名前。ある事物をそれと認識するためにつけられるもの。つまり実と虚を仲介するものだ。
実とはそれそのもの。
虚とは実を認識した外部が作り出した情報。
ここに「あるもの」があるとしよう。
「あるもの」が実だ。
あなたはそれを眼で見たり、手で触ったり、耳を澄ませたり、鼻で嗅いだり、舌で舐めたりする。
そして「あるもの」は「甘くて、茶色くて、長方形の薄さ5ミリの板状の菓子」と認識した。
「甘くて、茶色くて、長方形の薄さ5ミリの板状の菓子」が虚だ。
最後にあなたはそれを「チョコレート」と名付けた。
これで実と虚は結ばれた。
するとあなたはチョコレートと聞くと「甘くて、茶色くて、長方形の薄さ5ミリの板状の菓子」を思い浮かべるようになる。
あなたの目の前にそれが存在していない時も。
するとこう言えないだろうか。
「チョコレート」が頭に浮かぶとチョコレートは世界に存在する。
浮かんでいないと世界に存在しない。
例えあなたの目の前に「甘くて、茶色くて、長方形の薄さ5ミリの板状の菓子」があった時でも。
実があり、実から虚が生まれ、名が生まれ2つを繋ぐ。これが正常な流れである。
しかし世界は奇天烈だ。流れに逆らう異常物が時たま生まれる。
名があり、名から虚が生まれ、実が生まれる。そんな異物が。
もしあなたがその異物ならばどうする。
名を好むか、嫌うか、望むか、憎むか、誇るか、隠すか、追うか、退くか、偽るか、妬むか、
それとも背負うか。
なにしおはば
名を背負うならば
これは名を背負うもの、艦娘たちの物語
************************************
3月下旬。春の日差しと風が日々気温の上げ下げで争う季節。
听畿地方大坂府にある舞鶴鎮守府大坂支部の正門前に黒塗りの高級車が静かに停止した。
「送って頂きありがとうございました」
ドアに手をかけ少女は運転手に礼を言う。
壮年の運転手が運転席から後部座席へと身体をこれでもかと振り向かせた。
「とんでもない!身に余るほど名誉なことでございま……!」
運転手は礼を止め瞠目する。
少女は窓を上げ下げしていた。ドアに付属するレバーを回転させて。何故ドアが開かないのか不思議そうな顔をして。
開いた隙間から春風が吹き下ろし彼女の艶やかな茶色がかった黒髪を揺らす。
あぁと納得した運転手は慣れた態度で車を降り、「少し離れていただけますか?」と声をかけた。
少女が手を離したのを確認するとドアを静かに開く。
「立て付けが悪いのかもしれません。後で確認しておきます」
「そうしてください」
少女は運転手の言葉を疑いもしないまま車外に出る。
運転手はトランクから女性が持つには武骨な皮張りの茶色い鞄を取り出した。中に入っているのは洗面具や本、下着などのありふれた類いの物だがまるで3億圓の札束が入っているかのように慎重に扱い、少女に恭しく手渡す。彼女は軽く会釈し、鞄を受け取り、目的地である赤レンガの建物の正門へと歩いていく。
少女が正門をくぐり抜けようとすると屈強な警備員が懐疑的な視線と共に建物内への進入を拒んだ。彼女は少しムッとした表情をし、鞄の前ポケットから取り出した身分証明書を掲示する。警備員は確認した途端直立不動で綺麗に敬礼し少女を見送った。運転手は車にもたれ掛かり胸元にいれたはずの煙草を探りながら見送る。
当の少女は顔を強ばらせ、右手と右足を同時に出しながら歩いていく。
途中石畳の亀裂部分に足を取られ、こけかけるがなんとか姿勢を保ち進む。
「大丈夫やろか」
少女に聞こえない大きさで運転手は心配そうに呟く。煙草は見つからなかった。
「わかりません。しかし信じるしかない」
警備員には聞こえていたようで彼は誠実な眼で少女の背中に敬礼しながら答えた。
聞かれていたことに居心地の悪さを感じ運転手は肩を竦める。そして今度は誰にも聞こえないように一人ごちた。
「人類の切り札、艦娘か」
とてもそうは見えへんのやけどと、心の中で付け足す。
彼の娘よりも幼く見える少女。スカート下より伸びる脚から多少鍛えていると伺えるが、格闘技に心得のある彼なら簡単に組伏せてしまいそうなほど華奢な身体。世間知らずの箱入り娘の印象を受けるほど頼りない。
しかし艦娘が実際この仁本国の救世主であると運転手は知っていた。
艦娘の導入以降10年が経過した。壊滅寸前だった仁本国は艦娘という対抗戦力でもって、かつての経済水域、主要な海上交通路を取り戻した。経済を回りだしたこの国では資材不足や就職難、疎開という悩みを抱えつつも国民に笑顔が戻りつつある。運転手自身もその恩恵を享受している。
残念ながら現在艦娘以上に有効な対深海悽艦兵器も見つかっていない。
だから運転手に出来ることは送迎と信じることのみだ。
彼はやれやれと溜め息をつき上着とネクタイを整える。そして既に米粒ほどに小さくなった背中に一縷の望みをこめ敬礼し続けた。見えなくなった後も。
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2話 執務室
20畳ほどの執務室。南向きの大きな窓から春らしい朗らかな陽が射し込む。しかし黄緑のカーテンがそれを阻み、昼間にも関わらず部屋は薄暗い。
そんな室内に2人の男女の姿があった。
男は若く20代前半、170cm弱ほどでがっしりもしていないが程よく鍛えられた体型。黒髪のツーブロック。少し垂れぎみな二重瞼。よく見かける草食系男子の印象が強い。
女は若いが、男よりは年上のようだ。
情欲をそそらせる褐色気味な肌。上向きにツンと尖ったりんご大のバスト、なぞりたくなるような細く引き締まったウエスト、丸みを帯びた立体的なヒップ。男性だけでなく女性ですら欲情せざるえないような均整のとれたスタイルだ。
リボンが控えめなワインレッドのカチューシャはライトブラウンのボブカットによく映える。
そんな二人が速く浅い呼吸を繰り返しながら、向かい合っていた。
ダブルの黒スーツは着崩れ、男は目の前の心揺さぶるものに戸惑っているようだ。女の挙動を見つめるばかりで他に何もできずにいた。女はそんな男を可愛らしく思うのか薄く笑い、しなやかな指を伸ばす。艶っぽい唇を思わせぶりに開き目の前にそびえる黒茶色の棒に顔を寄せる。
「こんなに大きくしちゃったのね……。しょうがない人……」
ジュルリと舌なめずりすると、つんと弾く。それは少し揺れつつも再び天井を突き刺すように立ち直った。男は苦悶の表情を浮かべる。
「もう限界かしら?」
挑戦的な眼差しを男に向けつつ、白絹の手袋で包まれた人差し指と親指で愛おしそうにそれの中腹部をつまむ。
「ふふ、また出ちゃったわね」
悦楽の笑みを男に向け、焦げ茶色の塔の先端を指先でいじる。男は黙って女の行為を見守る。
まだ依然としてそれはゆらゆらと揺れつつも天井を指し、立ち続けた。
女は満足げに男に笑みを向ける。
「まだまだいけそうね。でも次はアナタの番」
塔から顔を遠ざけると、男の右手を取り自分の方へ近づけ、少し窪んだ場所をスッと撫でさせた。
「ほら、ここ…。こんなに緩くなっちゃったの」
女に誘われるがまま男は窪みに人差し指を差し込む。案外すんなりと入っていく指を男は震えながら穴を掘るように奥へ奥へと進ませた。
「ああっ……!いいわっ!上手よ」
響く女の嬌声。ふぅっと息をついた瞬間
「っっっ!!??」
男は違和感を覚え、指を止めた。
「……どうしたの?」
女は首を傾げ、訊ねる。だが、その顔には薄ら笑いが浮かぶ。
男は答えられない。ただ全身の感覚が指の先端に集約されたかのように、突然固くなった穴の固さを感じ取っていた。咄嗟に指を引き戻そうとするも、女に止められた。
「ダメよ、最後までしないと。ルール違反よ?」
挑戦的な眼差しに、くっと歯噛みして男は慎重に押し進めた。
そして実は要石の役割をしていた木片が積み木から抜け出し、自重に耐えきれなくなった塔が崩れ落ちた。
机上で無数の木片がカランと乾いた音を無数に鳴り響かせる。
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ずるいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
部屋中に響き渡る歓声と悲鳴。
男女は木製のしっかりした造りの机を挟んで立っていた。机の上には消しゴムほどの大きさで、光沢あるシックな黒の木片が無数に散らばっている。
男は机を何度も叩き、抗議せんと喚く。
「ずるいずるいずるい!なし!今のはなし!」
「どこがどうずるいのよ?」
女が試すように首を傾げると男はうっ、言葉に詰まり視線を宙にさまよわせる。
「それはですね……。これを……」
「これって?」
