊の持つ特有の気はしないし、それに小さい。せいぜい私と同じくらいだ。
ヘラクレスってこんなんだったっけ?私はもうちょっと強そうなイメージだったんだけど

「どうも、今回はバーサーカーですか…都合がいいです」

「意思疎通が…出来るの?」

目の前に現れた少女はたしかに私に話しかけていた。それも流暢な日本語…まさか日本のサーバントが?
それ以前にバーサーカーは意思疎通できないはずじゃ…

「初めまして、古明地さとりと申します。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

どうして私の名前を⁉︎まだ名乗った覚えはないのに!

「ふふ、全てこれからお話しします」




私の人格と小聖杯を分離し私を普通の人として生かしてくれた彼女は、もうこの世界にはいない。
元々幻想なんてものはこの世にはいてはならないらしい。よくわからなかったけど…彼女自身は幻想って言ってたけど…それでも私の中では彼女はそこにいたし今も生きている。
だってそうでしょ?


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depth.54さとりは知らないところで妬まれる

青々と繁った木々の合間にぽっかりと空いた地底の口。

その奥は本当に奈落の底になっているかのごとく、生物を寄せ付けようとしない闇を放っている。

 

「ふうん…これが地底への入り口ね……初めて見たわ」

 

「普段は山の天狗が出入りするのに使ってますし中間地点にある地底空間は資源が豊富ですから河童なんかも来ますよ」

 

私の説明を聞きながらも退治しようとするならどうするべきかと元博麗の巫女らしいことを考えている藍璃。

考えるだけならまだ問題はない。それを実際に実行するのであれば少しこちらも手を打たなければならないのですが、彼女に限ってそんなことはしないでしょう。

 

「私もここは初めて見ましたね…」

 

藍さんは普段隙間移動してますからね…こんなところ用事がなければ来ませんしここにわざわざくる事もなかったでしょうからね。

 

「それにしても疲れたよお姉ちゃん……休もうよ」

 

ふらふらした様子でこいしが私の肩に全体重を乗せてくる。

飛行中にそれをやられるとバランス崩すからやめて欲しいのですけど…それにあなたが疲れてるのは自業自得ですよね…

 

「調子に乗って藍さんと空中戦するからでしょ……貴女と藍さんじゃ体力の桁が4つくらい違うって言ったじゃない」

 

「そうだけど…」

 

「さとり様は私をなんだと思ってるんですか?」

 

「そうですね……バルディエ◯」

 

「13使徒じゃん…そりゃ強いわ…お姉ちゃん最初からそう言ってよ」

 

「待ってください!なんですかそのバルディ◯ルって⁉︎」

 

知らない方がいいこともこの世界にはたくさんあるんですよ…

まあリ◯スとか◯リンとか……あ、リ◯ンは人間か……

 

「でも疲れて来たのは事実よ。一回休みましょう」

 

藍璃が言うなら…

「じゃあ穴に入る前に休みましょうか。すぐそばに監視用の小屋もありますし」

 

「それって天狗のじゃないのですか?」

 

「借りるだけなら多分大丈夫ですよ…排他的とかよく言いますけど根はいい人達ですから」

 

ふつうに家の転移装置が使えればこんなことろまでわざわざ来る必要は無かった。

 

いや、あの扉の点検を早めにしておくべきだったかもしれない。そうすればもっと早く異変に気づけた。

いつも通りあの扉を開こうとしたのですが、何故か全く開かない。

まるでそれ自体が元から開かない飾りだったかのように扉は1ミリも動こうとしなかったのだ。

起こってしまったことはもうしょうがない。

ともかく今は、地底に行くしかないけど…こっちの転移回路まで使えなかったらもう手の打ちようが無いです。

 

丁度小屋にいた白狼天狗がこちらに気づいて飛び上がってくる。

よく見れば見知った顔……楓さんだった。

 

知っている仲なので話も早くつけられ、小屋を丸々貸してもらうことになった。

一応藍璃が元博麗だとは伏せておきましたけど薄々分かっているような目つきでしたね。

バレたところでどうということは無いのですけど博麗の巫女は色々なところで恨みを買ってますから口外するのはダメ。

 

「それで、そこの穴を降りるのね」

 

「落ちた方が早いですよ。でも減速を間違えると湖にダイブしますけど」

 

90キロ近く落ちるわけですからね…相当時間かかります。

小屋から見えるその穴の入り口を見てふとどうでも良いことを考える。

 

こいしの方を見てみると、持って来ていた魔導書を確認しているようだ。

そういえばあの本の中に収納魔術の本があったはず…こいしは何を入れているのだろうか。

 

「こいし…その本なにが入っているの?」

 

「えっとね……両手剣と片手剣と槍と投槍といろいろかな…入れすぎて忘れちゃった」

 

もうちょっと計画的に入れたらどうだろうか……

 

 

 

 

 

 

その後も休むだの何だのといろいろとあったり穴を降りる途中で藍璃が藍さんにおぶられたりとなにかと落ち着くことはなかったです。

珍しく地中を移動するムカデのような妖怪と遭遇して藍さんが狐火で燃やしたりせっかくだからとキラキラした石をお土産に回収していたりと道草が増えてしまった。

 

結局穴に入ってから2時間以上かかってようやく地底湖が見えてきた。

同時に両開きの扉も……

 

「あれ?さとりじゃん。珍しいねえ」

 

門に近い岩場のところに腰かけた少女が声をかける。

「……門番?」

 

「そう、ここで門番やってるヤマメだよ。人間さん」

 

一瞬藍さんと藍璃が戦闘状態になるけどそれを制する。

要らない戦いは避けたほうがいい。

 

それに土蜘蛛本来の姿でないということは機嫌が良いのでしょう。

機嫌悪いとすぐ本来の姿になってますからね…まあ旧地獄の入り口ならそっちの方が見た目的に違和感ない気がするのですがね。

私としてはケロベロスとかもいいと思うのですがあれは封印指定を受けた魔物のようなものですし…暴れん坊な犬は飼うのが大変ですからね。

 

「家につけておいた転移装置が動かなかったのでこっちに来ました。通してもらえます?」

 

「ああ、そういうことね。今開けるからちょっと待っててね」

 

そういうとヤマメさんは岩場から降りて扉の前に飛んでいく。術式のようなものが展開されて赤色の光がヤマメさんを追って扉の前まで続いていく。

「そーれ!」

雰囲気とは場違いな掛け声とともに両開きの扉がゆっくりと押し開けられる。

扉の奥には見慣れた地底の風景が広がっていた。

「あれ?旧都までつなげたはずなんだけど……」

 

でもヤマメさんは何か不満だったらしい。

 

「どうしたのですか?」

 

「旧都の外…えっとね…橋の手前まで移動しちゃってる」

 

「橋って…結構端っこじゃないですか」

 

おかしいですね…普通この扉は旧都入り口まで繋がっているはずなのですが…やはり何かが起こっているのだろうか。

 

「橋ってなんのこと?ふつうに通過すればいいんじゃないの?」

 

「えっとですね…地底における橋は元々現世と隠世を繋ぐ為の橋なんですよね」

 

元々地底は旧地獄であり分離する前にここに転移させられたことにより唯一の入り口となる橋も一緒にくっついて来てしまっている。

今となっては形だけのものなのですが、いまだに彷徨っている怨霊なんかを地底に留めておくための堤防みたいな役目をしているのだ。

 

「水橋とご対面ですか……」

 

「珍しいですね。さとり様がそんなめんどくさそうな顔するなんて」

 

「あたしには面倒くさがってるのかどうかすらわかりゃせん」

 

「そういえばお姉ちゃん…パルちゃん苦手だっけ?」

 

「苦手というより向こうが徹底的に避けてくるので対応し辛いんですよ」

地底に初めて来た次の日に一応彼女のところに顔を出したのですが、何故か最初から物凄い剣幕で追い返された挙句…その後も会おうとするたびに避けられるしなにかと因縁つけたりとが続いている。

彼女に何か悪いことしただろうか?

 

それとも嫉妬と何か関係でもあるのだろうか…

 

「さとりでも苦手な人とかいるのね」

 

「私は聖人君主でもなんでもないですからそりゃ苦手な人くらいいますよ」

 

というかこの場合は向こうが一方的に関わるなと言って来ているようなものだからどうしようもないのですけどね。

 

まあ仕方がない。別に邪険な態度ってわけでもないですからいいんですけどね。

それに通過するくらいなら大丈夫…うん。話がわからないってわけじゃないですから。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 

地底といえどいつも夜みたいに暗いわけではない。建物の灯や壁、天井部分に付けられた大型の灯りなどがあるので昼間と大して変わらない程度の明るさは保っている。

地獄の空よりかは明るいらしい。

 

そんな中でも唯一夜のような雰囲気を出しているのが、この橋だ。

周辺に灯りがないから仕方のないことなのですけど雰囲気としては唯一恐怖を演出してくれるところ。

この橋はなんの変哲もないただの橋です。

重要なのはその概念。これは地獄…というよりも隠世と現世を結ぶ役割をしている。似たようなものとしては三途の川が近いです。

まあ下を流れてる川は別に三途でもなんでもなくただの川なんですけどね。

ついでに死者の魂がここを通過して現世に行くことは不可能な構造になっている。まあ地獄から切り離され現世に存在するようになってからは形だけが残っているに過ぎないのですけどね。

 

「あら、こんなに外から人が来るなんて珍しいわね」

 

橋の欄干に腰をかけた少女がまあ可愛らしい声で話しかけてくる。ただしその目は獲物を狙うかのように鋭く、やや緑がかった光を放っていた。

やはり私がいるからなのだろうか、雰囲気が刺々しい。

「えっと……ご無沙汰してます」

 

「妬ましいわね…」

 

そう言いながら欄干から降りた彼女は、私達の前に歩いてくる。彼女こそが、水橋パルスィ。ここで門番みたいなことをやっている橋姫です。

実際に門番をやっているわけではないですけど、よく不審な奴が通ったとかそういう情報を流してくれるのでなにかとお世話になっている。

 

「なかなか…難儀な性格だな」

 

「あんたの境遇に比べたらまだいい方よ。全く…今回の連中は妬ましいやつばかりね」

妬ましいと言われても…確かにこいしが腕に引っ付いて怯えているわ、藍さんが隣で藍璃をおんぶしながら睨んでいるわで妬ましいところもあると思いますけど……

 

「妬ましくてごめんね」

 

こいしが謝るもののそれで動じるような彼女ではない。それは私が一番よく知っている。

 

「ほんとよ。なに?私への当てつけ?私が基本一人だから?」

 

うーん……捻くれているというかなんというか……悪い人ではないのでしょうけど…

まさかこいしにまで当たり散らすとは…いや、本人にそんな気はないのでしょうけど…自虐的なんだか何なのだか…

 

「あ、通りたいの?どうぞご勝手に」

 

あーはい…そうします。というかそうさせてください。

 

「あ、でもさとりは残りなさい。少し話しがあるわ」

 

「……え?」

 

今なんて……まさかこの方が私を呼び止めるなんて…一体どうしたのだろうか。

 

「聞こえなかったの?それともその『眼』でちゃんと読んだら?」

 

「こいし、先に行っていて、少ししたら追いつくから」

 

 

三人の姿が見えなくなったところで、パルスィが私のすぐそばに来る。服のポケットに入っていた右手を私の前に持ってきた。

何か渡すものでもあるのだろうかとかそんなことを考えてしまう。

「火…無いかしら?タバコ吸いたいのだけど」

そう言って手に持っている煙草の先端を私に向けてくる。

 

「……どうぞ」

 

自分で火くらいつけてるだろうになぜか私にさせてくるとは…なにを考えているのやらだ。

別に断ってまた妬ましいだなんだ言われても何の得にもならないので素直にタバコの先端に火をつける。

 

「ちょっと火力強いわよ…まあいいわ」

 

そのまま一服…煙草の匂いは好きじゃないんですけど…というかほんと体に良くないですからほどほどにしてくださいよ…

煙草に対して延々と愚痴を考えていたらパルスィが私の左胸のところをじっと見つめているのに気がつく。

 

「眼を隠してまで仲良くしようなんてそんな綺麗事のようなものまだやっているの?」

 

毒舌が突き刺さる。

 

「そうですけど……」

 

確かに綺麗事ですけど……

 

「妬ましいわ…どうしたらそんなこと考えられるのかしらね?いずれにせよその相手はあなたを忌避するのよ?私と同じように」

 

そういえば貴女の能力は…そうでしたね。私と同じくらいに忌避されるものでしたね。

嫉心を操る…それはヒトを操るのとほぼ同じ。それも相手の自由意志を残したままで行動の方向性を決められるというものだ。まあ忌避されるでしょうね。

「そうでしょうね…全て捨てて、一人でどこかに閉じこもるか、はたまた眼を捨てて消失するかすればそんな事心配しなくて済むのでしょうね」

 

「わかってるじゃない」

 

「でも私はやめるつもりはありません」

 

それをやめてしまえば私は人間をやめる事になる。うん、妖怪は孤独でも畏れられてれば生きてはいられるけど人間はそうはいきませんから。

 

「訂正、あなたは分かってない。というかどうしてそんな風に考えられるのか全く理解できない…ああ妬ましい。そんなふうに考えられる貴方の感性が妬ましいわ」

 

人間ですから……思考の根本が狂ってるだけですよ。

 

「自分のことは自分が一番知ってますよ。それでも……」

 

「もういいわ。あなたが辞めるつもりはないなら私とは絶対相容れないわ。勝手にしなさい」

手を振りながら私の言葉を遮る。いつのまにか不機嫌そうな表情になっていて、やっぱり不機嫌だった。

それでも彼女の言葉に棘はなく、なんだか別の感情が読み取れた。

 

「……心配してくれてるのですよね」

 

ちょこっとだけサードアイを出してパルスィの心を覗く。

 

「はあ⁉︎なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ!私がしなくたってあなたの周りに心配する奴たくさんいるでしょ!妬ましいほどに!」

 

本心を言い当てられて大きく動揺しているのが声からも理解できる。

何だかんだ私を避けることが多かったのですけど意外といい人でしたね…まあ普段からなんな態度ですし、本人も大団円とかみんなと仲良くっていう方面は嫌いらしいですから私とは根本的に合わないですけどね。

 

「はいはい、そういうことにしておきますよ」

 

無表情な私は彼女にどう映っているのだろう…

 

「む…むかつく…」

 

「覚妖怪は煽るのだけは種族上得意ですから」

 

煽ったことなんてほとんどないですけど、というか煽ることなんて今までなかったですけど。

 

「もういいわ!気をつけなさいって警告しようとしたけど知らない!妬ましすぎて吐きたいわ」

 

そう言ってパルスィは煙草を咥えたまままた欄干に腰掛けてどこかを見つめ始めた。

「ご忠告ありがとうございます」

 

素直じゃないだけなんですね…次ここに来るときは何かお菓子持っていきましょう…どうせ妬ましいだなんだいうかもしれませんけど…というか絶対言いそうですけど。

 

私の言葉が届いたのかなんなのかは知らないが弾幕が一個だけ飛んできた。別に当たるわけでもないので完全無視です。

さっさと去れということなのだろう。

こいしたちを待たせるのも悪いですから行くとしましょうか。

 

 

 

 

 

「……」

 

フィルターまで吸い尽くした煙草を消火して握り潰す。

気に入らない…何がと問われれば、あいつの態度が。

妬ましい……どうしてと聞かれれば彼女の周りに集まる幸福が。

 

やっぱり私はあいつとは相入れない。そもそも仲良くする気もない。

それが嫉妬からくる感情だというのは自分が一番わかっている。

だけどそれがどうした?私は嫉妬を司る種族だ。だからしたいようにする。それに私自身が一番嫉妬深いなんて言うのは何度も確認したしもう諦めている。

 

やっぱりしたいようにするのが一番だ。だけどあいつはそうじゃないらしい。

自らを偽り、その偽りの上に交友関係を築こうとする。

それにもかかわらず築かれたものは偽りなど壊してほんとうの自分と深く繋がる。

それが不思議でそして妬ましくて仕方がない。

私と同じ忌避されるはずなのにだ。

 

それが一番妬ましい。多分私があいつに嫌悪感を抱いたり相容れないと思うのはそういう嫉妬が引き起こしているのだろう。

ならば仕方がない。私は嫉妬……基本的に心の闇だから。あいつみたいに自らを偽って誰かと仲良くなんてものはしたくない。

 

「……あ…」

 

新しい煙草を出そうとして、さっきのが最後の一本だと気づいた。

買いに行かないとなあ…



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depth.55さとりがキレた上

「……静かですね」

 

橋を越えてから感じていた違和感は旧都に入ったことで異変だという確信に変わった。

 

「そうですね…ほとんど家の中にいる気配はあるのですけど」

 

普段賑わっているはずの街中は今はヒト一人っ子いないゴーストタウン化していた。

一応人がいない訳ではなさそうなのですが…姿が見えない。

藍さん曰く家の中には居るらしいので一応大丈夫っぽい。

 

さてさて、この異常事態…どう考えるべきか…

やはりただ事ではないのですが肝心の敵が見えない。こういう場合は入ってきた私達に対して何かしらの反応を見せるはずなのですが…どうしたのでしょうね。

 

向こうがその気ならこちらから仕掛けるのもありなのですが情報が不足している中でむやみに動いても向こうに付け入る隙を与えるだけ…やはりお空やお燐を待った方がよかったでしょうか…人数的にも。

 

「っ⁉︎」

 

先頭を歩いている私の体が誰かに引っ張られ、抵抗する間も無く路地に引き摺りこまれる。

まあ後ろにいる面々が追ってきてくれているのでおそらく大丈夫ですけど…

 

私の肩を引っ張る手を逆に引き返す。

ズルりとした感触と一緒に、棘のようなものが後頭部に接触した。

 

「痛った!」

 

「あ…萃香さん」

後頭部に当たったのは萃香さんの角だった。

痛いのはこっちなのですが…まあ刺さらなかっただけ良かったと思うべきか…

 

「萃香様?何してるのですか」

 

藍さんと藍璃が一瞬だけ攻撃態勢をとったけど…ほぼ同時に放たれた殺気ですぐに形勢を崩されてしまう。

 

「不用意に襲うな…今こっちはそれどころじゃないんだから」

 

藍さんも藍璃も無意識のうちに怯えてしまう。でも……

怒っているようだけど別に怒っているわけではない。萃香さんが本気で怒ったときは周辺の温度が下がる。比喩じゃなくて本当に……

 

「そこまでにしてやんな。こいしが怯えちまっただろ」

 

私の背後、路地の奥から落ち着いた声が聞こえる。

見ればこいしの姿がない。どうやらさっきの瞬間に私の後ろ側に行っていたようです。

 

路地の奥から顔を出した勇儀さんの後ろに隠れてしまっている。

萃香さんそんなに怖いのでしょうか?

 

「勇儀さん…一体何があったんですか?」

 

本人が来てくれたのなら丁度良い。さっそくだけど私達を呼んだ理由を知りたいですからね。

 

「すまねえ…ドジ踏んじまった」

 

いや…あの……いきなり謝られても…何が何だかなのですけど。

 

 

 

どうやら私達が地上にいる合間に、何者かが旧都を起点に妖力を封じ込める呪いのようなものをかけたらしい。

被害を受けたのは、呪いが発動した時点で旧都内部にいた者で旧都の外までは及んでいないらしい。

呪いはどうやら体力を奪うタイプのものらしく、力のある者でも多くが体力を消耗させられてしまっていてまともに動けないらしい。

萃香さん達も現状では私と同じくらいの力しか出すことが出来ないのだとか。

一応旧都の外にいたヒト達が中心になって首謀者を探しているらしいけど人手が足りない上に脳筋が多いから全然ダメらしい。

 

一応、連絡としてあの扉を使おうとしたらしいのですが、どうにも動かなかったらしく。偶然現れた気まぐれさんに頼むことにしたようです。

 

「それで…どうして連絡用の扉とかが一切反応しなかったのですか?」

 

流石に壊されたわけではないでしょう。そもそも壊れたらなんだかの被害が私の家と地底の方の扉の双方に出るはずですし…

 

「さあなあ…私らにはわからない。そういうものはそっちの狐が詳しいんじゃねえか?」

 

そう言って藍さんの方を指す。

そういえば街に入ってから何か考え込んでいる雰囲気がありましたけど……何か感じ取っていたのでしょうか?

 

「おそらくこの旧都にかけられた空間固定術式に引っかかってる可能性があります」

 

なにやら呪文のような単語が出てきた。というかそんなものがかかっているならもっと早いときに言ってくださいよ。

藍璃もなにうんうん頷いているんですか。

「空間固定術式ってなんなの?」

 

こいしの問いが最もです。そもそも術式なんて私は詳しくないんですけど…

 

「そうね…簡単に言えば、空間そのものをその場所に固定する封印術式の一種よ」

 

「そっちの人間…結構術とか詳しいんだな…」

 

「その方は元博麗の巫女です」

 

「……さとりの知り合いなら…大丈夫だな」

 

すごい基準ですね…私の知り合いなら大丈夫って。確かに一種の判断基準としてはいいと思いますけど…

 

「それで、どうして空間固定がさっきのことと結びつくの?」

 

おっと話がそれてましたね…

藍さんが何か言おうとしましたけどそれより早く藍璃が口を開く。

 

「空間を跳躍するっていうのは言ってしまえばある一点を空間的に不安定、又は空間を破壊して行うものなの。例えば、貴方達の家にあるあの扉の場合、転移先と転移前の空間を同次元の異空間に変換、接続させることで空間跳躍を行うの」

 

難しい話な為かこいしの頭から煙が出ている。

それよりも、つい数時間前に初めて見せたあの扉の構造を理解していたのですか⁉︎流石巫女です…恐ろしや。

 

「だけどこの封印は空間をその空間の状態のまま固定するものなの。つまり空間を異空間に変換することができなくて転移装置が使えなかったってわけ」

 

解説ありがとうございます藍璃……こいしの頭はオーバーヒートしてますけど

私も半分しか理解できていませんけど。

 

「でも紫の空間は繋がったのですね…」

 

「紫様の場合は現空間に影響は与えていません。与えているのは向こう側の空間のみです」

 

なんだろう…この二人がいたら結界とか術式とか全部解読できそうです…

もしかしたら萃香さん達にかけられた呪いも解けるのではないでしょうか…

 

「それは…無理です。私は呪いをかけた者ではありませんから」

 

「私も無理ね。術とか結界なら力技とかで壊せるけど呪いは方向性が違うわ」

 

ダメでしたか…それにしてもまさか妖怪最強クラスの二人を封じられてしまうとは…相手も相当な策士ですね。

 

 

「それで?敵は?」

 

こいしが萃香さんに後ろから抱きつきながら質問する。

いくら弱体化しているからと言って…まったくこいしは…

 

「私達はまだ見てねえ…だけど絶対いるはずなんだよなあ…」

 

全く姿を現さないと来ましたか……

思考をほぼ全力で使用し少ない情報から想定される複数の状態を考える。

全く姿を現さないということは表すと何か不都合なことがある場合、もしくは心が読める私やこいしを警戒しているかのどちらか。それでも私達を倒すかどうにかしないと目標は達成できない可能性がある。だからこのように旧都に罠を仕掛けまくった。なら旧都の自体はブラフの可能性が高い。なら目標はここではなく旧地獄の設備…だがあそこに張られた特殊な封印はそう簡単に解けるようなものでもないし封印指定された者達を使用するにしたって制御できるものではない。リスクが高すぎる。じゃあなにがしたいのか…考えられることは相手は私たちを傷つけず何かを行おうとした。だとすれば今回のこの件も辻褄があう。でもそうまでして地底でなにをしたいのか…それが分からなければ意味はない難しい(簡単)ようで(に見えて)解読し難い(理解しきれない)

 

 

「術式は旧都のみだからおそらくこの中に手がかりとかそういうのがあるはずよ」

 

それは術に対してのもの…だけど術を発動した痕跡さえあれば博麗の巫女ならある程度追尾することができるはず。

 

ならやってみる価値ありですね。

 

「それじゃあ、私とこいしは街の外を探して来ます。そっちは街の中を調べてください」

 

「危険ではないのですか?」

 

「多分大丈夫です。あ、そういえば帰ったら……」

 

「お姉ちゃんそれフラグだからやめて!」

 

失礼ですね…私がフラグなんて立てたことありましたか?万が一立てたとしてもそれはロードローラーの目の前に立った小さな旗であって踏み潰される運命ですよ。

 

 

 

 

 

こいしと二人で旧都の周辺を調べながら飛ぶ。だけどめぼしいものは見つからない。

こういう探知はこいしの方が得意だけどあの子曰く、見つかるかどうかは運次第。だそうで…

結局わからないままだった。

あるいはあったとしても見落としているか…

 

「困ったねえ……」

 

やはりこういうものは街の中で発動させるものだったのでしょうか……それにしても静かですね。

地底の主が来ているのは多分向こうだってわかっているはず。なのに全く反応をよこさないということはきっと……

 

「灼熱地獄の方に行ってみるわ。来る?」

 

「え?そっちまで行くの?」

 

あくまでも勘です。後は封印指定のものとか色々見せちゃまずいものがあるところにも行ってみたいですけどそっちは後にしましょう。

 

「一応確認だけはしておきたいから」

 

「わかった。じゃあ行こっか」

 

少し距離がありますけど…飛べる私たちにはあまり関係がない。

……こうしてこいしと並んで飛ぶのも久しぶりな気がする。

たまにはまたみんなでどこか旅行してみるのもいいですね…せっかくですし南西方面とか欧州なんかも行ってみるといいかもしれない。

 

「お姉ちゃん、あれ見て」

 

こいしが何かに気づいたようです。

 

飛行ルートに待ち構えるように立っている人影……怪しいので密かにスペルカードを用意して戦闘に備える。

 

 

なにかが飛んでくる。

それは私の右頬を掠めるようにして後方に抜ける。

そこだけが焼けたかのように鈍い痛みを発して頬を赤い液体が流れる。

刀を放り投げて来たようだと気づいた時にはすでにこいしは弾幕を放っていた。

射線にいた人型が遠くに吹っ飛ぶ。だけどそれを皮切りに周囲に大量の人影が現れる。あっという間に周囲を囲まれた。

 

「どうして死霊妖精がこんなに!…あっ」

 

あっけにとられていたら足を真下に引っ張られる。視線を下ろすと、妖精がガッチリと掴んで地面に引きずり落とそうとしていた。

 

「お姉ちゃん!完全に罠だよねこれ⁉︎」

 

こいしが叫ぶけど向こうもこっちも取っ組み合い状態です。

私に襲いかかって来た妖精を放り投げる。

息をつぐ間も無く突っ込んで来た妖精を右手ではねのける。だけどすぐに方向転換しこちらに弾幕を撃ち込んできた。

零コンマ数秒の差で私の体が弾幕の軸線から離れすれすれを殺意の塊が通過していく。

 

 

「しかも強くないですか?死霊といえど妖精ですよ」

 

死霊妖精…文字通り死霊の妖精…英名はzombie fairy。

元々は悪霊や怨霊に取り憑かれた妖精で普段は大人しくしているのですが…こんなにたくさん襲いかかってくるなんて一体どうしたのでしょう。

 

そんなことを考えていると死霊妖精達が一斉にこちらに突っ込んで来た。

慌ててスペルを放つ。

想起『神の盾』

これは防御用のもの。弾幕で作った壁のようなものとその壁に紛れ込ませた追尾攻撃型の妖力弾による二重の防御スペル…言って仕舞えば耐久スペルだ。

想起入っているけどやっぱりこれも相手の技ではなく自分の記憶の一部から引き出したもの。

 

「お姉ちゃん!ここじゃ不利だよ…一旦引こう!」

 

こいしが袖を引っ張る。

 

「そうね…耐久スペルが突破される前に逃げましょう」

 

どちらにしろ周囲を囲まれやすいこの場所では数の暴力は有効打すぎる。

周囲を囲まれているとはいえ弾幕を撃ちながら突入すればなんとか逃げ出すことはできる。

急降下して地面に降り立ち一気に突っ走る。さっきみたいに足を引っ張られたりということがないのでむしろ逃げる時は地面の方がいい。

 

 

 

 

 

「いや!離して!お姉ちゃん助けて!」

 

だけどそう簡単には行かないらしい。

 

「こいし‼︎」

 

真後ろでこいしの叫び声が響いたので振り返ってみれば、女性のような姿の妖精がこいしを捉えていた。

白色のワンピースとその上から着込んだ独特のコート…そして長く伸びた金髪…

抜け出そうともがいているけど体に腕とリボンを巻き付けられて完全に動きを封じている。

いつの間に現れたのだろう…それにあの気配は只者じゃない。

私を囲うように死霊妖精もわらわらと集まってくる。もしかしてあいつが操っているの?だとしたらどうやって……でも原作のお燐は操っていたわけだし死霊妖精も操れないわけではない。

 

 

「こいしを離しなさい!」

 

「動クな…こいつがどうナッテも……イイノか?」

 

良くない。人質を取られてしまってはこちらはなすすべがない。それに体の運び方も向こうの方が上ですから……

「……こいしに手を出したら…容赦しませんから」

 

「それハ…貴女次第よ。大人しくコチラノ指示に従っテもらオウか」

 

完全にやられましたね……

サードアイで心を読む。目的、狙い…相手の親玉…全ての情報を盗み見る。だけど分かったのはアレの目的だけだった。

どうやら、私の武装解除が目的らしい

持っていたスペルカードを全て地面に下ろす。

後腰につけている刀…

相手が知っているのはこれくらいか…なら家から持ち出したこれはバレないはず…

「腰にツケテルそれも外すノよ」

 

ダメだった……

仕方なく腰のホルスターから取り出したそれを地面に下ろす。

刃渡り40センチのナイフを先端にくっつけた38口径自動拳銃は使われることなく地面に降ろされる。安全装置は解除しているのでいつでも撃てますが…

 

「それジャあ…大人しくソノ場にいなサい」

先程から引っかかるような喋り方…気配からして妖精ではないのですが妖怪でもない…多分悪霊か怨霊の一種のようですけど…でも足元が少し黒い。それにこいしを背後から捕まえるとなると相当の実力を持っていることになる。

「観察するだけムダヨ。そんなお行儀の悪イ子は始末しなキャね」

隙がないやつです…

相手の腕に妖力がたまっているのが感じ取れる。どうやらここで私を始末するつもりのようだ。

 

「やめて!お姉ちゃんに手を出さないで!」

 

こいしが彼女の腕に噛み付く。

思いっきり噛んだのか血が吹き出る。

 

「ウルサイ‼︎」

でも全く動じた様子はない。痛覚が死んでいるのだろうか…

「先にコッチを黙らセたほうがイイな」

嫌な笑みを浮かべながら金髪の女性が死霊妖精の一人に指示を出したようだ。

「なにをするつもり⁉︎」

 

「大丈夫だ殺しはシねえヨ」

こいしのお腹に死霊妖精の拳が突き刺さる。

 

「こいし⁉︎」

よほど深く入ったのか、力が抜けて全く動かなくなってしまった。

「次はオマエだ」

 

ぷつん……

その瞬間私の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出せる全ての力を使い距離を詰める。

 

相手がこれ以上なにかする前にこいしを取り返す。

 

体の限界を超えた威力の蹴りで相手の肩を蹴り飛ばす。

私の左足と蹴った先の肩が潰れるような音がした気がする。

だけど気にしない。

 

反動を利用して銃を置いたところまで体を戻す。

潰れた左足を治しながら銃を掴み取り右手で引鉄を引く。

射線上にいた妖精の頭に赤い花が咲く。

すかさずつぎの目標を射線に捉える。

次……次……次…

 

金髪の女性が何か叫んでいるが気にしている暇はない。

ちょっとうるさいのでこいしを掴んでいる手に1発撃ち込む。

痛みは感じなくても神経が破損すればもちろん体は動かない。

 

糸が切れたマリオネットのように崩れる死霊妖精達を見ながら弾幕を周囲に放つ。

レーザーや誘導弾幕が地面をえぐりいくつかが逃げ遅れた妖精を吹き飛ばす。

 

ふとこいしの方を見ると、無事に抜け出せたようで慌てて私の射程内から逃げ出す。

これで手加減する理由は全てなくなった。

 

その場を飛び出し近くの妖精にの首に拳銃の先につけたナイフを立てる。

「…ーー」

 

横に引っ張り動きを停止させる。

次……まだまだ殲滅にはほど遠い。

 

 

「あ……」

迫ってくる弾幕がちらっと見えたのでさっき絶命させた妖精を手ぶらな左手で盾にする。

着弾、爆風で妖精の体が吹き飛び私の腕が脱臼しかける。

 

撃っている妖精に向けて再び銃弾を放つ。

次…迫って来ている奴や周りで弾幕を放とうとするやつ…全てに向けて想起。行動を予測、次に来る手を読みながら攻撃を回避し続け反撃。

地面に捨てた刀とスペルを回収しつつ一気に解き放つ。

出し惜しみなんてしない。

 

「なんなんだよ⁉︎なんで当たらないの⁉︎」

 

当たり前だ。あなたたちの行動は全て見えているのだ。

いちいち喚かないで欲しい。

それでも遠距離での戦闘は数の多い向こうに利がある。

次第に回避できない弾幕が私の体を傷つける。

 

その度に治すのも億劫……近づく事にする。

 

「……え?」

 

金髪女性の足を思いっきり刀で斬り落とす。数メートル分の距離などあってなきに等しい。

悲鳴のようなものを聴きながら近くにいた妖精を拳銃先のナイフで斬りつける。刃渡り50センチもあるのだ。ちょっとした刀だ。

でも私も無傷ではない。体の筋肉が悲鳴をあげ力に耐えきれなくなった部分が破損し内部から壊れる。

 

だからなんだ……今は関係ない。

敵は殲滅するのみ。もっと早く…もっと的確に……

 

斬りつけては撃ち…撃っては斬ってを繰り返す。

 

脚が弾幕で抉れようが、相手が妖力で生み出した剣もどきで斬りつけてこようが止まらない。

体を濡らすのは返り血なのか自分の血なのか…もうわからなかった。

 

ただこいしを傷つけた存在を抹消するために…この体を動かすだけ。

左腕と右腕が同時に弾け飛んだ。

弾幕の命中で吹き飛ばされたようだ。

 

だが運良く拳銃と刀が真上に吹っ飛ばされた刃が外側に来るように上手く両方を咥える。腕が治るまでの応急対応だ。

少しだけ精度は下がるけど…これなら問題ない。

 

高速で動き回り進路上にいた妖精のすぐ近くを通過する。

通過直前に咥えた刀で首元を切り裂くのを忘れずに…

 

左腕の回復が遅い…じゃあ先に右を治した方がいいですね…

まだそんなこと考える理性は残っているようだ。

 

ならもう少し手加減をしたほうが良かっただろうか?でも今更だ。もう止められない。

 

直した腕に拳銃を持ち直し、弾幕を弾幕で迎撃する。

 

もう感覚だ。いちいち考えるのも面倒……

どこが壊れたか、どこを壊せばいいのか…うん。そんくらい考えられればいいや

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

お腹に受けた1発が相当効いているのか私の体はほとんど動かない。

結局あそこから逃げ出してこうして安全なところで見守るしか私にはできそうになかった。

お姉ちゃんがキレた。

殴られたせいで朦朧としていた意識でもそれは十分に感じ取れた。

そんなお姉ちゃんは今、死霊妖精とあの金髪の女性を相手に大戦闘を繰り広げている。

お姉ちゃんが押しているように見えるけどお姉ちゃんの体は攻撃のたびに傷ついていく。

もともと数が多くて一人じゃ相手できないはずなのにお姉ちゃんはそれを一人でこなそうとしている。助けに行きたいけど正直、私が参戦してもお姉ちゃんの足手まといにしかならない。そんな戦闘だった。

 

 

再びお姉ちゃんの左足が弾き飛ばされる。

バランスを崩して倒れそうになるけど、お姉ちゃんは止まらない。崩れた体勢のまま拳銃を撃ち妖精を倒す。

 

気づけばお姉ちゃんの脚は治っていて、また金髪の女性を討ち取ろうと駆け出す。

理性が残っているのか残っていないのか…致命傷以外の被弾を許しすぎだよ…

 

腕が千切れても体がえぐられても、回復できるのであれば止まらない。

キレたお姉ちゃん初めて見たけどいくらダメージを受けても真顔で突っ込んでくるとかもはや恐怖だよね?怒りってなんだっけ。

 

 

 

「このやろお!」

 

金髪の女性が発狂したのかついにやけくそになったのかお姉ちゃんに向かって突っ込んでいく。

その手にはいつのまにか槍のようなものが握られている。

お姉ちゃんからは完全に死角になっちゃってる。

「お姉ちゃん危ない!」

 

慌てて弾幕を撃って牽制しようとするけど間に合わない。もっと早く気付けばよかった……

私の声で気づいたのかお姉ちゃんが拳銃を構えるけど当の拳銃は弾が切れたのかスライドが上がりっぱなしだ。

あれじゃリーチの長い槍の方が有利…

駆け出す。間に合わないだろうけどそれでも放って置けなかった。

 

お姉ちゃん達の斬り合いが始まる。援護したいけど激しく動き回る2人のうち片方を狙うなんて芸当は出来ない。

槍と刀が火花を散らして交差する。

 

でもそれは一瞬の出来事で……

 

「……あ」

 

お姉ちゃんの体に槍が突き刺さる。

貫通した先端がお姉ちゃんの背中から生えて空中に血と肉片を散らした。

 

「お姉ちゃん⁉︎」

 

「……想起…『ーーーー』」

 

お姉ちゃんが何を想起したのか理解できなかった。結局理解できたのは金髪女性が後方に吹き飛び、完全に動かなくなったことだけだった。

お腹に槍を刺されたままのお姉ちゃんに抱きつく。

槍だけでなく回復の間に合っていない傷と、体に無茶をさせたせいで起こっている内出血でお姉ちゃんの体はボロボロだった。

 

「こいし……」

 

完全に目は虚ろで理性が弾け飛んでるのが心を読めなくてもわかる。

お姉ちゃんはもともと誰かを手にかけるなんてこと出来ないほど心は繊細なんだ…なのに…こんな……

 

「お姉ちゃん無茶しすぎ!」

 

頬をなにかが伝う…それが涙だって気づく前に、お姉ちゃんの体がその場に崩れる。

慌てて体を支えてゆっくりと横にさせる。

 

操っていた主がいなくなったからだろうか。生き残っていた死霊妖精は逃げ出していた。

周辺に再び静寂が訪れる。

お腹に刺さった槍を引き抜こうとするけど上手くいかない。

逆に反対側に引っ張ってみるけどなにかが引っかかってうまく抜けない。早くしないと回復が間に合わなくなる。

 

「ちょっと荒いけど…許して!」

 

力任せに引っかかってるものごと一気に槍を引き抜く。

 

なにか臓器っぽいものがくっついていた気がするけど構っていられない。

お姉ちゃんの意識をはっきりさせるために頬を叩く。

ようやく意識が戻って来たのか虚ろだった目に光が戻る。同時に体を無理に起こそうとしたから慌てて抑える。

お姉ちゃんはあるあたりから痛みが感じなくなるらしいからわかっていないだろうけど傷は浅くない。普通なら動かしちゃダメだ。

「う…ゲホゲホ…」

 

「お姉ちゃん!」

 

「こいし…大丈夫よ……治すからちょっとまってて…」

 

そう言って笑いかけてくるお姉ちゃんが痛々しい…それでも傷の回復はしっかりと行えているみたいで、みるみるうちに傷口が塞がれていく。

「ちょっとは見てるだけだった私の身にもなってよ……」

 

思わず言ってしまう。

本当はありがとうって言いたかったけど…素直に言えなかった。

 

「服がボロボロです……」

 

そうだった。あれだけの被弾で来ていた服は腕のところが丸々なくなっているしちぎれたり焦げたりしているせいでもう大事な部分しか隠すことができない状態だった。

少しだけ私の頬が赤くなる。

 

「こ、こんなんじゃサードアイ隠せないじゃん!私の上着着ててよ!」

 

嫌がるだろうけど無理無理着せる。じゃないとなんか犯罪っぽい感じがしてしまう。なんで私がこんなこと心配しなきゃいけないんだろう。

 

「そういえばあのヒトは?」

 

お姉ちゃんが言ってるのはあの金髪の女性のこと。

そういえばさっきから一向に反応がないね。まさか吹っ飛ばされて逃げちゃった?でも気配はそこにいるって示してくれてるし…

 

「あっちで伸びてるやつそうじゃないの?」

 

治りきってないお姉ちゃんの体を支えて金髪女性のところに行く。

 

なんだかものすごいガタガタ震えてるけど……確か最後にお姉ちゃん想起してたし何かトラウマでも引っ張り出しちゃったのかな?

 

「……心が壊れてる」

見えるようになったサードアイで心を読んでみたけど完全に壊れてる。

少しだけ感度を上げて心の奥を見てみるけどそっちもダメ。完全にこれはオーバーキルだね…心が壊れて廃人になっちゃってるよ。

 

「やりすぎました」

 

「仕方ないと思うよ?」

 

多分お姉ちゃんが想起したのは特大級のトラウマかあるいは心を完全に壊すほどの情報量のどっちか。多分トラウマの方だと思うんだけどお姉ちゃんのことだからもしかしたら後者の方の可能性も捨てきれない。

 

「……連れて帰りましょうか」

 

「いいの?」

 

お姉ちゃんを殺そうとしたやつだよ?って言葉を寸前で飲み込む。

お姉ちゃんの性格からして言っても聞かない。

今までだってそうだったし変わる気は無いんだろうね。

お人好しって言っちゃえばそれまでだけど……

 

「連れて帰って……どうするの?」

 

「さあ?この子のことは萃香さん達に任せます」

 

あの二人なら多分悪いようにはしないかもね……まあ、廃人になっちゃってるからまた心を作り直さないといけないけど。

それは結局私かお姉ちゃんの仕事になるのかな?

でもお姉ちゃんはトラウマの元凶になってるかもしれないしなあ。

 

 

あ、そうだ。心が壊れていても記憶は残ってるはずだからちょっと除いてみよっと。

確か無意識の記憶なら意識と連動してる心は関係ないはずだから読めると思うけど……

 

意識を眼に集中させて奥底を除く。

お姉ちゃんによって壊されてぐちゃぐちゃになり、精神を削られそうになる表層心理を超えて深層心理の情報を覗き見る。

 

うんと…もう少し前…どうやらこの子は鬼の一種みたい…でも純粋な鬼というよりかは元忌子…

えっともうちょっと飛ばして最近のものと……あれ?誰かと会ってる…妖怪かなあ?ボサボサの黒い髪と所々に混ざる白い髪…Tシャツっぽい感じの服装。

うーん…誰だろうこの人。なんかこの子に吹き込んでるけど何を吹き込んだのかな?……深層心理だけじゃうまく記憶できてないや。

 

 

でもあの妖怪が今回の黒幕っぽいね。それか黒幕に繋がる妖怪……

そういえばお姉ちゃんが静かだなあ…何かあったのかな?

 

沈めていた意識を戻し肩にもたれかかってるお姉ちゃんの頬を指でつつく。

「お姉ちゃん?」

 

「あ…こいし?もしかしてあなたもみてたの?」

 

なんだろう?急に話しかけちゃったから驚いたのかな?それにしてはなんだか驚きすぎだけど…あ、そうか。お姉ちゃんも想起してたからか。

 

「お姉ちゃんもみてたっぽいね」

 

「え…ええ。そうよ」

 

そっか。なら話は早いや!

 

「それであの妖怪が怪しいと思うんだけど…」

 

「そうね…多分そうなんじゃないかしら?でもあの妖怪は多分ここにはいないわ」

 

「そうなの?っていうかなんでわかるの?」

 

私よりも深く見ていたのかな…お姉ちゃんの方が能力強いからなあ……

でも彼女の記憶からあの妖怪がここにいないってどうして判断つくんだろう?

「まずここにこの女性を配置しているからかしら。この子は多分囮、私達の注意を引きつけるだけよ」

 

「そうと仮定すれば…」

 

「他の場所が本命。多分、あの妖怪は戦力が欲しいんじゃないのかしら?」

 

戦力……なんだか百鬼夜行とか妖怪大戦争とか思い出しちゃいそう。特にここに封印されてる妖怪とか化け物とか片っ端から封印解いたら絶対百鬼夜行だよね。

あ、でもぬらりひょんいないからちゃんと一列で歩いてくれなさそう。

 

「まあ、まずは街に戻るわ…」

 

そう言ってお姉ちゃんがわたしから離れようとする。まだ足元がおぼつかないはずなのに……

 

「その女性はどうするの?」

 

「背負って行くわ」

 

そう言ってお姉ちゃんは背中に女性を背おる…けど相当お姉ちゃんがトラウマなのか触れられるたびにすごい反応してる。

 

って足引きずってる!お姉ちゃんそれ地味に痛いやつ!

 

だめだお姉ちゃん……飛んでいけばいいのにそれすらしないって事は体力を消耗しすぎてる…

 

「私がおぶっていくからかして」

 

返事は待ちません。だってお姉ちゃん絶対遠慮するもん。

 

強引に女性を奪い取って肩に担ぐ。おんぶじゃないじゃんって突っ込みが聞こえた気がしたけど知らない。だって肩に平行になるようにおぶった方が負担が少ないんだもん。

どこかのボスみたいな背負い方だってお姉ちゃんが呟いてたけどボスって誰だろう?

 

私もお姉ちゃんの知識のうち一部は共有してるけどボスのことまでは共有してないなあ……

 

上着をお姉ちゃんに渡したからか無駄に周りの声がよく聞こえる……これはこれで新鮮だけど、だいたいが死霊か怨霊の呪詛ばかりだからすぐに飽きちゃった。

やっぱり心なんて読める時に読めるのが一番いいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……全然足止めできてないじゃん」

 

どれほど時間が経ったのだろう……

 

「さとり様を足止めできるなんて思わないほうがいいよ!」

 

お空の声…もうちょっと刺激しないようにしてくれないかねえ。

 

なんとか周囲の音を聞きとるまでに回復したところで意識だけを起こす。思ったより疲労が蓄積してるから体はまだ休眠させておく。

 

「うるさい鴉だな……」

 

ふん、あんたがお空に手を上げられないのはもうとっくに見破られてるんだよ。

とは言ってもあたいらには何もできない。

お空は比較的傷が少ないからなんとかなるかもしれないけどあたいはもうしばらく動けないし動けるようになっても体の自由は奪われたまま。

 

しばらくは聞き耳を立てておくことにする。

 

「……まずいな…」

 

「諦めたらどうなの!」

 

多分映像を見ながら何かやってるみたいだけど…聞こえている声から察するに、さとりを足止め…または撃破するのに失敗したみたいだねえ。

でもさとりだって無傷じゃないはず…

さとり…ごめんなさい。本当はあたいらがそばにいてあげないといけないのに…

 

「やなこった!それにお前らはまだ利用価値があるから残してるんだぞ!あまり大口叩くと後で痛い目にあうからな」

 

後悔してももう遅い…あの時ちゃんとあたいがとどめをさせていればこんなことにはならなかった。少なくとも現状をさとりに伝えるためにお空を逃がすことくらいはできたはず…

多分こいつはさとりや、勇儀さん達を足止めするためにあたいらを……

 

 

それがわかっていながらもあたいにできる事は祈るくらいしか無かった。

 

 

 




一方のお空達

お空「あれ?帰り道ってどっちだっけ」

お燐「……え?ちょっとなんで忘れちゃったのさ!」

???「お困りのようだねえ……こっちにおいでよ」

お空・お燐「あんた誰だい?」

???「ひっくり返す者かな?」


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depth.56 さとりがキレた 下

「なんだ…誘拐してきたのか」

 

街に戻ってきた私達を迎えてくれた勇儀さんが最初に発した言葉はそれだった。

背中に女性を抱えたこいしがそっと私をジト目で睨む。

私をにらんだってなにも出ませんよ。

 

「ただの拾い子です。まあ色々ありまして……」

 

なんとなく私の惨状を見て悟ったのか。勇儀さんはそっかと一言だけ返して女性をこいしの背中から担ぎ上げた。

 

「…分かった。この子に関してはこっちで預かっておく」

 

そうしてください…あとできれば服ありませんか?ちょっと外套だけじゃ風通しが良すぎて……

歩いている途中にボロボロの服は自重に耐えきれなくて地面に落ちちゃいましたし。

って言っても私の体格に合うものなんてなかなか無いですよね。

困りましたね…

 

「おうおう、さとり?なんでそんな格好になってんだ?」

 

「あ、萃香さんの体格なら……」

 

丁度いいところに来てくれました。

お願いすれば服の一着くらいは貸してくれますよね?後でちゃんと返しますから今は臨時で…

 

「服だあ?別にいいけど…よ……」

 

どうしたのでしょうか?やはりダメでした?

 

「お姉ちゃん…萃香さんは、お姉ちゃんに着せた時のこと考えてるんだよ」

 

「おいおいこいし、それは言っちゃダメだよ」

 

「えへへ」

 

なんだ…そんなことでしたか。別になんでもいいんですよ。あと出来ればサードアイが隠せるような大きめの服も……

私の要望を聞いた萃香さんが一旦家に戻っている合間にこいしとともに藍璃のところに行く。向こうが何か手がかりをつかめていればいいんですけど…

 

藍璃さんは意外と早く見つかった。というのも向こうがわかりやすい場所にいてくれていたし妙に周辺の空気が変わっていたからわかりやすいんですけどね。

 

「藍璃さんそっちは何か分かりましたか?」

 

「一応この街全体を囲ってる術の出所はわかったわ。今、藍が向かってるわ」

 

私たちより先に色々動いちゃってた……なんだろう、私必要性無いのかな…

 

「藍さんが行くんですか?」

 

珍しいですね…結界とか術式は巫女の得意分野だったはずなのですが…藍さんはどっちかというとパワー派と計算派だから…うん。

出来るのでしょうか……

 

「術の構造がかつて大陸にあった隋って国で使われていたものが原型らしいのよ。私は陰陽術限定だからそっち系列は無理よ。せいぜい道教として伝わってきてるものくらいね」

 

ああ…隋の国ですか。

確かに藍さんは隋時代からずっと大陸で過ごしていたようですから古い術にも精通しているかもしれない。でもあなたも行かないとダメなんじゃないのでしょうか……まあ別にいいんですけどね。

 

「隋の時代の術式?」

 

正直言って相当古いですね…一応紫に教えてもらったので違い程度はわかりますけど今時そんなもの使っているヒトなんているのですね。

 

もしくは、隋の時代に作られた呪術系の道具などを使用しているのか…いずれにしてもかなりの古参かつ相当手を焼きそうです。

 

「それで?この後はどうするんだ?流石にこのまま黙ってやられてるわけには行かないんだけどなあ」

 

 

「向こうが仕掛けてくればそれを逆手に反撃することもできるのですが……」

 

できれば相手を捉えて徹底的に潰すなんてことはしたくない。

追っ払ってもう二度とここを襲わないようにさせれば良いのですがそう簡単には出来ない。

 

参りましたね……

 

「おうい!服持ってきてやったぞ!」

 

私達の頭上からそんな声が聞こえ、その数秒後に地面に何かが着地した。

衝撃で巻き上がった土煙が正体を隠す。

 

「もうちょっと考えて着地しなさいよ」

 

「いいじゃねえかちょっとくらいさ。おばさんにとやかく言われる筋合いはねえってもんよ」

 

「おばさんって……」

 

年齢的にそうですけどそれを直接言っちゃいますか。

でもこの時代の30代40代って下手をすればもう孫の顔を見るような時代なんですよね…ちょっと私たちとは感覚がずれてます…

 

「気にしないわよ。私はどうせもうおばさん年齢なんだから」

 

 

渡された外套を脱ぎ、渡された服を着込んでいく。

ワンピース型の服装だからかすぐに着ることができる。だけど両腕のところが無いので少し肌寒い。まあ上から外套着ちゃうので問題はないのですけど。

 

「お姉ちゃん、その服きつくない?」

 

そう言ってこいしは私の体にベルトを巻きつけてきた。ベルトなんて必要なんでしたっけ?

というか少しきつく締め付けすぎですよ。

 

「胸の辺りが少しだけ……というよりこれベルト要るんですか?」

 

「必要なやつだよ!」

 

そうなのですか……よくわからないです。

それにしてもそんな腰に巻きつけたら胸の方とかが圧迫されてきついのですけど…ちょっと緩めてくれませんか?

 

「仕方ねえなあ…じゃあその胸を引っ込めてやるよ」

 

急に発生する殺気。

背中にいくつもの刀が立てられたような感じがして冷や汗が出る。

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!

全力平謝りである。なんちゃら蝉のなく頃にみたいな状態ですけど…

 

正直あれよりも状況はやばい。

鬼の喧嘩なんて買うもんじゃないです。

 

「冗談だよ」

 

冗談じゃ済まない気がするんですよ。

それに鬼の冗談が今まで冗談だったことなんて少ないんですからね。

 

「それにしても藍遅いわね」

 

「遅いのですか…様子見でもしてきたらどうです?」

 

藍璃が遅いというのなら実際にかなり遅いのだろう。

それはきっと何かあったから…又は手間取っているか…

 

「それよりも…今はあなたの傷の手当ての方が先よ」

 

傷?一体どういうことでしょう…私の体は一応治したので傷はないはずなのですが…

 

「誤魔化せてないと思ったの?体の内部の方に深刻な怪我負ってるのよ」

 

本人の私が自覚していなくても藍璃や、萃香さんは気づいているらしい。でも別に大丈夫なのですが…どうせ放っておけばそのうち治るんですから。

「さとり、素直に治させてもらいな」

 

「萃香さんが言うなら……」

 

「鬼には素直なのね」

 

鬼に逆らったらまず助からないですから…

体を藍璃に預ける。

「やっぱり…筋肉とか肺の一部がやられているわ…一体何をしてたの?」

服の上から見ただけでよくわかりますね。たしかに一部の筋肉とか傷口が痛んでいるのは理解していますけど。

 

「ちょっとこいしを助けるために……」

 

「だからってむちゃくちゃし過ぎよ」

 

「それは私も思う」

 

こいしまでそう言うとは…やはりもう少し体に負担をかけないようにしないといけないんでしょうかね。

 

そんなことを考えていると、藍璃が何か術のようなものを体の各所にかけてきた。

一瞬だけ光っては消える彼女の手のひらを眺めつつ、またどうでもいいことを考えてたりする。

 

「はい、これで大丈夫よ。応急処置だから痛みを引いて傷の治りを早くさせたくらいだけど」

 

「それだけあれば十分ですよ」

 

 

体が軽くなった気分です。

これならまた戦えそうですね。妖力の消耗が激しいので前みたいな回復しながらは流石にできませんけど…

 

 

 

 

 

一瞬体になにかが触れるような気配がした。

だがそれも一瞬のことであって何が何だかわからないうちに終わってしまう。

 

「……今何か…」

 

「ああ、多分街にかかっていた術が解かれたのよ」

 

なるほど…そのエネルギーの余波みたいなものですか。

不思議ですね…

藍璃の予想は正しかったらしく、しばらくしてから藍さんが戻ってきた。

案外遠くないところに術の原因があったようですね…来た方角から考えると……北側?何にもないところですね…一応地下水脈が岩壁のそばを流れているから何かに使えないか模索しているところです。

 

「術の破壊、完了いたしました」

 

「藍さん。お疲れ様です」

 

式神ゆえの丁寧な言葉遣いに、思わずこちらもあらたまってしまう。

 

 

「まだ回復には時間がかかるだろうが…もうそろそろ力を取り戻しているのではないか?」

 

「ああ、普段の5分の1くらいだけど戻ってきたよ」

 

萃香さん…早いですね。流石四天王と言うべきかなんというか…というかさっきの状態でも十分強者の風格と気を出していたのだから…うん、どれだけ彼女たちが強いのやら。

 

 

「そういえば先ほど術の原因になっているものを破壊したところこんなものが出てきたのですが…」

 

思い出したかのように藍さんが服の中から丸い水晶のようなものを出してきた。

青色で透明なのか反対側の風景が歪みながらも見通せる。

 

「それもなにか術のようなものがかかっているわね」

 

「ええ、ですが害はありませんのでそのまま持って来たのですが…」

 

藍さんから手渡しされたそれを見つめていた藍璃が何かに気づいたのか、一点を見つめ続ける。

 

「……なんか霊力を流すようになっているわよ」

そうなのですか…こういう道具には詳しくないですから…せっかくですし霊力を流してみたらどうですか?何か出るかもしれませんよ。

 

「霊力か…藍璃、やってくれるか?」

 

「任せなさい」

 

そう言って藍璃がそれに霊力を流し込んだ。それと同時に球体の中心が少しだけ光りだす。

 

『よお!見ているか?』

 

……え?

藍璃が霊力を流し込んだ途端それは急に喋り出した。

 

『これを見てるってことは術を突破したってことだろう』

 

女の子の声…でも少し男勝りあるいは気が強い。

 

通信装置?いや…あらかじめ録音していたものを再生させているだけみたいです。

なるほど…マジックアイテムとか言われるやつですね。

 

『なかなか腕がいいじゃねえか。まあ、そうしてもらわないと困るんだけどな』

 

どういうことでしょうか?そうしてもらわないと困るって…

私の疑問を流すように水晶玉から声は流れ続ける。

これが今回の異変の黒幕ならば、さっさととっ捕まえたいですね。

『それでだ。私からのちょっとした要求。聞くか聞かねえかはそっち次第だけど聞かなかったら後悔するぜ』

 

大きく出ましたね…まさかこちら側へ要求とは…

 

『それじゃあ要求しておく。この地底の主さんよ私と協力しないか?』

協力?ここまで来て私と協力したいって…相手の考えが読めない。

いいえ、声の主が彼女であるならば普通に考えていることもわからなくはないです。ですがこの時代に一体何をしようと言うのだろうか…

ちょっとだけ思考の海に意識を沈める。

 

時代が時代なだけに幻想郷を乗っ取るなんてことはないだろうし叛逆なんてこともする必要性がない。そんなことをするくらいなら別のところに新しいものを作ればいいんだし…だとすれば私と協力してまで成し遂げたいこと……例えば私の種族は人間や妖怪から妬み嫌われている…そこを付け狙ってさせようとすることといえば…

 

人間と戦わせたい。あるいは妖怪の強者への攻撃。どちらも彼女ならやりかねないでしょうね。

 

『答えが出たならすぐに血の池まで来い。お前の仲間も待ってるよ』

そう言い残して水晶玉は声を流すのをやめてしまう。

……どういうことでしょうか。私の仲間って……まさか!いやいやまさか彼女たちに限ってそんなことは…

 

 

「なんだいこりゃ?」

 

黙っていた萃香さんが疑問を投げかける。だけどそれに答えられるのはこの中にはいない。

私は予想までは立てられますけど、確信がないから話せませんし…そもそもどうやって説明すればいいのやらです。

 

「黒幕…なんですかね?でもこんなことしてまで協力させようって…」

 

「相手のやりたいことがわかりませんね…協力したいのなら私のところに直接交渉しに来ればいいのに」

 

でもこれを作ったやつは知っている。私の前世記憶とさっき見た女性の記憶から複合させていけば彼女の存在が真っ先に浮かぶ。たしかに彼女ならこうしかねない。

むしろあれだけのことをやっているのだ。その前にも同じようなことをしていないとは限らないではないか。

 

「……そうだね…多分、相手は協力というかお姉ちゃんを手駒にしたいんじゃないかな?今回の行動は地底のヒトたちを人質にすることもできるぞって言うアピールで……」

 

「だとすれば協力と言うよりかは脅しによる強制的な支配。私に持ちかけているとすれば、もっとも戦力となるのは封印させている魔物や妖怪、バケモノ……制御不能の百鬼夜行ですね」

 

「でも封印を解いても暴走するだけなんて戦力にはならないよ?」

 

「二人とも。今はそんなことじゃなくて黒幕を倒すことに集中しましょう。とっちめてやればいくらでも動機なんて吐かせられるんだから」

 

藍璃…そのしめ縄怖いです。

 

 

 

「それで、行くのかい?」

 

萃香さんが私の肩を叩きながらそう聞いてくる。

 

「ええ、行くことにします」

そうじゃなきゃ多分向こうが言う私の仲間が大変なことになりかねないだろうし、余計に何されるかわかったものじゃないですからね。

 

「私もいく!」

 

「わかったわ。でもまずは、あなたの眼を隠していかないとね」

 

勇儀さんとかが着てる浴衣とかなら普通に隠せるだろうか…でも下が長すぎて引きずっちゃいますし…困りましたね。

 

「大丈夫だよ!心が読めても読めなくても大して変わらないよ」

 

そうでしょうか…そう言えるこいしは強いですね…私はまだ心を読みっぱなしにすることは出来ません。

 

無意識のうちにこいしの頭に置いてしまっていた手をそっと離そうとした途端、急に外が騒がしくなった。

 

「……え?」

第六感が警報を出すがそれより早く地面が横にずれて、体のバランスが失われる。屋根の瓦が一斉に落っこちて彼方此方で土煙が上がる。

何があったのかを確認したかったけどそれより先に今度は突き上げるような揺れが体を襲う。

 

 

「な、なにこれ地震⁉︎」

 

「いやちがう!地震なんかじゃない!」

 

いち早く空に飛び上がった萃香さんが何かを見つけたらしい。

私も空に飛び上がり萃香さんの視線を追いかける。

どうしてあれが……

立ち上がったそれのそばにあった聖輦船が土煙で見えなくなる。

 

急に空気がビリビリと震え出し、耳が痛くなる。同時に周辺の窓ガラスが一斉に割れる。

地獄の番犬が持つ3つの頭が一斉に遠吠えをしたようだ。

 

 

「ケルベロスか…厄介なものが出たな」

 

「なんであんなものがあるのよ!普通地獄に置いておくものでしょ!」

 

藍璃の言うことは最もです。ですけど、あれは元々地獄のあの地に直接固定する形で封印していたものですからここを地上に持って来ればそれに続いて来てしまうのは仕方ないことなんです。そうじゃなきゃ危険な封印物は地獄に残り続けるんですからね。

 

「なんだなんだ⁉︎とんでもないものが出てきたなあ!」

 

「勇儀さん!大丈夫でしたか⁈」

 

「私は大丈夫だ…だけどさっきの振動であの女の子が怪我した!」

 

思えばあっちこっちでうめき声が聞こえる…ふと目線を落とすと、露出したサードアイが勝手に周囲の声を拾っていたのだった。

 

…やっぱり二次被害がひどい…早くあれを止めないと…

未だに暴れようとしているケルベロスを見つめ対処法を考える。

クジラ程度の大きさだからそこまで大きくはないですけど…脚力がありますし軌道が俊敏。

 

というか藍さんは何してるんですか!あれ相手に一人で突っ込もうとしないでください!冗談じゃない?本気でもダメですよ!

 

「黒幕のところに行く前にあれを沈めないとダメかな?」

 

「いや…多分余計な奴をこさせないために送り出したものだと思いますから…でもあれを対処しないと大変なことになりますし」

 

やってくれましたね……

 

「相手の策に乗っかるしか被害を最小限に抑える方法は無さそうですね」

長い日になりそうです。

 

 

 

        2

 

 

 

「あのしつけの悪い犬…ちょっと叩き直さないといけねえな」

 

萃香さんがそんな事をつぶやく。

あの…あなた達の体はまだ本調子じゃないんですよね?まさかもう戦う気ですか?

ただの犬だろって…まあそうですけど…たとえ鯨程度の大きさであったとしても、ケルベロスはかなり強い。

そもそもあれがどういう魔物なのか分かっていないですよね…

 

そんな事を思っていたらケルベロスが旧地獄の壁伝いを走り始めた。

体の大きさから少し遅く見えますけど実際には相当な速度が出ている。

 

「っていうかあの犬なんなの⁉︎見たことないし聞いたこともないんだけど!」

 

藍璃さんご乱心。ちょっと落ち着きましょう?流石に焦っても仕方ないですよ。

「ケルベロスと言われる地獄の番犬です。元々は大陸の遥か西側の地域と接続された地獄にいるはずなんですけど……」

 

そもそもケルベロスは欧州の宗教文化に出てくる地獄の番犬だ。本来この地にいることがおかしい。

まあ地獄のあった時空間でつながっていたとはいえど基本的に地獄同士の交流なんてなかったはずなのだ。

当然交流がなければ物やヒト同士の移動もない。

この例外を除けば…

 

「なんでそんな奴がいるのよ!」

 

まあ普通はそうですよね。

 

「ある時地獄を束ねる閻魔と向こうの地獄を束ねてる者が会合した時があったようです。それでその時に連れて来ていた二匹を連れて帰るのを忘れたんです」

 

「なにそれ信じられない!」

 

そう怒鳴られましても…実際いるんですからもうどうしようもないですよ。

 

一応ここを引き継ぐ際に四季さんから封印されている物の種類とそれぞれの因果関係を聞かされているからあらましはわかる。でもこれの場合は…向こうもこっちも酔った状態で帰ったから忘れられたようなうっかりミスな気がしてならない。

 

「地獄の番犬ですから相当手を焼いたそうですよ…」

 

なにせ番犬である。下手をすればそこらへんの鬼など簡単に手駒にできる。というかああ見えて藍さんより強いかもしれない。

 

「じゃあどうするんだ?このままだとあいつ街に来ちゃうぞ」

 

今はまだ暴れているだけですけどそのうちヒトの生気が密集するこの街を目標にするのも時間の問題です。

飼い主がいればなんとかなりそうですけどならなかったから封印されていたわけですし…

 

「徹底防衛です。倒すか…また再封印するかですけど…」

 

一応話は通じそうですけど…心を読める私かこいしあたりにしか出来そうにありませんし向こうが聞いてくれるかどうかそれすらわからない。

 

「前みたいに灼熱地獄に落としてはダメなのでしょうか?」

 

「前の奴は地獄出身じゃないやつだから出来たんですよ。純地獄産のケルベロスは耐熱温度が10000度を超えますからね。」

詳しくは聞かされていませんが封印した者の資料にはそう書いてあった。それにケルベロス自身も体内温度が4000度を超えるので下手に触ることもできないですしね。

灼熱地獄の平均温度は8000度から9000度

どう考えても火力不足です。

地球の外殻周辺まで連れていけるのであればまだ希望はありますけど…

 

「あれ?そういえばさっき二匹って言っていなかったか?」

 

「ええ、あれともう一匹いるらしいですけど…」

 

封印をされたのは二匹です。ですけどもう一匹姿が見えませんね。気配もありませんし……おそらく封印の解除ができなかったか…又は別の理由で出て来ていないだけか……

 

どちらにしろ私たちのやることは変わらない。

これに気をとられようならおそらく私の仲間の方が危険に晒されてしまう。

 

「……まあここは私達に任せてください」

 

藍さんが私を後ろに押しやる。

彼女なりの行けという合図なのだろう。

 

一応目配せで藍璃達とは一旦分かれると合図を送ったものの、こいしが中々動こうとしない。

「こいし?」

 

「あ…お姉ちゃん……」

 

迷っているのだろう。さとり妖怪ならケルベロスと対話することもできるかもしれない。でもここで私についていけばそれはできない。でもさっきあんなこと言っちゃったしとでも思いつめているのでしょうね。

私が強要することはできない。

 

「それじゃああいつは私たちがなんとかする。さとり姉妹は行ってくれ」

 

こいしの様子に気づいた勇儀さんがそう声をかける。

「で、でも!」

 

どっちに加勢するか迷っていたこいしを察してか勇儀さんがこいしの背中を後押しする。

 

 

「姉についていくんだろ?」

勇儀さんにそう諭されて、こいしも決心がついたようです。

別に私についてこなくても良かったのですけどね。

「分かった…じゃあ勇儀さん達死なないでね!」

 

「死ぬ気はねえよ!」

 

なんとも威勢が良いことで…

まああそこまで威勢が良ければ大丈夫…それにいざとなれば紫がいますしね。

 

それじゃあ行きましょうか。

こいしの手を引っ張って真反対の方向に動き出す。この異変を終わらせるために…

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったな」

 

本音を言えばさとりかこいしがいてくれれば攻撃とかのタイミングを教えてくれるし戦いやすかったんだけど相手が来いっていってるんだから仕方がない。それにそんな援護がなくたってあたしらが負けるなんて思ってない。

 

 

「ああ、それじゃあこっちもいくとしようか。なるべく街に被害が出ないようにな」

 

そうだねえ…まああいつらも体は頑丈なやつが多いから多少なら出ても大丈夫だけどなあ。それに直すのは私らだし。

それでもさっさと倒しておくことに悪いことはない。

 

「ならやはり私が出た方が良いのか」

 

あまり好きになれない堅物が先に行こうとする。

ほんと堅いやつだよな…式神だから仕方がないといえば仕方がねえんだがなんだか面白みがねえし。

 

「狐だけに良いところ持ってかれるわけには行かねえよ」

 

そう言って堅物なやつの一歩前を歩かせてもらう。

別に理由はないけど後ろを歩くのはなんだか負けた気がして嫌だ。ただでさえ色々と大きさで負けてるんだからな。

 

「同感だ。あたしもちょっと体をほぐしたいからねえ」

 

 

「私のこと忘れないでよね!異変解決は私の仕事よ」

 

おっとそうだったな。一応人間の中で最強クラスの巫女だったなあんた。いやあ忘れてたよ。最近人間なんて滅多に会わねえから忘れてたよ。でも年齢的にもうご隠居した身じゃねえのか?

 

「引退してるんだろ?流石に無理じゃねえのか」

 

「まだ平気よ。博麗の名は伊達じゃないのよ…ここであんた達倒してからでも十分戦えるわ」

 

 

あはは、威勢のいいことこの上ねえな、参った参った。人間にもここまでのやつがいるとはな。

 

それにしてもよく人間の味方である博麗がさとりにくっついてこようなんて思ったな。意識でも変わって来てるのかあ?人間って言えば妖怪はなりふり構わず排除すると思ってたんだが…

 

「なあ、人間って妖怪見たらどんな手を使ってでも片っ端から倒そうとするもんじゃないのか?」

 

「力のない奴とか妖怪に偏見持っている奴とかはそうだろうけど大体の人間はそういうもんでもないわよ。妖怪でも良いやつがいるってのは認めてるし……そんなこと言ったら人間だって良い奴もいるし悪い奴だっているじゃない。それと同じよ」

 

「へえ…最近の人間も変わって来たんだなあ」

 

「当たり前じゃない」

 

当たり前…か。それなら少しは地上に行ってもいいかもしれないな。別に向こうに行っちゃダメってことはないんだからな。むしろ向こうからも結構してるしな。天魔とか河童とか狼娘とか。

 

 

「無駄話も終わりだぞ」

 

はいはいわかってますよ。全く式神は真面目だねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指定されていた場所に来たものの、そこに人影はなかった。

 

こいしにはなるべく遠くに隠れているように言ってあるから気配が混ざるということもない。まだ向こうがきていないのかあるいは…彼女だから何か仕掛けをしているのか。

 

「来ましたよ」

一応声を出してみる。誰もいないところに向かって言ったからなんか知らない人から見たら絶対変な奴だと思われるかもしれませんけど…

 

「おう、遅かったな」

 

……声をかけた方向の空気が一瞬だけ揺らぎ、気づけば私より少し背の高い少女が立っていた。

 

肩まで伸ばした黒髪に白と赤の髪の毛が所々に混ざっている。それらを掻き分けるようにして生えた小さな二本の角。

ワインレッドの瞳がこちらを探るように見つめている。

服装はこの時代には珍しく矢印がいくつも連なったような装飾がなされているワンピースのようなものを着ている。下着が見えてしまいそうなほど無防備に見えて仕方がない。一応ワンピースの上に丈が極端に短いインバネスコートを着ているようですけど。それとその逆さまのリボンは一体…センスなのか種族的ななにかなのか…

色々と道具を持っているのか背中には大きな袋を担いでいる。これで赤い服を着せれば年に一度だけプレゼントを配るとあるヒトみたいです。

 

「時間指定はされていないので遅いも早いもないと思いますが」

 

「気分だよ気分」

 

「気分ですか……河童の光学迷彩を使って何をしようとしていたんだか…」

 

上に着ているコートは光学迷彩…確かにとりさんが言ってましたね…仲間が盗難被害にあったって。

 

「そんなの教えるわけねえだろ。心でも読んで探ったらどうだ?」

 

「やめておきましょう…それで、用件はなんですか?」

 

素の性格なのか種族の問題からなのか…ちょっとだけ相手のペースに引っ張られますね。

 

「そうだったな。ここで無駄話している暇はねえな。そんじゃ、我が名は鬼人正邪。根っからの天邪鬼だ」

 

「ご丁寧にどうもです。さとり妖怪をやっております身です。面倒なのでさっさと本題に入りましょうか」

 

一応聞いておくことにはする。ただし賛成する気は元から無いですけど。

 

「それもそうだな……そんじゃ提案。私と手を組んで弱者の楽園を作らねえか?」

 

「……弱者の楽園?」

 

まさかこの時期からそんなことを考えていたとは……恐れ入ります。

 

「そう!この地底にいるしか無い…地上を追われたものだってここにはたくさんいる。そいつらのことも……」

 

「ああはいはい。ダウトダウト」

 

「……あ?」

ダウトは言い過ぎましたね。弱者がどうとかそんなの知りませんよ。あなたがいくら正論っぽことを言っても無駄ですよ。多分勘違いしている気がしますけど私は捻くれた性格じゃないので…

 

「あなたが何を言おうと私の答えは変わりません。断ります」

 

「おかしいなあ…さとり妖怪って言ったら結構恨みつらみ持ってると思ったんだけど…」

 

「……勘違いひどすぎませんか」

 

恨みとかなんてありませんよ。それにあったとしてもそれは逆恨みになってしまいますから…だってさとり妖怪は…私達の存在なんて恨まれたり恐れられたりしてしまう存在なんですから…

 

 

「仕方ねえ…それじゃあ協力させるしかねえな」

 

「あなたが欲しいのは純粋な戦力…私なんて仲間に入れなくても良かったんじゃないですか?心を読めるのですから使い捨てることなんてバレますし…」

 

「最初からわかってるよ。実際お前の力も欲しいけど非協力的なのは重々承知してたさ。だからある程度素直に聞いてくれる封印されたやつ…これならどうだ?」

 

余計ダメですよ。ここに封印されているということは手がつけられないかやばい系のやつしかいませんからあなたと協力なんてとてもじゃないけど…

 

ふと遠くでこっちを見ているこいしの視線を感じる。

まだよこいし…まだダメ。

 

「ふうん……じゃあ取引といこうじゃないか!」

 

 

そう叫んだ正邪が指を鳴らすと、すぐ後ろに十字架が現れた。

そっちも光学迷彩を使っていたようだ。

だがそれを見た途端、思考の大半がパニックを起こした。

 

「お燐!」

 

お腹に巨大な釘を刺され十字架に磔にされたお燐が奴の後ろにいた。

気を失っているのか私の呼びかけに全く応じない。

懸念していたことが起こってしまった。

「これは一種の封印装置だ。大丈夫死にはしねえよ」

 

そう言う問題ではない。

なんかもう第2の使徒リリ○にしか見えない。

いや下半身あるからあれじゃないけど…

でもこれはなんか混乱する…あと高さがあるから服の下見えてるし…

 

「……外道ですね」

 

……次に何を仕掛けてくるのかを確認するために外套の下からサードアイを取り出す。

 

「褒め言葉ありがとな!」

 

うわ……この方本当に心から喜んでますね…ほんと天邪鬼ですよ…

でも少しだけ天邪鬼に反発する意思が見える……今は小さいけどそれはもしかしたら…いや、この際関係ないです。

 

 

「うわ……」

 

「なんだ?そんなにあれか?似たようなもんだろお前も……」

正邪がなにか言いかけたその瞬間、彼女のいたところに無数の剣が突き刺さる。

基本日本刀ばかりだが中には青龍刀や斬馬刀も混ざっている。

 

 

「こいし⁉︎」

 

「ごめんお姉ちゃん外した!」

 

いや外したとか外さなかったとかじゃなくてなんで出てきてるの⁉︎できればもうちょっと油断を誘いたかったのに……でもこいしの気持ちもわからなくはない。

 

「やっぱり連れてきてたんだな。まあ想定はしていたさ」

駆け寄ってきたこいしがさらに追撃を加えようとするけどこの距離では当たりそうにない。それに先に撃った剣が盾のように私達と正邪を隔てている。

 

「えっと…まあ交渉決裂ということで…」

 

まだ取引すら始まっていないのですがね。

もともと取引なんてする気ないですし…

 

 

地面に突き刺さった剣を挟んで正邪と対面。この位置からじゃ向こうも私も攻撃は出来ない…まずは先を読んで……あれ?

 

あれれ?

 

「お姉ちゃん?」

 

「ちゃんと出来てるみたいだな。眉唾ものだったけど役立って助かったぜ」

 

正邪の心が全く読めない。いや読めなくはないのだけれど…能力が阻害されている?ブラインドでもないしなんなのでしょう…

 

「すごい用意周到ですね」

 

「仮にも相手はさとり妖怪だからな。隙間妖怪よりかは楽だがむしろ油断できねえのはお前らだ」

 

さすが弱者ながら強者を手玉に取れるヒトです…

 

「お燐を返して!あとお空はどうしたの!」

 

私に変わってこいしが吼える。

ここまで剣幕になるなんて…ああそっか…私と同じか。今は体力の消耗が激しいから体より頭が先に動いて冷静を保ってますけど…あの時と同じ。

 

「鴉も猫も返さねえよ!しばらくこっちの切り札にさせてもらうぜ!」

 

そう言って正邪はお燐の目の前に立つ。こいしの剣を警戒してのことだろう。あれじゃあ飛び道具は使えないし接近戦だけになるけど…用意周到だから何してくるかわからないし。

 

「……ここは私が行く。お姉ちゃんは必要な時に援護して」

 

「こいし?何言っt……いいえ。分かったわ」

 

前に出たこいしを止めようと手を伸ばしたけどその手を直前で止める。

考えてみればこいしの方が私より強い…それにいくらお燐達に手を出したとはいえ流石に命まで奪うなんて事はしないだろう。ここは思い切ってこいしに任せた方が良い。

 

「なんだ?お仲間を助けようっていうのかあ?」

 

「仲間じゃないよ……大切な家族だよ!」

 

両手剣を二つ出現させたこいしが一気に距離を詰め、正邪に接近して行った。

 

 

あれ?あんなに接近して戦っちゃったら離れた距離から援護なんて無理なんじゃと思ったもののもうすでにそんな考え手遅れだった。

 

……今のうちにお燐の救助に向かった方が良いですね…なるべく気づかれないように…出来れば無意識に潜り込んでみたいです。帰ってこれなさそうですけど……




お知らせ

来年3月まで諸事情により更新速度が大幅に低下いたします。
楽しみにしている方には申し訳ないのですが、ご了承お願いします。


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depth 57 さとりとお空(激動篇)

今月分の投稿です。
次の更新は2月までお待ちください


犬のしつけがなっていないのは主人が原因だって前にさとりから聞いたことがある。

だとすれば目の前で暴れているあいつは相当最悪な主人に育てられたということになるのだが……

 

轟音が鳴り響き地面がえぐれる。

 

別にそれくらいなら百歩譲ってもまあ許そう。別に悪だろうがなんだろうがあまり気にすることではない。

 

 

「それにしたってこれどうかと思うよ」

 

いつも通りとは程遠いがそれでも並みの妖怪なら一発で粉砕するレベルの打撃を受けてまだかに刺された程度としか思っていないようなアイツは一体どう言った育て方をされたんだか…

 

「ちょっと面倒だな…式神!手を抜いてないでしっかりしてくれよ」

 

「手を抜いているのはそっちだろう!」

 

手は抜いてないぞ。ただ単純に力が出てないだけだ。

 

暴れまわるあいつを博麗の巫女が弾幕で誘導。動きを封じたところでこちらが肉薄しての攻撃までは良かったのだが耐久が桁違いだったのが誤算だ。

 

私の拳も勇儀の拳もあいつの体に傷一つ与えていない。当たってないとかそういうわけではないから純粋な防御力なんだろうけどね。

 

おかげでこっちは全く歯が立たない。

そもそも火力で押し切ろうという採算なのだ。それが封じられた時点でこっちの勝機は限りなく低い。

 

「……頭でも直接叩いてみるかな?」

 

「勇儀…幾ら何でもあいつの頭を直接殴るのはむずいぞ」

 

たしかに勇儀の案が良いかもしれないんだけど暴れまわるあいつの頭に拳って…私もあんたもそんな精度よく殴れねえっての。

 

「式神、頭殴れるか?」

 

「私を誰だと思っている?もちろんそんなことくらい簡単だぞ」

 

言ったなこの野郎。

なら、大陸の狐と降霊による融合の力に賭けさせてもらうよ。

尻尾による攻撃を後方にステップを踏みながら回避する。

あの尻尾も邪魔だなあ。

 

「ねえ勇儀、あの尻尾ちぎれそうじゃない?」

 

「奇遇だな…私も同じことを考えていたよ」

 

はは、そりゃいいこった。

 

「あんたら喋ってないでさっさと攻撃しちゃいなさいよ!いつまでも弾幕で足止めなんて無理よ!」

 

当たっても大してダメージにならないと分かってきているのかあの犬は弾幕の中を強行突破し始めていた。

 

「賢い犬は嫌いじゃないけどもっと忠犬がよかったなあ!」

 

「全くだ。あれでは紫様も欲しいとは思わないだろう」

 

「紫ってあんなの欲しがるの⁉︎」

 

 

わからぬ。と返事を置いて式神が犬の頭に向かって飛んでいく。

少し遅れてこっちも駆け出す。目標は尻尾。いくら胴体が頑丈でも尻尾まで頑丈ということはないだろう。それに頑丈であっても流石に引っ張る力には勝てない。

 

そういうわけで振り回される尻尾に抱きかかえるように掴まる。

勇儀と違って体格が小柄な私だから出来ることだ。もちろん勇儀は胴体との付け根の方に掴まっている。

 

 

「「せーの!」」

 

2人で同時に引っ張る。肉が裂けるような音がし始め、それに伴い犬が大暴れし始める。やっぱり痛いのか。って事は効いているんだな。

三つの頭がそれぞれ個別に叫びながら悶えている。

 

さっさと倒されるか言うこと聞いてくれればいいのにな。

まあこれはあいつの注意を引き寄せるだけ。だいぶ隙が出来たんだからこれで近づけるだろう?なあ、藍さんよお。

 

「2人ともナイスだ」

 

そう言ってタイミングを見計らっていた式神が一番左側の頭に向かって突っ込む。左側なのはただ単純に一番近かったからで特に意味はないだろうう。

 

もちろん隙ができていたとしても、それを阻止しようと前足やらなんやらで抵抗しているがそれも博麗の弾幕で封殺される。

阿吽の呼吸とまではいかないけど相当タイミングが良い。これならあいつに大ダメージが与えられる。頭が3つあっても賢くないんだから仕方がないだろうな。

 

「これで…トドメだ」

一番左の頭だけどね。とは流石に言わない。

思いっきり振りかざした拳を犬の頭にめがけて突き出す。

 

 

 

だけどその拳は当たることはなかった。

 

 

「「え?」」

 

式神に殴られようとしていた頭が縦に真っ二つに裂けたのだ。

裂けたところは無数の牙と触手が湧いて出ている。

唖然としていた藍が慌ててブレーキをかけたが間に合うはずもない。

全力で殴りつけると言うことは大型の狐がフルスロットルで突っ込んだ時と同じ運動エネルギーを持っているはずだ。

気づけば式神は巨大な口の中に吸い込まれていって……

 

 

ーーーバクっ‼︎

 

閉じられる巨大な口。気付いた時には藍の姿はもうそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

こいしの振りかざした剣が火花を散らす。

正邪から発射された弾幕を弾いたようだけどそれで火花まで散るのはどういうことだろう?

まあ細かい考察は後にして…

 

「想起『テリブルスーヴニール』」

私の存在を無視して弾幕合戦なんて早いですよ。

戦闘において心が読めるのはあくまでも補助的な意味でしかありませんからね。

弾幕を撃ちながらお燐の側にいこうとするが、それより早くこいしが正邪に斬りかかる。

機動はこいしの方が上ね。

 

「……⁉︎」

 

だがこいしの振りかざした剣は正邪を斬りつけることなく運動エネルギーを保ったまま反対方向に弾け飛んだ。

見えない壁のようなものに弾かれたように見えるけど結界や障壁の類はない。

 

「……能力ね」

 

確か正邪の能力はなんでもひっくり返す程度の能力。攻撃して来た剣の軌道をそのままひっくり返したのね…

 

「ッ!!」

 

反動でこいしが持っていた剣は後方に吹き飛んでしまう。

だけどこいしは近くに突き刺さっていた青竜刀を引っこ抜いて構える。

「あぶねえなあ…ちょっとは準備する時間をくれたりしねえのか?」

 

「闘いは勝負じゃないんだから正々堂々なんてしなくていいんだよ」

 

そう言いながらこいしは斬りかかったが、距離が開いていたこともあり横に身体を移動させ避けられる。

でもそれはこいしも予測していたようで、その場ですぐに弾幕を撃つ。至近距離で放たれた弾幕が正邪を襲う。だけど…

 

「だから効かねえよ」

 

当たる前に全てこいしの方に反転させられてしまう。

 

後ろにバックステップを踏んで第1波を回避。そのままバク転で第2波を交わす。

こいしが間合いから離れたタイミングで正邪は背中の袋を漁り出す。またアイテムだろうか…すごい沢山もってますね…

「確かに闘いに決め事なんて無えな。じゃあこっちもどんどん使って行かねえとな!」

 

そう叫んで背中の袋から取り出した一本の剣を構える正邪。

そのとたん周辺の空気が重くなった。

刀から溢れ出る特有の力…妖刀…いや呪刀?どっちにしてもあまり相手にしたくない武器ですね。

 

「なにそれ?へんな気」

 

「なんでもいいだろ?」

 

連続ででたらめにこいしに斬りかかる。

「きゃ!危ないなあ!」

でたらめな割には結構押している…多分あの刀が原因ね。

なんだかわかりませんがこっちはこっちで急いだ方が良いです。正邪がこいしに集中している合間に私はお燐のもとにこっそりと近づく。

向こうは気づいていないのかあるいは気づいているけど手が回らないのか全くこっちを確認しようとしない。

 

遠距離からの攻撃はこいしが近くにいるから出来ない。

 

だから私はお燐を助けに行く。向こうも弾幕攻撃が来ないことに違和感は感じていないようだ。

 

「良く避けるなぁ!」

 

「そっちだって能力ガンガン使ってる割に当てられて無いじゃん!」

 

「うるせえ!」

 

こいしは正邪の斬撃を全てかわしていく。時々持っている青竜剣を横薙ぎに振るう。

何回かは能力で跳ね返されたり刀で防がれたりするけど四回目の斬撃がようやく正邪を捉えた。

今度は避けられないと思ったのか正邪はとっさに剣を体のすぐ側に割り込ませて斬撃を受け止める。

 だが、振りかざしてるのは青竜刀、その上こいしは魔力で腕の筋肉を強化している。

だから力を込めると……

 

「ぐあっ…!!」

 

一瞬拮抗したが、すぐに正邪は吹っ飛び、壁にめり込む。

 「ありゃりゃ…やりすぎたかな?」

反省する気もないつぶやきに呆れる。

 

まあ正邪がずっとそっちばかり相手してくれていたので、なんとかお燐の封印はほとんど解くことが出来ました。後は今私が手をかけているこの釘だけ…

 

「……あ!この野郎!」

 

今更気づいたようですね。

でももう遅いです。

 

釘を一気に引き抜く。支えがなくなり重力に引っ張られるお燐の体を両手で抱きかかえ、地面にゆっくりと下ろす。かすかな呼吸音と体の動き……大丈夫。寝ているだけですね。

 

正直人質がお燐だけとは思っていない。多分お空も……でも姿が現れないということは何か理由があるのだろう。

 

「これで心置きなく弾幕合戦ができますね…ここからは2対1…」

 

 

お空の所在がわからない以上安心できませんけど。

 

「そっか…じゃあやろうか!」

 

正邪がダウンしている合間に魔導書を取ってきたこいしがページをめくりながら詠唱を唱える。

 

「et veni Gazaque regia manus」

 

詠唱後、少しだけ間を置いてこいしの後方の空間に魔法陣が二つ現れる。

そこから伸びる二つの銃身…それぞれ7つの銃口が束ねられたような構造をしている。

まだそれ収納していたのですね…てっきりお燐にもうあげたのかと思いましたよ。

「なんだあ?そんなもの出したって効かねえぜ」

 

ようやく回復したのか壁から抜け出した正邪が煽りを入れてくる。

 

「確かにあなたの能力で攻撃のほとんどは弾き返されるけど…」

 

「全部弾き返せる?」

毎分6000発前後、それが二つだから12000発。

一秒間に200発近くの鉛弾がばらまかれる。

 

「うわわ⁈こら危ねえだろ!」

 

危なくしてるんです。あとさっさと倒されて欲しいです。

 

周辺の地面に土煙が上がり着弾が確認できたものの正邪本人には全く当たらない。

能力を使っているわけではないようですけど……運が良いのかはたまた彼女の実力か…

 

「それそれ!」

 

それでも13.6ミリなんて当たれば体が吹き飛ぶような弾丸が着弾すれば地面や周辺の構造物だって無事には済まない。

ものすごい勢いで壁や岩が削り取られボコボコになっていく。

 

「想起…『失われた空』」

 

弾を避けるのに必死だった正邪に誘導弾が襲いかかる。

流石にこの量を相手にするのは無理だったのか嘘だろと叫びながら彼女は上空へ一気に飛び出した。

確かに上空なら回避するスペースもありますけど…長距離戦にされるとちょっと困りますね。

 

「逃がさないよ!」

 

こいしが機関砲を収納して正邪を追いかける。

対する正邪は…あれ?正邪の進行方向……出口の方に向かっているわけではない?

一体どこに行こうとしているのでしょう。

 

気になった私も2人を追いかける。

 

何か空間が歪んでいるような…そんな感覚がする場所が一点だけ見受けられる。もしかしてあそこに向かっているのだろうか…

 

私の心に一瞬警報が響く。あそこに向かわせてはいけない……

そんな予感に急かされるように弾幕で正邪を落とそうとする。

 

でも火事場のなんとかとかいうやつだろうか…全てを紙一重で避けられる。

正直当たって欲しいのですけど…

「……こいつはどうだ!」

 

歪んでいるところに手を突っ込んだ正邪がなにかを引っ張り出しながら反転していくる。

 

反転した正邪の両腕には気づいたらお空が抱かれていた。その首元に手をかざしている。

いつでも命を奪えるということだろう…

「あ…お空!」

 

「さとり様!こいし様きちゃダメです!」

 

幸いお空は意識はあるようです。いや、あえて意識を持たせておくことでこちらの動揺を誘うということですか…

 

ひものようなもので体を縛り付けられて完全に動きも封じているか…お空が自力で抜け出すのは無理ですね。

 

っち…プランBってやつですね。お燐といいお空といい完全にこっちを潰しに来ていますね……

 

「そう簡単に手は出せねえぜ?」

 

「そんなことしても逃げられませんよ?それに時間が経てばケルベロスを倒した仲間が来ますし」

 

ちょっとだけ揺さぶりをかけてみる。実際にはまだ激しい戦闘が続いているらしくときおり轟音が遠音で響いてくる。

 

「それじゃあ逃げるまでの間しばらくこいつは預かるぜ?大丈夫だ下手に手を出さなきゃちゃんと開放するから」

 

「……それは認めません」

 

 

「さとり様!私は大丈夫ですから…」

……それにしてもまさか完全にお空を密着させるとは…少しでも離れていればまだ手の打ちようはあったのですが…このままじゃジリ貧。逃げられるのはまだいいのですがお空まで連れて行かれるのは困ります。

 

「……お空…」

 

「……私と交換しては?」

 

その一言が、周辺の空気を一気に変えた。

 

「あんたと?」

 

「ええ、そっちの方が他の人たちも手出しし辛いですからね」

 

私自身傷つくのは痛いですから嫌なのですが、家族が傷つけられるのはもっと嫌です。

「お姉ちゃん!なに言ってるのさ!」

 

「そうです!私は大丈夫だから……」

 

2人は反対していますけどお空よりも生存性が高いのは私かこいし。でも妹に行ってきてなんて言えるはずもない。

 

「……じゃあ私がいく!」

 

……こいし?まあ言いたいことはわかりますけど…

 

「……そうだな…じゃあそこの銀髪がこっち来い。それでどうだ」

 

考え込んでいた正邪が私の方を見て嫌な笑みを浮かべる。正直そんな悪巧みしてますって顔しなくても…すぐわかるんですけどね。

 

「……わかりました」

 

それでも従うしかない…でもこいしを渡すのは心がチクチクと痛む。多分私が行くと行った時のこいしもこんな感じだったのだろう…

 

魔術式を収納したこいしがゆっくりと正邪の方に向かう。

 

「ほいよ」

 

お空が私の方に向かって投げられ、瞬時にこいしの首に刀のようなものをあてがう。

場慣れしていますね。今までもあのようにして逃げ延びてきたのでし

ょうね。

 

「それで…どこまで逃げるつもり?」

 

「こいしと言ったな…どこまで逃げるかは決めてねえがとりあえず地上までは逃げるぜ!ここにいても地底という檻の中だからな!」

 

そんなことを言えば外に出ても地球という檻の中にいることになるのですが…

 

「おっといけねえ。その前に素直に協力してくれないさとり妖怪に贈り物だ」

 

そう呟いた正邪が刀を持つ手とは別の手で何かを懐から取り出した。

それは禍々しい瘴気を孕んでいて…恐ろしいほど純粋で……

 

「あああああ⁉︎」

それをサードアイが視た途端…悪意の塊が爆発した。

頭に流れ込んでくる悪意の塊に心が砕けそうになる。

ただの悪ではない…人類…いや世界そのものに対する悪…人間や妖怪などたやすく踏みつぶそうとする極悪だ。

そんなもの……耐えきれるはずもなかった。

 

「貴様さとり様になにを⁉︎」

 

お空の声すら聞こえなくなるほどに頭の中を押しつぶされていく。意識が保つのももう限界だった。

 

 

 

 

 

 

目の前でいきなり苦しみ出したお姉ちゃん。その苦しみ方は尋常じゃなかった。あれは何かに怯える…違う。何かに心が…自我が潰されるようなそんな恐ろしいものだった。

その元凶はこいつが取り出したさっきの道具のようなもの。

 

「お姉ちゃん!あなた何したの⁉︎」

 

お姉ちゃんの二の舞にならないようサードアイの向きを注意しながらこいつの顔を睨みつける。

殺気が籠っているはずの私の目線を受けてもヘラヘラと笑っているこの顔に一発殴りを入れたくなる。

 

「絶対悪って知ってるか?」

 

絶対悪?聞いたことない単語だけど確か昔お姉ちゃんが似たようなこと言っていたような…確か…

 

「確か善悪の二極化した際に出てくる人類悪…諸悪の根源ってやつ?」

 

「そうそう!さすがだな説明の手間が省けたぜ…宗教違うから効くかどうかわからなかったけどこれなら成功だな」

 

なんてものを…でも生き物でもなんでもないただの偶像なのになんでお姉ちゃんはあんなに苦しんで……

 

「さとり様!」

 

お空の声がお姉ちゃんの状態をよく表してくれている。

 

「ああ、さとり妖怪は確か視たものを理解し、想起するんだろう?ならやばいかもな。これに含まれた純粋で膨大な悪意を理解しようだなんてしたら意識そのものが壊れちまうぜ?」

 

そっか……悪意の塊がぎっしり詰まってるから半分生き物みたいになってるんだ…でもそこにあるのは意識とかそんなものじゃない全ての悪…あんなものまで準備してるってなるとこいつ…一番厄介な相手だ……

注意深い奴はそう簡単に隙を見せない…ここから抜け出せれば…

 

「貴様……」

 

「おっと近づくなよ。こいしの命はこっちにかかってるんだからな」

 

お空も迂闊にこっちには来れない。お姉ちゃんは仲間が来るって言ってたけど…音からしてまだ戦ってる最中だろうしお燐は……あれ?

 

お燐は?

 

 

 

 

 

 

 

「藍が喰われた⁉︎」

 

「落ち着いて!早くその場を離れなさい!」

 

巫女がなんか喋ってるがこっちはそれより早く逃げてる。

まさか頭が縦に割れるとか正気かよ。あれ脳とかどこにあるんだ?真ん中なのか⁉︎残り左右はなんかあんな感じなのか⁉︎

 

そんなこと考える暇など与えないかのように地面を蹴り飛ばし私達に追いすがろうとしてくる。

尻尾を千切られた腹いせなのかかなりご立腹なことだ。

 

「仕方ないわ!使いたくなかったけど…」

 

巫女が遠くで何かを叫びながら懐から出したお札を犬に向かって投げつける。

 

「霊符『夢想封印』」

 

その透き通った声とともにお札はまばゆい光を放ち形状を変える。

薄っぺらい紙から人間ほどはあろうかというほどの大きさの球体になり、光が収まると、そこには巨大な赤と白の勾玉が2発、犬に向かって飛んでいく光景が広がっていた。

突然の攻撃にたじろぐケルベロス。だがすぐに脅威と感じたのか逃げようとする。

本来の夢想封印は確か6発とか言われていたような気がするけど今の彼女じゃあれが限界なのだろう。巫女の額に浮かぶ脂汗を私は見逃したりはしない。

それでも数より質。2発だけでも当たれば相当な威力だ。

 

あの犬があれに対処してる合間になんとか距離を取ることはできた。もう近づきたくもないのが本音。誰だって丸呑みにされるのは嫌だろ?

 

「もうちょっと……」

 

夢想封印はさっき真っ二つに割れた方とは反対側の頭に命中。その運動量で頭そのものをもぎ取って行った。

辺りに残った頭が吼える声が響く。2人だけでも十分うるさいな。

 

「やった⁉︎」

 

「あかん勇儀それはフラグってやつだ」

 

 

その途端首の中から巨大ななにかが這い出てきた。それは巨大な昆虫のような…ムカデと触手を組み合わせて頭の先に巨大な口をくっつけたらあんな感じになるんじゃないかという虫が生えてきていた。

 

「また虫⁉︎しかも寄生虫っぽいし!」

 

「普通に再生して欲しかった……」

 

パックリ割れる頭に巨大なムカデもどき…もう嫌だ。

しかもあのムカデ結構可動範囲広いし…あれ殴るのなんか嫌になってくる。

 

地獄の犬ってやべえわ。あ、番犬だったか…でもどっちでもいいか。

でも悲観的なことばかりでもない。そろそろ私も勇儀も力が戻って来たし全力でいかせてもらうか。

 

「なあ、やっぱり私達なら力勝負のほうがいいよな」

 

「当たり前だ。私達鬼は力が全てだ寝言は寝て言うんだな萃香」

 

だろうな。寝言は寝て言うに限るわ。

そんじゃ難易度上がったけど再挑戦といきましょうか。

 

「私を忘れていないか?」

 

不意に後ろで響いた式神の声に思わず振り向く。

そこには食べられる直前と全く変わらない姿で勾玉のようなものを周囲に展開した式神が立っていた。なんだか心配して損した気分だ。

「なんだ生きていたのか」

 

「紫様に直前で隙間を開いてもらったからな…」

 

あの隙間妖怪か。なんだかんだ言って見てるんだなあ。

 

「なんだ紫も見てるくらいなら参戦したっていいんじゃないのか?」

 

「紫様は基本不干渉だからな」

 

何が不干渉だか。どうせまた面白いからとかそう言う理由だろ。大賢者なんかが見たらあいつも私もそこらへんの死霊妖精と変わらないんだからな。

 

「そういうもんかねえ…偉い立場ってなかなかわからんよ」

 

「貴方達も似たようなものでしょうに…」

 

ある意味外れではないな。でもやってることは全く違うけどな。

私はあいつみたいに高みの見物は嫌いだ。

 

「喋ってる合間にもう向こうは用意できたみたいよ」

そんじゃあれをさっさと片付けますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お燐の姿が見えない。さっきまで地上に横たわっていたはずなのに…

もしかして……

 

賭けはあまりしない性格だけど今回は賭けさせてもらうことにするね。

体の力を一旦抜いて相手に身を委ねる形になる。

 

「それじゃあそろそろ逃げることにする。妹とはまた後でだな」

 

「この!」

 

私を引っ張って出入り口である扉の方に向かっていく。服を引っ張るのはいいんだけどもうすこし優しく引っ張って欲しいなあ。

 

 

どうしようもないこの状態を壊したのは、正邪の頭に向けて撃たれた弾幕だった。

真正面からだったから難なく回避されちゃったけど、正邪は大きく動揺。動きが止まった。

それは私も同じ。どうしてと言わんばかりの感情が心の中を支配して正邪が作った一瞬の隙を突くことができなかった。

 

「どうして平気でいられるんだよ!だって…」

 

「絶対悪なんてものを理解しようとすれば必ず心が壊れる…ですか」

 

少し息が荒いお姉ちゃんの声がその場に静寂を作る。

額に流れる汗を除けば普段と変わらない無表情のお姉ちゃんがそこにはいた。

 

「そうだよ!だから持って来てたのに!」

 

「ええおかげでスッキリしました」

 

スッキリした?どういうことだろう……

 

「まさかさとり様……」

 

お空が何かに気がついたみたい。私も心を読みそれがなんなのかを素早く理解しようとして…頭が真っ白になりかけた。

 

「見えてしまってつらいのなら、見えなくなれば良い」

 

 

「まさか自分からさとり妖怪であることをやめたのか⁉︎」

服の陰でちらつくサードアイから赤い液体が漏れているのがわかる。なにかの間違いだと思いたくて恐る恐るお姉ちゃんの右手に視線を向ける。

お姉ちゃんが愛用している刀が刃を赤く染めながら収まっていた。

 

「どうせそのうち再生するからいいんですよ今使えなくなるだけですから」

 

それでも無表情でそんなことを言う。でもお姉ちゃんそれは壊していいものなんかじゃないんだよ…それは…お姉ちゃんがさとり妖怪である証なのに…

 

「で、でもこの状況は変わらないだろう?」

 

そうだろうね。いくらお姉ちゃんが復活してもこの状況は変わらないだろうね。

今私はこいつに動きを封じられているのがありがたかった。そうじゃなきゃ今頃こいつの魂を奪っていたかもしれないから…

 

 

「そうでしょうね……」

 

「それにこれが効かなくなったからって…今度は妹に見せれば…」

 

それすごい嫌だ!

どこまで外道なのこの人!

 

「わかりましたから…なにがわかったかはわからないですけど、とりあえずあれをこいしに見せるのはやめてください」

 

「いやいやわかってねえじゃん」

 

「ともかくあの危険物はさっさと収納しましょう?」

 

お姉ちゃんマイペースに拍車かかってないかな?まあ普段はあんな感じだけど…まさか心が読めないとあんな感じなの?

 

それにしても困ったなあ…これじゃあここから抜け出してこいつに一撃与えらえないや。

 

「全く…世話がやけるわ」

 

どこか聞いたような声が聞こえる。そんなに昔に聞いた声ではない。かなり最近…数時間前くらいだろうか。

 

「え?」

 

その声と同時に正邪の右腕が誰かに貫かれる。

衝撃で動かなくなった右手が私の首から降りる。拘束が一瞬だけ緩んだ。

 

今!

すぐに姿勢を低くして一気に正邪から離れる。それと同時に正邪の方を振り返る。正確には正邪の後ろに視線を向けているけど。

表情や姿ははっきり見えなかったけど金髪が見える。

「あ……」

 

左手が私を追いかける。それと同時にお姉ちゃんを苦しめていたアレがこっちに向かってくる。

 

「させないよ」

 

お燐の声。同時に正邪の左腕に銃剣が突き刺さる。

そのまま数秒…あれれ?唖然としている。なんでだろう…まさか痛みを感じていないのかな?

「ぎゃあああ!」

 

と思ったら叫び出した。

あ、やっぱ痛いんだ…

 

 

「ふふ、痛いでしょ?その痛みはあなたが持たざる者だから来るのよ。妬ましいでしょ?持ってるものが妬ましいでしょ?」

 

えーっと…あれは助けてくれたってことでいいんだよね…

すごい無理やり妬みを引き出しているんだけど…

 

「お燐、それとパルスィさん」

 

「あらさとりいたのね…後パルスィでいいわ」

 

棘があるような言葉遣いだけど悪意は感じられない。なんだろう素直じゃないなあ…あ、でも妬みまみれだからどうなんだろう?

 

「どうしてここに…?」

 

「私はただ新鮮な妬みが欲しいだけよ」

 

妬みって新鮮とかそう言うのあるのかなあ…あれ?お燐目が緑じゃない?

 

「あ、そうそう、この猫借りてたけど返すわ」

 

そう言ってお燐がお姉ちゃんの方向に移動する。

パルスィさんが指を鳴らすと緑色の瞳からだんだんと色が抜けていって…正気に戻ったお燐がお姉ちゃんにもたれかかった。

 

「なるほど…妬みを利用してお燐を操ってたのか…」

 

ちゃんと意識が戻った上で行うとは…でもそれって意味あったのかな?

あーでも妬みが欲しいんだったら確かにお燐の妬みも欲しがるわけだしその点で考えてみればお燐を操っていた意図もわからなくはない。

 

「仕方ないでしょ?私1人じゃあいつの両腕を止めることはできないんだから」

 

「ちくしょう……まさか増援が来るとはな」

 

あいつの声がして、すぐに意識をあいつに向ける。

銃剣で刺された左腕はもうすでに回復している…すごい速さ。あれもマジックアイテムのおかげなのかな…

 

でも右腕はまだ治りきってないからどうなんだろう?

自然治癒能力が再生クラスまで発展しているのはお姉ちゃんくらいだから…やっぱり道具の恩恵なのかなあ…

「あら、お疲れ様」

 

「っち…水橋か…」

 

「貴方を通したのは迂闊だったわ。街をあんなにしてくれたら煙草も碌に買えないじゃないの」

 

「知るかそんなこと」

 

だろうね…まさか恨みの主な理由がタバコだなんて。

わからなくもないけどなんだろうこの…モヤっとした気分。

まあ理由なんて正直しょうもないことが多いけどね。結局その行動が誰かを笑顔にできるかどうかが大事だから…

 

「さっさと降参しなさい」

 

気づいたらお空とお姉ちゃんがあいつの背後に回っていて出入り口の方向に逃げないようしっかり抑えていた。

 

行動早いね…それよりお空。殺気はしまっておいて。私だってしまってるんだから。

 

「降参?やなこった!」

 

 

決別の言葉とともにあいつから弾幕が大量に撃ち出される。

かなりの数が飛び散りそしてその全てが誘導弾だった。

 

私にもいくつかの弾幕が迫ってくるから、それら全てを弾幕ではじきかえす。

空中にいくつもの閃光と爆発が広がり、体が煽られそうになる。

 

「なーんだ弾幕だって十分強いじゃん」

 

「天邪鬼は基本敵が強ければ強いほど能力特性が強くなるのよ。妬ましいわ…」

 

「ここにいる総合戦力が多いってこと?」

 

「そう言うことよ」

 

そうなんだ…ってことはあまり人数集まらないほうがよかったのかな?

でも数が多い方が有利だし…あ、その有利をひっくり返すのが天邪鬼か。

 

それでもお姉ちゃんの立ち回りがうまいのか、パルスィさんが強いだけなのかようやく動きを止めることに成功した。

って言っても設置弾幕で迂闊に動けなくしただけなんだけどね。

 

(やばいな…あまり使いたくなかったけどこれを使うしか…)

 

何か独り言のようなものが聞こえる。でも現実にあいつは喋っていない。ならば考えられる理由はひとつだけ。

心が読めるようになってきた。

 

どう言う理屈で心が読めなかったのかは知らないけど読めるようになってきたってことはきっとカラクリが解けてきたって事。

「お姉ちゃん!何か使って逃げようとしてる!」

 

「はいはい。させませんよ」

 

背後を取り続けていたお姉ちゃんとお燐が一斉に飛びかかる。

あいつは接近するお空に気をとられていて対処できない。

 

「捕まえました」

 

「さとり!なんかこいつチカラ強いんだけど!」

 

腰の方にしがみつくお燐が背中側から羽交い締めにしているお姉ちゃんに叫ぶのが聞こえる。

手伝いに行こう……え?来なくていい?まあお空今そっちに行ってるから…

 

「く…くそ!離せってば!」

 

いやいやそれで離すヒトいないでしょ…

あれ?何か手に握ってる…なんだろうあれ…

 

「…これは⁉︎誰でもいいから攻撃して!早く!」

 

あいつが手に握っているものを見たお姉ちゃんが急に叫んだ。

 

え?どう言うことだろう…急に攻撃してだなんて…

 

「あたいでもこれを押さえつけるのは無理っぽい!やるなら早くしておくれ!」

 

「やっぱこれ知ってるのかよ!つくづくさとり妖怪は相手にしたくなくなるぜ!」

 

(転移用のマジックアイテムまで知ってるとか知識どうなってやがる?)

 

そっかそう言うことか!でもそれならお姉ちゃん達の方が攻撃できそうだけど…やっぱりあいつ押さえつけているだけで精一杯らしい。

 

「相手にされないのが前提の種族ですから」

 

今転移されると困る。すぐに制圧用の攻撃を2発放つ。

 

私とほぼ同じタイミングでパルスィさんも同じく弾幕を撃ち出した。

命中まで数秒…お空が射線から外れようとして体をそらす。

 

 

「…こうなったらお前ら道連れだこの野郎!」

 

「きゃ⁉︎」

一瞬だけ力が抜けたところを突かれて腕を抑えつけていたお空が弾き飛ばされてしまう。

 

慌ててお空に駆け寄り様子を見る…弾き飛ばされた時に左腕を折られたようで変な方向に曲がっちゃってる。

あいつ……許さない…

 

だけど視線をあいつに戻した私は起こっている出来事を見て驚愕した。

 

正邪の背中の方に魔法陣のようなものが現れそこから金色に光る鎖が二本飛び出していた。その鎖は自らを拘束しようとしているお姉ちゃん達を自身ごと拘束してしまう。

 

そして手に握った何かを振りかざしてそこに魔力を流し始めた。

 

「な…何を⁉︎」

 

攻撃と同時に逃げるはずだったお姉ちゃんとお燐は、あいつに羽交い締めにされ逃げ出すこともできなくなった。

このままじゃお姉ちゃんごと巻き込んじゃう。でも攻撃はもう取り消せない。

パルスィさんもしまったって後悔してしまっているがもう間に合わない。

 

 

一瞬、あいつの鎖を引き離してお姉ちゃんがお燐を引っ張って離れようとする姿が見えた。でもその姿も弾幕の中に消えていく。

耳をつんざく爆音と、爆発で生まれたのとは全く違う青色の光が周囲に飛び散る。私もパルスィさんも使った攻撃はあくまで制圧用であってあんなに激しく光や爆発は起こさない。

だけど現実は非情であって…それでいて残酷だった。

光が収まった時、そこには全てがなくなっていた。

居たと思われるところは1メートルほどの円状に綺麗にえぐり取られていて、そこの表面は高熱にさらされたのか赤く溶けていた。

 

「さとり様!お燐!」

 

「お姉ちゃん!どこにいるの⁉︎」

 

私たちの叫びに答えるヒトは誰一人としておらず、ただ虚しく叫びが消えていくだけだった…

 

 

 



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depth.58さとりの消失

さとり「これはどういうことかしら?」

A.ストックに無理を言わせて完成させた……

さとり「ふうん……」


お姉ちゃんが消えてから数ヶ月経つ。

 

ようやく落ち着いて状況を整理できる状況になってきたからまとめるついでに記録しておくことにする。

 

そう言う見出しを書いたは良いものの。状況を整理するなんてことは異常に難しかった。

これからどうするとかそう言うものじゃなく、失ったものの大きさが大きすぎて心に空白ができているみたいだった。

 

結局いくら待ってもお姉ちゃんとお燐は帰ってこなかった。

後から到着した人たちと大捜索が始まったけどそれでも見つけることはできなかった。

 

もしかして遠くに飛ばされすぎたのかと思って紫さんに隙間を使った探索もしてもらったけどそれでもお姉ちゃん達はおろかあいつでさえも見つけうことはできなかった。

 

捜査は打ち切られてお姉ちゃんは行方不明扱い。

その後は私もしばらく塞ぎこんじゃってたからみんながどうしていたのかはわからない。

後から聞いた話によると天狗の方はなんか色々と騒がしかったらしい。

まあお姉ちゃんって言う存在が消えたなんてなったらそりゃ大変だろうねって思うよ。

だけどさ私のところにまできてどうしようかなんて相談しないでほしい。こっちがどうにかしたいくらいなんだから……

 

でもお姉ちゃんの手掛かりが全く消えたってわけではない。

紫さんがお姉ちゃんたちが消失した場所を調べていたら時間軸に歪みが生じているのを見つけてくれた。

紫さん曰く私たちの攻撃が当たった影響でマジックアイテムになんだかの障害が発生して時空間転移に影響を与えていたのだとか。

あのアイテムは本来空間の歪みだけですむはず。なのに時間軸……どうやら空間移動と同時に時間移動までしてしまったらしい。

 

それを聞いた時の私とお空は真っ青だっただろうね。だって私たちの攻撃がお姉ちゃんを未来か過去に吹っ飛ばしちゃったんだから…パルスィさんなんて「あいつの顔を見なくなって清々した」とか憎まれ口を叩いてたけどそれは私達の悲しみを自分に向けさせるための嘘。

そもそも私がいるんだからそんな嘘通用しないって言ってるのに……それでもパルスィさんなりの気遣いなのかもしれない。

 

紫さんは…お姉ちゃんの消失はあまり気にしていないらしい。

正確に言うと気にしないように心に蓋をしていたと言うべきかな。それ以外にもいくつか理由はあったけど……

 

「古明地さとりとあろう者があの程度でくたばるわけないわ」

 

だって。まあそうだけどさ…お姉ちゃん達があれくらいで永遠の別れになってなるわけないよね…うん。そうだよね。そう思いたい。

 

それに、どうやらお姉ちゃんは時間軸を未来に向かって飛ばされたらしい。というよりタイムスリップそのものは未来にしかいけないらしい。通過した過去を変えようものならそれは世界軸が崩壊してしまうだの新たな宇宙がどうだの言ってたけど要は過去に戻ったわけではないらしい。じゃあ必ずこの先どこかで再会できる…私達が生きていれば…

 

「こいし様?なに書いてるんですか?」

 

気づいたらお空が背中に寄っかかっていた。いつからいたのかな?

 

「ちょっとした日記かな…状況整理用にね」

 

そうだった、お姉ちゃんが帰ってくるまでにやることはたくさんある。

人間と妖怪の関係…お姉ちゃんは互いに手を取り合える関係にしたかった。それは残された私たちが引き継ぐこと…

後、地底の管理…だけどこれはお姉ちゃんがほとんどを勇儀さん達に引き継いでいたからお姉ちゃんが消えた後でも滞りはなかった。

それと天狗さん達とかとの交友とか…

こうしてみるとお姉ちゃんっていろんな方面に影響与えてたんだなってのがよくわかる。

人間と妖怪に天狗との関係…あとは地底と地上との繋ぎ…

孤独に生きるのが嫌だったんだよね。

だから待っててねお姉ちゃん。いつ帰ってきてもいいように…私達頑張るから!

 

 

ふと隣を見るとお空が沈んだ顔をしていた。

お姉ちゃん達が消えた後からずっとだ。サードアイで心を読まなくてもお空がなにを考えているかは痛いほどわかる。

 

「お空…なに考えているのかな」

 

「こいし様…」

 

責める目。でもそれは私に向けられたものではない。お空自身に向けているものだ。

自分で自分を責めるのは私もしている。でもそれは結局たらればの話になっちゃうしもう過去は変えられない。

 

「私が弱かったから……」

 

「気にしちゃダメだよ。お空は何も悪くないし弱くもない」

 

弱い強いといった問題でもないしあれはそう簡単なことではない。でも複雑なものを心に留めておくより何か簡単なものに置き換えて結論を出した方が心が落ち着く。ヒトはなにかをありのままに受け入れるなんてことはできない。

それでも簡単にすると言うことはその分真実は捻じ曲がってしまう。

 

「でも…あの時ちゃんと取り押さえられなかったから……」

 

「そんなこと言ったら私だってそうだよ。それにお姉ちゃんは生きている。それにお燐だって側についているんだから絶対帰ってくるよ

 

その答えがいかにお空にたいして残酷な答えなのか…私が知らないはずはない。それでも私にはそう言うしか出来ない。

 

未来のどの辺りに飛ばされたのか…本当に生きているのか…又はその時まで生きていられるのか…

 

「……こいし様どうしたら強くなれますか?」

ただそう一言…お空の心を表した言葉に私はどう答えていいかわからなかった。

お姉ちゃんなら多分答えられたのかな。

 

「強くなる方法は人それぞれだよ」

 

「……そうですか」

 

「お空?」

 

 

思えばこの時、私がちゃんとお空に向き合っていれば……もっとマシな結果になったのかもしれないしお空も苦しまなくてよかったのかもしれない。

私はさとり妖怪…でも人の心が苦手。こんな出来損ないじゃなかったら。なんて思ってしまうと言うことは私の心理もたかが知れてるってことなのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識というものは唐突に消えては唐突に復活する。

その間にどれほどの時間が経っていようが体がどれほど動いていようが、意識が無い合間は何をしていたのかなんてわからない。

 

意識が失われていたのは一体どれほどのことだったのか。本人は自覚がない。

そもそも意識がない合間のことなんて自覚しようがないのだから無理もない。

結局、瞬きでもしていたのかと意識は見当違いなことを言っている。だけどそれを否定しようにも私だって意識が失っていたのはどれほどの合間なのかなんて分かりっこないのだから答えなどでない。

答えがないなら答える事は出来ない。

 

 

「……あれ?」

 

「遅れるうう!」

 

 

一瞬何が何だか分からなかった。

目覚めた瞬間目の前をひとりの少女が駆けて行った。後ろ姿しか見ることはできなかったもののそれは私のよく知る…いや、あれは私自身だった。服装が微妙に知識にいる彼女とは違うものの見間違えるはずはない。

 

 

ふと気づけば彼女はもうどこかに行ってしまっていた。そこで初めて周囲の状況に気づく。

いびつに歪んだ木々、緑色というより青黒い色をした葉っぱ。体を横たえていた地面も感触が違う。

 

「……ここは?」

 

意識がしっかりしているもののなんだか視界と体の感覚との情報が妙に噛み合わない。

ここにいてここじゃないような…目の前の光景は全てハリボテなんじゃないかと思ってしまう。

 

「……追いかけた方が良いですよね…」

 

 

まあ私の体の不調はともかくまずはあの子を追いかけないと…

 

立ち上がって飛び上がろうとして……

「ヘブっ⁉︎」

 

地面に叩きつけられた。

全く浮力が出ない。まさかと思うが飛べなくなっているのだろうか。

いつも通りに力を入れてみようとしたものの体に全く力が入らない。まるでそんなものなかったかのようだった。

 

……これは走ったほうがいいですね。

体についた埃を払い追いかける。

道は一本道…いや、森自体が道を作っているようにくねくねと曲がっているようにも思える。

 

だがそんなことはどうでも良くて、ただ駆け抜けるのみ。

どうしてそう思ったのかはわからない。でもそうしないとと言う脅迫概念じみたものが働いたのは確かかもしれない。

 

彼女を追いかけてなにになると言うのだろうか…そもそもどうして私はこんなところにいるのだろうか?その疑問を頭から振り落とし追いかける。姿は見えなくても道は一本道。獣道に逸れない限りはこっちで合っている。

 

本当に合っている?わからない。もうこの際合ってようがいまいがどうでも良いのかもしれなかった。

 

追いつければ良い。それだけしか考えていなかった。

 

 

だが非情にも目の前には分かれ道が現れる。

どちらの道もどこに続いているのかは見えないしどっちに行ったのかすら検討もつきそうにない。

よく見てみると片方は赤色に淡く光っていてもう片方は明るい光が見える。

「……どっちに行けばいいのでしょうか?」

 

声に出しては見るものの、誰もいないその場所に答える者など誰一人としているはずはなく……

 

「おやおや?迷子ですか?」

 

不意にした声におもわず顔を上げる。

誰もいないと思ったその場所にはいつのまにか少女が浮かんでいる…いや、あれは少女ではない。見た目は少女だけどあれは違う。

セミロングの青い髪と青い瞳。頭には赤いサンタ帽を被っている。服はボンボンが付いた白黒のワンピース。左手に抱えた日記を開きなにかを見ている彼女はバク。私と同じかそれ以上の妖怪。

 

「おはようございます。夢の中の世界へようこそ」

 

「その場合おやすみなさいじゃないんですね」

 

どちらでもいいような気がしますけど…

 

「まあいいです…あなたが居るというのなら夢の中だという事は確実ですね」

 

「おや?私をご存知で?」

 

「私と同じ妖怪の気配を流しなおかつここを夢と言い張る…そう考えてみれば選択肢は絞れますよ」

 

バクなのだろう。記憶もそう言っている。

 

「なるほど、説明の手間が省けます」

 

「それで、人の夢に何か用ですか?」

 

夢だと理解しても醒めない夢…明晰夢でしょうか?それにしても妙なものですけど…

ここまではっきりとしていると言うことはただの夢ではない。何回か似たような経験はあったもののあれは私のないの無意識だったし夢とはちょっと違う。

 

「人の夢とはまた面白いことを。夢の世界の住人がいても夢の中なのですから何か問題でもありますか?」

 

人を小馬鹿にしたような顔……でも内心小馬鹿にしている訳ではないですよね?

 

「ないですね……」

 

「そうでしょう?だから私がここにいても問題はない」

 

 

「それで…私とそっくりな少女を見ませんでしたか?」

 

「んー?どうでしょうね?ここがあなたの夢ならあなた自身が知ってると思うのですが…知りたいですか?」

 

……心が読めない?どういうことでしょうか…

 

「あれ?」

視線を落とした先にあったサードアイは真っ黒にくすんで、黒い影のようなものに包まれてしまっている。

それを直視した途端、恐ろしい吐き気と目眩がして、思わず膝をついてしまう。

「こ…これは…なに?」

 

「おやおや?自覚がないと…まあ本人のことは本人が一番気づきづらいですからね」

 

訳のわからないことをいう…わけがわからないのは私自身ですけど。

 

「私には自分のことが説明がつかないんです。だって私は自分自身じゃないから。分かりますよね?」

 

「面白い考えですね…じゃあ特別に知ってるところだけ教えてあげましょう」

 

そう言って私の前に降りてきたバクは芝居がかった身振りで喋り出す。

 

「ここは夢の中。貴女自身の全てがここを作り出しています。当然そこにいるあなたもあなた自身の望んだ通りの姿です」

 

「これが…私の望んだもの?」

 

そんなもの望んだ覚えはない。それに私はさとり妖怪だ…自らの能力を嫌悪するなんて事……

 

「ええこの夢の世界は貴女の思い描くように作られています。貴女の魂はどこかであなた自身の能力を嫌っているのでしょうね。詳しいことはさっき走って行った彼女に聞いて見たらどうですか?」

 

……このバクはどこまで知ってるのだろうか…夢に影響されるのは私の全て…つまり彼女には私の全てが見えている?

 

「それで…少女はどこに行ったのですか?」

ようやく精神的ダメージから回復した体を叩き起こし彼女の目線に疑問を投げかける。

 

「さあどっちでしょうね?ここはあなたの夢の中。選択肢は貴方が正解を知っている。故にその質問は意味をなさない」

 

 

「まあ特別にヒントと行きましょうか。If you don’t know where you are going any road will get you there.」

 

……つまり自由に選べと…

 

そのまま彼女の体はだんだんと闇に消えていき…消え去っていく。いや、なぜか目だけが暗闇に浮いている。まるでおとぎ話に出てくるとある猫のように…

 

「ご安心を、私はあなたのそばにいますしもしかしたらいないかもしれません」

 

「なるほど…そういえば自己紹介が済んでませんね。私は古明地さとり。貴女は?」

 

「とある夢の住人。あるいは…いえ、ナナシさんとでも名乗っておきましょう」

その声が消えるころには闇の中に浮いていた目もどこかへ消えていた。

 

結局何だったんだろう?そんな疑問も出てくるものの夢に疑問なんて持ち込むだけ無駄と判断。

さて、それじゃあ右の道に行きましょうか。

 

どうしてそう思ったのかはわからない。なんとなく明るい光がある方向へ行った方がいいかなと思っただけ。強いて言えばこの薄暗い不気味な森から一刻も出たいと言う感情に突き動かされていただけなのかもしれないけど。

 

私の夢の世界というものは…かなり狂気に満ちている。

 

それを自覚した時には私はすでに狂気に取り込まれていたのかもしれないけれど。

 



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depth.59 nightmare

こいし「お姉ちゃん人気投票8位おめでとう!」

さとり「ありがと…それにしてもこの話もナンバリングが88ね」

こいし「なんか面白いね!そういえば私3位じゃん?お姉ちゃんの順位と足して88を割れば…」

さとり「8ね…でもあまり面白みないわね」

こいし「ユニコーンのエンブレムがついたF-20が来るよ!」

さとり「それは違う!88だけど違うわよ!」

こいし「じゃあオリエントエクスプレス…」

さとり「確かに88年に日本を横断して話題になったけどそれも違う……」

それでは本編。


森を抜けた先にあったのは広大な草原だった。

だが、あの少女の姿は見つからない。その上、道も森を出たところから無くなっている。これではどこに行ったのかがわからない。

 

近くに何か知っているヒトはいないのだろうか…まあ夢の中の登場人物なのであれば私の知る人物の可能性が高いのですが…いるとすればですが。

 

ともかくまっすぐ行って見ることにしますか。

 

まっすぐと行っても実際まっすぐ行ってるのかどうかすらわからない。方向感覚があっという間に狂ってしまうのは周囲に目立った目印がないから。

それでもここが私の夢なのであれば、私が進もうと思っている方向に進めるはずだ。

 

逆に真反対に行っている可能性もないわけではないけどそれを考えたら面倒になってくるし気がもたない。

 

「……おや?」

丘のようになっているところに何かを見つける。

この距離だと気づかないうちに通り過ぎていました。まあ見つけたということは何かの縁ですし行ってみましょう。

 

 

近づいて行くと私が見つけたものがだんだんと形を形成していく。それはあまり見たことがない形ながら、つい最近御花畑で見たものと酷似している。

そしてそこにいる人物に思わず足が止まる。

 

私に気づいたのか元から知っていたのか、視線をこちらによこさないまま彼女はおいでと手招きをする。

それに乗るかどうか少し悩むも、悩むだけ無駄な気がしてきたので素直に誘われることにする。

 

「お茶会?」

 

私の言葉に緑がかった銀髪が揺れる。

 

「正確にはただの休憩あるいはただのぐーたら」

 

そういうこいしは普段の和服ではなく洋服と黒い帽子…私の中の記憶で言えば原作服を着用していた。厳密に言えば所々の模様が時計やトランプ柄になっていたり胸元に巨大な懐中時計をつけていたりするので完全に原作ではないですけど。

 

「グータラなら家ですればいいんじゃないの?」

 

「家でできないグータラをしたいからここでこうしているの」

 

なるほど、理解できない。

そもそも夢なんて理解不可能な代物だってのは分かり切ってることですけど。

 

「貴女はこいし…?」

 

「私は帽子屋。ただの帽子売ってるような人だよ!帽子以外にも売ってるかもしれないけどそれは私の知るところじゃない」

 

私の夢では帽子屋なのですね…なんでなのかは知りませんけど。

それにしても一人でお茶会…じゃなかったぐーたらしてたんですか?

 

「1人だけじゃないよ。さっきまで他の人もいたよ」

 

「じゃあどこに…」

 

「みんな貴女が来るって言うから逃げちゃった」

 

なんだかかなりひどい。そこまで私は嫌われていただろうか…あ、そういえばこの種族は嫌われるのが大前提でしたね。

 

「もうそんな顔しないの。せっかくだしお茶飲んで行けば?」

 

「探し人がいるのでぐーたらするのはまた今度にするわ」

 

そう、こんなところで油売ってるわけにはいかないのだ。さっさとこの夢から覚めたいしあの子のことも気になる。

 

そっか〜とお茶をカップに入れながらふらふらと席を立って回り始める。

その目が一瞬だけ狂っているような…そんな感じの目に変わった気がしたもののすぐに元のこいしの瞳に戻ってしまう。

「あ、そうだ帽子屋だけど帽子いる?」

 

思い出したかのようにどこからか帽子を取り出す。その帽子の札のところに水銀入りって書かれていて…もう買う気をなくす。

 

「水銀入りの帽子はいりませんから」

 

「ちぇ……せっかく作ったのに」

 

すごく残念そうですけど要らないです。そういえばあなたが被っている帽子にも水銀入りって書いてあるし…なんてもの被ってるんですか。

 

「まだ狂いたくないですから」

 

水銀で狂うとは思っていないけどあれをかぶっていいことは起こりそうにないしなんか狂いそうです。そんな感じの気配がしますから。

 

「本当に自分が狂ってないって保証はあるの?」

 

真顔になったこいしが急に私の目を覗き込む。そのつぶらな瞳が黒く底なし穴が空いたかのように真っ黒になる。

 

「……どういうことですか?」

 

「狂っているのはだあれ?あなた?それとも貴方以外?でも貴方以外が狂っているなら本質は逆じゃないの?だって全てが狂った世界は狂ってる方が正常で正常な貴方が狂ってるんだよ」

 

「見方の違いですか」

 

「あるいは貴女の問題かもね」

 

なかなか痛いことを言いますね…たしかに私が狂っているのかもしれません。だって妖怪らしくもないしかといって人間というわけでもない。立場なんてわからないから狂っているかどうかの判断基準すらわからない。

 

「まあ、そんなことは関係ないのかもしれないけどね。私にはわからないや」

 

「まあ…狂っているのが正しいのか間違っているのかはどちらであっても結果は変わりませんしね…」

 

「そうそう、どうせ曖昧な基準で決められたものなんて正確性も何もないからね。だから貴女は貴女のまま。それが良いと思うよ?」

 

どうして最後が疑問系なのだろうか…

まあ未来のことなど未確定だから疑問にしておかないといけないという考えくらいなら読めますけど。

「そういえばここまでの会話って意味あったんですか?」

 

「ないかもしれないしあるかもしれない。覚えていたら何かいいことあるかもよ?」

 

「そうですか……ではこれで」

 

「あ、ちょっと待って!」

そろそろ出発しようとした私の手を引っ張るようにして引き止めたこいしが無邪気に笑いながら何かを掴んだ手に握らせた。

 

一体何を握らせたのだろう…

折りたたんでいた指をゆっくり開くと、そこには小さな鍵が握られていた。

「追いかけるなら持っていって!」

 

使い道はいつかくるとでも言いたそうな表情に、質問攻めにするのをやめる。

 

「ありがと。こいし」

 

「私は帽子屋だよ?」

それでもこいしはこいしだ。

 

「まあいいや!それじゃあ、いってらっしゃーい!」

 

そう叫ぶ帽子屋が指を鳴らした直後、視界が反転する。

今まであった草原は何処かに消え、こいしの姿もどこにもなかった。あるのはただの無虚。真っ白な空間に一枚の扉が浮いている…不思議な光景だ。

扉に入れということですか?

 

なんとなくそう思ったので扉を叩いてみる。それで開いてくれれば簡単なのですが、そう簡単に行かないのが扉。

鍵穴もありませんからさっきもらった鍵も使えそうにない。

 

「ごめんくださーい。開けてくれませんか?」

 

それで開いてくれるほど優しいものではないのかもしれない。

それでももしかしたらと扉を押してみる。

なんの抵抗もなく開いた扉は…すぐ後ろの光景が広がるばかりで扉としての機能を果たしていなかった。

 

「……どういうことでしょう」

 

 

「おや、お困りのようですねえ」

 

すぐ真後ろ…いや肩のところで声がする。

 

「また出ましたね」

 

さっき同様夢喰いが空中に浮いていた。

「ヒントでもくれるのですか?そうでなければどっかにいってください」

 

「つれないですねえ…別にヒントとかそういうわけではないんですけどね」

 

じゃあこのバクは何できたのでしょうね。私に付きまとうのは勝手ですけど…不必要なときに出てこられてもですね。

 

「じゃあなんで…出てきたのですか?」

 

「その先に行きたいのですよね」

 

ドヤ顔なんだか馬鹿にしたような顔なんだか…どっちもでしょうね。そんな顔で私を見つめる彼女に目潰しをしてみる。

だが予想されていたのかすぐに後ろに下がってかわされてしまう。

 

「危ないですねぇ。ではもう一度。その扉の奥に行きたいのですよね?」

 

こくりと頷く。

 

私が肯定的な意思を示したことに満足したのか、随分と纏っていた空気が変わった。

「じゃあ私が手伝ってあげましょう」

 

かなりご機嫌だが要は自分の力を見せつけたいだけだったのではないのだろうか?だとしても今の私には他に頼れるものがないので諦めて従うことにしましょう。

 

「珍しいですね。夢の管理者が私のような一介の妖怪に肩入れするとは」

 

「勘違いしないように。私はあなたに肩入れしているわけではありません。あなたのこの夢が夢の世界に及ぼす影響を鑑みてさっさと夢から覚めて欲しいと思っているだけですよ」

 

私の夢が夢の世界に与えている影響?一体どういうことだろう…夢なんてこの世界の生物なら大体見ているのだけれど…

私の疑問を察したのか尋ねる前に目の前のバクは口を開く。

 

「夢というのはどの生物も対等に見ています。その夢の奥…まあ断層と考えていただければ良いです。そうなると最深部のところが私の管理する夢の世界です。この場所はいわば全ての夢の根底に位置しています。そこまでは良いですね」

 

「え…ええ」

 

「普通夢を見ている人の意識はもっと上の方にいるはずなんです。時々下の方に来ますけどね。そういう時は私が追い返したりこうして夢の中に入り込んでこう…ちょちょいとやっているわけです」

 

ちょちょいとのところが少しわからなかったが…多分私にしているようなことでもしているのだろう。

 

「それじゃあ、私も同じように夢の深くにいるから?」

 

「それもそうですけどあなたの場合は少々異なります。現在いる場所は夢の最下層。そこまで来てもこうやって自らの夢を展開できているのはかなり異常なんですよ。他の人の夢にも影響が出ますし…何よりここは次元が違えど世界です。ほかの住民が迷惑しているのです」

 

わかるようでなかなかわからない。とりあえず私の夢はここじゃなくてもっと上の方でやってろということだろうか。

 

「では早く覚めないとまずいのですね」

 

「そうですねえ…頻度は多くないですが何回かこういうことはありますからそれ相応に頑丈ではありますよ。ただこっちが疲れるのでね」

 

魂胆は疲れるから早く撤退してくれと…だから夢の終わりへ導いてあげる手伝いと…

 

「わかりました。じゃあこの扉を開けてください」

 

「ようやくですね。ですが私がつなげた先に夢の終わりがあるとは限りませんよ?」

 

「構いません。夢はいつか覚めるものですから終わりくらいどっかにありますよ」

 

「そうですね、まあ私が行うのはちょっとしたショートカットみたいなものですからちょっと荒れますね」

それ大丈夫なのだろうか…夢の中で荒れるっていったいどう言った状況なのやら…

そう思っていると回廊か何かをつなげ終わったのか。扉をもう一度開けてみろと指さしをしてきた。

 

再び扉を開けてみると、今度は向こう側の空間ではなく扉の先は黒く染まっていた。入って大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。完全なる闇だった。

 

「夢から覚める根端へ繋げたつもりなのですが、まあ頑張ってください」

 

「あとは私ですか…」

 

「そりゃそうですよ。だったあなたの夢なんですからね。早く終わらせて夢の世界から出て行ってください」

 

はいはい言われなくてもそうしますよ。

私にしては珍しくぶっきらぼうな物言いでその場を後にする。

この闇の中に…一体なにがあるというのだろう。

 

気になったもののだったら行けばいいやと思い直しその扉の向こうに体を進める。

 

「この先は私もどうなるかはわかりませんから頑張ってください」

 

振り向いてみればやっぱりドヤ顔の夢喰いがそこにいた。

ある意味この人の存在が精神安定剤がわりになっているとも言えなくはない。

「では、またいつか」

 

「またいつか…ですか。なにやら予言めいてますねえ…」

 

「さあ?どうなのでしょうね。ドレミー・スイートさん」

 

私に名前を言い当てられキョトンとした顔になる。さっきからドヤ顔ばかりだったから少しくらいそういう反応を求めてもいいだろう。それに楽しいし……何か言いたげなドレミーを横目に私は扉の向こうに体を投げ出す。浮遊感。同時に扉から漏れる光がどんどん遠ざかっていく。

 

「今度会うときはお茶でも用意して待っていますよ」

 

視界が闇に包まれる中、そんな言葉が投げかけられる。ふむ、夢の中でお茶会ですか。なかなか面白そうですねえ。

そんなどうでも良さそうで良くないようなことを考えていると体がどこかに着地する。

硬い無機質な地面。さっきまで踏んでいた地面のような柔らかさも、真っ白な空間の不思議な踏み心地もない。まぎれもない人工物の硬さだ。

 

視界に映るのは柱と中央につながる階段。

二階につながる階段を持った吹き抜け構造のようですね。なんだかあのゾンビゲームのエントランスに似てますけど…というかまんまあれですね。

 

「……城?いや…屋敷…」

 

洋風の城のようなエントランスだがそれはまぎれもない屋敷。それも、床は八咫烏をモチーフにしたステンドグラス張りだ。

完全にどこかの屋敷なのですが…

 

「ようこそ、地霊殿へ」

 

その声がかけられた時、私の思考は一瞬停止した。

 

「あなたは……」

 

「そうね…私は貴女」

 

あの時私を置いていった少女が今目の前にいた。

 

「あの時は素通りしちゃってすいません。どうしてもあの扉が閉じる前にここに戻りたかったものですから」

 

堅いもの言い…でもその言葉の裏に一瞬震えを感じ取る。

警戒しているのだろうか?いやだとしても私に警戒するのだろうか?

 

「……お気になさらず。色々とお聞きしたいことがあったのは事実ですけど」

 

「そうですよね。では、全てお話ししましょう。ですがその前に場所を変えませんか?」

 

目の前の少女…古明地さとりは私の手を取り、屋敷の中に進み出す。少々強引なところがあるのは私の気のせいだろうか。

「あ…あの…」

 

「大丈夫です。ここは地霊殿。私の……たった一つの居場所ですよ」

 

屋敷のことを訪ねようとした私の言葉を遮るように彼女はそう口を挟む。

心が読めているのだろうか…それともまた別の方法?

 

「簡単に言えば夢の世界だからあなたの想像したことが全て起こってしまうのですよ」

 

つまりこの状況も私が望んだ?

 

「それについては少し違います」

 

どういうことでしょう?第三者が夢の世界に乱入したとかそういうこと……ではなさそうですし。

謎が増えましたね……

「まあ謎なんて増えるだけ増えて結局最後は呆気ないようなものですから。あまり気にしない方が良いですよ」

 

言葉いらずの会話をしていると急に視界が開けた。建物を抜けて中庭に出たようだ。それでも不思議なのは建物の中よりこの空間だけ妙に明るい。ふと上を見上げてみると、青空が一面に広がっていた。

 

「地霊殿って地底にあるんじゃなかったんですか?」

 

「どうでしょうね?地底にある地霊殿もあるかもしれないしこうして平原に立つものもあるのかもしれない。固定概念はすてた方が良いですよ。特にこの世界では…」

 

そんなさとりの言葉に見上げていた視線を隣にいるはずのさとりに移す。

「服…変わりました?」

 

だけど隣にいたさとりは原作服ではなく、なぜか白いブラウスに青のワンピースというどこかの本の主人公のような姿をしていた。

 

「変わったかもしれないしあなたが勘違いを起こしているだけなのかもしれない。いずれにせよあなたの視界に写っているもの全てが真実だとは思わないように」

 

そういうとさとりはいつのまにかそこにあったベンチに腰掛ける。そのまま私をとなりに招き入れようとしていて、気づいたら私の体もそのベンチに腰掛けていた。もう困惑するしかなかった。

 

 

 

閑話休題

 

 

「どこからお話ししましょうか」

 

どこからというと…なかなか難しい。

聞きたいことはたくさんあるが彼女がどこまで知っているのか…またどこまで理解できているのか。それがわからないのではどうしようもないしこの夢から覚める方法も知っているのかどうかわからない。

 

「そうですね…じゃあ順を追って話して行きましょうか」

 

そんな私の心配もよそに目の前の私は切り出す。

相手も私なのだから聞きたいことくらいわかるはずだろう…まあ全く同じ個体ではないのでなんとも言えないのですけどね。

 

「まず一つ目。ここはどこなのか。どうしてここにいるのかということ」

……全くわからないというわけではないが確証に至っていないのでなんとも言えない。

「原因はあなたの眼です」

 

「サードアイ?」

 

「そうです。それをあなたが潰した事が大元の原因の一つです」

やはり大事なところは破壊すればそれなりに代償を払うことになるのか……やはりやめておくべきだったでしょうか?

「だけど潰してもまた治りますよね?」

 

「ええ治りますよ。ですが、身体的に治るのと精神的に治るのとでは話が違います。妖怪にとっての弱点というのは、そのまま妖怪としての存在意義、そして魂の意味に直接影響を及ぼすのです」

 

魂の意味…つまり私が私であるために必要な自己定義の材料が消えたことで自己確立ができなくなったということだろうか。

 

「大まかに言えばそういうことですね。あなたの精神…まあ人間だと言い張るあなたの意思とでも言いましょうか。それが深刻なダメージを負っているんです。まあ、あの状況ではそうしなければ精神が壊れていたのでなんとも言えませんが」

 

「ですけどそれがこの世界とどういう関係が…」

 

ここは夢の中。たしかに精神が不安定な状態で夢の中に入ればこうなるかもしれませんけど……

そう思っていると目の前にガラス玉が現れる。何のために現れたのかはわからない。

その球面に移る私と隣の私…ほとんど違いはないが一つ言えば、サードアイが真っ黒に影で隠れたようになっていることだろうか

「貴方の意思…まあ魂でも似たようなものですが…ともかく貴方の精神はとても不安定なことになってます。その影響がこの状況を作り出しているんです。夢の世界は精神や意思に最も左右されやすいですからね。まああなたの意識は自覚していなくても無意識はしっかりと警告。対処しているようですよ」

 

ガラス玉は私の髪の色と同じ色に変わる。それとともに周囲が少しだけ暗くなった。

 

「つまりこの夢は不安定な精神が作り出したもの?」

 

「ええ、端的に言えばそういうことよ。ついでに言うならばあなたのサードアイが黒くなっているのはあなたの魂が私であるということを否定しているからよ」

 

古明地さとりであることを否定する?

 

「そんなことないです…だって私は私…」

 

「表面上はそうであってもあなたの魂は人間よ…そして妖怪は人間の非から生まれるもの。特にさとり妖怪ならなおさら……あなたが人間であろうとするならずっとそのままよ」

 

さとり妖怪であるこの身を自らが否定する…それが良いことなのか悪いことなのかと言われれば…答えが出せなくなる。だがさとりのことをわかってあげられるのもまた自分自身…じゃあその私はどういう答えを出せば良いのだろう…

 

 

「無理に答えを出さなくてもいいわ。まあ、あなたがそういう性格なおかげであの子の今があるのだと思えば頭ごなしに否定は出来ないのだけれどね」

 

…今のあの子…こいしのことですね。

私はしたいようにしているだけなので……細かくはわかりませんが…

 

そう思っていると目の前のガラス玉が割れる。

砕けたガラスの破片が辺りに飛び散って…空中で止まる。

いや止まったのはガラス片だけではない。周囲の空気の流れ、草木の動きも同時に止まっている。

 

「あまり気にしないほうがいいわ。あれらは意識が理解できるものじゃないもの」

そういう彼女は両目を閉じてなにやら瞑想しているようだった。

何を考えているのか…全くわからない。別に今に始まった事ではないが、さとり妖怪としての性格に引っ張られているのかわからないものが少し怖く感じてきた。今までは発生しなかった感情だ。やはり影響が出ているのだろうか。

「二つ目。私は誰か」

 

彼女の顔から目が離せない。何故だろう…引き込まれる。

 

「私はあなた、あなたは私。まだ気づかない?あなたが望んだことなのに…ああそうね。意識が望んだわけじゃないわね。無意識が望んだのよね」

 

どういうことだろう?いきなり質問のようなもの…私が何を望んだと……

 

「眼が壊れた時、あなたの意識はあなたのアイデンティティ…まああなたがあなたである確証的なものを失ったことになるわ。あなたの魂は否定するものだけれどあなた自身が他の何者でもないあなただという証。サードアイが使えなくなるということは意識してなくても大変なことなのよ。だから無意識的に私を作り夢の中にこのような空間を作ったとも言えるわ。貴女の眼が治るまであなたを失わないように」

 

そうなると貴女は私が想像する古明地さとり?

 

「それに近いけれど少し違うわ確かに原作知識?に存在する古明地さとりではあるけれど私はあなたの体の本来の持ち主…」

 

つまり私自身が再現したものではなく貴女が本来の私……?

 

「そういうことよ。まあ普段はあなたの魂と同化しているから普段の貴方の魂の一部とも言えるけれどね」

 

つまり私は古明地さとりの魂と同化してる…?でもそんな自覚はないし…余計わからなくなってきた。

 

「難しく考えなくていいわ。結局私はあなたの一部。普段は意識も意思も融合しているからあまり関係は無いわ」

 

……だとしてもいつから私とあなたは融合してしまっていたのですか?

 

「……そうね…持っている記憶は基本貴女と同じよ。だから最初からと考えてもらえればそれでいいわ。一応同じ意識だし魂だから意識が違って頭の中で喧嘩とかそういうことにはなっていない…少しわかりづらかったかしらね」

 

「あ、でもだいたい理解できた気がします。要は貴女の性格や意思、考え方は夢の中で分離した時に与えられたものということ……」

 

「そういうことよ」

 

……なるほど…不思議なものですね。でもこの夢の世界がこんな感じの奇怪な世界なのは…いや言わなくてもそれは理解できている。私自身が側から見れば奇怪なのだから中だってそんなものなのだろう。

 

「大丈夫、もう眼も治ったわけだしおそらくそろそろ目覚めるはずよ」

横に座っていたはずの彼女は気づけば目の前でクルクルと舞を舞っていた。

それが何を意味しているのかはわからないが、きっと意味など聞いても意味はないのだろう。

 

「私は…あなたが作り出した幻想でしかない。黙って消えることにするわ」

 

そのつぶやきとともに世界が急速に色を失う。

灰色になった世界はやがて黒い闇に包まれていき、それに伴い彼女の姿も闇に中に溶けていく。

 

夢はいつか覚めると言いますけど…少し早すぎるんじゃ……

彼女に向かって手を伸ばすがその体を捕まえることはできない。

まだ貴女に私は謝ってすらいない…なのにもう終わり?

 

「謝る?あなたが謝ることなんて何もないわ」

 

ですがこの体は本来はあなたのもの…

 

「そうだけどそれであなたが謝る必要はないわ。貴方は私。私はさとり。消えると言ってもあなたの中に還るだけだから」

 

……それもそうですね。では、謝罪ではなく…また会おうで!

 

「また会いましょう。できれば会わなくて済むのが一番なのだけれどね」

 

それは時と場合によりますので悪しからず。

 

「そうそう、最後に言わせてもらうわ。こいしのことなんだけど…」

 

すでに輪郭だけになった状態で彼女はそういう。

 

「所詮私はあなたの意思から生まれた幻影でしかない…だからひとつだけ言わせて…こいしのこと…これからもよろしくね。多分本来の私より…うまくいけるはずだから…」

 

その声が終わるか終わらないかのうちに、さとりの姿はどこかへ消えていった。

 

「ようやく終わりましたか」

 

「またあなたですか?」

 

終わったと思ったのに最後の最後にドレミーさん…あなたが出てくるんですか。もう最後くらいゆっくりと醒めさせてくださいよ。

 

「できれば今後このようなことがないように警告しにきました」

 

「警告終わりましたね。さっさとおかえりください」

 

どこにいるのかはわからない。そもそも視界はもう機能していない。夢の世界の視界など無きに等しいのですけどね。それでも彼女なら姿くらい表すと思ったのですが…

 

「それはあなたですよ。さっさと夢から出て行ってください」

 

はいはいそうしますよ。もうここに来なくて済むようにしますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー!」

 

誰かが呼ぶ声が聞こえる。

でも私の意識はまだ惰眠を求めているようだ。夢の世界にいたせいで精神的な消耗が激しい。もう少しぐっすりと…今度はちゃんとした眠りをして精神を安らげたい。

 

「さとり、さとり!」

 

でも外で唸る主はそうはさせてくれないようだ。まあ体は休まっているようですけど…なんともいえないです。

 

「起きてよさとり!知ってるんだよもう目が覚めてるってことは!」

 

だとしても起こさないで欲しい。二度寝したいから。

 

「起きないとprprの刑だよ!」

 

「ごめんなさい今起きるからそれはやめて」

 

まさかの最終手段を使ってくるとは…お燐の目はやはり侮れない。

全く…首筋を舐められるのはほんとダメなんですからね。後首筋がダメなら他のところとか思うのもやめなさい。度がすぎると締めますよ。

それにしても……

「……知らない天井」

 

「起きて早々に何アホ言ってるんだい」

 

 

アホとは失礼ですね…思った通りの感想を言っただけです。

寝かされているベッド…ベッドということは欧州方面に飛ばされたのですかね?部屋の明かりもどうやらロウソクのようですし可能性ですけど。

 

「お燐、いつ起きたの?」

 

ベッドの横で私を見つめているお燐に尋ねたほうが早い。私より早く起きているということは情報を持っている可能性も高いから。

 

「数日前…」

何か言い出しづらいのか口ごもっている。何か不利になることでも隠しているのだろうか?でもそんな様子というわけではないみたいね。

 

「そう…それでどこに飛ばされたの?」

 

「……それが、1623年…欧州です」

 

欧州…やはりか。でも待って…1623年って…確か私たちは1200年代か最悪1300年代にいたはずよ。それなのにどうして1600年代?

 

「……まさか時間移動までしたの?」

 

「……そのようです」

 

目の前が真っ暗になりそうな現実だった。

空間移動だけならまだしも300年以上もさきの世界に飛ばされてしまうとは…お燐にとっては浦島太郎の気分だろう。

 

それに300年もこいし達を置いてきぼりにしてしまっていたとは…心配かけたわ程度じゃ済みそうにないわ。

それに他のところにも結構迷惑がかかっているはず……

 

「それでですね…屋敷の近くに倒れていたって事でこの館の主人が助けてくれていたんですけど…」

 

「何かまずいことでも?どうせ人外な私たちを助けるなんて人外くらいでしょう?」

おそらく私の服…今はない。ということは脱がされて洗濯されているのか破棄されてしまったのか…どちらでもいいがサードアイは確実に見られた。ということは私の種族もばれているだろう。

「そうなんですけど……吸血鬼らしいんですよ」

 

吸血鬼?となるとルーマニアあたりだろうか?まあそれは有名どころであって他のところにも吸血鬼はいたでしょうけど。

 

「名前は言っていたの?」

 

「えっと…スカーレットって言ってました」

 

どこかで聞いたような名前ですね…えっと…確かスカーレット姉妹…え?姉妹?

 

スカーレット…まさか!

 

ある一つの記憶に意識がたどり着いた時、不意に部屋の扉が開かれた。蝋燭の光だけでは薄暗い部屋の中に、第三者の影が伸びる。

その影は人の形をしていて、でも一つだけ人とは決定的に違うものがあった。

「御機嫌よう?流浪の者よ」

 

部屋に入ってきた人物は蝙蝠の羽を背中に生やし、その真紅の瞳で私達を品定めするように見つめていた。

 

「安心しなさい。別に血を吸ったりはしないわ。歓迎しましょう。ようこそ紅魔館へ」

一語一語が重い。紫や幽香とは違う独特のプレッシャーが体にかかる。これがカリスマというやつなのだろうか。だとしても確かこの時代の彼女は年齢を逆算してもまだ100歳前後それでこのカリスマとは恐れ入る。

それに紅魔館……良いのか悪いのか…

 

「貴女は……」

 

「自己紹介が遅れたな。我が名はレミリア・スカーレット。スカーレット卿当主でありこの屋敷の主だ」

 

その瞳は私を見ているようで、何か別のものを見ている。

一体何を見ているのだろうか…彼女の瞳…いや、多分能力を使っているのだろう。なんとなくだがそんな気がする。

 

「私は…さとり。今回は助けていただきありがとうございます」

 

「当然だ。私は瀕死の奴を見捨てておくほど残酷ではないからな」

 

でも溢れ出る気迫からはそうは見えない。まあ嘘を言っているわけではないから…きっと根は優しいのだろう。

 

それにしても紅魔館か……このまま帰るのも良いのですが、それはなんだか良心に反する。

 

せっかく助けていただいたのだ。少しくらいお節介を働いてもいいですよね。というかさせてもらいます。

まあ彼女に何事もなければ普通に帰るに越したことはないのですがね。

 

「さとり…また何か変なこと考えてますね?」

 

「失礼ですね。私は変なこと考えていませんよ」

 

そう、別に変なことではない。ただ私がしたい事を考えているだけですよ。



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depth.60さとりin紅魔館

目の前で失笑しているお燐を盛大に殴りたくなったのは今が初めてだろう。

 

洋服を着ていないことを思い出し渡されたものを着込んで見たはいいものの、少しだけ小さい服だった為なんだかきつい。というか丈が短いせいでお腹とか丸見えになりかけている。

 

「あら、似合っているじゃない」

 

そう言うレミリアはさっきの白いワンピ型とは打って変わり黒のドレスに身を包んでいる。

外見からして人形っぽい感じだが溢れ出る風格は本物の支配者。迂闊なことは言えない。

 

「レミリア様…できればいつも着ていた服を返していただけないかと…」

 

「ダメよ。いま洗濯中だわ。それに、仮にもスカーレット家の客人がみすぼらしい格好をするなんて許さないわ」

 

まあそうですけど……お燐はいいですよね。妖術の一種でしっかり服もこの時代に合わせて再構築できて。私もやればいいじゃないかって?私には無理ですよ。

 

「あたい…このひらひら苦手だったんだけど…」

 

「我慢しなさい」

 

あ、こら皺にしちゃダメよ。あと爪もしまって。服に引っかかってるから……え?擽ったい?我慢してくださいよ。

 

「元気そうね。それでは場所を変えましょうか。私は先に行っているわ。美鈴」

 

お燐の服を正しているとレミリアは蝙蝠となって屋根に消えていった。その姿が消えるまで1秒足らず。実力も相当だろう…正直戦いたくはない。

 

そう思っていると再び部屋の扉が開き、また誰かが入ってきた。

 

赤い髪の毛とレミリアより頭二つ分大きな体。緑色の中国服に身を包んだ女性。

一見変わったことはないがその体から溢れ出る覇気は武術を極めたもの特有の張り詰めたものになっている。

 

「お嬢様の護衛兼メイド長の紅 美鈴と申します」

 

門番……そんな単語が出てきたけどやめておこう。そもそも門番ってなんだ門番って……

あとお燐、無理に手を出そうとしないの。レミリアの護衛ってことは相当強いわよ。

サードアイを隠すために借りた袋を手に取り美鈴のところに向かう。

「さとりと申します」

 

「さとり様ですね。では、こちらにどうぞ」

 

イメージにあった寝坊助というよりかはかなり堅い感じを受ける。それに中国帽子もつけていないからなんだか印象が随分違う。

まあ人の印象やイメージなど固定概念の一種だから持っているだけ無駄なものなのですけどね。それでもそれを抱いてしまうのが人というもの…特に私の場合中途半端なモノがありますからね…

 

隣に来たお燐が私の目をじっと見つめる。

アイコンタクトだ。

 

どうしたの?

 

すいません。ずっと気になっていたのですが、少し言い辛かったので言ってなかったのですが…

 

気にしないわ伝えて

 

この屋敷、なんだか居心地が悪いです

 

悪い?術的なもの?それとも視覚的なもの?

 

いえ、そういうものじゃなくて…なんか野生の勘が警告しているんです。超特大級の危険が近くにいるって…

 

……心当たりがないわけではない。というかお燐がここまで警戒しているということは当たりだろう。起きて早々、最悪の方向に事が進みそうです。まあ、まだ行動するには早すぎますから様子見ということで……

 

「2人ともどうかなさいました?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

危ない危ない…アイコンタクトがバレるところだった。まあバレたところでどうということはないでしょうけどこの方に目をつけられるのは避けたい。

 

「そういえばスカーレット家ってそんなに有名なのかい?」

 

「お燐……失礼でしょ」

 

話題を変えたかったのだろうけどそれはあまり良い手ではない。

そもそもスカーレット家って相当有名なはずですけど…

 

「私はわかりませんけど有名なんじゃないですか?一応私が元々いた山奥までその噂が届いてましたから」

 

そういえば美鈴は欧州じゃなくて中国出身だったんでしたっけ。

 

「へえ、そうなんだ、じゃあ相当有名なんだねえ」

 

「そのようですね…あ、そろそろ到着です。言っても意味はないと思いますが、あまり粗相を働かないように…私はともかくほかの召使いやメイドが気を立てかねませんから」

 

「承知しています美鈴様」

 

「様なんていりませんよ。美鈴で良いです」

 

「じゃあお二人さん。あたいは猫の姿になってるよ」

そう言い終わる時には既にお燐は猫の姿に戻っていて、私の腕の中に飛び込んできた。

危ないから急にしないでほしいわ。たしかにそのスポッって入るその感覚はわからなくもないですけど…

 

美鈴が廊下の先にある扉を開ける。両開きの構造はおそらく食堂やホールなどの大きな部屋に繋がる扉の特徴。

案の定というべきか扉の先は白いテーブルクロスが敷かれた巨大なテーブルが鎮座する食堂…ダイニングだった。

 

そのテーブルの一角に、レミリアはいた。というか従者が複数名周囲にいるせいで嫌でも目立つ。

波長や力の流れから普通の人間が2人と執事としてレミリアの後ろの壁の所に立つ男性は……悪魔だろうか。魔力波長がやけに強い。

 

 

「ああ、客人はこっちよ。あまり遠いと話すのに辛いでしょ」

 

そう言いながらレミリアが手招きをすると、すぐ近くの席が音も立てずにずれる。

何もわからない人から見ればひとりでに椅子が動いたように見えるが、魔力で少し無理に動かしたのだろう。

それを言ったところで何にもならないので黙って指定された席に座る。

外は夜なのか窓に映る光景は暗闇。ロウソクの灯りだけがテーブルや壁を力なく照らしている。

 

 

「改めまして、紅魔館当主レミリアよ。それじゃあ色々聞きたいこともあるようだけどすこしお腹を満たさないかしら?」

 

「賛成です。あ、でも人の肉とかはなるべくやめてくださいね」

 

「あら?人を喰らわないタイプだったかしら?」

 

「ええ、人を喰うのはこの猫だけです」

 

尻尾で手を叩かれる。

どうやらお燐は人じゃなくて死体を食べるだけなようだ。どっちも変わらないと思うけど本人なりの意地みたいなものがあるのだろう。

 

「まあいいわ。想定済みよ」

 

掲げた右手が何やら指示を出す。内容までは読み取れないが、手の動きを見た従者が奥の扉に消えていったところを見ると料理をもってこいの合図だったのだろう。

 

「申し訳ありません」

 

「謝る必要はないわ。人それぞれ好みがあるのは承知しているわ」

 

始終笑みを崩さないその姿は、支配者の顔。だがその裏にはどのような素顔があるのだろうか…私の能力を使えば見えるのだろうけれど許可もなくプライバシーにズカズカ入り込むのは好きではない。

 

「それじゃあ、さとり。あなたの話…聞かせてくれるわよね」

 

「料理が来るまでの時間潰しですね」

 

「そういうことよ」

 

なるほど、どこまで話したらいいやら…一応私の正体は隠すとして、話せる範囲は…

 

「ただのしがない妖ですよ。ちょっとトラブルに巻き込まれてしまい倒れていたわけですけど」

 

「ふうん……妖ねえ…そうなると美鈴と同じところかしら?」

 

「えっと…おそらく美鈴よりも東の国です」

 

おそらくというよりも確実に東だろう。なにせ極東の国と呼ばれるところなのだから…

「ジパングね…なるほど、これは面白い」

一瞬だけレミリアの顔が笑顔で歪む。その歪みが雰囲気と合わさって少しだけ怖い。

 

「黄金はありませんけどね」

 

「黄金などに興味なんぞない。それにしても極東の国か…これは面白い話が期待できそうではないか」

 

あれ…なんだろうこの感覚…どこかで感じたような…いや違う。記憶が似たような雰囲気を探り出している。

これは…大佐?いやいやたしかに吸血鬼ネタかもしれませんけどまさか…

 

「それじゃあ何か面白い話でもしれくれないかしら。あら?料理が来たみたいね」

その直後、厨房に繋がっている扉が開かれ料理を乗せたワゴンが入ってくる。

 

さっきの人…いや、姿が似ているけど違いますね。さっきの方は人間、彼女は半妖…んー半悪魔とでも言った感じですね。

 

「ワインと前菜をお持ちしました」

 

お燐の耳が反応している。理由はすぐにわかる…

 

「シャトーの1600年物よ」

 

自慢気に紹介してくるがさっぱりわからない。少なくとも23年前に作られたという事くらいしか……

 

「ワインの良し悪しはわかりませんが……」

 

「まあそうね。無理もないわ」

 

(さとり…お酒はやめておいた方が…)

 

平気よお燐。

あ…でもなんか心配になってきました。まあ大丈夫…だって私だって大丈夫なお酒あるんだから…うん。

 

結論だけ言おう。ワインはなんとか大丈夫だった。

最初に口を湿らせた段階で少し意識が飛びかけたもののなんとかこれならいける。大量摂取はできないが……

 

「お口に合ったかしら?」

 

私の状態が分からないということではないだろうが、わざと聞いてきているのだろう。

少なくとも私はこれ以上飲む気は無い。

 

「ええまあ……」

 

まだ晩餐は始まったばかり……ただの晩餐で終わりますように。

 

 

 

 

 

 

 

なぜあの時外に出ようとしたのかはわからない。

私の視線の先にある少女を見つけた時、胸の内にへんな感覚がしていた。多分それの元凶が私を彼女の元に呼び寄せたのね。

 

運命…そういえば聞こえは良いけれど。運命とは複雑でその上気まぐれだ。

もちろん他人から見ればそうではないだろうが、運命を見通せる私にとっては全く付き合いきれないじゃじゃ馬だと思っている。

先の事を見ようにも捻くれればすぐに運命は結果を変えてしまう。その上都合の悪い事は結構的確に起こりうる。

 

本当はさっさと追い出すつもりでいた。だけど、目を覚ました彼女の運命を見た途端その考えは取っ払った。

 

その先に見えた運命は、これから来るかもしれない未来…だけど私は半分あきらめていたもの。

もしこの少女がそれを叶えるために必要な存在だとしたら…ここで追い出すわけにはいかない。

 

「美鈴…さとりを逃さないようにね」

 

「お嬢様?」

 

美鈴が訝しむのも無理はないだろう。晩餐に招待してみてわかったけど、彼女は少し異常だ。

最初は気づき辛かったが、ワインを飲んだあたりから少しだけ波長が狂っていた。酔っただけかと思ったがそういうわけではないようにも見える。

美鈴もあれを警戒しているのだろう。

 

「言いたいことはわかっている。だがあえて私はアレに賭けてみようと思う」

 

「お嬢様がそこまで言うなら…確信があるのですね」

 

「当然だ」

 

不確定要素が多いし正体もよくわからない変わった奴だったが…使えなくはない。

それに、さとりを調べるだけなら手はある。

 

「神はサイコロを振らない……」

 

ある書物の一節を口ずさむ。

本当に神など碌な奴がいない。そもそも私は悪魔なのだから神などにこの先のことを決められては困るのだが…

 

「じゃあサイコロの目は…運命が決める」

 

転がりだしたサイコロは、まだ目を出さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……飲みすぎないでって言ったのに…」

 

夕食の後、用意されていた部屋に戻ったさとりは糸が切れるようにその場にうずくまってしまった。

どう見てもこの反応は飲みすぎが原因だろう。

あとは少し体に食べ物が合わなかったか…あたいは少しだけ合わなかったけどここまで酷くはなっていない。

 

絶対あのお酒のせいだ…

 

「ごめんなさい…勧められたら断れなくて…」

 

「今水もらって来ますから……」

 

すぐに部屋を出て近くにいたメイド服の魔物に水を持ってくるようにお願いする。一応客人認定されているおかげか、なにも言われることはなく、そのまま暗い廊下の奥に行ってしまった。

もうちょっと愛想良いといいんだけどなあ……それと尻尾のせいでメイド服めくれちゃってたよ。

 

あれ大丈夫なのかなあ…

 

「……サキュバスね…」

 

「さとり、布団に寝てた方が良いよ」

 

扉の陰からこっちを見ていたであろうさとりが魔物の正体を看破する。サキュバスって言われてもわからないや。一応西洋の妖は少しだけ教えてもらったことあるけど…

 

「気にしちゃダメよ。あと、部屋に戻って居た方がいいわ」

 

なんだか突っかかる言い方…部屋の外にいると危険なのだろうか。危険度なんて部屋の外も中も変わらないようなものだと思うけれど…

 

「食べられても知らないわよ……」

 

「……え?」

不吉なこと言わないでくださいよ。あたいが食べられるわけないじゃないですか。

 

「……まあいいわ」

 

「わかりましたよ。戻ります戻ります」

 

全く…たかがサキュバスに水を頼んだだけでなんで言われなきゃいけないんだか…

「サキュバスなのが問題なのよ」

ベッドに腰掛けたさとりがそんなことを言い出す。

サキュバスってなんなのだろうか……

 

「まあ…あなたが知る必要はないわ。知ってもあまり意味はないし多分聞いて後悔する可能性があるから」

 

「聴く前からよくいうねえ…あたいには知る権利があるんだけど」

 

「後悔しない?」

 

「しないさ」

 

「悪魔の一種で対象相手に淫らな夢をみせ、生気を吸い取る厄介な悪魔よ」

 

聞かなきゃよかった……ごめんなさい。ほんとさっきのあたいはムキになってました。

どうしよう、彼女を見る目がこれから変わってしまうじゃないか。

 

「だから言わんこっちゃない…」

 

「で、でもそれがどうしてあたいが食べられることに?同性ですよね一応…」

悪魔に性別があるのかはわからないが…

 

「どっちかっていうとあなたのような子がタイプみたいよ…」

 

「まさか視てたのかい?」

 

「ええ、ちょっとだけ心を覗かせてもらったわ」

 

鳥肌が止まらないよ…これからは注意して部屋の外を歩かないと…あたいの命が危ないや。

 

「あの…水をお持ちしました」

 

急に扉の方で声がする。振り返ってみるといつの間にか部屋の中にさっきのメイドさんが居た。

音もなく入って来ていたなんて…あたいの耳すら欺くとは…恐ろしい。

 

「ああ、ありがとう。机に置いておいてください」

 

全くきにすることなくさとりは指示を出す。突発的なことに驚かない性格なんだろうけどもう少しリアクションが欲しい。あれじゃああたいだけが驚いていたみたいじゃないか。実際そうなんだろうけど…

 

「それでは、ごゆっくりと」

 

そのまま扉を閉めて何処かへ行ってしまう。

一瞬だけあたいに向かって放たれたその妖艶な気に気づかないようにしながらあたいは猫の姿に戻る。

 

「気をつけなさいお燐……」

 

なんであたいなのか全くわからない。まあ理由なんて大したことはないのだろうけれど…

「……様子見かしら」

 

独り言のようにつぶやいたその言葉が脳裏に引っかかる。

独り言にしてはなんだか雰囲気が変だった。

もちろんあたいの心を読んださとりが先手を打つ。

 

「…なんでもないわ。ただの独り言」

 

やっぱりね。でもあたいにはわかる。さとりはまたなにかをやらかすのだろう。

苦笑い。

やっぱりか…でもどうせさとりのことだから何か知ってるんだろう。心を読めるということはそういうこと。みんなが隠そうとすることすら暴いてしまう。さとりは知ってしまったからには行動しないと気が済まない性格だからね。

もういつものことだからもう止める事もしないけど程々にしてね。また傷ついたりしたら許さないんだからね。

 

「ええ…気をつけるわ」

 

そう言って怪我が無かった試しがない。仕方がない。あたいも手伝うよ。

 

「……ありがとう」

 

いつものことだろう?それにあたいはさとりの家族だからね。家族が何かしようと言うのならそれを応援しなきゃね。

 

 



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depth.61さとりの新日常

遅れました!


吸血鬼という種族上、どうしても世間とは昼夜が反転した生活を強いられる。

生まれた時からずっとそうだったから今更そんなこと気にもならないのだが、今日に限ってはなんだか屋敷が騒がしい。

 

もともとスペックの高い聴覚は寝ている合間でもしっかりと屋敷中の音を拾っている。まあ、普段は脳が反応しないから気にもならないから良い…だがこの騒がしさは脳が無視しなかったらしい。

 

眠気が一瞬でどこかに行き意識が覚醒する。

 

「……なんか騒がしいわね…侵入者かしら?でも戦闘音はしないし…」

 

ベッドの側にあった羽織ものをし、部屋の外を覗く。

 

私の気を察知したのか廊下の突き当たりから美鈴が駆けてくる。

焦ったりしているわけではなさそうだから侵入者とかそう言う事ではないのだろう。

 

「お嬢様。お目覚めですか?」

 

「騒がしいからね。何かあったの?」

 

「何かってわけでもないですけど…ちょっと工事が」

工事?一体どう言うことだろう…

 

工事なんて入れた記憶もないし紅魔館を勝手に改築しようとする輩なんて今まで見たことも聞いたこともない。

 

「まあ、行けばわかります。あ、着替えとって来ますね」

 

「大丈夫よ。それよりちょっと様子を見たいのだけれど」

 

部屋の隅に掛けてある帽子と傘を取り美鈴に傘を渡す。

それだけで意味が通じたのか。分かりましたと彼女は案内を始める。

本当は着替えたいけれどわざわざ睡眠を妨げてきたのだこれ以上私の行動を制限されてたまるか。

 

紅魔館の裏口まで来た美鈴が傘を掲げ、外から入る日光から私の身を守る。

それでも反射した光が体にあたりヒリヒリとした痛みを伴う。

吸血鬼ゆえの制約…いやこれは呪いと言うべきだろう。

 

外の光が眩しくて、視界が真っ白になる。

ちょっと経って視界が回復した時…思わず絶句してしまう。

 

どこから持って来たのかわからないほどの煉瓦とセメント。更に木材や板。さらに見たことない細い管のようなものが散乱する裏庭。

一体何があったと言うのだろう。昨日までこんな状態にはなっていなかった筈だ。

そのガラクタとも材料とも見分けがつかない山の中に紫色のなにかが動いている。

私の髪の毛より赤味が強い紫…それはさとりの頭だった。

「……何やってるの?」

 

私が声をかけて来たのに気づいたのか山の上に顔を出した彼女が無表情のまま挨拶を返す。

 

「レミリアさんお早うございます。朝起きるんですね」

 

「騒がしいから起きたのよ。それで何をしているの?」

 

大したことないならすぐに戻ろうと思ったがこれは大したことを通り過ぎて大事だ。

なにせ人の屋敷の裏庭で何か大掛かりな作業を行なっているのだから。

 

「ちょっと増築を…」

 

「……いやいや」

 

何勝手に人の屋敷に手を加えようとしているのよ。非常識にもほどがあるでしょ!そんなにこの屋敷が気に入らないか⁈

 

「だってこの屋敷…風呂場も無いしトイレも無いしで水回りの設備が絶望的なんですもん」

 

水回りと言うと確かにトイレは無い。設計自体がお爺様の代だから仕方がないとはいえ…だからといってここまでするか?それにお風呂とはなんだ?水を使うのは想像がつくのだが…

 

「だからって……」

 

「平気ですよ。ちょっと風呂場とトイレを増築するだけですから…もちろん衛生面も配慮しますから」

 

 

まあ…それならいいんだけど…いや増築って時点でダメだと思うのだが。

「建物の方に手は加えませんよ。あくまでもう一棟建てるだけですから」

 

言ってることはわかるのだがまさか1人で作ろうと言うんじゃないだろうか…いったい何日かけるつもりだ?居てくれるから別にいいのだが…

「ところでいつまで作業するつもりですか?」

 

美鈴が私の言いたいことを悟ったのか代わりに質問する。

「今夜には終わりますよ」

 

「早くないかしら…」

 

「何名か腕の立つ使用人を借りてますからね」

 

「いやいやいや何勝手に人の使用人借りてるの⁉︎後美鈴!笑うな!」

 

「すいません…」

 

美鈴は笑っているがこっちにとってはたまったものではない。というかなぜさとりのお願いを聞いてしまったのだ!主人は私だろ私!

たしかにさとりがここから出て行くことがないようにとは言ったが…

 

「だって言ったら快く良いですよって…」

 

「……はあ…まあいいわ。好きにしなさい」

 

もう今更やめろなんて言えない。仕方がない。彼女の好きにさせよう。

それにしてもあんな簡単に建物を増築したりするなんて…彼女の本職ってなんなのだろう?大工か何かなのか?

それに私が就寝してからまだ数時間しか経っていないのにあの資材は一体どこから…たしかに近くに廃墟があったはずだからそこから転用すれば確保できないことはないが…

まあ良いか…彼女にも悪気があったわけではないのだし。

 

「それじゃあ作業再開してください」

 

「ほどほどにね…私は夜まで寝ているわ」

 

全く…体に悪いわ。

 

 

 

 

 

「ん…」

 

布団に入って次に意識が覚醒したのはいつもの起床時間だった。

まだ重たい体をベッドから投げ出しカーテンで隠された窓の方に行く。

紐を引っ張りカーテンを開けば闇の世界と昼の世界の境界の境界の世界がそこには広がる。

日が暮れたばかりの空は黒と朱の入り混じった独特の色合いをしていて、地面に特有の影を作っている。

 

しばらくしていると、美鈴が到着したのか、ノックが部屋に響く。

 

「おはようございます」

 

ガラス越しに美鈴が部屋に入ってくるのが見える。その後ろにもう1人の人影…

体系的には私と同じくらいだが…そんな奴雇った覚えは無い…新入り?

 

「……美鈴…その隣のメイドは?」

 

言いながら振り返った私はその質問が愚問すぎた事を悟る。だが表情には出さない。夜の支配者は常に仮面をしていないといけない。

 

「さとりさんです」

 

そこにはメイド服に身を包み、腰まで伸びていた髪を後ろで一つに縛って止めたさとりが立っていた。

違和感がなさすぎて一瞬さとりと言われても分からなかった。

 

「何やってるのよ…」

 

「メイドです」

 

「そうじゃなくて…」

 

昼間あんなに建築作業してたのに今度はメイド?ちゃんと休んでいるのかしら。

いやまさかワーカーホリックなのか?それはそれでまずいぞ。なんとか説得しないと…

 

「やっぱただ客人としてもてなされるだけはちょっと居心地が悪いのと昼間借りた人員が欠如しているのでその分の補充という事で…」

 

自業自得なのかワーカーホリックなのかどっちなんだその理由…

いやどっちもか…

「もう好きにしなさい…」

働きすぎに注意してくれればいいわ。別に働くなとは言ってないから…それにしても起きて早々疲れるわ。

 

「それじゃあ、一応メイドとして扱うけれど…美鈴、ちゃんと指導してあげたの?」

 

「ええ、数時間前から一応身のこなしだけは叩き込ませたので大丈夫かと」

 

「一応客人よね…なんか貴方が叩き込んだって言ったら本当に凄い教育しそうなんだけど」

 

「そうでも無いですよ?さとりさんも筋がいいので一発で教えた事覚えてくれましたし」

 

それ相当すごいわよね?普段新入りが来たらすっごい笑顔と優しさで物凄い厳しい叩き込みするのに…まさかあれについていけるというの?

今更だけどさとりって恐ろしいわ…

 

「どうかいたしましたか?」

 

「なんでもないわ…それより夕食にしましょう」

 

起きてすぐ夕食というとふつうの人間なら神経がおかしくなりそうだけれど私は生まれたときからずっとこう。深く気にしていなかったがさとりは昼型な気がする。やはり感覚として慣れないだろうか?

 

「承知しました。それでは食堂へ」

 

「さとりさんも来てくださいね」

 

「……え?私もですか?」

 

なに自分は来ないつもりでした感出してるのよ。

貴女も来るのよ一応メイドだけどそれ以前に客人なのよ。

 

「承知いたしました。それでは、ご一緒させていただきます」

 

 

さとりの後ろ姿を見ていると、ふとほんとうに彼女が旅人なのか分からなくなる。

歩き方に姿勢。それにメイド服の着こなし。どれを取っても美しく、整っている。その上無駄に主張せず、あくまでもメイドであると言う意識すら流れてくるのが感じられる。

隣にいる美鈴もそうだが彼女は長年メイド長をやってるから今でこそだが、きた頃はもっとぎこちなかった。

 

才能といって片付けられるものではない。多分彼女も美鈴と同じような身分なのだろう…そうでなければ説明がつかない。

 

あるいは心が読めたりでもするのか?いやいや、いくら妖でもそんなことはないだろう。

 

まあ、さとりの背後を探るのはやめましょう。彼女にも知られたくない事あるだろうし…私だってまだ言ってないことが沢山あるのだから…お互い様といえばそれまでね。

 

いけないいけない…食事前に考えることではなかったわね。

 

……普段より少しだけ軽めの朝食ね。メインは普段のメニューと変わらないけど少しだけ違うような気がする…でもその違和感の正体がわからない。

 

まあ、毒なんて入ってないだろうし大丈夫ね。入っていても私の友人がいるから大丈夫。

そう思い直し料理を一口、口に運ぶ。

「あら?普段と味が違うわね」

 

「流石お嬢様。鋭いですね」

 

「スカーレット家の名は伊達じゃないのよ」

 

普段は美鈴かお手伝いの人がやってるから慣れればどうと言うことはないわ。

でも塩の利かせ方や焼き加減とか似てるけど少し違う。新入り?いや…さとりが作ったのね。黙って通そうとしているみたいだけれど目の動きでわかるわよ。

 

「さとりが作ったのね」

 

「……流石レミリアさんですね。まさか私が作ったまで見抜くなんて」

 

無表情なせいで詳しくはわからないけど目線と声のトーンからして多分驚いているのね。

 

「これはこれで悪くはないわ。むしろよくここまで料理ができるわね」

 

「料理自体は昔からよくやってますからね。まあ、さっき美鈴さんにレシピをチラッと見せてもらっただけなのでほとんどオリジナルなんですけど…」

 

オリジナルでここまで作れるなんて…やっぱり彼女只者じゃないわね。最初は運命に従って彼女を置いておこうとしたけどここまで腕が良いならこのまま家に置いておこうかしら?いいわよね…せっかくの逸材なんだから。

 

「……あ、食後のデザート…お持ちしますね」

 

「デザート?」

 

普段朝食後はデザートなんて出ないのだが…何か食べて欲しいものでもあるのだろうか。

ふふ、面白いわね。なん年ぶりかしら…

 

「さとり様、夕食は夕食ですけど…」

 

「あ……」

 

なんだただのうっかりみたいね。

それはそれで安心したわ。

 

「気にしないわ美鈴。持ってきてちょうだい」

 

さて、彼女が何を作ったのか楽しみね。

 

「料理の経験が豊富ってことは使用人か何かかしら?庶民レベルじゃここまでの腕はつかないわ」

 

たとえ何百年生きる妖であっても一から料理方法などを確定させるには非常に時間がかかるし、そもそも調味料や料理の種類。さらには味を敏感に感じ取る舌は普通じゃ育たない。

 

「あの…庶民です」

 

……え?

 

「……冗談でしょ?」

 

それが本当だとしたらさとりの居た国は恐ろしいレベルね…

一瞬空気が気まずくなったところに美鈴がデザートを持ってきてくれた。タイミングを計っていたのだろう。ちょっと都合が良すぎる。

 

「それでこれは……」

 

「プリンです」

 

聞きなれない名前のデザートだ。さとりの国のものだろうか…やけにぷるぷるしてるな…スライムみたいだ。

それでも私のために作ってくれたものなのだ。食べないわけにはいかない。たとえスライムっぽい感覚でも。

 

 

「……」

 

「お口に合いませんでしたか?」

 

「おいしい…」

 

何よこれ美味しすぎるじゃない!化けもんか⁈なんだこの美味しさは!

 

「それは良かったです。あ、私は一旦抜けますのでごゆっくり」

 

「…あ」

 

お礼をしようとしたがそれより早く彼女は部屋を出て行ってしまった。美鈴も止めてくれればよかったのに…

まあいいわ。美味しいものをくれたお礼は後でちゃんと返さないといけないからね。

 

「そういえば美鈴。さとりはちゃんと休息とっているの?」

 

「すいません…私が知る限りではとってないように見えます」

 

やっぱりワーカーホリックじゃないのだろうか。働いてくれるのは嬉しいのだが…さすがにまずい気がしてきたわ。

「後で大図書館に連れていってあげましょう。本があれば多分休んでくれるでしょうから」

 

「パチュリー様が良いと言ってくれるでしょうか」

 

「私が話してくるわ。多分パチェも分かってくれるでしょう」

 

「おやあ?大図書館があるんだねえ」

不意に扉の方で声が聞こえる。空気の流れが変わる…美鈴が動いたのね。早いんだか早くないんだが…いや早いほうか。

「お燐さんでしたか。急に出てくると警戒しちゃうじゃないですか」

苦笑いしている美鈴。口調もどこか砕けていて、いつの間にそんな親しくなったんだと嫉妬しかけてしまう。

私は猫などに好かれないのかよく避けられる。多分吸血鬼特有のものだからと諦めてはいるが…

 

「猫は気まぐれだからねえ」

 

「気まぐれにも程がありますよ」

 

お燐と名乗る猫を見つめていると、私の目線に気づいたのか。彼女が私の側にきた。

「あたいは貴女が何を考えているのかわからないけど…さとりに酷いことをするのはやめてくださいね」

 

急にどうしたのだろう。

 

「そんな酷いことなんてする気はないわ。それより急に改まって一体どうしたのかしら?」

 

「いや、なんでもないよ。吸血鬼のお姉さん」

 

そう言い残しお燐は駆けて行ってしまった。

一体なんだったのだろうか…動物の勘か主人を思う気持ちか…でも彼女の言葉が少し引っかかる。

「美鈴、あの子…どう思う?」

 

「…主人思いの良い子だと思いますよ」

 

……そう、なら大丈夫ね。少なくとも敵にはならないわ。

それにしても彼女が腰にぶら下げている箱のようなものはなんなのだろうか…今度聞いてみようかしら。





【挿絵表示】


さとり様のイメージ


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depth.62さとりの大図書館訪問

私が起きている合間もずっと外で建築をしていたのか、さとりは姿を現さなかった。

その代わりとしてはあれであるが、かなりの騒音が屋敷全体を覆っていた。

「全く…うるさいわ」

 

「仕方ありませんよ。建物を建ててるんですから」

 

美鈴の言いたいことはわかってる。だが少しは言ってやらないとダメかもしれない。それにここの当主は私だ。ここで威厳を示させておかないとさとりについていてしまうヒトが出かねない。

彼女は私みたいにカリスマがあるわけでも、格別なにか得意というわけでもないが、それでもなんだか放っておけない…嫌いになれないちょっと変わった雰囲気を持っているのだ。

 

「美鈴、ちょっと様子を見にいくから……」

 

「承知しました。対処が必要なものは任せてください」

 

「あなたがいて助かるわ」

 

カーテンの締められた廊下を歩き、廊下の突き当たりにある扉を開く。私や空を飛ぶことができる奴しか使わない外に通じる最短ルートの扉。

背中に生えた翼を少し大きくし、その扉に手をかける。

 

「目が目があああ!」

 

扉が開いた瞬間差し込んだ光が私の目を貫いた。

眩しすぎる!目がやられたあああ!痛い痛い痛い‼︎

 

「あ、照明器具眩しすぎました?」

 

さとりとは違うとぼけた声が聞こえてきて、一瞬そっちに向かってグングニルをぶん投げてしまう。

この声の主がなんかやらかした時の癖でつい投げてしまったが後になって後悔した。

目も見えないのにどこにぶん投げたのか…他のところに当たってないのか…

「ム……ムス○」

 

なんだムス◯って私はレミリアだ!く…前が見えない…夜目にしたままだったから瞳孔開いちゃってたのにぃ…

 

「すいません。暗がりの作業の為に大型照明を作っておいたのですが…」

さとりの声だ。貴女が原因ってわけではないから別に良いのだけれど…もうちょっと光量を落として欲しかったわ。

「気にしないで…すぐに見えるようになるわ」

 

その言葉通りすぐに視界は回復した。

それでも眩しい照明に照らされてしまい少し目が細まる。

 

私の放ったグングニルはちゃんと目標に当たっていたようだ。

従者の1人がグングニルをお腹に喰らって地面に伸びている。

「散々な目にあった…」

 

生意気な口調を言うものだ。散々な目にあったのは私の方だというのに。

もろにお腹に食らったせいなのか服の中から飛び出た狐の尻尾とカチューシャで隠した耳が飛び出てしまっている。

 

「ああ、お狐さんですか」

 

「まあ…狐ね」

 

って今はそんなことじゃなかった。ちょうどすぐ近くにさとりが来たんだから一言言ってやらないと。

 

「工事するのはいいけど少し耳障りよ」

 

「…は、はあ…でもこれ以上静かにできませんよ?」

 

「じゃあ一旦休憩にしましょう?もちろん私の従者に休息なしで働かせるなんてこと…」

 

「あ、それは無いから大丈夫ですよ」

 

あ、あら…それは大丈夫なのね。それにしても人数が少なくない?引き抜かれている数と今現場にいる数が合わないのだけれど…

ローテーションを組んでいるのかしら…

 

「…そうですね。じゃあ皆さん休憩しましょうか。丁度プリンが完成しているでしょうからね」

 

あら、全員分のプリンまで作っていたのね。っていつの間にそんな作業していたのよ…本当にこの子大丈夫なの?

 

そうこうしていると、屋敷の方からプリンを乗せたワゴンが転がってくる。

って美鈴じゃないの。貴女まで何しているのよもう……別にダメとは言ってないからいいんだけれど。

 

「あ、さとり。洗濯終わったよ」

 

呆れていると、お燐が屋根から飛び降りてきた。

洗濯していたにしてはなんだか焦げ臭いのだが…一体何を洗濯していたのだ?そもそもなぜ屋根から降りてきた?まさか屋根に干しているんじゃないだろうな!ちゃんと乾燥室があるはずなのだが…

 

「お疲れ様お燐。貴女も休んでなさい」

 

「そうするよ」

 

そういえばお燐もメイド服にしているのね。まあ別にいいわ。ただ、猫にその服はどうかと思う。

 

「ちょっとどこ行こうとしているのよ」

 

どさくさに紛れて何処かに行こうとするさとりの手を掴んで止める。

「え?食器を洗いに…」

 

なにさぞ当たり前に食器を洗いによ!貴女見てる限り全然休んでないじゃないの!

「あんたも休みなさい!」

 

「……え?」

 

なんで怒られたのかわからないような顔するんじゃない!どう考えても働きすぎよ!どんだけ働き癖がついているのよ!アホなの⁉︎

 

「そうだわ。案内したいところがあるのよ。来なさい」

 

手を掴んだままさとりを引っ張る。そうでもしないとどこかにフラフラ行ってしまいそうで怖い。それにこれから案内する場所はちゃんと構造を理解していないと絶対に迷う。

そう言うように作られているのだから仕方がない。

 

「それじゃあお燐、後の指揮を任せます」

 

「はいはい。ごゆっくりやすんでおいで。ところでここで伸びてる狐さんはどうするんだい?」

 

「もう少しして回復しないようでしたら医務室に連れて行ってあげてください」

 

そういえば忘れていたわ。でもすぐに復活すると思うのだけれどね。後その子ちゃんと名前あるわよ。確か…あなた達と同じ東洋出身だから聞き覚えのある名前かもしれないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリアに手を引かれ階段を昇り降りし廊下や扉をいくつも抜ける。

正直歩いた感覚が実際の建物の大きさとあっていないような気がする。

まあそれもそれで仕方がないのかもしれないけど…それにしても迷路ですね。

地下の大図書館に連れていくのに何度も上がったり下がったりを繰り返すなんて…

これも魔法使いの防御結界の一種なのだろう。

 

「…長いですね」

 

「魔法使いの領域を脅かされないようにという理由で複雑なダンジョンにしているらしいわ」

 

敵が出ないだけまだ良い方なのかもしれない…

 

「それはまた……それにしても魔法使いですか」

 

「私の友人よ。知ってる中じゃ最も優秀な魔法使い」

 

パチュリー……うん、パチュリーの事ですね。

それにしてもいつまで手を握っているつもりなのだろうか…もう引っ張らなくても良いのに…

別に手を引っ張られて嬉しいとかそういうことではなくて…ただ手を引っ張られるのが嫌なだけなのですがね。

 

「着いたわ」

そうこうしている内に目的地に着いたらしい。

ここまでどのような経路を通ってきたのか覚えていないが、多分気分次第でルートが変わるダンジョンなのだろうから別に気にすることもないですね。

 

 

「パチェ。入るわよ」

 

そう言いながら既に部屋の扉を開けているレミリア。

許可でもなんでもなく入るということを伝えるだけ……別にそれがどうというわけでもないのですがなんとなく変なことを考えてしまう。

結局それは答えなんてないし考える意味すらないようなものなのですけどね。

 

「大きな扉ですね」

 

「紅魔館自慢の大図書館だから立派な扉が必要でしょう?」

 

そういうものなのだろうか…庶民にとっては分からないですね。その感覚…一応レミリアの意識から感覚の一部はサードアイ経由で来ていますけどそれを理解しようとするには私の方の価値観が邪魔をしているのでしばらくは無理ですね。

 

「勝手に入らないでほしいのだけれど……ああ、お客さんを連れてきたのね」

 

不意に図書館中に声が響く。だが本人の姿は見えない。どうやら魔法か何かでこっちに話しかけてきているようだ。

「わざわざ連れてきてあげたのよ?」

 

「別に、あなたがわざわざ連れてこなくても…こあが迎えに行ったわよ」

「良いじゃないの。時には友人を使うべきよ」

 

…2人がしゃべっている合間に軽く中の様子を観察しておく。

大図書館というだけあって大量の本が棚に収められている。その棚も、高さ3メートル前後の巨大なもの…どれほどの量の本を収集しているのだろう…

ぶら下がったシャンデリアのようなものの周辺にはさらに浮遊する本棚がいくつか見える。そっちにも本がぎっしり。おおまかではあるが見た感じ3万冊は超えているだろう。

 

「さっきから何見てるの?」

 

どうやら私に向かってかけられた言葉らしい。

だが反応するのが遅れた。そもそも相手が視界の中にいない時点で反応するのが難しいのだが…はてはて本人はどこにいるのでしょうね。

「……見えたものを見ていたのですけど」

 

「当たり前なこと言わないで頂戴」

 

だってそれくらいしか言いようがないんですけど…他になんて言えばいいんですかね?本棚が空中に浮いていることとか?でもそれだって普通のことのような気がしますし…

 

「まあいいわ。レミィ、早く案内したら?」

 

「言われなくてもそうするさ」

 

そう言ってレミリアは慣れた足取りで図書館の奥へ歩き出す。

下から行ったのでは迷ってしまいそうな程の本棚の隙間を抜けたどり着いたのは、本や紙が山積みになった机…かなりの広さだろうけど机自体は本に埋まってしまい全然見えない。

そんな本とか紙から顔を出して彼女はいた。

 

三日月の飾りがついた帽子に薄紫の縦じまが入ったゆったりとした服と薄紫の上着。気分が優れないのか外に出ていないからなのか少しだけ顔が青白い。

 

「初めまして、パチュリー・ノーレッジよ」

 

むすっとしているけど別に怒っているわけでは無い。ただ単純に他にどんな表情してれば良いか分からないだけ…

無表情の私が言うのもなんですけど…印象がどことなく悪くなってしまっている。

 

「さとりです。しばらく紅魔館でお世話になります」

 

「知っているわ。全部見ていたから」

 

見ていた……ふうん。水晶で監視していたのですね。まあ…やましいことなんてしていないし別にどうでも良いのですけどね。

 

「それはそれは…またつまらないものを」

 

「そうでもないわよ。ちょっとした暇つぶしにはなったわ」

 

そういうものだろうか…

そう思っていると、パチュリーが噎せた。

 

「喘息が酷いのよ…もともと病弱な体だったから」

 

「まあ、不安かもしれないがこれでもパチュは七曜の魔法使い…相当強いからな」

 

レミリアが威張る事じゃないと思うのですが…まあ本人が気にしていないから別にいいかな。

それにしても胸を張ってるポーズじゃ…無い乳が目立って仕方ないんですけど。ここまで平らだとなんだか哀れみの目線を向けざるおえない。

「なんだその目は?」

 

「なんでもないです」

 

 

 

直ぐに目線を泳がせて誤魔化す。誤魔化しきれていないと思うが言わなければバレない。

 

「お茶お持ちしました」

 

短髪で赤い髪の毛と頭と背中に悪魔然とした羽、白いシャツに黒のベストとロングスカート。やや活発な印象を受ける女性がお茶を運んできた。

 

「ありがと…こぁ」

 

……使い魔の小悪魔ですか…いや『小悪魔』ではないですね。

彼女の正体をサードアイがすぐに想起してしまう。まあ正体が分かったところで私は何もしませんけど。

でも勘の良い人にはバレてしまうかもしれないから早いうちに外套を返してもらおう。

 

「そういえばノーレッジって……」

 

小悪魔に睨まれたため話題を出して意識を逸らす。危ない危ない……私の正体を見破られるところでした。いや、見破られたかもしれませんけど……それでも確証には至ってないようですからセーフ。

 

「知っているの?」

 

まあ、有名な家系でしょうしね。でもレミリアの思っている通りではありませんよ。

 

「クレセクト・A・ノーレッジ……」

 

かなり昔の記憶にその名が残っている。すっかり忘れてしまっていたものの、彼女の名前を聞いた瞬間から思い出していた。

 

「誰かしら?パチュリーの知り合い?」

 

「曾お婆様の名前だけれど……まさか」

 

やはり家族でしたか。

 

「ずっと昔に妹が魔術云々でお世話になってます」

 

思い返せば何年前になるのだろう……こいしの魔術や私の魔術式、それらを1から教えてくれた師匠こそ、彼女の祖先だ。

 

「まさか……あのさとりとこいし⁉︎」

 

おやおや?語り継がれていたのですか……一応結婚する前のことですけど子にも伝えていたようですね。

 

「パチェ?知り合いなの?」

 

「曾お婆様が唯一、魔術を教わりに来た人外だって話していたわ」

 

他にも色々言っていたようですけど…言及しないでおきましょうか。あまり話して欲しくないこともありますからね。魔術の暴発で服が弾けたり…触手とか……

「そうですか…それで、彼女は」

 

「残念だけれど…」

 

まあ……仕方がない。出来ればもう一度会いたかったですけど……別れた時にもう会うことはないとか言っていたし。言葉通りになってしまったと気持ちを切り替えますか。

 

「そうですか」

 

「まさかあのさとりとは……ちょうど良いわこれも何かの縁よ」

 

急に目がキラキラし始めましたね…嬉しいのはわかりますけどまだ仕事残ってますし。語り合うのは明日にしてほしいですね。

 

「…やっぱり偶然ってわけではないようね」

 

「どういうことです?レミリアさん」

 

「なんでもないわ。ただの独り言よ」

 

 

 

それにしてもいつ話すのだろう…私をここにとどめておくその目的。もちろん私は心が読める所為でもうレミリアの考えはほとんど分かっている。だから話さないその理由もわかる。だけど……いつまでもそうして秘密にしておくことなど出来ない。辛いからといって言わないのではいけない。私から切り出すのも…それは良くない。あくまでも彼女自身が自ら決めることだ。

 

パチュリーもそれを待っているのだろう。私の顔に何度も目線をやったと思えばレミリアに向き直る。

だが相手はまだ少女だ。いくら年齢を重ねていようと少女の心には負担が大きい。

もう少し待つことにしましょう。

 

「あの…本を見てきても良いですか?」

 

「ええ、構わないわよ。こあ、案内してあげて」

 

「かしこまりました」

 

一度席を外した方が良い。2人とも話したいことがあるものの私という存在のせいでなかなか話し出すことができない。まあその話題も私の事…いや私ともう1人の事についてなのだろう。

これで決心がついてくれるとは限らないが、これ以上レミリアの苦しい顔を見なくて済むというのなら……

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったわね」

 

彼女の姿が見えなくなり、私は口を開く。

 

「全くレミィは」

 

分かってはいる。だがいざとなるとどうしても言い出せない。そもそも私達でどうにかしなければいけないことなのに結局誰かに頼らなければいけないなんてね。

 

「まあいいわ。それにしても…」

 

「2人目だと言いたいのだろう。まあ…手駒は多い方が良い。それにさとりは…運命が見えた」

 

さっき彼女の手を掴んでいる合間、僅かにだが運命が描く未来を見ることができた。

私とフランが仲良くテーブルを囲む未来……あの子ではあそこまではっきりとは見えなかったものだ。

 

「そう、あなたがそう決めたのならそうしなさい。私は全力でサポートしてあげるから」

 

軽く微笑む友人は、私の手を優しく握る。そうだ。あの運命を必ずこの手の中に類寄せるのだ。

 

「ありがとう」

 

ならばこんなところで迷っている暇は無いだろう。

明日……ちゃんと打ち明けることにしよう。




もう1人いるようですがそれは誰でしょうね
ちなみにその子はとあるシリーズの子がモデル…(と言うかゲスト出演)


おまけ

お空「藍さんの九尾が8つに分裂した⁈」

尻尾達「私達はただの尻尾であることをやめるぞ!藍‼︎」

藍「やめんか!自我を持つな自我を!戻れ!」



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depth.63confessio

レミリア達が話しているのを遠目に観察しながら本を手に取る。

どの本も手入れが行き届いていて状態は良好。

素人の私ですら触っただけですぐにわかるということは相当なのだろう…表紙に書かれた数字からはそれが200年前のものだとわかる。

 

「お気に召しますか?」

 

「まあ……興味が沸けば」

魔導書なら面白そうなのですけどね…ただ、そういうものはパチュリーの許可が下りないと迂闊に見せることはできないのだろう。実際、案内兼監視の小悪魔さんが案内したのはたわいもない歴史書や魔術系列とは違う本がある場所だ。

 

「……別の本棚、見に行きます?」

 

「そうしましょう…できれば童話とか物語系がみたいですね。それか悪魔に関するものを」

 

特に意味はないですけど。

おや、どうやら向こうは話が済んだみたいですね。まあもう少し図書館を探索してから戻ることにしましょう。

それにしてもこの本…一体どこからこんなに集めたのでしょうね。

 

「……私の正体でも調べるつもりですか?」

 

別のことを考えている私の肩に手を置いた小悪魔がそう囁いてくる。

別に調べる気は全くないのだが…そもそも貴方の正体に興味はありませんし。

 

「小悪魔は小悪魔ですよね?」

 

「とぼけなくていいですよ。私に隠し事は出来ませんので」

 

「んー…まあもう既に正体は分かってしまっているので別に今更調べようなんてしませんし」

 

本当に今更詳しく調べようなんてしようとは思わない。それよりも伝記がどれほど残っているのか気になりますのでね。

 

「……私の正体が分かっているならなぜ?」

 

「だって言ったりしたって私にメリットはないですしどうでも良いことなので」

だから不思議がることもないですよ。そもそも貴方は悪魔なんですからもっと堂々としていないとですよ。

……ここで始末できれば…なんて変な考えを起こさないで欲しいのですけど。

そもそも私を始末したらあなたの立場が危うくなりますしパチュリーよりレミリアが黙ってないでしょうね。

 

「……変な気を起こしたら直ぐに処分しますからね」

 

「そもそも隠さなくてもいいと思うのですが…」

まあ考え方はヒトそれぞれだしそこに口出しすることは基本したくないですけど…主人にくらい正体を教えておいた方が良いのではないでしょうかね。まあその主人も薄々気づいてはいるようですけど。

 

「余計なお世話ですよ」

 

「はいはい、終焉を運ぶ悪魔さん」

 

むすっとしたままではせっかくの美顔も台無しですよ。だからと言って怒りを露わにするのもやめてほしいですけど。

 

「……もう少ししたらレミリア達のところに戻りますか」

 

「承知いたしました」

 

そうそう、あとここら辺の本…後で借りれるかどうか話さないと…

ついでだから幾つか資料になる物も引っ張り出せるように交渉しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さとり遅いなあ…」

 

さとりがレミリアにドナドナされて行ってから既に二時間が経っている。作業は中断されたまま…作業に駆り出されていた従者さん達がそろそろ戻りたいって言っていたのであたいの判断で返した。まあ、なんか言ってきても戻ってくるのが遅いと言っておけば良い。

そんな事を言うほどさとりは心が狭いわけではないけど…

 

「多分大図書館に行ったのでしょうね。ならしばらくは戻りそうにないわ」

 

あたいの呟きに口を挟んだのはさっきまでレミリアの槍で伸びていた狐メイド……本人曰く玉藻と言うらしい。

鋭い目線で見つめられるせいで少し不安を覚える。なにを考えているのか見透かされていそうでそれでいて相手の一手先を読んでいるような表情……

 

「分かるんかい?」

 

それでも野生の勘で信頼するに値するとおもったあたいは玉藻の側に行く。

 

「まあ、これでもメイドですから」

 

狐だけど…

狐がメイドやってるって結構インパクトあるけど…

と言うかメイドならどうしてそんな際どい和服を着ているんだい。肩から胸にかけてが丸出しな上に色気満載。正直こっちが見てて恥ずかしくなる。

まあ朝見たときは普通のメイド服だったしオフの時とで着替えているのだろうけど…

 

「ふうん……」

 

「今絶対狐と思いましたよね?顔に出ていますわ」

そう言いながらあたいの顔を覗き込んでくる。必然的に彼女との距離が近くなり、反射的に手で頭を払いのける。

 

「なにを嫌がっているのかしら?」

 

少し喋り方に気品が見受けられる。一応玉藻って言ってるくらいだし気品があるのは普通だけどそれが色気と混ざるせいでなんだか気が乱される。早くさとり戻ってこないかな…なんてあたいの心中を知ってか知らずか玉藻はあたいの肩に手を置き尻尾同士を絡めようとしてくる。少ししつこいので腹に蹴りを入れる。

だけどその蹴りもひらりとかわされてしまう。

 

「まあそんなことより…さとりの仕事を少しでも多く片付けておくことにしようじゃないかー」

 

「棒読みですわね」

 

棒読みで悪かったねえ…でも話題をそらさないとなんだか危険な気がしたから…一体どうしてみんなしてあたいを襲いたがるんだろう?そう言いえばお空もときどきあたいを見てはすぐに目線を逸らすっていった謎な行為をしていることがあったねえ…年に一時だけだったけど…あ、確かあたいも玉藻もお空も元々生体行動に似たようなものがあったような……たしかさとりとこいしが昔話していたのを聞いた記憶が…なんだったっけ?

 

「それにしても貴女に建設指示が出せますの?」

 

なんだい、そのバカにしたような目は。あたいだって出来ないことはないんだよ。一体何年さとりの側にいたと思ってるんだい?多分誰よりも長いって自負してるんだからね。

 

「設計図があれば出来るけど」

言っては見たものの、そんな設計図もちろんない。あったとしてもさとりの頭の中だ。

でも無くてもできる。

 

「…あ、でもここまで完成しているなら後はできるよ」

 

だってあとは内装を作るだけ…水回りの配管や浴槽自体は完成しているから別に難しいことではない。

でも大理石とかタイルじゃなくて板張りなのはどうかと思う。湿気に強い木材じゃなさそうだしすぐに腐っちゃうと思うんだけど…

 

「それにしても貴女もさとりもその技術はどこで教わったんだかねえ」

 

「あたいはさとりの見よう見まねだよ」

 

実際少しは教わったけどほとんど見ているだけ。さとりは誰かに教えるのが下手だからね。

 

「そうかい…じゃあさとりはどこでそんな技術を手に入れたんだか」

自らの尻尾をいじりながら玉藻が聞いてくる。

「さあ?思いついたらすぐ実行する人だからねえ……多分自前で考えついたんじゃないかな」

 

あたいにもよく分かってはいない。だけど多分さとりだしって思えればもう気にもならなくなったね。

 

「そっか。じゃあさとりに聞いてみることにしますわ」

そう言いながら彼女も作業に参加する。

ここでさとりを待つつもりなのだろう。そうしておくれや。あたいに聞くより本人に聞いた方が良いからねえ…あ、そこの板は床じゃなくて壁だよ。後向きが逆。

 

手伝ってくれるのは良いけどちゃんと指示に従ってほしいねえ。

あ、そこは多分脱衣所だから棚になるところ……

 

「少し厄介ですわね」

 

「あたい…少し疲れたかも」

 

「ごめんなさいね。私の理解が及ばないから」

 

「気にしてないよ」

 

疲れはするけどね。やっぱりさとりが指示をしてくれた方がいいや。

やっぱり遅いなあ。

 

「そういえば図書館ってどこにあるんだい?」

 

図書館ってそんなに行き辛いところなのだろうか。

 

「この建物の地下ですけど…図書館の持ち主である七曜の魔法使いパチュリー様が防犯用に空間をいじっておりますのでよくわかりませんわ」

なんだかよくわからない事を言い出した。

「この場所の地下じゃないってことかい?」

 

「いいえ。確かにここの地下ですわ。ただし、特殊な閉鎖空間で隔離されている上に唯一の正規ルートはダンジョン…もはや魔術師の工房ですわ」

 

魔術師の工房がなんなのかはわからないけど相当面倒だってことはわかった。

「よくそんなこと知ってるねえ」

 

メイドが知るには少し情報が多い気がするんだけど。

 

「私はメイドです。それにご主人様にもしものことがあったらいつ如何なる時でもすぐに駆けつけられるようにしておかなければなりませんから」

 

それもそうか…でもなんか少しだけ変だけど。

まあパチュリーって人のところに行く用事を任されていると思えばそう変にはならない。

 

結局さとりが戻ってきたのは木の板を張り終えたところだった。

それも、作ったばかりの建物の窓から入ってきたものだから驚きだ。

全くブレない人だねえ。

 

「おまたせ…あらお燐。終わらせておいてくれたの?」

丁寧に靴を脱いで入ってくるのは良いけれど、そこはまだ固定し終わってないから……あまり乗らない方が良いのだが…

「さとりが遅いからねえ」

 

別に悪気があってあんな言い方をしたわけではない。

なんだか嫌味っぽくなってるけど嫌味な気はない。

「ごめんなさいね。ちょっと魔法使いと仲良くなってしまったから」

 

そういうさとりの腕には数冊の本が挟まっていた。英語…いやラテン語で書かれた背表紙…

 

「まさかパチュリー様から本を借りたというの?」

その本に玉藻が反応する。

そんなにすごいことなのだろうか…あたいにはよく分からない。

「ええ、そうだけど?」

さぞ当たり前のように返すさとりと驚いてへんな動きをしている玉藻のコントが面白い。

「さとり…貴方何者よ」

 

「さあ?ただの妖ですよ」

 

嘘つけ。って思うけどいつものことだしもういいや。

でもさとりがただの妖っていうのはちょっと無理があると思う。だってそうだろう…さとりほど規格外な妖は見たことない。

 

「それより、貴女もただの獣人ってわけではなさそうですけど…」

そうなのかい?玉藻もなんか違うやつだったのかい。

 

「詮索は不要ですよ」

 

「それもそうですね」

 

 

2人だけの会話…内容を汲み取ることがすごく難しい…そもそもさとりは彼女になにをみたのだろう?

「ここまで出来てるのならあとは仕上げね」

 

あたいや彼女の話題をそらすかのように建物の最後の仕上げにかかる。少し心の中にモヤモヤしたものが残ってしまったが、いずれそれも無くなるだろう。

 

「それじゃあ私は戻りますわね」

 

「承知です。お燐、手伝って」

 

はいはい

 

 

 

 

 

夜ももうすぐ終わりを告げる。だんだんと登りだした日が空を少しずつ赤く染め上げていく。

そんな時間に、狐が私を呼びにきた。どうやらさとりが作っていた建物が出来たらしい。

私としては明日にでもと思いたかったものの、さとりがどうしてもというものだから諦める。

狐に案内を任せて建物の方に行く。明るくなり始めた空に目を細めつつ視界を前方に移す。

「それで…建物の壁に穴を開けてなにをしているの?」

 

「通路を増設しているだけです」

 

人の建物の壁についに穴をあけやがった。

 

「人の屋敷になにしているのよ」

 

「気にしたら負けですよ」

 

なにが⁉︎なにが負けなの⁉︎

 

「それよりも、建物の方見にいきますよ」

 

そう言って歩き出すさとり。

マイペースなのかワザとやっているのか…まあ退屈しないから良いのだけれどね。

 

増築された建物自体はあまり大きくはないが、これを昨日今日で作ったとなると相当すごい。

それに建物の構造も見たことない。美鈴の故郷の構造ともまた違う…

 

「大きいわね」

 

「そうでもないですよ」

 

謙遜なんだか実際そう思っているのか全くわからないが…これを作り上げたということは事実。全くすごいな。

 

「それで、これはなに?室内プールかしら?」

 

「風呂です」

 

聞きなれない単語ね…風呂ってなにかしら?

 

「お風呂?なにそれ」

 

「暖かいお湯に入って体を休ませるところです。私のいたところでは一家に一つか…街に共同使用のものがいくつかありました」

 

へえ…なんだか水の無駄使いに聞こえるのだけれどそれって環境に良いのかしら…それともさとりの地域では水が沢山あったところなのか…どちらでも良いか。

 

ともかく中に入りましょう。もうすぐ日が出てしまうわ。

 

「ふうん…木製の床なんて珍しいわね」

 

内装は簡素だけど…どこか温かみがあるわね。まあ、私の屋敷の内装よりかは劣るけれど。

それにしてもなんで入り口にこんな段差があるのかしら?

入り辛いわね。

 

そのまま入ろうとして肩を掴まれる。一体なによ。

「木が痛むので土足厳禁です。入り口で脱いでください」

 

ああ、そういうことね。なるほど、じゃあこの棚は靴を入れるところね。

「面倒ね」

 

「慣れれば楽ですよ」

 

「そういうものかしらね」

 

慣れというのは恐ろしいものである。いや…習慣と言うべきか。

室内も……ちょっと湿気が高い気がするわ。

 

奥にある部屋もまた棚がある簡素な部屋だ。だけど靴入れの棚より大きい。脱衣所と構造が似ているかだけど洗濯場までつながる道もない。

似ていたり似てなかったり不思議ね。

あら?鏡があるじゃない。吸血鬼の体じゃ映らないけれど…

さとりが奥の扉の方に向かう。急かしているのかしら……

横に引く型の扉ね…珍しいわね。

あら?すごい湿気ね……

 

「へえ、これがお風呂なのね」

 

開かれた扉から中を覗くと、お湯が張られた場所があるよくわからない場所に着いた。

向かって右側の壁には鏡と桶、あとは先端に穴がたくさん空いているホースがある。

 

「……水はすぐ近くの井戸から汲み上げてきてます」

 

専用の組み上げ装置まで作ったのかしら…それにしてもこのお湯に浸かるの?まあ吸血鬼でも流れのない水なら全然大丈夫なのだけれどね。

 

…ここも木製なのね。でもこんな湿気じゃすぐダメになりそうだけれど…

「木が保たなそうだけど?」

 

「防腐剤を塗ってますし、気になるようだったらパチュリーに頼んでください」

 

「へえ……」

じゃあ今度パチェに頼んでおきましょう。

それにしても暖かいお湯に浸かるのってどんな感じなのかしら…楽しみね。

「今から入ります?」

 

まるで心を読んだのかのように私の質問を投げかけてくる。

なにを考えているかわからない…まるで狸ね。

 

「……そうね。そうしましょう」

 

でも今は彼女の力に頼るしかない。

あ、そうだわ。じゃあこの機会だし彼女に話しましょう。

 

「美鈴、そこにいるんでしょう」

 

さっから後ろでずっと見守っている美鈴を呼ぶ。狐はどこへ行ったのかいつの間にかいなくなっている。どこに行ったのやらね。まあ、狐は気まぐれだから仕方がないか。

彼女にも話さないといけないのだけれどね。

「ええいますよ」

 

「それじゃあ、着替え一式の用意をお願いね」

 

後は傘。この時間に入るようならもう日は登ってしまうわ。

 

「かしこまりました」

 

「それじゃあ私の分もお願いできますか?」

 

え?まさかあなたも入るの?普通こういうのって1人ずつじゃないの?

 

「え?一緒に入るんじゃないんですか?」

 

え?

「え?」

 

ジパングって分からないわね。




おまけ

藍「貴様ら戻れ!」

尻尾「ヤダヤダ!もっと遊ぶのだ!」



その2
もしさとり様がカルデアに召喚されたら

さとり「召喚に応じました。今回はキャスターのようです…えっと…初めましてですね」

「あなたは?」

「妖怪さとりです」
クラス キャスター
真名 古明地さとり
通称 さとり
筋力C
耐久EX
敏捷B
魔力EX
幸運C
宝具B

宝具『想起する世界』

「想起……」



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depth. 64pœnitet

脱衣所で衣服を脱ぎ改めてお風呂場に入ってみればその湿気加減がよくわかる。

肌がすぐにしっとりとしてなんだか心地悪い。

それが嫌だった私は早足で鏡の前に行く。

湿気で曇ってしまっている姿鏡にはなんの人影も映らない。仕方ないとはいえなんだか残念な気分だ。

 

その嫌な気分が心地の悪さと相まって不快感を出す。全てを洗い流そうと鏡の上にあるホースの先からお湯を出す。

鏡の上にあるホースの先からお湯を出す。

さとりによればシャワーというらしいそれで一度体を一気に洗い流す。嫌な気分が多少は良くなったみたいだ。

 

ふと後ろを振り返ると、湯気を出している浴槽が目に入る。さとりによればそこに体を浸して温まるのだとか。本当かどうかは懐疑的。でも興味がないわけではない。

だから思い切って入ってみる事にする。でも少し怖いから足からゆっくりと。

あら、なかなか良いものね。

熱しただけのお湯だというのに、いざ体を入れてみればなんともいえない心地よさがある。

「なかなか良いものじゃない」

 

「そうでしょう」

 

すぐ隣で声がする。

 

「そうね……ってさとり⁉︎なんでいるの⁉︎」

一瞬当たり前のようにそこにいたさとりに普通に話しかけてしまうが思わず声を荒げる。

 

「いちゃダメでした?」

 

向かい合う形で何も見に纏っていない完全な裸体をさらす無表情。私だって身体にちゃんとタオルを巻いているのに…

 

「恥ずかしいじゃないの!」

 

「風呂って普通こういうものですけど?」

 

どこの常識だ!普通裸体を誰かにさらすなんてことないわよ!まさかさとりの地域はそうだったの⁉︎あれ冗談じゃ無かったの⁉︎

私が取り乱していると、背後に気配を感じる。

「わたしも居ますよお嬢様」

あんたもかーい!狐まで裸で入ってきやがった。まさか本当なの?

 

「なんであんたまで入ってきてるのよ!」

 

「お嬢様の体を洗おうかと思いましてね。そしたらさとりがどうせなら一緒に入ったらどうですかって」

 

さとり…あなたね……

 

静かに入ろうと思っていたのに全然ダメじゃない。あと前くらい隠しなさいよ!

「レミリアさん、普通タオルは湯船に入れませんよ」

 

知らないわよそんな常識!ここでは私がルールよ!

ともかく前を隠してほしいわ。はしたない…

「あの…あたい…入って大丈夫ですか?」

 

また別の声がする。今度は入口の方だ。入ってこないでと手で追い払おうとしたがそれを遮るようにさとりが前に出る。

「いいわよお燐」

 

「勝手なことしないの!」

 

「じゃあ…お邪魔します」

ああああ!なんで入ってくるのよ!猫も狐もマイペースね!

なんかもういいわ。突っ込むのも疲れるわ…

さとりの居たところってこんな感じだったのね…生まれなくてよかったと思うわ…1人でゆっくり入りたいわ。

 

 

……ってそうじゃなかった。

せっかくみんな集まったのだしもうここで言っちゃいましょう。少し気が引けるけど黙ったままというのも悪いわ。

 

「……聞いて欲しいことがある」

 

覇気を込めて放った言葉が全員の動きを止める。

ようやく静かになったな…って狐よ…その手はどこに行こうとしていたのだ?すごく気になって仕方がないのだがどうしたら良いのだ。

 

「…重要なことですよね」

 

「さとりは鋭いのだな」

目を瞑ったまま何かを考える彼女の思考はよくわからない。でもまあ…悪いことを考えているわけではないだろう。

 

 

「話すとしよう……」

 

「話すって…性癖のこと?」

おい狐、貴様の思考回路は汚染されているのか?後でしっかり治さないといけないようだな。なに?顔が怖いって?当たり前だろう…私は今ものすごく怒っておるのだからな。

 

「そこの変態狐は処刑だ」

 

「酷いですよ!」

 

なるほど、ギロチンは嫌なのか。なら首折で行こうじゃないか。失敗したら苦しいがな。

 

「はいはい今はおいておきましょう」

 

さとりに諭されては仕方がない。

それにお燐が困惑してしまっているな。悪かった…それじゃあ本題に移ろうじゃないか。

「そうだったな…話と言うのは私の妹のことなのだが…」

 

改めて言おうとするとどうしても言葉が詰まる。本来なら私がどうにかしなければいけない事だし、他人の手を借りるしかない自分が悔しい。それでももう借りると決めたのだ。ここは私が折れる…それがあの子の為でもあるのだから。

 

「すまない。二人の手を貸してくれないか?」

 

片方は癪に障って仕方がない狐だが…

 

「頭をあげてください」

 

「フランさんのことでしたら分かっています。もちろん協力しますよ」

 

「なぜ…」

なぜ彼女の名前を…私は一言も妹の名前なんて言った覚えがないぞ。

「名前を知っているか…でしょ」

 

無表情の奥に、彼女の笑顔が見えた気がする。人目にはわからない。だけどなんとなくそう感じた。

「さとり…あまり惑わさないほうがいいと思うけど」

さとりの後ろにいつの間にかいたお燐が呆れ顔でそう言う。よくわからないけれど…いやもしかして彼女の種族に起因することなのだろうか。

 

「ほほう…なんとなく察しはついていたけど…覚り妖怪だったんだね」

 

狐が先に気づいたようだが…覚り妖怪?彼女の名前がそのまま種族名になっているのだろうか?それにしても聞いたことがない。いったいどのような妖怪なのだろうか。

 

「そういうあなたも本当は……いえ、言わないでおきましょう」

 

狐に何か感じ取ったのかなにかを言いかけてやめたさとりに懐疑的な目線で訴える。

狐は確か…父上の時代からのメイドだが…

確かに彼女の素性はよくわからない。だけど一体なんだと言うのだろう…

まあ、この際聞かないでおこう。

 

「さとりと狐がなんであるかはこの際問わないわ。ともかくフランを助けて欲しいの。なんでもするから」

 

「フランの状態を見ていないのでなんともいえませんが…協力します」

「ん?今なんでもするって…」

そう言いかけた狐はさとりの手刀で湯船に沈んで行った。確かになんでもすると言ったしそれを撤回することはしないのだが…なぜさとりはそんな殺気を出したのだ?

 

「それにしても…さとりや彼女が呼ばれた理由がわからないねえ」

 

ずっと黙っていたお燐が否定的な事を言い出す。たしかにあなたの主人に無理なことを強いているのだから強く反論はできない。だがわたしには見えているのだ。この先の運命が…

 

「運命の糸が呼び寄せたのよ」

 

「は…はあ」

まあそう言われても仕方がないわよね。まあこのくらいなら教えてあげてもいいわ。どうせ知ったところで弱点にも欠点にもならないのだからね。

「そういえば言ってなかったわね。私の能力は、『運命を操る程度の能力』なのよ」

 

「運命?」

 

ピンときていないようね。まあこの能力は少々特殊だから分かりづらいのも無理はないわ。

「運命とは定められた行く末。それでも不確定であり常に変わり続ける。それらを常に見てある程度まで操ることができるのがこの能力よ」

 

それでもよくわからないのか首を傾げている。その度にお湯の中でゆらゆらと揺れるあの胸がなんとも羨ましい。一体何をしたらそんなに大きくなるのだろう。

「すぐにわからなくてもいいわ」

 

そういえば何か忘れているような……

そう思っているとすぐ隣に、誰かが浮いてきた。その背中と濡れた髪の毛。

「狐⁉︎」

そういえば気絶して湯船に沈んでいたんだった。これはやばいかも…い…生きてるの?

 

「すぐにお湯から上げて床に寝かせて!」

 

このままじゃまずいと判断したお燐が叫ぶ。そこまで叫ばなくても…このくらいでくたばるほどヤワじゃないわよ。

「全く…完全に伸びちゃってるじゃないかい」

 

「平気よ。そのうち治るわ」

 

気にしすぎよ。そもそもグングニルを腹に食らってピンピンしている狐よ。多少窒息してもなんでもないわ。

「それじゃあそろそろ上がるわ」

 

「はいはい、じゃああたいも出ることにするよ」

 

狐を肩に担いだお燐が付いてくる。

「そういえばその妹がどうのこうのってどう言うことだい?」

 

「話せば長いわ。私の妹、フランドールは…生まれつき体質のせいで外に出せないの」

 

「出せない?出したらどうなるんだい?」

 

「惨劇の始まりよ」

そんなこと、絶対にさせない…彼女の手を無用な血で汚させたくない。

「惨劇……一体どうして…」

 

「あの子は生まれ持っての能力とその代償としてとてつもない狂気をその身に宿しているの」

 

本当の正体はなんなのかはわからない。だがあの狂気は確実にフランの精神を蝕んでいる。このままだと長くは持たないかもしれない。

「狂気……」

 

「思い当たる節があるみたいね」

 

「あたいは猫だからね…生存本能がずっと警告してくるんだよ」

なるほど、そう言うことだったのね。さすが猫。

 

そういえばだれか足りない気がするのだけれど…誰かしらね。

えっと…お燐と、狐と……さとり

「あら?さとりは?」

 

そういえばさっきから妙に静かだと思ったらさとりがいなかった。まだ風呂に入っているのかしら?

「え?そこら辺にいないのかい?」

 

お燐も知らないのかしら?

あれ?本当にどこ行ったのよ。

「風呂にはいないの?」

 

「あたいが確認したときにはいなかったけど」

 

……まさか…嫌な予感がするわ。

「さとり⁉︎どこに行ったの!」

 

さとりを呼ぶが、どこからも返事は来ない。

本当にどこに行ったのよ!

「美鈴!さとりがどこに行ったか知らない⁉︎」

 

美鈴が脱衣所に入ってくるがさとりの行き先を知っている様子はなさそうだ。

「さとり様ですか?でて来たところは見ていませんが」

 

く…一体どこ⁉︎まさか……フランの部屋⁉︎

不安が焦りに変わる。いてもたってもいられずその場から走り出す。行き先はわかった。おそらく彼女はなんらかの方法で彼女の場所を知ったのね。追いかけなきゃ!今日は特にやばい日なのに!

「ちょっとお嬢様お待ちください!」

 

「ええい!さとりがフランのとこに行ったのよ!」

 

「まず服を着てください!」

 

……え?あ…焦りが急速に羞恥に変わる。

早く服着なきゃ…

 

「あの…あたいらの服はどこに」

 

「それでしたら洗濯にだしましたけど」

 

ちょっと美鈴!早く変えをもって来なさいよ!いつまでも裸でいさせないで!

 

 

 

 

「さてと…確かこっちですね」

 

大図書館に続くあのダンジョン。その中に分岐点はある。

奥へ進む足取りが止まる。

巡回中のクリーチャーがそろそろ来るはずだ…一旦横道に逸れる。

こんな感じにダンジョンを進むこと数分。半乾きだった髪の毛ももうほとんど乾いた頃に目的の場所が見えてきた。

レミリアの記憶が正しいままであればこの先…右側の扉の先が地下の部屋に続く扉だ。

 

「さて、行きますか」

 

今更後には引けない。

扉を開けてその奥に体を進める。

 

扉の先は手すりのない螺旋階段。下の方は暗くてよく見えないがかなりの深さだ。

全く…危ない構造ですね。

それにしてもここは他と違って赤いレンガじゃなくて石造りになってるんですね。なんだか暗い印象だと思ったらそういうことですか。

いちいち階段を降るのも面倒なので真ん中の吹き抜け部分から降下していく。

 

変わり映えの無い景色が延々と続く。まるで奈落…いつまでも続いて終わりの無い心の穴のようなそんな感じ。

でもここは現実だ。必ず終わりはくる。

 

床が見えてくると、周辺に設置された蝋燭台に自動で明かりが灯る。蝋燭のものでは無い……魔法特有の揺らめきがない無機質な明かりだ。

 

その明かりに照らされてぼんやりと一枚の扉が見える。

重厚な作りの周辺とは裏腹に、そこだけがまるで城の一室であるかのような綺麗に飾られた扉。

こんな凝った作りであるならほぼ間違いない。それにさっきから放たれるこの狂気の渦…扉一枚隔てていてもこんなに強く感じ取れるからお燐が地上で感じ取れたのだろう。

それはさておき、ノープランノーアタックだけれど…大丈夫だよね、今になって少しだけ心配になってきた。

原作知識なんて捨てていこう。とは最初の決意の時にしていたのだが、やはり知識も少しはアテにしようかと思い直す。特に意味はないけれど…

 

それに完全にノープランというわけでもない。ある程度の予測は立っているし狂気に対抗する目処も立ててある。ただ、パチュリーの大図書館で心理学に関する本に目を通しておけばよかったのですが……まあ今更悔やんでも仕方がないです。さてこんな扉の前でうじうじ悩んでいる暇も残ってないです。

扉に手をかけゆっくりと木の板を押す。

 

「失礼します」

 

入り込んだ部屋は、外側とは180度変わって綺麗な壁紙と、ふかふかの絨毯によって暖かみのある世界だった。

幼い少女の部屋。部屋の隅にはクッションと沢山のぬいぐるみ。

「だあれ?」

それらとは反対側…かなり大きなベッドがある方から声がする。

視線をそっちに向ければ、金髪の髪に白いシャツ、赤色のスカート着た少女がこっちを見つめていた。

 

見た目は普通の少女…だけどその赤い瞳と背中に生えた棒のような独特の羽…そこからぶら下がる七色の宝石のようなもの。

それが人ではない事を静かに示している。

そしてその体から溢れんばかりのその狂気の渦…少し気を抜けば一瞬にして飲み込まれ、精神を破壊しかねないものだ。

これからアレをどうにかしなければならないとなると少し気が重い。それでも……助けを求めているのであれば…

「はじめまして…」

吸血鬼の妹……助けに来ましたよ。

 

 

 

 

「あれ?すいません。ナイフがいくつか無くなってるんですけど…」

 

「洗浄台のところにないの?」

 

「いえ…ありませんけど…」

 

「おかしいわね。一体どこに行ったのかしら」

 

この後地下で何が起こるか彼女たちは想像すらできないであろう。



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depth.65Convivium

「さとりと申します。どうぞお見知りおきを」

自己紹介とは言っても何を言えばいいかわからない。まあそれも仕方がないことなのだが…

金髪の少女…フランは、羽を揺らしながら私を観察する。西洋人離れした顔つきと三つ目の眼に興味が起きたようだがその興味もやがて外れてしまう。

すかさず心を読もうとして……本能的な警告がその行為をやめさせる。

フランの心……いや違う。あれはフランなんかじゃない。

なぜそう言い切れるのかは分からない。だけどあれがフランであるはずがない。

アレは狂気?そんなものすら生易しいと思えるほどのものだ。

 

「ふうん……何しに来たの?」

 

ソレ…いつまでもソレ呼ばわりは可哀想だから自我を持つ狂気とでも名付けましょう。

私を観察し終わったのか興味を無くしたのか…今のままじゃどっちなのかを視ることは出来ないものの、彼女はそう切り出す。

 

「ちょっとしたお節介を」

 

まあ嘘は言っていない。少なくとも嘘ではないから。

 

「お節介?何をするの?」

 

「あの……できればフランと話したいのですけど」

 

彼女の瞳が漆黒に染まる。雰囲気が一気に変わった。

さっきまでのあどけない少女の雰囲気は一瞬にして、狂気に満たされた笑みに変わる。

 

「ワタシはフランだよ?」

 

「その狂いに狂ったそれがフランの心だなんて安い嘘は要りませんから」

片足を後方に下げてすぐに移動できるようにする。服装がメイド服なだけあってまだ動きやすい。

「たとえそうだったとしてもワタシはフランが望んだものよ」

ーー違う!

 

サードアイが言っていることと全く違う内容を読み取る。

フラン本人……一瞬だけ彼女の心が読み取れました。

「本人は否定しているようですけど?」

 

「あの子は気づいていないの。この力を望んだのはあの子」

 

そう言って私に見せつけるように、部屋の反対側にあるぬいぐるみ達に視線を向ける。

かざした手のひらに何かが移る。

「きゅっとして…どかーん」

手のひらを閉じるのと同時にぬいぐるみの頭が一瞬にして弾け飛ぶ。

 

「過ぎた力は身を滅ぼすのですがね」

 

そもそも話し合いで解決するならとっくに解決しているようなもの。この会話も結局は無駄な時間稼ぎのようなものなのだろう。

 

「意見が合わないね」

 

「そもそも話し合おうと思ってるわけではないようですからね。私も貴女も」

その言葉を聞いた彼女は私に視線を向ける。

 

「そっか……じゃあ」

 

…死んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

さとりが行ったとされる地下に向かう途中。真っ赤な廊下が咆哮をあげる。それと同時に発生する地響きに、あたいと玉藻はバランスを崩す。

「きゃ!」

正確には、あたいの背中に玉藻が突っ込んで来ただけなんだがねえ。どちらにしろあたいはバランスを崩すわ玉藻に押し潰されるわで散々な目にあった。

 

「まずいわ…美鈴!」

 

前を走っていたレミリアが美鈴に何か指示を出す。

「一体なにが…」

うぐ…なんだいこれは……頭が割れそう。

急に発生する謎の頭痛と吐き気。なにかがあたいの中に入り込んでくるようなそんな感じだ。

 

「ちょっと2人とも大丈夫⁉︎」

 

レミリアが慌ててあたい達の方に駆け寄ってくるのが音で確認できる。どうやら玉藻の方も同じみたい…結局なんなのこの痛み。頭が割れそうだよ。

 

「お嬢様、動物は敏感なんです。さっきみたいな気配が流れればそうなってしまいます」

 

「……分かった。それじゃあ2人は落ち着くまでここで待機。美鈴は避難誘導を初めて」

 

なんとなく2人の会話を聞きながらあたいは痛みの原因を探ろうとする。

頭痛…いやこれは…違う。なんなのこの痛みは…だめだ。意識が持っていかれそうだよ。

「…頭痛じゃない」

 

レミリアでも美鈴の声でもない…これは…玉藻?

 

「頭痛じゃないってどう言うことよ?」

 

「これ…心が蝕まれてるんです…」

 

……?全然わからない。そもそもなににむしばまれるの?

あたいは痛いのが嫌。はやくらくになりたい。

 

「お燐!気をしっかり持って!」

玉藻がかたをつよくゆさぶる。

……き?しっかりもってるよ?どうして?

 

「美鈴さん!お燐も連れて行って!このままだとまずいよ!」

 

まずい?なにが……

 

 

 

 

 

 

交渉が決裂した瞬間私は扉を破壊して部屋から飛び出す。

少し遅れて私のいた場所の地面が思いっきりめくれ上がる。

床の下から何かが飛び出してきて、部屋を貫く。それは触手のような…木の根っこのような…なんだかよくわからないものだった。

 

「残念。もう少しだったのに」

 

「串刺しになるつもりはないです」

 

売りことばに買いことば。部屋から飛び出した私を追いかけるように今度は無数の弾幕が追いかけてくる。

 

「あなたはどこまで保ってくれるの?」

 

「さあ?でも善処します」

 

善処どころの話ではない。全力で行かないとこれはまずいです。

あの狂気にとっては遊び…命がけの遊びなんて趣味悪いですね。

 

螺旋階段を囮に行くつかの弾幕を誘爆させる。でも問題は弾幕に追われるより…

「追いかけっこだね!フランが鬼?」

あの無邪気な狂気に追いかけられてる方がよほどやばいのですけど…

 

「追いかけっこはごめんなのですがね!」

壁に沿って飛びながら左右に回避行動。サードアイで必死に思考を読み取り行動の先を見通しながら動けているからまだマシなものの時々不意打ちじみた攻撃が飛んでくる。遊びとか行ってるけど本気で殺し合いにきているじゃないですか。

 

フランの蹴りが飛んでくる。右に体を捻り、スレスレのところで躱す。

速度の乗った蹴りで壁に大きな穴が生まれる。

当たってたら即死だった……

「っち…今度のは壊しがいがありそう」

 

「壊さないで欲しいのですが…」

 

フランの目が赤くなる。どうやら本気を出したようだ。

私の方もあまり悠長なことをしている暇はないのですけど……

あれをどうにかするにはかなりの動揺を誘うかダメージを与えて弱らせないといけない。

 

「じゃあこれはどう?」

 

フランが視界から消える。考え事をしていたせいで反応が遅れる。

躱しきれない!

腕を体の前に持ってくるがそれよりも早く、目の前に現れたフランの拳がお腹にめり込む。

「ゴハっ…⁉︎」

 

肺が押しつぶされ背骨が折れる音が響く。ほぼ同時に痛覚が遮断。だがそのまま後ろに吹き飛ばされ壁に強く叩きつけられる。

 

「あれえ?呆気ないなあ」

 

体が動くのをやめる。傷の修復が始まるがどうにも遅い。肺の修復に時間がかかっているようだ。

「なかなか…やってくれますね…」

 

回復しながらではあるがなんとか動けるようにはなった。さて、お返しといきましょうか。

 

足に妖力を流し爆発的な跳躍。

油断しているフランの懐に飛び込む。

ゼロ距離そのまま弾幕をお腹に向かって撃ち込む。

今度はフランが吹き飛ぶ。

相当なダメージを与えたもののアレで倒れるほどヤワじゃない。吹っ飛んだフランにさらにレーザーと弾幕を撃ち込む。

巻き上がる土煙でフランの姿が見えなくなる。

追撃をかけようとして、サードアイが警告。考える間も無く右にサイドキック。

 

さっきまで私のいたところを真っ赤ななにかが通り抜け、後ろの壁が大爆発する。

振動。もろくなっていた階段の一部が崩れてくる。

 

「あはは!面白い!もっと遊ぼうよ!」

 

煙の中からフランが飛び出してくる。あれだけ弾幕を撃ち込んだのに全く効いていない…いや、即時回復されてしまったようだ。

 

「バーサーカーはお呼びじゃないのですがね…」

 

「キャハハ‼︎」

笑いながらこっちに突っ込んでくる。その手にはいつのまにか炎の剣が握られていて…

 

「くっ…!」

 

横に向かって斬りつけるのをしゃがんで回避…足を払ってすぐに逃げ出す。

いくら飛べるといってもいきなり足を払われるとバランスを崩す。

その隙に一旦距離を取らせてもらう。

「…レーヴァテイン…北欧神話に出てくる武器のはず」

 

「詳しいんだね。でも悠長にしていられるの?」

 

全然そんなつもりはなかったのですけど…まあいいや。

それにしても炎の剣か…熱いですね。

回避の際に髪の毛の一部が焦げてしまっている。

あまり近づかないようにしよう。

 

再びフランが距離を詰めてくる。どうやらレーヴァテインを展開中は弾幕が撃てないらしい。

あの剣と対峙するのはご免なのでこちらも逃げる。

「怪符『夜叉の舞』」

スペルカードを切り弾幕の壁を作る。

 

稼げる時間はほんの少し。それでも使わないよりマシだ。

一瞬で形成された弾幕の壁。フランもこれには戸惑ったのか攻撃が飛んでこない。それでも、少ししてからレーヴァテインで斬り裂いたようだ。後方で大爆発が起こるのが振り向きざまに確認できる…

 

「今のは何かな?」

なんでしょうね。

 

なんでもいいでしょうと、フランに向けて弾幕を二つ発射する。

たった2つ。それで何ができると言うわけではない。

 

「舐めているの?」

多少の被弾は回復できる。だからなのか、回避することを選ばずそのまま受ける事にしたようだ。

そのまま真っ直ぐ私の方に向かってくる。

 

「……それで良い」

 

「え?」

 

弾幕が命中し、中身が弾け飛ぶ。それと同時に彼女の動きが止まる。

 

「い…痛い痛い!」

 

どうやら効いているようだ。

私がやったのはなんて事はない。ただ、弾幕の中にナイフを仕込んでいただけだ。ちなみにこのナイフは台所からこっそり拝借したもの…30本近くあったので全部持って来ている。とはいえこれ相当重いのですけどね。それに銀食器のものですからもちろん素材は銀。吸血鬼にとってみれば弱点ですよね。

 

使ったのは各弾幕に二本づつ。

それぞれの足に向かって撃ち込んだそれはしっかりと足に突き刺さり、神経と大動脈を切ったようだ。

出血多量ならびに神経切断で動くことはできないだろう。

 

「くそ!舐めやがって!」

 

卑怯な手口ですけど…どんどん使わせてもらいますからね。

癇癪を起こしたのか手元のレーヴァテインを思いっきりぶん投げてくる。だが狙いが甘いのであっさりと躱す。

あまり戦いに慣れていないのだろうか?

 

「ほらほら早く遊びましょうよ」

 

「もう手加減しない…」

 

彼女の目に現れたのは怒り。どうやら怒らせてしまったようですね。

それにしても…少しだけ違和感がありますね。

気づけば、狂気が渦を巻いて私とフランの体にまとわりつこうとする。

……手を間違えたかなあ。

 

 

彼女の姿が視界から消える。いや…早すぎて動体視力が追いつけない。

咄嗟に手を前に出し防御する。だけど想定していた衝撃は来ない。

フェイク?

 

そう思った瞬間、喉に衝撃が走る。

頭が揺さぶられ、右腕がひしゃげる音がする。

 

「う…ぐ……」

息を吸うことができない。視線を落としてみると、フランの顔がすぐ近くにある。

どうやら、喉を掴まれ地面に押し倒されたようだ。右腕は体が地面に組み伏せられた時に押しつぶされたのか反応がない。

 

「こうすると苦しいでしょう?フラン…楽にしてあげるけど?」

 

「おことわり…します」

 

意識が飛びそうになったもののまだ正常な判断は可能。膝に妖力を纏わせて一気に蹴り上げる。

「効かないよ?」

それでもあっさりとフランの腕に押さえつけられてしまう。

「そんなに死にたいんだ…」

「それは…こっちのセリフです」

膝に纏わせていた妖力が爆発、爆風でフランは持ち上げられる。

その隙を突いて懐から取り出したナイフを左手に持ち斬りつける。

掠っただけのようだがなんとか離れてくれた。

 

「……無表情なんだね」

 

「まあそう言うものですから」

 

「みてみたかったなあ…苦悶の表情」

 

「わたしには無表情以外似合いませんよ」

 

それに…あなたの高速移動…想起出来ましたよ。

 

「じゃあその表情が出るまでやるだけ!」

再びその姿が消える。だけど何度も同じ手は食いませんよ。

「想起…」

 

私の喉を押し潰そうとするフランの手を左手のナイフで斬りつける。

速度はほぼ同じ…いや…それにしてもこれは…

「なるほど、魔術で加速していたのですね」

 

「どうして⁉︎」

フランの顔が驚愕に染まる。いや、正確にいえば狂気ですけど…それも元はと言えばフランの心であるからそれもフランであることに変わりはないような気がしますけど…

 

「どうしてそれを使えるの⁉︎」

どうしてと言われても…想起しただけですから。

 

私に纏わりついていた狂気の渦が離れて行く。危ないですね…これ。サードアイの感度を上げようとするとすぐそこから意識を犯そうと侵入してくるんですから。

「それじゃあ…今度は私から」

 

加速し、フランに斬りかかる。

動揺していたもののすぐに立ち直ったのか回避。そのまま回し蹴りをしてくる。

回復中の右腕で蹴りを受け流し、お返しにナイフを持ったまま殴りつける。

これも手で受け止められてしまう。すかさず膝蹴り。足で防がれる。

フランが手に弾幕を作る。

こんなゼロ距離で飛ばしてくるとは…相打ち必須ですね。

 

その弾幕に左手に持っていたナイフを投げつける。誘爆、体が後ろに投げ出される。

それはフランも同じようですね。

投げ出されながらもレーヴァテインを新たに構え直しこっちに向かってくる。

加速した状態での動体視力でもみるのがやっとだ。

とっさに弾幕で応戦する。

「それはもう見飽きた!」

 

だけど弾幕は斬りつけられ、空中に四散する。

「じゃあ…これはどうです?」

 

ちょっと力の消費が悪いですけど…

治ったばかりの右手に力を込める。

「想起『レーヴァテイン』!」

 

右手に想起した剣、左手に銀のナイフを構えてフランに応戦。

フランが振りかぶったタイミングでレーヴァテインを前に出す。

焔を吹き出す剣同士が重なり合い、激しい熱流を吐き出す。

 

お腹の底からどんどん妖力が減って行くのがわかる。

それでも打ち合いを止めるわけにはいかない。向こうが本気で殺しに来た時は…もっと大変ですからね。

 

フランの剣さばきはお世辞にも良いとはいえない。力任せに大剣を振りかざし叩きつけていると行った感じだ。

だから私にも多少は対処することができる。普段から天狗達の剣術にをみて来ているから当然といえば当然ですけど…

 

問題はあの剣が持つ熱量だ。普通の剣や銀のナイフじゃあれと打ち合ったら数秒で溶けてしまう。

何度もレーヴァテイン同士重なり合い炎を噴く。

「う…どうして!早く倒れろおお!」

 

狂気が叫ぶ。なるほど、そっちが本性ですか。

それに答えるのは面倒なので無言のまま打ち合う。どうやらレーヴァテインの燃費の悪さは向こうも同じようだ。

 

「剣術がなってないですよ」

 

「うるさいうるさいうるさい!」

 

さらにがむしゃらに斬りつけてくる。集中力がなくなったのかだんだん荒く、隙が大きくなる。

その隙をつきフランの片目にナイフを突き立てる。

 

甲高い叫び声が響き渡る。

急所じゃ無くても目を潰されれば誰だって痛いし精神的にもショックを受ける。

狂気そのものに大きな隙ができるのは確実だ。

 

「それじゃあ……想起」

ぐずぐずしている時間はない。ささっと終わらせてしまおうとフランの心を……狂気を読もうとする。

 

「何しているのかなあ?」

 

「……え?」

 

一瞬の浮遊感。お腹の真ん中に何かが飛び出したような感触。

脚を何かが伝う感覚がして…視線を下に向けてみる。

 

私のお腹に、巨大な棒のようなものが突き出ていた。

 

「あ……あれ?」

 

 



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depth.66 recall

いつも通るこのダンジョンが、今日に限って長く重々しいものに感じる。

さとりとフランが戦い始めたのか、私と狐がダンジョンに入ってから何度も轟音と揺れ、魔力の干渉波が巻き起こっている。

 

「相変わらず面倒なダンジョンね」

 

本来なら黙ってやり過ごす。モンスターもこの際切り捨てていく。止まっている時間すら惜しい。

 

「ならばパチュリー様に言って解除してもらえば良かったのでは?」

 

「フランが暴走した時の最後の砦なのよ?解除はダメよ」

 

暴走したフランを完全に止め切れるとは思っていないが……

大きな振動がダンジョン全体を揺らし、土埃が天上から降り注ぐ。

見た目は古臭いがこのダンジョンの壁はパチェ特製の結界。それがこうも揺さぶられるということは相当強い負荷がかかっているという事。

 

「相当やばそうな気がするのですが……」

 

「そうね…」

 

最悪の場合結界が崩壊するかもしれない。そうすればフランのところにはたどり着けない。それどころか、私達すら無事に結界の崩壊から逃れられるかわからない。その場合…さとりは惜しいが……

『2人とも聞こえる⁉︎』

 

空間全体に我が親友の声が響く。

どうやら結界内部に直接声を送っているようだ。

「しっかりと聞こえているぞ」

 

『レミィね!丁度いいわ。今、結界の内部をいじってフランのところに繋げるわ』

 

「そうか。わかった」

 

これでなんとか間に合いそうね。

そう思っていると、何か透明な膜のようなものを通過したような、体に風の壁のようなものが当たった感触がする。

今のがパチェの言っていた繋ぐと言うことなのだろう。

 

『私も準備ができたらすぐ行くわ』

 

「分かったわ。出来るだけ早めにね」

 

パチェの声が聞こえなくなるのと同時に振動が消え、静寂になる。

気味の悪いほどの静寂…まさか間に合わなかったのだろうかと嫌な予感が頭を横切る。

 

「狐…私の後ろから出ないように」

 

ここからは警戒を最大限にして進む。暴走しているフランが出てきた場合私はともかく、狐は助かる見込みがない。

 

「しかし私はメイドで…」

 

「主人の命令が聞けないの?」

 

別に怒っているわけではないが相当威圧してしまったらしい。

尻尾が垂れ下がっている。

「悪かったわ…でもわかって頂戴」

 

「……いえ、分かりました」

 

目の前に現れる扉。フランの部屋につながっているものではない。どうやらフランは部屋の外にいるのね。

 

扉を蹴破るようにして開ける。優雅さとかそんなもの今は気にしている場合ではない。

呑気に扉をあけて奇襲されようものなら一生ものの恥だ。

 

一気に中に入り込む。

縦に長い空間…螺旋階段のある場所のようだ。

そこには誰の姿もない。本当にここにフランがいるのだろうか…

 

気配を探してみると、階段の下に1人…かなり弱っている。

 

「……階段の下にいるのは誰?」

 

「レミリア…さん」

 

影から顔を出したのはさとりだった。

良かった。生きていたのね。

 

ふらふらとした足取りで近寄ってくるさとりのそばに行く。

「さとり!何があったの!」

 

「フランに…やられました」

 

体はズタズタ。重傷ね……

 

「それで、フラン様はどこに?」

私の後ろから覗き込んだ狐がさとりに聞く。そうだわ!フランよ!どこに行ったのかしら。

みたところいないようなのだけれど…

 

「わかりません……」

 

「そう……ともかく、傷の手当てをするわ」

 

いつまでも痛々しい姿を見せないでほしいわ。

手当をしようとして彼女の手を引っ張る。

「……」

その瞬間、私の横を何かが通り過ぎる。空気の揺らぎ、耳に響いたその音が短剣だと言うことを理解する頃にはさとりの体は後ろに吹き飛ばされていた。

さらに追撃、数発が倒れるさとりの体をさらに貫く。

 

「あなた……!」

 

その攻撃が誰から放たれたものかを理解した瞬間。そんな言葉が口から出る。

狐の腕は、なにかを投げた後のような体勢になっている。

 

「レミリア様は騙せても、私は騙せませんよ」

 

「え?どういう……」

状況が理解できない。説明を求めようとして、さとりの方から無邪気な少女の声が聞こえる。

さとりの声ではない。もっと幼くて、残酷なほど無邪気なもの……

「なーんだ…つまらないの」

 

その場を跳びのき後退する。

さとりの姿はいつのまにか変わっていて、赤紫の髪の毛は金色に…服装も白いシャツと赤いスカートに切り替わっている。

 

「さとりに変装するとは……」

 

空に突き刺さったナイフをまるでおもちゃのように捻り潰しながら彼女は無邪気に笑う。

 

「完璧だったでしょ?でもなんでバレたのかなあ…」

 

私ですら騙されたのだ。確かに疑問ではある。

 

「簡単ですよ。貴女からはローズマリーの香りがしましたからね。さとり様は桜の匂いがするんですよ」

あんたは番犬か何かなのか⁉︎確かに犬と近いような気がするけどなあ!

 

「ちなみにレミリア様はラズベリーです」

 

「何かしら……変な気分」

自分の体の匂いを指摘されるのってなんだか微妙。

 

「さすが狐さんだね!」

 

「玉藻なのですが……」

 

「「狐じゃない」」

 

そもそも玉藻って何よ。言い辛いし狐でいいわ。

 

「いやそうですけど…」

 

それにお父様の時からずっと狐って呼ばれてたじゃない。今更変えろって方が無理な話よ。

おっといけない。話の本筋を忘れていたわ。さとりに化けて油断させておいて…こいつはフラン?

……いや、見た目はフランだろうがこいつはフランじゃない。

 

「それよりも、フラン…いや、貴様に我が妹の名前などふさわしくないな。貴様、さとりはどうしたの!」

 

「さあ?『ワタシ』は会ってないよ」

 

ぬけぬけと…さとりの安否が心配だがまずは目の前のこいつをどうにかしないとまずいわ。

自然体のようにしているけれどあれは構えている合図。実際、魔力の流れは戦闘態勢に入っている。いつこちらに攻撃が飛んできてもおかしくはない。

「それよりお姉様。遊びましょ?」

 

フランの姿がその場所から失せる。

咄嗟に手をクロスしてフランの拳を受け止める。

「貴様に姉呼ばわりされたくないわ」

 

大した加速ね。でもそんなんじゃ当たらないわ。

 

「残念だなあ」

 

何が残念よ。

「レミリア様!援護します!」

 

後ろからナイフが飛んできて、フランに襲いかかる。

「ッチ……」

 

舌打ちしながらフランがバックステップで後退。再び振り出しの状態になる。

「狐さんは邪魔しないで!」

 

フランが怒鳴りながら弾幕を展開。

回避のため横に飛ぶ。

土煙が上がり、狐の姿が見えなくなる。

「全く…遊ぶならもっと静かに優雅にしなさい」

 

「ええ!楽しめないじゃん!」

そもそも楽しめるものではない。

「楽しまなくて結構です」

 

土煙の中からいくつかの狐火が飛び出す。それを合図に私も飛び出す。

狙うは彼女の手。

 

空中に投影した魔法陣からさっきのフランとは比較にならないほどの弾幕を撃ち放つ。

もちろん回避されるがいくつかは命中している。大したダメージではないが、目くらましにはなっただろう。

怯んだフランの体に狐火が着弾する。

 

「きゃあああ!」

 

甲高い悲鳴が上がり、彼女の体が燃え上がる。

いくら彼女が強いといっても全身に火の手が回ってしまえば関係ない。

燃え上がる彼女の腹に拳を叩き込む。

私の体を掴もうとしてきた腕を素早く掴み返し、全体重を込めて足でへし折る。

いくら回復能力が優れていても少しばかりは時間を稼げる。

「捕まえたわ」

妙に手応えがなさすぎるのが少し気になるところなのだけれどね。

 

「鬼ごっこなんてしてなかったんだけど」

 

私を見つめるその目はフランの目ではなかった。

可愛らしい赤い瞳はそこにはなく、彼女の瞳は、どす黒い…闇のようなものに染まっていた。

今まで見たことのないその瞳……そうか。貴様が本性なのか。

 

「死んだ魚のような目だな。いい加減フランから出て行ってほしいものだ」

 

「……私はフランだよ?フランと共に育ちフランとともに今まで生きてきた……」

 

「貴様の存在がたとえそうであっても……フランも私も貴様を望んではいない!」

 

「どうして?みんな心の中にあるはずよ。私はそれをただ実践しているだけ……」

頭に拳を叩き込む。

顔面が潰れ、鮮血が舞う。

 

「貴方だって…そこの狐だって持っているはずよ」

 

「…黙れ」

 

ナイフが私の体すれすれを通り、フランに突き刺さる。

それでもフラン…だったものは喋るのをやめない。

「破壊衝動。力を持つからこそ沸き起こる全てを壊そうとする欲求。その力で他者に絶望を産み付ける快感!」

 

「……黙れ」

 

「フランはそれを望んだ。だけど彼女は臆病だった。だから私が……」

 

「黙れええぇ‼︎」

 

何発も拳を叩き込む。何度も…何度も…

こいつにフランの何がわかる!私は…私がなんのために今までフランを救おうとしてきたと思っている!

貴様に…フランを語る筋合いはない!

 

気が落ち着いた頃にはフランの姿はボロボロの状態になってしまっていて、すぐに罪悪感が湧いて出る。

いくら表に出ているのが狂気だからと言ってもやりすぎだ。体は所詮フランのもの。私がやったことは同時にフランを傷つけるということ……

「あ…」

 

「痛いなあ…」

 

それでも狂気は喋り出す。

「レミリア様!どいてください!」

横目で後ろを見れば、狐が再び狐火を放っていた。完全に意識を奪うつもりなのだろう。

すぐに後ろに後退する。

 

このままいけば直撃、これだけのダメージを与えれば意識も飛ぶはず。後はさとりを回収して一旦戻るだけ……

 

「それで…どうして私が1人だけだと思ったのかしら」

ボロボロの彼女が、不敵に笑みを浮かべた。

その瞬間、玉藻が放った狐火を、どこからともなく現れたもう1人のフランがガードする。

 

「な…分裂⁈」

 

2人になったフランを見て玉藻の表情が焦りに変わる。そんなに顔に出していたら相手に情報を与えてしまうわ。戦場では命取りよ。

 

そう言えばフランは分裂出来たわね。一体あたりの力が減るはずだから奇襲が失敗したこの状況で使ってくるとは思ってもみなかったわ。

まあ、狐には十分奇襲になったようだけれど。

 

「狐さんは知らなかったっけ」

 

「本来なら、貴様の相手は私がするはずだったのだがな」

 

増えたところでやる事は変わらない。本当の破壊神になる前にどうにかしないとフランが保たないわ。

 

 

 

 

 

 

 

どこかで再び爆裂する音が響く。

一度収まっていたそれは…今度は激しい魔力波を伴った攻撃に変わっていた。

目の前にいる存在が私の頬をそっと撫でる。

「……派手に刺しましたね」

 

これだけ見ればそうでもないものの、私のお腹には無機質な鉄色の棒…いや、一応剣のようなものが突き刺さっていた。

背中からお腹まで綺麗に貫通し串刺し状態になった体はそのまま近くの壁に剣ごと突き立てられている。

 

「その割には痛がってる風には見えないけど?」

 

「痛くないですからね」

実際痛みはほとんど感じない。それが私の良いところであり悪いところ。傷の状態が目視できないと全くわからないのは少し不便です。

 

「ふうん…まあこのまま壊すのももったいないから…たくさん遊ぼ!」

 

まだ…彼女は能力を使わないようですね。

壊そうと思えばいつでも壊せるのだから確かにそういう発想になるのもまだ自然ですが…

それにしても狂気が破壊衝動以外の理由で動くとは…

「貴女は壊したいんじゃないんですか?」

 

「いくら私が狂気でも理由なく壊したりはしないわ。面白かったら遊びながら少しづつ壊すのよ。そうじゃなきゃ、つまらないでしょ?」

 

「つまらなかったら即壊すと…」

 

「当たり前じゃん」

 

当たり前なのは分かりましたけど、どっちにしても最終的に壊す以外の選択肢がないのですが……

「それにこの力疲れるんだよなあ。分裂してる時は使えないし」

 

勝者の余裕というやつだろうか…聞いていないこともペラペラ喋ってくれる。

その余裕が命取りなんですけどね。

「じゃあ…分裂しなければいくらでも使えるのですね…」

 

「そうだよ?だってこの力は私そのものだもん!」

 

……いえ、貴方の力というよりは力あっての貴方。

身に余るその力が精神を侵食していく過程で生まれた副産物のようなもの。

能力の本質は破壊、だから侵食も破壊衝動…それもまだ幼い頃の純粋無垢なものがメインになった。

 

貴女は本質的に力によって生み出された破壊欲求を満たすためだけのもの。

 

「あなたはどんな風に鳴いてくれるのかなあ」

 

フランの自我はこんなものではないはずだ。もしかしたら既に手遅れで、こっちが本当のフランになっているのかもしれないけれど…それでも私の直感は、フランの自我がまだ生きていると言っている。現に、私は相当彼女を怒らせた。

あの時…私には確かに殺意が向いていた。破壊衝動に怒りが加わればそれはもう気が済むまで止まらない。

それなのに私はまだ生きている。

たとえ能力が使えなくてもあの状態なら後方からこの剣で頭でも心臓でも貫けたはずだ。

なのにそれをしなかった……いや、邪魔されたのだろう。

でなければ心臓の下スレスレのところをピンポイントで突き刺すはずはない。

 

「……あなたはだあれ?」

 

「気でも狂ったの?私はフラン…」

 

「嘘だ!」

 

これがしたかっただけ。

でも彼女はフランじゃない……そう…まだフランではない。

 

「……どうしてそんなこと言うの?」

 

「本当のことだからですよ」

明らかに動揺している。サードアイもそのままだから考えていることが全てこちら側に筒抜けです。

でもほとんどはよくわからない狂気のようなもので思考しているのかしら怪しくなってしまいますけど。

それでも彼女の心の中でそうだと叫ぶ何かを感じ取った。

まだ…間に合いそうですね。

「……あなたのような勘のいいお人形は嫌い」

 

フラン……狂気の視線が冷たい氷のように体を射抜く。

殺気ではないにしろ機嫌を損ねたようだ。

「それじゃあ壊しますか?」

 

「いいえ、壊すより先にお姉様と遊んでくる」

 

貴方は最後…か。

物騒ですね。

そのまま去っていくフランに声をかける。

 

「……お腹のこれ抜いてくれないんですね」

 

「だってそんなことしたら逃げちゃうじゃん」

 

そうだけれど…お腹に刺さったままなのは少し嫌なのですが…

傷の回復もままなりませんし、これ……純粋な魔力の塊だから体に刺さったままだと妖力と絡み合って何が起こるかわからない状態なんですよ。

 

「それじゃあ部屋で大人しくしててね」

 

フランの部屋の扉が閉まり、私は1人…フランの部屋に残される。

 

クマのぬいぐるみやドール人形など、年頃の女子の部屋といった感じの部屋に、血の池が広がる。

私の血…傷口が塞がらない為流れっぱなしのものだ。

改めて見るがかなり不釣り合いだ。

 

「……さて、脱出しますか」

 

いくら体に刺さっていても、油断してはいけませんよ。

それに…だいたい読むことは出来ましたから。

 

どうしてかは分からない。でもどうすればいいかは解る。創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し、あらゆる工程を凌駕しつくし、ここに幻想を結び……力を施行する。

過程を飛ばして結果だけを得る…本来の能力の使い方だ。

 

でも…まだ足りない。

もう少し見ないといけない……



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depth.67 desperandum

爆裂音がすぐ近くで鳴り響き、体が揺さぶられる。

足に力を入れて踏ん張ってみれば、今度は衝撃波が体を木の葉のように蹴ちらす

視界が何度もひっくり返り、目が回る。

余波だけなのに全くひどいものだ。

いや、余波というよりこちらも巻き込むつもりで撃っているのだろう。

 

「狐…死にたくなければ下がりなさい」

 

レミリア様の声が耳元でするが、私が視認しようとした頃にはフランとの応戦に戻っていってしまう。

私の常識では考えられないほどの高速かつ高出力の戦闘。

あれでも2人とも全力ではない。それが恐ろしいところだった。

 

それでも段々とアレが見えるようになってくる。

目が2人の速度に慣れてきたようだ。

目まぐるしく変わる2人の立ち位置。

ナイフを構えるが、早すぎて追いきれない。

その上牽制に専念しようにもレミリア様に間違えて当たってしまいそうだ。

奥の手もこの速度では追従しきれない。

そもそもあれは、対象がこちらに迫ってきている時に使うもの…いわばカウンターである。この状況では使いようがなかった。

 

紫色と赤色の光が空中で螺旋を描き上に登ったり下に降りたりを繰り返すその合間にも何度も攻撃が重ねられているのか何度も接近しては弾けを繰り返す。

時々飛んでくる弾幕を回避しながら考える。

 

それでも何かしなければならない。

でも戦闘には参加不可。じゃあすることは一つ。

 

「さとり様を探してきます!」

 

あんな2人に対処できるはずないし支援だって無理!さあ、さとり様を探すために逃げようじゃないかー。

確かさとり様の匂いはこっちからしてるから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狐が奥の方に走っていく。そう、それで良い。これで手加減する必要も無くなった。

合体したフランの攻撃を受け流しながらそんな事を考える。

吸血鬼である私たちの力は広範囲殲滅戦を想定したものだ。

下手をすれば巻き込んでしまう。

 

「これで邪魔は消えたね!」

狂った笑みを貼り付けてフランのような奴が笑い声をあげる。

 

「それはこちらのセリフ」

 

あれはまだ全力じゃない。ただ遊んでいるだけだからなのかはたまた別の原因があるのか。どちらにしろ本気で来ていないこの僅かな時間が勝負どころ。一気に仕掛ける。

右手に出現させるは愛用の槍。私の身長より長いその槍は魔力を表面にまとい紫色に光る

 

北欧神話の槍、その名はグングニル。

普段は私の体にしまい込んでいる仕込み武器だ。フランのように純粋な魔力の塊で作る剣などではない。

「へえ……面白くなってきたね!」

 

視界から消えるように急接近したフランを槍で軽く弾く。

あの程度の速度に追従できないほど私の体は訛ってはいない。それにこの槍の特性上、身体能力は上昇する。

「姉より優れた妹などいないのよ!」

 

こちらから接近。フランの体を何度も槍で突く。

 

「じゃあ私は…お姉様より強いことを証明して…妹をやめるぞ!」

 

それでもタダでやられてくれるほど甘くはない。私だってあいつがそんな簡単にやられるなんて思っていない。

だがはっきりしていることがある。

 

フランが…私の妹を辞めるなんてこと望んでいるはずない!

これ以上フランの心を弄ぶようなら…容赦はしない。それがたとえ、フランの体だったとしても…

 

展開されたレーヴァテインと私のグングニルが重なり合い、強大な力の本流が生まれる。

打ち合うごとに、周囲の壁が、階段が破壊され瓦礫となって落ちて行く。

 

レーヴァテインはその力の消費の激しさから展開中は他の攻撃をすることはできない。

 

「アハハ!お姉さま弱い〜」

 

「そういう貴方も私を倒すのには力不足ね」

 

それでも馬鹿力と一発一発の威力が大きいため、圧倒出来ているわけではない。

必要なら避けるし弾幕を巧みに使って距離すらとる。

それでも避けきれないものを受け止めるたびに腕が麻痺したかのような感触に陥る。

 

「あなたのそれは馬鹿力だけかしら?フランならもっと上手く使えたのだけれど」

力任せの攻撃でなど怖くはない。軌道は単調で読みやすいし予測もしやすい。それに一回の隙も大きい。

 

「強がり?やめたほうがいいよ」

 

「強がりなんかじゃないわ。約束された運命よ」

 

グングニルで殴りつけながらフランの後方三方向に弾幕を張る。

しつこいと言わんばかりにフランのレーヴァテインが振り下ろされる。

剣と槍が交差し、激しく火花が散る。

レーヴァテインが持つ力を斜めに受け流し、大きく振りかぶりすぎたフランの鳩尾に蹴りを入れる。

くの字になった彼女の体が後ろに吹き飛ばされ、張っておいた弾幕の壁に突っ込む。

 

爆発。土煙で視界が遮られる。

 

やったか?なんて考えるのは愚策。

気配はまだ消えていない。相当ダメージを与えたはずなのだけれど…

 

槍を構えて追撃体制に移る。だがこれ以上やるとフランの心にも負荷がかかりかねない。

私は一瞬だけ躊躇ってしまった。

 

「甘いよお姉様」

 

だから背後から聞こえたフランの声に、咄嗟に体を動かすことをせず、背中に衝撃を食らった。

 

吹き飛ばされる体は運動エネルギーをほとんど消失せず壁にめり込む。

内臓の一部が潰れたのか、口から血が吹き出る。

 

「もっと遊んでたかったのになあ…」

 

鉛のように重たくなった体を動かそうとして、お腹のところに違和感を感じる。

 

「ゲホ…な…何よこれ」

 

体の真ん中に大きな穴が空いている。それを理解した途端体に激痛が走る。

すぐに体は回復しているようだが、このままでは間に合わない。

 

「それじゃあ、ちょっと寂しいけど…さようならお姉ちゃん」

 

霞んでしまった視界の中で、禍々しい気配が私を貫こうとしてくる。

それがなんなのか理解している私は咄嗟に、弾幕とレーザーを乱射する。

魔法陣が私の周辺に展開され紫や赤色の魔力弾が空間を埋め尽くす。

だがその攻撃も霞んだ視界ではまったく効果を発揮しない。

 

「まだ頑張るんだ…フランも貴女も往生際が悪いね」

 

言ってろ…この外道。

 

貴女の勝ちは…ありえないわ!

 

鮮血が飛び散り、何かが貫く。

 

「……え?」

フランの体を貫いたそれをようやく復活した視界で確認する。

赤紫色に輝くその槍…グングニルが、私の腕に向かって飛んできた。

 

それをキャッチしながら空中に再び戻る。

「な…なんで」

血を吐きながら訪ねてくる彼女に不敵な笑みを浮かべる。まさかこの槍のことを知らなかったのだろうか。

 

「もうちょっと学習したら?これはグングニルよ」

 

たとえ視界がぼやけてしまっていても、この槍には関係ない。神話の武器のように絶対命中とまではいかなくとも、それに近い性能は持っている。それ故に、この槍は私の相棒なのだ。

 

回復した私と反対に、ダメージを負ったフランの体が下に降りて行く。

 

「フランに体を返しなさい」

 

「い…嫌だって言ったら?そもそも…私だってこの体の主…」

 

「なら貴方の意識を奪うまでよ」

 

私にそんな術はない。だけれど、やってみるしかない。

 

「もう…怒った」

 

フランの雰囲気が一気に変わる。さっきまでとは違う…この感覚は、殺気。それも先程までの甘いようなものではない。全てを破壊しようとする破壊を伴ったものだ。

 

「ぎゅっとして…」

 

まずい!

フランの視界から外れようと体を動かす。

 

 

その瞬間、頭上でなにかが割れるような音がして、私とフランの姿を降ってきた濁流が飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音のようなものが響き渡り、なにかが地面に叩きつけられる音がする。それも個人などではない。もっと大きな何か…いや、液体といったほうが良いだろうか。

 

それがこの部屋の扉すら破壊しようと迫ってくる。

さて、私の準備もできたことですし…ここにいつまでもいるのはやめましょうか。

 

体に突き刺さった魔力の棒に手を近づける。

棒を構成する魔力を解読…吸収。

 

「さとり様!ご無事です……か?」

 

吸収し終わったのと同時に、部屋に誰かが飛び込んでくる。

顔を上げて確認してみればそれは玉藻だった。何処をどうかけずり回ったのか…若干埃っぽい。

まあそれは良い。彼女が来てくれたのなら好都合です。

 

「ああ…ちょうどいいところに来ましたね」

 

「さとり様!そのお腹の傷は⁉︎」

 

まだ空いたままだったわね。まあ、戦闘に支障は無いのだから気にすることでもない。

「平気よ。それよりフランは?」

 

「螺旋階段のところで…レミリア様と戦ってます!」

 

そう…なら行かないといけないわね。それにしても…部屋外に別のダンジョンが出来ているなんてね。玉藻もお疲れ様。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

「行くって…まさかあそこにですか⁉︎」

 

当たり前よ。私が何の為にここにいるのか…その勤めを果たす時よ。

轟音が大きくなる。どうやらしゃべっている時間はないみたいだ。

 

「玉藻…手伝ってくれますよね?」

 

「……勝算があるなら」

 

「半々よ。それでどうかしら」

 

あのフランに勝てる確率が半分もあるのだ。良い方だろう。

 

「……分かりました」

 

素直でよろしいわ。

いつもの癖で頭を撫でてしまう。でもお燐とは違い、なんだかサラサラする。

おっと遊んでいる暇は無かったわね。

 

すぐそこに迫った轟音に向き直り、片腕を振るった。

 

 

 

吸血鬼は流れる水の上では飛べないし力も出せない。

それがなぜなのかはよく分からない。

興味もないからそういうものだと思ってはいたがここに来てその考えを反省する。

 

「レミィ!大丈夫⁉︎」

 

フランとともに濁流に飲まれた体は、水中で首根っこを掴まれ空中に引き上げられた。

水中で何箇所も体をぶつけたためか、至る所が痛い。

それでも我が親友がしっかり助けてくれたから溺れなくて済んだ。

 

「ありがとうパチェ」

 

私を担ぐ形で空中に静止した七曜の魔女は、無言で下を眺めていた。

吸血鬼最大の弱点である流水の中に取り残されたフラン。このままだとすぐ窒息してしまうだろう。

 

「貴女を助けるためとはいえ少しやりすぎたわ」

 

「気にしないで…」

 

 

渦を巻く濁流の中…この水の流れでは気配を見つけることすらできない。

 

……あら?

渦の中に気泡のようなものを見つける。僅かだが妙に気になってしまう。

「パチェ…あれは」

 

「……まずいわ」

 

目を離したその隙に気泡はどんどん増えて言っていたようだ。それに伴い、底の方が赤く光りだす。

 

「ま…まさか…」

 

吸血鬼は水中じゃ人間と同じ程度の戦闘力しか持たないはず!なのにこれは…まさか!

 

水が蒸発し始めたのか湯気が発生し、渦の動きが変わり出した。

「これは…火属性魔法⁉︎」

 

パチェの声と同時に螺旋階段を流れていた水が吹き飛ぶように真上に上がる。

 

吹き飛んだ水が私たちを追い越し遥か上で弾ける。

 

「そんな…あれだけの魔力をどうやって……」

パチェの言いたいことはわかる。だが現実に彼女はあれだけの魔力を使ってみせたのだ。

 

「水中じゃまともに戦えない…なんて常識通用しないわね」

 

まったく困ったものね…それに大分怒らせちゃったかしら…

 

剣幕な表情を浮かべたフランが、びしょ濡れになった床に座り込みながらこちらを罵る。

なんて言ってるのかは聞こえないがどうやら甚振ってから殺すだのなんだの喚いているようだ。

 

「パチェ…あいつが何言っていたのかわかる?」

 

「あなた…聞こえていなかったの?」

仕方ないじゃない。雨のように降り注ぐ水のせいで聴覚が麻痺しているのよ。

 

日常生活には支障はないけどこの距離で何を言ってるかは分からないわ。

「ともかく!ここは一旦退散するわ!」

 

「パチェ…待ってほしい」

逃げるのはたしかに得策だが、下にはまだ玉藻やさとりがいるかもしれないのだ。ここで置いて行くわけにはいかない。

 

「……今のあなたじゃ残念だけど…」

 

「倒すだけなら簡単…だが狂気だけを取り除くとなるとほぼ無理か」

 

やはり私では無理…でも時間を稼ぐだけなら…

 

「……!」

爆発的に溢れ出した魔力の流れ。咄嗟にパチェを押して壁まで退避する。

それとほぼ同時に、さっきまで私たちがいたところを魔導砲のエネルギー波が通り抜ける。

 

「しゃべっている暇はないわ!」

 

「そうね…なら援護するわ!」

 

パチェが魔法陣を空中に描き反撃の咆哮をあげる。

喘息持ちの彼女の体にあまり無茶はさせられない。玉藻…さとり。早くしてくれ。

 

急降下する私を血のように真っ赤になった目が見つめる。

咄嗟に障壁を張り、迫ってくるレーザーを弾く。

 

「フランッ‼︎」

 

「ハハハ!まだ妹の名前を叫ぶか!」

 

グングニルを再び右手に構えフランを突く。

だがさっきとは比べものにならない機動で避けられてしまう。

右に左に避けるフランに左手で魔法陣を描き攻撃を出す。

 

「そんなんじゃ私は捕まえられない…」

 

いつのまにか真後ろに回られていた。とっさに体を前に吹き飛ばす。

背中をなにかが掠める。危ない…一歩でも遅れていたら切り裂かれていた。

 

「残念ね」

 

「それだけじゃないよ?」

 

フランが何かを空中に描く。見たこともない魔法陣だ…

 

「さっきのお返し!」

 

魔法陣から放たれたのは大量の水。それが床を埋め尽くし、水流を作る。

「なるほど…そうきたのね」

 

これで飛べなくなった。

だがすぐに上から別の魔力を感知。すると床に向けて火の龍が突っ込んだ。

パチェの魔法だ。

 

「ッチ…」

 

「舌打ちなんてしちゃダメよフラン」

 

さて、状況は振り出し、あまり良い状態ではないわね。

「貴女は…どうしてもフランの体が欲しいのね」

 

「おかしなこと言うね。私はフランだよ?ちょっと違うだけで私は私」

 

「……そう」

 

なんとも理解し難いわ。

 

しばらくの沈黙。私もフランも迂闊に攻撃ができない状態だった。

パチェからの追撃は無し。少し様子見のようね。

 

沈黙の時間が続く。

そのまま数秒…いや、体感時間では数分だろうか。ずっと睨み合ったままであった。

 

「想起…『そして誰もいなくなるのか』」

 

見知った声が静寂を切り裂く。……良かったわ。まだ生きていたのね。

大量の弾幕がフランの周りに現れ、様々な方向から襲いかかる。でもさとりの姿は見えない。

 

「……?」

 

フランの動きが完全に弾幕回避になる。だが私も弾幕が邪魔でフランを攻撃することができない。

 

「まあ分からなくて大丈夫ですよ」

 

またさとりの声が聞こえる。それと同時に弾幕が晴れる。

フランを挟んだ反対側にさとりがいるようだ。だが私からはよく見えない。

「な…なんなのその姿」

 

驚愕するフラン。私からは丁度死角になっていて見えないものの、その気配は確かに異質ではあった。

 

「さあ?なんなのでしょうね」

 

その声が聞こえた瞬間、ようやく彼女の姿が露わになる。そこには、最後に見たときはかけ離れたさとりの姿があった。

 

お腹に開いた大穴とそこから垂れたであろう血で下半身は真っ赤になっている。だがそれ以前に、彼女の体からフランの力が見える。

目は赤く…背中には黒と赤茶色のエネルギーの塊が羽のような形を形成していた。

 

「さあ、U.N.オーエン…遊びの続きをしましょうか」

 



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depth.68 fanaticism

何があったのか分からなかった。

気づけばフランのいた場所にはさとりが立っていて、逆にフランの姿が見えなくなっていた。

 

「な…」

何が起こったのと聞く前に、地響きが空間を埋め尽くす。

さとりのすぐ近くになにかがめり込む。

 

「やっぱり純粋な火力じゃ負けますか」

 

「そうだろうね。私の力を一部取り込んだようだけどそれだけで私を倒せると思わないでね」

 

喋っていう合間にも、拳や蹴りが炸裂し、衝撃波が瓦礫や水を吹き飛ばす。

あれほどの火力での肉弾戦なんて私は見たことない。もはや異次元の戦いだ。

「レミィ!見てないで援護!」

 

パチェの声で我に帰る。どうやらさとりとフランの戦いに見入ってしまっていたみたいね。

 

だが援護と言われてもあの2人の距離が近すぎてグングニルや魔導砲だとさとりを巻き込んでしまう。

一瞬にして外野にされてしまったというわけだ参ったわね…

余波を喰らわないようなるべく2人から距離をおく。

あの距離での殴り合いはほぼノーガードに近い。あれではさとりの方が不利になってしまう。早めに手を打たないと…いくらさとりが強いからと言っても限界があるはずだ。

 

 

そういえば狐はどこに行ったのかしら?さとりがここにきているなら一緒だと思ったのだけれど…

今は置いておきましょう。問題は…あの2人。距離が近すぎるのよ。もう少し離れて!

そう思っているとさとりとフランの距離が離れた。さとりの視線と私の視線が交差する。

 

……お願い。

 

分かったわ…

 

お願いされたら応えないといけないわね。

グングニルに魔力を集中させ、さとりに夢中になっているフランに向けて放つ。

それを追いかけるように今度は上空から魔導砲の太いビーム光が降り注ぐ。

パチェのものね。

 

「……あ」

 

今更気づいたようだけれどもう遅いわ。少し眠りなさい。

グングニルと魔導砲が着弾し、爆炎が辺りに広がる。

反響した音のせいで耳が音を捉えなくなってしまう。

 

だが音より先に第六感が警報を放つ。それに従い咄嗟に上空に浮かび上がる。

 

ーーースパッ

 

足元でなにかが切れる音がする。

だがその音を感度の落ちた耳が捉えるより先に何があったのかを激痛が知らせてくれた。

 

「レミィ!あ…足が!」

 

上空に登った私の肩をパチェが掴む。

足元に視線を向けると、左足がきれいに切断されているのが目に見えた。

傷口まで見えなくて正解だっただろう。

まさかあの攻撃を耐え切って反撃までしてくるなんて…一歩間違えれば首が飛んでいたわ。

 

「パチェ…さっきのあれは?」

 

「わからない……だけど相当ヤバイものよ」

 

そうだ…さとりは?

ふと下に視線を向けると、爆煙がいまだに残る地面にさとりの姿があった。

もちろんフランの姿もだ。だがその姿は…もはやフランの姿ではなかった。

何か黒い…ガスのようなものがフランの全身を包んでいる。

 

「…なるほど、そうきますか」

 

「スゴイデショ?」

 

あれがフランの声なのだろうか…その声は地獄の底から響いているような。そんな感じがした。

 

「最初に飛び込んできた槍を掴み迫ってくる魔導砲へ放り投げることで直撃を避ける……サーカスの曲芸師もびっくりですよ」

 

いや、比べてるものが低すぎるような気がするのだが…

それよりも問題なのは私のグングニルを逆に利用された?もう規格外も良いところだわ。

 

「貴女だって…私の攻撃ちゃんと防いだじゃない」

 

「防いだんじゃなくて威力を逃しただけです」

 

「レミィ…あの2人が何言ってるか理解できる?」

 

「なんとなくだが……」

だけど常識が邪魔をしてすぐには理解できそうにない。

もうさとりに全て任せたほうが良いのじゃないかしら…なんて思ってしまう。

だが真っ黒になったフランを見ているとその気もだんだん消えて行く。

あれは一体なんなのだ?おかしい…フランを見ていると胸が苦しくなってくる。なんなんだこれは……?さっきまでこんなことはなかった…まるで何かが壊れるような…大事な何かを失ってしまいそうな…そんな変な気分だ。

 

「レミィ?どうしたのよ」

浮かんでいるのがつらくなり、パチェに寄りかかる。

 

「わからない…だが…体がおかしい」

 

フランに何かされた。だがそれが何かはまったくわからない…一体なんなのだ?

 

「フラン!レミィになにをしたの⁉︎」

 

「なにも?ただ、ちょっと寝ていてほしいかなって」

 

一体どういうことだ?まさか毒か何かなのか⁉︎

体からだんだん力が抜ける。気を失うことはないだろうけど…これじゃしばらく動けない…

 

「……なるほど」

 

「あれ?気づいたの?」

 

「精神攻撃は私の得意分野ですよ」

 

な…なんのことなんだ?

 

「そっか……でも貴女の相手は私」

 

その言葉と共に、2人が再び動き出す。

苦しみの感情が体を揺さぶり始め、2人を追いかけることも出来なくなった。

「パチェ…援護に回って」

 

「……貴女をここに置いて行ったら巻き込まれるわ。一旦退避する」

 

それに頷くことすら私には出来なかった。

 

 

 

 

 

突っ込んでくるフランに拳を入れつつ。顔に迫ってくる脚をもう片方の手で防ぐ。

吸血鬼なだけあって接近戦では相当な打撃力の攻撃が出されてくる。

1発でももろに食らったらかなりやばい。

でも、勇儀さん達のものに比べたら…

 

「軽いですね」

 

「……っ!」

 

目の前に迫ったフランの手を受け止める。

あまり強くはないし攻撃だって単調。フェイントの一つや二つ入れてもいいと思うのですが…

 

「……あまりフランを怒らせないほうがいいよ?じゃないと壊しちゃうから」

 

「じゃあやってみたらどうですか?」

 

挑発。それと同時にフランを背負い投げ。

「じゃあやっちゃおっと。もうなんだか面白く無くなってきたし」

 

飽き飽きした顔…ガスにまみれてよく見えませんけど。

ここからが本番です。

 

「きゅっとして…」

フランが右手を前に出す。その掌が閉まる前に……

 

即座に生成した弾幕をフランに向けて投げつける。

それが私とフランの合間に到達した途端…炸裂。

強力な光が周囲に飛び散り視界が真っ白になる。

「きゃ!目ガ……」

 

当然直視していたフランは目がやられる。そのうちにと空に飛び出す。

地上戦より彼女の場合は空中戦の方が良い。

あれだけの光を浴びたというのにもう見えるようになったのか、一秒しか立っていない時も関わらず、フランが追いかけてきた。

 

「クソ!絶対殺す!」

 

「もうちょっと品を持ったらどうです?」

 

まあ私も、体に穴は空いているし色々と狂ってしまいそうだけど。

フランの魔力…使ってみて分かりますけど結構狂いますね。

まあ他人の力ですから狂うというより酔うが近いんですけどね。

 

追いかけるフランから弾幕が放たれる。

後ろを向きながら左右に体を揺らし、それらを避ける。

周囲で弾幕が炸裂し、赤や黄色の小弾幕が飛び散る。

その間を縫うように飛ぶ。

急停止、体を少しだけ上に持ち上げ真上にジャンプするようにフェイントをかける。

追従できないフランが真下を通り過ぎる。オーバーシュート。

今度は私がフランを追いかける形になる。

 

「喰らいなさい」

こちらを振り向いて再び手を握ろうとしたフランにありったけの弾幕をお見舞いする。

その全てが追尾弾…あるいは偏差射撃で打ち出した無誘導弾だ。

「想起『クランベリートラップ』」

 

左右に必死になって避けるフランをある一点に誘導。その場所で待ち構える。

彼女だってバカではないはずだ。だがそれでもここに来るしかない。

 

「なめるなああ!レーヴァテイン!」

 

ああ、そういえばそれがありましたね。

炎の剣を再び装備したフランが突っ込んでくる。

あれ相手に接近戦は無理。

攻撃を断念し逃げに徹する。

くるくると螺旋を描くように登って行く。時々左右に急旋回し、視界に入る時間を最小限に抑えながら…

「……え?」

爆発…螺旋階段の壁が大きく抉れ、大量の瓦礫が降り注いでくる。

 

私に当てるのではなく壁を攻撃したようだ。

私に与えられた選択肢は二つ。止まるか、突っ込むか。

もちろん…答えは一つだけ。

 

落下してくる瓦礫の隙間を一気に抜ける。

体に収まりきらない魔力が暴走しないようにと生成した翼の一部と瓦礫と接触し、双方が砕け散る。

 

降り注ぐ瓦礫から抜け出し、後ろを振り向く。フランが追いかけて来ている雰囲気はない。

周囲を探す。

頭の上で殺気を感じる。すぐに結界を展開して上昇…

 

見えてはいないけれどなにかが結界に接触。

あたりに散らばる光から、弾幕か何かに接触したみたいだ。

それでも止まらず上に押し上げる。

今度は弾幕なんかじゃない…もっと重いなにかが接触した音がする。それと一緒に少女の叫び声。

 

どうやらフランが乗っかっているようだ。

あと地上まで少しなのに……

 

衝撃波、弾幕や魔導砲なんてものじゃない。

一点に集中するこの力……直接拳を叩き込んできたようだ。

1回目は力が分散してくれたもののそれでもひび割れが蜘蛛の巣状に走る。

2発目が来る前に振り落としたい。

左右に大きく揺らし、壁にも擦り付ける。

 

だがひっついて離れようとしない。

 

ーー衝撃。ガラスの割れる音が風切り音に混じり聞こえる。

それと同時に、結界が消滅する。

 

「……ち」

 

現れたフランが、私に向かって突っ込んでくる。その腕を逆に掴んで下に放り込む。立場が逆転。

目の前が真っ白に光る。咄嗟に体を捻る。すぐそばを剣のようなものが通り過ぎて行き、接触した左腕が引きちぎれる。

 

引きちぎれた腕が下に落ちて行く。腕がなくなったことでバランスが……

「想起…」

 

「遅い!」

スペルを切ろうとした私のお腹に、フランの拳が突き刺さる。

もともと貫通して穴が開いていたところがさらに大きくなる。これ以上傷口を広げないで欲しかった。でもこれだけ近ければ…

フランの腕を掴み壁に押し付ける。

勢いをつけすぎたためかかなりめり込んでしまったがまあ気にしない。

「これで…逃げられませんよ?」

 

「それは私も同じだよ」

不敵に笑うフラン。空いていたもう片方の手が私の首を締め付ける。その腕に弾幕を突き刺す。だけど離れない。

「この距離なら、私の方が強いよ!?」

そういうと、彼女は私に突き刺していた腕を引っこ抜く。血で真っ赤に染まった腕を舐めながら、私を見つめる。不味いと感じたときにはすでに遅い。

 

「きゅっとして……」

 

まずい!捕らえられた!回避……出来ない!

 

「…どか…」

 

閉じる彼女の手。だがその手が閉じられる事はなかった。

空気を切り裂き銀色に輝くなにかが飛翔。フランの手のひらを貫く。

これで彼女はしばらく閉じられない。

唖然とするフランのお腹に思いっきり蹴りを叩き込む。反動で私の体がフランから離れる。

 

それを見計らったかのように幾つものナイフがフランめがけて飛んでくる。

レーヴァテインを展開する時間はない。

 

フランの顔に何度目か分からないけど驚愕の表情が浮かび上がる。

 

ナイフを投げたのはもちろん玉藻さん。

私が上昇するのとほぼ同じタイミングでフランに気づかれないよう一緒に登ってきてもらっていた。階段をですけど……

本当なら地上に出たタイミングで攻撃を行うはずでしたけど…まあ助かりました。

 

それにしても、壁のところを攻撃されたときは焦りました。

巻き込まれそうになっていましたからね。なんとか無事だったみたいですけどね。

それじゃあ…彼女に言ってあげますか。

 

「…チェックメイトよ」

 

フランの腕と足…身体中に銀のナイフが突き刺さり、壁に釘付け状態にする。

「捉えていられる時間はわずか…でも私にはそれだけで十分」

 

フランの体に近寄りサードアイを向ける。左腕と一緒に損失した管を除けば全く傷を受けていない第三の目が、彼女を見つめる。

 

「想起……」

 

意識を彼女の意識の中に落とす。

深く深く…引きずりこまれて行く。

黒と…赤の濁流…見ているだけで気持ちが悪くなってくる。これが彼女の狂気……

 

彼女はどこに…

 

 

 

 

 

「まさか本当にうまく行くなんて…」

 

さとり様に言われた通り、に行動していたらまさかこんなタイミングでタイミングが巡ってくるとは。

罠かと思いたくなってくる。でも、出てきたチャンスは逃さない。

フラン様には悪いけど…少しばかり大人しくしてください。

 

腰から出したナイフを素早く投げつける。その途端、足場が崩れ、体が自由落下に入る。

浮遊。落下速度が落ちやがて空中で止まる。ちょうどさとりを挟んでフラン様と対面する形になる。

 

さとりの体がフラン様から離れる。

丁度良いです。

持ってきていたナイフをありったけ投げつける。

殺さないよう…でもちゃんと動きを封じ込めるように。

……本来の戦い方ではないけれど、今はこっちの方が都合が良い。

 

身動きが出来なくなったフランにさとり様が近づく。

何をする気なのだろう……

 

「想起……」

三つ目の目がフラン様を捉えた途端。それは起こった。

さとり様の体が、フラン様にまとわりつくガスのようなものに飲み込まれていく。でもフラン様の方も全く抵抗する気はないみたいだ。

いや…飲み込まれているのか。

 

 

「狐!フランとさとりは!」

下から上がってきたレミリア様が私に詰め寄る。

2人なら……と黒いガスに包まれた2人を指差す。

「一体何が……」

レミリア様に肩を貸すパチュリー様が尋ねる。

何がって言われても…ああなったとしか言いようがない。

「さとりが出てくるまで待つしかないようです…」

 

「中に入ることはできないの?」

 

「出来なくは……いや、出来ないです」

 

出来なくはない。だけれどそれは私が本来の力を使えればの話だ。それでも相当な博打だ。

それにこの体であの力を使うには1000年以上の時間が必要。

特殊な結界などがあればすぐになれると思うが……難しい。

 

「……わかったわ」

 

私の受け答えに不満があったようだけど納得してくれたみたいだ。

「こあならいけるかしら?」

「いくら悪魔でも無理でしょう。それに彼女は……」

おっといけない。これも喋っちゃいけないことだった。

 

全く…隠し事が多くなると大変だ。

 

「パチェ…大丈夫だ。さとりを待とう」

 

「いいの?」

 

「大丈夫よ」

 

確信があるみたいだね。なら私は何も言わない。あとは頑張れさとり。



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depth.69exitium

なんとも言えない真っ暗でよくわからない…いや、侵食されそうな空間だ。

手足にまとわりつく影。影と言っても泥のようにしぶとく絡まってくる。

こんなところにずっと1人でいたのでしょうか……

体はまだ降っていく。相手の心に共感して来たのか体の底から嫌な気分が湧き出る。それがお腹あたりで不快感を示すようになる。

余計な感情を捨てて全てを受け入れる。

足や手に纏わりつく影が赤やオレンジの光を発し出す。

それらは、血管のように影の至る所に線を作り、脈動し始める。

フランと認識し間違えているみたいだ。彼女の魔力が体に流れこむ。

このままだと暴発する危険が出てきた。

もう一度魔力で羽を作り過剰な量の魔力を放出する。

火のように揺らめく赤と黒の羽が辺りを染め上げる。

 

 

 

「フラン……どこ?」

 

フランの名前を呼ぶが応答はない。

答えられないのかあるいはいないのか。でも呼びかけそのものは通じているはずだから反応があってもおかしくない。

そうこうしているうちに、地面のような所に足が接地する感覚が伝わってくる。相変わらずの真っ暗な空間。気を抜いたら一瞬で向こう側の世界に行ってしまう。

手探りの状態で歩き出す。歩き出すたびに足元から何かが入ってくる感触に悩まされる。実際は入ってきたというより心が同化していっている証拠なのだが……あまり気分のいいものではない。それにどうせここは彼女の深層心理。

来ないでと望めば彼女にはたどり着けないしその逆もまた然り。

距離などの実体もなければ私だって形などない。ただし脳はそんなもの理解できるはずもない。だからサードアイは実体があるかのような幻影を脳に叩きつける。99%同じ。だけれど違うもの。

 

 

「ーー!」

第六感が警告を促し咄嗟に右に体をずらす。

頭のすぐ横を赤色の閃光が通過していった。

 

「……危ないじゃないですかフランさん」

 

目の前の影が収束していき赤い光を放つ。その輪郭はさっきまで戦っていた少女と同じだった。

 

「邪魔者を追い出すだけよ。ここは私と彼女の世界。部外者は消えて」

 

殺気全開。でも話し合う余地はあるみたいですね。でなければ私は彼女の能力に殺されていたはずです。

「貴女じゃなくてフランさんに用があるんです」

 

目的はあなたじゃない。貴女ではフランさんの代わりは務まらない。

 

「私だってフランだよ」

 

「なら貴女に、破壊と快楽以外の感情は?」

 

私の問いに無言になるフラン。やっぱり貴女はフランさんの感情の一部でしかない。

フランであっても……貴女じゃフランドール・スカーレットは務まらない。

 

「貴女がフランさんの感情から生まれたのは分かりますけど……貴女のやってることはフランさんを傷つけるだけです」

フランさんは破壊なんて望んでいない。誰かが傷つくこと、誰かを傷つけてしまうことを望んでなどいない!

「知った口を聞かないで!貴女に何がわかるというの!」

 

図星だったのか何なのかは分からないが、フランは影のようなものを投げつけてきた。

当たるとまずいと体が反応し、バックステップを踏みながら後退する。

 

「残念ですが、この身は心の全てを見通せるんです」

 

想起のレベルを1段階上げる。足元に水色の波紋が広がり膨大な情報が一気にサードアイに流れこむ。

途端にフランさんとフランの思考が全て脳に伝わってくる。

「なるほど……」

 

「や、やめろ……」

 

彼女達がどう思ってどう感じているのか。その全てを理解する。だけどその殆どは言葉にする事が出来ない難しい感情の紐。

この紐の全てを理解するのが私の役目。

 

「やめろ!見るんじゃない!」

 

取り乱し始めましたね。まあ、それも仕方のないことです。

それじゃあ本人をここに呼ぶとしましょうか。本当は呼ばなくても良いのですけどね。

だって影で見えないだけでそこにいるのでしょう。

「起きてくださいフランドール」

 

その言葉とともに闇がどこかへ消え去る。

周囲の光景が白くなり、フランの影があった所には普通の少女がたたずんでいた。眠っているのか身動きを一切しない。

 

「……ここは?」

眠っていた彼女が目を覚ます。随分と長く寝ていたようですね。

時間にして20時間以上。私と出会う前からずっとですか…なるほどなるほど……

 

「おはようございます」

 

「貴女は……」

 

ようやくこちらに気づいたのか、私に焦点合わせた彼女が驚きで目を見開く。

純粋な感情が伝わってくる。

「お節介を焼いているただの妖ですよ」

 

「妖……?」

 

頭が回転していないのか私の姿に何か思うことがあったのか首をかしげるフランさん。

記憶そのものはフランと共有しているはずですけど…少し混乱しているみたいですね。

 

「……あ」

 

ようやく思い出してくれたみたいですね……って何ですかこの感情。

罪悪感、後悔、懺悔、自己嫌悪、恐怖、怒り、焦り……全て負の感情。真っ白だった世界が一瞬にして大雨に変わる。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

大泣き、降り注ぐ雨が、辺りを濡らしていく。

お、落ち着いて!だ、大丈夫だから。それに気にしてない…は言い過ぎですね。でもまあ、あまり気にすることでもないですし。

「とりあえず落ち着いてください」

 

「だって…私、みんなに酷い事しちゃった……」

 

「大丈夫ですよ。みんな許してくれますから」

 

ゆっくり側に近づく。それでも罪悪感からなのか私から距離をとろうとする。

「でも、フランは……」

 

「大丈夫…素直に気持ちを伝えれば許してくれます」

だって貴女のお姉さんはとても妹思いなのだからね。

それでも不安なのか顔を伏せている。全く……

小さな…でもほとんど同じ背丈の彼女を優しく抱きしめる。

暖かい…私より暖かいですね。いや、私が冷たいだけか。

 

「……それに、一人で抱え込んじゃダメ…ちゃんと相談しなさい」

 

「……うん」

 

この子は抱え込んでしまう癖がある。その結果としてあの子があそこまで形成されてしまったのだ。

あれは押さえ込もうとすると反発して行く。多分最初はそうでもなかったのでしょうけど彼女がそれを認めなかったから…1人でどうにかしようとしたからあそこまで壊れてしまったのだ。

 

「さあ、貴女はどうしたい?」

 

フランさんの耳元でそっと囁く。

ちょっと魔女っぽい感じになってしまいましたね。でもまあ、もう時間がないですからね。もう少し待っていて欲しかったのですけどそろそろ彼女がきてしまいます。

 

「どうしたいって……」

 

「あの子をどうするかです…このまま消しますか?それとも、共存の可能性を考えて見ますか?いずれにせよ貴女がしたいようにしてください」

フランさんがどう思っているのかによる。

 

「私は……」

 

再び空間が真っ暗になった。

ああ…まだ決心が決まっていないのに……

フランの後ろに、再び影ができる。

 

「ナニヲシテイルノ?」

 

何をしているのでしょうね。

っていうかさっきより怒りが増してないですか?なんででしょうね…

 

「フラン二触ラナイデ」

 

「あ…嫉妬ですか?」

パルパルですか?多分パルパルさんなら喜んでその感情もらいに行きますよ。

「おっとごめんなさいね」

 

フランさんを後ろに隠すように間に入る。

真っ赤な目が私を睨みつける。その目線…いや、目線なのかどうかわからないけれど…殺気がひしひしと背中に伝わってくる。

 

「モウ、死ンデ」

 

「さとりさん!早くあいつから逃げて、私がどうにかするから!」

あれに向かって、飛び出そうとした私の方を肩をフランさんが掴む。

 

「どうやらあれは私に用があるみたいです」

それに…あなたを消そうとしているようですし…

うん、逃してはくれないみたいですね。でも大丈夫…多分ですけど。

「フランさん…被害を受けないように……」

 

「マサカフランヲ護リナガラ戦ウツモリ?」

 

「そうですよ?」

 

何を言ってるんですか?それにフランさんも、そんな心配しなくていいんですよ。だから早く決めてくださいね。貴女がどうしたいのか。私はただ守るだけ…

 

 

「こいよフラン擬、魔力の貯蔵は十分か?」

臨戦態勢に入り、力の流れが変わる。勿論それは私ではなく彼女の力であるが、その一部が私にも流れ込んできている。

 

「もうやめて!」

フランさんが私の腕を大きく引っ張る。そのまま地面に押し倒される。

そこには、もう迷わないと決意した少女の瞳があった。

「フランさん……決めたみたいですね」

 

「私は……」

 

共存…ですね。分かりました。

言葉が続かなかった彼女の思いを読み取る。

その言葉を待っていた。

だけどそれと共に、フランさんの体は私の上から消えた。そして私も、何かが近くで弾け、衝撃波で吹き飛ばされる。

 

「貴女モ私ヲ否定スルノネ?」

 

あ…これはまずいです。彼女、フランさんまで標的にし始めましたよ。

フランさんに手は出させない。

 

体勢を立て直し、カゲに向かってありったけの弾幕を投射する。

愛用の刀があれば接近できたのですが…生憎、今持っているのは銀のナイフくらいです。

 

弾幕の中から触手のように伸びたカゲが、私を貫こうと向かってくる。

未来位置予測、予測した所に障壁を張り全ての触手を受け止める。背後にはフランさんがいるのだ下手に動くことができない。

厄介だと判断したカゲが、私を先に倒そうと決めたようだ。その思考の全てがこちらにある事を理解せず……

 

どこに攻撃してくるかがわかっているのであれば、それを元に回避することなど容易い。

弾幕や接近しての攻撃、その全てを躱していく。

ただ、レーヴァテイン二本で攻めるのはやめてください。熱風で服が焦げる。

「クソ!ナゼ当タラナイ‼︎」

当たりたくないからですよ。

それにあれの刃は白刃どりすら出来ない焔の塊。でもまあ……そんなに見せてくれたら私だって出来ますよ?

全く…なにかを守りながらは難しいです。

焦りから出た一瞬の隙を突いてお腹に蹴りを叩き込む。ついでに目玉であろう所と口にナイフを突き刺す。

あ…なんか痛がりながら怒ってますね。

これで少しは時間が稼げると……さて、フランさんは…まださっきの衝撃で気絶したまま…いやさっきの攻撃のせいで眠っているみたいですね。

彼女を起こさないとカゲをどうこうするなんてできませんね…

障壁を張りつつフランさんの所に戻る。

「フランさん…起きてください」

 

障壁が耐え切れるのはせいぜい数秒。でも、フランさんを起こすにはそれで十分。ちょっとショック療法になっちゃいますけど…

彼女にとってのトラウマを再現する。それは悪夢であり、単なる怖い夢。でも軽くやったし記憶には残っていないだろう。

悪夢から目覚めた子供のように悲鳴をあげながら起きる彼女。

 

「あ…あれ?今のは?」

 

その直後、ガラスが砕け散る音が周囲に響く。

「サトリイイイイ‼︎」

いくつもの剣が空中に現れる。

相当怒らせてしまったようですね。それに複数に分裂していますし。こりゃ逃げられない。それにこれだけフランさんと接近してしまっていれば……私が逃げたら彼女が……

 

フランに命中コースを取る剣を弾幕で弾き飛ばす。

あわよくば自分に向かってきているものもと思いましたが、それは欲張りすぎたみたいです。

体の数カ所になにかが貫通する感触がする。

またですか……

「さとりさん⁉︎」

 

「平気ですよ…ちょっと刺さってるだけですから」

突き刺さった剣を体から抜く。

でも相手は待ってくれない。2本目を抜こうとした途端、頭を潰そうと拳が飛んでくる。それも2人分。

「分裂しないでほしかったのですが」

その拳を右腕の犠牲と引き換えに耐えきり、文句を漏らす。

また分裂するんですか…迷惑ですね。

「貴女ガワルイノヨ」

 

そうですけど…

その瞬間私の体は後方へ再び吹き飛ばされる。

フランさんが何か叫んでいるようですけど…何も聞こえない。

 

体が地面に叩きつけられ刺さったままの剣の先が折れて身体に残ってしまう。

「乱暴しないでください…」

 

痛くはないですけど精神的にきついんですからね。

立ち上がろうとした途端、上空に影ができる。咄嗟に地面を転がり降り注がれた光の棒を躱す。

「聞く耳なし…ですか」

 

それじゃあ…あれでも想起してみますか。

体を起こし、正面に目線を向ける。

そこには突っ込んでくる三体のカゲ。

チャンスは一度きり。でも、慌てることはない。

 

拳を振り上げた手を、相手に振りかざす。

身体中の筋肉が悲鳴を上げたが、破損する程度ではなかった。

衝撃、三体まとめて吹き飛ぶ。特に拳を当てたカゲは瞬時に消え去った。

流石勇儀さんですね。同じ鬼がつく吸血鬼をこうも吹き飛ばせるなんて。

あの人たちのパワーは計り知れません。

「さて、貴女の分身は全部攻略しましたけど」

これで終わりですか?

勇儀さんを想起したから交戦欲が出ちゃいましてね。

折角ですしもっと殴り合ってみたいです。

 

私の要望に応えてくれたのかは分かりませんが、カゲから大量の攻撃が飛んでくる。その全ては、怒りのようなもの。

 

撃ち合いは得意なのですよ……

弾幕を作り出し、攻撃を全て弾き飛ばす。爆風と熱風が、台風のように暴れる。

爆煙で、カゲの姿が見えなくなる。

……後ろか。

「ガッ‼︎⁉︎」

肘打ち。

顔面に命中したようですね。なんか血のようなものが服にこびりつく。

「まだやります?」

 

フランさんの方に意識が向かないようにするのも忘れない。

でも、少しやりすぎたのかもしれませんね。

カゲの雰囲気が変わった。

「モウイイ……」

私の腕を影が絡め取る。接近し過ぎ……ましたね。

カゲの腕が私に向けられる。

フランさんが何かに気づいてこっちに駆け寄ってくる。だけど間に合いそうにないですね。

 

「キュットシテ…」

 

手のひらが開かれ、そして閉じる。

 

「だめええええええ!」

フランさんの声が遠くに聞こえる。意識の錯覚…でも現実は非情。

 

「ドカーン」

 

体が粉砕される感覚に混ざって頭の中で何かが解かれた音がする。

どういうものかを、感覚的に学ぶ。理解ではなくただ、そういうものとして捉えるだけ。

けどそれで良い。それが欲しかった。

 

「ああ…やっと理解できた」

 

 

 

 



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depth.70 demonstrationem

「キャハハッ!ヤッタ!ヤッタアア!」

 

「そんな……」

 

すごくうるさい声のせいで薄れていた意識が戻ってくる。それに合わせて、体にも力が戻ってくる。

 

破壊されたと見せかけるために拡散させておいた体を戻す。それでも能力の直撃は食らっているので半分くらい壊れたんですけどね。

まあ、彼女の能力は元から知っていた。

万物に存在する目を破壊する…たしかにその能力は恐ろしい。

だけれどここは精神世界。

それもフランと私の精神はある程度同調している。

それはつまり、貴女は自らの能力を自分自身にかけているのと同じこと。

そう、無意識に認識させました。

 

「どうして……」

だから私の体は完全に破壊されなかった。一応魂みたいなものですから壊れたり傷つくだけでも相当やばいのですけどね。まあ、死ななければ大丈夫。

ほぼ即死であっても、彼女の能力は実体のないものにはちゃんと通用しない。今回のように中途半端な結果に終わる…そう予想したからこんな無茶なことができたのだ。

それに、彼女が壊したのは、精神が同調していない私の意思。あまり肝心なところではない。まあ、記憶とか感情の一部が完全に破壊されてしまいましたけどでも同調している肝心の部分が壊せないのであれば、問題はない。

 

「さあ?どうしてでしょうね」

 

破壊された直後から即座に修復した体で、カゲの手を掴む。

握ったその手を噛みちぎる。

血の味が口の中に広がる。うん……不味いはずなのですがどこか美味しく感じてしまう。

「貴女が壊そうとしたものは自分自身。自らを壊せる覚悟はできてるの?」

 

出来ないですよね。自らが死ぬ可能性すらある力を簡単に行使できないですよね。

「どうして…さとりは生きてるの?」

後ろでそんな声がする。

ああいうフランさんですか…説明してもわかってもらえないでしょうけど……

「……貴女が知ることではありませんよ」

 

そう、貴女は何も知らなくていい。私と戦ったことも、貴女が目を掴んだ時に流れ込んだであろう記憶も、全て忘れてしまいなさい。

 

「想起…」

貴女は感情の一つでしかない。それが自我を持っていいなんてことはいけない。自我は…無数にある感情が結びついて出来た心にこそ宿るものですから。

フランさんの魂から少しだけ自らの意思を離す。

カゲの心が完全に見えなくなり、意識同調のレベルが下がったことを感覚が示す。

その瞬間は、私にとっても危険な時間。相手に気づかれたら今度は完璧に破壊されてしまうかもしれない。

でもこれ以外方法が思いつかなかった。

それに、いくら感度が下がっても、私自身はカゲとフランさんを同一視してしまっている。それはつまり、さっきカゲが私にやったように…私がやっても結果はほとんど同じ。だけど私が想起しているのは私が理解した結果と、私が思い描く結果のみ。

そこに過程は存在せず、故に精神を直接破壊する。

 

『きゅっとして…どかん』

 

万物を破壊する能力を応用し、私の種族上の特性を混ぜ、行使する力。

精神のみを破壊するこの力は正確にカゲの精神を砕いた。

影の頭と上半身が吹き飛び、残っていた下半身が溶けてスライムのようなものに変化する。反応が何もなくなり、あたりが静かになる。

 

「こ…殺したの?」

その静けさを突き破るように、フランが私のそばに寄ってきた。

 

「いいえ、削っただけです。後は貴方達次第ですよ。しっかり話し合ってくださいね」

 

別に殺してなどいないしフランさんはそれを望んでいない。

ただ、私が使ったのは『あれが持っていた力の破壊』と『自我の一部』を壊しただけだ。一応意思決定権くらいは残してある。

初めて使った力にしてはまあまあ使えた方だ。

ここまで済んだら後は彼女次第だ。それを生かすも殺すも、フランさん…貴女が決めるのですよ。

カゲと向かい合うフランさんを背にし、その場を離れる。

「……ありがとう」

 

「礼なら姉さんに言ってください」

 

サードアイの力を弱め、意識の底から抜け出す。

 

体が元に戻るような…何かに引っ張られる感覚がして、それが収まった時には、フランさんの外にいた。

 

「……ゲホ…」

精神的なダメージが、体に現れる。体に残していた魂…もとい精神はフランの力で破壊されている。その影響が体に出たようだ。

至る所から出血したのか、服は至るところが真っ赤になってしまっている。赤い服を着てくれば良かった…

痛みが波のように引いていき。身体から余計な力が抜ける。

いまだに残るカゲに隠れながら体が落下していく。

ああ…やることは終わった。あとは主役に座を譲って、脇役は静かに幕引きといきましょうか。

 

「幕引きはまだ早いですよ」

 

誰の声だっただろう。再び途切れかけた意識の隅にそんな疑問を残しつつ、私は誰かに抱かれるように横になった。

 

「お疲れ様ですさとり様」

 

 

 

体が気絶していても意識というのは意外とはっきりしていることがある。時々ではあるが……

抱かれた私の体は、しばらくそのままにされたのち、何か温かいもので包まれた。

そのとたん、体の傷が治っていくような感覚が身体中に走る。

 

もう少し寝ていようかなあ…

 

「ちょっと、寝るのはまだ早いですよ」

 

玉藻さんの声…

「どうしてあなたがここに?」

いまだに私は目覚めていない。それなのに、彼女の姿が見える。

相対する私と玉藻さん…はて、いつのまに心の中に入ってきたのでしょうか。

 

「他人の精神世界に入れるのはあなたの特権じゃないってことですよ」

 

私の疑問を感じ取ったのか…心が見透かされているのか…はたまた両方なのか。彼女はそんな答えを行ってきた。

「なるほど…」

私だけの特権じゃないと…まあそうですよね。人の中に入る人を何人か知っていますし…能力上やろうと思えばできるチートな方もいますからね。

それにしてもどうしてここに来たのでしょうね?

「あなたが寝ようとしてるから来たんですよ!」

 

まさかそれだけのために?

 

「早く起きてくれと…?」

 

「そうです。早めに目覚めてくれないとこっちだって疲れるんですよ」

 

ああ…そういえば私の体を支えてくれていましたね。これは失礼。しかし心の中に入れるなら貴方も来ればよかったのに…

 

「この体じゃ条件があるのですよ。例えば、相手が気絶、あるいは寝ている状態かつ精神的に弱っている。さらに拒否反応を起こされたらダメですし…一定以上触れていないといけませんし」

 

めちゃくちゃハードル高くないですか?もうそれほとんど使い道ないですね。

あ、でも本来の体なら普通にできるのですよね。そう考えると貴女も大概にチートじみてますよね。

 

「はいはい…詮索は良いですからさっさと起きてくださいね」

 

そうしましょう……体の方も治っているなら眠る意味ないですからね。

それじゃあ……起きますか。

 

 

 

 

 

「……おはようございます」

 

言われた通りに意思を覚醒させる。

体の感覚からしてお姫様抱っことか言うものですね。それにしても胸元が気になるのですけど……うーん。

 

「さとり様、傷はあらかた治しました。勿論魂の方も…極力元の形にしたので…ある程度ましかと」

 

「ええ…だいぶ楽になりました」

 

色々とありがとうございます。ある程度体も楽になってますね…

それにしてもフランは……どうやら大丈夫そうですね。

カゲがだんだんフランの中に消えていき、それと共に、狂気の渦も薄れて消えていっている。

ふむ…ちゃんと答えを出せたようですね。

 

「ではもういきますね」

 

玉藻さんの腕から抜け出し、上に登る。

 

「待ってください。まだレミリア様たちが……」

 

私を止めようと腕を掴むが、それを軽く振りほどく。

レミリアさん達はフランさんに夢中で気づいていないようですね。

私の役目は終わったのですから…もう引き止めることも無いですよ。

 

「お礼はいりませんよ。それに、待たせている家族がいるんです…早めに帰らないといけないですから」

 

そう…もうここに滞在する理由は無い。

それに早く帰らないと……

 

「あんなボロボロになってたのに何言ってるんですか!」

 

そんな怒らないでくださいよ。それに深刻な傷は貴女が治してくれたのだから大丈夫よ。

 

「平気よ…そのうち治るわ。貴女も分かっているでしょう?私の回復力」

 

「そうですけど……」

 

涙を浮かべて……一体どうしたのでしょう?私はただの他人だしこれ以上首を突っ込めるものではないのですけど…よくわからないですね。どうして……貴女は私のために泣くのですか?

「そんな気に病むことじゃないですよ……」

それに私は妬み嫌われる存在。いくら性格や行動でそれを無くしていてもいつかは妬まれる。

本人が否定しても深層心理は嫌悪する。

 

「せめて途中まで見送らせてください」

 

「貴女にはあの姉妹の事が残っているんですからダメですよ」

 

それに、あの2人も疲弊しているんですからパチュリーさんだけでは人手が足りませんよ。

それは貴女が一番分かっている事でしょうけれどね。

「それじゃあ、2人によろしくとお伝えください」

玉藻さんに背を向ける。これ以上彼女の心を読んでいたら帰る決心が揺らぎそうです。

 

「さとり様!」

 

彼女の考えが心の中に入ってくる。

そんな沢山の感謝…初めてです。

 

「ありがとうございました!またいつか…必ず会いましょう」

 

「ええ…またいつか……」

 

幻想郷でね。

最後の言葉を飲み込み、地上に向けて飛び立つ。

戦闘の傷で階段はほとんど使えない。体力の消耗した体には重労働ですね。

 

それでも、地上に上がるまでは体力も保ってくれましたからなんとかなりました。

 

紅魔館は私が来た時と変わらない佇まいで建っている。だけどどこか、優しそうな…そんな雰囲気に変わっていた。

 

荷物と言ってもこれと言ったものは持っていない。このまま外に出て帰ることにしますか……

あ…そうだったわ。お燐と合流しないといけないわね。

 

裏庭の方にでもいるのかしら…

裏庭に面した窓から外に出る。だけど窓枠に服の袖を引っ掛けてしまう。

そういえばこの服もズタズタですね……着替えた方が良いかしら…

無理に引っ張ってみればいとも簡単に千切れた袖を見ながらそんなことを考える。

もともと着ていた服が何処かにあるはずだが見つけ出す余裕はない。

仕方がないけれど…今はまだこのままでいましょう。

それにしてもお燐は何処にいるのかしらね。

 

呼んだら来てくれるのでしょうか…

「お燐。どこにいるの?」

 

そう一言呼んでみる。

「あ…さとり様」

 

あら、そこに居たのですね。

妖精メイド達の中にいたら分からないじゃないですか。

それになんで横になっているのやら…

 

「お燐。どうして横になっているの?」

 

妖精メイド達が解散し、お燐と私だけになる。

あの子達…避難していたのですね。ご迷惑おかけしました。

「さっきまで気絶していたんですよ」

 

お燐の記憶を読み、理解する。

狂気の本流に飲み込まれそうになっていた……危ないところでしたね。あのままじゃ自我を破壊されていましたよ。

 

お燐を抱きしめて無事だったことに安堵する。

「それにしても…さとり…血の匂いがするのですが」

やはり動物は鼻が効きますね…これでも大分血の匂いは消えていると思うのですけど。

「なんでもないわ。それにもう終わったしここに用は無いわ」

 

お燐には余計な心配をかけさせたくない。それに私自身は大丈夫なのだから…気にしないでほしい。

 

「……バカ」

 

「馬鹿で結構ですよ」

 

お燐が泣きついてくる。そんなに心配かけてしまったのでしょうか…だとしたら…反省しないといけませんね。

大切な人を泣かせるのは良くないですから……

 

お燐が落ち着いたところで、私は立ち上がる。

お燐とも合流できたのだからもう帰ろう…

 

「お燐……」

 

「分かってますよ。それにしても……長い滞在でしたね」

 

そうね……決して長くはないと思うけれど色々あったわね。主に私ですけど……

「名残惜しいですか?」

 

「まあ……ちょっとだけ情が移っちゃいました」

 

お燐でもそういう事あるのですね。それでも……いつまでもここにいるわけにはいかないですし、あの子達に泣きつかれて留まるなんて事になっても困りますからね。

猫に戻ったお燐を抱きかかえて、花の咲き乱れる裏庭を後にする。そう言えば表の門と繋がってましたね。

すれ違った妖精メイドの記憶から庭のある程度の構造を理解し最短ルートで門に向かう。

 

妖精メイド以外誰にも会わなかったのは都合が良かった。

 

偶然にも開け放たれている紅魔館の門をくぐり抜ける。

 

「行くのですね…」

 

門を通過した途端、真後ろで誰かが動く。背後を取るのは良いのですが…もっと静かにやってくださいね。美鈴さん。

 

「ええ……止めないのですね」

 

振り返ってみれば普段のメイド服ではなく、緑色をベースにしたチャイナ服に身を包んだ彼女がいた。

 

「止めても無駄なようですからね」

 

残念そうな顔しないでくださいよ。私は所詮余所者ですからね。

ふと何かを思い出したのか美鈴さんは背中に回していた手提げを渡してきた。

 

「貴女が着ていた服を洗濯して修繕しておきました。それとささやかながら、私からのお礼です」

 

……流石ですね。こうなる事を予期していたみたいな…ああ、そう言えば彼女の能力は……そういう事でしたか。

 

「ありがとうございます」

 

「お礼を言うのはこっちですよ。フランドール様を救ってくださりありがとうございます」

 

救ったなんて大袈裟ですよ。私はただ、手助けしただけです。助かったのは、フランさん自身の意思です。私は関係ありません。

それに……いや、これは考えないようにしましょう。考えたら余計意識してしまって悪循環になってしまいます。

それではと一礼して歩き出す。肩に乗ったお燐が名残惜しそうに背後を振り返る。

 

「ああ…そうだわ。レミリアさんに伝言」

歩き出してふと思い出した。彼女への伝言を言い忘れていた。

 

「伝言……ですか?」

 

そう、ただの伝言。でも、彼女なら薄々察するかもしれませんね。

 

「400年後、お茶に誘うわ」

 

今度こそ本当に紅魔館を後にする。

 

「バイバイ、レミリア。また会おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

アア、コワシタイ

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4部 想起
depth.71 さとりは帰宅まで全力で行く


紅魔館を出て半年。私達は今だに欧州にいた。

一応黒海までは来たものの、ここからが手詰まりだった。

山脈を越えようとしたらお燐に全力で止められたし…

なんでも私の体が保たないだとかなんとか。まあ、言いたいことはわからなくもないのですが…

フラン戦の傷はもう癒えてますから大丈夫なんですけど。それでも山脈を越えたり砂漠を超えたりするのはダメだと言って聞かない。

「……ねえさとり」

 

「なんですかお燐」

 

隣にいるお燐が非難の目を向けてくる。何かダメなことでもあったのだろうか。

途中で買った帽子の下から猫耳がチラチラと見える。相当逆立ってますね。

 

「なんで港に来てるのさ!」

お燐、あまり気を立てちゃダメよ。せっかく帽子で耳を隠しているのだから…

 

「ダメでした?」

 

山越えがダメなら海側から攻めてみたのですけど……

それにこの時代じゃルーマニアもここ、コンスタンチノープルもオスマン帝国。

でも山を越えてとなると国境越えが待っていて少し面倒だ。

この時代の国境といえば大体戦争の火種だったりするし色々と面倒。

「ダメじゃないんだけど……」

 

この時代にはまだ日本に行く予定の船など殆ど無いし、あったとしてもそれは使節団とか教会の者が乗っていたりするわけだから私たちが乗れそうなものなどない……か。お燐が言いたいことも分からなくはない。

だけど私だってここに無計画できたわけでは無い。

「まあ任せてください」

ルーマニアからここまでくる途中で買った布を使って作った上着を着なおし、歩き出す。

青を基調とした服が海の色と丁度よく重なるから私は好きだ。だけどお燐からは目立つって言われる。

別に少し目立っても大丈夫だと思うのですけどね……

そもそも東洋系の私達なんてどうあがいても目立つんですからね。

目の前に広がる中世の街並みの中に足を進める。

 

 

町に入ってからずっと色んな人に奇異の目線を向けられる。確かにこの服装は目立ってしまうかもしれない。だけど私よりお燐の方が目立っている気がする。昼間から堂々と漆黒のドレスなんか着ていたら違う意味で目立つ。

私の服装にとやかく言うくせにどこか抜けている。

 

「さとり…何を見ているんだい?」

 

上着の袖を掴んだお燐が私の目線を追いかけながら問いかける。

何を見ているのかと言われれば、街並みを見ているとしか言いようが無いのですけどね。

石造りの建物に舗装された道路。

今まで見たこともなかったものばかりなのだ。ちゃんと目に焼き付けておきたい。

 

あまりにも周囲に夢中だった為か、時々ナンパ紛いに話しかけてくる変な男達をずっとガン無視していたらしい。

あるいは、嫌悪感から記憶に止めないようにしていただけか…

 

「……なんですか貴方達?」

 

ちなみに答えは聞いていない。さっさと何処かに行って欲しいので、上着の内側に隠していたサードアイで軽くトラウマを想起する。

あまりに強いものや力をかけすぎると脳の容量を超えて即死なためそこはある程度考えた。

一気に逃げ出す男達。幽霊でも思い出したのですかねえ…それともアンデッドとか?まあいずれにせよ。私には関係のないこと。

逆立っているお燐をなだめるほうが重要です。

 

それに、さっさと目的を果たさないといけないわね。あまり長居すると教会に警戒されかねない。

私は悪魔や魔物の類では無いにしろ、それらに近い存在だ。いや、根本的なところは同じなのかもしれない。

 

港まで来れば、遠巻きに見る人も、声をかけようとする男もいなくなっていた。

いや、自然とそんなことしている余裕が無くなってきたというべきだろうか。

港は船乗り達が忙しそうに行き来していて私達など気にも留めない。それが本当、有難い。奇異の目線を向けられるのは疲れましたからね。

それじゃあ探し物をさっさと探しましょうか。

「お燐、探し物を探すわよ」

 

「良いけど…何を探すんだい?」

 

耳元で囁くお燐の声が、海風に紛れて途切れ途切れになる。

 

「船よ」

なるべく新しい船がいいですね。後は乗り込みやすいもので……

大きさは問いませんけど外洋航行が可能な形がいいですね。ボートじゃ小さすぎます。

 

「ふうん……」

 

反応が薄いですね。まあ、それも仕方ないか。普通に船に乗るんじゃ結局山越えと大して変わらないですからね。

この時代の船じゃ精々10ノットがいいところですしそんな速度じゃ何日掛かることやら。

だから船で航海をするわけではない。

「そうね……」

秘密にしておいたらお燐は怒るだろうから後でちゃんと教えましょう。

 

「理由は後で話すわ」

 

「どうせまた碌なこと考えてないですよね」

まあそうですけど…

お燐の呆れた声に苦笑い。

そうこうしているうちに、一隻の船に目が止まる。

船に使われる木は綺麗でみずみずしい色合いをしている。それに防水用に塗られたタールもまだ塗ったばかりなのかどこも剥げていない。

 

丁度良い船を見つけた。

ガレオン船…それも作られたばかりのものだ。

お目当ての物が見つかったのならもう十分だ。

 

「……行くわよお燐」

 

「もういいんですか?」

来た道を戻る私にキョトンとしたお燐。

ええ、大丈夫よ。

でも早めに行動に移したいから今夜あたりに早速乗りましょう。

乗るといっても乗員は私達2人。それも、ちょっと特殊な乗り方になる。

 

「それじゃあ……どこかでご飯食べましょうよ」

そういえばもうそんな時間だったわね。お金は一応持っているから、何か食べましょうか。

久し振りに海の幸が食べられる……か。確かにそうですね。でも日本にいた頃だってあまり魚とかなんて食べてないじゃないですか。たまに鮎を釣ったり、紫からお裾分けでもらった海老とか秋刀魚とかを調理したりはしましたけど。

 

「それもそうね」

 

でもまあ、たまにはいいか。

でもね……

「お燐、この時代に料理を食べる場合は宿に行かないと無いわよ」

 

「……え?」

 

なんでそんな絶望した目をしてるんですか。だってそうですよ?

中国とかの方は昔からありましたし紫も良く大陸とかで食事をするときはそういうお店に行ってるっていってましたけど。

でもここは中華ではなく欧州。まだ気軽に食事を食べるだけの施設は無いんですよ。

そもそもレストランが登場したのは1700年代に入ってから。それ以前だと宿場や酒場で軽く取れるくらいです。それもこんな真昼間からはやってませんし。

それにこの時代は一日三食ではなく、昼と夜の二食制が基本ですからね。

「じゃ…じゃあ宿に行って…」

 

「まだ宿なんて予約してませんよ」

 

なんでこの世の終わりだみたいな目で見るんですか。分かりましたよ。どうにかしますから……全く。

 

でもどうにかするといってもどうにも出来ない。

そもそも宿ってどこにあるのでしょうか?それっぽい看板があればいいんですけど……

 

その後町の中を多少は彷徨ったものの私の心配は杞憂に終わった。

偶然見つけた宿で宿泊の予定を入れ、直ぐに食事をするということで決まった。

ちなみに持っていたお金の半分が消えていった。解せぬ。

それにしても魚料理があるとはいえ…殆どスープとかの煮込みが中心ですね。後は貝。

「どう?満足した?」

 

隣で大量の料理を口に詰め込むお燐に聞く。美味しいかどうかは別ですけどそれだけ美味しそうに食べていれば食事も美味しくなるでしょうね。

私はあまり食べてませんけど。

「……さとりの食事と比べたら全然ダメだけど食べられないことはないよ」

そう…ならよかったわ。

 

『貴方達もしかして東洋人?』

 

『かわいいね。どこの家のお嬢ちゃんかな?』

 

黙って食事をしていたら周囲の人が次々に話しかけてきた。

だが、そのほとんどが聞き取れない。

勿論私は心を読めば何を考えているか分かるものの、お燐は完全にキョトンとしてしまっている。

それでも食事の手を止めないあたり食い意地が張っているとしか言いようがない。

それにしても言葉の壁は厄介ですね。紅魔館で言葉が通じていたのが不思議です。

「お燐、気にしちゃダメよ」

 

「そうします…ってさとりは食べないのかい?」

 

食べましたよ?少しだけですけど……あと、やっぱり味があれなだけあってあまり手が進まないってのもありますね。

調理場をお借りできれば………でも私はシェフでもなんでもないですからねえ…

私はただの妖怪。うん、ただの妖怪。

ふと隣を見ると、満足したのか水を飲みながらのんびりしているお燐がいた。

さて、後は夜になるまで待ちましょうか。

昼間に行ったら少し目立ちすぎますし準備がありますからね。

 

「お燐、部屋に行くわよ」

 

「え?わ、分かった」

ご馳走様でした。

そう言い残して席を立つ。周囲の人間の興味を引きつつあるけどそんなことは気にせずにあてがわれた部屋に行く。

部屋に入るまで消えなかった視線は、扉を閉めた途端にパタリと消え去る。

だけどそれは消えたわけではなく遮られただけ。外に顔を出せばまた目線は追ってくるだろう。

その目線を壊したくて壊したくて……おっといけない。

「それで…この後はどうするんだい」

 

どうするって言われましても…夜まで待つんですよ。だって外なんて気軽に歩くことなんてできないじゃないですか。

 

「それじゃあ毛繕いしてほしいなあ」

 

はいはい、分かりましたから喉を鳴らしてねだらないの。

 

 

 

 

 

 

 

数時間で日は落ち、辺りを照らしていた家々の明かりも消え去る。街を染めるのは灯台を照らす灯と僅かな家から漏れた灯だけになった。

そんな深夜の街に、私達の足音が静かに響く。夜の街というのは昼間とは全く対照的だ。まるで死神が街を徘徊しているかのような…そんな不気味さ……この場合死神は誰になるのだろう。

「まだ夜ですよ…眠いです」

夜ご飯もがっつり食べていたお燐が眠そうな声を出す。

 

「妖は夜の存在なのですが…」

 

「妖でもあたいは昼型なんだってば」

 

「どうしてそうなってしまったのやら」

 

「むしろ眠くならないさとりの方が異常だって」

 

そんな軽口を叩きながらのんびりとでも確実に港に向かう。

船そのものは寝静まっていて僅かなロウソクの灯りが周囲を照らしている。

昼間に確認した船は、その場所にひっそりと止まっていた。昨日あたりにここに到着し、荷下ろしを行ったばかりなのだろう。ほとんどの乗員は船から降りていて残っているのは僅かな人数だけになっている。

 

「……良いですか。眠らせるだけですよ」

 

あまり騒がしくすると起きてしまいますからね。

こういうのはこっそりとやるんです。

猫に戻ったお燐を肩に乗せて船に備え付けられたラッタルを登り、甲板を覗き込む。

見張りは無し。結構静かですね。

素早く船の上に降り立つ。それと同時に背中に乗っていたお燐が駆け出す。

二股に別れた尻尾さえなければ化け猫だとは気づかれないだろう。

お燐とは反対側に走り出す。

音を立てずにこっそりと…別に泥棒をしようというわけではない。

 

船内へ続く扉を開けて中に入る。

起きている者はいないようですね。ならもうちょっと寝ていてくださいね。

暴れたら痛い目に合いますから。

船を固定する為に用意されている縄を回収して寝ている船員を片っ端から縛り上げ甲板に集めていく。

途中で起きたものはその場でトラウマを見せ気絶。起きていないものも、なるべく眠りが覚めないよう深い眠りに誘わせる。

そうして甲板で船員を縛っているとお燐が残りの人達を縛り上げて出てきた。

「それで全員?」

 

「そうですよ」

 

それじゃあ、早く支度しないといけませんね。

あ、無賃乗船の方々は早めに船から降りてくださいね。お駄賃?ええ、貴女の命と引き換えに…ふふふ。

 

縛り上げた船員を纏めて救命ボードに乗せて海へ降ろす。静かな内海の港ならよほどのことがない限り大丈夫でしょう。

それに朝になれば自然とどうにかなるでしょうし。

 

「お燐!帆を張って!」

 

全員を乗せたボートを海面に下ろしたところでお燐に指示を飛ばす。

この船はメインマストが三つ。それと艦尾と艦首にサブマストと計5つのマストがある。

 

「はいはい!」

それら全てを1人で張るのは大変だ。普通の人間なら…

だけどお燐は妖怪。なんら問題はない。

 

お燐が帆を張りに行っている合間に船の後方に魔法陣を描く。

本来は魔法陣なんて要らないけれどあった方が力を運用しやすいのでこの過程を合間に組み込んだ。

そこに妖力を流し込み、船全体を覆うように幕を作る。

 

「重力の作用を反転…」

船全体を覆った魔法陣が紫色に光り、そして消えていった。

これでよし。後は帆が広がるだけ……ってお燐。帆の先をちゃんと船体に固定しなさい。それじゃあ貼れてないじゃないの。

え?結び方が分からない?仕方ないわね。

結び方の分からないお燐に変わりちまちまと結ぶ作業を行っていく。

それでも縄を引っ張ったりとかなり力が必要だ。

それに人手が欲しい。だって私一人で全部の縄を結ぶのは大変なんですからね。

結局かなり遅れましたけどどうにか帆は張り終えた。大変でしたよ。

風を受けた船体がゆっくりと動き出している。

動き出した船の操舵輪をお燐が握ったようだ。ちゃんと操舵できるか不安だけれどこれから進むところは障害物なんてありませんからね。

さてと……それじゃあ出航しましょうか。

船に軽く力を入れる。

水しぶきが上がり船体が隠れる。

「ちょっと派手でしたかね?」

 

「まあいいじゃないですか。雰囲気ありますし」

そう思うのは操舵輪握ってる貴方だけですよ。

 

 

 

 

 

水しぶきを上げて船体が、船体の前が浮き上がる。遅れて後方も海面から浮き上がったのか波特有の揺れが収まった。

だけど今度は体が傾斜と突風で船尾に転がされる。必死にマストにしがみつく。爪が食い込んじゃったけどこの際仕方がないと諦める。あたいの爪……せっかく伸ばしたのに……

そう思っていると今度は傾いていた船体が水平に戻り体が投げ出される。

 

「もうちょっと丁寧に航行してほしいねえ」

 

「ごめんなさいねお燐。細かい制御は苦手なのよ」

 

普段から曲芸飛行するあんたが何を言ってるんだか。

それにしても……本当に船を飛ばすなんてねえ……

宿屋で聞いた時は信じられなかったけどこうして側面から下を見れば街並みが小さく見える。

ほんと、さとりの発想力ははちゃめちゃだねえ。

強い風が船を揺さぶる。外側にいると振り落とされそうだ。こんなところで落ちるのはごめんだね、あと寒いし……

 

「寒いなら船内に入ってなさい。少し落ち着いたら高度上げるから」

 

一気に上げないのは優しさからなのか他の理由があるからなのか…そういえば空を飛ぶときは良く段階的に高度を上げることが多いねえ。どうして一気に上がらないのかいつも疑問だったんだけど。

理由があるのかねえ?

「そうね…気圧の変化に敏感な体質だから一気に高度を上げたり下げたりすると辛いのよ」

 

ふうん……辛いんだ。何が辛いのかは分からないけど。

それにしても寒いね。あたいは寒いの苦手だから早めに船内に入ってるよ。

船室に繋がる扉に手をかけると勢いよく開く。お陰で顔面を強打した。

痛い……

 

「気をつけてって言いそびれちゃったわね」

 

「遅いですよ……」

 

そう言いつつ船内に入る。外側から何かに引っ張られる扉を力任せに閉めると、ようやく一息。海の香りと木製の暖かい雰囲気が身をほぐしてくれる。

さとりが船になんだかの仕掛けを施したらしく、船内はかなり暖かい。これなら高度が上がっても安心だねえ…

廊下に設けられた窓から外を見る。

眼下は真っ黒でそこに何があるのかさえ分からない暗闇が広がる。時々月明かりに照られて雲や地形の一部が少しだけ見えるけど…猫の夜目を使ってもなかなか見えない。

逆に空は正反対。

無数の光の砂が撒き散らされたかのような綺麗な景色が広がっていた。

みているならこっちをみていたほうが良い。

でも一人で見るより……さとりとかこいしとかとみたいなあ。

あまりに広いものを見るのはあたいの目だけじゃ足りないからね。

 

「気に入ったかしら?」

 

どれほどそうしていたのかは分からないけど、いつの間にか隣にいたさとりの声で我にかえる。

どうやら相当な時間が経っていたらしい。

「操舵は良いのかい?」

 

「ええ、偏西風を捕まえましたからね。後は待つのみです」

 

偏西風がなんなのかはよく知らないけれど…これで故郷まで一直線で帰れるわけだね。良かった良かった。

 

 

外を見ていてもつまらないので日が昇るまで船の中を探索していた。

とは言ってもさとりと一緒に見て回るんだけどね。

「やっぱり底の方は潮の香りが強いね」

 

「まあ、放っておいたら浸水するところですからね」

 

ふうん……あたい、ここまで大きな船は初めてだからねえ。

そういえば、海に浮く船なんて乗ったの初めてだよ。あ、これは空に飛んでるか。

「そういえばどうしてこの船は飛んでるんですか?」

 

「簡単ですよ。船を簡易型の式神にしたんです」

 

船を式神に?そんなことができるのかい。

そういえばにとりや紫様が似たようなことをやっていたような……

「ええ、基本は彼女達から教わりました……っていうかこれ式神の中では結構基本ですよ?むしろ生きている者を式神にするほうが余程大変なんですからね」

 

「そうなんだ。でもこんなもの式神にするヒトなんていないだろうねえ」

 

「そうですね……普通は人形とかを一次的に式神にして操ったりするのに使うことはありますけれどこれほど大きいものはありませんね」

 

だろうね。それにしても…さっきからかなり床が揺れているのだけど大丈夫なのかねえ。

不安にしかならないのだけれど…後こういう狭いところは少し好きじゃないんだよねえ……

あたいの思っていることを読んだのか。さとりはあたいを甲板に連れて行った。

「そろそろ日の出の時間だから一緒に見ましょう」

 

「……素直じゃないですね」

 

「素直じゃ無いのがさとり妖怪ですから」

 

なんだいそれ。

よく分からない答えで結局疑問を煙に巻かれてしまう。

そうしている合間に、甲板に着いた。相変わらず風は強くて気を抜いたら一気に体を持っていかれてしまいそうになる。

怖い怖い…それに寒い。空気も薄いのかなんだか息が苦しい。

それでも、遠くの地平線が少しだけ明るくなっている。

出発が遅かったからか、船内探索に時間をかけすぎたか。どちらにしても結果は変わらないか。

「夜明けですね」

 

「だとしたらこんな大きなものが空を飛んでたらバレるんじゃないのかい?」

 

「たとえ見られたとしても人間の心理は非常識な事態を目の前にして正常な判断を下せない場合が殆どです。例えば見られていたとしても心の中ではありえない事…まやかしだと言う自己判断で終わってしまいますよ」

 

心理に関してのエキスパートがそう言うならそうなんだろうね。でも常識に囚われない連中がいたらどうするんだか。

「例え常識に囚われない人がいたとしても人間社会と言う枠組みの中から抜け出せる事はありません。一人二人がそんな事を言ったところでその意見は社会常識に潰されますよ」

 

そう言うものなのかねえ……お、太陽が見えてきた。

 

「特等席ですよ」

確かに特等席だった。

周りに視界を遮るものなど一つもなく、太陽の光が眼下に広がる景色を明るく照らし絶景を生み出す。朝日に照らされて赤みがかった雲が奥の山肌を撫でるように飛んでいる。

綺麗としか言いようがない……

 

「飛んで良かったでしょ」

 

「……ほんとです」

 

こんな綺麗なもの初めてだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はやけに尋ね人が多い。

私が起きた時にも天狗さんが来ていたしその後も勇儀さんとか狐とか……

そう言えばこいし様もなんだか今日は落ち着きがないように見える。その理由を問いただしてみてもはぐらかされてしまう。なんなんだろう?

「お空?」

 

「こいし様…やっぱり何かあったのですか?」

 

こいし様が何かを隠しているのは分かるんだけどそれが何かまでは分からない。

「……なんでもないよ。ただ、予感がするだけ」

なんの予感なんだろう。

私の疑問を掻き消すかのように強い風が窓を叩く。西の空が墨汁をぶちまけたかのように低く雲が広がっている。

嵐が近づいているみたい。久しぶりだなあこんな天気。

 

「あ、そうだ。後で紫が来るからお空も同席ね」

 

「私も同席?」

 

「そうだよ。もしかしたら私たちに関係する事だから」

 

私達って事はもしかして……いやいや。そんな事あるわけないよね。だってさとり様とお燐はもう何百年も前に……

「お空、諦めちゃだめ」

 

「でも……」

諦めたくなんてない。だけどずっとこのままなんて辛い。いっその事諦めてしまった方が楽なのかもしれない。

でももう、その決心すらつかない。考えないようにしてきたけれどどうしたら良いんだろう。

 

「お空……もう少しだけ。お願い」

 

こいし様の悲しそうな顔。私がこの事を考えないようにしている理由……

私よりこいし様の方が辛いのは分かっている。

やっぱ私……だめだなあ。

 

「あやや。こんなところにいましたか」

 

気づけば天狗が部屋に入っていた。確か射命丸だっけ?天狗の知り合いは多いから顔と名前がいつまでたっても一致しない。

 

「文?どうしてここに?」

 

「玄関で声をかけたのですが反応がなかったので」

 

「待ってて。今お茶出すから」

こいし様が台所の方に駆け出す。パタパタと袖を振り軽快に走り出した彼女の背中を見送りつつカメラに手を伸ばした文の手を掴む。

「抜かりないですねえ」

 

「許可のない撮影はだめって言われてるから」

 

それに後ろ姿だけ撮っても意味ないんじゃないの?記念写真にもならなさそうだし。

そう言えば文のカメラって下着の写真とか風呂の写真とかいっぱい入ってたけどあれってなんで撮ってるんだろう?

 

「許可を待っていたら大事なものを取り損ねてしまいますよ」

 

得意げに話す文。そっかそれに後から許可をもらえば良い話だったね。

「おまたせ…ってまた盗撮?」

勿論心を読めるさとり妖怪に隠し事なんて通用するはずがない。

でも…知っていて何も言わないことも多いから黙認してるのかなあ…多分文も黙認してくれてると分かっている?うーんよく分からないしなんかクラクラしてきた。

「盗撮だなんて人聞きの悪い…ただの記録ですよ」

 

「姿なんて大して変わらないと思うんだけどなあ?」

 

「まあ、成長記録でしたらお空さんで間に合ってますよ」

 

へえ、私の成長記録か。なんだか見て見たいなあ。

「見たいって顔したますねえ…勿論今持ってますけど見ます?」

 

「へえ…ちょっと見せてよ」

 

私が手を伸ばそうとしたら速攻でこいし様に取り上げられた。あれ?さっきまでお盆を持っていたはずなのに…いつのまに机に置いたんだろう。

 

「これ…お空盗撮したでしょ」

 

ペラペラと読み飛ばすような手つきでページをめくっていたこいし様からそんな言葉が漏れ出る。

盗撮?私された記憶ないんだけどなあ…

「や、やだなあ……人聞きの悪いことを言わないでくださいよ」

 

何故か汗を流している文がこいし様の手から本を取り上げる。あれ…私に貸してくれないの?

 

「うにゅ?成長記録見せてくれないの?」

見たかったのになあ…

そう思っていたらこいし様が文からか本を奪い取り渡してくれた。やった!

早速中を見ていく。最初の方は鴉の姿が多い。まだ人型を取れなかった頃だろう。

何枚かめくっていくとようやく人型を取り始めた頃のものが出てきた。

 

「……あれ?結構風呂場の写真が多い気がするんだけど」

 

なんだか肌色成分が多い気がしてそんな事を口走ってしまった。

でもなんだかそんな気がしたし……

「気のせいですよ…」

やっぱり気のせいか。

私自身覚えているわけでもないから良いや。あれ?こっちの方は最近撮られらものっぽいけど覚えていないなあ……いつ撮られたんだっけ?

「あれ…これ脱衣所で体形計測してる時の…」

一番新しい写真がこれだった多分二日前のものだと思うんだけれど…撮られた記憶ないんだけどなあ。

「こいし様…この時って写真撮られてましたっけ?」

 

「そ…そうだ!急用を思い出しました!」

 

急に文が本を奪い取り玄関に駆け出す。でもそれはこいし様に止められた。

これから嵐なんだからもう外出るのはまずいと思うけど…急にどうしたんだろう。

「文、今日は泊まっていった方が良いよ」

 

こいし様の笑顔に影が出来てる。怒ってるのかなあ…

 

「で、ですが」

 

「うにゅ?嵐が近いし今日は泊まっていったほうがいいよ」

今から外に出ても嵐に巻き込まれるだけだから危ないよ?

 

「そうだよ。それに、後でゆっくりOHANASHIしたいし」

 

「あ……人生終わりました」

 

どうして人生終わりましたなんだろう。

 

「面白そうなことやってるわね」

 

文やこいし様とは全く違う女性の声が凛と部屋を制する。

この声はもしかして……

「あ、紫さん」

窓のところにできた隙間から顔をのぞかせてる紫さん。そんなところにいつまでもいないで部屋に入れば良いのに。

「あ、胡散臭い大妖怪さんお久しぶりです」

 

「こんばんわ。お茶入れなおしてくるからちょっと待ってて」

 

文の胡散臭いってどういうことだろう。そう言えば前にもそんな疑問を考えたような気がする。

 

「一名呼んでない人がいるようだけれど」

文は呼ばれてなかったね。別に人数が増えてもいいと思うんだけど。

 

「まあいいじゃないですか」

 

追い出す理由ないから良いや。他の人が追い出す理由持ってるならそれはそれで勝手にしてだけど。

 

「……それもそうね」

 

「お待たせ。粗茶だけど許して」

 

「ぶぶ漬けを出してくるよりはマシだわ」

ぶぶ漬けって美味しいのかなあ。

あまり広くない部屋なので鴉の姿に戻ってこいし様の肩に乗っかる。

でもこの状態じゃ喋れないんだよね。別にこいし様が通訳してくれるから全然良いんだけど。

「それで、今日は何の用なの?」

 

「そういえばどうして紫様はここに来たのですか?」

 

わたしには誰がきても変わらないや。大妖怪だろうが妖精だろうが結局同じだし。私はあまり他人の肩書きなんて興味ないし。

 

「単刀直入に言いたいけれど…一旦落ち着かせてちょうだい」

 

落ち着いてじゃなくて落ち着く?どういうことだろう…言葉の綾なのかなあ。

それと文、座らないの?

「ふう…美味しいわね」

落ち着いたのか紫さんはゆっくりと話し出した。

「さっきよ……胸騒ぎがあったから隙間を使ってさとりの居場所を探知してみたの」

全員の空気が変わる。

 

「朗報よ。あの子の反応を感知したわ。まあ、細かくは絞り込めなかったけど…」

 

 

 

 

 

 

「雲行きが怪しいですね…」

 

「この前から曇ってきてるねえ…」

 

こりゃ嵐かなあ

 



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depth.72さとり帰還

天気というのは気まぐれだ。

あたいの容量不足なこの頭だってそんな事は分かっていた。

分かっていたけれどそれに気づいた時にはもう遅くて、でもまだなんとかなるんじゃないかって思っていた。

さとりもその事に気付いて手を打っていた。だけどそれでもどうしようもなかった。

 

数分前から東に向かって吹いていた風は北寄りに変わり船を大きく北上させた。

さとりが慌てた様子で舵を回していたけどいつの間にか周囲の天候は青空から蟻の巣を突いたかのような荒れ方を始めた。

そう言えばこの船…時速数百キロ近く出てたんだっけ。

 

天候が荒れればこの船だって巻き込まれる。

風が帆を叩く打ち付け船体が大きく揺さぶられる。

 

「お燐!早く帆を畳んで!」

 

「は…はいはい!」

 

返事をしたのはいいけど帆ってどうやって畳むんだろう?

やり方が全然分からない…でもこうしている合間にもどんどん船は流されてるし…

 

「もう……お燐、マストを根元から切り落として」

 

「え⁉︎でもそんなことしたら…」

 

もうこの船は風を受けて飛ぶ事はもう出来ない……

「大丈夫よ……」

あたいの心を読んださとりがそう言う。だけど嵐の奏でる轟音で何を言っているのか聞き取りづらい。

「もう幻想郷の近くに来ているはずよ」

 

「それって嵐に巻き込まれるの計算してます⁉︎」

 

「してないわよ」

 

あまりあてにならない。でもそろそろ幻想郷の近くって事は少なくとも日本には入っているわけだから…うん、なら大丈夫だね。

 

「それじゃあ切り落としますよ!」

 

「派手にやっていいわ」

 

派手にと言われても派手になんか出来ない。それに船の床が右に左に大きく揺れるのまるでなにかの箱の中で揺さぶられているようだ。

酔いそう…

そう考えたら急に酔いが回ってきた。

やばい……色々見せちゃ行けないものが出てきそう…

でも先にマストを壊さないと…

弾幕を作り出し、一番近くにあるマストの根元に向けて放つ。

だけど足場が安定しないし視界もフラフラ。そんな攻撃が当たるはずもなく、甲板を削ったりマストの一部を破壊するだけに止まってしまう。

「う…狙いがつけづらい」

 

それに無理に力を出すものだから余計酔ってきた…やばい…一旦退散。

 

 

 

 

お燐って船酔いしやすい体質だったのね…

結局お燐はトイレまで間に合わずに手すりから身を乗り出して何か出してる。

それが何なのかは聞きたくないし本人だって突っ込まないでほしいと思っているはずだ。

可哀想だけれど…こればかりはどうしようもない。

さっきよりも揺れが激しくなった船の上ではもうお燐の元に駆けつける事すら困難だ。

可哀想だけれど落ちない事を祈るしかないです。

 

っと…舵が持っていかれそうです。

元々操舵性の悪い船でしたから風に乗せて動かしてましたけどその風に今度は逆らわないと行けないなんて…

この船にとっては苦行ですね。

「きゃ!」

考え事をしていたら船自体が横に大きく傾く。

至る所で木の軋む音がして、たまに割れるような嫌な音が響く。

 

「まずいわ……」

 

お燐を待っていたら本格的に嵐に飲まれる…そうでなくても嵐に飲まれているのだから不味いです。

出すもの全部出して項垂れてるお燐の方にマストが倒れないようにここからマストを狙えるかと言ったら難しい。

でもやらないともうどうしようもない。

 

まずは一本目。2メートル前後の巨大な斧を妖力で再現させる。

「お燐、頭を上げないでね」

 

「さ、さとり?一体何を…」

 

構えた斧を思いっきり投げる。

見た目によらず破壊力は強大だ。

お燐の頭の上すれすれを通過して行った斧は私から見て一番手前にあるマストの根元を綺麗に切り裂いた。

日本刀で斬られる時より鈍く、太い音がして、数メートルもある巨大は柱が傾く。

左右に揺さぶられる船の上でそれは恐ろしいほど不安定な存在で、バランスを崩し倒れた。

傾いた甲板に傷と破片を残し、数メートルの巨体は甲板から滑り落ちる。

後2本…早めに済ませてしまわないと…

「さとり…後はあたいがやる」

 

ふらふらとした足取りのお燐がそう言う。

そんな体で大丈夫なのかすごく不安なのだけれど……でも貴女がやるたいのであれば良いわ。

 

「分かった…それじゃあ破壊して」

 

操舵輪をつかみ直す。それじゃあ、私は船を壊さないようにしますか。

舵など空を飛び始めてからほとんど使う事はなかったけど…そもそも使えるかどうかわからないけれど…大丈夫よね。

 

手を離せば直ぐに回転してしまう舵輪をしっかりと押さえつける。

時折船体が大きく傾き、お燐が切り倒したマストが船体を激しく壊して下に落ちていった。

「お燐…気をつけて」

 

すいませんと心の声が聞こえた瞬間、今度は最後のマストが船尾に向かって倒れてきた。

このままでは操舵している私が巻き込まれる。

咄嗟に舵を左に切り風に対して真横を向く。当然この巨体に吹き付ける風は船を押し流そうとして横っ腹を押し上げる。

船体が真横を向き、私のすぐ隣をマストの先端が掠めて行く。

衝撃、甲板の破片が飛び散り、傾いた船体から滑り落ちていく。

マストは一段上がっている後部を大きく抉り取っていったようだ。

 

「……まあ、良いですよね」

 

「お燐…私を押し潰したいの?」

 

いくら再生能力があってもあんなものに押しつぶされれば即死よ。

でもまあ、これで風に流される速度は遅くなった。

残ってるのは船尾の小さいマストと前方のもの……は紐がたるんでしまってもう使えないわね。

 

「……雨ね」

 

頬に冷たい水が当たりそれは次第に私やお燐を濡らしていく。

あっという間に強く降り出した雨。風も強くなってきたし嵐のど真ん中に飛び込んじゃったようね。

 

「さとり…寒いです」

 

「船内に戻ってなさい」

 

「そうします……あれ?」

 

お燐が何かに気づいたようだ。どうしたのだろう?

事情が事情なので今は勝手に心を読ませてもらう。

 

………成る程。高度が下がっているのね。

ん?待って……高度が下がっているって……

まさか!

術式が解けている⁉︎

「お燐!ちょっと操舵輪変わって!」

 

「あ…え?わ、わかりました」

お燐が操舵を変わったのを確認してすぐに船体後方に行く。

術をかけたのはここら辺。あの後魔法陣のようなものが浮かび上がっていたはずなのだけれど……

 

様子を見ればやはりというべきか何というべきか…術のあった甲板の半分が引きちぎられてしまっている。さっき倒れてきたマストが持って行ってしまったのだろう。

このままでは高度は上がらない。再度式をかけ直そうにも、今かけている術が完全に解けないとかける事はできないし残った分を破壊すれば一気に落下する。

下がどうなっているか分からないが…確実に落ちるだろう。

この嵐の中だ。飛んで逃げようにももう手遅れ。それに下手な場所に落ちれば被害は大きい。

 

すぐにお燐のところに戻る。

 

「お燐、この船はもう長く飛べないわ」

 

「え⁉︎じゃ…じゃあどうするんですか!」

仕方がないけれど…どこかに軟着させるしかないわ。

でもこんな嵐の中じゃ下手をすれば山肌に突っ込むかもしれないし……

 

「なるべく海か湖のようなところに降りれたらいいんだけれど……」

 

「そんな都合よくありますかねえ…」

暗さと豪雨でよく見えないが多分下は地面だ。

そう簡単な話ではない。

「ともかく、どこか安全におろせる場所じゃないと…」

 

「って言ってもほとんど山肌ですよね?」

平原なんて日本の地形からしてあまりない。多くは山…やっぱり何とかして湖に持っていければ…琵琶湖とか…諏訪湖とか…どこでもいいから。

そうしている合間にも高度は下がっていくし左右前後の揺れも大きくなっていってる。ビショビショね…もう服脱ぎたいわ。

 

「さとり!⁉︎何で服脱ごうとしてるの!」

 

濡れてるからよ。だめ?

 

「今そんな事してないで!いやああ!傾く!落ちる!落ちる!」

 

大丈夫よ。ちゃんと甲板に足つけてれば。滑るけどね。

まあ滑って落ちるほど弱くはないわよね。

「操舵変わって。お燐、適当に船の中にある毛布集めて包まっておきなさい」

 

「そ…それってどういう…」

 

「いいから行って」

お燐を船内に入れる。そろそろ地面が見えてくるはずだ。もうこの子も飛べないし…外にいて放り投げ出されるよりかは船内で毛布に包まれていた方が安全だ。万が一があったらだが…

速度はまだかなり出ている。このまま地面に着陸なんてしても衝撃でばらけるのがオチだ。

 

「あ…もしかしてあれって地面?」

 

まずいわ…もう時間がない。

すぐ近くに無いかしら…水がある場所…

勿論雨とか田んぼとかは論外だ。

 

それとなんか向こうの方から誰かがこっちに来ているような…まさかこんな嵐の中を飛べる妖怪とかいるんですか?いやいやまさか。

でもあの灯のようなものは間違いなく灯だしそれにこっちに向かってきているような……

「……!」

おっといけない。よそ見していたらひっくり返るところだった。

えっと…湖…あるいはもう川でいいわ。

でも見つからないまま時は過ぎて行く。もう接地するまでカウントダウンが始まってしまっているような状態だ。

 

「どうしよう…このままだと」

焦りのせいなのかあるいは打ち付ける雨なのかは分からないが目に涙が浮かんでくる。

ああもう…まだ時間はあるんだから頭をあげて軟着陸させる努力でもしないと……

あら?あれは何かしら。

そこにあるのは……

一瞬だけ何かが光った。

「……あ!」

湖……やっと見つけた!

この距離なら間に合うはず…なんとか保って……

あまり効かない舵を使って船の進入角度を調整する。

地面に擦ったのか船の下の方からガリガリとへんな音がする。

だがそんな音もすぐに止み船の周囲に水しぶきが上がる。

バキバキと立て続けに木材が折れる音が響き、前から一本目のマストがあったところに亀裂が走る。

どうやら竜骨が壊れて強度が落ちたようだ。

衝撃で外れた扉からお燐が駆け出してくる。

「ちょっと!艦首が折れちゃったよ!」

 

「大丈夫です」

水の抵抗と合わさり速度が一気に落ちる。前のめりになった艦首が今度は大きく頭をもたげ、それを押すかのように分かれた後ろが突っ込む。

「きゃ!」

 

お燐が前に投げ出される。気づけば私の体も前に向かって吹き飛ばされ、甲板を転がっていた。

 

殺しきれない運動エネルギーが、船尾を持ち上げ、傾斜が大きくなる。

なんとか甲板に手を差し込む事で落ちるのを阻止する。

木の板を殴って貫通させるなんていつぶりでしょうね。

 

お燐はなんとか側面で垂れ下がっていた縄を掴んだらしく私のすぐ横でぶら下がっていた。

相変わらず激しい雨と風が吹きつけている。だけどさっきよりかはましだ。

 

「お燐。大丈夫?」

 

「なんとか無事です…」

 

ほんと…なんとかなるものね。

さて、まずは嵐を凌がないと…いつまでもここにぶら下がっているだけじゃいけないだろうし…

ってあれ?

「さとり…どうしたんだい?」

 

「お燐…あそこの灯りって…」

 

飛んでる最中にも見たあの灯りがこっちに向かってきている。やはりあれは妖怪のものね。

こんな破天荒な時にも来るって事は天狗かしら?

確か白狼天狗なら嵐の中でも飛んでいる事があったけど。

主に柳君くらいですけどね。

 

「助けかもしれませんけど…」

 

まあ万が一敵ってこともあり得る。でも私の敵って一体誰だろう?もう私がいなくなってから400年近くたっているわけだし今更復讐しにくる相手なんて知らないのだけど。

いるとしたら1人だけ……でもそんなわけないだろうし。

 

「……何か聞こえません?」

 

お燐の耳がなにかを捉えたようだ。

もしかして相手の声だろうか。

私も耳をすませてみる。

風の音と雨が打ち付けるリズムの合間に、ヒトの声が聞こえる。

どうやら呼びかけているみたいだ。

もう少し近づいてくれたらなんとか分かるのですが……

 

「合図を出してみます」

 

「危険すぎないかい?」

 

「一か八かです」

 

モールス符号…じゃなかった。前に椛達から教えてもらった灯を使った信号を使ってみる。灯りを妖力で生み出し何回か点滅させたりを繰り返す。

うろ覚えだから適当だけれど…

 

「あ…こっちに来てますよ」

 

「伝わったのかしら」

 

「ちなみになんて送ったんですか?」

 

「やろうぶっ殺してやる」

 

「アホ!」

嘘ですよ。実際には救助って打ったんですけどね。ちょっとした冗談なのになあ。

 

「貴様ら!ここで何している!」

 

近くに来た影がそう怒鳴りつけてくる。嵐が奏でる轟音に負けないようになのだろうけれど煩いし威圧感が出ていて怖い。

「完全に怒ってらっしゃいますよ⁉︎」

 

おかしいですね。何か怒らせることしましたっけ?

「えっと……どちら様です?」

 

「名乗る時はそっちからだが…まあ良い。私は妖怪の山の哨戒をしている者だ」

妖怪の山…という事はここは幻想郷?やっと帰ってこれたのね。

やったわ…やっとだわ。

「おい!聞こえているのか?」

嬉しさのあまり忘れていました。

「取り敢えず…保護を希望します。えっと…天魔さんに私のこと伝えてくれれば多分分かると思うのですが……天魔さんってここ最近変わったりしてます?」

 

「なぜそんなことを言わなければならない?まずあんたは誰だ!」

そういえば自己紹介がまだでしたね。

 

「古明地さとり。しがない妖怪です」

 

「えっと…あたいは火焔猫燐」

 

「……」

何で沈黙してるんですか?っていうかやっぱり暗くて顔が見えないのですけど……名前の方教えてほしかったなあ。

 

「……本当ですよね」

 

「え?」

 

「貴女が古明地さとりって言うのは本当ですよね」

 

そうだけれど…どうしたのだろう。

俯いたように見えますけど……この声…どこかで聞いたような…どこか懐かしい声なんだけれど。

「帰りをお待ちしてました。犬走椛です」

 

……え…椛だったの?

 

 

 

 

椛がかなり成長していた件。

そりゃ何百年も経っていれば成長するのは当たり前だけれど…それにしてもあそこまで大きくなりますかね。私とほぼ同じ身長が頭一つ分大きくなってますし…バストもなんだか大きくなったような……気のせいですよね。

椛に連れられて嵐の中を飛ぶ。時々お燐が飛ばされそうになるものの、先程よりは落ち着いてきた雨風。いや落ち着いているタイミングを狙って動き出したのだろう。

 

そういう気象のことに関しては白狼天狗の方が鋭い。

 

「色々と聞きたいことがありますけど……先ずは天魔のところに」

 

「そういえば天魔さん元気にしてました?」

 

「えっと…まあ元気です」

 

なるほど、病気なのね。

でも深刻ってわけでもなくちょっと寝ていれば治る程度のもの…だけどそんなことが外に知れれば山の実権争いが激化しかねない…か。

 

「まあさとりさんには隠し事はできないですけどね」

私の目を見て察したのか彼女が苦笑いする。

暗くてよく見えなかったけど心は苦笑い。

「あたいは早く帰りたいんだけど…」

 

「ごめんなさい。こっちの規則でそういうわけにもいかないんです」

申し訳なさそうな声。それにしてもあそこは湖…山の守備範囲ではなかったはずだが……まあいない合間に範囲が拡大したのだろう。

「大丈夫よお燐。酷いことにはならないから」

 

「そうだと良いんですけど……」

 

そうね…そういう反応になってしまうのも仕方がないわね。

でもここから逃げ出しても逆に不利になってしまうのは目に見えていますし……

椛さんは悪くないですし。

それにしてもどうしてこんなに不機嫌なのだろう…ああそうか。疲労が限界に達しているのね。折角家の近くに来たのに帰れないから。

「お燐、疲れているなら元に戻って寝ていてもいいのよ」

 

「……いえ、あたいは大丈夫です」

 

無理しなくてもいいのに。

それでもお燐は猫に戻らず結局、天狗の里まで来てしまった。嵐の中よくここまでこれたなと感心。やはり船が風に流されやすいだけだったのだろうか。

椛が他の天狗に話をつけてくるという事で大雨の降る中に取り残される。一応屋根のあるところにいるものの風が強いから悲しいことにあまり意味はない。

結局ずぶ濡れなのは変わらないのですね。まあ、椛もずぶ濡れでしたし大して変わらないか。

 

「準備はできたようです。では行きましょう」

 

椛が戻ってきて手を引っ張る。そんな椛の急な行動に思わず足が縺れる。

彼女に悪気は無いのだろうが濡れた尻尾が激しく左右に揺れるからなんだか擽ったい。

って濡れたまま天魔の所には連れていかれませんよね。うん大丈夫……一応着替えを用意しているようですね。

ならそこで着替えてなのね……うん?何やらパワーゲームか何かがあったみたいですね。詳しい事は分かりませんし椛もわかってないようですけど……でも椛が手を引っ張るって事は何かあったのだろう。椛本人は理解していなくとも……

 

 

何百年ぶりに訪れることになった天魔の所…あの時からほとんど変わっていませんね。

時の流れは変えるものもあるけれど…変わらないものもある……本当ね。

部屋の配置も記憶にある通り。ただ、一部の襖や壁が作り直されているあたり、全てが同じなんてことは無いのだろう。

案内されたのは小さな……でも家の部屋よりは十分広い和室だった。

「こちらの部屋でお召し物をお取替えください」

案内してきた椛が何処かへ行き、今度は隣の部屋から来た鴉天狗が服を持ってきてくれた。

被ったお面の下に表情をしているのかは分からない。だけど私のこの眼を見てあまりいい気分にはならなかったようだ。負の感情がひしひし伝わってくる。

どうやら私がいない合間に随分人員も変わったようね。まあそれもそうか。

それなら、私と面識のない天狗や妖怪はこの目を見て忌避するのでしょうね。やっぱり怖いです……拒絶の心は見るものじゃないですね。

「ありがとうございます…」

 

服を受け取りつつなるべく天狗さんを視界に入れないようにする。

濡れた服から滴り落ちる雫でも見ている事にしましょう。

 

「お気になさらず」

 

形式だけの言葉。心の奥底なんて見るもんじゃないですね。椛とか信頼できる人のもの以外は……

天狗がどこかへ行き、部屋にはさっきから無言のお燐と私だけになる。

「……」

いつまでも雫を垂らしている場合じゃないのでいい加減着替えるかと思ったものの反応が全くないお燐が気になる。

……ほとんど寝かけているじゃないですか。もう、だから無理するなって言ったのに。

ほらそこで寝ないで。猫に戻るか服を変えてからにしなさい。

「ん……」

覇気のない声と共に猫に戻る。

そのままの勢いで寝てしまいそうだったので天狗が持ってきてくれたタオルで拭き水けを取る。

……寒い。

私自身も濡れた服を着たままだった事を思い出し着替えに入る。

ご丁寧に下着まで用意されているなんて……どうしてサイズが分かっているのかは問いません。

「……」

濡れた服を脱いだところで変な視線を感じ取る。

まさか覗きだろうか。でも私の姿を覗くようなもの好きいるのだろうかと天井を見上げてみると……そう言えば前にも似たようなことあったと昔の記憶を思い出す。

なんと言えばいいのやら天井に張り付く天魔。

「……天魔さん」

なんでこう……私のすぐそばに来たがるんですかねえ。私といたって負の感情に巻き込まれるだけなのに。

 

「さとりーー!会いたかったよおお!」

飛び降りてきた天魔さんがそのままの勢いで抱きついてくる。

勢いを殺しきれず畳に押し倒される。

 

「ちょ!近いですって…」

 

あとまだ服着てないから…抱きつかないで

く……おっきな胸で押される…なんで普段みたいにサラシでぺったんにしてないんですか。アホですか

「折角だからね」

 

せっかくの意味が分からない…え?襲いたい?ヤダヤダ!完全にこの人ろりこんってやつじゃないですか!ほんと大丈夫なんですか⁉︎

そういえば天狗って大体ろりこんだったっけ。じゃあ普通なのか。でもどうして私なんですか。他にも可愛い子とか素直な子とかいるじゃないですか。

冗談ですよね…うん。冗談ですね。

たしかに時々悪戯っぽく襲おうとしてくることありましたけど…

 

「さとりから離れてください」

 

ナイスよお燐。

騒ぎで飛び起きたお燐が天魔さんの首筋を掴んで引き離す。

「残念…」

 

「残念じゃないですよ。私は誰かのところに嫁ぐなんてことしませんから」

そもそも愛とか恋なんて私にはない。心ときめくとかなんとかって感覚…感じたこともないですからね。

 

「じゃあ嫁にしてくれ!」

 

こんな男勝りな嫁やだ。っていうかいらない。私が誰かを好きになるなんてこと許されるわけないしそんなものとっくに消え去ってる。

愛されているなんて口では簡単に言えますけど心の底からの本心であるかと言われれば絶対そんなことはない。

 

「気に入りました。貴女は最初に潰します」

 

「理不尽な」

 

理不尽ですよ。でも理不尽なものなんてこの世の中じゃ当たり前じゃないですか。

 

「それで…もう堪能したからいいでしょう」

いつまでも服を着ないでいると襲われかねないのですぐに服を着込む。

藍色の生地に赤の紫陽花が彩られた服からは微かに天魔さんの匂いがする。きっと私に着せたくて所有していたものだろう。ならば服のサイズがぴったりなのも頷ける。

「そうれもそうだけど……あんたがいない合間にいろいろあってさ」

急に真剣な顔になる。

「いろいろと言うと?」

 

「さとりがいなくなったことで山のパワーバランスが大きく変わったり天狗社会でも幾つもの派閥が生まれたりさとりがいない事に付け込んで侵攻してくる勢力がいたり」

……それを私に言います?と言うかなんで私が抑えになっていたみたいになっているですか!普通はそう言うのって鬼か天狗ですよね⁉︎私個人なんて大して強くもないしそんな影響力ないですよ。

それに私は天狗のする事に関係ないですよね?むしろこれって本来天狗が抑えておかないといけないことですよね。

 

「どう見てもそれ私がじゃなくて運がなかっただけなのでは…私は強くないですし威厳もないですしむしろ迫害対象ですし」

今も昔も迫害は変わらない。

「なに言ってるのさ……まあ、さとり、あんたを利用していたのはうちらだからツケが回ってきたと言えばそれまでなんだけどね」

 

呆れ顔で言われても……

 

「そんで、さとり。しばらくここにいてくれないか?」

 

「どうしてそうなるんですか」

 

「既成事実を……」

 

お燐、こいつを処分するのを手伝いなさい。

椛さんも部屋に突入してきてくれた。うん、三対一。これならいくらあなたが強くても倒せますね。

 

「冗談だってば!それと椛、抜刀して入ってこないで、一応上司だよ」

 

こんな上司嫌だ。

「実際のところは、さとりがいなかった合間にもいろいろあったからな。昔からここら辺にいる奴なら平気だがよそから来た奴らはあんたを知らない。そいつらに出くわしたら大変だろう?」

 

「そうですけど…まだ家族にすら再会していないので…」

 

言いたいことは分かりますけど……

 

「それに俺たちの中にだって、お前の存在を快く思わない奴や若造で知らない奴だっている」

その言葉を聞いて思い浮かぶのは、さっき服を持ってきてくれた天狗……

 

「運が良かったな椛に最初に見つけられて」

 

まあ、私への認識が普通になっただけ。そう、さとり妖怪にとってはそれが普通。

 

「あんたが戻ってきたって事実が広がればしばらくは混乱が起こる。だからあんたの安全を考えて、ここにいて欲しいんだ」

 

確かに、道理としては正しいし私を狙う輩が前より格段に多くなったこの世の中ではそれが最も安全なのだろう。

だけどそれを聞いて最初に出てくるのはこいし達。やはり家族に会えないのは辛い。

 

「お気遣い感謝します。ですが、私の帰りを待っている家族がいるんです」

何百年も待たせてしまっているのだ……

「……だけどなあ…いや、そっちのほうがいいか」

何かを思いついたのか天魔さんの顔に笑みが浮かぶ。なんだか少し怖い。

「じゃあ俺も行こうかなあ」

 

なんで貴女まで行くんですか?

「だめ?」

 

「来る理由がないですよね。それに貴女は天狗の長ですよ?自覚してください」

 

なんで私がこんなこと言わないといけないのやら。

椛もやめてくれと必死に懇願しているし…でも無駄に作法遵守だからかなんだか押しが弱い。

まあ天狗の長相手に下っ端が口を挟めば即打ち首みたいな社会ですからね。

「まあいいじゃないか。減るもんじゃないし」

それもそうかと思ったけどやっぱりダメ。

私は一介の妖怪。貴方は天狗の長。

立場が違いすぎますよ。

 

「……それでは……失礼いたしますね」

 

いつまでもここにいるわけにもいかない。

 

「でも外は嵐だよ」

そうだった……さっきより風も雨も強くなってきてますねこれでは嵐がやむまで足止めですね。

嵐がやむまではここにいましょうか。

「では、安全のため私もご一緒します」

椛もいてくれるようですね。なら、天魔に襲われる可能性も低くなりますね。

 

「それともう一人、新聞記者が来てますので」

 

新聞記者?誰のことだろう。

サードアイは服で隠してるから誰なのか読み取れない。まあ、お楽しみということでとっておきましょう。

お燐もそう思って……ってこの子寝ているし。

こうしてみるとやっぱりこの子は猫よね。

 

「そろそろブン屋も来るはずですので天魔様はお戻りください」

 

「なんでさーいいじゃん」

 

良くないですから。絶対良くないですから。それにブン屋に変なこと吹き込んで私を丸めこもうとする魂胆が透けて見えてますよ。

 

……急に玄関の方が騒がしくなる。誰かが駆けてくる足音と声…止めようとして逆にねじ伏せられた音。うん、ブン屋のようですね。

まっすぐこの部屋に向かってきている…場所を誰かから聞き出したのかあるいは椛があらかじめここと伝えていた……多分後者ですね。

「さとりが帰ってきたって本当⁉︎」

 

襖が思いっき開かれる。

雨の中を走ってきたらしく、びしょ濡れで息は上がっている。紫と黒のチェックのスカート濡れて重々しい。

「えっと……はたて?」

 

そこにいたのは姫海棠はたて。

取材以外では会ったこと無かったですけど…ああそういえばこいしと良くどこかに出かけていましたね。

 

「なんだはたてか」

 

「て…天魔様!」

部屋にいる私に意識が向いてしまっていて天魔さんがいるのに気づかなかったようだ。物凄い勢いで片膝をつき忠誠の意を示す。

まあ、いきなり目の前に天魔がいたらそうなりますよね。

「ああ、楽にしてくれて構わないからね」

 

「貴女がそう言ってもダメだと思うけど」

だって目の前のいるのは妖怪の山で最も偉い件天狗の長だ。私だってこんな状況じゃなかったら敬うべき相手だ。

「やっぱりさとりなのね」

まじまじとみても…私は私ですよ。

「ええ、古明地さとり。ここに帰還しました」

 

「嘘じゃないのよね…」

ペタペタと私の頬や頭に触れる。そんなことしなくても本物なんですけどね

「私に化ける奴がいたら目玉を潰して舌を抜きますよ」

 

「一回化け狸がそれをやったから肉ダルマにして血祭りにあげたっけ」

ほんとですかい…その狸は運がないとしか言いようがないですね。

「その狸がいた群は責任を持って天狗が滅ぼしておいたよ」

マミゾウが聞いたら顔色を悪くしそうなことをさらさら言いますねえ。

なんだか狸がかわいそうです。

 

「ああ…無事でよかったわ」

大げさですね。

もう……

 

「貴女がいない合間こいし達大変だったんだからね。私も文もすごい手伝ってあげたんだから」

 

「それは…色々とご迷惑おかけしました」

 

「気にしないで」

 

……あの、ちょっと近くないですか?

それになんでもうメモと筆を持っているんですか。

「それで!色々聞きたいのだけれどいいかしら!」

ものすごい勢いですね。それに貪欲…天魔さんも呆れて苦笑いしてますよ。

……確かに。これなら天魔さんの付け入る隙はありませんね。椛の人選は間違ってないようです。

嵐が止むまでがまだ時間がある。質問に答えることにしよう。

「そうですね…どこから話しましょうか」



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depth.73さとりと再会

話すと言っても全てを話すわけではない。

例えば紅魔館の事とかフランのこととかそう言ったものは今話すべきではないし広められても困る。特にこの件は後で色々と一悶着あるはずだから取り扱いには注意しないといけない。

紫と相談しないといけないことですね。

それらをうまくぼかしながらはたての追求に答えられる範囲で答えていると、雨風は唸りをやめ外は静寂そのものになっていた。

「……嵐、止んだようですね」

 

「あら、そのようね」

 

数分前に天魔は側近によって部屋から連れ出されている。ちなみに椛も天狗のお偉いさんが何処かへ連れて行った。天魔に非礼を行った事で呼ばれたわけでは無いらしいが気にすることではない。

そう言えば天魔さん怒られてましたね。

寝てなきゃダメでしょって。まあ、怒られているあたり人望は厚いようだ。

怒ってくれる人が近くに居てくれていいですね。

 

 

「それでは私はこれで……」

寝ているお燐を抱きかかえて立ち上がると真っ直ぐに廊下へ行く。

「もう行くのね」

後ろで名残惜しいという感情が溢れてきている。

「またこれからも会えますよ」

 

もう遠くに行くわけでもなんでもないのだからきたい時に来れば良い。

それに、あまりのんびりしているとまた天魔に捕縛されかねませんからね。

 

「里の外まで見送るわ」

……私の身に何かったら大変だから……か。

物騒に……いや、通常に戻りましたね。

 

「ありがとう…」

 

でもそれならこいしだって危ない気がするけれど…まあ、あの子は私と違ってずっとこの土地にいたのでしょうからその点大丈夫だとは思うけれど。

「そういえばあんた、自分の家の場所分かってるの?」

 

「一応場所は覚えてますよ。変わっていなければですけど…」

 

「一応場所は変わっていないわよ」

なら大丈夫ですね。移転していたらどうしようかと考えていたけど杞憂ですみました。

 

 

風はまだ強いし空も雲がかかっていてあたりは薄暗い。でも朝日は確かにそこにあるらしく、雲の隙間から白い光を僅かに降らせている。

 

「もう夜が明けていたのですね」

 

「そういえばこんな時間になっていたのね…寝なおさないと」

 

寝ているところを叩き起こされたたのが原因なのか少し眠そうですね。寝不足は美容に悪いとか言いますししっかり寝てくださいね。

 

「それでは、お世話になりました」

 

「いいのよ。良いネタになったんだから。これであいつの新聞に……」

相変わらず文さんと張り合っているのですね。

昔も今も変わらないなあ……

それじゃあと何処かに飛んで行ったはたて。

腕の中で寝ているこの子を除けば1人になってしまいましたね。

少し、思い出しながら家に帰ることにしましょうか。

 

思えば何百年ぶりに顔を合わせることになるのだろう。

私の体感時間では一年前後ですが…こっちでは数百年。とっくの昔に生存を諦められていてもおかしくはないだろう。

 

それでも……どうやらみんな私の事を諦めていなかったようだ。

嬉しさ半分…いや、ほとんど嬉しくて仕方がない。

こんな私でもちゃんと居場所があったんだなあって思えてくる。

だけど少しだけ不安もあったりする。その不安の魂胆をたどってみれば私の存在が嫌われたりしないかどうか……なんとも不思議なものだ。元々忌避される存在なのに嫌われることを恐れるなんて…

結局私は人なんだろうか……それとも人の皮を被り自らの存在を正当化させたい妖怪なのか。

私の存在は悪だと思っているしそれは存在してはいけないとも思っている。だけどそんな悪でも必要とされるなら…

結局、存在否定が怖くて理由が欲しいだけなのだ。

まあ…そんな自己の不安をどうにかできるのなんて自分くらいしかいないわけだしこんな悩み誰だって持っているようなものだし…あまり気に病むものでも無いと言い聞かせる。

そんなことを考えていたら見たことある道を歩いていた。

ああ、家に繋がる道だ。記憶よりも森に埋もれてしまっているけれど…間違いなくあの道だ。

このままいけば旧人里に着くはずだ。何百年も経ったのだからこの道と同じくもう森に還ったと思うけれど。

 

「……お燐、起きなさい」

 

 

 

 

 

 

「……嵐、止んだわね」

 

凛とした声が無言の部屋に満ちる。

無言といっても、私と紫さん以外はみんな寝ちゃってるけどね。

流石にお姉ちゃんの反応が見つかったと言ってもお姉ちゃんが何処にいるかなんて詳しいことは分からないし嵐だったから探せない。

ただ待つだけ。

私は平気だったけど普段の疲労が溜まっているお空と文が床に着いた。

紫さんは…寝るつもりは無いみたいだけど暇なのが辛いらしくて私と将棋をやってた。

途中で雷が落ちたのとは違う異音が聞こえた気がするけどちゃんと覚えていないから気にしない。

二回千日手になって再開したのはいいけどそっからずっと無言だったのに、急に発された紫さんの言葉で集中力が切れる。

「…静かになったね」

 

切れたものはもう戻らない。ここからは無駄な会話に身を投じることになるね。

「折角だし外の様子でも見に行きましょう?」

 

「荒れ放題に荒れちゃってるだろうね」

 

嵐に備えて色々準備はしているけれどここまで強いのは想定外だね。

屋根とか…壊れてないかなあ。私じゃ直せないんだよなあ……

「さとりを探しに行くと思ったのに…想定外ね」

 

「探しに行かなくてもお姉ちゃんなら必ずここに来てくれるから…」

 

お姉ちゃんなら必ず帰ってくる。無理に探しに行ってすれ違いになっても嫌だからね。

あ、これ王手だね。

思い出したかのように…実際会話に夢中であまり考えていなかったけどね将棋を指す。

「……そう、よほど信じているのね」

 

「逆に聞くけど家族を信じられない?」

 

「そんなことないわ…だけど私にとっての家族は鎖のようなもの」

 

「鎖……確かにそうだね。家族っていうのは一番簡単で悪意のない鎖」

紫さんが言いたいことは分からなくもない。というか本質はそんなものだ。だけどその家族は私にとっては…私達にとっては当てはまらないのかもしれない。うまく言葉に出来ないけれど…なんとなくそんな感じがする。

「でもその鎖なら喜んでくっつけると思うよ」

 

「面白いこと言うのね」

 

「だってそっちの方が嬉しい事とか悲しい事とかたくさんあって楽しいじゃん」

 

「一理あるわね」

 

それに紫さんだって本当は鎖だなんて思いたくないんでしょ。いつも仮面で隠しているからわからないけどそうなんでしょ。

そうじゃなかったら私と交流を続けようなんて思わないだろうからね。

「あら、ツメが甘いわね」

 

そう言って紫さんはパチリと駒を動かす。確かに詰みにできない時点で薄々感じていたけれど…残念。

「残念」

 

「まだまだね」

 

これで終わってくれたらなんて思ったけどやっぱりだめだったかあ。

「それでさ紫は藍とそういうことないの?嬉しいとか悲しいとか」

 

「もちろんあるわ。でもあの子は……」

 

「式神…だから藍の人格も作ったもの…そう言いたいんだよね」

 

「流石さとり妖怪ね。心は読めないようにしたのに…鋭いこと」

 

その視線が一番鋭いんだけどね。やっぱ賢者としての仮面は威圧があって怖いね。本心の方が柔らかいのになあ……まあ、賢者としての仕事があるから仕方ないか。

 

「たとえ作った人格であっても藍は藍。作られていようがいまいが結局同じだと思うよ」

たとえ作られた人格でもその後の出来事や思い出で人格なんて成長していくから、基本的に同じ人格なんて存在しない。

だから藍の他に藍はいない。

家族って作られたとかそうじゃないとかってわけじゃないと思うよ。

結局、家族ってなんだろうねって言われたら家族ってまあそんなもんだよとしか答えられないけれど。

「……そうね。なんか相談みたいなことになっちゃってごめんなさいね」

 

「気にしない気にしない。誰にだって悩みの一つや二つ当たり前だからさ。そこに偉いも強いも関係ないよ」

 

「ありがと」

もう、お礼はいらないっていつも言ってるのに…照れるなあ。

そんな私を見てなのか、紫さんがクスクス笑う。

いつの間にか剥がれた賢者の仮面。その仮面の下の笑顔は純粋な…八雲紫という少女の素顔。

「いつも貴方は表情豊かよね羨ましいわ」

 

「そうでもないよ。心に素直なだけだから基本的に本心がそのまま出てるだけ。他のみんなのように仮面を被って自分を作ることも隠すことも出来ない。打たれ弱いのが私だから」

 

それに私は仮面嫌いだし。なんて言ったらほぼすべてのヒトを敵にまわしちゃうから言わないけどね。でも仮面なんてつけて形だけ取り繕ったところでそんな関係長く続かないからなあ……人間のような短命なら兎も角妖怪は長生きだからね。どっかでボロが出る。

紫さんだってその仮面は本心と食い違うことも多い。

仮面を被るのも程々にね。そうすればもっとみんなと仲良くできるのになあ……

 

 

 

 

思考の海に沈んでいると、唐突に玄関の方が騒がしくなった。

誰か来たのかなと思考を引き上げる。

 

「お客さんでも来たのかなあ?」

 

「さあ?見に行ったら?」

 

それもそうだねと返事を返しながら玄関に向かう。

音に敏感な文とお空が何々と起き出したみたいだけど、ちょっと待っててね。

玄関に続く廊下の先に人影が見える。誰か入ってきたみたいだけれど薄暗くて近づかないと見えない。

 

「だれ?」

その問いかけは、私がずっと待ち望んでいた人の声によって遮られる。

 

「ただいま」

 

その瞬間、私の中で何かが弾けた。

でも飛び出しちゃだめ…もしかしたら偽物かもしれない…

「本当なの?」

 

「ええ、本当よ」

近づくたびにお姉ちゃんとの思い出が想起され、蘇る。

溢れ出す感情が制御できない。どうにかして抑えなきゃと思うたびに目が霞んでちゃんと見えなくなる。

おかしいなあ……せっかくただいまって笑顔で出迎えようって思っていたのに…

 

「あ…あ…」

おかえりって言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。

どうしよう。気持ちが抑えきれない…

お姉ちゃんが帰ってきた…

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

結局感情に逆らうことはできなくて、お姉ちゃんに飛びついちゃう。

そんな妹相手でもお姉ちゃんは優しかった。

温もりが体を包み込んで、震える私の体を優しく撫でる。

「ただいまこいし」

 

こっちこそおかえりだよお姉ちゃん。

 

「あたいもただいまです」

 

お燐もちゃんと帰ってきた。夢なんかじゃないよね…また一緒に過ごすことができるんだよね。

そう思ったらまた涙が出てきてしまう。

それを見られるのがなんだか気恥ずかしくて、お姉ちゃんの胸に頭を埋める。

でもそんな心もお姉ちゃんにはお見通しなのかもしれない。

「泣いていいのよ」

 

そんなこと言われたら…もう抑えられないじゃん。

 

 

「さとり様!それにお燐も!」

 

「2人とも…帰ってきたのですね」

お空と文の足音が聞こえる。

泣いてる姿みられるのは恥ずかしいけど…そんな気持ちよりお姉ちゃんと再会できたって嬉しさの方が大きいや。

 

「おかえりなさい。さとり」

 

いつのまにか側に来ていた紫さんがお姉ちゃんの頭に手を置く。きっと隙間でここまで飛んだんだろうね。こんな短距離ふつうに歩けばよかったんじゃないかなあと思う。

 

「ええ…ただいまです」

 

 

 

 

 

 

「……ということです」

 

再会もつかの間に今までのことを話してという感じの雰囲気が文と紫から漂っていたため。全員を集めて一応これまで経緯を伝えた。

勿論ぼかすところはぼかした。でもお燐経由でこいしには伝わっちゃってるのだろう。

お燐が見聞きした分だけですけどね。

 

「なるほど、欧州に飛ばされていたのね」

 

「まさかあの大陸の西の端ですか…とてつもなく遠いじゃないですか」

ある程度外とも交流がある紫とほとんど無い文で反応が分かれる。

お空は完全に理解できていないようね…っていうか完全に興味無しってところね。

こいしもあまり外の世界に興味があるってわけではないのね。

世界は広いんだからもう少し興味を持ってみてもいいのに。面白いですよ。

 

「それじゃあお姉ちゃんが乗ってきた船って湖にまだあるの?」

 

ああ、あの船か。そういえば真っ二つになった後そのまま放置してましたね。

 

「多分あるはずですよ」

妖精とかが壊して自然に返していない限りですけど…

「それについては気にしなくて良いと思うわ」

どうやら紫が何か手を回したようだ。そういえばさっき隙間を開いていたからきっと指示を出していたのだろう。

 

「それで…私がいない合間こっちはどうなっていたんですか?」

 

「それ、あたいも気になります」

 

「勿論話すよ!いろんなことがあったからね!」

 

「そうね、貴女は数百年間存在が消えていたとはいえ幻想郷では重要な存在よ」

そうなんですか?あまり実感ないのですけれど……

「私ってそんなに重要な存在なんですか?」

 

「あなた……自覚がなさすぎよ」

 

そうは言われても…こいしもキョトンとしているのだしやはりみんな実感無いんじゃないんですか?