「●ENGAをですね……」
「TEN●Aを?」
「JEN●Aを!……で、その子供向け玩具を貴女はヒワイに表現しながら遊ぶことで僕の邪魔をしたっ」
早口で言い終えた抗議は女にとって蛙の面に水。平然とした面で反論を繰り出す。
「フツーに遊んでただけよ。それを卑猥だなんて捉えるってことはアナタ、欲求不満なんじゃない?」
「う……」
「あらあら、本当にそうなの?おねえさんが解決してあげようかしら」
舌先をチロチロと揺らし上目使いで男を蠱惑的にからかう。
「ほんっ……!いや、からかうのはよしてください。さ、休憩も終わりです。そろそろ木曾達から定期連絡が来るはず」
一瞬食いつきかけたが、男はすぐに頬を赤らめると椅子を引き寄せ、きまり悪そうに腰を下ろした。そして机に散らばったJ●NGAを片し始めた。
「待ちなさい」
ぐらつく勢いで机に手をつき、男を突き刺すように睨む。驚いて男は手を止めた。
「負けた方が何でも言うことを聞くって最初に約束したわね」
「聞くだけですよー……とか言うわけないじゃないデスカー、ヤダナー」
のうのうと約束をなかったことにする試みは力強い眼光で呆気なく崩れ去った。そんな条件をつけてゲームしようなど何かあると勘繰り、乗らないことが最善手に違いなかった。だが、胸の深い谷間を見せつけられながら美女に誘われて、断る男などいない。
「はいはいわかりました。要求はなんですか?どうせバッグでしょ」
「そんなんじゃないわ。これよこれ」
谷間をチラ見しつつ嫌そうに溜め息をつく男に背を向け、女は自分の机に行き、並べたファイルから一枚の書類を抜き出し、男の目の前に突きつけた。男は頭をはたかれたような衝撃を受ける。
「あっ……」
それは会計報告書であった。女はある数字を指差す。
「金10億圓。巧妙にカムフラージュしてるけどアタシから見たら明らかに不自然な流出。この理由を教えなさい。包み隠さず」
「貴女の食費」
「OK。遺言はそれだけ?」
「やだなぁジョークですよ」
欧米系コメディアン風に大袈裟に肩を竦めた。
女は反応薄く、そぅ、とだけ言うと男が片付けそこねて床に落ちていたJEN●Aの木片を拾いあげる。そして彼女はクラッカーを割る気軽さで厚さ2cmのそれを指先で2つに分割した。机の上にコロンと転がす。
「次はアナタよ」
放たれた殺気で固まる男にふふっ
と柔らかな微笑を浮かべた。
「やあねぇジョークよ」
悲しいかな、目が笑っていなかった。
「はは面白い……はははは…………はぁ…………大鳳さんを此所に着任させるための交渉材料ですよ」
から笑いは続かず、観念してあっさりと白状した。
女は合点がいかないようで疑問符を頭に浮かべる。
「大鳳?……確か呉鎮守府稿知支部に着任予定じゃなかったかしら」
「3ヶ月前そこで対潜特別訓練をしたでしょう。その時に岐峯根提督と大鳳さんに関する交渉をしたんですよ」
岐峯根提督は稿知支部の提督である
「どういう内容で?」
「初期訓練費と艤装開発費その他雑費合わせて10億圓を肩代わりする条件で大鳳さんの着任をこちらにする」
女は意外だったのか目を丸くした。
「えらく安い条件ね」
「何故?」
「大鳳型航空母艦1番艦大鳳。元々性能に優れていた翔鶴型に飛行甲板の装甲などの改良を加えて開発された旧仁本海軍最高傑作空母。決して少なくない搭載数、高い防御力、機動力、対空力。そんな優秀な艦をたった10億圓で手放すかしら?」
「そこなんですよね」
男は受け答えしつつ木片を桐箱へ丁寧に収納していく。他人事のような態度だ。そんな態度と対照に女は語気を荒げて詰め寄る。
「ちょっと!じゃあ大鳳に何か問題があるかもしれないのに払ったというの!?」
「そうなります」
悲壮感にかられ女の呼吸が浅くなる。悲鳴のような声で男に異議を唱えた。
「信じられない。たった10億とは言ったけれどそれは大鳳が「大鳳」であった時よ。うちの少ない予算では大出費。しかも、もし違っていても「大鳳」じゃないと証明するのには時間がかかる。あの規則、知らないわけじゃないわよね。アナタ、クビになりたいの!?」
「僕の進退を気にしてくれるとはお優しい」
「……ッ!もういいわよっ!」
茶化す態度をとる男に舌打ちし、女は部屋から出ていこうと扉に歩調速く歩み寄った。
ドアレバーに手をかけた瞬間、コンコンと
木製の扉から乾いた音が鳴った。
もちろん女が叩いて出した音ではない。
「!?」
この建物にいる人間はこの執務室内にいる者のみ。そう女は認識していた。だがノックが鳴った。彼女は恐怖と驚愕で身を強ばらせる。
「どなっぶっ!」
そして、女が「どなた」と訊き終わる前に扉は勢いよく開き、運悪く扉の真ん前にいた女は撥ね飛ばされた。おかしな断末魔をあげ、だらしなく大の字に倒れる。
一部始終を見ていた男は口をあんぐりと開けていた。まるでベタベタのコメディのような出来事。だが笑ってなどいられない。
扉を開けた真犯人の姿が男の視界に入った。
やや茶色がかった黒髪のショートボブに羽状のアンテナの付いたヘッドギア。キリッと整った眉の下には茶色の瞳が爛々と輝いている。白の長袖(何故か脇が開いている)に剣道の胴のようなプロテクター。かなり短い朱のミニスカートからは黒のスパッツが覗く。
可愛いさ7割綺麗さ2割精悍さ1割の見た目の少女だった。見た目年齢は高3か大学1、2回生と言った感じか。
その少女は撥ね飛ばしたことに気づかず、就活生よろしく大きく元気な声で自己紹介を始めてしまった。
「お初にお目にかかります!大鳳型装甲空母一番艦大鳳です!!提督、貴方の艦隊に勝利を!」
久々の更新となってしまいました。
しかも焼き直しに近いので実質新作ではありません。
このまま修正していくか、新作を書くか悩みどころです。
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3話 着任
少し時間を遡る。
大鳳は執務室の扉前で大きく深呼吸した。この敷地内に入ってからというもの顔はひきつり、脚は震えが止まらない。ついつい廊下の窓を鏡代わりに寝癖がついていないかなど確かめてしまう。もう一度深呼吸すると勇気を振り絞り、扉のレバーに手をかける。捻りそうになったところで慌てて手を放す。
危ないところだった。鹿島先生から部屋に入る前はノックが必須だと聞いていたのに。2回だったか、4回だったか迷い、間をとって3回ノックした。後は開くだけ。
第一印象は大事。ここはいかに戦意に溢れた艦娘だということを示さなければならない。
よし、と気合いをいれると一気に開けた。途中、何か抵抗があったが、立て付けが悪いのだろう。提督とおぼしき姿を確認するやいなや、昨晩3時間自主練習した挨拶を述べた。
「お初にお目にかかります!大鳳型装甲空母一番艦大鳳です!提督、貴方の艦隊に勝利を!」
完璧だ。キレッキレだ。
着任3日目にして旗艦と秘書艦を任される未来が見えるくらい完璧だ。
その証拠におそらく提督と思われる青年がこちらを見て口をあけているではないか。
練習の成果で淀みなく挨拶ができ、大鳳はこっそりと胸をなで下ろした。
とはいえ緊張が無くなった訳ではない。失礼が無いようにと目の前の男から目をそらさず、紺の絨毯を踏みしめる。今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。
その予感は的中した。
ぎゅむ
「ぎゅむぅわぁぁぁぁ!!?」
何か柔らかいものが足先にひっかかったかと思うと身体の重心が前へと飛び出す。
そして大鳳は膝から崩れ落ちた。
美女の背中に全体重を載せるように。
「あーあ……」
そんな男性特有の低い声が大鳳の頭上を飛んでいった。
***********************************
「ようこそ、舞鶴鎮守府大坂支部へ。僕はここの提督の墨野 京。こちらは秘書艦の「陸奥よ」
「「……」」
提督の紹介をぶった切り、ぶっきらぼうに自身の名を告げる秘書艦。
大鳳と京は陸奥の態度に何も言えずにいた。
一隻は恐怖で、一人は呆れで。
「…陸奥さん。大鳳さんの部屋を整えてきてくれますか?」
「アタシがですか?」
「今ここにいても貴方にしてもらうことはないので」
「…わかりました。」
提督の言い方に少し苛立ちが含まれたのを感じたのか、秘書艦はおとなしく部屋を出ていった。「イタっ…」とわざとらしく額をおさえながら。
扉が閉じたことを確認すると、京は先程から一言も発していない新艦に目を向けた。
身じろぎもせず、ひたすら京の後方にある見目麗しい花の絵画を見つめていた。京の視線に気づくと慌てた表情で何か言おうと口をパクパクとさせる。
怯えた子犬のような姿を気の毒に感じながらも京は苦笑してしまう。
秘書艦は提督の補佐を行う艦娘だ。秘書艦を見ればその鎮守府のレベルがわかると言われる程の花形。従ってその鎮守府で最も優秀な艦娘が就くことが多い。
その秘書艦を着任早々ぶっとばしたとなれば、もう絶望の淵に立たされた気分になるというものだ。
フム……と京は一呼吸おいた。
そして、立ち上がって頭を下げる。
「申し訳ありません。初対面の貴女に陸奥が無礼な真似をして。後できつく叱っておきます」
「そ、そんな!私に非があるのであって、陸奥秘書艦には何の非もありません!」
京は顔をあげると、秘書艦机を見やりながら腕を組む。
「すみません。いつもはああではないのですが、今日は機嫌が悪いようで…」
そこでニヤッと笑った。
「もしかすると優秀な貴女が着任するから焦っているのかも。追い抜かれるかもしれないから」
勿論嘘で冗談だ。機嫌が悪いのは大鳳が着任する一切の事柄を秘密にしていたから。
歯の浮くような台詞で場がなごめばと言ってみたのだが、大鳳の反応は芳しくなかった。
「ははは…、そんなこと…ありえません」
から笑いして、場を濁してしまった。
京はその反応が初めに部屋に入ってきた彼女から感じたものと違っていたため奇妙に思いつつ腰をおろす。
頭の隅に留めたまま先程大鳳から渡された艦娘詳細報告書を眺めた。
そこにはNo.153 大鳳型装甲空母1番艦大鳳の題名から始まり身長、体重、火力値、雷装値、搭載数などの数値や訓練所における成績や鹿島教艦による講評などが記載されていた。その中に一つ気になる点がある。いや、本当は他にもいくつかあるのだが。
「少しお聞きしたいのですが、これらの数値は全て最新のものですか?」
「は、はい。2週間前に取り直したものです」
大鳳は答えると、あっと気づいた顔をした。
「やはり搭載数が少ないですか?」
大鳳は不安そうにうつむいた。
搭載数61。一部の軽空母より少なく、正規空母にしてはおかしい。確かに気になる点だ。しかし、
「そうではありません。少なかろうが、航空戦力のないこの支部では大助かりです。装甲値もかなり高い」
そんな風には見えないけれどと、京はチラリと大鳳の胸を見る。甲板を模した黒のプロテクターに覆われるそれは可哀想なほど起伏がない。そこも気になるが重要ではない。……はず。
「ええと…、では運ですか?それはあまり気にすることはないと鹿島先生から教わったのですが…」
京の最低な視線に気づかず、大鳳は緊張した面持ちで尋ねる。
「そう、そこが気になりましたが、鹿島教艦の言う通りです。この質問も特に深い意味はないので気にしないでください」
半分嘘であった。書類上に書かれたある数値、運2。
運とは艦娘の能力測定時、細かく言うと機力測定時に計測機に映るグラフが一定時間内に正常値を示す回数、つまり運搬値である。
何故正常値で計測するのかと言うと、まだ計測機が未熟で、異常値を示す割合の方が多いからだ。
京はほんの少しの間だけ思考に耽る。
運は平均的な艦娘でも20ほどと低い。それにしても運2は前代未聞だ。貴峯根提督が存外呆気なく手放したのもこれが大きな理由の一つだろう。
運が実際艦娘にどう影響を及ぼしているのかわかっておらず、気にする提督もそこそこいる。京は気にしない側の提督なのだが、それでも少し気にしてしまう。
大鳳もやはり気になるようで顔はまだ少し強ばっている。
「ですが、運が低い艦娘は被弾しやすい、自分が発射した砲弾や魚雷が不発になることが多いなどの噂を聞きました」
「そういう噂は確かにありますが、それほど実感しません。ねぇ、陸奥さん」
京はちょうど帰ってきた陸奥に話しかける。陸奥の存在に気づいた大鳳はびくりと肩を震わせた。大鳳にお構い無しに陸奥は提督へと歩み寄る。
「あら、何の話ですか?」
「運が低くても支障はないという話です。大鳳さんは運が低いのですが、不運に関する噂を気にしているんですよ」
「あーはいはい。んー、気にする必要はないと思います。運がどうだろうと不発は必ずありますし、被弾しやすさも陣形や艦速、その場の戦況によるので一概には言えませんもの」
陸奥が頬に指を添えて答える。
「で、ですが私はたったの2ですよ!何かあると思いませんか!?」
ずっと悩みの種だったのだろう、大鳳は陸奥に叫ぶように訊いた。
「あら、イヤミ?アタシもたったの7よ」
「なな…」
「改造前は5だったわ」
「ごっ!!」
大鳳は驚きのあまり口が半開きだ。
「気にしながら戦う方がよっぽど危険よ?運がどうであれ堂々としていればいいのよ」
「……はい!」
同じ境遇の先輩艦娘から納得のいく解答が得られたようで大鳳の顔つきが明るく変わった。
着任早々作られた溝が少し埋まっただろうかと京は安堵する。
「では、大鳳さんは陸奥さんに寮の説明をしてもらって来て下さい」
「……はい」
埋まっていないようで陸奥と二隻きりになることを恐れている。
陸奥はすたすたと、大鳳はちょぼちょぼと扉へと進む。
「あぁ、陸奥さんは少し話が。大鳳さんは外で待機してください」
「…?」「はい…?」
大鳳と陸奥は揃って首を傾げた。
**********************************
「なぁに?話って」
「これを見てください」
大鳳を廊下に追いやり、扉に鍵をかけた陸奥。口調はいつも通りに戻った。
そんな彼女に京は書類を突き出す。
「……特に変なところはないけれど」
受け取った書類を一瞬で読み終わった秘書艦の感想はそれに尽きた。
「ある欄が空白になっているでしょう?」
「あぁこれ?」
秘書艦が指を差しながら提督に見せた欄は確かに何も書かれていなかった。
提督は頷く。
「まだこの項目があるのね」
「その艦娘がどういった性格で何を信条とするかがわかりやすいですから」
「そうかしら。国民、名誉、仲間が大体で、たまに酒や布団が今まであったわね。こんなんでわかるものなの?」
「やはり性格が出るらしいですよ」
「ふーん、司令長官から教わったの?」
「……そうです」
急に歯切れ悪くなった京を気遣うことなく陸奥は話を進める。
「で、ここから何かわかったわけ?」
「…おかしくないですか?まだあまり話していませんが大鳳さんがそこを空欄にするとは」
「別に?参考までに彼女への印象を教えて」
「? 勇敢で誠実そうだなと」
京は不思議そうに首を傾げたまま率直な印象を述べる。
陸奥は書類を執務机に放り投げ、大鳳の待つ外へと向かう。
「アナタの観察眼、大したことないわね」
去り行く陸奥を見ながら京は乱れて置かれた書類を直す。
書類には空欄があり、その項目は『守りたいもの』であった。
「アタシには臆病で卑怯にみえたわ」
陸奥はそう言い切ると扉を開けた。
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4話 廊下
自己紹介も終わり、さぁ施設旅行だと期待していたら、付き添いは自分がぶっとばした秘書艦、そして秘書艦と提督による謎の密談の開始。内容は大鳳に関することに違いない。
泣きっ面に蜂とはこのことか。
扉の傍の壁にもたれかかり虚ろに天井に視線を向けた。
「期待はずれだったってことよね……」
他に移されるのも時間の問題だろう。
まさに今提督と秘書艦がその話し合いをしているのかもしれない。
あの事がばれたら、その時間すら問題にならなくなるだろう。
そして、すぐにでもばれて欲しいという気持ちがないでもない。
着任とはこんなにも気が沈むものだったのか。大鳳は深く嘆息した。
そんな時だ。
「あー、疲れたー」
「そうね。早くろーずばすに入って、いろーしないと。おはだが荒れちゃうわ」
「お腹空いたー。はやくはやくたべたーい」
遠方からガヤガヤと声がした。大鳳がそちらに顔を向けると3隻の艦娘らしき少女がこちらへ、つまり執務室へと横に並んで歩いていた。右から見ていくと、右目に眼帯をした者、錨のマーク入りの紺の戦闘帽を被った者、何故かウサギの耳をつけている者、となかなか見た目が個性的な艦娘達だ。
彼女達もこちらに気づいたらしく、走り寄ってきた。
「誰だ、あいつは!」
「見たことない顔ね!」
「囲もう、囲もう!」
訂正、襲いかかってきた。
あっという間に3隻に囲まれてしまった。
「何の艦娘だ?軽巡か?駆逐艦か?水母か?それとも新種か?雷装値はいくらだ?」
「あなたのレディー力低そうね!わたしが鍛えてあげるわ!」
「ねぇねぇ、今どんな気持ち?」
「ちょっと待ってください!!」
大人ペンギンに囲まれた子ペンギンのような有り様だ。大鳳は開いた両手を前に押し出し、3隻の口が開くのを止める。