 

「良い?貴女が今までやってきた事を思い浮かべなさい」

 

今までやってきたこと?

偶に妖怪を追い払って美味しいもの作って家建てて…そのくらいですか?他には鬼との戦いに巻き込まれて地底の管理任されてくらいですか?

でも管理なんてほとんど勇儀さんに任せてましたからねえ。

 

「あのね……普通ただの妖怪が、天狗の長や山の神と仲が良かったり、山のトップである鬼と互角に張り合えたり友人だったり月の技術に精通していたり月の人と互角に戦えるなんてことはないの」

 

「互角じゃないです。負けないように逃げているだけです」

 

「それでもよ。普通なら負けないように逃げる前に人生終わってるわ」

大げさな…でも紫が言うのだからきっとそうなのだろうか。そう思えば確かにそうなのだけれど…

「でもそれで重要ってどうしてなんですか?」

 

「貴女の存在は簡単に言えば多種族への架け橋にもなるし人間と妖怪との共存を実現するための起爆剤にもなるのよ」

 

私がいなくてもあなたくらい凄ければ実現できると思いますけどねえ……

「それに私の数少ない友人でもあるのだし」

数少ないって…認めちゃだめですよそんなの。

 

「……まあ、貴方にとって私の存在が重要なのはわかりました」

 

あまりピンとこないけれど言いたいことはわかった。でも鬼とだって天狗とだって仲良くしようと思えば出来ると思うのですけれどね…なんでみんな仲良くできないのだろう。

「結局お姉ちゃんって凄いんだね」

 

「本人が一番わかってないようだけどね」

お燐だってあまり分かってないじゃない。

「周りが凄いって言ってるだけですからね。凄いかどうかなんて周りが決めることよ」

 

「面白いわね」

 

つまらない事ですよ。本当に……

 

「そうだ!せっかくお姉ちゃん達帰ってきたんだからお祝いしなきゃ!」

え……どうしていきなりそうなるの?

今までの会話からどうしてそうなったのよこいし。

別にお祝いなんて大袈裟な気がするのは私の時間的感覚が短いからだろうけれど……

「お祝いですか?じゃあ何人か声かけないと…」

待って文、あまり大人数だと恥ずかしいから……

 

「じゃあ私も藍を連れてくるわね」

 

待って!待って!話が大袈裟すぎる!

「大丈夫だよ。一応ここ旅館に改装しているから少し人数多めでもへっちゃらだよ」

そういう問題ではない。というかいつの間にこの家を改装したの⁉︎しかも旅館⁉︎

 

「さとり、良いじゃないか」

お燐までそっちに回ったらもう諦めるしかないわね。仕方がない。ここは腹をくくりましょう。



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depth.74さとりと幻想の日々 上

自分の家で目が醒めるなんていつぶりだろうか。

体感時間では約一年……ようやく落ち着いて寝ることが出来た気がする。

別に睡眠自体は取らなくても問題はないけれど、こいしやお空に一緒に寝ようと誘われてしまえば断ることなどできるはずもない。

結局私も気づいたら眠りについていた。

ドレミーにも合うことなく起きた頃には既に朝だった。

確か昨日はこいしと紫が呼び集めた人達で宴会状態だったっけ。

物凄いごちゃごちゃしていたしまさか私のためにあんなにも集まるなんて思わなかった。

一部はただ宴会がしたいだけだったのかもしれないけれど。

特に勇儀さんとか萃香さんあたりはその線が強い。

別に気にしないし良いのだけれど酔った勢いで他の人に絡むのはやめましょうよ。

おかげで私も飲みに付き合わされるわ酔った勢いで乱闘になりかけるわで散々でした。

でもそれも日常なのだと考えてみれば全然苦にならないんですね…不思議です。

玄関の方で何か音がする。

尋ね人だろうか…でもこんな朝早くに来ますかね。

 

左右で夢に浸る2人を起こさないように布団から抜け出してみれば、小窓から差し込む朝日が視界に入り目を細める。

 

眩しいのを我慢しながら軽く身なりを整える。

とは言っても元々癖っ毛の強い髪の毛なのだ。多少寝癖がついていても気づかれることはない。

 

「あ、おはよう」

 

「あらお燐。起きていたのね」

 

背後に視線を感じたので振り返ってみれば、丁度玄関から戻ってきたであろうお燐と鉢合わせする。

昨日は2人と一緒に寝てしまったから彼女がどうしていたのかは全くわからない。でも心を読んでみれば、丁度私の頭の近くで丸くなっていたようだ。

 

「外に誰かいた?」

 

「天狗が新聞持ってきてくれてました」

 

その証拠にお燐の手には二つの新聞が収まっていた。あの2人、律儀ね。こんな朝早くから配達するなんて。

朝の支度をするにはまだ早い。少し目を通そうとお燐から新聞をもらう。

こっちが文々。……で花果子念報ね。

どっちも見出しが同じ件。それも私のことに関して……

確かに2人とも昨日は宴会に参加していませんでしたね。

これを書いていたのか…別にそこまで周知させる必要ないと思うのですけど…

たとえ天狗の中で弱小だなんだって言われていても天狗以外にとってはかなりの情報源になる。

だって他の天狗だと基本的に身内でしか流通してないのだ。

 

「2人とも同じ事書いてますねえ」

 

「受け取り方が少し違うので見比べるのが面白いわね」

 

とは言ってもあまり違いに大差はない。

でも私個人にこんな紙面の表紙は大げさな気が…後ろの方に少しだけが良かったって言うのはわがまま。

 

「……まあいいわ。ご飯の支度でもしましょう」

あの2人はまだ起きる気配がない。まあ仕方ないだろう…昨日結構な量飲んでいたし。

 

「そういえばこの家旅館にしたとか言っていたわね」

 

「たしかにそうですね…増設した二階に一応部屋があるとか」

 

どうして旅館なんか始めたのかは分からない。そもそも地底の仕事はどうなっているのだろう。

勇儀さん辺りがやっていてくれると嬉しいのだけれど……昨日聞けばよかったわね。教えてくれるとは限らないけれど。

 

 

 

2人が起きてくるまでに朝食の用意を済ませておく。

あまり手間をかけることはできなかったけれど……時間が時間なだけに仕方がない。

それと気になったのはこの家劣化が目立ち始めている。

床も壁も至る所が軋み、屋根などは昨日の嵐もあって瓦が吹っ飛んでいたり一部剥がれていたりする。

 

「おはようお姉ちゃん」

 

直さないといけないなと考えていたら2人が起きてきた。

少し眠そうだけど目は満足そうに輝いている。

きっとそれだけ嬉しいのだろう。

「おはよう。ご飯できているわよ」

 

 

 

 

 

 

 

「さとりさんはいる?」

 

玄関の方でそんな声が聞こえる。

誰か訪ねてきたみたいですね。まあ、新聞である程度広まっているわけですからね。

それでもこのタイミングで声をかけてくるとは…誰なのでしょうね。

 

「お姉ちゃん?それなら……」

どうやらこいしが対応してくれているみたいですね。それなら別に行かなくても良いか…それに手が離せませんから。

 

屋根に引き上げた木材を破損個所にはり合わせる。あとははめ込むだけ。

力技に近いけれど私の体なら問題はない。

さっさと終わらせてしまいたいけれど修復箇所が多いからどうしても時間がかかる。もういっそのこと立て直したい。

それか屋根を全部して柱も新しいのを組み込みたい。

そっちの方が早い気がしてきた。

 

そう思っていたら屋根の端からこいしがこちらを見つめている。

なんだかホラーっぽい見つめかたをしているのだけれど全然怖くない。

むしろ可愛い。

「お姉ちゃんお客さん」

 

「お客?」

 

「妖精と季節の神様」

 

なんだか凄い珍しい組み合わせね。神様と妖精か……

「分かった、すぐ行くわ」

 

丁度作業もひと段落ついていたところですからね。折角来てくれたのだし、休憩ということで。

 

屋根伝いに玄関まで歩く。

軽く屋根から顔を出してみれば、玄関の前で秋姉妹と大妖精が何やら話し込んでいた。

確か昨日の宴会騒ぎには静葉さんしか参加していませんでしたね。理由聞いてませんけど。

まあそんなことどうでも良いかと三人の前に降りたつ。

「どうも、お久しぶりです」

 

「さとりさん…本当に帰ってきてくれたんですね」

 

着地するなり大妖精が飛び込んでくる。ふわりと梅の香りが広がり、腰につけている冷たい棒が体に接触する…相反する感情が思い起こされる。

みんなして……もうちょっと落ち着きましょうよ。

「私はそこまで弱くないですよ」

 

「おかえりなさい」

 

「えっと……妹で胸が大きいヒト」

 

「その言い方はひどい気がするわ…まあさとりらしいけど」

なんださとりらしいって…

「待て誰と比べた?まさか私じゃないでしょうね?」

勿論貴方ですよ静葉さん。だって姉妹ですよね。

穣子さんの姉ですよね?

 

「だって事実ですし」

 

「よしさとりと穣子、そこに並べ。後悔させてやる」

 

「私巻き添えなんだけど!」

 

まあ冗談はここまでにしておきましょう。それに胸なんてあっても大して意味ないですから。

「それで、今日は何用ですか?」

珍しい組み合わせのこの三人がなんで私を呼んだのか……

 

「せっかくさとりが帰ってきたんだから色々と見に行きませんかってね」

静葉がそう答える。なるほど、途中で大妖精が合流したってところですね。

その為に来たのですか…まあ嵐の後なので天気が良いのは分かりますけど…今日ですか。

「なるほど…たしかにこれだけ時間が経てば色々と変化しているでしょうね」

それでも私にとって良いことの方が多い。それにせっかく誘ってくれたのだからそれを無下にするなんて私にはできない。

押しに弱いって言われたらそれまでですけど、負の感情は嫌いな性分ですから。

 

「後は……」

 

なにかを言おうとして大妖精が口ごもる。

なにを言いたいのか…でもまあ言いたくないことであれば無理しなくて良いですよ。

「無理に言わなくても良いですよ」

 

それで、どこにいこうと計画しているのだろう。場合によっては色々と必要になる可能性がある。

「それで…どこを周るつもりなのですか?」

 

その言葉で全員が黙ってしまう。まさか考えていなかったのだろうか。いやいや、そんなはずはないだろう…だって貴女は一応神様ですよね?それに大妖精だって結構しっかり者っぽいからそういうこと決めてますよね。

 

「色々と候補があるけど…先ずは博麗神社にでもいきませんか?」

静葉さん…いきなり神社って妖怪にとってハードル高いですよ。

貴方達神さまにとっては問題ないかもしれないですけど私達にとっては武装した状態で奉行所に突撃するようなものですよ。

 

「妖怪を颯爽と神社に誘うあたり神様だなって思いますね」

 

ちょっと皮肉を入れすぎてしまっただろうか。だが大妖精だっているのだから無闇に神社に近づいたらなにされるか分かったものではない。

現在の巫女がどのようなスタンスを取っているのかは不明だけれど妖怪に厳しいのは確かだろう。

そもそも厳しいものだし…普通は。

 

「どうせ貴女は出入りしてたんでしょう?」

 

昔ですけどね。今急にいっても退治されるのがオチだと思うのですけれど…

だって私のことなんて覚えている人間はもうこの世にいませんし。いるとしても人間やめた人たちくらいしかいないでしょう。

「それに人里だって見に行きたいですよね?」

穣子までなにを言いだすのだ。そりゃ行きたいに決まっているけれど昔みたいに顔パスできるわけじゃないんですからね。妖怪締め出しまでとはいかないだろうけど基本的に妖怪入っちゃだめだから。

まあ手続きして盟約に誓えば入れますけど。

そう考えたら行きたくなってきた。

 

「まあ……折角ですし行きましょうか」

 

「やった!それじゃあ早速行きましょう!」

 

秋姉妹のテンションが一気に上がりましたね。それに大妖精も嬉しそうですね。そういえばチルノ達とは一緒ではないのですね。

まあ、いつも一緒ってわけでもないようですし聞くことでもないか。

「お姉ちゃん出かけるの?」

 

家の中からこいしが話しかけてきた。どうやら今の話を聞いていたらしい。

別にそんな遅くなるわけではないようですから別に心配しなくてもいいのに……ものすごく心配しているのが顔に出てますよ。

「ええ、そのようね」

 

「……まあいいや。お空も行くって言ってるけど」

お空がですか。別に私は構いませんけど…

そっと三人の方に視線を向ける。

「別に良いわ」

 

「同じく」

 

なら大丈夫ですね。それに人数が多い方が良いですからね。

ってお空はお空でなにしているのやら。

そんな…扉の陰に隠れてこっち伺わなくたっていいのに…悪い人でもなんでもないんだから。

「警戒心…やっぱり強いですね」

大妖精?まさか貴女に警戒しているのかしら…

「多分そこの神様に警戒しているかと…一応初対面ですし」

 

ああ…そういうことなのね。

一応ということはあったことはあるけれど忘れているか、同じ空間にいたけれど話しかけていないなどで記憶に残っていないかね。

 

「じゃあ一緒に行きましょう」

 

「分かりました…」

 

お空なんだか成長したわね。昨日もそう思ったけれど、身長とか色々と…うん。こいしは私より少し背が高い程度だったのにこの子だけどうしてこんな成長しちゃったのかしら。

「お空、もうちょっと友好的にね」

 

「うーん……気が向いたらそうする。だってそこの2人に虐められた事あるから」

 

「あれは事故だって言ってるじゃない!」

 

なんだかいざこざがあったみたいですね。大人しくしてくれるのなら後日お話を聞きましょうか。

「そ…それより早く行きましょ」

おっと、そうでしたね。

先に飛び出したお空と秋姉妹に続いて飛び上がる。

久しぶりの幻想郷の景色は、神秘的で心を震わせる。普遍あるとするなら花鳥風月とはよく言いますね。

本当にその言葉どおりですよ。

 

 

 

 

 

「早速神社なのね」

しばらく幻想郷の景色に魅了されながら飛んでいると、いつのまにか幻想郷の東に立つ神社の近くに来ていた。

結界が貼ってある為か神社の近くは少しだけ空気が揺らいでいる。

 

「そんなものよ」

そんなものなんですかねえ…

静葉さんの感性ってよくわからない。

「ところで、ここに来るって決めてたんですか?」

 

「決めてないわ。風に乗って流されているだけ」

本当に分からない。しかもそれはどこかの片輪走行では……

そんな事をしていると神社が見えてくる。

森の中に隠れているため少しだけ見え辛い。

 

「神社…建て替えしました?」

なんだか記憶にある神社と形が違う。それに右のほうに別の建物も出来ている。

 

「いいえ、ちょっと修理と増設をしたくらいよ」

増設…か

まあ、紫が大事にしている神社ですからね。そう簡単に建て替えることができないのでしょう。

「丁度巫女がいますね」

 

「あまり見つからないようにしましょう…友好的な感覚ではなさそうだから」

十分距離を取っているのだけれどそれでも伝わってくる殺気と血の匂い。

かなり凶暴ですね…それくらいが妖怪と人間のバランスを保つには丁度良いのですけどね。

「でもあれじゃあ……人間にも畏れられている……」

 

「本人曰くそれくらいがちょうどいいらしいですよ」

 

穣子さん、口ではそういうかもしれないけれど内心はそんなことないんですよ。

人間は1人で行きていけるほど強くはないのだから。

 

「うにゅ?でも博麗の巫女と仲良いのって紫様だよね?」

 

…何かしらあるんでしょう。でも仲が良いと言うのはいいすぎなのではないのだろうか…

どう見てもこっちに気づいて殺気混じりの視線飛ばしてきてますし…

「でもこの前2人で酒飲んでるところ見たよ」

 

………やっぱり孤独は辛いのだろうか。

 

「やばいわ…さとりがなんか考え事し始めたわ」

 

「この場合のさとりさんは…突拍子も無いことし始めますからね…」

 

「そうなの?」

 

「ええ、お空はあまり知らないでしょうけどああ見えてさとりってやる時はやるから」

 

そこの三人、聞こえてますよ。もうちょっと静かに話しなさい。

ほらそんな事してるから巫女がこっちに来ちゃったじゃないですか。しかもお祓い棒を構えて戦闘態勢ですよ。早めに退散しましょう。

「大丈夫よ。私達姉妹は神よ」

 

どう見てもあの雰囲気は生きているなら神様だって殺してみせるって言いそうですよ。

「警告だけするわ。目障りだから立ち去りなさい」

 

「ほら行きますよ!」

 

4人を引っ張ってその場を離れる。妖怪に恨みでもあるのかただ単純に虫の居所が悪いのかなん何か知りませんけど怒ってる相手をさらに怒らせる行為はご法度ですよ。

それにあの子…相当な実力です。

ここの5人が一斉に飛びかかっても返り討ちにあう……

 

でもそれほどの力を持っているならなんで警告したのでしょうか。恨みを持っていたりイライラしているのなら警告なんてせずに一瞬で潰せばいいはずだ。

戦うのが嫌だから?ならばこちらに来なければ良いだけのはずだ。

………何かあるのだろうか。

 

 

閑話休題

 

気がついたら、人里にいた。

なにを言っているか分からないと思うけれど私だって分からない。

さっきまで神社にいたはずなのに…ここまで来る行程の記憶がすっぽりと無くなっている。

「さとり様?どうかしましたか?」

 

隣にいるお空が心配そうにこちらを見てくる。

「記憶が飛んだだけです」

 

「それ重傷よ⁉︎」

 

「静葉さん、大声出したら目立ちますよ」

そうでなくても2人は服が独特で目立つんですから…

 

「……さとりさん疲れてますか?そこの茶屋で休みましょ」

 

大妖精が手を握ってエスコート。でもその手をお空がつかみ直す。お空もエスコートしてくれるのね…なんか凄い嫉妬のような感情が見えてますけど…お空、落ち着いて。

やはり私がいなくなっていたのが原因なのだろうか。だとしたら悪いことしたなと思う。

 

それにしても……人里もずいぶん変わりましたね。

なんかこう…賑やかな方に。

あまり人の喧騒というのは疲れるものの別に嫌いというわけではない。むしろ陰険な方が嫌いだ。

 

 

外と違って茶屋の中は閑静で落ち着いた雰囲気。一息つくのにはちょうど良いですね。

聞けばここは大妖精のおすすめらしい。

 

「それで、人里に連れ出してどうするつもりだったのですか?」

 

大妖精と穣子さんが注文を頼んでいる合間に連れて来た張本人である静葉に問う。

別にどこに連れて行っても良いのですけれどね。

「何百年も経てば人間は変わるわ。だからあなたに見て欲しかったの。人間と妖怪が共存するそんな世界の人たちを」

 

なるほど…確かにあの頃とは違いますね。大妖精だって人里に入ることができる時代になったなんて…

「変わりましたね……」

 

「そうでしょう。だから貴女達も、いつまでも隠しておく必要なんてないんじゃないかしら…」

 

私のことを心配してくれているのだろう。確かに私は人の心を読むのが怖い。だからずっと眼を隠して生きてきた。

だけどそれは私…古明地さとりという少女の在り方に反する。

それが体や心にどの程度の負担をかけているのかは分からないが良いものではないのだろう。

 

「私はよく分からないけれど、さとり様やこいし様の体に悪いことだってのはわかるよ」

 

お空が真剣な目で見つけてくる。

まさか家族からまで心配されているなんてね……全く…家長失格です。

ふと自分の顔に違和感を感じて手を当てる。

どうやら今の私は微笑んでいるようだ。普段無表情を貫くこの表情筋が今日に限ってどうしたのだろう。

「……ありがと。でも、まだ決められないかな」

 

心配してくれているのは分かっている。それが嬉しくて微笑んだと言う事も理解できる。だけれど、私の心にはまだ人間の心に対する恐怖が根付いている。

戦いの時などには仕方がないし気にもならないがこれが毎日ずっととなると途端に怖くなってしまう。

 

「……そう、無理にとは言わないわ」

 

ごめんなさい。弱くて……

 

「姉さんどうしたのですか?」

 

穣子達が注文を終えたようだ。だけど来るタイミングが悪かったですね。

「な、なんでもないわ」

 

笑顔が引きつってますよ。もう少しリラックスしてください。

ほら2人とも完全に気まずい雰囲気になっちゃったじゃないですか。

原因の大半は私なんですけどね…

「まあ……気にしないでください」

 

「さとりがそう言うなら……」

 

「そうですね…早く座っちゃいましょうか」

大妖精が私の右隣に腰を下ろす。

逆にお空が左隣に移動してくる。

何だこの状況。大妖精は……別にどうということはなくただの偶然ですけどお空は嫉妬しすぎです。

 

たしかに寂しかったのは分かりますけど…もう…

軽くお空の頭を撫でる。

気持ちよかったのか目を細めてリラックスし始めた。

嫉妬なんて似合わないですよ。

「可愛いですね」

 

「本当ね。地獄ガラスもこうなればただのカラスね」

 

神様2人は煽ってますけどこの子その内神様になるかもしれませんからね。

まあ、それは私の望みではないから全力で阻止します。

でもお空は力が欲しいと心のどこかで思っているのでしょうね。

こいしが言っていたわね。

お空はみんなを守れる…笑顔でいてくれるために力がほしいって。

そんな力望まなくても良いのにと思うが、その思いの原因が私にあるのは明確なので何も言えない。

でもお空、過ぎた力は身を滅ぼすのよ。

 

「さとり様?」

 

気づけば、ずっとお空の頭を撫でていたようだ。いけないいけない。

考え事していて意識が明後日の方を向いていました。

 

「おっと…考え事をしていました」

 

「もう、しっかりしなさい」

 

「まあまあ、姉さん怒らないの」

 

「さとりさん…お茶来てるんですけど」

 

大妖精が私の前にお茶を差し出してくる。ああ、考え事に思考を使うのもほどほどにしないといけないわね。

気分を入れ替えるためにお茶を流し込む。

考えていたこととかいろんなことが一緒に心の中に流れていく。

やはりお茶は落ち着く…いくら体が変わっても、しっかりと魂は刻んでいるようだ。

「落ち着きます…」

 

行きつけになりそうね。実際大妖精は行きつけらしいですけど。

そこの神様達も気に入ったみたいだ。

今度こいし達も連れてこようかしら。

こいしが知ってるなら話は早いのだけれど…

「お空、この店知ってた?」

「いえ、知らなかったです。多分こいし様も知らないんじゃないでしょうか」

そっか。なら今度連れて来ましょう。

「それがいいと思いますよ。こいし様よく人里に来ますし」

 

あら、それは良かったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なにやら玄関の方が賑やかになったと思えば、今度はお空があたいの真横で不審な動きをしたり。

そんな状態がふと静かになったと思い頭を上げてみればどこかに出かけていくお空とさとりの後ろ姿が見える。

その姿が見えなくなった頃だろうか。急にこいしが隣に腰を下ろす。

「……出かけたね」

確かに出かけましたねえと思い起こせば、想起してくれたのか頭を撫でてくる。

見上げるこいしの目に怪しい光が灯るのも見逃さない。あれは良からぬことを考えている時の目。

「追いかけようか」

私を抱きかかえたかと思えばそんなことを口走る。やはり良からぬことを考えていたようだ。

そもそもどうしてその発想が出てくるのか不思議だ。

お空は一緒に行ったのだからこいしもついて行けばよかったではないか。

「それもそうだけどお姉ちゃん私がいると少し気を使っちゃうからさ」

まあ妹なのだからそうだろう。だけれど密かに後ろを付けるって言うのはどうなのだ。お空がいるじゃないか。

 

「だって気になるんだもん。それに折角お姉ちゃん帰って来たのになんかあったらどうするのさ」

分からなくはない。さとりの事を想っての行動だというのは理解できる。

理解できるのだがコソコソ後ろを付ける行為に少し抵抗が……

 

「というわけでお燐、いくよ」

あたいを抱きしめながらそんな事を言い出す。まさかのあたいまで一緒とはどうしたらそうなるのだ。

その衝撃のあまりに思わず人型になって叫んでしまう。

 

「私もですか⁉︎」

 

いきなりあたいも連れていくなんてどういうことだ。

 

「ちょ…お燐いきなり人型になったら……」

だけど人型になってしまったのは不味かった。

丁度こいしに抱きかかえられていたあたいがこいしの体格より一回り大きい姿になってしまえば支えられるはずもない。

そのまま2人揃って崩れ落ちる。

「ちょっとお燐」

 

気づけばあたいはこいしを押し倒してしまっていた。

押し倒したというより事故で押し倒しているかのような体勢になってしまっているだけなのだが…

「あ…ごめん!」

直ぐにこいしの上から飛び降りる。

「もう…そのままどうするつもりだったのやら」

 

なにもなにもしないから。だから顔を赤らめて変な気を起こすのはやめてくれます⁉︎

あたい凄く恥ずかしいんですけど!

「まあ冗談はさておき、ほら準備していくよ!」

 

「やっぱりいくんですか?」

何だか気が乗らないのだけれど……

 

「当たり前じゃないの!もし私達がいない時にお燐に何かあったら嫌だもん。お燐だって大切な家族だもん」

そ…そんなに心配してくれていたなんて。

確かに気は乗らないけれど…

「そ…そこまでいうなら…」

 

一緒に行きますとしか言えないじゃないか。

 

「ありがとうお燐」

 

 

 

 

 

 

という経緯があったものの、目の前で茶屋に入るさとり達を影からこっそり見ている不審者同然のこいしの姿を見ると、なんだかいけない事をしているような気になってくる。

こいしが頭まで外套で隠しちゃってるから余計に不審者っぽくなっている。

そういうあたいも人里に溶け込むために結構工夫している。

それが罪悪感に拍車をかける。

「あの…こいし」

 

「どうしたのお燐」

 

「やはりこれって不自然なんじゃ…」

不自然なんてものじゃないけれどどう考えてもやってることはまずいと思う。多分勘違いされて奉行所送りになるかもしれない。

 

「だってバレたら過保護だって言われちゃうじゃん」

 

「すでに過保護ですよね。どう見てもこれは行動が異常ですけど!」

 

もう色々と過保護過ぎる。神様だっているんだし大丈夫だよ。うん……

それに、店に入ったからって後を追って店に入ろうとしないでください。見つかりますってば。既に穣子さんにばれかけてるんですよ!さっき思いっきりこっち見てたじゃないですか。

 

「じゃあ、そう言うお燐はどうして一緒にいるの?合流すればいいじゃん」

 

「それはなんか…気不味いというかなんというか…やはり心配で」

だってお空だけじゃ不安なんだもん。あたいは保険だよ保険。何かあったときのね……その為に色々と持ってきているんだし。

 

「同じじゃん!」

 

「そうだけど…あたいはもう少し遠くから観察した方がいいんじゃないかなあって……」

少なくとも家1軒分は離れようや。あたいらの視力なら十分観測可能だろう。

それに、さとり達に危害を加えようとする輩はなるべく遠くで対処したいからね。

 

ーーー!

背中に冷たい空気が触れ、毛が逆立つ。

背後に誰かがいると第六感が警告をする。振り返ろうとした直後に右腕を掴まれた。

「面白いことやってるわね」

知っている声。つい最近聞いたこの柔らかい物腰ながら体が本能的に感じ取る強者の風格。

 

「ーー脅かさないでくださいよ」

首だけを回して振り返れば、変わった帽子をかぶった女性……八雲紫が佇んでいた。

 

「脅かしてないわ。貴女が驚いただけでしょう」

なんだいその捻くれは。確かに驚いたのはあたいだけど…あたいの真後ろに来なきゃおどかないっての。

 

「紫さんもさとりが気になるの?」

こいしは相変わらずぶれることなく紫を見つめる。

 

「いいえ、偶然貴方達を見かけたから声をかけてみただけよ」

こっちもこっちで平常運転だったようだ。

声をかけてみたにしては随分と質が悪いけれど……

 

「そう……じゃあお姉ちゃんには内緒ね」

こいしが釘を刺しているが…そこでふと重大なことに気がついた。そういえばさとりはさとり妖怪だったね。

ってことは心が読めないこいしは良いとしても……

「あたいがいる時点で詰んでると思うのですが…さとりに後で心読まれたら速攻でバレますよ」

 

こいしの表情にヒビが入る。

同時に紫様も同情するような目線を向けてくる。

これはもうどうしようもない。そもそもさとり妖怪に隠し事など出来ないのだからね。

 

「………あ」

思いっきりやらかしましたね。もうどうしようもないですよこれ。

頭を抱え込んでしまうこいし。気づくの遅すぎましたね。これなら別に言わなくても良かったかなあ…

「あなた…相当なうっかり者よね」

 

「……まあいいや。その時はその時だ」

 

開き直った…まさかの開き直りましたよ!

あれだけ頭抱えてたのにもうスッキリした表情になってる。あたいもなるべく思い出さないようにしよう……でもそうやって意識すればするほど意識しちゃってこれじゃあ簡単にバレるなあって呆れてしまう。

知られたくない事はなるべく忘れてたほうが良いのだけれど無意識的に忘れる記憶と違って意識的に覚えてしまったものは忘れようがない。

 

「開き直りも早いこと」

扇子で口元を隠しながら楽しそうに笑う紫様。

そういえば紫様ならわざわざここに来なくても隙間から追跡できるのではないのだろうか。

そもそも妖怪の賢者がこうも簡単に人里に来たりして良いのだろうか。

「そうじゃなきゃ私は私を維持できないもん」

 

「そんなもんだろうか」

 

「そんなもんだよ。過ぎた事は仕方がない。悔やんだって戻らないもん」

確かにそうだけどだからと言って簡単に割り切れるほどあたいら普通の生き物は強くはない。

「面白いこと言うわね」

 

「面白くはないよ。ただ逃げているだけ」

 

……それ以降双方ともに無言になってしまう。気まずい雰囲気のままズルズルと時間が流れる。

何か話そうかと紫の顔を覗き込むものの、なにかを考えているのか真剣な眼差しでさとり達がいる茶屋の方を向いてしまっている。

話しかけるのは諦めよう。これは無理だ。

こいしの方もなんだか話しかけるには少し辛い雰囲気が出ている。

胃が壊れそうだよまったく…早くさとり達出てきてくれないかなあ。

「……あ、出てきた」

あたいの祈りが通じたのか、茶屋からお空が出てきた。

それに続いてさとりや大妖精とさっき入っていったメンバーがぞろぞろ出てくる。

なんだかあんなに少女が固まっているとなんだか目立つ。

それに2名ほど背中の羽を隠していないから人間達が奇異の目線を向けている。

本人達は気付いていないみたいだけど…あまり良い光景ではない。

妖怪ってだけで忌避や恐れを向ける人だっているのだからあまり目立たないようにしてほしい。

 

「……悪目立ちしすぎね」

 

「でもすぐ気がつくと思うよ」

 

「なぜ分かるのかしら?」

 

「だってこの先寺子屋があるからさ。確かこの時間ならあの先生もいるはずだよ」

 

寺子屋?先生?なんのことだろうか。

疑問が頭の中に展開される。だけどこれらはその内わかることと思い直す。

「ずいぶん詳しいわね」

紫様が妖艶な笑みを浮かべる。

 

「詳しくないよ。ただ仲が良いだけ」

そういうものかねえ……

 

 

 

 

 

 

体の軸線を僅かにずらし相手の拳を避ける。

空気を切り裂く音が耳元を通過したところで真横に突き出された腕を掴み背後に放り投げる。

軸がずれたままなので妖怪の馬鹿力を使ってだ。

放り投げられた慧音は地面を軽く転がり体勢を戻す。ダメージは入っていないようだ。

「なるほど、受け流しが得意なのだな」

 

「ご想像にお任せします」

再びぶつかり合う力。突っ込んで来る慧音を受け流して蹴りや拳の攻撃を躱す。

「やはりそのようだな…ならば…」

 

距離を取った慧音が拳を構える。

何かまずい気がする……咄嗟に身構える。

 

「ふっ…」

拳が見えなくなる。いや…早すぎて捕捉できないようだ。

回避できない。咄嗟に身構える。

鈍い衝撃が体を揺さぶり、気づけば後方に向かって飛ばされていた。

 

どうしてこうなっているのか。それは数十分前に遡る。

 

 

 

 

「おい、お前たち」

 

誰かの声…それが私達に向けられていると気づいたのは、周囲の目線。

一体どうしたのだろう?何かやらかしていたか?と疑問が頭に浮かぶものの、それより早くお空と大妖精の肩を誰かが掴んだ。

 

「うにゅ?」

 

「えっと…どちら様ですか?」

 

「名乗るより先に羽を隠しなさい。目立っているぞ」

そう言われて2人に背中に視線を向けてみれば、確かにこれは目立ちますね……

さっき店に入った時に上着を外していたのですが、その時に着る手順を間違えたようです。黒い烏の羽と透き通った妖精の羽が丸見えだ。

 

「「あ……」」

直ぐに着直す2人。

そんな2人に意識が向いてしまう中、私を見つめる視線を感じ取る。

その視線を追ってみれば、丁度2人に声をかけた女性にたどり着く。

腰まで伸びた長い銀髪に赤いリボンをつけた独特な形の帽子を被っている。

服は胸元が大きく開いた上下一体の青い服。複雑な構造が多い服装だこと。さらに下半身のスカート部分には幾重にも重なった白のレース。

今の時代においては少し変わった服装…だけどあまり違和感は感じない。

「……慧音?」

 

一瞬記憶が呼び覚ました名前が口から漏れる。

「おや?私とお前さんは初対面のはずだが?」

不意をつかれたような顔をして彼女が私に詰め寄ってきた。

 

「ええ、初対面ですよ」

私は貴女のことは何も知りませんもの。

「……うん?少し待ってくれ」

 

私をまじまじと見つめていた慧音さんが何かに引っかかったのか頭を抱えて思い出そうとしだす。

あれ?初対面ですよね?まさか私のこと知っているのでしょうか。でも私は何も覚えていませんし……会ったわけではなさそうですね。

 

「えっと……誰かしら?」

 

蚊帳の外になっていた静葉さんが慧音の視界でフラフラと揺れる。

それまさか自己アピールですか?何だか事故アピールですよそれ……

「ああ、すまないな。私は上白沢慧音。寺子屋で教師をやっているものだ」

 

「貴女もしかして人じゃない?」

穣子さんが慧音さんの体を睨みながらそう呟く。確かに彼女は人間じゃないですね。人間側に立つ存在ですけど。

 

「そう言う2人も人ではないようだが?」

 

「ええ、私達は秋を司る神よ」

なにやら腹の探り合いでも行われているのか三人の合間に異様な雰囲気が漂う。

 

「ほほう…神様か。ありがたいな」

 

今のうちに少し距離を取っておこう。何だか嫌な予感がする。

 

「ところで、そこの子は一体……」

 

「彼女は古明地さとり。こいしの姉よ」

静葉さんどうしてそれを言ってしまうのですか!黙ってればまあ良いかってなるかもしれなかったのに!

 

「こいしの姉……?あ、そうか思い出したぞ!」

あああ…思い出しちゃったようです。

そういえば彼女はどうして私を知っているのでしょうか。

「知っているのですか?」

 

「確か人里の記録に残っているはずだぞ。ある時期まで人里に住み人間と妖怪を守り続けた妖怪って……」

 

「何ですかその歴史…黒歴史も良いところです」

 

「まあ良いではないか」

 

良くない。そんな歴史残ってるなんてやめてほしい。数百年も経ったのなら忘れてくれてれば良いのに……ああ、一般の人は忘れているのか。

 

「確か…里の移転の時に残り続けて、途中で行方不明になったとか何とか…」

言わなくて良いから!やめてくださいよ恥ずかしい……しかも行方不明になったってなんで伝わっちゃってるんですか!

「昨日戻ってきたんですよ」

 

大妖精…あまり余計なことは言わないで……

後お空も話したそうにしてるけどダメだからね。話しちゃダメだからね!

「そうだったのか。だが過程はともかくとして、人里にようこそ」

 

そう言って右手を差し出される。握手ということだろうか……

「こちらこそお見知りおきを」

素直に右手を差し出す。彼女の手に触れると分かる自分の冷たさ。それがなんだか、自ら自体を表しているようで不思議と安心してしまう。

「なんだか冷たいな」

 

「私もよく思いますけど…特に支障はないので」

 

ざっくり指摘しましたね……

「そういえばさとり様って体温低いですよね」

 

「そう言えばそうですね…あまり触れたことはないのですが、人肌の暖かさを感じる事なんて少なかった気がします」

なんだか心に刺さる言葉なんですけど……

「それで……妖怪がぞろぞろ揃って人里に何用なのかな?」

睨みつけられる。確かに仕方がないだろう…慧音のその言葉の裏には人間を心配する気配が入っている。

あまり怒らせる答えは言わない方が良いですね。

そもそも怒らせる基準が不明ですけど。

「私を案内したかったらしいですよ」

 

「まあ…人里に入ってる時点で害はないと思うがあまり人間の不安になる行為はしないようにな」

さっきみたいに…その言葉は出なかったけれど読み通すことはできる。

「ええ、気をつけます」

「そうしてくれ」

そんな会話が少しだけ続いて彼女は私達と反対方向に歩き出した。

だけれど目立ちますね…周りの人間にも目立つ服装の人は何人かいますけど…それでも慧音さんは目立つ。

 

それに……一瞬だけ読み取れてしまった心からこいしの事が読み取れた。

こいしと知り合い…たしかにあの子も人里に来ているなら知り合いかもしれませんけど…でも私達の家の方の記憶も同時に想起されていたから…別のところで会っているようですね。

そんなことを考えていたら、お空が私の袖を引っ張る。

どうしたのだろうとお空の方を向いてみれば、どうやら慧音さんの方を見ている。

彼女がどうかしたのだろうか……

あれ?何でこっち戻ってきているんですかね?なんだか嫌な予感しかしないのですけれど…あれれ?さっき感じた時より嫌な予感が強いような…

「考えて見たのだが…私と少し手合わせできないだろうか」

 

………今なんと

「お断りします」

 

「そうか、良かっ……え?断るのか?」

 

なんでやってくれる前提で話しかけてるんですか!一応貴女常識人ですよね!そうですよね!

「いやいや、察しなさいよ。今さとりはのんびりしているのよ?」

 

静葉さんナイスフォローですよ!

「それは分かっているのだが…頼む!」

 

頼むじゃなくて…どうしてそんな反応するんです?捨てられた子犬の目線の方がまだ可愛いですよ。

「手合わせって事は…戦うの?それなら先に私を倒してから…」

 

お空はややこしい事になるからやめて!本当それだけはやめてよ絶対見境なく戦うわよね!

「その…だな。さっきまで色々とあって凄く不完全燃焼なんだ…だから頼む。発散に付き合ってくれ!」

すごく自分勝手すぎません⁉︎それに何で私なんですか!しかもどうして人里のこんな道のど真ん中で話しかけるんですか!

 

騒ぎを聞きつけて人が来ちゃうじゃないですか…ってもう集まってるし!早いというよりみんな察しがよすぎる気がするのですけど…

「あのですね……私は強くないですからね?戦うのも好きじゃないですし…」

ソウ…タタカウノハ……

 

「いやいや、妖力とかは使わないで純粋な力勝負でいいんだ。むしろ人里だからそうしてくれ!」

そうしてくれじゃない!もうこっちの力にほとんど潰されたに等しい!前回藍さんと手合わせした時に十分理解しましたから。

それにしてもどうして急にそんなことを言い出したのでしょうか……

少しだけ心をのぞいてみる。

 

……手合わせしたいのは本当。その理由は私の事を知りたいという好奇心と人間側に立つ存在としてどれ程の実力なのかを図りたいから。

考えていることは分からなくはないですけどすごく脳筋な気がする。

それと……歴史に不自然なところがある?

私が関連している可能性がある?

何やら気になりますね。

「妖力無しって…ますますダメよ!」

静葉さん…あまり叫ばないで。人が集まってきちゃうから。

「……良いですよ」

 

「さとり⁉︎」

「さとりさん⁉︎何考えているのですか!」

 

だってここまで人が集まった挙句慧音さんも一歩も引くつもりがないのであればもうこちら側に選択肢なんて無いですよ。

それに気になることもありますし……

でも本気で戦うつもりはない。ある程度向こうが満足してくれたらやめよう。うん。そうしよう……

「……」

穣子さんどっち見てるのですか?

 

「……え?あ…何でもないわ」

……まあ良いです。特に何というわけではなさそうですからね。

「では、少し広いところに案内しよう」

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、お姉ちゃんって出かけるたびに戦ってる感じがするんだけど」

さとり達から少し離れたところであたい達は見守り続けていた。

なのに急によくわからない女性と戦いはじめたものだから屋根の上に移動して遠くから戦いを見学している。

地上のままじゃ人だかりで見えなくなっちゃうからね。

「こいしと一緒の時は大体そんな気がしますね」

例外もありますけど基本的に戦ってることが多いような気がするね。

 

「しかもどうして慧音先生と戦うのかなあ……」

あの銀髪の女性は慧音と言うらしい。どうやら人里にある寺子屋で先生をやっているのだとか。

でも授業が退屈なのだとか。

「脳筋なんじゃないかなあ」

そうでなければああはならないだろう。

だけどよくよく見てみればあれは戦っているよりかはむしろ手を抜いているようなそんな感覚だ。

なんだか少し違うような気がする。模擬戦と言われればそっちの方がしっくりくる。

 

 

「あらあら面白いこと」

隣で空中に座っている紫様が2人を見ながらそう呟く。

面白いのだろうか…こっちとしてはなんかなあって思う。本気で戦っているのとも少し違うよくわからない戦い…うん。何だろうね。

 

「紫さん何か仕組んだ?」

気がついたらこいしがあたいと紫様の合間に入り込んでいる。急に現れるのは心臓に悪いってば。

それにいきなり仕組んだって…変なこと聞くねえ。

「いいえ、だけど彼女についての一切の歴史的記録は可能な範囲で無くしておいたわ」

もちろん、境界を歪めて……

 

なんか…よくわからない答えを言うねえ。

さとりに関する歴史?どういうことだろうか…歴史って確か文章記録として残っている分だよね。

 

「……可能な範囲?」

え…こいしの場合そっちが疑問点なのかい?

 

「例えば人間の持つ記録…阿求が書いているようなものとかは無理だけれど妖怪が記録している歴史は消しておいたわよ。そっちの方が色々と長く詳しく書かれているからね。まあ、妖怪側は歴史とかあまり残さないから数も少ないし難しいことではないわ」

 

「まずどうして歴史を隠蔽する必要があるんですか?」

 

あたいの質問に紫様は黙ってしまう。いや、目線が慧音とか言う女性の方に向いている。やはりあの慧音とか言う女性と関連があるのだろうか。

「お燐、慧音先生の能力は歴史を食らう程度の能力。簡単に言うとある出来事を無かったことにするんだけどそれをするには過去にあった歴史を知っている必要がある。だから歴史に存在しない人物は興味対象になるんだ」

 

「でも人間一人ひとりの記録なんて無いですよね」

妖怪だってないのだから…そもそも記録ってどうなってるんだ?

「ないけれどお姉ちゃんの行いの一部って幻想郷の歴史そのものに結構記録されてるらしいんだけどお姉ちゃんの存在を隠したからなぜがそこの記録部分のみ不鮮明なところが多く残ってるってこの前愚痴言ってた気がする」

何だそれ…まあ確かにそれを行った結果はあるけれどそれを行なった人物や過程が無いって言ったら不自然だよなあ……

 

 

「それで戦ってるんだよ」

 

「その理屈がわかりません」

 

「わからないかあ……」

普通わからないと思うよ。そもそも、戦って理解できるものなのか?

「私もわからない」

 

分からないんですかい!てっきり理解できているのかと思っていたよ。

 

「そういえば……理由は聞かないのね」

理由?もしかして紫様がさとりの歴史的記録を隠したってことかい?

 

「聞くほどの理由でもないみたいだからね」

なんだか不思議な言い回しだ。分かっているのかなあ?でも能力を使った形跡はないし…

さとりもさとりだけどこいしも時々分からなくなるのよね。

「あら?心を読んだのかしら」

 

「何となくかなあ」

 

「何となくねえ……さとり妖怪ってこうも揃って勘が良い子が多いのね」

それはあたいにはわからないけれど…多分こいし達が鋭いだけだと思うよ。あたいが知っている覚り妖怪なんて1人しかいないけど。

「それはどうだろうね?」

こいしが首を傾げながら不思議な動きをし始める。

結局分かっているようで分かっていないことが多いのだろう。だけどそんなのみんなそんなものだろう。あたいだってあたい自身のことなんて分からないのだから。

 

「それにしても……あの子の戦い方普通じゃないわね」

 

この話はおしまいと言わんばかりに、離れたところで戦っているさとりに視線を向けて呟く。

「そうなの?私の知ってる戦い方ってあんな感じだよ?」

 

「あたいもですね」

まあもう少し距離とって戦うことが多いからちょっと違うけれど。

 

「誰に似たのよ……」

 

「「お姉ちゃん(さとり)」」

 

「貴方達ねえ……」

だってさとりくらいしかいないよねえ…後ルーミアさん。

「この際だから言っておくけれど、普通あんな戦い方はしないわよ。鬼とか種族上特化しているなら別だけれど」

真剣な眼差しで睨みつけられる。怒っているわけではないけれど少し威圧感がある。

「そうなんだ…まあお姉ちゃんほど人間とかと同じ戦い方はなかなかやらないね。私だってあんな戦い方は普通しないよ。慧音先生は半妖だからわかるけど」

そうかな?基本的に鬼が戦ってる姿しか見てないからなあ…それに天狗の場合は機動性生かしての遠距離攻撃ばかりだったし。

 

「ええ、普通はもっと妖力に頼るから基本的にもっと距離をとって戦うのが普通よ。それにさとり妖怪はむしろ弱い部類に入るのよ」

 

言われてみればそうだった。

さとり妖怪は能力以外は弱小妖怪だった。まあこの2人を見てると全然弱小な気はしないけれど。

 

「心理戦が基本だからね。戦うことがないからじゃない?」

なるほど、戦う必要がないから弱小なのか。納得。でもこいしもさとりもバリバリ戦ってますよね。

そんなことを考えていたらさとり達の方は決着がついたらしい。衝撃や殴る音が消え、人間達の喧騒が辺りを埋め始める。

「……終わったみたいですよ」

議論に熱中している2人を現実に引き戻す。

話し始めると止まらない人たちだなあ…そう言うあたいは冷めてるヒトだけれど。

「……どっちが勝ったの?」

さとり達を見ながらあたいに尋ねる。

 

「さあ?そもそも勝ち負けなんてなかったんじゃない?」

遠くからじゃあまり鮮明には見えないけれど慧音とさとりの様子からしてそんな感じかなって読み取る。

 

「そんなもんなのね」

 

「そんなもんだろうねえ…」

人里で戦うってなったらそんなものだろう。



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depth.75さとりと幻想の日々 下

「はあ……やっと終わったわ」

最後の板を貼り付けながら一息つく。家の修繕がようやく終わりひと段落ついた事に喜びを感じたからなのかそれともまだこれしか終わっていないと言う焦りからなのか。

 

思い返せばここ一週間色々なことがあった。

慧音さんと軽い体慣らしをしたかと思えばそのまま寺子屋まで連れていかれて根掘り葉掘りいろいろなことを聞かれた。

どうやら歴史の不明な点の一部が私がらみだったらしくそれを教えてくれだとかなんとか。

誰が歴史を隠したのかは知りませんけど、隠してくれたのであればありがたい。

私は別に権力が欲しいとかそんなことはなく、ただ平凡を過ごしたいだけ。

だから本当はこのまま知られないようにするのが良いのですが、どうにも引いてくれそうにないので仕方なくほんの一部を話した。

ただし、誰にも知られないことを条件にですけどね。

まあ慧音さんの能力を使えば最悪、私の存在は表舞台から消える。

 

「あ、お姉ちゃん修理終わった?」

 

作業をする音が聞こえなくなった為、こいしが様子を見に家から出てくる。

「ええ、終わったわ。ついでに補強もしておいたからこの前みたいな嵐が来ても耐え切れるようにしておいたわ」

この家も数百年と言う時の中で何度も修理や補強が行われていたらしいが、もう色々と限界が来ていたので近いうちに大規模改修をやらないとまずいだろう。

取り敢えずそれまでの合間保つようにと補強をしておいた。

「分かった。それと…地霊殿の方からお姉ちゃんに伝言」

 

「伝言?」

 

「来てだって」

 

「誰から?」

 

「多分勇儀さん」

 

なんでいかなければならないのだろう。今更私が行ったところで意味なんてないと思うのに。勇儀さん達も上手くやっているみたいですし私の存在を憶えているものなんてそんなにいないと思うのだけれど。

「分かりました。じゃあ、家のことは任せたわよ」

 

「はいはーい」

 

 

軽く身なりを整えて、地霊殿と直結する扉の前に立つ。この扉も、私がいない合間ずっと使われ続けていたのか全体的に少し古ぼけている。それでもまだまだ稼働できるようだ。

 

その扉を通り地霊殿の中にある私の部屋に入る。

空気が一瞬で変わり、少しだけ薄暗くなる。

灯りのないこの部屋…少しだけ哀愁漂う。

 

そんな雰囲気に身を任せながら、部屋を後にし、廊下に出る。

記憶の中にある地霊殿となんら変わりがないその姿に安堵。

そういえば私を呼んだ本人はどこにいるのでしょうね。

 

少し歩いて気がついたことと言えばこの屋敷はヒトが少ない。死霊妖精だってあまりいないのだ。少し寂しいというより下手をすれば空き家とさえ言われかねない。そんな気がした。

 

「あ…えっとどうかなさいました?」

 

後ろで声がする。どこかで聞いたような……でも何も思い出せないそんな声だ。

その声につられて後ろを振り返れば、後ろには金髪をポニーテールでまとめたワンピース姿の少女が立っていた。

「えっと…勇儀さんを知りませんか?」

だけど彼女からは返答の代わりに軽い悲鳴と驚愕の表情が帰って来た。そしてそれは恐怖という感情として私に伝わる。

「……ひっ!ど、どうして貴女がここに」

 

その言葉で記憶のつっかえが外れた。思い出せないでいた彼女のことを思い出す。

殆ど記憶の隅に追いやられていた。

 

「あ、もしかしてあの時の妖精?」

そうだった…背丈や顔つきは変わっているからわからなかったけれどその金髪は忘れることはない。

あの時…正邪に唆されて死霊妖精を操って色々とやらかしていた子だ。でもどうして私を見て怯えているのだろう?何かしたかしら…そういえば彼女の人格と精神ぶっ壊したんでしたっけ?

「あ…あの」

 

「ひいい…来ないでぇ」

 

物凄い怯えられてる。

なんだかすごく罪悪感というかなんというか……悲しい気持ちになってくる。自業自得なので仕方ないと割り切ってはいますけどこういう感情は慣れませんね。

「落ち着いてください。今は何もしませんから」

 

「嫌だ!来ないで!来ないでバケモノッ‼︎」

バケモノ……そうだよね。そういえばあなたにした仕打ちは確かにバケモノ当然の事でしたね。

しゃがみこんだ彼女に向けて伸ばした手が止まる。

 

「おいおいなんの騒ぎだ?」

騒ぎ声を聞きつけたのか、ドタドタとした足音が聞こえてくる。

勇儀さんだ…間違いない。

妖精の後ろからやって来た勇儀さんは事態を察したのか、私に物凄い申し訳なさそうな顔をして妖精を抱き上げた。

「すまねえ…こいつを落ち着かせてくるから待っててくれ」

 

「ええ、私がいない方が落ち着くでしょうから」

 

勇儀さんが廊下の奥に消えていき、再び静寂が戻る。

ふと、廊下の窓に目をやると、外の景色に溶けながらも、もう1人の私が映り込んでいた。

相変わらずの無表情…頬に手を当ててみれば、窓の中の私も同じように手を頬に当てる。

今になって思えば、なんとも不気味なことだろうか…何をされても人形のように表情が変わらない。

いっそのこと感情さえもなくなってしまえば良いと思ってしまう。

それはダメだと知っていながらもじゃあ結局感情を表に出せなければ伝わらないだろうと自問自答。

感情は私のためだけにあるものじゃない。それなのに伝えるのに最も適した顔が無表情を貫くのであれば、どうやって伝えれば良いのだろうか。私は覚り妖怪だから認識が薄いかもしれないけれど、普通は相手の表情は重要なものだ。

結局、私は意図しなくても恐れられるのだろう。

それもまた宿命なのだろうか。

「おまたせさとり」

 

窓の中に別の人物が映り込む。

それが勇儀さんだと気づいた頃には、意識は元に戻っていてさっきまでの鬱な思考はどこかに消えていた。

 

「ええ…お久しぶりです。勇儀さん」

 

和服を着崩した勇儀さんが、私について来いと指示を出す…それに従い黙って後に続く。

「悪かったな…昔お前と戦った事が相当トラウマになっているみたいでな」

 

「いえ、お構いなく。慣れてますから」

 

本当は慣れていないけれど、こう言って私自身を欺かないとやっていけない。

「ところであの子はどうしてここに?」

彼女は一応敵だった存在のはずだ。それも唆されたとはいえ地底を追放されてもおかしくないようなことをやったのだ。

「それはなあ…あんたがいなくなった後こっちも色々と忙しくてな」

それで彼女も手伝いとして……

「メイドとして雇ったんだが頭が良いから最近は経理の仕事もやらせてるんだ」

へ、へえ……なんだか凄いですね。

「反対する人もいましたよね?」

「まあな…だが彼女の人格も記憶も壊れちまってたし、裁くのは私達じゃねえって事で納得させたよ」

 

なるほど…確かに全て壊れてしまったのであれば、仕方がないだろう。それに壊れたものも新しい形で治って来ているようですし…

「彼女とは会わない方が良いですね」

 

「すまないな……必要があるなら地霊殿から転属させるが……」

 

「そんな事しなくて良いですよ。むしろこのままいてください」

 

話しているうちに目的地に着いたらしい。

応接間…そんな雰囲気が漂う部屋だ。私がいた頃には無かった…多分後から作ったのだろう。

「ところで彼女の名前は?」

 

「エッカートだ。まあみんなエコーって呼んでるよ」

 

「エコーですか…」

 

どうしてエッカートからエコーなのか…まあどうでも良い事だ。

彼女の名前を考察している頃には既に勇儀さんは部屋の机に置いておかれた酒に手をつけていた。

このままだと酒の話で終わってしまいそうな気がしたのですぐに話題転換をするかも

「それで、私を呼んだ理由ですが…」

今更私を呼んだところで何になるというのだ。そんな思うが駆け巡る。

 

「なあ、さとり。地霊殿にはいつ戻ってくるんだ?」

一番ありえないと思っていた答えが返って来た。地霊殿に戻る?嫌に決まっている。そもそも旧地獄は実質的に貴方達のものです。

 

「今のままでも十分回っているのですから戻らなくても大丈夫な気がするのですけど」

 

「そういうわけにもいかないだろう…お前じゃないと出来ないことだって沢山あるんだから」

 

「それもそうですけど」

ならば私がいない合間はどうしていたのだと問いただせば、こいしやお空がこっちに来てやっていたのだとか。特にお空は灼熱地獄の管理を行っているらしい。

時々失敗するらしいけれどよくやってるのだとか。

ならそれまで通りで良いような気がするものの、そんなことしたら閻魔になんて言われるかと。

まあ、私を指名したのは閻魔様ですからね。確かにそれを加味すれば私が地底に戻らないといけない気がします。

だけど……頭の中を一抹の不安が横切る。

私は知っている。

あの異変のことを……あの異変は起きるべくして起きたものだろうし原作ではあれがきっかけで地底と地上の交流が少しづつ出来始めたとか色々ある。

だけど私は起こってほしくはない。お空たちを戦いに巻き込ませたくはない。

これだけは貫きたいのだ。

「それに、地底のみんなだってお前が帰って来たって知ってるから少し顔出せや」

考え事を直ぐに止め、俯いていた頭をあげる。

 

「怖いのですけれど……」

地底の人達だって私を忘れているかもしれない。そう考えたら怖い。他人の心ほど怖いものはない。

 

「大丈夫だって。地底の奴らはほとんどお前を覚えているし悪くいう奴はいねえよ」

どうやら、地上と交流は盛んであってもヒトの流動は地上と違いほとんど無かったらしい。

そう言えば地上のヒト達ってあまりこっちに住もうとしないんですね。

うーん…温泉あるし道も整備されてるから家が地底だよって感じでも良いと思うのだけれど……まあ、それぞれの主観だからそんな事は良いのか。

 

「だから行こうじゃないか」

だからって…あのう、いきなり腕引っ張ってどこに行こうとするんですか?まさか……

「今からですか?」

 

「あたりめえだろ?早いうちが良いからな」

そりゃそうですけど…急すぎますよね。

ああ、酔ってるからもう何言っても聞かないか。

観念して勇儀さんに続いて地霊殿を後にする。

地底の隅っこにあるこの地霊殿。だけれど鬼に引っ張られたら直ぐに旧都まで来てしまった。

早くないですかね…ただ単に普段の私が遅いだけか。

そういえば旧都も帰って来てから初めて来ましたね。

なかなか賑わってるじゃないですか。特に酒場とか温泉宿とか色々……

それに昔と違って鬼ばかりではなく、河童とか地上の妖怪もチラチラ見受けられる。

それを見るたびに思わずフードを深くかぶり直してしまう。

怯えなくても良いのにと勇儀さんには呆れられてしまうけれどそれでもこの癖だけは抜けないようだ。

それでも知っているヒトは知っているらしい。私の姿を見て久しぶりと声をかけてくれたり露店で売ってるものをわざわざ渡しに来たりと賑やかさに飲まれてしまう。

「あら?目の錯覚かしら」

そうこうしているうちに誰かの声が直ぐそばで響く。

少し離れたところから声をかけられるのとは違う…喧騒の中でひとつだけ残った静寂のような声。

振り向いてみれば、そこには緑色に光る二つの目。

吐息がかかる程度に近づかれた体。

緑色の瞳がだんだんと妖しさを増していき意識が持っていかれそうになる。

視界が縮まり、浮いているような感覚が襲いかかる。ダメだと思うごとにどんどんそっちに引っ張られる。

「安心しな。お前の目は正常だ」

不意に緑色の光が離れ、我に帰る。勇儀さんが引き離してくれたようだ。あのままじゃ嫉妬に持っていかれるところでしたね。

 

「そう……なら最悪ね。またあんたと顔を合わせるなんて」

そんな嫌味を言いながらパルスィは私の肩に手を置いた。

「人を心配させすぎるような奴…くたばった方が良かったんじゃない?」

 

「心配してくれていたのですね」

そんな事を言ってみれば、パルスィの顔が急に顔が赤くなる。

何か言い返そうと口を開くが何も言葉が出てこなくてなんだか可愛らしい姿を晒す。

「違うわよ!」

結局その一言が私に向けて放たれた。

「相変わらず嘘が下手ですね」

言葉では否定してても結局態度は素直なんですよねでもあなたが心配してくれていたなんて…意外なものですね。

うん、なんだか怖がっていた私自身がアホらしい。

 

「嘘じゃないわよ!」

じゃあ目をそらさずに言ってください。それとも…心をのぞいちゃいますよ?そんなことしませんけど…

「はいはい、そういうことにしておきますね」

 

「ほんとムカつくわ!」

はいはい、貴女が私を避けている事は分かってますよ。それに好きじゃないってことも……それと一緒に心配してくれているって事も。

 

「なんだか仲良いよなお前ら」

 

「勇儀!いくらあなたでもそれは許せないわ!」

 

「冗談だってば」

まあ、仲は良くないですけどね。パルスィさんは私が嫌いだというのは本当のようですし…

その嫌いが少しだけ違うというか…なんだか分かりづらい嫌いなんですよね。

「もう良いわ…さとり、火はあるかしら?」

 

「相変わらず吸ってるんですね…体に悪いですよ」

 

「あ、あんたに指摘される筋合いはないわ」

そう文句を言い、ぐいぐいと煙草を咥えた顔を近づけてくる。

そもそも勇儀さんに火貰いなさいよ。

「勇儀さんに頼んだらどうです?」

 

「私は火力調整が効かねえからな」

にやにやとしながら私達を見る。狙っていますね…それに火くらい自分でつけられるはず…気にしても仕方ないか。

「早くしなさいよ」

はいはい私がやりますよ。

もう…せっかちなんですから…

 

「ふう…落ち着くわ」

煙と煙草特有の不快な匂いが広がる。

あまり良いものではないですね…

「毎回紙タバコなんですか?」

 

「ええ、文句でもある?」

 

「パイプとか使わないのかなあって…」

 

「あんな高いもの買えないわよ。それともあんたが買ってくれるの?」

え?買いませんよあんな高いの。ですから作るんですよ。って何そんな露骨に嫌な顔するんですか。

じゃあ良いですよ作りませんから。

って今度は残念な顔する……だから素直にほしいって言えばいいのに…

「もらわないとは言ってないでしょ!」

 

「やっぱ仲良いなお前ら」

 

「「良くない」」

 

 

            2

 

 

 

「お姉ちゃんおかえり」

地底から戻ってみれば、転移扉の前にこいしが立っていて思わず転びそうになる。

だって目の前にいるのだから仕方ないだろう。突発的なことには弱いのだ。

 

 

「ただいま…」

 

「もしかして疲れてる?」

顔を覗き込むこいしの頭に手を当てて安心させる。なんだかんだ言ってもこの子は私のことが心配なのだろう。

ありがとうこいし。

「大丈夫よ。慣れない喧騒に少し参っただけだから」

実際喧騒な空間に疲れたのは確かだ。それにパルパルに体を操られかけて精神的にも……

 

「そうそう、一応この家は宿として開業しているからね」

そういえば宿として使っているとかなんとか言っていたわね。ここのところ忙しいから忘れていたわ。

「今まで閉じていなかったかしら?」

 

「修理してたでしょ?」

どうやら家の修繕が終わった今日は開くらしい。といっても家の前にある灯篭に灯を灯せば良いだけらしいが……

「それで人が来るのですね…」

 

「人だけじゃなくてヒトも結構くるよ。座敷童とか付喪神とか疫病神とか色々」

かなり繁盛しているようだ。って言っても儲け目的でやっているわけではないみたいですけど。

「来るもの拒まず去る者追わずだよ」

 

 

そろそろ日が暮れる。周囲の光がだんだんと闇に塗り替えられていく。

妖怪が最も出やすいと言われる時間帯…それでいてどことなく感慨深い光景を見せてくれるそんな時。

窓から見えるそんな光景に目をきらつかせていると、こいしが袖を引っ張る。

「早く行こうよ」

何処へといいかけたものの、そんなの一つしかないではないか。今更聞く必要もない。

黙ってついていくことにする。

「お姉ちゃんって結構ロマンチストだよね」

 

「そうかしら?そんな気一切無いんだけど」

 

「そうかな?さっきだって窓の外ずっと見てたし」

そう言われれば否定はできませんけどだからと言ってロマンチストもかなり違う気がする。そもそも私にロマンチストなんて似合わないだろう。

 

 

 

 

「あら…久しぶりに開いているのね」

お燐が灯篭に火を灯してから早速誰かが来たようだ。

玄関の開く音と、誰かの声。この気配からして人ならざる者のようですね。

「あ、いらっしゃい!」

こいしがぱたぱたと玄関へ駆けて行く。それを追いかけ玄関まで行く。

玄関にいたのは青のロングをリボンで結び、いたるところにお札が貼ってある薄汚れたパーカーと若干すけてる青のミニスカート…そしてなぜか裸足の少女が立っていた。

全体的にやる気がないのか少し無気力感が漂っている。というよりかなり貧乏な感じだ。

 

「……えっと、こいしとそっちは誰?」

でも見た目とは裏腹に声はしっかりしている。やはり見た目に流されてはいけないのだろう。

 

「初めまして、こいしの姉であるさとりです」

 

「ああ、あのさとりね!」

知っているのですか。そういえば文屋の2人が新聞作っていましたけど…まさかここまで広まっているなんて。

「へえ…確かに姉って言われれば2人とも似てるわね。あ、自己紹介遅れたわ。私は依神紫苑…えっと…厄病神です」

厄病神でしたか…そういえばそんな名前を聞いたような聞かなかったような…でも私の記憶ではなく昔の記憶…そうだ思い出した。

あの姉妹のうちの姉さんだったか。でも厄病神でしたっけ?なんか違ったような…まあいいや。

って事は将来あの異変を起こすことになるのだろうか…まあそれは彼女たち次第だから私はどうすることもできない。

何をやっても、最終的には貴方達の判断次第ですからね。

「この人は常連さんだよ!」

 

宿に常連って……やはり色々と大変なのだろう。

「いやあ……ここくらいしか来れるところもよくしてくれるところもありませんからね…」

 

おい妹さん。姉さんが困ってるぞ。どうにかしてやったらどうだ。

それとも事情でどうにもできなからなのだろうか。

「そう…玄関にいるよりも早く入りましょう」

 

「貴女もこいしさんみたいな事言いますね。玄関で良いって毎回言ってるのに…」

 

「こっちは良くないの!」

 

玄関で良いって…もうそれじゃあ宿屋に来た意味ないじゃないの。

呆れながら、彼女を家の中へとあげる。

「相変わらずだね…ちゃんと服とか洗ったら?」

 

「不幸な目にあうから水場はあまり近づきたくない…」

 

不幸な目ね…そういえばその能力は制御ができないんでしたっけ。

かなり難儀なものよね。

「貴方の場合どこに行っても不幸が来るんだから大して変わらないよ」

「お姉ちゃん…ご飯の準備できる?」

 

「え?平気だけど…」

 

「じゃあお願いね。私は紫苑を風呂に入れてくる」

了解よと返事をして台所に向かう。

一瞬だけ私の腕を紫苑さんに掴まれた気がするけれど知らぬふり。

 

「うにゅ?もしかして紫苑さん来た?」

 

振り返ってみればお空が二階に上がる階段から顔をのぞかせている。

どうやら下が騒がしかったので降りてきたようだ。

「ええ、紫苑さんが来ましたけど?」

 

「えっと……なんか頼まれていたんだけど…なんだっけ?」

 

頼まれごとでもしていたのかしら…でもお空は忘れかけているようね…でも完全に忘れているわけではなさそうだから…

「お空、少し記憶を覗くわよ」

 

「え?あ、わかった」

 

「想起……」

サードアイを服からだしお空に向ける。

一気に思考の波が押し寄せる。それをかいくぐって記憶を見ていくと、こいしがなにかを教えている場面が出てくる。これのようね。

「お空…紫苑さんが来たら灯籠消してって言われてなかったかしら?」

 

「それだ!灯籠消さなきゃ!」

 

そう叫んでお空は私の制止を聞かず玄関に向かってしまう。

あんな急いで行ったら転ぶって…ああ、ほら転んだじゃないの。

 

「お空…気をつけて」

 

顔から床に突っ込んだけど大丈夫なのかしら…えっと、大丈夫っぽいわね。怪我がなくてよかったわ。

 

それにしても紫苑さんが来たら直ぐに宿を締めないといけないのね…まあ、そうでもしないと他の人にも不幸をもたらす彼女の能力の巻き添いになってしまいますからね。

仕方ないのか……

 

別に同情しているわけでもないし同情が本人を傷つけるというのは私が一番分かっている。

それにさっさと夕食の準備をしないと遅くなってしまう。

すごく久しぶりに台所に立つのだから少し思い出しながらじゃないとね。

 

 

料理に夢中になっていたらいつのまにかこいしたちが風呂から上がっていたらしい。

風呂と言うよりいつのまにか温泉になっていたのだが…

どうやら灼熱地獄跡の近くにある源泉をパイプで持ってきているのだとか。

 

こちらもひと段落ついたので顔を出しに行く。

その途中に足を何かに引っ掛けたのは黙っておこう。

さっきも包丁で指を切ったばかりなのだからあまり小さな事で心配をかけたくない。

 

「……」

服も洗濯に出してるのかパーカーとミニスカではなく水色ベースで花柄を施した浴衣に変わっていた。

 

「すっきりしたでしょ!」

確かに、玄関にいた時からすれば大分綺麗になった。

荒れていた髪の毛も、念入りに手入れをしたためか見違えるように輝いている。

それに服も浴衣に変えたから印象がだいぶ違う。

こっちの方がこざっぱりしていてなんだか可愛らしい。

「ええ…まあ……」

見とれていると、紫苑さんが顔を伏せた。あまりみるのも良くないですね。それにご飯も一応出ていますし早めに出さないと……

 

「ご飯できましたよ」

 

「わーい!久しぶりのお姉ちゃんのご飯!」

 

「こいしのお姉さんのご飯…気になるわ」

期待しないで欲しいのですけど…

まあ、持って来れば分かるかと考え直し台所に戻る。

ってお空がもう準備していたわ。ありがとうと頭を撫でる。

「さとり様も持っていきます?」

 

「ええ、できればそうするわ」

 

少し量が多いから2人で運ぶことにする。

そっちの方が安全だからね。

足元に注意して料理を持っていく。

もう少し食事をする所を近くの部屋にして欲しかった。

 

「お盆をひっくり返さないでね」

様子を見に部屋から顔を出したこいしにそんなことを言われる。

 

「いくら貧乏神がいてもそんなヘマやらかしませんよ」

軽く不幸に見舞われた気がしますけど、そんなの気の持ちようです。

今不幸なことがあったって明日はいいことがあるだろうし不幸なことばかりでもないのだからと思い直せば楽になるものです。

お気楽だとか言われますけど思いつめて鬱になるより余程良い。

 

「お姉ちゃんフラグ立ててどうするのさ!」

 

ああ、そういえばフラグでしたね、でも大丈夫。

 

「フラグは折るためにあるのよ」

 

「……心配だなあ」

心配と感じるなら感じていれば良いわ。感じなければガンガン進むだけだから。

「なんかすいません…」

同じく部屋から顔を出した紫苑さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「気にしなくていいよ……お姉ちゃんいつもいつもあんな感じだから」

 

「そうなんですか…」

失礼ですね。まともな時はもうちょっとまともですよ。たまにはいいじゃないですか。

 

「さとりさんの料理…美味しそうです」

ちゃんと転ばないで運び込んだ料理を見て紫苑さんがつぶやく。

感謝してくれたのならその感謝は素直に受け入れるべき、少なくとも冷やかしでなければだ。

「ありがとう…それとさんはいらないわ」

 

そういってあげれば少し悩み出す。どうして悩んでいるのかは分からないけれど…

「分かった。さとりくん」

思いついたような表情したかと思えば変なこと言いやがったこいつ!なんで君をつけたんだ。

 

「私は女の子ですよ!」

思わず声を荒げる。それに驚いて机の上で丸くなっていたお燐が飛び起きる。

「知ってた。だから言ってみた」

どうしてそうなるのやら…そもそも女の子にそれはいっちゃいけないような…別に私はいいんですけどえっと…中性的な方とか。

 

「男装させると面白そうだなって……」

 

何故そうなったそもそも男装用の服なんてないでしょ。買うのも嫌ですからね。着せられるのはさらに嫌です。

 

「確かにお姉ちゃんって男装したら面白そう」

こいし、乗っちゃダメよ。それは悪魔の囁きと一緒だから!

それに目をきらつかせながらこっちを見ないで!こればかりは嫌だから!他の人にさせるのは全く問題ないんですけどね。

「もういいでしょ…食べましょう」

少々強引だがこの話題はおしまいにする。これ以上膨らんだらほんとうに着せられかねない。

 

「そうですね…いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

パクパクと食べ始める。一名ものすごい勢いで食べ始めている人がいますけど…

紫苑さん…そんな急いで食べなくても逃げたりはしないってば…

「一週間ぶりにまともな食事にありつけた」

あらら…まさかここでずっと食事とかしている感じなの?

こいしに目線で訴える。

四日に一回くらいと口パクで返事が返ってきた。

四日に一回って…結構な頻度でご飯を食べに来るのね。

「貧乏神も大変ね……」

 

「まあそれが定めだから」

言ってしまえば彼女も食事なんかいらないのかもしれない。

だけれどこうして誰かと一緒に温かい食事を食べることを望んでいるのね……できれば貴方の妹さんとやってほしいのですけれど。

「どう?お姉ちゃんのご飯美味しい?」

 

「ん……美味しい」

 

「それは良かったです」

 

しばらくの合間仲良く食事をしていると、お燐がなにかに反応したようだ。どうかしたのだろうか…

「お燐?」

「さとり、尋ね人だよ」

 

尋ね人?宿目当てで来たわけではなさそうね。こんな時間に来るって誰かしら…

「ちょっと見てくるわね」

 

「いってらっしゃーい」

 

一体誰でしょうか…良からぬ輩なら気配でわかるのですけれど、お燐はそんなこと一言も言わなかったし私の方もあまり感知はしていない。

殺気や相手を倒そうとする気は背中を撫でるような感じがするからすぐわかる。

玄関に繋がる廊下の明かりを灯してみれば、何やら人影が見える。

暗い山を越えてきた人間なのか…あるいは妖怪なのか…

 

「はいはいどちら様ですか?」

 

玄関を開けてみれば、そこには1人の少女…まさかの子供である。それも人間…少し違う匂いが混ざっているけれど…

「……少女?」

 

「だと思ったら私の勝ちだ」

 

急に人影が大きくなる。私より一回りほど大きい姿…水色と白のノースリーブ状態のワンピースに服と同じ色合いのリボンをつけた女性。

背中には6対の氷の羽が浮くように付いている。

「えっと……誰?」

似たような人は知ってますけど誰でしょうか?

 

「あたいよ」

 

「あたいあたい詐欺?」

 

「チルノよ。覚えてないのかしら?大ちゃんとよく一緒にいると思うんだけど」

 

大ちゃんより影なかったので忘れてましたという言うのは冗談で…そんな姿だったの⁉︎

しかもさっき変幻してましたよね⁉︎

どう言うことですか!

「変幻したりこんな体が大きい妖精知りません」

 

「ああこれね。この時期になると不安定で体が大きくなるの。それとさっきのはこいしちゃんに教えてもらった魔法とか言うやつをあたいなりに…ア、あーー…アランジしてみたの!」

 

「……アレンジですよね」

 

「そうそれ!」

成長したのは体だけのようですね。いや……少しは賢くなったのでしょうか。

 

「まあいいです。それで何用できたのですか?」

 

「んーっとね…なんだっけ?」

いや、忘れないでくださいよ。それ忘れたら私が対応に出た意味なくなるじゃないですか。

「あ、そうだ!お腹すいたから食べ物くれ!」

 

「ここは食堂じゃないんですけど」

 

何か勘違いしているようですけどここは私の家であって宿屋であって食堂じゃないんですよ。

「なんだか良い匂いがしたからなーお腹が空いちゃったんだよ」

私が原因ですか⁉︎

「どうしたの?」

騒がしいからかこいしまで来てしまった。

「あ、こいしちゃん!ご飯食べに来たよ!」

 

「えっと……」

 

こいしまで困惑してしまう。必死に言い訳を考えているのだろうけど中々思いつかないようだ。

「じゃあ泊まっていくのであれば」

 

「なんだそれくらいのことか。あたいは構わないぞ」

 

「お姉ちゃん……流石に」

まずいですか……妖精ですし大丈夫でしょう。

それに、チルノはおおらかですし能力の影響なんて気にしないでしょうからね。紫苑さんと仲良くなってくれればもっと良いし。

ちょっとした打算をしながら私は彼女を家に招き入れた。

 

「大丈夫かなあ……紫苑さん」

 

「大丈夫よ……変な方向に流されなければ」

 

 

         3

 

 

山の木々は青々とその緑を視界に見せつけてくる。

みるだけならそれはとても良いものだがその中を歩くとなると相当難しい。

現に、獣道の多くは草木に囲われて見えなくなってしまい。木の枝や茂みが行く手を阻む。まるで何人たりとも寄せつけまいとする森の民が妨害してくるようです。

 

「そろそろのはずなんですけど…」

 

こんな森の深くまで入って来た理由…もとい呼びつけられた原因は本来なら水の中で生活する種族。

だけど開発の関係でここにしたのだとかなんだとか。

 

私に何を見せようと言うのか…ここに戻って来てから一ヶ月が経とうとする頃、地底で仕事を消化していた私のところにふらりと現れてこの場所を指定して来た彼女は何を考えているのやらだ。

なんでも、お披露目だそうだ。

 

お披露目といえばもう少し広いところで行うものなのだけれど彼女曰くあまり目立たず、ヒトが行き辛いところが良いとのこと。

だが空を飛べればそんな辛さなどどこ吹く風。実際私も飛べばよかったと後悔している。

後悔したところでもうどうにもならないしここから飛び立とうにも木々が邪魔でどうしようもない。

もういいやと諦めても、しっかりと足は動かして森の中を進む。

そうしていると指定場所についた。

少しだけ開けたその場所は、誰もいなくて静かな場所だ。

だけど私を呼んだ本人はどこにいるのやら…姿が見えない。

 

まだ来ていないのだろうか…だけど時間はあっているし彼女が遅刻するはずなど……いや、ありえそうだ。

なんとなくだがそう思ってしまう。

 

待ちぼうけになるのも嫌なのでもう少し待ってこないようなら帰ることにしましょう。

そう思っているとどこからか足音が聞こえてくる。

歩数はかなり早いものの、なんだか重いものを運んでいる…そんな足取りだ。

 

「お、さとりが先だったか」

 

「そのようですね。にとりさん」

 

音のした方に顔を向けてみれば、見るからに巨大で重たそうなリュックを背負ったにとりがいた。

少しだけ視界がぶれてしまうけれど……

何かしたのだろうか?

 

「なんだか姿がぶれるのですけど……」

 

「ああ、光学迷彩がさっき故障しちゃってね。その影響だと思うよ」

まさか光学迷彩を使用しているとは…貴女外出るときって大体それつけているわね。

「そんなことはいいから、これを見てくれよ」

そう言ってキラキラしながら彼女は背負っていたリュックを差し出してくる。見た目はなんの変哲も無いリュックですけど…中身何か入っているのだろうか…いや、それならリュックから出すはずだ。

「えっと…リュックですね」

 

「そう、リュックだよ。ただし私お手製の特殊なやつだ」

 

「解説お願いします」

パッと見でわからないものはわからない。このリュックに一体どのような仕掛けがあるのやら…

「そうだねえ…色々と詰めすぎているから、見せながら説明していくね」

そう言いながらリュックの紐の部分を何やら触り始めたにとりさん。

 

「補助推進用ジェットエンジンに、翼、近接防衛システムと障壁展開装置、更にのビールアームくん4号と緊急固定用のアンカー射出装置、それでいて最大積載量は人2人分!」

説明しながら次々とギミックが展開されて行く。中には、生き物そっくりの羽根や完全に機械チックなのアームなどものすごい量のものが出てくる出てくる。

 

「……どうやって収納してるんですかそれ…」

 

「それは企業秘密だよ。知りたければ是非買ってくれないかい?なかなか買い手がつかなくて困ってるんだよ。私はもう一つアップグレードしたのがあるから大丈夫なんだけどこれをこのまま倉庫の肥やしにするのもなんだか気が引けてね」

 

「おいくら何ですか?」

 

「20両」

 

高い。却下。そんな金額ぽんと出せるはずないでしょ。そもそも幻想郷中のお金を集めてもそんな金額にはならないですよ!

そんな金額だから誰も買ってくれないんじゃないですか。

「そもそも使い道無いですよね?」

 

「それを見つけるのは買い手だよ。私は作るだけ」

利用方法は自由と…でも使い道が……

唯一あるとしたら収納能力くらいですね。

 

「私も保留しようかなあ……」

 

「さとりもかあ…困ったなあ…」

じゃあその金額をもっと下げてください。

どうみても要らない機能ばかり詰め込まれたロマンリュックですよね。

「それじゃあ、これとかどうだい?」

気を切り替えたにとりさんがバッグの中から黒光りするものを出す。

また武器のようですね…それは…剣?黒いですけど…

 

「剣ですか?」

 

「うん、ただの剣」

「凄くいらないんですけど…と言うかそれらを見せるためにここに呼んだんですか?」

それらくらいならここじゃなくたって…工房でだって可能なはずだ。なのにここに呼んだということは何かここでしか出来ないことがあるはずだ。

 

「そうだねえ……正確には少し相談したいことがあってね」

 

「工房とかじゃできないこと……ってなると何かまずいことでもありましたか?」

 

「あー実はな……」

 

 

 

 

 

 

深く…どこまでも深い闇の中に一つの灯りが灯る。

誰か来たようだと思った時には、その灯りはあたいのすぐそばまで来ていた。

夢なのだろうか…そう思ってしまうけれどそれが夢なのか現実なのかの区別がつかない。つかないと言う事は夢なのだろう。

さとりなら区別がつかないのであればそれはもう夢でも現実でもない、全く別のものだとかなんだとか言いそうだけど結局難しい話はあたいには分からない。分かっているのは、目の前で誰かが灯りを灯しているだけ。なのに、灯している奴の顔が見えない。

 

考えるのはここまでにして少し動こう。

幸いにも体は動いてくれるようだ。なら良かった。これで動かなければ辛かった。

「しかし暗いねえ……」

 

すぐ近くに灯りはあるのだけれどそれが照らす範囲より先は全く見えない。どこに行けばいいのか…いや、このままでいるべきなのかすら分からない。一体ここはなんなのだろうか。

 

歩いても歩いても何もない。それに普段猫の体のはずのあたいがどうして人間の形をとっているのか…それも普段きている服装ではなく白いワンピースだ。不思議なものだ…夢のようだけど体にかかる感触は現実のものと同じ……そういえば現実の記憶の最後はなんだっけ?うまく思い出せないけどご飯を食べて床に着いた気がする。

当たり前すぎて何にもわからないね。

ともかく、歩くのも億劫だから飛ぼうかねえ…飛べば何か見えるかもしれないし…そう思って足元に力を入れてみる。

「……飛べない?」

だけど体は一向に浮こうとしない。暗闇の中で上下感覚が狂ってるのかと思ったけど足の裏にかかる体重の感覚が残っているから飛べていない。

……歩くしかないか。やはりここは夢の中なのだろうか…なら覚めるはずなのだが。どうしたのだろうか。

「あれ?家がある」

それは急に現れた。ほとんど照らし出さない灯りの中に、まるでいま出来たのかのようにふわりと……

決して小さくはない家…あたいらの家よりも大きい。

どうしてここに家などがあるのだろうか…

 

まあそんなことを考えても仕方がない。兎も角入ってみることにしよう。

ーー気になったら…注意しなさい。

 

ふと、さとりの言葉が蘇った。

あれは…欧州にいた頃だったっけ。

気になったことがあったら調べてもいいけど、気になるように仕向けられたものの可能性もあるから十分に注意しろと言っていたっけ。

なんで急にそんなことを思い出したのだろう。

さっきまでの時間あたいの行動と照らし合わせてみる。

「……あ」

あれ?いまどうして入ろうと思ったんだろう……

なんでだ?そもそもこんなところに家があること自体おかしいのにどうしてそれを当たり前のように受け入れて入ろうとしたんだ?

 

もしかしてあたい…誘導されているのかな?

ならばあれは罠…入るべきではない。そうだ、入っちゃいけない。

ーーー逃げなきゃ。

 

獣の本能が警告を発する。踵を返して駆け出す。さっきまでなんの変哲もなかった家に鋭い気配を感じる。

本能が知らせるそれは恐怖。妖怪であるあたいすら恐怖する何かがあそこにはある。近づいてはいけない…

 

必死に闇の中を駆ける。少しでも距離を取りたくて、だけど背中に感じる冷たい気配は消えてくれない。近づくことも遠ざかることもせずずっと一緒…まるで背中に誰かが乗っているようなそんな錯覚さえ覚えてしまう。

 

だけどそれすら生ぬるい状況が目の前に飛び出してくる。

「な…なんで?」

 

目の前にまたあの家があったのだ。

逃す気は無いようだ……

 

 

 

 

 

「悪夢?」

にとりが口にしたのは少し前から妙な悪夢を見るということだった。

 

「そう…悪夢なんだ」

それはどうやら、妖怪である自らすら本能的な恐怖を感じてしまうものらしい。

だけど夢の記憶はあまり覚えていないようで、一回二回なら偶然で片付けられるもののそれが何日も連続して続いた為異常に気付いたようだ。

「それならなおさらここで話す必要はないのでは」

そういうものは外じゃなくて家の中でやるものですよね。どうしてこんなところでやる必要があるのでしょうか?理解に苦しむ。

 

「それがね…家の中で誰かに相談しようとしたら激しい頭痛に見舞われてね…原因は分からない。」

なるほど…不思議なものですね。その悪夢を家の中で話そうとすると妨害がかけられる。

呪いや術の一種の可能性がありますけど相手の夢の中に入り込む呪いなんて聞いたことがないしそんなことをする理由がわからない。

にとりさんも最初は呪いの類を疑ったらしいがそれを裏付ける証拠は何も出てこないらしい。

となると原因は自分自身の内にある可能性が高い。

「それで心理に詳しいさとりなら何かわかると思ってね」

 

「いくら心理に詳しくても夢までわかるってことはありませんよ。そもそも夢は意識ではなく無意識が原因で起こることです。意識による行動、無意識のうちにしてしまう事への因果関係ならまだわかるのですがね……」

 

そう…いくらさとり妖怪で心や記憶に精通していても夢だけはどうしようもない。あれは不確定要素のみで作られた混沌。

その根底には理解可能な夢の世界もありますけれど、今回の原因は夢の表層上で起こっている事象が原因だろう。でなければあのバクがやってくるはずだ。

夢を司るのは無意識。私が見れるのは意識と前意識。そして覚えている記憶のみ。記憶をたどっていけば無意識に入ることはできますが無意識を理解することはできない。根本的解決は不可能。

 

「頼むよさとり」

 

「まあ…断る理由もないですね」

 

根本的解決は不可能だけれど……原因の一端をつかむことはできるかもしれない。これまでにとりさんには色々お世話になっていますからね。

まずは一回心を覗いて見てみましょうか。それだけで何がわかるとかそういうことはないですけれど軽くでもやらないとやるでは随分違いますからね。

「それじゃあ、心を見ますね」

上着を脱いでサードアイを引き出す。

無機質な目に光がともり、キョロキョロと動き出す。

陽の光が眩しいのか細めになったりと何がしたいのかよくわからない。

「目…やっぱり気持ち悪いですか」

考えている情報が入ってきてしまう。

 

「え…ああ、悪い…つい」

 

「気にしないでください。慣れていますから」

 

遠目で見る分には問題なけれど、こうして近くでしっかり見せるとなるとやはり嫌なのだろう。というか生理的に少し気持ち悪いと思ってしまうのは仕方がない。思わない方が異常ですからね。

 

「色々と見えちゃったらごめんなさいね」

 

「構わないさ。あんたがわざと見たわけじゃないんだろうし見てくれとお願いしたのは私さ。だから大丈夫」

そう言って頭に手を置く。頭を撫でられると少しくすぐったいのですけど…

まあ、言っても仕方がないですけどね。

 

 

「それじゃあ…想起」

 

少しだけ浮くような感覚。だけどすぐに頭の中にはにとりさんの記憶と感情が入ってくる。

あまり深く行き過ぎないように注意しながら精神世界に身を投じていく。

物理的移動はしていない。ただ、意識の中を歩く感覚をイメージして投影する。

だけどうまくいかない。どうしたのだろう…なにかがつっかえているようなそんな感じだ。

 

「変ですね…」

すぐに意識を戻し力を抜く。

 

「変って何がなんだい?」

 

「なんだかつっかえます。元から想起しづらいと言うか…そんなんじゃなくて何か別の…よくわからない異物が妨害しているようなそんな感じです」

「私にはよくわからないけれど…ともかく私の中に何かが入り込んでいるってことだね」

 

ええ、それも貴女の魂の方に直接くっつこうとして、精神を犯しているような…そんなとんでもない気配です。

 

「もしかして…なんかとんでもないやつだったな?」

 

「その可能性が高いですね……」

 

あれだけしかしていないのに十分危険なものであるなんて…一体何が住み着いているのだろう。

わからない……

 

 

「早急に対策する必要がありますね」

 

「分かった。じゃあさっそくだけどさとりの家に」

 

「その前に、いくつか調べたいことがあるので少し待ってもらっていいですか?」

その言葉ににとりさんが怪訝な顔をする。だけどまあいいやと思い直してくれた。

さて、それじゃあ賢者に聞きましょうか。

妖怪のことなら知っている誰よりも詳しいのだから彼女を頼らない手はない。

「紫、ちょっといいかしら?」

 

 

 

 

 

 

なんだか家の中が妙に静かだなあって思ったらお燐がすやすや寝ていた。

そういえばお空が地底に向かった時も寝ていたなあと思い出す。

いつまで寝ているつもりなのだろうか……

「お燐、起きないの?」

 

返事がない。変だなあ…普通なら起きると思うんだけど。

うーん…何かあったのかなあ……お姉ちゃんが帰ってきたら相談しなきゃ。

「……でもどんな夢見てるんだろう」

 

寝顔からは何も察することはできない。一体どんな夢なのかなあとサードアイをちらっと服から出して当ててみる。

「………何も見えない?違う…なにこれ……」

 

漏れてきたのは恐ろしいほどの殺気。お燐ではない…別の何かだ…

「お燐!お燐起きて!」

 

異常事態だ。早くお燐を起こさないと……

だけど焦る気持ちに反してお燐は全く目を覚ます気配はない。

「どうしよう……お姉ちゃん早く帰ってきて…」

 

早くしないと……

 



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depth.76さとりと悪夢 上

「怪異はわかるかしら」

目の前でお茶を飲む紫がそんなことを言う。紫を読んで事情を話したところ紫の家に案内されしばらく経ってからのことだ。

怪異。よく不可思議なことや道理がつかない現象に対してつけられるそれらを総称した名前だ。

怪異というのはあくまでも現象であってそれ自体を発生させるのは基本的に人ならざるものだったりすることが大半だ。

怪異はコト妖怪はモノといったように分けた方が分かりやすい。

 

「ええ、その認識で合っているわ」

 

目の前に座る紫は目を瞑りながらそう応える。

 

「基本的に怪異は現象であって怪異単体で発生することはほとんどないわ。例外を除くけれどね」

 

例外を除く…つまり例外的にモノとコトが分かれていない場合があるのだろうか。

「私は機械いじってばかりだからそこらへんは疎いんだよなあ……」

 

「そうね…じゃあ今回の場合がおそらくそれに近いわ」

 

つまりこの件は妖怪とか神とかが関わっていないと……

なかなか複雑ですねえ…普通の怪異なら異変扱いで敵を倒せば良いだけなのですが…

 

「今回の場合はおそらく、怪異のみで成立している。そういうことよ」

 

「そんなことが可能なのかい?」

訝しげににとりさんが怪しむ。まあ、普通はそうだろう。

 

「多少の因果関係は否定できないけれど、可能ではあるわ」

 

少し分かりづらいけれど…なんとなくは理解できた。

つまり現象そのものがひとりでに動いているのだろう。似たようなものとなると、都市伝説が思い浮かぶ。

人から人に伝播していくうちにそれ自体が本来のものから離れひとつの怪異として一人歩きしてしまう。

「誰かが意図して引き起こしたのではなく、現象がただやって来ただけと言った方がいいわ」

 

「つまりあれかい?嵐みたいなものか」

 

そんな感じですね。

「基本的に怪異単体ではあまり脅威にはならないわ。だけど注意しないといけないのは、その怪異に引き寄せられて良くないものが来ることよ」

よくないもの…色々とあるだろうけれど一体どのようなものなのだろう。

「怪異に引き寄せられるってことがあるんだねえ」

 

「ええ、原因が無い怪異の場合は特に…自らの現象による結果を導くためにほかのモノを呼び寄せる場合があるのよ」

 

となるとやはりにとりさん危ないんじゃないですか。

「それで、対処法はどうすればいいんだい?」

 

彼女が身を乗り出して紫に詰め寄る。まあ命の危険があるのだから仕方ないだろう。

 

「難しいわね…普通の怪異ならそれを起こす奴を倒せば良いのだけれどこういうタイプのやつは倒せないわ」

 

難しい顔をして紫が考える。

私もこういう事は初めてだからわからない。せいぜい追い払うくらいしか考え付かない。

「じゃあ追い払うことは?」

 

「場合によってはできるけど今回は河城にとり、貴女の中に入り込んでいるのだから難しいことこのうえないわ」

 

確かに…悪夢だけではこちら側からの対処は出来ないし、中に入るのも現実的ではない。出来なくはないけれど帰ってこれなくなった時が大変だ。

外に原因があるなら良かったのになあ。

「それで、貴女は何を考えているのかしらね。さとり」

 

「私ですか?」

怪異をどうするかくらいしか考えてませんけど……

「ええ、貴方くらいしか精神の事はわからないわ」

 

そう言われてしまえばもうどうしようもないのですけれど…

「他に、似たような状況に陥っている人がいればそっちから対処出来るかもしれないのですけれど……」

にとりさんじゃ入り辛いですからね。

個人差もありますけれど動物の方が心の奥底に入りやすいです。でも同じような症状を抱えていても動物ってなると……

藍さんとか悪夢で起きないって事ないですかねえ……

 

「今、藍の事考えたでしょう」

 

「分かるんですか……」

 

「これでも妖怪の賢者よ」

そうでしたねえ

 

「何人か同じ怪異の標的にされている人たちがいれば…なんとかなりそうなんですが…それか、現在進行形で怪異が襲っている人……後は結界で囲われた空間…これは怪異が何をするかわからないので」

 

「それだけあれば解決可能って時点ですごいわね」

 

「そうでもないですよ」

 

それで解決できるほど甘くはない。それに……失敗すれば確実に命を落とす方法だ。

「兎も角…私は家に戻って準備をしますので、それまでにできるところまで準備をお願い出来ますか?」

 

「別に大丈夫だけれど……他に怪異が襲ってるヒトなんて分からないわよ」

普通はただの悪夢だと思ってしまいますからね。

 

まあその辺は諦めるしかないだろう。なるべくいっぺんに怪異を排除しようと思ったのですがね…

仕方ないこの際にとりさんだけでも…

 

 

「それじゃあ、家まで送るわ」

 

「ありがとうございます」

私の足元に隙間が開き、体が浮遊する。

少しの自由落下ののちに足元が何かに着地する。

相変わらずの隙間だこと。

 

広がる景色は私の家。だけどなんだか様子がおかしい。なんだか……慌ただしいようなそんな…へんな感じだ。

こいしがいるはずだけれど何かあったのだろうか。

すぐに家の中に入り、一番騒がしい部屋に向かう。

目的の部屋を見つけて入ろうとした途端、誰かが部屋から飛び出してくる。

それがこいしだと認識するより先に、彼女の頭が私の頭と接触。鈍い音を立てる。

 

「「いったあい!」」

 

急に飛び出してきたら避けられるはず無いでしょうに……うう…痛い。

「お…お姉ちゃん?急に飛び出さないで…」

 

「飛び出したのはあなたでしょう」

 

まあこんな不毛な言い争いをするためだけに戻ってきたわけではない。すぐに準備しないと……でもその前にこいしに事情を聞きましょう。

 

「こいし、ずいぶん騒がしかったけどなにかったの?」

 

あ私の言葉になにかを思い出したのか、痛がっていたはずのこいしが表情を変えて両肩を掴んだ。

「お姉ちゃん大変だよ!」

 

「こいし、どうしたの?」

いつにもない剣幕な表情で私の方を前後に揺さぶる。大変なのは分かったから揺さぶらないで、目が回るから…

 

「お燐が大変なの!早く来て!」

お燐が?一体どうしたというのだろう…確か朝出て行くときはまだ寝ていたのですけど…

もしかして怪我とかしてしまったのだろうか。

こいしに導かれるままに部屋に入る…布団以外なにも引かれていない簡素な部屋。その真ん中で、お燐が横たわっていた。

外傷はなし、呪いといった類の感じもない。ただ寝ているだけ…なのになんだか変な気配が流れている。

「お燐……どうしたの!」

異質…いや、これはもしかして…

「わからないけど。気付いた時は既にこうなってて……」

状態としてはただ眠っているだけ…なのに一向に起きようとしない。おそらく怪異なのだろう。まさかお燐まで被害を受けるなんて…

「お姉ちゃんどうしよう……」

泣きそうなこいしを落ち着かせ、サードアイを展開する。普段隠しているものなのに今日に限ってよく使いますね。

まずはお燐を脅かしている奴を見れれば……にとりさんと違って今なら観れるチャンスがある。

 

深く深呼吸し、能力を強く発動する。

 

真っ暗…なにも感じない。いや、真っ暗ですね。

何か気のようなものは感じますけどそれがなんなのかはヨクワカラナイ。

このまま探っても意味がなさそうですから、一度戻りましょう。

「お姉ちゃん…すごい殺気だったでしょ?」

 

私が戻るのと同時にこいしがそう話しかけてくる。だけどわたしにはよく分からない。なんだろう…そんなに殺気なんて感じなかったのだけれど…

「そこまで殺気があった?」

 

「あんなに沢山出ていたのに気づかないの?」

いや…気づかないんだけれど…どうしたのだろうか。

「まあいいや。ともかくこのままじゃお燐が危ないんだよ!」

危険な状態だというのは分かっているわ。取り敢えず、紫のところに連れて行かないと…あと準備しなきゃ。

「大丈夫よ…早くお燐を連れて紫のところに、すぐに準備して私も向かうわ」

「分かった。お姉ちゃんも早くきてね」

 

お燐を抱き抱えてこいしが部屋から飛び出す。丁度玄関のところに紫がいたのか。話し声が聞こえる。

結局待っていてくれたようですね。それはそれで嬉しいことですけれど…こいしとお燐だけを行かせちゃったのはまずかったかなあ…どうせ私を回収するために待っていなきゃいけないのだからまあいいか。

 

あまり開けない自分の部屋に入るなり、使えるものを片っ端から持っていく。この貧弱な体では致命傷にならなくても攻撃不能になる回数が多い。それを防ぐためにも準備は必要。だけど相手は精神の中だからもっていけるとは限らない。

 

だけれどもっているだけでも意識としてイメージしやすいから持っていかないというわけにもいかない。

あれもこれもともっていくには足りないこの体。なにをもっていけば良いかを考え最小限の装備に収めていく。

 

銃火器や魔導書、万が一のためのお守り。といってもお守りは私自身すら傷つけかねないから取扱注意ですけどね。

それと……黒色のカチューシャ。

基本的に付けてませんけどこれがないとダメ……

さて準備も終わったことですしすぐに向かいましょう。あまり時間も残ってはいませんからね。

 

流れるように玄関に向かってみれば、すでに隙間が開かれている。入れということなのだろう。

もちろん飛び込みます。すれば体が誰かに掴まれる。

保有した運動エネルギーが行き場をなくして逆走。引き戻されるように掴まれた地点に押し戻される。

 

「はいはい慌てないの」

 

慌てているわけではないが時間がないのは事実。早めに行きたい。

「……離してくれます?」

 

「走らないというのならね」

 

「流石にもう走りませんよ…」

 

ようやく離してくれた。

「全く…」

呆れ半分関心半分といったところだろうか。そう考察していたら景色は変わり、また玄関にいた。だけど私の家の玄関ではなく紫の家のもの。

「まさかこうも簡単に怪異の被害者が見つかるなんてね」

どことなく嬉しさが混じった感情が声に見え隠れする。それにしてもその言葉からしたら私が怪異を呼んでいるみたいじゃないですか。

「運があるんだか無いんだかですよ」

 

「運は高いと思うけれどね」

そうでしょうか…運が高くても悪運な気がするんですけど…今に始まった事ではないから別にいいんですけど。

「それにしてもお燐があんなになるなんてね」

同情…だけどあまり同情しているわけではないようだ。

それよりも私にどうにかできるのかと問いかけているようにも思える。

私が解決できなければ博麗の巫女……でも彼女は人間に被害が及ばなければ放っておくでしょうし妖怪を毛嫌いしている節があるので期待は意味がない。

ともかく今はお燐とにとりさんをどうにかすることを考えよう。

部屋の奥から藍が出てくる。どうやらお燐の状態を知らせに来たらしい。

「かなり重症です…怪異単体じゃなくて別のものも引き寄せられていますね」

別のものも引き寄せられている…そういえばこいしが異様な程の殺気を感じたとか言ってたっけ。私は自らに向けて発せられるもの以外感知出来なくなっている。今度診断受けた方が良いですね。

「ええ、それも随分と変異したやつね。変な気が混じってるけど間違えたりはしない……マヨヒガね」

紫、マヨヒガって家ですよね。しかも現実に存在する家ですよね。

「あれ家ですよね?」

 

しかも人畜無害なはずだ。だって訪れたものに幸福を与える場合が多いし、基本的にあれは妖怪というよりミステリーゾーン的なもののはずだ。

「多分怪異のせいで変異してるのよ」

もう最悪な変異してますよね?完全に目標絶対倒す状態ですよ。

引き寄せられたものが人とかならどうにかなったんですけどねえ。相手が家となると…億劫になる。

「それで…準備の方は出来てるのですか?」

 

まあ、私が億劫になったところでやることは変わらないのですけれどね。

「ええ、2人ともぐっすりですよ」

藍の言葉に少しだけ背中が寒くなる。ぐっすりの意味が少し違うような気がするのですが……

「あの…片方無理やり寝かせつけましたよね?」

 

「寝てくれたので問題ありません」

いやいや、それ気絶しているんじゃないんですか?そんなことを気にしている時ではありませんでしたね。寝ていてくれるのなら大丈夫。

「まあいいです…それじゃあ案内してください」

紫の家はそれ自体が能力によって構成されていると行っても過言ではない。扉ひとつ取ってもどこにつながっているかわからない不思議な空間だ。トイレの扉を開けたら居間につながったり台所に入ろうとしたら玄関だったりと紫か藍さんくらいしか目的の場所にたどり着くことは出来ない。

「ええ、わかってるわ」

 

歩き出す2人を追いかけ目的に部屋に行く。

とは言っても玄関を入ってすぐの部屋にお燐達はいた。

紫があえて行きやすいように空間をつなげたのだろう。

布団の上に寝かされている2人以外にはなにもない部屋…いや、部屋全体にお札がびっしりと貼ってありすごく異質な雰囲気になっている。それに、どことなく他の部屋よりも暗い。

 

「お姉ちゃん…大丈夫なの?」

いつのまにか後ろにいたこいしが私の手を握る。心配…なのだろう。こいしにしてみればまた首を突っ込むのかといったところ…でも仕方がない。私は巻き込まれやすい体質のようですからね。

「こいしも来る?」

こいしも来てくれるのならかなり助かるのですけどね。

「でも私が行っちゃったらお空を1人にしちゃうから……」

ああ…確かに。一応紫がお空もこっちに向かわせるとアイコンタクトで知らせてくれた。なら大丈夫だとは思うけれどお空からしたら自分だけ置いていかれた感が否めない。

「そう、じゃあお空をよろしくね」

 

「すぐに帰ってくるから心配しないで」

 

「うん、そのフラグしっかり折ってね」

 

「残念ね。これはフラグはフラグでも生きて帰ってくるフラグだから」

 

「聞いたことないんだけど!」

 

当たり前ですよ。あまり実例が無いんですから。

「もう…早くお燐を連れて帰ってきてね」

 

わかっているわ。それじゃあ…始めましょうか。

紫が扉を閉めて部屋には寝ている2人と私だけが残される。

「もう隠す必要もないですね……」

目を閉じて眼を開く。

最後までこらえてくださいね…

 

 

 

 

ゆっくりと深く沈む体がどこかに降り立つ。

2人分の心を想起しているためか体の動きが悪い。それに体が飛びあがらないようだ。これでは弾幕も使えないか……仕方がない。

「……」

お燐とにとりさんの夢を想起してはいるけれど、彼女たちの気配はない。

まあここは彼女たちの中ではなく、彼女たちの中にいる怪異の中だ。

彼女たちとは同じものを追体験しているに過ぎないが、意識を怪異に飲まれない限りここに来ることはない。

可能性としてはお燐だろう。

 

「……お燐がまだ飲まれていないのならいいんですけどね」

飲まれているのならそろそろ会えるはずだ…ここは怪異の中ではあるけれど同時に私やお燐、にとりさんでもある。

それぞれの意思により多少は操作が可能になっている。だけど怪異の方が強い場合においてはその場限りではないしマヨヒガがどれほど変異しているのかにもよる。

ともかくお燐を探した方が良いだろう。にとりさんは…まだ大丈夫なはずだから。

 

 

暗闇の中ではどこに向かって歩いているのかわからない。

現状の世界では視界を塞がれた状態で歩かせるとクルクルと回り出すといいますが…ここは夢の中。いつまでも続く暗闇ではどこにつながっているかわからない。もしかしたら誘導されているのかもしれない。自らの有利なところへ導くのは戦法としてよく使いますけど…

まさかこうして使われるとは。

使われているかどうかは定かではないですがね。でも今回はそれ以外にどうしようもない。それに……誘導されていると言うのならそこには怪異かマヨヒガがいるわけなのだから探す手間が省ける。

 

そう考えていると目の前がぼんやりとした灯に包まれる。折角暗闇に慣れていた目が眩しさで閉じてしまう。

灯りに目が慣れてきてようやく目視でそれが分かるようになった。

「……マヨヒガね」

 

一軒の民家…いや、豪邸といった方が良いだろうか。周囲を塀で囲まれた平屋の家が目の前に佇んでいた。

重厚な門は少しだけ開かれていて入ろうとするものを拒むかのようだけれどそれが逆に中へ誘っているようにも感じられる。

 

「お燐の中にいるやつはあなたね…」

 

本来は妖怪でもなんでもない…家のはずなのにね…まさかこんな事に巻き込まれるなんてね。

まあ容赦なんてしませんけど。

「お燐?いるのかしら?」

多分お燐がいるならここだろう…名前を呼びながら門をくぐる。

何かが閉まる音が背後でする。振り返ってみれば、今入ってきた門が閉じていた。

逃す気なしと……ふうん。

じゃあ手加減なしですね。

 

 

私の目標はこの二つの怪異を破壊すること…でもまずはお燐を探して保護しないといけないわね。このままこれを壊したらお燐の意識すら一緒に壊れてしまう。

 

それに悪夢の原因である怪異を壊す場合はにとりさんとお燐の意識を切り離さないといけない。どちらにしろ合流しないと話にならない。

玄関を素通りし庭の方に回る。

お燐の性格からして多分庭とかの方にいそうですけど……

 

だけど一向に庭につかない。行かせたくないのだろうか…だとしたらやはりお燐がいるのでしょうね。さて、そうと決まれば強行突破です。

能力は使えない。だけどこれくらい能力や妖力がなくてもできる。

必要なのはお燐の元へ行くという強い意志…自問自答。それができる?

答えなどもう決まっている。私がここに来た時点でそんなものとっくにできている。

 

なにかが歪む感覚がして、景色が変わる。

塀と家の壁の合間が永遠続く景色から、そこは一瞬にして立派な日本庭園に変わっていた。

だけどその日本庭園も暗闇の中に不気味な陰を落とす。なにか得体の知れないものが蠢くそんな気配だ。

大丈夫なのだろうか……

 

「お燐、お燐?」

 

広い庭に私の声だけが響く。

動く気配すらしない。だけれどうごめくナニカガイル。

精神がじわじわと犯されていく。

早くしないと壊れてしまいそうだ。

 

庭を歩きながら動く気配を探る。

根負けしたのかなんなのかは定かではないけれど、石がずれる音がする。

床下のところからですね。

でもそれが罠だったとしたら…間違いなく私はやられますね。でも他に当てがあるわけでもない。

「お燐?」

 

意を決して床下を覗き込む。

 

「ひ……」

そこには、体を丸くして震えるお燐がいた。

本物……で間違いなさそうですね。

でも完全に怯えてしまっている。一体どれほどの恐怖を体験したのでしょうか。

「安心してお燐。貴方を助けに来たんですよ」

 

「ほ……本当なのかい?」

 

ええ、ここにいる私は間違いなく私ですよ。

 

 

「ああ…よかった…さとりいいいい」

安心したのか私に抱きついてきたお燐は腰が抜けてしまったのかズルズルと足元に崩れ落ちる。

しゃがんでしっかりと抱きよせる。どれほどのトラウマだったのだろう。こんなに怖い思いをしてしまうなんて……もう慈悲なんてかけていられないですね。

5分ほどそうしていただろうか。お燐がゆっくりと私を見つめる。

「落ち着いたかしら?」

 

「え……ええなんとか」

泣き腫らして真っ赤になった目に安堵の色が浮かぶ。

 

「それで……ここで何があったの?」

 

「えっと……あれ?なんだったっけ」

 

上手くは覚えていないようね。ということは恐怖という感情だけが残ってそれに関係する記憶はその場で忘れるようになっている…あるいは極度のトラウマとなっているため無意識が閉じ込めてしまっているのだろう。

「思い出せないのなら無理に思い出さなくていいわ。兎も角まずはここから離れましょう」

 

凄く嫌な雰囲気が体にまとわりついてきて離そうとしない。このままだと精神が持ちそうにない主にお燐の……

お燐を連れて縁側に入る。土足だけどこの際細かいことは抜きだ。

襖もなんか開きそうになかったので蹴破る。

文句なら開けようとしないマヨヒガに言って欲しい。

部屋の中に入ると先程までまとわりついていた感覚はどこかへ消えていた。

どうやらあれは庭だけだったらしい。

「お燐、現状を言うわね」

 

マヨヒガがこのまま何もしてこないということはないけれどまずはお燐に知ってもらわないといけない。

直ぐに現状を話す。

怪異のこと、それに引き寄せられたマヨヒガの事、私がきた理由。

 

「なるほど…そういうことだったんですねえ」

半分くらい本当かどうか疑っていたみたいだけれど辻褄があうことが多いらしく一応は納得してくれた。

それじゃあ本人も納得してくれたことなので、ここから抜け出すことにしましょう。何もしなくてもお燐の精神は蝕まれ続けているのだ。

「お燐、ここから抜け出しますよ」

 

「わかった。それじゃああたいはさとりについていくよ」

素直でよろしい。

「そうしてください」

まずはお燐の意識とマヨヒガを分離することから始めましょうか。

分離といってもただマヨヒガから抜け出すわけでもない。そんなことをしてもあれは離れてくれないし離さないはずだ。

「分離するってどうするんだい?」

少し難しいですけど…お燐の魂にくっついているマヨヒガのみを先ずは離す。大元の怪異は後だ。

「そうですね…まずはこのマヨヒガの中で最も接点が薄いところに行きますよ」

接点が薄いというのはわたしには分からない。だがお燐なら分かるはずだ。

彼女がこの家で一番安心できると思える場所。それが接点が薄い場所だ。ヒトと違い動物が一番安心できる場所は一番心が安定できる場所。だから心を蝕むマヨヒガの中でも安心可能な場所が最も接点の薄いところだ。

少なくとも私はそう理解している。

「後は私がこれで斬ります」

腰につけた小さな刀を見せる。

 

「大丈夫なのそれ⁉︎」

急に刀で斬るなんて言ったら大体そういう反応をするだろう。だけど大丈夫だ。ここは心の中。外傷も何も残らない。

「大丈夫ですよ。これも一応精神世界の一種ですから影響はないです」

多分ですけど……一応フランさんと戦った時はほとんど外傷は無かった。うん、大丈夫。

「恐ろしや恐ろしや……」

 

「それと、これ持ってなさい」

腰に付けていた拳銃を二丁とも渡す。これは本来お燐のものなのだ。私が持っていても意味はない。

「これは……」

 

「あなたの銃よ」

先端にナイフもくっつけているから少し大きくなってるけど問題なく貴女なら使えるはずよ。

 

「ありがとうございます!でもこれ……夢の中で使えるんですか?」

 

「貴女が使えると思えば使えるし使えないと思えば使えないわ。要は気持ちの問題ね」

実際私が夢の中に入る前にこれらを持ってきていたのはイメージしやすいからだ。

夢の中では思ったことがそのまま実現してしまう。それは便利でもあり途轍もない危険を孕んでいる。

だからなるべく夢の中では上手く行くように考えている。少しでも不安を覚えれば一貫の終わりなのだ。

「それじゃあ行くわよ……」

お燐を連れてマヨヒガの中を探索する。

結構時間がかかるかと思っていたけれど目的の場所はすぐに見つかることになった。

扉を蹴破りながら進んでいるとお燐が急に立ち止まった。

「……ここっぽいです」

 

「分かったわ。お燐の勘を信じるわ」

立ち止まったお燐に向き直り刀を構える。

「景色が変わってもしばらくは動かないでね」

 

「わ、分かりました」

 

「後、生きている人がいたならなるべく近寄らないこと」

飽海の中にいる人なんて大体ろくな人がいない。にとりさんの可能性もありますけれど…それよりもお燐への危険性を危惧してのことだ。

「えっと…もし向こうから来た場合は」

 

「逃げるか戦うか…それは貴女に任せるわ」

 

抜刀。狭い室内なので一歩でお燐との距離が詰まる。

斬……

斬りつけた瞬間お燐の姿が消え去る。マヨヒガとの接続が切れたらしい。

これでひと段落ついた。

でもホッとしている暇はなさそうです。

「さて、あとはここを壊すことにしましょうか…」

寒気が全身を撫でるようにやって来る。震えが止まらない。その上なんか変なものが壁や床から湧いて出てきましたし……

どうやら私が獲物を奪ったことに怒っているようだ。

出てきた黒い影のようなものは人型や動物の形になりじわじわと距離を詰めて来る。

この部屋自体が狭いので逃げるのはオススメできない。まあ、こいつらも全部まとめて倒してしまえば良いか。

「かかってきなさい…」

サテ…コワシマショウ。

 

一番近くにいる影に向かって駆け出す。

腕のようなものを伸ばして私を捕まえようとしてくる。その脇を通り抜ける。少しだけ刀で首のところを斬りつけておくのも忘れない。

成果を確認する前に次に向かう。

回し蹴りで吹き飛ばす。

目の前に迫る拳を腰を低くして回避。腹に刀を射し込んで壁に押し付ける。

まだまだ出て来る。

飛ばされて来る黒い塊を刺したままの影で防ぎつつ後ろに仰け反り体制を整える。

「ホラホラモットタタカオウヨ」

 

片っ端から斬りつけては放り投げる。

前後を囲まれる。攻撃のタイミングで足払い。両方のバランスを崩す。

「ふっ…」

両者の頭であろう所に拳を叩き込む。影が四散し消え去る。

さて…あまり長々戦っていても意味がないですね。早くこの建物ごと壊さないと……

「アハハハッ」

破壊するにはこのマヨヒガの主のようなやつを倒さないといけない。

マヨヒガの主って言ってもそれは家自体だから家を壊せばいいのだけれど……

さて、どうするべきかなあ……

壁を殴り穴を開ける。

やはりこうしたほうが一番いいですね。

黒い影を壊しつつ家の柱を探す。

 

 

マヨヒガはここに来て後悔しただろう。それに高度な思考が可能な意思があればの話だけれど……

 

 

 

 

「お姉ちゃん大丈夫かなあ…」

全く…お姉ちゃん達がいる部屋の隣部屋で待たされるこっちの身にもなってよ。

 

「こいし様やっぱり心配ですか?」

数分前にこっちに到着したお空が私を後ろから抱きしめながらそう聞いて来る。

「うん……私も行こうかなあ…」

そんな言葉が漏れてしまう。本当は私も行きたいけれど…でも私が一体何をできると言うのだろう。

「うにゅ?こいし様も行ってきて良いと思いますけど…」

お空はそう言ってくれる。

そう言われちゃったら行きたくなっちゃうじゃん。

「行ってもお姉ちゃんの支えになれるかなあ……」

弱気でどうするんだって言われちゃいそうだけど…お姉ちゃんがいないと私は大体こんな感じ。ダメだね……

「なれるんじゃないですか?こいし様がいるだけでも十分支えになりますよ」

 

「そうかなあ……」

お空にそう言われるとそうっぽく聞こえるけど…なんだかなあ…やっぱり優柔不断。

「私がこいし様に支えられているんだからきっとそうですよ!」

私の目を見つめるお空の目がまっすぐ貫く。

お空、本気で言ってくれているんだね……じゃあいってこようかな…

「そう?……じゃあ私も行って来る」

覚悟を決める。決めてしまえばなんだかやる気が湧いて来る。そういえばお姉ちゃんが持ってきた備品の中に私の魔導書も含まれていたっけ。

やっぱり…きて欲しかったんだね。

私が動き出したのを察したのか。紫さんが隙間から顔を出してきた。

「あら、あなたも行くの?」

 

「お姉ちゃんが心配だから」

 

紫さんに言う事だけ言って準備する。お姉ちゃんが向こうに行ってからまだ1時間…大丈夫間に合う。

「分かったわ……今結界をこじ開けるから少し視界が揺さぶられると思うけれど注意してね」

私を止める選択肢を放棄した紫さんが私の目の前に隙間を開いた。

この先に入れば…お姉ちゃんのところに行けるのかな。

「うん、分かった」

 

って凄い瘴気…どれだけ恐ろしい存在が2人の中に入ってるんだろう…下手したら呪われそう。



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depth.77さとりと悪夢 下

瘴気を気持ち悪いと最初は思ったけれど数分も経てばヒトって慣れるものだね。

慣れた後は全く何も感じなくなった。それはそれでやばいんだけれどね。瘴気の原因は2人の心を想起しているお姉ちゃんのサードアイ。

だけどサードアイ自体に異常は見られないから…異常があるのはこの2人の方だろうね。

それにしても……お姉ちゃん眼を開けてるのに半分気絶しているようなものって…なんだか器用だね。私はこういう時は目を閉じちゃうから……ってそんなこと観察してる場合じゃなかった。

お姉ちゃんとは違い二本の管に繋がれた青いサードアイをお姉ちゃんの赤い眼に近づける。

「……想起」

 

お姉ちゃんが感じているもの…見ているものすべてを見てリカイする。

少し体がふらつくけれど大丈夫…いける。

 

能力のレベルを少しだけあげて意識を意図的に飛ばす。

真っ暗な空間…どうやら悪夢の方に入ったみたい。お姉ちゃん自身はまだマヨヒガとかいうやつの方にいると思うけど……ここからどうやってそこまで行こうかなあ……

そんな事を考えているとすぐ近くでなにかが動く。もしかして悪夢が襲って来る気なのだろうかと魔導書を構える。

灯りを少しだけともして暗闇を消していく。

でも光は闇に飲まれてすぐにかき消されてしまいなんだか心ともない。

「誰かいるの?」

 

訪ねて入るけれどどっちかといえば警告に近いかな……後は反応次第でどうするかは決める。

気配はあるけれど…返答はない。じゃあ威嚇射撃。

魔導書を使って弾幕を生成。何発か撃ち込む。

軽い爆発が起こってその中から誰かが飛び出してきた。

「わわっ!私だってば!」

灯の中に現れたのはにとりさんだった。

いつもの服装だし彼女から邪念のようなものは感じられない。多分本物だね。

「なんだにとりさんだったんだ」

良かった、危うく倒すところだったよ。

 

「こいしちゃん気を付けてよね」

呆れるにとりさんに苦笑い。はいはい、次から気をつけるね。

って言っても次があるかどうかだけど…出来ればもう来て欲しくはないかなあ…

 

 

 

「え…お姉ちゃんとは会ってないの?」

あの後軽く話しをしたけどにとりさんはお姉ちゃんとはまだ会ってないらしい。そもそも記憶が曖昧だから私と合うまでどこで何していたとかが分からないのだとか。

にとりさんが近くにいるならお姉ちゃんやお燐もいると思ったんだけどなあ…でもにとりさんが嘘を言っているとは思えないし…そう感じるのは私の幻想?願望?まあどっちでも良いや。

 

「ともかくお燐を呼ぼっか」

 

どうやってって顔をされる。

まあ、普通はそうなるよね。夢の中でも基本的にはおきている時の常識が根付いているからみんなそうしがちだけれど…夢の中というのは距離も時間も関係ない。それこそ、私って自我すら本当は無くなってもおかしくはないんだよね。

じゃあなんであるかって?普段は自我だってないよこれは明晰夢だから。

「お燐…おいで」

 

発する言葉はたった一言。でもそれだけで十分。

ほら、お燐の姿が見えてきた。

見えてきたというか…姿そのものは見えないけれどサードアイが感知しているって感じかな?

「あ、お燐」

にとりさんも気づいたらしい。よかったよかった。

それにしても猫の姿で来たね…まあお燐自身は猫だからそれが普通といえば普通な気がするけれど…

「こいし?それににとりさんも…」

猫のままのお燐が駆け寄って来た。

あれ?猫の状態で喋れたっけ…

「よかった…無事だったんだね」

気になるところがあるけれどお燐はお燐だし…にとりさんが駆け寄って抱き上げようとする。

「ええ…まあ…」

でもなんだか引っかかる。なんだろうねこの違和感。お姉ちゃんならすぐに当てられそうだけれど…

 

 

「そいつから離れてください!」

背後からまたお燐の声。その言葉ににとりさんの動きが止まる。

「……え?」

私の方も一瞬だけど理解を超えてしまって動きが止まった。だけどすぐに理解する。同時に違和感の正体にも気がつく。

そうだ…お燐は猫のままだと喋れないんだ。通常の常識として定着しているのだから夢の中でも喋れるはずがない…つまり目の前にいるのは…

「っち……」

舌打ちをしたそれがにとりさんめがけて飛びかかる。

まずい!あれじゃあ間に合わない…魔道書だけじゃなくて他のものも持って来ればよかったと後悔。だけどもう時遅し。

火薬が薬室で高速燃焼した音が響き、明るい光が一瞬だけ周囲を照らす。

ほぼ同時に飛び出したそれが糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

「間一髪でしたね」

 

「あれ偽物だったの?」

振り返ってみれば、銃を構えたお燐がじっとこっちを見ていた。

違和感や悪夢特有の瘴気のようなものはない。この子が本物なのだろう。

まあ本物かどうかなんて詳しくいえば分かりっこないんだけどね。だけどそれを言ってしまったらきりがない。

「正確には人形、あるいは撒き餌さ……あたいはこの世界では猫の状態にはなれませんから」

構えていたそれを腰に戻しながらお燐が近づいてくる。

「へえ……そうなんだ」

にとりさんもようやく状況を理解したのか落ち着いて来たみたいだ。

「さっきは助かったよ」

 

「気をつけてくださいね。ここは悪夢なんですから……」

確かにね…ここは相手の得意な戦場。気を抜けばあっさりと飲み込まれちゃう。ミイラ取りがミイラになったなんて笑えないからね。

「それで…こいしまでこっちに来たんですか?」

 

「まあね?ダメだった?」

 

ダメじゃないんですけど…といいかけたところで言葉が止まる。その先が気になって仕方がないけれど今は聞かないでおこう。それにお姉ちゃんもおんなじ事を言ってくるだろうからね。

「それで、後はさとりだけみたいだよ?また呼ぶの?」

 

「お姉ちゃんはちょっと難しいかな…」

 

寝ている二人ならともかく私やお姉ちゃんは寝ているわけでも悪夢の中にいるわけでもない。

想起して、意識に入り込んでいるだけ。

一応にとりさんやお燐の意識に干渉されはするけれど、だからといって主導権が完全に向こう側に行くかって言えばそう言うことでもない。

私達は普通のヒト達とは違う状態だから呼ぼうとして呼べるわけではないよ。

結局向こうから来るしかないかな。あとはお燐達が向こうから呼ばれるしか…

「さとりを待ちましょう…多分待ってれば来ると思います」

そう言うお燐には確信があるみたい。わかるのかなあ…それともお姉ちゃんとさっきまで一緒にいたのかな?

「お姉ちゃんがどこにいるか知ってるの?」

そう聞いてみればすごく苦い顔をしてしまう。言いたくないことなのか或いは私に言うのを躊躇う内容なのか。

「マヨヒガを壊す為に残りました」

 

「そう…わかった。じゃあ待とうか」

 

お燐の中にあるマヨヒガを先に壊すためか…そういえばお燐からはあのマヨヒガの感覚が全くしないね。分離されたのかなあ……どっちでも良いけど。

 

「え…待つの?こいしちゃん」

 

「うん、悪夢自体を壊すなら私かお姉ちゃんで十分なんだけど…でもそれだと二人の意識に障害が残りかねないから」

夢とか意識って扱いが難しいからねえ…

 

とかなんとか思っていると急に真っ暗な空間に何かが割れるような音が響く。

どこで何が割れたのか…わからないけれどね。

「なんだか空気が変わった気がしない?」

確かににとりさんの言う通り…なんだか空気が変わった気がする。どのようにと言われても答えようがないけれどなんだか変わった。いや…変わったとしか認識できない。

意識そのものに変化という認識のみを与えた感じかな?五感の情報で

は何も変わっていないけれど…意識のみがはっきりと理解している。

 

「なに……」

何か変わったと言おうとしたところで音がかき消される。

鼓膜が破けそうな轟音が通過し、それに耐えきれずお燐がしゃがみこんだ。

私もどうしようもなくて困惑するだけで音が通り過ぎても聴覚の麻痺はしばらく残る。

にとりさん達が何か言っているけれど…うまく聞こえない。

何があったのかを確認したくて周囲を見渡す。

特段おかしなことはないけれど、視界に違和感を感じる。

もう一度お燐達の方に視線を戻すとなんか口パクで叫んでいる。

うん?私の後ろ?

聞こえるようになって来た耳には振り返れと言う趣旨の言葉。後ろに敵でもいたのかなと振り返る。

 

「「お姉ちゃん!(さとり)」」

振り返ってみればそこには私がよく知る最愛のお姉ちゃんが倒れていた。さっきみたいに偽物かと思っちゃうけれど…奴らはお燐やにとりさんの偽物は作れても私やお姉ちゃんのやつは作れない。そんな情報が頭の中に入ってきて私を安心させる。

 

「いたた…最後に自爆攻撃をかけてくるなんて…」

ゆっくりと起き上がったお姉ちゃんが頭を抑える。身体的損傷はないようだけれどここは意識の中だからどんな傷を受けているか分かったものじゃない。

「お姉ちゃん大丈夫なの?今回復かけるから…」

魔導書から回復の魔方陣を引っ張り出す。

「こいし⁉︎どうしてここに?」

私に気づいたお姉ちゃんが慌てて私の手を掴む。ちょっと…危ないってば。

「お姉ちゃんが心配だったからきたんだよ!」

ここで帰ってなんて言われても困る。その思いがつい語尾を荒げちゃう。

回復をかけ終わり、ようやくお姉ちゃんをじっくりみる時間ができた。

なんだか少しだけ変な気があるけれど…でもそれ自体は危険とは思えないしお姉ちゃん自身のものだから平気かな…うん。

「そう…なら丁度良いわ、手伝ってくれる?」

てっきり反対するかと覚悟していたのに…そんな私の思いとは全く反対の反応を示す。

お姉ちゃん…ありがと。

「勿論だよ!」

 

「よかったですねこいし」

 

「あらお燐、合流できていたのね」

お姉ちゃんと合流できたからこれで全員だね。なんだか後先どうにかなるように思えて来た。不安要素が多いけれど…なんでだろうね。

まあポジティブな考えが出来るのは悪いことじゃないからね。

「まずはこの悪夢を破壊するのですけれど……」

お姉ちゃんが私の瞳を見つける。うん、言いたいことはわかってる。

「お姉ちゃんそれ難しくない?」

「出来なくはないですよ」

「まあ…少し手間はかかるけどね…あ、こことここかな?」

壊すために必要なものを探し出す。こればかりはあっちの二人にはできないから仕方がない。

「それは罠ですから気をつけて…多分こっち」

 

やっぱりお姉ちゃんと一緒だとリカイしやすいや。

 

「あの二人の会話…分かる?」

 

「ああなっちゃったらもうダメだね。あたいにも理解不能だよ」

そこの二人、聞こえてるよ。

もうちょっと声の大きさを下げて。

それにここからは私達の得意分野だからね。多分普通なら理解できないところをいじるから分からないと思うよ。

わかるのはさとり妖怪くらいだから。

 

「お姉ちゃんこれ違う?」

 

「そこは弄っちゃダメよ。お燐が壊れるわ」

 

「深く根付いてるねえ…これ手遅れなんじゃない?」

 

「そんなことないわよ」

ふうん…じゃあ大丈夫か。あとはこれをこっちに集めて…実際に集めたり動いたりしているわけではないけれどそんな言葉が一番しっくりくるからそう言うだけ。

「すごく怖いんですけど…大丈夫ですよね?」

 

大丈夫だからお燐は気にしなくていいのにねえ。

「夢の世界…うん、何だか面白いものが作れそう」

 

にとりさんまた変なこと考えてる…この前飛行機とか言うものの実験やってて爆発したばかりじゃん。

程々にしてね…付き合わされるこっちだって大変なんだから。

そんなの手伝わなきゃいいじゃんって言われるかもしれないけれど色々と恩があるから断れないんだよね。それに面白いから…ね。

 

あ、もうこれで大丈夫そうかな。

 

「こっちは大体終わったよ。お姉ちゃん」

 

「分かったわ。それじゃあ…断ち切って良いわ」

 

お姉ちゃんが刀を渡してくる。これで切れって事ね…じゃあやっぱりお燐から先に斬った方がいいのかな。

でもなんだか大変そうだなあ…マヨヒガのこともだけどお燐が一番抵抗激しそうだから…悪夢がだけど。

 

「お姉ちゃんはどうするの?」

 

「にとりさんの方をどうにか抑えてます」

 

分かったと返事をしてお燐に突撃する。

「え?え⁈早くないですか⁈」

早いほうがいいもん。私はお姉ちゃんみたいに上手くはないから…痛かったらごめんね。

「ていや!」

刃渡りが短い刀だから振り回しやすい。

でもかなり接近しないといけないのがなんだかなあ……

斬られたお燐が消失し空間が震えだす。

 

「こいし!こっちも早く!」

 

はいはい分かってるって。

いっくよーー

距離を詰めて、唖然としているにとりさんの方から腰にかけてを斜めに斬りつける。

鮮血が舞うようなものだけれどそんなことはなく、悪夢の支配から抜け出せた彼女の意識がこの世界から消失する。

 

「……あれ?」

 

そういえば何だか変だ。何だっけ……

「こいし、どうしたの?」

 

「いや…何か忘れているなあって……」

 

「私達がここに留まっているってこと?」

 

そうだそれだ!やっと思い出せたよ。

ん?ここに留まってるって…それやばくない?どう考えてもこれ許してくれそうにないんだけれど……

 

「お姉ちゃん逃げよう!」

 

「ダメよこいし。切り離したこいつを破壊しないとまたお燐達が狙われるわ」

 

そっか…一応これ怪異だったね…じゃあこのまま野放しってわけにもいかないのか。

「じゃあ壊すの?」

 

「ええ…完全にね」

 

「ふふふ……じゃあ私も手伝うよ」

早くこんなやつ壊れちゃえばいいのにね。

 

 

 

 

 

悪夢を壊すって簡単にいうけれど実際はすごく大変なことだ。

言葉に表すことはとてつもなく難しいが例えを挙げるとすれば火炎放射器相手に水鉄砲で戦うようなもの…わかりづらいですね。でもまあ、私たちからすればそのような感じなのだ。

「ねえ…怒ってないこれ?」

 

「ええ…すごく怒っているようね」

当然だろう。獲物を取られたのだから怒らないはずがない。悪夢そのものに意思があるとは思えないしその意思が一体どのようなものなのか…個別の存在かあるいは自我の集合体のようなものなのか…どちらにせよこちら側は怒っていると認識した。

「どうするの?素直にもう逃げた方がよくない?」

「逃げられるならそうしたいけれど…それも無理そうよ」

 

こっちの武器はナイフ付き拳銃一丁と短刀。それとこいしの魔導書1冊だけ。

これで勝てるかと言われればすごく怪しい。

普通ならですが……

「ふうん…じゃあ私達の周りに集まってるこの気配気のせいじゃなかったんだ」

「集まっているようだけれどどれも全て一つの意識よ。多分集合意識なんじゃないかしら…」

「詳しいねお姉ちゃん…まあどっちにしろやることは変わらないよね」

「ええこいし…援護射撃お願いね」

 

「了解だよ。お姉ちゃんも頑張ってね」

空中に現れた波紋から銃口が顔を出す。

 

「「レッツ……パーティー」」

 

私が飛び出すのと、銃口が火を噴くのが重なる。

姿は見えない。だけど姿なんて見えなくて良い。見えない方が……視やすいから。

ふふふ、片っ端から切り落としてあげる…

 

 

 

 

 

「う…あ…あれ?朝?」

さっきまで悪夢を見ていたような…体がダルいしなんだか寝入りが悪いのか頭が重たい。

完全にこれ眠りが悪かった証拠だね。参ったなあ……

それにしてもここは一体どこなんだい?あたいの部屋ではないし部屋で寝た記憶が残ってない。

ふと隣に呼吸音が感じられて振り向いてみればにとりが横になりながらこっちをみていた。

「あ…お燐おはよう」

普通におはようって言われても…なんであんたがここにいるんだい。どうしても分からない。

「お…おはようなのかな?」

 

「正確にはおはようじゃないけど良いんじゃないかかな?」

いや、別にそういう意味で言ったわけじゃなくて…なんであたいとにとりが一つの部屋で寝ていたかってことだよ。それにいつのまにか人間の状態になってるし。あたいは猫の状態にしていたはずなんだけれどなあ……

「……で、あんたはこの状況に違和感が無いみたいだけれどあたいはあいにく寝ている合間のことは覚えていないんだ。何があったのか話してくれないかい?」

 

そう言うときょとんとしたにとりだけれどすぐに合点がいったのかああと頷いてあたいの前に体を起こす。

 

「さとり達の事も覚えてない感じかな?」

どうしてそこでさとりが出てくるのだろうと疑問に思う。だってさとりなんて関係して……いや、訳がわからない事態の場合は大体さとりが絡んでるからなあ。

「さとり……どうして?」

 

「そっから説明かあ…でも私も夢の中のことは覚えていないからなあ」

 

なんでやらかしたみたいな反応であたいの肩を叩くんだい。

反応に困るからやめておくれよ。

「夢のこと思い出せない?」

 

「夢のこと?」

言われてみればなんだか記憶がないというか…思い出したくなくて頭が封印しているようなそんな感じだ。

思い出せなくはないからちょっと思い出してみる。

 

「……さとりとこいしが歌いながら戦ってる…」

 

「なんだか怖くないか⁉︎」

確かに怖いわ。なんでそんな夢の断片が残ってるんだい。これはどうみても悪夢だわ!人の夢の中であの二人は何を……

「その二人、布団の横で正座して寝てるよ」

 

にとりさんが指を指す方向には確かに正座したまま意識が飛んでいる二人がいた。

寝ているわけではない…あれは想起している時の状態。

もしかしてあたいらの夢の中に入ってる感じかな?でもあたいはさとりが心の中に入り込んでいる形跡はない。それにさとりが心の中に入ると当人だけじゃなくて対象者の意識も自らの深層心理へ入り込んでしまうからこうして起きることはできないはずだ。じゃあ何を想起しているんだ?

「……どういうことだい?」

全く理解ができない。さっき思い出した夢の断片と関係があるのかなあ…

 

「そう…分かった。じゃあ紫を呼んでくるから待ってて」

紫様を呼びに行くと言い出すにとりさんに思わず絡みつく。なんでここで紫様が出てくる?それにここは紫様の家なのかい⁉︎ますます分からない。

「紫様?なんで……」

 

「いいから!」

 

強引に行っちゃった…結局なんなのでしょうかねえ。

 

考えても分からない。いや、思い出せないと言ったほうがいいかもしれない……思い出したいのに思い出せない記憶などは心の負担が大きいから無意識に沈めたもの。確かそんな事をさとりが言っていたなあ…それをもう一度呼び起こし心に直接当てる…それによるショックや精神崩壊を引き起こすのが本来の想起とも…なんだか恐ろしいねえ…

 

 

 

 

 

「全く…無限増殖ですか」

真横に回り込んだソレを蹴りで吹き飛ばし反対側からくるやつに拳銃の弾を叩き込む。

装填装置が後方に上がってしまいカチリと音を立てて動かなくなる。

弾切れ。再装填をしたいけれどそんな事をしている暇はない。

「お姉ちゃん。弾切れしそうなんだけど…」

どうやらこいしの方も限界らしい。

あれは再装填にかなりの時間がかかる。

「困りましたね…」

 

私の銃が弾切れだと気がついたソレが周囲を囲んでくる。

こいしの方も別のソレに対処してしまい援護できなさそうだ。

仕方がない…ここは私一人で行きますか…

 

次弾の入ったマガジンを真上に放り投げる。

銃側の空っぽになったマガジンを排出しながら先ずは目の前のソレの足元を斬りつける。

体をかがめて左右から来る攻撃をそれぞれ回避。足払いでバランスを崩れさせる。

最初に斬りつけたソレの顔面を蹴り上げ右の敵に拳。

サードアイの視界が後ろからなぐりつけようとするソレを視認。後ろ蹴りで対処。

そろそろマガジンが降りて来る頃…

刀と拳銃を持ち替え落下してきてマガジンをそのまま拳銃に収める。

スライドが降りて射撃準備完了。

装填弾数は12発

躊躇わずにトリガーを引き周囲のソレを消していく。

 

まったく…悪夢の中に黒幕がいるんじゃなくて悪夢そのものが黒幕だった場合は厄介極まりない。

「これ自体はもう誰の悪夢でも無いよね?」

こいしがそんな事を聞く。弾が切れた機関砲で周囲のソレを殴り飛ばしながらなのでなんだか怖い。

それにもう一つ別の機関砲が出てきて弾幕を張るものだから余計恐ろしい。

「ええ、既にヒトから離れているから実態のない幻影のようなものです」

たしかにこれ自体はもう害も何もない。まあ別の人に乗り移ってしまえば私たちのしてきたことは意味をなさなくなる。

集合体の中にせっかく入れているのだから壊してしまいたい。

 

「じゃあここなら…私達の思ったこと全部制限無しにできるんじゃ…」

 

こいし…それは……

 

「あ…そういえばそうでしたね」

完全に記憶の外に捨ててました。そう言えばそうでしたね。

今まではお燐やにとりさんの意識が壊れないように制限していましたけどそれも必要ない。

ここにはもう2人はいない。二人の意識にかかる負担なんて考えなくてもよくなっていた。

「……こいし、こっちに来なさい」

この悪夢を破壊する最善の方法…だけどそれはもう一つの恐ろしい怪物を解き放つことになる。

まあそれ自体この悪夢の中でしか生成されないものだから別に解き放っても問題はないだろう。それにこの時代ではまだ概念すらないのだから例え逃げ出して生き延びてもすぐに滅ぶ。

「お姉ちゃん?何する気?」

こいしが隣に来る。危うく機関砲で殴り飛ばされそうになったけれど…気をつけてください。

「悪夢を終わらせましょう」

悪夢を壊すにはそれを上回る悪夢を引っ張りだす…それが良い。

ふふふ…壊してあげるわ。こんなもの温いとしか言えない本物の恐怖を持つ悪夢を……

 

「お姉ちゃん…なんだか怖い」

そりゃさとり妖怪は怖いですからね…基本的に夢の中じゃ恐れられてなんぼですよ。そうじゃなきゃ私たちの存在意義が消えてしまいますからね…私は好きじゃないですけれど…

「そうですね……想起『猿夢』」

 

その瞬間、私を中心として紫色の光が放たれ周囲の闇を飲み込んでいく。

視界が戻ると周囲は変貌していた。

「な……なにこれ?」

生乾きの誰かの血で真っ赤に染まった車体。レールを叩く振動が一定のリズムで車体を揺らす。

設けられた座席には一部一部に誰かの肉片が残っている。なんだか知っている人のものっぽいけれど気のせいだろう…

「悪夢には悪夢を戦わせるのが丁度いいんですよ…さて、あれに飲まれる前に私達も起きるわよ」

このままじっとしていれば猿に殺されかねない。私はともかくこいしが……

「う…うん…なんだかきもち悪くなってきた…」

猿がいないだけマシですよ。この夢の恐怖はこんなもんじゃないですからね。

 

能力を弱めて意識を元に戻す。

体の方は少し無理が来ているのか少し重たい…

首を回しながら視界を脳に叩きつける。

私の手に重なるようにしてこいしの手が乗っているのに気がつく。

隣を見ればこいしが私の肩に寄りかかって寝息を立てていた。寝ちゃってますね…負担が大きかったのでしょうね。

頭を軽く撫でるとそれに反応したのか薄っすらと目を開けた。

 

「……お姉ちゃんおはよう」

「おはようこいし」

 

もう少しだけ寝ていたいのかこいしはまた眠りにつく。この体勢も辛いでしょうから横にして頭を膝の上に乗せる。

 

お燐とにとりさんはもう先に起きているのかこの部屋にはいない。多分隣の部屋にでもいるのだろう。

そういえば結界も解除されていますね。

「おかえりなさい二人とも」

背後から声がして頭だけ振り向いてみれば、紫の体がそこにはあった。

「ただいま戻りました」

隙間なんかに入ってないでこちらの部屋にくれば良いのにと思うものの人の勝手に口は出せない。

「……一応平気そうね」

「実際平気ですからね」

 

まあ…疲れましたけれど…

そうこうしていると、紫の後ろ側にある襖が思いっきり開かれ、お空が飛び込んできた。

「さとり様!」

お空がお燐を引きずりながら私に抱きついてきた。膝にあるこいしの頭にぶつからないよう注意している点は偉いですけどお空…落ち着いて。別にどこにも行ってないじゃない。

「はいはい、落ち着いたかい?」

引きずられていたお燐が呆れながらのお空を引き剥がす。

名残惜しそうに見ないでくださいよ…今日は一緒に寝てあげますから。

 

「やれやれね…」

紫……貴女は知ってるでしょう?お空がこういう性格だって…

お燐に引っ張られたお空が部屋から連れ出されるのは心を読んだ感じでは…どうやら紫が私に話があるらしい。

とりあえずこれ以上は必要もないですからサードアイはしまいましょう。こいしのも…寝ている合間に眼がなにかを視てしまうと夢に影響しますからねえ。正確には無意識ですけれど…

「それで、悪夢は……」

 

「大丈夫よ。悪夢はもう消えたみたいだから」

「そうですか……」

紫がそう言うならそうなのでしょう。今後しばらくは悪夢が襲ってくることはなさそうですね。まあ…私が対処した時に悪夢に囚われていた人たちは猿夢に悪夢ごと襲われたでしょうけれど…まあ猿夢は3回までならちゃんと生きて返しますからね…

「それよりもあなたが壊したマヨヒガの方が気になるのだけれど…」

マヨヒガですか…たしかに私が壊しましたね。死なないようにですけど…建物が死ぬって一体どういう状況なのか理解し難いですが…まあ大丈夫なはず。しかしマヨヒガが一体どうしたのだろうか。

「マヨヒガがどうかしたのですか?」

 

「貴女…マヨヒガの残骸が私の家の隣で自己修復始めているのだけれど…」

自覚ないのかと言わんばかりの表情で睨みつけられる。自覚なんてないんですけれど…だって壊すだけ壊しましたし…まあ最後は仕留め切れてないし仕留める気もなかったんですけどね。

「やはりそうなりましたか…薄々気づいてはいました」

そもそもマヨヒガは夢の中にいるものじゃなくてちゃんと実体のあるものでしたからね。

「うーん…一応悪夢によって変質したところは破壊しましたからもう危険性は無いと思いますけれど」

 

「そうじゃなくてこれどうするのよ。私の家の庭に置き去りにできるわけないじゃないの」

 

「……山に戻せば良いのではないでしょうか。どうせ…マヨヒガですし…」

少しの沈黙の後紫がゆっくりと口を開く。

 

「そうね…じゃあ直るまでここに置いて…その後危険性の有無を確認したら返すわ…」

 

そうしてください。私はもう疲れたのでこいしと一緒に寝たいですし…

「さとり……あなた本当に大丈夫?」

 

「何がですか?全然大丈夫ですけれど?」

 

紫は何を言いたいのだろう。私の体は健全状態だし精神だって問題はない。

「……いいえ。なんでもないわ。貴女が大丈夫と言うのなら大丈夫ね……」

 

 

 

 

 

 

 

さとりの心の境界をいじって確認したらやはりおかしくなっている。どのようなところがどうというわけではないけれど…

これは少し観察が必要ね。最悪の場合は…私が彼女を手にかけないといけない。

でもできるかしら…あの子を確実に仕留められる?できなくはないだろうけれどそれによって発生する被害とさとりの引き起こす最悪の事態…どちらがより被害が大きいかと言われれば…難しいわね。

まあこの件はさとり次第ね…

たかが妖怪一人に一体どうしてこんなに心配してしまうのかしら…彼女はただの友人であって同時に使い勝手の良い駒…そのはず。だからこんなにも彼女を手にかけることを拒む理由が分からない。

さとり妖怪ならこの気持ちの理由もわかるのでしょうね……



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depth.78さとりと巫女(接触篇)

悪夢を破壊してから数日が経った。

あれ以降似たような事例は出ていない。どうやらうまく壊れてくれたようだ。

私もいつのまにか日常の生活に身を慣らしている。

私がいた時とは随分と勝手が違う上に地底では安易に外に出るのはやめた方がいいと警告まで貰ってしまったけれど…

まあそれはそれで仕方がないだろう。私が帰って来ては困る勢力はいろんなところにいるらしいですからね。

実際私を消したところで何が変わるのか全くわかりませんけれど…

まあ、人里でも気をつけていれば問題はまだない。

 

「さとり様…そろそろ休憩を入れては……」

 

「そうね…エコー、先に休んでなさい」

 

私の言葉に居心地悪そうにしていた彼女が部屋を飛び出す。

どれだけ私の事が苦手なのやら…それも仕方がないことかもしれないけれど。

「全く……勇儀さんも人が悪い」

彼女のトラウマを克服させるために敢えて私のそばに置かせるなんて…

最低限の会話しか成り立たないではないですか。

それに彼女もこちらに絡む気は無さそうですし苦手意識の回復は出来そうにないですね。それに苦手な状態でそれが当たり前になってしまうとかなりの心理的負担になってしまいます。

 

そろそろ私も休みますか……そう言えば灼熱地獄の点検が近かったわね。後で点検に行きましょうか…

なんだか上が騒がしいような気がしますけれど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがさとりとかいう妖怪の家?」

見た目は人間が住んでいる一軒家と大して変わりはない。旅館改装時に相当規模が大きくなっているから人間の中でも相当高い位の人間が住むようなものだがと思う。

だがそんな事には興味なさそうな…いや、なんだか意図的に興味を外しているような博麗の巫女はお札を用意しながら勝手に家の中に入る。

全く…どうしてこう勝手な奴が私のところに来るのだろうとため息をついてしまう。

「柳とかいったっけ?あんたは何処かに行っていいわ」

 

勝手に山に侵入したというから現場に行ってみれば案内を強制された。

博麗の巫女相手では私だって諦めるしかない。

まあそれもたった今解除されたわけだけれど…さとりに一体なんの用なのか。

「どこかに行けと言われてもな。私の友人に用があるようだからな。変な気を起こされては困る」

ともかくさとりの命だけは狙わせない。いつでも斬れるように射程に収めて歩く。

「勝手にしなさい。貴方ごときで倒せるなんて笑わせてくれるけれど」

痛いことを言うものだ。最近の巫女はなんだか当たりが激しい気がするな。まあだいたいそんなものだがな。

「お邪魔するわよ」

扉をけ破ったりするかと思ったがそこはしっかりと教養が行き届いているらしい。

「なんだ、ちゃんと扉開けるんだな」

 

「今すぐ斬られたいなら素直にそう言ったら?」

斬られたくはないな。それに黙ってお札を投げるな。危うく当たるところだっただろう。

次のお札を投げてこようと構えた巫女の手が止まる。

どうやら家の住人が来たようだ。

「はいはーい……巫女さん?」

それは巫女が探している人物の妹だった。緑がかった銀髪が風に揺られて僅かに色を変えながら靡く。

「他の誰に見えるの?それと退きなさい。じゃなきゃ退かすわよ」

けれど彼女に対してもこの対応である。

「うーんそれは困るなあ…えっと用件だけ聞くけれど」

こっちはこっちでマイペースすぎる気がするのだけれど…それは今に始まったことではない。

「あんたには関係ないわ。さっさと退きなさい」

もう少し慈悲を与えてやっても良いじゃないかと思うがまああんなもんだろう。あれでも家を壊さないだけ慈悲だと言いそうだ。

「私達の家なんだけれどなあ…」

あからさまに困っているのに全く笑顔を絶やさないこいし。度胸があるというか…恐怖というものに対しての反応ではない気がする。私だって巫女は怖いのだ。本能的にな。

「妖怪が家持つなんて早いわよ。それにここで退治してもいいのよ」

お札ではなく刀を抜いた巫女にこちらも刀を抜く。

別に彼女を守りたいからではない。ただ、抵抗しない者を一方的に攻撃する輩が嫌いなだけだ。

「おお怖い怖い……でもここで事を荒だてたらきっと貴女は不利になっちゃうんじゃない?」

刀を向けられても平然としているこいしは踵を返し家に中に帰っていく。

武装した相手に背を向けるのは自殺行為。だけど彼女には分かっているのだろう。

「……古明地さとりってやつ知らない?」

観念したらしい。元からさとりを呼べと言えばいいだけだったと冷静になったのだろう。刀をしまう。

「お姉ちゃん?お姉ちゃんなら今地底だけど?」

 

「なら連れて来なさい」

なんとも横暴だこと…まあそれが彼女らしいといえばそうだけれど…

「ええ…自分で連れて来ればいいじゃん」

 

「そう…じゃあさっさと退治しないとね」

脅しだと分かってはいるけれど構えずにはいられない。

「分かったよ。じゃあ5分だけ頂戴」

やれやれと歩き出すこいしを追いかけ家に入る。

「なあ…本当に連れて来る気なのか?」

 

「そうだよ?柳くんは部屋で待っててね」

 

 

 

 

 

 

灼熱地獄を見に行こうと支度をしているとこいしが家との連絡通路から出てきた。

どうやら上の方で揉め事があったらしい。

「お姉ちゃん」

これは少しばかり面倒なことがあったようね。

「あらこいし。どうしたの?」

 

「暴力巫女がお姉ちゃんを出せって脅してる」

 

「巫女?分かったわ」

まさか巫女が来るなんて…私何かしましたっけ?まだ何もしていないような気がしますけれど…

それにしてもこいしが暴力巫女というなんて相当荒かったのね。

「こいし…エコー達に事情を話しておいて、私は行ってくるわ」

 

「分かった。お姉ちゃん気をつけてね」

 

ええ、気をつけるわ。

こいしと入れ替わりに扉を通り地上に移動する。

さて…巫女といえばこの前ばったり出会った彼女のことでしょうね。たしかに気性は荒そうですけれど…でもそれが本心からのものだとは考え辛い。

きっと過去に何かあったか…あるいは彼女の性格に原因があるのか…などと考えていると玄関のところに人影が見える。

「あなたが私を呼んでいた巫女ですか?」

「そうよ。一緒に来てもらうわ」

 

強引ですね…私がどうして呼ばれたのかなどほとんどわからないじゃないですか。

「まず聞かせてください。私をどこに連れて行くつもりですか?」

答えなきゃダメなのかと睨まれるがここで引き下がるわけにはいかない。

その瞳を見つめ返しながらじっと答えが来るのを待つ。

「阿求が呼んでるわ。さっさと来なさい」

根負けしたのか素直に答えてくれた。これで答えなかったらどうしようかと思いましたよ。

「阿求?ということは…あれの編集ですか」

 

「分かってるじゃないの」

なんだ…そんなことでしたか。それにしては強引な気がしますね。

「強引ですね…いや、強引にしているのですね」

 

「どうでもいいこと言っていないでさっさと来なさい」

はいはい、大人しくしますよ。

 

 

巫女に続いて空に飛び上がる。

しばらく空中散歩と行きますか…まあいつでも殺せるのよオーラ出してる人のそばにいるせいでなんだか落ち着きませんけれど…

「そんなに気を張ってて疲れませんか?」

彼女は決して妖怪絶対倒すみたいな考え方ではないはずだ。そう出なければ私を呼ぼうとする阿求の依頼を受けるはずはないしここまで来る途中で出会った妖怪は片っ端から退治しているだろう。

「……こっちのことより身の心配をしたら?」

睨みつけてくるけれどあまり恐怖は感じない。いや…無理に殺気を出しているせいで所々綻んでしまっているだけか。ってなると本心は別のところにあるのね。

やはり私の考えていることは当たっていると考えて良いでしょうね。

となると…それがどういう理由なのか…どうしてそんなことをしてまで本心を殺し巫女としての務めを果たそうとするのか……こればかりはのぞいて見ないと分からない。

「多分大丈夫でしょう。あなたがわざわざ退治する利点は無いですからね」

「ここで貴女を始末すれば私は早く家に帰れるのだけれどね」

 

ああ、そういう考え方もありましたか。

「じゃあ早めにそうしたらどうです?出なきゃ阿求のところに着いてしまいますよ」

 

少し意地悪過ぎただろうか。

刀かお札が飛んでくると覚悟する。だけどいつまでたっても攻撃は来ない。どうやら見逃してくれたようだ。

それに殺気も収まっていてさっきまでの彼女とはまるで別人みたいだ。

「……どうせなら私だけで行きますけれど…」

「私がいないのにどうやって里に入るつもりよ」

 

「変装するんですよ」

 

人里に妖怪の姿を晒していくことはしませんよ。そんなことをすれば一瞬で退治されてしまいますから。

「あっそ。じゃあ勝手にしたら?」

とは言うものの一緒について来るんですね。ああ、そういえば神社はこっちの方向でしたね。

高度を下げ地面に降りた私とそれに続く巫女さん。歩き出せばまた巫女が前に出る。

「……どうしてついてくるんですか?」

「言ったでしょ。阿求に頼まれているからよ。最後までやらないと依頼完了にならないわ」

なんだか律儀ですね。

 

なんだかんだ言いながらも巫女と一緒に人里に入る。

相変わらずむすっとしているけれどそれなりに感覚は分かってきた。

それにしても随分里の人間も巫女を怖がってますね。

彼女の振る舞いが原因でしょうけれど……でも怖がっているけど恐れているわけでも嫌っているわけでもないからまだなんとかなりそうですね。

嫌悪の感情もないようですし…

 

「ここよ」

案内されたのは大きなお屋敷。私の家よりも大きいですね。

そういえば昔稗田の家を訪れた時もそうでしたね。

「私はここで待ってるから行ってらっしゃい」

 

「待つんですか?」

「あんたがこの後変な気を起こさないか監視するからよ」

そっか…わかりました。では行って来ますね。

 

 

家の中は意外と居心地が良い。空気の流れができているからか視覚的にある程度開放感を持たせているからか…どちらでも良いしそういう細かいことは分からない。

入ってすぐに待ち構えていたお手伝いさんの女性にあっちだこっちだと案内され気がつけば稗田当主の部屋の前まで来ていた。

 

入っていいのか悩んでいると勝手に扉が開いた。視線を上にずらすと人型の紙が扉に張り付いていた。入れということなのだろう…

失礼しますと部屋に入ってみれば金木犀の香りがほのかに漂う。

「はじめまして。貴方が古明地さとり?」

声が聞こえた方に視線を向けてみれば、そこには一人の人物がいる。稗田の当主である阿求さんなのだろう。

「えっと……阿求さんですか?」

ゆっくりと振り返った阿求さん。だけれどその顔を見て頭の中が大混乱になる。

どうしてこうなるのでしょうかね。阿求って言えば私の中では少女なのですが…

「そうだよ。僕が阿求さ」

目の前にいるのはどう見ても男性だった。何故名前が阿求なのか……あるいは男装しているとか。でもそんな利点なんてないし…

「男性だったんだ……」

 

「一個前は女性だったよ」

輪廻って怖い。というかそれって男性と女性と両方の時の記憶持ってるじゃないですか…なんだか辛い。

「それにしても貴方と会えるなんて何年振りだろうね」

さあ?かなりの年月が経ってるから分からないですよ。

「それで…要件は?どうせ改訂版書くとかなんとかでしょうけれど」

 

「よく分かったね」

貴方がそれ以外の目的で妖怪を家に連れてくるなんてことするわけないじゃないですか。

「さっさと始めてしまいましょうか。巫女さんが待ってますし」

「……やっぱり君は綺麗だよ」

いきなり何を言いだすのだろうか。そもそもなんでいきなりそんなことを…

「……えっと?口説いてるんですか?」

いまいち何を考えているのか分からなくて少し困惑してしまう。

「そうだけれど?」

口説くんですか?まさか妖怪まで口説こうとするって……完全に性格が体に引っ張られてますよね。

「ああ…そうですか。じゃあ帰らせていただきますね。もう用は済んだでしょうし」

全然用事なんて済んでないけれど…これくらい言わないとダメなタイプですね。

「待ってくれよこれからお茶なんてどうだい?」

「すいませんぶぶ漬け出してください」

なるべくこの手の会話には乗らないことにする。ときめく心なんて存在しないから別にどうでも良いけれど調子に乗らせると良くない。

「つれないなあ……」

当たり前ですよ。他の人を口説いてください。

「好きでもない餌で魚は釣れませんよ」

「じゃあ魚の好きな餌を与えてやればいい」

「その餌を持っていればですけれどね」

そもそも私をつるための餌って何だろう?考えてはみるけれどそんなものは結局思い浮かばない。

「あはは、やっぱり貴女は面白いですね」

 

面白いかどうかで言われれば絶対面白くないはずだけれど…一体何がツボにはまったのでしょうかね。まあ私の知るところではないですけれど…

「まあ冗談はここまでにしておきまして…幻想郷縁起の編集を行いますので質問に答えてくださいね」

 

「わかりました…手短にどうぞ」

 

「相変わらず無表情だねえ」

 

無表情ですけれど無感情じゃないから良いんですよ。

 

 

 

 

「っち……遅いわねいつまで待たせるつもりよ。これだから妖怪は嫌いなのよ」

そう…大っ嫌いなんだから!



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depth.79さとりと巫女(対峙篇)

「遅いわよ」

阿求を振り切って外に出てみれば、巫女の蹴りをお腹に食らい玄関に戻される。

「すいませんねえ…色々とありまして」

 

阿求さんとのお話し合いがあまりにも長くなりすぎた。

そのおかげでもう辺りは真っ暗だ。道の人通りも少なくなんだか寂しい。そんな中で彼女はずっと待っていたようだ。

遅れたからと言って蹴られるのは全く理解できないけれど……

「律儀に待っていてくれるんですね」

 

「見失ったら退治するのが面倒だからよ」

「退治する前提なのですね」

私やっぱり何か変なことしましたっけ?

首を傾げたためか視界が傾く。

「いい加減寝床へ帰りなさい。じゃなきゃその場で封印して神社で生きたままお祓いするわよ」

さらっと恐ろしいこと言いますねえ。

生きたままお祓いなんて地獄じゃないですか。

「さすが博麗の巫女…そんなに妖怪が嫌いなら滅ぼしてしまえばいいじゃないですか」

私の言葉に顔を顰めるがすぐに不機嫌な表情に戻る。

「……帰るわよ」

それだけ言って歩き出す巫女に続いて帰路につく。

 

「……隠し通す気ないですよね?」

 

「知られたら対峙するだけだしさとり妖怪に隠し事なんて基本通用しないからね」

それってさとり妖怪なら問答無用で退治するってことじゃないですか。なんだか背筋が寒くなって来ましたよ。冗談でしょうけれど言っていい事と悪い事がありますよね。

「でもあんたは例外ね」

例外もあるんですね……

「それに…その様子なら阿求の事も知らないだろうし気づいてすらな

いでしょうね」

 

「阿求さんがどうかしたのですか?」

 

「あんたが知ることじゃないわ」

ああ…そうですか。じゃあ心を読ませて…ってなんでお祓い棒を構えるんですか。怖いですよ……心を読もうとしただろって?冗談ですから。そもそもこの状態じゃ心なんて読めないってば。

 

そんな事をやっているといつのまにか人里を出て森の中を歩いていた。

それに気づいた巫女が神社の方に飛んで行く。なんだか勝手なのやら素直じゃないのか分からない子でしたね。

それじゃあ私も帰りますか。

そう思い、飛び出した私の体が風を捉えなくなる。

周囲から月明かりが消え、代わりに数多の瞳が浮かぶ空間に変わる。

紫の空間のようだ。

 

「……紫?」

私の声に反応した空間が今度は少しづつ動き出す。

「ごめんなさいね。勝手にこっちに呼んでしまって」

すぐ後ろで声がして振り返ってみれば、紫がどこか別の空間から出てくるところだった。

いつもどこに現れるか…どこから現れるか全くわからない方ですねえ。いつものことなのでもうどうでもいいですけれど。

「構いませんよ」

今回はなんの要件だろう?要件が無い方が良いけれど……

「特にというわけではないけれど……もう巫女には会ってるわよね」

 

「ええ、かなり…強がりですね」

 

「なんだ…もうそこまで分かっているのね。じゃあ今更お願いする必要もないわね」

何をお願いしようとしていたのかはあえて聞かないことにします。

それにしてもこれだけのためにわざわざ私をここに入れたのですか?

なんだかかなり無駄なような気がしますけれど…

「それじゃあ…そろそろ帰って良いです?」

「そうね…あなたの家まで送ってあげますわ」

それはありがたいです。

紫が手に持った扇子を振ると私の足元にぱっくりと穴が出来る。当然今まで体にかかっていなかった重力がかかり一気に体が下に降りる…

すぐに着地。家の前につながっていたようだ。

ふと見上げると既にそこに隙間は無く、星が散る空だけがあった。

 

「……ただいま」

 

そういえば彼女にはおかえりと言ってくれる人はいるのだろうか。

 

「おかえり!」

 

少なくとも……いるのであればあそこまで意地を張る性格にはなりそうにならないのですけれど…

 

 

 

宿として活動している合間はかなり忙し。

まあそれも6割が妖怪だから話が通じやすいしここに泊まる人間もあまり妖怪に対して恐れや嫌悪は持っていない人が多い。そもそも嫌悪したりしているのなら来るはずない。

妖怪に関しても泊まっている合間は人間を食べようとする輩はいない。いないというか……食べようとしたら問答無用で斬るらしい。

その逆もまたしかり。

「あ、お姉ちゃん!誰か来たみたいだよ!」

 

私が巫女のところから戻ってきた数分後にはすぐに手伝いに回される。手伝いといっても大して忙しいわけでもない。

ただ単純にこいしが玄関に出迎えに行くのをめんどくさがっただけである。

そんなこともたまにはあるかと玄関に行ってみる。

「こんばんわ。えっと……はじめましてかな?」

確かに初めましてだろう。

 

羽根の飾りがついた帽子を深くかぶる少女。その背中には人間では無いということを示すように鳥の羽が生えている。

服装も人間が着るような服ではなく茶色ベースの落ち着いたジャンパースカートと 白のシャツ。

落ち着いているようにも見えるけれど所々に紫色のリボンがありそれが毒々しさを出している。

初めましてではあるけれど大して初対面感が無いのは私の記憶のせいだろう。

「ミスティアさんですね。どうぞ」

どうやら私を宿のお手伝いさんと思ったのだろう。まあ……こいしは私のことあまり人前で話さないですからね。

「あれ?こいしちゃんから聞いてました?」

「なんとなくですけれどね」

実際は聞いたことすらないけれど…そういうことにしておこう。

室内に案内しているとこいしが部屋から顔を出してこっちを見ていた。

「あ、ミスティアちゃんいらっしゃい。二ヶ月ぶりかな?」

 

「久しぶり、こいしちゃん」

結構長い付き合いのようね。

「あ、お姉ちゃんご飯の準備してくるからあとお願い」

こいしの言葉にミスティアの表情が驚きに変わる。

天狗が報道していたとはいえ知らない人にしてみれば顔知らないからわからないですよね。

「こいしちゃんのお姉ちゃん今いるの?」

でも普通私だと気づくはずですけれど…どこまで鈍感なのだろう。

本人の目の前でどこだどこだと探すって…

「今目の前にいる人だよ」

 

「え⁈じゃあ貴女がさとりさんなのですか⁉︎」

 

なんでそんなにびっくりするんですか。そんなに私がさとりって事が意外ですか?

「ええ、そうですけれど…」

まだ驚いているようだけれど、一周回ってようやく落ち着いたらしい。

「そうだったんだ…そういえば何処と無く雰囲気が似てるね」

 

「でしょ。私のお姉ちゃんだもん」

はいはい、後でゆっくり話す時間はあるんですから。

こいしが後でねと言いながら台所に行き少しだけ静かになる。

それじゃあ行きましょうかと部屋に案内。既に暗くなっているためか部屋には布団が敷かれていてすぐに休めるようになっている。

「それにしてもこいしのお姉ちゃんだったなんて……どうして最初に言わなかったんですか?」

 

「聞かれてなかったからとしかいえないです」

実際そんなものだから仕方がない。

「さとりって事はやっぱり地底の主ですよね」

 

「私は主じゃないですよ。主は勇儀さんです」

 

なぜか私が主と言うことになってはいるのだが…なぜ私なのだろう。

そもそもミスティアは私の能力を知っているのにどうして近づいて来るのだか…ああ、こいしが頑張っていてくれたからか…

「え?そうなんですか?勇儀さんもよくさとりが主って言ってましたけど…」

「勇儀さんと知り合いなのですか?」

 

「ええ、一応地底でたまに居酒屋のお手伝いやってるんです」

 

へえ……居酒屋でお手伝い。夜雀って意外といろんなことするのね。

「ふうん……そろそろご飯の支度出来てると思うけれど…」

 

「え?じゃあ行かなきゃね!」

踵を返してミスティアは部屋から飛び出す。

なんだか子供っぽいというか少し活発な子だ……見た目相応というかなんというか…

なんかぶつかる音がした。

同時にお空の声……ぶつかったなあ……

「あわわ!ごめんなさい!」

そう言って下の階に駆け下りていく。

もう少し落ち着いた方が良いのではと思うがまああれが彼女の素なら仕方がない。

 

「あの子…いつもあんな感じ?」

 

「うにゅ……確か始めてあった頃はもっと暗いというかすごく怖かった感じがする」

なんだか憶測の範囲を出ないお空の言葉に半分諦める。

記憶力が悪いわけでは無いのだが記憶したことを思い起こすのが苦手なのだ。

こういう時は私が記憶を見た方が早い。

 

サードアイから記憶が入ってきて投影を行う。

……やはりというべきか。最初はさとり妖怪って事で相当きつく当たっていたようだ。

とは言ってもここまであたりが酷いならどうしてこいしの近くに行ったのかしら。

ここら辺の事情はお空は知らないらしい。

記憶を読み進めていくとどうやら、ある時期を境に態度が変わっていったらしい。

どうやらそこまで嫌悪しなくなったっぽい。

 

あら?珍しいわね…小傘の記憶も少しだけあるじゃない。

と言うことはこの時代にはもう小傘もいるのですね。

なんだか親近感が湧くのはこの記憶のせいだろうか。複雑な気分だ。

 

「さとり様?」

 

「ああ、ごめんなさいね。記憶を見るのに夢中になってしまっていたわ」

 

お空と一緒に下に降りる。

今日はミスティアの他に客はいないらしい。まあ、あまり大勢が来ても捌き切れないからこれくらいが丁度良いのだろう。

最大でもチルノと大妖精が一緒に泊まったくらいなのだとか。

まあそんなことはどうでもよくて、相変わらずテンションが高いというかお喋りなミスティアとこいしのおかげでなんだか食卓が盛り上がる。

それ自体は構わないのだがミスティアは寝る気がないようだ。

こいしはほとんど人間と同じ生活サイクルだろうから徹夜は難しいはずだ。私は別に寝なくても良いのでなんにもいえませんけれど…

 

結局、こいしは徹夜してしまい代わりに私が朝の支度を行うことになった。

お空曰くいつもの事らしい。お燐も呆れていたけれど夜型に近いミスティアの生活サイクルに合わせれば仕方のないこと。

 

 

 

 

 

 

「さとりはいるかしら?」

 

家事もひと段落しホッとしたところで、玄関の方が騒がしくなる。

それに聞いたことある声だと思ってみればそれは昨日話していた人の声。

朝から一体何の用なのでしょうかね。玄関へ出てみればやはり巫女がいる。

同時に少しだけ紫がしていた香水と同じ香りがする。

私と別れた後にどこかで会ったのだろう。

「今日は何用で来たんですか?」

何度も巫女に来られてはこっちだって困る。そもそも私は平穏が好きなんですからね。

「なによ文句あるの?」

文句しかないんですけれど…そもそも博麗の巫女がこんなところに来て一体どうするんですか。人間に誤解されますよ。

 

「用事がないなら帰ってほしいねえ……」

 

「黒猫は黙ってなさい」

 

お燐を一喝で制する。流石は巫女ですね。

「玄関で揉めても仕方がないので…部屋へどうぞ」

「少しはマシな対応ね」

うん…紫の匂いが軽くするって事は彼女が何か吹き込んだと見て間違いはなさそうですね。

しかし妖怪が嫌いだと言い張る彼女に一体何を吹き込んだんでしょうね。

彼女を家に入れながらそんなことを考えてしまう。

「ふうん……妖怪ばかりじゃない。後で退治しましょう」

 

「やめていただけます?あたいらは別に悪いことしてないじゃないか」

お燐がまだ突っかかる。このままでは本当に退治されかねないのでお燐を下がらせる。

「……嫌な猫ね」

「あまりお燐を悪く言わないでください」

 

私初めてだからいくら悪く言われても構わないけれど…家族を悪くいうのだけは許さない。

「まあいいわ」

「それで……何の用事があってこっちに来たのですか?」

さっきからこればかりが気になる。

本当に彼女は何をしに来たのだろうか。

「紫がね…あんたの所に行けって言うから来てやったのよ」

紫…一体どうしてそのようなことを言うのですか。

「それでわざわざこちらに…別に断ってもよかったのでは?」

 

「そこはただの気まぐれよ。それに……なんだか少しだけ気になったし」

巫女に気になると言われてしまうとは……私の平穏はもうないのですね。

「来ても何もないと思いますけれど……」

「だから今日1日だけ一緒にいてやるわ。変なことをするようならすぐに退治するからそのつもりで」

1日一緒ですか……なんだか疲れますね。

「別にいいですけれど……」

今日は一日中特に何もない日だ。地底の業務もお休みだし家の家事もだいたい終わってしまったから特にやることもない。

必要ならお燐達がやってくれるだろう。

さて、巫女と一緒なのにこのまま家でずっと何もしないでいるのは性に合わない。

「……出かけますか」

特に理由はないけれどそんな感じになる

「へえ……さとり妖怪なのに外に出るんだ……よほどの阿呆なのね」

やはりさとり妖怪の認識ってそんなものなのだろう。

まあ…ここ最近さとり妖怪はもうどこにも居ないみたいですからね。

他の妖怪や人間に会わないようにどこかに隠れてしまったのでしょうね。

それか…ほぼ絶滅しているか。そしたらもう認識も何もないか……

紫も私の種族に関しては同族を見たことないと言うし…

 

「ところで…あなたの名前はなんですか?」

いつまでも巫女と呼んでいるのはなんだか落ち着かない。やはり名前を知っておくべきだろう。

「あんたに教える道理はないんだけど…心でも読めば?」

 

それを言われてしまうと全く反論できないのですが…やはりちゃんと会話しないと何にもならないですからね。

そう思うのは私が人間だからだろうか…それともこの能力が怖いだけだろうか。

「生憎心を読まない主義なので」

 

「なんでこう面倒なのかしら……靈夜よ。博麗靈夜」

 

靈夜…青みがかった黒色の髪の毛と黒がベースの変わった巫女服が名前っぽさを出してる。

いい名前ですね。

 

「靈夜さんですね……今日一日よろしくお願いします」

 

「妖怪なんかにお願いされたくないわ」

かなりツンケンしてますね……どうしてそのような思考になるのか気になります。まあ、いずれ分かることでしょうね。



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depth.80さとりと巫女(鳴動篇)

久しぶりにのんびりと幻想郷を歩く気がする。

この時代の景色は私自身は見慣れたものだだけれど記憶が持つ感情がよく感動する。

やはりこういう景色は美しいのだろう。

確かに……その気持ちもよくわかる。

だからこうしてのんびりと歩いてしまうのだろう。今あるこの景色を眺めて記憶して楽しむから……

「ふうん……風流人なのね」

 

「折角の景色なんですから楽しまなきゃ損ですよ」

別に強要する気は全くないですけれど。

だけど何もしないでこうやってぶらぶらしていても靈夜さんは満足はないだろう。

「……どこに行くつもり?」

 

私が行こうとしているところの見当がついたのか、私の肩にお祓い棒を乗せてくる。

「まあ…人里をブラブラしたり湖をウロウロしたりするだけです」

理由なんてないですけれどね。

 

「……そう…私は見るだけよ」

あくまでも私を見守るだけですか。それが一番ありがたいですけれどね。

とかなんとか考えたり少しだけ警戒したりしていたらなんとなく山が騒がしくなる。

「……これは…」

 

「どうやら誰かが襲われているらしいですね。ちょっと飛ばしますよ」

知ってしまったからには仕方がない。

靈夜を置き去りにして突っ走る。

「ちょっと!待ちなさい!」

待っていられるわけないじゃないですか。命の重さは…貴女が一番わかっているでしょう。

渓谷を飛び越え木々の合間を縫うように駆け抜ける。

音のする方に向かって最短距離を走っていけば、だんだんと声が聞こえてくる。

幼い子供の声と…うめき声のようなもの。

坂を転がるように下ると里の子供だろうか。幼い童子が異形のモノに襲われていた。

妖の方は……意志の通じるものではないですね。あまりここでは見ませんけれど…別にいないわけではない。

ともかくこのままじゃあの子は助からない。子どもと妖の間に入り込む。

「警告です……諦めて山に帰りなさい」

 

私の言うことに全く耳を貸さない。それどころか私すら敵と思ったのか妖は私に襲いかかって来た。

全く……生き残る気あるんですか?

そう思う私も…後ろで怯える子どもを守るためにもここを動くことはできない。

なら一撃で仕留めるべき。

獣のような姿をする妖から触手が伸びてくる。弾幕を直ぐに展開、触手の予想進路に配置する。

触手が弾幕と接触し爆発。肉片のような何かが辺りに飛び散る。

普通は痛さで苦しむはずだけれどそんな様子は見受けられない。

だが触手による攻撃は不利と判断したのか私に向かって駆け出して来た。

かなり素早い。並みの攻撃じゃ全く当てられない。

だが行き先は決まっている。

私のすぐ近くに飛び込んで来た妖を蹴りで吹き飛ばす。

「や…やった!」

後ろで子どもが喜んでいるけれど楽観視はできない。

吹き飛ばされた妖は何事もなく起き上がり再び私を睨みつける。

だがその姿が再びこちらに迫ってくることはなかった。

ざっくりと妖の体が斬られる。

割れた体の合間から靈夜の姿が現れる。その手には刀がしっかりと握られていた。

 

「ずいぶん早かったですね」

全力で追いかけて来たのか少しだけ息が上がっている。

その上ものすごく不機嫌だ。何かしましたっけ?

「ふざけないで!置いて行くなんてどういうことよ!」

ああ…その事ですか。不可抗力ですよ。

「まあまあ、子どもの前で怒らないでください」

思考の隅に追いやってしまっていたが後ろで裾を掴まれれば嫌でも気づく。

「っち…その子どうするつもり?」

 

「このまま里まで送り届けますけど」

このまま山に置き去りにしては可哀想ですし…こんな深いところまで来てしまっては自力で帰るとしても日が暮れてしまい危険ですからね。

「あんた妖怪じゃないの?」

靈夜さんの言葉に子どもが反応する。

「妖怪ですよ。でも妖怪だからと言って人を助けない理由にはなりませんよ」

ただのお節介。勝手なエゴだけど…エゴは貫いてこそエゴですからね。

結局私がおんぶして山を下ることにした。

最初は警戒していた子どもも気づけば色んなことを話すまでになっていた。

そこで、なぜ一人で山へ来ているのかと問えば…里の寺子屋で弱虫だなんだ言われたらしく…弱虫じゃないということを見せつけるために来たようだ。

アホくさいと思うけれど子どもの心理からいえば仕方がないだろう。

少しだけアドバイスを与えておく。人間関係のもつれは結局のところ意思疎通の齟齬が原因ですからね。

「……」

黙って私を見つめる靈夜の視線に気づきこちらも見つめ返す。

言いたいことがあるならしっかり言ってくださいね。私は多元?に心を読みませんから。

「なに?私があの妖怪を退治したことに文句でも言いたいの?」

 

「いえ、貴女がやらなくても私がやってましたから別に何も言いませんよ」

同じ妖怪であっても理性のないものはただの化け物と変わらない。罪悪感なんて起きそうにもなかった。

「あっそう…それにしても人間を助けるのね」

 

「珍しいですか?」

珍しいとは思えませんけれど…まあ人間からすれば妖怪なんておぞましいものですからね。

「下心があるとしか思えないわ」

 

「せめて慧音さんみたいと思って欲しいです」

 

「それは無理ね。それに彼女は正確には妖怪ではないわ」

 

ああ…確かハクタクって神獣でしたっけ。

となるとやはり珍しいのですね。そうなると私とこいしくらいだろうか…人間を助けたり脅かしたりしているのは。お燐は基本的に関心ないしお空は人間を避けるからなあ……

「送り返したらすぐに私は退散します。もう……人里に干渉する理由はないですからね」

いつのまにか背負っていた子は寝てしまっていて規則正しい寝息が小さく聴こえてくる。

しばらく全員が無言になっていたものの人里が近くなって靈夜が口を開いた。

「さっきの言葉、昔はあったみたいな言い方ね」

 

「昔は人里に住んでいましたからね」

その時は完全に妖怪の敵についていましたね。私は敵対しているつもりはないし妖怪の山の方もそこまでというわけではなかったけれど人間からすれば私は妖怪から離反した奴って見られていたのでしょうね。

「ふうん……」

理由がわかったのか興味をなくしたのか相打ちのようなものが返ってくる。

だけどなにかを考えているのか視線が泳いでいる。

でも何を考えているかなど無闇に知るものでもない。

子どもを返す事を優先する。

 

靈夜のはからいで里に入ったは良いものの子どもの住んでいる家が分からない。聞こうと思ったのですが寝てしまっているので寺子屋にそっと預ける事にする。

あの時の記憶がトラウマになっていると少し困りますけれど…今すぐ困るわけでもないのでおいておこう。

寺子屋の縁側にそっと子どもを下ろして人里に出る。

「……退散するんじゃなかったの?」

すぐに退散しない私に不信感を覚えたのか私の背中にお祓い棒が当てられる。

「せっかくですしお昼にしようかと…」

お昼と言ってもお団子一本とかその程度ですけれど。

「分かったわ。勝手にしなさい」

はいはい勝手にしますよ。

美味しそうなお店はいくつか事前に確認してますからね。靈夜が後ろについてくるせいでなんだか目立ちますけれど私の正体はバレてないだろう。バレたら逃げないといけないですから…

幸い正体が露見することはなく、無事に団子も購入できた。

ちなみに二本分。

隣に来た靈夜の視線が団子に向かう。いくらこちらに辛く当たっていても所詮は少女。

「食べます?」

彼女もその例にもれず少女だったようだ。なんだかこういう一面があるだけ嬉しい。

「要らないわ」

頑固に断りますけれど目線は完全に団子に向いているし声が少し震えている。

「そう言わずに……」

欲しいなら欲しいって素直に言ってくださいよ。別に意地悪なことなんてしませんから。

「仕方ないわね…」

口では否定してますけれど嬉しそうですよ。それにそろそろお腹が減る時間ですからね。

少し寄り道でもしましょうか。どこにするかはその時に決めるとして…

 

 

 

「…神社に行きましょう」

里から出て道をぷらぷらとしながらふと思いつく。それに今歩いている道も神社へ向かう参道。

「なんで神社なのよ」

唐突な提案に難色を示してくる。

「いいじゃないですか。たまには神社にお参りするのも」

お参り以外のこともする予定ですけれどそれはあえて言わない。意地悪?いえいえそんなつもりはないですよ。

「まあいいわ……」

反対する理由もないし勝手にしろと言っていたのは自分だったかと考え直し靈夜は黙る。

「変わったやつね」

 

「よく言われます」

何を基準に変わっているのかは分かりませんけれどね。

基準なんて曖昧。なのにしっかりと線引きがされていると思い込んでしまっている。だから齟齬が出てしまう。

まあ……どうでも良い戯言ですけれど。

 

 

 

博麗神社周辺の結界はいまだに正常のようで、私の体から妖力が抜けていく感じがする。

「相変わらずですねえ…」

「その言い方じゃ来たことあるように思えるけれど?」

何百年も前ですけれどね…その時からあまり変わっていなさそうですね。

少しだけ補強を入れた痕跡がありますけれど。

「かなり昔ですけれどね。それこそ…何代も前の博麗の巫女と交友関係にありましたからね」

その言葉が意外だったのか彼女は目を丸くする。そんなに驚くことだろうか……まあ貴方の常識のなかでは驚くのでしょうね。

そんな事を言っていると本殿の前に着いた。階段を全部歩いて登らなければならないというのはなかなか大変ですからね。

お賽銭を入れてお参り。

 

ついでなのでそのまま縁側に回り部屋に入る。

「ちょっとどこから入ってるのよ!」

「だって玄関から入ろうとしたら止めるじゃないですか」

 

「当たり前よ!妖怪を神社に招き入れるアホがいるか!」

あの…それ廻霊さんとかをアホって言ってるもんですよ。

ってこんなところで暴れるのもやめましょうや。もう入ってしまいましたし。

「あ…そうだ。台所貸していただけます?」

なんだか騒いでいたら余計にお腹が空いてしまった。

 

「なんで貴女に台所貸さなきゃいけないわけ?」

家に入るところまでは諦めたようだがまだ突っかかって来た。

もうここまで来たら台所を貸すのも変わらないと思うのですけれどね…

「ダメですか?」

ダメと言われても使うつもりですけれど…

「もういいわ勝手にしなさい」

私の考えていることがなんとなく分かったのか盛大にため息をついて居間に座り込んだ。

お腹も空いているでしょうからあまり反抗したくないと言うのもありますね。

 

さて、調味料と食材を確認して……何を作りましょうか。和食は慣れているから良いのですけれど…少し時間がかかりますし…

洋食でも作ってみますか。

あ、卵があるじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

せっかくだったのでオムレツを作ってみた。

本当は中にご飯でも詰めてみたかったのですがご飯を炊く時間が惜しいので今回は諦めた。

「お待たせしました」

 

「なんで二人分あるのよ」

目の前に出された二人分の料理に靈夜が困惑する。

「あなたの分ですよ?今日お昼ほとんど食べてないじゃないですか」

食べたものといえば先程のお団子一本程度。どうみてもエネルギーが不足している。

「……食べないのですか?」

ダメですよ。年頃の子が食べないだなんて…栄養不足で体がすぐに弱ってしまいますからね。

「妖怪が作ったものだから得体が知れないし毒が入ってるかもしれないじゃない」

実際見た目としては謎だろう。そもそもこの時代にはまだ存在しない料理ですからね。

でも卵料理は一応あるんですからそこまで得体の知れないものでは無いはず。

「そんなことないですよ。食べてみれば分かりますって」

それになるべく貴方の好みに合わせて作っているから気に入ってくれると思うのですけれど…私が好みを知っている理由?

少しだけ好きなものを覗きましたからね。それ以外は分かりませんでしたけれど…まあ、ある程度の味の好みは分かりましたよ。

 

不満げな顔をしていたものの、空腹という生理現象には耐えられなかったらしい。

思い切って食べ始めた。

「……⁈」

そのとたんずっと不機嫌だった顔が少しだけ崩れた。

「……美味しい」

どうやら気に入ってくれたらしい。少し味付けが濃いからあまり好かれないかと思いましたけれどそうでもなかったですね。

「それは良かったです」

 

食べ物を食べている時が幸せになりやすいし本性が出やすい。これで少しは丸くなってくれただろうか。

「それにしても不思議ね…こんな料理を考えつくなんて」

「知っていただけですよ」

考えついたわけではない。ただ知っていただけ。

ふと視線を感じて靈夜へ意識を移す。

「どうしたのですか?」

何やら厳しい顔をしながら私の手元を見つめている。

「なんでもないわ…それ食べないの?」

いつのまにか食べ終わっていたらしく私の手元の皿をじっと見つめていた。

「食べます?」

 

「そこまで食意地は張ってないわよ」

別に構いませんけれど…まあ無理に進めるものでもないですからね。

私も早めに食べてしまおうかと思い手元の皿を引き寄せようとして…その手が空を切った。

「……え?」

 

いつのまにか私の皿は彼女にとられていた。

 

「何よ。なかなか食べないかのが悪いんじゃない」

 

「ええ……もういいです」

美味しく食べていただければそれで良いですから。

それに……心を開いてくれるのなら私はなんでもしますから。

だって紫だってそれが望みなのでしょう。だからこのタイミングで彼女に私の所に行けと言ったのでしょう。

ならば…それに答えるだけです。

 

「……顔が怖いわね。やっぱり退治しましょう」

 

「理不尽の塊になってたら寂しいだけですよ」

 

「言ってなさい」



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depth.81さとりと巫女(開心篇)

ご飯を食べ終わって一息ついたのか靈夜がうろうろとし始めた。

落ち着きがないというか……私がいつまでもここに居座るのが不満だというのかあるいは暇だから何かしてくれなのか……どちらでも良いですけれどね。

「……落ち着かないなら移動しますけど」

とは言っても特にどこに行くとかは考えていない。家を出るときは何となく湖のところにでも行こうかと考えていたがなんだか気が進まない。

そういえばあそこには壊れた船が残ってるんでしたっけ?

あれ……でも河童が分解して持って行ってしまったような気がしますけれど。

どうでも良いか。

「別に…あんたが余計なことしないならここにいた方が安心なんだけどね」

 

「じゃあ湖行きましょうか」

 

「あんた……私の話聞いていたわけ?どこをどう解釈したらそうなるのよ!」

何も解釈していないし貴方の話は聞き流していましたよ?そもそも貴方に従う必要ないですし…

「そんなこともありますよ」

 

「あったらすごく困る。というかもう退治したくなってきたわ」

一時期の感情に流されてもいいことないですよ。

流されることが多い私が言うんですから間違いはないはずです。

「ともかく……行きましょうか」

 

とは言ってもここから湖まではそんなに遠くない。歩けば2日前後はかかるものの飛べばそうでもない。

私の感覚ですけれど靈夜もだいたい同じ感覚だろう。

 

 

そんな事を考えていると既に湖が見えて来た。それと同時になにかが地面を擦ったような跡も少しだけ確認できる。

「あの跡…あんたが作ったんだっけ?」

 

「当たらずとも遠からずですね」

ですがその跡を作った船が見当たりませんね。1ヶ月程度じゃ自然に帰るはずはないのですけれど…

湖に到着したものの船は無くなっていた。予想はしていたのでどうでも良いのですけれどね。

しかし僅かにだが破片が残っている。

破片というか…船体の竜骨と底の木材だけだが…

それだけ残っていればまだ良い方だろうか。

「やっぱり妖精が多いわね」

元々ここら辺は妖精の溜まり場のようなところですからね。

そんな事を考えていると靈夜が弾幕を周囲に放ち妖精を片っ端から攻撃し始めた。

突然の事で対応できなかった妖精が地面や木に叩きつけられ、慌てて逃げ出す妖精にも容赦なく撃ち込みその姿を爆炎の向こうに消す。

 

「ちょっと!何してるんですか」

 

「邪魔だから追っ払ってるだけよ」

だから何と言わんばかりの表情で弾幕を撃つ彼女の背中に蹴りを入れる。

「いったいわね!何するのよ!」

 

「それはこっちが言いたいです」

急に妖精を攻撃してどうしたんですか。ストレス発散ですか。

「これで変に悪戯をしてくるやつもいなくなったからいいじゃない」

それも一理ありますけれど…発想が鬼すぎる。

それに、いくら表情で誤魔化しても心を除けば本心が見えるんですからね。それくらい分かってほしい……

無理に嫌われようとする行為をしても私には逆効果なんですから。

 

 

 

「……ん?」

急に靈夜が私の後ろに意識をそらした。

何か後ろにいるのだろうか。

表情から読み取った限りでは、逃し損ねた妖精が攻撃をしにきたのかまたは別の誰かがこっちに来たのか。

どちらでも良いですけれど…ああ、この気配は知り合いですね。

 

「さとりさん」

よく知っている声がする。

「大ちゃん、久しぶりです」

振り返ってみれば、緑色の髪の毛と妖精の羽が特徴の彼女がいた。

珍しく青いワンピースと白のシャツを着ている。

珍しいというか本来の姿な気がしますがそれは私の記憶が言うのであって現実は違う。姿も大分大人になっている。普通妖精といえば子どもの姿に近いのだが大妖精は子供というより少女だ。

「博麗の巫女と一緒って…あ、いえそこまで珍しくなかったですね」

 

「ふうん……あんたは生き延びたのね」

生き延びた…そういえばそうでしたね。彼女やチルノとか一部妖精は結構強いですからね。妖精かどうか疑いたいレベルで……

「あれ、やっぱり貴女だったんですね」

大妖精の目からハイライトが消えた…なんだかすごい怒ってる。確かにそうだろう。

「なに?私と戦うつもり?」

 

「そんなつもりはないですよ。私じゃ勝てそうにないですし…」

賢明な判断ですね。

 

「それよりさとりさん。少し手合わせお願いできます?」

二人の合間に発生している火花から逃れようと後退した瞬間そんな事を大妖精に言われる。

彼女から誘ってくるなんて珍しいですね。普段はあまり戦わない子なのに…やはりさっきのが尾を引いているのだろうか。

「私でよければ…」

 

スッキリするなら良いんですけれどね。

 

 

 

 

 

刀同士が接触し火花が飛び散る。

短刀同士では必然的に打ち合う時の距離はものすごく近い。だから刀で斬り合いつつも蹴りや拳を叩き込む。

弾幕は使わない。そもそもこの距離じゃ使えない。

大妖精の蹴りを膝で防ぎ、代わりに横蹴りを行うが当たる直前に大妖精の姿が消える。テレポート。真横に現れた。

刀の柄で迫ってくる拳を叩く。またテレポート。今度は少し離れたところに出てきた。

迫ってくる大妖精に妖力弾を撃ち込む。

命中直前にテレポート。修正…再びテレポート。

何度も左右に逃げられてしまい当たらない。

そうしているうちに大妖精の姿が消える。どこにもいない。

「…ふっ」

真後ろ。体を横にずらしながら伸ばされた刀を少しだけずらす。

そのまま彼女の腕を刀を持っていない方の手で掴み、放り投げる。

受け身を取られてしまいたいしてダメージは入らない。

早めに終わらせようとこちらから接近。刀を持ちおなして大妖精に斬りかかる。

紙一重で回避されてしまう。すかさず二回目。

水平に斬ったものの今度は刀で弾かれてしまう。

警告、すぐに体を回す。すぐそばを大妖精の足が通過して行く。

回した勢いでもう一度攻撃するがバックステップで逃げられてしまう。

「強くなりましたね」

 

「まだそうでもないですよ」

また大妖精が消える。次は……上か。

気配を察知し、刀を上に投げつける。

「……え?」

突然放り投げられた武器に動揺してしまう。

その動揺が命取りです。

地面を蹴飛ばし、真上から降りてくる大妖精のお腹に拳を叩き込む。

一瞬怯んだもののすぐに蹴りを入れてくる。それを左腕で防ぐ。

痛いですけど…

降りて来た刀を掴み直し首元に当てる。

「王手…」

「まだ詰みじゃないですよ」

大妖精の体がその場から消え去る。

「全く……便利ですねそれ」

 

「そうでもないですよ?かなり体力消費しますから」

 

すぐ近くに現れた大妖精は、確かに息が上がっている。

「1発当てたので終わりでよくないですか?」

「私も1発当ててますよ?」

おっとそうでしたね。

じゃあこれが最後って事で……私もだいぶ疲れましたし左腕の痛みが引きませんからね。

「そうしましょうか…」

お互いに突っ込む。

接触した刀を軸にしながら位置を反転。反動で後方に流れてしまうが再度斬りつける。向こうも同じらしい。

何度も何度も刀がぶつかり合い、時々服に切れ目が入る。

ガチっとへんな音がして、手元を見てみるといつのまにか刀が消えている。

どうやら当たりどころが悪く弾き飛ばされてしまったようだ。

「これで詰みですよ」

慢心はダメですよ。ちゃんとトドメを入れないと。

刀を向けるその腕を掴み高く上げた脚で挟み込む。そのまま体の全重量で地面に押し付けて刀を落とさせる。

「惜しかったですね…」

 

「まだ遅れは取りたくないですから……」

それにしても疲れました。慣れないことをするもんじゃないですね。

 

 

 

一息ついていると近くで傍観していた靈夜が拍手をしながら歩いて来た。

「……へえ…どっちも短刀使いなんだ」

なかなかの腕前と言うべきかなんというか…私が教えたのだからそうなるのも当たり前なのですが、そんなことはどこ吹く風。

「ええまあ……さとりさんに教わりましたし」

私が言わなくても大妖精が話してくれる。だから私はあまり余計なことは言わない。そもそも教えたと言ってもずっと刀振り回してただけですけれど…型なんてないですし取り敢えず倒せるならどんな感じでも良いのだ。

「基本的な剣術は柳くんや椛さんから教えてもらったんですよ」

 

あとは記憶にあるものを参照に自らに合った戦い方です。

ちなみに普通の長さの刀は振り回し辛いので好きじゃないです。

使えなくはないですけれど…

 

「まあいいわ…それでも妖精と弱小妖怪じゃ私は倒せないでしょうし」

大妖精が前に出ようとするけれどそれを制する。ここで事を荒だてても良い方向には進まない。それの彼女はただ事実を言ったまでだ。

「でしょうね…別に私は敵対するつもりはないのですけれどね」

実際技量からすれば彼女の方が上だろう。そうでなければ巫女など務まらない。

「さとりさんが弱小ってそんなことないじゃないですか」

いや……弱小ですよ。うん、妖怪として破綻してる時点で既に負けてますから。

「どうでも良いわ」

興味がなさそうに大妖精を見下す。

なんだか怖いですね…そこまで自分を押し殺そうとすることができる貴方が……

「やはり巫女とは仲良くなれそうにないです」

あらら…大妖精にそれを言われてしまうとは。

「私だって妖精と仲良くなんてしないわよ」

そもそも人間ですからねえ……妖精と仲良くなんてしないでしょうね。

「2人とも…険悪になるのは良いですけれどそろそろ日が暮れますから…」

ここら辺でお開きにでもしよう。十分楽しめましたし。

それは私だけかと思ってみるけれど普段からそんなものだろうと考え直します。

だってそうでしょう?

 

 

 

 

 

さてさて、日も暮れてあたりは静かになった。私にくっついて来ていた靈夜は帰るから勝手にしろと言って神社の方へ行ってしまった。なので今度は私が彼女の後を追いかけることにした。

 

「なんでついてくるのよ」

あまり気づかれないようにしたのですが簡単に気づかれてしまいましたね。

別に隠すことも何もないので彼女にも見える位置に立つ。

暗闇に紛れ込むように出したサードアイが彼女の心を読み取りその情報を逐一頭に送ってくる。

「……傷ついてますね」

それだけ…でも彼女には心当たりがあったのか私から目を逸らした。

「傷ついてなんか……」

それでも傷ついていないと心に言い聞かせる。

「いいえ、大妖精に言われた事に相当ショックを受けていますね」

仲良くなれない…あの時は何事もないように振舞ってましたけど心の中では相当傷つきましたよね。

「そんなことっ‼︎」

仲良くなれない…か。それが貴方のトラウマで、今までの行動の要因になっているのですね。

詳しい過去はもう少し視ないと分かりませんけれど…ここまで人格や行動に影響するとなるとかなりのものですね。

「無いって言えませんよね」

 

「っ……貴女には関係ないわ!」

図星を突かれて苛立ったのか彼女はお札を空中に放り投げる。

そこから放たれる赤と白の弾幕が私に襲いかかる。

でも本気で倒しにきていない。そのほとんどは自機外し…もとい行動制限を行うためのものだ。

彼女も抜刀して襲いかかってくる様子を見せない。

「全く……何をそんなに意地になっているのかは分かりませんけれど…少しくらい本音をぶつけられる誰かを作らないとダメですよ」

とは言っても…今のままじゃそんなことできそうにないですね。

私にだってここまで嫌われてしまえばもうこれ以上は本音をぶつけてはこない。

「うるさいわね!貴女には関係ないでしょ!」

 

「ええ、ただのお節介ですから」

関係はないですけれど…何もしないのは嫌なのでね。

「もう帰れ!」

弾幕が右腕を掠める。

服が焦げてサードアイに繋がる管が千切れる。

そろそろ潮時ですかね。これ以上やっても意味はなさそうですし……

「……わかりました」

一歩づつ彼女に向かって歩き出す。

来ないでと叫びながら放たれる弾幕が私のすぐそばに着弾する。

でも無意識に直撃の弾幕を撃たないようにしているのかわたしには当たらない。

時々掠ったりする程度だ。何も問題はない。

「来ないで!これ以上近づいたら本気で撃つ!」

 

「ならどうぞ撃ってください」

 

警告射撃から本気の射撃に切り替わる。

それでも歩みは止めない。そもそも弾幕が当たらないのだからなんとも言えない。

本気で狙っているのだろうか?

だって私はもう貴女の目の前ですよ。

 

「嫌っ!」

1発が私の顔面に直撃する。なにかが潰れる音がして視界が真っ赤になる。

「……あ。そ、そんな…」

全く…痛いですよ。

今まで顔面に攻撃を食らった事なんてほとんど無かった。これは流石に効きましたよ。主に精神面できついですね。

「全く……痛いじゃないですか」

 

すぐに回復が始まるが流れた血は元には戻らない。

今の私はどんな表情なのだろう。

ふと手で頬に触れてみれば、ねっとりとしたものが手にまとわりつく。

「あ……あ…ごめんなさい」

「謝らなくていいんですよ」

私の前で震える靈夜の頭に手を置く。

何をされるのかと彼女の体が大きく跳ね上がる。

別にそんなひどいことはしませんよ。

「今度は私から貴方を訪ねますね。約束です」

ポンポンと頭を軽く叩いて彼女から離れる。

少し血を失いすぎたのか軽く目眩がする。だけどそれもすぐに収まるだろう。

 

「どうして……」

 

「はて?どうして私がそこまでする…ですか」

 

「そうよ!どうしてなの⁉︎」

 

ふむ…だから言ったじゃないですか。気まぐれと、ただのエゴの押し付けみたいなものですよ。

「誰かを気遣うことに理由が必要なんですか?」

結局はエゴだけれど…エゴを押し付けるのもまた妖怪ですからね。

何か言い返してくると思っていたがそれ以降何も言葉は帰ってこなくて…私は彼女の前から姿を消すのだった。

 

 

 

「お姉ちゃん……」

靈夜が見えなくなったところで背後からこいしの手が伸びてくる。

「気にしないで。ただのわがままだから」

こいしの手を軽く掴む。

「分かってるけど…血くらい拭いてよ」

 

「……忘れてたわ」

 

「もう……お姉ちゃんうっかりしすぎ」

あはは…困りましたねえ…



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depth.82さとりと巫女(決裂篇)

目覚めのひどい朝は大嫌い。そもそも好きなやつなんていないだろう。今日一日ずっと不機嫌なまま過ごすのかと思うと憂鬱になってしまう。

分かっているのだから少しは機嫌を直せと言われるけれど…そんなものこの世界では無理だ。

ずっとずっと巫女をやっていれば嫌という程わかる。

私一人ではどうしようもなく、抗ったところで大きな運命の流れに逆らうことはできない。

歯車に挟まった小石のように押し潰されて終わり。

頭では理解していた。それでも理性は理解したものを否定して…。その結果が今の私というわけだ。

「はあ…」

今更になってなんでこんなこと考えているのだと思えば、昨日のさとりが原因だと記憶が教えてくれる。

流石覚り妖怪。人のトラウマを引きずり出して苦しめるのに長けている種族だこと。

それなのにあいつらのところには人妖問わずいろんな奴が集まる。意味がわからない。

「……ただの嫉妬か。らしくないわ」

本当にどうして嫉妬なんてしてしまうのだか。巫女になった時に…いいえ、その前からずっと一人でいると決意したというのに誰にも愛されない、誰も愛さない。

結局、私はこの世界が嫌い。そして……この世界を嫌う私が大嫌い。

ただそんな単純なことかもしれないし、実際はただの枷がついた飛べない鳥なのかもしれない。

 

……変なことばかり考えている頭を振って気分を切り替える。

今更何を考えているのだか…歴史にifなんてないしもう戻ることはできないところまで来てしまったのだ。

 

「あ、おはよ!ご飯できてるからね!」

布団から上半身を起こし今日のことを考えていたら襖が開かれる。

そういえばさっきから台所で誰かが作業しているような音がしていたわね。

成る程、ご飯を作っていたのか。

「分かったわ…今行く」

こちらを覗き込んでいた緑がかった銀髪の少女に返事を返し身支度を済ませる。

「……いやいやいや!私一人暮らし‼︎」

なぜ忘れていた!私は一人暮らしだぞ⁈今のは誰だ!不法侵入な上に勝手に何かやってる⁈

それに気づいた時には少女が顔をのぞかせていた部屋に突入していた。

 

「おは…「動くな!」」

 

そこには昨日散々見た姿と、容姿が似ている少女が食事の乗った机を挟んで座っていた。

「さとり?どういうことなの?」

昨日あんな事をしたのにどうして彼女はいるのだ?もう理解できない。

「そうですね…まずはそのお祓い棒を降ろしてくれますか?それに食事が先です」

そういえばまだ食事してなかったわね…ってそうじゃないわよ。

「なんであんたたちがいるのよ」

はぐらかされる前に聞いておく。

こいつらがはぐらかすことなんてないだろうけれど…それでも信用できない。

「昨日言ったじゃないですか」

なんだそんなことかという感じに言ってくる。確かに昨日言っていた。だけど同時に私はあんたを…

そんなこと気にしていないというような目線を送ってくる。

あんたの表情は全く変わらないから何を考えているのかさっぱりわからない。そもそも昨日退治しようとしてしまったやつのところにノコノコきて朝食を作る時点で意味がわからない。

「ともかくご飯が冷めないうちに食べましょう」

 

「そうだよ。私達に罪はあっても食べ物に罪はないんだから」

仕方なしに机の前に腰を下ろす。

倒すのは簡単だ。だけどそれじゃダメな気がした…ただそれだけ。それだけだけど意外とそういう予感は当たるものなのだ。

 

「「いただきます」」

 

毒が入ってたりししないか不安だけれど…大丈夫だと勘は言っている。

そっと白米を口に運ぶ。

意外といけるじゃないの……まだ白米だけなのに。

そういえば温かい食事なんてあまりしたことなかったわ…基本的に私はご飯作れないし。作ってくれる人もいなかったから…

あれ…なんだか目元が熱くなってきた。

「美味しい?」

銀髪の子がご飯のことを聞いてくる。…確か名前はこいしだったわね。

「……美味しい」

何も言わないでおこうかと思ったけれど…彼女の笑顔を見ていたらそんな変な意地を張る気力も持っていかれてしまった。

「よかった。あ、どんどん食べて良いからね!おかわりもあるんだから!」

彼女の顔を見ているのがなんだか恥ずかしいというか…結局意地を張ってしまい彼女の言葉には答えずご飯を食べることに集中する。

…なんで目元が熱くなるのよ!

「気に入ってくれたみたいですね」

 

「ええ……」

今なら謝れるだろうか。

何に?昨日のこと?違う。いままでの態度?それとも私自身?

「急いで食べなくても食事は逃げませんからね」

 

「………」

彼女の瞳が私を覗き込む。その真っ暗な…底まで見透かしてきそうな瞳に何故だか魅入ってしまう。孤独の闇が広がっていそうなものなのに…どうしてそれを拒否できないのだろう。考えてもわからない。

きっとこの思考も彼女にはバレているのだろう。そう考えてみればなんだか謝るのがアホらしくなってきた。それと同時に少しだけ気が軽くなった気がする。

 

 

 

結局、お代わりまでしてしまった。普段の食生活からは考えられないほど食べた気がする。

「ご馳走さま…」

 

「ご馳走さま!」

 

「お粗末様でした」

 

すぐに姉妹が片付けを始める。なんで人の家で勝手にご飯を作ったり食器を片付けたりするのかすごく不思議だし理解できないけれど…まあ良いか。片付けてくれるのはこちらとしても有難い。

少し経つと二人揃って私のところに戻ってくる。

さて、お話を聞こうじゃないの。

「それで、どうしてここにいるの?それも妹まで連れてさ」

さとりを軽く睨みながら強めに聞く。こうまでしてもこいつはのらりくらりと逃げるんでしょうね。こっちがイライラするからやめてほしい。

「なんでしょうね…昨日言ったとおりですよ」

 

「理由になってないわよね?」

昨日確かにここに来ると言ったけれど…そもそもあんな醜態思い出したくもない。でも元を正せばその醜態の原因もこいつだった。

なんだか腹が立ってくるわ。

「そうですねえ……理由なんてそんなものですよ」

無表情のせいで何を考えているのか全く読めない。気持ち悪いわ。

そもそも理由なんてそんなものって…あんた昨日殺されかけたばかりよね。

「あっそう…じゃあお帰りください」

殺そうとしたやつのところにのこのこ来るなんて馬鹿なんじゃないのかと思う。だけど同時にさとりらしいとも思ってしまう。

昨日の一件で悟りがどんなやつか大体は理解できているからかしらね。

「それは嫌です」

 

「そもそも昨日のこと忘れたの?」

私があんたにした仕打ちのこと…覚えてないとは言わせないわ。なのにあんたはどうしてここに来るの?

「昨日のこと?別に気にしてませんよ」

 

「私は気にして欲しいんだけれどね」

今まで黙っていた妹が口を開く。その顔には心配が広がっている。こっちはさとりと違って分かりやすい。

「ほら妹もそう言ってるわよ」

 

「耳がいたいですねえ…」

痛そうに見えないし反省している気すら見当たらない。なんだか扱いに困るわ。

そもそも妖怪と仲良くなって…碌な事無かった。人間は悪だなんだと決めつけたらとことんやる。その恐ろしさを知らないのだろうか。人間と仲良くしようとするのは同時に…人間の悪に飲まれればもう為す術はないのだ。

さとりに対して嫌な気分になることが無くなってきている…だけどそれではダメなのだ。私は巫女であって人間の持つ矛だ。妖怪と言う悪を倒すための…それが妖怪と仲良くなんて……お願いだからやめて。

 

「ふうん……そうだったんだ」

ふと意識を戻すと、目の前にいる妹が私の目をずっと見つめていた。その目には確信の感情が出ている。一体どういうこと?

まさか心を読まれたの?確かに彼女は…さとり妖怪だけれど…ここじゃ能力はほとんど使えないはずなのに…

「だって私はサードアイ隠してないでしょ?それに見えづらいだけで見えないわけじゃないし貴方の仕草で何を考えているかはある程度分かるよ。ついでだから貴女を作っているその出来事を見たんだけど…」

笑顔で色んな事を言うけれどそれは一番知られたくないこと。それなのに…

「勝手なことをしないで!」

知ってどうする?同情でもするつもりなの?私は同情なんか要らないしそんなものをくれるようならこの場で斬る。

「同情なんかじゃないよ。でも今の貴女を見てたらどうしても放っておけないの」

「余計なお世話よ」

何が放っておけないだ。そもそも私の過去を見たと言うのなら逆に放っておいてほしい。

人間も妖怪も大っ嫌いなんだから。誰かの助けなんて欲しくない。

「でもこのままじゃ貴女が良くならない!」

 

「そんなのどうでも良いでしょ!」

私のことなんてどうだって良い。大っ嫌いだけどこの世界がこのままであるなら私はどうだっていい。それが私の使命だしあの時からずっと変わらない決意よ!

「私はどうでもよくないしお姉ちゃんもそう思ってるの!」

 

傍迷惑な姉妹ね。そもそも私は貴方たちの敵なのに一体何を考えているのよ。

「平行線のままね…良いわ、なら勝負よ。貴女が勝ったら貴女の好きにしなさい。私が勝ったら…二人を退治するわ」

私が負ける理由なんてどこにもない。だからこんな事を言ってしまう。冷静に考えてみれば私に向けられたであろう救済の手を自ら弾いてしまったようなものだ。

結局…私はあの時のことから逃げているのだろう。分かっている。こんなこととっくにわかっていた。だけど目を背けてしまう。そこまで私は強くないのだから…

「良いよ。そのかわりお姉ちゃんを巻き込まないでね」

ダメだと分かったのか彼女は私の提案に乗ってきた。

本当はそのまま諦めてしまえば良かったのに…どうして退治される方を選んでしまうのか…分からない。

「わかっているわ」

一応さとりには手を出すつもりはない。だけどそれは今後のさとりの動き次第よ。

「こいし…頑張ってね」

 

「分かってるよ。お姉ちゃん」

 

分かっているのだろうか。私は博麗の巫女…決して負けることはない。

それに彼女達が戦うのはこの結界の中。つまり彼女たちは妖力を使うことはできない。

まあこのことすら彼女には丸見えだろうけれど…だからと言ってもうどうすることもできない。だって貴女は条件を飲んでしまったのだから。

「別に私はここで戦っても良いんだよ。それに妖力を外に向かって使うだけが戦いじゃないからね」

負け惜しみじゃないことを祈るわ。

「わかってるよ。だから貴方に常識が通用しない戦いをしてあげるね。本当はこういうのお姉ちゃんの方が得意だけど」

そんなこと言っちゃって良いのかしらね。

「勘違いしているようですけど私は戦いなんて得意でもなんでもないですからね」

嘘ね。貴女の体はかなりの場数を踏んでいるはずよ。戦いが嫌いなら場数なんて踏むはずがないわ。

「まあ良いや!すぐに始めようよ!」

 

なんだかさとりよりマイペース過ぎて心配になってきたわ。本当にあれ大丈夫なのかしら…

 

 

 

 

 

 

 

あれ?私なんで戦うことになったんだっけ?よく覚えてないや。なんていうのは嘘。ちゃんと覚えている。

お姉ちゃんが巫女のもとに行って血まみれになったから今日は一緒に行くことにした。

お姉ちゃん頼まれてもないのになんで巫女のところに行くのかなあって思ってたけど着いてみてやっと理解できた。

理解できちゃったから…こればかりはもうどうしようもないかな。絶対譲りたくない。

だからこんなに不利な条件でも私はやる事にした。

 

目の前に立つ彼女の武器は…腰につけている刀をのぞいたらお祓い棒くらい。

だけどもう一つ…お札がある。それも種類が豊富なんだよね。

動きを封じるやつから結界を作るためのもの…弾幕を放ったりするためのものまで多種多様。

それに…博麗の巫女が代々受け継いでる必殺のものもいくつかあるはず。

それを出されたらちょっと困るかもね。

どうやってそれらを使わせずに倒せるかなあ…

 

いや…絶対使ってくるはずだからどうやって回避できるかが勝負かなあ。

いずれにしてもそれを攻略出来なかったら私は彼女をどうにもできないからね。

「それで?準備はできたのかしら」

 

「できてるよ!早く始めようよ!」

 

まあその時になって考えても遅くはないか。分からないものをいつまでも考えるのは性に合わないからね!

巫女から距離を取って早速彼女の視界から消える。

この結界は妖力は弾くけれど…でも重要な欠点があるんだよね。

 

魔導書を開いて出来るだけ多くの武器を引っ張り出す。

魔力も封じるようにしないとダメだと思うんだけど…まだこっちの方には魔力なんて概念ないんだろうから仕方がないね。

 

「見つけたわ」

真後ろで声がして、同時に何かが迫ってきた。

反射的に手元にあった剣を持って振り返る。

「もう見つけちゃったの?」

私を斬ろうとしてきていた剣を辛うじて防ぐ。

重たい両刃剣の勢いに押されて巫女が後ずさる。その目には困惑と驚愕が混ざっている。

そりゃそうだよね。結界が無効化しない力を使っているんだからね。

でもお姉ちゃんも確か使えるはずだよ。あっちは神力だけどね。

「ふうん…それが貴方の力なのね」

 

「そうだよ!もっと楽しもうよ!」

 

なんだか目的が違うかもしれないけれどこれはこれで楽しいや。

両手に剣を構えて突撃する。

まだまだこれからが楽しみの本番だよ!



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depth.83 さとりと巫女(完結篇)

こいしと靈夜が戦う羽目になった。

どうしてこうなったのか分からない……なんでこう血の気が多いと言うかバトルジャンキーというか…戦闘狂というか…

いずれにしてもどちらかが負けるまでこの勝負は終わらない。

本当は私が引っ張り込んだことだから私自身が対処しなければならないはずなのに…こいしまで巻き込んでしまうなんて。

まあ…こいし自身の事も考えれば、私だけに任せるのが不安というその心も分からなくはない。

 

さて困ったことに私は彼女達の戦いに介入することは出来ない。

ここはおとなしく、待つとしましょうか。

そういえば結構調味料とか残っていましたから……戦いが終わるまでには何か作れそうですね。

 

 

 

 

 

刀と剣が交差し、空中に浮かんだ魔法陣から砲撃のように剣や斧が飛び出していく。

これだけたくさん出したのにほとんどダメージを与えられないって…流石博麗の巫女だね。

面白くなって来ちゃった。

相手に反撃の隙を与えない。与えてしまったらこっちがやられるから。

それにしても……少し動きが鈍いような…本気で戦っているんだけど全力で戦っていないような…無意識に私を倒すのを恐れているようなそんな感じだなあ。

 

「考え事してる余裕がよくあるわね!」

真後ろ⁈まず……

体に衝撃、地面に向かって叩き落される。

それに続いて次々に撃ち込まれる弾幕とお札。それらを全て回避してその場を離れる。

やるじゃん。

私を見失っている巫女の後ろ側に回りながら新しく剣を引っ張り出す。取り回しやすいように小型の双剣。

気づかれないように近づいて後ろから……斬る。

振り下ろした剣は振り返った巫女が持っていたお祓い棒で防がれ青白い光が六角形を描くように空間に走る。

「結界?」

「あんた…性格悪いわよ」

「それはそっちもでしょ?」

 

たかが結界で止められると思わないでね。

一度でダメなら何度でも攻撃すればいい。どれくらい守ってくれるかな?

2回目3回目と連続で斬りかかる。

ほらヒビ入ったよ?そこが一番負担が大きくなっていたところ…だから……

あと一撃入れれば壊れる。

 

「っち…あんたほんとうにさとり妖怪?」

 

「多分ね。でもそう言われるとよく分からないや」

あまり気にしていなかったけれど改めて考えてみたら確かにそうだね。

私はなんなのか…なかなか難しいや。今度お姉ちゃんと一緒に考えよっと。

 

バルカン砲を二つと重機関銃って言うものを引っ張り出す。

直接照準、撃っちゃえ。多分…大丈夫でしょ。

 

今までの弾幕とは桁違いの量の鉛玉が一斉に巫女に襲いかかる。

再び張った結界も一瞬のうちに粉々になって破片をきらつかせる。

「マズっ…」

 

高速で動かれるせいで照準が合わない。ちょと止まって欲しいなあ…でもこれで撃っちゃうと吹き飛んじゃうからなあ…それはお姉ちゃん望んでないし。

 

「もういいや。勿体無いし」

それに長時間撃てるものでもないからねえ。

「なに、手加減のつもり?」

 

「違うよ。これ一応やばいやつだからさ…貴女が死んじゃったらお姉ちゃん悲しむもん」

 

博麗の巫女なめないでって言われても流石にあれはやりすぎだからね。別に私は殺したいわけでもないからあれくらいで丁度いい。

向こうの体力と精神的余裕を奪えたなら大戦果。

 

ってあれ?なんでこっちに突っ込んでくるの……

 

「近づけばさっきのあれはもう撃てないでしょ!」

 

わわわ!こっちに来ないでよ!刀を構えて飛び込んでくる巫女から距離を取ろうと後退。

振り回される刀をスレスレで躱す。本当はもっと余裕を持ちたいけど…無理。これが限界!

 

あ…服の一部が持っていかれた。

でも体に傷がつかなかっただけマシか……

 

このままじゃやばいから距離を取らせてもらうよ!

一目散に空へ逃げ出す。

「こら待ちなさい!」

なんで追いかけてくるのさ!しかも誘導お札大量に使わないでよ!

右左の感覚がどっか行きそうなほど急旋回してるんだけど!

もう…さっきのもう一回!

バルカン砲を私の頭上に展開。近づいてくるお札や弾幕に向けて残ってる弾を撃ちまくる。

 

いやー気持ちいい。バカスカ落とせるよ!

「このっ!」

 

え⁈真後ろにいる⁉︎

巫女の声がすぐ側から聞こえて思わず振り返ったら真後ろにぴったりくっついていた。

いつの間にそこにいたの!

 

「やば……」

 

「逃がさないわよ!」

あまりなめないでね。お姉ちゃんほどじゃないけど私だって空戦は出来るんだから。体を持ち上げて急上昇。巫女が私につられて上昇し始めたところで急制動。体の向きを反転させて真下に降下。

巫女のすぐ側を通過する。

 

「待ちなさい!」

ありゃ…もう追っかけてきた。対応早いね。

 

それじゃあこれはどうかな?

降下したまま神社へ向かう。かなり危ない賭けになっちゃうけど大丈夫だよね。

 

 

 

 

 

 

 

爆発音が立て続けに起こりその度に地響きのような揺れが建物を揺さぶる。

全く…どれほど派手にやりあっているのやら。

建物に着弾するのはやめてくださいね。危ないですし修理が大変ですし…でもまあ、私がそれを言っても私の家だから関係ないって靈夜は言うでしょうね。

甲高い悲鳴。こいしのものね…

まったく何をしているのだか……あ、甘葛あるじゃないの。ちょうどよかったわ。

 

ひときわ激しい衝撃が家を襲う。

爆発音じゃないから何かが飛び込んで来たのね…

全く…一体何をしているのやら。

ひと段落したら見に行きますか。あ…危ない危ない。焦げるところだったわ。

 

 

 

 

 

行ってみたら喧嘩していた。喧嘩というよりこいしがCQCで靈夜が必死に抵抗しているってところでしょうか。天井に大穴が開いているし部屋に散乱した瓦礫から2人が屋根から飛び込んだのは容易にわかる。

さっきまで弾幕で戦ったりしていただろうにどうしてこうなったのだか…

それに2人とも刀持ってるでしょ…どうしてそれを使わないのよ。

確かに靈夜の刀じゃリーチが長すぎてこの距離だと扱いづらいですけれど…

それにゴロゴロ転がらないの。転がるなら靴脱ぎなさい!

なんで私がこれを言わないといけないのかしら。

「二人ともそこまで」

 

もうここまで来てしまったら完全に勝敗関係なしの喧嘩のようなものだ。私が止めないとこれはどうしようもないだろう。

でも二人とも止まる様子はない。

いい加減にやめてほしいので二人の動きが止まった一瞬を利用して頭に拳を叩き込む。

「いっ!」

「いったーい!」

 

やめないからですよ。自覚してくださいよ。

拳骨が効いたのかようやく止まってくれました。今度からは節度を守ってくださいね。特にこいし…なぜ貴女だけ服がボロボロになってるのよ。どうしたらそんな際どい姿になれるわけ⁈狙っているの!

 

「引き分けでいいわね。異論は認めないわ」

まあこいしのことは置いておきましょうか。ともかく今回は引き分けですよ。異論はないですからね。

「そんな…冗談じゃ」

何か言いたげですけどダメです。そもそもあれじゃもう勝負になってないです。体術戦では妖怪の方が強いんですからね。

貴方はまず体術じゃなくて遠距離で倒すことだけに集中しなさい。刀も使っていいけど刀すら使えない近距離に持ち込んじゃダメよ。

「ともかくもう少しでこっちも完成するんですから大人しくしてなさい」

「……」

そうそう、完成すると言っても後は皿に盛り付けるだけなのですけれどね。

早く盛り付けないと…

 

 

 

「それで……」

 

「引き分けになっちゃったね」

 

出来上がった餡入りお餅を持って再び部屋に戻ると、壊れかけた机を挟んで二人が座っていた。

一応いうことは聞いてくれたようですね良かったです。

 

「あら?お餅なんて作れるのね」

入ってきた私を見て靈夜がそう呟く。

あはは……妖怪って普段どんな目で見られているのかがよくわかります。

「お姉ちゃんはなんでも作れるからね!」

「なんでもじゃないわ。知っていることだけ」

そもそもここまで凝って何かを作るなんてあまりないだろう。私の場合暇な時間が多かったから色々と研究できたし技術も勝手に身についていっただけですけどね。

 

「お茶がないけど…まあいいわ」

早速靈夜がお餅を食べ始めた。

食べてる時は意外と可愛いところあるんですけれどねえ……

まあそれを言ってしまうと本人不貞腐れてしまいますけどね。

「私も食べる!」

 

二人が食べ始め、少しだけ静かになる。

さて、ある程度は予想していましたけれど…まさか本当に引き分けになってしまうとは…それをした私が言うのもなんですけど。

そもそも今回の件は私が原因のはず…

まあいいや。こいしの方が彼女の心を掴むのがうまそうですからね。

 

「それで…引き分けになったらどうするの?」

やっぱりそう来ますか。それじゃあ……よくある普遍的な……もう定型文になってるような答えですけど。

「じゃあ半分だけそれぞれのやりたいことを叶えればいいじゃないですか」

願いを半分づつ…こいしはともかく貴方の言っていたことは退治でしたからね。半分退治なんて出来ないでしょう。

 

「そうしよっか」

こいしも私の言いたいことに賛成したようですね。

「ちょっと!それじゃあこいつを退治できないじゃない!」

あ…やっぱり気づかれた。

「本気で退治する気でいたんですか?」

 

「そんなつもりないと思うよ?」

心を読まない私に変わりこいしが答えてくれる。なんだ結局退治する気は無かったのですね。なんだかんだ言っても詰めが甘いんですよね。

「じゃあ平気ですね」

一息ついてお茶を注ぐ。

「勝手に決めないで…」

私の手元から湯呑みが持っていかれる。それ…私の。

 

「そうだねえ…それじゃあ……」

こいしは靈夜のことなど御構い無しに彼女の背中に乗ってくる。

危ないからやめなさいこいし。

「人の話聞いて……」

「私と友達になって!」

靈夜が拒否する前に彼女の言葉は遮られる。

振り払おうとしていた手が止まる。

「あんた……分かってるの?」

「分かってるよ。だから敢えて言うんだ。友達になろって言わなきゃ始まらないからね」

心を読めば私も事の真相を知れるのでしょうけれど……今更私が出る幕ではなくなってしまった。

「そもそも半分じゃなかったの?」

「半分だよ?大親友になってじゃないんだから」

こいしらしい。

「なんだそりゃ?」

諦めてください。それがこいしなんですよ。

「……だめ?」

顔を伏せてしまった靈夜からはなんの表情も読み取れない。こればかりは自らの意思が介入しないようにとこいしも能力は使わないようにしている。

まあ、どのような答えを出しても私は彼女を受け入れる気でいる。

そもそも人がどのように考えどのように振る舞うかに善も悪もないし私達がそれを裁くことはできない。出来るとしたら閻魔だけだろう。

「ふふふっ」

顔を伏せていた彼女が笑い出した。初めてだ…彼女の笑いを聞いたのは。

「あはは!負けよ負け」

何やら吹っ切れたようだ。さっきまでの仏頂ズラとは違い清々しい笑顔になっている。

それが本来の貴女だったのね。

「良いわ、なってあげる」

 

「じゃあ…!」

こいしの顔にも笑顔が浮かぶ。やれやれ、私は静かに退散した方が良いですね。

「ええ、ただし、何かあったら容赦しないからね」

二人の言葉を聞きながらこっそりと部屋を出ようとする。

「ちょっとさとり。どこにいくつもりなのよ」

ありゃ…気づかれてしまいましたか。

「お邪魔かと思いましてね」

 

「邪魔じゃないよ。お姉ちゃんも一緒だよ」

 

「そうよ。あんたもこっち側よ」

こっち側って…確かにそうですけど良いのでしょうか…いや、こんなこと言ってしまったら彼女達の意思に背くことになる。

「そう……ですね」

誰かから明確にそう言われたことは少ない。

だか少しだけ戸惑ってしまうけれど…まあ私はそんなものだろう。

「それよりお餅、お姉ちゃんも食べようよ」

 

「あんたは食べ過ぎよ」

 

あれ…もうお餅なくなってる。

「そうだっけ?貴女も食べてなかった?」

 

「知らないわ」

靈夜がムスッとする時って大体嘘をついている時ですよね。

いつものことですから良いんですけれどね。そもそも自分の分を確保していない私が悪いんですから。

 

 

 

 

「友人…ねえ」

隙間から全てを見ていた主人はふとそんな言葉をこぼした。

その音色には様々な感情が入り乱れ、複雑にねじれている。後ろ姿しか見えない主人がどのような表情をしているのか…

「やはり引き離しておきますか?」

 

「いいえ……元々人間は一人では生きることはできないの。それは博麗の巫女も同じ。特に彼女は結構寂しがり屋だったからね」

それなのに周囲には純粋に彼女の友人になってくれる友達はいなかった。それが結果としてあの様な事を起こしてしまうとは……人間側にある程度非があるとはいえ防げなかった私達も残念には思う。

「……それでさとりさん達を仕向けたと」

 

「彼女達は心理の専門家。それに……私と理想を同じくする者よ」

確かに適任だろう。だが彼女の代だけにどうしてこんな手を入れるのだ?似たようなことなら前の時代にも何回かあったような気がするのだが……

その事を訪ねてみると意外な答えが帰ってきた。

「それはね藍、いくつかしたいことがあるの。それと…かなり致命的な問題もあるからここで巫女が早死にしてしまっては困るの」

 

「早死にですか……」

 

なるほど……ちゃんと考えがあってのことだったのか。

だがそれを一言言って欲しかった。

「結果的に……さとりを利用することになるのだけれどね」

 

寂しそうな笑顔を見せる主人に…私は何も声をかけてあげることができなかった。

どうしたら良かったのだろうとすぐに後悔してしまうが考えても思いつかない。

大妖怪だと自負する私でも……こればかりは弱いなと苦笑してしまう。

 

「後はあの子の働き次第……私が関わることは出来ないわ」

 

「では私が手助けしても?」

 

「構わないわ。むしろお願いね藍」

主人の願いとならば…何なりと。

 

 

 

 

「……」

 

「さとり?どうかしたの?」

 

「みられているような気がしただけです」

いつもの事ですけれど…今回は少し冷たい視線だった。

今度は何を企んでいるのですか…紫。





【挿絵表示】


博麗靈夜
こんな感じのイメージです…イラストなり挿絵なりなんなりと……
描いてくだされば泣いて喜びます。


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depth.84お燐の日常

あたいを見ると不運になるとかなんとかそんな噂を最近よく聞く。

別に人間の噂なんてあたいには関係がないのだけれど、やはりこの身は人間の想いによって作られた身でもある。

あまりへんな噂が立ちそれが固定概念としてしまうとあたいのあり方そのものにも影響が出てしまう。

考えれば考えるだけ嫌になってくる。

あたいと言うものは結局あたい自身ではなく誰かに決められてしまうのだろうか。

こんな悩み…きっとさとりやお空は気にすることでもないとか言うのだろう。

結局あたいの考えすぎ。そう思い起こすのが一番良いかもしれない。

 

晴れた日が続くとふとそんなことを考えてしまう。

結局なんなのだか…後になって考えてみればアホくさい。

昼寝も終わったのだしそろそろ家に戻るかなあと思ったりでも猫故の自由さからかどこかに行こうかなと思ったり。

結局決まることのない思考を引きずって歩いていけば、結局どこかへんなところにたどり着く。

 

森の中というのはわかるのだけどそれ以降が分からない。まあ飛び上がれば場所くらいは分かるだろうと考えて、また歩みを進める。

浅はかといえばそうなるけれど、それは考え方次第。

そんなことを思っていれば。どこからか響く誰かの叫び声。それに流されるように別のものの声。

誰かが襲われているのだろうと思ったけれど、どうも違うらしい。

いや襲っているのは正しいのだけれど何か違う…捕食とか生きるために殺しをしたりするのは仕方がないけれどこれは明らかにそんなものではない。

 

興味の湧いたあたいはすぐに駆け出す。

近づいてみればなんだか感じるようになってくる獣に妖力が混じった同族の匂い。

それと…複数の生き物の匂い。

 

 

視界が開けるとそこには、あたいより小さな…猫又とそれを取り囲む妖怪達の群れができていた。

だけど妖怪の群れにしてはなんだか様子がおかしい。そもそも妖怪が複数で行動するなど希なのだしこんな小さな子を追い詰めて一体何をしようと言うのだか…ただいたぶるだけにしてはそう言うわけでもない。極力傷つけまいとする配慮すらある。

「はて…あたいから見たらかなりヤバそうな現場なんだけどどうしたら良いかな?」

 

あたいの視線に猫又が気づいたところでそう声をかける。

驚いたかのように全員が後ろを向く。

そんなことしたら獲物が逃げちゃうよ。

全員の意識が追い詰めている猫又から離れた瞬間彼女がこっちに向かって飛び出してくる。

周りの奴らが気づいたけれどもう遅い。

あたいの側を通り抜けた彼女が背後に隠れる。

 

「助けて…急に襲ってきて……」

 

「あーあーこりゃまずい事態なんじゃないのかなあ?」

 

あたい1人が増えただけじゃ動じもしない。参ったねえ…あまり戦いたくないんだけど…それにこの距離じゃお気に入りは使えないからなあ…

それにしても向こうはだんまりだねえ…あたい一人が増えたところでどうとか言わないんだ…なんだか拍子抜けだし情報もほとんど聞き取れないや。

 

そんなことを考えていたら彼らの親分的なやつが目線で合図を出していた。

どうやら襲うつもりらしい。

 

「返事くらいしてくれてもいいじゃないか。仕方ないねえ……5分だけだよ」

 

五分だけと言う言葉に後ろに隠れている猫又の顔が真っ青になる。

どう見ても五分じゃ終わらないだろと思ってるようだね。

 

目線を一瞬だけ猫又に向ける。それと同時に向こうが一斉に動き出した。

前衛と後衛…悪くないポジションだね。

 

飛び込んで来た1人目の腕が振り下ろされる。

僅かに右に動いて回避。

すかさず懐から取り出したナイフ付き拳銃で突き出された腕を刺す。

 

甲高い悲鳴を後にあたいのそばに飛び込んでくる2人目に銃弾をお見舞いする。お腹に複数発。

体が頑丈なためか貫通はしていないけれど…お腹をハンマーで叩かれたのと同じだから痛そうだねえ……

 

「……おっと!」

すぐそばに弾幕が着弾し爆風で後方に飛ばされる。

地面を転がるように着地したから大してダメージは負っていない。

後衛もしっかり仕事をしているみたいだね…

じゃああたいも……

もう一丁ナイフ付き拳銃を出し二丁体勢になる。

「急所くらいは避けてあげるけど?」

あたいの言葉を挑発と受け取ったのかさっき腕を刺された奴が怒り狂って飛び込んで来た。

 

っち…早いね。

おぞましい爪があたいを捉える。振り下ろされそうになったそれを片方の拳銃で防ぎ、もう片方で足に銃撃。弾丸が当たったところが大きくえぐれる。

「もういっちょ」

 

太ももに何発も撃ち込み。動きを完全に封じる。

激痛に耐えられなくなったのかあたいに爪を振り下ろそうとしたまま気絶してしまう。

それを見ていた全員が一斉に動き出した。

あたいの武器的に複数人を同時に捌けるとは思ってないのだろう。

仕方がない。もう一個使うか。

残るは5体。手っ取り早く済ませてもらおう。

拳銃を真上に放り投げ、新たに銀色の長身銃を取り出す。

円盤のようなところにカードを挟み込み旋回。

後ろから仕掛けて来たやつの顔面をタイミングよく振り回した拳で潰す。

構え…でも左右から来る方が引き金を引くより早い。

体勢を低くして足掛け。左にいた奴はするどいのかすぐに後ろにステップを踏んで回避したけれど右側のやつはそのまま地面に顔面から突っ込む。すかさず起き上がって足で思いっきりお腹を踏みつける。

蛙のような変なうめき声が出てそれっきり動かなくなった。

そろそろ撃たせてもらうよ。

「贖罪『旧地獄の針山』」

トリガーが引かれ銃口からまばゆい光が生まれる。そこから生成された弾幕やレーザーが次々と放たれ、周囲にいた奴らを片っ端から襲っていく。

針のようなレーザーがいくつも突き刺さり、周囲に着弾した弾幕が土煙をあげる。

まだ弾幕たちは暴れているけれどすぐに銃をしまう。

空いた両手で落ちてくる拳銃二丁を回収。

「っと…あ…5分少し前…」

すぐ真後ろで声が聞こえる。それと同時に左腕に鈍い衝撃。

どうやらさっき顔面を強打したやつが起き上がったようだ。でもそこまで痛くはない。ちゃんと力が入りきっていないようだ。

 

「これで…5分っと」

拳銃でそいつの両肩を吹き飛ばし蹴りを入れる。

さっきまでとは打って変わって静寂が訪れる。

「す…すごい」

少し離れたところに退避していた猫又が戻ってくる。

「そうでもないよ。で……訳を話してくれるかい?」

足を突っ込んでしまったからには少しは事情を知っておきたいからね。

「わ…わかりました。でも場所を変えましょう?」

 

 

 

 

 

足を怪我している猫又を背負いのんびりと森の中を歩く。

深く静かな森が、さっきまでの戦いを無かったかことにしようとしているみたいでなんだか落ち着かなくなる。

「助けていただいてありがとうございます」

 

「気にしなくていいよ。どうせ良からぬやつに襲われてなかったら見過ごすつもりだったから」

 

本心なんだけど冗談かと思った少女は軽く笑い飛ばす。

失礼だねえ…あたいも人のこと言えないけれどね。

「それで…あんたはなんで襲われてたんだい?」

 

「それが……よくわからないです」

 

すると向こうが急に襲って来たって感じかねえ…

「何か言ってなかったのかい?」

 

「えっと……よく売れるとかなんとかって……」

 

 

売れる?何か持っているのかねえ…でもだったらどうしてあいつらは少女をなるべく傷つけないようにしようとしていたんだ?

彼女自身も必要?ちがう……彼女が必要。

「人身売買の可能性があるねえ……」

やれやれ、厄介だねえ。

この結論にたどり着いてしまったあたい自身…そして向こうがやっていること。両方とも厄介極まりない。

 

「人身売買ですか?」

 

「ああ…多分そうじゃないかなあ」

 

どちらにしろ向こうはその任務を失敗しているわけだからどうと言うことはない。

まずはこの子をちゃんと送らないとねえ。途中でまた襲われたなんてなったら目も当てられない。

「それで…どこらへんまで行けばいい?」

 

「えっと…じゃあ人里で」

 

 

 

 

 

人里に入ればもうそこは人間が主役。あたいらは人ならざるものとバレないように化けるだけ。

人間の世界は妖怪には少し住み辛い。さとりはこっちの方が好きだと言っていたけれど…

「それにしても活気がなんだかないねえ」

 

「最近人攫いが頻発してますから」

 

なるほど…妖怪だけでなく人間も攫っているのか。これはなかなか大きな組織が動いているみたいだねえ。

それにしても本当に人身売買何だろうか。

ある意味実験の為にとかそういう可能性のある気がする。でもさとりだったらどうするかな?多分人間が必要になったら買い付ける気がする。

やっぱり人身売買の線が大きいねえ。

「あ…あの。お茶しませんか?」

そう言って猫又はお茶屋を指差す。ちょうど営業しているみたいだ。そういえばそろそろ小腹がすいてくる。

悪くはなさそうだねえ。

「そうしようか」

 

決めたら即行動。静かな茶屋に入りすぐに注文を済ませてしまう。

適当な位置の席に座り少しだけ落ち着く。

相手は相当大きな組織…それに喧嘩を売った気がするけれど…そんな負の考えは漂ってくるお茶と茶菓子の香りに乗ってどこかに飛んでいってしまう。

懐から出したパイプを咥え火を入れる。

いつもの癖でやってしまったけれど…目の前の少女はこれ平気だっただろうか?

「あ…匂いきつかったら言ってね」

「あ、大丈夫です。私も偶に吸いますんで」

それは良かった。

 

 

 

 

 

「それじゃああたいはそろそろ帰るよ」

お茶を飲んで少し休んでいたらもう日が暮れそうだよ。全く…早いもんだねえ。

「ええ、助けていただきありがとうございました!」

 

「あたいの気まぐれだからいいんだよ」

 

気まぐれに感謝されてもなんだかむずかゆい。

半分照れ隠しなのも含めて、彼女の元を離れる。

「そういえばまだ名前を聞いていませんでした」

 

「猫同士の会話に名前は要らないんだよ」

実際名前などヒトが勝手につけたものだからねえ。

あたいらには本当は名前なんてないのさ。

 

 

猫又が見えなくなるころには人里を出ていた。

早く帰らないとご飯に間に合わなくなる。

急ぎ足で山を駆け抜ける。

だから足元にあった罠に気づくことができなかった。

気づいたとしても回避できるかどうか怪しいものだけれど…

紐があたいの足に絡みつき、作動した罠があたいの体を宙ずりにする。

 

「うわっ!」

逆さまになってしまいスカートが翻りそうになる。

最悪だ…絶対見られる。

 

予感が当たったのかなんなのか…待ち伏せをしていたであろう奴らがわらわらと出てきた人間と妖怪の匂いが入り混じっている。

距離はまだある。

みられる前に対処しないと……あたいの尊厳が消えそうだよまったく…

 

懐からお気に入りのやつを引っ張り出す。

もはや原型をとどめないほど改装されてしまったけれど……

そんなSG550に初弾を装填。逆さまの体を思いっきり仰け反らせて相手へ向ける。

1発目、肩を貫いたらしくこっちに来る足取りが止まった。

すぐにボルトを引っ張り薬莢を排出。同時に次弾が薬室に装填される。

2発目、脳天をぶち抜いたらしい。

即死っと……

おっといけない。後ろからも来ているんだった。

3発目、お腹に直撃したみたいだね。

相手がこっちに来るのをためらい始めた。今がチャンス。

足に巻きついた紐を長く伸ばした爪で切り裂く。

体が重力につられ地面に落下。

ようやく自由になった。

さて…君達は喧嘩を売る相手を間違えたようだねえ…さとりなら許すだろうけれど……あたいはそこまで優しくはないんだ。

「なんだい、あたいとやろうってのかい?」

 

向こうから返事は来ない。薄暗くなってきてるから相手が誰だかも分からない。

それでも…だいたい見当はつく。

昼間のあいつらだろう…あたいを捕まえにきたってところかな。

 

まあいいや…見逃そうかと思ってたけどもうやめた。こうなったら徹底的に潰してあげるよ。

 

最初は…そこの君かな。

構えた銃から火の手が上がり、小さな悲鳴が響く。一瞬で終わったようだね。来世はもっとマシなことを祈るよ。

「死にたい奴からかかってきな」

銀色の銃を引っ張り出してスペルカードを装填。

容赦はしない。ただ相手を潰すだけ。

 

単初銃も取り出して構える。

例え弾幕を抜けてきても…生きては返さない。

「猫符『キャットウォーク』」

猫型の弾幕が一斉に飛び出して周囲を染め上げる。

それらがさらに分裂し花火が上がった時のように山を照らしていく。

いくつかがヒトの影と重なり太い悲鳴が響き渡る。

その弾幕地獄から逃れた奴もコンテンダーから飛び出した大口径弾に体を粉砕される。

予備弾を再装填。スペルの効果が切れそうになってきたので先にこっちを再度放つ。

「屍霊『食人怨霊』」

セットされたスペルカードが銃本体に取り込まれ、銃口から弾幕の光が飛び出す。

これでもあたいを捕まえようと言うのかい…全く…意地を張るのもいいけれど無謀なことはダメだよ。

何人かが弾幕の雨を突き破って迫ってくる。

すぐに後退。コンテンダーはまだ弾丸を入れていない。

ならば…SG550だね。この距離で使うのことはほとんどないけれど。

手持ちを素早く切り替えて弾丸を撃つ。やっぱり近いと難しい……

拳銃の方が良かったかな。でもあっちはあっちで弾丸が切れてるし…

あ…しまった!距離が近すぎる…!

相手の拳があたいのお腹に向けて放たれる。

体を半回転させて相手の懐に回り込む。

そのまま銃の先で喉を突き声帯を潰す。

動きの止まったそいつを盾にし、他のやつから飛んでくる弾幕を避ける。

隙間から弾丸を撃ち込んで無力化。

残りは……後ろか!

振り向きざまに蹴りを叩き込む。

前のめりに倒れた体に銃床を叩き込み追撃。もう一人に素早く弾丸を叩き込む。残りは10発…大丈夫、足りるね。

 

残りは……また後ろ?後ろから攻めるの好きだねえ……あたいが猫じゃなかったら気づかなかったよ。

素早く装填したコンテンダーを後ろに向けてぶっ放す。

1人目の頭を吹き飛ばした弾丸は勢いを殺すことなく後ろにいたやつの半身にも突っ込む。

全く…気持ちいいものじゃないねえ。

 

気づけば辺りに戦意を持つ奴はいなかった。

もっと大勢いた気がするんだけど…逃げちゃったのかなあ?

まあいいや、生きているやつは何人か残しているつもりだから…手元が狂って死んでなければ情報くらいなら聞きだせるはず。

 

「お、いたいた。そこのおにーさん生きているよね」

たっぷり情報吐いてもらうからね。

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、外道たちを潰しに行く途中のお燐でございます。

あの後何をしても口を割らないおにーさんにちょっと物をあげると言ったら快く話してくれた。

いやあ嬉しいねえ…無駄に血を流さなくて済んだよ。

でもあまり有益な情報は得られなかった。分かったのは拠点にしている場所だけ。それも日本全国にあるらしいやつのひとつだけだ。こればかりは仕方がないかなあ。簡単に言えば彼は下っ端の方のやつだったしそれくらい知っていたらまあいい方だろう。

それくらいなら見逃してもいいし与えたものもスペアはいくらでもある。一着くらいなんてことはない。

 

でも手持ちの武器で攻めるには少し心ともないから、一度家に戻り装備を補充する。

特に弾丸。普段は装備が重くなるから予備の弾丸はコンテンダー用のやつを数発持ってるだけ。

だけど今回はそうもいかないから…かなりの量を持っていくことにした。

こいしに預けているガトリングガンを出してもらい背中に背負う。少しよろめくけどまあ問題はない。ただ、これに大型のマシンガンを追加で持つとなるとちょっときついかな。

 

まあ持って行くけど。何だかんだ狭いところじゃガトリングガンより効率良いし。

 

「お燐、行くんだったら明日の昼までには帰って来なさい」

 

さとりがあたいにサングラスをかけてきた。

視界が少しだけ暗くなるけれど…光を見るときには丁度良い。

「……抹殺マシーン」

 

さとりが変なことをつぶやく。

なんだいまっさつマシーンって…意味がわからないよ。

「まあいいわ。死んじゃダメよ」

 

「さとりも心配性だねえ」

 

「心配はしていないわ。ちゃんと帰ってくるか怪しいだけよ」

それを心配しているというんだけどなあ…

まあ仕方がないか。いまに始まったことでもないからねえ。

 

 

「それじゃあ…ちょっとやってくるよ」

 

「あーあ…喧嘩売った相手間違えちゃってるね」

こいしがあたいの体に乗ってきた。

重いですからやめて…あ、体重じゃなくて装備の重さでバランス取りにくいだけだから。

 

「紫とかに喧嘩売るよりマシよ」

 

「あ…確かにね」

紫様なら…かなりやばいね。

「結局お姉ちゃんよりマシじゃないの?」

 

ああ…言えてますね。さとりの場合組織ごと全部消し去りますからね。それも徹底的に…

「そこまで酷いことしませんよ」

いや、あんたは一番方法がえげつないし全く手加減しないんだよ。

 

 

 

 

 

奴らが根城にしているのは一軒家のようなところ。

人里に近くて…でも山の管轄に入ってない丁度良いところにある。

でもこういうところは山に入れない妖怪とかが溜まってしまうから人間側の警備はほぼ無理。それに山の妖怪だって縄張りじゃないから踏み切ったことはできない。悪さするならここは最適ってわけだ。

だからこういう場所を選んだのだろうかねえ。

別に悪さする分には問題はないんだけれど……あたいはなんだか気に入らない。

 

一軒家を一望できる位置に陣取り様子を伺う。

見張りは見えないし見た目は空き家のようだね。でも…ここって言ってた。あれが嘘だと言うのならあたいはおびき寄せられただけのカモだろうけれど…どうやらあのおにーさんの言っていたことは正しいようだねえ。

わずかだけどあたいの耳が物音を捉える。

同時に複数人の足音。

さっきまでそんなものはしていなかった。となれば…家の中に地下室のようなところがあると……

 

じゃあ…ある程度の人数をおびき出す必要があるわけだ。うーんどうすれば良いかねえ。

まあ…正面突破でいいかなあ。

 

数は三人…でも他の出口を探しておかないと…そこから逃げられる可能性があるからなあ…

えっと…どこにあるかなあ…もう一つの出入り口。

 

あたいだったらどうする?そうだねえ……なるべく家の近くからは離して…それでいて目立たないところ。こういう草原があると視界が開けすぎてるからやっぱり林か草木でカモフラージュしていてくれた方がいい。

この条件に合う場所は…

家の後方にある小さな林だね。

 

思いついたらすぐに確認する。

相手にバレないようなるべく風下を気配を消して駆け抜ける。

 

林の中に入り込んだ。

さて、ここからは本格的に探索三昧だね。

あまり広いところじゃないけれど視界が悪い。

 

でもあっさり見つかった。

こんな大胆に窪んでいたら何かあると思わないとね。

少しだけ窪んだ地面を掘ってみると木の板が見えてくる。

なるほど…これは扉ってわけだね。

 

それじゃあ向こう側から攻めたらこっち側に出てくると…ほかの出口もないか調べたいけれどあまり時間はない。

仕方がないか。さっさと突入しよっと。扉をなるべく音は立てずにこじ開け中の様子を見る。何も見えない真っ暗な縦穴。

敵がいてもわからないね。

いてもいなくても良いけれど。

背負ったガトリングガンを下ろし構える。

そのままゆっくり中を進んでいく。

相手は…結構いるねえ。

それに少し酔ってるのかなあ……お酒くさい。

 

少し進むと穴は別の穴に合流した。

こっちの方が広くて2、3人が並んで通れそうな広さがある。

周囲に敵影なし。でもかなり近くにいるようだね。

広い穴に出て周囲を確認する。両方の通路の先に灯りが灯っている。どっちを狙ってもどっちかから増援が来ると考えた方がいいから…

じゃああたいは右側から始末しよっと。

 

再び歩みを進める。

するようやく灯の灯る部屋に到着した。

こっそり顔をのぞかせてみれば溜まっているのは複数人。うーん…どれも強面だねえ。

それじゃあ…行きますか。

 

奇襲戦。影から飛び出し構えたガトリングガンの引き金を引く。

モーターが銃身を回転させる音が地下の穴に響く。

その音をかき消すように轟音と弾丸が飛び出す。

1秒間に50発の勢いで飛び出すそれらは…最初の数発を地面に叩き込むだけだったがすぐに目標の1人目を吹き飛ばす。

引き金には手をつけたまま2人目。若干対処する時間を与えてしまったけれど何発も撃ち込まれたら対処なんて出来ない。

後ろから迫ってくる奴らのこともあるから直ぐに3人目に照準を合わせる。何か叫んでいるけれど何にも聞こえない。多分命乞いだったと思うけれど…まあ死なないだろうからさ。

すごく痛いし腕とかなくなるかもしれないし下手したらやばいけどあたいの知ったこっちゃない。

ガトリングガンの弾丸が切れたのか急に引き金が軽くなる。同時に唸りを上げていた砲身の動きが止まる。

気づけば部屋の中に敵はいなくなっていた。

同時に後ろから駆けてくる足音。

 

ガトリングガンを床におろしマシンガンに切り替える。

種類は忘れたけれどあまり長距離で使うやつではなかったのは確かだ。

どっちにしてもこの距離じゃもう長距離戦は出来ない。

迫ってくる奴らに向けて何発も撃ち込む。暗くても動物であるあたいにはしっかり見えている。

 

あ…そういえばこいし…家出る直前にあたいのポケットに何か入れてきたような……

何を入れたんだろうねえ。

ポケットを探ってみるとそこから出てきたのはパイプだった。

置いていくって言ったのにねえ…まあ、こいしからの差し入れって事でいいか。

 

妖力で着火し点火を確認して口に咥える。

それにしても数が多いねえ…このままじゃ弾切れしちゃうよ。

仕方ないけどこれ使うかねえ…昼間も使ってるから数が少なくなってるんだけど…

銀色の銃を空いている左手で構える。

あ、装填してないや。

このままじゃ使えないから今回は使わないで撃つ。

銀色の銃を真上に投げ、空いた手でスペルを2枚出す。

 

「猫符『怨霊猫乱歩』」

 

1枚はその場で詠唱。カードが輝き光から飛び出した弾幕が吹き荒れ、狭い坑道の壁を抉ったり乱反射したりもうこっちすら想定できない事になる。でも出力が不安定だねえ…弾幕が途中で消えちゃってる。

いくつかが誤作動を起こしたのか誘爆が多発する。

それと同時に、落下してくる銃をキャッチし2枚目をセットする。

グリップを掴んで半回転。しっかり奥まで入る。

「恨霊『スプリーンイーター』」

引き金を引きさらにスペルを宣言。

 

あちこちで悲鳴が上がる。

後で死体回収しに戻ってくるかなあ…

ちゃんと残っていればだけど。

粗方片付いたのか声が聞こえなくなる。

一度攻撃をやめて耳を澄ます。

 

生きているやつは一人か二人…どっちも虫の息だから置いておくとして…後は近くにいないようだね。

少し進むと持って帰りたくなるほどの死体がわんさか出てきた。

妖怪もだけと思いきや人間までいる。

すごいねえ…人間と妖怪が共闘戦線を作っていたんて。

こりゃ持って帰りたいなあ…

でも死体なんて持って帰っても良い顔しないし…

そうだ!先に骨にしてから持って帰ればいいんだ。

じゃあ早速焼き払うかねえ…

 

妖力で内部から直接燃やす。酸素がもったいないけどすぐに焼け落ちるから大丈夫……だよね。

他にめぼしいものはない。ここはいいとして…他のところを探すかねえ…

あっちの部屋もきになるし…

あたいが奇襲をかけた方とは反対側の部屋に入ると、そこも同じような構造になっている。だけど奥にもう一枚扉がある。

その扉を蹴破って中に入り込む。

廊下のようだけれどさっきより長くはない。だけど沢山の生き物の匂いが充満している。

それと同時に漂ってくる…脳裏に焼きつくような匂い。死臭だ。

奥に進むと廊下には二枚の扉があり1枚は中が見えるように格子状になっていた。

死臭や生きている者の匂いはここからする。

「誰かいるのかい?」

 

「ヒッ……」

複数のヒト…いや人間と妖怪とが混ざっているねえ。

扉の鍵を銃尻で叩き壊す。

中に足を踏み入れてみれば、何人かが動く気配がする。

その中の1人があたいに飛びかかってきた。

一瞬だけ構えたけれど敵意は感じられない。そのまま受け止めてあげれば、なんだか最近会ったことのある子の匂い。

「……またあんたかい」

正体は昼間出会った猫又少女だった。

「怖かったよお…」

あたいに抱きついて泣き始めてしまう少女。怖い思いをしたんだということは容易に想像がつく。

「はいはい、泣くのは後にして…ここから全員出るよ」

 

泣く前にやることがあるだろと言い聞かせて落ち着かせる。

頭を軽く叩いて再起させる。

 

奥の方にいたのは人間と妖怪…まだ幼かったり小柄で弱い妖怪を中心に狙っていたようだねえ…まあそっちの方が精神も壊しやすいし運びやすいしと色々便利なのだろう。

一番しっかりしてそうな子に出口の方向を伝える。

ただ、まだ外に誰かいるかもしれないからあたいもついていく。

助ける側もこれは大変だねえ…

 

 

人間以外の妖怪を先に外に出し散らせる。

あのまま一緒にいさせたら人間に何かするんじゃないかという不安があったからだけれどね。

でも人間の子は少ないねえ…

取り敢えずこの子達はあたいが安全に運んでいくかねえ…

 

「私も手伝います!」

 

猫又が手伝うって攻め寄ってきた。

まあ断る理由はないからいいか。

「それじゃあ…そこで怯えている子を抱えていくよ」

あたいらが妖怪だからかかなり怯えちゃってるねえ…まあそれがあたいらの運命だけれど。

 

結局二人で人里に運び……また戻ってきてしまった。

少しきになる部分があったからだ。

「この扉って……」

彼女たちが閉じ込められていた扉とは反対側のドア。木造ではあるけれどかなり頑丈に作られている。

あの家につながっているのかねえ…でも位置的に合わない。まだ続いているようだね。

「もうちょっとこっちを見ていくよ」

 

「私も行きます!」

 

「まあ……いいよ」

少し不安だけどいいか。

 

頑丈な作りの扉をこじ開けて奥に足を踏み入れる。

当然あたいが銃を構えて先行する。

 

 

暗闇に目が慣れているおかげかよく見える。

いい眺めだねえ…

何もないまっすぐな道だよ。

奥に進むにつれてなんだか空気が重くなってくるしなんだか死臭が濃くなっているけれどね。

通路の奥にはさらに別の部屋があった。酷い死臭はここからしている。

「……帰った方がいいんじゃないかな?」

「大丈夫ですよ」

そっか…なら大丈夫だねえ…

ドアを蹴破り中に入る。

それと同時に何かが動き出す気配がする。

 

生き物じゃない…なんだろうこの感覚…

生きている気配はないけれど……そこに何かいる。

妖力で作った灯りを放り投げる。

その明かりに照らされるように何かのシルエットが浮かび上がり…それがゆっくりと動き出す。

なんだいありゃ?

こっちに向かって歩いてきているのは大男だった。いや男かどうかすらわからない。

鬼のようにでかいけれど…全身筋肉質…いや、筋肉がむき出しになっている。

それに両手の爪も異常に長くなっている。

あれじゃあ刺されたら1発でやられるね。

頭にはお札のようなものが貼ってある。字は読めないけれど…あんな感じに体にお札を貼っているやつで生きている匂いがしない奴はキョンシーとかさとり言っていたっけ?

「な…なんですかあれ⁈」

 

「さあ?でも…キョンシーみたいだね」

 

しかし参ったなあ…キョンシーなんて戦った事ないや。

 

「やばいですよお…どうにかしないと!」

 

「承知」

指を鳴らしてみる。咥えていたパイプから火の粉を吹き上げそれを使い術を描く。

あまり使い物になるもんじゃないけれど護身用にってさとりが教えてくれたやつだ。

相手のお腹のあたりから火が吹き出し全身を燃やす。

だけど足を止めることはない。

 

「あちゃー…やっぱりダメか」

効き目がないと分かったら逃げるに限る。

「ここは逃げるよ」

 

「逃げるんですか⁉︎」

 

「そうがならないでほしいねえ。人間大の物体の破壊は難しいんだ。生きているなら心臓を燃やせば終わる。だけど死者はそういうわけにはいかないんだよ。死んでいるから、腕がなくなろうと頭がなくなろうとおかまいなしだ。アレを止めたければ火葬場なみの火力をもってくるか……徳の高い坊主でも連れてくるしかあるまいよ」

まあ坊主なんて連れてきたらこっちまで退治されてしまうけれどねえ。

「でもどう見ても逃がしてくれませんよ!」

奴が突進してきた。

猫又の首を引っ張りながら横に飛び退いて避ける。

勢いがついたやつはそのまま壁に衝突。穴全体が大きく振動する。崩れないか心配だ…

それに厄介なのは突進だけじゃない…あの爪でやられたら不味い。

なんでこんな奴がここに放置されているんだい全く…無茶苦茶もいいところだよ。

術者はどこに逃げたんだい!

「こっちだってあれを倒せる武器や技は持ってないんだから逃げる以外選択肢はないよ」

手榴弾か…あの大男を粉々にできる火力…ああさっきのガトリングガン残しておけばよかった。

 

「じゃあ私の出番ですね」

後ろで鈴を鳴らしたような声が聞こえる。

「「……え?」」

それと同時にあたいらの真横を何かがすり抜けていき…

気付いた時には目の前の大男はバラバラに刻まれていた。

血飛沫が周囲を赤く染めその真ん中に肉片が転がる。

 

「さとりさんからお願いされちゃったのでずっと監視してました」

緑色の髪の毛が風もないのになびく。

「ああ…まあさとりのお節介に巻き込んで済まないねえ」

 

「気にしないでください」

 

刀についた血を拭き取りながら大妖精はあたいにいつもと変わらない笑顔を向けていた。

 



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depth.85 さとりの墓参り

あたいの認識ではさとりは怒らせると最もやばい。

それは揶揄とかそんなものではなく本当にやばいのだ。

その上、容赦というものを知らない。

だからあたいはなるべくさとりが激怒するような件には関わらせまいとしている。

だけどさとり自身そんなあたいの心情を知ってか知らずか危ないことに首を突っ込んでは理不尽と不条理を壊そうとする。

何がしたいのかよくわからない。

なぜこんな変な独白をしてしまうのか考えてみればなるほどと納得してしまう。

ついこの前さとりが数日帰らなかった日がある。

あたいが人身売買の基地を制圧してから丁度1年後の事だ。

 

帰ってきたさとりは服こそボロボロだったけれどそこまでひどい傷はなかった。いや…あったとしても回復してしまっているのだろう。

どこで何をしていたのかと理由を聞いても深くは話してくれなかった。

だけどこいしはどこで何をしてきたのか知っているらしくて呆れていた。

 

後で文とか柳って言う白狼に聞いて回った結果どこで何をしていたのかは朧げながらわかった。

何故か様々な情報が出てきて紛らわしいことこの上ない。あの時の組織を壊滅させていたらしい。

とは言ってもさとり1人でやったわけではなく天魔や大妖精更には椛までもこの件に噛んでいるらしい。

結局、あたいは知らないうちに蚊帳の外にされていたみたいだ。なんだか残念だなあと思う反面さとり絶対激怒していただろうなあって恐ろしさを感じる。

現に、さとりと一緒に行ったと思われる椛とかは全く喋ろうとしない。

どちらかと言うと思い出したくないというのが本音だろう。

 

それからと言うもの変な噂が飛び交い始めていた。

なんでも…さとりを怒らせたらやばいというものだ。もちろんその噂の原因は文々。新聞だったりする。

噂の広がりは早くあたいが耳に挟んでからわずか数日で地底にまで広がった。

そういうものに無頓着なさとりだったから早い段階で教えてあげてはいたけれど…あまり気にしている様子はなかった。

だけど多くのヒトは噂に左右されやすい。

実際昔と違ってさとりをよく知らない者が多いここではその噂が原因でさとりを怖れる風潮までできてしまった。

一度できてしまった風潮はなかなか消すことはできない。

このままだと皆さとりを誤解してしまうかもしれない。

恐れの感情がどれほど危ないものかそれはさとり自身が一番わかっているはずだ。だけどさとりは仕方がないと諦めてしまっている。その理由がよくわからない。

 

「あ、お燐さん」

 

「ああ、何時ぞやの」

心配をしていると横に誰かきた。わざわざ振り向かなくてもわかる…あの時の猫又だ。

あたいと別れたあと彼女は藍が引き取っていったらしい。藍から直接聞いたから間違いはない。理由はよくわからないけれどさとり曰く飼い猫にするらしい。

今はまだ正式にではないようだけれど…名前は貰ったらしい。

 

「今は橙って呼ばれてます!」

「へえ……いい名前じゃないかい」

 

「それで…今日はどうしたんだい?」

わざわざあたいを訪ねてくるなんてねえ…

「特に理由は無いですよ」

「そっか……」

まああたいらの行動に理由なんてないことが多いからね。

 

「お客さん?」

 

お空の声が頭のすぐそばで聞こえる。

「ああ、お空かい。この子はただの知り合いだよ」

顔だけ動かして見ればエプロン姿のお空があたいのすぐそばにお盆を持ってきていた。

その奥ではこいしがこっちをみて微笑んでいる。どうやら気を利かせてくれたらしい。

 

「えっと……烏さん?」

 

「うにゅ?私はお空だよ」

誰も名前を聞いたわけじゃないんだけれどねえ…

 

「家族のお空だよ。本名は霊烏路空だけどみんなお空って呼んでる」

なんでかは知らない。だけどスッキリした呼び名だったから使っている。

「そうなんですか…あ、私は橙と言います」

 

「橙ね。よろしく!」

相変わらずお空は誰とでも仲良くしようとするよねえ…

でもあたいらを守ろうとする気が一番強いのは彼女なんだよなあ…確かさとりが言ってた。

それと同時に心配もしてたっけ…その思いは時に危険を孕んでしまうって……あたいにはよく分からないや。

 

「お燐さんどうしたのですか?考え込んでいるようですけれど」

 

「なんでもないよ。ただの考え事」

考えてもよくわからない事だけれどね。さとりの言うことってよく分からない。

「お燐ってさとり様と同じでよく考え込むよね」

 

まあ…さとりが分からないことを言ったり行動したりするからねえ。その真理を探りたいって思ってしまうだけさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと出かけてくるから…留守お願いね」

一通りの仕事が終わったので隣で黙々と書類に目を通すエコーにそう声をかける。

「…分かりました」

相変わらず口数は少ないけれど以前より距離は近くなった。

実際彼女が私を避けるのはトラウマが原因であってそれ以外の感情では私に対してそこまで嫌悪を持っていない。

 

昨日の夜からずっとこの部屋に引きこもってしまっているから少し体が痛い。

それにしても地上ではもう朝なんですね…時間感覚を忘れてしまいそうです。

 

「お、さとりじゃないか。こんな時間に珍しいな」

ふらりと館の外に出てみれば早速庭で飲んでいる勇儀さん達と出くわす。

いつもここで飲んでますよね…お気に入りの場所なんでしょうか。

「ちょっと行きたいところができましてね」

 

「へえ……どこに行くのはか知らないけれど…たまには羽を伸ばしてきな」

 

「そうしますね。そちらも飲みすぎないように」

 

「鬼は飲み過ぎても問題ねえよ」

後でしじみの味噌汁作っておきましょう。

どうせ絶対飲むとか言い出すでしょうからね。

勇儀さんは大丈夫でしょうけれど他の鬼達は飲むペースが早すぎますよ。そんなんじゃ絶対大変なことになります。

「後でしじみ汁作っておきますから必要なら飲みにきてくださいね」

 

「お!じゃあ後で行くよ」

 

「俺もそうする!」

「私も!後朝飯お願いできる?」

 

ちゃっかりご飯をたかろうとしてますけれど……感心しませんねえ。まあ出さないわけにはいかないのですけれどね。

「おいおいさとりにたかりすぎじゃないか?」

勇儀さん酒飲みすぎです。体に良くないし後がつらくなりますよ。

「原因の半分勇儀さんですからね」

 

「そうかい?あたしはどう見てもあんた達の方が酒に弱いようにしか思えねえんだが」

 

それは絶対ない。

全員の言葉が重なった瞬間だった。

「なんだいつれないねえ…よしお前ら!飲み比べだ!」

どうしてそこでそうなるのか全く分からない。

 

 

 

 

家にある転移装置を使っても良かったけれどたまには旧地獄を見て回るのも悪くはない。

元から旧地獄に住んでいた者や鬼達が飲んで騒いでの喧騒の中をすり抜けるように歩く。

時々地上からの訪問客とすれ違うことがある。彼らの顔に嫌な気は感じられない。

それが良かったと思う反面、事情があって地上で生きてはいけないヒト達には辛いところがあるかもしれない。それでも地上との交流を絶つ訳にはいかなかった。

正体を隠し押し流されそうな人混みを抜ければようやく地上へ続く縦穴に出る。実質的な距離がありすぎるために設置したこの扉もだいぶ年季が入ってきた。

今日はキスメが当番をしているらしい。

一声かけて扉をくぐる。

少しだけ体が浮いて、再び地面に降り立つ。地底とは違い涼しい風が体に吹き付ける。

木々が織りなす緑の屋根が日差しをちょうど良い感じに避けてくれて居心地が良い。

振り返ってみればそこには大きな縦穴がぽっかりと空いていた。無事に通過できたようだ。

季節は初夏だというのにあまり暑さを感じられない。

まあそれは良いのだけれど…やはり夏はある程度暑くないとなんだかパッとしない。

「……」

そんなことを思いながら緑の屋根を抜けて空に飛び上がる。

眩しい光に目が慣れなくて少しの合間何も見えなくなる。

日は登ったばかりなのかまだ山の少し上あたりにある。

それでも日の明かりは初夏の幻想郷を照らし言葉にできない光景を生み出す。

青々と茂った草木に命が宿り、命の色が吹きあれる。

 

 

いつまでも景色を堪能している場合ではありませんね。

目的の場所に向かって飛び出す。

大体の方角は分かっているけれどもう何百年も行っていない土地だ。覚えていられるだろうか……いや愚問でしたね。

 

 

 

 

しばらく飛び続けていたらようやく目的の場所についた。歩きでは何日もかかってしまうけれど文さんの力をある程度想起すればすぐに行くことができる。

 

木々の合間をすり抜けて、あの場所に行ってみる。急に視界が開け、同時に体が空中に放り投げられた。

直ぐに空中に浮き体の自由落下を止める。

 

どうやらこの数百年間の合間に随分自然に埋もれてしまったみたいですね。

断崖絶壁ほどではない崖があったところは既に草木に覆われて判別不能。その下も小さな池になってしまっている。

まあこんなところに彼女の亡骸は無いのですけれどね…

 

ふと思い出してみれば、なんだかまた会いたくなってしまい結局はここへきてしまう。

未練はある…結局その未練に縛られているのでしょうね。

「あらさとりじゃない」

声をかけられる。それはこんなところにいるのは少し珍しい声。

振り返ってみれば、周囲の色とは全く合わない朱色と橙色の服を着た少女が立っていた。

「秋姉妹の……姉ですね」

季節感がずれているけれど…服の先っぽが若葉色に変色しているから多少は意識しているのだろう。

 

「静葉よ。覚えなさいってば」

静葉さんが頭を小突く。あまり合わないのでなかなか覚える機会がないんですよ。

「それに少し緑っぽいですし…」

「夏が近いからこうなっちゃうのよ」

夏が近いとそうなるんですか。初耳です。

それにしても貴女が一人でいるなんて珍しいですね。普段から妹と一緒のことが多いですから。

まあそんなことは置いておこう。

 

下に降りて様子を見に行く。静葉さんがそれに続く。特に会話はないけれど、彼女が疑問を言い出そうと見計らっているのはすぐにわかる。

「それで、こんなところまで何しにきたの?」

私が下に降りたところで案の定疑問が投げられた。

「ちょっと墓参りを」

お墓なんてものはないのですけれど…なんとなくそんな言葉が出てくる。

「お墓?ここら辺にあったかしら?」

「墓自体はないですけれどね」

そう…お墓なんてものはない。だけどここはあの子が自ら命を絶った場所である。

琥珀と言う名の少女の事を知るのは私とお燐だけ…

知っている妖怪はもういないだろうしいたとしても彼女を琥珀として認識などしていなかっただろう。

彼女に人の温もりというものを分かってもらう前に…消えてしまった。

「大事な人だったのね…」

 

「大事かどうかは今となっては分かりませんけれど…大切な仲間でした」

こいしを除けば私が出会ったことのある唯一の覚り妖怪だ。だから私も少しお節介を働かせすぎてしまった。その結果がこれだ。ダメだとは分かっていてもどうしても引きずってしまう。今までは色々あって記憶の隅に追いやってましたけれど、どうしてかふと思い出してしまった。

あれ以降同族には誰にも会うことはなく……この種族も私達二人だけになってしまった。

まあ紫がそう思っているだけでどこかにまだ住んでいるのかもしれませんが…もう表に出てくることはないでしょうね…表の生き辛さは相当ですから。

「………」

 

そういえば今なら閻魔さんのところに行って彼女の魂がどうなったのか確認できるんでしたね。

そうと決まれば早速閻魔さんの所に…ってあそこは冥界でしたね。

まあ…そのうち降りてくるでしょうね。その時は説教が最初に来るでしょうけれど。

「なんか邪魔しちゃってごめん」

後ろで気まずそうに静葉さんがつぶやく。

「気にしないでください。私がただ未練がましいだけですから」

結局そういうものなのだろう。残された人の思いとかなんとか言うけれど結局は未練と言う鎖に引っ張られているだけ。

 

「折角ですしちょっと近くを見ていきましょうか」

もう忘れようと静葉さんに向き直る。

「そうね……付き合ってあげるわ」

なにかを察したのか静葉さんも私を先導して飛び始めた。

 

 

 

 

「ふうん……覚り妖怪の仲間ねえ…」

飛びながらあの場所であったことを話す。どうしてそうしてしまったのかはわからないけれどなんとなく言っておこうかと思ってしまった。神様に話すようなことでもなんでもないんですけれどね。

「ええ、唯一会ったことのある仲間です」

 

「こいしがいるんじゃないの?」

 

「こいしは正確に言えば覚り妖怪じゃなかったんです」

それを覚りにしてしまったのは私だ。まあその選択肢に後悔はない。

「まあいいわ。あ、小さいけれど町があるわね」

話を聞きながら周りを見ていた彼女が町を見つけた。

遅れて私も村を意識の中に持ってくることができた。

小さいながらもそれは立派な町だった。

おそらく周囲の村や集落から集めた年貢を置いておくところなのだろう。

規模が大きくなくともかなり活気がある。

「ちょっと寄ってみるわ」

 

何をしに行くのかはわからないけれど静葉さんが高度を下げ始める。

「急にですね…何かご利益でも配るつもりですか?」

「そんなわけないじゃないの。豊作のご利益は妹よ。私は…ただ人間の暮らしを見に行くだけ」

 

「神様もそういうのに興味持つんですね」

 

「当たり前よ」

まあそれもそうか。神様といえど…基本的には人間と変わらないようなもの。多少の価値観の違いはあるけれど…

それにしても…この町があるところって確か私が崩壊させたあの場所なんじゃ…ああ、そうだった。

今となっては遠い記憶。何にも残っていないから…知っているのは私だけですね。

「あら、古本屋じゃない」

静葉さん…はしゃぎすぎですよ。

 

そんなこんな時間を過ごしているといつのまにか日が傾きオレンジ色の光が周囲を染めていた。人々の足取りも家に帰るものに変わっている。

私達もそろそろ帰らないとですね。それに…約束もしてしまいましたからね。



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depth.86 さとりは人間なのか?

「私は…人間をやめるわ」

 

「ゲホゲホっ!」

彼女の急な発言に思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。

意地で押さえ込めば今度は気管の方に向かって入ってしまいそれを戻そうと体が意図せず咳き込む。

 

「大丈夫なの?」

 

「ええ……なんとか」

苦しかったのは一瞬。だけれど軽い酸欠で少しだけ頭が揺さぶられるような感覚。

「そう…ならよかったわ」

 

そもそも原因なのは貴女なんですけれどね。いきなりなんて発言するんですか。どう考えても咳き込みますよ。

 

人身売買の組織を消し飛ばしてきてから1ヶ月経ちほとぼりが覚めてきたであろう頃に靈夜に呼び出された。

行ってみれば普通に出迎えてくれてお茶まで出してくれる。この一年で変わったなあと思いつつ、たわいもない話をしていれば先ほどの言葉が出てくる。

一体何を考えているのでしょうね。

 

「それで…人間をやめるって……」

 

「本気よ」

彼女の目線はしっかりと私を捉えている。

本気の目線だった。

しかしどうして人間をやめるなんて言い出したのだろう。

境遇が境遇とはいえ彼女は博麗。その名が示す通りの筈だ。

「博麗の巫女相手に言うのであれば……全力でその考えを止めに入ります」

「そう……」

落ち込んだ表情を見せる彼女。期待が外れたという感じですね……実際期待を外していますし。

「ですが、靈夜の意思であるならば私はそれに出来る限りの事はします」

雨雲のような表情が一気に晴天に変わる。

表情が豊かになりましたねえ…普段から少し不機嫌気味ですけれどまあいいんじゃないでしょうか。表情豊かなのは良いことですからねえ。

「なら、手伝ってくれる?」

 

「内容にもよりますけれど…」

 

いくら私でもできないことはたくさんある。無茶な願いを手伝うことはできませんからねえ…なるべく絶望は小さいうちに終わらせておきたいですから。

「でも、その前に理由ですかね…」

 

そもそもどうして人間をやめるのだろう?

「そうね…一言では表せないわ。結局私のエゴイズムなわけだし完全に理解できるとは思っていない。いいえ、私自身も理解できるかどうかわからないもの。でも敢えて言うなら…人間の枠に縛られるのはもううんざり」

うんざり…確かに貴女の元の性格と考えからすればそう考えるのも分かります。

「そもそも私は博麗になるときに妖怪は悪って叩き込まれた。それ自体否定するつもりはないわ。だけど人間は皆こう言う…悪を滅ぼせと。馬鹿馬鹿しいわ」

それもまた人間…なにかを悪にし自らを正としなければ存在や行動に確証と自信が持てない。

「それで…人間をやめたいと…」

 

「そうね…私はただ、人間の枠に囚われたまま生きるにはごめんなのよ。そもそも人間にされた仕打ちは絶対に忘れたくないし許さない。妖怪にされた仕打ちも同じようにね」

それで人間を辞める……ですか。

サードアイでそれが本心からだということを視る。

「人間という枠から抜け出すなら…妖怪になるなり方法はあるのに…敢えて仙人ですか」

 

「当たり前よ。妖怪になったら退治される側じゃないの。私は悪とか善のどちらにもなりたくない。いえ、私が無茶なことを言ってるのは分かっているわ。でも出来ないわけじゃないでしょう」

 

「ええ…出来ないなんてことはあり得ません」

できた人も知りませんけれど……

人間が決めた基準など正しい証拠はどこにもない。善と悪を識別できるのは人間以外…それも人間を裁く事ができる存在に限られる。

でも閻魔さんに聞いたところで理解できるはずもない。

それは私達が裁かれる存在だから。そして裁く基準が分からないから。

「それで…あなたはエゴのために仙人になるんですね」

「そうよ……言い方が鋭いけれどね」

「確信と呼んでくださいよ。それにエゴにも色々ありますからね」

 

我儘だって悪いものばかりじゃない。妖怪のように様々です。

「妖怪みたいね」

「妖怪自身がエゴのようなものですから…実際妖怪の一部は人間のエゴから生まれたものもあります。私のような覚りも経緯は似たようなものがあります。ただあれはエゴと言うより嫌悪に近いですけれど」

黙って聞いていた靈夜が感心したような顔をする。

「ふうん……珍しいわね。あんたが自身の種族について話すなんて」

 

「そもそも周知の事実ではないのですか?」

だって覚り妖怪と言えば知らない人はいないようなものですよ。知ってることをわざわざ教えるのも面倒じゃないですか。

「何言ってるのよ。覚り妖怪なんてすごく昔の文献か稗田の書物を見ないと載ってないし普通の人はほとんど知らないわよ」

そうなんですか?まあ確かにだいぶ昔に私の同族は消えてしまいましたけれど…覚りの存在が忘れ去られている?

だとすれば存在意義を固定することができなくなってしまう。私やこいしは兎も角ですけれど…あれ?もしかして忘れ去られたのが原因で消えた?それとも隠れたから忘れ去られ…消えた?悪循環?

「ちょっと、思考が旅立っているわよ」

 

「ああ…すいません。考え事をしてました」

 

「全く……話を戻すわ。この書物によれば仙人になるには仙人の下で修行をする必要があるの」

そう言って彼女が出してきたのはいつぞやの本。

表紙に補強用の厚紙が入っているけれど間違えるはずはない。

「あの本ですか……」

 

「ええ、もしかしたらと思ってついでに探したんだけれど…見つけられてよかったわ」

 

「良かったですね…それじゃあ私は出る幕ないんじゃないでしょうか」

 

「何言ってるのよ。貴女、仙人の知り合いがいるんでしょう?探し出してきなさい」

少し嫌な予感がしたかと思えばやはりこれですか。確かに知り合いはいますけれど…どちらも連絡は取れませんってば。

こっちが探し出したいくらいなんですよ。

「他の方法無いんですか?」

彼女の願いに返答はせず書物の内容を聞き出す。

「あるけど……期間が長いし半分死ぬから」

いや……仙人の修行だって半分死にますよ。

なんだか分かってるのか分かってないのか……

仕方がありません。探し出すことにしますか。

 

「分かりました…探してみます」

 

「お願いね。それと、いいえ…これは私が頼める義理じゃないわ」

 

直前で躊躇われてしまった。それが気になり思わず…種族状の癖を出してしまう。

「後継者の育成…ですか」

 

「やっぱりあんたには隠し事は出来ないわね」

苦笑しながらそういう靈夜。

その表情には嫌悪の感情はない。不思議ですね……ああ、気に止まってないだけですか。もし…気に留まる事を思い起こせば…いえ、やめましょう。

「博麗の巫女の後継者…決まってないんですね」

 

「だって見つからないんだもの。今紫と一緒に探してるけれどなかなかね…だから私は先に動くわ」

それ……実質的に博麗の巫女を絶やすって言ってますよね。

え……一応ある程度は教えるけれど実戦とかは私に任せる?

そんな無茶な…どうして私がそんなことしないといけないんですか。理不尽も良いところですよ。

「紫もそうさせたいって言ってたんだけど…」

紫まで?これは問い詰める必要がありますね。

 

でも…絶対にやらせてこようとするはずですね…多分その為の外堀を埋めているはず……

紫は何かを頼むとき必ず断れない状況を作ってから頼みますからね…幽々子さんみたいにそれを楽しめるほどの器があるなら良いのですけれど残念ながら私は少し疲れます。

わざわざそんなことしなくても友人の頼みくらいある程度は聞くのに……

 

「それじゃあ……仙人の件よろしくね」

 

「分かりました。1ヶ月ほどください」

それまでに見つけ出す。まあ仙界に入られてしまっている場合は会えませんけれど…幸いにももう1人は仙界よりこちら側の世界にいる方が多いはずですから。

 

それでも世界は広い。砂漠で砂金を見つけるとまではいかないけれど…ヒトを一人見つけるのは大変だ。

まあ……どうにかするしかないだろう。

 

 

 

 

博麗神社を後にし境内へ続く階段を歩きながら意識を落とす。

ここら辺は比較的安全なのでそんなことができる。

さて…華扇はどこにいるでしょうね。

それの答えを出すには私はあまりにも彼女の事を知らなすぎる。

だけど全く分からないわけでもない。

 

でも思えばずっと会っていませんからこちらから会いに行けるかどうか…向こうが拒否してくる可能性もありますし。それを言ってしまったら話にならないですね。

その時は青い方……でもあっちはあっちで仙界にいることが多いしあの時以来会ってすらないから忘れられているかも。

 

まずは華扇さんを探そうと決意した瞬間、私の体に何かがぶつかる。

いや…私が誰かに突っ込んだのだろう。

顔にぶつかる柔らかいなにかと人肌の温もりが意識を体の方に戻す。

記憶していた現象を瞬時に理解。現状を確認する。

 

 

「紫…いきなり目の前に出ないでくださいよ」

「あらごめんなさいね。でもそちらこそ前を見ていなかったでしょう?」

「考え事でいっぱいでしたから」

少し後ろに下がり隙間から身を乗り出した紫と改めて顔を合わせる。

私の前にわざわざ現れた理由はさっき靈夜が言っていた事だろう。

 

「要件は分かってます」

 

「察しがいいわね。それとも巫女の入れ知恵?」

 

「後者ですね。でもどうせならもっと早くに言って欲しかったです」

 

「それは謝るわ。だけど貴女が断る可能性がどうしても捨てきれなかったの」

それなら仕方がない…なんて事が通じるのは私だけですからね。そんな事他の人にやったら仲良くなれませんよ。する気がないなら別ですけれど……

 

「ここではあれですし…場所を変えましょうか」

 

「そうしましょう…そうね。貴女の部屋にでも行きましょうか」

そう言うと紫は私の体を隙間の中に引きずり込む。

体がひっくり返ったと感じたのは一瞬で、すぐに向きが切り替わる。

そのままじっとしていると、隙間特有の闇と目玉は何処かに消え目の前には自分の部屋が広がっていた。

 

「それじゃあ…始めましょうか」

 

隣を見ればいつのまにか紫も私の部屋に降り立っていた。

この部屋の中だと少しだけ圧迫感がある。

元々二人用の部屋ではないし来客を入れる構造にはなっていないから仕方がないと言えば仕方がないのですけれど…

 

「狭くないですか?」

 

「あら?私は気にならないわよ。むしろもっと近づいた方が良いと思うけど?」

 

理解できませんね。

「そんなことより要件を……」

このままだとなんだか紫にいいように弄ばれてしまいそうだったのですぐに話題を変える。

もう眼で視た方が早い気がしますけれど…ちゃんと口で言って欲しいですからね。

 

「そうね…今の巫女が辞めたがってるのはわかるでしょう」

「ああ…仙人になるって言ってましたね」

「それは別に良いのだけれど…問題なのは後継者よ」

確か博麗の巫女はある程度の適性がないと出来ない。

それもかなり特殊だから毎回見つけるのに苦労しているとこの前酒の席で狐さんが愚痴ってましたね。

特に冬場は主人が寝てしまうから余計に大変なのだとか。

「ちょっと探すのに手間取っちゃって…後継者の育成に時間が割けないのよ。それに今の巫女は誰かに教えるのが下手だし」

 

「なるほど……それで私に?」

無言で頷く紫。私は思わずため息をついた。

なぜ私なのか………

「元々あの子が巫女を辞めるきっかけを作ったのは貴女よ。それに…人間に教えるなら貴女が適任よ」

 

「買いかぶりすぎですよ。私は博麗の巫女じゃないですし教えるにしても1日2日で習得できるようなものじゃないですよね」

どう考えても時間がないのは分かった。

だけど次期博麗の巫女の教育をなぜ私にさせるというのだ。藍や紫がやれば良いでしょうに。

「本当はあの子にさせるべきなの……でもこれ以上靈夜を縛るわけにはいかないの。それに……さとり、貴女は私が知る中で最も人間に近くて…巫女に恐ろしく相応しいわ」

「相応しい?」

人間に近いのは私が人間だからでしょうけれど……

「ええ、貴女は貴女が思うより余程強いわ。巫女の強さっていうのは単純な勝ち負けじゃない。守るべきものを守りながら生き抜く強さよ」

紫の言っていることがいまいちわからない。いや……分かりかけてはいるのだけれどどうしても腑に落ちない。

難しいですね……

でも、博麗の巫女を絶やすわけにはいかない。博麗は…人間と妖怪の間に立つ架け橋の存在でもあるのだ。これがなければ幻想郷は成り立たない。紫が思っている以上に欠かせないものなのだ。今はまだその影も薄いですが……

「とにかくお願いするわ」

 

「ヒトを探し終えたらでいいですか?」

それでもお願いをされてもすぐには難しい。だって彼女を見つけなければならないのだ。一瞬紫に頼むことも考えたけれどこれくらいは自分でどうにかするつもりだ。

「……構わないわ」

私の目を見つめた紫はそう呟く。私が断る事はないと確信したのか表情が緩くなっている。

「ありがとう」

「良いのよ。あ、そうだわおやつ頂いても?」

話が終われば早々それですかい。全く……

そんな私の表情は呆れた心とは裏腹に笑っていた。

 

 

 

 

 

「え?お姉ちゃんがいない合間に茨木のお姉ちゃんが来たかって?」

 

紫が帰りひと段落した古明地家。その一室で私はこいしに向かい合っていた。

私が不在だった合間の出来事は断片的なものだけはなんとか分かっている。だけれどそこにあったであろう日常の生活まで知ることは不可能。そもそも日常という平凡を全て記憶することなんて出来るはずない。

「ええそうよ。ちょっと頼みごとができちゃって」

 

「それって靈夜の事で?」

もう…とため息をついてこいしは頭を抱える。

「私にも相談すればいいのに」

タイミングが悪かったようね。まあそのうち向こうからも言ってくると思うわよ。まあそんなことは知ってか知らずか、こいしは話題を元に戻す。

「それにしても茨木のお姉ちゃんかあ…」

来てないと言わない事は来たことはあるのだろう。

その懐かしむ目は一体何をみているのでしょうね。すごく気になる。

 

「何度か会ったことはあるかなあ…って言ってもなんだか私達と会うのを避けている気がするけど」

 

やはり避けているのですか……まあ、みんなに何も告げず勝手に何処かに行って仙人になってましたなんて言えるはずがないか。

そもそも本当に仙人になっているのかとか今どこにいるのとか全くわからないんですけれど…

「雰囲気変わってませんでした?」

 

「どうだっけでも片腕だけ包帯巻いてたしなんだか鬼って感じが前よりしなくなってたね」

ああ…もうすでに鬼をやめているのね。

良かったと思う半分、なんだか寂しくもある。それにしても仙人になったのですね…そうなるともうこちら側の住人ではなくなってしまったわけですか。

「多分…華扇は仙人になってるはずよ」

 

「仙人?あれって人間くらいしかならないんじゃないの?」

 

こいしが首をかしげる。まあそうでしょうね。妖怪から仙人になった例はほとんどありませんし仙人は仙人になる前の事を話しませんから。

「なろうと思えば仙人にだってなれますよ」

 

「そうなんだ…」

さて、そんな彼女は今どこにいるのでしょうね。

この調子では勇儀さんや萃香さんのところには行っていないでしょうからねえ。

後は仙界か…思い当たる節はいくつか残っているけれどどれも確証がない。

「日本全国を歩いて探すのは得策ではありませんし……」

そんな事しても疲れるだけです。

「人探しなら天狗に手伝ってもらおうよ!」

 

「おお、その手がありましたね」

すっかり忘れていましたよ。こういう時にこそ天狗の力を借りればよかったのです。

思い立ったらすぐに行動。何故か私の後をこいしも付いて来る。

別に駄目ということもないのでそのままにしておく。

お空とお燐に留守を任せまだ明るい外に飛び出す。

どこからか蝉の声が聞こえて来る。そういえばもうそんな季節だったのだなあと思いつつ足を進める。

明るいとは言ってももう夕暮れ。蝉の声が一旦静まったかと思えばまた鳴き声がする。だけどそれはさっきまでのセミではない。

夕暮れ時に鳴く種…ひぐらしのものだ。

人間からすればもう家に帰りましょうと言ったところだろうか。或いは人間に対してここからはヒトならざるものの時間だと警告しているのか…

「お姉ちゃん、ひぐらし好き?」

 

「そうね……嫌いではないわ」

やはりこういう鳴き声は少し不気味さがあるけれどそれでいてなんだか風情がある。

「私は…ちょっと怖いかなあ」

 

「時間も時間だからそう感じるのでしょうね」

まあ…私たち自身が気味の悪い存在なんですけれどね。

なんだか変な気分ですね。

 

 

 

結局、足を止めたりなんだりしていたら天狗の里に着く頃には日は暮れてしまっていた。

松明による明かりが里を薄暗く照らす。

入り口抜いた守備の白狼に声をかけ、里に入る。

何か言われるかと思っていたけれど、向こうはこっちを知っていたのか私に微笑みかけながら通してくれた。

それでも天狗の里に入ればなかなかそういうわけにはいかない。

何人かは私をみて軽く会釈をしてくる。だけれど私の存在がなんなのか知らない天狗は奇異の目線を送ってくる。

まあ里の中でずっと外套を被ったままの姿をしていたらそうなるだろう。

変に声をかけてこないだけマシだと思うことにする。

「お姉ちゃんやっぱり変にみられてるね」

 

「そういう貴方は平気なのね」

 

逆にこいしはフードを被ってはいない。実際さとり妖怪だと思わせるものは彼女の頭には付いていない。私の場合はサードアイの管がどうしても頭の横に繋がっているため勘のいいヒトに見られると正体がバレてしまうのだ。

「だって私は顔が知れてるんだもん」

でも正体までは知られていない…ね。

そんなことを話しながら進んでいるとようやく天魔の家が見えてきた。

昔より少し崖の方に移動したその建物は、前よりも少しだけ小ぶりに見える。

実際にはかなり広いのだろうけれど…

まあそんなことはいいかと建物の扉に手をかける。

 

 

 

 

 

「……それで、俺に人探しを頼みにここまで来たと」

 

天魔さんにあらかたの事を説明し終え、出されたお茶を一口飲む。

こいしは外の景色を眺めながら鼻歌を歌っている。相当機嫌が良いのだろう。あるいはさっきまで色々とやっていたからか。

 

「それにしてもさあ……」

「どうかしました?」

呆れた顔の天魔さんに尋ねる。

何か問題でもあったのだろうか。

「俺に会いにくるにしては無茶しすぎじゃね?」

 

天魔さんが私の背後を見ながらそういう。

振り返ってみればそこにはめくれ上がった床と壊れた襖の残骸、それに混ざって死屍累々の天狗達が散らばっていた。

「止められた挙句牢獄にぶち込まれそうになったので…抵抗しただけですよ」

かなり疲れましたし意識だけ刈り取るのは相当手間がかかった。

もう二度とやりたくないです。

 

「私は楽しかったなあ」

「こいし…意識を無くすだけでいいのよ」

多分ここまで家がぐちゃぐちゃになったのはこいしのせいだ。

 

「まあいいよ。後で俺から言っておくからさ」

苦笑しながら天魔さんは私の頭を撫でる。

なぜ撫でるのだ……

 

「やっぱり天魔優しいね!」

 

こいし…こういう場合は大体下心があるのよ。だから気をつけなさい。

「ああ、優しいからなあ…だからさ茨木は見つけてやるからあっちの部屋に行こうぜ」

 

「なに当たり前のように人を密室に連れ込もうとしてるんですか」

 

「いいじゃねえかよお…な?大事な話もあるんだから」

 

貴方の言う大事な話がどっちの『大事な』なのか分かりませんが…そう言われると断りきれない。

「お姉ちゃんがいくなら私もいく!」

「お!良いねえ姉妹かあ」

 

「こいしに手を出したらその胸もぎ取りますよ」

「冗談だってば。怖いこと言うなよ」

流石に胸をもぎ取るのは冗談ですけれどね。流石に胸をもぎ取ったりはしませんよ。

まあ…場合によりますけれど……

 

「それで、大事な話ってなんですか?」

 

「大した事じゃないんだけど…祭のことでな」

貴女が大したことないって言っても大体はすごく大した事あるものなんですよ。

今までの経験上絶対そうなる。それに祭?確かに夏に祭りはありますけれどまだもう少し先の話では…

「今年もお祭?楽しそう……」

こいしが私の肩に顔を乗せて来る。重たい……

「楽しそうだろ?櫓を建てたり色々と忙しいんだけどよ」

ああ…またそれらを作るの手伝えと…

「まあそんな裏方は置いておいてなんだ。2人にちょっとお願いしたいことがある。まだ先の事なんだけれど大丈夫そうか?」

「物によりますけれど……」

 

「そうか…なら……」

 

 

 

……天魔さんらしいと言えばらしい依頼だけれど。なんだかやる気にならない。

「面白そうだからやろうよ!」

私とは対照的にこいしはやる気満々のようだ。ただ単純に楽しいことを楽しみたいだけなのだろうが…

「呑気ねえ……」

「楽しまなきゃ損だよ!」

 

こいしにそう言われそれもそうかと考え直す。

たしかに面倒ごとではあるけれど楽しくないわけではない。むしろ楽しい……なるほど、やってみる価値ありですね。

「決まりかな。それじゃあそっちの件はこっちでもやってみるけど…期待すんなよ」

 

分かってますよ。本来ならこっちの都合なんですからこっちが頑張って見つけますよ。

そちらは見つからなかった時の保険です。

天魔さんの家を後にする。帰りも帰りでなんか天狗に襲われたけれどほとんど隠れてやり過ごした。

そういえばここは行政機関でもあるんだっけ…完全に記憶から失念していましたね。あそこまで警備が厚いのも頷けます。

 

今となってはもうどうでも良いことか。

そもそも私だと向こうはずっと気づいていなかったようですね…それか知っていてやっていたのか。こいしは顔が割れているはずですから多分後者。

だとしたら知っていて攻撃を?抗議ものですね。しませんけれど。

 

 

 

「茨木のお姉ちゃん見つかるかなあ」

こいしの声が夜の闇に溶けていく。

「見つかりますよ…」

見つからないとすごく困るので見つけるしかない。どちらにしろ私には選択肢など残ってはいないのだ。

「そうだね…お姉ちゃんなら絶対見つけそうだね」

 

まあ…見つからなければ諦めますよ。有る事無い事噂を撒き散らしておびき出します。

それでおびき出せるかどうかは怪しいですけれど…それでも火消しに回ってくれるのならなんとか見つけ出せます。

どうやって探すかのプランを考えながら家に帰る。

何故か扉が半開きになっていて少しだけ気になる。

普段から閉めるように言ってあるはずだけれど…忘れたのだろうか。

それにしても部屋の中が騒がしい。もしかして良からぬ輩が入り込んだのだろうか。だとしたらまずい…

「こいし……」

 

「わかってる…」

こいしが下がり家に向けて攻撃の準備を行う。

先行偵察…すぐに後退する覚悟で家の中に入り込む。

 

入ったばかりではまだ誰の気配もしない。そのまま奥に進んでいく。どうやら奥の部屋が騒がしい。ああ……この騒がしさは…彼女達か。

外にいるこいしに入ってきていいよと合図する。

危険性がないと判断したのかこいしがいつものように振る舞う。

奥の襖を開ける。この部屋は普段から食堂用に使っている部屋だ。

その部屋の真ん中には小さな机とそれを隠さんばかりの酒瓶の山ができていた。

その周りには食べ物。

「おーい、邪魔してるぞ」

それらを前にしてお酒を飲む女性が私に気づき声をかけて来る。

「あ……勇儀さん」

「私も忘れないでくれよーー」

彼女の横でお空の首を絞めながら少女がこちらを見つめる。その体制だとお空の首が……

「苦しい……」

そこにはお空に絡みながら酒を煽る悪酔い鬼がいた。それも2匹。

「ああ…帰ってきたんだね」

ふらふらとした足取りでお燐が台所から出て来る。

酔ってはいないようですけれど…完全にぐったりしてますね。

 

「主人不在の時に一体何をしているのでしょうかねえ」

 

「いやあ…たまにはこっちで飲もうかなと思ってよお」

 

「私は天魔がさっき来てな。なんでもさとりに探し人がいるだのなんだの言ってたからねえ。勇儀と一緒に来たわけよ」

その割に酒飲んじゃってるじゃないですか。もう完全に飲みに来る口実を見つけただけですよね!

「はあ…まあいいです。こいしを貸しますからお空を離してください」

 

「ひどい!お姉ちゃんにフラれた!」

そう言いながら貴方は酒を飲むんじゃありません!完全に悪ノリしてるじゃないですか。

「おおよしよし。こっちにおいで」

勇儀さんも悪ノリしないの!

解放されたお空が鴉の姿に戻り私の肩に乗っかる。

やれやれ、相当ひどい目にあったのね。

でもお空は酒には強い方だと思ったのですけれど…どうやら完全に鬼のペースに乗せられてしまったのですね。

「さとり……あたいも疲れたから…」

お燐もですか…仕方ありませんねえ。

天魔さんが萃香さんに会った後にこっちに来たということはあまり時間が経っていないはずなんですけれど…

「それでえ…あんたさんは誰を探してるってぇ?」

萃香さんそれ知ってて聞いていますよね。確信してますよね。

あと、話をするときはお酒を飲むな!

萃香が持つ盃を取り上げる。

途端に不機嫌そうになる萃香さんに水が入ったコップを渡す。

 

「早急に茨木さんに会いたいんです。居場所に心当たりがあるなら教えてください」

あいかわらず不機嫌そうだったものの、私の目を見つめていた彼女は盃を奪い返そうとはしてこなかった。

「あいつの居場所?ああ…わからねえなあ」

 

萃香に変わって答えたのは勇儀さん。もともとお二人には期待していない。だってあの人が一番避けているのは貴方達なのだろうから。

それにしてもいつから会っていないのだろう。まあそこらへんを突っ込んで聞くのは野暮ですからしませんけれど。

 

「……わかりました。無理言ってすいません」

萃香さんに盃を返す。

 

それを受け取りながら黙ってお酒を飲む萃香さん。

気を悪くしてしまったのだろうか。

「居場所は知らないけれど…心当たりなら一応な」

 

「なら……」

 

「だけどいるかどうかはわからないからなあ」

それでも場所がある程度わかるだけ良い。

萃香さんに詰め寄る。

すると萃香さんが後ろに引いた。

なんで引いたのでしょうか?

「顔が近いってば」

「ははは!萃香は押されると弱いからなあ!」

そういう貴方はずいぶん楽しそうですね。

それとこいしはペース抑えなさい。明日辛くなっても知らないわよ。

「分かった分かった…教えるから下がれって」

 

萃香さんに押され後退する。

「あはは……よく鬼にあそこまでの態度ができるもんだよ」

お燐だって似たようなものでしょうに…それとも酔っている鬼は苦手ですか?……私もです。

まあそれでも…嫌いというわけではないしこれはこれで悪くないですからね。

 




おまけ

さとり、バーサーカーになる

「はははっ!まさかこんな小娘が出るとはのう」

私を包んだ光が収まれば、そこは無機質なコンクリートの上だった。
見渡しれみれば周囲も灰色。そして目の前にいるおじいさんの笑い声がうるさい。
なんとも言えないレベルで耳障りだったのでそいつの頭をぶん殴った。
だがなんだか感触がおかしい。
「あ……もしかして蟲ジジイですか。って事はまた召喚ですか……」
ああまたかとため息をつく。何度めの召喚なのだ。
「お、おい。あんたバーサーカーじゃないのか?」
ジジイの横であっけにとられていた白髪の青年が私に声をかける。なるほど、今回は……この役回りでしたか。
「申し遅れました。古明地さとり、今宵何度目かの聖杯戦争に呼ばれました」
まあ……折角ですから暴れましょうか。


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depth.87 さとりと仙人

飲むだけ飲んで騒いでをしてようやくあの2人は帰っていった。

気まぐれな人達ですよね。まあ私も人のこと言えないのですけれどね。

それもひと段落すればなんだか寂しいというか静かになったせいでなんだか物足りなくなる。それも時間が経つにつれて記憶の奥底に消えてしまう。いっときの悲しい感情。

そんな感情が記憶の底に消えてしまえば、残るのはまたいつもの日常。

そうなってしまえば私にも空き時間というのは自然とできてくる。

その時間を何に使うかといえば…そんなものは決まっているのであって早速私は空に舞い上がっていた。

方角を西に取り少し早めの速度で飛ぶ。

萃香さん曰く、大江山らしい。

まあ…彼女自身が色々あったのは大江山とこっちくらいしかないですしこっちにいないってことはあっちって事なんでしょうね。

どちらにしろ探すだけ探しますか。

そういえば、萃香さん自身もなんだか複雑な気持ちを持っていましたね。

確かにそうなのだろう…大江山で何があったのかは知らないけれど…相当の事があったのだろう。

今となってはもう過ぎたこと。関係のない私が口を挟むなんて野暮なことはしないでおこう。時間が解決してくれるしかありませんね。

 

 

 

 

昼を過ぎる頃には目的の山の周辺には到着していた。

とは言ってもどれがどれなのか少しわかりづらい。

それに京の街並みがかなり近くにあるためか人の往来が多い道がいくつかある。

おかげでここからは飛行していくのはやめておこう。

下手に妖力を出して感づかれるのは御免ですからね。

 

徒歩で山登りかと思うと少し気が引けてくる。まあそれをしないと茨木さんには会えないわけですけれどね。

 

 

 

途中で気の優しい人に山に入るのを咎められた。

まあ…私を人間と誤認しているからなのでしょうけれどね。

面倒でしたのでその場で気絶させておいた。

せめてものお詫びとしてお金を懐に入れておく。誰にもみられていないことを確認。

すぐに山を登る。

 

 

 

 

外見は人間だけれど中身はもちろん妖怪。たとえ弱小ボディであってもそれなりの力は出る。

超脚力だけで数メートルほど飛びながら山を登っていく。登るというより駆け上るが近いですね。

途中から山道すら外れてしまい全くわけがわからないところを通った気がしますけれどまあ気にすることはないです。ちゃんと頂上付近まで来れたんですからね。

頂上とは言っても少し開けたところがあるくらいで他には何もない。ただ木々が広がるだけだ。

 

それでももしかしているんじゃないかと思い周囲を見渡す。

やっぱりいないですね。

となると…ちょっと手間がかかりますね。

確か仙界の入り口はそれぞれの仙人がいる場所の周囲にできるとかなんとか。それが本当であるなら…見つけ出せそうなのですけれどね。

でもそれは彼女がここにいるという確証がなければいけない。

やはりもう少し見て回ったほうがいいですね。

 

 

「……?」

一瞬だけ背中に視線を感じた。振り返ってみてもそこには何もない。

いや…五感から入る情報など当てになることは少ない。実際目に見えず、音も出さずこちらに近づく方法など沢山知っている。

ほとんどは紫なのですけれどね。

でもこれは紫の視線ではない。では誰のものでしょうか。

視線のする方向に向けて手を伸ばす。

私の手の先の周りで水面に波紋が浮かぶように空間が揺れた。あたりのようです。

「見つけました」

空間をかき回す。そうしていると体が少しだけ引っ張られた。

体に変化はない。だけれど周囲の景色が一瞬で変わっていた。

先ほどまで木々が生えていた空間は、いつのまにか開けた丘になっていた。転移でもされたのだろうか。先ほどまでの情報と全く違う情報に頭が混乱をきたす。

「誰かと思えばさとりだとはね」

すぐ真横で声がする。

「お久しぶりです。茨木さん」

振り返ってみればそこには中国服のような少し変わった服を着た彼女がいた。

髪もなんだか短くなり印象が少し違う。

「久しぶりね」

着痩せしやすい服装を着ているようですけれど胸が大きいためか変に目立ってしまっている。

「どこみてるのよ」

「お餅」

「殴られたいの?」

理不尽すぎません?こんな大きなものがすぐ近くにあるんですよ。男性でなくても気になりますってば。

「……良いわ。付いて来なさい」

少しの合間なんやなんやと言葉遊びでのらりくらりと真意を煙に巻けば、諦めたのか華扇さんは歩き出す。

彼女につられるまま奥に進む。

先ほどとは雰囲気が全然違い道すら記憶とは異なる。

記憶とは当てにならないものだとつくづく思いますよ。まあ実際にはここはあっちとは少し違う次元軸だから仕方がないのでしょうけれど。

どこに連れて行かれるのかと好奇心が活発になる。かと思えば、いつのまにか世界は切り替わっており、山だったところはいつのまにか家の中に変わっていた。

空間が不安定なのかあるいは元からこのような感じなのか…これでは不思議のダンジョンですね。

「忘れられてるんじゃないかと思ってたわ」

いつのまにか目の前にあった席に座って私を見つめている華扇さん。座ってと合図をされたので私も彼女の前の席に腰をかける。

「まさか。こっちはこっちで忙しかったですしそちらが避けていたのでしょう」

私にとってみれば数百年分失われてしまっているのだ。その合間に何度か会いに来たのでしょうけれど…その度に私がいない。一瞬だけ読み取った感情は落ち込みと喜び。

だけれど根本的な問題は貴方自身ですよ。

「そうよ…気持ちの整理がつかなくてね」

どこか寂しげな影を落とす彼女。

あの後にも色々あったようだ。だけれどそれを探ろうとする前に彼女の右腕が私の頭に乗せられる。

ヒトの温もりなど感じられない。ただ包帯の感触だけが残りなんだか変な気分だ。

「これが今の私……」

仙人になったのも、人間を良く知るため。裏切りという行為を働くその真意を見たかったから……だけどそれを知れば知るほど、人間を信用することも、自分の感情すらも信じることが難しくなって来た……ですか。

「……私にそれを教えたところで解決なんてできませんよ?」

これは個人の問題。部外者の私ではどうしようもない。

それでも、ここで1人でいるよりかはまだマシかもしれません……こちら側に来て欲しい。それは私のエゴだけれど…エゴを優先して何が悪い。

「合わせる顔が無いと思っているようでしたら間違いですよ」

今の状態では彼女達には会えない…そう思っているようですけれどそれは違う。結局貴女は傷つくのが嫌で逃げただけ。いや…傷を克服しようとしているだけまだ良い方ですね。その手助けになるのは結局、傷つく原因でもある心。

「そんなことは分かっているわ。だけど理解していても無理なの」

まあ、言うのは簡単ですけれどね。でもここまで来た私を全く拒むことはしなかった。なら私はそれに答えるまでです。

「……心とは複雑ですね」

 

「貴女がそれを言う?」

 

「私だからそう言えるんですよ」

 

それに、私に対して頼っていいと……甘えて良いのだと言ってくれたのは貴女ですよ。

こんなところに篭ってたらそれもできないじゃないですか。

だから…私は彼女を引きずり出す。靈夜の依頼だからとかではなく、この私の意思でだ。

「ふうん…じゃあ私の心はどう見えているの?」

 

「それを説明するのは簡単でもあり難しくもあるのですよ」

「なんだかわからないわね」

「実際分かりづらいものですからねえ…でも心当たりがあるのであればあっさりと分かるようなものでもあったりなかったり。他人に心がどうだと教えたところでそれが本当に正しいかなんて確証はないのですよ」

私がいつもの調子で煙に巻いてしまえば、もうこの話題は無理だと思ったのか話題が変わる。

「それで、わざわざ私の元になんの要件を持って来たの?」

本来はこっちの方が主軸になるはずだったのですけれどね。まあいいです。

「また甘えてもいいですか?」

その言葉を口にした途端、私の真横に華扇さんが移動してくる。

 

「それなら構わないわよ」

そう言いながら私を軽く抱きしめてくる。身長差のせいで胸に顔が埋まるのですが…わかってましたけれど…なんだか落ち着かない。

貴女にとって…私はなんなのでしょうね。

ずっと昔…あの時も抱きしめてくれましたけれど…心を読んでみれば、私に対して姉妹感情のようなものを持っているようだ。

だがそれほど単純というわけでもなくあくまでもそれは読み取れた感情の一つ。

結局ヒトの思考は一つの感情だけでは成り立たないのだ。

それでも悪意とかそういう事は無いし基本的に彼女の優しさからくるものだ。もう少しこのままで……

 

え?ベッドに連れて行きたい……ですか。早めに本題に入らないとまずいことになりそうです。

人の温もりを殆ど断ってしまったからその反動がきているみたいです。私じゃなくてもいいのにと思ったものの彼女の交友関係からして私以外だと無理なのだろう。

なんだか悲しくなって来た。この話題は考えるのをやめましょう。

「ちなみにそっちは副題であって本題は別です」

頭をあげて華扇さんを見上げる。

「あら、違うのね」

てっきりこの事だけかと思っていたなんてやめてくださいよ。

そもそも私は抱き枕でもありませんからね。

 

ああダメだ…思考を切り替えてと……

「仙人になりたがっている人がいるんです」

それだけ言えば彼女には通じるだろう。

「修行をつけろってこと?」

 

「ええ、お願いできますか?」

仙人になる一番の近道は彼女自身がよく知っているはずだから…でも貴女はそれをしなかったようですけれどね。

急に難しい顔をし始める。そもそもここで籠っている事が多い時点で人と関わりを持つのをなるべく控えようと思っているようですけれど……その考えに真っ向から対立するようなお願いなのだ。考えてしまうのも無理はない。

「なんで私…って言っても仕方がないわね。でもそう簡単に仙人はなれないし修行は常に死と隣り合わせなのよ。その点ちゃんと分かってるの?」

どうやらやんわりと否定したいようですね。まあ、彼女の言っていることは間違いではないのだから仕方がないだろう。だけれどその辺りの心配はしなくても大丈夫です。

「わかってると思いますよ。なにせあの博麗の巫女ですから」

 

「博麗の巫女が⁉︎」

仙人になろうとしているのが博麗の巫女であると知って華扇さんの顔が驚きに溢れる。まあ…仙人も一応人間側に立つ存在でもあるんですけれどね…

「ええ、彼女なりに考えて出した答えです。私からもお願いします」

事情を知る私と知らない彼女では考えに差が出てしまうだろうけれど…ここで彼女が断るというのであればそれを私は尊重する。実際嫌だというのに無理にやらせるわけにはいきませんからね。

「少し考えさせて……」

悩み込んだ華扇さんが目の前から消える。だが周囲の景色は変わらないからここで待てという事だろう。

「答えが出るまで待ちますよ」

彼女がどこに行ったのかは分からないけれど、誰もいない空間に向けてそう言っておく。

ふと部屋に設けられた窓から外の景色が見える。

太陽が少しだけ朱色になっている。そろそろ夕暮れ時なのだろう。帰るのは夜か……明日になりますね。

こいし達には伝えているから大丈夫そうですけれど。

 

 

華扇さんが戻って来たのは外の景色が完全に暗くなってからだった。

意識がどこかに飛んで行ってしまっていた為ふと気づけば、隣にいたというのが正しい。

 

「その子の面倒見てもいいわよ……」

再び私を撫でながら彼女はそういう。なぜ私を撫でるのか全くわからないけれど…それでも修行をしてくれるのだ。嬉しい限りです。

「ありがとうございます」

 

「あなたが言う事じゃないでしょ。その子に言わせるからいいわ」

素っ気ないというかなんというか…既に師としての厳しさを出そうとしている。これは……いい刺激になるんじゃないでしょうかねえ。他人事?だって他人ですから。

「あはは……」

それじゃあ約束も取り付けたのだし私は帰るとしましょうか。華扇さんの手を退けて席から離れる。

「…もう帰るの?」

帰っちゃダメですか?

「暗くなってますけど…私達に暗闇は関係ありませんからね」

暗くなったら動けなくなるのは人間だけです。

妖怪の体である私にとってみれば闇はむしろ味方なんです。人間としては敵ですけれど…それは付き合い方次第。

「そう……泊まっていった方が安全よ」

残念そうな顔をしたかと思えば急に私を引き止めに入る。一体どうしたと言うのでしょうか。それも少し必死ですよ。

「……それもそうですね」

でもまあ…悪い提案ではないですからここはお言葉に甘えて泊まることにしましょうか。

「よし!」

「どうかしたんですか?」

 

「あ、いや…なんでもないわよ!」

どうしたのでしょうね。急に大声なんて出して……

ガッツポーズをしながら隣の部屋に移動する華扇さんを見つめつつ…まあいいやと思考を破棄する。

「ご飯作るから少し待っててくれる?」

 

「え、ええ分かりました」

 

そんな声が聞こえて来た数分後、今度は何かバタバタとし始めた。

「来客用の布団そういえば無かったわ!だから…布団が一緒になっちゃうけどいいわよね!」

 

なんでそんな息荒いんですか?別に私は寝ないで起きてますから良いですよ。

「ダメよ!ほら疲れてるでしょ?」

 

そう言われてしまうと…そうなんですけれどねえ。

それにしてもなんで焦ったんですか?私と一緒に寝たいんですかね…でも女の子同士ですからねえ…まあそんな気があるはずはないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

……朝起きたらなぜか服を一枚も着ていなかった。

眠りが浅くなった瞬間を利用し体を睡眠から拾い出してあげれば体に直接触れる布の感触に違和感。

普段使っている服よりも幾分かフワフワしていて体を暖かく保ってくれている。私の着ていた服は夏用に切り替えているのでこのような感触はしないはずだ。

まさかの事態ですよ。華扇さんがそんなことをするなんてと思いましたが同時に私の中で疑問が沸き起こる。

私1人が寝かされた布団……勿論華扇さんは見当たらない。

ふと起きれば、畳の床に仰向けに倒れている彼女の体があった。

まさかこれは密室ミステリーかと思いきやそういうわけでもないらしい。

服は着ているし乱れてもいない。つまり彼女は私を食べたわけではない……まあ鬼は男女問わず気に入ったら食う習性があるようですので油断はできませんが……では私だけが服を着ていないのは何故か。

このような中途半端な姿で放っておくような方ではないはずだ。

「……起きたのね」

 

布団が擦れる音に反応したのか、少しだけ首をあげた彼女がそう問う。

「ええ、ですがその前に質問です。この姿はなんでしょう?」

 

「覚えていないのね……」

 

生憎ですが布団に入る前の記憶は全くないのですよ。

多分食事直後からですね。

「再び問おう。どうして私は服を着ていないのですか?」

 

「ああ……さとりの警告聞けば良かったわ」

 

私が警告?その言葉に記憶の片隅で何かが引っかかる。

行動自体は覚えていないけれどそれを言ったような記憶はなんとか思い出せたような気がする。

「三度問おう……貴女が私のますたーですか?」

 

「いや、その質問はおかしいでしょ。まさかまだ酔いが残っているの?」

おっといけない。質問を間違えました…って今なんて言いました?酔い……冗談ですよね。まさか酔いだなんて…

「まさか……飲ませました?」

 

「ええ…水と間違えて…」

華扇さんが体を起こし…なぜか再び倒れた。

目線を追っていればそれが私を見つめた瞬間だった。何か不味いものでもトラウマにしてしまったでしょうか?

だとしたら迂闊に会うことはできないだろう…一体何をしていたのか……

「華扇さん…大丈夫ですか?」

 

「え……ええ、良いもの見れたわ」

 

その記憶消させていただきますね。

無言で鉄拳を頭に叩き込む。

悲鳴が上がり周囲の空気が割れる。

 

「いったーい!」

 

「人の裸見た罰です」

 

「まあ酔ってる時に堪能できたけれど」

ああ…最悪です。

それにしても一体何が起こっていたのでしょうか……昔一度だけ似たようなことがあったけれど…その時は確か目を潰していたはずです。

「裸を見たことは不問にしてあげますから何があったのか言ってください」

この問いに華扇さんは渋い顔をする。これは少しトラウマ状態になってしまっていますね。

「えっと……あまり思い出したくないんだけれど」

 

「無理にとは言いませんよ」

 

「そうね…人が変わったかのように大暴れをね」

暴れていたのですか…でもそれくらいなら鬼だってありますよね?

「ごめん語弊だわ。正確に言えばそれは大暴れというか発狂に近いわ」

発狂?一体どうして……

「それで最終的に裸に…」

「いや、それは私がやったわ」

やはり貴女が犯人じゃないですか。もうこのまま死神に狩られて裁判受けて来てくださいよ。罰を受けたら連れ戻しますからね。

「だってあんた…服の中に武器入ってたし下手したら服自体を武器にしかねなかったから…」

ああ……何故か納得がいってしまう。恐ろしいです。

まさかそのような恐ろしいものが私の中にあるなんて……ですが発狂といえば心当たりがないわけではない。

「あのさ……」

 

「何でしょうか?」

 

「服……着なさいよ」

 

あ…忘れてました。

すぐそばに折りたたんであったそれを着て体を隠す。いやあうっかりしてました

疲れているのか華扇さんがフラフラと起き上がる。

その足取りがなんだかおぼつかない。それに顔色も悪い。飲み過ぎでもしたのだろうか?

でも相手は鬼ですからねえ……

「疲れているように見えますけれど……」

 

「原因が自覚無いって世も末ね」

ああ…私のせいでしたか。

 

 

 

 

 

数時間後、私の姿は我が家の一室にあった。

華扇さんと共にこの地に戻ってきて早速紫に華扇さんが連行。と言う名のお願いと詳細説明。

後は任せてと言っていたから多分大丈夫でしょうね。

靈夜にも事の詳細を伝えて帰って来てみればもうこんな時間だった。

 

もちろんお酒を飲んでしまったとは皆には言っていない。そもそも言ったところでどうということはないしどうにかできるわけでもない。

私が発狂する理由…いくら考えても思いつかないです。

まあどうでも良いのですけれどね。

さて私はしばしの休息といきましょうか。特に疲れているわけではありかせんけれど…休めるときに体を休めておかないといけないですからね。

それに……そろそろ来そうですからね。

 

「さとり様、隙間の妖怪が来たよ」

廊下から聞こえるお空の声で万年筆を持つ私の手が止まる。

少し早いですね…もう少しゆっくりして居たかったのですけれど…もうそういうわけにもいかないです。

身支度をして部屋を後にする。

 

「お待たせしました。紫」

 

「ええ、貴女も大概ね」

 

 

 

 

 

 

 

まさか仙人をこうも簡単に連れてくるなんてね。

もう少し時間がかかるんじゃないかと心配したのだけれど杞憂に終わって良かったわ。

こちらも準備はできている。後は話し合いだけね。

 

「藍、少しの合間お願いね」

式神に後を任せて隙間を開く。行き先は決まっている。

「かしこまりました」

 

隙間を抜けた私の体に風が吹き付ける。日差しが眩しくて目を細める。

「お客さん?」

 

その声で我に帰る。

そういえばここはあの子の家の前だったわね。

背中に鴉の羽を生やした少女が私を睨みつけていた。

どうやらいつも通りの仮面をつけれているようね。

こういうわかりやすい反応をしてくれた方が助かる。

むしろさとりやあの妹の方が異常なのだ。私の常識ではどうしてあのように誰にでも友好的に対面することができるのやらだ。

「ええ、さとりに用があってね」

 

「分かった。呼んでくる」

 

鴉羽の子が家の中消えてしばらくして、さとりが出てきた。

いつも通りの無表情。だけど不思議と彼女の表情がわかるようになってきた。私も慣れて来たとでも言うのだろうか。

 

 

「言わなくてもわかっていますよ」

 

「あらそうなの?なら、わざわざ言わなくても良いわね」

 

私がここに来た理由に心当たりがあるのかあるいは心を読んだのか…どちらでも良いが説明する手間が省けた。

「1ヶ月後には行ってもらうからよろしくね」

 

「ええ……ですがたった1ヶ月で新たな博麗の巫女が育ちます?」

「最初の方は貴女が退治してもいいのよ?」

 

「同族に同族を殺せと……」

酷い事を言っている自覚はある。私だって守るべき存在である妖怪を殺してほしいなんて言われたら渋る。

だけど退治が必ずしも殺し合いとは限らない。

巫女には容赦を無くしてほしいけれど殺戮の嵐をされても困る。要は程々にという事だ。

 

「退治は殺すだけじゃないわ」

 

「ですが…殺伐とした雰囲気は嫌いなんですよ。なんかこう…勝負事で勝ち負けを決めてみたいなこと出来ませんか?」

 

それは遊びのようなものかしら。一瞬閃いたものがあったけれどこれを実行に移すには幻想郷の妖怪や人間に賛同してもらうしかない。

かなり時間がかかるわね……

「いいのを思いついたわ」

 

「奇遇ですね。私もこの事についてはある程度考察していましてね」

 

へえ、前々から考えていたのね。面白そうじゃないの今度ゆっくりと聞きたいわ。

「後で聞いても良いかしら?」

 

「構いませんよ」

 

 

「なになに?秘密の話し合い?」

真後ろで声がする。

気配を勘付かれずに接近するのは上手いのだけれど…風上から接近したら匂いでバレちゃうわよ。

振り返らずに扇子をはためかせる。

「そこは風上よ。脅かすなら風下から接近しなさい」

 

「えへへ、忘れてた」

 

どうせ惚けているだけで実際はわざと風上から近づいたってことね。

全くこの姉妹は揃って変なことばかりやるのね。

「こいし、風上から近づくなら匂いくらい消しなさい」

なかなかの無茶を言うわね…匂いまで消すって相当難しいわよ。

まあ…まずそのような事をする利点が私達にはないのだけれどね。

こうして奇襲をかけるのは弱い者のする事であって私達のような力のあるものはその力で全てをねじ伏せる。

それが正しいかと問いて見てもそれは分からない。だけれどあまり賢いとは言えない。

だがこれは仕方がないのだ。力があるなら小賢しいことをわざわざする必要はないし感覚として出来ないのだから。

 

「不思議ね…」

 

貴方達ほどの妖怪なら絶対にこちら側と同じ感覚でしょうに……どうしてそのような行動になるのやら。

 

「紫、どうかしましたか?」

 

「何でもないわ…独り言よ」

 

やはりわからないものはわからない。

だけど全て分かってしまっては面白くない。

もっと楽しませてほしいわ。

 

「それで……お姉ちゃんは晴れて巫女となるわけか」

 

「こいし…どこら辺から聞いていたのよ」

 

「多分最初からだと思うよ?」

 

どうして疑問形なのかしら。

まあ……この子の場合は能力に自我が引っ張られているからあやふやになりやすいのよね。

「せっかくだし巫女服新調したら?」

 

「簡単に言うけどね…あれは神聖なものだからただ作ればいいってわけでもないのよ」

 

「それじゃあお姉ちゃんは神聖じゃないわけか」

 

「当たり前でしょう?それに神聖とは真逆の存在な私達が本気であれを着たら1週間で衰弱死よ」

あら、さとりはよくわかっているじゃないの。

巫女服は簡単には新調できないし魔除けの印が組まれているから普通のものは着れない。

「それくらい私が用意するわよ」

それも考慮して少し仕様を変えた物を渡すつもりだ。

ただ、あまり雑に作ると勘の良い者はニセモノとバレてしまう可能性があるので慎重に作らないといけない。

そのせいでまだ1着しかできていない状況なのよね。

補助の事を考えれば後2着必要なんだけれど…

「ありがとうございます。ところで、次期博麗の巫女は今どちらに?」

 

やはり聞いて来たわね。

これから自らが指導を行う相手なのだから知らせておかないとまずいわよね。それに向こうも誰に指導されるかはあらかじめ知っていた方が良いけれど…彼女が妖怪だと言うことは極力避けねばならない。特に彼女のサードアイは異形の証。

「今は私の家である程度の基礎を教えているわ。実戦的な事は靈夜から…貴女は彼女が慣れるまでの間の補助をしてほしいの」

 

無茶苦茶だとは思うけれど実戦経験も無しに初戦で殺されたら目も当てられないし博麗の巫女の存続が危うくなる。

人間側の最後の盾となるのが彼女たちなのだ。それがあっさりとやられたらバランスは崩壊よ。それだけは避けないといけないわ。

 

「分かりました……では一旦失礼します」

そう言い残してさとりは家の中に戻っていく。私も帰ろうとしたけれど一旦という言葉が気になってその場に残ることにした。

「お姉ちゃんって行動が唐突だからねえ……」

 

「貴女も行動が唐突よ」

 

「私は唐突じゃなくて予測できないようにしてるの」

それ自分自身も予測不能な行動したらダメじゃないの?確かさとり妖怪は不意に発生するものとか想定外の事態にすごく弱かったはずなのだけれどね。

「不意とかの多くは意識外での事象は意識に入り込んでくるから起こるものだからねえ…私達にとっては確かに危ないかな」

 

やっぱりなのね。

「…良いこと聞いたわ」

「あまり変なことしないでね」

気が向かない限りしないから安心しなさい。

 

そんな事を話していたら家からさとりが出て来た。なにやら荷物を持ってるけど…まさかもう移動するつもりなの⁈だがそれを止めようとあの鴉少女が後ろにひっついている。

「やめてくださいさとり様!」

 

「お空、大丈夫だから、ずっと向こうにいるわけでもないしこっちにだって戻ってくるわよ」

 

「ダメです!さとり様に何かあったら嫌です!」

 

あらら…揉めているようね。

「……じゃあお空、あなたも来る?」

 

「……‼︎」

 

なんか私が見守っている間に変な方向に話が転がり始めたわよ。

これはまずいわ。さとり1人なら兎も角鴉少女まで一緒というのは厄介よ。

「流石にその子を連れて行くのは無理よ。博麗神社は結界が貼ってあるのよ」

さとりのように外に妖力を出さないような芸当が出来るならともかくだけど、見たところではそんなことはできそうにない。

「神社の外で見守ってるからいいもん!」

だが彼女は食い下がってくる。

どれだけ頑固なのよ……

 

「お空……いくらなんでもそれは危険よ」

 

「でもさとり様だって……」

渋る鴉少女をさとりが抱きしめる。

「じゃあ、私が呼んだら来てくれるかしら?」

「どうやって呼ぶの?」

 

「そうね…笛を吹くから。そしたら来て」

結局笛の音が聞こえる距離にいる事で妥協するのね…甘いんだかなんだかねえ。

「紫もそれでいいですよね?」

 

ここまでなら反対はしない。

そもそも最初から反対を覚悟で言いだしたのだからむしろその少女の言うことは正しいのだ。

だけど正しいだけじゃこの世はどうしようもない。それも事実なのよね。まったく……世知辛いわ。

ってこれ元を正せば靈夜が原因じゃないの。仙人になったら文句言いましょう。

 

 

 

「へくちゅ!」

 

「靈夜?風邪なの?」

 

「違うわ。どこかの誰かが悪口言っているんでしょうね」

 



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depth.88さとり巫女になる(指導篇)

タイトルで改とか吹雪とか見え隠れしてもそれは幻想です。


突然のことというのはさとり妖怪であろうがなかろうが誰しも驚くものである。その驚きが表にでなるか出ないかは別としてですけれど。

靈夜の引退と同時にその後を継ぐ事になった現巫女にいきなり抱きつかれた。

「……えっと…」

どうしていいかわからず困惑している私の横で少し笑っている紫。

どうやら彼女が指示でもしたのだろうか。

「初めまして!博麗(はくれい)華恋(かれん)です!」

ああ…そうか。元からこの子はそういう性格なのですね。まだ幼さの残る笑顔で私から離れる彼女。くるりと一回転すれば、椿の花の香りが僅かに鼻を擽る。

「古明地さとりです。少しの合間ですがよろしくお願いします」

 

 

齢12歳、巫女として活動するには若すぎる。この年齢だとまだ弟子として技術や実戦のノウハウを学んでいるはずなのだ。だけれど靈夜が修行に入ってしまったためにそれらが圧倒的に不足している。

というか実戦経験無しときた。

それにこの幼さではまだ体力や知識も足りないし家事全般にも不安が残る。

「それじゃあ、よろしくねさとり」

 

「分かりました」

 

華恋が着ているのと形だけは同じ巫女服を翻し彼女の元へ行く。後ろで紫が隙間を閉じる気配がして…妖艶な気の流れが完全に断ち切られる。

神社の中では私は普通の人間と変わらない。

それに妖怪と人間とでは価値観すら違う。そのせいなのかなんなのか…話すことが出来ない。

妖怪である私は寝ているはずなのに……ああそうか……そういえば私は会話がほとんどないような存在でしたね。

私という人格が半分寝てしまえば…それも会話が得意になっていた方を寝かしてしまったらそうなるものですね。

後悔なんてしていない。

だけれど後ろをついてくる戦友となる存在がずっと無言のままでは彼女も辛いだろう。そんなことは分かっているのだ。

 

しかし考えても彼女になんていえばいいのか分からない。

 

「あの……」

 

神社に入り一息ついたところで彼女の方から声をかけて来た。

「……?」

何か言おうとしてどうしても言葉が出ない。やはり妖怪とばれるのを覚悟で私を叩き起こした方が良いでしょうか…これが靈夜や廻霊さんなら起こしっぱなしでも問題ないのですけれど…

 

首を傾げた私に華恋は言葉をつなげる。

「さとりさんはどうして巫女をやる事にしたのですか?」

一瞬何を言われているのか理解できなかったが、そういえば今の私の服装は彼女と形だけは同じ巫女服だったと思い出す。

そして私の経歴も人間の巫女だと言うことも……

まあ……妖力を下手に使えばバレてしまうから巫女といっても戦闘では力のない人間と同じ戦い方をしなければならないのですけれどね。

その点で言えば私はただの人間。それがなぜこのような危険な仕事をしているのか…気になるのだろう。なにせ私は神力が使えないから巫女らしい事は何にも出来ないのだ。

 

「何ででしょうね……」

 

「分からないの?」

 

「いえ…結局私が出した答えは私の行動の結果でしかなく、その行動における解釈は人の数だけあるのですから私自身に答えを聞いても貴方が求める答えにはならないと言いたいだけです」

 

「……?全然分からない」

 

まあ…まだ12歳。まだまだ子供なのだ。だけれど子供だからといって私は対応を変えるわけにはいかない。

「そのうち分かるかもしれませんよ?」

 

そもそも貴女を育てるために巫女のフリしてますなんて言えるはず無いです。

 

「まあいいや!これからよろしくね!」

 

「ええ、ですが…まずは……」

時間的にそろそろ昼食だろう。朝は確か紫の家でご馳走になっているはずですから……軽くでいいでしょうか。

 

「ご飯⁈さとりさんはご飯作れるの!」

 

「ええ、ですが、いずれは貴女も作れるようになってもらわないとですよ」

自炊できないとか致命的ですからね。

まあ…まだ幼いのだからいきなり全部というわけにはいかない。

先ずはお米の研ぎ方とか炊き方とかですかね。

 

「私も作れるように……」

 

「ええ、ですからまずはお米の炊き方を覚えましょうか」

 

「……ヒッ」

あれ?どうして逃げるんですか?怖くないですよ。ただのお米の炊き方じゃないですか。勿論火をつけるところから始めますけれどね。

火を起こせない?貴女は力を持っているでしょう。それを使えば普通の人間より遥かに楽に出来ますよ。

 

ええ、勿論普通に火を起こす方法もお覚えてもらいますけれどね。

だからほら、台所に行きますよ。嫌がっても仕方がないですよ。

 

その後昼食の時間が少し遅くなってしまったけれど、問題は大して無いはずだ。ええ…なんかご飯の時凄く美味しいって涙流しながら喜んでたくらいですけれど。

 

 

 

 

 

 

 

構えた木刀の前に、華恋の姿が現れる。その姿は地面に足をつけず、天狗のように空をかける少女の姿……だがその顔には驚愕が生まれている。

後ろを取ったとでも思っているのでしょうね。

まあ、実際後ろを取られましたよ?

ですが、…甘いです。

木刀を横に振り側面で彼女の体を軽く叩く。

大したダメージは入らないし痛くも無いだろうけど、大きくバランスを崩す。

バランスを崩しながらも私に対してお祓い棒を向けてくる。だがその狙いは既に私を捉えてはいない。

腕を掴み勢いに乗せて叩き落とす。

そのまま腕を回し動きを封じる。

「はい、負けです」

 

「はあ……はあ……勝てないよお」

 

本当にこれで大丈夫なのか心配です。まあ仕方がないでしょうね。そもそも今まで戦ったことなんてない少女にいきなり戦うなんてことが出来るはずがない。だけれど運命は非情にもこの子を戦いに放り込んだ。

「私に勝てないようじゃ誰にも勝てませんよ」

 

「うう……」

それでも筋は悪くない。背後からの奇襲に能力を利用した立体機動戦。うまく活用できれば……

「まあ……筋は悪くないので頑張れば貴女は強くなれますよ」

 

「……なれなかったら?」

 

「させますのでご安心ください」

なれないなんて選択肢はないですからね。

やっぱり怯えられた。解せぬ。

 

「まあ…稽古は一旦やめておやつにでもしましょうか」

 

1日2日で強くなれるなんて思っていないですし…まずは現状どの位置にあなたが居るのかが分かっただけでも良いです。

「おやつ!おやつくれるの⁈」

 

「ええ、疲れてる状態では効率的な修行は出来ませんからね」

神社に戻り保存庫からおやつを取り出してくる。まだまだ食べ盛りの子供なのだから沢山食べて損はない。というか食べてもらわないと困る。体が強くないと巫女なんて務まらないですしね。

 

「はい……」

私が作ったのだけれど…口に会うかしら?

 

「見たことない食べ物ですけれど…何ですかこれ?」

やっぱり聞いて来ますよね。ただのクッキーですよ。この時代にはまだ無いものですけれど……似たようなものならあったはずですよ。

 

「ただのお菓子…食べてみれば分かりますよ」

 

不思議そうに見ていた少女は、鼻をくすぐる甘い匂いに負けたのか。一つ口にする。

その瞬間彼女の顔に笑顔が灯る。

どうやら気に入ったようです。

「なにこれ美味しい!」

 

「作った甲斐がありました」

 

「さとりさんって無表情で怖いけど…優しいんだね!」

グっ……純粋な言葉のナイフを突き立てて来やがりましたよ。何ですかこれ…悪意がない分かなり染みるんですけれど…しかも気にしていることを的確に……

「無表情で悪かったですね。表情筋が仕事しないだけです」

だがたとえ表情筋が仕事をしたところで私は感情をしっかり顔に出せたのだろうか。

考えてもわからない事ですね。やめましょう。

「あれ……この茶葉…紫さんの所の同じ……」

 

「ああ、紫からの貰い物ですからね」

鋭いですねえ…私は茶葉の違いなんて全くわからないのですけれど…ただ単純に私の舌がバカなだけでしょうか。

 

 

「そういえば、妖怪退治ってどうするんですか?」

 

おやつを食べ終えた華恋が思い出したかのように訪ねて来た。

妖怪退治と聞いて私の腕が少しだけ反応してしまった。

彼女にとっては当たり前だけれど私にとってそれは……

忘れましょう。既に今更です。

今までだって人間を助けるためという名目で妖怪の命を奪って来たのだ。

警告だってしたし殆どは命までは奪っていない。だけれど、殺そうとしてくる相手に手加減など出来ないしましてや家族が危険に晒されたらもうどうしようもない。

いくら綺麗事を言っても私は…人もヒトも殺した身なのだ。その罪を忘れてはいけない。

「さとりさん?大丈夫ですか?」

いけないいけない……思考が飛んでいました。

「なんでもないです。妖怪退治…とは言っても悪さをしている妖怪はいませんから今日は夕方の見回りだけですね」

もちろん彼女には空からの見回りをしてもらう。一応巫女なのだからそれくらいはできるだろう。

靈夜の教育が生きていればですけれど…

「それってさとりさんも行くのですか?」

「ええ、もちろん飛べないから貴女に万が一があっても助けられない時があるかもしれないけれど」

 

「それくらい私自身で守ってみます!」

よく言いました。それでこそ巫女です。

と言うわけで不足の自体に対処できなくても紫から消される心配は薄くなりました。まあ…対処できる出来ないじゃなくてするのがこちらの役目なのですけれどね。

「それじゃあ行きましょう!」

 

「流石に早すぎるわよ。ちょっとだけ力の使い方を練習してから行った方がいいわよ」

 

練習と言ってもお札を投げたり針をぶん投げたり弾幕を撃ったりとそれだけである。だけど非常時にそれが出来るか出来ないかで生き残れるかどうかが決まるのだ。

だから地道にではあるけれどこういうものをさせていく。だけど疲れてしまわないように軽くである。

 

 

そんなことをしていればいつのまにか日は傾き、周囲は赤く染め上げられていた。

「夕方ですからそろそろ行きましょうか」

「え?もうこんな時間ですか…夢中になっていて気づかなかった」

 

それじゃあ準備して……見回りしましょうか。華恋と共に神社の中に戻る。

私の荷物から用意しておいた武器を持ってくる。

結界の外でも極力妖力を出すことは出来ないから私は武器に頼るしか道がない。

とは言ってもそこまで重たいものでもダメ。

刀と、拳銃一丁で十分です。

 

「……見たことない武器ですね」

 

「ええ…私くらいしか使ってないんじゃないかしら」

この時代、既に銃は生まれているはずなのだけれど……

まあいいか。

 

 

 

空を飛ぶ華恋を追うように、木々を足場にして駆ける。

妖力は使わないというかこの場合の使い方を知らない。妖力量が少なかった頃からずっとやっていたものだから自然と妖力を使わない方法が体に染み付いている。

いくら人間と同じといってもバランスや運動神経は人妖関係なし。

この体が動きを覚えていて追従できるなら妖力を使わなくても出来るのだ。

「さとりさん早くないですか⁈」

貴女が低高度で飛んでるからですよ。私の目の届く範囲にいてくれるのは嬉しいのですけれどね。

それに木を足場にして飛ぶのは速度を遅くしてしまうと転落しやすいからあまり遅く出来ないんですよね。

 

 

そんなことを話しながら見回りをしていると、華恋がなにかを感じ取ったらしい。

急に進路を変えたのだ。

「どうかしましたか?」

「邪悪な気配を見つけたので…」

また大げさな…それはただの妖怪の気配です。悪意を持っているようにも思えませんよ。

それでも一応確認という事で私も後を追う。

 

ふと華恋が止まる。ここら辺のようですね。

えっと……あ、いましたいました。子供っぽい姿をしていますけれど…確かに妖気をまとっている。

でも悪意があるわけでもなく…どこかに向かっているのでしょうかね?

「あ!いました!」

遅れて見つけた彼女が大声を上げる。

そんなに大声出したら気づかれますよ…ああほら気付かれて逃げ出したじゃないですか。

「ちょっと追いかけちゃダメよ」

追いかけようとする華恋の首を素早く掴み動きを封じる。

「何でですか!」

敵意のない相手を無闇に襲ったらダメです。

それに、何か悪さをしているわけでもなくただそこにいたというだけで退治されたらたまったものじゃないでしょう。

「でも…もしかしたら他で襲ってるかもしれないですよ?」

 

「でしょうね…でもあの子からは血の匂いはしませんでしたからその可能性は低いわ」

 

「……どうして見逃すんですか?妖怪は全部退治しないといけないんじゃ……」

「勘違いしているようですけれど…妖怪の全てが悪って訳じゃないんですよ。それになりふり構わず退治して要らない恨みを買って復讐の連鎖が出来てしまう事の方が人間にも妖怪にも不利益です」

難しいかもしれないけれど…分かって欲しい。

「難しすぎて分からないです……」

「そのうち分かりますよ」

どちらかがどちらかを滅ぼそうとすれば、それは果てしない復讐の連鎖を生んでしまう。

幼い少女には酷いと思うけれど、極力悪意がない妖怪は見逃して欲しい。

……結局、私は恐れているのかもしれない。

「……分かった。我慢する」

それに妖怪を退治するのに面白いなんて感情を抱かせてしまってはいけない。特に幼子はそういう傾向が強い。誰かを傷つけ、命を弄ぶ事に面白みを感じてしまう。

それを叱って悪い事だと思わせないと、後々大変なことになってしまう。

「それにもしかしたら他で人間を襲おうとしている悪い妖怪がいるかもしれないわよ」

 

「分かった……」

 

 

 

 

しょんぼりしていたけれど数分もすれば機嫌を直したのか鼻歌を歌い始めた。

彼女もまだまだ子供なのだなと思ってしまう。

「紫……想像以上に大変な事でしたよ」

今更投げ出すわけにもいかないのですけれどね。

 

一瞬、空気の流れが変わった。

「……さとりさん」

「ええ…想像している通りよ」

 

振りまかれる殺意と急にし始めた血の匂い。どうやらここら辺で狩りをしている妖怪でしょうね。

足を止めた私の横に華恋が降りてくる。

「どうするんですか?」

 

「向こうが出てくるのを待ちます。戦闘準備をしておいてくださいね」

こういった妖怪を退治したり追っ払ったりするのが巫女の仕事ですよ。さっきみたいな弱いものいじめみたいなものとは違うんですからね。

 

 



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depth.89さとり巫女になる(流動篇)

最初に襲いかかったのは獣のような姿の妖だった。

猿のような手とカンガルーのような下半身に蛇のように自在に動く尻尾。

知性は動物程度しか無いにしてもその割には賢くて待ち伏せとか罠とかで有利な状況から戦いをはじめたがるタイプですね。名前とか詳しいことはわかりませんけれど……

もちろんあいつらは単独で行動はしない。突っ込んで来ているあいつも陽動だろう。

 

ならば…気をつけなさい。

「正面は陽動、死角に回ってくるはずだから覚悟しなさい」

 

「は……はい!」

 

返事は良いけれど早く攻撃しなさい。

正面からくるやつをギリギリまで引きつける。そうでもしなければこちらの攻撃はまともに通らない。まあ……銃を除けばだけれど。

 

華恋が左右にお札を解き放つ。

それらが夕刻の闇を切り裂いて何かに命中。生き物の悲鳴が上がる。

放ったのは動きを封じるだけのものだったはずだからまだやられてはいない。

奇襲をかける方が失敗したのだから早急に戻れば見逃しても良いかなと考えたのに、未だに真ん中のやつは突っ込んでくる。

既に刃渡りの長い刀なら十分斬りつけられる距離だ。

だけれどもうちょっと……とは言っても時間としてはコンマ数秒の時間だ。

「よいしょっと…」

相手の頭に思いっきり回し蹴り。急に止まることはできない向こうはそのまま頭を突っ込ませる。

その頭が私の足にぶつかり歪に歪む。

折れた歯が数本、中を舞い。遅れて体の方が頭に引きずられる形で横に平行移動する。

「後もう何匹かいるようですけれど……」

やはり賢いらしく尻尾を巻いて逃げていったようだ。

逃げ足が速い奴らですねえ。

まあ…誰だってこの服を着た人間とは戦いたくないですからね。

「蹴りだけで……」

 

「あまり道具に頼っていたらいざという時に困りますからね」

私の場合いざという時に道具に頼るんですけれど…こればかりは戦い方次第だろう。

あまり見せびらかすものでもないのですぐに動きを封じた妖の元に行く。

動きを封じられてもなお、闘志を燃やす彼らの目に諦めはない。

「さて…逃げた仲間は兎も角、こいつらをどうしましょうか」

人間の血の匂いがすごいですね…何人も喰らってきたのでしょうね。

まあ、今はとなりに巫女がいるのだ。彼女の判断に任せよう。

「……私は博麗の巫女ですから。もちろん、ここで退治させていただきます」

賢明な判断だろう。

今ここで見逃せば色々と面倒ですし博麗の巫女は妖怪を見逃すなんて噂がたてば妖怪側が暴走してしまう。

仕方がないですけれど…運が尽きたと思って成仏してくださいね。

なにかを唱えた華恋がお祓い棒を一振りする。

鋭い悲鳴が妖達から起こり、その姿が碧い炎に包まれる。

炎の真ん中で、妖の形をした影が悶え、溶けていく。

……私もいつか。ああやってこの世から消えるのだろうか。

 

 

悲鳴が聞こえなくなると、炎も消え去る。そこには何もなくなっていた。完全に退治されたようですね。

「……さて、他の場所も見に行きましょうか」

いつまでもここに留まっているわけにはいかないと思い出し、華恋を連れて動きだす。

 

 

 

 

 

予想に反しその後は何事もなく、日が暮れる頃には見回りも終わっていた。

後は緊急事態以外では特に外に出る用事もない。

でも今回は運が良かったけれど…明日以降もこのように済んでくれるとは限らない。

気を緩めないようにしよう。張りすぎてもダメですけれど……

どうでも良い思考遊びをしていると、私の真横に隙間が開く。

 

夕食を食べ終えた華恋は今お風呂に入っている。こちらに連絡を入れるには丁度良い時間だろう。

「初日お疲れ様」

頭を出した紫が私の隣に一本の瓶を置く。差し入れのようだ。

だけれど私はお酒が飲めない……受け取るだけ受け取っておこう。

「まだ初日です。あと数年…頑張らないといけないですね」

 

「そうね……それで、貴方から見て彼女はどうだった?」

どうだった……ですか。筋は良かったですね。それに戦闘でも的確に見えない敵にお札を当ててましたから腕もかなりの物ですよ。

ただ、体も心もまだまだ幼い。あれでは1人にすればあっさり死んでしまう。

「……数年でしっかりとした巫女になると思いますよ」

「そう……貴女がそう言うなら安心したわ」

あまり私のことを信用しない方が良いですよ。得しませんから。

 

「それじゃあ……頑張ってね」

相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべ、紫は隙間を閉じた。

「そんな笑み…貼り付けなくたっていいのに」

幻想郷の賢者は難しいです。

それにしてもこの瓶…どうしたら良いのでしょうね。

 

 

部屋の外がガタガタと賑やかになる。どうやらお風呂から出たらしい。

「ふう…いいお湯加減でした」

 

そう言って襖を開ける華恋。だけれどその姿は体を拭いた布をただ首にかけているだけであり、それ以外は何も纏ってない姿だった。

「……服は?」

 

「え?あ……忘れてました」

あっけらかんとしてますけれど。しっかりしてくださいよ。なんで服を着ないんですか。そんなんじゃ湯冷めしてしまうし良からぬ奴らが覗いてるかもしれませんよ。

例えば…窓際でこちらを見つめる黒猫とか。

無言で黒猫を見つめる。

その視線に気づいたのか、バツの悪そうな顔をして黒猫は部屋に降りる。

「あれ?黒猫ちゃん?」

 

「正確には化け猫か猫又です」

 

「それって退治したほうがいいんですか?」

そう言いながら彼女は構えの姿勢をとる。だけど裸で何一つ道具を持っていないのに構えてどうするんですか。袖からお札を出そうとしてそもそも服着てないのにまた気づくって……何してるんですかもう……

「人間には危害を加えないから大丈夫よ」

 

華恋を落ち着かせる。まずは服を着て来なさいと部屋を追いやる。

再び静かになる部屋。

「それで…どうしてお燐は来てるの?」

 

とは言っても猫の姿では喋る事も出来ない。結局、お燐は苦笑いを繰り返すだけ。

「……こいしね」

 

私の言葉に肯定するかのように何度も首を振る。

全く…心配性ねえ。

「まあいいわ…好きにしなさい」

下手をしなければお燐がバレることはまず無いだろうし、多少妖力を持っていても今さっき安全な妖怪と説明していたから退治されることはないだろう。

だけれどあまり良いものではない。

「後これ、あげるわ」

先程もらった瓶をお燐の背中に括り付ける。

私が何をしたいのか理解したお燐は任せろと言わんばかりに背中に瓶を乗せ窓から飛び出す。

月明かりが彼女の影を照らすが、少ししてその姿も闇に溶け込んでいった。

 

「おまたせ……あれ?猫ちゃんは」

 

「帰りましたよ」

そんなに落ち込まなくても…また来ますからね。保証します。

 

さて、私はしばらくすることもありませんし…少し外を見てきましょうかね。

「さとりさんはお風呂入らないのですか?」

 

ああ……そういえばまだ入っていなかったわね。折角ですし…入りましょうか。

華恋の言葉に甘え、私も風呂に向かう。

そういえば風呂周り…他より劣化が進行していたわね。

私が足を乗せるだけで木が悲鳴を上げているわ。今度修繕しましょうか…だけど神社を修繕となると簡単なことではないから…紫に一応聞いておきましょう。

 

 

 

 

 

 

非日常性もそれが連続して発生し続ければそれは日常になる。

お姉ちゃんが巫女の教育を始めてからもう半年。

元々お姉ちゃんが家にいない時を何百年と過ごしているから、違和感が薄れている。

それでもお姉ちゃんは時々帰ってくるからあの時のように寂しい思いをしなくて良い。その分楽なんだよね。

洗濯物を干してしまえばしばらくすることがない。それは退屈かと言えば全然そんなことはないけれど…私はなんだかつまらないし面白くないから嫌い。

だって楽しいことが起こって欲しいでしょ。

「あの…すいません」

私の願いを誰かが拾ってくれたのか家の扉が開かれた。

昼間から尋ね人かあ…何か面白いことを引き連れてきたのかな。

だとしたら楽しみだなあ……

 

「はいはーい。上がっていいよ」

玄関にいるであろう尋ね人に上がるよう催促。しばらくして部屋に入ってきたのはミスティアちゃんだった。

 

こんな昼間からどうしたんだろうね。しかも深刻な顔してるけど……

「あの……こいしちゃん」

 

「まあ先ずは座って」

 

立ったまま話をするのは良くないよ。

それに落ち着かないし。

腰を下ろしたミスティアにお茶を注いであげる。

深刻な表情が少しだけ和らいだ。そろそろ話してもいい頃合いだね。

「ミスティアちゃん今日はどうしたの?」

「えっと……助けて欲しいの」

助けてかあ…何かトラブルに巻き込まれちゃったかな?

「詳細は省いていいかな……」

 

「うん、でもその前に…推理させてもらってもいい?」

 

「推理?」

 

うん、推理。ミスティアちゃんが何に悩んでいるのか当ててみようと思うからね。暇潰しって言われたらそれまでだけれどね。

 

「うーん……もしかして天狗と揉めた?」

すると、ミスティアちゃんの顔が驚きに変わった。

「え⁈当たってる…どうしてわかったの?」

 

「そうだね……深刻そうな顔して来たってことはなんかやばいことに巻き込まれたってのは当たり前として、じゃあここにくる理由はってなったらどうなる?」

 

「えっと……こいしちゃんじゃないと対処できないって思ったから?」

 

「そう、じゃあわたしじゃないといけないことってなんだろうね。地底の事?でもそれなら地霊殿に駈け込めば良いのだからここまでくる必要はない。それと、ミスティアちゃんの袖にくっついている葉っぱなんだけど…それは枝垂れ桜の葉っぱなんだよね。ここら辺でそれが自生しているのは山の上の方で天狗の領域になるんだ。それに、黒い羽が擦れた跡が服に残ってるよ。以上のことから、天狗と揉めたって思ったんだ」

 

「すごい!こいしちゃん探偵みたい」

えへへ、照れるなあ。

「それで、天狗とどうして揉めちゃったのかな?」

まあ…理由も想像がつくんだけど。

「えっと……その……」

原因は結構単純だった。

でもそれは理不尽すぎてミスティアちゃん自身も初めはなんだかわからなかったらしい。

まあ天狗の領域に勝手に入っちゃってたのは不味いんだけど…それを警告して追い出すとかじゃなくて、まさかの喧嘩を売られるなんてね。

ミスティアちゃんの記憶を多少見てみたけれど…若い鴉天狗だね。

こりゃ若さ故の過ちってやつかな。

「あちゃ……やっちゃったねえ」

その後はもちろん逃げ出したらしいけどそれが逆に向こうの神経を逆なでしちゃったらしいね。

それで怒る向こうも向こう…いや、ただ憂さ晴らししたかっただけの八つ当たりっぽいね。

「それで、喧嘩の場所とかは指定するから、絶対来てねって言われて解放されたわけか」

行かなきゃいいじゃんとか思うけれど、強引に約束させられた事とはいえ約束は約束。守らないと今度は彼女の方が立場がなくなっちゃう。

「相手は三人なんです…でも全員強そうだし…1人だけならまだしも……」

たしかに3人相手するのは難しいよね。私だって天狗相手に複数人はあんまりしたくないかな…それもただの喧嘩じゃねえ……

「向こうも知っててやってるからねえ…ミスティアちゃん御愁傷様」

「お願いだから助けてよお……」

 

ああ…泣かないで。できる限りの事はするからさ。ほら、涙拭いて。でも鼻はやめてね。それお気に入りのハンカチだから……

 

「それじゃあ…せっかくだし私もそれに参加しようかなあ…」

あともう1人だけど…向こうにちょっとお灸を据えたいからねえ。

「こ…こいしちゃん怖いよお」

 

「うん?大丈夫だよ。どうやって焼き鳥にしようか考えてただけだから」

 

「天狗さん逃げて!ここに恐ろしい子がいます!」

 

冗談だってば。本気にしないでよ。それじゃあ…早速準備しますか。

あ、後お姉ちゃんに連絡しておかないと。きっとお姉ちゃんならそれだけで私が何を当て欲しいのか分かってくれるからね。

ふふふ、楽しみだなあ…私の友達に喧嘩を売った天狗がどうなるのか。

「ごめんなさい天狗さん…私…厄災を持ち込んじゃったかも」

「厄災とは失礼だねえ…せめて破壊神とかかっこいいものにしてよ」

「余計怖いよ!」

 

 

 

 

「あらお燐、私に届け物?」

華恋が外で稽古を始めてすぐ、私の隣に黒猫が1匹やってきた。

首のところに何か手紙のようなものをくくりつけられている。

外してくれと訴える視線に急かされるように首から手紙を外す。

要は済んだと言わんばかりにお燐は駆け出し何処かに行っちゃった。

本当ならこれから遊びにでも行こうとしていたのに急に野暮用を突っ込まれてしまったって感じですね。

 

さてさて、手紙の内容はなんでしょうねえ……

すぐに手紙を開封し内容に目を通す。

なるほど……こいしも変なことに首を突っ込むわね。でも私まで巻き込もうとするのはどうかと思うのだけれど…ええ、だってそうでしょう。

そもそもこの件なら天魔さんを引き出せば良いのに……こいし絶対楽しんでるわね。それも相手を可哀想な懲らしめ方をしようとしてるし……

でもまあ……それもそれで悪くはないですね。

 

少し考えた後、結論を出す。

 

「華恋、ちょっと良い?」

「はい、さとりさんどうしたのですか?」

 

「明日の夕方、ちょっと天狗の山に行くわよ」

急なことかもしれないけれど…大丈夫よね。

「明日ですか?少し急な気がするのですが…」

 

「少し天狗を取り締まる必要が出てきたのでね」

「それ…紫さんからですか?」

 

「いいえ、知り合いの……妖怪かしらね」

 

妖怪という言葉に華恋が怪訝な顔をする。

「妖怪だって仲良くなろうと思えばなれるものよ」

そんなものはごく少数の妖怪であるけれど……

本来は華恋を連れていく必要はないのですけれど妖怪の世界のことも学ばせておきたいから連れていくことにした。

それに人間に害を成さない妖怪に合わせておいた方がこの子のためにもなる。

人間にも悪人やそうでない人がいるように妖怪にだって人間に味方する者もいる。

そう言う面を理解していないと、本当に大変ですからね。

まあ……仙人の修行を終えた靈夜が戻って来れば私が背負う負担も軽くはなるのでしょう。

「……なんとなくさとりさんの言いたいことはわかりました。では明日の見回りは少し早めに切り上げるということで良いですか」

 

「ええ、そうしましょうか」

ふふ、それじゃあ、この事は天魔さんにも一応報告しておきますか。後で面倒なことにならないようにね……



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depth.90さとり巫女になる(天乱篇)

山の中でもあまり立ち入らない領域というのは存在する。それはどこからどこまでとかそう言う区分はなく、なんとなくこっちに行ったら危険だなというそんな感じのもの。

なにかがあるからみんなが避け、そこは生き物を近づけない領域になる。立ち入って何があるとかそういうのは分からないけれど、良くないことが起こるだろうなと本能は警告する。

その空間に私達は足を踏み入れている。

天狗達がここを指定していたというのもあるけれど、それと同時に少しこの領域に興味が湧いた。

 

背中を冷たい風が通り抜け、一瞬だけ本能が何かに揺さぶられる。

「さとりさん、どうしたのです?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

なんででしょうね…こいしの殺気を感じたのですが気のせい…いや、気のせいではないわね。

ふむ……なんでしょうかこの感じ。殺気…なんですけれど少し感じ方が違うような……でもこれ自体は何度か感じたこともあるから何も変わっていないというのはわかる。じゃあこの違和感は……

 

「ああ、私自身か」

 

「何がですか?」

 

「なんでもないわ。ただの独り言」

 

結局そういうものなのだろう。

 

 

天狗達の声が僅かに聞こえてくる。それと同時に風上から匂ってくる妖怪の匂い。

そっちの方に足を進めてみれば、やはり天狗達が4人固まっていた。どうやらこの方達がミスティアさんを呼び出した本人達のようだ。

なるべくこちらの居場所がばれないように隠れながら見守る。

まだミスティアさんは来ていないようだ。

ここで全員痛い目見てもらうのも良いのですが…それをするとこいしが怒りそうですし得策ではない。

 

「あれ、退治しないんですか?」

 

「数的に分が悪いですし今回、貴女は見ているだけよ」

声を潜めてそう返す。

そうこうしているうちにようやく本人が来た。

いつもの服装よりもやや暗いせいか闇に溶け込みやすい。

迷彩としては成功していますね。

それと……

「こんばんわ。天狗のお兄さん達」

ミスティアさんと並ぶように飛んでいたこいしに天狗達が動揺する。

想定外だったようね。でもあんなに動揺したらこちら側の思う壺よ。

想定外があっても絶対に動揺したり不安になってはいけない。

常に平常でいる。そして素早く状況に対応するのが大事です。

あそこでヒソヒソ話あってもダメですからね。

「2人だけで対峙する気か?」

 

ああ…言ってくれましたね。半分こちら側がミスリードしたようなものですけれどその言葉を言ってしまったらねえ……

「もう1人いるよ」

 

それじゃあ舞台に上がりましょうか。華恋にここで待ってるように言って彼らの元へ歩き出す。

草木が踏まれる音でようやく私の存在を認知したのか天狗達が一斉にこちらを見つめる。

「どうも、ご指名にあやかりまして舞台に上がりました。古明地さとりと申します」

私の言葉で更に天狗達はさらに動揺する。

どうしてそこまで動揺するのか……理解に苦しみますね。

でも自分より弱い妖怪相手にこんなことしてる連中ですからねえ…

私が格上と言うわけではないですけれど人数が増えたら厄介なのだろう。

「それで……ミスティアさんはどうするんですか?」

私やこいしが何を言ったところで結局決めるのは大元の原因である貴女である。

さて、どうするのでしょうね。

「それはもう決めてるよ!ね、ミスティアちゃん」

「え…ええ。一応は」

既に想定済みでしたか。

 

では2人が動いてからにしましょうか。私はいてもいなくても変わらないと思いますし。要は保険というわけです。

天狗達が何やら怒り出した。

ふざけた会話をしているんじゃない、ですか。なるほど……ふざけてるのはそちら側なのですけれどね。

「それじゃ、始めちゃおうか」

こいしが笑いかける。行けという事だろう。

私は今妖力を使うことができないのですけれど…無茶をさせる妹ですこと。

そもそも私は保険であったはずなのですが……

こうなっては仕方がない。最悪ミスティアさんも手伝ってもらいますからね。

短刀を抜き相手へ向ける。

私が攻撃体制に入ったのを理解したのか4人が一斉に動く。動きの筋は悪くない。

散開とそれぞれのポジションへの移動。なかなかね。

でもそれは個々の連携が取れていないとダメである。

地面を蹴り飛ばし加速、私に一番近い位置にいた天狗の羽を斬りつける。

黒い羽と紅い液体が宙を舞う。

苦悶の表情を浮かべた天狗ですがすぐに体制を立て直し私を殴りつけてくる。

その手を躱してもう一度斬りつける。今度は肩。

流石にここまでやれば他の天狗が援護に来る。この天狗を盾に利用しながら距離を取る。

さて残るは……1人?ああ、2人はこいしにぼろぼろにされたのね。無残な姿がミスティアとこいしの前に……死んではいないようですけれどなんだか裸にされているせいで可哀想に見えてきた。

とかなんとか意識をそちらに向けていれば当然私に向かってくる刀に気づくのも少し遅れるわけで……

咄嗟に短刀で天狗の剣を防ぐ。

火花が散り体重差で私の方が飛ばされる。

体勢を戻し距離をこちらから詰める。今の状態では圧倒的にこっちの方がリーチが短い。

近づかれないようにと弾幕で向こうも進路を塞ごうとする。

だけれど精度が良くないのか私の周囲に着弾するものはあっても私にぶつかるものはない。

相手の顔が恐怖に歪む。今更遅いですよ。

刀を持つ手を素早く斬りつけ同時に脇腹に蹴りを叩き込む。

 

結構あっさりですね……もうちょっと戦えると思っていたのですけれど。でもまあ、早く終わってくれるのは良いことです。余計な疲労を体に溜めなくて助かります。

「さすがだねえ……」

 

「そっちの方が流石よ……裸にひん剥くのはどうかと思うけど……」

「ひん剝いたんじゃなくて服が千切れちゃったの」

 

それは災難ですね。まあ仕方がないといえば仕方がないですけれど。

「それじゃあ…後は好きにしなさい」

 

「そうするよ。それじゃあ……そこで見ている子によろしく言っておいて」

こいしが笑いながら私の後ろの茂みを指差す。どうやら興味本位で近づいてしまったらしい。

こいしに指摘されたことで諦めたのか華恋は立ち上がる。

「どうも…博麗の巫女です」

 

「うん知ってるよ。でも手は出さないでね」

 

こいしの言い方に一瞬不機嫌な表情を見せるものすぐにいつもの顔に戻る。

「ええ、面倒なことはお互いのためになりませんからね」

 

「流石だね!私もここに来たことは秘密にしてあげるからね」

そもそも秘密にしたところで何がどうということではないのですけれど…まあ本人達が納得してるならいいか。

「それで…この天狗達はどうするのですか?このまま裁いたら天狗側が黙ってませんよ」

 

「分かってるよ。だから流石に命までは奪わないって」

 

そう言うとこいしがサードアイを取り出し4人にかざす。

その瞬間天狗達は一斉に叫びとうめき声…さらには言語にならない言葉を発し始めた。その不気味な光景に華恋の顔が青くなっていく。

「1時間くらいで治るはずだから放置していても良いよね。それじゃあミスティアちゃん。帰ろっか!」

 

「え⁈あ……う、うん」

天狗達に気を取られていたためか少し気が動転していますね。

後でちゃんとフォローしておいてくださいね。

こっちもこっちで誤解を解いておかないといけませんし。

「華恋、帰るわよ」

 

「え?もう帰るんですか?」

 

ここに居ても気分が悪くなるだけよ。本来この領域は踏み入れちゃいけないのだからね。

でも…あの天狗達をこのまま置いておくわけにもいかないか……

「……それじゃあそこの天狗をまとめて安全なところまで連れて行きますか?」

「どうしてどこまでしないといけないんですか」

 

「じゃあ戻るわよ」

 

 

 

神社に帰る途中で肩にお空が乗ってくる。

ずっと待っていたようだ。

お礼を込めて首元を撫でてあげれば気持ち良さそうな声を上げる。

ついでにと天魔さんに先程の天狗達を回収してほしいとの手紙を渡してくるように頼む。

任せたとお空は張り切って夜の闇に溶け込んで行った。

「あの鴉…夜も飛べるんですね」

 

「お空は……飛べるわ」

大丈夫…あの子は強いから。

 

 

 

 

ことの結末と言うのは想定していたものよりもあっさりしていて、それでいて禍根が残らないものだった。

事前に天魔さんに連絡していただけあってその後の対応は早く4人の天狗は無事に向こうが回収した。

ただし精神の方は無事とは言いがたく、少しばかりトラウマになっているらしい。

特に弱者を弄ぶ行為にかなりの抵抗があるらしい。まあ、普通に人生を歩んでいたらそのような行為はしないだろうから大丈夫。

それに本人達も若さ故の過ちらしく相当反省していた。

余罪については私もこいしも関係ないし天狗の身内問題なのだから特に言及することはしない。

したところで裁くのは四季映姫さんであってそれは死後の話。

 

「へえ……あのあとそうなったのね」

 

私の話を聞きながら、華扇さんは葛餅を口に運ぶ。

靈夜の修行は今日だけお休みらしく。暇を持て余した2人が揃って博麗神社に来たのが半日ほど前。そこから靈夜が華恋と修行をすると言ってから2時間ほど経っている。

「まあ…結果としては良かったのですけれど」

 

「あんたの妹はどんなトラウマを見せつけたのやらねえ」

 

「それは私にもわかりませんよ」

 

分かってはいるけれど、あまりトラウマを穿り返すのは良くない。後からこいしに聞いた話では、精神を壊す直前でわざとやめたらしい。

「でもこいしでよかったんじゃないかいら?」

 

「それってどういう意味です?」

 

「だってさとりなら多分やっちゃってたでしょ」

そう言いながら彼女は葛餅に爪楊枝を突き刺した。それで察しろと…まあ察しましたよ。

「失礼な…私は精神を壊すくらいでやめますよ」

そこまで鬼じゃないですからね。

「いやいや、十分鬼よ!」

どこがです?精神なんて壊してもすぐに治せますから。発狂して自殺される方が余程鬼ですよ。

「あんた…それだから恐れられるのよ」

 

うーん…よくわからないですね。

首を傾げていると、ため息をつかれた。

「……それさえなければねえ」

 

それさえなければ…一体なんなのでしょうか。

だけど気になったことを疑問にする前に襖が開かれる。

「ただいま」

そこには靈夜と華恋がいた。なぜか華恋の方はボロボロになっていて少し汚れていた。

明らかに様子がおかしいですね。

「おかえりなさい………妖怪と戦いました?」

 

「あらご名答。一応理由を聞いても良いかしら」

疲れ切っているのか喋る様子のない華恋に変わり靈夜が聞いてくる。

別に…大した理由でもないんですけれどね。

「その土汚れは少し赤みがかかっていてやや粘土質ですね。でもそのような土は神社周辺にはない。似たような土があるのはここから少し離れたところ…わざわざそんな所に行ってまで修行をするのは常識的におかしいですし、靈夜ならもっと相手を優しくしますからそのようにボロボロにはならないはずですよ」

 

「あら、見てきたかのような言い方ね」

 

状況証拠から簡単に結末を想像しただけですよ。

「ふうん……それで、大丈夫だったの?」

 

華扇さんが華恋を抱き上げながら問う。

「大丈夫…です」

 

「私も居たんだから安心しなさいよ。ちょっと実戦経験を積ませてあげようと思ったんだから」

悪びれもせずそんな事を言う靈夜。私より彼女の方が余程鬼畜だと思うのですけれどね。

「だからって…天狗相手に戦うんですか?」

「どうしてわかったのよ」

 

「だって華恋の傷…それは刃物や鋭い爪で引っ掻かれたものとは明らかに違う…何か恐ろしく早いものが擦れた時に出る擦過傷ですよね。それも木とか腕とかじゃなくて結構大きいもの。だけど質量がないようね。当たった後に威力が分散しているから継続的に傷が付いていない。そのような独特の攻撃を行えるのは風…それも鎌鼬とかではなく風そのものを利用する方。ここら辺では天狗だけです」

 

「あんた…探偵にでも転職したら?」

それ良いかもしれませんね。

そんな冗談はさておき、華扇さん、傷の手当てをしますから華恋をこちらに渡してください。

後風呂の用意をしないといけませんね。疲れているでしょうし……

「風呂の準備は私がやってくるわ」

そう言い捨てて靈夜は部屋から出て行った。

「このくらいの傷…平気ですよ」

 

「ダメですよ。肌に傷跡が残っちゃうじゃないですか」

汚れてボロボロの服を脱がし、一時的に浴衣に変える。それと並行して傷口の消毒を行なっていく。

見た目に反して服の中は切り傷が多い。これも風を操る事で起こる一種の特徴のようなものです。

妖気を含んだ突風の場合は普通の風邪とは違って動きが複雑怪奇な事になる。それが服の隙間に入り込むと乱流となり真空波が生まれてしまう。一種の鎌鼬のようなものです。

 

 

 

「……随分傷だらけね」

 

「華扇さんの場合はこの程度の傷すぐ治っちゃうので気づかないだけだと思いますよ」

 

「それもそうね」

 

話しながらではあるが手当てを止めることはない。

結局手当が終わった頃には包帯が体のいろんなところに巻かれてた華恋の姿があった。

「なんか大げさな気がするのですけれど」

 

一番怖いのは破傷風ですからね。ちゃんと消毒しておかないと、大変なことになってからでは遅いのですよ。

「過保護ねえ……」

華扇さんだって似たようなものだと思いますよ?

「私はさとりだ……なんでもないわ!」

 

……?一体何を言おうとしたのですかね。

「少し動きづらいです」

我慢してください。明後日くらいには治りますから。



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depth.91さとり巫女になる(撹乱篇)

この日、私は珍しく人里に1人で来ていた。

華恋の修行は一旦お休み。見回りも彼女1人で行わせている。

こうして少しづつならしてあげないとずっと私と一緒になってしまいますからね。

一応監視兼護衛としてお燐が見ていますから何かあっても大丈夫でしょうね。

 

それにしても……いつ見ても人里は良いものですね。

人間の営みが折り重なり生まれるこの衝動。わかる人はなかなかいない。

まあ私のそんな戯言は置いておきまして、人里に来た理由をしっかりと果たさないとですね。

 

とは言えどそれはほとんど私用であって大事なものではない。寄り道をしながらのんびり歩くとしましょうか。

 

貸本屋に続く道を歩いていれば、ついつい道を外れてお店に入ってしまう。

道具がたくさん置いてある割に売り物として値段がついていないお店だったり

骨董品…というより何に使うかわからないオブジェクトが置いてある店だったり。はたまたSCPのような謎の人形ばかりが置いてある店だったり……

興味に引っ張られてなかなか足は進みません。

それもまた、目的のない歩きにはつきものの話。だけれどそれがあっているかどうかは分からないのですけれどね。

 

そんな事をして少しだけ財布の中身を減らしていれば、ようやく目的にしていた場所についた。道を外れに外れどうやってここまできたのかは思い出せませんがまあそんなものでしょう。

目の前にある看板は他の店と同じく木製色であまり他と変わらない。

そこに書かれた甘味処の文字もまた、何件か知っているごくありふれたもの。だがそれらは他のものに比べ少し新しい。

最近できたお店でこいしやお空が美味しい場所だと進めていたので一度は行ってみたかった場所。

扱っているものは少し変わったものが多いと聞いているが果たしてどのようなものでしょうね。

 

店員に案内され注文を聞かれる。何を選べばいいか分からないのでとりあえず店員に任せることにする。

店の中は閑散としているが私以外の客のちらほら。

私の隣の席にも一応居る。

 

いるのだが服装が少し独特すぎて目を向ける気力が起きない。

白いシャツとポケットのついた黒いワンピース。そして魔女特有の三角帽子と箒。間違いなく魔法使い。あるいは魔女。

その向かいに座っているのは普通の町娘のような子だけれど少し気配が違う。どうやら霊力が強めに出ているらしい。

あれじゃあ普通の人には見えない霊も見えちゃいますね。

 

と、注文を頼んでのんびりとしていれば隣に座っている客の噂話が耳に入る。

「そっちの方でまた出たんだって?」

「ん。呉服店の方と合わせりゃ5件目だって」

「あたしらも気をつけないとなあ……」

5件目……一体なんでしょうね。

 

「失礼、貴女達の話に興味が湧いたものでして」

気になったら話に乗り込んでいくしかない。

身を乗り出して彼女たちの方に体を傾ける。

「あ……えっとおたくこの里は初めて?」

魔女スタイルの女性がやや困惑しながらも返答をしてきた。

「ええ、ついさっき来たものでしてね」

 

「そっか、じゃあ夜に気をつけた方がいいぜ」

 

「ねえそんなんじゃ伝わらないってば」

 

町娘の言う通り夜が危険だという事くらいしか伝わらないですよ。

「そっか…じゃあよそ者だけど特別に……冗談だってば怒るなよ」

 

え?怒ってませんよ。基本的に無表情なだけであって睨んでもいませんし…勘違いしないでほしいです。それに私が余所者なのは仕方ないことですからね。

「私が言うわ。えっとね、最近人の惨殺死体が見つかるようになってね」

「惨殺死体?」

珍しいですね。人里の中でそのようなことが起こるなんて…慧音さんとかもいるでしょうに……

「犯人は捕まってないと……」

 

「うん、噂では家の中で殺されてるらしくてね」

家の中でですか。珍しいですね。普通なら外で辻斬りのような事をするのが多いですけれど…

 

そういえばお燐がぼやいてましたね。

人里で死体を見つけてくる事が多いのだが最近の死体は損傷が激しすぎるとか。

後は同族同士なのか少し獣の臭いが混ざっていたとかなんとか。

「そういうわけだ。あんたも気をつけなよ」

フードの上から魔女に頭を撫でられる。

いくら身長差があるからって少し乱暴です。

「犯人捕まると良いですね」

 

「人間だったらな………」

 

まるで人間じゃないような言い方ですねえ…どこまで知っているのでしょうかね魔女の人は。

「となると人外ですか」

 

「その可能性の方が高いってだけだがな」

それでも有力ですよ。人外かそうじゃないかで対応は完全に違いますからね。

 

もう少し話をしていたかったものの、注文していたものが来てしまった挙句

「あまり物騒な話は似合いませんよ」

と店員に釘を刺されてしまい会話は続かなくなった。それ以降も向こうは話題をなるべく避けていたためかたわいもない事に花を咲かせていた。

もちろん私だってそれに混ざってたわいもない話をしていましたよ。ですがそれとは別に思考を回していることもまた事実ですけれど。

 

さて、夜に1人づつ惨殺死体になる…確か似たような事案は小さな集落

ではかなりあるのですけれどここまで大きい里で起こりうるかと問われれば微妙ですねえ。

ですがそれしか分からない。だって慧音さんはすぐに動くはずですから…妖怪が絡んだら絶対に1日2日で鎮圧可能だ。それが出来ない…あるいは手を焼いているということはきっと妖怪がらみではなくもっと面倒なもののはず。

とすれば…候補は絞れる。その中でも最も有力なのはやはりこれしかない。

「……人狼ですかね」

人狼といえば私の記憶では人狼ゲームがおなじみだけれど本来の人狼というのはかなり危険な存在である。

 

基本的にあれは実体がない。というより動物霊の一種である。

人間の味をしめた狼の怨霊が地上を彷徨い人間に憑依することで誕生するのが人狼。それも憑依された本人に自覚はない。意識の外…つまり寝ている合間に狼は行動を起こすので例え私が記憶を想起したところで覚えてはいない。

最近村の中で惨殺死体が増えているのもまたその可能性が強い。

だとすれば獣の臭いが付いているというお燐の証言とも一致する。

 

それと厄介なのがあれは複数の怨霊が群れをなしているという事だ。

怨霊の多くは単独で行動することが多いのだが狼…それも人の味を覚えた狼の怨霊は群れで行動することが多い。

だから複数人が取り憑かれているというのも当たり前だったりするのだ。

「人狼?それって狼のことか?」

 

どうやら隣の魔女に聞かれていたようだ。

「正確には人間の味を覚えてしまった狼の怨霊です」

 

「怨霊…ですか?」

 

「ええ、正確には怨霊に取り憑かれた人間を指しますがね」

 

事例の数があまり無いですし大きな村や町には出没しないですからね。

「それってお祓いで追い払ってもらえばいいんじゃない?」

町娘っぽい子が目を輝かせる。なんですかその目は…これで事件解決だやったねじゃないんですよ。

「そう簡単にはいきませんよ。だれが人狼なのか分かりませんし、一度取り憑かれて行為に及んでしまうと怨霊は人間の魂と強く結ばれてしまうのでお祓いで取り除こうとすれば人間の魂まで一緒に切り離されてしまいます」

 

「そんな……じゃあ手遅れじゃないの」

ええ、手遅れですよ。まあ人間の味を覚えた狼自体が殆どいないですから対人狼用の術が無いというのも問題なんですよね。

「人狼になってしまったら殺すしかないんですよ」

 

それにしてもこのパン美味しいですね。中にクリームが入っていて…甘いです。

 

 

 

 

さて、食べ終えたことですしそろそろ行きましょうか。あまり長く居座っても邪魔になるだけですからねえ。

お金を置いて席を立つ。そんな私を引き止めるかのように魔女が声をかけてきた。

「ちょっと待って。あんた…やけに妖に詳しいようだけれど」

 

「ええまあ…職業柄そうなりますねえ」

 

「ってことは……妖怪退治の人?」

 

違いますけれどね。まあ否定してもなんにもなりませんし黙っておくことにしましょうか。

「ではでは……」

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇は平等にすべてのものを包み込む。

そんなものに飲まれるものかと蝋燭の光がいくつか闇を照らそうとするがそれもすぐに見えなくなってしまう。

ルーミアさんなら喜びますけれど慣れない環境は辛い。

そんな闇でも狼はよく見渡せる。

私は今人里に来ている。もちろん華恋には内緒でですよ。

いつもの外套も羽織ろうかと思いましたが面倒なのでやめておく。それに……相手によっては外套が邪魔になりますからね。

 

丑の刻と言われるこの時間帯では流石に灯をともしているものなど人里でも殆どなく、昼間の町並みは全く見えそうになかった。

さて、向こうが動くとすればきっと灯もつけないで歩く私。出てきてくれれば相手がなんなのかは見当がつく。

 

暗闇の中で私の巫女服が風も無しに揺れる。

何かが通った証。同時に漂う獣の臭い。間違いなさそうですね。

 

「こんばんわ。ちょっと訪ねたい人がいるのだけれど」

そう問いかけて見たが返事はない。その代わりに荒い息遣いが帰ってきた。

「そうね……今の貴方のような人」

息遣いが消え見えない相手が動き出す。

どうやら1人だけのようですね。

私をまだ人間と誤解しているようですが…はてはて?