「いきなりたくさん聞かないでください!まず私は装甲空母です!したがって雷装値は0です!次にレディー力って何ですか!?搭載数と関連があるとか?最後に今の気持ちはもう嬉しいとか悲しいとかびっくりだとか色んな気持ちがごちゃごちゃになってて何とも言えません!!」
3隻の質問を一気に答え切った大鳳は肩をぜぇぜぇと上下させる。答えを受け取った3隻の反応は一様に引いていた。
「え、お前空母なのか?とてもそうだとは…」
じっくりと大鳳を観察しながら眼帯の少女は眼帯をしていない、翡翠色の左目を細める。
「これがノーキンというやつね…」
意味がわかっていないにも関わらず的確な表現をした戦闘帽の幼女。ロングストレートの黒髪からびよんと伸びる跳ね毛が心なしか垂れ下がる
「ヲ、おぅぅ……」
ただただ大鳳の迫力に圧倒されているウサギ耳の幼女。
そしてそんな3隻の反応を見てなんとも言えない気持ちになった装甲空母。
「「「「 」」」」
気まずい雰囲気が4隻の周りを立ち込める。
その時大鳳の背後からガチャッとドアが開く音がした。
振り向くとそこには秘書艦が。
ここの所属らしい眼帯の少女も気づき片手を挙げた。
「よぉ陸奥、帰ったぜ」
陸奥もそれに応えるように駆けよって、拳を振り上げ
「こんのバカ軽巡があぁぁぁぁ!!」
少女の脳天に鋭く振り落とした。
ゴンッ…!という音と共に少女の被っていた軍帽が落ちていく。
そして軍帽が落ちるよりも速く少女は床に崩れ落ち、痛みに悶えた。
「いってぇぇぇぇ!!!!っ何すんだ、いきなりっ!?」
「帰投報告をしない無能旗艦に然るべき罰を与えたのよ」
「はぁー!?したっての!」
「いつ?」
「『よぉ陸奥、帰ったぜ』」
「そんなのが報告にはいるもんですかー!!」
又、少女の頭に降り下ろされる鉄槌。
そんな2隻の様子をやれやれと呆れ気味にため息をつく幼女達。それでいいのか幼女達よ。
「じゃ、アタシ達は先に食堂に行くから。提督に報告し終わったらすぐに来るのよ」
まだ悶え続ける眼帯の少女。それを平然と見下ろしながら、淡々と予定を告げる秘書艦。はぁいと揃えて返事する幼女達。そして今までのやり取りについていけず混乱する装甲空母。実にケイオス。
「なにしてるの、大鳳?行くわよ」
ぼーッとしている大鳳に呼び掛ける秘書艦。大鳳には魔王の喚び声に聞こえた。鉄槌を問答無用で叩きつける冷徹秘書艦とふたりきりで行動するなど恐怖しかない。されど従わないわけにはいかない。廊下に置いておいた革張りの鞄を重そうに持ち上げた。
「はい、逝きましょうか」
廊下が三途の川の如くうねって見えた。
更新をもっともっと速くしたいです
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5話 階段
陸奥に引き連れられたのは、執務室のある本館から5分ほど歩いた艦娘寮。3階建ての建物らしい。
本館と同様外壁は赤レンガで内部は訓練所と変わらず、黒紫色の柱にあちこち黄ばんだ白の壁紙。大坂支部は支部の中で古い部類に入るらしくあちこち傷んでいる箇所がちらほら見える。
「1階は食堂兼談話室と洗面所、大浴場。2階が駆逐、軽巡の小型艦フロア。3階はアタシたち戦艦や空母のような大型艦フロア。トイレは各階にあるわ。キレイに使ってね」
「了解です」
「一応鍵はあるけれど、それは秘書艦のアタシが管理しているわ。基本的に鍵は閉めちゃ駄目よ。どうしてもという場合はアタシと要相談」
「了解です」
3階から1階まで階段を降りながら陸奥から説明を受ける。荷物を置くために一旦3階の大鳳の持ち部屋に行ったのだ。今はその帰りである。
「布団は後で下まで取りに来て。掃除がしたかったら1階に箒と雑巾があるから」
「了解です」
先程から陸奥が説明しっぱなしで大鳳は「了解です」しか言わない。気になったのか口を尖らせる。
「もう!本当にわかってるの!?」
「りょう……はい!陸奥秘書艦の説明はとても聞き取りやすくわかりやすいです!」
「ほんとにぃ?…何か質問あるかしら?」
「えーと、そのぉ……」
ないです、と返したかったが、さすがにそんな返事ばかりではまずいだろうと判断し、何かないかと辺りを見回した。今は丁度2階の小型艦フロアで黒茶の扉が等間隔に並ぶ。
「空室が多いですね」
陸奥の説明からわかったが現在この支部に着任している艦娘は自分を入れて5隻。3階にある部屋は全部で6部屋。先程の3隻は小型艦らしく、大型艦は大鳳と陸奥だけなので4部屋余る。2階も同じ構造だろうからやはり余る。
「舞鶴が主体の大規模作戦になると、この大坂支部にも2部隊くらい来るから、その宿泊場所を確保するためよ。後、定期的に宿泊する艦娘もいるわ」
「あ、そうか…」
すっかり失念していた。馬鹿と思われたに違いないと大鳳は頭を抱えたくなる。秘書艦は気にせず付け足した。
「それよりも多く来た時は相部屋になるからその時に備えて日頃から部屋を綺麗にしとくのよ」
「了解です、あ……」
つい言ってしまった。陸奥は頭を掻きながら呟く。
「これが普通なんだろうけど、いつもあの娘達を相手にしてるから逆に調子狂うわね……」
あの娘達とはのあの3隻だろうか。なかなか苦労しているようだ。
心苦しいが自分のせいで更に苦労させてしまいそうだと大鳳はすまなく思った。
「ごめんなさい」
「え?」
「ん?い、いえ!何でもありません!!」
声に出てしまったらしい。すぐに場を取り繕うと、陸奥はあぁ~と納得した顔をした。
「ドアの衝突事故のこと?謝るのが遅くないかしら?別に構わないけれど。気にしてないわよ」
「え?違…いやいや!そのぅ…」
「もしかして~忘れてたとか~?」
心臓に針を突き刺された気分だ。忘れていたわけではない。ではないのだが、続けざまに色々あったので謝るタイミングを逃していた。
何と言い訳しようか思案していると
「む~~…やっぱり許すのやめた!」
「え!?」
「あー痛い痛いー!額が痛いー!まるで扉でぶつけたような痛みー!!」
突然実にわざとらしく陸奥が額を押さえ始めた。大鳳はうろたえるしか術がない。
「そんな…む、陸奥秘書艦には大変な無礼を働いたと心から反省の気持ちでいっぱいで…いかなる処分も受けるつもりでありまして…」
「ほんとにそう思ってる??」
陸奥が訝しげに顔を大鳳の鼻先まで近づける。大鳳は後退りながらもはっきりと誓った。
「はい!本当です!!」
「そ。なら、アタシの言うことをなんでも一つ聞くのよ。約束よ。」
「ええっ!?」
「額が…」
「わ、わかりました!約束ですっ!」
再び額を擦りだしたので、どうしようもなく大鳳は悪魔の契約を結んでしまった。世ではこれを恐喝という。もしくは当たり屋。
顎に人差し指をあて陸奥が思い出したように呟く。とても様になる仕草だ。
「そういえば今日は金曜日だから夕食はカレーね」
「そうですねー。楽しみです…じゃなくて、陸奥秘書艦の命令は何ですか!?」
1階に降り着き、食堂らしき部屋が見える。それで陸奥が切り出した話題なのだが、大鳳からすれば生殺しされた気分だ。大鳳のツッコミで陸奥が心外そうな顔をする。
「命令なんて人聞き悪い。これはお願いよ」
「……秘書艦のお願いは何ですか?」
「『なんでも叶える』なんてワイルドカードをそう簡単に使う訳ないでしょ」
大鳳の頭をポンっと叩くと、さっさと食堂に歩いていってしまった。
背中に又重い荷物が載った気分で大鳳はその後を追った。
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6話 食堂
「なにしおはば」の「旅行」後半部とさして違いはないので読みとばしても大丈夫です。
「ここが食堂よ」
ここも白色の壁だが黄ばみが無く清潔感に溢れている。兵学校の食堂は料理の匂いがプンと漂い、食欲を刺激されたのだが、ここではしないのが不思議だ。しかも、料理人の話し声がせず、聞こえるのはブーンという低重音のみ。
まだ彼女達は来ていないようだ。
「あの…誰もいないのですか?」
少し怖くなった大鳳は隣の陸奥に尋ねる。
「いるわよ、まみやさんが」
「ええっ、間宮さんが!?」
給糧艦、間宮。日々食事の献立を考え、調理する艦娘だ。彼女の作る料理は味、見た目、そして栄養バランス、各方面に優れる。その腕前は一流レストラン、料亭、給食センター、食品関連企業から視察が来るほどだ。
ただ間宮は当然1隻しかおらず、棟京霧ヶ関にある海軍省の食堂で常勤していると噂で聞いたが、臨時でここにいるのか。
「はい、こちらがまみやさんよ」
それを見た瞬間自分の頭を押さえた。立ちくらみしたのだ、自分のバカさ加減で。間宮が本当にいるかもしれないと少し期待してしまっていた。