 

飛び込んでくる。

短刀を引き抜き構える。

想定していた通りの位置に相手の腕が当たり硬いものと接触する。

わずかに散った火花が相手の姿を闇夜に浮かび上がらせた。

 

それは若い男だった。

肌は青白く見開かれたその瞳は何も映していない。憑依されて操られている時の典型だった。

火花を散らす原因は彼が持つ包丁。

それを弾きながら一旦後ろに下がる。

うめき声のようなものを残し再びやつが駆け出す。私を襲うのは不利と判断して逃げ出したようだ。

「全く……狩人は苦手なんですがねえ」

逃げ出す相手を追いかける。だが少し進んだ途端相手が反転してきた。

完全に速度に乗ってしまっている。回避するのは難しい。

なら…一旦やり過ごす。

刀を構えたまま左手で腰から拳銃を取り出す。

今回のために消音器を取り付けている。騒音で誰かが起きてくるということはないだろう。

狙いをつけずに3発撃ち込む。

抜けた音がして銃口が明るく周りを照らす。

相手の肩に掠ったのをはっきりと見る。次の一歩で体を捻り、相手の横を通過する。

通過する際に刀を突き立てておくのを忘れない。

手から離れていってしまったがそれはしっかりと相手の腕に突き刺さっていた。

 

 

低く鋭い悲鳴が上がる。それは人間のものではなく、獣のそれだった。

もう一丁銃を出す。両手に構えたそれで、呻き声のする方に何発も撃ち込む。装填段数はそれぞれ15発。先程3発使っているので27発。全弾を叩き込む。何発かが命中したらしく甲高い悲鳴が立て続けに起きる。

マガジンが空っぽになりスライドが跳ね上がる。

 

うめき声も気配も消えている。どうやら完全に事切れたらしい。

確認のためにゆっくり近づく。

相手が動く気配も生命の息吹もない。

完全に宿主ごと死んだらしい。

「さて…この遺体をどうしたものやら」

 

どうしようか悩み回収しようとした瞬間。

私の体は後ろに跳ね飛ばされた。左手に持っていた銃が衝撃で放り投げ出される。

「あ…ぐっ!」

体が地面に叩きつけられ肺が押しつぶされる痛みが走る。

同時に体がまた空中に投げ出される。

体を捻り四つん這いで着地する。

 

「そういえば……1人だけなんて確信なかったですね」

 

乱入してきたのはもう1匹。どうやら組んでいたらしい。

だが私を跳ね飛ばしただけで一体何をしようとしたのだろう。あそこでなら私を斬ったりすることだってできたはずだし喰らうことだって不可能ではなかったはずです。

体をあげて一向に動かない相手を見つめる。

 

肉か何かが引きちぎれる生々しい音がする。そして強くなる血の匂いと咀嚼する音。

心臓でも潰したのか…何かが弾ける音がする。これは間違いようもなく…先程私が殺したやつを食らっている音だった。

「……同族を喰うなんて……」

私の言葉を無視するかのようにそれを食い続ける相手。

服についた汚れをはたき落とし落としてしまった銃を拾う。

通りの真ん中に落ちていたそれを回収しマガジンを落とす。

土の地面に落ちたそれらは鈍い音を立てて沈黙…代わりに新しいものを装填する。

向こうも喰らい終わっただろう。恐らく私に目標を変えるか…このまま逃げるか。

でもその前に顔を拝まないといけませんね。

音のする方に向けて駆け出す。

それに気づいたのか向こうもその場を飛びのく。

だけれど遅い。思いっきり蹴りをお腹に叩き込む。柔らかい感触がして私の体が反動で吹き飛ばされる。直前に手で受け止められたらしい。

建物の壁を足場にして体制を整え再度攻撃。

今度は右手に持った銃で相手を狙い撃つ。向こうも構えていないと流石にさっきのは厳しいらしい。

銃口から光が溢れ、相手の顔を照らし出す。

「……え?」

相手の顔を見て、一瞬だけ動揺してしまった。

その一瞬が命取り。

隙をついた相手が私のお腹に膝蹴りをめり込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷縁起

55冊目第31項

 

 

古明地さとり

種族、覚り妖怪

 

能力、心を読む程度の能力

 

人間への好感度、良好

 

危険度、皆無

 

地底を治める者であり種族を問わず多くの妖怪に影響力がある。

幻想郷の中でもかなりの古参であり本人曰く奈良時代から生きているらしい。

交友関係が広く山の頂点である天狗を含め妖怪の賢者、鬼の四天王、博麗の巫女、河童とこちら側では真偽が把握できない程である。

 

 

まず彼女の事を記す前に知っておいて欲しいことは 現在幻想郷に住む妖怪の中で最も異質な存在だということである。

 

人間に対してはものすごく友好的であり人間側として妖怪を倒すこともあれば逆に人間を脅かしたりするなど妖怪らしくもありそうでない存在である。

古明地さとりと遭遇しても命を取られたりする事はまず無い。むしろ危険から守ってくれることの方が多いから安心してほしい。

八雲紫談

 

無表情で何を考えているか分からず不安になるものの性格は非常に温厚であり、誰にでも優しく接する。ただし家族や友人と認めている存在を傷つけると如何なる手段を行使し相手を追い詰め破滅へ導くとされている。本人談にてもいくつか壊滅させたりしたそうなので事実であると思って良い。

結論としては下手に手を出さない方が良い。

 

物静かで戦闘を好まない性格のようだが一方では鬼とよく戦っているとも言われている。

以下に証言をいくつかまとめてある。

 

 

古明地さとりは戦闘が嫌いだとか戦いたくないとか言ってる割に戦いになると容赦がない。

天狗談

さとりが戦いに身を投じたら相手に同情してしまう。

そもそも素手のみで藍と渡り合えるのが異常である。

八雲紫談

力は弱いけど戦いには強いそんな奴だね。勿論、弱点はあるがそれを狙ったところで戦いが有利になることはない。ほんと食えないやつだぜ。

鬼談

 

よく人里で料理を振舞ったり野菜の育て方を教示していたり祭り事への積極的な参加と人間味がある。何も知らない状態では妖怪とは思えない非常に人間に近い珍しい妖怪だ。

現在は山の麓に旅館を構えているが、大体は地霊殿にて地底の管理を行っている事がほとんどである。

 

 

戦闘においては中距離から近距離での戦闘を得意とする。

河童が作ったとされる特殊な武器を使用することが大半であるが、短刀を使った近接戦闘も同時にこなす。また自らの記憶を想起することにより今までに見てきたことのある攻撃をそのまま再現することが可能だという。

さらに能力を利用した心理戦にも長けており、実際妖怪の合間でも何人かが精神崩壊に陥ったと噂されている。

戦闘能力は高いので無闇に喧嘩を売るのは避けた方が良い。

最近は目撃情報が減っておりどこで何をしているのかなどの動向が掴みづらくなっている。

噂では巫女をやっているとかいないとか。

 

服装は専ら和服の上に外套を着ている。覚り妖怪である証のサードアイも普段は外套の中にしまってあるので覚り妖怪であることが露見しづらい。

 

 

多くの妖怪から恐れられている。

本人は誤解だと言っていたが実際のところは無自覚なだけかもしれない。

 

さとりは味方にすれば心強いけれど敵に回しては絶対にいけない。

毎年のように何名かが被害にあっている。

天狗談

 

勝てなくはないもののそのために払わなければいけない犠牲が多すぎるしそもそも勝てる気がしない。

 

陰陽師の集団すら追っ払った挙句地底の化け物やらとサシで戦ってる存在なのだから強いのは当たり前。その上敵対すれば確実に天狗と鬼まで敵に回す妬ましいわ。

妖怪談

 

そこまで酷いことはしないんですけれどねえ……たかだか精神を壊すかトラウマを植え付ける程度なんですけれど。

本人

あのヒトは自覚がないしバーサーカーなところが多いからねえ。

黒猫談

 

 

 

古明地こいし

 

種族覚り妖怪

 

能力心を読む程度の能力

 

人間への好感度、良好

 

危険度、皆無

 

古明地さとりの妹でありこちらもかなりの古参である。ただし100年ほど前にさとりとともに現れる以前は目撃情報もなく全てが謎である。ただし、彼女自身は純粋な妖怪ではなく半妖である。

姉とは違い旅館の女将をやっている。

交友関係はこちらも広く、さとりと同じで確認しきれない。

 

さとりと同じく人間との関係は良好でありよく妖怪から人間を助けることが多い。

ただし悪戯をする事もあるので少し注意してほしい。

 

さとりと違って彼女はどちらかといえばこちら側の存在に近く、同時に少しだけ危ない。

八雲紫談

 

こいしは良い子ですよ。時々羽目を外しすぎたりしますけど明るくて癒されます。

さとり談

 

性格は無邪気で明るいらしく誰にでも気さくに話しかけるとのこと。

比較的温厚らしくあまり怒ったりはしない。何か事があってもその場を和ませながら怒る為か彼女の周りでは揉め事が起こりにくいと言われている。

ただしこちらも家族が傷つけられると激昂する。

 

また能力の使い方が少し独特であり、相手の深層心理を読み相手の行動原理を探るのだとか。

 

また洞察力が優れておりわずかな情報からでも大量の事実を言い当てる。その為探偵まがいの事を依頼されることが時々あるそうだ。

本人は上手くないからといって最初は断るものの押しに弱いので受けてしまうのだとか。

 

 

さとりと同じく多くの妖怪から恐れられているが本人は分かっていてそうしているのだとか。

ただし仲良くなると恐ろしいなんて噂が嘘のようだとの証言もあるので多くの妖怪が勘違い、或いは間違いを起こしているだけかもしれない。

ちなみに覚り妖怪という種族はこの2人しかいないらしい。

 

昔はこの辺りにも覚り妖怪も結構いたのだけれど…差別と虐殺で殆ど消えちゃったわね。

神様談

確認できた覚り妖怪はもう彼女達だけになってしまったわ。

八雲紫談

 

着物を着ている事が多いがそれとは別にフリルのついたスカートや浴衣などバリエーションに富んでいる。

噂では全てさとりが作ったのだとか。

 

戦闘では殆どが至近距離での斬り合いが多い。ただし魔術も使えるので中距離から長距離での支援戦闘もこなせる。

彼女が使う魔術は殆どが姉が作り上げたものであるようだが詳細なことは分からない。

また魔術による攻撃の種類などの細かいことも分かってはいない。

その為観測、本人が証言して確定しているものをここには記述する。

 

空間圧縮による収納魔術

複数の誘導弾幕を放つ攻撃魔術

広範囲への攻撃を目的とする殲滅魔術

気象現象を利用した攻撃魔術

簡易結界を利用する防御魔術

ただし本人は至近距離で双剣を持ち暴れる方が性に合っているのだとか。

 

あの子は…どちらかというとアーチャーしないアーチャーとか理性のあるバーサーカーなんですよ。

さとり談

意味がわからないとだけ記しておく。

 

 

火焔猫燐

 

種族猫又、あるいは火車

 

能力 不明

 

人間への好感度、中

 

危険度、中

 

さとりのペットとして飼われている猫の妖怪。

かなりの年数を得ている為かかなりの腕利きであると言われている。

ただし猫故か普段どこで何をしているのかが分からない。

愛称はお燐。

名前は鬼につけてもらったらしく僅かながら鬼の妖力が混ざっている。

 

お燐か?ああ、よく私の膝の上に乗って寝るぞ。

狐談

 

黒猫だからよく気味悪がられるけど根はいい奴だよ。ただ猫だから気まぐれなんだけどね。まあそれでもさとり達と比べたら結構常識ある方よ。

土蜘蛛談

 

性格は比較的温厚であるが気まぐれなので何をするのか予測がつかない。人間を襲うこともあることにはある。

ただし気まぐれなので出会ったからと言って襲われるとは限らない。

良くも悪くも妖怪らしい。

 

遺体を漁ることから火車とも言われているが生まれも育ちも猫又と分かりそうで分からない事を言っている。ただし火車を否定していないし死体を持って帰るのが趣味らしいのでやはり火車かもしれない。

本人自身どっちかわかっていないようだ。

 

服装は黒色をベースに赤と黄色のフリルがついたドレスを着ている事が多い。また長い髪を三つ編みか後ろで一本にまとめている事がほとんどである。

猫の姿ではしっぽのさきっぽが二本に割れやや赤みがかっているのが特徴である。

 

癒されるのは間違いないのだがどうしてみんな気味悪がるのかわからない

狐談

 

さとりと同じく河童が製造したと思われる大型武器を使用しており超長距離からの奇襲を行うことが多い。ただし動物ゆえに身体能力が高く爪を使った接近戦も易々こなしている。

 

気づいたらやられていたなんて事はあの猫の前では当たり前。特に視界が効かない場所ではどこから攻撃してくるか分からないから極度の重圧を与えている。あの子だけが戦わず勝つ手段を持っているとも言えるわ。

八雲紫談

 

 

可愛いので良くみんなに撫でられたりするのだが撫でるのが下手なヒトにはあまり近寄りたくないのだとか。

ただし黒猫なので人間からはやや恐れられている。実際最近厄がまとわりついているのか周囲で不幸なことが起こりやすくなったらしい。

要注意である。

 

 

霊烏路空

 

 

種族 地獄鴉

 

能力 喰らう程度の能力

 

人間への好感度 中

 

危険度 高

 

 

旧地獄、現地底の灼熱地獄後を管理している妖怪である。

生まれも育ちも純粋に地獄であり灼熱地獄の中で生活してしたため耐熱性が飛び抜けている。元々は灼熱地獄で罪人の魂を啄む鴉であったが重症を負ったところをさとりに助けられて以降忠誠を誓うようになったらしい。

あまり人前に出ることはなくどこで何をしているのかが分からない。

灼熱地獄後の管理があるため地底にいることは間違いないもの地上の旅館にて手伝いをしてる姿も見受けられる。

だがそれ以外の場所で彼女と遭遇したという事例は見かけない。

愛称はお空。

 

彼女自身地獄鴉であり鴉の姿をしていることが多いですが目が赤いのですぐにわかりますよ。

さとり談

 

鴉だから記憶力は悪いみたいだけれど…それでも頭の回転が早いから騙してなにかするのは得策ではないですよ。

天狗談

 

普段はおとなしいものの虫の居所が悪かったり不機嫌な時に遭遇すると普段とは想像できないほど荒っぽくなる。

そういう時に手を出すと地獄に引き込まれるので注意が必要だ。

ただし根は優しいので謝れば許してくれることもあるとかないとか。

 

お空は優しいからねえ。特に子供には甘いから結構許しちゃう事が多いよ。まあ途中から忘れているんだけどね。

こいし談

 

 

前述の通り灼熱地獄で育ったためか基本的に熱攻撃は効かない。

彼女曰く灼熱地獄でも生暖かいのだとか。

ちなみに灼熱地獄の温度は摂氏7000を超える為一般人が近づくのはオススメしない。

逆に冷たいものが苦手であり追い払う際には冬場で力も強くなった氷精か、雪女並みの冷気を持って来れば良い。

 

服装は白いシャツと緑色のスカートを履いていることが多い。ただし催し物の時は青色の浴衣を羽織っていたりその上から青色でハートのボタンがついたシャツを羽織ることがある。

それらの服は背中の羽を通せるように特殊な穴が開いている。

羽自体は隠すごとができないため人里に紛れ込んでもすぐにわかる。

 

 

戦闘はほとんどしない為かどれほどの強さを持っているのかはわからない。

彼女自身もどのように戦うかは毎回のように忘れているらしく基本的にその場その場の対処で済ませているようだ。

 

お空が戦ってる姿ってあんまり見ないからなあ…わからないや。

黒猫談

 

お空が戦った時は証人がだれ1人としていないからねえ…どんな戦いだったのかも本人は忘れちゃうから聞けないし…でもまあ安心して。彼女と戦う時はチリにしかならないから死体を持って行かれることはないよ。

こいし談

 

 

 

大妖精

 

種族 妖精

 

能力 悪戯をする程度の能力

 

人間への好感度 良好

 

危険度 中

 

霧の湖周辺を住処にしている妖精。行動範囲が広く様々なところで目撃される。

妖精の中でもお姉さん的存在でありよく他の妖精相手に世話を焼いたり遊び相手になったりしている。

本人自身もかなり大人びているのは自覚しているようだ。

 

ああ、彼女の片腕は私が作った義手だよ

河童談

 

多分妖精の中でも最も異質になってしまった存在ね。危険性はないから安心していいけれど……

八雲紫談

 

恐れられている程ではないが妖怪の合間では注意しておいた方が良いと言われている。また彼女の能力は最も妖精らしく、時々人間に対して悪戯を仕掛けることがある。

過激なものはあまりしないものの使い方を誤って殺してしまうこともあるので十分注意した方が良い。

 

 

緑と青をベースとしたワンピースを以前は着ていたものの数百年前から薄水色の浴衣に赤色のジャンパーを着ていることが多くなった。

ちなみに浴衣は特殊な作りになっているため高機動戦をしても問題はないと本人は言っている。

 

戦闘は基本的に短刀を使った近接戦闘を得意とする。

どうやら覚えられればほとんどの弾幕や攻撃は使うことができるし彼女自身は風と自然を操る攻撃が得意である。

だがこちらの方が確実に相手を倒せるからよく使うのだとか。

戦闘時に目が青色に光っていることがあると言われるが真偽は不明。本人も覚えていないらしい。

使用する短刀も特殊なものであり妖力により切れ味が増している。

刃先に触るのはご法度。

瞬間移動を使うことが可能であり不意打ちや相手を惑わす戦法を使う。

 

懐に入られる前に逃げた方が良いですよ。逃げれたらの話ですけれど…

さとり談

 

彼女に戦い方や瞬間移動などを教えたのは古明地さとりだと言われているが本人はそれについて一切話していない。

だが短刀の使い方がどことなく似ている。



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depth.92さとり巫女になる(考殺篇)

「痛っ……よくもやってくれましたねえ!」

 

空中に跳ねあげられながらも銃弾の雨を降らせる。

狙いは適当だったけれど、その多くは彼女に当たった。

血に濡れた町娘の顔に、一瞬動揺してしまいお腹に重い一撃を食らってしまったが、貫通もせず臓器に多少の傷を与えただけだった。

 

受け身を取ることができずそのまま地面に叩きつけられる。

そんな私に向けて何かが飛びかかってきた。

「……まだ、生きて……」

 

腕や足から血を流しつつ、町娘が私の上にのしかかってくる。

その目は黄色く光っていて…霊力の流れが僅かに狼の耳を作り出していた。

さっきの狼を喰べたから……少しばかり強くなっているようね。

 

喉元に噛みつこうとしてくる。

噛まれたら流石に痛いなどとアホのような思考をしつつ、強引に押し返す。

銃は弾切れ。装填している時間はない。

体勢を立て直そうとする彼女の首に刀を突き立てる。

「来世は…もっとマシだと願ってます…」

反撃される前に刀を深く押し込む。

首を切っただけではまだ死なないのか私の体を蹴飛ばしてくる。

だがそれも少しづつ弱まっていき、やがて動かなくなった。

私の腕を掴もうともがいていた手も糸が切れた操り人形のように地面に垂れる。

刀を引き抜けば、堰き止められていた血が一気に吹き出す。

かなりの量の血が体に飛び散る。

 

「……今日は濡れますね…」

少し疲れたためその場に座り込んで休んでいるとポツリポツリと水が降ってくる。

それはどんどん強くなっていき、あっという間に周囲を騒音で染めた。

……今日はもう戻りましょう。

これ以上ここにいても何にもなりませんからね。

戦いに夢中で気づかなかったですけれど…やはりサードアイの管はいくつかが切れていた。

通りで途中から相手の行動が読みづらくなったわけですよ。

まあ…こんなもの……彼らの苦痛よりかはマシなのですけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香ばしい匂いがして、私の意識は覚醒した。

体を起こしてみればまだ日は上がっていなくて、周囲は薄暗い。

それに雨の音……雨じゃあまり動けないなあ。

そう思いながらまだ眠気から解放されない。体を起こして部屋の襖を開ける。

その音でさとりさんは私が起きた事に気付いたのか、パタパタと台所から顔を覗かせた。

「おはようございます。もう少しで朝食が出来ますからね」

 

「はーい」

 

さとりさんが作ってくれる食事が一番美味しい。だからこうして任せちゃいたくなるけど…いつかは私も自立しないといけないから…朝も自分で作れるようにならなきゃね!

でも…さとりさんいつもの巫女服じゃなかったけどどうしたのかなあ。それに少しだけ手に黒っぽいものが付いていたような……まあいいか!

 

 

美味しそうな匂いに意識を持っていかれお腹が空いてきたなと感じるほどに覚醒してきたところでさとりが私を呼んだ。

どうやら朝ごはんが出来たらしい。

すぐに料理を運んで準備をする。これくらいは私もやらないといけないからね!

それにしてもいつもよくこんなに美味しそうなご飯を作れるよねえ……

 

あ、これ大好きな鮎の甘露煮だ。

 

内心ガッツポーズをしながらさとりさんを見れば少しだけ暗い雰囲気が出ていた。

いつも無表情なんだけどなんとなく喜んでいる時と悲しんでる時くらいの見分けはつく。

朝からどうしたのだろう。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ…いえ、珍しく浴衣を着ているなあって…」

なのにその上から胸の少し下までの丈しかない外套を着ている。外でもないのにね。

 

「たまには着てみるのも悪くはないわ」

 

……人に秘密があるのは当たり前だから深く探らなくてもいいか。

 

「それより早く食べましょう」

おっといけない!忘れるところでした。

早く食べないと冷めちゃいますね。

 

 

 

 

 

洗濯が間に合わなかったから浴衣を着てしまいましたが…まあ大丈夫ですよね。

今度紫から予備の巫女服をもらうことにしましょう。

なにせあそこまで血がついてしまってはもう落とせませんし…

 

「紫……いるんでしょう」

皿を片付けながら何もない空間に話しかける。

「はいはい、全く…服の予備は中々作れないんだから気をつけなさいよ」

その声とともに後ろに何かが落ちる音がする。

振り替えって見れば、そこには新しい服と、今まさに閉じようとしている隙間があった。

お礼を言う間もなく、隙間は閉じてしまった。

ちょっとはお礼くらい言わせてくださいよ。全く…恥ずかしがり屋なんですから……

あ、そうだ今度甘いものでも作ってあげましょうか。

 

あの後、神社に戻っても一睡もすることができず結局朝まで起きていることになってしまった。

まあ……思った以上に服が血まみれでしたしびしょ濡れで寒かったですし…空薬莢の回収に無駄に時間使ってますし死体から弾丸を取り出してたら他の死体と同じく損傷が激しくなっちゃいましたし後始末が大変でした。

 

今頃人里はどうなっていることやらです。

気になりますねえ……

「……そうだわ。ちょっと人里に行ってくるから、留守をよろしくね」

思いついたら直ぐに行動。日はすでに登っているだろうけれど低く垂れ込んだ雨雲のせいでまだ薄暗い。

だが時間的には丁度良いくらいですね。

「こんな雨の中ですか?」

傘をささずに玄関から出ようとする私を華恋が引き止める。

雨だから…良いんじゃない。全てを洗い流してくれるから……

「お昼までには帰りますよ」

 

せめて傘だけでもと思ったのか部屋の奥に傘を取りに行ってしまう。

それをもらうより早く私はその場から去っていた。

たちまち、雨が私を濡らしていく。

水を吸って重くなった浴衣が肌にぴったりとくっつく。

 

それでも重ね着をしているおかげか肌が透けて見えるという事はない。

髪の毛から滴る水滴が、雨に混ざって地面を叩く。

 

 

人里の入り口で追い返されそうになったがなんとか入ることができた。

偶然にも前回私を通してくれた顔なじみの人が来てくれて助かった。あのままじゃ追い返されてましたからね。

今の人里では妥当でしょうけれど……

雨の為か人の動きは少ないかと思いきやそういうわけでもない。

だがその人々の歩く方向は一定でありその先に何があるのかわたしにはわかりきっていた。

 

現場近くになってみれば、そこには傘をさした人たちが何人か集まって覗き込んでいた。

あまり人数がいないのだが傘のせいでなんだかたくさんの人がいるように見える。

それにしても変に視線を感じますね。傘を差していないからでしょうか。

 

「今回は2人連続だってよ」

 

「参ったな…こりゃ自警団の強化を強めないとな」

近づくにつれて人々の話す声が聞こえてくる。

死体の方はすでに運び出された後なのかその場所には何もなくなっていて、ただ雨に濡れた地面があるだけだった。少し離れたところに白い布で包まれたものが二つ置いてあった。

調査などがあるから下手に動かせない。だけれど道の真ん中ではどうしようもないからという理由なのだろう。

血の跡も、肉片も…全て雨が洗い流してしまったらしい。

「それにしても今日は2人…激化してねえか?」

 

「たしかに…ってなると明日は3人?おっかねえ…」

 

 

「……やはりこうなってましたか…」

他のと同じく死体の損傷が激しいからか、あの2人が犯人だったとはだれ1人として気づいていないようだ。まあ…彼女達の名誉のためにも真実は知らない方が良いですね。とは言っても慧音さんなら気付くと思いますけれどね。

でも彼女のことですから……多分隠すと思いますよ。

今回の件は謎のまま。そのうち皆の記憶からも忘れていくだろうし100年も経てば当時を知る人間などいなくなる。

「ちょっと通して!」

女性の声が後ろからする。

あの魔女も近くにいるようですね。確か…友人でしたっけ。

そう言えば彼女には人狼の可能性を話していたわね。

なら…2人も同時にやられるこの状況で何か分かってしまうかもしれない。だけれどそれを私が知る必要はない。

私は最後まで見届ける義務があるとはいえ…いつまでもここにいる必要はない。

踵を返した私の横を魔女が通り抜ける。

向こうは私に気づいた様子はない。無理に話しかける必要もないですし……

私は近寄らない方が良いでしょうね…なにせその友人を殺したのは私なのですから。

いくら妖怪とは言え私は人間。

人を殺して正常に振る舞えるほど精神は壊れていない。

その割には……私は淡々としていますね……全く…悲しいです。

 

 

その場を離れたは良いものの、何をするということもない私であったが、人里を歩いていれば急に後ろから肩を掴まれた。

振り返ってみればそこには誰かの胸…顔を上げれば慧音さんが無言であっちに行こうと呼びかけていた。

どうやら……私がここで雨に濡れているのを見て不審に思ったようですね。

慧音さんに連れられて向かった先は寺子屋だった。

雨のせいかそれとも今回の騒動のせいか生徒がいる気配はない。

「雨の日は基本休講なんだよ」

私が疑問に思っていることを察したのかそう答えてくれる。

 

「ここなら人払いが簡単にできますね」

ここに連れて来たということはきっとそういう事。

「察しがいいな。まあ入ってくれ」

 

濡れ鼠なのですが大丈夫でしょうか…とか思いながらも玄関に足を踏み入れる。

浴衣や髪の毛から垂れる水滴が木の床にシミを作り出していく。

ずっしりと重くなった浴衣を引きずり、慧音さんを追いかける。

「あ……ちょっと待っててくれ。今拭くものを取ってくるから」

流石に濡れたまま歩きまわられるのは困るというもの。

それにいつまでもこれを着ているわけにはいかないのでその場で脱ぐ。

「持って来たぞ……って何をやっているんだ!」

布を持ってきた慧音さんが急に顔を赤くする。

「何って…濡れた服を脱いだだけですけど…」

 

「裸のままウロウロされる方が困るぞ!ほらこれで体を隠せ…全く……」

 

ついでだから濡れた服は乾かしておきましょうか。

シワにならないよう伸ばし、熱風を当てる。

「……まさかここでずっと乾かし続けるつもりなのか?」

「まさか…ある程度のところまでいったらすぐにやめますよ」

 

結局五分近くかかった。

 

 

「それで…なぜ私を?」

浴衣達は自然乾燥に任せつつ、私は慧音さんと対面して席に座っている。真面目そうな顔の彼女の前ではあまり変なことは考えない方が良い。どこまでを隠してどこまでを話すか……さてどうしましょうか。

でもどうせ隠し通すのは難しいのですから……

 

「ああ…ここ最近の惨殺事件は知っているだろ。それについて少し聞きたくてな」

どうやらこの件には慧音さんもある程度関わっていたらしい。だけれどなかなか犯人が捕まらなくて困っていたようだ。妖怪というわけでもないのだから仕方がないだろう。それに相手は妖怪の宿敵でもあるような怨霊だからなおさらですね。

「そうですね……人狼だったんじゃないんですか?」

少しだけ考え込んだ慧音さんだったがすぐにピンと来たらしい。

「なるほど……人狼か。あり得なくはないな」

 

「ですが……もう起こらないと思いますよ?」

 

「それはどういう……」

怪訝な顔をする彼女だったが、私が視線を逸らしたことで何かを察したらしい。

「なるほど……既に退治は済んだわけか」

 

「退治じゃなくて人殺しですよ…貴女の庭で勝手な事をしたとは思っていますけれど…」

 

「分かっているなら一週間は人里に出入り禁止だな」

 

寛大ですね……お咎めが殆ど無しな上に退治もされないだなんて。

「いつかは誰かがやらなければことだ。それにもしかしたら、私がやっていたかもしれないんだ」

だからあまり気に病むなと……「まあそうですけれど、言われて「はいそうですか。」というわけにはいきませんから。

「……まあそういうことです」

 

「そうか……わざわざ伝えに来てくれてありがとうな」

そう言うと、慧音さんは暖かいお茶を差し出して来た。

雨で体が冷えていたからちょうどよかったです。

 

 

 

その後詳しい話をしていれば、服はすっかり乾いていた。

話も区切りが良かったのでその場で切り上げる。

乾いた服に袖を通し支度をしていれば雨が弱まって来たらしい。この調子なら神社に着く頃には止んでいるだろう。

また慧音さんに傘を薦められたもののもうすぐ止みそうだったのできっぱり断った。

 

朝よりかは濡れずに済みそうだとかへんな事を考えてしまう。

そう思いながら雨の中を歩いていれば、いつのまにか里の外に出ていた。

考え事をしていたせいで記憶していなかったようです。いつものことですけれどなんだか落ち着かなくなる。

というかどうして雨が降る量が増えているんですかね。

止みそうだと思ってたのに全然止む気配がなくなってしまった。

足場も良くないですし……

 

やれやれどうしたものかと俯いていると、私の陰に誰かの影が重なった。

「……迎えに来ました」

顔を上げて見れば、そこには華恋が傘をさして立っていた。

「……ありがとうございます」

 

「気にしないでください」

傘一本しか持って来てないのはあれですけれど……

え……どうしてそんなに私にくっつこうとするのですか。

なんだか落ち着かないですよ…特に人肌が……

 

 



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depth.93さとり巫女になる(終考篇)

時間というのは長いもので、気づけば彼女の教育係になって数年が経っていた。

半分日常化してしまったものの、それも今日限りだ。

戦闘の面ではもうとっくにに大丈夫だったから紫に戻って来ていいと言われたものの、入れ替わりに戻ってきた靈夜がもう少しいて欲しいと言うものだから断ることができずここまで伸びてしまった。

 

そんな事を縁側に出て思い浮かべていれば、後ろに誰かが歩いてくる。

華恋や靈夜は今出かけているはずだから彼女達ではない。それにあの2人ならもっと静かに気配を消して近づくはずです。

さてさて誰でしょうねえ。

私にとっては誰が来ようと変わらないのですけれどね。

 

「久しぶりになります」

 

振り返ってみればそこには賢者の従者が仕事モードで立っていた。

久しぶりねと手を挙げて答えてあげれば、それに答えるかのように隣に腰を下ろしてきた。

「すっかりその服馴染みましたね」

 

「巫女服は好きではないのですけれどね」

 

「同意します。さとり様、分かっていると思いますが…」

 

ここからが本題と少し前の雰囲気とは変わって目が真剣になる。

分かってはいるのですけれどね。やはりそれを言われるとどうしようか悩みます。

華恋には今日で私が任を解かれることはまだ伝えていない。

まあそろそろここを去ると言うことは伝えてあるのだけれどどうしても言い出せずにズルズルきてしまったわけだ。

スパッと切ってはいさようならって言うほど私は冷たくない。だけど次会ったら敵同士かもしれない相手だ。

あまり友情だとか信頼だとかを持たせすぎてその時になって私もあの子も機能しないようであればやばい。

敵はしっかり倒す。そうでなければまだ生き残れない世界ですからねえ。

さてさて、結局どうしたら良かったのかと思考を巡らせる。

 

ただ出て行くだけなら簡単なのですが……

やはり心苦しいというかなんというかちゃんと一言、言っておきたいと言うのはあります。

 

では正直に妖怪でしたと言うか…流石にこれもまずい気がするのですよね。なにせ今まで教わっていた相手が妖怪だったなんて知られたらどう言う反応をするか。

育ての親が子供に自分は殺人者だと言うのと同じですから…彼女の心にどれだけ影響してしまうやら。

 

私が妖怪であると伝えずに戻っても私は幻想郷の住人。うっかり出くわした時にどうなるかわからない。

そもそも、そっちの方が妖怪として出くわした時の精神的ショックが大きい。

それが原因で荒れてしまっては元も子もない。

だけど一緒にいることはできない。だって私は外見が全く変わらないのだ。数年なら誤魔化せるだろうけれど何十年となれば隠すのは無理。

 

手詰まりですね。

 

「藍さんはこういう時相手にどう声をかけます?」

 

「そうですね……似たような場合でしたら私は黙ってその場から逃げます」

そう…で、それはいつ頃の方とのものでしょうかね?まあ貴女の場合そっち方面の話が多すぎて色々ありそうですけれど…

「黙って離れる……」

「真実は知らない方が幸せなこともある。虚偽の上に成り立つ幸せだって悪い事は無いだろう」

 

そうですね……たしかに、偽物の上にある幸せであっても本人にとってはまぎれもない幸せですからね。

 

もし出会ってしまった時はその時考えよう。結局問題の先送りでしかないけれど気にしてばかりでは仕方がない。

手紙でも置いておこうかと思って空を見上げてみると、薄黒くどんよりとした空から白い塊が舞い降り始めた。

ああ…そう言えば朝降りそうだとかなんだとか言ってましたね。見事に2人して忘れて行ってしまったのですけれどね。

「降ってきましたね」

 

「ん?ああ…そのようですね。今年もこの季節って感じになって来ましたね」

本当ですね…秋が過ぎて気温が下がってもやはり雪が降らなければこの季節と言う感じはしない。

水の結晶は1つ降りてくれば次から次へとひっきりなしに降りてくる。

この調子じゃあの2人も濡れてしまいますね。

 

「……では、今日限りで博麗の巫女代理、納めさせていただきます」

わかったと一言だけ言って藍さんは家の中に戻った。どうやら寒かったらしい。

かく言う私も寒いのですけれどね。ええ、そうですよ。寒いですよ。

 

それにいつまでも縁側にいるわけにもいかないので藍さんが引っ込んだ所の襖を開け部屋に転がり込む。

「やはり寒かったのですね」

案の定藍さんはそこの真ん中に掘られた炬燵に体を入れて縮こまっていた。

「当たり前ですよ」

 

ですが私はそこに入りにきたわけではない。多少部屋の温度が高いので他よりも着替えるのに都合が良いってだけです。

 

その場で服を脱いでいく。

何やら藍さんが慌て始めましたけれど…はて?サラシと下は脱ぐなと?だってこれきついんですもん。

炬燵に潜り込んで隠れてしまった藍さんを尻目に私のいつもの服に着替える。

冬用の和装は少し重ね着を行うので重量がある。

それでも服一枚程度なのですけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……降ってきましたね」

老舗の貸本屋の軒先で空を見上げながら私は呟いた。

「傘忘れてくるんじゃなかったわ」

 

ため息を吐く靈夜さん。

そういえば傘忘れてましたね。私もなのですけれど…

本当は降る前に帰ろうとはしていたのですけれど人里に久し振りに来てみたら意外と美味しいお店があったり甘味処に新しい品が入っていたりで余計に回るところが増えてしまいました。

 

雨じゃないだけ良いのですけれど…雪は雪で冷たい。雪だから当たり前だけどね。

「多少濡れるけど……仕方がないか」

靈夜さんは私服だから良いのですけれど私は巫女服ですからね?あまり数がないんですよこの服って。

ああもう、不測の事態に備えてこれを着てきてしまったのが悔やまれます。

「あまり酷くならないうちに帰りましょうか」

 

「そうね。まあ飛べば早いし良いんじゃない?」

悪天候で飛ぶのは嫌いですけどね。この場合は仕方がないかなあ……でももうちょっとだけ…本を探したい。

「もう少し待ってみませんか?」

 

「あんた……本が好きなだけでしょ」

やっぱり靈夜さんにはバレていたようだ。隠し事はやっぱり難しいですね。

靈夜さんに軽く笑いかけながら本を探す作業に没頭する。

探すと言っても特定のものを見つけるわけではない。ただ、直感的にこれかなと言うものを選ぶだけ。

「仕方ないわねえ…本は好きじゃないんだけどなあ」

 

愚痴をこぼしながらも靈夜さんは一番近くにあった本をペラペラとめくり始める。

面倒なら先に帰ってしまえばいいのにそれをしない辺りやはり面倒見が良いというか…心配性というか…その配慮がすごく嬉しくもあってなんだか暖かい気がする。

 

 

「そういえばさ……」

 

数分ほどしただろうか。靈夜さんが手元にあった本を興味なさげに閉じ私に話しかけてきた。

「なんですか?」

無造作に積み上がった本を退けながら靈夜さんの元に行く。

「あ、そのままで構わないわ。えっとね…さとりの事なんだけど」

 

さとりさんの事?一体なんでしょうか。

 

「そろそろ、あいつも任が解かれるから巫女代理やめるのは知ってるでしょ」

 

「ええ、知ってますよ?」

一ヶ月ほど前に本人から伝えられましたからね。私としては寂しいのですが死ぬわけでもないですしまた遊びに来てくれれば良いかなって思ってるのですけど……

 

「なんて言うか……ちょっと常識はずれなところがあるけど、根はいい奴だよ。お節介が過ぎるんだけど……」

 

話の概要がいまいち掴めない。えっと……一体何を伝えたいのでしょうか?向こうも要領を得ない事を言ってるだけだと思ったのか口を閉ざした。だけど私に真剣な眼差しを向け、口を開いた。

「もし、あんたがさとりと闘う事になったらどうする?」

 

「?闘うこと?そりゃ…闘うしか無いですよ」

私は博麗の巫女。この名は幻想郷の均衡を保つ大事な役割だ。だから例え仲間であっても幻想郷の敵となるのなら倒す。そのつもりだ。

「あんたはさ……さとりと闘えるの?命をかけた殺し合いが出来るの?」

 

「……」

 

博麗の巫女としてはできると答えなければならない。だけれど、それにできると答えることがどうしても出来なかった。

さとりさんを殺す事…どうしてもそれができるとは私にはできなかった。

「……今のあんたじゃ無理そうね」

 

「靈夜さんは、どうしてそんな事を聞くのですか?」

 

「そうね……あんたあいつが無条件で自分の味方って思ってるでしょ?」

 

その言葉に私は疑問符を打つ。まあ確かに不必要に妖怪を退治したりはしませんね。

まず退治自体も知性のある妖怪にはほとんどやりませんし……

「私だってそうよ。いつでも貴女の味方だなんて思っちゃいけないんだからね」

靈夜さんも?でも靈夜さんは仙人ですし…

「あのねえ……いつでも博麗が正しいなんてことは無いのよ」

 

分かってますよ。正しくないと思ったら自分の心に聞いてそれでも正しくなかったら正しい方に行かないといけないって事くらい。

「靈夜さんは…さとりさんが信用できないのですか?」

 

「そうじゃないわ。元々人間とあいつは敵同士なのよ?」

 

「どう言う事ですか?」

敵同士?だってさとりさんは私を守ってくれたし人間だって襲われていたら助けるのに…

それが敵だなんてことあり得るわけないじゃない。

 

「本当は黙ってたかったんだけどこのままだと後で大変なことになりそうだから言うけど…さとりはね……」

 

そこまで靈夜さんが言いかけて急に口を閉じた。

そのまま目線が入り口の方に向かっていく。

私もその目線を追いかけていくと、丁度扉についた鈴が音を立てて入店者が来たと言う事を知らせてくれた。その入店者は私達を見つけてすぐに近づいてきた。

 

「やっぱりここにいましたか。傘、持ってきましたよ」

それは先程まで話していた内容の人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

靈夜さんと私の合間に気まずい雰囲気が流れる。

と言うよりも……その気まずい雰囲気を作り出してしまっている本人はと言えば……

「2人ともどうかしましたか?」

 

私達の前で雪を被っていた。

 

貸本屋を出るときになんで二本しか傘を持ってこなかったのか問いただしたものの、自分は傘は必要ないと言うもの。その上、人里を出た途端本降りになってきたのかものすごい量の雪が降り始めた。

お陰ですぐに雪が積もってしまう。

「あんた寒くないの?」

 

「平気ですよ?」

靈夜さんの問いに平然と答えているあたり本当に寒くは無いのだろう。

そんなことよりも私はさっき靈夜さんが言いかけたことの方が気になる。

さとりさんは私に隠し事を?一体なんなのだろう…

気になるのだけれどどうしてもそれを聞く勇気が出ない。砂漠で目の前に水があるけどそれが罠だと理解してる時の感情だ。

 

何かを失うのが、怖いのだ。今まで築きあげられたもの、それらが壊れてきていくのが恐ろしく怖い。

だけれどそれを恐れてしまっては、私は何も知ることは出来ない。

恐怖と好奇心がぐるぐると渦を作り流していく。

 

「あのっ!……」

 

思わず私は大声を出してしまう。

その声につられ、2人が私の方を見つめる。

靈夜さんは私が話したいことがわかったのか納得の言ったような…本人が言う事だろうから関係ないかと言うようななんとも無関係そうな表情をする。

 

「どうかしたのですか?」

 

どうしよう聞いたほうが良いのだろうか。だけれど……

怖くて次の言葉が出てこない。

 

「……なんでも、ありません」

 

聞けなかった。

結局私はなにかを失うのが怖かったようだ。

 

「あんたさ…いい加減話したらどうなの?」

 

私に変わって靈夜さんがさとりさんを問いただす。

「ふむ、本当は言わないつもりでしたけど……ですが今日で私は代理の任を解かれるのですよ」

 

「はあ⁈」

 

「え!さとりさんもう巫女辞めるんですか⁉︎」

嘘…なんで急に言っちゃうのさ!もうすぐとは言ってたのに急すぎるよ。

「なんで言ってくれなかったのよ!」

靈夜さんも知らなかったらしくさとりさんを問い詰めるけれど対するさとりさんは全く動じることがない。いや、そう見えるだけなのかもしれない。

「知ったのが今日ですから」

 

「だからって……」

 

「私については詳しく触れない方が幸せかもしれませんよ?」

さとりさんはそう言ってまた歩き出す。

雪の中を、踊る妖精のように軽く…周囲の雪も彼女を際立たせるかのように時々反射しているようにみえる。

 

「……まあ、あんたがそう思うならそうすれば良いわ。私は私で勝手にするわ」

 

「お気になさらず」

さとりさんは靈夜さんの言葉を気にもかけずそう言った。

結局知らないのは私だけ…なんだか蚊帳の外にされているのが悔しくて仕方がない。

「靈夜さん、さとりさんは………」

 

「気が向いたら話すわ」

靈夜さんに手で制されてしまう。

こうなってしまっては何も答えない…うう、むず痒い。

 

結局その後はさとりさんは今後どうするのかとか色々とたわいもない事ばかり聞いていた。

だけど私の心はさとりさんの秘密の事が気になってしまって上の空だった。

 

 

ようやく神社の階段が見えてくる。やっとだと思いその階段を上っていく。

やっと神社が見えてきた時、不意にさとりさんの姿が無いことに気づいた。

「あれ?さとりさんは?」

 

「そこらへんにいないの?」

どこか投げやりな態度の靈夜さん。

気づけばここまで続く足跡は2つしかなかった。確かに途中までは前を歩いていたのにどこに消えたのだろう?

私が名前を呼んでも返事が帰ってくることはない。

結局その日、神社の前で消えたさとりさんを見つけることは出来なかった。

 

 

「おまたせお空」

 

「さとり様、遅いですよ…」

 

「ごめんなさいね。ちょっと名残惜しくなっちゃって」



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depth.94 さとり京都に行く

「お姉ちゃんお姉ちゃん、せっかくだから京都行こうよ!」

 

こいしの急な提案に私は困惑する。

巫女代理を終えて数ヶ月目の春だった。

まだ桜の季節ではないがそろそろ蕾が開花しても良い。そんな感じの時期である。

「京都?いきなりどうしたのよ」

急に京都と言われてもこっちだって困る。

まあ理由を聞いたところであってないようなものなのでしょうけれどね。

「たまには色んなところを見て回りたいからさ」

縁側に腰を下ろしている私の肩にもたれかかってこいしは笑顔で答えてくれた。

その気持ちは分からなくもない。だけど京都ですか…この時代なら江戸に行っても良さそうなのですけれどね。

だけれど、そう簡単に何日も家を空けていられるだろうか。

「旅館とかどうするのよ」

 

「休む!」

即答ね……

「紫苑さんは?」

旅館は休めても彼女を放っておくわけにはいかない。

まあ……しばらく閉めてもどこかでご飯食べてそうだけど……大丈夫かねえ……

ああ、最悪妹を頼るのでしょうかね。

「うーん……連れて行こう!」

 

予想の斜め上をいく答えにもうどうしていいかわからない。なぜその答えにたどり着くのやらだ。

道中災難まみれなのは目に見えてきた。

まあそれは彼女が疫病神であるから仕方がないし本人に罪はない。

それに……こう言うのも悪くはない。

「まあ……たまにはいいかな」

それに、ここのところ華恋と合わないようになるべく地底とここから出ていませんからねえ…羽を伸ばしても良いはずです。

「やった!」

飛び上がったこいしが足を滑らせて庭に転がる。

気をつけなさいよ…

 

 

「じゃああたいは家番してますね。お空も一緒に行ってきたらどうだい?」

直ぐそばで聞いていたのか背後に現れたお燐がそう言う。確かに家番は必要だけど…別にお燐がやる必要はないのよ?最悪エコーさんか萃香さんに頼みますから。

「いいの?じゃあいく!」

だけどお燐はもう決めたらしい。猫の姿に戻って家の中に戻ってしまった。

代わりにお空が出てきては私に抱きついてくる。

ちょっと苦しいのですけれど…

「即答ね、お空」

 

「だってさとり様ここの所忙しかったじゃないですか」

 

ああ…そういえばそうだったわね…地底の方に行ったりなんだりで動き回っていたから…

お空はお空で甘えたかったのかもしれない。なんだか申し訳なく思う。

 

「それじゃあ……荷物を用意しましょうか」

それから数分後、勇儀さん達に少し家を空けておくと伝え天魔にもそのような趣旨の手紙を送りつけて用意は整った。後はこいしたちを待つだけよ。

「お姉ちゃん早くない?」

「さとり様早すぎですよ…」

 

「早くないわよ?普通だと思うんだけど……」

 

「こんな普通があって言い訳がないよ……」

 

こいしが大型のバッグを取ってくる。

そもそも何かあって家を長期的に空けるとなった時に対処できるよう準備するものでしょうに……

「ねえさとり、着替えの服はどうするんだい?」

 

「着替え?一応持ってますよ」

1着だけですけど……と言っても今着ている服の色違いなだけなのですけれどね。

 

「そんなんじゃダメだよお姉ちゃん!お洒落なものも持って行こうよ!」

おしゃれなものって……そうは言っても向こうで購入するつもりでしたし…

いきなり用意してと言われてもなあ……まあ言いか。

自室の箪笥からいくつか服を引っ張り出す。

うん、これくらいで良いですね。

後はいつものものを持って行きましょうか。

 

 

 

結局私が準備を終えても2人はいまだに忙しなく動いていた。

なにをそこまで考えているのだろう……

「浴衣どれが良いかなあ……」

こいし、なぜ浴衣を持って行こうとしているのですか。まあ愛用なのは分かりますけど……

「うにゅ……服これで大丈夫だっけ」

仕方がない…お空の荷物は一緒に見てあげましょう。

 

「大変だねえ……」

尻尾をいじりながらお燐が他人事だと言わんばかりに見つめる。実際他人事なのだから仕方がないのですけれどね。

 

 

 

そもそも、準備をしているのは良いのだけれど紫苑にどう伝えれば良いのだろう。あの子の居場所を知っているわけでもないし今日会えなかったら明日とかになってしまう。

でもそこのところはもう大丈夫らしい。

なんでも、私が地底に戻っている僅かな時間の合間で紫苑さんが家に来ていたらしいのだ。

その後一度戻ったもののもうすぐまた家に来るとか来ないとか。

 

そんな事を話していれば噂が人を呼んだかのように、玄関の扉が開かれた。

どうやら来たようだ。

はいはいと返事をしながら玄関に迎えに行ってあげれば、そこには案の定、紫苑さんがいた。

手ぶらだけど……

 

「えっと……こんばんわ」

 

「こんばんわ。さあ、上がってください」

 

いつも通りといえばいつも通りの姿ですね。しかし…それ以外の荷物はどこにあるのでしょうか。

「あ、紫苑ちゃん久しぶり!」

 

「1時間くらい前にあってるんだけど……」

 

「じゃあさっきぶり!」

 

そういう事じゃないような…

まあそんな事は置いておきましょうか。

「ねえねえ紫苑さん。荷物はどこにあるの?」

お空が私の疑問を代弁してくれる。そんな私はといえば、2人の荷物をまとめて持ち運びやすくしている最中だった。

そう言えば彼女の荷物なかったなあなんて思い出したり出さなかったりしながら耳だけを傾ける。

 

「ん?そもそもお金も服も無いよ?」

 

爆弾発言が飛び出す。いや…まさかと思ったけれどその服しか持っていなかったの⁈

そもそも下着も何にもないって……本当に大丈夫なのだろうか……

「それは大変!お姉ちゃん!」

 

「私に振るのやめてくれるかしらこいし……」

 

「だって……見てられないよ」

 

「ちょっと待った。この服のどこが悪い?」

ほら本人だって愛着持ってるんだからそういうことは言わないの。

だけど1着しかないのはきついわね。後下着も無いって…

「うーん……悪くはないと思うけど」

 

「まあ…着れるだけ着てきたらこうなってしまったからそろそろ変えたいとは思ってたんだけど…。しかも修繕とか言って妹にへんなお札貼られちゃったし」

 

あらま……災難ですね……

「えっと……体形的にはお空と近いから」

こいし?何を考えているの?多分言いたいことはわかるけど…多分お空の服だと少しきついかもしれないわよ。

 

「ねえお空、いくつか服貸してもらうけどいい?」

 

「私は構いませんよ?」

 

それだけ聞いてこいしは部屋を出て行った。かと思えばいくつか服を抱えて再び舞い戻ってくる。

「ちょっと着てみてくれる?」

「そんな、わざわざ気を使わなくて良いのに……」

 

「いいからいいから。着てみてよ」

そう言って最初に彼女が広げたのは青い花模様の着物だった。

 

「こ…こんなの着ちゃっていいの?」

 

「いいよいいよ」

 

恐る恐る紫苑さんは着始めたもののやはり少しきついらしい。

まあ…今のお空も少しきついと言っていたやつですからね。こればかりはどうしようもない。

「うん、似合ってるね!」

 

「にあってはいるけど…きつくないかしら?」

「少しだけ……でも大丈夫そうだよ」

 

「じゃあ、こっちの方も持って行って大丈夫だね!」

そう言うとこいしは服一式を私に預けてきた。

荷物をまとめた後なのに……またまとめ直しですか……

 

 

 

 

その後もゴタゴタとしてしまい結局日が昇る頃になってやっと出発することになった。

というか決断してからの行動が早いような気がするのですが…まさかこいし前々から計画していました?

 

まあ別にいいんですけれどね。

日を後ろにしながら飛行しているせいか、どうも背中が熱くなってくる。

飛び始めてからまだ数時間しか経っていないけれどそろそろ下に降りて休んだ方が良いだろうか…

隣で紫苑さんと話しているこいしが私の目線に気づいた。

 

「そろそろ降りるわ」

 

「もう?早いと思うけど……」

 

だけどあまり真昼間から空を飛んでいると不審に思われるわ。幻想郷ならまだある程度許容されますけどここはもう幻想郷の外なんですから……

それに京都の方は妖怪退治の専門家がわんさかいるんですからね。

そういえばお空とこの前来た時に酷い目にあいましたっけ。前回みたいな事はしないで下さいよ。

「そういえばさとり様、ここら辺に花畑あった気がするのですけど……」

 

お空が珍しく思い出したらしい。たしかにここら辺だったはずだ。あまり覚えてはいないけれど……

「たしかにここら辺だと思うけど向日葵は夏の花よ。まだ桜すら咲いていないのに咲かないわよ」

 

「それじゃあ空からじゃわからないって事?じゃあ降りましょうよ!」

 

「そうね……降りましょうか」

 

「ちょっと!お空まで……」

 

「まあいいんじゃないかな?私もたまには地上を歩きたいし……」

さて三対一ですね。諦めてください。

「わかったよ…じゃあ私も降りて歩く」

 

決まりですね。

空ばかり見ていたらわからないものだって地上には沢山あるんですからあまりしょげないで下さいね。

「しょげてないもん」

 

はいはい。

 

この後お空の要望で少しだけ花畑を探したけどなかなか見つけることはできなかった。確か幽香さんの花畑って年がら年中、向日葵が咲いている気がするのですけれど。

結界でも貼ってあったのでしょうかね。

 

 

結局ここで寄り道をしたからなのかそれとも紫苑さんが他の妖怪に絡まれたのが原因からなのか京都に着いたのは結構遅くなっていた。

妖怪らしく夜に京都入りとはなんとも言えない。まあ、そもそもこの時代、結構関所があるせいで色々と手続きが面倒だ。特に私たちは人間が作った戸籍なんてものは存在しない。だから関所を回避するために飛び上がったりなんだりしないといけないので夜のうちに忍び込めただけありがたいですね。

 

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん!突っ立ってないで早く行こうよ!」

 

こいしに手を引かれ私は京都の街の中に連れて行かれる。

そもそもどこに泊まるとかそういうのは決めてあるのだろうか……完全予約制だったら目も当てられないのですけれど…

 

そこのところは大丈夫なのかと問いただしたものの、大丈夫という答えが返ってくる。

お空も一応大丈夫だろうという表情をしているから多分心配はないだろう…ただ、お空は覚えていないか忘れている可能性の方が高いのだけれど…

 

こいしに手を引っ張られているといつのまにか路地に入っていたようだ。

全体的に少しだけ活気がなくなる。

それでも綺麗なところですね。

 

「着いたよ!」

 

こいしが足を止める。

そこには、周りの家よりひとまわりほど大きな建物がずっしりと構えていた。あまり大きいわけではないけれど周囲の建物と比べるとなんだか大きく見えてしまう。

 

「ここ…宿なの?」

 

紫苑さんが怪訝な顔をする。確かに宿っぽさはないのですけれど…

それでも周囲より目立ってますし何かの建物って感じはしますけど。

 

「一応宿だよ!勿論普通の宿じゃなくて私達のような存在がやってるんだけどね」

へ…へえ、どうしてそんなところをこいしが知っているのか気になるけど、私達と同じ存在がやっているならきっと安心ね。

「こいし様はどうしてここを知ったんですか?」

 

「えっとね……紫に教えてもらったの」

 

へえ、流石紫ですね。

「まあいいや……今度×姉さん(女苑は紫苑の妹です)と一緒にこよっと…」

 

女苑さんでしたっけ…なんだか有り金全部持っていかれそうで怖いのですけれど…まあ貴女がきている時点で何かしら不幸はやってくるわけですし今更仕方ないか。

 

こいしが最初に扉を開ける。なんの躊躇もないその開け方に少しだけ不安を覚える。

「こんにちわ!」

 

まあ……交渉は彼女に任せるとしましょうか。

なんだか明るいですし…え、こいしと知り合い?じゃなくて…秋姉妹と知り合いの方でした?

なんだかいろんなところで繋がってますね……まああの2人も神様ですし。

それにしても秋姉妹の知り合いって分かっただけですごい友好的になりましたね。

ふーん…食材を良く届けにきてくれるからですか。

 

「半額だって!」

 

結構大きく出ましたね……本当にそんな値段で大丈夫なのでしょうか。紫苑さんもなんだか心配してますし……

「平気だよ!ほらはやく入ろ!」

分かりましたから押さないで…あ、後お空、靴脱ぐの忘れちゃダメよ。

 

かなり遅い時間だったからか流石に夕食は食べる事が出来なかった。

まあ、食事の必要性はないので別に良いのですけれどね。

「いやあ……やっぱ持つべきは友だったねえ…」

 

「やめなさいこいし」

私の肩にもたれかかって寝ようとしないの。今女将さんが布団を敷いてくれるから少し待ちなさい。

ってお空もこいしの真似をして寝ないで!体動かせなくなるじゃないの。

「じゃあ私も……」

 

待ってくださいよ紫苑さんまでなんで…しかも膝に頭を載せないでください…完全に動けなくなっちゃったじゃないですか。

 

 

「仲がよろしい事…」

 

「いえ…横着なだけですよ」

 

布団を敷く女将さんが優しく慰めの言葉をかける。

少しだけ彼女の周囲の空気が冷たい。

若い女性の姿ですけれど確か、彼女は雪女とか言っていたのでしたっけ。

なかなか珍しいですよね。人間の中に潜り込むなんて…

 

「女将さんはどうしてここで宿をやってるのですか?」

 

「なんでだろうね、まあ……気まぐれと暇つぶしかねえ」

なるほど…結構適当なんですね。まあ理由なんてそんなものか。

「後は時々美味しい人間が見つけられるからかなあ」

ああ、やっぱりそういう方面なのですね。

 

「人間は食べないので…お願いしますよ」

 

「はいはい、分かっているよ」

それにしても気さくな方ですね。

まあ……私がさとりだと気づかれたら不味いのには変わりありませんけれどね。

「そういえばこの辺りって覚り妖怪はいたんですか?」

何気なく疑問に思う。まあ、結果は分かっているだろうけど…

 

「ん?ああ、昔はいただろうけど…だいたい追い出しちゃったしそれでも残ったやつは刈り尽くしちゃったからもういないんじゃない?」

 

「そうですか……」

知らない方が良いこともこの世界にはたくさんありますね……

 

 

 

少女睡眠

 

 

 

 

朝日が顔を照らす。おかげでしっかりと夢の中から戻ってくることができた。

海の中を泳ぐ夢だったけど何かから必死に逃げている悪夢でしかなかったから丁度良かったよ。

えっと……昨日はお姉ちゃんの肩にもたれかかったまま寝ちゃって…あの後どうしたんだっけ。

そう思いながら私は布団から体を起こす。

いつのまに布団に入っていたのかなあ…と思いつつ寝ぼけた目を起こすために少し体を動かす。

 

「あれ?お姉ちゃんがいない…」

 

周りを見渡し、お空と紫苑ちゃんを見つけることはできた。なのに端っこに敷かれた布団にお姉ちゃんの姿はなかった。

使われた形跡はある……多分私たちより先に起きているのかな?

 

外套を羽織りサードアイを隠した私は廊下と部屋を隔てる襖をそっと開ける。

まだ流石に誰も起きてきてはいないみたいで、下の方にある台所の方からしか音はしない。

 

どこに行ったんだろう?

まあ……何もなければそのうち戻ってくるかなあ…

 

そう思っていると、階段を誰かが登ってくる足音が聞こえる。

お姉ちゃんかな?なんて考えてみて、やっぱりお姉ちゃんだって確信する。

 

「あらこいし、起きたの?」

 

「うん、起きちゃった」

 

「もうすぐご飯だから…2人も起こしてくれる?」

 

「わかった」

 

 

まだ眠いだのなんだの言ってる2人を起こして食堂に降りる。途中で紫苑ちゃんが階段を踏み抜いてしまい前を歩いていたお空共々転げ落ちる事態があったけどなんとか怪我がなくて済んだ。

それにしてもどうしていきなり階段が抜けたりしたんだろうね。

あ……紫苑ちゃんそういえば疫病神だったっけ。

 

結局食事を食べてる最中も、危うく味噌汁をこぼしそうになったり、結構危ない場面があったけど…まあ気にすることでもないね。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日は私についてきて!」

みんな食事が終わったみたいだから早速今日の予定を伝える。

って言っても私だってたった今思いついた行程だからどうなるかは分からないけどね。

まあそんなことはこの京都じゃ些細なことなのだよ!

 

「ねえこいし……どこにいくか決まってるの?」

 

「その場で決める!」

 

ほらお空だってまあ大丈夫かなみたいな表情してるから。

え?紫苑ちゃんいきたいところあるの!よし、そこにしよう!

 

えっと……呉服?そっか、そういえば服とか持っていなかったよね。うん、きっと都だからいいのが揃ってそうだね。

 

「大丈夫でしょうか…」

 

「こいし様なら大丈夫だと思いますよ」

 

うんうん!じゃあ早速行こうか!それにお姉ちゃんもこういうのは嫌いじゃないでしょ。

 

 

やっぱり山間にある幻想郷と違って平地のこっちは桜の開花が早いらしい。

まだ咲いてはいないけどもうすぐ咲きそう…そんな木々が並ぶ川沿いをのんびりと歩く。

木の下に置かれた赤い腰掛けが静かに風に揺られている。

ここら辺は甘味処とかが多いみたい。後は…居酒屋のような感じのところ…きっと桜が満開の時にはお酒を煽って花見でもするんだろうなあ……

まあもうすぐで咲き始めるからその時でもいいかなあ。

 

「咲いたらまたここ来てみたいなあ……」

 

「そうですね……これが満開になったら綺麗なんだろうなあ……」

 

「うん……まあ女苑に頼めば豪華にしてくれそうだけど…」

 

水色の着物を着込んで完全に印象が変わった紫苑ちゃんが桜の木を見上げながらそういう。

女苑って確か妹だよね。疎遠とか言ってたけど会えるのかなあ。

 

そんなこんなしていれば、彼女の目にとまるお店があったらしい。

まあ呉服店じゃなくて団子屋なんだけどね。

「……食べれる時に食べておかないと」

 

流石の神経だね!私も真似しちゃおっかなあ…

「……お姉ちゃん」

 

「はいはい言われなくてもわかってるわよ」

さすがお姉ちゃん!頼もしい姉だねえ…大好き。

早速お姉ちゃんがお団子を注文する。しばらくして美味しそうな団子三本がお皿に乗って出てくる。

 

 

あれ?私と紫苑ちゃんと……あと一本は?

 

「はいお空、食べちゃっていいわよ」

 

「え⁈良いんですか!」

 

「私の奢りよ。気にしないで」

 

「ありがとうございます!」

 

あれ…そうなるとお姉ちゃんの分は……

残り1つになった団子とお姉ちゃんを交互に見る。

うーん…受け取ってくれるかなあ。

「お姉ちゃんこれ…あげる!」

 

「あら、全部食べちゃっても良かったのに」

そう言いながらもお姉ちゃんは受け取ってくれた。やっぱりお姉ちゃんも食べたかったんじゃん。

 

「これで桜が咲いてたら文句は言わないのだけれどねえ……」

 

「八重桜とか枝垂れ桜とか……見ながら宴会してみたいなあ」

紫苑ちゃん一度もそういうところ行ったことないのかなあ……まあ行った事あるような雰囲気がないからなあ…でもお姉ちゃんもそういう宴会とは無縁な感じなんだよね。

 

 

 

 

不幸体質って案外なんとかなるんじゃないとか思ってたけどそういうわけにはいかなかった。

のんびり歩いてようやく到着した呉服店ではどうやら先客が揉め事を起こしていたらしく、なんだか店先が騒がしかった。

 

「うーん……なんか揉めてるね」

 

「多分お金がらみよ」

 

「分かるのお姉ちゃん?」

 

いきなりお金がらみだと言い出したお姉ちゃん。そう言われてみればなんだかそんな感じがしてきた。

お金と聞いて紫苑ちゃんが何かを思い出したみたいだけど……なにも言わなかった。

そういえば女苑さんって貧乏神だったっけ。

 

「どうしようかな……あれじゃあ商売してくれる雰囲気じゃないや」

 

「ここは諦めましょう…」

 

うん、仕方がないけど他のお店を探そうか。素通りすることに決めたけど、そしたらお空がふらふらとそっちの方に向けて歩き始めちゃった。

「お空?なんでそっちに行ってるの?」

 

お空の羽は私が光学迷彩をかけているから見えはしないけど質量がないわけじゃないからあまり人混みの中に行くと他の人に当たってバレる確率が高い。

流石にやばいので私とお姉ちゃんが後を追いかける。

 

「お空、戻るよ」

 

「ちょっと気になってしまって……」

 

まあ気になるのはわかるけどさ…

流石に人が集まってくるとまずいよと行こうとしたけどそれより先に私の声を女性の叫び声がかき消す。

そこまで怒鳴らなくても……かき消すだけじゃなくて耳にいい迷惑だね。

「あれ…この声どこかで」

紫苑ちゃんもしかして知り合い?

でも知り合いっていうか……あの変な帽子にキラキラの装飾品をつけた女性と知り合い?金取りの間違いなんじゃないかな…

 

「あ!女苑!」

 

え⁈あの人が妹さんだったの!

紫苑ちゃんの言葉に思わず女苑さんの方をガン見してしまう。

たしかに髪の毛の癖っ毛のところに面影はあるけど……

「全然似てない」

それになんだか紫苑ちゃんと比べて少し小さい。まあ妹だからそうだろうね。

 

「ん?あら姉さんじゃない!」

 

向こうも気づいたらしいけど服屋の主人の方もなんか一緒にこっち見てるんだけど…大丈夫かなあ……あまり都市内で揉め事に巻き込まれるのは良くないんだよなあ…

 

「てっきり田舎にいるとか思ってたけどこっちに戻ってきてたの?」

 

「いや…女苑こそなんで京都に」

 

「金稼ぎ」

 

理由がなんだかなあ……でも疫病神ならそんな感じなのかなあ…でもその黒いメガネはなんなのだろう。

あれで外の景色が見えるの?

ってお姉ちゃんとお空は……あぁ、あっちで店主の奥さんから話聞いちゃってるよ。

私の視線に気づいたお姉ちゃんが手信号を送ってくれた。

えっと……お姉ちゃんからの合図だと…

飲みに行って絡まれて金要求されてる?なんだかすごく理不尽……

それもかなりの金額…ほんとなにやってんだかなあ。

 

「仕方がないなあ……」

 

ここで放っておくわけにはいかないしもう放っておくには深く入り込みすぎてる。

「ねえねえ!紫苑ちゃんの妹ちゃん!」

 

「女苑よ」

 

「女苑ちゃん!お腹すいてきたから一緒にご飯食べようよ!」

 

「はあ?いきなりなにを言ってるの……」

やっぱりそういう反応になるよね。でもね…あんまりこういう都市で揉め事は起こさない方がいいよ…

「……よそ者の妖怪を狙う妖怪が来てるよ?一緒に来ないと色々不利だよ」

耳元で囁くように呟く。もちろん出鱈目だけどね。

多分だけど彼女はここに来て日が浅い。今回が初仕事なんだろうね…だから私の出鱈目でも信憑性が高いと勝手に思ってしまう。

勿論本当かもしれないけどそんなのはわたしには分からない。本当のような妄想。向こうが情報がないからこそ使える手口だよ。

 

「う……わ、分かったわよ」

素直で大変よろしい。

それじゃあお邪魔しましたーと紫苑ちゃんと女苑ちゃんの手をとって野次馬の中に潜り込む。

一瞬だけ視線を感じたからそっちの方を見れば、建物の陰から誰かが見つめていた。人間じゃない……あれは多分妖怪。やっぱり見ていたんだね。私の妄想もあながち間違っていないんだね。

お姉ちゃん達も後から合流してきた。

うん、危なかったねえ……

 

「京都で金を稼ぐ時には注意しないといけないね」

 

「うるさいわね……まあ今回は授業料ということにしておくわ」

 

高い授業料だね。

でも多分目をつけられちゃってるね。でも田舎者が暴れたくらいで済ませてくれないかなあ。

すぐ近くにあるおでんのお店に入ってちょっとだけ時間を潰す。お腹も空いていたし丁度良いかなあ……

 

「しっかし……いい金づる持ってるじゃないの」

 

「金づるじゃない…ご飯くれる人たち」

 

まあ認識は間違っていないんだけど……でもさすが貧乏神と疫病神。考え方がまるっきり違うや。私は理解も共感もできないけど…無理に理解する必要はないんだけどね。

「そいえばあんたの姉はどこに言ったの?」

 

「お姉ちゃん?え…そこにいないの?」

 

「うにゅ?さとり様ならさっき外に出て行きましたよ」

 

お姉ちゃん…一体なにやってるのよ。単独行動はしてもいいけど一言言ってよ。

探してきたほうがいいかなあ…でもお姉ちゃんのことだから理由がありそうだけど。

「あ、大根美味しいじゃないの」

って女苑ちゃんそれお姉ちゃんの分!勝手に突いたらダメだよ絶対お姉ちゃん怒るよ!

食べ物の恨みが一番お姉ちゃん怖いんだからね。

「少しくらい平気よ」

 

「なにが平気ですって?」

 

「大根食べるくらいさ……っていつのまに⁉︎」

気づいたらお姉ちゃんがいつのまにか席に座っていた。

って思いっきり女苑ちゃんの手を握っちゃってるんだけど…大丈夫?めっちゃミシミシ言ってるよ。

「わ…悪かったってば」

やけに静かだと思ったら痛くて声が出せないんだね…

「素直でよろしい」

 

あはは…お姉ちゃんやっぱ怖い。

「そんで、姉さんはなんか暴れたりしないの?」

そう言えば疫病神って結構強いよねえ……

「暴れてもいいんだけど……こいし達に迷惑かけちゃうの嫌だから…」

 

「へえ……珍しいわね、他人のことを心配するなんて」

 

姉妹水入らずの会話は良いんだけど……内容が内容なだけにずっと黙って聞いているのもなんだかあれなんだよなあ。

「そういえばさ。姉さんはこの人達とまだ連んでるつもり?」

 

「うん、しばらくはそうするつもりだよ」

 

「そう、じゃあ私も一緒に行くわ」

 

今一瞬、貧乏神の本性が見えたんだけど。大丈夫かなあ……

まあ財布を握っているのはお姉ちゃんだから私はどうしようもないけどね。それよりも……せっかくだから京都の街を観光したい。

 

「ねえねえ、女苑ちゃん。観光案内できる?」

「観光?別にいいけど………」

 

よし!ガイドさん1名確保!

 

「いや……そこまで喜ばれても…私だって最近来たばかりなんだからあまり無茶な案内はできないわよ」

 

「分かってるよ」

 

それにしてもお姉ちゃんはさっきから席を立ったり戻ったりなにをしているのかなあ?

一応食べ終わってるから良いんだけど……

外になにかあるの?

「お姉ちゃんどうしたのさっきから」

 

「ねずみを追っ払ってるだけですよ」

 

鼠?京都にも鼠とかいるんだあ…

「さとり様、鼠嫌いなの?」

 

「好きではないわ」

 

「可愛いのになあ……」

 

可愛いかは別だけど鼠は恐ろしいよ?

下手すれば人間だって命を落とすかもしれないし。

「それじゃあそろそろ出ましょうか」

あ、ちょっと待って、女苑ちゃんは最後に出て…なんとなくだけど。

「……美味しかった。でもこんなに幸せもらっちゃったら…不幸が」

 

「そう言うのは言わない方がいいのよ姉さん」

 

「そうなの?」

 

うーん…気持ちの問題だからなあ。

そんな事を話しながら私達はお店を後にした。

 

 

 

 

「へえ…お寺とか見て回れるんだ」

 

「見るだけじゃなくてちゃんと参拝しなさいこいし」

 

わかってるよそんなこと。でも私達は妖怪なのにお寺に参拝しちゃって大丈夫なの?なんか危ない気がするんだけど……あ、お坊さんだ……なんだか怖いなあ。

「あまり不自然な動きをしないで。向こうだってこんな真昼間の大通りで騒ぎを起こそうなんて思ってないからなにもしなければ向こうもなにもしないわ」

 

そうなのかなあ……

 

「あ、さとり様みてください!なんかすごく立派な建物」

 

お空は警戒心がなさすぎな気がするけど…あれくらい楽しまなきゃ損だよね!

「あ、御守り買ってこようかなあ」

 

「あんたら…ほんと自由気ままね」

 

「女苑は…こういうの嫌い?」

 

「好きじゃないわ」

 

うーん…妖怪って難しいね。

……ん?今誰か後ろで見ていたような。

「気のせいかな?」

でもそれが気のせいじゃないことは後で嫌という程わかった。だけどそれは遅すぎたかもしれない。

 

 

 

      2

 

この世界に正義があると言うのならそれは神様とかそんなものが示すようなものではない。

多分…この世界の中にはそのような明確なものは存在しないのだろう……

だから私は明確に正義なんて持っていない。私が持つのは理性と…善悪の意思くらいです。

だから本当は……斬ったって良いのだ。

「あのですね……なにが目的かは知る気がないから良いのですが…いつまでもくっつかれていると困るのですよ」

 

こいし達と途中で別れ私をつけてくる方々に声をかける。

最初は女苑さんの監視なのかと思ったのですが、女苑さんと出会うより前からずっとつけてきている事に気付いてからはこうして時々話しかける。さっきまでは私が見つめると距離を取っていたが私が1人になった瞬間、急接近してきた。

私1人に何か伝えたいことでもあるのだろうか……だけどなぜ私1人?

近づいてきても喋る様子はない。

「…喋らないのも1つの手ですが、私に敵対したいと考えられても文句は言えませんよ?もちろんそれが望みならそのままでどうぞ。ただし敵対すると言うのであれば、容赦はしませんからね」

 

つけてきている者も、人ならざるもの…

確証はありませんがそのような雰囲気がしている。そうでなければ…相当な殺人鬼ですね…

 

「……返答無しは肯定とみなしますね。さて貴女が私と敵対したいのであれば、ご自由にどうぞ。ただしその場合は相当な代償を払わせますよ?もちろん脅しと取ってもらって構いません」

 

そっとつけてきている者を見つける。

首を必死に横に振っている?

つまり敵対したいわけではない…だけど味方でもない……状況によって敵味方別れてしまうからなんとも言えないと言うところでしょうか。

「それで……どう言うつもりで私達をつけてきているのですか?」

 

まあ…ある程度の検討はついている。と言うよりも私達自身を考えてみればまあ至極真っ当なものなのですけれどね。証拠はないし相手が肯定しても本当かどうかが分からない。

よそ者の妖怪は一番警戒されやすい…だからこその監視であるのはわかりますけど…ここまで口をきかない事も珍しい。

 

うーん…落ち着きませんね。

……ってなんだか焦げ臭くないですか?

鼻をくすぐる不快な臭いに、私は顔をしかめる。

 

まさか火事?いやいや待ってくださいよ…こんなところで火事とかシャレになってませんって…

「お姉ちゃん!」

近くに店を覗いていたはずの私のところに駆けてきた。

どうやら相当の自体が起こったようだ。

「どうしたのこいし?」

 

「小火が起こっちゃった!」

 

いやいや、それだけじゃ分からないってば……え?小火⁈それは色々とまずいのですけど!

 

「あ、大丈夫だよ。私が鎮火したから」

 

あら、それは良かった…ってなんか知らない人たちが追いかけてきていますけど…あ、もしかしてこいし魔術使った?

「えっと…うん、水の魔術使った…」

 

慌てて私はこいしの手を取り駆け出す。

こいしが何かを叫んだけどねそんなことを気にしている場合ではない。

すぐにお空達とも合流しないと…

あれ?あそこで取り押さえられているのって…お空?

「お空!」

 

「さとり様!た…助けて!」

 

助けたいけどここで暴れるわけにはいかないし…ここからじゃお空の位置は少し遠すぎる。

それにこっちにも追っ手が来てしまっている。

それでも諦めきれないのが私の性格。だから、お空に向かって走り出す。でもその手を誰かが止めた。

あ…さっきまで監視していた者…

邪魔ですよ!

私を掴んでいるその手を引っ張り背負い投げ。

体が自由になったけど、一瞬だけ視界からお空が見えなくなってしまう。

それが致命打になった。

視界系列の術を使われたのか、あるいは瞬間移動をしたのか…既にお空の姿はそこにはなく、ただ何事かと見に来た人達しかいなかった。

 

「お空?お空、どこ!」

 

「お姉ちゃん!逃げないと!」

 

こいしに引っ張られ我に帰る。

どこに隠れていたのか私たちの後ろにも新しい追っ手が増えていた。

 

今度は私がこいしを引っ張り駆け出す。

入り組んだ路地に入り込み、何度も何度も角を曲がる。だけど地の利は向こうだからすぐに囲まれてしまうかもしれない。

 

だけど…それで良い。

「こいし、お願いね」

 

「任せて!」

 

 

魔術が行使される光が私の後ろで輝き、なにかが体を覆い隠す。

お空の羽を隠している光学迷彩と同じものを私たち2人にもかけてもらったのだ。これでしばらくは大丈夫。

今のうちに安全なところまで戻ろう。

そういえば、紫苑さん達とはぐれてしまったのだが大丈夫だろうか…

 

 

 

 

 

お空を探そうにも捉えた相手の情報がなければどうしようもない。

結局外にいるのは危険が伴うので私達はこっそりと宿の部屋に入り込んでいた。

相手が人ならざるものの場合、ここの女将も信用することが難しくなる。

 

「お空…大丈夫かな」

 

「分からないわ……今は祈るしかないわ…」

 

考えてみればあそこで多少騒ぎになってもお空を助けるべきだっただろう。だけどそれで私やこいしが捕まってしまっては変わらないし、そしたらお空が悲しむ。

そうこうしていると窓がごとごとと音を立てて開いた。

みると窓枠に手が引っかかっている。

 

「紫苑さん…無事だったのですね」

上半身だけを室内に入れた紫苑さんがなんとかねと答える。

「うん…だけど女苑が…」

 

「捕まっちゃったの?」

サードアイを展開したこいしが彼女の心を読んでそう訪ねる。

 

「うん……」

まあそんなところでぶら下がってないで早く入って入って。

彼女の手を引っ張り部屋の中に入れる。

 

ごめんと入ってすぐに紫苑さんは頭を下げてきた。急に一体なんなのでしょう?

「ごめん今回の事は私が原因かも…」

 

「どう言うことですか?」

いまいち要領がつかめない。確かに彼女は厄病神ですけど…

 

「そういえば私の体質言ってなかった」

 

「厄が集まるって事ですか?」

 

「うん、でもそれだけじゃないの。ある程度溜まった時点でまとめて人に渡さないといけないの…そうしなければ溜まった厄が爆発して周囲に特大級の不幸が訪れるから…」

 

「なるほど、だから厄病神なのですね…貯めた厄を誰かに譲渡する。流し雛のように自らの体で厄を流し消すのではなく…」

 

「そう…だから私は厄病神」

成る程、それが貴女と言う存在の理由なのですね…言いたいことは分かりました。

「それで紫苑ちゃん、今回もそれが原因ってことなの?」

 

「うん、ここまで人が多い空間に来たのは久しぶりだからすっかり忘れてた。人が多いと厄も多くなるから早い段階で限界がくるって。普段はほとんど貯まらないんだよね。まあ、厄を自分で放出することができないから……」

 

しかし…これが特大級の不幸とは考えづらい。それにしては規模が小さすぎる。それとも実際にはこんな程度なのだろうか?

「因みに最も大きかった不幸ってなんですか?」

 

「私が近くにいただけだから確証は無いんだけど終わった後に厄が空っぽになった感じがあったのは…大きい町で大火災を起こしちゃったことと大飢饉と、妖怪大戦争?」

 

うわ……どれもこれもかなりエグいものばかりですよ。と言うか妖怪大戦争って…とんでもないものまで発生させちゃってるじゃないですか。

しかもそれら全てが不幸な偶然が連鎖して発生することであるから本人たちに自覚はない…ってところでしょうか。

だとすれば今回の件も不幸な偶然の連鎖のうちの1つ…

「暴走しないだけ良かったかも……」

 

「ねえねえ紫苑ちゃん暴走したらどうなるの?」

こいしが紫苑さんの目の前に移動する。

「私を含め関わったもの全てが不幸な結果になる…」

なかなかとんでもないものですね…まあ暴走していないだけマシですか。

「なんか……ごめん」

 

「いえ、今はお空達を助ける事が重要です」

 

「そうそう!取り敢えずお空達を助けなきゃね!」

 

「責めたりしないの?」

不思議そうな顔してますけどこっちの方が不思議ですよ。誰が貴方を責めるんですか?

「起こったことに文句を言っても仕方がないし貴女に落ち度があっても次気をつければ良いだけですよ。それよりも貴女の妹も助けないとでしょ」

 

それにしても……どこの誰が捕まえたのやら…まずは情報収集ですね。

でも私たちは全くの余所者だからヒトならざる者たちが一体どのように集まっているのとか全くわからないです。

「私、女将さんに聞いてみるね」

こいしが立ち上がり部屋から出ようとする。

「用心してくださいよ」

女将さんも向こうの仲間だったなんてオチは嫌ですからね。

「分かっているよ」

 

「女苑…大丈夫だよね」

こいしがいなくなった途端、紫苑さんがかすれそうな程小さな声でそう呟いた。

「大丈夫ですよ…貴女が信じてやれなくてどうするんですか」

 

「そう……だよね」

しばらくしてこいしが戻ってきた。ある程度聞けたようだけど肝心なところはわからなかったそうだ。

女将さんの話によれば、京都には大きく分けて4つほどの集団があり、それらが絶妙な感じに均衡を保っているのだとか。

ちなみに女将さんはどこにも属していないのだとかなんだとか。

ただ、この4つ仲が良くない。

なんでも元は1つだったのだとかなんだとか。女将さんは興味がなかったらしく詳しくは知らないとのこと。

「多分…よそ者を使って騒ぎを起こそうとしたって思われたんじゃない?」

小火は私達には関係ないのだけれど…状況からして勘違いしてしまったのでしょうかね。それとも…こいしが魔術を使ったから?

「まあ、あのまま全焼させてたら京都が火の海だったから良いんじゃないのかしら」

 

一応、捕らえられた場所からどこの集団の縄張りかは分かったもののそれ以外の情報はない。そもそもここまで大胆にヒト攫いをすること自体が珍しいのだ。水面下でなにをやっているのか分かったものじゃない。

まあ、どこの誰が攫ったと言うのがわかっただけ良いものです。実際に攫ったのかどうか不明なところがありますけど……

 

「もし、別の集団が他の縄張りで人攫いをしたとしたら?」

 

紫苑さん、その可能性は低いですよ。

あったとしたら…面子を潰されたとかで今頃小競り合いでも起こしているでしょうね。

そうなってくれたら、それはそれで確証がつくから良いのですけれど。

 

「お姉ちゃんどうするの?」

 

「選択なんて1つしかないですよね」

 

「分かった!じゃあ早速だけど行こっか!」

日が暮れてからの方が良いのだけれど……いや、この時間からなら丁度良いですね。

「行くって……まさか乗り込むの⁈」

 

紫苑さん、当たり前ですよ。大事な家族を返してもらうんですから乗り込むに決まってるじゃないですか。

「こいし、なるべく殺しちゃダメよ」

 

「お姉ちゃんだってちゃんと再起できる程度にしてよね」

 

それは難しいですね。まあ…出来なくはないですけど私達の存在を悟られないようにするには精神を壊した方が良いのです。

「な…なんだろうこの姉妹怖い」

紫苑さん?別に怖がることないと思うのですけど…

それにこれくらいしてないと相手の追っ手とか色々大変じゃないですか。

最悪追撃に人が割けないか、する気力が起きない程度で……

「これくらい普通だと思うよ?それに私は短刀一本しかないのよ」

 

「いやいや十分だよ!」

 

「お姉ちゃん私が持ってるあれ使う?」

あれとはなんだと訝しげにこいしを見つめる紫苑さん。

「それはこいしが使って」

私が使うには少し重すぎるから相応類はあまり好きじゃないのよ。お燐は圧倒的火力とか言って好きだけど…

 

「制圧戦は出来ませんから…短期決戦といきましょう」

 

「制圧戦できたらしてましたみたいな言い方だけど……」

 

「紫とか藍さんとかが一緒に戦ってくれるなら出来ましたよ」

 

「その2人が味方になってくれるって時点で凄いんだけど……」

可能性は限りなく低いのですけれどね。藍さんは兎も角紫は気まぐれですから。

「制圧しなくていいの?」

 

「するだけ無駄ですし他の集団との均衡を崩すと妖怪大戦争になる可能性がありますからね」

 

まあ……流石にそこまでは起こらないでしょうけど…厄病神がどれほどの不幸な偶然を連れてくるか分かりませんからね。

もしかしたらもう始まっているのでしょう。

いずれにせよ2人を助け出すのには変わりはないです。

 

「ふふふ……」

 

「さとりさん怖い……」

 

「お姉ちゃんその笑顔は敵のする邪悪な笑顔だよ」

 

邪悪で悪かったですね。

 

 

 

 

 

 

「さとり様…絶対助けに来ちゃダメです…」

薄暗い部屋の中にお空の声が小さく響く。

「祈っても無駄だと思うけど?あんたの主人、相当お人好しなんでしょ」

畳に体を寝かせながらそう皮肉を言うのは貧乏神。

捕らえられたにしてはただ結界を張った部屋に入れておくだけでなにもしようとしない妖怪達に嫌な予感がしたお空はこっそりと外で見張りをしているヒトの会話を盗み聞きしていた。

なんでもここに残りが来たら捕らえるのだとかなんだとか。断片的な情報ではあったが繋ぎ合わせてみればそのようなもの。

「それよりも私達から情報を聞き出そうとかしてこないあいつらの頭が分からないわ」

 

「うにゅ?多分知らないって思ってるからじゃない?」

「あんたは呑気なんだか心配性なんだかどっちなのよ」

 

「私は私だよ?」

 

「聞いた私がバカになりそうよ。まあ、向こうが手出しをしないなら勝手にすれば良いわ」

そういうと貧乏神は畳の上で寝返りを打つ。

 

「そう言う貴女はなにをしているの?」

「休息よ休息。ここ体に悪くて仕方がないわ。あんたは平気なの?」

結界の中など妖怪にとって心地の良いものではない。

「そういえば体がだるいね」

 

「そう言うことよ。今は少しでも休むのが先決。それにしてもヘマしたわ……」

 

姉に変わって捕まってしまった自らを自嘲するようにつぶやく。

「そんなことないよ」

 

「どうしてそう言い切れるのよ」

 

「確証とかそう言うのはないけど…なんとなく」

 

「呆れるわ」

 

「その割には嬉しそうだけど……」

 

「鋭いんだかアホなんだかどっちかにしてよ」

 

「アホじゃないもん忘れやすいだけだもん」

 

 



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depth.95 覚り姉妹の尾を踏んだ

だいたい妖怪が集団で住むとすればそれは人里なんかではなく山の中。

勿論勝手に入れば怒られたりするのは妖怪の山と大して変わらない。

だからどこの山をだいたい根城にしているとかはある程度知っていないとここら辺では生きていけない。

そんなわけだから女将さんに教えてもらった方の山にお邪魔している。

「静かですね」

 

「バレてないんじゃない?」

 

「紫苑さんそれはあり得ませんよ」

多分向こうもこっちに気づいていますね。

一応こいしが光学迷彩を展開しているけれどあまり意味はない。

たとえ姿を見えなくしても気配や音、それに匂いですぐにバレてしまう。

実際この迷彩が大きな効果を出すのは人混みの中など視覚以外の情報もしっかり錯乱できる状態がないといけない。

「バレてるんなら襲ってくるはずじゃ…」

 

「多分深くまで連れて行って囲って撃退?殲滅?でもする気なんじゃない?」

大胆ですねえ…でもこいしの考えが正しい気がします。向こうは私達を逃す気は無い…目的は分かりませんけど私たちを狙っているようですね。一体何のために?

考えても分からない。

 

「分かってるならどうして敵の術にはまるのさ…」

 

「こうでもしないとお空も貴女の妹も助けられませんよ」

それに包囲網戦には一点突破という弱点がある。こいしの火力を使えば容易い。

まあ向こうが包囲戦を仕掛けるかどうかですけどね。捕らえる目的ならしっかりと檻に誘導するでしょうね。

その場合はお空たちが餌。

まあ、やることは変わらないのですが……

 

そろそろなにか出てきても良いのですが…なかなか出てきませんね。

どれだけ用心深いのやら……

 

「ねえお姉ちゃん、威嚇射撃していい?」

こいしが魔導書を開きながら聞いてきた。

「ええ、いいわよ」

 

向こうがその気ならこちらから攻めるまでです。光学迷彩に回していた魔力が切れ、私たちの姿が丸見えになる。

こいしが持つ魔導書がひかり、彼女の後ろに金色に光る波紋が生まれる。

そこから飛び出してくるは大型のガトリング砲。

銃身だけ出しているにもかかわらずその姿は大きく、そして恐ろしい。

こいしの掛け声とともに砲身が高速回転。中に込められた弾丸が暗闇に吸い込まれる。

まあ、ここまでは予定通り。本来の狙いはこの時代では殆ど聞かないであろうこの轟音に対する向こうの反応。

 

勿論ヒトは聞きなれない轟音がすればびっくりしてしまうものであり、それは戦場において命取りとなる。

びびって頭を出したのをこいしも私も見逃すほど甘くはない。その頭に向けてこいしが銃口を向ける。

たちまち悲鳴が上がる。

私も拾った小石を弾き飛ばす。

たかが小石と侮ってはいけない。

指で弾くだけでも顔面に当たれば怯むし目に当たれば失明まで持っていくことができる。ある意味身近にある凶器なのだ。

最初の何人かの悲鳴が功を奏したのか、周囲で次々と妖怪達が頭をあげる。

ほらやっぱり狙ってたんじゃないですか。

あまりここに留まっていても意味はないので駆け出す。もちろん周囲に向けて弾幕を展開したりと反撃を許さない。

 

「流石にやりすぎじゃ…」

紫苑さん、これくらい牽制しないとすぐに囲まれて終わりですよ。

そういえば、お空たちが捕らえられている場所…分からないですね。

ここにいるヒト達が知っているはずもないし…こうなったら情報を知っている幹部とかそのあたりの位のヒトに突撃取材をする方が良いですね。

ついでですし報復しましょうか。

「お姉ちゃん…変なこと考えてない?」

 

近くに迫ってきた妖怪の腕を双剣で斬り落としながらこいしが呟く。

「別に何も……」

 

「報復しようとかしてたでしょ」

あら…鋭いわねこいし。

「当たらずとも遠からずよ」

 

「復讐とか報復はなにも生まないよ」

紫苑さん言いたいことはわかりますけどそんな正論…戦いの中では無意味なものなんですよ。

「ええやんなにも生みませんよ。ただしスッキリします」

そもそも復讐はやめなさいとか言うけどあんなのにしたがって復讐やめる時点で復讐する気なんてないんですからね。そもそも恨みつらみを晴らしてスッキリしたいがためにやる事ですから。ほら、もやもやしたままだとなんだか嫌じゃないですか。まあその結果として復讐の連鎖ができるかもしれませんけど…それは覚悟の上ですしその時考えるのです。将来のことなんて分からないのだしわからないものをただ心配するだけじゃ無意味。ある程度対策は取っていますよ。原作通りに地底を封鎖するとか私に対する悪評を撒き散らして地霊殿に篭るとか。

「こわい…お姉ちゃん怖いよ」

こいし?怯えなくていいのよ…むしろ怯えられるとなんだか悲しい。

 

「見た目は猫なのに中身が悪魔だった時ってこんな感じなんだろうね」

 

「失礼ですね。私は猫でもなんでもないですし悪魔のような思考だってしてませんよ」

至極真っ当に私に頭が考えられる最善の判断を考えてるだけです。

「例えがこれしか出てこないから……」

 

「あえて言うなら悪魔はこいしの方が近いと思うのですけれど」

 

「そこだけは同意」

走りながら紫苑さんの手に拳を当てる。向こうも私の手に拳を当ててきた。

「ちょっと2人ともひどい!」

 

「じゃあそこで転がってる肉片はなに?」

いつのまにかこいしの目の前にはバラバラになった何かが転がって…後ろに消えていった。

「え?あ……ごめん死体蹴りしちゃってた…」

やれやれ…せっかく頭を吹き飛ばして楽にしてあげられたのにそれはあんまりですよ。

「だって轆轤首の首気になったんだもん」

轆轤首の首がいくら気になるからって切り刻んじゃダメですよ。

わざとではないだけまだ良い方ね…

 

後ろですごい悲鳴が上がってる…まあ追いかけてる最中にあんな無残になった仲間が来たらそうなるわなと思いつつ時間稼ぎになったからいいかと思い直す。

そろそろ本気で撒いた方が良いですね。

 

「怪符『夜叉の舞』」

私たちの後ろで弾幕の壁が形成され追っ手の動きを封じる。

ちなみに当たっても痛くないんですよ?でもそれが弾幕ってだけで本能で避けようとする。

こればかりはどうしようもないですね。

 

そうこうしているうちに追ってはいなくなりあたりは静寂に包まれた。

今まで獣道のようなところを突っ走っていたから行き先は分かってしまっている可能性が高い。多分また待ち伏せなのだろうか…

それにしても建物一軒すら見えませんね…結界でも張っているんでしょうか。でしたら早く開けてくださいよ。そうすれば特大級の檻になりますよ。

「ねえ…私必要だった?」

息を整えながら紫苑さんが聞いてきた。

「人数は多い方が良いですよ。それに私達だって無敵じゃないんですから。むしろ弱いんですからね」

それに紫苑さんの方が十分に強いですから。戦いにもいろいろありますけど不幸をばら撒くというのはなかなかの物ですよ。まあ私たちも被害を受けやすいのが難点ですけど。

「特に悟り妖怪は近距離が苦手とか言うしなあ…」

不意に目の前から声をかけられる。やや落ち着いた女性の声。

だれ?

歩いてくる人影…だけど匂いは私たちと同じ、つまりそういう事です。

「盗み聞き?趣味悪いと思うけど」

こいしが剣を双剣を構え、攻撃態勢に入る。

それに臆した様子はなく、声の主は私達の前に姿を現した。

「ええやんええやん。それにさとり妖怪がいたなんてなあ…とっくに絶滅したかと思ってたよ」

黒い長髪、黒生地に赤色で蝶の模様が刻まれた浴衣を腰部分で赤い帯で止めている。かなりの長身であり多分女性すら魅了してしまうほどの美人ですね。

「絶滅したんじゃないんですかね?」

 

「目の前におるのは悟り妖怪やろ」

 

「覚りですよ。悟りじゃないです」

 

「同じだと思うんだけどなあ」

のらりくらりと話していれば言葉遊びになってしまう。つかみどころがないと言うかなんというか…話していると相手のペースに乗せられそうですね。

 

「というかよく私たちが覚りだってわかりましたね。何ですかそんなにわかりやすいですか?」

 

「そうだねえ……匂いでわかったんじゃないかな?私は興味ないけど覚り妖怪はここら辺結構いたからねえ。よく殺したり食ったりしてたらなんとなくわかるんだろうよ」

 

彼女の言葉でこいしの顔が青くなる。まあ普通はそう言う反応ですよね。

反対に紫苑さんは怒りをあらわにしていた。別に…怒ってももうどうしようもない事なんですけどね。

まあどうして貴女たちが私達を覚りだと確信したのかはもうどうでも良い話です。興味なんてないですし…

「話が通じるようなので交渉したいのですが…お空達を返してくれます?それだけ果たせたら手を引きますから」

 

「ダメって言ったら?」

 

「そしたら奪い返すまでです」

足を引いていつでも飛び出せるようにする。

「あっそう、でも私は勝てそうにないから諦めるよ」

だけど向こうは戦意はないと言わんばかりに手を振る。

それは本心なのか私を欺くための罠なのか…しかし覚り妖怪に嘘はつけない。その固定概念が入っているなら彼女の言っている事は本当なのでしょうね。

「意外と賢明ですね」

 

「まあね。死にたくなければ無用な争いはしない主義だから」

なるほど…貴女は流れ者って事ですか。私の考えていることを察したのかご名答と彼女の顔が笑顔に変わる。仮面の笑顔…その下は一体どうなっているのでしょうね。

「じゃあ見逃しましょうか。しかし困りましたねえ…あなたを見逃しても私達はどこに行けば良いのでしょうか」

 

「さあねえ、私は上が考えた三文芝居なんて知らないからなあ。ただの下っ端であって場所を教える係ではないんだよねえ」

 

「その芝居では私は貴女の心を読み場所を特定するでしょうかね?」

 

「そうなんじゃない?私に彼女達を監禁している場所のすぐ近くを通らせて記憶させてからたった1人でここで待てだもん」

 

「じゃあ私はその芝居に乗っかった方が良いのかあるいはそれを無視してアドリブを加え続けるのか」

 

「どっちでもいいけど…やるんだったら私の記憶でも見てしっかり監禁場所を把握してからの方がいいよ。あ、それじゃあ結局変わらないんやな。すまんすまん」

 

ふむ…ですが現状それしか方法がないのもまた事実。

「仕方がありません。ここは舞台役者としてくるくると回ることにしましょうか。舞台を壊しても顰蹙を買うだけですからね」

 

相手の手の中で踊らされているのは嫌ですけど…今はまだ踊ることにしよう。

「それじゃあ私は貴女達に場所を教えてどこかに行くことしましょう」

 

「その前に、あなたの名前はなんですか?」

最初に聞くのを忘れていました。

まあ本当の名を言ってくれるかなんて確証はないですけど…気になったからには尋ねてみないとですよ。

こいしが隣で呆れていますけど…名前を聞くくらいいいじゃないですか。

「そうだねえ……昔は葛の葉と呼ばれたことはあるけど最近は羽衣狐って言われているよ」

 

言われてると言うことはあなた自身の名前ではないのですね…ああそうですか。名前なんて元から無かった…それだけか。

「羽衣狐…ですか。私はさとり。名前も種族と同じ捻りなんてないですよ」

 

「いやいや、それくらい簡単なほうが覚えやすいってもんだよ。へえ覚り妖怪のさとりか」

 

そう言いながら嬉しそうに笑う彼女の心をサードアイで読む。

私との会話でお空達の居場所を考えていないかと思ったものの意外にもそっちを強く考えていたらしく居場所を知るのに大して時間はかからなかった。

器用というか…紫や幽香さんと同じで仮面をつけるのが上手なんですね。

「想起は終わったかい?」

「ええ、おかげさまでね」

 

「それじゃあ私はトンズラさせてもらうよ。派手に芝居を壊しちゃいな」

 

「貴女が随分と壊したからもういいと思うのですけどね」

 

「私はなーんにも壊してないよ。ただ舞台裏をのぞかせただけさ」

それだけでも十分壊してますよ。

手を振りながら彼女は再び闇の中に消えていった。姿が見えなくなれば気配も消え、まるで最初から何もなかったかのようにその場には何も残らない。

さて、2人ともそこでぼさっとしてないで行きますよ。丁度いい感じに時間も潰れていますしさっさと動かないと遅くなっちゃいますよ。

 

「なんだかさとりさんが分からない」

 

「気にしないで、いつものことだから」

 

いつものことではないですよ。私だって普段からあんなひねくれた会話はしてないです。

なんで信用できないみたいな目線をむけるんですか。

「まあ、お姉ちゃんより捻くれてる人沢山いるからいいんだけど…それで、お空達無事なの?」

 

「結界で封鎖された部屋にいるのは分かったのですが中の様子は分からなかったですね」

 

「完全に罠って可能性もあるからなあ……」

 

ああ…そう言う可能性もありますね。ですがそう思うのも向こうの考えのうちの1つ。

じゃあ、私はどうするか…

「罠なら壊してしまえばいいんですよ」

 

「容赦がないね……」

 

「容赦する必要がないですからね」

 

手を出したのが悪いんですよ?それともこんなはずじゃなかったと言いますか?まあ、どちらでもいいんですけどね。

「あまり虐めないでね…弱っちゃうと他の集団がここを襲うかもよ?」

 

「そんなの私の知った事ではないですよ。それもまた運命として受け入れてくださいね」

 

「私そろそろ厄病神やめようかな……」

 

 

 

 

 

 

「……なんか寒気がする」

お空が体を震わせる。危険なものというより本能的恐怖がそうさせているらしい。

「奇遇ね私も寒気がするわ」

貧乏神も同じらしく2人揃ってこの原因を考えていた。

「もしかして…さとり様かな?」

「あんたの主人って…ほんとなんなの?」

建物が破壊されるような雑音と悲鳴が響き渡るのも時間の問題だった。

 



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depth.96空の目線さとりの行動

結界というよりなんだか認識阻害の術が貼られていたらしいその場所は言ってみれば小さな集落だった。

 

だが小さいとは言っても建物1つ1つは立派なもので…悪くいえばそこらへんのお寺や神社の建物を10棟近く適当な配置に立てそれらを空中回廊で結んでいるようなものだ。

 

一度意識阻害が消えてしまうと今度は逆にそれらに魅入ってしまい意識の収集がつけられなくなる。

どうやら最初の術が破られた時のために認識をあえて集中させる術を施しているのだろう。

簡単ながらとても効果的な罠だ。

 

「まあそれも、理屈がわかってしまうと機能しなくなるのですけれどね」

一度脳が術の存在を認めてしまえばこれらは機能しなくなる。

強い暗示をかけるだけの簡単な術はかかってしまうと大変だけれど理屈に気づいてしまえば脳は暗示を受け入れない。先に常識と判断したこととは矛盾する事実はなかなか受け付けない都合の良さが役にたつわけです。

 

「お姉ちゃん?」

 

歩き出した私にこいしが疑問を投げかける。

ここにずっと留まっていても意味がない。お空達が捉えられているのが建物だとは分かったけどそれがどこの場所の建物だとはみていないから仕方がないです。

「どの建物か分からないのでこれら全てを壊しますね」

 

「じゃあ私も手伝うね!」

こいしが笑顔で魔導書を開く。空中に光の波紋が発生し、機関銃や剣などがバラバラと落ちてくる。あの四次元ポケットもどきな空間に貴女は何を入れているの?

ってこれ写真?

「あ、これはダメ!」

 

見せてくれても良いと思うのだけれど…まあいいや。

「もうこれくらいじゃ驚かない」

呆れたような疲れたような声で紫苑さんがつぶやくこと

…いちいち驚かれても困るのですけど。

 

こいしがバラバラと出したものを整理する。なんだかここでやるような事ではない気がしますが精神的休息ということで自分を誤魔化す。

「そういえばこんなもの入ってっけ?」

入れたであろうこいし自身がそんな事を言い出す。もうちょっとちゃんと管理したらどうなのだろうか。このままだと葛餅が出て来そうですよ。

前回開いたときに葛餅が出てきて軽く場の雰囲気がおかしくなったことがある。

今はそんなことないけど。

「何この巨大な弾丸は…」

紫苑さんが問題のそれを手に持ち訝しげに眺める。

「さあ?興味ないからなあ……」

 

「それ…グレネードとか言ってなかったかしら?」

確か河童の説明ではそんなことを言っていたし私自身も一度使ったことがあるから印象に残っている。

 

しかしなんでこんなに弾丸だけ出てくるんですかねえ。

「爆発する弾丸だっけ?」

 

「その認識で合ってるわ」

 

「……えい!」

こいしが何を考えたのかその弾丸を建物に向かって放り投げ始めた。

咄嗟にそれらに向けて弾幕を撃ち込み誘爆させる。

爆風でく床の柱や屋根が次々に吹き飛ぶ。

「適当にぽいぽい放り投げるのをやめなさい。誘爆するでしょうが」

「お姉ちゃんだって誘爆させようと弾幕張ってるじゃん」

 

「建物の基盤を壊すのに有効活用しているだけですよ」

それと効果的に撃ちなさいよ。これじゃあいくつかの場所でまとまって誘爆するから破壊効果が薄いじゃないの。

「じゃあお姉ちゃん指示して!」

 

はいはいと返事をして私はこいしに投げ込む場所を指示する。

本当ならちゃんと武器から発射した方がいいのですけど…何故か武器の方は出て来てない。

まあ妖怪の力ならかなり遠くまで飛ばせるからマシなのですけどね。

 

「あはは!壊れちゃえ!」

「解体作業を手伝ってるだけだから壊すのとは違うわ」

 

「私も投げていいの?」

紫苑さんも?ええ、構いませんよ。

あ、ではあそこに放り投げてください。

 

紫苑さんによって思いっきり放り投げられたその弾丸は

建物の床に飛び込んで大穴を開けた。

すかさずレーザー弾幕を撃ち込む。

爆炎と衝撃波が建物の床を強引に上に持ち上げ、床下の柱を根こそぎ破壊する。

強大なエネルギーで真上に持ち上げられた建物は、次の瞬間には重力に従い地面に向けて崩れ去っていく。

 

「うわ……」

 

「派手に壊れましたね」

何か引火しやすいものでも入れていたのでしょうか。

今のが最後のものだったらしくこいしはもうないよと手を振ってくる。

相手は大混乱でしょうね。少しは想定しておいても良いと思うのですけど…普段からこういう自体への対処は考えられていないのか一向に混乱が治まる気配はない。

 

まあ収まらなくて良いんですけど。

「お姉ちゃん、早くお空達助けようよ。さっきの誘爆に巻き込まれないかどうかだけど……」

今言わないでよ…私だってお空達を巻き込んでるのではないかって心配が芽生えていたというのに…

こいしの方を見てみると、なにやら大型の黒いものを2つ両脇に抱えていた。

「こいしその重機関銃は……」

 

「預かっておいてって言われてるからさ」

 

「それお燐のでしょう…あの子が悲しむわよ」

こいしに預けているお燐が悪いとはいえ人のものを勝手に使うのは良くない。

それに壊したらどうするつもりよ…

「バレなきゃ問題ないんです」

 

それ絶対バレるからやめなさいこいし。

 

「どっちが悪なのかわからないんだけど……」

紫苑さん、善も悪も見方と言いかたの違いだけで実際はほとんど同じなんですよ。それに妖怪は悪じゃないですか。

 

「すぐ終わらせますから…こいしと紫苑さんはここで待っていてください」

再び刀を抜き右手に持つ。ふらりと立ち上がった体が少しだけ立ちくらみをする。

「お姉ちゃん1人で行くの?」

私も行くと言い出すであろうこいしの言葉を遮り私は言葉を紡ぐ。

「舞台を派手に壊す裏方が必要でしょう」

 

「わかった」

 

言いたいことが分かったのかこいしは紫苑さんを引き連れて後ろに下がった。

 

それじゃあ…飛び込みますか。

 

「あはは!」

 

 

刀を右手に構え建物に飛び込む。

障子を突き破り畳の上を体が跳ねる。

何度か転がりながら体制を整え体を起こす。

騒ぎを聞きつけて部屋に飛び込んできた妖怪2人を一筋で斬りつける。

少しだけ鈍い感触がして、鮮血が飛び散る。

呆然とする2人を押しのけ廊下を挟んだ隣の部屋に飛び込む。

外れた襖を持ち上げ放り投げる。

部屋の中で暴れたそれは、隠れていた妖怪を巻き込んで畳の上に落ちる。

「さてお空達はどこでしょうね?」

 

あまり遠くないところで爆発音と連続した炸裂音が響く。

こいし達の方に何かあったらしい。だけどここまで来てしまった私では戻ることはできない。

2人に任せるしかない……

止まっていても追い詰められてしまうだけなので部屋から部屋へと移動。だんだんと方向感覚がわからなくなってきた。

 

場所を確認したいので思いっきり畳を蹴り天井へ飛ぶ。

反動で床に穴が空いたらしいがそんなもの知ったことではない。

天井を弾幕で破壊し、続いて屋根の一部を吹き飛ばす。

瓦礫が周囲に吹き飛び煙が上がる。

なんか通過する途中で斬りつけた気がするのですが…まあ気のせいでしょう。

屋根に隠れていたヒトがいたなら別ですけど…

まあいいか……

 

えっと…では捕らえられている建物に行きましょうか。

場所はわかりませんがあまり遠くはないですからね…

それにヒトの動きを見て入れば大体どの場所にとらえているのかわかって来ます。

うん…あそこの建物ですね。

最初の攻撃の時には狙わなかった…いや狙えなかったところです。

 

屋根を蹴り空中に飛び出す。

この合間私は相手に対して無防備になってしまう。だから攻撃されないように弾幕レーザーを建物に向けて発射する。

着弾すると派手に爆発するそれらが建物を破壊していく。

瓦礫に紛れるように近くの建物の屋根に飛び降りようとして…少し手前の渡り廊下の屋根を突き破り床に叩きつけられる。

屋根を突き破った際に服の一部を引っ掛けたのか少しだけ切れてしまった。

 

「さて…ちょっと面倒ですけど…走りますか」

 

建物の中を一直線に駆け出す。

部屋があろうと壁があろうとそんなものは壊していく。いちいち廊下を走るなんてことはしない。

止めろとかなんとか相手が叫んでいますけど…はて?何を止めるのでしょうか…

 

目の前に出て来た妖怪を流れるように斬りつける。

急所だけは外しておきましたから死ぬことはないですけど…しばらくは戦えませんね。

 

私の腕を掴んで来た手を切り落とす。

血が肩から腕に降り注ぐ。

赤い外套を着ていて良かったです。血の色が目立ちませんからね。

 

壁を弾幕で破壊し、空中に再び飛び出す。

既に目標の建物は目の前…体に力を入れずそのまま建物の窓に体をぶつける。

ガラスが割れる音が響き私の体を抑えきれなかった窓枠が外れ床に叩きつけられる。

 

音を聞きつけて建物の中にいた奴らがこっちに向かってくる。

さてさて、シニタイヤツハダレカナ?

 

 

先頭一番に私のいる部屋に駆け込んで来たやつのお腹に大きなガラス片を投げ込む。

ざっくり刺さりましたね。

後続相手が私を捉えようと妖力弾を放ってくる。

横に飛びのいてそれらを回避。

それでも追いすがってくるそれらを刀で斬ったり体をひねって避ける。

精度があまりと言いたくなりますけど…まあこんなもんかと考え直す。

いい加減鬱陶しので弾幕を撃って来ている河童さんのお腹に拳を入れる。

私の腕が悲鳴をあげるが、壊れてしまう前に河童の方が吹き飛んでいった。

さてお空達は……

 

増援であろうヒト達が廊下の右側から駆けてくる。

ああ…そっち側にいるんですね。

廊下を駆け出す。

曲がり角に潜んでいる妖もいるかもしれないから曲がり角は極力破壊する。

爆炎と木片が飛び散り、実際隠れていたであろう妖が逃げ出す。

かと思えば私の前に飛び出して来る。

速度が付いているからもうそのまま突っ込もうかと思って…何か硬いものに体がぶつかる。

 

「……?壁ですか」

 

とっさに私は足元を払う。その瞬間壁のような感覚が消え去る。

ああ、ぬりかべですか…ほら邪魔ですよ。

あっさりと突破されたことに唖然としている少女のお腹を蹴飛ばし遠くに飛ばす。

痛いでしょうけど怪我にはならないはずです。

それでもお腹は流石に不味かったでしょうか?もう遅いデスケド。

 

 

さて、逃げれるうちに逃げてくださいよ?

 

 

部屋の外が急に騒がしくなる。

悲鳴と建物が壊れる音がだんだん近くなってくる。

それがさとり様のものだと分かって…不安半分安心半分。

これがさとり様を誘き出すための罠だってことくらいさとり様は分かっているはず…なのに、さとり様は来てしまった。

「何辛そうな顔してるのよせっかく助けが来てるのに」

 

「だって……」

 

「あっちだって罠だって知っていて来てるんでしょ?だったら対策くらいしてくるわよ」

 

そう…かな?でもさとり様を危険に巻き込んじゃったのは私だし…

守るって約束したのに…やっぱり私は弱い。

「ねえあんた、自分を責めるのもいい加減にしたら?今はそんなことしてる場合じゃないでしょ」

 

「う…うん」

女苑ちゃんに強い口調で言われちゃってしょげ返る。

確かに今は責めてる暇はない。だけど心がそう簡単に切り替わるかといえばそんなことは無い。

「ああもう!来なさい!」

 

痺れを切らしたのか女苑ちゃんは私の手を取り入り口まで歩き出した。

「こっちよ!助けに来てるんだったら早く助けなさい!」

 

「こ…声が大きいよう」

 

「大きくなかったら聞こえないでしょ!」

 

そうだけど……耳が痛い。

 

ガタガタという足音と、悲鳴がこっちに向かってくる。どうやら女苑ちゃんの声が聞こえたみたいだ。

 

しばらくして襖が蹴り飛ばされ封印が壊される。

咄嗟に女苑さんを引っ張り辛うじて襖に巻き込まれるのを防ぐ。

 

「おっと…封印を壊すにはこうした方が早いことが多いのでつい…」

 

「危ないじゃないの!」

 

まあまあ結界も解けたんだしいいじゃんと落ち着かせる。

事実自由の身になったのだからと女苑ちゃんも怒りをすぐに納めてくれた。

「さて、早く行きましょうか。脚本を壊しすぎてそろそろ三流作家が出てきそうですからね」

 

「そうね…ここあんまり財が無くてつまらないわ」

 

財があるとかないとかわかるのだろうか…ああそう言えば貧乏神だったっけ。

でも貧乏神にしてはキラキラだよね。なんだか面白い。

 

女苑ちゃんの手を取り部屋から出る。必然的にさとり様が道を教えてくれるかなと思って彼女の方を振り返ろうとして、強い妖気に当てられた。

 

体が動かなくなる。

 

真後ろで肉と服が裂ける音がする。その音に私の心臓が跳ね上がる。嫌な想像が頭を駆け巡り、そんな事はないと必死に理性が否定しているのに…それを否定することができない。

 

振り向けばいいのに…恐怖からか強い妖気に当てられたからか…振り返れない。

「え……?」

それは私の声だったか女苑ちゃんの声だったか…多分同時に振り返った私達両方の声だったことは確かだ。

さとり様の足にお札が巻きつき……さとり様の肩に金属の刃が突き出ていた。

 

「て…天狗?」

 

さとり様の後ろにいたのは、天狗のお面をつけた、妖だった。

「あぁ……やはり…こうなる……のですね」

 

「まあな…」

 

肉が貫かれる音だけが私の耳に残る。

肩に刺さった刃が四方八方に伸び、さとり様の体をたてに横にと貫いていた。

「うそ……さとり様っ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

全く…派手にやろうとしましたね。

相手が高笑いするのを聴きながら私は天狗の顔面に拳を叩き込む。

 

私の能力が間に合わなかったら確実に串刺しにされていましたよ。まあ…かなりの代償がついたのですが…

 

何をしたかと言えば…肩に刀を突き立てられた直後、引っ張り出したサードアイで相手の視線をしっかり捉え、トラウマ的幻想を写しているだけです。

引っ張り出した時に女苑さんとお空にも同じものがかかってしまったのですが…仕方がないと諦める。

そもそもトラウマといっても私がやったのは、私が剣に串刺しにされるというだけです。

実際彼はそうやって私を仕留めようとしたらしいですが、刃の装置が作動する前に刃を折らせていただきましたからね。実際私が負った傷は肩の刺し傷のみです。

本来こういうのは私ではなく月の兎の方がうまいのですが…まあ私の場合はサードアイで相手の心をこねくり回すのであって幻覚を見せるわけではないのです。

「監督が舞台に出て来るのは幕引きの時なんですよ」

さあ役者は退場し、後は舞台を壊すだけ。

三流は舞台とともに破壊に巻き込まれておしまい。

 

まあ…1つ引け目があるとすれば…そこで涙を流して私に駆け出そうとしているお空でしょうか。

彼女には悪いことをしました。

ですがあの場合一刻を争う状態。目線をサードアイが捉えてしまっても対処する時間は無かった……いや、ただの言い訳ですね。

 

サードアイによる記憶の操作を解く。

「…ゴハッ!」

瞬間、ぶん殴られた天狗は襲ってきた痛みに流されてその場にうずくまる。

「あ…あれ?さとり様?」

「ど…どういう事?」

 

逆に能力に巻き込まれた2人は何事もなかったかのように立つ私に戸惑いの声を上げる。

「能力を利用すればたやすい事です…お空、ごめんなさいね。巻き込んじゃって」

 

「さ…さとり様」

泣き止んだかと思えばまた涙を流し始める。もうちょっと涙強くなってくださいよ。

 

「無事でよかったですよお!」

 

大泣きしたお空に飛び込まれ、思わず尻餅をついてしまう。

まあ…私が悪いのでしばらくはこのままにしてあげよう。お空の頭を優しく撫でて安心させる。

 

「どうして無事何かは知らないけど…安心したわ」

 

「ご迷惑おかけしました」

 

泣きじゃくるお空をどうにか落ち着かせる。

それと同時に肩に刺さった刃を引き抜く。いつまでも刺したままでは気分が悪いですからね。

「それ痛くないの?」

 

「痛いのは最初の一瞬だけ…後は全然痛くないです」

 

「恐ろしいわ…」

 

さて、少し遅くなりましたけどここから逃げ出すとしましょうか。ええ、もちろん逃げますよ?

 

「ふん…ここから逃げられると思うなよ…」

だけど歩き出した私達の目の前にさっきの天狗さんが立ちはだかる。

割れたお面は新しいものに変わっているけれど隙間や顎から垂れている血が傷ついてますよってことを教えてくれる。

「手負いの貴女に何ができるんですか?」

 

「手負いなのはそっちだろう?現に私は顔しか傷を負っていないぞ」

天狗さん負け惜しみですか?早く傷を手当てしないと傷跡が残ったりしますよ?それに鼻折れてるでしょうからねえ…お面が外せない生活は嫌でしょうに…

「あんた1人でどうするわけ?」

女苑さんが天狗に食ってかかる。

まあ頭数はこちらが有利…この場ではですけど……

「勘違いするな。この建物は既に包囲済みだよ」

その言葉に2人が動揺する。

嘘という可能性もありますけど…でもその可能性はかなり低い。

実際包囲しているでしょうね。

でも貴女がこの組織の大将であるならほぼ確実ですね。

「あんたの味方2人も逃げ帰ったようだしな」

こいしと紫苑さんの事を言っているのでしょうか。

あはははと大声で笑っていますが…あまり大声を出すと傷に響きますよ?後、やってることが三流すぎますしどうしてそれを私に言っちゃうんでしょうか?

逃げられないから言ってしまおうと?慢心もほどほどにしてくださいね。

「えっと……一応言っておきますけど貴女の目的は私ですよね?」

 

「さとり妖怪は美味しいからなあ…」

 

血の味をしめた獣もこんな感情を浮かべてましたっけ。

なるほど、同族を食べてしまうとその味が忘れず何度もその同族を襲い喰らってしまう原因がこれですか。

だから幻想郷では基本的に妖怪同士で食い争う事は禁止している。そもそも同じ妖怪を食うのは禁忌に近い。それはこのような事態に陥るからであるが…それにしても覚り妖怪を喰ったとは…そういえばあの女将も美味しいとか言ってましたっけ?

「さとり妖怪が滅んだ原因って貴女達なんじゃ…」

 

「長期的に言えばそうかもしれないな。この地に巣作く妖怪は基本的にさとり妖怪を喰らっているものばかりだからな。お陰でお前らを捉えるのに苦労したぞ。他の組にお前たちの事がばれないようにするにはな」

 

結構話してくれますね。この人危機管理とか無いんでしょうか?

まあ言わなくても私が心を読んでしまえば良いのですが…それだとお空達が理解できないですよね。

まあ…理解しなくても良かったと思いますけど…お空も女苑さんもかなり動揺していますよ。

「妖怪が妖怪を食らうなんて…」

 

「あ……ありえない。いくら嫌われているからって…食らうなんて」

嫉み嫌われている者には何をしてもいいという風潮があったのでしょうね。その結果がこれと……

って貴女達さとり妖怪だけじゃなくて土蜘蛛とかまで食べてるじゃないですか!どれだけ横暴を……

弱肉強食だからってこれは倫理的にどうなのですか。ああ……妖怪の時点で倫理も何もなかったですね。

「特に心臓が美味しいのよ」

生々しいこと言わないでください。

「そんなベラベラ喋って良いんですか?」

 

「構わんよ。どうせお前らはここから逃げられない。まあお前を仕留め損なったのは痛いが死んでいないなら少しづつ食していくまでよ」

そう言うと天狗は少しづつ私に近づいてきた。いや…近づかれても困るのですけど…ええほんと。

しかもそれ折れた刀じゃないですか。まさかそれで戦おうって言うんですか?まあ一流の剣士なら例え折れた刀でもしっかりと斬り落とす事が出来るのですけど…よほど剣の腕に自信があると見える。

「さとり様に手出しはさせない!」

 

私と天狗の合間にお空が割って入る。

圧倒的に天狗の方が強いにもかかわらず、それでもお空は飛び込んだ。

「小娘…戦うつもりか?」

これには天狗も意外だったのか、足を止めてお空を見つめる。お面から見える瞳が驚愕に変わっている。

「小娘じゃないもん霊烏路空だもん!」

いや…そこではない。それにお空…怖いのに無理しなくていいのよ。無理してる姿を見てると辛い。

格上相手では誰だって怖いだろう。私だって格上の相手をするときは怖いですよ。

「面白い……そこまでしてそいつを庇うか?」

 

「さとり様は私の大事な家族だもん!絶対に庇う!」

 

お空……強いのね。

「ふむ…主人への忠誠心か…」

そういえば天狗ってかなり強い縦社会でしたね。忠誠とかそういうのに敏感なんでしょうか。

「……3分間待ってやる。その合間にもう一度考えるんだ。私は何も言わぬ。空とやらがどのような結論を出すか見とどけようじゃないか」

あら、珍しく名前で呼びましたね。ってことは少なからず彼女には敬意を表しているのね。

「それなら決まってる!私は戦う!」

 

「面白い。だが勇気と無謀を履き違えるなよ」

天狗が一歩目を踏み出そうとするのと私の腰に収められた刀が空中で光を浴びるのは同時だった。

私の刀がお空のすぐ側を通り、天狗の左腕を斬りつける。

だけど浅かったらしく服しか着れなかった。

 

「っち…やはり出て来るか」

 

「当たり前でしょう?大事な家族に傷をつけさせるわけにはいきませんから」

お空がなにかを言う前に再び私は駆け出す。今度は武器を弾き飛ばす。

想定通りに刀が天狗の手から弾き飛ばされ天井に突き刺さる。

その代わりに私も弾き飛ばされてしまうのですけれどね。

ふんっと天狗が私の方に駆け出す。

少し覚悟した方が良いかと後ろに飛び退いた。それと同時に乾いた木が割れる音が響く。

それと同時に天狗の体が大きく崩れる。

左足を抑え蹲る。夥(おびただ)しい血が流れ出ている。

再び割れる音。

今度は羽が数枚飛び散り、肩から生えていた羽から血が吹き出る。

「お姉ちゃん!外の敵片付いたよ」

同時に聞こえる妹の声。それと同時に壁を突き破り2人の人影が室内に入ってきた。

「あら、早かったじゃないの」

 

「姉さん、やっぱり来てくれたわね」

紫苑さんが真っ先に妹の方に駆け寄っている。

「妹を助けるのは姉の役目らしいから……」

 

「偶にはいい事言うじゃない」

 

「貴様ら…戻ってきたのか!」

 

元から逃げてなんてないんですけどね。何を勘違いしているのだか…

それにしても…もう少し時間がかかると思ったのですが…

 

「椛ちゃんとか柳君とかと違って鴉天狗って先回りの攻撃がしやすくてさ」

普通高速で動く天狗の先を予測しても速度で押し切られてしまうのですけれどね。

それに椛さん達は天狗の中でも戦闘時の動きが異端なんですよ。あの子達と比べちゃいけません。

それに天狗以外も沢山いたでしょうに…完全に意識の外に置いていたわね…可哀想だから少しくらい覚えておきなさいよ。無意識のうちに倒されていたなんて事で覚えてないやなんて悲しすぎるし相手に失礼よ。

それにしても血で汚れてますね殆ど血の色で服本来の色がわからないじゃないですか。…銃声も殆ど聞こえてませんから絶対剣を使ったわね。

「ま…まさか」

天狗の動揺した声が届く。答える義理はないのですが、散々情報を言ってくれたお礼という事で…

「ええ、貴女の思っているまさかですよ?」

サードアイが読み取った情報に肯定しておく。少しだけ違ったけどそんなもの結果の前には些細な違いだ。

外のヒト達はこいし達が全滅させた。それにしても派手に舞台を壊しましたね。

紫苑さんの心を読み惨劇を理解していく。

無事だった建物まで一緒に破壊してくるなんて……私より酷くないですか?

それに、四股を切断するなんて…それ生きているのか死んでいるのか分からないじゃないですか。

一応死んでないようですけど…

まあ、紫苑さんが近くにいたせいで不運な怪我をする人が続出しているのも問題なんですけどね。

割れた刀の先が他の人に刺さるとか不幸すぎるとしか言いようがないのですがそれが何度も何度も繰り返されるともはや偶然ではない。

それに片目に枝が刺さるってなんだか嫌すぎます。思い起こしているだけでゾッとしてきましたよ。私?いえそんなの知りませんよ。

それはこいしも例外ではないのですけれどね。まあ多少の傷は私同様すぐ治ってしまうので大丈夫なのですけれど。

「それじゃあ私はこれで帰らせていただきます。無駄な抵抗はやめた方が良いですよ?命が惜しければの話ですが…」

でもまあ…徹底的に潰しても良いかなあ?

 

「ま…待たんかい!まだ私が残っているだろ!」

はいはい、どうせそう言ってくると思いましたよ。

それに足と翼を撃たれただけじゃ止まりませんよね。そんなんでくたばってたら長出来ませんもんね。

ですがもう諦めたらどうなんですか?

「戦いたくないのですが…」

私はもう十分だと思いますよ?ここまで酷い有様なら外からほかの集団が攻めて着て終わりですし、私達が引導を渡さなくともことは終わる。

それにもう斬りましたし……

どこぞの剣士みたいに斬れば分かるというわけではありませんけどもう十分です。

天狗がが何が喚くがそんなものは気にしない。どうせ戦えだの卑怯者だの罵倒を言っているのだろうけど興味ない。

でも煩いのは流石に嫌ですからね。

私の胸元でサードアイが怪しく光る。視線を合わせた天狗がなにかを言いかけて……そのまま動きが止まった。

 

あれだけ騒いでいた天狗が動かなくなったことに全員が疑問を投げかける。

 

「お姉ちゃん…やっちゃったの?」

私が何をしたかに薄々気づいたこいしが心配そうに尋ねてくる。

「平気よ。それにもう忘れたわ」

繋がらない言葉の流れに紫苑さん達が首をかしげる。

 

「ねえさとりさんは何をしたの?」

紫苑さんは私のした事が気になったらしい。

好奇心ゆえか私の瞳を見つめながら聞いてきた。

「さあ?適当にトラウマを再生させているだけよ。100回繰り返すと解けるようになってますから大丈夫」

「精神壊れるよね?」

 

「壊れたら壊れたでそれまでの精神力だったって事です」

そもそも壊れようが壊れまいがそんなもの関係ない。

「そもそもお姉ちゃんが言うトラウマの再生は想起した本人もトラウマを読み取る関係でそのトラウマを対象者と同じく覚え、感じるんだよ…」

 

「それ…辛いんじゃ」

女苑さん、これはもう慣れですよ。それにもうどんなトラウマだったか忘れましたから…ええ、ワスレマシタ。

 

「さとりを敵に回しちゃダメね…」

 

「妖怪の天敵と言われてますからね…同じ妖怪なのに」

 

「お姉ちゃん知っててやってるでしょ」

 

使えるものは使う主義ですからね。

それにここにいつまでも止まるのもやめましょう。帰りましょうか。

「うん、なんか疲れちゃった…あ、でもあそこの桜が咲いてるの見たいなあ…」

 

「じゃあもう少しだけここにいましょうか」



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depth.97桜の下でさとりは何を思う

ゆうかりん再登場。


満開になった桜が風になびく。花から離れたいくつもの花弁がその風に乗り桜色の吹雪を演出する。

桜吹雪を目線で追いかけながら水を一口だけ飲む。

「やっぱり待っててよかったね!」

お酒の入った盃を持ちながらこいしが肩に寄りかかってくる。

「そうね…偶には良いかもしれないわ」

こいしの頭を軽く撫でて少し離す。あまりベトベト纏わり付かれても動きづらく困ってしまいますからね。それにお酒を自然に注いでこようとしますからね。

まあ、周囲を見れば桜を見ながらお酒を飲む人たちばかりなので私の方がおかしいんでしょうけれど。

「さとり様、幻想郷で見る桜と少し違いますね」

同じくお酒を飲んで顔を少しだけ赤くしたお空が私に絡んでくる。この2人揃って絡みぐせがありますね…

「種類が違うからよ。ここのは枝垂れ桜、幻想郷にある桜は八重桜が多いからね」

 

「詳しいんですね」

 

「知ってるだけよ」

 

実際枝垂れ桜を見たのは初めてである。

 

あれから1週間、ちょうど見頃を迎えた桜の下で私達はお花見をしていた。お燐も一緒にとは思ったものの、家からわざわざ呼んでくるのも彼女に申し訳ない。

戻ったら埋め合わせをしないといけないわね。それと…お空の心にも消えない傷を残してしまった事が悔やまれる。

あの時は仕方がなかったものの、後からお空の心を読んでみれば私の流した映像は彼女の心に深く傷を作っていた。その上それを理由に彼女は自分を責め続ける。責めるべき相手は私なのに……

なるべくお空には早まらないようにと言い聞かせてきたものの…やはり将来はあれが起こってしまうのだろうか。

だけどそれも今日一日限り。

そろそろ帰らないとここら辺もやばくなってきた。

 

京都の妖怪達の合間ではまさに抗争が行われている。均衡を保っていた組織の1つが実質壊滅状態になればそれを吸収しようと周囲が動く。ただ4つから3つに変わっただけだろうと多くの者はあまり深く考えなかっただろうけれど見えない程度の崩壊は既に始まっていた。均衡の崩壊が大きくなり修繕しようがない状態になって、このままじゃやばいと長達は気付き始めるがもう遅い。

彼らがどうにかしようにももう止められるレベルではなくなってしまった。

原因は勿論私達のせいだけれどもうそんなの知らない。多分紫苑さんの引き連れてきた特大不幸の結果でしょうけれど…それは向こうが悪いのだから私はもうどうもしない。ゆっくり桜を見て帰るだけです。

それでも…彼らにもそれなりの落とし前はつけてもらわないといけない。逆恨み?復讐?過剰防衛?上等、私達の同胞を滅ぼした罪は重いのですよ。黙って見過ごしてるほど今回は優しくないですからね。

「お姉ちゃんご機嫌だね」

 

「そうかしら?」

表情は変わっていないがやはりわかるのだろう。

だけど内心考えていた事と照らし合わせればなんだか複雑な気持ちになる。

「私には無表情で全く分からないわ」

 

「女苑、よくみてるとだんだんわかってくるよ」

紫苑さんも分かるのですか?なんでしょうね…分かりやすいのか分かりづらいのか…私というものはわかりません。

側に置かれていた団子を口に運ぶ。

桜もいいですけどお団子も美味しいですね。

「姉さんわかるの?」

 

「勿論」

 

「厄病神なのに……意外だわ」

厄病神って人に嫌われるから全然人集まらないですよね。でも貧乏神も同じような気がするのですが…そこはやはり世渡りの差でしょうか。実際、女苑さんの方が世渡り上手そうですしね。

「妹にいじめられた…こいし慰めて」

そう言うなり紫苑さんはこいしに抱きついた。

「あんたは子供か!」

 

「子供心を持つのも大事だよ」

 

厄病神だけど…

ってお空もどうして私に抱きつこうとしてくるのですか。

ちょっと、やめてくださいよ。苦しいですから。わ、分かりましたよ。

「あらあら、お楽しみのようでございんすね」

抱きついてくるお空をどうにかして落ち着かせ、少しだけ水を飲んでいると人混みの中から声をかけてくる人物が一人。

 

「ああ、女将さん。貴女もこちらに来たのですか」

枝垂れ桜の絵が描かれた着物をやや黒い赤色の帯で結び綺麗に着こなした女将さんが私達の隣に腰を下ろした。

一瞬だけこいしとお空が警戒する。まあ…彼女は大丈夫でしょう。

「ええ、しばらくお店は休業になりんす。今日のうちに私も少し旅をしようかと思ったところでありんす」

 

やはり巻き込まれるのはごめんなのだろう。

町には被害が出ないとは思いますけど町に住む妖怪には影響は大きく出る。それにどちらかに味方しろと脅してくる輩もいるだろう。

 

「ふーん…それじゃあ女将さんも今日は桜の見納め?」

こいしがいつも通りに…でも探りをかける。

「そういうことにしてくださいまし。それに警戒しなくても私は客の妖に手を出す程外道に成り下がった覚えはありやせん」

 

あらあら鋭い。まあ、嘘は言っていないでしょうからまだ大丈夫ですね。

「そっか!じゃあ一緒に楽しもう!」

こいしも納得したらしい。黙ってみていた紫苑さん達も安堵したかのようにまたお酒を飲み始めた。

「ほらお空もいつまでも睨んでないで…」

 

「わかりました……」

お空は疑い深いんだから…

 

「それにしても綺麗なものでございんす」

 

「普段は見にこないの?」

 

こいしがお酒を注ぎながら女将さんに問いかける。

それは純粋な疑問だったのだろう。

 

「ここにきてからは初めて見るんです。昔は雪山ばかり篭っていましたからねえ」

 

雪女ですからそれは仕方がないでしょう…でもさすがに一度はくるものではないのだろうか…

「丁度そこの川に食べ終わった人間の骨を流すものですからあまり桜を見ようとは思わないんですよ」

 

なるほど…それならここにあまり来ないのも納得したりします。

「じゃあ今日は珍しいんだね!」

 

「ええ…少しくらい楽しもうかなと思ったものですから」

気まぐれ…妖怪なんて所詮気まぐれだろう。

別に悪いとかそういうわけではないですけれど。

「そうなんだ……女将さんはやっぱりさとり妖怪食べてたの?」

お空が小声で女将さんに耳打ちする。わたしにはバッチリ聞こえましたけどね。

私がさとり妖怪であるというのはまだ広まっていない。だけれど知れば食べるのだろうか。

「食べないわよ。あれは若さ故の過ちでございます」

 

きっぱりと否定したということは大丈夫…だろう。だけれど…心を読んだ方が確実だ。

だからこっそりと読ませてもらう。サードアイをちらっと出してすぐにしまう。少しして情報が頭の中に入ってくる。

嘘ではなかったです。

 

「あ…」

 

「きゃ!」

 

タイミングを計ったかのように紫苑さん達の方で何やら問題が発生したようだ。

流石厄病神…どうして女苑さんの頭にお酒をひっくり返しているんですか。

 

「ごめん……」

まあ本人はあまり怒っていないようですし…あ、いや…内心すごい怒ってますね。

でもそれをぶつけないだけまだ倫理観がしっかりしているというか…慣れているというか。

「いっそのこと着替えたらどうです?その服じゃ目立ちますし」

 

1人だけゴージャス感…いや成金感漂う洋服とか異質すぎる。

まだ何枚か予備の服がありますからそれに着替えさせましょう…

 

体系的に私かこいしの服が合うはずだ。とは言ってもこいしの服を勝手に渡すわけにはいかないから私のものに限定されてしまう。

服を持たせてすぐに着替えさせた。

結果…胸がスカスカするとものすごい怒られた。

訳がわからないのですけれど……

「似合ってるじゃないですか」

 

「く……言い返せないのが辛いわ」

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れ始め、桜が夕日に照らされる。

このまま夜桜を楽しむのも考えましたけど…あまり遅いと巻き込まれる可能性が高まるのでここは仕方がないと割り切る。

お団子やお酒を提供してくれたお店で勘定をしている合間に全員準備を整えたらしく、先程までの酔っ払いたちはどこにもいなかった。

女将さんは先に出たらしく既にいなくなっていた。まあ…一緒にいる理由も無くなりましたから当然といえば当然なのですけれどね。

「さて、帰りましょうか」

 

「その前に少しお土産買っていこうよ」

日持ちしないものはダメですからねこいし。

 

夜の京都も賑やかですが、昼間のそれとはまた違った賑わいを見せる。その中を通り、こっそりと街を出れば、辺りは一気に暗闇に戻る。

少し離れてみれば街の煌びやかな灯りが暗闇の中に幻想的な雰囲気で浮かび上がる。

「さとり様、綺麗ですね」

 

「ええ……綺麗ね」

 

あの光の陰で妖怪達は何をしているのだろう。

そんな陰気臭い考えはこの際置いておこう。わたしにはもう関係のないことですから。

「あ、お姉ちゃん……ちょっとトイレしてくる」

 

「私も…」

こいしだけじゃなく紫苑さんもですか?まあいいですけど…気をつけてくださいね。

 

 

 

 

再度こいし達と合流してのんびりと歩き始めれば、向こうから誰かが歩いてくるのが見える。こんな夜遅くに1人。それにどこか会ったことのある雰囲気なのですけれど…

「あら?また会ったわね」

 

「幽香さん。お久しぶりです」

白いシャツに赤色のチェック柄のスカート。緑色の髪は以前とは違い腰まで伸びている。不敵に笑みを浮かべる彼女の目線が私達を品定めするかのようになめずり回す。初対面のこいしや紫苑さんは一瞬にして恐怖に支配されてしまう。

「ええ、久しぶり…ところであちらで何か面白いことやってそうな雰囲気なんだけど?」

彼女の言葉1つ1つが重圧のようにのしかかる。もちろん私は平気ですけど…

「ただの妖怪大戦争らしいですよ?興味ないので私達は逃げますけど」

少しだけサードアイをのぞかせて彼女の心を読むことにした。なんとなくの出来心である。

「あら、面白そうじゃない」

(せっかく京都に花見に来たのにこれじゃあ楽しめないじゃない。でも祭りでもやってるのかと思ってつい面白そうって言っちゃったし…うう…逃げようかしら)

 

え…ちょっと幽香さん何やっちゃってるんですか。口が滑ったとかそういう次元じゃないですよそれ。

ともかくここは離れましょう。彼女が後戻りできなくなってしまう。

「幽香さんって強いんだよね!もしかして戦争で戦ってくるの?」

だけど私の心配をねじ伏せるかのようにこいしが無邪気にも幽香さんに言葉を投げた。

「「……え?」」

 

私と幽香さんの声が重なる。

 

(いやいや、私はそんな強くないし怖いものに首を突っ込みたくないし…)

「戦いに興味なんてないわ…」

幽香さん…目線が怖い。後その笑顔も…そんなんだから勘違いされるんですよ!分かってます?言いませんけど…

「なるほど…下集?なんか集まっても無駄と…流石ゆかりんとサシで渡り合ったって言われるだけあるね!」

こいしもどうしてそう捉えちゃうのよ!完全にひどい勘違いをしちゃってるわよ。

後幽香さん睨まないで…いくらこいしでも怖くて震え始めてるじゃない。

(何よその噂!あれはただ怖くてずっと必死で逃げ回っていただけなのに…なんでそんな…あのやろう…)

 

「さとり様…幽香さん怖い」

 

「ねえ、さとりの友人ってこんな人ばかりなの?」

 

「よくわからないけど…流石に違うと思うよ女苑」

ちょっとそこの2人、私に変な目線を向けないでください。幽香さんは怖くないですから。結構可愛いから。

 

「そこの2人は?」

(あ…友達が増えると思ったけど…あそこまで怖がられちゃもうダメそう…でも負けちゃダメ!何事も挑戦だから)

 

「ひっ…ご、ごめんなさい!今すぐ視界から消えるから消しとばさないで」

 

「ね…姉さん、お、落ち着いて…私も一緒に逃げさせて」

顔を真っ青にして震えだす2人。

あーこれはダメですね。完全に幽香さんの覇気に怖気ついちゃってますね。

「……もういいわ」

(うわぁん!私のバカ!どうして睨んじゃうのよ!もっと笑顔で…)

その笑顔が怖いんですよ!完全に獲物を捕まえた蛇がするような笑みですよ。

「ここでいつまでも立ち話してる時間はないわ…それでは幽香さんお先に失礼します」

 

遅いかもしれないけれど…こちらから切り出すことにしよう。

「ええ、また会いましょう」

(次会う時はもっと笑顔で友好的にしましょう…)

 

全く…幽香さんも大変ですね。

 

幽香さんが見えなくなると、ようやく落ち着いたのか、お空やこいしが私に抱きついてきた。

「怖かったよお…」

 

紫苑さん達も腰が抜けてしまったのかその場に座り込んでしまっている。

「こいし…ああ見えて心の中は可愛いんですよ」

 

「そうなの?想像できないんだけど……」

 

彼女凄い人見知りと怖い覇気持ってますからね…ふつうに微笑んだだけでもかなりの恐ろしさなのは認めます。

心と照らし合わせると仲良くなりたくて笑顔をしているだけですけれど。

何だかんだ苦労していますね。

 

誤解を解いてあげたいのは山々ですけど…今のままでは解けそうにない。

すいません幽香さん、私では力不足です。

彼女には届きそうにない謝罪をしながら私達は帰路につくのだった。

 

その後風の噂では不幸にもひまわり畑が逃げてきた妖怪に荒らされそっちの方で修羅場が生まれていたのだとかなんだとかで暫くはひまわり畑に近づくなと恐れられていた。





【挿絵表示】

博麗華恋色は…すいません想像で


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depth.98さとりの日々かもしれない

どうやら私は眠ってしまっていたらしい。

覚醒した意識を全て使い状況を理解することに努める。

昨日は確か家に帰ってきてしばらくしてお燐に説教をされてそれを聞いている途中から記憶がなくなっている。おそらくそこのところで寝てしまったのだろう。

普段の私は睡眠は必要ないはずだから…多分、心的疲労を回復していたようだ。

それもそうだろう。普段は読まないものを何度も読んだし再現したのだ。

 

さて現状が理解できたところで次は時間と場所を確認するまでです。このまま二度寝というわけにはいきません。

ですが特に何をするというわけでもなかったような気がします。

 

上半身を起こしとじられた瞳を開いてみれば、私の家では唯一異質な雰囲気を放つであろう場所…私の自室のベッドの中であった。

 

多分お燐が運んでくれたのだろう。少し前まで私のそばにいたのか彼女の黒い毛玉が落ちている。

 

場所が分かればあとは時間。ですがこれがまた大変。

この部屋には窓がなく、日の登りぐあいで時間を特定することはできない。文明の機器である時計もこの時代には存在しない。

まあ…それも部屋を出れば分かることです。

 

ベッドから出て洋室には不釣り合いな襖を開ければ、部屋の中は随分明るいことがわかる。

そしてこいし達の声…どうやらまだ朝だったみたいだ。

 

昼まで寝ていたなんてことにならなくてよかったですよ。

 

 

 

声のする方へ歩いてみれば、なにやら美味しそうな匂いもしてくる。丁度ご飯の時間なのだろう。襖を開ければ三人が食卓を囲んでいた。

「あ、お姉ちゃんおはよう」

真っ先に私に気づいたこいしが隣に座ってと手招き。

それに応えて隣に座れば、お空がおはようございますと声をかけながら私の分のご飯を持ってきてくれた。

「おはよう。随分ぐっすり寝ていたようだけど」

私の髪の毛についた寝癖を目線で指摘しながらお燐が聞いてくる。

「疲れていたみたいですからね…」

私が疲れて寝るなんて意外だと言われた。

そんなに意外だろうか…たしかに普段は寝ないですけど…

 

「やっぱりご飯の匂いがすれば起きてくるって言ったじゃん」

 

「こいし様よく分かりましたね」

 

「あたいだったら寝れるだけ寝ますけどね」

 

好き勝手言うのはいいけど私は偶然起きただけよ。食い意地の張っているこいしと一緒にしないで…

あ、今日のご飯はお空が担当なのね。

 

最近少しづつではあるけれど誰がご飯を担当したのか味で分かるようになってきた。

まあ…分かるようになったところでどうするわけでもないのだけれど……

それにしても美味しいわ。

「あ…そうそうお姉ちゃん、紫さんが呼んでたよ」

 

どうやら今朝方に紫が訪ねてきていたらしい。偶然おきていたこいしが相手をしたのだが私が寝ているとわかったらそのまま退散したのだとか。

私にだけしか知られたくないことを話したいのかはたまたなんなのか…

「旅行楽しんでいたようねって嫌味みたいに言われたんだけど…」

 

「あーなんとなく察しがついたのですけど」

嫌味というより…話したい内容はそれだから来いと安易に伝えているようなものね。もうちょっとちゃんと言えばいいのに何を変に言い回すんだか。

「なに?お説教?」

 

大体そんな感じだろう。だが私は後悔も反省もしていない。開き直る事にしよう。

「多分それであってる」

 

「さとり…もうちょっと自分を大事にしてくれないかい?」

 

「ごめんなさいねお燐…」

 

心配なのはわかるけれど…でもこればかりはどうしようもない。

 

 

 

 

 

とまあ朝にそんなことがあった後なのでなんとも言い難いけれど、しばらく家の外をうろうろとしていれば勝って気ままに紫は私に接触を図ってきた。

 

目の前に隙間が開かれ、入れと言っているのかはたまた偶然か、青色の道路標識が中に入れと誘う。

これを道路標識と理解しているのは私だけだろう。そもそも紫だってこれが何か知るはずはない…なのになぜ隙間の中にはあるのやら…もしかしたら未来世界と繋がっているとか?

そんなことを考えていれば、早く入れと怒ったのか標識が私に向かって伸びてきた。

膝蹴りで軽くあしらい入ることにする。

意思のある標識って初めて見ましたよ。付喪神とかならわかるんですけど…

隙間を潜れば目玉まみれの空間…ではなかった。

気づけば私の足は再び砂の地面を踏んでいて、そこにはいつぞやの八雲家が変わらず建っていた。

お茶くらいは出てきそうですけど…少し貰っていきましょうかしら。

 

入れと言わんばかりに玄関を指す標識に導かれるように玄関の扉を開ける。

「やっほう、ゆっかりんでーす!」

キャピっという効果音が出てきそうな感じに笑顔を向けて前かがみになる紫。

状況がつかめず困惑するしかいない。

確かに永遠の何才とか言っている人ですけど流石にこれは痛々しいというか…この場に誰かいれば他人のふりをしたくなる。

 

「…………」

 

「ごめんなさい。忘れてちょうだい」

私の反応に真顔に戻った紫が忘れろと言う。かなりインパクトがあったせいで忘れることができるかどうか怪しい…まあ忘れる努力くらいはしましょうか。

「藍さんに何か言われました?」

 

「そういうわけではないわ…」

 

ではどうしたのだろう?急にあんな奇行に走るなんてこと早々無いはずですけど。

「ちょっと藍が最近式神ばっかり構ってるから」

 

式神?どの式神でしょうか。

思わず首をかしげてしまう。

「最近藍が橙にばっかり構ってるから…」

橙…ああ、猫の式神ですか…そういえばこの前ついに新しい式神が出来たとか言ってましたね。それも後継人になるとかなんとか。橙の事だったのですか。藍さん式神七体ほど使役していますし最初どの式神だったのか分からなかったですよ。

飼い猫として引き取ったと聞いたのですけど…

「なんだろう…どっちが主人かわからなくなってきた」

 

「私が主人よ。でも寂しいときだってあるじゃない」

 

「ですが…さっきのをやってもイメージは良くなりませんし藍さんには呆れられますよ?」

 

「想定していた最悪の事態ね……」

 

想定していたならしなければいいのに。

しかも最悪って……当たって砕けろはありますけど砕けても何も成果が得られていないから…

「賢者も大変ですね」

もう何んて言っていいかわからずそんな慰めのような諦めのような言葉が出てきてしまう。

「賢者は大変よ」

 

 

 

「それで…本題に入りましょうか」

いつまでも玄関にいてはあれなので紫の案内の元客間に移動。

少しばかり経って紫が話の本質に斬り込んできた。

私をここに呼んだ本題…まあ分からないとは言わない。

「そうね……貴女随分とやってくれたわね」

何をとは言ってこない。だけれどこれだけで十分です。

「ええ……ですが当然の報いです」

半分逆恨みだったりとばっちりがあったりするけれどそんなものは知らない。

「その点は気にしていないわ。だけどあれはかなりの影響が出るわ…実際幻想郷にも少しだけ影響が出てきているのよ」

どうやら妖怪の合間では相当なものだったらしい。

妖怪大戦争って言われてるくらいですから当然といえば当然、それに幻想郷にだってまだ各地のそういう集団とコネなり恩義なりがある妖怪は沢山いる。そのヒト達の合間で小競り合いが起こってもなんら不思議ではない。

 

「大変ですね……でも郷に入っては郷に従えですからある程度抑えられるんじゃないんですか?」

他人任せかもしれないけれど…所詮そんなものだろう。

紫は私の言葉に少しだけ眉をひそめる。

「抑えられない事案が生まれそうよ。それにまだルールの浸透ができてないないわ。今のままだと郷に従うどころか郷を奪われかねない」

 

成る程……やはり京都の妖怪は他の地域への影響が強いですね。流石何千年の歴史がある京妖怪と呼ばれているだけある。

「こういう時の賢者でしょうに……」

だけど紫だってそこそこ影響力はあるはずだ。まだルールが浸透して。いや理解すらされていないとは言っても幻想郷自体のルールは浸透しているはずだ。

「賢者の友人がやらかすからよ」

ああ…それで揺れているのですね。しかしどうしてそんな情報が回っているのでしょうか。

不思議ですね……

「まあそっちはもういいわ。ルールも後数百年かかるけどなんとかなりそうよ。話を変えるけど、もう1つ問題があるわ」

ここからは友人としての相談事……紫の雰囲気が一気に柔なくなる。

でも友人への相談内容が……

「人間の技術力…ですか」

 

「人間だけじゃなく月もね。正直今のままでは幻想郷を守り通すことは難しいわ」

なかなか難しいことを…私に相談してもどうしようもないですよ。

 

この時代の幻想郷はいくら森が味方しているとはいえまだ結界はない。

まだそれでも大丈夫ではあるけれど…この先の人類史を知っていればもうどうしようもなくなる。

科学技術が進歩したからと言って妖怪が存在意義を失い消えるということはまず無いですが、今よりも人間の力が脅威になるのは間違いない。

それに月の方も心配ですね。

むしろあっちの方が私としては怖い。なんせ幻想郷は月の都を放棄した場合の第2の都となる予定地の認識なのだから…

「結界で幻想郷を隠すというのは……」

原作で紫がやっているようにそうすれば良いだろうに…私に相談されても何も案なんて出てこない。

「それだと出入りの問題があるわ。まあ手がない訳じゃないんだけど…」

 

「結界だけならいくつか案はありますよ」

 

とは言っても実現できるのかどうか全く分からないので素人の案ですけれど。

 

「気になるから後で聞かせてくれない?まあ…結界で隠すとしても大きな問題が残るわ」

 

「今の幻想郷は少し混ざりすぎている…」

 

「ご名答。知恵のない獣は害をなすだけよ。ルールすら理解できないんじゃ話にならないわ」

ああ…そう言えば獣のような妖怪とか多いですよね。意思疎通してくれないし襲ってくるし獣と妖の違いが曖昧で困ります。

紫が言いたいのは結界で幻想郷を閉じれば移動可能な地域が制限される。そういう獣達にとってそれは死活問題に陥る。結果として人里への被害が増える…長期的に見ると大きなマイナスですね。

「まあそうですよね……しかし人間と妖怪とを共存させるとはいえ……」

 

「分かってるわ。さっきのはただの愚痴よ。貴女にどうこうしてもらう必要はないわ。適当に聞き流してちょうだい」

 

しばし無言が続く。何やら話だしそうで話さない…なんとも言えない雰囲気が流れる。

 

「やっぱり紫寂しいんじゃ…」

 

「話し相手が少ないのは問題ね……」

賢者という肩書きゆえか普段からの人との接し方が悪いのか…

「賢者も大変ですね」

 

「ええ……」

 

「今度藍さん達と温泉でもどうですか?地底にあるいい店知ってるんですよ」

 

「あらお誘い?珍しいわね」

意外だと言うように、紫は私を見つめる。

「気を利かせたつもりですが……どうします?」

 

「その誘い乗るわ。せっかく眠りから覚めたのに楽しめないんじゃ損よ」

 

「同感です」

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば江戸の方から人間達がまとまってきていたわね」

長話も程々にし、さて帰ろうかと思い腰を上げようとすればそれを見計らったかのように紫は私に言葉を投げかけた。

「それ私に言います?」

 

「ただの独り言よ。忘れたいなら忘れなさい」

それでは忘れることにしましょう。何かあれば貴女が最初に動くでしょうし…

「目的地は京都ね。まあここは通過地点だけど…あまり歓迎できそうな人達じゃないわ」

毎度毎度どこから情報を取って来ているのかと思ってしまう。まあ賢者ともなればそれなりに人間や妖怪にコネはあるはずだかあ不思議ではないけれど…

それにしても人間達ですか…思い起こすのは昔起こったあれくらいですね。嫌いな記憶だから詳細はすぐには出てこない。

「彼等にだって仕事とか理念とかあるんですから…」

 

「でもね…妖怪と人間が共存していると知れたらどうなるやら…正直京都よりこっちを滅ぼしにくるわよ」

それは困りましたね…しかし京都に行くのにわざわざここを通るなんて物好きもいますねえ…普通は東海道を歩くと思いますけど…

「それをどうにかするのが賢者ですよ」

 

「ええ…そして原因を作った貴女にも手伝って欲しいかなあなんて思ったりしてるのもまた賢者よ」

 

そんな賢者の意思に反するのが私です。

 

「すぐにと言うわけでもないでしょうし…作戦くらいは立てますけど?」

 

「貴女自身は手を汚さないと言うわけね。賢いこと」

 

「それは貴女も同じですよ。紫」

 

「違いないわ…でも時々手が汚れて見えるのよね」

それは罪悪感からだろうか…いずれにせよわたしには関係のない話ですね。

 

 

 

 

 

「ヘクシュッ‼︎」

 

「あら華恋。風邪?」

 

「いえ…温泉に行く前に風邪なんて引いてられないですよ靈夜さん」

 

それもそうねと華恋の頭をくしゃくしゃと撫でてお茶を飲む。隣でそのお茶は私のと言っている巫女がいるけれどそんなものは気にしない。

「それにしても良く一緒に行くなんて言ってくれましたね」

 

「なに?来てほしくなかった?」

私は温泉好きよ?誰かと一緒に入ったことなんてまずないけど…

「そんなことないですよ。今まで一緒に風呂とかに入るって事が無かったですから…」

 

「ああ。そういえばそうだったわね。さとりは一緒に入れないし」

 

それにここの風呂じゃ2人で入ったら狭いわよ。

あ…でも小柄だからあまり狭くはならないか…ってなんのことよ。

 

「さとりさんも来て欲しかったなあ……」

 

「……ちょっとだけ空けるわ」

 

 

 

 

        2

 

さて、ずっと忘れていたことだけれどあの妖怪の山は活火山なのよ。

正確に言えば火山活動はとうの昔に止められている。それはあの山へ繋がる溶岩の元を旧地獄という蓋で押さえつけているから。

 

結果として昔はあの山にも僅かだけど温泉はあったらしい。今となっては全て旧地獄に持っていかれてしまっているけれどそれでも旧地獄自体は行き来が自由だから困ることはない。

妖怪にとってはだけど……

勿論人間だってこれないわけではない。だけど安全のために色々と手続きを踏んだり護衛がついたりとなにかと面倒なので地底に遊びに行く物好きはいない。

「旧地獄ってどのようなところなのですか?靈夜さん」

少し後ろを歩く華恋が訪ねてくる。そう言えば彼女には旧地獄とか教えた記憶がないわ。

かくいう私もどのような場所なのかまでは分からない。地霊殿くらいしか…

「そうね…私も言ったことがないから分からないわ」

 

天狗の縄張りだとかいう場所を強引に通過していけばようやく縦に続く穴を発見する。

近くに少し大きな小屋があるから見つけるのは簡単ね。

 

見張りはいるのかいないのか…ここからでは確認することはできない。いたとしてもねじ伏せるだけなんだからいない方が良いのだけれど

そもそも堂々と入るという選択肢は私達にはない。だってそうだろう…向こうのルールに従う義理は無いのだ。

素知らぬふりをして中に飛び込む。

 

 

明るかった空が切り取られ、岩肌が周囲を埋め尽くす。

振り返ってみれば満月のように丸く空が切り取られている。

「急に涼しくなりましたね!」

 

「そりゃ地下だからね」

 

耳元で聞こえる空気を切り裂く音に負けじと大きな声で話す。

体が加速して行くにつれてだんだんこの音も大きくなってくる。

先を急ぎましょう。

 

 

 

 

 

旧地獄と言うくらいだからきっと地獄のようなものなのだろうと勝手に偏見を抱いていた。

実際その偏見は旧地獄へ行く途中の門で打ち砕かれかけていた。

陽気なんだか、適当なんだかわからない土蜘蛛に門を開けてもらいながら説明してもらった内容は普通の街だと言う。

地獄なのだがそれでも街。詳しくは行ってからのお楽しみなのだとか。

 

「そういやあ…巫女が神社を留守にして大丈夫なのかいねえ?」

 

重々しいレバーを操作しながら土蜘蛛はそう聞いてくる。

私達は普段着のはずなのに……どうやら地底の門番は頭の回転が速いらしい。

蜘蛛なのに意外だわ…

「なんのことですか?」

 

「ああ…いや、独り言だよ。あんたら2人のうちどっちかが巫女だなあって思っただけさ」

 

「その根拠はなんなのかしら?」

確かに華恋は巫女だし私は元巫女。指摘としては間違っていない。もし巫女が不在と分かればその隙に地上で暴れるかもしれない。

 

「簡単さ。こんなところまで飛んで入ってくる人間はいないよ。大体はそこのエレベーターって言う箱を使ってるからね」

 

そう言いながら土蜘蛛は金属と網で囲われた箱のような装置を指差す。そこから伸びた紐が遥か上空へ向かっている。

なるほど…普段通りにしすぎていたわ。

迂闊だったわね。

 

「それで?巫女がここまで降りてきているから今は地上が手薄って?」

少しだけ探りを入れてみるけど顔色ひとつ変えずに土蜘蛛は笑う。

「そうは言っていないよ。時間があるならいつでもおいで。地底と旧地獄はいつでも来客を待っているからね」

いつでもねえ……さとりが地底の主なだけあるわね。

 

「靈夜さん行きましょう」

既に開ききった門の先を指差しながら華恋が私の手を引く。私より頭一つ分身長が小さいから彼女のリボンが私の顔を擽る。

分かったから引っ張らないでと言い、なんとか離れる。

 

向こうが全く見渡すことのできない不思議な門を抜けると今まで肌寒いくらいだった気温が一気に上昇する。

地上と同じかそれより少し上といったくらいだろう。

暖かいというより熱気に近いものがある。

 

振り返ってみればそこにはいつも通りに扉があり…その扉に続く道とは別に大きな道がそれて進んでいた。

私たちが向かう方向とは完全に逆の方面だからすぐに意識の外にその道のことを放り出す。

 

「靈夜さんみてください!街ですよ」

 

少しだけ先に進んでいた華恋が私の元に戻ってくるなりまた手を引っ張る。だから自分で歩けるから引っ張らないでよ。

 

少しだけ下り坂になっている道を進んでいけば、ようやく華恋が言っていたものが見えてくる。

 

 

確かに、目の前には旧地獄とは想像もつかないような街が広がっていた。

地底なだけあってどうしても夜のような雰囲気が出ているけれどそれがまたこの街を幻想的に引き立たせている。

「時差ボケしそうね」

 

「時差ボケってなんですか?」

 

「眠くなること」

 

結局幻想的なこの街に大した感想を言うことはあまりなく、半分訳の分からない言葉遊びをしながら街に向かって歩く。

ああ見えても妖怪の街、私達の常識は通用しないと改めて覚悟を決めておく。

「そういえば今日行く温泉ってどこなのですか?」

 

「この前さとりに教えてもらったところよ」

 

まあ、おすすめだとは言っていたけれど場所が分からないのだけれどね。

途中で妖怪1匹拉致れば解決するわよね。

 

「靈夜さん顔が怖いです」

 

怖いとは失礼ね。私はただ道を聞きたいだけよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ勇儀」

隣でお酒の小瓶を煽りながら私の友人は珍しく声をかけてきた。

風呂に入りながら酒を飲むと大体こいつは黙ってのんびりするのだがその考えは間違っていただろうか。それか酔い足りないのか…私は酔い足りないからしばらくは静かにしている。

 

「どうしたんだい?」

酒が足りないなら持ってくるよう言えばいいだろう。それと私の分はやらんぞ。

……ケチとか言うな。それにここで暴れたら温泉が台無しじゃないか。

「酔い足りないのはあんたも一緒か」

 

「どうもここの温泉のお酒は酒じゃないね」

 

「泥酔して溺れても困るからでしょ」

 

「普通はそれでいいかもしれないが鬼にこれはダメだろ」

お湯の中で体を伸ばしながら散々文句を言ったその酒を飲み干す。

さとりがよくくれるワインの方がまだましだ。アルコールが低い分あっちはまだ味がある。

 

「いやお酒の話は置いといてだな…」

 

隣で寝っ転がっていた萃香が胡座に戻る。

体系が小柄だからなのかこいつは落ち着かねえなあ…まあ鬼に落ち着けなんて野暮なことは言わねえけど。

 

「どうしてもあそこに見える金髪が賢者に見えて仕方がないんだが…」

そう言って頭の二本のツノが器用に方向を指す。確かに萃香がツノを指す方向には私と同じ金髪の女性がくつろぐようにして湯に浸かっていた。

整った顔に遠目からでもわかる美しい体、透き通るような髪がそれらを崩さずに引き立てる。あそこまでの美貌を持っている奴は私の知る限り1人しかいない。

「奇遇だな、私もそう思う…」

 

「気のせいだと良いんだけどねえ…」

 

「気のせいに見えんな…飲みすぎたかなあ…」

 

「鬼が飲みすぎたはあり得ないでしょ。そもそもあんたは飲み過ぎたら見境なく食いにかかるわ襲いかかるわで手がつけられねえぞ」

それは萃香も同じだろうに…自分のことを棚に上げてよく言えるな。まあそんな事を口論しても意味がないからしないけどな。酔ってたら即座に殴っていたよ。

「そうだよなあ…」

 

「だが妖怪の賢者がここにくるか?」

普通来ないと思うぞ?あ、でもさとりなら連れてくる可能性がある…うーむ悩ましいな。

 

「じゃあやっぱり見間違いでいいんじゃないのか?」

 

「失礼ね、本人よ。後式神もいるでしょ」

いつのまにか金髪の女性は私の隣に来ていた。彼女の言葉でそういえばと思い起こせば確かに彼女の後ろに隠れるようにもう1人誰かいたような気がするが…どうだったかなあ。

「本人って八雲紫?」

 

「当たり前よ」

 

鋭い視線が私の体をなめずり回す。

そんな不快な感じを振り払うかのように、ああやっぱりかと私はため息をつく。八雲紫に対する私の評価は面倒、出来れば関わりたくない。美味しいお酒をくれるのは嬉しいけどノリが悪い。の三点揃ってマイナスでしかない。

「珍しいな。妖怪の賢者がこんなところで下集と一緒に温泉かい」

 

「別に見下してなんかないわ。ただ忙しいだけよ」

はいはい、賢者は大変でしたね。私だってそれなりに忙しい身だから分からなくはない。

 

「よお、藍!後で飲みにいかねえか?」

萃香、何先に声かけてんだよ。さてはオメー狐の尻尾目当てだな。

「生憎だが主人の元を離れるわけにはいかないのでな」

 

「堅いねえ…」

 

相変わらずだろ?諦めろって。

「んで…賢者もたまには休息か?」

 

まあ温泉入ってるってことはそういうことだろう。だけど賢者の事だ、何裏があるのではないかと思ってしまう。

「ないわよ。さとりにおススメされて普段の疲れを癒しにきただけよ」

なんださとりが勧めたのか。まああいつに罪は無いけどちょっとなあ…

体制を少しだけ変えて背後の岩に身を委ねる。

少し熱くなってきたな……

「………」

 

なあ萃香。どうしてお前の目線はさっきから下に行くんだ?

それとどうして体を上げたり下げたりする。さっきから挙動不審すぎるぞ。

ほら藍に睨まれてるじゃねえか。何やってんだよ。尻尾もふれねえじゃねえか。

「くっ……勇儀、この世界は格差社会だ!」

叫んだかと思いきやいきなり泣き始めた。なんだなんだ?

「いきなり何言ってるんだよ。そんなもの拳でどうにかしてきただろ」

 

「確かにそうだ…だがこればかりは拳じゃどうにもできねえ!」

 

そう叫びながらこいつは酒を浴びるように飲み始めやがった。しかもそれは私のだぞ。

「てめえ私の酒飲んだってことは…」

 

「うるしゃい!みんな胸でかいのが悪いんだ!」

 

「「胸かよ!」」

狐と私の言葉が重なる。そう言えば多少湯気で隠れてるけど確かに…その……小さかったなってそれは…

「逆恨みじゃねえか!お前さんだってやろうと思えばできるだろ!」

 

「この姿でしか人型とったことないからわからない!」

それはお前が悪いとしか言いようがない。

「子供か!」

 

「いや見た目子供だけど…」

じゃあロリババだ。……おい、今お前もとか言ったやつ出てこい。今なら本気の勝負一回で済ませてやる。

 

「漫才なら他所でやりなさい」

 

「確かにな…ダチが取り乱して悪かったな」

 

「なにおう!」

萃香…少し落ち着け。後で飲み直し奢ってやるから。もちろん地霊殿の経費持ちで。

 

「それで…あんたがいるってことはさとりもいるのか?」

「私っていつもさとりと一緒に見える?」

 

だいたいあんたと会うときはさとりが一緒にいる事が多いからだよ。

それともあれか。さとりがあんたを連れてくるのか。

「残念ですが私は今日一緒ではありません」

さとり本人がやんわりと否定。なんだ、そういうわけではないのか。

「そうだよな……ん?」

普通の事だという認識のまま今彼女の声がしたことを見逃してしまった。だがよく考えてみればそれはおかしい事だと思い直す。

「だから貴女の要望に応えて私も来ました」

その声は確かに私の真横から聞こえたのだ。

 

「うぉい!さとりいたのかよ!」

慌てて振り向いてみればそこには確かに紫色の髪の毛を長く伸ばした少女が湯に浸かっていた。

彼女の頭や腕から伸びる管は途中から包帯のようなもので包まれており目を直接確認することはできない。だが紛れもなくさとりだった。

 

「あ、お邪魔してまーす」

 

なんだ今日はお燐と一緒に来たのか。

それにしてもいたなら声くらいかけろよな。急に混ざって来たらびっくりするだろう。

「さとり?珍しいわね」

なんだ紫も知らなかったのか。

「確かにな……お前さんサードアイ見られるの極端に嫌がるからな」

 

「萃香さんは盗み見しましたよね?」

 

「昔のことだろう。忘れたさ」

 

「なんだ萃香、見たことあるのか」

 

「一度だけね。でもそれっきりだよ」

 

親しい仲でもなければ見せはしないだろうな。ああ…特にさとりの場合はなあ…

 

「それにしてもいいのか?」

眼を見られるのが嫌だったんじゃないのか?それなのに…一応なんか巻いているみたいだけど…

「何がですか?」

 

「私たちは別に気にしないが他の客が入って来たらどうするつもりなんだ」

 

「大丈夫ですよ。人払いしてますから」

いやそういう問題だろうか…でもまあ、それはさとりが私達を安全だと認識しているからであるからむしろ喜ばしいのか?

何やってるんだか。

 

 

「やっと着いたわ」

 

「いやあ…少し疲れました」

 

「全くよ。あんなに美味しそうなお店とか居酒屋とか反則よ」

何か脱衣所の方が騒がしいんだが…本当に人払いしたんだろうな。

……って入って来てるじゃないか!全然人払いできてねえな。

 

扉がガラガラと音を立てて開いていく。そこにいたのは2人の少女。片方は人間、もう片方は…仙人か。

だがどこかで見たことあるな…なんだったかなあ……

「ん?」

私が悩んでいる合間に、人間と仙人はさとりに気がついたらしい。

おい、紫の後ろに隠れようとしているがサードアイが丸見えだぞ。まあ…あんなぐるぐる巻きじゃ分かりづらいだろうがな。

「……あ」

 

「さとり…さん?」

 

「えっと……」

少し空気を察するのが下手だって言われる私でもさすがにわかった。

あ…なんか修羅場だこれ。




さとり「そうだ、温泉を建築……」
違うそうじゃない
靈夜「そうだ温泉にいこうでしょ」


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depth.99さとりは反省したようですが後悔していないようです

「さとり……さんですよね」

静かになってしまった水面に波紋が浮かぶ。1つ2つとそれは増えていき、やがて小さながらも波となった。

いくつもの湧き上がる疑問がそれらの波のように私の心を奮い立たせる。

「えっと……」

さも困りましたと言うかのようにさとりさんは目線を泳がせる。

考えている時は大体あんな感じでしたね。今更になって何を考えることがあるのやらですが。

「あちゃ……想定外ね。私は先に上がるわ」

 

「紫…逃げるのですか?」

さとりの目線も気にせず身勝手な賢者は隙間を展開する。

「戦術的撤退も策のうちよ」

そう言い残し紫は隙間を開きどこかへ消えていった。

1人取り残された藍が気まずそうに私達から離れていく。

 

「それで…さとりさんその……丸いものは」

いつまで経っても話し出そうとしない彼女に私は少しだけ苛立ってしまう。

本当はここで苛立っても無駄だと分かっているけど理性で抑えられる感情ではない。

怒り……いや、裏切られたことによる悲しみが温泉の湯のようにゆらりゆらりと心を支配する。

「……私は…さとり妖怪です」

ようやく重い口を開いてくれた。

「だからさとりさんなんですね」

思えば、さとりさんは私に対して肌を見せることを徹底的に嫌っていた節がある。なるほど…気づくこちはいくらでもできてましたね。

「うーんそれは分からないですよ」

偽名なのにそんなことを言ってはぐらかす。だけど私はそれには乗らない。聞きたいことが沢山出来てしまった。

「それで……今まで私を騙していたのですか?」

 

「騙していたというか隠していた…ですね」

それは結局騙していたのと変わりない。そんなに…信用できないのだろうか。

「そんなに信用ないんですか?」

 

「……あのね…さとりは他の人にもずっとああなのよ」

ずっと話を聞いていた靈夜さんが割り込んでくる。でも、他の人にも正体を隠して過ごしている?それは本当だろうか……

 

「靈夜さん?どういうことですか」

 

「言葉通りです……私はただ臆病なだけです」

 

本当なのか怪しい……だけど私が信じないでいたらこれは多分解決しない。少し不安は残るけど信用はすることにする。

 

「でも…言ってくれたら…」

種族は良いとしても、少しでも妖怪だと言ってくれてたら…私が今ここでこんなに悲しんだりモヤモヤして訳がわからない感情を抱かずに済んだのに。結局それがただの自己満足であってさとりさんの中で私は結局その程度だって思われていたって言う事実を認めるのが嫌で……いつのまにか私はさとりさんの中で何か特別な存在であろうとしてしまっていたのだろう。

「言っていたら貴女は私を退治しなかったんですか?」

冷たく……どこまでも続きそうな闇が私の目を覗き込む。

本能的な恐怖がそれから目を外せと言ってくるが、その闇の奥にどうしても意識が釘付けになってしまう。ここまでちゃんとさとりさんの瞳を見つめたのは初めてだろう。その奥にある得体の知れないものにようやく体が恐怖の反応を示し、視線を外させた。

「………」

 

「それに私は覚り妖怪……あまり知られるわけにはいかなかったんです。それに博麗の巫女の教育に覚り妖怪が関わっていると知れ渡れば……」

どうなるか分かっているでしょうと責めるような目線が私を貫く。確かにさとりさんの言いたいことは分かる。博麗の巫女の教育を妖怪がやったと分かれば信用問題に関わる。だけどさとり妖怪とバレるのが不味いとはどういうことです?

「さとり妖怪ってそんなにまずいんですか?私…よく知らなくて……」

残念ですがさとり妖怪がどういうものか私は知らない。

「私達の能力は心を読んでしまう。良いものも悪いものも全てを無差別的に……その能力ゆえに常に嫌われている身です」

さとりさんを見ているとそうは思えないけれど、向こうで鬼も頷いているし隣にいる靈夜さんもそうねと相づちを打っているあたり事実なのだろう。

「それって……」

 

「自覚のない純粋な悪意が最も怖い…ただ私は怖いものを見ないように目を瞑っているだけなんですよ」

 

「……言ってくれれば…良かったのに」

結局私はさとりさんをちゃんと知ろうとせず、それでいて勝手な感情を抱いてしまっていただけなのかもしれない。それでも何か一言言って欲しかったと思わざるおえないのは私のエゴなのだろう。

「ごめんなさい……今まで騙すようなことをして」

 

「本当よ……」

謝るさとりさんに対し私も少し言いすぎたと思い謝ろうとしたけど…口を突いて出て来たのは拒絶のような言葉だった。

どうして素直になれないのだろう。ここで素直になればよかったのに……

私の返答に絶望したのか、或いは諦めたのかさとりさんはお湯から立ち上がった。慌てて、黒い猫耳の少女も追いかける。

「……また私から逃げる?」

どうしてこんな言葉ばかり出て来てしまうのか…いや、結局は私自身が逃げているだけなのかもしれない。

勝手に抱いた信頼が一気に裏切りへ変わってしまう。それに耐えようとさとりさんを盾にしてしまっている。そんな自分が嫌で仕方がない。

「少し逆上せたようです…」

 

「そう……」

彼女の腕や頭から伸びた管が、丸い何かに繋がっている。

あれがさとり妖怪である事を表しているのだろうけれど…私はそれをちゃんと見ることが出来なかった。

扉が閉められ、脱衣所の方が騒がしくなる。その喧騒を聴きながらただ私は呆然とお湯に浸かっていることしかできなかった。

 

 

「ねえ……機嫌直したら?」

何分くらいそうしていたのかわからないけれど靈夜さんの言葉でようやく我に帰る。そういえば、靈夜さんは彼女のことを知っていたのだろう。どうして教えてくれなかったのか……見当違いの怒りではあったけれど、それを抑える術はわたしにはあまり無い。

「靈夜さんも知っていたんですよね」

ついそんなことを言ってしまう。

「まあ…一応ね」

いつもと変わらない面倒だなあという表情のお陰で少しだけ気が落ち着く。

「覚り妖怪だなんて気にしないのに……」

 

「あんたはそうでもさとりにとってはきついのよ」

さとりさん自身ですか……確かにそうですよね。今思えばさとりさんだって苦労しているはずなのだ。それなのに私は少し秘密にされていたくらいでどうしてあんなに強く当たってしまったのだろう。

「……」

言葉が出てこない。

「あの子は優しい…優しすぎるの。それこそ覚り妖怪である事が重荷になってしまうほど……」

 

「それでもです…」

 

「多分貴女の心を読んでしまって傷つけてしまうのも、自分が傷つくのもどっちも嫌なのよ。だから……」

 

「分かってます…初対面の人にわざわざ自分が恐ろしい能力を持つ存在だって教えることはできないって…でも、教えてくれてたらって思ってしまうんです」

 

結局は私のエゴ…それを周りに押し付けているだけでしかない。

 

「じゃあ貴女はさとりが妖怪だと初めから知っていて…彼女を退治できる?」

その言葉に…私は答えられない。

「それは……」

今ならまだ退治できると言える。だけどもし彼女が妖怪だと知っていて、それの上に関係と信頼を構築してしまっていたら、私は彼女を妖怪だという理由で退治することはできないだろう。

「あの子は貴女を騙し続けることでバレた時に騙してましたってことで、貴女が彼女を退治できなくなってしまうのを防いでいたのよ」

そんな回りくどいことをする必要がどこにあるのだろう?

それに私はさとりさんと敵対するなんてありえないと思ってます。だってさとりさんはずっと人間の味方を……それすら演技?そんなはずはありません。

「……」

 

「今の貴女なら確実に彼女を退治することが出来るでしょうね」

 

「……したくないですけどね」

これは本心。

「博麗の巫女として通らないことを祈るわ」

 

「それは……さとりさんの為にですか?」

だけど返ってきたのは意外な答えだった。

「貴女のためよ。さとりと本気の勝負なんてしたら被害だけでこっちが負けるわ」

そんなに恐ろしいのですかさとりさんって……

「そんなに……」

 

 

「それはおいておくとして……貴女はさとりをどうしたいの?」

その言葉に思わず靈夜さんを見つめてしまう。そうすれば最後、私は彼女のまっすぐな瞳から逃れられなくなってしまった。

「どうって……」

 

「許せる?許せない?」

そう言われて私はちゃんと心に向き直って考える。私は結局さとりさんにどうして欲しかった?これからどうして欲しい?

「そりゃ……騙していたことはショックですけど許すとか許せないとかじゃなくて…またいつものように接して欲しいと思ってます…だってあんな急に分かれて勝手にさとり妖怪だなんて分かって…でもそれだけじゃないですか」

今までショックで混乱してあたり散らしてしまっていたけど…冷静になって考えてみれば結局さとりさんは妖怪だったってだけでさとりさん自身が私を騙したくて騙していたような悪い性格でもなんでもなくて……ただ結果的にこうなってしまっただけ。怒りなんてどこかへ消えてしまった。

「随分お人好しなのね」

そう言われて見てみればそうかもしれない。

「さとりさんから譲り受けたのかもしれませんね」

 

「それだったらあいつが指導役やったのも無駄じゃないのかもね」

 

きっとそうだったのだろう。さっきは混乱してしまっていたけど私はさとりさんが妖怪だからといってもう信じないってほど酷いことができるだろうか…昔のまま過ごしていたら分からないけど今なら言える。そんなことはないって……

 

 

「なあ…お二人さん自分の中で消化はできたかい?」

 

先に温泉に入っていた2人の女性が話しかけてくる。ずっと話しを聞いていたのだろうか。確かに少し声が大きかったかもしれない。

1人は一本の角が額から生え、引き締まった筋肉を持つ女性。その隣は額より少し上から二本の角を生やした少女だった。

 

どっちも鬼のようです。見ればわかるか……

 

「ええ…ご迷惑おかけしました」

公共の場所だったのですが……完全にそんな意識なかったです。

「気にするなって」

苦笑いをしながらも鬼の2人は許してくれた。ある意味気さくな方たちで助かりました。

 

「まあさとりもあれだけど根はいい奴だからな」

 

「それは分かってます……もしかしてさとりさんの知り合いですか?」

さとりさんの知り合いだったのだろうか。確かに、一緒に温泉に入っているように見えましたけど……

「知り合いって言うか友人だな」

一本角の女性がそう答える。

 

「うん、友人だね」

それに続いて少女の方も答える。

 

「鬼の友人……ですか」

 

「おうよ友人。あ、これ飲むか?」

私の目線が少し下がったのをお酒が飲みたいと勘違いしたのか二本角の少女がお酒の入っているであろう盃を押し付けてくる。本当は小さいなあって思っていただけなんて言えない。

「結構、風呂で酒飲んだら溺れるわ」

私が困っていると靈夜さんが助け舟を出してくれた。

 

「ちぇ……やっぱ後で飲み直そ……」

口では不機嫌そうだけど全然不機嫌には見えない。靈夜さんは鬼のあしらい方熟知しているみたいです。

「仙人に教わったのよ」

 

師匠さんですか…

 

「なんかさとりもおんなじ事言ってたな…この前だけど」

無理に酒を進めるのはどうやら鬼共通の事らしい。

一本角の女性はそう言いながら少し赤くなった顔をお湯で流す。

「随分さとり妖怪のイメージと違いますね」

 

「さとりは例外に近いからなあ……」

 

「臆病なところと能力以外は覚り妖怪のそれを全然ついでねえ…むしろ人間なんだよな」

 

なんだかよくわからないですけど……それ褒めているんですよね。

 

「わかるわかる。だからさっきあんたが飲んだ酒奢れよ?」

 

「く…まだ言うか」

 

「あたりめえだろ」

え…急に話についていけなくなった。そもそもどうしてお酒の話になるのでしょうか。

 

「あんたら2人は呑気ねえ…」

靈夜さんが呆れている。鬼ってみんなこんな感じなのでしょうか。

「呑気だあ?まあ許す!」

 

「あ、そうだ…あとで少し食べに行かねえか2人とも。良い店知ってるからさ」

そう言いながら一本角の女性は私の肩に手を回してべしべしと強めに叩いた。

乾いた音が響いて私も背中にヒリヒリとした痛みが走る。

「新手のナンパですか?」

痛いのですけど……

「失礼な。観光客相手に少し案内するくらい良いだろ。これでも地底の管理者やらされてる身だぜ」

 

「なんかしれっとすごいこと言いませんでした?」

地底って確かここですよね。ここの管理ってことは実質最高責任者なわけで……

「本当の主人はさとりだけどな」

 

「……え⁈」

 

さとりさんってここの最高責任者だったんですか⁈

ものすごく意外です。

「そう言えばそんなことを言っていたわね……聞き流してたから忘れてたわ」

 

靈夜さん何忘れてるんですか!

……もうさとりさん関係で何があっても驚かない。うん、そうです。驚きませんよ。

 

「ふつう忘れないと思うんだけどねえ……」

 

そろそろ体も温まって来たしこれ以上は逆上せそうと感じた私は皆さんより一足早く上がることにした。

「もしかしたら…外にさとりがいるから声かけておきなさい」

 

「いなかったら私が連れてくるからちょっと待っときな」

靈夜さんと二本角の少女が背中に声をかける。

 

「そうします」

 

いるかな…あんなこと言っちゃった後で……でもいたらちゃんと謝ろ…

いつのまにか置かれていたタオルで体を拭きながら私は脱衣所の外を覗く。

「……あ!」

 

 

 

脱衣所から外を見渡すとそこにはあの黒猫が私の方を見つめ続けていた。

見た目は猫だけれどその体からは妖力がしっかりとにじみ出ている。

間違いない、さとりさんと一緒にいたあの猫だ。

 

そういえばさっきさとりさんを追いかけて出て行った少女も猫耳があったような……

 

「お燐、そんなところで見張っているのは良いが方向が逆じゃないか?」

不意に後ろから声をかけられる。思わず振り返ってみれば私の目と鼻の先に大きく実ったたわわが2つ。接触しそうになってしまう。

 

「おっと…すまんな」

 

顔を上げてみれば、未だにお湯が滴って髪で顔の殆どが隠れてしまっているが、藍さんだというのがわかる。

実際彼女とはほとんど会ったことはないけれど、特徴が覚えやすいから直ぐに思い出すことができる。

逆に特徴がわかりづらい人は毎日会ってても不意にあったときに思い出せない。

「藍さんも上がったのですか」

 

「あんたが少し心配だったからな」

表情が隠れてしまってよく見えないけれど彼女の言葉に嘘はなさそうだった。

「何だかんだみんな世話焼きだねえ」

 

また別のヒトの声が聞こえる。

再び猫の方に視線を戻してみればそこに猫はいなくて、ただ、黒猫の耳と二本の尻尾を生やした少女が立っていた。

極黒のドレスがさっきの黒猫を彷彿させる。

もしかしてさっきの黒猫だろうか。肌に流れる妖力の感覚が同じだ。

「お燐も大概だろ」

 

「あたいは興味があるものを観察するだけさ」

何処と無く冷めているように見えるけど…でも普通はこのくらいの感覚だろう。

いつのまにかお燐は私を見つめていた。猫の瞳が私の中をかき回すようにぐるぐると渦巻いていく。

 

「大丈夫かい?」

彼女の瞳に魅入られてしまっているのに気づいたのか本人がすぐに私の意識を戻してくれた。あのままでは引き寄せられてどこかに連れていかれるところでした。

 

「なんとか……」

 

「お燐気をつけろ」

藍さんがお燐の首根っこを掴んで持ち上げる。頭一つ分大きい藍さん相手では流石にお燐もおとなしくなってしまう。

 

「ところで、さとりに会いたいのかい?」

お燐が思い出したかのように私に聞く。

「ええ……できれば」

もちろん答えは決まっている。

「会ってくれば良いんじゃないかな?丁度あっちにいるし」

 

そう言って指差す方向は廊下の角の奥なので見ることが出来ない。

本当にあっちにいるのか少し不安になったけど私を騙す理由もないだろうし行って居なかったら戻って来れば良いと思い動き出す。

「……分かりました」

 

そう言って脱衣所を出ようとして…タオル一枚を体に巻きつけただけだった事に気がついた。

「あ…」

 

「服くらい着ていこうよ」

お燐の呆れた声を背に受け私はすぐに着替えを済ますのだった。

「やれやれだな」

 

「藍だってタオルくらいちゃんと巻いたらどうだい?」

 

「私はすぐに戻るから良い。それに人払いもしているのだろう」

 

その人払いをあっさり通り過ぎている私達の存在があるからあまり当てにしない方が良いかと…そういえばどうして人払いは私達に効いていないのでしょうか。

 

「そういえば私達素通りしちゃってるような……」

 

「ああ…多分靈夜って言う元巫女がこじ開けたんじゃないかな?壊れてる雰囲気もなかったし」

な…なるほど、靈夜さん流石です。

誰にも気づかせずに人払いの術をすり抜けて元に戻すなんて…忍者向きですね。

 

 

 

 

着替えも終わりお燐が言っていた方に向かって進む。

でも冷静になって考えてみれば、あれだけの事を言ってしまった後で会ったとしても大丈夫なのだろうか…お湯で温まっていた頭脳が冷えてくればだんだんと不安が押し寄せてくる。

私から一方的に否定しておきながら…やっぱりごめんなさいって言って許してくれるだろうか。

もしかしたらさとりさん落ち込んだまま拒否してくるかも……ああもう!どうしてそこまで考えが及ばないのよ!

さとりさんがどうであれ私の世話から戦い方から色々としてくれてたじゃないの!だけどその心配は杞憂だったらしい。

「どうして……私はラーメンが食べたいのに」

温泉に併設されている食事処の入り口でさとりさんはうなだれていた。

 

「こうなったら私が作るしか……でもあれは1日2日で美味しくできるようなものでもないし……そもそも工程が多すぎてすぐにできない……考えたらますます食べたくなって来ます」

しかも言っている意味がわからない。

そもそもらーめんってなんですか?造語ですか?

そんな疑問を頭に浮かべて入れば、顔を上げたさとりさんと目が合ってしまう。

 

「……ども」

 

「あ……ども」

 

人は急に誰かと会ってしまった時に反応ができなくなる。

結果としてよくわからない返答をしてしまいそのまま無言で通り過ぎようとする。

「なんで通り過ぎる!」

 

「自問自答ですか?」

 

うん、自問自答に近くなっちゃってます。

しかもだいぶ間が空いた気がするのですけれど……

でもいざさとりさんを前にしてみると、やっぱりなんて言えば良いかわからない。どうしても第一声が出てこなくて詰まってしまい…頭がこんがらがってまた何を言えば良いか分からなくなる。

「えっと…さとりさん」

かろうじて出て来たのはそれだけ。私は……さとりさんに何をしに来たんだ……

「はい…」

 

無表情なさとりさんがじっと私を見つめる。

責めることもなく、貶すこともなくただずっと待っているのだ。

 

言わないと…

「さっきは…ごめんなさい!」

 

そう叫ぶのと同時に頭を下げる。

今の私の顔を見られたくなかったし、私も…ちょっとだけさとりさんを直視することが出来なくなっていた。

 

「気にしてないですから良いですよ」

 

そういうとさとりさんは私の肩に手を乗せてきた。

私との身長差で少しだけ背伸びしてしまっているけれど。

 

 

「さとりさんは…怒ってないのですか?」

少しくらい怒られるのではないかと恐れていたけどそんなことはなく、さとりさんはずっと無言で私の頬を指でフニフニと押してくるだけ。

「どうせいつかは分かることですし、悪いのは隠していた私ですからね」

 

そりゃそうかもしれないですけど私は結構ひどいことを言っていたし内心だってだいぶ荒れていた……

心が読める妖怪であれば相当辛かった筈だ……なにせ私の考えていることは全て読まれていたのだから。

 

「サードアイが見ないと心は読めないから大丈夫ですよ」

だけど帰って来たのは意外な返答で、そう言えば温泉でもずっとあの1つ目玉の何かを隠し続けていたなあと思う。正体を隠すためではなく…あれはただ心を読まないようにしていた…

「そうだったのですか」

 

私の心を読んでいなかったという安堵半分、そんな安堵に自己嫌悪半分。

「まあ……気にしないでください」

 

さとりさんは図太いというかおおらかというか…なんだか色々包容しそうです…

それに甘えていてはいけないのについ甘えてしまう私がいた。

 

「さとりさんは強いんですね…」

 

「強くはないわ。ただ弱いから逃げ続けているだけ」

 

どういうことだろう。聞いてみるのも手だったけど…自分でその答えを探してみるのも良いかなって思ってしまう。

そういえば私はさとりさんのことをほとんど知らない。

覚り妖怪だということと優しいということ以外……

 

「思えば私さとりさんのこと全然知らなかったです」

 

「知られないようにしてましたからね…」

 

それもまた逃げているからなのだろうか。

 

「まあ辛気臭い話は置いておきましょう。そろそろお昼ですし何か食べますか?」

 

この話はおしまいと強制的に切られてしまう。本当はもっと気になることが沢山あったけど、でも全部をさとりに聞くわけにもいかないし別に聞かなくても良いかなって思えて来たこともあって、さとりの提案に素直に乗る事にする。

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさっきらーめんとか言ってましたけど」

 

「ああ…あれは忘れてください。ただの気の迷いです」

 

本当に気の迷いなのだろうか……

 

それにしても…周囲がずっと夜のままだと時間の感覚がおかしくなりそうです。昼ご飯と言われたにもかかわらず感覚は完全に夕食のそれになってしまっている。

だからなのかお昼と称して蕎麦を頼んでいるさとりさんを見てるとなんだか不思議な感じがしてくる。別に蕎麦が悪いというわけではない。

さとりさんは私の方を何度か見ながら…何にも話しかけてこない。

少し焦れったいなあって思いながら私は、覚り妖怪のことについて少し聞いてみる事にする。別に他意があったわけではなく純粋な興味です。

「心が読めるって具体的にはどんな感じなんですか?」

 

「そうですね…サードアイで読み取った心は頭の方では映像と音声の二択で解釈しているようですけど実際にはもっと複雑でよくわからないものらしいです」

 

「心って難しいんですね…」

 

「まあ…拡大解釈がしやすいので記憶や感情、行動予測に夢の中に入るなんて事もできるので私は便利な能力だと思ってますけど」

 

「さとりさんって夢の中も入れるんですか?」

私が問いかけたのと注文した料理が届くのが重なる。

しばらく店員さんと会話して…すぐに会話に戻る。

深々とかぶった外套を頭の部分だけ外しさとりさんがご飯を食べ始める。それにつられ私も食べ始める。

あ…美味しい。

 

 

しばらく無言で食べ続けているとさとりさんがひと段落ついたのか話し始めた。

「さっきの話ですが混沌に近いですよ。純粋な夢って結構ごちゃごちゃして収束がつかない……一般の人からすれば狂気以外の何物でもないです」

 

「そんなごちゃごちゃで狂ったりしないんですか?」

 

「夢の住人曰く人間の無意識は大体狂気じみてるし私自身は理解不能なものは情報として入っても脳が処理できないらしく雑音みたいなノイズとして処理されてます」

だから狂うことはないですよ。

 

でもその言葉に少しだけ寒気がする。

確かに誰かの夢の中に入って狂うことはないかもしれないけど…でもさとりさんってどこか根本的なところが致命的に壊れているように思えて仕方がない。でもそれが何かは分からない。

「難しいんですね……」

さとりさんが少し怖くなってしまったので話題を逸らそうとする。

「そりゃ心なんて難しいですよ。私はフロイトの理論を基礎に動いてますけど妹のこいしはユングの理論に基づいて動いているせいで多少捉え方や考え方が違いますし」

 

なんかよく分からないけど…要は覚り妖怪にとっても心というのは難しいものなのでしょう。

それにしても妹か…なんだか一人っ子な私からは想像できないですね。

ぼけっとしながら箸を口に持って行く。

食べ物を食べたつもりがそのまま箸ごと噛み砕いてしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です…」

 

木の感触が口の中に残ってしまってなんだか嫌になる。

 

「でも普段から隠してたら中々使わないですよね」

 

「私は人の心を読むのが苦痛ですし怖いですから」

臆病というか…ものすごく人間らしいと思ってしまう。

私だって心を読めるのは便利そうだけどやっぱり怖い。

「まあ…その恐怖についてもいろいろありますから一途に能力が怖い人の心が怖いと言えないのですけれど」

 

やっぱりさとりさんは難しい。

でもなんとなくわかる気がして来た。

恐怖は大きく分けて『ないものがある』『あるものがない』『わからないもの』この3つくらい。

多分さとりさんの場合は最後の…わからないものへの恐怖が近いかもしれない。

でもそれは相手の心を読んで…理解してしまえば終わること。

だけど私がそれについて何か言える立場でもないしさとりさんだってわかっている筈だ。

それでもしないってことは理由があるのだろう。

 

交換した箸で食事を再開すればさとりさんもこれ以上何かを言うことはなく無言になってしまう。

でもその無言の中にも落ち着いて安心できると思えてしまうのはきっとさとりさんの人の良さが起因しているのだろう。

 

「なーんか打ち解けているねえ」

 

「うわっ!びっくりするじゃないですか!」

急に真後ろから話かけられたらびっくりしてしまう。振り返ってみればそこにはお燐が立っていた。

「ごめんよ。脅かすつもりはなかったんだがねえ…」

めんごめんごと謝る気すらない謝罪をしながらお燐は私達の料理を見つめる。

「お燐もご飯?」

お腹でも空いたのだろうかと思い聞いてみる。

「そうするよ。隣いいかな巫女さん」

 

「構いませんよ。後私は華恋です」

いつまでも巫女さん呼びはなんだか落ち着かない。

まあ普段から博麗とか巫女とか言われてますけどわたしにはちゃんと名前があるんですよ。

「じゃあ華恋さんとなり失礼するよ」

そう言いながらお燐は私の隣に滑り込んで来た。

4人用の席を確保しておいて正解でした。

「お燐お昼ちゃんと食べるようになったのね」

意外だなあとさとりさんがお燐を見つめる。僅かだけどその目に驚愕の色が出ていた。

「失礼な…普段から食べているじゃないかい」

 

「食べてるに入るのか怪しいのですけど…」

なにやら家庭の事情というやつでしょうか。

「まあそれは置いておいて…華恋と何を話してたんだい?恋バナかい?」

どうしてそんな発想になるんですか!猫気ままに過ぎます!

「華恋は兎も角私が恋バナできると思います?」

 

「……無いね」

即答ですか。いやいや私だってそんなものないですからね。

「私だってないですよ」

 

「なんだ…面白みがないねえ…飽きちゃいそう」

既に飽きているのか店員相手に何やら雑談を始めたお燐。料理が来るまでずっとそのままなのでしょうか。

「既に飽きてますよね」

 

「猫は飽きやすいからねえ…」

 

それは猫ではなく貴女の性格なんじゃないかと思ったけど口に出すことはなかった。

 



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depth.100さとりと愛される阿呆

時々こんなあややあんなあやや。
またたびあんな天魔こんな天魔



温泉で多少揉めてから二週間、いつのまにか私の中の砂時計はどこかへ行ってしまったらしい。

久しぶりに天魔に呼ばれてみれば、あれよあれよと物事が進み気づけば私は天魔さんと同じ部屋にいた。警備とかそういうのってもうちょっと厳しくなってると思ってたのですが…それに今回はこいしもいるんですからね。

 

「よう、たまには顔見せにこいよ」

 

「布団を用意してそうなのでお断りします」

布団が用意されていた日には数日係でしたからね。

「なんだ?畳の上でやりたいか?」

そういう問題ではない。そもそも長時間やるには畳は不都合です。床よりかはましですけどそれでも限度というものが……

「ねえねえなんの話?」

蚊帳の外にされたこいしが割り込んでくる。しかしその目はなんですか?赤飯炊かなきゃみたいな感情を読み取ってしまうのですが……え、間違いじゃない?

「「将棋の話」」

 

天魔さんの持つ将棋は普通のものとは違って大きさもコマ数も多い。ルールも複雑なので長考しやすいんですよ。

その為布団は必須。そのまま仮眠も出来ますし…主に天魔さんが仮眠するんですけど。

後ふかふかしてるので足腰の負担が軽減されますし乗るだけでもずいぶん違いますよ。

「前にやった時は3日かかったっけなあ」

難航しましたからねえ……定石を外れた手ばかり打つとどうしても長考してしまいます。

「だからあまりしたくないんですよ」

普通の将棋なら良いのですけれど…

「なーんだ……お姉ちゃん嫁に出ないんだ…良かった」

こいしが胸をなでおろす。どうしたのだろう。

「どうして嫁に出るの?」

 

「なんとなく」

 

なんとなくで嫁に出されても困るのですが…

「そうだ。こいしちゃんもやるかい?俺が手取り足取り教えてあげるから」

そう言いながら天魔さんはこいしの背中に手を回そうとする。姉の前でよくそういう事出来ますよねえ。

「言い方が卑猥です」

 

「将棋のやり方教えるだけだろう?」

 

分かってやっているからタチが悪い。

 

「それで、真面目な話私とこいしを呼びつけた理由はなんですか?」

まあおふざけはここまでにしましょう。

 

かれこれ二週間近く地底の方につきっきりになっていた私をわざわざ地霊殿まで出向いて呼び出してきたのだ。何かあったのだろう。

そもそも私を呼びつけるくらいなら勇儀さん呼べばいいのにと内心思いますけどどうなんでしょうねえ。

 

「一週間前、妖怪払いの連中が山に入った」

瞬間、天魔さんの雰囲気が変わる。さっきまでのふざけた態度から、今度は妖怪の山を治める立場の者に…

「それって江戸から来た人達ですよね」

紫が言っていましたね。確か京都の方に行く人たちでしたっけ。

何を気が狂ったのか東海道を通らずこちらを通るとは風情も何もあったものじゃないと思いますけどね。

「それがどうかしたんですか?」

だがそれがどうしたと言うのだろう。

むやみに手を出さなければどうということはないはずですよ。目的は京都の筈ですから。

顔を伏せてしまう天魔さんに少しだけ不安を覚える。

こいしもなんか不味いんじゃないかと雰囲気を察したのか私の側に来た。

「いや……それがな」

 

「まさか手を出しちゃったんですか?」

私の言葉に首を縦に降る。ああ……どうして妖怪はこうも勝手なのでしょうか。自分で首を締めてどうするのやらです。

「部下が勝手に……」

 

その言葉を聞いて呆れ返る。

怒ったところでどうしようもない。

 

「天狗の縦社会って…こんなに制御きかないの?」

 

こいし…それはいっちゃだめよ。

縦社会とかだと生まれつき中の上あたりの子は横暴になる場合が多くて上の連中の言うことすら若さ故の過ちか聞かないことがあるんだもの。きっと今回もそれが原因……ですよね。

 

「それも中途半端に手を出したから数名が逃げ帰った……」

 

「なんでですか…やるならやるで徹底してくださいよ……まあ天魔さんに言っても意味ないですけど」

 

「すまん…だが部下以外にも妖怪の一部が攻撃したらしくてな……」

ああ……責任の所在が分かりづらくなってどうしたら良いかわからなくなってしまうやつじゃないですかそれ。

うわ…これ一番まずい状況ですよ。どうするんですか。

 

「あーそれでだな…紫殿に聞いたら案の定大規模な部隊が編成されたらしくてな…」

情報が早いですね。

まあ言ってしまえば幻想郷の危機のようなものですから向こうも手段を選べないのでしょうね。

 

「もういいです。結果は見えましたから」

どうせ私にも手伝えとか言うんでしょう?こいしにも手伝ってと……嫌ですよ。こいしも嫌だって意思表明してますし…

それに疲れますし……

「いや、さとりに頼みたいのは戦ってほしいわけじゃないんだ」

意外にも私の考えは外れた。

「え?前線に引っ張り出すとかじゃないんですか?」

天魔さんの言葉に拍子抜けしてしまう。

「流石に今回は事態が事態だから八雲紫も動く。その時に言われたんだ。あんたを戦場に出させるなって」

まっすぐな眼差しが私を見通す。その瞳が自分の考えも紫と同じだと暗に示している。

それにしても紫は珍しいことを言いますね。

利用できるものはなんでも利用すると思っていたのに…どういう風の吹き回しでしょうか。

 

……ああ、もしかして私が華恋さんと戦う事態を避けようとしているのかもしれませんね。

「それで、私を呼んだ理由はなんですか?」

だとしたら渡すを呼んだ理由はなんなのだろうか。

「少しばかりヒトを預かって欲しいんだ」

 

預かる?また妙なことを言いますね。でも、地上が戦場になるかもしれないなら確かに比較的安全な地下に逃げさせた方が安全は確保されますね。

なるほど理解出来ました。

 

「それで、その間はで地底からダメって事?」

こいし…それはいちいち聞かなくても暗黙の了解というか暗黙の縛りですよ。

「そうだよ。なるべく安全にしていてね。こっちの問題はこっちで片付けるから」

 

「よかった…お姉ちゃん傷つくの嫌だからさ」

 

「それは俺も同じだよ」

私だって怪我するのは嫌ですよ。痛いですし血だって流れますし疲れますし…誰かを殺すかもしれませんし。

 

「ところで、預かるヒトはどこですか?」

私の思考が変な方向へ行ってしまいそうだったのですぐに話を振り頭を切り替える。

「入っておいで」

私の言葉を予想していたのか天魔さんが部屋の外に聞こえるように話す。それとともに空気を切り裂く音が微かに聞こえる。

鳥類が羽ばたいているそんな音だ。

だけどどうしてそんな音がするのだろう………

 

その答えはすぐにわかった。訥々に天魔の後ろの窓が開き、

風が流れ込んでくる。

突風に思わず目を閉じてしまう。

その瞳を開けてみれば、開け放たれた窓のそばに1人の天狗が片膝をついてひれ伏せていた。

 

「射命丸、楽にして良い」

その途端、射命丸と呼ばれた彼女はゆっくりと首をあげた。

「どうも!清く正しい射命丸です!」

なんて言っていいか分からず少しの合間固まってしまう。

「え……彼女ですか?」

結局私から捻り出せた言葉はこれくらいだった。

「一応密着取材も兼ねているんですよ」

そんなもの兼ねなくてよい。戦場でも撮ってくれば良いのに……

「私は取材一切お断りです。勇儀さん相手なら良いですよ」

グイグイと詰め寄ってくる文を押しのけながら鬼の四天王の名前を出す。

「それは遠慮しておきます!」

 

笑顔できっぱり否定しましたね。

でも勇儀さん曰く文さんは天狗にしては頭が柔らかいやつだそうですよ。良かったですね!気に入られてます。

ちなみに天魔さんは天狗にしては趣味が合うやつ。はたてさんは砕けていて面白いやつだそうですよ。

 

「でも地霊殿で過ごすとなると……」

 

こいしが最もなことを言う。彼女の言葉にハッとなった文が慌ててなにかを考え始めた。

どうして鬼のことを忘れているのでしょうかねえ。本当にこれで大丈夫なのだろうか……

「あの…天魔様…私、地上で戦っちゃダメですか?」

 

「無茶を言うな。まだ傷も病気も治ってないだろ」

 

「あれ?文って病気だったの?」

こいしの言う通り病気であるようには見えない。

本当に病気なのだろうか。さっきも窓からダイナミックこんにちわーしてましたし。

 

「一応な……この前ちょっと色々あって生死さまよって…その後なんだっけか?病気になってたよな」

 

「お恥ずかしながら、免疫力が低下している時に少しやられまして……」

まあそれは仕方がない。それに……傷口はまだ閉まりきっていないようですね。服の上からでも僅かですが体に巻かれた包帯を確認することができた。

こいしも気づいたのか、じっと文を見つめていた。

 

「もしかして背中に縦の深い切り傷、片方の肺も潰れかけた?」

 

「あやや、よくわかりましたね」

 

「だって…呼吸の時に胸の上がり下がりが左右で少し違うんだもん」

 

なかなか鋭いですね。

「それと右足の複雑骨折ね」

見落としがあるので付け加えておく。

「さとりも随分と……人を見てるな」

 

「少しだけ震えてますからね…多分まだ完全に治ったわけじゃないんでしょう」

 

「さとり妖怪に隠し事は通じないというけど…これじゃあ覚りというか探偵だな。人里で商売でもしてみたらどうだ?」

 

「面倒なので嫌です」

そもそも探偵なんて柄じゃないですからね。

 

「まあそういうことで…よろしく頼めるか?」

 

「別に構いませんよ」

 

「私も良いよ!ちょっと長いお泊まりって考えれば楽だね!」

そう考えられる貴女が羨ましいわ。

って文さんどうして顔を赤くしているのですか。え…お風呂?いやいや、普通にお風呂ですよ?それがどうかしたのでしょうか。

 

「そういえば地上って危なくなるんだっけ?」

 

「さっきの話的にはそうなるわね」

こいしは急に何を言いだすのだろうか。あ、家のことですね。最近帰っていないから忘れてました。

「うーん…少しの合間休業かなあ…」

 

「最悪破棄する事にならないと良いのですけど」

後はお燐とお空には地上に出るのを控えるように言っておかないと…まず私?私だって流石に節度は弁えますよ。どうせ地上にいてもお荷物になるしかないですし。え……私がいると相手が可哀想だから?それを言ったらこいしでしょう。

「2人とも同じだよ」

 

同じでしょうか…少なくとも体は大丈夫だから平気だと思うのですけど。どうせ精神なんて後からどうとでもできますし。というかしますし……

「体壊した方がまだ慈悲はあるよ……」

 

「だからどっちもどっちだってば」

 

うーん難しいですね。

「なんだか怖くなってきました。家にいていいでしょうか?」

 

「俺は天魔だぞ?逆らうのか」

 

「も、申し訳ございません!」

あ…バク転土下座上手いですね。

 

……私はできませんよ。だってパンツ見えちゃうじゃないですか。あ、もちろん文さんの色とか柄は言いませんよ?彼女の名誉がありますからね。

「おおー文ちゃん色気満載の下着だねえ…」

 

「……はっ!天魔様!一体何を…」

 

「あーあ……無茶するから」

 

「ん?何色だったの?」

こいし、それは聞いちゃダメですよ。

「しりたい?知りたいよねえ…お姉さんが教えてあげよう」

 

そこだけ自分をお姉さん呼びするのやめなさい。天魔さん女性ですけどお姉さんは合わなさすぎですよ。

ええ、本当に合わないです。

「や…やめてください!」

文さんが真っ赤になって抗議しているけどそれを気にも止めずこいしに耳打ちをする天魔さん。

その頭にかかと落としを入れておく。

「イッタイ、アタマガアアアァ‼︎」

ものすごい悲鳴をあげて天魔さんが転がる。いい気味です。

でもなんだか言い方がおかしいような気もする。爆裂少女のあれみたいなそんな感じ…って何を思っているのでしょうか私は。

「結局なんだったのさー」

どうやらこいしに教える直前だったらしく何も聞けなかったこいしは不満げに頬を膨らませていた。プクーっとしたその表情は控えめに言って可愛い。

おっといけない。つい見惚れてしまいました。

「さとりさんナイス!」

 

「いえいえ、文さんの下着が黒色なんて興味ないですから」

 

「なんで言っちゃうんですか!」

 

あ……口が滑った。まあ良いや。

 

 

「言っておくけど文のお世話と見張りに椛も同行するからそのつもりで」

痛みから復活した天魔さんが思い出したかのようにそう付け加えた。

なるほど……それは私たちの監視も兼ねているようですね。

全く…用意周到なんですから。

「承知しました」

 

「え⁈私聞いてませんよ!」

どうやら文は椛が監視役で同行する事を知らなかったようですね。

「当たり前じゃん言ってないんだから」

天魔さんも人が悪いですねえ……

言いたいことを言い終えたのか、天魔さんは私に向き直りまたふざけたいつもの態度に戻った。

「それじゃあ…やろっか」

そう言いながらへんな笑みを浮かべる。これだけ見ればただの変質者ですけど…何をしたいのか言わなくても視なくてもわかる。

「将棋ですか?良いですよ」

 

「ま……待ってください!」

将棋を始めようとする私達に話は終わっていないと文さんが絡んでくるものの、すでに天魔さんは話を聞くつもりはないらしい。

「文ちゃん諦めて」

こいしがぽんぽんと文の肩を叩く。

完全にうなだれてしまう文。その光景に少しだけ罪悪感を感じたものの次の瞬間には楽しそうだからいいかと思う私が思考を支配していた。

 

 

 

 

        2

 

流石の文も地霊殿の中に入ったことはほとんどなく、その多くは応接間とそこと直結しているエントランスだけらしい。

 

だからなのか地霊殿の客室や食堂といった設備を始めて目にしたかのようにパシャパシャと写真を撮り始めた。

 

「あの…ここは撮影禁止です」

 

付き添いで加わったエコーが文さんを止めようとするものスイッチが入ってしまった文さんを止めることはできないでいた。

 

「好きにさせておきましょう。公開しないように釘をさしますから」

このままでは埒があかないので私はエコーの頭に手を置く。

まだ慣れていないのかそれだけで身震いをしてしまう。耐性がついているとはいえ少しやりすぎましたかね。

「すいません。文さんが余計なことを……」

「椛のせいではないですよ」

私もエコーも気にしないでと慰める。

実際撮影禁止なんてことは私もさっき知ったのだしそこまで厳しいわけでもないですからね。

 

「いい写真が撮れました」

 

しばらくして満足した文さんが戻ってきた。ほんといろんなところを撮りますね。何か気になるものでもあったのでしょうか?

それとも珍しかっただけ…どっちでもいいや。

 

「文さんもうちょっと抑えてくださいよ」

 

椛が文さんの首を腕で締め付けながらカメラを没収する。

苦しい苦しいと言いながらも奪われたカメラを素早く取り戻しているあたり本当に病人なのか疑ってしまう。

まあ椛も傷口が開かないように手加減をしているようですしいいか。

 

「そういえば地底となると温泉なのですが…地霊殿に温泉はあります?」

 

思い出したかのように文さんが温泉について聞いて来た。まあ温泉といえば地底と言われるほどにここら辺の温泉は有名です。ただ妖怪しか来ないですし天狗なんかはまだ鬼に苦手意識があるのか自ら来ようとするものは少ない。

それに少し騒がしいというか喧嘩っ早い集団が多いのも事実ですからね。

多分地霊殿のところなら安全に温泉に入れますよとでも宣伝しようとかしてますよね。ダメですよここ一応行政機関ですから。

いくら邸であって生活用のお部屋とか食堂とか台所とかがあっても現在の使用状況はただの役所です。

でも答えないのもそれはそれでまずい。しばらく2人はここに住むのだから風呂の場所くらい知っておかないとである。

「一応ありますよ」

実はシャワー設備だけしかないなんていえないしシャワーってなんぞやってところから説明をしないといけないのですが…

 

え?浴槽…そんなものありませんよ。

ええ、近くに温泉なんて腐るほどあるんですからわざわざ室内に作る必要があるとは思えない。

 

「一応って…気になるのですけど…」

 

「普通の風呂ではないですね」

エコーさんは時々使っているから分かると思うけど業務中に少し体洗おうとかなった時は便利ですよ。そもそもここ長期滞在に適した建物として設計してませんから。

ゆっくり体を休めたければ街の温泉を使うかあそこの掘っ立て小屋に行ってください。

 

「なるほど……気になるので見に行ってもよろしいですか?」

 

「案内しますから大丈夫ですよ」

エコーと私が先導し後ろを2人の天狗が続く。

ちなみに水を利用する設備は殆どが一階にある。

理由としては色々あるけど最も大きいのは配管工事が面倒だったからである。

そもそも台所のようにある程度地面に近い位置にあるならともかくシャワーのようなものは上までお湯を組み上げなければならない。一応井戸についている手動組み上げ装置のようなものを基に、にとりさんが作ってくれたポンプがあるけどそれでも二階まで持っていくのは難しい。結局技術的な問題であきらめざるをえなかったのだ。

 

そんな経緯を軽くゆるーく説明していたらお風呂に到着していた。

もちろん文さんも椛も困惑する。

普通風呂といえばあるはずの浴槽がない。それでいてよくわからないお湯が出るノズルだけがあるのだからそう思うでしょうね。

普通にお湯に浸かりたいといっても文さんが一応傷のこともありますから当面はダメですよ。

感染症になったら嫌ですからね。

 

まあ行動そのものを縛り付ける訳ではないので傷がちゃんと治っているのであれば温泉に入りに行こうがなにしに行こうが私は止めませんよ。でも後2日だけは待ってくださいね。

文さんならそれだけの時間があれば傷を完治できるはずである。

まあ治癒に使った体力が戻ったりなんだりなので戦闘などの激しい動きはできませんけれど。

 

私が次に行きましょうかと言いかけたところで地霊殿中に重々しいサイレンが鳴り響いた。

お腹の底を揺さぶるような重々しく、長いサイレン。原子力施設で緊急事態が起こったときに使われるサイレンの音をなんとか再現し河童に作ってもらった警報装置が作動したらしい。

聞いたことがない文さんと椛は何事かと慌て出す。さっきまでの少しふざけた感じは完全に抜けていた。

「大丈夫ですよ。抜き打ち訓練です」

 

「訓練…ですか?」

 

「ええ、灼熱地獄で異常が発生した際には万が一に備えてこうやって警報を鳴らすんです」

 

私が灼熱地獄になにも対策していないと思ったら大間違いです。

勿論冷却装置も用意しているし使わないに越したことはない設備もいくつか作ってある。

ちなみにそれらの管理を現場でやってるのはお空。

もし連絡が取れなくなったら地霊殿側で操作するように仕様書は作ってある。

今までそのような事態になったことはないですけれどね。

「ちなみにエコーはもう行きました」

 

「あ…そういえば姿が見えないですね」

 

椛も音に気を取られていたのか彼女が駆け出していった事には気づかなかったみたいです。

「結構しっかりしてるんですね…」

 

文さんは感心しているようですけど実際これが本番で使用される事態になったら貴女達はすぐに逃げてもらうんですからね。覚悟していてくださいよ。

 

それと地下へ迷い込むのは阻止しないといけないですね。

あそこは私が趣味で作った設備まみれですから……あれが知られると少し問題が起こってしまう。

特ににとりの趣味で作られた大型通信設備や発電施設、レーダー擬きに地上配備型の大型兵器。それらを効率よく運用するために必要な戦闘情報収集室並び指揮所。

地上が万が一にも……万が一にもですけど攻めて来た時ように保険を作っている。勿論半分は趣味、後はにとりさんの趣味と技術屋としての本性が暴走した結果です。

黒歴史なのでにとりさんは忘れたいと言ってましたけど…破棄しないでずっと置きっぱなしなのは万が一があったときに備えて。

実際には門があるから大丈夫だとは思いますけど…

 

「さとりさんどうかしました?」

 

「なんでもないですよ。そろそろ勇儀さんとかが来ますから部屋に戻った方が良いと思いますけどどうします?」

 

「「ぜひ戻らせてください」」

 

ああ、やっぱり勇儀さん怖がられちゃってるじゃないですか。

根がいいのは分かっていても毎回倒れるまで飲みに付き合わされたらまあ仕方がないか。

でも、もう山のトップじゃないんですから平気だと思うんですけどね…あ、そっか地底のトップでしたね。なら断るのはまずいですね。

でも優しいから酒の席を断ったくらいで山に戦争を仕掛けたりはしないでしょう。それに私が止めますし……

 

まあ……頻繁に勇儀さんとか鬼とかここ来て酒飲んで騒ぐのでそのうちバレると思うんですけれどねえ。

まあそんな事は私が後で伝えておくから良いか。

 

一応案内はしていたので2人とも二階へ向けて駆け足で逃げていった。

その数分後、外が騒がしくなる。

 

全く…訓練中だというのに…

分かりやすいように外に非常事態時に点滅するランプをいくつか置いてるのですが酔っていると素通りされてしまいます。

 

仕方がないので手が空いている私が対応する。

本当なら私はお空のいる灼熱地獄に行き彼女をバックアップするのだが生憎お空は灼熱地獄にはいない。私も来れないと言う状況下でもどうにかしなければならないなんて事もあり得るのでこのままでも問題はないでしょう。

 

 

 

エントランスに続く扉を開けて見れば、扉近くのソファに座りながら酒を飲む勇儀さんの姿が目に入った。

また昼間から飲んでるんですか…鬼って恐ろしいですね。

あ…そういえばここ日の光ないから夜も昼も無かったですね。

「よお、さとり!」

 

「また飲んでたんですか?」

それと少し暴れてますよね。服のヨレ方と埃からして建物一棟を壊したってところですかね。

後少しだけ…お酒じゃない匂いが混ざってますね。

この匂いはもしかして……

 

「焼き鳥で暴れました?」

うん…このタレの匂いは間違いなく焼き鳥屋です。

「よく分かったな。後で店主に店を弁償しないといけないんだよ」

あっさりと認めた勇儀さんは再び酒を煽り始める。

少しは控えたらどうなんですかね。まあ言ったところで聞かないのが目に見えてますけれど。それよりも破壊したお店の方が心配です。店主さん絶対泣いてますよね…もう何十年か前に苦労して建てた店なのに……

「建築費用くらいなら出ますけど人件費は落としませんよ」

 

「それくらい私がやるから大丈夫だよ」

流石に店を壊してしまったことは反省しているらしい。

一応勇儀さんはそういうところを弁えてくれているから助かります。それに、負傷者も喧嘩相手だけのようですから大目に見ましょうか。

 

「ああ、そういえばしばらく地上にはいかないように通達お願いしますね」

 

「なんだ、地上で厄介ごとか?」

私の言葉に真剣な顔つきになる。酒が入っても真面目な時は真面目。

それが鬼です。

「どうにも…大規模な妖怪討伐隊が来たようでしてね…妖怪の山が尻拭いするようですよ」

面子のためにも地底側が救援に行くのは極力控えてほしいとの思惑もあるのでしょうけれど。

私としては巻き込まれるだけ損ですので戦いませんよ。

でも私の知り合いが命を落とすのは嫌です。だから万が一になったら負傷者の手当てくらいはこちらで受け入れても良いかと思っています。

「そうか……それ、私が参加してもいいのか?」

 

「特に言われてませんけど面子がどうとか言い出しそうですよ」

 

「面子なんて知ったこっちゃねえ。私はなあ、知り合いと元部下が傷つくのは見てらんねえって言ってるんだ」

言いたいことはわかりますよ。私だってそれに関しては止めませんから勇儀さんがしたいことをしてください。

出来るだけ手助けしますからね。

 

不機嫌そうな顔をした勇儀さんだったけどすぐに元に戻った。どうやら私の目を見て言いたいことがある程度分かったのでしょう。

思いっきり笑ってますよ……笑顔が怖いですねえ。

 

「それともう一つ、怪我人の天狗2名が上の客室にいますからね」

 

「本当か?」

 

「ええ、久し振りに交流して来たらどうですか」

私の言葉が終わるのと同時に勇儀さんは床を思いっきり蹴飛ばし、エントランスの吹き抜けから二階へ移動していた。

一気に力を入れすぎたのか床の一部はタイルが割れ少しばかり陥没している。

あとで修理しなくては……仕事が増えますねえ。

 

 

上がバタバタと騒がしくなる。悲鳴と怒号と…笑い声…

なかなか混沌としていますね。

まあ……私には関係がない事ですから素知らぬ顔で出て行くだけですよ。

そういえばこの前ワインをもらいましたね。どうせなら渡しておきましょうか。

玄関に向かいかけた私はすぐに方向転換をし、お酒やワインを貯蔵している部屋に向かって歩き出した。

 

 

 

「あれ?さとりここに来るなんて珍しいねえ」

1人だけかと思ったもののどうやら先客がいたようだ。

ワインが置かれている棚を漁っている黒猫の側に私はいく。

「勇儀さんが来ましたからね。最近入ったワインでも一本渡そうと思ってね」

「そっか、あたいもなんだか適当に飲みたくなってねえ……」

 

お燐にしては珍しい。まあ私がここに入るのどちらが珍しいと言われればどっちもどっちと答えてしまう。

「勇儀さんと飲んでくれば?」

 

「鬼のペースに飲まれて潰れるオチが見えるから遠慮するよ」

勿論私を誘うのもだめよ。分かっているとは思うけど一応釘を刺しておく。

「わかってるよ。お空と飲もうかと思ってたんだけどいないからねえ……」

 

そういうとお燐は懐から出したパイプタバコに葉っぱを入れ火を灯した。

私の嫌いな匂いが瞬く間に広がっていく。

「お空はこいしと街に出ているわ…タバコ程々にね」

 

「はいはい、ほんの数分だけだよ」

お燐が本気で吸うとしたらキセルで長々と吸うから言っていることは正しいのだろう。だけど今吸う必要があったのかと思えばそれは本人にしか理解できない。

 

「前々から思っていたのだけど落ち着くの?」

 

「んー落ち着くね。ちょっと臭いかもしれないけど」

一応臭いは気にしているのね。

煙を吹かしたままお燐は適当に選んだであろう瓶を持って歩き出す。私もいつまでもここにいるわけにはいかないのでお目当てのものを持ち部屋を後にする。

 

そういえばいつも腰につけている拳銃、珍しく持っていませんけどどうしたのでしょうね?どこかに忘れたってわけじゃなさそうだし…

 

いくら考えても答えは出てこないしそのうち私の頭からも消えてしまった。

 

 

 

「やれやれ…隠れていろと言われて素直にできるほどあたいは真面目な猫じゃないんだよなあ……」

 

そもそもあたいらの大事な場所にズカズカ入り込んで好き勝手させてたまるかってんだ。

それに万が一こっちにまで攻め込まれてさとりやこいしに危険が及ぶようならあたいは容赦しない。

過剰防衛?ああ、結構だ。

あたいは気に入らないものにはしっかり牙を向ける性格だからね。

誰の性格が移ったのやらだけど…さとりの手をこれ以上汚させるわけにはいかない。

だから今回だけは本気でいかせてもらうからね。




そう言えば今日は七夕でしたね。無数の星が見えなくなった現代の都市部ではもう二人は会えそうにないですけどまだ山とか田舎行けば会えそうですね。


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depth.101お燐の戦闘力は10くらい

ちなみにさとりは11


天狗2人が飲みに付き合わされ、夕食は流石に取れそうにないと判断したため放置。その後もなんだかんだで戻ってきたこいし達と食事をしたり出かけたりと平穏といえば平穏であろう時間を過ごしていた。

ひとつだけ違和感を除けばですけど……

 

お燐の姿が見えない。

それに気がついたのは、お燐とあの部屋で会ってから実に2日経ってからだった。

元々猫故の性格か1日2日帰ってこないということはいつものことなので気にしてはいなかったのだけれど流石に帰りが遅すぎる。

それに地上があれなのでなるべく家にいるかちゃんと帰ってきて無事を確認させてと言ってあるしどこかに行く時はちゃんとどこに行くかを教えてくれる子なのに今回に限って私は知らされていない。

 

ただ単純に私が見ていないだけなのかと思ったので文さんやこいしに聞いて回ったものの、やはり会っていないとの答えが返ってきてしまう。1人だけ見ていたヒトがいたのですがどうやら街の方に歩いて言ったらしいです。

気まぐれな猫だからと言うことで納得しかけてしまうものの、私は心配が拭いきれない。

「さとり様どうかしました?」

私が書斎の椅子に座り悩んでいると、いつの間に入ったのかお空が隣にいた。

本を見にきたらしいけれどお空が持っているのはクトゥルフ神話の本だ。何故それをチョイスした。

「お空、お燐が帰ってこなくて少し心配なだけよ」

 

嫌われただろうか…そんな考えが頭を横切ってしまう。いやいやそんなことはないだろうとその考えを振りほどく。

 

「お燐?うーん…そういえば見ていませんでしたね」

どうやらお空も見ていないらしい。行き先は……もちろんわかるはずないか。

「だから心配なのよ……」

唯一気になる点といえば、お燐が所持している火器の全てがなくなっていたということ。

お燐が持つ武器はこの数年の合間に天狗のせいで増え続け、完全に中隊規模になりかけていた。

半分以上は趣味やおふざけで作られ、倉庫の肥やしになって困っているものをお燐が買い取ってしまったものだ。

月の科学技術を習得するための練習品と思えばいいよとかなんとか言っていたっけ。

「地上に出ちゃったなんて事ありませんよね」

お空が、私が真っ先に否定した……否定したかった事をつぶやく。

「……調べて見た方がいいかもね」

結果が怖くて仕方がなく…どうしても調べられなかったもの。

家の方にある転移用の門は使用した形跡がないので出ていないだろうと思っていたのだけれど……

「私、聞いてきましょうか?」

 

「大丈夫よ…私が聞くから」

 

 

書斎を出た私はすぐに近くの電話に向かう。

電話といっても壁に固定され音を出す部分を耳に当て本体から伸びたマイクに向かって喋るだけの古臭いもの。

それに電話というより旧世代の通信機みたいなものです。

ちなみに通信線を手元のスイッチで交換する。

これのためだけに直径5ミリの電線が十何本も束になって床に吸い込まれている。そして発熱しやすい。本当に大丈夫だろうか…

 

後は向こうがこれに応答してくれるか…

居るなら応答してくれるけどねえ……

 

『はいはーい』

 

 

 

 

電話の向こうにいるヤマメとの通話を終え耳に当てていたラッパの先端のようなところを元に戻す。聞かされた結果は最悪の予想が当たってしまったことを告げている。

「やっぱりあの子地上に行っているわ…」

後ろで頑張って聞き耳を立てていたお空に結果を告げる。

「あーでもお燐のことだから考えがあるんですよ」

あれだけの装備を全て持ち出していればそう考えたくもある。それにお燐は時々母親っぽい一面もある。

「そうね……多分私に告げずに言ったってことはおとなしく家で待っていろという意思表示よ」

「お燐らしいね」

なんともいえないけれど確かにお燐らしい。

「ええ……帰ってきたら叱って…撫で回さなきゃ」

いつも心配をかけさせている身では、あるけれどだからと言って貴女が心配をかけさせて良いというわけではない。

そう思っていると急に眩い光が私の視界を奪った。

「あの…しんみりしてるとこ悪いのですが無表情じゃちょっと……」

いつのまにか文さんがカメラを構えて立っていた。しかもざっくりと心に刺さる言葉まで用意してだ。

「勝手に撮らないでください。後無表情は言わないで…気にしてるんですから」

好きで無表情やっているわけではない。これでも感情は豊かなはずです。表情に出ないだけで……あと反応が冷淡なだけ。

「あ…気にしてるんですね」

 

 

文さんも今回の事態は知っているようなので深くは言ってこなかった。だけど私がただ見守るだけかと言えばそういうわけではない。ちゃんと手は打ってある。

 

「流石にお燐1人じゃ心配なのは事実よ。だから手を打たせてもらうわ」

その言葉にお空は首を傾げ、文さんはそう言えばと何かに気づいた。

「そういえば……椛の姿も見えませんね」

そう、姿が見えないのはお燐だけではない。

「ふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

山の中にも時々木が無くなるところが点在する。

そういう見晴らしの良いところは隠れて進むには少し難しい場所で、でもちゃんと対策すれば待ち伏せにはぴったりの場所だ。

「さて……」

葉っぱを乗せて地面に固定したそれらを隠す。

さとり達はあたいが地上出ているってもうわかってるはずだからあまり長くはいられないや。せいぜい明日の昼までが限度かな。

だとしたらこれらもなるべく使って短期決戦を仕掛けた方が良い。

 

一応陣地は出来上がった。

まあ陣地って呼べるようなものじゃなく、ただ武器を転々と隠しただけなんだよね。

それでも陣地は陣地だ。

ここまであたいが1人で頑張ってこんな大げさなものを作ったのには訳がある。

第1に奇襲。天狗達はふつうに山道周辺を登ってくると考え江戸からの道が続く周辺に待ち構えている。だけど相手だって同じことを考える。つまり背後を取るはずだ。

第2にあたいは誰にも知られてはいけないということ。

今回は天狗の面子に関わることだから行動は隠密にする。天狗達と同じところで待ち構えたら意味がない。

 

それにしても随分大所帯できたねえ……天狗とか河童が待ち構えているのはあたいとは反対方向。こっちの方には偵察か奇襲用の少人数を最初に送り込んでくると思ってたのに……

遠くから聞こえる足音は数人ではなく十数人に及ぶ。全員が強い陰陽師や妖怪退治屋だったりするとなればちょっと困る。

それにしてもこうやってやすやす裏を取られるあたり天狗の戦略家はたかが知れてるねえ……天魔様は戦術を考えるより現地で暴れる方が性に合ってるから殆ど口出ししないんだろうけどちょっとはどうにかしたらどうなんだい。

 

あたいだって言えたことじゃないけど流石に背後から来るとか考えようよ。それくらいはしないと…それとも裏に回れば何か罠があったりするのかい?そんな形跡ないんだけど…もしかして道無き道を進めるほど体力ないだろうって?

実際登ってきてるじゃん。

そんな愚痴を言っていれば、どうやらそろそろお出ましのようだ。少しづつだけど音が近づいてくる。

耳に集中した意識を少しだけ下げる。

最初の攻撃ポイントに向かって歩く。

それともう1人……一陣の風があたいの背中を擽る。その風が止んだ時、あたいの隣にはひとりの天狗が立っていた。

そういえばこの天狗結構前から尾行していたね。

「椛とか言ったっけ。なんであんたが付いてきているんだい?」

白い髪の毛が風に揺れ、透き通った目が私を見つめる。

「なんとなく追いかけた方がいいと思ったからです。後さとりさんからもよろしくと…」

どうやら律儀にも穴の方から登ってきたらしい。少しだけ心拍数が高まっている。

あたいのようにエレベーターを使えば良いのにねえ……

「心配性だねえ…」

 

「まあ…少し鬱陶しいと感じる方が丁度良いと言いますし」

隣に腰を下ろす椛につられてあたいも腰を下ろす。

「それもそうか」

納得してしまうあたい自身ももしかしたらどこかでさとりに甘えたいとか、面倒を見て欲しいとか…そんな感じの求める欲求があるのかもしれない。

あるいは気を引きたいからなのか…でもまあそんな細かいことを気にする必要はない。

「向こう側に参戦しなくてもいいのかい?」

 

「向こうは人手が足りてるでしょうからね。むしろ不意を突かれる方が困りますよ」

話を聞けば彼女もこっち側から攻めてくるなんて想像していないらしい。

不思議だねえ……それともさとりの戦略がおかしいのかなあ?

 

「人数は…先頭が12名、その少し後ろに28名程いますね」

どうやら見ているようだ。瞳孔が細まり目が少しだけ黄色く光っている。

「随分と人数を送り込んできたみたいだね」

 

「元の編成が100人程だったと報告が上がってましたからね…裏をかくにはこのくらい出てくるでしょう」

 

それもそうかと納得する。だけど椛にまでその情報が伝わってるって…情報統制がなってないと思うんだけど…ああそうか。まだ戦力は鼓舞して示すもの。決して隠すものではないのか。

 

「戦略って難しいねえ……」

 

「戦術なら分かりますが…」

 

いくら戦術で勝っても戦略で負ければ終わりだよ。

金銀飛車角を落としても王自体がとられたら終わりと同じ。

 

 

そういえば椛って千里眼使えるんだったよね。実際千里眼って名前なのかどうかは知らないけれど遠くまで見る能力を持っていたいはずだ。

「なあ……頼みごとがあるんだけど」

気づけばあたいは椛に向かって頭を下げていた。

「なんですかお燐さん」

 

「観測手やってくれないかい?」

あたいの視力だけじゃ限界がある。それに…せっかく手伝ってくれるんだ。その思いを無下にはできない。

「良いですよ」

 

 

ここに恐怖の狼猫が誕生した。

 

 

 

 

 

山の斜面の上から白い銃が下を向いて固定されている。

煙を小さくあげている煙草を咥え直し外見はSG550に似ているそれのグリップを握る。

そういえばこれはあたいが最初に手にした武器だったねえ…

既に胴体以外面影はないし、色も白に変えているから一見すれば別物だけど。

「それ…体に良いとは思えないんですが」

 

「知ってる…もう中毒みたいなもんだからねえ……落ち着かないんだよ咥えてないと」

 

「先頭との距離は2000…風は北北西から微風、追い風です」

隣でしゃがみこんだ椛がじっと虚空を見つめている。だけどその瞳にはしっかりと映っているのだろう。

「風向は必要ないかな…」

これは風に流されることはまずないからね…

「分かりました」

 

 

「それじゃあ…照準つけるから修正よろしく」

暗闇でこれを使うと相手にバレる可能性もあるので電源を落としていたそれを起動させる。

当たり前だけど椛に照準を調整してもらうためだ。

「分かりました」

赤い光が銃身の付け根の下から僅かに漏れる。

「そうですね…僅かに右……あ、ちょっと上です」

この距離だとほんの少し動かすだけで大きずずれる。だから調整作業は本当に地味で細かい作業だ。

「この位置?」

 

「ええ、合図で発砲」

 

「今!」

 

引き金が引かれ、赤色に光る棒のようなものが飛んで行く。

目標にしっかりと当たったのか、あたいの耳に悲鳴が聞こえてくる。

 

「次」

ボルトを開き排熱。煙が出なくなったところで再度ボルトを閉じる。

この銃は弾丸が発射されるわけではない。

勿論銃弾も撃てるけどそれをやってしまうと音がうるさい。

 

だから妖力を小さく固めたものを高速で撃ち出す事にしている。

にとりさん曰く妖力弾なので普通の弾丸みたいに弾道を考えなくても真っ直ぐ飛んで行ってくれるのだとか。そのかわり貫通力は弱い。

 

だから肩に当てたけど腕が千切れたりして死ぬことはまずない。まあ…あの程度で戦闘不能になるのは少し無理だろうけど。

「右に少し……その位置です。すぐに発砲」

 

「了解」

 

「次、少し上にあげて…右側に……そこだね。発砲」

 

反動もなく引き金は軽い。撃っているのかどうかすらわからない。だけど確実に赤い弾丸状のそれは飛び出して相手にあたり爆発をしている。

あたいの視力じゃこの距離の狙撃は無理だっただろう。椛がいてくれて助かった。

だけど何度も使えるわけではない。

1人が照準に気づいたのかこっちを指さしたらしい。

椛が私の肩を叩く。

 

撤退、というより少し後ろに下がって第2の戦闘に備えるわけだ。

ここからは少しうるさくなっても仕方がない。

 

 

それじゃあ第2弾、ここからが本番だよ。

 

少しだけ盛り上がったところの葉っぱを外してみれば、そこに構えてあるのは6つの銃身を束ねた大型の銃。持って来るのに苦労したよ。

それが2つ。

 

「そろそろ上がって来る頃ですよ」

 

「だいたい1000切ったら教えてくれないかい?」

 

多分これを喰らって生きている奴がいたら…それは正真正銘の化け物だろうね。それかさとりがよく言うゴジなんとかっていう怪獣とか。

 

 

「天魔様、後方が騒がしいような気がするのですが…」

 

「……気にすることはない。今は目の前の敵を相手にすることを考えろ」

 

 

 

 

 

 

真っ赤に焼けた砲身を一旦冷やす為に水をかける。

相当な熱さだったのか水のかかったところから水蒸気と湯気が立ち上る。

煙草の煙よりもはっきりとした湯気…だけどどちらも同じく途中で消えて無くなってしまう。

「派手にやりましたね」

 

「派手にやっても倒せてなければ意味がないんだよ」

感心したような椛に釘をさす。

最初の数人は斉射を喰らい弾けた…文字通り体が肉片に切り替わった。

だけど向こうも対応が素早いのかすぐに散開して距離を取り始めた。

固定式にしてしまったから射角が取れないところにみんなして逃げちゃってなかなか当てられない。頭が良いのか生存本能からなのか。困ったなあ……まあ向こうも迂闊に動けないようだから良いんだけど。

 

「それで、どうするんですか?まだ30人くらい残ってますよ」

言われなくてもそんなことは分かっている。だけどこの銃じゃもう弾が…

ほら手を出したり頭を出したりして確認しない!

引き金を引き、銃身を回転させる。

熱くなった水が弾き飛ばされ、爆音とともに弾丸が手や頭に殺到する。だけど確認のためにやっていたからなのか直ぐに引っ込んでしまい岩肌や地面を削るだけだった。

「さっきのでもうすこし削りたかったんだけどなあ……」

仕方がない。いつまでもこうしていると反撃されかねない。

攻撃側は常に反撃をされないように立ち回らないといけない。だから次の手を使わせてもらう。

「何ですかそれ?」

耳を抑えていた椛があたいが草陰から引っ張り出してきたそれを見て訝しげな顔をする。

全長はさっき持っていたSG550に近いけどそれよりも圧倒的に太い銃口とグリップより少し上に設けられた巨大な弾丸が収まるリボルビング。あたいの髪の毛と同じ赤色が所々に設けられている。

「ただのグレネード弾。天狗も採用したらどうだい?まだにとりのところに在庫があったはずだけど」

 

「河童の手はなるべく借りたくないって言う天魔様の方針ですので」

そっか…じゃあ仕方がないね。それににとりも大量生産するものじゃないとか言って絶対量産しないからなあ…だからここにあるのは趣味で作ったもの。お値段も張ってしまう。まあ…在庫処分で引き取ったって事だから安いけど。

 

そう言いながらも断続的に潜んでいるところに向けて40ミリ榴弾をボンボン打ち込む。

山なりの軌道を取るから物陰に潜む相手には有効。なんだけど爆発音が慣れないんだよなあ…

真上から何かきたのに気づいていくつかのグループが飛び出してきた。気づくのに遅れた集団が2、3人まとめて吹き飛ぶ。

素早くガトリングの引き金に手をつけ乱射。周囲に弾丸の雨を降らせる。

当たらないけどそれでよい。一方的に攻撃されているのは精神的に負担になるし判断を誤らせやすくなる。

飛び出した瞬間撃たれる。飛び出さないで篭っていても撃たれる。完全に詰んでいると認識に刷り込めたはずだ。

 

とかやっていたらガトリングの方が急に動きを止める。

引き金が弾かれるように戻り勝手に安全装置が作動する。

それが示すのはひとつだけ。弾切れ…

ガトリングに再び水をかけその場を離れる。

って言っても反撃されないように背中に背負っていたマシンガンを素早く乱射。こっちも弾数が少ないからあまり無茶はできない。

グレネードはまだ少しある…だけど今撃ったのを撃ち尽くせば弾切れ。

 

「仕方がない…接近して始末しないといけないかなあ」

相手がいるであろうところに残り全てのグレネードを放つ。

だけどそれらは物陰から放たれた弾幕で迎撃され空中で花火になってしまう。

なるほど…考えたねえ…

用済みになったグレネードガンをその場に降ろす。少しの合間はマシンガンを使用していたけどこっちも弾が切れた。

それも地面に降ろす。だいぶ体が軽くなったねえ…

まあ今となっては軽い方が楽なんだよ。

残りの武器を確認して足に力を入れる。

 

「私も行きます」

あたいがしようとしていることが何かわかったのか椛も雰囲気を変えた。

「好きにしな…あたいは流石に面倒見きれないよ」

 

「そんなことを言われると天狗のプライドが傷つくのですが」

 

「だったらそんなプライド捨てちゃいな」

 

プライドなんて戦場じゃ邪魔にしかならないよ。

それにあんたはもう天狗のプライドなんて捨てただろう?あるのは剣士として…椛としての存在のあり方だけ。

「それで?あたいは右側から行くけど」

 

「じゃあ左側で」

 

椛が飛び出そうとするのをちょっと待てと止める。

妖力をバカスカ撃ち出すわけにもいかない。あまり派手にやりすぎると遠くからでも余波を感知されてしまう。

あたいを知っている天狗にそれが知れたら大変だからねえ…

それに椛の妖力が感知されてしまったら大変だ。それはもう盛大に大騒ぎになるはずだから…

「わかりました…なるべくバレないように隠密にやれば良いんですよね」

そうそう、そうしておくれよ。

フィルターまで消費したタバコを吸い殻入れにねじ込む。

ここからはしばらく吸わないでおこう。

ショルダーを使って背中に背負っている大きな銃を取り出す。

マシンガンよりもさらに大きい。だけどその姿は白く、丸い円盤状の装置が側面に縦に装着されている。

「ああ…スペルとかいうやつを撃つやつですか」

 

「あたいのお気に入りだよ」

腰の二丁を使ってもいいけど先にこっちを使うことにする。

弾丸を装填する必要がないのはSG550と同じだけどこっちの方はスペルカードを撃ったり障壁を張ったりするのに使える万能型なんだよ。

 

向こうはこっちが撃ってこなくなって安心したのか、だんだん頭や体を出して反撃をしようとしてくるやつが増えてくる。あーそこ頭出したらカモだよ。

「猫符『怨霊猫乱歩』」

猫のような弾幕が吹き荒れ、頭とかを出していた奴らが悲鳴をあげる。さて、先陣を切らせてもらうよ。

いつまでも隠れているやつらじゃないのはわかっているけどさっきので怯えたのか動きがやや遅れている。

地面を蹴り飛ばし一気に加速。軽くジャンプし重力に逆らいつつ、眼科の敵に向けて銃口を向ける。

放つのは弾幕、それも密度の高いやつだ。

ふと横を抜けば椛も抜刀していた。月の光を刀の刃が反射し怪しく光る。

随分と獣気に溢れていることだ…あ、それはあたいも同じだったかな。

そう考えていれば体は地面に向けて降下。着地…

体をバネのように動かして着地の衝撃を前に逃がす。

すぐ隣で驚愕の表情を浮かべた妖怪退治屋の目の前で引き金を引く。

弾幕が銃口が光り、レーザーのようなものが発射される。

咄嗟に防御姿勢をとったけど直撃なのに変わりはなく、そのまま吹き飛ばされた。

反対側にいた相棒らしき男もあたいの腕がバッサリと切り裂く。

血飛沫が上がり返り血があたいの服や手に飛び散る。

 

恐怖に慄いて逃げ出そうとした背中に躊躇わず弾幕を叩き込み、すぐ近くに接近したやつを蹴り飛ばす。動きの止まった彼の喉元を爪で搔き切る。

周囲にいた奴はこれで片付いた。だけど全体から見ればまだまだ。

背中に殺気を感じ、すぐに飛びのく。さっきまでいた場所を鳥の式神が通過し、衝撃波が地面を抉っていた。

危ない危ない…

おっと!

今度は剣…それらが飛んできてはあたいの進路を妨害する。

投げてきた方向に向かって弾幕を展開したけど障壁のような六角形の光が空中に描かれ弾幕が無効化されてしまう。

椛は剣の方は少し苦戦していた。

剣術は上だけど障壁を貼られて攻撃が通らないんじゃどうしようもない。だけど隙をついて一撃を加えつつ追撃ができているあたりまだマシだろう。

あたいの弾幕もだんだん弾かれるようになって来た。

それに接近されるとまずいと悟ったのか近づけようとしてこない。

ちょっと危ないけど…やるしかないかなあ……

加速、もちろん周囲に弾幕と剣とかがあたいに殺到する。

それらを避けようとするなら一度後退しないといけないけどあえてまっすぐ突っ込む。

そりゃ回避なんて普通の体じゃできはしないさ。普通の体なら……

 

全ての弾幕が回避不能の距離になったところであたいは体を丸める。

空中に飛び出していた体が一瞬のうちに切り替わり、暗闇と同化する。

小柄四足歩行のこの体は、するりと弾幕達の合間をすり抜けて地面に着地する。

もう一度体を丸くする。

今度は人間、さっきまでの姿に戻る。

 

てりゃ!

呆然とする相手の顔面に蹴りを入れ、そのまま足場として利用する。空中に飛んだあたいの体は少しの合間だけ標的になる。

だけど狙いはつけさせない。

大型の銃を空中に放り投げ、代わりに腰から二丁の拳銃を引っ張り出す。

少しだけ肩の力を抜き、下で弾幕を出そうとしている彼らに照準を合わせる。

 

空薬莢が空中を舞い、下で暴発した弾幕が七色に光っては消える。

そろそろいい頃かな…

落下するあたいの側に放り投げた銃が降りてくる。

素早く拳銃を腰にしまい降りてきた銃の円盤部分にカードを装着。一回転させて押し込む。

再度行くよ…おりゃ!

「贖罪『旧地獄の針山』」

宣言と同時にレーザーや追尾弾幕が辺りに飛び散る。着弾とともに爆発、土煙が至る所で上がる。

 

「ちょっと!巻き込むつもりですか!」

 

着地したあたいに椛が詰め寄る。どうやら巻き込みかけたみたいだ。いやあ…すまんねえ…

そんなことよりも、ほら後ろ気をつけなよ。

背後を取っていた人間のお腹をあたいの腕が貫く。

生暖かい肉を貫通する感触が腕に広がって気持ちが悪い。

 

「気をつけなって」

 

「それは貴女もですよ」

 

椛が抜刀、あたいの後ろでなにかが斬られる。

 

それじゃあ、続けようか。

まだまだ相手はいるんだから…

 

 

2人揃って後ろの敵に向かって飛び出す。

別に計った訳でもなんでもない。

さてさて、いつまでここで粘るつもりなんだい?それとも、ここでずっと戦い続けるつもりかい?

後には引けない…かな。

 

振りかざされた剣を弾き飛ばす。

爪が折れそうになったけど気にはしない。

 

「……?」

少し離れたところでなにかを召喚する時に使われるへんな色が周囲を包む。

なにかが召喚された?いや……式神でも新しく出したのかなあ…

目の前に黒い影が飛び出してくる。

距離が近い……空いている左手で思いっきり引っ掻く。引っ掻くといっても強化されて1メートルもある爪だから切り裂くに近い。

 

「ふしゃ!」

金属とは違う…爪と爪が重なり合い擦れる音が響く。

「え……」

 

理解できない。あたいの爪を同じく爪で弾いた。

人間にできるようなものではない。

少しだけ距離を取り弾幕を展開する。

 

いくつかは命中コースに入っていたはずなのだけれど案の定全部避けられた。

あっちこっちに素早く動く…なんだか動きに見覚えというか親近感がある。

とかなんとか思っていたらこっちに突っ込んできた。

足踏みを二回してタイミングをずらしながら横に飛ぶ。

さっきまでいたところを相手の腕が通り過ぎる。その腕を蹴り上げようとして逆に足を取られた。

体をひねって逃げる。

間違いない…この動きは……あたいの……猫の動きだ。

「あんた……猫又?」

 

「化け猫よ」

化け猫…正直同族がどういう種別分けをされているのかは分からないけれどそれだけで十分だった。

なるほど、使役された妖怪か…

 

「同族を傷つけたくはないんだけど」

攻撃してきた敵ではあるのだけれどやはり同族を相手にするのは辛い。

「主人を守るのが私の役目よ」

だけど向こうも譲る気は無いようだ。

それもそうか…主人にも信頼されているようだし。

だけどなあ…

あたいと化け猫の合間に微妙な空気が流れる。ほとんどはあたいが原因。

 

「貴方がやらないのなら私がやります」

硬直を説いたのは椛の声だった。

それと同時に化け猫が後ろへ飛びのく。さっきまで彼女がいたところを刃が通り過ぎる。

月明かりに照らされて、化け猫の姿がようやく鮮明に見えた。

 

黒でも白でもない…灰色の髪の毛が月明かりを反射し鈍い光を放つ。

あたいより少し大きいくらいの女性…だけどその頭には朱色の耳が2つ生えていた。

「っち…天狗か」

闇に紛れそうな漆黒の着物を翻し、椛から距離を置く。その場での足運びが上手いようだ。

「本当はもう撤退して欲しいのが本音なんだよね!」

 

そんなことを言うと真後ろに殺気。普通の人間じゃない!いやここに普通の人間はいないけど…すぐにその場を飛びのく。

あたいのすぐ側を誰かの体が通過していく。

一度前に出された腕を真横にいるあたいに向け振りかざす。

それを足蹴りで弾き体をひねる。

空中で中途半端な態勢になりながら回し蹴り。足で防がれる。だけどこれで良い。

足蹴りをして無防備になったその体に弾幕を叩き込む。

なんだか少しだけ腑抜けた感覚が来て、相手の体が吹っ飛んだ。いや…体を無理にそっちの方向に飛ばして逃げたわけか。

 

「お姉様に手を出す奴は許さない!」

回転しながらそんな叫び声。さっきの化け猫と似ているけど耳の色やメガネをつけていたり姉よりも小柄で、胸周りなどないに等しい少女。

姉妹だったのか…

ますます倒し辛くなってしまった。だけど手を抜けばこちらは命を取られる。なるべく傷つけずに退場してほしい。

そもそもまだ戦いは続いているんだ。何を呑気にしている暇があるのだろうか。

「お燐さんは別のやつを、私はこの2人を相手します」

何事もなかったかのように椛がそう言い放つ。

 

「いいのかい?」

 

「白狼天狗舐めないでくださいね」

 

不敵に笑う彼女の顔が今回だけは怖い。白狼天狗ってそういえば戦闘狂なところがあったんだっけ。忘れていた…

それじゃあ未だあたいを狙おうとしている2人を言葉通りに押し付けて…あたいは残る人達をやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

獣の本性故か、私の体は長期戦になってくるとだんだん理性が消えていく。

父上に矯正されたとはいえそれでも治らないものだ。仕方がないと割り切ってしまってはいた。

だけれどそれがここに来てあだになったかもしれない。

 

目の前にいるのは化け猫の姉妹。姉妹というだけあって連携がある。

さっきから私の剣はずっと爪と弾幕を弾くことだけに使われていた。

勿論、盾など数分前に破壊された。

 

本当ならお燐が戻ってくるまで時間を稼ぎたいのだけれどもう無理だ。

せいぜい死なないように耐えて…とは言ってもそんなものは運次第か…

吹っ飛びかけた意識を辛うじて残し、体の制御のほとんどを明け渡す。

その瞬間、姉の化け猫の左腕を思いっきり斬りつけていた。

私の体にも切り傷やかすり傷が生まれる。

姉を守ろうと妹の方が突っ込んでくる。その進路を見極めて回し蹴り。横に弾かれた化け猫は猫の姿に戻り暗闇に消えた。

再び奇襲を狙っているのだろう。だけれど……

「奇襲をやるときは風上にいない方が良いですよ」

 

姉のお腹を蹴り飛ばし、妹がいるであろう方向へ吹き飛ばす。

当たったのかどうかは知らない。それが追撃をやめる口実になるわけもない。

素早く起き上がった姉の肩に刀を突き刺す。

悲鳴のようなものが聞こえたけれど…気にはしない。

 

私を吹き飛ばそうと蹴りを入れてくる。間一髪で急所は避けたけど蹴られたせいで少しだけ動けない。

その瞬間を見逃してくれるほど相手も甘くはない。

 

私の腕に妹が噛み付く。

「いっ‼︎」

 

激痛が走り意識がようやく戻った。

危ない…

 

引き戻してくれたこと感謝します。

ただし噛み付いたことは許しませんが……

 

妹化け猫の頭をぶん殴り、腹に膝蹴りを叩き込む。

視界は勿論、姉の方を向けてだ。勿論見えているわけではない。千里眼を応用して姉の方を睨みつけていながらも、実際には妹の方を視認しているだけだ。

 

だからなのか姉の化け猫が動揺した。

三発膝蹴りを入れれば完全に伸びたのか私の足元に倒れる妹。その妹に向けて弾幕を生成する。ほら…降参するならしなさい?

 

「ふざけるなあああ!」

 

想定外だった。私が作り出していた弾幕に弾幕をぶち当て爆発を起こしたのは妹本人。どうやらまだやれるらしい。

 

刀を構え直す。

時間稼ぎに徹底するのは無理でした。

 

 

 

 

そこから先は蹂躙だった。

 

 

「う…うう…お姉様」

完全に動けない妹をかばうように姉が居座る。

だけどその姉ももう戦力があるとは思えない。

「っち…せめて妹だけでも」

ほかの人間達を倒して追っ払って再び舞い戻ってみれば既に決着はついていた。

「今更ですか?虫が良いと思わないんです?」

無情にも刀を向ける椛。

「分かってるけど……」

なんかどっちが悪役なのかわからなくなってきた。

後椛、その顔をしてたら完全に悪役だよ。

「あの…お二人とも悪いんだけど…」

 

「なによ!命乞いでもしろっていうの?」

 

「いや…そうじゃなくて…あんたの主人さん逃げたよ」

 

「「え?」」

 

うん、もうここに人間はいない。あるのは肉片と飛び散った内臓…あとは比較的綺麗な死体だけ。

あんたらが言う主人は尻尾巻いて逃げたよ。結局は使い捨てだったみたいだね。

まあ…仕方がないかな…それとも遠くからでも回収する手段があるのか…

「抵抗しても無駄だから降参しな」

 

「う…でも抵抗したってどうせ殺すんだろ!」

あーまあそうなるよね。うん、分かるよその気持ち。

「そこまで天狗は野蛮じゃないですし、私や彼女は天狗の意思とは関係なしにに動いているので…って言っても信じてくれないか」

あたいらは敵だからねえ。でももうそれも終わりだよ。

「そりゃねえ…」

 

「仕方がありません。眠っていてもらいましょう」

このままだとずっとすれ違ったまま。だからなのか椛は2人の首に素早くなにかを刺した。咄嗟のことで疲弊しきった2人は反応できない。

「な…何を…」

何を仕込んだと言いかけたものの、そのままがっくりと項垂れて眠った。

「睡眠導入剤か……」

かなり強力なものみたいだけど大丈夫なのかねえ?結構危ない気がするんだけど…

「数時間で起きますよ」

いやいやそうじゃなくてだねえ……まあ多用しなければ影響は出ないかもしれないし良いかなあ。

「この2人をどうするんだい?」

寝かせるのは良いけれどここにいつまでも放ったらかしているのはまずいんじゃないかな。ただではやられないだろうけれど…

「天狗では預かれませんからそちらで引き取ってください」

しれっと責任を押し付けられた。

「やれやれ結局そうなるのか」

確かに天狗に渡すと何があるかわからない。

それにここであったことは一切外部に漏れてはいけないんだから彼女達の口を封じないといけない。でも天狗預かりじゃ絶対喋るでしょ。そうじゃなくても喋るだろうけど……

だとすれば地霊殿で引き取るかここで始末するかの二択。

参ったねえ…選択肢なんてないじゃないか。

「仕方がありませんよ。ほらさっさと撤収しますよ」

 

そう言ってつかつかと歩いて言ってしまう椛。

あたいは片付けがあるんだけど…この2人を連れて地底に戻っていってくれないかい?

「片付けしていくから先に2人を連れて行ってくれないかい?」

 

「仕方ありませんね…」

 

渋々椛は2人を背負い歩き出す。



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depth.102猫姉妹とさとり

「……で、2人を連れてきたと」

 

ひょっこりと帰ってきたお燐から事情を聞き、猫が増えた理由を理解する。

灼熱地獄跡に少し用があって出かけていたのは1時間前。

戻ってくるなり、客間の方が騒がしいので様子を見れば何やら猫二匹を部屋に運んでいる。

誘拐の現場を見てしまったかのようななんとも言えない空気だったのを覚えている。

 

「えっと…流石に地上には戻せない気がしてさ…こっちに連れてきちゃったんだけど」

 

分かっている。お燐と椛が言いたいことは分かっている。だけれどそれが……結局はエゴである事が理解できてしまうと素直にいいよと言えなくなる。

お燐達がしたことを責めるわけではないけれど、だからと言ってこんなことをするとは。まあ、口封じで始末しなかっただけマシか。

 

今は眠る2人の姉妹を布団に寝かせ、様子を確認する。

比較的落ち着いているようだが、傷が酷い。

椛達は医務室に言っていた記憶があるし一応応急処置はされているけれど本格的に治療しないといけない。

中途半端に治しても無理に動いて変なふうに治ってしまう…妖怪には大体このパターンが多い。

例えば骨折で腕が変な方向に曲がったまま中途半端に回復をすればその腕は変な方向に曲がったまま治ってしまう。

そういう時はもう一度骨を折るか、傷を入れるかで回復し直すという面倒なことが必要になる。

 

 

「そういえばこの2匹は式神だったのね」

 

「ええ、そのようです」

私の問いに椛が答える。

式神となると、少し勝手が変わってくる。

式神はその性質上、年齢固定、劣化固定、形状固定、そして術者が望む時に召喚したり引っ込めたりするための空間転移などいくつもの縛りと呪いがかかっている。

実際人間には呪いではなくただの術なのだけれど妖怪や霊にとってはこれがまた厄介だ。

一つ一つはそうでもないのだけれど、これらを組み合わせて使用した場合にその影響が出やすくなる。

 

「精神的に少しふれてるわね……」

精神の方が重要になってくる妖怪はどうしても複数の術をかけられたまま長期間過ごすと精神が少し壊れてくる。

影響としては、極度のシスコンとかご主人様に絶対的忠誠を誓っていたりするのは本人の意思というより精神が影響を受けていることが多い。

だから藍さんは橙を式にするとき精神が破損しないよう気をつけているし、紫は式神を作り出す時かなり特殊な方法を使っている。

 

だけどそれらができるのはほんの少しだけ。

それにそこまで深刻な被害でもないのであまり問題視されない…というか気づかない場合がほとんどなのだ。

 

使役している人間は逃げ帰ったと聞いているから…戻って来いと発動されることもない。まあ、なんらかの理由で向こうが呼び出してしまえば2人はここから消えてしまうのだけれど。

 

体に巻かれた包帯を外してみると、傷口がふさがっていないのか数ヶ所から血が流れ出す。

強めのお酒で血の流れ出ている場所を洗う。

本当は医療用エタノールとかあれば楽なんですけどそんなもの存在しない。

 

 

しばらく処理に夢中になっていると、部屋に誰かが入ってきた。

小さくて軽い足音…エコーだろう。

「……式神を解き放つって言ってたけど」

 

「ええ、対象はこの2人です。お願いできますか?」

 

私が見つめればまだトラウマに引っ張られるのか少しだけ体が震える。

それでも大分態度も柔軟になったし怖がらなくなってきた。

まあそれは今考える事ではない。取り敢えず治療を終えた姉の方を見てくださいと指示を出しておく。

それと入れ替わらせるように、部屋の隅で何をして良いのかわからない猫と狼を部屋の外に出す。

 

「……随分犯されているわね」

 

エコーは死霊妖精を操って支配下に置いていたことからも分かるように、かなり術に関して精通している。

だから式神にかかっている術式を解くのもまた他の者を操るために施すのも得意中の得意なのだと。

「冬虫夏草みたいなことになってるわ…」

 

「もうちょっとマシな例え無かったんですか?」

見た目があれなので私としてはその例えは困る。想像できてしまうからさらに恐ろしい。

 

「例えだからなんだっていいでしょう?問題は例えじゃなくてこっち…術を壊すことは出来るけどこれで精神が変な方向に行っても責任は取れないわよ」

 

「すぐに影響が出るものでもないでしょう?」

まあねと言いながら彼女は手で印を結び始めた。

妖精離れしている……のはもう慣れた。

そもそも彼女より妖精離れした子を知っているからなんとも……

 

「終わったけど…そっちの子は?」

 

「ああ、お願いしますね」

 

私の隣に来たエコーが妹の方にも手を施していく。

 

 

「一応解除はできたけどどうするの?」

 

「しばらくはここで傷を癒してもらって後は好きにさせましょうか。ここに残らせたくもないですからね」

 

珍しいことを言うものだとエコーに不審な目を向けられる。

どうしてそこでそんな目をするのか理解ができない。

私だって自由意志の尊重くらいするわ。

「……そ、そう」

なんで引いてるのですか。

よく分からない…

 

 

そういえば地上は今どうなっているんでしょうね?

お燐達が暴れたからもう決着はついていると思うのですけれど…

なにせ天狗と河童を中心に山の妖怪の殆どが戦っているのだ。たかだか百人でどうにかなるとは思えない。

奇襲も失敗したとなればもう無理だろう。

 

私なら奇襲が失敗した段階で撤退、全力で逃げに入る。

だってそうでもしなければやってられない。

 

 

とかなんとか思っていれば、眠りが浅くなったのか精神にかかっていた負担が無くなって楽になったからなのかもぞもぞと姉が寝返りを打った。

だけど思いっきり布団から落ちて頭を畳にぶつけている。布団だから良いけどこれがベッドだったら大変だろう。

 

「う……ここは?」

ぶつけたせいで起きてしまった。

 

多分、今彼女の頭の中は知らない天井だ状態だろう。なんとなく考えていることはわかる。

 

「おはようございます」

 

「……あんた達は?ここはどこなの?」

一応隣の布団で妹さんが小さな寝息を立てているからか、暴れ出したりすることはなかった。

これで妹がいなかったら多分暴れていた。確信します。

「私は古明地さとり、この地霊殿の主人をやっています」

 

「地霊殿?」

 

まあ今すぐに全部を教えても頭が混乱してしまうでしょうからゆっくりと教えていきますか。

「地底の行政機関よ」

エコーが素早く答える。下手に屋敷と言われるのは嫌なのだろう。私も屋敷と思ったことは……思ったことは……だめだ引っ張られる。

「……あんた達何者?」

目つきが急に鋭くなる。どうやらお燐の匂いを感じ取ったらしい。流石猫と言うべきか…鋭い。

 

「貴方達を襲った黒猫の主人…と言えばいいかしら」

隠す必要はない。そもそも下手に隠して後でバレたらそれこそ大変だ。

私の言葉を聞いて爪を爪を立てる猫さん。毛も逆立っているので相当警戒されてしまっている。

「落ち着いてください。別に危害を加えようとは思っていませんよ」

 

「敵の言うことなんてっ!」

 

「聞く聞かないは自由ですが、ここにいる限り暴れるのはお勧めしませんよ」

 

「くっ…今に私のご主人が助けてくれるわ!」

完全に敵意剥き出しなのですけれど……どれだけ警戒しているんですか。

「そう……貴方達の主人は貴方達を手放したわ」

信じてくれるかどうかは分からないけど事実を伝える。それにもう彼女達は式神ではない。

「そ…そんなのっ!」

 

「嘘と言い切れますか?」

 

「……っ!」

 

心当たりがあったのか言葉が詰まる。

虐めるのは趣味じゃないのでここら辺でやめておく。

「もうしばらくすればご飯だから、持ってくるわね」

 

「……要らない」

 

「体に悪いですよ?それにお腹も空いているでしょう」

 

「……食事は私が持ってきます」

 

「いいえ、貴女は2人を見ていてちょうだい」

 

「……承知しました」

渋々と言った感じだけど大丈夫かしら…まあ私より多少は話しやすいと思うけど…

よろしくねと言い部屋を後にする。

サードアイを出しっぱなしにしていても私の正体に気づくことはなかった…多分さとり妖怪を知らないのだろう。

 

それが悪いにしろ…先入観だけで否定されないだけ良いかな。なんて思ってしまうのはただ臆病で逃げているだけなのだろう。

 

 

 

 

 

お燐達が無事に戻ってきたこともあって夕食は少し豪華にすることにした。とは言っても食糧事情から作っているものは…前世知識で言えば普遍的な家庭料理なのだけれど。

それでも、まあ豪華といえば……豪華なのだろう。私達の感覚からすれば。

なにせ、塩や胡椒すらなかなか手に入らない。海が近ければまた事情は変わったけれど幻想郷は内陸部。岩塩があればと思うもののそう都合よく見つかるわけもない。

胡椒くらいならなんとか自家栽培しているけれど量は少ない。

まあ…それ以外にも色々と大変なのだけれどね。

 

それでも卵が安定して手に入るのはありがたい。

養鶏を趣味でやっている鬼がいて助かりました。他にも味噌を作っている妖怪とか……この地が格好の商売場だと思ったのでしょうね。

勇儀さんもこういう人たちへの支援を惜しみなくやってくれたから一部の食材については地上よりかは手に入りやすい。

後は広大な熱源を利用した穀物や野菜などの栽培とか。

ある意味すごいかもしれない。ちなみに私は提案しただけで具体的な事は首を出してはいない。素人だし、測量してくれた鬼の方とか機械に強い河童とかまとめ役かつ人望のある勇儀さんとか…うん、私やっぱり要らないね。

 

 

「お姉ちゃん何作っているの?」

 

ふと後ろに気配を感じ振り返ってみれば、そこにはこいしが立っていた。

すごく体が近いのですが……

「ただのオムライスよ」

 

「へえ…珍しいね!」

まあ普段作らないですからねえ。作るのも少しコツが要りますし…

少し前にお燐とこいしにオムレツを作らせてみたのですが…ことごとく失敗してスクランブルエッグになりましたよね。

ただ珍しくお空が綺麗に出来てましたね。才能ありますよ。

 

 

 

 

完成したものを2つ、お盆に乗せて運び出す。

「あれ?その2つはあっちじゃないの?」

食卓用に使っている居間をこいしが指差す。

「これはお客さん用、先に部屋に持っていくわ。みんなの分は…少し遅くなってしまうけど向こうが終わってからでも良いかしら?」

 

「私は大丈夫だよ!」

そういうことかと頷きながらこいしはふらーっとしながら隣の部屋に歩いて行った。多分あの調子だとお燐かお空を捕まえてもふもふし始めるのだろう。

 

まあいいや…それよりもこれを冷めないうちに持っていかないと。

部屋に入るなり、私に注がれる2人の猫の視線に背中を擽られる。

特に姉の方はつい数時間前に浴びていた殺気が嘘のように消えているではないか。

一体どういう心情の変化だろう。

 

「なにやら落ち着いているようですけど?」

いつのまにか引き出されていた机の上にお盆を置き2人に向き直る。

側にいたエコーがドヤ顔してるけど…何を吹き込んだのだろう。

「先程は姉が失礼しました」

妹の猫が深々と頭を下げてくる。別に気にしてはいないから良いと言ったら何故か安心された。

どうして怯えてるのだ…私はそこまで怖くはないですよ。

 

「そこまで怖がらなくても大丈夫よ」

 

「でも…そこの妖精から聞いたけどあんた相当怖いって…」

姉さんまで怯えるとか一体何を吹き込んだんですか。

まあそんなことは置いておくことにして…ご飯を差し出す。

美味しい匂いにようやく意識が回ったのか2人の前にお皿を差し出せば、同時にお腹の虫が鳴る。

 

見たことない料理に不安そうにしていた2人だけれど、流石にお腹が空いている状態では食べないわけにもいかない。

気がつけば2人揃ってものすごいがっついていた。

「どうですか?」

 

「美味しい…初めて食べたよ…」

 

「本当だ!美味しい」

目を輝かせながら食事をしている2人を見れば、なんだか気が和らぐ。

 

少し多めに作ったのですがあっさりと完食してしまった。

もう少し作った方が良かっただろうか…普段から少し食べる量が足りていないようですし…

 

「ご馳走さま…」

 

「それで、この2人はどうするの?」

ずっと黙っていたエコーが私に詰め寄ってくる。

正直2人にどうしたいかを選んでもらいたかったけれどどうやらそれは難しいらしい。

ここで追い出されても行くあても生活する術も無い…こうなるとまた誰かの式神になるかくらいしかないのだろう。

「仕事くらいならある程度提供できますよ?望むなら住む場所も用意します」

 

「流石、孤影悄然の妖怪ね」

 

「その呼び名やめてください」

いったいどこからその呼び名を聞いたんだか…ああ、エコーからですか。

私がその呼び方を嫌っているのを知っていてやってるわね。もう今更言っても無駄だろうけれど、後で少しお仕置きが必要ね。そう…ご飯に野菜多めにするとか。

 

「そういえば2人とも名前をまだ聞いてませんでしたね」

 

「ああ、私たちは名前無いよ」

 

「あら?そうだったの?」

 

少し前まではあった気がするのですけれどね。

「あの名前はもう捨てる…元々人間に付けられた名前だし…私達は嫌いだったし」

 

「じゃあなんて呼べば良いかしら…名無しさんじゃ困るでしょ」

 

「一応私も提案したのですが……ことごとく跳ね返されました」

 

「だって…アズ◯バーとかウルトラ◯カとかわけわからないものばかりなんですもん」

妹の方が呆れたように事情を話す。ああ…エコーはセンス無いですからね……

「じゃあ何がいいのよ」

 

「なんでも良いわけにはいかないからなあ……」

 

うーん……あ、お燐にも聞いてみましょう。

 

 

 

 

 

結局あの2人は傷が治ってしばらくしたら旅に出たいと言い出した。

まだ治ってないのだけれど…まあ治ったらと言う前提があるから良いか。

それまではごゆっくりと言っていたけど妹の方はどこからか見つけてきた使用人が着る燕尾服を着込んでいた。何をしたいかといえばその服から察するように…使用人だ。

「どうですか?」

目の前で完全に使用人の態度をとられても何にもいえない。下手に言おうものなら隣にいる姉さんの怒りを買いかねない。

 

なんか浴衣のようなもの着ていたよね…あれは一体どこに行った…

似合わない訳ではないのだけれどなんだか落ち着かない。

 

「かっこいいじゃん」

こいし、かっこいいのはわかるのだけれどなんだか違う。多分胸があまり出てないから違和感が消えているだけであってやっぱりわたしには違和感が残る。

「あたいも似合ってると思いますけど…姉の方はなんで着ないんですかねえ?」

お燐、あんた絶対服従させたいだけでしょ。怪我してお空に泣き疲れて怒られてをしたのに懲りる気配がない。

「あんたにだけは言われたくないわ」

どうしてこう…仲が悪くなるんですかねえ。妹の方は結構お燐に懐いたのに……同族嫌悪?

 

「さとり、もう今からでも追い出していいんじゃないかな?」

 

「お燐、落ち着きなさい。怪我がちゃんと治ってからよ」

 

「言われてやんのー」

 

「野郎ぶっ潰してやる!」

お燐を制止すると今度は向こうが煽ってくる。

これじゃあ終わらない。

いい加減にしておきなさいと2人の頭にげんこつを落としておく。

 

「お姉様喧嘩はダメだよ」

 

「ほら、妹も言ってるんだから…」

未だに落ち着こうとしない姉をなんとかして宥める。

「ふん……」

そもそも、名前がないのが辛い。

お燐曰く名前なんて無くてもいいよと暴論を加えられこの件は1時間前から保留状態。だけどやっぱり煩わしい。

「唐突なんですけど名前やっぱりつけませんか?」

 

「やっぱりそう思う?」

 

どうやら2人とも気になってはいたようだ。実際名前がないと妖怪は固定され辛い。

種族という枠で括られているからまだ良いけれど名前と言う個を縛るものがないとまず自我や性格そのものが不安定になってしまう。

実際それで良いのなら別ですが2人は一応式神として名前がありその名前によって自我そのものが形成されている。いつまでも名前がない状態でいるのは性格の破綻…いや、自我の破綻に繋がってしまう。

そうでなくても式神にしていた影響で自我に影響があったのだ。

どうにかしないといけない。

 

「まあ…2人がどんなものを望むかですけど…」

 

「どんなのがあるんだい?」

 

「アルデバラン、アンタレス、アトランタ、アンドロメダ……」

 

「お姉ちゃんなんで全部外来語なのさ……」

 

「ちゃんとアで始めてますよ?」

 

そうじゃないと怒られた。解せぬ。

確かに日本で使うには少し抵抗がある名前ですけど……

「じゃあ三毛ちゃんとか珠ちゃんにします?」

 

今度は逆に安直すぎると怒られた。いや、安直でいいじゃん。むしろ捻り過ぎてもいいことないですよ。飼い猫みたいな名前やめろって?

あーまあそうですよね。妖怪ですから飼い猫じゃないと…

 

「うーん……イチとハチじゃダメですか?」

「あんたは私達を犬と勘違いしてるのかい?」

流石にこれは怒られた。まあ仕方がない。私だって本心で言ったわけではないし…思いつかなかったのは事実ですけど。

あ…これはどうでしょうか?

 

紅香(こうか)千珠(せんじゅ)はどうでしょうか?」

 

まともなものが出てきたことに驚いたのか2人の動きが止まる。

どうやら気に入ってくれたらしい。内心がこれにすると叫んでいる。

 

決まりですね。

「うん、それでいいかな…私が紅香で…」

 

「私が千珠だね!」

 

決まりですね。

「お姉ちゃんにしては意外だね」

 

「こいし、あなたよりはマシよ」

なにせこいしの場合発想は別としてセンスがあれなのだ…なんか世紀末のような感じなのだ。多分マッドマックなんちゃらあたりに出せるんじゃないかって言う感じに…

 

 

ふと思いつきで姉妹の心を探る。

精神は安定方向へ向かっている…どうやら名前をつけられたことで自我の固定がうまく行っているらしい。

 

 

「さとりさん、天魔様が…」

 

そうこうしていると、部屋の入り口の方から文さんの声が聞こえる。

どうやら仕事のようだ。

少し外すとこいしに伝え、部屋を後にする。

 

「文さん、天魔さんはどちらに?」

 

「えっと……私の部屋にいます」

 

応接間で待っていた方が良いのに…どうしてそんなところに行くのだろう。

まあそう言う方だからとしか言いようがないけれど彼女は自我を持っているわけではないからなんともいえない。

多分彼女の自我っぽいのを生み出す天狗の総意そのものがそう言う少し常識はずれな方向へ向いているのだろう。

文さんとか椛さんとか基本的には普通ですけれど潜在的なところは今の天魔さんと同じ…

恐ろしや恐ろしやである。

 

文さんに続いて部屋に向かう。とは言っても部屋2つ分しか離れていないんだけどね。

この距離ならむしろこっちの部屋に来ても良かったんじゃないかななんて思ってしまうけど…まあいいや。

 

「失礼します」

自分の所有する建物なのにどうしてこんなこと言わなきゃいけないのかなあなんて思うのは野暮。

引き戸になっている扉を開けようとしたら何故か扉がバラバラに壊れた。

 

「……」

 

「直すって言ったのに……」

 

いやいや、数分で直せるわけないじゃないですか。

そもそも扉壊したんですか⁈こんなバラバラに!

 

 

些細なことですといい文さんが先に入る。少し遅れて入ってみれば、布団に顔を埋めている天魔さんがいた。

ものすごく息遣いが荒いのですけれど…

「……変態?」

「俺は疲れた…だから少しくらい体を休めてもいいと思うんだ……なのに変態呼ばわりはないだろう!」

私の呟きはしっかり聞かれていたらしく睨んできた。怖いからその顔やめてください。

「落ち着いてくださいよ天魔様」

「そうだな…悪かった」

よくよく見れば、天魔さんの服はボロボロで、サラシも外れているのか胸が服を押しのけている。

少しと言うか…ものすごく目のやり場に困るあられもない姿だ。

というか服をサラシ込みの状態にしていたためかすごくギチギチになっている。

サラシが外れた時点で服の固定を緩めると思ったけど…あ、服の固定具が壊れて緩められないのですか。ご愁傷様。

 

「さとり、どうして哀れみを含んだ目を向ける?」

 

「……胸が哀れだから」

 

「失礼すぎないか⁈流石に俺も怒るぞ!」

すいません。少しふざけすぎましたね。

「……着替えましょうか」

一周回って落ち着くと、天魔さんの顔が少し赤くなっていることに気づく。やっぱりあの格好じゃ羞恥心が刺激されるのだろう。

 

まず何かする前に着替えさせた方が良い。

確か客間は浴衣がいくつかあるはずだけれど…文さんが使っちゃっていると体型的に合うものがない気が……やっぱりない。

仕方がないので隣の部屋に行き一枚回収してくる。

その数分の合間に、天魔さんは服を脱ぎ、なぜか全裸待機していた。

反射的にドロップキックを顔面にねじ込んだ私は悪くない。

しかも子猫ちゃんカモーンとかわけわからないことほざいたので追加で蹴りを入れておいた。

完全に心配した私がバカだった。

そしてどうして顔を赤らめる。裸で恥ずかしいならさっさと服を着てください。

 

「さっさと浴衣着てください。後下着はどうしたんですか?」

 

「戦闘中に破れたから捨てた」

じゃあ仕方がない。

流石にそう言う事情があったのならあれです…ずっとつけてないなんてことがなくて良かった…

ってそうじゃなくて戦闘中に下着だけ破れるって一体何があったのですか!それ絶対周囲で戦っていた天狗とか敵さんとか気まずくなりますよね!

「破れた時は周囲の空気が止まった気がしたわ」

 

「でしょうね…」

なんだか天魔さんってあれですね。◯ラブる体質ですよね。

 

「まあそれは置いておくとして…まあ座って話そうや」

 

そうですねと天魔さんの前に腰を下ろす。

少し離れていた文もすぐに隣に座ろうとこちらに来たが、床に散らばっている扉の破片に足を引っ掛けた。

 

 

「いったああああああああい⁈」

転びはしなかったけど、バランスを崩した文さんは壁の角に足に小指を思いっきりぶつけた。甲高い悲鳴が上がる。

 

大丈夫ですか?ものすごい勢いでぶつけてましたけど…しかもすごく痛そう…

「大丈夫ですか?」

のたうちまわる文さんをなんとか止める。部屋の中は土足厳禁だったから余計痛い。

「い…痛いです…」

運がないと言うか…何というか。

地味に痛いですよね、それに下手すると痛みがずっと続きますし…

気の毒だとは思うけれど…仕方がない。

「おいおい、射命丸大丈夫か?」

 

「だ…大丈夫です……」

大丈夫そうには見えないのですけれど…

 

「…痛みがひかないようなら後で診察してもらいなさい」

椛さんは応急処置上手ですからなんとかしてくれますよ。まあ…流石に折れてるってことはないでしょう…多分。

 

「舐めればいいんじゃない?」

 

「天魔さん、次ふざけたこと言ったらその口を縫い合わせますよ」

舐めたって治りません。

「冗談だってば、取り敢えず真面目なことを話し合おうか」

 

ようやく真面目になってくれたようです。

真面目になるまでにものすごく疲れたのですけれど…

 

「とりあえず追っ払った事には追っ払った。なんか…癪に触るんだけどな」

 

「私は無関係ですよ?」

 

「それは射命丸から聞いてるから分かっている。だけど何故か椛は傷だらけになってるし、お燐ちゃんも包帯巻いてたよなあ…」

 

うーん…まあ、2人の不祥事は監督役である私の責任です。黙って頭を下げることにしましょう。

「いや、怒ってるわけじゃないんだ。ただ…確認したかっただけでな…うん、取り敢えず2人の面倒見てくれてありがとな!」

 

頭を下げられるのは想定外だったらしい。よくわからないけど…丸く収まってくれたのでよしとしましょうか。

「ところで、一応追っ払ったと言うのは?」

 

「なんか…第2弾出動けってーいみたいな?」

 

そんな軽い感じに言っても事態が好転しているとは思えない。

「……諦め悪いですね」

 

「そうなんだよねえ…だから紫に頼んだ!」

でしたら出撃前に蹴散らされてますね。でもわざわざそのことを言うためだけじゃないでしょう?

どうせ手伝ってとか言うんでしょう?今回はある程度安全が確保できるからとかなんとかで…

「こいつらに指示を出しているお偉いさんを見つけてボコボコにしたいから手伝ってくれって……紫が」

 

「じゃあ紫自身がこっちに来るべきです。それが道理というやつですよ」

私に頼むなら本人から直接話しを通すのが筋、いくら友人でもここは譲れません。

「だよなあ……俺もそういったんだけど取り込み中でな…」

 

「なんかあったっぽいですね」

 

「狐が病気で看病が忙しいとかなんとか言っていたぜ」

なるほど…それでですか。

たしかにそれならあまり彼女の側を離れるわけにはいきませんね。

それにしても藍さんが病気ですか……

 

 

その後も少しだけ話し合いその日はおかえりいただくことにししてもらった。勿論文さんと椛さんも引き連れてだ。

護衛の1人や2人来ているかと思ったけれどそう言うことはなく、三人だけで帰って行った。

多分地上のゴタゴタで忙しいのだろう。

私も後で様子を見に行くことにしましょうか。

 

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃん戻ってきた」

 

紅香と千珠がいる部屋に戻ってみれば、何故か服が散らばっていた。

しかもこの服…私とこいしが持っているものばかりだ。

 

ふと、姉妹の方に視線を戻せば顔を真っ赤にした紅香が私の視界から逃げようとしていた。

「……こいし、あれあなたが着せたの?」

「そうだよ!」

 

笑顔で悪びれることなく答えるこいしの背中に肘打ちを叩き込む。

女子が発しちゃいけない声がしたけど気にしない。

だってこいしが着せたのは…黒歴史の産物なのだ。

袖口はふんわりとしたフリルで飾られた黒いワンピース型の服。その上から白いエプロンが重ねてあるその姿は間違いなく給仕人服。

それもふざけて作ってしまったものだ。

 

確かこいしがメイド服を見てみたいとか言ったから私が1着作ったものを…なんか地味とか言って私と一緒に改良しまくったゲテモノ品だったはず。背中の部分はワンピースの下に着ているシャツが見えるように大きく開かせてあるし…色々と魔術式が組み込まれているからやばい奴だ。

 

「恥ずかしいです!見ないでください!」

 

「可愛いじゃん!お姉ちゃんにも見せてあげなよ!」

 

「そうですよ!お姉様似合ってますから」

布団を被って隠れてしまった紅香を千珠とこいしが引っ張り出す。

 

まあ確かに似合ってないわけではないのだけれど……

これでその髪の毛を三つ編みにして丸メガネをかければどこかのやばい戦闘メイドになりそうです。

実際、服に仕込んだ魔術式を発動したらそれっぽいことできますし…

まあこいしにしか使えないので意味ないですけど…

 

「完全に自尊心やられてるじゃないですか。離してあげなさい」

 

「はーい……」

 

聞き分けが良くて助かりました。って千珠はいつまで燕尾服来てるんですか?もう十分でしょう…

 

 

「気に入ったのですが貰っても良いですか?」

 

「え……まあいいですけど…」

 



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depth.103さとりは巻き込まれる体質なのか?

今回は超ゴー金様より挿絵を頂きました!
本編内にありますのでぜひ見てください!


春先を告げるかのようにいくつもの桜が咲きピンク色の絨毯が所々に出来ている。

それが疎らになっているのは、桜の種類によって咲く季節がまばらだからだろう。

それもそれで、見ていて飽きることがないからむしろ喜ばしいのです。ただ、前世の記憶にある満開の桜達より迫力がないのは確か。

「その分……1つ1つの美しさが増すんですけれどね」

ふらりふらりと足を進める。

私の足を追いかけるように散っていた桜の花びらが舞い上がる。

落ちて間もないものばかりだからこそ起こる幻想的な空間だ。

 

そんな光景をあっちやこっちや色々と見て回る。

これも結局は私の変な癖…いやこいしもそうだから覚り妖怪としての癖のようなものだろうか…あるいは日課になってしまっているのか。

 

どちらにせよ考え事をするときはよく歩く。ん?そうでもない……どっちでしょうね?

 

まあそんなことはいいやと再び歩く。

ついこの前に船の処遇などをどうするかとか色々話したいことがあったからムラサさんとコンタクトを取り色々話していた。内容はほぼ忘れているしふと思い出したことだから正直優先度は高くないのだろう。

 

記憶がおぼろげなのは…思い出したくない記憶を隠しつつ仕事ばかりしていたからだろう。

いつものことだけれど……思い出したくないことは無意識に押し付けている。それが嫌だけれど私の心は勝手に記憶を消して行こうとする。

難しいものだ…覚りと言えどこの程度では…まだまだです。

 

ふと自分の足が向いている方を思い出す。

この方向は……博麗神社。

 

そうか…きっとそうなのだろう。

全く……無意識とは意地悪なものですね。

考えれば出てくるということはまだ無意識に入りかけているところだろう。

まあ、ここ数ヶ月あっていませんし、今更ですが少し顔を出しますか。

 

 

そうと決まれば歩くのは早い。

半分飛んでいるような気もしたけれど多分歩いていたはずだ。

だって博麗神社の境内じゃ飛べないし。

 

 

 

 

 

 

丁度側に植えられた桜が満開になり、桜色の雨をお墓に降らせている。ここには華恋以外にも歴代巫女さんが眠っている。

廻霊さんもそういえば……前に来たのはいつでしたっけ?

随分と久しぶりになってしまいましたね。

「……久しぶりですね」

 

返事は返ってこない。そうだろう…私がしっかり見送ったのだ。

人間の寿命の短さは身にしみてわかってはいますが、どうもこればかりは慣れない。

残されるもの…先に逝くもの。

いくら真似をして心は人間だと言ってもこうして現実を突きつけられたらやはり妖怪なのかなあって思ってしまう。

 

……廻霊さんの時もそう感じたはずなのに。

 

「あら、さとりじゃないの」

 

ふと後ろから声がした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

それは私やこいしと同じく人間であった者。

 

黒色の巫女服を着て髪を短めに切った女性……

靈夜さんだった。

「久しぶりですね」

 

最後に会ったのは葬式の時。葬式とは言っても巫女の葬式に来ていたのは現役の博麗と私を除けば彼女と紫御一行だけ。

随分と寂しいものでした。

 

人間だって守られていたのだから来れば良いのにと藍さんが言っていましたね。

まあ仕方がないことだとは思う。

人間からして見れば妖怪とサシで渡り合える人間なんてもはや人間ではないと恐れられているのだ。

博麗の巫女は確かに妖怪退治のプロかもしれないが決してヒーローではない。彼女の圧倒的な力は人々を安心させるどころか人間の本能は逆に恐ろしいという感情さえ浮かばせてしまう。

理性が押し留める内はまだ目を瞑ることが出来るけれど…それが利かなくなるほど恐怖が膨れ上がった時……いえ、この話はやめましょう。

悲しいけれどそれが現実なのだ。

美しくてもこの桜のように誰しもを魅了することも出来ずただ誰にも見届けられず散るのを待つのみ。

ガサガサと足音が近づいてくる。私が気づいた段階でもかなり近かった気がしますが今や真後ろときた。

 

「久しぶりね……まだ割り切れないの?」

 

「どうもスッパリ出来なくてですね」

 

「阿呆らしい」

 

アホですいません。

不機嫌そうな顔をする彼女は私の隣に来るや否や頭を強く撫で始めた。

乱暴な手の動きで髪の毛があっさりと崩れてしまう。

気づけば鏡を見なくてもボサボサになっていると分かるほど荒れてしまった。

だけれど悪い気分ではない。

 

 

「……用が済んだらさっさと行きなさい」

 

そうします。それにしても……世話焼きが下手なのは変わらないですね。安心しました。

でも下手だからこそ…飾り気もなく本心をそのままに相手にぶつけることができるのですけれど。

どっちもどっち……

 

そんな…本人が一番気にしているであろう事をやんわり伝えれば、顔を赤くして靈夜さんが襲いかかってきた。といっても本気で倒しに来ているわけではないから本気で逃げはしない。

結局じゃれているようなそんなものである。

放たれるお札を避けて境内を突っ走る。

そのまま鳥居をくぐれば、体に力が戻ってくる。すぐに体に浮力を灯し空に浮かぶ。

相変わらず追いかけてくる靈夜さん。

留守にしている巫女が帰ってきていたら真っ先にボコされているだろう光景だけれど…なんだか悪くはない。

「あ…靈夜さん、これからどこか食べに行きませんか?」

 

「それを今言う⁈貴女の奢りなら考えるけど」

 

突っ込みながらも結局、話には乗ってくれる。

しかしどこに連れていきましょうか……

どうせならあまり目立たない所の方が良い。

 

おっと危ない。

体を左上に持ち上げ推進力を消す。同時に浮力をなくし宙返り擬きをしながら落下していく。

さっきまで私がいたところをお札と、やや遅れて靈夜さんが通り抜ける。

その真下に移動する形になった私は素早く彼女の後ろに回り込み、逃げ切りましたよと伝える。

舌打ちをしながらも私を追いかけるのをやめてくれた。

 

あのままじゃいつまでたっても逃げっぱなし追いかけっぱなしでしたね。原因?知りませんよ?

 

「清々しい奴め……こうなったら高いもの注文してやる」

 

「財布に痛々しい事を言わないでくださいよ…」

 

「あんたが悪いんだからね」

 

知ってますよ?悪いってことくらい……

でも悪いからなんですか!一応事実じゃないですか。

あ…でもそこまでってわけでも…いやそれが私が覚り妖怪だからであって一般の人から見たら事実か。

 

「人の顔見て何考え込んでいるよの」

 

「……ツンデレって大変だなあって思ってました」

 

「なにそれ…訳がわからないけれどすごく失礼なことだってのはなんとなく伝わってくるわ」

 

別に失礼じゃないんですけれどね。ただ……自分の感情に素直になれず天邪鬼のように突き放すような事を口にしてしまうその心理に色々と考えが浮かんでしまうってだけです。

 

うん……それだけ。

地上に近づいていた体を少しだけ立て直し、両足からゆっくりと地面に降り立つ。

私に続いて靈夜さんも着地。ゆっくりと私の後をついてき出す。

 

「まあいいわ……それで、どこに連れて行ってくれるのかしら。美味しいところじゃなかたらどうなるか分かってるんでしょうね」

 

「戦争しましょうと言うことですよね」

後ろから殺気の1つや2つ浴びせられるかと思ったがそういうことはなかった。

「よくわかってるじゃない」

むしろ喜ばれた…アメリカンジョークってことでもなんでもないというのに……

本気で戦争がしたかったんですか…怖いです。この人怖いです…具体的にいうとヘルシン◯の大佐って感じがする。

後は不機嫌そうな顔のせいで余計に怖さが際だってしまっている。

 

 

「あ、さとりさんに靈夜さん」

 

ふと空から声をかけられた。声のした方向へ顔を向けると、そこには赤色の外套を上に着込んだ隻腕の妖精がいた。義腕は修理中の為つけていない。

……と、その後ろで太陽を背に頑張って近づこうとしている氷精。

少しだけ太陽と私との軸線から逸れてしまっているから影が見えてしまっている。

 

「チルノちゃんバレバレですよ」

 

「なんだー!よく分かったな!」

だって見えてましたもん。

 

「あー戦闘狂とバカか」

 

「バカとはなんだ!チルノだ!」

靈夜さんが喧嘩を売るせいで何もしていないのに一触即発な事態になってしまっている。

もう二人は置いて帰ろうかな…私が悪いわけじゃないですし…

 

それに船の方が気になる。

1週間で終わるはずだった工事は数ヶ月経った今でも続行している。

なんでも、改造に改造を重ねていった結果工事が延期しているのだとか。

だからあの時残っておいたほうがよかったのではとにとりさんを問い詰めたものの、全員酔っ払ってしまっていて気づいたらあれやこれやを搭載、さらに船体を大型化するにあたって新たな竜骨と船体の増設ともうやりたい放題。

現場に戻ったムラサさんも呆れていた。

そんなのだからなるべく早めに戻って監視の目を光らせておきたい。

 

「さとりさん達はこれから食事ですか?」

 

大ちゃんが私の袖を引っ張って聞いてくる。思考をすぐに現実に戻し状況を確認する。

相変わらず二人は睨み合っていつけれど、少しは気が収まったらしい。

「一応これからですよ」

 

私の答えを聞いた彼女は急に目を輝かせ始めた。

「でしたら私の家に来てください!丁度料理を作り過ぎてしまいまして」

どうやら今日は妖精達が遊びに来るから少し多めに作っていたらしいがさっき急に取りやめになって料理をどうするか悩んでいたらしい。

「なるほど……靈夜さんはどうしますか?」

 

「私は構わないけれど…こいつも来るんでしょ?」

そう言いながら靈夜さんはチルノちゃんを指差す。

「あたいだってこんな生意気なやつと一緒なんていや!」

それに反論するかのようにチルノちゃんも叫ぶ。

これじゃあ平行線になってしまう…

「……じゃあ、私達だけで一緒に食べましょう」

 

「え、ですが……そうしましょう!」

大ちゃんも私の意図を察したのか直ぐに私に合わせてきた。

この2人はここに置いておく。万が一付いてきても食事は…ダメとしておきましょう。そんな話を聞こえるように話していけばさすがに不味いと感じたのか2人が私達のそばに近寄ってくる。

 

「あ…さとり?それ本気?」

本気ですよ?だって辞めないんですから仕方ないじゃないですか。待つだけ時間の無駄ですから。

「大ちゃん?冗談だよね…」

 

「ごめんねチルノちゃん…」

 

可哀想だろうけれどここは心を鬼にしてと大ちゃんはチルノちゃんの声を遮る。

「私が悪かったから…ね?さとりも落ち着こう?」

 

「待って大ちゃん!嫌いになっちゃったなら謝るしなんでもするから!」

 

2人ともお昼抜きは辛いことを知っているからか結構必死のようだ。

特にチルノちゃんは普段から食事を作ることが少なく基本的に大ちゃんの家で食べていることが多いらしく今日も朝ごはんを食べていないのだとか。

まあそれなら昼まで抜かれるのは堪えるものがある。

 

「じゃあ二人が互いに謝ってくれたら良いですよ?」

 

「「……え?」」

 

それが出来なければダメですよと伝えれば素早く二人は動き出した。

早いことなんの…やはり人は食欲には勝てないか。どちらも人じゃないんですけれどね。

それでも互いに土下座って…そこまでしてとは言っていない。そもそも土下座をここでやらないでください。通行のお邪魔です。

まあここは道じゃないですし人がくるって事はありませんけど服が汚れるじゃないですか。

流石にやりすぎだと頭を上げさせる。

 

あーやっぱり汚れてる。

ほら汚れ落して。チルノちゃん暴れないで。土の汚れは一度擦れたら落とすのが大変なんですからね。

「さとりさんって…おかんみたいなところ時々ありますよね」

 

「それ大ちゃんもだよ!」

 

少なくともチルノちゃんの意見には賛成。

 

「チルノちゃんおかんの意味分かっている?」

 

「オレンジ色でよく冬に食べる…」

 

流石にそれを本心で言っているわけではないって言うのは目を見ればわかる。

実際チルノちゃんは言うほど馬鹿ではない。

頭の回転は早いし知識量も普通の妖精より豊富。ただ天然が入っているのか時々しれっと変なことを言う。

例えるなら、大ちゃんに天然とお転婆と暴れん坊なところを足した感じに近い。

 

「……馬鹿やってないで早く行くわよ」

 

「あ…靈夜さんそっちじゃなくてこっちです」

 

「……」

 

靈夜さん…ちょっと何ですか?

思いっきり私に八つ当たりしてくるのやめてください。危ないですから。

危なくしてる?いやいや、私はもう疲れたんですから。ええ、ですからもうやめましょう争いなんて生む事よりも壊すことの方が圧倒的に多いものなんですから。

 

「お?もしかしてさとりは戦い足りないの?」

 

チルノちゃん?一体どうしたらそのような結論に至るんですか?ぜひその思考を教えてくれないかしら?

「そうみたいよ。チルノとか言ったっけ?相手してあげたら?」

 

靈夜さん何考えているんですか?思いっきり悪い笑み浮かべないで…怖い。

「え?じゃあすぐ始めよ!あたいの力にひれふすがいー!をやって見たいし!」

 

理由が理由なだけに断りたい。

だけど断れそうにない雰囲気。大ちゃんまで苦笑いしてしまっているのだ…ああ、これはダメだ。

 

「ご飯食べてからにしましょう」

私にできることはせめて先延ばしするくらいだった。

 

 

 

肌を舐めるように冷気がまとわりつく。

皮膚の表面から体温が奪われ、動きが鈍くなっていく。

でもそれだけではない。足や腕に氷が張り付いているのも動きの低下を招いている原因だろう。

 

厄介なことこの上ない。

一応チルノちゃんは普通の姿であって冬場の本気状態というわけではない。

だからこれも全盛期に比べれば全然弱い方なのだろう。

それでも妖精という枠から完全に逸脱している。

少し離れたところで見ている大ちゃんが苦笑いしている。まあ彼女も妖精の枠を逸脱していますけれど……

大ちゃんだって素の力じゃここまでない。あれは技で急所を狙うから強いのであってチルノちゃんのように力でゴリ押すのではない。

 

「ふふん!寒くて動けないだろ!」

 

チルノちゃんがドヤ顔をしながら冷気を強める。

私がその場から動かないのを良いことにこのまま氷漬けにするつもりなのでしょう。

さて私がどうしてこうなってしまっているのか…それはほんの数分前の事でした。

別に今思い出すのも面倒ですけれどね。まあ、走馬灯とまではいきませんがなんとなく思い出したという感じです。

 

 

大ちゃんの家で食事を楽しんで……私が食べ終わった直後にほらどちらが強いか決めようじゃないかとやってくる。

嫌だと断っても無理に引っ張ってくるわでもう拒否権はない。

 

靈夜さんに助けを求めたものの、面白そうだからと言う理由で諦めろと言われる始末。

そして戦いが始まってみればこの結果である。

私はもちろん一歩も動いていないし攻撃すらしていない。

 

「なあお前!」

 

体が半分くらい氷に覆われてきたところでチルノちゃんが声をかけてくる。何だろう…命乞いをしろとでも言うのだろうか?

 

「何ですか?私はもう降参したいのですが」

 

「あたいと戦う時くらい本気でやってよ!」

 

冷気が弱まり体に張り付いた氷がだんだん溶けてくる。

どうやら本気の戦いが希望だったらしいけれど…そもそも戦う気無いですから。

「私は戦いたくないのですが……」

 

「関係ない!あたいが戦いたいの!それに、本気で戦わないなら一生許さない!」

 

そんな理不尽な……じゃあ勝ちにいけばいいんですか?本気も何も私は戦い好きじゃないですし下手ですし……まあそれで良いと言うのであればそれでも良いのですがね。

弱すぎて絶望したなんてやめてくださいよ。

 

「分かりました…」

 

結局戦うことになるとは…このまま氷漬けにされて負けを認めたかった。

しかし寒いし冷たい……氷が溶けるのを待っていたら時間も過ぎてしまいます。

 

私の周りに弾幕を生成しチルノに向けて射出。同時に弾幕の熱で氷を溶かしていく。

チルノちゃんが弾幕を躱そうと左右に大きく動く。そのおかげで私に当てられていた冷気が消え氷の生成が止まる。

弾幕の熱により溶かされた氷が私の体を濡らしていく。

うーん…冷たいしなんだか衣服が肌にくっついて嫌だ。だけれど仕方がない。

 

あの…大ちゃんと靈夜さんはなんでこっちを見ているんですか?怖いですよ。

え…透けてる?知りませんよそんなこと。

 

体が動くようになったのですぐに後退する。

逃がさないと言わんばかりに氷の粒の形をした弾幕が襲いかかる。

それらを新たに作り出した弾幕とレーザー弾幕で撃墜していく。

 

冷たい弾幕が一瞬で溶け白い煙が立ち込める。

視界不良…それは向こうも同じ。

 

不意に周囲の温度が下がった。

何か大技をやってくるのだろうか…どちらにしろこちらもただで受けるわけにはいかない。

そう思っていると白い煙を突き破ってチルノが飛び込んできた。両手には大きな氷の剣を構えている。咄嗟に体を捻ってその剣を回避。左足で手元を蹴り上げる。

剣自体は弾き飛ばされなかったようですけれどそれでも隙は出来た。

脇腹に弾幕を叩き込む。

だけど躱された。

バランスを崩した状態で後ろに弾け飛び空中に舞い戻った…多分何も考えずに感覚で動いたのでしょうね。

 

まあ関係ない…すぐに次です。

大きな剣は振り回すと隙ができやすいし構えるのにも時間がかかる。

だからその合間に攻撃させていただきますね。

腰から短刀を引き抜き急接近。私の手に握られているそれを見てチルノはすぐに冷気を吹き付けてくる。

さっきのよりも強力なもの…当たれば数秒で氷漬けにされてしまう。

右にロールをして回避。勿論逃げられたわけではない。

追いかけてくる冷気の砲撃…みたいなものを上や横に旋回しながらかわしていく。なかなか近づけないのが困りごと…

弾幕をいくつか撃って見たけれど冷気でまとめて凍らされてしまう。

 

だけれど弾幕を凍りつかせるために私のへの射線が外れる。

その合間に一気に距離を詰める。

気づいたチルノが慌てて逃げようとするけれど間に合わない。

 

だけれどそれはチルノも私も予期したことが起こればですけれど……

私達も予測していなかった攻撃がチルノに当たる。それは撃ち出していた氷の弾幕…跳弾したか誘導型が失敗して戻ってきたらしくチルノに命中。弾かれたチルノに私の短刀が追従できるはずもない。

結局、チルノの右側の羽を少しだけ斬っただけにとどまった。

 

 

惜しいなあ…でも直撃させると死んじゃうからなあ…あ、でも妖精なら死んでも問題ないか。

 

チルノが短刀の間合いから外れてしまったので仕切り直し。いつまでも手に握っているものではない短刀はちゃんとさやに戻す。

先に動いたのはチルノ。

私めがけてありったけの弾幕に冷気をぶつけてくるようだ。

春だと言うのに周囲は冬景色に戻りそう…それに心なしかスペルカードのような煌びやかのもに変わっていっている。

それでも正面が安全とかそういう事はなく、倒しに来る弾幕配置だと言うことは分からない。

それにしても…逃げ道を塞いだり誘導したり弾幕の使い方が上手だ。

本人は自覚してやっているわけではないようだ。つまり天性の才能…流石チルノと言ったところ…まあその方が私もタノシメル。

 

体の底から熱が上がってくる感覚に蝕まれる。

周囲の光景が少しだけ遅く感じるようになる。体の動きは分からないから…ただ視界を脳に送る器官に血液が集中していると言うことだろう。

接近する弾幕をスレスレで避ける。

たまに出した弾幕で弾幕を弾き飛ばし道がなければ作っていく。

そうこうしているうちに体力が切れたのか弾幕が止まる。

チルノの方を見れば、かなり息が上がっているのが見える。

まああれだけの弾幕に冷気にと使っていたらそうなるだろう。

 

終わらせましょうと接近しようとすればまだだと叫びながら再び氷の大剣が出現する。

その上チルノの羽もなんだか大きく成長している。

私に向かってくる。それに真正面から突っ込む。

剣を前に構えたチルノ。どうやらそのまま突き刺そうと考えているようだ。

剣が接触するコンマ数秒前僅かながら右にロール、お腹の方をチルノに向けながら、引き抜いた短刀で氷の大剣を僅かに弾く。

すぐに後ろに通り過ぎる。

素早く向きを変えて追撃。向こうも考えは同じなのか向き直って再度刺そうとしてくる。

今度はしっかりと…でも攻撃を加えながら通過。

殆どは大剣や弾幕で弾かれたものの、爆風程度の被害は与えたはずだ。

もう一度反転。身体にかかる負荷で少しだけ視界が狭まる。

食後に行うような運動では絶対ないはずなんですけれど…仕方がない。ある程度全力で行かないとチルノは怒るでしょうからね。本気でやれだなんだって。それに……靈夜さんも怒りそうです。

反転した直後、私の直ぐそばに水色の弾幕が着弾し爆発する。

それらの中から氷の粒が四方にばらまかれ、私の服の裾を引き裂いた。

後で直さないとなあなんて呑気なことを考えてしまうのは私が呑気だからでしょうか?

振り返ってみればいつのまにかチルノの大剣は2つに増えていた。どうやらすれ違った直後にもう一つ追加して二本態勢になったようだ。

 

あの大剣を片手で振り回すなんてと思ったらものの、確かにあれほどの大きさのもの…当たれば例え弾いたり受け止めてもその質量で弾き飛ばされるのはこっちだ。

厄介…それに距離を取りたくても詰められる。

 

ならば真っ直ぐ突っ込むのみ。

 

 

 

 

 

さとりさんの姿が視界から消える。

いや、ちゃんと目線は追えている。だけれどその姿がブレてしまいちゃんと見ることができない。

咄嗟の判断でチルノちゃんの方に目線を移すと、丁度紫色のなにかがチルノちゃんを弾き飛ばした瞬間だった。

さとりさんの長い髪が動きの軌跡を描いていく。

「ありゃ…本気みたいね」

 

「そうでしょうか?」

靈夜さんとか言った元巫女の言葉に思わず疑問を投げかけてしまう。

たしかに私が稽古をつけてもらっていた時よりかは強い。だけれど…あれが本気だとは思えない。全力かどうかは別だけれど。

 

でもあれが全力な訳ないよね…だって…まだ動体視力が追いつけているから。

「あんたあいつがどれほど強いから知っているの?」

「さあ?多少稽古はしてもらいましたけど全力って訳でも本気ってわけでもなさそうでしたよ」

 

それにさとりさんは本来戦いが苦手だったはず。

一回聞いたことがあるけれど…確かあの時は出来なくもないけど好きじゃないし戦いたくないとか言ってましたっけ?

 

そんな風には思えませんけれど確かに覚り妖怪は戦いが苦手だったと聞いてます。

「……まあ覚り妖怪の本領は精神支配にあるからそう言われればそうかもしれないわ」

 

「でもこいしさんもさとりさんも精神支配ってイメージないですよね」

どちらかと言えば精神を壊して廃人にする方が得意な気がします。というか今まで見てきた中で覚りらしいことしていたのってそれくらいしかないですし…

こいしさんの方は……あれ?精神攻撃しているところを一度も見たことないですね。

だいたい剣を振り回して斬りとばすばかりです。

 

「……今あんたが考えていること当てようか?」

 

「当てられるのなら」

 

「こいしが覚り妖怪らしいことしていない」

 

あなた…もしかしてさとりさんと同じで心を読めるのではないのでしょうか?

「あんた顔に出やすいのよ」

そんなに出やすいでしょうか…たしかにさとりさんにも何考えているかすぐに分かると言われたことありますけど。

 

「あ…そろそろ終わりそうよ」

靈夜さんはそう言って再び2人に視線を戻した。釣られて私も2人を見上げる。

そこには、翼もボロボロで息が上がっているチルノちゃんに刀を構えるさとりさんの姿があった。

あれはもうチルノちゃんの負けかな…でもさとりさんは勝つ気無さそうです。

「降参します」

やっぱり……さとりさん降参しちゃったよ。

 

どうして降参してしまうのでしょうか…あそこまで追い詰めれば確実に勝てるのだしチルノちゃんだって…あーでも覚えていないかもしれないけれど。

力が抜けたチルノちゃんを抱きかかえながら降りてきたさとりさんに疑問の目線を向ける。

だけれどそれを軽く流されてしまう。

ただ単純に気づいていないだけかもしれないけれど。

 

「ねえ、どうして降参なんてしたの?」

 

フラフラしながらも立ち上がったチルノちゃんがさとりさんに訪ねた。

「勝ち負けのために戦っているわけじゃないですからね」

じゃあ何の為に戦っていると言うのだろうか?

私にはよくわからない。チルノちゃんもさとりさんの言葉に首を傾げている。

「ああなるほどね」

 

ただ一人、靈夜さんはわかったようだった。

 

「どういうことですか?」

 

「簡単よ、妖怪や妖精は死んでも概念が滅ばない限り完全な死は来ない。だから何度でも復活できる…でも私たち人間は一度死んだらそれまでだから戦う時は勝つか負けるかより生き残れるかどうかに重点を置くの。さとりの場合はそっちの傾向が強いってことよ」

 

「流石巫女さんですね」

さとりさんが靈夜さんに拍手を送る。

上手くは理解できなかったけど…要は考え方…在り方の問題かもしれない。

「あんたが分かりやすいだけよ」

 

そうでしょうかと首を傾げるさとりさん。無表情なところ以外は結構わかりやすいですね。言動とか行動とか…

そういえばチルノちゃんさっきからだんまりしてどうしたんだろう?

ずっと下向いているから顔が隠れてよく見えないや。

 

「3人とも訳がわからない!」

 

「ああ、ごめんなさいねチルノちゃん」

さとりさんが真っ先に謝り私もごめんごめんと怒るチルノちゃんをなだめる。

あ、ほら氷桜があるよ!綺麗だね!

 

「ふふーん!これはあたいが作ったものだよ!」

まあ…偶然生まれたものだけどチルノちゃんが作ったことに代わりはないですから気にしないでおこう。

「チルノちゃん凄い凄い」

 

「たしかにこれは綺麗ね」

靈夜さんが珍しく褒めていた。

チルノちゃんが作り出す氷は少し特殊で妖力が混ざっている合間は溶けることはない。だからひんやりしていても手は濡れないし溶けることも一切ない。

数時間で効果が切れてしまうけれど。

 

「……綺麗ですね」

さとりさんの顔に一瞬だけ笑顔が見えた気がしたけれど、直ぐに元の無表情に戻ってしまった。うーん、さとりさんは笑顔の練習した方が良いのかもしれませんね。

 

 

 

 




ムラサ「……」

にとり「ごめん…酒が入ったらつい…」

ムラサ「カッコいい……」

にとり「え…」

ムラサ「でも戦さ船としては火力不足かなあ…もうちょっと火力上乗せできない?」

一輪「ありゃ吹っ切れちゃったわね」

聖「私の船…」


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depth.104さとりと会議

暑い…さすが夏だ


色々とあるけれどこの状況というのは初めてなのかもしれない。

そもそもこんな事態想定していないどころか考えすらしていなかった。

 

現状席に着いた時点で…いや、紫に呼ばれた時点で察するべきだった。後悔先立たずと言うけれどこればかりは叫ばせてほしい。紫絶対許さない。あとでボコボコにしてやる。

 

そんな気配を隣に座る紫に密かに送るが、届いていないのか届いていて会えて無視しているのか素知らぬ顔で扇子を仰ぎ続ける。

まああまり表立って不機嫌を表すと周りに迷惑がかかりますからね。やめておきましょう。

 

周囲にいるので知り合いは天魔さんだけ…だけなんだけど。その天魔さんも今回は大真面目。

まあふざけられても困りますのでここは関わらないようにする。

しかし…相変わらず凄い面々だとは思う。

 

机を挟んで集まっているのは紫と天魔さんを除いて3名。

そのうちの1人は名前だけ知っている…というかしっかり記憶に残っている。

後の二人は…賢者さんのご友人だろう。えっと…河童の長と誰でしたっけ…まあそのうち分かるでしょう。

 

「数人来ていないようだけれど気にしないで。急な要件で来れなくなっただけだから」

 

そう切り出したのは紫だった。

その言葉に周囲の反応は様々…顔に出さないけれど目線を見るとだいたい何を考えているのか大まかに理解できる。

天魔さんとか河童とかその土地を広範囲で収めているような種族は結構不機嫌そうにしている。

だけど…紫と同じようにそもそも規格外すぎる妖怪である2人はああまたかと半分呆れている。

というより天魔さん達の反応を見て楽しんでいる節がある。

……っていうかそんな私の観察すら楽しんでいるのが1名。

 

摩多羅隠岐奈さん…私の目線でニヤニヤ笑うのやめてください。

私がどのような思考をしてしているか?私は……無反応でしたよ?そもそも顔すら知らない相手に何を言うなんて事もないですからね。

 

「それで?私らを呼んだ理由を聞こうじゃないか」

 

隠岐奈さんが紫に突っかかる。

まあそう言っても隠岐奈さんは言いたいことは分かっているがななんて言い出すから紫とこの人…事前に相談済み。

となるとここに来ていない二人もきっと話は終わっている。

となれば残り3人を話に抱き込むために今回の場を設けたという事だ。

チルノちゃんと戦ってからあまり時間が経っていないのにもう…迷惑だ。

変に身体を使ったせいで色々と痛む。それも数日経っても中々治らない。

だからなのか紫の話す言葉を半分以上聞き流していた。

疲れってほんと困る。で…なんて言っていたんですか?なんて聞けるわけないじゃないですか。勿論黙って聞いてるふりしますよ。

激しい痛みとかだと普通に動けないし痛みに支配されて思考が覚醒してしまう。

慢性的に痛む方が思考を奪われやすい。

ってそんなことしてたら余計聞きそびれたような気がします。

 

えっと…結界がどうたらこうたら?それってもう少し遅くじゃないですか?

確か幻想郷が結界で閉ざされたのは明治に入ってから…まだ100年近くかかる……うん?でもそんなに長くないです。

まああれほどの巨大な結界を作るとすればだいぶ前から根回しをしないといけないしこのくらいから始めるのが普通といったところでしょうね。

しかし…知らされていないのは私含め三人。数的には過半数取れてるようですけれどある意味失敗してるような…

 

結局私は何も聞くこともせずただずれた思考を淡々と捏ねって遊んでいたらいつのまにか話は終わっていたらしく、なーんか解散の流れになっていた。

体感時間ではそこまで経っていないようで1時間以上経っていた。

結局頭はあーとかうーとか上手く回っていない。

困りましたね…疲れているのでしょうか。確かに体は痛いですけれど…精神的にやられているのでしょうか。

 

「さとり?」

 

一向に動かない私に流石に紫も不振に思ったようだ。

 

「ほう…其奴がさとりか」

隠岐奈さんに目をつけられた。いや元から目をつけられてはいたようですけれど機会がなかったというのが実情。

会おうと思えばいつでも会えるはずですけれどまあそれは彼女の気分が乗らなかったということで納得しておきましょう。

 

「ええ、初めまして摩多羅隠岐奈さん」

 

「あら、知っていたの?」

 

私が彼女の名前を言ったことに最初に反応したのは意外にも紫だった。

「お会いするのは初めてですね」

 

「ふはは、紫が言うだけあってなかなか鋭いじゃないか」

 

あーなんか変なこと吹き込んでましたね。少しだけ紫を睨めば、だからなんだとそんな目線を返された。

「一応聞いておくが…どうして我が摩多羅隠岐奈だと分かった?」

 

似たような気配を持つものはもう一人いましたからね。でも原作なんてことは言えないし…原作の時の服装がどうだったかとかそう言う身体的特徴はもう既に忘れている。思い出すことなんて出来そうにない。

じゃあどうして分かったか?

「そうですね…この部屋に貴女が入ってきた時、それが最初の違和感です。ちゃんと能力を使わずにここにきたようですけれど…扉を潜る時に少し体の動かし方がおかしかったです」

 

「それだけでどうしてわかるのだ?」

 

「だって、扉を潜る時に少し体を前寄りにさせるにはともかく、両手が同時に上に上がるなんて中々無いですよ。でもよく似た動きを見たことがありましてね……」

勿論紫が隙間から半身を出す動きのことですよと付け加えれば隠岐奈さんが大笑いを始めた。

 

「付け加えるとすれば私の目線を楽しく観察していたあたりで、少しだけ目線を私から外した時がありましたよね。もう1人はそのようなことは無かったです」

まあこっちは確証を裏付けると言うだけなので後付けです。

 

「だがそれだけで分かるものか?」

 

「能力の概要は紫から聞いていましたからね」

 

それと扉の一瞬の癖を繋げれば自ずと分かりますよ。

「あ、そう言えば忘れてました。その扇子ですよ」

 

「扇子?これがどうかしたのか?」

私が急に指摘した扇子に隠岐奈さんは目線を落とした。

なんの変哲も無いただの扇子です。ある一点を除けば…

「紫さんの使用する扇子と同じ紙で作られていますよね。実際柄の右端が紫さんの扇子の上側に繋がってます」

 

「偶然の可能性は考慮せぬのか?」

 

「偶然なら紙の劣化具合も偶然同じになります?それに、同じ紙から作られている扇子は幽々子さんが持っている扇子の1つもそうですからね。あれは紫からの贈り物だと幽々子さん言ってましたし」

それに骨格の色づけ…紫さん少し癖があるから光に当たった時の艶の出方が独特なんですよね。

なんかこう…妖艶な雰囲気になりやすいというかそんな感じです。

 

「ふははは!流石だな!さとり妖怪は能力を使わなくとも洞察力だけで覚りというわけか。気に入った」

 

少し話し過ぎましたけど…どうやら不快とは思わなかったらしい。よかったです。

 

「どれどれ?私の元で働く気は無いかな?多少は優遇してやるぞ」

え…嫌ですよ。

速攻で拒否します。貴女の首輪をつけられて飼われるなんてゴメンですから。ええ、私は支配者にいいように扱われるのは嫌いです。

その代わり互いに利用する相互的な関係なら良いですよ。

なんてことをまっすぐ伝えてあげたらなんか顔が引きつった。

紫も引きつってる。

何か変なこと言いました?至極真っ当な気がしますけれど…

「面白いやつだ。神である私相手だと言うのに利用し利用される関係?笑いが抑えきれないな」

 

これは怒っているのでしょうか…でも面白がっているようですし…

感情が読み取れない…さすが神様。やはり相手にするには少し疲れる。

「褒めているのか怒っているのか分かりませんが、今日はこれにて帰らせていただきます」

 

席を立つ私をなぜか紫と隠岐奈さんが止める。

天魔さん達帰ったんですけどなんで私だけ帰してくれないんですか?早く帰してください…ってもう一人の神さま?えっと一応神秘っぽいですし神様……の方も残ってる。

 

「ちょっとこれから結界の構築に関わる事を決めたいの」

 

「私が残される理由になっていないんですけれど……」

 

「それは私の意思よ。あなたならなにか意外な事も出てくるかもしれないから」

あ…もしかして話聞いてなかったことバレてます?バレてますねこれ。でもだからといってこんなことしなくても…

ある種罰ゲームですね。

周囲が賢者とか神とか規格外な方しかいませんし…

 

もういやだ帰りたい……

 

二次会のような感じに結界の話が出ましたけど…凄く面倒だった上に思考がそっちに向かないせいで話が入ってこない。

さっきからずっとこれ…一度なってしまうとなかなか戻らないのが難点です。

 

「さとりは何か意見ある?」

 

「ただの一般妖怪に意見を求める時点で愚行ですよ?」

そうでしょうと同意を求めたけれど隠岐奈さんももう1人の神様も全然納得しない。そもそもお前みたいな一般妖怪があるかとまで言われてしまった。

解せない。

 

「それで結界ですか?幻想郷をぐるって囲むやつですよね」

 

「ええ、そうよ」

 

「素人だから言える事ですけど…ふつうに思いつく限りの有効な結界を二重三重の張った方がいいんじゃないんですか?」

 

「なるほど…複数の結界を同時に張ると言うことか。素人な意見だが出来なくはないな。難易度が高いが」

 

だけど難易度は問題ではないらしい。

まあここにいる人たち自体デタラメを普通にできる人たちですから。

 

結局どのような結界にするのか…でもこれ自体は紫がある程度構想が出来ているらしい。ならそれでいいじゃんって思う。

だけど違うらしい。

少し足りないような気がするのだとか…

「要は外からの干渉を半永久的に受け付けなくする方法ですよね?」

 

「ええ、どうしてもその一手が不安なのよ」

 

「我は大丈夫だと言っているのだけれど八雲は心配性だからな」

 

隠岐奈さん、心配性は安全策を二重三重に仕掛けるから対処する側からすればある意味強敵なんですよ。

と言う事ですから、不安ならもう1つ結界を増やせば良いです。

 

「一番手っ取り早いのは幻想郷を時間軸から切り離すと言う事ですね」

 

「時間軸から切り離す?」

 

「ええ、でも完全に切り離すのではなくある程度切り離して不安定な存在にするんです。そうする事で幻想郷内部は正常な時の流れになるますけれど外の世界から見れば出現したりしなかったり、切り離した直後の時間やそれよりも未来のあらゆる時間軸に勝手に移動するようになるかもしれませんよ?」

 

あくまでこれはにとりさんが言っていたものではあるけれど。

実際タイムマシンを作ろうとしていた時が彼女にもありその時の理論構築時に生まれたものらしい。実際理論上は完成したしそれを術式として作り出そうとしたらしいが時間軸の概念が無くて頓挫したとか。

実際時間軸と言われてもピンとこない。だってそうですよ。

そもそも時間の軸ってどう言うものなのかがイメージできないんですから。

空間ならまだなんとかイメージ出来ますよ。

 

「面白い考えね。実現できるかどうかは別として頭の片隅に入れておくわ」

 

「ふむ…いくつか時間に関する事象に深く関係している仲間に声をかけてみるとするか」

 

あの…本気にしてます?まさか本気で作ろうと…いやいやまさかそんな事…出来ないと言い切れないのが怖いです。

実際時を止める人間とかいますし…ほんと幻想郷怖い。

 

その後も何やら話し合いが続いたらしいがそのほとんどは聞き流していたし途中から寝ていたような気がする。というか寝ていた。思考回路は完全に寝ていました。

だってあんなの私が考えるような事案じゃないですよ?

紫の考える事自体がもうわからない。

 

結局私をあんな場所に連れて行って意見を訪ねて…そんなもの河童とか天魔さんにさせれば良いのに。

 

 

「あれ?お姉ちゃん遅かったね」

 

紫の隙間で家に送り返されるや否や早速こいしがやってくる。

どうやら心配をかけてしまっていたらしい。

「ちょっと紫に足止めを食らって…」

 

「そうなんだ…丁度、天魔さんと遅いねって話してたんだよね」

 

え…天魔さん家にいるんですか?

 

 

 

 

「で、お前さんはさとりの事どう思っているわけよ」

結界に関する事の話し合いも終わり全員が帰ったかと思えば後ろからなあなあと声をかけられる。

いつものことこの上ないことではあるが毎度毎度同じことをされていればもういちいち突っかかるのも野暮というもの。

古くからの付き合いであるからそのまま答えを返す。当たり障りはないそんな回答ではあるが、結局それが私の本心。

それにさとりを手駒にされたらたまったものではない。彼女は幻想郷を作るためには必要である。だからそちらの手駒にするのはよして欲しいと伝えておくのも忘れない。

「はは、わかった。当面は彼女を手駒にするのはやめておくことにする。それに無理にやると閻魔から怒られそうだしなあ」

 

そうしてほしいのが本音。だけれど同時に、もし彼女が裏切ったりするのであれば、友人の手駒にさせてしまうのも1つの手であると思ってしまう。

 

いずれにしても彼女の選択次第だろう。そうならない事を祈るわ。



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depth.105さとりは宴会に呑まれる

いつも物事は私の関与しないところで勝手に起こり、私を巻き込みにかかる。

天魔さんから、一枚の招待状を貰った時真っ先に思ったのはそんな事だった。

理不尽…ええ、理不尽ですよ。

 

内容はと言えば…地底と妖怪の山の友好関係をアピールしたいから宴会をしたので是非来てと…と言うか来てください。という内容のことが天魔さんらしからぬ程の装飾された言葉で書かれていた。

多分これ天魔さん名義ですけど大天狗が書いたものだろう。

 

本人に書かせれば良いのに…でもこういう業務的なものはある程度型が決まっていますからね。

返事はもちろんしておいた。

個人的に天魔さんに向けての手紙としてですけれど…

『行くから待ってろ』と一言だけ。

 

ちなみにヤクザかと手紙で説教された。

説教されたけど辞めるつもりがない。そもそも手紙なんていちいち書くより直接言いに行った方が良い。それを言ってしまったら本末転倒ですけれど。

 

いずれにせよ、向こう側は古明地さとりを何に使いたいのかが問題になってくる。

友好関係とは聞こえは良いけれど実質他と仲良くするのを控えてくれと暗に警告してるようなものだ。

絶対地底にある産業を独占とまではいかないけれどある程度有利にあやかりたい…そんな政治的魂胆だろう。権利を独占しようとしないのはこの前の会談で私が紫に近い位置に居たからか、天魔さんが口利きをしたのか。真偽はわからない。

 

政治的なやりとりは嫌い。だけど私の立場上どうしようもない。ジレンマで心が壊れそうです。

 

「……勇儀さんに全部お願いしたい」

 

本音がほろりと溢れてしまう。

でもそれを本音だと思った人は1人もいなかったようだ。なんだか悲しいやら嬉しいやら複雑なものです。

ただ、変わってくれるのであれば勇儀さんに全部譲って私は地上でのんびり隠れて過ごしたい。

正直私がいなくても十分地底は回っています。うん、私絶対要らない。

そんな事を思っていれば、いつの間にか私は勇儀さんと合流しようと歩き出していた。

 

不思議なもので彼女がどこにいるのかというのは分かっていなくても会いたいと思った時には大体出会う。

 

そう…普通に出会える。

ただし……

「お、さとりじゃねえか!」

 

 

 

ただし、酒を飲んでいることが多いけれど。

 

さっきまで飲んでいたからかものすごく酒臭い。どれ程の量を飲んでいるんですか……

それでも思考回路自体はしっかりしているのが鬼。多少性格が変わったり絡み酒をしたりするようにはなりますけれど根は良い人ですから酒に溺れてなければまだ大丈夫。

だけどまた居酒屋に入ろうとするのはやめてください。

話というかお誘いがあるんですから…って私まで連れ込まないでくださいよ!

あ、では個室願いできます?ちょっと大事な話あるので。

 

酒が入らないと真面目な話を聞く気力にならないと言われてしまえばもう抵抗する事も出来ない。

せめてもの抵抗として邪魔が入らない個室にしてもらうことにした。

なんか部屋代が余計にかかるらしいですけれど仕方がない。必要経費という事で私が払いますよ。

勿論自腹ですよ?

 

「それで、私に話っていうのはなんだい?」

 

席についてしばらくは普通の会話が続いていたものも、お酒が運ばれてきてしばらくすれば、勇儀さんの方から切り出してきた。

 

お酒を飲みながら大事な話って言うのも鬼ならではで新鮮。少し疲れますけれどね。

 

 

「実は天狗から宴会に誘われましてね。出来れば勇儀さんも一緒に行きませんか?」

 

「お!いいじゃんいいじゃん!久し振りに山の連中とも会える訳だな!」

食いつきは良い。まあ宴会楽しいですからね。何も知らないうちはですけれど…

「地底代表として呼ばれたのですが…正直私が行く意味が無いような気がするので勇儀さんに代表を代わっても?」

 

「あたし?そりゃ無理だろう。向こうだってさとりが代表って認識なんだろうしあたしは政治的な事は拳で解決する派だから多分無理だぞ」

 

いや自覚あるなら少しは拳以外も考えましょうよ。普段から何かやろうとするときはなるべく話し合いで通してるじゃないですか。

「天狗の長…ああ天魔じゃない奴らな。あいつは話しやすい。問題はその周りの大天狗、あいつら頭固いし考えも保守的な奴らが多いから面倒なんだよ」

それは同感です。ですがどうしようもないんじゃないんですか?

保守的と言っても自分の利じゃなくて妖怪の山の利を優先する方達ですから決して悪いわけではないです。

 

「石頭は認めますけど私だって飾りだけの主やってるのは嫌なのですよ」

 

「いやいや、さとりは飾りじゃねえよ」

 

え……飾りですよね?

だって基本的に私いなくても会議回りますよね?

だけれど私の疑問にため息を吐いた勇儀さんがお酒を飲みながら話し始めた。

「あのなあさとり。あんたが一番人を動かすきっかけを作っているんだ。あたしらが集まったところでどこに何をさせればうまく行くってそこまで考えられねえっての」

 

うーん…マニュアルでも作っておいたほうが良いですかね?

一応設備のマニュアルは作ったのですけれど…

まあマニュアルばかりで臨機応変に動けないのは最悪ですけれど。

 

あ、却下ですかそうですか。

「それに向こうだってさとりに来て欲しいんだろ?」

 

「その方がまだ話がわかると思われているからでしょうね。それに…鬼じゃない分こちらが上であると意識させやすいとか」

 

また面倒な奴らだなあと勇儀さんは呆れる。

だけど一緒に行くのは了承してくれました。おかげでなんとか1人で面倒な裏方に引き込まれるのは回避できそうです。

 

 

って勇儀さんまだ飲むつもりですか?もうやめましょう?え…飲み直し?いやいや、お店だって迷惑ですよ。それ5本目ですよね?真面目な話するときは飲むペースが早いのは理解してますけど…私に酒を押し付けないでください。

 

個室だから他の客に絡めなくてつまらないからせめて私に絡ませろと……嫌だと言い切れないのが辛いです。

 

あ…ここって珈琲あるんですか?珍しいですね…じゃあもらいます。

「おいおいなんでそんな泥水なんか…」

「最近中毒になっているみたいでしてね…やめられないんですよ」

苦いのが好きってわけではないけれど…どうしても飲まないと落ち着かないのだ。それを伝えれば訝しげな目線を胸に突き立てられた

痛いですからそんなもの刺さないで。

それに苦い泥水でも砂糖を入れれば……あ、私は砂糖とか入れてませんよ。

 

「まさかまた仕事のしすぎか?」

 

「17時間くらいまだ普通ですよ?」

そもそも書類に目を通したり製作したりする程度…単純作業に近いので思考を別の事に使えますし。少し体を動かせばそれなりに続けられますよ?空腹とか眠気を感じないこの体だと時間が経過するのに気づかない場合が多いですし。

 

「エコーに頼んで強制的に休ませてやるか…」

 

「面倒なことを……」

 

「さとりの身が心配なんだよ。最近エコーの奴もまた仕事が少なくなったとか言っていたのはそういうことか」

 

へえあの子そんな事言っていたんですか…

今度広報活動に出して主です感出させておいた方が隠れ蓑になりますね。辞めれないのならせめてそうさせてもらおう。

ゲス?違いますよ。

 

 

 

 

 

 

宴会の日の当日、旅館を兼任する我が家に天魔さんが舞い降りた。

毎度のように突風を伴ってやってくるから家の周りは台風でも来たのかと言うくらい荒れてしまう。

いい加減やめてほしいのですけれど本人曰く発生する風で服を翻したいのだとか。

最低な発想だとは思うけれど対処のしようは幾らでもあるので怒らないでおいた。

だけど家の周りをこうも荒らされると…片付けが大変なんですよね。

 

 

笑顔でやってきた天魔さんの頭を私とこいしの蹴りが襲う。

女の子がするようなものではない潰れたカエルが鳴くような声を上げて後方に吹き飛ばされた。

もちろん傷が残らないようにしましたから大丈夫ですよ。

 

一緒に飛んできた大天狗達もこちらには突っかかっては来ない。

10割天魔さんが悪いんですから仕方がない。

ちなみに傷にならない程度で殴ったので勿論対処されたのは言うまでもない。

「なんだよ。危ないじゃないか」

 

「危なくしてるんですよ…それに毎回言ってるじゃないですか。突風起こさないでくださいって」

 

「だって下着見たいんだもん」

 

だもんじゃないですよ!後こいしは残念でしたって下に履いたズボンを見せびらかさないの。

ほら天魔さんショック受けちゃってるじゃないですか。

こんな事でショック受けるのもどうかと思いますけれど。

 

「なんだその服……こんなのあんまりだあ!」

 

兎も角宴会の会場まで行きますから案内してください。

天魔さんの肩に手を回し担ぎ上げる。

 

大天狗さん達も手伝ってくれてようやく復帰できた天魔さんがフラフラしながらも案内を始めた。

 

やれやれだ。

「お、なんだもう到着したのか?」

 

玄関の騒ぎを聞きつけた勇儀さんが縁側から回ってきた。

時折道を塞ぐ瓦礫を蹴りで粉砕しながらやってくる。軽い蹴りで何処からともなく飛んできた木が粉になるのは本当に怖い。

 

「お、勇儀じゃん」

 

彼女の姿を見た途端驚いてその場で動けなくなった大天狗2人とは違い、天魔さんは平然を装って話しかける。

内心は少し怖いだろうけれどそこまで怖いというわけではいと言うのをちゃんと理解しているだけあってまだ良い方だ。

 

「私もいるよう」

 

勇儀さんに続いて家から出てきたのは萃香さん。鬼の四天王2名の登場に大天狗達が慌てて地面にひれ伏す。

一体何をしたらこうなるのやら。

 

「さとり殿これは一体…」

大天狗の1人が側にいた私に訪ねてくる。

「宴会に行きたいと申しましたので…一応そちらにも連絡をしたはずですけれど」

 

「いや、そのような情報は上がってきていないが」

 

「おかしいですね…人的過失でしょうか?」

 

私はもちろん送ったはずですよ。2人が来るってちゃんと手紙に書いて…そちらの方で手違いでもあったのでしょうか?いずれにせよ情報が共有できていなかったのは辛いですね。

 

「ま…まあ余裕を持たせてありますから多少は大丈夫です」

 

「良かったです。ダメと言われたら私だって無事で済むかどうか分からなかったですから」

 

ええほんと…ここまで来てダメなんてことになったらあの2人宴会に突撃して戦争をおっぱじめますよ?

それはそちらも嫌でしょう?

 

こんなところで立ち話もあれですし…天魔さん早く案内してください。

「おっと、わかったわかった。それじゃあ行こうか」

どうして私を抱きかかえようとするんですか?嫌ですよ?だからと言ってこいしを抱きかかえて連れて行こうとしないでください。そもそもこいしは今回呼ばれてませんよね?

え……今連れて行くって決めた?そんな無茶な…

 

流石にそんな人数増えるのが無理だと大天狗たちに宥められようやく諦めてくれました。やれやれ……

 

ってこいし?一般参加で行く?まさか最初から行くつもりだったの?

 

「だって私にも一応招待状来てたもん」

 

「いやそれお空の招待状じゃないの」

 

一応お空にも招待状は来ている。

理由はよく分からないけど多分灼熱地獄の管理をしているからだろうとのことだ。だけどお空は宴会に興味がないから辞退していたはず。

「私だって宴会行きたいもん」

 

「分かりました…じゃあ一緒に行きましょこいし」

 

「うん!……天魔さん抱きかかえるのは間に合ってるから」

 

「ショボーン…こいしちゃんにまで言われるなんて…」

 

「帰りは抱きかかえるか負ぶってここまで連れてきてくれる?」

 

「喜んで!」

 

流石こいしね。天魔さんの扱いを心得ている。

私は面倒なのでそういう時は黙っておくか頭を撫でるだけにとどめておくのですけれど。

 

それにしてもと周囲を見渡す。

このメンバーが集まって飛んでいたら妖怪百鬼夜行…夜じゃないけれどこの面々だと昼でも夜みたいな恐怖を生み出してしまう。

 

なにせ人妖に恐怖と畏怖をもたらす鬼の四天王2人に妖怪の山を治める天魔とその側近である大天狗。ふむ…大変ですわ。

 

え?私達ですか?

多分あまり目立たない存在になれるんじゃないんですか?ここの面々の中では一番知名度低くて忘れかけられていますし。

 

「ねえさとり、まさか自分が無名だと思ってる?」

 

「実際無名でしょう?天魔さんみたいに何か表立ってしているわけではないですし」

 

「むしろ俺よりあんたの方が有名だぞ?」

 

それは一体どういう事でしょうか…私自身そんな気はしないんですけれども

「そういやあさとりの噂って結構耳にするよな」

 

そうなんですか?

でもほとんど事実と違っているかねも葉もない噂の塊ですし二ヶ月もすれば消えていくようなものなんじゃ…

 

「妖怪の山や地底を裏で支配する妖怪とか、人間を守ったり守らなかったりする結構気まぐれなところが多い妖怪とか」

 

しかも私の容姿も何故かもうちょっと大きくて美人さんのような噂まであるのだとか。

まあ最後の噂に関しては鴉天狗2名が故意に流したものとみて間違いなさそうですけれど。

 

 

……あ、そういえば……

 

 

 

 

 

宴会と言えば大体は異変解決後に行われる宴会を想像することが多い。

実際そっちの方が有名…まあ私の中ではだけれど。

だが妖怪だけの宴会の方が圧倒的に数が多い。と言うか人間の宴会にこっそり紛れ込んだでは人妖合同とはいえない。

結論、人と妖怪じゃ関係が最悪レベルです。

 

ちなみに妖怪である私やこいしは人間の主催する宴会の方が参加回数は多い。といっても片手で数える程度ではあるが…

 

「……活き活きしてるのは良いことですがどうも疲れます」

 

宴会場について少しの合間は私やこいしの周りにも人ができていた…というより鬼の四天王がいることにびびって全員私たち姉妹を半分盾にしていた。

勿論、そんな小細工通用するはずもなく大半のヒト達は鬼に連行されていった。

後で絶対恨まれるやつですね。

もちろん私は恨まれようが嫌われようが構いません。それで勇儀さん達に向かう感情が消えてくれるのならそれで良い。

 

私と違って2人は些細なすれ違いが原因なのだ…それをいつまでも引きずっていたら可哀想で仕方がない。

 

 

結局、鬼に連れていかれた人達を除けばかなり数が減った私の周りは、テンションが高く誰とでも仲良く話せるこいしのほうに人が集まり私は1人静かに過ごすことができているというわけだ。

勿論私が支配者だと知っている大天狗や、何故かベタベタ付き纏ってくる天魔さんは周囲にいる。

だけど少し鬱陶しいというか…天魔さん以外は結局私の肩書きに寄っているだけなのである意味邪魔。

別にそれが悪いというわけではないが私個人を見る気がないヒトばかり。そのようなヒトと一緒にいようなどと思わないのは当たり前なこと。

まあそんな捻くれを起こしているから私はいつまでたっても嫌われていたり恐れられていたりとあるのでしょうね。それもどうでも良い話か。

 

しかし体質上酒が飲めないというのは辛い。

正直ここで飲んだら絶対変なことにしかならないから仕方がないとはいえど…うむむ。

裏方に行こうかなあ…なんで来賓が裏方回ってるんだって大問題になりかねないし天狗の面子丸潰れになるからやめておきましょう。

 

「本気でそろそろ帰って良いですかね…ある意味これ苦行なんですけど」

 

「そう言わないでよ。これから色々と用意しているのにさ」

 

それってあそこでやってる模擬戦のようなものですか?私は別に戦いとかそういうのは好きじゃないし観戦も興味無し。

弾幕ごっこならまだしもあんな血生臭いもの見て楽しいですか?

まあスポーツとしてならまだ分かるのですけれど。

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん!」

 

私の背中にこいしがのしかかって来ようとする。だけど声を出すから直前でバレる。

こいしの腕を掴み背負い投げの要領で前に放り投げる。

「グヘッ‼︎」

 

地面に叩きつけられたこいしの腕をそのまま捻って関節技を決めておく。

「いだだだ!お姉ちゃんギブ!もういいからあ!」

 

「ごめんなさい。背後に回られるとつい癖で…」

 

「こんな癖のあるお姉ちゃんなんて…夕食抜きの刑でぁ…」

まあそんな事は置いておくとして…急に私のところに来るなんてどうしたの?

 

「お姉ちゃん!あそこでやってるあれやりたい!」

 

地面に倒れたままこいしは模擬戦の行われている壇上を指差す。

あれをやりたいの?でも周囲に被害が広がらないように力の制限とか厳しいわよ?

絶対こいしは力の制御を忘れてあそこをめちゃめちゃにするわ…

「大丈夫だよ!壊さないから」

 

そうして妹の僅かな違和感に気づく。

まさかと思うけれどこいし…貴女。

「ねえこいし、貴女何飲んだの?」

 

「え?鬼ごろしとか言う奴…」

 

ああ……手遅れだ。

こいしは酒にはある程度強いものの最初から鬼ごろしを飲むなんてアホな事を…量が少ないからお酒の匂いがあまりしなかったので気付きませんでしたがこれは相当酔っている。流石鬼ごろしと言うべきか。

こうなるとこいしは止まらない。やると決めたらそのまま爆散してもやり遂げようとする。

ある意味からみ酒より面倒である。

 

「仕方ないわ…もういいわよこいし。いってらっしゃい」

こうなってしまったら私がどうこう言ったところで止めはしない。逆に破壊の矛先がこっちに向かう可能性だってある。こいしを相手にすることになったヒトには悪いですけれど気を強く持ってください。

「わーい!」

駆け出していくこいしの背中を目で追いながら天魔さんに謝る。

「ごめんなさい天魔さん…壇上、粉砕します」

 

「構わんよ。どうせ終わったら取り壊すものだ。それが早かれ遅かれ大した違いはない」

 

あはは……片付け手伝います。

気を使ってくれたのだろうがその目には不安が灯っていた。

あの壇上は並みの妖怪が大暴れしても壊れないように結界や素材強化で相当頑丈にしてあるはずだ。それをいとも容易く壊しますなんて言われればそうなるだろう。

だけれどそれは仕方がない事なのだ。

それに勇儀さん達が本気を出せば壊れてしまうのは目に見えている。

つまりこいしが壊さずともアレが壊れるのは目に見えている。そう…私が勇儀さん達を連れてきた時点で…

 

 

途端に人々の喧騒が大きくなる。

その騒ぎの中心を覗こうと背を伸ばしてみれば、丁度先ほどまで話題に上がっていた壇上がある方向。やれやれ、あまり目立たない方が良いというのに。

それにしても壇上に上がったのが…狼娘さんとは驚きです。

普通天狗や河童辺りが出てくるものだとばかり思っていました。

そういえば鬼も出るのではと思い周囲を見渡すが連れてきた2人は珍しく観客に徹していた。

どうやらあまり力を見せつけたり暴れたりするのは流石に控えるつもりらしい。

その分普段より飲むペースが早いような気もしますけれど本人のことは本人が一番わかっているでしょうから大丈夫。

 

それは置いておきましてこいしはどこで道端の草を千切っているのかと思えば、いつのまにか壇上に上がっているではありませんか。

もう少し常識的な入場をしないのかと疑問に思うも常識的な入場ってなんだろうという問いに詰まってしまう。

私が分からないのに彼女にその問いの答えが分かるはずもない。なるほど…ならば仕方がないとも言えてしまう。

 

 

しかし闘いの前だというのにあそこまでの清々しい笑顔…ある意味怖い。

あれでは狼娘の方がかわいそうだ。ああ…やっぱり怯えちゃってる。

でも見た目が自分より幼いからなのか少し油断していますね。

あ…動きました。

 

最初に動いたのはこいし。服の袖からいくつもの剣を引っ張り出してぶん投げる。

もうそれだけで危ない事この上ない。

狼娘さんも必死に避けましたけれどそのうちの一本が腕に突き刺さり肉を貫く。

うわ…あれは流石に痛いですよ。それに壇上も剣のせいで針山になってしまっているし。

ふと天魔さんを横目で見れば顔が引きつっているのが目に見えた。

目線を戻せば、狼娘さんが必死で降参していた。

まあ…懸命ですね。あれ以上行ったら命掛けになりますよ。

 

壇上を見ているヒト達が一気に囃し立てる。

酔っているから仕方ないとはいえこれ以上は危険なんですけれど…だってどう考えてもそうだろう。しかし命知らずも多いものですね…

天狗が1名壇上登ってるんですが…あれ大丈夫なんですかね?

まだ若い少女ですが相当気が強いようです。それに喧嘩早そう。

「天魔さん、あれ大丈夫なのですか?」

若いから怖さを知らないようですけれど…それは生きていく上で最も危険な事なんですよ。

「まあ…大丈夫だろう。あれでちょっとは理解してくれるだろうし」

 

教育のために妹を危険なことに巻き込むのやめてくれます?

もう今更なんですけれど…

 

 

じっと壇上に登った天狗を観察する。

天狗の速さを生かせばあの剣の嵐は避けられるとでも思っているのでしょうね。でもあれはこいしの本領じゃない。多分かっこいいからやっただけだ。

天狗相手となれば対応も大きく変わる。

 

こいしより先に天狗の方が動く…

こいしが魔導書を開き魔術展開。あれは…氷属性の魔術。

壇上が完全に凍ってしまう。

うわ…冷気がこっちにも来ましたよ。寒い寒い。

天魔さん毛布…ない?じゃあその羽に潜らせてください。

「……幸せ」

 

「今だけです…それに…」

 

案の定、あの天狗は足を氷漬けにされて動けなくされていた。

速度に頼りっきりになると動けなくなった瞬間弱くなる。

短刀を両手に持ったこいしがゆっくりと近づいていく。

それは彼女から見ればお迎えにやってきた死神と言ったところだろう。効果覿面なのかは知らないが完全に気を失ってしまった。

2連続でこいしの攻撃に耐えた壇上だが氷が張ってしまいしばらく使えそうになさそう。

だがこいしはあれだけでは満足できなかったのか氷を炎で溶かし始めた。

 

びしょびしょに濡れているけれどなんとか元に戻った壇上でこいしがふらふらと回り出す。

先ほどの戦いで多くの者が戦意を失ったのかその場で縮こまっっている。

唯一闘争心を燃やし始めたのは…鬼2名。

そのうちの萃香さんが壇上にジャンプした。

 

ああ…こりゃ逃げた方が良いですね。

今のうちに避難避難っと…天魔さん後ろ下がりますよ危ないですからね。

 

 

私達が後ろに下がり始めたのとほぼ同時に巨大な爆音と衝撃波が通り抜けた。

始まってしまいましたか…しかしもう少し周囲に気を配ってくださいよ。

近くで見ていた人達が何名か衝撃波で飛ばされていきましたよ?

そんな私の内心をしってか知らずか、さらに複数回の爆音と煙が上がる。その度に何人かがまとまって吹き飛んでいく。

 

早速修羅の宴会に変わってしまった。もうどうしたらいいのやらと頭を抱えるしかない。

それでも少ししたら音も衝撃波も小さくなっていった。

だがその代わりに戦いの跡が上に上にと伸び始めた。

降りて来なさいよ2人とも。

 

衝撃波が上空に逃げていくので助かりますがいつまでも飛んでいたら壇上の意味がない。

そもそも鬼の拳を衝撃波が発生するように耐えきるなんていったい何をしているのやら。私には絶対できない。私の場合は力の方向をずらして直撃を回避するだけ。多少真空波ができることはあるけれど衝撃波までは生まれない。あれは拳が硬いものに接触して発生するものだ。

多分こいしは魔導書の収納に収めたものを利用しているのだろう。

一体何を入れているのやら……

とかなんとか愚痴を口の中に溜め込んでいたら隕石が空中に発生した。

正しくはこいしあるいは萃香さんが真下に向けて本気で叩き落としたのですけれど。

完全に隕石のように赤くなってしまっている。

あれは赤い彗星…いや違いますか。

 

再び爆発…それと同時に耐えきれなかった壇上が粉々に粉砕され破片を周囲にまき散らした。

「あーあ……」

 

「すいません監督不行届で…」

 

「さとりのせいじゃないよ」

それにしてもここまで破片が飛んでくるとは…よく飛びますねえ……

 

勝負はさっきので片がついたのか辺りは水を打ったように…とまではいきませんが静かにはなってくれた。

うーんでもあれを見たところ決着付いてませんね。

撃ち落とされたのはこいしですがなんとか防御できたみたいですし…あ、でもこいしが降参しましたね。まあ勝ち目ないですから…潔いといえば聞こえはいいですが萃香さんは…満足そうな顔してますし大丈夫ですね。

 

それに……もうこれでこいしに絡もうとかいう阿保もいなくなるでしょう。ええ、大丈夫……

だからそこでサインくださいみたいなことをしようとしている鴉天狗とか弟子にしてくださいとか頼もうとしている白狼天狗は直ぐに引っ込みなさい。

ダメですよ!絶対ダメです!

 

後萃香さんもこいしを売るようなことしないで…

こいしだって困惑してどうしたらいいかわからなくなっているじゃないの。

 

「おうおう、いい感じだねえ」

 

「……地底との親交が深まれば良いとか思ってるでしょうけど…こいし相当嫌がってますよ」

 

あの子は誰かに何かを教えたりなどは苦手だし好きじゃないのだ。

と言うか嫌いらしい。仲良くなる…対等に近い関係以外を彼女は嫌う。私も嫌いですがこいしの場合は私よりずっとずっと嫌いなのだとか。

ルーミアさんに戦いの基礎を教えてもらった時は右も左も分からない時だったからまだそこまで嫌ではなかったしルーミアさんも誰かに教える師弟関係というより友人同士で教え合うに近かったから大丈夫だったのだろう。

 

「じゃあさとりやってくれる?」

 

「私がですか?」

 

面倒なんですけれど……そもそも人に何かを教えるなんて下手くそだから飲み込みが良い子ぐらいしか分からないですよ?

 

「さとりは教師とか教える側の方が得意だと思うんだけどなあ……」

 

「貴女の思うんだけどなあは信用できそうにないんですけど」

 

「まあまあ、騙されたと思って少しだけ……それにここでこいしが断っちゃったら関係良くならないもん。さとりが代わりに教えてくれるっていうのならみんな納得するよ」

 

 

完全に向こうの空気に乗せられましたね…仕方がないです…ここは私が折れるとしましょうか。




結界が張られるまで後85年



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depth.107さとりと白狼天狗

進展しない今日この頃


宴会から数日が経ち、私は白狼天狗さん達の前に立っていた。

結局、白狼天狗達の対応に困ったこいしは私の元に飛び込んできた。

そこで天魔さんとまた一悶着あり、なんとか私が色々と教えることになった。

そこまでの経緯?それだけで大変面倒かつ私の負の記憶をこじ開ける事になりますからそれ相応の代価をもらいますよ。

等価交換ってやつです。

 

 

「えっと…そんな固くならなくても良いのですよ」

 

「いえ!白狼天狗たるもの、ご教授してくださる方にはこれが通常であります!」

 

完全に軍隊式じゃないですか。私には荷が重いです。ええ、これはまずい…いや戦闘という点では良いのですが私は別に軍隊とかの戦い方なんて知らないし教えられない。

 

どうしたら良いでしょうか…って答えてくれる人なんているはずないですよね。

ああ…仕方がない。

 

「そうですね……私は別に個々の戦い方にああだこうだ言える立場ではないので…防衛戦のやり方でも教えましょうか」

 

防衛戦と聞いてその場にいた白狼天狗達が首を傾げる。

なんで現場に出る白狼天狗達が理解していないんですか。

おかしいでしょ!まさか上層部だけが全貌を知っていて戦場の兵士はどこで何をすれば良いかは聞かされているけれどそれがどういう結果をもたらしているのか知らないというのですか⁈

それに個人戦闘の基本なんて私たちは感覚でやっているから当てになるはずがない。

最悪、弾幕を使った動きの牽制程度は教えられますけれど。

それじゃ満足しないだろうから戦略を教えることで逃げようとしたのに…

 

「殆ど座学のようなものですから…取り合えず座りましょう」

 

えっと…黒板は…そんなものあるはずないですよね。勿論それに似た板は持ってきましたよ?

用意は周到。これ基本ですからね。

 

「まずは地形を生かした防衛戦術…といってもこれは最初に接敵する白狼天狗達のみが行ういわば時間稼ぎ。敵の進行速度を落とすための戦闘ですから必ずしも撃滅したり無理に突っ込む事はないです」

 

実際何名かは無理に突っ込んで痛い目見ている方居ますよね。ええ…そこのいかにも歴戦っぽい傷まみれの方とか…

それ誇れるものじゃないですから。そもそも防衛計画に則ってしっかり後退すれば普通あんな怪我追いませんよ?

一対一で戦おうなんてしてもむしろ白狼天狗の方が負けますから。

 

いやサシで戦うの好きなのは知っていますけれど…

後現場指揮がしっかりしないとこの戦闘は崩壊しやすい。

だから崩壊されないように多少は手を加える。

取り敢えずここにいる人数で3倍近い敵が攻め込んできた時にどう動けばいいかを教えましょう。

被害を最小限にとどめながら相手を撤退する程度で良いので損害を与える…防衛戦で理想とされる戦闘ですよ。

 

取り敢えず教えるだけ教えて…後は図上演習をやってどうにか定着させておくことにしましょう。

 

はあ……これを後3回も教えなきゃいけないと考えたら頭が痛くなってくる。

それと個別で数人が手合わせしたいと行ってきたからその誘いに乗ることにした。まだ若い天狗達ばかりでしたね。

多分私の事をよく知らない人たちでしょうね。勝てたらみんなに自慢できるしその戦闘力を買ってくれる上の人達がいると思っているのだろう。

まあ実力だけでもある程度上の方まで行った人たちだって普通にいますからその考えは正しいのでしょう。倒せるかどうかは別としてですよ?

だって単調に突っ込んで来るんですからもうどうしたら良いかこっちが分からなくなりますよ。

フェイントかけていいのか真っ直ぐ顔にねじ込んでいいのか…多分あれはねじ込んで良いという事でしたので…まっすぐねじ込みましたよ?

手が凄く痛かったですけど。

 

でもそれ以降誰も挑戦してこなくなったあたりまだマシだった。

挑戦してきた時はもうトラウマでも植え付けて帰ろうかと思いました。

でもまあ……それ以外は普通にいうこと聞いてくれましたし教える側として楽しかったのは事実ですね。ほとんど図上演習ばかりで体動かしてませんけれど。

 

 

 

「お姉ちゃん最近また家にいる時間減ったね」

こいしが珍しく私の下半身に抱きつきながら訪ねて来る。少し怒っているのだろう……

「色々とありますからね」

最近時間が足りなくなりつつある自身の行動に少し反省しなければならない。

白狼天狗達の教育だけでなく、もう一つ別の案件が浮上してしまったのが痛い。

というのも、聖蓮船の設置位置の問題だ。

位置を間欠泉の通り道のなる予定のところに移転させようとしたら少し揉めた。

というのも、封印指定のものを勝手に動かすなとかなんだとか。何処からか情報が漏れたらしくその火消しが面倒で仕方がない。

それでもあの場所が間欠泉の通り道だと知っているのは私だけなのでまだ安心できる。

それで間欠泉に乗って外に逃げたらどうするんだとか言われたらもうどうしようもない。

そもそも逃がすつもりで移動させているんですよ?それがバレたら終わりですって。

 

「……お姉ちゃんとの時間を邪魔する奴ら…みんな消してきて良いかな?」

 

「こいし、そういう考えはダメよ。クレイジーサイコレズなんて誰も得しないから。ヤンデレももちろんダメよ」

 

「お姉ちゃん意味わからない」

 

ハイライトの消えた目で見るから怖いのよ!ふざけているのはわかるけれど一瞬本気かと思ったじゃないの!

それにこいしは私によくくっついて来るじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、さとりは白狼天狗達に戦術を?」

 

「正確には防御戦の時の細かい動き方のみですが、防衛計画の大きな手直し無しに組み込めるというのは大きいですね」

 

同感だと上官は頷く。

白狼天狗の部下が勝手な行動をしさとりを呼び込んだ時は顔面蒼白で各機関に平謝りだった上官だったが得られたものが大きいからから元からそんな気は無かったのか部下に処分は下さなかった。

多分後者だと思うが…この方の腹の中は計り知れない。

 

「それでは…後の事は君に任せる」

 

「お任せください」

 

結局私に一任か…白狼天狗の頂点の仕事が面倒だからって人使いが荒い。

「そうだった。今度昇進が決まった」

 

「またですか?」

 

天狗の社会に肩書きはあまりないものの、戦闘を主任務に行う白狼天狗には珍しく階級が存在する。

一応目安のようなものだから種類による階級とは別のものだが上に行けばいくほどある程度階級がものを言うようになる。白狼天狗独特のシステムだ。

まあほかの天狗が階級に頼らずともそこそこのところまで行こうと思えば行けてしまうから他で普及しなかっただけのようだが。

 

それが導入されてからこの方はまっすぐ昇進し続けている。

上に食い込む事で色々と変えたいものがあるらしい。それが何かは知らないけれど、かなり大切なものらしい。

だがこの人だけでは不安で仕方がない。誰かが下で支えてやらないとすぐ転ぶからな。

 

「上の考える事は分からんな」

 

「貴方が言えた事じゃないですよ。あああ、それとさとり自身から直接貴方へとお届け物があります」

 

少し驚かせてあげたかったから秘密にしていたもの。と言ってもこの人が驚いているところなんて見たことないがな。

「ほう…柳経由で一体なんだろうな?」

 

「書類ですよ。ただの書類」

 

中身は妖怪の山の手前で行う防衛戦とそれに伴う陣地の急速な構築の仕方。今までは山での防衛戦だったのにここまで来てまた珍しいものをよこしてきたものだ。おまけに図解付きときた。

 

上層部だって知らない…それをさとりは貴方の手柄にして良いと言ってた渡してきたのだ。これじゃあこの方はさとりに頭が上がりませんね。

 

「ほう……じゃあ柳、お前もこの書類の製作者とするんだ。共同制作だよ。もちろんさとりの名前もな」

 

「さとりは嫌がりますよ?」

 

「名前を書かれることがか?どうせ見る人が見たらバレるだろ」

 

それはそうですけれど…

 

「それに細かい修正をこちら側でするから何も間違っていないぞ」

 

全く…人が悪いんだから。

上官の言うことには逆らえない。

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさとり様」

昨日ぶりに執務室に来たお空が何かに気づいたようだ。

私はお空につられて昨日部屋を出て行ってから一度もこっちには入っていない。

私が見落としているとは考えたくないけれど何か違和感があったのだろうか?

「お空どうしたの?」

 

「あそこにあった書類ってどこに行ったんですか?」

そう言って机の端っこを指差す。

確かあそこには…ああ、あの書類でしたね。確かお空にも見せていたから印象に残っていたのでしょうね。

「ああ、あれは柳君に渡しておいたわ」

山以外の場所での防衛網の構築方法、考えるのに苦労しましたよ。この時代に存在する知識では彼らは対処できるようなものではないかだからこそ人類の叡智を借りました。ええ、さすが人類です。

「良かったんですか?」

 

「良いのよ。あそこにあるより適切なところに送られた方が良いわ」

 

だって、色々とこの後忙しくなりますからね。特に…彼女達がやって来るとなればそれは恐ろしいことになりかねない。

あれに対応するには山だけの防衛は不可能でしょうね。

他にも人里とか…まああそこは慧音さんがなんとかしてくれると思いますけれど、それでも念の為に色々と手は回す。後は…こっちに攻めて来ることはないと思いますけれど入り口の周りとかはある程度護りを固めなければいけない。

まだ早いけれど動くのは早い方が良い。その方が怪しまれない。

それと…少しでも戦力が欲しいですから…彼女もできればこちらに来てほしい。思い浮かぶのはひまわり畑で微笑みながら…敵を粉砕しようとする幽香さん。

でも幻想郷の外に畑があるせいでこっちにきてくれそうにない。

実際紫も彼女を幻想郷に連れて来たいらしいけれどどうも渋って動かないらしい。

やれやれと思ってしまうが藍さんによれば、私を交渉役に抜擢したいと言っていた。

そもそも紫が頼んでも動かない相手を私がどうにかできると思っているのでしょうか?

ああそう言えば何回かどうにかしてしまいましたね…まあそれは向こうがおかしいだけであって決して私が出たからというわけではいはず…だって私なんて寝ている合間に家ごと破壊してしまえばやられますよ?

うーん…でもどうせ説得してと言われそうですし言わなくても紫の言いたいことは大体分かるようになってきた。主に私に頼む内容ではあるけれど。

 

 

「さとり様、お手紙きてますよ」

 

「ああ…机に置いておいて頂戴。私は話し合いが連続しそうだから少しここを開けるわ」

 

「分かりました!じゃああの妖精に伝えてきます!」

 

そう言いだしたお空は咄嗟の制止も聞かずに部屋の外に飛び出してしまった。

彼女にもここを任せようと思ったのですが…記憶力は悪いですけれどそれ以外はかなり天才的ですからね。

チルノと似たタイプですからむしろ私よりこういう支配者系に向いていると思うんですけれど。

あれでレミリア並みにカリスマがあったら絶対彼女が上の立場になっているだろうし。

 

私がいなくなるなんて事態がまた起こるかもしれないのだ。その為にも私に変わって地底を引っ張っていく子が必要なのだ。

 

こいしは出来ないとか言っていたし支配者には向かない。私もですけれど…お燐は気まぐれすぎるから向かない。唯一素質があって本人も多少乗り気なのがお空なだけですけれど…

 

まあいいや…本人の好きにさせてあげる事にする。道を踏み外さない限りですけれど…

 

どれどれ…手紙の差出人は……

 

えっと紫?ああ…やはりきたか。なぜ手紙をよこして来るのかよく分からないけれど彼女のことだから気分とか言うのでしょうね。

ええ…どうせ。

 

話し合いに行く前に少し中身を見ておきますか……

 

えっと……やっぱり幽香さんの説得か。

何回か失敗したから偶然面識があり話している間の話題に少しだけ浮上した私を利用してと言ったところですね。

 

そんな事で幽香さんが説得できるとは思いませんが…やるだけやってみましょう。

うん、だって彼女との関係はそれが主体ですからね。

 

貰った手紙に火をつけて灰皿の上で灰にしていく。

お燐しか使わない灰皿は今まで一度も使われず綺麗なままでしたが…まさかこんなことに使うとは。

確かに灰ですから灰皿で良いんですけれどなんだかおかしな気分だ。

さて、では早めに話し合いを済ませるとしましょう。

あまり遅くしてしまうと紫が怒ってしまいますからね。

 

それに…早めに彼女にこちら側に来て欲しいのは私も同じですから。そしたら色々と植物の知識とか貰えてプラントの効率も上がりそうですし…ふふふ。

 

 

 

 

 

銀用意しておかないとなあ……



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depth.108さとりと怖い人

夏休みモードで更新速度が低下気味な今日この頃…


私の気持ちを表すかのように、地上の空はどんよりと黒い雲を立ち込め、遠くでは雨が降っているのか白く霞んで見えるところがちらほら。幸い私のいるところは降っていませんが、いずれ降る事になるかもしれない。

話し合いはなるべく早く終わらせようと努力したからか、結構早めに終わってくれた。

と言うか途中で向こうが折れてくれてこっちの要求を全面的に呑む事で話が一気に決まってしまった。

それだと可哀想だったのでこちらも譲歩はしましたよ。でも急にどうしたのでしょうかね?不思議です…まあ早く終わってくれたから結果だけ見れば良しとしましょう。

……で、聖蓮船はどうにかなったのですが…河童がまた改造したいと言い出した。

断っても良いのですけれどそれをすると後が嫌だ。それに河童には色々とお世話になっているので私は断ることは出来そうになかった。取り敢えず船の主に相談してくださいと言う事で機材の搬入とか門を通過するところまではこちらで処理をしておいた。

後の事?それは船の主の管轄ですよ。私はもう関係ない。

でも河童が余計なことしてまた元の位置に船を戻せとか言い出す人達が出てきたらその時はこちらも動かないといけない…うんその時はその時です。

 

まあそんな事はいまはどうでも良い事でして…

今にも降ってきそうなこの天気…雲の上にでも出た方が良いのでしょうが、今さら雲の中に飛び込んだらそれこそ大変なことになりますし上は寒いですからあまり行きたくない。

なるべく雨に濡れる前に幽香さんの所に着きたいところです。

 

なんて願望…聖杯に願わなければ到底叶うようなものでもなく……

数分後には激しい雨の中をひたすらに飛ぶ私の姿があった。

濡れるのは全く問題ないのですけれど…どうも濡れた服が肌にペッタリと吸い付くのが嫌なのだ。

その上服が濡れてしまうとサードアイが服から浮かび上がってしまう。幸いにも外套は撥水性を今できる技術で限界まで引き上げているので濡れても少し水を落とせば乾いている時と変わらない程度までにはなるんですけれどね。

その分洗濯するのが面倒というのは内緒。

 

それにしてもよく降る雨です。これじゃあスコールと変わらないじゃないですか。今日少し暑くて…夕立っぽいものがあると言っても夕立っぽいもの仕事しすぎです。

 

結局幽香さんの家に到着する頃になっても雨は止む気配を見せず、外套以外濡れ鼠になってしまいました。

それに日も落ちてきましたし…

幻想郷からここまで少し遠いですよ……これ本当に幻想郷に招き入れることできるんでしょうかね?

 

家に続いていると思われる獣道に降り立つ。そのとたん周囲の景色は一転して緑色の壁に遮られた。

向日葵はまだ咲いていない。

まあ季節はこれからですからそれもそうか…でもすでに私の背丈程度に成長している。

それが私の姿を完全に覆い隠してしまう。

でもちゃんと道は続いているからこれを進んでいけば必ず家にはたどり着ける。

夏場に来た時よりかはまだ圧迫感もありませんから楽です。

向日葵が咲いてしまったら圧迫感よりも綺麗さで圧倒されますけれど。

 

大雨で泥濘んだ地面を滑らないように歩く。

道の上はある程度踏み固められているとはいえ人通りなんてほとんどないからだろうか雨が降っている現在はすごく足場が悪い。

これなら素直に家の前まで飛んだ方がよかったかなと後悔するがもう今更なのでどうでも良い。

 

道に悪戦苦闘しながら歩いていると、ようやく向日葵畑が途切れ小さな空間に出た。

こじんまりとした家が一軒建っているだけの小さな空間。住人は留守にしているのか灯りはない。

いないと言うことがわかれば私のとる選択肢は2つ。ここで待つか出直すか…

でもこの雨の中をまた帰るとなると気が重い。私が取る選択肢は1つしか残っていない。

 

黙って待つのみ。

 

雨に当たらないように屋根があるところまで非難する。

完全に防げるわけではないけれど多少はましになった。

 

 

さて…もうすぐ暗くなるし…少し待ちますか。

 

 

意識を思考に落とし時間を潰すことにする。思考自体は考えると言う行為による副産物。じゃあ考えているかと言われればそう言うわけでもない。

結局考えていようがいまいが私はなにも覚えるつもりもないのでなにを考えていたかは重要じゃない。そうしてしばらく雨をしのいでいれば、足元になにかが擦り付けられる感覚がして意識が戻った。

 

 

視線を足元に下ろすと、そこには水を滴らせた1匹の猫が体を擦り付けていた。どうやら雨宿りをしたくて寄ってきた猫みたいだ。

いつまでも濡れているままだとなんだか落ちつかないので外套の裏側に入れておいたタオルを取り出し猫の体を拭く。

ヒトに慣れているのかあるいはそう言う性格なのか。猫は怖がることもなく私の手の中で毛並みがスッキリするのを待っていた。

そうしていれば、雨の音に混ざって雑音が流れ出す。

私の耳に響くそれが誰かが道を歩く音であると気づいたのはその数秒後。

 

「あら…お客さんかしら」

落ち着いた女性の声と共に妖力の波が私の体を撫でた。その瞬間、周囲の時が一瞬だけ止まったような……不思議な違和感が体に流れた。

「あ…幽香さん。御無沙汰しております」

 

赤色の傘をさした女性…風間幽香さんが私のすぐそばに立って見下ろしていた。

あの…凄く笑顔で怖がらないように努力しているのは分かるのですけれど…その笑顔じゃ何も知らないヒトじゃ怖くて逃げ出しますよ?

完全に目が笑ってない笑顔ですからね?どこかのロシアンマフィアの女性頭領みたいな感じになってますからね。

まずその冷たく突き刺すような目線をどうにかしないと怖いですって…

「貴女がなにしにきたのかは知らないけれど…まあ入りなさい」

機嫌損ねたらコンテニュー出来ないわよと言いそうな雰囲気でちゃってますけれど…

(やった!家に招く成功!お友達としての仲を深めるチャンスよ!)

 

心の声がそれを否定する。この人完全に体に振り回されてしまっていますね。

しかしこれは少し面白いですし…私がどうこうする問題でもないですからこのまま観察させていただきましょう。

でも、そのかわり出来るだけ願いを叶える手伝いをする必要もある。

それが知る者の義務だ。

 

久しぶりに入る幽香さんの家は、前回来た時よりも少し明るい雰囲気になっていた。

明かりがない分暗く見えてしまうけれど昼間に人を呼ぶのであれば印象としては良いかもしれない。

 

「ごめんなさいね。今灯りをつけるわ」

 

そう言って幽香さんは蝋燭に火を灯した。

ほのかな明かりが部屋を照らしていく。でも少し弱いかもしれない。

少し大型のランプでもあれば良いけれどそのようなものは……あ、河童が作ってましたね。

 

地底は昼夜の区別がなくずっと薄暗いですから河童が投光器の開発、流通に力を入れていてその過程で…えっと…増光装置付きの提灯とかあったような…まあいいや。

 

「ああそうだわ。服とタオル取ってくるわ」

入り口で突っ立っていた私を見て幽香さんが何かを勘違いしたのか…あるいは察したのか。奥にパタパタと駆けて行った。

 

外套以外ずぶ濡れで肌にぺっとりと張り付いてしまっているこの和服ではサードアイを隠すのは困難…だけど持ってきた服でサードアイが隠しきれるとも限らない。

 

参りましたね…外套は外してくださいと言わんばかりに引っ掛け棒が付いている。

うーん……

 

悩み始めて数秒で戻ってきたのかと言わんばかりの足音が聞こえてきた。

早くないですか?

 

「おまたせ、取り敢えずタオルで拭いて…服はこっちの部屋に置いておくから着替えてらっしゃい」

 

(できれば私が着替えさせたいけれど…流石に無理よね)

 

そう言うと幽香さんは私の頭にタオルを乗せてくれた。内心少しゾッとしたけれども。サードアイが見られるのは流石にまずいかもしれない。というか隠していることがバレた時点で絶対彼女の心に傷を刻み込んでしまうのは確実だ。

その後どうするか…こればかりはわたしにも分からない。

頭を拭きながらそんなことを考えていれば、ふとどうでも良さそうな…でも結構優先度の高い疑問が頭を横切る。

 

あっちの部屋がどっちの部屋を指しているのか分からない。

けれど多分玄関を進んで最初の扉だろう。うん…あっちって言われただけだから分からないけれど多分あれだ…

 

「あ、そっちはトイレよ」

 

さいですか…

じゃあこっちでしたね。

「私が着替えさせてあげてもいいのよ」

 

(ついでだからこの前ゆかりんに教えてもらったこと試してみたいわね)

寒気が背中を走る。これは拒否しないといけないです。

でないと私の何かが犠牲になる可能性が…

「いえ…自分で着替えることができますから」

 

少し強引だけどこうでもして突き放さないと…中途半端だと誘ってると勘違いされてしまう。

すぐ隣の部屋に入り濡れた服を脱ぐ。相当水を含んでいるのかかなりべちゃべちゃしてしまう。こんなものいつまでも着ていたら体温を奪われて免疫力が下がってしまう。ただでさえ私は体温が低いと言うのに…

えっと…用意してある服はこれですね。ってこれとこれだけですか?少し少ない気がするんですけれど…

でもそれ以外に服ないですし…まさか外套の下は下着だけなんて冗談にもならない。

まあこれもかなり危ない気がしますけれど。

 

渡されたそれは、私の体格には不釣りあいなほど大きな白いシャツと短いショートパンツのようなもの。まあ大きいシャツのお陰でサードアイは目立たなくなりますけれど。

少し際どいような勘違いされそうな…でも服が乾くまでの辛抱と考えれば良い方だろう。

結局それを着てまた幽香さんのところへ戻る。

 

「あら似合ってるじゃないの」

 

(くっ…破壊力が少し高すぎたわ。でも無表情と相まって面白いわね。さすが紫と言ったところかしら。でも腕と頭の管は一体…)

 

なるほど、紫の入れ知恵ですか。ですがあまり意識させないようにしないと少し危ないですね。

「似合ってるかどうかは別ですがかなり変な着せ方ですね」

 

「いいじゃない。可愛いんだから。そうそう、話があるんでしょう。そこの部屋の椅子に座っていてくれないかしら。今熱いお茶を出すわ」

 

丁度お湯が湧いたのか奥の方でなにかが音を立てている。

それと同時に少しだけ鼻をくすぐる植物の香り。

 

「ハーブティーですか」

 

「ええ、herb teaよ」

よくわかったわねと言われて一瞬どう言い訳しようか考えたものの、上手い言い訳など見つかるはずもなく知っていますからとだけ言っておいた。

 

「それで、今日はどうしてここにきたのかしら?」

 

「言わなくても分かっていると思いますが…幻想郷への招待をしろと紫に」

 

「貴女も大変ね」

 

呆れたかのように幽香さんは先にお茶を飲み始める。

それに続いて私も一口…体温が低下していたところに熱いのが来てお腹の中が少し暴れる。

 

「それで…返事は?」

 

「私はここで過ごすと言っているのだけれどね」

 

「畑でしたら一緒に転移することもできますし、畑に適した土地もあると思うんですけれど……」

 

「そう?でも私はここが気に入ってるのよ」

 

困りましたね。完全に動く気ないようです。

「私としてもきてくれると野菜作りとかの指導もしてもらえたりと嬉しい事多いんですけれど」

 

「あら面白そうね……じゃあ、少し観光しに行きましょうか」

 

(それで視察して…楽しそうならそこに住みましょう。もしかしたら新しくお友達ができるかもしれないし)

 

内心そんなことを思うのは良いのですが…その恐ろしい目線はやめた方が…絶対戦闘狂と間違えられますよ?実際花畑を荒らしたヒトを半殺しも生ぬるい…地獄行きより恐ろしい体験をさせていますし。

でも、幻想郷を見てくれると言ってくれて助かりました

まあ完全に移住する訳ではないけれど少しは動かせたのだし良いかな…

 

「こちらはいつでも大歓迎ですよ」

 

「そう…でも今日はもう外に出ない方が良いわ」

 

気がつけば窓は猛獣に叩かれているかのように激しく揺さぶられ、音を立てている。相当強い風と雨のようだ。

これじゃあ外に出るのは危険だ。

 

「さっき畑の向日葵が折れないように術をかけてきたところだったのよ」

 

「そうだったのですか…では今夜はここに泊まることにしましょう」

 

「ぜひそうしてちょうだい」

 

(やった!布団は一組しかないからさとりと添い寝確定!)

 

え…嫌ですよ添い寝なんて。それでサードアイのことがバレたら私の心の方が壊れますよ。

うん…私がさとり妖怪だなんて知られるのはほんとに嫌なんです…心なんて読みたくないし望んでこんな能力もらったわけでもないのにさとり妖怪だというだけで…いやこの話はやめましょう。

 

兎も角どこか…座れるところで夜を明かすことにしましょう。え?だめ?

 

 

 

 

結局交渉に交渉を重ね私は椅子に体育座りの状態で体を休める事にした。

寝なくても良い体なのだからこれは当然の事…でも何もない時間をずっと無言で過ごすのは少し辛いので、幽香さんが寝たのを確認してから近くにあった布と糸で頑張って服を一着拵えたのはまあ彼女の知らなくて良いこと。

ついでだから余った布でシュシュというものを頑張って作ってみた。しかしシュシュにしては少しぺったりしているというか…髪留めにされそうな感じになっている。

仕方がないのでシュシュ改め髪留めにしましょう。

 

まあそんなことは置いておきまして、出来上がった服に袖を通しサードアイなど各器官を隠していると計ったかのように幽香さんが寝室から出てきた。

日が昇るのと同時に起きるあたりやはり花の妖怪なのだなあと思ってしまう。

あれ…そうなると植物は光合成を開始するのが目覚めということになりますね。

なるほどなるほど。

 

「おはようございます。幽香さん」

 

「おはよう…貴女まさかずっと起きていたの?」

鋭い視線が私の体を突き刺し、解読し、理解する。

 

「まあ…活動停止は多少していたのでずっとおきていたというわけではありません」

実際少しの合間ですけれど休眠は取っていますし。

まあそれでも寝ているかと言われたら全然寝ていないんですけれどね。

「全く…お肌に悪いわよ」

そう言いながら指で頬を押すのやめてください。なんだか力が強くて首が折れそうです。折れても死にはしませんけれど痛いですから。

「なるべく力を弱めたほうが良いですよ」

 

「そう?じゃあこのくらい」

ようやく丁度良い圧力になってくれた。

うん、普段から接するときもこの程度に抑えた方が良いですよ。

 

「丁度良いくらいですね」

 

「そう……」

なにかを考えているのか少しの合間彼女の動きが途切れる。

サードアイを隠しているから何を考えているのかは分からないけれど今までの記憶からだいたい何を考えているのかは想像がつく。

「幽香さん?」

 

「ああ、ごめんなさいね。それにしてもその服どうしたのかしら?」

 

「夜中に作りました」

素材自体はそこら辺から引っ張り出してきたものです。

昨日許可も取りましたよ。少しお酒飲んでいて判断ができていたのかは分かりませんけれど。

でも酔い潰れたりする程度でもなく…寝る前にグラス一杯程度ですから大丈夫だとは思います。

 

「ああ…それとこれ」

 

シュシュのような髪留めのようなよくわからないものを渡す。

幽香さん髪意外と長いですからね。何かと作業するときはこれつけておいた方が楽ですよ。

「…いいの?」

面食らったような顔してどうしたんですか。

「構いませんよ」

 

「久しぶりね……こうして手作りのものをもらったのは」

 

「紫が来た時はくれなかったんですか?」

 

「お菓子をくれたけれど……手作りじゃないでしょう」

 

違いありません。

紫はあまり料理得意じゃないですから。出来なくはないんですけれどどうも好き好んでやるものじゃないからか従者の藍さんが優秀だからか……まあ造り方を教えればできる程度なので化学兵器などが出来ないだけマシか。

だから幽香さんの言葉に納得して頷いてしまった。

 

 

 

 

「ねえさとり…今日帰るの?」

 

「ええそうですけど?」

夜のうちに嵐は通り過ぎたからか思いっきり晴れているようですし…風も止んでいるので飛びやすい。

「……なら、訪問今日しようかしら」

微笑む口元を手で隠しながら幽香さんは私の頭に手を置く。身長差からか完全に子供のように撫でられているのですけれど……でも目線だけ見たらこれ竜と兎ってところですね。

 

「それはまた急なことですね」

 

「善は急げと言うしいいでしょう?」

 

「……まあそうですね」

内心は多分一緒に楽しんでいろんなものを見て共有してと…1人ではできないことをしようというのだろう。

なら…こいし達も呼んだ方が良いかもしれない。

彼女にとっても良い刺激になるかもしれない。

 

「それじゃあ行きましょうか」

あの…手を引っ張らないでくださいよ。確かに外見子供ですけれど子供じゃないですから。

 

 

飛び上がった私達の足元で少しだけ向日葵の蕾が頭を上に上げ始めていた。

 

 

 

 

 

しばらく飛んでいたらどこで降りればいいかわからなくなったなんてよくあること。特に幻想郷周辺の山々はこの時期じゃみんな同じ色だし山肌の形状もここに来る途中で何度も似たようなものを目にしているからか判別が難しい。

その結果、私の家のある山の中ほどではなく…最初に降り立ったのは湖だった。ここら辺は妖力とかが溜まりやすい場所だからなのか妖怪や妖精がよく集まる。副作用としては白いモヤが発生しやすい。

まあ…今日は晴れていてモヤもありません。

 

さて…一度家に戻ってこいし達を連れてくるか…でもこいしが家にいるとは限らないからなあ……

 

 

「あれ?さとりさんそちらの方は?」

 

「お!あたいの知らない顔だ!」

なんて思っていれば真横から声をかけられる。

私より先にそれに反応したのは幽香さんだった。手に持っていた傘を少しだけ前にして構え始めている。本人にはその気は無いでしょうけれど傘はなるべく下に向けてくださいね。

 

「あらあら?妖精さんかしら可愛いわね」

幽香さんがこちらに来た大妖精とチルノちゃんに笑みを浮かべた。

「ヒッ…」

 

「そうだろう!あたいは宇宙一可愛いんだからな!」

 

ああやっぱり怖かったらしい。

まあ内心を知らなければこれは仕方がないことですけれど…でもチルノちゃんは気づいているのかいないのか…いや多分これは気づいていないのだろう。だが幽香さんにとってはチルノちゃんの方がありがたいはずだ。

「そうね……可愛いわ」

 

「そうだろう…あ、自己紹介してなかった!あたいはチルノ!」

 

「わ…私は…大妖精と呼ばれてます……」

ちょっと大妖精…完全に怯えないでくださいよ。そりゃ幽香さんは見た目怖いですけれど根は優しいんですから。

 

「幽香よ。よろしくね」

 

とりあえず萎縮してしまっている大妖精を引っ張って少し話すことにする。幸い幽香さんはチルノちゃんとの会話が弾んでいるのかそっちに夢中です。

 

「えっと…さとりさんついに危ない人達と絡むように?」

 

「違いますよ。見た目こそあれですし怒ったら本当に危ないですけれど本人はとても優しい人ですよ。それに友達ができなくて寂しいんですからあまり怯えないでください」

 

「そう言われましても……怖いですよ」

 

「なあ…急に仲良くしてとは言いません。でも偏見を持った目で見ないでください」

 

「わかりました」

 

うん、大妖精も素直で助かりました。

でも…大妖精も怖がるって相当ですね…でも見かけだけで判断する危険性は私が一番知っている。

だからどうにか誤解されないように私がサポートするしかない。

大妖精も頑張って幽香さんの方に向かったので、私も混ざることにした。

 

……で、なんで3人して私の家の方に向かっているんですか?私は何も言ってないし指示だってしていないのに…主に大妖精さんが誘導しているようですけれど。

どういうつもりと目線を送ったら任せてくださいとウィンクされた。

多分自分だけじゃなくこいし達も巻き込もうというつもりだろう。

ただこいしは多分チルノちゃん寄りだし大妖精の仲間になるとすればお燐かお空…かな?

でも元動物は見た目より雰囲気で相手の内心を察するのが上手ですからねえ。すぐに仲良くなると思いますよ?

 

とかなんとかやっていれば…家に着いた。

着いたは良いのですが……

見えてきた家に違和感を感じて、よくよく見て見たら…

「なんで半壊しているの?」

 

屋根が内側からめくれ上がって穴を開けている。多分あれでは中の方も大変だ。

一階は無事のようだけれど……

 

家の状態に全員困惑している。

ちょっとここは家主の私が確認する事にする。

 

家の扉を開ければまだここら辺は問題ない。だけれど少し隙間風が入ってきてる…家全体が歪んでいるのだろう。

ともかく奥へ行く。

「あ、お姉ちゃんこっち!」

 

階段の上からこいしが私を呼んでいた。

帰ってくるまで待っていたのか…いや多分帰ってくる私たちが見えたから待っていたのだろう。

二階に上がれば状況は深刻だった。

部屋2つ分の屋根は内側からめくれ上がったかのように剥ぎ取られ部屋の壁もいくつかは原型を留めず破壊されていた。当然床も一部が陥没し木がめくれ上がってしまっている。

 

「こいし、私が居ない合間に何があったの?」

ともかく事情を確認したい。

「それが…ちょっと酔っ払いの天狗がね」

 

ああ…喧嘩に巻き込まれて家の一部が犠牲になったと。

大まかなことは理解した。しかし…関係ない私の家が巻き込まれるとは少しショックだ。

「修理出来そうかしら…」

 

「お姉ちゃんじゃないとそういうのは分からないからさ」

そう言えばそうだ。私が建てた家なのだから私しか知らないだろう。

だけれど少し建物全体が歪んでしまっている。これは建て替えないとまずいかもしれない。

「じゃあ玄関のところにいる客人の相手をお願いできる?」

だけど今はそんなことは後だ。

「お姉ちゃんがヒトを連れてくるなんて…家壊されそう」

 

失礼な……既に家は壊れているでしょうに……

ともかく後はこいしに任せたわ。

私は少し話をしに行きます。

私は少しキレてるんですよ。

 

 

 

「……お姉ちゃん行っちゃったなあ」

 

まあ家が壊されたなら普通そうだよね。

私も抗議に行ったけどお姉ちゃんみたいに天狗にパイプがあるわけじゃないし…なんか隠蔽しようとしているというか…なんか事を荒だてたくないのかどうも私じゃ門前払いされた。

 

お姉ちゃんならどうかな…

 

っと…確か玄関の方にお客さんだったっけ?

 

急いで玄関を開けると、そこには緑色の髪の毛を後ろで一本に束ねた赤いチェックのスカートと白いシャツの女性が傘を突きながら立っていた。

見つめられたその瞳は恐ろしいほど冷たく、人を躊躇なく殺すことができるそんな目だった。

一瞬だけ恐怖に体が支配されそうになる。でも理性がそれを食い止め、状況を理解する。

「初めまして!えっと…お姉ちゃんの知り合いだよね!」

 

「ええ、幽香よ。よろしく」

 

「こいし!遊びに来たぞ!」

 

「あ、大ちゃんとチルノちゃんもいたのね!」

 

影に立ってたら見えないよもう……

 

「それで、さとりはどうしたのかしら?」

恐怖が笑いかけるような感じで私を見下ろす幽香さんの声が死神の声に聞こえてしまう。多分雰囲気がそれに近いんだろうね。

 

「ちょっと家をこんなにした人に制裁を加えに」

 

「それ…相手が可哀想です」

大ちゃん分かってるねえ…お姉ちゃんふつうにエグいことするからなあ……まあ家を壊されたんだからそれも当然かな。

 

 

「だから戻ってくるまで家で待っていてね!」

 

「そうさせていただくわ」

私に続いて幽香ってヒトが家の中に入る。

少しだけ彼女の事を観察することにした。多分気まぐれがそうさせたのだろうけれどそれは私の知ったことではない。結局は結果だからだ。

 

……あれ?この人もしかして……

 

 

 

「ねえねえ、もしかして幽香って寂しがり屋?」

 

「ええ…でもどうしてそう思ったの?」

居間には入ってすぐだったけど私は思わずそう聞いてしまった。

結果として理由の提示を求められるけれど結局は観察したからに過ぎないんだよね。大ちゃん、ああまたかみたいな顔しないでよ。

「うーん…観察した結果だよ」

 

「へえ……面白いじゃないの」

 

「好戦的で初対面から見たら近寄ったらやばいとよく思われてるけれど実際には繊細だし争いを好んだりしない…むしろ友好関係を築き上げたい。寂しがり屋だというのもあるけれど後は孤独の恐怖、退屈さ、虚しさを知っていてそれがとても嫌だから。そうさせたのは多分幼い頃の体験。でもそれが同時に今の他者を近づけない圧倒的な力と恐ろしさを作り出す原因にもなっている…ってところかな」

 

私の言葉を聞いていた幽香はふうんと笑みを浮かべながら私の頭に手を置いた。

なんだかその笑み…あれだね。戦争大好き不死身吸血鬼みたいだね。

ほんと怖いわ。分かっていても背筋に汗が浮かんじゃうよ。ああ怖い怖い。だから私はいつも通り恐怖と笑顔で踊ることにした。

 

「さすがさとりの妹ね。推理だけでそこまでできるなんて」

 

「お姉ちゃんならやろうと思えばもっと鮮明に正確にわかるよ」

 

大ちゃんそこでダメだこの人たち早くどうにかしないとなんて思わないで。私は少なくともまともだからさ!うん!そうだよ私はまともだよ!

「こいしちゃん、異常な人ほどまともだって言うんだよ」

 

「じゃあ大ちゃん、まともな人はまともって言わないのか?」

 

チルノちゃんよく質問したね!まともじゃないやつはまともと言う。だからといってまともな人がまともだと言わないということにはならないよ。

「まともと言うわよ。だからまともじゃない人とまともな人なんて外見や普段の言動、行動じゃ分からないのよ。わかったらそれはまともじゃないとは言わないわ。異常というのよ」

 

幽香さんわかってるう!さすがだね!花妖怪で鬼に匹敵する力を持つ者だね!

でも仲良くしようとする心優しい人でもある。



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depth.109やめなさいさとりと言ってくれる人がいなかった

やめなさいこいしは良くあるのに…


さて、真正面から天魔さんのいる建物に入り込もうとすれば邪魔が入るのは当たり前。だけれど少しばかり…いつもより戦闘が激しかったかもしれない。

私も久し振りに右腕と左目を潰されましたからね。まあ…腕はもう回復が始まってますから30分もすれば元どおりですけれど。

目が潰れる感覚ってあれですね。硬くて弾力があるプチトマトが押し潰れるような感触なんですね。

「さて天狗さん。一度しか言わないからよく聞いてください。昨日私の家の周囲で喧嘩した酔っ払いは誰ですか?」

 

「し、知らないっ!」

そばに転がっていて多少は口がきけそうな天狗に尋ねてみるも私の望む情報は得られそうにない。

「そうですか。じゃあおやすみなさい」

残っている左手で拳銃を構えて口でスライドを咥え初弾を薬室に送り込む。

「い、いや!やめっ‼︎」

知らない人に興味はないんですよ。

 

素早く構えた銃の引き金を引く。

悲鳴が少し上がっただけで天狗さんは気絶してしまった。

頭の上を撃っただけなんですけれどねえ。まさか私が命まで奪うとでも?

 

「おうおう、派手にやらかしたな」

 

この状況でも少しふざけたような…いつもの口調と言うべきか。

そんな口調で私に話しかけるのは天魔さんしかいない。

建物の入り口を見ればそこには天魔さんと数人の大天狗さんが立っていた。

「ここの守備隊…もう少し練度を高めた方が良いですよ」

 

「ご指摘どうも…だけどやりすぎじゃねえ?」

 

そうでしょうか?守備隊24名のうち私が実際戦闘で気絶させたのは10名。普段ならこれくらいで引いてくれるのですが今日はこれでも引かなかったので精神攻撃に切り替えて対処したのが12名。それだけですよ。

 

「それで、今日は何用だい?」

私が首を傾げていると天魔さんはため息をつきながら聞いてきた。

 

「昨日私の家を故意にではないようですが壊した者がおりましてね」

 

一瞬で大天狗達がざわつき始めた。仕方がないだろう。

昔の私ならだからどうしたと一蹴されてますけれど今の私は一応地底の主。

「おかしいな…そんな報告あがってきてないぞ?」

 

「……天魔さんにすら知られたくない事ですか。まあ分かりますよ」

 

「分かる?どういうことだ?」

物言いが引っかかったのか比較的若い大天狗さんが私に聞いてきた。

 

「戦闘中に誤って破壊してしまったとはいえ、それがバレたら相手側だけではなく見せしめに天狗社会からも制裁が加わる。地位に執着する者や…あるいは高い地位にいる者が身内の不始末でその地位を脅かされたりする場合の心理はどうしても隠し通そうとする。だから自分達だけでもみ消そうとするのが大体の動きなんですよ」

 

「だが実際には揉み消せてないじゃないか」

 

「ええ、ですが個人が特定できなければ天狗社会の地位も自らの業績も守られる。後は秘密裏に被害者側に謝罪のものを押し付ければそれで終わり…上手い考えですね」

 

どうして確かにとかそう言うんです?ほら初老の方とかウンウンって頷いていますよ。

私が言った事なんてせいぜいその程度ですからね。

「ところで、ここの守備隊の守備隊長さん見当たりませんね?」

 

「ん?そういえば…」

姿が見えないなあと周囲を見渡してみれば、少し離れたところで見ているじゃありませんか。

ちょっとそこで何やっているんですか?

ゆっくりと近づいて見れば観念したかのようにこちらに近づいてきた。

ふうん……そういうことですか。

 

「というわけで…貴方ですね?」

 

私の言葉に総隊長さんの顔が真っ青になる。

どうして?そんな顔していますね。

 

「どうしてそいつだと?」

私の言葉が飛躍しすぎているからなのか天魔さんが聞いてくる。

まあいきなりこいつが1人目だねなんて言われてもえ?どうしてってなるのは当たり前だ。

 

「壊された家に残っていたヤマモモの匂い…あなたの服からもしていますから。ヤマモモのお酒を飲んで…1日しか経っていませんから匂いが残ってしまっているんですよ。ね?」

 

「で…でもそれだけで」

 

「それだけで決めるのは良くない?……腕と足の怪我どうしたんですか?」

 

それを言えばどうしてそれをと思いっきり驚かれた。

どうしてと言われましても……

「服で隠しても動かす時の僅かなぎこちなさでわかりますよ。骨が折れたわけではないですが動かすと痛いでしょう?それに…その傷は多くが内出血になっているから動かせるけれど痛みが伴う。その程度なら処置なしでも思いました?折角ですから骨折でもした風に装えばある程度は誤魔化せましたよ?」

 

そして腕や脚に内出血が発生する傷なんて喧嘩か…事故に巻き込まれてその箇所を強く打ち付けたくらいしかない。

 

「本当なんだな?」

 

天魔さんの一言がトドメになったのか、真っ青だった総隊長さんがその場で謝り始めた。

なんか…ごめんなさい連呼がものすごく怖い。これあの蝉が鳴くあれみたいなんですけれど…

でも事情を聞けば口止めされていたらしい。となると相手はこのヒトよりも立場が上の人ですか…

さてさて探しに行かないといけませんね。

「なあさとり…なんで心を読まないんだ?そうすれば早く見つかるだろう?」

天魔さんが私の背中にそんな言葉を投げかける。

 

「私の能力は…戦いの中でしか使わないと決めているんです」

絶対に、普段の生活で能力を使用してはいけない。

そうでなければ私は私でなくなってしまう。

だから絶対に使うわけにはいかないのだ。

 

「…もう1人くらいならこっちで見つけるけれど…」

天魔さんの手伝いも良いですけれど折角ですしここは。

 

「それじゃあ……総隊長さんを同行させます」

 

「大丈夫なのか?絶対相手警戒するぞ」

 

警戒したらむしろこっちが気づきますよ。それに気づくということは向こうはこちらの視界に入るということ…死角に入っていない限り問題はないですよ。

 

「それじゃあ行きましょうか総隊長さん」

鴉天狗なのはわかるのですが名前までは分からない。

だから総隊長さんと呼ばせてもらう。

「……夜香美よ」

 

「じゃあ夜香美さん行きましょうか立ってください」

 

立たせた彼女を連れて天魔さん達のところを後にする。

お邪魔しましたという意味でお辞儀。

それを見た天魔さんは苦笑するだけだった。

 

「で…喧嘩していたもう1人はどちら様ですか?」

 

「言わないとダメですか?」

 

「骨折します?」

羽を掴んで骨を手探りで見つける。少しくすぐったいようですけれど…これを折るのは容易いのですよ。

「わかった!言いますからやめて!」

 

彼女曰く、とある大天狗さんの直系家系…孫あたりですかね。それに当たる人物らしい。

とは言っても酒が入らない限り優秀だし真面目なのだとか。

酒が入ったらダメなのね……ですが、例えば優秀であってもこの落とし前くらいはつけさせていただきますからね。

 

 

「それで…その人はどちらに?」

 

「えっと……」

分からないなら無理に答えなくて良いですよ。私が見つけますから。

それにしても…夜香美さん少し胸が大きくないですか?

ただ天狗装束を着ているからそう見えるだけですかね?でもなんだか服が乱れていっているような……

「あ…す、すいません!」

私の視線に気がついたのか慌てて服を直し始めた。

「もしかして服のサイズあってないんじゃ…」

 

「怪我を隠すために少し大きめのを着ていているんです……」

ああ…だから帯だけが小さい方の服のものなんですね。

 

 

「あ…あの方です」

 

ふらふらと歩くこと数十分ほど経っただろうか?

見つからないなあと思っていたらかなりあっさりと見つかったようだ。

まあ相手は大天狗ですから結構目立ちますもんね。

夜香美さんの指差す方にはたしかに大天狗さんがいた。

見た目は若い。でも雰囲気はあの側近の大天狗と似ている。うん間違いないだろう。

 

それにしても…私の姿に気づかないって少し鈍感なんでしょうか?

まあいいや…それじゃあしっかり落とし前つけてくださいね。

 

「そこの大天狗さん」

 

「なんだ貴様?天狗じゃないな」

 

「はじめまして古明地さとりと申します。そして、さようなら」

拳銃を構え初段を装填。やはり両腕があると楽ですね。

私が何をしようとしているのかを察した大天狗が慌てて結界のようなものを張った。

それに向けて銃撃。数秒でマガジン1つ分の弾丸が結界にあたり、弾け飛んだ。

もう少し貫通力のあるものが欲しいですね。

 

「い…いきなり何するんだっ!」

 

「私の家…壊しましたよね?」

 

「え……あっまさかっ‼︎」

そのまさかですよ。知らないで壊しちゃったんですか?それはまた不幸でしたね。許しませんけれど。

空のマガジンを抜き取り素早く入れ替える。

間に反撃されないように弾幕による足止めと注意を散漫にさせておく。

 

さてもう一度と大天狗さんを残った目で見つめる。

距離をとって…なるべく動き回ろうとしているようですがさせません。

飛び上がろうとする大天狗さんの真上に弾幕による花火を展開。上への動きを封じ込む。

 

そうすれば彼はせめて動きだけでも止めないようにと動き出すのですが…

まあ動き回られるとこちらも困ります。

動きを封じる弾幕を展開しなるべく動けないようにしていく。

「さて…トドメです」

一瞬だけ動きが止まってしまった彼に向けて私は拳銃を再度構える。

この距離なら外すことはない。

ん?その黒い手袋はなんですか?なにやら赤色の紋章のようなものが入っているのですけれど…

嫌な予感がして引き金を引くのが一瞬だけ遅れてしまう。

 

構えた拳銃が黒い何かに貫かれる。鈍い音がして貫かれた拳銃が黒い棒のようなもので押しつぶされた。

 

それは彼の手袋の爪の部分だった。

数メートルほど伸びたそれは爪というより細長いフェンシングの剣のようなものだった。

「ここでさとりを倒せたら……ですか」

サードアイで読んだわけではないけれどそんな事を考えているのだろうということはすぐに分かった。

 

それにしても拳銃を壊すとは流石ですね。何やら特殊な術のようですけれど…

完全に破壊されたそれをその場に捨てる。地面に落ちた拳銃だったものが砕け、残骸に帰る。

持っていても意味のないもの。弾丸が誘爆しなかっただけマシですね。

「仕方がない…」

短刀を引き抜きその黒い爪を斬る。

そのまま急接近して相手の脇腹に向けて突き出す。

完全に刺さったわけではないけれど少し深めに肉を裂いたようだ。

「ッチ…やりますね」

銃を壊したくせによく言いますよ。

ああ…片目だけじゃ距離感が分からない。少し離れたかと思えば向こうも攻めてくる。距離感が掴めないと本当に困る。特にあっさり刀をかわされる。

多分間合いが合っていないのだろう。

 

それでも手袋のようなものの爪は斬り落とせるからまだマシだ。

だけどこれでは拉致があかない。それに向こうは弾幕まで使ってくる。

仕方がない…

サードアイを取り出し少しの合間だけそれとも彼の目線を合わせることにした。

再び伸ばされた爪が私の肩を抉り取る。だが止めない。

感情を読み、記憶を読み、考えを読み……恐怖を読む。

私が何をしているのか理解される前に、サードアイの読み取りが終わる。後はそれを元に最もトラウマなものを呼び起こし…再生する。

「想起……」

怪しい光が周囲に撒き散らされ、大天狗さんは動かなくなった。

動かなくなったというより…なんか発狂している。私にしか見えないけれどけっこうあっさりとしましたね。まだ若いので死がもっとも恐ろしいとなっていた。だから1秒間に死んでは生き返えるを1000回、これを20秒間体験させてやるわけですから。そりゃ壊れますね。まあ、その記憶自体は20秒後に消失するので精神的な負担は少なくて済む。死に方はランダムだから苦しんで死ぬ場合もあっさりと死ぬ場合も様々ですよ。まだ優しいです。優しくないときは寝ている合間の夢をずっと殺される夢にしますからね。それもトラウマ抉り出しで。

 

 

「あとはお任せしますね。天魔さん」

ずっと私の後をつけて来ていた天魔さんに後を託す。やっぱバレていたかーと呑気に笑いながら彼女は出てきた。そもそもあれだけのことをした私をそのまま好きにしろなんて出来るはずがないだろう。何かやばくなったら絶対に止めるはずだから。

「へいへい、まあここまでやられていたらもう懲りただろ」

 

ふと、私の側にさっきまでいたであろう夜香美さんを探す。

彼女は少し離れたところでガタガタと震えていた。

私が近づくと少しづつ距離を取ろうと後退する。

 

怖がらせてしまいましたか…でもそんなつもりなんですけれど…でもこれも落とし前と思えば問題はないか。

これ以上ここにいても仕方がないですし…帰るとしますか。

幽香さんも待っていることでしょうからね。

 

 

 

後日、彼女からお詫びとしてお酒と夕食へのお誘いがあったりした。

勿論行きましたよ。美味しかったですし。



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depth.110さとりは時間感覚が狂うようです。

基本的に私の脳というのは時間感覚が常人よりもおかしくなっている。

それ以外にもおかしいと感じることはあるのだが…どうもそこらへんは分からない。

と言うより私は別に違和感も何も感じない。周囲が少しおかしいんじゃ無いかと思う。

実際今だってそうだ。

気づいたら幽香さんがこちらに遊び?に来てから数十年の月日が流れていた。

間に何があったとか色々言いたいですけれど私の時間感覚はまだ数週間と言ったところ。

その上最近になって私の家に天狗とか山の妖怪からなんか色んなものが送られてきている。

私何かしましたっけ?

 

「ねえお燐、心当たりない?」

 

(あたいに聞かれても知りませんよ)

 

炬燵の上で丸まっていたお燐に聞いてみるが軽くあしらわれてしまう。

思い当たる節……何かありましたっけ?

 

(そもそも贈り物が送られてきてるってことはそういうことじゃないのかい?)

 

「言いたいことは分かりますけれど…」

 

考えられる節は私の機嫌取り。

いや機嫌悪くしているわけじゃないんですけれどと言ってもやはりこの無表情では誤解されるらしい。

後は冬ということくらいだろうか。

この時期は皆眠りにつくことが多い時期。

例外は地底だろうか。あそこは年中春先から夏場の気温だ。地表に近い農業用の方も春先程度の気温に落ち着いている。

冬の寒さを凌ぎたい妖怪などがよく地底に行くことがあるのですがそれ関係でしょうか。

取り敢えず貢いでおけば平気とか?今までそのようなことほとんど無かったのですけれど…

感性が分からない。

 

寒いから炬燵に潜って温まっている状態じゃまともな答えなど出るはずもなく、

溶けた氷のように体を畳に投げ出す。

 

「……お燐みかん取ってください」

 

(自分で取りなよ…)

 

ダメだったようです。体を伸ばしたら完全に気力が削がれてしまったためお燐にお願いしたのですがあっちは既に気力が削がれちゃっている状態でした。

 

仕方なく自分でみかんを取る。

「……冷たい」

 

「雪の中に埋まってたんだから仕方がないよ」

 

これじゃあ冷凍ミカンですね。

炬燵に入っているのにこれを食べるって何か違う気がします。

 

凍りついてしまったみかんを食べようか食べまいか考える人のごとく悩んでいると玄関の方が賑やかになり始めた。

それとともに冷気が部屋の隙間から飛び込みお燐が直撃を受ける。

それが余程嫌だったのか数秒後には私の膝の上に黒い毛玉になった彼女が乗っかっていた。

 

 

「寒い寒い!なんか今年は大寒波襲来らしいよ」

部屋の扉が開け放たれ、雪を肩と頭に乗せたこいしが飛び込んでくるないなやお燐顔負けの動きで炬燵に潜り込んだ。

 

少し遅れてお空が入ってくる。灼熱地獄出身の彼女にはある意味地獄だろう。

散歩なんてやめておけばよかったのに。

人型のままお空もこいしの反対側に腰を落ち着けた。

3人も入ると少し狭いですね。

お燐が猫のままなのでまだマシですけれど。

 

 

(こいし、外そんなに寒いのかい?)

お燐が私の膝からこいしの方に移動する。

「慧音さんも言っていたけど今年は相当だって」

そのおかげで今年は妙に越冬目的で地底にくる妖怪が多い。

別に私はそれについてはどうとも言いませんが、部外からの妖怪が増えればその分揉め事や事件が増える。

まあ…勇儀さんとか萃香さんとか鬼がいるから表立ったものは少ないんですけれどね。

うん、こうして私が休めているからなんとかなっているんでしょう。

 

 

「幽香さん大丈夫かなあ」

お空がポツンと呟く。そう言えばお空はだいぶ幽香さんに懐いていましたね。

 

「彼女なら今栽培施設にいるから大丈夫だと思いますよ?花畑も結界か何かをかけてきたと言っていましたし」

幻想郷の地下深くにある大型の天然空洞部分、栽培施設はそのごく一部でありそれでもかなりの広さを誇る。

最初に幽香さんに見せたら私が手直しすると言われて気がつけば今や幽香さんの独壇場。食材だけじゃなくて花も増えてしまって色々と賑やかになっている。

それでも少し手直しに来る程度といった感覚なのだろう。彼女にとっては……

 

「そうだったっけ?じゃあ大丈夫だね!」

 

お空…忘れちゃダメよ。

 

 

「そう言えばさあ…また物置いてあったんだけど」

 

「そう…どうしたかしらね?」

 

「絶対お姉ちゃん原因だよ」

 

いや…そんなことした記憶ないんですけれど。

でも昔から疎まれたり恐れられたりしていましたからね。私は祟り神かなにかかな?

「私何かしましたっけ?」

 

「妖怪の反乱収めたじゃん。って言うか反乱が発生した直後から私とお姉ちゃんで押さえちゃったじゃん」

 

そういえばそんなことありましたっけ?

どうにもそこら辺記憶が曖昧です。なんだろう…私としての記憶がそこだけ霧がかかったようにひどくおぼろげ…

事前に情報は入っていたから早く動けただけですし。実際面倒な手続きがあって身動きが取れない天狗の方が…後手に回らなければ強いですし皆殺しにしてますよ。まあそれでもここに住まわせてもらっている分の仕事はするつもりです。

 

「それくらい天狗が治めている山に家建てて過ごしているのだから普通だと……」

 

「いやいや普通じゃ無いよ。あれはどうみてもやりすぎだと思うよ」

こいしに言われると少し心外ですね。

でもあれくらい普通だと思いますよ?全力で命を狩りに来る敵ですから全力で叩かないと意味がないし失礼です。

(あの時に再起不能にした妖怪の数数えたことありますか?)

急にお燐が口を挟んでくる。そんなもの…

「……10を超えてから数えてないわ」

 

「それ最初から数える気ないじゃん」

 

「うにゅ?でも私もよくいくつまで数えたっけってなって最初からやり直すことあるよ」

お空、それはそれで深刻な事態を招きかねないからやめなさい。

数えるなら紙か何かに正の字を書いていくのよ。

それができない状況なら数えなくて良いわ。数えても無駄ですから。

 

(お空…あんたは論外だよ)

普通敵を何人倒したとか数えないと思うんですけれど。全部天狗の手柄になっているからそっちで確認すればいいかなと思っていました。

それに私は能力を使用していると結局数えている暇も気力も無いですからね。

「じゃあこいしは覚えているの?」

私ばかり言われるのはなんだか嫌だったのでこいしも巻き込むことにした。

「えっと…切り刻んだ回数なら」

目線を逸らしてそう答えるこいしに冷凍されたみかんを投げる。

片手で軽く受け止められた…

(それもそれでまずいと思いますよ!)

 

うんうん、見た目なら絶対こいしの方が恐ろしいわよ。笑顔で笑いながら周囲を血の海にしていくんですからね。正直インパクトだけならそっちの方が大きい気がする。

だから私は悪くない。それに成果だって天狗に全部渡したのだ。だからここに贈り物を置くな。

確かに一部の天狗の新聞は私がやったことだと書いていますけれど…それでも私は知らぬ存ぜぬの一点張りです。周囲に何人か見ている妖怪もいましたし敵だって何人か生きていますけれど私の知ったことでは無い。

 

そんな事を考えていたら玄関で雪の上に物が置かれる音がした。

 

「……また来たんじゃない?」

 

「追い返してきますか」

 

「折角だしもらったどうなの?」

 

「貰うためにやったわけじゃないんで」

 

「それもそうか」

 

素早く玄関に向かうと、扉に僅かながら人影が写っている。雪が降っていますし日も暮れてきているので周囲はまだ夕方前だと言うのに異常に暗い。

荷物があるというのにまた荷物を置く…正直辞めてもらうように頼みましょう。

うん、それか天魔さんのところに引き取ってもらうとか。

正直貢物まがいなことされても困る。出来ればひっそりと過ごしたいですからね。

ということもあり素早く玄関を開ければ、2人分の人影が目に入る。

「……あ」

 

「……なによ」

 

少しして目が銀色の世界に慣れ始めると、そこにいる人物の姿を克明に映し出してくれた。

 

そこにいたのはなんと秋姉妹だった。藁で作った雪よけの傘を被っていますが間違いなく2人ですね。

珍しいこともあるんですね。冬の時期は機嫌が悪くて無愛想だと聞いたんですが…

実際鬱そうですし無愛想ですけれど。

その2人がなんでそんな荷物を……

「……その荷物は?」

 

「お腹すいた」

静葉さんが雪の唸る声に負けそうなほどの声で呟いた。

 

「ああ…そういうことでしたか」

保存食だと飽きるのだろう。それに今年は大寒波ですから温かいものを食べたいと。

鍋でも作りますか。

 

あ、こいしも来たようですね。2人の案内をお願いね。私はこの荷物を部屋に入れるわ。

「お姉ちゃん玄関からものすごい濃いコーヒーを飲んだ勇儀さんみたいな気配が流れてくるんだけど」

 

分からなさそうで分かる例えをありがとう。だけどそれを鬱な雰囲気の例えにしちゃダメよ。

せめて藍さんに夕食は自分で作ってと言われた紫にしなさい。

 

「穣子ちゃん、静葉ちゃん早く上がって。ここ開けたままだと寒いからさ」

 

はいはいと上がる2人。

その瞬間空気が重くなる。流石神様、鬱も凄いです。

というかいつもの冬より鬱が悪化してませんか?これってまさか寒波の影響…寒波おそるべし。

「あんたも一応神様なんだけどね」

 

「どこで誰が信仰しているのか知りませんが神さまじゃないですよ」

 

うんうん仮に私が神なら人の願いを叶える神ではなくクトゥルー系の邪神になりますね。それか汚染された聖杯か…

まあそんなことは置いていきましょう。

ってこの箱2つ分ですか?

「……秋の食材の保存食…」

でも一食分にしては量が多い…これ一ヶ月分とかそれくらいの量ありますよ。

「ああ…実はね」

 

部屋の空気が静葉さんの周囲だけ黒く染まってずっしりと肩を重くしてくる。具現化されている……

 

「今年の寒波のせいでちょっと根城にしていた小山がさ……」

 

なるほど、雪と吹雪と老朽化でついに倒壊してしまったと。ほかに丁度良い場所が見つからないから仕方なくこちらに……天魔さんのところにってそういうわけにも行きませんよね。

「しばらく厄介になってもいいかしら?」

 

「私は構いませんよ。一応旅館運用していますし」

部屋と布団の用意は常にできている。問題は特に無いだろう。

 

さて、突然ですが鍋を作るのであれば少し早めに準備を始めちゃいましょう。

荷物を台所に運びどうするか考える。

保存用のもの故に鍋にするには少し下処理をしないといけない。

乾燥させただけのものであればお湯か何かである程度は戻りますが塩漬けにしたものや漬物になっているのは…今回は見送りましょう。

 

となると…少し物足りないですね。安直に肉を入れても良いのですが味とか臭みとかを消すのを考えると大量に入れるものでも無いですし…なかなか難しいですね。

あとは…鍋用の加熱装置。

河童が作ってくれた物を買っておいたのですが…あ、ありました。

鬱な時は美味しいものを食べて気を楽にしてほしい。

 

「あ、お姉ちゃん幽香さんも連れてくるね!」

 

……え?ちょ、こいし⁈待って!勝手に…

まあ仕方がないか。うう…こうなってしまっては少し量を増やさないといけない。味のバランス考えたら少し厳しいです。

 

 

 

 

はあ…なんとか出来ました。

ほんと…どうにかって感じですけれど。

後はこれを火にかけて煮込みますか。うん、鍋ですからね。一応しめとしてのものも少し用意しておきましょう。

お米かうどんか…うどん…うどんげ…何を考えているんだ私は。

 

では居間に戻りましょうか。

 

少し息を整え、居間に戻ってみればやはりヒトが増えていた。

緑色に赤いチェックのスカートといつもの服装の幽香さんと…完全に服が黒い神様2人…

いつものあの服装はどこに行ったんですか…完全に気持ちに服が影響されているんですけれど喪服じゃ無いんですから。

 

「陰気臭い神様がいるけれど大丈夫なの?」

幽香さんがそんな事を言い出す。悪気があったわけでは無いけれど確かに食卓には似合わない神様です。

「疫病神でも貧乏神でも無いですから問題ありませんよ」

 

冬の合間だけですし普段はもっと明るいですよ。今ちょっと鬱なだけです。後精神的に追いやられているだけです。

 

「ふうん……」

 

幽香さんそんな目線で見つめたら2人とも怖がりますよ。

ってほら怖がってるじゃないですか。もう……いくらなんでもやりすぎです。

 

「兎も角、用意ができたのでもう直ぐです」

あとは温めれば良いだけです。うん、それだけ……

 

これ以上人数が増えることはないと願いたいです。特にこいし…余計に人数を増やしたりはしないでくださいね。

私の目線に気づいたのかこいしが「にぱー☆」をしてきた。

可愛いけれどそれを求めていたわけじゃ無い。別に謝罪を求めてもいない。せめて理解したが実行する気は無い程度はして欲しかった。

理解する気すらないとは……

 

妹だから仕方がないか。

 




おまけを書きたい人生。
(書けよとか言わないでください。全くもってその通りなんで……

と意味のわからない供述をしております。


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depth111さとりの胃を壊そうとする鬼

でもさとりはすぐ忘れる。




いくら大寒波が押し寄せたとしても地球が生きており季節が回っているのであれば必ず春はやって来る。

あれほど猛威を振るっていた雪も今や水となり春の陽気の下に消えていった。

数日前に秋姉妹が家を出て、久しぶりに家族だけになった家にまた来訪者がやってきたのはそんな時だった。

そういえば世の中はもう黒船が来航し徳川の幕府が終わりを迎えているそんな時だったか。

少なからず入ってくる江戸や大阪の情報を盗み聞きすればまあだいたいその時期だという確証は取れていた。

 

「え?結界を?」

 

「ええ、正確には結界を張るということを告げるのよ」

毎度の事ながら紫は唐突に現れては唐突に要件を言う。

しかも結構ギリギリになってからなので色々と困る。

結界の事だってそうだ。

会議で色々と話はつけられていたように思えるがそれを周囲に告知しているかと言われたら否。まあここにきてようやくと言ったところだろう。

会議に参加するヒト達だけの秘密として今まで通してきていた身としてはなんとも複雑ですけれど。

それが良いか悪いかは分からない。

1つわかる事といえば……

「私はもうそろそろ動きたいから火消しをお願いできるかしら」

火消しが必要なことだろう。

 

そりゃ勝手に結界を貼ろうものなら反発する妖怪だって出てくるに決まっている。

呑気にお茶を飲みにきたかと思えば爆弾のようなものを落として行きましたね。何しれっとしてるんですか。貴女が原因ですよ。もうちょっと小出しに情報を出したり根回ししたり妖怪や人間から賛同を集めたりしないと…そんなんだから胡散臭いとか信用できないとか…周囲の評価が信頼度マイナスに振れてるんじゃないんですか。

それに無茶なことを公然とギリギリで頼むのやめてください紫。

 

「どうしてこうギリギリになるんですか…」

 

大寒波襲来の影響か少し春が来るのが遅れているけれど貴女起きてましたよね?

寒いから冬眠していたわけでは無いんですから確実に起きてましたよね?

「仕方ないわ。私だって本意じゃないのよ」

寒いのが苦手だからと言って隙間に引きこもっているからです。

 

だからと言って…結界を張るということを幻想郷の住民に知らせるのが夏入る前を予定しているのにもう春なんですけれど…家に招くとかしてでも教えてくださいよ…

「断られる状況を作り出したくないのよ」

 

「私が断るという選択肢もありますよね」

何故それを除外しているのですか?

 

「だって、ここまで時間の猶予がない状態ならさとり、貴女は今から貴女以外に頼むのは無理って判断するでしょう」

 

「……まあ…そうですけれど」

余程のことがない限り断らないんですけれど

 

「そうすれば貴女が唯一断るであろう他の人にお願いしますは使えないわ」

私がそれを使うのは実際に他の人に頼んだ方が良い場合だけですよ。

「理に適っているのは認めますよ」

 

「じゃあお願いね」

 

そう言って紫は隙間を作り出す。なんだもう帰るんですか?

私の返事を聞かずにお願いねって…人使いが荒いことなんの…

 

「無条件で私が聞き入れるとでも?」

 

「勿論、報酬だって出すわよ」

そうじゃないですって。

「私を火消しに使うのは良いんですけれど…どこまでやって良いかはどうするんです?」

紫の目を見つめれば真剣な眼差しが逆に突き返される。

「貴女に一任するわ」

 

良いんですね紫?

私に一任するということはどこまでも誰であっても敵対するものは叩きのめすと言うことになりますよ?勿論敵対しなくなる程度に留めますけれども。

「では…私はあなたの手となり足となり…反発する者を押さえましょう」

本当ならもう少し早くから少しづつ情報を出して欲しかったのですけれども。仕方がありません。紫がそうするのなら私はそれに従う。ただそれだけだ。

 

「……さとり。手伝って欲しいこととかがあったら言ってね」

 

「珍しいですね。紫さんがそんなことを言うなんて」

 

「私だって友人にこんなことをさせたくはないわ」

そうでしょうね。貴女はそういうお方ですから。

「賢者達ですか……」

 

「直接は言ってこなかったけれど暗に貴女を試してみたいらしいわ」

 

まるで新しいおもちゃをもらった子供が遊ぶみたいです。

私という存在がどれほど戦えるのかをみたい……多分戦闘が大好きな方がいたのだろう。或いはこれに乗じて何か消したいものがあるのか。

 

「……期待を裏切って良いですかね」

 

「裏切ったら怒られるわよ。誰にとは言わないけれど」

ああそうですか。その時は紫が守ってくださいね。約束ですから……

 

気づいた頃には紫は既にその場には居なくて、ただ空っぽになった湯飲みが置いてあった。

「お姉ちゃんまた厄介ごとでしょ」

扉の向こう側で聞き耳を立てていたこいしが部屋に入って来るなりそう言う。私は家に厄介ごとを持ち込む疫病神か何かと思っているようですが誤解ですからね。

「ええ…でもすぐじゃないし平気よ」

多分すぐじゃないだろうけれどすぐじゃなくても跡が長々と面倒になる。

「だと良いけど……」

心配してくれるのは嬉しいけれどこれについては多分私が動かなくても大丈夫なのかもしれない。

ただ…向こうはそれで納得するのかですけれど。

 

「絶対裏で何かして来そうだね」

 

「だとしても何も言わないほうがいいわ」

平穏に暮らしたいなら……

「あの、さとり様」

おや?もう1人聞き耳を立てていた子がいたようですね。

「お空どうしたの?」

 

「その時になったら私もご一緒させてください」

 

「お空が?」

意外だった。てっきりお燐かこいしが言い出して来るかと思ったら真っ先にお空が出てくるとは。

「ダメですか?」

お、お空そんな潤んだ瞳で見ないで。可愛いし尊いし…うう、断れるわけない。

実際お空もこいしや幽香さんに稽古をつけてもらっているから実力はかなりのはずだ。後は実戦経験くらいだろうか。まあそれもおいおいつけていきたかったですから丁度良いと言えば丁度良いかもしれない。

「いえ…良いわよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「良かったねお空」

こいし、最初から分かっていたわね。

 

 

 

 

「というやりとりが数時間前にありましてね」

地霊殿の会議室に鬼2人を呼んで話す内容にしては少し大きすぎる話かもしれない。

だけれど紫が私のところに来たということはちゃんと情報を共有しておきなさいということであろう。

 

「さとり…あたしらの知らないところでそんなことしてたのか」

やっぱり少し怒ってますよね。伝えないでずっと隠していた私の方にも責任はあるのですが…

「箝口令が出ていましたので…」

勇儀さんごめんなさい。

「まあさとりを責めるわけじゃねえが…紫めもっと早く噂なりなんなり流して方向性を決めておいてくれよ」

 

「私もそう思いましたよ」

だけれど過ぎてしまったものなのだ。今更何を打っても無駄であろう。恨まれ役なら買って出る。だから忘れ去られたものの楽園をどうにか作らせないと。

「勝手にそういうことを決められるとこっちも迷惑だよねえ」

萃香さんも少し怒っているようだ。

喧嘩腰と言うわけではないけれど静かに…でも確実に怒気を含んだ口調で紫の嫌味が漏れる。酒が入っていないせいもありますね。

だが怒ったって仕方ない。2人に結界の是非を問う。

 

答えが返って来るのは少し時間がかかり、結局その答えというのも

「うん…やっぱ反対だな」

 

「私も反対だなあ」

 

「反対ですか……意外ですね」

 

結局紫にとって望ましいものではなかった。当然私にもだ。

「そう言われるのも無理はねえかもなあ」

 

「あの隙間妖怪が勝手に賢者同士で話し合って決めたって時点で既に嫌なんだけどな」

萃香さんの言いたいことも分かりますけれど……

「さとりもこうなる結果まで分かってたんだろ?」

ええ、萃香さんの言う通りある程度は分かっていました。

だから説得や火消しを私に任せたのだ。

鬼を唯一抑えられるのは私くらいだというそんな理由。紫は多分そうだろう。

 

「ですが結界に閉ざされればそれはそれで楽になりますよ」

地下にいようと結界が張られた地上にいようと変わらないですからね。もしかしたら2人も地上に戻ってくれるかもしれないし。

「もし結界が作られたら、人間の営みはどうなるんだ?」

 

「幻想郷の人里以外はこちらからの干渉は不可能ですね」

 

「ならなおさら嫌だなあ」

勇儀さんどういうことですか?

 

「確かに人間の所業にはうんざりだよ。だけどな…人間が好きなのは変わらねえんだ」

嫌いだったら地底に人間も来ていいなんてしませんからね。

 

「でも地上にだって人間の里はありますよ?」

 

「妖怪に支配される人間の里…か」

ああ…確かに結界で閉じ込められればそうなりますね。

支配された人間の里…純粋に人間が好きである貴方達にとっては面白いものではないでしょうね。

「言いたいことはわかりますけど…」

 

「結局未練が残っているだけなのかもしれねえな」

 

「違うと思いますよ?」

 

「何で疑問形」

疑問に近いものだったから疑問形なんですよ。

「未練というより人間が好きというただそれだけですからね。ですがこうしなければならない事情も察してください」

人間の進化は凄まじいですから。

それに人間は恐怖というものをだんだんと忘れていく。

恐怖によって生まれた私達にとってそれは致命的なものだろう。

まあ消滅するかと言われたらまた少し違う。

今私達を生み出した恐怖は忘れ去られていくかもしれない。だけれど恐怖が無くなることはない。克服したり忘れた分だけ新たな恐怖が生まれ、また新たな闇の住人が生まれる。そういうものです。

だけれど忘れ去られた者達の楽園だって必要なんですよ。

 

「事情か……正直こっちに篭ってばかりだとちょっとわからねえ。実際に見に行ってみるとしますかねえ」

地上に行くんですか?

「鬼退治が起こりそう」

独り言のように漏れたその言葉に勇儀さんと萃香さんが大声で笑いだす。

「正々堂々と勝負してくれる鬼退治はあるかなあ?」

 

ないですね。それこそ神話とかまで行かないと…純粋に鬼に対抗できる人間がいたらそれは人間じゃなく鬼と言われてしまいますからね。人間の社会というのはそういうものだ。

 

「その時はさとりが鬼退治をするんだな」

 

「え……なんでですか」

私に鬼退治って…なんでそんなこと。

「だって紫に言われたんだろ。敵は倒しなさいってな」

 

まあそうですけれど…でも私が戦って勝てるかと言われたら絶対否なんですよね。

引き分けか条件付きの勝負なら十分勝機はありますけれどそれ以外の…どちらかが倒れるまで戦い続ける喧嘩のようなものはめっぽう弱い。

戦う羽目にならないようにしましょう。

「それにあたしらも一回サシで勝負したいしな」

 

「そうそう、さとりはさ、不利になった瞬間すぐ降参しちゃうじゃん」

萃香さんが一番知っているでしょう。だって不利になった時点でやめないと大惨事になりかねないから。

「私の実力で不利になったら後は総崩れだからですよ」

 

「それ1,000年くらい前の話だろ。今は流石に実力付いているから分かんねえんじゃねえのか?」

 

「二人掛かりで来られて勝てるとでも?」

 

「「え?2人同時で挑まれる前提だったのかい?」」

え?違ったんですか!

 

「流石に…集団攻撃はなあ……」

あ…やっぱりそこは律儀なんですね。

「うんうん、こっちの理念に反する行為だな」

萃香さんそこまで言います?

「やっぱり平和的に解決しません?」

 

「「そりゃ無理だ」」

 

「それに、あたしらがここで平穏に解決しても良いけど…」

勇儀さんの平穏ってあれですよね?殴り合い以外の勝負事ですよね。

「その場合他の鬼が怒るからねえ…」

 

ああ…それは困る。鬼の四天王である彼女達だからこそ統率が取れているのにそれがなくなったらもう手がつけられない。

 

「そういうこと。それにあたしらを実力でねじ伏せれば下も認めてくれるしあんただってそれなりに融通が利くだろ。手加減は一切しないけどな」

 

「え…まあそうですけれど」

うん、間違いではない。

「じゃあ決まりだな。さとり、地上でいっちょ派手にやろうじゃないか」

「久しぶりだなあさとりと手合わせできるのは」

 

地上でやる前提に話を進めるのやめてくれません⁈あと私が負けたらこれまずいんですけど…どっちが勝っても問題ないみたいな顔していますけどねえ!

それに貴女達が反対なのも戦って白黒つくものじゃないですよ。いっときの誤魔化しにしかならない。

 

「いいじゃねえか誤魔化しで」

 

「結局、私も勇儀も力でねじ伏せる以外の方法を知らないからね。妥協点を生み出すのも鬼にとってはこれしかないのさ」

 

「……わかりました。でも地上を見てからにしてそれから決めてください」

 

「わかったよ」

 



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depth.112味方も怖れる妖 さとり

地上で鬼が暴れているって連絡が入ったらしくこいしとお空がすっ飛んで来た。

私?もちろん私は現場にいますよ。

いえ、先に現場に到着したのではなく鬼と一緒に現場にいたと言った方が良いでしょうね。勿論姿は隠していますし鬼2人も私を途中で撒いたと思っているんでしょうね。

 

実際地上に出た瞬間萃香さんには撒かれましたよ。私も勇儀さんの攻撃でしばらく動けなかったですし。

やっぱり奇襲は受ける側よりする側の方が良いですね。

つくづくそう思いましたよ。

全てを見ていた紫が先回りに協力してくれたからまあなんとか2人と合流できたというところ。

 

去り際に少し脅されましたけれどあれはフリですよね?うん、フリだといいなあ……

 

「まさかこんなところにまで……2人とも何してるの?」

 

到着したこいしが警戒しながらも2人に近づく。

暴れているといっても派手というわけでもなんでもない。

ただ少し弾幕を作っているだけだ。

そこが人里のすぐ近くでなければ問題ではない。

 

「何って…少し地上を見るのに疲れたから休憩がてらに…」

 

「お手玉やってるだけなんだけどね」

 

「もしかして2人とも酔ってる?」

そのようですね。私の視界にいなかった間に何を飲んだんでしょうね…

「鬼殺しがあったからちょっとだけなあ」

まさか人里で売っている鬼殺し?俗称が対鬼用高濃度鬼殺しですか?

あれは地底や妖怪の山で売ってるやつの十倍近いアルコールですよ。

だって鬼…の四天王すら『一杯で酔わし、一本で酔い潰れる』を目標に私と紫が協力をして完成させた美味しいお酒なんですから。

人間は飲むことが不可能とまで言われてますしあの幽々子さんですら一口で厠直行だったんですからね。

 

うん…自分たちだけで地上を見て回りたいって言っていたけれどこういうことを引き起こすから嫌だったんですよ。

 

2人にバレないように監視するとどうしても細かく視認できなくて見落としてしまうことが多い。

それにこいし達が来たとはいえ…私が迂闊に飛び出すとやはり喧嘩になりかねない。いまだってそうかもしれないがもしかしたらこいしが上手くやってくれるかもしれないという希望に賭ける。

 

「なあなあこいしもこっちで遊ばねえか?」

 

「ちょ…やめ、離してってばあ!」

 

あら…希望が一瞬にして消え去りました。

霧になった萃香さんが一瞬にしてこいしを拘束、完全に動きを封じてしまう。

やはり霧になられると困りますね。

こいしも私も純粋な体力では負けますから取り押さえられたらもう何もできない。

やはり手を塞がれても対処できる装備が必要ですね。あのメイド服みたいに…

 

でもないものは仕方がない。

宴会では互角に戦えても実際の戦いではそう簡単にはいかないか……

「残念だったね。邪魔はさせないよ」

 

「こいし様を離せ!」

直後にお空が飛び込むものの、勇儀さんの片手で押さえつけられてしまう。

やっぱり鬼って手加減しないとやばいですね。一瞬にして傷をつけずに2人を無力化してしまった。

でもここで暴れられても人間が怖がってしまうし実際妖怪は怖がられる必要があるのも理解していますが……

 

やっぱり私が止めた方がいいんでしょうか?

「ねえ紫」

何もない空間に向けて思わず声をかけてしまう。多分そこでみているからそうしたのだろうけれど確証がない状態でそれをやってしまうと少し恥ずかしい。

「何がねえなのか存じませんが、少なくともこのままにしておくのは貴女にとっても非常に困りますでしょう」

 

私の視線の先に隙間が開き、金髪の髪の毛が風に揺らめいた。

「まあそうですけれど……」

正直あの2人と戦いたくない。一対一で戦ってくれる保証ないですし。

でもこいしとお空がいるからなんとかなるかもしれない。でもどうするか…痛い事はしたくないしされたくもない。でもそんなこと言ってられないような事態に進展しつつある。

 

「何を悩んでいるのか私には興味ないけれど悩むくらいなら戦ってけじめをつけなさい」

少し話が噛み合っていないような…でも的を得ているその言葉に私の中で何かがはまったようなそんな音がした。きっと戦っても良いのだと言うことを誰かに言って欲しいだけだったのかもしれない。

 

「分かりました……」

結局戦いでしか物事を決めることができない。私はどうしようもないヒトなのだろう。

ならどうしようもないヒトなりにどうしようもなく戦いますか。

 

木の陰からゆっくりと出て4人の元に歩いていく。

あくまでも暴れるのをやめさせるだけ…ただそれだけだ。

 

「お、さとり!さっきぶり」

 

「お姉ちゃん⁈」

 

「さとり様!」

 

「ええ、4時間と26分以来ですね」

 

細かいとこいしに突っ込まれた。事実を言っただけなのに…

 

「なんだあ?あんたも私達と遊びたい?」

萃香さんが弾幕をいくつか放り投げてくる。それを、直撃進路の弾幕のみ弾き飛ばす。

 

「地上を見るのは結構ですがこうも暴れられると近所迷惑というものです。速やかに2人を解放して大人しくしなさい」

 

「ええ、つまらない!」

「あたしもそれが退屈だな」

あくまでやめる気なしか…相当酔っているせいか彼女達の本質…闘争本能が丸出しになってしまっているようです。

 

「では2人を解放していただけませんか?話はそれからにしましょう」

 

「仕方ねえなあ…」

あら、勇儀さん結構素直に開放してくれましたね。ほら萃香も早く早く。

「こいしちゃん解放したら攻撃しないって約束してくれるかなあ?」

 

「うーん…する!」

 

「分かった。じゃあ解放してあげるよ」

そういうなり萃香さんはこいしを私の方に放り投げた。

だが飛距離があるわけでもなく、私の少し手前にこいしは着地した。

 

「それでえ?今度はさとりが相手してるのかなあ?」

 

「まあ…それじゃあ私が酔い覚めに少し薬を処方しましょうか」

水をぶっかければなんとかなりそうだけれどどうなのだろうか。

「成る程なあ…やるかい?」

 

「1人づつでいいですか?」

2人同時なんて出来ませんからね。

「だって、どうする勇儀」

 

「そうだな…ここはそれでもいいんじゃないかな?」

 

よかった…一対一で戦ってくれそうです。

でも戦っている途中でやっぱりやるなんて言いださないといいけれど。

まあ…言い出すようならその時は2人に任せましょう。

そのことを2人に伝える。え…お空も一緒に戦う?それは多分無理よ。向こうが怒るわフェアじゃないって言ってね。だから貴女たち2人は私が相手をしていない方の監視をお願い。

 

「萃香さんが先ですか」

 

「ダメだったかな?さとりと手合わせするのも何百年ぶりだからさあ」

そうですね…

「そういやあ…武器の扱いは上手くなったのかい?」

 

「どうなんでしょうね」

今持っている武器は刀一本しかありませんがこれだけあれば十分かもしれない。彼女の前で機動力が落ちるのは致命的ですから。

 

「それじゃあ始めた方がいいのかなあ」

 

「ええ、手っ取り早く終わらせたいので」

 

「よく言うよ」

 

 

 

 

なんとか勝てた。

やっぱり強いですよ。両腕を消し飛ばして再生してまた消し飛ばしてようやく勝てたとか心臓に悪い。もうこれっきりにして欲しい。

そういえばまだ勇儀さんの方が残っていたんでしたっけ?

 

「お姉ちゃんこっちはこっちでなんとかしたよ」

 

私がでる必要はなかった。

どうやらお空とこいしでなんとかなったらしい。

 

「いやあ!完敗だよ。久しぶりだねえ」

まだ酒が抜けていないようですね。このまま川に連れて行って覚まさせようかなあ。

今の萃香さんは動けはしないけれど動けるようになれば元気に暴れるだろう。

私がやったのはお札で動きを封じるだけですからね。

 

「なぁさとりこっちの2人に言ってくれないかいもうあたしは抵抗しないからこれ解いてくれないかな」

 

勇儀さんなんで縄で縛られているんですか。思いっきりあれじゃないですか。変態みたいになっていますよ。

って言っても伝わるのは私かこいしくらいだしやったのはこいしだろう。

「こいし……」

 

「こうやって縛った方が無理に動けなくなるから……」

 

「それ……色々とあかん知識よ。捨てなさい」

 

「知ってしまうって…辛いよね」

 

貴女の場合辛い云々じゃなくてわざとやっているわよね!

「早く解きなさい」

 

「はーい、せっかく巻いたのになあ…」

お空とこいしが同時に解こうと動き始めたものの…数秒後にはすでに絡まってしまっていた。

 

主に原因はお空。

「おいおい!余計絡まってるじゃねえか」

 

「それ、怪力で引きちぎった方が早い気がするんですけれど」

 

「無理だよ。これは結界を張る時に使う専用の縄だから勇儀さんの怪力は今使えない」

 

「萃香さんに外から引きちぎってもらいましょうか」

私はまだ腕の修復が終わっていないから縄を引きちぎるなんて出来そうにない。こいし自身は私より能力が劣るからか、相手の力をそのままパクると言うことはできない。さとり妖怪らしく心を読みトラウマになっている技を再現するくらいだ。

「私?まあいいけれど」

そうと決まれば即行動。まだ酔いが覚めきっていないけれど多分大丈夫だ。

頭とお腹に貼ったお札を外し萃香さんを自由にする。

 

「やれやれだな」

さもめんどそうに萃香さんは勇儀さんを縛る縄を掴んで……

縄で締め付けられ食い込みが激しくなっている勇儀さんの体に嫉妬してしまった。

 

「……なんでこう…差が出るんだろうな」

 

「気になるなら貴女もあんな感じの体にすればいいじゃないですか」

 

「なかなか上手くいかねえんだわなそれが……」

 

あの…いくら勇儀さんが筋肉ものすごいのに胸とかがしっかりしているからって食い込ませたり柔らかいなあって…普段より強調されてしまっているからって嫉妬はダメです!このままじゃパルパルが来ちゃいますよ。

 

「……思えば胸大きかったね」

こいし!貴女も嫉妬で目からハイライトを失わないで!怖いから!貴女の場合はものすごく怖いから!っていうかこうなった原因貴女だからね!それを自覚して嫉妬してるの⁈

「おいおい2人ともどうしたんだ急によお」

 

貴女は逆に能天気すぎますよ。

もう少し自覚して…少なくともブラとかサラシとかで胸を固定しなさい。

それノーブラで服着ているでしょう。

さっきまで本気で戦っていたのに直後にこれか…

ああもう……締まらないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談のようなものではないけれど後日談。

 

私は紫の家にいた。

なんのことはない。ただ世間話がしたくなっただけだったり紫がお茶に誘ってくれたりしたからそれに乗っただけ。

「まだ噂になっているみたいねえ」

 

「ええ、おかげさまで全然収まってくれそうにないんですよ」

 

私達が戦っているところを人里のヒトや天狗とかたまたま近くに潜んでいた妖怪に見られたらしく、その事実は一気に幻想郷中に拡散してしまった。それだけならまだよかったものの、それとほぼ同時に紫が勝手に結界の事を言い出した。

予定ではもっと後だったのにどうして勝手なことをするやら。

だが表立った反対はあまり出なかったのが驚きだ。

そのことを紫に問い詰めたら、どうやら鬼の四天王である2人は結界のことに反対だったがさとり達によって鎮圧された。という筋書きが書き加えられていた。

それによって逆らっても無駄だという雰囲気になってしまったらしい。

私達と勇儀さん達の事が幻想郷中で話題になったあのタイミングだからこそ出来たものだ。

なるほど、すべてお見通しだったというわけですね。

 

「そのおかげでこっちは紫の手先だって言われてるんですけれどね」

 

「いいじゃない今は手先でしょ?」

 

「否定できないから困っているんですよ」

まあ、話せば理解を示してくれるヒト達もいるから必ずしも反対派と戦わないといけないというわけでもない。

実際天狗や河童と言った山のトップが賛成を表明したからというのもあるのだろう。

ただ、私を視認して逃げる妖怪が増えたのは少し寂しい。怖がられてしまうなんてなあ…まあもともとさとり妖怪なのだから仕方がないとはいえ…

 

おかげでこっちは非常に疲れたんですから。少しは何か褒美をください。

「今度食事に誘うわ」

 

「まあ…それなら」

 

たまには他の人の家で食事をするのも良いかもしれない。

それに藍さんの食事は美味しいですからねえ。

 

「……どうやら貴女の仕事よ」

私が思考を食事のことに集中させていると紫が手元で開いていた隙間を見つめつつそう言い放った。

仕事…少ないとはいえやはり抵抗しようとする輩はいるんですね。まあこの辺りは仕方がないだろう。

実際私のことが知れ渡ったとしてもそれを信じないヒト達は一定数いる。見たことしか信じないのかあるいは信じたくなくて幻想に目を向けてしまっているのか。

 

仕方がありませんね…

 

「それじゃあ行ってきますか」

 

「無茶はしないようにね」

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、これはどういうことかしら?」

 

「結界でここを閉ざしたことに怒っている集団でしょうね」

目の前にいる大小様々な妖怪の群れを前に幽香さんと無駄話をしている私をみて向こうは何か不快に感じたのだろうか。

まあ此方としても貴方方は無駄だと思っていても大事な事だったりするんで話を止めるわけにもいかないんですけれどね。

「なるほどね…寝耳に水みたいなものだったから最初は皆混乱するでしょうね」

 

「全くですよ」

私や鬼とかに伝えることもなくこっそりと結界を張ってしまったのだからこうなるのは必然だ。

というか…最初からこれを狙っていたのでしょうね。

まあ最初の方は混乱もあるだろうと私だって予測はしていた。だけれども…まじめに百鬼夜行が起こるなんて考えていなかった。

 

って言うかそれを解決するのに紫は私と幽香さんしか送り込まなかったのもどうかと思いますよ?

私は言われてそのまま放り投げ出された感じですし

しかも幽香さんに限っては完全に巻き込まれたというか紫の策にはまった感じ。

 

「……考えたらこの件に関しては紫とか妖怪の賢者が悪いんじゃないですかね?」

 

「奇遇ね。私もそう思っていたわ」

 

「じゃああっちに加わります?」

 

「遠慮しておくわ」

 

ちょっとそこの妖怪達なに残念がってるんですか。

「見逃すというのは…流石にダメでしょうね」

「多分紫の事だからどこかから監視していますよ幽香さん」

 

そうよねえとため息をつきながら幽香さんは手元の傘を相手に向ける。

「ならささっと終わらせてカチコミに行きましょう」

高濃度の妖力が傘の先端に集まった瞬間、それは巨大で太いビーム光となり妖怪達に向かって解き放たれた。

爆発と衝撃波で着弾地点の妖怪達が、妖怪だったものが吹き飛ぶ。

呆気にとられる妖怪達。

 

油断禁物余所見禁物ですよ。

腰のホルスターから引き抜いたあるものを素早く構えた私は未だに意識が向こうに行っている妖怪にめがけて引き金を引いた。

 

巨大な炸裂音、強い反動が私の腕を後ろに吹き飛ばそうとする。

それを耐え抜き消炎が消した視界が回復する頃には、狙っていた妖怪はその後ろにいた妖怪ごと血飛沫をあげて吹き飛んでいた

 

お燐から借りたコンテンダーがあったけれど少し反動が強すぎる。マグナム弾よろしく火薬の量が多くなっているのだろうか。

 

まあ……そんなことはどうでも良い。

 

私と幽香さんの攻撃で隊形が崩れた妖怪達だったけれど直ぐに散り散りになり始めた。

それを逃がすほど私だって暇ではない。

出来るだけ弾幕で動きを制限する。その間にも幽香さんは2射目を繰り出す。

ある意味幽香さんはこういう戦いが得意なのかもしれない。

 

私も素早く次弾を装填、目についた妖怪に向けて発砲。

普段の弾幕とは違い秒速1000メートル以上で突き進む弾丸を避けるというのは並大抵のことじゃ出来ない。

その上20ミリもの大口径弾丸……お腹に大穴空きましたね。

 

でも…拡散してしまいましたね……

「これもう戦意喪失で良いのかしら?」

そう言う幽香さんに向かって複数の弾幕が解き放たれる。

各方向からいくつもの弾幕を展開することで逃がさないつもりらしい。

「あら、やる気はあるのね」

 

だけれどそんなものが彼女に効くはずがない。

くるりと一回だけ舞い上がる。

それだけで弾幕は全て消し飛んだ。

 

「なんか…しょぼくないこの弾幕」

 

「貴女がおかしいだけですよ」

 

「そうかしら…」

弾幕に囲まれても平然とそれを処理できるのは貴女くらい。私は包囲されないように動き回っているのになんだかなあ……固定砲台みたいな方ですね。

「そういう貴女も随分おかしいわよ」

そうでしょうか?

コンテンダーをホルスターに戻し刀を引き抜く。

「そんな短い刀なの?」

 

やっぱりそう思いますよね。ええわかっていますよ。私だって短いと思いますから。

「長いと取り回しが難しいですから」

これくらいが丁度良いんですよ。

それじゃあそこで固定砲台お願いしますね。

 

一言そう告げて、私は相手の潜む木々の合間に飛び込んだ。

目についた妖怪は…反撃してくるのであれば斬る。

ほとんど近接戦闘になるから拳や蹴りがいくつも飛んでくる。

それらをかわし…股の裏や脇などを斬りつけていく。

肉が切れる感覚は…もう慣れてしまった。

慣れたくなかったのですけれどね。

 

まあいい、次です。

服に返り血がつこうが蹴りが体を吹き飛ばそうが関係ない。

ただ…今目の前にいる敵に確実なダメージを与える。ただそれだけ。

 

 

何人倒したのだろうか…10人を超えてから数えていなかったから忘れた。だけれどまだ半数前後しか倒れていないようにも思えるしそうじゃないようにも思える。

「……⁈」

後ろに気配。

刀は今目の前の妖怪を斬った直後。背後を取られた時に最も対処できないタイミングだ。

振り向けば斧のようなものを持った羊の角を生やした少女が今まさにその斧を振り下ろそうとしているところだった。

 

斧を防ごうと咄嗟に左腕を顔の前に出した。

その直後、鈍い音がして左腕がへし折れ…ちぎれ飛んだ。

 

だが追撃は来ない。

「背後はちゃんとみなさい」

 

幽香さんがビームで援護してくれたらしい。

少女は少し離れたところに転がっていた。

死んではいないらしいが重症ですね。なら…もう大丈夫か。

 

千切れた左腕は喰われたりしないように私が回収。

まあ刀を持っていない方の腕で良かったですよ。

握った状態でうごかなくなると片腕じゃなかなか刀を外せないんですよね。

さあて…次は誰かなあ?

 

「ひいい!もう嫌だ‼︎」

 

あ…何人か逃げ始めましたね。この調子で…というわけにもいきませんか。

なにせ向こうは百鬼夜行妖怪の数は少なくみても70以上なのだ。私たち2人では人数が足りませんよ。

 

数で押せばいけると考え始めた妖怪は私と幽香さんを分断、包囲する作戦に出た。

こうすればお互い支援することはできない。だけれど…

それで止まるほど私も幽香さんも弱くはない…強くはないですけれど。

周囲からの一斉弾幕、七色の誘導レーザーや変態機動の弾幕が吹き荒れる。

目標は私1人……

全部を迎撃することは出来そうにない。じゃあ…致命打だけを迎え撃つ。

至近弾で体が弾き飛ばされる。好都合……

その勢いで包囲しているやつの一人にかかと落とし。あ…なんか頭蓋骨が割れる音がしたような…まあいいか。

 

ついでにすぐそばで一緒に弾幕を撃っていたやつも…こら逃げるな。

だけれどこの間合いはコンテンダーには十分。

刀を口に咥え右手でコンテンダーを引き抜く。

 

それをみて顔を真っ青にした妖怪さんが木々を盾にしながら逃げようとする。当然弾幕の援護射撃がもれなく付いてきた。

遅いんですけれどね。

木の陰に隠れた瞬間を狙い引き金を引く。20ミリの貫通力じゃあの程度の木は貫通する。

炸裂音の少し後に何かが倒れる音。

 

それに聞き入っていたら背中に衝撃。

前に向かって弾き飛ばされた。

 

みんなして背後が好きなんですね…嫌になりますほんと……

骨が折れたとかそういう被害はなかったけれどヒビが入ったのか動こうとすると痛みが走る。

 

どうやら鬼…だろうか。そんな感じのヒトに殴られたらしい。

人数がこうも多いとやはりジリ貧…

殴りつけてきた鬼の懐に飛び込もうとした瞬間、その鬼になにかが覆いかぶさる。

気づいたらその鬼さんは地面にねじ伏せられていた。

「さとり様!大丈夫ですか‼︎」

 

私のそばに駆け寄ってきた少女……

「お空?どうしてここが?」

 

「分かりますよ…アレだけ派手にやれば」

ふと体が暖かいものに包まれる。どうやらお空が抱きしめたようだ。

 

「後は私に任せてください!」

 

「お、お空!」

 

私の制止を無視して彼女は妖怪達の中に飛び込んでいった。

って…なんか物凄い妖怪の破片とか血飛沫とか舞い上がっているんですけれど……

直接妖怪を引きちぎって投げているし…拳が頭貫通しているんですけれど…

ああ…弾幕をゼロ距離でやるから体が真っ二つじゃないの。

「さとり様の仇!」

お空やりすぎ、やり過ぎよ。それにまだ死んでないから!勝手に殺さないで!

 

「流石、地獄育ち」

周囲を囲んでいた妖怪を片付け終えた幽香さんがこちらにやってくる。

「多分育ちは関係ないかと」

 

「そうかしら?」

そうですよ。だから私を見つめるのはやめてください幽香さん。いくら包囲しているヒトが弱かったからってあっちに混ざろうとしないで。

「さとり様!終わりました!」

 

半数近くまだいたような気がするが…逃げてしまったのだろう。

急に周囲が静寂に包まれた。

 

腕…治さないとなあ……

 

腕が無くなったところに妖力を集中させる。

「……」

斬り落とされた左腕をどうにか再生させる。

血の色をした煙が傷口から吹き上がる。

「生々しいわね」

 

「これで腕が治るんですから目を瞑ってくださいよ」

 

「そうね……」

(す、少し服がはだけてみてるこっちが恥ずかしいんだけれど)

 

「……嫌らしい目線はやめてください」

 

「あらなんのことかしら?」

 

「さとり様の事変な目で見ている…の?」

 

「そんなことないわよ」

幽香さん、少し目を逸らすのはいいんですけれど口元が少し引きつりましたよ。

後お空はなに私を凝視しているんですか?見ても楽しいものなんてありませんよ?

「ねえさとり様、彼らはなんで戦ってたの?」

あら、お空は知らなかったの?

 

「そうね…幻想郷が結界で閉ざされたからかしら」

酷く曖昧だけれど、まあ大体の理由はそんなものだろう。

百鬼夜行の目的は人里を抑えるということ。

元々好戦的だったり残虐性が高かったりする妖怪は幻想郷が閉ざされたら外の町を襲うことができなくなるという不安からか、或いは餌場にしていた町に行けなくなったことからか、どのような事情があったのかは知らないけれどみんな揃って人里を襲おうとしていた。

 

だが人間と妖怪の共存を考えればそれは阻止しないといけない…まあ原因を辿れば一夜で、それも誰にも気付かれずにこのような結界で封じ込んでしまった紫にも責任はある。後博麗の巫女。

 

「ふうん?よくわからない」

 

「私も興味が薄いからそこら辺はよく分からないわ」

そうですか…っと話しているうちに腕が治りました。

「それじゃあ私は帰るわ。お花畑が心配よ」

 

そう言い残して幽香さんは向日葵畑に戻っていた。

 

「…お空。負傷者の様子を見に行くわよ」

 

「え?どうして……」

死んでないなら、なるべく助けておく方がいいわよ。

くだらないことに巻き込まれて無駄に死んでほしくないし。

動ける妖怪は逃げ出したから個々に残っている妖怪は死体か…動けないレベルの負傷を負っている者。

 

さっきの羊の角を持つ少女も、やっぱり転がっていた。

気絶しているし…こっそり手当をしていきましょう。

他にも、気絶しているのか動けないのか分からない妖怪も何人か手当をしていく。

うん、これくらいでいいでしょう。

 

「そっちは終わった?」

 

「はい!終わってますよ」

見た感じこんなところですね。

それじゃあ帰りましょうか……体を動かすにしては少し疲れました。

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん…そんなことやってたんだ」

 

「聞くだけ聞いてその反応ですか」

日焼け後がおかしい腕の理由を聞かれたので理由を示したまでですよ。

ただ戦って腕を無くしたから再生した。ただそれだけ。

私のどうでも良いような…なんにも得ることのなかった話を聞けば大体そんな反応だろう。かのにとりさんもその例に漏れなかったようだ。

「まあね。だってさとりだもん」

なんですかそれは…まあいいです私をどう思っていようが貴女の勝手ですからね。私は止めることなんてできません。

「それでさ、お燐のコンテンダー使ってみてどうよ」

 

「そうですね……単発火力と射撃精度が高いので攻撃としては最適ですよ。ただ、連続的な攻撃に向きませんから制圧戦や他対一では苦戦します。私にはどうも扱い難いものですね」

 

「そっか…まあ使う人次第だろうね」

そういえばここに呼ばれた一番の目的がまだでしたね。

お茶を出されて一服していたので忘れかけてました。

「で、完成したから呼んだんですよね?」

 

「まあね」

一言だけ返事をしたにとりさんが机の下から大きめのケースを引っ張り上げた。かなり重たいのか少しふらついている。

机の上に置かれたケースのロックがにとりさんが触れただけで外れる。

「11.5ミリ大型拳銃…火力は前に使っていたものより格段に上がっているよ」

中から出てきたのはメタリックな輝きを放つダークグレーに包まれた一丁の銃。今まで使っていたものよりもはるかに大型だ。

「弾は?」

 

「454カスール弾を15発装填弾頭部分はタングステンで包んであるから貫通力は保証するよ」

 

「やるわね」

「それほどでも」

少し重たいかもしれないけれど丁度良い。

 

「じゃあ……もう一つお願いできるかしら」

 

「追加注文かい?」

ええ、今度は少し仕様が違うけれど…



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depth.113さとりと地獄の女神(自称)

さて、幻想郷が結界で包まれてから動乱がしばらくあったけれどそれも時間と共に収まってくればまた平穏な日常は戻るというもの。

 

「なんだか最近静かになりましたね」

久しぶりに地霊殿の自室で紅茶を作っているといつのまにかお燐が隣に来ていた。のでそんな言葉をかけてみた。

「今までが騒がしかっただけだと思いますよさとり」

そうだろうか?まあお燐がそう思うならそうなのだろう。

ちょっと待っててくださいね。今紅茶ができるところですから。

 

幽香さんにもらった紅茶を初めて入れてみたけれど随分と香りが良いものですね。

うん、すごく落ち着きます。

お燐もそう思うでしょう。え?落ち着くと言うより少し力が抜けると…なるほどそう言うこともあるんですね。

「ねえさとり。あたいに言ってない事あるだろう」

 

少しばかり時間が経ち無言の空間というものが嫌になったのか。あるいは私の事を聞くためにここにきていたのか。本題を切り出した。

「……言わなきゃダメですか?」

本当は言いたくないと言うのが本音なんですけれど…でもお燐は気づいているようね。

「一人で抱え込んで欲しくないから」

 

「そう…でもこれは私の問題なの」

 

「知っちゃダメなのかい」

 

「お燐には敵わないわね。教えてあげるわ」

 

ほぼ確定だけれど私の意識にはフランの狂気の一部が混ざりこんでいる可能性がある。

戦闘中に意識が軽く飛びかかったりする程度ではあるけれど、この症状がではじめたのはやはりフランの心に直接繋がったあの時以降。

気をつけていたとはいえどやはり精神は狂気に汚染されていたということです。

 

「大丈夫なのそれ?」

 

「大丈夫なんじゃないんでしょうか…狂気といえどあれは破壊衝動と強力な闘争本能が元ですから多少戦闘狂になるかもしれませんけれど」

敵味方無しの完全なバーサーカーにならないだけまだ良いでしょう。

とは言えどあまり良いものでもないのは確かだ。

「心配だなあ……」

 

心配するお燐の頭を優しく撫でる。

気持ちが良かったのか急に喉を鳴らして甘え始めた。

ってなんでお燐は私の膝の上に乗ったの?確かに撫でやすいんだけれど…

 

「あ!お燐ずるい!」

急に扉が力強く開かれ、こいしが飛び込んできた。

「私もそこに座る!」

「あたいの特等席だよここは!」

 

「むう……」

 

はいはい喧嘩しないで。

こいしの頭も軽く撫でる。私と同じでクセが強い髪の毛だから優しく崩れないように。

でもちゃんと整えれば綺麗に真っ直ぐになるから私と違って普段の手入れがちゃんとできていないだけだろう。

まあそんな事は置いておこう。

こいしも何か飲む?え……紅茶は好きじゃない…分かったわ。

 

 

 

「そういえば異変ってさ…」

急に話題を振ってきたわね。紅茶好きじゃないって言ってどうしてそっちの方に思考が行くのか……

「異変がどうかしたの?」

 

「人間が解決するものだから私達が手を出しちゃダメなんだよね」

 

「ええ…規模にもよるけれど原則は人間による解決が基本よ」

 

化け物を倒すのはいつだって人間だ。人間でなければならない。

だから異変も化け物の力を借りることはあるかもしれないけれど最終的に人間が倒さないといけないのだ。本来は……

 

「例外は?」

 

「多いわよ」

 

「例外の方が多い規則?」

 

「それは別の子使わせてあげなさい」

死体の付喪神とかに……

「アンリミデットルールブック?」

 

「言わなくていいわよ」

 

「今度再現してみようかなあ」

 

再現できるのだろうか…というか何かに似てるような…ごむご…なんでもない。多分気のせいでしょうね。

 

「アンリミデット…ブレード」

お燐その先は言わなくていいわ。剣ばかりの固有結界なんて再現しようにも出来るようなものじゃないから。それにこいしは王の財宝出来るでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……外の世界は西暦何年なんでしょうね」

こいしが緑茶を淹れたり、お菓子を漁ってきたり、途中でお茶の匂いを嗅ぎつけたお空が部屋にやってくたりして騒がしくなっていたと思えばお空の一言でまた静かになる。

「あたいは考えたこともなかったなあ……」

 

「こいし様は分かりますか!?」

 

「さあ…映姫さんに聞いてみたら?」

お、こいし良いこと言いますね。ってしれっとお燐のお菓子と自分のを交換しないの。

 

「名案ですね」

お空名案の意味わかっている?

「いやいや、それしれっと三途の川渡るって言っているようなものですよね!」

お燐落ち着いて、三途の川を渡っただけじゃ妖怪は死なないわ。多分…メイビー……

 

「じゃあ地獄側から行ってみる?」

旧地獄と言えど完全に地獄と断ち切られているかといえばそういうわけでもない。実際パルスィが守っている橋を少し利用すれば地獄へ直行することも可能なのだ。ある意味旧地獄にいる合間は半分あの世にいるようなものだ。

「抜け穴多すぎるでしょ…」

頭を抱え込んでしまったお燐の口にお菓子を突っ込む。

驚いた表情のお燐が可愛い。

「冗談よ」

 

まあ地獄に好き好んで行くようなヒトはいないだろう。

それに妖怪は死んだとしてもまた妖怪としてこの世にやってくるのがオチだ。元から死んでいようが死んでまいが変わらぬということ。

 

「そういえばさ。地獄ってどんなところなの?」

こいしがそんな疑問を放った。今まで考えたこともなかったですね。

文献などに乗っている情報とかからある程度は分かっているのですけれど…

「仏教徒とかの書物に載っているようなものじゃないのかい?」

まあ基本はそれであっているのだけれどね。でもお燐、今の地獄はちょっとだけ違うかもしれないわよ。

「少し違う気がしますが……」

昔の地獄はある程度予想がつくけれど今の地獄はどうなっているのだろう?

旧地獄として切り離された部分を除く残りで地獄を形成するとなると…いやそれでも少し多いかもしれない。

 

「八大地獄、八寒地獄と呼ばれているだけありますからねえ」

 

「確かに地獄は広いですよ」

そういえばお空は元々地獄出身だったわね。

「そうなんですよ。なかなかに広いんですよね。しかも縦に多段層のようになっているので下の方ほど拷問は熾烈を極めます」

身を乗り出して語るお空の表情は生き生きしていた。

やはり出身の地の事を聞かれたら自慢したくもなるのだろう。

「へえそうなっているのね」

 

「観光ってできる?」

緑茶を飲みながら突拍子も無い事を言うこいし。

「地獄を観光って…いくら妖怪でも観光できるようなものじゃないわよ」

娯楽施設というわけでもないんだから。というよりあれは刑の執行場所ですから。

「でもここだって血の池とか一般公開してるじゃん」

 

「あれはもう地獄としての機能を失っているものですからね」

それにあれは観光スポットでもなんでもない…多分観光スポットの認識を持っているのはこいしくらいだ。

 

「でもどうして急にそんなことを?」

 

「あのね!あのね!この前変な服着た女性に地獄に遊びに来ないって誘われたの!」

 

変な服の女性?こいしが変というくらいだから相当変なのだろう…うん?変な服…その言葉がどうにも引っかかる。えっと…確か…

「もしかして地球とか月のような飾りが?」

 

「ああ…確かミニチュアのものが浮いていたね」

 

「さとり様の知ってる人ですか?」

ええ…ある意味知っているというか知らないというか…なんとも微妙な線だけれどね。

 

「さとりはいつも知らないのか知っているのか分からない言い方するよねえ」

 

「実際知っていても知らないという事がありますから」

 

でも、面倒な人に目をつけられましたね。無駄かもしれないけれど警告はしておきましょうか。あの人が優しくするのはただ利用できそうな者を確実に、そして信頼関係という鎖で縛って利用するためと思った方が良い。

「あの人にあまり関わらないほうがいいわよ」

 

「そう?いい人そうだったんだけど」

 

一応、悪い人ではないというのは確かなんですが…やはり神様なのか地獄の支配者なのか訳のわからないほど強い人の腹の底は計り知れない恐ろしさがありますからねえ。関わる必要がなければ関わらない方が良いです。碌な事に巻き込まれ兼ねません。

実際色々とやらかしていましたね。いやこれからやらかすと言ったほうが良いのだろうか。

 

「誰か私の事話していた?」

その場の空気が凍った。

私達の声じゃない…その落ち着いた女性の声。ただそれだけで周囲の空気が変わり主導権を奪われた。だがこいしだけがその空気の中でも平然と動ける。

「あ!変な服の人!」

私の背後を指しながらこいしがそう言い、当てられた強い力で動きを奪われていた私もようやく体の自由を得ることができた。

「噂をすればと言いますが…狙っていましたね」

振り返れば、女性が1人。

肩らへんまで伸ばしたセミロングの青髪に白い文字で『Welcome Hell』と描かれた変なマーク入りの黒いオフショルダーTシャツ。

スカート三色カラーのチェックが入ったミニスカート。

そして何故か生足で、靴は履いていない。と言うか裸足だ。

「変な人とは失礼ね」

 

「鏡あげますから自身の姿を見てから言ってください。へカーティアさん」

 

私の言葉ににこにこした顔の彼女が少しだけ動揺する。

服装がアレだというのは自覚していたようですね。うん…

「あら…女神に対して少し失礼じゃない?」

「会話のドッチボールが好みでしたら私じゃなくてこいしの方にお願いしますね」

そもそも私が貴女と話す必要はない。この部屋にいて何をしようとしているのかも興味はない。

「それはキャッチボールじゃないの?」

へカーティアさんがキャッチボールしたって音速の球投げてくるでしょう。

「会話の野球でもします?」

 

「よくないでしょ!」

珍しくこいしに叩かれた。何故だ……

「貴女面白いわね。気に入ったわ」

いやいや気に入らないでくださいよ女神様。うん…女神様ですね。

「気に入られると困るのですが…」

 

「いいじゃない。それよりも折角だし地獄を見にいかない?色々とお話しもしたいし」

絶対何か企んでいる。それとどうして私達の手元に目線がいっているんですか?え…まさかこれ飲みたいんですか

「私は遠慮したいのですが」

そう一言言ってカップとお皿を取ってくる。

まだお湯は残っているから…

「いいじゃんお姉ちゃん!お空とお燐も入れて一緒に行こうよ!」

 

「あ、あたいもですか?」

強い気に押しのけられて何も言えなかったお燐がようやく口を開いた。

でも断るような雰囲気ではないのが残念。

「あらあ?断るというの……」

めちゃめちゃ脅しにかかっているんですけれど!怖い怖い!

「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着きましょう」

 

「そうね…じゃあ遠慮なく」

あのお…そこは私の席なんですけれど。どうして座っているんですか?私の座る場所が無い気がするんですけれど…別に良いんですよ。私が立っていればいいだけですから。

 

「美味しい紅茶ね」

 

「幽香さんに伝えておきますね」

 

幾分か雰囲気が和らいだ。とはいえやはり女神だしかなり強いし危険人物ではS級行ってもおかしくないような方ですからお空とお燐は完全に縮こまってしまっているのですけれどね。

かわいそうに……

「ふふ、それじゃあ…明後日にでも来ない?地獄はいつでも歓迎しているわよ」

 

「地獄ってそんなウェルカムでしたっけ?」

 

「私の気まぐれだったりするわよ。なにせいろんな女神をやっていますから」

 

「地獄に地球に…月ですか」

 

「……随分と詳しいじゃないの」

あれ…怒らせてしまいました?一気に雰囲気が変わったのですけれど。え…なにか地雷でも踏み抜きましたっけ。

「まあ知っているだけですから…」

 

「流石地底の支配者。賢者達が手駒にしたいわけだわ」

 

「あー私は誰の手駒にもなりませんよ。勿論貴女の手駒にも……」

一瞬だけ手駒にしようとしている感情が見えたので釘をさす。鉄板で刺さっていないのかもしれないけれど。

「いつか心変わりするかもよ?」

 

「その時はその時でこちらから頭を下げますよ」

 

「……まあいいわ。それじゃあ私はこれで、お茶とお菓子美味しかったわ」

そう言い残して彼女はその場から消えてしまった。

少しだけ煙のようなものが生まれたものの……

 

その場の空気も一気に和やかなものに戻った。

 

「い、一体なんなんですか!」

「地獄の女神よ」

彼女の気迫から解放されたお燐が叫ぶのを抑える。

 

「そういえばあんな人いたなあ……」

 

「お空知っているの?」

 

「ちらっと見たような記憶が…あるようなないような…」

 

「なんで最初に言わなかったんだい……」

お空ならある程度場を和ませることもできたかもしれない。

「忘れてた」

ある意味お空らしい。

 

「途中からお姉ちゃんがこの場を一気に修羅場に変えたよね…」

 

「そうでしょうか?」

 

そうだよ!と全員に怒られた。解せぬ。



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depth.114地獄を巡れないさとり

地獄と一括りにするとそれはもう1つ別の世界であると言ったほうが良いほど広い。

まるで私たちがいる世界と表裏一体のように、その世界は広がっている。

その中でも最も大きくそして複雑なのが、私達が今立っているこの地獄だ。

「ようこそ地獄へ。貴方達を歓迎しますわ」

 

のりと雰囲気任せの軽い口調で地獄の女神はそう微笑んだ。

というより半分面白くて笑っていたと言った方が良いだろうか。

「……強引に地獄に落とすのって流行っているんですか?」

 

状況を飲み込めなくて思考停止しているお空とお燐。

状況を飲み込んではいないけれど楽しそうなことだからと目を輝かせるこいし。

状況を理解した上でただ見つめるだけの私。

さて状況整理

さっきまで家でのんびりしていたはずなのに気づいたらここに飛ばされていた。以上。ほかの3人も基本的にはそんな感じだろう。お空が服を脱ぎかけだったけれど何かあったのだろうか。確か今日は灼熱地獄の温度管理に行っているはずなのに。まあいいや…暑くなって脱ごうとしていたのだろう。

 

そこまで思考して…周囲を見渡してふと思う。あーうん確かに笑いたくなりますよね。でも『一番のお気に入り』がリアクションを全くしないからか少し残念がっている。

 

「どんな反応するのか楽しみだったのよ?少しくらい反応しなさいよ」

 

「とは言いましても月に地球に地獄に女神として君臨していることを思えばそういう感情など沸き起こるはずもなし。予測の範疇に含まれてしまうと何やら寂しいものがあります」

 

「それ半分嫌味でしょ」

 

ええ、半分愚痴感覚の嫌味ですよ。ダメでした?

「そ、そんなことよりもさとり、これはなんなんだい?」

 

「地獄に連れてこられただけですよ」

ただそれだけ。なのにそれを聞いたお燐が取り乱し始めた。

逆にお空は里帰りしたみたいな気分になっているようで、すごく懐かしんでいる。

「私以外は皆予想通りの反応でしょうかね?」

 

「ええ、狙い通りの反応よ。貴女以外」

私の表情は硬いですからね。能面みたいなことになっている表情でここまで困るとは……

相手が女神なだけあって下手に刺激したり不快な思いをさせたらその場で存在を抹消されかねない。

 

それほどの存在なのだ。だからあまり目立ちたくないし反抗もしたくない。

できればこいしの方に仕掛けて欲しいんですけれど…そっちの方が反応も楽しいし私みたいな無表情ひねくれじゃない分可愛げもありますし。

 

「……まあ地獄を案内してくれるのならお願いします。私はここで待ってますから」

 

「どうしてよ貴女も一緒よ」

「そうだよお姉ちゃんいっしょに回ろうよ!」

こいし、どうしてそっち側に着くのよ。まあ貴女が楽しそうな方に身を投じやすい…というかこういう時に面白そうな方に肩入れするのは知ってるけれど。

「さとり様一緒に回りませんか?折角の里帰りですから…」

 

「お空に言われちゃ仕方がないわね」

 

「「手のひら返しがひどい‼︎」」

失礼ね。お空は純粋に私と見て回りましょうと言ってくれたのよ。

いたずら半分面白いものを見よう半分の邪推な心とは違うの。

 

最初からふざけないで地獄を案内してくれれば良いんですよ。

「あとで獄中曳き回しね」

地獄引き回しの刑に処された。解せぬ……

 

「これ…あたいも一緒に行かないといけないんですか?」

 

この状況で1人抜けをあの2人が許すとは思えないわ。諦めなさい。

そのとたんお燐は黒猫の姿に戻り、こいしの頭に飛び乗った。

「わわっ!お燐危ないってば」

 

(ここにいることにしますね。そうすれば一緒に回れるでしょう……寝ますけれど)

寝る気満々じゃないの。

「重いなあ……」

 

(猫は重いんですよーだ)

 

なに喧嘩してるんだか……

「女神様を置いてきぼりに…いい度胸ね」

 

ひれ伏して謝った方が良いですか?え、怒っているわけではない…良かったです。

「ねえねえ女神さん!今日はどこを見て回るの?」

 

「そうね…私のお気に入りの場所!きっと貴女たちも気に入ってくれるわよ」

 

あの…目が怖い。というか笑顔の圧が怖いんですよ!

なんで顔近づけてくるんですか!

いやいやいくらなんでもやり過ぎですよね!

 

「気にいる場所かあ……私は灼熱地獄以外お気に入りの場所はなかったかなあ…」

お空…それとこれとは違う気がする。

気に入ったら最後じゃあ一緒に組まないと言ってくるところまでが定型ですから。

「それじゃあ行きましょう」

へカーティアが指を鳴らす。途端に周囲の風景が地獄の入り口のような場所から一転、建物のような所に移動していた。

回廊のど真ん中。木製の床からひんやりとした冷気が足の裏に伝わってくる。

いつのまに靴を脱がされたのだろう……

「最初はここね」

 

「ここどこ?」

へカーティアの言葉にこいしが真っ先に反応する。

「時の回廊」

 

「お姉ちゃんそれは違う。過去とか未来に行くやつじゃないから」

わかってはいるけれどやりたくなってしまうのが私なのよ。

 

「さとり様時の回廊ってなんですか?」

 

「ただの戯言よ」

実際戯言ですからね。でも時に関する事象というのは実は幻想郷にもあったりするのだけれど。

 

「面白い事を言うじゃない。だけど残念!ここは大叫喚地獄と焦熱地獄の接続点よ」

 

物騒すぎる接続点じゃないですか。

じゃあこの襖のようなものが並んでいるこの左右は……

「向かって右が大叫喚地獄。左が焦熱地獄よ」

 

うわ…なんだかすごく嫌だ。やっぱり地獄で働くのはやめようかなあ…

「面白いのここ?」

 

「どっちの地獄にも行けるし一番娯楽が集中しているのもここら辺なのよ」

 

一本道の回廊でここら辺って…空間がネジれているのかあるいは襖を開けたらどこかにつながっているのかそういう感じなのだろうか。

ってこいし?その襖を開けたいの?

へカーティアが気まずそうにしているからやめなさい。

「……えっと…ここ来たことあるような…でも思い出せない」

 

お空も来ていたってことはいろんなヒト達が来る場所なのだろう。

しかし…襖から漏れるへんな気はなんでしょうか?生者としては関わりたくないもののように思えるのですけれど…

 

お燐はどう思……寝ている。早すぎない?

 

「……娯楽に行く襖はどれですか?」

 

「どれだったかなあ…確かあれだったような気がするわよ」

なんで貴女が覚えていないんですか!安心できなくなりましたよ!

「お姉ちゃん、ここはもう行くしかないでしょ!」

 

こいし、そんな突っ込み方はやめて!お願いだからああ!

しかもお空に開けさせようとしちゃダメよ!さっきの行くしかないでしょはなんだったのよ!

お空が思いっきり襖を開ける。だけれど、襖の先は完全な暗闇で何も見えない。どうしたらいいかわからなくなるお空。

「……変t…へカーティアさんこれは?」

 

「えっと……開ける襖間違えちゃった」

てへぺろと誤魔化そうとする女神にただ呆れてしまう。

というかあの真っ暗闇は一体なんなのだ。

「そっちは焦熱地獄に行く道よ。奥の方から怨霊のうめき声が聞こえるでしょう」

 

「確かに…さとり様、聞こえてきます!」

 

ある意味恐ろしいじゃないの!

地獄の亡者の声とか聞きたくないわよ。地獄らしいかもしれないけれど!むしろ地獄に娯楽があるって方がおかしいかもしれないけれど!まさかこれを娯楽にしてと?

どうしてへカーティアさんは汗をかいているんですか?ここ涼しいですよね?

「お姉さん他にはどんなのがあるの?」

なんでこいしは嬉しそうなの?まさか亡者の叫び声聴き入っちゃった?

 

「うふふ!じゃあ他のところも聴きに行く?」

 

「わーい!」

 

勘弁してくださいよこいし。

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、それで丸2日も空けていたっていうわけね」

 

「まあそうなりますね…二日経っていたなんてびっくりなんですけれどね」

私に向かい合うように座りお酒を煽る靈夜さんはさもめんどくさそうなやつに絡まれたねと同情の目線を送ってくる。

貴女も貴女である種のめんどくささはありますよ。

人がいない合間に人の家に入り込んでいたんですからね。

不法侵入罪で刑に処されますよ?

まあ、そんなことはしないんですけれど。

 

「だってせっかく遊びに来たのにいないんだもん。後あんたの部屋埃積もってきてたから軽く拭き掃除しておいたわよ」

 

それでチャラにしろと…別に良いんですけれどね。

ああ…そういえばお酒代はどうするんですか?

なんて思いついたから少しだけからかってみる。

 

「お酒代の方をお支払いくださいな」

 

「はあ?お金取るのかさ!」

 

「冗談ですよ」

 

「ったく…変なこと言うんじゃないわよ」

不機嫌そうに靈夜さんは拳を振り回す。危ないから暴れないでくださいとは言わない。だけれど危ないのには変わりはない。

 

「それで、その女神はあんたをどうしたいと思っているの?」

 

「多分手駒にしたいんでしょうね。それから遊び相手」

 

「手駒に遊び相手ねえ…面倒なことこの上ないわ。あんたも災難ね」

他人事…実際他人事ですからね。

いつのまにか二本目の酒瓶を開けていた。少し飲み過ぎじゃないですかね。

「あの…それくらいにしておいた方が……」

 

「大丈夫よ!仙人になって酒は強くなったから」

仙人になったからって酒に強くなるはずがない…うん。でも今まであってきた仙人はほとんど大酒飲みばかりでしたね。

 

「それにねえ!私はあんたのアホさに少しイラついているのよ!」

 

「私ですか?確かに馬鹿ですし嫌われていますけれど……」

 

「そういうところよ。あんた、この前も派手にやらかしていたそうじゃない」

この前…ああ、結界に反対する奴らとか無差別に人間を食らう妖怪の始末とか。

でもそれがどうしたのだろう?

「もっと体を大事にしなさいよ‼︎毎回大怪我してるじゃないの」

 

そうでしたっけ?すぐ回復しちゃいますしもう覚えてなんていませんよ。

「こいしだって心配してたわよ」

 

「とは言っても…私の戦い方はもう変えられません」

 

「そんなにあんたは自分が嫌だ?」

どうしたのでしょう…お酒のせいで少し性格が変わってしまっているのでしょうか。

「さあ…少なくとも11点の評価を下す程度には素晴らしい体だと思っていますよ?使い勝手もいいですし」

 

吸血鬼並みの回復力を持ち心を読み行動を予測し更には記憶の再現までできてしまうのだ。

これで使えない体なんてことはない。それと能力が好きかとか嫌われているとかそういうものはまた別の問題だ。嫌いであってもこの能力とは付き合っていかないといけないですからね。

「それ何点満点の?」

 

「10点満点で」

 

「分かった…少なくともあんたにとって便利なのは分かった」

何かを悟ったような表情で靈夜さんは顔を伏せた。

諦めた…というより何かを決意したと言う感じですね。何を決意したのでしょうか…

「わかっていただけて何よりです」

 

「でも見てるこっちの身にもなりなさいよ。知り合いや友人が大怪我する瞬間なんて何度も見たくないわよ」

 

「まあ努力はしているんですけれど…帰ってこれなくなりよりかはマシかなと思ってつい……」

 

それでも後百年ほどで殺し合いを極力なくす決め事が生まれるはずだ。どうにかそれまで生き残れれば…私の戦いもほぼなくなるはずです。だからそれまでの辛抱ですよ。

「もう何も言わない!勝手にしなさい」

 

そうさせていただきますね。

あ、おつまみ要ります?話し込んでてすっかり忘れていたのですけれど。

「一応もらうわよ」

 

河童からもらったきゅうりの酢漬けです。

「……随分と手の込んだものを」

お酢って結構貴重ですからね。あ、私が作ったわけではないですよ。

地底で鬼が作っていたのを少し買ったんです。

「あら美味しいじゃない」

気に入ってくれたようですね。ああ…お酒のお供として食べているからそう感じるだけかもしれませんけれど…

 

「うん、ご馳走さま…私はもう帰るわね」

そう言って帰り支度を始める靈夜さんでしたが、どうにも足元がフラフラですしまっすぐ家に帰れるか不安で仕方がない。

「あの…今日は泊まっていったら…」

 

「え⁈じゃあさとりの部屋で寝るわ!」

 

急に立ち上がった靈夜さんが私を抱きしめてドカドカと音を立てて歩き出す。

さっきまでのふらふら具合はどこへ行ったのやら…足取りはしっかりしている。まさかこれを狙った?でも靈夜さんがそんなことするわけないし…でもどうして私を一緒に連れていくんでしょうか?

「あんたは鈍感だからこうでもしなきゃ分からないでしょ!」

 

「こうされてもわからないのですけれど……」

 

全く自体が把握できない。取り敢えずお皿と盃を洗いたかったのですけれどそれすら許してくれる様子はありません。

困りましたねえ…というかこれはまさか私を抱き枕にして寝るつもりなのでしょうか…

 

 

次の日の朝、お酒で爆睡していた靈夜は昨日のことを何も覚えていなかった。



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depth.115さとりの訪問

その場所は幻想郷の中でも最東端に位置する。

これ以上先に行くことは物理的にも不可能であって、進もうとすれば無限ループの罠に陥る。

ずっと東に向けて歩いていたはずが、気がつけば西に向かって進んでいる。そんな空間がねじれたような場所なのだ。

よくこんな仕組みの結界にしたものだと感心半分。

何かを封じる結界は基本的に板のような性質をしている。だけれどそれではそこに何かがあるという証明にもなってしまう。

 

それは幻想郷の性質上好ましくない。

だから少し複雑であっても壁のようなものではなく空間を歪めるかつ、幻想を否定する者には効果が増大するこの仕組みになっている結界を作り出したのだ。

それを担うのは二枚の結界。

「隠す」を主体とする結界と「幻想」を主体とする結界。

「隠す」は先ほどの通り、ちなみに外側からの場合は特殊な場合を除き幻想郷のある場所はただの森、あるいは地面として通過してしまう。いわば空間から浮いた状態である。

なんでも…博麗の巫女が代々継承する「浮く」能力を元に作り出したらしく結界の補修だったりも博麗の巫女しかできない特殊なものらしい。

 

まあそんな訳で、結界に閉ざされてからは初めてとなりますが、博麗神社に挨拶回りに来た。

本当はお参りも兼ねてもう少し早く行きたかったんですけれど…ゴタゴタが収まるのに時間がかかりすぎました。

 

それに向こうも巫女の世代交代があったらしくしばらく落ち着かなかったようですから余計に顔を出し辛い状況だった。

 

まあそれも今は昔の出来事。

 

「紫、久しいですね」

ふと背中に違和感を感じて振り向いてみれば、そこには隙間が作り出す空間の切れ目と、そこから顔を覗かせる紫がいた。なぜ地面に空間を開けているのだろう?

ものすごくハィ、ジョー◯って言ってきそう。

「ええ、顔を出しに行きたかったけれど時間がなくてね」

隙間が空中に移動し、気がつけば紫がその場所に立っていた。

「こちらもです」

そういえば彼女とも会っていませんでしたね。別に会う必要があったかと言われたらノーを突き返すんですんけれど。

それに今だって偶然…いや必然的に出会ったという感じでその後もただただ、たわいもない話が続く。

半分愚痴のようなものだけれど……

 

 

 

話しているうちになにかを聞いて欲しそうな雰囲気を一瞬だけど感じ取った。

紫自身は境界を弄っているためか能力使用での心読は辛い。

だから雰囲気で察する方が確実だったりする。

会えて聞いて欲しいという事だろうか。なら最初からそう言えば良いのにと思ってしまうがこうしてただ無駄話もしたいからとかそういう理由でやっているのだろうと勝手に納得して私は口を開く。

「そういえば外の世界は今何年なんでしょうか…」

 

そのとたん紫の顔が嬉しそうになった。

微笑みは普段と変わらないけれど溢れ出る雰囲気が完全に喜んでいる。

彼女の笑みはどちらかというと…慣れないうちだと胡散臭いとか負の印象をつけてしまう事が多い。

結局その固定概念が最初に出来上がってしまうと可哀想な事に人はそれでしか捉えられなくなる。だから本質を見誤る。

まあ今はどうでも良い話でしたね。

「だいたい…1900年代ってところかしら。丁度大きな戦争が起こっているのよ」

 

大きな戦争……まあ私にはどうでも良いことです。人類は何かしらの戦争をいつも起こす者だから仕方ない。

多分人間の闘争本能なのだろう。

 

「なぜ戦争の事を?」

純粋な疑問。

「ただの気まぐれよ。ああそうだったわ。確か…貴女の知り合いが奮闘していたらしいわよ」

そう答える紫は口元を半分隠していた扇子を閉じて微笑みかける。

その笑みがやはり……信用できない感じを出してしまう。残念美人…いえなんでもないです。

 

「知り合い?」

知り合いと言われましても…外の世界にいる知り合いという仲のヒトは結構いる。大半がもうこの世に居ないのは確定しているけれど。

「猫の知り合い。多いんじゃないのかしら?」

猫?猫の知り合いなんてかなり少ないですよ。

「……姉妹ですか」

 

「ええ、姉妹よ」

紅香と千珠…の事ですか。確かにあの姉妹旅するとか言っていましたけれど…

「……それで?」

結局あの子達がどうしたのだろう。戦争に巻き込まれていようと半分以上関係のないことなのですが…

「あの子達の武勇伝聞きたい?」

武勇伝?紫は彼女達が気に入ったのだろうか?

紫が他人に興味を持つなんてなあ…珍しい以前に、一体どのような気まぐれを引き起こしたらそうなるのやら。

「いえ……いつか幻想郷に来た時に聞くとしましょう」

 

「それができるかはあの子達次第…待つのね」

だってあの2人が高々戦争に巻き込まれたくらいで帰ってこれなくなるはずありませんから。

「いずれこちら側に来ると信じていますから」

 

「……そうなら好きにしなさい」

 

その一言で、紫は会話を終わらせるつもりのようだ。まあ話すことがなくなったのならそうなのだろう。実際私は神社に向かう途中。そして紫も紫でなにか用事があるのだろう。

 

「私からもひとついいですか?」

だけれど最後に1つだけ。

「貴女が?別に良いわよ」

閉じようとしていた隙間が再び開かれる。

「外からの侵攻には気をつけてくださいね」

まだ何十年も先の事ですけれど、これくらい早くでないと対処できるかどうか分からない。

「貴女…何を知っているの?」

 

「何も知りませんよ。今のところは……」

事実私は何も知らない。起こることが予測できたとしてもそれはあくまで予測の範疇でしかない。

「そう…じゃあ貴女に調べてもらおうかしら」

調べるって…また予想の斜め上をいくお方だ。

「外の世界には行きませんよ」

こちらでの業務などもあるんですからね。と付け加える。実際地底の主というこの立場は私を幻想郷に縛り付ける鎖のようなものだ。私が…勝手にしないようにするための。

「それもそうだったわ…じゃあ他の子に頼むとしましょう」

 

それじゃあねと今度こそ紫は隙間に入って消えていった。

静寂と…風の音がよく聞こえる。

 

そして誰かがこちらを伺う音も……

まあ神社の目の前で妖怪が話をしていればそう言う反応もするだろう。だけれど…まさか盗み聞きするとは肝が備わっているというか無鉄砲というか…

それでも気づかないふりをして神社に進む。

「貴女は何者?」

だけれど私が気づいているというのは既に向こうにバレていたらしい。私の目の前に飛び出してきた。

一般的な巫女服…だけれどその服装の一部には赤と白の勾玉が描かれている。博麗神社の巫女さんでしたか。

「盗み聞きしていたんですか?」

私の言葉に顔色ひとつ変えない。流石、博麗の巫女ですね。

っていうか目線怖いですよ…感情を見通せない。

「偶然耳に入っただけよ。それで、貴女は何者?」

偶然だろうか…まあ偶然としておきましょう。さて私が何者か…少し難しい問いですね。

私というものは私だしシュレティンガーの猫みたいに私であって私じゃないという事もない。だけれどいざ私は何者かと問われれば答えに詰まりそうになてしまうのもまた事実。

「地底の主に、趣味で人を助けたり脅かしたりして、八雲紫の友人で、地獄の女神に目をつけられ……」

あと他にも色々ありましたね。

「ちょ、ちょっと?」

どうして困惑するんですか?

「それと天狗に勘違いされてよく雑用を押し付けられることが多いただの妖怪です」

ただの妖怪が今は一番かもしれない。実際特別でもなんでもないんですから。

「それをただの妖怪で済ますのはおかしいと思うわよ」

そうですか?至って普通の妖怪だと思うんですけれど…ちょっと厄介な事に巻き込まれやすいってだけで。

ダイ◯ード程じゃないですけれど。

「そうですか?実際ただの妖怪ですよ」

 

「まあ良いわ。妖怪が神社に何の用?」

私の受け答えにこれ以上言っても無駄だと判断したのかため息をついて巫女さんは近く。その手に握られたお祓い棒が無ければ平和的だったのに…そんなことを思っても無駄なだけ。

「ただのお墓まいりです」

少しふざけても良かったけれど素直に答えておく方を選択する。

「お墓?……あんた名前は?」

そう言えば名乗っていませんでしたね。失敬失敬……

「さとりです」

私の名前を聞いた巫女の顔が驚きに変わる。

お祓い棒が下げられ、肩の力が抜けた。

「ああ…貴女だったのですね」

急に柔なくなった…

「もしかして先代から聞いていたんですか?」

墓参りに来る妖怪なんて中々いないですからそうなのだろう。そういえば前に御墓参りに来た時は先代の巫女1人だけでしたね。彼女が知らなくても無理はないか……

「ええ、先程は失礼しました」

 

随分と雰囲気も口調も変わったものだ…うん。こっちが素の彼女。さっきのは仕事上ああしている方が楽だからやっていると言ったところだろうか。

「お気になさらずに。おかしいのはこちら側ですからね」

実際おかしいのは私…彼女はなんにも悪くはない。

 

「せっかくだしお茶飲まない?お話ししたい事がたくさんあるし」

話したいこと……大方先代や先先代の巫女のことだろう。

あまり深くは関わっていないけれどある程度の認識はあるから…まあ望むようなお話はできるだろう。

「……ではお言葉に甘えて」

 

それに神社でお茶するなんて久しぶりですし。

それにしても……なかなか隙を見せない方ですね。

 

気を緩めても警戒は緩めない。

常に相手を攻撃出来るように体制を整えている。

鴉天狗の速度を最初から使用できるのなら兎も角、私ではこの間合いを詰める前に首を刎ねられますね。

 

流石先代が殺しのプロだっただけあります。

 

「……?どうかしましたか?」

 

「いえ、なんとなく先代に似てるなあと」

特にその…相手の弱点を探るような目線とか。

それと戦闘時の死んだ魚のような目。感情もなく、行動予測もさせない…本気の目。目線で物事を探る戦闘に慣れたヒトにとっては驚異になる。私も似たようなものですけれど。

「そうですか?あまり似ていないと里の人には言われるんですけれど」

 

「気づいてないだけで雰囲気はかなり…それに、相当仕込まれているようですね」

 

「厳しい方でしたからね」

でしょうね。こいしとサシで戦って普通にこいしを負かすような方でしたし、それでいて凄く……なんでしょうね。暗殺者って感じでしたし。

紫に問い詰めたら実際暗殺者の家系から引っこ抜いたらしいですし。

ああ恐ろしい。

 

「そういえば紫さんとは友人関係なんですよね」

 

「ええ、友人ですよ」

実際向こうがどう思っていうかはわからないけれど。

「あの方にも友達がいるんですね」

 

それ本人が一番気にしていることですから言っちゃだめですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……藍、言いたいことは分かるわよね」

隙間を閉じた私の側に待機する従者にお使いを頼む。

「心得ています」

 

「ついでだから実際外から攻め込む場合を貴女なりに想定しておいて」

追加注文に難色を示す。

無理もないわね。今まで外側から攻め込まれないように色々と手を回したのにそれでいてまた外から攻め込まれる事を考えるなんて。

「確かにさとり様の助言は的を得ていますが…流石に直接こちら側に攻め込んでくるようなことが起こるとはそうそう考えられないのですが」

 

「普通ならそうよ。だけれどあの子はそれでも攻め込まれると確信しているわ」

 

「そうですか…ではお使いも含めて検証したいので1ヶ月ほど時間をください」

 

「任せるわ。私も心当たりがないわけではないから少し留守にするわ」

あら?その場合幻想郷の管理人がいなくなってしまうわね。

流石にこれではいけないから藍の方を先に終わらせておく必要があるわね。

「……勿論藍、貴女が戻ってきてからよ」

 

「わかりました。では私がいない合間は橙を」

 

「分かったわ。……ただ可愛いと保証ができないかもしれないけれど」

勿論冗談だけれど。この子の大切なお気に入りに手をつけることなんてしない。

するのであればもうとっくにやっているし。

「その場合こちらも対抗しますよ」

冗談なのにムキになっちゃって…可愛いのにどうして普段は仏頂ズラしか出来ないのかしら。もったいないわね。

 

「あ、そうでした紫様」

私に背を向けた藍が思い出したかのように振り返った。

「なにかしら?」

 

「お使いをするにあたって少し借りたいものがあるのですが…」

 

「良いわよ。準備できるものでね」

 

「橙の写真が入ったペンダントをお願いします」

 

「全く…普段から欲しいって言えば良いじゃないの」

 

「普段は本人を愛でられるから良いんですよ」

それ、真顔で言う事かしら?というか真顔で全部言ってのける藍がなんだか怖いんだけれど。どこで教育を間違えちゃったのかしら…

 

「まあ良いわ。じゃあよろしく」



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depth.116さとりと花

外の世界に何が起きようと、それは私達幻想の住民は知ったことではないしそれで不利益を被ることなんて起こるはずもない。

実際この幻想郷という外界から全てを遮断された世界では外で何が起きてようと干渉することは絶対にない。

 

だけれど一部だけ例外がある。まあそれも、厳密にいえば幻想郷という場所ではないところでなのですけれどね。

いや…実際には幻想郷側にも多少なりとも影響はあったのかもしれない。あくまで副次的なものであるしたいした害もないのだけれど。

 

まあこれが咲いたと言うことはきっと……そういうことなのだろう。

 

後々異変と認定されるそれは、異変らしくないと言えばらしくはなかった。

 

雪解けと共に現れた緑。だけれど現れたのはそれだけではなかった。

桜、向日葵、野菊、桔梗・・・

まだ春だというのに、一年中全ての花が同時に咲き出していた。

 

いやほんと…幽香さんの向日葵畑が満開になっていたのには驚いた。

というかこれ生態的に大丈夫なのだろうか…

目の前で咲いている彼岸花を見つめながらいらぬ心配をしてしまう。

 

気がつけば、妖精達が春を謳歌するかのように私の頭上を飛んでいく。

やれやれ、ここまで妖精が活発になると揉め事も増える。

巻き込まれないうちに逃げましょう。

彼女たちの悪戯は人間じゃ死に直結するものばかり。

感覚としては…まだ幼い子供が虫を殺して遊んでいるのと同じなんですけれどね。良くも悪くも、彼女達は無邪気な子供ですから。

 

「……早く終わらないでしょうか」

 

早々に解決して欲しいのですけれど…これは巫女が出てどうこうというわけにも行きません。

「……旧地獄の方はまだ大丈夫だったのが救いですね」

 

あっちの方は地下活動とかのせいであまり植物が育たない。それに怨霊の制御が間に合ったので霊が溢れ出る事態にもならなかった。

そのかわり地底の方の植物は軒並み満開なんですけれど。

 

むしろこっちの方が深刻。野菜や果物などの花も咲いてしまったのは少しまずい。

このままだと季節どおりに果実が実らない。というかもう手遅れかも…既に一部は受粉してしまっているし。

このままだと夏前に殆どの食物を収穫する事態に…いやこれも確定事項ですね。

しかも果物も野菜も長期保存なんてとてもじゃないけれど出来ませんよ。

愚痴はここら辺にしておきましょう。

でも…これがまた起こると考えると少し辛いというか…その原因を考えれば怒りも恨みも筋違いなんだと思わざるをえません。

 

思わず溜息が出てしまう。

 

その瞬間私の腕に何かが突き刺さる。

 

「……そういえばさっき何か踏みましたね」

 

そっとなにかを踏んだ足を退けてみるとそこには半分土に埋まる形で縄に結ばれた木の板があった。

「全く…悪戯するのは勝手ですけれど趣味が悪すぎるんですよ」

 

私の姿を見ようとして顔を覗かせた妖精に小石を投げつける。

たかが小石と侮ることなかれ。

銃弾と同じ速度で放たれればなんだって立派な凶器。勿論、目玉を貫通して脳を破壊するくらい造作もない。

人が倒れる音が鈍く森に響く。

全く…木の枝で剣なんて作るものじゃないですよ。強度は兎も角一回きりで突き刺すのに特化させれば相当な武器になるんですから。

 

突き刺さった木を引き抜き傷口を服の上から押さえつける。

後は自然回復に任せるとしましょうか。

気晴らしに散歩に出れば直ぐにこれだ……

妖精には呆れますよ。

 

「悪戯して遊びたいのは分かるんですけれど…少しは正面から正々堂々と戦ってくれる妖精とかいないんでしょうか?」

 

「そんな妖精いたら困りますよ」

私の独り言に答える別の声。

その声がした方向にからだを向ける。

 

「でも貴女はそんな妖精に入りそうよ?」

 

緑色の髪の毛をサイドテールでとめた少女が刀を抜く。

彼女とて妖精。自然の化身のような存在なのだからこうなるのは仕方がないのだろう。

「ええ、どうやら私もこの異変にやられてしまったようです」

自覚があるなら抑えたらどうなんでしょう。とは言うまい。

多少相手をするくらいいつものことだ。腕の傷ももう治っている。

準備は万全、後は大ちゃんの出方次第。

「異変に振り回されるのはいつだって第三者……」

 

「でしたら振り回されながらも…」

 

「「それを精一杯楽しまないと損」」

大ちゃんが地面を蹴り、次の動きで私の突き出した刀に弾かれた体を空中で止める。

視線が交差し、私とほぼ同時に体が動く。

 

大ちゃんの姿が視界から消える。

そして私の背後で風が舞う。

 

体を捻り前へ押し出すことで強引に回避。崩れたバランスのまま踵で肘を蹴り飛ばす。

再度テレポート。

今度は頭上。左手で突き出された刀の刃を掴む。

峰の方をうまく持てたから手を切らなくて済んだ。それでも力任せに押し込もうとする。

私の持つ短刀を振り回して少しだけ距離を開けさせる。

少し大きめに体を後ろに飛ばした大ちゃんが動きを止めた。

襲ってこない…どうしたのでしょう?

「らちがあきませんね」

思わず本音が漏れてしまう。実際このままだと本当に決着がつかない。だって殺さないように手加減するのって大変なんですよ。

「そうですね…じゃあ短時間で決めちゃいましょうか」

 

大ちゃんの言葉に素直に頷く。仕掛けた相手からの仕切り直し…体力で不利な大ちゃんらしい行動といえばそうなのですけれども……

「それじゃあ一発だけで……」

刀で一撃…それで良いのだろうか。

「それで決まらなかったら?」

 

「決まるまでやりましょう」

清々しい笑顔。普段と変わらないですね。

「仕切り直した意味無いですね」

 

「あるかもしれませんしないかもしれませんよ」

少なくとも敗北条件が決まっただけありがたいか。

 

自然体で大ちゃんと向き直る。

距離は5メートルもない。ほぼ一歩で間合いに詰められる。

気がつけば私たちの立っているところは白い花が咲き乱れる場所であった。まるで決闘みたいですね。

大ちゃんの義手に収まる小さな刀が太陽の光で白く光る。

動くなら……今‼︎

私と大ちゃんがほぼ同時に地面を蹴った。

一瞬だけ火花が散り、鮮血が飛び散る。

 

地面に血溜まりが出来ている気がするけれど、決着がついたわけではない。

大ちゃんもこちらに向き直る。

その顔には斜めに切傷が刻まれていた。

私も首筋を軽く斬られてたらしい。幸いにも静脈や動脈は傷ついていないからそこまで出血は酷くない。

 

もう一度構える。

 

 

……今‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く…2人とも阿呆なのですか?」

 

包帯を巻きながら博麗の巫女は大ちゃんを叩く。

意図してなのかしていないのかは分からないけれど傷口のあるところを直接叩いたからか大ちゃんの悲鳴が上がる。

 

結局、私も大ちゃんもほぼ同時に軽い傷を入れるだけになり、それでは決着がつかないと何度も仕切り直した結果、身体中切り傷や刺し傷で大変なことになってしまった。

それくらいならまだ良かったのですが偶然にも博麗の巫女に見つかってしまったのが運の尽きと言うべきかなんというべきか…

 

ボロボロだった大ちゃんにとどめを刺して気絶させた後私共々神社に連行されると言えば運がない。

まあ見方次第だろう。

「すいません。どうしても高ぶるこの気持ちが抑えきれなくてですね」

数分前に目を覚ました大ちゃんに巫女さんはまたも呆れる。

「妖精ってこんな脳筋だったかしら?」

大ちゃんが例外なだけですからね。それに異変で少し感情が昂ぶりやすくなってしまっているのだから少しくらい大目に見てほしい。

 

「あんたはまだ良い方だけれど妖精は全般的に面倒ね……どいつも殺しにくるようないたずらばかりするんだもの」

 

「無邪気と純粋が生み出す悪意ですね」

それが妖精なのだ。仕方がない。

「さとりも手当を受けたらどうなの?」

 

私?私の傷はもう治ってますよ。

まだ一部治りきっていないところもありますけれど。でも傷の手当てはもう必要ないですよ。

「それにしても…服のないところだけ狙うのが得意なのね2人とも……」

 

「服が破れるのは嫌なんですよ私もさとりさんも」

それは事実ですよ。ただ私の場合は、服のあるところは積極的に狙わないようにしています。

だって服の下にトラップのようなものを仕掛けていたりするとうっかり攻撃を与えて大惨事…なんて冗談にもなりませんからね。

うっかり攻撃を与えて大惨事…なんて冗談にもなりませんからね。

 

なかなかそんなことは無いと思っているのですけれど…

それに瀕死になりやすいところでもありますからね。

そんなことを考えていれば、大ちゃんの治療が終わったらしい。

 

「……ミイラができている」

息しているのだろうか…

「誰のせいよ」

根本的な原因は私でしたね。ですが反省はしていない。

包帯でぐるぐる巻きにされている大ちゃんを横目に桜の絨毯を作り出す木を見つめる。

「いつまで続くんでしょうね?」

この異変の解決手段はあの人たちなら分かっているはずだ。

それに彼女達にしか解決することもできない。

「さっき閻魔が来て言ってたわ。4日後には片付くって」

 

「そうですか」

死神達も大変ですね。こればかりは仕方がないと思いますけれど。

「それを里の人達に知らせに行くところだったのよ」

では邪魔してしまったと言ったところでしょうか。これは失礼失礼。

 

「では、これからいくのですか?」

 

「今からだと日が暮れちゃうから明日にするわ急ぐようなものでもないし」

 

では私もしばらくしたら帰りましょうか。日暮れの山は神隠しも起こると言いますから。

 

「どうしてとか気にならないのかしら?」

普通は気になるでしょうけれど…興味はあまりないです。知ったところでどうというようなものでもないですし。

知っているヒトが言える特権のようなものですけれど。

「大方見当はついています。今更聞く必要もありませんよ」

それに知りたかったら映姫さんに直接聞きに行きます。それに…ここ最近死神が色んな所で目撃されています。そっちに聞いても良いでしょう。

「そう……」

私が興味を示さないのを意外に思ったのか驚いた表情をしている。それがまた面白くて少しいじってみたくなる。

「外の世界ってのも大変なんでしょうね」

 

「一体どうなっているのやらよ」

 

「戦争でしょう…それも悲惨なまでの」

悲惨というか虫を踏み潰していくかのように人の命が消えていく戦争ですけれど。

地獄を地上に作り出すのが上手になったんですね人は。

「人間の業の深さって事ね」

 

「同族を効率よく殺す事だけは突出して優れていますから」

似たようなものを私も作っているし河童なんてもっと作っているだろう。ただし河童が作っているのはあくまでも副次的に生まれてしまったもので本来の目的は違う。

「それは嫌味?」

 

「事実です」

 

今なんの戦争をしているのか分かりません。

結界で閉じられてからの日数で考えてみると第一次大戦あたりだとは思うのですけれど、幻想郷の結界は閉じられてからというもの時間的にも空間的にも不安定になっている。

空間から「浮く」この結界は内部空間が独立して元あった空間から離れるため不安定になりやすい。それは空間だけにとどまらず時間的にもだ。だから外の世界と中の世界とでは時間の進み方などが少し違うし仮に幻想郷を外から観測可能だとすればそれは時空連続体の中で不安定であるがゆえ、蜃気楼のように消えたり現れたりしているだろう。

だからなのか少しばかり外の世界の方が時が進んでいる。

となれば第二次大戦だろうか…

まあそんなことはおいておこう。深く知ることでもないです。

「それより、お弟子さんはどうなんですか」

 

「もう私の後釜に収まるくらいにはなったわ」

 

じゃあもうすぐ引退ですかね。

このまま何事もなく終わってほしいのですけれど……

毎回巫女が変わるごとに妖怪による問題ごとが多発する。仕方がないといえば仕方がない。

それに巫女が力を示す良い機会になるから完全に否定できないというのもある。

「もうすぐ引退ですかい?」

「彼女はまだ10歳になったばかりなの。すぐに引退は無理ね」

なんだまだそんな年齢だったのですか。次の巫女の情報は基本的に秘密にされている。だけれどまだ10歳…まだまだかかりそうですね。

「もうしばらくは一緒にいた方が良いでしょう」

いくら筋が良くても、経験が圧倒的に足りないうちは無理をさせない方が良い。

「そうね。でも反抗期なのか過信しすぎてるのか…最近1人で突っ込むことが多いのよ」

子育ての悩みみたいですね。

まあ私も1人だけ巫女の教育はした事あるのですが反抗期も何も結構自由にさせていたからそこら辺の事情がよくわからない。

 

「ぐるじ……」

 

あ、大ちゃんのこと忘れてました!やばいです窒息しかけてます!

ミイラ状態にされてからずっと息していなかった⁈

「あ…やべ……」

ほら顔の包帯外しますからほらはやく!



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depth.117さとりとこいしの弾幕

静かな執務室に、私がペンを走らせる音だけが響く。

殆どは旧地獄の管理に関する書類だったり街の建物の補修工事。それらにかかる人員の配備状況を変えたりとかする許可証など重要なものばかりだ。

「さっきからずっとですが疲れないんですか?」

飲み物を持ってきてくれたエコーが私の手元にある書類を見ながら聞いてくる。話すときくらいちゃんと顔みなさいよ。

「8時間くらいこの体にはなんの影響もありませんよ」

実際眠くならないから問題はない。多少疲労はするけれどそれもすぐに治る。

「前回覗きにきた時からずっとやってたんですか⁈」

そういえばそうでしたね。前に来た時は書類の束を持ってきていたようですが…あ、その束はそこにまとめておきましたから後で持っていってくださいね。

 

 

……なんで震えているんですか?

「ダメでした?」

 

「休んでくださいよ!私だって3時間くらいで休憩するんですよ?」

何故か大声で怒られた。解せぬ。

「全部終わらせてからまとめて休みたい性格でして」

半分本当で半分は嘘ですけれど。

 

「それもそうですけれど…勇儀さんに怒られても知りませんよ」

 

「それは困りましたね…じゃあここら辺で休憩にしましょうか」

それにしても今日はよく突っかかってきますね。普段は「あっそう」とか「勝手にしてください」って会話すらほとんどしようとしなかったの…何かあったのでしょうか。

「それにしても珍しいですねエコーが怒るとは」

私の問いに視線をあさっての方向に向けているエコーが困惑した表情を浮かべる。

「……どうして怒ってしまったのかは分かりません」

何か彼女の中で変化でもあったのだろうか。

それか今のが彼女の本心なのか…彼女は私が一度精神を壊してしまった妖精。

その上に新たに築き上げられた人格が本来の人格に近寄ってきたのか…あるいは彼女を今まで彼女にしていた人格の残骸が壊れていったのか。

触れようとして手を伸ばしてみたが、やはり体を震えさせて逃げてしまう。やっぱりまだ怖いようだ。

「……近寄らないでください」

 

「手厳しいですね」

 

なにも言い返してこない。だけれどその瞳が貴女が原因ですよと言っている。

実際私が壊したのだし文句は言えない。

「そうそう、妹さんが貴女を探していましたよ」

 

「こいしが?何かあったのかしら……」

 

「貴女と遊びたいんでしょう」

遊びたい…ですか。

休憩がてら遊ぶのもまあ良いですね。

「そう、じゃあ行ってこようかしら」

 

「屋敷の外にいますよ」

それじゃあ業務の方は残りお願いしますね。さりげなくエコーに残りの仕事を預けて部屋を後にする。

最近小動物がよく建物に住み着くようになってしまい半分動物園になってしまっている地霊殿を突っ切る。

私は何かした覚えはないのですけれどどうしてこうなったのでしょう。

まあ来る者拒まず去る者追わずでご飯を与えたり寝床を貸し出したりしていましたけれど…

考えても仕方がないか……

思考を切り替えてエントランスの階段を降りる。絨毯に吸い込まれて足音がほとんど聞こえない。

玄関から外に出ると、目の前にある小さな噴水にこいしはいた。

水が噴き出す部分に片足を乗っけてグリ◯のポーズを取っている。

うん……なにしているんでしょうか。理解できない。

 

「こいし、なにしているの?」

 

「噴水になりきってみたくて…」

 

余計に理解できない。

噴水になりきるって一体何ですか?

「まあいいや!お姉ちゃんたまには遊ぼうよ」

噴水から飛び降りてきたこいしが私に抱きつく。

いや、急に遊ぼうと言われても色々と混乱してしまう。

でも断る必要性もないし気分転換にはちょうど良い。

 

「なにをして遊ぶのかしら?」

 

「弾幕ごっこ!」

え…あ、確かに弾幕ごっこの事は教えましたけれどまさかこいしの方から誘ってくることになるなんて。

でも今まで乗り気じゃないのかあまりやって来なかったのに急にどうしたのやら。

「興味が湧いたの!なんだか綺麗な弾幕作ってみたくなったし!」

 

どうやらお空とお燐がやっているのをみて自分でも作ってみたくなったらしい。

あの2人が弾幕ごっこをやっているとは…もしかしたら何か面白いものが観れるかもしれないし今度見学させてもらおうかしら。

「それでこいし、スペルか何かを作ったりはしたの?」

 

「まだだよ!そこから始めたいんだ!お姉ちゃんいくつかスペル持ってるでしょ」

 

たしかに持っている。戦闘用に使うやつで妖力を流すだけで1つの技が使えるからと言う理由で作ったものと、弾幕ごっこに転用できるように非殺傷系のものといくつかですけれど。

こいしの参考になれば良いのですけれど…

 

「まずこいしはどんな弾幕を作ってみたい?」

 

いずれにせよ先ずは弾幕のイメージから始めないといけない。

「うーん…お空みたいに火力でゴリ押す感じかなあ…」

 

「そうなると動きを封じてから高火力のレーザーを撃ち込むものとか弾幕で誘導して特大のものをぶつけるとかそんな感じかしら」

 

だからと言って板◯サーカスはやめてくださいね。すごく疲れますから。あ、実験として私に撃つなということですからね。

作る分にはむしろ奨めますよ。誘導弾幕の嵐…楽しいじゃないですか。

「うーん…弾幕ごっこの弾幕ってさ…花火みたいなものだよね」

 

「見た目の美しさが重視されますからね。実際私も花火を参考にしたりしていますよ」

 

「お姉ちゃんも?どんなの!見せて見せて!」

大したものじゃありませんよ。

 

「夜符『星の舞』」

スペルを発動。私を中心にいくつもの小さな弾幕が辺りに放たれる。それらはある程度広がったところで停止。

そこに少し大きめの弾幕をぶつける。

大きな弾幕が接触した直後、周囲の弾幕が一斉に弾けた。

いくつもの小さな弾幕やレーザーとなって周囲に吹き荒れる。

いくつかは誘導弾幕になっているので標的があればそれに向かって最短距離を通る。

作ってみたけれど…あまり使い道がないスペルなんですよね。

 

これ持久型ですし…ちなみに3回くらい同じ事の繰り返しなのでとやかく時間がかかる。

パターンは変えてあるから攻略され辛くはしてありますよ。それでもあまり倒すに向かない弾幕だ。

「魅せる」に特化した弾幕とも言える。

 

「すっごーい!私もこんな感じに綺麗で確実に相手をヤレる弾幕作ってみる!」

 

なんだか半分物騒なのだけれど大丈夫かしら…

「えっと…剣を投射するのとか弾幕ごっこでもやってみたいなあ……」

物騒すぎるわ。完全に殺りに行ってどうするのよ。弾幕ごっこはあくまでも倒すだけよ。

「じゃあ殺さない程度に剣を投射する!」

そういうことを言っているんじゃなくて…そもそも剣を投射するってもう狂っているとしか思えないような状況なのよ?

あまり多用しちゃダメ。精神が壊れちゃうから。

 

「頭上から機銃で穴だらけにされるよりマシだし安全だよ」

 

「それを聞いたら確かにマシに思えてきたわ」

鉛弾の雨じゃなくても貫通力をめいいっぱい上げた弾幕を集中投射するだけでも大抵は地獄が生み出せますが…

かわいそうだなんだ?そんなの知りませんよ。

攻撃に必要なことは相手を如何に倒すかですから。多少卑怯な手でも勝てばよかろうなのです。

「じゃあまずは一枚目…枕元にご先祖様総立ち」

 

「名前だけでかなりシュールな光景が浮かぶのですが……」

 

「シュールにしてるんだもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の光を遮る曇天は地上に暗く影を落としていた。

そんな晴れとは無縁な地上の深い森を軽い足取りで歩く。

もう慣れたと思っていた硝煙と人の死の匂いがしなくなって少しだけ違和感があるけれど本来はこっちの方が普通のはずである。

黒い和服に身を通した体が吹き抜ける生暖かい風に不快感を示す。

「あの…お姉様」

久しぶりに真横を歩く妹から声がかけられた。

振り向けば、私と同じ灰色の髪の毛をした妹もこちらを見つめていた。

「ん、どうしたん?」

 

「あのさ…こっちの方に来ちゃって良かったの?」

こっちの方と言ってもコンパスに従ったまでよ。地図があるわけじゃないのだしまあ半分適当よ。

「良いんじゃないの?戦場はまだ西側なんだし」

それも戦争の原因を作ったであろう国は超えたのだから背後から戦火に巻き込まれることはまずない。と思いたい…これが挟撃されている状態だったらまた戦火に巻き込まれる。それだけは避けたいのだけれど。

「そうかな……でもこっち側も戦場だったんじゃ」

 

「たとえそうだとしてもこんな深い森を軍事行動してくる軍隊がどこにいるのさ。ここを通らなくても近道になる道はいくつもあるんだし」

それでも戦車とかいう兵器は森とかお構いなく突っ切ってくることがあるかもしれないけれどこんな深い森じゃ突っ切るだけで戦闘なんてそうそう起こりはずがない。

姉の計算は完璧よ。

「それもそうか!」

妹の黒い猫耳がピョコピョコと動いているのがフード越しからでもわかる。

どうやら納得してくれたみたいね。まあしかし足場の悪いことなんの。

「少し……休憩する?」

ふと妹の姿を見れば呼吸が乱れてきているのが分かる。流石にこういったところを長時間歩くのにはまだ慣れていないのだろう。

「賛成です。この姿では長期移動に向かないですから」

だって猫の姿だと服とか荷物とか持ち運べないのだから仕方がない。

適当な木の根元に腰を下ろして休憩をする。

そう言う私もあまり慣れてはいないのだけれど。

「やっぱりさ、船に乗ったほうがよかったんじゃない?」

 

「このご時世船に乗ったらどうなるかなんて分かっているでしょう」

戦時中の船なんて撃沈されるのがオチだ。いくら私達が人じゃないとは言っても海に放り出されれば生きて帰れる可能性は少ない。

「そうだけどさ…でも大陸を縦断しようとするよりかはまだ現実的だったと思うよ」

そうだけど…いや、ね?私が船に乗りたくないからこっちに来たのよ。だって船乗ったらすごい船酔いだったんだもの。

もう2度とあんな体験したくない。

船を降りてもしばらく体が暴れて気持ち悪かったんだから。

私の隣に座った妹がバッグから何かを取り出す。視界の隅に入ったそれが気になって見てみるとそれは林檎だった。

多分途中で自生していた林檎だろう。

「その林檎美味しいの?」

 

「渋い、限りなく渋い」

一口かじった妹が額に皺を寄せて咀嚼する。

「自生しているものだから仕方がないわよ」

それでも妹は林檎を食べようとしたけれど結局はその場に捨てた。

だから食べるのはやめておけといったのに。

水でも飲んでスッキリしなさい。

 

 

しばらくその場で疲れを癒していると、無意識に音を探していた耳が何かの音を捉えた。

「お姉様……」

どうやら妹の方もだ。

「ええ、そのようね」

 

私達は化け猫。通常よりも聴力や視力に長けている。

だから地面を揺さぶる僅かな音もすぐに探知できる。

数まではわからないがおおよその方向と距離がわかれば十分だ。

どうやら機械化歩兵隊とかそんな感じのものだろうか。

大地を蹂躙する鉄の音しか聞こえない。

 

あまり近くにいると敵と間違われたり戦闘に巻き込まれかねない。

実際西の戦場ではそれで巻き込まれて本当に大変だった。

硬いし気を抜くとすぐに機銃で撃たれるし距離を取ると大火力の大砲を撃ってくるし……

飛び乗っても周囲に仲間がいたら的になるだけだしでもううんざりだ。

すぐに離れよう。でもその前にどこに向かっているのかを確認しないといけない。

離れようとして行き先がかぶるなんてことになったら目も当てられない。

もう少し音に聞き入る。

 

「……虎とか言う戦車を運用するところのやつにしては唸りが違う。でもシャーマンとか言う名前の戦車でもなさそう」

まだ見たことのない新しい奴らだろうか?

「……気になるなあ」

 

妹よ。戦車が好きなのはわかるけれど危険を冒してまで見にいくものじゃないよ。

「わかってるよ…」

この進路なら私達のところとは接触しないというのが分かりようやく一息つける。

とは言ってももう一息ついたのだから旅路を急いだ方が良い。

のんびりと立ち上がればまたのんびりと、でも確実に歩き出す。

 

 

「あれ?あそこに屋敷なんてあった?」

歩き出してからすぐに妹が異変に気付いた。

それ以前に目の前にこんなひらけた土地なんてなかったはずだ。だが目の前にはたしかに森を切り裂く形で広大な庭と屋敷、そしてそれを囲う紅い塀がある。

「なんだろうこの真っ赤な建物」

真っ赤な建物なんて趣味悪すぎない?

「廃墟ってわけじゃなさそうだけれど……」

手入れはどこまでも行き届いているし建物も使われている形跡があるのかヒトの気配が少しばかりする。

それに、偶然か必然かは分からないけれども立派な門が開け放たれている。

「誘われている?」

可能性は否定できない。

「じゃあ無視する?」

 

「多分無理だってのはお姉様が一番分かっているんでしょう」

そうね……じゃあ誘いに甘えて入ってみましょうか。

 



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第5部 破
depth.118さとりと影の足音


何かが崩壊し何かが始まるのはいつだって唐突で、こちらの都合も意識も無視してくる。

まあ今となってはそんな感傷に浸る余裕も時間も無いのだけれど。

 

 

 

地上にある私の家は旅館も経営している関係上人の出入りが普通の家よりも多い。幻想郷が結界に閉ざされる前は旅人が立ち寄ることが6割、妖怪が4割と言ったところだろうか。

結界に閉ざされた後も様々な事情で日暮れまでに人里に戻れなかった人や暇を持て余した妖怪などがやってくるので大して割合は変わらない。

だけれど最近は妖怪も人間も殆どやってこない。

数日前までは2、3人程度だけれど来ていたのにだ。

「うーんやっぱり今日も来ないね」

もうすぐ日が暮れる。うーんと私の前でうなるこいし。

「人里に行ってみたらどうですか?何か事情があるのかも…」

 

「……もう少ししてから行ってみようかな?お姉ちゃんの方は何かあるの?」

 

「特にないけれど……」

 

旧地獄はその性質上人間達の情報があまり回ってこない。

一応人づてに噂などは広まりやすいし重要な情報はよく流れることが多いけれど人間との接点がほとんどない。

人里でも食料を栽培している地底の事はなんとなく知っていても旧地獄のことを知っている人は殆どいない。

まあそんな事で人間達がなにを思ってどうしているのかなどは全くわからないというのが現状。

最近人里に顔を出していないというのも原因の1つだけれど。

 

「「……うーん」」

 

 

「あの……お取り込み中だった?」

姉妹揃ってどうしたものかと唸っていると、廊下と部屋を隔てている襖が開かれた。

視線をそっちに向ければ、紫苑さんが気まずそうな…というかいつもと同じ無気力そうな顔をして部屋を覗き込んでいた。

 

「そんなことないよ。上がっちゃって上がっちゃって」

こいしが紫苑さんを招き入れる。

だけれどその直後、紫苑さんの後ろに別の人影が映る。1人じゃなかったのかと思った時にはその人影も部屋の中に入っていて……バッチリとその姿を見せてくれた。

「お邪魔するわ」

こんな近くになってもほとんど気配を感じないあたり、相当な実力者だとみんな嫌でも分かる。

まあ、幻想郷最強あたりまで実力がないと巫女の仕事は務まらないから仕方がないのだろうけれど。

「博麗の巫女?」

 

「あ、巫女さんだ」

軽々しいこいし。

「ひっい、命だけは…」

紫苑さんはビビリすぎですよ。わたしの背中に隠れる必要無いですからね。怖い噂しかないですけれど敵対しなければ優しいですから。

「大丈夫よ。今日は退治に来たわけじゃないから」

その言葉にようやくわたしの背中から離れた紫苑さん。ですが、目が合ってしまったらしく直ぐに縮こまってしまった。残念と言うか運がなかったというか…

 

「まあいいわ…今日はあんたに用はないから」

退治しにきたわけではないとなると…

「何か相談事ですか?」

 

「話が早くて助かるわ。貴女の言う通り相談事よ」

当たりらしい。それにしても巫女が妖怪に相談事ですか。

 

「ふむ……紫あたりがお姉ちゃんに相談しろと言ってきたのかな?」

確かにそうかもね。

「多分正体が分からない妖の事ですね」

それもだいぶ深刻な模様で。

 

「よく分かったわね。流石覚り妖怪と言うべきかしら」

感心したような…でも少し醒めた口調で巫女さんが拍手をする。喜んでいいのか全くわからない…素直に喜んだ方がやっぱりいいのですかね?

「そうねちょっとした相談事。出来れば一対一で話したいのだけれど」

一対一ですか。わたしは別に構いませんけれどこいしは納得するかしら?

「分かった。じゃあ私達は席を外すね」

あら意外と素直ね。あ、でもこれは後で詳しく聞かせてねってことね。仕方がないわ…あとで教えてあげましょう。

 

こいしが紫苑さんを連れて部屋からでる。

2人でいるには少し広すぎる空間が出来上がった。

お茶を出そうかなと思ったけれど要らないと言われてしまい大人しく話を聞くことにする。

 

「それで、相談事と言うのは?」

 

「実は最近人間が襲われる被害が多発しているのよ」

 

「それくらい普通のことじゃないんですか?」

幻想郷で人間が妖怪に襲われるなんて日常のようなもの。人間側だって運がなかったと言うしかない。まあ襲われると言っても命を奪わない妖もいるので一概に妖にあったら殺されると言うわけでもない。

 

「まあそうなのだけれど妙なのは襲われた人間…いえ、人間だったものが少し妙でね」

人間だったもの……そういうことだろう。

「妙とは?」

 

「体のどこかに何かに噛み付かれた様な咬み傷がある以外外傷がないのよ。だけれどその代わり身体中の血が無くなっていたの」

 

「なるほど…仏さんは血を吸い取られた様な状態だったと」

あーなんとなく原因がわかりました。確かに日本ではほとんど存在しないようなものですからわからなくても仕方がないだろう。

「ええ、そうなのよ。全身の血を吸い取る妖怪なんて聞いたことないし……これがもし人間の仕業だったとしたらそれはそれで猟奇殺人なんだけれど」

人間だったらかなりやばいですけれど咬み傷だけで全ての血を抜くなんて…いや、咬み傷は注射器とかの跡を隠すためにつけたと考えると納得いく。だけれど人間の可能性があるならこっちにくるって事は無い。人間じゃないと確信しているのだろう。

「私なら何か知っているんじゃないかと?」

 

「ええ、紫に相談したらそう言われたわ」

紫でしたか余計な事を吹き込んだのは。

 

心当たりしかないのですけれど確証も無しに騒ぎ立てるのも賢い選択ではない。

今のままでは現状を維持するくらいしか出来ない。わたしからの助言では……

紫がどこまで気づいているのかですね。全く気づいていないと言うことはないでしょうけれど……過小評価していても困りますし。

 

「血を吸う魔の存在は古今東西あらゆる伝説がありますが、幻想郷に入り込めるようなものと絞っていくと数は限られます。その中でも確率として高いのは吸血鬼と呼ばれる存在です。もっとも、現場や遺体の状況を見て見ないと確信的な事は言えませんが」

 

「吸血鬼?そのまんまな気がするのだけど」

そのままの意味ですからね。

「ヴァンパイアとかドラキュラとか色々と呼び名がありますけれどしっくりくるのはやはり吸血鬼でしょう」

まあどれもこれもあだ名のようなものなのですけれど。

 

「最初の吸血鬼は北欧方面で確認され、その力は鬼と変わらない。むしろ鬼より強いかもしれませんね。頭を消し飛ばされても死なず高速で再生し、無数の蝙蝠に分裂変幻でき、目にも留まらぬ速さで動き回り、山に大穴を開けるような馬鹿力で襲いかかる…そんな伝承があります」

そんな吸血鬼の真祖ですが今は魔界でのんびり寝ているらしい。次の復活はいつなのやら。

「なにそれ…強すぎるんじゃないの?」

流石に顔色を変える巫女さん。少し脅しすぎましたかね?でもこのくらいやっておかないと慢心したら大変ですから。

「あくまでも最初の吸血鬼がですよ。単一の存在ではないのでかなりの数がいるようですし」

レミリアもそんなことを言っていたし。天狗や河童のように沢山いるのだろう。

それらがどれほどの強さなのかは分からないけれど相当強いと思った方が良い。

「……弱点は?」

訝しげな顔をしながらも弱点を聞いて来た。

「普通の攻撃じゃ心臓を破壊しても回復されてしまいますが、純銀製の武器か白木の杭で攻撃をすれば普通の人間と同じように殺せるはずです」

ですが身体能力が並みの鬼を超えているので真っ向勝負は難しい。

「それだけ?」

 

「後は川とか海とかの流水を自力で渡ることは出来ないですし、直射日光に当たると体が灰になりますし、聖水もぶっかければ火傷のような怪我を与えることはできますよ」

勿論一番大きいのは直射日光で灰になると言ったところだろう。だから彼らの動きは日暮れ以降の夜か直射日光が当たらない場所、天気の下に限られる。

「神社のお札とかも使えなくはないですけれど封印や退治には正直言って無理ですね。動きを封じる程度には効き目がありそうですが」

 

そもそも吸血鬼は欧州の化け物であって妖怪ではない。だから対妖怪用のお札や術式が通用するかと言われたらそんなことはない。

実際欧州では魔物退治によく使われる聖水だって妖である私達には効かないのだ。その逆だって普通にあるに決まっている。

それを伝えるとものすごくがっかりしていた。

仕方がないでしょう。諦めて純銀製の武器を揃えるのですよ。

 

あ、出来れば大聖堂の銀十字架に使われていたものを溶かして作った方が効果増大ですよ。って言っても分からないですよね。

そもそも銀製の武器を作るところから難しいのだ。こうなったら丸太を持つしかないのではないだろうか…

「相手の弱点が分かっただけでもありがたいわ」

ありがとうねと言い残して巫女さんは部屋を後にしようとする。

「折角ですし泊まっていったらどうですか?」

襖を開けようとしていた巫女さんはその言葉で手を止めた。

「それが私を嵌める罠だったら?」

 

「まさか…そんなことをしようものなら紫に退治されているでしょうね。そうでしょう、紫」

さっきからずっと聞いていましたよね。

「ええ、そうね」

私に見つけられたためか彼女はすぐに隙間を開いた。私と巫女が向かい合っていた机の左側に体を出してくる。

 

「紫⁈いつからいたのよ!」

 

「最初からいましたわ」

狐につままれたような…なんとも言えない表情をする巫女が面白いのか紫はコロコロと笑っている。

最初からと言うことはわたしの話も聞いていたのだろう。

「折角だし泊まっていきなさいよ」

 

「あんたに指図される筋合いはないと思うんだけれど……」

 

「心外ね…昔はあんなにいい子だったのに」

紫の嘘泣き。しかし効果はない。

紫は一枚の写真を出した。どうやら巫女の幼い頃の写真らしい。

ものすごい剣幕で巫女が紫に飛びかかる。

もちろんかわされてしまう。紫に強襲は無理ですよ。

「まあいいわ。今から帰るのは確かに危険が多いし、今日は泊まりましょう」

 

ありがとうござます。ではお部屋に案内しますね。

……紫はお話しがあるようですけれど後ですからね。

 

「そう言えばご飯はどうしますか?」

 

「頂くわ…」

ご飯の事を聞いてみると急に何かを思い出したのか、あるいは思い出してしまったのかがっくりとしてしまった。

「……食事ちゃんと取っていませんね?」

「仕方がないじゃないの。食料不足よ」

今度米とか野菜とか持っていきましょう……なんだか博麗神社ってよく食糧不足起こしますよね。

立地条件の問題で買い物に行くのが難しいと言うのもありますけれど……

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん……吸血鬼ねえ…」

隣の部屋で話している2人の会話を聞きながらこいしさんは笑みを浮かべていた。気がつけば私は会話を聞きながら震えていたと言うのにどうして笑えるのだろう?

こいしさんはどう思うのだろう。さっきまでさとりさん達が話していたことはかなりヤバイもののような気がするけれど…

「大丈夫なの?」

 

「それは幻想郷を守りたいって人達がどのくらい居るかによるんじゃない?」

 

それはそうだけれど……でも強い相手が沢山やってくるなんて考えただけでもゾッとする。

「うーん…確かに強いけれど弱点も多いから正々堂々と正面切って戦うのを避ければなんとかできるよ」

 

「大丈夫なの?」

 

「強い相手と戦うときはいつもそうやっているから安心して」

 

いや、逆に安心できなくなって来た。主にさとりさんやこいしさんより強い相手に平然として倒せると言い切るところが……

 

「まあ2人は頭のネジが外れているからねえ…」

不意に後ろから声をかけられる。

とっさに振り返ればそこには1匹の黒猫が変幻した存在がいた。

「お燐、それは心外だなあ…お姉ちゃんはともかくわたしはすごく傷ついちゃうよ」

内心絶対そうは思っていないね。そんなヘラヘラ笑っていられるんだからきっとネジと一緒に真空管とかもどこかに行ってしまったのだろう。

まあ言わないけれど……

「大丈夫かなあ……」

わたしは厄病神だ。何もしていなくても周りは不幸になるしわたしも不幸になるしなのだ。

あまり迷惑にならないようにひっそりと隠れていた方が良い。

 

「折角だし旧地獄に行ってみたら?」

そんなわたしの心を見透かしたのか急にこいしは私の両手を握った。

「旧地獄?」

 

「そうそう!温泉もあるし色々と楽しめると思うよ!吸血鬼の問題が片付くまで旅行して来たらどうかな?」

 

「いいの?」

 

「誰も来るななんて言わないし言うようだったらお姉ちゃんがなんとかするからさ」

「あたいも賛成かな。あそこは入り口さえ封鎖しちゃえば吸血鬼が攻め込むことは絶対にできない場所だからね」

こいしさんの笑顔が不安な私を安心させてくれる。なんでかは分からないけれどそんな感じの温かみがあるのだ。

「じゃあお言葉に甘えて」

甘えちゃっていいのかは分からないけれど、今度女苑も連れて行ってみよっと。

 



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depth.119さとりと吸血鬼異変(前奏編)

巫女や紫と意見を交わしたり意見を求められたりしてから数日ほどが経過した。

未だに吸血鬼の被害は収まっていない。

巫女さんが1人退治したらしいのだけれどそれでも収まる気配がないところを見るに複数の吸血鬼が紛れ込んでいるのだろうとの事だ。

 

余談ではあるけれど不意打ちを行い心臓を白木の杭でひと突きにしたのだとか。

まあ傲慢な所につけ込んだ不意打のようなものではあるけれど良いのではないだろうか。

ただ、今後それが通用するかと言われれば絶対にないだろう。

相手が複数と言うことは巫女が対峙したところも別の吸血鬼に見られている可能性が高く、対策を練られるかもしれない。というかもう練っている最中でしょうね。

 

肉体に杭を打ち込むのはもう嫌だとか言っていましたけれど

でも杭で心臓を貫くってある意味恐ろしいです……

確かに人間の臓器は背中側からの攻撃には弱い節がありますけれど。

そういえば今日、にとりさんに呼ばれていました。

なんでも、頼んでいたものが完成したとの事です。

ついでに連絡用に送った伝書鳩も返してくれとの事だ。何故伝書鳩なのだろう。

一応機械なのは分かるけれど……

 

幸いこの後は何もないですからのんびり行くとしましょう。

 

「どこかでかけるのかい?」

私が立ち上がるのとほぼ同時にお燐が部屋に入ってきた。死体漁りが不発だったらしく少し残念そうだ。

「ちょっとにとりさんのところへ」

 

「じゃああたいも行くよ」

 

あら、お燐も?別に良いわよ。そう言えばお燐用の武器も作っているって言っていたわね。ついでだから良いかしら。

猫に戻ったお燐を抱きかかえて家を出る。こいし達には手紙を置いておいたから大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

相変わらず河童の工房は分かりづらい。

川に沿って登っていってもなかなか視認することができない。

例えば視認できてもそれがにとりさんの工房なのかと言うとそう言うわけでもない。

実際2回ほど間違えた。来るたびに難易度が上がっているような気がするのですけれど……

ようやく見つけた時には家を出てから半日以上が経ってしまい、いつのまにか夜が明けていた。大半の妖怪は活動時間上寝始めたりする時間なのですが…まだ起きているでしょうか?

扉を蹴り飛ばす感じにノックすれば、建物の奥が急にバタバタとし始めた。

どうやら起きていたらしい。寝ていても叩き起こしますが……

「やあやあ、よく来てくれたね!」

 

呼んだのはそちらですからね。

内容はまあ分かっていますけれど……

 

上がってと言うにとりさんに続いて建物の中に上がる。

猫になっていたお燐も直ぐに人型に戻る。

「この前頼んだもの、出来たよ」

通されたのは工房の方ではなくそこに直結する小さな部屋だった。

いつもの部屋といえばそうなりますが、少し違うのはにとりさんの家と直結していると言うことろでしょうか。

 

「頼まれていたものですか」

私の無茶な要求を良く叶えてくれたと思いますよ。

 

「全く…あんたも物好きだよねえ。私も楽しめたから良いんだけれど」

そう言うとにとりさんは天井からワイヤーで吊るされていたケースを私の前に下ろした。

 

「対妖用13.6ミリ拳銃正直拳銃にしちゃダメだねこんなの。全長44cm重量19kg装弾数10発多分妖怪でも使う相手を選ぶ代物だね」

ケースが開かれると、そこには巨大な図体が横たわっていた。やや赤みがかった銀色に塗られたスライドと銃身が電球の明かりで輝く。この前にとりさんからもらった銃よりも一回りほど大きい。

「専用の13.6mm徹甲焼夷弾」

 

「弾殻は?」

 

「表面を純銀でコーティングしたフルメタルジャケットだよ」

「発射薬は?」

「トリプルベース火薬」

 

「弾頭は?」

 

「ナパーム焼夷弾頭」

 

「パーフェクトよにとり」

 

「感謝の極み」

 

 

「あんたら何やっているんだい」

ちょっとふざけただけですよ。気にしないでください。

「それじゃあさとりが今持っている拳銃回収させてもらうよ」

そりゃこんな巨大なもの何丁も持って歩くものじゃないですからね。1つで十分です。

「分かりました」

腰に装着していた方の拳銃を渡す。それを受け取りながらにとりさんは少しだけ顔をしかめた。

 

「扱いがあまり良くないよ。スプリングが伸びちゃってるじゃん」

一度に大量の弾をばら撒きすぎたせいですかね?排熱がうまくいかなくて伸びちゃったのでしょうか……ほとんど使う機会がないので忘れていました。

「それにライフリングもすり減っちゃってる…メンテナンスに出してよ」

今度から気をつけます。一応普段から分解して磨いたりはしていたのですけれど…やはり一度はにとりさんのところに持って行くべきだったでしょうか

「まあ当分はこっちで預からせてもらうよ」

 

「お願います」

 

ダークシルバーの銃の代わりに銀色の拳銃を持ってみる。結構重いですね…それに大きい…

人間じゃ絶対に扱うことは無理ですね。

 

「ついでだからこれも作ったよ」

銃を分解していたにとりさんが思い出したかのようにお燐の手を取り部屋の端っこに連れて行く。

「ちょ…ちょっと。急になんなのだい?」

そこには壁に立てかけられた巨大な棒のようなものが布を被せて置かれていた。

お燐の身長を大幅に超えるそれはどう見ても銃とかではない気がする。

見て驚くなよと悪戯をしようとしている子供のような笑みを浮かべてにとりさんはかけられている布を取り払った。

 

「な…なんだいこりゃ?」

そこには黒色に輝く砲身と、その先端にある筒のようなマズルブレーキ。とってつけたかのようにトリガーやストックが追加されているわけのわからないものがあった。ちゃんとボルトアクションなのかレバーも付いている。

 

「37ミリ47口径対物狙撃砲だよ」

それはもう戦車砲ではないのだろうか?

「弾種は成形炸薬弾と徹甲弾の2種類、装填弾数は6発とは言ってもまだマガジンが完成していないから1発づつ手動装填が必要だよ」

 

「こんな重たいの持てませんよ!」

 

呆れてしまっていたお燐が我に返ったのか叫ぶ。そりゃこんな馬鹿でかい砲を持って動くなんて……火力全振りにして動けなくなるオチじゃないの。

「大丈夫だと思うよ?だってお燐は普通の猫又じゃないだろうからさ」

どう言う意味でしょうか?お燐は普通の猫又ですよ?

にとりさんの言葉の意味が分からない。

お燐も自覚がないのかどう言う意味だと真剣に考え出してしまっている。

「あんたら自覚ないんかい」

自覚って…?

「あたいもよくわからないのだけれど……説明してくれないかい?」

本人すらよく分かっていないようです。

何故かにとりさんが大きくため息を吐く。一体なんだと言うのだろう。

「あのなあ…あんたの名前は鬼の四天王がつけたんだろう?勇儀さんから聞いたんだよ」

 

「ああ…確かにそうだったねえ」

お燐人ごとのように聞きながさないの。

「妖は名前というものに強く影響されるんだ。だからあんたも普通の猫又よりかは鬼、それも名付け親の四天王あたりの性質を引っ張っているんだよ」

にとりさんによって明かされた衝撃的な事実。

どうして気がつかないんだと呆れていますけれど…比較対象があまりいなかったですしそもそもお燐がどれほど強いのかなんて考えたことなかった。

確かに、時々鬼と肩を並べるほどの力を出しているような気がするとは思っていましたけれど……

 

「あたいってそんなにやばいことになっていたんだ……」

実感がわかないのか自身の手を見つめるお燐。

そんな彼女に痺れを切らしたのか、にとりさんが握力計を持ってきた。

どうやら鬼でも使える握力計らしい。勇儀さん達は壊したのだとか。

まさかと言いながらもお燐はそれを利き手で握る。

 

「ふにゅにゅッ…‼︎」

最初から全力。一瞬にして握力計の針が振り切れ、しばらくするとミシミシと何かやばそうな音が響き始める。

あれは壊れるんじゃないのだろうかと思った瞬間……

なにかが裂ける音がして針が一気にゼロになった。

 

「あ……壊れた」

どうやら中のパーツが外れたらしい。なんて馬鹿力……

「うう…手が痛い」

そんな馬鹿正直に全力でやらなくてもいいのに……でもこれではっきりした。

お燐の素の力は並の鬼を超えていた。因みに勇儀さん達は顔色変えずに一瞬で壊してしまったのだとか。それも利き手じゃない方で。そう考えるとまだ可愛い方ですね。

 

「でもそこまで強いなら銃とか砲弾なんて使わなくてもいいんじゃ……」

私の言葉を遮るようににとりさんが肩を掴む。

「さとり、それを言っちゃダメだよ。こういうのは浪漫が必要なんだよ」

まあ……攻撃の選択肢が増えることは喜ばしいことですし……

でも今まで接近戦なんて爪とかで切り裂くくらいしかして来なかったのにいきなり拳で殴るなんて出来るのかしら?

 

「あたい…殴ったことはほとんどないんですよね」

苦笑いをされてしまう。まあ普通はそうでしょう。でも蹴りは結構やっているわよね。

それを指摘したらまあそうですけれどと口籠る。

「今度萃香さんあたりに稽古をつけてもらいましょう」

私の言葉にお燐が顔色を変える。

「あたいを地獄に突き落とすつもりかい⁈」

そんなことないですよ。拳で殴ることに慣れれば良いんですから。たったそれだけです。

 

「とにかく一度こいつを使ってよ。せっかく作ったんだし」

まあそうしましょう。それじゃあお燐それ担いでみて。

 

「重たそうなのに……って結構軽くないですか?」

片手でひょいひょいと持ち上げるお燐。まるで狙撃銃を持っているかのように扱っていますけれどどう見てもゴツすぎる。見た目に反して軽いのだろうか?

「私だってパワースーツとかのびーるあーむ君がないと重たいと感じるのに……」

あ、やっぱり重たいんですね。少なくとも片手であんな持てるようなものじゃないですよね。

 

「振り回したら鈍器になりそう……」

何か物騒な言葉が聞こえた気がするのですが……

「やめてくれよ。砲身は繊細なんだから」

 

「分かってますよ」

分かっているのだろうか…なんか土壇場でホームランバットのごとく使用しそう。

「振り心地は良いんだけれどねえ…」

やっぱり分かっていない!

 

 

そう言えばさっきから何か焦げ臭いような……なんの匂いでしょうか。

「ん?焦げ臭い…」

私が気づくと言うことはもちろんお燐も気づいているのであって、

「ああ⁈胡瓜炒めてたの忘れてたあ‼︎」

 

何炒めているんですか!っていうか火の消し忘れ⁈

蜂の巣をつついたような大騒ぎである。

主ににとりさんとお燐が……

 

ここの部屋は簡易的ではあるけれど密閉式なのですが…それでも匂いが防げていないと言うことは相当やばい状況だろう。

隣の部屋に飛び込んでいった2人を追いかけて私も続く。

 

 

なんかもう火災が起こりかけていた。

危ない危ない……

燃えるのは貸本屋、爆発するのは紅い屋敷で十分ですから。

「危なかった……」

ホッと一息ついたにとりさんが後片付けを始める。

「ごめんなさい。タイミングが悪かったようで」

 

「気にしなくていいよ」

 

とは言っても朝食の作り直しは流石に堪えるのかうんうんと唸っている。

そうだ、こう言う時こそ……

「私が何か作りましょうか?朝食まだでしょう?」

お燐も丁度お腹がすいてくる頃でしょうし丁度良いかもしれませんね。

「本当かい⁈じゃあお言葉に甘えて…」

ついでだからと銃のお値段を割引きしてくれた。そこまでしなくてもいいのに……

「あたいもお腹が空きました」

やっぱりお腹が空いたのね…ちょっと待っていてね。すぐに作りますから。あ、断じて手抜きとかじゃないですよ。

 

それにしても見事なまでに胡瓜ばかりですね。

一応調味料は揃っていますからどうにかできますけれどどう見ても栄養バランス悪いですよね……

 

 

それでも頑張って作ってみれば、見事に胡瓜が主体のもので溢れかえった。

まあにとりさんは大喜びでしたよ。

勿論お燐や私も美味しく食べれるように味付けには工夫しました。

ですが白米を胡瓜で食べるって……まあ美味しく食べれているなら良いのですけれど。

 

朝食を食べて機嫌が良くなったのかお燐は私の膝の上で寝息を立てている。

太るよと言ったのだが猫の体では問題ないらしい。よく分からないけれどそう言うものなのだろうか。

にとりさんは工房の方に行ってしまい、私は1人寝ているお燐の為に少しばかり部屋でゆっくりしているだけ。

ふと窓の外を見る。風が強く吹いているのか葉っぱが舞っている。

日が陰りを見せる。

部屋に入り込む光量が一気に落ちて辺りが薄暗くなる。

……急に暗くなりましたね。

私の膝の上で寝息を立てているお燐を叩き起こす。

 

「嵐が来るわ」

 

「嵐?だけれどまだ曇っただけじゃ……」

 

「いいえ……この雲は異常よ」

 

その瞬間、激しい光が発生するのが少しばかり山肌越しに見えた。

 




「さあ役者は揃い幕は上がった‼︎今この時より吸血鬼の恐ろしさを刻み込ませる劇の始まりだ!」


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depth.120さとりと吸血鬼異変(進撃篇)

それが現れたのは湖のすぐ近くだった。

 

「きゃ⁈」

 

「おわっ!なんだなんだ!」

 

青白い光が周囲を染め上げ、近くにいた私やチルノちゃんを含む妖精達を吹き飛ばした。

どれほど飛ばされたかは分からないけれど、私が周囲を確認できた時には光の中心だったであろうところには真紅の建物ができていて、その周辺の木や土は球状にえぐり取られていた。

 

何があったのかその時は分からなかった。だけれどその建物のようなところから飛び出してきたヒト達を見て、私は近くで土に頭を埋めていたチルノちゃんを引き上げて逃げ出した。

 

 

 

 

 

「相当派手にやっているようですね……」

 

吸血鬼達が攻撃を仕掛けてきてから1時間。

にとりさんの家から真っ先に地底に直行して旧地獄に非常事態を伝えてとやっているだけでもう1時間経ってしまっていた。

 

地上にある私の家の屋根に登り周囲を確認する。

 

遠くで聞こえている爆発音や悲鳴のようなものは未だに鳴り止まない。それどころかどんどん激化しているようだ。

 

「お姉ちゃん!勇儀さん達準備できたって!」

 

「分かりました。ではこちら側に全員が来たら門を閉じます」

 

旧地獄に繋がる門はとっくに閉じた。残っているここを閉じれば旧地獄に行く道はなくなる。

だけれどその前に戦力は外に出しておく。

「久し振りに楽しい戦いになりそうだなさとり」

不意に勇儀さんの声が聞こえて振り返ってみると、いつのまにか屋根に登ったのか四天王の2人がそこにはいた。

「相手が正々堂々戦ってくれる保証が無いのは残念だけれどな」

萃香さんそれは皮肉ですか?

命懸けの戦いで正々堂々なんてやる方が少ないんですよ。貴女の気持ちも否定はしませんけれど。

「体が鈍っていないといいんだけれどなあ」

 

「2人なら大丈夫でしょう…」

うん、不安要素がないです。

「それで、どこに行けばいいんだ?」

 

「そうですね…妖怪の山の方に加勢してもらえます?それが終わったら状況を見て本丸に突貫しちゃってください」

 

私の説明に納得したのかさっさと倒してくると腕利きの鬼たちを連れて早速行ってしまった。

脳筋と思ってしまうが実際鬼は脳筋が多いから仕方がない。それに戦いに限っては彼女達なら安心できます。

 

「私達はどうすればいいの?」

 

黙って見ていたこいしが私のそばに来た。

「そうね…お燐と一緒に人里の防衛をお願い。私はお空を連れて行ってくるわ」

 

「わかった…けど大丈夫なの?」

心配してくれるのは嬉しいですけれど私は貴女の方が心配よこいし。

「貴女の武器、吸血鬼相手じゃ足止めにしかならないわよ」

そう、こいしの所有する銃火器の弾丸は対吸血鬼用に純銀で覆われているものではなく普通の弾丸なのだ。

こいしが吸血鬼を確実に仕留められる武器があるとすればそれは純銀製の刀と剣だけだしそれだって数が少ないのだ。

 

「足止めくらいはできるから大丈夫だよ!それに回復出来ないように常に体を破壊し続ければいいだけでしょ?」

それを笑顔で言ってしまうあたり…冗談ってわけじゃないのよね。

ええ、こいしならやりかねない。

「お姉ちゃんだってそんな武器わざわざ使わなくたって大丈夫でしょ」

「あまりお勧めできるものじゃありませんけれどね」

 

「まあいいじゃん!取り敢えず終わったらご馳走作ってよね!」

そう言うとこいしは空に飛び上がり人里のあるであろう方向へ飛びだって行った。

しかし、なぜフラグを作っていくのこいし。

空気を読んで言わなかったけれどその言葉が出かかってしまう。

 

「さとり様?門しめるんじゃないんですか?」

 

「ああ、忘れていたわ。ちょっと待っていて」

 

まあ、ちゃんと帰ってきてくれるって信じているわ。だから私もちゃんと戻ってこれるように…頑張らないといけないわね。

 

 

 

 

 

 

 

地面を伝って聞こえる足音が少しだけ遠くになる。

私達を探すのはとっくに諦めたのにどうしてずっとここにいるのかな…早くどっか行ってほしい。

「大ちゃん、あいつらなんなのだ?」

こっそりと頭を出して様子を伺うチルノちゃんを引っ張って戻す。

「分からないよ。それより頭出していると見つかっちゃうよ」

 

よくわからないヒト達に囲まれて咄嗟に窪地に逃げ込んだけれど周囲に何人かウロウロしているせいで逃げ出せなくなっちゃった。

 

「……見つかる時は見つかるでしょ」

私の言葉に、チルノちゃんにしては大人びている声で小さくそう答えてきた。でも初めてではない…冬場に大人になったチルノちゃんのようだったから。

「チルノちゃん?」

でもどうしてそれが……

「ん?どうかしたのか?」

 

「なんでもない」

 

兎も角このままじゃどうしようもない。遠くから聞こえる爆発音とか悲鳴から考えて幻想郷に侵攻して来たのは明確なんだけれど…

 

「チルノちゃん…ヒトを完全に凍らせる事は?」

 

「天才のあたいなら1人までなら出来るよ。2人同時は流石に無理だね」

 

そうだよね……あそこでウロウロしているヒトと、少救援に駆けつけやすい位置で待機している2人の計3人を無力化するのは流石に無理だなあ。

「不意をつければあたいと大ちゃんで2人はいけるでしょ」

口では簡単だけれど…

「3人目はどうするの?」

それに増援が来ちゃったらやばいってば。ここだってバレたら即攻撃されちゃうのに…

 

「……あたいがどうにかしてみるよ」

チルノちゃんの雰囲気が一気に変わった。

今までの、普通のチルノちゃんじゃなくて、多分冬場のチルノちゃんに近いけれど…でもここまでの覇気があるなんて。

「危険すぎるよ!」

 

「大丈夫だよ。あたいはサイキョーなんだからね!」

私を安心させるためのものなのだろう。だけれど無理をしているのか少しだけ震えている。

妖精は死んでもまた復活できるけれど、それでも死ぬのは痛いしもし生き返った時に幻想郷が、大事な友達がいなくなっていたらと考えただけでも恐ろしい。

「でも……」

 

「それに大ちゃんに…他のみんなに怖い思いをさせた奴らを許せないんだ!」

チルノちゃん、そこまで決意しているのなら私も最後まで付き合ってあげないと。

「……分かった。じゃあ、せーので飛び出すよ」

 

大丈夫、3人目4人目と来ても私達2人なら行けるから……

「吸血鬼だろうと何だろうと関係ない……生きているのなら」

 

必ず殺すことができる。

さっきの声を聞きつけたのか足音が急にこちらに近づいてくる。

好都合だ、このまま近づいてきてくれれば……

気配をギリギリまで下げてなるべく気づかれないようにする。もうすぐ…

足音はすぐそこ、チルノちゃんが最初に飛び出した。

瞬時に、誰かのうめき声が聞こえたがそれらは全て強力な冷気によって氷づけされてしまった。

一瞬で完成した氷のオブジェの横をすり抜け、もう1人の目標がいるところに瞬間移動。

丁度相手の後ろに出た。

 

無防備な背中に抜刀した刀を流すように当てる。

数票ほど遅れてその体がバラバラと崩れ去る。

心臓も細切れにしておいたからもう助からないでしょう……多分。

 

 

「キャッ⁈」

 

「チルノちゃん‼︎」

チルノちゃんの悲鳴と何かが地面を転がり木をなぎ倒す音が響く。

すぐさま先程のところに瞬間移動……

「チルノちゃ……」

私の言葉は最後まで続かなかった。

気づけば私の体はくの字に曲がって高速移動していた。

それと同時に腹部への激痛……蹴り飛ばされたのだと分かった時には既にどうしようもなかった。

木か何かにぶつかったのかようやく私の体が止まる。

霞んだ視界で周囲を確認しようとするがそれよりも早く上から押し付けられた。

「や、やめろ‼︎大ちゃんを離せ!」

すぐ近くでチルノちゃんが叫んでいるけれど少し遠く感じる。

 

相手が何か言っているけれど上手く聞き取れない。

でもここで終わるってことは分かった……だから……

 

「抗うよ…」

 

相手の後ろに向かって瞬間移動。

一度しかできないとか、体を接触させておけば大丈夫だとか思ったのだろうか?

これで…終わりっ!

背中側から体を切り裂く。

心臓を含めて斜めに切り落とした体がガタリとその場に倒れる。

 

「大ちゃん!怪我はないの!」

 

「多分…大丈夫」

お腹がすごく痛いですけれど…

それに少し音が聞き取りにくくなっている。

 

「良かった。取り敢えずここら辺の奴らは片付けたね!」

 

「そうだね…」

周囲にほかの気配はないし多分大丈夫。

「じゃあ他のところに加勢しに行くぞーー!」

チルノちゃんが拳をあげる。それにつられて私も小さく拳を上げた。

「ゔぁーか!させるわけねえだろ」

 

「あ……え?」

その場にするはずがないヒトの声。

周囲の景色が異様にゆっくり進んでいる気がした。

血色の悪い手がチルノちゃんのお腹から飛び出して…真っ赤な噴水がその場に上がった。

 

「手間かけさせたな」

チルノちゃんの体を誰かの手が貫いていた。真紅の血が青色のワンピースを染め上げていく。私の顔にも少しだけ飛び散る。

その原因はさっき私が切り刻んだはずの……

 

「嘘……どうして……」

 

「吸血鬼はあんなのじゃ死なないんだよ」

吸血鬼…その単語がなんなのかは分からなかった。だけれど、チルノちゃんが吸血鬼にお腹を刺されたのはわかった。

その場に崩れ落ちるチルノちゃん。私の中で何かがちぎれた。

「貴様っ‼︎」

 

瞬間移動攻撃を仕掛けようとするけれど、それよりも早くなにか乾いたものが割れる音が響いた。

 

「……え?」

体が地面に倒れる。どうして……?

 

「ギャアアッ‼︎足がッ‼︎」

両足が痛い!

どうして⁈どこから…

 

振り返ると、そこにはさっき切り裂いたはずのヒトが何事もなかったように立っていた。

まさか回復した……の?

 

でも…回復するのであればまた斬るのみ‼︎

脚が動かないけれど……戦えないわけじゃない!

 

瞬間移動で空中に体を移動。チルノちゃんを刺した敵の頭に向けて刀を突き立てる。

頭蓋骨が砕け、確かに脳に突き刺さった。

だけれど……

「無駄だ‼︎」

素早い動きで刀を握る腕を掴まれた。

普通なら動きなんて止まるはずなのになんで動けるの!

思わずそんな言葉が口からでかかった。

強い力で握られているのか一瞬で腕がひしゃげた。義手が使い物にならなくなり、腕の残骸を思いっきり引きちぎられた。握っていた刀が腕ごと地面に捨てられる。

気がつけば刺した傷は消えている。ものすごい回復力……

あれが反対側の生身の腕じゃなかったのは不幸中の幸いだった。

バラバラになった生体部品のようなものが赤色の液体とともに流れ出る。

終わりだと言わんばかりに私の体をチルノちゃんの隣に放り投げる。

片腕だけじゃうまく受け身が取れず全身を強打してしまう。

「う…このっ」

体制を立て直したかったけれどもう体はうまく動かせない。

 

「やめ……ろッ!大ちゃんに手を…出すな!」

チルノちゃん⁈もういいから!早く逃げて!チルノちゃんならその傷でも振り切れるはず……

声がうまく出せない。

 

先にこっちからだと言わんばかりに、そいつらは私の側で倒れているチルノちゃんの頭に何かを押し当てる。

お燐さんやさとりさんが持っているものによく似ている。だけれど殺意を持って向けているそれは今は異様なほどの恐怖を生む対象でしかなかった。

「だ…ダメ……」

 

そのヒト達の目は私達をただの屑だと見下しているかのような、この状況を楽しんでいる…そんな目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況はどうなっているの?」

 

「事前に得られた情報を元に各部隊を進行させているわ。まあ大丈夫なんじゃないかしら?」

 

人里が見つからない事以外わねと最後に大事な事を付け加えて来る。

「そういう大事なことは先に言いなさいよ」

 

「別にあれは戦術上あればいいかな程度で戦略上では攻める必要がない場所でしょ。それに吸血鬼だけじゃなくてほかの魔物だっているんだからそっちに任せればいいじゃない」

それもそうね。なにせこの大攻勢に参加しているのは吸血鬼だけじゃない。そのほかの魔物も数で言えば吸血鬼と同じくらい来ているのだ。

ただし銃火器は吸血鬼分しかないから妥協してもらったわ。

そもそもあれらは大戦のどさくさに紛れてこっそり頂戴した物だから数も不足気味だし弾だって多いとは言えない。それでも使い勝手がいいからという理由で持っていかれたものだ。実際私や私とほぼ同等の実力を持つ吸血鬼にはただの手加減にしかならない。

それでも不満というものは上がるもの。それを抑えるのも王として君臨する者の役目なのよ。数両だけ確保できた物を渡してあるから文句は出てこないでしょうけれど。

それ以外にも後衛についてもらったりと戦略上犠牲の出にくいところに配備して満足させておく。それに多少の不満は戦闘で発散させてもらうとしましょう。

「あら?」

 

「どうしたのパチェ」

地図状に味方と敵を模した魔法道具を使って戦況を見ていた友人が何かに気づいたらしい。

「いえ……侵攻が止まり始めている。どうしたのかしら?」

 

侵攻が止まるなんて実際の戦場じゃよくあることだと思うけれど…

それでも不自然な位置で止まったらしく疑問が晴れない様子だ。

「計画の内なのかしら…」

私に答えを求めて来る。

「この大侵攻を考えたのは私じゃないわよ」

 

そんなもの知らないわ。私はただ、この土地に転移したかっただけであって大規模侵攻をしようと言い出した吸血鬼は今前線で大暴れしている。まあ私達も吸血鬼の威厳を見せることができるからと了承したのだから文句は言えない。

それにいざとなればこちらにも切り札がある。今はまだ隠しておくけれど。

 




大ちゃんでピンチ。

にとり「よーし!こいつらの設置を急いで!」

天魔「さとりのいう通りの事態になったな…よし、防衛戦用意!」

山の方は容赦無さそうです


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depth.121さとりと吸血鬼異変(初動篇)

「うわ…凄い数ですね」

紅魔館があるであろう方向を見渡せる木の上に登って様子を見ていたお空が絶望に染まった声を出す。私もそれに続いて彼女が見ているであろうものを確認する。

「そうでもないわよ。少し派手に土煙が上がっているだけだから」

見た感じ吸血鬼ですってのはそんなにいない。後は使い魔なのかはたまた共同で戦うことになったのか魔物さんが多数ってだけ。

それでも遠目で派手に見えるという事はそれなりに利点がある。実際大規模の集団だと勘違いされているわけですし。

 

「……ん?」

 

「どうしたのですかさとり様?」

土煙に紛れて少し見えづらいですけれど何か巨大なものが混ざっていますね。

あれは……

「戦車が混ざっていますね」

まさかあんなものまで用意するなんて…確かに侵攻をするのであれば戦うための兵器を持って来るのは当然ですけれど……

プライドが高い吸血鬼が人間の開発した武器を使用するなんて考えられるだろうか。

多分妖怪でも早々いないのに……

「戦車ってあの鋼鉄の像みたいなもの?」

 

「ええ、昔月の兵士が使っていたものに近いですね。あちらは多脚歩行戦車ですけれど」

って言ってもお空は見たことないですし分からないか。

でも戦車の装甲って弾幕とか弾くのでしょうか?確かに弾幕は貫通力ないですけれど……

「……私の弾幕で貫けるかなあ?」

 

「前面は無理でしょうけれど後方のエンジンブロックでしたら至近距離でいけるはずです」

物によりますけれど……

お燐の30ミリなら多少離れていても側面や後部は抜けるはず。

 

さてどうしたものかと悩んでいると不意に後ろに隙間が開かれた時の、少し背筋を凍らせるような気配がした。

振り返ってみると、そこには案の定というべきかやはりというべきか、八雲紫が立っていた。

「こんなところで油を売っていたのね」

油を売っていたなんて人聞きの悪い。

「ただの偵察ですよ」

相手の戦力を確認してそれから動かないと。

考えなしに突っ込むのは強者だけで充分ですからね。私は強くないのでしっかりと勝てる戦略を練らないといけないんです。

「貴女の場合偵殺じゃなくて?」

少しニュアンスが違う。

「違いないね」

お空までそんな事を……

「それで、本日はどのようなご用件で?」

この話をすると傷が深くつきそうですから話題を変えさせてもらう。実際無駄話をしている暇もないでしょうから。

「あの赤い屋敷の主人を吹き飛ばすのよ」

ああ…やっぱりそれですか。

詳しく聞けばあの屋敷の主人が今回の計画の主犯であると考えているらしい。実際そうでしょうから。

そこで、幽々子さんや鬼の四天王、幽香さんに博麗の巫女など幻想郷で怒らせたり喧嘩してはいけないヒト達を集めているらしい。だけれど四天王の2人は私が指示を出してしまったし山の手伝いが優先だと言っていた。だから私を誘いに来たのだろう。私だって本当は山の防衛戦に加わりたいのですけれど。まあしのごの言っても仕方がない。

だけれど、要は敵の本丸を叩き潰すって事をしたいのでしょう?でしたら、もっと確実な方法がありますよ。

「それ…私とお空だけで行っちゃダメですか?」

 

「正気なの⁈仲間は多いほうがいいんじゃなんですか!」

お空、私は正気よ。だって分かるでしょう。赤い屋敷の住人といえばあの子達しかいないわ。

「あ、忘れてました」

しっかりしてよ。忘れやすいのは仕方ないですけれど……

「貴女がそんな事を言うなんて珍しいわね」

わたしの言葉を聞きながら表情1つ変えない紫は多分私だけを向かわせるのと他のヒト達で共同で戦うのとどちらが良いのか考えているのでしょう。

実際私達だけで行けばその分幽々子さん達は危険な目に合わなくて済むし巫女や幽香さんは守りたい場所を心置き無く守れる。

「古い知り合いですからね。だからといって手は抜きませんよ」

実際敵と親しいまでとは行かなくてもそこそこ知り合いであるというだけで色々と変わるはずだ。

「あらそう?でもダメよ」

流石に私達だけで行くのは反対のようだ。

「いくらなんでも友人にそんな辛い事は言えないわ」

 

「賢者としても?」

 

「賢者とかそういうのは関係ないわ。これは私の意思よ」

賢者の仮面は外したらしい。だけれど、情が出てしまっては戦いには勝てない。

しかし勝算が薄いというのもまた事実ではあるのだ。

仕方がない。ここは妥協しましょう。

私達2人と後2人、この4人でどうでしょうか。

え……そんな人数でどうやって攻略するのと……

 

「では、2人は地下の大図書館へ、それ以外は私達が制圧するということでよろしいですか?」

実際紅魔館を攻略する上で重要になってくるのは大図書館のパチュリーと、レミリア本人だけ。

この2つさえ押さえれば良いのだから戦略的に見ても楽ではある。

「ダメと言ったら?」

ダメ?そんな事を言われましても……

「この事は無かったことにして私はのんびり吸血鬼狩りをしていますよ」

実際人里のある方向へ向かっているあの集団を狩るだけでも私は良いんですよ?そうすれば余計なことに首を突っ込むことはないですから。

「分かったわ…幽香が怒りそうだけれど」

ようやく折れてくれたようだ。無茶を言ってしまったような罪悪感はあるけれど、レミリアさんと話しをしたいのも事実です。

だけれど幽香さん誤解されてる……賢者にまで誤解されている。

「彼女には私から話をしておきます。それに花畑を守るのに徹してもらった方が彼女も本望でしょう」

実際彼女は戦うのは好きじゃない方ですからね。

なんでこう…勘違いされているのでしょうか。私が誤解を解いても良いのですけれどそれをすると彼女に怒られますし。

誤解を解いてほしいのか欲しくないのかどちらなんでしょうね?

「それじゃあお空、行きましょう」

まあ今はそんなこと関係ない。邪魔するものは残らず潰す。

「わかりました!」

 

「ところで紫はこの事態をどこまで見通していたのですか?」

 

「さあ、どこまででしょうね?」

天狗さんや河童と言った妖怪の中でも力のある彼らの動きが異様に早い。まあ私もある程度は警告していましたけれどこれは多分紫が直接指摘をしたのですね。そうでなければここまで素早くは動けませんから。

「私は貴女の警告に信憑性を持たせて意識を高めさせただけよ」

 

そうですか?そんな風には見えませんけれど…まあそうしておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

いつもの道を辿って山を降りたのに、目の前には野原が延々と広がっているだけだった。

多分ここに人が住んでいた形跡なんて残ってないんじゃないかってレベルで。

「人里ってここら辺だよね」

見当たらないってことは慧音さんが歴史を食べて人里を隠しているんだろうね。実際お姉ちゃんは何か危険が迫っていると感じたら行動してほしいと慧音さんに言っていたわけだし。

「そうだとは思うけれどねえ……」

後ろで重量のあるものが地面に降ろされた。

振り返ればお燐が、背負っていた武装を下ろして体を伸ばしていた。

「それじゃあ…しばらく待とうか」

実質休憩みたいなものかもしれないけれど休憩ってわけでもない。

烏や雀さんの話だともうすぐ相手が正面に見えるらしい。

実際私が見たわけじゃないけれど巨大な箱とかも混ざっているみたいだし少し手を加えないといけないね。

 

えっと……落とし穴と油と油だっけ?確かお姉ちゃんが地霊殿の地下から引っ張り出して来たものがあったはず。

ほんと用意周到なんだから……

穴自体は1分もあれば十分。

こういう時魔法を使えるって便利だなあって思う。

実際便利だし。

「あたいも手伝おうか?」

 

「それじゃああそこにこの土を使って防壁作って」

流石に掘り起こした後の土なんて使い道これくらいしかないや。

おっといけない。後はこの油と点火装置を置いて上をフタしなきゃ。

こう言うのって確かゲリラ戦法って言うんだっけ?

詳しくはわからないや

「ふう終わった……一眠り出来るかなあ」

そんな冗談をお燐にしてみる。もちろんこの土の処分をどうにかしろと睨まれた。

怒らないでよもう……

 

「そうしばらくってわけでもなさそうだよ」

なにかを感知したのかお燐の耳が可愛らしく動く。

まだ土を片付け終わってないのになあ……

どんよりと黒い鉛を流したような空の向こうにかすかに動く何かが見える。

「本当だ!もう吸血鬼さん来たね!」

空を埋め尽くす無数の蝙蝠。その下で巻き起こる土煙。間違いない。

多分ここ以外にもたくさんいろんなところで戦っているんだろうけれど初めて見るなあ……

あ、もうそろそろ思考を切り替えないと……

 

魔導書を開き術式を展開する。1つは遠くに音を伝えるための魔術。

んーもう少し近づいて欲しいけれど…もうここら辺でいいかな?

「はーい、吸血鬼とそのお仲間さん!こんにちわ!」

聞こえているのかなー?

お燐どう思う?え…聞こえているだろうって?まあそうだよね。向こうからこっちに音が伝わらないっていうのが残念だけれど。

「それじゃあ残念だけれど遠足はここで終わりにしてね!早く帰ったほうがいいよ」

あ、なんか怒ったのかな?なんだか物凄い殺気が来てる。

さっさと突っ込んで来てくれないかなあ…そうしたら楽なんだけれど。

「こいし、煽るのも程々にね」

はーい。でも煽っている気は無いんだけれど……だって遠足しに来ているんじゃないの?え、違うの⁈じゃあなんでこんな辺境まで来たのかなあ……

それも眷属?奴隷?まで従えて……

 

あ、なんか怒ったのかな?一部のヒト達が走り出した。えっと…見た感じあれは吸血鬼っぽくないんだけれど…まさかご主人様の為に怒ってくれているの⁈すごい忠誠心…

「多分あれ、共同戦線組んでいるのに自分達が吸血鬼の犬だって思われたからとかそういう理由じゃないんですか?」

 

「お燐よく分かるね。心読めるの?」

 

「見たらわかりますって……」

へえ…まあいいや。取り敢えず突っ込んでくるならちゃんと歓迎しないといけないね。

魔導書を展開。中にしまっていた武器の全てを空中に出現させる。

お燐も後ろの土壁の裏に隠れて銃口を突き出している。あれは銃じゃなくて砲だけれど……

 

「これ終わったらお姉ちゃんの所にいこっか」

 

「こいし、それはフラグって言うらしいですよ」

旗?それって敵陣にあって折る為に立っているという旗?

じゃあ折りにいかないとね!

「もうすぐ射程かな……」

その前にあの前進してくる鉄の箱かなあ…なんか巨大な大砲が乗っているっぽいけれど……あ、撃った。

前進してくる4両のうちの1両が撃ってきた。お燐が反射的に頭を隠す。

でも走りながら撃ったって当たるはずがないじゃん。ほら真上を通過していったよ。それでもすごい轟音だね。音速越えの大砲かあ…怖い怖い。

でも前をしっかり見ていないと…あ、ほら落ちた。

さっき仕掛けた落とし穴に落っこちたよ。

しかも前進していた4両全部。まあ登れないような深さじゃないからすぐに登ってくるだろうね。でも油で凄い汚れてるなんだか可愛そう……だから燃やしてあげる!

手に持った小さなスイッチを二回連続で押す。それだけで落とし穴にたっぷり流し込んだ油は一斉に燃え上がった。

油の中に飛び込んでいた戦車は一斉に炎に包まれた。

あれじゃあもうダメだね。うーん後で撤去するってことを考えていなかった。どうしよう……にとりさんにお願いしよっかな。

「なんか全然止まる気配ないですよ?」

本当だ!鉄の箱が無くなったのにまだ突っ込んでくるね。なんか吸血鬼は止まれ見たいな指示出しているぽいけれど指揮系統全く機能していないね。まあ種族が違えば価値観も何も違うから仕方がないか。だから混成は良くないって言われるんだよ。

 

「それじゃあ始めましょうか」

まあ慈悲なんて与えるつもり毛頭ないけれどね。

「はいはい、なるべく痛みを与えないよう一瞬でね」

 

「「レッツ…showtime‼︎」」

 

照準を合わせていた全ての火器が一斉に火を噴く。

周囲に響き渡る轟音は、遠く離れた天魔さんのところにも響いたらしい。

 

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経ったのかは定かではない。だけれど気づけばわたし達は誰かの脇に抱えられていた。

私自身が気絶していたということに気づいて思わず顔を上げる。

「2人とも危なかったな」

私の視界に映ったその人がどうしてここにいるのか私は理解ができなかった。

「柳さん⁈」

いつもと服装が違って今日は黒い私服を着ているけれど間違うはずはなかった。

「非番だからと少し羽を伸ばしていたらこの有様だ…」

 

羽を伸ばすって……こんな湖の近くに何の用だったのでしょうか。って今はそんなことではなくて!

「チルノちゃんは⁈」

隣に抱き抱えられているチルノちゃんを見れば、血を失いすぎたのか普段よりも肌が青白くなっているけれど、しっかりと呼吸をしている彼女の姿があった。

「ああ、気絶はしているが平気だぞ」

そっか…良かった…

あ、安心したら色々と痛み始めた…うう…痛い。

 

「そう言えばあの化け物は……」

言わなくてもわかるけれど確認しておく。

「ああ、不意をついて全員刺した」

どうやら復活しなかったらしい。もしかして弱点を攻撃したりしないとダメだったのかな……

「武器は……」

そういえば武器らしい武器が見当たらない。

「ああ、なかったからそこらへんの木から杭をな。投げやすいし刺しやすいから使い勝手はいいぞ」

へ…へえ……なんだか怖い。

でも杭か……私の刀どこかにいっちゃったし持っていた方がいいかも。でも足がやられちゃっているからなあ……

 

「ところでこれからどこに?」

 

「一応天狗の里に戻るつもりだし2人も連れて行くぞ。怪我した妖精を見捨てるほど冷たくはないからな」

 

そっか……まあ足手纏いになるよりかはマシかもしれない。

ふと背後の方で何か乾いた音と太い悲鳴がいくつも聞こえて来ているのが耳に入った。

それとほぼ同時に、さとりさんの笑い声も……

 

その笑い声が異質でとてつもなく恐ろしいと感じてしまった私は間違ってはいないはずだと思いたい。

だって柳さんも少し震えていたんだから……



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depth.122さとりと吸血鬼異変(反狂篇)

紅屋敷が近づくにつれて目に見えた抵抗が多くなってきた。

最初は魔術による罠だけだったのがだんだんと魔物が出てきたり、ついには吸血鬼まで出てきた。

魔物まではお空が対処してくれたけれど流石に吸血鬼は私がやることにする。

実際あれを倒すことができる武器は限られている。

 

それにしても凄く早いですね。動体視力がギリギリ追いつけるかどうかですよ。

だけれど距離を詰めて来ようとするのは分かりました。おそらく遠距離戦が苦手なのでしょうね。

では私もそれに答えて近距離戦をやりましょうか。

 

構えた刀で素早く心臓をヒトツキ。最短ルートで接近して来られるとカウンターしやすい。何か叫んだりしているけれどそんなもの無視だ無視。

複数人で襲ってくるならこちらだって容赦はしない。それが戦いだから…

「さとり様が全て終わらせちゃってる」

どうしてお空は呆れているの?

「邪魔だから排除しているだけよ」

それにお空だって魔物を吹き飛ばしているじゃないの。変わらないわよ。

それにしても……

「ああ……良い月だ」

雲がいつの間にか消え去り、そこには赤く輝く月があった。

さあて……死にたい方からどんどんかかってきてくださいね!

 

 

 

 

 

 

「な、なんで⁈」

普段は冷静だった友人が急に血相を変えたのを私の体の一部が聞き取った。

何があったのかと思い蝙蝠になっていた体で大図書館に移動する。

「パチェ?どうしたんだ」

蝙蝠の姿を元に戻しすぐ側に体を表す。

「防衛線が突破されているの!いくら攻勢に出ていて手薄だとしても相手はたった2人なのよ!」

たった2人に懐まで攻め込まれたと言うのか⁈まさか主戦力なのか?

「まずいな……ここが落ちると作戦全体で士気に関わる」

首謀者がここにいると思い込んでいるだけまだ手の内だがあまりにもここが早く落とされると色々と破綻しかねない。実際いくつもの場所で徹底防衛がなされているらしく全く制圧の報告がないのだ。その状態では降伏できない。

「美鈴がいるから門で止められると思うけれど…こあ、行ってくれる?」

 

「私ですか?流石に戦闘をするのは無理ですよ」

いつのまにかパチェの背後にいた小悪魔が真顔でそう言う。

実際こいつは戦闘が出来るほど強くはないはずだ。だってパチェはそのように召喚したのだから。

 

「戦うんじゃないわ。万が一になったら美鈴を助けてあげて」

 

「私じゃなくたっていいじゃないですか」

嫌そうにする小悪魔。

「貴女が一番適任だと判断したからよ」

 

「……分かりました。期待しないでくださいね」

諦めた小悪魔はわざとらしく溜息を吐き、その場から姿を消した。

何だかんだ言って根は良い奴だからな小悪魔は。

私が言えた義理ではないが……

「美鈴、絶対に守ってね」

彼女は私が見込んだ門番だ。そう簡単にくたばったりはしないさ。でなければもうとっくにくたばっているだろうよ。

それにしてもこの2人…一体何者なのだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館の門が見えてくれば、勿論そこにいる門番の姿も確認できる。

ああ…もう門番になったのですね。前に会った時はメイドでしたっけ。

緑の中国服に身を包んだ女性は、私を見つめながらも一礼をする。

お空、警戒しなくてもいいのよ。不意を突いてくることはしないわ。

「……驚かないんですね」

もう少し驚くかと思っていましたが落ち着いているんですね。

「気配で分かっていました」

そういえば美鈴さんの能力は気を操るとかでした。でしたら納得です。

「そうですか。じゃあここを通してください」

素通りしようとしたが目の前に仁王立ちされてしまう。やはり通してくれると言うことはないですか。

「それとこれとは話がまた違いますよ」

 

「そうですか……困りましたね。大切なものを守ろうとしているだけなのですが……」

 

「生憎ですが私も大切な主人を守る役目があります」

なるほど、納得です。では力づくで通るしかないですね。

私が少しだけ後ろに下がる。それにつられて美鈴も後ろに一歩下がる。

「さとり様!援護します!」

お空が隣で戦闘態勢になる。流石にこれではフェアじゃないような気がしますが……

 

「構いません。元よりこれは戦争のようなものです。戦争に卑怯もへったくれもありませんから」

そうでしたね……

では仕掛けさせてもらいます。先手必勝とは言いませんが先手を打たせてもらいます。

地面を蹴り飛ばし、まっすぐ美鈴に向かう。

 

蹴りと蹴りがぶつかり合い衝撃波が襲いかかる。体重差を考えれば軽い私はすぐに押し返されてしまう。

少しだけ距離を置いてもう一度蹴り。だが手で受け流されてしまう。

力をほとんど使わずに逸らされる。

後退をしようとしたがそれより早く美鈴が突きを放った。

体を捻らせて回避。だけれど隙ができてしまったのは確かだ。

一瞬だけ出来た隙に何回もの蹴りと拳が飛んできた。

後ろにバックステップを踏んで回避。なおも追撃をしてくるがそう上手くはいかない。

真後ろに回ったお空に気づいて真横に跳ねた。鋭いし早い……鬼の四天王を相手にしている気分です。

 

弾幕を展開し動きを牽制。いくら武術に優れていても当たれば爆発する弾幕をそう簡単に弾きとばすことはできない。

選ばなければ方法はいくらでもあるけれど……

 

「なかなかやるじゃないですか」

全員の距離が開いて場が切り直しになる。

「そちらこそ二対一ながら善戦していますね」

それどころか圧倒的に優位な状態だ。

「本来は一対一が得意なのですがね」

参ったなあと頭をかく美鈴に苦笑してしまう。

じゃあ絶対に一対一にはしないように立ち回らないといけませんね。

うふふ、楽しくなってきた。

 

吸血鬼だけに使おうかと思っていましたがこれも使いましょう。

腰から引き抜いた大型拳銃をぶっ放す。

放たれた弾丸を左右に飛んで回避。

サードアイでその動きは予測済み、今更これも隠さなくて良いです。やはり先読みは必要ですね。

「さあ、楽しみましょう!」

今の私はどのような表情なのだろう。

そんなものとっくに考えるのはやめていた。

 

「さとり様の笑み怖いです……」

 

お空今何か言った?

 

 

 

 

 

 

「くっ…斬っても斬っても‼︎」

どういうわけか何事もなかったかのように再生してしまう。純粋な力も互角に近くこんなんでは例え致命傷を与えても意味がない。

こいつらは一体何者なのだと要らない事まで考えてしまうようになる。

今のところは地の利と徹底した防衛戦で場をつなげられているけれどこれ以上は前線がもたない。実際別の場所では突破されたとも聞く。

 

「考え事をしている立場か!」

すぐそばに居た同期が私の背後に迫っていた魔物を斬り倒す。

あ、危なかった……って後ろっ!

同期の背後に迫っていたやつの首に刀を突き立てる。だが動かなくなるほど吸血鬼と言う奴らは柔くない。それは今戦っている私が一番知っていることだったはず。

「しまっ⁈」

 

「椛っ⁈」

笑みを浮かべながらこちらに弾幕を展開しようとする吸血鬼。

思わず片手で顔を覆って隠そうとしてしまう。

 

「おうおう、あぶねえじゃねえか気をつけな椛」

 

だけれど予想していた衝撃は来ない。ふと顔を上げれば、そこには山の支配者が仁王立ちをしていた。気づけば私の刀は首が刺さっていた部分からボッキリと折れていた。

「勇儀様!」

勇儀様が真横から殴りつけて吹き飛ばしたのだ。

「私も忘れちゃダメだよ」

萃香様まで…どうして?

旧地獄に行ってしまったはずの鬼がどうして地上に来たのだ?それを聞こうとしたが、戦闘の途中だったと言うことを思い出す。

「ほう……あたしの拳を受けても起き上がってくるか。こりゃ楽しめそうだな!」

あ、あの方の拳を受けたのに復帰してくるなんて……本当に倒せるのだろうか?

「そうっぽいね!手加減しなくても済むや」

この2人ならと変に希望を見出してしまったが…今は私たちが守らないといけない山なのだ。だけれど……

「ああ、そういえばこれ」

不意に勇儀様が私に棒のようなものを投げ渡した。それは黒色の鞘に収められた剣だった。先程まで私が使っていた剣とほぼ同じ大きさ。

「これは…」

 

「さとりから。取り敢えず配れるだけ配ってと言っていたな。なんでも対吸血鬼用の刀らしいぞ」

 

そんなものが……ありがとうございますさとりさん。

これで私も戦える。砕けかけていた戦意が戻ってくる。

「そこの天狗もほら受け取れ」

数本ほどしか持っていないから全員に行き渡ることはないだろう…だけれど、貰った私達が戦えれば……

「あ……ああ。銀の剣?」

同期さんが刃の材質を一瞬で見破った。これ銀なんですか?

「吸血鬼の弱点は銀と白木の杭なんだとよ」

 

逆にそれ以外だといくらやっても効果なしですか……

吸血鬼とは恐ろしい方々です。父上の安否も気になりますし……

 

 

 

 

 

 

決着は早かった。

とは言っても相当な戦いだったのは紅魔館の周囲の地形が穴ぼこまみれになっているのを見ればわかるだろう。

それにお空が満身創痍。これ以上戦うことはできない。

それを考えれば戦力を半減させたのだから美鈴の活躍は大きいはずだ。戦略的に考えれば……

「お空大丈夫?」

 

「な…なんとか…ですけれど」

目立った怪我はないけれど疲労しているわね。少し休みましょうか。

美鈴さんもいつのまにかいなくなっているようですし。

誰が連れて行ってしまったのでしょうね?不思議なものです。

 

向こうは……気づいたのかな?

まあ、気にすることは無いです。

 

 

 

相手はさとりだったと言う報告が小悪魔より上がってきてからあまり時間は経っていない。なのにも関わらず今度は美鈴が突破されたと連絡が来た。正直信じられない気分だ。

「美鈴がやられた⁈そんな……」

パチェの言うことも1つではあるが、そんな事よりもさとりがいると言うことの方が衝撃だった。

確かに東に住んでいるのは知っていたが…そんな……

「さとり、そうまでして止めるつもりなの?」

フランを救ってくれた恩人にまで私は牙を剥かないといけないのか?

私の中で迷いが生じる。

フランはどう思うのだろう…私達が、恩人であるさとりと矛を交えるのを……私はその時、さとりを敵と認識できるのだろうか?

 

王座に腰をかけ頭を抱え込んでしまう。もうすぐここにフランが合流すると言うのに情けない姉の姿など見せられない。

だが結論はいまだに出ない。

 

「どうするんだい御嬢様」

不意に頭の上で声がした。抱え込んでいた頭をあげてみれば、そこには狐耳をいろんな方向に動かしている玉藻の姿があった。

私が切れる、私自身以外の切り札……

「恩人だから、親しかった人物だから、戦うのを迷ってしまうのかい?情けないと思わないのかな」

侮辱されている?ふつふつと怒りが湧いてくる。その怒りはもちろん目の前のメイド服を着た狐にだが、大元をたどってみれば、それはこの状況を作り出した彼女に対してだった。一時的な感情であるのは百も承知。だけれど、今はその感情が重要だった。

「貴様……」

 

「私なら多分止められるはずだよ。でもそれを行うのは貴女の意思さ」

笑みを浮かべているが全く目が笑っていない玉藻が私の前に膝をつく。

「さあ命令(オーダー)をよこすのです我が主人」

 

その言葉が最後の引き金になった。

 

「私を舐めるな従僕‼︎我々を邪魔するあらゆる勢力は叩いて潰せ!!逃げもかくれもせず正面から打って出ろ!!全ての障害はただ進み押し潰し粉砕しろ‼︎それがなんであっても、誰であってもだっ‼︎」

 

「YES my master」

彼女の雰囲気が一瞬にして変わった。そう、彼女は私より昔から一族に仕えていたメイド。そんなメイドが普通なわけはなかったのだ。

それに気づいたのは百年ほど前。皮肉にも襲撃者相手の時だった。

「これでいいんでしょう…」

 

「ええ、では行ってきますね」

ゆっくりと私の部屋から出て行く彼女を見送る。

ごめんなさいさとり。

 

 

 

 

 

途中で様子を確認しに現れた紫にお空を預け、紅魔館の庭を抜ける。

既に幽々子さんが地下の大図書館の制圧に動いているようで、わずかながらではあるが足元が揺れている。

もう戦闘が始まったのだ。いいなあ私も行きたいなあ……

目の前に現れた入口の扉を蹴り飛ばす。

蝶番が脆くなっていたのか扉が内側に吹き飛んでしまった。直すの大変そうですね。

そんなどうでも良いことを考えていると、目の前にあるエントランス階段から誰かが降りてきた。

「ようこそ紅魔館へ」

 

 

「おや、いつぞやのメイドさん」

 

「玉藻です」

ああそういえばそんな名前でしたっけ?雰囲気が違うので気づくの遅れました。

「どうやら闘争をお望みのようで?」

ん?何か勘違いしていませんか?私はただ止めに来たんですよ。ええ……

「さあ?ソレハドウデショウ」

 

 

 

 

 

 

 

揺れる。建物の中に誰かが入ってきたみたい。

あれ?なんだろうこのナツカシイカンジ…

すぐにでも会いにいかないと……



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depth.123さとりと吸血鬼異変(破壊篇)

あははは

 

弾丸のようにナイフが飛んでくる。

それもただばらまかれているわけではなく確実に私の進路を予測している。

1つ2つなどなら良かったけれども何十個もだ。

お陰で躱すのに精一杯でなかなか攻勢に回れない。いまはだけれどね…

まあ正確に先読みしてくると言うことはその分こちらもどこにナイフが飛んでくるかを把握しやすいって事で別に良いのだ。

実際私だって弾幕を展開し、彼女の嫌がる攻撃を繰り返す。

あ、そこですね!

「グっ…」

ああ…直前で致命傷を避けましたか。さすが狐。反射神経が鋭いですから難しいですね。

先読みができてるからまだ良いのですけれど…

だがサードアイの死角に入ると先読みは使えない。本来ならそっちが正常だけれど、もう正常とかそう言うのが自身でも分からなくなっている。

「やはり闘争本能ですか」

ん?急に何話し始めたんでしょう……

「それもそうだとは思いますよ」

 

まあそれ以外にも色々とあるのだろう。実際私がここで貴女と戦う必要性はない。

言ってしまうならば時間の無駄です。でも、それでもこの高まる興奮が抑えきれない。

「今の貴女は…狂っている!」

 

おやおや、そんな恐ろしい顔をしなくてもいいじゃないですかね。所詮私は最初からずっと狂っていたのですよ。そうでなければ…狂っているのは世界の方でしょう。

素早く飛びかかって来た彼女を思いっきり蹴り飛ばす。

だがかろうじてかわされてしまった。

逆に至近距離でのナイフ。

咄嗟に左手で受け止める。血管を切り裂き神経をズタズタにして左手を一時的に使えなくさせられた。仕方がない。このままで行こう……

 

「どうして…貴女は笑っていられるの?」

 

笑う?私は無表情なはずだったのですが…

ふと自身の頬に触れてみる。

確かに私は微笑んでいた。どうしてでしょう……あ、そうか。笑うって事は楽しいとか嬉しいとかそう言った感情が出ているから。

でも私は戦いなんて好きじゃない。じゃあどうして?

ドウダッテイイダトウ

 

 

ああ…どうだって良いですね。

 

「貴女は、狂気に侵されている!」

 

狂気?そんなものどこかで入れ込んじゃいましたっけ…いずれにせよ悠長にしゃべっている余裕は私にないので…

 

あらかじめ引き抜いておいた刀で斬りかかる。だけれどナイフ2本で上手く止められた。

膝蹴りを同じく膝で守り、一旦後ろに下がる。

スペルカード…切らせてもらいましょうか。

 

「想起『失われた空』」

室内で行うには範囲が広すぎる弾幕で、私も玉藻さんも迂闊に動けなくなる。

それでも動かなければ当たると言うやつで、逃げ道を固められその通りにしか動けなくなる。まっそれは私も同じ…だけれど…これは予測できるでしょうか。

 

サードアイで次の動きを見る。横に飛びのく…じゃあその動きを封じる!

使えない左手に変わり右手で454カスールを構える。

 

発砲…

勿論回避される。だけれど…それで良い。

 

回避された弾丸は通常の徹甲弾。13.6ミリのような徹甲焼夷弾などではない。

 

 

壁にやや角度をつけて飛び込んだ弾丸は、そのまま運動エネルギーを保ったまま弾け、玉藻の真上にあったシャンデリアを吊るす紐を引きちぎった。

 

「…‼︎」

気づいたようですがもう遅いです。

いくら人じゃない存在であっても頭上から落ちてくるシャンデリアが直撃すればタダじゃ済まない。

 

 

「なめるなああぁッ‼︎」

 

ガラスが割れる音と金属がひしゃげる音が不協和音を奏でる。

あのような状況じゃ私は多分助からない。だけれど……

 

「へえ……生き残りますか」

 

目の前の光景は押しつぶされた彼女ではなく、彼女の周りだけが綺麗に消失したシャンデリアと、その真ん中で腕を真上にあげた玉藻さんと言う変わった状況だった。

 

「これでも初代スカーレット卿から勤めさせていただいてますので」

 

「……思い出したのですね」

 

前回会った時は昔の事を忘れているような節があったのですが…よかったですね思い出せて。

 

それにしてもさっきのは……

少しだけですが光のようなものが見えた。つまり魔力による弾幕のようなものと考えた方が良いのでしょう。破壊力は…ものすごく高そう。

こうなったらなるべく接近戦は避けましょう。

 

私の真横に接近していた玉藻。そこから放たれる拳に便乗して真横に大きく飛ぶ。腰あたりに当たって痛いけれどまだ問題はない。

そのまま階段の手すりを足場に二階へ逃げる。

 

すぐに追いかけてくる。

タイミングを計って回し蹴り。

当たったのは良いけれどやはり私と同じでけられた方向にジャンプしてしまい大した傷を負わせられない。

 

しかも壁を蹴り一気に反転し近づいて来た。

あ、これはまずい……

 

瞬間、突き出された両手に魔力の本流を感じ、咄嗟に結界を張った。勿論間に合っていない。

衝撃、気づけば私の体は壁を破壊して2つ隣の部屋の中に転がっていた。

傷は…腹部に裂傷。

不完全な結界だけれど一応致命傷は免れたようです。

すぐに立ち上がり玉藻さんを探す。

 

探す必要もなかった。まっすぐこっちに来ていますね。

咄嗟に真後ろにあったソファの後ろに飛び込み身を守る。爆発、調度品がまとめて吹き飛び、ソファや化粧台などの重量のあるものは燃え上がる。

 

「火遊びは危ないですよ」

 

「それは貴女も同じでしょう」

 

そうでしたね!

燃え上がるソファを盾に接触爆発型の弾幕を滅多打ち。

爆発で扉や壁が崩れ去るが、どうやら命中弾は先程の攻撃で弾きとばしてしまったらしい。

さて用意も出来ましたしいつまでもここで戦う必要はない。すぐに移動を行う。

破壊された扉から転がり出るように廊下に飛び出す。直後、私を追いかけて彼女も飛び出そうとする。

 

ちゃんと周囲を確認しないと危ないですよ。

 

案の定玉藻の脚が紐に引っかかる。

引っ張られた紐が何かを引き抜き、その瞬間彼女の姿を爆発が覆い隠した。

 

ブービートラップ。

まあ…紐が抜けた衝撃で爆発する超敏感な火炎弾幕を多量に設置していただけだ。もちろんそれをカモフラージュして警戒させないためにさっき弾幕を滅多打ちにしたのだ。

 

だが安心はしない。次のトラップも廊下に仕掛けさせてもらう。

 

「小癪なことしますね」

 

あちゃ…やっぱり無事でしたか。

炎を振り払い玉藻が廊下に出てくる。

メイド服は腕やお腹あたりが完全に焼け落ち、露出した肌も煤だらけ。だけれど大火傷とはならなかったようだ。

「魔力で体を包んだのですね」

 

「少しでも遅れていたら焼け焦げてましたよ」

大丈夫です。回復できる程度の火力にしてありますから。

 

ともかく次です。

設置弾幕で廊下を埋め尽くす。全ての弾幕は連動するように作ってありますから迂闊にぶつかっては大変なことになりますよ。

 

「さとりも考えたもんだねえ…」

 

一瞬、玉藻何かを唱えた。

瞬間、周囲の弾幕が吹き飛んだ。もちろん私の体も廊下を転がり偶然開いていた扉に背中をぶつけた。

 

追撃…

咄嗟に体を転がして部屋の中に飛び込んだ。

少し遅れて扉が燃え上がる。

 

立ち上がって体制を整えた瞬間、壁が吹き飛んだ。

高速で飛び散る破片の中から飛び出して来た玉藻に首を掴まれた。

 

「…ガハッ‼︎」

 

空気を吸うことができなくなり、そのまま体を床に押し倒されてしまう。

「とった!」

だけれどこれは予想済みです。サードアイはしっかり捉えていたんですからね。

空中に出現させた弾幕を私と玉藻に向けて突撃。

慌てて玉藻が弾幕を破壊しようとする。

その隙が命取りです。

彼女の腕を振りほどき、ゼロ距離で弾幕を撃ち出す。目標は私の背中にある床。

 

爆発。耳元で弾けた爆音で鼓膜がやられたのか周囲の音が消える。

若干真上に吹き飛ばされたかと思えば、気づけば真下の部屋に玉藻諸共落下していた。

姿勢を制御し浮遊。ゆっくりと瓦礫に埋もれた下の部屋に降り立つ。

ここは厨房のようですね。

玉藻さんはそのまま作業台の上に叩きつけられている。

 

気絶しているのでしょうか?

 

ゆっくりと瓦礫の上に降り立つ。その直後、私の右腕が燃え上がった。

「な…ああもう!」

 

慌てて火を消そうとするが内部から直接燃え上がっているらしい。

仕方がない……

 

回復したばかりの左腕で刀を持ち、右肩から一気に腕を切り落とす。

 

「……狐火ですか」

 

「ご名答。私は狐だよ」

 

気絶していたのは一瞬だけでしたか。

しかしそちらも満身創痍。

落下の時に真下にあったナイフが刺さってしまったのか露出した足が大きく裂けている。出血量からして致命傷。

それだけではなく、頭も何処かにぶつけたのかかなり出血しており、ボロボロのメイド服を赤く染めていっている。

「……まだやりますか?」

と言う私も片腕は無いし腹部の怪我が少し響いているせいで辛いのですが…

「いや、勝ち目が薄いからやめておこうと思う」

(すいませんレミリア様……)

賢明な判断ですよ。

 

それでは、手当しますね。

敵意がないことを見せながら近く。片腕が使えない分、傷の確認は少し時間がかかった。

えっと…傷の止血と…腕の骨折は何か棒で当てておかないと…

慌てず確実に応急手当てをして行く。ここで死なれるとモヤモヤしそうですから。

 

ーーーゾクッ

 

なに?今変な気配を感じたのですが…

すぐに玉藻に聞こうかと思ったが、玉藻自身が大きく動揺していた。

「ま、まさか!」

 

まさかなんです?この妙に心の奥底を刺激する気配は一体なんだと言うのですか?

 

 

真下⁈

左腕で玉藻の首根っこを掴みその場を飛びのく。

その瞬間私たちのいた床が燃え上がり、液体のように溶けた。

熱で周囲の瓦礫が燃え上がる。

 

「これはもしかして……」

これほどの熱量を…そういえば彼女の剣はまさにそれでしたね。

「アハハ!やっぱりさとりだ!」

床が溶け落ち、生まれた穴から七色の光が現れる。

それは羽根に付けられた宝石のようなものが炎に照らされて生まれる鮮やかな光。

(フラン様⁈どうしてここに…)

 

 

「どうしてここにいるのでしょう?」

 

「呼ばれたからじゃない?」

炎を振り払い現れた少女は、無邪気な笑顔を向けてきていた。

まるで親友に会えたかのような……

あ…ああ…だからこんなに懐かしいノカ。

少しづつ意識が薄れていく。

だんだん何も考えられなくなる。

えっと…誰かが私を呼んでいるのでしょうか?でももう…私が反応することはしばらく無理でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダイレクトサポートよろしく」

あらかたの弾は撃ち終わった。

目の前には完全に事切れた肉体と…なんだっけなんか復活している変なやつらとだけが残った。

あれだけの火力を持ってしてもやっぱり復活されちゃうんだね。

えっと……なんだっけ?

ああ!吸血鬼さんだ!

 

まあ吸血鬼じゃない奴らはあらかた片付いたし始めないとね。

魔導書から引っ張り出すは紅い月を浴びて真っ赤に輝く二つの剣。

お姉ちゃんがくれた対吸血鬼用のものらしいけれど…使えるかなあ?

 

地面を蹴ってまっすぐ飛び立つ。

サードアイは隠したまま。だけれど風圧で外套が開きかけちゃう。

 

盛んに燃えては中の砲弾が花火のように爆発する戦車を飛び越えて回復中の奴らからとどめを刺していく。

少し刃先が柔らかいなあ……考えて使わないとすぐに変形しちゃいそう。

そんなことを思っていたらすぐそばをなにかが通り抜ける。

短機関銃の弾……狙いが定まっていないってことは牽制用だね。

でもそんな撃ったら弾の無駄。

「今だよ!」

それと、お燐に位置を教えているようなもの。

「はいはい……」

 

ため息交じりの声と共に私の真横を風が通り抜ける。背後で燃えている戦車や油の放つ黒煙を突き抜けてその質量は射線にいた2人の吸血鬼を消しとばした。

うわ…派手だなあ……

 

「流石37ミリだね!」

振り返ってお燐に手を振る。

「前見て!」

 

言われなくてもわかっているよ。

両手に持っていた刀を振り上げる。肉が柔らかく裂ける感触が刀を通して伝わってくる。

少し斬り込みが浅かった。骨が切れてないや。

 

それでも傷が治らないって言うのは結構な動揺になるみたい。すぐに下がっちゃったよ。

トドメをさせないからはやく戻って来てよ。

なんだか腰抜けばかりでつまらない!

「お燐、乱戦での援護をお願いできる?」

 

「……無茶もほどほどにしてくださいよ!」

よし、その受け答えは可能って事だね!じゃあ言ってくる!

再び駆け出して、健全である残りのヒト達の中に飛び込む。

私を追いかけるように放たれる鉛玉を剣で弾く。

跳弾した弾がほかのヒトに当たったらしく悲鳴が上がった。

 

それを聴きながら…まずは1人目。体を回しながら切り裂く。ついでだしひねりも加えてあげよ…あ、後ろの方でも切れたみたい。

 

うんうん、距離を取ろうとしないからだよ!

ほらほら!もっと楽しまない?

 

ちょうど良いところに頭が出てきた。そのまま力任せに横に断ち切る。

動かなくなったその体を盾に利用して弾丸を防ぐ。

すぐさまお燐からの砲弾が短機関銃を撃っていたヒトを周りの奴らごと吹き飛ばした。

ここまで聞こえてくる空薬莢が落下する音。と言うかあれは空薬莢と呼べるのかな…ちょっとしたドラム缶と間違えそう……

 

さてお次は…そこの集団!

 

固まっていたらただの的だよ!

両手に持っていた刀を投射。新たに出したもう2つを手に構えて飛び込む。

最初に刀が突き刺さり、鮮血が舞う。やや遅れて私の持つ方が振り回され、周囲を血の海に変える。

 

真後ろでなにかが潰れる音がする。

お燐の砲弾が真後ろにいた敵を倒した音だね。

 

 

「ねえねえ、もう降参したら?」

もう残存勢力は半分切っている。それに最大戦力だったであろう鉄の箱は全滅しているし…諦めて帰って防衛に徹したほうがいいよ。

「……」

あ、でもなんか諦める気なさそう…っていうかなにやっているんだろう?

召喚の儀式…っぽい?

「お燐撃って」

 

「了……」

少し遅れて何かしようとしているヒト達が吹き飛んだ。だけれど少し遅かったみたい。

なにかをやっていたであろう場所にまばゆい光が溢れた。

思わず目をとしてしまう。

 

周囲の状況がわからなくなっちゃった。

 

ーーーーズンッ

 

何か巨大な質量が地面に降り立ったような音がした。

光が収まっていることを確認して目を開けてみたら、そこには真っ黒な鱗がずらりと並んだ何かがあった。いや、近すぎて視界に入りきらないんだ。

咄嗟にお燐のいるところまで後退する。

「ド、ドラゴン?」

ようやく全容が見えて…絶句するしかなかった。

「こいし、これは……」

流石に全長40メートルありそうな巨大なドラゴンは想定外だよ…

どうしよう……やるしかないんだろうけれど…



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depth.124さとりと吸血鬼異変(逆徒篇)

「お燐!一旦逃げるよ!」

 

「言われなくても分かってますよ!」

 

巨大なドラゴンを相手にして数分。私はもう逃げるしか選択肢がなくなっていた。

ひどすぎると思わない?ドラゴンどれだけデタラメなのさ。まあ、西洋で言えばそれこそドラゴンは人を殲滅する怪獣であってなんら間違ってはいないんだけれど……

 

ーーーコロス

 

「お燐伏せて!」

 

後ろから感じた殺気。素早くお燐の頭を地面に叩きつけるように押し付ける。

直後私達の真上を熱い吐息が通過した。

「厄介なブレスだねえ」

温度的にはそうでもないのだけれど、あのドラゴンはあれでまだ全力じゃない。

そもそも召喚されたところから一歩も動かずに蹂躙しているんだから本気なわけがないよね。

 

一応サードアイで説得を試みたけれど……読み取れたのが殺意と敵意しかないんだから取りつく島もない。

「なんとかできないのかい!」

 

「無茶を言わないでほしいなあ。どこに当てても銃弾を弾くんだよ?」

うん、貫通力に特化した弾丸が全く効かないんだからもうしょうがないでしょ。

お燐の37ミリも目とか羽の内側とか当てようによっては有効かもしれないけれど倒せる決定打にはならない。

当然妖力で作った弾幕なんて表面に当たって派手に爆発するだけで傷1つ負わないんだから。

これはもう逃げるしかないね。

だってどうあがいても勝てる見込みないもん。

 

「あ……」

 

後ろを振り向いたお燐が変な声をあげた。

思わず振り返れば、そこには空を飛びながらこちらに迫ってくるドラゴンがいた。

うわ…本当に飛んでるよ……

このまま地上にいたら的になっちゃいそう。っていうかただのまとだね。

それなら、私達も飛ばないとね!

地面を蹴り飛ばし体に浮力をつける。

重力に逆らって体が空中を滑るように移動し始める。

 

お燐も私に続いて飛び上がった。

あ、なんかブレスの音がする。

 

後ろで不吉すぎる音がしたので右に急旋回。お燐は逆に左手に旋回していた。

ああいう相手と戦う時はなるべく固まっている時間を短くしないといけないからね。

右旋回をしながら一気に高度を上げる。

 

ふと見ればお燐も37ミリ砲を何発も放ちながら上昇していた。だけれど放たれた砲弾の悉くがドラゴンの表面に当たってどこかに弾け飛んでいく。

いたそうなんだけど痛くないと言うか…痣っぽい感じの痛さだろうなって思っちゃう。

それにしても空中での運動性も高いとなると…ちょっと厄介かなあ…

魔導書を開き凍結魔術を引き出す。

ページに描かれた魔法陣に魔力を流し込めば、回路内で変化した魔力が摂氏-50度で真っ直ぐドラゴンに向かう。

 

背中に命中。当たったところから水色の氷の幕が一気に出来上がる。

これで動きが鈍ってくれるといいんだけれど……

 

 

そんな私の願いはあっさりと消え去った。

再びブレスが放たれる。

とっさにロールをして射線から逃げる。直ぐそばを熱風が通り抜ける。

そして気づけば、凍らせた背中は何事もなかったかのようになっていた。

「……ブレスを放つ時は体全体が熱くなるらしいね。お陰で氷で動けなくする作戦は失敗か…参ったなあ…」

 

「参ったなあ…じゃなくて逃げますよ!」

 

分かってるよお燐。ちょっと引っ張らないで!ほら急に動いたら注意引いちゃうから!

なんか足元でさっきの吸血鬼とかが喚いていたけれど目障りだったのか思いっきり踏み潰されていた。

制御できていないんじゃん。なんでそんなやつ召喚するかなあ…

もしかして怒っている理由って気持ちよく魔界で蹂躙を楽しんでいたのに急に変なところで呼び出されちゃってイライラ?だとしたらひどい八つ当たりだよ。そこの召喚した奴らをミンチにしちゃったら帰れないじゃん。さすがコモドドラゴンの親戚。

あ、でも吸血鬼は大丈夫か…

とか思っていたら急に私の真上に影ができた。

あれ…もう追いついてきちゃったの?これ以上の想定外は避けたいんだけれど……

途端、私の真横にいるお燐が吹き飛ばされ、手を握られていた私もつられて吹き飛ばされた。

「きゃっ‼︎」

尻尾で叩かれたらしい。攻撃自体は直前で防げたようだけれど運動エネルギーまでは殺せていないようだ。

まあ私は大丈夫だったからなんとか地面に激突するのは防げた。だけれど今の私たちはただのまと。

この隙を見逃すほどドラゴンは甘くない。

再び放たれた炎の奔流、。咄嗟にお燐を抱きしめて障壁を展開する。

だけれどそれも炎に包まれて数秒でドロドロになってしまった。

すぐに2枚目。

「ダメ…持ち堪えられない……」

すぐに炎から逃れようと横に移動する。

それを狙っていたのか私がお燐を抱きしめたまま炎の外に出た瞬間、炎が止まった。

そして私が張っていた障壁が噛み砕かれた。

近すぎるよ!なんでこんな急接近できるの⁈図体でかいのになんてやつなんだろう……ともかくこのままじゃ……ゼロ距離ブレス。

それはまずいってば!

いやあああ!口開けないで!閉じてよ!

私の思いを無視してドラゴンはブレスを吐いた。

瞬間温度3000度越え。紅い目が膜のようなもので覆われ黒色に変化している。ってそうじゃなかった!

これじゃあ数秒と保たない…

「こいし!数秒間そのまま!」

「お燐⁈」

燐が私の肩に砲の先端を乗せた。

そのまま照準を口に向けて固定。

 

「耳塞いで!」

 

「うん!」

 

瞬間、肩に強い衝撃が走る。

同時に障壁が溶けきった。

炎が迫ってくる速度は零コンマ数秒。だけれど、それより先に放たれた37ミリ徹甲弾がドラゴンの口を貫いた。

 

炎が止まりドラゴンが悶え苦しむ。

気を取られた隙に素早くその場から距離を取る。

いや、取ろうとした……

 

「あがッ⁈⁈」

背中に衝撃を受け地面に叩きつけられる。

まさか尻尾?うう……すごく痛い。お腹とか背骨とか……折れてないよね背骨……左腕と足は折れたけれど。あーこれじゃ動けない…痛いし涙出てきそう……

「こいし!」

 

後ろの方で暴れているドラゴンがこっちに照準を合わせた。絶体絶命っぽい……

「お燐!一旦逃げて!」

ここはお燐を逃すしかないか……ごめん。

背後で再び尻尾が振るわれた音がする。

お燐がなにかを叫んでいるけれどうまく聞こえない。

ううん…この思考は私じゃなくお燐狙いか…やっぱりお燐逃げて‼︎

 

あ……もう回避できる状況じゃなかった。このままじゃお燐が…う…動いて!魔導書は手元から吹っ飛んでしまったのか少し離れたところにある。

 

思わず目を閉じてしまった。

お燐が直撃を受けた瞬間なんて見たくなかった。

だけれどいつまでたってもお燐の悲鳴は聞こえてこない。

「待たせたな」

目を開けたら、そこには1匹の九尾が佇んでた。その周囲は少し大きめの結界で囲ってあるのか少し青色に光っている。その中にお燐はいた。

「待ってないけれど…ありがと!」

地面を転がって九尾の元に行く。回収した魔導書から回復魔術を選択し行使。なんとか痛みは引いた。

もう一度九尾にお礼を言おうとすると、その姿はいつのまにか藍の姿になっていた。

 

「問題はない。こちらも少しキレているのでな。ちょうど良いサンドバッグが欲しかったんだ」

キレてる…まあそうだよね。幻想郷に攻め込んだ挙句こんなものまで引っ張り出してきちゃうんだからね。

でもそれだけじゃないような?なんかそんな雰囲気がする。

何かあったのかな……って…

 

「え…それ本当なの?」

思わず2度心を読んでしまう。それほどまでに内容が衝撃的なものだったのだ。

「会話が全く成立しないそれは…覚り妖怪独特のアレと見て良いのかな?」

「うんそれであってる。でも本当なの?」

私の表情から笑顔が消えている。そんなことは私自身がよく分かっている。でもそんな……

「こいし?どうしたんだい」

ドラゴンの追撃が激しくなり、流石の藍でも結界を維持するのが難しくなってきたようだ。

「なんでもない……なんでもないよ」

この事実は今知る必要はない。多分お姉ちゃんには一番知らせてはいけないものだと思う。うん……

 

「……と言うわけだ。ともかくあのトカゲを潰さないといけないのでな」

あ、やっぱりドラゴンってトカゲなんだ…

私はコモドドラゴンかと思った。だって同じドラゴンじゃん。

ついに結界が砕けちった。

その瞬間藍は再び九尾に戻りドラゴンに向かって突っ込んでいった。

私も素早く後退ししまってある武器を全て引き出す。

空中にいくつもの波紋が生まれそこからいくつもの剣や斧、さらには刀が出てくる。

投射、それらを一斉にドラゴンの頭に向けて放つ。

やや遅れてお燐も残っている武装で頭を集中的に攻撃し始めた。

ほーらそっちに回避するんだよ。

 

誘導誘導……うわ、頭なのに剣とか銃弾とか弾いているんですけれど。どんだけ硬いんだろう。

 

 

それでも…完璧に頑丈という訳じゃないね……

 

 

 

 

 

 

「ほらほらどうしたのさ‼︎」

大きく振りかぶった瞬間を見越して後ろに跳躍。すぐに来る追撃を阻止するために拳銃を引き抜く。

フランのレーヴァテインを拳銃から放たれた弾丸で弾き飛ばす。

狙ったのは手だったが当たったのは剣の持ち手の部分だったようで弾くだけにとどまる。

それでも止めることは無い。動きを封じるのが優先だ。

フランの顔に向かって装填されている全ての弾丸を叩き込む。だがそのことごとくを避けられた。多分本能的に察したのだろう。

だが距離は取れた。

直ぐにマガジンを引き抜き次のマガジンに切り替える。片腕がまだ使えないので空のマガジンは床に捨てる。

その間の援護射撃はもう一丁の少し小柄な拳銃で行う。こっちは通常の弾丸だけれどさっきのこともあってかやはりフランは避ける。

それどころかこちらの射程圏外に入りこもうと接近してきた。

咄嗟に銃を放り投げ片手で拳を叩き込む。ほぼ同時にフランも私に向けて拳を叩き込んでいた。

拳同士がぶつかり合い、衝撃波が壁や床を剥ぎ取る。

丁度良く落ちてきた拳銃をキャッチ。

更に弾幕、爆発を利用して距離を取り13.6ミリ拳銃をためらいもなく解き放つ。

一発が彼女の足を掠めた。

「……ッ⁈」

バランスが崩れる。

その隙を逃すわけにはいかない。さらにもう一発を腕に叩き込む。

その強力な破壊力にフランの腕は引きちぎれ、貫通しかけたところで内部の焼夷弾が炸裂。一気に燃え上がる。

「ギャアアアアァ‼︎」

「13.6ミリ徹甲焼夷弾、純銀とダンクステンの二重構造、トリプルベース火薬、ナパーム焼夷弾頭」

ふふ、当たれば大打撃。

「パーフェクトよにとり」

 

片腕を失ったのは貴女も同じ…あ、でも私のは後3分程で回復しそうですね。

 

「じゃあこれもいいよねえ‼︎ぎゅっとして……」

 

あ、それはまずいですよ。

すぐに視界から逃れ建物の中を反対側に駆け出す。

もちろん逃してくれるはずもない。そういえばこっち側ってレミリアの部屋があったところでしたっけ?好都合です…このまままとめてやっちゃいましょう。

 

レーヴァテインが振るわれたのか真後ろで何かが崩れる音が響く。それと同時に焦げ臭い不快な臭い。

体をひねって後ろを見ながら距離を取る。

やはり真後ろが完全に溶けて崩れ落ちていた。燃え上がる内装。

 

「ニガサナイ」

 

「それはこちらのセリフですよ」

 

再び能力が施行されようとしているのをサードアイが認識。ステップで真横の部屋に飛び込む。

もう手を切り落としましょうか……

少し遅れて飛び込んでくるフラン。フランに向けて迷わず発砲。距離が近いこともあり外すことなく腕を吹き飛ばした。

 

だけれど彼女は止まらない。そのまま私に体当たりをしてきた。

その瞬間、激しい頭痛が襲いかかった。

気持ち悪いキモチワルイキモチワルイッ‼︎

 

片目を開ければフランも同じようだった。どうして?ナンデ。

理由はわからない。いや…分かりたくない。

だからフランを蹴り飛ばす。もう一度距離を取ろうとする。だがフランの方が早い。

まだ片腕しか使えない状態ではうまく起き上がれない。

 

……首元に彼女の歯が立てられた。

鮮血が飛び散る。

 

その瞬間激しい頭痛が発生し、意識が砕け散った。

 

 

 

 

 

「……後は私だけか」

つい先ほどパチェとの連絡が途切れた。おそらく入り込んできた悪霊にやられたのだろう。

悔しいが指揮系統が完全にダメになった。まだ皆に状況を伝えることはできる。

「そうだな…後は最後まで好きに暴れろで良いか」

 

さて…残る問題は……

 

爆音と崩れる音が立て続けに発生する。

ここまで振動が襲いかかり、屋根から埃が落ちる。

フランの狂気は殆ど消えたとはいえ完全に消えたわけではない。それに、さとりの気配には僅かにだけれどフランの狂気と似たようなものが混ざっていた。完璧に同じではないが元をたどればおそらく同じなのだろう。

そこまで牙を剥くのか。

だが良い。運命は全て私の手の内にある。後は掴むだけだ。

 

「そこにいる覗き魔。正々堂々出てこないのか?それとも吸血鬼に怖気ついたか?」

 

「あらあら、覗きだなんて人聞きの悪い。他人の庭を踏み荒す不届き者に制裁を加えにきただけですわ」

 

 

 



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depth.125さとりと吸血鬼異変(変局編)

首元に走る激痛で意識が戻った。

その瞬間私の頭の中に先程までの記憶が流れ込んでくる。

 

多重人格…と言うわけではないけれどこれはこれで少しややこしいものだ。まあどうでも良いのだけれど。

 

横を見るとフランの方は気絶しているらしい。

気づけば彼女の傷は全て治っており、服が破れている以外は外傷が何もなくなっていた。

 

それにしても熱い…と思ってみれば真横には炎の壁が迫っていた。

だがその炎は全くと言っていいほど強くはなっていない。

そりゃそうだろう。こんな半密閉構造の室内で炎が燃えれば酸素なんて無くなる。多分今燃えているのは不完全燃焼なのだろう。早めに逃げ出そう……

 

噛み付いたままのフランを背負って部屋の扉をこじ開けようとする。

 

あ、そういえば忘れてました。

真後ろに障壁を展開し再度扉を吹き飛ばす。

空気が一気に部屋の外に吹き出す。それとともに内部に充満していた可燃性ガスと供給された酸素によって爆発が生まれた。

熱風が私の真後ろを抜けていく。障壁がそれらを防ぎ直接的な火傷は起こらない。

だけれど炎が噴き出した廊下は大惨事だし炎に囲まれていることには変わらない。

直ぐに廊下に出る。バックドラフト…確かに知識がない状態では妖怪といえど助かりませんね。

巻き込まれればひとたまりもない。

特にあの熱風を吸い込んでしまうと呼吸器官が火傷で使い物にならなくなってしまう。そうなれば緊急の手当てをしなければ呼吸困難で死んでしまう。

 

ふう……

 

「う……ここは?」

 

治った腕でフランの背中を撫でていると彼女が目を覚ました。

ふむ…やはり気絶していた時間はほぼ同じですか。

 

「思い出せますか?ゆっくりでいいですよ」

 

「思い出す?あ…え?なにこれ……私なの?」

やはりそうなりますよね。まあ仕方がありません。あの狂気は前に破壊したはず。それが貴女と私の認識であり事実それは間違っていない。

だけれど私が壊したのは狂気の持つ自我でしかない。自我のない狂気はいわば方向性がない一種の感情のようなもの。

フランの分は殆ど残っていませんが…私のはこの数百年の合間に成長してしまったようですね。

それに感化されたのか、あるいはその狂気の根源が近くに来てしまったからか急成長し完全な自我になろうとしていました。

まあ私自身もそれに気づいたのは紅魔館に入る数分前。今からの対処では応急的なものしか出来なかった。

「私がとった方法はたった1つ。私の自我が壊れないように狂気に私の自我の完全なコピーを渡したんです。まあ、近くにいた貴女にもその余波が来てしまいフランさんの自我のコピーが生まれてしまったようです」

 

「ってことは多重人格だったの?」

 

あー普通はそうなりますよね。

 

「完全なコピーですから正確には多重人格じゃないですよ。仮に多重人格だとすれば今まで抱えていた狂気を持っていない分私たちの方が第二の…別人格ということになってしまいます。その2つの人格はさっき互いにぶつかり合って消えました。相対消滅というか…自己嫌悪からの潰し合いなのか…どっちにしても消えたことには変わりありません」

 

私の話を聞いていたフランさんだがどうしても納得がいかないらしい。ならばこの記憶はなんなのだと…

「人格が消滅し、その記憶が戻っただけですよ」

 

「まるで他人の記憶みたい…なのにこれは私達の完璧なコピーの人格なんだよね?」

 

「狂気に侵食されている以外は」

ふうんと納得したのかしていないのか怪しい顔で首をかしげるフランさん。

「それって…通常でも完璧な人格のコピーって出来るの?」

 

「一時的になりますが可能ですよ。まあそのあと分岐した人格が戻った時に異変な気分にはなるかもしれませんが…」

妖怪の場合は最悪自我そのものの存在が揺らぎかねない恐ろしいものですけれど。

だからこれは土壇場で成功してしまった危険な例。

まあ今後使わなければ良いでしょうね。

「結局、完全な人格のコピーによる二重人格状態というのは人格そのものを不安定にしかねないのでお勧めしませんよ」

よくわからない…まあそうですよね。

ともかく今言えることは私の中に残った狂気はもう人格の消滅…いえ、オリジナルとくっついて原点に戻ろうと融合した結果違いの自我の相違を飲み込むことができずに消滅したのでもう大丈夫でしょう。

あの時フランさんの狂気をどうするかを彼女に丸投げにしていましたが…結局消滅する羽目になるとは…まあ原因は私なのですけれどね。

 

取り敢えず後はレミリアさんだけでしょうけれど……

「フランさん、レミリアさんのところに行ってきたら?」

私は少し休憩していきます。

「え?どうして……」

 

「お客さんがいるからよ」

私の言葉になにかを察したのか慌ててフランさんは廊下を駆け出した。というか途中で飛んでいる。

そして壁や扉を破壊して見えなくなってしまった。

 

やれやれです。結局、レミリアさんのところには紫が行ってしまうんですから。私は結局梅雨払いですか。

 

「こんなところで……大人しくしていていいの?」

 

誰かの気配がしたかと思えば……玉藻さんでしたか。

重症ですがどうにか動けるまでには回復したようですね。でも止血が終わっていないのに無理にきちゃダメですよ。

私が何か言おうとしたが彼女はその場に倒れてしまった。

炎で焦げたカーペットの上に紅い色が戻っていく。

すぐに体の向きを上にし、腹部の傷を炎で止血していく。

傷口から奥の方がぐちゃぐちゃだ…多分フランさんとの戦いに巻き込まれた時に……

なんとか動脈などの大きめの血管や肉を素の位置に戻す。

いくら人外でも手当なしではきついだろう……

 

「それより…レミリア様の元に行ってください……」

吐血しながら言うことじゃないですよ!

「もう紫が行っているわよ」

 

「信用……できるのは…貴女だけなんだ……」

 

…玉藻さんにそこまで言われてしまっては仕方がありませんね。

応急手当はあらかた終わりましたしそこで安静にしていてください。

 

さて、フランさんが向かっている事ですし私がやることと言えば紫に変わっての交渉ですかね。

ああ大変だこと……

 

 

あ、そういえば首思いっきり噛み付かれていたのですが……

手を当ててみれば首と肩のあたりが少し食いちぎられているのか生肉を掴んだ時の生暖かく柔らかい何かが触れた。同時に手にまとわりつく大量の赤黒い液体。

……ちょっとは傷を治してからの方が良かったですかね?

 

 

 

 

 

 

「それで、幻想郷の賢者よ。私に何用なのかね」

目の前で不敵な笑みを貼り付ける女性にも一歩も譲る気はない。

「立場をわきまえたらどうなの?もう貴女の侵攻は失敗よ」

恐ろしい殺気と妖力が彼女を只者じゃないと知らしめる。

だがこちらの思惑通りになっている。

やはり私が首謀者だと勘違いしているようね。だとしたら無駄な努力よ。

「残念ながら私は手を貸したに過ぎない。なにせこの侵攻を考え全てを計画した首謀者は戦場で暴れているさ」

 

「その真偽は今は証明できそうにないわね。だから、貴女を倒して勝手に戦闘の終了をさせてもらうわ」

 

ふむ……証明ときたか。確かにそれは無理だな。今のところはだが…

 

「古明地さとりがいるのならまた違った未来になったかもしれないわね。いずれにしても幻想郷に手を出した時点で相応の制裁が加えられるのは免れないわよ」

そう一方的にそう告げると幻想郷の賢者は私に異常な量の弾幕を投射してきた。

瞬間的に蝙蝠となりその全てを回避する。

「気が短いわね。せっかく月も紅く讃えているのだからゆっくり優雅に楽しみましょう‼︎」

蝙蝠の姿から再び元の姿に戻る。紅い月が私の体を照らしつける。

ちょうどよく気分も高揚してきたわ。今夜限りのこの闘争を楽しみましょう!さあ‼︎ハリー!ハリーハリーハリー‼︎

 

「さすが吸血鬼ね…あら?もう1人くるそうね」

 

もう1人?まさかっ!

私がその名前を言う前に、正面の扉が蹴り飛ばされた。音速を超えて飛んで来た扉を前に賢者は涼しい顔をして扇子を一振り。それだけで扉は6つに分裂して窓ガラスを砕いた。

砕けたガラスが七色の羽が放つ光を受けて虹のようにきらめく。

「フラン!どうしてここにきたの!」

途中から建物内で戦っているのは察していたがどうしてここに来た!

なるべくこちら側には来ないように言いつけていただろう!

「お姉様!助けに来たよ!」

 

ああ…全くバカな妹だ。ほんと…馬鹿だ。

だが私はそれ以上の愚か者だ。

妹の助けが有り難いと思ってしまったのだから…再び運命の歯車は回り出す。不明要素が増え定まらなくなる針。

 

「姉妹揃って愚かね。ああ、今なら降伏をしてくれるなら悪いようにはしないわ」

 

「抜かせ。吸血鬼が戦いもせず負けを認めると思っているのか?だとしたらとんだ道化だな」

力を見せつけず交渉に応じれば必ず足元を見られる。だから確実に優位になるように力を見せつける必要がある。だからこうして後方で待機していたのだ。ここまで来れる実力者と戦ってこそ。力による抑止は完成する。

 

「さあ!私の宴は始まったばかりよ!」

「違うわ。私達の宴よ」

レーヴァテインが展開され部屋の中の温度が跳ね上がる。私も北欧神話になぞられた自らの武器を具現化させる。

赤紫の電気を放出したそれの名はグングニル。

大型の投げ槍だ。

 

「どうしてこうも吸血鬼は変わり者が多いのかしらね」

それはこちらのセリフよ。

 

 

 

 

 

 

 

「……‼︎」

強力な魔力の奔流。その強さに思わず片膝をついてしまう。

分かっていても身震いしてしまう。勇儀さんと萃香さんが、2人がかりで本気で襲いかかってきた時と同じだ。

フランさんを行かせたのは間違いだったでしょうか?なんだか火に油を注ぎ込んだ気がする。

まあ仕方がない。早めに到着すれば良いだけだ。それに…これほどの力を持ってしても紫は勝つでしょう。

それは確定している。

ただ……心配なのは手加減を完全に失念してるであろう紫相手に生き残れるかだ。

正直レミリアさん1人だけだったら不味かっただろう。

 

少し強引ですが……

ボロボロの紅魔館の室内を強引に通り抜ける。

大半はフランさんが開けてくれた破口を使えますが、一部は瓦礫で埋まってしまっている。それらをまとめて吹き飛ばし駆け抜ける。

途中で妖精メイドとすれ違うが攻撃をしてくる気配はない。おそらく止められているのだろう。

まあ素通りできるのなら素通りさせてもらおう。

 

 

 

「おやおや、随分と派手に暴れたようですね」

ようやく騒ぎの中心であろう部屋に到着すれば、かなりの乱戦になっていたのか部屋の中は原型をかろうじて残す程度にまで破壊されていた。

満身創痍と言うわけではないが多少息が上がっている姉妹と全くもって平然としている紫。素の力の差が出ているようですね。

素早く3人の合間に弾幕を一発落とす。

強力な光と爆発で全員の動きが止まる。

「さとり?その傷は…」

どうやら紫が私の状態を見てきてきたらしい。

まあほとんど治っているから派手に血が残っているだけです。

兎も角今は状況を見極めるのが優先です。

「いまはどうでも良いことでです」

素早く全員の思考を読み取る。紫の思考は見れないけれど、なんとかレミリアさんの方は読み取れた。ついでに記憶も……

なるほど、首謀者は貴女じゃなかったのですね。

「ああ、紫は首謀者を捕まえてください」

 

「首謀者?それは目の前にいる彼女達じゃなくて?」

 

「いえ、レミリアさん達はただここに移動するのを手伝っただけです。この計画を考え、兵を集め攻撃を執行しているヒトは前線で戦っているやつに紛れています」

 

「話が早くて助かるわ」

 

と言うわけで紫、貴女が真に手を下さないといけないのはその吸血鬼。彼女たちじゃないわ。

ついでだから外にいる吸血鬼たちを殲滅。1匹たりとも残さず殲滅してくださいね。

あ、ここは例外ですよ。

納得してくれたのか紫は殺気を納めてくれた。それでも威圧はしているのだから大人気ないというかなんというか……

「それじゃあレミリアさん、第2ラウンドでも始めましょうか?」

 

「さとり、何を考えているのかしら?」

私の言葉に紫が食らいついた。レミリアさんもそういうつもりだったのか口を開きかけていたけれど直ぐに閉じてしまった。

「そうですね…まあ、色々と使えるものは有効にと言ったところでしょうか」

彼女の狙いは幻想郷の中に新たな勢力として参入すること。そのためには今のパワーバランスを崩す必要がある。

まあ私も半分それを望んでいましたし丁度良いと思います。

今までの状態がずっと続くのは良くないと思っているのは紫だって同じでしょう?

だからここである程度実力を示してもらうんですよ。そうすれば彼女達も私達にとっても良い結果が生まれると思いますよ?

 

「勿論、ある程度制約はつけさせていただきますが…」

 

「吸血鬼相手に制約?面白いことを言うわね」

 

簡単ですよ。流石に殺すなんて物騒な事になる前にお互い気をつけて戦う。それだけです。

ただ……本音を言えば弾幕ごっこのような感じにしたかった。勝てる自信がないのです。

紫は……もう興が冷めたのか隙間を閉じて何処かに消えてしまったし……タッグ組もうかと思ったのになあ…まあいいや。せいぜい生き延びるように立ち回りましょう。いつものように…

 

 

 

 



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depth.126さとりと吸血鬼異変(陰謀篇)

あたいらの攻撃を受けてイラついたのか巨大なトカゲが空に飛び上がった。ブレスはあたいが口にでかい弾を入れたからか撃ってくる気配はない。見かけに反して撃たれ弱いんだか強いんだかよくわからんね。

それでも攻撃をやめない。むしろ羽根や顔とか嫌がりそうなところに徹底して撃ち込む。

そのまま銃弾をや剣を浴びせ続ければ効かないとわかっていても嫌なのかそれらを避けるようになる。結果として罠に誘い込まれる。

ドラゴンの頭上に、1匹の九尾が舞い上がる。

ドラゴンの頭の半分ほどしかない大きさだけれど、その巨大な九つの尻尾は絶対に負けない…そんな理屈では分からない気迫のようなものを纏っていた。

引き金を引くのをやめる。

 

ーーー斬

 

藍の一撃が硬い皮膚を貫きドラゴンに突き刺さる。

9本の尻尾全てを使った攻撃でようやくドラゴンの首が千切れた。

すごく苦しそうな声を上げるかと思っていたら何も言わずにちぎれ飛んじゃってなんだか呆気ない。

それでも巨大な相手というのは倒しても面倒なものだねえ。

大型のドラゴンが周囲の木々をなぎ倒し転倒する。

先に胴体から切り離された頭が地面に半分めり込むほどには質量があったのだから体だってただ倒れるだけでも結構被害が大きい。

土煙が周囲に上がり藍を隠す。

 

急に煙の中から藍が弾き飛ばされてきた。それと共に巨大な尻尾が空高く上がりうねりまくっている。まるで最期の抵抗とでも言わんばかりだ。あれもしかして生きているのかなって感じに……実際頭を吹き飛ばしても生きているような奴は沢山いるからねえ。

兎も角、藍はこいしが向かった。

遠目で見た感じでは怪我はないみたいだ。

問題はこっち…頭を失って暴れ狂う尻尾をどうするかだ。

うーん…

 

大事なことを忘れていた。まだここは戦場であって気を抜いて考えるなんてしちゃいけないところだったとってことを。

 

そいつは瀕死だった。だが、明確な殺意だけは持っていた。うん…だってそうじゃなきゃ、相打ちなんて出来るはずないじゃないか……

 

 

咄嗟に反応したあたいが銃を構え引き金を引くのと、その吸血鬼があたいのお腹と肺の二箇所に剣を突き立てたのは同時だった。

意識が暗転する。

こんな状況になると…本当に冷静になるね…

 

 

 

 

 

「ここじゃ狭いですし場所を変えませんか?」

紫が一旦隙間に帰ったことで威圧がなくなり少しばかり緊張が解けた。

だからついついそんな提案をしてしまうけれど聞き入れてくれるわけないか。

実際目の前の2人は無言で私に接近してきた。いくらなんでも吸血鬼2人との接近戦なんて勘弁願いたい。

それも普通の吸血鬼ではなくあのスカーレット姉妹だ。

だから私は後ろに飛ぶ。あの見た目で勇儀さん以上の力を持っている相手なんて真っ向勝負したくない。

私は喧嘩が苦手なんですよ。だから誘導するとしましょう。

 

 

砕け散った窓から飛び出し赤い月の照らす夜空に向かう。

日が昇るまでには後1時間。それまで生き残れたら私の勝ち。そうじゃなくても最終的には私の勝ち。

さてどっちの勝ちが良いでしょうかね?

空を飛ぶ私の真後ろに白い跡が残るようになる。

それほどまでの高度に到着したようだ。

振り返ってみれば2人も多少距離を開けながらくっついてくる。待つ必要はなさそうです

 

これほどの高さなら妖怪の山も、博麗神社のある方角も見渡せる。

そしてそれは向こうからもこちらを視認できるということ。

実際には視力の問題でこちらを見ることは至難でしょう。だけれど、それは裸眼かつ能力無しの場合だ。

天狗の中には千里眼やそれに匹敵する遠くを見る能力を持つものが多くいるし、こちらで何かあれば必ずあの記者は動く。それに河童だって遠くを見る道具の1つや2つ持っているはずだ。

 

だから始めよう。

空にいくつもの巨大弾幕を撃ち出し。花火のように炸裂させる。

高度8000、少し低いかもしれないけれど十分全員に届いたでしょう。

 

後は……

 

強く光る弾幕を足元に展開させつつレミリアさん達の攻撃を回避する。まばゆい光だけれどもこれくらいないと遠くからは見えない。

位置を示すことになっているかもしれないがどうせこの月夜では大して変わらない。

ついでに弾幕の花火を周囲に散らし2人の視界から逃れるように飛び回る。

なめるなと言わんばかりに突撃してくるレミリアさんを回避しその背中に蹴りを叩き込む。

真下に向かって吹っ飛ばされる彼女と反動で上昇する私。

サードアイが思考を捉えたが動きの先読みを優先するので内容までは覚えていない。

「…⁈」

真横から真っ赤な炎が巻き起こり私を飲み込もうとする。エルロンロールと上昇で回避。

真下をフランが通り抜けていく。

…もう少しだったのにですか?

レーヴァテインは危ないから大出力にするのはやめて欲しいのですが…

服に引火しなかっただけまし…

後ろ⁈

 

一瞬感じた殺気と、何かが近づいてくる音が聞こえて思わず急旋回を行う。視界の片隅に移ったのは赤紫の火花を散らして飛んでくる槍だった。

グングニルですか。大盤振る舞いだこと……

少し面倒ですが……フランさんとレミリアさんの位置は把握している。

だから弾幕を投射して動きを封じる。

その隙に急降下。高度的有利を失ったが仕方がない。

 

地面スレスレまで降下をするがしっかりとくっついてくる。

そのままくっついてくるというのなら……

 

両手を広げて体をくるりと反転。頭の向きを上にして急上昇。

数センチ脇をグングニルがかすめていく。

 

私に向き直ろうとしたらしいが間に合うはずがない。

地面に深々と突き刺さり爆発。

私は再びレミリアさん達のところに戻る。

 

もちろんレーザー弾幕で嵐を作りながらですが……

だけれど向こうも弾幕を展開して応戦してくる。状況が拮抗してしまいだんだんと押されるのは私の方だ。このままだとパワー負けしてしまう。

では鬼ごっこと洒落込みましょうか。

弾幕を停止して空を飛ぶのに残った力を集中させる。

 

連戦のしすぎでもう力が入らない。腕の怪我を治すのに力を使いすぎましたかね?

弾幕は最低限出せるがそれだけ。完全に相手を倒す牙が削がれた状態で…強者2人と戦うわけだ。

まあ…それもまた面白いといえば面白いのですけれどね。

素早く上昇し2人が真後ろからの追撃に移ったことを確認する。

旋回やS字機動で射線をずらす。

案の定弾幕が飛んできては私の真横や上を通過していく。

「あやや…これはスクープですよ!」

 

一瞬文の声が聞こえた気がしたけれど構っている暇はない。

ゆるく左に旋回を行いフェイントを仕掛ける。

乗ってくれた!

 

私を追いかけて旋回に入ったフランさん

を確認し一気に体をひっくり返す。

運動方向が反転し体に強い衝撃がかかる。

そりゃ今まで動いていた分の運動エネルギーとそれに逆らう運動エネルギーで2倍近い負担なのだ。

私の動きについてこようと慌てて止まろうとするけれど、そんな動きじゃ止まれませんよ。

フランさんと正面から対峙する。

レーヴァテインの動きを予測…追い抜き側に一発入れるつもりですね。

させません。

レミリアさんが援護に来ますが…少し遅いですね。

振るわれたレーヴァテインを回避し懐から引っ張り出した銃で後頭部を一回殴る。

流石に骨が砕ける程の力は入れてない。

だけれど強く脳を揺さぶられ平衡感覚が切れてしまったのか脳震盪を起こしたのかフラフラと落下してしまう。

完全にとどめを刺したわけではないですから少し経てば戻ってくるでしょうね。

「フランッ‼︎」

あ、そういえばレミリアさんのこと忘れてました。

体を捻ったが間に合わなかった。

グングニルが私の脇腹を擦り、肉の塊をごっそり持っていく。

だが傷は大きくない。直ぐに止血をして傷口を塞ぐ。

二対一が一対一になっても状況は好転せず……仕方がない。そこでこそこそ写真を撮っている天狗も巻き込みますか。

 

脇腹の傷をそのままにサードアイで文のいる位置を確認する。

(これが吸血鬼……)

 

うん、そのままの位置にいてくださいね。

視線だけはレミリアさんに合わせつつ、少しづつ文と距離を詰める。

偶然を装い……

 

ここで急加速、一気に文さんの後ろに回り込む。

「あや⁈」

写真を撮るのに夢中になっていた文さんは急加速した私を一瞬見失った。

どこにいったのか。何があったのか。ヒトは想定外の事が起こると一瞬だけど動きが止まってしまう。

その一瞬が、戦闘では命取りになる。

私とレミリアさんの合間に文さんが挟まれる形になり必然的にレミリアさんの攻撃が文さんに集中して襲いかかる。

 

「な、なんでですかッ‼︎⁉︎」

普通はそうなるだろう。

文さんは咄嗟に結界を貼り弾幕を使って攻撃の全てを回避し弾いた。

「ほう…烏が邪魔立てする気か?」

 

口ではそういっているけれど目標が2人に増えてどちらを優先して倒すか思考していますね。今のうちに……

急降下を行いフランさんの元に行く。

脳震盪を起こしたとはいえまだ彼女は健在。

すぐに動けないようにしないと……

 

 

ってあれはお空?

 

……とフランさん?

 

降下してみれば何故かお空がフランさんを縛っているという謎の状況になっていた。

「あ、さとり様!」

 

「お空、これは?」

 

「上から落ちてきたので縛ってました!」

 

どうやら体力が回復したところで紫によってここに降ろされたらしい。

その後は周囲の吸血鬼を始末していたらしいが空から落ちてきたフランさんと接触してしまったのだとか。

その後彼女が私と戦っている事を知ってわざわざ紐で縛っていたのだとか。

「ねえお空…どうしてその結び方なの?」

1つ問題がある。どうして亀甲縛りにしているの?

さっきまで命のやり取りをしていた相手がこうも哀れなな姿にされていると…なんだかアレである。

 

しかも口を塞がれて何も喋れないのだから余計にだ……

(やばいなんで?すごくゾクゾクする……)

あ、これダメだ。今すぐ止めないとフランさんが変な方向に目覚めちゃう。既に顔を赤らめてなんかやばい表情しているし…手遅れかな?でもやるしかない。

「お空、出来れば解いてあげて」

 

「で、ですが」

 

「大丈夫よ。貴女が見張っていれば……」

そこまで言いかけて真後ろに強力な殺気が来た。

それとともに何かが地面に叩きつけられる音。

「ふふふ、小賢しい手を使うのね」

 

「私達は喧嘩が苦手ですから」

振り返れば地面に叩きつけられたボロボロの文さんと、その側でものすごく怒っていらっしゃる1人の吸血鬼少女がいた。

まさかあの短時間で神速天狗を倒したのですか。

恐ろしや恐ろしや。

 

まあ、命に別状は無いみたいですし一応良い写真がいくつも撮れたらしいから気にするのはやめましょう。

それにパンツの写真を狙って撮ったせいでこうなったようですし。

観察はここまでで良い。

お空の手を掴んで一気に空に上がる。

「ちょ⁈さとり様!」

あ、まだフランさんの拘束を解いていなかった…もういいや。

 

「お空、手伝って」

 

「…っはい‼︎」

私に手伝ってと言われたのがそれほど嬉しかったのだろうか。後ろから追いかけてくるレミリアさんに向けて弾幕を展開し始めた。

 

追いかけっこはまだまだ。それにしてもレミリアさん少し怒っていますよね?

そんなにパンツ撮られた事が癪に触ったのでしょうか?

あーうんそれ以外にもありますけれど周りが見えなくなるほど戦いに熱中してしまっていますね。

…殺気。

お空を引き連れたままローヨーヨー。高度が一気に下がり体に打ち付ける風が強くなる。

「さとり様!なにかきました!」

 

「グングニルよ!」

何度も撃てるようなものじゃないでしょうに……

それに今はお空がいる。すぐに弾幕で迎撃してくれるはず……って弾幕を弾いている?

まずい…

 

咄嗟にお空を横に放り投げる。

何か叫んでいるが聞いている暇はない。やはり私狙いの北欧神話の槍は真っ直ぐ私を目指してくる。

ならばこうするしかない。

 

急降下で半壊している紅魔館のすぐ側を飛ぶ。槍と私の風圧で窓ガラスがいくつも割れていく。

上昇、急旋回。私とフランさんが戦い、ボロボロになった部屋の中に入り込み、建物の反対側に抜ける。

槍はそのまま建物に接触したのか大爆発を起こし、ボロボロだった場所を完全に瓦礫に変えた。

一瞬玉藻さんの悲鳴のようなものが聞こえた気がしたけれど気のせいでしょう。うん……

 

「貴様ぁ‼︎」

いや、私は悪くない。それにそんな怒っていたら視野が狭くなりますよ?

レミリアさんの背中にいくつもの弾幕が命中する。

お空のこと忘れちゃダメですよ。

「な、なめるなァ‼︎」

 

え…翼で弾幕を弾き飛ばした?

流石というべきかなんというべきか……

そのまま私に向かって突っ込んでくる。

本能的に逃げ出す。アレは多分ガチ切れした感じだ。やばい…

 

生き残れるかな……

 



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depth.127さとりと吸血鬼異変(終焉篇)

あともう少し続きます。


紅魔館の周りをぐるぐると回る。もうすでに何周したでしょうかね。なんだか視界を切るのと弾避けにうってつけだから何度も回っていました。

お陰で建物はボロボロなのですけれど。私が悪い?いえいえ、攻撃をしているのは私ではなくレミリアさんですから。

「小賢しい‼︎」

覚り妖怪は小賢しい生き物なのですよ。

スピンターン上昇していた速度が一気になくなり、高度が落ちる。側から見ればいきなり縦方向に落ち始めたような機動だ。航空機なら墜落確定だろう。

急旋回が多いせいで速度は乗らないけれどそれなりに引き離したりできている。

それに隙あればお空の弾幕だ。私ほどエグくはないけれどそれでも当たれば痛いし弾き飛ばされる。

かと言って逆にお空へ攻撃しようとすれば私が妨害する。

 

完全にこちらが優位な状態で時間はただただ進んでいった。

おそらく日の出まで三十分。東の空が薄明るくなり始めた頃、ついにレミリアさんが大声で何かを叫んだ。何を叫んだのかは分からないけれど…多分何かの呪文だったようだ。

ドイツ語でしょうか?詳しくはわからない。だけれどそれがまずいものだと言うのは分かった。

不意に突風が吹き荒れる。

 

それとともに魔力がレミリアさんに集まっているのが嫌でも感じ取れる。

あれ…これまずくないですか?

そう思った瞬間、私の真横を強力な魔力の塊が通り抜けた。

冷や汗が遅れて出てくる。恐ろしい魔力の量だ。

「す…少し強すぎるんじゃ…」

ちょこまか逃げているのが癪に触ったのかレミリアさんは急に殲滅攻撃に移った。

いや…なんかもうヤケになったのか幻想郷そのものさえ壊そうとしているような……

ただ命中精度は高くないからか回避するのは容易です。その結果として巨大な弾幕が周囲に展開され木々をなぎ倒し地面をえぐり取り地形を変え始める。

明らかに地図の書き直しが必要ですよ。あ、丘が消滅した。

あんなもの命中したら私の体なんてあっさりと蒸発してしまうはずだ。嫌だ嫌だ。絶対に被弾したくない。

巨大なレーザーが発射され間一髪で避けたかと思えば、そのレーザーは威力を減衰する事なく、妖怪の山の中腹に命中し大爆発を起こした。

爆煙が上がっている場所が赤くただれている。

もうなんでしょうね……使徒ですか?レミリアさんの攻撃力は使徒なのですか?

お空が四方に弾幕を展開し囲い込もうとする。

「甘いッ‼︎」

だけれどそれは極太の青白い光の筋によって片っ端から爆発四散させられてしまった。

それでも弾幕を止める事はしない。だけれどその全てをことごとく無力化されてしまう。お空の体力保つかしら?

あ、弾幕に吸血鬼達が巻き込まれた。

姿が見当たらないあたり完全に消滅してしまったのでしょう。

漁夫の利を狙おうとずっとそこでコソコソしていたのが仇となったようですね。残念です。

 

それにしても…近接戦闘だけじゃなく長距離戦もここまでとは……

エルロンロールからの縦ループ。

照準をつけさせないように細かく動き回る。それでもすぐ近くを攻撃が通り抜ける。

私が被弾するという運命を引っ張ってきているんですかね?だとしたらそれに抗っていかないといけません。

なるべく地上への被害は避けたいのですが…どうもレミリアさんが上にいる関係で撃ち下ろしの状態になってしまっているのが痛いです。

 

だけれど反動がないわけではなさそうです。

弾幕の隙間から見える彼女は何処と無く血で汚れている。

私の返り血を浴びたわけでもないしましてやお空のものでもない。という事は、あれはレミリアさん自身の血ということになる。

そこから導き出される結論……あれ程の膨大な魔力を使役し、制御するのだ。いくら吸血鬼が頑丈かつ強い種族だったとしても代償がないはずはない。

おそらく魔力に体が耐えれないのでしょうね。

だからあんなに…血を流すわけです。

ここでそれを使うとなれば日の出までが限界…それまでに決着をつけたいのでしょうね。

まあいいです。逃げるだけですから。

急加速。真後ろを巨大なレーザーの光が通り抜けていく。

 

さらに追撃するようにいくつもの弾幕が行く手を阻む。

弾幕の隙間を無理やり通過。後方で爆発が起こり体が熱風に包まれた。

だけれど致命傷ではない。

真上に吹き飛ばされた体のバランスを取り体勢を整える。

多少服が焦げましたね。

ふと周囲を見れば弾幕が止んでいた。

相変わらず大量の魔力がレミリアさんに集まってはいますが新しい弾幕は1つもない。

 

何かあったのかと観測しようと目を凝らした瞬間、残っていた弾幕が一斉に四散した。

「……え?」

かと思えば、レミリアさんは何かを投げる時の構えをしていた。

そして姿をあらわす一本の赤紫色の槍。グングニルより一回り小さい…また別の何かでしょうか?

「受け取れ!さとりいいい‼︎」

 

そんなもの受け取りたくないですよ!

反転降下。解き放たれたグングニル擬きが真後ろに迫ってくる。

それも1つではない…2つ…3つ…いくつでしょうか?投げ出されてから少しして分裂したようです。数えるのが面倒なので沢山と仮定しましょう。

 

「さとり様!」

 

「お空⁈」

どうやら狙いは私だけじゃないらしい。お空の方にも10本ほどの赤紫色の光が追いすがるように群がっていた。おそらく私の後ろもそうなっているのだろう。

 

こうなったら槍とダンスです。本当は天使としたかったのですが…

 

速度を上げてお空の側に行く。

兎も角逃げることに集中してほしいと伝える。

レミリアさんも大量の槍を操作するのに必死のようですから迂闊に攻撃してくることはないです。

左右にロールをしてみるがそれで離れてくれることは無い。急旋回と急制動でオーバーシュートを敢行する。

体が真上に上がりその後停止。追従しきれなかったのか私の真下を通り抜けていき……

反転、直ぐに逃げ出す。

まさかひっくり返って戻ってくるなんて…こりゃお空の方も同じようなものですね。

こうなったら徹底的にやるしかない。

まずは……

必死に逃げているお空を視認。その機動を確認して……真後ろに飛び込む。

軌跡が交差し、私の体がお空を追いかける槍のすぐ側を通過する。

やや遅れていくつもの爆発が発生。夜明け前の空に花火がいくつも巻き起こる。

だけれど全てを迎撃できたわけではない。

お空に向かっていた槍は全て吹き飛ばせたが、元から数の多い私の方はまだいくつかくっついてきてる。

まだ…レミリアさんは集中しているようですね。なら、まだ大丈夫……

ぴったりと後ろに張り付いてるのは三本、デタラメに飛び回るものが2つ、大回りをしているものが三本…

 

もう一度紅魔館に潜り込む。今度はちゃんと玄関から…

なけなしの弾幕を後ろに放ち迎撃を敢行。一本が被弾によって爆発四散。その直後私の体は紅魔館の入り口に入り込んだ。

急旋回でエントランスから二階の廊下に飛び込む。後ろで爆発が立て続けに起こり、ガラガラと倒壊する不協和音も同時に聞こえてくる。

レミリアさんはまたやっちゃったと思っているでしょうね。

でも止まることはない。まだ追いかけてくるしぶとい奴がいるからだ

爆発しないということはあれは本気で貫きに来ている物のはず。あれに貫かれたら流石に助からない。

ガラスが飛び散った窓から体を強引に外に出す。残ったガラス片で腕を大きく引き裂いてしまったけれど気にしている余裕はない。

 

窓枠を破壊し壁に穴を開けながら二本の槍が迫ってくる。

それで良い…少なくとも今はですけれど……

私の目の前には紅魔館の最上部にある時計塔のような何か。

後はタイミングを合わせるだけ……

衝突寸前まで接近し、強引に体を止める。

反転…体を捻る。

 

僅かに太ももを一本が擦って肉を抉り取っていった。

 

私を追いかけようと反転しようとして…間に合わずに二本とも時計の真ん中に飛び込んだ。

爆風と瓦礫が周囲に飛び散り、運動エネルギーが無くなったのか槍はもうそこから出てくることはなかった。

 

「……少し使う場所を考えたらどうです?」

 

「それは貴女にも言えることよ。さとり」

 

お空の首を掴んだレミリアさんがゆっくりと私の後ろに降り立つ。

私が逃げ回っている合間に捉えていましたか…

見たところ外傷はないようですね。あ、勝手に血を吸っちゃダメですよ。

「もう夜明けです。終わりにしたらどうですか?」

 

「……それもそうね。吸血鬼の時間はもう終わりのようね」

静かにお空を解放してくれた。

鴉に戻った彼女が私の肩に乗っかる。どうやら相当疲れたようですね。まあ仕方がありません。

 

「それでは降伏して頂けますか?」

 

「ええ、そうするわ」

清々しい笑顔で彼女は私の手を取った。

どうやら握手らしい。

正直そっちの手はガラスで腕を斬っているから血だらけなのだけれど…

 

「美味しそうな血ね。そういえばフランも飲んだのでしょう?」

 

いや、あれは飲んだのではなく噛まれたといった方が良い気がします。

って何手を舐めているんですか⁈ちょっとやめてください!しかも妖艶な雰囲気を出さないでください。

「あら、残念ね…」

急にされたら困りますよ。

「……ダメね。美味しくないわ」

しかも渋い顔でそんな事を言われたら少しショックですよ。無表情ですけれど傷つきはしますからね。

「さとり妖怪だったかしら?人間の悪意に照らされ続けたものは心さえも悪意によって破壊されてしまう。そのような者の血が美味しいわけなかったわ」

 

なら吸血されることはもうありませんね。よかったよかった。

本当はすごく悲しいことでしょうけれど…もう人間の悪意なんて慣れましたし良いんですよ。

なんですか?慣れること自体が異常だって?そりゃこんな私ですからね。

 

 

 

 

 

 

意識が浮き上がってくるのと痛みがお腹のあたりに感じられるのとはほぼ同時だった。多分数秒の差で意識の方が先にはっきりしたね。

「う……あ、あたい…」

しかし痛い…声すら上手く出せないほど痛い……なんでこんなに…えっと何があったんだっけ?

確か…二箇所を刺されて…代わりに頭を吹き飛ばして…

「あ!お燐!気がついてた?」

妙にお腹のところが暖かく感じられると思ったらこいしがあたいに何かをしていたみたいだ。

喋るとお腹が痛くなってしまうので首だけを縦に振る。

 

「よかったよお……」

ああ泣き出してしまった。こいし大げさだよ。まあそうは言ってもあたいも死を覚悟していたわけだから大袈裟だと言い切れるわけじゃないのだけれど…

それにしても痛かったわ…もう2度とあんな思いしたくないね。

でもさとりは何度もこんな痛みを経験してきたのかねえ……

 

「傷自体はどうにかなるが、片方の肺に穴が空いていたからな。先に応急手当てをさせてもらった」

そう答えたのはこいしではなく、先程から視界の端っこに立っている藍様だった。なんだか手元が赤くなっているけれどそれはもしかして血なのかい?

ああ…藍様の手が真っ赤なのはだからか…それと……どうも胸の傷が少し大きくなっているというのも……

まあその傷もこいしのおかげで塞がり始めている。後数分といったところかな?

「お姉ちゃんに感謝だね」

どういうことだろう?

 

聞きたいけれど声をうまく出せない。だけれどあたいが心で思った事をこいしは素早く読み取ってくれて、意思疎通をしてくれた。

 

「これに傷を治す魔術式がなかったら助からなかったし…肺がやられた時の対処法まで書いてあったんだから」

さとりがかい?

どこまで用意周到なんだい……普通そんなこと書き込んだりしないでしょう……

魔導書に回復用の魔術があるのは分かるけれどどうして医療知識まで…

「他にも呼吸器官の損傷とか心肺停止とか色々書いてあるけれど…」

うわ…たくさん書いてある。魔導書の三分の一はそういった緊急時の対応ばかり書いてあるのだとか。

 

「さとり様は侮れませんね」

 

「ほんと…どこまで考えているんだろうね?」

 

あたいに言われても…分かりませんよ。

あ、日が昇ったみたいですね。眩しいです。

夜目になってしまっていた目が一瞬にして元に戻る。

そういえば夜が明けるまでが勝負だってさとりが言っていたっけ?

 

じゃあもう終わったのかな……

 

いつのまにか肺の傷もお腹の鈍い痛みも消えていた。

「あ……うう…」

まだ体に脱力感があるけれどなんとか体を起こす事ができた。

「お燐?まだ安静にしていて」

 

「あたいは大丈夫です。傷も塞がりましたし…」

それにもう戦いも起こらないと思いますし。

 

太陽の光に照らされた吸血鬼の亡骸が、煙を上げて灰に変わっていく。やがて原型を止める事ができなくなったのかそれらはその場で灰色の山となって風に消えていった。

 

 



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depth.128さとりと戦いの後

幻想郷を襲った吸血鬼たちは朝日に照らされてそのほとんどが灰になっていった。

最大戦力でもあった吸血鬼が一斉に消え去り、残った魔物達は結構あっさりと討伐されたようだ。

今は紫がそれらの死体の処理を行なっている。

幻想郷の賢者にしてはやることがあれだとは思うけれど仕方がないね。

だって数が多すぎるんだもん。それに敵だけじゃなくて仲間だった分もどうにかしないといけないのだから尚更だ。

私はあの後少しだけレミリアさんと話して彼女の身柄を紫さんに預けた。

抵抗もなかったしなんかやつれかけていたけれどどうしたのでしょうね?まあ…会おうと思えばいつでも会えますから良いんですけれど。

 

お空も家に返して先にこいし達と合流して欲しいと伝え、私は1人幻想郷の空を飛び回ることにした。

 

至る所で黒煙が上がっており戦闘の傷跡は生々しく残っている。

幸い人間の里と地底は無事だったらしいので私としては防衛成功ですかね?

ただ、あの日人里の外に出ていた人間達の安否までは分からない。

 

「うわ……」

 

湖周辺はそうでもなかったのに少し山の方に行ってみれば想像を絶すると言っても過言じゃない光景が広がっていた。

木々の合間に所々出てくる草むらには、いくつもの巨大な棒が立てられていた。その1つにゆっくりと近づいてみる。

既に事切れたのか虚ろな目をした妖怪は私を見ているようで見ていない。

なにも映さないその瞳を閉じさせて串刺しになった体をゆっくりと引き抜く。

彼だけではない。

周囲にはいくつものそれらがあった。

死んでから串刺しになったものもあれば生きているうちに串刺しにされたものまで……種族も性別も様々だ。

多分ここら辺に住んでいた妖怪達だろう。

見せしめにしては度がすぎる。本能的なものだろうか……いずれにしてもこのまま放っておくのは気分が悪い。

1人1人棒の先から引き抜いては地面に下ろす。せめて被せるものがあれば良いのですけれど……

中には腕がちぎれて無くなっていたり、お腹が裂けているのか色々と目を背けたくなる。

発狂しても私は悪くないです。

それもここだけなら良いのですが他の場所にもあるでしょうね。

 

「……もう死後硬直が始まっている…」

下手にブラブラ動くのよりマシですけれど…こんな状況じゃ大してお世辞にもならない。

まあ死人に口なしですから責められることはないですけれど。

「妖怪は碌な最後を遂げないというのも間違いじゃないかもしれませんね……」

既に作業開始から1時間ほど経っているだろうか。

ここらへんにあるのは全てどうにかした。

まあ身寄りも無ければ弔ってくれるヒトがいるのかどうか分かりませんがこのままにしておきましょう。

残されてしまうようならお燐に来てもらう事も考えないとです。

似たような場所は幻想郷の各地にあり、いくつかは他の妖怪達が始末をしていたりするらしい。

それを知ったのは後になってからですが……

 

そういえばここからなら妖怪の山が近かったですね。ちょっと見ていきましょうか。

方向転換。のんびりとだけれど山に向かう。

時々地上では吸血鬼達が持ち込んだ戦車が燃えている。

どうしてあんなもの持ってこようと思ったのでしょうか?

まあ…防衛陣地突破を考えれば確かにこれ以上の適材はありませんけれども。

まあ…似たような武器は河童も作っていましたしその弱点も河童ならなんとなくわかったのでしょうね。

しっかりと燃やされている。

おっとそんなことは置いておきましょう。もうすぐ妖怪の山です。

 

 

 

 

妖怪の山の麓は静かなものだった。生き物の気配が極端に少ない。

そのかわり転がっているのは人の形をした肉片。

原型をとどめているものの方が少ない。

もう完全に麻痺してしまった鼻でも感じられるほどの血の匂いと臭気が立ち込める。

「……」

少しだけ恐ろしくなった。

この景色……いや、この光景を見ながらも全くなにも感じることがない自身の心にだ。

先程の串刺しにされたヒト達の時も薄々感じてはいたけれどここに来て確信に変わってしまった。

普通このような光景を見れば妖怪だろうが人間だろうがなにかしら感情が湧くものだ。

だけえどわたしにはそれが全くない。

意識してしまえばどんどん感じるものが少なくなっていく。

「……」

 

溜息が出てきてしまう。

なんとなくなにも感じない理由が分かってきたかもしれない。

だけれど結局それは私が人間を辞めたと言う証明にしかならない。だからその答えを否定し、消し去る。

そうです…もう帰りましょう……

 

そう思い、虚無感に体を支配されかけながら踵を返したものの……

「あ、さとりさん」

すぐ近くに来ていた知り合いに見つかってしまってはもう帰るに帰れなくなるのが私と言うものだった。

服は所々破けており返り血か自身の血なのかわからないほど袖や裾を汚し純銀製の剣を片手に持った白狼天狗…犬走椛は私を見つけるなり一気に距離を詰めた。

「無事だったのですね……」

そういえば今の私は彼女にどう見えているのだろうか…

そう思い目線を体に落としてみる。

体の方に損傷はない。

だけれど着ている服は左肩から腕のかけての部分が消失していたり返り血や黒く炭化していたり引きちぎれていたりと服だけでも状態がバレてしまうほど悲惨なものだった。

確かに…事情を知っている彼女からすればどれだけ派手にやらかしたのかすぐにばれてしまうだろう。

「無事かどうかは分かりませんが一応?」

むしろ傷だけなら椛さんの方が無事じゃないような気がしますけれど……

「かすり傷ですから平気ですよ。ところでこちらに何か用ですか?」

 

「状況を見に来ただけよ…すぐに家に帰るつもり」

 

どこに行ってもこんな光景が広がっているのだろう。

仕方がないか……なにも感じることがない私では行っても無駄だろう。

「今救護所にこいしさん達がいますよ」

予定変更ね。案内してくれるかしら?

 

「ええもちろん」

尻尾が少しだけ揺れている。

嬉しいのだろうか……

そこまで考えて、ようやく彼女の本心が分かった。

とは言ってもサードアイで見てしまったからなのだけれど……

だけれどそれは至極真っ当な理由だった。今の私では恐らく感じるのは難しいかもしれない。

 

仲間が目の前で死んでいく光景なんてただの生き地獄。

それも精神面が脆い妖怪に至ってはPTSD間違いない。だから彼女は任務を言い訳に無理に心を抑えていたのだ。

 

そう知ってしまったら、私が黙って見ていることは出来なかった。

気づけば私は椛さんを抱きしめていた。

「さ、さとりさん⁈」

 

「我慢しちゃダメよ」

 

振りほどこうとする椛さんの心を開かせる。

周囲に見ている人はいないし、見ていたとしてもなにも言わないでしょう。だから今のうちに溜めたものをある程度吐かせておかないと心が保たない。

「う……うう……」

 

……はいはい。いくらでも泣いてくださいね。

戦場で泣くことは出来ない。生真面目な彼女では日常に戻っても泣くことはできないだろう。

私じゃなくて柳君とかの方が良いのですが…

 

 

 

 

「落ち着いたかしら?」

 

「ええ……お見苦しいところお見せしました…」

 

「気にしないで。多分どのヒトもそうなるから」

特に仲間意識が高い天狗や河童などは特に…

私?まあ彼ら以上に仲間同士の結束は硬かったのでしょうけれど…私は1人を除き同族には会わなかったし会いに来てくれることも無く皆いなくなってしまいました。

結局仲間って言われる関係は私の場合築く事が出来なかった。

もう今となってはどうということでもないのですけれど。

 

まあともかく、救護所に向かいますか。いつまでも仲間だったものが転がっている場所に居たくないでしょうし。

 

 

 

 

 

連戦が続いていたし強引な回復までしたからか体がすごく怠い。だけれど飛べないと言うわけではないそんな感覚だ。少しだけ意識が上の空になっているとどうやら山の頂に着いていたようだ。

少しして椛さんは上司に呼ばれたのかどこかへ行ってしまった。目を隠しているとはいえ少し気まずい。

やはり短時間で心を読みすぎてトラウマが蒸し返されかけているようだ。

嫌だ嫌だと聞こえないふりをしていると、ふと視線を感じた。

あたりを見渡すと、黒や茶髪、銀髪に混じって緑がかった銀色の髪が揺れていた。

なるほど、もうすでに私は救護所に入っていたようですね。そういえば周囲も地面に寝かされている天狗とか妖怪とかばかりです。

その方々の合間を縫ってこいしの元に行く。

「あ、お姉ちゃん」

知っていたけれど会えて声をかけていなかったのが裏目に出たのか少し目が泳いでいる。見つけたなら声くらいかけてほしい。

 

「どうしたんですかさとり?怪我でもしたんですかい?」

不意に後ろから声をかけられた。振り返れば、寝息をたてている大妖精を背負ったお燐が立っていた。

素早くサードアイで状況を読み取る。

えっとえっと……場所の空きが少なくなってきたから一時的に引き取ってくれと…

「あ、さとり様」

そんな2人の後ろからさらにお空が顔を出してきた。

お空までこっちにいるなんて…一応家に帰るように言っておいたはずなのだけれど……

まあこいし達と合流できているから良しとしましょう。

 

で、こいしは応急処置ですか。

「うん、まあ成り行きでさ」

成り行きなら仕方がない。だけれど…少しバラバラですね。手当の優先度が分からないし来た順で寝かせていったからか少しバラバラしている。

なんだか落ち着かないと言うか…視覚的にも効率的にも悪い気がする。

「あ、それ私も思った。だけれどここのリーダーさんいないから分からない」

手当の指揮系統が機能していないって……色々と大変ね。

まあこのような事態が起こるなんてほとんどなかったから経験が足りてないのもあるけれど。

「あ、あたいは一旦家に戻らせてもらうよ。お空行こうか」

「うにゅ?分かった」

お燐?今一瞬焦らなかった?

ってどうして胸とお腹の部分が血塗れで破れているの?まさかお燐……

無言で彼女を見つめる。流石に観念したのか苦笑いを浮かべて頭を下げてきた。

「助かったのなら良しとしましょう」

 

「あたいもまだまだですね」

 

本当よ…

ところで、貴女たちがいるなら絶対にあの2人も来ると思ったのだけれど…来ていないようね。もう残敵はいないはずなのに……

「こいし、勇儀さんは?」

 

「私は知らない」

そうよね…あ、こいしその魔術じゃなくてこっちの魔術の方がその傷は良いわよ。

こいしに軽くアドバイスをしてその場を離れる。確か勇儀さんは天狗と共闘していたはずですから…

 

少し身分が高そうな鴉天狗を探し出す。

「勇儀様と萃香様なら先程地底に帰りましたよ」

 

「……そう」

 

自由気ままなヒト達だこと。どうせ戻ってお酒でも煽っている事でしょうね。被害が出ないと良いのですが……

なんでこんなところで二次被害のことを考えなければならないのだろうか。

いいや…そう言うことは起こってから考えましょう。

 

再びこいしの所に戻ってみれば、一応の手当てが終わったのか立ち上がったところだった。

「こいし、帰るわよ」

 

「あ、うん!」

 

他にも負傷者はいそうですけれどいつまでも部外者である私達が勝手に治療を行うのはまずい。特に大天狗とかはいい顔をしない方もいる。

救護所を後にして帰路に着く。途中こいしの手を握っていたことを思い出す。

こいしの方を見れば、なんだかすごく嬉しそうだった。

……もう少しこのままでいましょう。

それは優しさだったのかただの気まぐれだったのか……

 

「相変わらず仲の良いこと」

 

空気が変わる。咄嗟に声のした方向に向かって刀を振ってしまう。だけれど宙を舞っただけ。

声の主は私の真横……

人の死角から急に出てくるのはやめてくださいよ。心臓に悪いです。

首を横に向ければ、八雲紫が私の隣を飛んでいた。

珍しく飛んでいたのだ…

思わず二度見してしまう。

「そんなに珍しいかしら?」

 

「だって普段から隙間に篭ってばかりですし…」

 

「今ので貴女が普段どう言う目で見ているか分かったわ」

 

「お姉ちゃん、流石に紫さんだって飛ぶよ。私も歩く以外の動きを初めて見た気がするけれど…」

やっぱり珍しいんじゃないの。

それで、わざわざ飛んでまで私に話でもあるのでしょうか?

 

「貴女の事だから回りくどい言い方はしないほうが良いわね」

途端に真剣な顔になる。

ふと隣を飛んでるこいしを見れば、珍しく顔を伏せて表情を隠していた。こいしも知っている事なの?いいえ…こいしの場合は偶然知ってしまったと言ったところかしら。

「直接言ってくれた方がありがたいですね」

なら…と彼女は一息間をおいて告げた。

「博麗の巫女は死んだわ」

 

 

 

 

 

移動中

 

 

横にされた博麗の巫女は、知らない人が見ればただ寝ているようだった。

だがボロボロの衣服とそれに隠れた大きな傷跡を見れば既に生きているなんて希望は消え去る。

こいしを先に家に返し、紫によって連れられ巫女さんのところへ行くことにしたのが数十分前。

ここまで状態が良いのはある意味奇跡のようなものだ。

全く動かないのですけれど…

 

「人里に出ていた親子を守って返り討ちですか……」

 

「相討ちよ。どうやら、従順な眷属にしようとしたらしいわね」

後ろから首を噛まれて吸血鬼にされそうになって…それで自身ごと刀で貫いて……

その上助けようとした親子も…助からなかったと。

どうやら隠れて鑑賞していた吸血鬼が遊び半分で行ったことらしい。親子を使って釣れたのがまさか博麗の巫女だったなんて……

 

「それで…その吸血鬼達は?」

側で黙っていた紫に尋ねる。尋ねないといつまで経っても話してくれそうになかったから。

「……貴女に伝えると不安でしかないわ」

不安…ですか?

確かに巫女さんを殺した奴らですからね。許せないと言う感情が湧き上がって仕方がありません。ですが…その感情を向ける方向を間違えれば結局は私自身が後悔する事になる。そんなものは覚り妖怪なのだから嫌という程分かるし嫌という程見てきた。

「失礼な…処理はそちらに任せます。感情に流されるほど私は周りが見えないなんてことはないですから」

だから全て彼女に任せる。気持ちが混乱している私ではうまく対処できないから……

「そう……分かったわ」

 

「紫はどのように処理するのですか?」

 

「どうしましょうか……」

今の紫は吸血鬼に対する好感度がマイナス振り切って絶対駆逐になっているだろう。

多分悲惨な事になりそうですね。捕らえられている吸血鬼は……

ただ、それで困るのはレミリアさんの事だ。まあ私が関与しなくても多分大丈夫だろうけれど…不確定要素はなるべく減らしておきたい。

だからレミリアさん達以外の吸血鬼を処分する事で手を打ってほしい。

「……」

 

「何か言いたそうね」

 

「レミリアさん達の事ですが……」

 

吸血鬼を処分するのはもう決定事項だけれど彼女たちはこちら側に来ただけで直接手を下したわけではない。

まあそれでもある程度の罰は受けてもらわなければならない。

だがその場でほかのモノと処分されては困る。

友人が友人を殺すなんて見過ごせない。

 

「そうね……たしかに利用価値はあるわ。考えておいてあげるけれど…他の意見次第よ」

紫の目が光った。何か良からぬ事を企んでいるのだろうか。まあいいや……

どうせ私には関係のない事だろう。

「その時はその時です」

他の方法を探すまでですよ。

話が終わったのか私から視線を外す紫。

こちらももう話は終わりですから…家に帰るとしましょう。

横にされた巫女の亡骸を背負って歩く。

「それをどうするつもり?」

 

「神社に帰らせてあげるんですよ。ずっとここじゃ寒いでしょう」

まだ本調子ではないけれどこれくらいなら大丈夫……体にかかる重さは私が背負うべき罪だ。だから忘れてはならない。

知っていながら行動できなかったこと…救えたかもしれない命を救えなかったこと……

「私が送るわ」

一言。

その瞬間私の体は浮遊し、気づけば隙間の中にあった。

……歩けと言うことなのだろう。

目の前には隙間がパックリと割れ、どこかの景色を映し出していた。

まるで、ダンジョンにありがちな視覚を利用した罠のようです。まあいつもの事なのですけれど…

 

 

どうやら神社の庭に着いたらしい。だがここも戦闘の後が生々しく残っている。

吸血鬼ではなく…なにやら魔物さんの体の一部が縁側に転がっていたり…よく見れば屋根に龍のようなものが突き刺さっている。

既に死んでいるのか全く動かない。

戦いが終わっても喜べませんねこんなの……さすが戦争。

「ここも修復しないと…」

 

やることがいっぱいですね紫。

彼女がどうこうするようなものでも無い気がしますが…

背負っていた巫女を縁側に下ろして寝かせる。確か布団は……

下駄を脱ぎ縁側と繋がっている居間に入る。

確か…押入れの中に布団は入っていたはず。

当たりです。

素早く居間に布団を敷いて整える。そこに紫が巫女さんを連れてきてくれた。

 

もう出血は止まっている。死後硬直とかどうなのだろうと思ったものの、紫が何か境界を弄ったらしく心配しなくて良いと言っていた。

腐敗防止だろうか?

 

 

しかし…これから巫女無しとなると少し辛いですよ。

「仕事が増えるわ……」

これも賢者の仕事でしょう。私にはどうしようも出来ませんよ。それに私だって旧地獄と地底の管理があるんですから。

え…勇儀さんが半分くらい肩代わりしている?

まあ…私が行うのは書類仕事ばかりですしそれだってエコーさんとの共同なので楽といえば楽ですけれど…

 

え…やっぱり私に一部任せようとしていませんか?なんでですか嫌ですよ。

ともかく……私は帰りますね……

 

いつまでも感情を押さえつけておくのは良くないです。だからと言ってこの場で全て吐き出すのは嫌だ……

「貴女がなにを思って責任を感じているのか知らないけれど、相談が必要なら乗るわよ」

 

「大丈夫です……」

うん、まだ大丈夫。それに……慣れましたから。そう言い聞かせて私は押さえつける。

「家まで送るわ」

何だかんだ紫は世話焼きですね。

 

 

……家の方もかなりひどい状況になっていた。

隙間から出てきて早速家を視界に捉えれば、そこにあったのは半分だけ。

綺麗に建物の片側が倒壊していた。

なにがあったらこうなるのだと思い崩れ去った部分に足を踏み入れる。

轍…それもふつうのものではない。

金属製のベルトが通過した後だ。

そう言えば戦車が混ざっていましたね。それが踏み潰していったのですね。

「さとり様おかえりなさい」

ふと二階があったであろうところから声をかけられた。

振り返ってみれば途中から無くなった廊下に腰をかけてこちらを見下ろしているお空がいた。

 

「お空……ただいま」

 

「お、帰ってきたのかい。随分遅かったじゃないかい」

やや遅れてお燐も出てきた。

どこか浮かない表情をしている。それもそうでしょう。家を半壊させられたのだから……

私だって鈍感ではない。あまり触れないようにしたほうが良いのはわかっている。

「ええ…こいしは地霊殿かしら?」

 

「そうだよ。しばらくはあっちで過ごす事になりそうだからね」

そうなるでしょうね。家がこうなってしまっては仕方がない事です。

どうやらこいしは先に地霊殿に向かったらしい。

ってお燐なに煙草吸ってるのですか。家の中は禁煙って言いましたよね?

え…半分外だから良いだろって?もう…本当はダメなんだからね。

それと半ダースだけにしておきなさい。

 

「一日で?」

吸い過ぎよ。

「1週間でよ。貴女少し吸いすぎよ」

そういえばこの子多い時には1日で1ダース吸っていた。

「妖怪なんだから平気だよ。それに…吸わなきゃやってられないよ」

少しだけ影のある言い方。というより少し疲れたのでしょう…

 

「うにゅ?お燐それ吸うと気持ちいいの?」

 

「言い方が危ない気がするのだけれど…後お空はダメだよ」

 

「どうして?」

 

「性格がひねくれるよ。あたいは気まぐれだから今更どうってことないけれど」

 

そうね……あまり褒められたものじゃないし、止めておきなさい。

ともかく…一旦地霊殿に行きましょう。

 

一応門があった場所は無事だったようだし、機能が生きているのなら開けるわ。

こいしは多分縦穴の方から行ったのでしょうけれど。

え…呼び戻す?

もう手遅れよ。先に向こうに行って待っていなさい。私は…家の応急処置をしておきますから。

でもこれほど大きな面積を覆える布ってありましたっけ?

最悪地霊殿から持ってきましょう。

 

 

 

 

私達が地霊殿に戻ってしばらくしているとこいしが戻ってきたのか私達のいる部屋に向かって飛び込んできた。

多分、この部屋にいる事を誰かしらに聞いたのだろう。

一応さっきまで勇儀さん達の対応とか手紙とか書いてましたし…エコー辺りでしょうかね?

「お姉ちゃんどうして教えてくれなかったの?」

ああ……不貞腐れていますね。

「だってもう地底に向かったって言うから」

そもそも追いかけて戻ったりするだけで時間の無駄だ。

「そうだけど…あーあ……なんだか損したみたい」

実際損しているでしょう。

 

「後でお風呂に入ってきなさい」

 

「あれ?今じゃないの?」

 

「今はお燐とお空が入っているわ」

帰ってきて少ししてからお燐がまだ血まみれの服を着ている事に気付いた。

鼻が血の匂いに慣れてしまっていてすっかり失念していた。

そこからはお風呂の用意にてんてこ舞い。

それが終われば私はこっちの作業だ。

「お姉ちゃん一緒に入ろう」

 

「……1人で入りたいわ」

こいしと一緒に入るのが嫌というわけでは無いけれど、……今は気分ではないなんだかこいしの目線がイヤらしいのだ。

「ええ…じゃあ私はお燐達と入ってくる!」

そう言うなり魔導書と外套をソファに放り出し入ってきた扉とは違う扉を開けて廊下に駆け出してしまった。

ああ…せっかくのんびり入っていたでしょうに……ドンマイ。

やはりあの子はどこまで行っても無邪気な子供なのだろう。

いくら種族が変わろうが少し大人びた雰囲気を出そうとも……

 

 

こいしが風呂に特攻をかけたのを確認し、後でまた煩くなるのだろうなあと思い少し場所を移動する。

書きかけのものやこれから書かないといけないものはまとめて持っていく。

途中でエコーさんとすれ違ったので部屋に篭って置くことを伝え普段は開けない私の部屋に入る。

あまり使っていないからなのか机や壁は真新しいままだ。

 

部屋の扉を閉めて一息つく。

地霊殿において唯一私が落ち着ける場所…そして安心できる場所。

 

ここに置いてから二、三回ほどしか使っていないベッドに手をかける。

今は睡眠でもして体を休めた方が良いのでしょうけれど…なんだかそれをする気分にはならない。

心の抑えが外れる。

今までこらえていた感情が溢れ出し、染め上げる。

その場に立っていられなくてその場に崩れてしまう。

それでも、私の頬を涙が伝う事はないしいつまでたっても無表情のままだ。

だからよく勘違いされてしまう。だからこんな姿誰にも見せられない。その上込み上げてくる黒く粘度の高い感情。これに心が取り憑かれれば、どのようなことがあってもヒトはヒトでなくなる。

だからそれだけはいけない…この感情に囚われたらいけない。

すぐに感情を押さえつけ無理やり押し込める。

よし……まだ大丈夫だ。

 

やる事も沢山ある…気を紛らわすのを優先させましょう。

 

そういえば今頃は…巫女の通夜でもやっているのでしょうか?

妖怪がお通夜に行くなんてありえない。まあ火車のような妖怪なら問題はないのだけれど…

いずれにしても私は場違いだろう。

ああ……なんだか憂鬱です。

 

布団に体を預ける。

そういえばこうして休息のための睡眠を取ろうとしたのはいつぶりでしたっけ?

気を紛らわせていたらいつの間にか意識は回復のために沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「貴方方への処分を言い渡します。しばらくはこの屋敷からの外出を禁じます」

隣で若き王を睨む藍を後ろに下げる。このままだと私の言うことすら聞かなくなりそうだわ。

「あら、随分と軽いじゃない」

まあそうでしょうね。本当ならここで八つ裂きにしても良いくらいなのだけれど…一時の感情に流されると後が困る。

だから殺意は解き放つ。決して手は出さないように……

「勘違いしないことね。それとこちら側からの命令は絶対よ」

だけれど幼い夜の王涼しい顔をする。

怖いもの知らずというわけではない。どうせ見栄を張っているだけだろう。と一蹴しても良いけれど、それは私達も同じだったと考え直せば結局似た境遇になれば大体取る行動は同じになるのだなと思い知らされる。

同族嫌悪…それまでとはいかないけれどどうにもイライラするわ。

「……優しいのね。いえ、甘いというべきかしら?」

まあ、賢者達は新たな勢力が入ることに賛成的な意見が多かったからの良かったけれど…確かに甘いかもしれない。

「利用価値がある内は使わせていただきますから。ある程度アメを与えないとムチが振れないでしょう」

というのは天狗の受け売り。でも意外だったわ。鬼が擁護に回るのは分かるけれど天狗までもが彼女達の擁護に回るなんて。河童は反対だったようだけれど。それも…鹵獲した戦車とかいうものや竜の死体を交換条件にねじ伏せるなんて絶対に誰かがテコ入れをしたに違いないわ。

「違いないわ」

 

 

確証はないけれど…あの子ならそうするはずよ。

吸血鬼の処分に鬼の四天王を手伝いに回したのもそういう事ね。

お陰で手が省けたから良いのだけれど…

 

「さとりに感謝する事ね」



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depth.129天狗にくっついて来たさとり

戦いの爪痕を完全に消すことは難しい。というより絶対に癒える事など無いのだろう……

それでも割り切らないと前に進むことはできない。

ではどうしたら割り切れるのか…私は後始末をやって忘れることにしています。

だけれどそう誰もが簡単に割り切れるほど強くも…賢くもない。

実際地上では吸血鬼狩りだなんだとあの戦いを生き延び、紫の追尾すら振り切った吸血鬼への地獄がチラリチラリと見えはじめ吸血鬼というだけで新たな爪痕が刻み込まれる。

まるで…傷口から入った細菌のようだ。

傷の治りを悪くするだけでなく新たな不調さえ産む。感情と行き過ぎた偽善行為と言う名の細菌。

 

実際元から静かに暮らしていた妖怪の中にも吸血鬼に少し似ていると言うだけで悲惨な目に遭っているらしい。

主に人間が主体となってだけれど……

妖怪側はなんとなく自身の領域に入って来たり暴れたりすれば容赦ないかもしれないけれどそれ以外ではそうでもない。

 

とまあグダグダとそんなことを考えていたわけは大したことはない。

家の再建をしていると目の前の道を妖怪が人間に集団で追いかけられていることがしばしばあったのだ。

最初の一、二回は私が割って入って事なきを得た。実際吸血鬼じゃないし。そもそも生き残った吸血鬼がそう簡単に人間に正体を看破されるなんてことはあり得ない。結局吸血鬼かどうかなんて関係なく…人間の怒りの発散として見せしめにしようとしているだけだろう。

それは正義とは言わないと言っても聞き入れてくれるほど賢ければそもそも一歩立ち止まってこんなことはしないほうがいいと思うはずです。

「あ、木材はこっちに運んでください」

 

「あいよ!」

瓦礫になった木材を撤去しつつ新たな木材が運び込まれる。

家の図面は私の頭の中。どこに柱を打ちどこに補強材を入れるかもすべて私の指示で行われる。

本当はお空やお燐達だけで十分だったのですが……どうしても手伝わせろと鬼が言うものですから手伝わせている。

三食お風呂付きで…

 

鬼さんも世話焼きなのかと最近思うようになったのはこれが原因だった。

流石に鬼と妖怪が家を建てている場所にまで人間達が追ってくることは無い。まあ鬼怖いですからね。ただし萃香さんと勇儀さんは神社の修復に行っているのでこっちには来ていない。それでも鬼は鬼です。すごく助かります。

ただ、そうしていると苦情というか私が吸血鬼を庇っているという噂が流れ出してしまう。

とは言ってももう吸血鬼異変は終わったことですし。

挙句私が人間に手を出さない事を良いことに殴り込みをかけにきた人達まで出て来た。

勿論丁重にお話をしましたよ。一応は納得してくれたんじゃないでしょうか。だって私がここで鬼と一緒に家を建てようが何をしようがそれをとやかく言われる筋合いはないですし。

 

それに殆どあなた達の勘違いですし。それに本物の吸血鬼なら恐れを超えてかかって来いやってガチで戦って来ますからね。ええ……そういう性格の種族ですし。

「……そろそろ大丈夫ですよ」

 

私がそう言ってあげれば、真新しい木材の山の陰から少女の姿を取った妖怪が出てくる。

元の種族がなんなのかは分からないけれど好奇心半分で人里に入ってしまうあたりまだ精神年齢が幼いか生まれたばかりの妖怪なのか…どちらにしても運が良かってですね。

 

「今度から気をつけなさい。化け物を倒すのはいつだって人間なのだから」

人間を甘く見ると怖いですよ。今回でわかったでしょう。

 

首を大きく振るとその妖怪は森の中に消えていった。

背中の蝙蝠みたいな翼くらい隠せば良いのに……

多分あれで勘違いされたのでしょう。

 

 

 

地面の整地を行いつつ運ばれる資材の確認を並行で行なっていると私の頭上から影が落ちて来た。

釣られて視線を上に上げる。

「よ、さとり」

そこには天狗装束に身を包み黒い短髪を風に揺らしながら私を見下ろす天狗の姿があった。上に着物を羽織り胸を完全に隠している普段の姿なのでついつい男と間違えたくなってしまう。

「天魔さん?どうしてここに…」

何処と無く見下した態度なのは近くに部外者()がいるから。

取り敢えず臨時で休憩を入れて鬼達から距離を取る。

ようやく気が緩んだのか私の隣に降りてくる。金木犀の香りがほんのりと私の鼻を擽る。

「視察だよ視察」

 

「……後処理が大変だったから息抜きで抜け出して来た?」

しかしその服装はどういうつもりです?

普段はもっと簡素なもののはずですよね?私は祭りとかでしか着ているところを見たことがありませんけれどどうして今日?それも胸をぺったんこに隠してまで。疑問がいくつも湧いてくる。

「やっぱバレちゃうか」

苦笑いをしながら私のすぐそばに来る。これ普通のヒトでしたら絶対に堕ちてますよ。

「心を読まなくてもそれくらいの事は分かりますよ」

なにも覚り妖怪は心を読むだけじゃないんです。あらゆる手段を使い相手の持つものを引き出すのです。

 

「それじゃあ俺がここに来た理由も分かるよな」

それは…分かりませんね。

「なんとなくだな。多分幼女成分が不足しているんだ」

 

「あー……私は少女ですよ。幼女じゃないです」

 

「そこの基準は人それぞれだろ。それになあ…一応幼女っていうのは双方で話しやすくなるように一応の基準を設けているってだけで言うて少女と幼女どちらもなんだけれどなあ」

 

「性癖の話をするのは身内同士にしてください」

天狗の残念すぎる部分ってこれだと思うんですよ。まあ…今回はそれをかなり利用させてもらいましたけれど。

性癖も使いようですね。

「とりあえず、レミリアさん達の擁護ありがとうございます」

 

「それほどでもないよ。せっかくの少女姉妹だろ?それをみすみす処刑するなんて勿体無いじゃないか」

あー少し制御に失敗している感がありますけれど……

「河童の方も抑えるのは大変でしたよね」

 

「まあそうだが言われた通りにしたらあっさり納得してくれたぞ。やっぱりあいつらは自治をするより研究に没頭する方が性に合っているんだな」

そりゃ河童ですから。機械で神を超えるものを作ろうという野心家の集まりですよ。

 

 

 

 

 

「そういえばさあ…本当に吸血鬼姉妹は可愛いのか?」

天魔さんのその言葉に思わず疑問が先行してしまう。

あれ?文さんあたりが写真に撮っていませんでしたっけ?

みていないのでしょうか……

「それがなあ……大天狗あたりで検閲されちまって」

理解しました。そういえば文さんの写真って……いやレミリアさんの為にも言わないでおきましょう。

 

「見てくればいいじゃないですか。何もこちらから接触してはいけない条約は無いですよ」

向こうからこちら側に接触するのはダメですけれど…

それに天魔さんその様子だと正式に招待されましたね?

話が飛躍しすぎ?説明したほうがいいですか?

「是非とも解説を頼むよ」

うーん…その服装と着こなし方からすればなにか大事な式か何かがあると推測可能です。ですが天狗内で行われる式ではそのように胸までは隠さない。其れを隠すのは大体山以外で行われる大事な何かに参加する時のみ。

だけれどどこも自分のところで精一杯なところが多いですし外で妖怪を束ねる長が集まるような大事なものは近い時期は無い。なので定期で開かれるものではなく臨時で開かれるもの…だけれど私が呼ばれてないということはその線も無い。

ただ1つを除けばですが…

それがレミリアさんに呼ばれたです。

どうやらこっそり抜け出してここに来ることも前々から全て予定に組み込んでいたのですね。

あらかたの行動は推理できました。

「よく分かったな。さすがじゃん」

 

「それなら尚更見てくればいいじゃないですか。もしかしたら気にいられるかもしれませんよ」

だけれど普段から私やこいしに向けている視線を考えればそれもないか……

残念なイケメン美女。

「そうなんだけれどなあ…なんというかその…」

 

まどろっこしい!貴女は踏み込もうにも二の足踏んじゃってなかなか告白できない男子か!

心配性なの?それともそれは演技?

「一緒に来て欲しいと?」

素直に言ってくれれば良いのになんでそこでたじろいてしまうかなあ……

「そうそう!ついでだから大妖精ちゃんとかチルノちゃんとかも一緒にさ!」

なぜその2人まで…

あ、そういえばあの2人はそちらで養生中でしたね。

大ちゃんに関しては義手の新造もあるのでにとりさんの工房の近くになるべくいた方が良いですし。

しかし…天魔さんに目をつけられるなんて哀れな……

片方は自覚なさそうですけれど…多分忘れるかなんか優しくしてくれる天狗という認識しかなさそうです。

実際行動だけ見ればそうなるんですよね。

行動原理が変態なだけで……

「まあいいですよ…私もいつか行こうと思っていましたし」

 

「やった!それじゃあ夜に迎えに行くわ!いやー可愛い子に囲まれる…」

 

ダメだ本音を聞いたら行きたくなくなる。これさえ無ければ立派に天魔を全うしているのですが……

天狗ってやっぱりロリコンなんですね。幻滅です。

思考を切り替えましょう。このままだとなんだか悲惨な事にしかならない。

「そういえば文さんの方は大丈夫だったのですか?」

 

「おう、1日で回復したぞ」

 

……ぶっ倒れた後もカメラを死守する事を優先しているんだしそれもそうか。

少しの合間囮にさせてしまったのを悪いと思っていましたけれど許してくれますかね?

あ、なんでもはしませんからね。

 

「怒ってました?」

 

「まあ怒ってたな。だがいいものが撮れたから許すとも言っていたな。俺からしたら…あれをネタに色々と交渉できたのになあ」

流石文さん。本能を抑制する術を心得ていらっしゃる。

「そんなことをしたら全面戦争を引き起こさせますよ」

私も悪いと思いますけれどそれとこれとは違いますので。

「じょ、冗談だよ。あはは……」

冗談ですか良かったです。

 

 

 

 

 

その夜、私は天魔さんと合流するべく家の前で待機していた。勿論手伝ってくれた鬼達のご飯を作ってからですのですっかり夜も更けてしまっている。

隣ではこいしが楽しそうに鼻歌を歌っている。

午後の早いうちに家の修復を切り上げて事情を説明したらこいしが私も行くと言いだしたのだ。

私としては全然構わないのだけれど意外なのは後の2人がいかないと言い出した方だった。

風呂の火力調整とか色々しないといけないって言っていましたけれどどうもそれだけが理由ではないらしい。だけれど言わないあたり何か事情があるのだろうと思い二つ返事をしたのが1時間前。

珍しいなあと思ったらどうやら周期的にそろそろだったのを思い出し、ああそういうことでしたかと納得しここに来たのが数分前。

 

「あ、来たみたいだよ」

 

こいしが夜空の方を指差す。

あまり夜目がきかないから見辛いけれど、その方向には確かに人影が浮いていた。

やがて私にもはっきりと見えるようになって来た。

人影が2人……?聞いていたのと違いますね。

もう少し人数がいると思ったのですが…

 

「さとりーーー!」

 

「おっと危ないです」

 

急降下をして私に飛び込んで来た天魔さんを思わず、勢い任せに地面に捩伏せ、腕に関節技を決めてしまう。

なんだかすごく女の子がしちゃいけない悲鳴をあげていた。

「ごめんなさいつい癖で」

 

「お姉ちゃん…治す気ないよねその癖」

何かあった時に便利ですから。

 

ですが急に抱きつこうとするなんてどうしたのでしょう?連れてくると言っていた2人が来ないのと関係があるのでしょうか?

「さとりさんすいません」

少し遅れて椛さんが降りて来た。

「何かあったのですか?」

 

「簡潔に申し上げますと妖精2名を連れて行こうとして拒否されたですね」

なるほど理解しました。フラれたのですね。

「だからって抱きつこうとするなんて…」

 

「じゃあこいしに慰めてもらうもん!」

捨て台詞と共にこいしにダイブする。

あんたは駄々っ子か。天狗の長がこれで大丈夫なのでしょうか…

 

「それで、護衛は椛1人?」

 

「ええ、あまり大人数で行っても警戒されるだけだと言う結論が出まして表面上は1人です」

それも天狗の社会で地位が低い白狼天狗ですからね。表面上は気を気を配ったのでしょう。

「実際は……」

 

「さあ?私は分かりません」

ですよね。それほどの護衛がこっそりくっついて来ているのかなんてわかるはずないですよね。

「天魔様いつまで甘えているつもりですか?」

 

「傷が癒えるまで」

 

アホ言っていないで行きますよ。ほら立ってください。

こいしも甘やかしちゃダメよ。すぐ調子乗っちゃうから。

椛さんが天魔さんを引っ張りこいしから引き離す。

この様子だと本気で心配になって来た。主にレミリアさんが……

 

 

 

 

 

屋敷のある湖の近くは複雑な結界が張り巡らされておりあの紅い屋敷の姿はどこにも無かった。

実際には隠されているだけと分かってはいるけれどその自然な溶け込みように呆れてしまう。

紫の結界が張ってあるだけではなく…多分パチュリーさんが作った独自の視認阻害魔術が張ってあるのだろう。

なかなか恐ろしい…

 

だが天魔さんが手に持った団扇を一振りすれば、たちまち空間が縦に割ける。

合間から見える紅魔館の紅い外壁。見とれている場合ではなかった。

急に動き出した天魔さんと椛さんに続いて素早く隙間を通り抜ける。

少しして振り返ればそこにあったはずの隙間は消えていた。

まあ…そうでしょうね。

 

そういえば洋式の建物の勝手とかって大丈夫なのだろうか…玄関で靴を脱ぐ気満々なようですけれど…

 

そんなことを考えていればもうすでに門の前に立っていた。美鈴さんの姿はない。建物の中でしょうか。お迎えくらいは寄越すと思うのですけれど…

門を開けようとして椛さんと天魔さんが四苦八苦している。

その門は引き戸じゃないんですから横に引っ張ってもダメですよ。

こいしも笑ってないで手伝いなさいよ。

 

「椛、こうなったら力づくで開けるぞ」

そう言って強引に横に引っ張り始めた。

「あの、それ以上は門が壊れますよ」

 

「平気だってば」

天魔さんの体に力が入る。門を掴む手が震えだす。

蝶番が悲鳴をあげて固定されている紅いレンガごと塀から引き離れる。

遅かった。

鉄格子で出来た門は天魔さんが掴んでいた付近を複雑にねじれさせて地面に捨てられる。

大丈夫なのだろうかこれ……

そんな事は気にしない天魔さんは悪びれる様子もなく庭に入り込む。

「皆さんお待たせしました…って門は…」

 

あ、美鈴さんどこにいたんですか?

え…ちょっと厨房を手伝っていたですか?えっと……なんかほんとすいません。天狗の常識って少しズレているようですので。

無言で壊れた門を指差す。

それを見た瞬間美鈴さんの顔色が一気に青冷めた。

 

「でもお姉ちゃんよりマシだと思うよ」

 

「それはどういうことかしら?こいし」

 

「お姉ちゃんなら開けられない扉とかがあったら?」

私の質問に質問で返してきますか。まあいいでしょう…

素直に答えてあげますか。

「簡単ですよ。新しく道を作るのです」

 

「ほらね」

いやいやなにがほらねなのよ。扉を壊すよりマシじゃないの。最短距離に作るから壁とか部屋とか犠牲になるけれど。それくらい必要経費ですよ。もちろん扉が簡単に開くならこんなことはしませんよ。

「ま、まあこちらも悪かったわけですから…ともかく皆様こちらですよ」

少しずれていた中国帽を被りなおし、美鈴さんは私達を案内し始めた。

始終天魔さんと話しっぱなしだったけれど……どうやら庭が気に入ったようですね。

一応美鈴さんが整備しているのでしたっけ?

よく覚えていない。なにせ彼女と日常会話をしたのなんて体感的に何百年も前の話だ。覚えていろという方が難しい。

椛さんは話についていけていないのか最初は耳を傾けていたけれど直ぐに建物の方に意識が移った。

 

 

 

こいしも建物に興味津々だった。

確かにここまで紅い建物なんて他にないですから。

 

建物と庭の鑑賞もほどほどに紅魔館のエントランスにやってくる。

ほぼ自動ドアのように開いたのですがどういう方法なのでしょうか?あー魔術ですか。なんだか便利ですね。

 

天魔さんの後ろに隠れるように素早くして入る。子供体系の私の前に大人体型の天魔さんがいれば正面からではまず私を視認することは出来ない。

なぜそんなことをするのかと問われても気分なのですが…

 

エントランスは二階まで吹き抜けになっており正面の階段のとろこにレミリアさんはいた。かなり格好つけているけれど下手をすれば子供の背伸びと捉えられかねない。まあ彼女のカリスマ性と強者と肩を並べられるほどの威圧を見れば完璧に夜の王を演じきれている。

「ようこそ紅魔館へ」

あ、天魔さんもようやくスイッチが入ったようですね。

天狗の長の雰囲気を醸し出す。

「ご招待に預かりました天魔です。本日はお招きいただきありがとうございます」

完璧なお辞儀。だけれどそれをすれば後ろの私はあっさりと姿を見せてしまう。

もちろんこいしは何もせずに堂々といますよ?多分天魔の付き人として認識されているようですけれど。あ、実際私たち付き人でしたね。

失礼。だけれど天狗とは思っていないんじゃないんですか?だって椛も礼をしているのにしていませんし。何故か私とレミリアさんを見比べてにこにこしていますし。

 

私を認識して少しの合間表情が固まっていたレミリアさんが再起する。

「……さとり⁈」

そういう反応しますよね。さっきまでのカリスマ雰囲気が完全にぶっ壊れた。

「あ、一緒についてきました」

 

「俺が誘いました。彼女は天狗との関わりが深いものでな」

何か勘違いされそうな事を言わないでください。まあ間違っていないのですけれど…一応私は地底の存在ですから。

「……そこの緑がかった銀髪の子は?」

 

「私はこいし。妹だよ」

いや誰の妹だよ。名詞が抜けていますよ。

「私の妹です」

補足入れないと誤解を生みそうでしたので素早く挟み込む。

「ま、まあ…ようこそ紅魔館へ。ともかくお客様を玄関で立たせるわけにもいかないわ。美鈴、食堂まで案内を」

だけれど流石レミリアさん直ぐに動揺を抑えた。

「承知いたしました」

 

美鈴さんに連れられて食堂の方に移動を始める。少しレミリアさんの方を振り返ってみれば、どこかと連絡を取っていた。

なんだか悪いことをしてしまいましたね。

 

 

紅魔館といえど無限に広いわけではない。外見だけを見れば地霊殿と良い勝負ではある。ただ…中の方はそういうわけにもいかない。

少し…いや、拡張魔術でもかかっているのか外と比べれば中はかなりの広さだ。

本当によくわからない。

まあそんなことどうでも良い。

 

「……復旧早いですね」

 

「ええ、メイドさん総出の復旧でしたから」

美鈴が苦笑い。

どうやら相当な工事だったのだろう。お疲れ様だ。

幽々子さんや私の戦いに巻き込まれて動けるメイドは普段の三分の一程しかいなかったのだとか。それでも短時間でよくやりましたね。

 

そんなたわいもない話をしていればこいしが背中に抱きついてきた。

「お姉ちゃんこの窓ガラス色んな色になっているよ」

真横でこいしの声がする。

「着色したガラス片を埋め込んで作っているのよ。まあ…綺麗に魅せるにはセンスが必要ね」

そこまで話してハッとした。今こいしは真横にいる。なのに背中に誰かが寄りかかっている?

天魔さんと椛さんは前にいるし美鈴さんはさらにその前。それなのにこいしは真横……

 

あれ?じゃあ今背中に乗っかっているのは…

素早く背中側に手を回すと一瞬枝のような何かに触れた。

その感触で確信する。少し手を動かして首根っこであろうところを掴み、背負い投げの要領で前に放り投げる。

「やっぱりさとりだあ」

放り投げられたことより私と会えた方が大事なのね……

「フラン様⁈どうしてここに!」

 

「お姉ちゃん誰この子」

 

「お?もしかしてこれは……」

 

「やめてください天魔様」

一斉に全員の視線がこちらに移る。一部視線というより嫉妬が含まれているけれど…

「フランさん?どうしてここに…」

手を離すとすぐに私に向き直る。

「フランでいいよ」

なぜか天魔さんがときめいていますがあれは無視しましょう。

で、どうしてここにいるのでしょうか?居てはいけないと言う訳ではないのですが……

「さっきさとりが来てるってこぁから聞いて駆けつけてきたの!」

なんだろうこの熱い視線…好きになれない視線です。いやではないですけれど。

「ふうん…いつまで私のお姉ちゃんの背中にいる気なの?」

私の腕を抱きしめようとするフランが真後ろに引っ張られる。

どうやらこいしが引っ張ったようだ。少しだけ影があるのは気のせいだろうか。

「えっと…貴女はだあれ?」

 

「私はこいし!お姉ちゃんの妹」

いやその説明もなかなか雑だわこいし。代名詞は使うところを気をつけなさい。

 

「ふーん…私はフランドール!よろしく!」

何かを考えた…というより感じ取ったというべき反応をしていた。こいしに何を感じたのだろう。確かにどちらも妹EXボスですけれど……

「よろしく!」

笑顔なのは変わらないけれど、握手をするその手にはすごい力が込められている。

あーこれはもしかして仲が悪くなった感じですか?

参りましたね……

後でどうにかしないと妹同士で戦争が起こりそう。

 

「妹同士…いけるかも…でもなあ…」

天魔さん後でお話ししましょうか。具体的にその残念な頭の方をどうにかするために……

視線を向けると椛が頭を下げていた。

ああ、椛さんが悪いわけじゃないですからね。

 

 

 

 

 

 

「こちらでお待ちください」

廊下で少し時間を喰ってしまったものの、食堂にはまだ何も用意されておらず、広いテーブルはその面積を持て余して白いクロスに包まれていた。

美鈴さんに指定された席に座ろうとして向かいの席を見る。天魔さんとフランが並んで座っている…不安だ。

ただフランは私と向かい合わせの席だったことにご満悦で気にしていないようだ。

「おまたせ。待ったかしら」

そこへ主役いや主催者が入ってきた。ご丁寧に応接間につながる部屋からだ。服も改めたのかエントランスで出迎えた時の服装から変わっている。

あの時はピンク色のワンピースだったが今は漆黒のドレス胸元と背中が大胆に開いているけれど…外見年齢のせいでなんだか悲しく見えてくる。

ただ天魔さんは鼻の下を伸ばしていた辺り効果はあったようだ。

「フラン?どうしてそこにいるの?」

やっぱりそれ言いますよね。でもなんで残念そうにしているのかしら?えっと…美鈴を睨む理由は…

「えへへ、いいでしょ」

 

「俺は気にしないぞ」

 

天魔さんは偶然隣になっただけですよね。気にするも何もないと思いますが…もしかしてフランさんを狙っているとか?

だとしたらレミリアさんと戦争ですよそれも自業自得な。

 

「それで、天狗の長を呼びつけたんだ。それなりの理由があるだろう」

ようやく天魔さんの雰囲気が変わる。

「そうね、まずはお礼を言わせて。私達の処遇の為に色々と手を回していたようね」

レミリアさんが頭を下げた…まじですかい。

「ああ……あれはさとりに吹き込まれたし。それに合法ゴスロリ幼女だぜ?助けないわけないだろう」

雰囲気はそのままなのに後半が残念すぎる件について…

「何を言っているのか分かりづらいけれど…感謝しているわ」

 

「まあな。ただ、あの事を水に流すつもりはないからそのつもりでな」

吸血鬼の侵攻で天狗側もかなりの数の同胞を失っていますからね。吸血鬼に対してそう簡単に関係が回復なんて事はないですし馴れ合いをレミリアさんが望むとも思えない。吸血鬼ってプライドが高いですから上下関係はっきりさせたいですし。まあ妖怪って基本そんな感じですから水に流れるのも早そうですけれど。

「心に留めておくわ」

 

「それじゃあ、夕食にしましょう」

ようやく食事かと意気込む面々。だけれどその前にとレミリアさんが言葉を放つ。その1つ1つに込められた威圧が周囲を一瞬で黙らせる。

「そこの……椛と言ったかしら。貴女もどう?」

そういえば彼女さっきから立ちっぱなしだった。一応護衛の名目で来ているのだからそうだけれどなんだか落ち着かない。一応席は用意されているのですが…

「護衛の任を任せられています。それに…そちらが毒を盛る可能性もありますから」

無表情に睨みつける椛さん。その目線は歴戦の戦士のものだった。

「ふふ、真面目で頭の回る従僕じゃないの。私も欲しいわ」

レミリアさんの目が細くなり、蛙を睨む蛇のような構図になる。この場合蛙は超攻撃型の毒ガエル。蛇は気性が荒いコブラといったところですね。

「あーロリ体型じゃないからあげてもいいぞ。両親にはこっちから説得しておくから」

天魔さんが見捨てた…

「天魔様⁈」

 

「冗談だって。それと椛も座りなどうせここで襲ったって印象悪くなるだけだし今度こそ幻想郷から追放されるぜ?これから幻想郷で生きていくと言っているのにそんな事するか?」

まあそんなことしないでしょうね。ええ…だから私たちは行きましょうこいし。

無言の合図にこいしも応える。

 

 

 

「ってさとりは?」

 

「こいしの姿も見えないわね…どこに行ったのかしら」

 

 

 

 

 

 

「さとりさんこいしさん助かります」

私のそばで作業を始めたサキュバスのメイドさんがお礼を言う。

「気にしないで。あっちは大事な話しているみたいだし。突然の来客で迷惑かけちゃっているのは私たちだからさ」

私より先にこいしが応える。

「ええ。それに毒だなんだって警戒している護衛もいますし。せっかくの食事なのだから気を抜けば良いのに」

 

「…それが普通ですからね」

手を止めずにメイドさんは答える。実際長く勤めていればこういう場面くらいいくらでもあったのだろう。

「あ、メイドさんこれ運んで大丈夫だよ」

 

「分かりました!」

 

 




次で通算200なのに今気づいた。
ただそれだけ……


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depth.130さとりのズレ

「ちょっと!どうしてゲストが厨房で働いているのよ‼︎」

 

しばらくメイドに紛れて作業をしているとようやく事態に気づいたレミリアさんが飛び込んできた。

あ、ちょっと待ってくださいねもう少しでひと段落しますから。

軽く手であしらって黙らせた後メイドさんに作業の引き継ぎを行う。

 

厨房の入り口でこちらを睨むレミリアさんに今からそちらにいくと手で伝えて混雑気味のその場所を離れる。

「さとり、これはどういうこと?」

 

「どうもこうもああいった話し合いの場は好きじゃないですし料理の信用性がどうも確保できていないようでしたから」

じゃあ私も作るのに参加してしまえと言うわけです。こいしもそれに賛成だったようですからほら、あそこで鍋かき混ぜていますよ。

数百年分の料理スキルは伊達じゃないです。

勿論メイドさん達にも手伝ってもらっていますよ。料理が1番上手だった玉藻さんの怪我がまだ治っていないから色々と大変だったらしいですし。

 

「貴女はゲストなのよ?その立場分かっているの?」

困惑してどうしたのでしょうか。まあゲストがこうして厨房にいるのはおかしいと思いますけれどどうもゲストとして呼ばれた事がほとんど無いのですよね。友人付き合いのような状況が多いので。

「どうにもゲストという立場にいるのが難しくてですね」

後は一種の気恥ずかしさがあるのだろう。その感情の原因がなんなのかはまだ分かっていない。

だから今のところは過程や原因を無視して結果に従うに過ぎない。

 

「ダメよ今すぐ戻りなさい」

 

「……分かりました」

ここでゴネたらなんだかレミリアさんキレそうです。

 

「全く…運命通りの結果ね」

 

「そんなにですか?」

運命通り…その言葉の真偽はともかく、彼女の言う運命とはなんなのだろうか?

「ええ、何人たりとも与えられた運命に逆らうことはできないわ」

やや青みがかった紅の瞳が私を見透かしてくる。能力使用中なのだろうか。別に、運命により未来が確定するとかそう言うのは信じていないのですが…

実際未来が決まっているのならそれは予定調和…いわば目的地まで敷かれたレール。

つまり運命を知ってそれを回避しようと努力しても確定した未来は必ず訪れてしまう。そういう事になる。

最も、レミリアさんの持つ能力がきちんと運命を操り確定させその結果訪れる未来が絶対現実になる場合ですけれど。

それでは運命ではなくただの未来予知。

それに能力の精度的に確定した未来ではない…つまりレミリアさんの言う運命とはIF世界の情報のようなものだろうか。例えばコイントス。

これは裏と表のどちらかが出る。この場合どちらの面が出るかで2つの世界に分離することができる。後はどちらの世界の方が都合が良いかを判断し、その後実際にそちらの世界に観測者この場合はレミリアさんが入ることができるように動きを操る…そのような感じなのだろう。

この辺りはもう少し調べないと分からないけれど。

そうなるとあの能力は平行世界をいくつも観測するような能力なのだろうか。

「お姉ちゃんお姉ちゃん、なにを考えているの?」

隣に来たこいしが私の無表情な顔を見てそんなことを言う。鋭い……

「確定した未来を事前に知った場合その未来を回避するために行動しても確定しているからその通りの未来になってしまうという…」

 

「親殺しのパラドックス?」

 

「なんの話?」

レミリアさんがついていけなくて直ぐに脱落。

まあ確かにこれは難しい話ですからね。解決方法がないわけではないのですけれど……でもこの現象に近い能力を持つレミリアさんがピンとこないということは解決しているのでしょうか。

 

「兎も角戻るわよ。全く……」

 

なんでレミリアさんこんなに苦労しているのでしょうか?私は大して悪くないはず……

「自覚しなさい」

 

自覚しました。

ただし後悔も反省もしていませんけれど。

 

 

 

 

 

「という会話を昨日していました」

会話というほどでもないが天魔さんが知らないところを話せと言われたらこのくらいだろうか。後はほとんどゲスト扱いでしたし。

天魔さんのところに呼び出されたと思ったら話を聞きたいとか言い出すし結局聞いたのに……何ですかその表情。

 

ちなみにこいしは紅魔館に遊びに行っている。気に入ったのかどうかは知らないが喧嘩だけはやめてほしい。

特にフランとの仲があまり良くないように見えた。本当に大丈夫なのだろうか…

「さとりばかりいいなあああ!」

急に叫ばないでください。耳がいたいです。

結局レミリアさんに食堂に連れ戻されてフランにニコニコ見つめられて落ち着かない食事をする羽目になったあれのどこに良さがあるんですか。

それに、なんでフランはあんなににこにこ見つめていたのですかね?

「それがさあ……フランを抱きかかえようとしたらあの門番に止められたしフランちゃんも嫌だって…」

いやいや仕方ないでしょう。

 

「まあさとり可愛いし俺はそれでも構わないよ」

あのですね……貴女のところになんて行きませんって言ってるじゃないですか。

それに、悪い気はしないのですがそこまで可愛くないですし…髪切ったら癖っ毛が大惨事を引き起こすほどに天パですし。でもロングもそろそろ…いや長いと手入れが大変なんですよ。

これでも手入れを欠かさないようにしているのでまだマシでしょうけれど。それによく綺麗好きだと言われる。一日中一回風呂入るくらいで綺麗好きだなんて大げさな気がしますけれど……

「フランにあんなに好かれるなんて…俺振られたのに」

だからそれは自業自得ですよ。一応レミリアさんとはある程度仲良くなれたのだから良かったじゃないですか。まあレミリアさんの場合この残念すぎる性癖に気づいていたようです。途中から目線が変わっていました。

「男装した女性とは付き合えないのって言われたし」

 

「あ、気づかれたのね」

どうやらフランの方も気づいていたらしい。

「いや…さとりがいない時にサラシがずれて揉まれた」

一体どういう状況だったのだ……しかも揉まれたって…ええ……

困惑ですよ。

「フランちゃんもまさか同じ趣味だったとはなあ……」

 

「どこをどう考えたら男装女性を振った原因が自身と同じ性癖だとわかるんですか」

思考が飛躍しすぎだ。完全にダメすぎる…

無表情な私だけれど流石に今のは引かせてもらおう。

「無表情で引かないでくれます?」

 

「普通引きますよ」

ええ、発想が飛躍しすぎている所とか。

「だってフランちゃん異性は興味の範囲外だって言っていたもん」

言っていたもんじゃないですよ!可愛く言って済むと思っています⁈しかもそれでどうして貴女と同じロリコンって判断したんですか!

「だって初潮迎える年頃に見える子にしか興味ないって…」

 

「言っていたの?」

 

「いや、俺が教えた」

 

「最低すぎますよ‼︎」

これでよく今まで長出来てましたね……ああそうかこれ天狗の総意みたいなものでしたか。

……もう帰りたいです。椛さん帰っていいですか?

え、良い?分かりましたじゃあ帰らせてもらいます。

 

「また話しにおいで」

おいでじゃないです。重要なこと以外でここに一人で雑談しにくるのは御免被りたいです。

絶対一人だと危険が……

一応他の天狗が見張りと護衛でいるから大丈夫だとは思うのですが天魔さんが本気になればそれすら一捻りだろう。

建物の外に出れてようやく一息つけた。やはり天魔さんの相手は調子が狂う。それはそれで悪くないですしある種の心地よさを感じてしまうのですけれど……

 

 

「家の方はどうなったのですか?」

椛さんがそういえばと思い出したようだ。戦車に踏み潰されて半壊しましたよ。絶賛修復中です。いや修復というか大改装でしょうか。

「大改装しているところですね。せっかく周辺の土地が余っているのですから使わない手はないですし」

数百年前まではあそこら辺一帯は人間の里でしたし地盤は頑丈なはずなんですよ。ただ数百年経っているから色々と変わっている可能性もあって現在地質調査と改修を同時に進めているところです。

それが終わるまで宿運営はできません。

「あはは…さとりさんらしいです」

 

苦笑い。

「天狗だって家くらい建てません?」

 

「建築はそれを専門にしている天狗さん達がいますから彼らに任せています」

なるほど、役割を完全に分けているというわけですか。まあいくら天狗でも戦闘部隊やらなんやらだけというわけではないですし。

むしろ平時だと建築やら調査、探索を主に得意とするヒト達の出番ですし。

「そうなのですか…」

 

「ええ、ですから建築の指揮までやってしまう貴女は珍しい部類ですよ」

 

そういう感じに見ているのですね。そう大したことはしているつもりはないのですけれど。

あ、ここまでで大丈夫ですよ。

 

椛さんの付き添いは天狗の里の中で終わらせておくあまり長くついてきてしまっても彼女の時間が勿体無いだけです。

それに…私が1人になるのを待ち望んでいるヒトもいるようですし。

 

 

 

案の定、天狗の里を出てしばらく山道を歩いていたら彼女の方から声をかけてきた。

「さとりちょっと良いかしら?」

振り返れば見慣れてしまった隙間と、そこから上半身を出している紫がいた。

「家以外で話しかけてくるという事は緊急性が高い要件ですね」

図星だったらしい。少しだけ眉が跳ね上がった。実際紫が外で私に話しかけてくるときは緊急性の高いものばかりだ。

「ええそうよ」

となると断るわけにもいきませんね。

「では単刀直入にお願いします」

だけれどそういう用事は外でするものではない。それが分かっているからか紫もかなり回りくどい言い方をしてくる。だから先手を打たせてもらった。

「……巫女の件よ」

 

「分かりました。ここだと誰かに聞かれる可能性がありますので紫の家で詳しく」

 

「あら、地霊殿じゃないのね」

こういう話をするときは地霊殿のような誰かに聞かれる可能性が非常に高い場所はおススメしませんよ。

私の家は半壊してしまっていますし。

「貴女の家の方が近いでしょう」

それに安全性も。

「それもそうね」

 

 

足元から重力が消える。一瞬の浮遊感。けれど次の瞬間にはまた地面の上に足は立っていた。

景色は反転を繰り返し気がつけばマヨヒガの前に立っていた。

橙が住んでいる場所だったような気がしますけれど……

紫は近くにいない。ただ、開かれた扉がこちらだよと誘っているかのように少しだけ揺れ動く。

普通に案内すれば良いのに……

扉の意思に従い中に入る。その瞬間再び景色が変わり私は、どこかの部屋に正座していた。

下駄はいつのまにか脱がされていた。

「さっきも言ったけれど、巫女の件で相談があるのよ」

ハッとなって顔を上げてみれば目の前の机を挟んで紫が座っていた。

思考がついていけなくなるがすぐに切り替える。

「となると新たな巫女の制定ですか?」

でもそんなこと私に言ってくる必要はないだろう……

「いいえ、次の代の巫女を決める前に巫女が亡くなってしまってね。逸材がいないわけでは無いけれどどう頑張っても十数年ほどかかるわ」

 

「ではその間の代役ですか?」

実際少しの間代役を務めていましたからね。またやってほしいというならやりますよ。ただ…あまり良いものではないのですけれど。だけれど紫は首を横に振った。どうやら違うらしい。

「それは靈夜にやってもらうわ。一応元巫女の仙人だからね」

どうやら他の賢者達とも話し合った結果そう決まったらしい。なら私に相談したいというものはなんなのだろうか?

「では……」

本気で思いつかなくなってきた。

情報も少なすぎるから推理のしようもない。

「貴女には次の代の巫女を育てるのを手伝って欲しいの」

本気ですか?でもそれって代役の巫女がやるものなんじゃ…それに私は巫女の戦い方とか分かりませんよ?一応知識として知っているレベルであって使いこなせませんし。

「それ…靈夜さんの仕事じゃ…」

 

「無理よ。生活力がなさすぎるし戦い方も仙人のそれで我流になりかけている。本人も教えるのも育てるのも無理だって言っていたわ」

靈夜さんしっかりしてくださいよ。それに生活能力って……人間だった頃にはまだあったじゃないですか。まさか…仙人の生活のせいで色々と破綻してしまった?いや、いまはそんなことどうでも良い。

「それで私ですか…茨木さんとかはダメなんですか?」

妖怪つながりなら一応その辺りがふさわしいかも。一応会おうと思えば会えますし。性格的に喜んで引き受けてくれると思いますよ。

「無理だから貴女に頼んでいるの。お願い…」

どうやら私の言ったことはもう実践済みらしい。結果は……私の元に来ているということはそういうことだろう。

しかし私が適任とは思えない。一応教育はやったことありますけれどあれは教育とは言えませんし……

巫女さん早すぎるんですよ。バカ……

 

しかしここでやらないと最悪博麗の巫女が途切れてしまう。靈夜さんだって不死ではないのだ。それに人間じゃないですし。

仕方がない。割り切りましょう。

「そうですね……私の家の改修が終わったら良いですよ」

 

「構わないわ」

 

この時、もう少し詳しく次の巫女の事を聞いておけばよかった。

そうすれば私の後悔はもう少し軽くなったかもしれない。



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depth.131さとりと霊夢(生誕篇)

家の修復はほとんど完了しようやく気を緩める事が出来た。

地盤の方に少し手間取りましたけれどそれが終わったら作業は一週間で終わった。

敷地面積も前の数倍。部屋の数もかなりのものになった。

おそらく豪邸と呼ばる程度には……

あ、塀はないですよ。幻想郷じゃあまり意味ないので。

 

「随分と大きくなったね!」

 

「うん、広すぎてあたいには訳がわからんよ」

家の中を探索していたお燐とこいしが戻ってくる。

ただお空の帰りが遅い。

迷うようには設計していないから迷子の心配は必要ないのですけれど…

あ…でも同じような部屋が連続で続く部分があったから混乱しているかしら?

 

「そういえばこいしはフランと仲良くなれた?」

話題を変えようかと思いこいしにそんな事を聞いてしまう。地雷だっただろうか…

「うん!色々と濡……オハナシアイしてたら意気投合しちゃった!」

 

なにをしていたというの⁈濡れってなに!こいしフランと一体なにを……

触れちゃいけないようなことだけれど問いたださずにはいられない。

「な、なんでもないよ……」

 

なんでもないはずがない。後声が動揺しているわよ。目線も変な方向に行っているし隠し事が下手ね。

 

「あーうん!フランちゃん凄かったよ!」

 

凄かった?ますますわからなくなってきた。

「うんうん、受けに回ったかと思えば急に攻めてくるんだもん」

 

「戦ったのね……」

口ぶりからしてどこかの熱血漫画みたいに拳で語り合ったのだろう。

全くなにをやっているのやらよ。今度行く時に何か持っていかないと。

「あ…う、うんそうだよ‼︎いやー強かったなあー」

 

「フランだから強いわよ」

 

「さとりは鈍感なのかい?」

 

お燐?それはどういうこと?

ため息をついたお燐を問いただそうとしたが、それより先にこいしが彼女の口を塞いでしまった。

「ワーワー!そ、そんなことよりお空まだかなあ!」

 

え?そうね…遅いわね。やっぱり迷っているのかしら……

 

「あ、やっと見つけた!」

バタバタと騒がしくなり、隣の部屋と接続している襖からお空が部屋に入り込んできた。

「お空それは見つけたじゃなくて帰ってきたよ」

 

「うにゅ?ただいま戻りました!」

 

おかえり。

軽く頭を撫でる。身長は私とほとんど変わらないから撫でやすい。

「あ、私も撫でて欲しいなあ」

こいしまで?仕方ないわね…ほら……

頭を撫でられる感覚というのは私は好きになれない。

どうにも、頭に他人の手が載せられるのが落ち着かないというかある種の不快感が芽生えてしまう。どうも対人恐怖症の一種のようだ。

まあ私自身他人は怖いですけれど…特に心の中が。

まあそんなことは置いておきましょう。

 

「それじゃあご飯でも作りましょう…」

そろそろ作り始めないといけない時間ね。

「あたいも手伝いますね」

あら、お燐も手伝ってくれるの?ありがと。

私が立ち上がるのと同時にこいしも立ち上がった。

そのままふわふわとした軽い足取りで玄関に向かう。

「どこかにいくの?」

 

「ヒトを呼んでくるね!」

どうして人を呼ぼうとするのよ……

 

「人数が多い方が楽しいからいいじゃないかい」

まあいいか……

 

それじゃあお燐、いくわよ。

お空は…そうね。何か食べたいものはあるかしら?

「私?じゃあお肉が食べたいです!」

また難題ね。でもいいわ。美味しいものを作ってあげる。

 

 

 

 

火加減を確認していると、誰かが玄関を開ける音がした。

台所と玄関部分は位置が近いからそれなりに音が聞こえる。後は妖怪の身体能力に任せれば人数くらいまではわかる。

三人ですね……

「お邪魔します」

透き通るような声が玄関から聞こえる。

音程もかなり整っている。この声は……

「ミスティアさんですね」

 

「よく分かりましたね」

私のいる台所に顔を覗かせてきたのはやはりミスティアさんだった。鳥のような特徴的な耳がひょこひょこと動いている。

 

「私もいるのだー」

彼女に続いてルーミアさんも入ってきた。なるほど、今日はこの2人だったのですね。

「2人とも上がって上がって」

こいしが2人を先導し奥の部屋に消えていく。

「夜雀と常闇ですかい」

 

「そうね……」

ルーミアさん…少しだけ封印がボロくなっていたような…気のせいでしょうか?でももう1,000年近く前の封印ですしそろそろ限界が来ていてもおかしくないですからね。

となるとまた大人びた姿に戻るのだろうか?

 

 

「あ、さとり今変なこと考えていたでしょう」

 

「変なことじゃなくてただの考え事よ」

 

「どっちも同じだと思うけれどなあ」

 

お燐は鋭いのか鋭くないのか……って火加減忘れていたわ。

火力を落とし弱火にする。

さて、後はお皿に盛るだけね……

 

 

ルーミアさんとか沢山食べちゃいそうですけれど…まあなんとかなるでしょう。幽々子さんみたいに暴食じゃないですから……

 

 

……うんできたできた。

「ご飯できたわよ」

お燐と協力して料理を一斉に隣の部屋に運び込む。既に机を囲うように待機していた面々が、運ばれてくる料理に意識を向ける。

「お姉ちゃんナイスタイミング!」

 

「久しぶりにさとりさんの手料理が食べられます」

ミスティアさんはなぜか私の料理が気に入ったらしい。理由はわからないし知る気もない。ただ、美味しいと喜んでもらえるのはこちらも嬉しくなる。

 

「わはー!」

 

「美味しそう…さとり様はやく食べたいです!」

 

なんだか和気藹々というか宴会の雰囲気に似てきた。大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

食事自体はなんら問題なくすんだ。ただ、ミスティアさんが持ち込んだお酒が原因で少しだけ一悶着があったりした。

具体的には酔い癖が良くない為に少しだけ荒かったお燐と、酔ったら素のルーミアさんの性格になってしまったとかそんな感じ。後ミスティアさんがお店を開きたいだのなんだの言っていたので今度屋台を作ることにした。

それくらいだろうか。夜遅くになって悪酔いした常闇と、酔いが回って潰れかけた夜雀を客間に寝かせてようやく一息である。

 

鬼の宴会よりかはまだ断然ましなのだけれど…どうにも疲れた。

どうしてでしょうね?

結局後片付けをしたり酔いが冷め始めて二日酔い状態になった2人を看護していたら日が昇り始めていた。

お空とお燐はまだ寝ている。こいしは……どこに行ったのでしょう?家の中にはいるのですけれど……

 

まあいいです。それよりももう行かないといけませんね。

神社に来てと事前に紫から言われている。一応こいし達に相談はした。その上で私はまたあの場所へ行くことにしている。

「……ねえ、また行くの」

不意に後ろから声がして、家を出る私にこいしが抱きつく。少し胸のところが苦しい。

「頼みですからね」

 

「断ればいいのに……」

それも1つの手ですけれど…どうにも断れないのですよ。

「友人の頼みは断れない性格だから」

 

「お姉ちゃんらしいや……分かった。じゃあ待っているね」

ようやく腕が解け、こいしが離れる。

大丈夫よ。遊びに来たければ来なさい。その思いが伝わったのかはわからないけれど。こいしは今度遊びに行くねと言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの…」

博麗神社の一室は、異様な雰囲気に包まれていた。私と紫…それだけではない。その空間で寝息を立てている1人の赤子……赤子がいるのである。

「どうかしたの?」

一瞬紫がついに誰かとやってしまったのかと膝をついたがよくよく見れば妖力を感じられないのでその線はなかった。

「どうして赤子を……」

 

「仕方ないじゃない……」

どうやらこの赤子は両親が吸血鬼異変の際に殺されてしまったため引き取り手もおらず捨て子になってしまったのだとか。

幻想郷においての捨て子の生存率はほとんどない。

大抵は肉食獣に食べられてしまうしそうでなくても一部の妖怪にとってご馳走のようなものなのだ。

実際この子も、両親が死ぬ間際に博麗の巫女に預けたものの、その博麗の巫女すら死んでしまいどうしたものかと手をこまねいていたようだ。ただ、調べてみればかなりの才能があると分かったのだとか。

「紫が育てた方がよかったんじゃないんですか?」

 

「馬鹿ね。私が母親役なんて合うわけないでしょう」

そんな哀愁漂う雰囲気で自虐されても…まあ母親というよりおばさん役が似合いそうですけれど。

なんで睨むんですか?いやいや、失礼な事なんて考えていませんよ。

「じゃあ今まで……」

 

「藍がちゃんと世話をしていたわ。だけれどどうも懐かなくてね…それに初めてのことで彼女も勝手がわからなくて精神的に疲れてしまったわ」

1ヶ月も経っていないのに?参りましたね……

出来なくはないけれど長く続けられないとなると致命的です。

ですが、たしかにそれなら他の人に任せたくもなります。ただでさえ賢者としての責務があるのに片手間で子育てをこなそうなんて妖怪じゃまず無理です。

「そういえばこの子の名前は?」

 

「霊夢よ。それじゃあしっかり責任持って育ててね」

用は済んだと言わんばかりに急に立ち上がり、紫は隙間を展開した。

「え⁈ちょっと……」

呼び止めようとしたが既に隙間に入ってしまっていた。

そのまま閉じられる隙間。後に残されたのは赤子と…私1人。

というかどうして紫の隙間は結界の効果がある中でも使えるのでしょうかね?そういうものなのでしょうか……

 

それにしてもまさか生後一年前後の赤子を育てないといけないなんて……責任重大じゃないですか。あの時しっかりと聞いておけばよかった……

「ですが……」

腕の中で寝息を立てている霊夢を見つめてある問題に直面する。

赤子の世話なんて経験ないですよ?そもそも育児ってどうやるんです?

そもそも前世記憶だって今の私だって赤子を育てるなんて経験全くないしどうしろというのだ……

たしかにこれは靈夜さんには無理ですね。だからと言ってどうして私が適任だと思ったのかが分りません。まさか産んで育てたことあるとでも思ったのですか?残念ならが私にはそういうことは一切ありません。

育児を経験したヒトなんて周りに…あ、1人いますね。

 

逆に1人しかいないのですけれど……

まあそれを思い出せたのならやることは1つです。

すぐに支度していきましょう。

あ…でも家に霊夢を置いておくことなんて出来ないです。靈夜さんがいるとはいえ今見回りで神社を開けています。

仕方がない…一緒に連れていくことにしましょう。

 

 

 

 

 

 

「それで、私のところに」

スヤスヤと寝息を立てている赤子が起きないうちに高速で移動。しかしほんとよく寝ますね。

普段のような多少荒いお尋ねは出来ないので多少時間はかかってしまいましたが…

運良く椛さんを見つけられて良かったです。それに最初に対応してくれたのが新人さんじゃなくて結構なベテランさんだったのも。

 

「ええ…お母様から話を聞こうかと」

 

犬走 楓さんならと思ったのですが…だって椛を育てているわけですし。まあ他の方に聞いても……いえ、縁がないから無理なんですよね。天魔さん辺りならどうにかしそうですけれどそれだと本末転倒な事態になりかねないというかなんというか……

 

「私で良ければ構わないわよ」

ここで断られたらいよいよ打つ手がないと思ったけれど杞憂で済みました。

ありがたいです。

「本当ですか。ありがとうございます!」

私が頭を下げると、コロコロと笑いながら楓さんはなにかを書き始めた。

「良いのよ。本職は数年ほど休職する予定だったしそれによく子育てについて聞かれるのよね」

 

あ……なるほど…

確かに頼り甲斐ありますよね。こう…母性というかなんというか。すごく慣れているような…

 

「それで、その赤子の事を詳しく教えてくれる?」

 

「とある筋から預かって育てて欲しいと言われまして」

素性を詳しく言えるはずない。だって次期博麗の子ですなんて言ったら確実に始末されそう。

だって博麗の巫女は妖怪にとっては敵なのだ。

幻想郷の調停役なのだけれどどうもその認識が普通の妖怪にとっては薄い。

「そう…女の子?」

 

「ええ、女の子です」

 

「なら、椛の時と勝手は同じかしら」

 

そう言いつつもなにやらメモを続けていく。

「うぐ……」

 

「あ……」

起きちゃった……

慌てて抱きかかえていた霊夢を軽く揺らしてあやす。ぐずついて泣き出すということはなかった。

逆に私の顔を見て何か嬉しそうにし始めた。

 

「そういえばさとりさんは心を読めるのですよね?泣いたらそれを利用してその子がなにを望んでいるのかを読んであげたらどうですか?」

なん……だと……

思いつかなかった……

「その手がありました……」

 

まあそれでも技術的なところやミルクの与える量や時間、温度など知らなければならないことはたくさんある。子を育てる為にはそれ相応の責任がかかるのだ。

 



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depth.132さとりと霊夢(幼少篇)

まだ綺麗な霊夢。


春の訪れを感じさせる暖かい空気が部屋に入りこむ。

桜ももう直ぐ満開を迎えそうで、それでも咲く気配は見せない。

それをこいしは焦れったいと言っていたけれど。私は花が咲く前の姿の方が好きだ。もちろんそれは桜の花が嫌いだというわけではない。

なんとなく…妖怪になってから薄々感じられる生命の息吹のようなものを最も感じられるのがこういうところだったというだけだ。実際満開の桜を見たほうが視覚的には綺麗だし好きではある。だけれどこの咲く前の蕾もまたなんだか好きになってしまったのだ。

 

その説明をしていたらこいしはまあそういうものだよねと言って話題を終わらせてしまった。それ以降喋る事もなく結局さっき帰ってしまった。

姉の隣でただ喋りたかったのか…側にいたいと思っていたのかはよく分からないが悪いことをしちゃったなあ……

 

後ろで足音が聞こえる。

気になってそっちの方に首を向ければ、そこにはこの五年間程でかなり成長した霊夢が目をこすりながら立っていた。

「あら霊夢起きてたの?」

というより……

 

「ねれないの……」

そろそろ一人でねれるようにしたいけれど…まだ人肌が恋しいのね。

まあ仕方がない。だけれど、あまり優しくできるようなものでもないのが現状だ。

私は妖怪で彼女は巫女。以前も同じようなことをやったけれど、あまり妖怪に情をかけるようになってしまっては本末転倒だ。

 

 

私が唯一嫌だったのはその点。

まあ…妖怪として暴れなければ問題はない。だけれど、私を縛る運命というのはそう簡単に終わってはくれない。

運命といえば聞こえはいいけれど…要は呪いのようなものだ。これに打ち勝てなかった時…私は彼女達の前に立ちはだかることになってしまう。

そうなった時……いや、やめておきましょう。

 

「……靈夜さんは?」

 

「おばさんゴロゴロころがるの」

寝相が悪いから無理と…まあ仕方がありませんね。

何だかんだ私も甘いのかもしれない。ただ、甘えられる時に甘えられないと後で後悔する。

そう言い訳して私は髪の毛を後ろで一本にまとめた。

「霊夢が寝るまで一緒にいてあげるわ」

 

「うん!」

屈託のない笑み。子供の心は純粋で、美しい。

私は…そんな純粋な心を弄んでいる。

いくら言い訳してもその事実が私に針を刺す。

はだけた寝巻きを着せ直し、布団へ連れて行く。

 

「おやすみお母さん!」

 

私はあなたの母ではないのに…今日も彼女はそう言う。

何度も母親じゃないと言っても聞かないのでもう諦めた。そのうち勝手にやめてくれるでしょうね。

靈夜をおばさん呼ばわりするのもそのうち終わるのだろうか?

正直なところ私より彼女をお母さんと呼んで欲しいのですけれど。

 

そんな私の事はお構いなしに、横になった霊夢は私の体に抱きついて寝息を立て始めた。

寝始めるのは早いのに…こんな抱きつかれたら動けないじゃないですか。

しばらくこのままですね…まあ春とはいえ肌寒い時期ですから仕方がないですね。

 

隣の部屋から顔をのぞかせた靈夜さんがにやにやとしながら私のそばに来た。

「あんたも随分母親が板についてきたじゃないの」

 

「靈夜さんの方が母親らしい気がしますよ。それと場所変わってくれます?」

寝る気がないらしいですし、靈夜さんは起きてしまったらしばらく寝られない体質のようですし。

 

「ダメよ霊夢はあんたと寝たいのよ。私はあんたの横で寝るわ」

 

なぜ川の字で寝ようとするの…しかも布団まで持ってきて。いや2人分でしょう?

霊夢はまだ幼いし私も少女程度の大きさですから問題ないのですけれど…

あまり大きい声を出せないのでヒソヒソと言いあいが続く。

結局靈夜さんが霊夢を挟むようにして川の字を作ることで妥協した。

とは言っても半身を起こしてる私がいるせいで川の字にはなっていない。

「あんたも寝たら?疲れが取れないでしょう」

 

「寝なくても疲れは取れます」

起きていても意識レベルを低下させておけば精神的な疲れはある程度取れてしまう。そういうわけだから私は寝るつもりはない。

それに寝込みを襲われる可能性が無いとも言い切れない。

いくら靈夜さんでも寝ている合間に精神を乗っ取られたらどうしようもない。さらに仙人ですからね。妖怪に近い分精神的に脆くなっている部分がある。

だが彼女達は睡眠時間がないと健康上の問題がいくつも発生してしまう。だから私が起きていないといけないのだ。実際私は普通に過ごしていれば眠くならないですし。

 

寝息を立てている2人を横目で見ながら、私はゆっくりと腕を霊夢から引き抜いた。

音を立てずにゆっくりと体を起こす。

私なんかより2人の方がよほど親娘っぽい。

寝相の悪さとか色々と……

 

 

庭の方から微かに物音がした。

風が起こした音かと思ったけれどそうではないようだ。だとすれば小動物か…あるいは別の何かか……

 

少し様子を見ましょう。腰に携帯していた13.6ミリ拳銃を引き抜き、銃口に消音器を取り付ける。

あまり音がうるさいと皆が起きてしまいますからね。

 

気づかれないように匍匐前進で庭が見渡せる部屋まで移動する。縁側を挟んだ先は木々が生い茂り月明かりを遮る。

真っ暗なその闇の中…再び僅かな音。獣の類ではない。もっと大きな……人ではない何か。

ここまで来ているということは神社の者に危害を加えようとしているのかな?

それとも見守りに来た?

 

もう少し待っていよう……

 

 

結局、闇の住人は何も仕掛けてくることはなく日が登ったのと同時にどこかへ行ってしまった。偵察だったのかな?

そんな事を考えつつも私は日常に戻る。

ご飯を作らないと……一応私を含めて三人分。

五年間もこの作業をやっていれば自然と体が覚える。半分癖のようなものだ。

 

日が昇った事ですしそろそろ起きてくるはず。

2人が寝ている部屋は東方向に窓があるので1番に日光が入ってくる。

そう思っていると台所と直結している居間に2人の人影が入ってくる。

「おはよう…」

 

「おはよう!」

霊夢は今日も元気ね。それに比べていつまで寝ぼけているつもりですか?早く起きてください。

血圧が上がらないようでしたら私が頑張って起こしますよ。

模擬戦で。

 

「遠慮するわ」

……そうですか。目が冷めるから良いと思ったのですが…

うーん難しいです。

 

 

 

 

 

 

 

霊夢はまだ空を飛ぶことはできない。

だから本格的な訓練はまだだけれど、戦う以外にも巫女にはやらなければならないことはある。

特に妖怪の退治の仕方やお札の使い方とか。さらには神降ろしなどの降霊術の基礎とか。

もちろんその殆どは私ではなく靈夜さんが教えている。そもそも門外不出のものも多いですし妖怪には理解できるようなものでもありませんからね。まあこいしなら半妖だからやれなくもない。

適性が出ないのは確実ですけれど。

 

だけれど靈夜さんはどうも教えるのが下手なのだ。

 

「お札に力を込める感じよ」

 

「ちからを?」

あの、靈夜さん?5歳の子供にそんな事を言っても伝わりませんよ。もうちょっとこう…イメージしやすくないと。お札の使い方を教えるのは良いんですけれど……

「手のひらにお札を置いて手をぎゅーってやるイメージをしてみなさい」

まあ先ずはこんなところだろう。

正確には体を流れる霊力を認識してもらうだけでよい。最初から細かい霊力の使い方なんて誰も望んでいませんからね。まずは霊力を使えるという認識を持ってもらう。これだけでもずいぶん違います。

「ぎゅーってこんな感じ?」

お札を乗せた手とは反対側の手でグーパーを繰り返す霊夢。

 

「そう、ぎゅーって感じに」

 

「……」

 

しばらく手のひらに乗るお札を見つめていた霊夢だったけれど、不意にお札が光出したことに驚いてひっくり返った。

「今のが霊力よ」

 

正確には流れ込んだ霊力に反応してお札が光ったというだけなのだが。

でもあれを暗闇でされたりすると目が潰れる。

まだ霊力があまり入らず光も弱かったから良いけれど……

 

「すごいすごい!お母さん褒めて!」

 

「はいはい、凄いわね。この調子でどんどんやっていきましょう」

霊夢の頭を軽く撫でると、猫みたいに抱きついてきた。

靈夜さんが霊夢の頭を乱雑に撫で回す。あれはあれで愛情表現なので注意はしない。

「やっぱり私要らないんじゃないかしら…」

 

何言っているんですか。正確な使い方や門外不出の技を教えるのは私じゃ無理ですよ。私はただ、アドバイスをするだけです。

「そういうものかねえ……」

 

そういうものですよ。それに、本来貴女がやらないといけないことですからね。巫女の育成は……

 

「今のを忘れないうちにもう一度やりましょう」

 

「うん!」

 

 

しばらくそんな感じに霊力を使っていると、不意に背中に視線を感じた。

「……少しあっちの方に行っています。靈夜さんお願いします」

 

「はいはい。行ってらっしゃい」

面倒な相手は任せたと言わんばかりに手を振る靈夜さん。

「お母さんどうしたの?」

それとは逆にどこかに行こうとするのを止めようとするのは霊夢だった。ああ可愛い…というかその純粋な心に浄化される。とまではいきませんけれど…

「ちょっとあっちに行ってくるだけよ」

実際縁側に行くだけだ。

嘘は何1つ言っていない。必要なことも言っていないけれど。

 

のんびりと神社の反対側…庭と縁側のあるところに向かう。

 

「また来たのですか紫」

だれもいない空間に声をかければ、そこから返答が返ってくる。

「きちゃダメなんてことはないわよ」

 

「まあそうですけれど……」

如何にもこうにも、霊夢を見守りたいのであれば普通に出てきて見ていれば良いのに…なんでそこに隠れているのだか。

 

一応霊夢も紫のことは覚えているし去年の年末に顔を合わせましたかね。凄くおばさん呼ばわりした挙句半泣きしましたけれど。

嫌われたというか…多分子供の持つ特有の直感がやばいやつだと感じてしまったのでしょうね。

実際ヤバイですし。

逆に藍さんの方が懐かれましたね。主に尻尾ですけれど。もふもふは確かに気持ち良いです。

 

「……随分と上手くやっているようね」

靈夜さんと霊夢のところを離れ縁側に座れば向こうが勝手に切り出してくる。

月に数回ほど、私に近況を訪ねてくるのが日課にでもなっているのだろうか。最近回数が増えたような気がしなくもないけれど。

「まあ……今のところは」

今のところはまだ妖怪とバレずにやり過ごしている。お風呂も普段は靈夜さんが一緒に入っている。それでも私をお母さんというのが不思議だ。

「あの子のためになっていないのは分かるけれどそこまで思い詰めなくてもいいのよ」

慰めだろうか?まあ実際私は妖怪だし人間の子供を育てている時点で分かりきっているようなものだけれど……

「母親が必要だった。それに当てはまるのが偶然私だった。ただそれだけでしょう」

実際あのままではあの赤子は長く生きることはできなかった筈だ…人間に預けようにも引き取ってくれる人なんてい早々いない。

「そうね。でも貴女もなんだかんだ母親が馴染んだじゃない」

そうでしょうか?こんな少女に母性なんてないと思いますけれど。どこかの天狗には性癖の捌け口として見られていますし。

偏見?上等ですよ。

「そりゃ、夜泣きにオムツにご飯にと休む暇なくやっていれば嫌でも身につきます。ほんと、世の中の母親は凄いですよ」

 

「そうね……」

いくら心が読めるからと言っても冗談抜きで赤子を育てるのは大変だ。今もなのだけれど…

そもそもミルク問題が発生してもう大変だったのだ。

赤子の成長に必要な母乳をどうするかという冗談では済まされない事態。私は出ないし靈夜さんも出ない。粉ミルクのようなものがあればまだなんとかなったのですが幻想郷にそんなものはなかった。

 

結局紫が外の世界から持ってきた粉ミルクと、靈夜さんの境界をいじって母乳を出させてどうにか乗り切った。

そのことを掘り返すと顔を赤くして物凄く怒る。

私?身体年齢が少女なので無理ですよ。それに拒否しました。それはもう靈夜さんを売ってことなきを得たのです。

 

そんなことがたくさんありましたからね。

「まあ良い経験になったのじゃないかしら」

 

「他人事のように言いますけれどもうごめんですよ。霊夢だけで十分です」

誰かを愛してしまうなんて……

 

「わかっているわ。いつまでも妖怪を母親がわりにすることなんてしないわ」

そうでしょうね。ある程度自立することができれば後は彼女1人で生かせていく。そのつもりです。前もそうでしたし。

「そう…じゃあもうすぐですか?」

後数年…と言ったところだろうか?

「せめて後7年くらい待ってちょうだい」

 

7年ですか…長いですね。

でも色々と生活に必要なこと。生きていく上で必要になってくることを教えるには短い。

 



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depth.133さとりと霊夢(観測篇)

紫との話し合いを終えて霊夢達のところに戻ってくると、それを待っていたのか霊夢が私に飛び込んできた。

甘えたいのはわかりますけれど…まあいいか。

頭を撫でつつ少しづつ離す。

 

靈夜さん、どうして笑い転げているんですか。怒りますよ。無表情ですけれど……

 

「お母さんおこっちゃだめ!」

私の気を察したのか霊夢が私に強く抱きついた。

「霊夢に免じて許します」

 

「甘すぎない⁈」

 

だって霊夢に懇願されたら無理でしょう。それとも私と戦うつもりですか?

良いですよ模擬戦。楽しいですし。

それに霊夢の教育にも良さそうですし。

「代わりに模擬戦をしましょう」

 

「さとりと模擬戦?ええ…なんだか面倒なんだけれど」

 

じゃあ授乳中の写真ばら撒きますね?文さんが撮っているようですので私が一声かければ記事になりますよ。

おっと危ない。

私の真横を一陣の風が通り抜ける。

鋭い風が肌に刺すような刺激を与える。

 

「1つ聞くわ。勝ち負けはどうするの?」

 

「そうですね。折角ですしこの写真が貴女に渡ったら負けとしましょう」

私が懐から出した写真は靈夜さんが霊夢相手にものすごくデレている貴重な写真だった。普段仏頂面なのだけれど本当可愛いですねえ。

「……」

返答はない。その代わりはやくよこせと私を睨みつける。その目線から放たれる殺気は本気のものだ。怒らせすぎましたかね?でもこれくらいしないと絶対戦わないじゃないですか。私だって腕鈍ると困ること多いんですよ。

「おばさんとお母さんたたかうの?」

霊夢が私の服を掴んで動きを止める。

「ええ、霊夢。戦いを見て学ぶのも大事な訓練の1つよ」

 

ついでに普段のストレスを発散することもできます。ただ、私のストレスというより彼女のストレスですけれど。

霊夢が離れたところに退避したのを確認し、私も構えを取る。

といっても腰を低くしただけですけれど。それだけでも重心の安定化と初動の対応のしやすさがある。

 

靈夜さんが動いた。

飛び込んでくる……

素早く体を捻り腕を水平に振り回してカウンター。だけれど接触直前で気付いたのか慌てて後ろに飛ばれた。結果として腕は数センチ手前を掠めていくだけだった。

だけれどまだ向こうのリーチ。体格の差がここで出た。

飛んできた蹴りをお腹に受ける。だが衝撃の殆どを横に受け流せたのでダメージにはならない。私に伸ばされた脚を軽く掴んで捻る。

靈夜さんの体が宙に跳ねあげられ、脚を捻ったことにより体も高速で仰向けになる。

だけれどそれで地面に叩きつけられてくれるほど簡単な相手ではない。

叩き落とそうとした瞬間に飛行状態に入ったのか今度は私の方が真上に釣り上げられた。

それでもすぐに距離を取り私も飛ぶ。写真を胸ポケットにしまい込みもう一度靈夜さんに向き直る。

何故かすごく睨まれたのですけれど。え?下着を見た?穿いてないから見てないですよ

って怒らないで!お札乱射しないで!

 

投げつけられるお札を回避して地面に着地。たしかに朝方に下着を洗いましたけれどまさかあれで全下着だったんですか?確かに靈夜さんは寝るときつけていると苦しいからと言って下着つけませんけれど。上も下も……

 

顔を赤くして私に向かって突っ込んでくる彼女を横にステップを踏んで回避する。

霊夢がなんで怒っているのかいまいち分かっていない表情をしているのが視界の端っこに映る。

ふと殺気を感じ取り、体を上にあげた。その瞬間お腹のあたりをなにかが撫でて行った。

その瞬間触れていたところの服が裂け、肌が丸出しになる。服だけで済んだのが良かった。

「っち…」

 

見れば接近した靈夜さんの手にはお祓い棒が握られていた。まさかそれで服を斬り裂いた?恐ろしや恐ろしや。

名人級になれば木刀でも真剣とやりあえると言う。じゃあ靈夜さんはそれ以上の存在?なんだか庭師と戦わせてみたくなりました。そうだ!今度一緒に行ってみよう。妖怪桜?大丈夫でしょう。満開にならなければ……

誰かが枯れ木に花を咲かせたりしないならっていまはそんなこと考えている場合じゃない。

再び振り下ろされるお祓い棒を片手で白刃止め。だけれど空いている手で私の胸元に手を伸ばしてきた。

その手を素早くはたき落とし、素早く肩に一発拳を叩き込む。

くぐもった悲鳴が聞こえてお祓い棒にかかる力が緩まった。

その瞬間を見逃さずに反撃、強引に押し込む。

 

生まれた隙を利用してもう一発叩き込もうとしたがそれよりはやく私の体は後ろに吹き飛ばされた。

どうやら霊力で跳ね返したらしい。

地面を軽く蹴って体勢を整える。

さてかなり距離が開いてしまいましたがこれは遠距離戦に切り替えたと言うことで良いんですよね?

袖口から二枚のスペルを引き出し構える。

「想起『枕元にご先祖総立ち』」

大量の巨大な楕円状のレーザーが放たれ、靈夜さんに襲いかかる。それらを空中に飛行することで回避する靈夜さんだったが、この弾幕はこれだけではない空中の何もない空間で突如レーザー達が跳ね返る。それは靈夜さんを中心として球体で壁を作られているかのような動きだ。跳ね返ったレーザーも自機狙い弾や放射弾を繰り出す形式となっている。

それでもまだ楽な方である。3回だけこれが繰り返され、その度に弾幕の量を濃くして行くタイプだ。

 

ただ、今のがお披露目になるスペルカードなので難しいだろうか。こいしが作ったものの使わなくなってしまったものを私が借りているだけなので私自身も攻略法を知らないけど。

 

私が作ってきたスペルは攻撃用と防御用に分かれていて美しさや、攻略を楽しむのは二の次になっている。

実際お燐や、こいしが最初の方で作っていたのは攻撃用スペルであり綺麗さも何もない。ただ弾幕構築の工程を一工程で済ませるという武器の1つだ。

だからこいしの遊び用スペルは新鮮である。

 

実際こっちの方が弾幕ごっこでは優遇されるものなのですけれど。

そうこうしている合間に最後のレーザーが小さな弾幕となり散っていった。

スペルブレイクと私は勝手に呼んでいる。

そうなれば次のスペルを使いたいが…それよりも向こうがどう出てくるかを見ないといけません。

視線を靈夜さんに向けると、彼女は……笑っていた。

「はっ!やるじゃないの!でもあんただけしかスペルカードを持っていないと思った?」

 

いつのまにか彼女の手には1枚のカードが握られていた。

そういえば弾幕ごっこのルール…丁度紫が作っているところでしたね。根回しの方も行なっているようでしたし靈夜さんがそれを知っているのも考えればわかります。作っていたのは想定外ですけれど。

「霊符『八方鬼縛陣』」

空中に浮かんだスペルカードが八角形の印を結び光り始めた。

瞬間、いくつもの縄のようなものがスペルカードから飛び出す。

 

地面を転がるように一本目を回避。地面を蹴り飛ばし二本目の上に飛び乗る。

「…っ!」

 

「痺れるでしょう?」

 

縄に接触した足が雷に打たれたかのように痺れた。それに気を取られていると靈夜さんに距離を詰められていた。

とっさに空中に浮かび上がり彼女から距離を取る。

だけれどまだまだ縄も追いかけてくる。

私よりはるかに速い……

急制動左旋回。縄が私のそばを通り抜けて天に伸びる。擬似的な失速とスピン。そのスピンに合わせて弾幕を解き放つ。いくつかが他の縄や弾幕に接触し爆発を空に生み出す。

靈夜さんは……下にはいない。と言うことは上。

 

背中のあたりに影が落ちる。

体をねじって真上を向く。太陽を背に突っ込んでくる!

眩しさで視界が利かない。

すぐに真下に向けて加速。だけれど先に動いていた向こうのほうが私より速い。

なら……少し無茶をしますか。

地面スレスレまで降下。足で地面を蹴飛ばし、僅か数センチの高さを滑空する。

弾幕が上から降り注ぐ。体を左右に揺らして回避。

ようやく目標が見えてくる。

それは神社の鳥居。高速で飛んでいるためもう目の前だ。通過するわずかな時間でその柱に左手を引っ掛ける。

体が引っ張られ、腕が肩から外れそうになった。痛い……骨が外れるのは痛いんですよ……

体も急激な動きについていけなかったのか血液が足の方にいってしまい視界が暗くなる。

それでも体の向きが変わる。

加速……今度はやや上に向けて…

ここまでの時間はわずかコンマ2秒くらい。

上を飛ぶ靈夜さんと強引に向きを変えた私が接触しそうなところですれ違う。

突風。ついで後方から弾幕が遅いかかる。

 

「怪符『夜叉の舞』」

スペルを宣言し真後ろに放り投げる。真後ろで弾幕の壁が展開されたらしく私に迫ってくる弾幕の数が減った。

そのうちに態勢を立て直し庭に着陸する。

体の一部がすごく痛みますけれど多分大丈夫。脱臼しかけていると言ったところです。

「お母さん大丈夫?」

 

「大丈夫よ霊夢」

てっきり霊夢は目を回しているかと思ったけれど案外私達の動きについていけていたらしい。ならば十分勉強になったのではないだろうか?

「随分…やるじゃない……」

若干息が上がっている靈夜さんが戻ってきた。

だけれどまだまだ闘志が健在。戦うつもりなのだろう。

靈夜さんが再びお祓い棒を構える。

そういえば私から写真を奪うのが勝利条件だったはずですけれど……

 

あれは完全に忘れているようですね。

思い出させるのも面倒ですからこのままにしておきましょうか。そのかわり…私もこれ以上無駄に戦うのは控えたいですから……

 

「ではそれで一撃を与えられたら終わりにしましょう」

 

「そうね。私も疲れてきたからぜひそうしたいわ」

素直にこちらの条件を飲んでくれたあたり相当疲れているのだろう。

ああ見えて内側に溜め込みやすい方ですから。

 

急に視界がぶれた。

靈夜さんが動いたのだ。不意打ち過ぎませんか?まあそれがダメとは言いませんけれど……

突き出されたそのお祓い棒を足場に空中に体を投げ出す。だけれどすぐに真下に向けて体を捻り、その場で体を支えずに側転を行ったかのような動きで背中を取る。

だけれど後ろ蹴りを回避するためにさらに体をひねってしまい私のリーチの外に出てしまった。

向こうもそれは同じらしい。

 

再度私に向き直り、弾幕を展開するためか袖から一枚のスペルカードを引き出した。

「これで決めるわ!霊符『夢想封印』‼︎」

 

靈夜の宣言とともに、色とりどりの光弾が次々と飛び出してくる。

その全てが追尾型であり……同時に理解してしまった。

あれはこちら側の力ではどうしようもない。

まさに対妖怪用の最終兵器と言ったところだろう。あれの前には妖怪はどのような相手でも等しく、同じ存在なのだ。

後方にステップを踏み体を真上に飛ばす。

ぴったり真後ろにくっついてくる弾幕だけれど、靈夜さんによる制御が必要なためか彼女自身は制御に手一杯で追ってこない。

多分未完成なのだろう。なら勝機はある。

 

上昇から急降下に転じ、速度をつける。当然追いかけてくる光弾。こちら側の空間にいないようなそんな感じの動きだ。浮く能力も使っているのね。

左旋回、効果なし。だけれど……私が飛んでいく方向は森である。

 

そのまま木々の合間に体をねじ込む。

追従してきた弾幕が木々に命中し弾け飛ぶ。突風が後ろでなびいている。

 

追ってくる弾幕がなくなったので私は森から飛び出す。

反転降下。速度を緩めつつ再び庭に戻った。

あのスペルは相当な体力を消費するものらしく、珍しく靈夜さんの息は上がりきっていた。

 

「疲れたわ……」

見ればわかります。私も疲れました。

なんですかその目。さては信用していませんね?これでも疲れるのですよ。一応……

 

「それでは私が勝ちということで」

 

「文句は無いわ。だから夕飯の準備よろしく」

 

ああ、そういえばそんな時間になりますね。

いけないいけない忘れるところでした。

あれ?何か忘れているような……

 

「霊夢?」

ふと靈夜さんの声に振り返ってみれば、霊夢の様子が少しおかしかった。

なんだか様子が変というか…下を向いてしまっている。まさかかさっきの模擬戦で戦いが怖くなってしまったのだろうか?

「かっこいい!お母さんもおばさんもすごい!」

本気の戦いを間近で見て怖くなってしまっただろうか?なんてのは杞憂だった。彼女はものすごい目を輝かせていた。それはなんだか…戦隊モノとかロボットものに憧れる子供だった。

「霊夢もあんな感じにそらをとんだりしたいなあ」

 

「いつかできるようになるわよ」

ええ、必ずできるように…しますからね。

「そうかな?」

 

「ええ、だって貴女は……」

 

博麗の巫女なんですから。

それは言葉にすることができなかった。

「お母さん?どうして悲しそうなの?」

 

悲しくなんてないわ。ただ、少しだけ悲しいだけよ。



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depth.134さとりと霊夢(接触篇)

ずっと空を飛んでいると、そのこと自体が当たり前になってしまい感覚がよくわからなくなる。

 

「わー!凄い凄い!」

だからなのか霊夢の反応に私はついついほっこりしてしまった。まあ…表情には出ていないから悟られることはないのですけれど。

悟られたからと言ってどうということはないけれども。

「どう?空を飛んだ気持ちは」

お腹のところで抱きかかえた霊夢が足を前後に振っている。彼女にとって空を飛ぶというのは水中を泳いでいる感覚なのだろうか。

肌に冷たい風が刺さり少しだけ痛む。

「こわいけど気持ちいい!」

あ…やっぱり怖いのですね。

そう言えばさっきから下に目線がいっていないと思ったら……

「それは良かったわ」

 

事の起こりは一時間ほど前。

靈夜さんとの模擬戦から2日後のことだった。

庭で飛んだり跳ねたりを繰り返し始めた霊夢の行動がよく分からなかったので理由を問いただしてみると、どうやら私や靈夜さんのように空を飛びたいらしい。

確かに普段は靈夜さんも私も空を飛んで見回りをしていますけれど…

結局、空を飛ぶとはどういうことかを教えるためにはこれが1番良いと思い、霊夢を抱きかかえて飛ぶことにしたのだ。

 

どうやら空を飛ぶ感覚というより空を飛ぶ楽しさの方が先行してしまったのか霊夢は両手を横に広げて羽のようにして笑っていた。

「楽しい?」

 

「うん!楽しい!」

彼女の髪の毛が私の鼻をくすぐる。飛ぶ前に少し髪をまとめておいた方が良かったかしら。今更であるけれど……

「お母さんたちすごいよね!くるくる回って色々と躱すよね!」

ああ…まあ空で戦う時は基本そんな感じだし弾幕ごっこの時も大体は空を飛んで行うことが多いし。

「空戦機動を体験してみる?」

まだ霊夢には早いかもしれないけれど、経験しておくだけ損では無いはずだ。

「なにそれ?」

首を傾げてしまう。

やっぱり分からないわね。いきなり空戦機動と言われても。

「簡単に言えばクルクルと回ることよ」

超大雑把な説明ですけれど間違ってはいない。

「面白そう‼︎やってみて!」

子供ゆえの好奇心かあっさりと乗ってきた。大丈夫かな……

「それじゃあ……」

体を横に転がし空中で一回転。景色が一瞬だけひっくり返り再び戻る。高度と速度を変えずに位置だけを少し横に移動した形だ。

「まずはロール。これが1番の基本よ」

 

「ろーる?」

 

「横にコロコロ転がる感じよ」

感覚としてはこんな感じだろうか。実際にはもっと複雑かもしれないけれど要は感覚が大事だから……

 

「じゃあ2つ目。縦ロール」

別名宙返り。

言うのは簡単だけれど上昇角度を気をつけないと体を痛める。

今回はかなり大きめに回ることにした。慣れていない霊夢に高機動を体験させても体調不良を起こすだけですから。

それでも通常の二倍の力で外側に押さえつけられるのだから意外ときついらしい。

回転が終わった頃には少し顔を青くしていた。目が回ったのだろうか?

「大丈夫?」

 

「だ、大丈夫!」

 

「無理そうなら言ってね」

 

「へーきへーき!」

子供って無茶しますからその平気は全然平気じゃない。

やはりもう少し緩めにやらないといけない。

「他にも色々とあるけれど、やっても多分わからないものが多いわよ」

 

スプリットターンとかバレルロールとか。速度を高度に変換する機動なんて目立たないし体にかかる負担が大きすぎる。

霊夢にはまだ早いわ。

クルピットやコブラなんて以ての外だ。そもそもあの機動は後ろから追いかけられている時にやってこそその真価がわかるものだもの。

「もう終わりなの?」

 

「他にもたくさんあるけれど先ずはこの2つよ。他のは…大きくなってからね」

諦めてくれるだろうか…

「分かった……じゃあ飛べるようになったら教えてね!」

 

「うふふ、分かったわ」

おもわず笑ってしまった。なんでだろうか……

「守らなかったら針千本飲ます!」

指切りですか仕方ありませんね。妖怪と人間の約束なんて意味がないようなものですけれど……仕方がない。

 

空を飛ぶ練習を始めたら教えましょう。実際弾幕ごっこでは使用頻度が高まりそうなものですからね。

 

そういえば霊夢と話すのに夢中で今飛んでいる場所が分からなくなりました。一体ここはどこなのでしょうか?

下を見下ろしてみても森ばかり。幻想郷らしいと言えばそれまでだけれど区別が付かなさすぎてなんとも言えない。

もう少しわかりやすくはならないだろうか?

 

なんて思ったところでどうなるわけでも無い。

一旦地上に降りてみましょう。

木々の切れ間に体を通し腐葉土の地面に着地する。

人も妖怪もほとんど来ないのだろうか。足元の地面は柔らかく少しだけ足が埋まる。

「なんだろうここ?」

 

「……少し息苦しいわね」

 

湿度も高いし人や妖怪が弄ったような気配の見られない原生林。

それになんだか暗い。足元もふかふかというか……なんだかじめじめする。

「あ!お母さんキノコが生えている!」

霊夢がなにかを見つけたらしい。私の手を引っ張って強引に案内する。子供は元気ね…なんだかめまいがしてきたわ。

ってこれ……

「化け物茸じゃない」

 

「バケモノタケ?」

なんだそれと霊夢は首をかしげる。だからそれを突かないで。それ毒キノコよ。

「幻覚作用を持つ毒キノコ。あまり近づかないほうがいいわ……」

 

「そうなんだ…危ないんだね!」

 

ええ、即死の毒はないけれどここら辺のキノコは何かしら毒性を持っているわ。

「ええ……魔法の森だもの」

 

「魔法の森って確か毒キノコがいっぱい生えている危ない森?」

 

「よく知っているわね……靈夜さんから聞いたの?」

 

「うん!この前教えてくれた!」

まあ知らないよりかはマシだろう。だけれどその恐ろしさを理解していないからあまり意味がない。

この森は人間の里からの道のりは比較的マシな部類だけれど森の中は人間にとっては最悪の環境で、化け物茸の胞子が充満していて普通の人間は息するだけで体調を壊してしまう。

霊夢はこれでも博麗の巫女だし毒系列への耐性は強いからまだ平気なのね。でもまだ幼いから長居するのは危険だ。

まあ、一般的な妖怪にとっても居心地の悪い場所だから妖怪も余り足を踏み入れないという特徴もあるのだけれど。

私もあまり長居するのは無理そうね。

それにしても薄暗いし湿度も高い…服がなんだか重く感じる。こんなんじゃ服にまできのこが生えてきそうね。

 

霊夢の手を引っ張り僅かな太陽の光を元に出口を目指す。

一応方角は間違っていないから大丈夫なはずだ。

だけれど先程から代わり映えしない景色のせいか方向感覚が狂いそうになる。太陽の光があってよかった。

まあ、最悪飛べば良いですし。

しばらく双方無言で道無き道を進んでいると急に視界が開け始めた。

 

森を抜けたのだろう。幻覚かもしれないけれどそれを確かめるためにも開けたところに飛び出す。

「もりでれたよ」

 

「そう、良かったわ」

空気が新鮮だ……ようやく気分も回復を始めた。

 

「お母さんあれなに?」

急に霊夢が横を指差した。その方向に私も視線を向ける。

そこには瓦屋根の目立つ和風の一軒家が森の木々に半分埋もれながら立っていた。但し入り口はドアで、窓は障子…隣には大きな倉がある。 和洋ごちゃ混ぜの設計なんて誰がしたのだろう?それとも…「店主さん」の改造だろうか?

「霊夢はこれどう思う?」

家のようなものだけれどなんて呼べばいいかわからない。

「ごちゃごちゃとして落ち着きのない異国風の建物」

的確な説明ありがとう。たしかに異国風に見えなくもないわね。

 

「……香霖堂ね」

看板くらい出しておいてほしいのだけれど…それとも無くしたのだろうか?看板を無くす?うーん…妖精の悪戯と考えるとありえなくない。

「こうりんどう?」

 

「ええ、雑貨屋さんよ」

 

「色々なものを売っているところ?」

 

「霊夢は賢いわね」

どうやら靈夜さんに教えてもらったらしい。いろんなものを売っているお店の総称だとかなんとか……

「折角ですし入ってみましょうか」

特に用はないけれど何かあるかもしれない。きっと……

 

扉の上に備え付けられた鈴が勢いよく揺れる。

静寂だった店内にその音が鳴り響き……反応なしですか。

カウンターも無人。奥にいるのだろうか?

 

まあいいや。居ないなら居ないで意識の外に置いておきましょう。

「わああ…いろんなものがある」

部屋いっぱいに置かれたそれらは使用用途が不明なものから懐かしいものまで様々だ。だけれど値札もないし置き方が雑貨というより蔵である。

商売する気あるのだろうか?

 

「お母さんこれなに?」

 

「あら、SEG◯のSC-3000じゃないの」

珍しいわね。でもボードが汚れているし使えそうに無いわね。

「なにそれ?」

 

「ただの板よ。使い道がないわ」

実際電気もテレビも無いのだから使えるはずがない。

「じゃあこの四角くて黒いのは?」

 

「……何かしら?」

何に使うのでしょうかね?全くわかりません。

 

 

「だぜ?」

ふと、どこからか声が聞こえてきた。

女性…じゃない。まだ年端も行かない女の子の声だ。えっと…声が聞こえたのは…カウンター?

よく見ればカウンターの後ろで何かとんがったものが動いている。

魔女帽子のようだ。

ということはもしかして……

もので夢中になっている霊夢もその黒い帽子に気がついたのかカウンターの後ろに駆け出した。店の中では走っちゃダメよ。

私も霊夢に続いてカウンターの裏を除く。

そこには魔女帽子を深くかぶった子供が1人いた。

ここからでは帽子のせいでよく見えない。だけれど少しだけ見れる金髪の髪と白いシャツ。どうやら……

「お客さんだぜ?」

 

「リアルにだぜが口癖になっている子初めて見た…」

口癖として珍しいのはいくつか見てきたきたけれどこれは初めてだ。女の子というか…少し男勝りに近い。

「君は何を言っているんだい」

真上で声がした。視線を上にあげれば、いつのまにかだぜっ子の後ろに青年が1人立っていた。かなり身長が高いですね。

銀髪を短く切りそろえているのに何故か癖っ毛が一本立っている。

しかもなぜか水中の草のように動いているのだ。

「ああ、店主さんですか。そちらは娘さん?」

まあ当たり障りのない反応をしておきましょう。

「親戚の子だよ。少し預かっていてくれと言われてね」

どうやらここにくる人全員に言われていることらしくまたかと言わんばかりの反応だった。

少し冷めた感じの性格なようですが……あ、これは興味のないことは関わらない系の人ですね。一度熱くなればその話題で話しっぱなしになるという……

「そうですか。可愛らしい子ですね」

 

「そうかな?遊び盛りの子供はとにかく疲れる」

うんざりしているのだろうけれど、本気で嫌というわけでは無いようですね。

まあいいやと再び散策する。

いろんなものがたくさん転がっているせいかなんかもう倉庫を漁っているのと同じ感覚に至る。

「……三輪車?」

何に使うのかよくわからない道具や傘と言ったものに埋もれていたそれは三輪車にしては少し大きいものだった。二輪車輌が作られる前に使用されていたものだろうか。

「おや、それの名前がよくわかったね」

やっぱ三輪車だったらしい。

「なんとなくですよ」

でもなんで前輪が無いのでしょうか?

どこかに車輪だけの状態であったりして……

「あ、古いラジオじゃないですか。……壊れている」

つまみの部分がなくなっている…まあ、ここではもう電波を拾うなんて事ないのですけれど。

「その道具の使い道を知っているということは最近外から来たのかな?」

私の呟きを逃さない店主が私に興味を持ち始めたようだ。

「いいえ、ずっと昔から幻想郷に住んでいますよ」

そう答えれば店主さんの表情が感嘆に変わった。

そこまで珍しいことでもないでしょうに……

 

「私霊夢!貴女は?」

 

「魔理沙だぜ!」

 

あらあら、もう仲良くなっているわ。

気がつけば子供2人は仲良くなっていたのか飛行機の形をした木製のなにかを手にとって遊んでいた。

「霊夢、奥で遊んできたら?」

私がカウンターの奥…生活スペースであろう方を指差す。

「はーい!」

 

「りんのすけー!奥入っているぜーー!」

あらあら2人揃って霖之助さんの足元をすり抜けていくなんて…息ぴったりね。

「おいおい、人の家だぞ?」

霖之助さんが表情を曇らせた。

いいじゃないですか。ここで遊んで何か壊すよりマシでしょう?

 

「霖之助さんですか……」

知っていたけれど、知らなかった。そんな感じだ……

「私の名前だね。森近霖之助。よろしく」

 

「古明地さとりと申します。以後お見知りおきを」

 

ところで、ここにあるラジオ幾らで売ってくれます?