陸奥が「まみや」と指差したもの、そして低重音の主は高さ1、5㍍ほどの直方体の丸みを帯びた機械だった。基調は薄桃色だが上部は焦げ茶色、下部は青色で、真ん中に横幅30㎝ほどの液晶パネルがあり、その真下の底部には取り出し口が開いている。
大鳳はこの機械を知っていた。兵学校で使い方まで教わっていた。
「これ、MAMIYAですよね?」
苦笑いまじりに大鳳が尋ねる。正確には兵学校で見たMAMIYAはもう少し小さく、デザインもかなり違うし、液晶パネルもなかったが似たようなものだろう。そのMAMIYAは自動販売機みたいなもので、料理の写真の下にあるボタンを押すとその料理が詰められたレトルトパックがぺっ、と吐き出される。その時はすごいと思ったが、今思うとしょっぱい機械だ。そんな機械の料理(?)をこれから毎日食べると考えると気分が暗くなる。
落ち込む大鳳とは対照的に陸奥は何故か得意げだ。
「ふふん、兵学校で扱ったのはMAMIYA初期型でしょ?これは違うわ。開発に120億かけた最新式。MAMIYAーⅢよ!これに比べたらMAMIYA初期型なんておもちゃよ!」
わーい、すごーーい!とは絶対に言わない。120億かける程のものか実に疑わしい。
大鳳はジト目で見るが、陸奥は全く視線を気にすることなく、MAMIYAーⅢの前に立ち、電源をいれ、大鳳を手招きする。
大鳳が機械の前に立つと、ちょうど画面が起動し終わった。
『こんばんは。今日もお疲れさまです』
落ち着いた可愛らしい声とともに画面の中で割烹着姿の女性がお辞儀をする
「間宮さん!?」
大鳳が目を見開く。兵学校での放課後に見たアニメーションのような絵柄だが、間違いなく間宮だ。
頭につけた大きな赤いリボンとフリルのついた割烹着、そして陸奥よりも遥かに大きく、割烹着を着てても自己主張の激しい胸ですぐに間宮だとわかった
「なにかぬるぬるしてる…」
画面の間宮はまばたきをしたり、笑みを浮かべたり、腰をくねくねさせたりと画面の中で生きているようだ。
驚きは次々と続く。
なんと画面に触ると指の動きに従って画面が動くではないか。陸奥の説明と直感的にわかる画面操作によって大鳳は初見の機械であるがスムーズに手順を完了させていった。
まず認証のために艦娘コード(ACT1-153)、量調節のために本日の出撃の有無を入力。
『今日は金曜日。本日の夕食はカツカレーです』
MAMIYAがそう言うとルーとライスの量、辛さ、福神漬けの有無、トッピングの選択肢が表示される。
選択肢の多さに舌を巻く一方で本当に反映されているのか疑問を持たざるえない。結局『中盛辛口福神漬け有りコーン』で完了ボタンを押す。
二頭身キャラとなった間宮が野菜を切ったり、鍋をかき混ぜたり、フライパンで肉を炒めるアニメが流れだす。真ん中には後5分の表示。早いのか遅いのかわからないが、おとなしく陸奥の向かい側の席に着く。
「どう?MAMIYAーⅢ?」
陸奥が興味深そうに尋ねる。
「確かにスゴいですけれど…」
特に間宮がぬるぬる動いたりしゃべったりするのはスゴい。スゴいが本質からずれている気がする。
「あの声は実際に間宮さんがしゃべってそれを録音したものよ。セリフは150を越えるわ。後、超大盛りに出来るとかの隠しコマンドが30以上あるらしいわよ。それに季節によって間宮さんの衣装やセリフも変わるのよ」
やはり本質からずれている。確かにスゴいがおかしい。そんな大鳳の様子を感じとったのか陸奥が付け加える。
「味は保証するわ。見た目は気に入らないかもしれないけれど」
さらっと不安要素を増やされるが、陸奥は話を変える。
「もうそろそろ木曾達がここに来るわ。ほら、」
騒がしい声が遠くから近づいてきた。
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7話 咖喱
隣には陸奥が座り、向かいには先程の艦娘達が座った。それぞれの前にカツカレーが並ぶ。カレー独特の旨味が詰まった匂いが大鳳の鼻をくすぐった。
カレーの茶色に福神漬けの紅色とコーンの黄色が散らばる。ひとまず及第点といったところか。陸奥のカレーには琥珀色の蜂蜜がかかっていた。意外と甘党なようだ。
「さてと全員揃ったことだし、新たに着任した大鳳の歓迎会をしましょう」
陸奥が音頭を取ると駆逐艦の2隻がパチパチと拍手する。
「といってもカレー食べるだけなんだけどな」
眼帯の少女がカレーをぐちゃぐちゃとかき回しながら茶化す。スプーンが陶器のカレー皿に当たる度に小刻みで硬質な音が奏でられる。 間宮謹製のカレーは感動的な美味しさだった。予想通りルーがレトルト袋に詰められていたが、米は機械内で炊くので炊きたて。カツも機械内で揚げるのはさすがに驚いた。スパイスの効いた辛みが舌を蹂躙する。トンカツにかぶりつくと、カラリと揚がった衣がパリリッと音をたて、内に秘めた肉汁と油を解放した。肉の旨味が適度な歯ごたえとともに骨を伝っていく。これがMAMIYAの力か…と感嘆せざるえない。
「しょうがないじゃない、急だったんだし。ね?」
陸奥が口を尖らせつつ大鳳に同意を求める。夢見心地だった大鳳は急いで頷き同意を示す。
「ありがと。では、改めて。アタシは長門型戦艦二番艦の陸奥よ。この支部の秘書艦をしているわ」
「確か陸奥秘書艦はビッグセブンの一角でしたよね?!」
名前が陸奥だとわかった時から気になっていたことだ。ビッグセブンとはあの大戦以前巨大な41cm砲を搭載し圧倒的攻撃力を有することで世界にその名を轟かせた7隻の超弩級戦艦である。大仁本帝国海軍はそのうち2隻、長門と陸奥を保有していたのだった。やらかしてしまったからずっと訊けず仕舞いだったがようやく訊けた。
「え…、あ…、そうね…」
「すごいですよね~。あ、もしかして長門さんも建「おい新艦!陸奥の話なんかいいじゃないか。オレの話を聞けよ」
深く陸奥の話を聞きたかったが、眼帯の艦娘がせっついてきたため仕方なく彼女へと向き直る。また後で陸奥と2隻で話を聞けばいいだろう。
「さてオレの名は木曾。球磨型軽巡洋艦5番艦だ。この支部の大黒柱的存在だな。この支部で困ったことがあったら全てオレに聞け」
頼もしく自分の胸を叩く。水色のライン入りセーラー服の襟に巻きつくえんじ色のスカーフが揺れる 。
あきれ顔で陸奥はカレーを口に運ぶ。
「大黒柱さん。アタシの命令を聴かずに独断専行ばかりするバカ軽巡がいるのだけど、どうすればいいかしら?」
「その前に自分の命令を考え直してみるんだ。道理に合わない弱気な命令をしていないか?その軽巡は立派だ。ちゃんと自分で考え最善策を選び行動している。後で間宮羊羮でもあげるべきだな」
「始末書をあげとくわ。アドバイスありがとう」
「な……! 」
歯ぎしりする木曾を尻目に陸奥は少しずつカレーを掬う。
2隻のやり取りを前に大鳳は押し黙った。不安が更に増えた気分だ。果たして本当に歓迎されているのだろうか?
木曾の隣の幼女2隻にぼんやり目を向ける。
どちらも木曾よりも背が低く、顔つきも幼い。おそらく2隻とも駆逐艦だろう。
理由は不明だが駆逐艦、軽巡、重巡、戦艦と、艦種の大きさが大きくなるにつれ艦娘の見た目年齢は上がっていく。
大体、駆逐艦は小学生か中学生、軽巡や重巡は高校生、大学生、戦艦と空母は20代前半くらいの見た目だ。ただ目安でしかないし、大鳳のように大学4回生くらいの見た目だが着任して間もない、もしくはその逆のことなどざらにある。
だからこの口元にカレーをつけた幼女達が歴戦の猛者であるかもしれない。
そんな事を大鳳がなんとなく考えていると、ある事に気づいた。
明らかに1隻の水を飲む間隔が短い。
口へ手を運ぶごとに持つ物がコップ、スプーン、コップ、スプーンとめまぐるしく交互に変わる。
カレーを観察すると大鳳の辛口よりも黒い。おそらく激辛なのだろう。
「大丈夫?」
あまりにも辛そうに食べるから心配すると
「え……ぇ、ダイジョーブダイジョーブ。だっ……てヒグッ、れでぃだもん……」
絶対に大丈夫ではない。薄紫の瞳から涙が滲み出ている。赤のスカーフが印象的なセーラー服に細かな汗が滲む。
水が主食でカレーが添え物のようだ。
「あら、暁。激辛を頼んでたの?アタシ間違えて甘口を頼んじゃってたのよ。もしよかったら交換してくれないかしら」
「ふぇっ?……あ、しょ、しょうがないわね。交換してあげる。ほんとは激辛食べられるけど陸奥さんのために交換してあげる」
「たまには甘口もいいものね」
「う~…お願いします…。交換してくだしゃい…」
暁というらしいその幼女は陸奥から甘口を受けとった途端に太陽のように顔を明るくし、カレーを山盛り掬い取り頬張る。
確か駆逐艦の中に暁型駆逐艦という艦級があったはず。つまりこの幼女は一番艦、ネームシップというわけだ。
本当に……?