 

…非売品ですか……残念です。

ではここの小さな籠を買いたいのですが……

 

「そこのラジオをおまけにしておくよ」

 

「いいんですか?非売品なのでは」

 

「壊れているし直しようも無いからね。非売品というのも売れそうに無いからだよ」

 

「また来ますね」

 

「ぜひそうしてくれ」



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depth.135さとりと霊夢(成長篇)

色々と教えこまないといけないことが多いと時の流れが早く感じる。

気がつけばもう4年経っていて霊夢も9歳。いや、もうすぐ10歳だろう。

あんなに小さくて可愛かった子は成長し少女になった。まあ、それでも私より額1つ分小さいのだけれど。

でも性格の方はかなり悪くなってしまったと言える。まさかここ数年で一気に変わるなんて思わなかった。反抗期とか成長期とか……言葉は良いけれどなんだか変わっていってしまったという事に戸惑ってしまう。

それも靈夜さんに似ている口調で靈夜さんより性格悪くなるって……根はいい子だからまだ良かったのですけれど。

 

「それじゃあ始めるわよ」

空に飛び上がった私を追いかけるように霊夢が付いてくる。

「今日こそはあんたに勝つわよ」

 

「はいはい」

威勢は良い。だけれど実力はどうなのかな?

あれからどんどん色んなことを覚えていったし修行も欠かさず行っているけれど……

今は空中戦に集中しましょう。

左右に旋回をして後ろに張り付いているであろう霊夢を引き離そうとする。

だけれどそんな小細工が通じるほど霊夢は甘くない。2年前ならまだこれだけで振り切れたのですけれど。

首元に寒気がする。とっさに体をエルロンロールさせて高度と移動方向をずらす。体が引っ張られ裏返り、ついさっきまで私がいたところを弾幕が通り抜ける。

弾幕が命中する射程に入っていたのだろう。恐ろしや。

それでも、そんな近くまで来ているということは……

「外れたと思ったらすぐに距離を置くこと」

体を真上に向けて加速。ついでに霊夢の方に向き直っていくつかの弾幕を撃ち出す。

別に当てるわけではない。牽制目的のものだ。当ててもいいのだけれどそれだと練習にならない。

「あんたの動きがおかし過ぎるのよ!」

 

「これくらい普通ですよ」

 

霊夢の真上に出る。空戦で上を抑えられたら終わりだって言ったのに……慌てて彼女も真上に上がってくるけれど既に手遅れ。

撃ち下ろす形になった私の方が圧倒的に有利である。

 

それでも勘で避けているのかほとんど命中しない。まあ、落ちず落とされずの絶妙なところでバランスが取れるように撃っていますから仕方がないのですけれど。

それでも避けるのが妙に上手いせいか、もうこちらと同じ高度まで上がってきた。

阻止しようとして逆に利用されたということね。

 

結局また逃げることになる。それもかなりの至近距離での戦闘だ。ヤバみだけなら相当なものだろう。

ともかく左右に体を振ったり傾けたりして弾幕を回避するのに専念。

イライラして集中力が切れてきただろうか?なら……

一気に仕掛ける。

体を真後ろにひねり急制動。接触を回避しようとした霊夢の真下をすり抜ける。

ついでに弾幕を撃ち込む。非殺傷用ではなく当たっても痛くはないものだ。

「っち!」

 

「今のが実践なら確実に死んでますよ」

 

「分かっているわよ!もう一回!」

煽ってあげればまた私を追いかけ始める。根性があって助かります。

まあ魔理沙の方もだんだん魔法の研究に没頭してきていろんな技を生み出してきたというのがあるのだろう。

 

追いかけてきた霊夢にもう一回フェイントをかける。とは言っても今度はすれ違いざまの攻撃ではない。

後ろにつかせないように何度も高機動で翻弄する。右に左に地面スレスレといろんなところを飛び回る。当然疲労が溜まりやすい行為だからなかなか勧められたものではない。

流石の霊夢も追いかけるのは不利と判断したのか距離を置いて観察を始めた。

「悠長に観察ですか」

勿論そんな事をさせるつもりはない。

「うるさいわよ」

素早く霊夢の方に反転。

突進しながらも弾幕を斉射し体を逸らす。

スレスレを通過すると見せかけて直角旋回。強引に向きを変えて翻弄するコースを取る。

「ええい!ちょこまかちょこまか鬱陶しい!」

 

あ、真下に逃げましたね。

もちろん追いかけます。でもあまり近すぎるとフェイントに引っかかる可能性があるのでなるべく距離は取る。

 

あ、クルビット⁈

急に霊夢が空中に止まりそのまま私の方がオーバーシュートしてしまう。だけれど距離があったおかげで対処する時間もできた。

すぐにコブラを行い再び霊夢を前に出す。そのまま左に旋回。

やや上昇して上から攻撃を仕掛ける。実際こんな動きをするヒトはいないでしょうけれどなんとなくです。

空中での戦闘では被弾面積が大きい背面や横から攻撃を仕掛けたほうが良い。実際真後ろなんてついても被弾面積が小さいから近づかないと当たらない。

 

それを考慮すればこの行動は当たり前である。時々後ろ側にどうしても回ろうとする人がいますけれどそれはよほど腕があるかミサイルなどの精密誘導兵器があればの話です。

 

ふいっと……

旋回してブレイクした霊夢の上を通過する。すぐに体を回して反転する。再度攻撃。

人型だからこそできる芸当です。

「そろそろ終わりにしましょうか」

 

こちらに弾幕を放ち対処しようとする霊夢に飛び込む。そもそも狙いの定まっていない弾幕なんてただのこけおどしだ。

彼女の背中側に回り抱きつく。

「はい、終わり」

 

「また負けた……」

 

「霊夢はまだ若いんですからまだまだですよ」

実際動きのキレは本当に良い。天性の才能というやつだろう。

まだ甘いけれど後四年あればこれは確実に化ける。

 

「もうちょっと実践を積んだ方がいいですね。理論はできているようですが…想定外のことへの反応が遅いです」

 

「あんたの動きが想定外なのよ」

実際の戦闘はいくつもの想定内と想定外が積み重なって構築されるんです。

だから想定外に対処するためにもこうして複雑な動きをするんですよ。

わかりましたね。では、休憩しましょうか。

 

 

「そうだわ。わたし疲れたしあんたも見回り手伝いなさい!」

 

「え……どうしてですか」

 

「つべこべ言わないの!」

そんな急な……

 

 

 

 

「……」

 

結局霊夢の見回りに同行することになり人里に来てしまった。

別に私はそこらへんを見回る必要はないので、一人里を観光する。

 

どうやら私の見た目…フードを深くかぶった状態は視線を集めてしまうらしい。

なんだかなあ……

 

そんな視線が嫌になり、思わず路地裏に入り込んだ。人がいないところなのでここにした。

ん?なんかへんな気がまとわりついていますね。もしかして誰か見ている?確証がないのでなんともですけれど……

 

「驚けーー!」

……目の前に巨大な目玉がついた傘が開かれる。

ある意味グロテスクというか…なんだか気味が悪くなる。でもわかっていたし驚くことはない。予測不能なことにとことん弱い覚り妖怪でも来ると分かっていればなんら問題ない。それに私に不意打ちは効きませんから。

「わー驚いたなあ」

それでも一応驚いたふりはする。棒読みだけれど……

「嘘だよね!その棒読みは絶対驚いていない!」

あら?やっぱりダメでした?うーん難しいですね。そもそも驚いたりする感情は私にないのですよね。

「まあ驚くほどでもないですからね」

これは事実だけれど私を驚かしたかった少女にとってはショックなことだったらしい。口を開けたまま何も言い出せずに唖然としていた。

「ひどい‼︎」

結局出てきた言葉がそれだった。

「驚かすというのは……こういうことですよ」

 

相手の腕を掴みそのまま放り投げる。もちろん頭から地面に行かないように少しばかり工夫する。

「ゲフッ⁈」

そのまま腕をひねって関節を締め付ける。

 

「イダダダダッ‼︎いだいってば!」

涙目で悲鳴をあげるけれど流石に裏路地だ。誰も助けには来ないし状況を見れば悪戯をした妖怪を懲らしめているだけなので尚更だ。

「どうですか?捕食される側に回った驚きは……」

すぐに力を抜き楽にさせる。

 

「お、驚きました……」

別に驚いて欲しかったわけじゃないですけれど。

しかも驚いたというか死の危険からくる恐怖に囚われていただけのようですし。

「まあ落ち着きましょう」

 

「わちき…痛い目にあったのに落ち着くもなにも…」

何不平漏らしているんですか。私を妖怪と見抜けていない時点で負けですからね。本来なら拒否権はないんですよ。

「じゃあお詫びに脅かし方のコツと団子奢ってあげます」

でもまあ……そこまで怒っているわけでもないですから。

「落ち着きました」

切り替え早い。いや手のひら返しか。

「それじゃあ行きましょうか」

 

とは言っても久し振りに人里に来たわけですから団子とかお菓子などを売っているお店がどこにあるのかわからない。

結局路地を出たところからこの唐傘に案内を頼むことにした。

 

 

 

 

「わちきは多々良小傘。貴女は?」

歩きながらも自己紹介をしてくる。そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。

「さとりと申します」

妖怪とバレるのは少し不味いですのでしばらくは何も言わないでおこう。嘘をついているわけではないからセーフだ。

まあそれでもただの人間じゃないというのは感づかれたらしい。

別にどうでも良いことなのですけれど……

 

 

小傘が連れてきてくれたのは里の端っこの方にあるお店だった。大通りに面しているからかお客さんの数は多そうだ。

内に入るなり小傘が店員に注文をしていた。

そのまま片手でお金を出せと合図をしてくる。最初に言って欲しいのですけれどそこまで頭が回らないのかなんなのか…まあいいかと小傘の手にお金を乗せる。

 

場所取りも私が行うことになった。とは言ってもなるべく人に聞かれないようにしないといけないことも話すので大通りではなく奥の方の席にしたりと選択肢なんてないようなものだったけれど。

 

 

「ここの団子は美味しいんだよ」

お団子を美味しそうに食べている小傘を見ると、妖怪というより幼い子供に見えてしまう。うん、人によってはファンが多そうです。ってそれ私の分では…まあいいです好きに食べてください。

「最近ここいらに来たのかな?」

 

「ついさっき。巫女の付き添いで」

そう言うと、小傘はゲッとばつが悪そうな顔をした。巫女にいい思いがないのは妖怪共通らしい。まあそうでなければ困るのだけれど。

「まあいいや、それで驚かせ方を教えてくれるって言っていたけれど……」

 

「ええ、勿論教えますよ」

本題に入ったようね。まあ巫女の話題をして欲しくないからといったところもありますかね。

「まず、人が驚く場合ですが……」

 

ここからはもう心理の話から人が取るであろう行動、そして予測不能な行動をするにはどうすれば良いのかといったことを教えられるだけ教えた。後はそうですね、小傘が人を驚かすということと妖怪が人間に与える恐怖について。曖昧になりがちだけれど驚かすことによって生まれる感情は恐怖なのだ。いわば驚いたという結果は予期せぬところから不意に現れた恐怖に対する心の反応であり、効率よく驚きを生み出すには怖がらせることも必要であるといったことくらいだ。幸い、彼女は心を食べる妖怪だったので話が通じやすくて助かった。

まあ、お陰で少しやばい方面に行ってしまったかもしれないが。

まあ小傘ですし大丈夫でしょう……多分、メイビー。

そんなことをしていれば相当時間が経つのは当たり前なことであった。

 

 

「あんた何やってるの?」

気がつけば話し込んでいた私達の目の前に1人の少女が立っていた。赤と白の巫女服……それと片手に持っているお祓い棒。

「ああ、霊夢さん。見回りは終わったのですか?」

その姿を見て小傘は椅子の向こう側にひっくり返った。まあ目の前に妖怪の天敵がいるのだから仕方がない。

「一応ね…あんたにも見回り頼んだのだけれど」

 

「ああ、適当に人里を観光してこいって」

 

「見回って来てって言ったのよ!観光はついで!」

え?まあそうですけれどあれって観光しておいでって遠まわしに言ったんじゃないんですか?まさか本当に見回りをしろだなんて…じゃあ最初からそう言ってくださいよ。

「あーじゃあ私は帰るね」

一人称が変わっている……成る程、そっちが本心ですね。

「何あいつ……」

いそいそと人ごみの中に紛れ込んで逃げていった小傘を横目に霊夢がつぶやく。

「唐傘お化けですよ」

隠す必要もないですし素直に教える。

「そう、ずいぶん親しそうだったじゃないの」

私が妖怪と仲良くすることがあるというのはもう霊夢も承知している。なんでそんなことをするのかはまだわかっていないようだけれど。でも妖怪も色々といるのだからまあいいだろう。

「偶然ですよ。それに私は巫女じゃないですから」

そこまでピリピリしなくても良いのだ。文句も言われないし。

実際私自身妖怪ですからね。

まだそのことは秘密ですけれど。

「まあいいわ帰るわよ」

 

「あら、もう帰るのですか?」

てっきり団子を食べるかと思いました。

「疲れたからね」

 

「ついでですし山の方を見ていきましょう」

勿論見回りだ。少し遠回りになるけれど問題はないだろう。

「……あんたほんとマイペースね」

マイペースな生き物ですからね。

 



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depth.136さとりと霊夢(交代篇)

「人攫いが頻発しているそうよ」

霊夢に人里まで連れ出された翌日、靈夜さんに私と霊夢に集まってくれと言われ集まったかと思えば第一声がそれだった。

言ってしまえば私の知らないところで巫女の仕事をやっていたというだけだ。

「こっちも裏が取れているわ。湖周辺が怪しいそうよ」

どうやら霊夢が人里の方に行っていたのは情報収集だったらしい。まあ私は博麗の巫女でもなんでもないのだから教えてくれるはずもないだろう。

ならなぜこの場に私までよんだのか……考えずとも答えは見える。今はまだ言わないけれど。

 

「湖周辺ですか……」

しかし湖周辺ってかなり混沌とした地域じゃないですか。

 

「心当たりでもある?」

そんな感じに探りをかけてくるのは靈夜さん。まあ知らないというわけでもないし心当たりがないわけではない。ただそれはあり得ないことに近い。

「……分かりません。あそこらへんは複雑ですからね」

 

「そんなに複雑だったかしら?」

霊夢は知らない。あそこには結界で隠されているが吸血鬼の家があり、西洋の妖も入り乱れる混沌地域だということを……

「普通の妖怪とは別に妖精が集まっている場所です。中には妖精の域から外れた者もいます」

 

原因?1人は私ですけれどもう1人は知りません。おそらく自然にああなったのでしょうね。

そう考えるとあの子って本当に妖精なのだろうか。

「まあいいわ。ともかくこれは異変よ」

 

四日で20人、1日に5人も行方不明者が出ればそうなりますよね。それも妖怪の仕業だと判別ができてしまったのだから。

おそらく弾幕ごっこが発動する直前にやっておきたい集団だろう。

となればかなりの数になりそうです。

それに計画的に人攫いをしている節が見られる。この辺り天狗のような感じがするけれど天狗は幼女しか狙わない。成人男性まで被害が出ている時点で除外だ。

ならなるべく統率者のセンスがあり妖怪というルール無し達をまとめられるような妖怪は限られてくる。

ふむふむ……ならば後は対策を立てるまでですね。

 

 

 

 

 

話は終わったとおばさんは立ち上がった。それに続いて私も腰をあげる。準備を整えないといけないかしら?

「それじゃあ霊夢はお留守番よろしくさとり行くわよ」

 

もうですか?と文句をこぼしたのは母さんだった。私はいかなくて良い…その言葉がプライドに障った。

彼女は巫女ではない。なのになぜ私じゃないの?

「なんで私だけ?」

つい語尾を荒げてしまう。確かに面倒ごとはなるべく回避したいけれど異変と分かったからにはサボるわけにはいかないのよ。

「あんたはまだ博麗の巫女じゃないからよ」

確かに巫女見習いだけれど…

「ならさとりだって」

そんなこと言ったら母さんは巫女ですらない。確かに飛行術と対人格闘戦では誰よりも強いけれど。

「さとりはこう見えても私より強いわ」

 

「足手まといってわけね……」

察しはついていたけれどそういうことなのよね。さっきのおばさんの言葉で確信に変わった。

すかさず母さんが口を挟んできた。

「まあそうなりますね。生と死の入り乱れる場所での足手まといは死を招く何者でもないですから」

言いたいことはわかった。理解もできている。

「……分かったわ」

だからそう頷いた。だけれど、心のなかでは私だってやれるという……実力だってつけてきているのだからいい加減認めて欲しいという感情が渦巻いていた。

でもその感情に押し負けて、帰らぬ人となったら元も子もない。

だからここは抑える。母さん達に認められるまで……

 

 

 

 

昼間にも関わらず2人は湖の方に飛んで行った。今回の異変は夜間だから夜に攻めに行くと思った。

でも、異変をどう解決するのだろうか?

妖怪退治はおばさんに連れられて何度かやったことはあるけれど、本格的な異変を解決したことはない。まあ異変なんてポンポン起こってほしいものじゃないけれど。

 

さて、2人がいないということは神社は私が維持しないといけないのよね。

正直掃除とか面倒だけれど、やらないと綺麗にならない。

境内の掃除程度なら風で吹き飛ばしてしまうから楽だけれど建物の中はそういうわけにもいかない。

仕方ない。掃除するか……

 

「よう霊夢!いるかー!」

 

あら、助っ人が来てくれたようね。1人じゃ時間かかると思っていたところよ。

 

 

 

 

 

「霊夢の前では聞かなかったけれど心当たりあるのよね」

前を飛ぶ靈夜さんが私に聞いてくる。心当たりといっても大したことではない。

「まあ人なりにあるんじゃないんでしょうか?」

 

彼女の話だと人攫いを行っているのは複数の妖怪らしく、手がかりや妖怪の痕跡になりそうなものを探し出してもそれぞれいろんなものが見つかったのだとか。

中には獣も交ざっているのかそれらしきものまで……体毛が壁に残っているってねえ……

でも獣のような妖怪すら統制下における妖怪はそう多くない。

その中にはもちろん私やこいしも交ざってはいる。ただ、やる理由がない。

「質問です。数多の妖怪を率いている妖と言えば」

飛行中の靈夜さんも暇でしょうから少し遊びましょう。

 

「あんた」

即答ですかい。

「いやそうですけれど私達以外で……」

 

「紫」

また即答。

「そうじゃないですよ。ほかです他」

 

「天狗」

考えて言っています?

「天狗は多種族への統率力は皆無です」

同族ですら派閥争いしているのに無理無理。

 

「鬼」

もう何も突っ込まないことにしよう。

「地底から出ていませんから除外です」

 

間違ってはいないのですけれど……なんとも言えない。

 

「じゃああれね。ぬらりひょん」

 

「やっと出ましたか」

半分ふざけていたのか珍しく靈夜さんは笑い出した。

ツボにはまったのかかなり笑い転げている。空中で笑い転げるっていうのもおかしなことですけれど。

「後はご存じないでしょうが、天邪鬼ですね」

 

いるのかどうかすら今は不明ですけれど。でも絶対どこかにいるでしょうね。

正直このどちらかですね。

 

「天邪鬼ってあの天邪鬼?」

あら靈夜さん知っているのですか?正直ここ何百年も会っていないから幻想郷にいないのかと思いましたよ。

 

「ええ、ひっくり返す天邪鬼です」

よくひねくれていたり反対ばかりする人のことを天邪鬼とか言いますけれど妖怪ですからね。みんな忘れかけていますけれど……

世代交代が早い人間特有の、ほとんど記憶に残っていない場合受け継がれることがない情報に入ってしまっているようですね。

「なんか性格悪そう」

なんで私を見つめるんですか?

「私より悪いですよ」

私も性格良い方じゃないですけれどそれよりも悪いですから。

「性格悪いあんたより悪いってことは相当ね」

 

酷くないですか!いくらなんでもそれは酷いですよ!性格悪いのは認めますけれど。でも正邪ほどではないですから!

「冗談よ。それより、そろそろ見えてくる頃よ」

靈夜さんが指差す方には確かに湖が見えていた。どうやらもう着いたらしいですね。相変わらず霧がかかっていて視界は確保できそうにない。でも異変の黒幕がわからない状態ですからしばらく手は出せませんよ。

ともかく2人揃って湖手前で地面に降りる。ここら辺は霧もそこまで深くはなく、周囲の様子は確認やすい。

周囲に誰もいないのを確認してそっと話しかける。

「夜まで待ちますか?」

一応人攫いの多くは夜に行われている。早めにここら辺に来てしまったけれど妖怪を退治するなら夜か夕方だ。

だけれど靈夜さんは予想外なことを言ってきた。

「いえ、今から現場を抑えるわ」

 

「でも犯行は夜なのでは?」

 

「基本はね。でも何回か昼間に攫っている場合があるのよ」

 

どうやらその昼間の人攫いが、いずれも湖の近くで発生しているらしい。ここら辺も一応人が通る道がありますからね。

靈夜さんが先程から私を見つめてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。これはもしかして……

「じゃあ何ですか?私に囮をやれと……」

どうやらあたりだったらしい。任せたと言わんばかりに背中を叩いてきた。

「そういうこと。私は妖怪に面が割れているし人間じゃないわ。人間に化けられるのはあんたくらいよ」

私はただ妖力を外に出さないようにするのに長けているだけで人間に化けられるわけではないのですけれど……

「あーはいはいわかりました」

 

「そうね…背景としては病気の母親のために薬草になるものを探しに来た少女で」

なんか…定番ですね。

「捻りないですね」

 

「ひねったら面倒でしょ。こういうのはありきたりな方がいいのよ」

実際妖怪に襲われたりする状況は無理して人里の外に出た場合がダントツだからだ。

「もうちょっと捻りません?」

それにここら辺に薬草になりそうな葉っぱなんて無いですよ。せめて蓬くらいです。あ、後で団子にしましょう。

 

「じゃあ、不倫を見てしまった少女?」

悩んだ末になんですかその…ショックが大きそうなもの。

「生々しい事言わないでください」

しかもそれ少し前に私が山の近くで保護した子じゃないですか。

実話に基づいているのは分かりますけれど……

「じゃあ最初のでいいわね」

あ、考えるの面倒になりましたね。

「もうそれでいいです」

 

「ちなみにさとりはどんなの考えていたの?」

興味本位なのか彼女は私に逆に聞いてきた。ふむ……考えていないわけではないのですが……

「私は……家庭内暴力から逃げるためにここら辺に来たとしか」

傷もほとんどないような少女がと思うかもしれないが外套のおかげで案外いけるかもしれない。

「それもっと煮詰めたらやばくならない?」

 

昼ドラ真っ青な人間関係ができますね。

不倫とか混ぜたら人間の闇が見えるようになりますよ。貴女もどうですか?こちら側の世界。

 

 

 

 

「そういやあんた神様なのよね」

なんとなく外套の帽子を深く被りどことなくそれっぽい雰囲気を作っていると靈夜さんがそう言ってきた。

「え?違いますけれど」

でも神様ではない。

「…え?違ったの?」

なんでしょうこの…両方とも話が噛み合わずにえ…ってなんて固まっちゃった感じは。

「むしろこっちが聞きたいですよ。わたしから神力そんなに出てました?」

自覚はないのだけれど…もしかして妖怪だから自覚できないのかも。

「そこそこ出ているわ。神の中でも最弱だけれど…」

あら…最弱でしたか……実際神様っぽいことなんて何1つしていないのですけれどね。

「多分少ないけれど信仰されているのね」

 

「信仰されて祭り上げられただけで神ってなれるものなのですか?」

ここら辺がよくわからない。実際神様っていうのは大体生まれながらにして神様だったものだったり、人や妖怪などの生き物に信仰されることによって神に祭りたてられたものだったり色々といるから分からない。

「ええ、でも意識の違いでまちまちよ。だから一神教の神がいたり多神教の神がいたりで全く矛盾が起きないんじゃない」

ああ…そういえばありますね。一神教と多神教。

どちらが正しいのかと言えば世界的に見れば多神教ですけれど一神教の定義する神は全知全能でこの世界の全てであり世界を作ったものであるとされる。つまりそっちの定義で言えば多神教の神は厳密には神ではなく精霊の類と認識されたりする。

実際意識の違いなんですね。

「あとは神はいないって考えとかだとそもそも神さまいないし」

ここら辺はまた細かく変わりますから一様にあれだこれだ言えない。

「結局あんたを神様って崇めているヒトがどこかにいるんでしょうよ」

 

「そういうことにしておきます」

崇められるほど私は正しい存在でもないのですけれどね。言うなら…邪神でしょうか。

「破壊と混沌をもたらす存在であっても崇められれば神であるわ」

まさに邪神じゃないですか。

「じゃあインドのやつは……」

 

「恐ろしいわよねえ……」

ああ…確かにあれは恐ろしいです。いくつか中国経由でやってきた書物があるのですがかなりすごいものでしたし。

「で…準備はできたのよね」

 

「ええ、バッチリ」

 

 

 

 

 

 

 

掃除に協力してくれた魔理沙が家に帰り、日が暮れても2人は帰ってこない。まあ異変の退治となれば半日で終わるなんて事はないでしょうから何も珍しい事ではない。そう思いたかったのに……

 

二日三日と日を重ねても帰ってこない2人に段々不安を感じてしまう。それは忘れようと思っても日に日に強くなっていく。

一応見回りついでに湖の方も行ってみたけれどなんら問題もなかった。それどころか2人が異変解決に向かったあとから人攫いがなくなったという。

でも2人は帰ってこない。それでも待つことにした。それしか出来ることがなかったからだ……

 

結局2人が…いいえ1人が帰ってきたのは3日目の夜だった。

その日私は初めて…泣いた。



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depth.137さとりと霊夢(死神篇)

「……」

完全に冷たくなった体を布団に寝かせ付ける。

そりゃこの世界は生きるか死ぬかの殺伐な世界。美しくあっても、根本は変わらない。

明日も無事に迎えるなんて保証なかったのだ。そのことから100年ばかり離れていたせいか、感覚を忘れてしまっていた。

私にとって遠くなりかけていたそれは、いつも私から何かを奪っていったというのに……

「どうして……」

霊夢が私の隣で震えていた。

運がなかった…ただそれだけだろう。或は、不幸が連続して発生した。誰が悪いのか…それはもちろん異変の元凶だ。だけれどそれだけではない。

「死神です」

それ以上のことはどうしても言い出せなかった。彼女が人間でないとどうしたら教えられよう。

 

 

 

 

私を囮に使った陽動作戦はほとんど成功していた。

「まさか本当にうまくいくなんて…」

思わずそんな本音が漏れてしまう。

でもお腹に爪を突き立てられるなんて最悪です。

すぐに靈夜さんが来て交戦に入りましたけれど要らない傷を負いました。すぐに治ったので良いのですが……

それに深くなかったので内臓も骨も無事でした。動脈が傷ついて無駄に血を流したくらいです。

 

 

異変の元凶は直ぐにわかった。1人はやはりぬらりひょん。

ほんと妖怪40人抜きをする羽目になるなんてね。それでもまだ半分。残りは直前で各地に散らせたらしい。それはそれで困るのですけれどもうやられてしまったことは仕方がない。

 

ぬらりひょん自体もものすごく強いですけれど、靈夜さんと私が束でかかったら流石に負けを認めた。こちらも無駄に退治して消しとばしたりをしたくはない。

なのでそこからは徹底的なお説教と話し合い。

攫った人は半数近くが生きているらしいのでそれの解放もだ。

残り半数はぬらりひょんが知らない間に殺されたらしい。まあ妖怪ですからね。本来統一して1つのことをしようとする種なんてなかなか居ませんから。

 

 

だけれど、もう1人いた。

ぬらりひょんに要らぬことを吹き込んだやつ……

 

 

 

案外簡単に見つかってくれましたよ。

ずっと側で見ていたようですからね。

 

 

帰り道がてらに監視をしていた彼女をひっ捕まえる。もちろん抵抗はあった。あったけれど、靈夜さんの容赦ない攻撃の前には流石に無力だった。

私の出る幕もなく、ボッコボッコに殴られていた。もうサンドバックですね。

「なんだ、張り合いがあるかと思ったら案外弱いのね」

 

「けっ‼︎言ってろ」

 

流石正邪ですね。

あの時私と一緒に吹き飛ばされどこに行っていたのかと思えばこの時代でしたか。

しかし…このまま放っておいても色々とやらかしそうですから紫に預けておきたいところです。

そう思って正邪を引っ張っていこうと思い…黄色い煙が周囲に充満し始めているのに気がついた。

 

瞬間、靈夜さんがその場に膝をついた。直ぐに立ち上がろうとしているけれどうまくいかないようだ。

「なっ⁉︎」

でも私の体には異常が見られない。人間だけに聞く特殊なものか?でもそれなら靈夜さんは仙人だし…一応人間か。

「これは……毒?」

 

「ヒャハハハッ!引っかかったなあ!」

めっちゃゲスいのですけれど。あと笑い方ムカつきます。

でも状況は非常に不味いです。このまま正邪とここにいても、血清か解毒剤をあらかじめ飲んでいるとすればこちらが不利。私に効果がないのはわかりませんが……

「靈夜さん引きますよ!」

ともかく今は動ける私が彼女を撤退させないと…

正邪は……あきらめましょう。

向こうもどうやら縄抜けをしたらしくせっかく縛っておいたのに逃げ出してしまっていた。

 

 

煙が無いところまで避難し、周囲の安全を確認する。このまま神社まで飛んで行ってしまっても良いけれど靈夜さんの症状も確認しておきたかった。

だから一度木の下に寝かせ付ける。

「大丈夫ですか?」

 

「目眩と吐き気が酷い以外は平気よ……」

 

「そうですかしばらくここで安静にしましょう」

 

「ごめん…足引っ張ったわ」

 

「気にしないでください」

上半身を起こした靈夜さんの背中をさする。少しだけマシになったのか青ざめていた顔色も少しづつ戻ってきている。

 

これならあと半刻もすれば動けるようになりますね。

 

 

だけれど、運命というのは残酷なのか。あるいは誰かが仕組んだものだったのか。

この時ばかりは閻魔と、死神を恨みたくなった。

 

視界の端っこから金属の輝きをした何かが現れ、靈夜さんのお腹に突き立てられた。

「ゲホッ⁈」

その場所から真っ赤なものが広がり、巫女服を赤く染め上げていく。

「靈夜さん!」

咄嗟に後ろにいる何者かに弾幕を直撃させる。

後方に吹き飛ばされたのか靈夜さんのお腹に刺さっていたそれも一緒に抜ける。

 

あの武器は斧…それもかなり大きなもの。

私が知る中であの様な特殊な武器を使うのは1人しかいない。でも彼女は人間を狩る方ではない。というと…同業者か。

 

空間が塗り替えられる。一面真っ白…いや、地面は真っ黒。そんな二色しか存在しない世界。固有結界のようなものだろうか?

 

靈夜さんの傷を半分修復したところで私の体が横に吹き飛ぶ。

どうやら復帰するのは早かったようだ。

体勢を立て直して相手を見れば、彼女は私など興味ないと言わんばかりに意識していなかった。

「はい、魂の納め時だよ」

その人が釜を振り下ろそうとしていて、思わず間に体を割り込ませる。

私が割り込んできた為か彼女は振り下ろすのをやめた。

同時に、髪の毛で隠れていた顔もあらわになる。

「うそ……」

その顔に思わず声を上げてしまう。

「どうかしましたか?さとりさん」

その女性が薄く微笑み、距離をとった。

「ゲホゲホッ!」

靈夜さんが咳き込む。傷を治している途中だったからか中途半端に傷口が残ってしまっているようだ。おそらく内臓系の損傷……

「……仕留め損ないました」

長い銀髪を後ろに流しながらその死神は私に向き直る。身長は私と同じくらい。真っ白なワンピースと、銀髪のせいでどうにも真っ白な背景と同化しやすい。

そしてその顔が……似ていたのだ。

でもどうして死神がここに……それも靈夜さんの命を刈り取ろうとしてくるの……?

あれ?何か重要なことを忘れているような……

あ‼︎まさか……

「まさか……時期なのですか?」

仙人など通常より長く生きる人間は死神が100年に一回ほどの回数でお迎えに上がるのだった。

なんでそんな大事なことを忘れていたのだろう。ああ……失態だ。

「そう……だったかしら?」

靈夜さんあなたわかっていたのですよね!ならどうして……異変を解決しようとしたんですか!

「だって私は巫女でしょう」

ああそうだった。靈夜さんは巫女でした。巫女が自らの都合で異変を放置するなんてことあってはいけませんでした……

 

「では、邪魔しないでもらえます」

その巨大な鎌が私に向けられる。下手をすれば命を刈り取られかねない。だけれどそんなの何時ものことではないか。

「それはできません」

靈夜さんを見捨てる?そんな選択があるわけないじゃないですか。絶対にそんなことはさせない……

巫女としての使命があると言うのなら、必ず神社に戻るのも巫女の使命です!

「仕方がありませんね」

 

死神が私に向かって飛び込んでくる。とっさに横にステップを踏み、左脚を軸に体を回す。

振り回される鎌をギリギリのところで避けていく。離れすぎると死神が靈夜さんの方に向かった時に対処できない。なるべく引きつけておく必要があるのだ。

だけれどそんな小細工が通用するほど相手は弱くもないし愚かでもなかった。

空振り状態になった鎌から手を離した死神が、私に向かって突きをしてくる。フェイントに気づくのが遅れ思いっきり喉に食らってしまった。

「あがっ!」

声帯が押しつぶされたものの直ぐに元に戻す。

 

鎌を手放した今なら一撃でやられることはない。地面に突き刺さった鎌を蹴り、持ち手の方を無理やり押し付ける。

流石に痛いのかお腹を抑えた。ああまあそこは女性にとって大事なところですからね。痛いですよね。

それでも直ぐに立ち直った。しかも鎌まで相手に戻ってしまう。

やはり死神…それも姿が似ているからうまく攻め込めない。

「1つ…聞かせてくれませんか?」

ちょっとだけ間があきそうだから聞いてみることにした。

「物によるけれどいいよ」

 

「どうして琥珀に似ているのですか?」

一瞬だけ彼女の顔が無表情になった。でも直ぐに笑みが浮かぶ。それも先ほどまでのものではない。何かを確信したようなそんな笑みだった。

「……どうしてでしょうね」

 

 

「さとり……騙されちゃ……ダメよ」

精神攻撃ということですね。この空間といいなんといい…かなり凝っているようですね。

あれは死神。そう、死神なのだ。人を死へと運ぶ存在。そして、敵だということ。

「知っています」

私に対しても精神攻撃をしてくるとは…覚悟がありますね。でもあなたの場合それは精神攻撃ではない。ただ怒りを買っただけだ。

 

しかし…向こうは死の向こう側の存在…どうやって追い払うんですかこれ。

 

「靈夜さんあれどうやって撃退するんです?」

思わず聞いてしまう。だってそうだ。死の概念がないならどうやって倒すというのだ。

「向こうが諦めてくれるまで戦うまでよ」

そうですか……じゃあ……何度でも頭を吹き飛ばし、心臓をえぐり取りましょう。

いつもどうやっているのかはわからないけれど……

 

「こちらは一回貴女は、何回死ねるかしら?」

今の私は相手にどう映っているのだろうか。

「貴女に出来るのかしら?」

 

できるに決まっているじゃないですか。

刀を引き抜き構える。私が武器を使用したことに驚いたのか警戒度が高まった。

でも本命は……

刀を構えた右手に意識が向いているうちにもう行動に移す。服の下から飛び出したサードアイが相手の心に入り込む。

記憶を引き出し、トラウマを読み取り構築し再現する。

 

「想起……」

 

「させるかっ‼︎」

流石に気づいたようですね。私に向かって突っ込んでくる。弾幕などは使わないのでしょうか?あるいは概念自体がないか……そんな分析は後にしましょう。

左手でこっそりと構えていた13.6ミリ拳銃が火を噴く。強い衝撃が腕に伝わり、少しだけ銃を持つ手が跳ね上がる。

3発撃ち込み、2発は脚を貫き引きちぎった。

 

鋭い悲鳴を聴きながら私はトラウマを再生する。

それを元に何度も死ぬ幻想を頭に流し込む。

死神の動きが止まった。それでもトラウマに完全に飲み込まれなかったのか私に向かって鎌を向ける。ですが反応が遅いです!

 

急接近し懐に飛び込む。

1回目、素早く頭を撥ねとばす。

首の切り口から黒い影が溢れ出し、吹き飛んだ頭とつながる。

影に口と目のようなものができ始める。素早く心臓を突き刺す。何度も何度も、血がかかるのも御構い無し。

腕を上げて首を閉めようとすればその腕ごと頭を消しとばし、たとえ脚が元どおりになり蹴ろうとしても切り落とす。同時に与えられるトラウマと実際に何度も殺される。それを繰り返し続けてどれほど経ったのだろうか。

拳銃はとっくのとうに弾切れ。刀も限界がきたのか心臓に突き立てた瞬間折れた。

 

それでも構わず頭を消し飛ばそうとして……

私の体が逆に吹っ飛ばされた。首を引きちぎった拍子だったので受け身も取ることができず左腕が体重でへんな方向へ曲がった。

「あ…が……」

うまく呼吸ができない。

 

「何度も……殺しすぎですよ。痛みだって……感じるんですよ」

向こうも息が絶え絶えだ。

だけれど、起き上がろうとして、支えにした左腕が引きちぎれた。それを皮切りになぜか体にいくつもの傷が生み出される。

腕が破損し脚が引きちぎれ体に穴が生まれる。

それらが今度は私の体を紅く染め上げる。

 

「貴女が過去に負った傷を再現しました。全く…一日かかるなんて思っても見なかったです。あと数秒遅ければこちらの精神がおかしくなるところでしたよ」

ボロボロになった死神が肩で息をしながら勝ち誇った笑みを浮かべる。

「では……させてあげましょうか……」

まだ負けてはいない。靈夜さんに意識がいかないようにするだけでも……

「そんな状態で出来るの?」

一蹴ですか。全く…死神は規格外すぎますよ。

「……」

分かっている。サードアイは彼女に吹き飛ばされた時に潰されているのだ。

しばらく心をのぞいたりすることはできない。というよりこれ回復するのだろうか……

「ご安心を。しっかり傷は修復させていただきますから。全て終わった後で…」

少しづつ向こうも回復してきたらしい。それでもまだ本調子というわけではなさそうですけれど。目もすわっていますし。

「貴女はもう動けない。諦めなさい」

 

 

「誰が諦めるって?」

聞き慣れた声がして、死神が後ろに吹き飛ぶ。黒色の地面を跳ね、その姿が転がる。

「靈夜さん!」

黒い髪がなびき、こびりついた血で黒くなってしまった巫女服が追従していく。

「時間稼ぎありがと」

そう一言言い、靈夜さんは飛び出した。決着をつける気だろう。

「ではここからは貴女との勝負となりますね」

 

「そうね……」

靈夜さんが何かを言っていたがそれすら聞こえなくなる。黒い床に倒れた体から熱が奪われる。まずい…このままだと意識が……

 

ダメです……意識が持っていかれる……

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

強引に意識を叩き起こす。体に感じるのは無機質な感触などではなく、しっかりとした地面の温もり。

そして私の隣で誰かが動く音。

まさか……

嫌な予感がする。

ボロボロの体を無理に動かし頭をあげる。側で動いているのは…

 

目の前には動かなくなった靈夜さんと……なにかを施していた死神の姿だった。

 

「回収、完了しました」

私が目を覚ましたことに気づいたのか彼女は私の側に顔を近づけた。

「……」

結局、靈夜さんの負けだったのですね。

私が稼いだ時間では完全に回復するのは無理でしたか……

「悪く思わないでください。これもまた生きるということです」

 

そんなこと分かっている。だけれど、理屈でわかっていてもそれを受け入れることができないのがヒトなんですよ……

それでも私は受け入れなければならない。私と靈夜さんの結果がこれだったのだ。受け入れなければいけないのだ。

 

いつのまにか死神は消えていた。

「靈夜さんのばか……」

一言言ってくれれば良かったのに……

 

 




ということがありました。
もちろんまだ落ちますヨ。


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depth.138さとりと霊夢(決別篇

マリーゴールド花言葉 『絶望』


靈夜さんの葬儀は霊夢と私だけで行うことにした。

終始無言だった霊夢に何を言うべきか悩んでしまうが、結局話しかけられず。

でも時間は待ってくれない。靈夜さんが担っていた博麗の巫女は少し早いけれど霊夢が引き継ぐしかない。

 

紫は、スペルカードの制定まで私に代わりをやってほしかったらしいけれどそういうわけにもいかない。まだ不安が残るけれど仕方がない。それにあの異変が最後だったらしい。異変を起こそうとする妖怪はなかなか見られない。

まあそのおかげで霊夢にも私にも気持ちを整理する時間が出来たので良かったのですけれど……ただ、整理どころか思い詰めていってしまう私の感情思考は時間ができると逆効果にしかならない。

何かに打ち込んで感情を忘れたい…結局、死は思い出にしかならないのだから。

 

「ご馳走さま」

元の性格が荒いからなのか靈夜さんに似てしまったのか…少し不機嫌なように見える。実際そういうわけではないけれど…靈夜さんの件以降笑顔が少なくなったから余計そう見えてしまう。

 

そういえば今日は霊夢朝から見回りでしたね。折角ですしついていきましょうか。

鳥居の側で準備をしていた霊夢に合流する。準備といってもお札を確認するだけなのでそう大掛かりなものでもない。

 

「霊夢、私もついていくわ」

 

「怪我は大丈夫なの?」

いつの間にか身長差が逆転してしまっているからか霊夢を見上げてしまう。

魔理沙には一度姿が変わらないことを問われたけれど取り敢えずごまかしておいた。実際魔法も妖力もある非科学的な世界なのだ。不老だって普通にいる。というか不老くらい探せば人間にだっているのだ。不死はいないけれど不老は多い。そんな環境だからか霊夢は気にしていないようだけれど。

一瞬だけサードアイが彼女の心を読み取る。

死神に襲われたのだから仕方がない…ね。

霊夢はそう納得しようとしている……それで納得してくれたらどれだけ良いことか。でもそういう訳にもいかないのだろう。きっとかなり経ってから真実を知るだろう。その時になってそれが受け入れられるかどうか……未来のことを案じても仕方がない。

 

「ええ、あんなのかすり傷ですよ」

実際傷自体は昨日のうちに完治した。ただそれだけだと回復が異常と捉えられかねないので包帯はしている。

 

「分かったわダメって言ってもついてくるんでしょう……」

ため息をつきならがも了承してくれた。

「ご名答」

 

私だってそこそこ戦えますからね。素の力が弱いだけで……

靈夜さんが亡くなってからどうにも神経が尖ってきているのが自分でもわかる。

こうして無理に霊夢についていこうとするのもそれの表れなのかもしれない。それと霊夢がただ心配だという感情。

 

 

 

霊夢の側を飛んでいるとなんだか不思議な感じになる。

何がと言うのはうまく言い表せないけれど、どうにもこいしの側にいる時と同じ感覚になる。

どうしてなのだろうね……

私に親心でも芽生えたのでしょうか?だとしたらすごく笑うことができない。妖怪が親心?あり得なくはないけれど本来ならあり得てはならない感情だ。

 

そんなことを頭で考えていれば、不意に下の方が騒がしいことに気づく。霊夢も気づいたようですぐに着地し警戒をする。

私はまだ構えることはしない。あまり出しゃばると霊夢が邪魔しないでと言い出すから……あくまでも援護に徹する。そうやって靈夜さんを失った悲しみを誤魔化す。

 

 

男性の悲鳴となにかの足音がする。それと同時になにかがぶつかる音。

「行くわよ」

「分かっていますよ」

 

駆け出した霊夢に続いて私も木々の合間に体を入れる。深い森というのはそれだけで自然の迷路になる。だから音と悲鳴を頼りに素早く探し出すにはかなりの技量が必要だ。

だけれどそれを補うかのように、霊夢は勘が鋭い。もう未来予知レベルで色々と予測してくるのだ。勘ってなんだっけと思いたくなってしまう。

男性が飛び出してきた。

巫女服を着た霊夢に気づいたのか直ぐにこちらに駆けてきた。

その後ろから飛び出してきたのは妖怪。というより怪異など近い獣のようなものだった。

あ、これ理性はそこそこあるけれど言葉が喋れないやつですね。

 

……だけれど様子がおかしい。

息も絶え絶えの男性を後ろにやって二人で構える。普通ここまですれば知性がある妖なら退散する。巫女を相手にするというのは妖怪にとって死を覚悟しながら戦うのだ。

だが目の前の妖は私達に怯むこともなく後ろの男性を狙おうとしている。

 

何が、妖をそこまでさせているのだろう。怒り……?我を忘れるほどの怒りがあるのだろうか…

突っ込んでくる妖を霊夢がお祓い棒で防ぐ。重量自体はそうでもないけれど思いっきり飛びかかってきたのだ。後ろに引きずられる。

 

「くそっ‼︎」

それでも片手でお札を引き出し展開する。拘束結界。命中しなくても壁のように展開できるので移動範囲を制限することができる。

 

霊夢の技量ならやられることはまずない。

それは向こうも理解しているはずですが…何故それでも突っ込んでくるの?

 

ようやく気づいた。あの子…巫女に退けと言っているの?先程から突っ込むだけで攻撃をしてこない。爪で切り裂いたり蹴りを入れたりすることだって出来るはずなのになぜ突進ばかりする?霊夢もそれに気づいたのか怪訝な顔をしながらも突進してくる妖を弾き返している。

 

 

「すいません。何個か質問させていただきますね」

 

「あ、あんたは……戦わなくていいのか?」

 

「大丈夫です。それより、普段はおとなしい妖があそこまで怒る理由に心当たりはありませんか?」

 

「それが……」

 

途中で色々と話が逸れたりしたものの、まとめれば山菜採りをしている途中で間違えてあの妖の巣に入ってしまい、小さな個体と接触。運悪くあの妖と会ってしまい動転した際に小さい個体を傷つけてしまったのだとか。

「なるほど……母性のような感情ゆえ」

実際妖にどこまで母性のような感情が備わっているのかは分からない。

多分、あの個体も異常なのだろう。あるいは同族を守るという仲間意識か……

いずれにしてもまずは止めなければならない。

 

「落ち着いてください!」

多分聞こえたであろうこの声は、やっぱり無視されてしまった。

 

「ダメね。一度頭を冷やしてもらいましょう」

霊夢が先ほど出したものとは別のお札を引き出した。

そのお札がなんなのかを理解し、咄嗟に私は目を腕で覆い隠した。その瞬間眩い光が辺りに散る。

時間にして僅か数秒。だけれどその光は妖怪にとっては天敵である特殊な光である。まあ言ってしまうなら陰陽師とかが使用する霊力を抱擁した術より発せられる光である。

妖怪にとっては硫酸を浴びせられるのと同じ痛みが広がる。

だけれどそれわたしには通用しないんですよね。お燐やお空は苦しんでいたけれど何故か私とこいしはあの光を浴びてもなんともなかった。おそらくあれの作用が体ではなく心の方に作用しているからだと思われますけれど……

 

 

光が収まると、そこには金切り声を上げて苦しむ妖がいつのまにか麻縄で縛られて転がっていた。あの数秒の合間によくあそこまでできますね。

どうにも巻き方が色っぽいのは靈夜さん譲りなのでしょうか。

 

「後はこっちでやっておくから。あんたはもう帰りなさい」

男性の方に向けてそういったのだろう。

「あ、ありがとうございました!この恩は忘れません!」

 

「だったら神社にお賽銭よろしくね」

巫女の業務を引き継いだときにお賽銭の事も教えたら…やっぱり金にがめつくなってしまった。

何でしょうね…巫女の遺伝でしょうか?

 

まあそんなことは良いとして、男性が道まで出るのを確認して霊夢の所に戻って来れば、彼女はまだあの妖のところにいた。

 

 

「トドメを刺さないのですか?」

 

「……いくら人間の敵でも、今回のはあの男が悪いわ」

子供を守っていただけですからね。だとすれば確かに彼の方が悪い。知らずとはいえ住処に入ってしまい子を誤って傷つけてしまったのだから。

未だに暴れている妖だったけれど霊夢の意思が通じるようになってきたのかようやく落ち着いてきた。

「兎も角縄を解くからあんたの巣まで案内しなさい」

 

無言でそれに頷いた妖がゆっくりと歩き出す。途中、気がつけばその妖は黒い髪の毛の女性の姿をとっていた。だが所々に妖の名残があり、腕や背中などは未だに異形である。

信頼の意思表示ということらしい。

 

ようやく巣に着いたらしい。それは木と広葉樹の葉を利用して作られた小屋のようなところだった。

だけれど大きさ自体はそこまで大きくない。

「ここなのね」

霊夢の問いにただ頷くだけの妖。

入り口であれやこれや言うのもなんだかおかしい話なので私から中に入る。

中は少し小さめに作られているからか霊夢は屈みながら中に入ることになってしまう。

その部屋の隅……寝床のところで、1人の少女が腕から血を流していた。おそらくあの男が動転して刃物を振り回してしまったのだろう。

それが当たってしまったと…たいした傷ではないですけれど放っておくと細菌に感染する可能性もある。

そう考えていると霊夢が無言でその子の腕の傷を診始めた。

急に巫女が入ってきて傷を診始めたことに完全にあっけにとられる少女。

一通り診終わった霊夢が服の内側から布を引き出した。

それ…サラシですよね。まあいいんですけれど…

「手当てするんですね」

 

「放っておけないでしょ」

貴女も私も同じ考えでしたか…

 

「水使ってください」

 

「ありがと。一応加熱処理して頂戴」

 

「わかってますよ」

 

……甘いですね。一歩間違えれば貴女がやられていたかもしれませんよ。妖怪への甘さは命取りになる……どうしてこうも甘いヒトが増えてしまうのでしょうか。まあ私もなのですけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、紫は何の用です」

霊夢はとっくに就寝し、鈴虫の鳴き声だけが秋の月を飾る。そんな夜を楽しんでいればやってくるのは招かれざる客なわけです。

 

「そろそろ自立させたほうがいいわよ」

私の隣に隙間を開けた紫は用件だけを簡素に伝えてきた。それは一種の宣告のようなものである。

「そうですか……いつまでもこの関係が続けられるわけないですからね。でも靈夜さんの件もあるんですよ。私が消えたら壊れる可能性が……」

霊夢の事だからそんなことはないと思うけれどもうすこし…せめてもう少しだけ待って欲しいのですが…

「それで壊れるくらいならあの子は貴女達の修行についてこられないわ。それに私がある程度誘導をするから気にしなくていいわ」

一体何を誘導すると言うのだろうか。

「それ気にしないとまずいような気がするのですけれど……」

 

「妖怪に情けをかけるあの子の癖をどうにかするためよ」

その指摘に思わず息が詰まってしまう。紫のことだから知っているだろうとは思っていましたが……

「気づいていたのですか」

 

「ええ、子は親に似るとは言ったものね」

薄く笑うその表情はどういった意味なのだろう?不思議だ……

「彼女を博麗の巫女にするための最後の試験、しっかりやってね」

なんとなく紫の意図が読めてきた。だけれど、それで良いのだろうか?いや、それは私が決めることではありませんでしたね。

「それで、私をまた使うのですね」

 

「ええ、だから貴女は何も気にしないで最後の大仕事をやって頂戴」

 

「こいし達が怒りそうですね」

 

「私もいっしょに謝るわ」

 

一介の妖怪に大妖怪が頭を下げるなんて…いや、それが紫という大妖怪でしたね。

よろしくねと一言残して彼女は隙間を閉じた。後に残されたのは少し肌寒い風だけ。それと残された一枚の紙。そこには明日ここに来いということだけが書かれていた。

私も寝ましょうか……

 

 

 

 

今日はなんだか霊夢さんの様子がおかしい。私が起きたのは霊夢さんより前ですが、朝食を作っている最中に庭に出ていましたけれど……

どうにもその後から私に対してそよそよしい。

目線が私に直接向いていないというか……何故だか私の体をジロジロと見つめている。どうかしたのかと聞いても何でもないわとそっけない答えが返ってくるだけだ。

 

その原因は分からずじまい。紫が関与している可能性はありますけれどどうにもよくわからない。そうこうしているうちに時間になってしまった。

「霊夢、ちょっと出かけてくるわね」

境内を掃除していた霊夢に声をかける。ずっと同じところを掃いているのは言わないでおく。

「うぇ⁈わ、分かったわ!いってらっしゃい」

 

本当にどうしたのだろうか。

紫に何を吹き込まれたのか知りませんけれど…今日で私の役目も終わりだ。

私はまたいつもの日常に戻るし霊夢も博麗の巫女としての人生を歩む。

ただそれだけだ……

 

 

指定された場所に来てみたものの、そこには誰もいない。

結局こんなところに呼び出して紫は何がしたいのだろう?

 

 

「さとり……」

不意に後ろで霊夢の声が聞こえて……

首元から強引に服が引きずり下ろされた。同時にサードアイやそれにつながる管がいくつも露わになってしまう。

「⁈霊夢!何をして……」

慌てて手を振りほどき振り返ってみれば、そこには……

「やっぱり妖怪だったのね」

黒色の巫女装束を着た霊夢が立っていた。



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depth.139さとりと霊夢(分裂篇)

スイートピー 花言葉 『別離』『優しい思い出』『私を忘れないで』
『蝶のように飛躍する』


「……霊夢」

私の裸を見るのは良いのですが…あまりジロジロみられましてもねえと現実逃避を始める。

「やっぱりあんたが……」

でもやっぱり現実逃避をしている場合ではないようだ。私の肩に触れた手が大きく震えている。

体の向きを変えて向き直ろうとした瞬間、視界の端に茶色い何かが動いているのが見えた。

 

咄嗟に体を捻ってステップを踏み後ろに飛びのく。やや遅れて、強い霊力と対妖怪用の術式を纏ったお祓い棒が私のいたところに振り下ろされた。

「何をするんですか!」

奇襲攻撃。いや…今のは怒りに任せての攻撃だろう。

その証拠に呼吸が乱れすぎている。

「黙れ!おばさんを殺したのもあんたでしょ‼︎」

そう怒鳴って霊夢が突っ込んでくる。それを咄嗟の蹴り上げで止める。流石に自ら突っ込むほど愚かなことはしないらしい。しかし怒鳴っていた内容はなんなのだ?どうして私が靈夜さんを…

「それはどういう……」

そこまで言葉にしかけて、その答えを察することができた。

「なるほど…紫ですか…」

こういうことだったのですね。心が不安定な時に私のことを吹き込み対峙させる。効果的ではありますね。最低の方法ですけれど……

ですが彼女の持つ中途半端な甘さを消し去るにはこれしか方法がないのも事実だ。なら、せっかく紫が用意してくれた舞台だ。派手に道化を演じるとしましょうか。

「あの人もどうしてバラしてしまうのでしょうかねえ折角…」

 

最後まで騙し通せると思ったのに

 

ふと頬に手を当ててみれば自身が笑っているのが分かった。まさか私が笑っているのだろうか……霊夢のせいで乱れた服を整える。ただし、妖怪であることを隠す必要はなくなって今、サードアイは展開した状態にする。

 

「今までずっと……騙してきていたのね」

私を見つめる霊夢の視線が痛い。

でも迷っているようね…いくら妖怪でも育ての親。その思い出がどうしても足枷になってしまっている。

「ええ、ずっとそうでしたよ。靈夜さんは気づいていたようですけれど」

だから発破をかける。最低な方法だということは自覚しているだからこそ効果がある。

「しかし…呆気なかったですね貴女も死にたくなかったら帰りなさい」

瞬間、私のすぐ側を弾幕が通過する。擦れた髪の毛が数本宙を舞い、弾幕の光を浴びて輝く。

「嫌よ!私はあんたを許さない!絶対にこの手で倒す!」

動揺しているのか或いは信じたくないのか……あの攻撃は私に当てることができたはずだ。だけれどそれをしなかった。いや…出来なかったようね。

 

「熱意だけじゃ倒せませんよ」

こちらも全力でいかせてもらう。出し惜しみはない。

腰から引き抜いた大型拳銃を霊夢に向けて撃ち出す。もちろん急所狙い。

 

「グッ…なめるな!」

 

咄嗟に二重結界を張り全ての弾丸を弾き飛ばす。だけれど大口径拳銃弾のいくつかは結界だけでは威力を減衰出来ず突破する。惜しくも軌道が狂わされてしまったのでどこにも命中はしなかったけれど。

「ほらほらどうしたのですか?」

右手で構えた拳銃のスライドが上がりきる。素早くマガジンを交換する。その一瞬の隙を突こうと駆け出した霊夢。だけれどこちらの方が早い。

とは言っても私が持っているのは拳銃一丁分予備弾含めて20発。先程一マガジン使ったので残りは10発だ。

無駄に撃てる弾がないのを悟られないように確実に当てられるところで弾丸を放つ。だけれど勘なのか才能なのか咄嗟の行動で全て避けられる。

結局一発も当てることが出来ずマガジンの半分の弾を撃ち尽くしてしまう。死神相手に浪費しすぎましたね……飛んだ置き土産だ。

 

「ハっ、弾切れってわけ……」

でも体力を削るくらいには役に立ってくれたようです。

まあこちらも駆けたりして撃っていたのだから似たようなものですけれど。

「そんなわけないじゃないですか」

とは言ったものの、このままではラチがあかない。

 

となれば……こちらから突っ込む!

 

「…‼︎」

鬼の馬鹿力を想起。踏み込みだけで霊夢の懐に潜り込む。

拳銃をお腹に叩き込む。

あ、やっぱり痛いらしい。そりゃお腹ですから痛いでしょうね。追撃……

しかし霊夢も黙ってはいない。片足で私を蹴り飛ばそうとしてくる。それを膝でぶつけて止めれば今度はお祓い棒が振るわれ拳銃を押し戻される。少し軸を捻れば体の外側に力が分散し、流れていく。

すぐに左手を使って攻撃を続行しようとするがそれを待ち構えていたらしい。僅かに開いた左脇にフェイントを入れてきた。

あ…肋骨が折れた。

でも痛みは感じない。

 

フェイントを入れた霊夢の腕を掴みその場でひねる。霊夢の体が地面から離れ、腕につられて回転。そのまま地面にはたき落とそうとして、逆回転をかけられ着地された。

「……っち!」

もう一度拳銃を向けようとして今度もお祓い棒で払われる。引き金が引かれ弾があらぬ方向に流れる。

反動で跳ね上がった所に霊夢の追撃が飛ぶ。一閃。お祓い棒が宙を切り、やや遅れて拳銃が真っ二つに割れた。

 

咄嗟に拳銃を投棄。服の袖からスペルカードを引き出し後退する。

「想起『夜叉の舞』」

 

後ろに引いたとはいえスペルの効果範囲を考えればほぼ至近だ。

霊夢が攻撃で対処する時間はない。となれば残る選択肢は…スペルの範囲から逃れる為に空へ飛び出す。

 

黒色と赤色の服が空中へ飛び上がるのが見えた。

それを追いかけるいくつもの光弾。それに続いて私も飛び出す。

上昇……パワーダイブ。

光弾と霊夢の体がすれ違い、目標を見失った弾幕が一斉に接触、爆発する。

弾幕の後ろにいた私のすぐ側を霊夢が下に通過する。振り返った霊夢が降下するのをやめ、私にお札を投げつける。七色の光を放ついくつものお札が私を追いかける。このまま逃げても追いつかれるだけ。ならば…撃ち返す。

 

高速で移動しながらスピン。体が後ろを向いた瞬間に前進後進を切り替えお札と対峙する。生成するのは無誘導レーザー。

 

発射。

 

 

迫ってきていたお札全てが空中で爆散。それを確認し体を再び前に向けてループする。

霊夢はさらにお札を展開して追ってきていたらしい。すぐ真後ろにいた。

 

急旋回を繰り返すけれど離れてくれない。さすが霊夢です。感心している場合ではないけれどつい感心してしまう。

速度を上げて左右に揺れる。それでも霊夢の方が速いようだ。真後ろに付けられた。いつ攻撃が来てもおかしくない。

近づいているお札を回避するために左右に旋回を繰り返す。霊夢のラインが重なり、二重螺旋の航跡が生まれる。

私が近づいたのを感知したのか左右でお札が誘爆。爆風で体が煽られる。そこに霊夢がダイブで飛び込んでくる。それを障壁を張って守る。金属が擦れるのよりも甲高い音が響き、お祓い棒と障壁の合間で火花のように紫色の電流のようなものが飛び散る。

突破は無理だとわかった霊夢が一旦下に逃れる。

僅か数秒。だけれどこちらとしては数分にも感じられるようなものだった。

下を見れば再度上昇してくる霊夢の姿。さらに私の後ろにはお札がいくつも飛んでいる。

 

やりますか。……体を思いっきりひねり進行方向に対して真横を向く。空気の抵抗を使いお札をオーバーシュート。

素早く真上に跳ね上がる。

「何よその動き!」

足場のない空中であたかも足場があるようなそんな動きに見えただろう。

足元で生み出される白い帯が幾何学模様を生み出している。

お札を避け続け強引に体を空中で蹴り進める。負担が大きいからかさっきから視界が真っ赤に染まっている。普通の人間なら確実に気絶しているだろう。

そうやって体に無茶をさせて素早く、そして行動が読めないような変則的機動を行い追従しきれない霊夢の真後ろに体を持っていく。

 

「しまっ…」

詰めが甘いですよ。慌ててこちらに振り向こうとした無防備な背中に蹴りを叩き込む。

悲鳴をあげながら霊夢は地面に叩きつけられたらしい。落ちたであろうところに私も降り立つ。

 

「うぐ…この化け物!」

 

「褒め言葉をどうも」

 

地面に叩きつけられるのは結界によって防いだらしい。だけれど背中に入れた蹴りが効いたのか未だ立ち上がる様子はない。

 

「やるなら本気で来てくださいよ。ほら仇なんでしょう?」

「うる……さいわ!」

袖口から素早く取り出されたお札が私に向けて放たれる。もちろんサードアイでその行動は予測済みだ。バク転をして回避する。

殺したいほど憎んでいると言っていたのに…随分と迷っているようですね。

家族を手にかけることに抵抗がある?何を今更……

私だってこんなことはしたくないんですよ。

「そんな迷ったままでは誰も守れませんし、誰も救うことはできませんよ。さて、巫女候補が死んだら私は次にどうするでしょうか。ヒントは人里」

 

「ま、まさか!」

これで少しはやる気になってくれました?さあ倒すのですよ。私を…

流石にまずいと感じたのか霊夢は立ち上がって私に向き直る。

 

生半可な攻撃じゃ私には通用しない。それはさっきまでので十分理解したはずだ。となれば、残る手は限られてくる。

覚りの弱点を突くか、切り札を切るか。

心を読めばどうやらそれで悩んでいるようだ。まあそうでしょうね。

……彼女の切り札はまだ不安定。

それ故に彼女はまだ夢想封印を使ったことがない。一応教えてはあるけれど実践どころか実際に使わせたことすらないのだ。

それ以外にもいくつか持ってきているようですけれどそれらだって撃ち出すまでに時間がかかったりするから使用するときは考えないといけないものが多い。

だけれど私たち妖怪を確実に仕留めることができるものばかりだ。なりふり構っていられなくなれば撃つだろう。

撃ってくれなければ困ります。

体を少しだけ浮かして距離を取る。いつまでも待ったりはしない。これが最後の忠告だ。霊夢もそれに気づきついに袖の奥から1枚のお札を引き出した。

「いいわ…やってあげる……私は博麗の巫女として!あんたを退治する!」

 

黒色の……靈夜さんの巫女服にいくつもの幾何学模様が走る。文字のようなもの、完全に線と円の組み合わせのようなもの。それらが赤色に浮かび上がり、霊夢が手に持つお札と反応する。

 

そういえばあの服は一部の攻撃を行う際にそれを補助する術が組み込まれていましたね。

浮かせていた体を真後ろに飛ばし距離を取る。そうでもしないとアレは…対処できない。

「夢想封印!」

その言葉と共に、七色の光弾が霊夢の真後ろに生成された。

それらが変則的な軌道を描きこちらに飛んできた。決して振り返らない。あの光は妖怪にとって毒性のあるものだ。あまり浴びていいものではない。

急上昇をし雲の中に入る。

空に駆け上がっても危険度が低くなるかといえばそういうことではない。

それでも低く垂れ込み始めた雲の中に飛び込めばある程度はましになる。そのかわり乱れた気流に流され体もビショビショになってしまう。そのかわり7つの光弾の内3つは私を見失ったからかどこかに飛んで行ってしまった。雲を突き抜けたところでパワーダイブ。

それでも振り切ることはできない。さすが対妖怪用の特殊弾幕だ。

それに…

「なかなかやりますね」

咄嗟に目の前に障壁を展開。そこに霊夢が突っ込んできて、お祓い棒が火を噴く。

「っち…デタラメね」

後ろから夢想封印。前には霊夢。ジリ貧ですね。

だから……

 

「少し手を抜いていますね?」

 

「そんなことはっ……」

 

「殺す気で来なければ私は倒せませんよ」

心で思っていることを少しだけ突いて見れば、明らかに動揺した。自身で作った障壁を蹴り、霊夢を弾き飛ばす。

そのまま急降下を行い森の中に飛び込む。流石に光弾も木々をなぎ倒しながら進むことはできないらしく。全弾が誘爆していった。

それを確認し森から抜ける。木々の合間を通り抜けたからかいたるところに切り傷ができていた。切り傷程度なら治ってしまうのですけれど。

「はああああ‼︎」

 

え……?

気がつけば真上から霊夢が飛び込んできていた。もう距離が近すぎる。

森から飛び出してきたところを真上から⁈予測…いや、勘で行動した結果だろう。

反応できない。いや……しない。

 

お祓い棒が私のお腹に沈み、肉が引き裂け衝撃が背中から抜ける。

形勢逆転…まあそんなところだろうか。

ただ…それでやられるほど私は甘くない。飛び込んだ霊夢を蹴り飛ばし体を離れさせる。

反動で地面に叩きつけられた。痛くはないけれど呼吸が一瞬できなくなった。

 

素早く霊夢に視線を向ければ、そこには予備のお札を構えた霊夢がいた。霊力的には夢想封印は2回分。基本は一回で終わるのでもう一回は予備だ。それをここで切るのね。

「今度は外さない!霊符『夢想封印』‼︎」

 

なんだかんだ言って霊夢は強くなっているようですね

 

 

 

 

解き放たれた光弾が地面を抉り取り、その場に深い溝を生み出した。

爆煙が収まったその場所は嫌なほど静かだった。誰の声も聞こえない。

唯一するのは私の息遣いだけ。

今のでだいぶ体力を消耗した…霊力も底を尽きたのかもう飛ぶことすらできない。

「あは……あはは…」

何もなくなった。私は……靈夜さんの仇をとった。そして……

「うわあああああ‼︎」

ああ……妖怪なんて大嫌いだ。



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depth.140さとりと怒り

霊夢「……さとり?い、生きて…ひっ!」
アワアワ……
霊夢「片足だけ…そんな……」


「……あー知らない空です」

意識を取り戻してみれば何やら目玉まみれの空間にいた。えっと…情報として一体何がどうなったのかがわからなくて脳がオーバーヒートしているのです。

兎も角一度整理しましょう。確か……夢想封印の直撃を食らって……あれ?食らいました?食らった様子がないのですが…

兎も角いつまでも横になっているわけにはいかないと思い体を半身だけ起こす。

その瞬間余りの惨状に言葉を失った。

右脚は表面が灼け爛れ、服も腰のところまで炭化し消えている。だけれどそれすら甘い状況だ。左脚が太腿から下が引きちぎれているのだ。

まるで獣か何かに引きちぎられたかのような。筋肉の繊維や骨、頸動脈までもが見えてしまっている。お子様には刺激が強すぎる光景だ。うん…痛みを感じないからわからなかったけれどエグいわこれ。

「おはようさとり」

不意に真上から声をかけられた。顔を上げれば、体の向きがおかしいけれど紫がいた。私から見れば彼女は壁に立っている状態になっている。もしかしてそっちのところでは壁と認識できる方向が床になるのだろうか。

「紫、状況を教えてくれませんか?」

 

「片足の欠損だけでどうにかなったわ」

どうやら夢想封印が命中するのと同時に私自身を隙間に引き込んで回収したらしい。ただ強い光を浴びたせいで意識が飛んでいたらしく、タイミングも少し悪かったようで脚を持っていかれたそうだ。

 

となれば私の足はあっちにあるのですね。

なんだか自分の体のことなのに他人事に聞こえてしまう。

「霊夢は……」

体を起こそうとしてやはり片足だけでは立つことはできない。ただ、いつのまにかとなりに来ていた藍さんが黙って肩を貸してくれたおかげでなんとか立つことができた。

「大丈夫よ。神社に戻って気持ちを落ち着かせているみたいだから」

扇子で口元を隠していた紫が珍しくその扇子をしまい込んだ。

 

「そうですか。それは良かったです」

紫との距離はそんなに離れているわけではない。空を飛ぶのも覚束ない私を藍さんが支えてくれる。

「というわけで……」

この距離なら外すことはない。右手に作った拳を捻った体から解き放つ。

ストレートで飛び出した拳は紫の頬を思いっきりぶん殴った。

衝撃で私の体は後ろに傾く。紫も後ろに吹き飛ばされていた。結構強めに出てしまったようですね。でも、直前で障壁でも張ったのか紫の顔には傷一つなかった。

「さとり様‼︎」

藍さん少し黙っていてくださいね。

「これは霊夢の分です」

私だって急にこんなことされたら怒るに決まっている。いくら友人でもやりすぎなんですよ。

だって相手は……私が育てた…家族なんですよ……

それをあなたは……

 

「さとり様落ち着いてください!」

大丈夫、私は落ち着いている。

人間と妖怪。決して混じり合うことのない存在である。

頭では分かっていても……

吹っ飛ばされた紫が起き上がる。少し顔を伏せてしまったため表情がうまく読み取れない。やっぱり怒ったでしょうか。

 

「で…しばらくは接触を避けると」

少しだけ紫と一緒にいるのがいやになった。一時的なものなのでしょうけれど今は気持ちを整理したいし早くここから出たい。だからサードアイを使って先読みをさせてもらう。一部記憶は境界を弄ってあるからなのか読めなくなっている。どうやらこれすらも彼女の計算の内らしい。全くどこまで手の内なのやら……

「先読みありがとう」

皮肉ですか……

「普通わかりますよ。後霊夢のフォローお願いしますね」

私はもうどうにも出来ない。ただ紫に言ってもダメだったのかもしれない。こういう時は親友である彼女にどうにかしてもらうしかなさそうですね。

 

急に視界が暗転し次の瞬間には見慣れた景色のところにいた。

どうやら紫が隙間を開けてくれたらしい。肩を貸してくれている藍さんも一緒に飛ばされたらしく困惑していた。

「あーだから一言言ってくれれば良いのに」

それがないから今回こんなことになるのだ。

口下手も良いところですよまったく……

「すいません。言葉足らずな主人で」

 

「藍さんは悪くないですよ」

 

再生が追いつかない脚はいまだに治らない。仕方がないので家に入るまで手伝ってもらうことになった。

兎も角玄関に一度腰を下ろす。このまま入ると血で家の中が汚れかねない。妖力もかなり消耗してしまいましたから回復まで後1時間ほどですね。

「何かありましたら藍さん経由でお願いしますね」

別に紫が直接来ても良いけれど…少しお仕置きということで。

あ、もちろんご飯に誘うくらいはしますよ。

「わ…分かりました」

そうこうしていると、私が戻ってきたのに気づいたのか、こいしが階段を降りてきた。

この位置なら私の体が邪魔して足はわからないはずだ。

「お帰りお姉ちゃん!」

藍さん?そんなあからさまに目を逸らして動揺していますなんて相手に教えたら怪しまれるでしょう。

「ただいまこいし」

こいしに続いてお空とお燐も玄関に駆けつけてきた。ああ、あまり広くない玄関が狭く感じてしまう。

「…あたいの鼻がおかしくなったのかな?なんだか血なまぐさいんだけれど」

あーやっぱりバレますよね。

うん、仕方がない見せるしかないようですね。あ、藍さんは下がっていてくださいね。

 

取り合えす足の状況を見せる。色々とショッキングなものだったのか全員がほぼ同じように…言葉を失った。

「お姉ちゃん⁉︎なんで片足ないの!」

最初に立ち直ったのはこいしだった。でも耳元で叫ばないで。頭に響いちゃうんです。あ、後傷口触ったら血で汚れますよ。

お空は傷を見て顔が青白くなっている。あ、倒れた。でも気を失ったわけではないらしい。なんかごめんなさい。

「ごめんなさい。紫がしくじったのよ」

 

「お燐!重武装して!」

こいしが立ち上がって部屋に駆け出そうとする。魔導書を持ってくるつもりらしいけれど……

「落ち着きなさいこいし!」

どうして過激思考何ですか……

「にとりさんに連絡入れていい武器持ってくるよ」

お燐⁈貴女までどうして過激思考になっているのよ!

やめて!紫相手に無茶よ。ほら藍さんも何か言って……

「……案内くらいならできるぞ」

藍さん⁈諦めないでください!後汗ダラダラで目をそらすな!こっちをみなさい!

「私もいく!」

お空まで…もうやめて。みんな大袈裟よ……

「お空はお留守番!」

あ、お空はお留守番なのね。ってそうじゃなくて!

「だから落ち着いてってば」

お空は留守番と言われて完全に気を落としてしまいましたが残り2人は未だに殺意満々だ。

ともかく詳しい事情を話す事にする。その合間に藍さんは紫のところに戻っていった。逃げたと言えばそれまでだけれど殺気渦巻くこの空間にいても殺意が飛び火しかねない。

ともかくどうにか3人を落ち着ける事には成功した。おそらく難易度『べりはーど』と言うやつです。

「今度家に来たら速攻でぶぶ漬け出そう」

私の話を聞き終えるなり第一声がそれである。最早3人の中で紫の評価は地に落ちたらしい。回復は不可能でしょうね。

「やめなさいこいし」

直接攻撃できないからと言ってた地味な嫌がらせをしないの。

「それに片足くらい余裕で治りますよ」

実際もう半分は治っているのであって……生活に支障は殆ど無い。

「「それとこれとは違う」」

 

解せぬ。

 

 

 

 

 

 

その後もあれやこれやと説教をされたり心配されたりしたものの、無事全員から解放された。

ああ怖い怖い。今度から細心の注意を払うことにしましょう。ええ……あのままじゃ軟禁されかねない。ヤンデレとか最悪だ……妹に監禁される姉なんて誰得だ。

 

 

ということで少し世間から距離を置くために久々に地霊殿に戻ってきた。

 

もちろん脚は治りましたよ。少し霊力による力の阻害があったらしいですが侵食を多く受けたであろう脚自体が消えていたおかげで治りに影響はなかったです。

「それにしても…懐かしく感じてしまうなんて」

実に10年ぶりだろうか?久しぶりすぎて所々に空いた穴に胃が痛む。これ修理しないといけないのになんでほったらかしなんだ。

とまあ戻ったら早速仕事があったことに嬉しいのやら悲しいのやらと考えていれば、目的の場所にたどり着いた。

「久しぶりね」

私がいつも仕事で使用していた部屋の扉を開けてみれば、そこには妖精が1人机に向かっていた。

「あ…さとり様久しぶりです」

私の声にその妖精…エコーさんが顔を上げた。相当嬉しかったのか背中の羽が前後に動いている。そのまま立ち上がるなり敬礼をしてくる。なぜ敬礼なのでしょうか?

「普通にしてもらっていいのに」

敬礼とか要らないです……あ、お茶を出してくれるのはありがたいです。

「誰かさんが精神を壊すからですよ」

それを言われてしまったらもう何も言えない。

 

兎も角業務引き継ぎです。後は勇儀さん辺りが来たら正式に戻ったことを伝えましょうか。

 

 

「そういえば賢者からスペルカードルールのことが発表されたようですけれどさとり様はどう思います?」

私が代わりに椅子に座れば、エコーさんが私のそばに寄ってきた。あれ?もしかしてトラウマの克服できたのでしょうか。だとすれば大きな進歩です。壊した本人が喜ぶのもあれですけれど……

「そうね…非殺傷ルールによる決闘。前例がないと少し浸透しにくいというのがあるわね」

この辺りはやってみないとわからない所が多い。実際浸透しているかといえばなんだか微妙な雰囲気のようですし。

そういえば紅霧異変はいつになるのだろうか?確か今の霊夢が12歳だからもうすぐだとは思うのだけれど…

 

「前例なら地底で十分培っているのでは?」

 

「妖怪対妖怪での揉め事を決めるときだけよ。人間対妖怪の場合とは勝手が違うわ」

まあそれでも地底ではある程度の喧騒は元から弾幕ごっこである程度決めるようにしていたから妖怪側の抵抗は少ないだろう。問題は山とかの地上勢力ね。

一応紫が根回しは出来ているようだけれどどうなのかしら。

 

まあ、それらを黙らせるための紅霧異変だと記憶しているから未だに反対派とかはくすぶっているのでしょうね。それでも従わないと生きてはいけない。

そういう輩に限って表向き従っていてもいつ本心が出るかわからないのが怖いのだろう。

私をそばに置いておきたい紫の心理は大体そんなこところだ。

だからなのか地底にしばらく篭ることにした矢先に藍さん経由で紫があれやこれや手伝ってくれと言ってきた。

うんまあ…霊夢に知られないようにしてくれるのなら良いのですけれど。

 

それにしても忌み嫌われる私の能力が幻想郷の賢者が最も必要としている能力だなんて皮肉だろうか。

「取り敢えずさとり様は普段通りに過ごしてもらって大丈夫です。面倒ごとはこちらで対処いたしますから」

 

「面倒ごとが起こると分かりきった口ぶりね」

何か厄介ごとでもあったのだろうか?私の代わりの勇儀さんや萃香さんがトップに君臨していたはずだからむしろ厄介ごとは減ったと思いますけれど…

「仕方ないでしょう。地底にだってスペルカードに反対するヒトたちはいるんですから」

違いない。それでも表立って目立たないのはやはり鬼の四天王のおかげだろうか。

ただし裏ではかなり派手にやっているようですけれど。

 

「表で規制を強くしすぎたら裏での違法活動が激しくなってしまったんですよ」

 

「あー……ある程度見逃したりして裏で密かにやるのを抑えていたのに規制強めちゃったんですか」

そりゃ強く締め付け過ぎればそれに反発して裏で暗躍なんていうのはザラだ。

それもこちらが把握しきれないほど巧妙かつあくどい手口になれば、それが原因で外からも新たな厄介ごとを呼び寄せかねなくなる。そしてまた規制強化と最悪の負のループだ。

こうなってしまうと後が大変なのだ。今更各種規制を緩めればそれはそれで治安が悪化するし面倒ごとが爆発する。酔っ払いの四天王2人にはしっかりお説教しなければ……いくら脳筋でもやっていいこと悪いことありますよ。まあ私がいなかったせいだから強く言えませんけれど…でもアドバイスくらいはしたような気がしますけれどねえ。

「火消しくらい手伝えますよ」

 

「こういう事くらい部下に任せてください」

 

「良い部下を持ったものです」

 

「言うこと聞かない部下の間違いでしょう」

そんなことないですよ。それに私は言うこと聞かない部下の方が好きですよ。

従順なだけではただのペットじゃないですか。

 

「じゃあ上司として何人か援軍を送りますよ」

 

「それって安心できる援軍ですか?」

 

「信頼できる妖精です」

 

だから、なるべく静かにお願いしますね。厄介ごとを処理するのは爆弾処理と同じですから。



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depth.141大妖精のお仕事

見上げる空は、空なんて大層なものでもなくただ一面の岩肌。

常に真っ暗なこの空間は、下で放たれるいくつもの人工的な光と空中を浮遊する怨霊のおかげで全体的に人里の夜に近い明るさになっている。

 

空…と言うよりこれは上空?呼称がよく分からないところを飛行していると色々と分かってくることがある。

下で色々とやっている鬼とかそれに混ざるいろんな妖怪。基本的にこっちは開かれているけれど来るヒトは物好きとかお願いが怖くないのとか結構限られているみたいだ。私もさとりさんの頼みだから来ているけれどそれ以外じゃ来ないかもしれない。

チルノちゃんは分からない。多分来るかもしれない。

「ここら辺ですよね」

 

指定された場所は旧地獄市街地からは少し離れたところにある木の上だった。年中夜なこの地底にも植物は命を紡ぐらしい。とは言えどその木は少し様子が変ではあった。本来深緑をしているはずの葉っぱは緑がかった白になっている。まるで地底の生物のように白色に色素が抜けたみたいだ。

 

「あら、もう来ていたのですか?」

 

木の葉っぱを眺めていると下の方から声をかけられた。下を覗き込めば、そこには妖精が1匹。彼女がそうなのだろう。

「いえ、来たばかりですよ」

金髪をツインテールでまとめ何故かメイド服に身を包んだ妖精さん。そんな彼女がこちらに飛んできた。

「そう、私がエコーよ。よろしく」

右手を差し出してきた。えっと握手ということで良いでしょうか?

妖精同士でここまで丁寧な対応することがなかったからなんだか新鮮だ。

「大妖精と言われている妖精です。呼びやすいように呼んでください」

 

「じゃあ…オベロンで」

なんでその名前を……

「……」

 

「なによその嫌な顔は」

だってその名前で呼ばれるの嫌なんですもん。間違ってはいないですけれど…それでも生理的に受け付けない。だから名前を別の方に与えて名無しになったと言うのに…

「いえ……本名で呼ばれるのは嫌でして」

 

「わかったわかった…じゃあメイブでいいわね」

少し悩んだ末にメイブが出てくる。もしかして出身は北欧方面なのだろうか?あ、あまり詮索するのは良くないですね。ここら辺でやめておきましょう。

「まあそちらがそれでよければ」

メイブって妖精というより精霊な気がしますがね…まあ似たようなものですね。

妖精と定義される存在というのは欧州ではジャックオランタンとかエルフとかゴブリン、ドワーフとかも含まれます。ですので妖精というよりわたし達は精霊かfairyと称される場合に固定される妖精に近い。

「そういえばエコーさんの名前の由来はなんでしょう?」

エコーってなんだか反響って意味の言葉にありましたよね。それ系の能力でも持っているからでしょうか?

「フォネティックコードのエコーよ」

えっと……もしかしてさとりさんとかがよく使うあれですか?

「ってことは4人妖精がいる?」

普通はそう思ってしまう。だってそうですよ。エコーって数えて五番目じゃないですか。

「知らないわ。いたって死霊妖精でしょう」

 

まあそうですよね。

でもさとりさん自身が妖精に番号つけるでしょうか?お燐さんならわかりますけれど。まあいいや。由来がどうであれこの妖精は妖精なのですから。

「それで、ゴミ処理と聞きましたけれど」

このゴミ処理がヒトを処分するというのは知っていますけれどもしかしたら違う可能性もありますし。

「ええ、裏のゴミ処理よ」

それでも返ってきた答えは私の想像していた通りの答えで、思わず安心してしまった。

「ああ、裏のゴミ処理ですか」

 

「あんたも物好きよね。ゴミ処理に参加するなんて」

そうでしょうか。確かに妖精は気ままですけれど普通に人間や妖怪を一回休みにするいたずらもしますし自身が一回休みになるのも楽しむのが普通ですよ。

だから命令遂行能力があれば暗殺者などになりやすい。まあ…私は気まぐれですけれど。

「最近腕を本気で使える相手がいなくて鈍っていないかどうか心配だったんですよ」

弾幕ごっこのルール浸透のためになるべく戦いを避けるように忠告されましたし。さっきからウズウズするんです。

「見かけによらずバーサーカーね」

バーサーカーだなんて失礼ですね!私はあんな野蛮な戦闘狂ではありません。ちゃんと敵味方を区別して戦います。

「狂戦士と一緒にしないでください。せめてワルキューレでしょう」

あちらは死を運ぶ存在ですので死神に近いですけれどわたし達妖精だって死にものすごく近い存在なのだ。名乗ったって文句は言われません。

「ワルキューレねえ……元気かしら」

懐かしそうな顔をしている。もしかして知り合いだったのだろうか?

「知り合いですか?」

 

「古い顔なじみ程度よ」

 

ワルキューレと顔なじみって相当なんじゃないのでしょうか?というより本当にこの方が何の妖精か分からなくなってきました。

まあ知らなくても良いことでしょうからあまり気にしないようにしましょう。

 

こっちよ、と歩き出したエコーさんに続いて市街地へ向かう。

私たちが居たところは周りに誰も居なかったのにどこに居たんだと言わんばかりにだんだんとヒトが増えていく。少し変わった妖精2人、なるほどこれでは目立ちますね。私はともかくメイド服を着た妖精となれば尚更です。それでも妖精というのはかなりの隠れ蓑らしい。一瞬目線を向けられてもすぐに戻してしまう。妖精なんてそんな存在なのでしょうね。どこにでもいる普通の存在。だからこそ記憶に残りにくい。さとりさんもよくそう言っていました。

 

「ところで、ゴミ処理ってどうして今になって?」

話す話題もなく淡々と道を歩いていくのでは少し怪しまれかねなかったからそんな話題を振った。少し刺々しい雰囲気の妖精って絶対何かあったって思われるじゃないですか。

あ、もちろん会話を聞かれても良いように母国語で話しています。でも理解できたでしょうか?

「さとり様が戻ってきたからが大きいわね」

あ、よかった。通じたようですね。向こうも同じ言語で返してくれた。

「地霊殿は大きさの割に人が少なくてね。決めないといけないこととか建物の維持管理とか人手不足で掛け持ちよ」

かなり人手不足が深刻なようですね。でもそれなら雇えば良いのではないでしょうか。

「今まで鬼の四天王がトップにいる関係で鬼がついていたんだけれどあっちもあっちで気まぐれが多いし酒飲んだら暴れて物壊すだから」

ありゃ…余計に仕事増えますね。

 

 

 

さてと、一応ここの建物らしいですね。

到着したのは何の変哲も無い建物。だけれど空き家になっているのか人気が全くない。

ただ、消しとばさないといけない存在は確かに今ここにいるらしい。屋根に留まっていた烏の方にエコーさんが合図をすれば、その烏が三回鳴いた。なるほど、鳥を偵察に使ったのですね。確かにこれなら怪しまれずに監視できる。

 

「なるべく騒ぎにならないように静かにやるのよ」

わかりました。

なるべく静かに……テレポート。

景色が切り替わり、再び戻った時には部屋の中。すぐ目の前に1人の妖怪がいる。騒がれると迷惑だとのことですから素早く喉元を切り裂く。

はい一名様一回休み。あ、手とか服が汚れてしまいました。

でもいいや。

続いて2人目の喉元を素早く切り裂く。少し入りが甘かったようです。死んでくれませんでした。その妖怪が何かを叫ぼうとして、脳天が弾け飛んだ。

「何勝手に始めているのよ!」

見ればエコーさんはメイド服の袖から二丁のなにかを引き出していた。それはさとりさんがよく使う拳銃というのに似ている。でも先端には筒のようなものが伸びていて少し全長が長い。

それが煙を吹いている。いつのまに撃ったのだろう?

 

「何事だ!」

どうやら倒れた時の物音で残りのヒトに気づかれたようです。

隣の部屋から複数人の足音が聞こえてくる。

叫ばれたり外に逃げられたりする前に……

短距離テレポート。敵達の真後ろに出る。妖怪としての綻びが生まれやすいところを素早く切り裂く。続いて二人目。

ようやくエコーさんも来たのか音の出ない拳銃で前の敵を血の海に沈めている。

「このおっ‼︎」

一瞬私の影に誰かの影が重なった。

真後ろ⁈

後ろを取られていた。とっさに左腕を顔の前に出して防ごうとする。

少し大きなものが倒れる音が響く。

 

それは私ではなく、頭に斧が突き刺さり真っ二つにかち割られた妖怪だった。

エコーさんが投げた物だと気づいた時にはさらに足元から斧を出してきた。スカートの中どうなっているんですか。かなり大きいものが二つも入っているなんて……

 

振り回される斧。私の刀とは違って引いて斬るのではなく力で叩き斬るものらしく、吹き飛ばされた敵が廊下を転がる。

妖力による身体強化をしているからこそできる芸当ですね。

あ、エコーさん後ろです!

 

素早く接近。後ろで殴り飛ばそうと拳を構えていたそいつの腕を、首を胴体を斬り落とす。

重力に従ってバラバラに解体された体が床に落ちる。

「服を汚してたら怒ったわ」

 

「助けた人に言うセリフですか?」

 

内臓が飛び出さないように配慮しておいて良かったです。

でなければあの斧に襲われていました。

 

「貸し借りなしになっただけでしょ」

まあそうですね。それにしてももう少し骨のある人がいると思ったのですが期待はずれでしたかね?

最後の1人が逃げ出そうとする。叫ばれても迷惑なのでそいつの後頭部に向けて刀を放り投げる。

ほぼ直線で突き進んだ刀は、僅に下に逸れて首を貫いた。

やや遅れてエコーさんから投げられた斧が回りながらその妖怪の腰を切断。だけれど勢い余ってか、開いていた窓から裏路地に落下した。

それでも即死ではないからか上半身だけになってももがいているのが窓から見下ろせば見ることができる。裏路地に落ちてくれて助かりました。

「ちゃんと直撃させなさいよ」

 

「それはこちらのセリフです」

首に刺さった刀を引き抜き血糊を落とす。

トドメはエコーさんの拳銃によって……頭が柘榴みたいに割れてあっけない最期ですね。

その妖怪の手からなにかの瓶が転がり出た。

 

ん?葉っぱの入った瓶?どうしてこんなものを持っているのでしょうか。

色は少し赤みがかったもの…なんだか良いことに使われる雰囲気なさそうです。

「これなんですか?」

 

「ああ、これはね……」

 

「妖精が何をしているかと思えば暗殺の真似事?」

真後ろから声がした。

とっさに振り返ってみればそこには薄い紫のゆったりとした服を着てその上に黒色のフード付きマントのようなものを羽織った紫色の髪の女性がいた。少し視線をずらせば三日月の飾りが付いた帽子をかぶっているのが見える。

咄嗟に腰にしまった刀に手をかける。

「…⁈見られた!」

少し遅れてエコーさんが臨戦態勢に入る。

「安心しなさい言いふらしたり叫んだりはしないわ。だからそいつが持っていたその薬草をこっちに渡して」

薬草?もしかしてこれのことですか?

「どうしてこれが必要になるのよ」

どうやらこれはそのまま使えば劇薬になりかねない薬草らしい。確かに一見危ないものを欲しがるヒトなんて危ないヒトしかいないでしょうね。

「私は魔女。それだけ言えば分かるかしら?」

たかが妖精相手……なんて向こうは見ていないらしい。

「実験か何かの材料……」

 

「ご名答。ここら辺でしか育っていないものよ。採取の手間が省けるわ」

そうなのですか。生憎私はここら辺の植物には詳しくないですから分からないです。

「どうしましょうか……」

これは直接関係ないとはいえ一応関係するものですし劇薬になりますし。そう簡単に第三者に渡って良いものではない。

「流石にあげちゃマズイですよね」

 

「そうよね」

うーんでも向こうも引いてくる気は一切なさそう。チルノちゃんならどうにか出来るかな。

脳内予測してみたけれど絶対一回休みにされる。ダメだこれ。

「そう、ならこの場で叫んでも良いかしら」

あ、それすごく困ります。こんなところに人がたくさん来たら絶対しょっぴかれるし色々と迷惑がかかる。

「……脅しかしら?」

 

「交渉と呼びなさい」

確かに交渉なんですよね……でもなんだかゲスい。魔女ってみんなこうなのだろうか?だとしたらなんだか感じ悪いし好きになれないかなあ。

「仕方ないわ。ここで騒がれても迷惑だし…報告するのが嫌になるわ……」

 

持っていきなさいとエコーさんが薬草ぎっしりの瓶を放り投げる。

結局渡しちゃうんだ。なんて野暮なことは口が裂けても言えない。

「さとりにはこちらから事情を説明しておくわ」

え…さとりさんの事を知っているのですか?

「さとりさんと知り合いだったのですか?」

 

「まあね」

それだけ言うとその魔女はその場から消えてしまった。転移の魔術を使用したのだろう。少しだけ気流と空間次元が乱れている。

「さとり様の知り合いだったのね」

 

「さとりさんの交友関係やっぱり広いですね」

 

「そうね……いろんな所の中枢に顔が利くから頼み事をするときはかなり有利なのよ」

 

そうなんですか…そういうこと考えたりなんてしたことなかった。

でもまあ……さとりさんの場合ただ単に仲良くしたからってだけなのかもしれませんね。

 

さて帰りましょうか。

「後処理はどうするのですか?」

 

「お燐さんが回収してくれるらしいわ」

 

ああ、納得です。



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depth.142レミリアの訪問

魔理沙「なあ霊夢、いい加減機嫌直せって」

霊夢「煎餅一枚だけって言ったでしょ…今度おごってくれるなら許すわ」

魔理沙「わかったわかった。団子一本おごるぜ」

霊夢「魔理沙、どんどん食べていいわよ」

魔理沙(手のひら返しェ)


200話記念にカラーユさんから頂きました。

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「ここがさとりの家?」

 

いつも食事をするときに使っている部屋には、いつもはいない人達。

在るものは蝙蝠の羽のようなものを背中に生やし、またあるものは枝のような骨格に七色のダイヤのようなものがぶら下がった羽をしている。

そんな明らかに人ではない集団ではあるけれど私にとっては大事な招待客なのだ。

というより一方的に遊びに来たというのが実際のところだけれど。

それでもゆっくりくつろいでいって欲しい。

まあ貴族様には難しいことでしょうけれど。実際入り口付近でずっと立ちっぱなしのメイド長さんとか……座ってって言ってるじゃないですか。

「咲夜、貴女も座りなさい」

レミリアさんの言葉でようやく動き出した。

「承知しました」

少しだけぎこちない動きな気もするけれどそれでもその立ち振る舞いは華麗で華奢なメイド。

「メイド長…」

思わず口に出してしまった。小さい声で言ったはずなのに全員が私を向く。メイド長本人は驚いた顔を、レミリアさんはなぜかニヤニヤとこちらを見つめる。

「あらよく分かったじゃないの」

 

「なんとなくですよ」

実際知っていましたなんて言えない。いや言っても良いのだけれどあらぬ誤解を生みかねないからやめておく。

 

 

 

レミリアさんが妹と従者を従えて家に来たのは半刻前。

一応地底で通常業務をやっている時に家の方に人が来たなんだってこいし達が騒ぎながら来たものだから敵襲かと思いましたよ。

今度からアポとってくださいね。

紫の方に話はつけていたようですけれどこちらに紫から話通っていないので。藍経由で通るかと思いましたけれど忘れているのでしょうか?それかただ単に教えたくないだけか。多分後者でしょうね。ぶん殴っちゃいましたし。

でもあれは紫が悪い。

 

まあそんなことで……

「こいし、いつまでそこで睨んでいるの?」

扉を盾にして頭だけを出すこいし。何故そんなに警戒しているのでしょう?

「だって……スタンド使いが」

何を言っているのかしら?スタンド?んー?

訳がわからなかったので目の前に座ってお茶を飲むレミリアさんに聞いてみることにした。

「ああ…咲夜に頼んで少し遊ばせてもらったわ」

ああ…なるほど!ようやく理解できました!ってなんですかそのどうやったか当ててごらんなさい的な目は。いや私さとりですからね?見えますからね。

あ、運命操っているから見えづらくなっている。運命を操るってほんとだめですね。相性悪すぎです。まあ相性が悪い能力は使わなければ良いだけですけれど。

「スタンド云々言ったということは……階段を上っているところでいつのまにか階段の下にいたと言ったところでしょうか」

半分ほどが予測でしかないけれど、どうやらそれで当たりらしい。レミリアさんとフランの目が見開かれた。

どうやら当たりですね。でもそのあとも続きがあるようですね。咲夜さんの表情を見ていればなんとなく分かります。

 

「こいしのことだから…お空とお燐に何か伝えたでしょう?」

 

「え?うん……」

こいしに聞いてみれば一瞬戸惑ったものの正直に言ってくれた。

 

「こんな感じでしょうか。 “あ…ありのまま今起こった事を話すぜ『階段を上っていたと思ったらいつのまにか下りていた』何を言っているのかわからねーと思うが 私も何をされたのかわからなかった…催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえもっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…”でしょうか」

 

「凄いわね…殆ど合っているわ」

これには咲夜さんも驚いている。

「こいし、それが言えるなら彼女の能力だってわかるわよね」

 

「んーそれはわからない!」

なんでそこまで出て肝心の能力が出てこないのよ!お姉ちゃんびっくりよ!

「あら、なら咲夜の能力わかるかしら?」

レミリアさんと、そういうことはあまり言いふらさない方が良いと思いますよ。まあ知られたところで対処できるかどうかは分からないですけれど。

「……時を止めるとか時の流れを遅くするとか…でも気づいたら下に下ろされたということは空間干渉の可能性もありますね。体験してみないと詳しいとこは言えませんけれど」

知っていたとしても確証がない状態では断言できない。だからまだぼやかしておく。

「体験してみる?」

 

「体験するようなことでもないような気がしますけれど…」

 

「そうだよお姉様!私は咲夜が悪戯するってなったら大変なことになるよ!」

 

「失礼ですがフランお嬢様。私はそこまで常識はずれな事はしておりません」

ダウト。咲夜さんダウトです。なんで訳がわからないって顔するんですか。

「ちなみに悪戯とは……」

 

「私の靴をいきなりハイヒールに変えた」

あ、それはきつい。いきなりハイヒールを履かせるなんて鬼ですか。

「砂糖と塩を入れ替えられた」

……従者なのになんだか悪戯好きのようですね。でも本人がそれを悪戯と思っていないようなのですけれど…まさか塩紅茶飲むんですか?

「一度ベッドを爆破された」

 

「あれはレミリアお嬢様がどうしても起きなかったですし寝る前にも注意は致しました。悪戯ではありません」

まあそれはレミリアさんが悪いですね。

「だって飲みすぎちゃって二日酔いだったのよ」

 

「爆破した方が二日酔いも覚めて起きられて一石二鳥ですよ」

そんな一石二鳥嫌だ。

「フランもそれやられたわ…」

 

「フランお嬢様の場合朝早くに起こしてと申し上げられましたのでご要望の通りにしたまでですが…」

 

「なんでベッドを爆発させて起こすの!」

 

「フランお嬢様寝起きが悪いので能力使ってくるものですから」

起こすのが命がけ……

「そうだったの?……普段は自分で起きているから分からなかった…」

寝起きの悪さは眠りが浅かったりうまく体が休めていない証拠ですので早めに改善することをお勧めしますよ。

「お姉ちゃん寝ているところ爆破されたらどうする?」

こいしにしては珍しい質問ね。でも爆破されたらですか……

 

「すぐに持てる最大火力でどんな手を使ってでも黒幕を潰します」

 

「大げさすぎるわよ!」

 

レミリアさん何を言っているのですか。寝込みを襲うヒトはそれ相応の報復を受けて貰う必要があるんですよ。

「咲夜…さとりに手を出しちゃダメよ」

 

「畏まりました」

どこまで畏まったのでしょうか?澄まし顔のせいでわからない。

 

 

とまあ…いつまでも話し込んでいるわけにはいきませんね。時間も時間ですし夕食を食べに来たのでしょう。ならばそろそろ作らないといけませんね。

 

「では夕食の準備をしてきますのでくつろいでいってください。こいし、いつまでもそこにいないで。スタンドはもういいでしょ」

 

「うん……もう大丈夫なはずだよ!」

とか言いながらフランに引っ張られている。なんだろう…こいフラ?

文さんこういうのを撮るべきですよ。ええそうです。

 

「わたしも手伝います」

立ち上がろうとした咲夜さんを手で制する。

「咲夜さんは客人ですから待っていてください」

 

 

 

 

 

さて何を作ろうかしら。

ルーマニア方面の料理も作ってみたいしだからといってあまりにマイナーなものは知らないし作れない。だとすればなるべく簡単に出来そうなもので美味しいもの。それでいて初めて食べる人でも抵抗なく食べられるとすれば……

少しアレンジする必要がありますね。

さて少し時間がかかりますが…大丈夫ですよね。

 

 

 

 

 

 

台所で火の管理をしつつ残りの料理を捌いていると、奥の部屋が騒がしくなる。どうやら2人が帰ってきたようだ。もうそんな時間だったのね。まあもうすぐこちらも出来るし問題はないですね。

「おやいい匂いだねえ」

 

「うにゅ!お腹すいた!」

 

私の代わりに地底の業務を代行していた2人が戻ってきた。なんで真っ先にこの部屋に入ってくるのかは理解できないけれど。まさか手伝いに来てくれたの?気持ちは嬉しいけれど、もう仕上げだけだったりするから大丈夫よ。

「お帰り2人とも。ご飯の準備はこっちでやるから先に部屋に行っていなさい」

 

「「はーい」」

私の手元を少しだけ見て2人とも手伝えることがないと悟ったようだ。

鍋を煮込む手を止め一旦火を弱める。

料理自体はもう少し時間がかかる。先ずは冷奴でも出しましょうか。

いやあ…お豆腐を作っているお店が地底に出来たおかげで豆腐が入りやすいです。

 

戻ってみれば人数が集まっている為か部屋が狭く見えた。

まあ私のぞいて6人も入れば狭くなりますよね。ってレミリアさんは正座でも大丈夫なのでしょうか?一応椅子のある部屋もありますよ。

「……」

なんか平気って目線で言ってきた。じゃあ平気なのでしょう。

冷奴とおひたしを先に出して再び台所に戻る。

 

後はオムレツを作ってボルシチを盛ってで良いかしら…卵どれほど使うのか少し不安ですが……

 

 

 

 

さとりが持ってきてくれたおひたしというやつを摘んでいると、少し酸味のある香りが漂ってきた。

もうすぐ来るのかなと思っていたらやっぱりさとりが部屋に料理を持ってきてくれた。

 

「腕は相変わらずのようね」

目の前に差し出された料理を見て第一声がそれだった。余裕の構えとお姉さまは言うけれどどう見ても背伸びしているようにしか見えない。だって見た目なんて私とほとんど同じなんだよ?歳だって僅か5年違いじゃない。それでも喜んでいるように見えるのはやっぱり姉妹だからかなあ……

それに私達だけになれば甘えてくれるし甘えられる。

 

 

 

「大陸の食べ物?でもいつも作っているのとはなんだか違う…」

お空と呼ばれていた鴉が不思議そうにそれを見る。

私もそれにつられてじっくり見てみる。えっと…黄色いのは卵かな?その上からボルシチがかかっているように見えるんだけれど…

「オムレツとボルシチよ」

オムレツが何かはわからないけれどボルシチはフランも知っている。

確か私達が昔いた場所でよく食べられていたスープだっけ。スープにしては少しトロミが強いけれど。

でも美味しそう…香りが食欲を引っ張ってきてくれる。

 

「これもしかしてテーブルビートですか?」

 

「咲夜さんよくわかりましたね」

 

「咲夜なにそれ」

ビートって言われてもよくわからない。

 

「野菜ですわフランお嬢様。特徴的な赤色をしていてボルシチには必須のものです」

 

「トマトで代用しても良かったのですがトマトが切れていまして」

 

「逆にこっちがあったことの方が不思議ね」

そんなに珍しいものなんだ……

「紫が赤蕪と間違えて買っちゃったと言って持ってきましてね」

蕪じゃないんだなんだか蕪みたいだけれど。

 

「そんなことより早く食べよう!」

こいしちゃんの言う通りだった。美味しそうな食事を前にしてお預けは地獄だよ。

「そうでしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

1ヶ月前

 

 

 

「それで、私に異変を起こしてほしいと」

テーブルを挟んで向かい合った八雲紫に言いたいことを確認する。何度かこいつの式から手紙や詳細は聞いていたが本人から直接来たのは初めてだ。

「ええ、弾幕ごっこを幻想郷に広めるための先駆けとしてお願いできないかしら」

 

「あくまでお願いなのだな。拒否権は……その様子ではなさそうね」

拒否できる立場でないというのは百も承知。しかし異変を起こせなどと対価なしでできるものではない。

「勿論対価は用意しておりますわ。まずは貴方達の身の自由」

 

「軟禁解除だけか?」

それだけのために異変で道化を演じろと言うのか?流石にそれはこちらを舐めすぎだろう。対等な交渉の立場なら首が飛んでいてもおかしくはないぞ?

「そうね……一方的な押し付けじゃ困るでしょう。望みを言ってごらんなさい」

 

「望みか……ならば異変はこちらで好きにやらせてもらう。この私の名を幻想郷にきざみつけるためにもな」

テーブルの端に置かれていた山札から一枚だけカードを引き出す。

「ちゃんとルールに則ってもらえれば口出しはしませんわ」

続いて八雲紫も一枚だけカードを引いた。さて、運命はどう出るかしら?

 

一斉に二枚のカードがひっくり返る。

八雲紫のカードはスペードのエース。

「交渉成立ね」

 

「そのようだな」

私の手前で開かれたカードはジョーカー。

この結果が吉と出たのか凶と出たのかそれはまた難しい話だ。だが、どうやら運命の糸は私の手のひらにしっかり収まったというのは確かだ。

 

「今すぐと言われても異変は難しい。少なくとも1年だな」

 

「準備にしては時間がかかりすぎないかしら?」

 

「生憎だが私は打算で動くことはしない。確定した運命を導き出しそれを手繰り寄せるには念入りに手を回す必要があるのよ」

 

興味があるのかないのか分からない笑みを浮かべて八雲紫は席を立った。どうやら話は終わりらしい。

ならば私も帰るとしよう。

 

後に残されたのはトランプの乗った机のみ。それすらもどこかの光が落ちれば闇の中に溶けて消えていった。



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第6部異変
depth.143紅霧異変上


いつも通りの朝。多少湿度が高い以外は特に問題はなさそうな…ふつうに考えれば日常が始まるような感じに異変は発生していた。

窓を開けてみれば、あたり一面に紅い霧が立ち込めていた。

数百メートル先までは見渡せるがそれ以上遠くとなるとどうにも霧の濃度の関係か紅く染め上げられてしまい見通すことができない。

「……異変ね」

 

先ずはやることをやらないといけない。

まだこいし達は寝ているので起こさないようにそっと家の中を移動する。いつもの扉を抜けて地霊殿に入ってみれば、早速窓から外の様子を確かめる。

 

地底であるここはどうやら霧の影響は受けていないらしい。だがそれ故に地上で起こっている事態の把握がいまいちできないのが困ったところだ。

毒性があったりする霧というわけではないので注意喚起くらいで十分だろう。

 

 

色々と考えながらも地底の入り口になっている門のところまで飛ぶ。何気に用意に手間取ってしまいここに来るまでに2時間以上かかった。

それゆえか既に門の周辺では多少の混乱が発生しているようだ。

 

「ヤマメさん、キスメさん」

 

「あ、さとりさん」

門の管理をしている2人の名前を呼ぶと、門の向こう側から2人がやってきた。

困っているというかどうすれば良いのか分からない状態だったようだ。

「さとりさん奥すごい紅い霧だよ」

ヤマメさんがキスメさんの入った桶を引っ張りながら伝える。

どうやら縦穴の方まで霧が充満しているらしい。

「毒性はないただの紅い霧のようですから通行自体は問題ありません。ですが濃霧注意の看板を立てておいたほうがよさそうです」

 

まだ朝早い時間だからこれで済むものの、昼間やここの通行が最も多くなる時だったらかなり大変なことになっていただろう。

結構出入りあるんですからね。地上と地底って……

「看板に使う板ならあっちにあるよ。持ってくるね」

 

「いつまでも振り回さないでええ!」

キスメさんを桶ごと抱えて駆け出すヤマメさん。というよりなぜか腕から糸を出して移動している。どこの蜘蛛男ですか?いや教えたの私ですけれど……

ああ…キスメさんドンマイです。乗っている方は酔いそうな飛び方……

 

数分ほどすれば、目を回したキスメさんをやはり抱えた状態で帰ってきた。ご丁寧に板まで持ってきたようだ。

とりあえず持ってきた筆と墨で濃霧注意を書き出す。

「縦穴の霧って酷いんですか?さっき地上で見た感じは数百メートルほどの視界は確保できていたのですが……」

 

「えーー!全然真っ赤だよ。数メートル先も見れない程度だよ!」

 

あら…霧が縦穴に溜まってしまっているのですね。

「今回はただの紅霧だからそこまで深刻じゃないけれど、もし激しい戦闘とかがあってその余波が来るようだったら迷わず閉じなさい」

 

「わかっているよう。それ以外だったらどうすれば良いんだっけ?」

あーそういえば言っていませんでしたね。確か……

「一度も使ったことないですが…門の左右についている赤いランプが点灯したら閉じてください」

そう言って指差す方向には19世紀の鉱山にありそうな丸くて平べったいランプがくくりつけられていた。

「了解。だけど音とかも出してほしいよねえ…これだけじゃどうも見落としかねないよ」

 

確かにそうですよね。

「今度サイレンも設置しましょう」

例のごとく河童に頼む。

だってこういうのは河童の得意分野ですし……その道のプロに頼めばエラーやバグも起こる確率が低くなります。

 

「よろしくね。あ、さとりさんこの後空いている?折角だしご飯一緒に食べたいんだけれど」

 

「ごめんなさい。この後地上に戻らないといけないの」

 

あちゃーと項垂れるヤマメさん。仕方がないですよ今は異変の真っ只中。イベントですよ!イベント!見に行かないと損じゃないですか。

まあ霊夢さん達異変解決組に悟られないように隠れていないといけないのですけれど……

 

ヤマメさん達と別れて門を使い縦穴に出る。ヤマメさんの言った通り地上と直結しているためかものすごい霧だ。

この様子では地底空間も真っ赤になってしまっているだろう。日が差さない状態が続くと植物にとってはあまり良くない。

壁に設置された確認灯の灯りすら紅い霧に隠れて殆ど視認できない。

 

壁伝いにゆっくりと登っていく。正直エレベーターの方が早い方がする。もういいや……

 

 

 

結局時間がかかるにかかってしまい地上に出た頃には既に太陽が真上に昇ったであろう時間だった。真っ赤な霧でその太陽すら隠れてしまっているけれど。

これでは洗濯物も乾かせませんね。困りました…

 

早めに解決してくれることを祈りたいです。

 

こんな霧では流石に天狗の哨戒も穴が空きやすくなっているのか構っている暇がないのか山を降りるまでずっと誰にも会わなかった。普段なら白狼天狗に会えるから頭撫でたり適当に戯れられるのですけれど……

 

まあそんな事は非日常の中では些細な変化でしかなく、家に戻ってみればなにやらどったんばったん大騒ぎのようです。普段はもっと静かなのですけれど…

「ただいま」

玄関から直接入るのは少し抵抗があったので二階の窓…こいしがちょうどいた部屋に顔を出す。

「お姉ちゃんどこ行っていたの⁈」

 

あら私を探していたの?

 

「ちょっと地底に注意喚起をしに」

 

「言ってよ!」

こいしのチョップが頭に飛んできた。反射的に白刃取りをする。

「ごめんなさいね。早めに戻ってくるはずだったのだけれど」

思いの外時間がかかったわ。いやあ…縦穴の霧濃すぎですよ。

 

「もう……」

 

「それよりお空達は?」

 

「今人里とか森の方とかの様子を見に行っているよ」

なるほど…確かにここまで紅い霧ではどこで混乱が起こるかわからない。直接的な被害がない異常な霧である故の弊害ね。

 

「一応これはレミリア達が起こした異変よ」

 

「え?もしかしてこれが紫の言っていた異変?」

 

なるべく混乱が起きないようにということだろうか。私の元に数日前に藍さんがやってきて異変が起こるということを言っていた。

まあ考えればわかることですけれど……

「終わるまで家で大人しくしていましょうか」

 

「じゃあ私、異変見学してくる!」

なぜ今言った事と真逆の事を言いだすのよ。

「こいし……?」

 

「折角の異変なんだしいいじゃん!」

 

まあ、異変側にも解決側にもバレないような隠密行動が取れると言うのならそれで良いけれど…

「まあ、行きたいなら行ってらっしゃい。私は行けないから」

 

「うん!帰ってきたら色々と教えてあげる!」

そう言うとこいしは近くに置いてあった魔導書を何冊か引き出して用意をし始めた。

「あら、もう準備していたの?少し用意が早すぎるんじゃないかしら」

 

「お姉ちゃんを探しに行こうと思ってさ」

 

「お空達もそのために?」

 

「そうだよ」

 

あら…悪いことしてしまいましたね。

でも異変見学と思えば問題はないかなあ…勢い余って異変に首突っ込まないで欲しいのですけれど…特にお空は。

 

 

「あ、お空帰ってきた!」

こいしの声につられて窓をのぞいてみると、霧の向こうから一羽の烏が舞い降りた。

「あ!さとり様戻ってきている!」

窓から飛び込んだその烏が人型に戻るなり私に飛びかかる。

「ごめんなさいねお空。心配かけちゃったみたいで」

 

「ほんとですよさとり様!」

 

「お空も戻ってきたことだし私は異変を見学してくるね!」

こいしが席を外そうとする。あ、ちょっとまって。これ持っていきなさい。

こいしに向かってお札を放り投げる。一応持っていきなさい。どんな効果があるかはわからないけれど秋姉妹が持ってきたものだからそれなりに効果は期待できるはずよ。多分…

「ありがと!お姉ちゃん!」

 

「行ってらっしゃい」

気をつけて…

 

 

 

 

えっと…確かレミリアさん達が異変を起こしているんだよね。

なら紅魔館かなあ。でも異変ってことは解決役がいるわけだしその人達についていけば良いかな?でも巫女怖そうだしやだなあ……

それに探し出すのもこの霧じゃ大変だし…

あ、そうだ先に紅魔館で待ってればいいんだ!

我ながらなんて発想!早速紅魔館に行かなきゃ!

 

って紅魔館の方向ってどっちだったっけ?

えっと……湖のある方向だからこっちかなあ…

 

しばらく地面とか木が見えるギリギリのところを飛んでいたら、ようやく湖に出た。

確か湖を回っていれば着くよね。少し前までは結界が張ってあって干渉できなかってけれど今はそれも外されているみたいだし。

 

あったあった!流石に正面から行っちゃダメだよね。だっていくら友達でも今異変やっている最中だから。

「えっと…こういう時は裏から入るんだっけ」

まずは気配を消して…なるべく表に近寄らないで裏側に回る。

うふふ…それじゃあ突撃、となりの異変!

 

 

 

「……これじゃあ洗濯物が乾かないじゃない」

 

誰よ朝っぱらからこんな霧を出した奴は!迷惑もいいところじゃないの。それに湿っぽくて肌にまとわりつく空気だからほんといや。

これは早めに解決しないといけないわね…

 

一通りの準備をして出ることにする。でも元凶はどこかしら…それがわからないままに無闇に動くのは得策とはいえないわ。

先ずは情報収集ね。

 

「おうい霊夢!私も異変解決に加勢するぜ!」

私が飛び出そうとしたところで不意に上から声をかけられた。見上げればそこには箒に乗った親友がいて、なぜか旋回していた。

「丁度いいところに来たわね。知っていること全部吐きなさい」

 

「おいおい、親友に対していきなりそれかよ」

親友だからよ。それにここまで飛んできたのなら何か変わったことがあったかもしれないじゃない。

「ほら何か言う」

 

「なんも知らないぜ」

……嘘ではなさそうね。無駄な時間だったわ。

 

「魔理沙、手伝ってくれるのはいいけれどスペルはあるの?」

 

「勿論!ちゃんと用意しているぜ!」

準備がいいわね。まあ自分の身くらい自分で守れるわよね。

それじゃあ行くわよ。こんな異変を起こす阿呆をさっさと倒して洗濯物を乾かさないと…

 

「ところであてはあるのか?」

 

「そんなもの勘でどうにかなるわよ」

 

文句があるなら自分で調べてらっしゃい。私はここで待っているから。

「んーまあ霊夢の勘は当たるからなあ…探す手間も省けるし私はついていくぜ」

 

「なんか金魚の糞ね」

 

「失礼な!普通の魔法使いだぜ!」

 

「じゃあ魔法使いらしく手伝ってくれるかしら」

 

「分かってるって」

 

それじゃあ行きますか。

この弾幕ごっこ(取り決め)からはじめての異変解決を。

 

 

 

 

 

 

「んー」

紅い霧で視界が悪いからか出歩く人が少ない。その余波をもろに食らった人喰いの常闇妖怪は寝ることにしたらしい。木の上に体を乗せて目を瞑っていれば大体寝ることができるのは羨ましい体質である。

 

ミシッ……

 

古くなったリボンが、霧の湿気で物理的に解けかかる。それに乗じて結界がダメージを受ける。すでに数百年以上もの間それを留め続けたそのリボンはとっくに耐久年数を通り越しているのだ。

「うあー」

そんなことは露知らずの金髪少女は、木の上で寝返りを打った。押し付けられた頭と木の合間でリボンの繊維が引きちぎれ、宙に舞う。数十年前ならこの程度ではビクともしなかったリボンは、これがトドメになってしまうほど劣化しきっていた。

引きちぎれるリボンが頭からはらりと外れる。留め具を失った金髪が力なく木の上に垂れ下がる。

リボンが千切れたことにより施された封印用の術式は、ついに寿命を迎えた。

ほつれる結界。わずかに走った綻びがやがて全体に広がる。やがてそれらはガラスが割れるような音をして砕け散った。

 

「あー……そうなのか…」

封印が解けた音で目を覚ました少女の頭に、封印されていたものが流れ込む。

体を起こした女性は全てを理解した。それと同時に体が本能的に食を欲する。

 

「……お腹空いたなあ…」

 

黒い闇がまるで生き物のようにその場に集まり、その女性を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

こんなに霧が深くてはチルノちゃんと遊べない。

それに妖精の姿もなんだか少ない。今日に限ってみんな出てこないんだね…

残念だなあ…折角楽しそうな人達が来ているのに…でもいいや。弾幕ごっこは私得意じゃないから。

チルノちゃんは弾幕ごっこの才能でもあったのかな。妖精の中じゃ負け知らずだし。今のところ……

 

 

「ちょっとあんた」

 

えっと…紅白さんと白黒さん?霧だから近づいているのに気づくのが遅れました。

「私ですか?」

 

「他に誰がいるのよ」

 

「はて、ここら辺は妖精がいっぱいいますからね。あんたと言われても分かりませんよ」

 

「あっそう。じゃあ退治するわ」

かなり気が早い人ですねえ…人間もここまで凶暴になったのですか。

弾幕ごっこは…少し不得意ですが多少慣れておくためにもやってみましょう。

 

 

 

 

 

 

私が構えをとったところで紅白の方もお札のようなものを引っ張り出した。本能的に感じる。あれはかなりやばい。

練習になるだろうか?

だけれどその紅白の方がこちらに攻めてくることはなかった。

彼女の前に出たのは白黒の方。箒に乗っているので魔女とでも仮名で入れておきます。

「霊夢、ここは私に任せて欲しいんだぜ」

 

「あら、戦ってくれるの?」

紅白さんは霊夢と言うんですね。ということはもしかして博麗の巫女?喧嘩売る相手間違えました。でも私の中に溢れでるこの感情が、さらに膨れ上がる。自身より強い相手と戦いたい死闘を繰り広げたいと言う闘争本能。

「後のことを考えて温存しておけってことだぜ」

 

あら優しいこと……

ですが巫女と戦おうと思っていたのになんだか肩透かしです。

でも油断はできない。巫女と一緒ということはそれだけで相当の実力者のはずだ。

「私は霧雨魔理沙だぜ」

 

「戦う前に名乗った方がよろしいですか?」

 

「できればそうして欲しいぜ」

そうですか。名乗る名前があるわけではありませんけれど一応名乗りましょう。

「大妖精と申します」

名乗った瞬間、それじゃあ行くぜと魔理沙さんから大量の弾幕が放たれた。

 

後方に跳びのき弾幕の雨を回避する。

だけれどそれだけでは終わりそうにない。

咄嗟に体を捻って追加の弾幕を回避。お返しに花形に展開した弾幕を空中に投下する。

次々に星屑のような魔弾が花形弾幕に命中し弾ける。

そこから飛び出すのは小型の妖弾。

魔理沙さんの弾幕と私の弾幕が次々に交差し、空中にいくつもの光のライトを生み出す。早速収拾がつかなくなってくる。その弾幕が私の放ったものなのかどれが魔理沙さんが放ったものなのか。それすら判別できない。

ロールをしつつ魔理沙さんの側を高速で通過。ついでにと妖弾を置いて動きを封じ込める。

 

そういえばスペルカード使っても良いんでしたっけ?

「えっと…フェアリーズミスチーフ?」

チルノちゃんに作ってもらったスペルだから名前がよくわからない。えっと…発音これでいいんだよね?

スペルカードが発動したのか急に眩しく光り出した。

そしてカードより放たれる大量の誘導弾幕と空間を埋めようとしているかのような妖弾。

「そんなもの当たらないぜ!」

そう言って魔理沙さんは弾幕の嵐の中を飛び回る。複雑な弾幕の中を掠りもせずに回避しますか…

ですが回避に専念しすぎです。

魔理沙さんが出てくるであろうところまで先回り。

 

「おわっ⁈」

弾幕の壁から飛び出してきたところを斬りつけたのですが、障壁のようなもので阻まれました。

「危ないだろ!なんで刃物なんだよ!」

 

「だって普段の戦闘こんな感じですし」

文句を言われる筋合いはない。だけれど障壁を張られてしまっては攻撃は通用しない。

魔理沙さんから距離を取ろうとする。そこに背後からいくつもの星屑が飛んできた。背中に走るピリピリとした痺れのような感覚。体を捻り急降下。ある程度下がったところで急制動を行い体の向きを反転させる。左右を魔弾が通り抜けていった。

「やろう!妖精のくせに全然当たらねえ!」

 

「弾頭の予測がつきやすいからよ。幾ら何でも妖精相手に手加減しすぎ!」

下で巫女さんが叫んでいる。大人しく見守ってくれているあたり魔理沙さんに全部任せているようですね。それほどまでに信頼できる相手なのでしょう。

というよりこれは弾幕が単純だから予測が楽なんですよね。

「あのなあ!弾幕はパワーだぜ!」

 

そう言うなり魔理沙さんは懐から何かを引き出した。遠目には八角系の…魔法道具でしょうか?

あれは危ない……本能がそう叫んでいる。

 

だから向こうが攻撃を行う前に、スペルカードを切った。

「ラストスペル……」

2枚しかない虎の子…そしてこれを回避されたら判定負けとなる。

 

 

 

 

 

……参ったわね。魔理沙じゃあれは荷が重いわ。妖精だからと油断していたところもあるけれど、それよりも相性の悪さがここまで深刻だったなんてね。

パワー重視の弾幕ではあの妖精と相性が悪い。やはり私が出るべきだったかしら?一応見切れているし。タイミングさえ合わせれば勝つのは難しくない。それにスペルカードもなんだか荒削りで完成しているとは言いがたい。あれでは魔理沙も楽々回避できてしまう。ただ、あの妖精は回避を主体に置くタイプ。下手をすればこちらがスペルブレイクされかねない。

まあ、今回は負けることはないから大丈夫なのだけど。

「あちゃ…スペルブレイクです」

空中に浮いていた弾幕の半分が消失した。耐久スペルが終わった証拠ね。

「それならっ!」

妖精の動きが一瞬止まった。その瞬間を逃すほど魔理沙はあまくない。

「やはり慣れないことはするべきではありませんね」

 

「恋符『マスタースパーク』!」

ミニ八卦炉から極太のレーザー砲が放たれた。巨大な光の棒がまっすぐ最短距離で妖精を飲み込もうと迫る。回避しようとする様子は見られない。

勝負あったわね。

けれど、マスタースパークが妖精を吹き飛ばすことはなかった。命中直前、妖精の姿が視界から消えた。空気中に残るブレをマスタースパークが捻り潰し、減衰することのなかったエネルギーが地面をえぐる。

「なっ!消えただと⁈」

 

「テレポートね。逃げられたわ」

不意打ちの可能性もあるけれどその様子は見られない。

「くそう…次にあったら覚えとけよ!」

なんだか不完全燃焼ね。

「一応判定では向こうの負けよ」

スペル全てを使い切ってしまったようだし。

それにあのまま戦えば向こうは確実に負けていた。引き際としてはちょうどよかったのかもしれない。

「それにしても視界が悪くちゃなんだかやってられないぜ」

魔理沙がぼやく。確かにそれは私も思っていたことだ。

「そうね。数メートル分の視界じゃ弾幕を当てるのも回避するのも難しいわ」

弾幕や風で晴れてくれるほどこの霧は都合が良いものではない。

「悪趣味な霧だぜ。スペルの綺麗さだってこれじゃあ見えないじゃないか」

 

「あんたは綺麗のきの字すらないでしょ」

魔理沙のスペルは見た目の美しさなんて二の次でしょ。私のアレも大概だけれど。

「辛辣だぜ!弾幕はパワーなんだぜ?最後のあれだって本当は当てていたんだからな」

なにそんなムキになってるのよ。あんたが強いのは私が一番知っているわよ。

「まあそうよね」

こんな巨大なクレーター作るくらいですもの。当たれば一撃必殺。当たればね……

そういえばあの妖精の動きどこかでみたことあるような…どこだったかしら?

 

「とりあえずあれは元凶ってわけでもなさそうだな。他を探すか」

 

そう言い飛び上がろうとする魔理沙。

 

ミツケタ

 

「っ⁈」

本能が警告を放った。考えるより先に手が動き魔理沙の首根っこを掴んで後ろに飛び退いた。

暗闇がすぐそばを通過していく。

「あら…食べられなかった」

暗闇から声が聞こえる。咄嗟にお札を投げつけるが、当たらなかったのか効果がないのか反応はなかった。だけれどその闇の塊が蠢いたのは確かだ。

「いきなりなんだぜ!」

魔理沙落ち着きなさい!無理にあれを刺激してはダメよ。

「貴方達は食べてもいい人間?」

暗闇が触手のように変化し、襲いかかってきた。咄嗟に体をずらして回避する。

「おわっ⁈いきなり攻撃は反則だろ!」

魔理沙も箒に乗って回避したようだ。触手状の闇が拡散して消え去る。

反撃と言わんばかりに魔理沙がマスタースパークを撃とうとする。

 

「待ちなさい魔理沙!様子がおかしいわ」

動きを止めた魔理沙を引っ張ると、真上から弾幕が落ちてきた。その攻撃と重なるようにすぐ真横を黒い闇が通り抜けた。真上からの攻撃?どうしてそんなところから…

だけれど一つわかったことがある。側を通過したその影は明らかな殺意のもと放たれたもの……弾幕ごっこ無視というわけだ。それなら手加減はしない。

 

「生憎私はお腹が空いているの。弾幕ごっこだかなんだか知らないけれど…まずは腹のたしになってちょうだい」

闇が再び話し出した。一応意思疎通は出来るようだけれど全く会話になりそうにないわね。

それに弾幕ごっこをやる気はないらしい。

「ふざけたこと抜かしてるんじゃないわよ。あんたなんかに食べられてたまるものですか」

 

お札と針を闇の中に投げつける。

まとわりついている闇はあくまでも闇。本体は中のはずだ。ただその本体がどこにあるのかはわからない。

「私を忘れちゃ困るぜ!」

 

魔理沙が前に飛び出す。箒の後方に取り付けたミニ八卦炉が鮮やかな緑色の光を放ち箒を加速させている。

それに続いて私も前に出る。

魔理沙が指を鳴らすと同時に空中にいくつもの星屑魔弾が展開される。

それらが一斉に闇に向かって飛び込む。

闇と接触した魔弾から炸裂し、いくつもの爆発が空中で発生する。

その爆発に隠れるようにして接近、近距離から誘導能力のついたお札を解き放つ。

 

ようやく闇の塊が動いた。随分と変則的な動きだ。

 

あれでは折角の誘導弾も意味をなさない。

1人ならね。

「ほらよっと!」

 

弾幕から逃れようと動く闇の動きに合わせて魔理沙が弾幕を展開。罠にしっかりハマったようね。目の前の弾幕の壁によって動きが止まった。

「魔符『スターダストレヴァリエ』だぜ!」

 

すかさず魔理沙がスペルを切った。当たれば確実に大ダメージのはずだ。

「煩いなあ…月符『ムーンライトレイ』」

 

魔理沙のスペルカードを臆することなく闇と弾幕ではじき返した?なかなか器用なやつね…

 

「おわっ⁈」

あら、それだけじゃないみたいね。

二本のレーザーが魔理沙の前後を挟んだ。間髪入れずそれが閉じる。咄嗟に真上に上昇して避けることができたみたいだ。

しかしレーザーなんて一体どこから…ああ、闇を遠隔操作しているわけね。

「そこの巫女は…美味しくなさそう」

 

「なんだか失礼な言い方ね。まあ食べられる筋合いはないけれど」

 

「じゃあ勝手に食べる」

魔理沙はまだ上。援護はあそこからじゃ無理ね。

 

私に向かって突っ込んできたその闇をお祓い棒が受け止める。どうやらこの闇は実体があるみたいね。なら……

「ていっ‼︎」

回し蹴り。柔らかいなにかを蹴った時のような感触がして闇の塊が横に吹き飛んだ。

だけれど痛がっている様子はない。さすが妖怪ね。

 

素早く接近してくる。魔理沙が弾幕を浴びせるけれど闇に吸い込まれて無力化されてしまう。いや…通り抜けている?

やっぱりあの闇は本体じゃないようね。

 

再び突っ込んでくるその闇をお祓い棒でもう一度止める。だけれど今度は私の腕を闇から突き出た誰かの腕が掴んだ。

「っ⁈」

 

「巫女といえど人間に変わりはない」

一瞬にして腕を持ち上げられてしまった。

なんて力…想定していたとは言えこれほどまでとは…

「霊夢!頭下げろ!」

 

魔理沙の声に反射的に頭を下げた。瞬間、私の頭の真上を魔弾が通り過ぎた。顔を上げれば、穴の空いた闇。その向こうに魔理沙が見えた。

「きゃっ!」

私の体が持ち上げられる。一瞬の浮遊感。

「ぐえっ!」

回転する視界が下半身にかかる強い痛みとともに終わりを告げた。

混乱の治まらない頭をフルに回して状況を確認する。

地面に叩きつけられた体と…なにかを跨いでいるような感触…

「お…重いぜ…」

 

「あ、ごめんなさい」

どうやら魔理沙の頭の上に乗ってしまっていたようだ。ってスカートの中に魔理沙の頭入っているんだけれど…

すぐに浮かび上がり闇の方を向く。

 

すぐに闇が閉じていく。

急所に当たったわけではないけれどダメージは入ったのね。

 

「まだやるの?」

 

「お腹すいたから…」

刹那、一陣の風が吹いた。

後方から飛んできた妖力弾が私達の合間を通り抜け、闇の中に吸いこまれた。

炸裂音。本体に当たったの?

今のは?いや、気にしている場合ではない。

「い、いったいなんなんだぜ?」

魔理沙が戻ってきた。

「う…力が入らない……」

何が起こったのかはよくわからないけれどあの妖力弾を受けてから様子がおかしい。なんだか苦しんでいるように見える。でもチャンスのようね。

「今だぜ!」

 

「分かっているわ!」

ミニ八卦炉を構えようとする魔理沙。だけれど見つからないのか慌て始めた。もういいや私だけでやろ…

 

「霊符『夢想封印』!」

私の初スペル。ここで使うのはなんだか惜しいけれど仕方がないわ。

放たれたスペルカードは、目の前の闇を吹き飛ばし、光に飲み込んだ。

大爆発と地響きで周囲が揺さぶられる。

「やったか!」

 

「そのようね」

光が収まってなおも出続けていた煙がようやく晴れると、人を食おうとしていた妖怪はその場に倒れ伏していた。

 

起き上がる気配はない。本当はとどめも刺しておきたいけれど今は異変解決が先だ。悔しいけれどあれを始末するのはまた今度にしよう。

 

 

 

 

 

 

「あーらら…生きているかい?」

あの巫女と魔法使いが飛んで行ったのを確認してあたいは木の陰から出た。

「なんとか…なのだー」

ああ、どうやら無事らしい。あの巫女のことだから殺す勢いで叩きのめすかと思ったけれどスペルカードを使ったから力が制御されたみたいだね。

「あたいが運んでやるから少し辛抱しな」

 

さとりは異変の元凶の元に行っているかなあと思ったけれどまさかルーミアに出くわすなんてね。どうやら封印も解けているようだしともかく家に運ぶことにしますか。

「そーなのかー」

 

体を荷車に乗せてやればそのままいびきをかいて寝始めた。

やれやれだねえ……

 

 

 

 

 

 

「珍しい拾い物ね」

帰ってくるなりさとりはあたいの荷車からルーミアを引き出した。

まるであたいが連れてくることがわかっていたかのように鮮やかかつ素早い動きだった。

だからお姫様抱っこをしているその姿に違和感が湧かなかった。いや…身長的に逆な気がするけれど…

「布団の用意はできているのかい?」

 

「ええ、確保しているわ」

なら大丈夫だね。あたいはちょっとご飯の用意をしてくるかねえ…確か生きのいいやつがいたはずだからさ。もちろん地底にいるけれどね。

「ならよかったよ。あたいは食事の準備をしてくる」

 

「わかったわ。でも後処理はちゃんとしてね。この前内臓が残っていたから」

 

あら…焼却処分に回そうとしていたのだけれど忘れていたねえ。あの後気づいて戻ったらもうなくなっていたから気づかなかったよ。

まあ、腐ってないはずだからまだましだと思うけれど…

それにルーミアなら全部食べちゃいそうだからねえ。骨以外。

急に居間の扉が開かれた。

「お燐お帰り!」

お、お空じゃないか。帰ってたのかい。

駆け寄ってきたお空の頭を撫でる。こうするとなんか気持ちよさそうにしてくれる。

「知らない人の匂いがする……」

効果音をつけるならガシッってところかな。そんな感じにお空があたいの腕を掴んだ。あの…そんな握りしめないで…

「知らないヒト?」

ジト目であたいを睨むお空に思わず縮み上がった。

「なんだか浮気中の夫婦の会話ね」

 

「わけわからない例えはやめてください」

なんだい浮気中の夫婦って…あたいらにその感覚は通じにくいよ。

「多分この子の匂いじゃないかな」

さとりが抱っこしているルーミアを指す。あたいにあらぬ疑いをかけられるのはごめんだ。特にお空は思い込みが激しいからなあ…

「……誰この子」

少し声のトーンが落ちた。なんだろう…怖い。なんでこんなに怒っているんだい。

「ルーミアよ」

さとりがあたいの代わりに応える。

「ルーミア?」

 

「ええ、常闇の妖怪で長い付き合いなの」

確かに長い付き合いではあるね。でも途中で封印されたりしてしまったからねえ…

「ふうん…そうなんだ!」

 

あ、いつものお空に戻った。よかった…なんだか怖かったよお…

嫉妬ってこんなに恐ろしいものなんだね…あのまま腕を回されて関節技決められるかと思った…

 

お空は怒らせちゃダメだね。

 

 

 

「ここは……」

あ、ルーミアが起きたみたいだね。じゃ早めに食事を持ってこないと…

「おはようルーミアさん」

 

「あ、さとり?」

 

そんな寝起きのようなやりとりをする2人の横を通り、奥の部屋に向かう。途中恥ずかしいだなんだと騒ぎ声が聞こえたけれど気にしないことにしよう。

お姫様抱っこなんてしているさとりが悪いんですからね。

 

戻ってきたらさとりの肩に何故か噛み跡があった。一体何があったんだろう。

 

 

 

 

 

「あ、戦っている……」

 

少し遠くから爆発音が響き渡る。でも建物の中ではないから表玄関の美鈴と戦っているのかな?

裏口からこっそりと入り込み倉庫の中で少し物色をしていたら棚に置いてあったものが少しだけ震える。

もう始まったんだあ…なんて思いはどこにもない。ただ、今からここは戦場になる。私はどちらにも見つかることなく見学をする。

なんだか面白そう…

 

薬品とかをいくつか見つけたからそれを持っていく。何かあったらこれでどうにかするつもりだ。勿論泥棒みたいなことしているのは自覚しているよ。でも後でちゃんと返すからさ…

窓から一回外に出て、二階に移動する。建物の大きさの割に階段が少ないんだよなあ…なんだか不便。

空いている窓がひとつだけあったのでそこから入る。ここは…食堂みたいだね。確か一階にもあったはずだから二つ目の食堂なのかなあ…

確かにレミリアとかフランちゃんとかの寝室は上の階だからいちいち一階に降りる手間を考えればこうするだろうけれど…

まあいいや…突撃隣の晩御飯も出来そうにないしなあ…

二階にある第2の食堂をこっそり通り過ぎて廊下に出る。途中で妖精メイド達とすれ違ったけれど、木箱の中に隠れてなんとか誤魔化せた。

なんで木箱があるんだろうとか言っていたけれど異変中じゃそこまで気にかけている事も出来なかったらしい。

それはそれで好都合なんだよね。

 

 

扉の向こうから爆発音と振動が響いてくる。エントランスの方でも戦闘が始まったみたい。急がないと…

 

流石に扉をそのまま開けるのは危険だから少しだけ開けて向こう側の様子を確認する。正面廊下はクリア。

 

素早くころがり込んだら近くにあった扉を開けてなるべく死角が出来るようにする。

実際誰か来たらこの部屋に入り込んでやり過ごすつもりだし丁度良いね。

 

あ、そう言えばこの部屋って……

開けた扉についてあったネームプレートをちらっと確認する。

私の知らない言語だから何が書いてあるか読めないけれど確かこれって……

 

その部屋の中に入り込む。ひときわ大きい爆発がして館全体が揺さぶられた。その拍子にクローゼットの中の物が散乱してしまったけれどそれでようやく確信した。

「やっぱり更衣室だ」

真新しいメイド服がいくつも出てくるんだから更衣室だよね。

そうだ!折角だし一着拝借しよっと。

 

私の体に合うサイズは…スカートはこっちで上がこれ…あれ?サイズが一回り違う。うーん…少しぶかぶかする。

私が着込んでいた和服と外套は脱ぎやすいし着やすい構造だったのにメイド服はどうしてこんなに着辛いんだろう。

え…なんでガーターベルトで吊り上げる靴下しかないのさ…もういいやちゃんと着ないと怪しまれちゃうからね。

サードアイは…少し服が大きいから中に隠しちゃえ。

 

交換した服はちゃんと持っていくよ。だってそこらへんに放りっぱなしにするわけにもいかないからね。

 

再び廊下に戻りエントランスに行く。

まだ爆発は続いているから…結構頑張っているんだね。

「焦げ臭い…」

角を曲がればそこには半壊した扉があった。エントランスに続いている扉だね。流れ弾で壊れちゃったのかな?

 

壊れた扉の陰からこっそりと中を覗き込む。

 

えっと…咲夜って言うメイド長さんかな?後は霊夢?かなあ…顔知らないから確証ないけれどその2人が弾幕を展開しあっていた。いや、咲夜の方は能力を使っているのかな?時々視界から消えるね。

 

流石に巫女も苦戦しているみたい。だけれど目の前に現れる大量のナイフを避けるなんて…流石お姉ちゃんが仕込んだだけあるね。

それに……あのままじゃ咲夜負けるねえ……

 

見た目だけじゃ咲夜の方が有利だし能力を使用しているから結構アレだけれど能力に頼りすぎだよ。

あ、足にお札貼られた。

 

「くっ……」

 

「動きを封じさせてもらったわ」

 

あーあ…あれじゃあもうどうしようもないわ。空間干渉型ならどうにかなったかもしれないけれど時間干渉型じゃありゃ無理だね。残念咲夜。貴女の冒険はここで終わってしまったのだーなんてね。

 

 

あれ?下の方でも爆発音……もしかして地下の図書館かな?

行ったことないから見取り図がないとわからないや。

 

でも早めに行こっと…とどめなんか見ている暇ないや。

直ぐに壊れた扉から離れ廊下を駆ける。途中でまた妖精メイドとすれ違う。やっぱりこの格好だからか怪しまれることはなかった。

「あら?見ない顔ね」

 

不意にすれ違ったメイドさんから声をかけられた。妖精じゃない…この気配は悪魔かな?

「えっと…つい最近入ったから」

 

振り向けばそこには桃色の髪の毛を長めにおろした妖狐がいた。なんだろう…スカートの丈とか少し短い気がする。その耳が左右に揺れ動く。

「そうなんだ…それでどこに行こうとしていたの?」

 

「図書館の方に伝言を頼まれてて」

怪しまれたかな?少しだけ目を細めた妖狐のメイドさんをみて内心焦った。

「それなら廊下をまっすぐ行って青色の扉があるからそこ入って左側に曲がったところに階段があるからそれを使いなさい」

どうやら完全には怪しまれなかったみたい。よかった…

「ありがとうございます!」

もしかしたら嘘を言っている可能性もあるけれどこの場でそれを確認することは出来ないしそれが原因でバレたら結構やばい。

だからここは先に行かせてもらう。最悪穴を開けて強引に地下まで行けばいい話だし。

 

「ふうん…妹ね」

 

何か呟いていた気がするけれど気のせいだよね。うん、きっとそうだ。

 

 

 

言われた通りに青色の扉を潜り左に曲がると、そこには確かに階段があった。

もしかしたら罠かもしれないけれどそれでも行かないとね。

階段を一段飛ばしで駆け下りる。実際の弾幕ごっこがあそこまで派手で綺麗でワクワクするものだなんて思わなかった。今度はどんなものが観れるのかなあ…

 

階段の先は確かに私の探し求めていた図書館だった。

しかも丁度弾幕ごっこが展開されていた。

図書館が見渡せる階段の上あたりに身を隠して遠くから様子を伺う。

 

炎のような弾幕や水の塊が華やかな模様を描いて飛び回る。

それらを相殺するかのように今度は星屑や極太のレーザー砲が飛び交う。

あ、本が吹っ飛んできた。危ないなあ……

爆風。どうやら特殊な結界が張ってあるのか部屋自体の損傷は少ない。

今度は小悪魔が吹っ飛んできた。

あのまま吹き飛ばされていると危ないので片手で捕まえる。

「ウグッ」

あ、首絞めちゃった。

大丈夫かなあ…白目向いて気絶しているんだけれど…

 

まあ大丈夫かなあ。

 

 

それよりも弾幕ごっこはどうなったの?

 

小悪魔を下に放り投げ再度弾幕ごっこが行われている方を確認する。

あ、終わっちゃったみたい。綺麗だったしもっと続けて欲しかった。

 

 

私が悶々としていると、やや黄色い光がこちらに向かって飛んできていた。

あ、まずいこの位置じゃバレちゃう。

結構身を乗り出してしまっていた体を慌てて引き戻し、上へ逃げる。

 

「ん?そこに誰かいるのか?」

 

やっば!バレちゃった!

異変解決側である人間に見つからないよう全力で階段を駆け上がる。でもこのまま逃げるだけじゃすぐに見つかっちゃう…もうやむをえない!

あまり使いたくはないけれど片手に妖弾を精製。階段が床に潜り込むところで炸裂させる。もう一発を今度は屋根に向けて放つ。2発目の爆発。天井に開いた穴から屋根裏に体を滑り込ませる。

二階と地下を直結している階段だったから丁度一階の屋根裏に滑り込むことが出来た。

 

「くそう…今度は一体なんなんだよ!」

 

あ、追っかけてきていた人間が来たみたい。

こっちに来ないでね…お願いだから。

木箱持って来ればよかったなあ…邪魔になっちゃうけれど。

 

「あら魔理沙。地下に行ったんじゃないの?」

 

今の爆発で巫女まで来たみたい。

少しだけ屋根にのぞき穴を開けて確認しよっと。妖力を指先に纏わせて屋根に穴を開ける。あとはこっそり見るだけ……

 

「ああ、地下の魔女を倒してきたからな。なあこっちに誰か来なかったか?」

 

「いいえ来てないわよ」

だよね。だって私は真上にいるんだもん。

 

「おかしいなあ……」

 

「あんたの見間違いじゃない?こっちは疲れたのよ。時を止める従者に手を焼かされたし最後にしっぺ返しまで食らったからね」

 

「霊夢がそこまでやられたってことは相当強かったんだな」

 

ふうん…あの後奇策で一回乗り切ったみたいだね。なかなかやるじゃん。あのまま見ていればよかったかなあ…

 

「皆様お揃いでどうかなさいましたか?」

 

2人がいる部屋に誰かが入ってきた。この声って確か…あの妖狐のメイドさん?

あ、やっぱり妖狐のメイドさんだ。

「またメイド?もういい加減にして欲しいのだけれど」

 

「じゃあ私がやるぜ!メイドは初めてだからなあ」

 

どんだけ血の気が多いんだろう。ある意味戦闘狂じゃないのかな。

見てるこっちも苦笑いしちゃうってば。

 

「生憎ですが私は戦うためにこちらにきたわけではないので悪しからず」

 

「なんだ違うのか?」

 

「ええ、レミリア様よりお二人を連れてくるようにと申しつけられましたし。私の本分は遊戯ではなく死合ですから」

 

物騒だねえ…まあ私も死合の方が全力出せるから楽しいんだけれど。弾幕ごっこはどことなくお遊戯って割り切っているから全力出せないんだよね。

そもそも全力で戦ったらもう遊戯じゃないし。

 

「それじゃあピンク狐。さっさと案内しなさい」

 

「承知しました」

 

そう言うなり彼女が上を向いた。あ…目が合っちゃった。

だ、大丈夫だよね。バレたけれどバレてないよね。

「どうかしたのかしら?」

 

「いいえなんでもありませんわ」

 

あ…見逃してくれるんだ…ありがと…

妖狐のメイドに連れられて2人は部屋を後にした。

 

それを確認してから私もすぐに屋根裏から出る。バレちゃったかもしれないけれどまだ戦いは終わっていないみたいだから観に行こっと。

 

 



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depth.144紅霧異変 中

ピンク色の狐メイドに案内されて向かったのは少し豪華そうな部屋だった。

豪華なにならないのは結局建物の中と同じ赤色で統一されていたせいで豪華さがイマイチ伝わらないのだ。多分豪華だろうなあ程度って感じだけど。

「よく来たわね。歓迎するわ」

そんな部屋の真ん中でレミリアが巫女達に対峙していた。

あの王座のような椅子…色的に絶対部屋にあっていない。前来た時はなかったから今回のために特設したのかな。

「あんたがこの異変の元凶?だったら早く霧を止めなさい。洗濯物が乾かないじゃない」

なんか姉ちゃんと同じこと言ってる?なんだろうやっぱりお姉ちゃんが教育しただけあるかも。

 

部屋の中で柱に隠れながら見守る。もう直ぐ始まるかな?どうなのかな?

 

「そうだそうだ!この霧じゃ弾幕ごっこだって目立たないんだぜ!どうしてくれるんだ!」

弾幕ごっこやっぱり見えづらいか。なんとなく察してはいたけれどさ。

っていうかここに来るまでの合間に誰と戦ってたんだろう?

「あら、文句があるのなら実力を示してからにしなさい」

 

「じゃあ遠慮なく!」

えー巫女さん早速針投げお札投げはひどいと思うよ。それを蝙蝠に変化して回避するレミリアもレミリアだけれど。あれって能力使ったからかな?

って魔理沙も弾幕放つんだ…

「お姉様1人だけだと思った?」

だけれど魔理沙の弾幕は直前で別の方向から来た魔弾に弾かれた。

「「もう1人⁈」」

 

「フラン、タイミングを計ってないで先に出てきておきなさいと言ったわよ」

 

「かっこよく登場したいじゃん!どうもお姉様の妹のフランドール・スカーレットだよ!」

なんだろう語尾に星がつきそうなテンション。フランちゃんなにに影響されたのかわからないけれどそれじゃあかっこいいじゃなくてプ◯ヤだよ。確かにフランちゃん自分で魔法少女とか言ってたけれど…じゃあやっぱりプリ◯か。

「そっちが二人掛かりならこっちも二人よ」

 

フランちゃんレミリアと連携とかできるの?なんか普段を見ていると連携というより依存になっているんだけれど。

「では私は隅で見守っております」

妖狐のメイドさんは流石に参加しないか。まあ参加するなら最初から参加しているよね。

それにしても、タッグバトルってどんな感じにやるんだろうね。

すごく気になる。

 

「……」

 

「どうしたんだぜ霊夢?」

あれ?あの巫女どうしてこっちの柱見ているんだろう?

「そこ!」

なにを思ったのか霊夢が私の隠れている柱にお札を投げた。爆発が起こり派手に柱が瓦礫になる。

「あ…まず…」

落ちてくる瓦礫をつい破壊してしまった。

 

やばいばれた。

 

「さっきから誰かの視線が鬱陶しったらありゃしないわ!」

うわなんか怒っている。

「招かねざる客のようね」

どうしよう。いくらメイドの格好をしていても流石にこのままじゃバレる。

えっと…こういう時は焦らず安を手の平に書いて飲み込んで…

 

「出てこないならこちらから行かせてもらうわよ!」

 

やばい早くしないと!

ええい!こうなったら…

幻影…もとい空気の屈折を作り出す魔術を行使。

理論上この魔術は光学迷彩の代わりに出来る。カバーできるのが手の腕程度の大きさのものという制約がありあまり使われないけれど。

 

でもこれらはなにかを消す意外にも色々使える。例えば…

こんな感じに妖精の羽のようなものを生み出したり髪の毛の色を少しだけ変えたり。

「……」

 

この姿で霊夢達の前に飛び出す。少しだけ臆病そうな演技も忘れない。お姉ちゃんに教え込まれたけれど弱そうな相手を手にかける相手じゃない限り見逃してくれるんだとか。戦いたくない時に便利だって聞いた。

 

「なんだ妖精メイドじゃねえか。本当にあいつなのか?」

魔理沙の目はごまかせたらしいけれど霊夢の目は誤魔化せてないみたい…

「間違いないわ」

 

一旦逃げようかなあこのままだと弾幕ごっこに巻き込まれかねない。

少し後ろに下がりつつ扉の方に確実に向かう。

「あんな妖精メイドいたかしら?」

 

「新人さんじゃないの?」

 

なんか私に刺さる視線が痛い。今の私は妖精メイドですよー悪い妖精メイドじゃないよ。プルプル。

「まあ妖精ですし害はないですわ」

妖狐のメイドさんナイスフォロー!ありがと!愛している!

 

「まあいいわ。あれも敵ということでまとめて吹っ飛ばしてあげるわ」

 

巫女さんが全然巫女っぽくない。むしろ悪役って言われれば納得しちゃいそう。

しかもしれっと私まで倒す宣言しているんですけれど。やっぱりある程度見れたら逃げよっと。

 

逃げようとする私の側に妖狐のメイドが来た。

「しっかりと最後まで見届けましょう」

 

はーい…

こりゃ逃げられそうにないや…巫女も攻撃してくるだろうし困ったなあ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危なかった…」

あの白黒魔法使いの攻撃を間一髪のところで回避できたのは賭けだった。

本当なら体の一部巻き込まれてもおかしくなかった。うん、私はついている。

 

静かになった湖の畔を何をすることもなくふわふわ飛んでいる。

少し好戦的になりすぎていた気がする。どうしてでしょうか…不思議です。

もしかして紅霧のせいで気持ちが好戦的になっていたとか?

ありえない話ではない。

妖精は心の感受性が極端に高いから周りの状態に行動や感情が左右されやすい。

私もその例にもれない。ただ…少しだけ静かなだけですけれど…

 

「……寒い?」

 

急に吐く息が白くなった。それに合わせて温度が凍りつく。

 

霧の向こう側に誰かの影が薄っすら見え始めた。

「やあ大ちゃん」

 

「チルノちゃん?」

冬でもないのに大人の姿になったチルノちゃんがそこにいた。

冷気がそこから漏れているのか、体の周りを白くなった空気が渦を巻くように流れる。

 

「チルノ…まあそう呼ばれている存在ね」

いや…言葉遣いも声のトーンもまるっきり違う。何者なのだろう?

確かに冬に大人の姿になった時と声自体は同じだけれどそこに無邪気さもチルノちゃんをチルノちゃんたらしめる雰囲気もない。

「貴女は何者?」

完全に氷の女王だった。

 

「私は氷を司る妖精。それ以外の何者でもないよ」

そうだけれど…でもチルノちゃんじゃない。

「この異常気象だもの。人体とか妖怪には影響がなくとも妖精に全く影響がないなんて言えないでしょう?」

 

「じゃあ貴女はこの霧のせいで生まれたというのかな?」

 

「正解。でも少し違うわ。私はただの戦いたいという願望…闘争本能の塊のようなものね」

 

「ふーん…」

なんとなく言いたいことはわかった。ここ数十年はチルノちゃんも満足して戦える相手がいないとか冬になるたび言っていたからなあ…自然を司る妖精は自然が持つ生存本能、もとい他の種との闘争本能も受け継ぐ。

普段はそんなに気にしなくて良いけれどこの異常気象とずっと溜め続けたってのが仇になったんだね。

「私じゃなきゃ駄目なの?」

 

「別に、会ったのがあなただったってだけよ」

そっか…じゃあ仕方がないね。

 

「それで、私にどうしろって?」

 

「言わなくてもわかっているだろう」

 

「わかってはいますけれど教えてくださいよ」

 

「戦いたいのだよ。そうでなければならない。私は戦いたいのだ」

頬が吊り上がり、狂気に満ちた笑顔が広がる。

それにつられ私もいつのまにか笑っていた。何故だか目の前のチルノちゃんと戦うことがとてつもなく楽しく感じる。

折角なのだから弾幕ごっこも交ぜつつ戦ってみたい。うふふ…さっきの不完全燃焼もここで吹き飛ばせるかな?

 

どうやら闘争本能が刺激されたみたいだ。

「弾幕ごっこってチルノちゃんわかる?」

 

「ええ、もちろんよ。カードもあるけど使った方が良い?」

 

「是非ともそうしてください」

面白い戦い方ができそう…そんな本音が思わず漏れてしまう。

「それじゃあ決まりね」

それが合図になった。

大人の姿をしたチルノちゃんがスペルカードを解き放つ。

「雪符『ダイヤモンドブリザード』」

 

チルノちゃんの掌に現れた冷気の塊が小さな氷の粒を周囲に拡散し始めた。同時に青白い弾幕が間を縫って飛び交う。

飛びながらの回避は少し難しい。ならばここで弾幕を迎え撃つのみ。

刀を抜く。青白い光を受けて煌めく刃先が空気を切り宙に模様を生み出す。

一振りするごとに氷の粒が、妖弾が切り裂かれ爆発する。

 

 

「やるじゃないの」

 

「褒めてないですよね」

スペルカードの効果が終わったのか氷の粒も弾幕もいきなり途絶える。それに合わせてチルノちゃんが動いた。

私もそれに合わせて空に舞い上がる。

弾幕を展開。

それを予測していたのかチルノちゃんは弾幕を弾幕で相殺した。

 

「アイシクルソード」

 

その単語とともにチルノちゃんの手に氷の塊が生成される。それらが1メートルほどの大きさに成長したところで、ガラスが割れるような音ともに表面が砕けた。

 

「へえ…そんな使い方もあるんだ」

現れたのは私の刀よりふた回りほど大きい氷の剣だった。切れ味はどうなのだろう?

「剣は大ちゃんの特権じゃないんだよ」

そのようですね!

 

チルノちゃんが剣を振り回す。それに合わせて氷の礫が周囲に拡散して飛び出す。

そういう使い方するんだ…

宙返りと強引な方向転換で氷の礫を回避する。

お返しにレーザーを放つ。

 

刀で防がれた。防御力はそこそこあるようですね。

でも熱は得意じゃないでしょう?

 

力を背中あたりに集め一気に解き放つ。急加速。ある程度開いていたチルノちゃんとの距離を詰める。

そのまま素早く斬りかかる。

青色の火花が散り、刀が氷の剣に防がれた。一度離れて今度は横斬り。予測されていたのかこれも防がれる。

衝撃波が下の水面を叩く。

跳ねあげられた水しぶきが氷の礫となってこちらに飛んできた。咄嗟に体を捻って空中でキックバック。

「やっぱりチルノちゃんは強いね」

 

「そういう貴方も鍛え上げられているだけあるわ」

 

そうですか?そう言ってもらえると嬉しいです。

 

「でも、ツメが甘い。雹符『ヘイルストーム』」

 

っ⁈

急に吹き荒れる冷気の竜巻。巻き上げられた水が氷の柱をいくつも生成し、湖に足場が出来上がる。

そして空から降り注ぐ無数の氷。一つ一つが鋭い棘となって襲いかかった。

思わず真下に逃げ、それが罠だと知った。

背中に衝撃が走る。体に冷たい感触が広がり動きが鈍る。

浮力が無くなり錐揉み状態で落っこちる。

 

「これで貴女は飛べなくなった」

 

チルノちゃんの声が後ろに聞こえて、とっさに弾幕を放つ。

急な反撃に驚いたのか少しだけ隙ができた。

 

持っていた刀を竜巻でできた氷の柱に突き立てて落下を止める。あのままじゃ確実に怪我をしていた。危ない危ない。

 

勢いをつけて近くの段差に飛び乗る。

少し妖力で背中を温めるが一向に氷が溶ける様子はない。羽がなくても飛べるけれど背中を氷で閉じられるとバランスが取れない。

浮くだけなら簡単なんだけれどね。

 

溶かそうとするのを阻止しようとチルノちゃんが飛んできた。この位置からだと少し狙いづらい…折角氷の柱があるんだから…

 

刀を立てつつ氷の柱を駆け上がる。私の周囲に水色の妖弾が着弾し、氷の柱にいくつもの氷の棘が生成される。

あの弾幕に当たったらやばいね…

 

新たに出来上がった足場を蹴り、空中に体を投げる。丁度そこにチルノちゃんが飛び込んできた。

「っ…‼︎」

 

慌てて回避しようとしたけれど遅いです。

咄嗟に目の前に氷の剣を出す。一閃。空に白色の軌跡が生まれ、氷の剣の根元が切断された。

「スペルブレイクでいいんですかね?」

 

「そうかもしれないね」

重力に従って落下する剣先と私…

 

だけれど直ぐに浮遊状態にする。バランスが…おっと……

あまり飛べるわけではなく再び氷の上に降りてしまう。

 

「まさかこれで終わり?」

追撃してこないのでしょうか?もっと戦いたいのに…

「そんなことないわよ」

 

あ、少し溜めが必要なやつですか?じゃこちらから行かせてもらいましょう。

「Fairies mischief!」

 

今度はちゃんと発音できた。

歯車が噛み合うかのように体から溢れ出た妖力がスペルカードを通して弾幕の花を形成する。

 

「それがあなたのスペルカード…」

 

「ええ、どうかしら」

 

「面白い…だが、いつまでそうしているつもり?」

 

チルノちゃんの視線が下に向いた。それにつられて私も足元を見てしまう。

「あ…」

 

いつのまにか這いよっていた冷気が私の両足を氷で閉ざしていた。

引き抜こうと引っ張ったものの、膝下まで氷が覆っておいて既に抜け出せなくなっていた。

このままだと……

 

私の放つ弾幕を悠々と避けながら、チルノちゃんが一枚のカードを出した。まずい…あれは避けられない。

「凍符『パーフェクトフリーズ』」

 

放たれた氷の礫と弾幕が一斉に私に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

「魔理沙!あの黄色いのを頼んだわよ」

 

「おう!任せておけって!」

 

二対二の時の定石は一対一に持ち込むこと。連携を重視して戦った方が良いと思われがちだけれど連携力は姉妹である向こうの方が上。こちらだって連携で負けるとは思いたくないけれど少しでも勝率の高い方を選ぶのならやはり2人で来た相手には分断と各個撃破を意識した方が良い。

 

前に出た魔理沙がミニ八卦炉をブースター代わりに使い撹乱を開始する。

 

「そう、やっぱりそうくるのね」

 

レミリアとかいうやつが何かつぶやいていたけれどそんなこと知ったことではない。魔理沙の撹乱に合わせて誘導型のお札をレミリアに投げつける。

一瞬空中で停滞したお札が意思を持ってレミリアに向かっていく。

ようやく飛び上がったレミリアがそれらをすり抜けるように回避、全てがレミリアの後ろに抜けていった。

だがそれで終わるほどあれはヤワではない。高速で反転し再びレミリアの追尾に移る。

死角からの攻撃。だけれどそれらは、レミリアに命中することはなかった。

 

一斉に弾けるお札。レーザーによって引き裂かれ空中で虚しく爆散していく。

そのレーザーの出所を確かめてみればわかるそれはフランドールのすぐ側に浮いている球体からだった。

「魔理沙ちゃんと引きつけなさいよ!」

 

「悪いな、これで精一杯だ!」

 

見れば魔理沙は弾幕の檻の中で必死に回避行動を取っていた。持久型のスペルのようね。

「他人の心配をしている余裕があるのかしら?」

 

「…⁈」

 

ほんの一瞬意識を魔理沙に向けただけ。それだけだったのに、気がつけばレミリアが直ぐ側に近づいていた。

咄嗟にお祓い棒を構える。激しい衝撃。腕がバラバラになるかと思ったわ。

 

それほどの強い衝撃が加わり、腕が跳ねあげられた。

「さあ食らいなさい。新罰『幼きデーモンロード』」

 

「誰が食らうもんですか!」

 

体を後ろにひねって距離を取る。瞬間、カードより出されたいくつもの妖弾とレーザーが襲いかかる。

中には少し飛んでリング状に広がる弾幕もあり逃げ場は見当たらない。

それでも、距離が近いままでは妖弾の餌食になりかねない。

後ろにステップを踏みつつ空に飛び上がる。

 

先を埋め尽くすかのように弾幕が配置され、一瞬止まったところにレーザーが撃ち込まれる。

くっ…さっきお祓い棒を殴られた時の痺れが……

利き手じゃうまく扱えない。すぐに左に持ち替えてレーザーを凌ぐ。

「あら随分とやるのね」

これは想定外と笑みを深くする。その顔に一発ぶち込んでやりたい衝動が起こる。

「生憎、鍛えられているからね。そこらへんの奴らと一緒にしてもらっちゃ困るわ」

 

しばらく弾幕と格闘しているとスペルの効果が切れたのか弾幕が止んだ。ただ、その合間レミリアはなにもしていなかったというわけではない。

彼女の手には2枚目のスペル。

だけれどさっきみたいに近づいてくる様子はない。

なら使わせる前に叩きのめす!

 

「夢符『封魔陣』‼︎これで…」

 

宣言したスペルカードを通じて霊力が赤い線を空中に描く。それらがある種の模様となり、なにもなかった空間にいくつもの光のお札が現れる。

「さあ、大人しく捕まりなさい‼︎」

六本の鞭が伸びるかのようにお札の列が一斉にレミリアに襲いかかる。

 

流石のレミリアも不味いと思ったようね。

蝙蝠の翼を宙に広げ、加速する。その後ろを二本の列が絡み合いながら追いすがる。残り四本も彼女を囲うように配置に着こうとする。

 

そのうちの一本が爆散した。

だけれど驚く事ではない。中に上がった瞬間レミリアの手に一本の紫色に光る棒が構えてあった。おそらくそれだろう。今は手元にないから投げつける系のものだと判断する。

ただ、あのお札の山を爆散させるとなれば相当な火力だ。使うのもなんの代償も無しにポンポン撃てるものでもないわね。

 

っと…いけない、集中しないと。

残り五本のうち二本が進路を真横に変えた。そのまま真っ直ぐにフランドールに向かっていく。まさか近づきすぎて誘導が狂った?そんな……

それは向こうも予想外だったらしい。急に向かってきたお札にフランドールの動きが止まった。

彼女の方へ向かっていったお札の列は、彼女を囲うように丸く球体を生成する。

「チャンスだぜ‼︎」

 

魔理沙がそこに向けてマスタースパークを叩き込む。爆発、衝撃波で窓ガラスが砕け散り突風が吹き荒れ、外に飛ばしていく。

 

見ていた2人も巻き込まれたのか吹き飛ばされている。

 

当然私たちも吹き飛ばされレミリア自身もバランスを失ってか三本のお札の列に雁字搦めにされた。

そこまでは覚えているが煙によってその姿は閉ざされてしまう。

視界不良じゃトドメをさせないじゃないの!

 

見える範囲まで近づこうとして…勘が警告を放った。咄嗟に後ろに後退する。

瞬間煙が吹き飛ばされた。再び起こった衝撃波が床や壁を吹き飛ばし大小様々な破片が襲いかかる。

 

後退したこともあってか直ぐに結界を張りどうにか防ぎきる。

爆風で飛ばされてきたのか魔理沙が戻ってきた。

「やったのか?」

 

「フランドールは兎も角レミリアはまだよ」

 

一応二対一になるのかしら?吹き荒れる煙がようやく晴れてくる。そして、感じ取れる気配がまだまだ健全状態だった事に思わず舌打ちをしてしまった。

「どうして勝手に負けたことにしているの?」

声がした瞬間、私の体が横に吹き飛ばされた。

 

「霊夢っ‼︎」

 

「貴女の相手は私よ」

 

こっちに駆けつけようとした魔理沙を紅いレーザーが包み込む。

「どう…して?」

痛む背中を霊力で治癒させながら目の前の存在に聞く。魔理沙のマスタースパークの直撃を受けたのだ。それだけでも相当なダメージを受けるはずだ。

「うーん…教えてあげたいけれど教えている合間に襲われたら嫌だから」

 

よく見れば上に着こんでいた赤色のベストやシャツはボロボロで、八割は炭化してチリになっていた。下着であるノースリーブが丸見えである。それすらも胸より下は炭化して黒く炭になっているのだ。

命中に近いダメージを受けたはずなのだけれど…まさか吸血鬼特有の超回復なのだろうか?

「あっそう。ならさっさと倒すだけよ」

痛みは引いた。傷も大したことはない。大丈夫ね…

「そう言う人間大好き!」

 

 

 

 

 

 

 

 

あちゃーフランちゃんやっちゃったねえ…

動きを封じられ、マスタースパークを撃ち込まれる直前自身の出した特大魔弾を誘爆させて全部吹き飛ばすなんてね。

まあダメージは入っていないから大丈夫といえばそうなんだけれど。そういえばあれに近いことをお姉ちゃんもフランにされたとか言ってたような…得意なのかな?ああいうの……

でも本気で戦うと弾幕ごっこでもここまで戦えるんだ。これは良い経験になった。

 

衝撃波が来る直前、私を庇うように妖狐のメイドさんが結界を張ったけれど、少し間に合わなかった。結果として後ろに吹き飛ばされ2人揃って壁に背中を打ち付けたわけだけれど。そのおかげか少し距離を取ることができた。今までは少し動けばあの巫女に感づかれる可能性があったけれどこの距離なら大丈夫。

少しづつ距離を取って観察しやすく逃げやすい位置を陣取る。

あ、これは外に移動するのかなあ…

 

動きを観察していると、レミリアが攻撃を回避しようとして素早く窓の外に出た。それに合わせてフランちゃんが魔理沙と霊夢の双方に妨害攻撃を与えている。

やっぱり窓から外に出たね。あ、見えなくなっちゃった。

 

「……追いかけないのですか?」

 

「すぐに追いかけるよ?」

でもここから追いかけるのは大変そう。だって今あそこの窓から外に出たら確実に巻き込まれるじゃん。

もう少しだけ中から観察しよっと…背中が少し痛いけれど…

 

少しして窓から入ってくる流れ弾やレーザーがなくなった。また移動したみたい。上の方かなあ…

 

窓枠に足をかけ飛び上がる。若干体が下に落ちたけれどすぐに浮上。後ろを妖狐のメイドさんが付いてくる。

私がメイドじゃないってのはもうすでにバレているよね。なにも言わないけれど雰囲気でわかる。だけれど私をとっつかまえようとかそういう事でもないようで少し判断に迷う。

 

手を出してこないうちは気にしないことにしよっと……

 

4人は屋上の方かなあ…

ふわふわと上がっていけばやっぱり屋上を舞台に戦っていた。

中央の時計塔に設けられた作業用の足場に着地する。ここからなら戦闘を一望できるからね。まあ…霧のせいで見えづらいんだけれど。

 

うーん…霧の中に入っちゃうから目で追えないや。音だけじゃ爆発音と飛翔音ばかりで何が何だか分からないし。

もうちょっと見えやすい場所に移動するべきかなあ…でもそのうちこっちくるよね。音がだんだん大きくなっているんだもん。

「そういえば加勢しなくて良かったの?」

結局見えるものが少ないうちは暇になっちゃう。なので隣にいるメイドさんに聞いてみた。特に意味があったわけじゃない。なんとなく……

そもそも行動の全てに意味を求められても困る。だって特に意味なんてない行動が多いんだもの。

「あの2人なら平気でしょう。それに私はあくまでメイドですから」

メイドだから主人が来るなと言っていたりこいと言っていなかったら行かないっていうことかなあ。そういうのよく分からないや。空気を読んでやれとかなんだとかって言われることもあるし。その逆も然り。そんな事もあるのによく判断できるよねえ…

 

「たかがメイドが主人の戦いの場に水を差してはいけないでしょう?それこそ場が白けますわ」

そういうものなのかなあ?少なくとも霊夢と魔理沙は白けないと思うよ?霊夢は…またメイドと戦うのかと思うかもしれないけれど。あ、そういえば…

「メイド長さんは戦ってたじゃん」

 

「咲夜は…メイドとして訪問者を『歓迎』したまでよ」

 

ふうん…難しいね。お姉ちゃんがどうして地霊殿にメイドを導入しないのかよく分かったよ。

でもこんな事を言うときっとこう言うだろうね。地霊殿は屋敷じゃなくて行政機関だって。

 

「じゃあさ、もしレミリア達を本気で退治しようとしてきた相手の場合は?」

 

「その時はチリも残さず消しとばしてあげますわ」

笑顔でとんでもなくエグいこと言っているよう。メイドさん怖い。主に忠誠心の塊で怖い。

「本当にメイドなの?メイドの皮を被ったモンスターに見えるよ」

 

「そう見えるのならなおさら触れちゃいけませんよ」

 

「そうする」

無言でうなずくしかなかった。だって目が笑っていないんだもん。それに私が一番レミリアに危害を与えそうな存在だって気づいたもん。いや薄々自覚はしていたけれどさ……

 

 

あ、そろそろこっちに舞台が移ってきたらしい。よかったこれでよく見れる…

 

刹那、私の真横を紫の光が通り抜け後ろにあったはずの時計塔をなにかが貫通する気配がした。

今のは…グングニル?

 

「あら残念つぎは外さないようにするわ」

 

「あ、あぶねー…霊夢サンキュー」

 

これはやばいかも…少し距離を取らないと本当に巻き込まれかねないや。

 

 

 

 

 

 

 

「……チルノちゃん」

 

降り注いだ弾幕をなんとか迎撃したのもつかの間。チルノちゃんの本気の蹴りをお腹に食らった。

刀で咄嗟に防ごうとしたらそれすら凍りついてへし折れるなんて…

「あなたの負け」

 

「……そうかもね」

純粋な戦いなら負けかもしれない。こうして折れた氷柱を突き付けられていれば嫌でも理解できてしまう。

 

「…まあ、もう少し楽しめたら私も消えるわ。妖精だっていつまでも力を持っていることはできないのだもの」

 

そうですか…まあいつものチルノちゃんの方が好きだからそれはそれでありがたいですけれど。

でも、調子こきすぎですよ?

「負けと決まっても勝ったとは限らないのですよ」

 

素早くチルノちゃんの目の前に弾幕を放つ。

だけれどそれを氷柱で弾き飛ばし、私に向けて無言で氷柱をつきたてようとしてきた。

咄嗟に腕を前に出す。

当然私の貧弱な腕じゃそれを止めることなんて出来るわけもなく……

「っ⁈」

 

肉と骨がひしゃげるのとはまた違った音がして、一気に氷柱が減衰した。生身ではあり得なかった現象。

だけれど同時に人造の腕は氷柱から放たれた強大な冷気で凍りつき始めた。

あーあ…にとりさんの自信作だったのになあ…

 

折れた刀をもう片方の手で握りしめる。

たとえ刀が折れていたとしても一流の剣士なら問題なく斬ることが出来るらしい。なら、私にだってこれくらい出来る。

 

斬……

 

少しだけ風が吹き、凍りつき始めていた腕が二の腕あたりから切断された。

素早く回し蹴り。チルノちゃんのお腹にモロに食い込んだ脚をさらに回して真横に飛ばす。

 

なんか凄い声が聞こえたけれど大丈夫だよね?チルノちゃんタフだからちょっとくらい平気だよね?



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depth.145紅霧異変 下

決着がつくのはまだ先みたいだね。

レミリアと霊夢が同時にスペルカードを宣言。周囲に弾幕とお札の蛇が絡み合い、殺戮を繰り返す寸劇が始まる。

私のすぐそばをレーザーが通り抜けていく。

ただのレーザーではない。それは魔理沙のマスタースパークだ。

それにしてもあれだけ連携だ連携だ言っていたのに今となってはどちらも連携のれの字も見当たらない。

各個撃破をしたいのに両方が各個に分かれたら意味ないじゃんとか思う。これが俗にいう膠着状態ってやつだね。

うわっと…危ない危ない…流れ弾って意識してみないとわからないよ。

直ぐそばを通過した妖弾を見て冷や汗が出る。

 

敵意を向けられた状態でまっすぐ意思を持って突っ込んでくる弾幕なら回避は簡単なんだけれどああやって流れた弾幕は敵意も悪意もないから感知し辛い。

 

あ、レミリア絡め取られた。動きが封じられちゃったね。それでも霧の中に入って逃げようと考えるあたりまだ諦めてはないんだ…

まあいいや。フランちゃんの方ももうすぐ終わりそうだし。

レーヴァティンなんて出しているけれどそれって短距離用だよね?中距離が得意な相手なら絶対逃げるよ。ほら逃げた。

って熱いよ。周囲の温度が上がってるよフランちゃん!

 

火力抑えないと…そんな攻撃どう考えても弾幕ごっこじゃないよ。

当事者が気にしていないようだから別にいいけれどさ……

もう少しだけ弾幕ごっこの推移を見ていたいけれどそろそろ終わりかな…

 

もう決着付いちゃうんだと少し残念に思う。だけれど戦いはいつか終わるからねえ…

帰ろっと。

 

今まで立っていた足場から飛び降り屋根の上に乗っかる。傾斜した屋根の上ではバランスが取りづらい。だけれど私にそんなものは通用しないよ。

「お帰りかしら?」

私が動き出したのを見て妖狐のメイドさんが真横に移動してきた。なんだろう少し怖いや。

「見るものも見れたからね」

そう返せば何やら私の前に回って進路を塞ごうとする。帰してくれないの

「ちょっと待ちなさい」

えー待てって言われて待つ人がいると思うの?でも三秒だけ待つね。

「……?」

 

「服はちゃんと返しなさい」

あ、そういえばこの服メイド服のままだった…どうしよう。この服を見つけた更衣室の場所なんて詳しく覚えていないし警戒が跳ね上がってるから悠長に探して着替えなんてできないし……妖狐のメイドさんが一緒についてきてくれる気配もない。

「ああ、お姉ちゃんに洗濯お願いするから今度返すね」

仕方ないからこのまま帰って…後で洗濯して返そっと。一生借りることもできるけれど。

「ならいいわ」

あ…いいんだ。それでいいんだ……

じゃあ遠慮なく。

「それじゃあまた今度ね!」

 

「ええ、今度はご家族の方と一緒に来るのを楽しみにしております」

綺麗なお辞儀をしたかと思えば、気づけばそこには誰もいなくなっていた。幻影のようなものだったのかな?なんていうのはありえない。だって彼女から仄かに香っていた金木犀の香りがまだそこに残っていたから。

 

背後で大爆発が起こる。どうやら決着が付いたみたいだ。

「全く、あとはあの妖精とメイドだっけ?」

やばいなあ…早く帰ろっと…霧が出ているうちにね。

 

「でもどこに行ったんだぜあの2人」

 

しーらない!

 

私達を探す霊夢達を尻目に地上にゆっくり降りる。弾幕ごっこで吹き飛ばされた建物の瓦礫が庭を押しつぶしている。

あーあ…せっかく綺麗なガーデニングだったのになあ…

 

おっと…正面玄関からは出られそうにないや。美鈴さんがいるし。

そういうわけだから回り道。近道だけが最善手じゃないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お燐がルーミアさんにご飯を食べさせていると再び玄関の扉が開いた音がした。今日はなんだか訪問者が多いわね。

ルーミアさんは気配と溢れ出す妖気でなんとなくわかったけれどこれは誰かしら?かなり衰弱しているようですけれど…

部屋干しを試みて何度か試し続けている洗濯物をその場に置き玄関の方に向かう。

 

「大ちゃん?」

 

玄関の壁にぐったりと寄りかかっていたのは、大妖精だった。体の所々に氷を付着させ、義手はボロボロになっているけれどそれはまぎれもない大ちゃんだった。

兎も角ここではどうしようもない。ものすごく冷たくなっている彼女の体を抱えてすぐさま部屋の奥に連れて行く。布団を出している暇はないから畳の上に横にさせる。

かなり衰弱しているわね…それにこの氷はチルノちゃんのものね。

何かの理由があって戦ったと推測できる。

でも今はそんなことを考えるべきではない。

すぐに二階の客室に布団を敷きそこに連れて行く。体温の低下はそれそのものが生命活動に重大な支障を与えかねない。妖精だから死んでも一回休みになる。そんな理屈頭ではわかっていても素直にハイそうですかじゃあ死んでくださいねなんて見殺しにできるはずがないですよ。

 

「あれ?さとり様その子は…」

 

お空ちょうどいいところに来てくれました!

手伝ってもらいますよ。拒否権ないですからね。

「急患よ。温かいお湯を持ってきて」

 

「わ、わかりました!」

無表情だし声の調子も殆ど変わらないけれどそれでも事態が急を要しているというのを理解したのかお空は慌てて部屋の外に駆け出した。

 

「傷の確認をしないと……」

 

破損している腕は鋭利な刃物で斬り落とされたのか…あるいは自身で斬ったのか。どちらにしてもこれは仕方がない。他は……背中と下半身が軽い凍傷ね。

 

意識レベルが低下するまで体温が低くなっているのか薄っすら目を開けたり閉じたりしている。起きているような気もするけれど反応がないからやはり気を失う寸前。

少し遅れていたらそれこそ一回休みになっていましたよ。

「お湯持ってきました!」

 

「ここに置いて。あとお空、あなた平均体温高いわよね」

 

「ええ、そうですけれど…」

私の平均体温は36度行くか行かないか。それに対して元々灼熱地獄に住んでいた地獄鴉のお空は平均体温が40度ほど。

体温の低下を防ぐのにこの場で最も効果的な方法を行うには彼女の方が適任なのだ。

「大ちゃんに添い寝してあげて。低体温症でかなり危ない状態なの」

 

「え…添い寝?」

 

ええ、添い寝。って言っても寝るわけじゃないわよ。あくまでも体温を上げるための一時的な処置よ。

 

お願いお空。後でひとつお願い事叶えてあげるから。

「わかりました!」

え…即答…そんなにお願い事がしたかったのかしら……

 

 

 

 

 

 

「それで、太陽の光が邪魔で外を出歩けないから霧で隠したと?」

夢想封印でトドメを刺したところまでは良いけれど結局それだけじゃ霧は晴れてくれない。だから意識が戻るのを待って事情を聞いてみればそんな大層どうしようもない…まあそう感じてしまう理由が出てくるわけだ。

「ええ、そうよ」

しかもそれすらしょうもないと思っていないのか偉そうにしているのでその頭に一発拳骨を入れておく。

 

「そんな理由で……」

魔理沙も流石に呆れたのか完全に脱力していた。大方もっとかっこいい感じの…壮大な理由でも考えていたのでしょうね。

「理由なんて所詮はそんなものよ。最終的にそれが人にどのような結果をもたらしたかが重要なのだから」

 

「偉そうに語っているところ悪いけれど早く霧を収めなさい。こっちは洗濯物が乾かないのよ!」

忘れかけていたけれどまだ洗濯物干してないの!あれ干さないと着る服が無くなっちゃうのよ!

「洗濯物でしたらこちらに室内乾燥を行う部屋がありますが…」

狐メイドが口を挟むけれどそういう話じゃない。それに人里にだって私と同じで洗濯物が干せなくて困っている人がいるはずよ。その人達の分も考えなさい。

「それなんだか燻製になりそうだぜ」

 

「燻製部屋を改良したものですから」

臭いついちゃいそうですごく嫌だわ。なによ魔理沙、せっかくだからやってみなさいって?あんたが燻製になればいいわ。

「結構よ!それに天日干しの方が何かと気持ちが良いの!」

 

「それもそうですね。お嬢様今すぐ霧を止めることを提言します」

あっさりメイドが手のひら返したわ。流石、家事をやっているヒトは話が早いわ。そこの上流階級とは違ってね。

「あなたどっちの味方よ」

 

「私は一介のメイドですわ」

メイドって難しいわね。

「分かったわ。霧はすぐ止めるわよ。それと、そこの烏はいつまでコソコソしているのかしら?」

レミリアが窓枠に向かってグングニルを放った。威力はかなり弱いけれどそれはまさに夜の支配者といったところね。封印で力が落ちたのにあれほどの力とは…

「あやや、バレました?」

窓枠が周囲の壁ごと吹き飛び、そこに隠れていた存在の姿が丸見えになる。

そこにいたのは白いシャツと黄色い線が入ったスカートを穿いた黒髪の少女だった。赤色の頭襟と背中の黒い翼がなければただの少女だったのにね。

「挑戦者か?受けて立つぜ!」

魔理沙が八卦炉を構えると、そいつは敵意がないことを示すためなのかなんなのかは知らないが両手を上げて降参のポーズをとった。

「まあまあ私は天狗の新聞記者ですよ。戦いはいたしません」

天狗の新聞?ああ、そういえばそんなのがあるわね。購読なんてしたことないし相手は妖怪だから取りたくもない。

「ふーん…天狗が見学していたの?」

でも天狗がずっと見ていたというのは少し問題ね。

勢力争いとか妖怪同士で勝手に争ってくれるのは別に良いんだけれどこちらが巻き込まれるとなれば話は別。

「なにせ初の異変ですよ!ネタになるじゃないですか!」

嬉々としてメモ帳らしきものに色々書き込み始めたその天狗に警戒していたレミリアも魔理沙も毒気を抜かれたのか敵意を収めた。

純粋な取材とは言っていたけれどそれだけじゃなさそうだけれど…ああいう連中はどうせ追求してものらりくらりと逃げるのがオチって母さんも言っていたわ。なら、なるべく相手はしないようにしましょう。

 

「では異変を解決したお二人にインタビューしたいのですが」

 

「名前も知らない相手に話すことなんかないな」

 

「ええ、私はノーコメント」

魔理沙も私も基本的に取材は受け付けないわ。めんどくさいし。

「おっとまだ名乗っていませんでしたね。申し遅れました文々。新聞を発行している射命丸文です!」

いや名前名乗ったからって取材に答える義務はないんだけれど…

「ふうん…じゃあ霊夢の代わりに色々答えておくか」

 

「適当なこと言わないでね」

 

「レミリアさん達も後で取材させていただきますね」

 

「ちゃんと事務所通してくれるかしら」

いや事務所ってあんた何様よ。

レミリア様よ。

自分で自分に様ってそれはないぜ。

ないわね。

ひどいわよ!

「お嬢様への取材でしたら正式にアポを取ってからにしていただきたいのですが」

コントを始めた私達の横でメイドが鴉を追い払おうとする。

「とのことですがレミリアさん取材よろしいですか!」

 

「構わないわよ。むしろスカーレットの名を知らしめるいい機会じゃない」

 

そう、それじゃあ私は帰らせてもらうわ。これ以上妖怪の戯言に付き合うつもりは毛頭ないもの。

「それじゃあ霊夢さんの分は適当に書いておきますか」

 

「ぶっ潰されたい?」

 

「冗談ですよ」

 

本気で殺気を向けたのに涼しい顔して受け流された。ああ、一番やりづらいタイプだわ。

ほんとこれだから妖怪は嫌なのよ。

 

 

 

 

 

 

 

「少し想定外があったけれど概ね上手くいったようね」

紅魔館で行われていた戦闘が終わり後処理に入った。もう見るものもないので隙間を閉じ隣で見ていた藍に話しかける。

「ですがルールの浸透が完璧ではないということも同時にわかってしまいました」

やはり貴女はそれを言う。だけれど、初めてのルール内での異変なのだからあれくらいは想定済みよ。むしろ後数人くらいルールを守らない輩が出ると思っていたのだけれど。

「それにあれは封印が解けてしまったという不幸な事故よ。気にすることないわ」

 

「氷精の件もですか?」

 

「あれはちゃんとルールに沿っていたじゃない。まあ少し怪しいところがあったけれどいちいち指摘していたら肩苦しくてやっていけないわよ」

 

「それはそうですけれど……」

 

それに鬼や一部の子は弾幕が苦手だったりすることもあるのよ。あれくらい自由度があっても文句は言われないわ。

「紫様がそうおっしゃるのであればそれに従いますが」

 

それよりも、そろそろ食事を作らないとまずいんじゃないかしらね?今日はお客さんが来るのだから。

「そろそろ来る頃かしら……」

隙間に手を入れ玄関の扉を開ける。ついでだからそっと覗き込んで見ればやはりそこには旧友の姿があった。

「少し早く来ちゃったかしら」

 

「いいえ、丁度良い時間よ」

 

庭師は…急用でお留守番といったところかしらね。手伝い手が少なくなって藍は大丈夫かしら?

 

 

 

 

 

 

 

霧のせいで一時は気候に変化があったけれど一応今は秋である。神社の木々は紅葉の色を見せているし食事だって秋の食材がメインに並んでいる。

だからなのかいつもの服では少し肌寒くなってしまう。

仕方ないから上着一枚を羽織って外に戻れば、さっきよりも心なしか人数が増えているということに気がつく。

見間違いというわけでもなさそうね。

でもどうでもいいか。好きで馴れ合いたい訳ではないし。ただ禍根を残さないようにしましょうねと言う紫の気まぐれのようなものなのだから。

「にしてもなんで宴会を開くって言ってこんな集まるのよ」

 

「騒ぎたい連中じゃないのか?」

少しだけ馬鹿騒ぎしている連中とは距離を置いて酒を煽っていればいつの間にきたのか魔理沙が隣で酒を煽っていた。

「騒ぎたい連中ねえ……」

 

「まあこれくらいが丁度いいんじゃないのか?」

 

そうね……あまりピリピリしててもこっちの気が滅入るだけだからこのくらいがちょうどいいわ。でも紅魔館相手にしか伝えていないのにどうしてこんなに部外者が集まったのかしら?情報漏洩…シャレにならないわよ。

 

「貴方達がメインなのにどうしてそんな端っこにいるのかしら?」

 

いつまでも騒ぎの輪に入らないでいると向こうからわざわざやってきた。レミリア、あんたもう少し傘の中に入っていなさいよ。腕から煙が出ているわよ。

「じゃあこっちに来たらどうだ?それが招待された側のマナーじゃねえのか」

ああ、めんど臭いわねえ。こっちだってあんな馬鹿騒ぎに付き合ってられる余裕はないのよ。

「言っちゃえばいつもお茶とかお菓子を集っているあんたが一番マナー守りなさいよって話なんだけど」

 

「普段のことを蒸し返さなくても…」

 

「残念ね。結構執念深いのよ」

 

酒が回っているからか私も魔理沙も口が軽くなっている。まあそれでも完全な罵り合いに発展しないようにという理性くらいは残っているらしい。

 

気がつけば騒ぎの輪が私たちの周りになっていた。

それに魔理沙はいつのまにかフランに絡まれていた。あいつもよく変な奴に好かれるわよねえ。

ああ…それは私もか……

酒の勢いもあってか側にいたレミリアや咲夜とたわいもない話をしていたら、目の前に料理が置かれた。

筍と椎茸の和え物のようだ。

誰が作ったのかしら?

 

私は料理の才能が絶望的だからこういったものは作れない。

顔を上げてみれば、そこには見るからに秋ですよと言っている格好の少女が2人いた。

いやもう秋を体で体現しすぎでしょ。片方は服のセンスが壊滅的だけれど。

 

「あんた達は?」

 

「え⁈私たちの事知らなかったの⁉︎」

服のセンスがある方がなぜか露骨に驚く。

いや誰よ。

わたしだけが知らないってわけじゃないわよね?ほらレミリアだってなんかキョトンとしてるし。

「秋を司る神なのに…」

 

「仕方ないですよ。だって初対面じゃないですか」

服のセンスが無い方が諦めたような口調で慰める。

なんだ神様なのね。道理で雰囲気がおかしいと思ったわ。でも秋を司る神さまなんていたのね。ってことは春とか夏を司る神もいるのかな?どうでもいいけれど…

「それじゃ初めましてということで…紅葉の神、姉の秋静葉よ」

 

「豊穣の神、妹の秋穣子です」

 

「…八百万の神?」

酒で回転が鈍っていた頭が一つの答えを導いた。というより思い出したと言った方が正確ね。

「ええ、そうよ」

なんだ御神体と一応同じ存在じゃない。私の神社がなんの神を祀っているのか全然知らないんだけれど…

「秋の売り込みでもしにきたのか?」

 

魔理沙が出された料理を手元に持っていこうとしていたのでその手を叩く。みんなで食べるんだから持って行っちゃダメ。

「ええ、だって紅い霧のせいで秋の恩恵を受けられない人もいたわけだしそれにここまでヒトが集まる場所なら私たちへの信仰も少しは得られるし」

 

「元から信仰得られているでしょ」

 

「まあね。でもこういうのはちゃんとやっておかないとすぐ忘れられちゃうからね」

静葉の言うことも尤もね。毎回ではないけれどある程度顔出しをしたり名前を売ったりしておかないとすぐ忘れていってしまうわ。

「それで料理を振舞っているのね。折角だし紅魔館で料理人やってみない?」

 

なにヘッドハンティングしようとしているのよあんたは。

「残念だけれど専属料理人になるつもりはないの」

穣子が答えたってことは料理全般、は彼女がやっていたという事ね。ってなーにしょぼくれてるのよあんたは。酒飲んで気を紛らわしなさいよ。

 

「そういえばこの料理どこで作っているんだぜ?」

 

「勿論神社の台所だけれど?」

なにしれっと不法侵入しているのよ!勝手に入っちゃダメって書いてあるでしょ!

「この場で退治されたいの?いくら神でも許さないわよ」

 

「「お賽銭入れたから許して」」

 

「いくらでも出入りしていいわよ。それに台所も使い放題」

 

「「「露骨すぎる掌返し」」」

 

煩いわね。お賽銭をくれる子に悪い子はいないわ。

ほらどんどん作ってきなさい。調味料もいくらでも使っていいから。

あ、お酒飲む?確かワインがあったはずよ。レミリアが持ってきたあれ…私どうにも好きになれないからいくつか持って帰っていいわよ。

 

「欲望って怖いわね…」

 

「しょうもない欲望だぜ」

 

風が木々を揺らし、赤く色づいた葉を地上に降らせる。

やっぱ平穏って良いわね。こういうのを純粋に楽しめるから。

 

 

 

 

 

 

「うん、味付けはこのくらいかなあ…」

初めて神社の台所を使ったけれど結構使い勝手良いじゃん。お姉ちゃんから料理殆ど出来ないとか聞いていたのに拍子抜けだなあ。ああ、お姉ちゃんがずっと立っていた場所だからこんなに準備が整っているのか。

そろそろ2人が戻ってくるかなあ…

後ろの方で足音がする。少し軽い足取り…2人のものじゃないね。ってなると…

料理を作る手を止めず首だけを後ろに向ける。外套を深く着ているから視界が制限されちゃって見づらいんだよねえ。

 

「結局料理を作っているのね」

そこにはお姉ちゃんがいた。

なんだ来てたんだ。なら一言声くらいかけてよね。

「だってあまりにもお摘みが少なかったんだもん」

 

いくら料理ができないからってあれは少なすぎるよ。多分各員が持ち込んだものだけでやりくりしようとしたみたいだけれど。まあそれで手を貸しちゃう私もお姉ちゃんに影響されているとしか言えないんだけれど……

でもお姉ちゃんこっちに来て良かったの?事情は藍さんから聞いている。だからこそお姉ちゃんがここに来るとは思わなかった。だってあの博麗の巫女だもん。絶対勘で見つけ出すよ。

「大丈夫よ。様子を見にきただけだからもう帰るわ」

そっか……

それはそれで安心したようななんだかなあって言うような不思議な感じだ。

「それはそうとしてこいし、服は返した?」

あの紙袋に入っていたやつでしょう。勿論!

「勿論だよお姉ちゃん」

まさかクリーニングだけじゃなくて修繕と改造までしちゃうなんてね。少し面白いからなにも言わないでおいたけれど、あれに気づいた時どうなるかなあ…気になるなあ。

 

「この料理持って行っていいかしら?」

不意にお姉ちゃんの後ろに人影がたった。

丁度静葉ちゃんが来たみたい。意識を一瞬だけお姉ちゃんから外す。

「いいよー!どんどん持っていってね!」

再び意識を戻した時にはお姉ちゃんは既にいなくなっていた。静葉ちゃんも気づいている様子なかったしもしかして無意識の方に意識をずらした?

神出鬼没…最早あれ覚りの域を超えているよ。

私も出来なくはないけれど結構集中しないといけないから大変なんだよね。

まあ気にしないようにしよっと…

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくだし温泉に行きましょうか」

お酒を飲んでどこかで食べたことあるような味付けだなあとお摘みをつまんでいるとレミリアが急にそんなことを言い出した。

「幻想郷に温泉なんてあったの?」

一応巫女だしいろんなところを飛んでいるけれど一度も温泉なんて見たことないし温泉があるなんて噂もないわよ。一体どこに温泉が…

「地上にはないわ」

地上にはない?ということは仙界とか霊界とか冥界とかそう言ったところかしら?でもそんなところにあったら温泉と呼べないんじゃ…

「地底にあるあそこだよね!」

私とレミリアの合間にフランが割り込んできた。地底?

 

ああ、そういえばそんなところがあったわね。行くのも時間がかかるし独自の自治を行なっているらしいから不干渉扱いにしているけれど。そういえばあそこは誰でも自由に出入りできる場所だったわね。

「地底にある温泉ですか⁈私行ったことないんですよ」

門番まで交ざってきた。秋で少し肌寒くなってきたから温泉の行きたい気持ちも分からなくはない。

 

「今回ばかりはみんなで行きましょう」

 

「そうしますとお屋敷の管理が…」

 

「私が留守番していてあげるから行ってきなさい」

紫の魔法使いが会話に参戦した。もう私達離れた方がいいわね。ここにいるとなんだか邪魔になりそう。

 

「もちろん貴女達もどうかしら?」

あ、私たちも誘われていたのね…なんとなく察してはいたけれど。

「それ以前に地底ってなんだ?」

 

「あら魔理沙知らないの?」

意外ね。魔理沙のことだから知っているかと思ったわ。確かに人里じゃ知名度ないけれど。

「さあな。聞いたこともないんだが…」

うーん…ここまで知らない人がいると少し心配だわ。力のない者にとって情報ほど武器になるものはないというのに……

「人間はほとんど行かないから仕方がないわ」

レミリアがそう挟むがそれとこれとは違う。知っているか知らないかというのの重要性は直接生死を分ける。

 

「良いところよ。温泉もあるし地上じゃ見られない珍しいものも多いわ」

あんたねえ…地底が危ないの分かっていてそう言っているの?だとしたら正気じゃないわよ。もとより妖怪相手に正気も何もないんだけれど…

「でも地底は地上で生きられない。あるいは地上を追放された者達の溜まり場でもあるわよ」

このままだと魔理沙が勘違いしそうだから付け加えておく。

「それも事実ですが、治安はむしろ地上より良いですよ。上に立つものがしっかりしているおかげです」

咲夜…あんた結構毒吐いているわよね。しかも自覚がないってのがほんとアウトよ。

ほらレミリア凹んでるじゃないの。

 

「ふーん…私はパスだな」

少し悩んでいた魔理沙は結局地底に行くことをやめた。

いくらあんたが強くてもあまり行くべきところではないわ。弾幕ごっこが通じるかどうか怪しい場所だし地上を追い出された奴らって基本的に強い奴らばかりだし。治安が良いと言ってもそれはそちら側の住人にとってはでしょ。

「あら、珍しいものがあるかもしれないのに?」

 

「あまり行く気がしないってのが一つ。後はそっちの図書館の方がよっぽど面白そうだからな」

あーそうね。魔理沙にとってはそっちの方が宝の山よね。確か十何万冊だっけ?全部魔導関連の書物なんでしょう?正直数だけ見れば幻想郷一の図書館よね。

「本を盗まなければ自由に使って良いわよ」

 

「盗むんじゃないんだぜ。借りるだけだ」

 

「研究が終わるまで借りるって結局借りっぱなしになってるわよ」

あーまた始まった。どうして魔法使いって仲が良くないのかしら。いや魔女と魔法使いだから正確には違うか。どうでも良いけれど……

 

ちょっと弾幕ごっこをやるならあっちでやってきなさい!ここで暴れたら色々と大変なことになるじゃない!

咄嗟におつまみの乗ったお皿を避難させる。

 

「おっとすまんな!」

 

お祓い棒を振り回して魔理沙と紫のもやしを追い払う。

全く…迷惑しちゃうわ。

ってあっちでまた妖精巻き込んでいる…あいつら周り見えてないの?

 

あ、大妖精にまとめて吹き飛ばされた。いい気味よ。

 

「霊夢はどうするのかしら?」

あん?私?そうねえ…温泉は魅力的だけれど神社に備え付けのお風呂で間に合っているから結構よ。それに……

「地上で何かあった時にすぐに駆けつけられないからあまり行きたくないのが本音ね」

 

「そう、無理にとは言わないわ」

あら、振られちゃって寂しいのかしら?あんたも案外かわいいところあるわよね。

「お嬢様は見栄っ張りですから」

 

「なによその言い方!」

 

「え?私は別に誉めただけですけれど…」

あれで褒めたって言えるの?出会った時から思ってたんだけれどあんたのメイド長ちょっと天然過ぎるんじゃないかしら?ここまでくると少し重症よ。

「咲夜それ本気?」

ほらなんか色々とフリーダムで破茶滅茶なことばっかりやってきたあの妹にまで心配されているわよ。まさかあんた…

「狂気?」

 

「「そういうことじゃない」」

なによ。口を揃えて否定しなくてもいいじゃない。



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depth.146お空のお願い

空さとはええよお……

尊さをもっとかけるようになりたいよう


空から地底を見ると、本当に夜の旧都にしか見えない。

まあそれでも月灯りなんてものはなく、地上の光だけが地底を照らしていると言っても過言ではないのだけれど……

 

「お空、願い事これで良かったのね?」

隣を飛ぶお空に改めて聞いてみる。

前回大ちゃんを助けるために添い寝をお願いした時の約束を果たそうとすれば、彼女は私と2人でお出かけがしたいと言い出したのだ。

 

「勿論ですよ!それにさとり様普段お出かけとかしないじゃないですか」

 

まあそうよね…ちょっと外に出ることはあっても一人で買い物をするくらいで誰かと一緒に行くってのはあまりしていなかったわね。元からインドア派の精神があったせいか少し引っ張られていたようね。

 

「うふふ、そうだったわね…」

でも地上はちょっと難しいから地底で我慢してもらった。まさか巫女が地底までやってくるなんてことはないだろう。宴会の時だって行かないといった趣旨の発言をしていたのだから。

 

それに万が一巫女が入ってきたら連絡が来るように通達を出していたから大丈夫。

「お空は何か買いたいものとかあるかしら?」

 

「うーん…分からない!」

 

あーいろんな意味でわからない状態ね。そろそろ旧都の中心だし降りましょうか。ゆっくり店を見て回るのもアリですし。

降下した私に続いてお空が降りる。

 

着地したのは市街地の中でもお店が立ち並ぶところだった。

まあこの世界では空を誰かが飛んでいるのは当たり前のような光景だから驚かれることもない。

まあ、世間知らずは親方空から女の子が!とか言っていますけれど…もしかしてあれは外来人?うーん…珍しいですねえ。

そんな事を考えながら人混みを避けるようにしてのんびり歩く。

後ろからついてくるお空と肩を並べてみれば、どうやら側から見れば姉妹のように見えるらしい。私が外套を被っているせいで外見情報が少ないというのもあるが、やはり妹は私でお空が姉なのね……今更どうということもないけれど。

「さとり様どこに行かれるのです?」

 

「考えてないわ。気の赴くままにどこかに行くのよ」

買い出しに行く必要は朝の時点では無かった。となれば買うものなんて考えてない私達は特に行くあてがない。それはそれで良いのだけれど…あ、お空人混みで流されちゃダメよ。ちゃんと手を握ってなさい。

「えへへ…」

 

手を繋いだくらいでどうして照れているのかしら?

まあいいや。

 

「あ、さとり様!」

 

不意についてきていたお空が止まり、手を繋いでいた私も引っ張られる形で止まった。

「どうしたの急に止まって」

 

お空の視線の先には、甘い香りを放つ一軒のお店。そういえばそろそろ小腹が空く頃でしたね。地底暮らしをしていると昼夜の感覚が狂ってしまうから困ります。

「お団子食べる?」

 

「食べたいです…」

 

分かったわ。それじゃあ行きましょうか。

暖簾を潜れば更に甘い香りは広がる。

みたらしの香りでしょうか。でも餡子の匂いも混ざっていますね。確かにこれは食欲を誘われます。

折角ですし私も頼みましょうか。

 

 

 

 

 

 

今日はさとりが何処かに出かけてしまい、こいし達も地上に行ってしまったりして少し暇だった。昨日は都合で地底の方に泊まったのに朝からやることがなくて暇だ。

まあ…元の生活からすれば暇なときなんて影を纏って回遊していればよかったのだけれど封印されている合間に街も人も変わってしまったようなのだー。

お陰で元の生活は送れそうにない。だから少し考えるついでに居候させてもらうことにしたのだけれど……

暇がこれほど恐ろしいものだったとはなー。参ったのだー。

 

でも、そんな暇もどうやら終わってくれたみたいだ。

目の前に隙間が現れ、風船がその場で膨らむかのように割れ目が広がる。

「何のようなのだー」

一目見た瞬間でわかる。この雰囲気は最も私がダメな雰囲気。本能がこいつを好きじゃないと判断する。

「あら、幻想郷の賢者として少し様子を見に来ただけよ」

賢者と呼ばれる存在は揃いも揃ってめんどくさく、その上此方を手の平で転がす。自分優先他人は駒。そんな考えはどうしても気に入らない。それに……

「……貴女なんでしょう?私をあの時攻撃したのは」

 

「あら、どうしてそう言い切れるのかしら?」

しらじらしい…知っているけれどあえて知らないふりをしていることがバレバレだ。いや…実際わざとそうしているのだろう。面倒なやつだ。

「言わなきゃダメかしら?」

 

「言わないと分かりませんよ」

こちらが不機嫌だということを隠さないでいると何故かニコニコし始めた。天邪鬼のような反応はしなくていいから。面倒だし…

「貴女から出るその胡散臭い雰囲気とあの時の弾幕から出る雰囲気が同じだからよ」

まあ普通ならそれくらいじゃ核心に至れない。だけれど賢者クラスは別。気迫と雰囲気だけで特定することくらい簡単なのだ。

「あら、封印されていたにしてはしっかりした思考が出来ているじゃない」

なんだこいつ…こちらを怒らせたいのか?何がしたいのかわからないのだー。

「ふざけているのかしら?」

 

「いいえ、事実よ。数千年単位で封印されている存在というのは体力や力はほとんど変わらないけれど思考力が大幅に低下することが多いのよ」

ふーん……

「あっそう……」

なんだかこいつと話していると少しイライラしてきた。温泉でも入ろっかなあ。

もう話すことはないと思いそのまま立ち上がる。だけれど賢者がついてこようとする。

「なんか用なのかー?」

 

「いいえ、ただ暇をしているのであれば少し付き合わない?」

 

「要はあんたも暇を持て余していたわけね」

で…同じく暇を持て余している私を見つけて声をかけたと。まあ賢者も認めたくないけれど一応同じ妖怪だし暇になるときだってあるだろう。偶然私を見つけてしまっただけ。そう割り切ってしまえばどうということはない。

 

「ご名答よ。折角だし温泉に行かないかしら?」

 

「奇遇ね。私も温泉に行こうかと思っていたわ」

少し温まりたいし地底でしか味わえないものだから滞在できているうちに入っておきたいのだ。

ただこいつと入るのかと思うとなんだか楽しさ半減な気がするけれど。

あ、でも決めつけは良くないってさとりも言っていたしなあ…一回相手に従ってそれで決めましょう。

「それじゃあ交渉成立かしら」

 

「不本意だけれどそうさせてもらうわ」

すごく不本意だけれど……

 

そう思いつつ地霊殿にある温泉設備の元に向かおうとして肩を掴まれた。そっちではないと言いたいらしい。

「温泉に入るならこっちじゃないの?」

訳がわからないその行為に思わず語尾を強めてしまう。別に怒っている訳ではないのだけれどどうも相手には怒っているようにしか感じられなかったらしい。

「どうして地霊殿の温泉設備なのよ。折角なのだから旧都の温泉でいいじゃない」

何故その発想に至った。確かに地霊殿の設備は使用する場合費用がかからない代わりに一部清掃とセッティングを自分でやらないといけないけれど。それでもお金を払うよりかは幾分かやすい気がする。

「…ほんと思考が読めないわ」

 

「覚りじゃないのだから思考なんて読まなくていいのよ。尤も…覚りなのに思考を読もうともしない子がいるけれど」

 

どこか遠い目をする賢者の言葉に誰のことを言っているのか大体察しがついた。そう言えばさとりは賢者にとって都合があまりよくはない駒だったなあ……

 

「それじゃあ行きましょう。勿論移動くらいはサービスするわ」

 

そりゃどうもなのだー。

 

 

 

 

 

隙間って不思議なものなんだよなあなんて柄にもない事を考えてしまう。

まあ…それをいえば向こうから見れば私が纏っているこの闇だって理解できない不思議なものだしさとりの心を読む能力だって理解不能なものの塊だ。

 

正直、理解しようとするだけ無駄。それはそれでこの世に存在するそんなものなんだよなーって思っておけば良いのだ。

 

妖怪の賢者が連れてきたのは詳しくはわからないけれど地底のどこかの温泉宿。とは言っても温泉だけ入りに来た客なのだけれど…

そんなわけだから受付口で何やら会話の嵐だった。

どうやら賢者自身自分の正体を誤魔化しているらしく相手の妖怪もかなり強めの態度だった。

それでも賢者は賢者だ。少ししていきましょうと私を中に連れ込んだ。

 

「ここは疲労回復や肌の傷に効果があるらしいわよ」

そんな彼女の説明を聞き流しつつ纏っていた闇を消し風呂場に向かえば、そこには2人の人影があった。

「あら先客がいたわね」

いつのまにこの賢者は服を脱いだのだろうか…不思議なものだ。

「お姉様何かきました」

お姉様ということは2人は姉妹なのかー。お揃いの猫耳と尻尾…化け猫とかの猫の妖怪だろうか?

「あら……妖怪の賢者ね。珍しいわね」

ふーん…賢者の正体を見破ったってことはかなりの実力者かこいつのことを元から知っていたかということね。

「私は見世物じゃないのよ」

 

「でも珍しいですからねえ…」

猫たちの言うことは確かに一理ある。一理しかないけれど。

そもそも知らない相手…というわけでもないけれどあっていきなりあんなことを言われたらいい気分になるはずがない。

賢者と猫の会話を聞きながら体を洗いさっさとお湯に浸かる。

 

あーあったかいのだー。寒い冬にさとりに風呂を作ってもらった時よりかは温かくないけれど……人情というやつだろうか?

「そういえばあなたは賢者のお連れさんでしたか?」

多分妹であろう方が私のそばに来た。まあ…妹なのかどうかは私の偏見で決めたのだけれど…

「そうなのだー…貴方たちは?」

 

「私は紅香」

 

「妹の千珠です」

ありゃ、見事に逆だったよ。残念…

「ルーミアなのだ」

 

「もしかして常闇の?」

んー?そんなに有名だったのかー?正直闇になって飛んでいるだけの存在だとどうしても世間の噂が分からない。封印されていたから仕方がないとはいえなんだかなあ…自身の評価はきになる。

「しっているの?有名になったものね」

 

「知り合いから一度聞きました」

 

「知り合いというか…恩師だけれど」

ふーん…恩師ねえ…きっと猫の妖怪なのだろうか。

 

その後もたわいもない話をしていたもののわかった情報は、この宿に泊まっているということくらいだろう。実際それ以上のことを私も聴く気になれなかったし。

 

2人が先に上がっていきようやくこの場には賢者と私の2人だけになった。

向こうもこれを待っていたのだろう。だけれど、そんなものは知らぬ存ぜぬな態度だから向こうから切り出すことはないはずだ。

「結局賢者さんは何がしたかったのだー?」

 

「言ったでしょ。暇を持て余したから」

 

「それだけじゃないんでしょ」

 

「まあそうね。当ててごらんなさい」

面倒なことを言う賢者だなあ……

「どうせ私がスペルカードルールを無視した行動をとったから警戒対象に入れたい。そのためには実際に自身の目で見て判断する。そんなところでしょう」

 

「八割合っているわ」

 

「あっそう…」

 

「結論から言ってしまうなら危険性はあまりない。あの時はただの認識不足と空腹によるある種の暴走状態だったと捉えることにいたしますわ」

 

ふーん…まあいいや。誰に目をつけられていようと関係ない。私は私のままこれからもずっと生きていくのだから。

 

 

 

 

「そろそろ冬ね…」

 

きっと地上ではもうすぐ春が来なくなる。そうなればきっとそれによる弊害が起こる。

私自身は異変には関与しないけれどこれによって発生する人的被害を押さえておきたい。今のうちに動きますか。

 

「さとり様なにを考えているのですか?」

 

「なんでもないわ。ただの独り言よ」

 

ネックレスや貴金属を扱っているお店から顔をのぞかせたお空が私を呼ぶ。

何か見つけたのだろうかと中に入ってみれば、なんだか落ち着かない雰囲気に少し尻込みしてしまう。

「こういうところは…落ち着かないわ」

 

「そうですか?私はキラキラしたものは好きですよ」

烏の習性だろうか…考えるだけ野暮というものね。

そう思い視線を商品の方に向けて…

「あ……」

 

あるものが目に留まった。

「どうしたのですか?」

 

「琥珀……」

どうしてそれが目に留まったのかはわからない。だけれどなんとなくそれに惹かれてしまった。

ただ、中に入っている小さな青白い火のようなものがなんだか不思議な感覚を呼び起こす。

「ああそれ私が気に入ったやつです!」

 

「お空にしては見る目があるわね」

 

店主に話を聞けばどうやら灼熱地獄周辺で偶然見つけたものらしい。見た目は綺麗だけれど不思議と買い手がつかず持て余していたもののようだ。

「お空、欲しい?」

 

「欲しいです!」

 

じゃあネックレスに加工しましょうか。といっても削るのではなくネックレスとしてチェーンや型を取り付けるだけなのだけれど。

でも不思議ね…まるでお空を待っていたみたい……そんなことないか。

 

私がただ琥珀と名付けたあの少女を勝手に連想してしまっただけ…その副産物よ。



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depth.147春雪異変 上

寒い……

いやさ…冬だから寒いのはわかるんだけれどそれにしたって寒くない?

雪だっていつまでたっても溶ける気配ないし。

 

腰まで積もった雪をどうにか掻き分けながら家の前まで行く。昨日の朝に雪かきをしたはずなのにもうこんなに積もっている…

多分違うね。退かした直後から積もった雪が溶けずにそのまま残っているのね。

普通そんなことはあり得ないのだけれど…地面だっていくら真冬だとはいえある程度の熱を持っている。だから少量の雪なら地面に触れてすぐ水に変わってしまう。もちろん降り続ければ表面から熱が奪われるからいつまでも水に出来る訳ではない。

「えい!とう……うへ…寒い」

 

歩くのも億劫になってきたので障壁を展開し除雪もどきをやってみたら障壁の高さをあっさり超えた雪が頭に降りかかった。

おまけに前も見えない。

ダメだこりゃ……このままじゃ冷凍こいしになっちゃう。

素直に飛んで行ったほうがよかったかなあ?でも天気が悪い時に空を飛ぶと危ないからなあ。

一応玄関の前だけは雪が溶けていた。

お姉ちゃんが退かしておいてくれたのかなあ……

まあいいや寒いし入ろっと。

家の中に入れば寒さもかなりマシになった。それでも寒いことに変わりはないのだけれど…

「ただいまお姉ちゃん」

 

暖気が漏れている部屋に向かえば、そこには温まっているであろう掘り炬燵とその上に置かれた蜜柑。まるで天国であるかのような光景が一面に広がっていた。

勿論そんな光景を目に私がなにもしないわけがなく、外套を脱ぎ去りそのお布団の中に入り込んだ。

「あーあったかい…」

入った瞬間、体が縛りから解放されたかのように昇天を始めた。

「こいし溶けてるわよ」

 

「炬燵の魔性には逆らえんのですよう」

いつもの口調も全部持っていかれてしまう。ああやばい私という存在が炬燵に食われる…

 

「アホなこと考えてないで…甘酒飲む?」

 

「飲む!」

 

炬燵で甘酒かあ…このコンボは即死だよ…でもやめられない。

お姉ちゃんが甘酒を取りに台所に行っている合間にお空とお燐も戻ってきた。2人は家の中にいたらしくそこまで冷えてはいなかったようだけれどやっぱり炬燵に潜り込んでいた。

「……はい甘酒。お燐とお空も飲む?」

戻ってきたお姉ちゃんの手には甘酒が四つ乗ったお盆があった。途中で2人が来ることに気づいていたみたいだね。

 

「飲みます!」

 

「いただくよ」

ああ、やっぱり飲むんだ…予想はしていたけれど……

私の前に置かれた甘酒を少し口に含む。熱いけれど飲めなくはない。お燐は…案の定アチアチ言ってた。仕方ないね。

甘い……やっぱり寒い時は炬燵に甘酒だよねえ…温かくて美味しいし。

 

「それで、人里の様子はどうだったの?」

体も温まり気も落ち着いてきたところでお姉ちゃんが訪ねてきた。そうだったそうだったと必死に記憶を手繰り寄せる。

「やっぱり暖房用の燃料と確保していた食料の備蓄が限界だって」

 

「やっぱり……」

 

そうだよね。真冬並みの天気だけれど今は三月も終わる。雪が溶けてそろそろ春の天気になるはずの頃なのに未だに天気は1月あたりの状態のまま。その上豪雪だ。人里にも異変なんじゃないかって心配する声が相次いでいる。

「お姉ちゃん、異様に外寒い」

 

「もう三月なのにねえ……」

お燐途中の記憶が抜けてるよ。もう三月じゃなくて三月はもう終わるんだよ。普通ならとっくに花見だよ。

「寒波でもこんなことありませんよ」

お空の言いたいこともわかる。これはただの天候じゃない。多分異変だよ。

 

「そういえばこの前人里に支援物資送りませんでしたか?」

 

「あー確かに送っていたよね。こいしそれはどうなんだい?」

 

ああ、そういえばこの前送ったね。不足しがちな暖をとるための燃料と食料。そっちも数日前に尽きたって言っていたような…

「このままだと寒さで死者が出かねないわよ」

 

「実際狩に出て帰ってこなかった人が何人か出ているらしいよ」

普段慣れないことはしないほうがいい。特にその道のプロですら止めるような天候の時はさ…

「今頃は雪の中かあ…これじゃあ死体を探し出すのは雪解けになってからだねえ…」

お燐ですら諦めるのならもう見つからないね。

でも雪の中なら氷漬けになって保存状態は良さそう。少なくとも腐敗や破損が少ないから良いかも。

「やっぱりこれ異変だよね……」

 

「そう考えて間違いはないですよ」

ようやく冷めてきたのかお燐が甘酒を一気に飲み干す。豪快だなあ……

コーラ一気飲みみたい。コーラが何か知らないけれど。

 

「いずれにしても私たちが動く必要はないわよ」

きっぱりと言い切ったのはお姉ちゃんだった。

「異変だったとしたら解決は人間が原則ですからねえあたいらじゃどうしようもないですよ」

そうなるんだよねえ…参ったなあ…この様子じゃ巫女が異変解決に向かった様子はないし。

「人ならざる者だって解決に参加してもいいのよ」

え?そうだったの?てっきり妖怪は参加しちゃダメなのかと思った。ってそれを知っているならなんでお姉ちゃん動こうとしないのさ。

「じゃあ解決してこようかなあ……」

 

「弾幕ごっこのルール厳守よこいし」

 

「う…それは少し難しいかも」

勢い余って弾幕(ガチ)を撃ち出しちゃいそう。一応弾幕ごっこは地底のみんなやお姉ちゃんとやっているから自信はあるけれど…

 

「あ、そういえばさとり様、家の横にあったあの屋台はなんですか?」

屋台?そんなの家の横にあったかなあ…もしかして雪で埋まっちゃっているとか?

あー確かに何か膨らみのようなものがあった気がする。気にしてなかったから忘れてたよ。

「あれはミスティアのよ」

え?あれみすちーの屋台だったの?この前屋台作ったとか言っていたけれどまさかあれだったんだ…雪埋まってて見れなかったのが悔しいや。

「あれ?みすちー来てたんだ」

 

「雪で身動き取れないし寒かったらしいわよ」

そりゃこんな雪積もってたら誰も屋台に行けないよ。それに屋台自体が埋まっちゃいそうだし。

寒さしのぎでここに泊まる妖怪が増えているけれどまさかみすちーまで来てたんだね。

 

となると…もう宿泊用のお部屋は満杯かな?いやーまさかこんなことで満員になるなんてね。まあ部屋を無償で貸しているだけだからお金とかなんてとってないけれど。

あ、もちろん全員分の食事なんて1人2人で作れるようなものじゃないから何人かに手伝ってもらっているよ。

困ったらお互い様だからね。

 

 

 

 

「……少し様子見てくるね」

まだ食事の時間には早い。そうなってくるといくら暖かくてダメ人間を製造する炬燵であっても暇を消し去ることはできない。特に妖怪が暇と感じる時は相当なのだ。だからまた外に出る。寒いけれど少なくとも暇ではない。

「暗くならないうちに戻って来なさい」

お姉ちゃんが手袋と耳あてを引き出しから取り出してくれた。さっき忘れて行っちゃったんだよね。今回も忘れるところだった…

「わかってるよ。後耳あてと手袋ありがと!」

 

再び外に出るとさっきよりも降る雪が少なくなっていた。このまま止んでくれるのかなあなんてそんな希望を抱きつつ空に舞い上がる。人里とかの様子は見た。後は山と…色々と見てまわろっと…

 

 

 

 

ふらっと歩いているとどうやらここはあの魔法の森だったみたい。雪でいつも有毒胞子を出すキノコが軒並み雪の下か死滅しているのか毒がなくなっていて気づかなかった。

「やっぱり…温度が下がっているぜ」

地面を掘りながら何かをしている白黒魔法使いを見つけてこっそり後ろから近寄ってみる。なるべく音を立てないように慎重に……

「んーなにしているの?」

すぐ真後ろで声をかける。ついでだからか肩をポンポンと軽く叩いた。

「おわっ‼︎おどかすなよ」

あはは、綺麗にジャンプした!なんだか可愛い…

「えへへ、驚かすつもりはなかったんだけれどね」

というのは嘘です。もちろんバリバリ驚かすつもりでした。

「それでどうしたの?地面の温度なんか測ってさ」

もしかして異変のことでも調べていたのかな?確かに日照時間は季節に合わせて長くなっているはずなんだけれど…どうも曇り空のせいで日が遮られちゃっているからあまり恩恵を受けられていない。でも地中温度測ってどうするんだろう。

「なんでもねえよ。妖精だかなんだか知らないがあっちで遊んでな」

むう…ぶっきらぼうな言い方だなあ。あ、もしかして異変解決を巫女に持ちかけて断られたから不機嫌なのかなあ…

「そうするよ。異変捜査の邪魔しちゃ悪いからね」

まあここはおとなしく引くことにしよっと……イラついている相手ほど怖いものはないし。

「ふーん…結構知ってそうだな」

ありゃ?何か勘違いされたかなあ…

「そんなことないよ。知ってることしか知らないし私は異変とは関係ないよ」

急に強い風が吹いてまだ降ったばかりで固まっていない雪が舞い上がる。あ、外套外れちゃった。って粉雪寒い!

 

「だろうな…ってあんたあの屋敷のメイドか?」

 

「正確には違うけれどその認識で良いよ」

あの時は一応メイド服だったし認識としてそう思われても仕方がない。でも正体を明かすわけにもいかないからね。

「どっちなんだぜ」

 

「さあね。正体がわかるまではいくつもの可能性があるからそれはそれで面白いじゃん」

 

「シュレディンガーの猫みたいだな」

神妙な顔つきになった白黒魔法使いさんが笑った。

「あ、分かった?」

 

「これでも魔法使いだぜ」

魔法使いとシュレディンガーの猫ってなんの関係があるんだろう?

私は魔術を使うから魔法のことは少ししかわからない。

「魔法っていうのは魔力の想像で現実世界に干渉する一種の装置に近いものなんだ。だから例えば…中に魔力を充填させた絶対に壊れない箱があったとしてそこに私が少しだけ何かの術を混ぜればなにが起こると思う?」

 

「その術が表す魔法現象が発生する?」

それ以外思いつかないんだけれど…

「魔術ならならそれで良いが私が入れたその術はあらゆる可能性を持つ初期動作。つまり魔法の方向性を決める手前の段階のものだったとしたらどうだ?」

えーっと…確か一番最初に術式に入れる大事なやつで全ての魔術と魔法に共通している一種の魔力入力口になる術を入れるってこと?

「その場合存在するしないに関わらずあらゆる魔法現象の可能性があるけれど基本は失敗しちゃうじゃん」

魔術でも魔法でも入口だけあってもそれ以外がないと反応なんてしないよ。まあ、まれに魔力が方向性を持って何かの式が偶然構築される可能性はあるけれどそれは魔術じゃなくて魔法の領域だからなあ…

「普通はな。だが失敗したのを確認するのはどうする?もしかしたら中で何かの魔法が作動しているかもしれないぜ?」

 

「だからシュレディンガーの猫なんだね」

ようやく納得したよ。

「そういうことだ。理論的にはこの方法が確実に新しい魔法を見つける手だてになるんだがなにせ理論だけだからな」

首元に巻いたマフラーを少しだけ口元からずらして彼女は得意げに言った。今まであまり話せる相手がいなかったんだろうね。すごく嬉しそう。

「私得意分野魔術だから詳しくはわからない」

 

「なんだ魔術は使えるのか」

意外そうに聞いてきた。パチュリーは魔法使いだしむしろ魔術を使うヒトって少ないのかなあ?

「まあね」

 

「魔術と魔法じゃ根本が変わってくるからなあ…」

それでも何か面白そうに私を見つめてくる。なんだろうね……

「魔術は数式とかで魔力を理論的かつ科学的に現実世界に干渉させるのであって基本は術式メイン。それに対して魔法は魔力を簡単な術式で方向性を決めさせるからあくまでも魔力がメイン。考え方が違うからなあ」

 

「だから魔術は確率論はあまりしないんだ。基本術式で導かれた答えだからね」

一応魔法も大雑把なことはわかるし最近では魔術師より魔法使いの方が増えている…というか魔術師滅びかけているというのが現状なんだよね。

言っちゃえば魔術ってある種の科学だし結果が決まっているから魔法より発展性に乏しいし。魔法の方がむしろ不確実性を利用して発展性に富んでいる上に実際高度に発展してきているし。

「ついつい話し込んじゃったな。どうだ?異変が解決したら家で談義でもしないか?」

ようやく我に返ったのか自分の目的を思い出したみたい。でも同時に家に誘うかあ…

「面白そうだからする!」

 

「そっか。私は霧雨魔理沙!あんたの名前は?」

 

「私はこいし。よろしくね」

 

「こいしか…分かった!春になったらまた話そうぜ!」

 

そういうと魔理沙は木に立てかけてあった箒を手元に手繰り寄せ空に舞い上がった。踏み固められていない雪が舞い上がりあたりに飛び散る。

 

それが僅かに煌めいて幻想的だなあって思っていると、それらがさらに光り輝く。そして遅れてやってきたパシャリというシャッターが切れる音。

 

「あれ?珍しいねえ」

 

「はくしゅっ‼︎」

 

隣でミスティアさんがくしゃみをした。やはり部屋の温度が低いだろうか?

一応これから竃の火をつけるので暖かくなるのですが、料理ができる数少ない人材なので風邪を引かれても困ります。

「部屋が暖かくなるまでこれ着ていてください」

 

とりあえず私が着ている半纏を貸す。だって普段の服だけじゃ寒いでしょ。いくら気温氷点下までいってないとはいえ一桁台ですからね?

私なんて半纏の内側に重ね着しているんですから。

 

「やっぱりこれ異変なんでしょうか?」

包丁を持つ手を止めて私に向き直ったミスティアさんが聞いてくる。その瞳がまるで私の中を覗き込むようで少しゾッとする。妖怪ってよくそんな目しますよね。ええ…特に戦う時とか。

「かもしれませんねえ」

まあ異変とわかったところでどうすることもしないですけれど。

「さとりさんはよく落ち着いていられますね」

 

「まあ…仮に異変だったとしたら終わらない異変はないですからね」

実際終わらない異変があるとすればそれは地球に生命と…生命に近い存在でありながら生命ではない妖が存在すると言うことでしょうか?

「そうやってずっしり構えている人がいると安心します」

ふーん……そうなんですか?まあ指導者はどんな時も狼狽えたりしてはならないとありますが…私は指導者なんて向いていませんし。

「まあこのままだとひまわり畑の主が来るかもしれないけれど」

このままだと向日葵の生育に影響が出ますしそれに向日葵や大事に育てている花が絡んだ時ほど恐ろしいことはないですし。

「それやばくないですか?」

幽香さんの恐ろしさを知っているミスティアさんが途端に顔を青くさせた。

「冬だから力がある程度落ちていると思いたいわ…でなければ巫女に退治される数が増える結果になるわ」

その巫女ですら苦戦するかもしれないときましたからね。おかしいですね。彼女弾幕ごっこ苦手とか言っていたのに…苦手だからという理由で幽香さんが手も足も出ないなんてことは想像できない。

まあ内心涙目で勘違いされっぱなしだとは思いますが…それはそれで面白いので黙っておきますよ?知ってしまった秘密はたとえどんなことでも極力秘密にするのがポリシーです。

「焦った方が良いですか?」

 

「巫女が焦るから平気よ」

 

何故か呆れるミスティアさん。

「さとり、お客さんだよ」

台所に入ってきたお燐が私の袖を掴んだ。

こんな時間にお客さん?一体誰かしら……

「お客さん?誰なの?」

 

「子供が1人だよ」

子供?どうして子供が1人でこんなところまで……絶対ただの子供じゃないわよね。

あとをミスティアさんに任せお燐と共に一度居間に向かう。

応接室を兼用している居間には確かに子供が1人炬燵に足を入れていた。

ややおかっぱ…というかおかっぱだったのが髪が伸びてしまったような髪に少し高そうな和服を着た女の子…どことなく出ている妖気から普通の子どもではないのがわかる。

「初めまして。座敷童と申します」

 

座敷童に座敷童だと名乗られた件について。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ霊夢、流石に動かないとまずいだろ」

はいはい何回目よそれ。私は寒いのが大の苦手なの!だからコタツから外に出るのは寝るときを除いて必要最低限にしたいの!

「異変の確証があるのは分かったわ。だけれどね、いくら確証があっても場所も目的もわからないようじゃ無駄足を踏むだけよ。ただでさえ寒いのにやってられないわ」

 

「ああそうかい!異変解決の意思がないってことがよく分かったぜ!」

なんで怒るのよ。怒ったらシワが増えるわよ。

「異変解決の意思がないとは言っていないわ。でも黒幕が分からないのにこんな雪の中を動き回るのが嫌なだけよ」

 

「分かったぜ…じゃあ、ある程度私が原因と黒幕の見当をつけているって言ったらどうだ?」

 

黙って出て行く気は無いのね。

はあ…仕方ないわ。話だけは聞くからコタツに入りなさい。そこにいたら寒いでしょ。

少しだけ横にずれスペースを開ければ、滑り込むように魔理沙が入ってきた。

もうちょっと近づいてほしいわ。その距離じゃ教えづらいでしょう。

「霊夢はこっちで温まっているだけだったかもしれないがこっちは色々と調べているんだよ」

 

「そう、なら貴方なりの原因究明を聞かせてもらえないかしら?」

 

「まず冬が終わらない理由!」

めっちゃ乗り気ね。狙っていたでしょ。

「気象現象なんじゃ……」

 

「甘いな霊夢は。最初は天候だけかと思ったが日照時間自体は通常の季節と変わらないぜ。いつも雪雲がかかっているから分かりづらいけれどな」

 

「なら冬妖精が力をつけすぎて四季のバランスが乱れているとか?でもそれはあり得ないわ」

私もその線を疑ったけれど全然そんなことはなかったわ。むしろ冬の力が勝手に増大して少し暴走しかかっていただけだったわよ。

「ああ、いくら考えても調べても季節の力が増大している証拠は無かったぜ。だからパチュリーに聞いたんだ」

 

「あんたも思いきったわねえ…出禁にされたんじゃなかったの?」

 

「ちゃんと本は返したぜ?全部じゃないけれどな」

だめだこりゃ…死んだら返す気でいるわね…まあ魔法使いの研究なんて一生かかるものもあるから仕方ないでしょうけれど。

「結論として季節の力は下がることはあっても増大することはないんだぜ」

 

「ああ…じゃあ誰かが春の季節の力を奪っているから……」

 

「その線が濃厚だったから観測地点の地表温度とパチュリーから直接借りた季節の力を測る術の入った魔導書で調べたらドンピシャだぜ」

 

「つまり誰かが春の力を奪っていると言うことね……魔理沙にしては上出来じゃないの」

 

「言い方があれだな。もっと褒めるとかしないのか?魔理沙サマーとか」

不満そうね…

「様付けとか似合わないわよ。それに黒幕が誰か分からないじゃないの」

一通り喋ったんだから蜜柑食べて少し気分を落ち着かせなさい。ハイになったままだと色々と面倒だからね。

え?筋が残っているって?普通筋は残したままよ。

「黒幕ぐらいさっさと探せばいいだろう?季節の力を奪うんだ。それなりに準備や方法があるしここまで大掛かりなものとなればそれなりにボロが出てもおかしくない」

 

「そうね……じゃあ蜜柑食べたら解決に行くわ…面倒ね」

折角魔理沙がある程度調べたんだし流石にここで動かないと人として最低よね。まあ人としての道を踏み外していないから別に動かなくても良いよなあと思ったりしてしまう私がいるのも事実だけれど。

「そういや紅魔館のメイド長知っているか?」

 

「咲夜のこと?」

 

「ああ、そいつも異変解決に出たって話だぜ」

 

「あっちは黒幕を知っているのかしら?」

 

「おそらく知っているんじゃないかな…」

あの吸血鬼の入れ知恵ね。ならば一緒にくっついていけば自ずとたどり着けるはず……

「じゃあ仕事がとられないように最低限の動きだけはしますか……」

あ、その前にお茶飲んでいくわ。先に行っていていいわよ。

「寒いと人はここまでだらけるのか」

 

「温暖な地域の生き物は寒くなると活動が極端に弱まるのよ」

 

「屁理屈ってやつか?ならこの部屋を暖かくしていいんだぜ?」

 

「あいにく炬燵で間に合っているわ」

 

 

 

 

 

 

普段はしまっている来客用のお茶を出しつつ、炬燵で温まっている小さな少女を見つめる。見た目に騙されることなかれ…確か彼女は、彼女達は紫が重宝する手駒だったはず…まあこれを知っているのは紫か僅かなヒトだけですから言わなくても良いか。正直な話人里での諜報活動など私には興味ない。

「座敷童さんがわざわざ何用でこちらに?」

そもそも表向き人里で家に飼われている存在がどうして来たのだろうか?

 

「単刀直入に言った方が良いですか?」

できればそうしてください。後少し不機嫌なのはこの大雪の中を歩かされたからですか?

んーなんだか違うようですね。あ!もしかして覚り妖怪だと知っているからですか?まあ仕方がないです。種族は変えられませんからねえ。

「どちらでも構いませんよ」

 

「異変の黒幕を知っていながら動こうとしない人がいるとある情報筋から」

つまりいい加減異変解決に動けやと言うことだろうか?確かにこの前紫と話す機会があったのですが…それだけで?特に異変のことなんて話した記憶ないのですが……

「ということは子供を使って抗議ですか……」

 

「どうやらそのようです…前の住んでいた家の方からはかなり引き止められたのですけれど…」

そりゃ一時的とはいえ家を離れるわけですからねえ。誰だって引き止めますよ。

私だって座敷童は引き止めます。だって可愛いですし。

「そう言えば座敷童ってなんなんだい?」

 

場違いな発言が周囲の空気を凍らせて止めた。お燐…いくら猫で気まぐれだからってそれはないわよ……

 

「お燐……」

私がため息をつくと何故か知らなくて当たり前やみたいな表情をされた。なんでですか?知らないのが普通なんですか?

「良いですよ。妖怪相手だと知名度が低いですから」

あ、そうなんですか…てっきり人間にも妖怪にもある程度知れ渡っているのかと思いました。ごめんなさいねお燐。

「ふーん……」

あ、完全に猫モードね…これじゃ何言っても聞き流しているのか聞いているのか分からないわ。

「で、座敷童ってなんなのだい?」

 

「一般的には座敷童は本来岩手県周辺で伝えられている妖精のようなものです。蔵や母屋に出現し座敷童が住んでいる家は繁栄するとか、悪戯が好きで色々とやっているとかそう言われています」

勘違いされやすいですけれど妖怪というより妖精とかに近い存在なんですよね。

「おおーよく分かりますね。幻想郷縁記にもそこまで書いていないですよ」

え…そこまで書いていないのですか?まあ…いいです。

「家に住み着く存在ねえ…」

ええ、でも大元になった存在は確か子供の霊だったような…そもそも悪戯好きなところもありますし。

「元を辿れば口減らしで殺された子供の霊だったりが集まって出来た概念なんですよ。だから悪戯をしたり子供にだけ見えたりといろいろです。そこは同胞に聞いてみないとなんとも」

まあ群生単一個体だとどうしてもその辺分かれますよね。

「でも幸福を呼ぶ存在って本当なのかい?」

子供の…しかも口減らしで殺された霊が幸福を運ぶなんて流石に馬鹿げていると思いますよね。

「正確には未来を予知する能力があるのよ。いつも家の様子を観察しているから些細な災害を予知し家人に伝える…それが曲がり曲がって幸福を呼ぶとか豊かになれるとかそういった伝承になったのよ」

 

「あら、もう知っていらしたのですか」

これは意外だと思ったらしい。結構驚いていた。はて…これくらいは常識かと思いますが……実際霊夢も私がいた頃に尋ねてきたから教えましたし。

秘密でもなんでもないですし。

「なんとなくだけれどね…」

 

「さて、本題に戻りましょう。異変の原因を知っているなら対処しても良いというのはちゃんと定めに記されていますよ」

 

「だからと言って行くも行かないも自由でしょう?」

子供の見た目なのに流れ出る妖気は相当なもの。どうやら本気で私と対話をしたいようですね。仕方がないです。少し付き合ってあげましょう。

 

「折角ですから異変解決に行ってみたらどうですか?別に妖怪が異変解決をしてはいけないという定めはないはずですよ」

提案のようだけれど結局それ断る選択肢をとったらなんとしてでも異変解決に向かわせようとしますよね。

でもそんな手には乗らない。

「私に異変解決をさせたい…それが紫の本意ですか…」

 

「誰の本意かはさておき、想像していることは近いですよ」

顔色ひとつ変えない…か。まあそうですよね。

「なら本人が直接言えば良いことを…いえ、それだと異変の相談に乗った意味がなくなるからでしょうか?変わらないと思いますけれどねえ」

 

「詳しいことは知らされていませんからなんとも」

 

涼しい顔で受け流しますか…まあ実際に知らされていないのでしょうから仕方がないか。それに、そろそろ巫女が動いている頃でしょうし行く意味ないんですけれど…不本意ですが、様子だけ見に行きましょうか。

「仕方ないわ…ちょっと出かけてくることにするわ」

すぐに立ち上がり身支度を始める。

「今からですか?夜になってしまいますよ」

ずっと側で寝っ転がって喉を鳴らしたりして呑気にしていたお燐が起き出した。

「妖怪が逢魔時に出るなら幽霊は丑三つ時よ」

夜だから良いのよ。

「では私も帰りましょうか」

私と同じく立ち上がった座敷童が部屋の襖を開けて廊下に出る。

「送り迎えくらいはしますよ?」

 

「ご心配なく。それでは…」

そう言い残して座敷童の姿は霧になって消えてしまった。まるで萃香さんのような消え方ね。

 

「それじゃあ私も支度してくるわ」

このままでは霊夢達と鉢合わせてしまった時に正体がバレてしまう。少し手の込んだ変装をしなくては……

 

 

「あんた誰だい?」

 

「え…さとりよ」

 

「嘘だ!」

なら変装は完璧ね。

 

 

 

 

 

 

「さとり様」

私とお燐が少し揉めていると、そこにお空が入ってきた。

「あれ?さとり様は……」

やっぱり変装が上手くいったのかお空が気づく様子はない。

まあ気づかれるような変装はしていないから分からなくても仕方がない。

「お空…目の前にいるのがさとりだよ」

お燐が苦笑いしながらも教えるがそれを信じる気は無いみたいね。

「やだなあお燐、流石に冗談すぎるよ」

それもそうよね。

 

紫がかった紅い薄桃色の髪はコバルトブルーが少し混ざった黒色になり癖っ毛故の毛先の跳ねもストレートにしている。さらにバレないように赤色のメガネをかけて普段は使わない化粧道具を使って少しだけ肌のトーンを落としている。挙句身長も普段より20センチ増しにしたのだ。まず同一人物だとは思えまい。

いやあ……関節を外したりずらしたりして無理に身長を高くしたせいで少し辛いです。まあこれくらいなら支障はないのですけれど。

ちなみにサードアイは羽衣で隠している。

「いえ、私よ」

流石に声まではまだ切り替えていないからこれでお空も気づくだろう。

「え…見知らぬ女の子がさとり様の声で話している…」

まさかまだバレないなんて……お空鈍臭いを通り過ぎてあれね…少し思考をどうにかしないといけないわね。

「変装しているだけよ」

サードアイを見せたらようやく信用してくれた。やっとですか……

「なんだそうだったんですかー。お燐もちゃんとそう言ってよ」

 

「あはは…悪いねえ…」

 

「あ…やっぱり目の周りとかさとり様だ」

 

「そこで気づく?」

髪留めを使って少し髪をまとめているせいか印象がずいぶん違うのだろう。

ついでに…

「これでどうかしら」

 

少しだけ妖力を使いお燐の耳と尻尾を再現する。

とは言っても飾りだから意味はないけれど。

なんとなくつけておけば変装の足しになるかな程度だ。

「あれ……同族に見えてきた…」

あらお燐、仲間として見てくれるの?なんだか嬉しいのやら悲しいのやら…

「あらそう?なら成功ね」

ここまですれば誰も私がさとりだとは気づかないだろう。だけれど霊夢の勘だけは気をつけなければいけないわね。

あれは本当未来予知とか心読とかそんなんじゃない。本当にやばいやつだから。

 

「それじゃあ行ってくるわ。一応ご飯はミスティアに任せるけれど大変かもしれないから手伝ってあげて」

 

「今度何かお礼くださいね」

お燐、そんなこと言うなら貴女には唐辛子エキス入りの目薬をあげるわ。もちろん冗談だけれど……でも護身用に凝縮唐辛子エキスのスプレーならあるから作ろうと思えば作れてしまうのが怖い。

「私台所見てくるね!」

 

部屋を出たお空に続く形で私も部屋を後にする。

ひんやりとした空気が露出した僅かな肌を刺す。針で刺されたような痛みが全体に広がりやがて消えた。

確かにこの寒さでは霊夢も動きたくなくなりますね。

それに…生命力が全体的に落ちているように見えます。このままだと少しまずいかも。

 

 

 

 

さて、一応誰が黒幕かは知っているわけだから寄り道する必要はない…だけれどやはり寄り道というかなんというか…ちょっとした様子見をしたいと思うのは悪いことではない。

実際あまり気を張らなくても良いのだし。ただあの妖怪桜は少し危ないかなあ…「浮ける」霊夢は問題ないけれど咲夜と魔理沙は対抗策がないとかなり危ないだろう。まあ仕方がないのかもしれないけれど。

 

 

向かうは妖怪の山。雪に半分埋もれかけた地面を下に悠々と空を飛ぶ。

ここまで銀景色になってしまうと晴れた時に地面からの照り返しがきつく飛ぶのは難しいけれどあいにく曇っているおかげでそこまで照り返しは酷くない。

それよりも哨戒している白狼天狗は銀髪か白髪な上に普段から白を基調にした服を着ているせいで雪景色では自然と迷彩になってしまっている。

だから接近に気づけないことが多い。特に私が指導してからは迷彩服を着る子が増えたのか年中見つけづらくなってきているのですけれど。

 

「止まりなさい!これ以上先は天狗の要域です!許可のない侵入は許しませんよ」

 

ありゃ…やっぱりきた。しかも今変装していますからこれはまずい……

どうしたことか…

数は2人。だけれどバックアップが近くにいて何かあればすっ飛んでくることを考えれば攻撃して強行突破とかはしたくない。

 

一応柳君がくれた通行証代わりになるやつは持っているのですけれど。

これ通用するかなあ?少し前に古くなったのと交換してもらったのですが真新しいと偽物と疑われる場合があるとかなんとか言っていたような。まあいいや。

「これ一応あるのですが…」

私が懐から引き出したそれを見て2人の白狼天狗が仰天した。というより驚愕してしまったが故にしばらく静かになってしまった。

「あ…はっ!失礼しました!どうぞお通りください!」

あら…随分あっさり通すのね。もしかしてこれそこまでやばいやつなのだろうか?確かに前に交換したものと紋章や繊細度が違いますが……

 

まあ通れるのであればなんでもいいや。

おっとそうだった…折角白狼天狗に会えたのだから聞いておかなければ。

「あの…お尋ねしたいのですが射命丸文はどちらに?」

 

「射命丸さんですか?すいませんわかりません」

やはりダメでしたか…まあ哨戒任務中のヒトに聞くことでもなかったわね。

「いえ、お気になさらず」

 

地道に探していきましょうかねえ……もしかしたらもう異変の黒幕のところに行っているのかもしれない。

少し探していないようであればさっさと行きましょうか。

「あややー見ない顔が山に来たと椛が伝えてきたから何かと思えば…」

一陣の風が吹き、背中に声がかけられる。それと同時に舞い上がる黒い羽。振り返ればそこには探そうとしていた人物が音も立てずに浮いていた。

「あら、文さんいたんですか」

普段と同じような仕草をするのもアレだったので少しお嬢様風の身なりで動いてみる。まあ着ているのは羽衣と浴衣に近い服なのでお嬢様風にはなりませんけれど。

「ええ、さとりさん久しぶりですね。見ない合間に随分と変わったようですが…」

あら、まさか私の正体を一瞬で看破するとは…誰の入れ知恵でしょうか?

「ただの変装ですよ。それにしてもよくわかりましたね」

どのようにして見破ったのか…気になるところです。

「匂いでわかりますよ」

匂い?ああ…そういえば風呂入って匂い落としてくるの忘れました。なるほど…そこからバレてしまったのですね。

「では……香水つけてきた方がよかったでしょうか?」

 

「いえ、そういうことではなく…雰囲気というものでしょうか?なんとなくわかるんですよ」

 

……どこかで気配遮断の能力があるお面を買った方が良いかしら?霊夢に見つかったら即バレねこれじゃあ。

 

「それで今日はどうしました?変装までして出てきたということはきっと何かありますよね!」

急に嬉々として私に抱きついてきた。一応関節をずらして身長を誤魔化しているから同い年に見えなくもないですが普段の姿でそれをやったら完全に犯罪ですからね?後急に抱きついたら危ないですって……

「ちょっと異変解決のお手伝いに…正体がバレるとまずいので私の名前は隠しておいてください」

 

「おお!バレずにこっそり…密かに解決のお手伝いですか!かっこいいですねえ……お伴しますよ」

まるでスパイ映画見たいとか言いそうな表情だ。まあ映画なんて幻想郷に来ないのですけれど。でも一緒に来てくれるのはありがたい。交渉の手間が省けました。

「もとよりそのつもりです」

 

行きましょうかと再び空に上がる。確かあの雪雲の上に冥界への入り口が口を開けているはずだ。まあわざわざそこから行かずとも、旧地獄を経由して三途の川まで行けば自ずと冥界には行けるのだけれど。

 

「黒幕について知っているようですが…」

 

「まあ知っていますけれど…ところで雲の上はちゃんと見たことありますか?」

 

「いえ…見てはいません…まさか黒幕は上にいたんですか?」

あら、貴女が見ていないなんて珍しいわね。

まああんな雪降らしている雲の中に突入するのは気が引けますけれど。

 

「当たらずとも遠からず……」

 

真実は目で見て確かめなさい。

速度を上げて空を飛ぶ。文も私に続いて上昇を始めた。とはいえ普段の速度よりもかなり遅いですけれど。私に合わせてくれているのだというのは直ぐにわかった。

まあ焦っても仕方がないのだからこのままのんびり行こう。

 

 

 

 

 

 

「うーん…参ったわね」

 

「だなあ…」

気がつけば魔理沙とともに同じところを何度も回っていた。まるで広範囲に結界がかけられておりそこから抜け出せないかのようなそんな感じだった。

 

無人の村を見つけて降りてみたは良いけれど入ってからどうも前に進んでいる気がしない。いや実際には前に進んでいるのだけれど結局同じところに戻されてしまう。さらに空に上がろうとしても気がつけば一定以上の高さから移動していないなど空間が繰り返しを起こしている。

その上人がいない…建物だけの村だ。気色悪い。なんだかうごめいているようにも見える…そんなことあるはずないのに。

雪を踏みしめる私と魔理沙の音以外、自然がおりなす音しか聞こえない。

どうにかしなければいけないけれど解決策がなかなか浮かばない。参ったわね…

「魔理沙何かいい案ある?」

 

「なにかの術でここに閉じ込めようとしているなら村を吹き飛ばせばどうにかなるかもしれないな」

 

「ただ精神攻撃の一種だったらそれすら通用しないわよ。むしろ体力の消耗につながる分危ないわね」

だよなあと腕を組んで考え始める魔理沙。このように迷わせる妖怪はいくつかいる。だけれどいつまでたっても襲ってこないのはなんだか不自然だ。足止めでもしている?

 

気がつけば目の前には茶色の猫が1匹だけ。それ以外はさっきと変わらない光景だった。

それにしても小動物は普通にいるのね。この子達についていけばもしかしたら出られるかしら?

 

ついそんな気がして歩き出した猫を追いかけた。二本に分かれた尻尾を見るにどうやら妖怪らしい。だけれど猫の妖怪は猫だった時と大して変わらない事が多い。無暗に退治するものでもない。

魔理沙も私の意図に気づいたのか黙って猫を追いかけることにして。

だけれど私達の予想を裏切るかのように目を細めた猫は、その場から煙のように姿を消した。

「迷い人かなあ?」

 

直後真後ろで声がする。

振り返ればまだ寺子屋で習い事をしていそうな年齢の少女が私達を見つめていた。その目がさっきの猫そっくりで、頭にある耳や尻尾を見るより先にそいつがさっきの猫なのだと理解した。

「…流石猫又だな」

魔理沙が素早く戦闘態勢に移る。そんなに身構えたら不意打ちができないわよ。

「猫又ね。倒せば何がゲロってくれるかしら」

まあ猫だから期待はしていないけれど。

「なんか物騒すぎない?」

知らないわよ。そもそも物騒なのはそっちでしょ。私は異変を解決する目的で合法的に妖怪をボコボコにすることができる存在よ。それに喧嘩を売ってくるということはそういうことなのよ。

だからさっさと退治されなさい。素早く針を袖から出し投げつけるが、見切られていたのか素早く回避されてしまう。その動き…確かに猫ね。

「まともに退治しようとするならやめておけ霊夢、私に秘策がある。どうにかしてあいつの動きを一時的に封じてくれればなんとかしてみせるぜ」

魔理沙が追撃しようとした私を止める。秘策ねえ…まあ面白そうだから乗ってあげるわ。

「じゃあ動きを封じ込めるからよろしく」

 

「うにゃああ‼︎やばいやばい!迷家だから出られないの!ここは迷家‼︎」

流石にこれには焦ったのか慌てて土下座し始めた。最初からやるなよとか思うけれどどうも妖怪は戦闘狂の気質が多いやつばかりみたい。今度似たような奴見つけたら許す許さない関係なく〆ましょう。

「あっそう…じゃあここから抜け出すために案内してちょうだい」

 

「それは断りたいのですが…」

なんでそれを断るかなあ?そもそもあんたに拒否権ないから。

「えっと…えっと……」

じゃあ大人しく動けなくされなさい。お札を投げつけ結界を展開する。猫又の後ろに結界の壁ができ退路を塞いだ。さて逃げられないわよ。どうするのかしらあ?

「霊夢流石にそれは鬼だぜ…」

 

「失礼ね私は巫女よ」

 

「そうじゃなくてだなあ…」

 

 

「わ、わかりました…」

あら根負けしてくれたのね。それじゃ案内お願いね。

「ここは迷家…入り込んだら普通じゃ帰ることはできない場所だよ」

 

「なあ、迷家って村だったか?」

そうね。名前的に家を想像するのだけれど。……

「迷家自体は妖のようなものなんです。意思はないのですけれど自己増殖を繰り返していまして…一つの家からようやく村まで成長したんですよ!」

 

「へえ…増殖する建物かあ…」

 

「さながら決戦増殖村ね」

 

「変な名前」

 

おい今変な名前って言ったな?ちょいとツラ貸しなさい。




炬燵の季節


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depth.148春雪異変 下

雲に突入した瞬間体が大きく煽られる。同時に冷たい粒が身体中を叩き服を湿らせていく。文さんが着ている防寒着が大きくはためく。というより飛ばされそうになっている。私は羽衣の前を咄嗟に縛って止めたのでどうにかなりましたけれど…って文さんスカート吹き上がってますよ!

時折雷が鳴り機能しなくなった視界を白く染める。

 

「あやや!なんですかこの嵐は!」

流石に最速天狗もこの嵐の雲の中を通過するのは簡単ではないらしい。私よりも左右に吹き飛ばされそうになっている。

「しゃべっていると舌噛みますよ!」

そんな彼女が見ていられないから、その手を掴んで一気に加速する。

 

左右は分からなくても上下だけは感覚でわかる。ならば上に行けば良い。

だけれど強い風が吹きつけ体が反転する。一瞬目が回り、どっちが上なのかすらわからなくなる。どこを見ても暗く立ち込めた雲ばかり…

いつのまにか文さんが腕にしがみついていた。

ようやく体を水平に戻せたので再び上昇する。幸いにも高度は落ちていないようだ。よかった…

ピカッ……

急に目の前が明るくなり大太鼓を思いっきり叩いた時の革が震える音が響いた。

直ぐ近くで雷が発生したようだ。

「きゃああ‼︎」

 

今ものすごく可愛らしい悲鳴が起こったのですが…

まあ気にしないでおきましょう。

しばらくすぐ近くで鳴り響く雷を避けつつ上昇すれば、急に視界が開け雪だか雨だかで濡れた体を春の暖気が包み込んだ。

太陽の光が周囲を暖かく包み込む……

 

「雲の上に出たんですか?」

 

「そのようです…それにしても暖かいですね」

さっきまで防寒着を着ていたせいか春の陽気は冷たい雨と雪で濡れていても十分暑いものだった。

「本当ですよ。地上と上空じゃこんな違いがあったなんて…ますます面白くなってきました!」

 

雨風に濡れぬように懐に隠していたカメラを取り出し必死に撮影を始める文。折角なのだからさっきの嵐も撮っておけば良かったのに。

「少し服を乾かしましょうか…」

いつまでもビショビショだと示しがつかない。なので妖力で生み出した熱で乾かしていく。ついでに防寒着は回収する。そもそも暑苦しいですからね。

「そうですね…しかしあの嵐はなんだったのでしょうか?」

 

「気温差が原因の嵐よ」

そもそも地上方面は真冬の天候気温。上空は季節相応の春暖気。ここまで気温差があれば中間地点はもう大嵐が出来てもおかしくない。地上にその被害が及ばないのは不思議ですが常識的に考えられない事が起こっていたのだから常識で推し量ってはいけない。

しかし雲の中があれだけ荒れ放題では少し不安がありますね。

 

広がる青空と高層に広がる薄い雲のキャンパスを目を凝らして見つめる。どこかに入り口が開いている筈だ。春度を回収するために現世に直接接続されている。そのはずだから…

「さとりさん何を探しているんですか?」

周囲を見渡している私が気になったのか文さんが聞いてきた。

「異変の元凶です」

いつのまにか着替えたようで文さんの服装は先ほどまでの防寒用装備から春用の半袖黒スカートになっている。

「異変の元凶がこの辺りにあるんですか?」

 

「あるはずですけれど……」

 

見当たりませんね…もしかして光学迷彩のようなものを張っているのでしょうか?だとすれば近づくかしないといけないですね。

「飛び回って素直に探しましょうか」

 

「そうですねでももう直ぐ日が暮れますよ?」

 

もう既に日は傾いている。青空が広がっているのも時間の問題だろう。

「じゃ早めに行きましょうか!」

飛び回り始めた文さんが私の手を掴んで一気に空を駆ける。風の音に混じって聞こえる微かな音楽の音色を探しながら。

 

 

 

 

 

 

「ひいい…寒い」

木の陰から現れたのはこんな寒い日なのにニーソと長袖シャツに紫と黒のチェック柄スカートという見ているだけで寒そうな格好のはたてだった。今さっき私を撮った携帯型カメラを持つ手もなんだか震えている。

「はたては寒いのほんとだめだよねえ」

 

「仕方がないじゃないそもそも私は温暖な地域が好きなんだからね」

そう言いながら体を震わせている姿を見たら流石に可哀想になってきた。えっと…確か予備の外套が魔導書に入っていたはずなんだけれど…あった!これこれ。

「ありがと…はあ、寒いのはやっぱダメね」

 

「それってこの地域住んでたら誰でもそう思うんだけれど」

 

「細かいことはいいのよ」

いいんだ…

「じゃあ細かくないことを気にしよう!はたてはどうして普段着なの?防寒着は…」

すごく気になっていたことを聞いてみる。私だって結構厚着しているんだよ?寒いから。

だけれど全然答えてくれない。それどころか顔を伏せちゃった。おーい…どうかしたのー?

「無いわ」

無いってまさか……

「え……」

そんな事ってあるんだ…あ、でも家の中で使う上着くらいあるよね…あるよね!

「部屋で着るのも含めて買ってないのよ!冬になったら外に出ないようにしているから!」

嘘でしょ⁉︎よくそれで冬場しのげたよね!まさかマフラーと手袋だけで過ごしてきたの?すごいや……それにしても…ニーソで脚が半分雪に埋まっているってなんだか背徳感がある…どうしてだろう?不思議…

「じゃあなんで今日出たの?」

思考を切り替えるべくもう一度質問。

「前々から雪景色が綺麗だよって文に言われていたし…ここまで冬が長引いたから溜めていた燃料と食料が尽きたのよ!」

なんで文のところで顔を赤くしてもじもじしたの?まさかトイレな訳はないよね…寒くてお腹冷えちゃった?脚冷やすとお腹も壊すからねえ…

「あーやっぱり燃料と食料かあ…」

天狗もこればかりは予想できないよねえ…

「まあ天狗の方はまだマシよ。人間の里はもっと酷いんでしょ」

 

「うーんそうでもないかな?地底の畑は普通に機能しているし燃料もなんとかなっているかなあ」

うん、逆に天狗とか山の方は食料の備蓄が多い分まだ大丈夫だよねって状態だったはず。詳しいところはお姉ちゃんに聞かないとわからないんだけれどそんなことを言っていたような気がする。

「そうなんだ……」

意外だったのかはたては面食らってた。

「そうなんだよねえ…」

まあそれでも緊急支援は一時的なものだし量も多くないから人里は大変らしいよ。

「さとりってどこまで見抜いているのかしら……」

 

「多分異変の原因もわかっているんじゃない?動く気配は無かったけれど」

お姉ちゃん異変解決は人間の仕事だって言って譲らないからなあ…参加しても途中までで帰って来ちゃうかも。うん…絶対黒幕は霊夢とかいう巫女に任せるね。

「そう……」

お姉ちゃんが動いていればこうはならなかったのかな?うーん難しいなあ。

「そうだ!家で温かい食事食べない?食料も燃料も切れているんでしょ!」

罪滅ぼし的なところもあるけれどなんだか困っているようだし放っておけない。後写真ならもっと綺麗に撮ってほしいからね。

「え?いいの?」

 

「全然構わないよ!困ったらお互い様だからさ!」

 

「じゃあ…お言葉に甘えて…」

でもどうしてあんなところで写真を撮ってたんだろう?まさか魔理沙を尾行して異変解決をスクープしたかったとかそういうところかなあ?まあ今となっては魔理沙もいないし仕方がないのだけれどね…

 

 

 

 

 

気がつけばあたりはすっかり暗くなっていた。まだ日はあるはずだけれど分厚い雲に空が覆われているせいで暗くなるのも早い。それに月明かりも星明かりもないから暗くなったらまずいわね…

「なあ霊夢、もうすぐ日が暮れるんだが…」

あんたに言われるまでもなくやばいとは思っているわよ。

「そうね…迷家で時間をかけ過ぎたわ…」

まったく…迷家で迷いすぎたしあそこから出るのも一苦労だったわ。迷惑だから迷ってどうしようもなくなってまたあそこにたどり着いたら焼き討ちしましょう。暖をとる為の良い燃料になるわ。

「夜になるとそれはそれで危険なのだけれど…異変解決を先延ばしにするのも癪だしこのまま行くわよ」

夜がまずいのは視界が利かなくなるから。だけれど視界に代わる他の感覚が鋭ければそれなりにどうにかなる。そもそも視界なんて五感の一つでしかないのだ。それが利かなくたってどうにかなる。

「おいおいまじか…さすが霊夢」

 

「あんたは無理に付き合わなくて良いのよ?」

 

「もちろん最後まで付き合うつもりだぜ?」

変にあんたは根性あるわよね。まあ…そういうところ嫌いじゃないわ。じゃあちょっとだけお願いしちゃおうかしら。

「そう…じゃあ灯りよろしく」

私が灯りを出して進んでも良いけれどせっかく魔理沙がいるのだから役割分担よ。あんたどうせ暗闇での戦闘なんて慣れてないでしょ。

「鬼巫女は人使いが荒いなあ」

そう小さくぼやきながら魔理沙が灯りをつけた。もちろんバッチリ聞こえているわよ。

「何か言った?」

 

「霊夢の鼻を赤く光らせれば万事解決かと」

喧嘩売っているのかしら?

「悪化してるじゃないの!」

 

「悪化しないで媚び売るのは飽きた!」

なんだその屁理屈!最悪すぎるわ!人間性どうなっているのよ!

「だからってそれはないわよ」

 

「赤く光るようになったら鹿の角の飾り物もつけるんだな」

 

「ぶっ飛ばすわよ」

それは子供にプレゼントを持ってくる人のところにいる護衛さんじゃない!

私は乙女よ⁈

「うーん…服も赤いしやっぱプレゼントを運ぶ方だったか?」

レミリアが言っていたサンタとかいう超人ね。世界中の子供にプレゼントを一夜で運ぶある種の神に近い人だとか。でも赤つながりでそれはないわ…

「それはないでしょう。お札売りの少女はやったけれど」

うん、あれは良い思い出だったわ。

「なんだそれ…」

あら言ってなかった?

「金が欲しかったから魔除けの札を人里に直接売りに行ったのよ。結構儲かったわ」

私の人里までの往復分の苦労は報われたわ。まあその儲けも結局は年越しで使い潰しちゃったけれど。全く…なんで揃いも揃って私の神社で年越し宴会なんてするのよ。

「効力のほどは?」

 

「安心しなさい。問題ないわよ」

 

実際私が使っている結界を作るお札と同じだし。まあ一枚だけじゃ効力が薄いから複数枚合わせて使うのが良いわよ。

 

 

 

完全に日が暮れたわね。まさかここまで真っ暗だったとは…それに寒いわ。炬燵が恋しい。

ここまで暗くなるともうどうしようもないので勘に任せて歩みを進める。これが一番確実なのよねえ。

「やっぱ日が暮れると寒いな…」

 

魔理沙なんか寒さを緩和できる魔法ないの?

 

そんな便利な魔法はない。

 

じゃあ次の冬までに作っておきなさい。

 

 

「ずっと曇っているから大して変わらないかしら」

太陽の光が届かないから日中でもあまり気温は上がらない。いつも一桁台だ。

「確かに…晴れた日なんて全くなかったな」

そう思えば今年の冬はずっと曇っていたわね。去年はそうでもなかったのに…特に1月後半からは晴ればかりだったように思えるわ。

「変ね。いくら冬でもずっと曇りなんてことはあり得ないわ」

もしかして異変を起こしているやつと何か関係が?例えば空の上にいる天人とかとかは天気を操る能力を持っていてもおかしくない。じゃあ空の上…でもそれは軽率な判断よ。

「……なあ、あの雲の上はどうなっているんだぜ?」

魔理沙が不意にそんな事を言い出した。

「行ったことも考えたことも無かった…」

そうよどうして雲の上を見ていないの?もしかしたら上に何かあるかもしれないのに。

 

そこまで思考が働いたところで急に背中に電流が走った。気づけば反射的に袖から出した針を暗闇に向けて放り投げていた。

まっすぐ闇を突き進んだ針が闇の中で火花をあげ闇を切り開いた。やっぱり何かいる!

「そこっ!」

 

「敵襲か⁈」

魔理沙が素早く私が針を飛ばした方向に弾幕を展開した。爆発が上がり雪と土が跳ね上がる。

「わからないわ!周りに注意して!」

 

さっきの針の当たり具合からして多分人ではない。多分絡繰りの一種か表面が相当硬い何かで覆われている何かだ。

 

「随分と手荒い歓迎じゃないのべつに襲おうとしたわけじゃないのに」

暗闇の向こうから声がする。咄嗟にそっちに向けて針を出そうとしたけれど一瞬だけ思いとどまる。暗闇から姿を現したのは魔理沙と同じ金髪を肩あたりで短く切り、白い洋服に水色の吊りスカート腰にリボン、頭にリボン付きの青いカチューシャを付けてた人形のような少女だった。

「だれ…ってアリスじゃねえか」

 

「あら魔理沙知り合いだった?」

魔理沙の知り合いならまあ大丈夫ね。全く…気をつけなさいよ。

「まあ魔法仲間ってやつだな」

 

あー魔法仲間ねえ……

 

「初めてお目にかかるわ博麗の巫女さん。アリス・マーガトロイドよ」

 

「霊夢よ。下の名前わかりづらいからアリスで呼ばせてもらうわ」

 

「ええ、構わないわ」

 

「ここら辺ってまさかアリスの家の近くだったか?」

 

「ええ、迷い人でも来たのかと思ったのだけれど…違ったかしら?」

なんだか人形を相手にしているみたいで少し話しづらいわ。悪いやつではないはずなんだけれど……

 

「迷っていないといえば嘘になるわね」

 

「ああ…まあ迷っているっちゃ迷っているな」

 

「そう…もしかしてそれは異変の事で?」

 

「あんた異変のこと知っているの?」

アリスの口から異変の単語が出てきて少しだけ警戒をする。

 

「ああ、私が教えた。っていうか異変の調査で少しだけ手伝わせた」

 

「ああ…そういうことね」

 

「魔理沙はあの後進展あったの?」

 

「いや…見当はついてきたが全くだぜ」

 

「そう、あの後面白いものを見つけたのだけれど見る?」

あら、何か知っているの?ぜひ教えなさい。教えてくれたら後でお礼で何か送るわ。

そうね……イナゴの佃煮とか。

 

 

 

 

射命丸文がいくら幻想郷最速であっても実際横に誰かが並ぶことはある。

とは言ってもそれはその本人の実力ではなく、何かの力を借りたりしている一時的なものであって本人の実力ではない。

例えば霧雨魔理沙。彼女は普段攻撃に使うミニ八卦炉なるものを噴射装置に利用することで文と並走するところまでは可能だ。

ただし旋回や小回りが利くかといえばお世辞にも利くとは言い難い。

それに燃費も悪いので余程のことがない限り使用することはない。

だからこそ射命丸文は幻想郷最速だと言える。

だけれどこの瞬間から文の常識は塗り替えられる。

「あの…さとりさんなんで私に追いつけるのですか?」

 

なぜかいつもの速度で飛んでいるのに隣を飛ぶさとりさんに思わず訝しんでしまう。

 

「貴女を想起しているからです」

 

私を想起?確かにさとりは相手の記憶や思っていることを読み取る事ができるけれどそんなこともできるなんて…まさかたまに発揮するあの馬鹿力も?

 

「そうですよ。あれは萃香さんか勇儀さんを想起しています」

 

「本人がいないのに出来るんですね」

 

「私自身の記憶を想起で読み取って具現化していますから。もちろん今は文さんが隣にいますからそのような回りくどい方式は取っていません」

 

なるほど…となるとそれはそれで最強なのでは?なんて思ってしまうけれどそう都合の良いものでもないのだろう。

「もちろんですよ。ただ純粋にこの速度で飛ぶと色々大変ですし想起しても理解できなければそれを執行することは不可能です」

 

「へ?じゃあその状態で飛んでいるのは…」

 

「正面に障壁をショックコーンのように展開していますし体全体にも薄く結界を展開しています。この状態だと使える攻撃手段も限られます」

 

どうやら前方方向にしか弾幕を展開できないみたい。これで私のように全周囲攻撃可能とか言われたらどうしようかと思ったわ。

 

「大丈夫ですよ。文さんは幻想郷最速ですから」

 

「ありがと」

 

そう言い合っていると、目の前に何かの反応があった。

視界が急にブレ出す。

思わず目眩かと思ったもののそういうわけではないらしい。

 

「ああ…どうやらこの辺りのようですね」

 

ぞわぞわとした寒気が背中を走る。まるで見えない何かに見つめられている?いや…これはもしや霊気…

気づけば肌が鳥肌状になっていた。

妖怪であっても霊体が放つ特殊な現象には晒される。一説によると怨霊や悪霊が妖怪の天敵であるためだと言われている。

まあそんなことは良いのだ。問題はその鳥肌と冷たい霊気が背中を撫でる感覚がしたということはかなり近くにいるはずなのだ。

 

「どこ?」

 

「上ですよ」

 

私のつぶやきに真っ先に反応したのはさとりさん。つられて上を見上げた瞬間、体が何かを通過した。その瞬間夕闇の空がその姿を豹変させた。

まるでガラス面にこぼされた水が広がっていくかのように空が黒と星色に塗り替えられる。

そして、見上げていた視界にポッカリと黒い口が開いた。

その口は地上から何かを吸い上げている。

目を凝らしてみればそれらは花びらだった。

鮮やかな薄ピンクの花びらが無数に吸い込まれていく。先ほどまで夕闇が広がっていたはずの空は花びらの色と黒くなった空色で印象が変わってしまった。

 

「あれは……」

 

「冥界の入り口よ」

さとりさんはどうしてあれがわかるのだろう?確かに言われてみればこの霊気のこともあって成る程と思いますけれどそうでなければ分かりませんよ。

速度を上げたままその周囲を旋回。一度穴のそばを通過する。

勿論写真を撮っておくのを忘れない。撮り忘れたらまずいですからねえ。

 

「…右から来ます!ブレイク!」

 

「ぶれいく?」

 

「こっちです!」

急に態度を豹変したさとりさんが私の手を引っ張り急旋回を始めた。

あの…いきなり手を掴むのは…嫌ではないんですけれど…そもそも、右から来るって何が?

とかなんとか思っていると私達が先ほどまで飛んでいた進路をいくつもの霊弾が通過していった。

 

一発一発が殺意の塊になっているであろうそれらが私達のすぐそばをも通過する。

「……っ⁉︎」

 

「どうやら簡単に通してはくれないようですね」

 

攻撃の発信源を探るとそこには楽器が空に浮いていた。

「楽器……」

 

「騒霊ですね。ヴァイオリンだけじゃないはずです」

なるほどあれは騒霊と…後で取材してみましょう。何か記事のネタになりそうな事がありそう。

その為にも一度腹を割って話そうじゃないの!

「ちょっとそこの騒霊さん!話を聞くくらいいいんじゃないの?」

私の呼びかけに反応したのか、今まで楽器しか見えていなかったところに一人の少女の姿が現れた。

「あら?てっきり侵入者と思ったけど…まさか私達の演奏を聞きにきてくれたのかな?」

髪はほぼストレートな、金髪のショートボブヘア。前髪は少し真ん中分け気味。 髪の毛と同じ金色の瞳で少しツリ目気味のキリッとしつつ結構ぱっちり。ツンツンしていて可愛い。

さらに白のシャツの上から黒いベストのようなものを着用し下は膝くらいまでの黒の巻きスカート。

また、ベストやスカートの裾には円や半円を棒で繋いだような赤い模様があしらってある。

そして円錐状で返しのある黒い帽子。

見た目としては悪くないですね。よければ今度天狗の山に来ませんか?歓迎しますよ。

流石に黙ってジロジロ見ていたら変な奴と思われてしまったのか少し警戒された。

「演奏を聴きに来たというより冥界に用事がありまして」

私に代わってさとりさんが前に出た。

 

「へえ…丁度私達もそこで演奏会があってさ。聞いていく?」

 

「そうしたいのですが多分その演奏会潰しちゃうかも…」

さとりさんがそう言った瞬間態度が豹変した。何か急に焦ったような…止めなきゃというようなそんな感じだ。

「それって止めないと演奏会が無しになっちゃう?」

 

「そうなります。あ、そういえば他の方は」

 

「もう先に行っちゃったわよ。だからここで2人を止めないと…」

 

何か話が飛躍していません?それに殺気が溢れているのですけれど…まさかね…さとりさんこれどうするんですか!せっかく仲良くなれるかなあと思ったのに…

「しかたありません。戦いましょう」

 

「妖怪にとって霊は天敵なのに…」

 

「攻撃が当たらなければどうという事ないわ」

そうですけど……ええいうじうじしている暇はありません!

あ、名前聞くの忘れていました…あの子誰なんでしょう…まあいいや後で聞きましょう。

霊弾が一斉に私達に向かって…あれ?私の方には来ない…

 

 

 

 

 

 

 

いくつもの霊弾が私の近くに着弾し爆風が吹き荒れる。

「どうやら私狙いのようですので文さんは退避していてください」

さっきからずっと私しか見ていませんし…何か変なこと言いましたかね?

「嫌ですよ。戦いはしませんけれど近くで写真を撮らせてもらいます」

文さんはいつも通りですねえ。まあ断る理由はないのですけれど。

「エンゲージ!」

 

加速…側にいた文さんもやや遅れてだけれどついてきた。それらを追いかけるようにヴァイオリンだけが追いかけてくる。あれじゃあどこに本体があるのかわからないのですけれど……

 

左右に急旋回を繰り返し追いかけるヴァイオリンの射線を外す。それでも真横への攻撃が出来るからか結構攻撃が飛んでくる。でも偏差射撃とかではないのでまだなんとかなっている。

やっぱり文さん並みの速度で飛んでいると旋回がすごく難しいですね。

無理に曲がろうとすれば体が地面に押し付けられているんじゃないかってほど強く押しつぶされる。

それでも何回かの急旋回をしてルナサの背後を取った。妖弾を連続的に撃ち込むけれど速度差があり過ぎるのでそのままオーバーシュート。前に飛び出してしまう。

 

すぐに上昇、反転する。

 

向こうもそれを予測していたからか体が反転して降下に移ったところで霊弾が吹き荒れる。いくつかがショックコーン状に展開した障壁に当たり火花を散らす。

多少の被弾ではこちらはやられない。急に向こうの動きが焦り出した。追尾弾を投下しつつ彼女の真横を高速で通過。やや遅れてやってきた追尾弾がヴァイオリンめがけて飛んでいく。それらを回避するのに必死になっている合間にこちらはもう一度仕掛ける。

「確かスペルカードがあったはず…これで足止めを…」

あ…何かやばそう。

「神弦『ストラディヴァリウス』これで…!」

 

解き放たれたスペルカードが空中に大きな音符をいくつも出す。それらに吸い込まれるように誘導弾が取り込まれ爆発する。

青色のものと赤色の二連八分音符と九連三十二分音符の赤と青の音符弾が周囲を埋め尽くす。

それらの合間を高速で切り抜ける。僅かな隙間を縫うように音符弾の中を逃げる。左右に体をかたむけさらには一回転。もう体が悲鳴をあげそうですよ。ほら羽衣焦げちゃうじゃないですか。

体が音符弾の森から抜けた瞬間、後ろで全ての音符が霊弾に変わり周囲に飛び出した。

 

「まだ来ますか」

だけれどそれだけで終わりではない。

見失いかけていたルナサさんから同時に弾幕が展開される。音符から出た分で動きを封じられつつの攻撃だ。

なかなかかわすのは難しい。

 

普通ならだけれど……

 

前と後ろから挟み撃ちに迫る弾幕。その合間に取り残される。

前から迫る弾幕が目の前に迫ったところで急加速。一気に文さんの最大速度に乗せ後ろの弾幕を突き放す。

体を横に回転させ目の前から迫る霊弾の隙間に入り込む。

目の前に来た霊弾をこちらも妖弾で弾き飛ばす。

熱い爆風が体を撫でる。

多少の炎が手や足元にくっつきながら帯のように流れる。

 

次の弾幕を撃破し強引に道を作る。迎撃に回していた妖力を推進力に切り替えさらに加速。体が上下左右に揺られる。急加速でかかる重圧で視界がレッドアウト。すぐに戻る。

 

「そんなっ…‼︎」

 

どうやら驚いているようですけれど…それ自体隙になってますよ。

 

まっすぐ相手の懐に飛び込む。音速を超えてルナサに向かう。やはり反射的に目を閉じてしまっているのが確認できた。

 

そのまま少しだけ体をひねって相手の横を通過する。すれ違う直前そのお腹に一発だけ拳を叩き込むのを忘れずに……

カエルが潰れるような音がして横に出した腕が引っ張られる。一応幽霊ですから大丈夫だとは思いたいです。人間なら確実に死んでいますね。

片腕に抵抗がかかり体がスピンする。それを利用して減速、空中で停止する。伸ばした腕に力尽きたルナサさんが乗っかる。

「うわ…大丈夫ですか?」

すぐそばで写真を連写で撮影していた文さんが近づいてくる。

「私ですか?彼女ですか?」

 

「騒霊の方ですよ!」

 

大丈夫ではないだろうか?腕によだれべっとりかかりましたけれど。まあこれは仕方がない。胃液が出なかっただけ良い方です。

 

「気を失っているだけのようですね…」

様子を見ていた文さんがホッと一息ついた。なんで私よりそっちの心配するんですか…まあ確かに私は平気ですけれど。

「まあ幽霊ですし死ぬことはないですよ」

もう既に死んでいる存在かあの世の存在ですからね。

「そうですけれどあれは見ていて痛かったです」

そうですか?腹パンしただけでしょ。音速で……

って文さんなに気絶しているからってスカートめくろうとしているんですか。

ダメですよいくらなんでもそんなことしちゃ…

「されたいですか?」

空いているもう片方の腕で拳を作ると素早く私から距離をとった。

「私はマゾじゃありませんよ」

 

「知ってますだから言っているんです」

マゾ相手に痛いことなんてしませんよ。え?でもされてみたい感情もあるようですね。まあ潜在意識なのでこれは無視しましょう。

 

「とにかく邪魔はいなくなったので先に行きますよ」

 

「やっぱりあそこに突入するんですね…」

やっぱり嫌ですか?確かに冥界の霊は悪霊や怨霊程ではないですが基本的に妖怪にとっては苦手な部類ですけれど。

 

「まあいいじゃないですか。折角のスクープですよ」

 

「うまくはめられたような…」

 

嫌だなあ…そんなことあるはずないじゃないですか。まあつぎは戦ってもらいますけれど……

 

片手にルナサさんを抱えて飛び上がる。さっきより速度は出ないけれどそれでもかなりの速度を出しているはずだ。

少し後ろからやれやれと文さんが追いかけてくる。

 

穴に近づくにつれて周囲に花びらが寄ってくる。それらはあっという間に私達を飲み込み、視界を利かなくした。

触れても殆ど感触がない。それどころか雪のように小さくなって消えていく。

 

「あやや…不思議な花弁ですね」

黒い翼が薄いピンクの海をかき分けて寄ってきた。

「花弁じゃないですよ。花弁のような形をしていますがそれは季節が持つエネルギーの結晶体です」

 

「それがこんなに……」

 

文さんがそう言いかけた瞬間、私達の身体は現世を通過した。

花びらが拡散し周囲の視界が開ける。

「きゃっ‼︎」

文さんの身体が地面と接触し地面を転がった。

咄嗟に制動をかけて身体を上に持ち上げる。危ない危ない……

「なんで急に地面なんですか!」

 

「冥界ですから…」

 

 

 

 

 

 

腕の中で伸びていたルナサさんを近くの木の側に寝かしつける。

体勢を整えさせていると地面を転がっていた文さんも戻ってきた。多少服が汚れているけれど目立たない程度にまでどうにかできたようだ。

 

「冥界だって言ったんですけれど…」

 

「冥界に地面があるなんて知りませんでした。それにしても春日和ですね」

 

「幻想郷中の春がここに集まっていますからね」

 

一周回って夏に近いかも。なんて言葉がでかかったけれどそれを飲み込んで歩き出す。

地面があるのならもう空を飛ぶ必要はない。

夜空の下に広がるのは森のような景色と私達がいる石畳の道だけ。灯りは道の横に設けられたいくつもの石灯篭だけ。それでもかなり明るい。

そんな道を、はいている下駄でカタンカタンと音を鳴らす文さんを先頭に歩いていく。

「冥界なんて初めてですから少しワクワクします!」

 

「幻想郷と比べて何もないですよ」

 

「それでも見所はあるじゃないですか」

言いたいことはわかります。ですけれど本来ここは生者が来てはいけないところ。あまり長居すると向こう側の世界に取り込まれてしまいます。

 

実際妖怪であっても生者であるわたし達はあちら側の人間ですから。

 

少しだけ煙が上がっている場所を見つける。一体何があったのか。そんなことはお互いに聞きはしない。そこであったことがなんであるかなどもうわかりきっているのだから。

少しづつ進んでいけば様相を露わにする惨状。

深くえぐられた石畳と真っ二つに切られた石灯籠。そしてそれら生々しい戦闘の後の真ん中に倒れている2人の少女。ついさっきまで戦っていたのかまだ戦いの余韻が色濃く残っている。

1人は二本の剣を握りしめたままその場に倒れている少女。短い銀色の髪は血と土で汚れ、黒いリボンは斬られたからかそこにはなかった。

白いシャツも。青緑色のスカートも斬り裂かれ肌の至るところから出血している。

 

もう1人は見た目こそ問題はなさそうだけれどすぐそばで完全に気を失っている。おそらく…魂自体を斬られたのだろう。

片方は咲夜さんもう片方は妖夢さん…どちらも死にはしないけれどかなりのダメージね。

 

「あやや、相討ちですか?」

状況から見てきっとそうでしょう。ですがかなり派手にやったようですね。まあ2人とも刃物使いであって弾幕ごっこをまともにする性格とは思えません。

「おそらく…状況を見るにそうなるようですね」

 

 

奥の方ではまだ爆発音がしている。どうやら先に巫女が到着していたようですね。

木々の隙間から見える弾幕は…幽々子のものだろうか?それすらも一瞬ですぐに見えなくなってしまう。

 

強い風が吹き荒れる。その瞬間身体を押し付けようとする強い妖気が降り注ぐ。

どうやら…封印が解けかかっているようです。

「今のは…」

 

「急ぎましょう」

手遅れになる前に…

 

少し走ると階段が見えた。ここを一気に駆け上がる。というより飛んでいく。こんなもの飛んでいくほうが良いに決まっている。

 

だんだんと屋敷が見えてくる。その屋敷の奥に巨大な桜が花を咲かせているのが見える。不味いですね封印が解けかかっている。

すぐそばに寄っていくとだんだんあの桜に引っ張られそうになる。辛うじてそれを自覚すればようやく桜の引き寄せに対抗できた。まあ妖怪ですから人間より引っ張られないのでしょうね。

 

 

 

「不味いですね…」

 

「不味いって?どうかしたのですか?」

文さんはどうやら引っ張られていないらしい。どうしてだろう?まさか私が人間だと思っているから?だとしたら嬉しいやら悲しいやら。

「あの桜何に見えます?」

 

「え…ただの妖気を孕んだ桜じゃないんですか?」

あ…妖気を孕んでいるというのはわかるのですね。ならその先もわかると思ったのですけれど…

「妖怪にはそうであってもあれは普通の桜じゃないのよ」

 

「あれは妖怪桜。生きている者の魂を喰らいその身に花を宿す人喰い桜。その美しさから人を死へと誘い再び養分にする。あれの封印が解かれれば再び桜による人喰いが始まるわ」

実際どこまで真実なのかは分からないけれど紫から聞いた限りではそんな感じだし強い力を持っていることから紫ですらどうしようもなかったらしい。

「それってどれほどなんですか?」

 

詳しくはわからないけれどあれが喰らった人間の魂は多い時で数百だったけ?幽々子さん本人から聞いたわけではなけれど紫はそう言っていた。だから封印しないといけない云々。

「そうね…あの様子なら毎年春に数百人ってところかしら?」

それを聞いて文さんの顔が青ざめた。流石に自体の重大さを思い知ったのだろう。

「それまずいじゃないですか!」

 

「今は春度でごまかせていますけれど…そもそも春度で満開にさせようとしている行為自体が封印を解く方法ですし」

 

その証拠に魔理沙は思いっきりあっちに引っ張られている。

それをどうにかしようと霊夢も必死になっているけれど彼女だってかなり危ない。巫女といえど所詮は人間なのだから。

やはりあれは正気に戻さないといけませんね。

「援護しますよ!」

霊夢達の上をフライパスし桜に向かう。

「仕方ないですね。巫女に手を貸すのは不本意ですが……」

文句を言う割に文さんも来るんですね。

追尾弾を三発発射する。誘導するまでもなくほぼ真っ直ぐに向かっていった弾幕が炸裂し太めの枝がへし折れ地面に落下していく。

桜が咆哮し、余波で魔理沙と霊夢が吹き飛ばされる。

あ、魔理沙正気に戻ったみたいですね。よかったよかった。あれで正気に戻ってくれなかったら強硬手段に出るところでしたよ。

 

「誰⁈」

霊夢が私達にお祓い棒を構えて威嚇。どうやら新手だと思っているらしい。確かに天狗ですし妖怪ですし。

「名乗るほどでもありませんよ」

 

「お前は新聞記者!とそっちは初対面だな」

魔理沙の言葉になんて返せば良いか文さんが迷う。私のことは口外しないでと言っていたからまあそうだろう。取り敢えず名無しの妖怪ということにしますか。実際名前のある妖怪の方が少ないですから。

「ただのしがない妖怪ですよ。それより援護しますからさっさと倒すなり封印するなりしてください」

名前なんてない。そんな感じの言い方だけれどべつに嘘なんてついていない。実際今の私は名前なんてないですし。

「言われなくても分かっているわよ!」

 

ただ、夢想封印といえどあれほどの巨大かつ強力な妖怪桜を封印することはそのままではできない。

溜まりに溜まったあの力を発散させなければならない。幸いにももともと封印されていた関係で保有している力は全盛期の半分ほどだ。全盛期だったら…それこそ人柱を使って封印する方法しか無かっただろう。

 

「文、陽動行くわ。なるべくあれの力を使わせるのよ」

 

「私もですかあ?折角ですし写真を撮らせてくださいよ」

そうぼやきつつ私に追従しているあたり陽動はやってくれるみたい。

「あとで撮りなさい」

亜音速まで加速。体にかかる負担を軽減するために薄い結界を張る。

接近してきた私達を敵とみなしたのか桜が弾幕を展開する。

ブレイク!左旋回。逆に文さんは右旋回で躱す。

 

私達を追いかけるように幾つもの弾幕が花のように美しく咲き蝶のように舞う。強引な制動でそれらを避けていく。文さんは……大丈夫そうですね。

体をひねりレーザーの周りを回るように回避。陽動は成功しているようだ。

霊夢さんの方には目もくれずこちらにばかり攻撃をしてくる。それでもまだ全然だ。って霊夢、なに魔理沙と話しているのよ。いまはそんなことしている暇はないでしょう。

「……!」

体が警告。目の前に意識を集中する。

目の前に現れたのは木の枝。それが硬い触手のように私に向かってくる。

咄嗟に手から出したのは炎の弾。それが枝を焼き払う。だけれど全体へ延焼することはない。

植物は自生している状態では水分が多いのでなかなか燃え広がらないし表面が燃えても内部は無事ということが多い。

今回もそれだったようで末端は燃え尽きたもののそれ以外は無事だった。

 

「これどうにかなるんですか⁈」

 

文さんが数本の根っこに追われながらこちらに突っ込んでくる。咄嗟に左にブレイクするけれど目標を変えた一本が私の後ろに迫る。前に推し進める力はそのままに垂直な障壁を展開。空気抵抗で強引に速度を落とし旋回する。

オーバーシュートした根っこが再び戻ってくるものの、その根っこの前を文さんが通り過ぎる。

半テンポ遅れて文さんを追っていた根っこと反転しきった根っこ同士がぶつかり木片を散らす。

「よし!」

 

「それじゃあ第二波です」

今度はいくつもの根っこと枝が一斉に襲いかかった。流石にここまで近づけばそうなりますよね。

枝から放たれたレーザーが私の足元を掠めて小さな爆発を生む。冷や汗が出ますよ。危ないですねえ…

 

 

「まだなんですか!」

 

「もっとこの桜を消耗させなさい!」

文さんの叫びに霊夢が反応する。

「仕方ねえ私もいくぜ‼︎」

 

「あ‼︎待ちなさいっ!」

 

魔理沙までこっちにきたんですか⁈あなたさっきまで桜に引っ張られていましたよね!あ…どうやら霊夢がお札を貼ってくれたようですけれど長くは持ちそうにない。もうすでに三分の一が黒く炭化してしまっているのだ。

 

早めに決着をつけないと……

 

「火力アップです。こちらも…想起『キャッツウォーク』!」

 

お燐のスペルですが借りさせてもらいます。私が使うスペルは霊夢の前で散々使ってしまったのでそれを使うことはできない。まあ想起と言ってしまっているので気休め程度にしかならないでしょうけれど。

 

わたしから放たれたいくつもの妖弾が妖怪桜の手前で誘爆していく。

結界を張られましたか。想定内です。

「えーっと私もスペルカードを使った方がよろしくて?」

文さん?貴女の場合スペルカードを使ったら弱体化するじゃないですか。

「どちらかというと大火力で消耗させたいのですが…」

 

「じゃあ私の出番か‼︎」

魔理沙⁈突っ込みすぎです!

咄嗟に魔理沙の前に出て結界を展開する。結界にいくつもの妖弾と枝が当たりヒビがいくつも走る。

「恋符『マスタースパーク』‼︎」

まさか後ろで⁉︎咄嗟に体を下に飛ばし結界をずらす。

コンマ数秒の差で真上を魔力の本流が流れていく。

かなりの近くで発生した魔力の砲撃は枝や根っこを巻き込み消失させながら巨大な幹に向かっていく。当然それも結界によって防がれるもののかなりの力をそれに回してしまったのだろう。桜の花びらが気付けば3割あたりにまで減っていた。

「危ないじゃないですか」

 

「あんたなら避けてくれると思ったからな」

買いかぶりすぎですよ。

 

「さて霊夢、あそこまで減らしたんだからもういいだろう」

 

「ええ、ここまでやれれば十分よ」

魔理沙に代わって今度は霊夢が…何故か文さんに引っ張られて飛んで行った。確かにあの速度で飛んでいければ攻撃を命中させられる確率も低くなりますけれど…

「霊符『夢想封印』‼︎」

放たれたスペルカードから七色の巨大な光弾が現れる。

それらがマスタースパークで疲弊した桜の木を飲み込んだ。

溢れ出る光を利用して私はその場から離れる。全員の注意は向こうに向いているし引くのは今だろう。文さん?どうせ2人に取材するつもりでしょうから私はいない方が良いですね。

 

 

ある程度の高度で飛んでいれば、やがて景色が変わる。同じ夜空でもこちらの方がまだ生き生きしている。あちらとはなんだか違う空だ。

……さて、春支度をしなければ…急に季節が変わるから体調を崩すヒトが増える。それにもある程度対処しないと。

 

 

 

「あの水色の子どこかで会ったことあるような…」

異変が解決し集まっていた春度が幻想郷に拡散していくのを見ながら私は記憶を手繰り寄せる。

いや水色の髪のあんな子初対面なのだけれどどうしても初対面だとは思えない。なんだか懐かしいようなそんな感じがした。

 

「どうしたんだ霊夢、異変は終わっただろ」

 

「魔理沙、あの水色の妖怪は?」

 

「へ?あーどこに行ったんだあいつ」

 

「彼女の方でしたら帰りましたよ」

私と魔理沙の合間に割って入ってきたのは途中から来た天狗だった。そういやこいつとあの妖怪いっしょに来ていたわね。

「ああ、文あんたなら知っているのよね。あの妖怪のこと」

私の質問に嘘がつけない記者は思いっきりたじろいた。何か知っているわね。

「えっと……口止めされていまして」

 

「ふうん…あんたに口止めできるってことはかなり上の人物ね」

 

「ノーコメントで」

 

ってなるとあいつは山の妖怪の中でそこそこ優位な地位に立つ天狗にさえ顔が利く…それだけあれば調べはつくはずよ。

 

「霊夢本当にどうしたんだぜ?」



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depth.149霊夢にとっての懐かしいもの

あけましておめでとうございました。

かなり遅れましたが新話です。


春というより少し梅雨に近い湿り気と気温。雨が降りそうな天気なのか月明かりは完全に消え去り周囲は闇に閉ざされている。

そんな日でも見回りはしないといけない。それも、今日は神社で宴会だったから少し念入りにしないと…

 

一向にあたりが見えない暗闇に機嫌を悪くすればそれに合わせて頭を激痛が走る。

やっぱお酒飲みすぎたかしら……

酔いを覚ますために少し寝たのはいいが逆にひどい二日酔いに苛まれた。

 

こんなことならもう少し寝ておくべきだったわ。それにまだ酔いが冷めきっていないのか少しフラフラする。

 

お祓い棒を右手に持ち替えながら休憩を挟もうと地面に降り立つ。雨が降ったわけではないけれどもうすぐ雨が降るからなのかカエルの鳴き声が闇の中に響く。

 

さてどうしましょう……

 

休憩をしようにも地面に座るわけにはいかない。ただ立って周囲を見渡すだけ。それでも頭が叩かれるような痛みが続くので歩き出してしまう。

 

休憩の意味がないわ…

 

しばらく歩いていると額になにかが当たり始めた。

それがきっかけになったのか液体のようなもの…が一斉に落ち始めた。それは周囲の暗闇にもあたり弾けて闇と同化する。

 

「降ってきたわ……」

 

暗い闇の中に赤色の点が浮かび上がった。

それがなんなのか理解した私は早速そこに近づいていく。

強くなってきた雨が体を濡らし水を吸った服が重くなっていく。

 

近づいていけばそれは小さな屋台に吊るされた提灯の灯りだった。

確かこの屋台…飛んでいる時は無視していたから一度も行ったことなかったわ。折角だし行ってみましょう。

暖簾の奥から綺麗な鼻歌が微かに聞こえてきた。

 

「雨なのに屋台なんてやっているのね」

暖簾をくぐれば鼻歌はピタリと止まり、珍しいものを見たと言った表情の女将が私を見つめていた。

「えっと…まだ私悪いことしていないですよ」

唖然としてそう言う女将の背中にある翼が怯えで震え始めている。

「知っているわよ。私だって何も退治するだけじゃないわよ」

失礼ね。退治するのは悪さをしている時だけよ。まあ……弾幕ごっこルールのせいで退治することも出来ないのだけれど。

 

安心したのか女将は心底ホッとしていた。

「それじゃあ……いらっしゃい。飲んでいく?」

飲んでいく…か。私はただ雨宿りをしたかっただけなのだけれどそういえばここは屋台だったわね。じゃあ何か頼むのが礼儀かしら…雨で冷えたからか二日酔いも多少はましになっているし。

 

時間も時間だから一杯だけ行きましょうか。

「お水一杯だけね」

なにその微妙顔は!いいじゃない今はお酒の気分じゃないのよ!

 

「……八目鰻は?」

ああ、そういえばそんな名前が暖簾に書いてあったわね。初めて屋台に入ったからわからなかったわ。

「じゃあ頂こうかしら」

どんな味かは知らないけれど少し食べていきましょう。小腹も空いているし。

 

「はい!八目鰻一丁」

あんた嬉しそうね……余程暇だったのかお客さんが来なくて寂しかったのか…多分寂しかったんだろうね。そういう感情がある辺り人間と変わらないのに……

 

背中の羽を軽く上下に振りながら女将は料理を始めていた。気づけば頼んだお水が目の前に置かれていた。

いつのまにここに置いたのかしら…

 

 

「へえ…蒲焼きにして食べるんだ…」

目の前に出されたそれはどこからどう見ても蒲焼きだった。ただ、普通のウナギの蒲焼とは少し様子が違う。

八目鰻とか言うだけあってやはり違うのだろう。まあ問題は味よね。

 

見た目がどうこう言う前に食べる。だいたい食べられれば私はなんでもいいのよ。

 

早速口に運んでみれば、鰻より硬くて弾力のある歯応えが返ってきた。

「ふうん……初めて食べたけれど鰻というよりモツに近いわね」

少し甘いタレと香ばしい香りに誘われていつのまにか一本食べ終わっていた。

妖怪なのになかなかやるじゃないの。

「不思議でしょう。名前に鰻が付いているのに鰻じゃないみたいで」

嬉しそうに話し始めた女将。これはあれね客とよく話したい女将ね。お酒があれば私もある程度話に付き合うことは出来たけれど生憎気分じゃないから程々に流すとしましょうか。

「まあ美味しいからなんでもいいわ」

 

「あはは……巫女さんらしいですね」

失礼ね。美味しく食べられるなら調理法なんてどうだっていいだけよ。それこそ生だって美味しければ食べるわよ。大抵の場合生じゃ美味しくないけれどね。

 

 

「それにしても妖怪がこんな屋台を持っているなんてねえ…」

追加で鰻を頼んで食べていればふとそんなことを考えてしまう。あらかた自分で作ったか誰かに作ってもらったかなんだけれど…それでもなんとなく口に出してしまう。

「作ってもらったんです」

 

「へえー」

 

誰に作ってもらったのかしらねえ……まあ物作りが上手い妖怪は結構いるからきっとそういう類の妖怪かもしれない。

だけれど注意しないといけないのはそういう妖怪が何か異変を起こす時ね。変なものを作らないと良いんだけれど。

「家の建築に使う木材の余りを使ったとかで結構安く作ってくれました」

もの付きな妖怪もいたものねえ…

 

「あんた夜雀なのによくそんな繋がりもてたわね」

 

「夜雀だって鳥目にするだけで直接襲いはしませんよ」

余計にタチが悪いわ。現行犯じゃないから見逃すけれど流石に退治案件よ。

 

「それに鳥目にした後この店に来てくれれば売り上げも伸びますし」

あんたかなりの策士ね…そんなことしたら誰だって目に良いと言われている八目鰻を食べるに決まっているじゃないの。

 

ああ…考えていたらなんだか頭痛くなってきたわ……元々二日酔いだったけれど…あーくそこれぶり返してきたやつね……

 

少し寝ようかしら……

「しじみの味噌汁です。二日酔いに効きますよ」

 

おまけしておきますと私の前にお椀を置いた。気づいているからこその気遣い…余計なお節介だと思いながらも二日酔いが完全に抜けたわけではないのだから素直に受け取っておくことにする。

「ありがと……あら、なんだか懐かしい味ね」

礼を言いながら一口飲めば、なんだかよく食べていた味と似た風味というかなんというか…そんな感じがした。

「そうですか?」

キョトンとしているけれどそれをしたいのはこっちよ。

「ええ…昔に食べたようなそんな味よ」

でも少し似ているってだけで考えすぎかしら……

でもねえ…勘は言っているのよこれは確信していいわ。

「それさとりさんに教えてもらったんです」

 

「さとりに?」

さとりってあのさとりよね…

一応さとり妖怪についての伝承は後で確認したけれど結構嫌われ者だったんじゃ……それともさとりは例外だったのかしら…まあ私をずっと騙してきていたのだから他の妖怪とも友好的関係が保てていたとは思えないのだけれど。

「ええ…屋台を開くずっと前ですけれどね」

ってことは随分と昔になるのかしら…屋台の年季から考えれば十年くらい前といったところかしらね?

「色んな料理を作れるのはさとりさんだけでした。一応これでも中華とか洋食とか言う奴も作れるんですよ」

 

「そう……」

だから似ていたのね。でもさとりは私が退治してしまった……あの味ももう食べれなくしてしまった…でもそれは私は悪くない…そうじゃなきゃいけないのよ。だってそうじゃなきゃ…

 

「あの霊夢さん?どうかしましたか?」

おっといけない…この記憶は封印しておかないといけないものだったわ……

「なんでもないわ……」

 

「なら良いんですけれど……」

あーあ…湿っぽくなっちゃった。全くダメね…退治した妖怪に情を持つなんて……私もまだまだだわ。

 

「……雨止みませんね」

話題を変えようとしたのか女将が外を覗く。釣られて外を覗いてみれば暗闇が流れ出すかのように大量の墨汁が降っていた。こりゃダメだわ…

「そうね……これじゃあ帰れないわ」

一応濡れ鼠になる覚悟があるなら帰れるのだけれど流石にそれをやったら風邪引くわ。いくら春陽気でも無理ね。一応二日酔いは軽くなってきたから良いけれど…それでも頭が痛いのには変わらない。

「どうします?今夜はここで明かします?」

 

「見回りがあったのだけれど雨まで降っているんじゃ無理ね」

暗闇だけならまだしも雨まで降っちゃ聴覚と嗅覚が使い物にならないわ。その状態じゃ危険ね。

 

あら…誰か来たわ。

「よう霊夢。ここにいたか」

暖簾を開けて入ってきたのは親友だった。それも傘を二本持ってである。

「魔理沙じゃない。どうしたのよ」

 

「見回りに行ったあと雨が降ってきたからな。持ってきてやったぜ」

誇らしげに言っているけれどあんた持ってきている傘壊れているやつよ。まあ言わないでおくわ。それに、よくここにいるってわかったわね。

「よくここがわかったじゃない」

 

「ふふふ、私の勘も捨てたもんじゃないだろう」

やっぱり自慢する魔理沙だったけれどそんな魔理沙の横から文字通り横槍が入った。

「私が教えたんだけれど…」

そう言ったのは…私の隣の席に乗っかった一匹の猫だった。妖気を孕んでいるあたり妖怪猫ね。鳥といい猫といい動物園ね。

「あんたは…」

 

「ネコですよろしくお願いします」

そんなの見ればわかるわよ。ほら女将だって困惑気味じゃないの。

 

「S██-███-jp…………って何を言っているのかしら」

何よそれわけわからない事言わないで。

 

「まあ確かに猫だな…名前あっただろ」

完全に機嫌を悪くした魔理沙が突っかかる。

名前あったのね。

「千珠です」

そう言うなり猫だったその姿はいつのまにか女性の姿になっていた。私と同じくらいの見た目…だけれどなんで燕尾服着ているのかしら…

まあいいか……

「私が霊夢の匂いを探り当てたから来れたんだよ」

今度はこっちが得意げに話すのね。

「へえ……」

 

「そう頼んだのは私だぜ」

猫に犬まがいの事させないの。無理にさせたって猫は言うこと聞かないわよ。

「それは犬の仕事だって言ったのに出来なくはないだろの一点張りなんだもん」

あんたは根負けしているんじゃないわよ他の猫がかわいそうでしょ。主に原因は魔理沙だけれど…

「一応聞くけれど食べていく?」

 

「焼き鳥くれ」

あんた鳥相手にそれはダメよ。

「表に出なさい」

ほーら怒っちゃった。知らないわよどうなっても。

「冗談だぜ。八目鰻一つ…もちろんツケな」

 

「私は八目鰻…丼で行けるかしら」

ちょっとそこの猫妖怪…あんた鰻重ならともかくなんで鰻丼なのよ。

「…一応居酒屋なんだけれど」

 

「ごめん私これが夕食なの」

 

随分と遅い夕食ね……妖怪に人間の常識は通用しないから仕方ないか。

 

「わかりました。丼を頼まれたのなんて久しぶりですよ」

あ、一応需要はあるんだ…

「前は確か鴉さんでしたね」

鴉ねえ…やっぱトリ頭だったんじゃない?それにしても鴉が丼を頼むなんてね。

 

「連れの方も呆れてました。居酒屋で頼むものとは少しずれてますから」

 

「でも作れるんだ」

 

「白米はありますからね。出来なくはないんです。作らないだけで……」

 

まあ居酒屋まで行って丼で鰻を食べる人はそうそういないわよ。

まあ…それはそれで面白いのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

「なあさとりちょっといいか?」

書類仕事を片付けているとノックもなしに勇儀さんが入ってきた。さっき渡した資料に何かあっただろうか?

「どうかしましたか勇儀さん」

言いたいことはある程度わかってはいるのだけれど……それでもあえて何も言わない。

「どうして灼熱地獄に冷却設備を増設しようとしているんだ?今の設備でも十分だろ」

ああ…やっぱりその件ですか。なんといいますか…自己満足のようなものですよ。

「備えあれば憂いなし…万が一ですよ」

今だって十分冷却設備は整っている。ただ、それらの対応温度は決して高くない。

「だが対応温度が10000度って…幾ら何でもそりゃ高すぎだろ」

正確には10000超えてもある程度までは冷却が可能なようになっています。

「それですら…足りないかもしれないので」

実際気休めにしかなりませんけれどね。

「何かあるのか?」

 

「確証はありませんけれど……ですが下手をすれば灼熱地獄が吹っ飛びます」

うん…どうにかしてこれは回避をしようと考えているけれど…どうもうまくいかない。お空自身も力が欲しいという思いが潜在的に眠っていますし日に日にそれが強くなってきているように思える。原因が私なのだからなんとも言えないのですけれど。

 

「まあ詳しく言えねえ事情でもあるのかも知れねえが…なるべく隠さないようにしておけよ」

勇儀さん…詳しいこと言えなくてほんとごめんなさい…でも言えないですよ……

「ありがとうございます」

 

「あたしが言わないとあんたは全部溜め込んで潰れちまうからなあ」

 

「そうですか?」

 

「自覚ないから余計にな」



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depth.150さとりは魔術師と戯れたい

「お空、折角だから人里で買い物でもしないかしら」

昼下がりにふとお空にそんなことを聞いてみた。大した理由はない。ただ、暇そうにしていたからというだけだ。

 

「さとり様とですか!行きます!」

私と一緒に出かけるのが楽しいのか急に羽をはためかせながら彼女は自分の部屋に駆け上がっていった。だけれどあれは着替えを選ばないとまずいやつですね。

最悪服を脱いで下着だけで外に出ようとしたこともありましたし。鴉の時のままならそれでも問題ないのですが人型でそれは大問題以外の何物でもない。

「さとり様準備できました!行きましょう!」

 

「お空スカート忘れているわよ!」

結局スカートを穿かせる為に部屋に連行する羽目になった。後上も冬用を引っ張り出してきてたのでまるまる交換することになった。

 

 

 

 

初夏の日差しが強まってきた季節流石に昼間に出かけるとそれ相応に暑い。

とは言っても私は外套無しでは外を歩けないから直射日光で暑いというより篭った熱で暑いのだけれど……

 

「お空暑くない?」

 

「まだ涼しい方ですよ」

 

まあそうよね…ノースリーブのシャツに下は緑色のスカート。おまけに麦わら帽なんだから涼しいわよね。一応外套の下はワンピースなんだけれどやっぱりもう冬用はだめね。夏用の外套出さないと…

 

「さとり様と買い物久しぶりだなあ…」

多分今のお空の背中では羽がはためいているのだろう。流石に背中の羽は目立つのでこいしに魔法で消してもらったから見えないけれど。私もいつか使えるようになりたかった……まさか妖怪は基本的に魔力が使えないなんてね。

 

「そういえば最近こいしを見かけないけれど…どこで何をしているのかしら」

 

「宴会に行ってるからじゃないですか?」

 

宴会?最近地底の方につきっきりだったから地上で宴会が開かれているなんて知らなかったわ。

「宴会で帰ってこないってことあるの?」

 

「え?あるんじゃないんですか?私も灼熱地獄の管理がありましたから行っていませんけれど…」

そうだろうか…それでもここ数日見かけないのはおかしい…

そういえば何かあったかしら…ちょうどこの時期といえば…

 

「あ……」

記憶の片隅に半分忘れかけた存在のものをようやく見つけた。

「どうしたのですか?」

 

「なんでもないわ。うん……原因に思い当たる節があっただけよ」

 

「そうですか…」

買い物ついでに少し探りを入れてみましょう。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり最近宴会が多いらしいわ」

人里で買い物をしていれば色々な噂が入ってくる…まあ、流れてくる人々の噂は結局のところ宴会の話と祭りの話ばかりだ。

 

買い物ついでに軽く探りを入れてみるとやはり結構な頻度で起こっているようだ。本人達に自覚はないようだけれど……というよりも宴会のある日常が何度も繰り返されているようなそんな感じだ。ただ本人に自覚はない。というよりどうも昨日の記憶が曖昧らしい。

 

「それくらいなら別に良くないですか?」

お空の言う通りなのだけれどね。

「まあそうなのだけれど……」

 

あとで見つけたら注意しておきましょう。と言っても見つかるかしら…多分普段は霧となって幻想郷に拡散しているはずだから…

 

まあ見つけようと思えば見つけられるのですけれど……

でも少し面倒ね…見つけるというよりどちらかといえば探り出すに近い。

私だけでは人数が足りない。

 

 

 

 

「それでどうして紅魔館を訪ねるのかしら?」

紅魔館の台所に直結している裏口から建物に入ったら目の前にレミリアさんがいた。少し二日酔いのようですね。鬼が二日酔いするって珍しい……

「特に意味なんてありませんよ。たまたま近くを通ったから寄ってみただけです」

ちなみにお空は荷物と私の外套を持って先に戻ってもらった。ここに寄る理由は完全に私事ですし。私と一緒にいたいと少しごねたけれどアイスを作ると約束すればあっさりと引きさがった。

「ふうん……」

反応がどうにも薄い。やっぱり二日酔いが酷いのだろうか…よくよく見れば少し顔が青いですし……吸血鬼って肌が青白い方だからわかりづらいんですよね。

「……もしかして二日酔い辛いですか?」

 

「昨日どうも飲みすぎたらしくて」

辛そうに答えるレミリアさんだけれどどうしてそうなるまで飲んでしまったのかは思い出せないようだ。

 

「何をしにきたのか知らないけれど宴会に行きたいから程々にしてね」

紅い瞳が私を見据える。二日酔いにもかかわらずその瞳には力が灯っていた。

運命でも見据えているのだろうか……

「やっぱり宴会に行くんですね」

 

「そうね……でも明日で終わりそうね」

レミリアさんはどこまで分かっているのだろうか…

心を読んでみたい衝動に駆られたけれど流石にそれは自重しておく。今は外套を脱いでいるのでワンピースの布一枚を隔ててサードアイが収まっている。

「あ!さとりだーー‼︎」

急に体に衝撃が走った。体が前のめりになってバランスが崩れる。咄嗟に足を一歩前に出して転倒を防ぐことに成功する。

振り返ってみれば顔のすぐ近くに金髪の髪が揺れていた。どうやら私の後頭部に顔を埋めているらしい。

金髪と一緒に白い帽子が揺れる。

「あーさとり成分の補充…」

背中から飛びかかったフランを軽く撫でればそんな独り言が聞こえてきた。知らないふりをしておこう。

「羨ましいわ…」

レミリアさん?何が羨ましいのですか?

「お姉様はいつも私と一緒に寝ているじゃん」

ふーん……

「それは言わない約束でしょ‼︎」

フランが言ったのは結構な爆弾発言だったらしくレミリアさんは急に顔を真っ赤にして抗議し始めた。さっきまでの余裕そうな笑みや態度はどこへ行ったのだろう…

「……聞かなかったことにしますね」

 

「やめて!なんだか悲しくなってくるわ」

 

じゃあどうしろというのですか。

「……見せつけちゃえ!」

背後にいたフランが急に私の腕に抱きついてきた。暑苦しいのですぐに引き離す。いくらワンピースでも密着されたら暑いです。それにレミリアさんがショックを受けていますし…

「フラン…それは悪魔の所業です」

 

「吸血鬼って悪魔じゃなかったっけ」

西洋ではそうかもしれませんけれど日本語にすると吸血鬼で鬼なんですよね。

「一応鬼じゃないんですか?まあ西洋では悪魔で通りますけれど」

どちらにしろ褒め言葉になってしまいますね。

「うー……」

 

「はいはい…これでどうですか?」

流石にこのままだとレミリアさんが可哀想だったので頭に手を置いてあげる。

「なぜあなたは私の頭を撫でているの?」

なんだか可哀想だったから……

「撫でちゃダメなんですか?」

 

「そういうわけではないけれど……」

 

急に無言になってしまう。何でそうなるんですか…ってフランも何黙ってニヤニヤしているんですか。

 

 

「……夏なのにここは涼しいですね」

仕方がないので話題を切り替える。

「あ、気づいた?結構涼しいでしょう」

平常運転に戻ってくれたようです。

「地底もある程度快適に過ごせるようにはしていますけれど灼熱地獄後や温泉用の熱湯があるのでどうしても熱気がこもるんですよね」

仕方がないことなのですけれどね。それでもある程度は涼しくなっているのだ。ある程度は……

「でしょうね。ジメジメして狭そうな地下じゃそうなるでしょうね」

少し偉そうにするあたりようやく元に戻ってきたようですね。

「……宣戦布告していいですか?」

だけれど少し頭にきました。

「冗談!冗談だから!ついいつもの癖で……」

雰囲気が変わったのを察したのか慌てだした。

「へえ…いつもはそう思っていたんですか」

ふーん…

「ごめんなさい!謝るから!」

 

「冗談ですよ」

 

事実を言われたくらいで怒ったりはしませんよ。慣れてますからね。

 

「お姉様……いくらなんでも酷いと思う」

フランまでこっちの味方についてくれるの?レミリアさんがなんだか可愛そうなのだけれど……

「地底がそのように思われているのは承知していますしその問題を解決しようにもうまくいかないのが現状ですから」

 

「苦労しているのね……」

 

「貴女ほどじゃありませんよ」

レミリアさんは味方無しのこの世界に乗り込んできているんですから私より苦労も多い。だって簡単に周りに頼ることができないのだから……周囲が潜在的な敵というのは何かと気苦労も多い。

地底はどこに対しても中立の立場を取っているから表立って支援することもできない。そんなことをすれば反発が出る。特に山…

あそこは吸血鬼異変の時に最も被害が大きかったところだからなおさらだ。

 

 

「……?」

不意にレミリアさんの後ろに気配を感じた。ほぼ同時に気配の正体が姿をあらわす。

「お嬢様、流石に今はお休みになられてはいかがですか?後は私が対応しますので」

紅魔館で使用されているメイド服に身を包んだ狐耳の女性がレミリアさんの横に並ぶ。

「そう、じゃあお願いね狐」

交代するようにレミリアさんが後ろに下がる。

「玉藻です」

まだ名前で呼ばれていないのか……いや、ただふざけあっていただけですね。

 

フランを連れたレミリアさんが台所から出て行き、この空間は私と玉藻さんだけになった。

 

「さて、私に何か用事のようですけれどその前にお茶にしませんか?」

そう言って椅子に座ることを勧めてくる。

いつまでも立ち話というのはあれだけれどべつに長々といる訳でもないのだからこのままで良いと断っておく。

 

なのでさっさと本題に入ってしまいましょう。

「用事というより手伝って欲しいのですが良いですか?」

手伝いの単語に耳が反応した。雰囲気が一気に変わる。

「宴会が続いているということですね」

 

「あら、ご存知だったのですか」

鋭い…というより薄々察していましたね。

「当然ですわ。私はメイドですもの」

メイドって何だろうか……

「流石メイド……魔術師ですね。洗脳系の類は効かないのですか」

大まかに正体はわかるのですが何となくぼやかしておく。初めて出会ったあの時はわかりませんでしたけれど今なら…十分理解できる。その特徴的な気配……

「洗脳系…確かにそうですねえ…私に洗脳系が効いたためしはありません。尤も、今回の場合は洗脳系ではなく記憶の改変に近いものですけれど」

そこまで既に推理していたのですか。

「元凶を見つけ出すのを手伝ってくれますか?」

まあ元凶というより原因である鬼なのですが…近くにいることはいるのですが見つけるとなると話が変わってくる。

「いいけれどどうして私なのかしら?」

他にも候補がいることにはいますよ。ただ、貴女が一番確実に見つけられると確信があるんです。

「見つけるのは得意でしょう」

 

「確かに得意でありんす。ただ、鬼と戦うのは御免被りますわ」

 

「大丈夫ですよ見つけるだけでいいんですから」

多分彼女は宴会を楽しみたいだけ…今年は冬が春を圧迫したせいで花見などを満足に出来ていない状況ですから。

「わかりました。ただ現時点では拡散しすぎているので、探すのは宴会の時になったらで大丈夫でしょうか」

なるほど…やっぱりそういう結論にたどり着くのですね。

半分納得……でも少し腑に落ちないところがある。まあ半分納得できただけよしとしましょう。

「大丈夫ですよ。彼女はただ宴会を楽しみたいだけのようですし直接危害を加えるような危険性の高いものでもないですからね」

 

実際危険性はないに等しい。だけれどやはり異変である。霊夢が気づいているかはともかくだけれど……

「ご主人様に物忘れの癖がつかなければ良いのですが…」

 

大丈夫だと思いますけれど…それは何とも言えませんね。

「そういえば貴女も術にはまっていないのですね」

 

「術かどうかはわかりませんが地上に戻ったのが今朝なので……」

あとはただ単純に疑問に思ったのが今日というだけでそれ以前の記憶が抜けているとか…自覚できないところがこの術のお恐ろしいところだ。

「あら、そうなの?なら忘れないように私がおまじないをしてあげますわ」

 

「助かります」

おまじないをしてくれるということで突っ立っていると、玉藻さんは苦笑いのような少し呆れたようなそんな表情になっていた

「結構簡単に信用なさるのですねえ…」

へ?嘘だったんですか?でも嘘というわけではないようですけれど…どういうことでしょうか?

「魔術師が私利私欲を優先して動く存在なのは知っていますけれど貴女はメイドでもあるのでしょう」

 

「ええ、ご主人様は絶対に裏切らないメイドでございますわ」

でしたら大丈夫ですね。何も警戒することなんてないじゃないですか。

「ならそのご主人様の友人に手をかけるようなことはしませんよね」

 

「なるほど、頭の回りはまだ大丈夫なようですね」

 

「まだそこまで歳はいっていませんよ」

 

「千を数えている時点で歳はいっていますわ」

 

「そういえばそうでしたね……」

 

 



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depth.151さとりがいく鬼乱闘

紅魔館を後にして帰りの道をのんびりと歩いていると、木の陰で誰かが座っているのが僅かに見えた。

木陰で昼寝なんていうのはこの時期珍しくも何ともない。外気温が少し高い春だと思えば良い。

ただ、木の陰から見えるその透明な翼と緑色の髪のサイドテールがそこで寝ているものの正体を導いてくれた。

近づいてみるとやはりそれは大妖精だった。破損した腕から人工筋肉が見え強化合金のフレームは途中から綺麗に切断されている。

 

何かあったのかと一瞬焦ったけれど注意して見ればそれは相当前のものだとわかる。

それにしても寝ていますね……起こした方が良いでしょうか?

そう思い肩に手を置いて軽く揺さぶれば、少しだけ顔をしかめてしまう大妖精。だけれどすぐに意識が覚醒したのか目を覚ました。

「あ…起きました?」

少しの合間寝ぼけているのか私の顔を見ながら光の灯らない瞳を泳がせていた。少しすればようやく意識の方も起きたのか私の瞳を見つめ返してきた。

「さとりさん?久しぶりです」

少し元気がないように見えるけれど…大丈夫かしら?

 

「お昼寝するにしては場所が場所ですよ」

 

「ここそんな場所だったんですね……」

分かっていなかったのだろうか?というより大ちゃん貴女が着ているそれは冬服ではないの?結構軽装になっているから春先で使用するものだと推測されますけれど。

それに腕の損傷から見ても放っておくなんて普通では考えられない。

「直してもらってないんですか」

 

「疲れて寝ていましたから…それにしても暖かくなりましたね」

疲れて寝ていたにしては後に続く言葉の少しニュアンスがおかしい。

「どれ程寝ていたんですか」

私がそう聞けば分かっちゃいました?と苦笑しながら私にもたれかかってきた。

「冬が明けてすぐからですね。少し疲れちゃいましたし」

サードアイが想起される情報を回収していく。

「そう……チルノちゃんと戦ったから?」

思い当たる原因などそのくらいだろう。それ以外でとなったらもうお手上げだし月の医者にでも連れていかなければどうしようもない。

「ええ、おそらく……」

力を消耗しすぎると回復までに時間がかかる。それが原因で長期間の眠りに入るというのは妖怪では珍しくない。ただそういう場合は基本的に実体を伴わず魂だけの状態でいることの方が多い。大ちゃんは例外なのだろうか。

「一応直しには行ったんですよ…でも素材を揃えるのに時間がかかるって言われて…」

ああ…でもそれって冬が終わってすぐですよね…

「多分もう出来ていると思いますよ」

流石に二、三ヶ月すれば完成しているはずだ。他の研究に没頭してしまって完成していないとかじゃなければ……

「ですね…行ってみます」

いやいやそんなふらふらの体じゃどうしようもないじゃないですか。

私が背負っていきますからまだ寝ていてください。

 

「そうですか?じゃあもう一眠りしますね」

 

そうしておいてください。腕云々より先ずは家に連れて行ったほうがいいですね。このまま放置は嫌ですし…

 

結局家に連れて帰ってもまだ寝ていたのでしばらくこのままにしておくことにした。

明日になったら確認しますか…

 

 

 

 

 

日暮れが近づいてくると、祭りだか宴会だかが行われているのか博麗神社の方は人の気配がたくさんあった。

そのかわり神社近くの森の中は全くと言っていいほど人気がない。なんとも対象的です。

それだから赤灼けに染まった森には私と玉藻さんの歩く音しか聞こえない。

「流石にここまで気配が多いと見つけるのは大変ですね」

隣を歩く玉藻さんについそんな言葉をかけてしまう。

そうだねえと返してくれるあたり一応は友好的なのかな?

「普通の気配ならそうですが彼女のは拡散して薄く広がっていますからねえ」

それぐらいならあなたもわかるでしょうと暗に言ってくる。

「それはわかりますが意識の濃いところを探し当てないとこちらに反応してくれませんし」

戦闘中や意識して隠れている状態であれば私でも見つけられるけれど今の彼女は意識を神社周辺に拡散させてしまっているから私ではどうすることもできない。

だからこそ玉藻さんが必要だったんですよ。

 

「それで、もう始めちゃっていいのかい?」

 

「そうですね…あまり人の多いところでやっても迷惑になるでしょうから…」

それにあまり近づきすぎて霊夢に見つかる方がまずい。だったらここら辺でこっそりやった方が良いだろう。

玉藻さんが片手で宙に印を描く。淡い光が指の動いた位置を示し、幾何学模様とラテン語系の文字が記された術式が浮かび上がる。

「…拡散した意識を相手の意思に反してこちらに持ってくるなんて久しぶりだからねえ…」

 

そう言いながら彼女は術式に力を入れる。

周囲に風が巻き起こり、木の葉が飛び散る。

ガリガリと地面の一部が削れまばゆい光がその場を支配する。

 

それが視界を埋め尽くし、やがて消えれば目の前に人の気配がする。

「んや?まさか見つけられるなんてねえ」

知っているヒトの声。それも当然といえば当然なのだけれど……人影がのんびりと動き出す。頭についている二つのツノが左右に揺れている。なんだか動き方が酔っ払いみたいです。ってそういえば萃香さんは常に酔っ払っていましたね。

「少し遊びが過ぎますよ萃香さん」

 

「なんださとりと……連れかい」

私と玉藻さんを交互に見て…なんかかなり冷めた反応ですね。

玉藻さん流石にそんな対応されたら怒りますよ?一応このかた強いですし。

 

しばらく無言でにらみ合っていた玉藻さんと萃香さん。何でしょう…物凄い威圧感なんですけれど…怖い。

「それでは私はここらで失礼いたします。ご主人様もお待ちでしょうから」

終始にらみ合ったままであったが、結局先に降りたのは玉藻さんだった。だけれど逃げたとかそういうわけではない。無益な硬直がこのまま続けば最終的に戦いに発展する羽目になっていただろう。彼女は無駄な争いは自ら行わない。

「わざわざありがとうございます」

神社の方に歩いていった彼女を見送り萃香さんに向き直る。

「ちぇ……なんだか好きになれねえ」

それは彼女が騙す側の存在だからでしょうか?別に仲良くしていれば騙されたり裏切られたりはしないと思いますよ。

でもそれがわかるのは私とレミリアさんくらいだろう。

「それじゃあ萃香さん、宴は終わり。帰りますよ」

いつまでもずっと祭りだ宴会だなんて出来ないんですから……

「ええーもうちょっとだけ」

なぜ駄々を捏ねる。いやわかりますよ。今年は春の宴会がほとんど無かったです。でも……

「もう夏なんですよ。それにこのままだと幻想郷の営み自体に影響が出かねないのですよ」

毎日祭りばかりとなれば大きく影響はしないにしても生活に支障が出てしまう。今はまだ大丈夫ですけれど……そうなってからでは遅いのだ。

「はいはい…さとりは真面目だねえ…」

瓢箪の中身を飲みながら萃香さんが私の方に近づいてくる。足と手についた重しが彼女の動きに引きずられる。

「霊夢にボコされるよりマシでしょう」

少しづつ近づいてくる萃香さんの気迫に押されて少しだけ下がってしまう。

「確かにマシだったな!そのかわりさとりが鬼退治をしてくれるんだろう?」

そう言いながら準備体操のようなものを始める萃香さん。

「え…何で私なんですか」

ちょっと待ってほしい何で私が戦う流れになっているのですか?ただ地底に帰りますよと言っただけなのに……

「だってなあ……鬼を止めるにはやっぱり鬼退治じゃないのかい?」

ああそうだった…この人今酔っ払っているんだった。

 

風が吹き、萃香さんの体がブレた。顔に向けられた拳とお腹に向けられた拳…二段の拳を手で押さえる。いきなりすぎませんか?

「場所を変えようとは思わないんですか?」

力をずらして斜め後ろに放り投げれば、地面を蹴って再度殴りに来た。

それを体をひねって回避する。お返しにと軽い後ろ蹴りをするけれど寸前で回避された。

「場所?いいじゃんいいじゃん」

 

よくないから言っているんです。変装していないんですからね?察してくださいよ!とは言っても私と霊夢との関係性は萃香さんには伝えていないわけですからこれは仕方がない。

だけれど流石にこの場で戦うにはまずい。少し場所を移動しよう。飛び上がった私を追いかけるように萃香さんも飛び上がる。後ろから弾幕が追いすがり左右で爆発、体が跳ね飛ばされそうになる。

体を左右にひねりながら少しでも命中率を下げようとするけれどあまり意味がない行為だと思い途中からやめる。

後ろを振り返れば、萃香さんはちゃんと付いてきてくれている。

「あはは!どうしたんださとり!逃げてばかりかな!」

 

だってあそこで戦ったら絶対巫女がくるんですもん。

 

左右に体をひねり回し素早く方向転換。

高度を落としつつ加速する。背中が撫でられるような感覚がする。体を起こして強引に減速。コブラ機動のような動きで止まると私の真横を妖弾が通り抜ける。

「鬼ごっこは終わりだよ!」

 

真横⁈

 

動こうとしたけれど向こうが早い。体に衝撃が走り視界が回転する。腕を伸ばしてどうにか体を安定させたものの片脇がどうにも鈍い……

どうやら脇腹を蹴り飛ばされたらしい。骨が数本折れている感触がする。

「やっと追いついた。さて戦おうじゃないか」

ああ…確かにこれじゃあ逃げられませんね。

どうにか山の方まで引き連れることはできた。ただ……

 

「そこの2人!止まりなさい!」

流石に戦闘をしながら飛び込んできた私達に容赦をする気はないのか警告をしながら2人の白狼天狗が弾幕をばら撒いてきた。その上アホみたいに突っ込んでくるではないか。

「煩いなあ…」

 

萃香さんが白狼天狗2人に向かって回し蹴りをする。発生した真空波で2人が吹き飛んだ……

だけれどそれで終わりではなかった。

やっぱり天狗の領域に入ってしまっているためか白狼天狗さんがわんさか集まってくる。

見た感じ鬼を知らない世代ばかりだ…多分鬼を知っているヒト達は恐れ多くて上がってないのでしょうね。でも若造を見捨てちゃダメでしょ…

 

あ、何人か来ているんですね。巻き込まれていますけれど…

でも一応止めようとはしているんだ…

流石にただ見ているだけというのはまずいので萃香さんと天狗達の合間に割り込む。

「天狗さんは今すぐ退きなさい!相手は鬼の四天王ですよ!」

叫ぶはいいけれどあまり話を聞いているようには思えない。

 

実際別の方向からさらに天狗さんがやってきてしまった。私が割って入った意味がない…

 

 

「邪魔するなあああ‼︎」

 

ああ…萃香さんがキレた。

日がくれたばかりの空に白い光を放つ弾が生み出された。あれはまずい…

 

「落ちろっ‼︎」

放たれた光の弾が天狗を巻き込み、地面に命中し爆煙が上がる。運良く回避できた天狗達だったけれど唖然としている合間に萃香さんに距離を詰められ全員殴り飛ばされていた。

鬼の四天王怖し……

増援に来ていた白狼天狗と鴉天狗が1分も経たずに全員落とされた。

 

しかもご丁寧に腹パンだけでだ…痛そうです。というよりあれ内蔵破裂しないのかなあ…いくら妖怪が頑丈でも萃香さんのパンチだ。無事であるはずがない。

下は死屍累々…上は私と萃香さんだけ…

「それじゃあ続きしようか!」

やりきった笑顔でそんな言い方はないでしょう…っていうか怖いですよ。

 

完全に気分が高揚してあっちに行っちゃっている…こりゃ大変です。

「嫌だと言っても戦うのでしょう…」

 

「まあね…」

肯定しないで欲しかった……

 

空気が鳴き、咄嗟に出した右手が萃香さんの脚を防いだ。ある程度力を入れているのにものすごくしびれますね…

もう片方の足で回し蹴り。体を後ろに反らして避ける。目の前を足が通り過ぎているのですが動体視力で追いきれない。速いです…

 

空中でステップを踏み後ろに逃げる。

妖弾の至近射撃。だけれど腕にぶら下がっている重りで弾き飛ばされる。

それでも射撃を止めず少しづつ後ろに下がり距離を取る。遠距離は萃香さん苦手ですからね。

 

「おいおい逃げるなっての」

 

「普通逃げますから…」

 

「じゃあ逃げられないようにしておくか」

 

萃香さんから何かが飛び出す。咄嗟に守ろうとして腕を出してしまう。

鈍い金属音がして腕に何かが接触、衝撃で手首がへし折れた。だけれどそれだけでは終わらない。へし折れた腕をチェーンのようなものが巻きつく。

それは萃香さんが普段腕につけている鎖付きの重りだった。

これで逃げられないだろうと萃香さんが鎖を思いっきり引っ張った。

腕が引っ張られ体が持っていかれる。

 

踏ん張りの利かない空中でバランスを崩してしまう。

「……!」

 

あ…まず……

気がついた時には回避不能な本気の拳が私の体を正確に捉えようとしていた。

 

 

 

「全く…仕方がないですねえ……」



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depth.152だからさとりは怖がられる

玉藻「自覚しなさい」


私に向けられた拳は、されど私をとらえることはなかった。

突如私と萃香さんの合間に張られた結界は、向けられた拳の威力のほとんどを受け止めガラスのように砕け散った。

破片となった妖力が空気中に拡散する。

「危ないねえ…全力で張った結界を一撃とは」

真横で声がした。それはさっき帰ると言ってレミリアさん達の方に向かったはずの人物だった。

「どうして……」

 

「ご主人様から言われましてねえ…戦いたくはないのですけれど仕方がありませんわ」

メイド服はいつの間にか青に蝶の模様が描かれた着物に変わっていてかなり色っぽく着崩していた。

「なんだあ…面白くなって参戦したのかあ?私は二対一でも構わねえぜい」

萃香さんはノリノリ…それどころか自身の拳を受け止めきれる相手が来て嬉しそうです。

やっぱり酔いは怖い…

「ではそうさせていただきますわ」

そう答えるなり私に一瞬だけ視線を向けてくる。

参戦ということはもちろん連携をして欲しいとのことであって…その目線はそういうことですね。

先制攻撃は玉藻さん。どこから出したのかいつのまにか握られていた二本のナイフを構えて突撃していった。その隙に私は鎖で固定された腕を切り落とす。

一瞬だけ走る痛みと、なにもなくなった感触。すぐに回復に妖力を回しながら萃香さんの後ろに回り込む。

下で何か悲鳴のようなものが上がった気がしましたけれど大丈夫ですよね。あ、もしかして下誰かいました?

 

振り下ろされたナイフを鎖で弾いた瞬間、真横から私が円錐状の弾幕を撃ち込む。それすら膝蹴りで弾き飛ばされた。よく見れば妖力を鎧のように一瞬だけ展開している。あれではダメージは与えられませんね。

 

「へえ、同時かあ…でも息はあっているのかあ?」

 

「それはどうでしょうねえ」

萃香さんが玉藻さんの振り下ろしたナイフを弾き飛ばし本人自体にも蹴りを与える。

間一髪でそれを避けたものの、鎖に引っ張られていた重りが彼女の背中に接触した。軽く弾かれる玉藻さん。

各個撃破を狙っているようですがそれはある種の隙のようなものだ。

 

真後ろに回り込めた私が彼女の腰に弾幕を撃ち込む。

いくらあなたが頑丈であっても、弱いところは確実に存在する。玉藻さんに対処していたため対応が少しだけ遅れる。

複数発が背中に接触し閃光と爆煙を放出。爆風を利用して一度距離を取る。

 

「やったのですの?」

あれで倒せたら苦労しないんですよ。弱点なんてあくまで身体機能の一部に直接制限を与える程度ですから。

 

「まだd……!」

 

考えるより体が先に動いていた。それは生命が危機に瀕した時に発する特殊な感覚。生存本能に基づいた回避行動だった。私とほぼ同じ考えだった玉藻さんも反対側に避けている。

 

刹那……

 

轟音と巨大竜巻のような突風が辺りに撒き散らされ私も玉藻さんも吹き飛ばされた。

幸い地面に叩きつけられることはなかったのでよかった。だけれどそれ以外は良かったどころではない。

さっきまで私達がいたところを衝撃波が通過したらしい。

一直線に眼下の地面と背後にあった山の一部が大きくえぐり取られている。パンチ1発の威力でコレですか。

「やるじゃねえか…」

爆煙はさっきので残らず吹き飛ばされたようだ。

その場所には全く傷を負っていない振る舞いを見せる萃香さんの姿があった。

 

「効いてないじゃないですの」

 

「おそらく命中直前に弾かれたんです。それでも……無傷とはいかなかったようですけれど」

 

「あれで無傷じゃないって…やっぱり鬼退治は嫌いですわ」

同意します…鬼の四天王ってやろうと思えば単騎で国を滅ぼせますからね。

それを相手しないといけないとなるとやはり魂を差し出す覚悟が必要でしょう。

 

先ほどとは比べものにならない妖気を放ち萃香さんが飛びかかってきた。

速すぎて目で追えない。感覚だけで回避を行う。サードアイからの情報も兼ねて必死に回避する。だって真空波が発生するような拳を受けたくないですから。

 

「こちらも忘れてもらっては困りますわよ」

 

玉藻さんが、殴るために一瞬だけ動きを止めた萃香さんにナイフ数本を投げつける。

高速回転をしながら銀の刃物は萃香さんの背中に突き立てられる。だけれど強靭な筋肉の影響か深く刺さることはなく表面を軽く傷つけただけに過ぎない。

ただ、注意を引きつけることはできた。

高笑いをしながら萃香さんは目標を私から玉藻さんに切り替えた。今度は私が追撃を行う。だけれどほんの僅かに出遅れたため追いつけない。左右に細かく動き玉藻さんに接近する。玉藻さんだって流石に接近されるのは嫌なのか逃げている。だけれど速度差があるせいでこのままだとすぐに追いつかれてしまう。

指を振った玉藻さんから妖気が溢れ出し、いくつもの結界が萃香さんの前に張られる。

しかしそれらは薄いガラス板のようにあっけなく砕け散る。だけれどそれは囮…

玉藻さんが懐から一枚のカードを取り出す。

「怪符『燦々日光午睡宮酒池肉林』」

周囲にいくつもの花火が咲き乱れ、鮮やかな色の弾幕が周囲に飛び散る。

 

しかし何ですかその名前は……

「スペルカードですわ」

 

それが⁈

なんだかものすごい名前だったのですけれど……ああ、身体強化を主目標としたスペルカードですか。

見れば周囲を埋め尽くしていた弾幕が一斉に玉藻さんに集まり吸収される。

その瞬間玉藻さんが消えた。

 

移動しただけだというのになんて速さ……通った後に僅かに赤い光が残っているから通ったであろう軌道はわかるのですけれど…

 

「へえ…面白くなってきたんじゃない?さっきよりかはねえ…」

 

高速で動く玉藻さんが…赤い光の筋が萃香さんと接触する。

萃香さんの体が大きく裂かれたように見えた。

実際には裂けていない。

よく見れば萃香さんの上の方で折れたナイフの刃が舞っていた。

それでも何度も赤い光の筋は接触を繰り返す。参戦しようにも下手に入れば巻き添いを食らいそうだ。

「速度と攻撃力はかなりのものだな」

 

攻撃を防ぎながらよく言いますよ。それじゃあ攻撃力があるようには見えないのですけれど。

 

「でもなあ……」

萃香さんの片手が拳を作る。空中で何を足場にしているのかはわからないけれどかなり足に力を入れている。

 

「動きが見切りやすいんだよ」

 

音を置き去りにして拳が放たれた。

その拳はしっかりと赤い光の元を捉えていた。

 

「ぎゃん‼︎」

 

なにか可愛らしいようなそうでないような声を残して玉藻さんが地面に落ちていった。

 

「これで一対一だな」

 

「そのようですね……」

 

鬼とタイマンとかやりたくないのです。ある程度ルールを決めた決闘なら良いのですが今やっているのはルール無し。

 

距離を取りながらレーザー弾幕で応戦。

だけれど気休めにしかならない。その全てを回避、あるいは弾かれてしまう。

「逃げないで戦おうよお」

 

怖いよ!なんで笑顔で近づいてくるんですか!

「想起『グングニル』!」

レミリアさんちょっと借ります!

鬼に対抗できるのは鬼と同じ存在……片手に集められた妖力を強引にグングニル状にし、追尾能力を付与。そして思いっきり投擲だ。

本当は拳銃があるのだけれど通常弾しか持っていない。萃香さん相手なら少なくとも鬼用徹甲弾を持ってくるべきだ。

 

 

ともあれまっすぐ最短コースで萃香さんに向かっていったグングニルを彼女は躱すことはなかった。

「無駄だああああ‼︎」

ただ全力で拳をぶつけていた。

 

嘘でしょ……

グングニルが崩壊する。

やはりコピーじゃどうしようもないですね。まあレミリアさんの使うアレだってオリジナルと言うわけではありませんけれど…

 

「そんなもんなのかあ?随分弱いなあ」

勘違いしているようですが私は弱いですよ。

 

萃香さんが懐に飛び込んでくる。せっかく距離をとったのにこれでは意味がない。右に体を逸らそうとして、二の腕から下が千切れている方の肩が熱く焼けたような感じがする。ふと見れば、萃香さんの蹴りが肩をかすめていたのか少し浅めに傷ができていた。

直撃していたらと考えるとゾッとする。

 

だけれどこの距離は……」

一瞬だけ萃香さん自身を想起。そのまま拳を脇腹にねじ込んだ。

吹っ飛んでいった萃香さんが山の斜面に突き刺さる。

ようやくダウンを取れた…代償として私の腕は砕けましたけれど…まあこれくらいならすぐ治る。

もう大丈夫…そう思った瞬間殺気が体を貫いた。

目の前に萃香さんが迫っていた。もう回避はできない。

咄嗟に体を捻り妖力を爆発させて体を回す。その勢いで回し蹴りを敢行する。

 

蹴りと殴りが交差。

接触音と何かを貫通する音が一度だけする。

吹き飛んだ肉片が地面や下にいる白狼天狗に襲いかかったらしい。何か悲鳴のようなものが聞こえていた。

「……終わりましたか…」

 

萃香さんの拳は私のお腹を貫いていた。勿論私の蹴りは全然届いていない。そのかわり……

 

「ちぃ…」

萃香さんの首元には玉藻さんのナイフがぴったりとあてがわれていた。流石に体が筋肉質で硬いといっても首を斬られたら終わりだ。

「チェックメイトですわ」

実は吹き飛ばされたのは演技。多少傷は負ったらしいけれどどうにか耐えきったようです。

「降参降参」

流石にこの状態でこれ以上何かしようとは思わなかったらしい。

血でべっとりと汚れた腕が体から引き抜かれる。

うえ…なんだか気分が悪いです。引きちぎれた臓器の一部が背中の傷からこぼれ出している。これ骨も逝ってますよ……

 

「大丈夫なのかい?」

殴った相手が言いますか。

「ええ、回復に時間がかかるくらいですよ」

実際脳と心臓がやられていなければ回復はできる。実際この程度の傷からも回復した経験があります。

「むふ…私がある程度楽にしてあげますわ」

 

「お願いします」

玉藻さんが私のお腹に手を当て呪文のようなものを唱え始めた。

少しづつ緑色の光が玉藻さんの手から放たれ、骨が砕けて筋肉も裂傷していた腕が治る。さらに空いていた傷も少しではあるけれど塞がった。

「少し穴が大きすぎますわねえ……」

 

「これでも十分すぎますよ」

 

「水天日光天照八野鎮石を使えればもっと回復させてあげられますのに」

何ですかその長い名前は……

 

「うーん…なんだか昔聞いたことのあるような……」

 

「萃香さん知っているんですか?」

 

「名前だけは聞いたことあるんだけれどなあ……」

そうなんですか……まあ無い物ねだりをしても仕方がありません。諦めましょう。

 

それにしても内臓まで一気に吹き飛ばされたのには驚いた。いやあ…さすが萃香さんです。

 

ところで吹き飛んだ内臓はどこに行ったのでしょう。

放っておいてもすぐに消えるのですけれど流石に放置したままにするのは忍びない。

あたりを見渡してみると、遠巻きに私を見ている白狼天狗さん達がいた。

下半身が動かないので少しだけ浮きながら近づいてみると、千切れた内臓を持っていた。ああ、頭に当たってしまったようですね。

「すいません大丈夫でした?」

 

「あ…あ…だ、大丈夫……」

顔面蒼白ですがどうしたのでしょうか?流石に内臓を持つのは気持ち悪いのでしょうか…

「気分が優れないのですか?」

 

「い…いえ……その…」

どうにも歯切れが悪い。

あ、もしかして血で汚れました?服白いですし血がつくと目立ちますよね。手もベトベトのようですし…

その若い白狼天狗の横に今度は鴉天狗が並ぶ。あら…貴女も顔色が優れないようですけれど…まさかお腹を殴られたのが影響しているのでしょうか。早めに病院にいかれたほうが良いですよ。

それで…あ、私の手を拾ってくれた方ですね。

「私の腕ね…ありがと」

 

「い、いえ…その……」

 

回収した腕と内臓をまとめて燃やす。

こうでもしないと私の体の破片を悪事に利用される可能性がある。私じゃなくても普通はそんなリスク誰にだってある。本来は放っておけば消えますけれど山の場合は念を入れておく。

 

「あ…うあ……」

なんで震えているんですか?ただちぎれた肉片を燃しているだけじゃないですか。

 

「な、なんでもありません……」

 

不思議ですねえ……

「さとり、あんた鈍感すぎるだろ」

 

「そのようですわ」

なぜか2人に怒られた。わけがわからない。

 

 

 

 

 

「そういえば最近宴会やっていないわね?」

どうにも1日が暇でしょうがないように思える。今までの生活を繰り返しているだけだというのにだ。その原因を探ってみれば記憶では宴会をやったような気がする。

「そりゃ昨日やったからに決まっているだろ」

縁側で寝っ転がっていた魔理沙が独り言に入ってきた。

「でも前までは毎日やっていたような気がするわ」

記憶にはない。というよりここ数日の記憶が抜けているような気がするのだ。

「考えすぎじゃねえのか?」

 

「魔理沙が考えなさすぎなのよ」

 

もしかして異変かしら?でもその様子はもうない。

後で紫に聞いてみましょう。



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depth.153それぞれの日々

活動報告にお知らせがあるよ!なんだろうお菓子かな?


暇が人を殺すとはよく言ったものだ。本当に暇って死にそう。

動こうにも動けない。見えてくるのは天井と壁だけ。あと偶に訪ねてくる人たちくらいだろうか。

現在進行形でこいしによって布団に貼り付けにされている最中だ。

原因はわかっている。お腹に穴と片腕をなくした状態で帰ってきたら誰だってそうする。一応傷はもう塞がったのですが安静のために一日休んでと念を押され、挙句腕を布団に縛り付けられた。確かに背骨が粉砕されていますから穴が塞がれた程度じゃ治らないのも事実ですけれど。

こいし曰く安静にしていてだそうだ。

 

別にもう治っているんですけれど…

 

困りましたねえ…

私の所に来るヒト達の心をこっそり覗いてみればまた私に関する変な噂が立っているようだ。

 

なんでも狂戦士だとか敵に回したくない相手だとか怖いとか…

まあそれが私という存在ですから否定はしません。

噂であれこれ言われるのは慣れていますし本来さとり妖怪は妖怪からも人間からも忌み嫌われる存在ですから。

 

「おやまあ…これまた随分と愛されましたねえ」

襖が開くと、そこにいたのは一匹の狐だった。尻尾が左右にのんびりと揺れている。服装はあの時とは違い紅魔館のメイドの服になっている。

「これを愛というのであれば愛なんて要りません」

縛って拘束なんてヤンデレですか…

「そう固いことはおっしゃらずに、玉藻が手伝いにきたんですわよ」

頼んでないんですけれど…

「ご主人様に頼まれましたわ」

レミリアさん…なんだかすいません。今度お茶とお菓子をご馳走します。

「そういうわけですので…まずは回復を促進してくれる薬でも飲みましょうかねえ」

 

そういうと彼女は持ってきていたカバンから何か緑色の液体が入った瓶を取り出した。禍々しいというより葉っぱをすりつぶしたペーストをある程度濾過したもののように見える。

「なんですかそれ」

 

「これはパチュリー様が薬草から作った回復促進剤の一種ですわ。妖怪や悪魔の体の再生能力を一時的に高めるものらしいですわよ」

そう言いながら私の側に置かれていた和菓子にそれを染み込ませ始めた。

あ…直接飲むのではなくそうやってやるんですね…

 

「なんだか…かなり世話になってしまっているようですね」

 

「ご主人様は貴女に恩義があると言っておられましたからねえ。困った時にはお互い様だそうですわ」

 

「そこまでして頂くほどのことはしていないのですが……」

 

「自覚がないというのは恐ろしいことですわ。あるいは価値観の違いもある程度は認めにならないと大変ですわよ」

そうは言われてもなー私は恩を売っているつもりはない。ただ仁義を通しているだけだ。それもかなり自分勝手なもの…

「まあお認めにならないのならそれはそれで良いのです。変に誇ったり振りかざしたりしない方が好みですし」

 

「それはあなたが?」

 

「そうですわよ。私だって好き嫌いがあります。あ、もちろん一番はご主人様ですわ」

 

「知っていますよ」

 

「ちなみにさとり様は8番目あたりですわ」

 

「少し高いんじゃないんですか?」

 

「順位というのも結局は概念的な存在にすぎませんし、あってないようなものですわよ」

 

「でもそれを順位として固定して仕舞えばそれは立派な既存の価値観。概念的なものから外れてしまいます」

 

「そうですわねえ。私としたことが迂闊でしたわ」

 

 

話していればどうやら薬を和菓子に入れ終わったようだ。側から見れば毒を混ぜているようにしか見えない。

「それ毒じゃないんですか?」

 

「毒かもしれませんわよ」

 

「それはなんとも…ここで一生を終えることになりそうです」

 

「もちろん嘘ですわ」

 

「よかった」

 

「というのが嘘だったりしますわ」

 

「結局どっちなんですか」

 

「どちらだっていいじゃありませんか。さとり様の命を奪うような毒を探したところで見つかりませんから。安心して食べてくださいまし」

嘘ではないのだろう。ただ私の体の抗毒性がどこまであるのかなんてどうやって知ったのやら…

「少しふざけただけですわ。ちゃんとした薬ですわよ」

 

「薬も一種の毒薬ですよね」

 

「薬も毒も同じですからねえ…でもそれを言えばさとり様だって劇薬ですわよ」

そうでしょうか?確かに私の存在は毒のようなものですけれど劇薬だなんて思ったことはない。

「貴女を狙う存在はどこにでもいるのですよ。上手く立ち回れば平和が来るかもしれませんが誤れば待っているのは戦火。よく気をつけることですわ。先輩のわたしからのアドバイス」

よくわからないけれど肝に銘じておこう。

 

そう思っていると薬を入れたお菓子が口の中に突っ込まれた。もちろん突っ込んできたのは玉藻さん。

少し苦いですね…和菓子が苦くなるって相当ですよ…

 

「まあ危ないものではなさそうですからそれもらっておきますね」

きっとそのままだと渋いものなのだろう。だからといって勝手にお菓子に薬を混ぜないで欲しいのですが…

「今この場で食べさせてあげますわ。はい、あーんですわ!あーん」

やると思いました…腕も縛られていますから動けませんし…本来なら従うしかないんですけれど…できれば腕の紐を解いて欲しいんですよ。

「………」

じっと見つめていたら何故かため息を吐かれた。

「つれないですねえ」

 

そういうのはお嬢様にやりましょうよ。私にやっても面白くないでしょうに…

 

「お嬢様はやってくれませんわ。フラン様は喜んでやってくださいますが…どうにも心に響かないというか考えていたものとなんだか違うのです」

 

だからと言って私にやって良いことにはなりませんし私はしませんよ。

嫌というほどこいしに食べさせてもらっていますからねえ…あ、出来れば縄を解いて欲しい。

この体勢でかれこれ1日経っていますから。

 

「腕の縄だけでも解いてくれませんか?」

 

「それをやったら後が怖いです。玉藻は怖いの嫌いですから」

嘘つけ。

「美で国を滅ぼすような存在でしょう」

 

「それは妲己ですわ」

 

「そういえば九尾ではありませんね…でも五つの国を滅ぼしたのですよね」

 

「それはただの偶然ですわ。たまたま立ち寄った国がちょっと色々あって勝手に滅んだだけですわ」

 

そういうことにしておいてあげましょうか。

「ということで、さとり様、アーンですわ!」

やっぱりそれをやってきますか。

ふと、部屋にもう1人の気配を感じ顔を向ける。

玉藻さんも気がついたのかそちらに視線を一瞬だけ向ける。

 

「大ちゃん?」

そこにはサングラスをかけお燐の武器だったはずのグレネードガンを片手に仁王立ちをする大妖精がいた。威圧感がすごい。

「玉藻さん、少し距離を置きましょうか」

怖いですよ大ちゃん。

「しかし…」

食い下がる玉藻さんですが威圧がすごかった。座った状態では目線の差の関係もありかなり威圧の効果は高い。

「玉藻さん」

 

「仕方ありませんわねえ…わかりましたわ」

諦めた玉藻さんが私の頭元から下がった。

流石に苦笑するしかないんですけれど…

 

「お茶持ってきたのですが飲みますか?」

私の頭の近くにお茶の入った湯のみが置かれた。

「でしたら腕の拘束を外してくださるとありがたいのですが」

 

「そうでしたね。では…」

玉藻さんと違って大ちゃんは直ぐに腕を縛る紐を切り落とした。

片腕しかないのに随分と器用です。

 

「ありがと…お茶いただくわね」

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ…式神の使い方が荒いお方だ」

ついぼやいてしまう。大荷物を背負った状態で人里を歩いていれば嫌でも目線を引きつけてしまう。それが人間には到底運搬できない量の荷物であればなおさらだ。こんな状態になっているのも主人である紫様が原因だ。

いきなり買い物を頼まれたかと思えばお金を渡されて人里の入口まで放り出されたのだ。

こんなのぼやかない方がおかしい。

 

結局買った荷物のバランスが悪く途中で止まって荷物の積み直し。ついでだから休憩でもしよう。

さっき買った油揚げ…1枚くらい食べても文句はないだろう。本当なら軽く炒めると美味しいのだけれど…

風呂敷から取り出した油揚げを頬張っていると、膝元で何かが動く感触がした。視線を下げればそこには一匹の猫が油揚げを見上げて佇んでいた。

 

「ん?お前も食うか?」

ただ一言にゃんと答える黒猫。少しだけ毛先が赤みを帯びている場所がある二股の尻尾だという点を除けばなにも問題はない。

結局油揚げを食べたいのか?猫の前で油揚げを振ってみたもののそれを取ろうとはしない。

 

そうこうしていると、猫は膝から降り道沿いに歩き出していった。

「なんだ。もう行っちゃうのか」

 

「仕事があるんでねえ」

さっきまでいたはずの猫は消え、目の前に人影ができた。

視線を上げればそこには黒猫が夕日を背に立っていた。

 

「仕事か……小遣い稼ぎか?」

そう問いただせば帰ってくるのは苦笑いとそうだという返事だった。

「あたい個人の小遣い稼ぎだよ。自分好みの死体を調達したくなったからやっているのさ」

 

「金では買えないからか…確かにそれなら仕方がないな」

 

「金で買えなくもないけれど好みの死体はなかなか見つからないんだよねえ…結局あたいが作るしかないのさ」

 

「で、好みの死体ってなんなんだ?」

 

「もちろん最後の最後まで死に争い続けた死体さ。あれがなかなか良い輝きを放つんだよ。魂も、死体に残る残心も」

 

そこらへんの感性はよくわからないが言い換えれば程よく腐敗し傾きかけた末期の国といったところか。後ひと押しで崩れる瞬間が美しいのと似ているな。

「そうか…やり過ぎるなよ」

 

「わかっているさ怨念になられちゃたまらないからねえ」

 

分かっているようには思えないがそこまで世話を焼く義理はない。

だからか猫の姿に戻って行ってしまった彼女を見送った後に、彼女の歩いて行った方角はさっき巫女が見回りで飛んでいた方向だというのを思い出した。

 

「完全に言うのを忘れたなあ…まあ良いか」

 

猫がそう簡単にくたばるようならとっくにくたばっているさ。

 

しかし…

「なんでサングラスをかけていたんだ?」

煙草を吸うのは知っているけれど…

 

 

 

 

「おやおや…まさか巫女がいるなんてねえ」

見回りをしていればこれだ。相変わらず妖怪は人間を襲うのね。側で気を失っているのは…人間ね。

「人間を襲うっていうなら容赦しないわよ」

お札とお祓い棒を構えて威嚇する。相手の動きが止まった。

その合間に少し観察させてもらう。

赤毛な髪の毛だけれど動物的特徴から考察して黒猫の化け猫ね。どこかで見たことあるような…どこだったかしら。

でも敵対するなら容赦しない。

だけれど黒猫はすぐに持っていた武器を納めて両手を挙げた。

「いやいや、流石に巫女の前で堂々とそんなことはしないさ。あたいは帰らせてもらうよ。だがそいつはどうするんだい」

そう言って指差すのは気絶している男。確かこいつ…人里を追放された男だったわね。

「里を追い出された罪人でしょ。どうもしないわ。放っておくだけよ」

それでも同じ人間だから目の前で襲われるのは止める。助けはしないけれどね。

「ならあたいが持って帰っても良いわけだね」

殺さずにお持ち帰り?そんな屁理屈が通用すると思っているのかしら。アホなんじゃないの?

「巫女の前では襲わないとか言わなかった?」

 

「それとこれとは話が変わるのさ。力がないのに守られる場所の外側にしか生き場がないなら、それは死と変わらないのさ」

まあ黒猫の言いたいこともわからなくはないわ。人里を追い出されたということはもうそいつは死んだも同然。

「それもそうね。でもダメよ。妖怪が人間を襲うというのならそれを止めるのが巫女の役目だもの」

考え込むようなそぶりを見せた黒猫は結局私と戦うのをやめたのかため息をついた。

「仕方がないねえ…そこまで言うのなら諦めるさ。久しぶりにいい死体が入ると思ったんだけれどなあ…」

そう言うなり胸元に挟んであったサングラスをかけてその黒猫は歩き出した。

「全く…少し目を凝らせばこれなんだから。ちょっとあんたどこ行くのよ」

 

「探し物さ。いやあ今夜は良い月だ。見つけやすいかもしれないねえ」

 

赤みがかった丸いサングラスをかけた猫はタバコの煙を日のくれた森に残して消えていった。

夜は妖怪の時間。深追いするには時間が足りなかった。もう帰らないと……

「なんだ…来てみたが問題なかったようだな」

 

気づけば後ろに紫の式神が立っていた。買い物帰りね…

「なに?私があんなのに遅れをとるって?」

私の言葉に式神は首を横に振った。あんな妖怪を気にかける?なにを企んでいるのかしらねえ…明日には急に異変が起こるんじゃないかしら。

「逆だよ。あの黒猫は退治するには惜しい存在だ」

明日は嵐ね。あの少し周囲に偉そうにあたるこの式神がそんなことを言うはずがない。

「妖怪の言い分なんて聞かないわよ」

 

「聞かなくて良いさ。むしろ聞いてもらっては困る」

 

それもそうね。

 

 



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depth.154さとりの才能

さとり「削り氷とかき氷ってなにが違うのかわからない…それはおいておきますとして、遅くないですか?」


夏の残暑が厳しく地上を焼き付ける。

灼熱地獄ほどではないにしろ地上で生きる身にとっては地獄のようなもの。

 

灼熱地獄の工事が着工に入り一時的に火力が不安定になっているせいか最近お空は地獄の制御につきっきりだ。

 

なので私も必然的に地底にこもる…とはならず、今日は代わりにこいしが地底の業務を代行していた。うまくできているかは別として…

 

結局私は養生を理由に二週間休まされた。解せぬ。一週間もあればあんな傷どうということないというのに…

暑さにうなだれるお燐に削り氷を作って一休みしていると玄関に新しく取り付けた鈴が静かに、でもはっきりとわかる音色を鳴らした。

ここの扉を勝手に開けるのは知り合いくらいだから少し対応してきますか…

 

それにしても、暑いですねえ……

部屋はかき氷を作っていたりで少し涼しくなっていたのですがやはり廊下に出ればかなりの熱がこもっている。

日本家屋は夏の蒸し暑さに対処するためにかなり通気性が良いはずなのですが…流石にそれだけでは対処しきれなかったようです。

「どうも!新聞届けに来ました!」

玄関にいたのは白い半袖シャツと黒色に赤いラインが入ったスカートとかなりの軽装な文さんだった。

どうやら新聞の配達らしい。こんな真夏の真っ昼間によくやりますよ。

「いつもありがとう」

 

「いえいえ!お得意様ですからね」

…やっぱり暑いのか額から汗が垂れていた。流石にこのまま返すのも酷ですから…

「文さんお水飲みます?」

丁度削り氷を作った時に余った氷が溶けて水になっているんですよ。それで冷たい麦茶でもどうです?美味しいですよ。

なんて誘ってみれば誘われるのを理解していたのか狙っていたのか、笑顔が一層深くなった。

「いいんですか?いただきます!」

 

「今年は少し暑いですね」

 

「そうですねえ…冬が長かったですから」

その分つっかえた季節の力が強引に押しているのだろう。

 

ふと文さんから貰った新聞に視線を落とす。

「あ…やっぱり祭りがあったんですね」

一面の見出しにはお祭りの様子が映されていた。この時期だと丁度夏祭りといったところだろう。

話題としては薄いかもしれないけれど平和だという証拠だ。

「ええ!しっかり取材してきましたよ!」

ちょっとだけ読み進めるとチルノちゃんがかき氷の屋台を出している写真が載っていた。

あとでしっかり目を通しておくことにしよう。

 

「おや鴉のお客さんかい」

1人淡々と削り氷を食べていたお燐が顔を上げる。

「お邪魔してまーす!あ、削り氷ですね」

正直かき氷と削り氷なんて変わらないような気がしますけれど…なんで呼び名が変わるんでしょうか。

ちなみに地上ではかき氷。地底では古くから生きている者だったりが多いので削り氷が一般的な呼び名である。

「ええ、食べますか?」

氷の予備はまだあるし氷自体があまり保存の効くものではないから早めに食べておきたい。

「食べます!」

素直で何よりです。では準備してきましょう。

台所から氷の塊を取ってくる。溶け始めているとはいえまだかなりの量がある。

「よくこんなに氷が作れますね」

 

「山の裾野に横穴を作って地下深くまで伸ばしたところで保存しておくのよ。今年は冬が長かったし普段より少し氷が多いのよ」

一応アンモニアを使った製氷機は河童が成功しているのですがやっぱり液化アンモニアの製造が面倒なのか小型化も量産化も目処が立っていないようだった。

ジェットエンジンをバラして組み上げられるんだから動力源なんていくらでも作れそうですけれど…どうもそのあたりを妖力で代用したりと完全な機械化はできないようだ。実際機械に頼らなくても製氷方法はいくらでもあるのも河童たちから興味を失わせる理由になってしまう。

「へえ…こちらは雪女さんとか氷を作れる妖怪に任せているのでいつでも必要な量だけ作れますけれど本人たち次第なところがありますからねえ」

そういうことです。特にチルノちゃんは夏場よく重宝されます。

ただ地底はそういうのが難しいからこうして天然氷が今でも主流なのだ。

「それにしても削り氷ですか。この前屋台であったのですが…食べ損ねました」

チルノちゃんの屋台のことだろう。

「それは残念でしたね。ところで味はなににします?甘葛と雪ありますけれど」

え?シロップ…そんなものありませんし作れません。どうしてもというなら…果汁を直接かけますからね。それか果汁と甘葛を混ぜたものくらいですよ。

 

「ほとんど変わらないですけれど…せっかくですし雪で」

お燐が甘葛を食べていたからこっちを食べようという心理だろう。そんな分析は後にして…氷を削り出さないと。

用意した小刀で素早く氷を削り取る。

かき氷機がいかに有能な機械なのかよくわかりますよ。小刀で氷を削っていくのは疲れます。

河童に言ったら作ったらしいけれど身内で使う分しかないようなのでもらえなかった。

そんなもんだろう。正直河童たちは量産より開発研究が主体ですから。

ある程度削り終えたので溶けないうちに砂糖をまぶす。

「はい、雪です」

 

「ありがとうございます!」

すごい嬉しそうに食べ始めた…まあかき氷にしろ削り氷にしろ貴重ですからね。昔みたいに氷自体がないということはありえないのですが、氷を作れるのが人ならざるものに限定されているし氷を長期に保存できる場所は妖怪の領域。人里では祭り以外で食べられることはない高値の花なのだ。

「ん…冷たい」

もちろん氷を作れる本人たち次第で食べられるかどうかわからない妖怪側だって貴重な存在なのだ。

 

「そういえばさとりさんは人間の祭りとか行かないんですか?」

 

人間の方は行かないですね。だって天狗の祭り事に参加させられているじゃないですか。

断っても強引に参加させてきていたのでもう諦めて毎年参加していますよね?

「そもそも霊夢に近づくのが危ないのにわざわざ行くってどうなんですか?」

全力自爆芸にもなりませんよ。

 

「変装できますよね」

 

「巫女の勘舐めちゃいけませんよ」

霊夢さんの勘は予知に近いものがあります。事前情報全くなし状態でもしっかりと黒幕まで辿り着けますからねえ。

 

恐ろしや恐ろしや。

 

「そうですか……お盆の祭りに誘おうかと思ったのですが…」

そんな文さんに何かを思い出したお燐が声をかけた。

「確かそれこいしが行くって言っていたやつだっけ」

 

おそらくそのお祭りね。なぜか私と一緒に行こうと言っていたけれど…本当は危ないからしたくないのですよ。

お燐かお空と一緒に行けばなあと思います。

それにしても夏祭りとお盆の祭りと二回も祭をする必要ってあるのでしょうか?

「本当ですか?でしたら私もご一緒しますね!」

 

「あの…一応言っておきますけれどお盆の祭りって妖怪禁制じゃなかったんでしたっけ?」

 

「人間に変装していけば問題ないですよ」

こいしも似たようなこと言っていたけれど、そういう問題でしょうか…

それにお盆は死者が帰ってきている時なので旧地獄も少し忙しいんですよ?地獄から切り離されているとは言え一応地獄だったところですし一部の怨霊はそのままですからねえ…

 

「それに祭りなら旧地獄でもやっていますよ?旧暦基準ですけれど」

 

というより旧地獄は今でも旧暦なのだ。地上は一応グレゴリオ暦ですけれど

だから年越しの基準が結構ずれる。というよりもうズレ方が半端ない。

おかげで面倒なのですよ色々と…

地上と交流があるんだから暦くらい合わせましょうよっていつも思います。

一応年越しだけは地上と合わせてグレゴリオ暦に祝うようにしていますけれど…

すっごい違和感があるんですよね…一ヶ月くらいずれてますから。

 

「では今度の取材は地底の祭りですね!あ、後お盆の祭りはさとりさんも参加です!決定です」

 

勝手に決定された…

 

「諦めなよ」

 

そうします…やれやれ…これは徹底的に変装しなければ…

 

 

文さんが家に来てから数日が経って、私は大ちゃんと一緒ににとりさんの工房にいた。

なんといいますか…新しい腕の製作費用ということで実験に手伝えだそうです。

ちなみに大ちゃんの腕ですが臨時で古い木造の義手をしばらくつけていてと言われたらしく今もそうしている。だけれど彼女の能力ゆえにもうすでに壊れかけている。

「おまたせーいやあつけるのに苦労したわ」

中に入れと合図してからずっと部屋の奥で探し物をしていたにとりさんが戻ってきた。

 

「それで、見せたいものって…」

ちなみに大ちゃんにはなにも言っていないようだ。驚かせたいらしい。まあ薄々察しているとは思いますけれど…

「もちろん腕さ。完成したよ」

 

「本当ですか!」

大ちゃんの目が一瞬でキラキラしたものに変わる。控えめに言って可愛いです。

「ぶっ壊れた腕よりも強度と耐久性を上げつつ軽量化と反応速度を向上させてある」

なんだかだんだん恐ろしいものになっているような気がします。

 

「内蔵型の武器を搭載する予定だったのだけれどさとりに怒られたんだよねえ」

 

「そりゃそうですよ」

数ヶ月前にここに来た時に腕に武器を取り付けたいとか言い出したので全力で止めた。いやもう…いくら浪漫だからってあれは無しでしょう。火炎放射器にプラズマ砲、電気ショック、エトセトラエトセトラ……

 

流石にこんなものを内蔵しようなんてアホなことはさせない。

「…それ付けて欲しかったなあ……」

 

「大ちゃん、戻ってこれなくなりますからやめましょう」

 

「新開発の液体皮膚で表面を覆ってカバーをする計画だったけれど…今からでも変更できるよ。武器搭載スペースに乗せれば良いだけだから」

やめましょう?普通にしましょう?

ああ大妖精の目がキラキラし始めた…

「弾幕ごっこにも使える機能も今ならつけてくよ」

 

「ぜひつけてください!」

 

ああああ…大ちゃんが堕ちた。どうして…こんなバトルジャンキーな子じゃなかったはずなのに。

どこで道を違えたらこうなってしまうんですか……

 

取り付けるには時間がかかるからか結局今日中に交換するのは無理だった。ならば帰るかと大ちゃんに続いて倉庫を後にしようとすればにとりさんに呼び止められた。

 

 

「さとりはちょっと残ってくれるかい?」

 

「良いですけれど…」

はあ…今回はなにをさせられるんでしょうねえ。

ろくなことじゃないと思いますけれど…

「数百年前にもらったあれ、ようやく自力で作ることができたよ」

 

「作っちゃたんですか?」

天狗の科学力は凄いと思っていましたけれどまさか月の技術を取り込めたなんて…

「量産はできないんだけれどね。折角だしさとりにチェックしてもらいたいんだ」

 

「どうして私なのです?他に適役がいるでしょう」

 

「同胞に試させたらダメだった。基本的な操作はできるけれど限界性能を引き出すのは私を含めて無理だったし、一番適役だと思う天狗は揃いも揃って断られた」

それで私のところに回ってきたと…確かにデザインなんかは私がある程度教えましたけれど…でもあれは幻想郷にとって不釣り合いなものなのでは…

 

「操縦方法なんて知りませんしもしかしたら落ちるかもしれませんけれど…」

でも私は素人ですよ。いくら知識として知っていても動かしたことは一度もないです。前世だって今世だって。

それがわかっているのだろうか…

「私が後ろでサポートするからさ。騙されたとお思って一回、一回だけ」

 

「仕方ありませんねえ…」

にとりさんの必死の懇願に根負けした私は、結局その後半日実験に付き合わされた。

 

本気でいじっていいっていうので本気を出したら一緒にいたにとりさんが泡吹いて気絶していたのですが……

その後にとりさんにこれは危ないからしばらく封印すると言われてしまった。

まあ幻想郷で使うには勝手が悪すぎますからね。

 

「ごめん…色々と舐めてたわ。これ……かなりやばいわ」

顔を着ている服に負けないくらい真っ青にしたにとりさんがすぐそばに横たわる。

「データ取れました?」

 

「取れたけれど…それ以上に酔う…気持ち悪い」

 

あーあ…いつも戦っている時にやるやつをこれでやれとか言うから……

一応警告しましたよね振り回されますから気をつけてくださいって。

 

「缶詰に入れられて思いっきり振り回されたみたいだった…」

 

「外見ていればよかったんじゃ……」

 

「なにもない青色の空がひっくり返ったのを見てそれも諦めたさ盟友」

それは…まあ自分で操縦しているわけではないですからね。お疲れ様です。

 

「これは……」

一匹のウサギは赤い瞳を頭上に向けて渋い顔をする。

「……そろそろなのですか」

 

自らにとっては不都合なこと。そしてかなり面倒なことが起ころうとしていた。

どうすれば良いか必死に考えたゆえ、そのウサギは相談を決意した。

それが全ての始まりだった。

 




永遠の夜


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depth.155永夜異変 上

OPをつけるとしたら
イメージは「ひぐらしの鳴くごろに祭」のOP



明けない夜はないと誰かは言った。

だけれど今この瞬間は、明けることのない永夜がただどこまでも続いていた。

「今宵の月は、形美しされどまがい物…」

 

「ねえ咲夜」

側にいる従者も薄々は気づいているのだろう。

「はいお嬢様」

 

「ちょっと出かけるからついて来なさい」

 

「既に準備はできています。後はお嬢様のみでございます」

それは私の持ち物の方よね。もちろん咲夜、用意してあるのでしょう。

何も言わずに目線を投げれば、彼女はどこからかスペルカードを持ってきた。

 

「こちら、お嬢様用のスペルカードです」

 

「パーフェクトよ」

ふふふ、夜の王に喧嘩を売ったこと後悔するが良い。

「茶番はもういいかい?」

部屋の入り口あたりにいた狐が呆れながらワゴンを押してきた。

「おい狐…せっかくの雰囲気が吹っ飛んだじゃないか」

 

「お茶冷めないうちにと思ったのですが…今から出かけるようでしたら要りませんよね」

 

「ちょっと待って。飲んでから行くわ」

 

「「かしこまりました」」

 

 

 

 

 

9月に入ってからすぐ、何かがおかしいと最初に理解したのは私だったのかもしれない。なにせ私はそれがくるということを理解していたから。

そしてそれについての対策は……全くやっていない。

正直言って興味ないですし。早めに解決してくれるのを促すために少し早めに連絡を入れるくらいですね。

 

「ということですので藍さん、紫に伝えておいてください」

 

「あ、ああ…しかし月はまだ普通…」

 

今はそう見ているし誰も月が出たばかりだから分からないでしょう。

「月の力は一部の妖怪や霊にとってその身に宿す力を左右する大事なものです。私が言いださなくても誰かが言い出しますよ」

藍さんはどちらかというと太陽の方が主軸な妖怪なため月光の持つ特有の力に鈍い。

「承知しました…」

 

展開されていた隙間に藍さんが入り込み、その直後そこにはなにもなかったかのように部屋が残されていた。

事の発端は5分前。まだ日が落ちたばかりの空を見上げれば月に違和感があった。

おそらくあの時点での違和感だけでは何が何だか分からないだろう。事前に来るとわかっていたからこそ気づけた部分が大きい。

 

異変にいちいち顔を突っ込むのは非常に面倒だしただの野次馬に近いから私は基本関係のない異変は無視するように心がけている。

それに、私が出るほどのことでもないでしょうし……

 

 

「…………」

 

散歩行こうかなあ……偶然巻き込まれたって言い訳つくならいくらでも異変見れますし…それに霊夢たちの成長が見たい。生みの親ではないけれど霊夢を育てたのは私。だから成長を見守っていたい……

そう思ったらもう止まらない。

変装をしている暇はなさそうですし遠くからこっそり見る分には別に変装ではなくても良いと思いすぐに外套を羽織る。

少し丈の長いそれは私の体をすっぽりと隠した。

 

家には今わたし以外いない。珍しくこいしとお空が温泉に浸かりに行き、お燐は地霊殿の方に行っている。鬼に呼び出されたのだろう。

 

戸締り確認…

 

飛び出した空には既に月が登っていた。その月はやはり違和感があり、その場から動きを止めていた。

止まった夜…すでに異変は動き出した。

時間自体が止まっていないということは紫が昼と夜の境界を弄って永遠に夜の状態にしているのだろう。時が止まるのとは違う…なんというか…日が昇らない。そんな感じだ。

永遠の夜…私は太陽がある方が好きですね。

 

 

視界が暗くなり、周囲の把握が少し難しくなる。

外套にもフードが付いているとはいえ顔を見られることはある。だからお燐のサングラスを拝借した。

ただ月夜でサングラスをすると光が入らないのでなにも見えない。まあ、視覚が機能しなくてもそのほかで補えるからいいんですけれどね。

 

「でもなんで赤みがかったサングラスなんでしょう……」

どこかの伯爵みたい。

 

まあいいや……顔が隠せるならなんでも……

 

 

 

 

部屋で就寝の支度をしていたらいきなり目の前にめんどくさい妖怪が現れた時の対処法を母は教えてくれなかった。こう言った場合どうすれば良いのかしら?

しかもなにやら尋常じゃない様子。これはあれね…面倒ごとね。寝たいわ…

「霊夢、これは異変なのよ」

異変が起こっているのならなんらかの影響がこちら側にも発生している可能性がある。だけれど今のところそう言った様子はない。

「異変?どこが異変なの?」

そう聞き返せばやはりと言った表情で紫はため息をついた。

「言われた通りね…人間には感知できないようね」

誰かの入れ知恵?今の言葉がなんだか引っかかる。だけれど、それよりも私が感知できないところで異変が起こっていたということ自体が驚きだった。

「なに?私に感知できない異変?」

 

「仕方がないわ。月がすり替えられたなんて人間にわかるはずがないものね」

月がすり替えられた?訳がわからない。

月はいつも通りよ。ほらしっかりと今も出ているわよ満月。普段の月も今の月も違いなんてないじゃないの。

 

「月の光は妖怪や霊の力を高める。わかるでしょう」

 

そういうことね…確かにそれなら私達人間がわかるはずないわ。でもそれだけじゃ異変としては認められない。それに異変だと言っているのは妖怪だけなのだ。まあ…それでも異変であることは変わらないのだろうけれど。

 

「信じていないようね。良いわ。証拠を見せてあげる。といっても些細な変化だけれど…」

 

「まあそれで確証になるのなら…」

 

「占い用の天文観測装置があったわよね。あれを使えばわかるわ」

 

ああ、確かあったわね。暦とか収穫期とか季節に関するあれこれを測るための…確かあれは月の満ち欠けと光の差し具合を調べたはず。なるほどね…

「いいわ。それに賢者が私的な理由で動くとは思えないし…異変と認めてあげるそれで、どうしたら良いのかしら」

異変と言うのなら私はさっさと解決しないといけない。だけれど今は眠いのだ。明日からというのでは駄目だろうか。正直人間に認知できない異変とかばれなくね?って思っちゃう。

「今回は私も手伝ってあげるわ。事が事だからね」

 

「何か企んでそうで信用ならないわ」

 

「ひどいわ霊夢。昔はあんなに素直だったのに…」

おい、どうして子供の頃の写真を持っているのよ。それ渡しなさい。こら逃げるな!

「そんなに信用できない?」

 

だって腹の底が知れないのだもの。

それに妖怪の賢者がただで手伝ってくれるほど安くなんてない。絶対に後で見返りを要求してくる筈だ。正直面倒だし賢者に貸しを作ったらいざという時に困る可能性がある。こう見えても強力な妖怪だし…

それでも紫のような強力な助けがあったら異変解決も楽。うまくいけば全て紫に任せられる。

その分後が面倒なんだけれど。

ただこの場においては紫の提案は魅力的なのよね……打算で考えるとろくなことにならないって母も言っていたけれど……まあいいか。

「仕方ないわ……あんたに協力してあげる」

 

「逆よ。私が協力するのよ」

 

「じゃあそれでいいわ」

正直どっちも変わらないと思うのだけれど。

それとも…あくまでも異変解決は巫女の仕事ということかしら。

 

 

 

 

 

 

「「……こっくりさんこっくりさんどうぞおいでください」」

……こいし達が温泉の方にいると聞いたから帰りがてらに寄ってみたら部屋を一室貸し切ってなんかやっていた。ほんとなにやっているんだろう…

「なにをしているんですか2人とも」

机の上に敷かれた紙と硬貨。硬貨を2人が指で押さえつけているというなんとも言えない状態だ。

「あ、お燐じゃん!こっち来てたの?」

指をそこから離すことなくこいしがこっちに顔を向けた。

「ええ、鬼に呼び出されて身体中触られました」

正直酔った勢いというやつだろう。いい迷惑だよ。まあお酒臭い所を除けば気持ちいいのだけれどねえ…

「それは御愁傷様」

 

「それで2人はなにをしていたんだい?」

 

「こっくりさん!」

こっくりさん?うーん…前にさとりに教えてもらったことがあるような……あ!あのこっくりさんか!

「ああ…降霊術の一種かい…いやあんたら全員人ならざる者なんだから降霊もなにもないじゃないか」

妖怪がこっくりさんとか完全に遊んでいるようにしか見えないしこんなところにこっくりさんだって来たくないだろう…

「でも聞いた話だとお狐さんが来るらしいよ」

おきつねさんねえ…眉唾というか…なんというか。

「へえ……」

 

「なんだ呼んだか?」

背後に気配が現れとっさに体をひねった。

「藍さん⁈」

そこにはなぜか藍が完全武装状態で立っていた。

パッと見ただけではわからないけれど力の流し方や構え方。武器を隠しているからか少しだけバランスが崩れた尻尾を見れば分かる。

「え…こっくりさんって……」

いやこいし。これは違うと思うよ。

「こっくりさん?ああ、古い呪術がこじれてて生まれた占いだな…まあ元の呪術と比べたらただの遊びだ」

そうだったっけ?そういえばさとりも似たようなことを言っていたような…覚えてないや。

「そっかー」

 

「残念」

お空もどうしてこんなことに付き合ったのやら…

「まあ、ごく稀に呼び寄せてしまうことはあるらしいがな」

あ、あるんだ…

「おきつねさんを⁈」

 

「いや、悪霊の一種だな」

悪霊かい!

「怨霊の住む地獄に悪霊ですかい…笑えない冗談だねえ」

まあ1匹増えたくらいでどうということはないけれど…

「あれ?でもコックリさんやってたらお狐さん来てるじゃん」

そう言いながらこいしが藍を指差す。

確かに!あながち間違っていないんじゃないのかなあ…

「私か?お狐さんというより九尾と呼んでほしいのだが」

 

「そうかねえ……」

 

「それで今日はどうしたの?」

そうそう。普段は紫様のところにいるはずだろう?お使いごとでも頼まれたのかねえ…

 

「地上で異変が起こっていてな。一応注意喚起ということだ」

 

「異変?」

こいしの雰囲気が変わった。確か今さとりが1人地上に……巻き込まれた可能性が否定できない。というより絶対巻き込まれに行った筈だ……

 

「どんな異変なの?」

 

「月が偽物にすり替えられた。今紫様が永夜の術を使って夜そのものを止めている。こんな異変は夜を止めてでも終わらせないといけないからな」

ということはかなりの激戦になる気がしてきた…

「ちょっと出てくる」

藍の話を聞いていたこいしが急に立ち上がった。

「私も行く!」

お空もつられて立ち上がるけれどこいしに制された。

「お空はお燐と待機」

あたいまでお留守番ですか?

「地底で何かあったらお燐とお空で対応してね」

そんな殺生な!あたいらだけで地底運営の一端とか無理ですよ!事務処理能力ないんですよ!ゴミ処理能力はありますけれど。

 

「おいおい…まださとり様が巻き込まれたとは…」

 

藍はわかっていないねえ…異変だけじゃなくて厄介ごとは大体さとり首突っ込むしそうじゃなかったらこいしが首を突っ込んでいるよう。

「私はそこまで首は突っ込まないよ。あくまで野次馬根性」

それはそれでだめなんじゃ…

「うにゅ……」

 

「お空落ち込まないで…あたいもお留守番だから」

 

「そうだよね…」

こりゃ美味しいものを食べさせて機嫌を直さないと拗ねたままだ。ちょっと甘味所に行ってこよう。

 

「あれ?こいし様は…」

 

お空に言われて周囲を見れば、いつのまにかこいしと藍はこの場から姿を消していた。どうやら行ってしまったらしい。

「ねえお空、2人が帰ってきたら美味しいものお願いしようか」

 

「それと…一緒に遊ぶ事も!」

 

そうだね…そうしよっか。

 

ともかく一度家に帰ろうと席を立った瞬間、背中に冷たいものが当てられたような感触がした。一気に鳥肌が身体中に浮き出る。

お空も同じだったらしい。少しだけ遅れてその場から飛び退いた。

 

「今のは……」

周囲を見渡すが姿は見えない。だけれど確かにいる。

退路を確保しようと部屋の引き戸を開けようとしたが襖は1ミリたりとも動かない。

あたいの腕の力で開かないってことは…これは……

さっきまであの2人はこっくりさんをやっていた……

「お燐、これって……」

 

「どうやら…呼び寄せてしまったみたいだねえ…」

 

参ったなあ…武器は持ってきてないんだよなあ…重量もあるしかさばるから。

まあ…悪霊相手に翻弄されているようじゃ火車の名が廃れる。

「お空、怨霊くらい喰らえるだろう」

あたいも喰えるけれどあまり喰えない。

「え?うん…でも悪霊は食ったことない」

 

「どっちも喰ってしまえば同じもんよ」

それにしても…一体だけじゃないねえ…それほどの数が集まったのやら…

見えないように隠れているけれど…少し視界を変えれば奴らは姿をあらわす。

あたいらに喧嘩を売ったこと。後悔させてやろうじゃないか。それにさっさと倒して甘いものを食べに行きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふらりふらりとその足は動く。

はてさて、それは私の意思か誰かの意図……いずれにせよ止めることはできない。

歩いていけばわかることだと思い、しばらくそのままでいればいつのまにか竹林の方まで歩いていた。

 

迷いの竹林…一度足を踏み入れれば出ることはできないと言われるそんな場所である。

一応存在だけは知っていたものの基本は空を飛んで越えていたから本格的に中に入るのは初めてだ。

専門の案内人が必要だとまで言われるその場所は、一見ただの竹林。だけれどどこまでも続いていそうな…奈落の底のような感じがする。

 

恐ろしいという感情が生まれる一方なんだか安心してしまう。

この感覚は……自殺者が多い場所に似ています。

ああいったところもこのような感覚に陥る。仕方がないというより…結局引っ張られやすい場所ということだ。

 

さて、霊夢達はどこにいるのでしょうか…

このまま入っても良いのですが一応空から探してみることにしましょう。

かなりの高さまで上昇し、周囲を見渡す。

すぐ近くにはやはりいない。少し遠くを見渡しますか…

視力補助も妖力を使えばできる。ただ私はそのやり方を知らないから椛さんの千里眼を想起させてもらう。オリジナルより見える距離と精度は劣化する。だけれどそれでも遠くが見渡せる。から索敵には使える。

 

えっと…霊夢達は……

 

「ああ……見つけた」

 

ちょうどこちらに向かって飛んできていた。途中で合流したのか魔理沙もいる。それと……

「紫も一緒ですか…やっぱり見守ることに徹底しましょう」

あの様子ならすぐ竹林だ。

なら先回りして待っていることにしましょう。とは言っても見つからないようにですけれど……

千里眼を終わらせようとして、一瞬だけ別の存在が竹林に向かってきているのが視界に入った。

あれは……

「レミリアさんと咲夜さんまで……」

 

夜は私のものだと言わんばかりに巨大な羽を広げ無駄に上下に揺らしながら飛ぶレミリアさんとその少し後ろをぴったりとくっついて飛ぶ咲夜さん。なんでしょう…派手すぎて逆に痛々しい。いやインパクトはあるんだけれど……

 

途中で鉢合わせになって同士討ちとかやめてくださいよ。

あの人達だとやりかねないから怖い。

紫がストッパーになってくれれば良いけれど……

むしろ火にナパームを投入しそう

竹林に一歩足を踏み入れれば涼しい秋の風が途絶え、月明かりも遮られ始める。

 

 

 

 

 

「うーん…お姉ちゃんはどこに行ったのかなあ……」

家に戻ったらやっぱりお姉ちゃんの姿はなかった。

月の様子も確かにおかしいしこれは確定だね。

 

「えっと…お姉ちゃんならまずはどこに行くかな?」

 

思考実験。とは言っても簡単なものだよ。

月の異変…異変って言ったら絶対巫女が出るはずだしそっちの方が黒幕にたどり着ける確率は高い。

そうでない場合もあるけれどあの巫女さんが絶対に黒幕を特定するかもだとすればお姉ちゃんも同じことを考えて巫女を追尾または合流する。そうでなくても近くにはいる。

じゃあここからは巫女の動き。この異変はどう考えても人間には感知できない。

なら巫女が出るのは遅いはずだけれどお姉ちゃんはもういないし藍に伝えているということは紫さん経由で巫女に話は伝わる。

それに夜を止めてでも解決しないといけないって紫さん焦ってたぽいし巫女と一緒に異変解決に乗り出しているはず。

ならどうする?黒幕の位置を掴むには巫女さんを見つけた方が良い。

 

目標決定!巫女を見つける。

赤い服を着て特徴的な霊圧を出す巫女は見つけやすい。実際彼女は隠れる必要がないから出しっぱなしなんだけれど私は結構敏感だから遠く離れていても時々感じることがある。

お姉ちゃんは近づかないとダメっぽいけれど…

 

窓から雨樋を伝って屋根に登る。

えっと…霊圧はどこかなあ……

 

「あ、結構近くだね」

かなり特徴のある霊圧がトゲトゲとしている方向を見つけた。なんでこんな尖っているの?不思議だなあ…

 

ここの近くをうろついているということはまだ黒幕を見つけてないのかあるいは見つけた上でそのあたりなのか…どっちでもいいや!