一瞬疑わしく感じたが見た目で判断してはいけない。
そう、例え暁の隣に座る駆逐艦が奇天烈な格好をしていようと。
まず毛先が左右に緩やかに割れたクリーム色の長髪に何故か大きな黒のウサギの耳。
上はセーラー服を基本としたノースリーブで腹丸出し、へそ丸見え。極めつけはスカート。かなり短い。どれくらい短いかというと、今彼女はカレーをおかわりしに走り去った訳だが、下着が普通に見えるくらい短い。黒の紐パンだった。後ろから見るときゅっと可愛らしいお尻がこんばんは。見ているこちらが恥ずかしい。
実は大鳳もスカートが彼女並に短いが、スパッツを履いているからセーフだ。パンツじゃないから恥ずかしくない。
「島風よ。島風型駆逐艦1番艦」
じろじろと観察していた所を見られていたようで陸奥から彼女の紹介を受ける。
「あの制服は初見では衝撃的よね」
「服師のやつらの頭はいかれてるからな
。時々ああいう制服が出てくる」
おかわりを待つ島風の背中を眺めつつ、陸奥と木曾は苦笑した。
服師とは艦娘の制服を考案する海軍お抱えの服飾デザイナーである。
「ま、わたしの制服が一番ね。なんたって他の服師の人に絶賛されてるんだから」
「その絶賛した服師、憲兵に監視されてるって噂だぜ」
「なんで?」
「さぁ……?なんでだろうな……?」
木曾と暁が揃って首をひねっていると島風が戻ってきた。
「なんの話?」
「オレの制服はイケテるって話」
「違うわ、わたしのがよ」
「えー!?島風だよ!だって速いもん!」
途端にわーわーと言い合いが始まり、自らの制服の素晴らしさを主張しあう。
大鳳も参加したい気持ちが沸き立っていた。
大鳳の制服は、かなりの名声、実績を持ち鳴り物入りで海軍お抱え服師となった有名デザイナーが初めて手掛けた制服だ。艦艇だった時の大鳳の容姿をモチーフにした機能美、色彩美に長けるこの制服を非常に気に入っていて、誇りすら感じている。
だから自慢したい気持ちで溢れているが、会ったばかりの艦娘達に自慢するという行為はなかなか感じが悪い。
そうやきもきしていると肩をツイツイとつつかれた。
「アナタの制服、とても似合ってる。可愛いさとかっこよさを両立した洗練されたデザインね」
「ですよね!?」
陸奥の褒め言葉で自慢したい欲求がはじけてしまった。勢いよく食いついてしまったため恥ずかしさがこみ上げる。
心を読まれたようだ。陸奥が優秀だからか大鳳が単純だからか。
話題を変えるために先程気づいたことを訊く。
「あの…陸奥秘書艦が最初に甘口を注文していたのは暁ちゃんが激辛を頼むと予想していたからですか?」
「ええそうよ。ま、秘書艦だから先読みは得意なのよ……と言いたいところだけど」
まだ言い合いを続けている3隻を見ながら、眉尻を下げ困ったように笑う。カレーはすっかり冷めてしまっていた。
「これがいつもの光景なのよ」
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8話 早朝
レースのカーテンごしに朝の日差しが起床を催促する。大鳳はむくりと起き上がり、ぐっと伸びを一つ。壁にかかった簡素な針時計を確認。短針が5と6の中間を指していた。
眠たげにまぶたをこすりつつベッドから抜け出し、木製箪笥を開ける。数少ない衣服から支給品である白のインナーシャツ、黒ジャージ上下を取り出した。ジャージは何回もこけたせいで所々膝に小さな穴が空いている。
後で新品を申請しよう。
集合時刻はまだまだ先だ。他の皆を起こさないようそっと廊下を歩く。まだ少し肌寒いが我慢。厚着をしても、最後は汗をかいて脱ぐことになるし、洗い物が増える。
洗面所に着き、顔と歯を洗う。これで眠気とはおさらば。右後頭部辺りで跳ねる髪が鏡に映るが、運動後のシャワーで整えればいいだろう。大鳳はそこだけを濡らしてごまかすだけに留めた。
1階に降り、硝子扉を開けると少し肌寒い風がまだ弱々しい春の日差しと共に大鳳を迎えた。
「いい風ね」
別にこうだから良いという基準はないが、気持ちの良い風だ
軽く準備体操をし、走り始める。朝のジョギングは兵学校からの習慣で、何があっても毎日すると決めていた。準備体操をしながら考える。
(さて、どこを走ろうかしら。)
本館の裏側には運動場がある。そこを走ってもいいのだが、せっかくだから探険も兼ねて支部内を走り回りたい。
とりあえず海へと向かってみる。
浅緑の芝生に囲まれ、まがりくねったレンガ舗装の道を走っていると、嗅ぎ慣れた、オイルの匂いが混じった潮の薫りが強くなってきた。硬く反発するコンクリートへと足裏の感触が変わった時には目の前には海が広がっていた。
太陽が彼方の水平線で綱渡りをしているような高さに昇っていた。綱渡りの出来映えを拍手しているかのように水面で無数の反射光が瞬く。
兵学校と代わり映えなく、されど飽きない。
この美しさは変わることなく大鳳を魅せる。
新しい場所への不安を溶かす暖かな光。
大鳳は足を止め、眺めていた。
軽やかな日差しを、吹き抜ける風を、静かな海を。
「お、大鳳じゃないか」
走って軽く温められた身体も冷めた頃、男勝りだが少女の幼さも混ざった声が大鳳に呼び掛けてきた。
振り返るとネイビーのドライパーカーとショートパンツの格好をした眼帯の少女がいた。
「木曾さん」
そう大鳳が返すと、彼女は微妙な顔をした。
「木曾さん……ねぇ……」
「どうかしましたか?」
「あぁー……これ以降、さん付けと敬語禁止な」
「え、何故です?」
「なんかなー背中辺りがむずむずするってゆーか、耳がかぶれた感じがするっつーか。端的に言えば苦手なんだよ 」
「ですが木曾さんは先輩に当たる訳ですし」
「だったら駆逐艦のガキ共にも敬語を使うべきだろ」
「あ……それは…」
確かに木曾の言う通りで、先に着任している者を敬わなければならないのなら暁、島風も例外ではない。
しかし、昨晩大鳳は暁達を同等に、いや子供扱いしていた。
一貫していない言動。木曾に指摘され大鳳は恥ずかしさで言葉に詰まる。
「意地悪言っちまったな。ま、難しいとこだよな。敬語を使うべきかどうかは。序列が着任順で決まる鎮守府もあれば大型艦か小型艦で決まる所もある」
「………」
木曾が気まずそうに頬を掻きながら語る。気遣われていることがわかるからより一層恥ずかしい。
「ここでの序列は坊、陸奥、オレ、その他だ。着任、艦種関係無くな。…いや陸奥、坊、オレ、その他か?」
そう言う割には木曾は陸奥に対して敬意を払っていないのでは?というツッコミはさておき、聞いたことのない人物名を訊ねる。
「ぼん?」
「あいつだよ。墨野京」
「提督じゃないですか!?」
「敬語禁止て言ったろ?」
「提督じゃない!?」
律儀に言い直す大鳳に失笑しつつも嘲るように肩を竦める。
「それが?」
あっけらかんな物言いに大鳳は唖然とした。
「……え、だって提督に対して坊なんて馬鹿にした言い方。私は聞こえていない所でそんな風に悪く言うのは好きではない…わ…」
丁寧にしたら又茶化されてしまうため気を付けながら批判する。自然と拳に力が入っていた。
木曾はハッと軽薄な笑みを浮かべた。
「勘違いすんじゃねーよ。オレは面と向かって坊って呼んでる」
「!?」
「前言撤回、序列なんてない。皆が等しいのさ」
かつてない程の衝撃を受ける大鳳。提督とは艦娘達の上に立ち、敬うべき存在だと教えられてきた新兵にとって木曾の発言は到底理解できるものでは無かった。
黙ったままの大鳳を無視して木曾は続ける。
「あんな奴は提督じゃない。……提督ってのは男気があって、優しく、時には非情で、豪快なようで計算高い、オレ達艦娘を最大限まで活かす、そんな野郎を言うんだよ……」
言い終えた時、木曾は頭上を旋回する海猫を見つめながらどこか過去を慈しむような悲しみを滲ませていた。
朝焼けに照らされ煌めいているはずの海が今は曇って見えた。
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9話 朝食
木曾と別れた後大鳳はしばらく走り続けたが、あまり身が入らなかった。着任後初の朝がこんなにも気分がよくないものになるとは運が悪い。あの「運」は意味合いが違うのだが案外関連しているのかもしれない。
シャワーを浴びた後、制服に着替えると食堂へ向かった。
食堂には木曾達がいて、すでに半分ほど食べ終わっているようだった。
運が悪い。しかし出直そうにも集合時刻は近づいている。3隻が出ていった後に食べ始めることは出来なさそうだ。それに、
「大鳳さーん、こっちよ」
暁に気づかれてしまった……。
大鳳は軽くため息をつき、MAMIYA-Ⅲへ向かった。 出てきたトレーには目玉焼き、鰆の切り身、胡瓜の漬物、味噌汁、白飯。THE朝飯という感じだ。 それらを持って、暁達の席に着く。向かいには暁、隣には島風。そして、斜め右には木曾、といった配置だ。陸奥は既に食べ終えたのかいなかった。
暁は「おはようございます」と言うと、お茶を淹れてくれた。木曾は大鳳を一瞥すると「早く食べろよ。間に合わないぞ」と言い、味噌汁を啜った。島風はひたすらに目の前の朝飯をかき込んでいた。至って普通の、これから毎日繰り返されるであろう朝の風景であった。
木曾が何事もなかったような態度を取ったことに苛立ちながらも安心する。
これから過ごす仲間との間に変な諍いを作りたくはなかったのだ。
そして、大鳳はいつものように、何気なく机に置かれている調味料箱から醤油を取りだし、目玉焼きに垂らした。
「はあ?何してんだ?目玉焼きに醤油とか」
心底呆れたような哄笑が飛んできた。
声の主は木曾であった。
大鳳が絶句していると木曾は、ある調味料を食べかけの目玉焼きにかけつつ、鼻を鳴らした。黒々とした流動体がドロリと満月のような黄身を覆っていった。
「普通ソースだろ。醤油なんざ合わねえよ」
「人それぞれでしょ」と大鳳が流してしまえばそれで終いだっただろう。木曾も本気でバカにした訳ではなく、大鳳との気まずさを少しでも和らげる冗談のつもりだった。陸奥や京ならば受け流すから、いつもの調子で言ってしまっただけだった。
しかし
「は?そちらこそ何を言っているのかしら。醤油こそ目玉焼きの最高の相棒よ。卵のまろやかな旨味に醤油独特の辛さがアクセントとなって、絶妙な調和を生み出すのよ」
大鳳は生真面目過ぎた。言葉をそのまま受け止めてしまうきらいがある。さらに大鳳は朝の件を引きずっていた。気にくわない考えをする奴の言動は何をしても癪に触るものだ。
賛美は皮肉に、謝罪は不服に、そして冗談は罵詈雑言に聞こえてしまう。
「ソースをかけるなんて邪道もいいところ。
卵の繊細な風味がソースの大味さで破壊されてしまうでしょ?あぁ、なるほど。味オンチだからソースみたいな分かりやすい味でなくては美味しいと思えないのね?いっそのこと朝御飯をソースだけにしたら?」
フッと笑みを漏らし、ほかほかの白米とともに醤油がかかった黄身を頬張る。
「なんだァ?てめぇ…………」
どこぞの眼帯空手家のような睨みを効かせる木曾。茶色染みた目玉焼きを口いっぱいに詰め込む。口周りがソースまみれとなってしまったが、構わず木曾は反論を繰り出した。
「いいか?ソースは雑な味と思ってるかもしれないが、それは大きな間違いだ。トマト、人参、玉ねぎ、リンゴなど、味わい豊かな素材の旨味が詰まった、いわば旨味の極みとも言うべき存在だ。ソースが卵の旨味を消す?違う。調和しているんだ。溶け合っているんだ」
木曾の口調は徐々に熱を帯びていく。身振り手振りは大きく、ソースの素晴らしさを演説し続ける。
「ソースとはオペラだ。主役は卵だ。しかし一人だけが輝いてもいけない。脇役との軽快な掛け合い、ステップがあってこそ舞台は輝き完成する。こんな芸当、醤油には出来やしない。大豆の絞り滓にはな」
言い切った木曾は天井の蛍光灯を眩しげに見上げた。壮大な音楽が太鼓とともに終わりを告げ、スポットライトが主演女優を照らしているかのように。口周りがソースだらけだが。
大鳳は思わず拍手をしかけたが自身の主義を思い出し、ひっこめる。されど拍手は聞こえた。大鳳によるものではなく、ある黒髪のレディの手によって。
「なかなかよい演説だったわ、」
「お褒めいただき有り難う。ミス暁」
「でもまだまだお子さまね」
そう切り捨てると、暁はどこからかサングラスを取り出し、右手である粉末をひとつまみ。
「レディは黙って塩よ」
手首を白鳥の首のように曲げ、指先から塩を放つ。それは夏に降る雪。薄氷のベールのごとき残像を描きながら、皿へと舞い降りる。塩の結晶が照明の光を乱反射して、目玉焼きが輝いているではないか。
一同は息を呑む。目玉焼きに対してもだが、それ以上に暁に対して。塩を振る暁の姿が実に魅惑的だった。まるでトルコで肉料理のシェフをしていそうだ。
「塩!そういうのもあるのね」
中年サラリーマンのように頬づえをつき、大鳳は新たな選択肢に関心を寄せる。
目玉焼きに塩。あまりにも素朴すぎる味付け。だがそれが良い。人類は飽くなき食欲に従い、未知の食材を発見し、新たな器具を発明し、革新的な調理法を考案し、多種多様な料理が生み出した。しかし人はふと思い出したように単純な塩味を求める。それは故郷たる海の味だからかもしれない。都会に暮らす息子が田舎の母の手料理を恋しく思うように…。
「Ms.サマーソルトと呼んでちょうだい」
得意気な顔でサングラスを外すとMs.サマーソルトは薄い胸を張る。
「サマーソルトはsummer salt(夏塩)ではなく somersault(蜻蛉返り)よ。ミス・サマーソルト」
「皿周りにこぼしすぎて、ほとんどかかってないぞ。ミス・サマーソルト」
「う、うるさーーーい!」
2隻の指摘を受け、顔を真っ赤にしながら、ぶんぶんと腕を振り回すmiss.蜻蛉返り。
「そもそも暁ちゃんはゴマだれ派じゃなかった?」
そこへ追い討ちをかけるように、今まで会話に加わらずに朝御飯を食べ続けていた島風が暴露する。島風の盆には何もなくなった皿のみが載っていた。何かをかけた形跡がない。
早食いであまり味わわない島風にとって「かける」という動作は煩わしいからだ。それを知らない大鳳は、渋い嗜好だとひっそりと感嘆した。
「そういやそうだ。暁の皿はいつもゴマだれかドレッシングまみれじゃないか」
「そ、そんなことないわよ!」
「陸奥さんは塩をかけるよね」
「んん~、そうだったわね~。グーゼンかしら……?」
木曾と島風の追求の手は止まらない。
暁は否定したり、ごまかしたり、しらばっくれたりするが最終的に机に突っ伏してだんまりを決め込んでしまった。うーー、と唸る声が漏れ聞こえる。
「可哀想に…。暁さんはちょっと背伸びしたかっただけなのよね。恥ずかしがることでは全然無いわ」
しっとりして柔らかな黒髪を鋤くように撫で付ける。「大鳳さぁん……」と暁がうっすらと瞳を潤ませ顔をあげた。大鳳は凍える仔猫を照らす暖かな太陽のように微笑む。「お前もイジってたじゃん…」という木曾のツッコミは無視された。
「これからは私とともに醤油レディの道を歩きましょう?」
「あー!汚ねぇぞ!暁、ソースの方がレディだ!なんたって西洋のもんだからな!!」
醤油とソースをそれぞれ手に持ち、大鳳と木曾は暁に必死でアピールする。
「……どうして塩じゃ駄目なの?」という暁の至極真っ当な意見は当然のように無視された。
「もう埒が明かない!徹底的にけりをつけよう!」
「誰かにどちらがいいか決めてもらいましょう」
2隻は誰が決めるにふさわしいかしばし考え、同時に解を出した。
「提督!」「坊!」
さあ、決まったとばかりに2隻は我先にと駆け出した。残された暁と島風は顔を見合せ、ため息をつくと後片付けを始める。
執務室前に着いた2隻はノックもせずに室内に突入。集合時間になっても来ない艦娘達を呼びにいこうとした陸奥に衝突。手に持っていたソースと醤油が見事に陸奥の全身に浴びせられた。
無事大目玉を食らった。
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10話 装備庫
支部の敷地を上から見た時、本館を時計の針の中心、海を6時の方向と見たてると、艦娘寮が10時、グラウンドが12時の場所だ。
そして装備庫は3時の方向にある。
それの大きさはジャンボジェットが一機入るか入らないかくらい。耐震、耐火性、耐爆性いずれにも優れる重厚なコンクリート壁が中身を囲う。
正面扉は鉄を主とした合金製、厚さ60ミリの頑強な扉。ナンバーキーと生体認証の二重ロック、無数の監視カメラ、赤外線センサー。防犯対策も周到だ。
その不壊の箱に納められたものは輝く大粒の宝石でも眩い光を放つ金塊でもない。もっと武骨で鈍重で、だが宝石や金塊などより遥かに価値あるもの。この国の叡智の結晶。希望の刃。人類の最終兵器。
対深海悽艦艦娘専用特殊兵装、『艤装』が保管されている。
艦娘単体では深海悽艦に対して極一部の艦娘を除きなんの戦力にもならない。艦娘は機力というエネルギーを体内で生産、保持、使用できる以外は生身の人間とほぼ変わらない。空を飛べも水上に浮けもしない。いくら直立二足歩行ができようと、器用で知恵があろうと何も持たなければ大型犬にすら太刀打ち出来ない人間と変わらない。
だが、艤装を装備すれば一変する。
一騎当千。百戦錬磨。海内無双。
そんな言葉がふさわしい。艦娘1隻の投入が絶望的な戦況を逆転させる。
艦の魂を宿す戦士達が秘めし力を解放するための兵装。
それが艤装だ。
装備庫は主に3つのブロックに分かれる。
艤装庫、火薬庫、浮機庫の順で並ぶ。いま大鳳達がいるのは艤装庫。弾薬や魚雷を抜いた艤装が艦娘ごとに保管されている。機械油の匂いがプンと漂い、無数の傷を刻まれた艤装が立ち並ぶ。鎮守府内で一番物々しい場所だ。
「艤装に不足や損傷があったらすぐ言ってね」
遠くから陸奥が呼び掛ける。元々陸奥は午前の訓練に参加予定ではなかったが、先の一件から施設案内兼お目付け役として参加することとなったのだ。
天井からぶら下がる鎖に繋がれた自分の艤装を大鳳は念入りに点検する。
移送は丁寧に行われたようで新たに傷がついたところはなかった。陸奥に「異常がない」と伝えた後、着装の段階に入る。周りを見渡すと木曾や暁達は慣れた手つきでテキパキと準備し、もうすぐで整いそうだ。急がなくては。
まずは推進機を着ける。赤いラインの入った灰色のブーツのような見た目だ。小型高性能エンジンが内臓されていて、足裏から機力を注入することで性能が何倍にも上昇し爆発的な推進力を生む。
次は機関部。艦娘が航行、戦闘する際の心臓部に当たる。深緑色のそれには装着用のベルトとは別のベルトがついている。いわば機関部に機力を送り込むための出力用のベルトだ。背中と接着する部位には一枚の金属板とシリコンゴムが貼られていて、内部にはそれらと機関部を繋ぐコードが何本ものびる。
背中にきちんとフィットさせるために何回かずらした後、ベルトをきちっと止める。少しきつめにするのがコツだ。そうすることで機力の無駄な流出が減らせ、燃費が良くなる。
かなり重いが、全身に軽く広げるイメージをしながら機力を流すと全身の筋力が増し、軽く感じられる。
さらに機銃が数門ついた弾薬庫を機関部の右側と接続させて装着。現在重心が右寄りになり不安定なわけだが理由がある。