見つけたなら合流しよう!そうしないと見つけるものも見つけられないから。

 

飛び上がってみればそんなに時間はかからず彼女達を見つけることができた。

ただ向こうもこっちに気づいているらしい。なんか臨戦態勢になっちゃっている。もしかしてもう一戦交えた後なのかなあ。

だとすればあんなに霊力が漏れていることも予想がつく。

 

 

「あ!やっぱりいた!」

彼女達が視界でも捉えられるようになれば、巫女と魔理沙の2人の大火力攻撃がこちらを襲う。咄嗟に体を捻って射線を外し回避を行う。空気が乱れ大きく波打つ。

「今日は出会いが多いわね。ってあんた…」

巫女が私の顔を見て何かに気づいたのかへんな声を上げかけた。もしかして紅魔館の事を言っているのかなあ?

「わたしはこいし。あんたじゃないよう」

あの時名乗っていなかったね!ごめんごめん。

「へえ、こいしっていうのか。ってことは紅魔館の奴らも来ているのか?」

うーん…魔理沙がそう考えるのも無理はないか。でも私は紅魔館ではないんだよねえ……

「勘違いしていない?私は紅魔館のメイドじゃないよ」

 

なぜか2人はびっくりしていた。紫さん笑っちゃダメだよ。ここは堪えてこらえて!

「紫、なんで笑っているのよ」

 

「あのね霊夢、いくらなんでもメイドはダメよ」

どこがツボにはまったのか全くわからないけれどお腹を抱えて笑いだした。

え?そんなに私のメイド服ダメだった?

「あなたがメイド服なんて着ても趣味の悪い戦闘メイドよ」

 

「言ったなーー!いくら私でも怒るよ!」

そりゃ自衛用に空間収納の出入り口を服の各所につけて武器を取り出しやすいようにしたこともあったけれどそれとこれとは違うでしょ!

「そもそも、地底のナンバー2がメイドって…」

それ笑えるのかなあ?正直萃香さんが燕尾服着た時の方が衝撃的だったよ。あれを思い出すと本人激おこだから言わないけれど…

「あんた…そんな大物だったの?」

 

「ほへえ…おっぱげたぜ」

なんで2人はそんな驚いているの?霊夢に至っては顔が青くなっているし…まさかさっき攻撃しちゃったことで報復があると思っている?大丈夫そんなことはしないからさ。

「うん?言ってなかったっけ」

 

「「言ってない」」

そっか…

 

「それで、貴女もこの異変を解決するのかしら?」

2人に代わって今度は笑いから立ち直った紫さんが私の目を見つめる。

なんだか距離が近いなあなんて思っていたら実際距離が近かった。なんでこんな近いんだろう。

 

「んー?人を探しているんだけれど…多分巫女達と一緒にいれば見つけられるから一緒にいる」

 

「何よそれ」

巫女さんの言いたいこともわかるけれど実際そうなのだからそうとしか言えない。

「それで探しているやつって誰なのだぜ」

 

「お姉ちゃんだけれど?」

 

「お姉ちゃんねえ……」

 

少しばかり悩んでいた巫女さんだったけれど邪魔しないのならついてくるなり遠くから見るなり好きにしろと言われた。

興味なさそうな感じだったけれど結構気にしているよね。

これってもしかしてツンデレってやつ?

 

 

 

 

竹林の中は思ったほど歩きづらくもなく、結構奥まで歩くことができた。

ただ…案の定方向感覚は失われ完全にどこに行けばいいかわからなくなった。

羅針盤を持ってきてはいるのですけれど…これ使い物にならないんですよね。

だって……さっきから針がぐるぐる回っているんですよ。

磁場まで乱れているなんて……いや、乱されていると言ったほうが確実かもしれない。

 

「……」

 

足に一瞬何かが触れた。

咄嗟に足元を見れば、地面に張られた糸に足が触れていた。これをこのまま引っ張っていれば何かしらの罠が作動していたのだろうか?

姿勢を低くしてそこらへんにあった竹の枝で糸を引っ張る。その瞬間、仕掛けが作動したのか、頭上を空気が切る音がした。視線を上げてみれば、真上を先の尖った丸太が通過して行った。

人を殺しにくるいたずら…いやこれブービートラップですよ。

紐に引っ張られて振り子の様に揺れるその丸太を妖弾で破壊する。

 

さて、いたずらを仕掛けているであろう本人はそう遠くにはいないはずだ。多分なんらかの方法で仕掛けた罠が作動したということを確認するはずだから罠の様子を見にこちらにやってくる。

 

予想が正しければ彼女だと思いますけれど…

しかし確証はない。ならば……騙して仕舞えば良い。

少しだけ周囲の光の屈折をいじり自身のをしっかりと認識できなくする。

「あれえ?引っかかったと思ったんだけれど」

その直後すぐ真横の茂みで子供の様な幼い声がした。この距離になるまで全く気配を出さないなんて…それに今も声が聞こえているのに気配どころかそこに誰かいるのかすらわからない。

 

そういえば因幡の白兎は150万年以上前から……

少しだけ血の気が引く。ただのウサギなはずはない。

「……」

 

「あ、あれ?鈴仙じゃない?」

私が焦っていると向こうがこちらの様子に気づく。

もうバレましたか…でもこの距離なら…

「ドーモ因幡の白兎サン」

光の屈折を解きしっかりと視認できるようにさせる。

「ごめんなさいいい!」

急に目の前に人が現れたら誰だって驚く。だけれど…そのまま逃げようとした彼女の腕を素早く掴み関節技を決める。

 

やっぱり関節技は妖怪だろうと人間だろうと年齢体格体力差関係なく痛覚を持っている者には有効である。

「イダダダダッ‼︎離して!離してええ!」

 

「人間が引っかかった時のことも考えた罠を今後導入していくのであれば許します」

まあ彼女は彼女なりの考えであそこを選んだのでしょうけれど。

多分私というイレギュラーがなければ鈴仙が引っかかっていたのでしょうね。

「そうしますからあああ‼︎いでええ‼︎」

流石にこれ以上はまずいので一旦関節技を解く。

「落ち着きました?」

 

「腕がもげるかと思った…」

もげませんよ。それにもげても死にはしません痛いだけです。

涙目になりながら腕を抑えている彼女にそう教えればそれもそうかと納得した様子。

「もう少しマシな罠を考えたらどうです?」

 

「マシな罠を作るくらいなら騙す方が楽しい」

歌劇を通り越しているのですが……さすがいたずら好きな妖怪。

「ところであんたは何者?」

 

「さあ?今起きていることを考えれば大体見当はつくでしょう」

 

「まあそうだけれど…でも私の予想じゃこっちにはこないと思ったんだよ。それに普通にしても目的の場所にはたどり着けないからね」

 

「あらそうなの」

 

「そうそう。私が案内する以外に道はないもん」

そっか…では折角ですし案内を頼みましょうか。

「お屋敷までの案内はできますか?」

 

「見たところ巫女でもないし…月をどうにかしようとしにきた連中には見えないけれど」

 

「色々と事情がありましてね。それに姫の古い知り合いといえば理解できますか?」

 

彼女ならこれくらいで立場や意図を完全に理解したのだろう。私が嘘を言っている可能性も否定できないようですが…真偽を確かめるには姫のところに連れていくしかないしそれを断れば……

その先を想像できない様な兎ではない。

「一応聞くけれど拒否したら?」

 

「兎鍋って美味しいんでしょうか」

 

「わかった。案内するけれど…屋敷までだよ」

 

ありがとうございます。今後も何かあれば頼ると思うのでよろしくお願いしますね。

 

「やれやれこれで三人目だよ」

 

へえ……

既に先客がいるのですか。確かに結構迷っていたのですけれどそれでも追い越されるとは…でも巫女ではなさそうですからレミリアさん達かしら。

 

 

 

兎の案内を受けて屋敷にきてみれば今度は兎に足止めなんて。兎小屋でも近くにあるのかしら。それともこの屋敷はラビットハウス?

「残念ですけれど…ここから先は立ち入り禁止です」

前を塞いでいるのは一匹のうさぎ。

「あら、夜の王が通るのよ。立ち入り禁止なんてないわ」

通常時なら不敬だからその場で断罪するけれど。折角だしここは咲夜に任せましょう。

目線で合図をすれば咲夜が前に出た。

「どうしてもダメでしょうか?折角ですし人参で手を打ちますよ」

 

「舐めているの?」

 

「お嬢様、交渉決裂です」

最初から煽ってどうするのよ!私は何も戦えとは言ってない!交渉して通して欲しかったの!いちいち戦ってたら時間もかかるし面倒じゃないの。

「そうですか…では…」

 

「貴女の相手は私です」

咲夜が両手にナイフを構える。臨戦態勢に入った様だ。私も参加しましょうかしら。でもせっかくだし見守ることにしましょう。

「ええ、咲夜お願いね」

 

「sic domina mea」

 

ウサギの瞳が赤く光った。

その瞬間世界が歪んだ。




自機組の一部リストラ宣言仕方がないね


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depth.156永夜異変 中

「はい、私はここまでだよ。あとは自力でどうにかしてね」

因幡の白兎に連れられてきた先は、昔ながらの塀で囲まれた屋敷だった。それもあまり年季が入っている様には見えない。

時間が進まない永遠亭であるからこそなのだけれどそれでも改めて見るとなんとも言えない。

「私がどうにかするわけではありませんよ。解決するのは巫女達です」

まあともかく彼女の役目はここまででしょう。あとは後任の方がいらっしゃると思うのですけれど……

「そっか…じゃあ頑張って巫女を誘導しないとねえ」

 

貴女は結局どちら側なのでしょうね。言葉を聞く限りじゃ異変に対抗している様にも見えますけれど実際やっているのは異変解決をしようとする方達の妨害とも呼べる行動。

何が目的なのか……少しだけ気になってしまうけれど今はその真意を探っている時間はない。

「それにしても…お出迎えがないのは寂しくないですか?」

 

「そうだねえ…寂しいとウサギは死んじゃうからなあ…鈴仙がいると思うんだけど見当たらないなあ」

 

目の前の門は固く閉じられていて、少しも開こうとはしない。まあ向こうだって月をすり替えれば早かれ遅かれ妖怪から攻撃を受けると予想しているはずですからね。

それに向こうは解決されて欲しくはないはずですから。

「どこかで誰かと戦っているんじゃないでしょうか?」

そう問いかけてみたけれど返事は来ない。どうしたのだろうと思って隣を見ればてゐの姿はそこにはなく、普通の白ウサギが一匹だけ佇んでいた。

どうやらこの子が代わりの案内人らしい。

そっとしゃがんで様子を見れば、私のすぐそばに近づいてくる。

「……それじゃあ案内してくれますか?」

隠れているサードアイは心を読み取ったりはしないけれど、確かにその子は肯定の意味で頷いた。

兎が門の方に向かって走り出す。

それを追いかけながらのんびり歩く。

ある程度行ったら止まって私を待ち、ある程度近づいたらまた先に行く。

賢いウサギですね。

そして可愛らしい。撫でたいです。撫でさせてはくれませんけれど……

 

 

兎が門を開けろと言っているのだろうか、扉を爪で引っ掻き始めた。それだけで傷ができるとは思えないけれど意思くらいは伝わる。

 

開けてみようとその扉に手を当ててみれば、急に背後に気配を感じる。

さっきまではなかったもの。てゐのものかと一瞬思ったけれど降り注ぐ殺気と刺々しい視線をプラスすれば彼女ではないと理解する。

本能が理解より先に体を動かす。

瞬間、閃光と爆破が繰り返し発生した。

降り注いだ弾幕を咄嗟に展開した障壁で防ぐ。

不意打ちはダメですよ。しかもあれ全部命中コースじゃないですか。

「またお客さんですか?」

気づけば目の前には紺色のブレザーと同色のスカートにシャツを着たウサギがいた。

「なんともな言い方ですね」

 

やはり先発で誰かが到着していたのでしょう。ですが彼女が健在ということはもしかしたら…いやもしかしなくても確定である。

「相手をするのは貴方が初めてですよ」

しかしわたしが初めてだと言う。どう言うことだろうか?

「じゃあまたとは……」

 

「忘れてください」

触れられたくないのだろう。余計なことを言わなければまだバレない?そんなことは通用しない。

「……ちょっと謎解きに付き合いませんか?」

 

「戦いながらと言うのであれば」

 

「そうですか…しかし私は敵対したくないですしヒトを待っていても良いでしょうか」

そう、あくまでも私は霊夢の様子を見たいのだ。敵対しようと言うわけではない。

「でしたら是非家に帰ることをお勧めします」

やっぱりダメですか。ナニがそこまで彼女を奮い立たせるのやら。

 

「では少しだけ……簡単な推理を披露してからにしましょう」

勝手にやれと言わんばかりに臨戦態勢のまま私を睨みつける。その瞳に映るのは狂気か正気か…

「分岐した歴史内で誰かと戦ったのは一回ですね。現時点で貴女が体感している時間進行上は初めてでしょうけれど」

 

瞬間、世界が歪みそうになった。

咄嗟に目を瞑り、その光を遮る。

「貴女…まさか月の関係者?」

何も見えなくなったその視界で、彼女の声だけが響く。

この問いは彼女にとって最も重要で意味を持つものだ。

答え方を間違えればそれは牙を剥く。

 

「いいえ、私はしがない妖怪ですよ。ですが…姫様とは知り合いです」

 

体にかかる空気が一瞬だけブレた。

体をひねる。

少し遅れて靡いた外套に穴が空いた感触がした。

その穴がサードアイを外に向けて解放する。

 

視界情報は入れない。入れたら彼女にとってはただの鴨。

素早く彼女の思考と行動を読み取る。

 

ついでに癖と仕草、性格と五感の感じ方。予想外の行動を取られた時、思考をほとんどせずに出す動きの癖とパターンを理解しなければ、負ける。

「……なるほど…」

同時に読み取れたのは分岐したもう一つの世界の記憶。どうやら彼女は輝夜さんの協力で分岐した歴史を体感しているようですね。

理由は……純粋に強くさせたいから。ですか……彼女らしいと言うかなんと言うか……

開けることのできない視界の中にサードアイが読み取った彼女の行動パターンが擬似的な視界情報として入ってくる。

それを元に弾幕と彼女の位置を割り出し、避け続ける。

流石にここまで避けられるのは想定していなかったのだろう。向こうは焦り始めた。私は今サングラスをかけているからウサギからはわからないでしょうけれど目を瞑っているんです。そちらの意図には乗らないんです。

「どうして⁈なんで上手くいかないの!」

どうやら向こうもそれを分かっているらしい。

「知っていれば対処法は生まれるんですよ」

 

「まさか…!」

ああ…口を滑らせました。あまりこう言うことは言わないでおきましょう。

さて、いつまでも避けているだけでは終わりませんし、あいにく木々の位置を確認するので少し目を開けたい。

腰のホルスターから二丁の大型拳銃を取り出す。

久しぶりにこれを使う気がする。本来なら弾幕ごっこでは使えませんからねえ……

ただ今回だけは特別です。いや…持ってきている武器がこれくらいしかないですしスペルカードもそんなに持ってきていない。3枚だけなので使い切ったらもうどうしようもない。

 

重たいそれを持ち上げ素早く引き金を引く。反動を腕で受け止めつつ素早く次弾を放つ。

左右合計で20発。

「……⁈」

その重たい音を聞いたウサギは危機回避のため回避に専念をした。

地面にめり込んだ弾が土を吹き上げる。

 

1発が彼女の腕のあたりをかすめた。普通の大きさの弾丸ならそれくらいではたいした傷にはならない。だがこれは13.6ミリ弾。下手をすれば対戦車ライフルより威力は上だ。

そんなものが掠めれば、それだけでもかなりのダメージになる。命中すれば?人間はばらけますね。

 

鋭い悲鳴が響き渡る。

どうやら掠めたところがかなりえぐれたらしい。骨を砕かれなかっただけ良かったじゃないですか。

ああ動脈?どうにかしてください。

 

「う…ぐ……」

流石にあの痛さでは動けなくなる。その場でうずくまってしまっている。

「こんなことを言うのもあれですけれど大丈夫ですか?」

 

ちょっとやりすぎたかと思いゆっくりとウサギの元に行く。

傷口を確認しようとして目を開いた。

その瞬間、視界が歪む。狂気の扉が開かれた。

赤みがかったサングラスの内側で私自身の瞳が赤く光っているのを理解シタ。

 

「やったっ!」

ずっと術をかけるタイミングを見計らっていた?いや…ずっと能力を入れたままにしていたのだ。

目の前のウサギが立ち上がる。それは現実か虚構か…ゆったりとした足取りで私に向かってくる。

その手には小さな刀。次の瞬間にはその刀が私の首元に突き立てられる。あとは彼女が力を入れればそれはあっさりと私の喉を引き裂き、頭を撥ね飛ばせるでしょう。

動かない?動けない?いや…動く必要がない…これは私の体から出てくる確信。五感が幻覚により惑わされているこの状況で唯一頼れるものだ。

 

うさぎの頬が大きく裂けたかの様に三日月を作り出す。

そこからつながるか細い腕がその細さからは想像できない力で私の喉に刀を突き立てた。

本来は引いて斬るその刀が、力技で強引に突き立てられる。結合部が緩くなった頭が首から外れた。

 

「勝った!」

兎が大喜び。

実際そうでしょうね。現実の私は戦闘不能なほどのダメージをどこかにおっておるはずです。ですけれど…

「いいえ…貴女は間違えてしまいました」

 

「え……?」

 

幻覚によって視界は既に歪み理解の乏しいものが出ている。

だけれど問題ない。なぜなら……

「貴女も味わってみない?理解不能の恐怖がどれほどのものかを」

 

私だって同じことができるんですよ。ついでですのであなたのそれ想起させて頂きました。

これで前のよりもっと…感触からナニからを完璧に出来る。

 

「想起……」

ウサギの波長を強引に乱し、介入し、塗り替える。

急にウサギが悲鳴を上げ始めた。うるさいですねえ…もうちょっと黙りましょうよ。人ならざるものなのですから。

 

なんで逃げるんですかあ?

まあ……それからは逃げられないのですけれど…うふふ。最後まで生き残れるかしら。

 

 

 

 

 

ようやく視界が現実のものとなるとすぐ隣でウサギが一匹震えていた。

というよりうわごとの様なものを呟きながら逃げていった。

あれ大丈夫でしょうか……

私自身途中から記憶が曖昧なのだけれど…きっと彼女の能力の影響でしょう…

 

気づけば先ほど閉まっていた門は開いており、兎はその奥にいた。

やはり付いて来いとこっちを見つめて待っている。

 

それに続いて門を入れば、背後で扉の閉まる音が聞こえる。

後戻りはもうできない様だ。

 

しばらく建物めがけて歩いていると、地面に誰かが倒れているのが見えた。

近づいてみればそれはレミリアさんと、咲夜さんだった。

私の足音が大きかったのか元々そう言うのに敏感だったからなのか、咲夜さんが急に起き出した。そのまま反射的にナイフを突きつけられる。

 

「落ち着いてください。敵じゃないですよ」

 

「ああ…さとり様でしたか」

失礼いたしましたとナイフをしまう咲夜さん。

それを横目にレミリアさんの隣にしゃがみこむ。

「……レミリアさん。起きてください」

少し肩を揺すれば、寝方が悪かったのか或いは寝起きはあまりよくないのかかなり嫌な顔をしながらゆっくりと体をあげた。

「ん…咲夜?じゃないわね…」

まだ寝ぼけているのか呂律が少し回っていない。

「咲夜さんでしたら少し前に目を覚まされましたよ」

ちなみに今隣でお嬢様お嬢様と結構うるさい。別に気絶していただけなんだから大丈夫でしょうに……

 

ようやく意識がしっかりとしてきたのか私の顔を見つめて何かを理解した様だ。まあこの姿じゃ声くらいしかさとりだとわかるものないのですけれどね。

「あなたまでここにきているなんてね」

 

「まあ…色々と理由がありますからね」

見守っていたいですし。

「それはそうとして……倒したのね」

倒したが何を示しているのかはわからないけれどおそらくあのウサギのことでしょう。どうやら彼女の能力に半分支配されかけていたようだ。

「気絶してしまったので正確に倒したかどうかは不明ですけれど…」

もっと正確にいえば途中から能力の影響によって記憶の一部に障害が発生してしまっている。だから正確なことは言えない。実際逃げちゃましたし…まあ大丈夫なんでしょうね。

 

「それで、ここから先に行くんですか?」

いくら吸血鬼と従者でもさっきまで気を失っていたのだし、気を失っている合間に精神的なダメージを与えられた可能性だって否定できない。

 

「そうね……」

あ、これは完全に行く気ですね。

「夜の王がこの程度で倒れていたらダメに決まっているでしょう」

そりゃそうですけれど……まあいいか。

「でしたら頑張ってくださいね。私はここでしばらく待っていますから」

 

「あら霊夢達を待つの?」

ええ、もともとこっちにきた理由はそれですからね。ここで待っていれば確実に来るでしょう。ほら遠くから爆発の音がしていますよ。

 

「そう、なら私たちは先に行かせてもらうわ」

そうしてください。でもさっきみたいにやられないでくださいよ。

「分かっているわ。さっきのは不意をつかれただけよ」

 

不意をつかれないようにしてくださいよ。

 

 

 

「よっと、永遠亭にようこそって言いたいところだけれど招かねざる客のようだね」

 

「当たり前でしょ。異変解決で招かれるなんて面倒じゃないの」

 

「うんうん、招くってことは罠がある証拠。そしてそう言う場所は異変から巫女を遠ざけるためのトラップでもあることが多いからねえ」

 

「あんたよくわかっているじゃん」

 

「えへへ」

 

 

 

 

 

 

 

結果から言わせてもらうとあの後霊夢達は来た。

縄でぐるぐる巻きにされた目の赤いウサギを引き連れている。道案内をさせていたのだろうか。でもてゐの姿は…ああ、いました。門の外で他のうさぎと一緒にいますね。

 

もちろんすぐ近くで顔を晒すわけにはいかないので物陰に身を寄せて隠れていたのでこちらには気づいていないでしょうね。

紫は何か気づいたようですけれど言わないことにしておいたのでしょう。

それと…なぜこいしがいるのよ。まさか私を探しに?でも今飛び出したら確実に正体が露見する。それはそれで困る。ただこいしには後でわかるように伝えておくことにしよう。少し面倒だけれど……

だから黙って4人が通り過ぎるのを待っていた。

 

「ねえ、さっきから誰かに見られているような気がするんだけれど」

 

「奇遇だな。私もだぜ」

 

普通に通り過ぎてくれると思ったらそうはなってくれなかった。

全く鋭いですねえ…

霊夢と魔理沙が足を止め周囲を見渡し始めた。視界からは見えないはずの位置にいるけれどあの2人ではすぐにここを特定するだろう。

勘の良い子は嫌いです。

「……もしかしてお姉ちゃん?」

 

「可能性はありますわね…でもそれはそれで面倒ね」

紫もこいしも事情はある程度理解している。だから私がここで見つかるのは困るということも分かっているだろう。

止めに入ってくれることを祈ったものの、下手に動くと逆効果になりかねないから動こうにも動けないようだ。

 

仕方ありません。このままではこちらに気づく可能性があります。ここは誘導も兼ねて…

「あっちね!」

「建物の中に入っていったぞ」

 

足音を少し大きく立てながら建物の中に飛び込む。土足厳禁なのでもちろん靴は脱ぐ。

 

建物の中はなんの変哲も無い日本家屋だった。ただ、それにしては少し違和感があるというか…視界が少し変に感じる。

少し歪んでいるような……襖を開けると少しだけ歪むのだ。その感覚に思い当たる節があり、記憶を掘り返してみればようやくその正体にたどり着いた。

「なるほど……迷宮ですね」

紫に境界をいじられ迷宮化した家に閉じ込められた時と同じ感覚だった。

 

あの時も部屋を超えるたびに似たような感覚が発生していたのだ。

 

「……侵入者対策ですね」

 

安易に入ってはいけないですね。迷いました…

本来なら戻る選択肢があったのですがすでに部屋を越えてしまった。今から戻っても入った場所に戻ることは出来ない。

 

仕方ない進もう。

地図があるわけでも攻略方法があるわけでもない。この迷宮は進むしか方法はないのだ。

 

先に行ったレミリアさん達もここに迷い込んでいるはずだし私を追いかけてきている霊夢達だって同じだ。ここからは誰が最初に突破できるか……

霊夢達が先に行って欲しいのですけれど…だって見守りたいですし……

 

「……ああ、兎さん」

 

目の前にあったいくつかの襖を開けていくとそこにはさっきまで一緒にいたあの兎さんがいた。

私を待っていてくれたのだろう。私を見つけた瞬間ゆっくりと動き出した。ついてこいということですね。

 

行き先不透明なのでこれはありがたいです。

今度ご飯を作ってあげましょうか。

 

 

 

 

 

ウサギに続いて部屋や廊下を行ったり来たり。時々窓のある部屋を通過すれば、月の位置を確認してどの辺りにいるのかを気休め程度に測ったり。

そんなことをしつつ三十分ほど経った。進んでいるような気はするけれどまだ着くには足りない…そんな雰囲気が支配している部屋でひときわ大きな扉の前でウサギが止まった。

ここを開けろと言うのだろうか?さっきまで自分で開けて入っていたのに…まあ何かあるのでしょうね。

 

開けたら、そこは広大な庭だった。

振り返ればさっき入ってきた扉はそこにはなくて、ただ廊下が続いているだけ。

立派な日本家屋によくある池付きの庭…ただその大きさは通常にあらず。かなり広いと言える。

そんな広大な庭は塀に囲われたその向こう側には長く伸びた竹林が広がっている。どことなくこの場だけ異空間に閉じ込められたと言った感じの物語に出てきそうな雰囲気だ。あの先に行こうにも行くことはできない。そんな雰囲気を漂わせている。

 

そんな庭と竹林を眼下に望む位置では、いくつもの弾幕とレーザーが飛び交う戦場になっていた。

戦っているのは霊夢と魔理沙。紫とこいしの姿はない。周囲にも気配はないから逸れたのだろうか?

まあいいや。しばらくはあれを見ておこう。

戦っているのは…八意永琳のようですね。ありゃ手を抜けない。霊夢がどこまでいけるのか……心配はしていませんけれどね。

 

 

 

 

「っち!厄介ね!」

左右に現れては後ろに流れていく弾幕を横目に再度攻撃。

命中コースで飛んで行ったその弾幕はやっぱりさっきと同じようにどこからか出てきた弾幕によって跳ね返され相殺されてしまう。

魔理沙のマスタースパークもよくわからない原理で無効化されてしまう。あれは反則だと思う。と言うか反則よ!

「まだ弾幕ごっこに付き合っているだけマシだと思いなさい」

 

そうね…正直あんたらにとっちゃこんなものただの遊びでしょうね。

手を抜いているのか何なのか知らないけれど倒されても文句言わないでよね!

 

弾幕の密度もかなりのもの。派手さと言うより確実に敵を落とすためだけの弾幕ね。これ回避不能弾幕じゃないの?

 

なんとなく弾幕のタイプは見ればわかる。それに回避ルートも直感を信じて動けば問題ない。

あとは私の体が直感についていけるかどうか。

一歩でも間違えれば確実に意識を刈り取る弾幕の中では少しのミスも許されない。

 

「魔理沙!足止め出来ているの⁉︎」

足止めしてくれるとか言ってた割に全然私の負担軽くなっていないんですけれど!

「すまん‼︎これは無理だぜ!」

 

ああもう!無理なら最初から無理って言いなさい!

あと後退するな!その位置なら前の方が安全よ!気休め程度だけれどね!

 

あの医者がなにかを構えているのが見えた。

あれは…弓?

 

「……回避!」

勘が警告を告げる。あれはやばい。

弾幕の中を半分強引に突っ切り射界から逃れる。幸いにも展開されていた弾幕のおかげで狙いを定めることはできていないみたい。

それでも勘が放つ警告は治まらない。あれはそれだけやばいやつだ。

 

今度弾幕ごっこするときは反則にするわよ!

 

彼女の手から矢が解き放たれたのが見えた。

 

その矢は周囲の弾幕をまとめてかき消し、激しい風を周囲に引き起こす。

バランスが崩れかけたけれど大丈夫、これくらいの風問題ないわ。

それよりも矢の行方よ!

 

魔理沙と私の合間を抜けるように飛んでいったそれは、私たちの上に飛び出して……月の光によって怪しく輝いていた。

 

次の瞬間、矢が爆ぜた。

何本もの光の筋が襲いかかる。

とっさに上昇する。複数の攻撃が来る場合は常に攻撃が来る方向に向かって飛ぶことって教わったから。

こうやって常に視界に捉えて、回避に専念することができる。

ふと魔理沙の事が気になって下を見れば、やっぱり真下に向かって逃げていた。地面までそんなに距離がないのに何やってんのよ!

でも魔理沙なら逃げ切れるわ。見たところこの攻撃は直線攻撃のようだからそこまで難しくはない。

でも…

「1発だけで終わりだと思ったかしら?」

 

「まだあるのかよ‼︎」

 

最悪だわ。このまま周囲から攻められたらいくら直線攻撃でも被弾する。

大元を叩くしかなさそうね。難しいけれど……

弾幕ごっこに付き合ってくれているなら…その終了条件だって理解しているでしょ‼︎

相手は下……この位置なら…

 

一撃で仕留めたい。

魔理沙もこっちの意図に気づいたようね。ならよろしく‼︎

こちらの意図を読み取った彼女が突っ込んだ。それと同時にこちらも動く。

普通にスペルを切っても訳の分からない防御で跳ね返されるのがオチ。ならば…

魔理沙に攻撃を集中させているうちに直上からの急降下。

流石にこれは対処しなきゃまずいでしょ。

 

「くっ…」

再び矢を構えられる。今度はさっきのようにずらすことは出来ない。直射ね。魔理沙はあの距離じゃ間に合わない。

 

来るわね…でもその矢がちゃんと当てられるかしら!

視線が交差する。

 

周囲の光景がゆっくりと進んでいく。

 

動くタイミングは…ここ‼︎

私の体が動いたのと矢が弓から放たれたのはほぼ同時だった。

 

でも僅かに間違えた。修正は…間に合わない!ええい!どうにでもなれっ‼︎

少しだけ遅い回避。その差が致命傷になってしまうことなんてよくあるのに…

 

だけれど私に当たるはずだったその矢に何かが接触。軌道がズレて私の横を僅かに擦りながらあさっての方向に飛んで行った。

「…へ?」

 

突然のことで思考が停止しかける。でも戦闘中にそんなことはできない。

すぐに手に持っていたスペルカードを宣言させてもらう。

「霊符『夢想封印 改』‼︎」

あんたのその弓、一度射った後の反動が強いんでしょう!ならこれを避けるのは無理ね!

スペル宣言をすると同時に急制動。急降下で得ていた加速を強引に止める。

それでも近づきすぎた。地面に体が叩きつけられそうになる。幸い手足で踏ん張れたから墜落は免れたわ。

 

でもさっきの矢がズレたのは……魔理沙じゃないし魔理沙の位置じゃ間に合うはずがない。

まさか誰か近くにいた?

 

 

 

 

 

「ふう…危なかった…」

 

霊夢が急降下を始めたところで何か嫌な予感がしていたのですがまさか本当にああなるなんて。

永琳さんの口元が一瞬だけ笑っていたからなんとか対応できましたけれどそうじゃなかったら危なかった。

やったことといえばなんということはない。ただ矢を拳銃で狙撃しただけ。それにしても硬いですねえ…13.6ミリ弾でさえ軌道をずらすだけしか出来ないなんて…

小石を弾いただけでは命中しても軌道をずらすことはできなかったでしょう。

早撃ちは得意じゃないんですよ。そもそも銃を撃つのはホルスターから抜いてセーフティを外して目標に向け引き金を引くなんて面倒な動作を挟みますから。

即応性だったらそこら辺の小石を握って弾いた方が早いですよ。実際今手に持っていますし。

ええ、ノーモーションで撃てますから。

妖怪の体なら銃弾並みの威力で放つこともできますし。

 

まあ…何はともあれ霊夢は無事に永琳さんを倒せたと。

ならば早めに移動しないといけませんね。

 

入ってきた扉は無いにしろ、廊下の扉は一枚だけある。ここに入れと言わんばかりの存在感ですね。まあいいでしょう乗ってあげます。

 

その扉を勢いよく開ける。

「あ、お姉ちゃん」

その扉の向こうにはこいしがいた。

その隣にはあの兎が佇んでいた。誘導してきてくれたのだろう。

ありがと。

「こいし…ようやく合流できたわね」

 

「ほんとだよ‼︎あそこで勝手に先に行っちゃうからこうなったんだよ!」

プンスカという効果音が聞こえそうな表情でこいしが抱きついてくる。それにつられるように隣にいたウサギがこいしの頭に乗っかる。

「あれは仕方がないでしょう。見つかるわけにはいかないのよ」

 

「そうだけど…心配したんだからね!」

ごめんなさいね。心配かけちゃって…

「妹に心配されるほど私はやわじゃないわよ」

 

「そう言って前回ボロボロになっていたのは誰!」

私ですねごめんなさい。でもあれは仕方がないじゃないの…それに生きていれば回復できるから大丈夫よ。貴女だって似たような体質でしょう。

「鬼の四天王相手は例外ね」

 

「例外が多いよ」

そうね…だからなるべく戦いは避けているわよ。

実際さっきだってほとんど戦闘は避けたつもりですからね?え…全然避けていない?そんなことはないですよええ。

 

「まあいいやお姉ちゃん見つけたし後は黒幕を見に行って帰ろうかなあ」

 

「そうね……」

 

「一応知り合いなんでしょお姉ちゃん」

 

「よく分かったわね」

 

「なんとなくね……」

でも黒幕のところに行くのであれば確実に霊夢達と鉢合わせになる可能性がある。困った困った…それに霊夢の成長を見れたので私は満足なのですけれど…

でもこの迷宮を突破するにはここを通過するしかないですよね…仕方がありません。行きましょうか。

 

 

妹を引き連れてのんびりと歩く。先導は兎。私はもう外に出たいのだけれど…連れて行ってくれるのかしらね?ウサギに聞いてもわからない。

「ここの天井を破壊して帰っちゃダメかな?」

やめなさいこいし。その機関砲をしまいなさい。

「結界を張っているくらいなのだから破壊できるかどうか分からないわよ」

 

「そうだよねえ……」

 

ここは素直にウサギについていくしかないわ。

「そこの部屋のようね」

 

襖を開けて移動していたウサギが襖の前で再び止まった。

どうやらここが目的のようだ。

「さて…出口につながっていることを祈りましょう」

 




結論さとり様やばい


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depth.157永夜異変 下

その場所は今まで通ってきた部屋とはまた雰囲気が違うところだった。

別に何があると言うわけではない。ただ、部屋の真ん中で座っている少女の放つ威圧が全てを支配している。

 

「ようこそいらっしゃいました」

深々とお辞儀をする黒髪の少女。その姿はあの頃と変わらず絶世の美少女だった。されど彼女は通常にあらず。

「千年ぶりですね。姫」

 

「それはこっちのセリフよ。また会えて嬉しいわ」

 

こんな時でなければね。と呟いたのは幻覚だったのだろうか?

 

「お姉ちゃん……」

隣で黙っていたこいしを見れば複雑な視線で彼女をみていた。向こうは…大して気にした様子はなかった。

「ああ…こいしにとっては因縁かしら?」

因縁というか…彼女が原因で発生した戦いに巻き込まれて今に至るのだ。通りところで繋がっているようなものだろうか。だけれど…どこまで覚えているのやら……

「さあ?でもあれがなければ私はお姉ちゃんと会っていないわけだし因縁とは違うかなあ…」

確かにそうかもしれない。だけれど少し複雑なものなのは確かだ。

彼女は何もなければそのまま普通の人間としての生を全うしていたのだから。

 

「で…どうして目の前の人は昔も今も変わらないの?」

こいし?そこの記憶は受け継がなかったのね…でもだいたい分かっているんじゃないかしら?

竹取物語は読んだことあるのでしょう?

 

「こいしはどこまで覚えているの?」

 

「お姉ちゃん記憶の一部。その人と話しているところくらいかなあ」

あら…それだけだったら確かに仕方がないわね。でも普通わかると思うのだけれど…うーん……

 

説明しようかどうか悩んでいると、察した本人が口を開いた。

「私は不老不死の呪いに囚われた身。体はあらゆる変化を拒み、その存在をずっと固定し続けるのよ」

ふうん…不老不死ってそんなものなんですね。

 

「それって肉体が完全に消滅したらどうなるの?」

 

そういえばその場合はどうなるのでしょうね?それ以外なら変化がないである程度説明はつきますが……完全消滅した状態で変化がない云々ってどうなるのでしょうねえ。

 

「この世のどこか……でもそう遠くないところで復帰するわよ。尤も完全消滅なんて自体が多元に起こるものじゃないからわからないわ」

 

まあ普通にしていれば肉体が完膚なきまでに消失するなんてなかなかないですからね。あるとしたら…いいえ、忘れましょう。そのような大火力…あったら地球が何度壊されるやら…

 

「へえーそりゃ大変だねえ」

 

際痛みを感じないと言うわけではないのだから確かに大変だ。

ただ、痛みなんて一瞬なのだからものによりますけれど。

「ええ、でも慣れてしまえばどうと言うことはないわ。むしろ面白いわよ」

面白いのだろうか…自身が死ぬ…いや不死だから死なないとしても体を破壊されるのは嬉しくともなんともない。

 

「今回の異変もおんなじで楽しめたの?」

楽しめたんじゃなんでしょうかね?

「迷宮のおかげで分岐世界も多数あるようですからね」

おそらく彼女の楽しみのために作ったのだろう。迷惑極まりないと言うか…なんというか……

「ええ、作って正解だったわ。まあ結末は全て異変解決に帰納するから最終的には同じ結果で面白みがない物が多いんだけれど」

彼女が観測できる事象の中で私達はほんの一通りでしかない。その他の分岐世界がどのようなものになっているのか……理解はできない。

 

「分岐世界なんて観測できるの⁈」

こいし、知らなかった?って普通知っているはずないですよね。たしかにこれはある程度事情をわかっていないと推測は不可能ですからね。

「基本世界は一つよ。ただ、ある条件が重なると途中で分岐世界が生まれるの。もちろんそれは私しか観測できないし最終的に行き着くところは同じ結末だからどうと言うことはない。だけれど同時にいくつかの世界を味わえるから楽しいわ」

 

「なんだかすごい能力だね!」

 

「ええ、みてみる?」

サードアイでのぞいてみるかという事だろう。確かにできなくはないけれど…異なる世界の情報を頭に叩き込んで大丈夫なのだろうか?一応記憶を想起しているということで大丈夫だとは思いますけれど…それでも同時に複数の思考が混ざり込むとどうしても頭がこんがらがる。聖徳太子じゃないのだから…

「私はいいや。興味ない」

 

「私も分岐世界に興味はありません」

分岐世界をいくつもみたところでいまが変わるわけでもないですし。

「そう……」

 

「ところで、この異変もうやめにしませんか?」

一応友人として止めに行ってみる。まあダメでしょうけれど……

「それは無理ね」

案の定あっさり否定された。眉ひとつ動かさず…もしかしてこうなることを分かっていた?

「まあそうなりますよね…でもここは博麗大結界の中。月といえど簡単に攻めには来れませんよ。わざわざ隠そうとしなくてもいいじゃないですか」

実際この異変が起きた理由はよく分かっていないけれど…月からここを隠したかったというのはわかっている。ただその原因は不明。

「あら、貴女知っていたのね」

 

「お姉ちゃんどういうこと?」

どういうことと言われれば難しいですけれど…強いて言えば月に彼女を連れ戻したい人達と、月に嫌気がさして家出中の姫という関係としか言いようがない。実際そうなのだから……

「月から何が来たのか知りませんけれど今までもこれからも…おそらく月は貴女を連れて行こうとはしないでしょうね」

色々と事情はありますけれど綿月姉妹は現状維持の方針だそうですし。

「もうそんなに穢れが溜まっているのね…」

そういうわけではないようですけれど……

「地上に生きるのであればそうなのでしょうね」

 

「よくわからない‼︎」

 

「話すと長くなるわ…あれは雪が降る日だった」

 

「あ、もういいや…」

 

諦めるの早いわよ!大丈夫!ここ戦場だけれどカメラ回ってないし回想するわけでもないし10年前の戦争を探りに来た記者もいないわよ。

 

「……じゃあ巫女と一戦交えて楽しんでからにしましょう」

少し笑いながら姫は私に手を振った。そろそろ帰れという事だろう。ならばあまりグズグズしている暇はない。

「ところで、後帰り道は用意しているんですよね」

 

「もちろんよ」

そう言うなり、姫の背後に引き戸式の扉が現れた。それが玄関で見たものと同じ形のものだった。

ああよかった。これでまた迷宮を戻らないといけないなんてことになればそれこそ張り倒してその場で強制的に異変を解決させていましたよ。もしかして姫はそのような結末もすでに認識しているのだろうか?だけれどそれはわからない。

 

「ではご武運を」

 

「負けると分かっていてご武運?」

 

「負けるかどうかわかりませんから」

 

 

 

扉をくぐると、そこはいつしかの竹林だった。振り返ればそこには永遠亭が何事もなかったかのように立っている。

 

「帰りましょうか」

 

「そうだね」

 

背後の建物で再び爆発音がし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

竹林を歩いていると、竹の陰から1人の少女が出てきた。

それは白髪の長い髪の毛を白地に赤の入った大きなリボンで乱暴にまとめあげ、上は白のカッターシャツで下は赤いもんぺのようなズボンをサスペンダーで吊っている真紅の瞳の少女だった。

ああ……まさか貴女から私に会いに来るだなんて…

「こんな夜更けに竹林散歩とは…道案内が必要かな?」

少し男勝りな口調。だけれど彼女は数千年前から変わらない味気ない雰囲気を持っている。まるで…あの後の状態から精神だけ時が止まっているようなそんな感じだ。もちろん普通に接していればわからない。私だからこそわかるものだ。

「こいし、先に行っていなさい」

 

「え…でも……」

 

「あれは私の問題ですから」

薄っすらと彼女の記憶もあるのだろう。こいしもあまり強く言ってこなかった。結局彼女のことは私の問題なのだ。こいしを巻き込むわけにはいかない。

 

「そうだな…そっちのお嬢さんはいない方がいい」

妹紅もこいしを巻き込みたくはないらしく、私と同じようなことを言い出す。

「わかった……」

流石にここまで言われたらどうしようもないのかこいしは握っていた私の手を離し空に飛び上がった。

あのまま帰るのだろう。確かにあれなら迷わない。

こいしが見えなくなるのを確認して再び彼女に向き合う。藤原妹紅…

竹林のさざめきが周囲をうるさく染める。

暫しの合間の無言を破壊したのは私。

「2人きりですのでここは腹を割って話すべきなのでしょうか」

 

「そうだな…お互い長い合間すれ違ったままのようだからな」

両手をポケットに入れたままの彼女の瞳は私をどう捉えているのだろうか?

その表情からは何も察することはできない。

「歩きながら…話しましょうか」

 

「そうするか……」

怒ってはいないのだろうか……

あるいは一撃でやれるタイミングを計っている?どちらにしても文句は言えない。あれは私が悪いのだから。

「怒っているんですか?」

 

「まあな……でももう千年も前の話だ。今更蒸し返しても虚しいだけさ」

やっぱり怒っているんですね…

「そうですか……」

 

「それに、父上を楽にしてくれたんだろ?」

図星…その結論に達したのですか。

「どうしてそう思うのですか?」

そう聞いてみれば、彼女は少しだけ寂しい笑みを浮かべて答えてくれた。

「今になればわかるさ……」

千年以上の時は不変の肉体よりも先に精神を蝕んでいっているらしい。

 

「……ええ、彼はもう助かるような状態ではなかった。彼自身から楽にしてくれと……」

正直に答えましょう…実際行動自体は私が最終的に手を下したのですけれどね。

「そうか……」

そう一言だけ呟いた。

「どうしてそれを言わなかったんだ…って言っても当時の私じゃ理解しなかっただろうな」

少しだけ無言を挟んで彼女が答えたのはそんな事だった。確かに当時の彼女は怒りに支配されていたから言っても分からなかっただろう。だけれど、もし誤解を解いたら彼女はその場で父を追いかけていた。だから言おうにも言えなかった……ただのエゴですよ。

「結局私を倒すために不死の薬を?」

 

「まあそれもあるし…原因を作った月人に復讐するつもりだったが…五百年くらいで気持ちが冷めた」

 

「冷めた……」

冷めちゃったんですか……意外、ではないですね。

「復讐した後のことを考え始めたらつまらない人生送りそうだったし、気づけばこの体も永遠に生きる罰に飲み込まれていたらしくてな…」

なんか…精神すら不変に近くなるというのにものすごく悟ってる。人間の精神である私だってそこまでは悟っていないと言うのに…

 

 

「似たようなことがあったのですね」

こっそりとサードアイで心を読んでみれば、何やら記憶が出てくる。これは……

「ああ……ちょっとした親子だったけど…親が妖怪に侵食されていてあのままだと残っている意識すら持っていかれかねない。なにより、あれは手を下すしか方法がなかった……」

生きながらにして近くにいる娘や人を傷つける存在になってしまう。それがどれほど苦しいものか…たしかにそれなら手を下す。

「で、盛大に恨まれたと」

だけれどその子の前でやっちゃったんですか。私と同じことをしていますね。

「まあ…結論からすればあの後和解したんだけれどな」

 

「殴り合っての壮絶な和解ですか」

しかも殴り合ってしばらくして愛が生まれるとか…なんですかそれ……一体間にどのような気持ちの変化が生まれたんですか?

古い記憶なので感情がどのように揺れ動いたのかまではわからない。

「まあ……色々あったんだよ」

 

で、結局その子を引き取って育てたと…でもその子は人間。貴女は不老不死。長く続くわけないじゃないですか。

 

「長くは続かなかったさ…終わりのあるものと…終わらないものだからな。それに…その時になってなんとなくさとりのやったことがわかるようになってな。理解したんだ…あんたの行動は間違ってはいなかったってな」

 

「間違えていますよ……」

 

「だとしたら私も間違えたんだな…不老不死の薬なんて飲んだばっかりに消えない罪を自ら背負ったんだからな」

 

「壮絶ですね」

 

「あんたに言われたくはないさ。地底の主なんだろう」

あら珍しい。よく知っていましたね。

「よく知っていましたね」

 

「竹炭を売っていると結構情報が入ってくるんだよ。まあこうして会うまでは半信半疑だったが」

半信半疑って…確かに覚り妖怪だけだったらそれが対象の私であるかどうかはわからないですけれど…

 

「確かめようとはしなかったんですか?」

 

「会いに行くのが少し辛くてな……」

 

「そうですか……」

 

再び無言が周囲を埋め尽くす。何も話さない状況…いや、話せない状況…あの時幼い少女の心に刻み込んだ怒りは、たとえ千年以上経とうともいくら頭が理解しても感じてしまうものなのだろう。彼女の右手が震えていた。

「なあ……終わりにしないか?」

そう言ってきたのは妹紅さんだった。

「殴り合ってスッキリしますか?」

 

「その方が私はスッキリできるしけじめもつけられる」

 

「折角ですから弾幕ごっこはどうでしょう?」

 

「いいぜ。私も試しで何枚か作ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

炎が弾け、周囲が真っ赤に染まった。

対応できるのはわずかな時間しかない。だからこそ焦ったら負け。

地面に妖力を流し十数センチほどめくりあげ、炎を包み込む。

周囲に土ぼこりが舞い、炎が作っていた熱風が周囲の温度を上げる。

 

「火遊びをするには場所が違うような気がしますけれど…」

 

「昨日雨が降ったから湿り気は抜群。燃えやしないさ」

そういうものでしょうか。確かに森は保水量があるからなかなか燃えませんけれど燃える時は盛大に燃える。

 

「じゃあ今度から放水で鎮火しましょうか」

正直土を被せて鎮火した方が楽だし早いのだけれど水鎮火の方が再燃の可能性が減るから安全ではある。

「ほお…じゃあやってみろや‼︎」

 

そう叫んで飛び込んでくる妹紅さん。咄嗟に障壁を張って攻撃を防ぐ。

右手に炎を纏わせて殴るとか反則です。それになんですこの威力……障壁にヒビが入ってますよ?

「不老不死ってここまで力あがりましたっけ?」

このまま殴られていると本当に障壁がもたないから素早く解除。妹紅さんが腕をふるった瞬間に懐に蹴りを叩き込む。

「……しらね。毎日コツコツ鍛えてたらそうなっちまった。最近じゃ竹だって素手で折れるぜ」

脇腹の骨いくつか折った音がしたのですがピンピンしてますね。

それにしても恐ろしい!蓬莱人恐ろしい!鍛えただけでそうなるなんて…

「リミッター外れているんじゃないんですか?」

 

「それを言ったらあんたもだろ」

反撃で蹴りを叩き込まれる。素早く体を折り曲げ威力を分散。ダメージを最小限に押さえつける。

痛いのは変わらないですけれど…でも痛いの感じませんし。

 

地面を転がりながら体勢を整え弾幕を展開。

いくつかが周囲の地面をえぐり自然の煙幕を作る。その合間に距離を……

 

発熱?

 

煙の奥が真っ赤に発熱している。なんだかやばい…そんな雰囲気がガンガンに出ている。

 

「時効『月のいはかさの呪い』」

 

1枚目のスペルカード。

視界を奪った煙幕の向こうからいくつもの弾幕が飛び出した。

体をねじって初弾を回避。次弾は横にステップを踏む…三発目からは横に逃げる。

自機狙いの弾幕のようだけれどどうにも精度が悪いのか途中からついてこなくなる。特に急制動をするとそれが顕著に出る。やはりまだ試作なのだろうか?

 

「甘いっ‼︎」

 

え?い、いつからそこに…!

煙幕の向こう側にいたはずの彼女は、気づけばすぐ後ろにいた。

弾幕で気をそらしているうちにですか。

 

振り下ろされた彼女の腕を咄嗟に出した刀の柄で防ぐ。

諦めずに蹴り。それも肘打ちで向きをそらして外す。

逆にお返しで頭突きです。

顎に当たった。脳震盪は確実ですね。

 

では追い討ち……っ‼︎

追い討ちをかけようと少しだけ後ろに下がった妹紅さんに接近しようとして、目の前に炎の壁が現れた。今からではどうしようもできない。

そのまま火の壁に飛び込んでしまう。

 

最初は燃えやすい服に引火。ふつうの炎と違うのか接触箇所から一気に燃えはじめた。やや遅れて今度は肌の表面が引火全身が火に包まれる。

咄嗟に腰につけている拳銃二丁目をそばに放り投げる。釣られて予備マガジンも転がり落ちる。あれは暴発したら大変だ。

火を消そうと体を暴れさせるけれど全然消えない。それどころか火が強くなった。

「不死の炎はそう簡単に消せないのさ!」

 

しばらくジタバタして鎮火を試みるもののやっぱりダメだった。なので素直に水系弾幕を自身にぶつける。

ようやく火が収まった。

その頃には私の体は完全に地面に転がっていて…多分真っ黒なのだろう。

目が焼けたせいで周囲の確認ができない。

 

「…呆気ないな」

 

なんで残念そうにしているんですか?

そんなに戦いたいのですか……正直もうこれで終わりにしたいのですけれど……でも負けっぱなしは嫌ですからね…

 

流れる全ての妖力を回復に回す。

表面が焼けただけなので治りは早い。

その代わり妖怪としての力は失われる。構わない。

炎に飲まれる直前に落とした拳銃は…ああそこですね。

視界復活…妹紅さん敵に背中を向けちゃダメですよ。

 

 

固まっていた筋肉が回復した。

素早く拳銃を持ち妹紅さんに向けて発砲。

 

「なっ…がッ‼︎」

1発目が彼女の片脚を引きちぎり、2発目は体のど真ん中に巨大な穴を開けた。

いつまでも寝っ転がっているわけにはいかないので起き上がる。

黒く焦げ、再生のために切り捨てられた肉の残骸が体からボロボロと崩れ落ちる。

「甘いのはそっちです…焼かれたくらいじゃ死にませんよ」

焦げた肉片が全て落ちれば、再び私の子供のような肌が出てくる。

あーあ……膝まで伸ばしていた髪の毛も肩の下あたりまで短くなってしまったじゃないですか。癖っ毛だから短いと跳ねて大変なんですよ。長くても毛先が跳ねるから大変なのに……

 

「テメッ!殺してくれたなあ‼︎」

ブチ切れられた。仕方ないのでもう一回。

今度は頭を吹き飛ばした。流石にこの拳銃じゃ頭に当てたら木っ端微塵か…仕方ないか…

「この……」

 

「回復まで10秒から20秒…早いですね」

 

「お、おい……」

 

なんですか?さっきまで怒りで顔が真っ赤だったのにどうして動揺して目線を泳がしているんです?

まあいいです…もう一回殺しましょう。

そうしたかったんでしょう?

 

動揺しているところにもう一度。今度は心臓を破壊する。

今度は30秒…場所によって変わるんですね。

流石に今度は無理にこっちにはこないで距離を取ってきた。

何度も殺されてはたまりませんからね。

 

「そんなにやられたいならやってやるよ!不死『火の鳥-鳳翼天翔-』」

 

2枚目のスペルカード…

途端に彼女の姿が巨大な火の鳥の中に消えた。

その鳥がこちらに突撃してくる。

回復に使用した妖力はまだ戻らない。

体を転がして強引に回避。直ぐそばを熱源が通り過ぎていったのか多少日焼けした時のように肌が刺すような痛みを発する。

 

サードアイの先読みがギリギリ間に合うかどうか…ほぼ本能で突っ込んできている分余計な隙が生まれていないのが辛い。

 

素早く弾幕を展開して牽制しようとしてみるも、あの火の鳥は温度が高いのか弾幕が途中で火に飲まれ消滅してしまう。

 

あれでは弾丸だって到達する前に溶けてしまう。

耐えるしかないですね……

 

再度突入してきた火の鳥を回避。すれ違いざまに弾幕で応戦。やっても意味はないけれど気休めに……

 

私を取り逃がした鳥は一度上昇して急降下を仕掛けてくる。

進路予測……ここですね。

 

地面を蹴りやや湿った地面を転がる。

すぐそばになにかが衝突した音と衝撃が私を地面に叩きつけた。正直圧死するかと思いましたよ…

 

「熱いですね」

落下した火の鳥が火をばら撒いたからかあたりは完全に森火事になっていた。なんだか明るくて華やかでカーニバルですねなんて現実逃避もしたくなってきますよ。

「っち…仕留め損ねたか」

火の中から何事もなかったかのように妹紅さんが出てきた。

おお怖い怖い…

三回目の攻撃がくる前に牽制をしたい。

再度銃で攻撃。流石に何回も当たってはくれないようで回避されてしまう。

 

そのうちに片方は弾切れなのかスライドが上がりっぱなしになってしまう。

残る方は…まだ大丈夫ですね。

 

「もう一枚あるようですが…」

 

「今作ってあるやつはこれが最後だよ。蓬莱『凱風快晴-フジヤマヴォルケイノ』!」

あ…確か爆発するやつ…

解き放たれた真っ赤な弾幕は、私を囲うようにして…爆発した。

いや文字通り大爆発である。

 

オレンジ色の視界と熱風で平衡感覚が失われる。

これ弾幕ごっことして使えるんですか?

 

体を転がし後ろに跳びのき直撃を避ける。それだけでも体の表面に火傷や打撲痕が生まれる。

正直痛いし面倒だ…特に目を開けていると視界が焼けそう。

 

目を瞑っておかないとまずい…あ、今瞼に熱風が…

連続して発生している爆発を避けていると急に爆発がやんだ。スペルブレイクだろうか?サードアイは熱風で焼けてしまったのか情報が届かない。大丈夫でしょうか?

そう思っていると、急に腕を掴まれ類寄せられた。

目を開いてみれば目の前に妹紅さんの顔があって……

 

思いっきりぶん殴られた。

点滅する視界には涙目になっている彼女の顔が一瞬だけ見えたような気がした。それはサードアイが作り出した幻想だっただろうか…でもそしたらそれは彼女の心であって真実のようなものだ。

 

口の中に広がる血の味を堪能していたら続けざまに2発目が顔に当たった。

正直頬の骨が折れたような気がする。

 

3発目。今度はお腹のあたり…あのう…すごく痛いんですけれど…一瞬しか感じないのにすごく痛いってこれやばいですよ。

 

4回目…体が半分中に浮いた状態で食らったせいで掴まれている右腕の関節が外れた。完全に糸のちぎれた操り人形のようになってしまう。

仕方がない…そろそろ抜け出しますか…

「私は口が下手ですから…気の利いたことを言うことができませんけれど……」

左手で握った石を妹紅さんの顔面に投げつける。

 

目の前に石を投げつけられたら誰だってそれを防ごうとする。

当然私をつかんでいたて手も離してしまう。

 

「殴られるのは痛いんですよ」

片腕は関節が外れて使えない。銃は近くに落ちているけれど使えない。

だけれど攻撃手段がないわけではない。

 

足を思いっきり踏みつけ、跳躍。

そのまま顔を庇っていた腕に噛み付く。

血飛沫が上がり歯が食い込んだ肉が引き裂ける。口の中にまた血の香りが充満する。吸血鬼じゃないのに吸血鬼並みに血に恵まれてるや…

 

「いっでええええ‼︎」

強く引っ張れば腕からいろんなものが引きちぎれ私の口の中に残る。

おえ…美味しくない。

 

でも痛がっているいまなら……

素早く落ちていた拳銃を拾う。壊れているかもしれないけれど使えるならまあいい。それを妹紅の口に突っ込む。

躊躇いなく引き金を引く。1回目…ゼロ距離で頭が砕け散る。

すぐに再生。2発目…3発目……

「もうチェックメイトでいいですか?」

殺すの何回目でしたっけねえ?何回でもいいのかな?あなたが満足するのなら……

 

何か言いたそうにしていたので口から銃口を出す。

「はは…久しぶりだな…こんな殺されるのは」

そうですか…こっちとしては同じ人を何度も殺すせいか精神が参りました…

清々しい顔でそうやって笑っていられる貴女が不思議ですよ。

 

「なあさとり…」

 

「どうしたんですか?」

 

「いつまで裸でいる気なんだ?いやまあ…私が服燃やしちゃったからなんだけれど」

言われて初めて体を見る。

健康的な肌色…日に当てられたのか若干日焼けのように黒くなっている。そんな肌色一色だった。そういえば燃やされた時に服は燃えていましたね。下着から何から……

「……いやん」

 

「無表情棒読みでそれをされても……」

 

「表情がないんです仕方ないでしょう」

というより同性に裸見られたくらいなんです。たまにこいしとか天魔さんから過激なセクハラを受けているんですよ。もう慣れてます。

「まあそうだけれど……」

 

「でも寒いですから服をください」

うん…九月の夜は肌寒い。というより冷える。こんな何も身に纏わない状態じゃ確実に風邪をひくか体調を崩してしまう。それに妹紅さんの頭を吹き飛ばしたから結構血とかいろんなもので濡れてるんですよ。結構寒い…

「貸してじゃなくてくれなんだな……って言ってもこんな血まみれしかないぞ?」

そう言ってシャツを見せてくる。構いません。それに家に着くまでの合間だけですから。

「あ、でも上これしか着てないんだよなあ……」

一応聞きますけれど…

「下着は?」

 

「上はつけなくてもいいかなって。つけてると邪魔だし」

胸そこまで大きくないですからつけていると逆にきついんですよね。昔から男勝りでしたけれどここまで極めるとは…

「……裸の人が目の前にいるんですよ。ショルダー付きのズボンがあるんですから少しくらい我慢しましょうよ」

 

「おいおい人に借りる態度にしてはちょっとあれじゃないのか?」

 

「寒いんですけれど……」

 

「悪かったって…私の家に来な。予備の服貸してやるから。こんな血まみれのよりずっといいはずだ」

純粋に私の身を心配して言ってくれているようですね。これが天魔さんだったら秒速で潰していますけれど…

「そうしましょう……」

 

立ち上がろうとしたら妹紅さんが急に体を抱きかかえた。丁度お姫様抱っこと言われる体勢だ。

さらにその上から何か布がかぶせられる。

それはさっき貸してくれだのと話題になっていたシャツだった。

「妹紅さん?」

 

「女の子を裸で歩かせるのは気がひける…まあ私のことは気にすんなって」

 

「……一応妖怪なんですけれど…」

 

「見た目が可愛いんだから体を粗末にするな。私だって気をつけてるんだぞいくら不老不死でもな」

 

「正論ですね……」



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depth.158永夜異変 後

お知らせ。次回は一ヶ月後の更新となります


「……ねえなんだか外騒がしくないかしら?」

元凶と思われる輝夜を倒しようやく月が戻ったのを確認。少し休憩と息をついていたら妙に外が騒がしい。本当に次から次へとなんなのよ。

「夜が明けたからじゃないのか?」

 

いや…なんか焦げ臭いというか少し赤く光っているような……

赤く…光っている?

「そうじゃないわよ!これは火事よ!」

この焦げ臭さは間違いないわ!

こんなところで火事になったりでもしたら大変よ!

輝夜の案内で外に出てみれば少しだけ竹林が赤く染まっていた。

うさぎ達もどこからか出てきて水の用意をしている。

「あら、燃えているの?それは大変、帰らないとね」

途中から合流してはいなくなったりしていた吸血鬼はのんきにも帰ろうと言い出す始末。

「お嬢様、夜明けも近いですしここは引きましょう」

そうね。あんたらがいても消火に役には立たなそうだし…あ、そこのメイドは残りなさい。あんたの能力なら水を確保するのに使えるわ。

火は大ごとなのよ。一度燃え始めたら初期消火。それが出来なかったら街一つ燃えてなくなるわよ。

 

 

空に飛び上がって燃えている箇所を確認する。

地面がえぐれていたりひっくり返されていたり竹が吹き飛んでいたりと燃えているところは派手に荒れている。

 

「派手に暴れたのね」

 

「こりゃまた派手に戦ったなあ」

隣に来た魔理沙が私と同じことをつぶやく。

「よかった…延焼はしなさそうね」

火の勢いは弱まっている。あれは燃焼しないで勝手に消えるパターンね。よかったわ大事にならないで済むわ。

「炎系の攻撃だな…もう一人は一体何で攻撃してたんだ?妖力や魔力の残渣が残ってないぜ」

 

「まとめて燃やされたんじゃないかしら」

強い力に弱い力が飲み込まれて反応が出なくなるというのは良くある。その場合はそういうことだと諦めるのが良いのよ。

「まあいいわ…今からこれの元凶を見つけ出しに行くのは無理よ」

日ももうすぐ上がるし私は疲れたわ。夜寝ているところを叩き起こされるわ永夜の術をかけられるわ強制解除されるわ…時間としては丸一日使ったわ。

それに月の人達って弾幕ごっこの範疇じゃなかったら確実に強いわね…あれは本気を出されたら私じゃどうしようもないわ。紫も一度敗れているって言うし。

「そうだな…疲れたしねみいし…全く徹夜は乙女の敵だってのに…」

 

「性格的にあんたが一番乙女から遠い気がするわ」

この前あんたの家掃除したけれど生活力もないしダメ人間じゃないの。乙女とか言う前にまずは人としての生活を身につけましょうよ。

「まあ性格はそうだろうな。だが体は乙女だぜ」

 

「わかっているわよ」

自覚しているんだったらちゃんと掃除洗濯しなさいよね。人間力イコール乙女力なんだから!

それと髪の毛だってもうちょっと手入れしなさい!

「一応手入れはしているぜ?」

まだ甘いわよ……ほら毛先荒れてるじゃないの。

 

 

それにしてもなんだか紅魔館や祭りの時に感じたものと同じ残痕が残っているわね…

やっぱり私の周囲を誰かが嗅ぎ回っているのではないだろうか?

 

 

 

 

「あー丸焼けになるって何気に初めてでした」

真っ黒に炭化した皮膚って完全に炭ですね。こすったらあれパラパラ落ちましたよ。それでもヒトの体は水分が多いから中まで一瞬で炭化することはなかった。あれが一瞬で炭化する事態って言ったら相当な熱エネルギーが必要ですよ。

「お姉ちゃん丸焼けになったの?」

急にジト目になって私を見つめるこいし。

ああそういえばこいしには言っていなかったわね。でも妹紅さんの服を着ている時点で察しがつくと思いますけれど…

「させられました…まあ今は日焼けですけれど」

日焼けではないけれど日焼けっぽいから日焼けと言っておく。完全に小麦色になりましたよまったく……

「でも服の跡がない日焼けなんて……」

仕方がないでしょう。裸の状態で焼けてしまったんですから。それにこれもしばらくすれば剥がれますよ…まだ皮膚を引っ掻いても全然剥がれませんけれど…

あまり日光に当たっていない肌だから結構白かったんですけれど…まさかこんなことで褐色になるなんて…

 

「いっそのことちょっと過激な下着つけてみるかい?」

さっきからずっと隣で私を見つめていた天魔さんが会話に入ってきた。

彼女がイメージしている下着を想起して思わず回し蹴りが出た。当然腕で防がれた。

「私に踊り子をさせたいのですか?」

一応永夜異変の詳細について私から事情を聞こうということで来ていたのに来てみればこれである。ずっと日焼けした私を見ているのだ。

まあ今まで一度も日焼けしたことなんてないんですけれど…これでは話を聞きに来たのになにもしないで帰りそうで怖い。一応異変で発生した事象については紙にまとめて大天狗さん達に送っておいたから大丈夫だとは思いますけれど…月の事とか紫の事とかそこらへんの事実を隠して伝えるのって大変なんですからね。

勘のいい方は察していると思いますけれど…

 

 

「確か…外の世界の大陸の向こう側では結構な薄着で踊り子が踊っていると言っていたからさ。さとりにさせてみたくて」

それは砂漠とかがある地域の話での話ですよね。ええ、きっとそうですね。でもあれって褐色ではないような気がしますよ。それにあそこまで派手だと逆に引きます…

「天魔さん…いい加減諦めましょう」

一応イメージとしての踊り子服でしたらある程度はわかるのですけれど実際の踊り子服ってイメージと違う可能性だってあるわけですし…

それにそんな服誰も作れないじゃないですか私以外は…

「だってさとり可愛いのにもったいないじゃん」

なんだこいつホストじゃないのですか?おんなじ女性なのにすごくイケメンですね。

「落とし文句は別の子にしたらどうです?」

正直言って落とし文句に心が動くことはない。

「さとりだけだよ」

……本当に女子なのだろうか…生まれる性別を間違えてしまった悲しい方ではないのだろうか?まあ本人は気にしていないようですけれど…っていうか天狗自体が幼女とか攫ってくる種族ですからねえ。

「天然タラシってこういう奴のこというんだよねお姉ちゃん」

冷たい目線で天魔さんを見つめるこいし。流石に天然タラシかどうかは知りませんけれど女性ファンが多いのは確かですね。主に他種族ですが…

「タラシかどうかは定かではありませんけれど大体こんな人ですね」

 

「そもそも女中とか大奥とか天狗にないんですか?」

 

「ない!」

なんでないんですか…作ればいいじゃないですか。え…面倒?まあ確かにあれは面倒ですけれど…

「それにあんなの絶対ドロドロするに決まってるじゃん」

 

そうじゃなくても女性間での関係なんてドロドロするじゃないですか。長く生きている妖怪だとドロドロする前に喧嘩と喧嘩と喧嘩で和解してスッキリしますけれど…

「それで、お姉ちゃんに詳細聞かなくていいの?」

 

「そうだったそうだった。ありがとねこいしちゃん」

なにこいしの頭を撫でているんですか。ぶん殴りますよ。早くこいしから離れなさい。

こいしも気持ちいいとか言わないの!

思ってても言わないのその人調子乗るから。

 

そんなアホみたいなやりとりが続いていると部屋の扉が音もなく開いた。

視線を一瞬だけそっちに向ければ、そこには長い白髪を後ろで縛ってまとめた妹紅さんがお茶を持ってきていた。

「なんだ天狗の長ってこんなんなのか?」

そう言う彼女は天狗に白い視線を送る。涼しげな顔でそれを受け流す天魔さん。一瞬で対立関係が生まれた。

「まあそうですね…」

あ、お茶おいしいですね。淹れ方上手くなっていますよ。ただ…

「……幻滅したわ」

 

「お前に幻滅されても痛くもなんともないわ」

なぜ喧嘩腰になったんですか天魔さん。

「天狗の焼き鳥って美味しそうだよな」

妹紅さんも怒らないでくださいよ。

 

「おうちょっとツラ貸せや」

 

「あ?誰に向かって物言ってんだ変態野郎」

喧嘩腰になりかける二人をすぐになだめる。こんなところで仲を悪くして欲しくはないし何より家が壊れかねない。

「まあいいか…」

 

「あんたが妹紅か…」

あ、天魔さんが絡みにいった。大丈夫だろうか…

このまま喧嘩するようなら出禁にして庭に埋めましょう。ええ…犬神家を土の上で再現するのです。

「……なあ褐色のさとりどう思う?」

何聴いているんですか本人の前ですよ。本人の!

「どうって……まあ、普段は落ち着いているけれど思わず活発にはしゃいじゃった子みたいで可愛いと思うけれど」

何だそのギャップ萌えが可愛いみたいな言い方。貴女も大概に変なこと言いますね。っていうかこの二人ルックス的にかなり女子にモテる方ですね。何も言わないでおけば言い寄られるでしょう?そうでしょう?

「奇遇だな俺もそう思っていた」

 

「なんだ気があうな…」

急に和解し始めたんですけれど……何ですかそんな理由で和解するんですか?

まあ妹紅さん一人で天狗と渡り合えそうですし対立勢力が減ってくれたと考えれば良いことなのでしょうけれど理由がしょうもない。

「さっきはすまんな」

 

「こっちこそ少し言いすぎた」

酷い和解の仕方だ……

 

「じゃあこいしは?」

和解した途端なんてこと聞いているんですか?本人の前ですよ!気にしないとかそういう問題じゃなくて……

「どっちでも可愛い」

ああ、よかったこれなら仲良くなれそうです。

「違いない」

 

「えへへ嬉しいな!」

 

……そういえば月が侵攻してくるとかどうとか言っていたような気がするのですがその件は今どうなっているのでしょうか?一応月と情報交換している優曇華に今度聞いてみましょう。

 

意識を戻せばどうやら妹紅さんと天魔さんは結構盛り上がっているようだった。

「踊り子衣装どう思う?」

天魔さんまた踊り子衣装のこと聞いているんですか?アホですか?そもそも知らないでしょ…

「すまん。踊り子の衣装を見たことがないからわからない」

 

「今度情報通に衣装の詳細を聞いてくるからどこかで会わねえか?」

その情報通のこと詳しく。あとで締め上げて秘密裏に消しますので。

「いいな。丁度行きつけの店があるんだ。そこにしないか?」

 

「へえ…竹林の案内人オススメか。期待しているぞ」

 

 

 

 

「ふうん…月の文明も面白そうじゃない」

宴会の席であの凄腕の医者と兎から聞いた情報をまとめていけば、それはそれはものすごい情報の山であることがわかってくる。

これですらおそらく氷山の一角。多少話を盛っていると仮定してもこれはすごい。

「折角だし月に行ってみたいわ」

 

「レミィ、流石に月に行くのは現実的ではないわ」

親友はバッサリと否定をした。

そんなバッサリしなくてもいいじゃないの。

「でも宇宙に行けるのなら月に行くことだってできるはずでしょう?」

 

「やろうと思えばいけるのと実際に行こうとするのとでは全くの別物よ」

 

「それは分かっているわよ」

 

「それに聞いたところじゃ月と友好的にすることは無理そうね」

それくらい力でどうにかすれば問題解決よ。何も問題ないわ。

後は技術的な問題をクリアすればいけるはず…

「無理なら力で抑えるまで。どちらにしてもまずは月まで行くための手段を考えるのよ」

 

「まさかさとりの言っていたことが本当になるなんてね…」

 

あら?さとりが?どういうことかしら…

「さとりがどうかしたの?」

 

「前にさとりが言っていたのよ。貴女が月へ行きたくなるときがくると思うから言っておくって…」

 

友人からそう聞かされた途端背中に得体の知れない寒気が走る。私が月に行きたいと思ったのは出来心でよ。それなのに…私が月に行きたいと思うことを前から予見していた?

運命を操る私だってそんな芸当はできない。ましてやあの子の能力は心を読むんです未来の…思ってもいないことを読むなんてできない。

でもそれをさとりはやってのけている……

「それで……さとりはなんて?」

カップを持つ手が少しだけ震える。

 

「月に行くのはやめた方がいいって言っていたわ」

 

「どういうこと?」

 

「さあ?聞いても教えてくれなかったわ。ただ、月に行くための乗り物のことなら教えてくれたわ」

 

「あら、気が利くじゃない」

 

「総工費用が1兆円を超えるって言われたわ」

 

飲みかけていた紅茶を吹き出してしまった私は悪くない。何だその金額。どこにそんなお金があるというのよ。っていうかなにそれ…そんなお金がかかるの⁈

「技術的な観点からしても外の世界の技術の最先端を集めて作ってやっと行けるかどうかって言われたわ」

 

「うわ……」

やっぱり行くのやめましょう。そこまでしないといけないなんて…

「尤も簡単な方法はあるにはあるらしいわよ。教えてくれなかったけれど」

 

「そう……」

 

今度聞き出してみましょう。



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depth.159勇儀とお使い

久し振りに人里に来てみた。

 

霊夢のことがあるからなるべく鉢合わせないようにしているけれどそれでも人里が恋しくなるのは仕方がない。

それに霊夢のところに見張りを送ったから安心できる。元からこうすればよかったのかもしれない。

 

ついでに一人連れて行くことにしたヒトも…

 

「なあもうでていいのか?」

急に頭を出そうとしたのは小さな…小人のような存在だった。

外套の内側から頭を出そうとするその小さな存在をとっさに押し込む。

「人里で出てきちゃダメですよ。取り敢えずお酒の店に入ったら言いますからそれまではなるべく静かにしてくださいね」

 

「わかったよ…」

一本角が手に刺さりかけて痛い。そう、全長15センチもないこの小さな小人は勇儀さんだ。正確に言えば勇儀さんの分身体。

ここまで小さいのは力も弱いから基本は作らないらしいけれど潜入時には便利なんだとか。

何れにしても勇儀さんに変わりはない。

どうしてこうなったのかと問われても勇儀さんが人間の里に売っているお酒を飲んでみたいと言い出したのが最初だった。

私に買ってきてくれと頼まれたもののそもそもどのお酒が良いのかなんて分かりっこないのだ。銘柄には疎いので仕方がない。

 

そう言えばじゃあついていくと言い出し人里の規則等々に当てはめていった結果こうなった。

そもそも勇儀さんの体格では目立ちすぎるしその一本角はどう足掻いても隠せないですし。

よく萃香さんにも筋肉モリモリマッチョマンの変態ってからかわれていますよね。その度に建物の建て直しが数件発生するからなんとも言えませんが……

 

 

 

 

「おや子供がお使いか?」

そういう反応になりますよね……

「ええ、もちろんお金はありますよ」

 

「羽織のいい服着ているんだそんなことはわかってら。でも酒の銘柄なんてわかるのかい?」

 

「ご心配なく」

店に入れば早速店主に対して背を向ける。そうでもしないとお酒を選べませんし…

実際私がお酒を買う場合は大して選びはしないのですけれど。だってお酒飲まないから味わからないですし。

出ていいですよと軽く合図すればすぐに勇儀さんが顔を出した。

「途中途中息がしづらくて仕方がねえ…」

そんなの仕方がないでしょう。人間が作るお酒を買いたいならもっと別な方法とかあったでしょうに……

「お酒どんなのがいいですか?」

 

「そうだな…あれとあれとあれ……」

指を出してあれあれ言ってもわからないですって。銘柄で行ってください!

「商品名を言ってください」

あれあれ詐欺ですか。

「あんたならわかるだろ」

そりゃ心を読めばそんなの一発で分かりますよ。でもそれじゃあ面白くも楽しくもないじゃないですか。会話は楽しむものですよ。

「そうですけれど…できれば会話を楽しみたいんです」

 

「仕方ねえなあ……」

商品名を聞き出しようやく購入。それにしても少し量が多い…お陰で店主に苦笑いされた。

こんなにたくさん買うってことは宴会でもやるのかと……確かにこの量は宴会ですね。

 

 

店を出れば人通りも少なくなっていたのでちょっと会話してみる。荷物に隠れて勇儀さんも頭を出していますし丁度良い。気になっていることもありますし!

「そういえば分裂って意識どうなっているんです?」

 

「意識?」

分身とか分裂とかって意識を二つ三つに分けますよねそれって結局どうなっているんでしょうか……

一応心を覗いて感覚はわかるのですけれど実際わからないところが多いというか…分裂まではいけるのですがそのあと合流するときに意識自体がどうなるのかって正直わからない。

例えば同じ意識を分けたとしてもそれぞれがたどる行路や方法が異なればその分記憶もそれによる人格形成も若干変化が出ますしそれが再度合流した時その差はどうやって相殺されるのかとか。

「そうですねえ例えば、本体の貴方がここにいるときに分身体が他のところで他の作業をやっている場合です。それは本体が命令しているわけではない…ある程度の意識や判断能力が備わった状態ということになりますけれどそれを行う場合、意識同士がそれぞれ独立して違う存在になったりはするんですか?」

「……多分それは分身の方法にもよると思うが、とりあえず私は私だ。どれもがそれぞれに意思を持つがそれぞれが違う存在になるということはないな。つまり自分が複数いること自体に疑問を持つようなこともそれを考えるということも本来はしないし意識不能で出来ないんだよ。お前さんだって心を読めない状態はあり得ないって思うだろう?」

 

「すいません心が読めない状態がどんな状態かはすごく理解可能な上に意識可能で今の自分に疑問すら投げかけたことだってあるのですが」

言いたいことはわかるのですがその例えだと私は想像しづらい。

「そりゃお前さん破綻しているよ」

真顔でさらっと言われた。

「理解しているのですが能力に関しては能力が存在しない『私』と存在する『私』の両方を何故と考えてしまうんです」

実際自己の確立ができていないという事であまりにも不安定かつ脆い存在に成り果ててしまっているのも事実。だから常に精神攻撃は受けないようにしているし元から壊れているならこれ以上壊れることはない。

「そうだなあ……目が二つしかないのは何故か、なぜ視覚嗅覚触覚味覚があるのか、を考えたことは?」

「それはないですね……」

考えたことはありますが結論は出ませんでした。構造上どうしてそうなったのか…目だって三つでも四つでもいいじゃないかと思いますけれどどうもこの体はそうはならなかった。

「そっちの感覚が近いんだな。結局それが当たり前で出来ることだからやっているだけ。だから分裂した自分も自分であって自分じゃないってことはあり得ない」

 

「よくわかりませんがそういうことにしておきましょう。でもそれってある種の多重並列思考が可能なのでは……」

「できなくはないけれど面倒だからやらんな。処理能力という点では良いが元に戻した時の疲労も倍々だから」

「あー……まぁ……」

 

それもそうか…戻るということはその全てが一つになる。つまり傷もそうだし嬉しかったことや悲しかった事も全て一つに引き継がれるという事だ。

 

「でもいくつかの平行した記憶を持つことになるんですよね」

 

「ああ、結局私だからな。分裂していても最終的に私の中に戻ってくるぞ」

それって分身が死んだ場合もですよね。死の記憶とか嫌ですね…あ、これは私が即死寸前の攻撃を受けるのと同じか。

「それって自分としてはどうなるんですか?」

 

「どうなるもなにもなあ…結局分裂しても私だから私の記憶に違いはないぞ」

あっけらかんとそう言う勇儀さん。でもやっぱりよくわからない。多重並列で記憶を持つ場合は輝夜さんとかが近いですかね…

「難しいですねえ……」

 

「まあそんなもんだろ。私達にとっちゃあんたの能力がどんな感じに作動するのかだってわからないんだからな」

 

「心読はどちらかというと五感すべてに作用して擬似的に第七感として左右しますからね。視界というか…聴覚というかそんな次元ではないんです。わかりやすいように伝える時は視界と聴覚の両方で代弁していますけれど」

 

「なるほどなあ……」

 

まあ第七感というより擬似的に相手の心理世界を追体験するものですからねえ……

だから一般的に想像する映像として入ってきたり聴覚として入ってきたりという表現は正しくもあり間違ってもいる。

 

「人混みだと結構大変ですよ」

 

「だろうな……」

目を隠すだけで遮断できるのでまだ楽ですけれど…

 

 

 

 

道を歩いていると、なにやら集会のようなものが開かれていた。多くの人はそれに無関心なのか面倒と感じているのか素通りと見て見ぬ振り。でも数名だけは足を止めてそれに聞き入っている。

 

「なんだあれ?」

ここからだと少し声は聞き取りづらいけれど話している内容はなんだか良いものではなさそうだった。

叫んでいる男の言っていることもよく聞けば支離滅裂というか矛盾点がある。なんだかなあ……

それでも聞いている側は嬉々として聞いているのだから恐ろしい。盲信ほど面倒なものはない。

「……妖怪を根絶やしにしようと言っているみたいですね。簡潔にまとめればですけれど…」

そんなことをされたら人妖大戦争が起こりかねない実際人間からすれば妖怪退治自体は正義だしなにも間違ったものではない。だからなのか余計にタチが悪い。特に過激派は……

「おいおい正気かよ」

呆れるのも無理はないですね…

「ああいう輩は何かあればやりかねないですね。最近異変が立て続けに起きましたから勢力を少しづつ拡大させているのでしょう」

 

「ああ嫌だ嫌だ…」

 

そりゃ人里の中でしか安全に暮らせないとなればそうなるでしょうし武器商人のような存在や一部の存在は妖怪を殺す事で富を得たり自身の気をスッキリさせるような存在ですし。

 

「どうせ妖怪を滅ぼした後はそれを足がかりに地位と富を手に入れたい存在でしょうに…だったら貴方達には地位をあげますよいいでしょう地底の長ですよ」

 

「冗談でもそれはやめてくれ…流石にあんな奴らトップにしたくない」

流石に冗談ですよ。それにそんなことになったら絶対革命が起きますね。地底って結構気性が荒いヒト多いですし。でも勇儀さんがここまで嫌悪を示すということは……

「嘘で塗り固められているからですか」

鬼は嘘が大嫌いですからね。

「ああ…あれは最悪な嘘のつき方だ…いや発言自体も嘘に塗り固められているな」

 

「たとえそうであってもその持論にしがみつくしかないんですよああいう輩は」

「それに追従してしまう人間も…どういう思考回路しているんだか……」

 

「多分思考停止しているか浅はかな考えで突っ込む人ですね。まあ人間そういう愚かな存在多いですし仕方がないんじゃないですかね」

 

「だから嫌いなんだよなぁ……」

 

まあ好き嫌いは人それぞれですからね。しかし…あそこまで大胆に妖怪を殲滅するなんて言えるとは何か企んでいるんですかね?というより…殲滅というか配下にしたいというだけなのでは?この幻想郷において妖怪の力は人間にとっては強力だし少しやり方を変えれば立派な武器にもなる。式神がいい例だ。

 

「気にしないで帰りましょう」

 

ああいう輩に目をつけられたら面倒です。あれは疑わしきは罰せよ。反抗するものは処刑せよ。

反発するものは裏切り者ですからね。

独裁じゃんとか思いますね。やってる事が……

 

それが良いというのであれば構いませんよ。

私はなにもしません。こちら側に手を出すまではね……

 

 

 

 

「あー胸糞悪い…」

歩きながらも不機嫌な勇儀さんをなだめる。流石にあんなものを見せられたらそりゃそうか…

「お酒買ったんですから宴会でもしますか」

勇儀さんの気をそらすにはこれしかない。実際お酒で嫌なことを吹っ飛ばせる性格のようですし。

「お、いいなそれ!賛成だ!」

一瞬で不機嫌な顔が満開の笑顔に変わった。

そろそろ花見の季節ですからたまには山で天狗も一緒に…久しぶりに天狗さん達も鬼と交れていい機会だと思いますよ。

ええ…天魔さんはきっと喜ぶと思います。

 

(あやや…聞いてはいけない事を聞いてしまいました…)

 

そんな小声で呟いてもバレますよ。聴力あるんですから…独り言は命取り。

あ、違いますね。これは心の声でしたね。全く…でもまあ…運がなかったですね。

偶然サードアイを見せていた方向に文さんがいたというだけですから。

「文さん出てきたらどうです?」

 

「流石にばれましたか」

 

「バレますよ」

彼女が隠れている茂みに向かってそう言えば、少しして彼女が出てきた。

「なんだ盗み聞きか?」

 

「そんな人聞きの悪い。私はただ偶然聞いてしまっただけですよ」

実際出会ったのは偶然なのだろう。聞かれたのなら丁度良いです。このことを天魔さんに伝えてください。

ええ、私が後でいこうと思いましたけれど貴方の方が早いですからね。

 

「天魔さんに伝えてくれます?宴会をやるって」

 

「分かりました!でも私は用事があるかもしれませんから参加できませんよ」

 

 

「なんだ参加できないのか残念だなあ……」

実際勇儀さんに悪気はないのですけれどどうも勇儀さんは絡み酒が酷いので敬遠されがちなんですよ。挙句鬼はどの種族よりお酒が強いですからね。

文さんも何回か巻き込まれたのでしょう。でも諦めてください。ここで無しになったら勇儀さんキレるので。

 

 

 

 

 

 

「ふうん……なかなか面白いことやっているじゃないの」

 

「姉さんまた地上を見ているんですか?」

 

「だって面白いんですもの…それに最近家から出るようになってきているようですからねえ」

 

「全く…あのような危険因子早めに処分するべきだというのに…」

 

「折角だからこちら側に取り込んでみる?」

 

「馬鹿を言わないでください」

 

「知ってるわ。欲しいのは彼女の知識だし」

 

 



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depth.160さとりの入れ知恵

冬が終われば白銀の下で眠っていた命が一斉に吹きかえる。それは何千年何万年と繰り返されてきた季節の循環。だけれどこの年は少し事情が違った。

 

まあ私は特に何をしたということはないのですがすべての季節の花が一斉に咲き乱れ異変として巫女が動いたというくらいだろう。

結局暫くすれば勝手に異変は収まった。地上では……

 

旧地獄である地底はその位置こそマントルの上というかなりの深さにあるけれど実態を持たない存在にそのような距離もふつうの灼熱も関係はない。

だからなのか死神に回収されるのを拒んだ怨霊達が大量に降りてきて大混乱だった。

勿論それを見逃すほどこちらも甘くはない。

幸いこちらには怨霊を焼き尽くす灼熱地獄に血の池地獄がある。旧地獄の遺産とはいえ今でもしっかりとその機能を果たしている。まあ全盛期の半分の稼働しかできないのですけれど…

それに灼熱地獄を全力稼働させたら地上にも地底にも影響が出るからそれは出来ないしならないように対処しないといけない。

 

結果として私の業務は普段の三百パーセント増しという大惨事になりハードワークがたたったのか周囲のヒト全員に仕事を休めと……断ったら戦うことになりました。

なんてこったい。と内心思いましたねええ…なんで休ませるために戦うんですかね……

そりゃ負けますよ。でも負けても業務が消えるわけではありませんのですぐにみなさんパンクしましたね。お陰で私の業務はさらに圧迫。

流石に申し訳ないと思っていたようですけれど……

まあいいです。それもすこし昔のこと。酒の席でネタにする程度の価値しか持っていないですよ。

 

そういえば今日はレミリアさんに呼ばれていました。

咲夜さんの口調からしてどうせろくなことではないはずだ。というよりもあのことだろう…

紫がこの前接触してきましたし。なんでも兎が来たとかなんとか。

羽衣を着て帰ったあとでしょうけれど。

まあどうだっていい。私には関係のないことなのだから。

 

 

 

 

まだ初夏だと言うのに熱い夜風が吹き付けるテラスに彼女はいた。

「時間ぴったりね」

振り向きざまにそう言った彼女はこの結果を知っていたのだろう。何から何まで見透かされているような…それは私が周囲に与えている印象であって彼女の場合は多分結果に誘導されるといった方が近いだろう。

「時間まで屋敷をうろつきましたから」

うろうろとしていれば見慣れたものでも新たな発見ができる。何度か改修を挟んでいるからか廊下の位置や天井の高さなど少し変わっているところが多い。それに……

数カ所だけ防衛装置が搭載されているらしく点検用のハッチがあった。

真っ赤な建物に合わせてそこも赤く塗られているものの素材の質感までは隠せませんでしたね。

「座りなさい。咲夜紅茶をお願いね」

レミリアさんに勧められて席に座る。テラスの席なんて洒落たことしますよね。なんでこんなことをしたのかは知りませんけれど雰囲気は出ていますよ。

雰囲気はですけれど……

「また随分と洒落た事をしますね。聞きたい事があるならお茶に誘わなくてもいいのに」

聞きたいことにもよりますけれどね。世界の真理を知りたいなんて言われたってそんなの知るはずないじゃないですか心理に近いものといえば…そうですね可愛いくらいでしょうか?あれは唯一絶対の…世界の真理に最も近い感情です。

「お茶を飲みながらの方が貴女も話してくれるでしょう」

そんなことはないですよ。偶にお茶だけたかって帰る事だってありますよ。結局気分次第です。

「そうですけれど……」

でもまあ隠すこともないですね。ええ…

そもそも私に聞きにくる時点で状況は察することができます。

 

「で…何が聞きたいんですか?」

 

「月に行く方法よ。前にパチェに言っていたようね。折角だし私にも教えてくれないかしら」

月に行く技術と言われても私は技術屋じゃないんですからそんなものわかるはずないじゃないですか。概要と概念くらいはわかりますけれどそれと実際に作れるというのは全く違います。特に細かい部品とかは私じゃ無理です。

だからここは貴方たちが取るであろう方法を最初に教えておく。特に理由はない。強いて言えば……気まぐれですかね。

「別に月に行くくらいなら科学技術を頼らなくてもいいじゃないですか。神様の力を借りたっていいわけですし」

月に行くくらいと言っているけれどそれって結構すごいことだったわ。でも月に行くこと自体は宇宙開発黎明期に成功しているわけですからこっちだってできるはずである。

かなりのお金がかかりますけれど…それでも河童に頼めば初歩的な電算機は作ってくれるかもしれない。半導体を作る技術がないから真空管で代用になりますけれど。

それが嫌ならさっさと神様の力を借りるんですよ。この世界にせっかく神様がいるんですから。

 

「そんな事できるの?」

 

「神社の巫女は神降ろしができますからね」

実際巫女は神を鎮める様々な行為のなかで特に、神を自らの身体に神を宿す神降しや神懸りの儀式を(かんなぎ)と呼びそれを行う女性のことを指しますからね。

それに巫女に必要な4要素として占い、神遊、寄絃、口寄があります。それらを使えば神をものに宿らせて力を使わせるということも可能です。霊夢がどこまでできるのかによりますけれど…こういったことは本来先代から受け継がないといけないものですけれど霊夢の先代はそれを教えられたかと言えば必ずしもそうではない。むしろ基本的なことしか教えられなかったはずである。

 

「そう…根本的なプラン修正ね」

神の力を利用する方法を聞いて何かを閃いたのかレミリアさんの顔が何かを企んでいる顔になった。

「ちなみにどのような方法で行こうとしていたんですか?」

 

「簡単よ。高高度まで河童が作ったジェット機?を使って打ち出してもらうのよ」

 

「また随分と手の込んだことを……」

そもそもそれで月まで行くための加速を生み出せますかね…

「既存のものを流用した方が安上がりだったから」

 

そりゃそうですけれど…でもそれだと母機の搭載限界量に左右されてしまいますから月まで行く燃料を積むのは無理なのでは……

一応母機の加速である程度のところまでは行けますけれど……うーん…

 

 

「まあいいわ。ともかく貴女のおかげで突破口ができたわ」

まあ……どういたしましてでしょうか?正直月に行って欲しくはないんですけれど。危ないですし……生きて帰ってこれる保証はないですし。

いつの間にか目の前に出されていた紅茶を一口飲む。

ん…さすが咲夜さんです。

こんな美味しい紅茶を飲めるなんて幸せ者ですね。

「私の自慢の従者よ」

 

「そのようですね…紅茶おいしかったですよ」

 

 

 

 

 

 

この季節にしては珍しく私が帰る時間帯は鉛色の雲が空を覆っていた。だけれどそれは日というものがある時間での話。月明かりしか照明がないところではそのどんよりとしているであろう雲は強力なブラインドカーテンのごとく周囲から光を奪っていた。

赤い屋敷を背にそんな暗闇が支配する空を駆け抜ける。

右手には僅かな灯りとして提灯をぶら下げている。気休めにしかならないけれどあるのとないのとではずいぶん違う。特に向こうがこちらに早めに気づいてくれるという点では便利だった。

 

だけれどそれは誘蛾灯のようにいらない存在も呼び寄せてしまうらしい。

「ありがとう」

私の前に現れた女性の第一声はそれだった。

「それは私が彼女たちに入れ知恵をしたことに対してですか?」

少し棘があるだろうか…だけれど月が絡むとろくなことにならないから仕方がない。

僅かな灯の中で紫の顔がぼんやりと浮かび上がっている。その表情は微笑んでいるようで何も感じていない無機質に近い感じだった。あるいは今の状況が私にそのような幻覚を見せているのだろうか。

「ええ、あのままだと確実に失敗していたわ。ともかくこれで彼女たちは月に行ける。そうすれば私も計画も実行に移せるわ」

 

「私がこんなことをしなくても誰かがやっていましたよ」

実際霊夢あたりならそのことに気づくであろう。彼女のことは彼女が一番よく知っているからだ。

「でもタイミングを考えれば貴女しかいなかったわ」

確かにそうだろう。ただタイミングなんていつでも良いような気がしますけれどねえ…まあ早い方が良いのは確かですけれど。

 

そうそう、私は彼女に聞きたいことがあったのだ。

「……月に喧嘩を売ってどうするつもりなんですか?」

前回は月の技術欲しさ故に…では今回はどうなのだろうか?

「これはリベンジよ。今度はしくじったりしないわ」

リベンジ…個人的復讐或いは反撃。私にとってそれは大切な人等を傷つけられた場合にのみ起こる復讐心と報復心。それが自身のプライドを守るために働くというのは私にとっては理解できるものではなかった。

まあ結局そういう人もいるんだな程度で流してしまうような…そんな理由だった。

「……精々頑張ってください」

彼女が何を企んでいるのか詳しくは知らないし知る気もない。ただ…今回はなるべく干渉しないようにする。多分大丈夫だろう……

「やっぱり貴女は乗り気じゃないわね」

乗り気じゃないというより月に対して手を出すのが嫌なだけです。

「そもそも月なんて余程のことがない限り手を出してきたりはしませんからこちらだって手を出さないのが得策です」

手を出してきたときは向こうにもそれ相応の事態が発生しているということだ。そうでなければわざわざ穢れた土地に降りてこようなど誰が実行するのだろうか。

いや…確か月に何かがあったときのためにあったはずである。

幻想郷を第二の月面都市とする計画が……しかもそれを実行に移すことが可能なのだ。

恐ろしいったらありゃしない。

 

そんなところと関わるなんて御免被りたい。私は特別な能力がある賢者でもなければ世界を創造するような神でも人を束ね導いていく主導者でもない。ただの妖怪だ。自分のことと守ることにした者達のことで精一杯だ。

私の知らないところで人がいくら死のうとも関係はないし守るもののためならいくらだって血に濡れる覚悟はある。

「貴女がいればそれなりに助かるんだけれど」

でも今回はそういうことではない。

残念そうな顔をして紫は私を見つめている。提灯の灯りが彼女の瞳に反射している。それが彼女の持つ熱意のように感じられる。

「彼女たちと同じ囮としてですか?」

皮肉…というより事実のようなものだ。ただ何も言っていないのに彼女達を囮と言ったのはまずかったかもしれない。紫の表情が一瞬だけこわばった。警戒されただろうか?

「そんなこと言ってないわよ」

言っていなくてもやろうとしていることがわからないというわけではない。ただこれ自体は私の記憶に残る知識の助けもある。

「でも彼女らの役割は実質囮。それもかなり危険なものですよ」

もし月の民が彼女達を完全消滅させてこの世から穢れごと消し去る可能性は?

ゼロではないし実行しようと思えば簡単にできる。

「彼女達なら平気よ。私が保証するわ」

そうだろうか……

紫と言えどそこまでできるの?月へのパイプなんて全くない。それなのに月に不法侵入する輩が死なないようにって…無理だろう。

「わかりました。では私はこれに関わることはしませんのでそのつもりで」

まあ良いです。そういう事は彼女達に任せましょう。そう簡単にやられることもないはずだ多分ですけれど…

「つれないわね……」

 

「つれたくないですから」

 

結局紫は家までついてきた。なんでだろうか…

「……何もあげませんよ」

 

「お腹が空いたわ」

そう言って私を見つめる彼女。そういえばご飯の時間が近いですね。というよりもうご飯の時間すぎていました。

「会話する気ないんですね…良いですよ夕食の残り物でしたらあるはずですから」

うん、きっとあるしなかったら林檎を渡して帰らせよう。

そもそも勝手すぎるんですよ。もうちょっと事前に連絡をしたりとかしないんですか?まあそれが妖怪らしいといえば妖怪らしいのですけれど。……

 

私に続いて機嫌が絶好調なのか鼻歌を歌っている紫が家に入る。宿をしているとはいえ一般の家と同じ玄関。人が二人も立てば狭くなるのは必至だ。

 

結局のところこれは招かれざる客が来たということで察してくれないだろうか。

うーん全然察してくれる気配ないですね。というより分かっていてあえてこれをやっているように見えますね。それはそれでタチが悪いというか…やっぱり妖怪なんだなあって思います。

 

「……何を食べたいんです?」

 

「貴女のお好きなように」

 

そうですか……



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depth.161射撃能力は無いようで高いさとり

基本的に私は何かに干渉するということはあまりしない。

そう言うと例外が多いとよく言われるけれどこいしやお燐達と比べたら私が周囲に干渉するということは限りなく少ない。多分10倍くらい違う。

なのに私が干渉すると思われるのは私が干渉する事態はかなりの大事であり嫌でも有名になってしまうようなものばかりなのだ。それ故に目立つ。とにかく目立つ。

人間側ではあまり噂にはならないけれど妖怪側では私が動くたびに何かあるんじゃないかとよく言われたりする。

たまに妖怪の山の支配者の一人とか言われているけれどそんなことはない。個人的に天魔さんと仲が良いだけで別に天狗の山を牛耳ったりはしない。でも否定しても誰も信用しないだろうから黙っている。そっちの方が楽だったりするし

 

「少しは否定をしたらどうなの」

 

「ゴムと同じで押したら多分跳ね返るから意味ないですよ」

実際噂を消すのは時間ですし。それでも私の場合百年近く前からそう言われ続けてもう常識のようなものになり掛けていますけれどね。

「どうしてそうなってしまったんだか…」

それは私がひねくれているという事?それともこの世界の常識?

「それにしても貴女の仙界は不思議ですね」

話題を変えたくて仙界の事について聞くことにした。

彼女の作る仙界はかなり独特…というよりどうしてこれなのかと疑うようなものばかりだった。

「見たことない景色でしょ」

自慢げにそう言う彼女の後ろと私の視界いっぱいにはレンガ作りで3、4階建ての建物が並び、石畳やレンガで舗装された道が続いていた。看板に書かれた文字もその街並みも…この世界でずっと生きている身にとってはまさに異世界のような…価値観がひっくり返されるようなそんな感じにさせてくれるだろう。

「いえ……見たことはないですけれど違和感は感じませんね」

だけれど私はこの景色を知っている。正確には前世記憶によって似たような景色をいくつもみているからだ。

「そう?不思議ね……大陸の西端まで行った時の街並みを再現しているのだけれど…」

 

「不思議かどうかは分かりませんけれど…」

 

私だって何百年も前の欧州は行きましたよ。まだこんな感じじゃなかったですけれど。

まあそれでもこの景色を知らなければ異世界と思うかもしれませんね。

これなんて書いてあるかわかっているんだろうか…

英語の筆記体で書かれたそれは素人目には何が何だかわからない。

「これなんて読むかわかります?」

メモに簡単な単語を書いてみた。さあなんて読むんです?

 

「マデジャパ」

 

made in Japanなんですけれど…

なんですかその新たなる言語…まさかここにある全部の文字わかってないんじゃ……

「いや、見たものをなんとなく再現しただけだから…」

言語の壁って恐ろしい。

 

 

「そう言えば貴女切られた腕はどうしたんですか?」

そこらへんにあった椅子とテーブルを持ってきて腰を落ち着かせれば、彼女が私をここに連れてきた理由を問いただす。この時期になって腕についてのことで話しておきたいことがある…絶対厄介ごとに決まっていますね。

「あーあれね…一応保管してあるんだけれど……ただ…」

ただ?何でしょうか…

「最近腕自体が意思を持って自立しようとしている…ですか」

 

「ええ、前から兆候はあったから封印して仙界に閉じ込めていたんだけれどね。これ以上は抑え切れそうにないの」

 

「どうするんですか。どう考えたって封印を破ろうとするものに良いヒトなんていませんよ」

ただでさえ封印は相手の人格に強い影響を及ぼす。それにしたいことができない状態に長い合間置かれていればそれこそ解放された時の反動は大きい。

溜め込んだ感情はエネルギーとなって現実を暴れ狂う。

 

「だから手伝って欲しいのよ」

私にですか?私なんかより巫女の方がこういうのは得意でしょうに…

「妖怪退治の巫女は?」

私は妖怪退治は専門じゃないので。

「パス。あの子には荷が重すぎるわ。最悪私は博麗の巫女を殺めかねない。今の幻想郷にとってそれは最もまずいものよ」

なんでそんな当たり前のことをみたいな目で見つめるんですか。私が手伝うことは全然当たり前じゃないですよね!しかも巫女が妖怪に関わるトラブルを解決しないでどうするんですか。

「霊夢が死ぬレベルは私も死に兼ねませんよ?」

 

「大丈夫よ。あんたはあんたが思っている以上に強い。それにあくまで手伝って欲しいだけよ。決着は私がつけるわ」

あ、あくまでも補助なのですね。だったら安心…というわけにも行きませんよ。だって巫女が死ぬかもしれないレベルの補助ってそれ補助と言わない。ただの殺戮戦争か何かだ。

 

 

「言いたくなかったんだけれど…博麗の巫女がダメなのは彼女が人間だから。私の仙界は人間だけ時間流が十数倍になる影響を受けちゃうから仕方がないの…逆に妖怪なら何にも問題はないのよ」

そうですか…まあそういうことでしたら手伝いますよ。恩義だってありますから。

でも……

「危なくなったら貴女を助けて逃げますよ」

 

「それは私が敗北することを意味しているわよ」

茨木さんの瞳が鋭くなる。他の方とは少し違うけれど彼女だって鬼だし四天王だ。それ相応のプライドを持っている。だけれどそのプライドは時に邪魔になることだってある。

「ええ……万が一です」

 

それで怒れる鬼の四天王がこの世に解き放たれる結果を生もうとも…

 

「指導者としては失格ね」

苦笑いする茨木さん。貴女だって結構そういうところあるでしょう。

「大を救うために小を切り捨てる決断をすることは私には出来ません」

実際大を救う為に小をボコボコにしたことはありますけれど……

「まあそれがあんたの良さでもあるんだけれど……」

そうでしょうか?ただの優柔不断。あるいはもっと良い方法があったのにそれを取らないピエロですよ。

「全員救うか全員諦めるかが?」

 

「ええ、そういうところね。そこで全員救う選択肢しかとらないところもね」

まあ、聖人でもなんでもないので全員を救うことはできないのですけれど…だってそうですよ。全員救えるのは聖人か…あるいはやばい人くらいです。

「全員を諦めたその選択をした証拠が残らないだけかもしれませんよ」

何せ目撃証言は無くなってしまうのだから。

 

「そんなことするほどあんたは冷徹じゃないでしょ」

 

「それはどうでしょうか…」

実際人の内面なんてわからないものですよ。表でニコニコしていても裏はものすごくえぐいとかよくありますから。

「そんなんだから勘違いされるのよ……」

 

 

話が途切れたタイミングで茨木さんが立ち上がる。

「……行くわよ」

そう一言声をかけられれば周囲にあった建物や床が液体のように歪み、ねじれて消えていく。移動の類いだろうか。あるいは空間自体が生きていて身震いをしているようだった。

「もうですか?」

 

まだお茶を飲んでいないのですけれど…というか作ってすらいないのですけれど。

「お茶なら終わってからいくらでも飲ませてあげるわ」

あ、茨木さんお茶の入れ方下手なんで指導します。今度ですけれど…

「わかりましたじゃあ行きましょうか」

 

その瞬間歪んでいた空間がきっちりと元に戻る。いや、映されている光景は全く別物であって元の風景の歪みがきっちり…まるでシワを伸ばされたシャツのように戻ったかと言われたらそういうわけではない。

 

 

それは小さな祠だった。

朽ち果てたとは言いすぎだけれども随分と古びた外見のそれは、恐ろしいほどの瘴気を放っていた。

 

「随分とまあ…溜まっていますね」

最初は薄かったのだろうし今も出る量は薄いのだろう。だけれど封印をされていれば瘴気は逃げ場をなくし一箇所に固まる。ガスとかと違いこれらは自然分解とはいかない。結果として凝縮されていったのだろう。

「ええ…どうにかしようとしたんだけれど結局こうなってしまったの……」

どうにか出来なくてこうなったのならかなり失敗の連続だったのですね。ここまでとは…

「……開けてもいいですか?」

どうせ決着をつけるのだ。私がここで言わなくても絶対に開けなければならない。それを知っているからか彼女も私が開けることには否定しなかった。

「慎重にね…」

わかっていますよ……

 

封印自体はかなりの毒です。瘴気だって濃いものは毒ですのでこの状況は猛毒を猛毒で縛っているという状態。

 

まずは上に付いているお札だろう。比較的綺麗な方だけれどそれでもかなり昔のものだ。退色が進んでいるそれを怪我をしないように引き剥がせば力のバランスが崩れたのか一気に全体が崩れ始めた。

 

私がゆっくりと扉の封印を解除した瞬間……

轟音を立てて扉が粉砕された。破片が周囲に飛び散り消滅する。咄嗟に横に跳びのいて直撃だけは避けた。

「へえ…やっと出られたぜ」

舞い上がった埃が消えあふれていた瘴気が拡散すると

茨木さんにそっくりな存在が確かにそこにいた。やや茨木さんより背が低くて……あっちも小さい。それに少し口調が荒っぽい。やっぱり荒れていたからだろうか?

「…チビ茨木さん」

つい口が滑ってしまう。

「ああ⁈誰がウルトラハイパードチビじゃ‼︎」

めちゃくちゃ怒られた。っていうかそこまで言ってませんよ。チビだとは言いましたけれど。

「そこまでは言ってないだろ!」

やっぱり身長とか色々気にするんですね。何だか可愛い……

うん、子供の時の茨木ちゃんってこんな感じだったのだろうか。子供時代が存在するのかどうかわかりませんけれど。

「本当にこいつ私の腕から再生したやつなの?」

本人にすら懐疑的な目を向けられてしまっていますよ。確かに性格も口調も全然似ていないけれど多分これは貴女の本質が純粋に体を持ったようなものだと思います。いやはや…普通の妖怪では体の部位が引きちぎれただけでは分裂なんてしないのですけれどねえ。

「ああ、そうだよ。正真正銘私はあんたから生まれた存在だ」

 

「じゃあ茨木2号で」

 

「まあ……悪くはねえが一号は私だ」

何だろうこの……少しパッとしないというか緊張感に欠ける雰囲気。言いたいことは私が本物だって言っているものですけれど…

「…18号でいいんじゃないですか?」

 

「おいしばくぞてめえ」

その言葉を聞きつつ私の体は地面に叩きつけられた。

既にしばいているじゃないですか。

過去形にしなさい過去形に……

 

結局私をしばいたのが決め手になったのか、一気に茨木さんが相手のチビ茨木さんに飛び込む。

私の動体視力が捉えられるかどうかの速度で蹴りと拳が交差しては衝撃波となる。

始まってしまいましたね。

さて、援護しますか。

とは言っても私が頭を上げた時にはかなり離れたところに行ってしまったらしく二人の姿は見えない。

 

 

「さてさて…どうしたものか…」

少しだけ目が細まる。目標は高速で動くあのチビ。

大丈夫?大丈夫……弾は持ってきてある。それも対鬼用の特殊な徹甲弾。

さあ、パーティーを始めよう!

 

腰から出した拳銃を構えようとすると、目の前で爆発。地面が大きく揺れる。

どうやら建物のようなものがまとめて吹き飛んだらしい。破片がこっちまで降ってきたでではありませんか。危ないですねえ……

でもこれでどこらへんにいるのかの見当がつきます。

手に握った黒いそれの安全装置を解除する。

ボタン一つで初弾が装填され、トリガーが引っ張られる。後は引き金をただ引くだけ。

目標は……見えました。

ズダン‼︎ズダン‼︎

引き金を引くたびに体を突き抜ける強い衝撃。

押し殺せない反動が腕を上に刎ねあげる。咄嗟にそれを元に戻せば、こちらに向かってくるのは背の低い茨木さん。その片腕が力なく垂れ下がっている。どうやら最初の2発のうち1発を食らったみたいだ。

私を脅威と見たのか突っ込んでくる速度は速い。でもそれは悪手です。

 

私に注意が言っている合間に背後を取った大きな茨木さんはチビを蹴り飛ばす。

そのまま何回か地面をバウンドし私の前まで転がってきた。

すかさず腕をとって関節を捻り押さえつけを開始。

 

「いででで‼︎離せえええ!」

 

「呆気ないですね」

 

「そ、そうね…でも純粋な力比べでは互角だったわよ」

 

じゃあ戦闘経験が圧倒的に少ないのとセンスがないんでしょうねえ。私の攻撃を食らって真っ先にこっちに突っ込んできていますし…

 

「離せよ!おい!くそおお‼︎」

 

すごくうるさい。

茨木さんもうるさいらしく顔をしかめている。

まあ後は話し合ってくださいね。これは私じゃないですから私は…ちょっと離れたとこで待っていましょうか。

 

両方の肩の関節を外し戦闘継続能力を奪ってから解放を行う。こうしないと不意打ちだと言って攻撃されかねませんし。

 

 

 

そういえばここから出る方法ってあるんでしょうか?




13.6ミリ徹甲弾を高圧高初速で放てる拳銃って基地外だと思います



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depth.162裏風神録 上

神は本質ではなく実存である。われわれは神については、霊的な体験に基づいた、象徴的なことばによってだけしか語ることができない。
ベルジャーエフ


この世界において絶対的なものといえばなんなのか……

この前仙界から出るときにそんな質問をされた。

 

似たような質問だったら閻魔さんとかにも聞かれるのだけれどその度にうまく答えることはできなかった。もしかして彼女達もよくわからないのかもしれない。

 

ある者は神というだろうしある者は花鳥風月だというだろうし……結局この問いに答えなんてないのかもしれない。あったらあったでそれを知っているのは絶対的な存在であったりするものでそれにとってはまさに自分のことを聞かれているのであるし…あるいはものではなく概念的存在かもしれませんけれど…

結局ジレンマになるのかもしれない。

私は私なりに答えを出そうと思っていますけれどどうにもしっくり来るものはない。

 

絶対的なものって…

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん今日が何の日か知っている?」

執務室でいつものように送られてきた書類を精査し、予算配分を決めていると背中に他人の体重が重くのしかかった。

こいしのこれは今日に始まった事ではないから気にすることでもない。いわんとしていることはわかっている。カレンダーを見れば今日は弥生の14日旧暦だからずれているけれど気にしないだろう。

「ええ、でも一般常識ではないでしょう。言っても何も出てこないわよ」

あのイベントはチョコレート会社が勝手に企画したものだし実際のものはただ愛を確かめ合ったりなんだりといった粛々としたものだろう。それに14日だからといってそれがどうしたというのが私たち。だってそんなの海を越えた遠い国の話なのだから。

「え……そうだったの?」

なにキョトンとしているのよ今までもこれからもずっとそうだったでしょ。レミリアさん達だってクリスマスは結構盛大に祝っているけれどバレンタインは祝っていないじゃない。悪魔がクリスマス祝って良いのかって思いますけれど…

そもそも一ヶ月ほど前の日には何も配らなかったじゃないの。それなのにお返しをねだるなんて無茶もほどほどにしなさいよ。

如月の14日が何もないのだから弥生の14日だって何もないわよ。

「うーん…そうだけれど」

 

それに一ヶ月前の日はそもそも祝うものでもなんもなくただの命日だかなんだかどうでも良いようなものよ。

 

「……お姉ちゃんの石頭」

石で結構よ。っていうか概念自体がないんだから仕方がないじゃない。それとも二人だけのパーティでもする?なんでもない日のお祝い。

「じゃあゲームでもしましょう。それで貴女が勝てたらお菓子をあげるわ」

お菓子といっても余りものに近いのだけれど…

いや…あげたわけじゃないですよ。でも天狗さんたちにもたまには差し入れしないとなあと思った次第でしてね。

大天狗さん達喜んでいましたし。それの余りが多少あるのですけれど…

「お菓子と聞いて…」

いきなり扉の陰からお空とお燐が飛び出してきた。

盗み聞きしていましたね。どうせどうやったら私からお菓子をもらえるかなんてみんなで考えていたのでしょうね。でなければ今年に限ってこいしがホワイトデーのお返しをねだってくるなんてないですから。そもそももらってないですし。

「みんなお菓子欲しいよね」

ねーじゃないですよ。そこの二人も便乗しない。

「たまにあげているじゃないの」

私が作った時だけですけれど貴女達が作ったものを配ったりしているのかどうかは別ですよ。

「特別な日のお菓子とか欲しいよね」

言い直すな。しかも特別な日って…あれですか誕生日ですか?

 

「私欲しい!」

 

「あたいもお菓子は欲しいかな」

お空もお燐も乗るな!乗るならバレンタインの時にお菓子なりなんなり作って渡せばよかったのよ!ホワイトデーにお菓子をねだるな!

 

「そこにバラの花があるからそれをあげるわ。一応欧州では花束をプレゼントするのが習わしらしいから」

バレンタインの話ですけれど…ホワイトデーなんて存在しないし。ほんとなんでもない日を祝うパーティですよ。

「お姉ちゃんの意地悪…じゃあゲームで決めようよ!」

こいし?それは私とあなたでサドンデスになる未来しかないわよ。

「でも大抵のゲームってさとりとこいし有利なんじゃ…」

ええ、心が読めるので体を動かさない…脳を使うゲームは大体成立しない。成立するとしたら体を動かすものか思考戦にならないゲームくらいだけれど……

「私にいい考えがある」

こいしの悪巧みな顔に少しだけ寒気がする。

「絶対ろくなことにならない」

 

「まあまあ、いいじゃないですか」

お空、貴女こいしの悪巧みが今までなにをしてきたか分かっているの?

知っている限りじゃ打倒妖怪を掲げる過激派組織の抹殺とアジト爆破、見せしめのために他の似たような組織に首をプレゼントしにいったり…

「にとりさんが作ったゲームがあるらしくてね!」

それってあれの事を言っているの?確かにゲームだけれど…でもあれはゲームとして作られてはいないはず。まあゲームですけれど…お遊戯としてのゲームじゃない。

「あーあの……」

 

戦術シミュレーションゲームだったかしら。

冷蔵庫より一回り大きい電算機を二つ三つ複列につなげたものとブラウン管モニター、コマンド入力のコントローラーで構成された一応ゲーム。できる内容は戦術シミュレーションの名の通り…それも二人プレイのみ。

電算機自体も大した容量はない。

それでも大人気である。主に天狗の参謀や戦術を研究しているようなもの好きから。

天狗は実際、有事の時には統制された軍と同じように動かなければならないからどこでどのように駒を動かせば良いのか…大天狗の戦闘指揮を行う方々は常に試行錯誤。それの手助けになるから思いついた戦術を試してみたいという理由でよくくるのだとか。軍隊戦術はあまり得意ではない…というより基本しかわからないのでなんとも言えないのですけれど…

「こいしあれできるの?」

あれよりも椛発案の将棋の方がまだ出来そうね。まあ私は将棋も下手だからよく負けているけれど…良くて千日手に持ち込むくらい。

 

「お姉ちゃんこそあれできるの?私は何回かやったことあるけれど」

あ、あるんだ…でもなんでえっへんってしているのよ。

「無いわね…でもそっちの方が楽しいか……」

 

「そうですね…物理的に距離があればさとりも能力は使えないし」

 

だから能力がなくても対処できるように日頃からしているんじゃないの。

 

でもあれ使えるのかしら…先客がいたらそっち優先だし天狗が山防衛の戦術シミュレートしていたら使えないし。

「いってみたらいいじゃん!」

結局こいしの一言で行くことになってしまった。

 

 

 

 

 

事情を話したらにとりさんは快く機械を貸してくれた。数刻前まで天狗達が使っていたそうですけれど…ちょうど良かったです。でも四人で同時にプレイすることはできないのでトーナメント制になった。

 

機械を挟んで向かい合わせに座る配置だからわたしやこいしの心読も使えない。ゲームとしては最適かもしれない。これでテトリスとかが使えればいいのですけれど……

 

 

 

 

 

結論から言えば、私の圧勝だった。お燐は戦術がよくわからず混乱しておじゃん。反対側で現在も呆然としているこいしも定石は完璧でしたけれど…その分攻略法を知っていれば簡単に崩せる陣形だったので楽でした。

「なんで負けたの……」

ああいった完璧な陣形は正面から崩すのは得策ではない。

「さあ?陽動に引っかかったからじゃないのかしら?」

実際陽動といっても与えられた兵力の三分の二。戦略的にはやってはいけないようなものだ。本隊の半分削られましたし…それにこいしがもっと早く意図に気づいていたら分散配置した別働隊なんて各個撃破される。

ある意味賭けに近い戦法ですよ。まあどこかの魔術師はこんな手を演習でやっていたようですけれどこれって結構バレますよ?気づかれないように別働隊を動かすなんてそれこそ天性の才能が必要なんじゃないですかね。

今回は素人だったし私も素人だったから出来たようなものだけれど…

 

疲れた…頭脳をフル回転させたから煙が上がりそう……もうこんなことしたくない。それに実践なら何千という味方を見殺しにして何万という敵をいたぶり、ねだやしにするのだ。正気とは言えない。こんなものよほどのことがなければ耐えきれるものではない…恐ろしいものだ…

「そんなああ……」

お菓子がもらえないせいか向こうでがっくりしているのが簡単に想像つく。仕方がない……お菓子も余っているのだしあげよう。

「プリンあげるわ…それでいいでしょ」

 

「ほんと⁈」

「え!いいんですか!」

「やったああ‼︎完全勝利!」

そう言った瞬間三人が歓喜の声を上げた。あの勢いはあれです…喜びの舞を踊りそうで怖い。

実際やらないだろうけれど……

お空だけ流れ変わった?どうでもいいか…

 

使い捨ての保冷剤が入った袋から人数分のプリンを取り出す。まだ少し余りますけれど気にしないでおきましょう。

 

渡せば嬉しそうに食べ始めるこいし達を見つめていれば、ニトリさんが袋の中を覗き込んでいた。もしかして保冷剤に興味があるのだろうか…

「勿論にとりさん達にも…」

まあ保冷剤は大した仕組みではないのでプリンを上げてごまかす。

だって断熱の袋と塩化アンモニウム、水があればできてしまうのだ。使い捨てだけれど…

「お、盟友は私にもくれるのかね?」

いつから私は盟友になったんだ。

「機械を貸してくれたお礼ですよ」

まあこんなもので穴埋めができるとは思えないけれど……

 

「外、騒がしくないかい?」

 

お燐の耳が左右に揺れていたと思えばそんな言葉が彼女から出てきた。

少し前からこんな調子だ。ただお菓子を食べている分には気にならないので放置していたのですけれどやはり気になるのだろうか……

 

「あーありゃ天狗だな」

にとりさんが天窓を覗きながら呟いた。

にとりさんの後ろから私も天窓を見上げる。

「そういえばなんだか騒がしいね」

黒い影が三つ…三角形の配置を維持して通り過ぎていった。

 

四人のデルタ陣形じゃないってことは偵察部隊だろう。

少しだけ地面が揺れているように思えてきた。

耳を済まして音を拾ってみれば遠くでは爆発音のようなものが聞こえている。まるで内戦に入ったかのような状態だ。

またどこか下克上なんてやろうとしているのだろうか…

実際山では小競り合い程度のことはよく起こる。下克上を夢見る妖怪が多いことなんのだ。

 

だけれどそれにしては様子がおかしい。

うーん?何かが起こっている?でも何でしょう……

あーそういえば……

 

 

 

神様が来る頃でしたね…

 

「帰るわよ。巻き込まれたら碌な事にならないわ」

すぐにに荷物を片付ける。ぐずぐずしていると天狗に見つかる可能性がある。それ一番厄介なのだ。この場においては……

「お姉ちゃんどうしたの急に」

 

「少し山は荒れるかもしれないわ。にとりさんも気をつけてね」

 

「おや、それは警告かい?」

 

「ええ、盟友への警告です」

 

「わかった。善処しておくよ」

彼女たちと関わってはいけない。関わればろくなことにならない…本能がそう伝えている。特にお空のことを悟られてはいけない。それはどうして?私の意思?だって神様は気まぐれで簡単に希望を壊す存在だから……

 

それを知っているのはあまり多くはない。いや、知っていても気にしないのだろう。

だけれど神様に逆らってはいけないなんてことは…絶対にないのだ。

ええ……だって神は普遍的存在では決してないから……

 

 

 

「……神様は人を救おうとした。だがそのたびに人類から神に反逆するものが現れた」

 

「お姉ちゃん何それ?」

 

「さあ?なんでしょうね」

 

さて、そろそろ本格的に対策をしないといけなくなりましたね。

 

部屋に続く扉が勢いよく開かれた。

数人の人影が勢いよく入ってくる。間に合わなかった……

 

「さとりさんこちらでしたか!すいませんがご同行お願いします!」

あー天狗さんに見つかるとこうなるから嫌なんですよ…ほんと……

確かにやっていることはなんら悪いことじゃないんですけれど…

「YADA‼︎」

 

「やだじゃないです!」

 

「じゃあ無理です」

 

「無理とかやだの次元じゃないです!外来からの神ですよ!」

 

それでファーストコンタクトに私を連れて行って相手の腹の中を探ろうというのでしょう。やれやれ使い勝手のいい駒だこと……普段は恐れたり忌み嫌ったりしている癖によく言いますよ。

「知っていますよ。日本神話にすら出てくる大物でしょう」

詳しい情報まではまだ出回っていないと思いますけれどこれくらいならもう出ているはずだ。

「なんで知ってるの⁇」

知っているからですよ。

「そこまでわかっているならどうして……」

「面倒だからですよ」

上から目線の相手ほど嫌なものはない。

 

「しかし天魔様が呼ばれているので……」

 

っち…ここで断ったら面倒なことになるわね。

仕方がない…行くだけ行って調子が悪いとか言ってかえろう。そうしよう…それか天魔さんの後ろでずっと縮こまっていれば面倒ごとにはならないならない。



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depth.163裏風神録 中

これは実話であり、公式記録、専門家の分析、関係者の証言を元に構成しています

さとり「ということはありませんので安心してください」


私が着いた頃には多少の小競り合いがあったらしく負傷した白狼天狗などが真反対の方に運ばれていっていた。まるでどこかの戦場を彷彿させる光景だ。

本当にこの先に行くの?どう考えても戦場じゃないですか。

さっきあれだけ爆発音していたのだからね。まあ仕方がない。それに弾幕ごっこなんて関係なしの戦いだったのだろう。

時々焼け焦げた不快な臭いと血の香りが鼻をくすぐる。嫌な匂いのはずなのに不快な気分にはならない。

 

まあ戦闘はもう終わっているらしくこれ以上の戦火拡大はなさそうだった。

 

そんな生と死の狭間だった空間を天狗に引率されて歩いていけば、向こうから見慣れた方がやってきた。護衛のためか柳君も一緒だった。

「さとり、きてくれたのか」

会いたかったよって抱きつくの止めてください。少し前にも会いましたよね。正確には57時間前ですけれど…

「ええ…まあ……」

それでも状況を鑑みれば苦笑いで返すしかない。

それにこれから彼女が行かなければならないのは敵の大将の前。精神的にも相当な負担になっているはずだ。なら少しでも精神的負担を軽くした方が良い。

私を抱いてそれができるのなら安い方なのだろう…でもやっぱり胸がもともとあるからか、晒しで押さえつけて隠していても触れればその柔らかさが伝わってくる。

母性ですね…

 

 

「状況は?」

抱きしめから解放されたのですぐに尋ねる。

いかんせん私の方は情報が不足している。この状態でほいほいついて行くわけにはいかない。

「空間の歪みで哨戒の白狼天狗2人が負傷。その後発生した戦闘で二個小隊が壊滅。幸いにも死亡したものはいない」

やはり信仰を大事にする神様だからこその対応だろう。これで死者を出していれば最初の印象は壊滅的。回復できても信仰を得るまでには時間がかかるだろう。

だけれど負傷のみに収めるのは殺すのよりも大変なはずだ。それをやってのけたのだ。さすが軍神とまで言われた存在。

侮れないですね……

 

「それじゃあ必要な人数もどうにか集まったわけだ。行くとしようか」

必要な人数って…貴女と私だけですか?

あ、いえ…他の方は先に行っているのですね。天魔直々のお迎えというわけですか…

 

案内人が天魔さんに代わってしばらく空の旅を楽しんでいれば、連山でいくつかの山が連なる空間に入った。

いくつもの山のなかでもやや大きめの山…その中腹に見慣れない敷地ができていた。

今はどうやら結界で囲んであり視認性が悪いものの、近づいていけばそれがなんなのかはっきりわかるようになっていった。なるほど…遠距離で発見しにくくする結界ですか。土地の真ん中には神社の本殿が堂々とそびえ立っていた。

建物の大きさは博麗神社より少し大きいくらい。構造も風化具合からしても結構新しい建物ですね。やはり現代まで残っていたということはそれなりに改良を施されているわけだ。屋根に付いているテレビ受信用八木アンテナがそれを物語っている。

 

近づいていけば何か風のようなものを体に受け…力が一気に抜けた。まるで風船から空気が抜ける時のようにあっけなくだ。

「神社に妖怪が入れるって事はそういうことですね……」

 

「性質的には似ているのかもな」

博麗神社に貼られている結界も似たようなものである。例外的に境界を弄れる紫やどこかの賢者のような方には性質を捻じ曲げられて通用しないようですけれど。

それでも力が削がれてしまい人間程度の身体能力しか出せないようですが…

まだ妖怪特有の馬鹿力を出せる博麗神社の方が良心的です。ええ……

 

 

 

「そちらがこの山の代表か?」

本殿奥…神様が祀られている場所に彼女は座っていた。胡座をかいて堂々としたその姿はまさに神…信仰を集める偉大なる存在だ。

一言喋り出しただけで部屋全体が押しつぶしてくるかのような重圧に押さえつけられた。

周囲に護衛で来ていた白狼天狗や大天狗が苦渋の表情をしている。私の体にも重圧がかかっているもののある程度想定していたので気持ちは楽である。だけれど声を出せるかと言ったらノー。誰一人彼女の問いに答えられる存在はいなかった

「ああ…天狗の長を務める天魔と申す」

ただ1人、気持ちも体も関係なく相手の威圧をもろともしない天魔さんを除いて。

一瞬で周囲の威圧が消え去る。天魔さんが跳ね飛ばしたのだ。

「そう硬くなるな。私は硬いのは嫌いだ」

そう言って笑っているけれど目は全然笑っていなかった。むしろ鋭さを増していた。

こりゃ…私がくるようなところではなかったですね。でも仕方がない。私はなすべきことをするまでです。

「…彼女は軍神…その隣はわかりませんが只者ではないですね」

素早く天魔さんに情報を渡す。もちろん心を読んだふりをしてですけれど。

少し遅らせてサードアイを展開。

「ふむ……神が来るのは珍しくないが…ここまで派手かつ攻撃的なものは初めてだ」

まあそうでしょうね。それも……幻想郷中の信仰を集めようという野心に溢れているのだからなおさらです。

 

あ…こっからはもう目立たないようにしておこ…でないと目をつけられかねない。

そんなことをすれば私経由でお空まで辿り着かれる可能性が……そうでなくても辿り着いてくるでしょうに……

まだ旧灼熱地獄の冷却装置強化は終わっていないのだ。

 

座れやと言われ腰を下ろした天魔さんの少し後ろ…陰になる位置に移動し様子を伺いながら気配を殺す。

長い話し合いが始まった……

 

 

 

 

まずいな…さとり相当不機嫌だ。

さっきまでは普通にしていたのに急に気配を薄くして隠れだした。

何に怒っている…まさか良からぬものが見えたとでもいうのだろうか?

 

いずれにせよあれでは良好な関係を気づくのには少し時間がかかりそうだ。言っていることは確かに良いことのように思えるのだが……

まあ、白狼天狗である私が考えることではないか。

 

「さとり様相当怒っていらっしゃいますね」

側にいた大天狗が悟りの様子が不機嫌そうに見えたので私に尋ねてきた。

 

「ああ…やっぱりか」

天狗社会がどう動くかは不明だけれど警戒するに越したことはないだろう。

さとりさんに逆らうように動いていくとすれば…最悪の場合決裂する可能性も高い。

迷うな……

軍神とさとりさん。仲良くなってくれれば良いのだけれど…

 

 

 

 

「……」

転移した土地の地主との話し合いは上々だった。話がわかるタイプで助かったな。信仰を集める上ではこれ以上血を流させるわけにはいかないからな。

「ねえ神奈子、どうだった?」

私の陰で何やらごそごそと偵察ごっこをしていた諏訪子が私の前に躍り出た。

「どうだったとは…ああ、警戒されているのは仕方がないとはいえ隙を見せなかったからな…まだわからん」

彼女は私の答えに不満げな表情をする。

「時間との勝負なのに?」

そうだが焦ったところでどうなるわけでもない。こればかりは慎重にやっていかなければ後が大変だ。それはお前が一番わかっているだろう。

「そういうお前はどうなんだ」

 

「どうなんだ言われてもねえ。私は私で面白い子を見つけたなあ…あれは」

諏訪子が面白いか…なかなか珍しいな。それにこいつの面白いはかなり使える。聞かせてもらおうか。

「ほほう……言ってみろ」

 

「あれは一種の呪いのようなものだよ。でも見方によっては加護とも言えるね」

呪いか…諏訪子と似た呪い…確かに面白い。うまくこちら側に引き込めればそれなりに利用できそうだ。

「似た者同士か」

だけれど私の言葉を諏訪子は否定した。

「そんなことないよ私はどっちかといえば毒に近いよ。上手に使えば武器になるけれど下手をすれば私自身もやられる。まあそんなヘマはしないけれどね」

毒か…確かに毒だな。

「そんなヘマするようならあの時あんたはもっと負けているさ」

結局勝ったのは私。だがそれはギリギリの戦いだった。少しだけ何かを間違えただけで勝敗は逆転していただろう。

「だろうね」

相変わらずの笑みだが…その裏に隠れているその力は恐ろしく強い。

「で…そいつはどんなやつだ?」

私が興味を持ってくれたのが嬉しかったのか嬉々として諏訪子は話し始めた。

「天魔の後ろに控えていたあのピンクっぽい紫の髪の子さ」

 

ああ…あのよくわからない奴か。確かに私に威圧にすら顔色一つ変えず終始天魔の後ろにいたが…説明はなかったな。おそらくかなりの実力者のはずだが……

「少し不確定要素が強いやつだ。気をつけてこちら側に取り込むか」

それに一度だけ目線があったが…妙にこちらを敵視していたな。

何故だ?私らはまだ何もしていないはずだが…

 

 

 

 

 

初会合から少しして、あの2人の神は何かをやろうと派手に動き回り始めた。やりたいことはだいたいわかっているのでそこまで慌てることではありませんけれど…それでもこちらの方に被害が来ないように接触は避けて今ではまたあまり家から出ないようにしていた。ただ、天魔さんに呼ばれてしまっては仕方がない。渋々変装を施して天狗の里に向かえば曲者と言われ一悶着。

それがようやく終わり一息ついたところだ。

「……天命に身をまかせるしかないのですね」

 

「何か言った?」

おっと独り言のつもりだったのですが聞かれてしまったようですね。失敬しました。

「いえ……近くないうちに博麗の巫女が来るでしょうが…その時は通してあげられますか?」

天魔さんは何故それがわかるのか疑問に思って首を傾げたようだったものの、すぐに表情を切り替えて私を見つめてきた。

「それは無理だな…面子ってものがあるし無断侵入に例外を作ってはいけないんだ」

それもそうだった。そんなことをすれば信用問題に発展しかねない。

「そうですか…わかりました…」

 

「ただまあ…気づかなかったら仕方がないな」

そう言って天魔さんは大きく笑った。貴女も相当悪い方ですね。

「……気づかないことに賭けましょう」

 

「そうだな…通る道が哨戒の穴だってことを祈ろう」

 

結局そんな話を交えて天狗は彼女らを受け入れる事を承認した。

とは言ってもこちらが承認する前にすでに向こうは動いているようですけれどね。

館で飼っているペット達の何人かが偵察を行ってくれている。ただ諏訪子もいるので結構遠くからの偵察に徹底させている。

ただ限界があるので向こうが何かをやっていることはわかっても何をしているのかまではわからない。信仰を集めるためとはいえ何をしているのだろうか。

 

 

 

結局そんなことを考えながら空を飛んでいれば勝手に高度が上がってしまったらしく肌寒くなってきた。

うう寒い……

少し高度を落とそう…それに家の方向ともずれていますし。

「あ…あれは…」

高度を少し落とそうとして下に視線を落とした時一瞬視界に何かが映った。

慌ててそれを追っていけば、特徴的な緑色の長い髪の毛を風にはためかせたしろと青の巫女服の少女が飛んでいた。初対面のはず…だけれど記憶は思い起こした。

「早苗さん?」

あの神社の唯一の巫女だった筈だ。それがどうしてこんなところまで…いえ、待ってください。

確かこの方位は…博麗神社だったはずです。ということは……

そうか…宣戦布告しにいくのか。

彼女の動きを理解して、状況を悟る。

早めにここを離れよう。私の姿を霊夢の前に晒すわけにはいかないのだ。絶対に……

ただ、霊夢がどう戦うのかがすごく気になる。

どうしよう…彼女がどう戦っているのか見たい…母親として?どうなのだろう…

だけれど諦めるしかないようだ……

危険は冒せない。

 

進路を変更して家に帰ろうとした瞬間……

「あ、さとり様!」

 

え⁈なんでここでお空の声が……

「本当だお姉ちゃん!」

 

なぜかこいしとお空の声が真下から聞こえてきた。

慌てて声の下方向に首を傾ければ、そこには確かに2人がいて…こちらに手を振っていた。

「2人ともどうしてここにいるの?」

 

「天魔さんのところへの挨拶!後にとりのところに行くの!」

笑顔でこっちに手を振るこいし。ああ…頭が痛くなってくる。2人に非がない分余計にだ…

しかしなんてタイミングの悪い…別の日だったら良かったのに…

このままだと2人は巻き込まれる可能性が高い。知っていながらそれを見過ごすことは私にはできない。

「ねえ…流石に今日はやめておいたら?」

「でも天魔さんにもにとりさんにも今日行くって言っちゃってるし…」

 

「さとり様も一緒に行きましょうよ!」

 

「そ…そうね」

ああ、お空そんなキラキラした目線で私を見ないで…お願いだから…

「一緒に行くわ……」

 

「わーい!さとり様も一緒だ‼︎」

どうにかして巫女と接触するのを避けないと…

「こいし、ちょっといいかしら?」

 

「時間がないから着いてから話して‼︎」

なんで聞いてくれないのよおおお‼︎



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depth.164裏風神録 下

一応こいしに巫女が来る可能性があるということを伝えておきたいのだけれどなかなか話を聞いてくれない。というよりお空との会話にまざることがなかなかできない。

そもそもなぜ霊夢がこっちに来るのがわかるのかと問われたらもう理由が言えない。

まさか知っているだなんて言えないし早苗さんが見えたからという理由でそこまで想像してしまっているとなればそれはそれで考え過ぎだと言われてしまう。結果、言い出せたとしても言えない。

「んふふ…反応が楽しみだなあ」

 

「どっちから先に行こうかなあ…」

るんるん気分の2人の気を害するようで悪いですけれど……これから巫女が来るんですよ。まずいですよ…色々とですけれど……

でも一応まだ時間はあるはずなのだ。多分だけれど……

それを考えたら天狗に方に行くのが最も良いかもしれない。

「天狗さんの方が良いかもしれないわよ」

だから私はそう答えた。これがどのような結末を呼ぶのかは私には分からなかった。

「お姉ちゃんがそう言うならそうするね!」

 

「天狗さんのところかあ…少し距離があるなあ…」

まあ距離があって当然ですよ。ただその分今こちらに近づいているであろう巫女と距離が取れるというものです。

 

心配ですねえ……一応霊夢が天魔さんのところに行く確率は無いに近いですけれど何があるかわからない。下手したら神社と間違えて天魔さんの方に行ってしまいそう。

原作知識なんてハナから当てにしていない。

現状考えうる最善手を選ぶしかないのだ。結果としてそれが最悪な結果を呼んでしまうとしても。

 

 

 

悶々としながらお空の後ろを飛んでいると、急に目の前で彼女が動きを止めた。判断が遅れて彼女の背中に頭から突っ込んだ。

痛い。特に首回りが痛いです。頭から突っ込んだせいで首に無理な力がかかったようです。

 

どうして急に止まったのだと聞こうと思って…先にお空とこいしが叫んだ。

 

「あ!文さん!」

 

「ほんとだ!」

 

文さん?まさか…お空の肩越しに前を見ればそこには天狗装束に身を包んだ新聞記者がいた。

珍しく天狗装束を着ている辺り何か特別な用事でもあったのだろう。

「あやや?これは珍しいですね!古明地一家三人と山で出会えるなんて…今日なんだかついています」

 

彼女がここら辺を飛んでいるのは偶然かもしれませんけれどあえて言わせてもらいます。文さん。どうしてここにいるんですか。

まずいかもしれません…このままだと……

 

いや、考え過ぎかもしれません。それに巫女が来るのはまだ早いということもあります。長居は危険だけれど少しなら平気かもしれない。

「お姉ちゃん顔色悪いけれどどうしたの?」

こいしが口数が少ない私に不信感を抱いたのか顔を覗き込んできた。

顔色が悪いのはいつものことでしょうに……

「なんでもないわ…なんでも……」

 

「そう?なら良いんだけれど…」

 

「さとりさんは溜め込むタイプですからもしかしたらまた溜め込んでるんじゃないんですか?」

文さん余計なこと言わないの。事実かもしれないけれどこいしが無駄に心配する。

「だよねえ…私もそう思う」

 

「私も」

お空まで…そんなに私心配かしら?それに溜め込んでないわよ。絶対誤解しているでしょ…

 

「……まあいいや。それより、今から天魔さんのところに行きたいんだけれど」

あちらから呼ばれる以外だと相当なVIPじゃないとなかなか近づけませんからね。

それに文さんは一介の烏天狗ですから近づくことは基本できないのですけれど…

「天魔様のところですか?」

ほら困惑しているじゃないの。ダメよ無理言っちゃ…

「うん、挨拶ついでに差し入れ」

そう言ってこいしは魔導書の収納空間から手提げを引き出した。

中に入っているのは円筒型の容器。

あ、それこの前私が作ったプリン。確かにまだ残っていたのですけれど…

全く…差し入れするんだったまた別のを作ったのに…

 

「へえ……でしたら一緒に行きましょうか?」

おこぼれ狙うつもりだ。この顔は絶対そうだ…

 

「さとり様のプリン食べたいの?」

お空ストレートすぎるわよ。

「ええ、できたら食べたいですよ」

本音隠す気ないんですね……まあ覚り妖怪の前だから隠すだけ無駄なのですけれど…

 

「んーまあお姉ちゃんと一緒なら顔パスでいけるんじゃない?」

 

「顔パス?」

 

「こいし様顔パスって何ですか?」

顔パスなんて言葉どこから出てくるのよ…ああ記憶からか……

「顔見せただけで通れるってことよ」

そう説明すれば二羽の鴉は納得したようだ。

 

 

 

 

あまりにも話に夢中になりすぎて周囲の警戒を怠ってしまっていた。だからすぐ近くに彼女達が来るまで気がつくことができなかった。いや、気配はずっと感じ取っていたのだけれどまだ大丈夫だと思ってしまっていたのが間違いだった。油断してはならないと言うのに……

「あら妖怪たちが集まって悪巧み?」

背後で絶対に聞こえてはいけない人の声が聞こえた。

 

「「霊夢⁈」」

お空とこいしの声が重なり、一瞬空気が凍った。

咄嗟にお空とこいしが私をかばうために霊夢との間に割り込んだ。

フードも深めに被っていたから即座にバレたということはないだろう。

彼女の反応から考えてもそれは明確だった。

「あんたどこかで見たことあるような…」

でもやっぱり怪しまれた。まあそうだろう……私は今変装していないのだから…

振り返ることはできない。だけれどいつまでも背を向けたままでは怪しまれる。どうしたものか……

「それより文、ちょっと奥行きたいんだけれどいいわよね?」

 

「目的は何でしょう?」

いつも通りの笑顔。驚いている私達とは対照的なものの、少し言葉の端に棘が見える。

「山に最近神社ができたでしょう。そこのやつが喧嘩を売ってきたよの!これは異変よ!」

 

なんとも無茶な理論だけれど彼女の言いたいことはわかる。だけれどそれと天狗の領域を通過するというのはまた別のような…

「それは…たとえ霊夢さんであってもダメです。いかなる理由があろうとも規則を捻じ曲げるわけにはいかないんですよ」

たとえ異変解決だったとしてもやはりダメなものはダメ。文さんだって天狗なのだからやっぱりそこらへんはきっちりしてた。

 

「それに……こちらも訳ありのようですからね!」

私の正体が霊夢のばれるのがまずいと察したのか文さんも私を守る方についた。正体を隠してくれて助かります。

「訳あり?」

霊夢の問いには答えず文さんがこちらにウィンクしてきた。任せろということなのだろう。

「三人とも早めに離れてくださいね」

なるほど…じゃあここはお言葉に甘えまして…逃げさせてもらいましょう。

あまり長引いてもバレるリスクは高まるだけですからね。ほら行きますよ。

 

「ちょっと待ちなさい!そっちのやつとは話したいことがあるのよ!」

生憎こっちは話しかけられるとまずいんですよ!

だから何を言われてても話すことはできない。

「霊夢どうしたんだぜいきなり!」

 

ことの推移を少し離れたところで見守っていた魔理沙が交ざってきた。

 

「彼の方のことは諦めてください!」

文さんが紅葉型の団扇を一振り。周囲に突風が吹き荒れ、2人の動きが怯んだ。

行けということだろう。今度お礼に参りますね!

すぐに動き出す。

私が動いたのとほぼ同時にこいしとお空も続いた。

風も狙ってなのか背中を押してくれて普段より素早く動けている。

なのに途中から私はこいしに引っ張られて森の中をがむしゃらに逃げ回っていた。

確かに高度がなかったからすぐ木々の合間に入り込んでしまったのは私のミスですけれどそれでどうにか撒けたのだから結果オーライかもしれない。

しかし完全に方向感覚が狂っているのかわけのわからない方向へ向かっていた。大丈夫なのだろうか…まあ飛べるから大丈夫か。

 

 

 

 

 

「っち…そうなるのね…」

さっきから行く手を阻まれすぎよ。天狗の脳筋達め…貴女たちに構っている余裕なんてこっちはないってのに!

それにあの子…会って話をしないといけない。そう勘が告げているというのに。

「貴女の目的はあの子ではないはずですよ」

目的を考えればそうだけれどね。

あのフードのやつのことになった瞬間あの三人の目つきが変わったし今だって文の目つきが全然違う。不安になってきたわ…

まあねじ伏せればいいだけだからやることは変わらないのだけれど…

「あんたには関係ないでしょ。私はあの子に個人的な質問があるのよ」

どこかで見たことある…というよりなぜあの子を見ると懐かしいという感情が出てくるのか…その理由を知りたかった。

「無関係というわけにもいかないんですよね」

無関係じゃない?じゃああいつは天狗ともそれなりの関係を持っているってこと?まあ今までの会話からその雰囲気が出ていたのだけれど…

 

「じゃああの子を諦めるから通して!」

諦めたわけじゃないけれど諦めたことにしておく。あとで偶然出会っただけということにしておけば良い。

「天狗の方針に例外はあってはいけないんです。まあ手加減してあげますから」

 

あああもう‼︎結局戦うんじゃないの!この石頭!脳筋!妖怪!

心の中で罵倒していたら弾幕の返答が帰ってきた。とっさに横に避けてことなきを得る。

崩れかけた態勢を立て直すために一度後退。本当に手加減しているの?全然そうには見えないんだけれど…

「霊夢大丈夫か!」

 

「魔理沙は黙って見てなさい!」

これは私の戦いよ!横取りなんて許さないんだから!

「……そうさせてもらうぜ!」

幻想郷最速だろうと弾幕ごっこでは負けない!

お札を展開させて弾幕を弾き飛ばす。本気で行かないとまずいわね…

「忘れていましたが私は戦いは得意じゃないので手加減が下手かもしれませんが許してください」

絶対に許さないから‼︎あとで焼き鳥にしてやるわ!

 

 

 

少女戦闘開始

 

 

 

 

お空の息が乱れてきたところで少し動きを止め休むことにした。背後から霊夢が追ってくる気配はないので完全に振り切ったとみていいだろう。

「あれ…ここどこ?」

ただ振り切る為にかなりの代償を支払ったと言える。

「適当に逃げ回ったせいでどこらへんにいるのか…わからなくなりましたね」

 

だけれど…周囲の地形がわからなくなるという事は本来ありえないことなのだ。実際ここに来て何百年。たまに天狗に連れられて山散歩をしていたから土地勘があるはずなのだ。それにもかかわらず周囲の状況が把握できない。それは本来ありえないことなのだ。

だとすればこれは何か?おそらく知らぬ間に迷わせる結界に足を踏み入れたのだろう。ここに来る途中で空気の層のようなところを通過した感触がある。

そういった結界は侵入を拒むタイプと違って感知することがなかなかできない。そも迷わせる性質上おびき寄せやすいように工夫されているものもある。

それに引っかかったのかもしれない。

ともかくそういう場合は動き続けた方が良い。止まっているより動いている方が結界から逃れられる可能性があるから。

 

 

 

「あれは神社?」

お空が何かを見つけたようで進行方向とあらぬ方向を見ていた。ただ神社という言葉からそこに何があるのかを嫌でも理解することとなった。

ああ…まさかこっちにきていたなんて…

確認する暇はないしそこに興味本位で行くわけにもいかない。

気になり始めた2人も手を引いてすぐにこの場を離れる。本来神社というものは魔を避けるために存在するもの。魔がそこに来ればどうなるかは誰だって想像がつくのだ。

博麗神社が例外なだけであってここもそうとは決して限らないのだ。

とことんついてない。早くここから離れましょう。ええ……

 

背後で足音がした。しかもすぐ近くだった。とっさに振り返る。

「おや?見慣れない妖怪ですね」

 

「だれ⁈」

 

振り返った先にいたのは、白と青を基調とした巫女服を纏った少女だった。

ついさっき…私が見た彼女である。

 

見つかってしまった……

一番見つかりたくない相手に…

 

「えっと…この結界に入り込んだということはつまりは敵という認識で大丈夫ですよね不用意に近づく場合対抗手段を取らせてもらうとあらかじめ言いましたから」

笑顔でとんでもないことを言っているけれどこればかりは仕方がない。あの神社は正規のルートを通って近づかないと命の保証はしないと言っていたのだから。

「お姉ちゃん……」

戦うしかないようですね。でも……

何故だろう逃げきれる自信がない。

なんとなく……監視されている感じがする。多分見ているのだろう…そして逃がさないつもりでもあるみたいだ。

 

「こいし…見られているわ」

 

「わかってる…でもお姉ちゃんとなら神様だって倒せるよ」

こいしはそう言って不安を押し切る。

 

「ありがとうこいし」

 



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depth.165裏風神録 解

早苗さん
幼い頃より2人の神によって徹底的に鍛えられている。なので純粋な格闘戦は高い。
しかも能力と合わせたら大変なことになる。


最初に飛び出したのはお空とこいしだった。

お空が前に出て…こいしが少し後退。

展開される魔術式。

魔導書に内蔵されていた無数の武器が出現し空間を埋め尽くす。

 

流石にお空が前に出ているから重火器は出されていないものの、それでも1人に使うにはかなりのものだ。

 

先に攻撃ができたのはお空。相手の顔をお腹の両方に拳を回す二段構えの殴り込み。咄嗟の判断で後退していた早苗さんの足元を払う。

移動中の状態は最もバランスを崩しやすい。あっという間に体が崩れ落ちようとして……そうはならなかった。

 

バランスの崩れた状態で彼女は真上にお札を投げつけていた。

こいしが癖でそれを迎撃しようと機銃を空に解き放った。

接触、爆発。

あっさりと迎撃されたそれは大量の白煙を吹き出して周囲の視界を一時的に奪った。

すぐにお空を回収するべく突っ込む。援護でこいしが機銃を撃つものの、煙幕で誤射が怖いのか途中で銃声が途絶えた。代わりに金属の擦れる音…剣を引き出したのだろうか。

それはおいておくとしてお空は……

視界不良でどこにいるのかがわかりづらいけれど分からないわけではない。

 

 

見つけた!

お空の腕を掴んでこいしのいる方に引っ張る。

最初こそびっくりしていたけれど私を確認してか胸を撫で下ろしていた。安心するのはまだ早い。視界が使えない状態では奇襲されやすいから…早めに煙から抜けようとする。

だけれど体を動かしたその瞬間腰に妙な痛みが走り気づけばお空ごと吹き飛ばされていた。

衣服が少し焦げ臭い。どうやら2人揃って弾幕を直でうけたらしい。ただ私は痛みが少ないから問題はないけれどお空はそうではなかった。腹への直撃が相当なものだったのだ。しばらくは動けそうにない。

気配の遮断は完璧なようですね。

って褒めているわけにもいきませんか……

 

こいしがリカバーで前に出る。その手には二本の剣が握られていて、鋭い光を薄くなった煙の中で放っていた。

 

何度かの剣裁きの音がして、2人がもつれ合ったままこっちにきた。

呼応するように立ち上がり狙いを定める。

お祓い棒一本でこいしと対等に渡り合えている……早苗さん強すぎるんじゃないんですか?

援護に入るために弾幕を展開したけれど遅すぎた。

振りかぶった隙を突かれこいしがお祓い棒で叩かれた。体勢が大きく崩れる。同時にお腹を蹴り飛ばされボールのように跳ね飛ばされた。

私の中にどす黒い感情が芽生えかけるのを必死に抑え、弾幕の追加を行い早苗さんの追撃を防ぐ。

「うむむ……やっぱりこれを使ってみますか!」

 

丸いボールのような形状の黒いものが投げつけられた。

周囲に飛ばされたいくつものお札。

さながら手榴弾のようだと思った私は悪くはない。

 

脳が処理する前に体が拳銃を抜いていた。

13.6ミリ弾がお札の運動エネルギーを消しとばし破壊力が紙を引きちぎる。

自身に命中するものを全て排除。同時に弾が切れた。

「きゃ!」

だけれど迎撃できたのは私だけのようだった。

もとよりお腹という急所を思いっきり蹴り飛ばされているのだ。普段から鍛えていて腹筋が装甲になっている鬼だって衝撃で時々ダウンを取ることがあるのだ。2人が耐えられるはずはないし私だって痛みがある程度のところで感じなくなるこの体じゃなければ痛みで動けない。結果として躱すことも迎撃することもできなかったお空とこいしは体のいろんなところにお札を貼り付けてられていて身動きが取れそうになかった。

あっという間に2人が行動不能にされてしまった。

 

これは異常だ……いや、彼女に限って言えば異常は正常になる。

時に異常なことは奇跡と呼ばれることがある。神の御業…奇跡だと…

彼女の能力を考えれば当然だろう。

対策無しは流石にまずかったかもしれない。時すでに遅しだけれど…

 

「流石対妖戦のプロですね。どこでそれを習ったんですか?」

 

「そりゃあ神奈子様に決まっているじゃないですか」

急に元気に喋り出した。2人のこととなるとすごく嬉しそうですけれど見逃してくれそうにはありませんね。

「良い方に稽古をつけてもらいましたね」

 

「あ、わかりますか!そうですよ!2人はとてもすごいんですよ!」

本当に敵対しているのかというほどのんびりとした会話。緊張感がないといえばそれまでだけれど巫女相手に油断はできない。

でもまあ……

 

「実戦経験は乏しいようですけれどね」

経験の差は大きいですよ。

「その糧になってください!」

いやです!

牽制射撃をしながら片手でお空とこいしを縛るお札を引き剥がす。

無理に引き剥がそうとする者を攻撃する仕組みになっているのか…左腕から白煙が上がっていた。

焼けるような痛みもしていたから…多分爛れているのだろう。気にしている暇はない。

「お姉ちゃん…」

 

「さとり様…手が」

気にしている余裕はない。

「2人ともこの場での直接戦闘は不利よ」

どれほどか知りませんけれど少なからず結界の影響で弱体化している。

さっきから傷の治りが遅いし…貴女たちがそれは一番わかっているでしょう。

 

ようやく2人の動きを封していたお札を剥がし終える。

こちらの拳銃を警戒してか近寄ってはこなかったようです。やはり現代人には弾幕より脅威に感じるようです。まあそうでしょうね。

 

「2人とも大丈夫?」

 

「大丈夫…じゃないかな…」

腹部への打撃が思ったより強かったらしい。動けるようになった途端お腹を抑えてしまっている。でも蹴りだけでそこまでなるだろうか……

いや…もしかして…

「その下駄…もしかして」

 

「あ、わかります?これ打撃用の下駄なんですよ。もちろん普段は麻縄で縛って魔除けの術式も組み込んでいますから」

そこまでします?いや私とお空に二段蹴りした時にだいぶ重たく感じたんですけれど…

「下駄なのに⁈」

 

「この前地面に罠が張ってあったから危うく引っかかりかけたんですよ!だからまた同じことが起こらないようにということで妖対策したんです」

過保護…まあ確かに地雷のように作動する罠ありますしその下駄が有効なのもわかりますけれど……

だけれど蹴られた側はたまったものではない。簡単に言えば硫酸まみれの鈍器で殴られたのと同じだ。しかもお腹。

 

仕方がない。動ける私がどうにかしないといけない。

スペルカードを切ってもいいけれど持っているのはごっこ用。実戦用のスペルカードは持っていないしそもそも作っていない。

 

 

動きを封じるお札が迫ってくる。

素早く回避。2人から意識を逸らさせるために能力を利用し、意識をこちらに向けさせる。同時に2人から距離を取る。

普通ならこいし達の方を先に叩こうとするけれど、早苗さんは見事私の方に来た。

戦闘経験があまりないのだろう。まあそれもそうか。

 

木を盾にしながら必死に動く。回復したこいしが弾幕を展開して注意を分断してくれる。お陰でなんとかなった。

お返しに弾幕を浴びせるものも、うまく躱されてしまう。というより奇跡のように当たらない。なんだこれ……

だけれど当たるときは当たる。私も彼女も…

お札と同時に彼女から同時に放たれた弾幕をバックステップで避けた瞬間、真横に殺意を感じ動きを止めてしまった。それがいけなかった。

回避不能、直撃。

とっさに前に出した右手でお札を受け止める。右腕から硬直が体を蝕んでいる。仕方がない…

身体中が動かなくなる前に腕を斬り落とす。二の腕から先が地面にゴトリと音を立てて転がった。

どうやら向こうも1発直撃していたようだ。でも服が少し焦げている程度だ。戦闘への支障はなさそうだった。

「う……まさかそんな……」

周囲に飛び散る血を見て早苗さんの顔色が青くなる。

「腕の一本や二本どうということはないですよ」

 

その手に持っているお祓い棒も邪魔ですね。それ接触すると溶けるんですよ体。それに弾幕の展開も基本それを介して行なっているようですし…

いやあ恐ろしい恐ろしい。

 

やはりここは接近した方が良い。

お空達は動ける程度まで回復したとはいえ内臓破裂している可能性がある。戦闘継続は無理と判断。

地面を蹴り飛ばし一気に接近。だけれど私の動きに対処されてしまう。

早苗さんがお祓い棒で横にスイング。体をそらして強引に回避、もちろん続けざまに蹴り。膝で押さえつけて強引に塞きとめる。

 

格闘戦…というより相手の動きに合わせて防ぐというところだろうか。

だけれど仕方がない。このまま遠距離で攻撃していてもなぜか攻めきれないのだ。よくわからないけれど……

だからずっと迎撃していた。

蹴りを出されそうになれば直前で防ぐか躱し、拳を突きつけられても手でいなす。お祓い棒だって手を集中的に攻撃してなるべく使わせないようにした。

だけれど限界というのはあって……限界を越えればもちろんどうなるかなど明白だった。

「あ……」

焼けただれていた左腕が彼女の腕を弾き損ねた。

お祓い棒がまっすぐ私のお腹に向けて突き出される。

向こうも想定していなかったのだろう。多分私が腕を叩いた時に変な方向に力がかかってしまったのだろう。

 

「さ、さとり様‼︎」

 

「お姉ちゃん……」

2人の声が遠く聞こえる。そして肉と、どこかわからないけれど内臓が貫かれるくすぐったいような痛いような感覚が身体中に走る。白かった紙は真っ赤に汚れお祓い棒自体も血を吸ったのか木目が赤く浮き出ている。

痛覚がすぐに遮断され思考回路の圧迫が治る。状況整理。

お祓い棒が体を貫いた。

体から力が抜ける。

 

「やった!」

やったじゃないですよ…そこで慢心しては…まだ甘いですよ。

「まだですよ……」

たかが腹を貫かれただけ、それも小さなお祓い棒でだ。貫通したところもお祓い棒の性質が働いているのかすぐに体を溶かし傷口の止血に役立っています。だから大したことはない。

 

彼女の肩を掴み体を引き寄せる。想定していない動きをされれば人間は一時的に何もできなくなる。

元々穴の空いてた体が早苗さんの二の腕まで飲み込み、手ごとお祓い棒を体の中から取り除く。

お祓い棒とは比較にならない太いものが体を貫き、引き裂かれた内臓や動脈から血が吹き出す。痛みを感じていなくても体から体温が奪われている感覚はある。失血が酷くなると意識だって失われる。

「あ、貴女なんてことを!」

早苗さんの顔が真っ青になっている。自分の腕が体を貫いたのだから仕方がないだろう。彼女だって年頃の女の子なのだからね。

加工前の吊るされた豚肉を人肌まで温めてそこに腕を突き立てるようなものですから……

 

 

「2人とも逃げなさい!」

軽傷とはいえ負傷している2人ではこのまま戦っても負けるだけだ。多分ここの戦いに介入している存在がある可能性がある。そうでなければ三人いるのに対抗できていないなんてことはありえない。この時点ですでに逃げるが勝ちなのだ。

「でもっ‼︎」

私のことを心配してくれているのだろう。

体の抜けていた力が戻る。早苗さんを吹き飛ばし強引に引き剥がす。あまりにもショックだったのかお祓い棒が背中の方で落ちる音がした。

お腹の傷が開いたけれど仕方がない。

 

「早く逃げなさい!」

少しふらついたものの問題はない。風が少し冷たいだけだ。全然問題ないことをアピールする。穴が空いているけれど…

私もすぐに逃げますからね!

 

お空が無理矢理こいしに引っ張られ森の中に連れていかれた。すぐにその姿は見えなくなった。

「……本気なんですか?」

 

「生憎、私達は迷い込んだだけですから」

 

「そうですか…でもダメです。結界に迷い込んでしまった以上例外を出せばそれに続く妖怪が出てしまいます」

未だに真っ青で腕が震えているけれどそれでも立ちはだかりますか…いい心意気です。

「ええ、ですから命からがら逃げおおせたということで手を打ちましょう」

 

「……信用できません」

なら逃げるだけです。

 

閃光弾。一つではなく二つ三つ…爆発と同時に大音量と閃光を放つこれは言うなればスタングレネード。一時的に視界と聴覚を奪う。もちろん対処はしたから私は聴覚がやられただけで済んだ。

「きゃっ‼︎」

反転。

一直線にその場から逃げる。

 

すぐに木々が私達の合間に入り込み姿を隠していく。

 

さて、たとえ早苗さんから距離を取れてもこの結界内部にいる限り迷い続ける。

ただ、こいしはこういった結界をよく突破する。理由はよくわからないけれど彼女いわくこういう結界特有の弱点をつけばいいのだそうだ。

だからこいし達を追いかければ私もこの結界から抜け出せる筈だ。追いかける手段?勘でどうにかなりますよ。

傷の修復も始まっているし問題はないはず…

 



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depth.166裏風神録 祭

脳に響き渡るのは私の息遣いと駆ける足音。

血を失いすぎたのか視界が歪み始めた。

背後から彼女が追いかけてくる気配はない。それが唯一良かったと言えることだろう。

一歩一歩が重たい。空を飛べなくなったのがついさっき。妖力がそこをついたのかただ単に回復に回しているからなのか今では足元すらおぼつかない。

 

それにいくら体が再生すると言っても短時間で血を失い過ぎれば失血性ショックにだってなる。

 

体が寒い…これはいよいよまずい状況です。

今までこんなことは…あ、一度だけフランと戦った時にありましたね。

でもここまでひどくはなかった。傷口が止血される前に流血を防いでいたものを抜いてしまったからだろう。

だけれどあの場合仕方がない。

それでも唯一こいしの行ったであろう方向と、こいしが危険を冒してまで残してくれた妖力痕を辿りに森の中を歩いていけば視界が急に開けた。

 

完全にぼやけてピントが合わない視界が明るさで白く潰される。

ようやく目が光になれたところで、少しだけ周囲の様子が理解できた。

目の前にはひときわ立派な建物が建っていて……

 

視界が回転する。失いかけていた体の感覚が地面に私が倒れたのを教えてくれたものの、それを理解する前に私の意識は途絶えた。

 

 

 

体が軽い。最初に思ったのはそれだった。

死んだというわけではないだろう。いくらなんでも私の体があれで死ぬとは考えられないしあれで死ぬのであればもっと早くにくたばっている。

ということは生きているということだ。まあ珍しくもなんともないだろう。でもどうしたことやら……

もしかしてこれは夢で目を開ければ覚めるのではないだろうか?

目を開けてみる。

 

いきなり意識を覚醒させたからか目に飛び込んできた明かりを処理できず視界が白くなってしまう。少しして正常になった視界を頼りに周囲の状況を確認してみる。

知らない天井ですね。何度か似たような天井は見たことありますが……

「目が覚めたか」

視界の外で誰かの声がした。一瞬誰だと聞こうと思ってその声が誰なのか思い出したから言うのをやめた。

「……ここは……いえ、どれほど寝ていましたか?」

ここはどこ?と聞きかけて質問を変えた。隣にいるのはあの軍神…神奈子さんなのだ。ここがどこかなど一瞬で理解できた。

次に体を触ってみる。腕自体はしっかりと動くらしい。どうやら特に包帯を巻いたりというのはないらしい。出血も止まっているからか、体にこびりついた血が黒く変色し固まっていて、私が動くたびにボロボロこぼれ落ちた。

「倒れているところを見つけてからまだそんなじゃない。30分も経っていないさ」

どのような感情が入っているのか…相手はどのようなことを考えているのか…能力を使いたくもなったけれど相手は神様。あまり相手にするべきではない。

まあ素直に今は喜んでおきましょう。

 

「そうですか……」

体の方は相変わらずですがだいぶマシになった。これなら家に帰るくらいは保ちそうです。ふらふらしているのに変わりはないのですけれど……

それに時間も30分しか経ってないとなればまだ霊夢はここにきていない。くる前に退散しましょう。

 

かけられていた布団をめくって体を起こす。痛みが全身に走ったものの、そこまでのものではない。痛覚の遮断も相まって大したことはなかった。

 

「動かない方がいい」

それでも一瞬痛みに顔でもゆがんだのかもしれない。

心配してくれているからなのだろうか?それとの今ここで動かれて倒れるのが嫌なのだろうか…サードアイは隠しているからわからない。

体を起こして周囲を見ればどうやら縁側に面している部屋らしい。何もない…客用の簡素な部屋だった。

布団の隣にいた神奈子さんの表情は驚きに近いものだった。確かにこの傷で動こうというのは異常かもしれません。ですが霊夢に会うわけにはいきませんから。

「心配ご無用です」

ただ一言こう言っておくことにしよう。

「まあそう言うなら……私は止めないがな」

無理に止めようとはしてこなかった。まあこれから博麗の巫女がやってくるのだから私にかまっている時間はないのだろう。

それでも私の側にいたのはもしかして気を使っていたからだろうか?

「それはありがたいです。今度お礼しに行きますね」

お礼…やはり普通にお饅頭でももって行こうか…それとも節分に合わせておはぎでも作ってもって行こうか……

一瞬部屋の隅に別の気配があることに気がついた。それはこちらをみていて…でもその存在がなかなか視認できない。というより感じ取れない。不気味な存在だった。

「貢物か。ならばその時じっくり話し合おうではないか」

振り返れば彼女は笑っていた。その笑みはなんだか怖くて信用のできないものだった。

でもそれは大賢者やトップである存在がいつもする笑みだったのでそこまで怖いとは思わなかった。信用はできませんけれどね。

 

「ええ…ゆっくりと話し合いましょう」

決裂にならんことを……

ついでだからなにを話すのか聞いておけばよかった。まあ…たわいのないことだと思いたいです。

傷口が開かないよう注意しながら飛び上がる。そう遠くないところで霊夢の気配がした。まっすぐではないけれど確実にこちらに近づいている。

間一髪と言うべきだろうか……

いやそうでもないか。

高度を上げていた体がガクンと下がる。

おっといけない…体を支えるのだけでも精一杯でしたね……

力のほとんどは回復に回していたのだ。仕方のないことだ。

 

ゆっくりと飛ぼう……

 

 

「やはり異質だな」

開け放たれ、やや肌寒くなった外気を部屋に入れる入口となった襖の先を見つめながら神奈子はそう呟いた。

「妖怪として見ればかなりね。私たちから見てもあれは異形の部類に入るね」

そのつぶやきを拾ったのは陰で一部始終を見ていた諏訪子だった。諏訪子の隠蔽は完璧だったが…途中でバレていたぞ。意識がそっちに向いていた。

「そもそもあの状態で生きていられる事自体がおかしいのだがな」

お腹に大穴。片腕をなくした状態だ。出血多量とショックだけでも死にかねない。体というものは案外脆いものなのだ。それに縛られる魂も同様にして。

「呪いだよ呪い。生に縛られた呪い」

なるほど呪いか。そうであればあの状態で生きていられるのも納得である。

「あいにく私は専門外だからな」

どういう原理かはわからないが…ありゃ敵に回したら面倒だ。倒せないことはないだろうがああいうのはなにをしでかすかわからない。死にとらわれない存在がいかに恐ろしいかは身をもって体験したからな。

「呪いまで専門にされたら私の居場所が消えちゃうよ」

ちゃらけたように彼女は笑った。こっちは笑えんさ。

「よく言うな。お前なら私が呪いを専門的に扱うようになったら別のもので対処するだろう」

 

「そうだねえ…手始めに信仰を奪いますか」

しれっと冗談のようなことを言うが彼女の場合は全然冗談に聞こえないから困る。

「おいおいここで神の戦いを起こすつもりか?そりゃ勘弁願いたいね」

最悪山二つ消えることになるな。なんて被害計算をすれば目を瞑りたい。昔はともかく今それをやるととんでもない。

「私もだよ。でも外の世界でやってもいいんだよ」

ああ…そりゃ確かにいいかもしれない。

「そりゃいい。カルト教に染まった奴らをついでに吹き飛ばせる」

まあそんな事をすればあの世から苦情が来るだろうな。死人に口なしとは言えあの世の奴らは結構言いたい放題だからな。

 

この話はやめよう。考えただけで頭が痛くなる。

「しかし…見たことない種族だな」

 

「だよねえ…あの子なんの妖怪なんだろうね」

 

 

 

 

後ろからお姉ちゃんがしっかりついてきているのか。それを知る術は私には無かった。

やろうと思えば出来るけれどということは多い。だけれどそれをするには準備が必要だったし今からできるようなものではなかった。

 

「こいし様……さとり様は……」

 

「大丈夫だよ。お姉ちゃんなら心配いらないよ」

 

心配するお空をなだめながら飛んでいたからだろうか…それともさっきまでの戦闘の興奮が覚めないからだろうか?私はとんでもない見落としをしちゃっていた。

空で飛んでいるとかなりの速度が出ているからまだ大丈夫って言う感覚はあてにならない。それはお姉ちゃんに最初に教えてもらったものだったのに……

「あらあんたたち……」

やば…鉢合わせちゃった……

「げ…霊夢!」

今から木々の合間に逃げるなんて間に合わない。

「何よその反応!ってフードのやつがいないじゃないどうしたの」

不機嫌そうに私達を見る霊夢。でもそっちこそ魔理沙の姿がないんだけれど……

「えっとね…はぐれちゃった。そっちも魔理沙がいないけれど」

 

「……魔理沙とは別行動よ」

別行動?そうなんだ……魔理沙はどこにいるんだろう。弾幕ごっこなら魔理沙の方が楽しいのになあ。

「それでどうする?なにもしないならこのまま通り過ぎたいんだけれど」

戦わずに済むのならそれに越したことはないからね!

平和的解決が一番だよ!

 

「そうね……でもこっちだってそれは嫌なのよ。あの子に聞きたいことがあるし」

でもそういうわけにはいかなかった。

スペルカードを取り出して戦闘態勢に入っちゃった。

おかしいなあ…普通この流れなら戦わないで先に行くと思うのに。

「普通戦わなくない?」

 

「あんたらが守矢とつながっていない保証はないし…あのフードの子について教えてくれるかしら?そしたら見逃してあげるわ」

それは無茶なお願いだよ。ほらお空だって流石にそれはダメって首振ってるよ。

うん、ハルノートみたいなものだね。それか継続戦争の講和条約とか。

 

「うーん…困ったなあ……」

腕を組んで大げさにジェスチャー。あー困った困った。

八方塞がりだし……

あ!そうだこの手があった‼︎

「じゃあ逃げようか」

 

「そうだね逃げようか」

お空の同意も得られた。ならばやることは一つ‼︎

来た道を戻る。ついでに高度も下げて飛ぶ。向こうが見失いやすいようにやれることはやらせてもらうよ。

「逃がさないわよ‼︎」

やっぱり追いかけてくるかあ…仕方がないなあ。このまま神社まで引っ張ってそこで振りほどこう。

 

弾幕が背後から迫ってくる。

お空と息を合わせてこっちも弾幕をばらまく。

私の青みがかった弾幕とお空のオレンジ色の弾幕が交ざり合って壁となる。

これで振り切れるかと思ったけれどそうそう甘くはない。

弾幕の壁に極太レーザーが穴を開けた。

うわ…さすがお姉ちゃんを師にもつだけああるねえ……しかも足も速い。

 

 

 

 

 

 

ああ…フラフラする。流石に三十分だけじゃだめでしたでしょうか?でもそんなことはないから多分気合の問題。

 

風が舞い降り、目の前に人影が現れた。

視界をあげる気力もないので少しうつむいたまま…顔を合わせず通過しようとして声をかけられた。

「……お、さっきのフードの…ってなんだその怪我‼︎」

ああ…魔理沙さんでしたか。霊夢は一緒でないところを見ると……別行動のようですね。

「魔理沙さん?」

でものんびりとはできませんからここは素通りすることにしよう。

「おいおい流石にそれはねえって‼︎こっちこい!今治療……」

でも私の体が気になったのか血相変えてそばに寄ってくる。いや…確かに初めて見る人にしてみれば大怪我でしょうけれどこれ全然大怪我じゃないですからね?二、三日…まあ一週間あれば治りますからね。

「結構です」

事情を知っていればこんな傷大した事ないのだ。

「結構って言ったって……あ?お前どこかで見たような……」

そういえば魔理沙とは何回か顔を合わせていましたね。昔の記憶でしょうけれど昔のそういう記憶ほど覚えている場合が多い。

気づかれる前に退散しましょう。

 

「あ!おい待て‼︎」

 

「いやです。それに、貴女達にはやるべきことがあるのでしょう。ならばそれをやりなさい……」

風でフードがめくれ上がってしまう。ああ…顔が見えてしまうじゃないですか。

「お前…まさか」

 

その言葉を聞くのと同時で私は空を駆けた。

いくらなんでもここで私を追いかけてくる選択は向こうはとれなかった。

実際彼女の本来の目的とは真逆の方向ですからね。やれやれ……

 

今ので随分と体力を使ってしまった。

まあ家に着くまで保てばいいのだから……ね……

 

 

 

 

「さとりが負傷したと聞いたが……それはまことのことか?」

薄暗い室内に天魔様の声が響く。

「間違いありません。神社の監視についていた白狼天狗からの情報です」

 

「そうか……あのさとりを負傷させるか……」

 

「後で報復攻撃を行うしかないようだな……」

殺意を抑えるのに大天狗が苦労したとか何とか。

 



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depth.167裏風神録 後

私という存在はこの世の中で必要なのだろうか……

よくすべてのものに意味があるとあの閻魔さんは言っていましたけれどそれ自体がよくわからない。

誰の記憶だろうか……

 

覚り妖怪というのは必要ないと閻魔に言った少女がいたその彼女は…覚り妖怪だった。私と同じ髪の毛で…ほぼ同じ身長で……

 

それに対して閻魔さんはなんと言ったのだろうか…まあ確かに、覚りという種族自体存在する意義があるとしたらそれは必要悪としてなのだろう。

必要悪ってなんなのだろうか……

 

「……?」

どうやら気を失っていたようだ。魔理沙を振り切ったところからどうも記憶がない…その前後で気を失ったのだろう。

誰かの背中……背負われているのだろうか。

歩いている時の振動はしないから空を飛んでいるのか止まっているのか……目を開けてみないとわからない。

でも匂いで誰の背中なのかはわかる。血の匂いを強く感じてしまう鼻ではあるけれど、それに混じって流れるこの匂い……

「あ、目が覚めました?」

お燐だった。

眼を開ければ、黒色のドレスと彼女のうなじが見えた。

しかしお燐は地底の方にいたはず。作物の収穫を手伝うとかなんとかで幽香さんと一緒だったのでは?

 

「いやあ胸騒ぎがするから気になってこっちに来てみればこれだよ。さとり、お説教だよ」

語尾からして怒っているのだろう。彼女が怒るなんて珍しい。というよりどこか周囲の者は皆他人のような気質を振りまいているからなのだろうか。実際違わないし正論なのだけれど。

 

「お燐にお説教される日がくるなんてね」

私自身説教はよくされましたけれどなぜ怒るのか理解できない。結局心を見れば皆最終的に大事なのは自分ということになるのに……私が私の体をどう使おうと勝手ではないのだろうか……それとも見せかけなのだろうか?

覚り妖怪という種族をどこか勘違いしているのだろうか?

 

「あんたは大馬鹿だよ…」

前を向いたままのお燐がそう呟いた。

性格破綻者の方があっていると思いますよ。まあ大馬鹿であるのは否定しませんけれど。

 

「そうですね…大馬鹿です」

 

「なんで否定しないのさ……」

何でと言われても……

「事実ですから……」

彼女は本心で心配してくれている。だけれど私はそれが分かったとしてもどうしていいのかわからない。結局…私はどうすればいいのか全くわからないのだ。

心は読めても、どう対処すればいいのかまではわからない。そんな存在なのだ。

言葉が続かない。気まずい沈黙が流れる。

「……家には向かっていないのですね」

こちらから切り出して見ることにした。

「まあね……永遠亭行きだよ」

そうなるのが普通なのだろう。そういえば久しく顔を出していませんでしたね。せっかくですし挨拶回りということで……

「そう……別にその必要はないのに……」

お腹は相変わらず風穴が空いているのか冷たい。

それでも回復に力を回せているからか治ってきてはいるのだ。同じく腕の方も……

「なんでさとりは体を大事にしないんだい?」

 

「そうでもしないと何一つ私は……護れないんです」

弱いですから…弱いのに守るべきものが増えてしまった……そんな人ですからね。

「あたいらにも守らせてください」

そうね……でも貴女たちだけじゃ限界があるでしょ……時々こいしや貴女を見ていると危なっかしいのよ。

考えなく突っ込んで無茶をして…下手をすれば死に直結しかねない。私だって似たようなものですけれど私は死に直結する場合は全力で逃げますし回避します。

勘違いされやすいですけれど……

 

「ん……」

意識がまた朦朧としてきた。眠気が襲ってくる。

「また寝るのかい」

そうしましょう…大丈夫です。永眠なんてことはないはずですから。

少しだけ首を動かして肯定の意味を伝える。やれやれと呆れた声が帰ってきた。

髪をなびかせていた風が収まった。同時に地面に降りたらしく落ち葉を踏みしめる音と心地よい振動がさらに眠りを誘ってくる。竹林の中だろうか…鳥のさえずりが時々聞こえる以外ほとんどお燐の足音でかき消される。

 

「おうい!道案内のやつよう出てきておくれ」

何だその妙に訛っているんだか訛ってないんだかよくわからない声は。

普通に話しかければいいじゃないですか。

しばらくじっとしていると、お燐のとは違う…別の人の足音が聞こえた。誰だろう……

残念ながら足音だけで誰かを正確に特定することは私にはできない。気配でならできるけれど今は体が弱っているからかそれすらできない状態だった。

 

目を瞑ってしまっているのが悔やまれる。まあ今更開けようとも思えないのだけれど。こうして意識が保っていられるのも後わずかですし。

 

「ああいたいた。すまないけれど永遠亭までお願いできるかい?」

 

「おいおい、背中のやつ大丈夫か?」

この声…妹紅ですね。お久しぶりです。

気管に血が逆流したからちょっと喋れないですけれど……

「大丈夫じゃないからこっちに来ているんだよ」

そりゃそうでしょうね。大丈夫だったら今頃……家ですから。

「そうだな…仕方がない。ついてこい」

少しだけ間があいた。

もしかして妹紅さんは悩んだのだろうか?それにしても随分落ち着いている。私が結構頑丈だっていうのは分かってるからなのだろう。実際そんなものなのだ。

「助かるよ!」

 

その言葉を聞いているうちにまた眠気が襲ってきて、再び意識は水中に沈んでいった。

 

 

 

必要悪だというのならそんな概念破壊する。

誰かの言葉だった。

 

この世の中が神の名の下に全て平等であればそれはそれで平和なのだろう。だけれど平和の状態しかないというのでは平和というのがどういうものなのかという概念自体が消えてしまう。概念が消えれば平和も消え、故に平和が成り立たなくなる。

神様はきっとそれを拒んだのだろう。神のお陰で平和がある。神の下での平和な世界…その概念を維持するには平和を壊すものが必要である。それが必要悪……

だとすれば人類や…ましては妖怪にすら忌避されている覚りという存在はきっと全てから必要とされる必要悪なのだろう。

であればだ…その必要悪が取るべき行動とは何か…平和を壊すこと。

 

だから彼女は必要悪を消そうとしたのだろう。

私はそれを理解できたし共感さえもした。ただ、世界はそれを望まない。そりゃそうだ。悪が必要で、それでいて成り立つのが世界なのだから……

 

 

 

 

再び目を覚ました。とは言っても今度は柔らかい何かに包まれているという違和感があったので体の方が睡眠を拒否したというものだ。

目を開けてみれば木目がはっきりと見える屋根があった。

「……永遠亭ですか」

体に被せられていた布団の感触が肌に合わなかったらしい。上半身を持ち上げたらすぐそばに誰かいるのに気がついた。向こうも私に気づいたのか振り向いた。

あ、どうも。

いえいえこちらこそ。こんな挨拶まがいのやりとりが無言の部屋で交わされる。

「起きました?今師匠を呼んできますから待っていてください」

そう言って私のそばを離れていったのはうさ耳を生やした少女だった。なぜワイシャツにスカートなのだろう。

まあいいや…興味ないですし。

それにしても随分と慌てていましたね…いや怯えているといったほうが正しいかもしれない。まあ仕方がないだろう。

 

被せられていた布団をどけようとしてその手を動かすのを止めた。

何で私服着てないんですか?

 

私の服は入り口の近くで吊るされていた。お腹のあたりに大穴が空きその周りは赤黒く変色している。うわあ……確かにあれじゃあ着せたままにはできませんね。

 

そんなことを思っていたら襖が開いた。

「おはよう。眠れたかしら?」

永琳さんが素早く私のそばに近づく。なんだろうこの人瞬間移動しました?それとも私の視界に異常があるだけ?どちらでもいいか……

「おかげさまでぐっすりです」

実際どれほど寝ていたのかはわからないけれどお腹の傷はもうとっくに治っているし失ったはずの腕もかなり治っている。だとすれば二、三日といったところだろうか。

「ちなみにどれくらい寝てました?」

 

「ほんの二日よ。傷の割には大したことなかったわね。容体もずっと安定していたわ」

 

「じゃあ患者としてやりやすかったわけですね」

 

「まあそうね……そこまで意識がはっきりしているのだったらもう大丈夫ね。お腹の傷ももう治っているし、腕はまだ手首から先が未修復だけれど明日明後日には治っているはずよ…貴女が一番わかっているでしょう」

まあそうですよね。どうせここに担ぎ込まれても寝かせておけばいいと思ったのでしょうね。

「今日帰るのは……」

別にもう身体に異常はないのだもう帰ったって問題はないだろう。

「流石に精密検査をさせてちょうだい。後、姫様がたまには話したいと言っていたから」

なるほど、輝夜さんがねえ……

まあいいですよ。でもこの状態だとサードアイも布団の中に隠さないといけないし…服一着借りたいですね。

 

「服あります?」

下着は本当に下だけ穿いていたけれど上ないんですよね。まあ普段上つけませんから。

「あいにく貴女の体型に合う服は無いわよ。大きいサイズはあるけれどどうする?」

なんで無いんですか。普通用意しておくべきでしょう!

「じゃあそれで……」

でも無いと言われてしまったからには仕方がない。少しだけ永琳さんの顔がにやけているように見えたけれど気のせいだろう。

 

 

 

 

 

渡された着物に袖を通してみるとこれがまた大きいのなんの…腕の長さの2倍くらい袖があるし丈だって身長よりはるかに長い。10歳の子供に大人用のLサイズを着せているようなものだ。

下手をすると肩からはだけてしまう。

まあサードアイがしっかり入るのだから良いのだけれど。

 

大きすぎる着物に私が苦戦していると勝手に襖が開かれた。一声かけて欲しいのですけれど……

でも襖を開けたのが誰なのか理解した時点でそんな文句はどこかに吹き飛んだ。というより言えない。

 

 

「こうして顔を合わせるのも久しぶりね」

ほんとうにお久しぶりです……

部屋に入ってきたのは輝夜さんだった。ほんわかとした笑みを浮かべているからただ純粋に話をしたいだけだろう。ならこちらも肩の力を抜く。無駄に構えていても無駄なだけですから。

「そうですね……姫さま」

 

「それはやめてって言ってるでしょ」

苦笑いを浮かべながら輝夜さんは私の側に腰を下ろした。長い黒髪が膝の上に乗っかる。

「そうでしたっけ?」

忘れてました。じゃあ輝夜さんにしておきましょう。

「そうよ。まあいいわ。前はゆっくり話せなかったから……今日くらいは色々とお話ししましょう」

とは言っても何を話せばいいのやら。こうして面と向かいあっても話題は出てこない。

「そうですね…何から話しましょうか?」

結局こんなことしか言えない。

「変化があったこととか…私達がここで変化を止めていた合間に何があったのかとか…お土産話は得意でしょう」

なんですかそれ。私は別にお土産話し得意じゃないですよ。

「それほど得意ではないですよ。それに私は話をするのが下手ですし……」

実際問題あまり話し上手ではない。種族柄なのでしょうか。

「いいじゃないなんかあるでしょう貴女のことだから…ああそうね。あの吸血鬼とも何かあったんでしょう」

あの吸血鬼…レミリアさんのことでしょうか?それくらいしか思いつきませんけれど。

「あー確かに何かありましたね」

あったと言っても本当に色々あったから話の話題にはできない。

 

「どうせそのとき無茶でもしたんじゃないの?」

どうしてそんなことまでわかったのだろう。思わず輝夜さんを見つめてしまう。今の私は豆鉄砲を食らった鳩なのだろうか…表情は全く変わっていないから多分伝わっていないでしょうけれど。

「観測していました?」

 

「半分くらいかなあ…でも直接関わったわけじゃないから詳しいことは知らないわ」

直接かかわらなければそんなものなのだろうか。

でも観測したということはもしかしてそれに関するいくつかの分岐も彼女には見えていたのだろうか。

それら含めて観測だから。

 

「せっかくですから話しましょうか」

 

「ぜひお願いね」

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん大丈夫かなあ……」

部屋にこいしの声が虚しく響く。さとりを永遠亭に送ってからずっとこれなのだ。やっぱりさとりには体を大事にしてもらわないと。

「大丈夫だと思いますよ。むしろ貴女達の方が大丈夫だったんですか?巫女に追われたって言っていたじゃないですか」

 

「なんとかなったよ!あの緑の髪の巫女さんと鉢合わせしたから擦り付けてきた」

 

「えげつないねえ……」

 

「普通じゃない?だってお姉ちゃんに仕込まれてるんだよ?」

たしかにさとりに仕込まれているのならそういう手もありだね。



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depth.168 裏風神録 続

異変解決後にやることは決まっている。

もちろん宴会。しかも今回は私の神社じゃなくて守矢の方で出来ることになった。さすが神様ね。太っ腹!

普段から異変を起こす輩もちゃんと見習ってお酒とか食べ物をちゃんと用意しなさいと思っちゃうわ。

 

お酒も美味しいしラッキーね。

 

お酒とおいしい食事を満喫していると異変の元凶である神様…確か御柱を使う方が近づいてきた。

 

「何か用?神様の有難いお言葉はもう聞き飽きたわ」

 

「いやいや。流石に酒の席でそれはしないさ」

 

「そりゃそうか。じゃあなんで来たのよ」

 

「なに、幻想郷を好きだってことを勘違いされたくなくてな」

なんだそんなことか。もう十分わかったわよ。あんたらだって悪意があるわけじゃないんだから。ただ独りよがりというか…流石日本神話の神様だなって思ったわ。

「別に勘違いなんてしていないわよ。ただやり方とかが気に入らなかっただけ」

信仰を独り占めなんて私が出なくても土地に住む八百万の神は反対するに決まっているわ。まああんた達からすればちっぽけな存在かもしれないけれど人によっては大事な神様。それに信仰がなければ彼女達は消失してしまうから尚更ね。

 

「そうだがな……おや、どうやら私はお邪魔らしい」

私の周囲を二体の人形が周回している。確かこれアリスのところの人形だったわね。一体何かしら…人払い?

「いや邪魔なのはこいつらよ」

 

だけれど私の周囲から人を払いたいという意思は確かに伝わってくる。

アリスから何か用かしら?

 

御柱の神様がまたどこかに離れていった。まああっちが良いのなら別に良いのだけれど神様を追い払うって罰当たりじゃない?

 

「なあ霊夢…一つ聞きたいことがあるんだが……」

 

 

 

 

 

 

思い出せないことがこれほどまでに辛いこととは思わなかったぜ。

もしかしたら酒の力を使えば思い出せるかもなんて思ったけれどやっぱりダメか。

思い出そうとしているあのフードの少女の名前を未だに思い出せないでいる。

確か幼い頃霊夢に付き添っていたってのは覚えているんだが、なにせ幼い頃の記憶だ。研究に没頭しすぎて忘れちまったぜ。

参ったなあ……

 

それにあの少女気づいたらいなくなっていたってイメージしかわからん。

異変が終わったのにモヤモヤしっぱなしなのはまったくもって嫌なもんだ。

 

そういえば先代の巫女についても分からないことが多い。

まあ巫女なんて興味がないやつにとっちゃいつの間にか代わっているなって程度にしか思えんし。結局私も先代の巫女に関してはあまり関心がなかった。覚えてなくても仕方がねえな。

 

うーん……せっかくの宴会の席なのに素直に楽しめねえ。やっぱり霊夢に言うべきか?だがあいつ身内の話はあまり話したがらないからなあ……

 

「どうしたの魔理沙。さっきからずっと顔伏せ唸ってるけど」

おっといけね…流石に心配させちまったか?

顔を上げればそこには私と同じ金髪の魔法使いがいた。相変わらず人形みたいな肌だよなあって余計なこと考えちまう。

「おうアリスか。いやな……思い出したくても思い出せないやつのこと考えてた」

 

「誰それ」

そう言ってアリスは私の隣に腰を下ろした。鼻につくお酒の匂い。私も飲んでいるがまだ一口二口だ。ここまで酒臭いのは私じゃない。アリスめ、結構飲んでるな……

顔色が変わらないから分かり辛いぜまったく…

「一瞬だったからあまり詳しい特徴は覚えられなかったが全体が桃色で毛先にかけて紫色になる長い髪の毛の少女だ」

 

「あーなんかいたようないなかったような……」

 

「いやわからないのならいいんだ。霊夢に聞けばわかるはずだから」

ただ聞いてくるなって雰囲気があるからなあ……

「じゃ聞いてきなさい。丁度霊夢の周り誰もいないわよ」

そう言われて霊夢の方に目線を移せば蓬莱人形が人払いしていた。

おいおい…あれはどうなんだぜ…って思ったけれどまあいいか。せっかくアリスが人払いしてくれたんだちょっくら言ってくるか。

「おうそうか。じゃあ悩んでても仕方がねえ!ちょっと言ってくるわ」

 

「いってらっしゃい」

 

霊夢の周りは見事に蓬莱人形達が人払いをしていた。これなら心置きなく話せるな。

「なあ霊夢…一つ聞きたいことがあるんだが……」

 

「何よ改まっちゃって」

改まっているか?普通だと思うけどなあ。

「毛先が紫色の桃色ロングの少女知らないか?」

その瞬間霊夢の表情が変わった。いやもう真っ青って感じだったぜ。

「っ……あんたどうしてそれ知っているの?」

なんでそんな睨むんだよ。何かいけないこと聞いちまったか?

急変した態度に少し引いてしまう。

ただ、それでも怒ったりすることはなく淡々と語り出した。

「あのね魔理沙。巫女は人間でなくてはならないの」

あ、いやまあそれはそうだろう。巫女は人間側の存在だからな。でも私は別に人間じゃなくたっていいような気もするがそこはいろいろあるのだろう。

「そりゃそうだが……」

そう言うと今度はブツブツ独り言を言い始めた。

「……私が退治したはずなのに……」

退治?そういえば身内を退治したとか言っていたな。まさかそれと関係があるのか?

「霊夢?それはどういう……」

 

そこまで言いかけて私と霊夢の間に黒い何かが飛び込んできた。

それは尻尾が二本になった黒猫だった。

そいつは霊夢の手から盃を奪って駆け出した。

「うわ!なんだこのっ‼︎」

挙句私の腕にキックを食らわせて来やがった。このやろう。

「ちょっと私の盃返しなさい!」

 

「猫も酒が飲みたいみたいだな!」

逃げ出す黒猫に弾幕を放つ。だけれど酔っているからかうまく当てられない。

くそっ人混みの中に隠れやがった。あれじゃ弾幕はうてねえ。

「知らないわよそんなの!盃なら持参しなさいよ‼︎」

 

「ちげえねえ!」

軽口を叩きながら黒猫を追いかける。

ただ人混みの中じゃあっちの方が素早い。まともに追いかけて追いつけるはずがねえ。

ただ舐めちゃいけないんだぜ。

地上を追いかけるのができないなら空から探せばいいだけだぜ!

 

って箒がなかった!やっべ神社の中に置き去りにしてた。

箒の呼び出しっと……

 

まあ私がもたついているうちに先に飛び上がった霊夢が先回りする道を教えてくれたから箒が来る前に先回りできた。ただ油断はできない…

 

目の前に盃を咥えた黒猫が飛び出た。

だが先回りしていた私を見て方向転換。引き返そうとするけれど霊夢がそれを許さない。

さて逃げ場はないぞ。おいおい霊夢殺意満々で威嚇するなって…それじゃあ怖くて返すもんも返せねえって。

 

「ほら猫ちゃんそいつを返すんだぜ。大人しく返せば怒ったりしないからな」

 

「そんなんで返すと思う?」

 

やってみなきゃわからねえだろ。

あ、ほら地面に盃下ろしたぜ。だから言っただろ。

 

「まあいいわ…あんたはどっかいきなさい」

霊夢が黒猫を手で追い払う。じっと私と霊夢を交互に見つめた後その黒猫は諦めたかのようにその場を後にした。

 

悪戯好きな猫も困りもんだぜ。

おかげで酔いが覚めた。

 

 

 

 

 

 

黒猫が落とした盃を拾う。宴会の中心からは離れているから周囲に人はいない。さっきより話しやすい環境ね。まさかそうなるように猫が仕向けた?そんなことないか……

だとしたら色々聞かれる心配もなさそうね。

「魔理沙…さっきの話の続きだけれど…その少女のことは忘れて」

 

「どうしたんだよ急に……」

 

「あれは私の問題なの。それにそいつは多分偽物よ。だって私が退治したんだから」

それは間違いないはず。片足しか残らないほど吹き飛ばしてしまったのよ。助かるわけないわ。紫も死んだって言っていたし……吸血鬼なら別だけれど母さんは覚り妖怪。それはあり得ない。多分ね……

 

「退治って……だとしたら他人の空似ってこともありえるが……」

ええ、それか……ある種の擬態とかをしている妖怪の可能性もある。どっちにしてもそんなやつ許すわけにはいかない。退治するまでよ。

他人の空似だったら酌量の余地はあるけれど調べないとわからない。

「調査くらいはするわよ。ただ……あんたは知らなくていいわ」

 

妖怪が巫女をやっていたなんて…認められないわ。だから紫に頼んで人間の記憶を改竄してもらったというのに……

それに姿を偽っている奴だった場合は許すわけにはいかない。

ただもしそれが本当に彼女本人だったら……

なんでそんなことを考えてしまうのだろう……

その時はちゃんと話し合いましょう。妖怪だったとしても一応は私を育ててくれたのだから。

その上でまた退治をするかどうか決めればいい。

 

まずは魔理沙が見たその少女の詳細を聞かないといけないわ。話はそこからよ。

 

 

 

 

私が座っているところに黒猫が舞い戻ってくる。

その猫はすぐそばまで来てその姿を人へ変幻させる。周囲の喧騒の中でひっそり…誰にも気づかれない見事な変幻だった。

「まずいね…霊夢に感づかれたよ」

人の姿に戻ったお燐が耳元でそう呟く。

「知っていますよ。まあ時間の問題だとは思いましたけれど……」

ここからでもあの騒ぎは見えた。その前後関係もだいたい想像がつく。

「どうするんだい正直に言うのかい?」

それは無理ですよ。

今だって普段の姿を隠すために変装をしているんですよ。

「生きていたなんてわかれば何をされるか分かったものじゃないわ」

 

「だろうね。また退治されるんじゃないかな?」

私の青い髪の毛が風でたなびく。

「じゃあ緘口令を出さないといけないですね。私も…またしばらく地下に引きこもりましょうか」

小声での会話。もちろん内容は聞かれていない。

「まあ…エコー達は喜ぶかもしれないね」

 

「やっぱり業務大変だったのね」

なにかと地霊殿のトップは仕事が回ってきますからねえ。ただのハンコを押すだけじゃないんですよ。

「というより人員不足です」

 

「そりゃそうでしょうね……」

業務できるヒトそんなにいないですから。まさか犬や猫にさせるわけにはいかない。

 

私の目の前に誰かの影が落ちる。

お燐と揃って顔を上げればそこには博麗の巫女が仁王立ちしていた。顔に影があるとどうも不機嫌に見えますね。もうちょっと笑顔の練習をしましょう?私の言えたことではないですけれど。

「ねえあんた……」

 

「うげ…霊夢」

お燐、そんな嫌そうな顔しないの。機嫌損ねたら大変よ。

「……私ですか?」

 

「……そこの黒猫の飼い主?」

どうやら私の正体には気がついていないようですね。まあそれもそうか……前回の変装をさらに強化したのですから。

といっても主なところはいつもの変装と変わらない。青みがかった黒髪と無理な関節伸ばしで稼いだ身長。猫耳と尻尾は妖力で再現。

一応目の周りを赤くしたりしているから猫じゃなくて狐のように思われるかもしれない。ついでに少しだけ錯覚を利用して目の色とかも擬似的に変えている。

ちなみに誰1人として私を見抜くことはできていない。

「ええそうですよ」

お燐なんでヒヤヒヤしているの?堂々としていればバレないわよ。

「さっきそいつに盃奪われたんだけど」

あ、これ怒ってますね。でも宴会の場だから抑えている……爆弾じゃないですか。お燐なんてものを作ってるんですか。

「それはそれは…うちの猫が失礼しました」

 

「…今回は許してあげるから気をつけなさい」

ええそうします。と答えてお燐を正座させる。

うんこれなら余計に怒ってくることもないでしょう。

「ところであんた紫髪の妖怪知らない?」

あら…私のことですかなんて口が裂けても言えるはずがない。他のところから漏れる可能性もありますけれど…妖精とか妖精とか妖精とか。

「私にそれを聞くんですか?」

 

「いいじゃない。きつねこなんだからそれなりに情報持ってるでしょ」

いつからきつねこは情報屋になったんだ。というかきつねこってなんだ。まさか狐と猫のハーフなのか⁈まあ親が妖狐と化け猫ならあり得る話ですけれど…

「知りませんね。近い方ですとレミリアさん。でも彼の方は青に限りなく近い色ですし……あ、仙人さんとかそうじゃないんですか?」

と言うより霊夢は私に何を求めているのですか…

「あれは桃色でしょ。まあ知らないんだったらいいわ。邪魔したわね」

 

「いえいえ…あ、飲んで行きますか?」

 

「そうね。せっかくだし」

お燐が慌てたように私の肩を叩いた。

どうしたのかしら?

 

何やってるんですか!バレますよ!

 

平気よ。むしろあのまま追い返した方が危ないわよ。

 

うん、この場合こっちの選択肢が正解なのだ。

 

「いやそれより2人とも知り合いか?」

魔理沙の横槍が入った。まあ会話だけ聞いていれば知り合いのように見えますよね。

「「いえ(いや)初対面よ(です)」」

 

「じゃあさっきのやりとりなんだったんだよ…」

 

「半分は勘、あとはノリね」

 

 





霊夢も母親がわりだった存在を退治したなんてこと噂されたくないですからね。
乙女の心は繊細なのです。


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depth.169妖精大戦争 上

ずっと部屋にこもっていると世間の情報が遮断されて世捨て人のような感覚になる。

まあそんなものは感覚だから実際はどうかわからない。

それに業務をしていれば自然と閉ざされた空間でもいろんな情報が入ってくる。

まあその大半は地底の話なのだけれども。

それと地上には一応霊夢に私のことを伝えるなという緘口令を出させてもらっている。理由はもちろん伝えていない。それに人の口に戸は立てられないので

一部妖怪や妖精から存在が露呈しかかっている。

ただそういう妖怪はそもそも意思疎通が無理な存在だったりするので霊夢に漏れる心配はあまりしなくていい。

問題は妖精の方なのだけれど、妖精の言うことなので霊夢も真には受け止めず私に擬態した存在がいると確定させた程度だ。それがどこにいて何をしているのかまではわからないようだ。

 

警戒はしているけれどそこまで問題にすることはなさそうだ。幸い変装していればバレることはなかったので頻繁に会わなければこれからもバレることはないだろう。

ただ問題はそれだけではない。

 

旧都の業務を行うついでにそれとなく探りを入れていた紅魔館の方で動きがあったらしい。

月に行くロケット計画がここに来て大々的に報じられるようになった。

それに使用するロケットも殆どが完成したとの事だ。

まあそれくらいなら問題はないのですけれど……絶対あの馬鹿私も巻き込む可能性がある。

 

というのも、昨日紫が私のところに来て気になる事を伝えてきたからだ。なんでも月の住人は原理不明の望遠鏡で私をずっと監視しているらしい。

ただ実際のところは監視ではなく興味本位で見ているといった意味合いが強いのだとか。

一体全体どうしたらそんな情報を入手できるのやら。もしかして紫は月とコンタクトをとったんですか?

 

「あくまでも予想よ。それに望遠鏡については十年前向こうから手紙で送られてきたの。さとり、貴女の動向を観測する目的で使用しているから幻想郷自体に害を与えるつもりはないってね」

 

と言っていたが本当なのだろうか……もう絶対それ信用できない。むしろ私を監視する名目で幻想郷がまた何かしないように監視したりでもしているのだろうか。

あるいはそれらを使い幻想郷移住計画が実行するとか。ありえそうだから怖い。

 

そういえば地上はもう冬でしたね。たまには家の方にも顔を出しますか。

丁度手元の作業も終わったので席を立つ。ほぼ同じタイミングで扉がノックされた。

偶然ではなく待っていたようですね。

「……お茶お持ちしました」

エコーが入ってくる。メイド服も今では完全に馴染んでいてもうメイド妖精と言っても過言ではない。

「ありがと…そろそろ地上に一回戻るから後何かあったらよろしくね」

そう伝えたら急に顔を輝かせた。なんだそんなに私がいるの嫌だったんですか?いやそうじゃないですね……

「三ヶ月間こもりっぱなしで心配してたんですよ。最低限体洗う以外寝ているのか寝ていないのかもわからないですし」

 

「寝てないですね」

もうかれこれ三十徹です。それでも眠くならないし疲労も感じないから問題はないと思いたい…

っていうかもう年明け近いのですけれど……

そういえば来てましたね。お餅買う予算とかお酒とか…あとはしめ飾りや門松制作費まで来ていましたね。

意識の外だったので忘れていました。

 

 

 

廊下を歩いていると角でばったり鬼の四天王2人に出くわした。

「なんださとりじゃねえか久しぶりだな」

久しぶりですね勇儀さん。

「よっす!」

 

「よっす」

 

「なんだその会話…お前らいつの間にそんな仲になったんだ?」

 

萃香さん暇になるとしょっちゅう執務室に入り込んできて色々とこちらに絡んできましたからね。まあそんな事をしていれば自然とこうなりますよ。

でも書類手伝うって言ったのに字読むのに疲れるって…やっぱり鬼は根本的に書類仕事向いてませんよね。

ええ、絶対力で解決するタイプです。

 

「今から風呂か?」

 

「いえ、一度家に帰って…年越しの準備でもしようかと思います」

 

「準備って今日30日だぞ」

え……それほんとですか?やばくないですか?

 

「……気づいてよかった」

 

「ほんとだよ多分このまま仕事してたら年越してたっていう珍事が起きかねないぞ」

いやそれは流石に無いですよね勇儀さん。そうなる前に誰か止めるんですよね?前だってたまに止めに入ってたじゃないですか。

 

え…なんでその…もうワーカーホリック治ったんだから止めなくてもいいだろみたいな目で見てるんですか?仕方ないじゃないですかワーカーホリックなんで仕事してないと落ち着かないんですよ。

家に帰れば多少は収まりますけれど……

 

「なあさとりあんた私が来た時いつも仕事してたけれど…寝てた?」

萃香さん真夜中でもたまに来ましたよねえ。酔っ払った状態で来ないで欲しかったのですけれど……

 

「一ヶ月ほど前に寝た記憶はありますよ」

珍しく頭痛だったので三時間寝てました。ただそれだけ……

 

「さとり、今からあんたの家についていく。寝るまで監視だ」

 

「ついでに年越しもやっちゃおうか」

 

え…なんですかそれ私の同意なしですか?って勇儀さんなんで私の首根っこ掴むんですか。猫じゃないですよ。まあ変装では猫ですけれど……

抗議するものの聞き入れてはもらえずそのまま門を通って家に運ばれた。

流石に鬼相手に抵抗することはできませんし。

 

 

「ということです年明けに飲ませろと叫んで言うことを聞かない鬼まで一緒に来たのですけれど…」

「「なにがということ⁈」」

お空とお燐が総ツッコミだけれどそこまでだろうか?基本的に鬼は避酒飲んで暴れるイメージでしょ。今更酒の一つや二つ問題ないですよ。

「別にいいんじゃないかな?家広いしたまにはね」

こいしだけは平常だった。まあこれくらいじゃ驚かなくなったあたりもうなれたのだろう。

でも彼女の言う通りたまには酒盛りしても良い。私は飲めませんけれどね。

一応果物を発酵させた酒…ワインとかそういうものだったらなんとかなるのですが…

 

「いやそれ以前にさとり寝てなかったのかい⁈」

え⁇ああ……寝ていませんね。でも眠くならないんですから仕方がないじゃないですか。

「ええまあ……」

多少効率が落ちるけれどそれは少し休憩すれば問題なくなりますから休憩と仕事を交互に繰り返せば問題はないんですよ。

「アホでしょ!今布団用意しますから寝てください!」

お燐どうしてそんなに怒るのよ。後みんな一斉に頷かないで。これじゃあ私が悪いみたいじゃない。

え?私が悪いだろって?仕事しただけなのに……

そんな大げさな……

「さとり様寝てないの?寝ないと体に悪いですよ」

お空が私の手を握って布団に引っ張った。

「仕方がない寝ますか……」

 

「手のひら返し早すぎる」

だってお空にそんなお願いの仕方されたら断れないんですよ。なまじ純粋だから余計に……

 

 

 

 

 

意識が睡眠状態から覚醒。確か布団に入ってからの記憶がないので寝たのはそのあたりだろう。

眠ってから6時間ほどだろうか…

まだ周囲は明るい。

 

 

「あ、お姉ちゃん起きた?」

体を起こせば隣にはこいしが座っていて何かを服の下に隠していた。なにを隠したのだろうか……まあいいや。

「ええ…どれ程寝てました?」

体感時間では6時間と行ったところだろうか…

「6時間くらいかな」

じゃあまだ日付は変わっていないですね。

 

「……新年明けましてとはならなかったようね」

まだ三十一日ですらないのだからそりゃそうかと思ってしまう。

「まあそうなったら私が起こすからさ」

そう、じゃあ安心して寝ることができるわ。

ただ…二度寝させようとするのはやめなさい。

 

 

誰かが玄関の戸を叩いている。

私が出ると言ってこいしより先に部屋を出る。後ろからこいしも来ているようだ。

そういえば……見れば皆がやったのだろうか簡素ながらも門松とかしめ飾り付いてますね。いない間にご苦労さんです。

 

「ねえねえ。おでん作りすぎちゃったんだけど…」

 

ミスティアさんだった。

その後ろにはいつもの屋台が止まっていて、景気の良い湯気を雪の中にあげていた。

「ああ…まあいいですよ。勇儀さん達もいますけれど」

 

そこまで言いかけて後を追うように誰かが来た。年末だというのによく来訪客が来ますねえ。

そっとミスティアの後ろを覗けば、そこには見慣れた赤い外套と和服の妖精と、水色と青の寒色の着物を着た氷精がいた。

「折角ですし来ました」

 

「来てやったぞ!最強のあたいに感謝するんだな!」

大ちゃんとチルノちゃんまで…いや、私の家に向かうミスティアさんを見つけてついてきたといったところでしょうか。

なんだか結構な数集まりましたね……宴会でもやる気なんですか?

「……年越しっていつもこんなでしたっけ⁇」

 

「んー?だいたい家族だけって場合が多いよね」

 

「たまにはいいじゃないですか。それにこういうときくらいしかお酒飲んで楽できる日ないんですから」

ミスティアはわかる。それはわかるのだけれど……まあ他の方たちも自由気ままなのは昔からですから別にいいのですけれど。

 

「まあお酒はみんなで飲むのが良いですからね」

ねえちょっと…ミスティアさんお酒飲みたいだけなんじゃ……

「でも今日30日ですよね?年越しは明日なような…」

年越し前日から呑んだくれるのは鬼だけにしてくださいよ。

「二夜連続だよ」

絶対年越しで寝落ちする確定なのですけれど…

「……今日はお酒ダメです。明日からにしてください」

でももう鬼2人はお酒飲んじゃっているんですけれどね。意味がないというかなんというか……逆にこの2人は酒をここで止めたら禁断症状で暴れだしそう。

「あたいお酒飲んだことないんだけれど」

まあ妖精はあまりお酒飲まないらしいですからね。

「チルノちゃんは飲まない方がいいと思うよ」

大ちゃんその発言は…もしかして飲んだことあるんですか?

なんだか見た目からしてアウトな気がするのですけれど……

まあ妖精に年齢なんて関係ないですからね。

「なんだあ?2人とも酒はダメなのか?じゃあ私が酒の飲み方指導してやるよ」

話に夢中になっていた私は背後から近づく勇儀さんに気づかなかった。

私は彼女に首根っこをまた捕まれ、吊り上げられる。

「酔いづらい酒の飲み方だから安心しな」

 

「まあ貴女の酒の飲み方は参考になるでしょうね」

実際鬼は酒の専門家ですから。飲む方の……

 

 

 

 

 

「で……こうなったと…」

 

時刻は三十一日の朝方。あれだけお酒を飲むなと言ったのに結局みんな飲み始め気づけば大半は酔いつぶれて寝ているか酔っ払い対応で疲れて寝てしまっている状況だった。

 

まあ夕方あたりに起きれば年越しくらいは迎えられますね。それまでに片付けますか……

もう鬼と酒が絡んだらろくな事にならないです。

 

おつまみとかが載っていたお皿を片付け、部屋の隅に綺麗にまとめられた空の酒瓶を一気に処分する。

なんでこう…ちゃんと栓を抜かないで瓶口を切断するかなあ…分別が大変なんですよこれ。

「んー?頭痛い…」

あらから片付けを終えて部屋の空気を入れ替えるために換気をしようか考えていると、普段よりずいぶんおとなしい声が聞こえてきた。

「あ、チルノちゃん起きました?片付けはやっておくので寝ていていいですよ」

 

「ああそう……いや、私も手伝うわ」

一人称があたいではない……そういえば声も少しばかり大人びているような…

「あーそれが本来の貴女ですか?」

振り返ればそこには一回りほど大きくなったチルノがいた。服がきついのか結構パッツンパッツンになってしまっている。

「違う。ただ成長しただけよ…」

 

「原因は……」

 

「寒波。だからレティも似たような状況かもね。あとお酒ね……普段の意思が弱まると自己防御の一環でこうなっちゃうのよ」

顔色があまり良くないからこれ以上は話しかけない方が良いだろう。多分あれは二日酔いだ。

だけれど酒を飲むと大人ってなんだかなあ……

 

「……蜆の味噌汁ならありますよ…」

味噌汁だから気休めだろうけれどないよりはマシでしょう。

「もらうわ……」

 

 

 

台所から蜆の味噌汁を取ってくる。片付けをしながら温めておいた甲斐がありました。

「ちなみにそれどのくらい続くんですか?」

 

「さあ?前になった時は一ヶ月続いたわ」

ああ…じゃあ冬はしばらくそのままでしょうね。

「それよりさあココ部屋暑いんだけれど……」

氷精らしく暑いのがダメなのか必死に冷ましている姿を見ていたら睨まれた。

「開けたら寒いですよ」

 

「私は氷の妖精よ」

 

「ヘル?」

 

「下半身が腐ったやつじゃん。あいつ嫌い……」

あ、嫌いなんだ……

 

「クロセル?」

 

「悪魔と一緒にしないで」

元天使じゃないですか。

 

「じゃあジャックフロスト」

 

「あんな垂らしと一緒にしないで」

ええ…垂らしなんですか?なんか意外です。

 

 

 

 

「んー……」

ようやくこっちの身体にも慣れてきた。冬の合間の家であるかまくらが少し窮屈であったがひとまわり大きいものに作り直して対処。ただそれだけではなく着ている服がきつくなってしまったのは痛い。

だからこの体にはなりたくない。ああイヤダイヤダ……

 

なんかよくわからない頃の私が日課にしている池の氷漬けもほどほどに岸辺に腰を下ろす。意外とこれ疲れる。

と言うかどうしてこんなことしないといけないんだ…全く理解できない。

やめちゃおうかなあ……

あ、いや私氷の妖精だわ…湖凍りつかせないといけないじゃん。

何妖精の存在否定しちゃってるんだか。

 

 

さて続きをやろっと……

体に降り積もった雪をはたき落としていると、背後で何かが吹き飛ぶ轟音と衝撃波が背中を押した。

やや遅れて巻き上げられた雪が降りかかる。せっかくはたき落したのに意味がないじゃん。

 

「何……」

 

振り返ればさっきまであったはずの私のかまくらは綺麗に消えていて、そこの場所だけ雪が吹き飛ばされ地面が見えていた。

敵襲……

 

木の上で物音がした。

見上げればそこには1人の妖精が立っていた。多分そいつがやったのだろう。

「あーっはっは‼︎チルノ久しぶりね!」

なんかめっちゃ高笑いしているし。

確かサニーとかいう妖精だったな……下の名前はなんだっけ?正直妖精としかわからない。私も妖精だけれどね!

「えっと…妖精トリオ?」

 

「何よそれ‼︎名前わからないの⁈」

ごめんわからん‼︎私がそこまで記憶力は良くないんだ!天才だけれどね!

「いや…サニーはわかるけれど他2人がどうしても」

いやここにはいないんだけれどどうしてもそっち思い出さないといけないような気がして……

「ルナチャイルド!」

 

「スターサファイア!」

サニーの立っている木の裏から2人が飛び出してきた。

ああ…やっと思い出した。って隠れてたんかい‼︎

 

「私の家を破壊しておいて一体どう言うつもり?」

 

「私たちは貴女に勧誘に来たのよ‼︎」

かんゆう?ああ、勧誘ね。一体どう言うことだろう?遊びに誘うなら家を壊すなんてことしなくてもいくらだって相手してあげるのに。

「なんで家壊したの…」

 

「いやなんか…普通に言っても聞いてくれないじゃない?だから武力制圧というか…そんな感じ」

 

「……あっそ…勝手にすれば」

前までの私なら絶対あの挑発に乗っていたけれど今の私はそんな気はしない。

なんだろうね…物事を冷静に見れるようになったからかな。

「連れないわねチルノ。あんた大人びてるからっていい気にならない事よ!」

 

「いや……いま湖の氷漬けやっているの」

まさかこれが言い訳にできるなんてね。ついさっきの私に自慢してやりたいわ。

「うぐぐ……従わないんだったら戦いなさいよ!それで白黒つけてやるわ!」

 

「面倒だから後でね」

まあ家を壊されたのだからそれの落とし前くらいはつけさせてもらうわ。でもそれは今ではない。

「うぎーー‼︎」

 

「だからさ…今のチルノちゃんじゃ無理って言ったじゃん」

ああ…ルナチャはわかってたのね。まあ御愁傷様。

「こう言う時は大ちゃんを先に手中に収めないと…」

 

「あ?今なんて言った?」

 

「ほら乗ってきた」

 

「大ちゃんから先に勧誘しにいくわ。そしたら貴女もやってくれる」

んー大ちゃんも同じだと思うんだけれど…あ、そっか…じゃあおんなじように大ちゃんとも戦おうとする。大ちゃんにとっては敵。なら私にとっても敵。

「上等よ。凍らせ終わったらすぐに行くわ。氷漬けにされたカエルのオブジェの隣に飾ってあげるから」

 

「あのールナチャさん?流石にあれはまずいんじゃ…」

サニーどうして怖気付いているの?

 

 

 

 

 

冬になると半分くらいの妖精は寝ている。それは冬が生物にとっての睡眠期間であり強いて言えば地球自体の睡眠とも呼べるものだから。

だけれど例外だって多い。例えば私のような少し役割が違う妖精だったりチルノちゃんやレティさんのような冬を司る場合はむしろ冬に暴れる。

だから別に1人ってわけじゃないよ。ぼっちで寂しいんじゃないから!

ただ…予定が合わないとぼっちだからそれはそれで辛いかなあ……

「いたいた‼︎大妖精!」

背後から声をかけられた。誰か遊びにきたのかな?でもその割には人の家の窓を割って入ってきているような……

 

「えっと……入り口はあっちなんだけれど」

うーん…それ掃除するの私なんですけれど。困ったなあ……

「私の入り口よ!」

そんな横暴な…

サニーちゃんひどいよなんでこんなことするのさ。せめて窓くらい開けて入ってきてよ。

 

そう思っていたら天井が軋み始めた。なんだろう?誰か乗っているのかな…

「はいはい、ちょっと失礼」

 

「お邪魔しまーす‼︎」

ねええええ‼︎なんでスターちゃんとルナちゃんも玄関から入らないの⁈なんで屋根に穴空けるのかなああ‼︎

「ふふふ…勧誘に来たの!貴女で三十人目よ!」

 

「え?勧誘ですか?」

 

「そうよ!妖精を出来るだけ集めて一緒に強大な敵に立ち向かうの!」

 

「理由は……」

いきなり勧誘ってなんでしょうか?

 

「実はね……」

 

サニーが言うには強大な敵に妖精たちが力を合わせて戦争を起こす初夢を見て、それを正夢にすべく妖精を統括しているのだとか。ただその過程で時々こうなってしまうのだとか。

 

やり方が絶対間違っているよ……窓ガラスを割るなんて……

「……何回休みにします?」

 

「え……?」

 

「人の窓を壊すと言うことは勧誘ではなくただの宣戦布告ですよ?ですがこちらの方が確かに力で統括するのであれば確実ですね」

ええ…宣戦布告してその場で戦って…勝てば配下に組み込める…効率は悪いですけれど同時に強くなれますよ。

「あ、や、やっぱり謝るわ。だからお願い一緒に戦ってくれる?」

 

「ふーん?じゃあ窓の弁償してくれる?」

 

「いえそのなんというか……」

 

「あらあらお可愛いこと」

 

「分かったわよ!窓くらい直すわよ‼︎」

 

良かったです。でしたら一緒に戦いましょうか。でも戦争と言うのですからそれなりのところを狙うのでしょう?ワクワクします。

 

 

 

 

 

 

 

玄関の戸が思いっきり開けられる音がした。

誰か来たのだろうか……

 

新しくスペルカードを作っていたものの一度中断させ玄関の方に向かう。

そこには私より少し小さい少女達が玄関に立っていた。

雪の中を飛んできたからだろうか肩や頭には雪が降り積もっている。サニー、ルナチャ、スターだった。

どうしたのだろう?彼女達が来るのは珍しいですね。

「すいませーん!エコーちゃんいます?」

サニーが玄関に来た私に聞いてきた。エコー?ああ、今は地霊殿の方にいるはずですけれど……

「あの子に何か用ですか?」

 

「勧誘しに来たわ!」

勧誘?ああ……そういえばそんな時期だった。そっか…今年だったのか。

わかりました…じゃあちょっと待っててくださいね。

 

「サニー流石にそれは……」

表情の変わらない私が怖いらしいスターがサニーに注意を促す。

「大丈夫!私に任せて」

いや別に私は怒っているわけじゃないですよ。

 

「ああ…なら呼んできますね。でもその前に上がってお茶でもどうです?」

ずっと玄関で立ちっぱなしと言うのもアレでしょう?

「和菓子は?」

 

「もちろんありますよ」

 

「仕方ないわねえ…じゃあちゃんとエコー呼んできて!」

 

「はいはい……」

 

「お、お邪魔します」

 

「お邪魔しまーす」

礼儀正しい子達ですね。

なんだか近所の子供が遊びに来たって感じです。

 

 

有線電話を使いますか……

 

にとりさんが開発した有線電話。実態はただの電報を送る機械です。

直径8ミリの電線が本線二本予備線一本の計三本収められたケーブルを私が使う空間転移用の門を通して直接地霊殿に通している。

 

勿論電報なので入力側はモールス符号で打ち込まないといけない。

ただし出力側は符号と合致する文字を映し出すだけなのでタイプライターを改造したものと連動で文字を打ち出してくれる。

 

入力側も同じように文字で入れれば良いのにと思うのは私だけだろうか……

一応電話もあるのだけれどあれも有線ですしいまは故障している。

真空管がお陀仏になってしまったのだとか。それも電話交換所のものがだ。

 

 

少ししエコーからてすぐ行くと返信が来た。

ならもう少しすれば来ますね。

 

三人のところに戻ると、出されたお菓子はすでに半分が消えていた。

「和菓子美味しい!」

 

「ほんとだ!美味しいね!」

 

「暖かい…これは本を読める環境だ…」

こたつに潜った三人は当初の目的を完全に忘れたかのようにのんびりしていた。

私もそこに入ろうかどうか悩んだのですが…お茶のおかわりを頼まれてしまったので諦めます。

 

 

 

 

お茶を汲んで再び部屋に戻ってみれば、エコーちゃんと入れ違いだったらしくご相談の真っ最中だった。

「参加してくれる?」

 

「具体性がなさすぎてほぼ無理です。そもそも強大な敵が何かすらわからないのですが……」

 

「それはまあ…考えるわよ」

 

エコーはなまじ頭の回転早いですからねえ……

それに実際異変を起こしかけましたからその辺よく知っています。

 

「それと数を集めても使い方を間違えればただの案山子ですよね?そこらへんの運用計画とか色々準備でできているのなら考えても良いのですが…」

 

「う…その、なんというか…」

何も考えていないんですか……いやまあ…何をするにもまずは数集めないといけないですからねえ。

「もう諦めたらサニー…」

 

あーこれは…助け船でも出してあげましょうか。せっかくですし……

「地霊殿のほうだったら私がなんとかしておくから参加してみたら?」

 

「ですが……」

 

「それに計画性がないなら貴女が計画を作っちゃえばいいのよ。できるでしょ」

実際死霊妖精を操り地底で大暴れしたんだから…必要なら私も手伝うわよ。面白そうですし。

「……わかりました。そのかわりちゃんと指示には従ってください」

え……リーダーはエコーなの?なんかもうそう言う流れなんですけれど……

「私達がリーダーよ‼︎」

あ…そこだけは譲れないんですね。まあいいです。あ、ご飯食べていきます?そろそろ夕食の用意とかもありますから…四人増えたって変わらないですよ。

なんです?その拝むポーズは?

 

いやだからそんな拝まれても……それに雪も結構降ってきていますから今日は泊まっていきなさい。そうでもしないと夜と雪のコンボじゃまともに歩けないわよ。

「それと…さとりさんも手伝ってください」

 

「私もですか?まあいいですけれど……」

流石に手伝えばと言ってしまったのだからここで私が断るなんてできやしない。仕方がないです……ほどほどに手伝いましょうか。

 

 

 

 

 

 

三人がいなくなり、壊れたかまくらとなんか無性にムカついてきたから作った氷のオブジェだけが残されていた空間に他人の声が木霊した。

「ねえねえ、なんか面白そうなことになっているね」

今日は来訪客が多いんだなあ。明けましておめでとうの挨拶はもう遅いと思うんだけれど…

「貴女…いつから来ていたの?」

 

「んー最初からかなあ…面白そうだったから全部見ちゃった」

はいはいどうせ面白い基準でしょうね。でもこっちだって真剣なのよ。面白そうとか言う理由だと怒りたいわ。

でもそれは我慢。ここでまた喧嘩売っても得策じゃないわ。

「それで…貴女は何がしたいの?」

彼女は私の問いに笑いながらも答えてくれた。

「せっかく面白そうな事始まりそうなんだから私も楽しませてよ」

つまりは交ぜろということだ。あのう…これ妖精同士の内輪揉めなんだけれど…首突っ込んで欲しくはないんだよなあ。でも言っても言うことなんて聞かないだろうし私だって普段だったら見境なく首突っ込むわよ。

「つまり参加するのね……」

 

「もちろんチルノの味方なのだー」

一応味方なのね。でもどう考えても味方というより攻撃はしないし援護もしない中立な立場になりそう。実際私だって誰かと協力して戦うってのは苦手なんだよね。

「……良いわ。じゃチーム結成ね」

連携は取れないだろうしこっちも取る気は無いけれど。

「ありがと」

 

「そういや貴女…大人びてない?」

普段の私と大して変わらない見た目だったのだけれど今は私と同じで結構成長している。主に胸あたりが…なんでだろう。なんであんなに差がついているんだろう。

「封印解けちゃったからなあ…仕方がないよ」

 

「あっそう……その割には秋頃まで子供っぽかったけれど?」

 

「力だって集まる時と集まらない時があるじゃん。そういうことだよ」

そうやって笑っているけれど全然目は笑っていない。なんか信用できないなあ……大ちゃんの方にも声かけるかなあ…

「へえ……じゃあ私と同じってわけだね」

 

「そーなのかー」




チルノ(半覚醒)
大妖精(ちょっとやばい)
エコー(デデンデンデデン)

一心不乱の大戦争を!


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depth.170妖精大戦争 下

妖精三人が家に来てから二日。エコーは休みを取ってどこかに出かけていた。多分サニー達の家だろう。

私も顔を出そうかどうか迷ったものの、博麗神社の裏という立地条件なのでやめた。

無理ですよあんなところに飛び込むなんて…

 

そんなことだから一体どういう話し合いが行われているのかとか全くわからなかった。まあ本来は関係ないことなのですけれども…

 

それでも気になってしまうのが人情というやつでしょうか?私にあるとは思えませんけれど。

 

そう思っていればやれなんの…噂をすれば影と申しましょうか。例の妖精たちがやってきた。

玄関の開く音がして、同時に子供の足音が聞こえる。

 

「お邪魔しまーす!」

なんの遠慮もなく私がいるこの部屋に入り込んでくる。

反対側で寝ていたこいしもびっくりして飛び起きた。

 

「せめて案内されるまで待つとかしないんですか?」

三人とプラスアルファでエコーさん。

「待ってられないわよ!寒いんだから!」

 

「じゃあ貴方達の家でいいじゃない」

 

「隙間風が寒いのよ!大ちゃんに窓ガラス割られちゃったし」

それは自業自得なのでは……うん…自業自得だ。

まあ今更追い出すわけにもいかないし。あ、こいしも交ざる?楽しいわよ多分……

あ、そこで聴いてる?分かったわ……

「それで私にどうしろと?」

まずそれです。ここに来たのなら絶対に私に頼りに来たということだ。そうでないならもっと暖かい地底の方に行っている。

「作戦を立てるの手伝って‼︎」

作戦?ああ…戦争の作戦ですか。

「……はいはい」

断る理由もないですので4人の会話の中に交ざることにする。

 

「ところで戦術に関してはどれほどの知識がありますか?」

まず第一に戦術をどれ程理解しているかどうかです。幻想郷内で使う場面はなかなかないですけれど必要なものに変わりはない。

「戦う以外に必要なの?」

とサニー。

「ごめんよくわからない」

とルナチャ

「えーっと…それって天狗さんが考えていたりするものですよね?」

とスター

 

完全に諦めたようにエコーが首を横に振る。あーこれは………だめだこりゃ。

まず戦術を教えないと話にならない。

その上で作戦を作らせていかないと……

こいしも呆れるんだったら手伝う?

 

「じゃあ簡単に戦術のことを教えますね」

 

 

後に三人は地獄の淵に立ったような感覚がして覚えないとまずいことになると思ったと回想していた。すごく失礼なのですけれどもう過ぎたことですので水に流します。

結局その日は戦術の基本を叩き込むだけで終わってしまい作戦を考えるのは明日という事になった。

 

こいしは今日は交ざらないらしくどこかに遊びに出かけている。子供は風の子と言いますけれど吹雪のなかを遊びに行くのはどうかと思いますよ?

 

まあいいんですけれど……

 

 

「数がいるけれど1人1人の戦力が弱いとなれば非正規戦になりそうですけれど」

 

「その点は私も考えました。ただ非正規戦は遅延戦闘でしかありません。いずれこちら側が追い詰められることになります」

そもそも相手が少数なんだしこっちから攻めに行くんだから非正規戦は合わないか…それでも奇襲戦をかければそれなりにいけるか?でもそうなるとなあ……

「で…誰を対象にするつもりなの?」

 

「協議の結果仙人さんになりました」

ああ……納得します。でもこれ異変と言えるのだろうか…なんだか数の暴力でどこまでいけるかって言う無謀な戦いに見えてきた。

「あら、茨木さんのこと知っているの?」

っていうか茨木さんなのだろうか…一応仙人ってもう1人いますし。

「たまに弾幕ごっこしている仲だよ」

面倒見のいい仙人さんだこと。

なるほど…だったら頑張らないといけませんね。

一応言いますけれど鬼ですからね?奇襲戦とかは流石にやめましょう。正々堂々行かないと嫌われますよ。

というか怒って大変なことになりそう。

 

「そうなると…分散しての戦闘は流石にダメかあ」

 

「やっちゃダメだよ。こういう場合は一箇所に誘導してそこで袋叩き!」

 

まあ定石ならそれしかないですね。下手に罠を張るのも御法度ですから。

まあそれ以外の方々だったら誘導担当の妖精達によるゲリラ戦、即席で罠を張って体力をじわじわ削ってから残った戦力で袋叩きにしますね。

 

疲労は集中力を散漫にさせたりミスを誘発したりしてしまう。戦いというのは結局戦う前から決着が決まるんですよ。

ただそこまでやる必要がないだけで……

 

「それじゃあ早速準備しましょう!」

 

「待ち構える場所の選択や、誘導のためのポイントとかなるべく現地調査もするように」

 

「「「はーい‼︎」」」

なんだか小学生の遠足のようです。私はもちろん行きませんけれど。だってこれは妖精達による戦いです。私はサポートすることはあれど基本は彼女達に任せるつもりです。妖精だってすごいってことは知っていますから。

 

って雪結構降ってません?今から行くのですか?流石にそれは…ってもういない。

「貴女は行かなくていいの?」

 

「私は…ここで戦術を考える事にします」

 

そうですか…でもなんとなく…今日で終わっちゃいそうな気がしますね。そうでしょう……

「ねえ茨木さん」

 

「あら、気づいていたの?」

誰もいないはずの部屋の隅に、一瞬にして茨木さんが現れる。

エコーさんが飛び跳ねてナイフを取り出そうとするのを抑える。家の中で戦うのはやめてくださいよ。

 

「なんとなく違和感があったので…最初から聞いていたんでしょう」

 

「ええ、妖精たちが何を企んでいるかと思えばこんなことだったなんてね」

呆れたと言わんばかりにエコーさんを見下ろす。貴女も座りましょう。お茶なら用意できますから。

「言っておくけれど、妖精がいくら集まっても私は倒せないわ。諦めて他の人を探しなさい」

 

「止めようとはしないのですか?」

 

「たまには妖精だって暴れたい時があるんでしょ。少しくらいみんな大目にみるわよ」

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今から行けばまだ間に合うんだ…」

どこからそういう情報を拾ってくるのかわからないけれど、常闇妖怪はあの妖精達が他の妖精に声をかけて回っている最中だということを教えてくれた。

「そうかもしれないよ。どうする?行ってみる?」

 

「……貴女は戦いたいだけでしょ?」

質問を質問で返すなんてナンセンスだって普通の時の私は思うかもしれないけれど…彼女の真意を知りたいからここは我慢。

「そりゃそうだよ。私は戦いたいだけさ」

 

「見上げた闘争心だけれど…戦闘狂はお断りだよ」

注意をするものの素直に聞いてくれるとは考えづらいわ。

「わかっているさ。だけれどね。向こうの態勢が整う前に戦いを仕掛けたほうがいいと思うよ」

 

それは分かっている。だけれど今戦うには天候が悪すぎる。もうちょっと晴れてからじゃないと無理だ。

私は氷の妖精であって冬の妖精じゃないからね。

吹雪の中で戦えるのはレティくらいしか知らない。

 

「じゃあもし向こうと遭遇しちゃったらどうするのだー?」

 

「そのときは…戦うしかないわ」

 

「流石だね…それじゃあ私も見つけたら教えるわ」

絶対戦いたいだけじゃん。

「今度余計なことを言ってみろ。口を縫い合わせてやる」

向こうも私も気づいてなかったら見逃してよね!今はだけど…今はね…

晴れてたら?その時は戦うよ。

 

 

 

 

 

 

朝はそうでもなかったのに気がついたら吹雪で視界が見えない状態になっていた。困ったなあ…これじゃあ迂闊に動けないや。

雪を避けるために木の下に避難。妖力で熱を出して周囲の雪を溶かしながら時間を過ごす。

おかげで寒くは無い。ただ銀世界の中にずっといると気がおかしくなってきそう。

 

ふと吹雪の中に誰かの人影が映った。上手くは見えないけれど…1人では無い。匂いからしてサニーちゃん達かな?

 

私が熱を出すために手のひらで光らせている妖力に反応したのか人影はこっちに向かってきた。

「あ、サニーさん」

やっぱり当たった。それにルナちゃんとスターちゃんも。うわなんか真っ白だね。やっぱり吹雪ってすごいなあ。

「大ちゃんじゃない。こんな吹雪の中何しているの?」

 

「散歩ですよ。そっちは何を?」

 

「ちょっと作戦のために現地調査してたんだけど吹雪で何にも見えないや」

そっか…まあそうだよね。こんな雪じゃどうしようもないし…

ここまで天に見放されちゃったらもう家にこもってたほうが良かったかも。

 

「私達も温まっていいかな?」

 

ルナちゃんが私の側に近づいてきた。別に私は構わないよ?こういうのは人数が多いほど効率的だし。

 

「じゃあ私も!」

 

「うぇ⁈2人とも下見は⁈」

いやいやサニーちゃん流石にこんな状態で下見は無理だよ。それにほとんど雪で埋まっちゃってるし…

「こんな雪じゃ無理だよ。サニー」

うん、ルナちゃんの言う通りだよ。晴れるまで待とう。

 

 

 

あれ?もう1人誰か来ましたけれど……

 

 

「チルノちゃん?」

 

「げっ!」

雪の中から現れたのはチルノちゃんだった。私と一緒に温まっているサニー達を見てまるで宇宙人にでも遭遇したのかのような顔をしていた。

大ちゃんの後ろから文字通り影を纏った少女も現れる。確かルーミアさんでしたね。チルノちゃんと同じで少し歳増しですけれど……でもワクワクしているしいつものことか。

「まさか大ちゃんそっち側だったの?」

そっち側…え?まさかチルノちゃんはサニーちゃん達の味方じゃ無いの⁈一応妖精は集めるだけ集めて仲間にしているって聞いてたのに……

「え?チルノちゃんこっち側じゃないの?」

 

 

「むしろ宣戦布告しちゃったよ!」

そうなの⁈どうしよう…そしたら私とチルノちゃん敵同士じゃん!

あまり戦いたくないのに……ううん…でも協力するってサニーちゃん達には言っちゃったし。それにこの怯え具合…流石に見捨てるのは酷いよね。

多分チルノちゃんの琴線に触れるようなことしちゃったんだろうね。参ったなあ……

「……そっかじゃそこの三人と雌雄をつけたいから手出ししないでくれる?」

やっぱり大人に近いからか落ち着いているなあチルノちゃん。でも根本的に同じだから戦わないと気が済まないのか……

「でも私も協力するって言っちゃったし…それを破るのはできないかなあ」

今にも逃げ出したいって震えているし……

「いいよ大ちゃん。そこの三人をとっちめれば問題はないんだから邪魔しないで。大ちゃんは何も見なかった。いいね」

寒いはずの空気がさらに寒くなる。空気中の水分が一気に氷に変わって周囲吹雪の中できらめく。

あ…これ戦闘態勢に入っちゃった。もう人の言うこと聞かないんだから……

「ひっ…逃げろおおお!」

一斉に三人がチリジリに逃げ出した。一応三人とも別々の方向に逃げているから逃げるのがへたってわけではない。むしろ逃げ足速いね。タイミングも完璧だし。

「逃がさないよ」

でも今のチルノちゃん相手じゃダメだったね。

チルノちゃんが周囲を囲うように氷の壁を作った。流石にこれはやりすぎだよ。

ルナちゃんに攻撃をしようとしていたルーミアさんを食い止める。

「なんで邪魔するの?」

嫌味とかじゃなくて純粋になんでって顔で聞いてきた。うーん……

「見逃せないからかな?」

無抵抗だし戦いたく無いって子を無理やり攻撃するのは感心しないなあ…

「そーなのかー折角だし妖精食べてみたかったんだけれど」

妖精だから一回休みで済むんだけれど…わざわざ食べる宣言しなくてもいいじゃん。

 

「いいよ2人とも…まとめてかかってきて」

仕方がないなあ…2人のことは私が一番知っているし…相手してあげないと。

でも構えた私の前に立ったのは2人ではなくサニーちゃん達だった。

「だ、大丈夫!そっちの黒い方は私達がやるわ!」

三人で?大丈夫でしょうか…戦っているところか全然見たことないんですけれど……

「いいのですか?」

刀を懐から出して臨戦態勢に入る。チルノちゃんの方も氷の剣を作って応戦寸前だ。

「大ちゃんだけに…かっこはつけさせられないから!」

でもルーミアさん強いですよ?すごく……新月の日じゃないからまだマシだとは思うのですけれど…

「本当に…い、いいのサニー?」

 

「仲間を見捨てるようじゃ妖精をまとめるなんて出来ないでしょ!」

さっき思いっきり逃げようとしていましたけれど……

よく見ると三人とも震えていた。でもその目にはしっかり闘志が宿っていた。じゃあ、任せましょうか。

「まあ私は何人相手でもいいよー久し振りに運動もできるし」

悪役が似合いますね。半分面白がっている節もありますけれど…

 

黙って聞いていたチルノちゃんが飛び出す。それを合図に私も能力を使用。吹雪で視界が悪い極限環境での戦いが始まった。

 

 

「うふふ、なんだか面白そうねえ私も参戦しちゃおうかしら」

 

 

 

 

 

 

最初の一手はチルノちゃんからだった。その点で言えば私は最も不利な状態になっていると言える。

基本的に戦いは先手必勝。最初の一手で場合によってはやられることだってある。

素早く横に振りかざされた氷の剣を素早くテレポートで回避する。

だけれど吹雪の中だからすぐにチルノちゃんの場所を見失ってしまう。

だから吹雪を突き抜けて氷の粒が飛んできた時最初にしたのは回避じゃなくて攻撃。弾幕を攻撃してきた方向に向け打ち込み続ける。

 

効果なし。熱探知ができればよかったなあ…出来ないものは仕方ないけれどさ。

 

もう一回テレポート。ほんの少しの差でさっき私がいたところを氷の剣が斬り裂いた。

危ない…この状態でチルノちゃんはこっちの居場所がわかるか…

やっぱり冬に相手はしたくないです。夏に相手しましょうよ。私夏強いですよ。

 

チラッと横目でルーミアさん達の方を見る。弾幕と怒号が飛び交っているから多分大丈夫。叫ぶ気力があるなら全然平気だよ。

「よそ見している暇があるの?」

 

あ、やば……

お腹に蹴りを叩き込まれ地面に倒される。

肺から空気が無理やり吐き出されて一瞬呼吸ができなくなる。

だけれど体を止めるわけには……

横に体を転がし振り下ろされた剣を避ける。次の攻撃をされる前に両足で素早く蹴り上げ。

重たい感触とともにチルノちゃんが後ろに跳ね飛んだ。

お腹の少し下を蹴ったみたい。なんか骨盤の感触がした。

 

「もうやめようよ!チルノちゃん」

吹雪が視界を遮る。さっきより一段と強くなったみたいだ。

「こんなに楽しいことなのに?」

 

全然楽しくない!

そう叫ぼうとした。だけど叫ぶより先に体が動いた。

殺気が白いカーテンを抜けて飛び込んできた。

テレポート!少し離れた位置へ飛ぶ。

一安心…というわけにもいかなかった。足が積もった雪にはまり込んだ。抜け出せない!

 

「足元ちゃんと確認しないとね」

気づけば目の前にチルノちゃんがいた。

ーーーー斬られる‼︎

 

咄嗟に体を捻って弾かれた刀を前に突き出す。

少しだけ間に合わない。刀が剣のすぐ側を通過する。空振り。

どうしようやられる!

 

覚悟した。

だけれど私に当たるはずだった剣は重い音と共に真横に飛んで行った。

今まさに私を斬ろうとしていたチルノちゃんが真横に弾き飛ばされた。そのまま何度か地面をバウンドして雪の中に突っ込んだ。

その代わり私の前に現れたのは、意外な人だった。

「えっと…レティちゃん?」

白い半袖シャツと水色のスカートを着て首にマフラーをつけている少女がゆっくりと私の方に振り返った。

「なんだか面白いことしてるから私も交ざっていいかしら」

何事もなかった。チルノちゃんをぶっ飛ばしたのはそこに障害物があったからとしか思っていないような表情だった。

あ…もしかしてこの吹雪のせいで凶暴化している?天候によって戦闘狂になったりする子がいるってるのは知ってるけれど…

 

「交ざられても困るなあ……」

ごめん…また今度ね……せめて夏場にお願い。

「あら?歓迎されていないのかしら…じゃあ仕方ないわ。勝手に交ざることにするわ」

精一杯の笑顔…それはかなり狂気に歪んんでいた。風が吹き荒れ嵐のような天候になる。

いやだから交ざらないでって言ったんだけれど……

吹雪強くしないで!これ以上寒くなったら雪だるまが作れちゃう!

「うるさい…邪魔」

弾き飛ばされたチルノちゃんが復帰してきた。一瞬でレティちゃんとの距離が詰められ、火花が飛び散る。でもそれは火花じゃなかった。

氷の剣同士が擦れて飛び散っているのは火花ではなく氷のかけらだった。それらが妖力を持ち、触れ合うことで火花のように発光しているのだった。

一瞬だけレティちゃんの意識がチルノの方に集中した。

その一瞬を利用してその場から飛びのく。その瞬間、チルノちゃんが放った弾幕が地面を抉り取り爆風で2人を反対方向き弾き飛ばした。

「一時休戦でいこっか」

チルノちゃん側から提案が出る。うん、そうする。先にあっちを倒さないとなんかやばい気がしてきた。

 

「そうする…」

断る理由も無いしそうすることにした。

倒すための弾幕、命中させるのに特化したものを解き放つ。

 

 

追尾型だから避けるのは簡単にはいかないはず…だったのに。

弾幕は吹雪の壁に遮られ自爆。いくつかは自爆で開いたエアポケットから中に入り込んだけれどそれらも真っ二つに切り裂かれレティちゃんに当たることはなかった。

彼女の手にはさっきの剣が握られていた。一振りであの威力…侮れないね。

 

レティちゃんが持っている剣は日本刀のように薄く、チルノちゃんの剣より小さかった。まあ私のよりかは大きいけれどね!

チルノちゃんの方が叩き割る事をメインにしているのに対してこっちは斬るのを前提にしている。

当たったらやばそう。っていうか真っ二つに斬られちゃいそう。

それはそれで怖いなあ。

 

当たればの話だけれど……

 

テレポートで距離を詰める。取った位置はレティちゃんの後ろ。

背後に回ったところで思いっきり拳を叩きこもうとして腕を振りかざし……

 

 

「きゃっ‼︎」

思いっきり蹴り飛ばされた。テレポートを予測された?そんな……

反撃のために弾幕を展開する。当てるつもりはなくあくまでも意識を拡散させるためのものだった。

だけれどそれらは役割を果たす事なく全て氷漬けにされた。氷はチルノちゃんの特権だったはずなのに…向こうもできるの?

だとしたら厄介だなあ……

チルノちゃんがカバーで飛び込む。一瞬の交差。チルノちゃんが持っていた氷の剣が根元から折れた。

 

「無駄よ」

チルノちゃんの周辺に吹雪が吹き荒れる。私の周囲も真っ白に染まる。まさか吹雪を操っている?あ、でも不思議なことじゃないか…

空に舞い上がり高速で飛び回る。どうにかして雪を振りほどかないと雪だるまにされてしまう。ただでさえ体の熱が奪われて動きが鈍ってしまうというのに…

ある程度の高度まで上昇し背面飛行。

もちろんそれで逃げ切れるほど甘くはない。

弧を描くように降下、チルノちゃんと弾幕を撃ち合うレティちゃんの背後を取る。

雪が体にまとわりつく。体温で雪が溶けるのより早く雪が付着していく。

ナイフのような小さな刀を義手の手に持ち思いっきり斬りつける。

急所となるお腹めがけてだ。

一線。最初の一撃は体を捻る事でかわされる。間髪入れずにもう一回。小さな刀だからできる素早い切り返し。リーチがない分、連続性に優れるこっちの方が私は好き。

 

私の攻撃に合わせて折れた剣を再生させたチルノちゃんが飛び込む。連携攻撃。

蹴りと剣さばきが交差し、何回かの均衡の後ようやく肉を貫く感触がした。

私の刀がレティちゃんの腕に突き刺さっていた。

 

「ッチ…やってくれたわね‼︎」

冷気で素早く傷口を止血したらしく血はほとんど出ていなかった。

 

それに雰囲気も…殺意増しましになっちゃった?やばいかも……

「チルノちゃん…ちょっとやばいかな?」

 

「多分やばいわね…こりゃ骨が粉砕するわ」

粉砕は大げさだと思うよ。

急に吹雪が竜巻のように集まり、レティちゃんの周囲に集まり始めた。

 

吹雪…じゃなくてただの雪の竜巻が襲ってくる。

 

しかも私狙い。

本能が警告している。あれに飲み込まれたらやばいと……

逃げようと飛び上がったけれど全然逃げられない。元々飛ぶ速度は速くないから…

結果私とチルノちゃんと距離が開き別々で戦う羽目になった。

「大ちゃん!」

 

「ひとのこと心配できる状況じゃないでしょ」

両手を広げエアブレーキの要領で減速、体をねじりこみ方向を変え加速。強引な方法でジグザグに逃げ回る。それでも少しのタイムラグしか稼げないし直線飛行では竜巻のようなもののが速い。このままでは追いつかれちゃう。

 

だからとった行動は……接近。交戦しているチルノちゃんとレティちゃんの合間をすり抜ける機動で突っ込む。目的は二人の剣が接触し発生する衝撃波。

かなりの距離が取れた。

 

「大ちゃん‼︎ちょっと荒っぽいけど……」

チルノちゃんがそう叫んで周囲の冷気を吸い込み始めた。

青色の電撃のようなものがチルノちゃんを中心に放たれ、地面から何かが生えた。それらは一気に大きくなり…出来上がったのは巨大な氷の柱だった。

それも一本だけじゃない。レティちゃんを貫こうとして生えたものも含めたら10本だ。それらの合間を縫うように駆け抜け、しつこく追ってくるブリザードのようななにかを引き剥がそうとする。

時々離れた位置にある氷の柱が黒い何かが根元で光り倒壊している。多分ルーミアさんかな?

追いつかれそう…でもタイミングはここしか無い!目の前の柱の側面を飛び上がりながら一気に駆け抜ける。私に合わせて足場が生まれる。それを蹴り飛ばして加速する。こっちの方が普通に飛ぶより速くて便利だった。

 

足元で踏み台にされた氷の枝が折れる。尖ったものが下に向かって落ちるけれど大丈夫だよね?

 

下ではレティちゃんとチルノちゃんが戦っているらしく衝撃波がここにも伝わってきた。

 

 

氷の柱が大きく揺れた。

揺れたというより横にずれたという感じかな。一瞬大きく傾いて…そのまま地面に向かって横になっていく。

よく見ればチルノちゃんが柱にめり込んでいるのが一瞬だけ見えた。

「はあっ‼︎」

 

吹雪が周囲を白く染め上げ視界を隠す。追いつかれた。寒さが私の体を蝕もうとする。

でも一歩遅かったね。

テレポート。吹雪の中から脱出する。

吹雪が私を追従できずそのまま氷の柱から突き出た巨大な枝に接触。枝が粉砕され崩れ去る。同時に竜巻も衝撃で拡散した。

「やってくれたわね…」

レティちゃんがこちらに突っ込んでくる。どうやらチルノちゃんの方は雪で封じ込めたみたい。

目標を私に定め飛び出した。

「あ!待てっ‼︎」

雪の中に埋められたチルノちゃんだったけれど少しして追いかけてきてくれた。

逃げ回る私とほぼ同じ高度に到達。

でも攻撃をされる前にそのまま下に向かって加速。レティちゃんが覆いかぶさるように上から降下してきた。地面に向かって真っ逆さま。このままだと十数秒で地面に叩きつけられるだろう。

 

追いかけてくるレティちゃんとその後ろからさらにチルノちゃんが迎撃に入っている。

弾幕が撃ち出され、私を追い越していく。

タイミングを間違えるとさっきみたいにされる…だからもう少し引きつけて……

今‼︎

テレポート‼︎

地面すれすれのところで瞬間移動。でも向こうだってバカじゃないんだから引っかかるはずもない。急制動でどうにか地面との接触は避けていた。

「っ‼︎どこ?」

でもそれに意識を取られてこちらの動きを把握できなかったようですね。

前です!

移動したのは少し前方に移動した位置。だけれど移動する向きは真逆。だから…

相対速度でほぼ2倍近い速さで蹴りをレティちゃんに叩き込む。

 

同時にチルノちゃんの氷の剣が体を貫いた。チェックメイト。

 

集まっていた吹雪がその瞬間吹き飛ぶ。

相変わらず雲はかかっているけれどさっきのような吹雪ではなく、パラパラと粉雪が降るだけになった。

 

雪の上に倒れるレティさんの体はもうピクリとも動かなかった。流石に一回休みにはなっていないと思うけど…いや、やっぱり一回休みだね。

安らかに眠ってね。

 

「終わった…」

あー…すごく疲れた。あれだけでもう戦う気無くなるよ……

「……疲れたから今日は帰る」

チルノちゃんはそう言って空に飛び上がった。ボロボロの体なのによく動くよね。

 

 

 

 

 

 

サニーちゃんたち大丈夫かな?

遊んでスッキリしたチルノちゃんが見えなくなり、こっちも余裕が出てきた。

寒さで体の動きが鈍ってきているけれどちょっと見に行こう…静かになっているからあっちも終わったと思うんだけれど……

4人とも死屍累々の状態だった。いやほんと何があったの⁈

妖精の怪我は大した事じゃないからいいんだけれど…ルーミアさんまでそんなボロボロで……あ、これもしかして相討ちか。

 

相打ちに持ち込んだのか…三人とも結構すごいんだね。でも…やられちゃったら意味ないよ…

まあ一回休みじゃないだけ根性はあるかもしれないね。

「大丈夫?」

 

全員からの返事はない。返す気力すらないか気絶しているか…どっちにしてもここに放っておくわけにはいかないし……

 

でも三人も連れて行けるかなあ……

 

「なに他人の心配?」

 

「あれチルノちゃん帰ったんじゃ…」

 

「気になったから戻ってみたのよ。仕方がないわ助け呼んできて私は4人の介抱するからさ」

そう言ってチルノちゃんが4人を一箇所に集め始めた。

「いいの?宣戦布告したんでしょ?」

 

「凍死させるほどあたいは残酷じゃないもん」

「わかった。お願いねチルノちゃん」

 



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depth.171 さとりの思いお空の願い

「もう夏だね」

木製の屋根は壁とは違って熱を溜め込みづらいように加工されている。だけれどそれをもってしても太陽から出る熱は防ぎようがなかった。

こういう時はお姉ちゃんのいる地底の方がまだ涼しいんだよなあなんて思う。まああっちは寒いんだけどね。

じゃあやっぱり屋根で寝っ転がっている私達の方が良いのかななんて思ってしまう。

 

「そうですね……」

隣で私と一緒に屋根に転がっているお空が返答。やっぱり暑いのか半袖のシャツすら脱ぎかけている。

まあ私も似たような状態だから文句言えないけれどね。暑かったら脱ぐ。これ常識。

「折角だし海とか行きたいよねえ」

結界に包まれる前は何度か行ったんだけれどなあ……でももう無理かなあ……

「海なんてあるんですか?」

 

「無いよ」

幻想郷にはないね。それに……お空も海行った記憶なんてほとんど残ってないでしょ。何回かあるんだけれど……まあ覚えてはいないか。

「悲しいですね……」

 

「その代わり山がある登山しよう」

夏といえば海か山か…これは議論が巻き起こるよねえ。いちおう私達は山の麓に住んでいるから山は庭に近いんだけれど。でもそういうところって一般的に山とか海に行きたいっていう意見が理解できない場合があるんだよね。だって近所だから慣れてるというかもう生活の一部だしって感じで。

「山にわざわざ登るんですか?」

やっぱりね。そうなるでしょ。

「せっかくだし歩いて登ってみない?」

 

「遠慮したいです」

 

連れないなあ……

寝返り一回。陽気を通り越し蒸し暑いを体現するこの季節じゃ昼寝は難しい。

少し離れた人里は雨でも降っているのかそこだけ真っ黒な雲がかかっていた。

「じゃあ洞窟探検でもする?」

 

私の言った洞窟はもちろん地底へ行く縦穴の途中から分岐した横穴のこと。河童さん達が調査したけれど誰かの巣に繋がっていることもなく奥で複雑に分岐しているみたいで調査が進んでいない。

「危ないと思いますけれど……」

 

「むう……お空は何したいの‼︎」

せっかくの夏だよ!遊んだっていいじゃん!

だめなの?

「私は行きたいところがあるんです」

半分寝かけているのか微睡んでいるお空がそう呟いた。

「ふーん…ああ、あの神社か」

咄嗟にお空の心を読む。脳内イメージで出てきたのは守矢神社の鳥居だった。寝ぼけかけているからイメージが鮮明に移る。

あそこかあ……うーん……

「どうしたのですか?」

急に考え込んじゃったからお空に心配されてしまう。ああ、大丈夫だようん‼︎

「なんでもない。ただお姉ちゃんがあそこには注意していてって言ってたからさ」

よくはわからない。だってあんなに優しいし…結構まともなように思えるのにどこがダメなんだろう?確かに思想というか…ちょっと考え方が一歩間違えたらまずいことになりかねないけれどそれでもうまくやっているんだからいいじゃんって思う。

「あー言っていましたね。でもどうしてなんでしょう?」

やっぱりお空もわからないか…まあそうだよねえ……

「さあ?私はよくわからない」

 

「まあいいや…私ちょっと行ってくるね」

微睡みかけていたお空が起き上がり翼を広げた。黒いその羽は太陽の熱を吸収しちゃったのか陽炎がたっている。

「行ってくるって神社に?」

 

「うん!」

まあいいや行ってらっしゃい‼︎

 

暑いし私は部屋にもどろっと……

あ、お空ちょっと待って‼︎服はだけてる!下着はつけなくていいからせめてシャツの前ボタンだけでも止めて行って‼︎まずいから!

 

 

 

 

 

 

 

こいし様も何だかんだ心配しているみたい。そんなにあそこって警戒為るようなところなのかなあ……私は何にも感じないんだけれど…

 

いつものルートを通って真っ直ぐあの神社に向かう。正直さとり様をあんな目に合わせているからあそこの巫女は嫌いなんだけれどさとり様は許しちゃったから私が怒るのは筋違い。でもこれとそれとはまた別問題だからと割り切っていつも行くことにしている。

向こうの神様も察しているからか、あの巫女と私が鉢合わせないようにある程度調整しているみたい。

 

 

思えば初めてここに来たのはもう2ヶ月も前だった。

久しぶりに地上を見て回ることにしたけれど雨に降られちゃった時。天気が悪いと色々と嫌なこと考えちゃう癖があって少し気分が沈みながら帰ってた。

 

その時ずっと思ってたのは確かさとり様を守りたい。

 

だけれどさとり様はいつも前に出る私より先に前に出て私を守ろうとする。

やっぱり私には実力がないからかな……

実際私は非力。守ろうと思って前に出ても勝てないし守れないことが多い。その度に自己嫌悪しちゃって…そんな心をさとり様に見られてて慰められてやっぱり嫌になる。

 

「お困りのようだね」

神様に声をかけられたのはそんな時だった。丁度守矢神社の近くだったらしくて声をかけたのだとか。

でも重要なのはそこではない。

「そうか…じゃあ一つ提案があるんだ」

神様は私に色々手伝ってもらう代わりに力をくれるって言ってくれた。それも制御不能なものじゃなくてちゃんと制御できるように工夫するようにしてくれた。

方法は荒ぶる神を私の中に取り込んで力だけを使うって魂胆らしい。それがいけないかどうかはよくわからないけれどその荒ぶる神はもっと怒るんじゃないのって言ったら説得はして納得させるって言っていた。

まだ続いているみたいだけれどなんとかなりそうとは言っていた。つい昨日とかだけれど。

「こんにちわ!」

 

 

「お、いらっしゃい」

神社の鳥居をくぐると、そこにはこいし様と同じくらいの身長の神様が出迎えてくれた。なんの神様なのかは私もよくわからないけれど白蛇がどうとか蛙がどうとか言っていたから諏訪の神さまだと思う。

本人はそれについて何にも言ってないけれどね。

「それじゃあ今日はちょっと身体測定しちゃおうか。それが終わったら自由にしていいからさ」

 

「神奈子様は?」

 

「早苗と一緒に人里で教えを説いているはずだよ?でも今日は異常気象が続いているからなあ…なんかトラブルになってるかもね」

そうなんだ…神様もやっぱり大変なんだね。でもトラブルかあ……なんだか大変そう。

「トラブルなら助けに行ったりしないの?」

私の問いに諏訪の神様は大丈夫と手を横に振った。

「あー大丈夫だよ。かたや軍神と、そいつと私が育てた娘だからね」

そっか!信頼できるんだね!

さとり様と互角に戦える巫女がいるなら大丈夫だね!すっごく癪に触るけれど。

 

「お菓子あるけど食べるかい?」

 

「うにゅ⁈食べる‼︎」

後せっかくだからどんな神様の力を私に与えてくれるのかそろそろ教えて欲しいなあ。

食べながらなら話してくれるかな?

 

 

 

 

 

 

世界は嘘だらけだから。

お空が守矢神社に何度も出入りしているってきいいて警告をしたのだけれどあまり意味はなかったらしい。そもそも入り浸っている大元の原因が私だというのだから余計に強くいえない。

力を欲するその理由だって私を守りたいって言う感情からくるものだから…彼女の思いを否定するわけにもいかない。だとしたらせめてマシになるようにしてあげたいしあの神の力がお空を傷つけるようだったらそれはそれで止めないといけない。

悲しいかなわたしにはそれしか打てる手がない。

 

 

 

少し暑いわね…氷でも持ってきた方がいいかしら?

地上は夏の熱気ですごく蒸し暑い。地底も地底で灼熱地獄の火力のせいで平均温度は高い。この部屋だって静かに執務をしているからまだマシだけれど暴れる輩がいれば一気に2、3度上昇する。実際4日と1時間26分前に酒を持って鬼の四天王の2人が乱入してきたせいで気温が一気に上がった。挙句むさ苦しいので叩き出したのですが…やっぱり静かに過ごすのは良いですね。

 

そんな事を思ってしまうと、どうやらその平穏を壊そうとする謎の存在がいるのだろうか。

廊下がバタバタ騒がしくなる。誰かが駆けているようだ。この足取りは飛び込んでくる?

ピタッーーー

だけれど私の想像に反して明日音は私の部屋の前で止まった。少し耳をすませてみれば、呼吸を整えている音が扉の隙間から漏れてくる。

 

「失礼します!」

勢いよく扉が開かれた。少しだけ額に汗を滲ませたお燐が一歩で私のそばに詰めてくる。

慌てすぎよ。ちょっとは落ち着きなさい。

「あら珍しいわねお燐貴女がここにくるなんて…どうしたの?」

お燐がこんなに慌てるなんて何か大変な事ねなんて茶化そうかと思ったけれど心を素早く読んでそれをやめる。なるほど、これは確かに大変だと焦るものだろう。

「ついさっき博麗神社が倒壊して……」

神社が倒壊…確かにこれは幻想郷全体で見てもおおごとである。

あの神社は博麗大結界の制御も一部任されている建物。それ故に破壊されると色々とまずい。まあその辺り紫がなんとかするでしょうね。

後問題はもう一つ。博麗神社の倒壊の情報を聞いた妖怪がどう出るかだ。幻想郷の秩序をあの神社は守る象徴である。それが崩れたとなれば……

 

冷静に考えれば博麗の巫女が無事ならなんら問題もないのだけれど憎き博麗神社が崩れたと喜ぶ輩は絶対暴走する。

妖怪も…人間も……

人間側にも博麗を恨むものが存在するのかと言われると少しだけれど存在する。しかもものすごくタチ悪い存在が……

まあそれは置いておこう。人間はずる賢いから流石に神社倒壊ってだけでは動かない。問題は妖怪の方に絞る。

妖怪の山とかは一応幻想郷の秩序を守ろうとする立場になるはずだ。ただ一枚岩ではないから内戦が起こるかもしれない。

結局生き物というのは論理的ではない。感情的な存在なのだ。

 

「原因は地震?」

私がそう聞けばお燐はバズーカに不意打ちで撃たれた時のような表情をしていた。

「え⁈あ…そうです。神社の周囲だけ地震があったらしくて…」

やっぱりね。そんな時期だろうとは思っていたけれど…

一応それに備えて私が博麗の巫女在任中に神社にかなりの耐震補強を施したのだけれど。それでも足りなかった?あるいは情報が錯乱している?

 

「……ちょっと見に行きましょうか」

机の上に広げていた書類を片付けて机の中に入れる。私の行動で大体察したのかお燐が慌て出す。

「見に行くって…まさか地上に⁈」

ええ、地上に行きますよ?博麗神社は地上にあるのだから当たり前でしょう?

「ここも暑くなってくるしせっかくだから息抜きでいきましょう」

暑さを作っている原因のお燐は立ち上がった私を制止する。

「ちょっと待ってください!直ぐに変装の用意しますから」

 

「それくらい自分でできるわよ」

 

「そう行ってこの前狐メイクしようとしなかったじゃないですか!」

 

「めんどいのよ…」

そもそも狐メイクってお肌に良くないのよ。肌荒れの元になるから多用したくないし……後白粉は鉛が含まれているから人体に有害なのよ。一応妖怪だけれどふつうに鉛を摂取すれば鉛中毒になるし。なまじ死なないから結構きついのよ。

まあ死なないから適切な処置をすればちゃんと回復するのだけれど。

それでも苦しむのは嫌だから……

 

「ともかくメイクと最低限わからないようにしてくださいよ」

呆れたようだ。まあそうだろう…あれは宴会だったから少しおめかししようという魂胆。普段からあんなにやるのは手間です。

「わかっているわ。それに少し見たら帰るつもりよ」

状況によっては萃香さん達鬼を向かわせるつもりです。

なるべく早く着工できるようだったらそれに越したことはありません。

 

 

 

 

「へえ……じゃあ私の中に憑依させるんだ」

諏訪の神さまは私が詳細を聞きたいって言ったらあっさり教えてくれた。

なんでも…八咫烏って言う鴉の神さま…というより太陽の化身みたいな存在を私に憑依させて力を借りるんだとか。

「一応二週間前にも言ったんだけど…」

 

「そうだっけ?」

覚えるの苦手だからなかなか覚えないんだよなあ。

「そのまま宿しちゃうと暴走する可能性があるからちゃんと安全策も用意してあるよ。利き手はどっち?」

 

「左手だけど…」

 

「じゃあ右手用でいいかな…」

右手用?なんのことなんだろう…

「何が?」

 

「制御装置さ。神奈子特製のもの。完成したら教えるよ」

 

そう言って諏訪の神様はお茶を飲み干した。長い舌が少しだけ見える。蛇…じゃなくてカエル?どっちでもいいや。とりあえずヒトのそれとは全然違うってことで。

「そうそう、与えるからにはちゃんとこっちの事も手伝ってね」

彼女が机の下から紙を出してきた。あ、これは覚えているよ!確か……

「わかってるよ。火力発電でしょ」

 

「ああ、まあ正確にいえば原子力発電なんだけれどね」

発電はイマイチぴんとこないけれどとりあえず手伝えばいいんだよね!私頑張る!



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depth.172さとりのお使い

地上へ行くということを決めてから1時間してやっと地上に出れた。本当なら扉を使って数秒で到着するはずなのに…それもこれもお燐が原因なのだけれどべつにお燐が悪いわけじゃないから何も言わない。

 

 

でも地上に出れてからもまたしばらく飛ぶわけだから昼ごろに知らせが入ったのに気づけばもう3時過ぎだった。

「思ったより壊れてはいないのね」

傾きかけた日に照らされその建物は姿を現した。確かに全壊というわけではない。ただ…半壊かと言われたらすごく絶妙なところだった。うまくゴネたら全壊判定もらえそうな感じで……

「そうみたいですね」

まあそんなことは置いておく。実際想像していたよりちゃんと原型とどめていたのが幸いだった。これなら中のものも運出せる。

倒壊と聞いていたけれど目の前にある博麗神社は完全に崩れてはおらず、かなり歪んではいるけれどちゃんと主要部分は残っていた。

鳥居も傾いているけれど一応立っている。

 

それ以外の非耐震補強部や屋根などはかなりの被害をこうむっている。

瓦なんて全部屋根から落ちてしまっている。

 

「でも一度建て替えないといけないわね……」

それでも見た感じで歪んでしまっている場合、本来の建物としての機能は失われたと言っていい。崩れてないのが幸いで家財道具は一応持ち出しできそうだった。

「これの状態で住むのは危ないです」

お燐も流石に同意した。猫なら普通に住む気がしますけれど。

 

でも建物より問題は石畳や階段の方だろう。

耐震なんて考えているはずないのだからこれらが建物より持ち堪えられるなんてことはない。

石畳の多くは波打ちめくれ上がり、階段は真ん中から下が基盤部分から崩れ落ち茶色い山肌を見せていた。

これは地面の基礎が地震に耐えるよう作られていないからだ。

まあ山肌切り崩して石畳を設置しただけだから仕方がないだろう。

 

まあこの辺は今更言っても仕方がないことだし私があれこれ言えるようなものでもない。

 

さっきから姿の見えない霊夢はどこにいるのかしら?

 

「霊夢はどこかしら?」

この神社の主人はどこにいるのだろう…流石にもう異変解決に乗り出しているだろうか…結構時間たっているし。

「会いにいくつもりですか?」

お燐どうして怪訝な顔をするの?べつにそんな危ないことでもないでしょう。

「ええ…そうするつもりよ」

 

「やめたほうがいいですよ。どうせ気が立ってます」

そりゃそうでしょうね。でも気が立っているならむしろコソコソしているほうが不味いわよ。

 

 

建物の裏側から誰かが動く気配がした。2人揃ってそっちに意識を向ける。

しばらくすると柱の陰から霊夢が姿を現した。

「あんた……」

なんとも言えない顔をした霊夢。現状を見てどう思うか考えているのだろう。

「あ、どうも霊夢さん」

当たり障りのない挨拶をする。あまり深く食い込むのは得策ではないから。

「無事だったんだね」

 

お燐…今死体だったらよかったのになあって思ったでしょ。ダメよ。種族柄そうなってしまってもだめよ。

巫女が死んだらおおごとですよ。

「失礼ね、私があれくらいでくたばるはずないでしょ」

それもそうですよね。心配していませんでしたし。

「ところで何をしていたんだい?」

裏手と言うと確か蔵しかなかったはずでは……

「蔵の方の対処をしてきていたのよ」

ああ…そういえば蔵ありましたね。色々とまずいやつとかやばいやつとか保管して封印しておく蔵が……

「大丈夫だったんですか?」

そう聞けば急に怒り出した。でも本気というよりかは半分愚痴のような怒りだった。

「全然大丈夫じゃないわよ!危うく悪霊と怨霊が逃げ出すところだったわよ」

あ…危ない……

あそこに封印されているってことは逃げ出したら結構まずいシリーズ。簡単に言うと動き回り確保が困難な妖怪桜ですから。

逃げ出すのなら是非幻想郷の外へ行ってほしいです。

 

 

 

 

さっきからずっと空を見上げていた霊夢が一言つぶやいた。

「あんた達は関係なさそうね…」

関係ない…脈絡がないからよくわからない言葉だけれど状況を知っている私はすぐに意味を理解する。

「異常気象ですか?」

ある個人の頭の上にだけそれは現れている。あるものは雪、在るものは雷雨。原因は不明だが何者かが仕組んだとしか思えない。

「異常気象?そういえば局地的に雪とか雨とかあったけど…」

一応霊夢も其れなりの気象はあったはずだよなぁただわかりづらいだけで……

「そうよ。全く困ったものよ……」

落ち込んでいるのか声にいつものようなハリがない。そりゃそうでしょう。家が破壊されたのだ。人間にとっても妖怪にとっても家という存在はかなり大きい。心理的なショックは大きいはずだ。

 

あまり話題にすることもないだろうし異変の事で気を紛らわさせましょう。

「一応紫も動いているようですから異変早く片付くと思いますよ」

聞いたわけでもなんでもないけれど彼女は普通に動いているはずである。

「あら、紫も動いているのね」

それも珍しくキレてる事でしょうね。ああかわいそう。

「博麗神社を破壊されたのだから動かないわけないですよ」

彼女にとって神社は思い入れが強いはず。それこそ、博麗の巫女が代々守り続けてきたものですし。何回か立て替えたとはいえ壊されたことはなかったのだから。

「それもそうね……」

風が吹いて私の髪の毛をなびかせる。顔をあまり見られないようにしていたのになんてひどい風ですか。

「なら私はのんびり待っていてもいいって事かしら」

 

それはやめたほうがいいかもしれません。一応行ってあげて…紫を止める役割してください。

「行ったほうがいいと思いますよ。博麗の巫女が異変を解決するんですから」

 

「そうよね……しゃーない。久しぶりにやる気出てきたから仕事するか」

久しぶりなんですね……

 

「そういやあんたらこの異変について何か知っているの?」

何かというわけでもありませんけれど…一応知っていますよ。ただしそれは確証がないから全部を全部話すわけにもいかないけれど…

ある程度ヒントをあげましょうか。

「天候を操るような存在は誰でしょう?」

質問を質問で返すなって目で睨まれたけれど気にしない。

それに霊夢も私の問いに何か引っかかったみたいだ。

「……まさか」

多分想像している存在ですよ。

「正解。さて、お転婆な娘が退屈しているようですよ」

誰とは言いません。だけれど誰かは行けばわかるはずだ。退屈しのぎにこれを引き起こしたのだ。だから必ず行けば向こうから来る。来なくても向こうから…来るのかな?

「なんであんたがそれを知っているのかは聞かないでおくわ」

ありがとう。

「秘密の情報筋です」

 

 

「でもまずはこっちの後始末よ」

さっきまで発生していた怒りのようなものが拡散されていく。確かに霊夢のいう通りで目の前の神社から物を運びださないといけない。このままだといずれ倒壊しますし。

「何名か私の伝手にも声をかけます。取り敢えず安全確保と家財道具の保管が優先ですね」

お燐に頼んで勇儀さん達に事情を説明するように言う。萃香さんならたまに博麗神社に居候していたりするようですので様子を見るくらいはしそうですし。

 

まずは屋根の解体から。といっても各構造材は釘を使わない構造なので引っ張れば外すことができる。想起で鬼の力を使いながらさっさと屋根を落としていく。

「なんか手慣れているわね……」

 

「大破した家の処理はよくやっていましたから」

っていうか現役でその手の問題はやってきますし。

正直半壊した家は中に戻って作業するのが危険なのでまずは屋根を解体する。

屋根裏収納に収めたものもこうすれば簡単に持ち出せますし。

 

屋根の構造材は問題なさそうですので一度バラした後建て替えの時に使いましょう。

小1時間ほど作業をすれば、神社の屋根は完全に解体され屋根裏収納が丸見えになった。

 

「じゃあ家具の引き出しを始めましょうか」

 

「なんであんたが仕切ってるのよ」

霊夢はもう建物の中に入ってしまっていた。私も行こうとしたけれど止められた。見られたくないものも沢山あるのだろう。

 

 

「おーこりゃ建て替えもんじゃねえか」

背後で声がした。首だけ回し後ろを見ると、そこには勇儀さんと萃香さんがいた。

いつのまに来ていたのだろう…気づかなかった。

 

「だれ?ってあんたら…」

霊夢も外が騒がしくなったので頭を出した。そのまま呆れた顔になる。なんだか可愛い。

「そこのやつに手伝ってくれって伝言もらったからな。それに萃香が世話になっているようだし」

萃香さんは知っているけれどその隣の勇儀さんは知らないはず。でも2人の話し方からして同じ四天王であるところまでは理解したようですね霊夢さん。

で、なんで私を見つめるんですか?

「あんた結構な大物じゃないの?」

 

「私ですか?それはどうかわかりませんよ。ただ権力が集まる地位に追いやられたってだけの小物かもしれませんし」

なぜか三人にそれはないって首を横に振られた。

「絶対嘘だ」

ほんとですよ。

 

「ほいじゃあ…箪笥とか引き出せばいいんだろ」

一方的に2人は神社の中に入っていった。霊夢が制止するけれど聞く耳すらもたない。

あ、これ2人とも飲んでますね。

まあ…暴れて物を壊すとかは多分しないでしょうから大丈夫か。

「あたいが監視しておくよ」

鬼2人からは少し遅れて戻ってきたお燐がそう言いながら走っていった。

あ…まあそうしてくれるのならありがたいですけれど。

 

「霊夢、あんたはさっさと異変解決してきな。私らはこっちやっておくから」

 

「……わかった。そのかわり壊さないでよ」

日は既に傾き、もうすぐ夕日になろうとしている。今から異変解決となると夜になってしまいますね。

「わかってるよ」

鬼2人の返事を聴きながら霊夢が私のそばに寄ってきた。何か嫌な予感がするのですけれど…

「それじゃあ行くわよ」

霊夢が私の手を掴み強引に引っ張りだした。え?私もなんですか?

「当たり前でしょ。あんたも手伝いなさい」

私もですか?

「拒否権は……」

 

「そんなものあるはずないでしょ。それに色々知っているみたいだからね。案内よろしく」

 

やっぱりそうなりますか……

でも無下に断るとボコされそうですし……霊夢と戦うのは得策じゃない。

ここは素直に従いましょう。

 

 

「知っているなら案内できるでしょ」

でも天人達の住んでいるところは本来私達が行ってはいけないところですからね。そこのところ留意してくださいね。

「できますけれど……」

 

霊夢が異変を解決するより紫にボコボコにされるほうが早いような気がするのですが…

実際もう5時間以上経っていますし。

それでも天空に行くしかない。

 

「前に冬が終わらない異変がありましたよね」

 

「ああ…そういえばあったわね」

 

「天界へ行くには一度冥界に行く必要があるんです。一応あっちの結界は破損しているので行き来は自由ですけれど…」

「へえ…ずいぶん詳しいじゃないの」

あれ?霊夢には教えていなかったっけ。確か座学の時に説明をしたはずなのですけれど…

 

「まあいいわ!それじゃあ行くわよ!」

 

高度を上げ、雲を突き抜ける。

冥界への入り口自体かなりの高度にあるからそこに行くだけでも一苦労。それに夕日が眩しい。

「眩しいわね…」

 

「サングラスならありますよ」

使う事はほとんどないですけれど朝日や夕日が眩しいと感じたりするときにあったら便利だなと思って持ち歩いているものですけれど。

 

「なにそれ…貸して」

はいはい……

ところでいつまで手を握っているつもりなのでしょうか?

「あ…悪かったわね」

素で忘れてたんですか。霊夢もどこか抜けてるところあるんですね。

「次余計な事言うのなら口を縫い合わせてやるわ」

 

「そしたらどうやって案内させるつもりですか」

 

「…その時は勘に頼るわ」

 

 

 

 

 

「おい!霊夢はどこだ!」

 

「にゃい⁈」

霊夢が飛びだって少しして、背後で怒鳴られた。

慌てて振り返ればそこには息を荒げた藍がいた。

「おや狐じゃないかいいったいどうしたんだいそんな慌てて」

 

「霊夢はここにいないのか?」

 

「霊夢?それならさっき変装したさとりと一緒に異変解決に行ったけど…」

一歩遅かったねえ…用事があるんだったら伝えておくけど…

「そうか…分かった!邪魔したな!」

それだけ言うと狐の式神は隙間を展開しどこかへ消えていった。一体なんだったんだいあれは?

「お燐誰か来てたのかい?」

狐が嵐のように現れて去っていったよ。

「狐の式神が霊夢を探してただけさ」

 

「ふーん…そういや畳どうするんだ?」

 

畳?壊れてないんだったら箪笥とかと一緒に置いておこう。後でまとめて雨よけの屋根を上に乗せるからさ。

さてあたいも屋根作りしよっと……

 

 



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depth.173さとりと天空の城

天界という場所は聞いただけではラピュタではないのかと間違われやすい。実際空に浮いている大地のような存在だから私だって最初聞いたときはラピュタ?って思いましたし。

でも実際それを見ればわかるがそれはどちらかといえば幻の大地のようだった。

その姿は冥界の空に浮かぶ雲をかき分けてようやく見えてくる。

ついさっき冥界の庭師に勝手に通るなと言われたものの霊夢が威圧したおかげで穏便に通ることができた。やはり異変解決のために動いている巫女は偉大なのだろう。穏便に済むなんてなんて喜ばしいことで……

 

 

ともかく無事に到着できた。私はもう案内必要ないですよね。え?まだついてこいって?私は弾幕避けの盾か何かですか。

「へえ……ここが天界。本当に地面が浮いているのね…」

確かに浮いているにしては揺れとかそういうのが全くないから不思議ですよね。

風も穏やかですし住みやすいかもしれない。

「それにしても随分と大きい所ですこと…」

浮かんでいる大地の端っこの方にいるから全容はわからないけれど少なくともかなりの大きさはあるはずだ。オーストラリア大陸程度とかそのくらいだろうか?

「どれくらいの広さなのかしら」

浮遊大陸とか幻の大地とか言おうとしたけれど伝わらないからやめておいた。ニュアンス的には伝わると思うのですけれど。

「少なくとも地獄より大きい場所ですよ。飽和状態ですが…」

もう一度言います。飽和状態です。

しかも天界に送られる魂って成仏しないから輪廻転生の輪からも外れ永遠にこのままだから困る。ちなみに妖夢の剣に斬られた霊も自動的に天界送りになる。それも飽和状態を引き起こしている一つの理由らしい。

「何よそれ…」

 

「収容キャパシティの限界だということです」

天界は立派な収容所。そう思うと良いですよ。でも霊夢は興味がなかったのかどうでも良さそうだった。実際どうでも良いことですからね。

「それで?そいつはどこにいるの?」

どこにいると言われましても…後は自分で探してくださいとしか言えませんよ。だって見当たらないじゃないですか。

 

「どこかにいるでしょうから待ってればくるんじゃないんですか?まあ…ここは人間が立ち入ってはいけない場所なので長くいると結構まずいことになりますけれど」

うん、基本的に生きている者がこういったところに入ってきた場合早い話が憲兵部隊によって強制退場させられる。

実際にはもうちょっと違うかもしれないけれど…

「あらそう。だったら早く終わらせないといけないわね」

 

あ…少し怒っていますね。手を握って何拳確認しているんですか。思いっきり殴るつもりじゃないですか。ストップです。落ち着きましょう?

殴ってもいいことないですから…せめてお祓い棒で叩く程度にしておいてください。

そんな茶々を飛ばしていたら、背後の方で気配がした。

迎えでもきたのだろうかと思ったもののそうではない。だって後ろに地面はないから。

「その必要はないわ」

声がした。

普通に聴いても気づかないけれど言葉の隅に鋭いトゲが生えている…そんなものだった。

「紫⁈」

振り返れば、隙間から半身を出した紫がそこにはいた。

その目はいつも通りのように見えて、静かな怒りが浮かんでいた。温厚な彼女が怒っている。予想はしていたけれどこれはかなりやばい。

「あとは私が片付ける。そっちはもう帰りなさい」

あ…これはもう弾幕ごっこで解決する気ないですね。流石にそれは不味いですよ紫。

「ちょっと!勝手に出てきて何言っているのよ」

霊夢だって流石に紫の勝手な言い分には怒る。そりゃそうですよ。あとは私に任せてなんて任せられる方がおかしいです。

「霊夢、これは命令よ」

それでも紫も一歩も譲らない。これじゃ押し問答…

「断る‼︎」

霊夢もなんでムキに…ここで仲間割れなんてしないでくださいよ。

 

見えない火花が2人の合間に飛び散る。仲間割れなんて2人らしくない。いや…2人とも同じだからか。

 

「とにかく後は任せて」

 

霊夢の返事も待たず紫は隙間を展開。持ち前の勘でそこから逃げ出そうと飛び上がった彼女は何もすることができず隙間に飲み込まれた。

あっという間の出来事だった。

おそらく送り先は博麗神社だろう。あくまで私の予想でしかないのだけれど。

 

残ったのは私だけ。私なら同意してくれると思ったのでしょうか?

 

「さとり、貴女は分かってくれるでしょ」

わかりますけれど、ここまでするとは想定外でした。

「言いたいことはわかりますけれど……」

それでもこのまま放っておくことはできない。今の彼女は…言ってしまえば暴走状態だ。下手すると殲滅しかねない。それはそれですごくまずい…

ある程度のところまでなら向こうも許容するかもしれないけれど一線を超えた時、その時は想像もしたくない。

 

「紫、怒りに任せてはいけません」

ここで怒りに任せても後に残るのは死体の山だけですよ?それは貴女が望んだことなのですか?

「……そうね…でも私にだって譲れないものはあるのよ」

確かに…紫にとってあの神社はずっと受け継がれてきたもの。そして先代巫女との思い出が詰まっているのだ。彼女だって冷徹無情の外道などではない。ちゃんと心はある。そして人一倍仲間思いなのだ。だから許せなかったのだろう。もし神社の耐震が不十分で霊夢が中にいたら?と想像してしまうのが……

 

「落とし前で、始末するのがですか?」

それを止める私が正しいなんて思ってはいない。多分間違っているのかもしれない。でもここで止めなければもっと間違っている気がするから。

「それだけのことを向こうはやっているのよ。貴女が庇う道理はないわ」

確かにそうですね。べつに面識があるというわけでもないですし。そう考えればなぜ見ず知らずの相手を庇うのか紫にとっては不思議でしょうね。

「……戦争でも引き起こすつもりですか?」

 

「そんなこと言ってないわよ」

 

「しようとしているからですよ」

 

相手は総領娘。下手に手を出せばそれこそ戦争ですよ。みんなプライド妙に高いですから。考えてみれば簡単なことです。自らの治める領域で親しいものが殺められた。犯人は地上の者。さあこれはなめられているとしか言いようがない。たとえ相応の理由があるとしても。

 

 

生き物は論理的に考えて行動することができない存在ですからね。

「じゃあどうすればいいのよ‼︎」

声を荒げる紫。咄嗟に彼女を抱きしめた。感情を剥き出しにするのは私の前じゃなくてもっと他の人にしてください。無理に体の関節を弄って身長を伸ばした甲斐がありました。

しばらく抵抗していた紫だったけれど直ぐに大人しくなった。

 

気が落ち着いたのだろう。彼女だってヒトなのだから誰かに甘えたって問題ないというのに…普段から甘えないからそうなるんですよ。わたし?ちゃんと甘えてますよ。たまりすぎた人の末路なんて碌なことにならないってのは私が一番知っていますから。

 

「……許せとは言いません。でも殺そうとするのはダメですよねできれば歯の一本二本折れる程度にぶん殴っておくのが一番かと」

ついでに死なない程度に引きずり回しとか。あれ結構精神的にくるようですよ。

「な、なかなか酷いことするわね」

 

「骨の一本二本折れたくらいどうってことないでしょう。まあそれを向こうがどう捉えるかはわかりませんけれど」

でも命を奪うよりかはマシかもしれない。

「そもそも殺してしまっては終わりじゃないですか。それに面倒ですし…骨折って痛めつけておくか…私ならある程度切り札を用意してちょっとお話ししますけど」

脅し?いやですねえそんな物騒なものではないですよ。知られるとしばらく外に出られなくなる程度の事実を突きつけるんです。まだ集められていませんけれど時間さえあれば集められますよ。別の人何人かで実績作りましたし。え?それが誰かって?秘密です。これは大事なものですから誰にも教えられないんですよ。

「…………」

 

「いやなんで引くんです?」

引かれる理由がわからない。え?殺せって逆に言われたことないかって?よくわかりましたね一度だけ使ったことありますけれど確かにいっそのこと殺せって泣かれました。でも殺しませんよ?

「私が軽率だったかもしれないわ」

露骨に話題そらした…いや、思いとどまってくれたのか。

 

「じゃあ殺さないと約束してくれますか?」

 

「保証はしかねるわ…」

保証はしかねるですか。でも検討して抑えてはくれるんですね。

「その言葉だけでも十分です」

それじゃあ…霊夢連れてきましょう?

彼女を省く理由もなくなったわけですし。良いですよね?

 

 

紫は少し悩んだけれどすぐに隙間を開いて霊夢をこっちに呼び寄せた。

「神社に飛ばしたりここに呼び戻したり一体何がしたいのよ!」

激おこだった。このままだと今度は霊夢のせいで仲間割れしかねない。

「落ち着いてください霊夢」

 

「落ち着けないわよ‼︎」

お祓い棒振り回さないでください危ないですから!それ当たったら溶けるんですよ?

「ごめんなさいね。さっきは少し取り乱したわ」

ほら紫もこう言っていることですし。許してあげてくださいよ。

 

 

「2人ともどうやら元凶が来たようです」

ようやく遠くからヒトの気配がするようになってきた。遅くないですかね?

それじゃあ私はここまでで帰らせてもらいましょうか。

2人の意識があちらさんに向いているところで素早く意識の外に出る。これに能力の殆どを行使しないといけないから疲れる。無意識を渡り歩くなんてしたくないですね。

 

やれやれ少し余計なことに巻き込まれてしまいましたね。

 

そのまま冥界の空に向かって飛び降りる。

自由落下。大して自由ではない自由落下をしていけば、冥界のお屋敷が目の前に迫ってくる。

空中制動。減速して着地。あまり関節に負担をかけたくないのですがこっちの方が早いですからね。

 

 

 

 

 

「応援呼んできたよ」

後ろを見ればそこには地底で生活している鬼達が集まっていた。その数20人。これだけいれば作業も捗る。

「ああ、じゃあ建物の解体を始めておくれ」

あたいはあたいで指示出すから。一応博麗神社の線図は藍から貰ったしどうにかできるとことまでやるよ。

 

「はいよ。使える木材は再利用でいいんだよな?」

萃香が聞いてくる。

ああ、そうしておくれ。壁とかはもう仕方ないけれどさ。

半分くらい解体し終わった神社はなんだか殺風景になりつつあった。

「そういえばあたいら結界の影響受けてないみたいだけど」

今更だけれど鬼達を見ていればなんとなくわかる。あたいも体がいつもと同じで軽い。

「今更だねえ。多分神社が傷ついて結界が機能していないんじゃないのかい?」

「多分そうだと思うけれどさ。なんだか不思議だねえ」

ただ神社の結界が壊れているというのは少しまずいかもしれない。実際あたいら妖怪には喜ばしい事なのだけれど神社の敷地には封印しないといけない悪霊なんかもたくさん保管されている。結界はそれらが規定の場所から逃げ出しても神社内部で止めるための役割も果たしているってさとりが言っていたし。

「よしお前ら!仕事始めるぞ!」

合流した鬼達が勇儀の掛け声で一斉に動き出した。

まあ先ずは解体だからね。あたいの出番はその後だよ。でも必要ないかもしれないなあ……今日だけだと解体だけで終わっちゃいそうだし。

「やっているようですね」

また別の…あたいのよく知る者の声がした。

「ああ…おかえり」

 

「ただいま」

フードは相変わらず。どうやらその様子だとどうにかなったようですね。良かった良かった。こっちはさとりの正体がバレるかどうかヒヤヒヤだったんですからね。

「おう帰還かい?」

 

「ええ、戻りました」

 

「取り敢えず指揮はあの2人に任せてあたいらはもう戻ろうか」

あたいができるのは組み立ての方だけ。解体は専門外だからね。

「そうですね……名残惜しいですけれど」

そう言うさとりの目には少しだけ寂しさが浮かんでいた。無表情だけれど目線は必ず感情を表す。

 

ふと足元になにかが飛んできた。

視線を下に向ける。

「あ……」

 

それは一枚の写真だった。

この神社の前で記念撮影をしたさとりと霊夢、それと先代が写っていた。

大事な記念写真。どさくさに紛れて荷物の中から出てきてしまったのだろう。

 

「あら……」

 

「これって……」

あたいが何かを言う前に写真は取り上げられた。

 

「もうあの子には不要な過去よ」

処分したはずなのにねと言葉が続く。

ならどうしてさとりは悲しそうなんだい?

「向こうだって流石に忘れたくはないんでしょう」

 

「だめ……あの子には不要な真実なのよ……」



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第7部シン地霊殿
depth.174火鳥考察編 上


半壊していた博麗神社は一週間もすれば元の形に戻っていた。

そのおかげかいつまでも神社が倒壊しただ結界が弱まるだ言って暴れていたりなんだりしていた妖怪も早いうちにみな静かになっていった。

 

まあそんなことは大事なことでもない。ただちょっとばかり巫女の仕事が増えてしまったという程度だったしその間に守矢神社が救援をしたりとかそういうのも私には関係ない話だ。

 

「あれ?お姉ちゃん出かけるの?」

玄関で朝帰りをしたこいしと出くわす。紅魔館にお泊まりすると言っていた割に朝早くに帰ってくるとは。ああ、そういえば向こうは夜の住人だからこれから寝るところか。

「ちょっと野暮用。留守番よろしく」

 

「わかった!」

こいしの返事を聴きながら家を後にする。フードを深く被り誰だかわからないようにする。

 

 

 

お空の様子がここのところおかしい。

ほぼ毎日のように守矢の神社に行っているのだ。

 

理由はわかっている。ただ、誰にも相談せず進めている時点でアウトな気がする。ただ本気で隠そうというより相談していなかった。隠すつもりはないと言ったところだろうか。

 

ただ何をするにしてもまずは情報が欲しい。特に八咫烏について。

お空に憑依されるのだから多分大丈夫だとは思うのだけれど、それを調べようにも手元の資料に八咫烏のことは書いていない。

 

こうなれば専門の方に聞くしかないだろう。

 

向かう先は同じく神様のところ。

でも八咫烏を知っているかどうかまではわからない。

 

秋も終わりにかかった山は紅葉が最後の抵抗を見せつけ、肌寒い風が吹いている。

収穫祭も一ヶ月前に終わった。秋の祭りももうほとんど終わった。もしかしたらもう鬱になっているかもしれない。でも聴きに行く。

 

 

山を探し周り、まだ紅葉が色濃く残っているところを見つけた。おそらくあの場所にいるはずとあたりをつけて近づいてみればやっぱりそこに彼女たちはいた。

宴会でもしているのだろうか2人の神さまの近くには酒瓶が転がっていた。

「ん?あ!さとりだ!」

ある程度近づけばようやくこちらに気がついたらしい。気配だけで私とわかるとはさすが神様。

「あ、ほんとね」

 

顔を赤くしているけれど判断力自体は正常なようです。よかったよかった。

秋姉妹は紅葉の絨毯の上で座り込んでいた。多分相当飲んでいたのだろう。

それでも近くに降り立った私のところへ立ち上がり歩き出す2人の足取りはそんなものを一切感じさせないものだった。

「2人ともまだ元気そうですね」

 

「まだ…ね。後一週間もしたら陰険になるかもしれないけどね」

そう突っかかったのは静葉さんだった。

そう簡単に変わるものなのだろうか。不思議なものですね。

季節によって性格が変わる妖怪は数あれど、ここまで大きく性格が変わる神様というのもなんだか珍しい。

でも今なら問題はないのだろう。聞けるうちに聞いておきましょう。

「少し聞きたいことがあるのですけれどよろしいでしょうか?」

お酒を進めようと徳利を渡してくる穣子さんを軽くあしらい、比較的まともな静葉さんに尋ねる。

「聞きたいこと?別に良いけれど」

わざわざ自分たちに聞きにくるのだからそれなりのことだろう…ですかね?思考を考察しながらも本題を切り出す。

「八咫烏についてです」

 

一瞬だけ表情が強張った。

何か知っているということだろう。ただ話してくれるかどうかはわからない

「八咫烏?ああ…あいつか」

最初に答えたのは私のそばでお酒お酒と変に絡んできていた穣子さんだった。あいつ…そういう仲だったのですかね?興味ありませんけれど。

「うーん…あいつって呼ぶほど知らないでしょ穣子」

あら知らないんですか。

「まあね……」

じゃあただの酔っ払いの戯言でしたか。でも今は情報が欲しい。少しでも何か手がかりになるようなことがあれば良いのです。

「どれくらい知っています?少しでも良いんです」

 

「そうね……別名太陽の化身。噂では結構派手に暴れて、もう二千年も前に封印されたとしか」

二千年も前ですか。だとしたら知っているのも相当な古参くらいですね。私も丁度その時期あたりでしたけれど六百年ほどずれていますし。太子なら知っているだろうか?あるいはあの頃の文献書物が残っていれば……

それに封印ですか…だとしたらあの2人が封印したのでしょうね。しかし派手に暴れたですか。もうちょっと情報とか欲しかったなあ。まあ知らないのであれば仕方がないです。

 

「貴重な情報ありがとうございます」

静葉さんの表情が少しくぐもっている。多分他にも知っていることがあるのでしょうけれどこれ以上は聞き出せそうにないですのでここら辺で切り上げる。

「ごめんね力になれなくて」

 

「気にしないでください」

二千年前に暴れたということがわかっただけでも十分ですよ。

そこからどこまで辿れるかは未知数ですけれど。

 

後情報を集められるところとなると……

ちょっと時間かかっちゃいますね。

 

 

 

 

人里に降りるまで3時間ほどかかった。既にお昼頃だからか道には人が溢れかえっていた。みなご飯を食べに出ている人達だろう。

それかただ買い物しに出てきているものかそれ以外の存在か。

そんな中で、昼頃に閑古鳥が泣いてしまう店の扉を開ける。店主の趣味なのか洋風の扉を押して開ければつけられていた鈴が軽い音色を奏でる。

「いらっしゃいませ!」

どうやらこの時間の店番は小鈴のようだ。まあそっちの方が話が通じやすいのですけれど。両親の方だとどうも対応が慎重だから苦労する。

その分妖怪との関わりも少しだけ持っている小鈴の方が話がわかるし少し特殊なものでもすぐに出してくれる。その分警戒心が薄いから心配な面もあるのだけれどそれはメリットデメリットの関係だからご愛嬌。

「ちょっとある資料を探しているの」

他の本には目もくれずまっすぐカウンターに来た私を訝しんでいる。流石に昼間からフードで顔を隠した人が来たらビビりますよね。

「ある資料ですか?」

 

「二千年以上前の神さまの資料なんだけれど」

といっても当時八咫烏が神様として祀られていたのかと言われたらすごく怪しいところ。実際問題相当やらかしているから邪神あたりに編入されていそうですけれど!

「そんな古いの……あ、ちょっと待っててください!」

無いといいかけて何かを思い出したらしい彼女はそのまま店の奥へ駆け出していった。本の事となるとやっぱり警戒心が無くなるんですね。ちょっと危ないかも。

そんなことを思っていると、軽やかな足取りで小鈴が戻ってきた。

「ありました!その時代の妖怪や神をまとめた書物!」

 

「ほんとですか?」

二千年前だというのによく残っていましたね。いや…多分後年になって再編集されたもののようですけれど。それでも相当古いもののようだ。借りてもいいかどうか訪ねたものの、その途端ギクッと言う効果音が聞こえてきた。

「ちょっと公開できるものじゃないんですよねごめんなさい」

あらま。

公開できない……ああそうか。長い年月が経ってしまったから妖魔本になってしまっているのか。だとしたら一般的な販売は無理ですね。貸本でもダメでしょうし。

一応妖怪ということを伝えれば理解してくれると思うのですけれどそれでも危険が伴う場合がありますからね。ここで危険を犯すのは逆効果です。

妖魔本の取り扱いが難しいのは私がよく知っていますし。

「そうでしたか…無理を言ってすいません」

結局そんなものに手を出して後々に響くくらいならもっと安全な策をとることにした。

「すいません」

申し訳なさそうに謝ている彼女だけれど私を妖怪だと知れば警告せず進めてきたのだろうか?流石に妖魔本だとは言うでしょうけれど。まあそんなことは置いておくとして……

「そのかわりそこのQって方の小説お願いできます?」

 

久しぶりに新作が出ているから買わないとですよ。面白いんですよねえこれ。怪盗のシリーズと探偵のシリーズとあるのですけれどやっぱり私は探偵派ですね。

「もちろん良いですよ!」

 

そうだこいしとお燐の分も何か買っていこう。お燐は…怪盗のシリーズが好きって言っていましたし。こいしは……確かこの前芥川の本が欲しいと言っていましたね。

 

それらを購入し再度やっぱりその妖魔本の事を聞く。私が妖怪だったとしたらやっぱり同じ対応をしたのかどうか。

帰ってきた答えはイエスだった。ならさっぱり諦めるとしましょう。

妖怪相手すらダメな妖魔本なんてもう封印するに限る。だけれどそれにその内容が書いてあるということを知っている小鈴はどうやってそれを知ったのだろうか?まさか……いや深く考えすぎか。

 

そのほかの文献でもないかどうか探してもらったものやっぱりなかった。

 

 

 

 

 

「それで貴女は荷物を持ってここに訪ねてきたと」

いや偶然ですよ。ええ、本屋がダメだったのでどうしようか考えていたら丁度貴女の家の前でしたから。あ、お茶ご馳走になります。

「そういうことになります」

目の前の布団に座っているのは稗田阿求。私とほぼ同じかおそらくそれ以上の身長である彼女が冷めた目で見つめてきた。

「でも珍しいですね。貴女とあろう者が私のところに訪ねてくるなんて」

私をなんだと思っているんですか。私だってわからないことは尋ねるし自分で調べるんですよ。吸血鬼とか賢者とかは自分の部下に調べさせますけれど私に部下はいません。家族か…知り合いか大切な人だけです。

「なんですその言い方……」

 

「替え玉から聞いていた情報だともっと残忍だと」

いやほんとにそれどこ情報ですか?訂正を行いたいですよ。確かに何回か暴れたことはありますけれど…でもそれは向こうが仕掛けてきたからじゃないですか。

 

「…色々言いたいことはありますけれど今はおいておきましょう。それで八咫烏について詳しく知りたいのですが」

妖怪や神様についての専門家とも呼べる存在ですからね。ある程度は知っているでしょう!対処法までとは言いません。どのような存在だったのかを聴ければ良いのです。後具体的な被害とか諸々。

「随分と古い名前ですね。私も直接会って話を聞いたことはありませんよ」

 

「そりゃそうでしょうね……」

二千年も前に稗田はまだいませんし。

「一応一番最初の体の時に書物で見たことはあります。その時に保存目的で情報を写し取ったものがあったはずですがいかんせん古いものです。見つかるかどうか」

あ、資料としては一応あるのですね。ならなんとかなるでしょうか?でも古いものということはいくら保存状態が良くてもちゃんと残っているかどうか。

「覚えていますか?」

残るは彼女の記憶のみだ。

「ええ、今手が離せないので口頭で伝える形になりますが」

そういう彼女の両手は包帯が巻かれていた。一体何をしてしまったんだか。

「ちょっと緊急事態で…応急処置をするための消毒で両手を焼いちゃったんです」

それはまたなんともご愁傷様です。でもよくそんなことしようと思いましたね。まあ私も応急処置の消毒とか止血で手を焼くことはありますけれど。

 

 

「構いませんよ」

 

そういうと彼女は八咫烏のことについて話してくれた。結構詳しく、というよりあまりにも当時暴れすぎたからか有名な存在だったのだとか。当時はですが……

 

 

 

 

 

「……ということです」

話を聞き終えた私は頬を伝う汗にようやく気付いた。

「それはまたなんとも…」

話を聞くだけでもそれは恐ろしい存在だし正直言ってそんなアホなと思いたくもなる。だけれどそれが事実であるのは確かなようだ。誇張されていない事実であるからこそ恐ろしい。

でも本質自体は大したことはない。ただスケールが違う。

「自然界の本質のようなものです。ですがどうして今になってそれを知ろうと?」

確かに八咫烏の名前なんて一般的には殆ど知られていない。

「深い理由はないです。ただ、気になっただけですから」

実際には結構深い理由がありますがそれを話すわけにもいかないので伏せておく。騙すようなことになってしまっていますけれど仕方がないです。

これはすぐにでも止めに行かないとまずい。このままじゃ下手をすればお空が死んでしまう。

どうせ安全対策はバッチリだとか言ってきますけれどどう考えても抑え切れるようなものではない。

 

「止めるか……」

 

一応お空にも伝えられているだろうけれどちゃんとした脅威度を知らないで力を使いこなそうなんて無理である。

まずはその力をちゃんと理解させないと。今の様子じゃ絶対理解できていない。せいぜいすごい強い力というだけだ。

それに何かを得るには同等の対価が必要になる。

 

「行くところができてしまいましたね……」

 

人里を抜け空に飛び上がる。もう少し早く気付けばよかった。



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depth.175火鳥考察編 下

昔話をしましょうか。

 

もちろん私だって生で経験したものではないですよ。私が生まれるもっともっと…千年以上も前の話です。

その頃はまだ日本と呼ばれる国はなく、それぞれ様々な集落が大きく成長し一つの国としていくつも乱立していた時代。

それぞれの国には神様が祀られていたり妖怪が祀られていたり結構な時代だったのだとか。統一されたルールとかもない時代だから神様を巡ったり土地を巡ったりで国同士の争いは絶えなかったのだとか。そんな時代だからこそ、それら国をまとめ上げ一つの国を作ろうという思想が生まれた。

神様達は集まり、一つの強い神様の元に従うようになった。

ただ、それを邪魔する者も現れた。

 

そいつは力の限りの暴力で国を焼いた。文字通りたった1匹で国一つを焼き尽くし、それに飽き足らず焼け野原を作って行った。

残忍な性格ではあるけれどだからこそ苦しまないように超高温で一瞬で焼き尽くす。いつしかその存在を八咫烏と呼んだ。

 

一説によると炎を一度出せばそれは1週間燃え続け、山一つを一瞬で火の海に変えたり複数の国をいっぺんに焼き尽くしたり。

この土地も半分は焼き尽くされたらしい。

人も植物も神様までも完膚無きまでに。

焼け跡の地面は砂が溶けて固まり岩のようになってしまったのだとか。いや火力高すぎますよね?流石にそれは誇張しすぎ……でも根こそぎ灰になった形跡は江戸時代にも地層から見つかったのだとか。まじですかい。

 

 

封印される直前までその力は健在だったらしく戦いは4日とか一週間とかしたのだとか。しかも参戦した顔ぶれも須佐男とか武甕雷とか建御名方とかkikuriとか錚々たる顔ぶれなのだとかなんとか。詳しくは情報が不鮮明なためわからない。ただ四国で行われたそれのせいで四国は一帯焼け野原になったと言われているものだからたまったものじゃない。

 

色々と規格外すぎる。ゴジラでももっと常識の範疇に収まってくれているのにこんな色々規格外の存在を取り込むなんて……

しかも封印されてからかなりの年月が経過している。となればその分の感情は?それが一気に溢れ出たら……

 

まずい今のままじゃ灼熱地獄が吹っ飛ぶ。文字通り……

いや、それで済めば万々歳ですね。

最悪の場合旧地獄を新たな灼熱地獄に変貌させられかねない。

流石にそれは困ります。

 

でも八咫烏って日本神話だと日本武尊を導いたとかなんとか言われてませんでしたっけ?この世界の日本神話は結構違うようですけれど……

 

 

 

しばらく空を飛んでいると、守矢の神社が見えてきた。

流石に今回ばかりは黙っているわけにはいかない。ちょっと警告しに行かないといけない。そもそも向こうの方が力についてはよく知っているはずなのになんで大丈夫って踏んだんですかね?それが一番聞きたいですよ。

 

高度を下げて鳥居の前で着地。侵入防止用結界があるから入り口から入らないといけない。わざわざ裏から入ろうとも思いませんし。

知り合いであれば入る時は時々窓くらいです。

鳥居を抜け、力が抜ける感覚が体を包み込む。

神社に人影はないけれど、裏庭の方に回ってみればそこには緑色の髪の毛を腰のあたりまで伸ばした巫女が休憩をしていた。

面から回ってきた私を一目見るなり彼女は会釈をする。

少しだけ気まずそうにしていたのは前の出来事からだろうか。

「訪問客…ではなさそうですね」

 

「ちょっとした事で神さま2人に用があるのですが」

そう言えば彼女はあの2人ですかと首をかしげる。どうやら神社にはいないらしい。

 

「神奈子様と諏訪子様でしたら今はお出かけ中ですよ」

 

タイミングが悪い……

どこに出かけているか尋ねてみようかと思ったものの、そういえば天魔さんが神奈子さん達との協議があるから手伝ってくれって言っていたことを思い出した。面倒なので拒否しましたけれど。

私を山の重要人物と見ているようでしたし、誤解を解いてもらうためにも行かないと伝えたのですが…ちゃんと伝わっているでしょうか?なんだか不安になってきました。

「では帰ってきたらさとりがきたと伝えてください」

そう伝えておけば向こうは薄々理解するだろう。流石にばれずにお空に力を与えるのは無理だと思っているでしょうし。行動が早いか遅いかと言われたら多分遅いと思うでしょうが。

「わかりました」

正座したままお辞儀をする早苗さんに礼を言って神社を後にする。相変わらず力を封印される状態は好きになれない。もう力がないただの人間であった頃の感覚には戻れないのですね。

それはそれで仕方がないことなのですけれど……

 

 

 

 

 

 

「緊急工事だ⁈」

私が出した書類を見て勇儀さんは驚いていた。それはもう見事な驚きっぷりでしたね。小傘だったら1週間分くらいは遊んで暮らせるとか言いそうなほど。

でもそれは驚かそうとしているわけでも意地悪を言っているわけでもない。ただ事実を書いただけだ。

 

「調べた結果灼熱地獄内部に重大な欠陥がありました。このままだと予期せぬ加圧があった時に吹き飛びます」

嘘は何一つ言っていない。実際八咫烏の力が内部で炸裂したら外壁が堪え切れない欠陥があるし、万が一の冷却システムを作動させても今のままでは対応できない。

冷却を全力使用すると一時的に内圧が高まってしまいやっぱり外壁が堪え切れない。

「そんなこと言われてもなあ……これ以上どうするってんだよ」

嘘ではなく事実であるということがわかったらしく勇儀さんも納得はしたようですが、食い下がる。

「地上に向けて放出します。冷却に使う水脈の一部は地上にも出ていますからそこの穴から熱と圧力を逃すんです」

現時点でも似たようなことはやっているけれどそれだけでは足りない。だから追加でいくつか圧力を逃がすための縦穴を作る。

 

幸い幻想郷の地下は空洞や縦穴が多いのでそれを流用すればすぐに完成する。一部穴の位置や先が不正確なところも……半分くらいありますが調査している暇はないです。

「理屈はわかるが…また大工事だな」

脳筋と呼ばれることが多い鬼だけれどこういう時の頭の回転は早い。昔から建築をやっていただけある。

「ごめんなさい。早急に必要になったの」

まさかここまでの大火力だったとは想定外だったのだ。許してほしい。

「何があったかは知らねえが……灼熱地獄の責任者はあんただしな。いいよやってやるぜ」

 

「ありがとうございます。ではこちらで図面を用意します」

明日明後日までには完成させないといけない。必要な資料は書斎の方に揃っているはずだから問題はない。

「おう、任せた」

 

勇儀さんが部屋の外に消える。その背中がいつも以上に頼もしく見えたのは気のせいだろうか?

さて、付け焼き刃ですが安全装置の強化はどうにかなりそう。後は……

 

 

 

 

部屋の外で聞いていたであろうこいしを呼ぶ。どこから聞いていたのかはわからないけれど少なくとも私の考えはある程度わかっているはずだ。多分聞いていたのならある程度…わかっているのだろう。

「こいし、いるんでしょう」

少し間があり、部屋の扉が開かれた。

やっぱりそこにはこいしがいた。私を見て複雑な表情をする。推理するのが得意なこいしだから今のお空の現状と私のさっきの話を聞いてある程度察してしまったのだろう。

「どうしたのお姉ちゃん」

それでも知らないふりを通すようだ。正しいかどうかはわからない。でもこいしはそうすることにしたのだ。それを責めるのは違う。

 

 

「これを貴女に預けるわ。私の不在中に何かあったらその本に従って」

不在中なんてことはないと思うけれど一応だ。

「え…あ、うん」

何か言われるんじゃないかと思っていたようだけれどわたしから本を渡されただけのことにこいしは困惑していた。それでも私の意図を読もうとしてくる。でもわからないでしょうね……

 

さて渡すものも渡したのだから後は……

「それじゃあ私はちょっとお空のところに行ってくるわ」

席を立ち部屋を後にしようとする。でも扉に手をかけた私をこいしは止めた。

「お姉ちゃん!お空と何があったのかは知らないけれど……喧嘩して欲しくないの!」

喧嘩…ねえ。私は別に喧嘩しようとは思っていない。だけれどこのままいけば彼女は取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。

「こいし、いくら家族が大事であっても間違った方向に進んでいるなら絶対にそれを止めないといけないの」

たとえ言い争いになってしまっても…止まらないかもしれないけれど。それでも止めないといけないのだ。

 

「嫌われてしまっても?」

嫌われるのなら得意技よ。それに……

「それが家族ってものよ」

絶対に後で仲直りする。

それが家族だから。

 

 

 

 

やっぱりお空は灼熱地獄にいた。なんだかんだ言ってここが彼女の古巣。それに管理も任されているのだからここに行けばこう確率で会えるのは当たり前。

 

制御盤をじっと見つめている彼女のそばに立つ。白熱電球が郁雨も点灯しては消え、時々地球の動きで赤いランプが点灯したりしなかったりをしている。

「お空」

私に目を合わせようとしないのは多分あの2人の神様がなるべくバレないようにしてくれとでも言われたからだろう。別に私は何でもかんでも心を読もうなんて思っていないのだけれど。今だってほら、隠していますよ。

「なんですかさとり様」

制御盤を見たままお空が答える。その目には少しだけ後悔の念が浮かんでいるように見えた。

 

「力、そんなに欲しいの?」

 

「っ……だって守れないですから」

私が言っても意味ないだろう。だけれど言わないといけない。

「過ぎた力は身を滅ぼす…」

 

「そんなことわかってます‼︎」

わかってるのならどうして!なんて言えるわけがない。その理由が私にあるのであれば尚更である。彼女を否定することは私にはできない。

 

「やめてお空……お願いだから」

 

「ごめんなさいさとり様」

言葉はほとんど要らなかった。結局私の言葉はお空には届かないしお空もやめるつもりはもうない。というより……もう何があっても引き返さないという意思表示が見て取れた。

 

「力を欲するのはいいけれど…力に飲み込まれたら元も子もないわよ」

もう仕方がない…せめてお空が無事であれば良い。元からこれすら計算に入れて行動していたのだ。それが現実になっただけ……うん。

「わ、分かってますよそんなこと」

 

「分かってるなら…いいえなんでもないわ」

 

ここでお空を責めても何にもならない。

でも注意くらいはする。力が恐ろしいというよりあれだけ大暴れした八咫烏を取り込もうとするのだ。絶対八咫烏側だってチャンスだと思うはずである。

お空を乗っ取ってしまえば自分は自由。誰とも知らない小娘は復活のための生贄。そう考えていてもおかしくないし薄っすらとだけれどあの神社の奥の方でそのような気配がした。本当にごく僅かだし普通の人にはただの嫌な気配としか映らない。だけれど私にはわかる。あれはそういう意思がこもっているものだ。

「力に飲み込まれても大丈夫なようにアドバイスをしてあげる。もし飲まれそうになって自我を持っていかれそうになったら迷わず心を閉ざして」

もうこれしか方法はない。一度体の制御を渡してしまうのと、意識自体を乗っ取られるのとでは後の対応がずっと変わる。

「心を閉ざす?」

ふに落ちないようだけれどわかる時になれば自然とわかるようになるわ。

「そう、自我が乗っ取られて完全に向こう側に書き換えられたら終わりよ。そうなるくらいなら体の主導権だけ渡して心閉ざして篭るの。そうすれば後からどうとでもできるから」

実際意識自体を乗っ取られたらもうどうしようもできない。だってその意思はもうお空ものでありお空だから。もう意思を乗っ取られる前の状態にはできない。体だけ乗っ取られたのならまだ体の中にお空の意思ともう一つ別の意思がある状態なのでなんとかなる。理屈でいえばだけれど……

「わかりました…よくわからないですけれどやってみます」

 

「お願いね……」

 

「大丈夫ですよ!制御だってしてくれるし……」

 

「お空どこまで八咫烏について知っているの?」

 

「昔暴れて封印された神様って言われたけれど……」

まさかそれだけ?でもお空のことだから忘れている場合もある……

でもこれはまずいかも。

 

 

「そう……」

 

また行くところが増えてしまった。だけれどそれはもう少し後になってから。今は灼熱地獄の改修が先よ。

「お空、ちょっと地獄の中を見て回るから火力を落としてくれるかしら」

 

「わかりました!すぐに火力下げますね!」

 

とは言っても火力を下げるのは30分くらいかかる。緊急冷却じゃないんだから手順を踏んでやるので当然だ。

 

結局気づけばご飯の時間が迫っていた。

 



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depth.176異聞躍動篇 上

灼熱地獄の補強が終了したのは秋も完全に終わり雪が降り始めた11月末だった。

結局その間監修とか色々仕事も増えてしまったし全然守矢とコンタクトを取ることができなかった。

今日は一日空きができた。というよりエコーがもういい加減やめろと無理やり休みにしてくれたから一日の予定が消えたというべきだろう。

 

お陰でここにくることができた。

目の前にそびえる朱色の鳥居。奥に入れば博麗神社より先進的というか近代的な建物が見えてくる。

そうは言っても年代的に博麗神社の建物が室町後期。守矢は江戸時代中期に一度建て替えをしたというだけで大した違いは見受けられない。

 

それよりも、これで今日居なかったらもうどうしようもない。まぁそんなときは帰ってくるまで粘るのですけれど。

「お邪魔します」

いつも通り縁側の方に回って中を覗き込む。居間に座っていた早苗さんがこちらに気づいて手を振ってくれた。

「お久しぶりです。えっと神奈子様達でしたっけ?」

覚えてくれていたみたいだ。有難い。

「ええ、そうです。今日はいますか?」

私の問いに笑顔になった早苗さん。どうやら今日は居るらしい。

有難い。いや、向こうは想定しているはずだ。だとしたらどこまで向こうの計画通りなのだか。

「もちろんいますよ。今から呼んできましょうか?」

お願いしますと一言言えば、建物の奥に消えていく早苗さん。

しばらく待っていると、再び早苗さんが来た。ちょうど雪がちらほら降り始めた頃合いだった。そういえばもうそんな季節だったなあ。

 

「神奈子様は別室で待っているようですのでご案内します」

お邪魔しますと靴を脱いで部屋に上がる。先行する彼女の続いていくつかの廊下と部屋を抜けるとそこには天魔さんと一緒に来たあのお部屋だった。

なるほどここにつながっているのですね。

 

「早苗、私達だけにしてくれ」

 

「わかりました」

一言そう言って早苗さんは部屋を後にした。襖が閉じられ、周囲と隔離された空間になる。

外からの光が遮断され周囲はろうそくの明かりだけになる。神秘的といえば神秘的。悪くいえば不気味かつ危険。

「地底の主人か」

久しぶりに聞くことになった彼女の声。

目の前の祭壇のようなちょっと豪華なところに腰を下ろした神様はただ私を見つめていた。

その瞳に邪念は存在しない。

まあ座れと言われ目の前に置かれていた小さな座布団の上に体を下ろす。動くだけで部屋の空気が乱れ、呼吸を圧迫する。ここは妖怪がいていいようなところではない。そう暗に伝えてきている。

 

 

「今日はどのような用件だ?」

わかりきっているだろうに。彼女は私に用件を聞いてくる。形式に則ったものかもしれないけれどある意味煩わしいというか、知っていてわざととぼけているとも捉えかねられない。

「お空の件といえばわかりますか?」

それだけ言えば向こうは全てを察してくれた。と言うより元からそれを予想していたのだろう。そうでなければあのような含み笑いはしない。

「止めにきたとでもいうのか?傑作だな」

傑作…確かに傑作かもしれませんね。私1人がどうしようとしたところで変わらないかもしれない。それでもやらないといけないのだ。

「ええ、そうですよ。貴女達が扱っているものが彼女に扱いきれるとは到底思えません」

こちらもそれなりに情報は集めた。一般には出回らない情報と私の知識を活かして。

「それを決めるのは君じゃ無い。私だよさとり」

う……

そう言われてしまうともう何も言えないのですけれど。

口元は笑っているけれど目が全然笑っていない怖いを通り越してもう色々と諦める段階になってしまいそうになる。

でもここで引いたらダメ。

「私は家族を守る義務があるんです。このままお空を見殺しにするような真似はできません」

八咫烏が何を考えているのかは不明ですが、力で全てをねじ伏せ破壊してきた神様だ。今更少女1人に躊躇などするはずがない。お空の体を依り代にして幻想郷を灰にすることだって可能だ。

「冷静に考えてくれないか。何も必ず失敗するなんてことはないだろう?なら成功する方に掛けた方が有益だと思うが」

計画を考えればそうなのかもしれませんよね。それもある種正しい選択ではある。

「そうですけれど……でも貴女たちは彼女の安全より、利用する方を優先するでしょう。そっちの方が有益でしょうから」

目が少しだけ泳いだ。図星。

サードアイを展開。外套から覗かせて思考を読み取る。

「そんなことはないさ」

言っていることと本心が合致しなくなる。反撃。ここからは私のターン。

「嘘。今見透かされているなあって思いましたね」

 

「あ?」

私の言葉に一瞬だけ言葉が詰まる。すかさずそこに言葉を紡ぐ。

「心が読めるのか…ですか。勿論ですよ。そこで隠れているもう1人の方も」

サードアイの読み取りに紛れ込むもう1人の思考。その発信源に向けて首を振れば、蝋燭の灯りが影を作っている場所から、まるで生まれるかのように少女が出てきた。神聖…そんな雰囲気ではあるけれどどこか恐怖を感じてしまう。神々しいというより怨念に近い。そんな空気をまとわりつかせているのは私より5センチほど身長が高い諏訪子さんだった。

何か言いたげだったので先回り。

「なんだバレたんだ…。もちろんそこにいるのには気づいていましたよ。気づかないふりをしていましたけれど」

私の言葉に口を閉ざす。会話が成立しないタイプだと思ったのだろう。

 

「っち……さとり妖怪だったのか」

神奈子さんが舌打ち。だけれど嫌悪感はあまり感じられない。忌み嫌っている節はありますけれど。確かに心を読まれるのは嫌でしょうね。でも仕方がないですよ。

「ええ、そうですよ。ですがそれが何か」

言わなかっただけで秘密にしていたわけではないです。

 

視線が交差し、思考の読み取りと、その思考読み取りを上回る対応。一種の心理戦状態になる。どれくらいだっただろう。十分とかそのくらいな気がする。

「私達に楯突くつもりか?できればやめてくれ。私はあんたと戦いたくはない」

ようやく口を開いた神奈子さんはそう言ってきた。つまりこれ以上止めてくるのであればその時は実力行使を行う。そう伝えているのだろう。私がさとり妖怪だと知った直後のこの反応だ。

多分思考は……計画がバレてしまったということを込みとして口封じを行う、といったところですね。思ったことと思考とでは少しベクトルが違います。だから同時に全部読み取るのはちょっと大変。無駄に力使いますし。この空間では神社と同じで能力も力も制限されていますから思ったことを読み取るので精一杯です。

「……お空に神の力を宿らせたりはしない」

立ち上がる。こうなればお空を無理矢理にでも止めるしかない。それか、八咫烏の力をちゃんと知るべきだ。どれほど恐ろしいのか。それを知ってから改めてあの子に判断させる。

「悪いが…帰らせるわけにはいかないな」

だけれど私が襖に手をかけた瞬間、その襖は消えた。

世界が歪みだす。立っているのもできないほど平衡感覚が失われ、気づけばそこはただ荒れた地面が広がる空間だった。空は黒色…いや灰色の雲が低く垂れ込み、その上の明かりは金色なのかへんな重厚感に溢れている。

これはもしかして……

「神界ですか……」

 

真後ろで神奈子さんの声が聞こえる。

「よくわかったな。誰か知り合いに使えるやつでもいたか?」

振り返ればそこには諏訪子さんと神奈子さんがいた。

「いえ……知っているだけです」

 

「へえ、面白いねえ。私はますます気に入ったよ。せっかくだし色々調べさせてよ」

諏訪子さん…それ絶対無事じゃ済まないですよね。困るんですけれど…

 

向こうはこっちに踏み出してくることはない。叩く意思もまだ見られない。

 

「さとり、最後の警告だ。頼むから我々の邪魔立てをしないでくれ」

最後まで警告してくれるあたり優しいのですね。でも……

「嫌ですね。そんな頼みは聞けないですね」

 

地面が吹き飛ぶ。コンマ数秒の差で後ろに飛んで回避。地面から現れたのは巨大な御柱だった。それも一本だけではない。私を追うように何本も突き出してくる。

それら全てを後ろに飛ぶことで回避。一緒に飛び上がろうとしたけれど力が入らずそのまま地面に吸い寄せられる。

でもそれをかわしても次に飛んできたのは金属の輪っかだった。触れちゃまずい。本能が警告。姿勢を地面と平行にさせて輪っかをやり過ごす。

反転して戻ってくるもののそれは私ではなく諏訪子さんの方に戻っていった。

思考を読み取る。やっぱりこの空間も能力や力の一部は使用できない。さっき飛び上がれなかったのがいい例だ。仕方がない。

 

かなり距離が離れてしまい彼女達を一瞬見失う。

それでも体は動いた。本能的というか、ほぼ直感。横に転がる。さっきまで私が居たところを御柱が通り過ぎた。人の身長ほどありそうなあの柱が高速でぶつかったらひとたまりもない。

 

質量攻撃はほんと勘弁してください!

体をひねって二射目の御柱を回避。側面に蹴りを入れて反動で大きく移動する。

だけれど今度のはちょっと違った。

通り過ぎたはずの御柱が方向を変えて戻ってきた。

追尾式……厄介とかそういうのを通り越してもう諦めたくなった。

逃げ出す私の足元をかすめるように鉄の輪っかが飛んで行った。少し踏み出す位置がずれていたら足を持っていかれるところだった……容赦がないですこの神。

人の身体能力じゃ後ろから追いかけてくるあれを振り切ることなんてできない。

サードアイが拾った心の声はそれを裏付けるものだった。流石に私だって無謀なことをいつまでも続けているわけにはいかない。この目がなければ今頃鉄の輪っかで切り刻まれていたところですし。

諏訪子さんって案外予想しやすいというか……技術が高すぎるから貴女の狙ったところピンポイントに飛んできてくれてありがたいんですよ。凄く避けやすい。

 

 

後ろすぐそばまで御柱が迫ってきた。そろそろ頃合いだ。走る体を止め、反転する。自ら御柱に突っ込む形になったことで向こうが警戒をする。でも今更どうしようもないでしょう。

重い炸裂音がして、御柱が砕け散った。破片の間を縫うように飛び、御柱だったものを通り抜ける。

流石に神奈子さんも諏訪子さんも驚いていた。

ついで私の右手にあるこれに目線がいく。

手に握ったそれを構え直す。銃口が動こうとする諏訪子さんを捉える。流石に動くとまずいと判断したのかその場で止まった。

「全長39cm、重量16kg。13.6ミリ対鬼用タングステン製徹甲弾。マーベル化学薬筒NN9、パーフェクトだ」

最近はほとんど使っていなかった。だけれど万が一必要になるかもと装備を整えてきていて正解でした。

 

ただあの距離からじゃないと御柱貫けませんね。御柱が頑丈すぎるんですよ。

ほぼゼロ距離じゃないと縦に貫けないなんて…いや、ならば側面を狙えばいいのか。

 

真横に銃を向け射撃。不意を突こうと鉄の輪っかをこっそり投げようとしていた彼女の手で火花が散る。諏訪子さんの手に収まっていた金属の輪っかが弾け飛ぶ。

軽い金属音。徹甲弾が命中してもあの輪っかは歪んだ形跡はない。恐ろしや恐ろしや。あっちも相当な硬さだ。あるいは神力でめっぽう頑丈に作られているのか。いずれにしても当たらなければ問題はない。

 

「うわ、すっごい威力」

 

「神の柱をも壊すか」

 

にとりさんほんと化け物じみたもの作りますよねえ。確か自分達の作ったものでいつか神を超える…人造的に神を作り出すのが夢だとか言っていましたね最初聞いた時はアホかと思いましたがここまでのものを作れるのなら出来ちゃいそうです。今度神にも通用したと感想書きましょう。

 

でもいつもの力が出せないから反動すごいくる。さらに前の改造で威力を増すために炸薬量を変えてあるから発生するガスが多くて耐久下がっていますし。

そう連射できるものではない。

でもここで使うしかない。幸い弾丸には余裕がある。

もう一丁も構えて準備を終える。こっちは弾が炸薬を詰め込んだ榴弾仕様だ。ただし入っているマガジン分だけ。

それで十分です。神様に直接当てるとき以外は使い道がなさそうですから。

 

硬直している2人。でも気は抜いていない。私がこれを使っていたとしても勝てると自信があってのことなのだろう。なら、私も生き残るために色々と手を打ちましょう。

 

「さあ、止めるのでしょう私を!ならば止めてみなさい!御柱を飛ばせ、神の力を行使しろ!ハリー‼︎ハリー‼︎」

ついでだからこの神界もどうにかしてください。お願いします…え?倒さないと解除されない?じゃあ倒すかどうかしないとダメですね。

 



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depth.177異聞躍動篇 下

令和初投稿です


空間の歪みが発生し、異空間から御柱が引き出される。巨大なそれらがまっすぐと私を見つめる。物言わぬただの棒。殺意も湧かず、使命を全うするためだけに存在する。

その数10本。1人を倒すにはかなりの数だと思うのですけれど。

でもまあ、逆に言えばそれだけの数で足りてしまうということです。それほどまでに今の私は弱いのだろう。

私は確かに妖力は使えない。それを見込んんでこの空間に閉じ込めたのだ。参りましたねえ。

「妖力の使えない妖怪なんてただの虫けら…ですか」

確かに違いないです。

それでも慢心は絶対にいけないことです。でもそれは2人には無縁なものだったかもしれない。2人とも慢心する様子ないですし。

 

解き放たれる御柱。いくつかは私の側面を取ろうとする。それに合わせて諏訪子さんが視界から消える。死角を突くつもりらしい。やっぱり連携が取れている。

 

体をランダムに動かして後退。それでも人の動きの何倍もの速さで迫ってくるそれを回避することはできない。

だから……

思いっきり地面を蹴り上げ、人ではない動きをする。

一瞬のことで追従しきれない御柱が真下を通過する。その上に体を無理やり落とす。

体が空気抵抗で吹き飛ばされそうになるのをどうにか抑え込む。

 

「どうして……」

なんか言っていますね。種を明かすつもりはありませんよ。そもそも考えれば分かることでしょう。

あ、そうか。同じ種族じゃ強いやつか純粋なものしか知らないからわからなかったのですね。これは失礼しました。

私が乗っている御柱に向けて別の御柱が突っ込んでくる。

タイミングを合わせて…もう一度ジャンプ。御柱同士がぶつかり木が砕け散る音が響き渡る。足場を失った体が自由落下。

一回だけ空中を蹴り飛ばす。落下していた体が反転し、上に跳ね上がる。足元を今度は鉄の輪っかが通過していった。

 

「どういうことだ?」

神奈子さん、それを素直に教えると思いますか?

「教えても良いですけれどちゃんと話聞けますか?」

 

「それは無理だな」

無理なのでは此方もダメですね。あきらめましょう。

 

地面を蹴り飛ばし一気に近づく。目標は神奈子さん。

諏訪子さんを相手するよりこっちを相手する方が良い。と判断したからだ。

 

近づかれまいと残っていた御柱をすべて私にぶつけてくる。

右手の拳銃を使い一個一個破壊していく。弾が切れるのと出現していた全ての御柱が破壊されるのはほぼ同時だった。

 

マガジンを銃から外し捨てる。本当は回収した方がいいのだけれど今は緊急事態だから仕方がない。新しいマガジンに切り替え再度……

 

後ろから飛びかかろうとしていた諏訪子さんにぶっ放す。素早く反対側の手で引き出した榴弾入りの銃を連射。迫っていた影に大穴がいくつも開く。

再度目標を捉える。

御柱を引き出している時間はもうない。発砲。スライドが引き下がり空薬莢が排出される。

それはまっすぐ神奈子さんに向かっていき、そして…弾き飛ばされた。

正確には叩き伏せられたと言ったところだろう。彼女の手に握られていた刀がそれを物語っている。

「流石ですね」

 

「では……」

足に力を入れる。一歩、一歩だけでこの距離を詰める。

そんなことができるのかって?妖力が使えないから完全再現はできないけれど、勇儀さんの三歩必殺をある程度再現すればいけます。

使うのは少しだけある神力。

確かに妖力は使えない。だけれど神力は別である。この力まで封じたら彼女たちまでその影響を強く受ける。そもそも妖怪に神力が宿っているということ自体が稀だしたとえ宿っているとしたら結局妖怪やめて神になっている。

私がただ異常なだけなのだ。

 

でも神力の全てを使うわけではない。妖力を外に向かって出力することができないというだけなのだ。妖力自体はまだ沢山あある。ではこれをどうやって使えばいいのか。それは……

神力に混ぜて一緒に使う。力を混ぜるなんてできるのか問われれば私はできると答える。実際できていますし。こいしなんて魔力と妖力を混ぜて使えるようになっていますからね。まあ、最近になってからですけれど。

それにこれをやるにはスペルカードを媒介として使わないといけない。実際今の私は宣言こそしていないけれどスペルカードをこっそり発動している。

元々妖力を使用するスペルカードに二つの力を混ぜ込む。そうすれば結界の中で片方の力が制限されていてももう片方の力が結界の効果を無効化する。

私が気づいたのは去年ですけれどね。うっかり博麗神社の中でやっちゃったのがきっかけです。

バレなくてよかったですよあの時は……

 

距離が一気に詰まる。刀とか拳には少し足りないそんな距離。でもそれが私の距離。

大型の拳銃を神奈子さんに向ける。当然刀で切り掛かって来ようとする。

「チェックメイト」

でも腕が振り下ろされる前に素早く引き金を引く。それとほぼ同時に私のお腹に鈍い衝撃が来る。なんの衝撃かは分かっている。蹴り飛ばされたのだろう。だけれど痛みなんて感じない。だから問題はない。

少しだけ上を向いた銃を間髪容れずに発砲。肉片が飛び散り、私の顔や服を汚す。

砕け散った頭と、丸くえぐられた肩。結構あっけなかったですね。

 

 

「あっけないのは君だよ」

 

不意に視界が回転する。お腹と背中になにかが突き刺さる鈍い痛みが一瞬だけした。

動こうにも体が自由に動けない。

振り回される。上下の感覚もわからない。

「あ……」

そういえば諏訪子さんいましたね。でも今までどうして攻撃してこなかったのですか…

 

「神奈子おつかれ。こいつを引き出すのに時間かけちゃってすまないね」

 

振り回されなくなった視界の端に回復している神奈子さんが映る。

不死身とかそういうレベルというか…ああ、レミリアさんみたいな回復してる。

ようやく私を捉えているものの正体を理解できた。それは巨大な白蛇だった。

少し違うのは蛇なのに牙があることだろうか。その牙が私の腹と背中を突き刺していた。

「気にするな。そいつは出すのもしまうのも時間がかかるだろう」

確かこの白蛇は……

「あ……あ……」

 

視界が揺らぐ。急に吐き気がこみ上げ、体のいたるところが痛み始めた。

それでもこのままでは終われない。振り回された時もずっと握っていた銃を白蛇の口の中に向けて発砲。重い振動で腕が痺れる。

同時に上下から押さえつけられていた力が抜け、地面に向かって真っ逆さま。

「おう、やるねえ」

面白いものが見れたと言わんばかりの表情の諏訪子が映る。

地面に叩きつけられた拍子に左手に持っていた拳銃を落としてしまう。

 

「でも一匹だけじゃないんだよね」

目の前に顔を現したのはまたもや白蛇。さっきのとは別個体のようだ。

咄嗟に銃を撃とうとするがそれより早く腕を喰われた。

持っていた銃ごと右腕が丸のみされる。

さっきから体から力が抜けるような感覚しかしない。動けない……逃げたいのに…

再び私の体が持ち上げられる。今度は下半身に噛み付かれた。さっきよりも下の位置に歯が突き刺さる。体が引きちぎれそう…なんか肉が千切れる音がしていますし…

「っ…」

鞘が壊れ腰にあった刀の刃が露出する。そのまま口の中で体をねじり斬りつける。だんだん意識が遠くなってきた。

「驚いたな。まだ動くのか」

 

「暴れないほうがいいよ。こいつは白蛇の中でも呪いを振りまき侵食するのに特化したやつだから」

 

その声すら途中で聞こえなくなる。ナニカが中に入り込む。内側から激痛が走る。

思わず咳き込む。込み上げてきたものが口から溢れ出る。鉄の味…

それは血だった。

「お空……」

 

「それじゃあトドメ」

蛇から黒い触手のような何かが飛び出す。粘液のように粘り気があり、しかし実態のないように見えるそれらが私を飲み込んでいく。途中で私の意識は途切れていた。

 

「ある程度調教する必要があるかなそれにしても手痛くやられたねえ神奈子」

 

「囮だったんだから仕方がないだろう」

 

 

 

 

 

 

そういえば神様は大事なことを言っていたような気がする。確かこれから与える神の力は使い方を誤ったらまずいから制御装置だけは外すなって。

私も制御装置は外そうとは思わない。でも右手が使えないのは少し痛いなあ。

本当はもう少し腕や力の制御を慣らしてかららしいのだけれどそうも言っていられない状況になっちゃった。

 

 

四日前さとり様は帰ってこなかった。それでもさとり様ならよくあることらしい。でも普段は行き先くらい伝える。つまり何かに巻き込まれた可能性がある。

お燐もそう言っていたしこいし様は独自に捜索を始めている。

でもまだ一日って言われた。でも地底の当主がいつまでも行方不明だと大変なことになるってこいし様言っていた。結局秘密裏に探すことになったんだけれどさとり様に何か出来るレベルの相手だよね。私たちでどうにかできるレベルなのかな…

その疑問が浮かんで、私は神様の力を降ろしてもらうのを早めることにした。

 

 

でもいざとなると緊張する。うう…ちょっとだけ怖い。お腹がきゅーってなる。

「それじゃあ行くよ。ちょっと熱いかもしれないけれど耐えてね」

諏訪子様が私の肩を強めに揉んできた。電撃のようなちょっと不思議な感じがして力が抜ける。やっぱりこの神様すごいなあ……

「う、うん!」

「それじゃあ始めるぞ」

目の前に座っている神奈子様が私の胸の合間に手を合わせる。

体が軽くなる。内側が熱い……

周囲が真っ白になる。

強烈な眠気が襲いかかって瞼を閉じてしまう。

一瞬だけ意識が途切れた。

すぐに目を開ければ、そこはさっきまでと変わらない部屋の景色。だけどなんだか違和感がある。でもよくわからない。見え方が違う?なんかそうっぽい。

それに…なんか肩が重い?いや、全体的にきついんだけれど…なんなのこれ?昔こいし様にふた回りサイズの小さい服を着せられた時の感覚なんだけど。

 

「どうやら成功したみたいだな」

神奈子様が姿見を持ってきてくれた。いまだに私の体がどうなっているのか理解できない。

「えっと……」

 

「ほら、今のあんたの姿さ」

目の前に姿見が置かれる。

そこには私が…成長した姿が映っていた。

「嘘⁈」

思わず立ち上がってしまう。前の私より10センチ以上も伸びている。それに伴って体もおっきくなったみたい。スカートとパンツがきついし、服も丈が足りないからお腹見えちゃってる。

って…なんか胸元に引っかかるものがあるんだけど…

「ほへえ…ずいぶん胸が大きくなったねえ」

 

結構ぎゅうぎゅうなんだけど…きつい…

襟のボタンを外す。

ん?なんか胸の合間に挟まってない?

第二ボタンも外してそれを確認する。

胸の合間より少し上のところに、それはあった。

真っ赤な瞳を縦に押しつぶしたかのような形をしたそれは、触ってみると、ふんわりとした暖かさを持っていた。

「これ何?」

 

「それが八咫烏本体。体を失ってからずっとそれが入れ物になっているのさ」

ふーん…これからよろしくね‼︎

 

ーー気に入った。

 

「ん?何か言った?」

 

「どうした?」

今誰か何か言ったみたいなんだけれど…でもここには2人しかいないからなあ。

「……なんでもない」

気のせいみたいだね。

 

「今日はもう帰ったほうがいい。ゆっくり休むんだ」

 

「神様を降ろすって事は知らぬうちに体力奪われちゃったりすることがあるからね気をつけてね」

わかった!じゃあ今日はもう帰るね!

明日もまたくるから‼︎

その日はそのまま部屋を出て、家に一直線に戻った。

 

 

この姿を見せてあげたいなあって思ってたんだけど家に帰っても誰もいなかった。こいし様もお燐も地霊殿にいるみたい。

そこに行こうかなあって思ったけど、折角だし神様の力がどれほどのものか気になってきた。

どうしようかなあ……でもいきなり使うのはまずいし…

やっぱり気になる。

 

「……少しだけなら灼熱地獄で試してもいいよね?」

なぜか私の部屋にあった今の私にぴったりの服一式に着替えて灼熱地獄に行く。多分これさとり様が置いていったものだね。だって……私の部屋に服を置いていくのってさとり様くらいだもん。だとしたらどうして私がこの姿になるって知っていたのかなあ?まあいいや!

この力を使えばさとり様を攫った犯人をぶちのめせる。今度は私もさとり様を守れる。

 

門を使って地霊殿に移動。灼熱地獄自体はここから少し離れているんだよね。でもそこに行くまで結局誰ともすれ違わなかった。うーん…珍しいなあ。

せっかく成長できたのに……

そっか緊急事態だからか。さとり様いないと地底のお仕事誰がやるのって話かな。だとしたら誰も見かけないのも納得。

取り敢えず始めよっと‼︎



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depth.178異端戦域 上

例大祭待ち時間にどうぞ


お空が廊下を歩いている音がしたような気がしたんだけれど気のせいだったかな?

地霊殿に戻ってきた直後だったけどあの後ろ姿は確かにお空だった。声をかけたのに反応してくれなかった。

何かあったのかな……執務室にこもっていたはずのお燐にも聞いてみよ。

確か執務室の前通っているはずだし。

「ねえお燐」

 

「どうしたんだい?」

人型のままソファでくつろいでいたお燐が飛び起きた。

流石にびっくりしちゃったかな。

「さっきお空通ったよね?」

でもこの調子じゃ知らないとか言い出しそう。別に責めているわけじゃないけれどさ。

「さっきお空が通ったみたいなんだけどなんか知らない?」

 

「……?知りませんよ?あたい寝ボケてましたし」

 

そっか、じゃあわからないか…

うーん…お姉ちゃんの件からどうもお空の動きがおかしくなってるからなあ…早めにケアしてあげたかったんだけど。

 

お姉ちゃんどこにいるの?

 

ふと目線が椅子の方に向く。お姉ちゃんが仕事の時はいつも座っていた椅子。飾りっ気がなくてただクッションがくっついているだけの簡素なもの。

お姉ちゃんらしいといえばらしい。

しかも一面本ばかりだから言われなきゃ執務室ってわからない。多分書斎って思われる。実際書斎兼用だし。

「お姉ちゃん……」

 

「さとりなら大丈夫だよ。前だって数百年の合間が空いたんだろう?それにさとりの事だからしれっと帰ってくるに決まっているさ」

 

「まあね……」

 

そういうお燐も、内心は結構不安みたいだ。仕方がない。

あれ?そういえばお姉ちゃん神社に行くとか言っていたような……

「そういえばさ……ん?なんか揺れてない?」

 

突然重く太いサイレンの音が地霊殿中に響き渡った。

「なに⁈」

少しだけ地面が揺れたと思ったら警告灯⁈ともかく状況把握‼︎

確かサイレンが鳴るときは灼熱地獄に何かあった時だったはず!

執務室の隣がこちら側から灼熱地獄を確認するためのコンソール室になっている。そこに駆け込む。

 

飾り気もなく若干塗装の剥げたパイプや電球による表示灯がいくつも点灯している簡素な部屋。今は気にしている暇もない。

サイレンの確認、停止を行う。

「お燐、操作版確認!手順はいくつかすっ飛ばしていいから」

コンソールパネルの中に赤い警告表示が点滅しているものを見つけ出す。いくつもの警告灯が赤く光っている。その大元の原因は……

「灼熱地獄の温度が上昇⁈」

お燐が見つけたそれはある意味最悪の表示だった。でも何度もお姉ちゃんが改良をしていたケースでもある。

つまり何段階にも分けられた対処法が存在している。

でもその半分はお空しか知らない。私が知っているのは熱上昇が止まらない場合の時だけ。

それでも温度上昇がこれ以上続くと灼熱地獄が崩壊しかねない。この場で対処するしかなかった。

お空は見当たらないし……

「あ…まずいです!このままじゃ吹っ飛びますよ⁈」

見れば灼熱地獄周囲に作った冷却水を循環するパイプの温度が沸点を超えていた。殆ど高温の水蒸気が流れていることになる。

その上、上部の水溜めも温度計が振り切れちゃってる。

このままじゃ蒸気爆発で吹っ飛んじゃう。そうじゃなくても地上に悪影響が出かねない。ここが吹っ飛ぶとか灼熱地獄が高火力のままだと最悪妖怪の山が噴火する。それは止めないといけない…

 

確かお姉ちゃんが渡してくれた本に……あった‼︎

 

えっと……本当の緊急時にしかやっちゃいけない操作。

お空不在かつ緊急を要する場合において使用する。一応これらしい。

制御盤のスイッチを入れていく。カチカチと軽い音がして制御盤に光が入っていく。

レバーも引き上げさらに通電。

爆砕ボルトとかなんか不安な言葉が連なっているけれど気にしない。

安全装置を切りに入れる。

大きなレバーの上に緑の表示灯が点灯。これで準備はできた。

大きなレバーを思いっきり上に押し上げる。なにかがつながった音がして、コンソールにランプが点灯した。その下には圧力解放の文字が書かれたボタン。

「えい‼︎」

それを迷わず押し込む。

遠くで小さな爆発音がしたような気がした。

 

 

爆砕、周囲に張り巡らされていた冷却装置一式が一気に通っていた水蒸気とお湯を吹き出し、それらが灼熱地獄になだれ込み一気に気化。

続いて発生した大量の水蒸気で灼熱地獄の内部気圧が上昇。水蒸気爆発を起こしかける。意図的に岩盤に刻まれた溝を押し広げ、力が岩盤の一部に集中、規定の場所を破壊した。

破壊箇所から溢れた蒸気は岩盤に刻まれた溝を頼りにいくつもの石の隙間や水源を突き破り上に向かって発散された。多くのエネルギーはこの時地中に分散されたものの、一部のエネルギーは逆に押し込まれ高い圧力のまま地面を破壊し、一部は地下空洞に流れ込んだ。空洞内部は複雑に入り組みある程度の広さがあるためそこで圧力の多くは分散され、地上に出る頃にはただの湯気になっていた。

それでも有り余るエネルギーは一向に留まらず、ついには地盤の割れ目を伝い地上に間欠泉として吹き出した。水脈から汲み上げられたお湯と高圧水蒸気が吹き出しているのは博麗神社のすぐ近くだった。

 

 

 

「お燐!あとは向こうで操作して!私はこっちで全体を把握する!」

後の温度上昇や細かい操作はここではなく向こうでしかできない。危険だけれど行くしかない。お空がいたらお空が行くことになるんだからあたいがいこうとお空がいこうと同じことだし。

 

「わかった‼︎」

こっちはこいしに任せて部屋を飛び出す。騒ぎを聞きつけたエコーたち妖精が集まって来ていたけれど今相手にしている余裕はない。

二階の窓を開けて宙に飛び出す。

そうやって時間短縮すればすぐに灼熱地獄の大釜が見えてきた。

心なしか釜の上が揺らめいているように見える。

 

すぐに灼熱地獄を直接コントロールできる制御室に飛び込む。

えっと…確か起動スイッチはこれだったね。

赤色の電源供給と書かれたレバーを上げれば、何度か電気がバチバチした直後に部屋の明かりが灯る。制御盤も息をふきかえした。

内部監視のカメラは…だめだ。熱でやられちまってる。

一応気圧計と温度計は生きているけれどこれじゃあ中の様子がわからない。

どうしたものかねえ……

 

ともかく灼熱地獄の火力を最小限に下げる。

すぐには冷えないだろうけれど今よりかはマシになるはず……

 

あとは温度の上昇がまた起きないかどうか。

それを確認するためには実際に見てきたほうが早い。一応圧力も温度も下がっているはずだから問題はないと思いたい。温度計が吹っ飛んでるから確認しようがないけれど。

 

 

「こいし、聞こえるかい?」

マイク越しにこいしの声が聞こえてきた。

「お燐?聞こえているよう!」

 

「ちょっとこれから灼熱地獄の中に入る」

この温度上昇の原因を探さないとどうしようもない。お空がいない今あたいがやるしかない。

「待って‼︎それは危険すぎるよ」

 

「でも原因がわからないんじゃどうしようもできないだろう?」

それにあたいの方が危機感は強いんだ。大丈夫さ。

「そうだけど……」

 

「あたいに任せて!」

 

 

 

って啖呵切ったはいいけれど……

灼熱地獄の入り口になっている蓋は全く開かない。熱で変形しちゃったかな?だとしたら相当やばかったんだね。いや、開けようと思えば開けられないことはないけれど壊れそうで怖い。

開けた後元に戻せないのが一番危ないからねえ。

でも中に入らないと……

「無理やりにでも…開けるしかないか」

あ、そういえば悪霊はこういう壁もすり抜けられたんだっけ。なら見てきてくれるかねえ…

一応悪霊ならそこらへんにいるし。

「おうい、そこの悪霊さん」

すぐ近くにいた悪霊を捕まえて引っ張ってくる。

「……?」

流石にこれしきのことじゃ動じないらしい。

「ちょっと内側の様子を見てきてくれないかい?」

 

「……!」

縦に首を振った悪霊が鋼鉄製の扉をすり抜け向こうに消えていく。

頼んだよ悪霊…

激しい揺れ。同時にコンソールの方で警報がなっているのが聞こえた。

今度はなんだい⁈

慌ててそっちに駆け出す。

入り口からそう離れていないコンソールには温度上昇の警告。同時に部屋全体を赤い光が染め上げる。非常を知らせる電灯がついたのだ。

 

ガラスが割れる音がする。

なにが壊れたのか確認しようとして、割れたものがなんなのかを理解した。

「温度計が……」

ここの温度計は灼熱地獄に直結している。これが壊れたとなるとほかのところの温度計も…

視界をずらすとそこにはやっぱり0度を指している。

ああやっぱり壊れてる。多分水銀が沸騰したかで内側から割れちゃったのだろう。

残ったのは圧力計だけ……こっちはまだ正確な数値を出している。どうにかなるかな……

 

「それにしてもちょっと見てくるだけなのに遅いなあ…」

ちょっと中の様子見たら戻ってきてって言ってある悪霊が全く戻ってこない。

 

「まさか何かあったんじゃ……」

 

やっぱりあたいも見に行くべきだ。とりあえずあの扉を…壊す!

もうこうなったら仕方がないのだ。緊急事態だし面倒だけどあとで埋めちゃえば良い。

 

思いっきり力を込めて入口の取っ手を引っ張る。鋳造で一体成型されている取手がそう簡単に壊れることはなく、あたいの力をしっかり受け止めた。

歪みながらも一度動き出せば簡単に開く扉。

中から熱風が飛び出す。ただ、あたいは開けた扉を盾にしていたから熱風の直撃は食らわなかった。

 

とりあえず危険性は低い。それじゃあ……

中に一歩入れば恐ろしい熱気が体にまとわりつく。いつもより火力が高い…熱い……

首筋を流れた汗がすぐに蒸発してしまう。妖怪じゃないとこれは堪えきれない。

熱い…これは?

「お空……?」

熱気の中でゆらめく影が見えた。

それがだんだん大きくなる。いや、あれは……

お空?でも様子がおかしい…随分と成長したように見える。

「あれ?お燐珍しいねえこんなところにいるなんて」

その姿がようやく見えるようになった時、恐ろしいほどの違和感を感じる。

正気じゃないような…でも正気?いや……なんだこれ?

「お空こそどうして……」

違うっ‼︎お空じゃない‼︎なんだこいつ……

確かに見た目はお空だ。でも中身は違う!お空はこんな笑い方しなかった。それにこんなに神力豊富なはずが……これじゃあまるで神様。

「えっと…火力が強いから見に来たんだけど…邪魔したみたいだね」

途端に悲しい顔をする。お空のようだけれどそれはあたいに拒絶された神さまのようなそんな表情であってお空ではない。

すぐに離れないと…あれはやばい。今ならまだ逃げ出せる。ここで死にたくはないし…

「ねえお燐。私、強くなったよ」

背を向けたあたいの彼女の声が聞こえた。それは大人びているけれどお空のものだった。思わず振り返る。

「お空……」

でもそこにはもうお空はいなかった。どこかに消えてしまった?いや、まだこの中にいるのだろう。

 

止めなきゃ…このままじゃお空が大変なことになる。なんでそう思うのかはわからない。だけれど本能がそう叫んでいる。このまま彼女を放っておくことはできない!

でも同時にあたいだけじゃどうしようもできないのも理解できる。

灼熱地獄から体を出し扉を無理やりしめる。ちょっとずれているけれど仕方がない。

「あんたら!こっちに来ておくれ!」

それよりもやることがある。こういう場合最も頼りになる存在を呼ぶことだ。

「今から大事なことをお願いする。ああ、重要なことだよ。お空の命がかかってるんだ」

 

悪霊数匹をとっ捕まえてお願いをする。こっちの方が早い。確実ではないけれど。

それでもこっちに来てくれることが大事だから。

 

 

 

「こいしっ‼︎お空が…」

すぐにこいしのところに駈けもどる。これは直接伝えないといけない。だから…

あの熱気の中にいたからか息が上がってしまっている。いいたけれどうまく言葉にできない。

「お空がどうしたの‼︎」

サードアイが服からあたいを覗き込む。全てを理解したこいしの顔が一気に青くなる。

 

「そんな……」

 

「ごめん…あれはどう考えてもお空が元凶だしどうなっちゃってるのかはわからないけれど今のあたい達じゃ止められないよ」

 

いや、止めるだけなら簡単なのだ。灼熱地獄を破壊して生き埋めにする。でもお空はあたいの妹みたいな存在なのだ。そんなことはできないししたくない。

こいしだってそんなことは絶対にしない。さとりだって…

「こうなったら専門家を…ってお燐もう呼びに使いをやったのね」

ええ、ちゃんと伝わってくれるかわかりませんけれどね。

「それじゃあすぐに迎える準備しなきゃ」

 

「そういえばさ…お燐が直接言いに行ったほうが早いんじゃない?」

 

「あ…確かに」

今更感があるんだけれど……



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depth.179異端戦域 中

一体何かと思えば…間欠泉?

食事の支度中に爆発するような音がしてすっ飛んで外に出てみれば、音の正体は案外簡単なものだった。

目の前で轟音を上げて吹き出す水。それはかなりの高温らしく湯気をひっきりなしに出しては周囲の雪を溶かしていた。

蔵が爆発したのかと思ったけれどそうじゃなくてよかったわ。

「一体どうして……」

こりゃ文の新聞の一面に載るわね。……もしかしたら整備すればお客さんが来てお金落としてもらえる?いいかも…

 

ならばさっさと整備しないといけないわね!ここままじゃただの泥水垂れ流しよ。

えっと……温泉ってどうやって作ればいいのかしら?このまま穴掘ってで囲っただけじゃできるわけないし……

「……⁈」

 

勢いよくなにかが吹き出した。半透明なそれはすぐに見えなくなろうとしている。だけれど、勘が間欠泉の勢いにのって飛び出してきたそれを見逃さない。

 

それは霊力を放ちながらもどす黒く負の感情に支配された魂だった。

怨霊。基本地獄に送られるはずの魂は地面から飛び出して私の前の浮いていた。

「怨霊⁈温泉と一緒に出てきたのね!」

 

でもここは博麗神社の敷地内。結界によって力の大半を封印された怨霊はそのまましぼんだ風船のように地面に落ちた。

飛び上がる力まで奪われたのならもう安心ね。この状態でも妖怪にとっては取り憑かれる可能性があるから危険だというけれど私にとっては危険そうには見えないまあ他人の痛みなんて体感しなければ分からないのだから仕方がないことよ。

 

「……ずいぶん残念なことじゃない」

そいつの尻尾を捕まえて持ち上げる。これ尻尾って言えるのだろうか?一応妖夢にまとわりついているあの魂と似ているからそれっぽい言い方しているけれど。

力なく私の手に収まったそいつはだんだん浄化されているように見えたものの、ある程度煙を上げたらそれっきり変化がなくなってしまった。やはりこの結界では力を奪っても完全に封印することはできないらしい。まあそうだろう。そんなことしたら支えである妖怪からの賽銭すらなくなってしまう。

 

 

 

「っち…これ以上は無理か。大人しく地獄に戻りなさい怨霊なんだから」

 

丸い膨らみのところが首を横に振った。あんたに拒否権ないんだけど。それにしてもこいつ攻撃してこようという意思が薄いわね。なんなのかしら?

 

どうしたものかと思っていると、また温泉から怨霊が出てきた。今度は3匹。

それらも地上に吹き出すと、しばらく浮遊していたもののまるで蚊取り線香でやられた蚊のように地面に落ちた。

「なーにあんたら?脱獄でもしてきたの?」

 

流石に何匹も怨霊が出てくるなんてのは珍しい。もしかして何かあったのかしら?

でもこいつらも何か戦おうと意思はない。むしろその逆。何か頼みに来たのかしら?

「……専門家に聞いたほうがよさそうね」

 

ついでだし魔理沙も手伝わせましょう。勘が面倒なことが起こるって伝えてきている。

この背中を刺すようなちょっとピリピリした感じは……異変ね。

 

 

 

魔理沙はすぐに見つかった。というより家にこもってなんか研究してたから息抜きを称して連行。部屋にこもりっぱなしじゃダメよ。体にキノコ生えても知らないわよ。

 

「おいおい、私をどうする気なんだ?急に呼び出して連れてくるなんて」

最初は文句を言っていた魔理沙もお菓子をあげたら大人しくなった。本当は私のものだけれど…でも魔理沙なら仕方がないし出さないと勝手にほかのものを持っていかれそうだから。

「多分異変よ。あんたも異変解決したいでしょ」

 

「こりゃ参った!明日には嵐が起こるな」

 

何よ?私が誰かを異変解決に誘うのがそんなにダメなの?

「失礼なこと言わないでくれない?」

 

「だって霊夢の事だから異変解決は巫女の仕事とかいうだろ?」

確かにそうだけど…でも最近考えを改めたのよ。黒幕以外を誰かに任せて黒幕だけ倒せばいいんじゃないかって。そうすればある程度の名声をゲットできるし。

 

取り敢えず私は怨霊の言葉なんてわからないから結界でとっ捕まえているけれど……

「魔理沙、あんた怨霊と会話できる?」

 

「霊状態じゃ無理だぜ。そもそも会話するたって人に取り憑くか人型を取れるような強力なやつくらいだろ」

 

「そうよね……」

魔法使いでもやっぱりダメか。別視点からの考えならいけると思ったのに。

だとしたら霊が何かを訴えたいのだとしてもこちらはわからないか。

じゃあやっぱりそれ以外のところで推理していくしかないわ。

 

「ところでもう1人呼んでるんだろ?」

 

「ええ、もう冬眠に入るはずだけどまだ起きているはずよ」

一応向こうとコンタクトを取るのは簡単だったけど紫の代わりに藍が出てきたしもうすぐ寝るところって言われたからちゃんと来るかどうかわからない。

 

そうこうしていると、私のすぐ真横に空間の割れ目ができた。

「何がまだ起きているはずよ。こっちは布団に入ったばかりだってのに」

うわ、すっごい不機嫌。大丈夫かしら…

 

体を出した紫は露骨に不機嫌そうな顔で睨みつけてきた。

背中が薄ら寒くなる。協力的というかこちら側なのかもしれないけれどやはり大妖怪。しかも幻想郷を管理する者なのだから当然だ。

 

「それで?間欠泉で怨霊が出てきたから知見を聞かせてって?」

 

「そういうことよ」

 

「巫女が珍しいわね。そんなものいつも通り勘で……」

そこまで言いかけた紫が急に口を閉じた。半分閉じかけていた目がぱっちり開かれる。

一体何を思いついたのかしら……

今紫の頭を覗けたら多分思考が高速でいろんな予測とか考えを出しているところなのだろう。

 

「そうね……ちょっと待ってなさい」

思考が終わった紫はそう一言だけ告げて隙間の中に戻っていった。

なんなのよあれ……

「なんだ⁇紫のやつ心当たりでもあるのか」

 

「だと良いんだけれど……」

お茶冷めちゃうじゃない。飲んじゃおっと。

後でまた継ぎ足せば良いのだし。

 

ちょっと待ってろと言われてもう三十分だろうか。そろそろ帰ってきてほしいと思っていたところで紫が帰ってきた。

さっきの寝ぼけでイライラした雰囲気はどこにもなかった。むしろ賢者として幻想郷を守る使命を持った時の紫だった。

 

「どうだったの?」

 

「考えが当たったわ。その怨霊は地底から出てきたものよ」

地底ってあの地底よね。あそこから噴き出してきたってどういうことかしら?

「地底?そういやたまに文のやつが言っていたな……」

魔理沙はあまり馴染みなさそうよね。

「正式には旧地獄。何百年も前に地獄の改変が行われて使用頻度が低かった場所を切り離したものよ」

 

「それがなんで地下にあるのよ」

 

「地下に置いておくことで地上で生きられない存在を隔離収納しておくというのが本来の目的だったわ。まあ現当主の考え方が特殊だから妖怪同士では結構交流が盛んよ」

 

「へえ……でもジメジメしてそうだな。しかも地獄跡ときた」

私もそう思う……

「そうでもないわよ。年がら年中夜の温泉街って言ったところね」

それ褒めてるのかしら?ずっと夜の温泉街……うーん想像しやすいんだけど温泉街ってどんなのか想像つかないからなあ…言いたいことはわかるのに。

「ちょっとそこで問題があったらしいわ」

 

問題ねえ……問題が起こったからって間欠泉がいきなりできたり怨霊がポンポン出てこられちゃたまったもんじゃないわよ。今までこんなこと無かったのに。

 

「それで私達に解決を?」

 

「そういうことよ。異変解決は巫女の仕事でしょって」

ということは元凶がいるからそいつを倒せって事なのね。了解よ。でも正直地底への行き方なんて知らないわよ?一応山のどこかに縦穴があるって話らしいけれど。

「わかったけど地底までの行き方は?」

 

「地獄入り口に行けば迎えを寄越すそうよ。詳しくはそこで聞いてね」

入り口に迎え?なんかきな臭いんだけど…私達を嵌めようってことではないわよね?まあそんときはまとめて退治しちゃえばいいか。

「ありがと。あんた寝るの?」

 

いつの間にか服も寝巻きのようなドレスからいつものドレスに変わっていた。わかりづらいけど……

「寝ようかと思ったけど…サポートすることにしたわ」

 

「サポート?」

彼女から出てきた言葉は意外なものだった。

「ちょっと気になることがあったからね」

紫がサポートねえ……

ちょっと気になるけれどまあいいわ。

 

「地底まで送って行ってははくれないの?」

 

「面倒だからパスよ。サポートに徹するわ」

へいへいそうですか。

 

「へえ……地底か…なんか珍しいものが生えてそうだな」

ずっと黙っていた魔理沙がようやく口を開いた。真剣な顔で聞いているからずっと迷ってたらしい。そもそも未知の場所に乗り込むのは危険が伴う。私だって案内人がいない状況だったら情報収集してからって答える。

 

でも目をキラキラさせてるから絶対異変解決を二の次にするわね。断言するわ。

「魔理沙には地底の横穴探検の方がお似合いね」

紫にまで言われてるよ。大丈夫かしら……

「なんだそれ!すごく面白そうじゃねえか!」

 

あ、横穴探検の方がいいのね……でも異変を解決してからにしてちょうだい。

目を輝かせている魔理沙を軽くなだめる。

「あんた冒険好きでしょ」

 

「魔法研究の次に好きだな!」

なんだそれ……

魔法研究の次がそれって…まあワクワクするのは理解できるけど。

 

「おしゃべりはもういいかしら?」

そうね。向こうが異変を解決してくれって言ってくるということは結構切羽詰まっているってことだし…

「ええ、用意してくるわ」

 

「私も準備してくるぜ」

 

各員はそれぞれの方向へ散っていく。

 

 

 

 

怨霊と悪霊を何匹か地上に送ってからもう5時間。ここがマントルのすぐそばだったとしても霊の移動速度ならもう着いている頃合いだねえ。

 

今のところ灼熱地獄の件は口外禁止にしている。まあ勇儀と萃香には事情を伝えている。それにお空が巻き込まれているということも含めて全部だ。

2人もどうにかできないか模索しているものの、力での解決しかできないという事で保留にしている。

さとりならこんなときどうしたのだろうか。

灼熱地獄の近くにあった制御装置は配線が熱でやられたからか沈黙してしまい今は地霊殿の方の統括制御盤がある部屋で監視している。

こいしは事情説明に箝口令に非常時の避難計画を見直したりとてんてこ舞いだったから今はあたいの横で寝ている。

 

熱の急激は上昇は止まったけれど基準より高いまま。

それでも随分落ち着いたほうだとは思う。

「あら、お眠だったかしら」

こいしが寝ている側とは反対の方から声がした。

「相変わらず予告無しなんですね紫様は」

そこには部屋の中なのに日傘をさす紫様が立っていた。

 

「呼んだのはそちらでしょう?それで何があったのかしら」

確かに呼んだのはあたい達だけれど巫女を呼んでほしかった。

まあ紫様が来てくれたのはありがたいかもしれない。

 

「灼熱地獄が熱暴走。誰かがお空に神を与えた可能性があるって言えばわかるかな?」

 

「……私はさとりじゃないのよ。ちゃんと説明して」

 

「はいはい…」

 

こいしを起こさないように静かに素早く状況を説明する。

要はお空をどうにかして助けてほしいということだ。どう考えてもお空が自分であんなことするとは思えない。多分取り込んでいる何かの方がやっちゃった可能性がある。

可能性があるというだけでまだ決まったわけはないしお空がもしかしたらやった可能性もあるのだけれど…あたいはお空を信じている。

 

「わかったわ。取り敢えずさとりはどこにいるの?」

あれ?紫様は知らなかったのだろうか?

「知らないのかい?」

 

「知らないって……」

 

「さとりはもう一週間近く行方不明だよ」

 

急に紫の顔が青くなった。でもそれは一瞬で多分ちゃんと見ていなかったら気づかないくらいのものだった。

「そう……だったのね」

 

「まあね…どこで何をしているのやらだよ」

 

「私も捜索したいけど…もう冬眠が近いから無理ね」

 

そういえば紫様は冬眠が必要だったっけ?あたいらにはよくわからないけれどもしかしたら今も立っているのが辛い状況なのかもしれない。

「わかった…ともかく先ずは巫女を連れてきてほしいなあ」

 

「分かったわ。じゃあ巫女を動かすから案内はそっちでやってね」

 

「わかったよ」

彼女の背後に隙間が現れ、紫様の姿がそれに飲まれていく。

 

「ん?お燐何かあったの?」

 

今度は代わるようにこいしが起きた。

 

「紫様が来てたんですよ。巫女を呼んできてくれるそうです」

 

「やったね……それじゃあお迎えに行かないと」

 

「そうですね。あたいが行ってきます。こいしはもうちょっと休んでて」

 

「ありがと…お燐」



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depth.180異端戦域下

闇が蠢く。

輪郭も形も感触もないけれどそれは確かにうごめいていた。

かろうじて耳だけはある程度周囲の音を聞き取ることができた。でも少しの振動でも体が激痛を放つこの状態では音の振動ですら辛いところがある。

今私はどうなってしまっているのだろう?それすらも分からなかった。

 

まだお腹にはなにかが刺さっている。それどころか新しく心臓の近くにも牙が刺さっているのだろう…二ヶ所で固定する必要もないというのに……

それでも私は生きている。やはり呪いなのだろうか。

 

お空はどうしているのだろう…それだけが心配だった。

遠そうで遠くない。そんな位置で声がした。

「全然進まない」

これは…諏訪子さんですね。進まないということは呪いの解析でしょうか?そんなもの理解したところで何になるというのだか。

ああ、毒も適量なら薬になるのだから呪いだってうまく使えばご利益になるというわけか。

「手伝わんぞ。お前がやりたいって言ったことだからな」

もう1人…これは神奈子さんですね。

「そうなんだけどさ。でもこれ魂自体が呪いだから解いたり解析したりすると死んじゃうんだよこの子」

へえ……呪いと捉えるのならそういう解釈になるんですか。私はただ吸血鬼のようなものだとばかり思っていたのですけれど。

「情でもできたか?」

そういうわけでもないだろうにそう神奈子さんはそう尋ねた。

「いや?死んだら困るから言ってるの。それに死体なんて調教できないし」

死体を好きかって弄ばれるのはごめんこうむりますよ。でもここでむざむざ死にたくないです。

「昔の中国にあったじゃないか死体を蘇らせて使うとかなんとか」

それはもう違うような…

「キョンシーだね。あれも一種の呪いなんだけど…あれは体の腐敗防止が完璧で絶対腐らない体じゃないとできないよ」

そうなんですか。やっぱり防腐処理がちゃんとしていないとダメなのですねじゃあエジプトのミイラもやろうと思えばキョンシーにできるのか。

「でなきゃ1ヶ月だね保って」

日本の風土を考えたら1ヶ月保つだけでも結構長いほうだとは思いますよ?まあ人間そう簡単に腐り果てはしませんけれど。

「短すぎるな」

確かに短いでしょうね…私だって1ヶ月しか保たないなんて悲しすぎます。

「私としてはここまでしなくてもと思うがな…二兎を追う者は一兎をも得ずというだろ」

 

「でも灼熱地獄を使った発電所を作るんだったら避けては通れなかったと思うよ」

やっぱりこの2人協力してそうでしていないですね。まあ目的が同じだから協力しているだけのようでしたしそもそも神奈子さんが上、諏訪子さんが下って優越ついちゃってますし。

 

「まあ…やり過ぎるなよ」

 

「引き際は考えているから大丈夫だよ」

ふうん……

なんだか聞いていたら怒りというか…感情が変にねじれてきた。奥の方から黒い液体のようなものが流れ出す。

 

ああ…感情に理性が上書きされる。

でもダメ…感情任せになってしまったらお空を助けられない。お空を助けるためにはどうすればいいのか……この状態からでも考えるの。

何を捨てれば良い?

 

どれほど差し出せる?

 

この体の半分。くれてやるわ。

 

面白い……

面白いか…結局神が動く理由なんてそんなものなのだろう。やっぱり神の力は良くない。でも…

幸いサードアイはまだ動く。両目は多分使えないというか多分潰れている状態だけれど…

 

想起。神様だろうが呪いだろうがなんだろうが関係ない。全てを思い起こし、自らのものにする。私の体に何かをしているそれら全てを細かく想起、取り込む。

でもそれは相手の意思を体に取り込むということ。下手をすれば向こうに飲み込まれる。今までやってこなかったのはそのため…でも関係ない。こちらがノミコンデヤレバイイ。

 

 

 

 

 

天井から降り注いでいるお湯は私のところに来る前に蒸発して湯気になっている。それを止めようとしたけれど私の今の力じゃそれを完全に止めることはできない。神様の力を全力で出せば上の水源もろとも蒸発させることができるらしい。でもそれはできない。今のところ高温多湿の環境ってだけで済んでる。私は蒸し暑くて肌がベタベタするんだけどさ。

そういえば私はどうしてここにとどまっているのかな?あれ…そもそも何をしたかったんだっけ。

 

「ねえ神様…私は強くなれた?」

強くなれたのなら……私は……

知らん

 

そんな否定しなくてもいいじゃん⁈神様ひどいよ……

さっきの力は確かに強かったらしいけれど私はあまり使えた実感がしない。いや確かに私の意思で使ったって感覚はあるんだけどでもなんだか違う。

「神様って意地悪だよね……」

 

仮にそうであったとして貴様に何か不都合が?

 

「ううん…力を使う感覚がなんだかわからない。なんでだろう…力を使おうとすると意識が薄まる」

 

……

 

神様は何も答えてくれない。それが少し不安だった。

大丈夫だよね?神様だし……

なんでだろう。力が不安で使いこなせない。

そもそもさとり様を守るためにこの力を手に入れたんだよね?でも…さとり様が傷つく原因って地上のヒトたちが原因じゃん。別に全部が悪いってわけじゃないけれど。

でもだったら…地上の人達を痛い目遭わせれば?

 

とっさにでかかった思考を放棄する。違う!そんなことしてもさとり様喜ばない!

それにそんなことしたら新たな憎しみを生むだけ…だから絶対にそれだけはダメなの!

 

……ッ

 

「今神様舌打ちしなかった?」

 

してない

 

そう…ならいいや。

ん?今入り口誰か開けたかな?

少し気配に敏感になったからなのかな?離れていても何か来たっていうのはわかるようになった。

お客さんかな?

 

もしかしたらさとり様⁈

 

座っていた岩棚から飛び出す。

羽を広げ熱風の風に乗る。

 

 

 

 

「魔理沙、あんたその服装寒くないの?」

神社に戻ってきた魔理沙は恐ろしく寒そうな…というか完全に夏に使うシャツ一枚に短いスカートだけという状態だった。今雪降っているのよ?

 

「地下潜ったら温泉なんだろ?逆に暑くなるぜ」

 

そうだけど…でも今寒くないの?見てるこっちが寒くなってくるんだけど。

「保温魔法をかけているからな。ちょっと燃費が悪いが問題はないんだぜ」

あっそう…なんかずいぶん便利よね魔法って。

風が吹き付け、首元に冷たい風が入り込む。

うう寒い……さっさと温泉に行きましょう。

 

「2人とも準備できているみたいね」

 

その声と同時に首筋を撫でられた。

薄ら寒い感覚が体を震わせ、思わず手を払いのけた。

 

「あんた来る前に一言言いなさいよ」

何も言わずに背後に現れるな!こっちは心臓止まりそうになるし生理的に後ろに誰か立つのダメなのよ。

「驚かせないと妖怪らしくないでしょ」

知らないわよそんな事。それにあんたが妖怪らしくしようとしたら幻想郷の危機よ。

 

「心外だわ」

こっちが心外よ!

 

「それと霊夢、これを預けるわ」

紫が隙間から取り出したのは手のひらサイズの勾玉だった。

私も似たようなものは作り出せるけれどこれは紫と白。普通のものではないように見える。

「なにこれ」

 

「通信機よ。貴女の周りを浮遊するようにしてあるわ。後はこちら側に映像も送ることができるってところかしら」

 

「ほんとサポートだけなのね。武装は?」

 

「サポートなんだからそんなものないわよ」

ちょっとくらいレーザーが出たっていいじゃない。あとはお札とか入れておくところつけたりさ。これじゃあただ浮遊するだけの塊よ。

 

「私の分はないのかよ」

見た感じこれひとつだけだから魔理沙の分は無いんじゃないの?

残念だったわね。

「貴女アリスとにとりにサポート頼んでたじゃないの」

そういやさっきから魔理沙の帽子に上海人形が乗ってるわね。それサポートだったのね。

 

『魔理沙、流石に私がいるのにそれはないわよ』

上海人形が手にしているスピーカーから声が聞こえてきた。

どうやらアリスのようね。

「アリス。だってアレがあったら上海に武装できるだろ?」

ああ、スピーカー持ってるから上海は武器持てないのね。あっちも完全にサポート用か。

『通信感度は大丈夫そうだね』

 

『仕方ないでしょ急な話だったんだから。本来ならこうやって会話している時間もないのよ』

スピーカーの向こうにはにとりもいるらしい。賑やかね。

『私がいてよかった盟友。という事でお駄賃ちゃんと払ってくれよ』

 

「異変が終わったらな」

プツンと音がしてスピーカーが沈黙した。

「それ通信機を持たせた上海人形であってるのよね」

 

「ああ、せっかく探検ができるってのに私と霊夢だけじゃちょっと不安だったから声かけたんだが…」

渡されたのがこれとはなあ…

 

『聞こえているわよ』

 

「文句があるわけじゃないけどさ。この前なんか作ってただろ?後付け武装」

 

『今調整中よ。それにあれを使うと燃費が悪くなるから長時間の使用はできないの』

まあ何かあったら自力でどうにかしてという事だ。もう慣れっこよ。

というより今までもこれからも多分そうなるわね。

 

 

「なあ、地底からの迎えってこっち来てくれないのか?」

魔理沙の言うとおりよ。

折角なんだからここから全部案内しちゃいなさいよ。向こうは博麗神社の位置くらいわかるでしょ?

「流石にそこまでは自力で来てくれって」

何が自力よ。

「なんかやることが中途半端ね」

 

まあいいや。だったら行きましょう。

一応大体の位置に行けばわかるとは思うわ。勘だけど。

 

 

 

 

 

紫様が言うには一応地底の入り口で待っていてくれってことだった。

入り口までで良かったのかなあなんて思いながらもキセルに火を灯す。

そういえばお空が大変なことになってから吸えてなかったなあ。でも持ってきてるのはこれくらいしかないし携帯型の灰入れももう一杯一杯。これ吸い終わったらやめよ…

 

でもまあ一度始めちゃうと吸えなかった分吸いたくなっちゃうんだよね。あーやめられない。

空の彼方が一瞬光った。そこに誰かいるのかな?

目を凝らして光った方向を見れば、2人の人影がそこにはあった。どうやら巫女のお出ましのようだ。

「あ、来た来た。おーいそこの巫女さん方!こっちだよ」

手を大きく振り回せばこちらに気づいた2人が降りてきた。弾幕と一緒に。

まさか案内人を襲う気なのかい⁈

キセル管をしまう余裕すらない。さっさと回避だよこんなの。

「いきなり何するのさ!」

なんだい?出会ったらとりあえず弾幕展開しておこうって感覚なのかい⁈

 

「あんたが案内人?ってあの時の黒猫」

 

「ああ‼︎あの時ちょこまかしてたやつか!」

なんだてっきり忘れているかと思ったのに。

「覚えていてくれたのかい」

 

「忘れるほうがおかしいだろ。それにしても地底の住人だったんだな」

まあそこの白黒の言う通りなんだけどさ。

「まあね。でも地上にも家があるからどちらでもありどちらでもないかな」

別に地底に住んでようと地上に住んでようと変わらないような気もするけれど…ヒトは複雑だねえ。

「シュレディンガーみたいなこと言うな」

 

シュレディンガーってなんだい?なんか猫関連の何かなのかいな?

 

 

 

結局2人は大人しく付いてきてくれることになった。

尻尾に灯をともしつつ、縦穴をゆっくり降っていく。ほんとここは長いから話すことがないと退屈で仕方がない。

霊夢に他に道がないのか聞かれて一応あることにはあると答える。それは本来あたいが使おうとしていた通路だった。

「本当は直通通路を使おうかと思ったんだけど」

 

「何使えないの?」

まあね。さとりがいなくなってから閉じたままなんだよね。一応こっちの通路は作ったのが妖怪の賢者の友人らしいから問題はなかったんだけどさ。

「ちょっと色々あって閉じちゃってるんだよね」

まあ詳しく言う必要もない。超空間通路みたいなものだしあたいらくらいしか使わないし。

「直せないのか?そっち使ったほうが早いんだろう」

うーん…直せなくはないけれど、あれは直すっていうより術をかけ直すって言ったほうが確実かなあ。

「あたいが作ったわけじゃないからねえ…直せなくはないだろうけどまずは術式解析からだね」

うん、こいしならできそうなんだけど時間かかるしやめたって言ってたからど素人なあたいらにはムリ。唯一できるのはあれを作ったさとりだけだろうね。でもそのさとりが行方不明なんだからもう誰も直せないんだよね。いやあまいったねえ…

「そらムリだな」

魔理沙の方は理解が早いねえ。

「魔に通じている者は話が早くて助かるよ」

 

「それほどでもねえよ」

 

「それで、説明してくれるわよね」

 

そういえばまだしてなかったね。地底までまだ時間かかるし教えることにするかねえ。

「じゃあ…まずお空について話そうかねえ」

 

 



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depth.181廻天楼閣 上

「へえ…そうだったのね」

あたいの話を聞き終えた博麗の巫女は一言だけそう言った。

それ以外の感想なんて彼女にはないのだろう。それ自体は否定しないしあたいだって似たような状態だったらそういう言葉しか出てこない。別に同情してほしいってことでもないからいいんだけどさ。

「理解してくれたかな?」

一応はと2人とも首を縦に振った。

「まあ…だがそんな事で呼ぶか?」

魔理沙はまだピンときてないみたいだね。でもこれだって結構悩んだんだからね。うん、結構悩んだ。

「地上への影響も加味した結果だよ」

灼熱地獄が持つ役割を説明しないとダメかな?うん…なんかそうっぽいや。

「本当かしらねえ……」

博麗の巫女までそれを言うか。あたいはお空を助け出してくれるのならなんでもいいんだけれどさ。それだってこの2人で助け出せるのかって言われたらなんとも言えないところがあるんだけれど。

まあいいや。灼熱地獄はねえ……

「実感がないようだから言うけれど妖怪の山は活火山なんだよ」

 

「へえ?」

やっぱり実感なかったのかい。仕方がないことなのだけれど……

「でもそこにつながる溶岩は灼熱地獄で蓋をされているんだ。もしこれが壊れたり異様に熱を出したらどうなると思う?」

だから灼熱地獄の温度は意外と低めに作られている。上の方は人がギリギリ生きれる程度。下方はちょっと熱いけれど。

もしこれが熱暴走でも引き起こして自身が溶岩を作り始めたらもう蓋の意味がないし結構まずい。

「あ……」

ようやく深刻さを理解してくれたみたいだねえ。よかったよかった。

「既に外壁が溶解する温度になりかけているんだ。これ以上は本当にまずいんだよ」

それともう一つ。灼熱地獄は文字通りの地獄であり今でも悪霊や怨霊を燃やしている。

前の爆発では運よく飛び出さなかったけれど下手をすれば燃やし尽くされていない奴が出てきていた可能性がある。そういう点では早めに処理しないと地上への影響が出かねない。多分溶岩とかより先にそっちが問題だ。

 

「なあ、この縦穴いつまで続くんだ?」

 

「もうちょっとだよ」

 

外壁の色が黒く変色してきている。明かりはすでに壁に打ち込まれた白熱電球が放っている明かりだけだ。その電球も一部では切れたり、明かりが弱くなってきていて十分な明かりを得られていない。

「1時間くらい経ってるんじゃない?」

これでも結構飛ばしている方だと思うよ?