装甲甲板だ。
艦であった時の大鳳の甲板を模したそれはかなり重い。左足を壁に引っかけ、甲板を太ももの上に乗せ、歯を噛み締めながらコードを機関部と接続させる。コードは何本もあってややこしい。間違えないように、点検しながら、ようやく接続し終える。そして、左右のバランスを気にしつつ微調整。羽のような白い無線アンテナが特徴のヘッドギアを被り完成だ。
ふぅと息をつくと、再度機力を軽く流した。流れるほど艤装と身体が一つになるのがわかる。慣れない場所でこの慣れた重さに今は安心させられる。
最後に自分の相棒を手に取り、次の火薬庫へと急いだ。
**********************************
名前が物騒な割りに火薬庫内は静かだ。塵一つ落ちていない清潔な室内には爆薬が詰められた木箱が頑丈な棚に並ぶ。コンクリート壁には「危険」や「火気厳禁」、「慢心は禁物」などの赤字の貼り紙が何枚もあちこちに貼られていた。
「こっちよ。艤装が当たらないよう気を付けてね」
棚のむこうから手招く右手がスッと伸びた。
その手につられて走っていくと、陸奥が立っていた。
「…凄い」
一目見た瞬間大鳳は陸奥の姿に圧倒される。
目につくのはなんといっても砲塔だ。腰回りに金属製の頑強な腕のような基台をつけ、長門型の代名詞である41センチ連装砲を両方に2基ずつ搭載している。武を具現化したような存在感。他艦のことを言えないがあんなに大きなものを装着したままどうやって航行するのだろうか。しかしそれ以外は至ってスマートだ。鬼の角のような無線アンテナ兼電探、左足全体に絡み付く鎖と錨、ハイヒール型の推進機。
だがアンバランスではなく絶妙な調和の元で陸奥と一体化している。
感心していると自らの容姿を陸奥に見られていると気づいた。興味深そうに大鳳の艤装を丹念に見回している。
「艤装を点検した時に思ったけれど、他の正規空母とは似ていないのね」
「…はい、そうらしいですね」
「赤城や蒼龍はもっと簡素で、甲板と弓具一式ぐらいだったわね」
「……ハハッ、そうですか。どうして私だけこんなにも違うのでしょうね」
どこか自虐的に笑う大鳳。服師の趣向の違い。それだけに過ぎないと言いきれるが、大鳳はそうは思っていない。
「カッコいいじゃない」
「で、でもこれなんか」
自虐に関心を示さずあっけらかんとした陸奥に大鳳は相棒を見せつける。
「ふむ、素敵ね」
じっと見つめて出た率直な感想。あまりにも真っ直ぐな褒め言葉で、大鳳は何も返せずただ赤くなった。
「別に変じゃないわよ。もっと変わったのがここにはいるから」
「変わったもの?」
「もの?ひと?うーん……難しいわね」
「とりあえず見てみればわかるわ」
2隻は周りの火薬に当たらないよう気をつけつつ、急くように浮機庫へ向かった。
本当に久しぶりの更新となりました。そろそろ3章に移っている予定なのですが…
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11話 連装砲
頑強な壁に勝るとも劣らない金属扉を開くと、いくつかのフローターが並ぶ棚と、外海に繋がる生け簀のような水槽があった。ここは装備庫最後のブロック、浮機庫で、艦娘達はここから直接海洋へと出撃する。
「遅せーぞ」
あらかた装備を整え、模擬弾頭に切り替えた砲身の最終チェックをしていた木曾は口を尖らせる。木曾の艤装は軽巡としては珍しくアーム型艤装であった。機関部からアームが伸びており、その先に連装砲の砲塔が光る。アームは自律式ではなく、半自律式。、木曾の視線を追うように忙しなく向きを変える。眼帯のせいで右の視界が頼りないからか、右肩には板状の小さな防壁を取り付けている。腰には短刀を提げているようだ。
「ごめんなさ……ぃぃぃっっっーーー~~!!」
自分の浮機を取ろうと棚に近づいたら何かで弁慶の泣き所を打ってしまった。豪傑弁慶よりはるかに強い艦娘だが痛いものは痛い。
転びこそはしなかったが思わずうずくまる。
清潔かつ整頓されているはずの装備庫で何故ひっかかったのかと若干苛立ちながら、ひっかけたものを涙混じりに薄目で見ると
「キュー~~??」
「それ」は心配そうにつぶらな丸い瞳で大鳳を、特に膝頭を見つめていた。
「それ」は高さ45cmほどの小さなものだった。
「それ」は灰色のドラム缶のような胴体に駆逐艦が扱う12.7cm連装砲を取り付けた、しかしそれほど武骨でもなくどこか丸みを帯びた見た目をしていた。
「それ」は生物ではないが機械でもなく、なんとも判別しがたい。
「何これ?」
呆気に取られながら又「それ」を上から下まで眺め回すが答えは出ない。「それ」は何も言わない大鳳に不思議そうに見つめ返す。困り果てて大鳳が後ろを振り向くと、木曾は水槽に降り立ち推進機の出力を調整し、陸奥は面白い玩具を見つけたかのようにクスクス笑っていた。あの、こけたのだから心配とかしたらどうですか。と、そこで気づく。2隻とも操作している動きをしていない。つまりこれは命令を受けずに行動している…?
海から甲高い声が響いた。
「連装砲ちゃんも木曾も陸奥さんも皆みんなおっそーい!」
島風が頬を膨らませつつ海から浮機庫の開口部をくぐってきた。魚雷発射管をランドセルのように背負い、後ろに2つほど何かを引き連れていた。それらの大きさはバラバラで見た目に多少の差異はあれど、大鳳の足元で「キューキュー」鳴いている何かと似ている、というよりほとんど同じだ。
「増えた…」
大鳳の頬が引きつく。
「それ」は島風の姿を見つけた途端、トタトタと走りだし島風の太ももに抱きつく。まるで母親に甘える子犬のように。
「もぉー。ちゃんとついてこないとメっ!…え?見たことない艦がいたから気になっちゃった?それでもメっ!!」
「キュー…」
抱きついた「それ」を持ち上げ、島風は注意すると「それ」はシュンとした面持ちになった。
鳴き声から法則性は見いだせない。未知の言語による意思疎通を行っているわけではなく、島風は雰囲気や経験で何と言わんとしてるかを理解しているように見える。
どうやら思考や言語理解は出来るが意思疎通手段は持たないようだ。
まあ正体解明に何も近づいていないのだが。
「あれは連装砲ちゃんよ」
脳内回線がショート寸前の大鳳に陸奥は助け船を出す。
「それは犬を指差して『ワンちゃんよ』と言っているようなものじゃ……」
「最後まで聞きなさいな。正式名称は『自律行動型旋回砲塔』艦娘顕現以降に生まれた新技術の結晶の一つ」
それを聞いて大鳳にはふと思いつくものがあった。
「AI…人工知能を搭載したロボットということですか?」
訓練所の図書室で読んだ記憶があった。自力で思考し、行動し、学習する機械があると。最近生まれたものというわけではなく、私達艦娘が艦であった時にも「学天則」というのがあったとか。
陸奥は微妙な表情を返答とした。
「当たらずとも遠からずといったところかしら。確かに高度なAIはあるけれどそこが思考の大元ではないし。……連装砲ちゃんはね、いわば艦娘の装備版。つまり」
「魂を持つのよ」
「魂……」
50cmに満たない体に、古来から審議されてきた未知物質が込められている。そんな壮大な話に発展し目眩がしそうだ。
「神秘科学は習ったかしら?」
「はい、概要だけさらりと」
神秘科学。オカルティックサイエンスとも呼ばれる。過去の艦船の能力と記憶を持つ艦娘の顕現で魂の存在が証明されたことを発端とし生まれ急速に発展した学問だ。更に言えば科学の論理性に心霊学の飛躍性が加わったことで既存の科学技術をこれまでに無かった方向へ加速させるきっかけとなった学問でもある。機力の発見、艤装の開発、建造、近代化改修、改造。挙げていけば限りが無いほど、国防に大きく貢献してきた。
「じゃあ、あの大戦時のアタシ達の一部またはそれに準ずるものを媒介とし、艦娘はあの世からこの世へと顕現すると教わったでしょ。あの仕組みが装備にも当てはまった、てことよ」
「なるほど」
「驚き。飲み込みが早いのね。昔の科学者達とは大違い」
「私達空母は艦載機を使役するので…」
ああ、と陸奥は納得する。漫画によくいる陰陽師の式神のように艦載機を扱う空母からすれば受け入れやすいのかもしれない。
何かを考えたのか、島風の周りでじゃれ合う連装砲ちゃん達の前に大鳳はしゃがむ。一番大きな連装砲ちゃんの頭にすっと手を置く。ぬくもりはなく、手のひらから熱が奪われるほど金属の冷たさがあった。だが、大鳳は構わず円を描くように撫で擦り、笑いかけた。
「私の名は大鳳。よろしくね」
伝わったのだろうか。連装砲ちゃんは2本の砲塔をガチャガチャと上下に動かす。他の二体は羨ましそうにワタシもと大鳳にその身を擦りつける。それらを微笑ましく思いながら顔を上げると、目を丸くした島風がいた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
不思議に思い訊くが、島風は口を真一文字に結び首を振る。
別に気にしなくてもいいかと思い直す。
「そういえば連装砲ちゃんのそれぞれの名前は何かしら?」
「? ??…連装砲ちゃんは連装砲ちゃんだよ?」
どうしてそんな当たり前のことを聞くのか、そう言いたげに島風は首をひねる。そして「この子は連装砲ちゃん。この子は連装砲ちゃん。あの子は連装砲ちゃん」と順に連装砲ちゃんを指差していく。アクセントの違いなど何もない。
どうやら連装砲ちゃんの奥はまだまだ深そうだ。
神秘科学が全て解決してくれました
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