そもそもここを降りるのが長いだけで降り切ったら早いんだからね。

「なあこれ鉱石か?」

 

急に魔理沙が止まって壁をじっと見つめ始めた。鉱石なんてそんなところにあったかねえ……

遅れてあたいも壁を覗き込む。そこには白く濁った半透明の結晶がちらほら埋まっていた。

ああ、確かにこれは鉱石だね。

でもあたいはそこら辺詳しくないからわからない。そっちの人形に聞いてみたらどうだい。

「アリス、わかるか?」

 

『この子は音声だけしか拾えないのよ。実物を見れないんだからわかるはずないでしょ』

そりゃそうか。じゃあそっちのお連れさんは?

『残念だけれど私も鉱石は専門外なのよ」

そりゃそうか。

「なんだっていいわよ。それに地底で買えるでしょ」

 

「買えないよ」

 

「え?買えないの?」

買えるわけないじゃないか。鉱石の発掘なんて誰もやってないし。そもそも旧地獄含めた方は鉱石なんてない。あそこは元地獄。

「じゃあこっちで光ってるこれはなんだぜ?」

 

「それは苔の一種だよ。少しの光でも反射するんだ。似たようなのはそこの横穴に入ればいくらでも…っていうか結構いろんなものがいるよ。自分から光を放つ植物とか独自の進化をした虫とか」

 

「なあやっぱり私あっちい行きたい」

方向転換しないで⁈一応先にやってほしいことがあるんだけど……

「今度案内してあげるから今は我慢しておくれ」

 

『盟友の言うことも一理あるね』

 

人形を通してにとりが魔理沙に賛同している。そういやにとりもこういうのが好きなのかねえ。

「じゃあ全て終わったらツアーでもするかい?」

実はあたいもまだ横穴はちゃんと調査したことがなかったんだよねえ。

 

「はいはいあんたは案内に集中して」

首根っこを掴まれ強引に引き戻された。

 

 

 

それから十分くらいまた降っていけば、ようやく入口に到着した。少し広い穴の底は地底湖になっている。その畔にそれはある。

ただいまはその門は固く閉ざされている。

あたいらが近づけば、門の横であやとりをしていたヤマメがこっちに手を振った。

「あ、お燐じゃん」

 

「久しぶり」

前にあったのはいつだっけねえ…あたいがさっきここを通った時にはいなかったから1ヶ月ぶりってところかねえ。

「久しぶり。なに?お客さんでも連れてきたの?」

後ろにいる2人を目線が追いかける。まあお客さんだよ。

「まあそんなところかねえ……」

あたいが連れてきたって事でヤマメも察してくれたらしい。通せないよとは言わなかった。これがこの2人だけだったらどうなっただろうね?多分戦闘になってたんじゃないかな?2人とも血の気多いし…出会い頭に弾幕打ち込んでくる人たちだし。

「へえ…巫女かあ。そっちは魔法使い?」

 

「魔理沙だぜ」

 

「霊夢よ」

 

「門閉めちゃってるけど何かあったのかい?」

この門は普段開けっ放しになっているはずなんだけど…

「なんか灼熱地獄が爆発したとかなんかで一旦締めさせてもらってるよ。まあ何かあったらキスメが向こうから開けてくれるからいいんだけどさ」

爆発?灼熱地獄と旧地獄は結構距離が開いているはずだけれど…それでも爆発がわかるってことは相当なもんなんだね。確かに一時的に閉めるのも頷ける。あれ?そもそもなんかあった時は閉じるように言われてたんだっけ?

「あーこりゃ避難させたほうがいいかねえ?」

旧地獄には温泉に浸かりに地上から来ている妖怪とか人間とかもいる。彼らの安全確保も地底を管理する者の仕事だからねえ。

「大丈夫なんじゃない?必要になったら鬼がやってくれるでしょ」

それもそうか。

でもさとりがいないからなあ……あたいらだけじゃ厳しいところもあるかもしれない。

 

「それよりお二人さん。お近づきの印と言ってはなんだけど飴食べる?」

あたいの心配をよそにヤマメは2人に絡んでいた。悪絡みってわけではないから別に止めはしないんだけれど……

「「飴⁇」」

飴…イントネーションが雨なんだけど…まあこの際どっちでもいいか。

「うん、この前もらったやつなんだけどさ。美味しいよ」

あ、それさとりが作りすぎたとか言って配ってたやつだ。

 

「じゃあ一個もらおうかな」

先に手を出したのは魔理沙だった。巫女は…まあ渋るよね。

「巫女さん巫女さん警戒しなくても大丈夫だよ。毒なんて入ってないから」

うん、毒はないんだよ。でもあんたの種族考えたら躊躇するんでしょ。一応妖怪退治のプロだから。魔理沙は多分知らなかったんだろうね。

「でもあんた土蜘蛛でしょ」

 

「むしろ土蜘蛛だからこそ毒も病原菌も全く無いって言えるのさ」

それ前提としてあんたが嘘を言っていないってのがくっつくけれど…こんな事で嘘つくような子じゃないからまあ信じて良いかなあ。

 

「そうね……でも何かあったら容赦しないからね」

 

大丈夫だとは思うよ。人を襲うことは少ないしむしろ友好的。力が制御できないって事もないから悪意あって近づく輩以外で深刻な病気になったやつなんて聞いた事ないし。

あ、でもキスメが一回お腹壊したっけ?でもあれは腐ったものを食べたからだし関係ないか。

「あまり時間がないから早く門を開けてくれないかな」

 

「じゃあ今開けるからちょっと待っててね」

ヤマメが扉の隣にある制御盤のところへ駆けていく。

 

「キスメ。ちょっとお客さんが来たから門開けるよ」

 

一言だけそう言って返事を待たずに開閉レバーを操作。

ちょっとだけ間が空いて、扉が開いた。

ちょっと音がうるさくなってきているけれど普通にまだ動くらしい。でもずいぶん古びたねえ…あまりこれが動いているところ見た事ないからかなあ。

『私が設計した開閉装置はまだちゃんと機能しているみたいだね』

 

「なんだあれにとりが作ったのか?」

そういやそんな事さとりが言っていたね。あたい興味ないから忘れていたよ。

『空間接続は私じゃないけど門の自動開閉は私さ』

そんな言葉が飛び交い2人が困惑する。あ、そうか…この扉の向こう側がこの地底部分の延長線にあると考えていたのか。常識と照らし合わせればそうかもしれないね。

『そもそもの空間跳躍については私の知り合いに頼んだわ』

へえ…紫様の知り合い……全然想像できないや。うん似た者同士って感じでしか。

「跳躍ってことはここにあるわけじゃないの?」

旧地獄後はここにはないよ。あれとこことじゃ違うからね。ここにあるのは畑と自然だけ。

「ここからさらに下。マントルのところだよ。残念だけど縦穴を作ることができないからねえ」

作ろうと思えば作れるだろうけれどそれが引き起こす自然への影響がよくわからないからやってないんじゃないかな?それか純粋にやる必要がないか…実際これを見たらやらなくてもいいよなってなるからねえ。

 

「なんだか壮大だな」

魔理沙にとっては壮大だろうねえ。なにせとんでもない深いところに街といろんな付属品を移転させちゃうんだから。

「地獄をここに置こうとした当時の閻魔に聞いてくれるかい」

 

「その閻魔ってあの閻魔?」

と巫女。

あの閻魔がなにを示しているかはわからないけれど霊夢が想像しているものだと思うよ。たまにあたいにも説教してくるあの人でしょ。説教はもう聞き飽きたから他のことを喋ろうやと言ったら今度は愚痴だった閻魔様。まあいつかあたいらも世話になるんだろうけれどね。

「そうじゃないかなあ?あたいは詳しくないからね」

そういえば霊夢は口を閉ざした。察しがいいっていうのは良い事だねえ。

「じゃあ誰なら詳しいんだ?」

門をくぐり、ありがとねとヤマメに手を振っていたあたいの背中に魔法使いが声をかける。どうやら研究畑の本性が出ちゃっているようだ。でもあたいに聞かないでくれ。ただの火車。あるいは化け猫さ。

 

「こいしじゃないかな?」

今すぐに聞くのであればそこらへんしか思い浮かばない。そもそもお空のことで頭がいっぱいで基本的に他の考え事なんて大してしていないんだけどさ。

「そ、そうか。こいしってあのこいしか?」

おやこいしと知り合いだったかい。そういえばそうだったねえ…すっかり忘れていたよ。

「どのこいしかは知らないけれど多分魔理沙が想像しているのだと思うよ」

 

「なんだ地底の主だったのか」

ああ、違う違う。

「いんや」

 

「違うのか?」

 

「地底の主はこいしの姉さ」

霊夢もいるしこれ以上は言わないでおこう。こういう時だけさとりが不在で良かったと思えるなんてねえ。

「ふーん…」

本当は言ってしまいたいんだ。ずっとこのままなんて酷すぎるし可哀想だ。

でもそういえばさとりは人間と妖怪は本来相入れない。それに彼女は博麗の巫女だからもっと相入れてはいけないって言い出す。

 

もうちょっと素直になったらいいのに……

あたいはネコだからそこらへんのややこしいことなんてめんどくさいとしか思えないんだけれど。実際さとりも面倒だって思ってるだろうけれど。

それでもこうも面倒なことになるものかねえ。

 

「へえ!あれが地底か!」

 

「正確には旧都さ」

 

「旧都?」

 

「一千年も前に作られた地獄の都。ここに送られてきた時には既に旧都って呼ばれていたっけねえ」

それ以外は知らない。

「あっそう…それで、私たちの後ろにいるあれはなに?」

巫女があたいらの後ろを指差す。確か後ろってあの世とこの世の架け橋があったはずじゃ……

「あれ呼ばわりはないんじゃないの?」

そこには緑色の宝石のようなものが暗闇を照らしていた。それが彼女の目だというのに気づくのはちょっと後。

「あー水橋だっけ…」

七つの大罪だったら確実に嫉妬ってなるほど嫉妬深いからあたい苦手なんだよなあ。

そう考えていたら向こうはとんでもない爆弾発言をしてきた。

「そう言うあんたは確かさとりの飼い猫ね」

ここで言うか⁈一応あんたにも伝わっていたはずでしょ‼︎巫女にさとりのことは教えるなって‼︎理由は伏せられてたからなんでそんなことしなきゃいけないって気持ちもわかるけどさ‼︎

「さとり⁇」

 

あ、まず…霊夢が気づいたかも…

「覚り妖怪だからだよ!だよね!」

ここは誤魔化す!無理にでも誤魔化す。嘘はついていないから。

「え?あ…まあそうね」

あたいが睨んだらめんどくせえなあって顔された。めんどいのはそっちだよ!

「ってか火ない?あんたら見てると妬ましくなってきた」

葉巻を取り出した彼女が先端をあたいに近づけてくる。

「またマッチ買い忘れたのかい」

 

「仕方ないでしょ。マッチが燃えるのってなんだかイライラするのよ」

 

「それ八つ当たりじゃないの。で?私達急いでるんだけど」

 

「火なら弾幕ごっこでいくらでもつけられるがどうする?」

そう言う2人の目にはうっすら緑色の光が見えた。

「イライラしたから睨んだだけなんだけど」

 

絶対嘘だああ!こんなところで時間をかけている暇ないのに‼︎



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depth.182廻天楼閣 中

「なんでパルスィは怒ってるんだい!」

初手スペルカードを切り出したパルスィに向かってそう叫ぶ。飛び交う弾幕の音で途切れ途切れにしか聞こえないだろうけれどそれでも叫ぶ。

すでに戦いは始まっちゃったしあたいまでなぜか狙われている身だ。

「私が妬ましいと感じるほどの妬ましさがそこにあるからよ」

 

「それであたいを巻き込まないでよ‼︎」

空を飛び回り狙いを定めさせないようにしながらでも流石にパルスィの言い分には叫びたくなってしまう。

おっと!回避…

体をフラットスピンのように失速落下させて進路上に張られた設置弾幕を避ける。

反撃しないとやられるねこりゃ…

「なにごちゃごちゃ言ってるのよ。そいつが邪魔をするんだったらぶっ飛ばせばいいだけよ」

 

「そうだな。まあ邪魔ってわけじゃないけどなんか術かけただろ」

霊夢も魔理沙も戦闘狂じゃないのかい⁈

若干理性が飛びかけているように見えたのはやっぱり見間違いじゃないか。でも面倒だねえ…正気に戻すにはパルスィを叩きのめせばいいんだけどあたいまで攻撃対象。三つ巴になってもいいんだけどそしたらあたいも吹っ飛ばされちまう。痛いのは嫌いなんだよなあ。

「術なんてかけてないわ。私はただ心の中の妬みを引き出しただけよ」

薄ら笑いを浮かべ見下し気味にそういう彼女。流石にあれじゃあ普通の人でもキレるわなあ。

それにその妬みって……

2人の目線を追いかけてみる。

うーん?そういえばパルスィって大きかったような。

あたいより一回りくらい身長は低いのにあたいより意外と大きい。あーそういうことか……確かにあれは人によっては妬みの種だったね。

一瞬こっちを睨まれた。ついでに視線は胸。

まさかあたいもこれで同一視された?そりゃないよ!

スペルを射出する銃を引き出す。

銃口の長いそれはずっとあたいの背中でガチャガチャと暴れまわっていたもの。

セーフティを解除スペルカードを挿入。起動…発射用意完了。

目標、弾幕。

三人から放たれる全ての弾幕を射界に納めるように移動する。あかり時間はかけられない。チャンスは一瞬だけ。

 

「『猫符キャッツウォーク』!」

放たれたスペルカードが弾幕の中で炸裂。周囲の妖弾、魔弾を弾き飛ばし相殺する。

そのまま足早にその場を離れる。死角から飛んできていた魔弾があたいが少し前にいたところを通過していった。あっぶな…

 

「妬ましいからって戦うのやめてよ‼︎こんな戦いなにも生まないでしょ!」

それにこんなことしている場合じゃないって言ってるじゃん‼︎お空の容態がどうなっているのかちょっとは考えておくれよ‼︎

 

「そうね…誰も得しないわ。私がスッキリするけれどね」

全然こっちの思い伝わってない…

「酷い!」

ええい‼︎博麗の巫女は鬼か!いや鬼はそこらへんにゴロゴロいるけれどさ!

「戦う理由なんてそんなものでしょ」

なんだろう…胃が痛くなってきた。こんなことしている場合じゃなのに…

再び解き放たれる霊弾。あれでまだスペルを切ってないんだから恐ろしい。通常弾幕だけで勝ちに行くっていうのは本当らしい。一度真上に上昇した霊弾が降下して目標であるあたいとパルスィの方に向かっていく。

迎撃…しようにも速度が速いしこの距離じゃ迎撃する隙を突かれる。急降下で速度を稼ぎ逃げ出す。

急旋回。それでも霊弾は付いてくる。旋回半径を強引に縮める。

当たる直前にいきなり動かれたからかそのままあたいを追ってきた霊弾はオーバーシュート気味に…パルスィを追尾していた弾幕の中に突っ込み盛大に花火を打ち上げた。

危ない危ない…

 

ホッとしたのもつかの間。今度は協力な魔力の収束を感じ取る。鳥肌が立ち本能が警告を促す。

「これでトドメだぜ!大人しく胸をよこせ」

 

「言ってることがめちゃめちゃだよ‼︎」

 

魔理沙の手に収まる小さなそれがまばゆい光を放っている。このままじゃまずい。

逃げる選択肢一択だ!

射角を取られちゃまずいと上に上昇。当然その照準はあたいを追いかけるわけで、収束が限界になったそれが光るのを一瞬だけやめた。

でもそれは本当にわずかな時間であって、直後には極太のレーザーがまっすぐこちらに向かってきていた。

霊夢は…パルスィの方に集中している。なら対処するのは目の前のこれだけで良い。

体を横ひねり推力を無理やり上下反転。

銃でちょっと大きめの弾幕を作り出し、レーザーに向けて放つ。

接触まで後二秒。

放った弾幕がレーザーと接触。ようやく進む方向が変わった直後、すぐそばで発生した爆発であたいの体は下に向かって吹き飛ばされた。

 

一瞬足元が熱くなった。

振り返れば、二本目のレーザー砲があたいのすぐ後ろを通過していっていた。

 

「っち…読まれてたか」

 

なんとなくだけど想像はできていた。

そもそもあれが連射できないなんて確証もないからね。

流石に三連射はできないみたい。

 

緑に怪しく光る目が一層濃くなった。

確かあれって嫉妬の深さで余計洗脳が強くなるんだっけ?

でも聞いたって洗脳じゃないっていうからなあ…感情を表しやすくしているだけだってことか…

ということは人はみな闘争を求めるものなのか。まあ生き物自体が元々生への闘争を求めて今まで生きがならえてきたものだから必然できてもあるのだけれど。

「おもしれえ!もっとやろうじゃないか!」

箒の後ろに手に持っていた何かをセットした魔理沙が笑顔を浮かべる。

もう嫌だ!なんて叫んだところでやめてくれるはずはない。

 

あたいにできることは踵を返して逃げるだけ!

「鬼ごっこか?いいぜ受けてたつ!」

 

そう叫ぶなり轟音が周囲に響き渡る。その音の主は後ろから追いかけてきている魔理沙だった。

とてつもなく早い。このままじゃ追いつかれる。

 

左右に旋回を繰り返し射線を通さないようにする。どうやらあの状態だと前にしか撃てないらしいから。

シザースするように軌道が絡みあう。バレルロールをして軸線から外れ、縦に旋回を繰り返す。

世界が逆さまになる。

慣れてないと吐きそうだよ。

 

速度があっても旋回がそれに追いつかなければ撃ち落とすことはできない。どうやら向こうは苛立っているようだ。

当たらないとわかっているのに無理やり上から被せるように攻撃してきたり突き上げを行なってくる。

 

当たらないとはいえ心臓に悪いっての‼︎

反撃をしたくないから避けることに専念する。原則空戦を行うときは速度を落としてはいけない。だからなるべく高度優位を保つように逃げ回る。

高度優位が保てなくなったら速度優位を保つように努力する。向こうだってあたいより早いとはいえ減速するときは減速するし高度が下がるときは下がる。

それに…ずっとその加速をやっていられるわけじゃないだろう?

 

 

 

でも終わりというのは案外呆気なくて、飛び交う弾幕のうちランダムに放っていたであろう弾幕に偶然パルスィが飛び込んで終わった。結果だけ見ればなんともあっけなく、されどその過程はとてつもなく険しい。紙一重の戦い。なんだか不思議なものだ。そう思うのはあたいだけだろうか?

 

嫉妬の感情を揺さぶられるのが止まったのか2人ともピタッと攻撃を止めた。正気に戻ってくれたようでなによりだよ。

 

速度を落としまた地面に降り立つ。

 

「あー疲れた……」

そう言うのはパルスィ。被弾でボロボロになっているけれど戦う前と対して振る舞いは変わらない。

 

あたいは生き延びる事は出来た……

ただあたいはパルスィより疲れた。もうやだこんなの……

「ほんとにこっちは忙しいんだからやめてよね…」

こんなところで余計な体力を奪われるのは心外だった。でも一番の被害者であるはずの2人は全く気にしている様子がない。だから強く責めることは出来なかった。

「悪かったわね」

めんどくさそうに言われてもねえ…だったら今度飲み物一本奢ってよ。

 

「準備運動も済んだしさっさと行きましょう。どこへいけばいいの?」

息切れすらしていない霊夢が歩き出す。向かうは旧都。

「取り敢えず地霊殿だね。こいしとも合流したいし」

やや丘になっているこの場所だからこそ見える地霊殿を指差す。それを確認した二人はあの大きい建物のところまで行けばいいのねと言って飛んで行ってしまった。

あたいの案内はもういらないと言わんばかりだ。多分胸が大きいことが原因でさっき戦う羽目になったから色々と感じるところでもあったのかもしれない。

あれ⁇そういえば今厳戒態勢だったような……

いいや。覚えていないし。

「じゃああたいはこれで」

二人を追いかけるために飛び上がろうとする。

「あれだけ余裕そうに戦ってるんだったら大丈夫でしょ」

その言葉が気になって動きを止めた。

「どういうことだい?」

まさか博麗の巫女を試したのだろうか?でもそんなことをする必要があるのかな?

「なんでもないわ。あの2人を連れて気なのはどうせお空のことでしょ」

え?そうだけど…どうしてそれを知っているんだい?お空の事は鬼の四天王にしか教えていないしあの二人がその事を外部に漏らすなんて事は考えられない。

「なんでそれをって顔しているわね。簡単よ。さとり(あいつ)相談されたのよ。お空が心配だって」

それはさとりが失踪する2日前のことだったらしい。相談してたんだ…あたいじゃなくてパルスィに…でも、それってさとりはこのことを想定していたの?そうとしか思えないんだけれど……

実際こうなることを予測しているかのようにさとりが残したものが機能している。

「そうだったんだ……」

そんなのあたいにも相談してくれればよかったのに…やっぱりこういうことは難しいのかな?

「あんたもあいつも不器用でやになっちゃうわ」

 

「あはは……なんかすまないねえ」

確かに不器用かもしれない。もしあたいがさとりに相談を受けていたらどうなったかな?そうしたらあたいはお空につくかさとりにつくかで板挟みだったかな…

「ほんとよ。どいつもこいつももっと素直になれっての」

ある意味パルスィの方が一番さとりに近いかもしれない。

「あいつがあまりにもさとりらしくないからでしょ。私はただ心の底に隠れた嫉妬心を表に出すだけよ。ついでにある程度貰っていくけれど」

さっきも2人からある程度嫉妬心を吸い上げたのだろうか?やられた割に結構ツヤツヤしている。

「でもあれって胸の事なんじゃ」

 

「きっかけはそれかもしれないけれど嫉妬心っていうのは根本が同じだから結構吸い出せるものよ。人って嫉妬に駆られると破滅するし。まあ私としては破滅したあとの方が極上なんだけどね」

うわ…さすがだよ。

「嫉妬をわざと与えて破滅させてから再収集でもしているのかい?」

 

「あらよくわかったわね。気に入らない相手だったらたまにやっているわよ」

流石だね…まああたいも時々死体を持って帰る癖があるのだから人のことは言えないかなあ。言う必要もないし性格が悪いと文句を言えるほどあたいは性格がいいとは思ってない。それが罪だったとしてもだ。どうせ妖怪に罪だろうとなんだろうと関係ないけれど……

「それよりいいの?」

 

「いいってなにが……」

 

なんかサイレンの音がなっているような……

咄嗟に旧都の方を見れば地上から棒のようなものがせり上がってきているのが見えた。

あ、しまった‼︎旧都の防衛装置が作動しちゃってる‼︎

やっば‼︎そういえば厳戒態勢の時は宙を飛んじゃダメって決まってるんだった!

「こんなことしてる場合じゃなかったああ‼︎」

 

「あらかじめ伝えておけばよかったのに」

呆れた声が聞こえる。

「忘れてたんだよ!」

すぐに2人を追いかける。どうせあのままじゃ空で逃げ回っているはずだから。

でもエコーあたりに伝えておいたから大丈夫なはずなんだけど…なんでえ?

え?まさかあたいが同伴していなかったから?そんなまさか…

 

 

そのまさかだった。

 

「こちらエコー。ターゲット確認。先導なし。迎撃を許可する」

見張り台に備え付けられた20×80の双眼鏡から目を離しため息をつく。

迎えにお燐さんが行くと行ったのだから連れてくると思ったらどうやらこれだけ…おそらくお燐さんはやられたのだろう。となればあの2人は敵で有るという認識だし下手に招き入れたら全てを破壊して去っていく危険がある。地霊殿を任されている身からすればそれは何としても阻止しなければならない。

ついでにお燐さんの仇も。

既に第1迎撃ラインに近づいている。

「エコーより各員。ターゲットマージ。ボギーは2B42より接近」

 

『了解。こちらグール。ターゲットコピー。シーカーオープン、マスターアームオン』

 

「迎撃用意…」

 

まだ…まだ引きつけて…

 

今‼︎

地底の迎撃装置が一斉に稼働した。




サポートの方々は制止をしていましたがことごとく無視された模様。
なお防衛システムは全てにとり達による手作り品


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depth.183廻天楼閣 下

「なんなのよこれ‼︎」

サイレンがなったかと思えば急に地上から棒がせり出してくるなんて想像できないわよ!

左右に逃げてもぴったりそれらは追いかけてくる。

空に打ち上がるのは弾幕…なんてものじゃない。

もっと巨大で破壊力のある爆発。それが生身の体を揺さぶる。

たとえそれに当たらなかったとしても衝撃波で内臓が掻き回されそうになる。ほんとなんなのよ‼︎こんなの反則よ!

一つだけならともかくそれがいくつも…それこそ弾幕ごっこ並みの精度で撃たれるのだ。咄嗟に張った結界はあっさり破壊され、魔理沙も逃げ回るのに手一杯で協力するなんて無理だ。

それに当てる気で来ているからもっと嫌だ。あんな高速で飛び込んでくるものなんて避けようと思って避けられるものではない。張り直した2枚目なんかその直撃で粉々よ!

あんなのいくつも受けたくはないわ!

私を狙っているそれを見つけ回避しようと射角から逃げ出せば今度は別のところから棒のようなものが再び生えてくる。それの真上にはなんかごっつい大砲。さっきから撃って来ていたそれとは全く違うやつだ。それが私の方に振り向く。

反射的に体をひねって向きを変える。

『これが旧都の防御…』

 

「紫!どうにかしてよ‼︎」

その大砲が光った。

 

次の瞬間には私の体が衝撃波で吹っ飛んだ。いくら障壁を張ったからとはいえこれがいくつも来たら耐えきれないわ!

こんなの弾幕ごっこじゃない‼︎そもそもわたし達は招かれたはずよね!どうしてこうなってるのよ‼︎

こうなったら一時撤退よ‼︎

 

幸いなのはあれが固定砲台ってことね。

引けばその分精度も下がっているようだしさっきほど酷い目には遭わなかった。

だけど魔理沙がまだ残されたままだった。あれでは逃げ出すのも無理ってところね。仕方ないわ…

さっきより濃くなった弾幕の中に飛び込む。

何かが焼けた匂いが充満する中を通り抜け魔理沙の腕を掴む。

「魔理沙!」

 

「なんだ霊夢っ!」

 

「さっさと出るわよ‼︎」

有無を言わせず強引に引っ張る。流石に最初は抵抗したけれど流石に今の状況を冷静に考えたら無理と理解したのか抵抗がなくなった。

 

急降下。狙いをつけさせないように左右に何度も不規則に動く。

それでも位置を正確に把握してすぐそばに花を咲かせてくるのだから化け物と呼びたくなる。

ああもう‼︎

急降下で地面すれすれを飛びあれらの砲弾が飛んでこないところまで逃げる。

 

ようやくね…無駄に疲れたわ…

 

「な…なんだったんだあれ」

落ち着いてきたら冷や汗が出てきた。どうみても飛んできていたのは鉛の塊だしそれが爆発していたのだ。直撃しなくても破片で怪我をするってのは容易に理解できる。

私もたまにやっていたからなあ…薄い鉄の箱に火薬詰め込んで爆発させる遊び。今思えば危ないや…

『なんかあったのかい?』

人形越しににとりが聞いてきた。こいつなら何か知っているんじゃないかしら?

「地面から棒みたいなのが生えてきて…」

魔理沙が状況を端的に説明してくれる。

『ああそれか。災難だったな』

 

「どういうことだにとり?」

ちょっと魔理沙、そんな激しく揺さぶったら人形が可哀想よ。

 

『それらを作ったのは何を何を隠そう私らだからな』

 

「おい今なんつった?」

人形の頭を鷲掴みにする。このまま捻り潰そうかと思ってしまうほど殺意が湧いてきたわ。

「霊夢⁈落ち着けって人形が壊れる!」

ああそうだったわ…ごめんなさいね。

『私の大事な人形よ⁈壊さないで!』

 

『頼まれたから私は作っただけだよ』

 

「まあいいわ…だったらある程度あれの対策もできてるんでしょ?」

作った本人が対策できてないってことはまずないわ。だってそれらの弱点を知っているのだから。

『ああ…出来てるさ』

だけどその先を聞くより先に魔理沙が叫んだ。私の直感も危険と判断。

「なんだありゃ⁈」

上から降りてきたのは妖精?でも様子が…力なく下を向いているせいか顔が分からない。それに動き方もへんだし着ているものもボロボロ…

「っち…あれ妖精?」

私の言葉に妖精のような何かが顔を上げた。

その顔は土気色で所々腐っており、白目だったり目がそもそも顔から垂れ下がっていた。

怖いわよ!一瞬ちびった…かも。

「なんかゾンビみたいだな…」

 

「活性死者ってやつ?」

なんか聞いただけでもう相手したくなくなるわ。一応妖怪退治が仕事だからあんな感じのやつらたくさん見てきたけど…あれなまじ気持ち悪いわよ。

夜にあんなのが来たら軽く泣けるわ。

それに敵意丸出し。

 

こりゃやるしかないわね。でも空中はまだこちらの十八番よ。ある程度高さを制限されたところでそれは変わらないわ。

お祓い棒を構える。

 

一触即発。それどころか増えてきたわね。案内のお燐は一体どこにいるのよ。

 

覚悟を決めて飛び出そうとした直後だった。

妖精とは全く違う影が私達の合間に飛び込んできた。

 

「おーい‼︎2人ともごめんよ!」

私と妖精ゾンビの真ん中に割って入ってきたのは姿が見えなかったお燐だった。一体どこに行っていたと言いたくなったけれど彼女を見てふと思い出した。そういえばあの辺な奴に絡まれた後私達は先に勝手に行ってしまったのだということに……

 

 

妖精ゾンビもお燐を見るや否や慌てて頭を下げていた。言葉はないけれど謝っている?ってなるとこいつら湧いて出てきた敵ってことじゃなくて…

「この子たちは旧地獄の防衛を行う妖精達だよ。旧地獄で暴れているものがいたら一番先に現場に向かって対処するのさ。まあ…市街地だと鬼が先に片付けちゃうからそれ以外の場所での活動がほとんどだけれどね」

 

「どういうことよ猫」

 

「お燐だよ!…あたいが先導してなかったから敵と勘違いしちゃってるんだ」

何よそれ!私達が勝手に先行ったのがわるいの⁈ふざけんじゃないわよ!

「じゃあどうすれば良かったのよ…」

 

「一旦地上に降りて。話はそれからだよ」

地上?わかったわよ…

 

すぐに地面に降り立つ。大した高さがあったわけじゃないからそんな時間はかからなかったけれど地面に降り立つのでさえ少しガクガクしてきたわ。

やっぱり相当危なかったのね。今はまだ実感無いんだけれど多分相当危険だったわ。脳は理解していなくても体の方は正直なようね。

「何よ飛んじゃダメだったの?」

 

「警戒態勢だからねえ…あの状態で空を飛ぶと攻撃されるよ」

そういうのは先に言ってよね。無駄に体力使っちゃったわよ。

「聞いたことないんだけど」

 

『そう言えば言ってなかったわね。でも私たち妖怪の合間じゃ常識のようなものよ』

いや知らないわよあんた達の常識なんて。

「ここに来る人には徹底させる周知の事実さ」

じゃあなんで私達の時だけはそれを教えないのよ。貴女まさか図った?わざと教えないでいて私達を落とそうとしたとか…でもこいつはそんなことするようには見えない。多分純粋に忘れていたのね。

「旅行のしおりみたいなもので欲しかったぜ」

旅行ねえ…確かにしおりにしてくれてたらありがたかったわね。

「すまないねえ。用意できてないんだよ」

緊急事態だからかしら?

「っていうかあいつらなんなのよ」

 

「……!」

 

「ああ死霊妖精だよ」

死霊妖精?ゾンビ妖精とかじゃないんだ。

「見た目がその…あれなんだけど」

 

「ああ、目玉以外は特殊メイクさ。ああやっている方が気合が入るんだって」

はい⁇じゃあつまりあれってただの仮装?なんかそう考えたらよくできているというか…可愛いわね。

「へ…へえ…」

でも目以外って言ってなかった?まさか目は本気なの?

 

「……」

ねえなんでそこで黙るのよ!教えなさいよ!

 

「!!」

なんで慌てて目玉を元の位置に戻そうとしてるの⁈まさか本当に……

 

「あはは……ああ見えても死霊妖精。ちょっと特殊なんだよ」

苦笑いされても困るわよ。

あんな特殊性嫌だわ……

しかもあんな姿で襲ってくるんだから敵に回したくはないわ。ビジュアル的に……

「空飛んじゃダメなの?」

あんたがいるならもう向こうだって撃ってこないでしょ?流石に味方に連れられている人を撃とうなんて思わないはず。

「やめたほうがいいと思うよ。また撃たれるだろうし」

でもこの黒猫はそれを否定した。

「あんたがいるなら平気なんじゃないのか?」

 

「一度射撃を始めちゃうとみんなトリガーハッピーな子が多いからねえ…この前なんて攻撃中止って言ってから三十分撃ち続けたくらいだから」

それ命令聞いているようで聞いてないじゃない。そんなんでいいのかしら?まあそっちがいいって言うならいいんだけれど…それ誤射しちゃった時どうするのよ。

「そういう時は簡単さ。地上にいればいいんだよ。あれは地上を撃てないからさ」

あ、そうなの。じゃあやっぱりあの旧都を歩いて通らないといけないのね。

まあ飛んでばっかりじゃ足腰の筋肉も弱っちゃうからちょうど良い運動ね。

 

『旧都ねえ…霊夢、鬼には気をつけなさい』

 

「鬼?なんだか知らないけれど分かったわ」

鬼ってこの前神社を修復してくれた奴らでしょ。いいやつだとは思うんだけど…あ、酒と喧嘩は鬼の十八番って母さん言っていたわね。

それか……

 

 

 

 

 

「お?なんだお燐じゃないか」

旧都の通りでばったり勇儀さんと出くわした。珍しく酒を飲んでいないらしい。酒臭さが全くしない。でも片手に酒瓶もってるからそのうち飲むんだろうね。

「勇儀さんかい。今のところ何か変わったことは?」

旧都は今のところいつもと変わらないように見える。灼熱地獄が熱暴走しているからか全体的に気温高めなんだけれど…湿度も少し上がってきている。

「特にはねえな…ただまあ…ここの奴らもそろそろ不安になってきたって感じだな」

あーやっぱり?温度とか湿度とかって少しでもいきなり変動すると体に影響出るからねえ。それに…ここまであの子の神力が漏れてきていればねえ……

霊夢もさっき気づいたみたいだ。でも何も聞いてこないから何にも伝えていない。魔理沙の方は…まあ彼女は魔法使いだし管轄外だろうね。気づいた様子ないし。

「何が起こっているのかはわからないけれど何かが起こっているというのは勘がいいやつは気付くからな」

 

「早めに解決しないと混乱が起こりそう」

大したことない場合でも一度民衆が混乱すると何が起こるかわからない。制御に失敗すれば些細なことでも一気に暴徒になって秩序が回復不能なことになりかねない。

そういう例をさとりに散々教えてもらった。あたいには半分関係ないかなあなんて思ってたけれど……あたいがこんな心配することになるなんてねえ。

「こっちもその時はどうにか手を回す」

ありがたいねえ…

 

「それで、あそこで買い食いしている巫女はどうするつもりだ?」

 

「…え⁈」

慌てて振り返る。妙に2人が静かだと思ったら道の反対側で買い食いしてた。しかもそれあたいの財布‼︎さっき魔理沙がぶつかってきたからその時かっ‼︎

「ちょっと2人とも!早く行くよ」

 

「団子くらい食べさせなさいよ!」

 

「それにこっちにケーキってのがあるぜ」

あんたはなに人の財布から金出しているの‼︎怒るよ‼︎むしろもう怒ってる‼︎

「異変解決したらいくらでも食べていいから!」

自腹でね!

 

2人の腕を掴んで無理無理引きずる。

もうなんでこうなるのさ……

 

 

 

 

 

「何しようとしていた?」

急に周囲の視界がひらけた。身体中が妙に生暖かい。

「流石に…気づきますか」

久しぶりの光で目の焦点が合わないけれどどうやら私は諏訪子さんの目の前にいるようだ。覇気が体を揺さぶる。結構怒っているようだ…当たり前といえば当たり前か。

中途半端に神を読み取ってしまったためか想起してもそれは不完全なもの。全く使い物にはならないだろう。

「そりゃそれは私の使いだからねえ…何か動きがあればすぐに伝わるよ」

(それがわからないようじゃ…さとりもその程度みたいだね)

「へえ…そりゃどうも…」

急に体が解放され、一瞬だけ自由になる。でもその直後再び体が左右から押しつぶされる。

新たな場所に穴が空いた。…すっごく痛い。涙出てきそう……でも貫通しているわりにはその程度で済んでいるのだからまだ良いほうか。

「もうちょい大人しくしていてくれないかな。でないと…」

(抹殺しちゃうよ)

焦点があった視界の先で諏訪子さんがその手を私に振りかざす。その顔は無表情だった。

「っ……‼︎」

血飛沫が飛び散る。同時に心の声が聞こえなくなる。諏訪子さんのも…蛇の声も…

杭のようなものが打ち込まれたサードアイは完全にその機能を停止してしまっていた。

「あんたの体の方は半分くらいわかってきたからね。あんたの呪いならすぐに回復するから一時的な処置だけど……」

まあ…そうですね。私自身もサードアイがなくなることにはあまり躊躇しませんし。

「全て終わったらちゃんと帰してあげるから。我慢していてよね」

 

帰った先が灰になっていたら?

その問いを投げる前に私の体はまた闇に飲まれた。

 

モウ…テハ残ってない?

ううん…マダアル。



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depth.184廻天楼閣 祭

人は五感のうち一つや二つが機能しなくなると他の感覚が一層鋭くなると言われている。だとしたら今の私はまさにその状態に近いのかもしれない。

心に直接入ってくるのはその全てが醜い憎悪と、否定の言葉。

なるほど、これは確かにきついですね。ここまでやられたら普通の人であれば間違いなく人格を壊しかねない。かくいう私もサードアイが残ったままでは厳しかっただろう。心をかき回されぐちゃぐちゃにされていく。厄介なのはそれが私の記憶からランダムに引き出した人の姿をとって憎悪を向けてくることだ。内心違うと思っていてもこれはダメだっただろう。

でもそれをやり始めたのは私のサードアイがダメになった後。

正直サードアイからの情報が入ってこないのであれば私に対して悪口なんて効かない。というより本心に届かない。

さとりは心を読む存在であるからただ直接の会話そのものはただの上面な…言ってしまうのなら味のない生地のようなものであってそれがいくらものを言ったところで結局…私には届かない。

いや、無意識にそうしていないといけなかったのだろう。覚りという種族はなかなかめんどくさい。

実際私もその例に漏れず心を読まない状態だとただの音声を聞いているだけという感想しか出てこない。こいしも多分そうなのだろう。

それでもある程度感情を読み取ることができていたのは人の心があったから……

 

ただ、その人の心はこの場では邪魔なものだった。これを捨てなければ私はここからは抜け出せないだろう。

でもそうしてしまえば私は人で無くなってしまう。今まで私を人だと言わしめてきたものをここで捨てる?それは……

でもそれ以外の方法がもう無いのであればそれもまた仕方がないのかもしれない。

僅かだけれど神の力が漏れた気がした。

これは……確か八咫烏の?

ほんの少し…注意していなければわからないようなほどほんの少しだったけれどそれは確かに感じた。

彼女はまだ灼熱地獄のはず。それなのにこんな感じるということは……

いけない…もう悩んでいるひまは無い。

外道に堕ちる覚悟はとうの昔にできている。なら、あとはもう迷う必要はない。

人を捨て、妖怪として動けばいい。常に自分の優位のため、傍若無人に振る舞い人を喰らう。妖怪の本質をもってして…人の理性を壊す。

手始めにこの白蛇だ。もう容赦なんてしない。

サードアイが潰されても、それは相手の心を呼んだり他者のトラウマを引き出すことができなくなるだけ。私自身の記憶を想起することはいくらでも出来るのだ。

「あ…うあああ‼︎」

身体中が激しく痛み意識が吹っ飛びかける。

それでもやめない。ここで失敗するわけにはいかなかったから。

 

切り離されてしまった左腕から先が急速に生えてくる。でもそれは私の腕ではなかった。

 

 

 

 

旧都を抜けて何もない岩や砂利の殺風景な道を少し歩けば、あたいらの住まいは見えてくる。

「へえ…ここが地霊殿か。なんか紅魔館より落ち着いているな」

そう思うかい魔理沙。確かにあれと比べちゃったら落ち着いている方かもしれない。あたいにとっては街の隅っこであってもこれは目立つよなあって思うけど。

「あんな全部真っ赤に染まったお屋敷と一緒にされちゃ困るよ」

そもそもあれは本気の支配者が従者引き連れて住んでいるところだし。ここはあくまでも会議所とかそういう役割しか持ってないよ。

「それもそうだな」

 

「…まあ良いわ。ところで出迎えはないの?」

門の前だというのに全く周囲に人影はないし誰かが出てきて迎えてくれるということもない。

「今忙しいからムリだと思うよ。それにまともにメイドやっているのは1人くらいだし」

何人かそれっぽい服装してる子はいるんだけどメイドとしては機能していない。なんか趣味でふんわり着せているだけ…

「屋敷なのよね?」

門を押し開けて庭に入る。手入れされている庭園…2人は興味なさそうだった。あたいはあの花壇の所がお昼寝スポットなんだけど。

「屋敷だよ」

 

「掃除とか色々どうしているのよ?あんた達主人でしょ」

主人だからって掃除しないというのはただの偏見だよ霊夢。

「うーん……掃除も洗濯もみんなでやってるけど」

 

「そうなの?」

意外だったかい?あたいらは紅魔館の主人のように貴族というわけでもないからねえ。貴族としての振る舞い方なんて知らないし貴族の考え方だってできない。屋敷はあってもそれの手入れをメイドとかお手伝いさんに任せるって考えが出なかった。たださとりは雇用が生まれるかもしれないから何かあったときは掃除のお手伝いさんを短期間だけ雇うとかなんとか言っていた。

どこまで本気かは知らないけれど。

「そもそもあたい達の家はここじゃないのさ。ここはあくまで地底を治めるのに必要だったから作っただけで邸と言えど人が住む屋敷ではないのさ」

だから全体的に屋敷とは言い難い所が多い。

 

『彼女達は支配者としては少し特殊なのよ』

紫様

「ふーん…」

 

そんなことを話していたら広い庭はあっという間に終わってしまっていた。

屋敷に入るための扉もやっぱり閉ざされている。

「お邪魔します」

あたいの横を通り抜けた魔理沙と霊夢が扉を蹴破ろうとする。だけど2人の蹴りを受けたその扉は…

鈍い音を立てただけだった。直後2人が足を抑えて蹲った。めっちゃ痛そう。

「蹴破って入るのが常識だったのかい?」

 

「い、いや……普通こういうときは蹴破るって……」

 

「な、何よあれ…足折れたかと思った」

痛みから立ち直った2人。もうこんな事しないでよね。

 

「鬼が出入りする関係で扉はある程度頑丈に作られているんだ。塗装してあるから木製に見えるかもしれないけどこれは鋼鉄製だよ」

そう、厚さ40センチの鋼鉄板。それこそ人間にこれを開けるのはムリな重さだし並の妖怪の攻撃にも耐える設計になっている。

 

扉の固定具を外して扉を押し込む。強めの力で押し込めば重量のある扉がゆっくりと開く。

 

「やっほう!2人とも!」

 

入ってすぐのエントランスにこいしはいた。隣にはエコーが控えている。

 

「やっぱりこいしだったのか」

 

「えへへ、待ってたよ!上がって上がって」

それに答えたのは霊夢だった。弾幕がエントランスに飛び交う。

でもそれもほんのすこしの合間であって、飛び交っていた霊弾はその全てが音を立てて弾けた。

流石の霊夢もこれには驚いているようだった。

魔導書を使用した迎撃…腕を上げたね。

「もしかして2人の挨拶は初手弾幕なの?」

 

いやそういうわけじゃないと思うけど……

 

「違うわ…ただ異変解決中は基本こんな感じよ」

それもそれで酷いと思うんだけどなあ……

『ええ…霊夢の言うとおりよ』

認めたくないけどという言葉が後に続いた気がした。

「その声は紫さん?んーまあなんとなく理解したかなあ」

今の彼女はサードアイを隠している。でも観察眼があるからねえ……

 

「お燐のお財布でお団子買ったでしょ」

こいしの言葉で魔理沙が言葉を失う。目線をそらして、知らないですよー感出そうとしているけれど…

でもそんなのこいしには無意味なんだよね。そもそもさっき覚り妖怪って教えたじゃん。

「あら見てたの?それとも心を読んだ?」

逆に霊夢は冷静だった。まあそっちの方がまだ覚り妖怪相手にはマシな対応になる。あくまで取り乱したりするよりマシということだけれど。

「見てないよ。ちょっと推理しただけ」

それにこいしもさとりも能力を使わずに相手を理解するのが異様に得意だった。

「推理?」

 

ああ始まっちゃったよ。こうなるとこいしは止まらない。

 

「まずその1。お燐は普段財布は紐で服に結びつけて右ポケットに入れて持ち歩いている。でも今その財布は左の胸ポケットに入っている」

え⁈あ…そういえば……

「たまたまそんな気分だったんじゃないのか?」

 

「だったらわざわざ紐を切断して左胸ポケットに入れたってことになるね。でもお燐がそこにものを入れるのも確かだよ。基本銃弾とか重要なものばっかり。でも今はそこじゃなくて、紐を切ってまで左胸ポケットに入れた原因を探ってみたの」

 

「紐が自然に千切れたって考えは?」

 

「その紐はおととい私が縫い付けたものだもん。自然にちぎれることはまずないし弾幕ごっこでちぎれたのならもっと全身ボロボロじゃないとおかしい。じゃあそれ以外の要因は?多分誰かが意図的に切り落とした」

まさかあの僅かな時間でここまで読めるなんて思ってないだろうね。

「私達以外って可能性は考えたの?」

 

「勿論!でもその可能性より2人が買い食いしたって可能性が濃厚だったからそっちにしたの。霊夢は団子食べた後串を綺麗に洗って持って帰る癖があるでしょ」

なんだその癖。

「どうしてばれたの?」

本当にそんな癖あったの⁈

「スカートに付いているポケットが縦に引っ張られてるでしょ。その伸ばし方をするのは棒状のものだけだし金属の棒にしては動いた時の挙動が軽い。金属製じゃなくてその大きさの棒っていうとここら辺じゃ団子の棒しかないんだよ」

貧乏性なのかなんなのかはわからないけど…なんで団子の串持ち帰るんだろう。

「へえ…頭がずいぶん回るのね」

 

「まあね」

 

「でもこれが彼女の財布で買ったっていう証拠は?」

 

「うーん…魔理沙も霊夢もお財布持ってないよね」

あ、2人ともビクって震えた…ってことはまさか持っていなかったのか。

 

『いつ聞いても恐ろしい推理力よね』

 

『ほんとほんと、私も困ったときは手伝ってもらってるんだよ』

 

「にとりさん結構いろんな問題持ってくるから解決するの面白いんだ」

 

コロコロわらうこいしだったけれどその表情は少し浮かばれない。やっぱりそろそろ本題に入ったほうがいい。

 

「あの……」

「でも、勝手に人のお金で買い物しちゃいけないって言われなかった?」

急に表情が変わった。主に目が醒めている。笑顔だけれど…怖い。

目が怖い‼︎ちょっとだけ怒ってるよ!ここで事を荒立てないで‼︎こいし落ち着いて!

「わ、悪かった悪かった。取り敢えず異変解決でチャラにしてくれ。な?」

 

「……分かった!じゃあお空を助けてくれたら。美味しいものたくさん作る!」

「それ約束してね‼︎」

霊夢がっついている。やっぱ人の所業は末恐ろしいや。あたいはそろそろおいとまするとしようかねえ。

ちょっと地上にいる間に白狼天狗の少女から気になる噂を聞いた。それを確かめに行く。

「あとはよろしく」

 

「……わかった」

何かを察したらしいこいしがあたいになにかを投げ渡してきた。

それはお札だった。

「封印とか拘束を破壊するお札だって。お姉ちゃんがいくつか置いていったやつ持って行って」

 

「ありがと」

 

 

お燐が扉を閉めればホールには静寂が広がった。ここまで静かだとやっぱり落ち着かないなあ。

「じゃあ改めまして。地霊殿の主人代理をしている古明地こいしだよ。よろしくね」

いつものように笑顔で対応。でもちょっと疲れてきたなあ…

「あ、ああ…よろしく」

 

「……」

なんで困惑しているのかな?ああそうか…2人とも初対面じゃなかったね。

それじゃあ案内しよっと。話したいこと色々あるだろうけれど…まずは落ち着いてからだし。

それに…そろそろお姉ちゃんのことも話さないといけないと思う。いつまでも逃げたままじゃダメ。お姉ちゃんもそれは分かっている。でも一歩が踏み出せない。なら私がそれを後押ししても良いよね。

 

「それじゃあさっそくだけど詳細聞きたい?お空のこととかお姉ちゃんのこととか」

さてどう出るかな?霊夢の表情を見てみる。

むすっとした顔で色々と考え込んでいた。やっぱり考えるんだね…私のお姉ちゃんがさとりとは知らない。でも勘が反応しているんだろうね。何かは知らないけど知らないといけないことかもしれないって。

 

「私はまず間欠泉を噴き出しているやつを叩きたいかな。ずっと間欠泉出されてたら温泉として使い物にならないんだぜ」

 

「そうね……姉については終わってからゆっくり聞くわ。教えてくれる気があるのなら」

霊夢は今気づいたのかな?でも私とお姉ちゃんじゃ正反対だと思うんだけど…あ、もしかして正反対だから逆に接点ができちゃった?

「そっか……じゃあ付いてきて」

帽子を深く被り直す。

 

「この先は地獄の入り口。霊夢と魔理沙…頑張ってね」

地霊殿の裏口を使って外に出る。灼熱地獄に行くにはこれが一番の近道。もちろん知っているのは私だけだよ。私だけの秘密の道…

だけどちょっとだけ危ないかな。

 

「あでっ⁈」

そこら辺に転がっている石とか岩で魔理沙が転んだ。

一向に起き上がらない。どうしたのかな?

「あ…あ…これ…」

 

「ああそれ?人の成れの果てって言うんだって。地獄に元からあったやつなんだけど結構ひどいことしたり生きたまま地獄に行っちゃった人達はこうなるんだよ」

魔理沙の前にはもともと人だった異形の死骸があった。

「一応その状態でも生きているからね」

 

「これで⁈」

 

「そういう罪だからさ。何年そのままなんだろうね?」




地底防衛装置一覧

中央司令電算室

ビル型兵装群
普段は地中に隠されている。使用時にせり上がってくる。
130ミリ連装速射砲(AK-130)
誘導兵器複数。
30ミリ単装機関砲(固定銃座)


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depth.185邪神炎上 上

庭渡久侘歌ってミスティアと絶対気が合いそう。


「ふうん…これが灼熱地獄?」

 

目の前にあるのは人2人分の大きさの巨大な鉄の蓋だった。

やや埃や泥をかぶって汚れてはいるけれど磨けばそれは銅色の光沢を放ってくれる。その少し上には赤と青の二つのランプが縦につながって地面から伸びた某にくくりつけられていた。今はずっと赤を点灯させている。

これは通常時に使用する温度計が壊れた場合に施される処理。通常、赤ランプは内部温度が危険値を超えている。あるいは内圧が異常上昇しているのを表している。

じゃあ今のように壊れちゃったらどうするのか。そりゃ手動で測るしかないよ。外から温度計と気圧計を下ろすための貫通穴はある。そこからこうやって糸にくくりつけた温度計を下ろす。圧力計は今の所正常値だった。

 

私が中の状態を調べている合間に2人は入り口になっているその蓋を開けようとしていた。

「その入り口。今の温度はちょっとだけ高いから入らない方がいいよ」

そう言ったけれど開けてみればわかるといって開けようとする。でもその扉は開かなかった。

 

それお燐も言ってたけどね…高温と高圧が一気にかかったから膨張と変形が起こってるんだって。

『あちゃ…そんなに圧力かかってたか。もうちょっと設計強度あげるべきだったかな』

「これもにとりが作ったのか」

魔理沙が人形越しに向こうと話し始めた。

『お得意様だからね』

 

『こっちに設計図があるから言えるけどどんな力がかかったらこれが変形するのよ』

そんなに凄いのかな。設計図後で見せてね地上のお二人さん。

『実物を見てみないとなんとも言えないね』

 

「…どうするのよ」

 

「もう少しすれば人が入れる程度には冷めるよ。そうすれば収縮してある程度ましになるんじゃないかな?」

それかヒンジを解体して無理やりこじ開けるか。

 

「中の熱も波があるのか」

魔理沙が感心してた。多分だとは思うけどさ…

「だと思う」

そうじゃなかったらお燐が今のような超高温空間に入るなんてことは出来てないはずだしいろんなところがもっと悲鳴を上げているよ。

ただ六百度の熱風が吹き荒れているっぽいから温度が低くても注意が必要だね。

「じゃあ今のうちに聞こうかしら…」

ずっと黙っていた霊夢が口を開いた。真剣な表情で私を見つめてくる。そういえば霊夢の笑顔私見てないなあ……まあ笑顔になる必要もないんだろうけど。

「お姉ちゃんのこと?」

じゃあその分私は笑顔で居よう。2人とも真剣な顔じゃなんか雰囲気良くないしそんな雰囲気私は嫌い。嫌いなら作らなければ良い。

「当たり前でしょ」

そっかそっか…じゃあ話せるうちに話しておかないといけないかな。

「霊夢?」

魔理沙が置いてけぼりになっちゃっている。私もちょっと置いてけぼりなんだよね。

「さっきこの子は古明地って言ったでしょ」

うん!言ったよ。

「ああ言ったな…」

 

「……さとりの、私の母さんの苗字は古明地なの」

え?お姉ちゃんそれ教えちゃってたの?意外だなあ……

「そうなのか⁈」

 

「ええ、でも一度しか言わなかったし幼い記憶だったからのさっきまで忘れていたわ」

あ、そうなんだ。

一応サードアイを出す。能力じゃ姉に及ばないけど別に気にしていない。相手が考えていることが読めればそれだけでアドバンテージになるし。

すぐに2人の思考が入ってくる。ふーん……お姉ちゃんと紫が話しているところの回想かあ…えっと…まだ霊夢が拾われてきて日が浅い頃かな?

『霊夢、それは……』

ん?紫さんどうしたのかな?思い当たる節でもあったかな?っていうか覚えていたんだね。

ああそうか……

「ええ、あんたとさとりが話しているところを偶然聞いた記憶よ」

このとき2人はどんな話をしていたのかな?

「へえ……思い出したんだ」

ほぼ自力でそこまでたどり着いたんだね。じゃあ後は大丈夫かな。

「そうよ」

2人の視線が私のサードアイに移動した。瞬間魔理沙からはなんだこれ?霊夢は、ああやっぱりという心が伝わってくる。サードアイを見て霊夢は確信したみたいだね。へえ……あのときは混乱していたのか。確かに大事に思っていた先代巫女が亡くなって参っているところにさらにお姉ちゃんが妖怪だったなんてショックだったよね。

んーわかることはわかるんだけど……でも理解を示してもらえて満足?

どのような理由があろうと霊夢のやったことを許すつもりはないし一生その罪を背負って生きていかなきゃいけないんだからね。お姉ちゃんは許すかもしれないけど私は…紫含めて絶対許さない。

でも私の気持ちは置いておく。ここで怒ることじゃないから。

「その通り。お姉ちゃんは霊夢を育ててくれた人なのでした。続きは全てが片付いたらかな」

 

丁度温度が下がってきたところだった。これくらいなら人間も入れるかな。

「あらもうそんな時間?」

 

「なんだあんまり話す時間無かったな」

そういえば2人とも長袖なんだけど大丈夫かなあ…確かに地上は雪が降る季節なんだけど…でもここは地底だし制御の利かない灼熱地獄だよ?絶対そんな格好じゃ熱でやられちゃうと思うけど…

「服脱いだら?中暑いよ」

 

『こいしの言う通りよ2人とも熱対策はしておいて損はないはずよ』

 

「それもそうね…じゃあ上着置いておくけど勝手なことしないでね」

 

そんなことしないよ。上着なんて興味ないし。魔理沙もマフラーとか色々置いて行った方がいいよ。中すっごく熱いなんて状態じゃないから。

 

扉を無理やり上にこじ開ける。留め具は根元からへし折った。そうでもしないと開かなかったから。

開けた瞬間熱風が周囲に広がる。少し距離があるのにこんなに暑い…やっぱりこの中の環境はやばいかもしれない。

「私が付いていっても多分邪魔になるだけだから2人とも頑張ってね」

私は…異変を解決する側じゃないから付いてはいけない。それに行ったところで多分足手纏い。だってお空に攻撃することなんて私にはできないから

「薄情ね。まあ良いわ。さっさと終わらせてくるから」

なにかを察したのか霊夢は私の顔を覗き込んで、灼熱地獄に入っていった。少し遅れて魔理沙も入る。

「そんじゃな」

 

「行ってらっしゃい……」

 

静寂が私の周りに立ち込める。

灼熱地獄の中は相変わらず赤くなっていてここからじゃなにも見えない。

 

体を揺さぶる強い揺れが起こった。灼熱地獄が震えている。

「大丈夫だよね……」

 

私の問いに答えてくれる声はなかった。

 

 

 

 

 

 

「うわ…すっごい暑さ」

入ってすぐはまだ外気が来ていたから涼しいかなって思ってたのに奥に行くに連れてそんな気持ちはどこかに吹き飛んだ。今の私達は真夏でも体験することのない…例えるのであれば火山の火口に防護服なしで立っている状態と変わらなかった。

「ほんとだな。こりゃ水着でも持ってくるべきだったな…」

そうよね。でも私水着なんて持ってないわ。滝修行の時に使う服でもいいかしら。あれ結構風通し良いのよね。あーあ…失敗したなあ。すごく暑いわ。

『盟友達、中の様子はどうだ?』

人形のマイクが反応する。こんな場所でもちゃんと繋がるのってある意味すごいわね。だから思いっきり答えてやる。半分八つ当たりだけど。

「蒸し風呂。しかも超高温の」

 

『そりゃ災難だな。水着でも持っていった方が良かったかい?採寸込みで河童の水着(スク水)が100銭だよ』

 

「魔理沙は知らないけど私は遠慮しておくわ」

なんかあいつらの水着って肌に合わないのよね。露出面積は確かに少ないんだけど。

「へえ…でも今頼んでもこっちにすぐ来ないだろ?」

 

『あーやっぱりそこかあ…』

そこかあってそこしか問題ないでしょう。灼熱地獄がこんなところって分かっていればあらかじめ買ってきてたわよ。

 

「一応障壁である程度熱は遮断できてるが…こりゃ長居は禁物だな」

そうね。それにこれも万能じゃない。マシとはいえ湿度も高いからジメジメして辛いわ。あっちこっちで湯気でてるし。

「弾幕ごっこより先に熱でやられそうよ」

 

「そうだな…それにこんなところで落ちるのは悲惨だな」

 

下を指差しながら魔理沙が言った。

指差す方向になにがあるのかと下を見てみれば、そこにはやや白くなっているけれど何か赤い液体のようなものが流れていた。

「溶岩?確かに落ちたくはないわ」

あんなところに落ちたらさよならばいばいじゃ済まないわよ。

その溶岩の表面には時々人のようなものが浮いていた。黒い木炭が燃えているかのように、浮いては沈み時々消失していた。

「まさに地獄ね……」

 

「こんなところに落とされたかねえぜ……善行を積めって言うあの閻魔に賛同しちまうな」

全くね。しかしお空ってやつは一体どこにいるのかしら。一向に姿を現さないから困ったものね。

 

 

「……‼︎」

背中になにかが走る。ゾワゾワと嫌な感覚が背筋を撫でる。それを感じ取った瞬間私の体はバネのように真横に逃げていた。

魔理沙も少し私に遅れて回避した。

さっきまで居たところを何かが通過していく。

風?いや違う!あれは…熱風。それもかなりの高温ね。こっちまで熱がかかってきたわ。

 

「ほう…勘は鋭いようだな」

黒い影が私達の身体を包んだ。光は今下から出ている。なら…

私たちより少し下のところにその鳥は居た。

漆黒の翼をはためかせ、灼熱を放つ棒のようなものを右手に装着しながらもそいつはどこまでも冷めた表情で私達を見つめていた。

 

「あんたがお空ってやつか?」

 

「さあな……私がなんであろうと貴様らには関係が無いだろう」

なるほど、話をする気は無いようね。

「あんた…神様のくせに随分高飛車じゃない?」

まずはあいつがなんなのかを知るところからね。がむしゃらに戦ってもいいけど…あれはそれで倒せる自信がない。悔しいけどね…

「神?はっ!貴様らが言う神なんぞ神にあらず。ただの信仰を得たいだけの小物よ」

 

「へえ…言うじゃない…じゃああんたは信仰を必要としないのね」

鴉の目が赤く輝いた。逆鱗にでも触れた?表情も読めないしずっと危険としか感じないからどうなのかわからないのよ。

「当たり前だ小娘」

 

「なあ神様だかなんだか知らないけどいい加減温めるのやめたらどうだ?地上にだって負担がかかってるんだよ」

私の代わりに魔理沙が文句を言った。でも聞く耳は全く持っていないらしい。

鼻で笑われた。

なんか癪に障るわねあいつ……ただの傲慢か…それとも。

「地上か……燃やし尽くしても問題は…ないよね」

話している途中目の色が茶色に変わった?もしかして茶色の方がお空で、赤いのが神かしら。口調も少し変わっている。威圧的な態度は変わらないのに……

「あんた…なにを取り込んだの?」

今なら神の正体教えてくれるかもしれない。さっきより隙ありそうだし。

 

「「私の(我の)名は八咫烏」」

その瞬間周囲に恐ろしいほどの熱量が放たれる。熱風でも食らったかのように肌がチリチリと痛む。

 

八咫烏?聞いたことないわ…一体どんなやつなのよ。

「紫、八咫烏って分かる?」

向こうに聞こえないようこっそりと紫に尋ねる。

 

『八咫烏…少しだけなら聞いたことあるわ。太陽の化身とも呼ばれた神…いえ、神と呼ぶには禍々しいものだったかしら』

 

「ふうん……」

 

 

「話は終わったか小娘共」

目の色はまた赤色になっていた。まだ主導権争いが続いているのね。なら…勝機はありそう。

少なくともお空の方がどう考えているかによるけれど。

「兎も角これ以上暴れるのはやめて。ただでさえ地上に悪霊が吹き出していて迷惑してるんだから!」

 

「そんなの知ったことではないな」

 

やっぱりこいつ神なんてもんじゃないわ。紫の禍々しいが最も当てはまるわ。

一旦距離を取りスペルを展開する。最初から全力でいかせてもらうわ!

「魔理沙!」

 

「おうよ!」

2人でなるべく挟み撃ちになるように動き回る。

楯突くつもりか(邪魔をするの?)

 

弾幕を展開し動きを封じる。

いくら神様でも当たれば無傷じゃ済まないわよね。しかも体はただの妖怪なのだから。

 

「ふんっ…こんなもの」

動きが封じられても動じないらしい。やり辛いわね。

レーザーのような光の線が周囲の弾幕を根こそぎ吹き飛ばした。

 

「少し興が乗った。ちょっとは遊んでやろう」

私と魔理沙に向かって大量の弾幕が放たれた。

なによこいつ!私達の倍くらい出してるんですけど‼︎ルール違反!

『完全に遊んでいるわね…弾幕ごっこのルールすら知らないようだけど』

 

「なんなのよそれ‼︎ちゃんとルール把握しなさい!」

 

「私がルールだ!」

 

「理不尽!」

なによあいつ!そっちがその気ならこっちだってルール無視よ‼︎

動きを封じるお札を取り出し容赦なく放り投げた。

戦いはまだ始まったばかりだった。




ミスティア「ふう…準備よし…」

庭渡久侘歌「お、丁度かな?」

ミスティア「あ、いらっしゃい。何にします?」

庭渡久侘歌「んとね……八目鰻」

ミスティア「今用意するね」

庭渡久侘歌「……焼き鳥撲滅って謳ってるのよね」

ミスティア「え?ええ…そうですけれど」

庭渡久侘歌「私もそれに参加させて‼︎」


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depth.186 邪神炎上 中

放ったお札は鴉に近づく前に空中で燃え尽きた。

呆れた声しか出ない。あいつの周りは紙が燃える温度だっての?

「近づいたら火傷しちまいそうだぜ」

ほんとよ。あれじゃ接近戦は無理ね。それにだんだん頭も痛くなってきた。偏頭痛持ちではないはずなのだけど…

ともかくやるしかない。

魔理沙と協力して弾幕をいくつも展開する。

いくつもの弾幕が飛び交い、壁に当たったものはそのまま壁をえぐる。

普通であれば混乱したり逃げ出そうと動揺するというのに弾幕がいくつも飛び交う場所でその鴉はただ羽を休めていた。どれだけ慢心しているのか…

その場から一歩も動こうとはしない。

「くうう…」

ホーミングアミュレットを放つもののその全てを迎撃ないし防がれてしまった。命中するはずだった弾幕達があいつの展開した弾幕で相殺、あるいは迎撃されていく。

それだけでなく私達を狙ってレーザーやビーム、を解き放っている。容赦がない上にこの狭い空間で避けるには少し無理があった。咄嗟に結界で防ぐ。一発でただの結界が溶けた。割れる前に溶けるなんて…

そういえば相手は……ああそうか。

神力だから霊力との親和性は高い。いや、霊力は端的に言えば神力の仲間のようなものだから接触すると溶けるような反応を示すのだ。

 

でも今考えることではない。

体をひねり溶けかけた結界を使い弾幕の中を突っ切る。お札を展開しこじ開けた穴を突破口として弾幕の嵐から抜け出す。少し遅れて魔理沙も出てきた。

誘導弾幕が無かったのは幸運ね。

それに距離も取れた。ここからなら……

魔理沙の位置は…あら鴉に結構近い位置にいるわね。あの距離は魔理沙のレンジギリギリ…私に合わせて飛び込むつもりか。

 

「神霊『夢想封印 瞬』!」

スペル宣言。七色に光る光弾が飛び出す。夢想封印の純粋な強化型のスペルよ。耐えきれるものなら耐えてみなさい‼︎

「ほお…面白いものを使うな」

強い霊圧がかかっているはずなのにあの鴉は涼しい顔をして構えていた。なんてやつ!

「スペルカードよ!あんたは持ってないでしょうけど」

聞こえたかどうかはわからない。だけど鴉の頬がつり上がったのを見れば声は届いたらしい。

喋っている合間にも七色の光弾はそいつに向かっていく。

あんた自身は平気でも、その体の方は耐えきれない。分かっているのだろうか?

「ああ…だが、そんなもので止められると思うな」

弾幕に向かって腕を突き出した鴉。その腕に恐ろしいほど濃厚な力の本流が現れる。強すぎる力の流れは空間にも影響を与え腕周辺が歪み始める。

「それは慢心だぜ!」

だけどその力が放たれるより前に、いくつものホーミング弾幕とレーザーが真上から襲いかかった。

突っ込んだ魔理沙が一番無防備になるところに攻撃を加えつつ飛び込んだ。流石のこれには対処しきれないわよね。

いくつかの弾幕が炸裂しお空の体を傷つけていく。そのまま加速した魔理沙は鴉の隣を通過していく。

真下で反転、あらかじめ備えていたスペルを斬った。

「邪恋『実りやすいマスタースパーク』‼︎」

なにが実りやすいよ。あんたそのネーミングセンスほんとどうなの……

 

「……たわけ。想定済みだ」

二方向からの同時攻撃。命中すれば無事ではすまない筈だ。

迎撃するだろうと思ったけれどそいつは躊躇なく回避を選んだ。ハンデでもつけているのかと思ったけれど違ったようね。

コンマ数秒の差で魔理沙のマスタースパークがかわされる。

だけど私のやつは追尾式よ!

コースを修正し、7つの光弾は追いかける。

「まあ、純粋な妖怪相手ならこれも効いただろうな」

『眩しい!』

 

どうやらお空の意識の方には効果があるらしい。でも問題の方は神。多分光だけじゃどうしようもできないわね。

1発目が後ろ向きに放たれた妖弾の中に飛び込んで吹っ飛んだ。残り六発。

あいつ神だし。私のあれは対妖怪用。今度神様用の夢想封印作ろうかしら。

一瞬だけ興奮した意識を落ち着かせる。瞬間頭がズキズキ痛み始めた。

汗が首筋をつたう。不味いわね…結界があってもこれじゃ体の方がもたないわ。

魔理沙も似たようなものかしら…人にはこの空間は辛すぎるわ。こんなんだったら水を持って来ればよかった。

 

「うわわ‼︎」

さっきまであんな高飛車なことを言っていたやつと同じやつとは思えない声が聞こえる。

視線をあいつに戻せば、なんと最後の光弾が壁にめり込んで爆発しているところだった。まさかあの七つ全て迎撃したの⁈

想定はしていたけど…やっぱり化け物ね。いや…あれはお空の素の力の方ね。

でも普通の方法で避けられちゃうんじゃどうしようもないわ。ちょっと捻らないと……ああ面倒くさい‼︎

力技でゴリ押しできないのって一番腹たつのよ!

 

魔理沙が前に出てきた。どうしたのかしら…

手で合図している。誘い込め……そう、誘い込めねえ。わかったわよ。

あの様子じゃ夢想封印は効果薄そうだしあんたの策に乗るわ!

 

特製大型お札を引き出す。筒状に丸めて持ってきたそれを放り投げる。

空中に一度飛び出したそれらは、次の瞬間青白い火花を散らした。

お空がまた逃げ出す。させないわよ。

大型お札が丸まった状態から一斉に展開。一気にお空めがけて飛び込んだ。

接近している魔理沙のすぐ側を通過し、一部は折りたたまれ鳥のような形状に変化する。

 

逃げ回るだけじゃあれからは逃げられない。通常のお札の三倍の速さなんだからね!

 

反転急降下で逃げるつもりね…なら…

でも私の予想とは裏腹にその場で反転したお空がスペルを切った。

「ち、地霊符『マインドステラスチール』!」

え?スペル使えたの?という問いはすぐに吹っ飛んだ。そうか今はお空だったのね。

次々とお札が迎撃される。でかい分迎撃はしやすいのよね。やっぱいい的じゃない。

でも…そこにとどまっていたらいいマトなのは貴女よ!

 

魔理沙が背後に回る。お空は迎撃に夢中でまだ気づいていない。よしっ‼︎

「チェックメイト!恋符『マスタースパーク』‼︎」

 

ミニ八卦炉が火花を散らして特大ビームを放った。さっきからそれ酷使しすぎじゃないって思うんだけど大丈夫かしら。

「ッチ…小癪だな!」

鴉に気づかれた。

 

右の棒のようなものの先端から高熱のビームが放たれ魔理沙の攻撃と相対消失する。

片手でスペルを操作しながらあんな大火力を制御できるなんて……

こっちがを態勢立て直す時間さえくれないっていうのね。まあいいわ。時間は少し稼げた。私にとっては十分よ。

補助術式は組み終わった。位置も理想的。

「神技『八方龍殺陣』!」

ほんとは萃香をボコす為に組んだスペルカードだからルールすれすれなんだけど…この際気にしない!

 

私の攻撃に魔理沙も呼応する。

「それじゃあこれで最後!魔砲『ファイナルスパーク』‼︎」

それはマスタースパークの数倍のパワーを求めて生み出されたもの。私の二重結界二枚掛けすら貫通したとんでもないスペル。

それをミドルレンジで放った。この距離ならもう回避も迎撃もできないでしょ。

明らかに彼女の顔に狼狽が浮かんだ。それは誰の表情だったのだろう。

 

私の八方龍殺陣とファイナルスパークの本流が鴉の姿をかき消した。轟音が周囲に響き渡る。

爆風で私も魔理沙も吹き飛ばされる。

熱風が周囲に吹きあれ、飛び散った力の残留が壁を破壊する。内側に走っていた水脈まで壊したのか壁から大量の水が吹き出す。それらが周囲に湯気を立ち込めさせ、ただでさえ熱いこの場所を地獄に変えていく。

吹っ飛ばされた魔理沙が戻ってきた。私より近い位置にいたのにずいぶんピンピンしてるわね。こっちは息上がってるのに…それと同じ程度なんてね。

 

でも無事って訳ではなさそうね。度重なる無茶な運用に魔理沙の八卦炉も火を吹いていた。ありゃもうだめね。

「はあ…はあ…やったか?」

 

「やれたならいいんだけど…」

 

 

っ‼︎まずい‼︎

「境界「二重弾幕結界」‼︎」

勘がやばいと警告。咄嗟に体が動いていた。弾幕を結界のように壁にして私と黒煙の合間に作る。

呆気にとられた魔理沙を素早く回収し即座に離れる。

 

その直後目隠しがわりになっていた弾幕が一瞬で吹き飛んだ。太く直線的な軌道を描いて青白いレーザーが伸びていく。

威力を衰えさせる事なく壁にぶつかったレーザーはそこを真っ赤に溶かし抉り取っていく。

それがこちらに向かってくる。

エルロンロール。さらに霊弾をいくつも放って撹乱。

『霊っ…』

すぐそばを飛んでいた勾玉にビームが直撃。

小さな音を残して消失した。素早く体をひねって逃げる。服が燃えなかっただけマシね。

振り返れば、そこは火山が爆発した時のような惨状が広がっていた。もう眩しすぎて直視することさえ難しい。

だけど…はっきりとあいつの顔は見えた。

「化け物…」

あれだけの熱量を放っておきながらまだ涼しい顔している。

それどころか…さっきよりスッキリしている?

「どれだけの力を持っているのよ……」

 

熱気もすごいことになっている。

さっきより温度上がってるんじゃない?

灼熱地獄なんてよくわからない私でもわかる。このままだとまずい。

主にここにいる私達が…

 

 

「私は……」

その言葉はどう続いたのだろう?それを聞く前に彼女は口を閉ざしてしまった。そのまま宙を蹴りこちらに飛び込んでくる。

飛び込んできた彼女の瞳は茶色だった。

 

 

 

「神技『天覇風神脚』!」

 

「じゃあこっちもいくぜ!魔符『ミルキーウェイ』」

 

八卦炉が使えない魔理沙と切り札を使い果たした私、それでも止めるわけにはいかなかった。

流石にさっきのやつでダメージは入っているのか動きが鈍い。片手で障壁のようなものを展開しスペルを防ごうとしている。もしかして…もう一踏ん張り?

なら…残っているスペル全てを投入すれば……

いける‼︎

 

 

瞬間、全てが爆発した。熱風が吹き荒れ、鴉に命中するはずだった弾幕は一気に蒸発、消えていった。

「結界?」

弾幕が命中前に次々消失していく光景に魔理沙がそう呟いた、

「んーちょっと違うわね。熱を使った物理的な壁ってやつかしら」

 

 

「やはり勝手が違うな」

腕に取り付けられていた棒のようなものが、半分に割れて落下していく。

「……っ!」

爆発的な力が周囲に広がった。ペンチで心臓が圧迫されているかのような鋭い痛みが走る。

巫女は霊力を使うけれど本質的には信仰する神、あるいは所属する神社の神の加護を無意識的に受けている。だから加護を受けた神より強い神力を浴びると一時的に苦しくなる……昔先代巫女に教えてもらったことを思い出した。

つまりあいつは…博麗神社の神より強いってこと?

「喰らえ……」

恐ろしい量の力の本流が巻き起こった。本能が理解する。逃げないとまずい!

 

でも動いた瞬間体が鉛のように重くなった。

力が無効にされている?いや違う…これは……

さっきから流れていた汗はいつのまにか止まっていた。そうか…これ……

 

世界が回転する。あ…これやばいかも。

魔理沙が何か言っているけれどそれが聞こえない。

 

 

 

 

なんとかさっきの攻撃は堪えることができた。でももう私の体は力を使い切っちゃった。

それでもやめるわけにはいかない。だから飛び込んだ…神様の言う通りジリ貧になっちゃったけど。それでもここで負けるわけには……

なんで?

 

なんでだろうね。私物覚え悪いから忘れちゃった。

でも、ここで負けたら私のしてきたこと全部無意味だって言われそうな気がして…それ嫌でたまらないの。

 

「このままじゃ…」

身体中が鉛みたいに重い。弾幕が体を蝕む。防御結界が破け、飛び込んだ魔弾が右脚をズタズタに切り裂いた。すごく痛いし血が流れている。泣きたい…でもここでやられたくはない!ここでやられちゃったら…私は…

やはり私が出よう。今のままでは力なんぞ使いこなせるはずもなかろう。

神様の提案。

本当は認めたくない。さっきから時々意識が飛びかけている。それはこの神様が私の体を乗っ取ろうとしているから。気づいたのはついさっき。

神様だって気づいているはずなんだ。だからなるべく使いたくない…いや、今になって後悔すらし始めた。でもそれを言ったらこの神様だって同じだ。違う…選択肢なんてなかったから私より酷いはず。結局は私が引き起こした結果なんだって……

 

「私は……」

思い詰めるでない小娘。いずれ依代を作り出せるところまで体が馴染めば出て行くつもりだ。それまでの合間だ。貸してくれ

 

それは、私を追い出すための口実?信用できないんだけど…

 

我にとってこの体は狭すぎる。それに小娘に最適化されているのだ。乗っ取ったところで操りきれぬ。

 

そっか……じゃあ…

「いいよ。憑代が作れるまで貸してあげる」

絶対返してね?

「ああ…借りるぞ。霊烏路空」

 

入れ替わりに意識を落とす。次に覚めるときは全部終わった後か…謝らないとなあ。




霊夢の敗因
熱中症
魔理沙の敗因
スペル不足


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depth.187邪神炎上 下

体が焼けるように熱い。骨まで溶かされているような感覚。激しい痛みが体を破壊しようとしている。

意識が乗っ取られそう。いや…意識そのものも溶かされてる……

 

それでも私は……

 

 

「な、何してるの!」

異様な気配が部屋から漏れ出したからきてみれば、そこには理解しがたい光景が広がっていた。

部屋の中央でさとりを喰わせていた白蛇は何故か音を立てて引きちぎれ始めていた。

何もないはずの空間が歪み、捻り千切られるように内臓と血をぶちまけ悶える白蛇。どうにかしたいけど原因がわからないんじゃ止めようがない。いや原因はわかっているのだけれどこちらからは手出しが出来ない。

「っ!あ……」

肉が引きちぎれる音がして、白蛇の腹わたが左右に引っ張られ引きちぎられた。

「あ…あ、あ」

声が出せない。なにこいつ…?

はらわたから顔をのぞかせたそいつは邪気を実体化させて纏っている異形の存在だった。

小さな蛇のように邪鬼が無数に絡まり巨大な人形を成形している。

まさかこいつ…

「白蛇を…喰ったんだね。さとり」

 

異形の目が開かれる。いや開かれたと言うより……

「こりゃますますここから出すわけにはいかないね…」

頭のようなところに目や鼻などのパーツはなく巨大な牙が乱立した口が縦に開いているだけ。その中に複眼のようなものがいくつもあるけど……

あれが目だと言うのなら私は目を見る目がない。ありゃいくらだね。色もなんだかそれに近いし。

 

ぐちゃぐちゃと音を立てて、そいつは私の方に動き出した。力なく横たわる白蛇は…完全に力を吸い取られたのかただの抜け殻になっていた。

やばい…こいつ私の力まで奪い去るつもりだ。

そうはさせない。私の力をみすみす渡してたまるか!

もはや意思が残っているのかわからないさとりが飛びかかってきた。結界を張り食いつこうとする動きを止める。

 

だけどそいつは私の予想の範疇を超えた。

「結界が溶けてる⁈」

体当たりを受け止めた直後そいつは体からピンク色の触手のようなものを出し、結界に突き立てた。

瞬間溶けるように結界が崩れ去る。

「うっそでしょ‼︎」

後退しながら鉄輪を投げる。異様な速さで避けられてしまう。それどころか横をからぶった鉄輪が触手に絡め取られ喰われた。

なんだいこいつ……

 

喰われたはずの鉄輪が逆にこちらに撃ち出された。

咄嗟に避けようとして、少しだけ肩を掠めた。

瞬間、体に激痛が走る。掠っただけなのにこんなに痛む?あ!これもしかして…私の呪詛を取り込んだ?

あの鉄輪はいくつもの呪いを入れている。だから当たれば傷を負わなくてもある程度の呪いが移ることになる。基本私が差し込んだ呪いだから私が触れようと問題はない。なのにあいつ…

 

鉄輪にかかってる呪いを解読して自分のものにした?なんてデタラメ…じゃなくてめちゃくちゃまずい!

 

 

思考を巡らせているとそいつは出口に向かって動き出した。

やばいやばいやばい!これ外に出しちゃいけないやつだ!際限なく全部喰らい尽くされる!

全力で攻撃を行う。今度はあれに絡め取られないよう注意して……

 

 

「ッッ‼︎」

気づけば黒い腕に足を絡め取られていた。さっきまで異常がなかった。なのにこの場に急に現れ…いや違う!

 

「幻覚か」

そう意識した瞬間体が既に絡め取られている状態だと言うことを認識した。

「ええ、さとり妖怪の得意分野なのよ」

 

「へ、へえ…」

気づけば目の前にはさとりが立っていた。一体どこからが幻覚だったんだい?

真っ黒になった瞳が覗き込んでくる。意識がそっちに引っ張られそうだ。確かこいつは白蛇の…ああ、あの蛇か。

「種明かしをするのであれば蛇の腹から出てきた時点で既に幻影をかけていました」

 

「随分と優しいことだね」

「今の私の方が一番醜いでしょうから」

 

見ればさとりの形は既に崩れかかっていた。かろうじて上半身が原型を保っているといったところ。下半身と腕は異形のそれだった。

勘が警告している。こいつは壊れている。

 

「もう優しくする必要もないですね。じゃあ…」

いただきます

 

 

 

 

 

さとりが失踪する直前の行動はよくわかっていない。

最初はみんなさとりが行きそうなところをくまなく捜索する方法をとった。でもあたいは付き合いが長いからそれじゃ不十分だって分かっていた。それでも何も言わなかったのは信じていたから。さとりならあたい達の心配を完全に無下にするかのようにしれっと帰ってくる。そう思っていた。

ただ、今となってはそれじゃちょっと遅すぎる。事情が変わった。どこで何しているのか知らないけれど絶対に連れて帰る。

ただあたいも闇雲に探しているわけではない。

地上に出てきたとはいえあてもなく探している余裕はない。

普通ならね……

こっちはさとりと何年付き合ってきたと思っているんだい。みんなが予想する場所なんてさとりは行かないさ。失踪するとしたら……

それは地獄かあそこくらいしかありえない。

縦穴を出るのにかなりの時間を要した。多分向こうはもう決着がついているのかな?巫女と魔法使いだし大丈夫なはず…だよね。

 

 

山に新たに築かれた参拝道を駆け上る。持ってきた装備がガチャガチャと音を立てている。五月蝿いからおろそうかなあなんて事を考えてしまうあたり余裕は十分らしい。

さとり曰く余計な事が考えついてしまうのであればそれは思考が余裕のある状態でありとっさの判断が取りやすいらしいからね。

 

階段を半分飛びながら登り終える。目の前に広がる境内に人の影はなく、昼間にしては珍しく閑古鳥が鳴いている神社。

普段はもうちょっと賑わっているはずなのに今日に限って…いやここ数日ずっとこの状態だ。おととい人里で遭遇した早苗って巫女がそう言っていた。

早苗は気づかないだろうね。

巧妙に細工されているけれどここには人避けの結界が作られている。

人避けの結界はその存在自体が避けられる為基本的に認識することが難しい。だけどそこに人よけの結界が張ってあると最初から認識している場合、それの効果は全く無意味となる。

多分これに気づいているのは今のところ…かなりの実力者くらいかねえ。それも術者としての実力者という条件がつく。

 

「やっぱり…不自然だね……」

 

「おや?黒猫が神社に用事かな?」

背後…‼︎

咄嗟に体を飛び退かせる。

そこにはこの神社の神様…八坂様がいた。

いつものように笑みを浮かべているけれどその目は笑ってはいない。試してきているのだ。

「そんな警戒しなくても良いだろう?」

 

「まあ…そうだね…」

 

「それで神社に何用なのかな?」

言わなくても分かっているだろう。人避けの結界まで張って何を隠そうとしているのだか…

「あんた達が一番よく分かっているんじゃないのかい?」

 

「言われなきゃどう答えていいか分からないだろう」

そうだったねえ…彼女は覚りじゃないから言わないと分からないよねえ。

 

「古明地さとりを…あたいの家族をどこにやった」

根拠は無いけれど…さとりがお空がここに通い詰めるのに難色を示していたこと、そして失踪後からお空が何処からか神を宿してきてしまったこと。それらを合わせて考えればここに行き着く。それでも今まで来なかったのは人避けの結界があったから。選択肢に入っていても行こうとすれば術の効果で戻ってしまう。

でも地上で巫女を待っている時、人避けの結界がかかっていることを教えてくれた天狗がいた。

どうしてそんなことを教えてくれたのかはわからない。だけれど…さとりに教えてもらったとだけ言っていた。

どこまで想定しているんだいって呆れるよ。

「…君のような勘の良い妖怪は嫌いだよ」

 

「あたいも同じようにするのかい?」

 

「……いや、そうも言ってられないかもしれんな」

後ろを振り返った八坂様。

「それはどういう……」

背後に誰かいる?

あたいの声は轟音と建物が引き裂かれる音でかき消された。

屋根の一部だった木片や瓦が中に放り投げられ、少しして地面に叩きつけられた。

だけどそんなものは些細な事でしかなかった。

「な、なんだいあれ⁈」

黒い影のようなものが飛び出してきて、神社の石畳を押しつぶした。

「ッチ‼︎諏訪子を取り込みやがったな!」

取り込んだ?取り込んだってまさか神喰らい?

「……美味しくなかったわよ。神様って不味いのね」

黒い何かが八坂様に応える。その声はあたいが絶対に聞き間違える事はない声で……

「この声…まさか‼︎」

黒い影が拡散してその姿が露わになった。

それはさとりだった。でもその姿は完全に変わり果てていた。

左腕は黒い触手のようなものがいくつも絡み合い、巨大な腕のような形状になっている。丁度肩のところにサードアイが顔を出しているけれどその瞳は釘のようなものが突き刺さり、黒い血を流していた。

下半身は訳がわからないことになっていた。黒い…いや内蔵のようなものが黒く変色して足のあったところにくっついているようなそんな感じだった。

背中にも棘のようなものがいくつも突き出していて悲惨な状態になっている。

 

「あんた達さとりに何をしたんだいっ‼︎」

酷すぎる状態に声を荒げてしまう。

「分からん‼︎諏訪子に全部任せていたからな!」

なんだそれふざけているの⁈

「誇るなこのクソ野郎‼︎」

 

「口が悪いな」

悪くなるに決まっているだろこの…邪神め‼︎

「当たり前だこの野郎‼︎さとりを…よくも」

引っ張り出した30ミリカノン砲を八坂様に躊躇なくぶっ放す。

弾幕が爆発するのよりもっと派手な爆発音を残して弾丸が飛び出す。でもそれは地面から突き出た御柱に防がれた。

「私より先にあれを止めることを…」

彼女が何か言っているけれど言い終わる前に黒い影が覆いかぶさった。速い。距離があったと思ったのに……

「あ……」

 

「ガッ‼︎このっ…」

それは変形したさとりの左腕だった。先端が巨大な口のように縦に割れ、八坂様の脇腹に噛みついていた。噛み口から炎のようなものが流れ、周囲に飛び散る。

「まさか諏訪子の力を……や…やめろ‼︎」

あの八坂様の顔が恐怖に歪んでいた。

「IYADESU」

 

甲高い悲鳴が周囲の音をかき消し、あたいの意識が理解したのは地獄の光景だった。

弄ばれるように食い千切られる八坂様。当然御柱で反撃をしようとするもそれら全ても脚から新たに生えたナニカが喰いちぎっていく。

さっきまでいた神様なんて完全に消えた。あれは神様にとっては天敵……

「味もないし不味い……」

八坂様の体が放り投げられる。

一応生きているらしい。体の方も外傷は全く見られない。あんなにぐちゃぐちゃに噛み千切られ喰われたと言うのにだ。

 

「あんた…一体……」

見ているしかなかったあたいのそばにさとりが歩いてくる。その姿が徐々に変化していく。

身長が高くなり、サードアイの管が触手のように絡まり副腕が整形されていく。その先端には小さな御柱のようなものがいくつも生えていた。

「ああ、ただ借りているだけですよ。後でちゃんと返します」

借りているってまさか…神の力を喰らったのかい⁈いくらなんでもこんなこと…さとりができるはずがない。

「そ、そういう問題じゃなくて」

 

「邪魔をしないで、火焔猫 燐」

 

ーーーゾクッ!

ただ喋っただけなのに…なんだいこの恐怖は。

怖い、本能的に恐ろしい…

 

「そう…良い子ね」

その目はもうさとりのものではなかった。

黒く…ただ黒い闇。明かりを一切反射しない黒い穴のような瞳が此方を見つめていた。

「さ、さとりは!」

気づけば完全に腰が抜けていた。汗が止まらない。意識は自覚しなくても体は…脳はそれの恐怖を理解してしまっている。

それでも聞かないといけない…

「さとりは無事なんだろうね‼︎」

 

「私がさとりですよ。だから大丈夫……」

絶対大丈夫じゃない!そう言いたかったけれどそれはもうそこにはいなかった。

最初からそこには何もいなかったかのように…でも確かにあれはそこにいた。その証拠に液体のような何かが地面を濡らしていた。

やばい…追いかけなきゃ…

でも体が言うこと聞かない。

このままじゃ間に合わないのに…くそっ!腰が抜けるなんて…

 

無理やり体を浮かせて飛び上がる。でももうあれの姿は見えなかった。

どこに行ったのか…いや考えなくてもわかるはずだ。地底に行ったのだろう。

でもあそこではまだ霊夢達が戦っていたはずだ。そんなところにあれを向かわせちゃったら……

考えただけでもゾッとする。いや、あれはもう…目標を達成するまで止まらない。

ああもうなんでこうなるんだい‼︎

「確かアレ…諏訪子の力とか言っていたな……」

だとしたら八坂と同じでどこかに……

どうにかするにしてもあの力の本質がわからなかったらどうしようもないから……

無意識のうちにあれと対峙するのを避けるあたいがいた。



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depth.188 神話大戦 上

どこまでも歪で壊れた存在。今の私は第三者から評価されるとしたらそう言われるのだろう。

でもそんな事をいちいち考えている余裕なんて無かった。そもそも今の私をさとりと認識してくれたのは誰だろう……誰もいないですね!悲しい……

お燐ですら内心さとりじゃないなんて言われましたし。さとりなんですけれど…おかしいなあ……なんでだろうなあ……

 

そういえばさっきから周りにうるさい鴉がいますね…邪魔なので吹っ飛ばしましょうか。

寄り道はしたくないですけれど……こればかりは仕方がありません。

ああ、タノシイ。

 

 

左右にいた天狗に向けて妖弾を撃ち出す。不意をついたらしく慌てて回避していた。

前を塞ぐのは…無視しましょう。喰べれるものではないですから。

 

 

守矢神社周辺を警戒していた白狼天狗から異形ななにかが天狗の領域に侵入したとの報告があってもう五分。1番乗りは私の隊。他はまだ見えない。

 

「椛隊長。あれですか?」

 

「ああ…あれだ」

千里眼でずっととらえ続けていたそれはしっかりとそこにいた。少し千里眼がブレるから幻影とかそう言った類じゃないかと思っていたけれど……

まさか実体としてそこにいるなんてなあ……

 

「見ればみるほど気持ち悪いですね」

 

一応人形をとってはいるもののそれは上半身のみ。黒に所々紫が混ざった髪。顔はよく見えないものの、直視しようとはどうしても思えなかった。

 

「どことなく…さとりに似ているな……」

思ったことを口にする。でもあれがさとりだとしたら一体何があったのだろうか?

「まさか…」

だよねえ…私もまさかなあなんだよね。

雰囲気が全然違うしあんな禍々しい神の気配振りまいているから違うとは思うんだけど……

「いずれにしてもあれを止めるのが先決だ」

 

あれのそばに近づく。なるべく攻撃範囲に入らないよう手探りで慎重に進路を塞ぐ。

「ここは天狗の領域だ!言葉が通じるのなら今すぐ引き返しなさい!」

 

「……はて?」

 

無視してそれは突っ込んできた。

後退しながら左右を取り囲む。無視するのであれば攻撃しても問題はない。全員の準備ができたら一斉に攻撃を……

 

「邪魔ですよ」

 

「……⁈」

 

攻撃‼︎タイミングが悪すぎるでしょ!

展開中の不意打ちで左右に展開していた部下が退避。包囲が崩れてしまう。

そのまま私の方向に突っ込んでくる。

引き抜いた刀に手をかける。飛び込んでくるそいつを斬ろうとして……

 

「邪魔しないでください」

それは間違いなくさとりさんの声だった。

お腹に衝撃。視界が回転する。何が起こったのかわからない。平衡感覚が完全に麻痺し空間失調になってしまう。気づいたら吹き飛ばされていた。体の向きを元に戻す。

 

「隊長!大丈夫ですか!」

 

「な…何があったの?」

 

「御柱ですよ!あいつ御柱で隊長を推し飛ばしたんです」

御柱?でもあれは八坂様しか使えないはずでは…まさか‼︎

「守矢神社が革命でも起こそうとしているのか?……いやそれよりあれは今どこ…」

 

「今追尾中です」

あれに攻撃の意思は見当たらなかった。攻撃はしてきたけれどそれは私達を追い払うのに留めていたし。私だって押し飛ばされた割には体に異常はない。ただ見た目がアレだし禍々しいし厄のような…すれ違うときに呪いのようなものを感じた。あれは放置しておくわけにはいかない。

 

それに個人的にもちょっと気になるところがあったし。

 

 

だけどそれはすぐに見失ってしまった。

 

 

 

さっきから追尾していた鴉はどこかへ消えた。木々の下を抜けるだけでこうも簡単に振り切れるなんて…仕方がないか。

それで私はどうしたい?そうだね…助けたい。何が何でも……

じゃあ…その障害は壊そう。そうだね壊そう。

邪魔をするものは敵……

 

じゃあここでしまっている扉は?こじ開ければいい……

 

 

 

 

 

 

『なんか突破した!』

その一報が入ったのは霊夢達を通して1時間経つか経たないかといったところだった。

同時に門の方で土煙が上がっているのが見えた。双眼鏡で状況を確認する。

それは…この世のものとは思えない何かだった。

 

触手なのかそれとも邪念の塊なのか…よくわからないものに覆われたそれは真っ直ぐに旧都に向かっていた。さっきの霊夢の件もあったけれどあれは仲間に見えないし近づけたやばいって本能が告げている。

「緊急事態‼︎第1種防衛態勢‼︎」

現場も勝手に武器を動かしたらしい。あれを近づけてはいけない。というよりもっと本能的なもの。怖いものから逃げたい。逃げられなければ追い払いたいという感情だろう。本来妖精はそんなの感じないはず…なのに……さとりと敵対した時以来ね。

「1番から3番砲台展開!4番から6番は待機!」

一番近いビルを展開。速度変わらず。距離と方位を伝える。

「長距離砲座群1番と3番展開!」

砲身が上を向いた状態でビルから連装砲が出てくる。

砲身が一旦水平になり、目標に向けて追尾を始める。

射程圏内。主砲発射用意……

「ファイア‼︎」

私の一言で放たれたいくつもの砲弾はその全てが「何か」に向かい…

 

「効いていない⁈」

全て弾かれた。

紫色の妖弾はその全てが侵入してきたものの展開した結界によって弾かれた。いくつも撃ち込むもその全てが弾かれる。このままでは埒があかないわ。

「ッチ‼︎あまり使いたくないけど…実弾装填!弾種HEAT弾!」

二番、三番砲が牽制を行ううちに一番砲が装填に入る。

 

ん?動きがゆっくりになった……

目標に高エネルギー反応⁈

 

まずい!

 

禍々しいと一言では言い切れない何か邪な気配が収縮し始める。遠くで見ているこっちまで強く感じ取れるのだ。やばい……

「何か」の上に木製の筒のようなものが出現する。

その先端が複雑に展開し、中央に寄せられたエネルギーがまばゆい光の玉となる。

放たれたそれはレーザー弾幕なんて生易しいものではなかった。

青白い線が展開しているビルを横殴りに貫き、一瞬でビルが焼き切れた。通過したところが少し遅れて真っ赤に融解、中の砲弾が誘爆したのか大爆発を起こし倒壊して行く。

その瞬間理解した。いや理解してしまった。あれを絶対にこっちに送ってはいけない。ただでさえ灼熱地獄が危ないって時なのに‼︎あんなのが暴れたら街で暴動が起きかねない。

「全防衛装置作動!あれをこっちに近づけないで!」

残っていた4番から6番兵装ビルを展開。それだけではなく塹壕と旧都の広場からも兵装を載せたビルがせり上がってくる。

そっちには河童がミサイルと呼んでいるロケット兵器を載せた車両がコンベアでビルの外周を移動する形で展開される。

ただ真っ直ぐ飛ぶだけの物だけどちゃんと撃てば当たる。

さらに地霊殿の左右にある盛り土からも巨大な大砲が出てくる。

「発射用意‼︎」

 

タイミングを合わせて……

 

「撃て‼︎」

フルファイア。妖弾だけでなく実弾も惜しみなく導入する。それでも進路は変わらない。いくら弾幕を濃くしても一向にひるむ様子もない。

「一点に火力を集中して‼︎」

 

「どうしたの⁈」

私がいるバルコニーにこいし様が入ってくる。

「やばいものが近づいてきてるんです‼︎」

 

「それって……」

また高エネルギー反応‼︎

二つの御柱のようなものが出現した瞬間、弾幕の一部が一斉に誘爆した。レーザーを使って迎撃したのだ。

続いて第二弾。展開していた御柱同士が二つにくっつき、巨大な棒のようになる。それがこちらに照準を合わせ……

 

「伏せて‼︎」

 

後ろからこいし様が私を突き飛ばす。

 

直後視界が青白くなって…突風が吹き荒れた。轟音が聴力を一時的に奪ったらしい。何も聞こえない。

光が収まったのを確認してすぐに体を起こす。

 

こいし様も起き上がる。

「あ……」

地霊殿の右側にあった盛り土が丸々消失し、赤く焼けただれ、煙を上げていた。土が熔解したのか真っ赤になって流れ落ちている。

そこにあったはずの大砲なんて見る影もない。

 

「早く攻撃止めて‼︎あれはお姉ちゃんだよ!」

こいし様が何か怒鳴っている。少しづつ聴力が回復してきた。

「お姉……ちゃん?あれさとり様⁈」

ようやく言っている事を理解した時には既にロケットや一部砲塔は弾切れの状態だった。

攻撃が止まったことを認識したさとり様はそのままこちらには目もくれず、旧都を通過して灼熱地獄の方に向かって行った。

「あれが…さとり様なんですか?」

 

「間違いないよ!お姉ちゃんを見間違えるはずないもん‼︎」

半信半疑な私を他所にこいし様が飛び上がった。あれを追いかけるつもりらしい。

「ちょっと待ってください!」

 

「エコーちゃんは霊夢達の看病お願い!」

看病⁈まさか……

もうどうしたらいいのかわからなくなって私は建物の中に戻った。

 

 

 

 

瘴気が直撃したらしく呪詛で燻っている瓦礫を押しのけていけばようやくお目当ての人物を見つけることが出来た。

こんなところでいつまでも倒れていないでおくれよ。それにいつまで寝ているふりをするつもりなんだい。

 

「起きろこのクソ野郎」

 

「クソ野郎とは失礼じゃないか」

 

いきなり黒い影があたいの首を絞め上げた。それが洩矢様のものだって気づくのに数秒かかった。力を奪われたんじゃなかったのかい‼︎

い、息ができない!く……

「いっておくけれどさとりに喰われた力は半分くらいだ勘違いするな」

珍しく真顔になったその神様は窒息する寸前であたいから影を離した。呼吸がうまくいかない。それでも息を吸うしかない。

「な…なんで……」

 

「そもそも私の専門は呪い。それも神の呪いだ。それが一つ二つしか無いなんてことはあり得ない。呪いの強弱合わせれば何十、何百っていう集合体なんだよ。だから…一部持っていかれたくらいじゃどうということはないんだよ」

怒っている。本能がそう感じ取った。

確かに怒るかもしれないけれど……それでも自業自得じゃないか。全部とは言わないけど……それでも悪いのはあんた達じゃないか!

「まさかあれほどとは思わなかったよ。私もちょっとやり過ぎちゃったとこがあるし……でもねえ…あれは取っちゃいけないものだなあ」

 

なんでこう神様って勝手なんだい!ほんと嫌になっちゃうね。

「それで……さとりが奪ったのはなんなんだい」

瓦礫の中から帽子を見つけて被り直したその神様はあたいに笑みを浮かべて言った。それはどことなく正気を疑うような…そんな笑みだった。

「一つは相手の奥底を全てさらけ出させてしまうもの。さとりの呪いを知りたくてそれを抱擁させた白蛇を使ってたんだけどそれごと喰われた。もう一つは……何だろうね。相手の精神を壊すのに特化したものかな」

それってよくさとりが想起でトラウマを引き出したり幻影をかけて相手の精神を直接攻撃しているやつと同じなんじゃ……

「さとりとの相性は抜群だね」

「ほんとだよ。挙句それらもさとりの中で性質が変わっちゃったらしいんだ。どうも自我が生まれているようにみえる」

どういうことか理解はできない。だけれどそれは結構まずいってことはよくわかった。それと怒りも込み上げてくる。

 

気づけばあたいは神様を殴りつけていた。体格差もあってか神様は思いっきり瓦礫に頭を突っ込む。あたいも指の骨が折れたかもしれない。それでも殴らずにはいられなかった。

「今は……今はこれでチャラにしておく。だからさとりとお空を助けておくれ…」

口から血を吐き出しながら起き上がった神様に怒鳴る。こんなんじゃ済まさないけれど今は置いておく。さとりもお空も止めなきゃいけないからね。なんでこう…厄介ごとばかり増やすかねえ‼︎

「お空?お空がどうかしたの?」

きょとんとした表情の洩矢様。まさか知らなかった?それもそうか…まだここまで実害は出ていないからね。

「神の力が暴走しているんだよ!意識が乗っ取られたし!」

 

「あちゃ…やっぱりあいつ企んでたか。一応力が暴走しないように制御装置を取り付けているんだけど…精神を乗っ取るなんて芸当出来たとは思えないんだけど」

 

「現に起こってるんだけどねえ…」

想定外だったのかもしれないけれど実際起こっている事だから…それを否定しちゃいけないよ。

「兎も角行かないと……」

 

「そもそもお空になんの神様を宿らせたんだい」

 

「神奈子が連れてきた神様…いやあれは封印されていたやつだから元神様かなあ……」

 

元神様?じゃあ荒神とかそういった類のやつなのかな。確かにそれっぽい感じはしなくもなかったけれど。

「名を八咫烏。太陽の化身であり地上を焼き尽くそうとしたやつさ」

 

「なんで地上を焼くんだい…」

 

「焼いた方が住み心地が良かったんだとさ。私が聞いたところじゃそんなもんだよ。本人が今どう思っているのかは知らないさ。神様だって万能じゃないんだから」

それもそうか……




地霊殿防衛装置

88式地対艦誘導弾
荷車に積まれた自動旋回型の投射装置。誘導システムが未完成のため無誘導。牛や馬で引いて移動する。
旧都広場に格納されていて戦闘時はコンベアでビル外縁部を囲うように設置される。

105ミリ列車砲(戦車砲転用)
レールがないのにカッパが作った為ほぼ廃品同様の値段で買ったもの。
地霊伝左右の盛り土に設けられた塹壕に収納されている。
自動装填装置が搭載されている。

405ミリ砲(艦載砲転用)
塹壕に格納されている。列車砲とは違い荷車の上に搭載されている。
馬や牛が引っ張って移動することも可能。


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depth.189 神話大戦 中

完全に意識を失った巫女とそれを支えようとする魔理沙に向かってお空は、いやお空を乗っ取った本人は容赦のない攻撃を浴びせた。まばゆい光と轟音がして彼女を中心とした巨大な光の玉が成形されていた。

 

嫌な予感がして飛び込んでみれば、やっぱりというかなんというか…想定外の結果になっていた。やっぱり2人だけで行かせちゃダメだったなんて後悔している暇はない。

お願い間に合って‼︎

肌が焼けるような熱さ。咄嗟に2人と光の玉の間に遮光、断熱結界を張る。

加速して2人の首根っこを掴む。コンマ数秒で後ろに下がる。魔理沙が何か言っているけれど気にしている余裕はない。

それでも光の玉から逃れられない。直線的じゃ無理…だったら……

どこか隠れられる場所……

あ!あった!

結界がもう保たない。2人を放り投げ、自分もそこに向かい始めた瞬間後ろで結界が砕け散る音がした。

 

まばゆい光に包まれかける。

 

 

 

 

「うわ…危なかった」

 

間一髪岩棚に隠れる事が出来た。放り投げた2人は魔理沙が霊夢をちゃんと庇ってくれたからか怪我をすることはなかった。まあ怪我で済むならそれはそれで良いやって感じで放り投げたからこれは結果オーライだね。ちょっと右足火傷しちゃったけどまあそれは仕方がないかな…

ヒリヒリしてすごく痛いけど。

光と熱風が収まったので外を確認する。さっきと変わらない場所。だけれどそこはさっきより地獄と化していた。

 

至る所で熱風の渦巻きが出来て、一部は溶岩を巻き込んでいるのか火の竜巻になっている。少しづつここら辺の温度も上がってきている。この調子じゃ直ぐ人間の2人は生きていくことができなくなる。

もうちょっとだけ周りを確認したけどお空の姿は見当たらなかった。どこかへ行ってしまったみたい。

流石にもう戦いたくないのかな……まあ居ないなら居ないに越した事はないんだけど。

ともかく今は2人の状態を確認しなきゃ。四十度超えの外気で頭がクラクラしてくる。私暑いの本当ダメなんだよね。よく2人ともこんな環境で戦えたね。

今の温度は…うげ…もう48度だ…

 

霊夢顔真っ青…でも肌すごく熱くない?これまさか…

魔理沙の方は大丈夫そうだけど…やっぱり暑さでダウンしているのかな。

「霊夢は…熱中症。魔理沙起きてる?」

 

「なんとかな……」

私が声をかけたらちゃんと返事してくれた。一応脱水の兆候があるけれど意識がはっきりしているなら今はまだなんとかなる。取り敢えず重症な霊夢は安全なところで手当てしないと手遅れになりかねない。こんなところで熱中症の応急手当てなんてしたって意味ない。

「取り敢えず逃げるよ」

私が言いたいことを察したのか魔理沙も静かに頷いて私の指示に従った。

お空が居ない今がチャンス。

霊夢を背負って熱風吹き荒れる灼熱地獄に突っ込む。

周囲の景色はさっきと変わらないのに熱の暴力がいたるところから襲いかかってくる。それどころか火の粉まで降りかかってくる始末。いくつかが私と霊夢の服を焦がして穴を空ける。燃えないかどうか心配だよ……

一応魔導書には水を出す魔術式書いてあるけど霊夢を背負っていて両手がふさがっているからページ開いて何してって余裕もない。

できるだけ回避するしかなかった。

不規則な動きで熱が比較的少ないところを通過する。意思を持っているかのように熱風が襲いかかってくる。再びエネルギーの本流が後ろで流れ出した。やばい…間に合うかな……

 

出口がようやく見えてきた。1秒の間隔が長く感じる。幸いなのはまだ熱風だけってことかな…これが炎の壁なんて事態になったらもう目も当てられない。

「魔理沙、先に行って良いよ」

 

「そうか?じゃあお先!」

後ろでくっついてきていた魔理沙を先に逃がす。後ろでエネルギーが爆発した衝撃波を感じた。

熱風が近づいてきているのがよくわかる。

 

私達が飛び出した直後灼熱地獄が爆発した。開かれていた扉から炎と熱風が衝撃波になって飛び出した。一瞬体が熱風に巻き込まれそうになったけれど魔理沙が思いっきり手を引っ張ってくれたから助かった。熱風より少し遅れて吹き出した流動炎が天井部分に到達し、炎を飛び散らせた。間一髪……

あんなの直撃してたら多分骨まで黒焦げになっていた。うん……怖っ!もうあんな無茶二度としたくないね!

「ふう……」

すぐに蓋を閉める。あのまま開けっ放しにしていたらどうなることやら……

「助けてくれてありがとな…」

私のすぐそばで座り込んでいた魔理沙がお礼を言ってきた。ここは危ないから一回地霊殿まで戻るよ。

「んーお礼言われることはしてないけどなあ」

 

「ってかどうして助けてくれたんだ?」

どうしてって…助けられたくなかった?移動しながら魔理沙の方を見る。

「どういうこと?」

私の顔を見た魔理沙が少しバツが悪そうな表情をした。

「いや、言い方は悪いけどあんたにとって私らは敵だろ?確かに今は協力関係だが…それでもあそこで始末しちゃえばメリットが多くないか?お空ってやつも助けるのに失敗したんだしリベンジにしたってあれはもう……」

どうだろうね。でも私は2人をあそこに放置なんてしていないしもし倒せなくてもそれはそれで仕方がないって事で別の方法を探るよ。それに……

「それしたらお姉ちゃんが悲しむ。それに言うほどメリット無いよ。むしろ幻想郷の維持管理を考えたらむしろ死んじゃ困る」

うん、巫女が死んだなんてなったら混乱と暴動と革命が起こるのは常々なんだよ。それを短いスパンでいくつもなんてこっちから払い下げだよ。私もお姉ちゃんと同じで日常は平穏で過ごしたいからさ。だって混沌とした殺戮空間なんて誰得なのさ。私は人は食べないし…人が死んで良いことなんて一つもないよ。

「なんだ優しいんだな」

優しいかどうかがわからないけど妖怪の価値観とは違うってのは確かだね。でも人間の価値観かと言われたらそういうわけでもないかなあ……

「んー……個人的には霊夢にも紫にも色々言いたいけどさ。でもそれは私の役目じゃなくてお姉ちゃんの役目だから」

言いたいだけであって死んで欲しいとは思ってないし。

 

ようやく建物が見えてきた。裏口からすぐ中に入る。利便性を考えて医務室を一階に作っておいて正解だったね。

「私はそこら辺詳しくないから分からないんだけど…」

そういえば魔理沙は詳しく知らないんだったね。でも詳しく知っても良い事ないと思うよ。

「聞きたい?」

 

「いや、部外者が聞くもんじゃなさそうだしやめておく」

そう言う魔理沙の顔はなんだか悲しそうだった。

 

「分かった…じゃあ霊夢の手当てするから手伝って」

 

「ああわかった!」

医務室まで運び込み、すぐに布団の上に寝かせる。

改めて肌に触れてみるととても熱い。四十度ほどの高熱を出していた。汗がほとんど出てないから脱水状態でもある。本当はあの場ですぐ応急処置したかったけどあんな場所じゃ意味ないしかえって危ない。

 

「……今はすぐに冷たいもので冷やして…水飲ませなきゃ」

意識レベルに問題があるほどだから重症だとは思ってたけどここまでとは…

取り敢えず服を脱がせて下着だけにする。着込んでる状態じゃ熱もちゃんと逃げていかないから。でもなんでサラシなんだろう……まあ良いや。

いつの間にか魔理沙の姿はなくなっていた。誰か人を呼びに行ったのだろう。しばらくすると妖精と一緒に魔理沙が氷と水を持ってきてくれた。

 

まずは氷を脇には挟ませて……

「水は無理に飲ませると呼吸器官に入っちゃうから慎重に…」

点滴が欲しいなあ……そもそも意識がない相手に経口補水は難易度高すぎるよ。

でもここは病院じゃない。あるもので対処するしかない。それに点滴なんてあるのは永琳さんの所しかないだろうし。

 

 

 

「そういえば魔理沙、人形は?」

手当も大方終わって後は少しづつ水を飲んでもらうだけになったところでふと気になった事を聞いてみた。

「え?あ…そういえば居ないな……」

あの熱攻撃で焼かれちゃったかな?私も2人を助け出すので手一杯だったし人形までは気を使ってなかった。

「アリスには悪いことしちまったなあ」

何か破片でも見つかれば良いんだけど……全部焼けちゃっただろうなあ。

うーん…謝らないとね。あれ大事な人形みたいだし。

 

激しい揺れが建物を襲う。

灼熱地獄が激しく揺れていた。2回目だ。今はまだ耐えているけれどあれが何度も来るようだと流石に灼熱地獄は耐えきれないよ。

 

「崩壊しそうだな…」

それはこっちの家のこと?うーん…確かに見た目からすれば頑丈とは言い難いかもね。でも中身は別物だよ。

「一応地震対策で補強材は入っているよ」

地霊殿とか全壊して再建築した旧都の建物はやたらめったら揺れや外部からの攻撃に頑丈に設計されている。

お姉ちゃんがここら辺凄くうるさかったからだ。構造材とか補強材で費用が余計にかかるけれどお姉ちゃんそういうところに妥協全然しないからなあ。でも今になって思えばこれを想定していたのかもしれない。

っていうかあんなに激しく揺れてるってことは地上の方にも影響出てるんじゃ……今は考えないでおこう。

 

「取り敢えず避難誘導の準備とかしないといけないから霊夢の看病お願いね」

 

「おう、任せておけ」

なんだか魔理沙っていざという時頼もしいよね。

 

医務室を後にして一旦灼熱地獄の確認をしに戻る。

さっきと変わらない道。だけれどどこか雰囲気が違った。

地獄の入り口は熱で変形していて、もう完全に開かなかった。破壊する以外で向こう側に行くことはもうできない。

コンソールがある建物も見てみるけれど、さっきの揺れで建物自体が歪んでいた。これじゃすぐ崩れちゃいそう。

それに中の計器も生きている様子はない。ダメっぽいね。

これじゃあ冷却機能が生きているのかどうかすらわからないや……一応まだ灼熱地獄自体は生きている。でもこのままじゃ崩壊するのも目に見えていた。

地面に亀裂のようなものが走っている。それはまっすぐいろんなところに伸びていた。

早めにどうにかしないとなあ……でももうどうしたら良いんだろう。

 

お姉ちゃん本当どこ行ったの…早く帰ってきてよお……

 

 

 

ふと旧都の方を見ると、防衛装置が一斉に動いているのが見えた。また何かあったの⁈もう今日は次から次に…やになっちゃう‼︎

状況を確認したいからすぐに攻撃指示を出しているエコーのところに向かった。

 

途中ビルがいくつか攻撃で崩れ去るのが見えた。やばいかも……

 

 

 

 

 

「……うにゃ⁈」

地面が一瞬だけ揺れ、轟音が響き渡った。空に居たあたいには地面が一瞬起伏したかのように見えた。

やや遅れて土煙のようなものが山の懐から上がっていた。

「うわ……随分派手な爆発だねえ」

付いてきている神様はいつもの調子だった。

「感心してる場合じゃないよ」

様子を見に近くまで行ってみる。

森の中に隠れるようにひっそりと口を開けていたはずの洞窟から煙は上がっていた。それはつまりその奥でつながっている灼熱地獄がなんらかの強大なエネルギーを出しているという事だ。今はまだ爆発だけで済んでいるけれどあそこから溶岩が大量に吹き出したらもう目も当てられない。

 

「こりゃ後で天狗のところに謝りに行かないとなあ…」

 

お騒がせしたなんてものじゃない。下手をすれば山一個吹き飛ばしましたってなってしまう。いやそれだけは止めなければ……

 

「八咫烏の力はあんなもんじゃないよ。多分全力ではないんじゃないかな?」

冷静に分析を始める神さま。これで全力じゃないって…いったいどんなやつなんだい。

「ちなみにだけど…全力を出したらどうなるんだい?」

ちょっと聞くのが怖かったけれど勇気を出して聞いてみることにした。あたいは神話とかに興味ないし本もあまり読まない。だから神話に載ってるよとか言われてもわからないんだよ。

「そりゃあ……霊烏路空の体は消失するだろうね。それほど強いんだよあいつは……須佐男とかが四国を焼け野原にしてまで封印する程のやつだから」

お腹の底が焦りと緊張とでへんな気分になってきた。急に落ち着かなくなってしまう。思考がへんな方向に持っていかれて負のスパイラルになる。

「大丈夫?顔色悪いけど…」

 

「大丈夫、でもなんでそうとんでもない奴を世に放つかなあ……」

気持ちを無理にでも落ち着かせる。うう…不安で押しつぶされそう。

「安全だったんだよ。制御装置さえあればね。まさか意識を乗っ取るなんてできるとは思わなかった…」

今は責めている時じゃない。ともかく先に行かないと……

 

地底への入り口に入りさっさと地底に向かう。地底への道はいつもより長く感じられた。



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depth.190 神話大戦 下

あ…やっと見つけた……

 

障害を排除してようやく灼熱地獄を目の前にした。

既に体の一部が破損してきているのか一部一部がちぎれかかっていた。急がないといけない。

 

破損して炎を吹き上げている灼熱地獄の入り口から中に入る。

全てを焼き尽くすような熱が体を焦がしていく。それでも私自身の体はそんな熱が無かったのかのように冷えていた。

 

入り口のところも至る所に亀裂が走っていて、熱が外に漏れ出しているのが嫌でもわかる。別に完全密閉とは言わないけれどそれでも外に漏れすぎると良くない。特にここはマントル直結なのだから。

炎が渦を巻きながら襲ってくる。それを左腕で受け流す。一度逸れた炎が再びこちらに引き戻される。黒色の腕が炎を飲み込み、力の一部として体に取り込む。成る程…あの白蛇の本来の力は「取り込む」でしたか。ちょうどよかったです。正直私は喰らって想起するだけですから神の力全てを奪うと言うのは本質的に向かない。

炎の渦がいくつかこっちに向かってくる。意思を持ったそれはどうやら攻撃のようだった。事前の対抗措置とでも言うのだろうか。

それら全てを回収し、中心部へ進む。純粋な熱風が服を焦がす。

布が焦げるほどの熱風ってなんだかなあ……それはもう熱風というより熱の暴力というべきだろうか。

 

さてお空はどこだろうか……まだお空でいるのだろうか?

そう思い探そうとしたけれど、それより先に向こうはこちらに興味を示してくれたようだった。

「今日はお客さんが多いね」

その声の主は、黒い羽を広げ私の前に降り立った。それは紛れもなくお空だった。私と同じくらいだった身長は180センチほどまで伸び、それに合わせて体のいたるとこが大人になっていた。片脚は岩のようなものに包まれている。

 

「お空…じゃないようね」

サードアイを使えばもっと簡単に分かっただろうけれど今の私にはそれは使えない。だけれど感じる気配はお空のものではなく、完全に私が取り込んだモノと一緒であった。意識に取り込まれたわけではないようです。それだけが唯一の救いだった。まだ間に合う……

「小娘と一緒にするな雑種。我が名は八咫烏」

雑種…確かに今の私はいろんなものが混ざり合ったいびつな存在でしょう。それで構わないけれど。

「なら話が早いです。早くお空を返してください」

見た所お空の体を乗っ取っているというより借りている状態に近い見たいです。おそらく…お空の体で全力を出すのは不可能。

「今はまだ無理だ」

悲しそうな顔をしながら八咫烏はそう答えた。やはり……お空の体は借りているだけ。だとしたらどうやって自身の都合の良い依代を見つけ出すつもりなのだろうか?ここでずっと待っているわけにもいかないであろう。

「ほう……」

だとしたらどうするのだろう?ちょっとそれが気になって…サードアイが使えない事をちょっとだけ後悔した。妬まれる能力であっても私にとっては必要で……ある意味今まで私を助けてくれてきたものだかでしょうか?

 

「今はまだこやつの体が必要だ。ああ……少しづつ本体を形成する。それまで借りているつもりだ」

なるほど、力を使って本体を再生するつもりですか。実際貴方がどのような体をしていたのかは知りませんけれど…時間かかるものでしょうね。

「それで……お空に体を返した後の貴女は何をするのですか?」

仮にそれが事実だとしよう。お空も戻ってくるとしよう。それで、体の戻った貴方は一体どうするつもりなんですか?

力を持つ者の思考は大概決まっているようなものですけれど例外だって存在する。だから決めつけることはしない。

 

「決まっているだろう」

その神様は無邪気そうな笑みを浮かべ、当たり前のことだと言わんばかりの態度でこう言った。

「地上を焼き尽くす。それだけだ」

 

「そうですか……」

どうやらこのままにしておいてもお空は無事に帰ってくるようだ。彼女の話を全面的に信じればだけれど……だけれど信じたところで今度は地上が焼け野原になる未来しか無くなる。それはすごく困る。地上は大事なところですからね。と言うより幻想郷を焼き尽くすなんて暴挙紫が黙っていないでしょう。だけれど地上になんらかの影響が出るのは避けられない。

「こやつの恩もある。地底は見逃すが……お主はどうする?」

へえ…そうすれば私が協力すると本気で思っているのですかね?

だとしたらお笑いものです。

「ではここでくたばってくださいまし」

交渉は決裂した。ここで無理やりにでもお空からあれを引き剥がし、叩きのめすしかない。

向こうも交渉が失敗したのを悟ったのか殺意を向けてきた。そういえば……妖怪や神にとって戦いとは結局死ぬか殺すかだった。

最近弾幕ごっこの中で過ごしていたからそんな当たり前も当たり前じゃなくなりかけていた。

どう思います?

それは私の怠慢

ですよね

「弾幕ごっこで…決めようとは思いませんか?」

 

「あいにくだが弾幕ごっこをよく知らないのでな」

あらそれは残念……

でも弾幕ごっこも慣れると楽しいんですよ?まあ…それをあなたが知る事はないかもしれないですけれど。

 

失った腕の代わりにそこにある黒い蔦の塊のような腕を引き延ばす。

伸縮自在って良いですよね。

でもそれを予想していたのか私の腕を素早く回避。お返しと言わんばかりにその腕に火を吹いた。燃え上がる腕だけれど直ぐに炎が収まり白煙だけが上がる。

そもそも腕というより神力の一部が邪念化して実体になったものだから物理攻撃はあまり効かない。

それを向こうも理解したのか、直ぐに次の行動に出る。

八咫烏の姿が消える。

真下に向かって急降下したらしい。

らしいと言うのも私はちゃんとそれを見ていないから。ほぼ同時に上昇。距離を取る。

灼熱地獄の天井を背に大きく旋回。後ろで同じくこちらに向き直った八咫烏と対峙する。

随分と距離が離れている。普通に考えればスナイパーライフルとかが活躍しそうな距離だ。私の攻撃では届かない。

なら近づこう

 

私が動き出すのとほぼ同時に八咫烏は攻撃してきた。高エネルギー反応。熱流が彼女を中心に渦巻く。遠距離からのビーム砲。名前こそ言わなかったもののそれはロイヤルフレアだった。ほぼ一直線のこちらに向かってくる。

エルロンロールで横に避ける。視界が回転し、体が遠心力で引っ張られる。弾幕を私の周囲に展開。そのまま八咫烏の側まで飛び込む。あんな強大な熱攻撃を出したのだから流石の彼女もすぐに反撃はできなかったらしい。すれ違いざまに叩き込む。

全弾命中。だけれど咄嗟に結界で守ったらしくダメージにはなっていない。

規格外も良いところだと思ったけれどよくよく見たらあの結界私が与えた護身用のお札だった。

 

反転しもう一度攻撃を叩き込む。近接戦。相手に持っていかれ原型をとどめていない脚で思いっきり脛を蹴り飛ばす。

「……ッ‼︎貴様…!」

やっぱりそこは痛いらしい。そりゃそうか。私だってそこを蹴られたら痛いですよ。

もう一度蹴りを叩き込もうとしたものの、膝をぶつけられて蹴りは空ぶる。

素早く無事だった腕の方で拳を叩き込む。体を逸らされて回避される。

反撃で殴られそうになる。その拳を異形化した腕で包み込む。

流石に体はお空だから引きちぎったりは出来ない。それでも、腕から神力もとい八咫烏を取り込もうとする。

 

「いただきます」

 

「させるかっ‼︎この化け物‼︎」

なにかが腕を切り落とす。体が支えを失い後ろに吹き飛ばされそうになる。

腕を切り落としたのはお空の手から放たれている光の棒のようなものだった。

それが何かはわからないけれどガスバーナーとかそう言った類のものだろうか?でも腕に効果があるってことはきっと力自体を切る存在なのだろう。

 

考えている暇はない。すぐにその場から離れる。私を狙っていくつもの弾幕と、高熱のレーザーが飛び交う。左右で腕の重さが違うからバランスが取りづらい。

ボロボロだった服にいくつもの焦げ目が生まれる。それでも左右にシザースして狙いをつけさせない。どうしても命中してしまうものは素早く迎撃していく。

それでも岩壁沿いに追い込まれる。というより追い込まれた。八咫烏が意図してやったわけではないだろう。私だって意図的にやっているのであれば気がつく。全くの偶然だった。それでもその偶然にあやかろうと彼女は私めがけていくつもの霊弾とレーザーを降り注ぐ。それによって破壊された岩壁が視界を奪う。体をひねって宙を舞う大きめの岩を回避する。

その直後目の前でレーザーが着弾。真っ赤に焼けた岩が剥離し、そこに飛び込む形になってしまう。炎が腕や頬を焼く。

服が溶けた岩に当たって燃え始めた。咄嗟に手で握って揉み消す。

 

だけれどそれに気をとられ目の前に来ていた尖った岩の破片に気づくのが遅れた。熱い感触と、何かが焦げる匂いがして左目から視力が消えた。

ようやく黒煙を抜けることができた。

少し距離を取りながら左目に手を当てる。

尖ったものが瞳から飛び出している。同時に焦げる匂い。

ゆっくりとそれを手で引っこ抜く。まだ内部は熱が残っているのか赤く光りを放っている。

ふと頬を何かが伝っているのに気がついた。

恐る恐るそれに触れてみる。

真っ赤な血が手を汚した。

どうやらさっきのは瞼か何処かを一緒に傷つけたらしい。眼球にものが刺さったくらいじゃ血なんて流れませんから。

 

まあ…それくらいなら問題はない。

 

八咫烏は私を遠巻きに観察しているようだ。まあそれもそうか……

ではこちらも反撃しましょうか。左目が使えない分視野が狭まる。でも今は仕方がない事。

 

私の腕と足を喰らったのだ。ちゃんと仕事してくださいよ

 

それは私次第。

でしょうね。

 

 

「降参するか?今なら見逃してやってもいいんだぞ」

はて降参?誰に向かって言っているのでしょうか?私は絶対降参なんてしませんよ。

「まだ左目が潰れただけです」

 

「ほう……まだ闘志を失っていないとはなあ…邪神を取り込み精神を蝕まれているのにようやるわい」

それはお互い様だと思いますよ。ねえお空……

それに…切り札はいくつかもってきているので……それらを使ってないうちは負けなんて認められないんですよ。

 

ボロボロになった服のポケットからスペルカードを取り出す。

それに妖力を流し込む。

「想起『ぶらり廃駅途中下車の旅』」

 

その宣言とともに私の後ろに擬似的な隙間が現れる。それは見た目こそ紫の隙間ではあるものの、それ自体どこに繋がっていると言うわけでもなく、紫の空間に接続されていると言うわけでもない。ただの見かけだけだ。ただし…そこから引き出されたものは本物であって、私の想像のものなのだからあの隙間は私の頭脳と直結していると言える。

警笛が鳴り響き、闇を切り裂く光が隙間から溢れ出す。

「ッ‼︎」

 

ともかくそこから飛び出してきたものを見て八咫烏が初めて焦りを見せた。

飛び出してきたのは重連のEF63とEF62。それに引っ張られる青色の客車であった。

普通それだけであれば慌てたりはしない。

それが時速100キロと言う速度で突っ込んだ場合の運動エネルギーがどれほどのものであるのかを予測できるのであれば別であるけれど。

なにせ客車だけでも重量35トン。それが12両。更に機関車に関してはEF63で108トン、EF62で96トンもあるのだ。

人に使うにはややオーバーパワーである。

実際これの元を見せてくれた紫も対人戦で使うスペルとしてはおススメ出来ないと言っていた。

 

慌てたように迎撃をしようとするも、それより先に空中を走る列車が八咫烏に突っ込んだ。

いくら規格外の神さまであっても今はお空の体に縛られている。つまり体自体は私とそう変わらない。

威力を減衰することなく列車は八咫烏を灼熱地獄の外壁と挟み込んだ。土煙と黒煙が列車の先頭を見えなくさせる。

衝突の衝撃で灼熱地獄自体が大きく振動する。列車の一部は隙間から出ることなく隙間の向こう側に未だ止まっている。

「これで……」

 

私が近づこうとした直後、強大な熱が列車の先端から発生する。同時に爆発。列車の先頭が炎に包まれた。

鉄の融解温度に到達したのか、機関車先頭が溶け始める。

後方の車両も一部が発火していた。車体表面の塗料が自然発火を始める。

「やるではないか…」

 

溶けた金属を纏い、そいつは大破した機関車から飛び出した。燃えたぎる列車先頭が力なく下に落下し、つられるように客車が引っ張られて流れ落ちていく。

へえ……やっぱり強いですね。

「良い顔だな」

その言葉で頬がつり上がっているのを自覚。私は……笑っているのだろうか。




スペルカード使用列車モデル
1964年10月1日ダイヤ改正後
上野行き602レ
急行白山
軽井沢→横川区間


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depth.191神話大戦 祭

溶けた金属を振り払い、私の目の前に飛び出してくる八咫烏。

だけれどこちらだって黙ってやられるわけにはいかないのだ。

 

神の力を使うのなら私だって遠慮する必要はない。

自分の力じゃないけれど使えるものはなんだって使う。卑怯だろうとなんだろうとそんなものは関係ないのだ。

 

神奈子さんの力を使い巨大な御柱を引き出す。これ自体も質量攻撃として使えるけれど今の状況でそれは使えない。

素早くそれの先端を開き、神力を固める。高圧レーザーに変貌した神力が放たれ、攻撃しようとしていた八咫烏を襲う。

 

「チッ…」

舌打ちされたような気がした。

両手を前に出した八咫烏が、高熱のビームを出してくる。

二つの攻撃がまっすぐ向かい合い、空間が捻れ曲がる。

絡み合うように進路が捻れた二本の光の筋は、はじきあうことも混ざり合うこともなくそのまま接触点でねじれ曲がり再び直進した。

 

私のすぐ真横をビーム光がすり抜け、後ろの壁を破壊した。

爆風が体を煽る。

私の放ったものも八咫烏には直撃せず掠めただけだった。

第二斉射。今度は流石に避けられた。

もう一回撃とうとしたものの、すぐ私の懐まで潜り込まれてしまう。

素早く御柱を振り回す。

空中でサイドステップを踏んだらしい。だけれどなにかが御柱に当たる音がして、同時に御柱先端が炭化した。

 

腰を軽く打ったらしい。思いっきり痛めていた。

御柱を投棄。それを足で蹴って後ろに下がる。

八咫烏が追撃。

いくつもの霊弾が放たれ逃げる私の後ろを前を塞いで行く。

 

絶対に射線に回り込まれないよう旋回を繰り返す。

レーザーなのか熱線が足をかすめていく。

このままでは良いマトだ。速度を落とし無理やり体を水平で回す。

フラットスピン。体が外側に引っ張られ空間失調を起こし掛ける。

大丈夫。まだ平気……

真下に向かって一気に加速。灼熱地獄の溶岩が視界いっぱいに広がる。

 

一度オーバーシュートしてしまった八咫烏はかなり離れたところにいた。相変わらず追いかけてきているのには変わりないですけれど。

左右に進路を揺らし、一気に制動。背後で必死に食らいつこうとしていた八咫烏が真後ろに迫った。

再加速。

たまに悪霊の魂が燃えながら飛び出す溶岩が迫る。体の一部が焼け始める。日焼けを通り越して火傷待った無しです。

溶岩スレスレで引き上げ。溶岩との距離は1メートルもなかった。

 

一瞬後ろを見れば八咫烏もぴったりくっついて来ていた。霊弾とレーザーが再び後ろから放たれ溶岩の表面を叩く。

 

異形になった両足を引き延ばし、板のように影を絡める。

 

ヒレのようになった足を溶岩に叩き込む。反動で叩き上げられた溶岩が後ろの視界を遮った。

足から先が1500度の高温にさらされ燃え始める。

足の異形を分離、引きちぎる。

溶岩の中に消えていく触手のようなもの。物理的に反応するようにしてしまうとやはり燃えてしまうのね……

 

それでも収穫はあった。

目の前に溶岩の壁が出来た八咫烏は咄嗟にそれを避けようとしたのだろう。

結果としてバランスを崩し溶岩の中に頭から突っ込んでいた。

八咫烏もお空も元々鳥である。人型をとっていても私のように浮いたりするのではなく羽を使って飛んでいるのだ。だから私や霊夢とは違い急に止まれないし浮力を羽で作る彼女はへんな動きをすれば落ちる。

更に液面から飛び立つのはもっと難しい。実際溶岩に落ちた八咫烏は必死で飛び上がろうとして失敗していた。流石に熱いのだろうか……

だが流石八咫烏。あの程度では傷すらつかない。まあ服は燃えたようだけれど……

それでもお空の体を壊さないように力を使うのは難しいらしい。

水とは比べ物にならないほど粘りのある溶岩に体を絡め取られなかなか浮上できないでいた。

素早くそこに弾幕を撃ち込む。八咫烏相手にどれほどの効果があるのかはわからない。だけれどやらないよりマシだ。

いくつか直撃したらしくその度に八咫烏が溶岩に沈む。

弾幕が溶岩を吹き飛ばし、モロにそれを被った八咫烏の体が見えなくなる。流石にまずかったかと思ったものの高エネルギーのレーザーが溶岩の中から放たれた事で認識を改める。あれはまだ健在だ。

少し体を横にして攻撃を避ける。

八咫烏が飛び出した。ようやく浮上してくる。どうやら下に結界を板のように展開してそれを蹴り飛ばしたようだ。

ただ裸になっただけのように見えるものの、ところどころ赤くなっているのはやっぱり火傷なのだろう。軽度だけれど八咫烏は火傷を負った。いや…あれは八咫烏の傷ではなくお空の体の傷だ。いくら神力で守られるとはいえ溶岩の温度は彼女の体では無理があった。まあ八咫烏自身は3000度とか5000度とかそれくらいの温度でも平然としているような存在だからなあ。

でも憑依している状態なら軽い火傷だけでも随分と変わるものだった。

持続的に痛みが走るのは刺される一瞬だけ激痛が走るのに比べて意識が持っていかれやすい。

思考が散漫になったり集中力に悪影響が出る。

 

だからここでもう一つの切り札を切らせてもらう。

肩で息をしている八咫烏が私をにらんだ。

「想成『ぶらり廃駅途中下車の旅 弐』」

さっきのとは少し違う色の光がスペルカードからあふれ出る。

再び私の横に隙間擬きが展開される。

「さっきと同じ手はもう食らわん!」

それはどうでしょうね?確かにさっきと同じようなものですけれど……

 

飛び出してきたのはさっきと同じ列車。ちょっと違うのは機関車の色が茶色であると言うことだけ。

列車を熱線で破壊しようとする八咫烏の手が止まった。

「同じ手ではないですよ」

 

八咫烏の後ろに別の列車が出現する。それに気づいた彼女は攻撃ではなく逃げる判断を下した。同期にいくつも狙うことは出来ないようですね。

 

それは目の前から迫っている機関車より更に前時代のもの。力強くドラフト音を奏でるシリンダー。台枠に載っている車体は大半が丸いボイラーに占められている。

それは蒸気機関車…世間一般でいえばC50と呼ばれる機関車だった。それが三両連なり飛び込む。先頭から155、156、157号機のプレートをつけたそれらは再び八咫烏を引き飛ばした。

それでもさっきのようにはいかず、跳ね飛ばされた直後に体を捻ったようですぐに列車から脱出してしまう。

でもそれだけでは終わらない。

さらに背後からもうひと編成。29619, 29655のネームプレートをつけた機関車が、貨物を引いた状態で飛び込んでくる。貨物重量2400t牽引車の重量も含めればさっきの6倍以上。抑えられるのなら抑えてみろ。

 

不意打ちにはならなかったものの回避の時間は与えない。

前照灯が八咫烏を照らした直後、そのまま彼女を巻き込み壁にめり込んだ。

衝撃でボイラーが破損したのか高圧蒸気が漏れ周囲の視界を塞ぐ。

蒸気に隠れながらも、列車に押しつぶされた体が見えた。

お空の体大丈夫でしょうか?

 

「ここまで追い詰めるとはやるな……」

その声とともに高熱が汽車を溶かし、2両のボイラーが吹っ飛んだ。真っ赤に溶けたボイラーの破片やシリンダー、動輪がこちらにも飛んでくる。

ボイラーからいくつものパイプが飛び出し、一部は八咫烏の腕を貫きかけていた。そのボイラーがこちらに向かって投げ飛ばされた。とっさに回避。あんなパイプまみれの円筒の筒が命中したら串刺しが優しく見えます。

連結器が熱で破損したらしく貨物車両を残して汽車の残骸が落下する。

紫に頼んでまた補充してもらわないといけないですね。

炎の中から現れた彼女は腕以外にも脇腹や腕に破片が刺さり、出血をしているがそれでも何事もなかったかのように振舞っていた。重傷ではあるけれど大したものではないと言ったところでしょうか。

 

「だが時間だ。この娘の体は戻してやる」

 

どうやら……準備ができてしまったようです。

清々しいというか歓喜の表情で八咫烏が叫ぶ。何を叫んでいるのか理解できない。多分言語ですらないのかもしれない。それを判断する気力は今の私には残っていない。

流石に連続であんなスペルを使えば力がごっそり持っていかれる。一応神力は奪った分がありますがこれは能力を使用するためのもので私自身は使えない。

なら私が使おう

だめです。あくまで私は使わないと…

 

お空の背中から炎が吹き荒れ、そこから光る何かがゆっくりと姿をあらわす。

それは蛹から蝶へ変化するときのように、神秘的なものだった。

 

お空の背中から現れたそれは翼の一部を炎に染めた巨大な鴉だった。

上半身だけが現れ、翼を広げる。

さらに下半身がゆっくりと引き出される。

自身が持つ力を使い無理矢理体を生成したようだ。

 

意識を失ったままのお空の体が落下する。

すぐに落下する彼女を抱きかかえる。肌の感触を唯一感じ取れる右の腕が温かさを伝えてくる。まだ生きている…

 

「よかった…気を失っているだけ……」

怪我まみれだけれど…これくらいなら大丈夫だ。

ふと八咫烏の方を見る。向こうもこちらを睨んできていた。

でもさっきより攻撃的ではない。もしかして見逃している?ああそうか……お空を避難させるまで待っていてくれるのか。

 

そういうことなら今のうちに……

お空を側の岩棚に下ろす。ここなら岩棚手前の岩が陰になってくれるからある程度の衝撃波が来ても問題はないはずだ。これくらいしか今はしてあげられないけれど許して……

そっと下ろしてあげれば一瞬だけ意識が戻ったのかこっちを見て薄っすら目を開けていた。ただそれもすぐに閉じてしまい後に残るのは寝息だけとなった。

流石に裸のままここに寝かせるわけにはいかないので私も服をかける。ボロボロだけれどないよりかはマシだ。私はシャツ一枚あれば十分だ。

再び八咫烏のところに戻ろうとして、彼女が出口の方に向かっていることに気づいた。

え…まさかこのまま逃げるつもりですか?

そういえばさっき言っていたっけ。本来は地上を焼き尽くすとかなんとか。そんなことさせませんよ……

すぐに追いかける。

このまま外に出て戦っても良いですけれど……

そっちの方が広くて楽しそう

でもそれは被害が大きくなる

被害なんて気にしている暇ないよ

でも私は…ここで決着をつける

わかった。じゃあそうしよう。

 

 

足に力を入れ岩棚を蹴る。反動で体がまっすぐ飛んでいく。必要最低限の機動ができる速度で一気に距離を詰める。

八咫烏の纏う炎が体を焼き尽くそうと進路を塞ぐ。

弾幕を放ち炎の壁に穴を空ける。

八咫烏はあくまで逃げるつもりのようだけれどそんなことはさせない。

下から突き上げるように弾幕を放つ。片目しか使えないからなかなか狙いがつかない。それでもいくつかは命中コース。

でもそれらは八咫烏から放出された熱風で弾き飛ばされた。その熱風が私にも向かってくる。

「想起『二重結界』」

避けることができない。本能がそう判断し、気づけば二重結界を目の前に展開していた。

熱風が1枚目の結界を溶かす。それでもただの熱風ではそれが限界だった。

熱風が収まり、八咫烏がこちらに向き直る。

その黒い巨体からいくつものレーザーが伸びる。まだ本調子ではないのだろう目の前に向かってくるレーザーを左右に避ける。

一瞬だけめまいがする。熱中症だろうか?でもそんな感じでない。じゃあ体の方が限界?

それはあり得ない。

ほんの少しだけ思考した上でようやくそのめまいの正体に気がつく。そうか…そういえば……

攻撃が止んだ。なら今度はこっちの番。

「想起『テリブルスーヴニール』」

弾幕ごっこ用のスペルカードだけれど虚仮威しと進路妨害程度にはなるだろう。案の定八咫烏の動きが止まった。

 

さあこっちですよ……早くこっちに来なさい。

首元に黒い蔓のようなものが絡まってくる。ああ…ここまで侵食するのですか…もう時間は残っていないようです。

 

八咫烏がこちらに飛びかかって来ようとした直後背後から何かが迫ってくる。

意識が完全にこっちに向いていた八咫烏の背中にそれが命中する。

それも大量にだ。

「ギャアアアアッ‼︎」

放たれたものが背中で炸裂し、異様なほどの煙が出る。同時に刺激臭が広がる。

力で作った体であっても実体を持てばそれは物理攻撃も通用するようになる。

「お姉ちゃん!」

岩の陰からこいしが飛び出してくる。

ここに来たの?私を追いかけてきた……のね。

「ああ…こいし」

 

「貴様あ…何をした!」

未だに白煙を上げている八咫烏。水でもかけられたのかと思ったもののそういうわけではなさそうだ。

「ただの硫酸だよ!」

なかなかエグいことするわね……確かに作り方とか教えたわよ。護身用としてだけれど……

「今度から濃塩酸にしなさい……」

 

 




劇中登場のC50達は樺太庁鉄道に編入され終戦後行くへ不明に
9600型も樺太から戻ってこなかった機体


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depth. 192神層心理 上

お姉ちゃんを追いかけて灼熱地獄に戻ったは良いけれど炎が吹き出していたから入るには入れなかった。吹き出す炎が止まった一瞬を突いて中に入ってみれば、さっき私が入った時よりさらに中は悪化していた。

 

炎で遮られかける視界の中半分手探りで奥に向かう。目が見えないって結構辛いよね……

そこらじゅうで巻き起こる火柱と轟音。灼熱地獄が悲鳴を上げている。

 

目の前が開けた。周囲の炎がそこだけぽっかりと穴を作っているようだった。そのに飛び込む。話し声。瞑っていた目を開く。

 

最初はお空なのかなって思った。でも違った。そこにいたのは、巨大な黒い鳥だった。

何処と無くお空から放たれていた気配と同じものを感じる。じゃああれがお空が取り込んだ神様?でもお空の気配はしない。ってことは今はお空から出ている状態ってことか……

 

その少し後ろから黒い鳥に追従してくるお姉ちゃんも、すでに異形になりかけていて…それでもお姉ちゃんだった。荒御霊と勘違いしかけたのは内緒。

両脚はどこに行ったんだろうとかそもそどうしてそんな体になってるのとか心配かけさせないでとか色々言いたいことはあるけれど今は置いておく。

多分…アレは外に出たいみたい。でもお姉ちゃんはそれを阻止しようとしている。外にでちゃまずいのかな…正直熱源が外に出てくれた方が灼熱地獄が崩壊するのを防げるから良いんだけど。そんなのはお姉ちゃんも分かっているはず。禍々しい神気を放っているけれど……

それでもお姉ちゃんはあれが外に出ないようにしている。ってことは…私もあれを外に出さないようにしたほうがいいんだよね。

突き上げる形で攻撃が行われ、出口側に向かってきていた黒い鳥が後ろを向く。偶然にも私は死角に入ったらしい。

なら……

 

不意打ちを食らわせる。

 

白煙が発生して黒い鳥が苦しみ悶える。結構大量にかけちゃったけど…そんなに被害は広げてないつもりだよ。でも流石に硫酸はきつかったかな?

 

 

「貴様らあ‼︎」

黒い鳥は激怒した。かの暴君お姉ちゃんに……じゃないか。

「こいし、濃硫酸の方が加熱時に酸化作用が強くなるのよ」

へえ…それじゃあ次は濃硫酸にしよう。

お姉ちゃんが私を引っ張って黒い鳥から引き離す。正直あれの近くにいたらそれだけで日焼けしそう。

「へえそうなんだ!じゃあ今度からそうする!」

巨大な黒い鳥に追撃で濃硫酸をかける。お姉ちゃんにつくりかたを教わったから出来たこと。

でもさっきみたいな不意打ちにはなっていないから降りかかる前に全て蒸発させられちゃう。

流石にあれじゃあ酸化作用も意味ないや。

でも最初にかけたやつが効いているのか背中の羽はごっそり抜けていた。

そこだけ禿げている。

神力の塊みたいな奴なのに効くんだね。なんか意外……

おっとそんなこと気にしている場合じゃなかった。

サードアイで黒い鳥の心を読み取る。素早く必要な情報を抜き取っていく。お空のこと今までのこと行動理念。そして欲求。

ふうん……

地上を火の海にするのかあ。それは流石に困るなあ…お姉ちゃんがここで止めようとするわけだよ。外に出したらどれ程の被害が出るやら。

 

私に向かって黒い鳥が羽を振り回す。

音速を超えた羽が咄嗟に下がった私のそばを通過する。それだけで服に切れ目が入った。直撃してたら痛かっただろうなあ…

 

「おりゃ‼︎お返しだよ!」

 

魔導書から引き出した片手剣と両手剣を持って素早く斬りつける。

お姉ちゃんが逃げようとする黒い鳥を動けなくするために弾幕を張る。私の服を引き裂いたおいたな羽に思いっきり剣を叩き込む。

甲高い悲鳴。

同時に肉が引き裂かれ骨が折れる感覚がする。

「この…アバズレが!」

 

「……‼︎」

いきなり羽が発光。気づけば羽に深く傷を作っていた剣が暖かくなって……あちちッ‼︎

とっさに手を離した。瞬間その剣は溶けて液体となった。

炎の反射で赤く光る液体が垂れていく。

「アッツ……手のひらやけどした」

手を握ろうとして激痛が走った。

「こいし大丈夫…じゃないわね」

 

激痛が走る手をお姉ちゃんが無理やり覗き込む。私の右手は焼けただれて白煙を上げていた。

真皮まで深く焼けちゃってる。うわ…これ絶対傷残るやつじゃん。超痛いし……

包帯を巻きたいけれどそれより先に黒い鳥が私とお姉ちゃんに飛びかかってきた。三本の足にそれぞれ生えた鉤爪が襲いかかる。咄嗟に残っていた片手剣を投げつける。縦に回転しながら足の一本に命中。弾いた。

でも残り二本。避けきれない。

私の首根っこが引っ張られ、暖かい何かに包まれる。

それがお姉ちゃんに庇われた事だって気づいたのは黒い鳥が頭の上を通過していった時だった。

最悪の事態が頭を過る。

「お姉…ちゃん?」

聞くのが恐ろしい…声が震えてる。

「気にしないで。ただのかすり傷よ」

どれほどの傷なのかはここからではわからない。だけれどかなりの傷だっていうのは理解できちゃった。

それでも声に出さないのは姉の矜持なのかな……

ともかく今は私が動くしかない!

頭上を通過した黒い鳥に向かって飛びかかるように突っ込む。

熱風が吹き荒れる。魔導書を開いて防熱の術を展開する。これで間接的な暑さは多少は大丈夫。

取り敢えず……

空間に魔法陣を展開。倉庫と直結させ剣や槍を解き放つ。

その多くが炎の壁で溶かされ、溶けた金属になって黒い鳥に降りかかるだけに終わった。

やっぱり凄い火力だね……さっきから薄々感じてたけれど。

 

一度通り抜けて反転。私に狙いを定める黒い鳥は、お姉ちゃんの弾幕で妨害されて私に攻撃できない。無理やり放った攻撃もその多くが空振りで明後日の方向に飛んでいく。

今度はお姉ちゃんに狙いを定めてきた。

すぐに反転して機関銃の弾を浴びせる。それすらも熱で溶かされて本来の威力を発揮できていない。

やっぱこれでもダメかあ…

でも完全に無視するのは出来なかったらしく。こっちを睨みつけてきた。可愛げがないなあ…

ほらもっと笑顔だよ笑顔!

まあ貴女の笑顔は私が恐怖に歪ませる為の前菜なんだけどね。

お姉ちゃんがその場から飛び上がる。

宙を舞うように…黒い鳥に狙いを定められないように。

あんな傷と体であそこまで……私は無理かな。

真っ赤に輝く瞳に向かって機銃を連射。溶けた弾丸が目の周りに着弾。

嫌がった黒い鳥が暴れ出す。今度はお姉ちゃんが目に妖弾を叩き込もうとしてくる。嫌がらせにしかならないけれど目を攻撃するのは有効みたい。

お返しと言わんばかりに太くて白いレーザーが放たれる。体をひねって回避。

狙いをつけられないようにジグザクに飛び回る。

黒い鳥の方は私とお姉ちゃんの2人を同時に相手しているからかあまり飛びかかってきたりはしない。それでも不動というわけでもない。

もう一度接近して…今度は目に刀を突き刺そうなんて考えているとお姉ちゃんが腕を掴んだ。どうしたんだろう?

「こいし、あまり近づいちゃダメよ」

お姉ちゃんが警告。でも意味がわからなかった。耐熱処理ならさっきやったはずなんだけど……

「どうして……」

 

「八咫烏の力は核融合。故に微量だけれど放射線が出ているわ。弱い部類に入るとは言っても気をつけなさい」

放射線?それって一体なんなの?お姉ちゃんが心配するってことは毒素のようなものなのかもしれないけれど放射線なんて毒素聞いたことない。でもそういうものがあるんだなってことは理解する。

「お空は大丈夫だったの?」

気になるのはそっちだった。だって黒い鳥が毒を出しているなら取り込んでいたお空はその毒を直で受けていたはず……

「多分お空の体の場合八咫烏が発生させるエネルギーは八咫烏の中だけにとどまっているのよ」

ってことは確証が無いけどお空の体で使っていたのは二次エネルギーみたいに変換させて使っていたってことなんだ…ものすごく効率悪そうなんだけど……それでもあの威力か。恐ろしいや。

思わず身震いしちゃう。だってねえ……

「ほう…気づいたのか。いつからだ?」

薄ら笑いを浮かべた黒い鳥が攻撃の手を止めた。

「貴女が外に出てきてから…」

 

結構前から気づいていたんだね。

 

「ふむ…。攻撃手段としてはなかなか有効だろう。安心しろ。私の自由意志で外に出す出さないは決められる」

それってエネルギー発生を体外でやるか別の場所でやってエネルギーだけ持ってくるってこと?うーん……よく分からないや。理屈はわかるけど理論が全然ダメ。

 

「じゃあ外に出さないでくれます?」

お姉ちゃんの表情が少しだけ不機嫌になった。あのお姉ちゃんが…表情を浮かべた。

「別に良いだろう?二対一なのだからな」

黒い鳥が心底嘲笑っているかのように見えた。直後お姉ちゃんが私を突き飛ばした。

その直後私がいたところをビームの奔流が通過していった。いつのまに用意していたの?

サードアイは私への攻撃意思を読み取らなかった…まさか無意識で⁈怖いよお……

「下手な小細工は通用しないと思え」

うわ…えぐい……

神様って心すら見せられないようにできるんだ…確かに能力に頼りっぱなしな状態じゃ辛かったかもね。

 

でもまあ……関係ないか。読めなくても行動は見えるし。

お姉ちゃんが先に下方に下がる。

釣られて私は右側に。

灼熱地獄いっぱいに弾幕が生成される。その全てが黒い鳥の作り出したものだった。

放たれる熱弾を回避して、体が反転している無理な体勢で魔導書を広げる。

強引だけどここで展開。

「くっ…このッ‼︎」

マイナスGで視界が真っ赤になったけれど黒い鳥がいる場所は分かっている。

バルカン砲を引き出し間髪入れずに連射。毎秒50発を放つバルカン砲が騒音と白煙をあげる。

無駄だと言わんばかりに……それでもある程度警戒してなのか結界を展開した八咫烏。その結界は数秒で砕け散った。流石に驚いたみたいだね。

さっきのように溶かそうとしたって運動エネルギーは変わらないから当たったら痛いよ。

銃身が赤くなりかけたところで停止。今度は重機関銃に切り替える。

バルカン砲より発射速度は遅いけれどそれでも十分な威力を持っている。お燐が使ってたやつだからそりゃ破壊力が高いに決まっている。

30ミリの対鬼用徹甲弾。食らっちゃえ‼︎

 

「想起『テリブルスーヴニール』」

お姉ちゃんそれごっこ用スペルじゃなかった?

なんでそれ撃って…確かに陽動にはなるけど…

お姉ちゃんが腕を引き延ばす。あれ伸びるんだ……

その先が思いっきり奴を掴む。

足に腕が絡まり動きが封じられた。

間髪入れずに機関砲を叩き込む。砲身が加熱で真っ赤になっても気にしない。焼き壊れてももう良いや!

「ふざけやがってぇ‼︎」

 

体に衝撃と激痛が走った。

「あ……え?」

それでも出てきたのは悲鳴とかそんなものではなく、状況を理解できていない私の声だけだった。

「こいしッ‼︎」

体から力が抜けそうになって思わず空中を漂うように後ろに下がる。

傷の確認しなきゃ…頭はそう理解しているけれど脇腹に激痛が行動を妨害する。

 

足や下半身が濡れ始めた。思わず体をつたう液体を手で拭ってみる。真っ赤な……それでいて粘りの多い液体。

嘘……

 

「もう逃さない…」

黒い鳥がお姉ちゃんに攻撃をする。それがいくつも着弾し体が吹き飛んでいくお姉ちゃん。正直見ていられなかった。でも…私の体はうまく動かない。

ついにお姉ちゃんの右腕が黒い鳥の足を掴んだ。余裕そうだった黒い鳥が始めて狼狽した様子を見せた。攻撃を喰らっても平然と迫ってくるんだからそりゃ当然か。

 

既に服が血でべっとり濡れちゃってる。視界が霞み始めた。

 

「いただきます」

お姉ちゃんが黒い鳥に絡みつき、振りほどこうともがく鳥に噛み付いた。

炎が周囲に解き放たれて私はその場から吹き飛ばされた。

お姉ちゃんと八咫烏の姿が炎に飲み込まれ見えなくなる。

それよりも…私の視界が回っちゃって周囲の様子がわからない。落ちているのか浮いているのか…あ、これは落ちている?

体の制御が出来ないっ‼︎このままだと落ちる!

 

焦りが動きを阻害して余計な悪循環に…視界がぼやける。一気に血を失いすぎたかな?

「こいし様!」

いつの間にか私は抱きかかえられていた。思わず抱きかかえているヒトの顔を覗き込んで、叫びかけた。

「お空……?…ッ!」

さっきレーザーが直撃した脇腹が痛む。声がうまく出せない。口の中が血の味でいっぱいだった。

「喋らないでくださいこいし様」

 

そうする……お空…無事だったんだね。色々言いたいことあるけど……今はちょっと黙っておくね。

でもなんで裸なんだろう?それだけ理由を聞かせて欲しかった。

 

 

 

「ヤメッ!ハナセ‼︎」

 

「私はですね…ちょっと決めているんですよ」

あまりこいしを酷く傷つけたヒトがいなかったから殆ど実行するまでには至っていませんでしたけれど……

「こいし…家族を傷つけたものは例外なくぶち殺しているんです」

 

八咫烏の首筋に歯を立てる。

美味しそう。食べて良いんでしょ

あなたが食べられないようにしてくださいね。

分かっていますよそんなの。

 

思いっきり黒い羽の下に隠れた皮膚に歯を突き刺す。その瞬間私の視界が暗転した。

 

 

 

 



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depth.193 神層心理 中

本日2本目


「ここは……」

 

目を覚ませばそこは石畳の上だった。さっきまで灼熱地獄にいたはずなんですけれど……

手で地面を触ってみる。石特有のひんやりした感触はなく、ただそこに無機質な何かがただあるという感じが手のひらから伝わってくる。

本当にここはどこなんでしょうか?妙に体が軽いですし……

ともかくいつまでも座り込んでいるわけにはいかない。起き上がり周囲を確認する。

石畳の道が延々と続いている以外に周囲には何もなかった。真っ白…それに近いようななんだかねじれた空間のようなそんな雰囲気の場所だった。

ただ、少しだけ熱い。

ポツンと、所々で波紋が生まれる。三次元的に…空間に球形を描くようにして生まれるそれらは、やがていくつもいくつも生まれ増大し、景色を変え始めた。

それに構うことなく足を進める。こういうのは気にしないようにするのが最も良い。

奥に進むと不意に鳥居が現れた。それも一本ではなく何十本何百本と並んでいる。さっきまでのはは波紋は消えて、ようやく視覚が落ち着く。

目の前に広がる光景はそれはさながら朱色に塗られた通路のようになっていた。

その鳥居一つ一つをくぐり抜け奥へと向かう。どうしてそうするのかはわからない。だけれどここでは理解するより先に体を本能のままに動かす必要がある。そもそもこの場において自我とはひどく不安定なものであり、あってもなくても変わらないものであるから。

 

淡々と続くその道は終わりを告げるのだろうか?そう考え始めた時目の前の空間が開けた。崩れた鳥居やボロボロになった鳥居などが周囲を囲む異様な空間。そんな少しひらけた空間に、それはいた。

大きさは普通の鴉とほぼ同じくらい。それでいて足は三本ある。

それは私の姿を視認し、大きく狼狽えた。

少しづつ距離を詰めるために歩き出す。

「くっ!くるなあ‼︎」

その途端後ずさり、発狂する。いきなりどうしたと言うのだろう?

そうか…ここは八咫烏の深層心理だったのか。確かにそこに私がいたら驚きますよね。でもやめるつもりはありませんけれど。

 

鳥居が一斉に燃え上がる。火柱となった鳥居が火の粉を吹き、周囲を赤く…紅く照らす。

焼ける鳥居の通路を抜ける。周囲の光景も鳥居と同じで真っ赤に燃え上がっていた。炎が支配する空間で私は八咫烏と対峙する。

八咫烏が宿すその強大な力はこの空間では使えない。それでもここは向こうの深層心理。何があってもおかしくはない。こうやって相手の深層心理に入り込むのはフランの時以来です。あまりしたくはないのですけれどね。向こう側に引っ張られますし。自我を保つのもすごく大変ですから。

それでもここで対峙したということは…向こうはもう抵抗できない状態になっていると認識してしまっているのだろう。

「くるなと言われましても私はあなたを徹底的に潰さないといけないんですよ」

結局ここに私が自我を保ちこうして存続できているその意義はなんとも悲しい復讐のような感情であったわけです。

そしてそれを達成するための条件もすでに揃ってしまっている。

「ふざけるな‼︎そんな…そんなこと……」

認めないなんて言わせませんよ。

「悔やむにしてももう遅いんですよ」

そしてここは私のテリトリー。もう誰も私を止めることはできない。

さあ始めましょう。終わりを‼︎

「まだだ‼︎まだ……」

諦めが悪いのは嫌いじゃないですよ。

だから……徹底的にトラウマで心を破壊してあげますね。

 

 

 

 

 

さとり様と八咫烏様を包んでいた光が収まった。そこには互いに黒い煙を上げた2人。そのまま落下していく。

思わず飛び出した。2人がこのまま落ちたら溶岩の中に飛び込んじゃう!生身であそこに落ちたら誰だって死ぬに決まっている。

「さとり様‼︎八咫烏様‼︎」

気を失っているこいし様を右腕に抱えたまま2人を左手で掴む。だけど流石に三人分の重さは……むり‼︎

やっぱり私じゃ支えきれなかった。

無理やり羽を羽ばたかせて飛び上がろうとするけれど重量バランスも崩れちゃって回転しながら落下していく。

このままじゃ…溶岩に落ちちゃう!

必死に羽ばたく。それでも落ちる速度は変わらない。

 

だれか…助けて……

 

 

「危ないねえ……」

 

「やれやれ随分と派手にやったもんだ」

不意に横から声がして、八咫烏様とさとり様に別の誰かの手が伸びた。

そのまま2人をつかんだ腕がそのまま引き上げていく。制御不能だった私の方もようやく体勢を立て直せた。

横に首を向ける。そこには私のよく知る顔がいた。

「お燐‼︎それに諏訪子様!」

 

「間に合ってよかったねえ…」

さとり様を引っ張り上げたお燐と八咫烏様を持ち上げた諏訪子様と一緒にすぐその場を離れる。安全な灼熱地獄の外を目指して飛ぶ。

灼熱地獄を抜けすぐに地面に三人を下ろす。お燐がすぐにこいし様の応急手当てを行う。

服の切れ端で患部を塞ぎこれ以上の流血を抑えている。私は…こっちも2人をどうにかする。

外傷は…多すぎてもう訳がわからない!さとり様は異形になっちゃってるから余計にどこをどうしていいかがわからなくなっている。

「ゲホゲホ…まさかまだ…なんてね……」

 

「さとり様!」

今は喋っちゃダメ‼︎もうさとり様はボロボロなんだから……

「……」

八咫烏様が急に起き上がった。そのまま羽を広げて…飛び出さなかった。しばらく羽を広げさとり様を威嚇し…諦めたかのようにその場に顔を伏せた。

もしかして怖いのかな……

 

ぐちゃぐちゃとさとり様の体が変な音を出した。慌てて意識をそっちに戻したら、目の前でさとり様の異形になっていた体が蠢いて、急に膨張し始めていた。高速で細胞分裂が進むような…奇形が奇形の肉塊を呼び成長していくようなそんな感じ。

「八咫烏の力…結構奪ったから…」

笑い事じゃないです!

「ちょっと私の蛇が壊れちゃうよ!」

諏訪子様がさとり様に何か術のようなものをかける。膨張が止まって今度は元の異形の姿に逆再生するように戻っていく。

大丈夫…?なのかな……

 

「それで…八咫烏あんたはどうするんだい?もうあんたは全盛期の3割しか力は出せない。もう地上を焼き尽くすなんてことはできないさ」

諏訪子様がそう八咫烏様に告げる。全盛期の三割。それでも私の中にいた頃はそれくらいしか出せないって言っていた。

「そう……かもな……」

 

「どうするかは神奈子に任せるけど…もうあんた生きることはできないね」

八咫烏様……このままだと滅ぼされちゃうの?それはなんだか悲しすぎる。悪いやつだけど根は良いヒトなのは私がよく分かっている。だから……

「だったら私が…」

 

「お空?」

 

「私が八咫烏を宿す!」

どうせ消すんだったら私が宿したっていいでしょ!

「良いのかい⁈だってそいつは……」

確かに私の体を乗っ取ったけどちゃんと後で返してくれたし……それになんだか放って置けない。うまく言葉には出来ないんだけど……でもこのまま消しちゃうのは可哀想というかなんというか違う気がする。それに火がたくさんあって暑いところが居心地がいいなら灼熱地獄は丁度いいところだよ!だからさ……

「あはは!いいよいいよ。だったら八咫烏は好きにしな。後で神奈子に伝えておくさ」

諏訪子様が大笑いする。そんな変なこと言ったかなあ……

でも…良かったね。

「勝手なことを……」

 

「あなたも勝手にしてたじゃん!」

人のこと言えないよ八咫烏様。

お燐もそれでいいでしょ?ダメなんて言わせないからね。

何か言いたげなお燐を見つめたら諦めたのかわかったと一言だけ言った。

 

小さくなった八咫烏様の体が溶け出す。やがて形を失った体はそのまま光になって私を飲み込んだ。暖かい…体の中から熱が出てくる感覚。

 

光が収まった時そこに八咫烏様はいなかった。ただ、胸のあたりにまた目ができていた。どこを見るわけでもなくただまっすぐ前だけを見つめる。こいし様やさとり様と同じ第三の眼でありながら2人のとは全く違う。

 

 

 

 

「うがッ‼︎」

 

さとり様の体からいくつもの白い何かが飛び出す。それ一つ一つが固まりとなって集まり、中くらいの蛇になった。

同時にさとり様の体で異形になっていたところが元に戻って……そのまま干からびて砕けた。

最初は腕。次に腰から下が。次々に砕けていく。バラバラになったそれらが風に吹かれて消えていく。

「さとり様⁈」

あまりの光景に叫ぶことしかできない。砕けた破片を集めてみるけれど枯れた葉っぱのように砕けてさらに小さくなるだけ。

「平気……そういう契約だったから……」

普段よりもっと力なく…抑揚のなくなった声でさとり様が言う。

そういう契約って……そんな……

「さとり!流石に今回は……」

もうさとり様に無理して欲しくなかった…私が助ける立場になりたかった。なのになんでこうなるの?ねえなんで‼︎

思わずさとり様の体を抱きしめる。普段の半分くらいしか重さがなくて、それがさとり様の命の今の重さなんだと嫌でも分からされる。

「こりゃよく吸い尽くされたもんだ。でも再生が始まっているね」

諏訪子様が逃げ出した白蛇を握りつぶし、自身にと取り込む。

それには取り込んだ八咫烏様の力も入っているわけで……全部あなたのものになったんだ……

 

体の各部から煙が上がって、少しづつだけど再生しているのがわかる。だけどもう私はこれを見たくなかった。

私はどうすればよかったんだろ……

「お空……気に病まないで」

お燐が頭を撫でてくれた。荒ぶっていた感情が少しだけ落ち着く。

 

「悪いのはこいつらだから」

お燐……?

後ろにいるはずのお燐の方を向く。そこには諏訪子様を引きずっていくお燐の後ろ姿があった。

「覚悟しろクソ野郎」

「ヒッ」

普段のお燐とは思えないドスの利いた声に思わず声を上げてしまう。

怖い……

 

 

「お空……頼み聞いてくれる?」

消えそうな声でさとり様が呟いた。

「なんですか?私にできることならなんでもします!」

必死の私を見て、安心したようにさとり様は私の顎を撫でた。

「制御盤がまだ生きてるなら……黒と黄色のボタンを押して……」

 

「分かりました…黒と黄色のボタン…」

 

さとり様をその場に下ろして完全に崩壊している制御室に向かう。

瓦礫を放り投げて撤去していく。ようやく制御盤が見えた。確か黒と黄色のボタンは…これだね。

ボタンを覆っていたカバーは完全に壊れちゃっている。

どうしてこれを押して欲しいって言ったのかはわからない。だけど……

私はそのボタンを押し込んだ。

 

その瞬間、小さな揺れが灼熱地獄から響いた。

 

 

「これで…あの人たちは自由」

 

 

 

 

突然船を固定しているアンカーが爆発した。喉が渇いたからとお茶を飲もうとしていたタイミングだったせいで思いっきり服にかかった。白い服が完全に茶渋色に染まった。最悪…とぼやく前に体は咄嗟に操舵室に向かって駆け出していた。

左右のバランスが取れずに船が傾く。一体何が起こったの⁈

それと同時に今まで動かせないようにロックがかかっていたはずの機関が勝手に作動する。出力が少しづつ上がっていって、船体の傾斜が元の戻る。

船体が少しだけ固定台座から浮いた状態で静止する。同時に安定翼が開く。

今はこんなの使わないから戻す。

「今の揺れはなんだったの……⁇」

状況を確認しなきゃ……

「今の揺れはなんなの⁈」

一輪が遅れて操舵室に入ってきた。

「今原因を調べてるところ!外で動きがないか見張って!」

 

「わ、わかった!」

すぐに操舵室の横に張り出しとして設けられた見張り台に一輪が向かう。

 

「大変だ!後ろから高圧蒸気が……」

一輪が後ろを見ながらそう叫んだ瞬間、船全体が激しい揺れに襲われた。蒸気に押されるように一輪が船内に吹き飛ばされた。でもそっちに気を配っている暇はない。

前に向かって船体が押し出される。操舵しようにもこの狭い空間じゃ逃げ場なんてない!それに無理に舵をきって壁に横からぶつかったら船が壊れる。横とか斜めからの力には船の構造ではあまり強くない。むしろぶつけるのなら正面から一気にぶつかった方が良い。そっちの方が被害が少なくて済む。

「このままじゃ壁に押しつぶされるよ!」

「分かってるってば!」

エンジンが動いているなら…全力後進‼︎

甲高い音が足元から響いて、河童が勝手に増設したエンジンがその力を発揮する。

前に進む力に逆らい船体は速度を落としていく。それでも間に合わない。

だけど、目の前の壁に亀裂が走り、船が衝突する瞬間壁が崩れ去った。

そのまま開いた穴に船体が押し込まれる。

増設された左右のバルジが壁に擦れ火花が散る。

 

押し出されるように洞窟を無理やり船は押されていく。

もしかしてこれ地上に出れる?だとしたら……

賭けるしかない!チャンスはこれだけだから!



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depth.194 神層心理 下

こうして居間で諏訪子と2人きりというのはまた珍しいものだった。大体は早苗がいるか、そうでなければ多分一緒に居間にいるというのはあまりない。

「なあ諏訪子一つ腑に落ちない事がある」

 

「どうしたのさ改まっちゃって」

炬燵から頭を出してみかんを食べていた諏訪子がこちらに移動してきた。

「なぜお前はあの時力を私に戻したのだ?あのまま力を持っていればお前は守矢神社の唯一神として降臨できたのだぞ」

さとりが奪った力は奪うのに使った邪神が一時的に保有していた。その邪神が諏訪子に戻ったわけなのだからそれこそ彼女は一時的に私と八咫烏の力も使えるようになっていたのだ。正直そんな状態の諏訪子になんの準備もなしに勝つのは不可能。一時的にとはいえそうなれば守矢は諏訪子のものとなっはずだ。

「別に恩を着せようとかそういうわけじゃないさ。私が持つ力としてはあんたのは扱いづらいし突飛しすぎて逆に用途がない。飛脚に馬貸しているようなもんだよ」

ははあ…やはりそういうものなのだろうか。だがお前さんなら半年くらいで自分のものにするだろうな。

「それだけか?」

 

「そもそも守矢神社に唯一神として君臨出来たってすぐ取り返しに来るでしょ」

違いない。ここにあるのはあくまで分霊だからな。何か不備があればまた本殿から分霊を引っ張ってくればいい。そうなった時は…確かに関係崩壊状態だな。地上で神話大戦になっていた。

 

「後は…罰を受ける相手が1人だけやられ逃げなんて許さないから。あんたも道連れだよ」

深妙な表情だった諏訪子が一気に笑い出した。はは、なんだ私は道連れか。

「道連れは酷いだろ。せめて三途の河を渡るまでの付き合いにしてくれ」

今回の件の事はまだ決まっていない。一緒についていったという諏訪子だけが見るも無残な姿で神社に帰ってきて早苗を驚かせていたな…いいやつだったよ。

「勝手に殺すな」

 

「死んでも死なないだろ」

神様は死なない。死があるとすればそれは忘れ去られ消滅するときだけだ。

 

「そういえばさ……手紙来てたよね」

炬燵の上に無造作におかれた二枚の手紙。それぞれ封筒に入れられている状態だった。

「もう年の暮れが近いというのになあ…」

 

私のもとに届けられた手紙。一通は天狗から。

こっちはさとりが暴れたせいで発生したあの被害の原因を詳細に説明せよとの事だ。我々の神社から出てきたのだからということだろう。幸い怪我人はいるが死者が出なかったためそこまで風当たりが強いわけではない。

それに私だけではなく地底の方にも事情を確認しているらしい。なのでこちらが責められる道理はこれにはない。まあ元を正せば責められるかもしれないが…まさか天狗が攻めてくることは無いだろう。

ともかくこれは保留だな。無理をして変なことを言うとろくなことにならない。

そしてもう一通はさとりからのものだった。

黒色の封筒というなんとも変わった手紙だった。

封を切り中身を出す。手紙自体は三枚に分かれていた。

「そっちはなんて書いてあるの?」

天狗からの手紙を読み終わった諏訪子がこちらの手紙を覗き込むがなかなか読めていない様子。

「今回のことは公にはしないようにだとさ」

 

私の言葉で諏訪子のやつは思考停止を引き起こしたらしい。

ぽかんと口を開けている様がなんとも笑えてくる。

「はい…?」

 

「色々言いたいことはあるが黙っておくってさ。間欠泉騒ぎや噴火騒ぎも灼熱地獄の機械的ミスと発表するそうだ」

まとめればそう言っていた。

「それって実質的にお咎めなしじゃん。事実を公開したらそれこそこっちに対して報復できるのにそれをやらないなんて……」

 

「全部書いてある。あんたが言ったような事をしてその結果としてこちらが山の妖怪から信頼を失ったり地底から恨まれたら現状困るからなんだと」

 

「あー……考え方が幻想郷の管理者か賢者のそれじゃん。絶対あの子たち納得してないでしょ。なんでこう管理者はおんなじ事ばっかりするのかねえ…もっと素直になった方がいいのに」

首に巻かれた包帯をさすりながら諏訪子がぼやいた。

諏訪子が戻ってきた数時間後私のところにも彼女たちは来た。理由はわかっていた。こちらは黙って受け入れるしかない。

さとりの家族に袋叩きどころかいたぶり殺される寸前まで殴られ、それでも許したわけではないと殺意を向けられた事を思い出す。

元から許しをもらおうなんて思っていない。私達が正義であるというわけでもないのは承知でやったことだ。その行為自体に後悔はしていない。

最終的に早苗が割り込んでうやむやに終わってしまったが……

「結局あれかい。言い方悪いけど恩を売られたのかい」

 

「そういう事になるな……」

古明地さとり…相当な策士だな。

まあ…それで周りが納得するかは別だが……

「そう言えば博麗の巫女見ないけどどうしたのかな?」

 

「多分地底だろうな…」

 

「そりゃまた珍しい」

 

 

 

 

 

扉の向こう。地霊殿を左右に貫く廊下からすごい足音が聞こえてくる。

正直床が抜けるんじゃないかって本気で心配になってくる。一応表面は木製だけれど床下は金属骨格とコンクリートの床なので抜け落ちるということはまずない。

「お姉ちゃん‼︎安静にしてって言ったでしょ!」

部屋に飛び込んできたこいしの叫び声が部屋中に響きわたる。

「執務室に書類の山ができてたら手を出さずにいられないわよ。処理能力不足でしょ」

幾ら何でも30枚も積み上がっていたら流石に放置できないわよ。しかもその全てが日常業務の一環なのだから。

「そうだけどさ……」

結局これらを素早く処理できるのは私くらいしかない。最近ではお燐とエコーもそこそこ出来るようになっているのだけれど。その2人は今防衛装置の復旧につきっきりになってしまっている。正直ぶっ壊した本人なので申し訳なく思う。ほかの人員も大半は崩落寸前の灼熱地獄を安定化させるのに全力を尽くしている。散々中で暴れに暴れた灼熱地獄は内側に深刻な傷を抱えてしまっている。運転を止めるわけにもいかないので補強工事を行うにも人海戦術で人員を回さないとやってられないとは鬼の言い分。

でもそれは事実なので三交代で必死に直してもらっている。でもそれだけではない。非常冷却で使用した水源や、全損した温度調整システム。それらの修理を行うのはまだまだ先だ。一応手は打っているのだけれど正直まだ先になりそうだ。

やっぱりあの2人を連れてきて働かせたほうがいいだろうか?こいしとお燐が散々叩きのめしたせいである意味言い出しづらい。

結局これらを私以外に任せたらこの書類の山である。さらにこれは氷山の一角と言える。多分ここに無いだけで他にももっとたくさんあるはずだ。

「まあ…今後こういうことがあるかもしれないからある程度仕事の効率化も兼ねて分散させようかしら…」

バックアップや予備がない…代用不能なものというのは危険ですからね。お陰で私の傷が治るまで復興作業や建物の修理などが滞る事態になっているのだ。

そもそも地底にいる人の多くが脳筋なせいでデスクワークできないのが原因だ。

天狗でも雇おうかしら……

だとしたら天魔のところに行かないと。でもなあ……

「はいはいお姉ちゃん書類触ろうとしないで部屋に戻るよ」

 

私の体が引っ張られる。普段より体重が軽いから踏ん張りが利かない。

今の私の体は欠損した所をガワだけ再生したに過ぎない。中が完全に再生するには後一週間はかかるのだ。

それでも上半身片腕だけという姿よりかはマシだ。

まあ…まだ骨しか復帰していない下半身で体重を支えるのは無理なので歩くこともできない。一応飛べるから大丈夫なのだけれど部屋の中までずっと飛んでいるわけにはいかない。車椅子という手もあったのだけれど正直家の中でしか使わないのにわざわざ新品を購入するのも予算の無駄に繋がりかねない。

 

こいしが私の体を背負って寝室に向かう。

やっぱり軽いからか体がよく跳ね上がる。

 

「お姉ちゃん。そういえばお客さん来るっぽいから……」

急にさっきまでとは打って変わって真剣な声になったこいし。お客さんと言われても多分あの子のことでしかない。いつかは向き合わないといけないと思っていたけれど……

「来るというより居るの方が正しいでしょ」

霊夢は確か客間に居るはずだ。いい加減帰れと思うのだけれど私に会うまでは絶対に帰るつもりはないと言い切ったらしく帰ってくれと説得するこいしと4時間の弾幕ごっこの末私と話をするまで帰らないという約束を勝ち取ったそうだ。

「まあね」

実のところ昨日まで私は眠ったままだった。流石にあれだけ体を失えばそうなってしまうのも致し方ない。3日ほど眠り続けただけで済んだのだからよしとすべきだろう。

どうやらその間霊夢はずっと客室を使ってここに泊まっていたらしい。さっきすれ違った妖精がそんなことを考えていた。神社の方が大丈夫なのか心配になってくる。

 

「お姉ちゃんどうする?折角だし会いに行く?」

 

「どうしましょうか……」

会いたいけれどいざ会うとなるとやはり気が後退してしまう。お腹あたりが萎むような感覚に襲われる。

「っていうか貴女霊夢に会わせる気でしょ」

ジト目で睨むが効果はない。どうせ今の私はこいしにされるがままなのだ。仕方がない。腹をくくりましょう。

「あ、気づいちゃった?」

 

「部屋と真逆の方向に行けば嫌でもわかるわよ」

客室が並ぶエリアに到着する。ここは廊下が建物の真ん中を通過し、左右に部屋が並ぶ構造になっている。だから部屋数が結構ある。慣れていないと部屋を間違えるようなところだ。

そんな空間にある一室の前でこいしが止まった。

「霊夢?入るよ」

ノックもなしにそれだけ言ってこいしは部屋に押し入った。

ちゃんとノックと反応くらい待ちましょうよ…

「居ないわね」

部屋の中はもぬけの殻だった。一応使用したと思われる備え付けの浴衣といくつかの巫女服が畳まれてベッドの上に載せられているから帰ったということじゃないはず。

「……あれ?出かけてるのかな?」

タイミングの悪いことこの上ないわね。まあ仕方がないのだけれど……

居ないのなら仕方がない。私を部屋に戻してくれるわよね?

「まあ出かけているのなら待っていれば戻ってくるはず…」

だから戻ってきたらまた部屋を訪ねればいいのよ…ね?だからベッドに下ろそうとしないでこいし。

「じゃあお姉ちゃんここで待っててね!」

こいしが私をベッドの上に下ろして部屋から駆け出していってしまう。置いてきぼりを食らう私。

ああ…やっぱりあの子は少し強引なんだから。天井を仰ぎ見る。半身は未だ動かすことはできない。やっぱり待っておくべきなのだろうか。

 

客室用の部屋はあまり広くはなく、かといって狭いわけでもない。そんな部屋に霊夢の私物は服くらいしかない。当たり前といえば当たり前なのだけれど……

あら?写真……

服のポケットから少しだけ顔を出しているそれを見つけ引っ張り出してみる。

それはまだ幼い霊夢を抱っこしている私の写真だった。まだこんなに隠し持っていたのか。前回も似たようなものを見つけたわね。写真に撮られるのは必要最低限に抑えていたはずなのに……紫の仕業でしょうね。

そうして思考に入り込んでいるから…誰かが入ってきても気づかないのだ。

「……さ、さとり?」

その声で我に返る。いつもの巫女服に身を包んだ霊夢が、私の目の前に立っていた。まさか私が部屋に居るなんて思っていなかったのだろう。その感情は完全に驚きに包まれていた。

なんで私がここにいるの?ですか……

「えっと……なんて言ったらいいんでしょうか」

私の声で思考停止になっていた霊夢が我に返った。

同時に様々な感情と思考がサードアイを伝って入ってくる。思いが絡み合い複雑でドロドロした何かになる。

そのまま彼女は私に近づいてきて……殴られるのを覚悟する。それだけのことを私は彼女にしてしまったのだから。

「……」

だけれど想定していた衝撃の代わりに、柔らかい人肌が私を包み込んだ。

「霊夢?」

目を開ければ、霊夢が抱きしめていた。

「言いたいこと色々あるけど……今はこうさせて」

霊夢の声が少しだけ震えていた。

「わかってます……分かってますから」

背中をさする。少しだけ嗚咽が聞こえた気がした。

 

 

 

「全部説明してもらうわよ。分かっているわね?」

10分とかそのくらいだろうか。ようやく落ち着いた霊夢が私を解放し、今は隣に座っている。

「ええ、わかっていますよ」

 

「でもどこから話せばいいのやら……」

 

「最初から……それが一番早いでしょ」

ですね…

「わかりました。じゃあ…最初から」




被害総額6億円(1940年度換算)


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depth.195 異変解決 上

全てを話し終えた時、なぜか私は霊夢に抱きかかえられていた。

話している途中で姿勢が変わったと思ったら何をやっているのやら……それでもちゃんと話は聞いていたらしい。しかし黙っている。

「あの…霊夢?」

サードアイが霊夢の心を読み取る。どす黒い…これは怒りの感情か。

それが霊夢からあふれんばかりに、呪詛の言葉とともにこぼれ出していた。

「紫…絶対許さない」

あ、これやばいやつだ。山姥とかそういうレベルじゃなくて修羅だ。修羅が生まれてしまった。薄々分かってはいたけれどちょっと冷静になりましょう?

「霊夢落ち着いて」

 

「いいのよ…私はあいつに話をしに行かないといけないわ。血が繋がってなくても…家族は家族なの。それをあんな形で引きちぎる何って……徹底的に潰す」

だから落ち着いて……憎悪の炎でとんでもないことになってる。ヴェノム霊夢が誕生しちゃう。幻想郷の管理者に真正面から喧嘩売りそうで怖い。紫だって私が1発ぶん殴って反省させたのだからもういいだろう。

慌てて浮かび上がり霊夢の頭を撫でる。

久しぶりに頭を撫でられたからか最初は驚いていたようだけれど途中からは憎悪の炎も収まり、気持ちが収縮していった。

昔から頭を撫でると落ち着く子だったのは…今も健在ね。

落ち着いたところで手を下ろす。浮かばせていた体を下ろそうとして床に足から降りてしまった。

力の入らない足が体を支えられるはずもなくそのまま崩れるように倒れこんでしまう。

「母さん⁈」

 

「平気よ。ちょっとドジ踏んだだけ」

踏ん張りの利かない下半身を庇い浮かび上がる。やはり下半身が不自由なのは少し困りものです。

でも霊夢は知らなくて良い。私の体など一週間もすれば元どおりになるから。

そもそもこの傷は霊夢が原因で出来たわけではないのだから。

 

「ねえ…一ついいかな?」

何ですか改まって……ああ、そんなことですか。私は別に構いませんけれど。

また、母さんって呼んでいい?か……私は母親なんかじゃないというのに……

それでも彼女にとって私は母親なのだろう。

「既に呼んでいるでしょ」

今更改まって言わなくていいのよ。

「……ありがとう」

満面の笑み…多分他の人からしたら霊夢もこんな笑み浮かべるんだって言われそう。実際今まで霊夢は仏頂面だったわけだし。

「でも私は母親には戻れない」

心の何処かに母親にまた戻って欲しいという感情があったのだろう。あるいは期待というべきか。だけれどそれは絶対に叶うことはないものなのだ。私は…母親であってはいけない。

「どうして?また一緒に…住んだって良いのよ?」

やはり心の奥底の本心を突いたようだ。完全に言葉が震え動揺が抑えられていない。そういえば霊夢は…孤独だったわね。同じような境遇の親友はいてもそれはあくまで親友であって、家族ではない。

魔理沙は精神が強すぎるから気にならないようだけれど霊夢は本来そこまで精神は強くない。その上幻想郷における人間の最終防衛を担うのも、幻想郷の秩序を守るのも博麗の巫女だ。そのプレッシャーは恐ろしく強く、霊夢の精神を蝕む。そんな状態だから本来であれば母親とか…父親の存在は必要なのだ。だけれど精神が成熟する前に私も靈夜さんも消えてしまった。だからなのだろう…私と一緒にいたいと考えている本心のその根源は結局、家族への甘えである。気持ちは痛いほど分かるけれど……それでも私は戻れない。そもそも……

「……」

それを与える資格は私にはない。私が霊夢の母親になるのはもう無理なのだ…だって化物だと彼女に示してしまったのだから。そして世間は私を化け物だと知っているから。

一応ある程度隠し通すことはできた。だけれどあれは天狗の力を借りたからであり、その期間も短いものだからだ。それだって今の天魔さんに何かあり次の代が出てきたときにそれが継続されるとも限らない。

「やっぱり私が…」

 

「勘違いしないでください。霊夢は何も悪くありません。これはただの…私の問題なんです」

私が守矢からここまで来る時散々暴れているはずだし私を知る者がいたら気づくはずだろう。あれが私であるということに。まだ外に出ていないから分からないものも、突然襲ってくる可能性がある化け物。それだけでもう私に対する皆の意識は変わったはずだ。多分恐怖とかそういう感情だろう。妖怪としては結構なことではないか。それが妖怪同士で発生していて、結局私は覚り妖怪なんだなって自覚もできたのだ。誰かを求めるなんてしてはいけなかったのだ。

でもそれ全てを周りにぶつけるわけにはいかない。結局のところこれは私とこいしの問題なのだから。

「覚り妖怪は、人並みの幸せなんて送っちゃいけないんですよ」

 

なまじ心が読めるというのは辛いものなのだ。見ないよう聞かないよう隠してはいるけれど時々見えてしまう心は、それは酷いものなのだ。

たとえ親友のように振舞っていても内心では貶しているか馬鹿にしているか…結局他人事なのだ。

もちろん私に向く感情だって表面上や短期的な思考では私を敬っているように見える。だけれど結局それは私の持つ地底の主という地位にあやかりたいというような理由であり、結局内心では覚り妖怪など気持ち悪いし死んでくれと思っているのだ。顔や表面に出さないだけで大体そんな感じなのだ。例外はいるけれどそれでも根本にあるのは嫉妬だったりなんだり。目を隠しているからこそ、目を使った時周囲の人の心も読めてしまう。

こいしも似たようなことで悩んでいたけれど彼女は彼女で割り切ったらしい。生き物は大体そういうものだからそれを含めて付き合っていけばいい。だからこいしの場合いつも笑顔でいるのはそうやって心の壁を作っていることの証なのだ。心は読めていても、共感も何もしない。私はそんな器用なことは出来ない。そういう…裏の汚い心を持たないなまじ純粋なペットやお燐達も…純粋であるがゆえの脆さもある。

結局この種族はどこまでいってもずっと孤独なのだ。いや、孤独と感じてしまうタチの悪い種族なのだ。どこまで行けば孤独じゃないのか…理解されるのか……心の奥底でみんなどう思っているのか……

「……どうして」

黙っていた霊夢が口を開いた。

「霊夢?」

 

「どうしてそんなこと言うのよ‼︎母さんだって幸せになったって良いはずよ!」

それは本心からの本当の言葉だった。裏表がない…純粋な霊夢だからこそそれは私の心に響く。

「そう言ってくれるだけ……幸せですよ」

霊夢の気持ちが痛いほど伝わってくる。だけれど……それは幻想郷の…ひいては生き物の考えからは真っ向に対立する。

「それに…覚り妖怪が博麗の巫女と一緒にいるなんて事が広まればそれこそどうなることやら……わかるでしょう」

博麗の巫女として育ったのだから貴方が一番理解できるでしょう?それに私は覚り妖怪。別の…天狗だとか別の種族だったりしたらどうにかなったでしょうけれど私の場合それすらできない。覚り妖怪であるからこそ…たとえその気がなくても行動全てがマイナス方向に捉えられる。不思議なものだ……だけれどその心理だって私はメカニズムとして理解できてしまうのだから諦めてしまう。結局そういうものなのだと。

「そうだけど……」

霊夢が幼かった頃くらいであればなんとかできるけれど…多分もう無理だろう。天狗側だってそうなんども同じようなことをしてくれるとは思わないし博麗の巫女は妖怪の敵。その敵に手を貸す妖怪は裏切り者。私は……裏切るわけにはいかないのだ。皮肉ね……でも抱える物が増えてしまったのだ。いつのまにか…こんなに抱えてしまった。ああ……どうしようもないくらいに私は愚かだ。やめよう…この思考はこれ以上やると私の人格を否定しかねない。

霊夢は…諦めるつもりはないか…だったら…落とし所を決めましょう。

「別に会っちゃダメとは言っていないわ…会いたくなったら会いに来ていいのよ」

私だって会いにいけるようになれば会いに行きます。

本来博麗の巫女がどこかに肩入れするなんてのはあってはいけない。だけれど霊夢としてなら…私は構わない。

私の言葉に泣きそうな悲痛の表情は一気に花開いた。同時に心も歓喜が溢れ出す。うん、霊夢はこっちの方がちょうど良い。

「じゃあ……」

今日はここに泊まるですか……構いませんけれどいつまでも神社を空けっ放しにするというのは良くないですよ。それに……異変が終わったのだから宴会をしないといけないんじゃないかしら?

「神社はどうするの?」

 

「そんなもの一週間放っておいても問題ないわ‼︎文句があるならあんたがやれって言っておいたし!」

ああ…藍さん…御愁傷様です。

季節的には雪かきが毎日必要になる時期なのに……仕方がないか。今度お詫びの品でも送りましょう。油揚げで良いかしら?

 

 

 

取り敢えず今日はここに泊まるということで今は食堂まで案内している。

今まで食事とかはどうしていたのか聞いたら都の方でとっていたらしい。鬼の喧嘩に巻き込まれなかったのか怪しいものだけれど…霊夢なら喧嘩に巻き込まれても問題はないだろう。

それと忘れないうちに霊夢に書類を渡しておく。今回の異変の後始末が書かれたもの。持ち出しは不可で用が済んだら燃やすものだ。

「私が灼熱地獄を冷却することに成功した…ねえ。これを信用する人なんているの?」

渡された書類に一通り目を通した霊夢は懐疑的な目線を向けた。確かに無理がありすぎるかもしれないけれど貴女がやられたという事実を知る者はそんなにいない。だから問題はないだろう。エコーさんやこいし達には話をつけているし納得してもらったから。

「プロパガンダと同じで何度も同じことを言い続ければ事実じゃなくても事実として受け入れられるんですよ。宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後の一人がスローガンの意味するところを理解できるまで、そのスローガンを繰り返し続けることが必要であるって時の権力者も言っていましたし」

それに幻想郷の人たちは結局異変のことよりお酒を飲めて楽しめる宴会が開かれればそれで良いと考える節がある。多少強引であっても宴会が開かれワイワイ楽しみ始めれば内容の不備なんて皆どうでも良くなるのだ。

「うわ……」

ドン引きでしょうけれどこうする方が最も確実に事実を作り出すことができるんですよ。

「真実を隠したり民衆を揺動するのはこうするのが手っ取り早いんです」

人類の知恵って本当恐ろしいですよね。私自身時々恐ろしいと思いますもん。でも使えるものはなんだって使いますけれど。もったいないですし。

「さすがね…今度私もやってみようかしら」

なにやら考え事をしていた霊夢は神妙な顔つきでそう呟いた。

「悪用はお勧めしませんよ」

利用している私が言えるものではないけれど……

「違うわよ。ただの神社の宣伝」

神社の宣伝でプロパガンダですか…純粋な宣伝として機能するかどうか…元々プロパガンダは戦争で相手より心象をよくするのに取られる手ですから事実じゃない事実を一時的に事実としたり相手を貶めたりする。大衆の洗脳には向いていますけれど。

 

「神社に人が来ないのは道の整備とかの方もあると思うんですけど……」

前からそうなのだけれど博麗神社は徒歩だと行きづらい。

守矢神社も似たようなものなのだけれどあっちは道をしっかり整備しているし街で布教活動しているからそこそこ人が入る。

 

……なんでこんなこと私が考えているんでしょうか。

「ロープウェイを作る計画もあるらしいし……」

あ、作るんですかロープウェイ…計画があるとは噂で知っていましたけれどまさか本当に作るつもりなんですか。

 

「まあ、今度殴り込みにいくからその時に色々聞きましょう。多分…今回の件と無関係じゃないはずよ」

だから霊夢怖いです。それにあの2人の神さま散々お燐とこいしにボコられたんですからもういいでしょう。これ以上の追撃は流石にかわいそうです。

「母さんはやっぱり甘いのよ。そんなんだから今回みたいなことが起こるんでしょ。ここはドーンとお仕置きしないと」

 

「復讐が復讐を生むからやり返すのは嫌いなんですよ。まあ報復で復讐を生まないほど徹底的に相手を潰せば良いのですが……」

でもそれは幻想郷が許さない。昔なら迷わずできたかもしれないけれどここでそれをやるのは無理だ。

 

「宴会の費用全負担で押さえておきましょう?」

 

「仕方ないわ…そうする」

ようやく霊夢も納得してくれたようだ。正直彼女達は許せはしないけれど…今は堪えておくのが一番だ。



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depth.196 異変解決 中

しばらくしたらこいし達が戻ってくるようなのでしばらく応接間で待つことにした。

なるべく意識をされないよう霊夢の意識に隠れるようにしてひっそりとしている。まあ霊夢という存在そのものが集団意識の中では存在が大きいから相対的に側にいる私の認識が薄まっているというだけなのですけれど。

色々なところを妖精や鬼達が駆け巡っていて普段より周囲は忙しそうにしていたけれど、それでも私は手持ち無沙汰。つまり暇であった。そもそも怪我人なのだから暇でなくてはならないのだけれど。

なのですぐ隣で手を繋ごうとしている霊夢の手を突いては留める遊びのようなものに意識を集中するくらいには暇な方が良い。

だけれど私にとって静かに安静にしていてというのは些か無理があると思う。

部屋の扉が勢いよく開いて、部屋に誰かが入ってきた。妖精たちというわけではない。彼女達ならもうちょっと開け方が丁寧だ。ちなみに鬼の場合はそれこそ蹴破るか扉を壊して入ってくる。つまり妖精や鬼ではない別の誰かということになる。

霊夢が素早く意識を切り替える。一瞬だけ戦闘態勢になった意識はすぐに引っ込められた。

「やっほー‼︎」

真っ先に私に訪問者が飛び込んでくる。どこか聞いたことある無邪気な声。体にかかる衝撃から私とほぼ同じくらいの大きさの子だと理解する。ならあとは簡単だった。

「フラン?どうしてここに……」

紅魔館の主の妹は私に抱きついて太ももの上に跨っていた。霊夢もこれには困惑している。

「私も来ているわよ」

透き通その声が響き渡る。その声の主を探せば、それは応接間の真ん中にいた一匹の蝙蝠だった。それが小さく爆発したかと思えば、発生した煙が収まった時そこにはいつものレミリアさんがいた。

「なんであんた達がいるのよ。ここは地底よ」

私が口を開くより先に霊夢がレミリアに噛み付いた。そこまで威圧的に言わなくてもと思ったものの、それが彼女の本心なのだなあと納得し咎めるのをやめる。ただ、喧嘩するようなら止めさせるつもりだ。

「別に私たちが地底に来ようがそんなの私達の勝手でしょう?」

真っ向から喧嘩売るような言い方はやめてくださいよ……無駄にプライド高いんですから…

 

「お姉様が運命でさとりが怪我するのを見たからお見舞いに来たの!やっぱり怪我してたね!」

フランが体を弄ろうとして手を服の内側に入れる。それを締め上げて手首の関節を外す。痛そうだけれどフランのスキンシップは時々度を過ぎる事があるからこれくらいがちょうど良い。あといい加減太ももの上から降りてください。重いです。

「あんたいい加減離れなさい」

あ、霊夢嫉妬していますね。顔にフランに対する妬みが見て取れます。別にそんな嫉妬しなくていいのに…何をそんな嫉妬するんですかねえ?よくわかりません。あ、お札貼られた。あれじゃしばらく動けませんね。

「それにしても…運命で私が怪我する事なんて分かるんですね」

 

「当たり前でしょう?運命は決定づけられた答えのようなものなの。そこの人間のような例外を外せば運命の理からは逃れられないわ」

運命を操るレミリアらしい言い方…だけれど少し悲しそうな表情。えっと……運命を操る能力の応用で私が怪我をする未来を見れたのは良いけれどいくら運命をいじっても私が怪我をする未来が回避できなかった。あるいは怪我をする未来を無理に変えると幻想郷そのものが崩壊しかねない事態になったってところでしょうか?手を強く握りしめた跡があるますし唇噛みましたね?ちょっとだけ傷になっていますよ。でも黙っていることにする。

 

「私だけ例外ってどういうことよ」

そういうには霊夢。

「言葉通りの意味よ。貴女が一番運命の理から外れている存在なの。だからあなたが混ざっただけで未来は読めなくなるわ」

霊夢がというより博麗の巫女がと言った方が良いかもしれない。そしてその理由も継承する飛ぶ程度の能力が関わっている。あれは運命とか空間とかそういう色々なものから浮く…つまり少しずれた次元に入り込むことになり事象観測の結果として発生する単属的未来予知を妨げる効果がある。本人がどこまで自覚しているのかは分からない。でも無意識的にやっている可能性がある。まあ教える必要はないでしょうけれど。

「失礼ね。私は運命なんてものに縛られるのはごめんなのよ」

 

「ええ、そっちの方が面白いからそのままでいてほしいわ」

 

2人がそんなやりとりをしていると再び扉が開いた。

入ってくるのは2人分の足音。

「あ、レミリア達来てたんだ!」

 

「あ……えっと…」

この状況になんら違和感を見出さないこいしと、なんて言っていいのかわからないお燐がそこにはいた。

確かに今の状態はちょっと見るものの思考を停止させるかもしれない。

気にしなければどいうという事はないのですけれどね。

あ、フランこれお見舞いの品ですか?ありがとうございます。

動けないフランが必死に私に箱を渡してきたのを皮切りにレミリアが動いた。

「そうだったわ!私もお見舞いの品持ってきたのよ」

これ…もしかしてワインですか?うーん…確かにワインだったら問題なく飲めたから良いのですけれど……それでも一度にたくさんは飲めないしなんとも…でも気持ちはすごく嬉しいのでもらう。気持ち大事。これ鉄則。

 

ちなみにお空は謹慎のため部屋にいる。

流石にあんなことがあった後なのだ。いかなる理由があったにせよ処分が必要となる。だから私が寝ている合間にこいしが謹慎をさせていたようだ。本人もそれを納得しているようだった。ただ処分のことが不安で仕方がないようで時々部屋の方からお空が歩き回る音がする。

あれは相当なストレスになっているはず……どうにかしてあげたいけれどこればかりはどうしようもない。

あとでこのワイン持って行ってみようかな?

ちなみにフランの見舞い品はぬいぐるみだった。早速頭に乗せてみたらこいしとフランが鼻から血を流した。わけがわからない。

 

気づけば数時間ほど経っていた。

私が色々考え事をしている合間に霊夢達は霊夢達で色々と決めたらしく明後日まで地上の私の家に泊まることになった。それに伴い私も地霊殿から家の方に移ることになる。

レミリアとフランはしばらく地霊殿を満喫してお引き取りになった。あまり長居されても地霊殿側の負担が大きくなります。なにせ紅魔館当主とその妹御一行だ。復興作業の最前線指揮所になるここでは負担もいいところだ。秘密とか非公開な情報とかがふとした拍子に漏れる可能性もある。

とはいっても私が関与しているのは今回の件の隠蔽とそれ以外では闇に紛れて処理をしないといけない者のリストくらいだ。他は知らない。

結局それ以外は特になく、食べ物を食べようにも内蔵の一部がない状態で食事をとったらどうなるか分かったものではない。なので皆との食事はせず一足早く部屋に戻ったはずだった。

 

 

「霊夢…なんで抱きついているの?」

何故か後ろから抱きしめられた状態だった。ご丁寧に布団に入り込んでである。部屋に戻って寝ようと思っていた矢先のことだった。私の後に続いて部屋に入ってきた霊夢が後ろから抱きついてそのまま布団に押し込んだ。ほんとどうしたのよ。

「抱きついちゃダメなの?」

確かに幼い時に悪夢を見たとかでよく添い寝はしましたけれど……

ああ、寂しいからと言うのもあるのかもしれません。霊夢の精神は所々不完全になってしまった。その責任は私にもあるのだから。

「……いいですよ」

体を霊夢に向き合わせ、頭を胸のあたりに持っていく。こうさせた方が霊夢は一番落ち着くらしい。

こういう時サードアイは便利なものだ。その分のデメリットが大きいからあまり使いたくはないけれど。むしろもう無くて良いかもしれない。

戦闘以外でも多用してしまっているからか私の精神はもう人間ではなくなってきてしまっている。

何をもって人と呼ぶのかは議論の余地があるけれど…もう私の考え方は妖怪寄りになってしまっていた。結局人でいたいと言う私の願いはサードアイがある限り無理な事だったのかもしれない。

 

「……」

 

「悩み事?」

 

「贅沢な悩みです…」

そう、本当に贅沢な悩みなのだ。霊夢が気にする必要は全くない。

「あっそう……そうだわ。寝る前にトイレ行ってくるわ」

 

さっきまで撫でられるのに甘んじていた霊夢が急に起き上がり部屋の外へ向かう。いきなりすぎて対処できない。

 

急に霊夢が出て行った扉をただ呆然と見ていると入れ替わりにお空が入ってきた。なるほど、霊夢…これを察知したのね。空気を読んで2人きりにしてくれたと……霊夢らしいわ。

「さとり様起きてますか?」

「お空?どうしたの?」

サードアイが彼女の心を素早く読み取る。

真っ先に読み取れたのはこれから先の処遇における不安。

今のお空は体に再び宿した八咫烏の件で色々と面倒な事態になっている。別にお空が悪いわけじゃない。ただ八咫烏の所業を巡って守矢の2人と紫との間で色々とあるらしい。こればかりは私も口を出させてもらうけれどまずは向こうからのコンタクト待ち。

それと私への謝罪…後悔の感情と言ったほうがいいのかしら。

少しの合間何かを言いたそうにしながら黙っていたお空がようやく口を開いた。

「ごめんなさい…こんなことになっちゃって…」

自責の念が強い。これ以上闇雲に自分を責める必要なんてないのに……見ておるこっちが辛くなってくるではないか。確かにやらかしてしまった事については庇い様がないけれどそこまで強く責めなくても良いの。

「気にしないで。色々と責任はあるけれど……貴女があれこれ悩む必要はないわ」

これくらいしか言えない。それでもお空に安心して欲しかった。だからゆっくり抱きしめる。一気に成長してしまい頭まで手が届き辛い。

「さとり様……」

近づいた事で心がより深くまで読めてしまう。お空の心の奥底にあったのは…本能的な恐怖だった。それは私に対するもの…

ああ、この子は…私にも恐怖を抱いてしまっていたのか。私が怒っていると勝手に思い込んでしまっている節があったのもこれが原因。

安易に八咫烏の力に頼ってしまったこと。そしてその結果罪を背負ってしまったこと。その発端は私が居なくなってしまうのではないかという恐怖だった。

「お空……ごめんなさい」

ここまでお空が恐怖を感じてしまっているなんて……

もうちょっと考えてやるべきだった。もう今更遅すぎる……

「さとり様?」

 

「貴女に無理に背負わせてしまって……本当は貴女は、いいえ。誰も背負う必要なんてなかったのよ」

これは私の勝手なエゴだ。だけれど…言わずにはいられなかった。心配されるのはわかる。だけれど私にも譲れないものはあったのだ。やっぱり私は弱いのかもしれない。

 

 

 

 

「飛行状態安定したよ」

気流に乗るたびに損傷した船体ではバランスが取れず何度も大きく揺れていた床は今では僅かに左右前後で揺れるだけとなった。

「そう、じゃあ被害をまとめようか」

さっきからいろんなところが壊れているらしい。一通り2人で船体を見て回り状況を確認する。1時間ほどでムラサ船長と再び合流した。

「メインエンジンとサブエンジンの一つが脱落。左側のバルジが全部持っていかれたかな。そっちに装備されていた兵装も全滅」

あの洞窟をこの大きな船体で無理やり通ればそうなるはずだった。岩や岩盤に擦り付け、ボロボロになった船体にとどめを出したのは狭く閉じた出入り口だった。左側面が大きくえぐられてしまっていた。

これは痛いかもしれないけれど船を守る人工結界は健在らしい。それくらいがあれば多分大丈夫だろう。

「エネルギー機関も損傷で出力が出せないから浮いているくらいにしか使えないね。でももっと重症なのは……」

 

「飛倉の破片が足りないってことね」

本来の船体は無事だった。それは幸いなのだけれどこれだけでは魔界に封印されている聖様を救う事は出来ない。

この船自体飛倉を改造して作られたものだと聖様は言っていた。

ただそれは飛倉全てを使用したわけではなく、半分近くは使用されずに砕け散りあたりに飛び散ったとされる。一応この幻想郷内に必要な分は存在しているのは今までの調査でつかんでいる。

 

あとはそれを集めることができれば良いのだけれど。

それにはまだ時間がかかる上に地上は一面の銀世界。春を待たないと流石に探すのは無理だろう。

雪の中から掘り起こすのは流石に非効率的すぎる。

雪解けと同時に捜索をするか。確かナズーリンと星は今地上にいるはずだ。あとでコンタクトを取ろう。



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depth.197 異変解決 下

生まれて初めて小さな丸椅子に座った。今までは椅子といっても背もたれ付きの普通の椅子ばかりであった。なんだか記念すべき日な感じもしなくはないけれど決して嬉しいわけではなかった。

「やっぱり……」

目の前で同じく丸椅子に座って診察結果の書かれた紙を見つめながら永琳さんは呟いた。

「やっぱりってまさか」

恐れていた最悪の事態であろう。それでもここにくるまでの合間薄々感じ取っていたことだ。

「貴女、その片目視力もう無いわよ」

見えなくなっている左の視界。それが回復するのは絶望的なようだった。告げられた言葉が重く体にのしかかる。言葉が重圧を持つというのはこういうことなのだろう。

 

事のきっかけは昨日。

体の大部分が再生し、どうにか日常生活を送れる程度にまで回復した。だけれど八咫烏との戦闘で怪我をした左目が全く見えないのだ。

外見上は再生していると言うのにどういうこと?と思いすぐに永琳さんのところに直行。診断してもらっていた。

その結果がこれである。だけれど現在の瞳の状態がよく分かっていない。なのでどこに原因があるのだろうか?それによってはもしかしたらということもあり得る。

 

そのことを問いただせば、渋い顔をした永琳さんが詳しい状態を説明してくれることになった。

「目の中の…網膜の神経が全く繋がっていないわ。これじゃ目が元どおりでも何にも見えないわよ」

ああ…神経が繋がっていない…なんででしょうかね?心当たりが全くないのですけれど。と言うより完全に再生するのだからそのようなこと起こりうるはずがない。でも現に起こっているのだ。原因はなんだろう…思い当たる節がいくつもあるせいでわからない。まさか糖尿病?でもそれだったら指先が先に壊死しますし失明の原因は神経が切れるというものではない。

「原因は?」

彼女なら原因もわかっているのだろう。その上であえて言わないようにしているか確証がつかめない不確実なものだからか…黙っているようです。でも言ってもらわないと困りますよ。

「おそらく……呪術の一部ね。貴女怪我する直前に呪術か邪神と交わったでしょ」

あ、あの時のアレですか。諏訪子さんが体に取り込んでいるあの邪念の塊のような白蛇。あれを体に取り込んだ時呪術の一部が移ってしまったのだろう。あるいは邪念に当てられすぎて妖怪の体の方が異常をきたしたか。

「ええ…絡み合いましたけれど」

それはもう深く……途中で完全にあちら側に行ってしまっていましたし。

言い方おかしかったですかね?なんか側で立っている兎が顔を赤くしているのですけれど?私は別にそういうことはしていないですよ。ええ……

「多分それが原因ね。他の部分に異常がないか確認するわ」

その言葉の直後、顔を赤くしていた鈴仙さんが私の肩を掴んで有無を言わさず、病室へ引っ張っていった。ちょっと強引じゃないですか?まあいいんですけれど……

「検査の項目…ちょっと長くなるので今日は入院になりますね」

悲報。検査入院になりました。

 

 

鈴仙さんに、病室が兼用となっている検査室に連れ込まれる。ただ、すぐに検査を始めるというわけではなく、少しの合間はゆっくりしていいとのことだ。

すぐに手紙でこいし達に事情を伝える。と言ってもここから手紙を出してもすぐに向こうに届くことはない。普通の方法で手紙を届けようとすればですけれどね。

えっと…手紙を式神にしてと。

折り紙のように折っていけば、やがてそれは青白い光を放つ小さな小鳥になった。見た目は鶴に近いかもしれないけれど鶴ではない。むしろ燕に近い。

それを窓の外に向かって放り投げる。重力によって下に下がっていた式神が、すぐに上昇し始めた。

「…飛んでいけ」

窓から飛び出した式神が空に舞い上がる。

そのまま竹林の隙間から見える空に向かって鳥は飛んで行った。

「へえ…式神ですか」

鈴仙さんが窓の外を見ながら飛んでいく光を目で追いかけていた。

「ええ、覚えておくと便利なものですよ」

自衛能力は無いから撃墜しようと思えば簡単に撃墜されてしまいますけれど。

それでも平時であれば最速の通信手段だ。実際には電話が最速なのだけれどあれは電話線を引かないと使えない。しかもここに電話を引いてどうするのだという…実用性の無さしか残りませんし。あれは地底の…地霊殿の中で使うくらいで丁度良いのだ。

「それじゃあ検査の説明をしますね」

 

はいはい。

 

 

 

 

「検査終了よ」

永琳さんのその声で体にかかっていた幻術が解ける。ベッドの上で横にしていた体を起こす。数時間ほど経ったのだろうか?それまでの合間は鈴仙さんの幻術で半強制的に眠らされていた。というより何をされているのか体の感覚を曖昧にされていたと言った方が良いだろう。少しフラフラする。

私は本来鈴仙さんの術は私には効かない。というよりサードアイが展開されている状態では視覚聴覚味覚嗅覚全てが狂ってしまったとしても鈴仙さんの心を読み取ることができるので惑わされることはまずない。なのでサードアイは現在包帯でぐるぐる巻きにされていた。

基本服を着れない状態での検査だったためこういう処置が取られたのだとか。

どうやら結局ああでもないこうでもないといろんな検査をされた結果。終わったのは夜も更けた時間になっていたようだ。窓から見える景色は月明かりに照らされた雪と竹林。遠くで狼の遠吠えが聞こえてくる。竹林に狼住んでいるんだ……なんだか意外です。

狼娘がいるのは知っているのですけれど。

「結果はどうでした?先生」

敢えて先生呼びをしてみたら、なにやら上機嫌になった。やっぱ先生呼びは嬉しいのか。なんてどうでも良いことを考えてしまう。

「そうね……他のところは異常なし。でも気をつけてね。これから何が起こるかわからないから」

今は大丈夫でも他のところはどうなるかわからない…か。確かにそうですよね。

「ともかく左目をどうするかですね…もう一度潰して再生させたら戻るんでしょうか?」

やってみなければ分からない。もしかしたらということもある。だけれど普通の人であればそんなことは考えつかないだろう。私くらいだ。

「……やってみる価値はあるわね」

今ちょっと悩みましたね?ってことは……やってみる価値ありと。

針を精製しそれを目の突き立てる。やはり神経もなく血も通っていない目は刺したところで血が流れることはなく、少しほじって奥まで達したのかようやく血が流れてきた。

視力がないから思いっきりやれて良いですね。

「あっさりやらないでよ。見ているこっちが辛いわ」

そうでしょうか?正直こんなことに躊躇していたら生き残れなかったので…軍医が戦場の救護室でやるオペのようなものと同じですよ。正直あれの方が地獄だと思いますけれど…

まあそれとこれとはあまり接点がないか。

針を引き抜けば、しばらくして瞳が再生を始めた。

結局回復した私の目が光を灯すことは無かった。日が昇る頃までには再生したものの、やはり神経が接続されていなかったらしい。

まあ左目はもう諦めよう。

こればかりはどうしようもない。だって手の打ちようがないのだから。

片目だけで済んだ事だけが幸いだったというべきだろうか。

 

「……取り敢えず退院はして良いけれど他のところに異常が出たらすぐ来なさい。いいわね。後無茶は禁止」

どうやら退院はしていいらしい。ほんとに検査入院だけだった。まあそれが一番なのだけれど。

「分かりました」

無茶禁止以外は…分かりました。え?無茶禁止は分からなかった?そもそも無茶する場合は緊急時の時だけですからね。もうしばらくの合間はそんな無茶をするようなことはないと思います。多分……

 

永遠亭を後にして竹林の道を歩いていれば空からこいしが降りてきた。一瞬親方!空から女の子がって言いそうになった私は悪くないはず。

目の前に落ちるように降りてきたこいしが肩を掴んで揺さぶる。

「お姉ちゃん。目…大丈夫なの?」

揺さぶりながら話さないで。目が回って…う、気持ち悪い。

 

「左目が見えないだけです。全盲じゃないだけましですよ」

少しだけ世界が回って見えるけれどなんとかそれをこらえる。

それにあまり心配することではない。だってまだ右目が生きているのだから全く見えないと言うわけではないのだから。

「そっか」

こいしはどこか安心したようなちょっと落ち込んでいるようなそんな複雑な表情を浮かべていた。素直に片目だけで済んだ事を喜んでくださいな。悲しまれるより喜ばれた方がこちらも少しは気分がマシになります。

 

「ねえお姉ちゃん…今日異変解決の宴会があるんだけど…」

あらそうだったの。結構急ね。いや…霊夢が戻って数日経っているわけだから向こうからすれば急と言うわけではないか。

「今日なの?お空の処罰とかは……」

ただやっぱりこっちの方が気になる。

「取り敢えずあの神様2人と一緒に灼熱地獄と山に空いた大穴の修復をやってくれればそれで今回はチャラだって紫が言っていたよ」

なるほど…恩を売ったと言うことですか。別にそれ自体は良いのですけれど……なんだかなあ。利用されたような感じがしてならない。

まあいい。その恩にあやかるとしよう。多分……本来であれば守矢に対しての釘刺しも兼ねているはずである。次やったらもうないからねってところでしょうね。

そう考えたら…多少は納得がいく。

「お空とお燐も神社に向かってるよ」

ああ、お空の謹慎解けたのね。考えれば当たり前か……

「それじゃあ私も行きましょう」

 

「そう言うと思った。付いてきて!」

こいしの手を取り一緒に飛び立つ。宴会自体はまだ早いけれど準備をするにはもうそろそろ始めないといけない時間である。間に合うかなあ……

 

 

迷いの竹林から神社まではそこまで遠いと言うわけではない。ただ雪が降っているせいか普段より時間はかかった。

雪かきが行われたばかりなのか境内に雪はなく、石畳みがしっかり顔を覗かせていた。神社の屋根に積もっていたであろう雪は、今まさに屋根の上から塊になって落ちていっていた。

よく見れば雪の塊の中で黒猫と鴉が忙しなく動いていた。あの2人よくやっているわね。

塊が再び屋根から滑り落ち、地面に雪の山を作る。

取り敢えずあの2人は大丈夫そうね。手伝うとしたら……

こいしと一緒に部屋の中に入る。台所の方に行ってみれば、やっぱりそこに霊夢はいた。どうやら宴会で出す食事の準備中だったようだ。完全に自分の世界に入りこんでしまい意識がどこかに飛んでいる。

こいしがすごい悪の顔をしていたので止めようとしたものの、間に合わなかった。悪戯するのはやめなさいって……

「霊夢?」

私の声真似で霊夢の肩を叩いた。いやほんとなにがしたいのよ。しかも地味に反対側の肩を叩く嫌がらせ。

「母さん?来てたの⁈」

霊夢も霊夢であっさり引っかからないでよ。逆だってば……

結局こいしに悪戯されたことには気づかなかった。それで良いのか博麗の巫女。

「今来たところですよ」

 

「ヤッホー私もきたよ」

こいしは外でお燐たちを手伝っていた方がいいんじゃないかしら?まあ手伝うといっても…半分遊びになっているけれど。

「手伝えることがあったらなんでも言ってくださいね」

せっかくの宴会なのだから手伝わせてくださいな。いつものように……ああそうか。霊夢は気づいていないんでしたね。私が静かに黙ってやっていたからと言うこともありますけれど。

「じゃあ……料理作るの手伝ってくれるかしら。こいしは外であの二匹の監視と手伝い」

 

「構いませんよ」

 

「分かった!」

そのまま換気を担当する窓から外に飛び出すこいし。それを呆れながら見送る霊夢。

「あんたの妹いつもあんな感じ?」

 

「ええ…私も面倒になったらよく窓から出ますね」

何も珍しいことではないですよ。よくあることです。

「窓は出入り口じゃないのよ」

ため息交じりに霊夢はそう言った。しかし私にとっては当たり前の光景で違和感を感じない。

「窓は出入り口ですよ。ついでに言えば床下とか屋根裏も出入り口です」

常識にとらわれてはいけませんよ。よく諜報まがいのことをやった時はそんな感じでしたからね。

「姉妹揃ってね……それで、母さんお摘み系の料理任せていい?」

 

「ええ、構いませんよ。そういうのは得意ですからね」

 

「久しぶりに母さんの手料理食べれるわ」

 

「母さん呼びはなんだか気恥ずかしいですね」

意識してしまうと余計にそう感じてしまう。

「今更気恥ずかしいもないでしょ。一体どれだけ私の母親やっていたのよ」

そうでしたね…でもやっぱり恥ずかしいかなあ。



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depth.198異変解決 祭

そういえばこうやって霊夢と並んで食事を作ったことはなかったなあ。作り方を教えるとかはしていたけれどあくまで教える側と教わる側。肩を並べて何かを作ると言うのはなんだか新鮮な気分になる。

片目を瞑りながらの作業だけれど全然問題にはならなかった。むしろこっちの方がやりやすいというかなんというか…

「ん、これ味見して」

霊夢が鍋の中身を指差す。

すぐ近くにあったその料理の味見用に使っていた小皿を取り味を確かめる。

…私が教えたからか何処と無く私に似ている。まあそれもそうか。悪いことではない。

「……良いと思いますよ。少し味が濃いですが酒の席で出すものですから問題ないと思います」

なに顔を赤くしているのですか?

「……いやそれ私が使ってた小皿…」

使いまわしたところで大して問題じゃないでしょ。そもそも親子と思っているのなら気にしなくて良いでしょうに。

そもそも私が使ってる小皿はこっちの料理の味を確認するのについさっき使っちゃったんですよ。

味混ざっちゃうじゃないですか。

 

「よう霊夢…って何で顔赤いんだ?」

何をしに来たのか雪を頭に載せた魔理沙が台所に突撃してきた。霊夢の顔が赤いのは…多分料理していて熱くなったからですよね。っていうか貴女何料理つまみ食いしようとしているんですか。めっですよめっ!

 

料理に伸びていた魔理沙の手をペチンと叩き落とす。

「ばれたか…流石さとり妖怪だな」

嫌味…と言うわけではないですね。それと覚りじゃなくてもあんなの気づくわ。私がいまさとりをやっていないのに気づいたのだから。

 

「そこにお煎餅あるから食べて良いわよ」

 

「あえ?霊夢が珍しいな…普段ならつまみ食いするくらいなら手伝えとか言うと思ってたんだが」

へえ…やっぱケチなところはケチなんですね。

「何言った方が良かったかしら?」

 

「いや、遠慮しておくぜ」

 

まあそれでも机くらいは引き出すかとか呟いているあたり魔理沙もただ喰いに甘んじることはあまりしたくない……根はいい子なんですよね。でも精神が思いっきりこちら側に寄っているんだよなあ。目的のためなら手段を選ばないところとか。倫理感もこちら側に寄っているようですし。もう普通の魔法使いやめて魔女にでもなった方が色々と楽だとは思いますけれどね。でも…それでも人間だと、普通の魔法使うだと言い張るのであれば私は応援します。

 

 

「そういやさとりって片目瞑ってたか?」

ふとした疑問だったのだろう。魔理沙がそう呟いた。一瞬だけ心臓を鷲掴みにされたようなものすごく嫌な感じが身体中の神経を尖らせた。

「え?両目開けている方が稀よ」

そうだろうか?霊夢の中で私はどういう風になっているのかはわからないけれど片目を瞑っている時の方がよく印象に残っていたらしい。

「そっか……」

それにしても魔理沙さん鋭すぎませんかね?やっぱり研究畑の人って洞察力がハンパないですね。

 

 

 

 

料理ができてきた頃、一番乗りのように神様2人がやってきた。何気に異変解決後初めての会席になる。くるのは分かっていたけれどいざ来られるとどうしたら良いかわからなくなる。気まずいというかなんというかすごく部屋の空気が重たくなった。

「どうしましょう……」

あまり会いたくなかったのですが…いつまでも会わないというわけにもいきませんし。

「まだ人も来ていないし端っこで話し合ってきたら?」

霊夢がそう言ってくれて、部屋の隅っこに音を遮断する空間を一時的に作ってくれた。あそこで話して来いと……

「そうしますね」

 

2人を連れて部屋の端っこに向かうといきなり頭下げられた。っていうか土下座された。いやそこまでしろとは誰も言ってないから。

うん、謝罪の気持ちはわかりましたから頭あげてください。なんか色々とやりづらいです。

どうやらさっきこいしとお燐にも謝ったらしいけれど許すつもりはないって言われたようだ。あの二人非情すぎません?いやここまで追いつめる必要はないかと…いや追いつめているわけではないから別に悪いってわけじゃないんですけれどね。

「別に私は怒ってはいないですよ。正直…お空が無事だったからもうそれだけで良いんです」

正直許したくない気持ちはあるけれどそんな気持ちを押し殺せば、それ相応のメリットを得られるわけだ。だから私は彼女達を許すことにした。皮肉ですよね。さとり妖怪は心が読める。だからこのような人間の…心と行動が一致しないようなものはヘドが出るほど気分が悪くなるはずなのだ。それを私自身がやっているなんてね。

本当なら私達の種族はそれこそ…良くも悪くも裏表が存在しない…そう言う存在なのだ。だから相手の裏側にズケズケ入り込み色々暴いていくのだ。

「……すまない」

 

「まあこれも何かの縁です。こっちが何かあったらいっぱい頼らせてもらいますね」

流石に無茶振りをするつもりはない。ちょっと資金融通とか私のお願いをいろいろ聞いてもらうくらいです。それくらい簡単ですよね。ええ……でも詳しいことは宴会の場ですからやめておく。お酒を飲んで騒いできてくださいな。

とは言ってもまだ誰もいないのですけれどね。こいし等は外で雪遊びを始めているようだし…なんかお空が火炎放射を使っていたりこいしが機銃をぶっ放しているけれどあれは雪遊びだ。うん…お燐だけ雪遊びだ。

 

まあ屋根から下ろした雪を溶かしているとも言えるから一概に怒れないのだけれど。

あ、溶けた雪は一部飲み水にできるから取っておいてね。

加熱処理すれば十分使えるわ。

 

 

 

 

そろそろ人もぼちぼち集まり始めた頃、遊びをやめて部屋に戻ってきたお空がふと疑問を漏らした。その頃になれば私も霊夢も特にやることがなく一足先にお酒を飲んでいたり水を飲んでいたりとくつろいでいた。

 

「そういえばこの力…一箇所に全部集中させたらどうなるんだろう」

んー…それをやったらまあ…熱エネルギーが収縮して空気がプラズマ化するくらいまで熱せられるか…ただお空が知りたいのはそういうのではなく掌の上で核融合を行う際力の全てを注ぎ込んだらどうなるのかということだろう。

流石のこれには神様達にもすぐには答えられないでいた。

「さあ?ある程度光ったら最後はしぼんで終わるんじゃないかしら」

私も確証はないけれど……それでも太陽の何十分の一しか総エネルギーは出せないのだから最後なんてこんなものだろう。それこそお空はスーパーノヴァでも想像していたようですけれどそんなものが起こるのは地上じゃまず無理だ。

「そうなんですか?でも核融合って太陽もやっているよね」

そうだけど…そうだけど違う。何で核融合とかそういうことは教えてそっちのこともついでに教えてくれないのよ。目をそらした神様2人を睨む。普段と同じ表情だけれど無表情だからそれだけで睨んでいるように見えるらしい。

「恒星と一緒にしちゃダメよ。そもそも全盛期の3割しか総出力として出ないのにどうやって太陽と同じくらいの核融合ができるのよ。スーパーノヴァなんて太陽の8倍の質量がないとできないのよ」

大雑把にいえばそんなところだ。質量として8倍。どれほど大きな恒星となるのやら。

「そっか……」

明らかに落ち込んでしまったけれどこればかりは仕方がないし…名前はいいけれどスーパーノヴァは星の最後である。

「それに…仮にスーパーノヴァの超縮小版を作れたとしてただの自爆にしかならないわよ。燃料だって勿体無いし」

そもそもお空の核融合は太陽由来のもの。そのメカニズムは高温高圧下での水素の核融合、そこから発生するヘリウムの核融合と段階を踏んで発生する。だけれどその最後は鉄の元素になる。鉄以上の重元素は中性子星同士の衝突で生まれるから核融合の段階では鉄しか生成されない。それらの鉄も結局必要にはなるのだけれどそこまでやってスーパーノヴァを引き起こしたところでそれは結局燃料切れということなのだ。

それにただエネルギーを集めてそこでやればいいというわけではなくそこに重力点を作り擬似的に発生した元素等が集まるようにしなければならない。だけれどすぐそばに地球という重力点があるから実際には難しいだろう。

 

「燃料切れになるまでの大火力なんか出したことないって八咫烏言ってるよ」

ああそう…というかエネルギー源はどこにあるのやらだ。

一応八咫烏曰く水素があれば良いらしい。重水素とかじゃなくて良いんだって思いましたけれど多少安定していても出来なくはないのだとか。まあ重水素の方が点火させやすいと言うのはあるのだけれど。

「それに外で核融合なんてされたらたまったものじゃないわ。環境破壊よ」

核融合を行う場合はどうしても高速中性子が発生してしまう。これが周囲の物体に命中し放射性物質に変えてしまったりするから問題なのだ。しかも長時間照射され続ければ自ずと崩壊していってしまうし。

「わ、わかってるよ。ただ聞いただけ……」

 

「なんだ、さとりは詳しいんだな」

黙って聞いていた神奈子が呟いた。

「ええまあ…外の一般知識程度でしたら」

そう多くは知らない。知っていることだけ……

「ほう…外に行った事があるのか?」

 

「書物を沢山くれる妖怪がいますから」

嘘ではないのだ。っていうか私の書斎に勝手に外界の本が大量に入荷されているのだ。同じ現象はどうやら紅魔館の大図書館にも起きている。というかあっちの方が深刻かもしれない。

なにせ勝手に空間が歪められパチュリーすら今どんな本が置かれているのかわからない状態になってしまっていると言うのだから。

そこまでして何をしたいのかと問えばそこに賢者専用の書籍を設けるのだとか。だから外の本を探したければそこに行った方が確実だったりする。

私のところの書籍は…重要な本の一部がそこに置かれているのだとか。私としては魔道書と混ざってしまうのでやめて欲しいのですけれど。

「ねえ、紫……」

 

「あら気づいていたの?」

密かに近づいていた紫に声をかける。どうやら不意を突いたらしくちょっとだけ驚いていた。

「風上にいたら匂いでわかりますよ」

結構いろんな匂いと混ざっていますけれど……

「そういうものなのかしら…犬みたいな嗅覚ね」

鋭いですね。幻想郷は勘が鋭い人が多いんですかねえ?

一応今の私は犬の能力を想起していた。ちょっとした副作用で髪の毛の一部が跳ね上がって犬耳のような癖っ毛になっている。何となく人が死角から近づきやすい宴会などでは動物を想起している方が勘が働くので対処しやすい。そうでもしておかないと背後から刃物で刺されたりする可能性が少なからずあるからだ。人混みというのは意外と犯行が行われやすい。

「想起していたので」

でも犬の嗅覚はこういう場では結構辛いものがある。いろんな匂いが入り混じってしまっているから。それでも一番警戒しやすいのは事実なんですよね。

「話したいことがあるんですよね…場所変えましょうか?」

あまり周囲に聞かれて欲しくない事ですから。

「あなたがそうしたいなら」

じゃあそうしましょうか。

隙間が開かれ周囲の景色が黒く塗りつぶされる。何も見えなくなったその空間には私と紫しかない。

「あなた、見えてないのね…」

何がとは言われない。言わなくてもわかっているからだろう。どういった経緯で知ったのかは分からない。だけれどもう賢者に知られましたか。

「後悔はしていません」

別に片目が代償となろうともこの結果を否定することは何人たりとも許さない。

「昔から…ずっとそうよねあなたは…」

 

「そう言う存在ですから」

紫からすればきっと理解不能なのだろう。仕方がない。そもそも私が異常なのだから。

「紫は私に幻滅していますか?」

 

「そんなことないわ。むしろ式として迎え入れたいくらいよ」

昔もそう言っていましたね。もしかしてそれは私が紫を裏切り幻想郷に敵対する存在になる可能性があるからだろうか…だとすれば心外だ。

「私が幻想郷を裏切る可能性があるから?」

 

「そうじゃないわ」

あら違うんですか…珍しいですね。

純粋に家族になりたいなんて紫が思うなんて。

「そもそも幻想郷に敵対する可能性なんて皆に平等にあるのよ。いちいち気にすることはないわ」

そっか……

そっかそっか。

「もしかして霊夢に散々怒られました?失望されました?嫌われました?それを私で埋め合わせしたいのではないんですか?」

ようやく賢者の仮面にヒビが入った。どうやら図星のようですね。

「残念ですけれど私はそんな端的な思考に乗っかるようなほどお人好しでも馬鹿でもないですから」

 

「……そう」

 

「まあ言いたいことはたくさんありますけれど今は宴会です。そういうのはまた今度にしましょう」



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depth.199異変解決 後

紫は拗ねているけれどちゃんと参加している模様。


紫とその後も少しだけ話をして、再び宴会場に戻って来ればさっきより人が増えてきていた。この様子だと普段よりも多くの人が来そうですね。まあ時期が時期だから年末の忘年会も一緒にしちゃおうとか考えているのだろう。

なんにせよ人混みのあるところでは姿を隠しておくのに越したことはない。

こいしも私と同じように気配を消して人混みの中に隠れているようだ。まあ…異変の本人とその解決者がメインである分私の方へ意識を向ける人は少なくて良いです。

おかげで静かにできている。何人かは私への悪意は無いようですけれど全員が全員そうというわけではありません。だから人が多いところでは必然的にヒトらしい態度を取る者も出てくる。

そう言う輩の心は人の私を壊すには十分すぎる。故に私は…それらから逃げたくていないふりをする。

外套を深めにかぶっていればたとえ私の存在が目に入っても基本話しかけようとはしない。

 

 

「こんなところにいたのね」

ただ一つの例外を除いては。

 

「気配を消しているのによく分かりましたね」

声をかけてきたのは霊夢だった。もう既にみんなと交ざって酒を飲んでいるのか少しばかり頬が赤くなっていた。そんな状態でよく私を見つけたものだと感心してしまう。

「わかるわよ…母親なんだから」

ああそうか……そうでしたね。少しづつですけれど周囲の視線が集まってくる。霊夢に対する視線が多いけれどそれはやがて隣にいる私の方にも向いてくる。せっかく無意識に入り込めていたのにこれでは意味をなさない。なんだかなあって思ってしまう。

「それはあまり言わない方がいいですよ」

挙句さっきの母親発言である。幸か不幸か私の周囲にいたのが天狗たちだったということだろう。それでも……こういう行事事に顔を出す天狗は情報収集を兼務しているかもの好きくらいなのですぐ噂として広まってしまうのは確実である。通常は……

「関係ないわよ。事実でしょ」

天狗、特にトップや射命丸を筆頭とする情報収集を仕事とする人達にとっては公然の秘密になっている。だから今更天狗側だってこんな事をいちいち周囲に知らせるようなことはしない。そう意識してしまうようにしたのだ。

そもそも公然の秘密なのだから誰もが知っている。誰もが知っていることを新聞にわざわざ載せるくらいであるのならそれこそ今回の異変について事細かに載せた方が新聞購買率にも影響が出ると言うものだ。文を筆頭とした新聞社の連中は大体そういう考えである。

「そもそもあんただって今回の主役なんだからね。こいし共々隠れないでよ」

呆れたような…ちょっと悲しいようなそんな感情が霊夢の声に篭っていた。

そんな悲しまなくてもいいのにと身勝手なことを考えてしまう私は母親にはやっぱり向いていない。

そもそも私がこうして隠れている原因というか理由なんてごく単純で勝手な感情ゆえのものなのだ。ただ単純なものだからこそ揺れ動くことが少ないとも言える。

「……怖いんです」

周囲の視線の大半は好奇心。だけれどそれに交ざる悪意と敵意…マイナスの感情。それをサードアイが読み取ってしまいそうで怖い。

「怖いって…ああそういうこと」

察しがいいですね。でも周囲に睨むのはやめなさい。彼らは別に悪くないのよ。純粋に…ヒトとして当たり前の反応をしているだけなのだから。

「いわれのない悪意…私は強くないんです」

 

正直言って妖怪の中では最弱の心だろう。ここ数百年で分かったことである。私はどうも意識過剰…というより周囲の悪意をサードアイは検知しやすいらしく人混みや私をさとり妖怪と認識してさとり妖怪に対する思考をしている不特定多数の人が存在する状態では使用できない。というより使用したら確実に心が壊れる。

だからそれが怖くて私はあまり社交性が良くない。種族のトップやある程度の知識を持っているもの、それと純粋に好意を寄せているものくらいしか実際会っていない。それでも私の知識の中の時よりかは断然良いのだろう。

だからというかなんというか…別に大勢の前でさとり妖怪ですとする必要性がない。そもそもそんなことして一体何になるというのやら。そんな事すれば向こうだって悪意を持って対応するに決まっている。

それが結局隠れるという行為に拍車をかけてしまっているのだろう。

 

「なんか気にくわないわ」

私のそばに腰を下ろした霊夢が酒を飲みながら周囲を睨む。博麗の巫女の実力からだろうか。こちらを見ていた人達はすぐに視線を元の方に戻した。

少しばかり静かになってしまったけれど酒が入っているからかまたみんな騒ぎ始める。

その頃になれば周囲の者もこちらを気にしなくなってきた。なので霊夢と会話に戻ることにする。

「生き物として正常な判断をしているだけですよ。それを責めることは不可能です」

 

「正常な判断が正しいとは限らないでしょ」

私の頭に手を乗せた霊夢がそう反論する。

「いいえ、案外正常な判断は結構正しいですよ。何を基準にするかにもよりますけれど……」

要は私の能力はどこかの巨大人造人間が戦う世界において言えばアンチATフィールドのようなものなのだ。

ヒトは必ず個を確立させる為に心に壁を作っている。それが個を作り出す形になっているのだから壁というよりむしろ器だろう。

私達の能力はその器の中に入り込み中に溜まっている液体と混ぜかき乱すのと同じような行為だ。

そういえば霊夢はものすごく深刻な顔で頭を抱えてしまった。

 

「あんたの話…具体的すぎてつらいわ」

イライラを消し去るかのように酒を煽る霊夢。ほら主役がそんなんじゃ周りも困りますよ。まだ午後四時である。これからどんどん人がくるのだ。だから今からそんなんではダメよ。酒じゃなくて水にしなさい。

「具体的じゃダメ?」

 

「ダメじゃないけど…ああそういうことって理解してしまう私が許せなくなりそう」

そういうものなのだろうか…そういうものなのでしょう。自分で自分を許せなくなる感情……それは私もよく発生する。

「貴女が深く悩むことないのに……」

私はよくそう言われた。

「悩むわよ…私の母さんの事なのよ」

だとしても結局は他人であることに変わりはない。ヒトはどこまでいっても他人の枠から逃れることはできない。他人の枠から外れたら?意識が融合します。

「じゃあせめて……」

霊夢が急に動き出す。何をするつもりなのだろう?

「霊夢?」

体がふわりと持ち上げられ、視界が横にずれる。

「こうさせて」

膝の上に私を乗せた霊夢が背中側から抱きつく。これではどっちが子で親なのか分からない。

というより私は抱き枕か何かなのだろうか?

霊夢の膝元に乗せられたせいで色んなところから視線が来始めた。

奇異の目線…好機の目線…様々である。

その中に、お空のも交ざっているのに気がつく。軽く手を振ったらすぐにこっちに来た。

「あ!さとり様いいなあ…」

よくないわよお空。注目の的にされているのよ。

なまじ純粋な目線でそう言ってくるからある意味対応に困る。無下にすることは出来ないしだからと言って良いものでもない。苦笑するしかなかった。

注目されたくないのにどうして……

 

私が呆れている合間も参加者が続々とやってくる。まあ…いつもの宴会と大して変わらない。というよりいつも酒飲んだり騒ぎたいという理由で宴会があれば大体皆やってくる。暇人なのだろうかと考えてみたは良いものの結局暇人だったのだから考える必要なかった。

どうでも良い思考を巡らせる事で周囲の雑音を全て消していたら、誰かがすぐそばに来たせいで全て中断された。

「おや、さとり。いい席にいるじゃないか」

片目を開けて隣に来た人物を確認すれば、鬼が2人。

勇儀さん。ここが良い席だというのなら今すぐに代わって差し上げますよ。ほら霊夢。勇儀さんが座りたいって言っていますよ。

「あんたでかいから無理よ」

なんだその理由……

「じゃあ小さかったらいいのか?」

あ、萃香さん……

「母さん以外禁止」

母さん言うなし……変な目で見られますよ。再び瞳を瞑る。その際周囲の思考が少しだけ読めてしまう。サードアイが服の隙間から外を見てしまったようだ。

人形かと思った…と寝てるのかと思った…ですか。そりゃまあ霊夢に抱きかかえられてからずっと微動だにしていなかったから仕方がないとはいえ……

「ははは、さとりを母親とはまた……」

なんですかその言い方…意外だったとでも言うんですか?確かに意外ですけれど…鬼だって人の子を育てる事結構多いじゃないですか。

「珍しくもないね」

「面白いな」

確かに珍しくはない。実際何回か母親として人間を育てたことはある。

だけど面白いってなんですか。

「しかしまあ…霊夢も育ててたのか。てっきり仙人に任せっぱなしかと思ったんだけど」

ああ……確かに世間に向けてはそういう発表にしていましたね。

「むしろ仙人の方が私に任せてきましたよ」

博麗の巫女としてのイロハしか教えなかったですからね。でも私だけじゃ手が足りないから紫も動員したり……

 

「出来れば私も聞かせて欲しいぜ」

魔理沙口軽そうだから嫌です。

 

「おや、面白そうですねえ。情報解禁なのでしたら話を聞かせてください」

文さんまで寄ってきた。新聞のネタならもう間に合っているでしょうに……

 

「布団、富士山、洪水」

じゃあ仕方がない。こうなったら話しますか。

「ああ‼︎いけない!この事は秘密規定だったわ」

霊夢が素早く私の口を塞いできた。

仕方がありませんね。人は誰しも知られたくない過去が沢山ありますから。

 

 

 

とまあこんなことがあったけれど、特に騒ぎが起きることはなく何だかんだ平穏に宴会は終わった。鬼と天狗で揉め事があったようだけれど大した事ではないから騒ぎではない。

だけれど一瞬やばそうな雰囲気を出している妖怪とかはいた。記憶を思い起こせば確か山の実権を握ろうとして私が痛めつけたやつとその取り巻きだったり結構どうしようもない奴らだった。まあ…宴会ということもありこちらに手出しはしてこなかったもののアレは絶対悪意を放っていた。サードアイほとんど展開しなくて良かった……

でもちゃんと常識をわきまえているあたり根しか悪くないのだろう。だけれど…やっぱり私はああいうのには慣れない。もういっそのこと眼を閉じた方が良いのではないだろうか……

 

「ねえこいし」

ふと同じ炬燵に足を入れている妹に聞いてみた。

「どうしたのお姉ちゃん」

何かの本を読んでいたこいしが顔を上げて私を見つめてきた。

「私が心読めなくなったらどうする?」

まだ仮定の話だ。だけれどもしかしたら起こってしまうかもしれない事実。

その事を聞いた瞬間こいしは一瞬私を深く見つめて……なにかを理解したらしい。察したのだろう。

「どうするって……うーん…お姉ちゃんはお姉ちゃんだからその選択も受け入れたいけど…すぐに受け入れるのは無理かなあ…」

少し困ったような…寂しいような…いろんな感情が瞳に現れる。相変わらずの笑顔だけれど……

「まあそうよね…覚り妖怪が心を読めなくなったら一体何になるというのやらよ」

 

「アイデンティティの確立が出来ないから自己を保てないんじゃない?」

ああ、確かにそういう可能性の方が高いですね。でもそれは…

「それって妖怪にとっての死よね」

自我が喪失する場合は大きく分けて2つ。

単一性の個体へなる為に個が集結し統合される場合。

自分が自分である確証が持てずそのまま消失してしまう場合。

この場合は後者だろう。

「まあね……でもそうなったら私が覚り妖怪っていう種族の最後ってことかあ……」

私の足にこいしが足を絡ませてくる。

「まあどちらかが覚り妖怪であれば片方もそれに付随するアイデンティティが残っている場合にのみ自己を保つことができるかもね」

これは単なる願望に近い。だけれど可能性として否定することはできない。

「そういうものなのかなあ…」

懐疑的だけれどそれでも理解はしてくれたらしい。

「そういうものでしょうね」

絡ませてきていた足を軽く横に退ける。ついでに剥いた蜜柑をこいしに投げつける。少しカーブがかかった蜜柑をこいしは口でキャッチする。

「そしたらお姉ちゃん能力どうなるの?今は心を読む能力でしょ」

蜜柑を咀嚼しながら彼女は目を輝かせて聞いてきた。

「程度の能力なんてただの解釈による能力の固定化だから正直心が読めない程度じゃ能力は消えないわ…多分心に関する別の能力を発揮させるかも」

「詳しく」

こいしはそっちに噛み付いた。やっぱりこいしは研究畑が合うわね。

でもほとんど思考実験のようなものだから裏付けは不可能である。唯一私が実践する以外では……



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第8部 サトラレ
depth.200さとりは不穏な空気を感じ取る


「それで、他人枠を外れて存在が融合するって具体的に言うとどういうことかな」

ちょっと長い沈黙の後にこいしは話題転換をしてきた。ただ、内容はそう言えば宴会で考えてその後ちょびちょび喋っていたことについてだった。

宴会の時にグダグダと思考実験を繰り返していた際に出ていた結論はこいしも方にも伝わっていたらしい。そのことのついてやっぱり聞いてきた。ただ、こいし自身も薄々分かってはいるようだ。

「自我の問題になるけど良いかしら」

蜜柑を頬張りながらもこいしは私の言葉にうなずいた。なら問題はないだろう。

「構わないよ」

蜜柑を剥きながらこいしはそう言った。それ絶対食べながらだから話半分になる。まあ別に良いのですけれど……

「個が成立するにはそれぞれ固有の自我が無いといけないけれどそれは結局自分と他人というごく真っ当な認識を心がするからなの。もし心が私は他人と同じだという認識を起こしたらその瞬間からその人の自我は保てなくなる」

もうちょっと細かく言えば我々の心は必ず壁を作っている。他と自を分け隔てるための。この壁がなんらかの理由で完全に消えてしまうと自は他と同じになる。ほら、自が消えてしまうでしょう。

「私が私だと自身が判別不可能になる。そうなってしまえば他人だってあれが他人だと認識できなくなる。その結果の上に融合というものがあるのよ」

この原因に一役買ってしまうのが心読。つまり心の壁を乗り越え相手の中にズカズカ入り込む行為である。特に私が深層心理などに潜り込む場合なんかは一歩間違えれば私の自我が相手側の自我と一つになる危険性を含んでいる。

「ただしその融合というのも周囲の他人と行うものではなく、自我を失った人間という概念が周囲の概念に取り込まれるだけだから大した影響ではないわ。でもそうなれば本人は何も残らない。だから危険なのよ」

体の方が残るかどうかと言われても何とも言えない。妖怪の場合自我が失われたら流石に体も消えた。

「結構エグいんだね」

こいしドン引きしないで、相手が悪かっただけよ。実際地底で謀反を起こそうとしたから実験がてらやってみたら消えたんだもの。

 

「そういえばお姉ちゃん今日は何の日だから知ってる?」

今日?えっと確か…猛吹雪の日…ってことではなさそうね。実際吹雪がひどいのだけれど……

カレンダーは……あったあった。

「……年越しかしら」

12月31日それは今日この日が今年の最後だということをただ淡々と伝えていた。

「そう!ついでに年越しの宴会が開かれるって!」

つい先日異変解決の宴会やったばかりじゃないの?連続で宴会をやるの?

「……流石に博麗神社ではないでしょう」

流石にこう連続してやるとなると神社一つではかなり負担がかかる。最悪の場合会場だけ融通して他の人達がメインでやる方針になりそうだけれど……

「守矢神社だって。焼き討ちしたい」

笑顔でなに過激なこと言っているのよ。怖いわよ。でも守矢神社か…まあ当然といえば当然か。ほかに宴会が出来るようなところなんてないし。一応地底には宴会に使える設備を設置しているものの、使われるのは大体鬼の宴会である。だから燃やさないで。

「やめなさいこいし。いい加減許したらどうなの?」

正直こいし達を止めるのが一番大変である。なんででしょうね……泣けてきます。

「だって……」

頬を膨らませてむすっとしたってダメなものはダメなんです。そもそもそんな顔してやろうとしていることがいちいちえぐいんですよ。

「焼くなら紅魔館と鈴奈庵って決まっているのよ」

正確に言えば紅魔館は爆破らしいですけれど。でもこの場合燃やしても変わりはないだろう。

「風評被害が酷すぎるよ⁈お姉ちゃんの方が過激じゃん」

冗談ですけれど。っていうか焼き討ちはそういうものなのよ。だからやめなさい。

表向き守矢は無関係である。ただしそれを押し通したのは私達。だからもう向こうは私達に頭は上がらない。それだけで十分である。

半壊した防衛装置も修理費用を守矢に半分肩代わりさせてさらに灼熱地獄の修復に神様2人を只働きなのだ。

一気にあまりやりすぎると後ろから刺されかねない。って言うかこれ以上やったら大真面目に暗殺される。追い詰められた側って何するかほんと分からないですから。

「荒波を立てたくないのは向こうも同じでしょうから…今年くらいは家でのんびり過ごしましょう」

今のこいし達を連れて行ったら絶対青筋を浮かべて後で色々とやりかねない。それに表向き友好を築いていても感情的な話で行くのはためらわれた。後は…私の片目が見えないという事が周囲に漏れるのを防ぐというしょうもない理由も含まれている。いやむしろそれの方がメインなのかもしれない。

「そうだね……そうする」

素直でよろしい。

だからお燐もそこで重火器の点検なんてしてないでこっちにきなさい。バレているわよ。

「ありゃ。バレちゃいました?」

 

「尻尾が見えていたわ」

ばつが悪そうにしているお燐に剥いた蜜柑を一つ投げる。さっきより距離があったけれどちゃんと狙い通りに口に収まった。

片目だけでもちゃんと距離感はつかめているらしい。

 

「ところでお空は……」

お燐がいてこいしがいて…でもやっぱりあの子はどこにもいない。家の中にも気配はない。どこか出かけているのだろうか?

「宴会の方に行ったらしいよ。やっぱ色々気にしちゃって家に居づらいらしくて」

やっぱりそうですか……

「あの子は……」

きっと今頃は霊夢の相談室が開かれていることだろう。霊夢がいればの話ですけれど……

「まあ今はそっとしておきましょう」

そうね……あの子が納得して戻ってくることが大事。こちらがいくら言っても本人が納得しなければ意味はない。

しばらくはこんな感じかしらね……

 

「あたい年越しそば作ってきますね」

 

あらありがとう…そうね……6人前くらい作っておいて。

「そんなに作るんですか?」

昼間から蜘蛛が部屋を徘徊しているの。尋ね人ありよ。

案外これは馬鹿に出来ない。

 

案の定お空とルーミアがやってきた。やや遅れて2人をつけていた玉藻さんまで。

やっぱり六人分作って正解だったでしょ。

でも玉藻さんが来たのはちょっと意外でしたね。レミリアさんの命令…なるほど。

「わはあ‼︎年越し蕎麦だ!」

ちょっとルーミアさん座って…玉藻さん…お酒飲むのは良いのですけれど早すぎませんか?後職務中でしょう?一応……

 

「ほらお空もそんな遠くにいないで」

せめて玉藻さんと私の合間に入ってきて。え?いや?酔っぱらいの対処は疲れるんですよ。嫌ではないですけれど。

後和服着崩すな!なんで下着着てないんですか!傾国の美女?バカ言ってないでくださいよ寒いでしょ。

 

「こいし手伝って…」

建設用の頑丈で太い紐持ってこないでよ。

「紐なら用意できてるよ」

「ヒモじゃなくてサラシ持ってきて」

「サラシでいいの?」

「ミイラにすれば良いのよ」

それで雪中に埋めておくの。レミリアさんには事情をちゃんと説明しておきますから安心してください。墓くらいは作ってくれると思いますよ。

「ほんとすいません。着なおしますからやめてください」

素直でよろしい。

後ちゃんと胸くらい抑えをつけなさい。はしたないわよ。

 

 

 

 

雪が降り妖怪や怨霊の動きは鈍り、比較的静かな幻想郷であるけれど。人里はそういうわけにもいかずいつも通りの熱気に包まれていた。

なんだかんだ言ってここはこれくらいの熱気があった方が良い。食料の備蓄も十分らしく正月という事もあってか大通りは混雑していた。

ちょっとした買い出しでも正月ということでよく売れるからか普段より皆少しばかり値引きをしていて、それがさらなる人混みを作っていた。お正月料理の材料などが結構値下がりしている。これ絶対売れ残りでしょう。

お正月料理は今日の朝方に作るものですから昼間だと売れ行きは落ちる。まあお正月料理に使うものの多くは保存が利くものですから多少の融通は利くようですし。

 

「我々は妖怪の恐怖から……」

 

なんかすごくうるさい奴らが道のど真ん中で演説している。あれは…確か幻想郷を人間の手にとか言う過激な思考の方々でしたね。

人間と妖怪の合間に亀裂なんか生んでほんとどうするのやら……

別に彼らを否定する気は無い。人間の性と言うべきか…彼らは少しばかり生存本能に忠実なだけなのだ。言っていることは過激そのものなのですけれどね。

 

でも根本的なところはなんだかんだ正しいので人々も否定しきれないようだ。まあ……この幻想郷において言えばそれが正しいということはないのですけれど。そもそも妖怪と人間の共存によって成り立っているのにそれを崩したら貴方達だって生きてはいけませんよ。外の世界に助けを求めようとしても無駄ですから。ええ…外とここでは人間の生活水準が違いすぎますので現代版浦島太郎になりますよ。しかも労働生産性は一般の人より確実に低いから資本主義社会では絶対に生きてはいけない。

ホームレスになって野垂れ死ぬのが目に見えています。

まあでも…外の世界を知らなければそういうのも分からないのでしょうね。

 

さて妖怪である私には耳が痛い話ですから早めに退散しましょう。

しかし…増えましたね。ああいう輩。

 

 

ちょっとだけ機嫌が悪くなったけれど人里を離れしばらく歩いていたら勝手に気持ちも収まっていた。冷静になったと言うより…冷めたと言ったほうが良いだろう。

ただ同時に最悪のケースも考えてしまう。ああいう思考が人里中に蔓延してしまったら?その時は……一度発生してしまった溝は絶対に埋まらない。それどころかさらに深くなり、後に禍根を残す。人間同士だってそうやって何万という人間が死ぬ戦争を繰り返してきたのだ。まだ大丈夫だろというのは危険かもしれない。一度溝が入ればあとは集団心理と思考放棄…そして感情的な行動で勝手に溝は深くなる。

尤も…その影響をもろに食らうのは子供である。子供が一番思想思考…そして周囲の状況に影響を受けやすい。そして無邪気ゆえにどこまでも残酷無慈悲なのだ。いじめという行為がそれを物語っている。

 

「……早めに根は潰すべきでしょう」

 

過激集団は目的のためなら手段を選ばない。下手をすれば自作自演で自分たちの同胞すら手にかける。証拠を捏造し嘘でも被せて流せば正確な情報を知ることができない幻想郷の情報網ではあっさり騙される。一度騙されてしまえば真実なんてどうでもよくてただ相手への不満や怒りをぶつけるきっかけにしかならなくなる。そうなってしまったら終わりだ。

ただそうなった場合……慧音さんあたりが動くでしょうね。

ある程度付かず離れず…適度な距離で互いに共存し合う。それは聞こえはいいけれど薄氷の上を歩くようなものです。

 

「紫は……分かっているわよね」

冬眠期間中はあまりこちらに関わることはできないらしい。だけれどこの問題は放置できない。あれは近い将来……いや気にしないでおこう。

 

そんなことを考えるのもやめにしようと思考を切り替え、膝下まで雪に埋まっていたら体の芯が冷えてきた。

やっぱり寒い日は温泉入りたいなあ……

ただこの時期は地底は一部の温泉を除き基本営業はしていない。正月くらい休ませろという事だろう。それ自体は問題ない。

ただ、地上の寒さにあてられた後では温かいお湯に浸かりたい感情は抑えきれない。

地上の家では寒さで色々凍り付いてしまっているし火を起こすのに時間がかかるしで手間暇がかかりすぎる。

地霊殿まで戻った方が良いのでしょうけれどあそこの温泉設備は今頃は復旧作業をしている鬼達が使用している時間帯だ。

流石にそんなところに無防備かつサードアイ丸出しで入るのは気がひける。というより危機管理上ダメ。

私やこいしは特にそこら辺ちゃんとしていないと生き残れないし要らぬ恨みを向こうに与えてしまう。逆恨みに近いかもしれないけれど私自身からそういうことを進んでするものではない。

やっぱり何処かを貸し切りにした方が良いだろうか。

でもそもそも空いてないから貸し切るも何もできない。

 

あーあ…寒いなあ……

銀世界に生き物の気配はなく、ただ風の音だけが響いていた。

その風の音に混ざって少しだけ歌が聞こえてきた。

 

この声……もしかして。

声のする方に向かって歩みを進める。買った荷物が重たい。

ああやっぱり……ミスティアさんだ。

半分ほど雪に埋まった屋台の屋根で彼女は1人静かに歌を歌っていた。

銀世界がよく似合うわね…なんだか美しいと感じてしまう。

「雪掻き手伝いましょうか?」

 

「あ、お久しぶりです」



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depth.201さとりの懸念

「スピンオフを出すらしいですよ」


ミスティアの屋台を掘り起こすのを手伝っていたら、いつの間にか雪は止んでいた。

それでも空が晴れることはなく、ずっと曇天のままだった。いつ降り出すか分からないこの状況でいつまでもウロウロと地上を徘徊するのは良くない。

そういうわけだから地霊殿に戻り、冷えた体を温める事にした。

丁度鬼達もいなくなったことですから地霊殿の風呂はがらんとしていた。

大人数用に造っているからか、やっぱり1人2人程度が使用するとなると広すぎて落ち着かない。これが良いと言う人もいるのだろうけれど……

そういうわけだからお空を拉致ってきた。別に1人でお風呂に入るのが嫌だとかそういうわけではないですよ。あ、嘘です嘘です。ほんとは気分が落ち着かないから一緒に入って欲しかったんです。

「さとり様ツンデレ似合わない」

「無表情ツンデレはダメだったかしら」

どうやらツンデレキャラはお呼びじゃないらしい。困りましたね。第二人格を何かがあった時のために作っておきたいのですけれどなかなかか上手くいかない。こう…しっくり来ないというか。

 

「そういえば2人で風呂に入るなんて久しぶりね」

 

「うにゅ……」

確か前回は異変の起こる1ヶ月前だったかしら。もうそんなに時が流れていたのね。こういう時こそこうやって一緒に入るのって大事だと思うの。

私はお酒の力が借りられないから……

「まあ色々と思うところはあるでしょうけれど今くらいは忘れましょう」

簡単に言うけれどそれが一番難しいのは私がよく知っている。実際サードアイが拾う情報は完全にマイナス感情になってしまっている。頭を軽く撫でてあげると少しは気が落ち着いたらしい。

なのですぐに風呂に連れ込む。あとはもう流れだ。頭を洗ったり体を洗ったり、最近手入れに気が回っていなかったのか少し髪も荒れてきていた。折角綺麗な髪なんだからちゃんと手入れくらいしないと……私の髪は天パなんで…ええ、いくら手入れしてもボサボサしてしまうんですよ。

それにしても……新しい制御棒カッコよくなってません?

あの時使用していたのは八角形の木製の棒に金属の制御棒が刺さっているだけの簡素なものだったのに、新しく付け替えられた方はかなりのものだった。

八角形の木製棒なところは同じであるけれど、一部が金属に置き換えられ、いたるところに幾何学模様が組み込まれていた。

先端にも金属の小さな制御棒が複列で棒を囲うように刺さっており、さらにガラス質の半球のなにかが埋め込まれていた。おそらくそこから熱エネルギーを攻撃として放つのだろう。

 

まじまじ見ていたらお空がかっこいいでしょと鼻息を荒くして攻めよってきた。

どうやらそれはお空がそういう風にデザインしてくれと頼んだらしい。

なるほどなあ…だから端っこに八咫烏のイラストが描かれているわけだ。

 

我は恥ずかしいからやめろと言ったのだ

でも嬉しいみたいですよ。照れ隠ししないでもっと素直になれば良いのに……

 

いや…べ、別にそういうわけでは…それに我はまだ地上を灼熱にする夢を諦めたわけじゃないのだからな‼︎

 

物騒な事言いますね……あ、もしかして友達とか居なかった…って居ないようですね。

まあ居たらあんなことは少しでも思い留まるでしょうし。

 

と、友達くらいいたわ‼︎

 

へえ、過去形ってことは今は……

 

「さとり様?」

ハッと我に返れば、私の顔をムニムニと弄るお空がいた。

「ああごめんなさい。八咫烏とお話ししていたわ」

流石に黙ったまま胸の合間にある眼を見つめ続けていたらお空も困惑するか。

すぐに体に残った石鹸を洗い流し、湯船に体を沈める。いかに体が頑丈だったとしても冷えた体を温めるのは気持ち良い。

 

隣に腰を下ろしたお空も心なしかさっきまで硬かった表情が崩れていた。

それにしても胸が湯船でふよふよしているのは……まあこればかりは仕方がないだろう。それにあそこまで大きく育ってしまうと色々と大変そう。

 

そう思っているとお空が急に周りをキョロキョロと見始めた。何かを探して……お酒飲みたい?

ああ、浮いている桶に徳利が入っていたからか。全く…ちゃんと片付けて欲しいですよ。

「あ、お願い出来ますか?」

風呂でお酒?別に良いですけれど……誰にそんなこと教わったのかしら考えられるのはあの神様達か鬼の四天王か。どちらにしてもあまりオススメはしない。

でも少しくらいなら良いかと、空の徳利を回収して一旦湯船から上がって脱衣所に向かう。

鬼も利用するという事で脱衣所には一定数のお酒がストックされている。

入れ物も大きさも様々で大きいものだと一升瓶はある。正直風呂でこんな酒飲むのは勇儀さんか萃香さんくらいなんですけれど。

一応徳利はまだ残ってますね。猪口も……

 

お酒を持って戻って来れば、お空の羽がお湯をばちゃばちゃ跳ね飛ばしていた。嬉しいのはわかるけれど羽を落ち着かせて…

 

 

「んー…」

お空の顔がみるみる赤くなり、うっとりと半目で微睡んでいるように見えてきた。いや大丈夫か…心を読んだ限りでは大丈夫のようだ。

まあお酒といってもお風呂で飲むものは一度加熱してアルコールを多少飛ばしている。だから鬼からはただの水じゃねえかとよく言われる。

でも一般の妖精とか妖怪にはこれくらいで良いのだ。温かい分酒の回りも早いですし、風呂場で酔って倒れたなんて最悪ですから。

水難事故ダメ絶対。

 

「お空…八咫烏と上手くいってる?」

 

「うまくいってるよお。火力制御も頑張ってるから褒めて褒めて」

そう言って抱きついてくる。

身長差もあるせいか顔が胸に押し付けられる。胸の合間にある第三の目が顔に当たって痛い。

「えらいわねお空」

だから一旦離して頂戴。なんかぬいぐるみを抱いている感覚になっているでしょ。私はぬいぐるみじゃない。

「私…さとり様を守りたかったんです」

 

「分かっているわ……」

全部…読めていたのだから。でも読めるだけじゃどうしようもなかった。

でももう済んだことなのだ。折角手に入れたその力…間違えないように使いなさい。

とは言っても間違えそうになったら全力で止めないとね。

 

 

 

「良い湯加減ね」

そう後ろで声がした。咄嗟に返答をしてしまう。

「そうでしょう。源泉掛け流しですよ」

……ん?お空は私の前だから後ろにいるのはお空じゃない。じゃあ声の主は一体誰?

慌てて首を後ろに向ければ、そこには豊満な胸を湯船に沈めながらお空が飲んでいたはずのお酒を勝手に飲んでいる紫の姿がいた。初めからずっとそこでくつろいでいたかのようなそんな気分にさせられる。

って貴女も酒飲んでるし…そのお酒何処から取ってきて……ああ自宅のものを持ってきたなら良いんですよ。汚さないようにしていただければ。

なんだろう…妖怪は皆風呂でお酒を飲む習慣でもあるのだろうか?確かに地底の温泉はお酒が常に常備されているけれど……

 

「うにゅ?紫様だ」

 

「お空気づくのが遅いよ」

酔っているから仕方がないのですけれど…しかし普段より酔いが回るの早いですね……

「家族でのんびりしているところに水を差すようで悪いんだけれど良いかしら」

「良いも何ももうすでに水差してますよね」

ウォーターカッターを突き刺された気分ですよ。

「じゃあ良いのね」

良いかどうかは倫理観に任せますけれど妖怪に倫理観求めても無理だろう。資本主義にモラルがナンセンスなのと同じで……

で、やっぱり話を聞いてみれば、今日私が街であったあれをどうにか収めて欲しいという無理難題だった。

あれを収める?そりゃ無理でしょ。台風を囲いで覆って動けなくさせようとするくらい不可能で阿呆らしい事ですよ。

そうなるとやっぱり取れる手段は一つしか残っていない。

「やっぱりあれって潰さないといけないですか?」

そう簡単に言いますけれどねえ……あそこまで派手に街頭演説しているんですよ?あれではもう手遅れな気がします……

情報戦なんて絶対想定していないでしょう?私だって情報戦で後手に回った時の対処法なんて知りませんよ。先手を打ちいかに民衆を味方につけるかが情報戦ですから。

「……出来れば早急に。事を起こされる前にやってちょうだい」

そうは言っても妖怪である私が始末したとなればそれはそれで行動を起こされるどころの話ではなくなってしまう。下手をすればそこから大規模暴動に発展して人里との関係が悪化しかねない。

渋い顔をしていると紫がお願いと言ってきた。

「難しい話だけれど…出来るかしら」

……あ、もしかして霊夢にも先に話してきてました?ああそうか。やっぱりですか。でも霊夢には無理って言われたと……

そりゃそうでしょうよ。このタイミングだとただの弾圧になってしまう。異変解決のようにはいかないのだ。私も霊夢みたいにNOって言いたいですけれど…でもそれをやったら後で後悔しそう。

「貴女はやらないんですか?」

 

「私は出来ないわよ。だって本来はまだ冬眠中。それに向こうは妙に私に敏感らしいから」

へえ紫に敏感とは…随分と腕の立つ用心棒がいるんですね。或いは…いやこれは考えない方が良い。

「ともかく先ずは情報を集めてからです」

ある程度の情報が分からなければそれこそ妖怪の仕業で仲間が消されたとうまい具合に宣伝されてしまう。更に地下に潜ってパルチザンになられる可能性もある。そっちの方が厄介だ。

 

そういえばお空静かですね…

お空が異様に静かなのが気になって隣で私に寄りかかってきている彼女の方を見た。

あ、酔っ払って完全に逆上せちゃってる!ああああ‼︎こうなる可能性があるから風呂で酒飲んで欲しくないのよ‼︎

 

すぐにお空を湯船から引き出す。一応まだ意識はあるし倒れることはなさそうだ。フラフラだからちょっと床にすらわせておく。

 

「うー気持ち悪い…」

やめておけば良いのに……貴女あまりお酒強くないでしょ。全く飲めない私よりかは多少飲める程度だけれど……

こちらの状態をニヤニヤしながら見つめていた紫が口を開いた。話し合いの再開だろう。

 

「出来れば雪解けまでにお願いね。雪が解ければ妖怪も人間も動きが活発になる。その時に何か起これば面倒よ」

そうじゃなくても初詣で神社に向かう人達が増えている時期なんですよ。今からじゃ後手に回りそうですけれど…

でも行動を起こすなら私はこのタイミングも狙い目だと思います。

「私達だけじゃ人手不足ですよ」

完全に熱くなっているお空に風を送り涼ませながらも話し合いを継続させる。相手の規模、思想ついでに行動理念とどういった人たちが集まっているのかが重要で分からないと。

「そう言うと思って紅魔館にも声をかけたわ」

じゃ全部紅魔館に任せれば良いのに……それとも紅魔館側も似たようなことを言ったのだろうか…ああ言ったのか。そりゃそうだろう。

「へえ……それで結局向こうはなんて言ってたんです?一応人員を割いてくれるとは言っているようですけれど」

メイドを送る?レミリアらしいですね。

「メイドを送ってくれるそうよ。後心読んでいるなら分かるでしょ」

そうですけれど…でも全部読んでまあ良いですなんて流石に無理ですよ。ある程度ちゃんと話し合わないとわからないことだってあるんですから。

「話し合いをしに来ているのでしょう?」

 

「ええ……でもこれくらいなら全部読んでその上で結論を出してくれた方がいいわ。さっさと決まった方が貴女と色々と遊べるじゃないの」

 

「いや、決まること決まったら遊ぶ時間なんてないですよね」

 

連れないわね。

事態が深刻だってこと自覚しています?幻想郷の管理者がこれでどうするんですか。

大げさよ。

大げさというのであれば外の世界で人間が起こしてきた国家単位の戦争と対立。民族や宗教単位での対立の原因とその過程を調べてからにしてください。

直近で言えば…1937年前後。

注意しておくわ。

 

 

「後手に回りそうですが…取り敢えずやれるところまではやってみます」

先ずは情報収集からですね。今更のような気がしますけれど……そもそも今まである程度のところでこういう芽は取っていたのにどうして肥大化させてしまったのやら……

ああ異変の対応に気を取られていた……

困ったなあ…ああいった輩は異変扱い不可能だしある程度大きくなったところで取ろうとすると弾圧化しかねない。

挙句弾圧は民衆にとって必ずマイナスとして映る。権利を主張する行為を武力によって押しつぶすのであるから。

その主義主張が間違っていたとしても弾圧というのは一般民衆へマイナスのイメージにしか捉えられず、間違った主義主張が正しいものだと誤認させてしまう。

慎重にいかないとなあ……

 



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depth.202さとりはお空を頼る

スピンオフ作品
『古明地さとりは執行官である』もよろしくお願いします


レミリアがこちらに送ってくれた協力者はその日のうちにすぐ来てくれた。

でも風呂上がって体拭いている時に新しいタオルをしれっと渡してくるのは心臓に悪いからやめて。普段のノリでそのままスルーしちゃってたけどあれは絶対に狙ってたわよね?私の反応……

紫めっちゃ笑ってたしお空はお空で困惑してたし。その中で私だけ普段通りを貫いたら流石に空気がおかしくなるか。

正直最近思い切りが良くなったというかなんか色々吹っ切れたような気がする。主に目が見えなくなってから。

しかしいたずら好きなメイド2人がやってくるとは…いや片方は完全に素でやっていた節がある。あれは絶対分かってない。挙句レミリアの指示に従うのであってこちらの指揮下に入るつもりはないのは丸わかりであった。だってそんな雰囲気なんてあのプライドの高いレミリアのところにいれば自然と身についてしまう。

本人達は否定しても内心快くは思わないだろう。主人以外からの命令なんてと思うだろうしそういう考えが無意識下でもあると意識の齟齬が起きやすい。

そういうわけだから向こうの指揮権はやっぱりレミリアかフランのまま。私としては指揮権が一本化できないとトラブルが起きやすいのだけれど……かといってこちらがレミリアの配下に入るとそれはそれで地底のみんなが怒る。

みんなプライド高すぎでしょ。むしろこっちで喧嘩して内戦が勃発しそうですよ。

そうすれば勝手に妖怪が争ってくれてると喜んで向こうも手出しはしてこないかな?いや絶対連携していない時が好機とか思って突っ込んでくるだろう。過激派はなにをしでかすかわからない。同じ同胞であっても妖怪に味方する。或いは自分達の主張に反する者を討ち取る事だってするかもしれない。っていうか今までの人類史見てたら絶対打ち取る。

「咲夜と…玉藻さんですか」

で……早速玉藻はソファに寝っ転がってゴロゴロしている。咲夜さんは完璧で華奢なメイドを続けている。性格絶対合わないでしょ。

さっき酔いが回っているお空のために布団を敷いたりしてくれたのだけれど今となっては疲れたのかのんびり横になっている。

「はい、お嬢様の命で今回は協力させていただきますメイド長十六夜咲夜でございます」

咲夜さん固い。反応が堅苦しいよ。何気に会うのは初めてだけれど……

うん、何度か宴会などで顔を合わせることはあったけれど面と向かって話すのは初めてである。

「硬くてごめんね。メイド長やらせてからずっとこうだから…あ、違うね。メイドになってからずっとこうだから」

ソファで完全に猫化している狐に言われたらなんだか…咲夜さんの方が立派だと思えてしまう。それでもやっぱり硬いというかなんというか…話しかけづらいところがある。困ったなあ……

「構いませんよ。むしろメイド服着ているのにオフになっている貴女の方がこの場合問題あるかと」

そう咎められる玉藻さん。何を隠そう仕事服でゴロゴロしているのだ。完全にシワになってしまっている。今更起きたところで服が残念なほどシワになっているということくらいしか伝わらないだろう。狐は気まぐれ。猫も気まぐれ。

「さとり様からもお手数ですが注意してくださいまし」

仕方がない。流石に私に注意されたら態度を改めるだろう。

「ゴロゴロするなら私服に着替えてくださいよ」

 

「違うそうじゃない」

いや仕事服でゴロゴロされるのが困るだけというか目に余るだけなので私服に着替えてしまえば問題はない。

「私服ならお空のサイズのもの持ってきますので」

直ぐにお空が寝ている部屋に向かう。起きていれば良いのだけれど……

 

お空の部屋にノックして入れば、布団の上で半身を起こし俯いているお空がいた。どうやら寝ているわけではないようだった。ただ酔いが想像以上に早く回ったためかもう二日酔いも発生しているようだった。可哀想というかなんというか……

「あ、お空起きてた?」

 

「うにゅ……酔ったくらいじゃ寝ないよう」

覇気が全然ないのは二日酔いが辛いからだろう。あまり刺激しないようにしておこう。

「ちょっと服借りたいんだけど……」

お空の部屋は意外と私の部屋より広い。だけれど置いてある私物も多いから人が歩けるスペースは私の部屋よりない。

大半は何かの本だったりよく分からない宝石系だったり。それが無造作に置いてあるから足場がないのだ。正直宝石なんてどこで見つかるのやらと思ったものの、灼熱地獄の外壁に自然生成されるのだとか。

「じゃあそこのクローゼットの……」

話すのも頭に響いて辛そうだったので素早くサードアイで思考を読み取る。最近思考を読んだ方が落ち着くようになってきたのは妖怪に近づいたからかな……なんだか嫌だなあ。

「左端っこの一式ね」

 

「うん!」

 

左端の一式…あったこれね。

ハンガーにかかっていたそれを持って部屋を後にする。今度来た時はもうちょっと整理しておいて欲しいけれど…元動物なのだから無理強いは出来ない。

 

しかしお空と体格は似ているけれどサイズは大丈夫なのだろうか……なんだかブカブカなような気がしてきた。

 

案の定服を着替えさせたらぶかぶかだった。しかも何故かへんなロゴの入った黒いTシャツと短パンなのだ。このチョイス……いや色合わせは問題ないのだ。この黒いシャツにどこかしら親近感を感じてしまう以外。絶対これあの人がお土産とか言って渡したのだろう。流石にお空もこれを着て出歩くのは憚られたらしく使った様子はない。だけど使った様子もないのに首回りがすごい開いているのはシャツとしてどうなんだろう…肩出し用の服とか確かに開いているけれど…これはそうではないだろう。多分何かの手違いでこうなってしまったものだ。丈だって短いし……

 

正直別の服を持ってこようかと思ったらものの本人がこれでいいやって適当なこと言って再びソファに寝転んでしまったから交換も何もなくなった。

それにしてもその場で堂々と着替えるってどうなんですかね……目の保養にはなったのですけれど正直気まずいですよ。

「コンバットメイド服じゃないから動きづらいのなんのってねえ…」

いやそこに同意を求められましても……

咲夜さんが同意している。普通のメイド服ってやっぱ辛いんだなあ……

「ですがコンバットは重量がありますので」

確かにこのメイド服少し重量ありますよね。多分繊維質に破れにくい加工がされているのでしょうけれどそれが却って重さを増しているというわけか。

「だよねえ……でもあまり問題にはならないかなあ…どうせナイフ沢山持ってくんだからさ」

ああ……隠しナイフで一杯でしょうね。そう考えたら重さも気にならないのだろうか?

「……まあ、取り敢えず話し合いしましょうか」

 

と言っても打ち合わせらしい打ち合わせはできそうにないかな……ああもう人だけ集めてはい頑張ってねなんて……せめてレミリアさん本人連れてきてくださいよ。こっちは良い迷惑です。

「やっぱ…レミリアさんの指示の方優先しますよね」

 

「「当然です」」

……面倒だなあ。

あ、そうだ!

 

 

 

 

酔いが程よく冷めて、二日酔いの気持ち悪さもある程度落ち着いてきたところで、タイミングを計っていたかのようにさとり様が部屋に入ってきた。

なにかあったのかなあ?起き上がろうとしたけれどさとり様がそのままでいいと手で肩を抑えた。

「風呂で紫が言っていたこと覚えてる?」

隣に座り込みながらさとり様が問いかけてきた。確か…地上で変な人たちの集団が暴れそうだから事前に取り締まってだっけ?あまり記憶力良くないから要点しか覚えないんだけどそれであってますよね?

「覚えてますけど……」

正直私はさとり様にまた何かさせようとする紫様は好きじゃない。まだあの事件から1ヶ月も経ってないんだよ?

「あなたにそれを手伝って欲しいの」

うんうん……え?今手伝ってって言った?

思考停止…ちょっと待って待って。え?まさかさとり様に手伝ってって言われた?しかも今までならさとり様が1人でやったりすることを?

「うにゅ?私が?」

顔に出ないように抑えているけれど少しニヤニヤしてきてしまう。それでも胸にあるそれが微かな熱を放てば、私の心を浮かれさせていた熱はかき消された。

同時の冷静になってくればさとり様の提案がなんだかとても恐ろしい怪物のように感じてしまう。

「ええ、話し合った結果よ。私も動くけど地底の仕事もあるから自由には動けないわ。レミリアと同じで」

そういえばレミリアさんも参加するんだったっけ?あ、違うレミリアさん達の部下が来るのか。

「だから私?でもお燐とかも…」

正直私に頼んできたのは嬉しいんだよ?でも今の私は……まだ力の制御だってうまくいかないことがあるし誰かを傷つけてしまうかもしれない。だからお燐の方が適任な気がする。さとり様だってきっとそう思っているはず。なのにどうして私なんだろう?

「そこらへんも貴女が好きにしていいわ。取り敢えず…任せたわよ」

私の好きにしていいって……え?ええ?どうして……

「い……良いんですか?」

だって私……さとり様にいっぱい迷惑かけちゃったんだよ?いけないこと沢山しちゃったんだよ?自信がないとかそういう問題じゃなくて取り返しのつかないことしちゃったことが怖くてまた同じようなことしちゃうんじゃないかって……そう思っちゃうといつも眠れなくなる。

「別に恨んだり怒ったりなんてしてないでしょ。もう一ヶ月も前の出来事を蒸し返す必要性はない。自覚無いでしょうけれどお空、貴女は強くなったわ」

気づけばさとり様のサードアイが私をじっと見つめていた。さっきのことも全部さとり様に伝わっていて…その上でさとり様は怒ってないって言ってくれたの?

「そうでしょうか……」

でもその言葉を疑ってしまう。私を励ますためなのかもしれない。もしかしたら本音では怒っているのかもしれない。

「いつまでも腐ってないでちょっとは外で色々見てきなさい」

背中に手を回して、優しくさすってくれた。いつのまにか私、呼吸が乱れてたみたい。少し大きく息を吸って落ち着かせる。

「わかりました!」

せっかくさとり様が私を頼ってくれたんだ。そう考えたらやらないなんて選択肢無いよ!うん‼︎

「じゃあさとり様一緒に…」

 

「話聞いてた?」

やっぱダメだった?

 

取り敢えずお燐誘わないと!確か今旧都に行ってるんだっけ?

「地上よ。さっき帰ってきたから部屋にいるんじゃないかしら」

そっか!じゃあお燐の部屋行ってきます!

「服くらい正して行って」

え?あ……乱れてた。そういえばさっきまで寝っ転がってたりしてたからか。危ない危ない……

一旦帯を解いて服を整える。お客さんも来ているんだから……あ!そうだ!

「鴉に戻ればいいんだ!」

そう思いついた時には体は既に人型から本来の鴉の姿に戻っていた。手が翼となり風を切る感触が戻ってくる。

後ろで着ていた服が主人をなくして床に布切れとして落ちていく。

お燐みたいに服ごととかは私は出来ないから仕方がない。せいぜいが制御棒くらいなんだよね。一緒に変幻出来るのって…

後ろでさとり様が何か言っていたけれど聞き取れなかった。あとで聞けばいいや。

 

 

お燐の部屋は私の隣だったんだけどそこには誰もいなかった。部屋にいるんじゃなかったのかな?それとも出かけちゃった?だとしたらどこに行くかな…えっと…地上にお燐が行ってたのは死体集め。でも部屋を見た限りじゃ清潔好きだから部屋には持ち込まない。もしかして地下の霊安室かな?よくお燐あそこに死体持ち込んでるし。この前もこっそり拾った死体を霊安室に持ち込んでさとり様に注意されてたっけ?今思い出したんだけど……

 

まあいいや!行ってみよっと!

霊安室は一番端っこの階段を使って下に降りる。そこが唯一の入り口だから。

それ以外にも入り口くらい作ったらって言ったけど元々あそこ自体が後から作られたらしくて今更無理に地下を作るのも面倒だってこいし様言ってたなあ。でも普段使用しない東側に設置するかなあ?

 

あ!お燐いた!

下から上がってくるお燐に合流出来た!やった!

「ねえねえお燐」

お燐の肩に素早く着陸して耳元で話す。動物同士だからかお燐はこの状態でも私達の声が分かるらしい。基本は動物でも他種族の言葉は鳴き声って認識にしかならなくてわからないはずなんだけどね。

「どうしたんだい?」

手についた汚れを拭き取ったお燐が私に聞き返してきた。

「あのね…手伝って欲しいんだけど」

 

「詳しく聞こうじゃないか」

さすがお燐!実はさ……



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depth.203お空の受難

なんだか久しぶりに地上に出てみた。前に出たのは宴会の後だから結構な時間が立ってたんだなって思う。

それでも綿飴が一面に撒き散らされた景色は相変わらずだしそこに飛び込んで模様をつくって遊びたくなるのは別に悪くはないと思う。

実際玉藻って言うメイドも頭から雪に突っ込んでなにかを引きずり出していた。それは雪の下に隠れていた小さな小動物で、掘り起こされてからしばらくして玉藻さんのおもちゃになっていた。

 

だからお燐、頭叩かないで。痛いから!みんな遊びたいんだよ!ちょっとはここで遊んでもいいじゃん!

え?宴会の時散々遊んだって?雪遊びは冬の特権よ!

うわーん!お燐が意地悪するう!

 

「まあ兎にも角にも先ずは偵察して情報を集めないとだね」

私の言葉を無視してお燐が指揮を取り始めた。見れば咲夜さんって言うメイドも玉藻さんの首根っこを掴んで引っ張ってきていた。

情報集めるのはいいんだけど…

「偵殺?」

情報を引き出して殺しちゃっていいの?すごく簡単な仕事になるよね。

「サーチアンドデストロイなんて誰も言ってないよ」

え?違ったの……だって偵殺って…

 

偵察!殺すなんてどこにもニュアンスないじゃないか!

 

ええ……なんで怒ってるの

「同感ですわ。私達もレミリア様からなるべく情報を引き出せとの命令を受けていますので」

 

「なんだ咲夜も偵殺するのかい?」

玉藻さんも偵殺って言ってるよ?

「ええ…偵察には賛成です」

うーん…ニュアンス似ているから分かりづらいや。

えっと……情報を得るためには確か張り込みでもするの?それ以外にも確か色々あった気がするんだけど……

「じゃあ……張り込みするの?」

 

「張り込み以外にも色々あるでしょう潜入とか」

 

「あ!聞き込み」

お燐の言葉に触発されてようやく思い出した。すっかり忘れてたよ。別に大変な手段を取らなくても聞き込みである程度の情報は集まるんだった。まあ時間もかかるし地道にやってくことになるから結構大変らしいけれど…

 

「ですが今回は時間がないとレミリア様もさとり様もおっしゃられてました。なので少々危険ですが張り込みをしましょう」

あ、そうなんだ……じゃあやっぱり張り込みかあ……

「私達が張り込んだり尾行したら目立つからなあ…それはお二人さんに任せるよ」

咲夜さんの横で雪を払い落としていた玉藻さんが私の方を見てそう言った。なんで私見ているの?あ!そっか私達動物になれたんだった。っていうか元々動物の妖怪だった。

「それじゃあ行こうか」

お燐が立ち上がり、肩に積もった雪を払いおとす。

振り払われた雪はまだ固まっていなくて、そのまま粉雪となり宙を舞う。巻き上げられた雪と今まさに降っている雪が乱反射を繰り返す。

「行くって人里?」

 

「当たり前じゃないかい」

えーもうちょっとゆっくりして行きたかったなあ……せっかく雪があるのに。

「後少しくらいここでのんびりは……」

玉藻さんも私に同意してウンウンうなづいている。

だけれど次の瞬間私達の周囲の雪が一瞬だけ消えた。

それほどの覇気が周囲にばらまかれた。思わず身を縮めてその巨大な何かから逃げようとしちゃう。

 

覇気を出した原因である2人はゆっくりとこちらに向き直った。ちょっとだけ笑顔なんだけど全然笑顔じゃない。怖い……

「「ダメです」」

しょぼーん……全部の仕事終わってからならいいのかな…

 

 

 

 

結局引きずられる形で人里のすぐ近くまで来たけれど私達は正規で入ることが出来ないから動物になって先に獣専用の抜け道を使う。咲夜さん達は異変解決も時々手伝っているらしいから正面から堂々と入れるらしい。いいなあ……

でも手続きがあって大変なんだとか…私達とどっちがいいのかなあ……

まあ人里すきじゃないからいいんだけど……正直言ってここは嫌い。色んな感情が渦巻いていて、私ら動物はそういうのに結構敏感だから精神的に疲れる。

お燐は慣れって言ってたけれどこれはあまり慣れたくないなあ……

「あーいたいた。あの人たちだねえ……」

お燐の背中に乗っかって人里の中をめぐっていれば、なにやら叫んだりビラを配っている男が見えた。あれなんだ……ずいぶん派手にやってるんだね。

「見つかるのは早いよね……」

 

「そりゃ…あんだけ派手にやってたらそうなるよ」

そういうものなのかなあ……

しばらく建物の陰から様子を伺う。といっても猫とカラスだからぱっと見は周りの人も違和感は持たないと思う……でも時々子供が来ては猫さんだ鴉さんだって言っているのはちょっと怖いなあ……バレないの?って聞いたら堂々としてたらバレないようって言われた。

 

「あ、動いたね」

一通りビラを配り終えたらしく、最後に礼を言った男が荷物をまとめて歩き出した。

「それじゃあお空は空から追いかけてね」

そうは言っても私目立つかもよ?目が赤くて足が3本ある鴉なんて早々いないでしょ。

八咫烏様が宿ってから体の変化で一番驚いたのは足だよ。三本になるなんて…なんだか最初はなれなかったけど慣れてきたら満更でもないんだけどね。たださ……目立つんだよね。

「遠目で確認できればいいよ」

 

「そうなの?」

だったらまだバレるリスクは少ないのかなあ?

「聞き耳を立てろってわけじゃなくて相手がどこに住んでるのかとかそういうことを知りたいだけだからさ今回は」

そっか…

「じゃ行ってくるね」

翼を広げて空に舞い上がる。少し空に上がれば、小うるさくいろんなことを叫んでいた人がよく見えるようになる。周囲を結構気にしているからちょっと離れたところで様子見だなあ……

 

やっぱり雪だからか人通りは普段より少ない。おかげで大通りでも見失わなくて済む。

「んー?知り合いかなあれは……」

数分ほどすると後ろから別の男が近寄ってきて一緒に並んで歩き出した。どう見ても知り合いなんだけど……

ちょっとだけ近づいてみれば途中で合流した別の男と何か話していた。何だろう……

すぐ後ろに張り付くようにホバリングしながら聞き耳をたてる。

翼のはためきが聞こえないよう慎重に…

「向こうはどう言ってきている?」

 

「交渉次第と……」

 

交渉次第?なんのことだろう…

さらに聞き耳を立てようとして、男の1人が振り返った。あ、やばい見つかる。慌てて降下するけれど間に合わない。3本足の鴉なんて妖怪って即バレじゃん‼︎あああまずいよお!

「ふぎゃ⁈」

瞬間私の体が横に弾き飛ばされて、上にふさふさした毛並みの何かがのしかかった。体を地面に強く打ち付けたけれど雪の影響で泥になっていた地面のおかげでそこまで痛くはなかった。

 

「どうした?」

 

「いや、鴉が猫に捕らえられてただけだ」

彼らの言葉を聞きながら私はお燐に路地裏まで引っ張られた。

ちょっと荒いんだけど……

 

「あんたバカ⁈あたい言ったよね!居場所を探るだけって‼︎」

お燐に解放された直後怒鳴り声が耳を通過した。同時にお腹の底からドロドロした負の感情が出てくる。決してお燐に対するものではない。これは……私に向けての感情だ。

「ごめんなさい忘れてた」

本気でお燐が言っていたことを忘れていた。物忘れが激しいから気を付けなきゃって思ってたのに……

「忘れないで!どこかにメモして!危うくバレるところだったじゃないか!」

ああやってしまった……

「ごめんなさい…」

 

「まあいいや…次は気をつけておくれ」

はい……

そういえば見失ってしまったのだけれど大丈夫なのだろうか……

「ああ、多分今頃はあっちが追尾を始めているよ」

 

ふと上をお燐が上を見上げ、一瞬だけ上を影が通った。

屋根の上まで飛び上がって見れば、屋根伝いに移動する玉藻さんがいた。バレないよう時々屋根に張り付くように身を伏せながら人里を縦横無尽に飛び回っていた。

 

「本当は危険が伴うんだけどね…」

たしかに…あれじゃあ見上げた時にすぐばれちゃうよね。

「じゃあ私が……」

今度は失敗しないように気をつけよっと…

「今度は気をつけるんだよ」

わかっているよう。

 

 

 

雪山というのはどうも歩きづらい。まあ足場は悪いし気温は低いし…生き物の大半は春に向けてこの過酷な環境の下で耐え忍んでいるか…この環境にすら対応した僅かな生物が生きているくらいだ。

そんな山を登っていけば、ようやくお目当のところが見えてくる。なんだかんだで久しぶりに訪れる事になった。

 

凍結した川のほとりに、それは露わになっていた。

私のために光学迷彩をカットしているのだろう。まあいつものことだ……

にとりさんが玄関に立っているのが見えて安心したのもつかの間、それはホログラムであって、入ってと自動案内するだけの機械だった。地味にオーバーテクノロジーな気がしなくもないけれど…

 

「……どうして私を呼んだのやら」

案内に従って中に入れば、工房の中は前に来た時より物が片付けられていてスッキリしていた。

「よく来てくれたね盟友!」

そんなガレージの真ん中でにとりさんがクレーンにぶら下がっていた。何しているんだろう…あ、あれブランコか。

「どうしてここに呼びつけたんですか?」

 

「ウヘヘ、ついに出来上がったんだよ!」

笑い方が気持ち悪い。

それと出来上がったって…なに作ってたんですか?

 

ブランコから降りたにとりさんがついてきてとガレージに隣接する別の部屋に案内する。大人しくそれについていくと、そこに佇んでいたのは全長が15メートル以上もある大型の飛行機であった。正面から見ると三角形に近い形の胴体は後方に行くにつれて窄んで行き、最終的に平らになっている。複雑な曲面構成だからか、ところどころ凹んでいて完全にツルツルとはいかない。それでも手作りなのだから仕方がないだろう。

塗装はまだ施されていないのか鉄の鈍い輝きを放っている。

「……随分と大きいですね」

前に作った航空機…確か短距離で飛べる奴はもう少し小さかった。

「4人乗りで双発なんだからこれくらいの大きさは必要だろう」

確かにそうかもしれない。4人乗りであるならここ大きさも納得してしまう。

「その割にすごい位置にエンジンありますね」

 

その機体のエンジンは主翼下や胴体内部ではなく、胴体後方、垂直尾翼の合間に収まるように設置されていた。エンジンポッドは左右分離していて……どことなくA-10を連想させる。しかし緊急脱出する時どうするのだろう?

「吸気口を地表から離して砂や石などの異物吸入による損傷を極力減らしているんだよそれにこっちの方が駐機中にエンジンを運転したままでも整備点検しやすいし」

実に試験機らしい……合理的というかなんというか。

「後は接触事故対策でめっぽう頑丈にしたから並の弾幕じゃダメージ受けないよ」

一体どこを目出しているんですか。それ接触事故どころか空戦にも対応できちゃうじゃないですか。

時々河童の発明する武器は恐ろしいものがある。ノビールアームで使用するレーザー兵器とか見せられた時は流石にビビった。

「それでこれを私に見せてどうしろと…」

 

「折角あんたの設計をもとに作ったんだからさあ…もうちょっと喜ぶでしょう」

ああ…そういえば渡したなあ……アイデアないって聞かれたからA10のスケッチ描いて。

「好きにしてくださいと言ったんですけれど……」

 

「ついでだから飛ばしてみない?」

いや自分で飛ばしなさいよ。作ったの貴女でしょ。

「いや…いいです」

 

「ちぇ……」

残念そうな顔したってダメですよ。

「ところで…修復の時に色々データ取って行きましたよね」

にとりさん達に最初地底の復旧を依頼したのだけれどそのとたん完全に色んな計測装置を備えた河童が入ってきて片っ端から何かのデータを取って行っていたと勇儀さん達が言っていた。多分…神の力の測定をしていたのだろう。

「あ、バレてた?」

なにいたずらが成功した子供みたいな顔してるんです?成功どころか失敗していますよね?

「まあ…あれだけ派手に計測をやっていれば」

 

「いやあ、丁度良いデータが取れたからさ。これはそれの埋め合わせみたいなものなのよ」

やっぱりデータ取っていたのか…でも実際に使用されるところのデータではなく使用された後の結果のデータだけで良いのだろうか?

 

「今さとりが考えている疑問を当ててあげよう!被害のデータだけで良いのかでしょ!」

 

「当たりです」

ドヤ顔で言っていて外したらどうするつもりだったんだろう。

「言っておくけれど神の力を測り模倣するのに最も必要なデータって結果のデータなんだよ」

そうなんだ……確かに理屈を考えてみたら納得はいきますけれど。神の力って結果が中心になっているからその過程はなんでも良いらしい。

「神の力はその本質が何であれ最終的に結果として表に現れる。その過程は実は現実の法則や観測事象を完全に無視したものになるから発生中のデータって役に立たないんだよ」

ふうん神様らしいといえば神様らしいや……そんなデータを取ってろくなもの作ろうとしないそちらも…同じようなものか。

 



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depth.204お泊まり会ですってよさとり様

そういえばハッピーエンドってハッピーが終わるって意味だと考え始めたのですがハッピーエンド目指していいですか?


にとりさんの実験に付き合うのを拒否したらまた便利なものだよとハイテク道具をポンポン見せられ買わないかと商売をふっかけられた。

正直買う資金はないし生活が便利になることをあまり望まないので買わないでおくことにする。まあこのまま無下に断るのは気がすすまないので売りたいなら地底で売って見てはどうだろと提案しておく。

正直交流は常に開かせているのだから来たければ来て良いし商売するなら一応

こっちに許可をもらう必要があるけれどそこまで厳しいわけでもない。

 

それを言えば人手の余裕があまりないのでお店を構えたりはできないらしいけれど興味はあるらしい。移動販売でもして見たらどうだろうか…ああ、地底までだと物理的な距離もあるから少し難しいか…

荷物用エレベーターならあるのだけれどお店とか業務用の物資を優先しているから一般は使えない。移動販売だってお店を構えているわけではないから一般扱いだし。

うーん……店を持たない人もあのエレベーターを使用出来るよう手を回したほうがいいのだろうか?ただでさえ地底の物流は移動コストが重しになっているのだ。

やっぱり新しくエレベーターを設置するべきかな?でもあの狭い縦穴じゃなあ……新しく縦穴を作るなんて無茶もいいところですし。

考えても一筋縄ではいかない。仕方がない。ちょっと勇儀さんと相談しますか。

 

そういえば彼らは無事脱出出来たみたいですけれどその時に使用した抜け穴…利用できないだろうか?流石に間欠泉騒ぎも起こっていないのだから多分使えるだろう。

うまくいけば大規模開発になる。暇を持て余し気味の鬼なら喜んで喰いつくでしょう。何だかんだ仕事の後の酒がうまいとか言っているからお酒もセットにすれば良い感じに仕事してくれそう。

気づけば山を降りた私は地底の中を歩いていた。どこから入ったのか…今の今まで思考に夢中だったせいで覚えていない。脳が記憶の保持すら後回しにするほど思考していたようだ。ああまいったまいった。

 

早目に地霊殿に戻るとしましょう。

ちょうど飲屋街だったからか意識すれば周囲は騒音と言ってもいいようなほどの喧騒に包まれている。

よく今まで誰にも声をかけられずに済んだなと思ったもののそもそもさとり妖怪に声をかける物好きなんていないだろうという結論であっさり終わり。最短1秒の結論の出方だ。

ただ私自身外套を着て隠しているのだから相手だって気づいていないはず。じゃあもしかして……

一つの考えが頭をよぎり、すぐにそれを消しとばした。確かに心を読む能力の応用で相手の意識の外に出るというのは可能です。でもそれを無意識のうちに、周囲に影響を与えながら行うには不可能である。瞳を閉じているのならばまだ分からなくもないけれど私はまだ瞳を閉じてはいない。片目は見えなくなっていますけれど。

……帰りましょう。なんだかこの話題に触れると怖くなってくる。私が誰からも認識できなくなるのはそれはそれで恐ろしい恐怖である。というより妖怪としてそれは死を意味するのと同じなのだ。

 

すぐに地霊殿に戻る。ちょっとだけ怖くなってしまった。自分が周囲の認識から消えてしまったら?そしたらどうなるの?

私という存在はその時そこに存在しているのか?しているのであればそれはどうやって証明すればいい?第三者には認識できないのだ。

地霊殿に戻るまでの時間では答えは出せなかった。

 

 

 

地霊殿はやっぱりというか外から見ると異様に静かで、庭なんかは公開したら多分公園のような扱いになるかもしれない。

そんなことを考えながらエントランスから珍しく建物に入る。普段は空間転移装置のある部屋から出入りするからエントランスの扉を開けることなんてほとんどない。

だからなのか中にいた妖精が完全にきょとんとしていた。何か用事でもあったらしいというのはサードアイからの情報。

「何か私に用事があった?」

珍しく地霊殿にお客さんが来ていた。

私に駆け寄ってきた妖精がそう言って応接室の方を指差す。

知らせてくれた妖精さんにお礼を言って応接室に向かう。確かに誰かがいるらしい。扉からも気配というかプライドの高い気が流れ出している。多分わざとそうしているのだろう。だとしたら考えられるのは1人だけ。

 

ゆっくりと扉を開ければ、上に取り付けられていたベルが物静かな空気を切り裂いた。

「随分と客人を待たせるのね」

扉を開ければ真っ先にそう嫌味のような一言。でも嫌味というわけではないのだろう。その言葉には嫌な気分はほとんど含まれていない。ただの嫌味…それだけだ。多分彼女にとって嫌味を言うのはそこに嫌味があったからという考えなのだろう。

「アポくらい取ってからきてくださいよ」

だからこちらも文句くらいは言わせてもらう。

「それもそうね。でも急なことだったから」

それでこの話はおしまい。あまり長々と話すものでもないでしょうから。

 

「それで、今日はなんの用ですか?」

お空達なら今地上で色々とやっているはずである。そっちで問題があったのならまずはそっちに行くべきだしこちらに来るとしたら本人達同伴である。それができない可能性も……例えば捕まったとかそういう場合も考えられるけれどそうなったらまずこんな落ち着いていないし話す前にレミリアさんは単体で突っ込んで暴れることだろう。

ならばそっちの線はあっさり消える。

「フランがね…どうしても貴女のところにお泊まりしたいって」

フランが…断るべき事ではないかもしれないのですけれど今こちらもそちらもお取り込み中ですよね?

「なるほど、しかしこのタイミングでですか……」

この一言だけで向こうも理解してくれた。でもまあ忙しいと言ってもそこまでではないのだ。

「むしろ今だからじゃない?それに地上は雪で静まり返っている。退屈なことこの上ないわ」

雪遊びには飽きたらしい。だからといって他の遊びがあるほど幻想郷の冬は優しくない。自然界というのは残酷で厳しいのだ。

「従者に任せておいてですか?」

 

「あんなものは私が出るまでもないのよ」

まあそれは私も同じなのだけれど…でも後でちゃんと指示をしておかないと何かやらかしかねない。後一週間ってところかしらね。それくらいあるのなら1日2日程度はフランが泊まりに来てもいいのかなあ……

「それにしても……奇遇ですね。こいしも紅魔館に泊まってみたいと言っていたんですよ」

うん2日ほど前だったかな。こいしも紅魔館に泊まりに行きたいと言っていた。フランと遊ぶのかと聞いたけれどそういうわけじゃなくて、なんとなく他人の家に泊まりに行く……ドキドキというかそんな感じのなにか。子供の頃に感じるドキドキワクワクを楽しみたいからという実に子供らしい理由だった。見た目が子供なのだし一応精神は子供相応なのだろう。レミリアに聞いてからにしてと言ってからこの話題については浮上してこなかったからどうなったのかわからないのですけれど。

「あら……じゃあ2人と一度話してみようかしら」

どうやらレミリアさんのところにはまだ話が通っていないようです。言ったはいいけれど暇がなかったのか別のことを考えついたのか。

「それが良いでしょう……こいし呼んできますね」

そう言って私が動き出そうとする前に、レミリアさんが誰かを呼ぶために背後の…廊下に続く扉に声をかけた。

「フラン、入っていいわよ」

来てたの⁈フラン来てたの⁈なんで別室待機させてるの‼︎ドッキリですか!

本人が来ていた…これもう確信犯でしょ。私が驚きを通り越して呆れ返っていると、部屋の扉が開いて白いシャツに赤いベストのような服を着たフランが部屋に入ってきた。なんとなく嬉しそうに羽がはためいている。枝のような羽に宝石に似た何かがぶら下がっている。それらが羽の動きに合わせて揺れる。

「お姉ちゃん呼んだ?」

だけれどそれだけじゃ終わらなかった。フランが部屋に入ってくるのとほぼ同時に屋根の一部が開き、こいしがおりてきた。

こいし…屋根裏で聞いていたわね。

盗み聞きの技術が高いのは認めるけれどここでやらなくてもいいじゃないの……ほら埃で服汚れてるじゃない。

「全員揃ったようね」

レミリアさん、思いっきり私を驚かせようとしていましたよね。何しれっとこの場仕切ってるんですか。

まあ…私は迷惑がかからないように配慮してくれれば問題はないですよ。

「じゃあ私!フランちゃんと交換お泊まり大会やりたい!」

企画みたいな呼び方やめなさい。

「フランもそれには賛成!」

元気よく手をあげる2人。完全に交換お泊まりになってしまう。それで本人達が良いのであれば問題はないのだけれど……てっきりこいしとフランで遊ぶのかと思ってた。完全に不意をつかれましたね。

「自由奔放ですね…」

うん、当事者の私やレミリアさんの意見は特に聞かずそのまま押し通すあたり。

「いや貴女が一番自由奔放よ。自覚しなさい」

そこまで自由奔放にはしていないですよ。少なくとも今はですけれど……

昔はどうか知りません。その時その時で価値観は変わっていくので。

「首を傾げないで。人の家の壁を壊して風呂場を増築するとかやってる時点で十分よ」

そうですか?まあ普通の家ではそもそも土地問題で拡大工事ができないですからね。周囲が森で何もなく権利を主張するのが紅魔館の主人でしたから。それと風呂がないのが問題だったんですよ。

「風呂に入れないのは日本育ちとしてちょっと辛いところがあるんですよ」

味噌や醤油がないのは許そう。だけれど風呂は…風呂は欲しかったんです。

「それは認めるけど……」

レミリアさんも風呂のありがたさに気づいてくれたんですね。感激です。今度温泉巡りのツアーでも作りますよ。地底観光業発足です。

「お姉ちゃん人の指示なんて聞かないし」

こいしが苦笑いしながらぼやいた。

「失礼ですね。目上の人の指示は聞きますよ。聞ける範囲でですけれど……」

目上といっても私の直属の上司は閻魔さんか地獄の女神さんである。どちらも現世に口出しすることはあれど私自身に口出ししてくることは少ない。女神は…私を勢力として取り込みたいのか水面下で動いているようですけれど。

「じゃあ……紅魔館を攻め落とせっていう指示受けたら?」

そんな命令彼女たちがするだろうか……まあバトルロワイアルとか非常事態が発生したとか。そちらが地獄に何か手を出したらするかもしれませんね。その時は……

「目上の人ごと紅魔館を吹っ飛ばします」

閻魔さんや女神だからと言ってやっていいこと悪いことあります。私が正しいかどうかが別としてやるのであればやられる覚悟をしろと言うことだ。爆破に巻き込まれたくらいじゃ死なないしそもそも死とか生とかそういう概念の外にいるから意味ないですけれど。それでも痛いものは痛いだろう。

「ねえやめて⁈だから自由奔放って言われるのよ‼︎」

レミリアさんは慌てて席から立ち上がった。紅魔館の一つや二つ吹っ飛んでもまた直せば良いのです。建物はいつか壊れるのですから。

「聞ける範囲までしか聞いてないですよ。だって建物だけ目上の人ごと吹っ飛ばすんですから」

 

「目上の人でしょ⁈」

 

「目上だからといって躊躇する必要はないんですよ」

そもそも何を以てして相手を上の存在と認識するのか。それこそ社会的地位の問題であって私個人としての問題ではない。少なくとも私は人の上に立つ存在ではないのに人の上に立たされているのは紫や閻魔さんによって勝手に決められたことだ。それと同じ……だから躊躇なんてしなくて良い。

「それが強い相手だったらどうするの?」

フランが会話に割り込んでくる。なるほど強い相手ですか。何を以てして強い相手と呼ぶのかにもよりますけれど……

「寝込みを襲う、毒を盛る、エリアごと吹っ飛ばす…強いといってもやり口はいろいろありますよ」

弱いんですから卑怯なことでもなんでもやっていかなければ強いものには勝てないんです。勝つというだけであればそもそも勝負する前から決着つけられますし。

「うわ……」

なんで三人ともドン引きしているんですか?今までだって散々そうしてきたでしょう。心を読みトラウマをえぐる力は純粋な力比べの勝負事において言えば戦う前から勝敗を決定することができる。でもそれは実力ではない。

だから純粋に戦ったら勝てないのだ。せいぜいが負けないようにする程度。

「そうだ。ちょっと暇なのでレミリアさん。弾幕ごっこやりませんか?」

 

「あら、面白い提案ね。せっかくだし付き合ってあげるわ」

 

「じゃあその次は私‼︎」

2人同時にかかってきてもいいんですよ。こいしが盾になるんですから。

「私はやらないよ⁈」

 

「強制参加って知ってます?」

 

「Goddamn‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

こう言ってはんだけどお燐は黒猫の割にあまり黒くない。元々は正真正銘の黒猫だったのだけれど妖怪に変化していくうちにお腹周りや足先、尻尾の先などが赤毛に変化していった。それでも赤と黒のパンダカラーにはならず、グラデーションのように緩やかに赤くなったりしている。それでも全体的にはまだ黒だから黒猫で通っている。

 

そんなお燐は今フランの腕に抱かれていた。

側から見たら少女が黒猫を抱きかかえているなんとも可愛らしくほっこりする絵面。だけれどお燐はさっきから息苦しいのか黒い顔を若干青くしていた。

どうやら抱きしめる力が強いようだ。

見た目は少女だとしても彼女は吸血鬼。鬼と入っている通り純粋な力比べだと鬼に匹敵する。フランは自称魔法少女なのかそこまで力があるわけではないけれどそれでも並の鬼程度。それでも相当なものである。

余談だけれどレミリアさんはフランの倍以上の馬力なのだそうだ。

 

「姉妹揃って恐ろしいわ……」

 

「さとりお姉様だって私とタイマンしたら普通に勝ってたじゃん」

さとり妖怪はそこまで妖力があるとか鬼のように頑丈だとかそういうことがない。それはいまでも大して変わらない。ではどうしてフランにさっき勝てたのか。

実は妖力の大半はサードアイからの情報を元に相手の技やトラウマを想起するのに使用されているのだ。

実際私は萃香さんや勇儀さんと何度も手合わせさせられているから彼女達の力を想起で生み出すのは容易い。

さっきのはそれを使っただけだ。これがもし勇儀さん達本人に使用したところで過去の自分と戦っているのに近くて多分向こうは負けないだろう。まあそういう時は天狗なりなんなり他のものを想起して勝ち筋を見出すのですけれど。

だからこれは本人以外でしか使えない。

「ふうん……でもさとりお姉様強いじゃん」

 

「それ自身私の力ではないですからね…」

力を借りて戦う性質上私自身は強くはない。

「他人の力を使いこなせるっていうのも凄いことだと思うよ」

そうでしょうか?確かに一回だけじゃちょっと難しいものとかありますけれど体が柔らかいのでそこまで問題になったことはないですね。でも夢想封印とかの性質が根本的にあちら側のものとかダブルスパークとかの大火力など真似出来ないものもある。

「そうでしょうか?」

正直な話あまりこういうことをやっていると自我を見失ってしまうかもしれない。

まあ失ったら失ったでまた探せばいいだけである。私という存在がなんなのか…自我はどうして生まれるのか……

「フランは自我ってどうして生まれると思いますか?」

私の問いにフランは顔をしかめて悩んだ。

「うーん……分からない。考えたこともなかった」

ですよね。正直こんなこと考えているのは私かこいしくらいですもの。

ソファの上で一度体勢を楽にする。お燐の苦しそうな声が聞こえたのはその直後だった。

素早くそっちを確認すれば、フランの腕の中で完全に伸びているお燐がいた。どうやら呼吸困難になっているようだ。あ、白目むいてる。猫が白目……

「フラン、お燐が伸びてるわよ」

失神していないのがまだ救いだろう。

「え?あ!ごめんなさい」

一応指摘してあげれば慌てて腕からお燐を解放してくれた。水を得た魚のように一気に私の膝の上に駆けてくる。なんだまだ大丈夫じゃないの。

「まあいいのよ……お燐はタフだから…」

膝の上で爪を立てられた。わかりました分かりました。私が悪かったです。

だから久しぶりにスカート穿いているのだからやめて。直接脚ひっかかれるのは痛いのよ。

散々引っ掻き回した後お燐は膝の上から飛び降りた。

「全く……あたいだってあんなに締められたら息できませんよ」

人型になったお燐が私とフランを交互に睨みつける。当のフランはどこ吹く風である。

そもそも私はわるくなーいと言ってみたくはなったけれど……言ったら機嫌が悪くなりそうだったからやめた。

しかも今だって小言長いですし……

小言が長いのは私のせいだって?それはひどい誤解ですよ。私だって小言言われたくてあんな事しようとしたわけじゃなんですから。信用できない?だって普段からよく爆破されているじゃないの。主にこいしの実験とお空の訓練で。

 

「そういえばお燐、私に話すことがあったのでしょう?」

本来であれば彼女は地上で張り込みをやっているはずなのである。1時間前…こいしとフランが交換お泊まりを始めてすぐお燐だけが戻ってきたのだ。

「え?ああ…そうでしたそうでした。文句も言いたかったから忘れるところだったよ。一応そこの妹吸血鬼も聞いておいた方がいいんじゃないかな?」

地上でのあれの対処に関することなのだろう。いまいちピンときていなかったフランに耳打ちで教える。

合点がいったようだ。ただあまり興味はないらしく……彼女らしくあんなの力で踏み潰せばいいのにと考えていた。

それができれば苦労はしないのだ。

 

「一応拠点と人数は分かってきたんだけれどリーダーとか全然ダメなんだよね…全くわからないんだよ」

どうやら出入りする人間は把握できても外からではそれが限界なようだ。外では上下関係を出さず、皆平等ということか。下の人にとっては居心地が良くないだろう。だけれど全員平等に振る舞うというのはなかなか考えていますね…

「流石にそれを探れとは言わないわ」

 

「でも探ろうと思えば探れるでしょ?」

まあ探ろうと思えばですけれど。それこそ周辺のお金の動きとか建物の中に潜入して操作したりとかやり口はいろいろある。だけれど現場に出ていない私はそこまで言うことはできない。

「フラン…危険だと思うわよ」

 

「ある程度の危険は折り込み済みでしょ」

まあそうですけれど……

「何かいい案あるんですか?」

 

「手段を選ばないなら…建物に潜入して伺うとか、金の動きである程度組織の母体を探し出すとか色々ね。地道に聞き込みするのも手だけれどそっちはそっちで露見するリスクが高すぎるわ」

 

「お姉様ならお金の動きくらい調べられるんじゃないかな?」

レミリアさん?ああ…確かに今頃調べていそうね。向こうにも情報は行っているのだろうし。だとしたらこちらは無理に探らなくても良いか……

「もう調べているでしょうね」

確証はないでしょうけれど私がレミリアさんだとしたらそうする。そうじゃなくても運命操作してくる。

「後で聞いてくる?」

 

「私が聞いておくわ」

紅魔館に足を運ぶのもたまには良い運動になるし。そこまであそこが嫌だというわけでもないですからね。

「そっか…じゃあこの話はおしまいかな?」

別に今長々議論する必要もないですからね。

「まあおしまいでしょうね……」

 

お燐の興味は完全に仕事からフランの羽に移っていた。

フランが無意識に羽を揺らす。それに合わせて揺れる宝石のような七色の何かを猫じゃらしのように扱っている。

なんか和む。すごく和む。大事なことなので二回言いました。

「前々から思って他のですけれどフランのその羽ってどうなっているんですか?」

前はドタバタしていたから聞きそびれたしこっちにきてからもあまり接点がなかった。

「羽?あー……生まれつきなのかな。でもこの宝石みたいな何かは別に宝石じゃないよ。パチュリー曰く魔力の塊なんだって」

お燐が戯れているのに気づいたフランが羽を軽く振る。

「魔力の結晶体…魔法石とかそう言った類ですね」

欧州だとよくあることで魔力が濃かった昔は龍脈とか魔力の流れができているところではよく地中に埋まって生成されていたのだとか。一応人工的にも生み出すことは可能だけれどフランの翼ほどの大きさと量を揃えるのにはかなりの人数がいる。

それこそ指輪にはめる宝石程度の大きさのもので通常は十分なのだ。

「一応その部類なのかな…私の羽から離れることがないから全く使えないんだけど」

 

「へえ……」

それを聞いたお燐が宝石を引っ張った。最初こそ羽から抵抗もなしに離れていった宝石だけれど手を離せば磁石に吸い寄せられるかのように素早く元の位置に戻っていった。羽で遊ばないの。

 

なんだか不思議ね……

 

「でしょ!かっこいいよねえ…魔法少女みたいで!」

魔法少女…確かにフランは魔法少女でしたね。

「魔法少女の末路がどんなものか分かりますか?」

ちょっとその笑顔が可愛かったから少しだけイタズラしてみたくなってしまうのは種族のサガだろう。

「……え?」

完全にきょとんとしていた。流石に分かりませんよね。

「心が濁って異形の敵となったり、騙されて殺し合いになったり、敵と相打ちになって死んだり」

 

「例えが酷すぎない⁈どれも当たらずとも遠からずなんだけど!」

え…ほんとですかい?間違ってはいないんですか……

「え…ある意味間違ってないんですか…魔法少女怖っ」

心が濁って敵になるなんて……本当にありえたのか。いや普通に精神侵食して攻撃して洗脳する魔だって妖だっているのだからこれくらい普通なのか。

「え?だって魔法少女じゃなくたって普通に戦うし」

ああ…確かに他の妖怪や魔物や神と戦う場合ふつうにそういうこともありますね。魔法少女に限った話ではありませんね。

「あ、そうか普通だったわね」

 

「じゃあ普通なのか…戦闘スタイルが魔法少女なだけで…」

そもそも魔法少女はなにを以て魔法少女と呼ばれるのかが分からない。魔法を使える少女であるなら魔理沙は魔法少女であるけれど実際は魔法使い。パチュリーは魔女。普通に魔法を使える少女というわけではないらしい。

「そうじゃないかな?あとは魔法少女だからもちろん少女じゃん」

ああ、少女だから負けた場合相手がなにをしてくるか分からないと。そんなの異性が戦闘すればどこでも起こりそうな事ですけれど。実際私が魔術を習いに行った時代なんてそんなもの日常茶飯事のように繰り広げられていた。

いやあ結構きつかったですよ。こいしと一緒に森に入ってみたら魔物同士が堂々とそんな行為していたんですから。

 

「それ……結構珍しいと思うよ」

 

「レアケースだったんですかあれ」

 

「あたいからしても絶対それはレアケースだと思うよ」

そうなんですか……この辺りはお燐の方が詳しそうですけれど……いやそうでもないか。

「あたいを見て期待外れだと思いましたよね⁈」

目線をそらしたらお燐に気づかれた。

「そもそもこんなもの期待出来るわけないじゃないですか」

 

「ほんとだよ!あたいに期待しないでよ!」

紫あたりなら期待しても良いのだろうか……

「そんなことより遊ぼうよ!」

 

「昨日あれだけ暴れませんでした?」

昨日レミリアとフランに私やこいしで大規模弾幕ごっこをしたばかりなのだ。

しかもそれを異変と勘違いした勇儀さん達が乱入してきてもはやバトルロワイアル状態になってしまったのだ。さらに言えばそれで発生した損害もなかなかバカにはできない。

木っ端微塵に割れた窓ガラス。地面に開いたクレーター。防衛装置復興で予算がずいぶん食われているのだ。そこにきてこれは流石に無理なので割れたガラスを撤去した程度で済ませている。予備の窓ガラスはストックがあるけれど流石に数が足りないので半分以上ベニヤ板で応急処置をしている惨状なのだ。

 

「今度は頭脳戦だよ!」

よかった流石に力比べとは…え?頭脳戦?

「頭脳戦って……」

思考読める私に有利すぎるのでは…いや流石にそれは言い過ぎか。しかしどのような方法にしても心を読めるというのは優位である。まあそうでなくても多少なら全然問題ないのだけれど。

「ルーレットとか」

ルーレットって…それはそれで動体視力と野生的能力で投げ出された球がどこに入り込むかを素早く計算してベットするだけじゃない。決着つかないわよ。

「でもそれ…私達相手じゃちょっと難しいんじゃ…」

特にこの手のゲームはお燐が得意中の得意。というより百発百中してしまうのだ。まあお燐に言わせれば見えてるから仕方がない。のだろう。

「じゃあサードアイ使わないでポーカー?」

ああ…やっぱりそうきましたか。しかしポーカーですか。ルールは知りませんけれど詳しくはないですよ?まだブラックジャックの方がやれます。

「そのあたりでしたら…でもポーカーはルールを一応知っている程度ですよ」

正直それすら忘れかけているくらいです。ブラックジャックばっかりやっていたからでしょうか?でも面白いんですよ。

「じゃあ私さとりお姉様のフォローしてあげる!」

 

そう言ってフランが私の膝の上に乗ってきた。正直そこに乗られるとちょっと重いんですけれど……それに…お燐との戦いになっちゃってなんだかなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        2

 

「さとり様でいらっしゃいますね」

 

フランが就寝したタイミングで、それを計っていたかのようにメイド長は私の所にやってきた。時刻は午後7時。吸血鬼にとっては朝も良いところだけれどレミリアさん達は昼と夜の両方で起床する必要があるため生活リズムの時間が若干ずれているのだとか。なんでも就寝は午後7時から午後11時までとなっているらしい。ほとんど寝てないじゃないと言ったらそのくらいで十分な睡眠は取れているらしい。

ヒトの体って不思議なものです。

まあ私も大概か……寝なくて良い体なんて多分レミリアさんでも貴重なのだろう。

 

思考の一部を切り離してメイド長に向き直る。お燐が地上に戻った直後だから入れ替わりのタイミングを狙ったのだろうか。あるいはフランの睡眠時間を考慮してなのだろうか。

「用件はなんでしょう?」

澄ました顔の咲夜は、私の問いに一瞬だけ顔を顰めた。でもそれも一瞬のことでちゃんと見ていないと分からない程度のものだった。それだけで悪い知らせであると分かってしまう。

「すいませんしくじったそうです」

しくじった…なにをどうしくじったのか…主語が完全に抜けてしまっている。そこは想像しろということなのだろう。

じゃあちょっとだけやりますか。

現地の玉藻さんやお空がミスを犯した?いやそれはないだろう。ミスをしそうになっても直前で止められるはずだし。それであれば咲夜がここに来ることはない。最初にレミリアさんのところに行ってそこと現場との合間でのやり取りになるはず。ならやらかしてしまったのは……

「レミリアさんが?」

レミリアさん本人であろう。

「話が早いですね」

咲夜さんも自分の主人の失敗を相手に伝えなければならいというかなり悲しい立場になってしまったのだ。責めるわけにはいかないし責められるはずもなかった。

「ですがよくレミリア様だと見抜きましたね」

半分は勘ですけれど半分はちゃんと推理していますよ。それにですね……

「お空たちの方が失敗するなんてことはまず想定していませんから」

だって信じているんだもの。失敗するなんてことはないって……

みんな失敗しそうにはなっても既のところで回避できるでしょう。

「仲間思いなのですね」

 

「家族を信じるのは当たり前ですよ……まあレミリアさんは運がなかったとしか言えないです」

多分相手の方が一枚上手だったのだろう。私が金銭の面で操作したら多分私だって失敗していただろう。ソファに座るように言ったのだけれど仕事中だと言って立ちっぱなしの咲夜さんを半ば強引に座らせる。

ここは紅魔館じゃないのだ。貴女は今客人なんですよ。

「具体的に失敗の原因は聞かれにならないのですね」

ああ……具体的に聞いても今更意味はないだろう。それに次は同じ手を二度と使わないでしょうし……

「大方金の流れを探る時に内通者か何かにやられたのでしょう。まあ紅魔館が嗅ぎ回っていると向こうに知られているのなら逆にそれを利用して堂々と牽制するのも手の一つです」

そう、仮にも仕手は紅魔館なのである。吸血鬼の強さは幻想郷の中でも指折り。接触すれば生きて帰ってこれる保証はない。とまで言われているのだ。

いくら嗅ぎ回って居たとしても多分手出しは簡単にできないだろう。逆に人里の中だけであれば紅魔館も手出しはできない。だから人里の外に漏れない程度には過激にできるという考えを持つだろう。その時点である程度の牽制の役割は持てる。

「尤も……向こうはそれを良しとするかどうかは別ですけれど」

プライドだけは高いでしょうからなにをしでかすのやら。多分今までの事をやらかすような頭脳があるのであれば当然この後の対応もそれ相応のものになるはずだ。こりゃ……早めにどうにかするしかないわけか。

「今までのことからいえば…ちょっと想像がつきません」

咲夜さんが申し訳なさそうにする必要はないですよ。

取り敢えず行動を起こされないようにすれば良いのであれば手はある。あるけれどそれをやるとちょっと派手な花火が上がるのである程度の情報規制と操作を行わないといけない。その手に強い人を知っているから良いのだけれど其の場凌ぎなので使いたくないんですよ。バレた時に収拾がつかなくなるので。それに人間からすれば彼らの行動は別に間違ってはいないのだ。

 

「じゃあ私も行くわ」

早急にあれを潰す必要に迫られてしまうとは。まだ情報が不足しているからやりたくないのだけれど仕方がない。

懸念材料が残ってしまうけれど……紫にどうにかしてもらえないだろうか?

ああ、今冬眠中でしたか。春先まで安静にしていて欲しいですね。

そんなことだから私は地上に向かうことにした。先ずは情報操作と規制を可能にする人に話をつけに行く。ついでだから対象の集団が裏でどこと繋がっているか程度は調べをつけておきたい。

起きたら私がいなかったではフランは絶対怒るし寂しがるので一応咲夜さんを置いてきた。大丈夫だろう…それに何かあったらこっちに来るでしょう。

 

 

 

雪は降っていないけれど今まで降り積もった分が道を隠して白い絨毯になっている。冷たくなければ最高にふかふかなのでしょうけれど……ふかふかでいて欲しかった。

家の空間跳躍を使っても家から歩かなければならないのが辛い。飛んでいってもいいのだけれど今は夜中である。正直灯りも何もないのに空を飛ぶのは自殺行為である。航空機みたいに計器や航法測定ができる機械があるわけでもないのだ。すぐに空間失調を起こして落ちるかあらぬ方向に行ってしまうであろう。それならいっそのこと地上を歩いた方が目印も多くて分かりやすい。

 

そういうわけだから私は地上を歩く。吹雪いていないだけマシだけれど少し肌寒い。もうちょっと服を着て来ればよかった……

1時間ほど歩いても全く体が温まらない。

 

「あれ?」

肌に変な違和感を感じる。空気が若干肌を舐めるようにうごめいている。風だろうか…でも今は風は止んでいる。それなのにさっきからどうも周囲の温度が寒くなっている。夜中だからと言うには温度の変化が激しすぎる。

いや…周囲の温度が下がっているんじゃない。強力な冷気が近くにあるからなのだ。

レティだろうか?一応冬の妖精ですから出くわしても問題はないはずなんですけれど…

 

「あれ?さとりじゃない」

大人びた声…一瞬レティなのかと思ったけれどどうやら違うみたいだ。聞き覚えはないけれど名残が若干残っているからもしかしてと思う。

「チルノちゃんでしたか」

冬でも活動する妖獣対策に灯火管制を施した灯りを声がした方に向ければ、そこにはやっぱりチルノちゃんがいた。

だけれどいつもの子供ではなく大人の方だった。冬場仕様の方だ。

なんだか可愛さより年々妖艶さと美が磨かれているのですけれど……ある意味雪女じゃないですか。

 

「チルノちゃんその人は……」

彼女の後ろには暗闇でぼんやりしてしまっているけれど人影があった。

「縄張りに入ってきた哀れな人間。襲いかかってきたから氷柱にしちゃった」

ああもうこんな時に頭が痛くなるようなことを……

それでも責められない。いつもの自然の定理。幻想郷では当たり前のものだから。でもこのタイミングは…悪すぎる。これが露見したら絶対このことに漬け込んで来るだろう。たとえこの人間が罪人であり里から追放された存在であったとしても。そんな事実御構い無しに都合のいい事実を都合よく流すだろう。

「これ絶対見つかったらまずいですよ……」

早めに処理しないとなとか考えていたら背後に別の気配を感じ取った。素早く横に飛びのく。いくらなんでもあんな距離になるまで気づかないほど気配を消していたなんて……

もしあれが私に攻撃する意思があったのなら一瞬で負けていた。

振り返ればそこには闇に溶け込むようにしてルーミアちゃんが浮いていた。ああ…この暗闇の中じゃ気付かれないのも無理はない。闇は彼女のテリトリーなのだから。月が出ていたりすればまた話は変わるのですけれど今は光の全くない真っ暗闇。妖怪すら迂闊に動くことはできないのだ。

「じゃあ私が食べてもいいのか〜?」

……ルーミアさんの方だ子供の姿になっているけれど中身は完全にルーミアさんの方だ。ちゃんではない。雰囲気がそう語っている。

 

私の横をすり抜け、チルノちゃんの後ろにあるそれに近づこうとした瞬間、そんなルーミアさんの体を一筋の光が縦に貫いた。

「っ!」

だけれど当たったわけではない。後ろに下がってきたルーミアさんは顔を顰めているだけだった。

「私の作ったオブジェなに食べようとしているの?」

チルノちゃんの手には刃渡り3メートルを超える巨大な氷の剣が握られていた。そんなに長くて取り回しとか大丈夫なのかな。身長の三倍もあるよね?

 

「それオブジェとして凍らせたんですか?」

人間オブジェとか趣味最悪だわ。カエルの氷漬けだって見ててエグく感じるのに……正直氷漬けのカエルを石代わりにぶん投げられるのが一番嫌かもしれない。

まあそれも彼女の感性なのだろうか?あるいは無邪気ゆえの狂気。苦悶の表情を浮かべているから相当苦しみながら氷漬けにされたのだろう。同情はしませんが哀れみくらいは……

「私にとってはただのアイスに過ぎないしこの人間は私が前から狙ってたの」

睨みを利かせるルーミアさんが警告もなしに反撃を行う。妖弾が氷の剣で貫かれ爆発四散する。

前からって…数刻の違いでしょうに。でも彼女の言い分も分からなくはないのだけれど……

「2人とも落ち着いて……」

だけれど私の言葉は2人には届かず、青筋を浮かべた2人はそのままにらみ合い。冷戦が続く。

そしてそれは溜まるところまで溜まった結果あっさりと崩壊。無言だった2人がまるで打ち合わせでもしたかのように動き出した。

闇が蠢く生き物のように這いずり回り全てを凍りつかせる吹雪が闇すらを飲み込もうと直線的な幾何学模様を形成する。

 

ぶつかり合ったそれらが木の折れるような音を立てて弾け、暗闇に火花を散らしている。

流れ弾が私の直ぐ側を通り抜け後ろで雪しぶきをあげる。巻き込まれてはたまらない。少し離れたところに移動しようとして、足元にどちらかの弾幕が着弾。

見えていない左側からの弾幕である。回避するのが遅れてしまう。

反動で弾き飛ばされる。直撃を受ければそれこそ体が粉砕するようなものが足元で炸裂したのだ。吹っ飛ばされても仕方がない。

 

だけど吹っ飛ばされた方向が悪かった。

背中から硬い何かにぶつかった。肺の空気が一気に抜け呼吸困難に陥る。無理に体が空気を吸い込もうとして、圧迫された肺が体を刺激する。

「もしかしてさとりもその人間狙い?」

完全にテンションハイになっているルーミアさんが私を睨む。

「そんなわけあるか」

と言いたいけれどうまく空気が吸い込めず答えることができない。

 

「誰にもあげないから…取ろうとするなら腕の一本二本無くなることを覚悟してね」

誰も取らないから!

 

殺気を感じて素早く体を転がす。さっきまで私がいたところを一閃の輝きが通り過ぎる。腕どころか半身がバイバイするところだった。

「……私のご飯盗むつもりなのかー?」

殺気立ってる!ルーミアさんまで殺気立ってる!

「誰も盗みませんよ…」

最悪食べて証拠隠滅してくれるならそっちの方がありがたいのですけれど……

「ともかく2人を倒す。まずはそれからなのだ」

 

私を巻き込まないでください。

脚に力を込めて後ろに跳躍。襲いかかる弾幕を結界で弾く。

だけれど長くはもたない。すぐに結界にヒビが入る。仕方がない……これは自衛だ。

スペルカードを取り出して構える。ヒビがやがて大きくなり結界自体が歪み始める。タイミングを見計らって……

「想起、『飛行虫ネスト』」

手に持ったスペルが光を放ち弾幕を展開する。ほぼ同時に結界が砕け散り、いくつかの弾幕と氷の粒手が突っ込んでくる。

だけれど遅い。それらが私に届く前にその全てがスペルの弾幕で相殺される。

心臓にあまり良くないけれどこうするしか方法はない。

 

「ちょっとおいたが過ぎると思いますよ」

うん、背中もぶつけたし少し怒りたいです。私だって感情ちゃんとあるんですから。プンスカ!

「Did you finish the piss? Pray to God? Is the preparation of the mind to sway and kill the life in Corner of the room OK?」

 

「え…えっと?」

 

「おーけい?」

 

「気にしないでくださいただの独り言ですから」



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depth.205 さとりと人間の心理 上

武器は持ち合わせていない。刀も銃もこの前の戦いで全部壊してしまったのだ。

それでも私にはまだ体という最大の武器が残っている。右腕に拳を作り、飛来した氷の粒をねじ伏せる。

ならばやれるところまで…というよりこの2人をさっさと止めよう。

 

流石にバトルロワイアルともなれば2人両方が攻めてくるなんて事にはならない。お陰で妖弾も氷の粒も狙いが甘い。積極的に近接戦をしている2人にとってみれば私はまだ蚊帳の外に近いのだろう。

 

ならば私は中距離戦でいかせてもらおう。

宙にいくつもの陣を描き、弾幕を射出する。私のイメージカラーに近い赤と紫の弾幕が一斉に2人に襲いかかる。

流石にこれにたまらないのか2人揃って後退。さっきまで戦っていたところを弾幕が吹き飛ばし埋めていく。

ううん……命中精度はやっぱりダメですね。弾幕ごっこ用の無誘導じゃこんなものか。

「やっぱりお前も狙っているのか!」

ええ狙っていますよ。というより証拠隠滅を図るんです。

地面を蹴り一気に近づく。同時に鬼の力を想起。腕に纏わせる。

あっけにとられていたチルノを左で殴る。同時に右で簡易的な結界を張りルーミアさんの回し蹴りを防ぐ。

寸前で手を前に回し拳を防いだチルノちゃんだったけれど、衝撃まで耐えることはできずそのまま後ろに吹き飛ばされた。

こっちも回し蹴りで結界が砕けたから大して変わらないかな?

回し蹴りだけじゃ止まらないルーミアさんから距離を置くためサイドステップで横に飛び退く。

さっきまでいたところを二段構えの蹴りが通り過ぎる。

無理な方向転換で体のバランスが崩れる。背中から地面を何回か転がり姿勢を戻す。

 

チルノがルーミアさんの方に斬りかかる。そのせいでこちらへの追撃が止まる。

2人がもつれあっているところにも容赦なく想起したグングニルを投射。

紅色の光が2人を飲み込みかける。

ひときわ大きい爆発がして、チルノちゃんが光から弾き飛ばされ木々の中に消えていった。

ルーミアさんは……ああ、健在ですね。ちょっと傷付いているようですけれどまだピンピンしている。

「先にあんたから始末してやるよ‼︎」

あれえ…なんか怒らせました?

 

グングニルをもう一度投射しようとして瞬間移動のごときルーミアさんが寄ってきた。動体視力が追いつくギリギリ。体の方は咄嗟に生成途中だったグングニルを振り回していた。

ルーミアさんの爪がグングニルと接触し火花が散る。

それで終わらず追撃に再び斬り裂き攻撃が入る。今度もグングニルで防ごうとするが先端にヒビが入り、威力を殺しきる前にそれはグングニルが弾け飛び、周囲に爆炎が広がる。

手元での爆発で腕の皮がズリ剥ける。これで済んだのはひとえにあれが私の作った中途半端なものだったから。腕の皮が再び再生して元に戻ろうとする。

まだ軽い方だからすぐに治るだろう。とりあえず距離を取らないと…

 

そう思っている側からルーミアさんが突撃をかましてきた。だけれどそれを避ける前に、何かに気づいた彼女が横に飛んだ。これはもしかして……

私も頭を伏せる。

斬ーーー

 

私の首があったところとルーミアさんがいたところを水平に一閃の光が扇を描いた。空気が切断され、一瞬だけ真空が生まれる。

 

腕を前に出し少し大きめのレーザーをひねり出す。反動で私の体は後ろに弾き飛ばされる。レーザーはチルノちゃんの横を掠めただけで済んだようだ。

チルノちゃん羽が禍々しい事になっているのですけれど…

6対の羽はその全てが一つに固まり、巨大な西洋の龍を思わせる羽へと変貌していた。こっちも怒らせちゃいました?

共闘されたら迷惑ですけれど…どうやら共闘するつもりはないらしい。闇の本流がチルノちゃんに襲いかかる。私も無理やり体を動かして逃げる。後ろから追いかけてくるその闇の奔流。それはルーミア自身でもある。

闇の中ではどこから襲われるのか予測がつかない。だからこそ逃げるにしてもほぼ運だめしになってしまう。

私は逃げきれるだろうか……こればかりはチルノちゃんも逃げるに徹している、

「つーかまーえた!」

 

「っ横⁈」

 

左から聞こえたその声に、体をひねってエルロンロールで答える。捕まりたくないのだ。

だけれど私の意思に反して、左肩に何か生暖かいものが触れた。

それが何かを理解するより早く、肩に一瞬痛みが走った。肉が食いちぎられるような嫌な音が響く。

見れば、左肩にルーミアさんが噛み付いていた。突き立てられたい歯の合間から涎の混ざった血が止め処なく溢れている。

「そんなにお腹空いてたんですか?」

素早く右腕をお腹に叩き込む。お腹に当たったところで軽く拳を捻り、ちょっとだけ意地悪をする。

鬼の力で殴られたら流石のルーミアさんもギブアップ。

思わず口を離すとそのままお腹を抑えて落下していった。衝撃で内臓が強く揺さぶられたのだろう。まあ妖怪だから死にはしない。痛いだろけれど…

あれではもうルーミアさんリタイアでしょう。

さっきから後ろの方でげろげろいっている音がしている。闇で良かったですね。誰にも見られないですよ。

でも私は左肩を噛み千切られた。最後の抵抗というべきかただの偶然か…骨がちょこっとだけ露出してしまう程度には食いちぎられた。

頸動脈の方は無事だったのかそこまで血が吹き出るということはない。

 

再び雪の上に降りれば、チルノちゃんも私の前に降りてきた。龍のような羽は一部が食いちぎられたのか一部が欠損していた。

「これでお前と一対一だな!」

剣先を私に向けながらそう叫ぶ。いや…一対一はともかく私としてはまともに戦う義理無いんですよね…だって私のすぐ後ろに氷漬けの人いますし…でもここでこっちを先に破壊してしまったら絶対チルノちゃん怒るだろうし嫌われるだろう。

「ええ…そうですね……」

さとり妖怪が嫌われることを気にするなんてすっごい皮肉なのだろうけれど…いや、結局それは私のエゴであって本当は嫌われたくなくて…嫌われるようなことをしたくないだけなのかもしれない。今更それがどうだと言うのだけれど……

腕の皮はまだ治っていないけれどそれでもズル剥け状態では無くなった。

 

チルノちゃんが動いた。まっすぐこちらに飛び込んでくる。

無誘導の弾幕を手前にはなって雪を跳ね上げる。視界を奪われたチルノちゃんは、馬鹿正直にまっすぐ突っ込んでくることはなく、横から回り込んできた。

左側は今見えないから弱いんですよ…まさか気づいた?そんなことはないか…

彼女の剣を弾幕で無理やり弾く。

 

長い剣はリーチがある分、一度振りかざしたり大きく動かすと隙が大きい。

今だってチルノちゃんの脇腹が完全にフリーになっている。

そこを見逃すほど私はお人好しではない。再び拳を叩き込む。だけれどそれを想定していたらしく私の拳は分厚い氷の壁にめり込んだ。私が殴りかかる一瞬で氷の壁を作るなんてさすがチルノちゃんですね。

 

その合間に再び剣が振りかざされる。どう考えてもこれは弾幕ごっことかそう言うのじゃないような。もともと弾幕ごっことも言っていないから仕方がないのですけれど…それに私も弾幕ごっこやっていませんし。

 

タイミングを合わせて……

 

 

驚愕したチルノちゃんの顔。無理やり掴んだ氷の剣を、鬼の力で無理やり握りしめる。剣が赤く染まり液体が雪にもシミを作っていく。

腕に刃が食い込むのより早く、剣自体が根元からへし折れた。

ガラスが砕ける音が響き、支えを失った剣の先端が重力に従って落下する。それを素早く拾いショックを受けている彼女の首元に添える。

「私の勝ちでいいですね」

あれ認めないですか?

「っ‼︎う…パーフェクトフリーズ!」

スペルカード。いくつもの氷が生み出される。

「あ……」

なお攻撃してくる彼女の喉元に素早く剣先を突き立てる。氷の弾幕が解き放たれる前に、突き立てた剣に力を込め、首を弾く。

最も切れやすい剣の先端だったから、チルノちゃんの頭はボールのように飛んだ…なんてことはなく動脈と脊髄を完全に破壊されその場で完全に彼女は動かなくなった。その体が少しづつ形を失い崩れていく。

これで一回休み。妖精だから死んでもまた復活するのは分かるけれど…それでも他の人達のように簡単にポンポン一回休みにするのは気が引けていた。

……なんだか後味悪いです。

 

まあ……彼女自身暴走していたところがあるのでちょうど良いかもしれません。

 

 

氷漬けになっていた人間の亡骸をその場で砕いて処分。体も小さく砕いて雪に埋めていく。春先に溶けて出てきたとしても小さな肉片ですからすぐに消え去るでしょうしそこに人間がいたなんて気付かないだろう。

お燐がいたら持って帰るとか言ったのだろうか…だとしたらお燐の部屋で観賞用になっていたかもしれない。

まあ……死人に口なし。死んだ後その体や財産なんて好きにされるのがオチだ。

 

 

体も回復して傷があらかた目立たなくなった頃には人里に到着していた。

だけれど雰囲気が少しおかしい。

全体的にピリピリしている。まえはこんなではなかった…やっぱり色々と効果が出てきているのだろうか?だとしたら急がなければならない。

 

流石に入り口からそのまま入ってくださいはできないので壁を乗り越えて中に入る。

飛べる妖怪が多いので壁なんて意味ないと思うかもしれないけれど飛べない低知能の妖怪や妖獣などの侵入を防いでくれるからあって困ると言うことはない。

中に入ってみれば夜中であるのに結構ざわざわしている。

ああ…自警団?

いや違いますね。あれもしかしてあの組織の方々ですか。確かに自警団と名乗っても良いのですけれどそれはそれで違うような気がするなあ…まあいいけれど。

 

あそこまで勢いづいた?いや…レミリアさんがミスったのをいいことに動きましたね。

ちょっと様子を見るために背後から尾行を開始する。

なるべく闇夜に紛れ込んでいたいけれど人里ではそうもいかない。ともかく死角に隠れながら様子を伺うのが一番だ……

 

 

こっそり観察をしていると、目の前で彼らは1軒の家前で止まった。

あそこが本拠地…ってわけでもないですね。じゃあなんであそこに?

 

なんか怒鳴り声聞こえているんですけど…あそこ妖怪の住処だったのですか?でもそんな風には見えないと言うか……

 

あ!あそこ鈴奈庵じゃないですか‼︎確かあそこには妖魔本が…なるほどそれを破壊するとかそう言うつもりですか。

 

サードアイを取り出して心を探る。見たくない憎悪の感情と薄汚い人間の思いがいくつも読み込まれる。吐きそう……

それでもある程度の情報は読み取れて……それは結局私の想定していた通りのものだった。

確か妖魔本の取り扱いだけじゃなく小鈴さんは個人的に妖怪ともつながりがあるような……

それがバレたら一大事ですね。

でもこんな夜中に行くなんて嫌がらせ以外の何物でもない。ちょっとだけ…手を貸しましょうか。私としても妖魔本を不用意に接収なり破壊したら何が起こるか分からないですし。

 

 

 

 

「……んあ?」

寝返りを打ったら足がなにかを蹴った。その違和感のせいで夢から意識が引き戻される。ゆっくり目を開ければ、まだ午後の10時だった。全然寝れていない。

「おはようございます妹様」

何を蹴ったのか確認したくて上半身を軽く起こせば、咲夜の胸だった。なんでそんな姿勢低くしているんだろう…なんて疑問を覚えるより先に別の疑問が喉から出ていた。

「なんで咲夜がここに?私紅魔館で寝てたっけ…」

いつも通りの日常が広がりかけてびっくりだよ。

「いいえ、ここは地底のお屋敷ですよ」

よくよく見れば自分の部屋の天井じゃないし家具だってほとんど無い。やっぱりここは地霊殿だったか。

「んー……じゃあなんで咲夜がいるの?」

そうだよ…なんで地霊殿に咲夜がいるのさ…お迎えなわけないよね?全力で拒否するから!

「さとり様が妹様の事を見ていてくれと」

……え?どう言うこと…って言うかさとりは⁈一緒に寝るって言ったのにいないじゃん!

「さとりが⁈さとりはどこ‼︎」

たじろく咲夜に詰め寄って問いただす。言いたくなさそうにしているけれど絶対言わせてやる!ほらはやくいってよ!

「今人里に向かいました。ちょっと野暮用だそうです」

人里って確かお姉様に危険だから今は行かないほうがいいって言われてたところだよね?なんでそんなところにさとりお姉様行っているの?まさか……

「それ絶対野暮用じゃないよね⁈せっかくさとりお姉様と一緒に過ごせると思ってたのに…」

 

「ともかくここで待ちましょう」

 

「帰ってこなかったら一週間泊まり延長だから!」



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depth.206さとりと人間の心理 中

「何しているんですか?」

彼らは建物の方に呼びかけるのに夢中で私が背後にいることに結局気づかなかった。ここまで気づかないってなると…結構鈍臭いですね。そっちの方がやりやすいのですけれどこんなので大丈夫なのだろうかと不安になってくる。半分くらい運動に触発されて参加したような人たちですし。

「ここに妖魔本が隠されているときいてな」

背後から声をかけたせいかほぼ全員が私の方に顔を向けてきた。すごく目線鋭いですね。そんなにここに怨みがあるんですか?それともただの八つ当たりか……はたまた鬱憤ばらしか。

それでも隠すことなく妖魔本の事を教えてくれるあたりうまくこちら側の力にしようという魂胆だろう。

ある意味この情報は出回られると危険すぎる。だけれど人の口に戸は立てられない。

「それより嬢ちゃんこんな夜中にどうしたんだ?」

ああ流石に目立ちますよね。外套をかぶって妖力を限界まで抑え込んでいるから流石にバレてはいないようですけれど。それでも時間の問題かもしれない。何人かが疑心暗鬼の表情をしていた。

「いえ…ちょっと騒がしかったので様子を見に来たただの野次馬です」

野次馬は帰れと怒鳴られたけれどそうはいかない。

ともかく今この場においては彼らをのさばらせるにはいかないのだった。

兎も角すぐに素早く行動。

「ただ野次馬として一言。夜中に来られても迷惑極まりないと思いますよ。昼間開いている時間帯に改めて押しかけたらどうでしょうか?」

 

否定をせずにまずは提案。むやみやたらと否定をしてしまうと暴動に発展するしプライドが傷つくと生き物は超めんど臭いのだ。多分普段の100倍は面倒。

プライドなんて死んでしまえ。

「そうは言われてもな…もうこの状態じゃ」

確かに、既に妖魔本があるんでしょうと言ってしまっていますし…もし相手が本当に持っていたのであれば証拠隠滅を図られる可能性が高い……

仕方がない強行手段に出ましょう。ちょっとお店の方に悪評が付きまとうかもしれないけれど……それはコルテラルダメージというやつです。

こっそり展開させていたサードアイの能力を強く動かす。

記憶と…そこからトラウマを探り出し引き出し混ぜ合わせる。精神が壊れないように慎重にやる必要があって面倒だなあ……

 

全員分の記憶とトラウマを確認し、一気に叩きつける。

私の瞳が一瞬だけ赤く光る。

一瞬何かを察した人もいたけれどもう遅い。

少し遅れて全員がその場で棒立ち状態になる。

想起の本来の使い方。そして私の体が全員分のトラウマに悲鳴をあげかける。すごく嫌なものを見た気分です…

男達がうめき声をあげ頭を抑え始める。頭痛いんですか?私はただトラウマを見せつけているだけですよ。

何人かはのたうちまわって暴れている。なんだか大の大人が何やっているんだと思うかもしれないけれど彼らの視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚は完全にトラウマを再現されて狂った信号を脳に与えているのだ。多分彼らの精神は自らの感覚情報で壊されかけているのでしょうね。ああ……流石にやりすぎかもしれない。だけれどこれ以外の方法を私は知らないから…

 

しばらくして全員がその場に崩れ落ちる。気を失っているだけ…だといいですね。脳に障害が残るかもしてませんし精神崩壊を引き起こしているかもしれない。一部は目を開けたままなので気を失っているというより廃人になってしまったかもしれない。困ったなあ…直すの大変なのですよ。もう適当に性格を構成して記憶をつぎはぎにすればいいかしら?

 

 

窓の外から様子を伺っていた店の店主夫妻がゆっくりと扉を開けて出てきた。その奥には小鈴もいた。寝ている時だから髪も完全に下ろしていて普段とは印象がまるっきり違う。

「あ、ありがとうございます?」

困惑する店主2人を尻目に小鈴さんが近づいてきた。やはり妖怪なれしているだけあって警戒心が薄いですね。

もし私が悪い妖怪だったらどうするつもりだったのでしょう。私じゃなくてもお燐とか…あの子結構エグい事するから。まあ妖怪らしいので文句は言いませんけれど…

「どうやら彼ら全員食中毒のようですよ」

夫妻にはそのように説明しておく。食中毒で皆一斉に倒れるってどういうことだよと思いたくもなるけれど…

「あ、あはは…そうですね」

ともかくこの人達を少し遠くに運びましょうか。私は魔法は使えないので手を触れずに持ち上げたりすることはできない。1人づつ担いで少し離れたところに連れて行きそこに寝かせる。やっぱり何人か精神が壊れている人がいたのでついでにツギハギして修復。一応の処置にはなったはずだ。ただ壊れた精神だからなあ……なにが起こるかは私にもわからない。多分自殺するかな?それとも通魔のような犯行をするのかな?

 

最後の1人を運び終えて戻ってみれば、小鈴さん達は店の中に戻っていた。どうやら妖魔本について両親とお話し中のようだ。ちょっとだけ聞き耳を立ててみる。

「妖魔本って…小鈴」

小鈴さんの顔が一気に青ざめるのがひしひし感じられる。ああ……隠していた赤点のテストを親に見つけられ、これはなにと目の前で断罪を受けているさえない高校生と同じ顔ですね。

だけれどいつまでも隠し通せることではなかっただろう。仕方がないのかもしれない。

 

 

「しかし……」

妖魔本を取り扱っているなんてことは一部の妖怪と小鈴さん本人でしか知り得ないはずの情報である。

であるならなぜ彼らは知っていたの?ここを見張っていて?いやそんなはずはない。そもそも妖魔本がどのようなものなのか知っていて来ていたのだろうか?なんか分かっていなさそうだった。取り敢えず何かその理由はないかとさっきのやつらの記憶を再度探ってみる。

大半が釣られてきたかそもそも勝手に参加したって記憶しかないから探しづらい。だけれどリーダー格の男の記憶に気になるものがあった。どうやら彼よりも上の存在が誰かから教えてもらったらしい。

教えてもらった?誰に?

それは秘密だと言われてしまい結局この男は知らないようです。参りましたねえ…

もうちょっと上の存在とか交流していてもいいと思うのに。

結局それ以外の事はここのメンバーではわからない。そりゃ下っ端構成員に全部教えるような事はしないか。或いはこうなる事を予測していたか。

別にそんなこと私が知らなくても一向に構わないのだけれど。それでも気になってしまうものは仕方がない。もしかして誰かが裏で糸を引いている?妙に宣伝方法に引っかかりを覚える。多分…入れ知恵した誰かがいるはず。

それもまとめて潰さないとイタチごっこになってしまう可能性がある。

 

調べてみようかな?でもちょっと時間が足りないかも……

そう…向こうは既に警戒態勢に入ってしまっている。だとしたら一手先を行かないと逃げられる可能性がある。

だけれどその一手先は、必ずしも最適解ではない。

まあ先ずはお空達と合流するのが先だろう。

 

 

 

 

お空とお燐は動物になれる分見つけ出すのは難しい。だけれど玉藻さんはそうではない。彼女は人混みに紛れて様子を伺うのがどちらかといえば得意な方だ。

だからこういう夜中に取る行動は……裏路地でこっそりしている。これに限るのです。

だから私もコンタクトを取る為に裏路地に入る。

人1人が入るのがやっとの狭い路地を歩いていくと、少し背中にピリピリとした視線を感じた。

直後背後にヒトの気配が降り立つ。振り返ればそこには忍び服を着た玉藻さんがいた。なぜ忍びの服なのだろうと思ったものの趣味であると目で訴えてきた。趣味なのか……でも忍びの服って逆に目立つような目立たないような……不思議ですよねえ。

「あーえっと…そこまで警戒しなくても良いんじゃないですか?」

ある意味背中にナイフ突き立てられるのと同じですよ。この距離じゃ貴女の方が絶対早く攻撃できますし……

「そうかい?私にとってみればいきなり地底のトップが人里にやってくるのは警戒するものだと思うんだけどねえ」

わざとらしい言い方だけれど確かに事実ではある。下手をすれば人里を蹂躙しに来たのかと勘違いされるかもしれない。

「まあそうですよね普通は…」

 

「さとりはそういえば普通じゃなかったね」

失礼な。私だって結構常識の範囲内に収まる普通であると自負していますよ。常識が結構変わるのでそれに合わせて普通の基準も変わるのですけれど少なくとも普通ではあるはずだ。

 

「それでどうしたんだい?」

彼女の目つきが変わる。ここに私が来たからには並々ならぬ何かがあったのだと想像したのだろう。実際が原因ではないけれどちょっとまずいことになっているのは事実である。

「トラブルです」

 

「ああ…トラブルねえ…どうするつもりなんだい?」

メイドではなく玉藻としての口調で彼女は私に聞いてきた。あくまでも彼女の興味だからだろう。ほんとレミリアさん癖の多い人をよく手なづけられますね。

 

「予定変更です。直ぐに潰すことにします」

私の一言に明らかに彼女は困惑した。そりゃそうだ。何のために張り込んで情報を集めていたのだとね。

「いいのかい?もうちょっと情報集めないと…ここが本拠地ってまだ決まったわけじゃないしトップだって何と無くの目星に過ぎない」

そうなんですよね…でも多分私なら誰が誰とかすぐ分かりますし徹底的にそれで潰すか…潰した後ちゃんと隠蔽すれば今すぐの問題はない。あとは長期的に策を作っていけば良い。策は大まかできているから…

「私がいれば誰がトップで何処と裏で繋がっていてなんてすぐに分かりますよ」

あまり刺激しすぎて怨みを買うのはごめんですけれど……

「確かにそうだったわ……やっぱり最初からあんたが出た方が良かったんじゃないのかねえ?」

そう簡単に言いますけれど私は面倒ごとに首突っ込みのはなるべく避けたいんですよ。特に関係のないようなことに関しては……

「私にだって私生活と仕事があるんですよ」

後のんびりする権利。心が読めるというのは必ずしも良いことではないのだ。よく羨ましいと言われるけれど辛いですよこの力。

「取り敢えず突入の準備をしてください」

 

「待って待って。そう言われても準備とか計画とか作ってないよ」

なにを焦る必要があるのですか?相手は人間でしょう?慢心せず全力で真正面から叩き潰すのです。そもそも妖怪はそれが可能です。玉藻さんだってそういうことくらいやった事あるでしょう。

「逃げも隠れもしない。正面玄関から堂々と入るんですよ」

裏口から逃げられる前に全てを終わらせれば良いのだから……

どうですか?面白いでしょう……正々堂々とした戦いですよ。蹂躙になる可能性?向こうだって対策くらいするでしょう。それを全て叩き潰してこその妖怪ですよ。

「カチコミでもするつもりかい?いいよやってやる!」

あ、やる気になってくれましたね。よかったよかった。最悪私1人だけで突入なんてのも考えていたのですけれど…そうならなくてすみそうですね。

 

「それじゃあ1時間後…私が戻ったら行きましょう」

今から攻めるのじゃないのかと玉藻さんは意表を突かれた表情になった。なんだかんだで表情豊かだから遊びがいがある。

「どこに行くのかいな?」

 

「確認ですよ」

ええ……最後の確認兼交渉です。

 

 

 

 

夜といえど灯が灯っているところは灯っている。だからその場所はすぐにたどり着くことができた。まるで誘蛾灯のようだなんて思ってしまうのは私のせいではない。灯の場所が目的地だっただけである。

 

入り口は閉められていたので塀を飛び越えて庭に降り立つ。その瞬間足が鳴子に引っかかった。竹の乾いた音が静かな闇を切り裂いた。

「曲者‼︎」

まるで待機でもしていたかのような速さで私のところに弾幕が飛んできた。いや…多分縁側に居たのだろう。見つかったというかなんというか……運が良いのやら悪いのやら。

「ちょっと落ち着きましょうよ」

それに鴉さんから手紙を受け取っていますよね。まさか…忘れていたとか?

「もしかしてさとりか?」

あ、気づいてくれたようです。

ゆっくりとこちらに近づいてくる気配。ようやく姿が見えるようになった。今夜はハクタクの姿ではないのですね。まあ月明かり無いですからそりゃそうか。

「お久しぶりです慧音さん」

結構長い間会っていないように思えてしまうけれどこの前の宴会に彼女も居たんですよね。まあ話しかけていないから会ってないのと変わらないかもしれませんけれど。

「立ち話もあれだから入ってくれ」

 

さて…ちゃんと交渉しないとなあ……

 

 



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depth.207 さとりと人間の心理 下

「あ!さとりお姉様おかえりなさい!」

地上とつながる扉を抜けると、急に金色のなにかが視界を塞いだ。後ろにかかる力を足で踏ん張って耐える。

丁度胸の前で抱きかかえていたお燐が挟まれる形となり少しだけ猫の鳴き声がしたかと思えば…そのまま動かなくなった。胸に挟まれて寝ちゃったのだろう。

「ただいま…フラン起きていたのね」

抱きついてきたフランの背中を軽く撫でる。ようやくわたしから離れてくれた。

「吸血鬼は夜行性だもの!」

そうでしたね……夜行性でしたね。

でもあと1時間で朝なんですよね。地底では太陽の光がないので基本毎日夜なのですけれど……体感時間が狂ってしまうので何日かに一回は地上に行くことをお勧めしているのですけれどまともに守っている人なんていないだろう。

「さとりお姉様…なんだか血生臭いです」

抱きついて臭いを嗅いでいたフランがそうこぼす。

「そりゃ…そうでしょうね……」

さっきまで血の海の中にいたのですから。全員血の匂いがして当たり前だしこの匂いはもう落ちない。罪の匂いなのだから。

 

フランだってそうでしょう?私よりずっと濃く血の匂いがしていますよね。

まあそれは言わないお約束。だって吸血鬼ですもの……

 

 

 

 

 

「へえ……慧音の能力で歴史の一部を隠すと…」

 

「一応壊滅させますし全員抹殺です。ええ……」

なぜかドン引きされた。解せない。

「そりゃまた物騒だねえ…」

 

「彼女の能力では歴史としての事実を隠す事はできるけれど第三者や他人が認識不可能になる事はないの」

だからこの件に関わっている頭脳としての存在をまずは消す。後はその後発生した事実を消しとばす。

認識としては下っ端の人も幻想郷の存在も覚えているし、認識上は覚えているものの、歴史としてはなんら残っていない。挙句大半の人間はリーダー達がどうなったのか不明であり死んだのか失踪したのかが分からなくなる。

まあ何も知らない一般の人であればあいつら見なくなったな程度。生き残った下っ端であっても、思想に染まった者であってもトップが消え活動資金がなくなれば動かなくなる。

彼らだって善意でやっているわけではない。金は必要なのだ。たとえ下っ端が集まって組織を作り直そうとしたところで強い指導者が居るとは思えない。

「でもそれじゃあ歴史上隠す必要はないんじゃない?」

 

「この活動で製作された資料や、関わった人間の知識がその後に認識をされると迷惑だからですよ」

ここで彼らが活動していた歴史を隠せば、活動していた結果生まれたいくつかの知識や資料等も認識上隠される。一般人にはこれで十分だし下っ端はそもそもそんなものがあることを認識していないから同じく問題にならない。

せいぜいここら辺で活動していたけれど建物が見つからない。参加していた主要人物が見つからない分からないと言った程度だ。

「なんだか複雑で眠くなってきたよ」

 

「私も……」

 

結局その場しのぎであることには変わりがないのです。

それでもいつか皆忘れていく。今回はそれを少し早くしてやろうというだけだ。そこになんら問題もなかった。

ただ綻びというのはどこにでも潜んでいるものだから注意はしないといけない。

慧音さんも今回のことは流石に手をこまねいていたそうだ。里を守ってきていたのに白い目で見られ始めたことが許せなかったのか或いは嫌だったのか……

ただ単純に利害が一致しただけという可能性もある。

 

何れにしても協力してくれるだけありがたかった。

 

「そういやさとりは武器ないんだねえ…」

まだ作ってもらってないですから。

「武器は要らないわ……」

 

 

それが数時間前のこと。

完全武装したお燐の大火力と、神の力を宿したお空のお陰で私と玉藻さんは特に戦闘になる事なく終わった。

いやほんとあの2人強すぎますよ……室内戦なのに大口径機関砲をぶっ放すとか正気を疑います。しかも貫通力がある徹甲弾。せめて瞬発信管の榴弾にしておけばいいのに。

挙句お空は建物どころかそのエリア一帯を焼け野原にするつもりかと慌てて止めたくらいです。もう怖い……

一応建物自体は吹っ飛ばして解体。死体の大半は回収してきた。だけどいつまでも放置するわけにはいかない。早めに焼却処分するか妖怪のご飯になってもらおう。人肉ハンバーグとか一部の妖怪の間で人気らしいですし。私は食べたことないから知らないですけれど。

 

「……」

そんな2人は私の頭と腕の中で寝息をたてている。一匹気絶しているけれど……こうしてみれば可愛いのになあ。どうしてあんなに物騒なのやら。ああ、私のせいか。

フランが私の腕で寝ているお燐の頭を撫でた。

「そういえばどうしてさとりお姉様は地上に出ていたの?」

ああ……しっかりと歴史は食べられたらしい。直接関係がなかったフランは忘れかけているようだ。

慧音さんに言われた事だけれど歴史を食べると周囲にもなんらかの影響が発生する。

これもその一つだろう。目的が隠されてしまっているから私が地上に行く過程までは覚えていてもその目的が不明確になってしまう。あまりこの件と関わっていない場合それが顕著に出る。そう言われた。

「野暮用よ……ご飯にしましょうか」

そういう時は誤魔化すのが良い。元から誤魔化しているだから今更一つや二つ事実を隠そうと大した違いはない。

「はーい‼︎」

少なくともフランは知らなくていい事だった。

ただあれの禍根は根付いているから長期的にケアなりなんなりしていかないと…薄氷の上を歩くような感じがして仕方がない。

それと……裏で繋がっていた存在の方もしっかりお灸を添えないといけませんからね。

でもそれは私の役目ではない。

 

 

 

 

 

「ねえねえ!お姉ちゃんから何か伝言来たの?」

紅魔館の広いダイニングでレミリアは咲夜から紙切れをもらっていた。

反射的に扉の陰から出ていったら思いっきり驚かれた。そこまで驚くことかな?

「あら心を読んだのかしら?」

うーん…読んではないよ。サードアイだって隠しているじゃん。

「読んでないよ」

 

ただの勘だよ。それに少し前からお姉ちゃんのこと話していたし…多分何かあったのかな?

それとも……昨日思いっきりミスったこと?

でもあれは運がなかったとしか言いようがないよ。

パチュリーに探ってもらったら魔法の逆探知を食らってあっさり露見したんだっけ?まあただの人間たちが魔法の逆探知なんて高度な事できるなんて想定できないよねえ……魔理沙だって習得していないのにさ。

 

「じゃあ…この紙に書かれている事を当ててみなさい」

なんだろうすごく高慢なんだけど。レミリアらしいといえばらしいけど…ああそうかレミリア流のもてなし方なのね。

「運命ゲーム?」

 

「ただの暇つぶし」

暇潰しかあ…じゃあ私も目潰ししてもいいよね。え?ダメ?

それならもうすぐご飯だからレミリアのデザート賭けて良いかな。それは良い?わかった頑張る!

 

 

「じゃあ……そうだなあ……陽動を支援していたヒト達が見つかったとか」

一瞬だけ時が止まった気がした。咲夜が何かしたのかな?いやそういうわけじゃないか……

「……呆れたわ」

ため息をついたレミリアが机に突っ伏す。なんだろう見当違いだったかな?

「違ってたかな?」

 

「ほとんど当たりよ」

やった!多分そうじゃないかなって推論だったけど当たってよかった。

 

「それじゃあ食事のデザート私に頂戴!」

賭けは私の勝ちだから!

「うう……咲夜あ…」

あ、泣いた。でも私は容赦しないから。あげないって言っても奪うから。抵抗してきたらどんな手を使ってでも貰うからね。

「それは奪うの間違いじゃないの?」

 

「あくまでも貰うんだよ」

奪うだなんて人聞きが悪いなあ……

「フランよりたち悪いわ……」

でもある意味新鮮じゃないのかな?私は新鮮だけどさ。

「それをあなたが言う?まあ事実なのだけれどさ」

事実なら言ってもいいじゃん。まあ…程々にするけどさ。

 

 

 

その後も謎解きのようなものを何度か解いたりしたけれどその度にレミリアが涙目になるのはよくわからない。まあ可愛いとは思うんだけどさ…咲夜もいい加減止めたらどうなのかな?いや可愛いのはわかるけれど……

え?フランとレミリアで同時涙目?なにそれ凄く羨ましいわ。

「それと…後でそのメモに書かれているヒト達懲らしめるんでしょ?私も参加していいかな?」

そう言うと完全に想定外だったのかレミリアはきょとんとしていた。あれ?私が参加するのってそんなに珍しい事なのかな?うーん……

「別に構わないけど……」

意識が食事から逸れた一瞬でデザートを貰う。許可?取ってないよ。

それでもまだ気づかないかあ…まあいいや食事中だし長々話すことでもないかな?

「でも常識をわきまえてよね。最初はまず交渉からよ」

 

「分かっているよう。私だってそこら辺の常識くらいわきまえているってば」

交渉が終わったら速攻叩き潰すんでしょ。それか交渉途中に決裂させて叩きのめす?私はどっちでも良いけど先手必勝の方がいいなあ。楽だし楽しいし。

 

「……」

 

「……」

なんで2人とも固まっているの?そんなにひどいことを言っているわけじゃないと思うよ。ここじゃ日常茶飯事でしょ。スペルカードで代行しているけどさ。

 

 

「ぶぶ漬けを出すなら?」

レミリアが急にそう聞いてきた。ぶぶ漬け美味しいよね。食べていっちゃダメ?なんてボケをかましてみたくなったけれどやめておく。正解はこっちだよね。

「戦争の合図」

飲んでいた紅茶を吹き出した。汚い……なんで吹くのさ。

「それは流石にやりすぎよ!」

どこがやり過ぎなの?だって宣戦布告でしょ?玄関先でぶぶ漬け食べるって聞いたらそれは宣戦布告じゃないの?

「やり過ぎくらいがちょうどいいのさ!」

 

「貴方達とは戦いたくないわ…」

そうかな?私が楽しいと思うなあ…戦争ごっこ!でもやろうとすると結構難しいよね。お姉ちゃんならポンポンいろんなアイデア思いついて実行に移すだろうけれど。今だって地底の防衛装置つくって時々作動させてるもん。あんなの勇儀さん達に任せておけばいいのに。でも面白いからいいんだって。

「地霊殿と紅魔館で戦争かあ…楽しそう!」

手段のためなら目的は選ばない。そこまで落ちぶれるわけじゃないけどさ。でも闘争本能が強いのは妖怪だから仕方がない。昔の方が思いっきり発散できて楽しかったなあ。今も十分楽しいけれどさ。

「楽しまないで…私はこれでも平和主義なのよ」

でもレミリアだってこっちに侵攻してきたじゃん。平和主義だったらまずは話し合いじゃない?

「あれは幻想郷という世界で下手に下に見られて襲われたりしないためよ。。そうじゃなければあんなことはしないわ。まあ……誤算だったのは味方に引き入れた吸血鬼が殆ど幻想郷乗っ取りを考えていたことかしら」

 

「それこそ闘争本能の本来の姿じゃん」

 

「その本能が身を滅ぼすことだってあるのよ」

ああ、吸血鬼達のことか。まあ仕方がないね。手を出す相手を間違えたとしか言いようがないけれど闘争本能の結果が死だったとしたら納得してもらうしかないね。

「まあね…それは否定しないかな。でも平和主義に賛成ってわけでもないけど」

 

「人それぞれだからね」

いつも何か継ぎ足されていた紅茶を口に含みカッコつけてる。フランが言った通りだな……ずっとカッコつけてる。しかも結構砂糖入れてるよね。

糖尿病になりそうで怖いわ……

「糖尿病って知ってる?」

 

「一応知っているわよ」

じゃあなんであんな砂糖ゴリゴリ入れられるんだろう。あれ甘すぎて逆に気持ち悪いかもしれない。

「その紅茶苦いの?」

 

「咲夜がレモン入れたせいでね」

苦いんじゃなくて酸っぱいんだ……確かに私も酸っぱいの嫌だから砂糖か何か入れて誤魔化すかも。

 

 

「ところでさ…平和主義って言ったけれど攻められたら?」

 

「徹底的に潰す」

 

「平和主義ってえげつないよねえ」

 

「平和のためなら敵を殲滅する。それが平和主義だからね」

平和主義怖いねえ……しかも全然平和じゃないし。

「平和ってなんだっけ?」

 

「一党独裁による敵対組織がなく全員が争うことなく平穏で暮らせる時間」

しれっと言っているけれど半分合ってない。それただの独裁者。

「前半分間違っている気がするよ」

 

「それ以外の方法で平和なんて無理でしょ。絶対神でも作ってそれに従ったディストピアのほうがいいかしら?」

 

「それはそれでなんだか嫌だね……」

何を以て絶対なのか…その絶対は誰が保証するのか…それがわからないんじゃ使い物にならないよ。

「そうね…私達人ならざる者の狂気は神が保証してくれるけれど…」

 

「神の正気はどこの誰が保証するのかだよね」

 

「宗教のパラドックスってやつね」

言葉遊びとも言う。



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depth.208さとりと違和感

膝の上に頭を乗せてゆっくりくつろいでいるフラン。普段こいしも同じようなことをねだってくるのだけれどこれ流行っているのだろうか?まあ…流行りというわけではなさそうなのだけれど。

そんな彼女だけれどいつまで泊まるつもりなのだろう?こいしの方も一向に帰ってくる気配がないし。多分帰ってこないんじゃないかな?

「そういえばフランはいつまで滞在するのかしら?」

そう、一日の滞在であるのならもうとっくに1日は過ぎている。私の体感時間では少なくともそうなっている。

「あと2日延長」

え?まだ泊まるつもりですか?なにしれっとそんなことを……まさか知らないのは私だけなの?

当たり前ですみたいな表情で羽を揺らしながら膝を堪能しているフラン。少し勝手が過ぎるので脇に手を当てる。

なかなかここは弱点らしいので触れられただけでフランはへんな声を上げて跳ね起きた。

可愛いかどうかと言われたら可愛い反応なのでしょうけれど目の前に拳が突き出されたらそんな考え持つのもちょっと躊躇。首を振って無理やりかわす。正直吸血鬼の拳とか頭がはじけそうで怖い。実際頭がスイカみたいに粉砕する事は吸血鬼の中では常識のようですし。正直それで生きているお前ら一番規格外なんですよねえ。

「……」

 

「脇は弱いんだらやめてよね!」

顔を赤くしたフランが猛抗議それでもなんとなく可愛いと思えてくる。レミリアさんの気持ちが理解できる。確かにこれは可愛いですね。お燐は何をにやにやと笑っているんですか?

 

「いやあ…尊いわ」

尊いってなんですか尊いって。さっきのやりとりのどこに尊さがあるんですか。下手したら首の骨折れたかもしれないんですよ。

2人揃って首をかしげる。それがツボにはまったのかお燐は鼻から血を流した。わけがわからない。

まあお燐は置いておこう。頭の中をのぞいたら如何わしい想像しかしていなさそうですし。

「折角だし地底に遊びにでもいきましょうか…」

再び膝に頭を乗せようとしたフランを止める。足が痺れてきた……ふつうに正座しているのとはわけが違うんですよ。正直辛いです。それにいつまでも家に引きこもっているのはどうかと思いますし。

なんだかんだ地底の案内はした事がないです。今後観光に力入れてツアーでも作るとなった時のために試験的に案内やってみたいです。

「賛成!旧都ってちゃんと遊びにいったことないんだ!」

「ちゃんと遊びに」というのがどういう状態かはわたしには分かりかねます。そもそもあそこ遊ぶとしたら鬼と暴れるくらいしかないような……

「温泉くらいしかないですけど」

普通は温泉入ってのんびりというのを想定していたのだけれどやはり無理があっただろうか?

「ちょっとまってね……うん、温泉巡りは乙女の醍醐味!」

なんだその間。しかもちょっと待つもなにもないと思うのだけれど。一体なにをどうしたらそういう考えになったのだろうか。

「いやそうはならんやろ」

せめて顔を赤らめながら言うのはやめようよ。後私は誰かと一緒には入りませんから。入らないということを伝えたらショックを受けたのか羽が垂れ下がった。

「私は一緒に温泉に入りたいだけなんだけど!」

 

「サードアイで心の中曝け出しますよ?喋る前から答えぱっぱと言っちゃいますよ?思いっきり性格否定しちゃいますよ。嫌なことオンパレードになるかもしれませんよ?」

 

私の元の性格では嬉々としてやるだろうし妖怪側に精神が引っ張られて戻れなくなり始めた今では罪悪感もなにも感じなくなってしまうのではないのだろうか。それだけがなんだか怖いと思う反面私は好かれ過ぎたと言う妖怪の本性も出てきてしまう。

 

「私は……さとりお姉様が好きだから大丈夫だよ!むしろ心を読んで本心を知って‼︎」

急に抱きついてきたフランがサードアイを服から出そうとしてくる。

「え?いや…そういうことじゃ……」

何故心を読まれにくるんですか…アホなんですか。

その手を押さえつける。心を読むというのはあまり軽率にやってはいけないのだ。それ相応の覚悟をする必要がある。少なくとも日常生活ではそうするようにしている。緊急事態を除きますけれど。

「……むう…」

お空、お燐、出かけましょう。そうね…旧都をぶらぶらするんですよ。

 

「後…あまり私は他人に裸を見せたくないので」

温泉は全力で避けますよ!

「それ本心?」

 

「それは私と…絶対神にしか分かりませんよ」

この世界に絶対神なんてものは存在しないので分かるのは私だけですけれどね。

 

 

 

 

 

後日談ではあるが私さとりの目線においてはその後彼ら…この場合裏で手を貸していた者達がどうなったのかは定かではない。結局それを知ろうとしても少々利権が絡んでいるらしくなかなかこちらに情報は伝わってこなかった。レミリアさん達の方から情報を聞こうとしたものの…

「残念だけど教えられないわ」

とだけ言われてしまった。まあ彼らがどうなろうと私は知ったことではないからどうでも良いのだけれど。それでも心を読める私ならやろうと思えば全て知ることができる。でもそれをやれるほど私はまだ卑怯者にはなれなかった。いつまでもつのだろうか……

それも、一部始終と後日談をさらに後日になって紫に説明する事になった時に少しだけ困ったくらいだったので別に対したことではなかったのだろう。そう思うようにしている。

「ほんとに雪解けまでに方をつけたのね」

私の話を聞いた紫の第一声はそれだった。落ち着いてはいるけれどその言葉の節には驚愕の感情が読み取れる。

「あれ?まさか想定外でしたか?」

疑問ではないけれど一応聞いておく。そう言っておいたほうが良いように感じたから。別に言わなくてもいいとは思うけれど。

「まあ想定外ね……春先までかかると思っていたのだけれど……」

春先ですか…確かに雪解けギリギリのタイミングを最初は予定していました。でも相手が意外と策士でしたのでね。

「正直後処理は数年がかりになりますよ。人間の感情も一度変な方向にふれると全てを巻き込んで止まらなくなりますし」

ほんと……これだけ手を回しても過激思考に傾き始めているのだから恐ろしい。ここからどうやって挽回していけばいいのやら……

一瞬だけ視線を感じる。何だろう…見られているのでしょうか?紫が誰かを使って私を監視している?いや彼女ならそんなことしなくても堂々とやれば良いのだ。メリットがない。だとしたら紫以外の第三者だけれどここは紫の空間だから普通のやつではない。誰だろうか?

「そういえば……何か気になるようだけど…」

純粋に疑問符を浮かべる彼女を疑うのはナンセンスだ。だとしたら私の気のせいだろう。それ以外の選択肢は私にはなかった。

「……なんでもありません」

そうなんでもない……なんでもないのだろう。忘れよう。

気にしすぎると向こう側に連れていかれそうになる。すでに向こう側の存在だけれどね!

 

「そういえば巷で変な噂が広がっているそうね」

私の意識を変えるためか新しい話題を紫はふってきた。多分これも彼女が確かめたかったことの一つなのだろう。姿勢を軽く正して聞き返す。

「噂ですか?」

噂といっても幻想郷は噂まみれだからどの噂なのか全くわからない。

首をかしげる私に紫は笑いながら知っているでしょうと言ってきた。

知っていると言われましてもね。どの噂かにもよります。知っている噂もあれば知らない噂もある。全部知っているわけじゃないですからね。

 

「空に船が飛んでいるそうよ」

宙船…違うか。じゃあ空中戦艦ハルバード……でも無いですよね。幻想郷で船が空を飛ぶとすれば二隻しか出てきませんし今飛んでいるのはおそらく一隻だけ。

「へえ…空飛ぶ船ですか。河童が新しく発明でもしたんじゃないんですかね?」

でも知らないふりをする。超関わりたくないから。多分紫が私にその事を聞いてきたということは絶対私を巻き込むつもりだろう。

「そうだといいのだけどちょっと違うらしいわ。なんでも宝船らしいのよ」

どうしてそんな噂にヒレが付いているのでしょうね?さてなんででしょうね?私?私は知りませんよ。確かに宝船が飛んでいるかもしれないわよと大ちゃんやチルノちゃん達に言ったかもしれませんけれど。でもその時は噂になっていなかったでしょうから後で空を飛んでいる船を見つけて宝船と結びつけたのでしょうね。

「へえ…宝船ですか。そりゃまた高価な噂ですね」

金銀財宝でも載ってると思っているのでしょうかね。だとしたら笑っちゃいます。

「火のないところに煙は立たないと言うじゃない?」

紫がなにを言いたいのかはわかっている。分かっていてあえて無視している。

「私が噂を流したとでも?」

涼しい顔で受け流してはいるけれど多分バレているのだろうなあ。

「そういうわけじゃないわよ。でもあの船どうも見覚えがあるのよねえ」

目を細めながら彼女は私を見つめた。その瞳に映る私は蛇に睨まれたカエルなのだろうか?あるいは……

 

「そうでしょうか?私は見たことないのでわからないのですけれど……」

でも十中八九あの船なのだろう。確かに私があれを外に出す手引きを多少したのは事実ですけれどそれを証明することはできない。だからこの件には私は関係ないで押し通す。

「地底に確か船が一隻あったわよね」

何回か見に行きましたっけ?確か……修復改造した後だったはず。

「間欠泉異変の時に船があったところ一帯が崩落しているので今の状況は不明です」

これは事実。勿論そうなるように坑道に流れる高圧蒸気の量や向きを制御したのは私ですよ。でも彼女達の船がそれで無事に外に出られるとは限りません。後は彼女たち次第でしたから。私はきっかけを作ったに過ぎない。

「そう……まあいいわ。困ることでもないから」

結局私から何か聞き出すのは諦めたようだ。

「そうですね……宝船の一つや二つ空に飛んでいてもおかしくはないでしょうね」

 

「ええ、でも気にならないかしら?」

 

「噂好きなんですね……気持ちは分かりますけれど貴女だったらさっさと空に隙間を作って船に乗り込むでしょう?」

つくづくチートな能力ですよね。

 

「ええそうね…でもそれって面白くないじゃない?折角のトレジャーハントな話題よ」

 

「じゃあ能力制限でいきますか?どうせ空飛べば直ぐに乗り込めるでしょう?」

 

「確かにね。でもそうじゃなくて…私は誰かが代わりに戦ったりなぞを解いたりしているのを見ている方が好きなのよ。観測者よ」

観測者ね。ある意味で言えばそれは最もたちが悪く、最も頼りになる存在だ。ただこの場合はたちの悪さしか表に出てこない。

「私にやれと?」

大人しく地底に引っ込んでいるか地上をウロウロするくらいで十分ですよ。私の移動範囲は家と部屋だけでも十分なんですから。

「ええ、折角だし貴女も外の世界で異変解決してみない?今回は巻き込まれじゃなく、貴女が解決者よ」

解決者ね……紫は全て知った上で言ってきているのだろう。さっきから面白いゲームができそうという表情で私を見つめている。

「即答で断りましょう」

なんならダイナミック土下座もしますよ。

「あらそれは残念」

 

「いつも通り解決するのは巫女で十分ですよ」

でも私の問いに彼女はコロコロ笑っていた。何かへんなことを言っただろうか?いや…そういうわけじゃないですね。

「例外だってあるでしょう」

例外…私の体験してきた事象に例外は存在しなかったような気がするのですけれど。ああ……間欠泉異変?でもあれは勝手に収まったと言ったほうがいいかもしれない。それ以外だと……

「例外の方が多い規則だってあるでしょう?」

それが異変解決ですか?でも一件しか例外認定されないような……もしかしてアレのことでしょうか?

「複列事象観測は出来ないので私は巫女が解決した異変しか知りませんよ」

確か永夜異変は姫の力で複列同時進行事象になっていたはずだ。姫くらいしか観測できなさそうだけれど紫ももしかしたら出来ていたのだろうか?

「あらそう」

つまらないといった顔なのはやはりそうなのだろう。

「話がないようでしたら私は帰らせていただきます」

部屋を後にしようと立ち上がれば待ってと後ろから声をかけられた。まだ何かあったのだろうか。

「もうちょっとゆっくりして行ったらどうなの?ちょうど昼だし食べていかない?」

その時の顔は、賢者としての仮面ではなく、八雲紫としての顔だった。だったら私が取れる答えは……

「……分かりました。その誘い乗りましょう」

純粋な食事の誘いなら私が拒む理由はない。



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depth209星蓮船 上

博麗神社に寄ってみた。特に理由があったわけではないけれど、なんとなく顔を出したくなったから。

あとあまりにも顔を出さないでいると霊夢がこっちに来そうですし……

まだ風は冷たく、私の肌を冷やすのには十分だった。おかげさまでうじうじ悩んでいる暇なんてなく神社の中に入る決心がついた。ヒトが外的要因に左右されやすいというのは本当のことらしいと身をもって知った瞬間だった。これが夏であれば私は暑さでここまでくる気力は無かっただろうし来たとしても適当な理由をこねて帰るだろう。

 

閉じられていた縁側の襖を開けて建物に入る。雪が溶けたとはいえまだ薄ら寒いからか、廊下を挟んだ部屋から漏れてくる暖気が程よく感じ取れた。

 

「霊夢、お邪魔しますよ」

そっと襖を開けて部屋を覗き込めば、慌てて振り返ったであろう霊夢と目があった。そのとたん露骨に動揺が走る。なんですかそんなに私がここに顔を出しにくるのが意外でしたか?私だってたまには顔出しくらいしますよ。

 

少しの空白の後、ようやく再起した霊夢。だけれどそれは内心の混乱という混沌が彼女を叩き起こしたに過ぎなかった。

「さとり⁈ああちょっと待って!お茶用意するからすらっ…座ってて!」

噛んだ。しかも慌てて出て行こうとしたら盛大につんのめってるし。ちょっとは落ち着いてくださいよ。確かに冬場ずっと顔出さなかったしここに来ると連絡も入れずに来た私も悪いですけれど。

「私の分もよろしくな!」

第三者の声。それはこの部屋の中から聞こえてきていた。

「自分で酒でもなんでも飲んでなさいよ!」

ちゃぶ台の陰から萃香さんの腕がひらひらとのぞいていた。なんだまた入り浸っていたんですか。最近地底で見かける回数が少ないなあと思っていたのですけれど。

「萃香さんもいたんですか」

年がら年中酔っている鬼なのだから今更お酒くさいなんて事は言えない。そもそも言ったところで、いつものことだろう。気にするなと言われておしまいである。

「冬が終わったなら酒盛りの季節だからねえ…」

酒盛りと……動物は恋の季節ですよねえ。というより子作りの季節。

正直私にとっては居場所が狭まる季節。地霊殿の動物達も大変よねえ。それにしても……

「冬もずっと酒飲んでませんでしたっけ?」

夏だろうと春だろうと秋だろうと冬だろうとどこに行っても鬼が酔っ払ってない時を見たことがない。よしんば見れてもすぐ酔っ払ってる。

悪酔いで寝た後に朝の一杯が水じゃなくて酒ですからねえ。

「あれは身内同士での酒盛り花見だろ。こっちは純粋な花見だよ」

それって何か違うのでしょうか?正直酒飲んでワイワイするのは変わらないと思う。ああ価値観の違いだろうか?私にとっては皆で集まって何かを楽しむというのはあまり好きではない。楽しめるのだけれど無駄に体力を消費する。そう毎日やれるようなものではないのだ。

「まあいいんですけれど……桜も綺麗ですし…」

とは言ってもまだ桜の季節ではない。もうちょっと必要だ。雪は溶けても桜は咲かない。博麗神社の桜は……まだ蕾も見えない。

「地底にだって桜はあるんだけどね。しかも冬に咲く」

思い出したかのように萃香さんが口を挟んできた。確かにありますね。咲いてる時は常に鬼や他の妖怪達が宴会をしたり花見をしたり屋台が出てきたりと私はあまり近寄れない場処になってしまっていますけれどね。確かにあれは冬に咲いていますね。年がら年中暖かいからこそ出来るものです。ただし弊害もある。

「太陽の光を当ててませんから発色が良くないでしょう」

やっぱり地上の植物がしっかりと育つには太陽の光が必要なのだ。地底に元から生えているああいった植物であれば人工的な光でも平気なのだけれど……

「夜桜として楽しむ分には問題ないさ」

 

それはそうですけれど……

それに年がら年中夜だから夜桜だろうと昼桜だろうと地底じゃ区別のつけようがないのよ。

そう思っていると、萃香さんの背後の襖が勝手に開いた。若干の霊力……

「お待たせ。お茶持ってきたわよ」

開けられた襖の奥から霊夢が戻ってきた。なかなか器用なことしますよね。本人は自覚薄いですけれど難しいんですよ。扉などを触れずに開けるのって。私だって出来ませんよ。センス無いから。

 

差し出されたお茶は……あ、これ去年私が贈った玉露だ。

「おうおう、霊夢にしては結構な贅沢じゃないか」

一応萃香さんの分も持ってきたんですね……ツンデレなんでしょうか?そこまで先代に似なくてもいいのに……血は繋がってないけれど子は親に似るんですね。

「あんたはちょっと黙ってなさい」

霊夢がお盆でアッパー。これは決まった。1発KO。萃香さん復帰できない。

脳内でレスリング中継をやってみたけれどイマイチ覇気がなさすぎて悲しい。なんだこの棒読み。いや私の脳内なんですけれど……ここまで感情の起伏が弱いとは。

「相変わらずなんですね」

お茶を一口飲もうとしたら、真横に霊夢が移動してきた。横に座りたいんですか?別に良いですけれど……

「むう……」

なんで萃香さんむくれてるんですか?まさか隣が良かった……ってわけじゃなくて霊夢の膝に収まりたかった?ああ…私が横にいたら角が当たって色々と邪魔でしょうからね。うーん…今は諦めましょう。

「まあ先代も似たような方でしたし。遺伝しているんですかね」

 

「さあね?私は私のままだから分からないわ」

霊夢らしいや。

でもきっと遺伝するのだろう。あるいは適性が性格が似ているからこそなのか。何れにしてもお金にがめつい、ちょっとケチなくらい大した問題ではない。

霊夢が腕を握ってきた。寂しかったのですかね?違う?

まあ今日はこのままでもいいですよ。人の心とは不思議なものです。それは私自身が一番知っているはずだけれど改めて驚かされる。それと何私達を見てニヤニヤしているんですか萃香さん。何も珍しい事じゃないでしょう。

霊夢?頭撫でてって?まあいいですけれど……なんでなんでしょうね?

言われるがままに頭を撫でれば気持ちいいのかさらに撫でろと……

「そう言えば霊夢う…ここに来る途中で面白い噂を聞いたんだけど」

多分犬の尻尾があれば左右にブンブン振っているであろう霊夢を萃香さんが現実に戻した。だけれど……噂?一瞬脳裏に嫌な予感が走る。

「噂って?言っておくけれど、つまらないものだったらぶん殴るから」

ジト目で睨む霊夢。もし霊夢が私の左側にいたら死角になってしまって見えなかったでしょうね。

「つまらないものが噂になるのは稀ですよね。そういう時は面白いと感じなかったらが正しいと思います」

実際噂というのは人の好奇心が広めるものであって好奇心を触発出来ないような出来事などは噂になる前にあっそうといった感じで終わってしまう。だから噂として流れているものは少なからずつまらないものではないのだ。あとは聞き手側の問題だろう。

「そう……」

意思疎通はしっかりとね。これ大事だから。

 

「なんかなあ……空に船が浮いていて時々雲の切れ目から見えるらしいんだ。どうやらそれには大量の……」

 

「宝船の噂でしたら多分ハズレですよ」

だってその船は……探しているだけですから。

「あり?そうなのかい」

私が話を遮った為か少し機嫌が悪くなっている。だけれどあれに宝は載ってない。

「どうしてそれがわかるのよ。行ってみて確認しなきゃ」

霊夢の言葉には何一つ言い返すことができない。

ああやっぱるこうなるのね。言いたいんだけれど言えない。だって紫に宝船のことは知らないと言った矢先なのだから。

「やめておいた方が……」

でも私の言うことを素直に聞いてくれるような子ではない。目をキラキラさせながら宝を見つけたい欲望を溢れさせている。お宝を見つけるのもそれ相応に好きなのだろう。ましてや金銀財宝が自分のものになる可能性があると言うのだから。

「さあすが‼︎赤い通り魔だな」

確かに…財宝が仮にあったとしてもそれを守る人や元の所有者が存命であればそれを取る行為は如何なものかと思う。ただ霊夢の場合は私がルールだと言って押収するだろう。

「その呼び方やめなさい。通り魔じゃないわよ。せめて赤い彗星にしてよね」

三倍速そうなあだ名になってるんですけれど。そもそも出会った妖怪皆殺しを実行しようとしていた時期があったからそう言われるんですよ。あれは赤夜叉とか言われてましたね。

「三倍速いんですか?」

とっさに首を横に振る霊夢。流石に紅から三倍速いというわけではなさそうだった。

「魔理沙の方が三倍速いわ」

魔理沙三倍速いんだ……

白黒は三倍速かった。

「でも速さが強さにつながるわけじゃないわ。たとえ速くてもやりようによっては十分勝てるわよ」

得意げに言いますけれどそれ私が教えた……言わないでおこう。娘のプライドを傷つけると大変なのは理解していますからね。

「高機動戦に持ち込めれば速度差はほぼ関係ないですからね」

オーバーシュートや急旋回で追従できなくしたり無理な旋回を強いることで相手を減速させ常に有利か対等な状態に持ち込む。空戦の基本である。それでも高速で動ける文なんかはなかなか面倒ではある。

「わたしゃ拳でぶん殴るからちょろちょろされると困るんだよねえ」

誰も黙って殴られてくれなんて嫌ですよ。痛いですし……相応被虐嗜好があるのであれば別ですが生憎私にそのような趣味はない。誰も黙って殴られるなんてことはあり得ないのだ。

「殴られたくないからすばしっこく動き回るんですよ」

 

「それに対応できるだけ素早くすれば理論上はいけるんだけど…」

確かに相手より速く動けば良いという理屈もありますけれどあくまで理屈ですし…そんな私を見たってダメですよ。何ですか?理論上いけると思ったのにダメだった?前に悪酔いで騒いだ時の鎮圧の事言っているんですか?

「私を見て言ってもダメだと思いますよ。心読による先読みも追加しますから」

そもそも心を読んで先読みしているのだ。こっちが対処不能な速度で襲われたらまず距離をとって遠くからちまちま体力削る勝負しますし。まあ勝つことが目的じゃなくただの鎮圧ですからあれを戦いと言ってはいけない。

「だよなあ……制限がないんだったら街一つと引き換えにすりゃ勝てるんだけどそれじゃ勝っても楽しくねえわ」

やめてくださいね?いくらなんでも街一つを破壊するような攻撃はダメですからね。

「あらそうなの?」

霊夢は知らないでしょうね。まあ教えていませんし…

そもそも幻想郷で使うようなものでもないですし。

「何も相手を倒すだけなら相手に攻撃を与えなくてもすぐ近くに攻撃をしてその余波で倒すという方法でも問題ないんですよ。ただそれをやるなら街一つ分を犠牲にする大火力攻撃になるってだけで」

純粋に私やこいしを倒す場合での算出です。レミリアさんだったらもっと威力が必要になるし勇儀さんや萃香さんを逆にそれで倒すとなればそれこそ地方都市を木っ端微塵に吹き飛ばし消失させるレギオ◯レベルか山の一つや二つ軽々吹き飛ばせる馬鹿力が必要だ。そんな事が出来るのは限られているヒト達くらいだ。幽香さんあたりか何処ぞの賢者…それに準ずる者。

「物騒すぎるわ」

霊夢が顔を真っ青にして私の腕にしがみついてきた。確かに今まで接していた相手が本気で相手を消し去ろうとするととんでもない事をしでかすことが可能というのは……恐怖以外の何物でもない。

「妖怪ですから」

だけれどそれが妖怪なのだ。仕方がないでしょう。

 

「それで霊夢は船に行くのかい?」

 

「行くに決まっているでしょ!」

 

でもあの船ってかなり高いところを高速で移動していたような……

それでも自動航行している時であれば進路を予測してあらかじめ待機しておけば良いのだけれど……今のあれは自動航行になっているのだろうか?

まあ…あれが探し物をしている合間であれば問題はないかもしれない。

 

庭の方に誰かが入り込む音が聞こえる。敷き詰めていた砂利が音を立ててその身を削り取られる。

「よう霊夢……ってなんだ1人じゃなかったのか」

縁側から堂々と屋内に入り込んできたのは三倍速い白黒だった。

その手には赤色の光を放つ窓のついた円盤が握られていた。どうやら鹵獲したらしい。そういえばここに来る途中で未確認飛行物体が飛んでいたような……

 

ああそうかもう異変は始まっていたのか。

でもこれって異変というものなのだろうか?特に悪影響があった訳でもないのだし。

 

 

「母さんはどうするの?一緒に行く?」

 

「そうですね遠慮し……やっぱ行きます」

なんで大泣き寸前の顔するんですか。そんなことされたら断れないじゃないですか。

 

「ほーん?さとりも参加するのか?宝探し」

 

「いや、ただのお目付役で……」



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depth.210 星蓮船 中

「じゃあ霊夢、先にあの船にたどり着いた方が勝ちだからな!」

え?勝ち負け競うんですか?

「望むところよ」

 

どこがどう望む所なんだ…しかも魔理沙はそれを言うためだけに博麗神社に寄ったの?魔理沙ならあり得そうなのだけれど……律儀だから異変解決だろうと何だろうと霊夢と競いたいのだろう。たとえ自分1人が何かに気づいてもフェアじゃないとかそういう理由で周囲に話す…それでいて対等な勝負で勝とうとする。良いですねえ…

「魔理沙はどうしてここに来たのです?」

私の言葉で何かを思い出したのか去ろうとしていた魔理沙が戻ってきた。

「ああいけないいけない。こいつを忘れる所だったぜ」

そう言って手に握っていたUFOを差し出してきた。散々振り回されたからかなんだかぐったりしているようにも見える。でも生き物というわけでもないからただの気のせいだろう。

「なにこれ?」

当然UFOなんて概念幻想郷にないし未確認飛行物体という単語だってない。つまりこれを表す単語は幻想郷にはなく…何と聞かれてもなんかよくわからないものとしか答えられない。概念が無いから。

萃香も霊夢もそれを見て首をかしげるばかりだった。

「なんだか知らんが雪解けで地面から湧いてきやがった。怨霊の類でもないし…こうやって」

 

手でUFOを握りつぶす魔理沙。

UFOにしては生々しい肉が潰れるような音と粘土を握りつぶしたような潰れ方をして光の粒となって消えていった。

後に残ったのは木片。

「破壊すると木片になっちまうんだぜ」

ただの木片にしてはかなりの威圧がある。妖怪じゃこれはさわれませんね。触ったら手が焼けただれてしまう。だけれどその表面に纏ったUFOカバーは妖気を孕んでいたのにどうしてこの力と反発しないでいるのだろう?不思議だ……

「木片?……にしては何この神性?」

霊夢もそれに気づかないほど鈍感ではない。そもそもこの世界で鈍感なヒトは真っ先に死にますし。

「今までどうしてこんな神性があったのに気づかなかったんだ?」

確かにこんなものが幻想郷中に散らばっていたら確実に噂になる。萃香さんがそう思うのも無理はないだろう。だとすればこれらは……

「……多分これ、近くに特定の何かが来ないと力が発せられないようになっているのではないですか?」

特定の何かがあの船だとすれば筋が通る。それにこれらの木片がそう簡単に腐り落ちるようなものでもないから今までずっとその形を保ち地面や土の中で長い合間眠っていたのだろう。

「そうなのか?」

憶測だけれどそうなのだろう。まあそんな事実自体は今の時点では関係はないし解かなくても良い謎である。

「多分……」

 

「まあ良いわ。こいつらがどうして飛んでいるかより実際にこれらをどうするかよ」

霊夢の言う通りです。取り敢えずこれの仕組みは後でこれを作った本人から聞き出せば良いのだ。

「倒して集めた方がいいんじゃないかな?」

倒して集めるですか。

「集めてどうするの?」

どうするんですかね?集めたら集めっぱなし……本来はそれが正しいのですけれど。

「でもあの船の噂とほぼ同じタイミングで出てきたんだぜ?絶対無関係ではないだろう?」

実際無関係ではなくこれを集めているのですけれどね。でもそれを言ってしまったらなんで知っているんだと問い詰められそうだからやめておくことにする。

「どうするかは任せますわ」

でも一応は集めた方がいいのだろう。

だってこれらを必要としているのはあの船なのだ。集めておけば向こうからコンタクトが来るかもしれない。まあそんな事をしなくても直接乗り込めば良いのだけれど。

「もしかしたらこれらを集めていけばあの船から迎えが来てくれるかも?」

たしかにUFOなら普通の木片よりかはわかりやすい。しかもそれらは赤とか青とか結構派手な色使いだから外でも分かりやすい。だけれどそれぞれ場所によっては同化してしまう色である。意外と赤なんかは夜の闇の中では恐ろしいほど目立たない。何だかんだ夜間迷彩になってしまうのだ。

「そっちの方が楽だな。でも本当に来てくれるのかあ?」

確証がないと信じていいのか困りますよね。

それに、そんなことするくらいなら絶対直接乗り込んで暴れるでしょうね霊夢は……

でも今のあの船に乗り込むのは至難の業だろう。

「三人バラバラに行きましょうか」

私がふと呟いた瞬間霊夢の顔が絶望に染まった。え?今のそこまでショック受けることだったんですか?

「なに言っているの。母さんは私と一緒よ」

 

「効率悪くなりますから…」

集めるのであれば手分けして集めた方が良いに決まっている。まあ集めないであの船に乗り込むと言うのだったら良いのですよ。こちらが追いつけない高速で空高く移動する船に飛び乗る事ができると言うのなら別ですけれど。

まあ破片を集めたところで向こうから来てくれる確証もないのですけれどね。

「大丈夫よちょっとくらい」

大丈夫じゃないから言っているんです。後私は私で寄りたいところとかありますし。

探し出したい子もいます。まあ……別に探し出さなくても良いのだけれど。

 

 

「デレデレだなあ2人とも」

さっきから黙っていた萃香さんがやっと口を開いた。多分この甘ったるい空間に耐えきれなくなったのだろう。気づけば彼女はお酒を勢いよく飲み散らかしていた。そんな酒どこから取ってきたのやら……

「別に良いでしょ」

私は良くない。博麗の巫女がこんなに妖怪にデレデレなんて広まったら博麗の巫女への不信感が爆発しかねない。それは冬場に騒いでいたアレらが息を吹き返す可能性を秘めている。正直言ってとてつもなく危ないのだ。一応魔理沙と萃香さんは私が霊夢を育てたということは知っているからこの光景でも平然としていられるけれど…

「わたしゃ妬いちゃうなあ」

茶化さないでください。霊夢の機嫌が悪くなります。ここで機嫌悪くしたら赤い通り魔が生まれちゃいますよ。ストレス発散に出会った妖怪は全滅させる。後には骸と瀕死の妖怪しか残らない……

魔理沙ですらドン引きするんですから相当なものですよ。それに……

「パルスィが寄ってきますよ」

地底だろうと地上だろうと妬みあるところに彼女ありですから。

「おうそれは困ったなあ。普通に話し合うなら良いんだけどあいつ妬みで遊ぶかならな」

それがたのしみだからでしょう。人の妬みにつけ込んで対象者を一時的に攻撃的かつ凶暴化させて喧嘩、あるいは戦わせる。一種の洗脳のようなものだ。操り人形というわけではないので普通の対洗脳術も無意味だ。あくまでも本人の意思が本人の意思の生み出した嫉妬という感情によって支配されているだけなのだ。

 

そんな本人もタバコの吸いすぎで最近胸焼けがひどいそうですけれど…

一日一箱に制限したとか言っていたけれど…水タバコに手を出したお燐とどっこいどっこいな気がしてならない。

「ともかくばらけますよ」

いい加減親離れしなさいよ。それに船に乗り込んでからは一緒にいるって言ってるじゃないの。

「むう……」

なんでむくれるんですか。私だって色々とあるんですよ。

「船に乗り込むときくらいは一緒にいますよ」

多分……

説得がうまくいったのか霊夢は必ずだからねと言って魔理沙と一緒に飛んで行った。私はまだお茶を飲み終わってないのでまだ出ない。

「で…お前さん行かないのかい?」

急かさないでくださいよ萃香さん。あと脇を突かないでください。そこ弱いんですから。結構くすぐったいです。

「あのですねえ……私は妖怪なんですよ。異変解決に出てどうするんですか」

 

「そもそもあれ異変扱いにしちゃっていいのかい?」

あ、そういえば確かに異変とは言い難いですよね。ただの宝探しに近いですし。しかもやってることただの略奪だし。罪深いとかそういう以前に……俺がルールだを地で行っている気がする。

「巫女が異変と言ったら異変なんでしょうね」

身勝手かもしれないけれど異変だって身勝手なのだから同罪である。

「さすが暴君だな」

暴君ではあるけれど…それで助かっている人がいるのも事実。それに巫女が受け持つのはなにも異変だけというわけではない。

例えば相手を呪ったものの供養やお焚き上げ。更には解術、さらには除霊。多分除霊が一番多いかもしれない。私も巫女やっていた時は除霊とお祓いが多かったから。

 

なんだかんだそういうのは気が強くないとできない。と言うか気を強く持たないと逆に死んでしまう。だから巫女は気が強くなってしまうのだろうか。だとしたら私はどうなんだろう?気が強いのかな?

 

「巫女くらいなら暴君でちょうど良いのでしょうね。巫女が聖人だったらそれこそ今の幻想郷はありません」

まずこんなところに閉じこもっているはずがない。人類救済のために幻想郷を滅ぼし世界から争いをなくすために色々しでかすだろう。

「戦争を消しとばすねえ」

私の話を聞いた萃香さんは足を組みながら酔いが回って虚ろになってきた瞳で私を見つけていた。

「正直な話争いを無くすなんて無理じゃないのかい?」

 

「まあ出来ないでしょうね。生命の本質は争いですから」

 

「だろうなあ…それに無信者なら説得でいけるところまでけるかもしれないけどお、宗教とか信じる神様が違えば相見えるなんてことはまずないだろう?基本的はヒトならざるものと異教徒なんだからさあ」

ほんと宗教って異教徒に厳しいですよねえ……

「確かにどこの教派も暴力を振るっていいのは化け物と異教徒、人を殺すべからずと言っても異教徒とバケモノは殺して良いですからね」

 

「異教徒は人にあらずか。面白いねえ…そこまで好戦的なら、私と満足に戦える存在もたくさんいるかもしれないねえ」

幻想郷が荒野になりかねないからやめてくださいね。荒野にするのは地底だけにしてください。あ、外でやるには十分ですけれど……それでもあまり派手に暴れたら面倒ですよ。軍隊とか……

 

 

お酒を煽りまるで仕事終わりのおっさんのような格好で寝っ転がっている萃香さんを見て、ため息をつく。

こんな様でも鬼ですからね。その力は恐ろしいの一言に尽きます。

「少女なんですからそんなはしたない格好しないでくださいよ」

ぺったんこな胸とか丸見えだし。ズボンだって下がってしまっていてみっともないと言うか…なんだろうやっぱおっさんじゃん。幼女の皮を被ったおっさんじゃん。

「えーいいじゃんかよー」

せめて性格がおっさんだとしても美少女の姿でそれをやられると色々と目に余るものがある。

「良くないですよ……」

 

それにそろそろ私も出ますからね。戻ってきてもこんな感じじゃ多分霊夢の雷が落ちる。まあそれまでここに彼女が止まっているとは考えられませんけれど……

それでも外は寒いし暖かい室内で酒を飲んでいた方が心地良いのだろう。地底とは違って風がありますからね。

春の風はまだ冷たくて、まだ木々は茶色のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん……面白いねえ…」

機械が放つ僅かな電子音と冷却ファンが作動する音以外静かであった空間に1人の女性の声が響く。

「面白いですか?今の状況」

面白くないのは事実だろうが彼女の声に反応した少女はそれでも嫌悪感を見せるように努力していた。

「確かに予想だにしないトラブルに見舞われ、私達はそのトラブルを解決することができないまま。だけどそれでも楽しまなければ人生は虚しいものになってしまうのだよ」

それは持論なのか…あるいはどこぞの老人たちへ言っているのか。

「そういうものなのか?」

 

「それに……こっちもこっちでかなり面白い子を見つけたからねえ……前と大して変わらないけれど研究にはなにが起こるか分からない楽しさがあるのさ」

その時の女性の表情は、しかしなんとも形容しがたい、あえて言うのであれば狂気に満ちているとでも言った方が良い表情をしていた。そこに他人の事を考える余裕はなく、あくまでも研究者としての……モルモットを見るような顔だった。

「だとしたらいい加減データ取りに徹底した方がいいと思うんだぜ」

 

「あんたやっぱ言葉遣いおかしいわ」

 

「あいつと同じこと言わないでくれよ!」

言ってるそばから直す気は無いようだ。

「いや…前々から思ってたことだし……」

 

「結構ショックなんだけど!」

今まで黙っていたのはそれが面白かったから。ある意味人でなしである。

「まあ落ち着きたまえ。取り敢えず私は少し休む。観測を続けていてくれ」

 

「はいはい……」

 

「そうそう、あっちとは違うからちょっと出力に気をつけてね」

 

「わかってますよ」

 

船はゆく。誰にも知られることはなく…



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depth.211 星蓮船下

森の中を少しばかりうろついていると、UFOもどきが飛び出してきた。

ポケモンが飛び出してくるみたいでなんだか面白いのだけれど…流石に鬱陶しい。

だけれど無視するわけにもいかないので殴ったり蹴ったり踏み潰したりしてどうにか処理をしていた。

さっきまでは……

 

目の前に飛び出してきた赤みがかったUFOが串刺しにされ地面に落ちた。しばらくして光の粒となり、UFOの外装が溶けて消え去った。

「小傘さん大変じゃないんですか?」

木片と投げつけた針を回収したのは唐傘妖怪。ついさっきばったり出くわしたら何故かついてきたのだ。

多分渾身の「驚け」を棒読みで驚いたのが原因と思われます。あれをやったからかじゃあ何があったら私は驚くのだとキレられ、成り行きで今日一日観察するとなってしまった。意味がわからないよ……

「気にしなくていいよう!私は針の試射をしたいからさ」

それはついでの話でしょう。

「……その針霊夢用に作ったやつですよね」

先端部分に対妖霊術式を組み込んであるから当たれば確実に致命傷を生むと言っていましたよね。霊夢に金棒持たせようとしているのだろうか?だとしたら怖い……

「あーまあね。でも半分くらいは私用だよ」

護衛用にとんでもないもの持ちましたね。それはそれで怖いですよ。

「針なんて使えたんですね」

小傘って針とか使うより傘でぶん殴ったり傘に近い棒のようなものを鈍器にして襲いかかってくるイメージがあったのですけれど違ったようです。

「使える使える。自分で作るものくらい自分で使い方わかってなきゃダメでしょ」

 

「一理ありますね」

確かにその理屈なら彼女がいかなる武器を作っても一通り使いこなせる事になる。実際その道の達人というわけでは無くてもある程度使えるのであればそれ立派な戦力になる。

「それにこれくらいならすぐに回収できるから実戦耐久テストもできるってわけ」

さっきUFOに突き刺した針を私に見せながら彼女はそう言った。

正直言って同胞を殺っているのと変わらないのだが彼女にとってそれは些細なことだった。

実際妖怪同士でも意識の差が激しかったり同じ妖怪を退治する妖怪もいなくはない。だけれどそれらは気まぐれにやるかそれこそ大きな理由があってやるものなので小傘のようなタイプは結構珍しい。近いのは河童だろう。

 

 

「またナイフ作ってもらおうかな…」

そんな彼女ではあったけれど鍛治の腕が良いのは確かなのだ。

「ナイフ?ああ、短刀ね……3日あればできるけど……」

 

「じゃあお願いできますか?もちろんお代は出しますよ」

天魔さんから貰った刀も壊してしまったし今私が持てる武器はない。別に問題ないのだけれどちょっと不便なのだ。

 

「優先するから少し増しね」

その場で素早く算出された金額は割増になっているにもかかわらず少し少なかった。

彼女の中で私はお得意さんなのだろうか?なにかと彼女に頼みごとをすることは多いけれど……そこまで贔屓したことはなかった。

 

「はいはい、分かってますよ」

でもやってくれるのであればそれに甘える事にする。

「まいどあり」

 

 

 

 

魔法の森を抜けると、周囲の木々が少しだけ変化した。魔法の力の影響なのか木々の生態にもあの森は少しいびつだったのだ。

周囲の木々もだんだんと少なくなってきた。

やがて道無き道は小さな獣道に変化した。再思の道と巷では呼ばれている場所だ。

 

秋には彼岸花が咲くであろう再思の道を抜けた先に目的の場所はあった。森に囲まれているもののその場所だけがぽっかりと穴が空いたように小さな広場となっている。周囲には石のようなものが転がっていたり、獣が漁ったのか掘り起こされた土と骨や肉やらの残骸が時々散らばっていた。

「ところでさとりはこんな無縁塚に何の用なの?」

 

「用というより探し人がいる確率が最も高いのがここだったので」

それも確率論の話でしかないけれど確率が高いところを最初に当たるのはよくやる手なのだ。

「へえ……成り行きでついてきちゃったけどあまりこういう場所は好きじゃないなあ」

本当に好きではないのだろう嫌な顔をしながら小傘さんは周囲を一瞥した。

「唐傘として?」

 

「それもあるけどここら辺は空間が歪められているからね。場合によっては自分を自分と認識できなくなる可能性もあるんだよ」

 

「空間の歪みでですか?」

確かにここはその性質上どうしても外の世界、冥界が入り混じり本来ありえない接続の仕方をしてしまった場所だ。

そもその原因はこの場所に無縁の者…つまり外の世界から食料として引っ張られてきた人間や自殺、幻想になりかけてしまったが故に来てしまった者どもの墓場なのだ。大概の場合再思の道まで行ってしまいそこで戻ろうとして妖怪に食われるなんとも哀れな者である。

それらを全てこの地に埋めたせいで地中に眠る外の人間の比率が土の比率を超えてしまい外の世界と繋がりやすくなってしまったのだとか。今ではそれがさらに人を呼ぶ悪循環である。さらにたちが悪いのはここは墓であり空間の認識と接続が入り混じって困難になっているせいで冥界とも繋がってしまっている。

なんとも酷いところである。紫もさっさとこういうところを直せば良いのに。

 

「空間の歪みでも妖怪は精神に影響出やすいからさ」

そっか…忘れてました。妖怪は精神的に弱い存在でしたね。人間とは比べものにならない強力な力の代償がこんなところに影響するとは。

 

「それにしても随分と寂れた所だよねえ……無縁さんもこれじゃあ悲しいんじゃないかな?」

無縁塚と言っても荒れた獣道の左右に無造作に名前の掘られた石やそうじゃない石のようなものが乱雑し、一部は墓というより岩と石の塊といったほうが良い風貌である。

さらにそれらの岩や石も手入れもされていないからか一部は完全に崩れるか自然に帰り草木の中に埋もれていた。

そこに外の世界からのガラクタが流れ着き、無造作に放置されるから余計に混沌としてしまっている。

「無縁さんだからこそなのでしょう。お墓なんて実のところ遺されたもののためにあるんです。遺されたものが存在しない無縁さんであればこれは何も珍しい事ではないですよ」

それでもこの惨状で誰も文句を言わないのは無縁さんだからだろう。半分くらいは外来から流れ着く人間の墓だとも言われている。あ、テレビお絵描きがある。こんなのも流れ着くんですね……

 

「こんな所に来る人なんて香霖堂の店主かそれこそ物好きくらいじゃないの?」

確かに言えているかもしれない。こんなところ人間も妖怪も…はたまた亡霊だって好き好んで来たり住み着いたりする場所ではない。餌場としては最適だろうけれど所詮餌場だ。ルーミアさんなら喜んで来そうですけれど多分帰る。来るけど帰るそんな場所だ。

「その物好きに会いにきたんですよ」

 

「なんだい私が偏屈で奇妙な物が好きなやつみたいな言いようじゃないか」

 

噂をすればなんとやら…いびつに歪んで形が捩れた木の陰から少女が出てきた。

小傘よりひとまわりほど小さい体に、人ではないという証としてネズミの耳と尻尾が生えたその少女は遠慮もなしに私に近寄ってきた。まあ遠慮されても困るのでむしろ好都合なのですが…それでもちゃんと間合いは空けているあたり場慣れしているようです。

「こいつなんなの?ネズミ?」

無知って恐ろしい…小傘、いくらなんでもネズミはダメですよ。だからといってテーマパークにいそうだなあとか呟くのはもっとダメだ。どこのことを言っているわけではないけれど……

「侮らない方がいいですよ。彼女はあれでも神の使いですから」

そう、彼女は毘沙門天の直属の部下なのだ。下手に出過ぎて助長されるのもあれですが最初から侮っていったら逆にこちらが喰われる。いや本当に喰われる。

 

神の使いだという事に小傘は心底驚いたようだった。正確には部下だし本人は神ではないから神力があるわけでもない。神力があるのは毘沙門天代理をやっている星の方だろう。

私の陰に一歩下がって隠れられた。

 

「へえ…あんたさとりかい?にしては思ってもない事を言うものだね」

思ってもないこと…この場合は彼女が端的に思考したこと以外のことを読み当てたと勘違いしているからそう言ったのだろう。正直勘違いもいいところですが偏見入りで見られたらそうなるだろう。

「そりゃ心なんて読んでませんから。ただ知っていただけですよ」

うんただ知っていただけなのだ。

「それで、唐傘妖怪を引き連れてさとり妖怪が何の用かな?」

ちょっとだけこちらを試しているような……いや、偏見が混ざってますね。覚り妖怪に昔ひどいことでもされたのでしょうか?

まあ今は関係ないか。

「うーん用というより……ちょっとお願いなんですけれど…空に浮かぶ船に速度を落とすように言ってくれません?」

言うだけで良いんです。それで従ってくれなかったらまた別の方法探すまでですからね。ただいまのままだと霊夢達じゃアレに飛び乗ったり追いついたりは無理です。

「あんたどこまで知っているのさ」

だけれど警戒されてしまった。

なんでしょうね…動物ってみんな警戒心高いからやっぱ正攻法で行ってもダメなんですかね?

 

話についていけない小傘の頭にははてなマークが乱立していた。

 

「どこまで知っているかは今は問題ではありませんよ。取り敢えず速度を落としてお迎えの準備をしてくださいな。巫女が行きますから」

 

「あの赤い通り魔が船に?だったら余計速度なんて落とせないよ」

悪評が祟った!

なんてことだ……まさか悪評のせいでこうなるなんて……

 

 

 

「やっぱダメですか?実力行使に出ますけど…」

本当はしたくないけれどこちらの意思を伝えるにはこれしかないから。ナズーリンに罪はありませんが大人しく従ってくれないからです!ついでに言えば宝塔もここにはありません!

「神の使いと知っていながらよくそんなことが言えたもんだ。まあいい、だったら戦って雌雄を決めるに限るな。昔からの方法だ」

ナズーリンが片足で地面を軽く蹴った。その瞬間灰色のなにかが墓の陰、草木の中、ありとあらゆるところから出現した。

それは目が赤いネズミだった。それも千単位でだ。正直あれにとらわれたら結構やばそう。

「ね、ねえ…あの大量のねずみってわきちを食べたりしないよね?」

え?そこですか小傘さん。

「そりゃ私にはわからないさ。なにせネズミ一匹が1日に日必要とする食事の量とこの数なんだ。多分全員空腹だよ」

いやらしい笑みを浮かべている。正直神様の部下なのかすっごく怪しくなってきた。まだ悪魔の部下と言われた方が納得できますよ。

「最悪だあああ‼︎」

野生に生きる者が空腹じゃない時なんて存在しないんですよ。

 

「まあ君らが万が一死んでしまったらこいつらに食べさせてあげるよ。骨が残れば良いだろう?火葬の手間が省けて」

骨が残るかどうかすら怪しいこと言わないでください。髑髏だけ返しましたじゃダメなんですからね!

 

 

「ちなみにそれペスト持ちってことはないですよね?」

睨みつけてくるナズーリンの足元を走り回るネズミを見ていたらふとそんな考えが頭をよぎった。

その瞬間ナズーリンの目からハイライトが消えた。

あ、なんかキレた?完全に怒らせちゃいました?ええ…どうしましょう火に油じゃなくて火に爆弾でも投げ入れちゃった感じですかね?

「そりゃないよ。君はそこらへんのドブネズミと勘違いしているのかな?」

はいそうです。勘違いしていました。でもどこにペストとか潜んでいるかわからないじゃないですか。ほら……幻想郷の上下水道なんて衛生上大丈夫なのかってこと多いですし。

一応旧都は上下水道の整備を無理にでも推し進めたから経口感染による大流行は起こってない。地上はともかく……

「やっぱり2人ともここで倒して餌にしたほうがいいかもしれないな」

 

「わきちも戦うの⁈」

多分、こいつって言った事根に持っているんでしょうね。

「そりゃそうでしょうよ。私の同伴者なんですから」

それに同一で敵とみなされてもおかしくはないですから。

「かえる‼︎」

 

「蛙?」

カエルの神様に神頼みですか?

「帰る!帰宅します!」

 

「させないよ」

駆け出した小傘の進路を塞ぐように新たなネズミが現れた。一匹一匹が危険な邪気をはらんでいる。どうやら背後のこいつらはナズーリンのお気に入りのようだ。ほかのネズミとは格が違う。所詮ネズミなのだけれど……

大丈夫かな……

 

「そういえばまだ名前を聞いていなかったな」

 

「そうでしたね。では改めまして……古明地さとり。ただのしがない妖怪です」

 

 



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depth.212星蓮船 解

最初に動いたのは小傘さんだった。

弾幕を展開してネズミの注意をそらしつつ全力で逃げ出したのだ。まあ包囲された状態での戦闘は不利だから一度包囲を突破するのは最善手なのだけれど…この場に限っていえばそれは悪手に近いものなのだ。

 

「うわ⁈なんでこんなにいるのさ‼︎」

そりゃ今目の前にいるネズミが全てとは限りませんから。

包囲網を突破しようと逃げ出した先で更に大量のネズミに囲まれ、津波のように溢れかえったグレーの小動物に小傘は飲み込まれた。正直あれじゃ弾幕を撃っても多勢に無勢。数の暴力とは恐ろしいものだ。

「いや‼︎まとわりつかないで!」

ネズミによってグレーに変わった地面でのたうちまわる小傘。残念ですけれど私は助けることはできません。諦めてくださいな……

乱雑に放たれた弾幕の流れ弾を結界で弾き飛ばす。あれは大丈夫なのだろうか……

「大丈夫さ。怪我はさせないようにしておくよ。まああまりにも暴れるようだったら別なんだけどさ」

ナズーリンの言葉が聞こえたのか段々とグレーの塊の動きが鈍くなっていった。暴れて余計な怪我をするより大人しくしていた方が賢明と判断したのだろうか?

「そりゃ……どうも!」

こちらも地面を蹴り飛ばしナズーリンに接近。出来れば傷つけずに無力化したいところだったのですがそれはなかなか難しい話らしい。

目の前に向かって何かが突き出される。突き出されたそれはダウジングで使われる折れ曲がった金属の棒だった。咄嗟に首を振ってそれを回避。体のバランスが崩れる。横に無理やり体を押し倒しながら転がって距離をとった。間髪入れずにネズミの大群が飛びかかってくる。火炎放射。

弾幕ではない…完全に炎の奔流を弾幕がわりに横殴りに解き放ちネズミとの合間に炎の壁を作り出す。

一斉に後退して行くネズミ。やっぱり生き物であるのなら炎が目の前に現れれば動きは鈍くなる。本能的なものだしネズミは特に炎に弱いですからね。

「危ないねえ…それに弾幕じゃないじゃないか」

それはそちらもでしょう?最初からネズミの大群で動けなくしてなんて弾幕ごっこやる気はないようですね。

「弾幕ごっこがご要望でしたら時すでに遅しですよ」

今から弾幕ごっこは無理である。

「違いないね」

今度は向こうが接近してきた。それでもまだ対応できる速度。体を捻って飛び込んできたナズーリンを躱す。その直後彼女が弾幕を放った。ゼロ距離射撃。それは自身にも下手をすればダメージが入ってしまう危険な行為だった。

炸裂した弾幕。対処するより先に体が爆風に煽られ地面に叩きつけられる。若干服の一部が焦げたのか異臭が鼻を貫いた。

それは向こうも同じだったようで少し離れたところで地面に倒れ込んでいた。

でも私と違うのはちゃんと受け身を取っている事、周囲から絶え間なく襲いかかるネズミがいない事だった。後で絶対ネズミ団子設置してやる。

体にまとわりつこうとするネズミを体に引っ付けたまま空中に飛び上がる。

無理やり体を回してネズミを吹き飛ばし払い落とす。やっぱこの手に限りますね。

 

「なあ、君さとりなのか?」

「覚りですよ」

 

「違う違う名前だよ」

紛らわしいですね。

「ああ、名前はさとりですよ?地底を治める者であの船の人とは個人的に知り合いです」

嘘じゃないですよ。実際知り合いですし……あの船の改造で河童との仲介をやったのも私ですし。

「そうか……じゃあ彼女らが何をしたいのか知っているんだろう?」

彼女たちが何をしたいか…それは結局彼女達は言ってくれませんでした。

でも私は知識として知っているに過ぎない。本当のところ彼女達がどう思っているかなんて私にはわからないのだ。

「直接は言ってくれませんでしたけれどやりたいことがなんなのかは大まかには想定できますよ」

でも今更どうしてそんなことを聞くのでしょうか?何かいけないことでもありましたかね?

「じゃあ私たちの事は放っておいてくれないかな?」

放っておく…確かにそれが一番良いのですけれど、でも私が放っておいたとしても霊夢達は船に向かった。私が関わろう関わらまいが結果は同じなのだ。

「残念ですけれど巫女が動いているんです。あまり彼女を怒らせるとよりひどい結末が待っていますよ。私はそれを止めたいだけなのです」

なるべく穏便にすませるのであれば余計な戦いなどするべきではないのだ。どうしてそれがわからないのでしょうか…やっぱり幻想郷のヒトは脳筋揃いですね。

「そっか……じゃあ巫女が来る前に全部終わらせればいいんだな」

そういう問題ではない。それにそんなことが簡単に出来るはずないでしょう。それは貴女が一番分かっている筈だ。

「それができるのであれば。それと、貴女達が欲しがっているものですけれど…巫女も集めているんですよ」

そう言えば今までずっと余裕そうな表情をしていたナズーリンが顔を強張らせた。

「参ったなあ…そりゃ想定外だよ」

自分が集めていたはずのものを巫女も集めていたと知ればそうなるのも仕方がない。急に私に対する敵意というか…そういう感情が拡散した。

どうやら戦闘の意識を無くしたらしい。

「ともかく予定変更だ。君が協力してくれればまだどうにかできる。協力してくれ」

協力するって…何を…まさか私に霊夢達から木片を奪って来いと言うんじゃないでしょうね?流石にそんなのできませんよ。

どうやら私の想定は当たったらしい。ナズーリンの目線が私に訴えてくる。

「私に巫女を裏切れと?」

それは流石に出来ない相談でしたね。

「君と巫女との間に何があるのかは分からないけれど妖怪が巫女に味方をするのか?確かに彼女の理念からすれば正しい行為かもしれない。だけどこんな時にか……」

 

「ヒトは時に譲れないものがありますからね」

貴女だってそうでしょう?

「違いないね」

私を懐柔することは諦めたらしく、再びこちらに殴りかかってきた。その手に握られているのはダウジングの棒。確かに武器になりますよねそれ……

その手を素早くはたき持っていたダウジングの棒をはたき落とす。

右手の方が落とせた。だけれど逆に左手のものが襲いかかる。

咄嗟に体を地面に倒し、反動で蹴り上げた脚で左手を蹴り飛ばす。

ちょっとあたりがずれてしまったのか力の大半が何もない宙に拡散していった。

 

 

背後から襲いかかってきたネズミを炎で牽制。周囲にも炎で壁を作り飛びかかってこようとしたネズミの動きを阻害する。

「さすがさとり……ネズミの動きも読めるのか」

そういうわけじゃないですよ。それに今の私は心読んでいませんし……

「いえ……群体行動に不可能は少ないという事を理解しているだけですよ」

実際空が飛べなくても個体数があれば空に向かって縦に伸びていくことも出来る。

だから群集生命体は厄介なのだ。

「へえ……やっぱちゃんとした不意打ちじゃなきゃ…さとりは倒せないか‼︎」

思考がその言葉の意味を理解する前に体が先に動き出した。私の頬をなにかが掠めていき、隣に転がっていた石に突き刺さる。

 

「ッチ…それだけか」

飛んできたのはさっき弾き落としたダウジングだった。妖力…じゃない。念力馬のようなものなのだろうか?

「血を流させた事は褒めてあげましょう」

 

「やめてくれ。柄にもない」

雰囲気的に言ってみたかったのですけれどあまり受け良くないですね?え?もしかして今わたし笑っていました?ああなんてことでしょうまさか私の表情がこんなところで笑顔を作り出すなんて。

心としては全然嬉しくもなんとも思っていないというのにだ。

 

その瞬間2本目が背後から襲いかかった。今度もまたダウジング。ステップを踏んで体を動かし脇の合間を通す。通過していったダウジングは対峙しているナズーリンの手元にきれいに戻った。

あれどう見ても心臓に突き立てるつもりでしたよね⁈やっぱ弾幕ごっこにしませんか?流石に命かけるようなことでもないでしょう?

 

それでもやらなければならないのなら……程々に。

 

地面を蹴り飛ばし強引に接近。隙だらけなのだが向こうに対処する時間を与えなければどうとでもなる。

周囲のネズミだっていきなり私を止めようとすることはできない。ダウジングを再びこちらに投げてきた。

今度は…それを腕で捉える。まっすぐ私に向かってくるのだから進路予測は簡単。あとはタイミングを合わせればどうにかなるのだ。これで攻撃手段はまた潰れた。石に突き刺さった方は動きだす気配はない。

 

だけれどナズーリンの表情は余裕だった。何か秘策が……

 

「そういえばこの前にとりから面白い飛び道具をもらってねえ」

 

え?それってまさか……

「試すつもりはなかったんだけど…すまないね‼︎」

スカートの裏から足を伝って引き出されたのは、一丁の軽機関銃だった。

 

「不味い!」

 

「遅い‼︎」

 

地面をとっさに横蹴りし真横に跳躍。それでも前に行く力のベクトルを全て変えることができるわけではなく、やや斜め前に突っ込みナズーリンを通り越す形で地面を転がる。

銃口が素早く私を追いかけてくる。その黒光りする筒から鉛の塊が飛び出し、遅れて炎が吹き荒れた。

何か防ぐもの…結界は展開が間に合わない。

 

私のすぐ後ろの土がえぐり取られ、土を吹き上げた。1発が足を掠め、ニーソごと足の肉を抉り取った。痛みはすぐに消える。でも片足はしばらく使えない。

 

どうにかしないと…あ‼︎

目の前に見えたそれは、さっきネズミに囲まれていた小傘が放り投げてしまったもの。

仕方がない。この際だからちょっと役立ってくださいね!

 

転がりながらそれを掴み取り、素早く展開する。

唐傘妖怪と言えば書物ではこっちを描かれることが多い。だけれどそれは小傘のような妖怪が他人を怖がらせるために作り出した分身。正確に言えば古びた傘に宿した分霊のようなものだ。普段小傘が持っている間は顔や眼は付いていてもあたかもそれ自体にも意思があるように思えるけれどそれは小傘が触れている間しか現れない。

だから今はただの唐傘でしかなかった。

とはいえ所詮は傘。弾丸を弾くなんてことは出来ない。普通なら、妖力を傘に流し込む。想起、分霊、霊体強化。

方陣を出現させてからでなければ全くと言っていいほど機能しない結界より、物に力を流す方がよほど早い。一瞬妖力とは違う何かが流れてしまったような気がしなくもないけれど……

多少は強化された傘の表面が、大量に放たれる弾丸の進路を変える。だけれどそう長く続くことはなく、何箇所かには穴が空き、飛び込んできた弾丸がすぐそばをかすめていく。

それでも直撃は無かった。

「これで終わりかな?」

弾切れなのか攻撃が止まった。その瞬間待機していたネズミ達が一斉に近寄ってきた。

「それはどうでしょうか?」

 

傘から身を乗り出し、弾幕を展開、近寄ってくるネズミを吹き飛ばし土煙で視界を遮る。

これが最大のチャンス。

なりふり構わず飛び出した。片足が使えればどうということはないのだ。

煙の奥でこちらを探し出そうとしているナズーリン。

その姿を視界に捉え、その首を掴んだ。

掴む直前こっちに気づいたみたいだったけれど対応できなかったようだ。多分私でもとっさの対応は難しいですね。

「ゲームセットですね」

驚愕の表情をしていたナズーリンも流石に負けを認めたのか体の力を抜いた。

「あー負けだよ負け。好きにしな」

首を掴んでいた手を離し、体についた煤と埃を払いおとす。少し焦げ臭いと思い服を見てみれば弾幕の火種が引火した跡が服にいくつかできていた。

「好きにしろって…じゃあ速度落とすように伝えてきてくれますか」

ついでに高度も落として欲しいのですけれど……

「……伝えるだけだからな」

もしかして霊夢達が木片集めているという事も伝えます?別に構いませんけれど……

「伝えるだけでいいですよ。向こうがどう判断するかですから」

 

「そっか……」

 

周囲のネズミ達が一斉に引いていき、草陰の中に消えていった。

 

もうちょっと話そうとした矢先、それは中断されてしまった。

「おういさとり‼︎」

魔理沙の声。まさか近くに来ていた?ともかく貴女は先に行って知らせて来てください。

無駄にナズーリンが魔理沙や霊夢と戦えば時間ロスである。

「さあ行ってください…巫女が来たら面倒なことになります」

 

「仕方がない。恩にきるよ」

「恩返しはいりません」

素早くその場からナズーリンが飛び出し森の中に消えていった。

そのすぐ後ろで小傘が魔理沙に吹き飛ばされた音がした。

ああとばっちり食らったんですね……どんまい。

「さとりか⁈ものすごい音がしたからきてみたんだが…」

 

「ああ……お気になさらず。もう終わりましたから」



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depth.213 星蓮船 祭

「さとり大丈夫なのか⁈」

駆け寄ってきた魔理沙はいの一番に私の体のことを心配してきた。確かにはたから見ればボロボロといっても過言ではないかもしれない。だけれど妖怪にとって……ましてや私にとっての傷などそれこそ心臓を引き抜かれたとかその程度だったら大した問題ではないのだ。

「ええ、たいした傷ではありません」

 

頬の切り傷は戦いのどさくさで勝手に治っていた。足の方も出血はもう止まり今は失った肉の回復を待っているところである。筋肉や血管が無事であったのは幸いだろう。

後五、六分もすれば完治するはずだ。

「痛くない…のか?」

痛みなんて……ずっと昔からほとんど感じたことはない。

「痛くはないですよ。というより途中で痛みがなくなってしまうんです」

生命としての警告サイン。それが痛みによるものだ。例えば毒が体の中に入ったときは赤く腫れたりして痛みを発する事で毒の存在を認知させたりする。私にとっては毒を食らったことがないのでどうなるのかは不明ですけれどやっぱり痛みは発しないのかもしれない。

「それ無痛病じゃないのか?」

 

「違いますよ。瞬間的な激痛は走っても持続的な痛みが感じ取れないだけです」

私の答えに魔理沙は呆れていた。人ならざる者にはデタラメな奴が多いとは分かっていても、やはり思うところがあるのだろう。

でも私よりレミリアさんやフランの方が回復能力で言えば上だし弱点だって心臓を杭で刺されるかしないと死なない。頭を吹き飛ばしたらその直後からニョキニョキ再生するのだからおったまげた。

 

 

「そういやその木片は…」

そう言えば……いくつか集めていましたね。すっかり忘れていた。

正直これを私が持っていても意味がない。

「ああ、あげますよ。私は要らないですから」

 

「お、おうそうか」

いとも簡単に私が譲渡すると申し出たことが逆に魔理沙に不信感を抱かせたようだ。別に毒が仕込まれているとかそういうことはないですよ。

 

 

少し離れたところで少女の泣き声が聞こえてきた。その声の主はすぐそばにいて、さっきまで地面に転がっていた小傘だった。

「わ、わきちの傘……」

小傘の傘は数十発の銃弾を受け止めていたせいで布部分はボロボロ、一部は骨を砕いたのか広げると一部が折れ曲がって歪んだ円を描いていた。

それを小傘は呆然と見つめていた。まるでこの世の全てに絶望したかのような…そんな感じの表情と感情を抱いていた。でもあれは不可抗力だし仕方がなかったのです。

「ああ…すいません。その傘こちらで修理させていただきます」

だけどこのままというのも寝覚めが悪い。私は残虐非道ではないのだ。人並みに感情を持っているし倫理観だって人間基準である……と思いたい。

「直してくれるの?」

顔を上げた彼女は目を輝かせながら抱きついてきた。そんなに近づいてこなくてもいいじゃないですか。

「ええ、直しますよ」

今に異変が終わってからですけれどね。

「話は終わったか?」

そう言いながら魔理沙が弾幕を展開し小傘を吹っ飛ばした。

目の前でいとも容易く行われた残虐行為。ああなんてことだ……

「……」

非難の色を混ぜた視線で魔理沙を何度も突き刺す。それに気づいた魔理沙が少し居心地悪そうにしながらも弁明を始めた。

「な、なんだよ。だって唐傘妖怪だろ?1発くらい入れておいたっていいじゃないか」

妖怪絶対ダメであるのなら私だって均等に残されるはずだ。それがないということは魔理沙が彼女を吹っ飛ばした理由は別のものである。わざわざ嘘をつくということは……

サードアイを少しだけ服から出した。

「霊夢と同じで白黒通り魔ですね」

 

「違う違う!私はちゃんと理由があるんだぜ‼︎元々あいつが悪いんだ!」

全力否定。それ自体に嘘は含まれていない。ではどこに悪い理由があるのか……

「えっと……驚かされて何か嫌な思いをしたと」

うーんと……あ、見えてきた。

「ああそうだよ!覚りなら心を読めばわかるだろ!」

顔を少し赤くして怒り出した。ようやく全容がわかった。小傘に対して怒りを感じているというその原因は、結構些細なことであった。だけれど確実に魔理沙の心を傷つけたのだろう。

「……もう読みました」

私の落ち着いたその一言で、ヒートアップしていた魔理沙が急に冷静に戻った。その上で知られたくないことを知られてしまったと顔を青くし始めた。

「そうか……」

まあ……知ったからと言ってそれをどうこうする気は一切ないのですけれど。

「人間誰しも知られたくない記憶の一つや二つありますからね。大丈夫ですよ秘密を知ってもトラウマとして運用する以外で漏らしたりはしません。墓まで持っていきます」

トラウマとして運用する以外ではですよ。まあトラウマでの運用は基本貴女に対して使うのがメインですから漏洩の心配は多分ない。

「墓がなかったらどうする?」

それは困りましたね。墓が無いのはちょっと残念ですけれどありえなくはない。特に妖怪は墓が無いなんて当たり前だから。

「その時は閻魔さんに洗いざらい吐きますよ」

「すっげえ複雑な気分だな」

 

そうでしょうかね?別にその頃には貴女はとっくにあの世に渡っているのだから問題はないでしょう。それとも墓石が出来るのであればそこに書いておきましょうか。

ああ大丈夫ですよ。貴女が小傘に驚かされて思わず粗相をしてしまったなんてことは生涯秘密にしますし1週間くらいで忘れますから。

忘れていたとしても思い出そうと思えば想起を使って思い出せるし別に良いんですよ。忘れたって……

 

「それよりこんなところで油売っていて良いんですか?」

霊夢と対決しているのに結構余裕なんですね。別に私はいいのですけれど。

「おっといけねえ。取り敢えずこれだけ木片があれば船にもたどりつけるかな」

魔理沙がスカートの内側から蓋袋を取り出して中身を見せてきた。結構な量溜まっていますね。

「それはどうでしょうね?でも彼らがそれを探しているのは事実ですからもしかしたらコンタクトがあるかもしれませんよ」

それを決めるのは向こうですけれど。

「楽しみだな宝船」

 

倒れた小傘を近くの木の陰まで運び、傷を軽く手当てする。

軽度の打撲ばかりで大したことはないけれどいたるところに擦り傷ができてしまっていた。放っておけば跡が残ってしまう。

全く……地味に魔理沙も人が悪いです。

 

 

 

 

「巫女が動いている?」

ナズーリンが慌てて戻ってきたとムラサが伝えてきたから何か重大な事が起こっていると思ったら案の定重大な事態だった。

確かに想定はしていたことだ。だけれど早すぎるしなぜかこちらが集めているものを向こうも集めているときた。

「それは……ほんとなの?」

本人が直接確認したわけではないからもしかしたらという希望にかけてみる。情報が不確定であれば……

「地底の主が言っていたんだ間違いはないさ」

その瞬間足元がふらついた。あの地底の主人が言っていたのなら間違いはない。ああなんてことです……

「……分かった。他には?」

ともかく対策を考えないと。今乗り込んで来られたら迷惑極まりない。どうにかしないと……

「その地底の主から。速度と高度を落として巫女を迎えてやれってさ」

……はい?

 

言っている意味がわからない。どうして巫女を迎えないといけないのだ。全く理解できないわよ。確かに彼女達が私達が必要としている道具を持っているのは事実だけれど…それとこれとは全く別問題なのよ。

「なんでそんなことしなくてはいけないのよ」

 

「巫女に喧嘩を売っているとろくなことにならないからだそうだ」

そう言われると納得してしまう。聖様に喧嘩を売るのよりやばそうだし。だけれど……

「それは……無理ね。どうにかして彼女達から木片を奪わないと」

聖様を確実に助けるためには邪魔は排除しなければならない。だからここはあえて喧嘩を売ることにする。たとえ後で其れ相応の制裁が待っていようと構わない。汚名は甘んじて受けよう。

「ご主人に伝えてみますか?彼女だったらできると思うよ」

確か今地上にいるんだっけ?貴女のご主人。

「そうね…お願いできるかしら」

嫌だと言われたらそれまで。だけれどそのときはどんなものを差し出してでもお願いするつもりだ。

「問題はないさ。でもちょっと時間が必要だね」

 

「構わないけど早急にね」

 

「なるべく急がせるさ」

そう言って彼女は部屋を後にした。少し遅れてムラサが入ってきた。

「何かあったの?」

 

「実は……」

 

 

 

 

特にやることもなくなってしまったので私は博麗神社に再び舞い戻っていた。とは言ってもそれは完全に日が暮れた後の事で、それなのに霊夢達が帰ってきていないことを考えると少しだけ不安になってくる。

だけど向こうも準備が整えば私を迎えにくるはずだ。であれば私は何もしなくていいし下手にウロウロするのは良くない。

 

居間で酔いつぶれて寝てしまっている萃香さんを押入れに押し込んで後片付けをしていると、不意に陰険な気配を感じ取った。霊夢と……魔理沙?どうしてそんな陰険なんでしょうか?

のんびりくつろいでいる余裕はなさそうだったのですぐに玄関に迎えに行く。

「どうしたんですか2人とも」

 

戻ってきた2人は何故かボロボロだった。服はそこまでではないのだけれど精神的にボロボロというか負けて帰ってきた後といった方が直球的で分かりやすいはず。2人が負けて帰ってきた後というのを知らないから憶測なのだけれど!

「盗られたわ……」

長き沈黙の後霊夢が小さく呟いた。聞き取って欲しくなかったのかもしれないけれど十分聞き取れてしまった。

「え?盗られたってまさか…」

 

「木片全部盗られたのよ‼︎」

霊夢の叫び声に驚いた萃香さんが押入れの中で飛び上がった音がした。

ぶつけたのは三箇所か……結構跳ねましたね。

静かになったので多分気絶したのでしょう。

 

「取られたって…ネズミでも出たんですか?」

 

「ネズミなら可愛いかったでしょうね。生憎虎よ。それも神の使いのね」

なんだ星さんですか。ナズーリンではないのですね。あ、魔理沙の方ははナズーリンに取られたと……どうりでネズミの足跡が服についているはずだ。

 

「そりゃまた……残念な結果に」

じゃあもう諦めます?正直貴女たちは彼女たちの邪魔でしかないですし。

「ほんとよ‼︎」

でも全然闘志は衰えていませんね。むしろ身体が闘争を求めて何かを生み出しそう。魔理沙もずっと黙ったままですけれど…ああ、怒ってるのか。

「こうなったら直接乗り込むしかないと思うのですが……」

でもそれをやろうにも2人の力じゃ無理だ。どちらか1人だけなら私が補助をしてギリギリ送れますけれどそれだって向こうが反撃してくるようなら難しい。そもそも現在飛んでいるあの船は河童に魔改造された後なのだ。オーバードウェポンと言っても過言ではないはずだ。

「それができたら苦労はしないわ。文ですら届かない高さを飛んでいるのよ。私たちじゃ届かないし追い付けないわよ」

「私の箒だって限界まで出力出して追いつけるかどうかなんだ。反撃されたらもうどうしようもないな」

 

やれやれ行き詰まりましたか。向こうが必要なのだからコンタクトを取ってくると思ったら拳で殴ってくるとはまた派手に出ましたね。

高度も速度も下げないという意思表示をされてしまっては……

「じゃあ何か方法を考えましょうか……紫の結界」

 

「あいつに頼るとろくなことにならないわ。下方から魔法で砲撃」

 

「無茶言うなよ。パチュリーならいざ知らずあんな高高度にいる相手に正確に当てることが出来る精度を持った魔法なんて知らないさ」

 

「お空に砲撃してもらう」

 

「地上が焼け野原になる未来が見えるわ」

 

さーてアイデアはもう尽きてきましたね。これじゃどうしようもない……

ちょっと待ってください?あ!

「……あ、確かあれがあった」

頑丈で反撃に強く、高速で高高度を飛行する事が可能でかつ複数人数を送り届けることができるものが。

「あれって?」

 

「まさかあるのか⁈」

 

「河童……」

この前完成したあの飛行機ならいけるはずだ。まだ飛行試験しか私はやってないけれどその他の試験はどうせ河童の同志を生贄にまだ飛ばしているだろう。解体されるなんてことはないはずだ。部品取りとか以外では……

「持ってますね。あの高度と速度を凌駕しかつ高機動ができるもの」

 

「「よし行くわよ(ぜ)‼︎」」

それを聞いただけで真っ先に駆け出す2人。

元気だなあ…

 

解決策が浮かんだからと言ってもまだ実現できるかわからない。それにもしかしたら向こうはもう魔界に行ってしまうかもしれない。

いや…多分まだ大丈夫だろう。私だってまだあのカケラをいくつも持っているのだから。

さて準備しないとですね。



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depth.214 星蓮船 厄

夜は真っ暗だと良く思う人がいるけれど実際のところは月明かりがあるからそこまで暗くはない。少なくとも相手の顔がわからない程の暗さはない。それでも暗いというのに変わりはないから人間にとっては恐怖を感じてしまうかもしれない

 

「もう夜なのに山に登るのは危ないんじゃ……」

山の中腹まで来て魔理沙がそんなことをぼやいた。最初の勢いは何処へやら。どうやら恐怖に直面して気持ちが萎縮してしまっているらしい。でも今更引き返すのはもっと危ない。特にここは天狗の里の近くだ。昼の天狗も十分危ないけれど夜はもっと恐ろしい。本来は人ならざるものの時間なのだ。向こうが慈悲をかけてくれるということはまずない。大体夜中に人里の外に人間がいるというのは殺してくださいという自殺志願者しかいないのだ。

「何言っているんですか。間に合わなくなっても知らないですよ」

 

いつ向こうが行ってしまうかわからないのだ。私としては別にそれでも良いのですけれどそしたら貴女達当たり散らすでしょう。

それで周りに被害が出るのは嫌なんですよ。

 

霊夢は周囲に灯をともして魔が寄ってくるのを弾いている。確かにこの明かりは魔除けの効力がある。そのせいで私まで被害を受けているのですけれどね。それは内緒。

 

 

途中で高度を落とし木々の合間に降り立つ。まだ新芽が出たばかりの木はそこまで視界が悪いわけではなく、比較的楽に降りることが出来た。

山を流れる川が見えてきた。

急斜面で流れが早く、岩肌が邪魔をしていて決して泳げそうには見えない川。だけれどここを楽々泳ぐ事ができる河童にとってはむしろ絶好の居住地域なのだろう。

 

「ここら辺か?」

ちょっと手前でしたね。もう少し奥の方です。

「もうちょっと上流です」

 

「うへえ……まだあるのかよ」

確かに夜の川というのは結構危険ですけれど。でも貴女たちは妖怪相手じゃどうということはないでしょう。問題は……水のあるところは霊が寄ってきやすいという問題です。悪霊対策は霊夢がしていますけれどそうじゃない…純粋に脅かしたい霊や成仏できないでいるだけのものは悪霊じゃないですから普通に寄ってきます。あ、もしかして魔理沙はそういうの苦手でした?

 

「ち、ち、ちげえよ!霊なんか怖かねえ!」

怖いんですか…まあ霊は大抵の人間が怖がるものですから何も恥ずかしいことではない。

「あんた昔怨霊に脅かされてちびってたわよね」

「霊夢‼︎」

ドンマイですね…っていうか小傘だけじゃなくて怨霊にまでやられるなんて……まあ昔の魔理沙なら納得です。

 

 

霊夢と魔理沙が言い争いをしているのを尻目にさっさと川ぞいに上流へ向かっていく。夜は光学迷彩の効果も相まってにとりさんの工房は視認することは不可能だ。そういう時はどうすれば良いかと言われれば、場所さえ覚えておけばあとは結構簡単である。

 

妖力を使い河童の弾幕を再現構築。それを周囲にばらまく。いきなりのことで後ろの二人が警戒を始めた。先ほど言っておけばよかったですね。

四方八方に放出された弾幕が木や地面にあたり弾ける。周囲を確認すれば大体のところでそんな光景が広がっていた。その中で一箇所だけ空中で弾ける場所が出てきた。まるで見えない壁に弾かれているかのような感じである。

 

「ありましたありました」

建物はどうしても動くことはない。だから迷彩で隠してもこうしてしまうと無意味になってしまう。

手探りでドアノブを見つけその場所の近くを叩く。

正直これで聞こえるかどうかは分からない。だけれどこれを霊夢達に任せたら壁を破壊して中に入り強奪をするだろう。

実際紅魔館で似たようなことをやっているし魔理沙も時々地霊殿の私の書斎から本を盗み出そうとしていた。それをやられると困るので全力で阻止している。気分は……メタルギ◯の敵役。

「にとりさんいます?」

 

しばらく応答がなかったけれど、光学迷彩が解除され中で室内灯が点灯したのか急に光が扉の隙間から漏れてきた。

三分後にようやく扉が開いた。

「何さこんな夜中に」

髪を完全に下ろしているにとりさんはどうやら就寝中だったらしい。下着姿で出てきた。目も微睡んでいる。

「妖怪って夜がメインじゃないの?」

完全に寝ていたであろう状態であるにとりに魔理沙が食いかかった。

「あいにく私は例外でね。昼に活動するタイプなんだよ」

髪を下ろしているとなんだか別人に見えますね。でも今は置いておこう。今度文あたりに相談すれば写真撮ってくれそうですし。

 

「飛行機を借りたいのですけれど」

あまり回りくどいとにとりさん寝ちゃいそうだから単刀直入に言う。その途端にとりさんの目が変わった。技術者として……河童としての本気の目玉。目が覚めたらしい。

「借りるって……あの飛行機を?でもこの前は渋ったじゃん」

渋ったというか試作状態のアレに乗せられるのにちょっと抵抗があっただけです。でもちゃんと乗ったじゃないですか。でもそれを言い出すと機嫌損ねそうだからやめておく。

「事情が変わりまして……あの飛行機の出せる速度と高度にこの2人を送る必要があるんです」

私と大して変わらない身長のにとりさんが狂気の笑みを浮かべた。

「そりゃ面白いねえ……」

 

「どうですか?」

 

「四十秒時間をくれ。すぐに用意するさ!」

そう言って一回扉を閉めた。ガタガタと扉の向こうで動き回る音がして、本当にきっかり四十秒でにとりさんは戻ってきた。いつもの水色の作業着を着て小さなカバンのようなものを腰に巻きつけて。

「お待たせ。付いてきてくれるかい」

にとりさんに続いて私達も建物の中に入る。少し前まで手前はがらんどうだったけれど今はいろんなものが無造作に置かれていた。

「前より発明品増えたわね…」

霊夢がぼやく。どうやら少し前に来ていたらしい。

「そりゃ作るからに決まっているだろう」

作るからと言ってもこれは一気に増えすぎかもしれない。いや……奥の方のスペースを空けるために前の方に出したというべきなのだろうか。

「ろくな事に使わなそうだけどね」

それは失礼ですよ。ちゃんと役に立つものも開発しているじゃないですか。例えば掘削ドリルとか。あれは結構便利でしたよ。直ぐ壊れましたけれど。

 

着いたよと倉庫を仕切るシャッターを開けるにとりさん。

同時に屋根に取り付けられている蛍光灯が点灯した。

目の前に鎮座した飛行機は、翼の上面と下面に筒のようなものが六つづつ合計24個くっついていた。胴体もショックコーンが鋭利になり、翼の端っこは丸まっていたものが切り落とされたかのように角ばっていた。塗装はされておらず蛍光灯の明かりの下で銀色に鈍く光っていた。前に見たときよりも随分と様変わりしている。

「あれからちょっとだけ手を加えたんだけどどうかな?」

手を加えたというか……色々と変わってしまっていてなんだか違う機体に見える。

「速度試験機ですか?」

 

「違うよただの短距離離陸試験機だよ。副次的に速度が上がっているけれどさ」

そのかわり飛行時間は1時間になっちゃったんだけど。と付け加えた。どれほど速度が上がったのだろう……どこかの人型兵器みたいに暴走して木っ端微塵とかにならないと良いけれど。

「へえ……これが空を飛べる機械?」

私の心配をよそに二人は初めて見るその鉄の鳥に興味津々だった。こっちに興味を引っ張れば船に行くのを諦めてくれますかね?うーん……なさそうです。

「そう、月の技術をどうにか解明して作り上げたものさ」

良くあれを解析できましたよねえ……まあ5世紀近くかかっているような気もしなくはないですけれど。それでいていまだに電子機器の製作は叶わないという。あれを再現するには材料がないから無理でしょうね。

「はへえ……なんだか欲しいけどこの大きさじゃ盗めないな」

盗まないでくださいよ。

そもそもこんなものなくても二人は飛べるでしょうに……

翼の上に登り乗員スペースを確認。あれ?一席足りない。

「座席数足りなくないですか?」

前に見たときは四人乗りだったのだけれどこれは後席左がなくなっていた。

「ああ、ちょっと道具を載せたかったから三人乗りにしてるんだ」

あっけらかんと言うにとりさん。

「じゃあ私はお留守番ですね」

操縦はにとりさんしかできないからこの人数では定員オーバーになる。当然二人のうちどちらかが降りるという選択肢もない。そうなれば私が降りるというのは明白だ。

「ちょっとそれはないんじゃないの?」

霊夢が帰ろうとした私の腕を掴んだ。地味に握る力強くないですか?いやしまってるんですけれど…結構ギチギチ行ってますよこれ。私だって痛みは感じなくても体は壊れるんですよ。

「仕方がないでしょう」

 

「手すりならついているからそこにつかまっていたらどうだい?」

気休めにしかならないような事をにとりさんが言った。手すりってあのキャノピーの下にあるあの手すりですよね。どう考えても飛行中は収納される手すりですよね?ナイスジョークって言った方が良かったのでしょうか?

「良いわ。私の膝に乗って」

霊夢が先に操縦席隣に座り込み膝の上に私を乗せようと引っ張ってきた。

そこまでして乗せたいんですか!それ地味に私のプライドが傷つくんですよ。存在が乏しいゴミのようなプライドですけれど!

「乗って」

……分かりました。

何も威圧しなくても良いじゃないですか。

「さとりが巫女の膝の上に……面白いねえ」

にとりさん絶対噂にするでしょ……天狗あたりは公然の秘密だから良いとしてもその他にまで私と霊夢との距離が近いと危険視されているのだ。

「……」

もう黙っておきましょう。黙っておけばどうにかなるはず……

無表情でじっとにとりさんを見つめていたら顔を青くしてエンジンかけるねと主翼の下に潜っていった。いきなりどうしたのでしょうか?まあ良いや。

 

しばらくしていると胴体にホースが接続され、轟音とともに機体になにかが送り込まれた。おそらく圧縮空気だろう。

しばらくしていると圧縮空気を取り込んだタービンファンが回転し始める。特有の甲高い音が少しづつ大きくなり始める。

計器を見ながら二人を確認すると外から響く騒音に二人とも嫌な顔をしていた。

霊夢の膝の上から隣の操縦席に移動し回転数が十分上がったところで燃料供給パイプを開く。点火プラグにつながるスイッチを入れれば、何度かエンジンから爆発音が響き渡り、やがてエンジン自体が燃料と空気を勢いよく延焼させて後ろに吹き出し始めた。途端にエンジンの回転数が跳ね上がる。

後ろは大丈夫なのかとバックミラーを使って確認すると、床の一部が跳ね上がってエンジンのブラストを拡散していた。

 

にとりさんが空気を送っていたホースを引き抜いてハッチを閉じ、コクピットに乗り込んだ。それと同時に機体の置いてあった床が斜め上に向かって傾き始める。

気づけば屋根も切り取られたかのように開かれ、星がきらめく夜空が広がっていた。

「This is Tower runway23、Go around」

 

「日本語でお願いします」

しかもタワーじゃないですよね。ここ助手席ですよね。

「それで、どこまで送っていけば良いんだい?」

 

「空に浮かぶ船まで」

 

「そりゃ好都合だ!私もその噂を確かめてみたいところだったんだよ!」

ゴーグルをつけたにとりさんがエンジンのスロットルレバーを一気に奥まで押し込み、いくつかのスイッチを入れ始めた。

「まあいいや離陸するから注意してね」

直後、衝撃で体が吹っ飛ばされそうになった。

視界が一気に切り替わり、気づけば月明かりに照らされた夜空を機体は舞っていた。

 

「へへ、どうだい?ちょっとしたアトラクションだと思わないかい?」

 

「思いたくありませんよ…」

二人はいきなりの加速に完全に目を回していた。無事なのは私とにとりさんだけだった。こりゃ人間が扱って良いものじゃないですね。

「イタタ…頭ぶつけたぜ」

 

「ちゃんとシートベルトしておいてくれよ」

今更すぎますよねその警告。

 

「それじゃあ……ブースターさっさと使っちゃうかな!」

操縦席の中央にあるボタンが押され、左右の翼についていた筒が火を吹いた。再び体が霊夢に押し付けられる。痛くないですかね?

「痛いわ…」

やっぱ痛かったんですね。

 

雲を一気に突き抜け、あっという間に雲の上に出た。速いのなんのってレベルではない。さっきソニックブームが発生した気がするんですけれど。

「見えた見えた!あれだなあ空飛ぶ船って」

 

外を観察していたにとりさんが真っ先にそれを見つけた。

「なんだい!ボロボロになってるじゃないか!」

何かあったのでしょうか?まあ今はボロボロの方が好都合なんですけれどね。



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depth.215 星蓮船 鬼

目の前に見えてきた星蓮船は船本体は無事だったようだ。だけれど増設した部分は左半分が大きくえぐれ、裂け目を作っていた。そこからいくつものパイプや鉄の板がひしゃげ折れ曲がっているのが良く見えた。

 

大破している方に寄せ付けるらしくにとりさんは機体を少しづつ減速させて真横につけた。

「ほらこれでいいんだろう?」

機内が減圧され、キャノピーがゆっくりと開かれた。

「ありがと。そんじゃ行ってくるわ」

霊夢が装着していたベルトを外そうとした時、にとりさんが慌ててキャノピーを閉じ始めた。

「どうしたのよ?」

「様子がおかしい」

外を見るとまだ壊れていないところの外殻が動き出し、下から半球体のなにかがせり上がってきた。それらの先端には棒のようなものがくくりつけられていて、それらが一斉にこちらをにらんだ。

「不味いですよ」

 

「分かってるさ!」

 

急に機体がひっくり返り、雲が真上に広がった。

その直後機体の下を赤と青のレーザーが通り過ぎた。

だけれど安心している暇はない。すぐに次が放たれた。僅かに二つだけ。それでも当たればこの機体を破壊する程度の威力はあった。

すぐに真下に向かって機体が旋回。体が霊夢に押し付けられ、息苦しくなる。

 

それが収まったと思ったら今度はマイナスGが体にかかりレッドアウト。目の前が血の池に落ちたかのように真っ赤になった。

僅かに見える視界から弾幕が機体をかすめていくのが見えた。

「うわあああ‼︎」

後ろで悲鳴が上がり、振り返ってみれば魔理沙の頭の上あたりを弾幕が通過したのかキャノピーの一部が溶けて無くなっていた。殺意ありありじゃないですか。

「後ろ煩いぞ。叫ぶ余裕があるなら外見張ってろ」

それはあまりにも鬼畜なのですけれどね。そもそも視界が安定しないから見張るのも難しい。訓練していればそこそこいけますけれど対Gスーツを着ているわけでもないのだ。急な機動をすれば人間じゃ耐えきれない。

胴体の下に潜った弾幕が花火のように炸裂し機体を前後に吹き飛ばす。翼が悲鳴をあげ床下から嫌な音が響き渡った。

 

船の下を高速で通過し反対側に出るものの、こちら側の方がむしろ生きている兵器が多く余計に上に上がれなくなった。慌てて距離をとって様子見に走る。

 

「武器とかないの⁈反撃しないと」

霊夢、これはただの飛行機であって戦闘機じゃないんですよ。元戦闘機ではあるんですけれどね。特にエンジンが。

「武器なんかないよ!」

星蓮船の下に取り付けられた三連装砲が火を噴いた。爆煙が立ち上り空気を切り裂いて飛び出した実体弾が近くで炸裂。色取り取りの光弾を撒き散らす。

「それじゃあ近づけないじゃない!」

そもそもあんな重武装が相手じゃこっちがどんな武装していても焼け石に水ですよ。それこそ対艦ミサイルとか無いと。至る所で弾幕が爆発し、動きを制限されてしまう。

「下からならいけるんじゃないのか?」

 

「魔理沙それはナンセンスだよ。あれの下にだって武装はたんまりあるんだ。むしろ下はキルゾーンだよ」

確かに誘導兵器がたくさんあるとは言っていましたね。なんでそんな設計にしちゃったんだか。

「魔理沙、横にレバーがあるだろ」

そういえば魔理沙の座る席の隣何か置かれていましたね。一体なんでしょうか?

「あ、ああこれか」

後ろで魔理沙がそれを見つけたらしい。

「合図で思いっきり引っ張れ」

嫌な予感がするのですけれど大丈夫ですよね?え、大丈夫じゃないですか?それは困りましたね。

「わ、わかった‼︎」

その返事を待たずに機体が星蓮船の真横に照準を合わせた。生きている火砲は二つ。反対側よりかは攻撃が飛んでこない。

それでも機体の周りはいくつもの火線が埋め尽くし、こちらを近づけまいとシャワーを浴びせてくる。

「今だ‼︎」

レバーが引っ張られる音がして、なにかが開いた衝撃が響いた。

 

それは機体に水平にして伸びたクレーンアームだった。その先端にはワイヤーで巻上げ機に繋がれたフックがついていて、ほぼ横倒しになって振り回されていた。

目の前に迫るレーザーをエルロンロールで避ければ、既に目の前には星蓮船がいっぱいに広がっていて、巻上げ機が回転しフックを機体より下に持っていった。

それが星蓮船の甲板に向かって突き刺さろうとして、見えない何かに弾かれた。

その反動で発生した過剰な応力がアームの基部にかかり、耐えきれなくなったアームが鋭い金属音を立ててへし折れた。そのフレームを稼働させていた油圧ダンパーが裂け、黒い油が周囲に飛び散り、機体側面に黒い傷跡を作っていった。

「全然効いてないぜ!」

お返しと言わんばかりにフライパスした星蓮船から弾幕が解き放たれ、機体を爆発で振り回す。キャノピーに頭をぶつけて霊夢が痛がっているけれどそんなこと気にしていられない。まだ機体に目立った被害は出ていないけれどそれも時間の問題だった。

「流石だね‼︎やっぱクレーンだけじゃダメか」

そもそもあれの設計は貴方も関わっていましたよね!ですが今のは硬いというより…術のようなものがかかっているような。

 

「霊夢は夢想封印使えないのか?」

 

「母さんが膝の上にいるのに身動きなんて取れるわけないでしょ!」

ですよね……しかも私は私でベルト非着用ですから霊夢が抑えていてくれないと振り回された時に吹っ飛びます。

 

「もう一度だにとり!」

急に後方で減圧操作が行われた。

突風が室内に流れ込み、轟音が機内を満たした。風で色んなものがはためいている。

「何をする気なのさ!」

 

「やっぱ弾幕はパワーって言うだろ!」

 

シートベルトを外して魔理沙が上半身を機外に出した。突風で体が吹っ飛ばされそうになっているのがよく見える。

体をキャノピーに押し付け、ミニ八卦炉を構えている。

「三人とも目を瞑ってろ!」

ミニ八卦炉を中心に魔力の本流が渦巻き始める。あまりに濃い力の流れだからか、僅かながら光を反射して黄色味かかった色を発色していた。

「ファイナルスパーク‼︎」

機体が反動で後ろに下がった。そう感じるほど、その力は強大だった。

 

 

 

 

 

「高エネルギー反応…不味い‼︎レーザー砲だ!」

飛行物体を監視していた一輪が叫んだ。

見ればこちらに鼻先を向けた飛行物体の上で何かが光り輝いていた。

さっきから鬱陶しく飛び回っていた奴がついに反撃に出た。

 

 

「バリアーを張る!」

エンジンの出力を上げ余剰エネルギーを大量に送り出す。

「待って!前に使った反動でまだバリアーは……」

洞窟から離脱するときに使用したバリアーは長時間の使用と主エンジン脱落の影響で完全の使用する事はできない状態だった。さっきクレーンフックを弾いた時に一度稼働させてしまっていてせっかく溜めた分のエネルギーも足りなくなってしまった。

「いいから‼︎張らなかったらやられるだけだ‼︎」

張らないよりはマシ。一輪の反対を押し切って素早くバリアーを展開。

無理やりだから穴だらけの透明な殻のような状態になる。そこに向こうからの特大ビーム攻撃がバリアーに命中する。真っ赤な雷のようなものが立て続けに発生し。バリアーが砕け魔法のエネルギーが内部に侵入してきた。いくつもの場所で爆発が起こり、一部は爆発する前に溶けたようだ。

不完全なバリアーはファイナルスパークを完全に防ぎきることはできなかった。ガラスが砕ける音がしてバリアーが完全に破られた。

爆発が船体を大きく揺さぶり、私は操舵室の壁に叩きつけられた。

 

 

 

 

ファイナルスパークは直前に展開された防壁を破壊し、こちらに攻撃を加えていた大砲をひん曲げ、溶かし破壊した。

少し遅れて発生した爆発で船全体が煙の中に消えた。

「やったか‼︎」

 

「それフラグです」

その姿を見ていた魔理沙がそう喜んだ。だけれどあれがそう簡単にやられるはずがない。

煙を突っ切り出てきたその船は、増設された金属部分が大きく大破していたけれど本体の宝船の部分は無傷だったようだ。

「だめだ!対空砲火は全滅したらしいけど全然ダメージ負ってないよ」

双眼鏡で細かく確認していたにとりさんがそう叫んだ。

「ですね…あ、パージしました」

目の前でカッパが作り上げた科学の結晶は切り離され、夜の闇に消えていった。あれ下に落ちた時大丈夫なのだろうか?あ、パラシュート開いているから大丈夫かな?正直あれほどの質量があればパラシュートくらいじゃ気休めにしかならないと思うけれど!

 

「魔理沙もう一回いける?」

霊夢が後ろの魔理沙に問いかける。

「無茶言うな。あれは一回きりだよ」

体を戻しキャノピーを閉じた魔理沙が霊夢にぼやいた。確かに魔理沙の手に収まるミニ八卦炉は黒煙を上げて時々ショートしているかのような漏電を発生させていた。中の回路が焼け付いてしまっているのだろう。

 

「でももう大丈夫なんじゃない?」

 

「そうだといいんだけど……」

まさかにとりさん他にも何か載せていたとか言うんじゃないですよね?

 

「まだ撃ってきた!」

撃ってきたのは船体上部に乗っけられた小さな砲塔だった。だけれどそれ一つでも脅威に変わりはなかった。

「まだ戦えるの⁈」

 

「仕方がないねえ……ちょっと荒っぽいけど」

残っていた翼下と上のすべてのロケットエンジンが点火。機体を再び加速させる。速度計が何度も針を回転させ、周囲の景色が後ろに飛び始めた。さっきまでの戦闘機動を殴り捨てた高速飛行だ。

 

途中で燃料が尽きたロケットは機体から切り離され後ろに飛んで行った。重りがなくなってむしろ加速が早まる。

速度計は再び振り切れ、完全に真っ白なところを指していた。

 

「何する気⁈」

 

「あの船に送り届けるのさ!ついでだからこいつの限界も試してみたいし!」

 

「流石……発明家だ」

にとりさんは何だかんだ笑いながらそれを楽しんでいた。

まるで子供が生まれた時みたいな…そんな表情だった。

 

 

 

 

「イタタ……被害は」

すぐに船を自分の管理下に戻す。

右舷の対空砲は完全に全滅。増設したバルジは溶け落ちてしまっていて原型をとどめていなかった。

補助動力も損傷したらしくもうすでに重しでしかなかった。すぐにパージ。軽い揺れとともに切り離された。

でも本体は無事。であるのなら問題はない。

 

「一輪、星大丈夫?」

 

「大丈夫よ」

雲山が一輪を守っていたらしい。薄桃色の雲山がサムズアップ。こちらもそれに答える。

「こっちも大丈夫!」

甲板に出ていた星は少しだけ服が焦げているみたいだけど大丈夫そうだった。

 

自動砲が相手を追尾していまだに攻撃を続けている。つまり相手はまだ近くにいるという事だ。

 

「飛行物体直上‼︎」

一輪の叫び声。釣られて外を見れば船のはるか上空に、あの飛行物体がいた。その鋭い先端がこちらを睨みつける。

「不味い‼︎」

 

咄嗟に星が誘導弾幕を解き放った。

いくつもの弾幕が機体をえぐり取り、部品をばら撒き銀色の胴体を焦がしていく。それでも直上から真っ逆さまに落ちてくる機体は止まらない。いくら破片をばら撒こうとも、胴体から火が発生しようともそれがこちらへの軌道からずれる事はなかった。

「まさか突っ込むつもり⁈」

もうバリアーは使えない。こちらが回避する時間もない。星がハッチの中に逃げ込んだ。

慌てて操舵に一輪を連れ込み床に伏せさせる。その直後機体が再び大きく揺れた。

 

 

 

 

片方のエンジンが吹っ飛び、搭載していた残りの燃料の大半をばら撒き今まで飛び続けた天馬は先端を甲板に突き立てた状態で止まっていた。

衝撃でガラスが砕け散ったらしく、キャノピーは骨だけとなっていた。

「死んだんじゃない?」

 

「生きているわよ」

前席と後席でそんなやりとりが広げられ、ベルトを外した霊夢が私と一緒に外に降りた。

「いやあ……危なかった」

咄嗟に私と霊夢が機体の前に七重結界を貼り、コクピットへの衝撃を最小限に抑えるべく蜘蛛巣状の妖力の糸を展開してなんとか生還できた。

それでも思いっきり体を打ち付けたし首が痛い。首回りを痛めたらしい。それもすぐに収まるけれど。

「あははは!いやあ最高速度が出たよ!」

未だに操縦席に座るにとりがケラケラ笑う。

「笑い事じゃないわよ!」

 

「もうこんなの勘弁だぜ……」

垂直に突き立った状態の飛行機から魔理沙が転がり落ちてきた。

 

「へえ……そうまでしてここに乗り込むとは……」

船の奥から声がした。咄嗟に霊夢と魔理沙が戦闘態勢に入る。私は戦う理由がないので翼に腰掛けて様子を見ることにした。

「誰?」

 

「この船の船長だよ。ムラサって呼んでほしいな」

彼女は私を見つめる。少しばかり非難する目線。

「お久しぶりですムラサさん」

前にあったのは……去年の8月でしたっけ?丁度夏祭りを地底でも行った時でしたね。

「知り合いなの?」

 

「ええ、色々と……」

 

さて、貴女達が求めているものはコレでしょうか?正直に言いますと魔理沙に渡し損ねた分です。私自身最初に少しだけ拾ったものを別の作りに入れていたのを忘れていましてね……

思い出したのも実を言うとついさっきポケットになにかが入っている感触がした時ですから。

いやあすいませんね。足りなくてずっと船を異界に送ることができなかったのでしょう?

まあこれで全てのピースは揃ったみたいですから。私は大人しくしておきましょう。



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depth.216 星蓮船 礼

夏休みのため更新速度低下


「私達は魔界に行きたいだけなの。巫女といえど邪魔しないでくれる?」

甲板に上がってきた一輪が突然声をかけられてキョトンとしている霊夢達に事情を話し始めた。

私は元から知っていたので特にリアクションはしなかった。そもそも向こうだって私がこの事を知っているというのは分かりきっていることだ。

 

 

「魔界に行くだけでしたら地底からでも行けたのですけれどね」

全員の時が一瞬止まった。

「……え?」

あ、爆弾発言でした?でも事実ですよ。実際説明をしたような気がするのですけれど……ああ、よっぱらっていたから分からなかったのですね。まあそれだけじゃ説明したに入らないか。だとしたら仕方がない。

「聖のところへ行く必要があるので何れにしても地上で破片を集めないといけなかったのですけれど」

ああ…だとすれば船を地上に出す必要があったわけだ。実際彼女たちがそう願っていたから私は船を地上に打ち上げる手伝いをしたのだ。

その選択が間違っているとは思っていない。

 

 

「こちらとしてはしばらく大人しくしててもらいたい。もうすぐなのだからな」

一輪がそう言って術式を展開した。周囲に七色の文字のようなものが円を描くように浮かび上がる。なんでこう実力行使も辞さない構えですって宣言してしまうのだろうか?

霊夢と魔理沙が性格的にそんな脅しに従うはずはないし彼女達と交渉するにしても方法を間違えているとしか思えなかった。

案の定二人は戦闘態勢に入ってしまった。ムラサさんが心配そうに操舵室からこちらを見ていた。

ここは私が抑えないといけないようですね。にとりさんも……なに飛行機の裏に隠れているんですか出てきてください。

「そういうわけです。二人とも休みましょう」

にとりさんを引きずりながら三人の合間に割って入る。私としてはここで事を荒立てられるよりもさっさと聖を解放して終わって欲しい。無駄に戦うのは疲れるだけですからね。

「お宝が目の前にあるかもしれないのに⁈」

え?この状況でまだそれ言っているんですか?ほら一輪も呆れてますよ。そんなものあるわけないだろうって。実際私が最初にこの船に入った時には既に宝なんてありませんでしたよ。

「本気で宝があると思うんですか?」

確かに夢は大きくなった方が良いと言いますけれど流石にこれは夢見すぎです。

「え?だってそうじゃ……」

そういえば宝については否定を明確にしていなかった。多分それが原因だろう。少し考えればわかることなのだけれど。

「この船の宝なんて地底に封印されている時に軒並み盗難されているんですよ」

それに大半の宝は文献だったり経年劣化で失われている。残っていたものもそう大した量ではなかったはずだ。

「嘘でしょ⁈」

 

「じゃあなんで否定しなかったんだ!」

え?これ私が悪いんですか?確かに否定しなかったのは私ですけれど……

「だって否定したら不貞腐れて暴れるじゃないですか……」

実際今だってすごい不貞腐れているじゃないですか。

「仕方ないわ…この船の人達全員ぶっ潰す!そうじゃなきゃ気が晴れないわ!」

 

「同感だな」

 

「ほらこうなる……」

これをされるかもしれなかったから言わなかったんですよ。もう……

「まあまあ二人とも落ち着いて…」

流石に聞いていられなかったのかにとりさんが合間に割って入ろうとしてきたものの、焼け石に水というか……ほぼ効果はなかった。

「河童は黙って!」

一蹴されてしまい飛行機のそばまで逃げ帰るにとりさん。責めようなんて思わない。そもそも赤い通り魔相手に一言言っただけでも勲章ものである。

「これはひどいです」

 

「内輪揉めですか?まあ丁度いいです。少し大人しくしていなさい。でなければ振り落とされますわよ」

その言葉の意味を正しく理解する前に船が大きく揺さぶられ、足場が横に上下にスライド。同時に薄暗かった世界が一気に明るくなった。

太陽の光というわけではない。これは……地獄が持つ独特の明るさと同じ。それよりも赤みがかった不思議な色合いだった。

 

 

不意に体が浮かび上がった。

いや、浮かび上がったように感じたのは一瞬だけで、上下がひっくり返ったのだと理解した時にはすでに私の体は少し下の地面に叩きつけられていた。肺から空気が一気に抜けて思わず噎せ返ってしまう。

船が頭上でひっくり返りながらも飛行していた。

 

どうやら魔界とこちらとでは上下が逆になっているらしい。

霊夢達は咄嗟に何かにつかまったらしく船に残っていたのか近くにはいなかった。

逆さまになっていた船が元に戻り、どこかへ飛んでいく、追いかけようにも体が動かない。おそらく落下の衝撃で脊髄を怪我したようだ。痛みは一瞬だったから大したことではないように思えたけれどしばらく動けませんね……

そう呑気なことを考えてしまうのは私の体がもう動かすことができない状態だからだろうか。どうせ少ししたら治るのですけれどね。

 

 

 

「空から女の子が落ちてくるなんてねえ」

頭の上の方で誰かの声が聞こえる。聞いたことのない声だった。もう一つ別の足音がする。こっちは生き物ではなく……多分ゴーレムかオートマタだろうか。足音が歩幅の割に重すぎる。

「生憎飛行石は持っていませんよ」

頭上に影ができて、誰かが私の顔を覗き込んでいると嫌でも理解される。

「なんだそりゃ」

流石に通じませんでしたか。見たら大半の人は空見上げてしまいそうなのですけれどね。

「嬢ちゃん大丈夫かい?」

嬢ちゃんってそれは貴女も同じでしょうに。でも純粋に心配してくれているのであればその気持ちは無下にできない。しかし嬢ちゃんはいやですね。さとりと言ってください。

「すいません。落下の衝撃で脊髄になんらかのダメージがあったらしくて動けません」

一応肺や心臓といった部位の動きは問題ないのだけれど腕や足の方が全く動かない。頑張れば少しは動かせるのですけれど体が壊れかねないからやめた。

「そりゃ困ったものだねえ」

サードアイが彼女の心を読み取った。

落下の衝撃で服から出てしまっているサードアイは腕が使えないから服の中に戻すこともできなかったのだ。

「しばらくすれば動けますのでご心配なく。プロフェッサー」

少しだけ彼女が動揺した。おや、私をご存知の上で話しかけてきたと思ったのですけれど違ったのですか?でもさすがプロフェッサーです。直ぐに動揺を隠した笑みを浮かべてきた。

 

「おや、その口ぶり私を知っているのかな?」

見ればわかりますよ。だって……そんな赤いマントを着ていたらいやでも目立つじゃないですか。それに視界に入らない位置にもう一人いますよね。

「それはどうでしょうね?知っているかもしれないし知らないかもしれない。だけれど貴女がその答えを得ることは不可能です。それにその疑問に意味はない今問題なのは貴女がどうして私に接触してきたかです」

 

「そっかそっか。確かに貴女にとっては私が接触してきたかの方が大事だったね失礼。それでは改めまして。私の研究に付き合ってよ」

 

「付き合うと言われましてもまずは顔合わせをして親密さをあげてから研究への協力を促した方が良いと思いますよ」

シミュレーションゲームじゃないからそう簡単に親密度は上がりませんけれどね。

「私と言葉遊びかな?面白い」

言葉遊びというわけではないですけれどただの言葉のこねくり回しというわけでもない。

「ただの思考遊びですよ」

思考はこねまわすものではないと紫に言われたことがあるけれど知ったことではない。

 

「そっか……まあいいや。ところで君は面白い体質だね」

サードアイが彼女の心の本質を解き明かそうとする。だけれど今はそんなことをして欲しいのではなく、彼女の思考を先読みするだけで十分だった。

「おや、ようやく本題ですか」

さっき本質は言ってくれたけれど最終的な目的や手段などは話してくれなかった。今だって話してはないけれど思考してくれているから心を探る手間が省ける。

「その口ぶりだと知っていたようだな……いや、そこの目か」

サードアイをにらんだ彼女は次の瞬間にはにこやかな表情になり、サードアイの視界から外れた。そうされてしまうともう心は読めない。でも必要な情報は大体読み取れた。ならこの場では十分だった。

「ええ、貴女が何を考え何をしたいのかさっきから筒抜けでしたよ」

研究……どこまでもプロフェッサーですね貴女は。そしてその行動理由も人類の発展のためと実に科学者らしい。

「なら言わなくてもわかるな。大丈夫だ。命まで奪おうとかそういう魂胆じゃないさ」

少し影ができてしまっている顔では笑みを浮かべたところで少し怖いものにしかならなかった。

「でも失敗したら命を落とす可能性もありますよね。それに家に帰れない時間ができてしまうのは困ります」

私にとって大事なのは家族との時間がなくなってしまう事。普段忙しい忙しいと執務室に居座ることはあっても食事はみんなでとっているしそれなりに時間をとっている。私の心の支えでもあるのだ。

「そんなもの仕方のないことだろう。魔法の証明に犠牲はつきものだよ」

 

「そんな犠牲に付き合わされる理不尽は要らないんですけれどね」

 

「仕方がないじゃないか。人類の進歩に犠牲はつきものだよ」

その犠牲を誰かに強いるのは人類にとっての当たり前かもしれない。だけれど強いられた方はたまったものではない。そして小を切り捨て大を得る方法ではいつか滅びるであろう。

「否定はしませんが犠牲を仕方がないと割り切ったら人類の未来なんか無くなってしまいますよ」

例えばの話……千一人を救うために千人を切り捨てるのかという話です。極論ですけれど発展とは少なからずそういう面もある。

「じゃあどうすればいいのよ!」

おや、それが本心ですか。随分と……優しいんですね。

「そんなの人類じゃない私が知るわけないじゃないですか。知っているとすればそれこそ全知全能、森羅万象を司る絶対神くらいです」

そしてそのような存在は有り得ない。あり得るとしてもそれが答えを教えてくれることは絶対にないし教えてくれても理解することは不可能なのだ。

 

「そうね……ちょっと感情的になりすぎたわ」

深呼吸をして落ち着いた岡崎教授は慈愛に満ちた目で私を見つめていた。それは末期患者を諭そうとする医者に近いものだった。

 

「死なない程度だからそうね…細胞のサンプルと血を分けてくれるかしら」

……嘘かどうかはわからない。だけれどその約束を私としようとしているということはそれなりに覚悟はあるのだろうか。そろそろ手足の感覚が戻ってきた。

「前の世界でももらっていませんでした?」

私は知らないけれどもらっているかもしれない。何せ彼女たちはあらゆる並行世界に飛ぶことができるのだから。私にとっては魔法のようなものであっても彼女たちにとっては科学なのだろう。行き過ぎた科学は魔法と変わらないとはよく言ったものだ。

「ええそうね……それも心を読んだ?」

 

「ただの直感です」

実際には知っていたのだけれどそれを教える義理はない。それに、圧倒的にこちらが不利な状態ではなるべく優位性を保つためにも余計な情報は与えないのが鉄則なのだ。

霊夢達もまだ船の方だろう。今頃は聖さんを復活している最中だろうか?まあどうでも良いことだ。

 

「それで?サンプルくれる?」

 

「ええ……あげますよ」

どうせ断ったら力づくで来るのでしょう?ならここで貴女に差し出しても差し出さなくても同じことです。

ゆっくり体を惹き起こせば動けたのかと驚かれた。

今動けるようになったと答えれば面白そうに笑っていた。その横にはやっぱりメイドがいた。名前なんでしたっけ?

 

「それで、サンプルは」

ああはいはい。ちょっと待っててくださいね。今切り離しますから。

 

左腕の肘より少し下あたりを掴み、捻るように思いっきり右手で引っ張った。

妖怪の力で引っ張られた腕は、肉が引きちぎれる不快な音とともに下に向かってズルズルと下がり、関節が外れ自由になった腕は最後の接続を担っていた皮膚を引きちぎり、右手に収まった。血が止め処なく溢れ、地面に血だまりを作り出す。

ふと彼女を見れば腰を抜かして顔を青くしていた。

「欲しかったんじゃないんですか?」

 

「あ、あなた何してるの‼︎」

え?だって血と肉のサンプルがほしいって言うから…早く保管しないと腐りますよ?

「こんなのわたし持ち運べないよお」

意外とこういうのはダメなんですね?手段を選ばないとかいうからこういうの大丈夫なのかと思ってたのですけれど。

「ごめんちょっとまって…おえええ」

あ、吐いた



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depth.217 星蓮船 終

「それで私を連れて行こうとする気が無くなったのはどうしてなのですか?」

ちょっとだけ意地悪な質問をしてみた。他意があったわけではなく、これは私個人としての質問だ。あえて言うとするのであれば、私と言うさとり妖怪が気になった事を言ってみたと言ったところだろう。

「そりゃねえ……あんた実験に協力させたら絶対さっきみたいなことするでしょ」

顔を青くした教授は、私の二の腕から下と手元にビニール入りにされた腕を交互に見てそういった。確かに彼女の考えは間違えというわけではない。実際反抗的になったらそうするしもっと酷いこともする。誰かに拘束されるというのはそれだけで嫌なことなのだ。

「よくわかりましたね」

 

「そりゃね……毎回そんなことされたらこっちの気が壊れるわ」

たしかにと思いながら体を起こす。腕が片方ないからかなりバランスを取るのが難しくなった。久しぶりと思う気持ちと霊夢に見られないようにしなければならないと言う憂鬱が混ざりあってため息となった。

「実際のところその前に気を破壊してしまうのですけれどね。怪異を舐めていると痛い目にあいますよ」

怪異と人は絶対に相容れない。怪異とよく接しているから慣れたと思っているようですがそれは大きな間違いなのだ。友達みたいな感覚で同情されたり近寄ってこられても大抵は余計なお世話なのだ。それこそ存在意義に関わる。恐れられない怪異など、この世から消えてしまうから。

「そりゃ困った困った。今度から気をつけることにしよう」

 

そうカラカラ笑って彼女は歩き出した。同時に奥に今までずっとそこにいたかのように船が現れた。それ自体は船という体をとってはいなかったけれど、確かにそれは船だと私は理解した。

「次元超越船……」

気づけばそんな言葉が口から漏れていた。

 

「そう、認識としてはそれであっているさ。科学技術の結晶のようなもの…これを作れるとしたら私くらいしかいないね。あの老人たちにそれができるとは思わない」

つまりそれは、貴女ががとてつもない天才だと言うことの証明に繋がると言うわけだ。

「発展しすぎた科学は魔法と変わらない…まさしく魔法のようなものですね」

 

「まぎれもない科学の結晶さ。SFなんて言葉私達の世界じゃ死語になりつつある」

こんなものを見せられたらその言葉も肯定したくなってくる。

「そうそう私を幻想郷まで送ってはくれないのですか?」

 

「送って欲しかった?でも私には時間がないし送る義理がないからなあ……」

手伝ってくれるというなら送るのもやぶさかではない……さっき断ったのですがまだ諦めきれないと言う事でしょうか。そこまでして私が必要なのだろうかはなはだ疑問に思えてきてしまう。

「やっぱ結構です。自力で帰ります」

 

「帰れるのかい?ここと幻想郷じゃ空間が違うと思うけど」

送って行こうかと言いたいのだろうけれど貴女自身の野心がそれを完全に悪い方向に持って行こうとしているのは明白だった。

私を送る見返りとして。それが断られたら船に閉じ込めて実験……わかりやす過ぎてサードアイを使う必要すらなかった。

「時空震カウンターがあれば楽ですけれど」

 

「マイナーなひみつ道具で例えないでよ」

マイナーですかね?まあいいんですけれど……

「他にどんな道具があると」

次元を割り出す道具なんてあれくらいしかないんじゃないんですかね。他に何かあるというのであれば話は別なのですけれど。

「いや道具じゃなくて……」

道具じゃないのですか?ああ…どうやって幻想郷に帰るかですね。そう大した問題ではありませんよ。それこそ考え方の違いです。

「また星蓮船を見つければいいだけですよ」

振り落とされたからと言ってまた乗ってはいけないなんてことはない。

「そっか……ならばまたいつか会おうではないか!と私はカッコつけていってみた」

口に出したらかっこよさ半減じゃないですか。悲しいことしないでくださいよ。いつも心読みながら会話すると時々聞こえてくることですけれど。それはあくまで胸にとどめておくのが吉です。

「付喪神の真似はやめなさい」

私の指摘に口を尖らせる教授。だけれど薄々自覚はしていたようだ。

「これ意外と好きなんだけどなあ」

好きだからといってもそれはないだろう。聞いているこっちが悲しくなってくる。

「教授って肩書きのつく人って変わっているんですね」

 

「変わり者じゃなければ教授なんてやらないさ」

確かに……だとすれば何も問題はないかもしれない。ああなんてことだろうこんな簡単な事だったなんて。

 

 

後日談。

教授が船に乗ってどこかへ消えた後、私は腕の回復を待って星蓮船の元へ向かった。

道中で神崎と名乗る女性とかと遭遇した事もあったけれど大したことではないし私自身記憶にほとんど残っていないので何を話せばいいのかわからない。結局、無事に霊夢達と合流できたことくらいだろう。

無事といっても私は片腕が無くなっているのだから向こうからしたら全然無事には見えなかったはずだ。

まあ1時間説得してどうにか気を納めてもらえたから大事には至らなかったのだけれど。

実際私の体は吸血鬼ばりの回復をするのだ。そう過剰に心配されても困る。

まあそんな一悶着があった以外で異変は滞りなく解決に向かったようだ。実際霊夢と魔理沙の後ろには聖がいた。こちらを見つめる瞳は何かを探っているようだったけれど何を探っているのだろうか。

まあ彼女の事はこの際置いておこう。彼女が敵対するということは恐らくありえない。

そもそもこんな心配私がすることではないのだけれど。

 

異変の後といえば行われることは決まっている。そう宴会だ。だけれど今回私は宴会に参加しようとは思っていない。いくつかの理由があるけれど大きなものでいえば私自身が宴会が苦手というのもある。

「本当にお姉ちゃん宴会行かないの?」

心配したこいしが私の部屋に入ってくるなり最初に話したのはそれだった。宴会に姉を誘いたい気持ちは分かるけれど今は無理なのよ。

「ええ、今日くらいはゆっくり仕事をしていたいわ」

 

「休みたいんじゃないんだ……」

こいしの呆れた声が室内に響いた。確かに普通の人の感覚で言えばゆっくりといった言葉はその後ろに休息につながる言葉が入ることが多い。だけれど私はあえて仕事を選んだ。その理由は至極まっとうでありこの場合何にでも言い訳が利くものだった。

「休めないから」

 

そもそも普通は神社でやるはずの宴会をどうして今回に限って私の家でやるのやら。確かに一階の部屋を全て繋げれば普通に宴会スペースとして使用可能だけれども。それでも家主の私ではなくこいしにお願いしてやるなんてひどいと思う。まあ私にお願いしたところで断られるのはわかりきっていたでしょうけれど。それでも一言くらいは言って欲しかった。気付いた時には段取りが決まっていて料理の買い出しまで行われていた始末だ。

全部博麗持ちにすることができたから良かったのだけれど。

 

 

こいしが去った事で部屋に静寂がやってきた。お陰で心が落ち着く。人の営みが引き起こす喧騒も嫌いではないけれどやはりこうやって静寂の中に身を委ねるというのも時には良いかもしれなかった。

ふと後ろの方で気配を感じ取った。言わなくてもわかることではあるけれどそれでもあえて聞いて見ることにした。

「何か私にご用でもありましたか?」

書類から顔を上げれば綺麗な金髪が視界の端っこで揺れていた。

「少しだけね……安心して、宴会に誘おうかと思っただけよ」

それは本心からの言葉だった。

 

「本当にそれだけ?」

表情筋は仕事しないけれど視線である程度彼女は分かってくれた。訝しむ目をすれば誰だってそう感じると言われたけれど結構な数の人は視線を向けても気づかないのだ。

「今のところはね」

これからどんどん増える可能性があると公言しているようなものだった。

それはそれで困るのだけれども彼女にとっては大したことではないのかもしれない。

「私は何度も言いますけれど宴会は参加しませんよ」

改めてそう伝えた。口元を扇子で隠しながら紫は悲しいですと言ったような表情をしていた。

「みんな会いたがっているのに……残念ね」

だけれど表情とは裏腹に心底残念とは思っていない口ぶりだった。

そんな演技なんだか本心なんだかわからないような事を言われても私としても反応に困る。それを見越してか彼女は私の側に寄ってきた。

「私もここに残ろうかしら」

それは彼女が宴会には参加しないということを示しているもので、賢者としてはかなり意外なものだった。私自身も驚いている。

「貴女が宴会に参加しないのは珍しいですね」

 

「そうかしら?私だって毎回参加しているわけではないわよ」

でも異変後の宴会には毎回顔を出していたような気がする。私自身が皆勤賞というわけではないから全部を知っているわけではないけれど私がいるときは大体いたはずだ。

 

しばらくの沈黙。部屋には私の作業音だけが響いていた。紫もこういう時の対処法は身についているらしく、直ぐに本棚から一冊適当な本を取り出して読んでいた。そう言えば私の書斎やそこの本棚に私が収集したものではない奴が交ざっているのですけれどもしかして紫でした?こいし達なら自室に置くだろうからこっちの本棚に入れるということはまずない。それにここの本棚は実務に必要なものしか置いていないはずだ。なのに紫が持っている本のタイトルはどう見ても実務用ではない。恋愛小説のようなものだった。

 

「ねえさとり。一つ聞きたいのだけれど」

紫の声が真剣そのものを体現するようなものになった。いつのまにか彼女の手元から本は消えていて、代わりに扇子が握られていた。

「どうしたのですか急に改まったりして」

 

「貴女……月と繋がっている?」

突拍子もなしに出てきた月の話題に私の頭は困惑した。それこそ、手術台の上にミシンが載っかっているのを目の当たりにした程ではないけれど。

「……月と繋がりなんてないですけれど、どういうことですか?」

どうしていきなりそのようなことを聞いてくるのかがどうしても気になってしまった。

「月からの使者が来たのよ。その中で遠くない未来に私と貴女を月に招待するって」

それ絶対裏があるやつじゃないですかやだー。月になんて行きませんよ。あんなところ行ったら命がいくつあっても足りません。前回霊夢達が行った時は運が良かったと思った方が良いですよ。どう考えても月が地上に抱いている感情なんて第二の都予定地。炎の七日間を再現して浄化でもするつもりだろう。そんな危険な相手のところに行く気は無い。だけれど向こうだってそんなことは承知だし月に招待しようだなんて普通は考えないはずだ。だとすれば……

「……それ本当ですか?だとしたら月側に何か大変な事態が発生している可能性があるのですけれど」

考えられる可能性は月側に何かがあったということだろう。それ以外考えられなかった。であるならば……月に何が起こっているのか。おそらくだけれどあの狐と地獄の人達が動いた可能性が高い。

ある程度地獄の女神には顔が利くはずだからちょっと聞いてくることにしよう。

「私も同意見よ。でも明確に拒否するのは時期尚早だから回答は保留にしているの」

紫には地獄の女神のことは言わなくても良いだろう。まだ確定したわけでもないのだから憶測を言っても混乱が広がるだけだ。確証が取れてから……でも確証が取れたらどうする?地獄の女神達と対立する事になる。それだけならまだ良い。これを機に向こうが逆にこちらに仕掛けてくる口実を与えてしまうかもしれない。

「それが正解でしょうね。でも使者を出す余裕があるということはまだ事は深刻ではない……多分向こうも想定しているのでしょうね。私達が回答を保留にするということを」

兎にも角にも今は様子を見る事が先決だろう。月側は私達に問題を解決させたい……ということはそれなりの事情があるはずなのだ。

「それすら織り込み済みって事?流石にそれはないんじゃないかしら。確かに月の民はどこか高飛車で頭脳明晰だけれど」

 

「どうでしょうね。策士でもいたんじゃないんですか?」

可能性の一つではあるけれども否定はできない。仮に一騎当千の戦力を持っているし通常戦力でもそこそこだしそこに策士まで揃っている集団がピンチになってこちらに後始末を任せに来る……いやいやそんなアホなと思ってしまうかもしれない。だけれど真っ向から否定することは不可能ですよ。




130km/hの世界より


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depth.218 さとりと怪異

私達は人間に怪異と呼ばれることがある。だけれどそれは間違いである。

私達妖怪は怪異とはちょっと違う存在なのだ。正確にいえば怪異とは現象やそれに付随する結果の事を指している。

だから怪異の元凶が妖怪や神や霊であって妖怪などを怪異と呼ぶのではない。それが正しい怪異というものだった。今となっては妖怪や悪霊を指して怪異と呼ぶことの方が多くなってきているし幻想郷においても博麗や守矢のようにプロでない一般の人間にとっては怪異は大体妖怪か悪霊か祟り神と思われている。

 

「それで私に相談ですか……」

なぜそんな事を話したのかといえば目の前に怪異絡みの被害者がいたから。ただそれだけだ。宴会もひと段落しそろそろ初夏にでもなろうかという頃。地上の家でのんびりと永琳さんからもらった紙に記録をしていたところ霊夢が被害者の女の子を連れて突撃してきたわけだ。訳を聞けば怪異の類いらしい。

「貴女の方が詳しいでしょう」

確かに私の方が詳しい自信はある。だけれど私より詳しい人なんてもっといる。それこそ紫に頼めば良いわけです。だけれどそれを言い出せる雰囲気ではなさそうだった。

「そうは言いましてもこういうのは霊夢、貴女の仕事でしょう」

だけれど元々霊夢は相手がどんなやつなのかなんて気にせず見つけた妖怪や霊は片っ端から退治していくのではなかったのでだろうか。けれどしかし私の影響である程度態度が軟化しているというのもまた事実だった。それが良い方向に向かっているかはともかく、情報収集で事前に相手の正体を知ろうとするのは良い心がけだった。

「暇なら手伝ってくれたっていいでしょ。それに最近の怪異は外から入ってきた全く新しいものが原因になっている場合もあるから対処が大変なのよ」

少女を私の目の前に座らせて霊夢はそういった。いくら文明が発達しても怪異というものがなくなる事はない。それは人間の闇のようなものだからだ。光を強くすればそれほど怪異も強く濃くなっていく。だから今の怪異の方が昔よりもタチが悪いと現代から来た早苗はこの前愚痴っていた。それでもそのような怪異は幻想郷にやてくるにはまだ時間がかかる。その合間に紫が対策を練ってくれるだろう。

「そんなの私だって対処しきれませんよ」

現代の怪異の特徴としてその短命さが挙げられる。情報が溢れたことにより人々から忘れられる速度が速くなったのが原因だと思われるけれどそれがどうなのかは私もよく分からなかった。だけれども十数年で忘れ去られ幻想郷に流れ着く怪異という現象結果そのものの多いことなんの。そんなものいちいち情報を集め対抗策が作れるほど私はハイスペックスーパーコンピュータではないのだ。せいぜいが高速電算機といったところだろう。

私をなんだと思っているのだ。巫女ではないのですよ。

「いやあんたが一番適任だって紫も言っていたわ」

 

「ちょっと首締めてきますね」

思いっきり首を締めて窒息させないとこれは私の気が済まないのです。席を立とうとした私の肩を霊夢が押さえつけた。

「冗談はそこまでにしてこの子の話を聞いてあげて」

目の前でおろおろとまるで世界を初めて見た赤子のような反応をしている少女の方に意識が戻り、先にこっちが先かと思い直した。

「まあ話くらいは聞いてあげましょう。それでどうしたのですか?」

私の視線を浴びた少女は少しだけウサギが飛び跳ねるように肩を震わせて口を開いた。

「えっと……」

 

話をし始めた少女によれば、事の発端は一週間ほど前。小さな猫の亡骸を見つけた時だった。動物の亡骸自体はそう珍しいものではない。だいたい1日に数匹前後…というほどではないですけれど一匹くらいは死んでいるものなのだ。

異変が起きたのはその日の夜。眠りが悪かったのかどうかは定かではないが彼女が目を覚ましたのはまだ日が昇る前だったようだ。寝相が良いはずの彼女はその日に限って彼女は布団から離れたところに転がっていて、服も乱れていたのだとか。そして大きく投げ出されていた手が変に濡れていたのだとか。

その時は珍しく寝相が悪いなと気に留めなかったものの、生臭い匂いがしたので改めてその手を確認したところそれは血と唾液の混ざったものだったそうだ。

次の日、近くで酔っ払いが暴漢にあったという騒ぎがあったらしい。

それからというものそういうことが三回起き、ついに少女は両親に黙って巫女のところに駆け込んだのだとか。真っ先に両親が襲われてそうですけれど襲われていないあたり運がよかったのか何か理由があったのか。

 

「話を聞いた限りでは……憑依系の怪異だと思うけど」

話を聞き終えた率直な感想はこれだった。夜な夜な彼女を操っているとしか思えないけれど彼女自身に霊が取り付いているようには見えなかった。ましてやそれが動物霊であるのなら体のどこかにその動物の兆候が現れたりするはずなのだ。でもその様子はない。憑依されているという感じでもない。

「私もそう思ったのだけれどなんだか違和感があってね」

霊夢もやはりそう感じたようだ。確かにこれは紫や私のところに持って行きたくなる。だけれど私のところに連れてこられても……あ?ちょっと待ってください。

今何か思い出せそうだった。なんだっけ…最近こんな感じのものをどこかで読んだような読まなかったような……

「違和感……ああ、そういうことですか。確かにそれは憑依ではありませんね」

なんだ私も勘違いしていました。それは確かに憑依されたように見えますけれど実質憑依というわけではありません。憑依というより感化されたと言った方が的確だろうその現象は、名前だけ見れば憑依されているかのように聞こえてしまうものだった。

「憑依じゃないならなんなの?」

怪訝な顔をする霊夢。憑依のような症状が出ているからと言っても憑依とは限らない。病気と同じですよ。似たような症状でも全く違う病気というのは結構あります。

「祟り猫。いや正確にいえばそれは現象であって動物霊とかそういうものではないわ。ただ通称としてそう呼ばれているだけ。伝承としては近畿地方でよく言われていましたね。他にも狐の祟りとか操り神とか色々と呼び名があります」

でもこれらは憑依ではなく原因にすぎない。竃で火起こしをするときにマッチを使うか火打石で火種を作るかといった違いだろう。必要なのはその結果なのだから。

「どんなものなのよ」

霊夢には少し馴染みがないでしょうね。事例としても少なく伝承としては祟りや憑依と言われている部類なのだから。昔の人だって多分実際に憑依されたものとこういった場合となんて区別できていなかったのではないだろうか。

「それは本心を表に出す怪異よ。人は誰しも暴力的な内心を持ち合わせているの。でも普段はそれがおもてに出てくることはない。だけれどあるきっかけでそれが表に出てきてしまうことがある。無意識的にも意識的にも……表に出てきた暴力的な本心は本人の意思に反して暴れるものなの」

その上、怪異……今回の場合は猫の浮遊霊か何かがきっかけだろう。その問題の霊は既に居ない。それと接触してしまったことで本心が外に出ることが多くなってしまったと言うわけだ。

ただそれだけではこうなる事はまずない。もう一つはストレス。霊と接触する前に過度なストレスを受けているとこれが発生しやすくなってしまう。おそらく何かしらのストレスになることがあったのでしょうね。私は興味ないですから知りたくないですけれど。

「対処法は?」

対処法なんて一つしかないですよ。

「本心を叩きのめすののが良いのですけれど結構大変でけれど封印するにしてもいつか封印が破れた時が危険です」

この場合ストレスも原因の一つとなっているので正直な話封印なんてしたらいつかストレス爆発で取り返しがつかないことになってしまう可能性がある。だからこういう時は叩きのめしてしまうのが最も良い。だけれど肉体自体は少女のものだからやり過ぎて死んでしまいましたじゃ元も子もない。

「やっぱり力技しかないのね」

霊夢には難しいでしょうね。手加減を知らないですから。私だって知りませんしすることだってまずないでしょうけれど。

「そうなりますね。本心が出現するのは夜ですか?」

 

「そうです!」

「私が遭遇したときは夜だったわ」

なんだ霊夢も遭遇していたんですね。でもその時に倒せていないという事は失敗したかあるいはできない事情があったかそのどちらかなのだろう。なにそんな怖い顔で見つけてきているんですか事実をちょっと探ろうと思っただけじゃないですか。それはダメ?わかりましたよ。照れ屋さんなんですから……

「であるなら夜に出てくるのでしょうね」

実際昼に出てこようが夜に出てこようが大した違いはないと思うですけれどね。

「時間帯によって出てきたり出てこなかったりするものなのね。そこらへんは妖怪と変わらないか」

 

「妖怪ではなく猫の浮遊霊が原因の怪異ですよ」

その猫は夜行性だったのでしょう。ただそれだけ。理由なんて結構適当なものですよ。私だって昼間起きて夜寝る生活はなんとなくやっているのであって気持ちによっては昼から深夜まで活動時間でそれ以外寝ているなんていうのもできるのです。

「わかっているわよ」

 

「ありがとね。さとり」

 

「気にしないでください。でも相談料くらいはとらせてもらいますから」

タダで何かというわけにはいかない。私は便利腕もなんでもないのだからそれなりの代価は払っていただかないといけないですよ。じゃないと勘違いされてしまうかもしれないから。私はドラえもんのような便利人じゃないんですよ。

「じゃあ今度お茶でもどうかしら」

お茶ですか。まあ……いいか。

「構いませんよ。ついでに茶菓子も」

 

お茶だけというのはなんだか寂しいでしょうからね。

「そういえばさとりさんは妖怪退治屋何ですか?」

今までの会話を黙って聞いていた少女がここにきてようやく会話に入ってきた。だけれどなかなかに難しい質問をしてくれましたね。本来私が妖怪だという事は隠しておかないといけない事です。ここで少女に正体を言うのは得策ではない。だけれど嘘をつくのもなんだか嫌だ。

「違うわ。ただの……そうね。生きている世界が違う存在よ」

お茶を濁す形になったけれど今はこれで十分だろう。そのうち大人になれたらまた正体を知れば良い。妖怪と人間は基本関わってはいけないのだ。いや関わっては良いのだけれど線引きがある。それを知らないうちは関わってはいけない。

「どういう事ですか?」

よくわからないと首をかしげる少女。

「それは貴女が大きくなった時に自分で調べなさい」

あるいは慧音さんに聞くとか。少なくともここで貴女に伝えるような事ではないのは確かだった。

霊夢が少しだけ悲しそうな顔をしていたけれど見なかったことにしておいた。それが良い対応だったのかどうかはわからない。

心は読めても最善は分からない。そういうものなのだ。

 

 

「少し食べていきますか?ちょうどお昼ですし」

ゼンマイ式の掛け時計を見ればもうすでにお昼ごろになっていた。私は空腹というものをこの体で感じる事はほとんどなくなってしまったのだけれど二人にとっては大事な感情だ。

「いいの?じゃあご馳走になるわ。ほらあんたも」

霊夢の顔がとたんに嬉しそうになった。なんだか可愛いと思ってしまうのはただの親バカというやつだろう。

「あ!えっと……ありがとうございます!」

顔を赤くしながら少女は綺麗なお辞儀をした。

素直で良い少女なのですけれど……それでも内心を見ると少しばかりストレスで荒れていたりと色々大変なのだ。人は見た目によらないとはまさにこの事なのだろう。

「ちょっと待っていてくださいね……」

 

「そういえば両親にはどう説明するのですか?」

 

「あ、考えてなかった……どうしよう今頃心配しているはず」

やっちゃいましたね。取り敢えず巫女経由で事前に知らせるしかないでしょうね。隠したところで意味なんてないでしょうから。それにバレたときまずいですし。

「霊夢が事情を話しに行った方が良さそうですね」

 

「まあ…そうよね。でもこういうの慣れてないし面倒なのよね」

面倒でもやってくださいよ。何私に頼もうとしているんですか嫌ですよ。それに私は妖怪です。妖怪のいうことなんか信じないって絶対。特に覚り妖怪のいうことなんてねえ……

隠せばどうという事はないですけれどそれはそれで不審者ですし。

「分かったわよ!私が話をしてくればいいんでしょ。全部終わった後でね」

事後報告ですかい。またなんとも……

 

 




ラピュタ見たら竜の巣探しに行きたくなった。


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depth.219 続さとりと怪異

後日談となってしまうけれどあの後霊夢とその少女がどうなったのか。こいしが知りたいと尋ねてきた。

少し前に怪異の事を話したところ1日間をおいてからこいしは私の所に突撃してきた。事の顛末が気になり自分で調べようとしたのだろうけれど日常のたわいもない話を今になって聞かれても覚えていないというのが人である。霊夢に聞こうにもこいしは霊夢と仲が良いというわけでもなくましてや非常時には敵になる存在であるこいしに素直に話すことはなかったのだろう。

心を読んで無理矢理覗くというのもあったようだけれどそれをすればその場で戦闘になっていただろう。

まあ事の顛末なんてそう大したことではない。数多の日常の一コマを飾るようなものでもなく、その少女の一生に大きな影響を及ぼすような事もおそらくはないだろう。本人が覚えがないことだから感覚やそこから何か良い経験になったということもあるまい。人が風邪を引いて医者からもらった薬で完治しましたと言うのと一緒だ。

 

「たわいもない話になるわよ」

 

「それでも良いよ!」

日常の一コマがどうして良いのかは分からない。

 

私の助言が正しかったようで昼ご飯を食べて一度帰った霊夢は再び私のところに戻ってきた。またあの少女を連れてだ。

なぜまたここに来たのかと問えば私も見極めで参加して欲しいとの事だった。何故わざわざそのようなことに私を引っ張り出すのか。そもそも、今回の件は霊夢の仕事であって私が出る幕は一つもないはずなのだ。それこそ表に出てきた裏の人格を叩きのめすという観点だけで言うのなら。だけれどこれは物事を一方的な方向から見た結果であって他方的に見れば私がここで協力するというのは正しい結論になるのかもしれない。その逆ということもある。だけれど私にそれを判断する事はあの時点ではできなかった。なので霊夢に連れられる形で人気のない草原で事の顛末を見守ることにした。

 

到着するときには既に太陽は月へと変わっていた。もうここからは人ならざるもの達の時間なのであろう。どことなくこちらを突き刺そうと銛を構えているのではないかという気配がいたるところからしてきていた。

勿論博麗の巫女がいるのだから迂闊に手を出してくることはなかった。その時はですけれどね。

 

結局どうなったのかって?

結論から言わせて貰えば彼女のもう一つの存在は霊夢の手にあまりすぎて私が食べた。手に余ったというよりそれ自体の対処はできるのだけれどなるべく本人を傷つけないこと。この期に及んで周囲から乱入してきた妖怪の相手まで重なってしまったという不幸が連続してしまったのが原因だ。

おかげで霊夢が妖怪を退治している合間に私に目をつけた少女に襲われ仕方なく……

最初はどうにかして無力化しようとしたのですけれど傷つけずにあれを止めるのは難しかった。

「お姉ちゃんなら意識を奪うくらい出来そうな気がするけれど」

暴れている相手には難易度が難しくなるのよ。特に相手はまだ幼い。気絶するほどの腹パンで仕留めるなんてことをしたら後々後遺症が残りそうですし。

「体力を奪う魔術を使えるこいしならすぐ終わっただろうけれど」

 

「確かに…でもあれ発動するのに時間かかるから怪しいかも」

確かにそうかもしれないわね。

それで続きは?どうなったのさ!

 

結局気づけば私は彼女の意識に牙を立てていた。

後は淡々と貪り食うだけ。ただそれだけだ。食事なんて特に聞くことないでしょ。私だって覚えてないのだし。

「お姉ちゃんそういうの食べれるの?」

人間の体を引きちぎるのに近い感触だったけれど確かにあれは食べているといったほうが良いものだったのだろう。行為として見るのであれば。実際のところそれ自体を食べるとは言わないし吸収したとかそういった形なのだろうけれど他者から見たらそれは食べているとしか思えないものだったはずだ。実際に霊夢は何食べているのだとお腹を無理やり押された。夕食が出るかと思いましたよ。

「貴女だって食べられるはずよ」

私が食べられるのだからこいしが食べられないという道理はないのだ。多分……メイビー

「そうなの⁈」

そもそも覚り妖怪は心理を操るのに特化しているのだ。その為実体のないものでもある程度は実体があるように扱うことが可能となる。特に今回のように相手の意識の一部であれば私達の十八番だ。ただこいしにはそこら辺のやり方とかは教えていない。想起できるのはこの子の独学らしい。それ以外で心を読みトラウマを引き出したり記憶を覗き込んだり私のようにしての深層心理に潜り込んだりというのはできないからもしかしたら出来ないかもしれない。だけれどこういうのは気持ちの問題でもあるからほんとメイビーなのだ。

「……味は?」

味…味ねえ。

「うーん…味しなかったわね」

なんだか肉の弾力がある水を食べているような感じだった。兎も角味覚はあてにならないのは事実だろう。実際味覚で感じ取るようなものでもないわけなのだし。うまく脳が処理できれば味覚もあったとは思うけれど今となってはわからない。もう一度食べてみましょうかしら。

「ふうん……私もそういうの見つけてみようかなあ」

見つけようとして見つかるものだろうか……

「見つかるといいわね」

あまりお勧めできるものではないのだけれど。食べた後の副作用と言うべきものが結構きつかったですし。

まあ私が食べたのが暴力的な意識だったからだろう。食べ終えた直後ものすごく闘争本能が刺激されて困りましたよ。そこらへんの妖怪ぶん殴って捻り潰してようやくどうにかなったくらいですから。下手すればあのまま霊夢に本気で退治されていたかもしれない。そうなったら…ああこの話はやめておこう。

 

「ほらね大した話じゃなかったでしょ」

付属品としてはあの後少女がお礼をしに来てくれたとか。その子と少しだけ仲良くなった事くらいだろうか。正体知ったら幻滅するでしょうね。でもそれは仕方のないことなのだ。

「でも面白い話だった!」

そう、ならよかったと言うべきなのね。

それで…いつまで私の腕に抱きついてきているのかしら。まだ何かあるの?

「あとさ、友達が出来たんだけど今度家に連れてきていい?」

こいしが友達ができたなんて言うのは珍しい。正直こいしの場合誰とも友達になれる対話スキルとかがあるからわざわざ友達ができたなんて言わないのだ。こいし自身もそのことについては前に似たような趣旨のことを言っていた。あるいはそれとは別の意味の友達ができたとか……親友という意味だろうか?

「貴女がわざわざ友達ができたなんて言うのは珍しいわね。みんな友達みたいなところあるのに」

 

「私だって友達友達アター‼︎って思考はしていないよ。苦手だなって人はいるし嫌いだなって人もいるもん。大魔王な親方じゃないんだからさ」

流石にそうよね。でも嫌いだろうと好きだろうとニコニコ笑顔のせいでわからないわよ。私も無表情一択か笑顔しかないからこいしのこと言えないけれど。

「セカイイチ食べる?」

そう言えばこの前紫にもらったリンゴがあったわね。

「わーいセカイイチー…じゃなくて‼︎」

やっぱり貴女大魔王じゃないの。

これでリンゴを頭の上で回してくれたら面白かったのだけれどダメだったか。

これ以上やるとこいしがむくれそうだからやめておこう。

「とりあえず連れてくるのは問題ないわよ。好きにしなさい」

 

「ありがとう!お姉ちゃん!」

笑顔になったこいしが飛びついてきた。バランスを崩しそのまま床に倒れる。

あー……今日は休みますか。

数分後、折れ曲がった腕が回復するのを感じながらこいしは泣いて謝っていた。

別に気にしていないから良いのですけれど。運が悪かっただけですから。

 

 

 

 

 

久々というほどではないけれど。ちょっと空中散歩を堪能したくなってきた。そんな気分だったからこの日は空を飛んでいた。別に星蓮船が遊覧飛行を行なっているからとか、それが気になって行ってみたはいいけれど予約いっぱいで乗れなかったからとかそういうわけではない。勘違いしないで欲しい。

そんな中で紅魔館周辺を飛行していたら大して意外ではない人物と遭遇した。別に狙っていたわけではないのだけれど確かに彼女だったらここら辺を飛んでいてもそんなに意外性もない。むしろ祭りにテキ屋があるのと同じくらい普通なことだった。

白黒魔法使いの魔理沙も私を見つけるなりその場で固まってしまった。話しかけるような話題もないので私は黙ったまま。沈黙が支配する。

「さとりが散歩している…」

魔理沙と出会ってからの第一声がこれだった。青筋を浮かべて良いだろうか?どうせ表情は変わらないけれど。それでも内心すごく荒ぶりましたよ。

「私が散歩してたらそんなに言われるんですか?」

 

「だって普段外でないって聞いたし殆ど外で見ねえじゃん。異変の時以外」

確かに魔理沙とは異変の時とその後の宴会くらいでしかまともに会った事はない。今まで見つかるとちょっと面倒だからということもあったけれどそれ以前に彼女との接点があまりないのだ。こちらが見つけてもわざわざ話しかけになんて行かない。

「ちらほら出ますよ。ただ人に気づかれないようにしているので分からない場合が多いんでしょうね」

嘘ではない。私が外に出ているのはただの散歩が主なのだ。基本他人と話したり交流したりなんてしないし皆好き好んでやりたがることはないだろう。一部変態を除いてですけれど。

「そうなのか……」

 

「ここで出会えたのも何かの偶然でしょう。ところで私に何か用事でもありましたか?」

話しかけたということは何か話でもあったのだろうか。そう思ってしまう。

「いやあ…用事ってほどでもないかな。ちと気になっただけだ」

気になっただけ…ふうん。ああ、そういう事でしたか。てっきり紅魔館で本を借りたのかと思ったのですがどうやら違ったようでした。ふむ…そうですか。

「それじゃあ私は空中遊覧に戻りますね。アリスのところに行くのでしたらいまのうちの方が良いですよ。もうすぐ雨降りそうですし」

私も雨が降る前に帰ろうとしたもののすぐに魔理沙に呼び止められた。話すことなかったのではないのですか。

「いや待てさらっと言うな。心読んだのか?」

心?そんなもの読んでいないですよ。読まなくても大体のことはわかりますからね。

「心?読まなくても分かりますよ」

手作りのお菓子を持っていく相手なんてアリスくらいでしょう。他の要素ですか?そうですね……魔理沙の服装が少しだけきっちりしているところとか。アリスさんは服装の乱れとかすぐ直す人ですからね。まあそれを見込んでわざと乱していく可能性もありますけれど魔理沙に限ってそんな変なことはしないでしょう。

「こいしもお前も人を見る目がすげえんだよなあ…」

 

「訓練しましたから」

訓練というかもう慣れである。素早く相手の格好や仕草からそれなりのものを読み取るのは半分が慣れ。あとは知識でしょうか。

「じゃあアリスに会いに行くのがあいつからの相談があるってのは」

それは…確証がなかったので言わなかったものですね。魔理沙さんは隙があまりないから読み取りづらいのですよ。多分商人の娘だからでしょうね。

「なんとなくですがそんな気はしていましたね」

 

「そっかそっか……さとりも付き合えや」

笑顔が眩しいとはこの事だろう。結局私はどこかに出かけようが出かけまいが関係なく何かに巻き込まれるときは巻き込まれるのですね。今更わかり切っていたことですけれどなんだか釈然としない。

「イヤです」

断らせてもらう。

「ちょっとくらいいいだろ?それに傘持ってるみたいだしな」

 

なるほどそれが狙いですか。確かにもうすぐ雨降りそうですけれど。傘だけだったら貸しますよ?それでいいでしょう。

「私に貸したら多分返ってこないぜ」

えっへんとできるようなものではないのだけれど。

「じゃあ一緒に行きましょうか」

この傘は無くされたりすると困るものだ。

「家の前までですよ。そこから先は行きませんから」

本気ですよフリじゃないですからね。

「わかったわかった。そうするよ」

 

本当でしょうか。なんだか手伝ってくれそうなヒトだから絶対巻き込んで来そうなのですけれど。

霊夢も魔理沙もなにかと有用な他者を巻き込む能力に長けているような気がしてならなかった。

 

この時、魔理沙は私に過大な評価をしていたようだと知ったのは少し後になってからだった。今もその勘違いを引きずっていると思うと少し頭が痛くなる。

 

 



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depth.220 終 さとりと怪異

「いらっしゃい。あら、魔理沙拾い物でもしたの」

出会うなり早々酷い言い回しをされた。

普段と変わらない……人を安心させる笑顔を貼り付けたアリスは私にだけは少しだけ不機嫌そうに目線で訴えてきていた。

そういえばこの前……上海人形を真っ二つにしてしまったのですがそれが原因ですかね?まああれは不幸な事故なのですけれど向こうからしたらそうですかと引きさがれるものでもないから仕方がないことか。

更に魔理沙はそんな私達の事情など知らないのだから魔理沙を責めようにも責められず私を睨んだと。

「なんとなくだが連れてきたんだよ。そっち系の専門家を連れてきたっていいだろ」

魔理沙さんは少しくらい空気を読んで欲しかったのです。私もほいほいくっついて行ってしまったのは確かに軽率でしたけれど。忘れていたのですよ。一般的には記憶というのは嫌なものほどすぐ忘れるのが難しいです。その分一度忘れたら思い出すのも難しいのです。

「貴女だって専門分野なくせに」

私を連れてきたことがそんなに不満だったのだろうか……

「私は魔法全般だから広い分細かい事には疎いんだよ」

それ自体に嘘はないし魔理沙の場合力技で解決する癖があるからあまり細かいことはどうでも良いのだろう。

「私はそもそも魔法に関しては魔理沙さんよりも知識無いですよ。魔法使えませんし」

「嘘つけ。妹の為に魔術刻印大量に生み出しただろ」

 

「……まあいいわ。相談できる人が増えても悪いことはないし。いつまでも引きずってるようじゃいけないわ」

諦めたようにアリスさんは私と魔理沙さんを家に招き入れた。私は黙って後に続くくらいしか選択肢は残されていない。

 

ダイニングのテーブルを囲うように座った魔女と魔法使いと妖怪。なんだか変な面々です。普段交わらない人達が集まると言うのはそれだけで違和感の塊なのでしょうね。

実際目の前で繰り広げられている光景がそれですし。

 

「それで、何が問題なんだ?」

 

「最初から全部話すわ」

 

30分ほどアリスが状況を語ってくれたおかげでようやく現状どうすればいいかがわかるようになってきた。いや30分も語る事でもないような気がしたのだけれど人形の事となると饒舌になる性格なのか随分と話していた。

「人形に魂が宿った……ですか」

超簡単に言えばそういうことだった。まあなんとも幻想郷じゃ珍しくない事案です。それこそ年に二、三件付喪神が生まれるような土地ですし人形に魂が宿ったりしても何も問題はないはずである。……はず。

「ええ、おそらくだけれど」

 

「付喪神ってやつか」

やはり真っ先に連想されるのは付喪神。一番発生理由が簡易的で実際によく生まれているのだから連想先としては申し分ない。

身を少し乗り出した魔理沙さんにアリスさんは表情一つ変えずに首を横に振った。

「まだ分からないわ。だけれどそういうのはちょっと困るのよ」

そういうのとは人形に宿りたい魂とかだろうか。本人からすれば無粋なのだろう。

「完全自律型の人形を作るのに?一緒な気がするんだけどなあ」

あのですねえ……妖怪化や霊が宿るのと完全自律型のものというのは全く違うものなのですよ。

「妖怪化と一個の生命体に迫る子を生み出すっていうのは全く違うわよ」

アリスさんも少しだけ呆れていた。彼女は別に生命を生み出そうとかそういうわけではない。ただ、生命に限りなく近い人形を作りたいだけなのだ。

「すまない私が分からないぜ」

まあ一般の人にしたら分からないでしょうね。私も理屈は理解できてもその理由や心境までは分からない。心を読めるのだからと言っても読みたくないものも読めてしまうこの力は少し扱いが難しい。

「ざっくり言えば人間になったロボットを作りたいそうです」

 

「ざっくりしすぎて余計わからなくなってるじゃない」

AIが自我を認識して自己を確立するって言っても分からないでしょう?私だって半分くらいわからないんですから。実際そんなことが起こるのかどうかは分からないけれど自己学習型で尚且つ外部からのアクセスを受け付けない自律型では不可能ではないかもしれない。結局ヒトの自我というものは学習の果てに形成されたようなものなのだから。

でもアリスさんはそこまでのものを求めてはいないようですけれどね。まあこの辺りは知らなくても良いことです。話も少しずれている事ですし元に戻しましょうか。

「それで問題の人形は……」

 

「ちょっと待ってて……蓬莱持ってきてくれる?」

アリスの背後から飛び出した蓬莱人形が、部屋の奥へ吸い込まれるように消えていった。人形の後ろから伸びている細い糸が時々光に反射してまるで釣りをしているみたいだ。

「ホーラーイ」

蓬莱人形が運んできてくれた。なんだか蓬莱と上海の方がよほど付喪神に近いような気もするのですけれど。でもこれは完全自律型ではないらしい。違いが分からない。

 

「見た感じただの人形だけどなあ…本当にこれが付喪神になるのか?付喪神って小傘みたいな感じのだろう?」

運んできてくれた人形は上海人形を少し成長させたような印象を受ける少女の人形だった。でもなぜかズボン穿いている。

「広義的に言えば確かにそうですけれど付喪神もいくつかに分けられるんですよ。中でも人型を取るものは付喪神でも結構力がある方なんです。大体は元の道具の形状が色濃く残っていますから」

ちなみに小傘は唐傘お化けであって一応付喪神とは違う。似ているけれど全然違う。

 

「確かになあ…提灯お化けとか」

それもちょっと違う。ものに憑依するのは似ていますけれど。

「あれはちょっと違いますけれど…」

提灯お化けは古くなった物に浮遊霊が取り付くことで生まれるちょっとした怪異だ。結構事例が多く特に墓場を照らしている提灯に発生しやすいことから提灯お化けと言われている。

 

「流石地底の主人だ。なんでも知ってるな」

 

「知ってることだけしか知らないですよ」

正直このあたりの棲み分けは当事者からしたらシビアらしくうっかりすると火山が噴火する。地雷なんでしょうね。

ふとラベンダーの香りが薄く漂ってきた。どこかに花を飾っているのかと部屋を見渡すもののそのようなものは一切ない。

まあいいか。

それでこの子にも何か魂が宿っていると。夜な夜な動いているとか声をかけたら一切動かなくなるとか……時々勝手に移動するとか。どこの恐怖映画ですかね?

「……動く気配無さそうですけれど」

 

「だなあ…生きているって感じでもないし」

人形だから明確には生きていないのですけれどね。でも魂が宿っているようには感じ取れない。巧妙に擬態しているのかあるいは魂が一時的に抜けているのか。詳しいことはこの状態では分かりそうになかった。だけれど人形の方の特徴はある程度分かってきた。

「今はね。でも夜中勝手に動き出すわ暴れるわでろくなことしないのよ」

付喪神にしては普段は動かないというのが気になる。普段動かないでじっとしているなんてのは結構難しいものだし好き好んでやるようなものでもない。

 

ちょっと聞いてみますか。

「……もしかしてこれ一度無くしました?」

私の問いに魔理沙さんは何言ってんだこいつ。アリスさんは目を見開いて驚いていた。やっぱり一度どこかで無くしたのですね。

「ええ、一ヶ月くらい前に。でも一日で発見できたわ。どうしてそれを?」

 

「なんとなくです」

ちゃんと見れば色々と分かるけれどそれを言ってもわからないでしょうから言わないでおく。

 

「へえー……よく分かったね!」

不意に真後ろから声がした。悟り妖怪は不意打ちに弱い。

それほどびっくりしたということだ。表情筋は相変わらず仕事をしていないのだけれど。少しだけ腰が席から浮かび上がった。

「うわ⁈なんだよこいしかよ」

えへへきちゃったと笑いながら私の肩に寄りかかってくるこいしに少しばかり呆れてしまった。まあ嫌いではないのだけれど心臓に悪い。

「一応聞くけれどいつからそこにいたの?」

多分さっきからいたのだろう。その前はラベンダー畑にでも突撃していたのかこいしの頭にはラベンダーの花が載っかっていた。

 

 

「さっきからそこにいたわよ」

そう言って私の左側を指すこいし。私はあいにく左目が見えないのだ。そちら側の視界は無いから確認することもできない。

「私達の意識外にいたのね…」

心を閉ざしていないけれどふつうに無意識を操ることができるこいし。なんだか少し強くなりすぎではないだろうか。

 

「……貴女も参加するかしら?紅茶くらいなら出すけど」

そういえばお茶出すの完全に忘れていましたよね。今気づいたのですよね……

あ、誰にも言わないですよもちろん。

 

アリスさんが台所の方に行っている合間こいしはずっと人形を見つめていた。何かあるのだろうか?えっと……ああ結構ありますね。

「それ多分だけどお……付喪神じゃ無いと思うよ」

アリスさんが戻ってくるなり真っ先にこいしは問題の人形を十字架にくくりつけ始めた。こら勝手に変なことするのはやめなさい。不機嫌になってるでしょ。

「なんだこいしも参戦か?確かにこれに付喪神が宿っているとは私も思えねえけどなあ」

付喪神って宿ると言うより生を受けるの方が近い気がする。

 

自信満々にドヤ顔をしたこいしは十字ばりにした人形をテーブルの上にそっと置き、声高らかに言い放った。

「私の予想は悪魔が取り憑いている!」

あ、魔法使いと魔女の空気が凍った。そりゃそうか…いきなり悪魔だなんて言われてもそうなるか。

「悪魔って…あの悪魔?紅魔館の図書館で司書補佐やってる?」

ああ小悪魔ですね。確かにそれと同族といえば同族かもしれませんしもしかしたら類族かもしれない。悪魔というのは…そうですね。動物とか人間とかそんな感じの大雑把なくくりですから。

「そうそう。それと同族あるいは類族かな?」

類族でしょうね。あるいは遠い親戚か。

「なるほど……だから少しだけ術式痕が残っていたのね」

あ、その術式痕貴女が人形の制御にかけたものではなかったのですね。てっきりなにかのプログラム式かと思いましたよ。

「悪魔の呼び出しは色々あるんだけど中には人形とか物に一時的に悪魔を憑依させるものもあるんだよ。大体は契約を結んだら帰るかするんだけどね」

 

「ごく稀にふざけ半分で悪魔の召喚儀式を行うとやばいものが出てくるなんて言うのはよくある話ですし」

全く誰がこんな事をしたのやら。そもそも幻想郷には世の中から忘れ去られて流れ着いたものは数あれど、悪魔の召喚に関するものなんて未だに外の世界じゃ現役ですし一般人がそのようなものを拾ったところで実際に悪魔を呼び出すなんてのは不可能に近い。

大半は日本語以外の言語で書かれているし下手をすれば悪魔同士で使用するときの最早解読不能な文字で書かれている場合もあるのだ。それに外は極東の国であり欧州の文化の影響で多少は西洋の魔物も生活しやすくなっているらしいけれど悪魔を召喚するなんてことはまず無いし普通の方法では出来ない。

鬼とか妖怪だったらやろうと思えば出来ますけれど。そっちは基本召喚ではなく術などで縛って味方にしたものを転移させるので性質が全然違う。

いったい誰がこんなことをしたのでしょうかね…気になって仕方がない。でも今はそんなことより悪魔が宿っているとされているこの人形をどうするかです。

「そうだよねえ。たまに封印指定されている悪魔を呼び出しちゃったりしてそいつが封印されている本体の方を解放しようとして暴れまわったりとか」

 

「「面倒……」」

思い出しただけでも嫌気がさしてきた。封印されているものの2割近くが所在不明なんてほんと嫌になるわ。まとめて灼熱地獄で焼却処分したい。

「お、お前ら姉妹本当よく知ってるな」

 

「旧地獄にもそういった部類と似たようなものがいくつもありますし」

本体を封印しても召喚などの儀式によっては魂や僅かな力の鱗片、意識が流れ出てしまうというのはよくある。

それらが真っ先に何をするかと言えば先ずは封印を破壊すること。

偶に目視しただけで相手の精神を破壊するとんでもない存在とかもいますから破壊されるわけにはいかない。封印されているということはそれ相応の理由があるのだ。

まあ…召喚されたはいいけれど契約も何もない場合悪魔ってほんとヒトを不幸にしますからね。それが仕事ですし。

「小悪魔に相談するべきだったかなあ」

「どうでしょうか……本人が本当のことを言ってくれる保証ないですし」

まあ彼女がとんでもない悪魔であるというのは事実ですけれどね。

その分お願い事をすると等価交換で何を対価にされるかわかったものではないのだ。



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depth.221さとりと小悪魔

餅は餅屋と言うように専門家に任せるのが最も良いのは昔からよく言われている事である。

なので悪魔が取り付いている人形も私や霊夢ではなく小悪魔の下で必要な処置をされることとなった。とは言っても私とこいしはそのまま人形を預かって紅魔館へ行って欲しいと御使いを強要されてしまったのだけれど。

理由を聞いても少し寄りたいところがあるからとアリスさんは魔理沙さんを連れてどこかへ行ってしまい、その際に家の外へ出された私とこいしに選択肢はなく人形片手に紅魔館まで向かうこととなった。

 

「急にどうしたんだろうね?」

こいしはアリスさんの行動にずっと疑問符を浮かべていた。その疑問に最適な回答を私は揃えることはできなかった。

「私に聞かれたってわからないわよ」

 

「そうだよねえ……でも途中で何か深刻そうな顔してたし何かあったのは間違いないんだけどなあ……なんだったんだろうトイレかな?」

流石にそれはないでしょう。真面目そうに考えているこいしの頭を軽く叩く。

「魔理沙を連れてトイレ?しかも外に?」

いくらなんでもそれはないでしょ。

「ありえない話じゃないでしょ。トイレが壊れていたとか……」

そう言われるとありえそうに見えてしまうけれどトイレが壊れている様子はなかった。といってもリビングから出ていないから詳しくはわからないけれども。

「確かにありえそうね。トイレが故障している雰囲気はなかったけれど」

まあそこらへんは憶測でしかないから正確なことを言うことは出来ない。

「うーん……」

まあ何かあったのは確かだろうしあとで合流すると言っていたのだから深く考えることはない。合流したときに聞けば良いのだから。

湖の周りはやっぱり今日も霧がかかっていた。水分を含んだ空気のせいか気温に関係なくここら辺は生ぬるい体感温度となる。そのせいか冬場は無駄に豪雪だったりする場所なのだ。そんな場所に紅魔館は建っている。

建物が受けるダメージは大きそうなのだけれど大丈夫だろうかといらぬ心配をしてしまう。

美鈴は今日も寝ていた。だけれど私達が近づいた途端に目を覚ました。

気を張っていたのだろう。なるほどこれなら寝ていても問題はなさそうですね。

でも私達だからってまた眠りに戻るのはちょっとどうかと思うのですけれど。門くらい開けてくださいよ一応門番なんでしょう?

まあ飛べるから良いんですけれど……

 

血のように真っ赤と揶揄される紅魔館だけれど近くで見れば特段真っ赤というわけでもない。赤レンガを使っているから普通の建物よりも赤く見えてしまうだけだろう。特に赤レンガの建物は一時期かなりの数が建築されてはいるけれど幻想郷が結界に囲まれた遥か後だからほとんどの人は赤いレンガの建物を知らない。だから血のように真っ赤と呼ばれるのだ。

「ようこそ紅魔館へ」

まるで私たちが来るのを知っていたかのように玄関の扉が開かれ、銀髪のメイド。咲夜さんが顔を出してきた。

「お出迎えありがとうね咲夜‼︎」

こいしが私の手を引いて玄関の扉をくぐる。私の手の中で人形が大暴れしたような気がしたけれど、力でねじ伏せる。所詮人形が出せる力は大したことないから。

ただ腕に噛み付いてくるのはやめて欲しい。痛いのだ。

 

 

「大図書館に用があるのだけれど案内頼めるかしら」

大図書館は地下一階なのだけれどあそこにいくのはいつもダンジョン経由だから迷いやすいのよね。防犯上仕方がないのだけれどあまり役に立っているとは思えない。まああまりにも複雑怪奇にしてしまうと今度はミイラ取りがミイラになりかねないからほどほどにしないといけない。特にレミリアさんが迷いやすいらしい。当主しっかりしてくださいよ。

「かしこまりました」

 

元から私達を案内しろとレミリアさんに言われていたのかすんなりと咲夜さんは奥に向かって歩き始めた。

咲夜さんに続いて階段をいくつか上り下りし、部屋の扉を開けると、そこには本がぎっしり詰め込まれた棚がいくつも置いてある広い空間に出た。

「パチュリー様に教えてもらったショートカットです」

 

「へえ……ダンジョンコマンドみたいだね」

こいしの例えはよくわからない。まあ裏道ということなのだろう。

 

さらに案内を続ける咲夜さんに続いていけば、パチュリーさんが普段座っているカウンターが見えてきたちょうど本人は不在なのだろうか。なんだかカウンターの後ろに本の山が生まれているのだけれどまさかそこに埋まっているなんてことは……

とか思っていたら本の山の中に埋まっていた。こいしが期待を裏切らなくて面白いと爆笑していた。

「珍しいじゃない。貴女が来るなんて」

そういえばここに来るのは珍しいのかもしれない。実際これで3回目のはずだ。まだ3回しか来ていないと言うべきか3回もここに来ていると言うべきかなんとも悩ましい。

「今日は小悪魔に用がありましてね」

パチュリーさんでも多分悪魔祓いはできるはずなのですけれど……

「こあに?まあいいけれど…」

 

「ところで貴女は悪魔祓い出来ますか?」

 

「悪魔祓い?無理に決まっているでしょ。あんなの教会の神父くらいしか出来ないわよ」

ダメなのか…七曜の魔女でも出来ないのか。

まあ…ありえない話ではない。

「こあに悪魔祓いでもさせたいの?やめておいた方がいいわよ」

忠告ですか…でも神父以外で頼れそうなのって小悪魔くらいしかいないんですよ。

彼女の正体は召喚主であるパチュリーもよく分かっていない。というのも彼女が本気で正体を隠してしまっているから仕方がないのだ。多分彼女の正体に気づいているのはレミリアさんくらいだろう。

まあ教える義理ないですし。教えたら小悪魔に地獄の底まで追いかけられそう。

 

本を取りに行っていた小悪魔が戻ってきた。また随分と大量の書物を持ってきていますね。何か実験でもやろうって言うのでしょうか?

あ、私を見ていま超面倒な奴が来たって思いましたね?わかるんですよそういうの表情で!

でも確かにこの場で悪魔祓いが出来るかどうか聞くのはまずいかもしれない。だって小悪魔って低級悪魔ってことで通しているみたいですしそんな小悪魔がなんで上級悪魔をお祓い出来るのだとかパチュリーさんあたりに疑問をもたれたら最終的に私が抹殺されかねない。

さてどうしたものか……

「ねえねえ本見に行っていいかな?」

 

「構わないけど…大事に扱って頂戴」

 

「じゃあ一緒に行こうよ!パチュリーのおすすめも知りたいし!」

こいしが本を見たいと言い出しパチュリーさんが珍しくそれについていくことになり私と小悪魔だけが残された。多分こいしが気を使ってくれたのだろう。半分強引に連れ出していたし。あるいは面倒事を私に丸投げしたとも言える。

でも、あとでこいしには何かお礼をしておこう。

 

偽る必要が無くなった小悪魔の目つきが変わった。さっきまでの穏やかな雰囲気とは打って変わって、こちらを警戒するように威圧をかけてきていた。同じ人物だというのにこうも変化出来るとは……

「私に何かご用ですか?」

でもこれくらい裏表のあるヒトの方が、信頼できる。

「ちょっとこれに取り付いているものを取って欲しいのですけれど」

手の中で逃げられないように強く握られていたからかどことなくやつれた表情になってしまっている人形を小悪魔さんに渡す。

その間も必死に逃げ出そうと手に噛み付いてきた。なんだか生気を吸い取られるような感じがする。ちょっと危険ですね。

「……悪魔に悪魔祓いさせるつもりですか?」

1発でそれの正体を見破った小悪魔が睨みつけてきた。部屋の温度が氷点下まで下がり霜が降りてもおかしくないように思えてしまう。

「こちらでやったらろくな事にならなさそうですし。アリスさんもそうして欲しいと」

霊夢に任せたら余計事態を拗れさせそうで怖いですし。彼女、妖怪と悪霊が専門だから。そう伝えると絶対零度の眼差しはいくらかマシになり、こいつにはいい思い出なかったので協力しますと言ってくれた。それが本心からのものだと言うのはサードアイがシッカリと読み取っている。まあ同時に私への純粋な殺意も読み取れてしまって心が折れそうになったのですけれどね。

「……じゃあ対価」

少し悩んで小悪魔は手を出した。金を載せてと言ってもなんだか過言ではないその手に思わずお手をしてしまう。弾かれた。

「何がいいかしらね対価」

うーん…悪魔との取引って魂のイメージがあるのですけれど。

「それは貴女が決めること。悪魔は何が欲しいとは言わないのよ。むしろ魂と交換の取引なんて低俗か野蛮な奴がやることよ」

そうなんですか……なるほどだから悪魔払いと。賢い悪魔はそんな無茶苦茶な要求はしないし相手を襲うこともないと……

 

「では何か美味しいものでもどうですか」

どんなものと言われたらちょっと迷ってしまうけれど、要は食事に招待すると言うことだ。人数も言っていないから何人で来ても構わない。まあ宴会みたいになるのはちょっと勘弁して欲しいけれど。

「悪くないわね……」

 

「じゃあそれで契約よろしいですか?」

 

「ええ、構わないわ」

悪魔との契約ってなんだかもうちょっと形式的にも硬いものかと思っていたら全然そんなことはなかった。古今東西契約の儀式なんてこんなものなのだろうか。

「悪魔は契約を裏切ることはできないからなあ。さあて……そこで隠れているやつ出てきやがれ」

口調が変わった。

ついでに雰囲気も凶暴になった。さっきまでの威圧がナイフだとしたらこっちは安全ピンを外した手榴弾。放り投げられたらもう爆発である。

でもそれも数秒の事で、気がつけば何事もなかったかのように人形を片手にいつもの柔らかい雰囲気をした小悪魔がいた。一瞬の出来事すぎて何があったのかわからなかった。叶辞典人形から何か変なものが引き出されたのは確認できましたけれど。あれが悪魔だったのでしょうか?まあ終わってしまったので確認のしようがないですけれど。

「やばい悪魔と超やばい悪魔が戦っている構図が出来上がってたのかな?」

丁度そこに本をいくつか抱えたこいしが戻ってきた。なんというかタイミングが絶妙ですね。

でもあんなあっさりと悪魔がお祓いされてしまうなんてなんだか拍子抜けのような…

「それはどうなのかわかりませんがこちらの感覚では数秒しか経っていませんね。何があったのかは不明ですけれど」

魔界なのかあるいは特殊な結界なのかこちらがそれを認識するときにはすでに集結していた。

「何かあったの?」

 

「なんでもありません!パチュリー様」

もう既に何もいなくなった人形を私に押し付け、小悪魔は本の整理に戻った。

それを横目に少しだけパチュリーさんが私の方を観察。

用事はもう済んだと言えばああそうと興味なさそうな返事が戻ってきた。彼女にとってはどうでも良いことなのだろう。

さて私たちも戻りましょうか。アリスさん達を待たなくて良いのかって?良いんですよ別に……

この人形はここに置いておけばアリスさん勝手に持って帰るでしょうし。

 

「あらそっちはもう終わったのね」

タイミングが良いのかどうかはわからないけれど私達がさて帰ろうかと言うところで今度はアリスさん達が咲夜さんに連れられてやってきた。ああもう面倒な……もう私は帰りますね。

「アリスちゃんだ!なにその荷物!」

袋いっぱいに入れられていたのは桶とか農具とか…いろんなものだった。

「ちょっと気になって人里周辺を見回りしたら見つけたのよ。全部に召喚の痕跡が出てきたわ」

袋の中のもの全てが……そういえばなんだか空気が悪いですね。殺意が束になっているからだろうけれど。

「おーう…これは随分と……」

これほどの量の悪魔召喚…しかも召喚したらしっぱなしですか。一体何をしたいのやら……

「計画的ですね。異変でも起こそうとしていたのでしょうか?」

だとしたらかなり悪質というか…弾幕ごっこで収まるようなものにはならない大惨事だろう。悪魔がどれほど人を襲うのかは不明だけれど。

「異変にしてはちょっと悪質だよなあ。まあ弾幕ごっこができるんならなんでもいいんだけどな」

物騒ですね……

でもこの問題は私には関係ない。紫達がどうにか探るでしょうしその必要がないと判断されて闇に葬られたとしてもそれをどうこういう必要もない。

 

「ねえそれどうしてここにもって来たの?」

あ、パチュリーさんいるの忘れてました。

「え?だって小悪魔に……」

私とこいしは逃げ出した。修羅場に好き好んで巻き込まれては堪らないです。

何やら後ろで言い合いのようなものが発生していましたけれどそれもおかげで意識を逸らすことができた。いやあ危ない危ない。




そろそろシリアス書きたい


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depth.222さとりとこころ

「そういえばこの前友達を連れてくるって言っていたけれどあれどうなったの?」

小悪魔があの後どうなったのかはわからないけれど、あれ以降特に異変だなんだと騒がれてはいないから大事にならずに済んだようで、少し心に余裕が生まれたのでこいしが前に言っていた友人のことを聞いてみた。

「え、言ってなかったっけ今日だよ」

ありゃ?そんな話全く聞いていないわよ。

居間でのんびりしていたこいしはだんだん言い忘れていたことを思い出したのか顔が青くなっていった。別に怒ってないけれど……

「あら……今日なのね」

 

「伝えるの忘れてた!」

あたふたし始めたこいしだけれど直ぐに落ち着いてしまったのか何事も無かったかのようにその場に座り込んだ。

「気にしてないわよ。別に困ることでもないわ」

 

「あたいは昼寝の邪魔をされそうで困るんだけれどねえ」

私の膝に頭を乗せて寝ていたお燐が寛いだままそう言った。もうかれこれ1時間以上も膝枕をしているのだけれどそろそろ足が痺れてきた。

「私の足がそろそろ痺れてきそうだから降りて欲しいのだけれど」

だけれどお燐は動こうとしない。

「もうちょっとくらい良いだろう?」

これ以上はお空とこいしが嫉妬してしまう。

三人の気持ちが分からなくもないけれど愛にしては少し重い気がする。どうしてここまで重くなってしまったのかと問いただしてみればいつも私が悪いとなってしまう。

心当たりがいくつもありすぎるのだ。だけれど私としてはそのようなことでそうなってしまうのは些か不思議なのだ。まあなってしまったものはもう仕方がない。

 

「お空は灼熱地獄の温度管理でこいしはこれからお友達を呼ぶんだろう?ならあたいの独壇場なんだよ。だからいいだろうさとり」

もういいですよ。意地でも退かないつもりみたいですし。諦めたという意味を込めて両手を上にあげれば満足したのかお燐は再び頭を膝に深く埋めて目を閉じた。

幸せに包まれながら寝ているのがサードアイ経由で伝わってくる。こうしてみれば微笑ましい光景なのだけれどこいしの見つめる目線が少し痛い。

「こいし?」

私に向けられている物ではないにしてもあまり気持ちの良いものではないのだ。

「なんでもないよお姉ちゃん」

なんでもないにしては怖いわよ。

 

ここは私が話題を変えないと本当にお燐に襲いかかって来そうだ。

「遊びに来る子ってこころって子かしら?」

フランが遊びに来るのであればわざわざあんなことは言わない。それ以外ということもあり得るけれどタイミング的にこころだろうと予測したまでだ。

だって最近尸解仙で復活した人達が現れたって霊夢達が言っていたしそろそろそういう時期なのではないかと思っていましたからね。ただそうなるとまた異変が近いような近くないような…オカルトボールとかオカルトボールとか。

「大正解‼︎よく分かったね!知り合いだった?」

知り合いというわけではないけれど私は彼女を知っている。あくまで名前だけですけれどね。

最近人里で能が流行っていると聞くし間違いはないでしょう。

「いえ、なんとなくよ。自称彼女の生みの親と交流があってね」

それだけ言えば納得するだろう。

実際神子が作った能面が一つの集合体のような人格と肉体を持ったのだから実質親でもいいはずだ。まあここらへんは本人たちのシビアな問題だからそんなに深く突っ込めるものでもない。

「ふうん…ヘッドホンさんとねえ」

変な渾名ね。なんて今更な話だ。それで区別付いているのであれば私は何もいうまい。

本人に対してその変なあだ名で呼ぶのはまずい気がしますけれどね。まあ流石にこいしとてそのようなことはしない…はずです。

 

「じゃあそろそろ迎えに行ってくるね!」

唐突にこいしは立ち上がって部屋を後にして行った。いつも突発的だよねえとお燐が寝返りを打つ。いい加減膝から降りて欲しいので膝の上から無理やり転がり落とす。

「ふぎゃ⁈痛いじゃないか!」

 

「重いんですよ。足も痺れてきましたし」

 

 

 

外にでていったこいしは半刻ほどで戻ってきた。

その合間にお空が戻ってきてお風呂に入っていたけれど直ぐに神奈子さん達に呼ばれてしまい休む間もなく守矢神社の方に行ってしまった。

あれ夕食までに戻ってこれるかしら。もし戻って来れなかったらこちらから迎えにいくか。流石に私には強くは出れないでしょうし。

「貴女がこいしの姉か。私はこころだ。よろしく」

こいしの後ろをついてきた少女は、私を前に丁寧なお辞儀をしてそう言った。

切り取られて穴が開いているスカートから見える足をお燐がじっと見つめていたのでちょっとだけ頭を抑える。

「ご丁寧にどうも。姉のさとりです」

 

「あれ?こころちゃんって表情変わらないのかいな」

 

お燐がデリカシーとかそういう配慮のかけらもない事を言う。

「すまない。喜びも全てお面で表現されている。顔は……諦めてくれ」

能面らしいですよね。実際踊る人の感情は全く周りに伝わらず、そのかわり周りに感情を伝えるのはお面だけ。それが能面だから。

 

「ああ……無表情が二人に」

お燐、ハウス。というのは冗談にしてもお口が悪い子はラリアットの刑に処す。

こころも同じことを考えていたのか私の動きに合わせてお燐のお腹にラリアットをかました。うずくまるお燐。まあ手加減はしているから大丈夫でしょうね。

少しは反省して欲しい私もこころも無表情だけれど無感情ではないのだ。

「ねえねえ、さっき踊ってたあれまたやってくれる?」

 

「踊ってたのね……」

 

「博麗神社に呼ばれてな。巫女の考えることは少しばかりお金が多い気がするのだが」

なるほど博麗神社で舞を……どうせ霊夢に頼まれたのでしょう。見せ物料を土地代半分ねとか言ってぶんどる鬼巫女の姿が思い浮かぶ。でも仕方がない事なのかもしれない。

「神社の経営って結構大変なんですよ。立地条件最悪ですし」

幻想郷の東の端なので人里から遠い。山からも遠い。そんなところな挙句道の整備が中途半端だったりするのでね。

守矢神社の方も山の頂上付近にあるけれどあっちはそれなりに道の整備やエスカレーターの開発などをしているからまだ行きやすい。それなのに異変の後の宴会は大体が博麗神社で行われる。その分の出費だって結構響くのだ。

「そういうものなのか……大変だな」

こころもそういうところをある程度察しているからか霊夢のお願いに応えたのだろう。あとは純粋に道具としての本能を発散させることができる場所が簡単に見つかったからというのもあるでしょうけれど。

「それじゃあこころちゃん!血の池にいこう!」

流れを断ち切るようにこいしがそう言った。どうして脈絡もなく血の池地獄が出てくるのだ。流石にこころも困惑しているようだった。表情が変わらなくても頭につけている能面で大体の感情は理解できる。

「家に来てどうして地獄に行こうとなるのだ」

地獄じゃないよ旧地獄だよ!家からすごく近いんだ。

 

嘘ではないですけれど言い方……

 

いや私はさっきまで舞を披露していたし疲れているのだが……

「じゃあ家の中で遊ぶ?殺伐とした遊びが繰り広げられること間違いなしだよ」

家の中で殺伐とした遊びって一体何をしようというのだ。麻雀くらいしかないわよ。それも卓は地霊殿の方だし。

(いやそれもそれで困るのだが……ああ、お風呂入りたい)

偶然外に出てしまったサードアイが心の中を読み取った。

どうやら踊った直後に半分連行される形で連れてこられたらしく、色々と気にしていたようだ。確かに頬や首筋に汗の跡があった。

こいしも気づいたようだ。考えていることは大体同じか。ならば私がとやかく言うことではない。

「あーそうだ‼︎じゃあお風呂入ろうよ!体洗いっこしよう!」

だからどうしてそうなるのよ。お風呂ならお空が入った後そのままにしてあるからまだ大丈夫なはずなのだけれど。いやそうではなくこいしまで一緒に入るの?

「そ……それは、確かに魅力的だが」

無表情で慌て始めた。

(待て待て、お風呂はものすごくありがたいがどうして洗いっこなんだ⁈洗いっこってあれだよな?太子が言っていたあの……流石に恥ずかしいのだが)

なんだろうすごく可愛い。人の心を乱してきますねえ。内心赤面で慌ててるのがなんだか可愛く思えてしまうのはギャップ萌えというやつなのだろう。こいしなんてそれを見て変な笑みを浮かべている。正直ドン引きだ。

「さあさあほらこっちだよ!」

有無を言わさずに笑顔のこいしにひきずられるこころ。

「うわ!ま、まて!まだ心の準備が…そもそもなぜお前が一緒に入ることになってるんだ!」

必死の抵抗。しかしこいしの方が純粋な力比べでは上らしい。少しづつ部屋の外に引っ張られていく。

とっさに私の方に目線で助けを訴えてきた。どうしましょう…内心の恥ずかしがりが可愛いからこのまま見ていたいのですけれど。ここは……

「えー⁇いいじゃん!」

 

「良くないから言っているのだ!」

ああ、過保護な親がいるからちょっとやめてほしいと。でもあれは知らないところで何か変なことに巻き込まれるのが嫌なだけであらかじめ事情を言っておけば大丈夫なはず……

「神子さん達には事情を言っておきますから大丈夫ですよ」

ここはこいしのほうにつくことにした。絶望に満ちた哀れな子羊がそこにはいた。

実際嘘は言っていない。多分小言を言われるだろうけれど神子さんとはある程度の付き合いがありますし。向こうが信頼しているかどうかは別としてなんとかなりそうです。

「うわああああ‼︎」

絶望の叫び声が廊下の奥に消えていく。ある意味ホラーでしかないのですけれど。

その後もしばらくはお風呂場の方から水音が激しく聞こえてきていたしその前なんて脱がすなとか自分で脱ぐからとか壮絶な声が聞こえてきていたけれどある地点を境にそれもぱったり止まった。

 

お風呂から上がったこころはどこかやつれているように見えた。普通に体洗いっこしただけですよね?

あーええっとうん。普通ですね。

でもどうして目が死んだ魚のようになっているのでしょうね。そこまでショックでしたか?

「なんでもない……忘れてくれ」

健気ですね。見捨てた私が言えることではないけれど。

「あーすっきりした!」

対照的にこいしは艶々していた。相当気分が良かったのだろう。一番風呂ではなかったけれどそれはさしたる問題でもなかったようだ。

 

「もうお婿に行けない……」

 

こころが円卓を背に丸くなってしまった。そこまでショックなのだろうか……いやそれ以前にお婿に行けないって……そっちですか。お嫁に行くくらいはできるのね。

「じゃあ私がお嫁にもらってあげる!」

こいし少しは空気読みなさいよ。突っ込みを入れて欲しいって時じゃないでしょう。まあこいしが言わなかったら私が言いましたけれど。問題はないはずです……メイビー

「そうではない‼︎うう…酷い辱めだ。次あったら問答無用で倒させてもらうからな」

内心涙目になったこころが宣戦布告。なんとなくこいしとの仲が見えてきた。

「別に今でも良いんだよ?お風呂入った後だけど汚れないように戦えばいいだけだし」

もう直ぐ夕立がきそうな天気なのに何を言っているのよ。

「ならば勝負だこいし。負けたら同じような辱めを受けてもらうぞ。そうだな……浴衣で街をうろつくとか」

それどこが辱めになるのだろうか。なんだか面白い。でも風呂上り直後に夕立に当てられるなんて最悪ですよ。また風呂入ればいいとかそういう問題ではなく下手すると風邪ひくわよ。

「すまないさとりさん。止めないで欲しい」

「お姉ちゃんこれは私とこころの勝負なの」

いやそうじゃなくて……ああもうこうなってしまったら二人とも止まる気ないですね。

折角ですし誰かに撮影してもらいましょうか。天狗とか……

 

すぐに自室に行き式神を作り出す。素早く用件を書いた紙を式神に持たせて窓から送り出した。

青白い光を放つその式神は、妖怪の山のほうに向かって飛んでいった。水に弱いから夕立が降る前に到着できれば良いのだけれど……

 

「お姉ちゃん審判できる?お燐に断られちゃって」

 

「いいけど…まずは飲み物飲んで少し落ち着いてからにしなさい」

流石にこれくらいは言うこと聞いて欲しいしちょっとばかり時間稼ぎさせて欲しい。

縁側に出ようとしていた二人が戻ってきて飲み物を飲み始める。

ちょうどそのタイミングで突風が吹き荒れた。

「あやや‼︎こちらでこいしちゃんと今話題のこころさんが勝負するって聞いて飛んできたのですけれど‼︎」

流石幻想郷最速の文さんですね。まさかもうきてくれるなんて。




こころのライフはもうゼロよ


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depth.223 輝針城(前奏篇)

重大な収容違反が発生しました。すみやかに対処してください。


無情とはこのことだろう。

二人が弾幕ごっこで暴れている最中に、ついに雨は降り出してしまった。それも少しならまだ良かったのですが本格的な土砂降りと来た。

それでも気にせず戦う二人とそれをカメラで撮ろうと必死に飛び回る文さん。

お燐曰くカオスの塊。私からすれば全員後でしまっちゃおう。

防水用の袋取ってこないと。

「いやあ楽しかった!」

水を滴らせながらこいしとこころがようやく戻ってきた。少し遅れて文さんも地上に降り立った。

「今回は引き分けだったね」

「次は勝つ」

結局スペルブレイクで両者とも決着がつかなかった。だけれどこいしのほうが始終優勢だった。それでも不利な状態から引き分けに持ち込めるあたりこころの実力は相当なものなのだろう。まあ遊びとしてならこれくらいだろうか。完全にずぶ濡れになった二人と一羽を縁側で押し留める。そんなびしょびしょで家の中に入ってこないで。今拭くもの持ってきますから待っていてください。

私がタオルを持ってこようとしたもののそれより先に文さんが動き出した。

「いい絵が撮れました!では私はこれで……」

私が引き留める間もなく文さんは雨の中にまた飛び出してしまった。帰ってすぐにでも写真を現像したいのだろう。どんな写真を撮ったのだろうか。

そういえばやたらと下の位置から撮っていましたね。まさか、いや文さんに限ってそんなことは……ありえてしまう。

 

すぐにタオルを渡したものの、すぐにびしょびしょになってしまった。もう服も脱いでしまいなさい。そのままじゃ風邪引きそうですし。

「おっとそろそろ帰らないといけないかもしれないな」

そんなびしょびしょな状態で帰したら絶対文句が来ます。やめてください。

「帰るの?またお風呂……」

 

「絶対に嫌だ‼︎これ以上私の尊厳を傷つけないでくれ!」

相当トラウマになっているようだ。ならあまりお風呂は勧めないほうが良いか。替えの浴衣を持ってきてそんなことを考える。

 

「ふうん……」

 

「すっごい嫌な予感がするのだが……何もしないでくれよ」

それはあなた次第ですね。

まああまり変なことするとほんとに痛い目に遭いかねないからしませんけれど。って……

「二人とも下着までびっしょりじゃないですか。全部脱いでください。風邪ひきますよ」

「なんかお母さんみたい」

「同感だ」

 

はっ倒しますよ?

 

しかし結局雨に当たったのが原因なのかそのあと温まるのが不十分だったのかこころもこいしも風邪を拗らせた。妖怪が風邪を引くなんて珍しいと思ってしまうもののあり得ないことではない。

ただ風邪は下手をすれば肺炎などの合併症を引き起こす可能性だってあるし免疫力低下を引き起こして何があるか分からないからバカにできないのがこの時代。いくら超技術持ちの月で薬学トップやってたチート医者がいるとしてもだ。まあ大抵は1日か2日で治ってしまうのですけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

そんな日も少し昔の思い出になり、また日常が始まっていた。だけれどそれも長く続かないのが幻想郷。

外が騒がしいと感じるのは、実は地霊殿でも私の家でも珍しい方なのだ。

前者は地霊殿が旧都の端っこにあり、その上私が普段使っている部屋は旧都とは逆側に面しているから。後者はそもそも山中にひっそりと建っているからである。

なので外が騒がしいと感じたらそれは相当騒がしいのであって、同時に危険対象に関しては完全に後手に回ってしまったということだった。

第一報はノックもせず飛び込んできた二人だった。

「さとり様!妖怪たちが暴れてます!」

 

「さとり!なんか暴動が起こってるよ!」

ちょっと落ち着こうか。

お燐とお空が同時に部屋に飛び込んできた。二人とも今日は非番で、二人揃って旧都に遊びに出ていた筈だ。

暴動……その言葉についに打倒覚り妖怪が起こったのかと思ってしまう。だとしたら私もすぐに身をひかないとなあと思っていれば実際そういうわけではないらしい。目的不明の暴動。二人の心はそう捉えていたようだ。心を読んでもそれしかわからない。ああ難しいものだ。

「一体何が……」

詳しい事情を聞こうとしたけれどその言葉を遮るかのように的確なタイミングで門の方で爆発が起こった。

部屋全体が激しく揺れ、灯りにしていた電球が切れた。どうやらどこかで断線したらしい。暗黙が部屋を支配する。

廊下に出て門が見える窓に向かってみたものの、そこには瓦礫の山が出来ていた。瓦礫の中にひしゃげた鉄骨のようなものが見える。門だったものだろう。

「あーら綺麗に門が無くなってますね」

そろそろ古くなっていたので塀ごと全部作り直そうと思っていたのでちょうどよかった。

再び部屋に戻り素早く状況を整理する。そこから次の行動をさっさと考えないといけない。

取り敢えず屋敷の守りはエコーさんに任せよう。旧都の方も何かあったら死霊妖精と鬼達がいるからしばらくは大丈夫。問題は……

「お空、私と一緒に灼熱地獄に行くわよ。お燐はこいしを探してきて。多分天狗の山のほうにいるから」

こいしは文さんのところに行くと言っていたからそんなに探さなくても良いはず。多分……

「わ、分かった!」

今取れる最善の方法はこれしかなかった。

お燐が部屋から飛び出していった。

「さとり様も灼熱地獄を?」

ええ、そう簡単にはいかないでしょうけれど何かあったら一番危ないのは灼熱地獄。まだ間欠線センターは起工したばかりだから問題はないはず。もしそっちが運用に入ってたらそこを優先的に守らないとヤバいことになりかねないけれど。

「ここまで暴動が激しくなっている場合最悪を考えて最優先防衛先は灼熱地獄と決めているの」

机の引き出しから黒く塗られたそれを引き出す。もしかしたらを考えてにとりさんに特注させていたものだ。使わないほうが平和で良かったのに。そう思ってももう仕方がない。

「後これ持って行きなさい」

銃尻を向けてお空にそれを手渡す。

「これって…銃?」

見た目にはワルサーP38に似ている銃だけれど細部が異なる上に銃口の大きさもかなり小さい。

「貴女の火力じゃ強すぎて周りを壊せないところじゃ制限されるでしょ。それにスペルカードとかは戦闘より見栄えを重視するから対象を素早く沈黙させたいときとかには不向き。これは対象を素早く無力化するための麻酔銃よ」

それも大型動物向けの強力なやつだから打たれてすぐ眠るって事は無いけれど人型をとっているのであれば五分十分で相手を無力化できる。殺傷を目的としていないから弾丸というよりダーツの矢が鋭く細くなった感じだ。それが最大15発。予備マガジン含めて30発ある。

「あ、ありがとうございます?」

「使い方はわかるわね」

安全装置を解除してあとは照準を合わせる。

教えているから動きの方は大丈夫ね。

「大丈夫です!」

お空の返事を聞きながら私は私で持ち物を用意していく。拳銃はにとりさんに急遽用意してもらった9ミリ口径の小型のもの。刀はこの前小傘さんに作ってもらった小刀。後部屋にこいしがおいていったものをいくつか。結構重装備になってしまったかもしれない。まあいいけれど。

「じゃあ行くわよ」

お空を先頭に廊下に出る。廊下の方も、屋敷全体が大混乱になっているのかメイド妖精や死霊妖精があっちに行ったりこっちに戻ってきたりと忙しない。

久しぶりに重武装になってしまったけれど仕方がない。

 

だけれど直ぐにエコーさんが司令室から指示を飛ばして統率を取り始めた。

窓から外を見ると、暴れている妖怪だろうか。人影が敷地に侵入してきて妖精たちと戦っていた。

 

ついでだからあれも倒して行こう。

窓を全開にし、外に向かって体を投げ出す。空気を切る音が少しばかりして、軽い衝撃と共に着地。

「想起…」

 

それに気づいた妖怪と私の目線が交差した。

怪しく、サードアイが宙に浮き、一瞬だけ光を放つ。

 

 

 

 

 

やはりというべきか約熱地獄へ向かう道も暴徒の妖怪でいっぱいだった。だけれどその多くは所謂弱小妖怪で、私達にとってみれば数だけは多い。それだけだった。どうやら今回の反乱は弱小妖怪とよく言われる部類の妖怪達が引き起こしているようだ。それだけでなく一部道具も何やら自我を持っているのか動いていた。ああこれは確定ですね。

お空も自慢の火力を使うことなく殆どを格闘技で沈黙させていく。

お空に格闘戦を教えておいてよかった。まあまだ上手くはないし元々補助的なものとして使っていたから相手次第では全く通用しないのだけれど。相手が弱い方の妖怪だから通用しているに過ぎない。

 

私も黙って見ているわけではない。性懲りもなく弾幕を浴びせてくる彼らに弾幕で応戦。相手を叩き飛ばしていた。別に殺戮が目的ではないから動けなくなる程度の傷を与えれば良いのだ。想起で倒すにしても数が多いし意識がバラバラの方向を向いているから効率が悪い。

サードアイはしばらくお休みといこう。

 

灼熱地獄の入り口は分厚い鉄の扉で守られている。だけれどその扉もたくさんの妖怪達が取り囲んで攻撃をしているせいで壊れそうになっていた。

 

ギリギリ間に合ったみたいね。

 

こちらに気づいた妖怪達が一斉に振り返った。我を忘れているのか意思が希薄。いや…中途半端に洗脳されかけている?何方にしても無力化する以外の道はない。

妖怪の中から威勢のいい奴が飛び出した。

それに合わせて私も腰のホルスターから銃を引き抜き応戦する。

 

突撃すれば精度の悪い弾幕でも当たると思っていたようですが……生憎それは私の方も同じなんです。

音速に迫る勢いで掃き出された弾丸を避けれるほど彼らは強くなかった。

それでも不用意に殺すわけにはいかない。腕や足なんかに鉛弾をぶち当て動きを封じていく。

 

接近されたらお空に任せていたものの、数だけは多いので鬱陶しくなってきた。

 

そんなときだった。

「さとり様なんですかあれ!」

振り返ったお空が何かに気がついた。同時に後ろに嫌な気配がする。背筋が悪寒に震え上がった。

私も釣られて後ろを振り向いた。

そこにいたのは人型ではなく異形の者達だった。溢れ出る死の臭いと直視するのが不可能なレベルの禍々しさ。だけれど複数のように見えてあれが全て一つの封印体だったものだ。

流石に他の妖怪達もあれに気づいたらしくこちらへの攻撃を止めていた。あれと目線を合わせるのだけはやめよう。そう思い目線を逸らした瞬間、そいつらが弱小妖怪が集まっていた灼熱地獄の入り口に突っ込んだ。

決して素早くはないけれど、飛びかかってくるのは想定外だったのか殆どの妖怪達が覆いかぶさられた。

度重なる悲鳴と共に妖怪達の体がありえない方向に捻り切られ消えていった。血とか色々と吹き出しているんですけれど…下手なスプラッタよりスプラッタしてる。逃げ出そうとした妖怪も大半が逃げきれずに食い物のようにされていく。

衝撃的な事態にお空が顔を青くしていた。吐きそう?大丈夫?

「封印していたものね。誰かが勝手に解放しちゃったんだわ」

あれの心がどうなっているのかは……知りたいとは思わない。前に似たようなことをやって逆にこちらが意識を壊されかけた。うん、封印物は勝手に開けてはいけない。

「警備どうなってるんですか」

 

 

 

「……2割くらいは元から警備するのが不可能なものなのよ」

立地とかもあるけれど近くに妖怪や霊の気配がするだけで封印を自力で解いたりするヤバいやつとか。元々収容保存が不可能なものとか。定期的のある程度決まった経路歩かせないと暴れるとか。

あれもその類のものだった。収容違反が起こったとしか言えない。

「こいし、借りるわね」

だけれどあれもこの世に生を受けている存在だ。倒せないというわけではない。

食事が終わったのかこちらにそいつらが意識を向けてきた。

 

調子が悪いと言ってこいしが私の部屋に置いていったから持ってきたものは重量のあるものだけれど妖怪の体である私には問題なく使用できる。

背負っていたガトリングガンを下ろし両手で抱える。元々どこかに設置して使うものだけれどそのような使われ方をしたことは一度もない。だけれど重いのは事実なのだ。あまり素早く逃げられると当てられないかもしれない。

幸いにもあっちはあまりすばしっこい方ではない。封印が解かれた直後というのもあるのだろう。

次の目標を私達に定めたのか奴らが一斉にこっちに振り向いた。まるで深淵のような真っ暗で大きなまん丸の目とそこに浮かぶどす黒い赤色の炎のような揺らめき。

「お空ちょっとだけあいつらの足止めできるかしら」

 

「わかりました!スペルカード!」

 

展開された弾幕で相手の動きが一瞬だけ止まった。だけれどそれが弾幕ごっこ用の非殺傷なものだと素早く理解したらしい。無駄にそういうのに鋭いらしい。だけれど動きを止めてしまった時点で王手ですよ。

トリガーを引いた。



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depth.224 輝針城(間奏篇)

一秒間に五十発放たれる鉛弾はその多くが図体の広い彼らに吸い込まれて血飛沫を上げていった。

だけれど効いている気配は全くない。なんだろうこの頭を撃たないと死なないゾンビに胴体攻撃し続けて距離を詰められる警官みたいな感覚は。

あの怨霊を凝縮した呪いの塊のようなものは、生きているものの生半可な攻撃では通用しないのだろう。そうあるべきだと人が想像したのかあれ自体がそうであると想像しそうなってしまったのか。原因は定かではないけれど今はそんなこと気にしている余裕はなかった。

「さとりさま全然効いてないですよね⁈」

 

お空が麻酔銃を放つけれどそれすら効いている様子はない。そもそもあれが麻酔で眠ってくれるような輩だとは思えない。

こちらが鬱陶しくなったのか生き残っている妖怪から私たちの方に意識を向けてきた。恐ろしい悪意と後悔の念が体を貫く。悪霊の類だからかお空も私も体が嫌に重くなってきてしまう。あれを倒すとなれば霊夢の無双封印が必要だろう。だけれどここは旧が付くけれど地獄。ああいったやばい輩への対抗手段は豊富にあるのだよ例えば……

「面倒ね。焼却処分してしまいましょうか」

元々人の魂を焼くために創られた灼熱地獄とかね。血の池地獄も怨霊のような存在を捉えて沈め浄化させるための設備だからそっちに回しても良いかもしれない。

「灼熱地獄に異物入れないでって言ってませんでしたっけ」

確かに言ったわね。でもあれは異物じゃなくて得意分野よ。

「特例よ特例」

さあてうまく誘い込めるかしら。

ゆっくりと私たちの方向に向かってきたそれから後ずさるように少しづつ灼熱地獄の方へ誘導していく。速度は速くない。おそらく精神的に追い詰めるための演出なのだろう。

入り口の鉄扉を開ける時間を含めたら少しばかり距離を詰められすぎているかもしれないけれど……

もう一度射撃。高速回転する砲身から弾が吹き出し、怨念の塊を削り取り拡散させていく。だけれど無尽蔵に湧き出るその怨念は全く衰える様子を見せない。

 

私が弾幕を張っている合間にお空が鉄扉を開けようとしていた。その瞬間を狙って彼らは飛びかかってきた。恐ろしく速い。それだけ向こうも余裕がないということだ。

さてここで回避すると絶対に灼熱地獄までは送り込めない。仕方がない。引き付けますか。

「お空そのまま動かないで」

幸いお空の方には意識は向いていないらしい。それならばいっそのこと好都合だ。私が囮になれば良い。

「なにを…」

 

お空が何かを言う前に後ろに跳躍。灼熱地獄に飛び込む。覆いかぶさろうとしてきた怨念が一緒に灼熱地獄の中に入った。

「今!扉を閉めて!」

叫びながら妖力を使い無理やり体の進む方向とは逆側に跳躍。灼熱地獄から飛び出る。背後で怒り心頭の怨霊の叫び声が聞こえた気がした。

流石にこれには反応できなかったようだ。元々反応が鋭い方ではないみたいで、そのまま灼熱地獄が生み出した炎の渦に飲み込まれた。だけれどあれだけじゃ死なない。

 

私の体が閉まり始めている扉を通過したコンマ数秒後。後ろで金属同士がぶつかる音がして扉が完全に閉められた音がした。お空が素早くロックをかけて厳重に封鎖する。

「灼熱地獄があってよかったわね」

 

「さとり様無茶しないでくださいよ」

無茶じゃないわ。勝算があったからやったことよ。

まだ生きているのか何度も扉に体当たりしているのか衝撃で扉が揺れている。まああの程度じゃ壊れる事はないだろうけれどね。

それでも鬱陶しいし何かの拍子に怨念が出てきてしまうとも限らない。早めに焼却してしまおう。

「お空、灼熱地獄の火力を上げて」

 

「うにゅ。ちょっと待ってて」

近くの制御小屋に向かうお空。これであいつはおしまいだろう。大人しく封印されておけば良かったものを…

さてここまでに得られた情報を整理してみましょうか。

まず暴れているのはどれも弱い部類に当たる妖怪ばかり。それと、何故か意思を持ち始めた一部の道具。これは全ての道具というわけではなく本当に一部だけ。あまり害は無さそうだけど物次第だろう。今の所害がない道具としか出会っていないだけだ。

詳しい被害はわかっていないけれど旧都とかは内部での反乱にはめっぽう弱い。おそらくゲリラ戦に徹底されたら収拾まで時間がかかるだろう。

原因はなんでしょうね?恨み?それとも革命?共産主義関係の思想が入ってきたなんて噂は聞いていないがあり得なくはない。

 

火力が上げられたのか、中で体当たりを繰り返していた怨念の悲鳴のようなものが聞こえた。この世の声とは思えないほどのおぞましさを含んでいる。

封印なんかせずこうやって燃やし尽くして仕舞えば良かったのに。

 

「さとり様火力上げ終わりました!」

 

「分かったわ。取り敢えずお空はここの防衛ね」

 

「さとり様は?私一人だと守り切るのは難しいかもしれないですよ?」

 

「清掃をしているわ」

何せさっきのアレのせいで妖怪の残骸まみれなのだ。灼熱地獄周辺は温度が高いから放っておけばすぐ腐敗して異臭とうじが湧く。

そんな空間を作りたくないから早めに洗浄しておきたいのだ。

 

飛び散った肉片や内臓を回収して一か所にまとめていく。中にはまだ生きているのか呻き声を上げていたり、死んだ直後だからか筋肉が痙攣してあたかも動いているように見えたりと耐性がなければ地獄のような光景だった。

私だって何も感じないわけではないけれど同情したり気持ち悪くなったりはしない。人としての感情は随分と薄れてしまったようだ。

 

お空が作り出した炎で肉の塊を燃やしていると、背後に気配を感じた。私の背後にわざわざ回ってくるヒトなんて一人しかいない。

「こんなところにいたのね」

 

「紫?」

振り返ればそこには壁に隙間を開け真横を向いた状態で紫が体を出していた。重力大丈夫なのだろうか。まあ空間をねじ曲げるのだから重力くらい一緒にねじ曲げているのだろう。実際髪の毛は真横に引っ張られておるようだし。

 

「こっちも同じような状態なのね」

私達の状態を見て一人納得したのか紫は笑顔を消した。なんだか哀愁が漂ってきそうな悲しさと呆れを含んだ表情だった。

「どういうことですか?まさか地上も妖怪が暴れていると?」

「ええそうよ」

うわこれ異変じゃないですか。それも幻想郷全土を巻き込んだやつ。

「……巫女に任せて良いですか?」

異変解決は巫女の仕事ですよね。でもそんなのは紫が一番よく知っているはず。だとしたら他に何かあったのだろうか。まあ無駄ですけれどサードアイを引っ張り出して心を読もうとする。本来であれば境界を操られて心を読むことはできなくなってしまう。だけれど今日はどうやら違った。

「それは勝手だけれど、本当にいいのかしら?」

口元を扇子で隠しながら含み笑いをする紫。聞きたいわよねえと言わんばかりの態度にお空がきれた。

「お前!どういうことだ!」

私が聞くより先にお空が食いかかった。かなり怒っている。

「落ち着きなさい。私は貴女のところの猫と妹が連れ去られたってことを教えにきただけよ」

嘘は言っていない。むしろ心配している?心の方はそのような結果を読み取っていた。能力を使って気持ちを隠すことすら忘れているあたり焦ってもいるのだろう。

「……そんな!」

平然と裏で何考えているかわからない顔でそんな事を言ったものだからお空が勘違いを引き起こしかけた。素早く私が割って入る。

「随分と親切ですね。ついでだったら助けて欲しかったのですけれどそれは傲慢だったでしょうか?」

私もできれば助けたかった。ですか。そうでなくても紫だったらこいし達が逃げ出せるように手助けくらいはするだろう。まあ実際のところ無条件でそんなことまでするかと言われたら見返りを求めてくるはずだけれど人助けというのは最終的に自らを助けてくれるから紫あたりならやるだろう。それができなかったということは……

「いいえ、私だってできれば助けたかったけれどどうも私の術を弾く特殊な道具を持っているらしくてね」

なるほど、それを使われたと……

「世界を作り替えることすら可能なチート能力なのに?」

お空の言いたいことは分かるけれど時と場合によるわ。

「なんでもできるわけじゃないもの」

……絶対楽しんでますよね?いやそうやって楽しんでいるという感情と思い込みで不安や心配を押さえつけているのだろう。昔から紫はそういうところがありましたからね。

 

「まあいいです。それでこいしとお燐を連れ去ったのはどこの誰ですか?……ああちょっと待ってください。当ててみます。正邪ですか」

 

「そいつが正邪と呼ばれているかは兎も角、天邪鬼なのは確かよ」

すでに紫の顔から余裕という文字は消えていた。確かに正邪の能力はうまく使えば紫相手にもそれなりに立ち回れるかもしれない。ふむ考えましたねえ……それに彼女は私と少なからず因縁がある。こいしやお燐を狙ったのも頷ける。

 

「……この事を話したということは私に奴を倒せというのでしょう?霊夢達より先に」

意外なことに紫は首を横に振った。違うのですか……

「そんなんじゃないわよ。私はただ友人の家族が囚われたって伝えにきただけよ」

確かに嘘は言っていない。それに内心すごく私を心配しているのも理解できた。だけれど表面に被ってしまっているのが賢者としてのお面であるから、どうしてもお空には信用されていなさそうだった。

「ならもうちょっと言い方とか表情とか気をつけないと胡散臭いって信用されませんよ?」

まあ彼女の言いたいこともわかる。こんな時だからこそ紫ではなく賢者として振る舞っていなければならないのだ。彼女は他人が思う以上に優しいヒトなのだ。ただ表にそれを出せないだけ。

「知らせてくれてありがとう紫」

ならば内心を知れる私は……その優しさを表に出せるようにしよう。

「貴女も笑えるようになったのね」

意外な言葉だった。私が笑っている?でも嘘は言っていないようだ。だとしたら本当に笑っていたのだろう。意外なものだ。

「笑っていましたか?」

 

「ええ、笑っていたわ」

そっか……どうしてでしょうかね?表情がどうして生まれるのか私にはわからない。もう知ろうという気持ちもない。いつか意味を知れるのだろうか?

「お空、いくわよ」

まあいいや……

「いくって地上ですか?」

 

「当たり前でしょう?見捨てるわけにはいかないもの」

そもそもこいし達を捕らえたのは遠巻きに私を呼び寄せるためだろう。罠を仕掛けているに決まっているけれどその罠にハマりにいかなければこいし達を見捨てたということになる。そんなこと私は絶対にできないのだ。

「はい‼︎」

ここの防衛は……エコーに何人か妖精を回してもらいましょう。

「正邪がどこにいるかわかりますか?」

私が助けに向かうというのは最初からわかりきっているのだろう。ならば正邪がどこにいるかだってわかっているはずだ。

「わかるわよ。隠れるという気はないらしいわ。逆さまのお城を建てているのですから」

ああ…天邪鬼らしいお城だ。壊し甲斐がありそうだ。

 

「ならば、攻城戦と行きましょう」

ド派手な花火をあげよう。建物を木っ端微塵にできる火力を揃えよう。倒すのに弾幕が必要?ならば相手を穴だらけにする弾幕を生み出そう。さあ大戦争だ。私に喧嘩を売ったことを末代まで後悔するがいい。

「さとり様?な、なんだか怖いです」

「そうかしら?お空も気持ちは同じでしょう?」

過剰防衛?上等ですよ。家族を人質に取られて黙って見ているほど私は優しくない。

「一度家に戻るわ。武器を持っていかないといけないから」

出来る限り大量の武器が必要ね。

「サービスで隙間で送っていってあげるわ」

ありがとうございます。ふうん……紫も随分とお怒りのようですね。まあ考えることは皆同じだろう。紫にとってみれば幻想郷を崩壊へ導きかねない危険な異変。異変の中でも悪質なものなのだろう。

ならばやってやろう。悪質なのならもっともっと悪質なもので捻り潰してしまおう。それが妖怪というものだ。

正義?そのようなもので勝てると思っているのであればそれはあまちゃんだ。正義とは勝った方の悪質が名乗れる仮初の姿だ。

 

 

 

 

「あはは‼︎やっと動いてくれた!わたしから動く必要もなかったね!」

 

「良いの?こんなことしちゃって……」

 

「良いんだよ!あいつとはいろいろあったからなあ。決着つけなければいけないと思ってたんだ」

 

「……私達の祈願を優先してくれるなら私は何も言わないよ」

 

「ああ、勿論さ。あんた達だけじゃなく全ての弱者の祈願を達成させることを誓うよ姫さま」




正邪終了のお知らせ


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depth.225輝針城(連奏篇)

基本私は怒るということをしない。というのも元々感情の振れ幅が小さく怒りの感情が湧きにくいというのもある。だけれどそれとは別に、性に合わないだけだったりもする。だけれど流石に怒りという感情はあるのだ。まさに今がその状態なのだろう。正邪に怒りを覚えたのがこれで3回目。もうさすがに許さない。ちょっと痛い目に遭わせて裁きを受けさせないといけない。

 

気持ちとしてはお空も同じなのだろう。

怒りの感情が滲み出ている。八咫烏の力は大幅に失っているとはいえそれでも彼女にはまだ手に余る。怒りでその力を暴走させなければ良いのだけれど。

 

紫が気を利かせて地上まで送ってくれた。地上の方も妖怪が暴れていると言っていたけれど紫が送ってくれたところは比較的静かだった。どうやら暴れている妖怪は天狗の里とか人里とかそういうところに集まっているらしい。

だとすれば私としては大助かりだ。でも正邪がこれを想定していないなんてことはない筈だ。なんだかんだ彼女は策士なのだ。

絶対に仕掛けてくるはずだ。

 

 

 

 

案の定簡単に行かせてくれるはずもなく、向こうから奇襲戦を仕掛けてきた。

でも覚り妖怪に奇襲戦は成功しづらい。それこそ予測不可能な無意識からの攻撃でも無い限り成功なんてしない。久しぶりに外に引っ張り出したサードアイはその能力を余すことなく使い全ての情報、嫌悪、怒り、喜びを読み取っていく。

ここにいる妖怪達はみな正邪の甘言に惑わされたのだろう。ある意味では被害者なのかもしれない。でも……

「邪魔です」

お空が制御棒の先端に搭載された砲口からエネルギー弾を撃ち出した。

私も後方から攻撃しようとしてきた妖怪達のトラウマを呼び起こし撃退していく。

「私は今すごく怒っているの。私の進路を妨害する子は何人たりとも許しはしない」

たとえ被害者なのかもしれないけれど邪魔をするなら容赦はしない。それに被害者だろうとなんだろうと傷つけようとする奴は断じて加害者である。もちろん私もお空も……

飛びかかってきた妖精を蹴り飛ばす。両側から飛びかかってきた犬の妖怪をそれぞれ殴りつけて叩き潰す。お空の方も接近戦に持ち込めば勝機があるとでも考えた妖怪達を片っ端から地面に叩き伏せていた。

 

一部は私達に恐れをなしたのか逃げ出した。まあ、元々戦いには弱い妖怪ばかりですからね。暴れているのも、対象が人間や妖精などの格下相手だったりというのがありいざ本気で勝負するとなればこうなってしまうのは明確。

でもそれは真っ向から戦った場合だ。基本人ならざるものたちは力を持つものほど力に頼っていく癖がある。ある意味脳筋なのだ。

まあだからと言って弱小妖怪と呼ばれている彼ら彼女達が知恵があり強いかと言われてみれば首を傾げざるをえない。幻想郷が独特のルールで成り立っているからなのだろうけれど。

「うわわ⁈さとり様!」

しかしここまで暴れている妖怪達に手を焼いている主な原因はこれだった。

立ち止まった私を追い越したお空はみごとに足を絡めとられ宙吊りにされた。さらに厄介なことにそれは麻縄だった。

「いだああああい‼︎」

麻縄は妖怪にとっては超強力な溶解液のようなものなのだ。触れたら溶ける。素早くお空の足に絡み付いた麻縄を刀で切り裂く。同時に背後からの攻撃。避ける時間はない。体を捻って左腕を妖弾にぶつける。

爆煙が一時的な目隠しになってくれたからか追撃は一旦止まった。

「罠ですか」

妖精が悪戯をするときに使用する罠とはまた違う。相手を本気で倒す為のブービートラップ。それもかなり細工されている。

それを卑怯だというつもりはない。私だって弱い方の妖怪なのだ。だから罠や道具に頼っている。最終的に生き残れば良かろうの精神だからだ。

だけれど普通の妖怪達は戦いにおける卑怯を嫌う傾向にある。だからか想定したことがないのだ。こういう罠に!

 

お空に向かって攻撃しようとした妖怪を銃で撃ち抜く。

甲高い悲鳴がして痛みに悶えているのかかなり暴れているようだった。まあ死ぬ事はないだろう。保証はしないけれど。

お空もようやく応戦。飛びかかろうとしてきた妖怪のお腹を拳で貫いた。

 

「お空傷を見せて」

 

周囲に襲ってきそうな存在がいなくなったのを確認してからお空の傷の手当てに入った。

幸い傷は足首の火傷だけだった。どうやら麻の品質が悪いみたいだ。まあ麻はきちんと育てるのは難しいものですからね。

上品質なものは神社に奉納されますし。

でももしこれが神社で使われるような代物だったらお空の足は今頃骨のところまで溶かされていただろう。まあそんなもの妖怪がまともに取り扱うことができるはずないのだけれど。

 

まあ今回は火傷で済んだのだ。それで良しとしましょうか。

傷口が悪化するのを抑えるために冷たい水をかけ、布切れを巻いておく。肌に跡が残らないかが心配だったけれど足首くらいならなんとかごまかせるだろう。

「歩ける?」

 

「ん……大丈夫です。でも罠なんて使ってくるなんて」

 

「それだけ必死って事よ。あるいは滑稽と言うべきかな少なくとも足止めを狙っていたのだとしたら成功でしょうね。それに罠というのは相手にあると認識させるだけで効果があるのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、例えば罠を使ってくるって認識を持っている場合その罠が罠じゃなくて罠に見せかけた偽物だったら?」

 

「罠を解除するのに労力が要るのに偽物かどうかの判断までしないといけないのはちょっと……」

 

「ほらね。偽物でも効果抜群でしょ」

それにしてもゲリラ戦なんてどこで覚えたのだろう。

 

 

 

遠くの山肌に紛れ込むようにして小さく見える逆さ城。今はまだ輪郭だけしか見えないけれどもう少し近づけば見えてくるはずだ。森の中を歩くのは危険だと判断したため、空の上を飛んでいるけれどこれはこれで相手から姿が丸見えになってしまっているから存在を知らしめてしまっている。それでも向こうだってわかっているはずなのだ。ならば最短距離を進むのが道理だ。

「霊夢達はどこにいるのかしらね。出来れば出会いたくは無いのだけれど」

周囲に霊夢達の姿は見えない。時々天狗の里の方から爆発音が聞こえてくるだけだ。

「どうしてなんですか?」

 

「私はただこいし達の救出と正邪への制裁がメインなの。霊夢達異変解決を目的とした人達とは齟齬が起きるわ」

そう、私は別に異変解決を望んでいるわけではないのだ。ただ助けたいだけなのだ。

「確かに……でもだったらついでに異変も解決しちゃえばいいんじゃないですか?」

 

「事はそう簡単じゃないのよ」

それに私じゃ誰も信用しないだろう。覚り妖怪なのだから。

お空ならまだどうにかできそうだけれど誤って全部吹っ飛ばしちゃいそうで心配。霊夢達も似たようなものなのだけれどね。

 

「まあ行き先は同じなんですからいつか会いますよ」

お空の言う通りね。

「……そうね。会ったら会ったとき考えましょう」

私のその一言は、お空には届かなかったみたいだ。靄の向こうに輪郭だけを浮かび上がらせていたそれがはっきりと現れたのだ。

 

「あれね…」

知識として知っていたけれど本物を目の前にすると流石に圧倒されてしまう。日本の城ではあるけれどどの城にも似つかない外見。風格だけは日本の城に近いそれは、上下を反転した状態で天守閣を地面に突き立て聳え立っていた。

「本当に城が逆さまだ」

お空も目を丸くしてその異様な建築物を見ていた。せっかくだしピラミッドとチェイテ城をプラスしましょう。中々絵になると思うわ。

「なんだか見ていて変な気分になってきたわ」

 

「私もですよさとり様」

 

やっぱり視界に悪い。それになんだか視界がチカチカしてきた。

これが向こうの策略だとしたらすごい効果ですよ。

 

「あそこにこいしとお燐がいるのね…」

だとしたらうかつにあの城を破壊するのはやめたほうがいい。絶対罠仕掛けているでしょうけれど黙って入口から素直に入るしか無いのだろう。

「行きましょうお空」

 

「あ、待ってくださよさとり様」

 

 

入り口がどこかわからないのではないのかと不安になったけれどちょっと親切なことに天守閣近くに入口が作られていた。これを潜ってすぐ罠にかかるという可能性もあるから警戒していたけれど拍子抜けするほどあっさりと通過してしまった。

「意外と素直なんですね」

 

「罠が効かないと思ってるわけではなさそうね」

 

実際入ってすぐのところにワイヤートラップが仕掛けられていた。

危うくお空が踏んで作動させるところだった。

 

室内は外観と違いちゃんと上下正しい方向に向いているように見えた。でもそれはこの城の一面だけであって、すぐに床が歪んでいたり旋回したりと複雑怪奇な空間が現れた。

重力さえもねじ曲がった空間。ああ気持ち悪くなってきたわ。

 

そう思っていると、廊下の角からビームが放たれた。廊下の端に回避。あまり避けるスペースがないのが室内戦の厄介なところだ。

 

「攻撃⁈」

今までしてこないというのが不思議でしたよ。

「そりゃそうでしょうね」

さてどうするか……

第二射。次は展開した障壁で防ぐ。見た目に反して威力はそこまで強くないらしい。

「きゃあ⁈」

お空の悲鳴。そっちに意識を飛ばすと、薄い壁を突き破って数人の妖怪がお空を押さえつけていた。

「離してっ‼︎この‼︎」

ちょっとそこの腕、胸揉んでるじゃない‼︎その腕は別に切り落とす事にしましょう。

「お空!その位置から動かないで!」

妖怪達の体は壁の向こう側にあったけれど、それで攻撃が無効化するかといえばそんなことはなく、私の作り出した大きくて太い針のような妖弾は壁に焦げ目のついた穴を開け、向こう側で炸裂した。

 

爆圧で壁が圧壊し、吹っ飛ばされたお空を抱き止める。

帰ったら室内戦の練習しましょうか。

 

「畜生‼︎」

壁の向こう側から声がした。どうやらまだ元気なやつがいたらしい。

さてどうするべきかしらね。

ちょっとは話し合ってみましょうか。気まぐれというのは時に厄介だ。

 

「さてさて、暴れていたのはあなた達ですかね?」

 

あー…生まれながらにしてのこの上下関係がどうとか自由がどうとか。さらには紫によって管理された世界じゃないか云々。一気に流れ込んできた。

話さなくても全然よかった。そうだ私は覚り妖怪なのだから。これが普通なのだろう。

騒々しい悪意が飛び出す前に瞳を隠す。これ以上余計なものは見なくていい。心を自ら壊しに行くのはただの自殺だ。

まあ共感ができないわけでは無い。私だって相手がどんな気持ちなのかを推し量ることくらいはこの状態でも出来る。

「生き物とは生まれながらにして不平等なもの。平等な生き物なんて存在しないのよ。その不平等さを受け入れて生きていくしか無いの」

もし私がただの人間だったら…人里から一生出ず生きていたかもしれない。もし私が貴方のような立場だったら、背伸びせずそれなりの生き方をして一生を過ごしていたかもしれない。

そういうものなのだ。1人2人が嫌だ嫌だと駄々をこね暴れたところで何も変わらない。世界なんてそういうものだなのだ。

まあ団体行動をしてそれなりの意思を示そうとしたその心意気は否定しませんよ。興味ないですけれど。私も妨げられる存在だろうって?私達に共感はしないのかって?

残念だけれど私は記憶を読み取ってそれなりに苦しみを理解することはできるけれど私はあなたでは無いからその苦しみの本当の辛さを知らないしあなただって私の苦しみなんて理解できないだろう。

いくら覚りであってもそんなものなのだ。他人が他人を理解するなんて絶対に無理なのだ。断言しよう。

 

美しくも残酷に廊下を埋める弾幕。それに紛れて飛びかかってきた新手を切り裂く。鮮血が飛び散り、服を汚した。

どうやら私にとって弾幕ごっこは、とてつもなく性に合わないらしい。

「卑怯…もの」

 

「卑怯で結構」

目の前で仲間が蹴散らされ、流石に堪えたのだろう。でもよかったじゃないですか。死なないだけマシと言うものですよ。

いや即死じゃないだけマシだろうか。

「行きましょうお空」

呆然としていたお空の手を取り先へ進む。

「さとり様…よかったんですか?」

 

「貴女の胸を揉んだ手だったら八つ裂きにしておいたからもう平気よ」

 

「いやそうじゃなくて……あの妖怪達そのまんまですよね?何か制裁とかしないんですか?」

「制裁しにきたんじゃ無いって言ったでしょ」

「そうですけれど……」

「制裁なんてものは紫や霊夢がするものよ。私達は善じゃないし正義でもないのよ」

「難しいですよ。だって悪いのは向こうじゃ…」

「向こうが悪いのは当たり前だけれど私達が正しいと言うのは当たり前じゃないでしょ。だから制裁も要らないわ」

納得してくれただろうか……

「……分かりました」



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depth.226輝針城 (入場篇)

異変というのは私たちからしたらいきなりなんの脈絡もなく唐突に始まるものだけれど、その異変は少しだけ違った。

日常のちょっとした違和感が増大されておこったと言った方が良いようなものだった。

 

最初の違和感は道具の位置がずれているという些細なものだった。それも全部というわけではなく、私が普段使用しているお祓い棒に限って。

最初は付喪神かと思ったもののそういう気配はなかった。でも異変というほどでもなかったしそのまま放置。

その次の違和感は神社の周囲や人里の見回りの時。普段より出くわす妖怪が多いことだった。それも強いやつかと言われたらそういうわけではなく、普段だったら私の姿を見て真っ先に逃げ出すような臆病者ばかりだ。

この辺りで気づいていればよかったの。あの時ならまだ間に合ったかもしれない。深くは考えたくないけれど異変を事前に防ぐのも巫女の役目の一つだったりする。

まあそれは難しいから対応が後手に回っているのだけれどね。

 

事態が深刻化したのはその2日後。最初の一報は人里からの早馬だった。連絡に馬が使われる事態というのは本当に急な事で、実際その馬に乗っていた男も馬も深手ではないにしろ傷を負っていた。

話を聞くに一部の妖怪達が人里を襲撃しているらしい。今はまだ持ち堪えているものの事態が事態なだけあって巫女を呼んだそうだ。だけれどそれ以上の詳しいことはわからなかった。

 

そもそもそれとは別にこっちはこっちでちょっと問題が発生していた。

というのも今腰に縛り付けているこのお祓い棒が暴れ出していたのだ。縛り付けているから動きは封じられているものの、さっきまで飛び回ったり勝手に攻撃したりとかなり手を焼いていたのだ。

 

「まいったわね……」

お祓い棒がこんな感じじゃ使い物にならない。いや使おうと思えば使えるかもしれないけれど私にとっては迷惑極まりない。

男と馬に手当てをしていると、神社の入り口の方で魔理沙の声がした。

「大変だ霊夢‼︎妖怪が暴れて色々と大変な事になってやがる!」

どうやら魔理沙の八卦路も私のお祓い棒と同じで意思があるらしい。怒っているのか腰に装着された状態でも軽く火を拭いていた。熱くないのかしら?

「ねえ魔理沙その八卦路どうしたの?」

 

「これか?なんかさっきから意識が芽生えたらしくてな。まあ火力が跳ね上がったから全然嬉しいんだけどな」

ふうん…これはやっぱり異変ね。しかしいったいどういった異変なのかしら。まあ勘でどうにかするしかないか。いつもどおりに……

 

「相手は何?天狗かしら」

組織的に暴れているということはそれなりの数が必要だし協力な指揮が無いと上手くいかないって母さんも言っていた。そこの線からちょっと考えてみましょう。

「いや…弱っちい奴らばっかりだ。むしろ天狗は事態収集に動いているけど」

あらそうなの?

てっきり天狗とかが主導しているのかと思ったら違うのね。だったら……

「さっさとぶっ殺しに行くわよ」

 

「取り敢えず襲ってくるやつ種絶やしにすれば問題はないでしょう」

 

「流石にそれは暴論すぎるだろ。まあ襲ってくるやつには資格ないけどな」

 

じゃあ決まりね。お祓い棒がちょっとうざいけどこれくらいは我慢しましょう。もしかしたら気が変わって助けてくれるかもしれないし。

 

私がお祓い棒に意識を向けていると、魔理沙もそれに気づいたらしくお祓い棒について聞いてきた。

「ところでお前のお祓い棒大丈夫なのか?」

 

「大丈夫って何が?」

 

「そんなぐるぐる巻きにしちゃって、いざと言う時すぐに取り出せないだろ」

ああ、確かにこれじゃあすぐに取り出せないかもしれないわね。でもお祓い棒がなくても私は戦えるしそんなに問題ではない。まあ多少は力が制限されるかもしれないけれど誤差の範囲よ。

「勝手に暴れだすから仕方がないじゃないの」

 

「なんだ。それも意識あったのか」

当たり前よ。全部が全部意思を持っているわけじゃないだろうけどね。

「これも異変のひとつなのかしらね……取り敢えずまずは人里にいきましょう」

男も必死に助けてくれと懇願していた。正直人里には寺があるしその寺と意地張っている神なんだか神じゃないんだかよくわからない奴もいるしそれに慧音だっているから平気だと思うんだけどさ。

「そっちに異変の主がいるのか?」

 

「いいえ、ただの巫女の仕事よ」

でも顔出しくらいはしないとお賽銭入れてくれなくなっちゃうわ。

 

 

 

思った以上に人里は苦戦を強いられていた。

全包囲されてしまっているというのもあるけれど普通だったらそんなことすれば戦力の分散を引き起こして各個撃破されると思うんだけど。

どうやら数が多すぎるらしい。各方面での処理能力がパンクしているみたいだ。結構な数で攻めてきているのねえ。

 

「あーらら随分と苦戦してるみたいだな」

でも空を飛んでいる妖怪は少ない。大半が飛べない妖怪なのだろう。おかげでこちらの方までは意識が回っていないらしい。まあ…寺とかあるし大丈夫な方は大丈夫なのだろう。

「そうね……あ、まずいわ東側が抜かれたわ」

だけれど綻びというのは結構簡単に生まれてしまう。私たちの目の前で東側の門が破壊され、妖怪たちが流れ込んだ。

中には鬼なども交ざっている。

あれじゃ人に被害が出るわね。それだけは防がないと。

「じゃあ援護行ってくるぜ。霊夢はそこで見てなって‼︎」

 

そう言って魔理沙が人里に流れ込んできた妖怪達に頭上からマスタースパークをお見舞いした。

あれは一方的ね…

 

ほぼ奇襲という形になった為か一撃でほとんど吹っ飛んだ。大通りで固まっていたというのもあるのだろう。空から魔理沙が攻撃してきたことで妖怪の大半は怖気づいたのか慌てて逃げ出した。

根性ないわね……天狗だったらもうちょっと組織的に動いて的確に対処するわ。って事はこいつらは大した奴に操られているわけでもなく。半分烏合の衆な訳ね。

「……圧倒的ね」

 

「弾幕はパワーだ‼︎」

 

違いないわ。

じゃあ私も仕事しますか。めんどくさいけれどこれもお賽銭のため!

 

妖怪退治のお札はたくさん持ってきた。余すことなく持って行きなさい‼︎

人里を取り囲んでいる妖怪たちの頭上から撃ち下ろすように大量のお札を投擲。

下で悲鳴や怒号が聞こえてきた。

一匹一枚で動きを封じ、力が弱い妖怪はそのまま退治ができるお札なのだ。今ここにいる妖怪の大半はあっさりと力尽き消失が始まっていった。

持ってきたお札の半分も投擲していないにもかかわらず近くの妖怪はほとんどいなくなっていた。

 

一部の飛べる妖怪が空に飛び上がろうとしてきた。お祓い棒がそれに反応したのか激しく暴れ始めた。

「もしかして戦いたいのかしら?」

私の問いかけに反応することはなくただ腰から抜け出そうと必死に動き回っている。仕方がない。鬱陶しいから解放してあげましょう。ただしあくまでも私が使うんだからね。

 

 

縛っていた紐を引きちぎりお祓い棒を握る。

相変わらずの暴れっぷりだけれど攻撃性はない。むしろこれは……

力が余っている?

 

目の前に迫った猿のような妖怪に向かってお祓い棒を突き出す。

放たれた霊力が束となってお祓い棒の先端を包み、光の線が妖怪の体を貫いた。

 

力が抜けたように猿のような妖怪は地面に向けて自由落下。

随分と威力があるのね。使い方によってはまあ有用かしら……でも加減が難しいのが難点ね。それさえなければ……

「なーんかあっけないな」

 

「あっけないというか…戦い慣れしてないのかしら」

一部は先に気付いて回避していたけれどほとんどは回避するどころか気付く前に全部終わった。

「烏合の衆でもここまでひどくはならないだろ。これじゃ射撃練習だ」

 

「違いないわ。まあ仕事はしたから私たちは他を当りましょう」

 

「なあ霊夢、あれはなんだ?」

魔理沙がそう指を指す方向には、モヤのかかった山肌に何か変なものが出来ていた。

「あれ?ふうん……逆三角形の何かみたいね。ちょっと遠すぎてよく分からないわ」

ここからでは影になってしまっていて見えないし変に霧も出てきているせいで視界がよくない。勘はどうやらあそこに何かがあると言ってきている。だとすればあそこが今回の異変の元凶なのだろうか。

 

「ここらへんの妖怪片付けたらあそこに行ってみましょう」

まあ、どうせあそこに行くのは確定しそうだし先に周りの妖怪を片付けてから行っても問題はないだろう。文句は言わせない。

「別に私はここの妖怪なんかどうでも良いんだがな」

だけれど魔理沙は乗り気じゃないらしい。まあ勝手にしなさい。あんたに強制させるつもりはないから。

「じゃあ一人でいってらっしゃい」

 

「いいのか?じゃあ遠慮なく行ってくる‼︎」

好きにしなさい。もしかしたら魔理沙が先に解決してくれて私の仕事が減るかもしれない。そうなったらさっさと帰ってのんびりできる時間が増える。

 

魔理沙一人では少し不安だけれど実力がないわけじゃないから大丈夫だろう。万が一があってもあいつはあいつなりになんとかするはずだ。

 

「じゃあ一仕事しますか」

 

 

 

寝ているときに無理やり起こされると、私にとっては気分が悪くなるからとても嫌なもの。それでもたまに私の気分を害しにきているのか寝ているところへ無理に起こしてくるヒトっていうのは存在する。なんでだろうね?私はわざわざ起こさないでって立て看板を立てているのにさ。

しかもそういう時はむすっとした表情になるから良い顔取ろうとか思っている記者とかも流石にそんなことはしないよ。

しかも今回叩き起こしてきたのは複数人。うーん妖精の悪戯かなあ。だったら追いかけっこして遊びながら鬱憤を晴らすんだけどね。お姉ちゃんは良い顔しないけれど楽しいから仕方がない。

 

「私の眠りを邪魔するのはだあれ?」

 

「あんたがこいしだな?」

 

「知らないヒトにあんた呼ばわりと呼び捨てはないんじゃないかなあ…」

嫌な気配だなあこの人たち。でもサードアイ出して本心を覗こうにもなんか嫌な気分になりそうだから嫌なんだよなあ……

「黙ってきてもらおうか」

 

「それは人攫いかな?それとも遊びのおさそい?」

家の屋根の上で仰向けになっていた体を起こし改めて彼らを見る。

ふうん…狼の半妖とまだ人の形を取れない妖怪二人かあ。

「人攫いに決まっているだろ!」

声を荒げて言わなくたって聞こえるよもう…耳に悪いから怒鳴らないでよ。工事現場じゃないんだし。

「じゃあ断る。私は攫われるほど安くはないの」

 

「良いのかあ?今動いたらこれが突き刺さるぜ」

背中に押し当てられたそれはまごうことなく刃物類。金属特有の冷たさが布越しに染みてきた。

 

「うーんそれはそれで困るなあ……」

お姉ちゃんみたいに傷の治りが早いとか痛くなくなっちゃうとかそういうのは私には無い。物が刺さったら痛いし斬られても痛い。そして痛いのは大っ嫌いなの。

じゃあ素直に従うかって?それだって嫌だよだって私は何者にも縛られたくはないからね!

「だったら……」

 

「だったらここで全員倒せば良いんだよ‼︎」

 

後ろで刃物を突きつけていた妖怪に肘打ち。後ろにいる時は頭とかそういうのを不用意に近づけちゃダメだよ。

顔に肘打ちが決まったようで、背中に当てられていた刃物が離れた。

そのうちに体を前に押し出し半妖の子のお腹に頭突き。

お腹はねえいくら鍛えても弱点なんだよ内臓が色々集まってるのに肋骨みたいなのが無いからさ。衝撃がもろに内臓揺さぶるのよ。私もお姉ちゃんにやられた時は痛くて立てなかったわ。

もう一人が少し離れた位置から攻撃しようとしてきたら素早く妖弾を1発お見舞い。派手な爆発と一緒に屋根から吹き飛ばされて落ちていった。

受け身取れたかな。まあ良いや気にしない気にしない。

 

「こいし‼︎屋根の上かい⁈」

此の子たちどうしようかなあとか考えてたら家の中からお燐の声が聞こえてきた。

「あ、お燐。そうそう屋根の上だよ」

 

「今そっちに行くから待ってておくれ」

お燐の声を聞いて安心しちゃったのか周囲の警戒を怠ってしまったのが間違いだった。

一瞬空を裂く音がして、振り返ろうとする前に首筋に何かが刺さった。

その瞬間体から力が抜けたような……急にだるくなり始めた。意識も朦朧とし始めて体の上下感覚が狂う。

それでもその場から離れようとお燐の声のする方向に体を動かした。もうめちゃめちゃだった。

「こいし?こいし‼︎」

お燐の声が聞こえていたけれどそれもだんだん鈍くなってきた。

気づけば目の前が真っ暗になっていて、駆け寄ってきたお燐に抱き抱えられたって感覚を最後に意識が途切れた。

 

 

 

 

「おいおい、天狗でも数秒で眠る劇薬だぞ。あいつ一分も行動してやがった」

 

 




さとりの流儀

殺さず無効化するには腹パンが便利。お腹は弱点が多く面積も広いから比較的容易に狙える。困ったらまずお腹を殴ろう。
逆にここをやられないようにするには体を相手に向かって縦にする事で投影面積を減らしなるべく弱点を相手に見せつけないようにすること。


此のため山で警戒する天狗達は侵入者への対処の時はよく腹パンをするそうだ。
特に魔理沙相手に。


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depth.227輝針城(休息篇)

あたいが屋根の上に飛び乗ったとき、丁度こいしの首筋に何かが突き立てられているのが見えてしまった。一歩遅かった。さとりはこれを予兆してこいしと早めに合流してと言っていたのに……

「こいし?こいし!」

すぐに駆け寄りふらふらの彼女を抱き抱える。まだ動けてはいるけれどどう考えたって普通じゃない。さっきの針に何か仕込まれていたな。

「お…お燐?」

異様な体の震え、開いてしまっている瞳孔。抱きしめているにもかかわらず反応しない体。

「麻酔…⁇」

即効性の高い麻酔だと言うことしかわからない。危ない、あたいが間に合っていなかったら屋根から転げ落ちて大怪我をしているところだったよ。

「っ‼︎」

若干の物音。

それに気付いた時には既に遅くて、気づけばあたいの背中にはさっきのよりも少し大きな針が突き立てられていた。こいしを抱えた状態じゃ満足に動けないって狙ってか‼︎かなりのやり手だ。だけれどまだ麻酔が効いてきてる予兆はない。直ぐに体を上げ、こいしと一緒に屋根上から降りる。

地面に降りた瞬間、視界が急に回り始める。体全体が急に動き辛くなった。

嫌な汗が急に吹き出し、体に寒気が走る。これ本当に麻酔なの?何かの毒物じゃないの?

「おうおう、さとりじゃなくてあんたとはなあ。まあ良いか。計画変更なしっと…」

耳鳴りがし始めた耳が誰かの近づく足音をとらえた。重い体を引き摺るようにそっちを振り向けば、そこには、黒髪に白と赤のメッシュが混在した頭に小さな二本の角を持つ正邪がいた。

その手には銃身の長い、狙撃銃のようなものを手に持っていた。おそらくそれでやられたのだろう。見下すような嘲笑うようなその表情に、フラフラだった体が反応してしまう。こいつだけは……こいつだけはぶん殴りたい。

「き、貴様ああ‼︎」

その顔に貼り付けられた笑みがどうしようもなくムカついて、麻酔で混乱する頭に怒りを生み出した。

 

下半身に力を入れて無理やり体を立たせてあいつの顔に拳をねじ込む。麻酔で感覚が麻痺しているからかどうなっているのか分からなかった。だけれど鈍くなった腕でも確かにそいつを殴った感触だけは伝わってきた。

まさか麻酔で動きが鈍っている相手が殴ってくるとは思わなかったのだろう。

ザマアミロだ。

 

 

 

 

「クソっ…なんで麻酔打ったのに動けるんだよ。これ即効性の高いやつだぞ?」

確かに体に回るまでに多少の時間はあるかもしれないが……こいつら恐ろしい。あークソっ。口の中切っちゃったじゃねえか。

ドン引きだよほんと…

 

もう流石に動き出したりしねえよな?怖いから早めに運んでおくか。

「おーい、伸びてないでこいつら運ぶの手伝えや」

 

「大変です!人里の奴ら壊滅しました!」

ああああもう‼︎やっぱりダメだったか!

畜生…予め仕込んでおいた悪魔と協力して内部と外部両方から同時攻撃するつもりだったのに何故か悪魔のやつ召喚直後に全部摘発されちまったし。畜生…予定が狂っちまうよ。プランBだ!

 

 

 

 

 

 

空を飛んでいるというのは簡単そうで普通の人からしたら普通ではないらしい。私は昔から当たり前にできたし私の周りにいる奴らもみんな空を飛べたのでそういうものだと思っていた。でも実際には全然簡単なものじゃなかった。それを身を以て知ることになる。

 

 

 

先に行くと言っていた魔理沙だったけれど狼みたいな妖怪に苦戦していたせいかのんびりしていた私の方が追いついてしまった。どうやらその前にも頭が浮遊する妖怪と戦っていたらしい。そんなことで随分と足止めを食らっていたようだ。

一旦引きなさいと魔理沙を後ろに戻そうとする。意外と素直に魔理沙は引き下がってくれた。

「大丈夫なの魔理沙?」

よく見れば弾幕が掠ったのかいくつか傷ができていた。服も擦れたのか一部ほつれたりや抜けたりしている。裁縫道具貸す羽目になりそうね。

「ああ大丈夫だ。だがあいつすばしっこいし木々の合間に隠れるからなかなか攻撃できねえんだよ」

へえ……地形をうまく利用しているのね。

「森での戦闘あんた苦手だもんね」

普段森に住んでるのに不思議なものよね。

「なんだ霊夢も挑むのか?」

挑むかどうかって言われたら邪魔してくるなら挑むけど。

「この場で突っ立ってあんたが勝つのを黙って見ているわけにはいかないでしょ」

だけれどさてあの狼と向かい合うってなった瞬間体から何かが切れたような音がした。それと同時に体も重たくなった。足が地面から離れない。

「あ、あれ?」

おかしい。これは絶対おかしい。

「どうしたんだ霊夢?」

頭がぐるぐる変に周り混乱してしまう。何度もジャンプして、字面に降り立ってしまう。普段なら飛べるはずなのに。

 

「おかしい…飛べなくなってる」

え?え?どういうことよこれ。

いくら体を飛ばそうとしても体は少しだけ地面から離れるだけですぐに戻ってしまう。これじゃただのジャンプだ。普段なら流れ出すはずの霊力が全く流れようとしない。もしかして…

ああ良かったスペルカードの方はどうにか動かせる。でも霊力を注ぎ込む無双封印や夢想転生は無理みたいね。まあこの二つはなかなか使うものじゃないからそこまで問題じゃない。飛べない方が大問題だ。

どうしよう。どうしよう。

今までそこにあったものが急になくなる。その恐怖がどういうものなのか今身を以て知ったわ。不安で仕方がない。わからないということが怖い。

「飛べない?私はまだ飛べるけどな……」

 

「……霊力か何かに干渉する結界が張られているのね」

そう思い込んで無理やり納得することにした。魔理沙の前で焦りなんて見せられないし。こうするしかなかった。

でもさっきまで普通に跳べていたしそんな結界があるのなら私が気づかないはずがないんだけれど…

「あーこりゃわたしには解除できそうにないな」

そうね。魔理沙に結界の知識は全くないでしょうからね。

「困ったわねえ……」

すぐ近くには妖怪がいる。飛ぶ能力と一部のスペルカードが制限されちゃっている状態じゃちょっと厳しいものがある。お祓い棒もまだ慣れてないから操りきれないし。

 

「まあ私はなんとか飛べてるし一人くらいならなんとかできるがどうする?金はもちろんとるけどな」

箒の後ろに乗れってこと?別に嫌じゃないけどうまく乗らないとそれ痛いじゃない。

「何よそれ…」

嬉しい誘いだけれど…魔理沙の後ろって振り回されそう。

「相乗り馬車ならず相乗り箒だ」

相乗り箒ねえ。確かに地上を進むより早そうだ。それにさっきの狼がいつ襲ってくるかわからないしちょうどいいかもしれない。

「しゃくだけど仕方がないわ。後であんたを倒して金目のものをむしり取れば良いだけだし」

 

「そりゃ酷いって」

 

「だったらただで乗せなさい」

 

「へいへわかりましたよ」

 

木々の合間から物音がして、さっきの狼娘が飛び出してきた。そいつの手にはスペルカードが握られていた。

「ほら乗れ‼︎」

 

「はいはい‼︎」

 

激しい光を放つお札を放って素早く放棄にまたがる。同時に箒が宙に舞った。スペルカードを放つタイミングを完全に見失った狼娘が再び木々の中に消えた。

「撒いたのか?」

「どうせまた攻撃が来るわよ。下方注意!」

案の定、私達が飛び上がってすぐ下から弾幕が飛んできた。妖力からしてさっきの狼ね。

 

直ぐに追尾札を放つ。こいつらは私の霊力を入れなくても内蔵してある霊力で動かすことができる。

下方から飛んできた弾幕にもしっかり対応してくれた。だけれど回避行動をするにはまだ速度と高度が足りない。

じゃじゃ馬お祓い棒を解き放つには距離が全然足りないし…まいったわ。

こいつ弾幕は嫌いなのか避けようとするし。ちょっとは身を挺して守るって事をしなさいよ!

 

追尾札だけじゃ対処しきれない量の弾幕が解き放たれた。下が色鮮やかな弾幕で埋め尽くされる。

だけれどその頃にはこちらも十分速度に乗ったらしい。急に体がほうきに押し付けられた。ちょっと待って痛い痛い‼︎痛いじゃないの‼︎

急な旋回で視界がブラックアウトしてしまう。霊力である程度抑えこめていたのが使えないから辛い。

「ああもう‼︎普段より重い!」

視界が目まぐるしく変わり、頭上に木々が見える。と思ったら今度は斜め横に地面がずれて、近くを弾幕の放出する熱が通り過ぎていった。体が予想だにしない衝撃で振り回される。自分で飛んでいるわけじゃないから気持ち悪くなってきたわ。

「後方銃座と監視員がいるって思えば軽いもんでしょ‼︎右後方くるわよ!」

ともかく後ろから来る攻撃の情報を教えないといけない。

スペルカードが放たれたのだろう。あたり一面が弾幕で埋め尽くされた。

下からだけではない。上下左右だ。

「厄日だああ‼︎」

弾幕が降り注ぎ空間失調が起こる。どっちがどっちなのかもうわからない。

「厄神様でも探してくる?」

そういう問題じゃねえええ!と叫び声を上げながら、弾幕の合間をすり抜けていく魔理沙。

すぐ近くを熱風が通るたびに近接爆発をして体を煽る。

危なっかしい…これだったら私は地上に降りておくべきだったかしら?でも地上は絶対に危険だろうしやはり飛んでいる方が正解か。飛べないというのはここまで辛いのね。

 

暴れるお祓い棒を駆使して強引に迫ってくる弾幕を切り捨て、防いでいく。こいつの使い勝手もそろそろ慣れてきた。ちょっとは手を離してもすぐに戻ってきてくれる様にもなった。もしかしたら勝手に戦ってくれるかも。

 

そう思い思い切ってお祓い棒から手を離す。するとどうだろう。お祓い棒が勝手に狼の元に向かって行った。

追い回しているのかは知らないけれど木々の合間で何かが繰り広げられたらしい。しばらくすると狼娘が木々の合間から飛び出してきた。丸見えになってしまえばこっちのものよ!

「魔理沙、出てきたわよ」

 

「お‼︎ナイスだな!」

魔理沙が腰から八卦路を引き出した。時折火を吹くそれを構えた魔理沙は弾幕の隙間に入り込んだ。

「逃げ回るのは私らしくねえ!やってやらあ‼︎」

魔理沙が反転。速度を緩めた。世界が回転して、気づけば後ろを向いていた。

一瞬だけこちらが無防備になる。それを逃すほど相手は甘くはない。

素早く私がお札を使い魔理沙の前に障壁を張る。霊力の結界で供給ができないからお札が持っているその効果だけしか使えないけれど今はそれだけで十分だった。

「外さないでよ魔理沙」

向こうは森の中に戻ろうとしているけれどお祓い棒が邪魔をしている。なんだかんだいい感じに動いているじゃないのあいつ。

「任せときな‼︎」

度重なる被弾で障壁が砕け散った。だけれどこれで十分。

「マスタースパーク‼︎」

そのタイミングでチャージを終えたミニ八卦路が火を吹いた。

普段よりも格段に多い魔力量と火力。

なるほど、確かにこれは道具様様ってやつね。

 

普段より火力アップしたその太い光は迫って来ていた弾幕を吹き飛ばし、逃げ出そうとした狼娘を容赦なく飲み込み吹き飛ばした。森の合間に着弾したエネルギーがその場で爆発し、一部の木々を消しとばした。それでも死んではいないらしい。よく見ればヨレヨレしているけれど逃げ出していた。

「あはは‼︎環境破壊は気持ちいいなあ」

何アホなこと言ってるんだか。どこかの大王じゃないんだから。

 

「運がいいかもな。あれで死ななかったのは」

木に体をぶつけていたから絶対怪我していると思ったんだけど。それでも元気そうねあいつ。でも戦意喪失してるあたり無傷ってわけじゃなさそう。

「追撃する?」

 

「いらんだろ。そんな時間ないし」

あっけらかんと言う魔理沙。そういえばアイツを倒すのは邪魔をしていたからであって別に邪魔してこないならどうでもいいやつだった。

「そうよね」

まあこれに懲りたらうかつに襲ってくる事はないでしょうね。

 

「じゃあちゃっちゃと先に行こうぜ」

 

その後も地上から攻撃は行われてきた。その度に進路を変更したり私が迎撃したりとなんだか忙しいことありゃしない。

だけれどあの城に近づくにつれてだんだん体が軽くなってきて力も戻ってきた。

途中からは普通に飛べるようになったから体の不調ってわけではなかったようだ。だったらやっぱり結界なのだろうか?

結局あの時一時的に飛べなくなっていたのはなんだったのだろう?結界にしては範囲が狭いしその場を囲う何かも見たらなかった。まあ考えても仕方がないか。

 

この時ちゃんと周囲を確認しておけばあんなことは起こらなかったのかもしれない。失敗したというよりなんであそこで見逃してしまったのだろう。

今更後悔したところで遅いのだけれど。



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depth.228 輝針城 (再会篇)

私は心が読める覚りではあるけれど人のことなんか何一つわからない。私を見てなんでもわかるなら相手に同情もするよねとかそういうことを言われても困るのだ。

私の能力を使えば、人間達を思いの儘に操ることができる。そうすればやりたい放題できると言われた。アホらしい。玉藻前じゃないのだからそんな器用なことできるはずがないだろう。心を読めても人間を統治するというのは一筋縄ではいかないのだ。高いカリスマ性と演説能力があれば別だけれど。

他にもその能力を使えば上の存在に取り繕う事だって出来るだろうと。

出来る出来ないで言えば出来ないです。無理です。

それなのにここにいる妖怪は私が覚りだと知るや否や勧誘をしてくる。

内心透けてるから無理に繕わなくて良いですよ。外と中が一致していない状態ってすごく気持ち悪いんですから。

 

まあお空がかたっぱしから倒してくれているのでどうと言うことはないのですけれど。

ただの敗者の戯言。或いは…願望というものでしょうかね。でもどうして皆自分たちは不幸だと叫ぶんですかね?正直不幸かどうかは主観の問題ですしそりゃある程度の周囲の環境というものもありますけれど気の持ちようですよ。それに不幸じゃない人なんて多分いないですし。

全くアホらしい事この上ない。

 

立体迷宮のように上下が入れ替わる特異点を進んでいくと、ようやく部屋のようなところに出た。そこも空間がねじれているのか正方形の部屋は途中で捻れるようにして上下が入れ替わり、照明も赤と青の二色と言う目に悪いものになっていた。

私を庇うようにして前に出ていたお空もこの空間に困惑してしまっている。

「お空、前に出過ぎよ」

 

嫌な予感がしたのですぐにお空を下がらせた。

 

その直後お空がさっきまでいたところに大量の棒が突き刺さった。

一本一本はそこまで太くないのだけれどこれほどの量となればそれなりに怪我をするだろう。本気で殺しに来ているわね。

 

「よお結構早かったじゃないか」

 

「あいつ‼︎」

 

お空落ち着きなさい。いくらなんでも早計すぎるわ。相手が何を隠しているのかわからない以上こちらから無策で仕掛けるのは危険よ。絶対違法アイテム持っているでしょうし。

肩を掴んで無理やりお空を後ろに押し留めた。正邪が出てくるって事は必ず勝てると踏んでいるからなのでしょう。

「おいおいいいのかな?大事な大事な家族はここにいるんだぜ?」

 

そこには手足を縛られたこいしとお燐が転がっていた。どちらも意識が無いらしい。

「貴様‼︎二人に何をした!」

 

「何をしたって薬で寝かせているだけだぜ?まあ寝ている合間に手を出したかもしれないけれどなあ。傷物になってなきゃいいな」

キレそうになる自分を制する。さっきから心が読めないせいで本当のことを言っているのかどうかが分からなくなってしまっているのが余計に拍車をかけている。だけれど流されるのは危ない。怒りは視界を狭める。

だけれど怒りに飲まれてしまったお空は私の手を振り解き前に飛び出した。

「まってお空‼︎」

叫んだけれどもう止められない。血の気が多いのは幻想郷の気質か地獄の気質か。

「…‼︎」

直感がヤバいと告げている。その場から真横にステップを踏んで飛び退いた。

刹那、私がいたところを何かが高速で通過し、お空に絡み付いた。

それは半透明の鎖だった。

 

「お空‼︎」

鎖が静電気のような帯電現象を発生させ、お空が顔をしかめた。

「ッチ…勘がいいやつだ」

咄嗟に腰から引き抜いた銃を構え発砲。だけれど弾丸は正邪に当たる前に見えない壁に弾かれた。

やはり対策していましたか。仕方がありません。

「すっげえ危ねえ…冷や汗でたじゃないか‼︎」

「知りませんよそんなこと」

 

怖かったのは事実みたいですけれど。足震えてますし…

 

「このっ‼︎ちぎれろ‼︎」

腕をからめとっていた鎖を焼き切ってしまおうとお空が発熱を始めた。空気が膨張し、陽炎が立ち上がる。

周囲に炎が発生し、室内温度が自然発火温度まで上がった。

 

「そんなことしたって千切れないっての!だからやめろって!城が燃えるだろうが!」

 

「もう燃えていますよね」

私は軽く結界を貼ったのでどうにかなったのですけれど。そうじゃなかったら今頃全身火傷しているところだった流石にこうなってはバリアの向こう側から出てきて攻撃をしようとは思わなかったようだ。

「うりゃあああ‼︎」

さらにエネルギー砲を放った。それも収束したレーザーのようなものだ。流石にそのようなものを使われたら鎖も保たないのか液体のように溶け始めた。

それと同時に反射したレーザーの一部が部屋中に飛び散り部屋を切り裂いた。

「お空周りちゃんとみて‼︎」

 

「え?あ、すいません!」

焼き切れた事でようやく我に返ったようだ。別にこんなところいくらでも壊して良いのですけれど味方撃ちにならないように気をつけてね。

 

「うへ…マジかあ。まいったなあ……対巫女戦用に取っておきたかったのになあ」

私の耳は正邪のその声を逃さなかった。その彼女が床の一部を何やら踏んでいた。

その瞬間私とお空の合間に壁のようなものが出現した。いや、部屋の中で私がいたところとそうじゃないところとで空間座標がズレたと言ったところだろうか。あの熱い熱風も、加熱された空気もなくなり、周りからまたひんやりとした感覚が流れてきた。

周囲が襖に閉ざされた部屋に変わってしまった。

気配を探ってみるけれど周囲どころか城の中には何もいないように感じてしまった。何ですかこれ……

いや似たようなものだったら何回か体験したことがある。確か……多重並列空間。

複数の次元層を有する空間特異点を利用した結界にようなものだ。

自然的に発生するものでは迷いの竹林などがそれに近い性質を持っている。

「まあ良いや。取り敢えずお前はこいつの相手をしておけ」

天井からそのような声がして、急に周囲の環境が騒がしくなった。

「なにこいつ…」

気配は気配でもおそれらの気配は通常にあらず。異様な視線を持っているものだった。

「天狗が持ってた妖具の中に入ってたやつ」

 

「それやばいやつじゃないですか‼︎素直に教えてくれるのですね」

 

「教えたところで何も得にならねえだろ?得になる情報だけは絶対に教えねえよ」

捻くれているのか捻くれている自らに捻くれようとしているのか分からないヒトだこと。だけれど今はあれを倒すことだけ考えないと…

 

正邪も内心は多分普通に幻想郷への反旗が目的でしょうし。それを邪魔する私に容赦なんてしないだろう。

 

 

 

「さとりさま⁈貴様さとりさまを…ってあれ?」

さっきまで目の前にいたはずなのにそこにはただ壁が広がっているだけだった。壁に隠れているなら壊すまで!

思いっきり制御棒で壁を殴りつけた。板のような感触ではなく土壁に穴が開くような感覚がした。

同時に壁が大きく崩壊。向こう側が見えるようになった。

「あれ?向こう側も部屋?」

変だなあ…向こうもただの和室になっちゃってる。もしかして…閉じ込められた?でもさっきまでのは?夢?じゃないよね。

うー…わからないよお。

 

でも確か結界の中には部屋をたくさん作り出したりするものもあるってさとり様言っていたしその類なのかなあ?

 

 

そのようだな若いの。

胸の瞳が少しだけ光った。

あ!八咫烏様。この状況わかりますか?

 

我に聞いたところで答えなど知らぬしか返ってこないのはお前が一番わかっているだろう。

 

う…そうだけどさ。そりゃ八咫烏様は普段寝ているからそうなっちゃう分かるよ。でももうちょっと一緒に考えてよ。

 

それよりも良いのか?喋っていると奴らが来るぞ。気を付けろ。

 

奴らって何?

 

奴らは奴らだ。人ならざるもの。

 

私達のこと?

 

違うに決まっているだろう。さあ遊びの時間だ。存分に暴れるが良い‼︎

 

いきなり後ろから衝撃波が来た。

 

 

 

 

「あ?なんだこれ」

隣を飛んでいる魔理沙が何かを見つけたらしい。声につられて私も下を覗いた。そこには引きずられた後のような…地面が捲れ上がった跡があった。

それだけではない。よく見れば木々に隠れるようにして弾幕が地面を吹き飛ばした後がついていた。それと同時に少しだけ焦げ臭さも漂ってきた。動いている状態ではなかなかわからなかったわ。

「誰かが戦った後ね。あまり時間も経っていないようね。珍しいものでもないわね」

 

「まあそうだが……」

それが一つならまあただの偶然の戦闘跡だと判断したのだけれど。それが城に近づくにつれて増えていった。それに伴い瀕死の妖怪達が転がっているのがちらほら見えて来る。

 

「一体誰だろうな。正直こんなところまで来てこんな派手な弾幕ごっこやるなんて……」

ここまで派手にやれるやつなんてそう居ないわよ。それこそ…レミリアとかあのあたりじゃないかしら?どうせこの異変に面白そうねとか言って参戦しているだろうし。あの吸血鬼何かあるとだいたいやってくるからなあ。でもそれ以外って可能性もあるし誰が先に行っているのか断言できそうにないわ。残っている妖力跡もほとんど消えちゃっているし。

「そうね。どうやら私達以外にも誰か異変解決に向かっている者がいるわね」

 

「先こされてるじゃねえか」

別に異変が勝手に解決してくれるならそれでいいわよ私は。無駄な手間が省けるからね。でも何かあったときのために行くだけ行ってみるわ。

「まあそういうこともあるわよ。いくだけ行ってみましょう」

 

「なんだよ連れないなあ…」

 

「あそこにいる生首でも腹いせに殴ってきたらどう?少しはスッキリするわよ」

なんか狼抱きかかえているし隙だらけだから倒しやすいと思うけれど。

「やめろやめろ。私は弱いものいじめは嫌いなんだ」

彼女は心底嫌そうに首を振った。まあそりゃそうだろう。

 

「あら霊夢じゃないの」

後ろで声がした。同時にその声に乗せられた威圧が体を支配する。こんな陰険な事をしてくる奴はそんなに多くない。ましてや幼い声のやつなんて三人くらいしか思い浮かばなかった。

「レミリア?」

薄紫色の日傘をさして優雅に宙に停滞している姿はまあまあ様になっていた。

でもその後ろで魔法瓶から紅茶を出している玉藻のせいで威圧がなかったら確かにただの子供にしか見えないわ。

じゃあ先に行っているのはあんたじゃないのね。まあ考えるだけ無駄か。

「げ、吸血鬼」

心底あいたくなかったみたいね魔理沙。あんたもの盗むのも程々にしたらどうなのよ。ほら狐が睨んでるじゃないの。やめときなさいよ。私までとバッチリ受ける羽目になるんだから。

「そんで何しに来たのよ」

 

「なんだか面白い異変が起こっているようだから私もちょっと遊びに来たのよ」

あーやっぱりか。どうせそんな理由だと思った。

「妹は一緒じゃないのね」

あいつもこういう時は遊びに出るような性格だと思ったんだけど。

「フランはフランで天狗にカチコミに行ってるわよ」

呆れた。事態収束を図っているであろうところに殴り込んで行ったらバトルロワイヤルじゃないの。

「敵なんだか味方なんだかはっきりしなさいよ」

 

「戦えるときに戦いたいだけ戦って楽しむのがモットーよ」

天狗に同情するわ。少しだけど。

「……でそこの狐は付き添いか」

魔理沙がそう言ってレミリアの後ろに控えていた玉藻に突っ掛かった。

なにかと紅魔館侵入で邪魔されているからこの二人仲悪いのよねえ。まあ咲夜とはそんなでもなさそうだし気が合わないというのもあるようだけれど。

「煩いぞこの泥棒。レミリア様の前で醜態を晒すな」

うわあ、こっちも喧嘩腰か。

「喧嘩なら他所でやって頂戴」

 

「そうね。玉藻ハウス」

ペットの犬か何かかそのメイドは。

しかもそれで従っちゃうあんたもあんたよ。狐ならプライドもてや。

睨み合っていた2人はすぐに我に返ったのか目線を逸らせた。そうそう。なるべく関わらないようにしなさい。あんたらろくなことしないだろうからね。

 

「そんじゃ一緒に行く?どうせ目的地は一緒でしょ」

 

「面倒ごとを私に押し付ける気ね。まあいいわ乗ってあげる。面倒ごとも見方を変えれば楽しいかもしれないからね」

余裕の笑みでそう答えるレミリア。相変わらず貴賓あるわねえちっこいけど。

「そんなつもりはなかったんだけどね。そういやあんた能力で解決まで導けないの?」

運命を操れば最終的に異変解決の運命も持ってこれるでしょ。

「そんな都合のいい能力じゃないわよこれ」

あっそう。まあそうじゃなかったら私達今頃こいつに負けているだろうからね。

「確かに能力上可能だけれどあなたがサボれるかどうかは別よ」

 

「ちぇ…やっぱダメか」

 

「諦めなさい。運命は気まぐれなのよ」



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depth.329輝針城(独奏篇)

化物を倒すのはいつだって人間なんてよく言われる。

であればこうしてあの目標絶対倒すマシン化している元人間は私という化け物を倒すような存在たりえるのだろうか?

 

天狗が持つ道具や鬼が持つ道具には剣や団扇のような道具の他にもちょっと残酷なものもあったりする。その中でもあれは天狗達が生み出した負の遺産のような道具だった。

 

私も天魔から簡単に聞かされただけではあったけれど、鬼の支配から解放された直後、鬼やそれ以上の力のある存在が再び現れたときようにと一部の天狗が複数の人間を利用して作り出したものがあると。完成直後にそれが発覚しすぐに封印されていたらしい。まあ有用性は確かにあったらしいから完全封印ではなく普段使わない特別な道具と一緒に保管しているというものだったけれど。

 

人間の感情というのは時に何者をも凌駕する力を発揮することがある。

それをこちらの任意で発動させ、利用する道具らしい。

道具と言っても実際に母体となっているのは人間だし、一応あれもまだ人間らしい。というか人間じゃなかったら意味ない代物ですし。

でも見た目は阿修羅にでもあやかったのか材料にされた人間を組み合わせてなんと見えない姿にさせられていた。そっちの方が感情を引き出すのにはうってつけだったのだろうか。

三つの顔と何故か十本ある腕、そして三本の足。

なんとまあ気持ちが悪い姿だ。インパクトだけで一部は逃げ出すかもしれない。

まあ私に逃げ場なんてないのですけれど。

しかし面倒ですね……

 

あまり近づくのは得策じゃない。さっき一回接近戦を仕掛けようとして腕をもぎ取られかけた。

別に腕の一本二本あげても良いのだけれど体は大事にと言われているので躊躇してしまう。

 

でもそれ以外で決め手にかけるのも確かなんですよねえ。

十本の腕から放たれる斬撃と殴りの攻撃を素早く避ける。背後にあった壁が崩れ去り、歪んだ太陽の光が入ってきた。

 

体のすぐそばを拳が通り過ぎて風圧でバランスを崩しそうになる。

あんなの当たったら妖怪の体でも粉々確定だ。全くなんて面倒なものを天狗は作り出したのやら。

 

でもまあ……私にとってはあれもまた面白いものと言う認識なのかもしれない。

幸いここではサードアイも使える。なら……

 

「想起。あなたが持つその感情全て見させてもらうわ」

飛んでくる霊弾を回避しながら、奴の思考をのぞいていく。やはり複数の人間の思考が集まって複雑でぐちゃぐちゃのノイズのようなものになっていた。でも一つ一つ解き明かしていけば……

 

途端心に恐ろしいほどの呪詛が流れ込んだ。その多くは私ではなく他の何かに対するものだったからそんなに私自身がダメージを受けるということはなかった。

ああ…久しぶりに闇を見れた気がします。

 

「うふふ、あははは‼︎なるほど。そうでしたかそうでしたか‼︎ああ、天狗もかなりのことをしましたね。同情してしまいますよ」

心底同情してしまう。そして笑いが止まらない。

ああ本当に、私の心を砕くレベルのとんでもない仕打ちと呪詛ですねえ。

ですがそれほどの力となりますと私だって想起すれば出来ちゃうんですよ。化物になりかけの私ならね。

 

どうやら話を聞くという理性くらいはあるらしい。その存在は攻撃を止めて私を観察してるようだった。

「ああこれだから人間は面白いのですよ。もっと楽しませてください!もっと見せてください‼︎その醜悪な感情を、人間の心を‼︎」

 

その力私によこしなさい‼︎

 

 

 

 

 

 

「う…あ?ここどこ」

頭が何かで殴られたみたいに痛い。それに体も関節や筋肉が悲鳴を上げている。う、麻酔の影響かなあ?それとも無理やり意識を起こしたからかな?

「おいおいおい、もう起きたのかよ。象でも一日眠る薬なんだぞ」

すぐ隣で声がした。床に転がされた体でも首くらいは動く。すぐに声の主を見つけることができた。

あーこいつかあ。今になってなにしにきたんだろう。

 

正直ぶん殴りたいけれど手足を縛られてるし無理。せめて手だけでも自由にならないかなあ。

サードアイは…ありゃ布でぐるぐる巻きにされてる。これじゃ使えないや。

「知らないよそんなこと。それより私をさらってどうするつもりなの?脅迫か何か?」

私の問いに正邪は舌を出しながら答えた。

「なんでそんなこと言わなきゃいけないんだよバーカ」

口が悪いなあ。いまに始まったことじゃないけれど。

「ふうん……そっかそっか」

手足だけじゃなくて体も木の棒で固定されちゃっているから無理に動くのは不可能。うーん、困ったねえ魔導書もないし。やっぱり手の縄を切断できる何かが欲しい。うーん…でもほとんどの道具は相手に取られちゃってるし。八方塞がりかあ。

「まあまあ、これでも見て落ち着こうぜ」

なにかの道具をいじり始めた正邪。見た目は黒い勾玉のようなその道具が光を放ち宙に映像を映し出した。

モノクロの映像だけれどそこに写っていたのは二つの映像だった。

「これは……お空とお姉ちゃん⁈」

 

私達を助けに…ってなにこいつ。化け物?なんかお姉ちゃんの方に阿修羅みたいな化け物がいるんだけど。嘘でしょ…まさかこれ……

「お前らを助けに来た2人がズタボロになる様は最高だぜ」

見下したようなその目が許せなくて、思わず笑顔を消して叫んだ。

「この…お姉ちゃん達に何かあったら許さない‼︎」

今の私の顔は怒りにそまっているのかな?正直わからない。だけれどこいつが許せない存在だっていうのはわかる。どんな目的があったのかは知らないけれど二度もこんなことするのなら……

「まあ言ってろ。何もできず目の前で家族がやられる様でも見てなって」

うう、さっきからこいつ怒りを煽ってきてる。そろそろ怒りが溢れ出しそう。

「あれを天狗から奪うのに天狗の同志を6人も失ったんだ。ぶっ倒してくれよ」

 

 

「……」

深呼吸深呼吸。怒りを覚えるのはいいけれど怒りに飲まれるのはダメ。

落ち着いて…脱出を考えないと。

お姉ちゃん達なら大丈夫だと思いたいけれどでもこいつだからどうせ他の手もいくつかあるんだろうなあ。でも異変と認定されているのならもしかして霊夢たちも来ているかな?だとしたら一歩間違えれば敵認定されて一緒に退治される…いやそれはないかな。

 

灰は灰に、塵は塵にしたところだけどここまで大掛かりな建物を用意したりできているあたり協力者がいるよねえ。それも何か特別な力を持っている……

剣さえ有ればどうにかできるんだけどなあ。

 

あ、そういえばお燐カチューシャつけてるじゃん。ナイス……

まあお燐がカチューシャつけているのって基本お出かけの時くらいだからなあ。まあラッキーなことに変わりはない。カチューシャの裏側は神を固定するためにギザギザになっている。これをうまく使えば……

今あいつの意識は映像のほうに向いている。ほぼ隣のお燐くらいならなんとか取れそう。

 

気づかれないようにカチューシャを咥えて手のある方向へ放り投げる。素早く手で受け取って内側に隠す。

よしばれてない。

手を縛っている縄をゆっくりと確実にカチューシャの裏のギザギザで削っていく。思ったより切れないね。まあ何かを切るためのギザギザじゃないから仕方がないんだけどさ。

ちょっと時間かかるかなあ。

 

 

 

 

 

 

目の前に迫ってきているのはなんかよくわからない液体のような存在だった。お燐が持ってる本に似たような奴が出てきていたなあ。確かスライムとかいうやつ。それによく似ていた。感触は初めて触るからよくわからないけれどきっと水みたいなやつだしスライムもこんな感じなのかな。

「なんかきりがないんだけど‼︎」

一体一体は大したことないのに数が多いし集まって巨大化しようとするから全然倒せない。

 

半幻想的存在か。いやあまた面白いものだな

 

「面白がらないでよ‼︎」

八咫烏様、お力を貸してください‼︎

 

そうは言っても娘よ。此奴らなんぞ私の力を借りるまでもないと思うがなあ?

 

「ああもうやってやる‼︎ここがふっとんでもしーらない‼︎」

八咫烏様が考えてくれないからなんだからね!

あ、ちょっと待て‼︎

 

八咫烏様が何かを言う前に素早く左手にエネルギーを貯める。

排熱で周囲の景色が揺らぎ、足元の畳が燃え始めた。

「メガフレア‼︎」

周囲が真っ白になり、反動で体が後ろに吹っ飛んだ。

 

 

 

 

激しいノイズと共にお空を映していた方の映像が消えた。

「あはは!あいつやりやがった!建物吹っ飛ばしやがったよ!結界壊れるところだったじゃねえかこのやろう‼︎」

結界…ねえ。じゃあお姉ちゃんたちがここに戻ってくるのはまだ時間がかかりそう。もしかしたら霊夢たちが早く到着するかもしれない。

面白いのか怒ってるのかわからない。うーん…どっちもかな?

まあどうでもいいかなあ。

まだ半分しか削りきれてない。気づかれるわけにはいかないからもう少しだけあっちに意識飛ばしておいてね。

 

そうこうしていると、不意に建物全体が揺れた。なんだろう?お空の爆破にしては時間が開きすぎているから違うし……

正邪の方もなんの音かわかっていないみたいでどこかに指示を出していた。へえ、それって遠くとの会話もできるんだ。確か霊夢とかが地霊殿にきたときに似たようなの使っていたっけなあ。

「んー?また誰かきやがったよ。しかも巫女いるじゃねえか」

巫女。その言葉に顔を上げる。

「巫女いたらまずいの?」

 

「当たり前だろう?」

えーそうかなあ。異変の首謀者っていうのも大変だねえ。

「じゃあ土下座すればいいんじゃないかな」

 

「やなこった‼︎」

 

そう叫んであいつは部屋の奥に行ってしまった。あれえ?置き去りにしちゃっていいのかな?下手したら逃げ出せちゃうけど……ううん。まあ向こうがそうしてくれるなら別に私としては構わないんだけどさ。

それにしても奥の部屋でなにしているんだろうね?もしかして協力者と相談かなあ……

正邪1人じゃこんな大きな施設用意するのは難しいし。それこそかなりの実力者が必要だ。そういえば少し前に鬼の宝物庫からいくつか道具が無くなったって言っていたっけ。その道具だって多くは鬼が何処からか略奪してきたものばかりだからなんとも言えないんだけどさ。

 

もしかしてそれも正邪の仕業だったのかな?

 

 

 

 

「あはは‼︎どうしたんですか?そんな程度ですか‼︎」

 

サードアイが流した血が宙に舞って私の肌に付着した。私に直接向けられたものではないにしろ憎悪と怒りを長時間見続けると言うのは相当な負担である。

だけれど心を妖として認識してしまっていればなにも問題はなかった。

痛くはない。いや、痛みなど忘れた。

腕を六本もぎ取られたそいつはまだ諦めないらしい。大量の血で城の中を汚しながら私に向かって槍を投げてきた。そのような攻撃はもう当たらないというのに。

虚しく空を切った槍が見晴らしの良くなった部屋に飛び込み瓦礫を吹き飛ばして城の外に落ちていった。

 

大きく振りかぶった事でできてしまった隙を突いてお腹に回し蹴りを叩き込む。ついでに足に妖力を集中させて内臓部分があるであろうところへ直接攻撃を叩き込む。

表情の変わらないお面のような顔から血が吹き出た。

もう潮時だろうか。

動きは完全に鈍っている。攻撃力は強かったのですが人間の体を組み合わせているだけなので正直脆い。当たらなければどうということはないのだろうけれど私とは相性よくなかったみたいですね。

 

「残念ですね。でもあなたは悪くないですよ。こんなことになったのも結局は天狗が原因ですしあなた達は悪くない運がなかっただけです」

なのでさっさと死んでください。あの世でなら多少は報われるんじゃないんですかね?まあそれも今までの善の積み上げがどのくらいあったかによりますけれど。

「……化け物ですか」

 

「なにを今更そんなことを。私は覚妖怪。化物の中でも忌み嫌われた最悪の化け物じゃないですか‼︎知らなかったとは言わせませんよ。私を倒せば悪を倒したことになり少しでも善行になるのではないかと考えていたあなた達にはねえ‼︎」

確かに彼らは人間だろう。それも人里で犯罪を犯し死罪になる予定だった者共を天狗が裏で買い取った存在だ。既に彼らはそれなりの存在だったというわけだ。

「だけれど貴方達に降伏という選択肢はない。さあこちらにきなさい。まだ体は残されているのですよ!その身が朽ち果てるその時まで戦い続けるのです‼︎」

 

……どうやら通じたらしい。半分やけになっているけれど。

まあいいです。これで私も心置き無くトドメを刺すことができます。

 

今までの動きはなんだったのかという速度で奴等が飛びかかってきた。普通に回避するのは間に合わないし狭い室内だから無理だ。

普通に回避するのであれば……

「想起……」

視界が切り替わり、目の前に奴らの背中が現れた。

流石大ちゃんの能力ですね。こりゃ奇襲にも使えそうです。私では一回か二回の想起が限界ですけれど。

 

「永遠の眠りが良い夢でありますように。想起『恐怖催眠術』」




一人称視点書く時って大体その人物の心境は作者の心境に左右されやすい
少なくとも妾はそうなのです。
と…胃が痛い今日この頃



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depth.230 輝針城(連奏篇)

「現実というのは非常に曖昧なもので不確定かつ確立不可能なものだ…でしたっけ」

前にパチュリーさんの図書館で読んだ幻影魔術の本にそう書いてあった。

その執筆者は幻影魔術以外にも現実と隔離した結界や洗脳の魔術などの研究もしている人だったそうだ。

 

現実が曖昧でそれを人はどうやって確実な存在として認識しているのか。

実は認識はできていないのだろう。それを受け入れ、妥協することで人は己の見る現実を確かなものだと認識していたわけだ。

しかしそれは根本的解決ではない。ただの気の持ち用の問題なのだ。そこに幻覚や催眠といったものはつけ込む。

現実という確立の曖昧なものを同じく曖昧なもので置き換えてしまってもヒトはそれを現実じゃないと認識する事はできない。

それこそが結界の本質。洗脳の本質だ。

似たようなものに記憶の植え付けと改竄もある。

 

なにが言いたいのかと言えば、これが多重階層を応用した結界だったとしても特別な何かをしなくても理論上は結界から脱出することはできる。

ただしこの空間は一時的に多次元階層となっているのでたとえうまく移動できてもちゃんと脱出できるのは確率の問題になってしまう。

 

多重階層結界というのは珍しいもののその性質上壊れやすい性質を持つ。壊れやすいというか……現実認識を変える事である程度対処ができるのだ。

「そ理屈は簡単ですがやるのは難しいのですけれどね。夢のように不確かな現実なんてものを認識するなんてのは難しいのですよ」

 

もはや物言わなくなったその人形を見て1人呟く。

想像以上に体力を持っていかれたらしい。少しばかり体が怠い。

口の中に広がる血の味は、すぐに慣れてしまったのか筋肉質でおいしくない生肉の歯応えと共に体の奥へ消えていった。

 

失った妖力を補う方法は大きく分けて二つ存在する。

一つがとにかく休むこと。これが一番私はやりたかったけれど、時間がそれを許さない。

なので私は心を殺しもう一つの方法をとっている。

妖力を持つ相手、あるいは人間を食らうことによる妖力の回復。

理屈はよくわからないけれど食べている合間にもどんどん体の怠さは治ってきた。人が人を食べるという狂気に私の心が耐え切れるのか怪しいですけれど、追い詰められている時はなにかと問題にはならないみたいですね。

もちろんこの場にいるのが人ならざる化け物に変わってしまった犯罪者の塊だったとしてもだ。

やはり私は人でなしなのだろうか?まあ体は人でないのは確かなのだけれど。

 

もうそろそろ良いだろう。好きでもないし正直吐きたい気にさせてくれる人喰いをやめて、壁に空いた穴から外を覗く。

戦っている時はわからなかったけれども随分とハリボテのような外の世界だ。まあこれが結界の中であるのだから仕方がないのだろうけれど。

 

でもこれがハリボテのようだと私は認識しても、じゃあ実際の……現実の景色はハリボテじゃないと言えるのだろうか?

なにとなく見ていたけれどその景色とこれは一体どんな違いがあるのか。

ああ考えただけでも曖昧さと言うのは厄介極まりないものだ。まあ……曖昧だからこそこういうこともできるのですけれどね。

「想起……」

 

 

 

 

ようやく周りが見えるようになってきて、痺れていた体にも感覚が戻ってきた。同時に身体中に鈍い痛みが走った。

「いたっ…あれ…?」

体を起こそうとして下半身が正確には脚が何かに引っかかって踏ん張りが利かない。

頭を上げれば、鉄で覆われた足が大きな梁に挟まれて身動きが取れない状態になっている自分の体が目に入った。

参ったなあ……

 

バカではないのか?室内であんな大技使ったらこうなることくらいわかるであろう!

八咫烏様が呆れた声を出した。なんとなく頭の中で烏が膝をついているのを想像してしまう。

 

うん理解した。だからやっちゃいけなかったのね。

でもやってみなきゃやっぱりわからないじゃん。まあもっと酷いところに梁が落下してきていた可能性もあるけれどさ。

周りは私の前後を縦にまっすぐ棒で抉ったのかのような壊れっぷりだった。

無事なものなんて一つもなくて、ほとんどが焦げた瓦礫や灰になっていて私の体も瓦礫の上に横になっていた。もともと床があったはずだろうけれどそんな様子はなく、真上にはいく層にもわたって縦に穴が開いていた。上から落ちてきたのかあるいはエネルギーで上まで壊れてしまったのかな。考えてもわからないや。

 

「ううん…それにしても邪魔な梁だなあ」

 

脚を踏んでいた梁に軽いレーザーを放ち焼き尽くす。五分もしないうちに梁は灰となった。うん、足は折れてないみたいだね。

 

当たり前だ小娘。その足の表面はなんだ。梁に押し潰されるような柔い金属だと思うか?

 

うわわ、ごめんごめん。

怒っちゃった。

 

それで、これからどうするのだ?

これから?八咫烏様から聞いてくるなんて……

八咫烏様から聞いてくるなんて珍しいね。

 

興味というのは不思議なものでな。ある程度溜まってくると堪えることができないのだ。

ニヤニヤ笑っている幻想が見えた。私もそれについては否定したくないけれど……

私は溜まることがないからなあ。まあ良いや。取り敢えず結界を壊せばいいんじゃないかな?

うん結界を壊す必要があるけど物理攻撃で結界って壊れるものなのかな?物によっては壊れるのはわかるけどさ。

それができたら苦労はせんだろう?そうだよねえ。でも確か結界も結局は空間の一種だから空間を壊すことができる攻撃なら破壊することができるんじゃないかな?

それにちょうどそんな力を私は知っているし持っている。

「八咫烏様の力なら出来るはずです」

 

そりゃ全盛期だったら簡単だが今の力ではできるかどうか怪しいのだぞ。そもそも結界の規模もその能力もわからないようでは壊そうにも無理な話だ。

 

まあ良いや一回やってみよっと。お願いします八咫烏様。

 

話聞いていたのか?まあ良いか。たまには我も自由に飛び回ってみたいと思っていたのだ。少しばかり借りるぞ。

 

「うん、好きにして良いよ」

 

胸元の瞳が小さく輝いて、意識が吸い込まれていく。体が溶けて消え去るようなそんな感じ。でも怖くはない。むしろ誰かに包まれているみたいで暖かい感じだった。

「そういえば小娘、お前の体を借りるのは2回めだったな」

思い出したかのように八咫烏様が言った。

そうだったね。まあ平和ならそれが一番だからさ。

 

「平和か……まったくもってつまらないものだな」

 

そういう八咫烏様だってなんだかんだ満喫しているじゃないですか。

夏とか楽しんでましたし春だってお花見堪能していましたよね?むしろ私よりはしゃいでいたような……

「戯け。休んでいるだけだわい」

 

そっか。休んでいただけだったのか。

 

「安心しろ。あのお方が生きているまでは少なくとも静かにしているさ。話は終わりだ。目を瞑っていろ」

 

目を瞑ると言われてもどうすれば良いかわからないよ。私はこっちの状態慣れてないんだからさ。

それにしても私なのに超かっこいいんだけど。なんだろうこの敗北感。

「簡単なことだ。寝ていろということさ」

 

そっか。じゃあおやすみなさい。

 

 

 

 

 

その城は天守閣を地面に埋めた状態で山の中腹に立っていた。いやまるで巨人が遊びでおもちゃを逆さまにして設置したかのような異様さと現実離れ感を生み出していて物凄い違和感を感じた。その上外壁もほとんど汚れや損傷がなく造られたばかりのようなハリボテのような見た目。実際ハリボテなのだろう。

外見を観察していると天守閣近くの窓が一つ開いていた。どうやらここから入れるらしい。

「準備はしないできているのかしら?」

「あんたに言われなくてもできているわよ」

レミリアのにやけ顔にお札を一枚貼っておく。別に害があるわけじゃないただの紙切れだから単純に黙っていてほしいという嫌がらせのようなものだ。正直さっきから話していると少し見下されている感じがして嫌なのだ。まあ実際見下しているのだろうけれどね。

でも見下されるのはやっぱり嫌なので貼って正解だろう。

「先陣は私が行きましょう」

 

「お願いね玉藻」

お札を剥がしながら玉藻を前に出した。かなり血の気が盛んじゃないの。さっきまでほとんど私たちに任せっきりだったくせに。

 

「なんだ突撃か?なら私だってやってやろうじゃねえか」

 

なにを張り合っているのよ。わざわざ突撃しなくていいわよ。あんたの能力考えたらチームより個人戦の方が得意なのはわかるけど相手が正々堂々戦おうとしていない場合個人プレーは危険よ。正直あんたそれで何回か危なかったことあるじゃない。

まあ流石に魔理沙もそこらへんは考えていたらしい。なるべく玉藻に歩調を合わせていた。でも張り合っているあたり器用よねえ。

そんなに張り合おうと思える相手なのだろうか?或いは単純な嫉妬なのかな。

 

 

中に入ってみれば外よりもさらに異様な状態にめまいがしてきた。

室内はやっぱり上下反転していて、私達は天井側を足で踏んでいる奇妙な状態だった。まるで世界そのものがひっくり返ったかのようで落ち着けない。

視覚からの情報を頭がうまく処理できず気持ち悪さを誘発しているみたいだった。無駄に視覚的な攻撃を与えてくるせいで困ったものだ。

「ようこそ私と姫のお城へ。丁重に歓迎するとしよう」

私がそんなことに悩んでいると場違いな雰囲気の声が天井から聞こえてきた。

魔理沙が咄嗟に弾幕を天井に放った。上か!じゃないよ!ただの遠距離通信かテレパシーの類よ。そこにそいつはいないわ。勘だけど。

 

攻撃を受けた天井が爆発が起こり瓦礫が落下してきた。あーもう‼︎

咄嗟に結界を張り落下してくる瓦礫を防ぐ。しれっと魔理沙もその中に入ってやり過ごしていた。いくつもの巨大な木の板が降ってきて結界を叩く。

ようやく崩落が終わったのか音がしなくなった。舞い上がった煙で視界は最悪だけど。

「あまり壊さないで欲しいなせっかく作ったんだ」

声は相変わらず弄ぶように響いていた。なんだか聞いてて腹立ってきたわ。

 

「知らないわよ。あんたのせいで私の道具はおかしくなるし妖怪が暴れてるんでしょ。さっさと退治するから出てきなさい」

思わずそう言い返してしまう。あまり相手を刺激してもいいことなんてないのに!

「嫌に決まってるだろ誰が好き好んで退治されに出るかよバーカ‼︎特にそこの金髪魔法使いは後で弁償しゃがれ」

そりゃそうか。当たり前よねえ。でもだめよさっさと対峙されなさい。

「あの野郎…ぶっ殺しても問題ねえよな?不慮の事故だよな」

あーあ…魔理沙が切れた。

「そうね…不慮の事故なら仕方がないわね」

 

「随分と荒っぽいじゃないの。もうちょっと優雅にしたらどうかしら?曲がりなりにもお城に招待されたのよ」

瓦礫全部避けてたわねあんた達。退屈だからって遊ばないでよ。

 

「私としましてもマスター様に危害を加えた時点でこの城と共に朽ち果ててもらうつもりですわ」

おっかないわ。あんたのところのメイドバトルジャンキーなの?狂者なの?

私たちも大概かもしれないけどこいつやばいわよ。

「玉藻、言いすぎよ。娯楽を提供してくれた相手なのだから最低限の礼は必要よ」

 

「承知いたしました。お嬢様」

しっかり手綱握っていてよね。なんか怖いから。

 

「全くどいつもこいつも人の家を壊すことしか考えてないのかよ。小槌にだって限界あるんだろうに……」

独り言だったのだろうか。だけれど思いっきり声が聞こえてきてしまっていた。アホだろあいつ。

「正邪、マイクとやらのランプがまだ付いているのだが…」

あらもう1人いたのね。声からして正邪とかいうやつよりかは可愛い方ね。

「あああ⁈切り忘れた‼︎」

そんな叫び声が聞こえたのを最後に声は聞こえなくなった。

「「アホなんじゃないの?」」

私と玉藻の声が被った。

「しかも小槌って言ってなかったか?」

そうね。思いっきり言っていたわね。

「思いっきり言ってたわね」

 

「小槌と言われても私は詳しくないのだけれど」

ああそういえばレミリアは知らなくて当たり前か。

私だって母さんに予言めいた言われ方しなければ忘れていたところよ。

「さとりが私と霊夢に言っていたんだ。なんでも遠くないうちに打ち出の小槌とは無関係ではいられなくなるから調べておけって」

 

「へえ、それで素直に調べたのね」

 

「ああ勿論だ。って言ってもよくわからなかったから結局さとりに聞いたんだがな。なんでも元々は鬼が持っていた道具で遥か昔に小人族に盗られたもんなんだとさ。万物の願いを叶える願望器に近い代物らしい。理解していなさそうだったら代償がでかい聖杯って言われたぜ」

でも代償が大きいしあれ自体無限の力を持っているわけじゃないから注意しておくくらいで平気って母さん言っていたわね。

「なるほどそっちの方が分かりやすいわ」

 

聖杯の方がわかりやすいの?ふうん……じゃあ海外では似たようなものに聖杯っていうのがあるのね。やっぱりそれも小槌みたいにぶん回すものなのかしら。



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depth.231輝針城 (三重奏篇)

「うげ……あいつら結界を無理やりこじ開けやがった」

あの結界は元々特殊な物だったし小槌の能力の影響で変に拗れていたやつだったからそこそこいけると思ったのに1時間ちょっとしか効果ないじゃないか。いや、あの規格外に1時間保たせたってだけでも十分だなこりゃ。あーあ…計画のうちとはいえ勿体無いわなあ。本当勿体無い。

 

「結界を?結構やるじゃないの。確か鬼を束ねている地底の主人だっけ」

隣で様子を見ていた姫も顔を青くしていた。そりゃそうだ。あいつだけで世界の理を壊してしまいそうなのだ。

「ああ……ある意味超面倒なやつだ」

姫とは戦わせたくないわなあ。姫は巫女の相手をさせて…私はあいつへの仕打ちを終わらせたらさっさと退散したほうがいいかもしれないな。まあそれも姫と巫女次第なんだがな。

「仕方がねえ。合流されないうちにどうにかしてやる」

 

巫女とあいつらを合流なんか絶対させてやるものか。

ありったけの手段を食らいやがれ。

 

 

 

結界を無理やり突破した先が本当に現実の世界なのかを確認する手段というのは実は無い。

例えばこの世界にもこいしがいて、正邪がいたとしても結局それが本物なのか。或いは元々の世界の方が後から植え付けられた記憶で実は何もかもが嘘だったという可能性はないか。

記憶を疑ってしまうとキリがないのでやめておくけれど現実のなんと脆いことやら。

 

どうやら私は天守閣の最上部の屋根裏。位置で言えば地下一階とかそのあたりにいるらしい。

上に続く階段は真っ逆さまにひっくり返っていた。元々あっちが定位なのだから当たり前か…

しかしよく壊れずに残っていますね。随分と階段ボロボロですけれど。

階段の足場を踏み台に上の階へ上がっていく。

 

上も上で入ってきたはずの入り口周辺はひどい有様だった。

天井となっている床が一部崩れ落ち瓦礫が散乱している。おそらく霊夢達だろう。

足跡は三つ。だけれど壁に布と細い金属が擦れた跡が残っている。

足跡は霊夢と魔理沙と……誰でしょうねこの歩幅。

それとこっちの傷跡は何度も見たことがある。傘を壁に思いっきりぶつけた時にできる汚れに似ている。多分レミリアさんか紫……或いは幽香さんあたりだろうか?

まあ異変解決に向かってくれているのなら文句は言わない。私は私のやるべきことをするのみだ。

 

 

 

 

あいつが再び戻ってきた頃には私の腕を縛っていた拘束は完全に解けていた。いくら対妖怪用に強化された紐だったとしても持続的なダメージには弱い。それに腕が自由になれば足の拘束は結構簡単に千切れた。

さて不意打ちだけれど…武器なしの戦闘ってやったことないからなあ。不安だなあ……

お姉ちゃんとかお燐とかみたいに格闘戦が出来るわけでもないし。

お燐はまだ起きそうにない。それに薬で眠らされているはずだから起きた直後は目眩と吐き気で思うように戦えないだろうね。私もさっきまで目眩と頭痛が酷かったもん。

 

正邪はまだ来ていない。動くなら今のうちだ。

縛られたままのお燐を抱き上げて起き上がる。まだ少しだけ体に力が入らないけれど逃げるには十分‼︎

早くお姉ちゃんかお空と合流しなきゃ。

 

 

 

 

上下への移動を数回繰り返したところで再び私は広い部屋に出た。それでも今までの畳六畳とかそういう大きさの部屋と比べたら大きいという程度だけれど。

その真ん中で私を待っていたかのように白いドレスを着た正邪は仁王立ちをしていた。

視線が交差する。闘志は十分と言ったところだろうか。

「へえ…私と戦うんですか」

この部屋の中では私は飛ぶことはできない。弾幕は作り出すことはできるけれど力の半分近くは何かに打ち消されている。なるほど確かにこれなら強いやつにも勝てるかもしれない。下克上しやすいわけだ。

「当たり前だ。こっちだってお前を自由にさせていられるほど余裕はねえんだよ」

というより私と戦うのは目的の為ではなくただ単純に腐れ縁とか逆恨みとかそういう物なのでしょうね。

もう少し彼女と話してみたかったけれど向こうは待ってくれない。

まあ無理に話を伸ばして会話中に襲ってくるなんてことにならなかっただけマシか。

スペルカードを切ってくる構え。とっさに構えたもののそれはフェイントだった。

スペルカードは文字通り紙のカードに弾幕の発動式を組み込んだ物。だから普通であれば宣言と共にそのカードに封じ込められた術式が作動する。それはかなりのタイムラグに繋がる。だけれどそれを彼女は直接攻撃のために使ってきた。

正邪の手首が軽くブレ、片方の腕と脚の腱に鈍い衝撃が走った。

見ればカードが服を切り裂きその身を半分ほど体に埋めていた。脚の腱を切られたのは痛い。片足が全く動かなくなった。

 

「ははっ‼︎フェイント攻撃には弱いみたいだな」

続いて次弾。今度は弾幕だ。逃げ場を奪われる。同時に目眩し。

「それはどうでしょうか?」

後ろからレーザーが放たれる。結界を展開し無理矢理弾く。逸れたレーザーが壁に当たって爆発。熱風と破片がここまで飛んできた。

想起は使えない。だけれどそれだけが覚り妖怪というわけではない。

 

相手の動きは?

まだ動く左の脚を軸に体を回す。真横から攻撃。反射的にこちらもレーザー弾幕。周囲の弾幕を巻き込んで着弾。そこにいた正邪の体がブレた。

分裂、いや分身か。

とことん視界に頼ることはできないですね。

 

音も複数の雑音が混ざってしまっていて聞き取り辛い。

ならば正邪はどうやってくるだろう?音も視界も使えない相手の不意を突く。後ろ?それはすぐに反応されてしまう。ならば…

正面から。

拳銃を引き抜き正面から突っ込んできた正邪に発砲。だけれど身体をひねられて掠っただけだった。

それでも飛び込んできた正邪を逸らすことはできた。代わりに拳銃を掴まれ、折り曲げられてしまったけれど。スライドが下がった瞬間を掴まれ銃身だけを丁寧に曲げられてしまった。もう使えない。それでも…動きは止めることができた。周囲に分身はあるけれど。

 

「お返しです」

誘導弾幕。それも普通は使わない殺傷型のものだ。本気の戦いとは遊戯と違う。命のやりとりの合間に情けは無用だ。

流石にこれは分身を展開していても危険だと思ったのか全力で回避していたよ。

足止めをしている合間にカードを引き抜く。カードで止められていた傷口が開いたのか血が流れ出した。

素早く妖力を回して回復。脚の腱だけでも先に治す。

これでどうにか動けるようになった。

殺気…とっさに後ろに跳ね飛んだ。瞬間目の前の地面が捲れ上がった。

地面をめくり上げたのは魔力とか妖力ではなく、大量の鉛玉だった。

「こいつはいいもんだなあ」

背後には空間から砲身を出した巨大な機関砲があった。その砲身から煙が上がっている。

「まさか……」

彼女の手には一冊の本があった。確かあれはこいしの魔導書。

「それはこいしの⁈」

それを使えるの?

「私だって魔術使えるんだぜ」

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて魔導書の中身を次次に展開していく。

盲点だったわ。こいし以外に使えないようにするべきだった。今更遅いか…

すぎてしまったことは仕方がない。

 

何十機もの機関砲や剣、槍が飛び出してきた。

この狭い部屋の中では確かに有効な手だ。

全てを迎撃するなんてことは私にもできない。だから逃げる。

壁を伝い無理やり体を飛翔させ、畳を跳ね上げ盾とし、何がなんでも逃げる。

当たっても大したことないけれどそれでも体がバラバラになる覚悟は必要だ。

 

それでもまだ使い慣れていないらしい。一本も当たらない。

そのほとんどは私の周囲を虚しく通過するだけだった。むしろ部屋がどんどん廃墟になっていく。

壁に刺さった剣を一本だけ引き抜く。刃渡りは私が持つ刀よりずっと長い。

 

壁を蹴り正邪に懐に飛び込む。加えられる攻撃を引き抜いた剣で逸らし、弾き返す。まさか自分の近くに剣や鉛玉が跳弾してくるなんて思ってもいなかったのだろう。

完全に怯んだ。その瞬間を突く。

 

剣を魔導書に突き立て、全ての魔術式を破壊。同時にお腹を蹴り飛ばす。

くの字に曲がった正邪が通路に吹き飛ばされた。

「あがっ‼︎このッ!」

 

 

追撃をかけてさっさと終わらせようと思ったのですがそうは簡単にいかなかった。正邪が何かを投げた。それが私と彼女の合間で爆発。大量の煙が部屋に充満した。

 

煙玉ですか……毒性は無いようですけれど視界を奪いに来ましたか。弾幕のほとんどが撃墜されてしまったからだろうか?或いはこれも作戦のうちなのか。

だけれどそれは私には通用しない。

煙の陰で迫ってきていた正邪の脇腹に拳をたたき込んだ。お腹への攻撃はこれで二度。流石にかわいそうになってきた。

女の子とは思えない酷い呻き声と共に吹き飛んだ正邪の体が壁にぶつかる。

「くそう…」

相当痛かったらしい。加減を間違えましたかね?

次は痛みを感じる前に息の根を止められるようにしなければならないですね。

 

 

それでも正邪は動いた。正直二回も腹に喰らってよく動けますね。感心します。でもそれでももう終わりだと思いますよ。

腕と脚の傷ももう治った。私もスペルカードを切らせていただくことにしましょうか。

 

まだ煙が充満する部屋の中を正邪が駆けずり回る音だけが聞こえる。

さてどこからでも仕掛けてきなさい。

一瞬だけ何か光の様なものが煙の向こうで点滅した。

「想起……」

スペルカードを宣言。この狭い部屋では私もダメージを受けるかもしれないけれどそのようなものは覚悟の上だ。

だけれどそれはできなかった。

「お姉ちゃん‼︎」

目の前に飛び出してきたのはこいしだった。思わずスペルカードを中断してしまう。たとえそれが正邪の変装だったとしても……

脳は理解していた。だけれどたとえ偽物であったとしても私はそれを叩くことはできなかった。

勝ったと言わんばかりの笑み。

大きく隙が出来てしまう。こいしの姿をした正邪が動いた。

体を捻ったものの、全てが遅すぎた。

周囲に突き刺さっていた剣を引き抜いてもってきていたのだろう。

それが横薙ぎに振られた大剣が私のサードアイの管を切り裂き、お腹に一閃。

骨までがきられなかったものの内臓の殆どを引きちぎられた。

一瞬だけ焼けるような痛みがして、すぐに引いていく。だけれど下半身からは完全に力が抜けてしまう。

 

いくら回復力が吸血鬼並みとは言ってもこの大傷と大量出血ではそう簡単には治らない。下半身がびっしょりと湿っていく。それが全て自分の血だと理解した頃には正邪の蹴りで床に押し倒されていた。

「ゲホっ……」

目の前でこいしの姿から正邪の姿に変化して行くのを見させられるとなんだか不思議に思えてくる。

それにしてもそのマジックアイテムは凄いですね。簡単に痕跡も残さず本人そっくりになれるなんて。いや…それなりに何か必要なのだろう。詮索する気も無くなってきてしまった。

「やっぱりあんたはお人好しなんだよ……反吐が出るくらいにな」

視界がぼやけ始める。出血性ショックだろうか。寒い。

「そういうあなたは…自らの外道を全うする……強い人なんですね」

体が麻痺してきたのか段々動かなくなってきた。もう少し動けていれば反撃をしたのですけれど。

「はっ‼︎弱者だからって舐めんじゃねえぞ」

舐めていませんよ。むしろその潔さに感動しているくらいです。随分と葛藤したのですね。あと傷口を踏みつけないでください。感染症が怖いですから…

「じゃあ……こう言ってみようかしら」

だったらちょっとくらいお仕置きしたって良いですよね。彼女が最も嫌う言葉と感情を込める。別に私自体が斬られて負の感情を抱くことはない。

「ああ?命乞いでもするのか?」

 

「ありがとうございます」

余裕そうだった顔が一瞬で苦虫を噛み潰したような表情に変わった。面白い変幻ですね。どうやら効果的面だったみたいです。

「っ‼︎くそっお前最悪だな‼︎」

 

あはは、やっぱり自己嫌悪になっちゃいましたね。でもそれを悪いとは思っていてもどうにも否定はしきれないみたいですね。

ついでに何か感謝の言葉を追加しようとしたけれど、それを言う前に私の意識は暗転してしまった。

折角ですからこいしの顔でも見せてくれればよかったのですけれどね。

 

 

 

 

「あーくそ最悪だ。なんであんなところで感謝されるんだよ普通恨むだろ…意味わかんねえよもう…」

自分が自分で嫌になってくる。悪いことをしたはずなのにあいつのせいで全然楽しくない。うう……

「こうなったらお前の姿を借りて暴れてやる……」

あれだけの傷なのにまだ生きていやがる。まあ殺しちまったらもったいないしこいつが泣き叫び許しをこう顔を見てみたいからこのまま生かしてやる。

それにしても随分と軽い体だな。

 

 

 

こいつ生きているのか?




痛いでしょうが仕方がありません。

正邪は頭脳戦が得意なので大体は戦う前から勝ち負けを決めるタイプです。


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depth.232輝針城(終幕)

お腹の辺りが鉛を入れられたみたいに重たくなってしまっている。それでも痛みがないからまだマシなのだろう。

そんなことを考える余裕が生まれたということは傷は治ってきたという事だ。

「うげえ…もう目を覚ましやがった」

私の隣で何か作業をしていた正邪がこちらを見て嫌な顔をしていた。

どうやら体の傷は治ったらしい。意識を覚醒させる程度の妖力が確保できるようになったのだからそりゃそうか。

正直意識の覚醒に妖力が作用しているというのはなかなか異常なものなのだけれどそもそも人ではないからという思い込みのせいで疑問が湧かない。だからこうして異常なものを見る目で見られるその心理を理解するのは私には無理だった。

「早かったですか?」

向こうの感覚で早いというだけでもしかしたら普通かもしれない。

「まだ巫女すら到着してねえよこのやろう。ああもうこいし達には逃げられるしなんでこう次から次へと」

あ、どうやら相当早い回復だったらしい。手足を縛った上でさらにその上から縄で体を縛る。二重三重に対策しているところを見るとよほどこいしに脱げられたのがショックのようだ。心を読まれないようにサードアイに杭を刺されているせいで細かいところまではわからないけれど感じているのは怒りと焦りだろうか。

「って事は助けに来た方が逆に人質ですか」

 

「おうよ。馬鹿だねえあんたもさ」

心底馬鹿にしてきていますね。

「戦いは苦手なので」

 

「嘘つくなって。戦い苦手な奴が鬼抑えて地底のトップとかあり得ねえだろ。お前わざと手を抜いたな?」

手を抜いたわけではありませんけれど私は確かに命を捨てるような戦いはしなかった。命を賭けて戦ってはいない。

「貴女との戦いで命を賭けるほどの価値など見出せませんから」

実際そうだろうしいちいち異変のたびに

瞬間お腹に鈍い衝撃が走った。視線を下に落とせば、そこには治りかけの傷口に正邪の拳がめり込まれていた。再出血。傷口が開いてしまう。

「てめえもそっち側の奴らかよ‼︎」

どうやら虎の尾を踏んだらしい。

「……っ‼︎その無表情を恐怖で歪ませてえが時間がない。大人しくしていろよ。でなきゃ四股を切り落としてやる」

わーおまたなんとも過激なことを……流石に腕や足は1日2日かかってしまうのでちょっとまずいですね。

「というか私が人質になるとは思えないですけれど。特に博麗の巫女相手は」

 

「とぼけなくていいんだぜ。あんたはあいつの育て親だろう?ならある程度効果はあるさ。まああんたは最後の保険だからな。むしろ妹とあんたセットで確保して置きたかったんだが…」

 

こいしに逃げられたと。それはまあなんともご愁傷様ですね。

だけれどこいしなら絶対こっちに戻ってくるでしょう。

私が捕らえられている事を知るのも時間の問題かもしれない。少なくとも1人だけ合流できないってなったら多分そうなる。

 

「まあ…ある意味この部屋自体が罠みたいなものだからな。あはは楽しみだ」

うわやっぱり性格悪過ぎる。確かに私も似たような事しますけれど……

それでもここまではしない。

 

 

 

「見つけたわよ!あんたが黒幕だったのね‼︎」

部屋に真先に飛び込んできたのは霊夢だった。少し遅れて魔理沙も入ってきた。

「まさか姫もう倒されたのか⁈」

へえ?そうなんですか?私には時間の感覚も誰がどこでどう動いているのかも分からないのでなんとも言えないのですけれど。

「まさか。レミリア達に任せてきたのよ」

あらま…確かに一応のリーダーはあの姫だったのは確かだ。黒幕は貴女だけれどね。

 

「おいおい、霊夢もうおわったぞそれ」

なにかの道具を見ながら魔理沙が修正をした。

ありゃまあ。確かにレミリア相手じゃ分が悪いとしか言いようがないわね。ご愁傷様。

「あら早いじゃないの」

 

「吸血鬼相手には善戦した方だと思うがな。ある意味かわいそうだったよ」

そのかわりこちらの部屋にくることはできないみたいだけどと付け加えられた。

どうやら何かの術が張られているらしい。まあそりゃそうだろう念入りな正邪の事だ。何せ逆さまになっているとは言え元は普通の城だったはずのこれをここまで改造して侵入者対策を組み込めるのだ。例えば部屋に何人も入ることができないようにされているとか、一定人数通過したら接続座標が変わる扉とか作っていてもおかしくはない。

時間概念すらねじ曲げる一種の特異点化してしまっている。

 

「あんたを倒せば全て解決。さあさっさと倒されなさい!」

霊夢が無双封印を放とうとしてくる。だけれどそれより先に正邪が何かをいじった。瞬間光を放っていたスペルカードが輝きを失った。

「……え?」

うわ…確かそれって紫や天魔さんたちも万が一の場合に備えて所持しているもののはず。だけれど幻想郷確立のためのルールと秩序が崩壊しかねないから使用するときは厳重に管理しなければならない道具だったはず。

「スペルカードってのは誰でも作れるし使える代わりにこういった妨害に1番弱いんだなあこれが」

 

「っ‼︎そう、スペルカードを使う気はないんだ……」

そう、スペルカードといえどそれは手段の一つでしかない。同時に、それを封じる手段もあるわけだ。ただしそれを使うということは幻想郷のおきてから外れることとなる。つまり命の保証はされない。幻想郷は今まさに正邪の敵となった。

つまり霊夢も魔理沙も容赦はしない。

「なんだ随分好戦的じゃないか」

 

「生憎スペルカードが使えないくらいじゃ問題はないのよ」

実際妖怪を退治するというのなら寧ろお札や針の方が効率的なのだよ

「霊力を使えなくしているこの建物の中でよく言うぜ」

だとしたら今の霊夢は普通の人間の力しか出せないか…唯一博麗の巫女が継承する能力を使えばなんとかできそうですけれど。

「やっぱりあんたの仕業だったのね!」

 

それは空を飛ぶ程度の能力と呼ばれたりしているけれど正確には浮く程度の能力である。

浮くというのも空間から、縛りから、世界からも浮くことができる。これによりありとあらゆる攻撃や空間干渉、時間的な干渉すら霊夢には効かなくなる。

ただし使えるかどうかは彼女次第だけれど。

 

「動くなよ。お前ら…こっちにはこいつがいるんだぜ」

倒れていた私を無理やり引き起こし、正邪が私に何かをかけた。妙にヌルヌルする…これは油?うわこいつやりやがった。

「あり?なんださとりも一緒だったのか」

ちょうど魔理沙さん達の位置からでは死角に当たりますからね。分からなくても仕方がありません。

「これ一緒に見えます?」

確かに一緒にいると言えばいるのですけれど……

 

「お前ら動くんじゃねえぞこいつがどうなっても知らねえからな」

完全に悪役じゃないですか。あ、悪役でしたか。なら安心…というわけでもありませんけれどね。

「っ‼︎…卑怯者!」

 

「卑怯者で結構結構‼︎そんじゃあばよ!」

あ、これ逃げる気ですね。確かに彼女にとっての時間は毒と一緒。直ぐに逃げた方が賢明なのは確かだ。ポケットから何かを取り出そうとしている正邪を見つめていると、霊夢が私を見つけていうのに気づいた。

ん?何か用ですか……

逃げられないかって?今はまだ無理ですよ。この状態ではね。

まあ私は気にせず直ぐに退治してくださいな。

それは出来ない?ならみすみすここで逃すのですか?私のことなんか気にしなくてもいいのに……霊夢もなかなか甘いところがありますね。

「転移系のマジックアイテムか」

魔理沙が道具の正体をいち早く見抜いた。転移系…まあ珍しくはない。、タネが分かってしまうと大体追尾されてしまう。特に魔術系のものは痕跡が多く残りやすいらしい。魔理沙あたりなら追いかけるのは簡単だろう。

 

霊夢達が躊躇してしまっている間に正邪が逃げ出そうとアイテムを起動させようとした。

「うふふ逃さないから…」

その声とともに正邪の手からアイテムが弾け飛んだ。

「なっ‼︎」

いつのまにか霊夢の後ろにはこいしが立っていた。ハート型の妖弾で狙撃をしたようだ。

「あたいだっているよ」

飛び出してきたのはお空に乗ったお燐だった。どちらも獣の姿で飛び込んできた。素早く私と正邪の合間に飛び込み、いともたやすく縛っている縄を切ってしまった。

だけれどお腹に開けられた傷の回復がまだのせいかうまく歩くことができない。

「さとり様を返してもらおうか‼︎」

正邪の前に着地する2人。その姿は一瞬にして人の姿となっていた。

でもそんな堂々と前にでちゃまずいんじゃ…

あ、お燐足何か踏みましたよ。顔青くしているから地雷か何かのようですね。

「形勢逆転ですね」

まあそれでも人数はこちらが上だしアイテムは遠くにはじけているからすぐに逃げるのは無理だ。

「ああ…そうだな…」

諦めてくれました?いや全然諦める気ないですね。どこまで天邪鬼なんですか貴女は。

正邪は床の一部を思いっきり踏み抜いた。その瞬間周囲の光景が一変した。

同じ部屋。だけれどさっきまでいたはずの霊夢やお空達の姿が見当たらない。

「まさかまた結界⁈」

 

「なんだよこいしと猫だけ残りやがったか」

動けるようになったからか少しづつ正邪から距離を取る。

「私だって覚り妖怪だもん。あなたがしたいことくらいわかるよう」

だからといってあの状態から結界干渉を避ける方法を余裕を持ってやるって恐ろしい子ね。

「あたいこれ何踏んじゃったんだい?」

 

「地雷だよ」

その直後お燐の体は宙を舞っていた。遅れてきた爆音で鼓膜が完全に麻痺してしまう。

流石に人間とは違うから手足がちぎれるということは無いだろうけれどあれでは大怪我だ。

一瞬ぶん殴ってやろうかと思ってしまったけれど正邪の片手は完全に私を照準を定めていた。下手に動けば返り討ちにされてしまう。万全な状態なら平気だけれど今の私はお腹に一撃…二撃喰らっているのだ。

「お燐‼︎よくも…」

 

「よそ見する暇はねえぜ?」

 

「きゃあ‼︎」

今度はこいしの背後で何かが爆発した。吹っ飛ばされたこいしのそばで再び爆発。

「こいし⁈」

何が起こっているの?

「あはは!不可視の攻撃だ!わたしにも見えないからどうしようもできないのさ‼︎」

自滅する可能性すらあるやつじゃないですか。あ…

すぐ近くに弾幕がまとまって着弾したらしい。そのせいで体が吹き飛ばされ、正邪の目の前に叩きつけられた。受け身を取れたものの急な動きのせいで傷口が再出血を始めてしまった。

やっちゃったなあ……

「そうだそうだ。早めにこっちもどうにかしないとな」

本能が警告。だけれど向こうのほうが早い‼︎

首を締め上げられそうになる。

だけれどその手が私の首を掴む前に、結界に新たな気配が入り込んだ。正邪の手が止まった。

 

「全く手間かけさせてくれたわね」

 

飛び込んできたのは夢想天生で完全に浮いた状態の霊夢だった。

確かにそれを使えば結界なんて無きに等しいです。使えるようになっていたんですね。

 

「っ‼︎だけどちょっと遅かったな‼︎」

首をつかもうとしていた手がそのまま私の胸ぐらを掴み上げる。

首しまって苦しいのですけれど…もうちょっと優しくしてもらえませんか?

ってそれは弾幕……?

「それは…」

 

「匂いで気づかなかったのか?こいつには油をたっぷりかけたんだよ。その状態で下手に弾幕を撃ってみやがれ。引火するぞ」

 

「油。こいつの服が濡れているのも油だよ」

ああ…だとしたらまずい状態ですね。

「……それ以上近づいてみろ。油に着火させるからな!フリじゃねえぞ‼︎」

 

「フリだったらどれほど良かったことやら」

そう言ってみるものの正邪に睨まれるだけだった。

だけれど周囲を巫女にこいしにと囲まれていたらそうなっても仕方がないだろう。

逆に言えば手がないのだろう。

外から壁を叩くような音が聞こえてきた。もしかしてお空達が来ているのだろうか。

 

「さとり様‼︎」

結界が突破されたのかお空と魔理沙が飛び込んできた。

だけれど罠に引っかかってしまったのか、それとも正邪があえて罠を作動させたのか、お空の背後から何十本もの矢が現れ、お空を襲った。

 

 

 

ごしゃっと音がする。

それが正邪の腕が捻り潰された音だと全員が理解した頃には、私は次の行動に移っていた。

「ほらどうしたんです?何を戸惑っているのですか。私を燃やすつもりだったのでしょう?やってみなさい!その瞬間貴女も道連れにしてあげるわ」

もう切れた。

「ぐう…このやろう‼︎どうなっても知らないからな‼︎」

正邪の姿がぶれた。次の瞬間私の体を炎が包んだ。

「お姉ちゃん⁈誰か水‼︎火を消さないと‼︎」

 

「いけない‼︎魔理沙あんた出来るでしょ‼︎」

 

「ちょっとまってろ‼︎それじゃあ…」

握りつぶした腕は偽物だったようで正邪は周囲の慌てようを見ながら脱出しようとしていた。

「逃すと思いました?」

でもそれを見逃すほど私は堕ちてはいない。確かに熱い。だけれどそれ以上に怒りの炎の方が強い。

燃える手で無理やり正邪を掴み引き寄せる。いくら体が焼けようとそんなことは些細な事だ。問題ない。

「あちち‼︎お、おまえ‼︎」

化け物め……か。あながち間違いではない。

「化け物で結構。では貴方は何者だ?化物を倒す存在か?だとするならどうして逃げる。私は逃げも隠れもしていない。かかってこい。さあ‼︎」

 

「ひ!燃え移るだろ‼︎馬鹿野郎‼︎」

 

焼けただれた左腕で正邪の首を掴む。

顔まで火が回っていないのが幸いでしたね。

そのまま振り回して地面に倒す。

「貴女はやりすぎた。私をこれ以上ないほど怒らせているのですよ。その代償は死をもって償うなんて温い物じゃないわよ」

 

正邪が何か言おうとしたけれどそれより先に私の体に冷たい液体が浴びせられた。魔理沙の放った水系の魔法だ。だけれど私の意識ですら一瞬そっちに向けられてしまった。

その一瞬を突かれて正邪は逃げ出した。弾き飛ばされた道具をいつの間にか回収していたらしく、霊夢が攻撃を行ったものの虚しく宙を切るだけだった。

 

「くそっ‼︎逃げたか!私が追いかける‼︎」

魔理沙が飛び出していく音が聞こえた。

「待っておくれ1人は危ないからあたいもいく‼︎あんたらはさとりを頼んだよ」

 

体から上がった白煙で周囲が見えなくなっている合間に事態が動いていたらしい。体の筋肉はまだ動く。それでも体力を回復に奪われるためかその場にへたり込んでしまった。

 

頬のところもひどく焼けているらしい。うまく口が動かせない。まあそれでも目は無事だからそこまで酷くはないだろう。私の体なら傷が残るということもないでしょうし……

「お姉ちゃん‼︎」

 

「母さん大丈夫⁈」

霊夢とこいしがそれぞれ駆け寄ってきた。

「ふふ……あははは‼︎」

 

頭がおかしくなったのではないかと思われてしまっているだろうけれど私はまだ正常だ。清々しいほどに……

「なんでもないわ…ちょっとおかしかっただけ。あそこまで感情を表せるなんてね」

一頻り笑ってしまうとなんだか落ち着いた。

「それより早く治療しないと…」

 

「このくらいすぐに治るわ。それよりお空とこいし、貴女の手当てが優先よ」

実際もうすでに焼けただれた皮膚が再生を始めていた。

煙のようなものが上がり鼻につく焼けた臭いが少しづつ消えていく。それに対してこいしの傷は私に比べて治りがとてつもなく遅い上に普通に痛みだって感じる。正直私より辛いはずなのだ。

 

あ、お空の方は貫通したのは数本。それもほとんど急所を外しているからそこまで酷くはない。ただ刺さった矢に毒が塗られている可能性や返しのついた矢尻だと色々と対処が大変だ。すぐに専門家のところへ連れて行ったほうがいい。

それにしても……髪短くなっちゃいました。

参りましたねえ…癖っ毛なので大変なのですよこれ……

 

「ってお姉ちゃんふく‼︎」

体はまだ火傷でボロボロ。その上服だって焼けてしまっている。油で燃やされたのだから水をかけたとしてもなかなか消えるようなものじゃなかったし仕方がないか。特に油を含んでいた服は途中で脱ぎ捨てましたし。

「ああそう言えば焼けちゃったわね」

このまま回復したら色々とやばいことに…ってもうなっているのか。だけれどまだ全身火傷状態だ。そこまでではないだろう。

「これ着てください」

お空がシャツを脱いで渡してきた。ねえお空それ上半身下着姿ってどうなのよ…まあ背中の傷がよく見えるから良いけれど…

いや私の裸シャツもどうかと思うけれど。

それでもないよりかはマシだった。

「あんたを失うのが1番辛いんだから心配かけないでよ」

霊夢に頭を小突かれた。

「そうは言われましても……」

私は私自身の価値を理解することはできない。




さとりは脳を直接破壊するか心臓を破壊するかしないと死なない超生命体
こいしも実は同じ。ただし回復はさとりの半分の速度。痛みを遮断することもできない


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depth.233弾幕天邪鬼

治療のために私を除いた数人が永遠亭に行っている合間にも、異変はその様相を変えていった。主に収束に向けてだけれど。

どうやらある段階から小槌の能力が切れたのか、霊夢達が持っている道具は段々と自我を消失していきそれとともに各地で暴れていた妖怪の一部が鎮静化。山や人里に攻撃をしようとしていた妖怪の一部も劣勢と見るないなや逃亡を始めたようだ。

 

家に一足先に戻り服を無理無理着替えていると、どこをどう駆けずり回ったのか泥まみれのお燐が戻ってきた。

「それで異変の根本的原因には置き去りにされ追尾も難しい状態になって逃げられたと」

その場に独特の波長の妖気を出す小槌を放り投げ捨て、混乱している地域をあえてかき回すように逃げ回り追手を撒いた。なんともまあ正邪らしい。逃げるに関しては私と同じくらいだろうか。なんだかんだ彼女と私は行動が似ている。もしかしたら似たもの同士なのかもしれない。滑稽という点でだけれど。

「あたいらを撒こうとして小槌を振ったけれど力が底をついたらしくてね。でも天狗の団扇を持っていたのには驚いたよ」

それって結構大事なものだったのではないだろうか。管理ゆる過ぎると思うのだけれど。

「何大事なもの盗まれているのやら」

 

ただ一概に誰かを責めるというのはできない。内部からの裏切りなどもあるから。正邪が各所から盗んだものはかなりの量になるし、小槌の力が移った一部の道具も霊夢達によって元の状態に戻されている。だけれど多くは正邪が持ち出したはずだ。

つまりその道具を悪用された場合再び異変クラスの何かを引き起こせるのだ。

幻想郷は表面上異変解決で安堵が広がっているように見えても実はかなり冷戦状態だった。

「正邪がどれほどの道具を持っているかは見当ついた?」

 

「所在が分からない道具は申告で半分くらいですかね。あたいらが追尾した時も相当の道具を持っていたように見えますけれど他の場所に隠している可能性もありますから」

プライドに関わるからなのかどんな道具が盗まれたのか。どのような道具を正邪は持っているのか。その全容は不明なままだった。私が今持っている権力と伝を総動員して独自に調べ上げてもこれだ。

ほとんどが消極的、中には道具を盗まれたことを隠そうとしている場合もある。その道具がないと一族が他の存在に襲われてしまったりする場合もあるから仕方がないか。

おかげで対策は取れないままだった。地底でトラブルを起こさなければ別に良いのですが、そう簡単にはいかないでしょうからね。

 

いまだ腕の一部に残っている火傷の跡をお燐が見つめていた。

「そのうち消えるわよ」

 

「跡にならないと良いですね……」

 

大半の傷は治ったとはいえやはり妖力が枯渇しているのか一部は治らないで未だに残っていた。私は別に気にしないのですが女の子なのだから気にしろとみんなに言われてしまう。

なら勇儀さんはどうなんだと話に出してみたものの、彼女もよく言われているらしい。

特にパルスィなどに。

 

 

 

 

あれから数日ほどして、ようやく正邪がばらまいた混乱が収束し始めた。私もいつまでも休んでいるわけには行かずすぐに通常業務に戻っていた。

特に訪ねてくる人もいないので静かに執務室でもろもろの被害報告をまとめていると珍しく幻想郷の賢者が扉から入ってきた。

 

「ごきげんよう」

いつものドレスではなくなぜか古めかしいドレスを着ている。なんだろうそんな気分なのだろうか?

「入口から素直に入ってくるとは珍しいですね。今お茶出します」

なんだか分からないけれどレミリアから紅茶をもらったので入れてみることにした。

お湯は沸かしてあるのでいつでも作り立てを出すことができる。

「気が利くわね。じゃあいただこうかしら」

 

「折角ですし茶菓子もどうですか?ティータイムには少し早いですが」

まあティータイムは珍しいですけれどね。

 

「別に遊びにきたわけじゃないけれどありがたくいただくわ」

 

「込み入った話があるようですね。わざわざ外を通ってきたのでしょう?」

理由はおそらく地底のヒト達に紫が地霊殿に向かったということを知らしめるためだろう。そうでなければ隙間でさっさと来てさっさと用件だけ伝えて帰るはずだ。そうしたほうが圧倒的にトラブルが少なくて済む。

あえてそれをしなかったのなら考えられる可能性は一つだけ。

アピールだ。

「あら、やっぱりわかっちゃった?」

 

「さっき外の方が少し騒がしいと妖精が言っていましたからね」

出来上がったお茶とお菓子を差し出せば、ありがとうと早速手をつけ始めた。

ああ、昼食べてないのですね。そりゃお腹が空くでしょうね。お腹が空くと思っているのなら。

 

 

「正邪を指名手配しましたわ」

紫自身が各所に注意喚起……つまり紫の能力でも追尾できないか或いは正邪の心を砕くための策か。どちらにしても正邪は幻想郷では生きていけない。敵に回すものが大きすぎたわけだ。

「へえ…それを伝えにわざわざ?」

 

「ええ、無法者も受け入れる地底は危険人物の隠れ蓑として機能しやすい。もしかしたら来るかもしれませんわよ」

ありえない話ではないけれど今すぐということはないだろう。少しばかりトゲのある言い方だけれどなんだかんだ悪の受け皿も無いと社会って回りづらいところがあるのですよ。必要悪というやつですね。それにそういう彼らもうまく使えばそれなりの力になってくれますからものは言いよう見よう。

「隠蓑は否定できませんが同時に入ったら一生出られない監獄に近い存在ですよ。旧都は」

地底は二つの性質を持つ。一つは地上を追われた者達の最後の居場所。危険人物の隠れ蓑として機能してしまうのもこの性質があるからだ。だけれど、表向き治安は悪くない。

もう一つの性質で地底の管理を行う鬼の存在がある。これのおかげなのか危険人物であろうと流石に表立って行動すればすぐ鬼にボコボコにされてしまう。下手をすればその場で処刑執行なんていうのも結構日常茶飯事なのだ。だから表向きの治安はかなり良い。裏はもうちょっとドロドロとしているはずだけれどそれでもある程度の道理はある。無作法に暴れて裏で処分されたなんて黒い噂は意外と地霊殿にも流れてくる。

郷に入っては郷に従え。その名の通りであり地底の裏のルールは余計なことをせず静かに暮らすというもの。正直そこ以外に行く場所がないからそこがなくなったら結構困る方が多い結果とも言える。

「それにしても指名手配なんて珍しいことしますね」

幻想郷で異変を起こしたくらいじゃ指名手配にはならないしそもそもいくら危なくてもケースバイケースで大半は見逃されてきていたはずだ。あとはその場で処刑しちゃうか。

「それだけ彼女が危険人物だということよ」

「数多の道具を奪い戦力だけでいえば再び幻想郷を危機に陥れる程度の力を持っている危険分子だから……ですか」

大方そのようなものだろうか。あと指名手配されているのは例えば種族内で裏切りを働き追われる身となった者だったり知ってはいけない秘密を知ってしまったりなど。でも幻想郷全体で大々的にということは少ない。

「ついでに指名手配と一緒に倒せればそれなりの賞与を与えるわ。手段と期限は問わない」

ガチでやる気というわけではなさそうだ。

「完全に道楽にするつもりじゃないですか」

喩えるならローマ帝国のコロッセオで行われていたものなどそれに近いかもしれない。溜まった不満を解消するには倫理的には危ういようだが効果的な方法だ。

「弾幕ごっこではない別の道楽。合法的にやれる快楽ショーとして機能させようということですか」

私の指摘は涼しい顔をして流された。

「なんのことやら」

 

「人が悪いですね。まあそれが嫌ってことではないですけれど興味が湧かないので通達だけはしておくことにします。勇儀さんあたりなら嬉々として戦いに行くかもしれませんね」

まあ私は興味ないから放っておこう。

やりたい奴がやればいいのだ。

こいしとかお空とか元気が有り余っているし多分地上で暴れるだろう。ルールなし弾幕ごっこ。まさしく生か死か。争いなさい。その運命に…

「あらそれは楽しみね。後で私から直接言っておきましょう」

 

「やめたほうがいいですよ。紫は鬼と相性悪いですし」

私も大概に相性が悪いから一部の鬼からはすっごい嫌われているのだけれどそれだけで済んでいるのは何かと鬼の総大将に気に入られてしまっているから。それがない紫じゃ多分冷遇でああ良かったと言ったところだろう。

「失礼ね。道理ならちゃんと通すわよ」

そういう問題ではない。

「心理的な嫌悪というのもあるので道理を通してどうということじゃないですけれど……」

 

「じゃあ貴女に一任するけどいいかしら?」

別にそれくらいなら問題は無い。

「構いませんよ。私も私で勇儀さん達のところに行く用事がありますし」

 

「じゃあお願いね。後紅茶とお菓子ご馳走さま。助かったわお昼食べてなかったから」

ああやっぱりご飯食べれてなかったのですね。

少しばかり冷めた紅茶で口を湿らせていると、いつの間にか紫は部屋を後にしたらしい。

他にもまだ行くところがあるのだろう。

ふとテーブルの上に何かが置いてあるのに気がつく。

小さな和紙に包まれたそれは掌に収まる程度の大きさの勾玉の半分だった。

軽く妖力を流すと空中に半透明のモニターのようなものが投影された。

なるほどこれで正邪との戦いを見て楽しむと……やることが黒い。

 

 

正義とはただの大義名分。

絶対正義とは暴力の根源。

であれば世の中何が正しいのか何が正しくないのか?その基準とはなんなのだろう。

言ってしまえばそんなもの誰かの主観であったり社会の都合であったりでまちまちなもの。或いは社会が基盤とする常識だったり誰かが掲げる心情によって。いくつも存在する。

結局正しさなんてものは世の中には存在しない。あるのは結果だけだ。

 

なら映像の中で繰り広げられるこれもまた結果の一つなのだろう。あきらかに半転した善と悪。こうもあからさまに反転してしまうと閻魔様も大変だろう。いやあれは確立した絶対基準があるから大丈夫なのか。

「ふははは‼︎なんだ小鬼‼︎その程度なのか?貴様の本当の力はそんなものじゃないだろう!」

まるメガネをかけてわざわざ赤いコートとスーツを着たレミリアが興奮気味にグングニルを放つ。神話に出てくるそれをモチーフにしているだけなので百発百中ではないけれどそれでも正邪の足元を吹き飛ばしバランスを崩させていた。随分とハイになっているなあ…

「そうね。こんな程度じゃ私楽しくないわ。もっとたくさん楽しみたいのに」

レーヴァティンが周囲の草木を巻き込みながら正邪に襲いかかる。

「吸血鬼姉妹とまともに戦える道理がどこにあるんだよ‼︎」

ないですね。私だってあんな闘いされたら尻尾を巻いて逃げますよ。それか吸血鬼が不利になるようステージを作り替える。

「壊れちゃったら治してあげるから。特別なんだよ?本当なら壊したら捨てちゃうんだから」

能力まで使うか。でもそれを使ったらあっさり終わって面白くないからなのかフランはわざと道具や正邪の近くのものを破壊していた。

「こえええええ‼︎」

観戦している私も冷や冷やする。これを見て楽しいと思えるほど私の心は娯楽に渇望してはいなかったようだ。まあ自業自得なのですけれどね。

「これのどこが面白いのだか…」

 

「そんなことないよお姉ちゃん面白いじゃん」

隣で見ていたこいしは映像に夢中だった。というより私やお燐を傷つけたりなんだりしたその怒りをぶつけてるようにも見えた。どれだけ恨むのよ。いつまでも恨んでいるとつまらないわよ。

「わからないわね……」

結局私にはまだ理解できるようなものではなかった。もうちょっとすれば……或いは完全に妖怪になり下がれば楽しめるのだろうか。

「程々にしておきなさい。人をいたぶるのは麻薬みたいなものだから」

古代ローマ帝国然り古代中国然り、人が生死をかけて戦う様、そして一方が嬲り殺される様というのは広く娯楽として広まっていた。

そのことを考えれば人間のままでも場合によっては楽しめてしまうのかもしれない。人間の残虐性とは本当に恐ろしいものだ。

どこまでどんなことができるのか?理性という鎖がなくなった時……人は残虐性の化け物となる。なまじ人と共存している妖怪や神、或いは霊と言ったものも人間に負けず劣らず残虐性は高い。なんだか生き物不信になりそうだ。

まあいまに始まったことではないしだからといって私に残虐性がないなんてこともない。

「もうちょっと簡単に考えたら?」

思考でも読んでいたのかそんなこいしの慰めのようなアドバイス。

「それができたら苦労がしないわよ」

 

「お姉ちゃんらしいと言えばらしいけどさ」

そうかしら?

 

「せっかくだし慰めの報酬見る?」

映像を消してこいしが立ち上がった。

「見ようにも機械がないじゃない」

 

「河童のところに行けば貸してくれるかもね」

というかそれだけ見てもわからないでしょ。



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depth.234 さとりは選ぶ

普段通りとはいかないにしても失ったものはもう元には戻らないと皆思っているのか今までの日常というのはそれに近い別の日常という形で戻ってくる。

 

地底の治安を維持する役目を買っている勇儀さん達が正邪を討伐するのに地上に行くことになり、代理で私達が治安の維持として見回りや喧嘩の仲裁。小規模犯罪の鎮圧を行うことになってしまったのはきっと日常が日常じゃないからなのだろうか。

 

正邪の起こした異変から一ヶ月。なんだかんだ言って流れかけてしまっていた異変解決の宴会が昨日開かれ一応の異変終結が宣言された。

宣言と言っても気持ちの切り替えのようなもので、異変後に宴会を開くことで心機一転としているものらしい。

私はあまり参加しないので良くは知りませんが大半は異変関係ない酒飲み達なのでなんとも言えない。

 

誰もいなくて久しぶりに静かな自室でのんびりとしていると、部屋の扉を誰かがノックした。

そのまま私の返事を待たずして扉が開かれた。

「さとり様、見回りいきましょう!」

入ってきたのはお空だった。背中の羽が大きく羽ばたいている。私と一緒に見回りをするのを楽しみにしていたようだ。時計を見れば確かに、もうそろそろ見回りの時間だった。

「あら、もうそんな時間だったのね」

 

 

地底に昼や夜の境は存在しない。だけれど地底に住むもの、訪れる者は地上における昼夜の生活を基本としている。そのため年がら年中夜もどきでもそれなりに時間感覚は狂うことはない。

だからなのか地上における午後7時を回ってくると酔っぱらいによる揉め事が増える増える。

喧嘩っ早いヒト達が多く住んでいるから仕方がないにしても観光できている側からすればたまったものではない。巻き込まれたくもないだろう。だから程々のところで他のヒトが仲裁に入るかしているのですが酔っ払っているとそれすら効果がない時が多い。場合には私達の出番となる。

結果としてこの時間帯の見回りは危険が多いと言うことでエコー達妖精は必然的に外され私達が入ることになっている。

今の今まで一度も揉め事無しに終わったことはないということからも分かるだろう。やっぱりこういうのは喧嘩上等な勇儀さん達にお願いするのが良いに決まっている。

 

必要なものを持ち、部屋の外で待っていたお空と合流。

地霊殿を出発する。

地霊殿周辺は飲み屋が殆どないから比較的静かである。正直地霊殿が近いからか犯罪も少ない。だけれど命知らずか純粋な馬鹿がいるのか犯罪が全くないと言うことはない。

 

 

 

 

 

やっぱり今日も喧嘩が起こっていた。

「やっぱりやっているわね」

それも血の気の多い客が多いこと多いこと…周りも観戦してしまっていてまるで野良レスリングでもやっているんじゃないと言ったところだろうか。

観光できているであろう人とか店員のことも考えなさいよ。

 

このままだと建物に致命的なダメージが入りかねないし第三者が巻き込まれる可能性もある。

最初に動いたのはお空だった。

所詮は酔っ払いの喧嘩。体格がひとまわり小柄なお空であってもうまく体術をかけることができればそんなに難しくはない。

あっさりと2人を床に押さえつけてしまった。

「あまり暴れると迷惑ですし制約をかけますよ?」

お空に押さえつけられていると言うのに全く威勢が衰えていない。お酒に飲まれちゃっていますね。

「んだとゴラア‼︎」

 

話が通じない方々ですね。これは仕方ありません。少し眠っていてもらいましょうか。

 

お酒を飲んでいるとはいえ屈強な妖怪だ。催眠術のような類は私は使えないから眠らせるのは容易ではない。でも容易ではないが出来なくはない。

要は意識を一時的に刈り取ってやれば良いのだ。それくらいなら私の能力の出番だ。

意識が寝ている…睡眠時の状態を想起し、相手の意識を上書きすればいい。

「お酒が回ると寝るのも早いですね。それじゃあこの2人は回収致しましょうか」

眠らせただけでハイさようならと言うわけにはいかない。起きた後も暴れる可能性が残っている状態で後の判断を店側に任せるのは危険極まりない。なのでこの2人はすぐに妖精達に地霊殿まで運んでもらう。

 

「じゃあ行きましょう……」

 

「分かりました」

外套を被っているとはいえそれでも周囲からの目線は気になる。内心何を考えているのかは知らないけれど、良いものではないように思えてしまう。実際そうなのだろう。目を見れば不満そうですし。

でも治安維持には必要なのだ。だけれど今日はやけに荒事が多い気がする。

お店を出て数分もしないうちに今度は通りで喧嘩が発生しているからどうにかして欲しいと1つ目の鬼が駆けてきた。

聞けば酒の飲み過ぎで大柄な妖怪が暴れているらしいが元々かなりやばい思考の持ち主だったらしく正義のためだと喚きながら周囲のものに八つ当たりしているそうだ。

やばい薬でも使っちゃっているんじゃないんですかねそれ。保護した後に検査しましょう。

知らせに来てくれた一つ目の鬼の案内で現場に行けば確かに道の真ん中で大暴れをしている陰摩羅鬼がいた。その攻撃は周囲の建物にも及んでいる。このまま放っておくと人的被害が出かねない。

 

「おやまあ随分と血気盛んですね。感心しますがもっと他の事に使ってくださいよ」

破壊された建物の残骸などを振り回していて近づくのは難しそうだ。

「警告です。すぐに暴力行為を停止して身柄を拘束されなさい。沈黙は否定とします」

 

返ってきたの沈黙。というよりガン無視。だめだこれ。全く止まる気がない。

 

投げ飛ばされてきた薪割り用の斧を咄嗟に避けようとして踏みとどまる。

背後には案内してきた妖怪や遠巻きに見ている野次馬がいる。ここれこれを避けたら薄路に被害が行くのは確実。仕方がない。防ぎますか。

結界を張って変な方向に飛んでいくのも困るので取る方法は一つ。想起するのは力において私の知る限り最強の存在。

振り上げた拳を、タイミングに合わせて振り下ろす。

真横に向けですっ飛んでいくその運動エネルギーの全てを打ち消し真下に向かわせる。

当然斧はその胴体全てを地面にめり込ませ、止まった。

 

さて正当防衛追加で行きましょうか。

まずは動きを止めること。既にお空が飛び出したけれどこの距離では接敵まで時間がかかる。まずは彼の動きを止める。

放つのは1発。周囲への被害が出ないように慎重に。その胴体へお見舞い……

あれ?

今一瞬下半身が動かなかった。それどころか片足から変に力が抜けかけた。だけれどほぼ同時に彼へ向けて弾幕を撃ってしまった。

完全にずれてしまった妖弾は彼の足を貫いた。

胴体に当てるはずがそっちに当たるとは…まあいいか。

痛みで転げ回っている鬼をお空が素早く押さえつけた。腕の関節を逆側に曲げてしまえばいくら力があってももう動けない。

先ほどのようにして無理やり意識を昏睡させる。次に目覚めるのは朝方だろうか。

 

 

近くにいた妖精さんが鬼を抱えて地霊殿の方へ飛んでいくのを見ながら私は体の不調を探っていた。

動かなかったのは腰から下。となると体の一部に負荷がかかりすぎた?でも今までそんなことはなかったし……

「どうしたんですかさとり様」

 

「……なんでもないわ」

今問題ないのならまだ大丈夫だろう。終わったらすぐに永遠亭に行った方がいいかもしれないわ。

でも今からでは夜遅くになってしまうだろうか?一応彼女たちは昼夜の概念くらいあるだろうしそっちの常識の中で生きているはずだから考えないといけない。

 

その後も一瞬だけ下半身が動かなくなるというのは何度か発生した。だけれど致命的なミスになったのはこの一回だけだった。

 

 

私が珍しく永遠亭に足を運んだことに永琳は素直に喜んでいた。やっと研究される気になったのねと。別にそういうわけではないのですけれど。

いつもと変わらない表情で研究されに来たわけではなく体の不調のため来たということを伝える。

「体の一部が動かなくなった?」

怪訝な顔をされてしまう。まあ仕方がないだろう。

「正確には下半身ですね。今はなんとも無いのですが目の一件もありますし」

その時と同じだろうか……

「そういえばそれ見えてなかったのね」

片目だけですけれどね。

「でも貴女の体は特殊だから見てもわからないかもしれないわよ」

渋い顔をしながら、永琳さんは私の頭に手を置いた。

「構いません」

 

「分かったわ。でも期待しないでね」

永琳さんはそう言って私にベッドで寝るよう指示をしてきた。勝手に解剖でもされないかと思ったものの彼女のことだから無断でそんなことはしないと判断し横になった。

 

しばらく体の至る所を押したり引っ張ったり何かの機械を取りつけられたり写真を撮られたりしていると、独り言が聞こえてきた。異常は殆ど見られないとか新陳代謝がどうのこうのとか。しれっと私を研究しているようだ。別に構わないけれど……

 

「そうね…だいたいわかってきたわ」

上半身だけを引き起こして、永琳さんの方を向く。副次的にいろんな情報が手に入ったとかなり満足そうにしている。でもちゃんと診断してくれたのだから文句を言うことはできない。

「急速な破壊と再生。本来なら破壊された部分は時間をかけて自然回復するけれど貴女の場合それが何らかの作用で急速なものにされているの」

へえ?あの回復ってそういうものだったのですね。

「根本的な原因はわからないですか」

まあそこがわからなくても今は問題ない。根本的なところを知ったとしてもだからどうするのかと言えば多分私は何もしないだろうから。

「さあね。吸血鬼がこれに近いけれどあれは再生時間が早いのと体の一部が物理的に不安定だからできることよ。貴女の場合はそうじゃない」

 

「急速な回復による弊害はいくつかあるけれど細胞が不完全な再生をしてしまう可能性は貴女に限って言えばないわ。問題は……」

 

 

 

 

 

ああ…そういうことでしたか。

彼女の説明は私の限界を伝えていた。薄々理解はしていたけれどこうも体に響いてくるとは……

正邪もとんでもないものを私の体に植えつけましたね。嫌がらせでしょうか…或いは天邪鬼だから?

「ちなみに目の方は…」

ついでだから聞いてみることにした。半分は永琳さんの話を忘れたかったから。

「そっちは代償みたいなものだし概念自体食われている可能性があるわ」

やっぱりこちらは代償として持って行かれてしまっているから無理か。まあ仕方がないか。

ってことはもう治らないのですね。まあ仕方がありません。それは諦めましょう。

 

「このことは誰にも話さないでください」

 

「…一応医者だし守秘義務は守るけれど……貴女のためにはならないわよ」

 

それでも良いんです。私は本来否定されるべき存在。その否定が早くきてしまっただけなのだろうから。

 

「分かったわ。こちらもどうにかしてみるから耐えなさい。いいわね」

 

 

私に苦手意識を持っている優曇華は顔には出さなくても内心びくびくしながら私を玄関まで案内してくれた。本当なら迷いの竹林の外まで送ってもらって欲しかったけれど彼女に与えたトラウマを考えたらそれは無理そうだ。

去り際に謝ってみたら無表情を貫こうとしていたその顔が驚愕に染まった。

謝られるとは思っていなかったのだろう。

 

永遠亭が見えなくなるところまで歩いていけば、完全に方向感覚はあてにできなくなった。

普通の竹林ではない特殊な空間。

たまには迷ってのんびり歩くというのも悪くはない。不思議とこの奇妙な居心地の悪さが心をくすぐって楽しいのだ。

風のざわめきがするけれど私の肌に風は当たらない。

 

 

そんな人を惑わす幻想を楽しんでいれば、目の前に竹林とは合わない奇抜な色が飛び込んできた。

それは字面に横たわる大木のように見えた。近づいていけばそれは人の形をとって行き、いやでもだれかが倒れているということに気がつかされる。

「……」

それは少し前まで敵対していて、散々紫達幻想郷の賢者が見世物として弄んでいた存在だった。

 

「……正邪?」

なんでこんなところに倒れているんですかね?あれですか?激戦繰り広げて力尽きたんですか?でも生きてはいるようだから別に力尽きたわけではないか。

しかし道具が入ったバッグを抱き抱えているあたり気絶中でもずいぶんと警戒しているようですね。もしかして敵意を感知したら起きるんじゃないんですかね?それはないか……

少し見ただけでも至る所に切り傷、打撲痕、腕に関しては裂傷していた。これ放っておいたら感染症になりそう。

 

 

このまま放っておこうかと思ったけれどなんだかそれは後味が悪い気がしてきた。だけれど個人的にも幻想郷としても彼女を許すことはできない。相反する感情が渦巻き始めた。

……よし決めました。

 



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depth.235さとりの慈悲

くそう…痛え。

空間跳躍を使う直前に一発喰らっちまった。まあそれだけじゃねえけど1番効いた。あーもう痛え。最悪だ。

もう3日も追いかけられて寝れてねえ。体力も限界だ。まあ迷いの竹林だしそう簡単には見つからないと思うけど。

少し寝たほうがいいかも……

 

敵意が有れば流石に気付くし飛び起きることができるはずだ。

それよりも今は体を休めないと…体全体が激痛に襲われて、思わずその場に倒れ込んでしまった。

 

体に変な違和感。周囲に敵意はなかったものの体の違和感だけが脳に警告を送ってきた。

「……っ‼︎」

 

地面の匂いがしない。それどころか自分が今包まれているものは落ち葉とか土とかじゃない。もっと柔らかいもの‼︎

腕にかぶせられていた布団を蹴り飛ばす。まだ体の一部が痛かったけれど。そんなこと気にしている場合じゃない‼︎無理やり目を開ければ、そこはどこかの洋風な部屋だった。一瞬紅魔館かと思ったものの雰囲気的に違う。

どこだここ…

ベッドと机以外には何もない質素な部屋。だけれど壁紙は薄い青でトーンを落ち着かせているから気分も落ち着いてくる。扉は一つだけ。しかも普通の家にあるような引き戸ではなく紅魔館などにあるドアノブ付きのやつだ。

やっぱりここ紅魔館じゃないのか?だったらどうしてこんなことを?

ともかくここを出ないと……

「おや起きていたんですか」

ベッドから出る前に扉が開かれた。

軽い音だけで開いたところを見ると鍵はかかっていないみたいだ。ただ入ってきたやつは想定外のやつだった。

「てめえは‼︎」

ややピンクがかった紫の髪を肩あたりまで短くしていたけれど、紛れもなくそれはさとりだった。

「あまり騒ぐと傷に障りますよ。それにここにいるのがバレるじゃないですか」

顔色一つ変えずにあいつはそう言った。別の奴らにバレるとまずいってことはこいつがここに匿っているのはこいつの独断か。だったら隙をついて逃げ出すこともできなくはないが……外の戦力が分からない状態では無理に動けねえ。

「……何が狙いだ?」

 

「狙いって?」

とぼけやがって。いや、本当に狙いなんてなかった?だけれどならどうして私を助けてんだこいつ?普通賢者に突き出すか実験材料とかに使うに決まっているはずなのに。

「どうしてお前が私を助けるんだよ?」

顔の表情は変わらないものの、こいつは照れ臭そうな仕草してやがった。

おかしいだろう?何度も殺しかけたやつだし本気で怒らせたやつだぞ?なんでそんな笑っていられるんだよ。天邪鬼だって分からねえあいつの思考回路。

「あー…まあ見つけてしまいましたし?怪我していましたし」

それだけ?そんなの放っておけばいいだろ。なんでそんなこと……

まさかお人好しなのか?だとしたらとんでもないお人好しじゃねえか。

「憎いとか思わないのか?」

そう聞いても表情も雰囲気も変わらない。仙人を相手にしているみたいだ。本当に悟ってるんだかさとりって……

「そりゃ憎いですし怒りだって覚えてますよ。でも感情に任せて理性を捨ててしまうのはもっと嫌なんですよ」

最後の言葉が出た瞬間ちょっとだけ安心した。結局自分のためだったか。だけれど生き物はそれが正しい、それが当たり前だ。物語の主人公だって多くは自らのエゴを貫き結果として周囲を救うかもしれないがやはり根本は利己的なのだ。まあただこいつはちょっとおかしい気がするけれどな。

 

「まあ確かに言われてみればこれは私のエゴです。でもそれでいいじゃないですか」

どうやら心を読んだらしい。こんなんじゃ考えてること全部筒抜けじゃねえか最悪だ……

「あんたも妖怪らしい一面あったんだな」

今まで全然妖怪らしくねえから困惑してたけれどやっぱり大丈夫だ。こいつは妖怪だ。だとしたら私を助けたのも何か明確に目的があるはずだ。

「妖怪ですよ。でもそれとこれとは話が少し違いますからね」

前言撤回。なんかこいつやばいわ。

「……」

指名手配で散々酷いことやってきた相手を介抱するって普通の精神じゃねえ。

「少なくとも今の状態で外に出ればあっさり閻魔様送りにされてしまいますからあなたにとってもここで養生するのは利点があると思いますけれど」

暗にそれは外に出たら死を意味している。なんでそこまでして私を助けてんだよ。

「怪しすぎるんだよ……何かの実験体にするつもりじゃねえだろうな?」

真っ先に浮かんだのは化け物への改造。私は嫌なことは率先してやるがやられるのは嫌だ。

「そんなつもりはないですよ。実験体なら今頃手術台の上です」

まあ確かにそうだろうな。だけれどそうやって油断させたところを絶望に叩き落とすという可能性もある。私もそういう手で美味しい思いをしてきたからよくわかるんだ。

「もう直ぐご飯ですから寝ていてください。荷物はそこの戸棚の中にまとめて入れておきましたから」

あ?荷物見当たらねえと思ったらそんなところに入れてたのか?無用心すぎるしわざわざ教えるか?意図が読めねえ。

「出て行くとか考えないのか?」

 

「肋骨7本が折れているんですからね。痛み止めが切れたら激痛ですよ」

ああそういうことかよ。妙に体の感覚が鈍いと思ったら痛み止めを飲まされていたのか。それにしてもそれだけじゃねえだろ。なんか足の方も感覚が変だぞ?まさかこっちも折れているのかよ。

「……クソ」

 

「それじゃあごゆっくり」

 

「訳わかんねえよ……」

その呟きは閉まる扉に阻まれてあいつには届かなかった。

どうして命を狙った相手をエゴだけで保護できるんだ……

 

 

暫くベッドで横になっていると暫くしてあいつがまたやってきた。ドアに鍵をかけてやったから開かないだろうと思ったら外側から鍵を外してきやがった。まあそうだろうな。鍵ぐらいあるだろうからな。

 

「ご飯持ってきましたよ」

お盆には何やら黄色い物体が載っかっていた。卵焼きのようにも見えるけれど匂い的にもなんだか違う。よくわからない食べ物だった。だけれど食欲をそそられる。

「ひっくり返してやろうかそのご飯」

やっぱり私は天邪鬼。どうしても素直にはなることはできない。少しだけ胸のあたりが痛んだ気がしたけれど気のせいだろ。そうさ気のせいだ。

「餓死する気ならそうしてくださいな」

そのままベッドの上に置かれたお盆を下げようとしてきたから慌てて止めた。流石に空腹を我慢するのは天邪鬼だって無理だ。だが親切にされているという事実が天邪鬼の性質に反応して嫌悪してしまう。

「あーもう‼︎分かったよ食うよ‼︎」

嫌悪を我慢して無理やりその卵焼きみたいなものを口に入れる。

温かい飯なんて一週間ぶりだろうか。追われる身になってからは火も起こせねえからな。なんだか暖かくなってきた……

くそう…嫌悪がなければもっと楽しめたのになあ。

「卵料理か?」

卵焼きの塊かと思ったらちゃんと中にお米が入っていた。赤く味付けされていてお米の味はあまりしないけれどな。

「オムライスよ。外の世界の食文化だけど口に合うかしら」

外の世界の食事は総じて味が濃い。だから舌が慣れていないと美味しいと感じることはできない。そんなことを骨董品の店主が言っていたけれどそうでもないな。いや……珍しく目がニコニコしてやがる。味の調整くらいはしたんだろうな。

「さあな…」

 

黙ってベッドのそばでじっとこっちを見つめているから何だか落ち着かない。その顔を少しだけ悲しみに沈めてやろうかと思いとっさに嘘をついてみた。

うめえ……

「……まずい」

 

「それはよかったです」

ああそうだこいつさとり妖怪だからすぐバレるんだった。くそう…なんだか自己嫌悪になりそうだ。

早く出て行ってくれよ…

 

「じゃあ食べ終わった頃合いでまた来ますね」

気を使ってくれたのかさとりは静かに部屋から退散していった。

私がご飯を食べる音だけが部屋に残った。

冷めないうちに食べちまおう。傷が治ったらさっさと出ていくつもりだからな。

 

 

 

「お姉ちゃん正邪見ないね」

こいしがそう言ったのは私が正邪を匿ってから2日目だった。多い時には1時間に一回とかのペースで通信が来ていたあの道具も2日間何もないとなると流石に皆不審に思ってくる。何せ幻想郷の大半が正邪を探している状態なのだから。

「そうね。どこかに潜伏しちゃったんじゃないの?」

ここ地底もその例には漏れない。だけれど潜伏できる場所というのは意外に多い。万全の体制になった正邪ならきっと今と同じように身を隠すだろう。その時はなんでしょうね…金があればなんでもやるチームでも作るんでしょうかね?それともレジスタンスとして活動するのか。まあどちらでもいいや。

「そうかもしれない。うーん私も戦いたかったのになあ」

そういえばこいしは一度も戦っていなかったのね。正直こいしと正邪を会わせたくはない。多分正邪が破片一つ残らない可能性があるからそれこそ永遠の行方不明になってしまうだろう。

「あきらめましょう。そのうちふらっと出てくるかもしれないわよ」

そうは言うものの、やはり不満なのか彼女の表情が晴れることはなかった。

「あたいも正邪を見かけたら連絡しますし、そうそうあれに関わらなくてもいいと思いますよ」

 

「そっか…お燐ありがとう」

 

流石に私が正邪を匿ったというのは誰にも知られてはいないようだ。紫もどこかに潜入してしまったと判断したらしくちょっと残念がっていたし。

まあ彼女を匿うのは一時的なもの。そのうちまたどこかで活動するだろう。

その時はちゃんと捕まえて引き渡すとしましょう。甘いと言われるかもしれませんけれど。

 

こいしはフランちゃんのところに遊びに行くと言って飛び出した。相変わらず急なんだから。

お燐はお燐で何やら用事があるようだったのでお空を連れて旧都に出かけて行った。

 

地上にある私の家は想像以上に静かになった。

そうしていると、ふと後ろに気配を感じた。誰もいなくなったのを悟って彼女が出てきたのだろう。

「なあ、私を匿って大丈夫なのか?」

振り返って彼女の瞳を見れば純粋に心配しているようだった。なんだあなたもそんな目出来たんですね。天邪鬼と言えどある程度の良心はあるというわけですか。

「ばれなければ大丈夫でしょうね」

だけれど私の言葉で心配そうだった瞳が一気に悪巧みをしている時の目線に変わった。やっぱり良くも悪くも正邪らしい。

「あっそう……じゃあ後で思いっきり言い触らそう」

 

「その時はあなたの舌を引き抜かないといけませんね。口を開けてください」

雀の舌を抜くのより難しそうですけれどできなくはない。まあすごい痛いでしょうけれどね。

「ヒっ!わ、分かった!努力はする!」

 

「……天邪鬼ならそれくらいで十分でしょうね」

言わないなんて言われたら絶対言いふらすでしょうし。人の嫌がることをやるのが天邪鬼だ。こちらがノーを言っても無意味だろう。

 

「それより起きてきたってことは……そろそろ痛くなってきたんでしょう?」

サードアイで心をのぞけば罵倒と共に肯定の返事が来た。

「むず痒くなってきたんだよ。ここまでくるの大変だったんだからな片足じゃうまく歩けねえし……」

松葉杖を用意してあげようかと思ったのですが意外と人の目があるから難しいんですよ。不自由にさせてすいませんね。

「痛み止めが切れてきたんですよ。また飲みます?」

市販の痛み止めというより麻酔のようなものだ。大量に服用すると中毒症状を引き起こすものだから扱いは慎重に。

「ああ…飲む」

正邪も薄々気がついているでしょうけれどそれでも痛いのは嫌なのだろう。まあ別に良いですけれどね。

「永琳さんに見せるわけにもいかないですから骨折以外の異常はわからないんですよ。一週間くらいで治りますか?」

 

「骨だけならそれくらいで治る筈だ。まあ骨折なんてあまりしたことねえけど」

それでもしたことはあるのだからだいたいの目安くらいはわかるだろう。でも肋骨折れているのによく平気で話しますよね。一回肋骨折った妖精がいたのですが息をするたびに激痛が走って辛かったと言っていました。痛み止めを使っているとはいえ違和感はあるはずだろうに。

「痛いですからね」

 

「おめえは痛み感じねえんだろ?」

私の隣に腰を下ろした正邪が頬を突いてきた。痛みは感じないけど感触はあるからやめてください。

「よくわかりましたね」

 

「感じてる様子がなかったからな。その様子じゃ私が植え付けたのも痛みは感じないか……」

ああ…お腹に穴が空いても体が火達磨になっても表情変えずに平然と動いていたら気付くか。

「痛みは感じませんが結構不都合極まりないですよ。取ってくれます?」

 

「取り方を知らないから無理だな」

そんなもの人の体に植えつけないでくださいよ。私以外だったら今の返答で抹殺していましたよ。



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depth.236さとりと正邪は似たもの同士

「ねえお姉ちゃん。あの部屋に誰匿ってるの?」

流石に4日ほど経つと、こいしも薄々誰かがあの部屋にいると言うのが分かってきたようだ。おそらく初日からそれらしい感じはしていたのでしょうけれど確証がなかった……どうやらそのようね。

「あら、気づいてた?」

書類を書く手を止めてこいしの顔を見れば、興味津々の笑顔が目の前に迫ってきた。近いわよ……

「気づいたと言うか……今ちょっとだけ推理しただけ」

でも素直に言ってしまうと突撃かまされて部屋を血糊で染め上げてしまうことになる。

「そうね…ちょっとした感染症隔離ね。外の世界では普通の流行病の一種だけれど幻想郷じゃ抗体がないからパンデミックでもしたら黒死病の再来よ」

あながち間違ってはいない。外の世界で最近はやり出したものとかもそうだけれどそれ以外にも海外の風土病など幻想郷にもともといなかった病気などは抗体がないのでパンデミックと重篤化しやすい。だから外から来た外来人や海外の妖には注意しなければならない。まあ永琳さんがいるから大抵はどうにかできるのだけれど。

「ふうん……じゃあ近づかない方がいいんだね」

あ、納得してくれたのね。内心多分違うよなあって思っているようだけれど。でも正邪はある意味感染症より危ない思考を持っている節があるから間違いと言うわけでもない。多分時代と場所が違ったら立派に帝国を作っていたはずだ。

「その方が安全よ」

少なくとも一週間くらいはこれで押し通すことにしよう。

だけれどあまり言いふらすのは良くないわこいし。ええだめよ。

 

ちょっとばかり押し問答があったけれど一応説得はできた。そのうち食事として地底に提供するつもりだからと。思いっきりあれですけれど地底の方々にとって人間はご馳走みたいなものですからね。私は美味しいとは思いませんけれど。

実際食事用の人間もいないわけではない。ただそういうのは地霊殿の方の部屋に入れておくのだ。

 

 

 

4日も経ってくると寝て起きてだけの生活は我慢の限界だと正邪が文句を言ってきた。確かにこの部屋には本もない。屋根の模様をなぞって遊んでいるのも流石に疲れてきたのだろう。

いくつか本を持ってきた。本とは言っても魔導書なんてダメだから普通の小説や論文といったものだ。まあ中には他のものもあったりするけれど。

 

「本?しかも結構あるじゃねえか」

 

「あるところにはあるんですよ」

現在流通している本の多くは今持ってきた本のような硬い表紙としっかりした紙ではなく、印刷と量産がしやすいように柔らかく小柄になっている。なのでこのタイプの本を見かけるとすれば外から入ってきたものか昔の書物かの二択だ。

そういった本を渡すと読みふけっているのか完全に大人しくなってしまった。

下手に暴れるよりよっぽど良いですけれどこれのせいでまだ出たくないとか言わないでほしいですね。

 

 

 

そんなこんなで7日も経てば流石に骨も治ってきたであろう。

素直に様子を聞いても言い訳されそうだったので食事の時に心をのぞけばもう骨もくっついているようだ。脚の骨の方もくっついたらしい。筋肉落ちたかなあなんて心配をしていた。7日も寝たきりだと確かに筋肉とか低下してそうですね。っていうかここに運び込んだときより胸が大きくなっていませんか?気のせいじゃないですよね。

 

「そろそろ骨も治ってきたでしょう?」

流石にこのまま何日も保護するのは良くないので早めに切り出す。持ってきた食事を食べながらも正邪は嫌な笑みを浮かべた。

「治ってないって言ったら?」

その時はそうですね……

「嘘ついたので針玉飲ませますよ」

鉄のウニみたいなものを想像してください。あれを無理やり飲ませますからね?

「拷問じゃねえか」

 

「拷問じゃないですよ処刑ですよ」

地獄では拷問として使われていますけれどそもそもあっちじゃ既に死んでいるからこんなものはお遊びの拷問にしかならない。

地獄に連れて行っても良いかもしれないと思っていると顔を青くした正邪が謝った。

「悪かったってば。一応治ったよ。熱り冷めるまでいたかったんだけどなあ……」

熱り覚めるまでとは言ってもそう簡単には冷めないと思いますよ。それに覚めるまで面倒を見るつもりはないです。私は貴女に相当な怒りを覚えているんですからね。そこは勘違いしないでくださいよ。

「そんな虫のいい話無いですよ。怪我が治ったらさっさと出て行ってください。一応二十四時間攻撃はしませんがその時間を過ぎて目の前にいたら流石にぶん殴りますからね」

顔が原型止めない程度に殴って紫に引き渡すことにしようと伝えたら今度はちょっとだけ挑発的に返してきた。

「おお怖い怖い。なら早めに出ていくとするよ。だが私は天邪鬼。助けた恩は仇で返すのが道理だからな」

本調子になってきたようだ。それでこそ本来の貴女。少しだけ安心しました。内心で貴女が天邪鬼に疑問を抱くのは勝手ですがだからといって天邪鬼を否定し反転しようとしたところで意味なんて無いんですよ。虚しいだけですから。

「ええ、期待しております」

 

「っち…お前に仇を返すと喜ばれそうだからやっぱやめる」

ばつが悪そうに視線を下に向けられた。仇で返されたからって喜ぶわけないじゃないですか。喜んでいるように見せかけた方が貴方苦しむでしょう?

「よくわかりましたね」

 

「いい加減わかるに決まってるだろ……」

それもそうか。なんだかんだ敵対はしているけれどだからこそ相手を深く知ろうとしますからね。敵を知り己を知ればなんとやらと言ったところでしょうか。

「やっぱりどこか似たもの同士なんですね」

まあそのせいかどこか似ていると言うことを否定することができなくなってしまったのですけれどね。心を読まなくても分かってしまう。それが否と証明しようにも深く潜ればどんどん似ていると言う確証が深まってしまう。まあ割り切るしかないですね。誰だってどこかにいますよ。

「ちげえよそんなんじゃねえ。って前なら言ってたかもしれねえが、あながち間違いではないかもしれねえな」

あーやっぱり貴女もそう思いますか。

「手段が違ったらもしかしたら人並みに分かり合えたかもしれませんね」

 

「もしかしたらなんて言うんじゃねえ。アホくさい」

確かにもしの話なんてするものじゃないですね。

 

「ところで胸大きくなりました?前はぺったんこだったでしょう?」

少し話題を変えようとあえて気になっていた事を聞いてみた。偽物というわけではなくそれはどうやら本物らしい。正邪自身もかなり困惑しているようだった。

「ああ…なんか知らんが大きくなってきたんだ。下着が苦しいんで今は外してる」

取った栄養をほとんど消費していないからでしょうか?でもそう言うわけでもないような……まあいずれにしてもあのままでは元の下着は着れそうにない。

「下着一枚くらいならあげますよ。後貴女の服洗って補修しておきましたから」

一部ペットが人化したりしたときのために下着は各種サイズ揃えるようにしている。一応用意はしていたからすぐに持ってきたら何やら苦虫を噛み潰したような顔をされた。

「……気持ち悪いしなんか気分悪くなってきた」

 

「やっぱり天邪鬼は優しくすると弱るんですね」

というより相手に喜ばれる行為をすると自己厭悪で不快になる。優しくされると逆に気持ちが悪くなると言ったところだろうかな

「あたりめえだ。天邪鬼なんだと思ってやがる」

天邪鬼……これは思っていることを素直に言ったほうがいいですね。その方が彼女も気分が回復するでしょう。

「史上最強のツンデレ」

 

だけれど私の答えはどうやら彼女にとっては想定外かつあり得ないものだったらしく、少しの合間の困惑。そして怒りのために赤くなっていく顔と完全に踏み間違えたことを私に教えてくれた。

「はっ倒すぞ。断じてそんなんじゃねえ!だったらお前は最凶の性悪だ」

怒っているのか困惑しているのかぐちゃぐちゃな心で思ったことをポンポン言っているようですが……

別に間違ったことは言っていないあたりまだ余裕は残っているのだろう。

「そりゃさとり妖怪なんですから性悪で問題ないですよ」

むしろ性悪じゃない覚り妖怪なんてこいしくらいだろうか?でも彼女の場合は腹黒だからなあ。私が言うのもあれですが怒らせると清姫になりますね。

「嘘だああ‼︎お前みたいな性悪がいるか‼︎」

なんでそんな怒るんですか。訳がわからない。

「性悪で嫌われ者ですよ」

 

「嘘つけ。あんたが嫌われ者だったら全員嫌われ者だわ」

そうでしょうか?もしかして家族とか霊夢の反応見て言ってます?あれは除外ですよ。

覚り妖怪はその概要のみで真先に否定されるべき存在。そうでなければ私は今頃消失しているに決まっている。恐れられない妖怪は、存在意義がないですから。

そんなことを言っていたらご飯を食べ終わったのか正邪はお盆をベッドの端に置き、立ち上がった。

「いくのね」

 

「ああ、全くお人好しめ……感謝なんかしてやんねえからな」

 

「どういたしまして。では24時間の猶予を与えます。好きにしなさい」

そう言って部屋を後にする。この後彼女が泥棒を働いたりするかもしれないけれど私はそれを止めるつもりはない。盗まれて困るものはあらかじめ避難させてあるかそれ相応のトラップがついてる。触れたら絶対痛いやつだ。

 

「それじゃああんたが治める地底にでもお邪魔してやろうかなあ?」

へえ、だとしたら私と喧嘩をしたいと言うことでよろしいですね。流石天邪鬼…いや正邪ですね。本当に恩を仇で返そうとするとは。でもそれを否定しようとする貴女もいるようですね。

「争いなさい正邪。運命は雲の糸のように絡みついて離さないわよ」

 

「言われなくても分かってら」

それにしてもわざわざ地底に潜伏しようだなんてもの好きですね。

自ら檻中に入って行くようなものですよ。

まあそれでも良いのであれば止めませんよ。

 

部屋を後にしてから数時間後。再び部屋を訪れてみたけれど中には誰もいなかった。それどころか持ち出せるものは根こそぎ持っていかれていた。まあ布団とかそう言ったものばかりなのだけれど。

その上貸していた本を何冊か持っていかれましたけれどどれも大したものではないし魔術系のものでもないから見なかったことにしておく。

サバイバル術なんて本読んだところで意味ないと思うのですけれど。あれは現代生活を送っている人が読む本ですからね。

 

結局彼女がどこに逃げたのかは私はさっぱりわからない。まあ生きていればそのうち出会うだろう。

 

 

 

意外なことに紫からの接触は正邪を送り出した次の日にあった。

特にすることもなくのんびり家で体を休めていると、部屋に誰かの気配が入ってくるのを感じた。少しばかり様子を確認しているとその気配は私の後ろに移動してきた。

「失礼致しますさとり様。紫様からの使いでまいりました」

振り返ればちょうど顔のあたりに尻尾の先が触れた。九尾の狐が凛として佇んでいた。

「なんの用かしら?」

 

「お茶の誘いです。白玉楼で待っているとのことです」

どうやら私を断罪しに来たわけではないらしい。ただ、まだ油断はできない。別にバレたところでどうということではないけれど。

「それ今?」

しかし急な話だ。

「ええ…後半刻ほどで始まります」

時間もそんなに残っていない。まあ断るような用事もないし別に良いか。

「断るのも悪いし参加するわ。案内お願いできる?」

白玉楼のある冥界へは抜け道を使えば早く着くもののそれを知っているのは紫か藍さんだけなのだ。

「わかりました。では参りましょう」

そう言って騎士のように片膝をついて手を取る。どこの王子様だ。無駄に美形なので顔だけ見るとイケメン美女といったところか。

「エスコート上手くなったのね。吸血鬼達がいるから?」

 

「それもひとつありますが半分は私の趣味です。西洋の振る舞いというのもまた面白いものがありますからね」

西洋の…紳士の振る舞いなのですけれど。決して淑女がやるようなものではない。誰からの入れ知恵ですかね。ああ、咲夜さんと玉藻さんでしたか。

「でも貴女の振る舞いは紳士や男性が行うものよ?」

そう指摘すると意表をつかれたかのような顔をした藍さんが振り返った。

「……そうなのですか?」

 

「流石傾国の美女。男女問わず堕とすと言われるだけあるわね」

 

「そのようなつもりはないのですけれどね……」

 

「さすが天然タラシ」

 

「言い方がひどくなってませんか?」

実際幻想郷で何人も泣かしてきたじゃないですか。噂が地底まで来ているんですよ。イケメンの従者だけれど誑かしがひどいって。すでに何人もの少女が毒牙にかけられたと。



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depth.237 さとりと妖精

地上ではそろそろ夏が来る頃だろう。

相変わらず四季のない場所に縁がある故なのか四季自体に憧れというものが最近芽生え始めた。

まあそのたびに熱が覚めるかのように最後は緑を導入することなく計画立ち消えになってしまうのですけれど。

だけれど今ならなんだか緑を導入できそうな気がしてきました。

「なので殺風景なここにも四季を入れたいと思うのですが……」

 

「馬鹿なこと言わないで頂戴地上人」

 

隣で嫌そうに座っていたレイセンさんは心底軽蔑の目を向けてきた。

一瞬で気持ちが冷めました。

ここは月。何もない殺風景な月面と真っ黒な宇宙がずっと広がるこの世の終わりのようなところだ。

いや実際地球がなくなる時はこんな感じの光景が見られるのだろう。その時に私はどうしているだろうか……

まあそうなったら魔界にでも引っ越しましょうか。

さてどうして私が月に来ているのか。

それは四日前のことである。

 

 

 

 

地底にずっといると、昼夜の感覚が分からなくなってしまう。

地底と地上が閉ざされているのであれば別に昼夜の感覚は気にしなくても良いのだけれど生憎この世界の地底は封鎖されているわけではない。普通に地上と地底の行き来は自由だ。

そのせいかこちらで長く暮らしていた鬼がいざ地上に出て月を見ながら酒盛りをしようとしたら日が燦々と輝いていましたなんて事態が頻発するのだ。

かくいう私も地上と地底を頻繁に行き来することもあって時差ボケのような状態に良くなる。

一応照明を夜は半灯、昼は全灯させることで昼夜の区別はつけているがあまり効果があるとは思えなかった。

数百年生きてきてもう慣れているのだけれどなぜこんなことを考えていたのかと言えば、原因は目の前でソファに寝っ転がって猫のようにうなだれている博麗霊夢にあった。

「まいったわー…昼間から睡魔に襲われるなんて」

昨日から地底に慰安旅行だと言って(単純に休みたいだけの口実)押しかけている霊夢。しかしその姿は巫女服のままでありあまり休んでいると言うより疲れていると言ったほうが似合いそうな状態だった。

「だからと言ってここに戻ってこなくても……」

 

「休暇延長よ」

数時間前地上で彼女曰く久しぶりの難しいトラブルがあったらしく、休暇中の彼女は地霊殿にある地上直通通路を使って地上に舞い戻っていた。数十分前に戻ってきたもののそれからこうしてソファにばたりだ。

まるで仕事帰りのお父さんみたいなだらけ方で少女の肩書はどこにも見当たりそうにない。

「それで良いのでしょうか」

博麗の巫女として見回りをしたり妖怪から人間を助けたりとか色々あるだろうに。それがこうも真っ昼間の時間からソファで眠りこけるとは。いやまあ休暇中なのだからこれが普通と言えば普通なのですが。

「仕方がないじゃないの。こっちずっと夜なんだもの」

所詮は時差ボケというものだ。

たとえ妖であろうと生きている限り切っても切り離せないものだ。まあ妖怪あたりは夜の住民なので日の当たるところで生活するのは稀なのですがそれでも朝と夜のサイクルがないと体内時計は狂う。

「まあそうですけど……なら温泉入ってきたらどうです?割引券くらいならあげますよ」

定期的に地底のお店から割引券が来るのだが私自身あまり店などには行かないせいか溜まる一方だった。

こいしやお燐はよく使っているらしいので溢れると言うことはないけれど。

なので気分転換と意識をはっきりさせるためにも旧都に霊夢を送り出すことにした。別に虎の親子のように崖から突き落とすとかそう言うわけではない。

「食事の割引も」

 

「はいはい……」

随分と目敏い。

「あ、2枚づついいかしら」

 

「良いですけど…誰かと……ああ、魔理沙さんですか」

 

「そう言うことよ」

言わなくてもわかるだろうと目線で訴えかけてきた。相変わらず霊夢の交流範囲は広いんだか狭いんだかわからない。

 

「それじゃあ行ってくるわ」

 

はいはい、いってらっしゃい。

 

霊夢がいなくなり、部屋に誰もいなくなると時計が時を刻む音と私がペンを動かす音以外何も聞こえなくなる。

文字通りサードアイからの情報も遮断しているから無音だ。

たまには無音空間というのも悪くない。まあ、最近になって回復能力に障害が起き、心を読む程度の能力の効果範囲が広がってきているからこうやって無音を楽しむことも出来なくなるのかもしれない。

 

一陣の風が部屋に吹いた。

窓は開けていない。誰かが入ってきた気配もない。

だけれど、すでに部屋は無音ではなくなっていた。

 

「……珍しいお客さんね」

 

彼女は無言で頷いた。

私の視界右端に立っていたのは、私より頭半分ほど背が高い少女。片翼

「……なるほど、確かにその能力では喋るのは難しそうね。ああご心配なく、全て把握していますから」

 

 

こう言う場合私は能力を制限しない。

心の声が一気に入り込んでくる。しかしそこに敵意や悪意はなく、私の心を傷つけるには至らない。

必要な情報を引き出しながら、ついでに交渉ごとに使えそうな情報も引っ張り出してみる。

まあ彼女の場合いざとなれば因果をひっくり返してしまうからあまり強くは出れない。

全くどうして、因果や結果に影響を与える能力を持った人達は面倒ごとを押し付けてくるのでしょう。

正邪然りレミリア然り。あ、霊夢も一応自らの望む結果をある程度手繰り寄せることができたわね。

「それで軍事顧問と……地上の人にやらせるようなことではないでしょうに……アグレッサーですか?」

 

アグレッサーのようだ。なるほど仮想敵をよりよく知るには仮想敵を使うと。圧倒的実力差があるのであればそれを使ってゴリ押しでもすれば良いのに。月侵攻の防衛戦がそうだったじゃないですか。

「……永琳さんがいなくなってから戦術面での劣化が激しいと?それはそちらの問題……あーはいはい分かりました。確かに交渉をしているだけでありがたいです。ですが良いのですか?貴女は月の都遷都計画の立案者でしょう?」

本来私が知っているはずがない情報をそっと漏らしてみた。

だけれど彼女の心は波立つことはなく、平然と本心では遷都は反対だと伝えてきた。

曰く賢者達を黙らせるためいかに遷都が難しいものかを説き伏せたもののならばと任命されてしまったらしい。

「そうは言われましても……形式上は、あーはいはいわかりました。だったら交渉なんてしなければ良いのに」

本来なら交渉なんてせずに脳だけにして情報を汲み取り、そこから戦術を立ててしまうのだからありがたく思えと。やることがえげつない。まあ月に穢れを持ち込むのは厳禁以外の何物でもないし、それをねじ曲げてでも私を引っ張ろうと……綿月姉妹が絡んでいるわね。

なにかと彼女たち穏健派だし。いや穏健と言えるかどうかはわからないけれど気が合わないわけではない。

「それにしてもよくここに来れましたね……なるほど」

どうやら彼女はドレミーの夢の力を少し利用して地上に舞い戻った霊夢を利用してこっちに来たらしい。

細かい方法は不明だけれど確かに筋が通る。

神出鬼没とはまさにこのことだろうがわざわざ私とコンタクトを取るためだけに一日も時間を潰さなくても良かったのではないだろうか?まあ時間の使い方は人それぞれだから強くは言えないけれど。

 

 

というわけでその日の午後から私は月に向かうことにした。

月が日帰りで行けるって言うのもまた恐ろしい話。侵攻時に絶対その通路使うでしょう。

まあそれはこちらからも言えることですが……

そう指摘すると、含み笑いのような表情を浮かべた。

ああ、なるほどこうして手の内を明かしてわざと侵攻計画を頓挫させるか見直しさせる魂胆と。

絶対上の意思潰してますよね?大丈夫なんでしょうか…

 

まあ…大丈夫ならいいんですけれど。

でも緊急事態が発生した時は躊躇なく使うようですね。

 

 

 

 

 

 

「……模擬戦闘終了です」

 

「そう……」

目の前で行われていた模擬戦は片方の殲滅で幕を閉じた。

「まあ正規部隊はゲリラ戦に弱いのはいつものことですし」

それでもここまでやられるって……

正直私はただ指揮をしただけだ。特に何をしたわけでもない。

「そう言う時はどうするべき?」

「大規模な労力をかけて殲滅戦を強いても全てを倒すことはできないからなんとも言えないわ」

 

実際ゲリラ戦、非正規戦を防ぐには下準備の段階で手を打っておくしか方法はない。しかし月の民が使用するのは殲滅戦。それも一度浄化して穢れを消す必要がある正しく焦土戦なのだ。それをやろうものならゲリラ戦待ったなしだ。

「……」

 

「そんな見つめられても困るわ。とりあえず戦術指南はしたから後はそちらに任せるわよ」

これでどれほど戦力がマシになるのやらだ。サグメさんが私に頼み込んでくるのも無理はない。もしかして戦術面は全て永琳さんに任せっきりだったのだろうか?

そういえば前回の月面侵攻も正面からのゴリ押しが目立っていたような……

「そういえば今日はこれで終わりかしら?」

「まず穢れを払わないといけませんね」

レイセンが立ち上がった。

「ご愁傷様」

そもそも穢れというのが移ったりするようなものなのか……単純にジョークのつもりだったのだろうか?

確かに神道における穢れというものは伝播し感染していくものとされていたがどうやら月の民が言う穢れとはまた性質が違う。実際触れたりしたからといって感染することはないとあの姉妹も言っていた。

生と死…というより生命が生命であるが故に起こる生への欲求が穢れの発生源とし死を招き寿命を生み出している……説明を聞いただけでは大変難しい話であると言わざるをえない。

だとすれば穢れ無いこの都市は生と死の概念がない……いわゆる生命ではないものが住む場所となってしまうがそんなことはないし月の民にだって僅かながら穢れは存在するらしい。

だとすればこの月の都だって穢れた場所になるのではないだろうかと思うがそれもそれでどうやら違うようだ。

 

「……普通訓練終わりってシャワーとか浴びたりしません?」

ジト目で睨み付けられた。解せない。どうやら彼女なりのジョークだったようだ。

「残念だけれど軍のような組織は存在しないからわからないわ。まあ戦いの後に風呂に入ることはあるけれど……そもそも戦いなんてしていないし」

弾幕ごっこは勝負であって戦いではない。

「……せっかく気を回したのに」

あ、それ気を回していたのですね。わかりづらいです。

「直接言ってくれれば良いんですよそう言う時は」

周りくどすぎて伝わらない。もっと直接的なら分かり合えるというのに……まあ直接的すぎるとなんでもわかってしまって逆に大変なことになりかねないのですけどね。

「心を読めばいいじゃないですか」

 

「それもそうですけど。良いのですか?」

「心を読まれた程度で月の民の優位性が落ちるわけでもないですからね」

 

「なるほど、それも一理ありますね」

軍隊としてはあれでも個人レベルでは確かに月の民は強い。それは侮れない事実だ。

本人も許可をくれたのだからちょっとだけ見てみるとしましょうか。

「……」

物凄い怖がってる。

頑張ってポーカーフェイスと虚栄心で洗脳みたいな事して保っているようですけど……なるほどこれが本心でしたか。

「……私は片付けをしていますから先に行っていて良いですよ」

 

 

「……」

それにしても、どうしてあそこに妖精がいるのでしょうか?

それもかなりの数……

あ、なるほどそういうことでしたか。

 

周りで戦っていた兵士たちも気がつけば撤退していた。

へえ……回りくどすぎるんじゃないんでしょうか?

ですがまだ月の遷都計画は実行前……まああれは危なすぎる計画ですし一歩間違えれば幻想郷が滅びる案件なのでちょっとだけ手をかしましょうか。

 

「そこの妖精さん」

サードアイを引き出し妖精の群れに近寄っていく。恐ろしいまでの純粋。地上の妖精とは全く違う。

「「「なーに?」」」

ワタシの声に反応するという条件を引き金とした催眠は、しっかりと作動した。

 

「私と遊びましょう?」




時系列は深秘録1ヶ月前


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depth.238 鬼形獣(入獄篇)

空の青さというのはいつのまにか私にとっては眩しくて目を焼く忌々しいものに変わってきていた。

 

「……やはり私は妖怪か……」

 

貸本屋『鈴奈庵』にひさしぶりに顔を出しにいこうと地上に出てみたものの、人として自らを偽っている状態ではここまで軟弱なものになってしまうのかと非力さを痛感している。

人が人であるのをやめるのは体が変わった時ではなく心が人であることをやめたときだけれど、それもあながち間違っているところがあるのかもしれない。

まあそれでも感性だけはまだ人間に近いと私自身は思っているから良いのだ。

 

人里に入り込むに限って私は正体を隠すため、妖力を抑え込んでいる。通常妖怪が人に化けている場合でも妖力を押さえつけることはできない。妖怪にとって妖力は生命力の一種でもあるのだ。押さえ込んだらそれこそ仮死状態か冬眠だ。だから霊夢や魔理沙のような妖怪退治を生業にする者には人間に化けていても大抵の妖怪は正体がバレる。目に見えない力の流れでも鋭い人にはわかるのだ。

だけれど私にはいつの間にやら芽生えていた神力がある。

こちらによって妖力を完全に封じられても最低限…人並みの行動は可能となる。

髪の毛の色も透き通った青色に変え身長も関節を少し伸ばし高くすることでもはや私がさとりだと気づくことはない。

 

通り過ぎる人々からはちょっとだけ奇異な目線を向けられるが幻想郷じゃよくあることだと皆気にしていない。

ただ、時々思うことがあるのだ。

 

「自分がわからないですか?」

どうやら目の前にいた鈴奈庵店主代理には聞かれてしまっていたらしい。

「独り言よ」

「そうですか?それにしてはかなり大きかったような」

それは貴女が地獄耳なだけよ。

「初対面なのであれこれ言えることはないですけど…幻想郷じゃ自分探しの旅もできないですからねえ。自分が何であるのかなんて気にするものじゃないと思いますけど」

気にしたって結局は納得する妥協点に落ち着くだけだからと店主代理は私が頼んでいた本を持ってきた。

明らかに子供なのにも関わらずどこか悟っている目線だった。

「それもそうね……」

彼女の言葉にどこか納得しつつも、私はそれに納得することはできなかった。

それでもこの感情は妖怪に戻ってしまえば消えてしまうのだろうか?何ともまあ都合のいい思想だ。だけれどその都合の良さが人間なのかもしれない。

 

借りた本を手提げ鞄に入れてのんびり歩いているとそれは不意に現れた。

まるで何かを品定めしているかのような……それでいて何かを決めたような意思を持ちその魂はやってきた。

途端に体が重たくなった。妖怪であるからこそ人間よりもそれは堪える。

それがたとえ動物霊だったとしても変わらない。

妖力を纏えば平気かもしれないがあいにくそのような事はできない。街中で妖力を出せば数分もしないうちに騒ぎになる。

 

 

「……へえ……やるじゃない」

どうやらこの動物霊は博麗の巫女に取り憑きたいらしい。しかし博麗神社に普段から住んでいる彼女に取り憑くのは並大抵の事ではない。特に神社周辺の結界を突破するのはそのままでは無理だ。

だけれど人間や妖怪ならいざ知らず、私のようなさとり妖怪に取り憑くのは無謀すぎたわね。操られているふりをしながら手早く人里を抜け出る。だけれど歩みは博麗神社とは反対方向だ。

(あれ?)

操ろうとする相手がなかなか操れていないことにようやく気がついたらしい。少しだけ押さえておいた妖力を放った。

「今更?」

 

(どうしてッ貴様妖怪なのにっ)

 

「残念だったわね」

霊にしてみたらむしろ妖怪や吸血鬼と言った類の方が圧倒的に操りやすいその上性質上霊は妖怪の天敵だ。

 

それは、妖怪という存在が、この世のどの生き物よりも他者に依存した存在だからだ。

幾ら強靭な肉体や常識はずれの妖力を使い人間を簡単に殺戮できるほどの力を持っていようとそのエネルギーは人間の感情と信仰だ。

人間と同じく生きるためにはエネルギーを摂取しなければならない。

だから妖怪は、人間を襲い、神は畏怖と敬意を集めるのだ。

どんなに強大でも、どんなに姿形が異形だったとしても、妖怪は人間の存在がなければ生きられない。

人間の心の闇から生まれたと言っても過言ではない私達はそれゆえに他者から切り離すことができない。

それ故に、精神はむしろ人間より劣化している。悪霊や霊に乗っ取られるのが妖怪にとって死活に関わるのはそのせいだ。

 

だけれどそんな中にも僅かな例外は存在する。それが私達覚と言う種族だ。

むしろ精神力だけで言えば妖怪よりは頑丈だ。

それゆえに悪霊や霊に対抗することが可能となっている。そうでなければ旧地獄の怨霊管理なんてものができるはずがないのだ。

まあ、だからこそ怨霊を使って地上の妖怪を攻め滅ぼそうとしたら手を打てないと危険視されているところもあるのだけれど。だけれどそれは今のところ表立っては出ていない。

 

「残念だけれど貴方の企みは潰させてもらうわ」

 

妖力を元に戻し変装を解くことで、サードアイが再び機能を始めた。同時に流れてくる野望。なるほどそのような事を考えていたのですね。親玉は頭が良いのか悪いのか……いや結局は人間の業も原因の一つと言えるのかもしれない。

ならば余計にここで野放しにするわけにはいきません。

 

地底へ連行することにしよう。動物霊と言った類は悪霊とは異なるから勝手がわからないけれど、それでも地上よりかは遥かに安全な場所だ。

 

 

 

地上から連れてきたその動物霊は、しばらく私に取り憑いたままだった。私もそれを祓う術を知らなかったしそのようなことをする必要もなかった。

それでも流石に日を追うごとに動物霊が計画やらをいくつも頭に送り込むものだから気が散って仕方がない。それでも意識を向けないでおけばなんとかなる。

お燐は何か別の動物の匂いがすると言っていたがわけをどう話そうか悩んでいるうちに勝手に納得したらしい。

 

「……まあさとりが何に首突っ込んでいるのかは知らないけど危険な火遊びには突っ込まないでおくれよ」

 

「そういう気は今のところないから大丈夫よ」

実際そういう気はない。戻ってこない部下を心配して向こうの親玉がやってきたら紫を呼んで説教をして貰えば良いのだ。まあ、ほぼ確実に霊夢や魔理沙さんにそれとなく情報を流すだろうから直接手出しはしないと思うけれど。

ペンを動かしながらそのことをお燐に伝えると、どこか納得したようなそうじゃないような顔をしていた。

 

ちなみに少しして話を立ち聞きしていたであろうこいしもやってきて、どうせだったら潰してきちゃえばと言われた。

私をなんだと思っているんですか。

 

 

事が大きく動いたのはその二日後だった。

お燐が趣味の死体漁りから戻ってこないのだ。昔はよくあったものの、幻想郷が生まれてからはそんなことなかった。万が一ということもあったので、その日の仕事を午前で切り上げお燐を探すことにした。

 

 

仕事がひと段落しこれからお燐を探そうというタイミングで再びそれは思念を飛ばしてきた。

またであった。いい加減飽きないのだろうか?既に30回を超えている。おそらく思念に手間取っているうちに体を乗っ取る算段なのだろうが、覚にはそれは効かない。

(ふふ、いつまで冷静になっていられるかな?)

だけれどその日は少し様子が違った。

「……なるほど霊同士の念話ですか。私が睡眠をしている最中にして……そのことは起きるまでにさっぱり忘れていると。たしかに記憶に残ってもいなければ考えてもいない事を見つけ出すのは不可能。知恵は回るみたいね」

 

そこまで言うと、取り憑いている動物霊が姿を見せた。いや姿ならずっと見せていた。不可視の魂ではあるが力の流れでなんとなくわかっていたものだ。

逆に目の前にいるそれは、多少なりとも目で見える半透明な動物の形をしていた。

 

下手に妖力を浴び続けたその動物霊はその場に半ば実態を伴って浮いていた。いやいつまでも動物と呼んでいたら可哀想だ。

外見は狼。ならば貴女は狼だ。

 

 

 

「貴女の部下を預からせてもらったよ。当然心が読めるのならわかるでしょう」

 

「……ああなるほど理解しました」

動物ゆえに心を読まれることに抵抗はないようで、普段使うよりも素早く情報が流れてきた。

なるほど暗示を使って忘れていた事を実体化をトリガーとして思い出した……

手の込んだことをしますね。

しかし死体集めに出かけたお燐がなかなか戻らなかったのはそれが理由でしたかな

他の霊にお燐を襲わせて人質とする……いやはや全く合理性がない。

「……いつまで経っても動かないから実力行使に出たわけね」

貴女の親玉としては少し不本意なところがあっただろうけれど血の気が多いからか勢い任せに決行した節がある。

お燐はたしかに悪霊などには弱い普通の妖怪だけれどそれなりにここで生活しているのだから大丈夫だと思っていた。

いや普通なら大丈夫だったのだろう。状況を鑑みるに集団で狩りをする動物の霊にやられた可能性がある。悪霊や霊ならまだ違ったのだろう。あれは結局のところ人間の成れの果てであっていくら脅威であっても結束することはないし人間だったからこそ人間の常識に縛られているところがあった。だけれど動物霊は違う。

 

「本当だったら人間に解決して欲しかったけどこの際だから貴女でも構わない。詳しいことを話したいし物騒なそれをおろしてくれないかなOK?」

 

「OK!」

死体漁りに行く前にこの部屋に置いて行ってしまっていたお燐の銃をぶっ放した。これがないとお燐はスペルカードさえ半分ほどしか撃つことができない。

お燐…なんてものを忘れて行っているのよ。

まあ発射されたのは妖弾だし致命傷止まりだから大丈夫だろう。それに霊相手に妖力は通りづらいし。

動物霊の中ではまともに会話ができるタイプだったけれどまあ気にしなくて良いか。

しかしどうしたものか……私が解決に乗り出しても良いけれど、やはり人間の方が相性は良い。というよりこの戦いは人間に解決させるのが最も効率的だけれど……いや、ならばこのまま人間として戦ってみることにしよう。

正直彼女たちにとってみれば誰が倒そうと同じなのだろうし。ちょっとくらい誤差だ誤差。

「さて、本当でしたら私は八雲に連絡して事態を収集してもらうのが最もベストな選択なのでしょう」

撃たれた狼は半ば実体を伴ったままぐったりとしている。

「ですが八雲はめんどくさがりですし異変解決は巫女のスタンスを崩さない。なのでそちらの当初の思惑通りにことが進んでしまう」

貴女達は私を怒らせた。その落とし前はつけさせてもらわないといけない。

「取り敢えず案内よろしく」

 

「……」

あれ?もうへばったなんて言いませんよね?

動こうとしない狼を強引に引き上げる。

「そもそも最初の時点で貴女は他の霊に念話が出来るのであれば別の霊を霊夢や魔理沙に憑依させれば良かったんですよ?それをまあ…無視されることに切れて私的復讐込みとは……」

 

(あ……)

 

「冷静になってくださいよ」

 

 

 

「あれ?お姉ちゃん出かけるの?」

しれっと私の部屋にこいしがいた。今に始まったことではないけれど、流石に無断侵入はほどほどにして欲しいわ。

前に言ったよ?

 

それいつのことよ。

 

135年まえ?

 

毎回確認取りなさい。

 

覚えてたら取るねそれでお姉ちゃんどうしたの?

 

 

荷物を色々取りに来たのだけれど……あ、そうそうそこにあるケースとクローゼットの下よ。

 

「夜はいなさそうかな?」

帰れたら夜には帰ると思うけど……時間がかかりそうだし明日の朝までと言っておこう。

「ええ、明日の朝には帰るわ」

 

「ふーん……カチコミ?」

 

「そうよ。一緒にする?」

暇そうにしているなら手伝って欲しかったけれどこいしの答えはノーだった。

「今度別のところにするからパス」

いつの間にそんな約束をしたのやら。別に良いのだけれど……

「それじゃあ行ってくるわ」

 

「いってらっしゃい」

 




さとりキレる


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